【表紙 題箋】 すゝりわり  中 【資料の整理番号のラベル】 JAPONAIS 4260 2 【右丁 表紙裏(見返し) 文字無し】 【左丁 資料の整理番号のラベル】 JAPONAIS 4260 2 【右丁 文字無し】 【左丁】 さてしもあるへきことならねは御しかい【死骸】 をかたへ【片方】によせたてまつりたつとき御てら へをくらはやとてそんしやうゐんと申僧 都をしやうし【請じ】たてまつり一日一夜かあいた 一せうめうてんをとくしゆ【読誦】したまひてこく けん【刻限】をさため【定め】すてに御てらにをくらんとし 給ふところにいつくよりきたるともしれぬ 御僧のよはひはたとせ【二十年】はかりなるかきたら せ給ひておほせけるはいかに人〳〵さのみな けかせ給ふそやわれしやうしむしやう【生死無常=人生のはかないこと】のなら 【右丁】 ひあいべつりく【愛別離苦=愛する親・兄弟・妻子などと生別・死別する苦しみ】のことはりをつれさきたつ はこれしやう【生】あるものゝおきてなりたれかひ とりものこるへき此なけきはひとへにほ とけのはうへん【方便】にてちゝはゝをあんらく せかいへいんたう【引導】すへきちかひとはしられす やとのたまひてかのわかきみのしかい【死骸】をいた きとらせ給ひて庭上にたちいて給ふと 見えしかにはかにそらよりしうん【紫雲】たなひき いきやう【異香=極楽浄土の芳香】よもに【四方に】くんし【薫じ=かおる】花ふりくたるとお もへは八えう【八葉】のれんけ【蓮花】にうちのりこくう【虚空=大空】に 【左丁】 あからせ給ひけるこれをみる人〳〵きたい【稀代=世にも不思議なこと】の おもひをなしこはありかたき御ことかなとを の〳〵かうへ【頭】をちにつけてたなこゝろ【掌】をあは せてらいはいする 【絵画 文字無し】 【右丁】 僧都はこれを御らんして仰けるいかにめん 〳〵よく〳〵きこしめせこのわかきみをいま ちゝうへの御手にかけさせ給ふことまつたく わたくしにあらすこのしゝうのきみはひとへ にほとけのけしんにてわたらせ給へはをの〳〵 をふたらく【補陀落=観音の浄土】せかいへみちひきたまはんかため にかくならせ給ふそやゆめ〳〵かなしみ給ふ へからすたゝほたいしん【菩提心=無上の悟りを求め、成仏しようとする心】をふかくおこしおはし ませとそすゝめられけるさるほとに仲太は 一まところ【一間所=縦横とも柱と柱との間一つしかない小さい部屋】にひきこもりものゝこゝろをあんす 【左丁】 るにさてもせひなきことゝもかなそれ人の しんとしては君の御をんをかうふりさいしを ふちし身をたてゝ世をあんせんにすこすこ とそのをんのたかきことはしゆみせん【須弥山=仏教の世界観で、世界の中心、大海に聳える高山】もかきり 御なさけのふかきことはさうかい【蒼海】かへつてあ さしこのをんをいかてかほうす【報ず】へきされと も一命をすてゝあやうきをすくひたてま つることこれ臣のみちなりしかるにそれか しはいかなるすくせ【宿世】つたなき身なれはわか とか【咎】をきみにおほせ【負せ=背負わせる】て御いのちをほろほす 【右丁】 こときやくさい【厄災】のかるゝところなししゝても あきたることなしいかゝしてをつきま いらせてこのとかをわひ奉らんとおもへと もきみはすてにふたらくせかい【補陀落世界=観音が住むといわれる山】にいたり たまへはわれをろかなる身のいかてかち かつきたてまつるへきとやせんかくやあら ましとあんし【案じ=思いめぐらす】かねてはうせん【忙然】としてゐ たりしかあまりにあんしくたひれてす こしまとろみたるゆめにいつくともなくた つとき御こへ【「ゑ」とあるところ】聞えてなんちこのをんをほう 【左丁】 せんとおもはゝほたいしん【菩提心】をおこして諸国 をしゆきやうしてほとけのみちをねかひ 諸人をたすけんにはしかしとのたまふとお もへはゆめはさめにけり仲太はこれをうけ たまはりまことにありかたきをしへかなこれ こそのそむところなれとて八さいになる をんなこ六つになるわかこありしをはゝに あつけよくかいしつゝすへきよしをかきを きへんしもはやくいそかんとてとる物も とりあへすやとを出てよかはのくわうみやう 