【表紙】 【右下に図書票】 JAPONAIS 5304 【中央に題箋】 すゑつむ花 【見返し】 【文字無し】 【文字無し】 【文字なし】 【右上余白に図書整理番号の筆記】 Japonais 5340 (1) 【右下余白に図書館印 と日付ヵ】 Acq.92-09 おもへともなをあかさりしゆふかほのつゆに をくれし心ちをとし月ふれとおほしわすれ すこゝもかしこもうちとけぬかきりのけし きはみ心ふかきかたの御いとましさにけ ちかくなつかしかりしあわれににるものな うこひしくおもほえ給いかてこと〳〵しき おほえはなくいとらうたけならむ人のつゝ ましき事なからむ見つけてしかなとこり すまにおほしわたれはすこしゆへつきてき こゆるわたりは御みゝとめ給はぬ給はぬ【原文に、「給はぬ」が重複している】く まなきにさてもやとおほしよるはかりの けはひあるあたりにこそはひとくたりを もほのめかしたまふめる は(に)なひきゝこえす もてはなれたるはおさ〳〵あるましきそ いとめなれたるやつれなうこころつよきはた としへなうなさけをくるゝまめやかさなとあ まりものゝほとしらぬやうにさてしもすく しはてすなこりなくゝつをれてなを〳〵 しきかたにさたまりなとするもあれはの 給ひさしつるもおほかりけりかのうつせみを ものゝおり〳〵にはねたうおほしいつおきの 葉もさりぬへきかせのたよりある時はおと ろかし給ふおりもあるへしほかけのみたれ たりしさまはまたさやうにてもみまほしく おほすおほかたなこりなきものわすれをそ えしたまはさりける左衛門のめのとゝて大 貮のさしつきにおほいたるかむすめたいふ の命婦とて◦(内に)さふらふわかむとほりの兵 部の太輔なるむすめなりけりいっといたう いろこのめるわか人にてありけるを君もめし つかひなとし給ふはゝはちくせんのかみのめにて くたりにけれはちゝ君のもとをさとにてゆき かよふ故ひたちのみこのすゑにまうけて いみしうかしつき給し御むすめ心ほそくての こりゐたるをものゝついてにかたりきこえけれ はあはれのことやとて御こゝろとゝめてとひきゝた まふ心はへかたちなとふかきかたはゑしり 侍らずかいひそめ人うとうもてなし給へはさへ きよひ【さべき宵】なとものこしにてそかたらひ侍る きん【琴】 をそなつかしきかたらひ人とおもへるとき                   こ ゆれはみつのともにていまひとくさ【一種】やう たてあらんとてわれにきかせよちゝみこの さやうのかたにいとよしつきてものし給ふ けれはをしなへてのてにはあらしとおもふ とかたらひ給さやうにきこしめすはかりには 侍らすやあらむといへはいたうけしきはまし【気色ばまし】 やこのころのおほろ月夜にしのひてもの せんまかてよとの給へはわつらはしとおもへと うちわたりものとやかなる春のつれ〳〵に まかてぬちゝの太輔の君はほかにそすみ ける命婦はまゝはゝのあたりはすみ【住み】もつかす ひめ君のあたりをむつひて【睦びて=親しく振舞って】こゝにはくるなり けりの給ひしもしるく【予言通り】いさよひの月おかし きほとに【夜に】おはしたりいとかたはらいたき【気が咎める】わさ かなものゝねすむへき夜のさまにも侍らさ めるに【ありませんね】ときこゆれと【申し上げれば】なをあなたにわたり てたゝひとこゑ【一曲】ももよをしきこへよむな しくてかへらんかねたかるへきを【残念なので】とのたまへは うちとけたるすみかにすへ【据え】たてまつりて【お通しなさって】 うしろめたうかたしけなしとおもへとしん 殿にまいりたれはまた【まだ】かうしもさなから【そのまま】む めのか【梅の香】おかしきをみいたしてものしたまふ【中から眺めておられる】よ きおりかなとおもひて御ことのねいかにま さり侍らむと思給へらるゝよのけはひにさ そはれ侍りてなんこゝろあはたゝしきいて いり【出入り】にえうけたまはらぬこそくちをしけれ といへはあはれしる人こそあなれ【いてほしい】もゝしき【宮中】 にゆきかふ人のきくはかりやはとてめしよ するもあいなう【よそながら】いかゝきゝたまはんとむねつ ふるほのかにかきならし給ふおかしうきこ ゆなにはかり【大して】ふかきて【深き手=習熟したお手並み】ならねとものゝねからの すちことなるものなれはきゝにくゝもおほ されすいといたうあれわたりさひしき 所にさはかりの【それ程の】人のふるめかしうところせく【あたりが狭く感じる程家人が多く】 かしつきすへたりけん【大切に世話をして一所におちつかせただろう】なこりなくいかに おもほしのこす事なからむかやうのところ にこそはむかしものかたりにもあはれなる事 ともありけれなとおもひつゝけても物やい ひよらましとおほせとうちつけにや【唐突だと】おほさ むと心はつかしうてやすらひ給ふ【躊躇なさる】命婦か とあるもの【かどある者=才気ある者】にていたうみゝならさせたてま つらしと思ひけれはくもりかちに侍めり まらうとのこむと侍りつるいとひかほ【厭ひ顔=さも避けているような様子】にもこそ いま【すぐにまた】心のとかにを【ゆっくりとね】みかうし【御格子】まいりなん【おろします】とて いたうもそゝのかさて【せかして勧めもせず】かへりたれはなか〳〵な るほとにて【途中で】もやみぬるかなものきゝわく程 にもあらてねたふ【残念だ】との給ふけしきおかし とおほしたり【興味を持たれた】おなしくはけちかき程の【近くで】 たちきゝせさせよとのたまへと心にくゝて【心惹かれてもっと聞きたい】 とおもへは【(そこで止めると決めていたので)】いてや【いえいえもう】いとかすかなる【勢いのない】ありさまに おもひきえてこゝろくるしけにものしたまふ めるをうしろめたき【気がとがめる】さまにやといへはけにさも ある事にはかに我も人もうちとけてかたら ふへき人のきは【際=身分】ゝ きはとこそ(ことにこそイ)あれ【こともあろうに】なとあは れにおほさるゝ人の御ほとなれはなをさ やうのけしきをほのめかせとかたらひ給ふ またちきり給へるかたやあらむいとしのひ てかへり給ふうへ【上=帝】の【(源氏の君は)】まめにおはしますと【真面目だからと】も てなやみ【処置に困ると】きこえさせたまふ 【御心配されているのは】こそ(こそ)おかしう おもふ給へらるゝおり〳〵侍れかやうの御 【「や」が脱落ヵ】つれすかたをいかてか御らんしつけんときこ ゆれはたちかへり【引き返し】うちわらひてこと人【異人=関係のない人】のい はむやうに【言いそうなことを】とか【咎】なあらはれそ【とがめだてされたくないよ】これをあた〳〵 しき【浮気っぽい】ふるまひといはゝ女のありさまく るしからむ【差し障りがあるだろう】とのたまへはあまりいろめいた る(り)【左に「ヒ」と傍記】 とおほしており〳〵かうのたまふをはつ かしとおもひてものもいはすしん殿の か(か)【本文の「か」を見せ消ち】 たに人のけはひきくやうもや【感じられるかもしれない】とおほして やをらたちのき給ふすいかい【透垣】のたゝすこ しおれのこりたるかくれのかたにたち より給ふにもとよりたてるおとこあり けりたれならむ心かけたるすき物あり けりとおほしてかけにつきて【物陰に入って】たちかく れ給へはとうの中将なりけりこのゆふ つかた【夕つ方】うち【内裏】よりもろともに【一緒に】まかて【退出】たまひ けるをやかて大殿にもよらす二条院にも あらてひきわかれ給ひけるをいつちなら ひ(む)【「ひ」の文字の中央に「ヒ」と記載】【どこへ行くのだろう】 とたゝならて【様子がいわくありげで】われもゆくかたあれとあとに つきてうかゝいけりあやしきむまにかり