【表紙 整理番号のラベル有り】 JAPONAIS 4322 3 【右丁 表紙裏 文字無し】 【左丁】 めのうちのけたかさあくまてあひきやうかましく てなか〳〵に見さりせはとおほしてむねのけふり はたちまさりてそおはしける正月のくわんにち の日の事なるにてうはい【朝拝】のくきやう【公卿】参りあひ給 ひけりみかとはしゝいてん【紫宸殿】に御出ありけるかしよ きやうてんの女御の御すかたまつみ参らせんとて みすをひきあげのそき給へはひめきみ日ころは なきほれいつとなく御かほをもばれうちしくれ【涙がこぼれる】 ておはしますにいまはけしやうはなやかにして むめのにほひ十五にこうはい【紅梅…襲(かさね)の色目の名】のうちき【袿】にもゑき【萌黄色】の ひとへにこきくれないの御はかまにはれらかにて 【右丁】 みかとのそかせ給へはあふきをさしかさしうちゑ み給へはあくまてけたかくあひき【「さ」に見えるが「き」とあるところ】やうかましく【愛敬がましく=愛くるしく魅力的である】 まみ【目見=目もと】くちつき【口もとの様子】いかなるゑし【画師】がうつすともいかてか ふてもおよふへきみかと御らんしてあふきかさ しやうはいかにとてをしいらせ給ひぬとかふ【「う」とあるところ。「とかう=とかく=あれこれ】た はふれさせ給ふほとにくわうきよ【皇居】の御出おそく ならせ給へはとく来らんとて御出ありぬ御びん のふくたみてわたらせた給へはうんかく【雲客=殿上人】めをつけて み見参らせけるさすかにかたはらいたく【見苦しく】おほしめし けんいそきいらせ給ひぬたゝしきやうてんにの みこもりいらせ給ひて大しんくきやうまいれと 【左丁】 も出もあはせたまはすさるほとにとうの中将お はしまさぬ御ことをいかはかりなけき給はんすら んとおもひまふけておはするにおといをめし てこれなりし人はととはせ給へはおといさめ 〳〵とうちなきて中将殿の御出のゝちあけく れ御なけきさふらひしかいつくへやらん御出さ ふらひし御こひしさのあまりにたもともかはく まもなしとなみたもせきあへす申しけれはなけく 御けしきはなくてゆき所ありけるよとはかり おほせありて大しんのもとへ入せ給ひぬちゝはゝ うちゑませ給ひてかゝりけるちきりをはしめあ 【右丁】 やにく【憎らしいと思われるほどに】なりつることよ何事もしゆくせ【宿世…前世の因縁】にてあり けるとてよろこひ給ひけるいまたおさなきお とい心のうちにつく〳〵とおもひけるはあはれひ めきみはさこそはかりなくおほしめしゝものを 中将殿のかくおもひわすれ給へるかなしさよお そろしの心やとおもひてそでをそしほりける さてもしよきやうてんよりして御ふれいのこゝち おはしけるか二月になり給へはかうをそはしめ させ給ひけるとうの中将をはみかとのれいけいてん をはすさめ【遠ざける】給ひていつとなくしよきやうてん にのみこもりいらせ給へはめさましくおほえて 【左丁】 大り【内裏】へも参り給はす十らくかうにめせとも参り 給はねはみかとげきりん【天皇の怒り】ありてとうにてはいと まなき事にてあるにいつとなくさとにのみゐ たるよとおほせありけれは参り給ひけるはるの 夜の月くまなくしてかせものとけきはなさか りおもしろかりしおりふしのどかにくるまをや られしにさしぬき【注①】のうらにこはき【堅くごつごつしている】物そあたり ける何やらんとて六ゐのしんをめしてみせられけ るにとり出してみれはなかに五六すんはかりあ るかたしろ【注②】にひ【注③】をふりあけて【振り上げて】くはしくこれをみ れはおとことをんなとうちわらひていたきあ 【注① 「指貫袴」の略。裾のまわりに通した紐をくるぶしの所でしばるようにしたもの】 【注② 陰陽師、神主などが禊(みそぎ)または祈祷の時に用いる紙製の人形。これで身体を撫で、罪・けがれ・災いをこれに移して、身代わりに川」などに流した。】 【注③ 髀(もも)或は腓(ふくらはぎ)と思われる。どちらも音は「ヒ」】 【右丁】 ひたるかたちなり身に物をそかきたるおとこの 身には大将のひめきみの事をそかきたり女御 の身にはとうの中将の事をそかきたる物なり 見るに身のけよたちおそろしくそおほゆる これらのしわさにてとしころ【幾年かの間】ふるさとのことはわ すれけり心うきかなやとおもひなみたこほれふ るさとの人そこひしき此かたしろを見るにお そろしとて心にうちすて給ふ六ゐのしん人に みせんとてたとうかみ【畳紙…懐紙】につゝみて人にもたせた りその夜十らくかうのありつるにこもりゐさせ 給ひて出もやり給はす中将はにはかに心に物 【左丁】 をおもひよろつなみたもれ出て何事もかなしか りけれは心もすみわたりふくふえもおもしろし みかとせんじあるやういつとてもさねあきらかふ くふえのおもしろからぬことはなけれともことさ らこよひこそおもしろくおほゆれ出やろくひる むとてせいりやうてんのたなにこちく【胡竹】のふえあり なをはをとまると申せしをめしよせてこれは なたかきふえなりうしなふへからす              とてにしきの             ふくろに入なから              給はりけり 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 めんほく【名誉】かきりなしとて中将はそのあかつきほけ 〳〵【いかにもぼうっとしたさま】としてちゝの大しんとのへ参り給ひぬゆうへ のものとり出てひろうするにきたのかた御らん して大しん殿はよもし給はしきたのかための とのしわさにてあるらんかなはすはさてこそあら めかやうのことをしつらん事こそほひなけれよく 〳〵おとなせそとてひそめられけり中将殿は御 かせの心ちありとてわかかたにさし入さしも出さ せ給はすありし所のみすかうしおろし奉るを あけ見た給へはさゝがにの【「ささがに」は蜘蛛の異名。「いと」にかかる枕詞】いとひきみたし【乱し】よりく る人もなけれはちりはい【塵灰】のみつもりてさほに 【右丁】 かけたる夜のふすま【掛け布団】ならへしまくらのひとつになり とりひそめたるけしきことびわもふきしふえも ひとゝころにとりそへことのかしはかたのもとに もひわのふくしゆ【注①】のもとにもふえのあなの中に もうすやうにかきたる物ありとり出して見給へ はありし人の手なりよみつゝけて見給ふに なみたもさらにとゝまらすかすかにすみかれ【墨枯れ】 して   こちく【注②】てう【注③】ことそかなしきふえたけの   うきふし〳〵にねをのみそなく   つらからはわれもこゝろのかはれかし 【左丁】   なとうき人のこひしかるらん 人の御心をうらむへきにあらすたゝうき身のほと そかなしきなとかゝれたりけれはことはりせめてか なしさにふみをかほにをしあてゝなくよりほか の御ことわたらせ給はすされともいつくへかゆくへ きはつかしけれともかくてこそいつらめとおほせ ありてわたらせ給ひしを大しんほかよりわらはを 御つかひにて中将はいまはこれへはくましき人 なり御つれ〳〵におほさは中将かめのとのかすが かもとへわたらせ給へとおほせ候へはうけたまはり ぬと御世事申させ給ひてのちひめきみなきか 【注① 覆手・伏手…琵琶の胴の腹板の下方に取り付けた板で、弦の下端を止める】 【注② 胡竹…竹の一種。笛の材料として用いた。和歌では此方来(こちく)に掛けていうことが多い。】 【注③ 「てふ(ちょう)」に同じ。「という(といふ)」の変化した語】 【右丁】 なしみていつくをさしてたれをたのみていくへき ゆきかたもなくなりぬる事のかなしさよふちせ のそこへもいらはやとなきかなしみ給ひしかはわ らはもしゝうもなくよりほかのことさふらはさりし につきの日むかへの御くるま参りて出させ給ひし にわらはも御ともに参りさふらはんとなけき申 せしをわれもうはのそらにいつる物なりいつく にもおちつきところあらはよふへしとおほせ有 て御出さふらひしのちは何とならせ給ひて候 やらんゆくゑうけ給はらすとなく〳〵申けれは 中将殿これをきゝ給ひていとゝかなしくてきえ 【左丁】 入心そせられけるいかにわれをうらめしくそお もひ給ひけんおもはぬほかのことにまよはされて わかれぬるかなしさよたゝなくさむことゝてはおと いにあひてかたり給ふはかりなりさるほとにこしゝ う殿中将少将御かせのとふらひにいらせ給ひたれ共 出もあひ給はす大将殿のきたのかたおもはれさ るはあわらこのことのあらはれたるやらんとて世に はつかしくそおもはれける御めのとより                  