【右丁】 ゐんにまいりひころたのみしそうつ【僧都】にあ ひてことのよしをかたりてかみをそり名を しんかいとあらため五かい【五戒】をさつかりをこ なひけるか二とせありてそうつにいとま 申たまはりてしよこくしゆきやうに出に ける 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 さすか御はうのなこりもおしけれは坊の はしらに一しゆのうたをそかきつけける   いつの世にこの身を人のなそらへて   もとめてやらんにこり江【濁り江=水の濁っている入江】の月 かやうにゑ【「え」とあるところ。】いし【詠じ】て山をたち出たつときみね 〳〵をめくりけるかあるときはくさのまくら に露をかたしきあるときはいはのはさま にこけのころもをむしろとしてかせをふせ きよもすから【夜もすがら=夜どおし】ほとけの御名をとなへわかき みもろともにひとつはちすのうてな【一つ蓮の台=注】に 【注 「はちす」=蓮の古名。「蓮の台(うてな)=極楽往生した者の座るという蓮の花の形をした台。 「一つ蓮の台=死後は一緒に極楽に生まれかわり同じ蓮華のうてな(台)にすわるという意】 【左丁】 むかへ給へとゑかう【回向】しさうしてんはいに も仏のみなをわするゝことなしあるとき ならのみやこの大ふつてんにまいりて仏の 御まへにつや【通夜】してよもすから御きやうを たつてよみてあかつきかたになれは自他 ひやうとう緒所異とゑかうし給ひけるこ そしゆせうなれかくてたうすの御坊あか つきのつとめに出給ふかこのしんかいのあり さまをみていとあはれさよとおほしけれは ちかくよりそひ御身はいつちよりいかなる人 【右丁】 のしゆきやうしやとなり給へるそとた つね給へはしんかいうけたまはりてわれは ようせう【「えうせう」とあるところ。「幼少」】よりみやこにありてほつけつ【北闕=皇居、内裏】に あさゆうしこう【伺候】の身なりしかしか〳〵のうれ ひによりてかやうにうき世をいとひはんへ るなりとかたりたまへはたうすいとあは れに聞給ひてさてもありかたき御こゝろ さしにこそとそかんし給ひける 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 そのゝちしんかいとひ給ふはそも〳〵この御 ほとけは三国一のによらいとうけたまはり 侍るいかなる人の御さう〳〵【造像】にておはす やらんととひ給ひけれはたうす【堂司】はきこし めしてされはとよこ【横】のからん【伽藍=寺の建物の総称】はしやうむく はうてい【聖武皇帝】のごこんりう【御建立】たうし【「たうす」に同じ】はりやうへん そうしやう【良弁僧正=奈良時代の僧】と申て世にたくひなきかうそ のにておはしますしかるにこの僧正のしやう こく【生国】はさかみ【相模】の国おほやまのこほりうるしへ むらのとみん【土民=土着の住民】の子にてましますこゝになん 【左丁】 えんたう【擔頭=軒先】に北のかたにしゆこんかうほさつ【執金剛菩薩】 みなみのかたにはくはんせをんほさつ【観世音菩薩】おはし ますさてこのしゆこんかうほさつこかねの わし【鷲】とへんけ【変化】ましましさかみの国へとひ ゆき給ふこのりやうへんはそのころとし二さ いなるかわら【藁】にて作りたるうつはものに入て 田のあせ【畔】にをきおやはたかやしてゐたりし かこのわしかの子をかいつかみ【「搔き掴み」の変化した語=ぐいと掴む】てこくう【虚空=大空】へあかり けるほとにちゝはゝかなしむことかきりなし かくてこのわしなんと【南都】へきたり藤原のさいし 【右丁】 やう殿といふ人のもとへおとしをきたりこの 人しひしん【慈悲心】ふかくおはしけれは世にふひん なることにしたまひてやしなひをかれけ れはとしのかさなるにしたかひちゑさいかく 人にすくれたることたとへんかたなしさては たゝ人にてはなしとて十三のとし出家せ させけれはそのかくもん【学問】のそうめいなること 千人にもすくれたりさて廿一になるとき みかとのきゑ【「え」とあるところ。