【表紙】 【右下に図書票】 JAPONAIS 5340 【中央に題箋】 すゑつむ花 【見返し】 【文字無し】 【文字無し】 【文字なし】 【右上余白に図書整理番号の筆記】 Japonais 5340 (1) 【右下余白に図書館印 と日付ヵ】 Acq.92-09 おもへともなをあかさりしゆふかほのつゆに をくれし心ちをとし月ふれとおほしわすれ すこゝもかしこもうちとけぬかきりのけし きはみ心ふかきかたの御いとましさにけ ちかくなつかしかりしあわれににるものな うこひしくおもほえ給いかてこと〳〵しき おほえはなくいとらうたけならむ人のつゝ ましき事なからむ見つけてしかなとこり すまにおほしわたれはすこしゆへつきてき こゆるわたりは御みゝとめ給はぬ給はぬ【原文に、「給はぬ」が重複している】く まなきにさてもやとおほしよるはかりの けはひあるあたりにこそはひとくたりを もほのめかしたまふめる は(に)なひきゝこえす もてはなれたるはおさ〳〵あるましきそ いとめなれたるやつれなうこころつよきはた としへなうなさけをくるゝまめやかさなとあ まりものゝほとしらぬやうにさてしもすく しはてすなこりなくゝつをれてなを〳〵 しきかたにさたまりなとするもあれはの 給ひさしつるもおほかりけりかのうつせみを ものゝおり〳〵にはねたうおほしいつおきの 葉もさりぬへきかせのたよりある時はおと ろかし給ふおりもあるへしほかけのみたれ たりしさまはまたさやうにてもみまほしく おほすおほかたなこりなきものわすれをそ えしたまはさりける左衛門のめのとゝて大 貮のさしつきにおほいたるかむすめたいふ の命婦とて◦(内に)さふらふわかむとほりの兵 部の太輔なるむすめなりけりいっといたう いろこのめるわか人にてありけるを君もめし つかひなとし給ふはゝはちくせんのかみのめにて くたりにけれはちゝ君のもとをさとにてゆき かよふ故ひたちのみこのすゑにまうけて いみしうかしつき給し御むすめ心ほそくての こりゐたるをものゝついてにかたりきこえけれ はあはれのことやとて御こゝろとゝめてとひきゝた まふ心はへかたちなとふかきかたはゑしり 侍らずかいひそめ人うとうもてなし給へはさへ きよひ【さべき宵】なとものこしにてそかたらひ侍る きん【琴】 をそなつかしきかたらひ人とおもへるとき                   こ ゆれはみつのともにていまひとくさ【一種】やう たてあらんとてわれにきかせよちゝみこの さやうのかたにいとよしつきてものし給ふ けれはをしなへてのてにはあらしとおもふ とかたらひ給さやうにきこしめすはかりには 侍らすやあらむといへはいたうけしきはまし【気色ばまし】 やこのころのおほろ月夜にしのひてもの せんまかてよとの給へはわつらはしとおもへと うちわたりものとやかなる春のつれ〳〵に まかてぬちゝの太輔の君はほかにそすみ ける命婦はまゝはゝのあたりはすみ【住み】もつかす ひめ君のあたりをむつひて【睦びて=親しく振舞って】こゝにはくるなり けりの給ひしもしるく【予言通り】いさよひの月おかし きほとに【夜に】おはしたりいとかたはらいたき【気が咎める】わさ かなものゝねすむへき夜のさまにも侍らさ めるに【ありませんね】ときこゆれと【申し上げれば】なをあなたにわたり てたゝひとこゑ【一曲】ももよをしきこへよむな しくてかへらんかねたかるへきを【残念なので】とのたまへは うちとけたるすみかにすへ【据え】たてまつりて【お通しなさって】 うしろめたうかたしけなしとおもへとしん 殿にまいりたれはまた【まだ】かうしもさなから【そのまま】む めのか【梅の香】おかしきをみいたしてものしたまふ【中から眺めておられる】よ きおりかなとおもひて御ことのねいかにま さり侍らむと思給へらるゝよのけはひにさ そはれ侍りてなんこゝろあはたゝしきいて いり【出入り】にえうけたまはらぬこそくちをしけれ といへはあはれしる人こそあなれ【いてほしい】もゝしき【宮中】 にゆきかふ人のきくはかりやはとてめしよ するもあいなう【よそながら】いかゝきゝたまはんとむねつ ふるほのかにかきならし給ふおかしうきこ ゆなにはかり【大して】ふかきて【深き手=習熟したお手並み】ならねとものゝねからの すちことなるものなれはきゝにくゝもおほ されすいといたうあれわたりさひしき 所にさはかりの【それ程の】人のふるめかしうところせく【あたりが狭く感じる程家人が多く】 かしつきすへたりけん【大切に世話をして一所におちつかせただろう】なこりなくいかに おもほしのこす事なからむかやうのところ にこそはむかしものかたりにもあはれなる事 ともありけれなとおもひつゝけても物やい ひよらましとおほせとうちつけにや【唐突だと】おほさ むと心はつかしうてやすらひ給ふ【躊躇なさる】命婦か とあるもの【かどある者=才気ある者】にていたうみゝならさせたてま つらしと思ひけれはくもりかちに侍めり まらうとのこむと侍りつるいとひかほ【厭ひ顔=さも避けているような様子】にもこそ いま【すぐにまた】心のとかにを【ゆっくりとね】みかうし【御格子】まいりなん【おろします】とて いたうもそゝのかさて【せかして勧めもせず】かへりたれはなか〳〵な るほとにて【途中で】もやみぬるかなものきゝわく程 にもあらてねたふ【残念だ】との給ふけしきおかし とおほしたり【興味を持たれた】おなしくはけちかき程の【近くで】 たちきゝせさせよとのたまへと心にくゝて【心惹かれてもっと聞きたい】 とおもへは【(そこで止めると決めていたので)】いてや【いえいえもう】いとかすかなる【勢いのない】ありさまに おもひきえてこゝろくるしけにものしたまふ めるをうしろめたき【気がとがめる】さまにやといへはけにさも ある事にはかに我も人もうちとけてかたら ふへき人のきは【際=身分】ゝ きはとこそ(ことにこそイ)あれ【こともあろうに】なとあは れにおほさるゝ人の御ほとなれはなをさ やうのけしきをほのめかせとかたらひ給ふ またちきり給へるかたやあらむいとしのひ てかへり給ふうへ【上=帝】の【(源氏の君は)】まめにおはしますと【真面目だからと】も てなやみ【処置に困ると】きこえさせたまふ 【御心配されているのは】こそ(こそ)おかしう おもふ給へらるゝおり〳〵侍れかやうの御 【「や」が脱落ヵ】つれすかたをいかてか御らんしつけんときこ ゆれはたちかへり【引き返し】うちわらひてこと人【異人=関係のない人】のい はむやうに【言いそうなことを】とか【咎】なあらはれそ【とがめだてされたくないよ】これをあた〳〵 しき【浮気っぽい】ふるまひといはゝ女のありさまく るしからむ【差し障りがあるだろう】とのたまへはあまりいろめいた る(り)【左に「ヒ」と傍記】 とおほしており〳〵かうのたまふをはつ かしとおもひてものもいはすしん殿の か(か)【本文の「か」を見せ消ち】 たに人のけはひきくやうもや【感じられるかもしれない】とおほして やをらたちのき給ふすいかい【透垣】のたゝすこ しおれのこりたるかくれのかたにたち