救急撮要  一冊         本 救急撮要    川 キ 2         士   6         富 救急撮要  一冊 本 川 キ 2 士   6 富 救急撮要 安政丁巳秋 救急 撮要 方 単 富士川游寄贈【朱印囲みによる寄贈者名】 櫻寧室蔵刻  救急撮要方序 夫舎_二之通_一【邇ヵ】。而求_二之遐_一。 春_二【蓋ヵ】之易_一。而求_二之難_一。末【未ヵ】 _レ有_二能得者_一也。姑以_二吾 医之道_一言_レ之。前庭之 馬勃。可_三以止_二出血_一。後 圃之芋梗。可_三以治_二蜂 螫_一。竃中黄土之於_二嘔 吐_一。食塩煖湯之於_二霍 乱_一。豈非_二薬方之至近 旦【且ヵ】易者_一耶。而皆足_二以 救_レ急応_一レ卒。則何必求_二 上党之漢。当門之麝。 至遠且艱之物_一。然後 為_レ可乎。矧乃在_二海隅 山陬。荒遠窮僻之地_一。 一旦有_二暴病卒痾之 養_一。不_レ知_三薬物之在_二目 下_一。愴惶狼狽。拱_レ手待 _レ斃。最為_レ可_レ慨也。曽祖 考藍渓先生。宿有_レ憾_二 于斯_一。著有_二済急方一 書_一。祖考桂山先生。継 有_二救急選方之著_一。盖 済急。専便【𠊳】_二于僻遠乏 _レ医之地_一。而救急。兼資_二 於医家応急之用_一。其 為_二世之鴻益_一。匪_レ浅焉。 但済急。大巻厚冊。不 _レ便_二于提挈_一。而救急。復 有俗之人不_レ易_レ暁者。 人或病_レ之。隠士黙翁。 有_レ見_二于斯_一。撰_二成捄急 撮要方_一。其書一原_二本 済急救急二書_一。且多 取_二捷方之親験體試 者_一。裒為_二小冊子_一。分_レ門 類聚。務帰_二簡易_一。盖其 為_レ物。取_二之前庭後圃 之間_一。而其為_レ説。愚夫 愚婦可_二得而暁_一。於_レ是 乎。行者可_レ撃_二肘後_一。居【㞐】 者可_レ秘_二之枕中_一。其品 庶_二幾乎藍渓桂山二 先生之遺意_一歟。当_三其 来請_二予言_一也。書_レ此還 _レ之。 安政丁巳後五月江 戸丹波元佶棠邊識    漬如鼓【「教」では】中書      凡例 一 此(この)書(しよ)は。素人(しろうと)の急病(きふびやう)を救(すくひ)得(え)らるべき  ことを旨(むね)としたるものなれば。行旅(たびぢ)の輿(かごの)  中(うち)。または戍兵(さきもり)の在陣(ざいぢん)などに。これを懐(ふところ)  にし。閑隙(いとま)あるときに熟読(じゆくどく)し。予(あらかじめ)これ  を記得(そろえ)おくときには。自己(おのれ)の為(ため)のみ  ならず。衆人(おほくのひと)の病(やまひ)あるときに。医師(いし)な  しと雖(いへども)これを治(ぢ)することを得(え)せしめんが   為(ため)に。薬物(くすり)も専(もつぱら)草方(やくみずゝな)にして実験(たしかなるしるし)を   歴(へ)たるものゝ。且(かつ)修治(こしらへ)やすきものを  択(えらび)て載(のせ)たるなり。故(ゆゑ)に従前(むかし)より世に  伝るところの救急(きうきふ)の書の。徒(いたづら)に衆(あま)  多の方を羅列(かきならべ)たるが。事(こと)あるときに   臨(のぞみ)ては。素人(しろうと)の意(こゝろ)を以て適従(えらびとる)べきと  ころを弁(わきまへ)がたき比(たがひ)にはあらざる也 一 急病(きふびやう)の外にも。宿疾(ぢびやう)の治方(ぢはう)。婦(ふ)人 小児(こども)  の病(やまひ)にいたる迄(まで)も。素人(しろうと)の意得(こゝろえ)て裨益(たすけ)  になるべきこと。はふかたこれを記載(かきのせ)たるは。   済世(よをすくふ)の一助(たすけ)にもなれかしとおもへは。  一 方(ぱふ)一 術(じゆつ)といへども。正据(よりどころ)なく。確実(たしか)  ならざることは洩(もらし)たり。故(ゆえ)にこの編(へん)に   挙(あげ)たる中(うち)には世(よ)には纔(わづか)に一 方(ぱふ)を執(とり)  て。これを奇方妙薬(きはふめうやく)と称(となへ)。秘(ひ)して妄(みだり)に   伝(つた)へざるものをも。尽(こと〴〵)く之(これ)を記(しるし)たり。  故(ゆゑ)に此(この)編(へん)は。僅々(わづか)なる一小 冊子(さつし)なれども。  よく之に従(したがひ)て。急卒(きふそつ)の病(やまひ)を療(れう)ずる  ときには。世の伎(わざ)拙(つたな)く心 怯(おくれ)たる毉人(いじん)の。   事(こと)あるときには。俗家(しろうと)と俱(とも)に狼狽周(うろたえあは)   章(て)て。これを委任(まかせおき)がたき輩(やから)には。邈(はるか)に   優(まさり)たる処置(とりさばき)を為得(なしう)べきなり。又 毉人(いじん)  といへども。朝夕(あさゆふ)にこれを読(よみ)て。自得(じとく)  することあるにいたらば。人を救(すくふ)ことも又   多(おほ)かるべきは。全編(ぜんぺん)悉(こと〴〵く)皆(みな)実造実詣(じつなるすぢみち)に  して。猥雑無益(らちもなきむやく)の事(こと)はたえて記(しるす)こと  なきを以てなり。 一先師 桂(けい)山先生の迺公(ちゝぎみ)藍渓(らんけい)先生  台(たい)命を奉(ほう)じて。広恵済急方(くわうけいさいきふはふ)を撰(えらば)れ  し時。先師 専(もつぱ)ら其事を幹(つかさどり)。そののち   再(ふたゝび)その遺漏(もれたる)を拾集(ひろひあつめ)て。救急撰方(きうきふせんぱう)を   著(あらは)されてより。毉俗(いぞく)救急の書。此(こゝ)に於  全く備(そなはり)たり。今 此(この)編(へん)は彼(かの)二書に載(のせ)たる  ことも。又 遺漏(もれ)たることをも。俗間に伝た  る奇(き)方。自己(おのれ)の発明(はつめい)の試験(こゝろみ)をも。並(ならべ)   挙(あげ)たれども。もとこれ巻懐(くわいちう)の一小 冊(さつ)子  なれば。詳(つまびらか)にその同異 出典(でどころ)等(など)を記(しるす)ま  でには至(いたら)ざるなり。看者(みるひと)これを恕(おも)へ。 一済急方に薬物挨穴(くすりきうけつ)等(など)の図(づ)を出し  て。丁寧(ていねい)にこれを諭(さとさ)れたり。此(この)編(へん)の説(せつ)  のそれに及べるものあるは。採(とり)て参考(まじへかんがふ)  べし此 編(へん)は。以呂波(いろは)を以て部(ぶ)を分つと  いへども。再(ふたゝび)此(こゝ)に広恵済急方の目  次に效(なら)ひ。たゞ諸物入九竅(しよぶつきうきやうにいる)を。卒暴諸(そつばうしよ)   證(しよう)の中に摂(おさめ)。緩慢諸證(くわんまんしよしよう)と並(ならべ)挙(あげ)。   瘡瘍(さうよう)一門を別(べつ)にしたるのみなる  は。すべて急卒(きふそつ)の捜索(さぐりもとむる)に。彼(かの)書と   参攷(まじへかんがふ)るに便(たより)宜(よ)からしめんが為(ため)也     卒倒諸證(そつたうしよしよう)にはかにたふるゝやまひ 憤怒(いかり)て気(き)を失(うしな)ふ 一丁【白抜き文字】 三丁【白抜き文字】 肩脊卒痺(はやうちかた) 三丁【白抜き文字】 疔毒(ちやうどく)にて暴(にはか)に死(しに)たる如くなる 六丁【白抜き文字】                 十一丁【白抜き文字】 卒(そつ)中風 十三丁【白抜き文字】 雷震死(らいにうたれたる) 二十八丁【白抜き文字】 打撲(うちみ)にて気絶(きぜつ)したる 三十二丁【白抜き文字】 餓(うえ)て卒(にはか)に倒死(たふれしに)たる 三十二丁【白抜き文字】 井戸 穴庫(あなぐら)の蟄気(こもりたるき)に中(あたり)て卒(にはか)に死(しに)たる 丗二丁【白抜き文字】 癲(てん)  癇(かん) 五十一丁【白抜き文字】 入浴後頭眩昏倒(ゆあがりにめくらむきてたふるゝ) 五十七丁【白抜き文字】   卒暴諸證(そつばうしよしよう) にはかなるやまひ 虫(むし)【齲蝺ヵ】 歯(ば) 痛(いたみ) 三丁【白抜き文字】 衂(はな) 血(ぢ) 三丁【白抜き文字】 腹痛諸證(はらいたみしよしよう) 四丁【白抜き文字】 吐(はき)の止(やみ)かぬる 六丁【白抜き文字】 歯齦(はぐき)うきたる 六丁【白抜き文字】 鼻卒(はなにはか)に塞(ふさか)りたる 六丁【白抜き文字】 蛇(へび)の誤(あやまつ)て陰戸(いんもん)に入たる 八丁【白抜き文字】 小蛇を呑(のみ)て悶乱(もだへくるしむ) 八丁【白抜き文字】 雀(とり) 目(め) 九丁【白抜き文字】 毒害(どくがい)せられたる 九丁【白抜き文字】 頓死(とんし) にはかに死たる 六丁【白抜き文字】 血(ち)を吐(はき)たる 九丁【白抜き文字】 茶(ちや)を喫(のみ)て睡(ね)かぬる 十六丁【白抜き文字】 脚気(かくけ)衝心(しようしん) 十九丁【白抜き文字】 卒中風(そつちうふう) 廿二丁【白抜き文字】 走馬牙疳(さうばげかん) 廿二丁【白抜き文字】 真頭痛(しんづつう) 廿五丁【白抜き文字】 咽喉腫痛(のんどはれいたむ) 卅四丁【白抜き文字】 咽(のど)へ粢(もち)などの噎(つかへ)たる 卅六丁【白抜き文字】 六十五丁【白抜き文字】 上衝(のぼせ)つよく昏冒(うつとりとなり)気(き)を失(うしな)ひたる 卅七丁【白抜き文字】 霍乱(くわくらん) 卅七丁【白抜き文字】 煙(けむり)に咽(むせ)たる 四十七丁【白抜き文字】 注車船(ふねかごのゑひ) 四十九丁【白抜き文字】 暑(あつさ)に中(あたり)たる 五十二丁【白抜き文字】 酒(さけ)に酔(ゑひ)て昏冒(きをうしなひ)たる及 灰(はい)直しの酒に中たる                    五十三丁【白抜き文字】 眼(め)に塵(ちり)砂(すな)の入たる 五十七丁【白抜き文字】 耳(みゝ)へ蟲(むし)の入たる 五十九丁【白抜き文字】 水(みづ)に落(おち)たる時の心得 五十七丁【白抜き文字】 耳(みゝ)卒(にはか)に腫(はれ)痛(いたむ) 五十九丁【白抜き文字】 食傷(しよくしやう) 六十丁【白抜き文字】 呃逆(しやくり) 六十丁【白抜き文字】 跌仆(つまづき)て舌(した)を咬(かみ)たる 六十丁【白抜き文字】 焼酒(せうちう)を呑(のみ)て解(さめ)がたき 六十六丁【白抜き文字】 傷寒時(しようかんじ)疫感冒(えきひきかぜ)の心得 六十二丁【白抜き文字】    緩慢諸證(くわんまんしよしよう) ゆるやかにわづらふやまひ 黄胖(わうはん)俗(そく)に阪下病(さかしたやまひ)といふもの 十五丁【白抜き文字】 淋(りん)  病(びやう) 十六丁【白抜き文字】 痢(り)  病 十六丁【白抜き文字】 脚(かく)  気(け) 十九丁【白抜き文字】 頭(づ)  痛(つう) 廿四丁【白抜き文字】 遺(ねせう)  尿(べん) 二十六丁【白抜き文字】 上衝(のぼせ)つよき 卅六丁【白抜き文字】 毛(け)  蝨(じらみ) 四十七丁【白抜き文字】 毛ぎれ 四十八丁【白抜き文字】 腰(こし)  痛(いたみ) 五十一丁【白抜き文字】 灸(きう)  報(いぼひ) 五十六丁【白抜き文字】 寸白(すばく)の病 六十六丁【白抜き文字】    外傷(ぐわいしやう)の類(るゐ) けがのたぐひ 犬(いぬ)に咬(かま)れたる 一丁【白抜き文字】 鍼(はり)を刺(さし)て出がたき 五丁【白抜き文字】 鍼(はり)釘(くぎ)をのみたる 五丁【白抜き文字】 四十五丁【白抜き文字】 蜂(はち)にさゝれたる 七丁【白抜き文字】 蛇(へび)に咬(かま)れたる 蛇に繞(まか)れたる 八丁【白抜き文字】 竹木刺(とげ)をたてたる 八丁【白抜き文字】 毒蟲(どくむし)にさゝれたる 九丁【白抜き文字】 肉刺(まめ) 十八丁【白抜き文字】 撲眼(つきめ)廿六丁【白抜き文字】 猫(ねこ)に咬れたる 廿六丁【白抜き文字】 鼠(ねづみ)にかまれたる 廿六丁【白抜き文字】 蜈蚣(むかで)に咬れたる 卅一丁【白抜き文字】 咽(のんど)へ芒刺(のぎ)のたちたる 卅六丁【白抜き文字】 打撲(うちみ)閃挫(くじき) 四十四丁【白抜き文字】 蜘蛛(くも)にかまれたる 四十四丁【白抜き文字】 湯火傷(やけど) 四十五丁【白抜き文字】 壁宮(いもり)に咬れたる 四十六丁【白抜き文字】 蝮蛇(まむし)にかまれたる 四十六丁【白抜き文字】 ふみぬき 四十九丁【白抜き文字】 少陽魚(あかゑひ)の刺(はり)をさしたる 五十三丁【白抜き文字】 金刃傷(きりきず) 五十四丁【白抜き文字】 打撲(うちみ)にて眼珠(めのたま)の突(とび)出たる 五十七丁【白抜き文字】 跌仆(つまづき)て舌(した)をやぶりたる 六十丁【白抜き文字】 舌(した)を咬断(かみきり)たる 六十一丁【白抜き文字】 舌より血を出す 六十一丁【白抜き文字】 人にかまれたる 六十五丁【白抜き文字】 擦(すり) 傷(きず) 六十七丁【白抜き文字】    横死(わうし)の類 やまひにあらでしぬる 雷震死(らいにうたれたる) 廿八丁【白抜き文字】 打撲(うちみ)にて気絶(きぜつ)したる 卅二丁【白抜き文字】 縊死(くびれしに)たる 四十一丁【白抜き文字】 溺死(おぼれしに)たる 五十八丁【白抜き文字】 凍死(こゞえしに)たる及 凍(こゝえ)て起(おこ)る諸證(しよしよう) 五十丁【白抜き文字】    諸物(しよぶつ)中毒(ちうどく) もろ〳〵のどくに               あたりたる 芋(いも)の毒に中たる 二丁【白抜き文字】 糒(ほしい)を食(くらひ)て腹(はら)はりたる 八丁【白抜き文字】 鯛鰹魚(かつを)の毒に中たる 二十丁【白抜き文字】 蟹(かに)の毒に中たる 二十丁【白抜き文字】 蟹と柿(かき)とを合食(あはせくらひ)て毒に中たる 廿一丁【白抜き文字】 礜石(よせき)の毒に中たる 廿二丁【白抜き文字】 煙草(たばこ)に酔(ゑひ)たる 廿二丁【白抜き文字】 煙草のけぶりに噎(むせ)たる 廿二丁【白抜き文字】 章魚(たこ)にあたりたる 廿二丁【白抜き文字】 竹筍(たけのこ)に中たる 廿四丁【白抜き文字】 蕎麦(そば)に中たる 廿四丁【白抜き文字】 蚰蜒(げぢ〳〵)と烟草(たばこ)の脂(やに)と合(あはせ)て大 毒(どく)となるを解(げす)こと                 四十七丁【白抜き文字】 河豚(ふぐ)魚の毒に中たる 四十八丁【白抜き文字】 阿片(あへん)の毒に中たる 五十二丁【白抜き文字】 菌(きのこ)の毒に中たる 五十六丁【白抜き文字】 砒霜(ひさう)の毒に中たる 六十五丁【白抜き文字】    婦人(ふじん)諸證(しよしよう) をんなのやまひ 産後(さんご)に冷(ひや)水を喫(のみ)て昏眩(めくるめき)て死(しぬ)るを防(ふせ)く                  卅七丁【白抜き文字】 崩(なが) 漏(ち) 廿七丁【白抜き文字】 帯下(こしけ) 五十丁【白抜き文字】    小児(せうに)急證(きふしよう) こどもの             にはかやまひ 馬(ば) 脾(ひ) 風(ふう) 六丁【白抜き文字】 卅六丁【白抜き文字】 撮(つぼ) 口(くち) 七丁【白抜き文字】 乳(ち)を吐(はき)青(あお)き大便を下す 十五丁【白抜き文字】    瘡瘍(さうよう)の類 さま〴〵のできもの 陰癬(いんきん)の妙灸 二丁【白抜き文字】 陰処(いんしよ)湿痒(しめりかゆさ) 二丁【白抜き文字】 陰門(いんもん)を擦傷(すりやぶり)たる 三丁【白抜き文字】 疔瘡(ちやうさう) 十一丁【白抜き文字】 瘭疽(へうそ) 七丁【白抜き文字】 痔疾(ぢしつ) 十四丁【白抜き文字】 雁瘡(がんがさ) 廿一丁【白抜き文字】 便毒(べんどく) 廿一丁【白抜き文字】 下疳瘡(げかんさう) 四十八丁【白抜き文字】 重舌(こじた) 四十九丁【白抜き文字】 舌に瘡(できもの)を生じたる 六十一丁【白抜き文字】 癜風(なまづ) 六十三丁【白抜き文字】 肥前瘡(ひぜんさう) 六十五丁【白抜き文字】  これその大 概(がい)なり。この撰述(せんじゆつ)は。  素(もと)より急卒(にはか)の用に供(そな)んがため  にはあれど。もし危急(ききふ)の時に臨(のぞみ)て。  卒(にはか)にこれを捜索(さぐりもとめ)んとせば。おそ  らくは諺(ことはざ)にいはゆる。賊(ぞく)をとらへて  索(なは)を綯(なふ)の失(あやまち)なきことあたはず。  ゆゑに平居無事(へいぜいぶじ)の時(とき)に終篇(のこらず)を  よくよみて。あらかじめこれを  記得(こゝろえ)て。もつて病苦(やまひ)をすくふ  ものゝ多からんことを庶幾(ねがふ)なり   安政四丁巳歳夏閏五月         蘿藦舡人識 救急撮要方 い【白抜き文字】憤怒(いかる)【左ルビ:はらだつ】こと甚(はなはだ)しくて。卒(にはか)に失気(ひきつけ)死(しに)たる がごとくになることあり。これ血気(けつき)上迫(のぼり)て然(しかる)こと なり。後(のち)のら【らの右に長四角】の部(ぶ)に雷震死(らいしんし)とある。かみ なりにうたれて死(しに)たるを。救(すくふ)ところの條(くだり)に 出したる。肩(かた)を捏(ひね)る活(くわつ)の術(じゆつ)にて。多(おほ)くは甦(よみがへ) るなり。息出(いきいで)て後(のち)に肩(かた)なほ強(こはり)て。上衝(のぼせ) つよくば。肩(かた)を刺(さし)角子(すいふくべ)【吸瓢】を施(かけ)て血(ち)を多(おほ)く とりたるがよし。或(あるひ)はの【のの右に長四角】の部(ぶ)上衝(のぼせ)の條(くだり)に 出したる。消石大円(せうせきだいゑん)などを用て。軽(かろ)く下 したるも又よし▲犬に咬(かま)れて病(やまひ)となる。 その因(もと)をこゝろうれば。これを治(ぢ)するとも知ら るゝなれば。まづそのことをいふべし。すべて人と 異類(とりけたもの)とは天稟(うまれつき)同じからずして。大に かわりたる所あり。然(しかる)に犬の咬(かみ)たる創口(きずぐち) に歯(は)の涎唾(よだれ)がのこり。これが人の血液(ちしる)に 混(こん)じはびこりて。つひには精神(こゝろ)までもみ だれ。犬のまねして吼(ほえ)などするやうになり て死(し)ぬるなり。ゆゑに此よだれをよくとり さへすれば。後(のち)の患(うれひ)はなきことなれば。犬に 咬(かま)れたらば。はやく血(ち)を搾(しぼり)いだしてのち。 冷(ひや)水にてよくあらひて。血(ち)が止(とま)りたらば。犬 の歯(は)のあたりたるところをよくみれば。 底(そこ)のところに。白(しろ)き葛(くず)ねりのごときものが 肉(にく)につきてある。これよだれのかたまりたる也。 それをとくとかきいだしてのち。また〳〵血 をしぼりて。ふたゞび水にてあらへば。どくは とれて。後(のち)の患(うれひ)をまぬかるゝなり。されど是(これ) はかまれてすぐにかくせねば。毒(どく)ののこること あるおそれあれば。かまれて程(ほど)すぎたるは。 そのあとへ発火(ほくち)【火口】をおほく塡(つけ)て火をつく るか。鉄砲(てつぱう)の火薬(かやく)をしたゝかにつけてもや すかして。毒(どく)をたゝするか。又はふくろもぐ さを七八 壮(さう)もすゆるか。または人の屎異(くそ)を 貼(つけ)て。その上より灸(きう)するは。ます〳〵よし。 もし時(とき)をすぎて。きず口いえかゝりた るは。そのきずぐちをすこしきりて。血(ち) をいだしてのち。巴豆(はづ)か。葛上亭長(まめはんめう)の 細末(こ)を油(あぶら)に蝋(らふ)すこし加(くはへ)たるにてねりて つくるかして。毒(どく)を外へさそひいだすべし。 もし日をへて後(のち)ならば。蕃木龞(まちん)子二匁。 大 黄(わう)一匁を一貼とし。水一合入て五 勺(しやく)に せんじ。二三貼も用ゆるか。又は細末(さいまつ)してさゆ にて用れば。周身(そうみ)に麻痺(しびれ)を発(はつ)してのち。 下利(くだり)て治するなり。犬のまねするまでに なりたらば。井戸ばたへつれゆき。髁(はだか)にして からだのふるへ。歯(は)のねのあはぬ程(ほど)に成迄(なるまで) に。水を百四五十つりもかけべし。爰(こゝ)にいたり ては斑猫(はんめう)を用る方あれど。大かたは水にて 効(こう)あるなり。▲芋(いも)をくらひて毒(どく)にあたり たるには。生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)を砂糖湯(さたうゆ)に 辛味(からみ)にたへかぬるほどさしてのむべし ▲陰癬(いんきんだむし)あるもの旅行(りよくう)して。痒(かゆみ)つのり。堪(たへ)か ぬることあり。此 病(やまひ)は。脂肪(あぶらかは)のうちに毒あり て。侵潘(ひろがり)ゆくものにて。みだりなる貼薬(つけぐすり)な どして。毒気(どくき)内攻(ないこう)しさま〴〵の病に変(へん) じ。死(し)にいたることもまゝ多ければ。その心得(こゝろえ) あるべきことなり。されど。旅行又は在陣(ざいぢん)中 などにては。さしあたり困艱(なんぎ)することなれば。 後(のち)の害(がい)なくして。これを治(ぢ)すべき灸(きう)を つたへん。それは脊骨(せぼね)の骶(とまり)を。ゆびさきにて さぐりてみれば。下のかたとがりてうごく骨(ほね) あり。俗(ぞく)にかめのをといふ所なり。此ほねを はづして。その下のすこしくぼみたる所へ。 灸(きう)七 壮(さう)づゝ。七日ほどすれば。かゆみたちま ちやみて。こらへよくなり。日々こゝに灸(きう)し ておこたらざれば。貼薬(つけぐすり)内服剤(ないふく)を用るに およばず。後(のち)の害(がい)なくいゆること妙(めう)なり。この 灸(きう)は。痔疾(じしつ)の腫痛(はれいたみ)。痔漏(じろう)の愈かぬるもの にも。薬(くすり)にまさる効(こう)あるものあり。また泄(く) 瀉(だり)の止らぬるもの。疝気(せんき)。すばく。又は労證(らうしよう) などにも。灼(すへ)て効(こう)をえたるものおほければ。 おろそかに思ふべきことにはあらず▲陰所(いんしよ)し めりかゆきには。野(の)または路旁(みちばた)に生(はえ)たる蕺(どく) 菜(だみ)《割書:ほしたるは薬|店にもあり》を採(とり)。水に煎(せん)じてあらふて よし。車前葉(おんばこ)または菊(きく)の茎葉(くきは)を用ひ たるもよし。または蒲黄(がまのほのこ)。あるひは火薬(たまぐすり)に 用る硫黄花(いわうくわ)《割書:薬舗に|もあり》の類をふりかけたる もよし▲陰所(いんしよ)に蝨(しらみ)を生(しやう)じたるには俗後(ゆあがり) に軽粉(けいふん)をふりかけてよし▲陰門(いんもん)を擦破(すりやぶり) たるには。烏賊魚骨(いかのかふ)又は鶏卵(たまご)殻を細末(さいまつ)し て。鶏子白(たまごのしろみ)にてねりあはせつけてよし は【白抜き文字】肩脊卒痺(はやうちかた)は旁(そば)にありあふ茶盌(ちやわん)など をうちこはし。肩(かた)のはりつめたる所をかき やぶりて。血(ち)をおほく出すべし。ひまどりて。 血(ち)の出ぬやうになれば。そのまゝ死(し)ぬることの あれば。速(すみやか)なるをよしとす。さてくみたての水 を一合ばかりをのますべし。やゝおちつきた る時(とき)。下剤(くだしぐすり)を用てくたしてよし。此 證(しよう)は。かた はり気(き)ふさぐかと思ふうち。にはかにお こりてそのまゝに死ぬることあれば。すみ やかにかくすれば救(すくふ)ことをうるなり▲歯(は)の 痛(いたみ)は。さま〴〵別(かはり)あれど。詳(つまびらか)なるは。こゝには 記(しる)さず。齲歯痛(むしばのいたみ)には。萊菔(だいこん)のしぼり汁。 又は蔊菜(わさび)をおろして。その汁を痛所へ しぼりかくるもよし。丁子をせんじて ふくむもよし。薤白(にんにく)をすりて頬(ほゝ)へぬれば。 細疱(ふきで)を発(はつ)して痛(いたみ)ゆるやかになるな り。痛つよきには。まじりなき銀十匁ば かりを。うすくのばして。水に煎(せん)じて ふくむべし。呑(のむ)べからず。または龍脳(りうなう)の細(さい) 末(まつ)を醋(す)にかきたてゝふくむもよし。是(これ)は のみてもくるしからず。それらにても いたみやみかぬるには。龍脳(りうのう)四厘(よりん)阿片(あへん) 二 厘(りん)を酒(さけ)にてねりあはせ齲歯(むしば)の上に はさむべし。これはとけたらばはき出すべし のむべからず。または磠砂(とうしや)の塊(かたまり)五分ばかりを 挿(はさみ)たるもよし▲衂血(はなち)は気血有余(ちのおほき)ものは。 にはかにとむるはよろしからず。されど 途中(とちう)などにて。多(おほ)く出て止(やみ?)がたくば。冷(ひや) 水を鼻(はな)より吸(すい)入て。口へ吐(はき)出すことを たび〳〵すべし。駅里(しゆく)近(ぢか)くならば。薬舗(きぐすりや) にて枯礬(やきみやうばん)三四匁ばかりを買(かふ)て厳(きつき)醋(す)五六 勺へかきまぜ。鼻(はな)の中へ竹の管(くだ)にてふき こますべし。又は枯礬(みやうばん)に醋(す)すこし入て。 綿(わた)もしくは撒綿絲(ほくしもめん)。あるひは揉(もみ)たる紙(かみ)に 浸(ひたし)て。鼻孔(はなのあな)へさしこむべし。枯礬(やきみやうばん)なければ。生(しやう) 明礬(みやうばん)を細末(さいまつ)して用てよし。檞茸(はゝそだけ)。馬勃(ほとりたけ) の類(るゐ)は。金創(きりきず)一切の血を止るによきものなれば。 旅行(りよこう)陣(ぢん)中などには。かならず蓄置(たくはへおく)べき物(もの) なれば。もしあらばよきほどにさきて。これに 醋(す)の枯礬(みやうばん)を浸(ひたし)て。鼻孔へ挿(さしこむ)こと。もつともよ し。頭上へは冷(ひや)水をしきりに拊(うち)かけ。