帰依】そうとあふかれて僧正ゆるさ れゑいりよ【叡慮=天子のお考えやお気持ち】をひとしうしてこの大らん 【左丁】 を御こんりうありしなり御ほそん【「御本尊」のことか】はるし やなふつにてまつせしよくらん【末世濁乱…注】のほんふ【凡夫】 をさいとし給はんとの御ちかひいかてかむなし かるへきひとへにしん〳〵【信心】をつくしてたのみ きこしめしまことにありかたき御ことにこ そ侍れとて   ちりはかり【塵ばかり=わずかばかり】くもりもあらすいる月は   らん世のやみのみちをともなへ たうすの御坊もうち聞給ひていとありかたく 【注 世の中の秩序が乱れること】 【右丁】 おほして   いかてかはくもりはせまし月かけの   こゝろの水のにこりあらすは かやうになかめて夜もほの〳〵とあけぬ れはまたこそまいり侍らめとてたかひに なこりをおしみてわかれ給ひけるさるほ とに大なこんとの北の御かたは仲太三郎 かとんせい【遁世】して国〳〵をしゆきやうするよし をきこしめしさても〳〵ありかたきこゝろさ しにこそ侍れつら〳〵ものをあんするに 【左丁】 この侍従のきみと申ははつせのくはんせ をんにいのりたてまつりてえたかわか子なれ はいかてかゝるわさはいにはあふへきし かるに父の手にかゝりてむなしくなりぬ ることはいかさまにもほとけの御はうへん【方便】 にて生あるものはたかきもいやしきかし こきもをろかなるものかれかたきことをし らしめてのちの世をたすけたまはんとの 御ちかひなるへしかくありかたきことをまの あたりにみなからなにゝこゝろをなくさみて 【右丁】 むなしくあたら月日ををくり侍るへきこ のたひ仲太かいとくをこなはすはいかてか 侍従のきみかさきたちたるしやうと【浄土】には いたるへきとおもひさため給ひてあるとき 大なこんとのさんたいし給ひたる御留主に 横川のそうつ【僧都】をしやうし【請じ=招き】たまひてみつ からこときのをんなの身は五しやう【五障…女性がもっている五種の障害。次の15コマを参照】三しう【三従 注①】 の雲あつうしてしんによの月【注②】はれかた く侍るよしうけ給はれはなけきても なを【「ほ」とあるところ】あまりありねかはくはいかなるを 【左丁】 こなひをもしてこのたひしやうしのる てん【しょうじ(生死)の流転 注③】をまぬかれたく侍るわれらこときの ものゝのち世をたすかることさふらはゝ御 しめしにあつかりたく侍るなりとのた まへはそうつきこしめされてこはあり かたき御こゝろさしにこそ侍れそれ三かい【三界】 はくかい【苦海】なりまた猶如火たくともとかれ てへんし【片時=少しの間、かたとき】もやすきことなしたうりまにてん【意味不明】 のたのしみもをよそかきりありつゐには六道 にりんゑ【「りんね(輪廻)に同じ】すへきことかへす〳〵もなけかし 【注① 女性が従うべきとされた三つの道。幼きときは父母に従い、少(わか)きときは夫に従い、老いたるときは子に従う。】 【注② 真如の月=名月の光が闇を照らすように、真理が人の迷妄を破ること。】 【注③ 衆生が、その業因によって生死の迷界を限りなく輪転し浮沈する意】 【右丁】 きことなりされは女人はおとこの子のつみを 一人にきすともとけり又おもてはほさつ【菩薩】に して同心はやしや【夜叉】のことしともありある 程にはよくほとけのたねをたつてちこくの つかひなりともきこゆかゝるあくこうふかき 女人のいかてうかむへきをかたしけなくけう しゆしやくそん【教主釈尊】女人のために一せう【「一生」或は「一抄」か】めうてん【「妙典」カ】 をときたまひて女人のしやうふつ【成仏】をし めし給ふされは五のまきのたいはほん【だいばぼん(提婆品) 注①】に 一しやふとくさほんてんわう【一者不得作梵天王 注②】ニしや大しやく【二者帝釈 注③】 【左丁】 三しやまわう【三者魔王 注④】四しやてんり【「わ」に見えるが「り」とあるところ】んしやうわう【四者転輪聖王(じょうおう) 注⑤】 五しやふつしん【五者仏身 注⑥】うんか女しんそくとくしやう ふつ【云何女身速得成仏 注⑦】ととき給へりこれほつけのめいもん【明文。めいぶんとも。