【右】 059254―000―9 特38―179  虎列刺病予防用法  内田 健之丞 編  M10 CBF―0107 【左】 【シール】特38―179 東京府書籍館  壱 新門    三部    六類    三函    四棚    六二七号 《題:虎列刺病豫防用法》      定價貳銭五厘 【シール】特38―179 《題:虎列刺病豫防用法》 【右】  【角印】東京府書籍館醫書□ 虎列刺病豫防用心 内務省衛生局報告第五號 虎列刺病(コレラビヤウ)の流行するや其勢甚迅疾(スミヤカ)に して殆(ホトンド)耳を掩(ヲホ)ふに及ばざるものあり 其時に當りては官廳より預防救済(ヨバウスクヒ)の 注意あるべしと雖 ̄モ其/養生法(ヤウジヨウホウ)と吐瀉物(トシヤフツ) の洗浄邦(センジヤウホウ)との如きは各人/豫(カネ)て之を心(コゝロ) 得置(エヲキ)深く戒慎(カイシン)するに非(アラザ)れば啻(タゞ)に其一 【右】 身を非命(ヒメイ)に殪(タフ)すに止まらす心其/惨毒(サンドク) を他人に延萬(エンマン)して底止(テイシ)する所を知ら ざるに至るべし因て今其方法を記し て左に報告す  コレラ病流行之節各自に注意  すべき養生法《割書:附|》吐瀉(トシヤ)物洗浄(センジヤウ)法 コレラ病は同く其病毒に觸(フル)る人と雖 悉皆(コト〴〵)之に感染(カンセン)するものに非す外/襲病(シフビヤウ) 【左】 毒の外更に其/體中(タイチウ)に於て之に應(ヲウ)ずる ものあり始て病を發(ハツ)するものなれば 消食機病殊(セウシヨクキビヤウコト)に下利に罹(カゝ)るものは最危 く且(カツ)其/常住(ジヤウチコウ)坐臥(グワ)を同じくする人にて も毎に腸胃(チヤウイ)の健康なるものには感染 すること稀(マレ)にして虚弱(ヨワキ)なる人に多き 故に其流行の時に際(サイ)しては別して飲(イン) 食(シヨク)を節用し労動(ラウトウ)を謹(ツゝシ)みて消食機を健 【右】 全にし感冒食傷等をなさゞる様に用 意をなし若軽(モシカロ)き下利或は他の消食機 病を發する事あれば速(スミヤカ)に醫師(イシ)に就て(ツキ)大 切に養生すべし 食物は一つ一つの 品と定めて其良否(ヨシアシ)を判(ワカ)たんよりは其 調理(テウリ)と節用とに注意するを肝要(カンヨウ)なり とす如何なる良品(ヨキシナ)にても生物を食し 或は多食する時は下利其他の腸胃病(チヨウイビヤウ) 【左】 を發して傅染を招(マネ)き或は傅染するも のなり其外各人の慣習(ナライ)に因て常に下 利を發する物は同様の害あれば決し て用べからず偖(サテ)其用べき食料には穀(コク) 物(モツ)及び牛(ウシ)、犢(コウシ)、羊(ヒツジ)、鶏(ニワトリ)、の鮮肉(ヨキニク)を最(サイ)上とす家(ア) 鴨(ヒル)、雁(ガン)、豚(ブタ)、の肉は脂肪多(アブラヲホ)くして宜(ヨロ)しから ず又魚介(ギヨカイ)を厳禁(ゲンキン)するといふ事あれど も海濱にては常食となすが故に之加 【右】 為に差支を生ずべし到底新鮮(ツマリアタラシキ)なる者 は差て禁(キ)ずるに及(ヲヨハ)ず野菜(ヤサイ)は萵苣(チサ)の類(ルイ) を捨(ステ)て馬鈴薯(ジヤガタライモ)の如き澱粉(クズコ)を含(フク)める根(ネ) 類(ルイ)[蕃薯(サツマイモ)及ひ芋(イモ)類]を食すべし魚介/蔬菜(リサイ) は勿論(モチロン)總て何品にても煑蒸焼炙(ニ ムシ ヤキ アブリ)等の 調理を経(ヘ)たる物に非れば用べからず 又成熟(ジユク)せる菓實桃(クダモノモゝ)、李(スモゝ)、梨(ナシ)、檎(リンゴ)、葡萄(ブドウ)、苺(イチゴ)の類 を少計(スコシバカリ)づゝ食するは害(ガイ)なしと雖/不熟(ヒジユク) 【左】 のものは必之を忌(イム)べし 飲水(ノミミヅ)は不潔(フケツ) 