両脚(りやうあし)は 湯(ゆ)にて温(あたゝめ)たるも又よし▲腹痛(はらいたみ)。とき〴〵お こり。とき〴〵やみ。口中 唾(つば)たまり。面色(めんしよく)青(あお)く 黄(き)ばみ。脣(くちびる)紅(あか)きにすぎ。食にむかへば。にはか にむねわろくなる。これらの證(しよう)あるもの。 多(おほ)くは蚘蟲(くわいちう)なり。かゝる證(しやう)あるものゝ。旅行(りよこう) などにてにはかに腹(はら)おほひに痛(いたみ)て。たへ がたきことあらば。甘草四匁ばかりをせんじ。 それに甘草の細末二匁ばかり。好(よき)蜂蜜(はちみつ)を 加(くは)へ。かきたてゝ服(のま)すべし。これは蟲(むし)を駆(かる)た めにはあらず。しばらく蟲(むし)を鎮(しづむ)るまでの ことなり。平常(へいぜい)蚘蟲(くわいちう)の患(うれひ)あるもの。もし旅(りよ) 行(こう)陣屋(ぢんや)づめなどせんには。朝倉山椒(あさくらさんせう)を細末(さいまつ) し。丸 薬(やく)にして。日々多く用るか。又は塩(しほ)を 加へて炒(いり)たるを。朝夕(あさゆふ)にくらふかすべし。よく 蚘蟲(くわいちう)を治(をさむ)るものなり。榧(かや)の実(み)は。蚘蟲(くわいちう)絛蟲(さなだむし) を治する効(こう)あるものなり。七日が間一切の 食をたちて。これをのみくらへば。蟲(むし)は悉(こと〴〵)く 死(しに)て下るなり。鷓胡菜湯(しやこさいとう)は。蟲(むし)を駆(かる)もの なり。その方(はう)は鷓胡菜(しやこさい)一匁六分。苦棟根皮(くれんこんび) 八分。大 黄(わう)。蒲黄(ほわう)おの〳〵三分。これ一服のめ かたなり。波斯鶴蝨(せめんしいな)の効(こう)は。鷓胡菜(しやこさい)にやゝ まされど。近来は偽雑(にせもの)多(おほ)ければ。真(まこと)なる物 を撰(えらみ)て用れば頗(すこぶる)効(こう)あるものなり。また腹 痛の。ときにおこりときにやむものに。蟲(むし) の痛(いたみ)にはあらで。大 便(べん)の腸中(はらはたのうち)にとゞこほり てより。痛をなすものあり。これは下して治 するなり。もし又 腰脚冷(こしあしひへ)。腹(はら)とき〴〵痛(いたみ)て 下利(くだる)ものは。冷腹(ひえばら)なり。此 證(しやう)旅中にておこら ば。乾姜(かんきゆう)の細末(こ)に砂糖を等分(とうぶん)にあはせ 朝夕(あさゆふ)におほく用てよし。胡椒(こせう)の末(こ)も又 効(しるし)なり。それにて効なきは。附子剤(ぶしざい)を用ゆる 也。又 腹(はら)にはかにいたみて。何のゆゑとも知(し) れがたきには。小茴香(せうういきやう)一匁六分。甘草(かんざう)。木香(もくかう)お の〳〵六分を合せ。《割書:いづれの薬|店にもあり》生姜(しやうが)二片入て。 さら〳〵とせんじ用べし▲鍼(はり)を肉(にく)にさし。 折(をれ)て出ざるには。衛矛(にしきゞ)の実(み)を二匁ばかり 煎(せん)じてのむべし。松葉(まつば)の黒焼(くろやき)は。よく肉刺(とげ) を出すものなれど。あまりに手近(てぢか)き品(しな)ゆ ゑ。人はこれをあやしめども。実(たしか)に験(こゝろみ)て。そ の効(こう)を知たるものはうべなふなり。また箭鏃(やじり) ぬきの方とて。征古名将(むかしのめいしやう)の秘蔵(ひさう)し給ひし ものあり。その方は。蟷螂(たうらう)和名「いぼじり」又 「かまきり」関東(かんとう)にて「かまぎつてう」と云 蟲(むし)を三ツとり。生(いき)ながら紙帒(かみのふくろ)に別々(べつ〳〵)に入 て乾(ほし)ころし。蝸牛(かたつぶり)一ツ。皮(かは)をさり。牛(うし)の蠅(はい)三 ツ。これも陰干(かげぼし)にして。おの〳〵細末(さいまつ)にして。 用るとき飯糊(めしのり)に油(あぶら)をすこし入てねり。矢(や) の箆(の)のふるく折(をれ)こみて出がたききずの 上へ塗(ぬり)おけば。かならず出る。一方に。蟷螂(たうらう)一ツ に。巴豆(はづ)半箇(はんぶん)入て。ねりあはせて用る。これ もまたよし。前の衛矛(にしきゞ)の実(み)と。松葉霜(まつばのくろやき) は。一切のとげぬきに用るなり。蟷螂(たうらう)は鉄(てつ) を吸所(すふところ)の効(こう)あるなり。蘇鉄葉(そてつのは)を煎(せん)じて 服(もちふ)れば。鍼(はり)をさしたるものに効(こう)ありと云(いふ) も。鉄鍼(てつのはり)に効(こう)あるものなるべし▲鍼(はり)をあ やまつて呑(のみ)たるが。咽(のんど)に入て出かたきに。癩(ひき) 蝦蟇(がへる)の頭(かしら)をきりすて。倒(さかしま)にして血(ち)をしぼ り出したるを。一 盃(ぱい)ばかり咽(のど)へそろ〳〵と。た らしこめば。やゝしばらくありて。鍼(はり)軟(やはらか)に成 て出るなり▲吐(はき)の止(やみ)かぬるには。土めのよ き地(ところ)ならば。その地(ち)を一尺四方ばかりほり て。新汲水(くみたてのみづ)をいれてかきたて。しばらく おきてそのうはずみを汲(くみ)とりわかして 湯(ゆ)となし。生姜(しやうが)のしぼり汁十四五 滴(たれ)さし て用べし。これを土漿水(どしやうすい)といふ。土にすな などまじり。土のはだよからぬところならば。 竃中黄土(さうちうわうど)といふて。ふるきかまどの下に 真赤にやけたる土を。薬舗(きぐすりや)に伏龍肝(ふくりようかん) とよぶ。この土の細末を水にかきたてたる 上清(うはずみ)をとり。煎(せん)じて用るも又よし。これに も生姜(しやうが)の搾汁(しぼりしる)を入る。諸病(しよびやう)ともに。吐の 止りかぬるものに用て効あるなり。この 水にて半夏一味を煎(せん)じもちひたるは。 ます〳〵よし。▲歯齦(はぐき)うきて。たべものに なやむには。鹿角霜(ろくかくのくろやき)《割書:薬店に|あり》をしきりに ぬりつけてよし。又は五倍子(ふし)の末(こ)に。炭(すみ)の 末を等分にあはせ。塩(しほ)を少し加(くはへ)てぬる もよし。また無花果(いちゞく)を煎(せん)じてふくみ たる跡(あと)へ。これらの薬をつけてます〳〵よし ▲蜂(はち)に螫(さゝ)れたるは。生(なま)の芋梗(いもがら)をきりたる を束(つかね)て。つよく擦(こする)ときは。いたみ忽(たちまち)いゆる也。 生(なま)の芋梗(いもがら)なきときは。ほしたるをしめして もちふべし。生芋(なまいも)も又代用すべし。また はまづその刺(はり)をぬき。蝋燭(らうそく)に火をつけて。蝋(なが) 涙をたらしこむもよし。又小便にてあら ひてのち。歯垢(はくそ)をつけたるもよし▲鼻(はな)俄(にはか) にふさがりてきかずば。管(くだ)にて龍能(りうのう)の細末(こ) を吹こむべし。又は細辛(さいしん)。皀筴(さうきやう)の細末(こ)。もし くは舌交草(くさめぐさ)。木藜蘆(はなひりぐさ)。または爪蒂(くわてい)の末を 吹入べし。それらの類(るゐ)も得(え)がたくば。紙條(こより)を ふかくさし込て嚏(くさめ)をさすべし▲馬脾風(はびふう)と いふは。小児にある病(やまひ)なり。次のの【のの右に長四角】の部(ぶ)咽痛(のんどいたみ)の 條(くだり)に記たるをみるへしに【には白抜き文字】暴(にはか)に死て。なにの ゆゑとも知(し)られざることあり。疔毒(ちやうどく)による ものあり。後のち【ちの右に長四角】の字の部(ところ)にいふべし。卒(にはか) にものいふことならず。声(こゑ)出さるやうになりた れど。精神(こゝろもち)にかはりたることなきは。萊菔(だいこん)と 生姜(しやうが)のしぼり汁を等分(とうぶん)にあはせ少し づゝしきりに呑(のみ)。気を慎(しづ)め。息(いき)をかぞへ て。臍(ほそ)の下へとゞくやうにして。しばらく坐て 居れば。かならずいゆるなり。されどこの 證(しよう)おこりたるものは。あとの養(よう)生に意(こゝろ)を 注(もちひ)ざれば。卒厥(そつちうぶう)などの発(はつ)すること有もの なれば。つゝしむべしほ【ほは白抜き文字】樶口(ほつきむし)は。初生小児(うまれおちのこ) の病(やまひ)にて。そのはじめは。しきりに啼(なき)て 止(やま)ず。漸(しだい)に声(こゑ)出(いで)ず気息(いきづかひ)促(せはし)くなり。やがて 口を撮(つぐみ)てひらかず。ゆゑに「つぼくち」ともよ ぶ。急卒(にはか)なる大病(たいびやう)にて。とかくするうち に。手足 冷(ひえ)て死ぬる也。早く心づきて。口を ひらきて。歯齦(はぐき)の内外(うちそと)をみるべし。小さきこと 粟粒(あはつぶ)のごとく。丸く赤きこと酸醤(ほうづき)の如(ごと)き血(ち) 疱(ぶくれ)が。いくつも発(でき)てある。それを爪(つめ)又は鍼(はり) にて破(やぶり)て血をいだし。硼砂(はうしや)の細末五分に 極製朱(ごくせいしゆ)か辰砂(しんしや)二分。磠砂(どうしや)一分ばかりをあ はせ。筆(ふで)の先にてつけ。はやく紫円(しゑん)を 多くのませて下すべし。薬店(きぐすりや)にて。 大なる紫円(しゑん)を買(かひ)。うちくだき用たる が。口内(くちのうち)咽頭(のんど)へつき。はれあがりて。乳(ち)を吸(すふ)こと ならずして死(しに)たる小児もあれば小児(こども)には かならず小さきこと芥子粒(けしつぶ)のごとき物(もの)を もとめて。臍風(へそはれ)撮口(つぼくち)などには。一 次(ど)に五十 粒(りう) 程(ほど)づゝも。咽(のんど)へつまみこみ。湯をそゝぎいる れば。よくのむものなり。わきてこの撮口(つぼくち) などには。一日夜に芥子(けし)の大きなるを二三 百粒ものませて下さねば。危急(あやうきところ)を救(すく) ふことあたはず。よくこゝろうべし。煎薬(せんやく)には一 味(み) の甘草湯(かんざうとう)を用てよしへ【へは白抜き文字】瘭疽代指(へうそたいし)と て。手(て)の指(ゆび)のかはる〴〵膿(うみ)て。痛(いたみ)つよくなや むものあり。最初(さいしよ)その痛(いたみ)の軽(かろ)きものは。 金銀花(きんぎんくわ)。小茴香(せうういきやう)等分(とうぶん)にしたるを以て。 よく熨温(むしあたゝ)めて後に。胡麻油(ごまのあぶら)に蝋(らう)を入 たるにて片脳(へんなう)をねりたるを。つけてよし。 もし其重(そのおも)きものに至りては。それらのく すりにては治しがたし。いかにとなれば。この 病の甚しきは。毒気増長(どくきぞうちやう)して。命を失(うしな)ふ にいたる。容易(ようい)ならぬことなるを以て。最(さい) 初(しよ)の痛(いたみ)の軽(かろ)きと重(おもき)とによりて。もし痛(いたみ) 堪(たへ)がたく。惣身(そうみ)に熱(ねつ)あるものは。早(はや)く良(りやう) 毉(い)を撰(えらみ)てこれを委任(ゆだぬ)べきことなれど。其(その) 初には。軽(かろき)重(おもき)ともに先(まづ)此(こゝ)にいふ治法(ぢはふ)を 用てよきことなれば。記(しる)して示(しめす)ものなり ▲蛇(へび)に咬(かま)れたるには。創口(きつぐち)の血(ち)をしぼり 出して烟草(たばこ)の脂(やに)を塗(ぬり)つくべし。蛇(へび)に 咬(かま)れて。目眩(めくるめき)。熱(ねつ)出(いで)て悩(なや)むには。烟草(たばこ)の脂(やに) に。明礬(みやうばん)の細末(こ)を合(あは)せ。丸じてのますべし。 一方に。明礬(みゃうばん)四匁。甘草(かんざう)二匁を細末して用 る。これも又 試(こころむ)べし。田家(いなか)などには。蛇(へび)の誤(あやまつ)て 女の陰戸(まへ)へ入て悩(なやむ)ことありときけり。若(もし)さる 時(とき)には。みだりに引出さんとすべからず。かれが 鱗(うろこ)さかしまにかゝりて出(いで)がたければ。かへつて あし。もしさる時(とき)には。手(て)にて尾(を)をかたくに ぎり。小刀にてもさしたるまゝにて。早(はや)く烟草(たばこ) の脂(やに)を。その刺(さ)たる所(ところ)へしたゝかに塗(ぬり)つくべし。 蛇(へび)死(し)ぬれば。おのづから出る也。蛇(へび)の煙草(たばこ)の脂(やに) を怖(おそる)ること甚(はなはだ)しく。わづかに芥子(けし)ばかりを口(くち)へ 入ても。たちまち悶苦(もだへくるし)みて死(し)ぬるときけば。 尾(を)をさきて。蜀椒(さんせう)を入よといふにはまさるべし。 又 誤(あやまつ)て小蛇を吞(のみ)て悶乱(もんらん)して。死(しな)んとせしもの に。籖柿(くしがき)を煎(せん)じて服(のま)せたりしかば。速(すみやか)に治(ぢ) したるよし。この物も又 蛇(へび)の怖(おそる)ることしられたり。 霜柿(ころがき)にても同 効(こう)也。これらにもたばこの 脂(やに)を用てます〳〵よろしかるべし▲蛇(へび)に繞(まか) れたらば。早(やは)く人をして小便をしかけさ すれば。たちまちはなるゝといへり。是(これ) にも烟草(たばこ)のやに。又は烟草灰(ふきがら)をはませた るもよろしかるべし▲糒(ほしいひ)/道明寺(だうみやうじ)などを。乾(ほし) たるまゝを多(おほ)くくらひ。腹(はら)のうちにてふへ。 腹(はら)はりて悩(なや)むには。醤油(しやうゆ)を服(のむ)べしと【とは白抜き文字】竹木刺(とげ) には。衛茅子(にしきゞのみ)【矛】。松葉焼存性(まつばのくろやき)などを用てよし。 一方に。松葉(まつば)と。鳳仙花(ほうせんくわ)の茎(くき)/葉(は)/子(み)とも。等(とう) 分(ぶん)に。焼(やき)たるを細末(さいまつ)して用ふれば。鍼竹木刺(はりとげ) 魚骨哽(うをのとげ)を治(ぢ)すといへり。これも又用ふべし。 また魚骨鯁(うをのとげ)には。飴糖(ぶつきりあめ)を粉団(だんご)ほどに丸じ て呑(のむ)べし。又は。磠砂(どうしや)の末(こ)を舌(した)の上へのせて。 解(とくる)をまちて嚥下(のみくだ)すもよし。又 檑盆箒(さゝら)の竹(たけ) の折(をれ)たるが。味醬汁(みそしる)などへ入たるを。誤(あやまつ)て呑(のみ) たる後(のち)に。腹痛(はらいた)むことあり。これにも竹木刺(とげ)の薬(くすり) を内服(もちひ)てよし。▲雀目(とりめ)は。眼球(めのたま)の膜(ふくろ)へ。水気(みづけ)の。と どこほりたる也。これはすべて後(のち)の水腫(すゐしゆ)の治法(ちはふ) をこゝろえて治すれば。速(すみやか)に癒(いゆる)もの也。唐(から)の 蒼朮(さうじゆつ)の佳品(よきしな)なくば。佐渡蒼朮(さどさうじゆつ)一 味(み)を細末して 用べし。さし薬には。鱓膽(うなぎのい)を用てよし。膽(い)は 鱓(うなき)の腸(はた)のうちに至(いたつ)て小さきふくろありて。中 に苦(にが)き水あり。これをとり鍼(はり)にてさし。膽汁(たんじう)を しぼり出し。それに水をいさゝかくはへて さすべし。又 鱓膽(うなぎのい)を内服(ないふく)するもよし。大暑(たいしよ) のころ終日(ひめもす)船(ふね)にありてその夕よりにはか に雀目(とりめ)になることあり。これ水より蒸(むし)たつ る水気が。眼(め)を射(い)て。膜中(めのうち)へ侵(おかし)入たる也。おど ろくべからず。この病(やまひ)は。すべて小便の通しさへ 多くなれば。速(すみやか)にいゆるもの也▲毒蟲(どくむし)にさゝ れて。いかなる蟲(むし)ともわきがたきは。まづその 血(ち)をしぼり出して。あとを水にてよくあ らひたるのちに。歯垢(はくそ)をつくるか。又は燈(とう)しん または発燭(つけぎ)の油(あぶら)つきたるに火(ひ)をつけて。油 をたらしこむべし。蝋燭涙(らうそくのながれ)をたらしこみたる もよし。鶏冠雄黄(けいかんいうわう)の細末(こ)をつけたるも又 よし▲毒害(どくがい)せられたりと覚(さと)らば。速(すみやか)に 油(あぶら)をのむべし。胡麻(ごま)の油。菜子(なたねの)油。荏(ゑの)油。何(なに)に ても拘(かゝは)る所にあらず。砒霜(ひさう)。礜石(よせき)。斑猫(はんめう)。いか なる毒(どく)なりとも。疾(はや)くこれを一二合も用れば。 よくその毒(どく)を抱摂(ひつつゝむ)ことは。歒(てき)を縛(しばり)くゝりたる がごとく。決(けつ)して害(がい)をなさしめず。故(ゆゑ)にこれをよく 記得(こゝろう)れば。己(おのれ)が身(み)の禍(わざはひ)をまぬがれ。人を救(すくふ)こと もまたあるべきなり。近来(きんらい)和蘭毉学(おらんたいがく)世(よ)に 行(おこな)はれてより。未熟(みじゆく)の庸工(へたいしや)ともが。妄(みだり)に阿片(あへん)。 曼陀羅花(まんだらげ)葉(えふ)。蕃木鼈子(ばんもくべつし)などの麻剤(まざい)など を誤(あやまり)用て。人を損(そこなふ)こともまた多し。それらの類(るい) は。それ〳〵に毒(どく)を解(げ)する物はあれど。速(すみやか)に 油を用れば。死ぬるまでにはいたらぬなり。 世に甘草(かんざう)よく諸薬(しよやく)の毒(どく)を解(げ)すといへど。 毒(どく)の至(いたつ)て軽(かろ)きものにはさもあれど。劇(はげし)き 物には効(しるし)なし。また人乳(ちゝ)および無花果(いちゞくのみ)の生(しぼり) 汁(しる)よく一切の毒(どく)を解(げ)すといへば。軽物(かろきもの)には用 てよし▲頓死(とんし)は。前の卒(にはか)に死(しに)たる條(くだり)にてみ るべしち【ちは白抜き文字】血(ち)を吐(はき)たるには。さま〴〵のわかちあ り。吐(はき)たる血の色。黯黒(すゝぐろく)たちまち凝結(こりかたまり)て切(とりの)■(きも)【䘓ヵ】 の如(こと)くになるもの。これは胃府(ゐぶくろ)とて。飲食(たべもの)を 受納(うけいる)る嚢(ふくろ)より。上溢(あふれ)て出るものなれは。飯(めし) 粒(つぶ)または粘稠(ねばり)たる凝飲(りういんのかたまり)などを混(こん)じてある ものなり。これは治(ぢ)しやすし。色赤(いろあか)くして。泡沫立(あはだち) たる血(ち)は。肺蔵(はいざう)とて。気息(いき)の出入して。生命(いのち)を 保(たもつ)ところの嚢(ふくろ)の破(やぶれ)たるより出るものなれば。 少しといへども。治(ぢ)しやすからず。またこの 肺蔵(はいのざう)より出る吐血(とけつ)も肺蔵(はいのざう)の中に留潴(たまり)たる ものが出るときには。凝結(こゝり)て黯紫色(すゝけいろ)になりて 出れば。疎脱(そりやく)にみては。胃府(ゐぶくろ)より出たるものか とおもはるれど。これには線状(いとすぢ)の如(ごと)きものが まじりてあれば。混(こん)ずるものにあらず。この 二道(ふたとほり)の吐血(とけつ)に。さま〴〵の起因(おこるもと)はあれど。胃府(ゐぶくろ) より出たる吐血ならば。まづふたゝび嘔気(むかひけ)の おこらぬやうにして。みだりに泥滞(なづみ)やすき 薬(くすり)はもちふべからす。羇旅(たびさき)などにて。用べ き薬(くすり)もなくば。前のと【との右に長四角】の部(ところ)にいだせる吐(はき) を止る土漿水(としやうすい)。竃心土水(さうしんどすい)などを用ひ。または 赤石脂(しやくせきし)の末などを熱湯(あつきゆ)にかきたてゝ。用ひ などして。吐気おちつきたらば。三 黄湯(なうとう)な どを用て下したるがよし。三黄湯は唐(から)の 大 黄(わう)一匁二分。黄連(わうれん)。唐 黄芩(わうこん)各六分を一 貼(てふ) とし。沸(に)たちたらそのまゝ火(ひ)よりおろし。 滓(かす)をこして用べし。又は大 黄(わう)□匁二分。桂枝(けいし)。桃(たう) 仁(にん)。芒消(ばうせう)各(おの〳〵)六分。甘草(かんざう)二分。五 味(み)合せて三匁 二分を一 貼(てふ)とし。生姜(しやうが)を多く加て煎(せん)じ もちふ。これを桃核承気湯(たうかくじようきとう)といふ。治法(ぢはふ)は さま〴〵あれど。羇旅(たびがけ)などにては。これらに て事 足(たり)ぬべし。この吐血は。多くは酒客(さけのみ)に あれば。たとひ治(ぢ)し得(え)ても。酒は決(けつ)して呑(のむ) べからず。再発(さいほつ)しては。死ぬるもの多ければ なり。又 肺臓(はいのざう)より出たる吐血も。はじめは まづ土漿水(どしやうすい)。または新汲水(くみたてのみづ)なとを用るが よけれど。再大に吐(はく)ときは。にはかに死(し)ぬる ものあれば。旅行などにて用べきくすり もなくば。焼塩(やきしほ)を細末(こ)にして新汲水(くみたてのみづ)に て用べし。焼塩なくば。常(つね)の塩を炒(いり)たるを 末(こ)にして用るがよし。又は坩(かはらけ)をうちくだ きたるを十匁ばかり。水にて煎じたる汁 に。枯礬(やきみやうばん)の細末(こ)二三匁に砂糖(さたう)を入てかき まぜ。冷(ひや)して用べし。あるひは。麒麟血(きりんけつ)。一匁や き明礬(みやうばん)二匁を末(こ)にして。砂糖(さたう)をよきほど に加て。新汲水(くみたてのみづ)にて用るは。もつともよし。 それより後(のち)の手(て)あてに。二 途(とほり)のわかちあり。 広東人参(かんとうにんじん)三四匁を一 貼(ぷく)とし濃煎(こくせん)じたるに。 童子(こども)の小便を二三 勺(しやく)づゝ入て。つゞけてのま すること。三 黄湯(なうとう)に。硝石(えんせう)。または芒消(ばうせう)を入て 用ること。竹葉石 膏(かう)湯。麦(ばく)門冬湯などを もちふるなどの差別(しやべつ)なり。これを詳(つまびらか)に記(しるし) たりとも。素人(しらうと)には領解(がてん)しがたきこと多けれ ば。くはしくはいはず。たゞ沙生地黄(すないりぢわう)と云(いふ)て。 なまなる地黄の汁をとりて用るは。いづれ の證(しやう)にもよろしければ。若(もし)あらば早(はや)く用べし ▲疔瘡(ちやうさう)。発(でき)んとして発(でき)ず。そのまゝにはかに 死(しぬ)るものあり。それを卒(そつ)中風などゝいふて 其侭(そのまゝ)にして検(たゞす)こともなきは。嘆(なげか)はしきこと なれば。その事を記(しるし)て衆人(おほくのひと)に示(しめす)べし。疔(ちやう) 瘡(さう)の最初(さいしよ)は。わづかに粟粒(あはつぶ)の如(ごと)く。至(いたつ)て ちいさくして。たゞ内にふかき物にて。さして 痛(いたみ)もなければ。その人も心づかず。それが ふと物に觸(ふれ)てたちまちに痛をおぼゆ るか。又はかゆしとて。柧破(かきやぶり)てより。大に いたみを発(はつ)するもあり。この疔瘡(ちやうさう)の初(しよ) 発(ほつ)は。小さけれど。よくみれば。そのあたりに 凝結(しこり)つよく。或(あるひ)はその一部(ひとところ)のみ不仁(しびれ)て。お ぼへなきか。あるひは。寒熱(かんねつ)はげしく。傷(しやう) 寒(かん)かとうたがはるゝもあり。又は胸(むね)腹(はら)に 動悸(どうき)つよく。鬱冐(きをふさぎ)。眩運(めまひ)などあるか。さま 〴〵の證(しやう)おこりて。他病(ほかのやまひ)にまぎれやすく。 それ迄(まで)もならぬうちに。気(き)を失(うしな)ひて。 死(しに)たるがごとくみゆるもあれば。よくこゝろ えて検(たゞす)べし。すべて此 瘡(できもの)は頭面(かほ)。口吻(くちわき)耳(みゝ) 鼻(はな)手(て)足(あし)の関節(ふし〴〵)などのうちにて。肉薄(にくうす) く。やゝ窊(くぼめ)なる所に発(でき)て。皮表(おもて)へ張出(はりだ)す 力なきゆゑに内攻(ないこう)すること多ければ。捷(て) 疾(ばや)にこれを誘発(さそひいだす)ことを専(せん)一とすへし。 瘡(できもの)の所を刺(さし)て。まづ血(ち)をとるべきなれど。そ れもなしがたくば。蛭(ひる)を二三十とりて。瘡(できもの)の 中央(まんなか)と思ふ所へかはる〳〵つけて。血(ち)を吸(すは)せ。 したゝかに血を吸(すい)をはりたらば「まめはんめう」 の葛上亭長(かつしやうていちやう)といふものゝ細末(こ)を。《割書:いづれの薬|店にも有て》 《割書:これを芫菁(げんせい)といへど。芫菁(げんせい)は同類異種(どうるゐいしゆ)にて「まめは|んめう」は。葛上亭長なれば。このことを心えてもとむべし》 胡麻油(ごまのあぶら)に白蝋(はくらう)をあはせたるものに。いろの 真黒(まつくろ)になるほど入てねり。その跡(あと)へぬり つくべし。もしそのものなくば。巴豆(はづ)を四五 粒(りう) 研(すり)たるに。油をすこし加て。つくへし。これに て毒(どく)を誘(さそひ)出すなり。さて瘡(できもの)のまはりへは。 代赭石(たいしやせき)の細末(こ)を醋(す)に糊(のり)をいさゝかくはへて。 煉(ねり)たるを瘡より一寸ばかりもよけて塗(ぬり) まはすべし。これにて毒(どく)を外へちらさじ とて。かくはすること也。此(この)證(しよう)の最初(さいしよ)。悪寒(さむけ)つ よく。脉沈(みやくしづん)で微(かすか)に力なくば。麻黄(まわう)附子(ふし)細(さい) 辛湯(しんとう)といふ方を用て。その汗を発(はつ)すべし。 其方は。唐(から)の麻黄(まわう)。細辛(さいしん)。各(おの〳〵)一匁五分。唐(から)の 附子(ぶし)一匁を一 貼(てふ)とし。水一合五勺入て六勺に せんじ。とりかぶりて汗をとる。薬(くすり)は一時 余(あまり) もすごしたらば又用べし。唐附子なき ときは。白川附子。又は烏頭(うづ)を代(かへ)用てよし。 稀粥(うすきかゆ)か。なにぞあつき物をくひて。身(み)あたゝ まり。汗(あせ)出るやうにするなり。もし脉沈(みやくしづ)まず して。熱(ねつ)のかたかちたらば。磠砂(どうしや)を五分ばか りもとめて。厳醋(つよきす)の中へ入て。それに熱湯(あつきゆ) を多くさしたるを用て。汗をとるがよし。 