きぬすかたのないかしろにて【無造作ななりで】きけれはえ しり給はぬに【お気づきなさらないで】さすかにかうことかた【異方=違った所】にいりた まひぬれは心もえす【要領をえず】おもひけるほとものゝ ねにきゝついて【聞いてそれに心ひかれ】たてるにかへりやいて給と したまつ【下待つ=ひそかに待つ】なりけり【のであった】君はたれともえみわ きたまはて【気付くことが出来ず】われとしられしとぬきあし にあゆみのき給ふにふとよりて【寄ってきて】すてさ せ給へるつらさに御をくりつかうまつり つるは【お送りして差上げたのですよ】    もろともにおほうちやまはいてつれと いるかたみせぬいさよひの月とうらむるも ねたけれと【憎らしいが】この君と見給ふにすこしお かしうなりぬ人のおもひよらぬ事よと にくむ〳〵    さとわかぬ【どの里にも隔てず】かけ【月の光】をはみれとゆく月の いるさ【入り際】の山をたれかたつぬるかうしたひ【慕い】あ りかはいかにせさせ給はむ【どうされますか】ときこえ給まこ とはかやうの御ありきにはすいしむ【随身】から こそ【を付けてこそ】はか〳〵しきこと【しっかりした行動という】こともあるへけれをくらさ せ給はてこそあらめ【(私を)置き去りにしないでほしい】やつれたる【お忍びでの】御ありき はかる〳〵しき事【軽率な事】もいてきなむ【起こります】とをしか へし【押し返し=反対に】いさめたてまつるかうのみ【こんな時ばかり】見つけ らるゝをねたし【癪】とおほせとかのなてしこ はえたつねしらぬを【(頭の中将も)よう尋ね知らないので】をもきこう【功=手柄】に御心の うちにおほしいつをの〳〵ちきれるかたにも あまえて【遠慮せず】えゆきわかれ給はす【別々の所へ別れて行くこともようなさらないで】ひとつく るまにのりて月のおかしきほとにくも かくれたるみちのほとふえふき【笛吹き】あは せておほとのにおはしぬさき【先】なともを はせ【追わせ=先追い(前駆)】給はすしのひいりて人みぬらう【廊】に 御なをしともめしてきかへ給つれなう【さりげなく】 いまくるやうにて御ふえともふきすさみ ておはすれはおとゝ【大臣】れいの【例によって】きゝすくし給はて【聞き過ごしはなさらないで】 こまふえ【高麗笛】とりいて給へりいと上す【上手】におは すれはいとおもしろうふき給御こと【琴】めし てうちにもこのかたに心えたる人〳〵にひか せ給ふ中務の君わさと【格別に】ひは【琵琶】ゝひけと 頭の君心かけたる【思いをかけていたの】をもてはなれて【故意に避け続けて】たゝ このたまさかなる【(源氏の)】御けしき【魅力】のなつかし きをはえそむききこえぬ【ようお離れ申し上げることができず】にをのつから かくれなくて【有名で】大宮なともよろしからす おほしなりたれはものおもはしくはした なき【みっともない】心ちしてすさましけ【心の楽しまないさま】によりふした りたへてみたてまつらぬ所にかけは なれなむもさすかに心ほそくおもひみたれ たり君たちはありつる【例の】きんのね【琴の音】をおほ しいてゝあはれけなりつるすまゐの さまなともやうかへて【事情が変われば】おかしうおもひつゝけ あらまし事に【将来の予測だが】おかしうらうたき【美しくて心惹かれ大事にしてやりたい】人のさ てとし月をかさねゐたらむときみそめて いみしう心くるしくは人にもゝてさはかる はかりやわか心もさまあしからむなとさへ中 将はおもひけりこの君のかうけしきはみ【何となくそれらしい様子が現れ】 ありき給をまさにさては【それではこのまま】すくし給ひて むや【過ぎるとは思われない】となまねたう【ちょっと憎らしく】あやうかりけり【不安だ】そのゝ ちこなたかなたよりふみなとやり給へし いつれもかへり事みえす【返事が来ず】おほつかなく【不安で】 心やましき【イライラする】に◦あまりう(ひたやこもりなり)【直屋籠り=引きこもってばかりいること】たてある【嘆かわしいこと】かなさ やうなるすまひする人 は(もう)もの思ひしりた るけしきはかなき木くさそらのけしき につけてもとりなしなとして心はせ をしはかるゝおり〳〵あらむとそあはれなる へけれ【あるのはいいことなのだが】をも〳〵し【社会的地位が高い】とてもいとかう【本当にこのように】あまりうもれ たらんは【あまりに引っ込み思案なのは】心つきなく【心が惹かれず】わるひたり【悪く見えている】と中将は まいて【まして】心いられしけり【きもちがイライラさせられている】れいのへたて【心の壁を】き こえ給はぬ【おつくりにならない】心にてしか〳〵のかへり事はみ給 や心み【試み】にかすめ【軽く事に触れて言う】たりしこそはしたなく【きまりが悪く】 てやみにしか【途絶えてしまった】とうれふ【憂ふ】れはされはよ【やっぱりね】いひより にけるをやとほゝゑまれていさみむとしも【見たいとも】 思はねはにやみるとしも【見ることも】なしといらへ給を人 わき【人別き=相手によって態度を変える】しけるとおもふにいとねたし君はふかう しもおもはぬ事のかうなさけなきをすさ ましくおもひ【しらけた感じに】なり給にしかとかうこの中将 のいひありき【あれこれと言い寄り】けるをこと【言】おほくいひなれたら む方にそなひかむかししたりかほ【得意顔】にもとの ことをおもひはなち【思い切る】たらむけしきこそう れはしかる【嘆かわしい】へけれとおほして命婦をまめ やかに【誠実に】かたらひ給おほつかなうもてはな れたる【なぜか故意に避け続ける】御けしきなむいと心うきす き〳〵しきかた【好色めいた人】にうたかひよせ給ふにこそ あらめ【疑いをお持ちなのだろうか】さりとも【ともかく】みしかき心は え(え)つかはぬも のを人の心ののとやかなる事なくておも はすに【意外なことに】のみあるになん【なると】をのつからわかあや まちにもなりぬへき心 のとかにておやは らからのもてあつかひ【世話】うらむるもなう心やす からむ人はなか〳〵なむらうたかるへきを【大事にしてやりたいものを】とのた まへはいてや【いやあ】さやうにおかしき【興味が惹かれる】かたの御かさや とり【暫しの雨宿り(恋の立ち寄り所)】にはえしもや【とても】とつきなけに【相応しくないさまに】こそみえ侍 れひとへにものつゝみし【遠慮深く】ひきいりたる【控えめな】かた はしも【ばしも=でも】ありかたうものし給ふ【稀でいらっしゃる】人になむ【人ですから】と みるありさまかたりきこゆらう〳〵しう【ろうろうじう=物慣れて行届いていて】かと めき【かどめき=才気ありげに見え】たる心はなきなめり【ないと見える】いとこめかしう【子供っぽい】お ほとかならむ【おっとりしている】こそらうたく【大事にしてやりたく】はあるへけれとおほ しわすれすのたまふ【(源氏は)】わらはやみ【瘧病 注】にわつら ひ給人しれぬものおもひのまきれも御心の いとまなきやうにて春なつすきぬ秋の ころをひしつかにおほしつゝけてかのきぬた のをともみゝにつきてきゝにくかりしさへ こひしうおほしいてらるゝまゝにひたちの宮 にはしは〳〵きこへ【ママ】給へと【文をお出しするが】なをおほつかなう のみあれは【返事が来ないので】よつかす【世付かず=世間並みでなく】心やましう【不愉快で】まけてはや 【注 間欠熱の一種。悪寒、発熱が隔日または毎日、時を定めておこる病気。マラリアに似た熱病。おこり。えやみ。】 