或は疑(ウタガ)はしき物を忌むべし凡て此/際(トキ) に於ては何れの水をも皆不潔なる物 と想(オモ)ひ定め一たび煑沸(ニタテ)し後(ノチ)に用るを 良とする煑沸し後/復冷(マタヒヤ)せし水は其/新(シン) 鮮活潑(センクワツパツ)の味(アヂ)を失ふ物なるが故に少量(スコシ) の茶或は葡萄酒(ブトウシユ)を加へて其味を直す べし又飲水を清浄(キレイ)にするに過満俺酸(クワマンエンサン) 【右】 加里(リ)といふ藥(クスリ)を稱用し(シヨウ)する者あれども 之を化して僅(ワヅカ)に赤色を帶(ヲブ)るを度とし 決して多量(オホク)を加ふべからず若此酸を 滴(シタ)らして其水茶褐色(チヤイロ)となる物は夥(オビタゝ)し 有/機(キ)物を含/有(イウ)するを證(シヨウ)にして飲料(ノミレウ)に 適(テキ)せざるものと知るべし又茶酒等を 適用すべしと雖酒は極(キワメ)て少量(スコシ)に限り 又酸氣(スケ)を帶びたる乳幷酸味(チゝナラビニスミ)の飲料は 【左】 勿論冷水氷製(モチロンレイスイコホリセイ)の如きも禁忌(イム)すべき物 とす以上飲食の適用を心得/誤(アヤマ)りて全 く穀物野菜(コクモツヤサイ)を食はず只々/肉(ニク)と羹汁(ソープ)と のみを限(カギ)り或は粥(カユ)のみを以て常用と し飲料にも亦(マタ)葡萄酒のみを用る等は 大なる過なりとす又最良の飲食たり とも其用ふる分量(ブンリヨウ)を平日(ツネ)より少しく 減(ヘラ)ずべし然とも甚/空腹(クウフク)に至るときは却(カヘツ) 【右】 て害あるものなり 衣服は感冒(ヒキカゼ)下利 を豫防(フセギ)せんが為に常服(ツネギ)の外にフラネ ル木綿等にて小腹を巻き足には毛布(ケヌノ) の股引(モゝヒキ)の類を穿(ハク)を良とす若/全身濕濡(カラダドウミツムリ) せし時は速(スミヤカ)に乾(カハ)きたる衣服に着換早(キヘソウ) 朝深夜(テウシンヤ)の濕氣(シメリケ)を避(サク)べし 冷水を以て 常に全身を洗拭(ノコイ)するの習慣(ナラシ)ある人は 流行中に於ても之を休るに及ばされ 【左】 ども其冷浴(レイヨク)の如きは止むるを以て良 とす 過度(クワド)の運動(ウンドウ)[盛宴(セイエン)。不眠(フミン)。非常(シジヤウ)の奔(ホン) 走(ソウ)等]精神(セイシン)及び身體の疲労(ツカレ)憂愁(ウレイ)憤怒(ハラタチ)の 如き神思の感動を避(サケ)て居常活潑爽快(ツネニカハヤカ) ならんことを努むべし總じて衰弱(スイジヤク)は 遺傳(ヰデン)。病後労働等に由の別なく皆傅染 病の感應性(カンヨウセイ)を増加するものなり コ レラ病者の見舞いは成丈之を避べし假(タト) 【右】 令躬(ヘミヅカラ)之に感染せざるも更に他に傅及 する媒(ナカダテ)となるの恐あるものなり然ど も止ことを得ずして見舞ときは必空(クウ) 腹(フク)にて往可(ユクベ)からず己に見舞し後には 即/石炭酸(セキタンサン)水[一分の結晶(ケツシヤウ)石炭酸を百倍 の水に溶(トカ)したるもの]を以嗽(スゝ)き又此水 に半量の浄水を和して顔面をも洗ひ 次で石鹸にて洗浄すべし[石炭酸を和 【左】 して製したる石鹸(シヤボン)は便剰(ヘンリ)なりとす]居 所を清潔(キレイ)に寝室(ネトコ)の空氣を乾燥(カワカシ)なら しめ糞尿を除去(シヨキヨ)すべし是等の汚穢(ケカレ)物 は傅染の媒(ナカダチ)となるものなれば深く注 意して禍(ワザワイ)を招(マネ)くこと勿れ 流行地方に 居住せざるも敢て差支なき人にして 甚だしくこと病を恐るゝものは避(サ)け て人迹の少なき山郷に赴くに如くは 【右】 なし然れども此病を感受(カンジユ)するの日よ り發病までに至る間は甚だ不同にし て其短き者は二十四時に於て發す へしと雖ども長きの二十一日に至る ことありて其の發証は至て幽微(ユウビ)なる