水滸画伝  上 【右下にシール】 JAPONAIS 4670 1 【右上欄外に横書き】 Japonais 4670 (1) 柳水亭種清著 葵岡北渓画 水滸画伝 全三冊    東都書肆      甘泉堂板  【右下欄外に横書き】 Don 35719 這(この)水滸伝(すゐこでん)也(や)。洪信(こうしん)が龍虎山(りやうこざん)の邪(じや)に乱(みだ)れて。宗公(さうこう)が 蓼兒洼(りやうじあ)の義(ぎ)に治(おさま)る。邪(じや)は 是(これ)蛇(じや)にして義(ぎ)は是(これ)蟻(ぎ)也(なり)。蛇(じや)の 百丈(ひやくぜう)にして莫大(ばくたい)なれども。六朔(りくさく)に看(み)る 背富士(うらふじ) の麦茎(むぎはら) 工手(ざいく)に髣髴(さもにたり)。蟻(あり)の寸分(すんぶん)にして至小(ゑひせう)なれども。或(あるひ)は洷(とうくみ)あるひは 淵(ふち)なす。邪(じや)の大(だい)なるは成(なり)やすく。義(ぎ)の小(せう)なるは成難(なしがた)し。 その小(せう)を以(も)て大(だい)に勝(かつ)と。貴童(おこさまがた)に義(ぎ)を勧(すゝめ)て。百八 傑(けつ)に なけなしの。力(ちから)を勠(あわ)せつ序(じよ)すこと有尒(しかり) 安政三丙辰歳正月           柳水亭種清識 【右頁】 太宋(だいそう)の仁宗(じんそう) 皇帝(くわうてい)万民(ばんみん)の 災(わざわひ)を払(はら)はん為(ため) 中太尉(ちゆうたいゐ)洪信(こtうしん)を 勅使(ちよくし)として江西(こうせい)信州(しんしう)の 龍虎山(りやうこざん)に遣(つかは)し道士(だうし)の真人(しんじん)を 迎(むか)へんと登山(とざん)するに其(その) 辛苦(しんく)を恨(うら)みければ 忽(たちまち)猛虎(もうこ)毒蛇(どくじや) 顕(あらはれ)出(いで)て 洪信(こうしん)を 呑(のま)んとす 勢(いきを)ひに中太尉(ちゆうたいゐ) 驚(おどろき)怖(おそれ)て顛(まろび)伏(ふし) 更(さら)に活(いき)たる本(こゝ) 性(ち)もなく稍(やゝ)寸(はん) 【左頁】 晌(とき)ほどありけるが よふやく振動(しんどう) 罷(やみ)ければ再(ふたゝ)び 起(おき)つ大息(ためいき) 次亦(つぎまた)嶮岨(けんそ) をば躋攀(せいはん)【左にヨジノボリ】  したり          【題名】 龍虎山(りやうこざん) 【右頁】 【題枠】 其二 太宋(たいそう)の嘉祐(かゆう)三年。 都(みやこ)さかんに疫癘(えきれい)流行(はやる) を。祈禳(きじやう)なさんと。大尉(たいゐ) 洪信(こうしん)。詔書(しやうしよ)を奉(うけ)て。 信州(しんしう)なる。龍虎(りやうこ)山上(さんしやう)の 張真人(ちやうしんじん)を。請待(せうだい)のため。既(すで)に山(さん)■(ぶく)【山+复】に よぢ涉(のぼ)るに。山(やま)嶮(けん)にして径(みち)岨(そ)なれば。心(こゝろ)此(こゝ)に 怠慢(たいまん)して。疑狐(うたがふ)うちに雨風(あめかぜ)起(おこ)り。妖虎(ようこ)幻龍(げんりやう) 【左下欄外】ウ上◯上ノ二 【左頁】 【右下欄外】ヲ上◯上ノ三 現出(あらはれいで)。白眼(はくがん)紅口(こう〳〵)怖(おそろ)しきまで謂(いふ)べうなし。脚䟿々(あしろく〳〵)に 地(ち)に着(つ)かで。又(また)二三十/歩(ほ)移(うつ)す此頭(おりから)。黄牛(あめうし) に跨(の)る青童兒(せいどうじ)。山軸(さんじく)を出来(いできた)るを。 喃(のふ)と呼止(よびとめ)。真人(しんじん)の所在(ありか)を 問(とへ)ば。早(はや)已(すで)に鶴(つる)に駕(が)せられ。都(みやこ)へ行(ゆき)ぬと 答(こた)へたり。疑惑(ぎわく) 忽(たちまち)心(こゝろ)に満(みち) て。進退(しんたい) 茲(こゝ)に悩(なや) まさ るゝは。 又(また)愚(おろか)な らずやまた 慮(はかり)なや 【頁左肩】 【右頁】 【題枠】 史(し)  家(か)   邨(そん) 教頭(きやうとう)王進(わうしん)高俅(かうきう)が太尉(たいゐ) の官(くわん)に昇(のぼり)たるを誤(あやまつ)て。来(らい) 賀(が)せず。是(これ)が為(ため)に怒(いかり)を 受(うけ)て。性命(せいめい)明日(あす)に極(きはま)るを。 三十六 計(けい)走(はしる)を上(じやう)とすと。 母(はゝ)の教(おしへ)に心(こころ)を決(けつ)し。朝霧(あさぎり) 深(ふか)きに母子(ぼし)屏共(もろとも)に。西華門(せいくわもん)を   紛出(まぎれいで)。延安府(えんあんふ)に向(むき)て馬(うま)を■(はし)【馬+走】らす。 旅行(りよかう)一月(いちげつ)計(ばかり)にして。まだ宿(やど)を求(もとめ) やらぬに日(ひ)は早(はや)暮(くれ)たり。愁(うれひ)て 再(ふたゝ)び遠(とほ)く望(のぞ)めば。林(りんヵ)中(ちゆう)粲々(さん〳〵)                                                                【左下欄外】               ウ上◯ 上ノ三 【左頁】 【右下欄外】               ヲ上◯ 上ノ四  として。灯(ひ)の閃(ひら)めくに寸喜(すんき) を得(え)。馬(うま)を速(はや)めて来(き) て見(み)れば。二三百 株(ほん) の柳(やなぎ)の内(うち)に土墻(ぬりべい) 高屋(たかどの)露(あらはれ)たり。 宿(やど)を乞(こふ)に主(あるじ)の 太公(たいかう)。痛(いと) 切(ねんごろ)に欵(もて) 待(なす)報(むく)ひに。 己(おのれ)が貯(たくは)ふ武(ぶ) 芸(げい)を以(も)て。教(おし)へ たりしその少年(わかふど)は 此(この)史太公(したいかう)が一個(ひとり)の 忰(せがれ)。九紋龍(きうもんりやう)史(し)進(しん) なり 【右頁】 【題枠】 梁山(りやうさん) 泊口(はくかうの) 酒店(しゆてん)   【頁左下欄外】ウ上◯ 上ノ四 【左頁】【頁右下欄外】ヲ上◯ 上ノ五 一竿(いつかん)の斾(さかばた)一対(いつゝい)の胡床(こせう)。それ すら雪(ゆき)に埋(うづもれ)て。真偽(しんぎ)殆(ほと〳〵)見(み) 明(わかり)がたきは。是(これ)水泊(すゐはく)の出張(でばり) にして。酒屋(さかや)の主(あるじ)は朱貴(しゆき) てふ豪傑(がうけつ)。林冲(りんちう)茲(こヽ)に泊(はく) 路(ろ)を問(とへ)ば。一枝(いつし)の號箭(がうせん)【左に(アイヅノヤ)】 飛脚(ひきやく)して。瞬間(またゝくひま)に 迎(むかひ)の早舟(はやぶね) 出来(いできた)りぬ 【右頁】 【題枠】 景(けい)  陽(やう)   岡(かう) 故郷(こきやう)を思(おも)ひ柴進(さいしん)宋公(そうかう)に別(わかれ)を告(つげ)て。陽谷県(やうこくけん)の 界(さかひ)なる。酒屋(さかや)に慢(ほこつ)て。不過岡(ふくわかう)などいふ㓻酒(おにころし)を 飽(あく)まで飲(のん)で足蹌々(あしよろ〳〵)。景陽岡(けいやうかう)の半(はん)■(ぷく)【山+复】に至(いたれ)ば 天(そら)は晡(さる)をすぎて雞目(とりめ)ならねど眼中(がんちう)巴〃(ちよろ〳〵)。指(ゆび) もて睫(まつげ)を㧲(そ)と弾(はじ)き。晴(し?み)を鎮(すへ)て盵(き)と覙(みれ)ば。 この岡上(かうしやう)に大蟲(とら)在(あり)て。 人(ひと)を傷(そこの)ふ断文(ことわりがき)。読(よみ)も了(おわ)らず打笑(うちわらひ)。 虻蜂(あぶはち)ほども怖(おそ) れず上(のぼ)るに。岑下(みねおろし) 来(く)る恠風(あやきかぜ)。日(ひ)の晩了(くれはて) たる 林(はやし)を 踏分(ふみわけ)。 哮(さけひ)て出(いで)たる                 【頁左下欄外】ウ上◯上ノ五 【左頁】           【頁右下欄外】ヲ上◯上ノ六 大虎(おほとら)を。 獲(ゑ)たりや      𡄖(あう)と大(おほ) 手(で)を開(ひろ)げ。双(ふたつ) の耳(みゝ)を引揪(ひつとら)へ。 右(みぎ)の脚(あし)もて 踢倒(けたふ)せば。 虎(とら)は岩根(いはがね)に 打伏(うちふし)て吼声(ほゆるこゑ)は恰(あたか)も落(おち)たる雷(らい)の 像(ごと)し。武松(ぶせう)は拳(こぶし)に息(いき)吹(ふき)かけ。 続(つゞ)けて打(うつ)こと六七十。  恁(かゝ)る奇代(きたい)の恠力(くわいりき)に 打殺(うちのめ)されて 有繋(さすが)の猛獣(もうじう)。 哀(あは)れ 息絶(いきたへ)声止(こゑやみ)けり 【題枠】 飛(ひ)  雲(うん)   浦(ぼ) 武松(ぶせう)再(ふたゝ)び流罪(るざい)せられて。 孟州(まうしう)に至(いた)る路(みち)。下官們(げくわんら) 恠(あや)しく弄目(めくばせ)するを。猜量(すいりやう) して。