疔毒(ちやうどく)を誘発(さそひいだ)して。根(ね)を抜(ぬく)に。外台秘要(げだいひよう)に は斑蝥(はんめう)を貼(つく)ることをいへり。斑蝥(はんめう)も葛上亭(かつしやうてい) 長(ちやう)と其功用は同うして。やゝまされる物 なれど多(おほ)く有(ある)ものならねば。葛上亭長(かつしやうていちやう) を用てよし。これは根(ね)の出る迄(まで)は貼(つけ)おくなり。 これをつけかゆるとき。痛(いたみ)にたへがたく なりたらば。いゆるにちかしと思ふべし。その 外(ほか)に内服剤(のみぐすり)貼薬(つけぐすり)も。さま〴〵あれど。 初発(しよほつ)の内攻(ないこう)せんとする危急(あやうき)所を救(すく)ふ べきことをのみしめすなり。又疔毒の赤き 血絲(いとすぢ)を引を。紅絲疔(こうしちやう)といふ。手に生じ たるは。胸(むね)にいたり面(おもて)脣(くちびる)などに生じたる は。降(さがり)て咽喉(のんど)にいたる。その胸(むね)に至(いた)り喉(のんど)に いたるものは。嘔逆(むかひけ)し悶乱(もたへ)て死(し)にいたる。 怖(おそろ)しき病(やまひ)也。故(ゆゑ)にこの血絲(ちすぢ)発(でき)たる物は。速 其 絲(すぢ)の延(のび)ゆくかたを。さきのかた二三分 計を残して。絲(すぢ)のうへより。深さ三分計 も刺(さし)て血(ち)を搾(しほり)とるべし。服薬(ふくやく)貼薬(つけぐすり)などは。 上にいふが如し。又疔瘡に鍼(はり)したる跡へは。 蝸牛(かたつぶり)を殻(から)ともに搗(つき)て貼(つく)べしともいへり ▲中風(ちうふう)。いにしへは痱(ひ)といひ。痱は一 方(ぱう)の疾(やまひ)と云(いふ) て。右か左か一方が。麻木不遂(しびれふきゝ)になる病也。 にはかにおく【「こ」ヵ】るやうなれどかならず其 幾(きざし)有。 その幾(きざし)は。自身(じしん)に心得て考(かんがふ)れば知らるゝ ものなれば。旅行(りふこう)在陣(ざいぢん)などには。あらかしめ 其 覚悟(かくご)有べきことなり。その幾のあらま しをいはば。とかく居動自由(たちゐじゆう)ならず。手先 ふるへ。文字をかゝんとすれば。筆つまづき。 指(ゆび)しびれて。物をとりおとすことまゝあり。 舌(した)をり〳〵強(こはり)て。言語艱渋(ものいひにくゝ)。飯粒(めしつぶ)口より洩(もれ) いで。又はものわすれしやすく。万事(ばんじ)に退(たい) 屈(くつ)し。下剤を用ても。大便通じがたきか。 又は小便 頻数(しげく)なり。または小便心付ば。 いさゝも堪(こらへ)がたく。亦(また)は思はず洩(もら)すことあり。 かゝる證候(しようこう)のうちが。二 證(しよう)も三 證(しよう)も発(おこる)こと あらば。この病の幾(きざし)にはあらぬかと心づけて。 飲食(たべもの)を節(ほど)よく減(へら)して。酒をかたく禁(きん)じ。 房慾(ばうよく)をたちて。つとめて身體(しんたい)を運動(うごか)し て。一切に心を労(らう)することは省(はぶき)て。なるたけこと をすくなくして。養生(ようじやう)を専(もつぱら)にすべし。項(うなじ) より尾骶骨(かめのを)にいたるまで。脊椎(せぼね)の両旁(りようほう)椎(せ) 骨(ぼね)につきたる所の陥(くぼり)なる。左右相去こと 曲尺(かねさし)にて一寸四五分なる所を。項(うなじ)より日毎 左右二ケ所づゝ灼(すえ)さがれば。尾骶骨(かめのを)の上に 至るまで。凡三十日ばかりにてをはる。俗 にこれを楷子灸(はしごぎう)といふ。これらの灸を。く りかへし日ごとに灼(すゆ)るか。又は大椎骨(たいずいこつ)の 四方の陥(くぼり)なるところ。七。九。十一。腰眼(ゐのめ)。腰(こし)の 八髎(はちりやう)。臍(ほぞ)の両 旁(わき)の天 枢(すう)。または脇(わき)の章門(しやうもん) などをたび〳〵すゑて。大麦(むぎ)赤小豆など を専(もつぱら)に食ひて。膏梁油膩(うまきものあぶらけ)の品を禁(きん)じ 餌食(くすりぐひ)には。蔊菜(わさび)。白芥子(からし)。生姜(しやうが)。辣茄(とうがらし)。蜀(さん) 椒(せう)。葱白(ねぎ)。韮(にら)。薤白(にんにく)。などの類(るゐ)を用べし。 古人(こじん)この病を陶器(せともの)に劈痕(ひび)のいりたるに たとへ。もし裂破(われ)ては。これを接続(つぎあはせ)ても。芽(われ) 蔑(め)は素(もと)に復(ふく)しがたきがごとく。一度(ひとたび)発(はつ) したるは。よく治(ぢ)し得(え)ても。長寿(ちやうじゆ)する ものなきゆゑに。幾(きさし)あらば。よくつゝしみて 発(おこら)ぬやうにすべきこと也。此病の起因(もと)は さま〴〵にして。治法(ぢはふ)も大に差別(しやべつ)ありて。 附子(ぶし)。人参(にんじん)に宜(よろしき)ものも。大 黄(わう)。芒硝(ばうせう)の類(るゐ) を用て治すべきものも。その他(ほか)の薬物(くすり) をもちひて効(こう)ある物もありて。一途(ひとすぢ)には いひがたければ。此(こゝ)には記(しる)さゞる也▲痔疾(ぢしつ) あるもの。旅行(りよこう)して。疾(やまひ)おこり艱(なやむ)ことまゝ あれば。かねてかろき下剤(げざい)などを日ごと に用て。大便の燥結(かたく)ならぬやうにして。 胡麻(こま)の油一合に。白蝋(はくらう)。夏(なつ)は四十匁。冬は廿 五匁をくはへ。火に融(とか)して後(のち)。白手龍脳(しろでりうのう) もしくは片脳(へんのう)二十匁を相和(ねりあはせ)て。腫(はれ)たる 所へぬれば。速(すみやか)にいゆるなり。もし腫痛(はれいたみ)て 堪(たへ)がたくば。い【いの右に長四角】の部(ぶ)陰癬(いんきんたむし)の條(ところ)にいでたる。 尾髎骨(かめのを)の灸(きう)をすべし。一 次(ど)にて痛(いたみ)たち まち癒(いゆ)ること妙(めう)也。此(この)證(しよう)は。罨熨剤(むしぐすり)または 妄意(みだり)なる貼薬(つけぐすり)などをして速(すみやか)にいや さんとして。真(まこと)の治法(ぢはふ)に従(したが)ふことなければ。 遂(つひ)に内攻(ないこう)して。変(へん)じて眼病(がんびやう)となるか。耳(つん) 聾(ぼ)となるか。癥疝気(しゆくせんき)とも。痱(ちうぶう)。脚痺(かくけ) ともなり。または労瘵不治(らうさいふぢ)の證(しよう)とも なり死にいたるゝものもまゝあれば。かね てよりそのこゝろえあるべきこと也。また 痔疾(じしつ)の血(ち)がをり〳〵洩出(もれいで)たるものが。と まりて。出ぬやうになり。それより肛門腫(こうもんはれ) 痛(いたみ)。脱肛(だつこう)して。馬輿(うまかご)にも乗(のる)ことならずして 悩(なやむ)ものは。野(の)または路旁(みちばた)に生(はえ)たる蕺菜(どくだみのは) を多く刈採(かりとら)せて。布(ぬの)につゝみ。熱湯(あつきゆ)に しぼりて蒸(むす)べし。此物なくば。苦薏花(のぎくのはな)。 忍冬(すいかづら)。金銀花(すいかづらのはな)の類(るゐ)にても。用てよし。又は これらの類(るゐ)に。枳実(からたちのみ)。小茴香(せうういきやう)などを加(くは)へ たるもよし。貼薬(つけぐすり)には。前の龍脳(りうなう)の入た る油菜を用べし。いかに按(おし)入れても収(おさま)らさる ものは。蜞(ひる)を多くとらせて。肛門(こうもん)の輪轑(きくざ) の脹(はれ)て垂(たれ)たるところと。輪轑(きくざ)をはなれ たること四五分なる臀肉(しりこぶら)のあたりまでに。蜞(ひる)を 五六十もつけ。飽(あき)ておのれとはなれをはり たるときに。布(ぬの)を熱湯(あつきゆ)にしぼりてあてお けば。吸(すい)たる口(くち)より血出(ちいで)て。布(ぬの)にたまるなり。 それが出やみたるときに。とりすつる也。かくして のちに収(おさむ)れば大かた納(おさまる)なり。もし痔疾(じしつ)に て厠(かはや)に登(のぼ)るたびごとに。血多く洩(もれ)てやまず。 それよりして面色萎黄(めんしよくきばみ)。脚脛(あし)に腫(はれ)をもよ ふし。胸腹(むねはら)に動悸(どうき)ありて。起(たて)ば眩運(めまひ)し。高(たか) き所へ登(のぼら)んとすれば。気喘(きあえ)ぎなどするやう になりたるは。これを黄胖(わうはん)といふ。方言(はうげん)に 阪下(さかした)の病(やまひ)といふは。阪(さか)などへのぼらんとすれ ば。動悸(どうき)おこりて陟(のぼ)ることならず。仰(あふ)ぎ見 れば。眩運(めまひ)して。阪(さか)の下にて悩(なやむ)といふより の名なり。世(よ)にはこの病を治することを 知ざる毉士(いし)多きゆゑ。いたづらに疾(やまひ)を 抱(いだき)て。生涯(しやうがい)を終(をは)り。あるひはこれが為(ため)に 夭死(わかじに)するものも又あれば。この病を治すべ き薬方の中にて。俗人(しらうと)の自製(じせい)せら るべき一方をこゝにのせてこれを示(しめす)べし。 その方は。鉄粉(てつぷん)二十匁。蕨粉(わらびのこ)十匁。鷹(たか)の 目(め)硫黄(いわう)。焼牡蛎(やきぼれい)各五匁。乾姜(かんさやう)甘草(かんさう)各(おの〳〵)二匁 の六味を。細末して。白湯(さゆ)にて三四匁つゝ用 べし。この薬の主治(しゆぢ)は。衂血(はなぢ)下血など多く して。血液(ぢしる)少(すくな)くなり。周身(そうみ)の血(ち)に水を交(まじ)へ たるをもつて。面部(めんぶ)はもとより。身體(みうち)すべて 黄(き)いろになりて。神彩(いろつや)あしく。皮膚(はたへ)うき はれたるがごとく。甚(はなはだ)しきは爪(つめ)の甲(かう)白(しろ)く成(なり) て。裂(さけ)る也。この散薬(さんやく)に。緑礬(りよくばん)の真赤(まつか)になる まで焼(やき)たる。絳礬(かうばん)とよぶもの五匁を加へ。 丸薬にして用るも又よし。此方 黄疸(わうだん) には効(しるし)なく。用れば却(かへつ)て害(がい)となること あれば。誤(あやまり)混(こん)ずることなかれ▲乳(ち)を吐(はき)青(あを) き大便をするは。小 児(に)のまゝあることにて 大 便(べん)の色(いろ)青(あお)く酢臭(すえくさ)きは。乳(ち)の腹(はらの)中 にて敗壊(すえ)るゆゑなり。これは瘈攣(ひきつり)。急(きふ) 驚風(きやうふう)となる漸(したじ)なれば。はやく紫円(しゑん)を用て 下すべし。紫円(しゑん)の方は。代赭(たいしや)石。赤石 脂(し)。各 一匁。巴豆(はづ)。杏仁(きやうにん)各十ケ。この四味合せて。芥子(けしのみ) のごとくに丸じ。一 次(ど)に十四五 粒(りう)。または二三 十 粒(りう)づゝも用て。下してよし。母もしくは 乳母(うば)の病より。小 児(に)の大便の酢臭(すえくさく)なり。 やがて色青(いろあを)くなることあり。それは母子 ともに治をくわへねばならず。心えべき ことなり▲茶(ちや)を呑(のみ)て睡(ねむり)かぬるものは。白(うめ) 梅(ぼし)を砂糖湯(さたうゆ)にて用べし。厳酢(きつきす)もまた よく茶の毒(どく)を解(げ)するもの也り【りは白抜き文字】淋病(りんびやう) にて。痛(いたみ)甚しく。小便するになやむもの は。桃膠(もゝのやに)二匁。甘草(かんざう)一匁を一 貼(ぷく)とし。水一合入 五勺にせんじ。日に三四貼づゝ用べし。桃(もゝ) の膠(やに)は薬店にあり。又 胡桃(くるみ)を研(すり)て泥(どろ)の 如(ごと)くし。霜糖(さたう)をよきほどに入たるに。熱湯(あつきゆ) をさして用るもよし。膿(うみ)出る淋病(りんひやう)は。陰(いん) 莖(きやう)のうちに。下疳瘡(げかんさう)の発(でき)たる也。茎内(さをのうち) の缺蝕(かけそん)せぬうちに。はやく療治(りやうぢ)せず。たとひ 薬(くすり)を用ても。的当(てきとう)せざる処方(くすり)は。棄(すて)おく につ【「ほ」ヵ】けれは。それにては癒(いゆ)る期(ご)はあるべか らず。素人(しらうと)にもその用心(こゝろえ)あるべきこと也 ▲痢病(りびやう)は。伝染(うつり)やすき病にて。多くは糞(ふん) 気(き)よりうつるものなれば。己(おのれ)が家(いへ)なれば。 圊(かはや)を別(べつ)にし。また病者(やむもの)の糞(ふん)を川(かは)へすつ るか。地中に埋(うずむ)るかして。これを禦(ふせぐ)ことも なしやすけれど。旅行(りよこう)中などにては。是(これ) を知(し)るよしもなければ。圊(かはや)よりどくを つたへて患(わづらふ)ことなしとはいふべからず。此病 の初発(しよほつ)は。寒熱(さむけねつ)などもあれど。いたつて 微(かすか)にして知がたし。且(かつ)その初(はじめ)多くは 下利あれど。快通(かいつう)せず。後重(ごうぢう)とて肛門(こうもん)へ しきりに窘迫(はり)があるにて。この病の初(しよ) 発(ほつ)なることはしらるゝ也。はじめにくだり かねて。しきりにうらごゝろあるときに。 大 盤(だらひ)の中ヘ。塩(しほ)五合ばかりと白芥子(からしのこ) 《割書:これは入ず|ともよし》一合ほどを入て。上より苞(たはら)をかけ。 沸(にへ)たちたる湯をいるれば。塩(しほ)はとけ藁(わら)の 気はいづる。その湯をいりかげんにして。 坐(すはり)て半身を浴(よく)し温(あたゝ)むれば。顔(かほ)より惣(さう) 身(み)へ汗(あせ)の出るやうになる。其時また〳〵 熱湯(あつきゆ)をさして。よく腰(こし)脚(あし)のあたゝまりた るとき。浴衣(ゆかた)にてよく拭(のごひ)て。𥃨床(とこ)に入り。 熱(あつき)稀粥(うすかゆ)か温飩(うんどん)などをくひて。とりかぶ りて汗(あせ)を取べし。此 法(はふ)は。我邦(わがくに)のむかし。感冒(ひきかせ) の初発(しよほつ)などに。汗をとるに必用たる こと。栄花物語(えいぐわものがたり)などに見えたる「ゆゝで」 といふものなり。今これを痢病(りびやう)の初発(しよほつ) にもちふれば。これにて大便も心よく 通じて。そのまゝ解(げ)するもあり。後重(いけみ) なほ止ざるもあれど。浴後(よくご)は病勢(ひやうせい)多(おほ) くは緩慢(ゆるやか)になるなり。此「ゆゝで」をし たるうへに。葛根湯(かつこんとう)などを用たるは ます〳〵よけれど。葛根湯も。唐麻黄(からのまわう) を用て方のごとく調合(てふがふ)せざれば効なし。 其方は。葛根(かつこん)一匁六分。麻黄(まわう)一匁。桂枝(けいし)。 芍薬(しやくやく)。大棗(たいさう)。各八分。甘草二分にて。一貼 四匁四分これを。三が一を減(けん)すれば。三匁三 分を一貼とす。これより小服にては効なし。 さて汗をとりての後も。後重窘迫(しもへはりいけみ)猶(なほ) 止ざるは。腸裏(はらのうち)に下すべき毒(どく)あるなり。 しかれば。舌(した)にかならずその候(めあて)をあらは して。白胎(しろきたい)が厚(あつ)くかゝり。舌(した)のおくのか たは。黄(き)いろになるか。舌一めんに黄(き)ば むかする。それをめはてに下すなり。 舌にかゝりものなくて。後重窘迫(しもにはりのくること)あ るは。にはかには下されず。下剤(けさい)は。調胃(てうゐ) 承気湯(じようきとう)よし。その方は。大 黄(わう)一匁。芒消(はうせう)二 匁。甘草(かんざう)は本万の半を減(へらし)ても。二分五 厘(りん)。 この甘草は。それよりはへらされず。これ に水一合二勺入て六勺をとり。用る なり。この方に。芍薬などを加て もちひてもよし。病勢 劇(はけし)きものは。 大 承気湯(しやうきとう)。または紫円(しゑん)。備急円(びきうゑん)など といふ巴豆(はづ)の入たる丸薬をもちひ。脉(みやく) と舌とによりては。附子をも大に用て 効(こう)あるものあれど。毉士(いし)にすら其わかち をよく弁得(わきまへえ)て。決断(けつだん)するもの少(すくな)ければ 妄(みたり)なることはせぬがよし。下剤をしきりに 用て。却(かへつ)て後重努力(しもへはりいけみ)のつのるものも あれば。旅(りよ)中などにて。いつれとも決(けつ)した がたきには。薬をもちひすして。その 動静(なりゆき)をみて。かへつてよきこともある物 なり。ゆゑにこゝにもいち〳〵には記(しるし) がたし。此病は。灸(きう)の効あるもの多ければ。 臍(ほそ)の両 旁(わき)。天 枢(すう)といふところへ灸するか。 塩(しほ)を臍(ほそ)へ填(もり)て。其上よりふくろ艾を多(おほ) くすえるか。するもよし。また口 吻(わき)の寸 を。唇(くちひる)と肉(にく)とのあいだにとりて【唇の図】《割書:この下くち|びるのはし》 《割書:よりはしにて|とるなり》その幅(はゞ)に紙(かみ)を四角にきり。真中(まんなか) に穴(あな)をあけ。その穴を臍(ほそ)へあて【口吻の寸の図】口吻の寸【図の右にルビ】かく のことく。左右上下 四隅(よすみ)にて。八ケ所(しよ)。これ を八 花(こ)の灸といふ。この灸は。霍乱(くわくらん)。癥疝(しやうせんき) 留飲(りういん)などにも用ひ。わきて小児の疳疾(かんしつ) に用ひて効あるなり。痢病の治法には さま〴〵の差別(しやべつ)あれは。此にいふところは。 たゞこれ実痢(じつり)最初(さいしよ)の治法のうちにて。 捷便(てみじか)なるものを示(しめし)たるのみなりとこゝ ろうべし。痢病に。おしなへて効(こう)ある物は。 無患子(むくろじ)の黒焼(くろやき)なり。これは皮(かは)も実(み)も そのまゝに坩罌(やきつぼ)に容(いれ)て銅線(はりがね)にて十字(ちふもん) 様(じ)に紮(くゝり)。蓋(ふた)の間を泥(どろ)に塩(しほ)をいさゝか交(まぜ) たるにて塗(ぬり)かため。火にて焼(やき)たるを。 とりいだして細末にし。一 次(と)に一匁づゝ もたひ〴〵用るなり。又 鼹鼠(うころもち)【左ルビ:もくらもち】の焼存(くろ) 性(やき)も。諸(もろ〳〵の)痢(り)に効あるものなれば。これら はかねて製(せい)しおきて。在陣(ざいちん)旅行(りよこう)な とには持(もち)ゆくべし。無患子(むくろじ)の焼存性(くろやき)は。 腸胃(はら)の消化(こなれ)あしくて泄瀉(くたる)にも。効有 ものにて。さる諸侯(しよこう)にては昔(むかし)より君侯(とのさま) みづから製(せい)して弘(ひろ)く施(ほどこ)さるゝよしをきけり。 わ【わは白抜き文字】草鞋(わらんじ)にくはれ。水疱(まめ)の出来たるは その水疱(まめ)を破(やぶり)て水をとり。焼(やき)たる赤(あか) 螺(にし)と。半夏(はんげ)を等分(とうぶん)に細末して。飯糊(そくい) に交(まぜ)てつくれば癒(いゆ)るなり。後(のち)の金創(きりきず) の部(ところ)に出したる。魚膠膏(にべのこうやく)。または俗伝(そくでん) の即効帋(そくこうし)などをはりたるもよし。か【かは白抜き文字】脚(かく) 気(け)は。最初(さいしよ)より脚(あし)にいさゝかの腫(はれ)なく。 脚(あし)たゞ重(おも)くして。行歩(あゆみ)なやむもあり。 足脞(はぎ)より腫(はれ)て。周身(しうしん)におよび。小便ます 〳〵通ぜざるもあり。いづれにも両 脚(あし) 麻㿏(しびれ)あるものなり。もし在陣(ざいぢん)旅行(りよこう) などにて。小便通じあしく。脚(あし)よわく 皮膚不仁(はだえしびれ)ることあらば。はやく後(のち)の 水腫(すいしゆ)の部(ところ)に出せる。三輪神庫(みわしんこ)の小 便通利の剤(くすり)を用て。その禁忌(いましめ)を守(まも) り。遄(すみやか)に小便の快通するやうにすべき ことなり。むかし唐時代(たうじだい)に嶺南(れいなん)といふ 極南方(ごくみなみのかた)より流行(はやり)て。北(きた)の方へ漸(しだい)に 伝(つたへ)たる脚気(かくけ)は。一 種(しゆ)の疫癘(えきれい)にて。今 の世の脚気とは。病 因(いん)大に異(こと)なれば。 其薬方をのみ用ては。今の脚気(かくけ)は 治しがたし。今の脚気は。多くは腸胃(はら) の消化(こなれ)あしく。水気の結滞(とゞこほり)より。小 便通しあしくなり。それが進(つのり)て胸腹(むねはら) に迫(せま)り。衝心(しようしん)するにもいたれば。唐時代 に流行(りうこう)せし脚気の。人より人に 伝染(うつる)べき邪毒(じやどく)あるものとは同からず。 今脚気にて。身體浮腫(からだはれ)。胸腹(むねはら)に水 気を潴(たゞへ)たるものが。拘急衝逆(ひきつめさしこみ)て。横床(よこね) することもならずなりたるは。止ことを 得(え)ず。水を下さねば。危急(ききふ)をすくふ ことならず。手近き瀉水剤(みづくだし)には。鼠李(そり) 子(し)三匁に。木香(もくかう)。乾姜(かんきやう)。呉茱萸(ごしゆゆ)。各(おの〳〵)一匁 をあはせて。六匁を一貼として。水二合に 煮(に)て六勺とし。二三 貼(てふ)も用れば。水を 大便道へ下して衝心(しようしん)はゆるまるなり。 もし事(こと)急(きふ)なる時は。画家(ゑをかく)に用る 雌黄(しわう)とよぶ物を三分ばかり。生姜の しぼり汁を湯にさして用ふべし。此物は。 やゝもすれば吐(はくけ)を誘(さそ)ひやすきものなれば。 それをふせがんには。水をすこしくはへ 火上に融(とか)したるに。乾姜(かんきやう)の細末(こ)を三 倍(ばい) ほど加て丸薬となし。大棗(たいさう)二三匁を煎 じたる湯にて服(もちふ)れば。吐(はく)ことなし。又 證(しよう)に よりては。附子剤(ぶしざい)を用て治するもの も。水を下してのちに。続(つゞき)て附子剤を 用ふべきものもありて。病の変化(へんくわ)定なけ れば。方も又一様ならず。故に此にはさし あたりたゞ危急(ききふ)をすくふべきことを記(しる)し たるのみなり。されど水気は小便へ通 じさするを。順正治法(たゞしきぢほふ)とすることにて。大 便道へ導(みちび)くは。このましきことにはあらず。 たゞ脚気(かくけ)衝心(しようしん)を治するに。檳榔子(びんろうじ)。木瓜(もくくわ)。 呉茱萸(ごしゆゆ)。旋覆花(せんぶくげ)。犀角(さいかく)。紫蘇葉(しそのは)など の。一 貼(てふ)わつかに二匁内外の薬剤(くすり)にて 治(ぢ)したるは。薬(くすり)の効(こう)ありしにはあらで。 病のかたからおのれと治したる也。よく 此 理(わけ)を弁(わきま)ふべきことなり。▲鯝鰹魚(かつを)の 毒(どく)にあたりたるには椎茸(しいたけ)を煎(せん)じて服 べし。桜実(さくらんぼ)もまた効(こう)あり。甚しきは吐剤(はくくすり) を用ひてはやく吐(はか)しむるがよし。吐剤 のことは。後のく【くの右に長四角】の部 霍乱(くわくらん)の條(くだり)に述(のぶ)べ ければ。参攷(かんがへあはす)べし。橄欖(かんらん)。よく諸(もろ〳〵)の魚肉(ぎよにく)を 消化(け)し鯗魚(するめ)は。諸の魚毒(きよどく)を解(げ)すとい へど。予はいまだ試(こゝろみ)ず。又 鯝鰹魚(かつを)と胡椒(こせう) とを同時(ひとつ)に喫(く)へば。人を殺(ころ)す。これはこの 二物が配合(いであひ)て。大 毒(どく)となるものとみえ たり。此事は確(たしか)にその事(こと)ありしゆゑに。 こゝに記(しるし)て弘(ひろ)く人につぐるものなり ▲蟹(かに)の毒(どく)にあたりたるには。丁子(ちやうじ)を多く 煎(せん)じて服(のむ)べし。或(あるひ)は細末して。生姜の しぼり汁を少しくはへ。湯にかきた てゝ用ることもつともよし。冬瓜(とうくわ)の汁も また蟹(かに)の毒(どく)を解(げ)すといへど。それは いまだ試(こゝろみ)ず槖吾(つはぶき)の生汁をしぼりて用 れば。一切の魚の毒を解(げ)す。蟹(かに)の毒を 解するに尤(もつとも)効(しるし)あるよしをいへど。槖吾 の生汁をのますれば。吐(はき)を得(え)て治する ものにて。毒を消(けす)にはあらず。たゞ軽(かろ)き 吐剤(はきぐすり)ぞとこゝろえて用べし▲蟹(かに)と 柿(かき)とを同時(ひとつ)にくらへば。毒となりて。血 を吐(はく)ことあり。唐木香(からのもくかう)三匁を一 服(ふく)とし。 生姜二片ばかりをくはへ煎じて用べし。 又は木香二戔。丁子一匁を細末して 用るもよし。▲雁瘡(がんがさ)は仲秋(はちがつ)ごろ。雁(がん)の 来(く)るころより。膝膕(ひつかゞみ)へ発(はつ)する浸滔瘡(できもの) なれば。かくは呼(よび)しなり。これは妄(みだり)なる 貼薬(つけぐすり)。罨熨剤(むしぐすり)などをして。強(しひ)て愈(なほ)さん とすれば。内攻(ないこう)して。脚気(かくけ)。痛風(つうふう)などに なり。甚しきは。心腹(しんぷく)の病となりて。 命期(いのち)を促(ちゞむる)ことまゝあれば。慎(つゝしむ)べき事也。 旅行(たびさき)などにて。この瘡(できもの)発(はつ)して。艱(なやむ)時には。 止ことをえず。その辺(まはり)を刺(さし)て血をす こしとりなどして凌(しの)くべし。かならず 水などにいることを。戒(いまし)て為(なす)べから ず。しば〳〵浴(ゆあみ)するもこのましからず。 かならず毒(どく)を誘(さそひ)いだし。膿(うみ)となして 治するやうにすべしよ【よは白抜き文字】便毒(よこね)発(はつ)せん とするに。痛(いたみ)甚しくとも。強(しひ)て歩行(ほこう) して。速(すみやか)に膿(うみ)潰(つひえ)んことをもとむべし。 いまだ膿(うま)ざるに。鍼(はり)などすべからず。毒 のこりて後の害(がい)となればなり。この 処(ところ)にてよく膿(うみ)熟(じゆく)すれば。後の患(うれひ)を 免(まぬか)るゝなり。旅舎(やどや)に宿(とまり)たらば。浴後(ゆあがり)に。 