あひては             たゝこの事をそ              なけき給ひける 【右丁 絵画 文字無し】 【左丁】 中将殿はふししつみて大りへも参り給はすさ すかにいのちきえもうせ給はすして三月にそな りにけるさるほとに京中にさたしあひけるは しよきやうてんの御なやみはへちの御事にてはな かりけり御くわいにんにてわたらせ給ふとそ申あ ひけるそのとき中将殿おほすやうたうじのしよ きやうてんよにきこえておほえのいみしきはもし わかうしなひし人にてやおはすらんみてもなく さまはやとおほしてにはかに大りへ参給ふかせ の心ちすこしよくなりひさしく参らねはたい りへ参らんとておもふちゝはゝない〳〵いかなること 【右丁】 かあらんとおもひつるにはるゝ心ちおはすれはう れしくおほしける中将殿は大りへ参りておは しけれともれいのみかとはみすのうちにこもりいら せ給ひて出もやり給はす日くらしまておはして その日もくれけれはしよきやうてんのせいりやう てんへいらせ給はんをみんとおもひてくわいりてん のほそとのゝみすのきはにさしそひて中将のそき 給ふほとにせいりやうてんへおそくのほらせたまふ とて御つかひの女はうたちゆきちがい参り給ひけ れともとみにも【にわかにも】出給はすあまりにしきりなり けれはことのほかにおほしてしよきやうてんは女 【左丁】 はうたち廿よ人御ともにてしつかにあゆみ出させ 給へりさきにしそく【紙燭】さしたる女はうしゝうにて そありける中将むねうちさはく所に御きぬの つまとりてさらにたちそひたる女はう二人はき よみつにてひめきみをけうくん【教訓】せし御めのとおや とおほえたりあふきさしかさし給ひし御はづ れより御かほあさやかにそ見えけるわかいにしへ のひめきみにておはせしかはむねうちさはき身に たましゐもさたまらすあゆみいらせ給へはみかとま ちかねさせ給ひてゆきむかはせ給ひあいのしや うじを御手つからあけさせ給ひていらせ給へはよ 【右丁】 こさまにかきいたき給ひて御ざのうへにすへ御く しをかきなてゝ何の御ようの候へはおそくはいら せ給ふそ御さしあひの御いとまこそおもひやられ 候へとうちゑみておほせのありしかはしゝうも御め のとの女はうもみな〳〵いならひてある御めてた の御さいわゐやと見あけ参らするもことはりと そおほえ侍る中将かくとみつるよりしてたうり のくもへものほりちいろのそこ【千尋の底…非常に深い底】りうくうしやうへも 入たくあまりの心うさにしもゆきともたち所に きえうせはやいきて物をおもふ身はいかなるつみ のむくひそともたへこかれ給へとせんかたなしあ 【左丁】 まりにかなしくて         夜うちふけて              なく                〳〵             大りを                出給ふ          みちすから             おもひ              つゝけ                給ふ 【右丁 絵画  文字無し】 【左丁】 過にし月のくわんさん【注】のあしたみすのきはをとを りしにたき物【練香】たきてけふたき【煙たき】まてにあふきか けしはしゝうかしわさにてありけりなさけなく あたりおひいたしたれともわれはかくある物をと ときめきたるけいきかなとおもはせけるほんふ【凡夫】の 身こそかなしけれひめきみのさこそ見たし給ひ てつれなくみ給ひつらんたれか申てうちへ参り 給ひぬらん心うかりつる事かなかくしりたらは何 といまゝてなからへてかゝるうきめをみるらんつく 〳〵おもひつゝくれはこよひは御ふすまのうちに 御へたてなくこそ御とのこもり有らんとおもひ 【注 元三=(歳・月・日の三つのはじめ(元)であるところから)正月一日のこと。