飛雲浦(ひうんぼ)の橋上橋(きやうせうきやう) 下(か)に。四個(よたり)を殺(ころ)し。   その仇人(あだびと)を听(きゝ) 誌(とゞ)け。取(とつ)て返(かへし)て 鴛鴦楼(ゑんおうろう)に。 血(ち)を溅(そゝ)ぎしは。 独身(どくしん)独行(どくかう)。誠(まこと)に 豪傑(がうけつ)とい■ゝべし 【頁左下欄外】 ウ上◯上ノ六 【頁右下余白】 上◯上之七 目(もく)録(ろく) 【上段】 及(きう)時(じ)雨(う)宋(そう)江(かう)明(めい) 入(じゆ)雲(うん)龍(りやう)公(こう)孫(そん)勝(せう) 跳(てう) 澗(かん)虎(こ)陳(ちん)達(だつ) 小(せう)覇(は)王(わう)周(しう)通(つう) 霹(へき)靂(れき)火(くわ)秦(しん)明(めい) 小(せう)旋(せん)風(ふう)柴(さい)進(しん) 白(はく)日(じつ)鼠(そ)白(はく)勝(せう) 捙(てん)翅(し)虎(こ)雷(らい)横(わう) 【下段】 神(しん)医(ゐ)安(あん)道(どう)全(ぜん) 九(きう)紋(もん)龍(りやう)史(し)進(しん) 花(くわ)和(お)尚(しやう)魯(ろ)智(ち)深(しん) 豹(へう)子(し)頭(とう)林(りん)冲(ちう) 鎮(ちん)三(さん)山(ざん)黄(くわう)信(しん) 青(せい)眼(がん)虎(こ)李(り)雲(うん) 鼓(こ)上(しやう)蛍(さう)時(じ)遷(せん) 赤(せき)髪(はつ)鬼(き)劉(りう)唐(たう) 【上段】   玉(ぎよく)旙(ばん)竿(かん)孟(もう)康(かう) 活(くわつ)閻(ゑん)羅(ら)阮(げん)小(せう)七(しち) 智(ち)多(た)星(せい)呉(ご)用(よう) 神(しん)行(かう)大(たい)保(ほ)戴(たい)宗(さう) 母(ぼ)夜(や)叉(しや)孫(そん)二(じ)娘(ぜう) 雙(さう)尾(び)蝎(くはつ)解(かい)宝(ほう)   捨(しや)命(めい)三(さぶ)郎(らう)石(せき)秀(しう) 黒(こく)旋(せん)風(ぷう)李(り)逵(き) 鉄(てつ)叫(きやう)子(し)楽(らく)和(くわ) 【下段】 立(りつ)地(ち)太(たい)歳(さい)阮(げん)小(せう)二(じ) 短(たん)命(めい)二(じ)郎(らう)阮(げん)小(せう)五(ご) 錦(きん)豹(へう)子(し)楊(やう)林(りん) 菜(さい)園(ゑん)子(し)張(ちやう)青(せい) 両(りやう)頭(とう)蛇(じや)解(かい)珍(ちん) 病(へい)関(くわん)索(さく)楊(やう)雄(ゆう) 石(せき)将(しやう)軍(ぐん)石(せき)勇(ゆう) 浪(らう)裡(り)白(はく)跳(てう)張(ちやう)順(じゆん) 【右下欄外】ヲ上◯上ノ八 及(きう) 時(じ) 雨(う) 宋(そう) 江(かう) 明(めい) 義(ぎ)の高天(かうてん)より昴(たか)【昂の誤】く。仁(じん)の大(だい)地(ち)より厚きも自(みづから)妾(めかけ)を 養(やしな)ふては。文袋(ふみぶくろ)の内(うち)に毒蠎(どくまむし)と変(へん)じ。他(ひと)の妻(つま)を助(たすけ)ては。 花燈(くわたう)の前(まへ)に悪蛇(あくじや)と化(け)す。酔(ゑふ)て反詩(はんし)の災(わざわひ)を 醖(かも)せど夢(ゆめ)に 天巻(てんくわん)の 賜(たまもの)降(くだ)る。 斬(きれ)ども破(やぶ)れず。焼(やけ) ども爛(たゞ)れず。奇なる かな此(この)■(ひと)【亻に星】 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天魁星(てんくわいせい)》 及(きう)時(じ)雨(う)宋(さう)江(こう) 此一個(このひとり)は鄆城県(うんせいけん)の押司(おうし)にして。三祖(さんそ)宋家邨(さうかそん)に住(ぢゆう)す。寐食(しんしよく)出入(しゆつにう)仁信礼義(じんしんれいぎ)を捨(すて)ざる 縡(こと)。恰(あたか)も声(こゑ)と響(ひびき)の像(ごと)し。郷(さと)に困窮(こんきう)の民(たみ)あれば財貨(たから)を以(もつ)て是(これ)を助(たす)け。国(くに)に危急(ききう)の士(もの) あれば身(み)を抛(なげうち)て彼(かれ)を救(すく)ふ。是(これ)がために山東河北(さんとうかほく)の諸賓(ひと〴〵)呼(よん)で及時雨(きうじう)と稱讃(よびとなふ)。如何(いか)なる歹(わろき) 因(ちなみ)にや閻婆惜(ゑんばしやく)を妾(めかけ)として招文袋(ふみぶくろ)の諍(あらそひ)より。脚下(あしもと)に跂(はふ)蟻一頭(ありいつぴき)殺(ころ)さぬ仁者(じんしや)も。邪(よこしま)なる毒婦(どくふ) が行状(ふるまい)をもだすに道(みち)なく。怒(いかつ)て楼裡(ろうり)に妾を殺(ころ)すと。泣(ない)て駅上(ゑきじやう)に士卒(しそつ)を斬(きる)。数百(すひやく)の戦場(せんじやう)を 経(ふる)と雖(いへども)自己(みづから)刀(かたな)に釁(ちぬ)りしは。生涯(しやうがい)只(たゞ)此(この)二遭(にど)なり。公(かみ)の難(なん)を遁(のがれ)んと清風山(せいふうざん)に遊(あそ)びし機日(をり)。劉(りう) 高(かう)が妻(つま)を救(すく)ひしも。奸婦(かんふ)却(かへつ)て恩(おん)を仇(あだ)にし上元燈花(じやうげんとうくは)の下(もと)に捕(とら)はる。百千万の灯(ともしび)もなどか罪(つみ) をば照(てら)さゞる。囚路(しうろ)に花栄㑪(くはゑいら)が救(すく)ひを得(え)たれど父(ちゝ)の災(わざはひ)を抜(ぬく)に道(みち)なく。遂(つい)に江州(ごうしう)の流人(るにん)             【左下欄外】ウ上◯上ノ八 【右下欄外】ヲ上◯上ノ九 となり。酔中(すいちう)一首(いつしゆ)の反詩(はんし)を吟(ぎん)じて黄文炳(くわうぶんぺい)に毒察(どくさつ)せられ。事(こと)斬罪(ざんざい)に極(きはま)りて。身(み)を 法場(しおきば)の刃(やいば)が下(もと)に早(はや)投出(なげいだ)す機会(をり)こそあれ。晁蓋(ちやうがい)呉用(ごよう)㑪(ら)蒐来(かけきたり)て首尾(しゆび)全(まつたふ)しつ済脱(すくひいだ)し。    梁山泊(りやうさんはく)に誘(いざなは)れぬ。托塔(たくとう)天王(てんわう)半途(はんと)に没(ぼつ)して遂(つい)に一百有八 個(にん)。仁(じん)に伏(ふく)し義(ぎ)に傾(かたぶ)き拝(はい) して山首(さんしゆ)と仰尊(あふぎたつと)む。宣和(せんくは)二年 天碑(てんび)降(くだり)て梁山泊(りやうさんはく)の一百八 個(にん)。天罡地煞(てんかうちさつ)の星(ほし)たる縡(こと) 道士(だうし)が諷誦(ふうじゆ)に顕然(けんぜん)たり。宿大尉(しゆくたいい)が奏(そう)に頼(より)て全(まつた)く天子(てんし)の大臣(たいしん)となり。遼国賊(りやうこくぞく)を始(はじめ) として。河北(かほく)淮西(わいさい)江南(こうなん)を五年七月に征伐(せいばつ)し。国(くに)を平均(たいらげ)民(たみ)を安穏(やすんし)し。凱歌(がいか)を奏(そう)して 武徳(ぶとく)太夫(たいふ)楚州(そしう)の安撫使(あんふし)に封ぜられしも。四毒官(しどくくはん)が酒(さけ)に伏(ふくし)て既(すで)に天(てん)に帰(き)せんとする 晌(とき)。潜(ひそか)に后(のち)の汚名(をめい)を恐(おそ)れ李逵(りき)を招(まねぎ)て毒酒(どくしゆ)を飲(のま)しめ。共(とも)に楚州城(そしうぜう)の南門外(なんもんぐはい)なる。蓼(りやう) 兒洼(じあ)に葬送(そう〳〵)せしを忠烈(ちうれつ)義済(ぎせい)霊応候(れいおうかう)と。追号(ついごう)をぞせられたり 神(しん)医(い)安(あん)道(だう)全(ぜん) 剤(さい)を宋代(そうたい)に執(とつ)て。篇鵲(へんじやく)華陀(くわだ)が左(ひんだ)りに出(いづ)る術(しゆつ) あるも。巧奴(きやうど)が脚疾(かつけ)に発足(かどんで)を悩(なや)まされて。張順(ちやうじゆん)が 剣尖(はさき)の薬(くすり)を得(ゑ)たり。嗚呼(あゝ)術(じゆつ)なるかな 百薬(ひやくやく)の外(ほか)に くすりある ことを唯(たゞ)惜(おし) むべきは。妓女(うかれめ) の家(いへ)の壁(かべ)の 上(うへ)に。血(ち)をもて 罪(つみ)をそゝぎし文字(もじ)に。 舐医(なめい)の舌(した)の曁(およば)ざる歟(か) 【左下欄外】ウ上◯上ノ九 【右下欄外】ヲ上◯上ノ十 入(じゆ)雲(うん)龍(りやう)公(こう)孫(そん)勝(せう) 黄泥岡(くわうでいこう)に棗(なつめ)を栽(うゆ)れば。 その花(はな)ひらいて酴釄(やまぶき)の 像(ごと)し。その実(み)を斛(はか)れば 十万 貫(ぐわん)。これ 仙術(せんしゆつ)のうち ならず 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二 員(いん)|之内(のうち)地㚑星(ちれいせい)》 神(しん)医(ゐ)安(あん)道(だう)全(ぜん) 此一個(このひとり)は原(もと)建康府(けんかうふ)の人。