白芥子末(からしのこ)を布(ぬの)につゝみ熱湯(あつきゆ)にしぼ りて。夕ごとによく罨熨(むしあたゝむ)べし。膿潰(うま)ざ る以前に。便毒(べんどく)下しの薬などといふ ものを。決(けつ)して服(のむ)べからず。軽粉(けいふん)などの 入たる剤(くすり)も。膿(うみ)を催(もよふ)さんとするとき には。用て害(がい)あり。故に家に帰(かへり)たら ば。巧者(こうしや)なる毉師(いし)に委(ゆだね)て。後(のちの)害(がい)を のこさぬやうに治をうくべし。膿(うま)ん とする勢(いきほひ)あるときは。必 妄意(みだり)なる ことをせず。自然(しぜん)に任(まか)せたるがよし。 故に卒爾(そつし)に薬方は記(しるさ)ざるなり ▲礜石(よせき)の毒に中(あた)りたるも。はやく油を 服(のむ)ときには。その毒を抱摂(つゝみおさへ)て。死にいた ることなきは。前に既(すで)にいふがごとく。桃仁(たうにん)の 泥(すりたる)を服(のま)すれば。よく火薬の毒焔(どくえん)を解(げ) するといふも。その旨(むね)はおなじことなり た【たは白抜き文字】煙草(たばこ)に酔(ゑひ)たるには醋(す)を服(のむ)べし。又 は甘草をせんじて用るもよし▲煙草(たばこ) の烟(けぶり)にむせてくるしむには。萊菔(だいこん)の しぼり汁をのむべし▲章魚(たこ)を喫(くらひ)て 毒にあたりたるには。鹿角菜(ふのり)を熱湯(にえゆ)の 中ヘいれ解(とか)してのち。滓(かす)をこして服(のむ)べ し▲竹筍(たけのこ)を多くくらひて。毒にあ たりたるには。生姜を多く喫(くふ)か。又は 汁をしぼり。砂糖(さたう)をあはせ。湯に 点(てん)じて用ふるかすべし。海帯(あらめ)の煎(せん)じ 汁。鹿角菜(ふのり)の汁。および蕎麦殻(そばのから)の せんじ汁も。よく竹筍(たけのこ)の毒を解(げ)す物 なり。苦痛(くつう)甚しきには。胡麻(ごま)の油を 服(のむ)べしそ【そは白抜き文字】卒(そつ)中風は。厥(けつ)といふ病(やまひ)の類(るゐ) にて。暴(にはか)に発(はつ)するものなれど。よくこ れを考(かんがふ)れば。かならず以前に其幾(そのきざし) ある病なり。これは胃府(ゐぶくろ)を胸膈(むね)へつり つけ。諸蔵(はらわた)もそれに従(つれ)て上吊(つりあげ)て。周(しう) 身(しん)の気血(きけつ)頭部(づふ)に進迫(せま)りて。精神(こゝろもち)を 閉(とづ)るゆゑに。人の見さかひなく。ものいふ こともならず。鼾(いびき)出て。睡(ねむる)がごとくにして 覚(さめ)ず。甚しきにいたりては。大小便を迷(しそこ) 失(なふ)ものあり。脉(みやく)は弦(げん)といふて。弓の弦(つる)を はりたるやうにて。力あるがごとくなれども。 神彩(つや)なき脉(みやく)をあらはすなり。この證(しよう) 手を開(ひら)くを虚候(きよこう)とし。手を握(にぎり)たるを 実候(じつこう)とすと。古人はいへど。惣(すべ)てこの 證(しよう)を発(はつ)する人は。たとひ體肥(からだふとり)肉満(にくみち)た りとも。元気(げんき)衰弱(おとろへ)て。血液(ち)の運行(めぐり)遅渋(しぶり) たる所へ外邪(くわいじや)に腠理(はだせん)を壅塞(とぢふさが)るこの。一時(ふと) 飲食(たべもの)の停滞(とゞこほる)か。志意(こゝろもち)の蘊結(むすぼる)ることあ るかの妨碍(さはり)あるによつて発(はつ)するの證(しやう) にて。平常(へいぜい)上衝(のぼせ)昏眩(めまひ)。又は肩強(かたはり)。耳鳴(みゝなり) 寐(いぬ)れば鼾息(いびき)を発(はつ)し。又は頻(しきり)に眠顚(ねごと)を いひ。またはをり〳〵昏睡(ねむりすぎ)て覚(さめ)がたく。 或(あるひ)は凶夢(あしきゆめ)を見て魘(うなさ)れやすく。あるひは 妄(みだり)に怒(いかり)。みだりに㥿(たかぶり)。または凡(すべ)てのこと に懊熱(くつたく)多く。志(こゝろざし)定(さだ)まらず。志のみなら ず。膏梁美味(おもくろしきうまきもの)をこのみ。房慾(かくしごと)をすごし。 表(おもて)は盛(さかん)にみえて。裏(うち)は衰(おとろへ)たる身體(からだ)に 発(はつ)する病(やまひ)なること。たとへば樹木(たちき)の。うちは 朽(くち)て皮(かは)は栄(さかえ)たるものが。暴風(あらし)の為(ため)に吹(ふき) 折(をら)るゝがごとくなれば。病證(びやうしよう)は実候(じつこう)の如(ごと) くに見ゆれど。元気衰弱(げんきのおとろへ)より起(おこ)らざ るはなし。されどさしあたりたる所は。胃口(ゐぶくろ)上 に迫(せま)り。気血(きけつ)上部(うへのかた)に壅塞(ふさがり)。腹中(はらのうち)に停(とゞこ) 蓄(ほりもの)あり。痰飲沸溢(たんりういんわきたち)たれば。止(やむ)ことを得(え)ず。 肩(かた)を刺(さし)て角子(すいふくべ)を以て血(ち)を瀉(とり)。あるひは 肩(かた)項(うなじ)に蜞(ひる)などを多くつけて。血(ち)を吸(すは)せ。 吐剤(はきぐすり)を用て。上溢(わきたち)たる痰飲(たんいん)を吐せて。 胃(ゐ)中の壅塞(ふさがり)を開達(かいつう)し。吐後(はきたるのち)には必(かなら)ず 下剤(くだしぐすり)を用ひてこれを下すにあら されば之を救(すくひ)がたきもの多し。初発(しよほつ)に は。まづ舌交(くさめ)薬をはなへ吹入て。嚏(くさめ)をさす べし。くさめぐすりは。皀莢(さうけふ)。細辛(さいしん)二味の 細末(こ)。胡椒(こせう)の細末(こ)筥根(はこね)のくさめぐさ。木(はな) 藜蘆(ひりぐさ)の類。あまりに急卒(にはか)にしてこれ らを求る間もなき時は。烟草(たばこ)の末(こ)。又は 半夏(はんげ)の末(こ)。薄荷(はくか)の末か。白芥子(からし)の末に ても。はやく鼻(はな)へつよく吹入て。嚏(くさめ)をさ すべし。これらの薬を吹入るには。まづ紙 をひねりて。鼻涕(はなしる)をのごひとりて後に。 左右ともによく鼻の底(そこ)まで通るやう に吹こみて後。結髪(たぶさ)をとりて頭(かしら)を提起(ひきおこす) べし。斯(かく)して嚏(くさめ)出るものは。やかて正気 つくものなれば。まづ吐法を行(おこなふ)べし。はき 薬のことは。次のく【くの右に長四角】の部の霍乱(くわくらん)の條(くだり)に いふべし。肩(かた)より血を瀉(とる)ことは。時の宜(よろしき)に 従(したかふ)へく。且(かつ)素人(しらうと)には行がたきことも あれば。毉(い)の来るをまちてもよし。灸 は天 枢(すう)か。前の痢病(りひやう)の條(ところ)に記(しるし)たる八花 の灸よし。正気(しやうき)つけば。右か左か半身 却(かへつ)て不遂(ふきゝ)になるもの也。吐を得て後 に。下 剤(ざい)を用ひ。大便通利したるのちに。 附子(ぶし)。天南星(てんなんしやう)。細辛(さいしん)。木香(もくかう)四味。各一匁二分 に。生姜四五片を加へ。水一合五勺を六勺 に煎じ用ふべし。或(あるひ)は千金方の附子(ぶし) 散(さん)。和剤局方の三 生飲(しやういん)などの単方(やくみすくな)に て効(しるし)ある方も。また多し。其 佗(ほか)證(しやう)に 応(おう)じてさま〴〵に処方(くすり)の差別(しやべつ)はあ れど。此(こゝ)にはたゞ急卒(にはかなる)を救(すくふ)べき片端(かたはし)を 記(しるし)たるまでなりと思ふべし▲蕎麦(そば)に あたりたるには。牡蠣(かき)の生汁(なましる)をのむ べし。楊梅皮(やうばいひ)と薬店にていふ。やまもゝの 木の皮(かは)を細末(さいまつ)して。さゆにて用ふるか。又 は煎じて用るもよし。この二品は。しば〳〵 試(こゝろみ)て確(たしか)に効(しるし)あることを知(し)れり。萊菔(だいこん)の搾(しぼり) 汁も。又よく蕎麦(そば)の毒を解(げ)するもの也。 香橙皮(くわんぼのかは)の搗(つき)てしぼりとりたる生汁も また効ありといへり。これも又心得べし。 ▲走馬牙疳(そうばげかん)は。はくさといふ小児の急(きふ) 病(びやう)にて。はぐき腐(くされ)て。歯(は)こと〴〵くおち。脣(くちびる) 頬(ほう)までも蝕(かけ)て死(し)にいたる。おそろしき 病なり。速(すみやか)に硇砂(どうしや)。龍脳(りうのう)等分(とうぶん)に。枯礬(やきみやうばん) 少ばかりを研(すり)合せてつけ。紫円(しゑん)を用て 下すべしつ【つは白抜文字】頭痛(ずつう)は其 因(もと)さま〴〵に して。一 概(がい)にはいひがたし。外邪(ぐわいじや)にて頭痛(づつう) さむけあるものは。すみやかに汗(あせ)を発(はつ) すれば解(げ)すれども。上衝(のぼせ)甚しく。と りかぶりて。汗をとりがたく。堪(たへ)かぬ るもの。我邦(わがくに)上古の湯煮(ゆゆで)といひし。半(はん) 身浴(しんよく)の法(はふ)に效(ならひ)。腰湯(こしゆ)をつかひて汗(あせ)を とれば。頭(かしら)を覆(おほふ)までにいたらずして。汗(あせ) よく出れば。頭痛(づつう)甚敷ものもおとなひ やすくして。愈(いゆ)ることもまた速(すみやか)也。前の 痢病(りびやう)の條(ところ)に。その事を記(しるし)おきたれば。 あはせ考(かんがへ)て用ふべし。常(つね)に頭痛(づつう)の持(ぢ) 病(びやう)あるもの。旅行(りよこう)して。終日(ひめもす)日にあた りて。宿疾(やまひ)のおこりたるものは。かならず この法(はふ)を用て速(すみやか)に解(げ)することを求(もとむ)べし。 もし上衝(のぼせ)はなはだしきものは。大なる薬(やく) 罐(くわん)やうのものに冷(ひや)水を汲(くみ)入て。椽端(えんばな)へ頭(かしら)を 出して。頭(かしら)へ濯(そゝぎ)かくべし。婦人(ふじん)は髪(かみ)を ほどきてふたつにわけ。中 剃(ぞり)のところよ り額(ひたひ)へ濯(そゝぎ)かけてよし。これを柎水(ふすい)と云(いふ) て。水 療(りやう)の一 法(はふ)とす。または顳顬(こめかみ)項(うなじ)肩(かた) および缼盆(けつぼん)といふて。導引(あんま)科の脊後(うしろ) に居(ゐ)て。まづ手の次指(ひとさしゆび)中指(なかゆび)のあたる 所などへ。蜞(ひる)をつけて。血を多く吸せるも またよし。又は。白芥子末(からしのこ)一匁。龍脳(りうのう)末五 分を醋(す)に和して。顳顬(こめかみ)項(うなじ)肩(かた)へつける もよし。また数(す)日大 便(べん)通(つう)ぜず。舌(した)に黄(き) なる胎(たい)ありて。食味(しよくのあぢはひ)をうしなひ。頭痛(づゝう) するものは。調胃承気湯(てうゐじやうきとう)を用べし。其 方は。唐大黄(からのたいわう)八分。芒消(ばうせう)一匁六分。甘草(かんざう)三 分。煎じて用ふ。また上好の茶を濃(こく)煎 じて用るも。軽(かろ)き頭痛には効ある もの也。また食事(しよくじ)するたびことに。頭痛(づゝう) するものに。唐呉茱萸(からのこしゆゆ)を用ひて効ある ものなれば。不 換(くわん)金正気 散(さん)などへ多く加へ て用ふべし。建(けん)中散もよし。あるひは。呉茱(ごしゆ) 萸湯(ゆとう)といふ方をもちふること最(もつとも)よし。 その方は。呉茱萸(ごしゆゆ)一匁。人参八分。大 棗(さう)六 分 甘艸(かんざう)二分に生姜を加(くはへ)。水一合二勺を六 勺に煎じて用ふべし。いたつて効 あるもの也。此 剤(くすり)は食事するごとに 咳逆(せきいり)。または眩運(めまひ)嘔逆(むかひけ)を発するもの にも。用て効ある経験(けいげん)もまた多し。 また真頭痛(しんづつう)とて。頭脳中(あたまのしん)に痛(いたみ)をおぼ え。やがて劇(はげし)くなりて堪(たへ)がたく。或(あるひ)は 昏眩(めくらみ)失気(きをうしなひ)。やがて手足(てあし)厥冷(ひえ)。脉(みやく)沈微(ちんび) にして力なく。爪甲(つめのかふ)の色(いろ)青(あを)く脣(くちびる)白 くなり。気息(いき)も絶(たえ)んとするものあり。 これ多くは救(すくひ)がたし。はやく頭上(あたま)の正中(まんなか) の百 会(ゑ)といふ所と。腹(はら)の天 枢(すう)。前に出せ る八花の灸などをして。唐附子(からのぶし)。細辛(さいしん)。麻(ま) 黄(わう)の三味。各一匁の麻黄附子細辛湯(まわうぶしさいしんとう)と いふ剤(くすり)を濃(こく)煎(せん)じて連服(つゝけてのま)すべし。これに 硇砂(どうしや)を点服(てんぷく)するも又よし。前にいふ白芥(から) 子(し)。龍脳(りうのう)の引薬。または柎(ふ)水の術(じゆつ)。舌(く) 交薬(さめくすり)などを試用(しよう)したるもよし。また 證(しよう)によりては。はげしき吐剤(はきぐすり)を用べけれ ど。その方はこの編(へん)には載(のせ)がたし。また一方 の用べきものあれど。素人には伝へかたし。 ▲撲眼(つきめ)にて眼(め)赤くなり。焮痛(ほめきいたむ)には。白梅(うめぼし) を煎じてしきりにむしてよし。又 水仙(すいせん) の根をすりて汁をとり。枯礬(やきみやうばん)を小さき 耳(みゝ)かきに一ツほど加へてさすもよし。 ね【ねは白抜文字】寝小便(ねせうべん)は飽食(くひすぎ)によるものも。蚘蟲(くわいちう)に 因(よる)ものも。腹(はらの)気 攣急(ひきつり)によるものも ありて。一 様(やう)ならず。飽食(くひすぎ)は。食(しよく)を減(へら) させ。蚘蟲(くわいちう)は蟲(むし)を下せば愈(いゆ)る。腹(はらの)気 攣(ひき) 急(つり)て起(おこる)ものは。卒(にはか)には愈(いえ)がたし。寝(ね)小 便(べん) の止(やみ)かぬるは。性怯(うまれかひな)く懶怠(ふしやう)なるものに 多しあるものなれば速(すみやか)に治しがた き病(やまひ)なれど。羇旅(たびさき)在陣(ざいぢん)などにて 従者(つれしもの)にこの患(うれひ)あらば。竊(ひそか)に猫(ねこ)の屎(くそ) の屋上(やのうへ)にありて。数月(すげつ)雨露(あめつゆ)にさらさ れたるもの得(え)。日に乾(ほし)て細末(さいまつ)したるを 丸薬にして。日々これを用れば。寝(ね)小 便(べん)を治すること不思議(ふしぎ)の効(しるし)ある物也。 火に炙(あぶり)て末(こ)にして丸じたるもよし。 また烏骨鶏(くろずねのにはとり)の屎(くそ)も効あるよしを いへど。それはいまだこゝろみず▲猫(ねこ)に 噛(かま)れたるも。前の犬にかまれたるを 治するものとほゞ同じこと也。猫(ねこ)薄荷(はくか) をくらへば。かならず酔(よふ)ものなり。薄荷(はくか) よく猫(ねこ)の毒を制(せい)すといへば。内 服(ふく)する か。もし生(なまの)葉を得たらば。犬毒を 治する手あてのごとくにしたる跡(あと)へ。 すりこみてもよし▲鼠(ねずみ)に咬(かま)れたる も。犬毒と同じことなり。これにも 漢土人(もろこしびと)は。斑猫(はんめう)をつけよといひ。または 斑猫(はんめう)を焼灰(やきはい)にし。麝香(しやかう)を交(まぜ)てつくべ しなどいへど。多くある葛上亭長(まめはんめう)を 用ふるかた便宜(べんぎ)なり。また雄黄末(をわうのこ)を つくるもよろしければ。創(きず)の至て浅(あさ)きもの には。用へし。創所(きず)の血(ち)をよくしほり出し たるあとへ。焔消(えんせう)の細末(こ)。発火(ほくち)。あるひは火 薬(やく)を填(もり)て。火を点(てん)じ。毒気を散(さん)ずべし。 檪木皮(くぬぎのかは)よく鼠毒(そどく)を解(けす)といへど。予(おのれ)は いまだ試(こゝろみ)ず。綿実(わたのみ)を焼(やき)て。その煙にて咬(かま) れたる所を薫(ふすぶ)へしといへど。これも試(こゝろみ) たることなし。猫(ねこ)の屎(くそ)をつけよといふは。 これを制(せい)するの意(こゝろ)なるべし。いづれに も獣咬毒(けものかみたるどく)も。諸(さま〴〵)の蟲(むし)の咬(かみ)たるも。こと ごとく皆 肉(にく)中に毒をのこして後の 害(がい)となるものなればこれをよく洗(あらひ)て 後。毒を外へ誘(さそひ)出す物をつけてこれ を除(のぞ)くにしくことあるべからず。此義(このわけ)を よく領会(がてん)すべしな【なは白抜文字】崩漏(ながち)は。婦人(ふじん)の病(やまひ) なり。婦(ふ)女子 旅(りよ)中にて此病に逢(あふ)時は。 道行(みちゆく)こともならず。大に艱(こまる)もの也。陰(いん)中 を冷(ひや)水にて洗(あらひ)て。之(これ)を治する法(はふ)も あれど。喞筩(みつはちき)を用ひて深(ふか)く子宮中(こつぼのうち)を 洗(あらひ)て後(のち)。坐薬(さしぐすり)を挾(さし)て止る術(しゆつ)なれば。それも 旅舎(はたこや)にては施(ほどこ)しがたくいづれにもあれ。 血の下ること多ければ身體(からだ)頓(にはか)に疲(つかる)るもの なれば。速(すみやか)にこれを止ることをこゝろえべし その法(しかた)は繭綿(まわた)を二十匁ばかりを小さく 束(つかね)て。陰(いん)中に容(いれ)て。横(よこ)に臥(ねかし)。右にあれ左 にあれ。上になしたる足をむかふへねぢ りて。臀肉(しりのにく)を掌(てのひら)にてしかと圧(おさへ)さすれば。 陰戸(まへ)かたく閉(とづ)るなり。かくのごとくする こと一時ばかりをすぐれば。陰戸(まへの)中の破(やぶけ) たる細絡(ちのかすひ)【「ちのかよひ」では】おのづから愈(いえ)あふて。血の出る ことは止ものなり。内服剤(のみぐすり)の速(すみやか)に効(こう)あ るものは。枯礬(やきみやうばん)二匁。騏驎血(きりんけつ)一匁を細末(さいまつ)し て丸じて用るか。枯礬(やきみやうばん)阿煎薬(あせんやく)各二 匁を。散薬(さんやく)にて用るか。又はこれらの剤(くすり)を 布(ぬの)につゝみ。陰(いん)中ヘ坐薬(さしぐすり)としてもよし。 此二 種(しゆ)のうちにて。薬品(やくひん)のあるにまか せてこれをつゞきて服(もちひ)てよし。漏血(ながち) 止ざるあひだは。丸散を用るにも冷 水を以て送(もちひ)下。煎剤(せんやく)も冷(ひや)して用る をよしとす。大かたはこれにて治すれども もし煎薬(せんやく)をもちひんとおもはゞ。艾葉(もぐさのは)。 当帰(たうき)。各六分。唐阿膠(からのあけう)。川芎(せんきう)各四分。生(しやう) 乾芍薬(ぼししやくやく)八分。地黄(ぢわう)一匁二分。甘草一分。 七味合せて四匁一分を一 貼(てふ)とし。生姜を 多く加へ。水煎して用べし。これを芎(きう) 帰膠艾湯(きけうがいとう)といふ。また子宮(こつぼの)中に蓄血(とゞこほりたるち) あるか。息肉(そくにく)などを生じ。又は瘡(できもの)を 生(しやう)じたるなどより。崩漏(ながち)を発(はつ)するも のあり。それらは證候(しようこう)も治法も大に 異(こと)なれば。これもまたこゝろえべし ら【らは白抜文字】雷震(らいにうたれ)死(しゝたる)は雷火(らいくわ)の地におつる響(ひゞき) にふれて。気絶(きぜつ)したるなり。これは 多く時を過(すご)さずるものはなほ救(すくふ)べし。 その救(すくふ)べきものと。すくふべからざるものと をよく見わけて。これを行(おこのふ)べし。その救(すくふ) べからざるものは。腹(はら)脹(はり)色(いろ)変(へん)じ。周身(しうしん) うきはれて。色 青(あを)く。ぶつ〳〵たちたる 斑点(あざ)あちこちにあらはれ。肉柔脆(にくやはらか)くして。 これを按(おせ)ば。匾(ひらた)くなりたるまゝにて。口 鼻(はな) より臭(くさ)き液(しる)ながれいで。眼(め)凹(くぼ)みて口 開(ひら)き。 厭(いとひ)にくむべき屍臭(しびとのか)あるものは。救(すくふ)べきたよ りなし。其救て蘇(よみがへる)べきものは。静(しづか)に 心をとめてよく診(み)れば。口吻(くちびる)をり〳〵び くつくもの。燭(ともしび)をとりて眼(めの)中をてらせ ば。瞳孔(ひとみ)ちゞみ。燭(ともしひ)を遠(とほ)ざくれば開(ひら)くもの。 鳩尾(みづおち)に掌(て)をあてゝ診(み)れば。内(うち)に温(あたゝまり)を おぼゆるもの。燈心(とうしん)又は鳥(とり)の羽(はね)または蝋燭(らうそく) の火を口 鼻(はな)のあたりへ近(ちか)づくれば。動(うごく)と見 ゆるもの。或(あるひ)は眼(め)を。左にあれ右にあれかた 〳〵あき。かた〳〵はふさぐもの。頬(ほゝ)の色(いろ) なほ赤(あか)みあるもの。磨破(すりやぶり)たり所より。 血の流出(ながれいづ)るもの。耳(みゝ)に口をよせて其名 をよべば。面(かほ)の肉(にく)動(うごく)がごとく見ゆるもの。眉(まゆ)に つきたる上のところを。指(ゆび)さきにて強(つよ)く 按(おし)てはなてば。凹(くぼみ)たる所だん〳〵にもとの 如(ごと)くなるもの。この九ツの候(うかゞひ)のうちに て。二ツ三ツあらば。必(かなら)ず死(しに)たりとは定(さだ)むべ からず。いかなる急病(きふびやう)にて呼吸(いき)のかよひ 絶(たえ)さるものにても。此 救(すくふ)べきものとすくふ べからさるものとの差別(わかち)をよく弁(わきまへ)知(しり)て。 これを決(けつ)すべきことは。これ診候(みわけ)の緊急(だいじ) なること也。近世の毉人は多くは薄情(はくじやう)に して。診候(みわけ)にふかく意(こゝろ)を注(そゝぐ)ものも少(すくな) ければ。素人(しろうと)もよくこゝに述(のぶ)る所を撿(たゞし)て。 これを救(すくふ)ことをこゝろがくべし。さて急病(きふひやう) 卒死(そくし)あるとき。第一に心 得(う)べきことは。呼吸(いき) の往来(かよい)絶(たえ)たるものに。気付薬(きつけぐすり)といふて。 蜜(みつ)にて煉(ねり)たるものを用ふるははなはだ あしきこと也。気息(いき)のかよはぬ咽喉(のんど)のあ ひだには。些少(いさゝか)の物にても妨礙(さまたげ)となり。 これによりていよ〳〵気息(いき)の往来(かよひ)を 歇(とゞめ)。活(いく)べきものも蘇(よみがへる)ことならぬやうにな れば。煉薬(ねりやく)はもとより。丸散煎薬(ぐわんさんせんやく)の類(るゐ) も。呼吸(いき)の出ざるうちは。一切 戒(いましめ)て用べか らず。柔術家(じうじゆつか)の拳法(やはう)の中(うち)にて。肩(かた)の 活(くわつ)。天枢(てんすう)の活(くわつ)。内股(うちもゝ)の活(くわつ)臍下(へそのした)の活(くわつ)。い づれなりともよく学(まなび)得(え)て。卒死(そくし)の者(もの) に行(おこのふ)べし。今 此(こゝ)にその梗概(あらまし)を示(しめす)べし。肩(かた)は 按摩(あんま)の人の脊後(うしろ)【濁点衍】へまわれば。まづ大指(おやゆび)と 次指(ひとさし)中指(なかゆび)とをかくる所の肩(かた)の肉(にく)を。 三指頭(みつのゆびさき)にて緊(きびし)く掴(つかみ)。力を極(きはめ)てぐるり 〳〵とうしろのかたへひねりかへすべし。 背(せ)は六七 椎(ずい)のあたりを。四指(よつのゆび)を屈(かゞめ)て 平手(ひらて)にて内に徹(とほる)やうにうつなり。天枢(てんすう) は。臍(ほぞ)の両旁(りやうわき)左右へ。臍(ほぞ)より曲尺(かねざし)にて一寸 五六分のところ。左右相去こと三寸一二 分。この両旁(りやうわき)を指(ゆび)さきにて。力を極(きはめ)て 按(おす)ときには。ことの外に徹(とほり)て痛(いたみ)をおぼ ゆるところなり。内股(うちもゝ)は。陰所(いんしよ)へ近(ちか)き。 股(もゝ)のつけねの所の肉(にく)をつよく按(おす)也。 臍(ほそ)下の活(くわつ)は。後のく【くの横に長四角】の部(ぶ)縊死(くびくゝり)の條(ところ) にいへり。其(その)処(ところ)は。臍(ほそ)の下と陰所(いんしよ)との 正中(まんなか)にて。丹田(たんでん)といふ人の體(からだ)の中心也。 この五ヶ所の外にも。内に徹(とほ)るところ はあれど。まづこの五ヶ所の中一ケ処(しよ)にて も。内に徹(とほり)。頭脳(あたま)へこたゆれば。気息(いき)は出る なり。もしこれにて息(いき)出ずば。帯(おび)をと きて。頭面(かしらかほ)より。肩(かた)。脊(せなか)。胸腹(むねはら)。両脇(りやうわき)。肩上(かたのうへ) より左右の手の関節(ふし〳〵)。股(もゝ)の内外(うちそと)。膝(ひざ)臏(ひさがしら) 両脚(あし)にいたるまで。壮年(としわか)の者両人にいひ付 て。関節(ふし〴〵)より肌膚(はだえ)を按摩(あんま)しながら。 摩擦(こすら)すべし。羅紗(らしや)毛氈(もうせん)などの類あ らば。それにて摩擦(こすら)するもよし。如此(かくのごとく)惣(さう) 身(み)を揉(もみ)やはらげ。皮膚(はだえ)を摩擦(こすり)をは りたらば。鼻(はな)の左右の穴(あな)へ。竹の管(くだ)を さしこみ左右一 齊(ど)につよく息(いき)を吹 こますべし。または鼻(はな)をふさぎて。壮者(わかきもの) の口を直に卒死(そつし)人の口へあはせて。息(いき)を 吹(ふき)入るもよし。または鞴(ふいご)の管(くだ)を口内へ 接(さしこみ)て。風気(かぜ)をつよく吹いるゝもよし。斯(かく) 吹入てのち。胸肋(あばら)を左右の手掌(てのひら)にて 按(おし)て。内より入たる風気(いき)をおし出(いだし)て。又 吹入るなり。かくするは胸肋(むね)の内なる肺(はいの) 蔵(ざう)の呼 吸(き)を出納(だしいれ)する機転(はたらき)の絶(たえ)たる ものを挽回(ひきかへさ)んためにすることなれば。よくその 意(こゝろ)をえて行(おこなふ)べし。膻中(だんちう)とて両乳の真(まん) 中平常は鍼(はり)すべからざる所なれども。 