まし【負けては止まじ=根負けして止めるつもりはない】の御心さへそひて【加わって】命婦をせめ給ふいか なるやうそいとかゝる事こそまたしらね【経験したことがない】と いとものしと【不愉快だと】おもひてのたまへはいとおし【気の毒だ】とお もひてもてはなれて【相手を避け続けて】にけなき【相応しくないなどという】御事とも おもむけ侍らす【仕向けたわけではありません】たゝおほかたの御ものつ つみの【もの慎みの=引っ込み思案が】わりなきに【どうにもならない】て【手】をえさしいて給はぬ となむみ給 に(ふ)【左に「ヒ」と傍記】る に【左に「ヒ」と傍記】ときこゆれはそれ こそはよつかぬ事【世付かぬ事=世間知らず】なれものおもひしるまし きほと【物心のつかない子供】こそさやうにかゝやかしき【照れくさい】も事は りなれ【ことわり=道理だが】なにごとも 思ひ(思ひ)しつまり給へらん【正常な分別があるであろう】 とおもふこそそこはかとなくつれ〳〵に心ほ そうのみおほゆるをおなし心にいらへ給はむは ねかひかなふ心ちなむすへきなにやかやと よつけるすち【色恋に関連する事柄】ならてそのあれたるすの こにたゝすまゝほしき【佇んでみたい】なりいとうたて【いよいよ甚だしく】心え ぬ【納得できない】心ちするをかの御ゆるしなくともたはかれ かし【計画をめぐらせよ】心いられしうたてあるもてなしにはよも あらしなとかたらひ給ふなをよにある人【世にときめいている人】の ありさまをおほかたなるやうにてきゝあ つめみゝとゝめ給くせのつき給へるをさう 〳〵しき【騒々しき=騒がしい】よひゐ【夜更けまで起きていること】なと に(のイ)はかなき【とりとめのない(話)の】ついてに さる人こそ【そんな人がいるのか】とはかりきこえいて【噂が漏れ】たりしにかく わさとかましう【意識的に】のたまひわたれはなまわつ らはしく【なんだか煩わしく】女君の御ありさまもよつかはしく【好色がましく】 よしめき【訳ありそう】なともあらぬを中〳〵なる【生半可に】みちひ きに【導きして】いとおしき事【気の毒なこと】やみえなん【にならないか】とおもひけ れと君のかうまめやかに【誠実な様子で】のたまふにきゝ いれさ ゝ(ら)むもひか〳〵しかるへし【片意地になっているようだ】ちゝみこおは しけるおりにたにふりにたる【年月を経て古くなってしまっている】あたり とてをとなひきこゆる【訪問される】人もなかりけるを ましていまはあさちわくる【生い茂った茅(ちがや)などを分けて尋ねてくる】人もあとたえたる にかくよにめつらしく御けはひのもり にほひくるをはなま女【若くて身分の低い女】はら【如き者】なともゑみまけ て【笑みまげて=笑顔を作って】なをきこえ給へとそゝのかしたてまつ れとあさましう【驚くほど】ものつゝみ【遠慮深く引っ込み思案】したまふ心に てひたふるに【熱心に】み【見】もいれ給はぬなりけり 命婦はさらはさりぬへからんおり【都合のよい折に】にものこし にきこえ給はむほと御心につかすは【お気に入らないなかったら】さて もやみねかし又さるへきにて【それ相応の御縁で】かりにもおは しかよはむをとかめ給へき人なしなとあ ためきたるはやり心は【浮気で軽率な心だと】うちおもひて【ふと思って】ちゝ 君にもかゝる事なといはさりけり八月廿よ 日よひ【宵】すくるまてまたるゝ月の心もとなき にほしのひかりはかりさやけく松のこすゑ ふく風のをと心ほそくていにしへの事 かたりいてゝうちなきなとし給いとよきおり かなとおもひて御せうそ こ(こ)やきこえつらん【連絡をなさったのだろう】 れいのいとしのひておはしたり月やう〳〵 いてゝあれたるまかき【籬】のほとうとましく【気味悪く】 うちなかめ給ふにきむ【琴】そゝのかされてほの かにかきならし給ほとけしう【悪く】はあらすゝ こしけちかう【親しみやすく】いまめきたる気を【当世風ではなやかな感じ】つけは や【つけたほうが】とそみたれたる心には心もとなく【物足りず】思ひ ゐたる人めしなき所なれは心やすくいり たまふ命婦をよはせ給ふいましもおとろ きかほにいとかたはらいたき【気が咎める】わさかなしか〳〵 こそおはしましたなれつねにかううらみ きこえ給ふを心にかなはぬよしをのみいなひ【否び=ことわり】 きこえ侍れはみつからことはりもきこえ しらせんとのたまひわたるなりいかゝき こえかへさむなみ〳〵のたはやすき【軽々しい】御ふるまひ ならねは心くるしきをものこしにてきこえた まはむ事【(源氏が)仰ることを】きこしめせ【お聞きなさい】といへはいとはつかしと 思て人にものきこえむやうも【御挨拶の仕方も】しらぬをとて おくさま【奥のほう】へゐさりいり給いとわか〳〵しうお はしますこそ心くるしけれかきりなき【身分の高い】人も おやなとおはしてあつかひうしろみ【後見】きこえた まふほとこそわかひ【若び】たまふも事はりな れかはかり心ほそき御ありさまになをよ をつきせす【男女の仲の事柄や情を理解せず】おほしはゝかるは【遠慮や心配なさるのは】つきなう【相応しくない】 こそとをしへきこゆさすかに人のいふ事は つようもいなひぬ【否びぬ=断らない】御心にていらへきこえて【お答え申し上げないで】たゝ きけとあらはかうし【格子】なとさし【鎖し=錠をおろし】てはありなむ との給すのこなとはひんなう【具合が悪く】侍なんをした ちて【無理に我意を張って】あは〳〵しき【軽々しい】御心なとはよも【まさか】なといと よくいひなしてふたま【二間】のきはなるさうし【障子】 てつからいとつよくさして御しとね【座布団】うち をきひきつくろふ【取り繕う】いとつゝましけにおほ したれとかうやうの人【このような(高貴な)人】にものいふらむ心は へ【心構え】なともゆめ【まったく】しり給はさりけれは命婦の かういふをあるやうこそはとおもひてもの し給めのとたつおい人なとはさうしにい りふしてゆふまとひしたるほとなりわか き人二三人あるはよにめてられ給ふ御あり さまをゆかしきものにおもひきこえて心け さうしあへりよろしき御そたてまつり かへつくろひきこゆれはさうしみはなにの 心けさうもなくておはすおとこはいとつき せぬ御さまをうちしのひよういし給へる御 けはひいみしうなまめきて見しらむ人に こそ見せめはへあるましき【張り合いなど有るはずがないだろう】わたりをあな いとをし【見ていて気の毒だ】と命婦はおもへとたゝおほとかに【おっとりと】 ものし給ふをそうしろやすう【安心で】さしすきた ること【出過ぎたこと】はみえたてまつり給はし【御覧に入れることはなさらない】とおもひける わかつねにせめられたてまつるつみさり こと【罪・咎を避けるためにする物事】に心くるしき人【気がかりな人(姫君)】の御物思ひ【思い悩むこと】やいてこむ なとやすからす【不安に】おもひゐたり君は人【姫君】の御ほ と【身分】をおほせはされくつかへり【甚だしゃれていて】い さ(まイ)やうの【今様=当世風の】よしは み【よしばみ=上品ぶった様】よりはこよなうおくゆかしうとおほさるゝ にいたうそゝのかされてゐさりより給へる けはひしのひやかにえひのか【「衣被」或は「裛衣」の香 注】いとなつかし うかほりいてゝおほとかなるを【おっとりしているように感じ】されはよ【やっぱりね】とお ほすとしころおもひわたるさまなといとよ くの給ひつゝくれとましてちかき御いらへは たえてなしわりなの わ(わ)さや【あまりにもひどいしわざ】とうちなけき給    いくそたひ【何度も】君かし ゝ(らイ)まに【あなたの沈黙に】まけぬらむ ものないひそといはぬたのみにのたまひもす て ゝ(てイ)よかしたまたすき【事が掛け違って】くるしとのたまふ 女君の御めのとこ【乳母子】しゝう【侍従】とてはやりかなる【調子のよい】わ か人いと心もとなうかたはらいたしとおもひて 【注 各種の香料を調合して作った薫物(たきもの)の一種。衣服にたきしめる】