家(いへ)医法(ゐほう)を業(ぎやう)として。病人(やもうど)に逢(あ)ふて首(くび)を傾(かたぶけ)。薬餌(くすり)を配(はい)さい する晌(とき)は。四々(しゝ)の内疾(ないしつ)【左に(ハラノヤマヒ)】八々(はち〳〵)の外腫(ぐわいやう)【左に(デキモノ)】。一(ひとつ)として治(なを)らすといふ縡(こと)なし。先年(せんねん)張順(ちやうじゆん)が母(はゝ)の疽(そ)を。 即(すぐに)療(なを)せし功(かう)を称(あげ)て。是端(このたび)宋公(そうかう)が怪腫(あやしきできもの)に煩(わづ)らふを。荐(ふたゝ)び張順府(ちやうじゆんふ)に走(はしつ)て。請迎(こひむか)へんと 家(いへ)に至(いた)る夕(よ)。愛妓(あいぎ)李巧奴(りかうど)に婬着(いんぢやく)して。別離(わかれ)の情柳(おもひ)。殆(ほど〳〵)苦(くる)しげなるを見(み)て。多(おほく)は発旅(かどんで) の妨(さまたげ)ならんと。巧奴(かうど)が分宴(???し)に来(きたり)し後(うしろ)を。浪裡(ろうり)が白刃(しらは)跳(おど)らせて。水(みづ)も鳴(なら)さず斬害(きりころ)し。却(かえつ)て 壁(かべ)に鮮血(ちしほ)を染(そ)め。巧奴(かうど)を殺(ころ)せし刃(やいば)の本(ぬし)は。道全(だうぜん)なりと記(しる)したれば。一身(いつしん)故郷(こきやう)に安難(おきがた)く。心(こゝろ)を 決(きわめ)て水泊(すゐはく)に奔(はし)る。而(しか)して宋公(そうかう)が病(やまひ) を覙(み)。笑(わら)ふて剤(ざい)を用(もちゆ)ること。一旬(とふか)ならぬに全快(ぜんくわい)して。容体(ようだい)飲食(いんし)【左に(ノミクヒ)】素(もと)の如(ごと)し。是余(このよ)の剤能(ざいのう)右に劣(お)【「と」脫ヵ】らず 【左下欄外】上◯  上ノ十 【右下欄外】上◯ 上ノ十一 《割書:天罡星(てんこうせい)三十六|員之内(いんのうち)天閑星(てんかんせい)》 入(じゆ)雲(うん)龍(りやう)公(かう)孫(そん)勝(しやう) 此(この)一個(ひとり)は原(もと)蘓州(そしう)の人(ひと)なり。一清(いつせい)先生(せんせい)と号(ごう)す。二仙山(じせんさん)羅真人(らしんじん)の仙門(せんもん)に投(いり)。雲霧(うんむ)風雨(ふうう)を 呼起(よびおこ)す㕝(こと)を学(まなん)で厥術(そのじゆつ)最(もつとも)自在(じざい)なれば。入雲龍(じゆうんりやう)と綽号(あだな)し称(との)ふ。身(み)の丈(たけ)八尺に剰(あまつ)て。殊(こと)に 武芸(ぶげい)を琢磨(たくま)せり。晁蓋(てうがい)に力(ちから)を勠(あわ)せて。黄泥岡(くはうでいこう)に獲財(えもの)をなし。難(なん)を避(さけ)て水泊(すいはく)に入(い)りしが。 念(おもひ)を母(はゝ)に苦(くる)しめて。再(ふたゝび)二仙山(じせんざん)に蔵(かく)れたりしも。梁山(りやうざん)の縁(ゑん)最強(いとつよ)きをいかにせん。顕(いで)て高唐州(かうとうじう)の戦(たゝかひ)に。 高廉(かうれん)が幻術(けんじゆつ)を砕(くだ)く縡(こと)。有(あるひ)は恠光(くわいくはう)を放(はなち)て異獣(いじう)【左に(アヤシキケモノ)】を追退(おひのけ)。有(あるひ)は雷火(らいくわ)をおこして。神兵(しんへい)を 焼(や)く。芒碭山(ぼうとうざん)の魔軍(まぐん)に対(むか)へば。初(はじめ)には八陣(はちぢん)を布(しひ)て。項充李袞(かうじうりこん)を擒(とりこ)になし。后(のち)には魔(ま) 将(しやう)樊瑞(はんずい)を降伏(ごうぶく)して。門下(でし)となす。軍慮(ぐんりよ)智多星(ちたせい)とひかりを肩立(ならべ)て。一百八 個(こ)の 指南(しなん)たり 【右頁】 九(きう)紋(もん)龍(りやう)史(し)進(しん) 身(み)は九龍(きうりう)の白玉水(はくぎよくすゐ)に 游(うか)ぶが像(ごと)く。性(こゝろ)は 百虎(ひやくこ)の鉄石山(てつせきざん)に 穴(すむ)に斉(ひと)し。火坑(くわきやう) にも跳投(とびい)り。刀山(たうざん) にも■(はせ)【足+急】■(のぼ)【足+向】るに。 毛頭(もうとう)怕(おそ)るゝ血色(けしき) なし。これが ために英名(ゑいめい)ます〳〵 高(たか)ふして。背(せ)に黥(ほ)る龍(りやう)と もろともに。絳霄(てん)にや戻(のぼ)らん。 誉(ほ)めんとすれども。舌(した)の根(ね)の。 脨(すくむ)ばかりの豪傑(がうけつ)なり       【左下欄外】  ウ上◯ 上ノ十一 【左頁】  【右下欄外】  ヲ上◯ 上ノ十二 批(ひ)して云(いふ)。百八 煩悩(ぼんのう)の中(うち)。貪欲(どんよく) 最(もつとも)剛(つよふ)して。大象(たいぞう)も ■(とどめ)【馬+止】得(ゑ)ず。奮雷(ふんらい)も砕(くだ)き がたし。此人(このひと)史家村(しかそん)に 馳(は)せるの勢(いきほひ)。 寔(げ)に三(さん) 毒(どく)の 首領(しゆりやう) たり 跳(てう)澗(かん)虎(こ)陳(ちん)達(だつ) 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天微星(てんびせい)》 九(きう)紋(もん)龍(りやう)史(し)進(しん) 此(この)一個(ひとり)は花陰縣(くはいんけん)史家邨(しかそん)。柳太公(りうたいかう)の嫡胤(むすこ)なり身(み)の點墨(いれほくろ)に表(なぞらへ)て。俗流(よのひと)九紋龍(きうもんりやう)と綽号(あだな) せり。首(はじめ)には売薬(くすりうり)李忠(りちう)が棍鉾(ぼうやり)を学(まな)び尾(のち)には旅客(たびうと)王進(わうしん)が武芸十八 盤(はん)の點撥(でんじゆ)を受(うけ)て。 筋骨(きんこつ)是(こゝ)に練熟(れんじゆく)す。納涼(のうりやう)風裡(ふうり)に小華山上(せうくはさんぜう)の賊話(ぬすびとはなし)を听出(きゝいだ)し。閭夫偕(さとびとども)と合挷(てあはせ)して賊首(ぞくしゆ) 陳達(ちんたつ)を擒(とりこ)にし。朱武(しゆぶ)楊春(やうしゆん)を劫(おびやか)す 而(しか)して后(のち)に。三 賊(ぞく)と和(くは)する縡(こと)水魚(すゐぎよ)たり。縣尉(こほりぶぎやう)が■(うらみ)【兵+包】を 解(と)き一遭(ひとたび)小華(せうくは)の山塞(さんさい)に遁(のが)れ。荐(ふたゝび)延安府(えんあんふ)に赴(おもむ)く途中(とちゆう)。魯達(ろたつ)に値(あふ)て義宴(ぎゑん)を 設(もふ)け。南浪北漂(なんらうほくひやう)なして后(のち)梁山泊(りやうさんはく)に豪社(かうしや)を結(むす)び。宋公明(さうかうめい)が手足(しゆそく)と成(なり)高童㑪(かうどうら)が 慢軍(まんぐん)を扼(とりひし)ぎ偕(とも)に天子(てんし)に帰順(きじゆん)して遼国(れうこく)蘓城(そぜう)に向(むか)ふては。明玉(めいぎよく)明済(めいせい)を一刀(いつたう)に 四断(しだん)となし。方臘(ほうろう)が潤州(じゆんしう)には猛将(もうせう)沈剛(ちんこう)を斬(ぎる)なんど。万夫(ばんぷ)不当(ふとう)の豪傑(がうけつ)なり          【左下欄外】  ウ上◯ 上ノ十二         【右下欄外】  ヲ上◯ 上ノ十三 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員(いん)之 内(うち)地周星(ちしうせい)》  跳(てう)澗(かん)虎(こ)陳(ちん)達(たつ) 此(この)一個(ひとり)は鄴 城(じやう)の人(ひと)。鎗棒(そうぼう)を能(よく)す。 外術(ぐわいじゆつ)あつて。濶(ひろき)を跳(とび)高(たかき)を踰(こゆ)る。昔(そのかみ)年少(わかき)の比(ころ)。 鄴城(ぎやうじやう)の西(にし)に。涉(わたり)百尺(ひやくじやう)計(ばかり)の双流(そうりう)の深(ふか)き澗(たに)ありたりしを。五十 両(りやう)の銀賭(かねがけ)して只(たゞ)一(ひと) 跨(とび)に跳 踰(こへ)たり。流俗(よのひと)これに感(かん)じ驚(おどろ)き。綽号(あだな)を跳澗虎(てうかんこ)と呼称(よびたゝ)へり。朱武(しゆぶ) 楊春(やうしゆん)と少華山(せうくわざん)に賊主(ぞくしゆ)となつて。威(い)を振(ふる)ふこと六七 年(ねん)。■(ふもと)【山+下】の村(むら)に史進(ししん)と 争(あら)【そ】ひ。朱武(しゆぶ)か助才(じよさい)に和睦(わぼく)を遂(と)げ。秋去(あきさり)春(はる)の来(くる)まゝに。豪傑(がうけつ)を琢(みが)くうち。 画工(ぐわかう)王義(わうき)が小事(せうじ)より。鎧(よろひ)の糸口(いとぐち)もつれそめて。史進(ししん)智深(ちしん)が災(わざはひ)生(せう)じ。