法典などに明らかに定めてある条文】 なりしかれはけたい【懈怠(けだい)=おこたり、なまけること】なく此きやうをわすれ すしん〳〵にふかくおさめくちにはみたのみやう かう【弥陀の名号】となへ給はゝあんらくせかいにいたりて ほとけのたいさ【台座】はつらなりたまはんことうた かひあるへからすされはすいこてんわうと申 すははんせうのくらい【万乗の位=天子の位】にそなはり給へとも 女人の身なれはうかひかたきことをなけ 【注① 提婆達多品(だいばだったぼん)の略。「妙法蓮華経」巻五の最初の品名】 【注② 一には梵天王となることを得ず。梵天王=インドの古代宗教で、世界の創造主として尊崇された神。仏教にはいって仏教護持の神となった。】 【注③ 二には帝釈 帝釈=帝釈天の略。インドの古代の神。仏教にはいり梵天とならび称される仏教の守護神。】 【注④ 三には魔王。 天魔の王。常に正法を害し、衆生が仏道にはいるのを妨げる者。】 【注⑤ 四には転輪聖王 四天下(須弥山の四方にあるという四つの大陸)を統一して正法をもって世を治める王】 【注⑥ 五には仏身】 【注⑦ 云何に女身速やかに成仏することを得ん】 【右丁】 き給ひて四てんわうし【四天王寺】をこんりうまし〳〵 てつねにはほつけをとくしゆ【読誦(どくじゅ)】したまへり いはんやほんそく【凡俗】の女人しんせさるへきと ねんころにをしへさせ           たまひ              けれは 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 北の御かたもめのとの女はう【女房】もたねん【他念】なくち やうもん【聴聞】申てかんるい【感涙】う【「宇」カ】をうるほしまことに ありかたき御ことかなかゝるけうけ【教化】をうけた まはれはしはしもかゝるすまゐいとはしく さふらへいよ〳〵後の世をねかはんかの師に はそうつ【僧都】をたのみ奉るへきとて御うちき【袿】 からのかゝみ【唐の鏡】をとり出し御ふせにたてまつり 給ふあるとき北の御かた大納言殿に申させ 給ふやうむなしくなりしわかことはちたひ【千度】 もゝたひ【百度】くいてもかへらぬことなりされは 【左丁】 いもうとのひめ今ははや十さいになりはへ れはかれをいかならん人にもみせて世をつかせ はやとおもひてあけくれやすきこゝろもなき ところに花そのゝ大臣殿御ちやくし三位の ちうしやう【中将】ことし十七さいときゝ侍るまゝこのへ のかたへ申いれてさふらへはちゝはゝよろこひた まひておさなくましますともちうしやうにあ らせ申すへし今一とせ二とせはかりはこなたへ わたさせ給へなしませまいらせんとあるほとに をくり侍らはやとおもひさふらふなりとのたま 【右丁】 へは大なこん殿はなみたをなかしてしはし後いらへ もましまさすやゝありてのたまふは侍従をわか手 にかけてうしなひしことよく〳〵おもへはてんま【天魔 注】の わか心にゑたく【依託=神仏、霊魂などがのりうつること】してかゝるふるまひをしたるとこ そおほゆれこうくはい【後悔】さきにたゝすこのうへはひ めかこといかやうとも御身にまかせはんへれはいかやう にもよくはからひ給へとおほせけるきたのかたも この御いらへを聞て御なみたとゝめかねてち やう【帳】のうちへいり給ひけるそのゝちめのとをめし て大納言殿御こゝろもいまはしたいなしひめか 【左丁】 ことつくろへとてよろつこゝろのまゝにしたし【仕出し=用意する】め てかいしやく【介錯=世話をすること】の人あまたえらひつけて大臣殿へま いらせたまへはふうふの御よろこひはかきりなし さてあけくれはやさしきあそひことなとなら はせていとをしみ給へはちうしやう【中将】にあひな れてむつひあそひ給ふ 【注 人が善事をなそうとするとき邪魔をするという】 【両丁 絵画 文字無し】 【右丁】 さるほとに北の御かたは今ははやこの世におもひの こすことさらになし大納言殿御目をしのひ そうつのかたへまいりかみをおろしおもひのまゝ に後の世をねかひて侍従のきみかむまれん しやうと【浄土】へまいりひとつはちすになりなんと思ひ つめてめのとをめしておほせけるはいまははや ひめはありつけ【在り付け=結婚して落ち着かせる】はべりぬうき世におもひのこ すこと露はかりもなし御身もいまはこゝろ さしのあらんかたへゆきたまへ我もしほた いしん【菩提心】とけ【遂げ】てしつかなるかたにあんしつ【あんじつ(庵室)=世を捨てた人が住む仮のいおり】を 【左丁】 むすひなはを【「お」とあるところ】とつれをすへしそのときは かならすとひたまへとそのたまひけるめのと うけたまはりこはなさけなきことをうけたま はり候ものかなたとひとらおほかみのすむのへ のすへしゝくまのゐる谷のそこまてもはな れたてまつらしとこそおもひ侍れことにこれ はみつからもねかふところの御ほつこん【ほつごん(発言)】の御 のそみなれはいかてかはなれたてまつるへき もろともにたきゝをとり水をくみてひとつ はちすにむまれたてまつらんとそへしさふ 【右丁】 らへとかきくときけれは北の御かたきこしめし さやうにほたい【菩提】をおもひたつならはなとかは みはなし侍るへきさあらはあすおもひたつ へきなりしつらひをせよとてちやうたい【帳台】に いらせたまひ大納言殿へはひころのあらまし をこま〳〵とかきをき給ひ見くるしき物とも はこと〳〵くとりしたため【取り認め=きちんとする】御身にそへるものな し五更の空もちかつけはとくしていて なんといそき給ふかさすかとしころ【多年】すませ 給へるところなれはたちいてたまはんな 【左丁】 こりもすてかたくいつかへるへきみちにもあ らす御なみたのおつるをとゝめて   たちかへるみちにあらねはまきはしら   くつるをたれかあはれともみん かやうにあそはしてはしらにかきつけてひそ かに御所をいてさせ給ひけるいつなれさせ 給はぬかちはたし【徒跣=履物をはかないで歩くこと】の御あゆみのいたはしさよた ま〳〵ゆきあふ人にもをそれす横川といふ 所へはいつちより行そとたつねたまへはな さけあるものゝくはしくをしへ侍れはやう 【右丁】 〳〵そうつのもとへおはしつきぬそうつは見 たまひてうちおとろきあはれにおほしめし 二三日はいたはりまいらせてよろつありかた きものかたりなとあそはしけるそのゝち北の かた御くしおろしたきよしをきこし給ふそう つもちからなくかつうは【「且は」の長音化。一方では】又さいと【済度】のためなれ はほとけの御まへにむかひてるてんさんかいち う【流転三界中】をんあいふのうたん【恩愛不能断】きをんにうむゐ【棄恩入無為】しん しつほうをんしや【真実報恩者…「流転」からここまでは出家剃髪の際に誦する偈の最初の一句】といふもん【文】をさつけ給ひ て二人なから御くしをおろし給ふて哀なり 【左丁 絵画 文字無し】 【右丁】 けれよりこの山のふもとにしはのいほりをひき むすひ【庵を構える】三そんのふつさう【三尊の仏像】をあんちし奉り北 のかたはみねにのほりてつま木【薪】をひろひめ のとはたにゝくたりてあかの水【閼伽の水=仏に供える水】をくみてほとけ にさゝけゝる六時ふたんのかう【不断の香】のけふり【煙】はみね のきりとたちのほりつねのともし火のかけは 谷のほたるの夜をてらすにひとしたゝあけ くれはほつけをとくしゆ【読誦】しねんふつを申 て侍従のきみもろともにひとつはちすの えんとなし給へとゑかうあるこそあり 【左丁】 かたけれあるとき二条の右大臣殿の御むす め大はらのまつりのかへるさ【帰り道】に御こしにめされ て供奉のひと〳〵あまためしつれてこのあん しつ【あんじつ(庵室)】にたちよりてひくに【比丘尼】たちのおこなひも のゝしつらひを御らんしていかさまにもこれは たゝならぬ人の世をいとひたるにこそあら めありかたき御心さしかなとて御なみたをな かし給ひて   世をすてゝ月のいるさ【入り際】のやまのおく   うらやましくもすめるいほかな 【右丁】 北の御かたきこしめしやさしくもきこゆるもの かなといとあはれにて   おもひいる山のおくなるいほりこそ   つゐのすみかのうてななりけれ とうちなかめるまへはいとたうとくてたち いらせたまひうちつけなからさま〳〵ありか たき御ものかたりなとありて時うつれは又 こそとちきりてなく〳〵わかれさせ給ふ 【蔵書印】 【左丁 文字無し】 【両丁 文字無し】 【両丁 文字無し】 【両丁 文字無し】 【裏表紙 文字無し】