208 639 珍説女天狗   完 安永九年   水 208 ◯【印、「特別」】 639 珎説女天狗 《割書:通笑作|清長画》 全二冊 こゝにたいこもちの伝介といふ ものありいつたいしやうばいとはいゝ ながらきがるにてくちやいよくいつれの ざしきにてもいちざのきやうにいり はなをたか〳〵とざしきをつとめ 此男のくせとしてあつかんをすき 大酒するとめがすわりかふまんの きさしありていかなるごてれつの しよろまやぼてんわがみちへ いふいんせずといふ事なし あるときこゝろよきほど よいてちや屋のやねへいでゝ すゞみいれはそよ〳〵とふきくる かぜさもなまぐさく 小田原町か しんばの にをいと まではじめの うちはおほへしが それよりさきは なにとなくうつら〳〵と そらをながめいる いつてんちりもなくはれわたり みづあさきにはすこしこくまるに ごく上〻吉のそらいろすみながしの よふなるくもいづるとそのまゝ伝介をひつつかみ くもいはるかにのぼりこれわとおもひ かほを見れははなたかくときんかぶり たちつけをはいているを見てさすがは つかにてなむさんぼうとはおもへともかのじやと おもひみいごきもせずはつたびなれとふなちん かごちんのせわもなくさかてもいわれづ 二十里ばかりつれゆきしばらくこずへのうへに やすみこのとき伝介すぎのきにてしりをいため さすがはものになれたる男りやうてをつきまだわた くしはごあいさつも申ませぬわたくし事はこのとうふりに ひまんいたし さぞおてが おくたびれ あそばし ましやうと いへば いや〳〵 なんの これしき そのほうは まだよふ すをしるまひ このほうの おやだまの きよいじやに よつてつれゆく うぬしも こういふふとつ ちやうでは たびもした 事もあるまひ はこね八りも むまもいらず 大井川のかわとめの きづかいもなし ずいぶんとこゝろ まかせにけんぶつしやれと 見せながらゆき きいたばかりではおそ ろしきものなれど すこしてもつきやつて 見ればなか〳〵やさしく あじなものなり 【中央下の書き込み】 しづかに 見たら おかしい事も ござりやしやう ほとなく伝介は しん〳〵たる すぎばかりある 山のなかへつれきたれけれはそふたい しやふとおほしきはくはつたる あからがほしやうぎにかゝり いたまへはどふか見たよふなと おもひやう〳〵と おもひだしかしわか さまのおししやう さまであろふとのみ こみへいふくする 「おふごよりまんしんなる ものをあふらげのことく さらひまどふにいれ 大てんぐ小てんぐあつまや てんくすまんきのそのしたに つけ□れとも日本しやうこくと いへともなか〳〵しんこく にてたやすくはいかづ そのなかにもこふまんにて なんてももの事をけなし からみそをふちあけ うぬばかりりかうのやふに くちをきゝせけんに人のなき やふにおもひかみなり てんぐとさまつけをせづ そのとがめによつて おふくはまどふへ ひきいれら れけるなり 【画の下の書き込み】 いづれも がまんの やから 御ぜん   へ いつる まつたくはなのさきの こうまんよの人のがいに なる事はいたしませぬ はなのさきとは みゝにかゝる はなのさきちへ などゝはこのほうでは さしやい   じやぞ てんぐといふものはしちうとの りやうけんとはきついちかいな ものなんでもさらつていきそう なものなれともそのよふな 事はけつしてなし つまゝれたこうまん でやいそれ〳〵にあきん どゝなしころもやたち つけやはうちわうり ぼうやありいつかどの まちやにていりやうな ものはかいあけ人を たをす事はなく これではこうまんも いゝそうなものなり 【図の下の書き入れ】 さらさうちわや しぶうちわほぐはりの【反故貼りの】 うちわも なし はうちわ ひと とをり こふかな ものなり じやうぶなをくりやれ かゞおゝくてうちわがたまらぬ ぢまんではござり ませぬがせけんのと おくらべなされて