西岳(せいがく)の 庿華州(びやうくわしう)の城(しろ)。戦流(たゝかひなが)す水 滸(こ)の劔戟(けんげき)。此(この)軍中(ぐんちう)に加(くは)はつて。抜群(ばつくん)の挣(はたら)きなし。宋徳(そうとく)呉(ご) 智(ち)の最(いと)頼着(たのもし)さに。心(こゝろ)偏(ひとへ)に傾(かたむ)きて。水泊(すゐはく)に帰伏(きふく)せり 【右頁】    花(くわ)和(お)尚(しやう)魯(ろ)智(ち)深(しん) 酒楼(さかやのにかい)に婦(おんな)を 救(すく)ふは。是(これ)色(いろ)の為(ため) ならず。禅場(てらのには)に葷酒(ぐんしゆ)を 甞(なむ)れど。持戒(ぢかい)の僧(そう)の樒(まつ) 香(かう)臭(くさ)きに十陪(じうばい)浄(きよ)し。 二王(にわう)の体(からだ)の赤(あかき)を看(み)ては。 偕(とも)にゑうかとあざけり。 菜園(なばたけ)に柳(やなぎ)を抜(ぬき)ては。䔫(な)蘿葍(だいこん)より最(いと)軽(かろ)し。 戯中(けちう)自(おのづか)ら世間(せけん)をして怕(おど)さしむ。善(よき)かな此(この)■(ひと)【人偏+星】 【人物の後ろに山門柱】 不許葷酒山門入【入カ】        【頁左下欄外】  ウ上◯  上ノ十三     【左頁右下欄外】  ヲ上◯  上ノ十四    小(せう)覇(は)王(わう)周(しう)通(つう) 唐土(あつち)の方言(ふてう)で謂(いひ)倒(のめ)さば。山(やま)を隔(へだて)て火(ひ)を 把(とつ)て。蝋燭(らうそく)続(つい)で何(なん)の那(か)のと。閨(ねや)の帷(と)   開(あく)れば騫闇(まつくらがり)。恋(こい)にはむやみ やけ野(の)の雉(きぢ)。鉄砲(てつばう)に侶(に)た 和尚(おしやう)が説法(せつほう)。婚礼(こんれい)の夜(よ)に 情(なさけ)なや。邪婬(じやいん) 戒(かい)を有(たも)て とは 《割書:天罡星(てんこうせい)三十六|員之内(いんのうち)天弧星(てんこせい)》 花(くわ)和(お)尚(しやう)魯(ろ)智(ち)深(しん) 此 一個(ひとり)は経略府(けいりやくふ)の提轄(ていかつ)なり。姓(せい)は魯(ろ)名(な)は達(たつ)性(こゝろ)飽(あく)まで実直(じつちよく)にして。酒(さけ)を 嗜(すく)こと長鯨(ちやうけい)が百川(ひやくせん)たり。私奔(かけおち)なして趙員外(ちやういんぐわい)に身(み)を託(たく)し。五台山(ごだいさん)に 桑門(しゆつけ)と化(なつ)て。法号(ほうごう)を智深(ちしん)と號(ごう)す。背上(せなか)に花(はな)の點墨(いれずみ)ある故(ゆゑ)。或(あるひ)は花(くわ) 和尚(おしやう)と呼讃(よびはや)さる。錫鉢(しやくはつ)水雲(すいうん)の身(み)となつて。東京(とうぎん)大相国寺(たいさうこくじ)に菜園(さいゑん) を看守(かんす)せし機会(をり)。大株柳(おほかぶやなぎ)を根起(ねこぎ)にして。豹子頭(ひやうしとう)を驚(おどろ)かし。荐(ふたゝ)び 諸邦(しよこく)に行脚(あんぎや)して。九紋龍(きうもんりやう)と義盟(ぎめい)を結(むす)び。二龍山(じりやうざん)の宝珠寺(ほうじゆじ)に。賊(ぞく) 首(しゆ)と成(なる)こと両春秋(りやうしゆんじう)。遂(つゐ)に天子(てんし)の臣(しん)となり。四逆賊(しぎやくそく)を伐(うつ)に臨(のぞ)み。河北(かほく) 田虎(でんこ)が州(しう)郡(ぐん)を征(せめ)ては。益州 城(ぜう)に太守(たいしゆ)枢密(すうみつ)鈕文忠(ちうぶんちう)を打殺(うちころ)し   【頁左下欄外】ウ上◯  上ノ十四    【頁右下欄外】 上◯  上ノ十五止 汾陽(ぶんやう)の軍(いくさ)には魔軍(まぐん)の大将(たいしやう)。神駒子(しんくし)馬霊(ばれい)を擒(とりこ)にす。又(また)江南(かうなん)を 征(せむ)るの功誉(てがら)は。天僧(あまつひじり)の教指(おしへ)を受(うけ)。幫源洞(ほうげんどう)の深峪(ふかだに)に。賊主(ぞくじゆ)方臘(ほうらう)を 捕(とらへ)たり。是(これ)を以(もつ)て説(とく)ときは百八人が武勇(ぶゆう)の功(かう)。此(この)大和尚(だいおしやう)に超(こす)ものなし。 四海(しかい)全(まつた)く平均(へいきん)しつ。軍(いくさ)を収(おさめ)て帰(かへ)る途(みち)。杭州(かうしう)六和寺(ろくわじ)へ一泊(いつはく)せり。 夜半(やはん)に至(いたつ)て江上(かうせう)鳴(なる)を和尚(おしやう)忽(たちまち)驚(おどろひ)て。傍(かたはら)に居(お)る僧(ひじり)に問(とへ)ば。潮信(ちやうしん) なりと答(こたへ)たり。和尚(おしやう)欣然(きんぜん)として一笑(いつしやう)なし。吾(われ)往生(おうぜう)の時(とき)至(いた)ると。坐臥(ざぐは) を布(しき)袈裟(けさ)を纏(まと)ひ。端坐(たんざ)合掌(がつしやう)念仏(ねんぶつ)して眠(ねふ)るが如(ごと)く成仏(じやうぶつ)せり。 朝廷(てうてい)おほひに尊信(そんしん)したまひ。御勅使(おんちよくし)の礼(れい)あつて。義列照暨(ぎれつせうき)大(だい) 禅師(ぜんじ)と諡(おくりな)せらる。 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地空星(ちくうせい)》 小(せう)覇(は)王(わう)周(しう)通(つう) 此(この)一個(ひとり)は洪州(かうしう)の人(ひと)なれども。青州(せいしう)桃花山(とうくわざん)を奪(うばふ)て。賊(ぞく)の主領(しゆれう)となり。自(みづから)小覇王(せうはわう)と 立号(りつごう)す。而(しか)して茲(こゝ)に雷威(らいゐ)を做(なす)こと。六七 年(ねん)。或(ある)天(ひ)李忠(りちう)を伴(とも)のふて。山陣(さんぢん)に請(せう) して。塞勢(さいせい)はじめに十陪(じうばい)せり。街(まち)となく邨(むら)となく。恣(ほしいまゝ)に横行(わうぎやう)するうち。桃花村(とうくわそん)なる 刘家(りうか)が娘(むすめ)に強姻(がういん)【左に(ムリナムコイリ)】せんと。小嘍囉(こぬすびと)夥(おびたゞ)しく延倶(ひきとも)なひ。新鮮(あざやか)に投来(いりきた)り。祝燕(しゆくゑん)【左に(メテタキサカモリ)】夜(よ) こと共(とも)に䦨(たけなは)なる晌(とき)。はや春心(しゆんぜう)の動(うご)めくにや。銷金帳(しやうきんちやう)を左右(さゆう)にかゝげ。投(い)らんとすれば斯(こ)はいか に。美人(びじん)変(へん)じて羅刹(らせつ)の像(ごと)き和尚(おしやう)となり。却(かえつ)てかれに説破(ときやぶ)られ。色(いろ)を舎(すて)て義(ぎ)を采(と) れり。稍年(やくとし)あって。呼延灼(こゑんじやく)が敗走(はいさう)しつ。■(ふもと)【山+下】の邨(むら)に寒宿(かんしゆく)せし夜(よ)。烏騅(うすゐ)てふ良馬(りやうば)を盗(ぬす)み。大㕝(だいじ) 此(こゝ)に振起(ふるいおこつ)て。青州城(せいしうぜう)の圍(かこみ)を受(うけ)しも。三山偕(さん〴〵とも)に合兵(がつへい)【左に(テゼイヲアワセ)】し。猶(なを)水泊(すゐはく)の扶(たすけ)を得(え)て。忠義堂(ちうぎだう)に座(ざ)を連(つらね)り 【裏表紙 左側に短冊に書き込み】    ◯カこと   三冊 イモ  カヤ 【題簽】 水滸画傳  中 【整理票】 JAPONAIS 4670 2 【手書きの図書整理番号 】 【頁上部】 Japonais H 670 2 【頁下部】 Don 35719 【右下欄外】 ヲ上◯中ノ一 【右下に蔵書印】   豹(へう)子(し)頭(とう)林(りん)冲(ちう) 街(ちまた)に求(もとむ)る剱羽(つるぎば)は。鴛鴦(をし)の 夫婦(ふうふ)が睦(むつみ)を断截(たちきり)。 山(やま)に振(ふる)ふ信義(しんぎ)の刀(かたな)は 主(あるじ)を撰(えらん)で𠜯々(ろう〳〵)【告+刂】たり 白虎(びやくこ)の前門(ぜんもん)遁(のが) るに路(みち)なく天(てん) 王(わう)の後門(こうもん)避(さく)るに ほこらあり。心性(こゝろ) 正路(すぐなるみち)をはしれば  いづくんぞ   鬼(き)■(かん)【鬼+干】邪魅(じやみ)も     これを       害(がい)せん乎(や) 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天雄星(てんゆうせい)》 豹(ひやう)子(し)頭(とう)林(りん)冲(ちう) 此一個(このひとり)は東京(とうざん)八十万 禁軍(きんぐん)鎗棒(そうぼう)教頭(きやうとう)たり。身(み)の長(たけ)八尺(はつしやく)武術(ぶじゆつ)敢(あゑ)て暨(およ)ぶものなし。 其剏(そのはじめ)岳庿(がくへう)詣(もふで)の路癖(みちくさ)に。大相国寺(たいそうこくじ)の菜園(なばたけ)を。