又は正月一日より三日までの間のこと】 【右丁】 やられてかなしさよ心うしわれこの世になから ふへしともおほえすおもひつゝけてわかゝたに 入おといをめしてふしきのことこそあれこれに ありしひめきみをこそみつれとの給へはおといを きあかりあらふしきいかゝして御らんしけるそ はや御物かたりあれと申けれは中将なみたをお しとゝめてあらふしきやたう〳〵ときめき給へ るしよきやうてんは此ひめきみなりしゝうもふる さとのめのとおやこもみなそひ参らせてありつ るなり此日ころみいたしてさこそつれなくみ給 ふらめなさけなくおいいたさすはれいけいてんも 【左丁】 なりそらにはよもならしわれも物はおもはし をといもよもなけかしあはれつらかりけるふた りのおやの心やみなやみにまよひわか身もよき 心はましまさしわかこれにあらん事もけふと あすとのほとなりわかあらんかきりはをといもめ されしわかなからんのちはしゝうをたつねてしよき やうてんへまいれなしみの事なれはおひ出したま はし六ゐのしんにもたせたりしかたしろ【形代】のことを も参りてありのまゝに申すへし物のまよはかし の身と成てついにわかれ参らせこんしやうこそ かくうすくともらいせにてはひとつはちす【注】の身と 【注 一つ蓮=死後、極楽浄土で共に同じ蓮台の上に生まれること】 【右丁】 なり参らせんと申せなんちもわれにそい侍ると おもいてしよきやうてんへ参りてつかうまつるへき なりこれそわかれ成けれはこしかたゆくすへの こともかたりてはなきそてもしほるはかりなりけ れをといもあまりのかなしさにこゑをたてゝそ なきける中将なみたのそこ【注】にの給ふやうみかと より給はり候ひしこちくのふえわか身こそいて てゆくとも子といふもの有ならはなとか此ふえ ゆつらさらんつたふへき人もなけれはもとの御た なにこそおかんすらめあはれこの世になこりもな きわか身かなとてなき給ふつく〳〵おもひつゝ 【左丁】 けておもふもくるしいまは出なんとおほしてひさ しく参らねは大りへ参らんとて参り給ひけ るこれをかきりなりけれはをとい御たもとにと りつき参らせてこゑもおしますなきかなしみ けり中将せんかたなくはおほしけれともさた有 へき事ならねは御しやうそくはなやかにそめさせ ける御くるまさつしき【雑色】せんくう【前駆】さふらひみすいじ ん【御随身】にいたるまてきよげにて出させ給ふちゝはゝを 見参らせむこともゆめならてはみ参らせしとお ほして御まへに参り給ひてゆふさりはとくか へり候はんとそ仰られけるのちにおもひあはせ 【注 涙の底=流す涙がつもってできた淵の底。悲しみの底】 【右丁】 てさいごの見はてなりけるすてに出給ふおとい をめしていとま申てみな人はつらけれともなん ち【汝】はかりは人のかたみおもへはなこりをしくこそ おほゆれしゆつけせさらんさきに人にかたるへから すちきりしこと〳〵しよきやうてんへ参れかへす 〳〵もなんちはいかならん世まてもわするましい とま申とて出給ひぬおといは見をくり参らせて 人めにつゝむなみたのおそふるそてにあまるをさ らぬ【そうではない】やうにもてなしてあやしの           ふしとにかへりてなくより              ほかのことそなし 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 中将は大りへ参り給ひてみかとをいま一と【一度】み参 らせんとおもひて一日ゐ給ひけれともれいのしよ きやうてんにこもりゐさせ給へはちからおよはす日 もくれけれはをとまるといふ御ふえをは御ふみ かきそへてせいりやうてんのみたなにをかれけり さてくわいりてんのほそとのゝみすのきはにたち そひて見給へはしゝうしそく【紙燭】さしておもふ事なく とをりけれは中将うれしくおほしめしはかま のこしをひかへたりしゝうたれなるらんしりかひに ひかふるとおもひてたちとゝまりてみれは中将殿 なりけりきも心もまとひしらせけるよとあき 【左丁】 れてそありけるさてもとおもひいかに候そと申 けり中将殿とうくわんでんのひかしへわたらせ給 へ大事に申へきことありとそおほせ有けれはしゝ うもちたるしそくをうちすてゝとうくわんてんの 大ゆかをひんかしへむきてあゆみゆく中将殿はな んてい【南庭】をひんかしへむきてあゆみ給ふせんとうの ましはりもいまはかりなんていのさくらくまなき 月のかけをみるにもいまをかきりなるへしもゝし きのうちをあゆみいさこ【砂子】にひゞくくつのおとゝこ れをいさことおもふになみたをおしとゝめてつ ゐにたふさ【髻…もとどり】をきられけりとうくわんてんのひんかし 【右丁】 うらにてしゝうにゆきあひけり中将なみたもせ きあへ【しっかりと堰き止め】給はすなをし【なほし】のそてをかほにあてゝさめ〳〵 となき給へは何となくあさましういかなる事な るらんとむねうちさはきてかなしきに中将ふと ころにうすやうにつゝみたる物とりいたししゝう にそとらせけるなみたのひまにおほせありけるはち きりはくちせぬことなれはみ山のおくへまかりいり ことのふしきのありさまはをといくはしく申すへ し物のまよはかしの身となりたぐひなきわかれ のせめてしのひかたけれはうき世をいまはすては て侍るへしこんしやうこそかくうすくともごしやう 【左丁】 はかならす一つはちすの身となり参らせんたいり せんとうをまかり出ぬる身なれはなとかはおほし わすれさせ給ふへきうき身のとかはこのゝちこせ のたもとをしほりかねいつの世まてもわすれし つゆもおろかなるましまたおといもこひかなし み参らせ候事かきりなしめしよせてわかかたみと おほしめしてつかはせ給へかへす〳〵御なこりこそ申 つくしかたく候へと申させ給へはしゝうこれをう ちきゝせんかたなくてたゝなくよりほかの事そな きしゝうなみたをとゝめ申やうなれちかつきまい らせてはなれ参らすへしともおほえす候しに 【右丁】 おもはぬほかにとをさかり参らせて候へともよそ にても見参らすれはたゝそひ参らせたるこゝち して候つるにこれをかぎりとおほせ候へは心う くかなしくこそ候へとてもたへこかれけれともさて 有へき事ならねはすてに月かけにしの山のはに かゝりけれは中将いとま申とてなこりをそてに つゝみてつゐに出給ふしゝうもたいけいもんまて あゆみ出侍るすてにくるまにめしけれは月かけ くるまの物みよりさし出てあはれをすゝめけれ は中将殿せいかいのよるの月いゑ〳〵のおもひと ゑいしてくるまをやり出し給ふしやうもんのま 【左丁】 へにふしまろひかなしみけりすてにくるまとをざか りけれはこしよりやうてう【腰より横笛】ぬき出しふき給ひけ れはくるまのとをさかるにしたかひてふえのをと とをくなりけるさるほとに夜もはやほの〳〵とあ けゝれはしゝうもかへり侍りけり中将殿はせきさ ん【赤山禪院…京都市左京区修学院にある延暦寺の別院】にゆきくるまをはみやこへかへされけり六ゐの しんとたゝふたりひえの山【比叡山】へのほりてよかは【横川】といふ ところにとしころ【多年】しりたるひしり【聖】をたつねておは してしゆつけせんとありしかはひしりおほきに さはきてみやこへかくと申さら〳〵【決して】かなふましき よし申けれはひしりをしるといふことはかやうの 【右丁】 ときのようにてこそあれ何のせんかあるへきと のたまへはそのときひじりけにもとてちからな く御ぐしをそり侍りきそのうゑ御たふさ【髻=もとどり】をははや みやこにてきりてのほり給ひけれは             ひしりも                このうへは              いなみ【拒否する】申に                 およはす               かいをさつけ             御ころもをそ                  参らせける 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 御とし廿二六ゐは二十三をしかるへきよはひなり はなのたもと【花の袂=華やかな衣服】をひきかへこきすみぞめに身をやつ しをこなひすまし給ひけりさるほとにゆうへう すやうにつゝみて給はりつる物をけさひめきみに 参らせけるをひろけてみ給へはみとりのたふさ【髻=もとどり】 なりけりよのほとの事なれはらんしや【蘭の花と麝香(じゃこう)とを合わせた香料】のにほひく んし【薫じ】てうたをそかゝれける   かすならぬうき身のとかをおもはすは   ちきりしことをとゝなひてまし   きみゆへに身はいたつらになりぬとも   あはれをたにもおもひをこせし 【左丁】 またしゝうことのよしを申けれはひめきみしゆつけ せんといひしかけに出給ひけるかとよあさまし やとうちおもふまゝにれいのなみたもれ出てつゝ ましくおもひ給ふ所にみかと入せ給へはとりひろ けたる御たふさをしまきてふところに引入さら ぬやうにてたちのきぬみかと仰ありけるはあはれ なる事こそ出き候へさ大しんのひとり子にとう の中将さねあきらといふものみめもよく心はへ もさか〳〵しく【いかにもしっかりしている】人にすくれたるかこぞ【去年】よりさ大将 のむこにてきら〳〵しくふるまひれいけいてんに はあになれはゑてふるまひつるものをきのふ 【右丁】 一日これに有しはなにのようそとおもへはわれを みんとおもひけりとらせたりしふえをもふみかき そへてもとのたなにおきてゆふへひえの山へのほ りしゆつけしたるとつげたりそのおもひのつゐて にれいけんてんもたゝいま出つるなりあはれよか りつる物をなに事にしゆつけしつらんいかに ちゝはゝのなけくらんとおほせなみたくませ給へは ひめきみさてはよそなからもいまはみ侍らし とうちおもふまゝにつゝむなみたをせきかねてこ ゑをたてゝわつとなき出給ふその時みかとおほす やうひめきみのこの日ころなきしほれ給ひし 【左丁】 をあやしくとおもひつるにこれにて有けりと きつとおもひあはせ給ひけるさてもなをなけき給 はんといたはしさにさねあきらかゆへともとはせ 給はすしらぬやうにてついたゝせ給ひけるさ大将 のひめきみはわれをはにくむよとしりなからさて 有へきにあらされはかみをおろし給ひけるだい しんとのもたゝぬおもひのかなしさに御しゆつけあ りてさてしも世をはたれにゆつらんとかなし み給ふさるほとにしよきやうてんはくわいにんのか たちにさたまり給ひけれはみかとは四十にせよ はせ給へともみやもわうしもいつれの御はらに 【右丁】 もわたらせ給はねはなのめならす【普通でない】よろこはせた まひけり御さんじよはいつくにてもや有へきとの 給ひけれは御めのと申やういみしからん所は三条 殿を御しつらひありて入参らせ給へかしと申けれは まことにさるへしとて三条殿を御しゆり有けり くにをよせしよりやうをよせてつくらせ給へはほと なくつくらせ給ひてさと【里】大うち【大内=皇居の異称。内裏】とそ申けるさて も御さんしよの御つれ〳〵いかゝせんみかとおほして しよきやうてん三条殿へ入せ給へはありつけ参 らせんとてみかともみゆきなりけるかく三条との のさかへさせたま給ふ時こそ大しん殿もくきやう【公卿】てん上 【左丁】 人【殿上人】もきんさねの中なこんのひめきみとはしりたり けれさてやすらかに御さんならせ給ふわうし【皇子】にて そわたらせ給ひぬめてたさかきりなしさておとい をそめされけるむかしかたりにそてぬれてほしも やらぬふせいなり中将のかたみとおほしめしけれは つゆもをろかならすとてをといまちかくめされて わうしの御めのとにそめされけるまたつゝきて わうし出きさせ給ひけりそふしてこのはらに三 人ひめきみ二人出きさせ給へはかたしけなさかき りなし三人のわうしの御そくゐけんふく有けるに 女はうたちみな〳〵くわんをそ給はりける御めの 【右丁】 とは大なこんのすけのつほねせうなこんはひやうゑ のすけのつほねしゝうはさゑもんのすけのつほね とてことに御はうしゆつありけりさておといは中 將殿の御ゆかりなれはなつかしくおほしけりそ のうへわうしの御めのとにて御はうしん有けれは 大なこんの事かきりなくしてみやこはめてたか りし事よかはまてもきこへて中将にうたう【入道】を といかもとへかくそかきてをくり給ふ   いろめけるはなのたもともうらやまは   こけのころもそけには身につく   かしこくもはなのたもとをかはしける 【左丁】   きみかさかえをみるにつけても とかきてをくられけるもまことのみちに入とおも へはたつとくそおほし【或は「え」カ】けるひめきみかやうにわうし 御たんしやうなりてきさきのくらゐにならせ給へとも つゆもうれしくおほさすたゝ御心のうちあはれち きりしまゝに中将殿とおなしいほりにすまい てうき世をすこさはいかにうれしかりなんとあ けくれはおほしけりされともちからなくいよ〳〵 めてたくさかへ給へりひめきみの御くわほう中将殿 のまことのみちもこれみなきよみつのくわんおんの御 りしやう【御利生=御利益】なりあはれめてたかりける御くわほうか 【左丁】 なとくきやうてん上人みうらやまさるはなかりけ りかゝる事を見きくにつけてもいよ〳〵きよみつ のくわんおんを        しんすへし             〳〵 【両丁白紙】 【右丁 白紙】 【左丁 裏表紙の裏 文字無し】 【裏表紙 文字無し】