より給ふにもとよりたてるおとこあり けりたれならむ心かけたるすき物あり けりとおほしてかけにつきて【物陰に入って】たちかく れ給へはとうの中将なりけりこのゆふ つかた【夕つ方】うち【内裏】よりもろともに【一緒に】まかて【退出】たまひ けるをやかて大殿にもよらす二条院にも あらてひきわかれ給ひけるをいつちなら ひ(む)【「ひ」の文字の中央に「ヒ」と記載】【どこへ行くのだろう】 とたゝならて【様子がいわくありげで】われもゆくかたあれとあとに つきてうかゝいけりあやしきむまにかり きぬすかたのないかしろにて【無造作ななりで】きけれはえ しり給はぬに【お気づきなさらないで】さすかにかうことかた【異方=違った所】にいりた まひぬれは心もえす【要領をえず】おもひけるほとものゝ ねにきゝついて【聞いてそれに心ひかれ】たてるにかへりやいて給と したまつ【下待つ=ひそかに待つ】なりけり【のであった】君はたれともえみわ きたまはて【気付くことが出来ず】われとしられしとぬきあし にあゆみのき給ふにふとよりて【寄ってきて】すてさ せ給へるつらさに御をくりつかうまつり つるは【お送りして差上げたのですよ】    もろともにおほうちやまはいてつれと いるかたみせぬいさよひの月とうらむるも ねたけれと【憎らしいが】この君と見給ふにすこしお かしうなりぬ人のおもひよらぬ事よと にくむ〳〵    さとわかぬ【どの里にも隔てず】かけ【月の光】をはみれとゆく月の いるさ【入り際】の山をたれかたつぬるかうしたひ【慕い】あ りかはいかにせさせ給はむ【どうされますか】ときこえ給まこ とはかやうの御ありきにはすいしむ【随身】から こそ【を付けてこそ】はか〳〵しきこと【しっかりした行動という】こともあるへけれをくらさ せ給はてこそあらめ【(私を)置き去りにしないでほしい】やつれたる【お忍びでの】御ありき はかる〳〵しき事【軽率な事】もいてきなむ【起こります】とをしか へし【押し返し=反対に】いさめたてまつるかうのみ【こんな時ばかり】見つけ らるゝをねたし【癪】とおほせとかのなてしこ はえたつねしらぬを【(頭の中将も)よう尋ね知らないので】をもきこう【功=手柄】に御心の うちにおほしいつをの〳〵ちきれるかたにも あまえて【遠慮せず】えゆきわかれ給はす【別々の所へ別れて行くこともようなさらないで】ひとつく るまにのりて月のおかしきほとにくも かくれたるみちのほとふえふき【笛吹き】あは せておほとのにおはしぬさき【先】なともを はせ【追わせ=先追い(前駆)】給はすしのひいりて人みぬらう【廊】に 御なをしともめしてきかへ給つれなう【さりげなく】 いまくるやうにて御ふえともふきすさみ ておはすれはおとゝ【大臣】れいの【例によって】きゝすくし給はて【聞き過ごしはなさらないで】 こまふえ【高麗笛】とりいて給へりいと上す【上手】におは すれはいとおもしろうふき給御こと【琴】めし てうちにもこのかたに心えたる人〳〵にひか せ給ふ中務の君わさと【格別に】ひは【琵琶】ゝひけと 頭の君心かけたる【思いをかけていたの】をもてはなれて【故意に避け続けて】たゝ このたまさかなる【(源氏の)】御けしき【魅力】のなつかし きをはえそむききこえぬ【ようお離れ申し上げることができず】にをのつから かくれなくて【有名で】大宮なともよろしからす おほしなりたれはものおもはしくはした なき【みっともない】心ちしてすさましけ【心の楽しまないさま】によりふした りたへてみたてまつらぬ所にかけは なれなむもさすかに心ほそくおもひみたれ たり君たちはありつる【例の】きんのね【琴の音】をおほ しいてゝあはれけなりつるすまゐの さまなともやうかへて【事情が変われば】おかしうおもひつゝけ あらまし事に【将来の予測だが】おかしうらうたき【美しくて心惹かれ大事にしてやりたい】人のさ てとし月をかさねゐたらむときみそめて いみしう心くるしくは人にもゝてさはかる はかりやわか心もさまあしからむなとさへ中 将はおもひけりこの君のかうけしきはみ【何となくそれらしい様子が現れ】 ありき給をまさにさては【それではこのまま】すくし給ひて むや【過ぎるとは思われない】となまねたう【ちょっと憎らしく】あやうかりけり【不安だ】そのゝ ちこなたかなたよりふみなとやり給へし いつれもかへり事みえす【返事が来ず】おほつかなく【不安で】 心やましき【イライラする】に◦あまりう(ひたやこもりなり)【直屋籠り=引きこもってばかりいること】たてある【嘆かわしいこと】かなさ やうなるすまひする人 は(もう)もの思ひしりた るけしきはかなき木くさそらのけしき につけてもとりなしなとして心はせ をしはかるゝおり〳〵あらむとそあはれなる へけれ【あるのはいいことなのだが】をも〳〵し【社会的地位が高い】とてもいとかう【本当にこのように】あまりうもれ たらんは【あまりに引っ込み思案なのは】心つきなく【心が惹かれず】わるひたり【悪く見えている】と中将は まいて【まして】心いられしけり【きもちがイライラさせられている】れいのへたて【心の壁を】き こえ給はぬ【おつくりにならない】心にてしか〳〵のかへり事はみ給 や心み【試み】にかすめ【軽く事に触れて言う】たりしこそはしたなく【きまりが悪く】 てやみにしか【途絶えてしまった】とうれふ【憂ふ】れはされはよ【やっぱりね】いひより にけるをやとほゝゑまれていさみむとしも【見たいとも】 思はねはにやみるとしも【見ることも】なしといらへ給を人 わき【人別き=相手によって態度を変える】しけるとおもふにいとねたし君はふかう しもおもはぬ事のかうなさけなきをすさ ましくおもひ【しらけた感じに】なり給にしかとかうこの中将 のいひありき【あれこれと言い寄り】けるをこと【言】おほくいひなれたら む方にそなひかむかししたりかほ【得意顔】にもとの ことをおもひはなち【思い切る】たらむけしきこそう れはしかる【嘆かわしい】へけれとおほして命婦をまめ やかに【誠実に】かたらひ給おほつかなうもてはな れたる【なぜか故意に避け続ける】御けしきなむいと心うきす き〳〵しきかた【好色めいた人】にうたかひよせ給ふにこそ あらめ【疑いをお持ちなのだろうか】さりとも【ともかく】みしかき心は え(え)つかはぬも のを人の心ののとやかなる事なくておも はすに【意外なことに】のみあるになん【なると】をのつからわかあや まちにもなりぬへき心 のとかにておやは らからのもてあつかひ【世話】うらむるもなう心やす からむ人はなか〳〵なむらうたかるへきを【大事にしてやりたいものを】とのた まへはいてや【いやあ】さやうにおかしき【興味が惹かれる】かたの御かさや とり【暫しの雨宿り(恋の立ち寄り所)】にはえしもや【とても】とつきなけに【相応しくないさまに】こそみえ侍 れひとへにものつゝみし【遠慮深く】ひきいりたる【控えめな】かた はしも【ばしも=でも】ありかたうものし給ふ【稀でいらっしゃる】人になむ【人ですから】と みるありさまかたりきこゆらう〳〵しう【ろうろうじう=物慣れて行届いていて】かと めき【かどめき=才気ありげに見え】たる心はなきなめり【ないと見える】いとこめかしう【子供っぽい】お ほとかならむ【おっとりしている】こそらうたく【大事にしてやりたく】はあるへけれとおほ しわすれすのたまふ【(源氏は)】わらはやみ【瘧病 注】にわつら ひ給人しれぬものおもひのまきれも御心の いとまなきやうにて春なつすきぬ秋の ころをひしつかにおほしつゝけてかのきぬた のをともみゝにつきてきゝにくかりしさへ こひしうおほしいてらるゝまゝにひたちの宮 にはしは〳〵きこへ【ママ】給へと【文をお出しするが】なをおほつかなう のみあれは【返事が来ないので】よつかす【世付かず=世間並みでなく】心やましう【不愉快で】まけてはや 【注 間欠熱の一種。