密(そ)と闖(さしのぞ)けば吁(あな)珍(めづ)らしや。 丈(たけ)なる 鉄杖(てつじやう)うち振(ふる)僧(そう)あり。投(い)て名(な)を問(とへ)ば魯智深(ろちしん)なり。歓喜(よろこび)斜(なゝめ)なら ずして。即(すなはち)兄弟(きやうだい)の義(ぎ)を結(むす)べり。世(よ)に忌(いま)わしきは歓後(かんこ)の歎(なげき)。妻(つま)が身(み)の上(うへ)に 預(あづかり)起(をこ)れり。其故(そのゆへ)いかんと是(これ)を問(とふ)に。衆人(しうじん)毒(どく)大尉(たいう)と慄(おのゝぎ)怖(おそ)るゝ。彼(かの)高俅(かうきう)が独(ひとり) 嫡(むすこ)。高衙内(かうかたい)てふ狻猾(くせもの)あり。道(みち)に逆(そむ)ける色(いろ)を好(このん)で。今(いま)林冲(りんちう)が妻(つま)に及(およ)べり。 屡(しば〳〵)詢(くど)けど貞節(ていせつ)崩(くだ)けず。殆(ほと〳〵)情意(ぜうい)を熾(こが)すおりから陸謙(りくけん)等(ら)が助才(じよさい)あつて。 密談(みつだん)【左に(クチマイノヨキハナシ)】餹話(たうわ)に日(ひ)を経(ふ)るうち。豹子(ひやうし)は心(こゝろ)の鬱(うつ)を晴(はら)さんと。気(き)の怄(かなふ)たる 【左下欄外に】 上◯中ノ■ 花和尚(くわおしやう)を。誘(さそふ)て登(のぼ)る酒楼(さかやのたかどの)。盃(さかづき)把(とつ)て武(ぶ)を講(こう)じ。兵(へい)を談(だん)ずる楽(たのしみ)は。月前(げつぜん) 花下(くわか)の管絃(くわんげん)より。十陪(じうばい)勝(まさ)る興(きやう)さへも。鮫(さめ)にはあらて白鞘(しらさや)の。陰謀(いんぼう)の 刀(かたな)を街(ちまた)に買(かふ)て。白虎(びやつこ)節堂(せつだう)に擒(とりこ)となり。滄洲(そうしう)に配流(はいる)せらるゝ通路(みちすから)。 野猪林(やちよりん)の危(あやふき)には。智深(ちしん)が杖(つゑ)の助(たすけ)を得(え)。柴宦人(さいくわんじん)が欵待(もてなし)には。洪教(かうきやう) 頭(とう)が骨(ほね)を咬(かむ)。配所(はいしよ)に陸虞(りくぐ)が害心(がいしん)通(つう)ぜず。山神庿(さんじんびやう)の㚑(れい)あるにや。草料場(まくさば)の 夜(よる)の雪(ゆき)を猛火(みやうくは)【左(ホノホ)】鮮血(せんけつ)【左(チシヲ)】真紅(まあか)に染成(そめな)し。悪計(あくけい)忽(たちまち)くひちがふて。三個(みたり)の毒夫(どくふ)。却(かへつ)て 豹子(ひやうし)に憤殺(ふんさつ)せらる。凍苦(とうく)【左(コヾヘクルシム)】に逼る茆舎(わらや)の頭(ほとり)に。不意(おもはず)荐(ふたゝ)び宦人(くわんじん)に偶(あ)ひ。難(なん)を遁(のがれ)て 梁山(りやうざん)に上(のぼ)り。投名状(たうめいぜう)に楊志(やうし)を得(え)。晁蓋(てうがい)呉用(ごよう)等(ら)を迎(むこふ)るに臨(のぞん)で王倫(わうりん)を斬(きつ)て主(しう) を定(さだ)む。扈三娘(こさんぢやう)を始(はじめ)として。強(つよき)をいけ捉(とり)堅(かたき)を破(やぶ)る。その㓛(こう)揚(あげ)て筭(かそ)へがたし    【左頁】   霹(へき)靂(れき)火(くわ)秦(しん)明(めい) 霹靂(かみなり)の如(ごと)くに叫(さけ)べは。 邪(じや)徒(と)膽(きも)を損(おと)し。狼牙(らうげ) 半(わづか)に振(ふる)へば。毒軍(どくぐん)身(み)を 糊(のり)にす。生(いき)て大宋(たいさう)の 臣(しん)たらば。 死(し)すとも大宋(たいさう) の鬼(をに)   たらん。               【左下欄外】 ウ上◯中ノ二 【右頁】      【右下欄外】 ヲ上◯中ノ三   鎮(ちん)三(さん)山 黄(くはう)信(しん) 三山(さん〴〵)を鎮(しづむ)る縡(こと)を専(もつぱら)とせず。   偏(ひとへ)に梁山(りやうざん)を鎮(ちん)す。混名(あだな)は          礼(れい)のために          山(やま)なすと         いへども。 心(こゝろ)は義(ぎ)のために  聳(そびへ)て。三山(さん〴〵)   宛(あたか)も芥子(けし)の       像(ごと)し。 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天猛星(てんもうせい)》  霹(へき)靂(れき)火(くわ)秦(しん)明(めい) 此一個(このひとり)は山後(さんこう)開州(かいしう)の■(ひと)【人偏+星】にして。宦(くわん)は青州府(せいしうふ)の統制(とうせい)たり。性(たましひ)殊(こと)に火急(くわきう) なれば。箸(はし)仆(たふ)れても怒(いかり)を発(おこ)す。其声(そのこゑ)雷(らい)に彷彿(さもに)たれば。霹靂火(へきれきくわ)と混(あだ) 名(な)せり。狼牙棒(らうげぼう)を練熟(てなれ)て使(つか)ふに。一揮(ひとふり)振(ふる)へば数百(すひやく)の敵(てき)を粉(こ)となし飛(とば)す。 一時(あるとき)門士(でし)の黄信(かうしん)が。清風山(せいふうざん)に破(やぶれ)を執(と)りしを憤(いきどふ)り。清風山(せいふうざん)を騫地(まくち)に攻(せめ)てその急(きう) なるを炮矢(ほうし)の像(ごと)く。遂(つゐ)に花栄(くわゑい)㑪(ら)が謀(はかりごと)の坑(あな)に陥(おちい)り。却(かへつ)て敵(てき)の助(たすけ)を得(え)て一遭(ひとたび)府城(ふぜう) に還(かへ)ると雖(いへど)も。府尹(ふいん)素(もと)より愚鈍(ぐどん)にして城内(ぜうない)に容(いれ)さりしかば。拠(よりどころ)に度(ど)を失(うしな)ひ更(さら)に 宋公(さうかう)花栄(くわゑい)㑪(ら)が。仁義(じんぎ)の深(ふか)きに泥熟(なづみいる)を。剰(あまつさへ)花栄(くわゑい)妹(いもと)を与(あた)ふ是(これ)を納(うけ)て妻(つま)と なし。水泊(すいはく)に安住(あんぢう)して義膽(ぎたん)ます〳〵壮大(さかん)なんぬ 【左下欄外】 ウ上◯中ノ三 【右下欄外】ヲ上◯中ノ四 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地殺星(ちさつせい)》 鎮(ちん)三(さん)山(〴〵)黄(くはう)信(しん) 此一個(このひとり)は青州府(せいしうふ)の都監(つがん)たり。秦明(しんめい)の門(もん)に学(まなん)で武芸(ぶげい)頗(すこぶる)高強(かうきやう)なり。 よく䘮門劔(そうもんけん)を使熟(つかひなら)ふて。鉄石(てつせき)これに触(ふる)る晌(とき)は必(かならず)斬(き)らずといふ縡(こと)なし。身(み)は 長大(ちやうだい)にして蚊(みづち)の像(ごと)く。平日(つね)に驕(ほこつ)て謂(いふ)ことあり。我(われ)誓(ちがつ)て青州(せいしう)三山(さん〴〵)を《割書:三山(さん〴〵)は|桃花山(とうくわさん)》 《割書:二龍山清風(じりやうさんせいふう)|山(ざん)これなり》平鎮(へいちん)せんと罵(のゝし)りしが。閭俗(さとびと)此語(このご)を听(きゝ)しより鎮三山(ちんさん〴〵)と 混名(あだな)せり。其頃(そのころ)清風寨(せいふうさい)に事(こと)起(おこつ)て。文知寨(ぶんちさい)劉高(りうかう)が内意(ないゐ)に依(よ)り。府尹(ふいん)の 命(めい)を蒙(かふむつ)て寨(さい)に至(いたつ)て密(ひそか)に計(はか)り。宋公(さうかう)花栄(くわゑい)を擒(とりこ)にし。是(これ)を陥車(らうごし)にして青州府(せいしうふ) に還(おもむ)く途中(とちやう)。二(ふたつ)の陥(らう)【䧟は陥の異体字】車(ごし)を失(うしな)ひつ。荐(ふたゝび)寨(さい)に籠(こも)りしも。師(し)秦明(しんめい)が利舌(りぜつ)に伏し。邪(しや)を 舎(すて)遂(つゐ)に義(ぎ)に走(はしつ)て。英名(ゑいめい)髙(たか)く梁山(りやうざん)の星境界(せいきやうがい)に 輝(かゞやか)せり 【右頁】   小(せう)旋(せん)風(ぷう)柴(さい)進(しん) 隼(たか)を碧霄(あをそら)に翶(とば)せては。仁(じん)を天公(てんかう)に 告(つ)げんと欲(ほつ)し。狗(いぬ)を緑野(あをの)に 𧿡(はしら)【 足+犬】せては。徳(とく)を 鬼神(きじん)に 訴(うつた)へん   とす。 知(し)らず 田文(でんぶん)が三千(さんぜん)の 客(かく)のうち。宋公(そうかう)  李逵(りき)の   豪傑(がうけつ)    あり乎(や)。 【左下欄外】  ウ上◯中ノ四 【左頁右下欄外】ヲ上◯中ノ五   靑(せい)眼(がん)虎(こ)李(り)雲(うん) 手裡(しゆり)の囚索(とりなわ)は。恰(あたか)も 常山(ぢやうざん)の蛇(へび)の像(ごと)く。 首尾(しゆび)よく心(こゝろ)の 自由(まゝ)にして。 