ごろうじ ませ とうせいのきては ないがもへぎの ころもをたのむ そんなに しがまいとて みそをあげ やる な こゝへきても くせが やまぬ の 【看板の文字】 御袈裟衣   しな〳〵 【暖簾の文字】 衣 ころも 伝介はこうまん中間のうちにも こりこうにたちまわりてんぐの ほうよりこがしらにいゝつけられ たちつけをはいりやうして したはのものを とりあつかう そうたいこがしらの たちつけはくはこのよな りくつなるべしすべて このはてんぐにいたるまてはなは もちまいにてたかしばつかに つきしものこゝろはまんしん にてもなみより はなのひくいもあり こゝらのところを 伝介がくふうにてみなのものにひと つづゝわたしおきしはそまなとが みつけしときのためなり そまはさんちうにてたち つけをはいていればろくぶ などはてんぐかとおもふ 事もあり小てんぐの めんはてきやいに なきゆへいづれも 大てんぐのすかたと なりけり 【絵の下の方の書き入れ】 わしがなりを 子共が見た ならまもりを くださいと いふてあろう でんくは あつかんにて のみ ひとりも げこは なきゆへ みなかほは あかし 小てんぐは あをし あをい も さけ は つよ し 伝介はまとふをいつはいにしこなしのこらずこゝろやすくなり 大天狗小てんぐといふ事かがてんゆかづ 小てんぐといふに大てんぐより男のおふき ながありおふきいちいさいて大小の事も わからずといふりくつといつぱい のみしらへたつねけれは三十日の うち一日もやすみなしつとめる ゆへ大てんぐといふ小てんぐは ひと月に一日やすみあるゆへ 小てんぐといふそのかわり 大てんぐのこづかいは一日 五十づゝ小てんぐは廿四文づゝ それゆへまどうのなぐ さみのはで五十を大といふ 廿四文を小といふ大小の わけはこのとふりなりと はなす 伝介さいはしけものにて こせ〳〵とめくしり たてかよふにふくそう なしにおつきやい もふすにどういたした 事でおかみさまにはおちかづきに なされませぬと ねじりかけれは うぬしも とんだ事をいふ ものだてんぐにおんなが あるものたとてつもないと あいさつすればなるほどついに 見たものもきいた事も ござりませぬがこうまふ せばいかゞなれとおこさま かたの事をてんぐのすだちと もふしますおんなはなくて 子のてきよふはづもなし 小てんくさまをおんなかと おもへはさうでもなしなんぼ ない〳〵とおつしやつても今 どきのてんぐさまにゆだんは ならぬとりくつにつめる 【絵の下の書き込み】 のむ より ほ かに たの しみ は ござ らぬ うぬし もつうのよふでも ないによにんとふといふを しらぬが それから うへは 女は ならぬ が てんぐにはおんなは ないといふりくつを きゝわたくしともゝ かふまんだとあつて おなかまになされましたが 女にこうまんのある事おびたゝ しき事みのかしになされておゝき なさるはすこしあやしいとしや くりかけられ女のひいきといわれて もちまいのかほゝあかくして そうゆう事ではない そんならうぬしとつれたつて 見にでよふとたかい所より ちや見せにいる女を見せまづ むすめからころふじませふじ いろのむくにしろむくばかり 三つきてあかいものはくちへに ばかりびやうきのすけつねの たいめんといふみなんとこう まんなものでござりやしようたばこにとくと おきをつけられませうさいしよはなよりけむがいで まするのちはくちより わをふきますと口上に したがへば天印もあきれる 【絵の下の書き込み】 ふきや 町の とふ どり と いふぢい さんだ どふ しや□ □□の はゝアきれい〳〵 伝介かいふ所もいちり有 やまいのうちのよいやまいと いふはもつたがやまひといふ やまひ「さむくともよを はる人のころもかへとはよい 句なりすこしさむいと せけんにかまわずむしやうに かさねぎあついも又人にすぐれ 三月のはじめからつゞらかさ ともの女がおそなへのてきたてのようにあをぎ ながらあるくむかふからはでかわりほうこう人 きよねんのめ見へはもん所 のひかるぬのこあくるとしは もみうらの小そでか できまだおびはねつ からふめぬうちから おふはゞのそでづきん したがこのくらいをこう まんといわばこうまんで めがあぶなしちかごろはとこのはゝ おやもむすめの事をわらしよりせいかたかふ ござりやすといふなるほとこれはちがいはなし たん〳〵そのむすめか子もちになればしまいには てんぢくへもてかとゞくそのとき おまへがたもはなをつまゝ れぬよふになされとてん ぐさままでこわからせ おへねえ伝介くちわる ものなり 【絵の下の書き入れ】 ごしんぞさん さんによく にました おやけしからぬ はしよりようだ あねさんはり かへしものを し な さる の てんぐは女のこうまんなる 事はゆめにもしらぬものを 伝介がくちをたゝきしゆへしよ 〳〵を見てあるき人のめには 見へねどもひきまどからのぞくやら まとから見るかゆだんはならずはなを つけなからごのぢよごんこれはさしづめ 大てんぐのおくさま はをりきたやほう のいのうちのかわづ【野望の井の内の蛙】 せけんの事はしら づわれより きつしやうのよい はつめいな ものはないと おもひなに 事にもさしつ してしんだいはわれでもつているきは あふきなりやうけんちがいあたじけ なすびのしぎやきと人にいわれ なれどもぢんく【てんぐ?】のほうへは むきなしろもの くしかうがいでも はやりの いろ人が さきへ したが事は てまいのおもひつき といふかほにてこう まんがはなのさきに 見へこれをはなのさきと いふ事しぜんと天狗 よりはじまりし 事なり 【絵の中の書き込み】 はゝ あ さてと とき  に まだからいの 「このぢうのびんさしを たのむによ さきばかりふが【ふ=斑、鼈甲の黒い部分か】 あれはよい 八百まん ねんも さきより てんぐに女はなき ものを伝介がくちゆへいよ〳〵 女のてんぐをこしらへる つもりになりくらまの ずつとおくへ よりやいを つけおふみね のぜんきが【大峰の前鬼が】 いつとうかづらき たかまひらよかわたかをゝ はじめそうだんをきわめ まんしんなるものはわが みちへいれんときわま わりさらうつもりに なれども女をさら うといふてはいかに してもせけんの きこへが わるいとうか よくしんでかねに でもするとおもわれ てはなにともきのどく こうまんたから さらうと おもへは よいがどうふも 人のくちにはとがたて られぬとなか〳〵天狗も うちきなものにてこんどのやくハ 伝介がよかろうとじよさいの ないところをみこみいゝつけける そのほかまんしんなるいきな おとこおびたゝしくきていれ どももし女をさらいそのばより かけおちせまいものでもなしと こみづな ところへ きをつけなにからなにまて ぬけめもなくてんくのよふた とはよくたとへたもの なり 【絵の下の書き入れ】 このたびの ほうびに はうちわを くださる たいぎとハゆふ ものゝよさ そうな やくしや せけんのこうまんなる ものへのきこへがいふん かた〴〵ありがたふ そんじます 伝介はうぬかくちゆへたいやくを いゝつかりあながちにつひでも なけれともてまへのこゝろ やすき女をたゆふさじきへ やるききでつれに来り 大ぜいにつかまり いろ〳〵とせめられ おまへがたを天狗に するつもりでき やしたといへば 伝介がまどうへ いりたる事をしりて かへさずわたくしさへかへら ねばこのそうだんも やめになり女の天狗は てきづとのようにでも こうまんになさりやせ わたしがうけやいます天狗 たちもこゝろやすくいたしたが 女といふはひとりもなし こわひ事もなんにもない 女は天狗になるきづかいなしじやに なる事はうけやいませぬと伝介がはなしありのまゝにて 御めにかけまいらせ□□□ 【右下】 通笑作   清長    画 208 639