悪寒、発熱が隔日または毎日、時を定めておこる病気。マラリアに似た熱病。おこり。えやみ。】 まし【負けては止まじ=根負けして止めるつもりはない】の御心さへそひて【加わって】命婦をせめ給ふいか なるやうそいとかゝる事こそまたしらね【経験したことがない】と いとものしと【不愉快だと】おもひてのたまへはいとおし【気の毒だ】とお もひてもてはなれて【相手を避け続けて】にけなき【相応しくないなどという】御事とも おもむけ侍らす【仕向けたわけではありません】たゝおほかたの御ものつ つみの【もの慎みの=引っ込み思案が】わりなきに【どうにもならない】て【手】をえさしいて給はぬ となむみ給 に(ふ)【左に「ヒ」と傍記】る に【左に「ヒ」と傍記】ときこゆれはそれ こそはよつかぬ事【世付かぬ事=世間知らず】なれものおもひしるまし きほと【物心のつかない子供】こそさやうにかゝやかしき【照れくさい】も事は りなれ【ことわり=道理だが】なにごとも 思ひ(思ひ)しつまり給へらん【正常な分別があるであろう】 とおもふこそそこはかとなくつれ〳〵に心ほ そうのみおほゆるをおなし心にいらへ給はむは ねかひかなふ心ちなむすへきなにやかやと よつけるすち【色恋に関連する事柄】ならてそのあれたるすの こにたゝすまゝほしき【佇んでみたい】なりいとうたて【いよいよ甚だしく】心え ぬ【納得できない】心ちするをかの御ゆるしなくともたはかれ かし【計画をめぐらせよ】心いられしうたてあるもてなしにはよも あらしなとかたらひ給ふなをよにある人【世にときめいている人】の ありさまをおほかたなるやうにてきゝあ つめみゝとゝめ給くせのつき給へるをさう 〳〵しき【騒々しき=騒がしい】よひゐ【夜更けまで起きていること】なと に(のイ)はかなき【とりとめのない(話)の】ついてに さる人こそ【そんな人がいるのか】とはかりきこえいて【噂が漏れ】たりしにかく わさとかましう【意識的に】のたまひわたれはなまわつ らはしく【なんだか煩わしく】女君の御ありさまもよつかはしく【好色がましく】 よしめき【訳ありそう】なともあらぬを中〳〵なる【生半可に】みちひ きに【導きして】いとおしき事【気の毒なこと】やみえなん【にならないか】とおもひけ れと君のかうまめやかに【誠実な様子で】のたまふにきゝ いれさ ゝ(ら)むもひか〳〵しかるへし【片意地になっているようだ】ちゝみこおは しけるおりにたにふりにたる【年月を経て古くなってしまっている】あたり とてをとなひきこゆる【訪問される】人もなかりけるを ましていまはあさちわくる【生い茂った茅(ちがや)などを分けて尋ねてくる】人もあとたえたる にかくよにめつらしく御けはひのもり にほひくるをはなま女【若くて身分の低い女】はら【如き者】なともゑみまけ て【笑みまげて=笑顔を作って】なをきこえ給へとそゝのかしたてまつ れとあさましう【驚くほど】ものつゝみ【遠慮深く引っ込み思案】したまふ心に てひたふるに【熱心に】み【見】もいれ給はぬなりけり 命婦はさらはさりぬへからんおり【都合のよい折に】にものこし にきこえ給はむほと御心につかすは【お気に入らないなかったら】さて もやみねかし又さるへきにて【それ相応の御縁で】かりにもおは しかよはむをとかめ給へき人なしなとあ ためきたるはやり心は【浮気で軽率な心だと】うちおもひて【ふと思って】ちゝ 君にもかゝる事なといはさりけり八月廿よ 日よひ【宵】すくるまてまたるゝ月の心もとなき にほしのひかりはかりさやけく松のこすゑ ふく風のをと心ほそくていにしへの事 かたりいてゝうちなきなとし給いとよきおり かなとおもひて御せうそ こ(こ)やきこえつらん【連絡をなさったのだろう】 れいのいとしのひておはしたり月やう〳〵 いてゝあれたるまかき【籬】のほとうとましく【気味悪く】 うちなかめ給ふにきむ【琴】そゝのかされてほの かにかきならし給ほとけしう【悪く】はあらすゝ こしけちかう【親しみやすく】いまめきたる気を【当世風ではなやかな感じ】つけは や【つけたほうが】とそみたれたる心には心もとなく【物足りず】思ひ ゐたる人めしなき所なれは心やすくいり たまふ命婦をよはせ給ふいましもおとろ きかほにいとかたはらいたき【気が咎める】わさかなしか〳〵 こそおはしましたなれつねにかううらみ きこえ給ふを心にかなはぬよしをのみいなひ【否び=ことわり】 きこえ侍れはみつからことはりもきこえ しらせんとのたまひわたるなりいかゝき こえかへさむなみ〳〵のたはやすき【軽々しい】御ふるまひ ならねは心くるしきをものこしにてきこえた まはむ事【(源氏が)仰ることを】きこしめせ【お聞きなさい】といへはいとはつかしと 思て人にものきこえむやうも【御挨拶の仕方も】しらぬをとて おくさま【奥のほう】へゐさりいり給いとわか〳〵しうお はしますこそ心くるしけれかきりなき【身分の高い】人も おやなとおはしてあつかひうしろみ【後見】きこえた まふほとこそわかひ【若び】たまふも事はりな れかはかり心ほそき御ありさまになをよ をつきせす【男女の仲の事柄や情を理解せず】おほしはゝかるは【遠慮や心配なさるのは】つきなう【相応しくない】 こそとをしへきこゆさすかに人のいふ事は つようもいなひぬ【否びぬ=断らない】御心にていらへきこえて【お答え申し上げないで】たゝ きけとあらはかうし【格子】なとさし【鎖し=錠をおろし】てはありなむ との給すのこなとはひんなう【具合が悪く】侍なんをした ちて【無理に我意を張って】あは〳〵しき【軽々しい】御心なとはよも【まさか】なといと よくいひなしてふたま【二間】のきはなるさうし【障子】 てつからいとつよくさして御しとね【座布団】うち をきひきつくろふ【取り繕う】いとつゝましけにおほ したれとかうやうの人【このような(高貴な)人】にものいふらむ心は へ【心構え】なともゆめ【まったく】しり給はさりけれは命婦の かういふをあるやうこそはとおもひてもの し給めのとたつおい人なとはさうしにい りふしてゆふまとひしたるほとなりわか き人二三人あるはよにめてられ給ふ御あり さまをゆかしきものにおもひきこえて心け さうしあへりよろしき御そたてまつり かへつくろひきこゆれはさうしみはなにの 心けさうもなくておはすおとこはいとつき せぬ御さまをうちしのひよういし給へる御 けはひいみしうなまめきて見しらむ人に こそ見せめはへあるましき【張り合いなど有るはずがないだろう】わたりをあな いとをし【見ていて気の毒だ】と命婦はおもへとたゝおほとかに【おっとりと】 ものし給ふをそうしろやすう【安心で】さしすきた ること【出過ぎたこと】はみえたてまつり給はし【御覧に入れることはなさらない】とおもひける わかつねにせめられたてまつるつみさり こと【罪・咎を避けるためにする物事】に心くるしき人【気がかりな人(姫君)】の御物思ひ【思い悩むこと】やいてこむ なとやすからす【不安に】おもひゐたり君は人【姫君】の御ほ と【身分】をおほせはされくつかへり【甚だしゃれていて】い さ(まイ)やうの【今様=当世風の】よしは み【よしばみ=上品ぶった様】よりはこよなうおくゆかしうとおほさるゝ にいたうそゝのかされてゐさりより給へる けはひしのひやかにえひのか【「衣被」或は「裛衣」の香 注】いとなつかし うかほりいてゝおほとかなるを【おっとりしているように感じ】されはよ【やっぱりね】とお ほすとしころおもひわたるさまなといとよ くの給ひつゝくれとましてちかき御いらへは たえてなしわりなの わ(わ)さや【あまりにもひどいしわざ】とうちなけき給    いくそたひ【何度も】君かし ゝ(らイ)まに【あなたの沈黙に】まけぬらむ ものないひそといはぬたのみにのたまひもす て ゝ(てイ)よかしたまたすき【事が掛け違って】くるしとのたまふ 女君の御めのとこ【乳母子】しゝう【侍従】とてはやりかなる【調子のよい】わ か人いと心もとなうかたはらいたしとおもひて 【注 各種の香料を調合して作った薫物(たきもの)の一種。衣服にたきしめる】 さしよりてきこゆ    かねつきてとちめむことはさすかにて こたえまうき【答えることがつらい】そかつは【一方で】あやなき【筋が通らない】とわかひ【若び】 たるこゑのことにおもりか【どっしりと落ち着いているさま】ならぬを人つて にはあらぬやうにきこえなせはほとよりは あまへてときゝ給へとめつらしきかなか〳〵【かえって】 くちふたかるわさかな    いはぬをもいふにまさるとしりなから をしこめたるはくるしかりけりなにやかやと はかなき事なれとおかしきさまにもまめ やかにも【誠実な様にも】の給へとなにのかひなしいとかゝるも さまかはりおもふかたことにものし給ふ人にや とねたくやをらをしあけていり給ひにけり 命婦あなうたて【あらいやだ】たゆめ【油断させる】給へるといとおし けれとしらすかほにてわかゝた【我が方】へいにけりこ のわか人ともはたよにたくひなき御あり さまのおときゝにつみゆるしきこえてお とろ〳〵しうもなけかれすたゝ思ひも よらすにはかにてさる御心もなきをそお もひけるさうしみ【正身(しょうじみ)=本人】はたゝわれにもあらす はつかしくつゝましきよりほかの事また なけれはいまはかゝるそあはれなるかしまた よなれぬ人のうちかしつかれたるとゆるし 給ふものから心えすなまいとおしとおほ ゆるさまなりなに事につけてかは御心の とまらむうちうめかれてよふかういて給ひぬ 命婦はいかならむとめさめてきゝふせりけ れとしりかほならしとて御をくりにとも こはつくらす【注】君もやをらしのひていて 給にけり二条の院におはしてうちふし 【注 「こわづくり(声作り)=ふつうとは違った改まった声を出す】 給ひても猶おもひにかなひかたきよ【世:男女の仲】にこそ とおほしつゝけてかるらか【(身分などが)軽く低いこと】ならぬ人の御ほと【身分】 を心くるしとそおほしける思ひみたれておは するに頭中将おはしてこよなき御あさい【朝寝】かな ゆへあらむかし【訳がありそうだ】とこそおもひ給へらるれ【思わざるを得ない】といへ はおきあかり給て心やすきひとりねのとこ にてゆるひに【のんびりしている】けりや内より【内裏より(の帰り)】かとの給へはし か【そうです】まかて侍るまゝなり朱雀院の行幸 けふなんかく人【楽人】まひ人【舞人】さためらるへきよしよへ【昨夜】う けたまはりしをおとゝ【大臣】にもつたへ申さむとて なんまかて侍るやかてかへりまいりぬへう【助動詞「べく」の音便形】侍り といそかしけなれはさらはもろともにとて御か ゆこはいひめしてまらうと【客人】にもまいり【すすめ】給てひ きつゝけたれとひとつにたてまつりてな をいとねふたけ【眠たげす】なりととかめいてつゝかく い【隠し】給事おほかりとそうらみきこえたまふ ことゝもおほくさためらるゝ日にてうちにさふ らひくらし給つかしこにはふみをたにといと おしくおほしいてゝゆふつかたそありける あめふりいてゝ所せくもあるにかさやとり せむとはたおほされすやありけむかしこに はまつほとすきて命婦もいと〳〵おしき御 さまかなと心うくおもひけりさうしみ【正身】はみこ御心の うちにはつかしうおもひ給てけさの御ふみの くれぬれとなか〳〵とか【咎】ともおもひわき【判断する】給 はさりけり    ゆふきりのはるゝけしきもまたみぬに いふせさ【気鬱】そふるよひのあめかなくもまゝちいて むほといかに心もとなうとありおはしますま しき御けしきを人〳〵【女房達】むねつふれてお もへとなをきこえさせ給へ【お手紙をさしあげなさい】とそゝのかしあへ れといとゝおもひみたれ給へるほとにてえ かたのやう【型式どおり】にもつゝけ給はぬ(ね)【「ぬ」の左に小さく「ヒ」と傍記(見せ消ちか)】はよふけぬとて しゝうそ【侍従ぞ】れいのをしへきこゆる【申し上げる】    はれぬ夜の月まつさとをおもひやれ おなし心になかめせすともくち〳〵にせめられ てむらさきのかみのとしへにけれははひをく れ【灰後れ 注】ふるめいたるにて【手】はさすかにもし【文字】つよう 中のさたのすちにてかみしもひとしくかい【書き】 給へりみるかひなううちをき給ふいかに 【注 紫の色がさめる。紫色を染めるのに椿の灰を入れたところから、色があせてくるのを灰の力が不足したとして、おくるといったもの。】