た故に既に気分惡しくして下痢(ゲリ)する 時は最早(モハヤ)旅行すへからず吐瀉物洗浄法 コレラ病者あるの家に於て消毒(ドクケシ)の法 【左】 を行ふは委員(イヰン)幷に醫師(イシ)の教示(ヲシエ)を受べ しと雖今心得の為に吐瀉物掃除(ハキクタシモノンサウジ)の方(シカ) 法(タ)を示すべし抑コレラ病の傅染毒は 其吐瀉物に舎(ヤト)れるものなるが故に特 に其掃除に注意すべし元來/邦人(クニビト)の習(ナラ) 慣(ハシ)にては斯る病毒の舎れる吐瀉物に ても或は之を河海に投(ナケ)じ或は之を下 水に投すれば其病毒は既に消滅たり 【右】 と誤(アヤマ)り認(ミト)めて早晩其水に混じて傅播(デンパン) し又は地中に浸潤(シミコミ)し井/泉(ミヅ)に迄/透竄(シミトホリ)し て病毒の傅染するに至るを知らさるも の多し人々善之を心得置消毒藥を買 求め豫(アラカシ)吐瀉物を受る器には此藥を容(イ) れおき己に便用(ヨウヲタ)せし後は直に居外に 持出して洗浄し又其消毒藥を入置べ し偖此吐瀉物幷に其器を洗浄せし水 【左】 は決してこれを他人の用ふる糞(クソ)池に 混ずべからず悉皆之を取分住家及び 井戸を距(ヘダツ)ること六間半餘の地に於て 深く其土を掘て之を埋め或は焼捨べ し若自宅に此の如き餘地なき者は前 の如く消毒法を行ひ置一日に二度或 は三度程づゝ一定の場所[一定の場所 とは委員(イヰン)或は區(ク)戸長より豫て吐瀉物 【右】 等を處分する地を定め置者を云]に送 るべし尚詳細は委員及醫師區戸長の 指圖(サシヅ)を受け精々/手抜(テヌケ)な花様に處分す べし 虎列刺病行に付心得方 食ふ間敷は 新鮮(アタアシ)からぬ魚(ウヲ)は勿論消化あしきもの 酢(ス)きもの熟(ジユク)せぬ菓物(クダモノ)などて得て比類 から下痢のつく物なれば用心すべし 【左】 又身体は垢(アカ)つかぬ様に入浴は惡(アシク)くは なけれと上りたる後/熱(アツ)しとて薄着(ウスギ)を し湯ざめにてのつとする時病の氣を 躰中へ吸(ス)ひ込事あれば其心して入湯 の後を心づけ大酒と房時(バウジ)の過度(ヲホキ)は尤 慎(ツゝシ)むべし若萬一傅染たる人が知己(チカヅキ)か 餘儀なき人にて是/非(ヒ)其病室え尋ねば ならぬ時は汗をかき抔(ナガ)して直に入る 【右】 べからず是は上にいふ彼湯(カノユ)ざめの時 と同じく汗の乾(カハ)くころ毒氣を引入る 事あり又空腹(スキハラ)にて病者に近づく可ら ず病室にある火鉢傍(ヒバチソバ)に坐すこと勿(ナカ)れ火 氣は病毒/誘(サソ)ふもの故成可能は入口/窓(マド)な ど空氣の流通所に居て用をたすべし 總て斯様(カヤウ)の時は汗手拭小切等に石炭 酸を注ぎ鼻もとを覆ひ入可く石炭酸 【左】 間にあはむ時はよき香水又/美(ヨキ)匂ひの嗅(カギ) 藥(クスリ)を屡嗅べし又義理だてに深入をし て其病を引受たりとて本人の病ひ薄 らぐ者でなければ避(サク)べし本人や家内 か万一不親切不人情なりといふとも 夫は鎖細(サゝイ)のこと親切も人情も命ありて こそ後々如何様(イカヨウ)にも尽(ソウ)さることなれば 傅染〆様に用心/肝要(カンエウ)なり  以下次号 【捺印】御届     明治十年十月  名古屋本町二丁目廿一番屋敷    編輯兼出版人  内田健之丞      同 所    發 兌 所   報恩舎     賣捌所 名古屋本町二丁目  吉田道雄  三州岡嵜上傅馬町  盛文舎 同 玉屋町一丁目  中山支店  同 豊橋上傅馬町  錚々舎 同 同  三丁目  永東南店  濃州岐阜白木町   欽風舎 同 長島町三丁目  整文舎   同 所 伊奈波   楓峯舎 同 西魚町三丁目  淺田長次郎 同 大垣俵町    平流軒 同 京町 一丁目  製本所 同 大曽根坂下   松屋平兵衛 【裏表紙】