卒死(そくし)の者にはふかく此所へ鍼(はり)を一寸 あまりも骨(ほね)を貫(つらぬ)き刺(さし)て。生を回(かへす)べき。 鍼科(はりいしや)にて秘伝とすることあり。これは 心臓(しんのざう)を刺(さし)て。絶(たえ)たる機転(はたらき)を再(ふたゝび)呼回(よびかへさ)ん とするの術(じゆつ)にて。脊(せ)を打(うち)て内に響(ひゞき) の徹(とほる)も。この心肺(しんぱい)へこたへさするためなり。 よくこれらの意を得てこれを行べし。 また鞴(ふいご)を以て。気を肛(こう)門へ吹こむか。 芩吹(きせる)の大頭(ひざら)を去(さつ)て。吸管(すいくち)のかたを肛門 へさしこみ。別(べつ)の煙管(きせる)をとりて。煙(けふり)を口 にふくみ。肛門(こうもん)へつよく。吹入るもよし。 嚏(くさめ)ぐすりには。皀莢(さうけう)。細辛(さいしん)二味の細末(さいまつ)。胡 椒(せう)の末(こ)。萆撥(ひはつ)の末。瓜蒂末(くわていのこ)。木藜蘆(くさめぐさ)の 末。白芥子末などを用ひてよし。いさゝかも 気息(いき)かよふとみば。冷(ひや)水を面(かほ)へふきかけ。 又は醋(す)を鉄器(てつき)。石 瓦(かはら)の焼(やき)たるか。炭火(すみび)に そゝぎて。その烟(けふり)を薫(ふすべ)かくるか。醋(す)の気(き)つ よきものに。磠砂(どうしや)を入てのまするか。天 枢(すう)。臍下(ほそのした)。または前にいふ八薔の灸な どをするがよし。生気(しやうき)復(つき)たりしも。脉(みやく) なほ微(かすか)にして。四肢(てあし)冷(ひゆ)ること甚しきは。 附子(ぶし)。人参(にんじん)。おの〳〵二匁。乾姜(かんきやう)。甘草(かんざう)お の〳〵一匁に。水一合八勺入七勺に煎じ。 少しづゝのますべし。諸卒死(もろ〳〵のそくし)とも。この 旨(むね)を領解(がてん)したる後(のち)には。時(とき)に応(おう)じた る裁量(はからひ)も出るものなり。嘗(かつ)て三歳 の女子の滞食(しよくたい)して気息(いき)の絶(たえ)たる ものに。小 粒(つぶ)の紫円(しえん)三百 粒(りう)許(ばかり)を舌上(したのうへ)に 入て。湯(ゆ)をつよく吹入しかば。やうやく に下降(さがり)たりと見えしが。時すぎて下(くだ) 利(り)を得て治したりしなり。これらのこと もよく考(かんがへ)あはすべしむ【むは白抜文字】蜈蚣(むかで)に咬れ たるも。前の犬に咬れたるものと同じ こゝろえにてよし。蜈蚣(むかで)の毒(どく)内攻(ないこう)すれば。 舌(した)脹(はれ)出る。それには雄鶏冠血(をんどりのとさかのち)を生(いき)ながら 切て。口中にそゝぎ入て服(のま)しむれば愈る といへり。雄黄(をわう)に。生姜(しやうが)のしぼり汁を加へ てぬりたるも。服(のませ)たるもよし。醋(す)を加へたるも 又よし。雄黄は。諸蟲咬傷(もろ〳〵のむしのかみさしたる)に効(しるし)ある ものなれば。いづれにも内服したるがよし。 いづれの咬傷(かみさしたる)にても。硝石または火薬(くわやく) の類を傷所に塡て。火を点(つけ)て毒を たゝしむることと。葛上亭長(まめはんめう)。斑猫(はんめう)の類(るゐ) を外伝(つけ)て毒(どく)を誘出(さそひだ)すことはするがよし。 またもろ〳〵の小蟲(むし)の刺咬(さしかみ)たるは。血を しぼりいだしたるあとへ。発燭(つけき)又は 紙條(こより)に胡油(ごまのあぶら)を蘸(ひたし)たるに火を点(つけ)て。傷所(きずくち) へ滴(たらし)こむもよし。一 切(さい)の毒蟲(どくむし)の咬刺(かみさし)た るに用てよき方は。雄黄(をわう)。磠砂(どうしや)明礬(みやうばん) 露蜂房(はちのす)各五分。麝香(じやかう)二分 細末(さいまつ)し て。蜜(みつ)にてねりおきたるを。創所(きずぐち)につ け。又さゆにて用てよし▲齲歯(むしば)の痛(いたみ)は は【はの横に長四角】の部(ぶ)。歯(は)痛(いたみ)の條(ところ)に見えたり。むし ばのいたみあるものは朝夕の口欶(うがひ)【嗽】に。 冷水(ひやみづ)のみを用ひ。食後(しよくこ)はもとより。いさ さかの物をくひても。かならず冷水 にてうがひすること。久しうしておこた らざれば。痛(いたみ)やみて。歯(は)牙 堅(かた)くなるもの なり。もし下顎(したあご)につきたる齲歯(むしば)の 痛(いたみ)ならば。乳香末(にうかうのこ)。小麦粉(こむぎのこ)を等分(とうふん)に あはせ。鶏子白(たまごのしろみ)と焼酎(せうちう)を加(くは)へて煉(ねり)たる を。下顎(したあこ)の脉動(みやくのひゞき)ある所へつくべし。この 薬を顳顬(こめかみ)へつけて。よく頭痛(づつう)を治す る効ありう【うは白抜文字】馬に咬れたるには。葱白(ねぎのしろね) を四五寸ばかりにきりたるを束(たばね)て。 創口(きずぐち)をしきりに摩擦(こする)へし。痛(いたみ)その まゝ愈(いゆ)るなり。また馬歯筧(すべりひゆ)をすり つくるもよし。▲打撲(うちみ)は。はやく醋(す)に 樟脳(しやうのう)を入たるを温(あたゝ)め。布(ぬの)に浸(ひたし)て熨(むす)べ し。血の凝渋(とゞこほり)たる所あらば。鍼(はり)にても 剃刀隅尖(かみそりのかど)にてもあさくさきて血をし ぼり出たるがよし。そのまゝに置(おき)ても。 やがてちるものなれど。かくすれば。 ます〳〵よし。すへて酒は血を凝結(こゞら)させ。 醋(す)は血を融解(とかす)ものなるを。世間の正(ほ) 骨科(ねつぎ)が。酒を用ひて薬(くすり)を調和(ねり)てつ くるは。こゝろえ違(ちがひ)なること也。俗人(しらうと)も よくこのことを弁(わきまふ)べし▲打撲(うちみ)にて 気絶(きぜつ)したるも。ら【らの横に長四角】の部 雷震死(らいしんし)の條(くだり) に記(しるし)たるごとくにて救(すくふ)べし。また仰に ねかして其上へ跨(またがり)て。両手掌(りやうてのひら)を以て。 小腹(こはら)を。うんといふて。下(した)より力(ちから)をきはめて 上のかたへつきあぐるやうにすべし。 これも又ひとつの活(くわつ)なり。前の雷(らい) 震死(しんし)の條(くだり)にあはせ考(かんがへ)て。たがひに これを一切の卒死(そつし)に用べし▲餓(うゑ) 死(じに)は。数日(すじつ)食(くら)はずして死ぬるなり。 気息(いき)絶(たえ)てほど遠(とほ)からぬは。熱(あつき) 湯(ゆ)に塩(しほ)少ばかりを入て。手拭(てぬぐひ)やうの ものをいくつともなくその中へいれ。 かろくしぼりてとりかへとりかへ 臍(ほそ)のあたりよりはじめ。腹(はら)をのこり なく蒸温(むしあたゝ)むべし。あたゝまりよく腹(はら) の裏(うち)へ徹(とほ)れば。息(いき)出(いづ)るなり。その時(とき) 紙條(こより)にて鼻(はな)をさぐり。かろく嚏(くさめ)を させて。味噌汁(みそしる)ありあはさず。その 中へ湯を半分ほど入て。少つゞ服(のま) すべし。白米を煎じたる湯ならば。 もつともよし。それより程過(ほどすぎ)て。稀(うす) き粥(かゆ)をすゝらせ。その後に白粥(しらかゆ)を 一二日の間 喫(くは)せ。三日めに飯(めし)をくはす べし。餓人(うゑびと)を救(すくは)んとて。飯(めし)を与(あたふ)れば。 食(くら)ふやいなや死ぬるものあり。故(ゆゑ) に凶歳(きゝんどし)に。志(こゝろざし)あるものは。よく此(この)義(わけ)を 記得(こゝろえ)て。数日(すじつ)食(しよく)を得(え)ざるものには。 濃粥(こきかゆ)なりとも。卒爾(そつじ)にくらはすべ からず。一切 餓莩人(うゑたるもの)を救(すくふ)には。この こゝろえあるべきことなりゐ【ゐは白抜文字】井戸(ゐど) の久(ひさし)く廃(すて)おきたる水を汲(くま)んと して。その毒(どく)にあたり。昏眩(めをまわし)失気(きをうしなふ) ことあり。はやく厳醋(きのつよきす)を頭面(かほ)へ吹かけ。 口中へもいさゝかたらしこむべし。 忽(たちまち)息(いき)出(いで)て甦(よみがへる)なり。穴庫(あなぐら)の気(き)に 中(あたり)たるも。また醋(す)を用て妙(めう)に覚(さむ)る ものなり。醋(す)はすべて窒塞(ふさがり)て生ずる ところの戻(あしき)気(き)を解(げ)すること。これに まさるものなければ。傷寒(しようかん)病人の 室(ねどころ)などは。土鍋(どなべ)に醋(す)を入て。やはらかな る火(ひ)の上に煮(に)て。これを薫(かほらす)れば。 病者の為(ため)にもなり。人に伝染患(うつるうれひ)を も免(まぬが)れて。その益(えき)はなはだ多し。 すべて欝閉(うこもり)たる所には。人にあたり やすき気を生ずるもの也。これを 排除(はらひのぞ)んとおもふには。火を焚(たく)がよし。 井戸 穴庫(あなぐら)などは。火をたきがたけれ ば。醋(す)を多くそゝぎ入るゝか。または 炬火(たいまつ)を下(おろし)などしてこれをはらふべし。 故に久く蓋(ふた)をあけざる穴庫(あなぐら)。井戸 などは。まづ蝋燭(らうそく)に火をつけて。内にお ろして見るべし。忽(たちまち)消(きゆ)るものは。かな らずこの気を生じたる也。故(ゆゑ)に炬火(たいまつ) もよく燃(もえ)つきたるにあらねは消(きえ)安(やす) し。常(つね)に人の住(すま)ぬ堂社(だうしや)。又は石室(いはむろ)。又 はまれにいたる別荘(べつさう)などの。常に戸ざし たる所などは。かならずまづその戸(と)障(しやう) 子(じ)をあけはなち。風の往来(ゆきかふ)やうに し。内にて火をたかすべしの【のは白抜文字】咽喉(のんど)腫(はれ) 痛(いたむ)證(しよう)の起因(おこり)には。さま〴〵なれど。此(こゝ)には 世に多くある所のもののみを挙(あげ)て 示(しめす)なり。まづ前(まへ)なるは。気息(いき)の往来所(かよふところ) ののんどにて。これを喉(こう)といひ。後(うしろ)なるは 飲食(たべもの)の下降(さがる)ところののんどにてこれ を咽(いん)といふ。喉(こう)ののんどが腫(はる)る時は。息(いき)する に障(さはり)となり。咽(いん)ののんどが腫(はる)るときは。飲(たべ) 食(もの)の下降(さがる)に妨(さまたげ)となりて悩(なやむ)なり。今の世 の人こうひ【こうひの横に長四角】といふは。多くはこの咽(いん)にして 喉(こう)にはあらず。名義(めいぎ)さへ違(たがひ)ぬれば。療治(りやうぢ) をすることも。また疎漏(やゝゐへはなし)なること多し。この 咽(のんど)の痛(いたみ)の最初(さいしよ)ならば。速(はや)く唐(から)の甘草(かんざう) 一味を。一 貼(てふ)三匁ほどにして。水一合二 勺(しやく)を 六勺に煎(せん)じ。二三 貼(てふ)も用れば。痛(いたみ)忽(たちまち) 愈(いゆ)ること。おどろかるゝが如(ごと)きことあり。 これを甘草湯(かんざうとう)といふ。もしやゝ腫(はれ)いで たりと思ふものには。生乾(しやうぼし)の桔梗(きゝやう)一匁 五分加へて用べしこれを桔梗湯(きゝやうとう)と いふ。これにて大かたはいゆるものなり。 もし腫(はれ)つのり膿(うみ)潰(ついえ)て。痛(いたみ)甚しく。 ものいふこともならずして悩(なやむ)ものには。 厳醋(きのつよきす)一合に。半夏(はんげ)の細末(さいまつ)五分。鶏卵(たまこ) 一ツの白みばかりをとりわけたるをいれ。 茶筌(ちやせん)にてかきたてゝ。よく混和(まじり)たる を見て。火にのぼせ。一沸煮(ひとにたちに)たちた らば火をおろし。絹(きぬ)にてこして。冷(ひやし)た るまゝに少しづゝのむなり。これ古(いにしへ)の 苦酒湯(くしゆとう)を。予が意(こゝろ)を以て。今に用ひ たるところの方なり。また醋(す)五勺 許(ばかり)に。 磠砂(どうしや)七八分を融化(とか)してしきりに含(ふくみ)て。 咽(のんど)にいたらしめてのち。呑下(のみくだし)たるもよし。 あるひは磠砂(どうしや)。枯礬(やきみやうばん)等分(とうぶん)を細末(さいまつ)して。竹(たけの) 管(くだ)にて咽(のんど)の中へ吹入るゝもよし。此三方は。 疱瘡(はうさう)などの。咽(のんど)に多く発(でき)て。声唖(こゑかれ)。飲食(たべもの) のとほりがたきものにも。黴毒(かさけ)にて咽(のんど)の 腐蝕(くされ)たるものにも用て。効(しるし)を得(え)たること まゝ多し。大 便(べん)秘結(ひけつ)するものには。涼膈散(りやうかくさん)。 又は調胃承気湯(てうゐじようきとう)などゝいふ薬を用る ことあり。もし病勢(びやうせい)劇(はげし)く。熱(ねつ)燬(やく)がごとく。 咽(のんど)の内外 腫痛(はれいたみ)て。堪(たへ)がたきものは。蜞(ひる) 多くとりて。項(うなじ)より咽(のんど)のまはりへ。四五十も つけて血を吸(すは)すべし。また傷寒(しようかん)にて。 下利(くだり)甚(はなはだ)しく。脉(みやく)も微(かすか)にして絶(たえ)だえ になりて。咽(のんど)の痛(いたみ)甚しきものは。通脉(つうみやく)四 逆湯(ぎやくとう)といふて。参附(じんふ)の大 剤(ざい)を用て。救(すくふ) ことを得(うる)ものあり。その證(しやう)にも。咽(のんど)の 壊(くされ)燗(たゞれ)て。飲食(たべもの)の下降(さがり)かぬるやうに なりたるものも。まゝあるもの也。もし それらに血(ち)をとり下 剤(ざい)などを用れば。 たちまち人を殺(ころ)す。おそろしきこと也。 今の世の和蘭毉者(おらんだいしや)に。まゝこの弊(ついえ)多 ければ。素人(しらうと)もよく心得(こゝろえ)おくべきこと也。また 婦(ふ)人の病に。咽(のんど)になにか物のかゝりたる ごとくおぼえて。まゝ痛をなし。あるひは腫(はれ) ありて。嚥下(のみくひ)を妨(さまたぐ)ことあり。これは前の 咽(のんど)の痛(いたみ)とは大に相違(さうゐ)の證(しやう)にて。混(こん)ずべ からざるもの也。これには半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう) といふて。いたつて平穏(やはらか)なる剤(くすり)なれ ども。妙(みやう)に効(しるし)ある方あり。その方は。半夏(はんげ) 一匁六分。厚朴(こうぼく)六分。茯芩(ぶくりやう)八分。紫蘇(しそ)の 葉(は)四分。合せて三匁二分を一 貼(てふ)とし。生 姜三片をくはへて。水一合二勺を六勺に 煎(せん)じ。わづかに五六貼を用ればいゆる なり。これらもかの蘭毉(おらんだいしや)が。瀉血(しやけつ)などを して妨碍(さはり)となりしことを見たり。かく相(あひ) 似(に)て異(こと)なるものもあれば。忘意(めつた)なる ことはせぬがよし。つゝしんで思ふべきことならず や。又小 児(に)に馬脾風(ばひふう)といふて。息(いき)の往来(かよふ) ところの喉(こう)ののんど。にはかにつまりて。 ひい【ひいの横に長四角】といふて息(いき)出(いで)ず。大に悩(なやむ)ことあり。これ には硝石(せうせき)一匁。枯礬(やきみやうばん)五分。銀朱(しゆ)三分の三 味を細末(さいまつ)して。竹の管(くだ)にて喉頭(のんど)へ吹込(ふきこみ)。 新汲水(くみたてのみづ)を口うつしに吹こむか。または器(うつは) に入て呑(のま)すべし。妙(めう)に効(しるし)あるもの也。 この薬を用るには。かならず水にて送(おくり)下 すべし。湯は一切もちふべからず。今 和(お) 蘭毉士(らんだいしや)の為(する)ところを看(み)るに。此 證(しよう)に。 緩汞(かろめる)をのませ。蜞(ひる)をつけて血(ち)を吸(すは)すれど も。これ知見(みること)の至(いたら)ざることにて。やゝも すれば却(かへつ)てこれを損(ころす)なり。今 此(こゝ)に記(しるす)と ころの方の効(こう)の速(すみやか)にして。百 発(ほつ)百中 なるにはしらざるなり▲咽(のんど)へ芒(のぎ)のたち たるは。しきりに餹(かたあめ)をくふべし。膠飴(みづあめ) もよし。又 紙條(こより)を鼻(はな)へさし。くさめして もぬけることあり。魚骨(うをのほね)の哽(たちたる)も又くさ めにていゆることもあれば。心得(こゝろえ)べし。 ▲咽(のんど)へ粢(もち)などのかゝりて。いかにすれども 下りかぬることあるを。扇(あふぎ)のほねを紙(かみ)に つゝみて。つきいれよといふことをいへど。これは いたづらに咽(のんど)をいためて効(こう)なきこと多き もの也。乾芋梗(いもがら)にておし下せといふは。 扇(あふぎ)のほねにはまさりたりとおもはる れど。それらよりも油をのみて滑(すべら)せて 下すにまさりたることはあるべからず。 これらにはわづか一二勺をのみて効を うるなり。鹿角菜(ふのり)を熱湯(あつきゆ)にもみて 滓(かす)をしぼりすてたるにても。団餅(たんご) 粢(もち)などの咽にかゝりたるは下るなり。 かゝることはたゞ速(すみやか)に行(おこな)ふをよしとす れば。この意(こゝろ)を得(え)てのちは。時に応(おう)じ ての裁酌(さりやく)あるべきことなり▲上衝(のぼせ)つよ く肩強(かたはり)。眩運(めまひ)。頭痛(づつう)などして。旅行(りよこう)に 艱(なやむ)ことあり。大 便(べん)通(つう)じなきより起(おこる)と しらば。下 剤(ざい)を用て下したるがよし。 されどあまりに下しすぐれば。心下 却(かへつ)てつかへ。上衝(のぼせ)のつのることあるもの也。 其時は。黄連(わうれん)。胡黄連(こわうれん)。熊膽(くまのゐ)。猪膽(ちよたん)。牛膽(ぎうたん) などまたは黄蘗(わうばく)皮を煎(せん)じつめたる。 陀羅助(だらすけ)などやうの。味苦(あぢはひにが)き物を用れば。 痞(つかへ)はいゆるなり。もし上衝(のぼせ)つよく。卒(にはか)に 昏冐(うつとうとなり)失気(きをうしなは)んとせば。はやく冷(ひや)水一 盃(ぱい) を一 息(いき)にのむべし。むかし日本武尊(やまとたけのみこと)が。 近江(あふみ)の膽吹(いぶき)山にて。雨をしのぎ霧(きり)をお かして。山を陟(こえ)ゆきたまひしとき。山の 瘴気(あしきき)にあたりたまひ。うつとりと酔(よへ) るがごとくになり給ひし時。麓(ふもと)の清(し) 水を飲(のみ)て覚(さめ)たまひしといふは。水の 効(こう)あるがゆゑなり。婦人(をんな)の児(こ)を産(うみ) おとすと。そのまゝに冷水一 盌(ぱい)をのめば。 昏眩(ひきつけ)て死(し)ぬる患(うれひ)決(けつ)してあること なきものゆゑ。賀川家には黒薬と いふて。麻(あさ)の嫩苗(わかなへ)を焼(やき)たるを。胞衣(のちざん)の いまだ下(おり)ぬうちに。冷水にて服(のま)するは。 麻(あさ)の苗(なへ)に効あるにはあらで。水に効 あるをたのむなり旅行(りよこう)在陣(ざいぢん)の下 剤(ざい) には。加 減消石大円(げんせうせきだいゑん)を製(せい)して持ゆく べし。その方は。唐大黄(からのだいわう)八両。官製人参(たねにんじん) 六両。精製消石(せい〳〵せうせき)四両。唐甘草(からのかんさう)三両。この 四味を細末して丸となす。又唐大黄 百匁に。水三升入て一升に煎じ。滓(かす)をこ して。再(ふたゝび)火(ひ)に上せ。五合ばかりになりた るとき。精製消石(せい〳〵せうせき)五十匁。白蜜(はちみつ)百匁 を入て煮(に)たるを。重湯(りもん)にて煮(に)つめて。 かたき飴(あめ)のごとくにして。器(うつは)にいれて 蓄(たくは)へ。用るときに。湯にて融化(とかし)て用る もの。殊(こと)に良とすく【くは白抜文字】霍乱(くわくらん)は。食傷(しよくしよう)の 吐瀉(はきくだし)甚しく悶乱(もんらん)するをいふの名にし て。別に霍乱(くわくらん)といふ病のあるにはあらす。 暑気あたりのやうにこゝろうる人あれ ども。これは四時にある病にて。暑邪(しふじや)に はあらず。暑(しよ)は正(たゞしき)気(き)なれば。妄(みだり)に人に あたるものにあらず。然(しか)るに暑月 夏(なつ) 秋(あき)の間(あはひ)にこの病の多くある所以(わけ)は暑を 凌(しのが)んとて冷(つめたき)物を多くくらひ。恣(ほしいまゝ)に水 を呑(のみ)。または酒を飲(のむ)にも。冷物(つめたきもの)を肴(さかな)とし ておほくくらひ。その上に。樹陰(こかげ)に涼(すゞみ)を 納(とり)。風のとほる所に仮寝(うたゝね)して。身體(からだ)を 冷(ひや)し。夜気(やき)に侵(おか)されなどして。腠理(はだえ)の 開逹(しまり)あしくなり。内に迫(せまり)て発(おこ)る病(やまひ) なれば。畢竟(つまり)は冷気(ひえたるき)に中(あたり)て病となる ものにて。暑熱(しよねつ)に傷(やぶ)られたるものには あらず。此(この)病(やまひ)甚しくて。上に吐(はき)下に瀉(くだし) て止(やま)されば。たちまち元気 脱(ぬけ)て。卒(にはか)に 死ぬる。怖(おそろ)しき病なり。すべて病は。皆(みな) 手前(てまへ)ごしらへなるものなれど。殊(とりわけ)この 病は。至(いたつ)て不養生(ふようしやう)なる人にある病にて。 その小なるものを養(やしなひ)て。大なるものを 忘(わする)る。小人の患(うれふ)るところにして。道にこゝ ろざすものにあるべき病にはあらざる也。 さて吐瀉(はきくだし)甚しく。四肢(てあし)も厥冷(ひえあがり)て。脉(みやく)も 微(かすか)になりたらば四逆加人参湯(しぎやくかにんじんとう)といふ方 を用べし。その方。唐附子(からのぶし)一匁二分。人参(にんじん)一匁 もしくは二匁。乾姜(かんきやう)八分。甘草(かんさう)六分。四味合せ て三匁六分。もしくは四匁六分に。水一合五勺 入て六勺に煎じ。連(つゞけ)て二三 貼(てふ)を服(のま)すべし。一 もし下利(くだり)は甚(きせる)こともなく。吐逆(むかひけ)劇(はげしく)して 止(やみ)かねるには。甘草(かんざう)。乾姜(かんきやう)各(おの〳〵)一匁。二味合せ。 て二匁に。水一合入て五勺に煎(せん)じ用べし。 これを甘草乾姜湯(かんざうかんきやうとう)といふ。至(いたつ)て軽(かろ)きもの には。益智飲(やくちいん)とて唐木香(からのもくかう)。唐 呉茱萸(ごしゆゆ)。唐 益智(やくち)各六分ばかりを。水一合入 沸(にたち)たらば。火 より下し滓(かす)をこして用るもよし或(あるひ)は呉(ご) 茱萸(しゆゆ)を去(さり)て青葉藿香(あおばのかくかう)を加(くは)へ用てよし。 下利(くだり)あるものには。唐 良姜(りやうきやう)を加(くはへ)たるも よし。建中散(けんちうさん)もまた用べし。もし吐下(はきくだし) 甚しく。薬を煎ずる間もいかゞと 思(おもは)るゝものには腹(はら)の天 枢(すう)に灸すべし。 これは臍(ほそ)をさること。大人の體(からだ)にて。曲尺(かねざし) 一寸二三分。左右 相去(あひさる)こと二寸五六分の 所の穴処(けつしよ)也。これを確(たしか)にせんとおもはゞ。 紙條(こより)か稲稗(わらしべ)にて。乳(ちゝ)と乳とのあひだを とり。それを八ツに折(をり)その半(なかば)を去(すて)。のこ りのなかばをふたゝび二ツにをりて。折目(をりめ)を 臍(ほぞ)へあて。左右の端(はし)に点(てん)する也。この 灸(きう)する所(ところ)は。前(まへ)の雷震死(らいにうたるゝ)ところに出せ る。卒死(そつし)のものを救(すくふ)べき活法(くわつほふ)にも用る うちの一ケ所にて。よく響動(ひゞき)の内に 応(こたへ)るところなれば。霍乱(くわくらん)の吐瀉(はきくだし)はな はだしきにも。傷寒(しようかん)の陰證(いんしよう)にも。用て 薬に優(まさ)れる即効(そくこう)は。数(す)十年来 試(こゝろみ)て知 ところなり。前にいふ八花の灸も又 よろしければ。いづれなりとも速(すみやか)に灸 するをよしとすることなり。また吐(はき)も なく瀉(くだし)もなく。心下苦迫(みづおちへさしこみ)。腹痛(はらいたみ)。悶(もだ) 乱(え)。胸膈(むなもと)へひしとつまりて。息(いき)もつき がたきやうならば。指(ゆび)をさし入させて。 吐気(はきけ)をさそふて見ても吐(はか)ざるは。まづ 鳥の羽のさきへ油を少しつけて。深(ふか)く 咽(のど)のおくをさぐり見るべし。夫にても 吐(はく)ことなくば。瓜葶(くわてい)といふて。越前(ゑちぜん)より 出るまくわ瓜(うり)のへたあり。薬店に まかすれば。そのまゝ末(こ)にすれど。茎(くき)の つきたる所は効(こう)なければ。切すてゝ。蒂(ほぞ)ば かり三分に生(なま)なる赤小豆(あづき)を等分(とうぶん) にあはせて。細末にし。砂糖湯(さとうゆ)に入。 かきたてて用べし。苦瓢(にがふくべ)の実(み)。茶(ちや)の 実(み)も又よく吐をもよふすものなれば。 瓜蒂(くわてい)なきときは用べし。分量(ぶんりやう)瓜蒂(くわてい) より少し多くしてよし。その外に 吐(はか)すべきものは。箱根(はこね)なる藜蘆(りろ)の 類(るゐ)なる嚏(くさめ)ためぐさ。藜蘆(りろ)。木藜蘆(もくりろ) のるゐは。品は劣(おと)れども代用してよし。 和蘭(おらんだ)より舶来(もちわたる)ところの吐根(とこん)といふ物も。 瓜蒂(くわてい)とほゞ同じ力のものなれば。これも 代用してよし。其外に劇(はげし)き吐薬(はきぐすり)はあ れど。素人(しろうと)に用がたし。蒼蠅(あをばい)の頭(かしら)はわづ かに三ツばかりを用ても。吐を誘(さそふ)もの也。 人屎(くそ)よく吐を催(もよふす)ものなれど。不潔(きたなき)もの ゆゑ。人も厭(いとへ)ば。用ひがたけれど。