【ここに注記を書きます】 おもふらむとおもひやるもやすからすかゝるこ とをくやしとはいふにやあらむさりとていかゝ はせむわれはさりとも心なかくみはてゝむと おほしなす御心をしらねはかしこにはいみしう そなけい【嘆き】給けるおとゝ夜にいりてまかて 給にひかれたてまつりて大殿におはしま しぬ行幸のことをけふありとおもほして きみたちあつまりての給ひをの〳〵まひ ともならひ給ふをそのころことにてすきゆく ものゝねともつねよりもみゝかしかまし【やかまし】くて かた〳〵【お互い】いとみつゝ【張り合って】れいの御あそひならす大 ひちりきさくはち【尺八】のふえなとのおほこゑを ふきあけつゝたいこをさへかうらん【高欄】のもとにま ろはし【転がし】よせて手つからうちならしあそひおは さふす【みな遊んでいらっしゃる】御いとまなきやうにてせちに【どうしてもと】おほ す所はかりにこそぬすまはれ給へ【密かに通っていたので】かのわたり【あの人のところ】 にはおほつかなく【訪れがなく】てあきくれはてぬなを たのみこしかひなくてすきゆく行幸ち かくなりてしかく【注】なとのゝしる【大声をたてる】ころそ命婦 はまいれるいかにそなとゝひ給ひていとおしとは 【注 試楽=公に行うべき舞楽の予行演習】 おほしたりありさまきこえていとかうもて はなれたる【避け続けている】御心はえは【(そばで)】見給ふる人さへ心く るしくなとなきぬはかりおもへり心にくゝ【憎らしい程完璧に】 もてなしてやみなんとおもへりしことをく たいてける心もなくこの人のおもふらんを さへおほすさうしみのものはいはておほしうつ もれ給らむ【ふさぎこまれておられる】さまおもひやり給ふもいとをし けれはいとまなきほとそや【忙しかったのだ】わりなし【やむをえない】とうちなけ い給てもの思ひしらぬやうなる心さまをこら さんと【懲らさんと】おもふそかしとほゝゑみ給へるわかう うつくしけなれはわれもうちゑまるゝ心ちし てわりなの【どうしようもない】人にうらみられ給ふ御よはひ【年齢】や おもひやりすくなう御心のまゝ【思いのまま】ならむもことは りとおもふこの御心いそきのほと【忙しい時期】すく【過ぐ】して そ時〳〵おはしけるかのむらさきのゆかりた つねとり給ひてそのうつくしみに心いり 給て六条わたりにたにかれまさり【いよいよ足が遠のき】給ふ めれ【ように思われる】ましてあれたるやとはあはれそわり なかりける【どうにもならない】所せき【気づまりな】御ものはち【恥ずかしがり】をみあらはさ む【見極めようと】の御心もことになくてすきゆくをうち かへし見まさりするやうもありかしなを てさくりのたと〳〵しきにあやしう心えぬ こともあるにやみてしかな【見たいものだ】とおもおほせとけ さやか【目立つように】にとり【「行」とあるは誤記】なさんもまはゆし【照れくさい】うちとけた る【くつろいでいる】よひゐ【宵に寝ないで起きていること】のほとやをら【静かに】いり給ひてかうし のはさまより見たまひけりされとみつ からはみえ給へくもあらす【見えるはずもない】木丁【几帳】なといたく そこなはれたるものからとしへにけるた ちと【立ち処=置く場所】かはらすをしやりなとみたれねは【乱れねば】心も となくてこたち【御達=女房たち】四五人ゐたり御たい ひそく【秘色】やうのもろこしのものなれとひと わろき【他人に対して体裁が悪い】になにのくさはひ【種類】もなくあはれけ【いかにもあられに思われる様】 なるまかてゝ人〳〵くふすみのま【隅の間】はかりにそ いとさむけなる女 房(はらか?)しろききぬのいひし らす【何とも言えない】すゝけたる【黒ずんでいる】にきたなけなるしひら【注①】 ひきゆひつけたる【結びつけている】こしつきかたくなしけ【不体裁なさま】也 さすかにくし【櫛】をしたれて【垂らして】さしたるひた いつきないけうはう【注②】内侍所【注③】のほとにかゝ るものともあるはやとおかしかけても【ゆめにも】人の あたりにちかふふるまふものともしりたま 【注① しびら(褶)=下半身にまとうひだの少ない裳(も)の一種。略儀の所用で、主として下級の女房の間に用いられた。】 【注② 内教坊=宮中にあって、舞姫を置き、女楽、踏歌(とうか)などを教習させる所。】 【注③ 宮中の温明殿(うんめいでん)の別名。三種の神器の一つである八咫鏡を安置する所。内侍が常に奉侍する。】 はさりけりあはれさもさむきとしかないのち なかけれはかゝるよにもあふものなりけりとて うちなくもありこ宮おはしまししよをな とてからし【つらい】とおもひけんかくたのみなくて もすくるものなりけりとてとひた つ(ち)【「つ」の字に「ヒ」と書き込み有】ぬへく ふるふもありさま〳〵に人わろき事ともを うれへあへるをきゝ給もかたはらいたけれはた ちのきてたゝいまおはするやうに【今来たばかりのように】て【格子を】うち たゝき給ふそゝや【それそれ】なといひて火とりなをし かうしはなちていれたてまつるしゝうはさい 院にまいりかよふわか人にてこのころはなかり けりいよ〳〵あやしうひなひたるかきりに て見ならはぬ【見慣れない】心ちそするいとゝうれふなり つる雪かきたれ【あたり一面に】いみしう【たいそう】ふりけりそらの けしきはけしうかせふきあれておほと なふら【大殿油 注】きえにけるをともしつくる人もなし かのものにをそはれしおりおほしいてられて あれたるさまはおとらさめるを【劣らなかったが】ほと【部屋の広さ】のせはう 人気【ひとけ】のすこしあるなとになくさめたれと すこう【凄う】うたて【ますますひどく】いさとき【眠れなくめざめやすい】心ちするよのさま 【注 大殿(御殿)でともす油火のあかり。】 なりおかしうもあはれにもやうかへて心と まり【興味を感じる】ぬへきありさまをいとむもれ【引っ込んで】すくよ かにて【そっけない様で】なにのはへなき【良さが発揮されずさえないこと】をそくちおしうおほ すからうしてあけぬるけしきなれはかう してつからあけ給ひて まへ(御まへイ)の前栽の雪 を見給ふみあけたるあともなくはる〳〵 とあれわたりていみしうさむしけ【寂しげ】なるに ふりいてゝゆかん【振り切って帰る】事もあわれにておかしきほ とのそらも見給へつきせぬ御心のへたて【壁】 こそわりな【わりなし=わきまえを失っている】けれとうらみきこえ給ふまた ほのくらけれと雪のひかりにいときよらに わかうみえ給ふをおい人ともゑみさかへて【満面に笑みをたたえて】見 たてまつるはやいてさせ給へあちきなし 心うつくしきこそなとをしへきこゆれはさ すかに人のきこゆる【仰る】事をえいなひ【否び=辞退する】給はぬ 御心にてとかう【あれこれ】ひきつくろひてゐさりいて 給へりみぬやうにて【見ないふりをして】とのかた【外の方】をなかめ給へれ としりめ【後目 注①】はたゝならすいかにそうちとけま さり【注②】のいさゝかもあらはうれしからむとおほす もあなかちなる【ひたむきな】御心なりやまつゐたけ【坐っている時の身の高さ】の 【注① 瞳だけ動かして、後方を見やること。】 【注② 隔てをなくしてくつろいだ姿かたちが、きちんとした時よりかえってすぐれて見えること。】 たかうをせなか【を背長=胴長】に見え給ふにされはよ【やっぱりね】とむ ねつふれぬ【心が非常に痛む】うちつきて【その次に】あな【感動詞】かたわ【不格好】とみゆる ものははな【鼻】なりけりふとめそとまるふけん ほさつ【普賢菩薩】ののりものとおほゆあさましうたかう のひらかにさきのかたすこしたりて【垂りて】いろつき たる事ことのほか【考えられない程】にうたてあり【嘆かわしい】いろはゆき【雪】 はつかしく【顔負けの】しろうてさ を(おイ)【青白いさま】にひた ひ(いイ)つきこよなう【格別に】 はなたるに【広く】なをしもかち【下勝ち 注①】なるおもやう【面様=生まれつきの顔だち】はおほ かたおとろ〳〵しう【注②】なかきなるへし【長そうである】やせ給へる 事いとおしけに【可哀そうなまでに】さらほひて【やせ細って】かた【肩】のほとなと 【注① 下半分の方が長く大きいこと。】 