ひとり妙(たへ) なる 擒術(きんじゆつ) あり。旋風(つじかぜ)を 綁(いま)しめ。洪水(つなみ) を縛(し)ばる。 凡(な)■(み)【 聿+冂・庸ヵ】の捉宦(とりて)の 能(あた)わざる技藝(わざ)もて 天賊地魔(てんぞくちま)を   捕(とら)ふ《割書:旋風(つぢかぜ)は|李逵(りき)也》 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天貴星(てんきせい)》 小(せう)旋(せん)風(ふう)柴(さい)進(しん) 此一個(このひとり)は代々(よゝ)濸洲(そうしう)に舘(いへ)す。是(これ)大周(たいしう)の柴世宗(さいせいそう)が子孫(しそん)なり。況(いわん)や太祖(たいそ)武徳皇(ぶとくかう) 帝(てい)より。鉄券(あんどくう)を賜(たまは)るゆへに。刀争(とうしやう)の禍(わさはい)家(いへ)に蒙(かゝ)る縡(こと)なく。五十 餘個(よたり)の豪傑(がうけつ)を 養(やしなふ)て。財(たから)を惜(お)むことなきをもて。柴大家人(さいだいくわんじん)と稱(とな)ふ或年(あるとし)叔父(おぢ)柴皇城(さいくはうせい)が病(やまひ)を 訪(とふ)て。髙唐州(かうとうじう)に来(きた)り。李逵(りき)が殷 天錫(てんじやく)を打殺(うちころ)せしより。券威(けんい)折(くしげ)て髙薕(かうれん)が怒(いかり) をうけ強(む)に囚(とらはれ)て囹圄(ひとや)に墜(おと)さる。宋公(そうかう)遥(はゞか)に是(これ)を听(きゝ)て。眉(まゆ)に火(ひ)の着(つく)許(はかり)に念(ねん)じ。軍馬(ぐんば)を 発(はつ)して。州府(しうふ)に直進(おしよ)せ。猛威(もうゐ)を振(ふる)うて穿鑿(せんさく)なし。ようやく深井(ふかゐど)の中(うち)に宦(くわん) 人(じん)を尋(たづね)當(あて)。李逵(りき)を卸(おろ)して助出(たすけいた)し。即地(そのば)に仇(あだ)を返逵(むくひあふ)せ。宋公(そうかう)等(ら)が勧(すゝ)めに任(まか)せ。 水泊(すいはく)にいざなはれて。家(いへ)を全(まつた)ふし妻子(さいし)を安(やすん)ず 【左下欄外】ウ上◯中ノ五 【右下欄外】ヲ上◯中ノ六 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地察星(ちさつせい)》 青(せい)眼(がん)虎(こ)李(り)雲(うん) 此一個(このひとり)は 沂水縣(きすいけん)の都頭(みやこがしら)たり。山窟(いはや)野寓(のあな)に賊(ぞく)を。覙顯(いた)す縡(こと)の奇(き)なるを以(も)て。青眼(せいがん) 虎(こ)と綽号(あだな)し讃(はや)さる。同郷(おなじさと)なる 沂嶺(きれい)が𪨢(ふもと)【山+下】。曹太公(さうたいかう)が女(むすめ)の訴(うつたへ)を。听(きく)より速(はや)く杖索(つゑなわ) 搔掌(かいとり)。捕士(しそつ)に指揮(げじ)し曹家(さうか)の聟(むこ)たる。李鬼(りき)を殺(ころ)せし暴夫(わるもの)なりとて黑旋風(こくせんふう)を 押捕(おつとり)誥(こめ)。手(て)に唾(つば)して。索(なわ)三寸(さんずん)のうちに綁(いま)しめ。囚車(しうしや)に舁(かい)てまうで往(ゆく)みち。朱貴(しゆき) 兄弟(きやうだい)が欵待体(もてなしぶり)の。麻酒(しびれざけ)に謀(はか)られて。李逵(りき)をうしなひ。士卒(しそつ)も過半(くははん)斬(たり) 散(ちら)され。禄(ろく)はあれども喰(はみ)がたく。主(しゆう)はあれども仕(つか)へがたし。此(この)面目(めんぼく)の。向(むく)べき方(かた)も なき比来(おりから)。朱冨(しゆふ)が巧(たく)める。舌先(したさき)【尖ヵ】に巻(まき)こまれて。終(つい)に水泊(すいはく)の陣(ぢん)に投(いり)そ。 蓋家(がいか)の難(なん)を抜(まぬ)かれたり 【右頁】 嶺上(とふげ)の午天(ひる)の 暑気(しよき)はらひ。一盃(いつばい) めして試(ため)されよ。 枇杷葉湯(びわえうたう)の 能(のう)ならで。旅(たび)の 疲(つか)れをます酒(ざけ) に。口をつくれば 面(つら)のいろ。恰(あたか)も 黄(き)なる泥(どろ)のごとし  と。岡上(かうぜう)に鬻(ひさ)ひで   大利(だいり)を得(え)ぬ。    白(はく)日(じつ)鼠(そ)白(はく)勝(しやう) 【左下欄外】ウ上◯中ノ六 【左頁右下欄外】ヲ上◯中ノ七    鼓(こ)上(じやう)■(さう)【癶+虫・蚤】時(じ)遷(せん) 楊雄(やうゆう)石秀(せきしう)に 祝鴨銼(しやもなべ) を■(ふる)【酉+刕・酬ヵ】食(まふ)てはその 贖料(かんじやう)に身(み)を曲(しち) に投(いれ)て祝家(しゆくか)の 牢(ろう)に苦(くる)しむ 梁(うつばり)に走(はしれ)ば徐(ぢよ ) 寧(ねい)が家(いへ)の下婢(げじよ) は鼠(ねづみ)かと听失(きゝたが)ひ 樓(たかどの)に向(むか)へば北京(ほくきん)の 城(しろ)の門子(もんばん)は犬(いぬ)かと 看惑(みまど)ふ甲(かぶと)を奪(うば)ひ 火を放(はな)つは義(ぎ)に走(はしる)の   所為(いへん)にして雞(にわとり)と一様(いちやう)の        疎意(そい)ならず 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地耗星(ちほうせい)》白(はく)日(じつ)鼠(そ)白(はく)勝(しやう) 此一個(このひとり)は。黄泥岡(くはうでいかう)の東(ひがし)。安樂邨(あんらくそん)てふ瘠里(やせむら)に。酒(さけ)を啇(あきな)【商カ】ひ賭(かけ)の争塲(やど)をす。徃日(そのつみ) 晁蓋(てうがい)が恩顧(おんこ)を蒙(き)しゆへ梁中書(りやうちうしよ)が贈金(おくりもの)を。奪(うば)はんとする荷擔(かたん)に加(くは)はる。亦(また) 晁蓋(てうがい)が夢(ゆめ)の。小星(せうせい)化(け)して。白光(はくくはう)と成(な)るの兆(しるし)に應(おう)ず。既(すで)に當日(そのひ)の身行(やくまはり)には。一荷(いつか)の酒(さけ) に■(ひさく)【杓カ】を添(そへ)。炮子(てつほうだま)をば藍(あい)もて稠(しげ)く染出(そめだし)たる。㧆(てぬぐひ)まろめて汗(あせ)拭却(ふきのめ)し。野調(ひやくせううた)に紛(まぎ)ら して。全具(まんま)と十万貫(じうまんぐはん)を偸果(ぬすみおほ)せ厥財(そのかね)いまだ配(わけ)もやらぬに。緝補使(とりてがしら)の弟(おとゝ)たる。何清(がせい)が 索(なは)に。四(よつ)の肢(えだぶし)縊(くゝ)られて。東京(とうぎん)の囹圄(ひとや)にいれども。終(つい)に遁(のがれ)て梁山(りやうざん)に来(きた)りし縁故(いへん)は。此(この) 漢子(ひと)原(もと)より奇術(きじゆつ)あつて。鼠空(ねづみあな)まれ。■(ふし)穴(あな)まれ身をほそふして竇(くゞ)ること。極(きはめ)て妙(みやう)を 得(え)たるゆゑ。白日鼠(はくじつそ)とは綽号(あだな)せり 【左下欄外】ウ上◯中ノ七 【右下欄外】ヲ上 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地賊星(ちぞくせい)》 鼓(こ)上(しやう)蚤(さう)時(じ)遷(せん) 此一個(このひとり)は髙唐州(かうとうじう)の人。酒(さけ)や賭(ばくち)に身(み)を逼(せま)ふし。流落(おちぶれ)て蘓州(そしう)に来(きた)り。しば〳〵 楊雄(やうゆう)が惠(めぐ)みを蒙(うけ)たり。素(もと)より竒妙(めづらしき)術(じゆつ)を得(え)て。簷(のき)を跳(とび)壁(かべ)を走(はし)る。潜(ひそか)に 翠屏山(すいへいざん)の墓(はか)を壊(こぼち)て銀器(ぎんき)を探(さが)すと同(おな)じ天(ひ)に。楊雄(やうゆう)怒(いかつ)て此山(このやま)に。妻(つま)を殺(ころす)の 塲(ば)に遇會(であへり)。楊石二雄(やうせきにゆう)と偕(とも)に走(はしつ)て。祝家奉(しゆつかほう)が家(いへ)に宿し。酔(ゑい)に乗(じやう)じて雞(にわとり)を 盗(ぬすん)で喫(くら)ふ。㕝(こと)を茲(こゝ)に奮発(ひきおこ)して。囚(とらはれ)となりたるを。宋公(そうかう)等(ら)に救(すく)はれて。水泊(すゐはく)に 安態(あんたい)す。徐寧(じよねい)が家(いへ)の梁(うつばり)を走(はしつ)ては。秘(ひ)したる金(こがね)の甲(かぶと)を奪(うば)ひ。北京(ほつきん)攻(せめ)の合拠(あいづ)には。上(じやう) 元(げん)花燈(くわとう)の賑(にぎは)しき夕(よ)。翠雲樓(すいうんろう)を一炬(ひともし)に焼(やく)。最(もつと)も陳々(いくさごと)に要(よう)ありて。その功(かう)大(おほひ)に 亦(また)高(たか)し。 【右頁】   捙(りん)翅(し)虎(こ)雷(らい)橫(わう) 潜賊(せんぞく)【左に(カクレタヌスビト)】ありと口風(いゝずて)稠(しげ)きに。鄆知縣(こほりぶぎやう)の 命(おほせ)を蒙(うけ)。東溪村(とうけいそん)の嶺上(たうげのうへ)に。 尋(たづね)て來(きた)る楓葉(かへでば)は。まだ 赤(あか)からで綠林(りよくりん)【左に(トウゾク)】の。 狡猊(くせもの)ありと索(なわ) 舁扒(かいさばき)。赤熊(しやぐま)の ごとき大漢子(おほをのこ) を。㚑宦廟(れいくわんびやう)の 帳前(ちやうぜん)に。綁(いまし)め たりしも晁蓋(てうがい)が 家(いへ)にして。身(み)の 黒白(こくびやく)を説(とき)ほどかれ 【左下欄外】 ウ上◯中ノ八 【左頁右下欄外】ヲ上◯中ノ九 四肢(てあし)は脱(とけ)ても。こゝろに怒(いかり)の 最(いと)鬱(むす)ぼれ。如何(いか)にも痛(いた)く 報(むく)はんと。追(お)ふて一二里(いちにり)樹(き)の 本(もと)に。大喝(だいくはつ)一声(いつせい)きり結(むす)ぶは。 はじめの怨索(なわ)のうらみ ぞかしと。焔(ほのほ)を飛(とば)す赤鬼(せきゝ) のつるぎ。中當(うけ)つ末當(ながし)つ 刀心䫸(たちかぜ)の。あれたる虎(とら)が 嘨(うそふ)くこゑ。千里(せんり)が外(そと)の 天(てん)にや听(きこ)へて。智多星(ちたせい) ここに来(きた)るは鎮刀(ちんてう)   赤(せき)髪(はつ)鬼(き)劉(りう)唐(とう) 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天退星(てんたいせい)》■(りん)【捙】翅(し)虎(こ)雷(らい)横(わう) 此一個(このひとり)は濟州(せいしう)渾城縣(こんせいけん)の鉄匠(かぢや)が子(こ)なり。身(み)の長(たけ)七尺五六寸 面色(めんしよく)譬(たとへ)ば  紫棠(したう)の像(ごと)く。髭(ひげ)は銅(あかゞね)の鍼(はり)に侶(に)たり。能(よく)濶澗(ひろだに)を跳(とぶ)をもて■(りん)【捙】翅虎(しこ)とこそ 綽号(あだな)すれ。知縣(ちけん)これが武(ぶ)を知(しつ)て歩兵(ほへい)都頭(ととう)の職(しよく)を與(あた)ふ。有日(あるひ)閑人(かんじん)李小二(りせうじ) と美人(びじん)白秀英(はくしうゑい)が歌舞(かぶ)を見る。雷横(らいわう)嚢(さいふ)に錢(ぜに)なきを秀英(しうゑい)が父(ちゝ)。白玉喬(はくぎよくきやう) 誹(そしる)を以(もつ)て是(これ)を打擲(うつ)。此頃(このごろ)知縣(ちけん)秀英女(しうゑいじよ)を愛(め)ずる縡(こと)淺(あさ)からざれば。其威(そのい)を 権(かり)て秀英(しうゑい)が雷横(らいわう)を流人(るにん)となす。時(とき)の押牢(おうらう)節級(せつきう)は深友(しんいう)朱仝(しゆどう)なるに依(より)。 いと哀(あは)れんで途中(とちゆう)より絨(いましめ)を解(とき)逃(にが)したり。火中(くわちゆう)に水(みづ)の恩(おん)を謝(しや)し母(はゝ)を背(せ) 助(おふ)て直定(ましぐら)に梁山泊(りやうさんぱく)へ添武(くはゝ)りぬ 【左下欄外】ウ上◯中ノ九 【右下欄外】ヲ上◯中ノ十 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天異星(てんいせい)》 赤(せき)髪(はつ)鬼(き)劉(りう)唐(とう) 此一個(このひとり)は東路州(とうろしう)の人(ひと)。滿身(そうみ)黒(くろ)く面(つら)濶(ひろ)く。鬂邉(びんべん)に一の硃砂記(あかぼくろ)あり。故(ゆへ)に流俗(よのひと) 赤髪鬼(せきはつき)と綽号(あだな)せり。北京(ほつきん)の贈貨(おくりもの)十万 貫(ぐわん)の首尾(しゆび)を告(つ)げんと。東溪村(とうけいそん)に來(き)て 見(み)れば夜(よ)已(すで)にふけて。晁蓋(てうがい)が門(もん)に入會(いりえ)ず。㚑宦庿(れいくわんびやう)に熟睡(むまね)して。巡瞼(みまはり)雷横(らいわう)が手(て)に 囚(とら)はれたり。晁天王(てうてんわう)が舌畧(ぜつりやく)に。假甥(にせをひ)となして■(いましめ)【若+索】を免(まぬか)がせしが。憤怒(ふんど)に堪(た)へず 追駈(おつかけ)て。茂林(ゐりん)の中(うち)に振(ふるひ)闘(たゝ)かひ。雷横(らいわう)殆(ほど〳〵)危(あや)ふかりしを。呉用(ごよう)晁蓋(てうがい)になだめられ。 偕(とも)に帰(かへつ)て調畧(ちやうりやく)なし。黄泥岡(くわうていこう)に望(のぞみ)盈(みち)。梁山泊(りやうさんぱく)に頭(かしら)となつては。まづ敵初(てはじめ)に千 餘(よ)の兵(へい)を衁(ち)に染(そめ)て。大将(たいしやう)黄安(くはうあん)を擒(とりこ)にし。連環馬軍(れんくわんばぐん)に向ふては副将(ふくしやう)韓滔(かんとう)を 活捉(いけどり)にす。就中(なかんづく)髙俅(かうきう)が舩(ふね)を焼(やく)なんどは。群(ぐん)に超(こえ)たる大功(たいこう)なり 【右頁】   玉(ぎよく)旙(ばん)竿(かん)孟(もう)康(かう) 義名(ぎめい)を琢(みが)くことは。 玉(たま)の如(ごと)く。武勇(ぶゆう)を 顕(あらは)すことは。旙(はた) 竿(ざほ)に似(に)たり 身(み)は旙(はた)よりも 翻(ひるがへつ)て軽(かろ)く。 心(こゝろ)は竿(さほ)よりも 真直(ますぐ)にして かたし。動静(どうじやう)よく  此寶玉(このほうぎよく)を。    持獲(たもちえ)たり 【左下欄外】 ウ上◯中ノ十 【左頁 右下欄外】ヲ上◯中ノ十一   立(りつ)地(ち)太(たい)歳(さい)阮(げん)小(せう)二(じ)  主(あるじ)剛(つよ)ければ艸屋(さうおく)【左に(カヤブキ)】 還(かへつ)て鉄城(てつじやう)に 勝(まさ)れり 呉用(ごよう)が 所好(のぞむ)數斤(すきん)の 鯉(こひ)は譚(はなし)のうち に龍(りゆう)と成(な)らんず 㔟(いきほひ)あり網罟(あみ)を 黄泥岡(くはうでいこう)の嶺(みね)に 攤(さばひ)て東京(とうきん)への贈(おくりもの) 山鯨(やまくじら)てふ大漁(だいりやう)あり その重(おも)きこと十万貫(じうまんぐわん) 【右頁】  活(くわつ)閻(ゑん)羅(ら)阮(けん)小(せう)七(しち) 掖揚(ひきあぐ)る昨夕(よんべ)の罟(あみ)の空(むな)し さに。任他(まゝ)よ三度(さんど)の糧(めし) よりも。 嗜(たしめ)る酒(さけ)の贖(つくの)ひに。唯(たゞ)一領(いちりやう) の蓑(みの)を曲(まげ)しが。今(けふ)朝舩(あさぶね) の憎生(あなにく)や。水滸(すゐこ)の 雨(あめ)にそぼぬれて。 櫃(ひつ)に貯安(きがへ)の なに有(あ)らず。一把(いつは) の葦(あし)の赤心(せきしん)【左に(タキビ)】に。 肩腰(かたこし)の寒(さむさ)を   とゝのふめり 【左下欄外】 ウ上◯中ノ十一 【左頁 右下欄外】 ヲ上◯中ノ十二  短(たん)命(めい)二(じ)郎(ろう)阮(げん)小(せう)五(ご)  恒(つね)に編(すく)網罟(あみ)の目(め) よりも。自己(おの)が名(な)の。   五(ご)の目(め)を逐(おふ)て ある晌(とき)は。一擲(ひとはり) 千金(せんきん)みな 大膽(どたう)。家(いえ)に 四壁(かべ)さへ ありもせで。 富貴(ふうき)もしらず  貧(ひん)も識(し)らぬは。    是(これ)豪傑(がうけつ)の      平生(へいぜい)なり 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地満星(ちまんせい)》 玉(ぎよく)旙(ばん)竿(かん)孟(もう)康(かう) 此一個(このひとり)は真定州(しんていじう)の人(ひと)。身(み)の長(たけ)八尺 余(よ)有(あて)【りカ】て眼(まなこ)最秀(もっともひいで)たれは。玉旙竿(ぎよくばんかん)と混名(あだな)せり。  拳闘(こぶしあらそひ)に他(ひと)を傷(いため)て他國(たこく)に奔(はし)る。途(みち)の半(なかば)に断金(だんきん)の友(とも)たる鄧飛(とうひ)に値偶(ゆきあひ)。同(どう) 身同意(しんどうい)の欲(ほつ)するところ。那邉(あなた)の狡猾(わるもの)。這邉(こなた)の飄男(ころつた)【ころつきカ】を随子(てした)となし。 飲馬山(いんばさん)の嶺上(れいせう)に。剛盗(ごうどう)を做(なす)こと一年 餘(よ)。遂(つい)に戴宗(たいそう)が勧(すゝ)めに随(したが)ひ。 一百八 個(こ)と苦楽(くらく)を偕(とも)にし。偏将軍(へんせうぐん)が兜(かぶと)の纓(ひも)を結(しめ)なし。夏國(かこく)の 賊(ぞく)を伐(うつ)ときは。西陵(せいりやう)橋下(きやうか)の埋伏(まいふく)に。三阮(さんげん)と力(ちから)を勠(あは)せ。杬州城(かうしうぜう)の十将(じつせう) たる。