いづれをも 得(え)かたき時には用べし。古人は牛屎(うしのくそ)にて 吐せたることをいへば。これもこゝろえおくべし。 屎(くそ)などはさもなりがたけれど。すべて吐 薬は。砂糖湯(さたうゆ)か大棗(なつめ)などの煎じ汁にて 用るがよし。左なければ。よく胃府(ゐふくろ)に落(おち) つかぬなり。吐薬を用たらば。極(きはめ)て熱(あつき) 湯(ゆ)をしきりにのむべし。吐ても猶(なほ)湯(ゆ)を のめば。吐を催(もよふす)ことはやければ。湯をたび〳〵 呑(のむ)がよし。すべて熱物(あつきもの)は吐をさそひ。冷物(つめたきもの)は 吐をとむるゆゑに。吐剤(はきぐすり)を用ては。水を いむなり。吐つくしたりとみば。消(せう)石大 円(ゑん)。大黄煉(たいわうれん)の類(るゐ)。または調胃承気湯(てうゐじようきとう) を用て下すべし。吐後(はきたるのち)腹痛(はらいたみ)やまず。 宿物(とゞこふりもの)なほあるものは。備急円(びきふゑん)といふ 丸薬を用てくだすべし。これは大黄(だいわう)。 乾姜(かんきやう)。巴豆(はづ)の三味(み)を等分(とうぶん)にして細末(さいまつ) し。火にて煉(ねり)つめたる蜜(みつ)にて丸ず。糊(のり) をすこしまぜてもよし。大黄(だいわう)。乾姜(かんきやう)は。 十 倍(ばい)にしても。巴豆(はづ)には大に力おとり ぬれど。巴豆(ばづ)ばかりにては。丸薬になり がたきゆゑに。隊伍(くみあはせ)たるもの也。これを うちくだきて用れば。吐をも誘(さそひ)。下利(くだり) をももよふすものなれども。胃口(むね)に停(とゞ) 滞(こほり)たるものは。吐(はか)せて後(のち)に下すが順(じゆん)な れば。まづ吐剤をあたへて。のちに下す也。 備急円(びきふゑん)は。在陣(ざいぢん)羇旅(たびぢ)などには用意して。 人の危急(ききふ)を救(すくふ)べき方なり。この丸子 おほかた三分ばかりを用れば瀉(くだる)也。 なるたけ小さく丸じたるがよし。 水腫(すいしゆ)。脚気(かくけ)の衝心(しやうしん)。または肥前瘡(ひぜんさう)内攻(ないこう) して水腫(むくみ)を発(はつ)し。やがて衝心(しやうしん)する ものにも。これを用て水を大に下して 治することあり。これも又こゝろえべし。 霍乱(くわくらん)の吐下なきものも。卒爾(そつじ)には じめより吐下の峻剤(つよきくすり)は用べからず。 平常(へいぜい)壮実(たつしや)なるものにて。よく〳〵苦(くる) 悶(しむ)を観決(みさだめ)ても。まづ羽をもつて咽(のんど)を さぐり。または生熟湯(せいじやくとう)とて熱湯(ねつとう)と水 とを各半(はんぶん)にあはせ。それへ塩を少し 入たるをのませて。吐を誘(さそひ)などして も。吐がたきを見てのちに。吐下の薬は 用べし。すべての病は。人の體(からだ)におのづ からこれを排除(はらひのぞく)べき力用(はたらき)あるもの なれど。その力の足(たら)ざるところを助(たすけ)ん が為(ため)に。用る鍼(はり)灸(きう)薬(くすり)なれば。まして 素人(しろうと)などの。周章(あはて)て忘意(めつた)なることを せんより。なるべきたけは。自然(しぜん)にまか せたるがよし。建中散(けんちうさん)といふは。乾姜(かんきやう)。桂(けい) 枝(し)。唐木香(からのもくかう)。唐 良姜(りやうきやう)。唐 縮砂(しゆくしや)。丁子(てうじ)各(おの〳〵)等(とう) 分(ふん)。唐呉萸(からのこしゆゆ)半減(はんげん)。この七味を細末に して。気(き)の洩(もれ)ぬ器(いれもの)へいれて。旅行(りよこう)に用 意(い)し。もちふる時(とき)は。一 貼(てふ)二匁ばかりを 沸湯(にえゆ)にかきたてゝ服(のむ)なり。この薬は。 感冒の汗をとり。暑気(しよき)あたりの下利(くだり) をとめ。痢病(りびやう)。霍乱(くわくらん)。疝気(せんき)積(しやく)つかへ。婦人 の血のみちなどにも効あれば。いたつ て便利(へんり)の薬剤(くすり)なれば。霍乱(くわくらん)のかろき ものは。おほかたはこれのみにてよし。 また霍乱(くわくらん)にて用べき薬の一切なき ときには。生姜二三 顆(つ)ばかりを剉(きざ)み。 湯に煎じても用ひ。又は研(すり)て汁を しぼりて湯に入て用るもよし。又は 醋(す)へ塩(しほ)を一 撮(つまみ)入てのまするもよし。 白梅(うめぼし)の大なるもの五ツ六ツ。水煎じて 用る方もあり。細茶(よきちや)と乾姜(かんきやう)と等分(とうぶん) にして。細末したるを用る方も。又は 芥子末(からしのこ)をのませ。湯にてねりて。臍(ほそ)へ 塗(ぬり)つくることも。皆(みな)古(ふるき)書(ほん)に見えたる ことにて。効あるべきものなれば。記得(こゝろえ) おきて急(きふ)を救(すくふ)助となすべきなり。 霍乱(くわくらん)吐利(はきくだし)止(やみ)てのちは。米粥(かゆ)を稀(うす)くして。 少つゝ喫(のま)せ。四五日の間は。決(けつ)して飽食(くひすぎ) さすべからず。すべて消化(こなれ)あしきもの は禁(いみ)たるかよし▲縊死(くびれしに)たるはみだり にその縄(なは)を断(きる)べからず。あはてゝ縄(なは) を断(きら)んとすれば。そのはずみに縄(なは)が締(しまる) ゆゑに。一 段(だん)つよく縊(くびる)れば。活(いく)べき者(もの)も。 息(いき)止(とま)りて死ぬるなり。故に台(だい)にすべ きもの。さしあたりてなくば。畳をいくつ もかさね敷(しき)て。縊人(くびれたるひと)の足(あし)の平(たいら)け とゞくまでにして。一人は縊人(くびれびと)の後(うしろ)へ まわり。両手の指(ゆび)を組合(くみあは)せて。臍(ほそ)の 下をしかと抱(かゝへ)て。上のかたへもち あぐるやうにして。そのまゝに手をはな たず。一人は利刀(きれるはもの)をとりて楷子(はしご)へ登(のぼ)り て。縄(なは)を断(きる)ときに。臍(ほそ)の下を抱(かゝへ)たる者(もの)と。 たがひに声(こゑ)をかけて。縄(なは)をたつと。 臍(ほそ)の下を持(もち)あぐると。すこしも先後(せんご) なきやうに。うんと力を入て。臍(ほそ)の下を 抱(かゝへ)たるまゝに。足(あし)を踏(ふみ)とめて。上のかたへ 引あぐる也。これも券法家(やわらとり)の活(くわつ)の一ツ なれば。組合(くみあは)せたる指(ゆひ)にて力を入て。 つよく上のかたへ擪(おす)ものが。内へ徹(とほ)る やうにすれば。この時 縊人(くびれたるひと)おほかたは 一 息(いき)はつとつきて息(いき)出(いづ)るなり。さて 臍下(ほそのした)を抱(かゝへ)たるもの。其まゝに立て。少し も動(うごか)ずこらへゐるなり。縄(なは)を断(たち)たる ともに。畳(たゝみ)もしくは台(たい)の上へあがりて。 手を縊人(くびれびと)の首(かしら)へそえて。身(み)のうごか ぬやうに。たがひに力をあはせてそろ 〳〵と畳(たゝみ)の上へ坐(すは)らせて。さて臍下(ほそのした) を抱(かゝへ)たる手を離(はな)し。項後(うなじ)頸(くび)すぢの あたりを大 指(ゆひ)と次指(ひとさし)中指(なかゆび)にて。しかと 掴(つかみ)揉(もむ)ことやゝ久くして。内に徹(とほり)て。縊(くびれ) 者(びと)の顔(かほ)をしかむるほどにすべし。それ より両 肩(かた)の真中(まんなか)の肉(にく)をつかみひね りかへすこと。雷震死(らいしんし)の條(ところ)にいふが ごとくにしてのち。脊(せな)の六七 推(すい)のあた りを右手(みぎのて)の指(ゆび)をかゞめ《割書:手をかくの|ごとくにして|うつなり》【手の絵】《割書:左|脊|右》 平(たひら)にして。したゝかにうつべし。これ にて正気(しやうき)つくなり。この時 顔(かほ)へ水を 多く吹かけて。嚏薬(くさめくすり)なくば。紙條(こより)を 鼻(はな)へふかくさし入て。くさめをさすべし。 もしこれにて息(いき)出(いで)ずば。口をあはせて 息をつよく吹入て見るべし。息気(いき)出 ざるうちは。一切薬は用べからず。却(かへつ)て 噓吸(いきのかよひ)を止て。死を招(まね)くこと。前にいへる がごとくなればなり。再(ふたゝび)肩井(けんせい)天枢(てんすう)内(うち) 股(もゝ)などの活(くわつ)法を施(ほどこ)し。鞴(ふいご)を用て気を つよく吹入。胸肋(あばら)を按(おし)て気をかへし。 または肛門(こうもん)へふいごを接(さし)て風気を吹 入るか。煙草(たばこ)を吹入るか。すべてら【らの横に長四角】の部 雷震死(らいしんし)の條(くだり)にいふ所を照(てら)し合(あはせ)て 試(こゝろむ)べし。縊(くびくゝり)て時を過(すぐ)れば。咽頭(のんど)のあたりへ 血が集(あつまり)て凝結(こる)ものなれば。三稜鍼(さんりやうしん)を 乱刺(おほくさし)て。角子(すいふくべ)をかけて血を吸せてみ るべし。血出ればかならず甦(よみがへる)なり。少し にても気息(いき)のかよひありと見ゆる ことを。前にいふ燈心(とうしん)。鳥(とり)の羽(は)。または蝋(らう) 燭(そく)の火のうごくにて診(うかゞひ)知(し)らば。頭上(あたま) の正中(まんなか)百会(ひやくゑ)のあたりへ二三が所(しよ)。臍(ほそ) の両 旁(わき)天枢(てんすう)などの灸(きう)をも灼(すへ)て見る べし。すべてかゝる治法(ぢはふ)はあはてゝ 行(おこなふ)ことなく。心 静(しづか)に。愛隣(あはれみ)の情(こゝろ)を専(もつはら)に して。あら〳〵しからぬやうにとりあつ かふべし。されど舌(した)伸出(のびいで)て。口より涎(よだれ)を 流(なが)し大 便(べん)洩(もれ)出るものはすくひがたし ▲折傷(くじき)は。骨臼(ほねのつがひ)の脱(ぬけ)たるところを。引ぱり 曳(ひき)のばすが。正骨科(ほねつぎ)の極意(こくい)の秘伝(ひでん)なり。 肩(かた)の骨(ほね)なれば。下へひくか。うしろへとり 前へ廻(まわ)して引やうにするか。肘(かひな)は左の 手(て)を肋骨(あばらぼね)へかけて。右の手にてひつ ぱるか。いづれ骨節(ふし〴〵)にても。此こなたで引ば。 あなたでかゝるものなることを知得(こゝろうる)時(とき)は。 身體(からだ)の中に接(つげ)ざる骨(ほね)はなし。かく正(ほね) 骨(つぎ)といふものは。一 言(ごん)にて秘訣(ひけつ)は尽(つく)せ るものなれば正骨科(ほねつぎ)の弟子をいとふは。 外に伝(つたふ)べきことのなきがゆゑ也。骨節(ふし〴〵)が はづれたらば。よくこの義(わけ)を領会(がてん)して 速(すみやか)にこれを療治(れうぢ)すれば。さして腫(はれ)も出 ず。そのまゝに愈(いえ)て。素(もと)のごとくになるも のなり。醋(す)は血を融(ほど)き。酒は血を凝(こら)すもの なれば。すべて打撲(うちみ)折傷(くじき)は醋(す)に樟脳(しやうのう) を入たるを。すこし温(あたゝ)めて熨(むし)たるがよし。 然(しか)るを。正骨科(ほねつぎ)が。酒を用て貼薬(つけぐすり)など を調(とゝのへ)て用るは。こゝろえ違(ちがひ)也。また臂(ひぢ) 肘(かひな)股脞(もゝはぎ)などの骨。もし折(をれ)たるときは。 木綿(もめん)を醋(す)に浸(ひたし)たるを以て。いくへとも なくまきて。黄栢(わうばく)の皮(かは)の厚(あつ)き物を 熱湯(ねつとう)に漬(つけ)おきたるにてつゝみ纏(まとひ)て。 又そのうへよりかたくまきて紮(くゝり)おき。 股脞(もゝはき)ならば。大小 便(べん)も寝(ね)たるまゝにて するやうにし。手ならば。食事(しよくじ)も人に 餌(やしな)はせて。すこしもうごかさぬやう にして。二三日をすぐれは。おのれと接続(つげ) て。十日あまりにて素(もと)に復(ふく)する。天地(むすぶの) 造化(かみ)の機関(からくり)の至妙(しめう)なること。実(げ)に驚(おどろ)か るゝごときもの也。かく正骨科(ほねつぎ)の秘訣(ひけつ)を みだりに記(しるし)ぬるも。彼(かれ)に対(たい)してはいかゞ なることにあれど。旅(りよ)中などにて。不慮(ふりよ) の厄難(さいなん)に遇(あふ)ことあるものゝ為(ため)に。かく迄(まで) にはいへるなり。近年 刊(かん)行の軍中備(ぐんちうひ) 要救急摘方(ようきうきふてきはう)といふ書(しよ)に。俗家(しらうと)に示(しめさ)ん とて。正骨(ほねつぎ)の図(づ)を出したれば。それらを 見てこれをこゝえおきて。急(きふ)を救(すくふ)べきこと也 ▲鉄(てつ)の釘(くぎ)を口に含(ふくみ)たるを。誤(あやまつ)て呑(のみ)たるに は。生(なま)の韮(にら)の葉(は)をくふべし。韮(にら)の葉(は)釘(くぎ)をつゝ みて出る。こゝを以て釘鍛冶(くぎかぢ)の家(いへ)には。かな らず韮(にら)を蓻(うへ)おくといへり。此(この)物(もの)の釘(くぎ)に かゝる効(こう)あれば。鉄(てつ)の鍼(はり)を呑(のみ)たるにも又 必効あるなり▲蜘蛛(くも)に咬(か)れたるにも血を しぼりいだすことは。犬咬毒(いぬにかまれたる)にいふがごとくに して。薤白(にんにく)をすりて貼(つく)べし。後の壁宮(やもり)の 貼薬(つけぐすり)も。また用てよし。青蜘蛛(あをぐも)もつとも 毒(どく)あり。西虜(いこく)にはこれを毒烟(どくえん)に用ふといへり や【やは白抜文字】箭(や)の肉中(にくのうち)に入て出がたきには。前の 竹木刺(とげ)の條(くだり)に出せる蟷螂(たうらう)の貼薬(つけぐすり)よし。松(まつ) 葉(ば)の黒焼も効あり。いかにもふかく入て 出がたきは。肉(にく)を切ひらきて出すべけれど。 おほかたは蟷螂の貼薬(つけぐすり)にて効あるなり ▲湯火傷(やけど)には。鶏卵(たまご)を摺盆(すりばち)にて摺(すり)て胡(ご) 麻(まの)油をよき程(ほど)にあはせてぬりつくべし。 又かねて製(こしらへ)おきて。湯盪(ゆやけど)にも火傷(ひやけど)にも 用て効のすぐれたる方は。鶏卵(たまご)六七十 個(こ)を 湯煮(ゆで)て。白(しろみ)をさり。黄(きみ)ばかりを。炒鍋(いりなべ)にて そろ〳〵と炒(いる)時は。油出るとき。油搾(しめぎ)なく ば。細布にて濾(こし)て油をとり。壜(とくり)に入て蓄置(たくはへおき)。 これを塗(ぬり)つくるなり。これを湯火傷(やけど)の最(さい) 上の薬(くすり)とす。雲丹(うに)を水にてときてぬるも 効あり。やけどの至(いたつ)て軽(かろ)きものは。火の上に かざせば。しばらく痛(いたみ)こらへよくなる もの也。又は稿灰(わらばい)を多く水にかきたて たるを。布にてこし。その水の中ヘ浸(ひた) しおけば。痛(いたみ)軽(かろ)くなるなり。又 惣身(そうみ)焼(やけ) 爛(たゞれ)たるは。酒樽(さかだる)の中ヘ髁(はだか)になりて暫(しばら)く 浸(ひたり)ゐるをよしとす。重(おも)きものもかく すれば。火毒 内攻(ないこう)して死(し)ぬる患(うれい)を免(まぬがる)べし。 此外に湯火傷(やけど)に効(こう)ある方は。蛤(はまくり)の生汁(なましる) にて。蒲黄末(ほわうのこ)を煉(ねり)てぬりつくること。老黄瓜(きうり) をすりてしぼりたる水をぬりつくること。 又 牛糞(うしのふん)の新(あらた)なるものを。鶏卵(たまご)にあはせ てぬること。また胡麻(ごま)をすり末(こ)にして貼(つくる)こと。 また葱白(ねぎのしろね)を搗爛(つきたゞらか)して。蜂蜜(はちみつ)をくはへて。 膏薬(かうやく)の如(ごと)くにしてつくること。白亜(たうのつち)を鶏卵(たまご) にてねりあはせて。樟脳(しやうのう)を少しくはへ。 胡麻の油をも入て。つくべきほどにして 用ること。竃中黄土(かまどのしたのやけつち)の細末(こ)を。よく水に 煮(に)たるを濾(こし)てぬること。大 黄(わう)の細末(こ)を 水にねりてつくるなどは。いづれも理(ことはり) あるものなれば。時(とき)に応(おう)じて撰(ゑらみ)用べし。 もし身熱(みのねつ)甚しきものは。前に出せる。調(てう) 胃承気湯(ゐじやうきとう)の類(るゐ)を用て。一たびは下し たるがよし。もし腐爛(くされたゞれ)てあしき臭(にほ) 気(ひ)あるものは。樟脳(しやうのう)を焼酒(せうちう)に入て。火に温(あたゝ)め。 布に浸(ひた)して熨(むし)たるがよし。又は。石灰十匁。磠(どう) 砂(しや)五匁を焼酒(せうちう)に浸(ひた)し。しばらくおきて滓(かす)を こしさり。火に温(あたゝめ)て熨(むす)もよし。火毒もし内 攻(こう) すれば死にいたることもまゝあれば。かねて こゝろえべきことなり▲壁宮(やもり)に咬(かま)れた るは。血を搾(しぼり)出したるあとへ。磠砂(どうしや)。雄黄(をわう) 二味を研末(こな)にしたるを貼(つけ)てよし。この 薬は諸蟲咬傷(さま〴〵のむしのさしたる)に用べしま【まは白抜文字】蝮蛇(まむし)に咬(かま) れたるは。其 害(がい)犬毒より甚しく。且(かつ)速(すみやか) なれば。その心得あるべきこと也。これも前の 犬毒の條(くたり)にいへるごとく。咬(かみ)たる牙歯(は)の 涎(よだれ)が。人の血肉に混(こん)じ。はびこりて周身(しうしん) へつたへて害(がい)となり。甚しきは死に至(いた)る ものなれば。速(すみやか)にその毒(どく)を去(さる)ことを第一と すべし。蝮蛇(まむし)の咬(かみ)たる創(きず)口は。ちいさければ。 必(かなら)すまづこれを切開きて後に。血を搾(しぼり) 出て。水にてあらふことは。犬咬傷(いぬのかみたる)にいふ が如くすべし。ことに毒の蔓延(はびこる)こと いたつて早き物なれば。まづ咬(かま)れたる 手にあれ足にあれ。創(きず)よりやゝ上の方(かた) を木綿(もめん)をさきてかたく紮(くゝり)て。その 弥蔓(はびこる)をふせぐべし。人の屎(くそ)をつけて 大なる艾(もぐさ)を灼(すへ)るか。葛上亭長(まめはんめう)を貼(つくる)か することも。すべて犬毒と同じことなれば。 見あはせてこれを療(れう)ずべし。蝮蛇(まむし)に咬(かま) れたるを治するに。別に一法あり。これは 山中などにて。猟師(れうし)などのすることなり ときけり。その法は。咬(かま)れたるところを。 煙管(きせる)の大頭(ひざら)を以ておほひ。力を極(きはめ)て おしつけて手を放(はな)たず。しばらくありて。 肉(にく)腫(はれ)あがりて。火皿の中ヘ丸く満(みち)たるを 見て。その処(ところ)をたちわつて。血を搾(しぼり)出(いだ)し てのち。鳥銃(てつぽう)の火薬(くわやく)を喫(かま)れたる創(きず)口へ おしこみ。丸く成たる肉をとりまき。 高(たか)く填(うづめ)て。それに火をつけ燃(もや)すといへ り。此法は瘢処(きず)を断截(たちきる)にも便宜(べんぎ)にて 行(おこなひ)やすければ。かくしてのちに雄黄(をわう)。磠(どう) 砂(しや)などを貼(つけ)たるがよし。山にては血を搾(しぼり) たる跡(あと)を。小 便(べん)にてあらひてのちに火 薬(やく)をうづめて燃(もやす)といへり。これも又よし。 また霜柿(ころがき)串柿(くしがき)の類(るゐ)の中の柔(やはらか)なる ところを。醋(す)に煮(に)て多くつけ残(のこり)を 喫(くふ)か。又は煎じて用るもよし。または 瘢(きず)を柿渋(かきしぶ)にてあらふもよしけ【けは白抜文字】煙(けむり)に むせて悶絶(もんぜつ)したるには。早く嚏薬(くさめくすり)を 用て。くさめをとり。萊菔(だいこん)のしぼり 汁を多く服(のむ)べし。そね【れヵ】にて解(げ)しかぬる には。吐薬(はきぐすり)を用ふれば。黒(くろ)く汚液(くさきしる)を 吐(はき)て愈(いゆ)るなり。又 毒煙(どくえん)にあたりたる には。桃仁(たうにん)を研(すり)たるを。湯にてかきたてゝ 服(のむ)べしといふは。油の毒を抱摂(つゝむ)所の 効なり。すべて失火(てあやまち)の煙(けふり)にあれ。毒煙(どくえん) にあれ。悶絶(もんぜつ)して息(いき)出ずば雷震死(らいにうたれたる) にいふごとく。まづ息(いき)のかよふやうにして のちに。萊菔汁(だいこんのしぼりしる)をあたふべし。さなけ れば咽(のんど)に降(さがり)がたければなり。また軽(かろ)き 火瘡(やけど)には。萊菔汁(だいこんのしぼりしる)を塗(ぬり)てよし▲煙(けむり)に むせたらば。はやく地(ち)にむかひて息(いき)を 呵(ふき)かけよといふは。すべて烟(けふり)にまかれ たる時。地(ち)に這(はへ)ば。命(いのち)をおとすまでに いたらず。煙(けふり)は上へのほるもの故(ゆゑ)。失火(てあやまち) にて。たとひ衣服(きるもの)に火(ひ)がもえつきたり とも。はふてその所を出るやうにして。 のがれいづれば。衣服(きるもの)の火は消(け)しも。ぬ ぎすてもして。命(いのち)は助るなり。このこと をよくこゝろえおくべし▲蚰蜒(げぢ〳〵)を。煙(きせ) 管(る)の大頭(ひざら)にて打ころし。この煙管(きせる) にて煙草(たばこ)をのみて。即死(そくし)したるもの あり。これは蚰蜒(げぢ〳〵)の毒(どく)と。煙草(たばこ)の脂(やに)と 相合て。猛厲毒(はぎしきどく)となるものとしら れたり。もしかゝることあらば。早く油 をのむか。吐剤(はきぐすり)を用るかすれば。決(けつ)し て死ぬるまでにはいたらぬもの也。これ らも記得(こゝろえ)おくべきこと也▲毛蝨(けじらみ)は。頭髪(かみのけ) にも生ずるものなり。それにも軽粉(けいふん)を 髪(かみ)の根(ね)もとへつけおけば。自然(しぜん)と死ぬる ものなり。また苦参(くじん)を煎じて髪(かみ)を あらふもよし。されど。頭髪(かみのけ)にあれ。陰(いん)毛 にあれ。蝨(しらみ)のわくことあるは。おほくは。【注】 黴毒(かさのどく)に因(よる)ものなれば。毒を消す。治(ぢ) 術(じゆつ)を施(ほどこす)べきもの也▲下疳瘡(げかんさう)とて。陰茎(いんきやう) へ豆の如くなる瘡(てきもの)発(でき)たるが。やがて弥(はび) 蔓(こり)て。陰頭(いんとう)漸(だん〳〵)に腐蝕(くされうみ)。つひには缺(かけ)おちて 不具(ふぐ)の人となるものあり。旅(りよ)中などに て。身の慎(つゝしみ)あしく黴毒(ばいどく)ある妓(ぎ)など より毒をつたへ。妄(みだり)なる膏薬(かうやく)を弁(わきまへ)も なく貼(つけ)て。腐蝕(くされこま)する起本(もと)となること多 ければ。もし羇旅(たびさき)にて。この瘡(かさ)発(でき)ぬる時は。 よく膿(うみ)熟(ついめ)るを見さだめて。鍼(はり)をさして 膿(うみ)を出したるあとへ。蒲黄末(ほわうのこ)をふりか けおくべし。膏薬(かうやく)をつくれば。却(かへつ)て腐蝕(くされ) をますことあり。いづれにも内治(ないぢ)の宜(よろし)きを 得(う)るにあらざれば。よく毒を排除(はらひのぞく)ことは 為(なし)がたけれど。此(こゝ)には行旅(たび)などにて。さしあた る悩(なやみ)を免(まぬが)れしむるまでにいふ所にして。 正(たゞ)しき治法(ぢはふ)にはあらずと思ふべし。また。 蒲黄(ほわう)に軽粉(けいふん)を少し交(まぜ)て傅(つく)る【塗布する】もよし ▲毛(け)ぎれとて。陰茎(いんきやう)にすりきずのごとく なりて。爛(たゞれ)たる所できる。これもまた黴(ばい) 【注 カスレ部分は国会図書館所蔵本を参照 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536777/56】 毒なり。そのまゝにおくときは。そのとこ ろより膿(うみ)て。下疳瘡(げかんきう)の潰(つひへ)たるがごとくに なり。やがて腐蝕(くされこむ)ものあり。はやく前に いふふりかけ薬をすべしふ【ふは白抜文字】河豚魚(ふぐ)の 毒は。腸(はらわた)にあらず。頭(かしら)にあらず。一 種(しゆ)肉(にく)中 に至毒(しどく)の物あれど。形状(かたち)にては漁人(れふし)と いへども。これを別(わか)つことあたはず。偶(たま〳〵)その どくにあたりて即死(そくし)するなり。よく これを解(げ)するものは。油にまさる物有 ことなし。毒に中りたるとしらば。胡麻(ごまの) 油にても。ありあふものを一合ばかり速(すみやか)に のむべし。これにてかならず解(げ)する也。 又 吐薬(はきぐすり)を用て吐するもよし。人 糞汁(くそのしる) よくその毒を解(げ)することをいへど。油の 効の速(すみやか)なるには及ざる也。その外にさま ざま解毒(げどく)の薬を古書(こしよ)に載(のせ)たれど。かな らず効あるべしと思はるゝものはなし。 故にこの編(へん)には挙(あげ)ざる也。又此物の乾(ほ)し【注】 たるを喫(くひ)て。しばらくのうち骨節痿(ふし〴〵なへ) て。立ことあたはざりしものゝありし也。これは 至毒(しどく)の物が。偶(たま〳〵)に混(こん)じたるを知ずして。【注】 くらひて毒にあたりたる物成べしもしかゝ ることあらば。白鮝(するめ)を煎じてその汁を服(のむ) か。蘘荷(めうが)の生汁(なましる)を服(のみ)たるがよし。油を 用る迄にいたらずして解(げ)すべしと 思へばなり。▲ふくびやうと。方言に云(いふ)は。 黄胖(わうはん)のこと也前のち【ちの横に長四角】の部(ぶ)痔疾條(ぢしつのくだり)に 記(しるし)たり▲注車船(ふねかごのゑひ)には。硫黄(いわう)の細末(さいまつ)を内(の) 服(み)。臍(ほそ)へもつめて。上より糊(のり)にて紙をはり おくべしといへど。予はいまだ試(こゝろみ)ず。また 醋(す)をのむべしといへり。又 阿煎薬(あせんやく)も 効(こう)あるべければ。