【注② いかにも人目を驚かすほど。】 はいたけなる【痛そうに見える】まてきぬのうえまてみゆなにゝ【何で】 のこりなう見あらはしつらむ【すっかり見てしまったのだろう】と思ものからめつ らしきさまのしたれはさすかにうちみやられた まふかしらつきかみのかゝりは【懸り端 注】しもうつくし けにめてたしとおもひきこゆる人〳〵 も(◦に)お さ〳〵【めったに】おとるましううちき【袿】のすそにたまり てひかれたるほと一尺はかりあまりたらん【余っている】 とみゆきたまへるものともをさへいひたつるも ものいひ【物の言い方】さかなき【意地が悪い】やうなれとむかしものか たりにも人の御さうそく【装束】をこそまついひた 【注 長い髪の垂れかかった具合】 めれ【言ったものである】ゆるしいろ【注①】のわりなう【すっかり】うはしらみ【上白み 注②】たるひ とかさねなこりなう【以前の色の名残もないほど】くろきうちきかさねてう はきにはふるき【黒貂 注③】のかはきぬ【皮衣】いときよらにかうは しき【香ばしき】をき給へりこたい【古代】のゆへ【由緒】つきたる御 さうそくなれとなをわかやかなる女の御よそ ひにはにけなう【ふさわしくなく】おとろ〳〵しき【人目に立つ】事いともては やされたりされとけに【げに=実に】このかはなうてはた【やはり】さ むからましとみゆる御かほさま【お顔の様子】なるを心くる し【気の毒だ】と見給ふなに事もいはれ給はすわれさ へくちとちたる心ちし給へとれいのしゝま【無言】も 【注① 誰でも用いてよい衣服の色。】 【注② 表面の色が褪せて白っぽくなる。】 【注③ くろてん(黒貂)の古語。】 こゝろみむとてとかう【あれこれ】きこえ給ふに【仰せになられたが】いたうは ちらひてくちおほひしたまへるさへひなひ【鄙び】ふる めかしうこと〳〵しく【仰々しく】きしき【儀式】官のねりいてたる【ゆるりゆるりと歩み出る】 ひちもち【肘持ち 注①】おほえて【思い出されて】さすかにうちゑみ給へる けしきはしたなう【無作法で】すゝろひ【注②】た る(り)【「る」の字の中に「ヒ」と記入】いとおし くあはれにていとゝいそきいて給ふたのもし き人なき御ありさまをみそめたる人には うとからす思ひむつひ給はんこそほいある心ち すへけれゆるし【受け入れる】なき御けしきなれはつら うなとことつけて 【注① 肘を張って行く有様。扇や笏(しやく)などを持って肘を横に張った姿勢。ひじつき。】 【注② すずろ(漫)う=何となく落ち着かず、そわそわした様子をする】    あさ日さすのきのたるひ【垂氷】はとけなから【溶けるのに】 なとかつららのむすほゝる【凝固する】らんとの給ひ【「ひ」の字の中と左側に「ヒ」と記入】へと たゝむゝとうちわらひてくちおもけなる もいとをしけれはいて給ひぬ御車よせたる 中門のいといたうゆかみよろほひて【今にも倒れそうで】よめ【夜目】にこ そしるきなからもよろつかくろへたる【表立っていない】事おほ かりけれいとあわれにさひしくあれまとへる【ひどく荒れている】に まつの雪のみあたゝかけにふりつめるやま さとの心ちしてものあはれなるをかの人〳〵の いひしむくらのかと【葎の門 注】はかうやう【このよう】なる所なりけん 【注 むぐらの生い茂っている門。荒れた家や貧しい家をいう。】 かしけに心くるしく【気の毒で】らうたけならん人【注①】をこゝ にすゑてうしろめたう【気が咎める程】こひしとおもはゝや あるましきもの思ひはそれにまきれなむ かしと思ふやうなるすみかにあはぬ御あり さまはとるへき所なしとおもひなからわれならぬ 人はましてみしのひてむや【注②】わかかうて【注③】見な れけるはこ【故】みこのうしろめたし【将来が気掛かりだ】とたくへをき【一緒に居させ】 給ひけむたましひのしるへ【導き】なめりとそおほ さるゝたちはなのきのうつもれたるみす いしん【御随身】めしてはらはせ給ふうらやみかほに松 【注① 心ひかれていとおしく思われるような人】 【注② 見忍びてむや=見てこらえるだろうか】 【注③ 「かくて」の変化した語。このようにして】 の木のをのれおきかへりてさと【さっと】こほるゝ雪 もなにたつすゑの【注①】とみゆるなとをいとふかゝ らすともなたらかなるほとにあひしらばむ【応対する】 人もかなとみたまふ御車いつへきかと【門】はまた あけさりけれはかき【鍵】のあつかりたつねいて たれはおきなのいといみしきそいてきたる むすめにやむまこ【孫】にやはしたなる【どっちつかずの】おほき さの女のきぬはゆきにあひてすけまと ひさむしと思へるけしきふかうてあやし きもの【不審な物】に火をたゝほのかにいれて袖くゝみ【注②】 【注① 『後撰和歌集』六八三番 の歌「和が袖は名に立つ末の松山か空より浪の越えぬ日はなし」のうたをさしている。ここでは歌意に関係なく、三、四、五句を、現在の情景と結びつけ、松の枝からこぼれる雪を波に見立てて興じたもの。】 【注② 袖で包むようにすること】 にもたり【もっている】おきなかと【門】をえあけやらねはより てひきたすくるいとかたくなゝり御ともの 人よりてそあけつる    ふりにけるかしらの雪をみる人も おとらすぬらすあさの袖かなわかきものはか たちかくれすとうちすし【注】給ひてはなの色 にいてゝいとさむしと見えつる御おもかけ ふと思ひいてられてほゝゑまれ給ふ頭中 将にこれをみせたらんときいかなる事をよ そへいはむつねにうかゝいくれはいまみつ か(け)【「か」の左に「ヒ」と記す】られ 【注 ずじ(誦じ)=経・詩文など定まった読み方でよむものを、声を出して読む。】 なんとすへなう【注】おほすよのつねなるほと のことなる事なさ【無さ】ならはおもひすてゝもやみ ぬへきをさたかに見給ひてのちは中〳〵あ はれにいみしくてまめやかなるさまにつねに をとつれ給ふるき【黒貂の古語】のかは【皮】ならぬきぬあやわた なとおい人【老人】とものきるへきものゝたくひかのお きなのためまてかみしもおほしやりて たてまつり給かやうのまめやか事もはつ かしけならぬを心やすくさるかたのうしろみ にてはくゝまんとおもほしとりて【決心して】さまこと 【注 すべなう(術なう)=「すべなし」の連用形「すべなく」のウ音便。なすべき方法がなくてせつない】 にさならぬうちとけわさ【注①】もし給けりかのうつ せみのうちとけたりしよひのそ ◦(は)め【注②】にはいと わろかりしかたちさまなれともてなしに かくされてくちおしう【期待はずれ】はあらさりきかし【なかったよ】おとる へきほとの人なりやはけにしな【品=身分】にもよら ぬわさなりけり心はせのなたらかにねたけ なりしをまけてやみにしかなとものゝおり ことにはおほしいつとしもくれぬ内のとのゐ 所におはしますにたいふの命婦まい れり御けつりくし【梳り櫛 注③】なと(ことイ)にはけさうたつ【注④】 【注① 気を許して、隔てをなくした振る舞い。】 