紫金錠(しきんぢやう)。萬(まん)金丹の類(るゐ) を多く用てよし。されど船輿(ふねかご)によふ やうなる身にては。よく百事(なにごと)をも成(なす) ことあたはず。志あるものは。ふかくはづ べきことなり▲踏(ふみ)ぬきは。釘(くぎ)または竹木の るゐを足下より踏(ふみ)ぬく也。その殺(そげ)たる ものが。あとへ少しにてものこれば。かな 【注 虫損部は国会図書館所蔵本を参照 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536777/57】 らず膿(うみ)を醸(かもす)ゆゑに。よくとり出したる あとへ紙條(こより)か発燭(つけぎ)へ油をぬりたるに火を 点(つけ)て。油を創(きず)へたらしこみ。その上より粉(とうの) 錫(つち)【注②】を蝋(らう)と油にてねりたるをつけおくべし。 生鶏卵(なまたまご)を油に和(ねり)たるをつくるも又よし こ【こは白抜文字】重舌(こじた)は。舌(した)の下に舌を重(かさ)ねたるが 如くに腫(はれ)出して。漸(しだい)に延(のび)ゆく也。この中 には粘稠(ねばり)たる水に少し血を交(まじへ)て。淡紅(うすもゝ) 色(いろ)なる液(しる)が瀦(たまり)てあるもの也。鈹鍼(はばり)なく ば。小刀やうのものにて。皮(かは)を裂(さき)て其水 をとれば。そのまゝに愈(いゆ)るなり。口中に附薬 などは不便利(ふべんり)なるものなれば。それ迄 にもおよはねど。硼砂(ぼうしや)二三分ばかりに。 枯礬(やきみやうばん)五六 厘(りん)をくはへたる細末をつけ たるもよし。鉛糖(えんたう)の末もよし▲帯下(こしけ)は。 婦人の病なり。白き粘稠液(ねばりたるしる)が通ずる也。 これに黄色(きいろ)なる臭気(にほひ)ある液(しる)を交(まじ) 下すものは。男子の黴毒(ばいどく)淋(りん)を患(うれふ)る者(もの)【注①】 と交接(まじはり)て。黴毒(ばいどく)を伝染(うつ)され。子宮(こつほ)の口(くち)に 瘡(かさ)を生したる膿(うみ)をまじへて出すもの なれば。尋常(よのつね)の治法にては愈(いえ)かたし。【注①】 いづれにもあれ。旅(りよ)中にてこの病が発れ は。歩行(あゆむ)に艱(なやむ)もの也その時は。蛇床子(しやじやうし)。小 茴(うい) 香(きやう)。苦薏花(くよくのはな)の三味を各二三匁ほどあつ き湯に浸(ひた)したるにて。毎夕 熨(むし)洗(あらふ)べし。 塩(しほ)気をへらし。膏梁膩味(うますぎあぶらつよきもの)をとほざ け。もし大麦。赤小豆などをくはるゝな らば。それを用ひ。内服剤(ないやく)は。後のす【すの横に長四角】の部 水(すい) 種(しゆ)の條(くだり)に出せる。三輪神庫(みわしんこ)の剤(ざい)を用 ひてよし。すべて黴毒(ばいどく)より来(きたる)ものには あらで。尋常(よのつね)の帯下(こしけ)ならば。小 便(べん)通利 の剤(ざい)を用れば。愈(いゆ)ること速(すみやか)なるものなり。 これに小 便(べん)淋瀝(りんれき)をかねて。尿口(すゞぐち)に痛(いたみ)を おほゆるものは。桃膠(もゝのやに)二匁に。甘草七八分 をあはせせんじて用るか。又は胡桃肉(くるみ) を研(すり)。沙糖(さたう)をくはへ。あつき湯にとかして用 るもよし。または。大麦を炒(いり)たるに。甘草 を多く入。煎じて用るもよし。▲凍死(こゞえしに) 【注① 虫損部は国会図書館所蔵本を参照 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536777/58】 【注② 「唐の土」=炭酸鉛を水で煮沸したり硫酸鉛や塩化鉛を炭酸ナトリウムの水溶液で煮沸したりして得られる白色粉末。鉛白。『書言字考節用集(一七一七)』に「粉錫 タウノツチ 宮粉。解錫。並同 鉛華 同 [文選註] 白粉也」とあり。ちなみに「鉛白、宮粉、解錫、鉛華、」はみな「おしろい」のことです。】 たるものゝ息(いき)の絶(たえ)たるは。溺死(おぼれ)て水を呑(のみ) たるものよりは救(すくひ)やすし。外表(おもて)は凍(こゞえ)て。氷 の如くに成たりとも。些(いさゝか)にても内に残(のこり) たる陽気(ようき)があれば。必(かならず)活(いき)るもの也。されど 周章(あはて)て。これを焼火(たきび)などにて温(あたゝめ)んとす るは。事理(ことわり)に昧(くら)きものゝすることにて。却(かへつ)て 救(すくひ)難(かたき)ことになれば。よく之(これ)を心得(こゝろう)べし。之(これ)を救(すくふ) の法(はふ)は。まづ凍死人(こゞえたるもの)を坐(すはら)せおきて冷(ひや)水を 夥(おびたゝし)く頭(かしら)より身體(からだ)へ濯(そゝぎ)るか。又は地を堀(ほり)て 頭面(かほ)ばかりを地上に出し。土をかけ埋(うづめ)おき て見るかして。一二時を過(すご)し堀(ほり)出(いだ)して検(みれ)ば。 體(からだ)の柔(やはらか)になるものは。必定(ひつぢやう)活(いく)べき者(もの)なれば ら【らの横に長四角】の部(ふ)雷震死(らいしんし)の條(くだり)に言(いふ)がごとくにして救(すく) 得(ひう)べし。凍死(こゞえしに)のもの。もし息(いき)やゝ出たらば。 まづ生姜の絞(しぼり)汁をのませたるがよし。 生姜をつき砕(くだき)たるを煎じて用るも 又よし▲凍(こゞえ)て手足の指(ゆび)痛(いた)み。また おぼえなくなれば。やがておつるも の也。それには馬糞(ばふん)を極(ごく)熱湯(ねつとう)にてとき その中へ指(ゆび)を漬(ひたす)こと半日ばかりすれば。 素(もと)のごとくなる也。あらかじめこれを防(ふせが)ん とするには。白蝋(はくらう)六十匁に。胡麻油(こまのあぶら)冬は二合 夏は一合を火にてときたるへ。片脳(へんなう)六十匁 を煉(ねり)あはせてこれを手足にぬりつく べし。この薬は。胗(ひゞ)胝(あかがり)【あかぎれ】を治するにも用て よし。北国 極寒(ごくかん)の地にては寒気にて 手足の指をおとすもの多ければ。蝦夷(えぞ) の地などへおもむくものは。予(かね)て用意(こゝろえ)べき ことなり予(あらかじめ)この患(うれひ)を禦(ふせが)んとならば。日ことに 水を濯(あび)たるがよし▲凍(こゝえ)て皮肉(ひにく)の潰(やぶれ)爛(たゞれ) たるは。樟脳(しやうのう)を焼酒(せうちう)に融化(とけ)る程に入たる に。石灰を水にかきたてたるものを清(すま) したるにあはせて。布に漬(ひたし)て貼置(つけおく) べし。或(あるひ)は前のごまの油 白蝋(はくらう)に片脳(へんのう)を和 したるものを貼(つく)るもよし。または人尿(せうべん) もしくは醋(す)を温(あたゝ)めてあらひたるも又 よし。または前の湯火傷(やけど)に用る鶏(たま) 卵(ご)と麻油(ごまのあぶら)とをあはせたる物を貼(つく)る もよし▲腰痛(こしのいたむ)には。薤白(にんにく)を二ツ三ツに 切て紙(かみ)につゝみ。こしに狭(はさむ)へし。癢(かゆみ)出ていゆ る也て【ては白抜文字】癲癇病(てんかんやみ)は。旅(たび)の道つれにはすべか らずと戒(いまし)あり。実(げ)にこの病は不意(ふい)に 発(はつ)するものにて。山 路(ぢ)船路(ふなぢ)などにて。病 発(はつ)する時は。おもひもよらす命(いのち)をうし なふこともあれば。心を用べきこと也。もし同 行(きやう)のものにこの病 発(はつ)したらば。はやく 冷(ひや)水を面へ吹かけ。又は醋(す)を口 鼻(はな)へぬり。 またはのませなどすれば。覚ることも はやく。噎薬(くさめぐすり)の用意(ようい)あらば用たるな どもつともよし。妄(みだり)に内服剤(ないやく)は用べから す。もし薬を服(のま)せむとおもはゞ。芍薬(しやくやく) 甘草各二匁を。水煎じて用べし。又 阿魏(あぎ)といふて。いたつて臭(くさ)き薬あり。こ れは掌(て)のうちにて。温(あたゝ)むれば柔(やはらか)になる 物也。これを丸じて。一次に五六分づゝのま すること。もつともよし。又は白芥子末(からしのこ)一匁 ばかりを湯にかきたてゝ用べし。この もの一味を丸となし。長服(ちやうふく)して癲癇(てんかん)を 治したるものあり。百治効なきものに 試用(こゝろみ)てよしあ【あは白抜文字】暑(あつさ)に中(あた)りたりと。世(よ)に いふもの。多くは感冒(ひきかぜ)にて。不養生(ふようじやう)なる 人にあること也。夏月(なつ)の暑(あつき)は。季候(きこう)の正しき 気にて。妄(みだり)に人にあたるものにあらず。 しかるを慎(つゝしみ)あしき人は。平常(へいせい)といへ ども。宿疾(ぢびやう)なきこと能(あた)はず。故に暑熱(しよねつ)に 堪(たへ)ずしてわづらふは。皆 己(おのれ)が身をあしさま にもつより起(おこ)ることにて。暑気あたりな しといふにはあらねど。それはまれなる ことにて。多くは涼(すゞ)しき所に。仮寝(うたゝね)して。 風ひきたるをも。暑邪(しよじや)なりといふて。 無益(むやく)の香薷飲(かうじゆいん)などいふ剤(くすり)を用るは。 皆 毉(い)士のとりとめたることなきが故也。 よくこの差別(しやべつ)を弁(わきまへ)て。暑月にても。悪(さむ) 寒(け)。発熱(ほつねつ)。肩強(かたはり)。頭痛(づゝう)などの證(しよう)あるも のは。まづ汗をとるかたが早く解(げ)する也。 ▲悪気(あしきき)にあたりて気 絶(ぜつ)し。なにの ゆゑとも知がたきには。前の雷震死(らいしんし) の治法にて救(すくふ)べし。薬物を多く蓄(たくはへ) 蔵(おき)たる室(ところ)。または密器(きのもらぬもの)に芳烈品(きのつよきもの)を納(いれ) おきたる蓋(ふた)をあけて。にはかに其気にあた りて死ぬるものあり。それらは。醋(す)を頭面 へ濯(そゝぎ)かけ。又は口中にたらしこみて蘇(よみがへ)る ものあり。よく心得べきことなり▲阿片(あへん) または阿芙蓉(あふよう)といふものは。麻剤(まざい)と云て。 たとへば酒(さけ)に酔(よふ)て。精神(こゝろ)の乱(みだる)るがごとく。 又は眼(め)口 鼻(はな)などをふさぎて。ものいふことも。 視(み)ることも聴(きく)こともならぬやうにするが ことく。また手足を縛(しばり)て動(うご)くこともな らぬやうにするやうなる効能(こうのう)のある 薬にて。その功能(こうのう)をよく弁(わきまへ)知(しり)てつかは ねばならぬものにて。用法いたつて巧者(こうしや) ならねば。いたづらに害(かい)となるのみにて。病 に益(えき)なし。この物を用れは。咳嗽(せき)はたゞち にやみ。痛(いたみ)は其まゝ軽(かろ)くなり。睡(ぬむり)かぬる ものもよくねむるがゆゑに。近来(きんらい)薄情(はくじやう) なる和蘭(おらんだ)毉者(いしや)が。一時の効(こう)をとり。人を 駭(おどろかし)て。後の妨害(さまたげ)となることを顧(かへりみ)ず。これを 用たるが。そのまゝに睡(ねむり)て覚(さめ)ず。又は眼(まなこ)昏(くらみ)て 物の視分(みわけ)なく。やがて昏憒(ふさぎ)て覚(さめ)す。 または頭痛(づつう)。眩運(めまひ)。耳鳴(みみなり)。面赤(かほあか)く。或(あるひ)は周(しう) 身(しん)痒(かゆく)して堪(たへ)がたく。甚しきは。精神(こゝろ)錯乱(みだれ) 譫語(うはこといひ)。或は脉(みやく)遅(おそく)渋(しぶり)。腰(こし)脚(あし)冷(ひえ)て。腹(はら)拘掌(ひきつり)。遂(つひ) には卒中風(そつちうふう)の如くになりてそのまゝ死(しぬ)る なり。もしかゝる證(しよう)のおこるとき。この物(くすり) を用たる害(がい)なることを確(たしか)に知(しら)ば。はやく 吐(はか)する剤(くすり)を用て吐(はか)しめ。鼻(はな)には嚏薬(くさめぐすり)を 吹こみて。くさめをさすべし。吐薬は前の く【くの横に長四角】の部(ぶ)霍乱(くわくらん)の條(ところ)に記(しるし)たるを見あは すべし。嚏(くさめ)薬はら【らの横に長四角】の部 雷震死(らいしんし)の條(でう)に 挙(あげ)おきたるにて撰(ゑらぶ)べし。醋(す)と。麝香(じやかう)。よ く此物の毒を解(げ)すといへど。麝香は近 来 偽雑(まじり)多くして。効(こう)少ければ。醋を多 くのませたるがよし。瞑眩(めんけん)の軽(かろ)き物 には。吐薬を用るまでにいたらず。たゞ醋(す) のみを服(のま)せて。必(かならず)解(げ)するなり。売薬(ばいやく)の 一 粒(りう)金丹。粒甲丹(りうかふたん)。金 匱救命丸(ききうめいぐわん)。また廷利(てり) 也迦(やか)の類(るゐ)は。この物を主として製(せい)せし 方なれば。その證(しよう)をも弁(わきまへ)ずして。妄(みだり)にこ れを用て毒に中ことも。また多ければ。素(しらう) 人(と)といへども。心得おきて。人を救(すくふ)へし。 吐薬を用て吐たるあとは。かならず一下 すべきことも。前にすでにいへるがごとく。 とりわけ阿片(あへん)の毒などを解(げ)するには。 劇(はげし)き下剤(げざい)がよければ。霍乱(くわくらん)の條(でう)に載(のせ)た る。備急円(ひきふゑん)の類(るゐ)を用たるがよし▲少陽(あか) 魚(えい)の尾(を)に毒あり。もし人これに触(ふる)れば。指(ゆび) を損(そこなふ)といへど。これは毒あるゆゑにはあらず。 此魚の尾(を)さきに。至(いたつ)て細(ほそ)き芒刺(のぎ)が逆(さかさま)に ありて。それが肉中へ螫(さし)入て痛(いたみ)をなして 腫(はる)る也。この故(ゆゑ)に漁人(りやうし)もこの尾(を)を多く切(きり) 断(たち)て輸(いたす)なり。これには鰔魚(さより)の皮(かは)を剥(はぎ)て よく纏(まとひ)おけば。速(すみやか)にいゆる。これ漁夫(りやうし)の 伝(つたふ)る所也さ【さは白抜文字】酒(さけ)に酔(ゑひ)て昏冐(うつとり)となり 人事(ひこと)の省(み)さかひなく。軈(やが)て気(き)を失(うしな)ひ て。卒中風(そつちうふう)の如くになることあり。これは 多くは癇證(かんしよう)か。または卒蕨(そつけつ)の萌(きざし)ある か。平常(へいぜい)に頭痛(づゝう)。昏眩(めまひ)なとあるものに 発(はつ)する證(しよう)にて。常(つね)の酩酊(めいてい)の甚しき ものなどと思ふて。そのまゝにおけば。必(かならず)死 ぬるものなれば。遄(すみやか)にこれを解(げ)すること をなすべし。まづ鳥の羽に燈油(あぶら)をしたゝ かにつけ。咽(のんど)をふかく探(さぐり)て吐(はき)を誘(さそふ)べし。 もしそれにて吐(はか)ずば。瓜蒂散(くわていさん)にても。何(なに) にても速(すみやか)に吐(はく)べきものを用て。快(こゝろよ)く吐(はか) すべし。肩(かた)項(うなじ)などへ。強(つよ)く壅塞(ふさがる)物なれ ば。雷震死(らいしんし)にいふがごとく。肩(かた)の肉(にく)を内 へ徹(とほる)やうに拈(ひねる)か。又は鍼(はり)を刺(さし)て。吸角(すいふくべ)を 以て吸(すは)するかするもよし。生気つきて のちは。硝石大円(せうせきだいゑん)。調胃承気湯(てうゐじようきとう)などを 用て下すがよし。方は前に挙(あげ)たるを見 るべし。もし泥飲(どろのごとくよひ)て。宿酒(しゆくしゆ)の残(のこ)れるもの ありと思はゞ。雌黄(しわう)二分ばかりを用るか。 鼠李子(そりし)二匁ほどを煎じて服(のむ)べし。大 に腐敗(くされ)たる水を下して治するなり ▲阪下病(さかしたやまひ)とて。血のふ足(そく)したるより。 黄色(きいろ)になる黄胖(わうはん)といふ病あり。これに 用べき剤(くすり)は前のち【ちの横に長四角】の部 痔疾(ぢしつ)の條(くだり)に 出したり▲酒に直(なほ)し灰(ばい)といふものを 用て。敗壊(すえ)て酸味(すみ)を生じたる酒を直(なほ)し て酤(うる)ものあり。もしこれを過飲(のみすぎる)ときには。 暗(われしらず)に腸胃(はら)を害(そこね)。身體(からだ)を疲(つから)し。諸液(しよえき)の 運輸(めぐり)を妨(さまたげ)て。麻痺(しびれ)不遂(ふきゝ)の證(しよう)を発(はつ)する を。痛風(つうふう)。または石淋(せきりん)といふて小便道へ 石を生ずる淋(りん)病などの原(もと)となること有 もの也。ゆゑに灰(はい)を用て製(せい)したる酒(さけ)は。 決(けつ)して飲(のむ)べからず。これ酒客(さけのみ)の意(こゝろ)を注(つけ) て択(えらぶ)べきことなりき【きは白抜文字】金刃傷(きりきず)の小さなる ものは。切たりと思ふやいなや。そのまゝゆび さきにて切たる所を圧(おさへ)て。血を出さず。半 時あまりも過(すぐ)れば。おのれと愈合(いえあふ)て。即日(そくじつ) に素(もと)に復(ふく)するもの也。もし創(きず)やゝ大なる ものは。火爐(ひばち)の灰の。炭末と灰塊(はいのかたまり)なき 所を。創(きず)口に填(つけ)て紮(くゝり)おくべし。これにて 大かたは血とまるなり。石灰はよく血 を止る効あるものなれば。これを以て 血を止る薬(くすり)をかねて製(こしらへ)おくべし。其 方。生石灰の細末したるを。鶏子白(たまごのしろみ)に て溲(でつち)て。日に乾(ほ)して堅(かた)くなりたるを。 再(ふたゝび)細末(さいまつ)して蓄(たくはへ)おくなり。もし創所大 にして血出て止ざるものは。生石灰の 細末したるを水にかきたて。其上清を こしとりて洗べし。もし石灰なきと きは。常の灰汁(あく)を用てよし。それも なき時は。冷水にてあらふ也。焼酒(せうちう)を用 ひしは。古代のことにて。今はこれを用 る者(もの)はすくなし。創(きず)をぬふことは。外科の あづかることなれど。皮(かは)と皮の齟齬(くひちがは)ぬ やうに。襞(ひだ)のなきやうにさへ縫(ぬふ)ときは。 さしてむづかしきことにもあらず。鍼(はり)は 衣服(きるもの)をぬふ鍼(はり)を用ひ。木綿糸(もめんいと)にて縫(ぬひ) てもよきことなれば。外科(げくわ)もなにもな きときには。そのまゝにして血をとめる こともなく。みす〳〵命 危(あやう)きことにせん より。はやくぬひたるがよし。されど裏(まき) 縛(もめん)をだによくすれば。大 体(てい)なる創(きず)は ぬはずともよきもの也。木綿(もめん)は白 晒(さらし)と 呼(よぶ)ものを両 縁(みみ)をとり八ツばかりにさき て用る也。縫(ぬひ)たる所へ胡麻油(ごまのあぶら)を少し ひき。鎹(かすがひ)とて。さきたる木綿(もめん)へ鶏子(たまごの) 白(しろみ)をつけてあてるか。魚膠(にべ)の膏(かう)やく にても。売薬(ばいやく)の即効紙(そくこうし)にてもはり。 その上へ木綿(もめん)のたゝみたるを醋(す)に 浸(ひたし)てはり。それよりさきたる木綿(もめん) にてまくなり。夏月(なつ)は麻(ごまの)油をひかざ るも又よし。血のはしり出したる脉(みやく) なども。三時を過(すぐ)れば愈(いえ)あひかゝる ものなれば。とかく血の多く出ぬ やうにするがよし。血を止る第(だい)一の 物は。檞茸(はゝそだけ)なり。上の硬(かた)き皮(かは)を去(さり)て 槌(つち)にてとくと打(うち)て貯(たくはへ)おき。よろしき 程(ほど)にさきて用るなり。次は楡茸(にれたけ)。其次は。 馬勃(ばぼつ)とて。林下。竹 藪(やぶ)。崖(がけ)などの陰(かげ)に 生ずる。みゝつぶれ。又はほこりだけといふ 物を貯(たくはへ)おき。裂(さき)て用ひてよし。これらの ものは。いづれも内服(ないふく)してよし。よく血を 止る効(こう)をいへど。それはいまだ試(こゝろみ)たることも あらず。もし内服するには。細末して 冷(ひや)水にて用るなり。金創(きりきず)の血の大に濆(はき) 出ものは。動脉(どうみやく)の太(ふと)きものをたち切たる なれば。もし血出て止ざれば。たちまち 死にいたるが故に。その脉管(みやくかん)を引出し て。糸にて紮(くゝる)か。鉄(てつ)を焼(やき)てあてゝふさ ぐかせねばならぬことなれば。素人には行 かたきことながら。もし旅(りよ)行山中などにて。 毉師(いし)もなきときには。煙管(きせる)の大頭(ひざら)なり とも。ありあふ物をまつ赤(か)にやきてこれ にて血を止などするか。いづれにも此 意得(こゝろえ)を以て。はやく血を止るやうにすべ きことなり▲灸(きう)のいぼひは。内に鬱(こもり)たる 毒(どく)の外へ洩(もれ)て。病の愈(いえ)んとするため なれば。これを厭(いとひ)て速(すみやか)に乾(かはか)さんとするは 灸(きう)せぬには劣(おとり)たること也。故に。蠹吾(つはぶき)の葉(は) か。青木(あをき)の葉(は)などを火にあぶりもみて 貼(つく)るか。何ぞ膿(うみ)を催(もよふす)へき膏薬(かうやく)をつけて。 多くうみをとるべし▲菌(きのこ)の毒にあた りたるは。人糞(くそ)を服(もちふ)ればたゞちに解(げ)す とはいへど。臭穢(きたなき)ものを用んよりは。油を 飲(のむ)にはしかず。また黒大豆の汁。及ひ 土漿水(どしやうすい)なども。この毒を解(げ)するものには あれど。異菌(きのこ)には。至毒(しどく)なる物あり。死 に瀕(なんな)んとせし蛇(へひ)の口より流出たる 汚液(よだれ)が樹上(きのうへ)より土に落(おち)て。即(すぐ)に生出 たる菌(きのこ)の。玉蕈(しめじ)に似(に)たるものを。下毛(しもつけ)の 野(の)にて親(したし)く見(み)たるものあり。これらを 誤(あやまつ)て喫(くひ)たらんには。忽(たちまち)毒(どく)にあたりて 即死(そくし)すべし。すべて毒と知(しり)ては。速(すみやか)に 吐出ずべきことをなすがよし。吐ぐすりは 霍乱(くわくらん)の條(くだり)にてもとむべし。楓樹(かへでのき)に生 ずる笑菌(わらひたけ)。雑木(ざふぼく)の朽株(くちかぶ)に生ずる雞(まひ) 㙡(たけ)。または八丈島には。喫(くら)へば必(かならず)高き所へ 昇(のぼら)んとする異菌(きのこ)ありときけり。すべて 菌(きのこ)は妄(みだり)にくらふべからざるものなれば。 旅行(りよこう)などには。ことさらにつゝしむべし ゆ【ゆは白抜文字】入浴後(ゆあがりご)に。頭眩(めくらみ)。昏倒(たちくらみとなり)?たるには。冷(ひや)水 を面へ吹かけ。周身(しうしん)へも灌(そゝぎ)かけ。または 飲(のま)しむるもよし。醋(す)もまた効(こう)あり。さめて 後(のち)。なほ欝冐(きをとぢ)て快(こゝろよ)からずば。桂枝(けいし)加龍(かりやう) 骨牡蠣湯(こつぼれいとう)を用ふべし。其方。桂枝(けいし)。芍(しやく) 薬(やく)。龍骨(りうこつ)牡蠣(ぼれい)各八分。大棗(たいさう)六分。甘草(かんざう) ニ分。六味合せて四匁に。生姜二片をく はへ。水一合二勺を煎じて六勺となす なりめ【めは白抜文字】眼(め)に薼(ちり)砂(すな)などの入たるは。 筆の尖(とがり)にすみをつけて。眼(めの)中を拭(のごふ)べし。 または薄墨(うすずみ)を点(さし)たるもよし。指(ゆび)にて いらふべからず。かへつてあしし▲眼球(めのたま) を打撲(うちみ)の激動(ひゞき)に走(はしり)出さすること 【参照 国会図書館所蔵本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536777/65】 あり。其時は突出(つきだ)したる眼球(めのたま)に。 したゝかに唾(つば)をしかけ。手巾(てぬぐひ)を摺(たゝみ)て 両 手(て)の掌(ひら)にて眼球(めのたま)を按(おさ)へて。むかふへ 圧(つき)入べし。あとを冷(ひや)水にて洗(あらひ)て木綿(もめん)を 巾(はゞ)一寸あまりに裂(さき)て。頭後(あたまのうしろ)へめぐら して。かたく縛(しばり)おくべし。又出んことを おそるればなりみ【みは白抜文字】水に落(おち)たる者(もの)あ らば。ありあふ板(いた)。箱(はこ)。竿(さを)。なににても水 に浮(うかみ)て攫(とらゆ)るたよりに成べき物を早く 水中へ投(いれ)て。かろく手をかけさす べし。つよく力を用れば。ともに沈(しづ)めば也。 かくすれば。身はかならず水の上に浮(うかみ) 出て。溺(おぼれ)死ぬることなし。人の體(からだ)はもと より胸(むね)肋(あばら)の中に。肺(はい)の臓(ざう)といふ浮(うき)嚢(ふくろ) あれば。まことはつかまる物なしとも。手に て水をかけば。おのづから浮(うかみ)て。ちゝ より上は水の上にあるべきものなれど 周章(あはつ)るゆゑに溺(おぼる)る也。犬(いぬ)猫(ねこ)などが。水 に入てもおのれと游(およぎ)わたるもおなじ ことにて。水に落(おち)て死ぬと死なぬは。 たゞ心のおちつくと。おちつかぬに よることなるを。よく思ふべし。今の世 の水馬の。馬に止りつきて。人馬とも 辛(かろう)じて水を渉(わた)るは。馬の尾の腱(すぢ)を たち。ふか爪(づめ)をとりて。馬の天質(うまれつき)を 損(そこなふ)ゆゑ也。よく思ふべきことにこそ。▲水に 溺(おぼれ)て死(しに)たるものは。早くその衣帯(きるもの)を とき。髁體(はだか)にして。両 脚(あし)をとり。逆(さかさ)に引 起(おこ)して。両 脚(あし)を肩(かた)へかけ。溺(おぼれ)たるものゝ腹(はら) を脊(せ)にて按(おす)やうに。少し前へ屈(かゞみ)て歩(あゆみ)な がら。水を吐すべし。もしこれを仰(あを)に して。脚(あし)を前へ曲(かゞめ)て。肩(かた)へかけ。立たる まゝにして。別に人をして腹(はら)をつよくも ませて。水を吐するもよし。漢土人(もろこしびと)の 牛(うし)の脊(せ)へ乗(のせ)て。