【注② そばめ(側目)=斜めから見ること。】 【注③ 櫛で髪をとかすこと。またその櫛。】 【注④ はっきりと恋心を示す。】 すちなく心やすきものゝさすかにの給 たはふれなとしてつかひならし【注①】給へれは めし【召し】なき時もきこゆへき【報告すべき】事あるおりはまう のほりけり【参上した】あやしきことの侍をきこえさ せさらむもひか〳〵しう【片意地になっていると】おもひ給へわつらひて とほゝゑみてきこえやらぬをなにさまのこ とそわれにはつゝむ事【包み隠す事】あらしとなむおもふ との給へはいかゝはみつからのうれへはかしこくとも【恐れ多くとも】 まつこそは【すぐに報告しますが】これはいときこえさせにくゝなん といたうことこめ【注②】たれはれいのえんなる【思わせぶりな】と 【注① 自分やその仕事に慣れさせる】 【注② 言籠め=口ごもる】 にくみ給かの宮より侍る御ふみとてとりい てたりましてこれはとりかくすへき事かは とてとり給ふもむねつふるみちのくにか み【紙】のあつこえ【厚肥え】たるににほひはかりはふかうし めたまへりいとようかきおほせたり ら(う)たも    からころも君か心のつらけれは たもとはかくそそほち【注】つゝのみ心えす【理解できず】【首を】うち かたふき 給へるに つゝみにころもはこのおも りかに【重そうに】こたい【古体=古風】なるうちをきてをしいてたり これをいかてかはかたはらいたく【気がひける】おもひ給へさらん 【注 しみて内部まで濡れる】 されとついたちの御よそひとてわさと 侍めるをはしたなう【ぶしつけに】はえかへし侍らすひ とりひきこめ侍らむも人の御心たかひ侍へ けれは御らんせさせてこそはときこゆれはひ きこめられなむはからかりなまし【つらいだろう】袖まきほ さむ人【注】もなき身にいとうれしき心さしに て(こ) そはとのたまひてことに【特に】ものいはれ給はす さてもあさましの【あきれた】くちつき やこれこそはてつからの御事のかきりなめれ侍従こそと りなをすへかめれまたふて【筆】のしりとる 【注 袖枕干す人=涙にぬれた袖を枕に共寝して、自然にかわかしてくれる人】 はかせ そ(そイ)なかるへ(なかへきイ)きといふかひなくおほす心 をつくしてよみいて給つらむほとをおほす にいともかしこしとはこれをそいふへかりけり とほゝゑみてみ給ふを命婦おもて【顔】あ かみてみたてまつるいまやう【今様】いろのえゆるす ましくつやなうふるめきたるなおし【直衣】のうら うえひとしうこまやかなるいとな を(ほイ)〳〵し う【平凡な】つま〳〵【端々】そ見えたるあさまし【興ざめだ】とおほす にこのふみをひろけなからはしに【端に】てならひ すさひたまふをそはめ【側目=斜めから見ること】にみれは なつかしき色ともなしになにゝこの すゑつむはなを袖にふれけんいろこきは なと見しかともなとかきけし給ふはな のとかめをなをあるやう【事情】あらむとおもひあ はする【あれこれ考え合わせる】おり〳〵の月かけなとをいとおし きものからおかしうおもひなりぬ      くれなゐのひと花ころもうすくとも ひたすらくたすな【けがす名】をしたてす【立てず】は心くる しのよやといといたうなれてひとりこ つ【独り言】をよきにはあらねとかうやう【かよう(斯様)】のかいなて【通りいっぺんであること】 にたにあらましかは【あったのなら】とかへす〳〵くちおし人 のほとの心くるしきにな【名】のくちなむはさす かなり人〳〵まいれは【来たので】とりかくさんや【取って隠そう】かゝるわ さは人のするものにやあらむとうちうめき【溜息をつき】給 ふなに ゝ(かはイ)【どうして】御らんせさせつらん【お見せしたのだろう】われさへ心なき【思慮がない】 やうにといとはつかしくてやをら【静かに】おりぬ【退去した】又の 日うへにさふらへはたいはむ【台盤】所にさしのそき【ちょっと顔出しする】 給てくはや【ソラ】きのふのかへり事あやしく【何だか】心は みすくさるゝとて【文を】なけ給へり女はらたち【女輩達=女の人々】 なに事ならんとゆかしかる【知りたがる】たゝ梅の花の いろのことみかさの山のをとめこはすてゝと うたひすさひて【注①】いて給ひぬなを命婦は いとおかしとおもふ心しらぬ人〳〵はなそ【なぞ 注②】御ひと りゑみはととかめあへりあらす【いえ】さむき霜あ さにかいねり【注③】このめるはなのいろあひやみえ つらん御つゝしりうた【嘰(つづし)り歌 注④】のいとおかしきとい へはあなかちなる【注⑤】御事かなこのなかにはにほ へう【ママ】はなもなかめりさこむ【左近】の命婦ひこ【肥後】の うねへ【注⑥】やましらひ【交じらひ】つらんなと心もえすいひ しろふ【注⑦】御かへりたてまつりたれは宮には女 【注① 慰み半分に歌う。】 【注② どうして】 【注③ 搔練り=砧(きぬた)でよく打って練ったり、のりを落として柔らかくした絹織物。紅色のものについていうことが多い。】 【注④ 口の中でもぐもぐと歌う歌。】 【注⑤ 独り合点の】 【注⑥ うねべ=うねめ(采女)に同じ。】 【注⑦ 互いに言い合う。】 房(はうイ)つとひてみめて【注①】けり    あはぬよをへたつるなかのころもてに かさねていとゝみもしみよとやしろかみにす てかい【注②】給へるしもそなか〳〵おかしけなりつ こもりの日のゆふつかたかの御ころもはこに御 れう【注③】とて人のたてまつれる【注④】御そ【注⑤】ひとく【注⑥】えひ そめのをりものゝ御そ又山ふきかなにそ いろ〳〵みえて命婦そたてまつりたるあ りしいろあひをわろしとや見たまひけんと おもひしらるれとかれ【あれ】はた【やはり】くれなゐのおも 【注① 見愛で=みて素晴らしいと思う。】 【注② すてかい=「捨て書き」に同じ。無造作に書くこと。】 【注③ 御料=天皇や貴顕の人が所有、または、使用するもの。主として衣服、飲食物、器物なぢについていう。】 【注④ 人から献上された】 【注⑤ 御衣(おほむぞ)=お召物】 【注⑥ ひとぐ(一具)=(「具」は衣服、器具などを数えるのに用いる語。)一そろい。一組。一式。】 〳〵しかりしをやさりともき た(えイ)しとねひ 人【注①】ともはさだむる御うたもこれよりのはことはり【筋道】 きこえてしたゝかにこそあれ御かへり【返歌】はたゝ おかしきかたにこそくち〳〵にいふひめ君も おほろけならて【注②】しいて【注③】給へるわさ【注④】なれはも のにかきつけてをき給へりけりついたち のほとすきてことしおとこたうか【注⑤】あるへけ れはれいの所〳〵あそひのゝしり給にもさは かしけれとさひしき所のあわれにおほ しやら ◦(る)れはなぬかの日のせちゑはてゝ夜に 【注① 年老いて経験を積んだ人】 【注② 並々でなく。】 【注③ 為出で=作り上げる。】 【注④ 詠歌の意】 【注⑤ 男踏歌(おとこどうか)=正月十四日に行われる男の踏歌。踏歌(とうか)とは平安時代以降正月に宮中で行なわれた行事で、歌い、舞い、足踏みして踊ること。十六日が女踏歌。】 いりて御せん【前】よりまかて給けるを御との ゐ所にやかてとまり給ぬるやうにてよふ かしておはしたりれいのありさまよりは けはひうちそよめき【注①】よついたり【注②】君もすこ したをやき【注③】給へるけしきもてつけ【注④】た まへりいかにそ【注⑤】あらためてひきかへ【注⑥】たらんと きにとそおほしつゝけらるゝ日さしいつる ほとにやすらひ【注⑦】なしていて給ふひむかしの つまとをしあけたれはむかひたるらう【廊】の うえ【注⑧】もなくあはれ【注⑨】たれはひのあしほとなく 【注① 「うち」は接頭語。きぬずれや人のざわめきのかすかな音がする。】 【注② 「世付いたり」=世間並みになった】 【注③ 「たをやぐ」=物柔らかになる。しなやかに見える。】 【注④ 心にかけてとりつくろう。】 【注⑤ どうだ。】 【注⑥ ひきかえ=すっかり変える】 【注⑦ 思案してどうしょうかと迷うこと】 【注⑧ 屋根】 【注⑨ あばれる=(住居などが)荒れてこわれた所がある。】 さしいりてゆきすこしふりたるひかりに いとけさやかに【注①】見いれらる御なをし【直衣】なとた てまつるを見いたしてすこしさしいてゝかた はらふし給へるかしらつき【注②】こほれいてた る【注③】ほとめてたしおひなをり【注④】見いてたらん 時とおほされてかうし【格子】ひきあけ給へり いとおかしかりしものこり【注⑤】にあけもはて 給てけうそく【脇息】をゝしよせてうちかけて 御 ひくき(ひんくきイ)【注⑥】のしとけ【「しとけ」の左に「ヒヒヒ」と傍記】しとけなき【注⑦】をつくろ ひ給ふわりなく【注⑧】ふるめきたるきやうた 【注① けざやか=はっきりしている。】 【注② 頭付き=(頭髪も含めた)頭全体のかっこう。】 【注③ 外に現れ出る】 【注④ 「おひなほり(生い直り)」=成長して性格などが、以前より改まること。】 【注⑤ ものごり(物懲り)=物事に懲りること。】 【注⑥ 鬢茎=結い上げた鬢髪の毛筋。】 【注⑦ 無造作である。】 【注⑧ どうしょうもなく。】 いのからくしけ【注①】か ら(かゝイ)けのはこ【注②】なととりいて たりさすかにおとこの御く【具】さへほの〳〵【注③】あ るをされておかしと見給ふ女の御さうそく けふはよつき【注④】たりとみゆるはありしは この心はへをさなからなりけりさもおほし よらすけふ【興】あるもん【紋 注⑤】つきてしるき【注⑥】うはき はかりそあやしとはおほしけることしたに こゑすこしきかせ給へかしまたるゝものは さしをかれて御けしきのあらたまらんなん ゆかしきとのたまへはさえつるはるはとから 【注① 唐櫛笥=(唐は中国風の意)櫛などを入れておく立派な箱。】 【注② かかげのはこ(掻上の箱)=日常の結髪道具などを入れる箱。】 【注③ 少しは】 【注④ 世付く=世間並みの様子。】 【注⑤ 綾に織り出した模様。】 【注⑥ きわだっている。】 うしてわなゝかしいて【注①】たりさりや【注②】としへ ぬるしるしよとうちわらひ給て夢かとそ みるとうちす【誦】していて給ふをみをくりて そひふし【注③】給へりくちおほ い(ひ)【「い」の字の中に「ヒ」と記入。】のそはめよ りなをかのすゑつむはないとにほひや かにさしいてたり見くるしのわさやとお ほさる二条院におはしたれはむらさきの 君いともうつくしきかたおひ【注④】にてくれ なゐはかうなつかしきもありけりとみ ゆるにむもん【無紋】のさくらのほそなか【注⑤】なよゝか【注⑥】に 【注① ふるえ声を出す。】 【注② その通りだ。】 【注③ (物や人に)寄り添って寝る。】 【注④ 片生ひ=十分に成長していないこと。】 【注⑤ 細長=貴族のこどもの装束。】 【注⑥ 衣服など柔らかな感じのするさま。】 きなしてなに心もなくてものし給ふ【注①】 さまいみしうらうたしこたいのをいきみ の御なこりにてはくろ【歯黒】めもまたしかりけ るをひきつくろはせ【注②】給へれはまゆ【眉】のけさ やかに【けざやかに=くっきりと】なりたるもうつくしうきよらなり 心からなとか かよう(かう)【「かよう」の左に「ヒヒヒ」と傍記】うきよを見あつかふ【注③】 らむかく心くるしきものをもみてゐたらて とおほしつゝれいのもろともにひひなあ そひし給ゑなとかきていろとり給よ ろつにおかしうすさひちらし【注④】給けり 【注① 居らっしゃる】 【注② きちんと整えさせ】 【注③ 男女の仲を見てもてあます。】 【注④ 気の向くままに書き散らし。】 われもかきそへ給ふかみ【髪】いとなかき女 をかき給ひてはな【鼻】にへに【紅】をつけて見 給ふにかたに【注①】かきてもみまうき【注②】さまし たりわか御かけのきやうたいにうつれる かいときよらなるを見給ててつからこ のあかはなをかきつけにほはし【注③】て見給ふ にかくよきかほたにさてましらむは見く るしかるへかりけりひめ君みていみしく わらひ給まろかかくかたは【注④】になりなむと きいかならむとのたまへはうたて【注⑤】こそあらめ 【注① 形だけを描いたもの】 【注② 見ま憂し=見るのも嫌である。】 【注③ 彩る。】 【注④ 片端=不恰好。】 【注⑤ 情けなく。】 とてさもや【注①】しみつかむとあやうく【注②】思ひた まへりそらのこひ【注③】をしてさらにこそしろ まね【注④】ようなきすさひわさ【注⑤】なりや内にい かにのたまはむとすらんといとまめやかに【注⑥】 の給をいと〳〵おしとおほしてよりての こひ給へはへいちう【注⑦】かやうにいろ【墨の色】とりそへ給 なあからんはあえなん【注⑧】とたはふれ給さま いとおかしきいもせとみえ給へり日のい とうらゝかなるにいつしかと【注⑨】かすみわ たれるこすゑともの心もとなきなかにも 【注① その通りに~するかもしれない。】 【注② 不安に】 【注③ ふき取るふり。】 【注④ 一向に白くならない。】 【注⑤ 遊び事】 【注⑥ いかにも真面目に。】 【注⑦ へいぢう=『平中物語』(平安時代に成立した歌物語)の主人公。 平中は、女を訪れるときに、硯の水入れを持参して、目をぬらしてなくふりをして。女が水入れに墨を入れておいたので、平中の顔は真黒になったという話がある。】 【注⑧ 我慢できるだろう。】 【注⑨ いつの間にか。】 むめはけしきはみ【注①】ほゝゑみわたれるとり わきて見ゆはしかくし【注②】のもとのこう はひ【紅梅】いととくさくはなにていろつき にけり    くれなゐ に(の)【左に「ヒ」と傍記】はなそあやなく【注③】うとまるゝ むめのたちえ【立枝】はなつかしけれといてや【注④】と あいなく【注⑤】うちうめかれ【注⑥】給かゝる人〳〵のす ゑ〳〵いかなりけん 【注① つぼみがふくらむ。】 【注② 寝殿などの正面の階段を覆うために差しだした屋根。】 【注③ 理由なく】 【注④ いやもう。なんとまあ。】 【注⑤ むしょうに】 【注⑥ 溜息をつき】 【白紙】 【白紙】 【白紙】 【白紙】 【白紙】 【見返し】 【裏表紙】 【背表紙の写真】 【冊子の天或は地から撮った写真】 【冊子の小口の写真】 【冊子の天或は地から撮った写真】