腹(はら)を牛の脊(せ)にて按(おさ) せ。あゆませながら水を吐(はか)するは。手 おもにして。便宜(べんぎ)ならず。たゞ倒(さかしま)に引 立れば。水はかならず吐出すもの也。 水をあらかた吐 尽(つく)したりと思ふ ころ。静(しづか)に下して。新淨衣(あたらしききるもの)をきせ。 蒲団(ふとん)のうへゝ横(よこ)に臥(ねか)して。先(まつ)口を開(ひら)き。 土砂などの口内にあるものを。手巾(てぬぐひ)やう のものを水に浸(ひた)し。指(ゆび)にまとひて。よく 掃除(さうぢ)し。鼻(はな)の中をばもみたる紙(かみ)にて拭(のごひ)と りて。さて鼻(はな)に嚏(くさめ)薬をさすべし。夫(それ) より後(のち)の治法(ぢはふ)は。雷震死(らいしんし)の條(くたり)に云所(いふところ)と ほゞ同じこと也。嚏(くさめ)出るか。気息(いき)出れば 必(かならず)蘇生(そせい)するもの也。もし水を多く飲(のま) ずして胸(むね)腹(はら)も膨脹(はら)ぬものならば。水を 吐するにおよばす。またすべて凍死(こゞえじに)溺(おぼれ)死 の類(るゐ)にても。灸(きう)は必 宜(よろし)けれど。気息(いき)の出 ざるうちは。灸火の応(こたへ)なければ益(えき)なし。 気息(いき)微(かすか)に出て後(のち)には。必灸してよし。又 これらの身體(からだ)を按摩(もむ)ときには。手に 塩(しほ)を多くつけて塩を肌膚(はたへ)へすり込(こむ) やうにしながら揉(もむ)べしといへり。これも またよし。すべてこれらはとりわけ仁(なさ) 愛(け)の情(こゝろ)を主(おも)として。心 静(しづか)にとりあつ かひて救(すくふ)べきこと也。又よく心得べきことは。 水中にて呼吸(こきふ)さへせねば。水を呑(のむ)ことも なく。また死ぬるものにはあらず。故に わきて武士などは。此 気息(きそく)を暫止(しばしとゞめ) て呼吸(こきふ)せぬことを。平常(へいぜい)修(しゆ)し習(ならひ)て不(ふ) 虞(ぐ)の用に備(そなふ)べし▲耳(みゝ)卒(にはか)に腫(はれ)痛(いたむ)に は。軽(かろ)きと重(おも)きとの。差別(しやべつ)あり。かろき ものは。周身(しうしん)の熱(ねつ)もさして甚しからず。 耳辺(みゝのあたり)たゞ熱(ねつ)ありて。痛(いたみ)にをり〳〵たゆ みあり。重(おも)きものは。耳(みゝ)の熱(ねつ)やくが如(ごと) くにして。そのあたりの脉(みやく)のびく〳〵 と動(うご)くが。自己(じしん)にも知られ。みゝの中 鳴(なり)躁(さはが)しく。痛(いたみ)も又 忍(しの)ぶべからず。これは ゆだんのならぬ證(しよう)にて病が一 段(だん)進(つのる) 時には。讝語(うはこと)をいひ。直視(めをみつめ)。昼夜(ちうや)寝(いぬ)ること ならず。または昏冐睡(うつとりとねむり)て覚(さめ)ざる などの。證(しよう)続(つゞき)て起(おこる)にいたつては。死 生もまた測(はかり)がたければ。それらの危険(あやうき) ことにならぬまに。はやく蜞(ひる)を多く 耳(みゝ)のまわりへつけて。血を吸(すは)せ。内服剤(ないやく) には。大 黄(わう)。悄(せう)石。黄蘗(わうばく)各一匁。山 巵(し)子五 分を一 貼(てふ)となし。水煎して。連(しきり)に服(もちふ)るか。 又は調胃承気湯(てうゐじようきとう)。凉膈散(りやうかくさん)を用ること あり。それより上の療術(れうじゆつ)に至(いたり)ては。世(よ)の 時毉(はやりい)などのよく治するところに あらず。况(まし)て素人(しろうと)の為得(なしう)べきことにあ らねど。羇旅(たび)などにて。この患(うれひ)に羅(かゝり)【罹ヵ】し 時の備(そなへ)とて。その一端(かたはし)を記(しる)せしまでなり。 耳(みゝ)の輪(まわり)腫痛(はれいたむ)には。樟脳(しようのう)を醋(す)に入たるにて 熨(むす)か。前にいふ麻油と蝋(らう)とに 片脳(へんなう)を和(ねり) たるをぬりてもよし。又は金銀花(きん〴〵くわ)。苦薏(くよくの) 花。小 茴香(ういきやう)等分に。樟脳少しばかりを 加へて。湯に温(あたゝ)めてむすことは。かろきも 重(おも)きも用てよし。▲耳(みゝ)へ蟲(むし)の入たるは。 蟲(むし)のこのむものを。耳の輪(わ)へつけて。しづ かにその出るをまつべし。いかにすれども 出がたきは。喞筩(みづはぢき)を以て。微温湯(ぬるまゆ)を弾込(はちきこみ) て耳(みゝ)の中をあらふべし。。耳(みゝ)には膜(まく)といふ て底(そこ)のごとき物あれば。耳(みゝ)を下へかたむ けてこれをあらへば。必出る也。牽牛(あさがほ)の 葉(は)。苦棟実(せんだんのみ)などの。蟲(むし)を制(せい)する物を 煎じて。洗(あらひ)たるなど尤(もつとも)よし。また一 法(はふ)に。 椶櫚(しゆろ)の毛(け)のさきへ黐膠(とりもち)をつけて。蟲(むし)を 釣(つり)出すべしといへり。この法尤よし。又 紙條(こより)のさきに油をつけて。耳(みゝ)をさぐり て釣(つり)出すべしともいへり。これもまた 心得おくべしし【しは白抜文字】食傷(しよくしよう)は多くは。常(つね)に 消化(こなれ)のよろしからぬものにあることにて。 一時におこる病にあらず。腸胃健(はらすこやか)にし て消化(こなれ)のよきものは。偶(たま〳〵)に喫過(くひすご)した りとも。腹(はら)のやゝ脹満(はる)までにて。害(がい)と はならず。然(しか)れば。これは毒ある物に 当(あた)りたるにあらねば。不養生(ふようじよう)なる ものにある病也。その軽(かろ)きものには。前に 出せる益智飲(やくちいん)。建中散(けんちうさん)などを用て よし。重(おも)きものは。吐剤を用るか。下剤を 用るかすべし。前のく【くの横に長四角】の部(ぶ)霍乱(くわくらん)の 條(でふ)を見あはせて治すべき也▲呃逆(しやくり)は。 冷(ひや)水を息(いき)をつかず。一 盌(わん)つゞけてのみほ すべし。また紙條(こより)を鼻(はな)へさし。嚏(くさめ)をと りてとまるものあり昼夜(ちうや)。出て止(とまら)ざ るは。霜柿(とろがき)【「ころがき」ヵ】又は串柿(くしがき)の中の。柔(やはらか)なる ところを喫(くひ)。外の堅(かた)き所に。生姜を 加へ煎じて服(もちふ)るがよし。柿蒂(かきのほそ)を薬(きぐす) 舗(りや)にて賣【買】なり。それを二匁に。丁子五 六分づゝ加へて煎じ。生姜の搾(しぼり)汁を 加へ用たるもよし。傷寒(しようかん)にて呃逆(しやくり)の 甚しきは。下すと。参附(しんふ)を用ふるの 差別(しやべつ)あり。俗人(しらうと)ににはかにはいひとき がたきことなれば。此(こゝ)に論(いは)ざる也。▲舌(した)を 跌仆(つまづき)たる激動(はづみ)に。自咬(みづからかみ)て創(きず)つけ。血出 て止ざることあり。速(すみやか)に水をふくみて。 いくたびとなくはき出して。洗が ごとくすれば。血はおほかた止るもの也。 その後に蒲黄(ほわう)の末。または枯礬(やきみやうばん)の類(るゐ) をふりかけおくべし。粉錫(とうのつち)も又よし ▲舌頭(したのさき)を誤(あやまつ)て噛断(かみきる)ことあり。断(きれ)たるさき 続(つゞき)てあらば。水を含(ふくみ)てたび〳〵吐出すか。 醋(す)を含(ふくみ)てたび〳〵吐出し。早く血の 止るやうにして後。鶏卵の中の薄皮(うすかは) をとりて。舌頭(したのさき)をよく包(つゝみ)て。乱髪(かみのけ)を 焼(やき)て細末にしたるを蜜(みつ)にてねり。其 上へぬるべし。騏驎血(きりんけつ)を細末してぬり たる。もつともよし。二三日にておほく は愈(いゆ)るものなれば。其間は成丈もの いふべからず堅(かた)きものはくらふべからず。 ▲舌よりなにとなく血の出ることあ り。これは多くは。頭瘡などの内 攻(こう) したるか。又は頭(かしら)胸(むね)などに。病の催(もふし) ありておこることにて。忽(ゆるかせ)にならぬこと なり。はやく巧者(こうしや)の毉士(いし)に任(まかせ)て治 術(じゆつ)をうくべし▲舌(した)に瘡(できもの)を生ずる證(しよう) に。かろき重(おも)きの差別(しやべつ)ありて。治法 も又さま〴〵にわかれたれど。其中に 舌疽(ぜつそ)といふて。初(はじめ)は舌にわづかなる瘡(できもの)が 発(でき)て。それが膿(うみ)て陥(くほく)なり。漸(しだい)にひろがり ゆく。これがふかく腐蝕(くえこむ)ときには。 飲食(のみくひ)することもならずして。遂(つひ)には 死にいたる。至(いたつ)て険證(むつがしきしう)なり。故にはや くその腐蝕(くえこみ)を止ることをせねばなら ぬことは。いふまでもあらねど此 證(しよう)を発(はつ) するものは。その以前より心意(こゝろもち)。舒愓(のびやか)な らず。面色(かほいろ)萎黄(つやなく)。腰(こし)脚(あし)冷(ひへ)。脉(みやく)も沈(しづみ)て力 なく。なにとなく陰気(いんき)なる人に多 き病なり。これを和蘭毉者(おらんだいしや)などは。巧(たくみ)に 病 因(いん)を説(とい)て。きく人の耳をおどろか せども。治 術(じゆつ)にいたつては。迂遠(まわりどほ)にして 救得(すくひえ)がたきこと多く。後世(こうせい)毉師(いし)はも とより鈍(にぶ)く。確保(とりとめ)たることもなく。吉益(よします) 派(は)などの下剤ずきなる匕頭(さじさき)にて治すべ き病にもあらされば。この病に逢(あふ)時には。 多くは死に至るもの也。もとより此 證(しよう)は。 欝毒(うつどく)あるうへに。身體(からだ)疲倦(つかれ)。気 血(けつ)の 運行(めぐり)遅渋(あしく)なりて起(おこ)る物故。初より参(じん) 附(ぶ)の大 剤(ざい)を主とし。毒を消(さる)ことを兼(かね)て。治 術(じゆつ)をなさねば成ぬことなれど。参附(しんぶ)は焮(きん) 衝(しよう)をいたし。毒の勢(いきほひ)を長ぜしむるなどゝ。 和蘭毉輩(おらんだいしのやから)などのいふことを信(しん)じ。遂(つひ)には 不治にいたらしむること多し。すべて疽(そ)とは。 表(おもて)へはたかくもならず。腫(はれ)も甚しからすし て。肉(にく)中に深(ふか)く弥蔓(はびこり)ゆく物をさしていふ の称(な)にて。いづれも虚乏(ふそく)にわたる物にて。和蘭(おらんだ) 毉師(いし)の口 癖(くせ)にいふ焮衝(きんしよう)といふものとは。懸(はるか)に 別(こと)なる物也。故に俗家(しろうと)もよくこれらのこと をもよく記得(こゝろえ)おきて。毉師(いし)の巧言(くちさき)に誆(たぶらか) さるゝことなかるべし▲傷寒(しようかん)と。時疫(じえき)。疫(えき) 癘(れい)などゝいふ称(となへ)は。各別(かくべつ)なるやうなれど。も とはひとつ也。且(かつ)世にいふひき風の感冒(かんはう) といふ物も。其 実(じつ)は。傷寒(しようかん)の軽(かろ)き物にて。 軽重(かろきおもき)に拘(かゝは)らず。頭痛(づゝう)。悪寒(さむけ)。発熱(ほつねつ)の表(へう) 證(しよう)あるものは。必まづ汗をとるべし。汗(あせ)を 発剤(とるくすり)はさま〴〵あれど。羇旅(たびぢ)在陣(ざいぢん)など には。尽(こと〴〵)く其用意も成かぬれば。前に 出せる健(けん)中 散(さん)を熱湯(ねつとう)にかきたてゝ用て。 汗をとるべし。汗を発(とる)には。米(こめ)の粥(かゆ)を稀(うすく) して用るか。温飩(うんどん)。羮蕎麪(ぶつかけそば)。鶏卵湯。酒(さけ) 客(のみ)は生姜味醤の酒などを飲(のみ)てよし。 我邦(わがくに)のむかし風ひきたるには。必 腰湯(こしゆ)を つかひて汗を発(とる)ことをおしなへて行(おこなひ)て。 これをゆゝで【ゆゝでの横に長四角】といひしこと。古き物語に見 えたり。旅中にてなまなかなる薬を 用んよりは。此ゆゝで【ゆゝでの横に長四角】の法(はふ)を行ひて。汗を とることは。薬にもまさる効あるもの也。 柚(ゆづ)の皮。香橙皮(くねんぼのかは)。蜜柑(みかん)の皮などを煎じ て用るも。又よく汗を発するもの也。近 来の和蘭毉者(おらんだいしや)が。妄(みだり)に焮衝(きんしよう)といふこと を唱(となへ)て。傷寒(しようかん)最初(さいしよ)の必汗すべき病 者に。蜞(ひる)をつけ絡(らく)を刺(さし)などして血をと り。下剤を用て下しなどして。壊證(えしよう) にすることまゝ多し。雑病(ざつびやう)とちがひ傷(しよう) 寒(かん)。時疫(じえき)の病は。汗すべきものを下し。 下すべきものに参附(じんぷ)を用ひ。参附(じんぷ)を 用べきものに。下剤をあたへなどすれば。 わづかに二三 貼(てふ)の薬にて人を殺(ころす)にい たる。怖(おそろ)しきものあれば。俗人(しろうと)にもその心 得あるべきことなり。况(まし)て旅(りよ)中にて。この 病に遇(あえ)ば。妄(みだり)なることをせんよりは。薬を 用ずして。その動静(なりゆき)を旁観(みたるかた)がよし。 すべて人の體(からだ)には。自然(しぜん)受用力(じゆようりき)といふ て。おのれと病を排除(はらひのぞく)ところの機関(はたらき) はあるものなればなり。この義(わけ)をよく おもふべし。▲白癜風(しろなまづ)には。青胡桃(あをぐるみ)を生 のまゝわさび擦(おろし)にておろしぬりつくれば。 膿(うみ)を醸(かもし)て愈(いゆ)るがゆゑに。毒の内攻(ないこう)する ことなし。あるひは。青胡桃(あをぐるみ)一个に巴豆(はづ)二ツ を研合(すりあは)せてつくるは。もつともよし ひ【ひは白抜文字】肥前瘡(ひぜんさう)は。そのむかし異国(いこく)人が。 肥前の州(くに)の長 崎(さき)にて。妓婦(ぎふ)に流伝(うつし) て。それよりはびこりたる一 種(しゆ)の毒(どく) なることは。足利(あしかゞ)時代に。黴毒(ばいどく)を 筑前(ちくぜん)の博多(はかた)にて。異国(いこく)人よ りつたへたるを以て。呼(よん)で唐瘡(からがさ)と いふがごとく。これらの病は。おの〳〵 一 種(しゆ)のどくにて。人より人につた へてわづらふものなり。しかるを 憶測(あてちがひ)なる病因(びやういん)をとなへて。的当(てきたう) の治 術(じゆつ)をするものゝ少きゆゑに。 治しかぬるなり。ゆゑに今この 病毒の人より人につたへて弥蔓(はびこり) ゆくことは。なほ草木の種子(たね)を 藝(うゑ)。または分根(ねわけ)して繁茂(しげり)ゆくも のと一 般(ぱん)なることを領解(がてん)して。 その伝染(でんせん)を御(ふせ)ぎ。転つりたる初(はじめ)に はやくこれを排除(はらひのぞ)くことを思ふ べし。羇旅(たび)の客店(はたごや)などにて。枕席(ねどころ) などよりもうつるものなれば。もし 羇楼(たびさき)などにて。指(ゆび)の間(また)などに 二ツ三ツも発(でき)たらば。はやく鍼(はり)か刀(こが) 子(たな)などにて刺破(つきやぶり)て。血をしぼり 出てのちの。硫黄(いわう)の細末をつくべ し。この時の硫黄(いわう)は発燭(つけぎ)に用たる をけづりとりてもよし。薬舖(きぐすりや)あ るところならば。鵜(う)の目。鷹(たか)の目と 呼(よぶ)ところのものゝ細末を買(かふ)て貼(つく)るが よし。礦硫黄(かねほりいわう)の。世に金硫黄とよぶ もの一匁に。片脳(へんなう)三分。磠砂(どうしや)一分をくは へて。細末したるものを貼(つく)れば。もつ とも効(こう)あり。その毒すでに蔓延(ひろがり)て。 肘臂(かひなひぢ)におよびたるも。一ツ〳〵に血(ち)を しぼり出して。このくすりをつく れば。よくそのどくを消除(のぞく)こと。しば 〳〵こゝろみて験(しるし)をえたるところ なり。また蝋(らう)のけぶりよくこの毒を 消(さる)こといたつて妙(めう)なるものなり。いか ほど周身(しうしん)にはびこりたるものにて も。日〳〵蝋(らう)を煮(に)て。その煙(けぶり)をもつて 惣身(そうみ)をふすぶれば。いつかいえて。 内 攻(こう)することもなく。治するもの なり。ゆゑに蠟燭(らうそく)を多く製(こしらへ)る家 にては。肥前瘡(ひぜんさう)あるものをいとはず。 これらは物類(もの)の相感(あひかんずる)のもつとも至(し) 妙(めう)なるものなり。また硫黄(いわう)よく肥前(ひぜん) 瘡のどくを制(せい)し。これを排除(はらひのぞく)の効(こう) あること。諸藥その右に出るもの なし。硫黄(いわう)に。鵜(う)の目/鷹(たか)の目と よぶものを上品とす。これを細末し て。日に二匁ほどづゝも服(もちふ)ること ひさしければ。惣身(そうみ)に硫黄(いわう)の臭気(にほひ) を発(はつ)し。大便/微利(すこしくだり)。小便も硫黄の にほひをなす。おほかた百日ばかり も用ておこたらざれば。毒はこと〴〵 くのぞくなり。近世火藥に用るに。 此ものを製(せい)して。精粹(きつすい)なるものを とりたるを。硫黄華(いわうくわ)といふ。商家(きぐすりや)に はおほくは發燭(つけぎ)に用るものを似て これをせいするはよろしからず。 えらびて用べし。内服には。此硫黄花を 用るを尤よしとす。肥前瘡内/欝(うつ) して。水/腫(しゆ)を發(はっ)することあり。甚し きは衝心(しようしん)するものなり。小便つうじ あしく。水腫(むくみ)を発(はつ)したるは後のす【すの右に長四角】 の部水/腫(しゆ)の條(でふ)にいふところの治法 に從(したかひ)てよし。衝心(しようしん)するものは。前の か【かの右に長四角】の條(でふ)の脚気(かくけ)の衝心(しようしん)と異(こと)なること なし。肥前瘡内/攻(こう)して。心腹(むねはら)の病と なり。或(あるひ)は眼病(がんびやう)となり。又は變(へん)じて 腰(こし)あしの病となりたるもの。および 年久しく皮膚(はだへ)の間に浸淫(しみひろがり)【「滛」は「淫」の誤字】て癢(かゆみ) をなすものゝるゐは。日々水を灌(あび)て おこたらざれば。その毒ふたゝび外表(そと)へ 發(はつ)して膿(うみ)を醸(かも)して治するなり。 この一/叚(だん)に至ては。世人の卒(にはか)にきゝ て駭(おどろく)ところの治療(ぢりやう)にして。庸毉(なみ〳〵の) 鼠輩(いしや)【注】のよく知ところにあらず。故 に此(こゝ)には論ぜざるなり。▲砒霜(ひさう)の毒 には。胡麻油(ごまのあぶら)にても。燈(ともし)油にてもよく 【注 庸毉(医)=平凡な医者。藪医者。 鼠輩(そはい)=とるにたらない者ども。人をののしる語】     ひもせ                六十五 用れば解(げ)す。また明礬(みやうはん)二匁ばかり を細末して冷(ひや)水にて服(もちふ)れば。これも 毒(どく)を解(げ)するものなり▲人にゆびを咬(かま) れたるも。同類とて慢視(ゆだん)しがたき ことあるもの也。もし血出て痛(いたみ)たへ がたくば。はやく小便をしかけなか ら洗てよし。または小便を器(うつは)にとり て。その中へゆびさきを浸(つけ)おき。血のと まりたる後に。冷水にてよく洗ひ。 發燭(つけぎ)か紙撚(こより)に油をつけたるに火 を點(てん)じ。創口(きすぐち)に滴(たら)しこむか。又は灸を 六七壯したるがよし も【白抜き文字】粢餻(もちだんご)の類(るゐ) の咽(のんど)に噎(かゝり)て下がたきに。ごまの油を 二三勺/服(のめ)ば。すみやかに下るなり。又は きつき醋(す)を鼻(はな)へ吹こむか。服(のま)するも よし。蘿菔(だいこん)の自然汁(しぼりしる)もまたよし せ【白抜き文字】疝気には。菩提子(じゆずだま)の根(ね)を煎(せん)じ て用る。これを疝気(せんき)の一/服(ふく)薬と云(いふ) は。一ぷくにて効(こう)ありといふて。賣薬(ばいやく) にするなり。また馬蓼(いぬたで)の莖葉(くきは)を 乾(ほし)て刻(きざみ)煎(みせん)してもちふるも効あり。 または唐(から)の苦楝子(せんれんし)。小/茴香(ういきやう)。唐木(からのもく) 香(かう)を等分(とうぶん)にして。それに川穀根(じゆずだまのね)を 倍(いちばい)加(くはへ)て。疝気(せんき)の妙藥なりといふて 鬻(ひさく)ものあり。これらは尋常(なみ〳〵)の毉士(いしや)の 藥よりまさりたる効のあるもの也。 川穀根(じゆずだまのね)。馬蓼(いぬたで)などは。多くあるもの なれども。時に臨(のぞみ)ては得(え)がたきことも あれば。この宿疾(ぢびやう)あるものゝ旅装(たびばり)【たびなりヵ】には。 用意したるもよし。または前の建(けん) 中散(ちうさん)にも。疝気(せんき)を治する効あれば。 それにてもよし。せんきにて。陰嚢(いんのう)に はかにはれたるには。小/茴香(ういきやう)を細末 して多く服(もちふ)れば。効あるもの也 ▲焼酎(せうちう)を飲(のみ)て解(さめ)がたきときは。きの つよき醋(す)を多く呑(のむ)べし。もし毒に あたりて。靣色(めんしよく)青(あを)くなり。昏眩(ひきつけ)んと するものは。すみやかに咽(のんど)をさぐりて    せす        六十六 吐か。またははきぐすりを用るがよし。 またはやくあつき湯(ゆ)に浴(いれ)ば解(け)す るといへり。せうちうを呑(のみ)て。水を 多く飲(のむ)ときは。卒死(そつし)する者(もの)有(あり)と云(いへ)り す【白抜き文字】寸白(すんばく)と俗(そく)にいふは。もと長さ一寸 ばかりなる色白き蟲(むし)のことなるを。 條蟲(でうちう)。または長蟲(ちやうちう)とよぶものゝひら たくして長(なが)く。かたち真田紐(さなだひも)に にたるをもつて。これをさなだむ しといふものを誤(あやまつ)て。寸白の蟲(むし)と いひ。小腹(したはら)より腰脚(こしあし)へひきつりていた むものゝ。またこの蟲(むし)を通(つう)ずるより うつりて病の通名となりし也。 この證(しよう)。實(げ)にこのむしの腸中(はらのうち)に生 じたるよりおこるものあり。この 蟲を下すもの。五六尺または一𠀋あ まりも通じたるを引きりたる。 その殘(のこり)たるは。死ずして延(のび)ゆくも のとみえて。先後(ぜんご)十/餘(よ)丈/乃至(ないし)二十 𠀋/餘(よ)も通じたるものあり。この蟲(むし) を治(いや)さんには飲食(たべもの)を断(たち)て。榧(かや)の實(み) 一品を三/次(ど)の食にかへて。七日が間 喫(くは)すれば。蟲(むし)かならず死て下ること 妙なり。つねに蚘蟲(くわいちう)とて。蚯蚓(みゝず)のごと きむし多く生じて。さま〴〵の 患(なやみ)をなすものも。かやの実(み)をくへば。 こと〴〵く下りていゆるなり。 また。阿魏(あぎ)といふいたつて臭気(くさみ)あ るものあり。これも蟲(むし)に効(こう)ある物 なり。これに藤黃(しわう)を十分一くはへて ひさしく用れば。よく蟲を下す也。 また前の疝気(せんき)の藥に。草烏頭(さううづ)を 一/貼(てふ)に七八分つゝくはへ漫火(ゆるきひ)にていた つて濃(こく)煎(せん)じて用れば。よく一時の苦(くる) 悩(しみ)を治するものなり。また薤白(にんにく)に 味噌(みそ)をつけ。火に炙(あぶり)てくらふも効(こう)あり ▲擦傷(すりきず)には。魚膠膏(にべのかうもく)をつけてよし。 その方は。安息香(あんそくかう)三十匁を細末し     す              六十七 て。燒酎(せうちう)に二日ばかりつけおき。澤(かす)を しぼりすて。魚膠(にべ)百匁に。水一升ほ ど入。よく煮(に)て。五合ばかりに成たる とき。安息香(あんそくかう)の焼酎(せうちう)を加へ。かきまぜ て膠飴(みづあめ)のごとくなりたるときに。 火より下し。細布(めのこまかきぬの)または絹(きぬ)にのべて 貯(たくはへ)おくなり。これを略(りやく)して水透膠(じゆうすきにかは) とよぶものに水を入。煮(に)とかしたる を。紙にのべたるを。即功紙(そくこうし)といふて うるものあり。かろきものには用べ し。この魚膠膏(にべのかうやく)は。擦破(すりやぶり)たる創(きず)。金刃(きり) 傷(きず)の浅(あさ)きもの。肉刺(はなをづれ)などにも用ひ らるべく。且(かつ)唾(つば)をもつてしめして 貼(つく)るのみにて。捷便(てばや)なれば。旅行(りよこう)番(ばん) 兵(ぺい)などは。ふところにしてえき あるものなり。即功帋(そくこうし)の色を黄(き) にするには。黄蘗(わうばく)を煎(せん)じて入るなり。 救急撮要方 救急撮要方拾遺 嗣刻  前編に洩たることをこと〳〵く記したり 救急摘方前編  中本一冊刊行  火やけど湯やけど打身きり疵鉄炮の  玉疵一切急病の救ひかた骨のつぎかた  まても素人に会得せらるゝやう  にくはしく図を出して示す所の  書なり 同後編     同刊行  朝夕に用る水のゑらびかた濁たる水を  すます仕方熱病痢病其外うつり  安き病のふせぎかた蝦夷などの寒  地にありて寒気をふせぐべき仕方  鉄炮疵のうみたるを治する法一切の  急病をすくふことを詳にしるし  たり前後一帙にしたる本もあり 厩馬新論    大本一冊刊行  馬はかならず半身は水に浮てわたる  べき獣なれども仕立かたあしき故に  当世の乗馬にては軍用に立がたき  ことを論じいかなる困窮の士にても  費少くして馬を飼るべき仕方をも  詳にしるして馬の病を察する目  きゝをまでかきのせたり 日本開闢由来記 絵入よみ本七冊  日本は世界第一の国なる由来を  古書によりて詳に記しやまとだま  しひを引起さしむる書なり 安政五年戊午九月発行  書物問屋 和泉屋金右衛門 シヤ    □文淵丗五年千二百六十 □ソ?