茅迪(ほうてき)を擒(とりこ)になし再(ふたゝ)び鎗(やり)を流(しこき)整(なお)して。猛将(もうせう)と呼(よば)れたる湯逢士(とうほうし)を。 胸(むね)より背(せ)まで刺串(つきつらぬ)く。敵前不退(てきぜんふたい)の英雄(ゑいゆう)なり 【左下欄外】ウ上◯中ノ十二 【右下欄外】上◯中ノ十三 ヒ 《割書:天劔(てんけん)|星(せい)》立(りつ)地(ち)太(たい)歳(さい)阮(げん)小(せう)二(じ)《割書:天罪(てんざい)|星(せい)》短(たん)命(めい)二(じ)郎(らう)阮(げん)小(せう)五(ご)《割書:天敗(てんはい)|星(せい)》活(くわつ)閻(ゑん)羅(ら)阮(げん)小(せう)七(しち)   此三個(このみたり)は原(もと)より濟州(せいしう)石碣邨(せきかつそん)の産居(もの)にして。兄弟偕(きやうだいながら)共(とも)に漁夫(ぎよふ)たり。上(うえ)の兄(あに)を 立地太歳(りつちたいさい)と綽号(あだな)し。中(なか)の兄(あに)を短命二郎(たんめいじらう)と諢名(あだな)し。弟(おとゝ)を活閻羅(くわつえんら)と混字(あたな) せり。陸(くが)に在(あつ)ては劔鎗戈戟(けんそうくわげき)を熟講(ねりきたへ)。水(みづ)に投(いつ)ては浮沈(ふちん)往来(おうらい)溪鬼(けいき)も面(おもて)を掩(おほふ)て 伏(ふく)す。櫓竿(ろさほ)を撑(とつ)て舩(ふね)を行(やる)こと。順逆(じゆんぎやく)縦横(じうおう)遅速(ちそく)動静(どうじやう)。糸(いと)もて物(もの)を牽(ひく)が像(ごと) し。一日(あるひ)呉用(ごよう)が訪(とひ)に偶(あ)ひ。兄弟(きやうだい)三個(みたり)一致(もろとも)に。肝(きも)を頎(かたふ)け胸(むね)を開(ひら)き雀(すゞめ)の如(ごとく) 躍(おどり)つ舞(まひ)つ。その歓(よろこび)の深(ふか)きこと濟江(さいかう)と共(とも)に涯(かぎり)なし。蓮花(はちす)の万柄(あまた)開布(ひらき)たる。 岸測(きしべ)に舟(ふね)を撑着(こぎつけ)て。倒水閣(とうすゐかく)に宴(えん)を撝(もう)け。秘事(ひじ)を語(かた)らひ密意(みつい)を話(はな)し。 首尾(しゆび)拴(とゝのふ)たる厥(その)大魚(だいぎよ)。拾万貫(じうまんぐわん)を網(あみ)し獲(え)て。却(かえつ)て自己㑪(おのれら)宦手(こうぎ)の網(あみ)に捕(とら)れん ことを慮(おもんはか)り。晁蓋(てうがい)㑪(ら)と一齊(もろとも)に水泊(すゐはく)の陣(ぢん)に退入(ひきいる)とき。宦将(ぐわんしやう)何濤(がとう)を勾引(ひきよせ)て。 小五(せうご)が水(みづ)に拏投(ひきづりこめ)ば。小七(せうしち)虚(すか)さず犇捕(ひつとら)ふ。軍功(ぐんこう)これを剏(はじめ)として。江軍(こうぐん)湖(こ) 戦(せん)に臨(のぞん)では。一塲(ひとつ)も缺(かき)たる所(ところ)なし。就中(なかに)名盈(なたゝ)る攁(はたらき)は小七(せうしち)水子(かこ)の長(をさ)と なつて。陳大尉(ちんたいゐ)を迎(むかへ)る晌(とき)。舩(ふね)を倒(たほ)して天中(てんちゆう)の御酒(ぎよしゆ)を膁奪(すかしうば)ふ。遂(つい)には 梁山(りやうざん)の蒼浪(さうらう)に纓(えひ)【左に(カムリノヒモ)】を洗(あら)ふて。大 宋(さう)の朝臣(けらい)となり三個(みたり)諸共(もろとも)。偏将(へんしやう) 軍(ぐん)の職(しよく)を握(にぎつ)て。威恰(ゐきほひあたか)も洹河(ごうが)に跳(おど)る鰐鮫(わにざめ)の像(ごと)く。方臘(ほうらう)攻(ぜめ)に馳向(はせむか)へば。 舩兵(せんへい)の頭領(かしら)として。江陰(こういん)の軍(いくさ)には嚴勇(がんゆう)を打損(うちたふ)し。太倉城(たいそうぜう)の戦(たゝかひ)には。李(り) 玉(ぎよく)を殺(ころ)してその圖(づ)に乗(ぜう)じ。常熟(ぢやうじゆく)の城(しろ)を伐落(きりおと)す。此三傑(このさんにん)の猛兄弟(もうきやうだい)が南(なん) 國攻(こくぜめ)の功労(こうらう)は。筆紙(ひつし)にもつて竭(つく)し難(がた)く言語(げんぎよ)にもつて舒(のべ)がたし 【裏表紙】 《題:水滸畵傳《割書: 下》》 【右下欄外】上◯下ノ一  智(ち)多(た)星(せい)呉(ご)用(よう) 黄泥(くはうでい)の岡(をか)に棗(なつめ)を啇(あきな)ふては。他(ひと)を渴(かつ) せしめて。自(みづから)飽(あく)まで盗泉(とうせん)を飲(のみ)。盧家(ろか)に 説(と)く賣卜(うらやさん)は。髙俅(かうきう)が毒軍(どくぐん)に。その 八卦(はつけ)を精(くはし)く 見(あらは)す。西岳(せいがく) 庿(びやう)の誑(にせ)神宦(かんぬし)は。 混天象(こんてんせう)が陣(ぢん)に向(むか)ふて。 九天玄女(きうてんげんじよ)が五色(ごしき)の 幣(へい)を振(ふ)る前兆(きざし)。 凌振(れうしん)が石炮(いしびや)も。いかでか 智多(ちた)の先生(せんせい)が。此(この)徹謀(てつぼう)に           可(およふ)_レ暨(べけん)乎(や) 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天機星(てんきせい)》智(ち)多(た)星(せい)呉(ご)用(よう) 此一個(このひとり)は鄆城縣(うんせいけん)に家居(いへゐ)して。閭兒(わらべ)がために讀書(とくしよ)を師能(しなん)す。字(あざな)は學究(がくぎう)。綽(あだ) 号(な)は智多星(ちたせい)。道号(だうごう)は加亮(かりやう)先生(せんせい)と稱(せう)したり。胸中(けうちゆう)万里(ばんり)にして。克(よく)。太公(たいこう)。 孫子(そんし)。孔明(こうめい)。李靖(りせい)が智(ち)を貯(たくは)へ。百八人《割書:己(おのれ)も使(つか)はるゝ|ゆゑかふいふなり》を手足(しゆそく)として。事(こと)を做(なす) こと虚々(きよ〳〵)實々(じつ〳〵)。黄泥岡(かうていこう)に東京(とうぎん)の十万 貫(ぐわん)を剏(はじめ)として。濟州江(せいしうかう)に  初度(しよど)の宦賊(くわんぞく)。何濤(がとう)を水(みづ)にて責(せめ)𨐡(なやま)【辛+苦】し。江州(かうしう)の法塲(しおきば)には。士農工(しのうこう) 啇(しやう)の摸様(いでたち)して。及時雨(きうじう)を捄㧞(すくひいだ)し。軍(いくさ)を帰(かへ)せば獨龍岡(どくりゆうこう)に。祝家(しゆくか) の父子(ふし)を謀滅(ぼうめつ)し。髙唐州(かうどうしう)には高亷(かうれん)が妖軍(ばけものいくさ)を抝(とりひし)ぎ。或(あるひ)は凌振(れうしん)が軣(ごう) 天炮(てんほう)。呼延灼(こえんじやく)が猛勇(もうゆう)も。一旬(いちじゆん)を経(へ)ず降伏(がうぶく)なし。孔明(こうめい)。孔賔(こうひん)が 【左下欄外】ウ上◯下ノ一 【右下欄外】ヲ上◯下ノ二 牢苦(ろうく)を扶助(たすけ)。西岳(せいがく)の庿(びやう)に朝(むかふ)ては。宦卒(くわんそつ)を木石(ぼくせき)にし。華州城(くわしうぜう)に押(おし)よせ ては。城兵(ぜうへい)を水火(すゐくわ)となす。或(あるひ)は北京(ほくきん)に焼打(やきうち)して。盧員外(ろいんぐわい)が危急(ききう)を救(すく) ひ。軍(いくさ)を還(かへ)せば関勝(くわんせう)が。剛(つよ)きを摧(くだひ)て擒(とりこ)となし。遂(つゐ)に不背(ふはい)の義黨(ぎとう)に 帰(き)せしめ。曽頭市(そうとうし)に血(ち)を漲(みなぎら)しては晁天王(てうてんわう)の霊(れい)を慰(なぐさ)め。兵糧舩(ひやうらうせん)の餌(えば) を垂(たれ)ては。張清(ちやうせい)を水泊(すゐはく)に釣(つり)的(おほせ)。八卦(はつけ)の隊伍(そなへ)十面(じうめん)の埋伏(まいぶく)此(この)謀畧(ぼうりやく)に 當(あたつ)ては。宦軍(くわんぐん)ほとんど魂(こん)を泥(どろ)にし。魄(はく)を灰(はい)にす。終(つい)に王家(わうか)の臣(しん)となつて。  大遼(だいれう)。方臘(ほうらう)。田虎(でんこ)。王慶(わうけい)。の四大賊軍(しだいぞくぐん)を伐(うつ)て。臨(のぞん)で変(へん)に應(おう)じ機(き)に 隨(したが)ひ。火征(ひぜう)を為(なせ)ども胸(むね)を烘(こが)さず。水攻(みづぜめ)做(なせ)ども手(て)を濡(ぬら)さず。古今(ここん)未(み) 曽有(ぞう)の大師都督(たいすいととく)と謂(いつ)つべし 【右頁上段】  錦(きん)豹(ぺう)子(し)楊(よう)林(りん) 蘓州(そしう)より濟(せい) 州道(しうだう)へ發向(こゝろざす)。 旅行(たび)は伴行(みちづれ) あらまほしや と。情(こゝろ)寂寥(さびしき) をりぐちの。 坡店(さかや)の門(かど) より鶴首(くびながふ)し。 一個(ひとり)の旅客(りよかく) が走(はし)るを看(み) れば。一瞬(ひとまばたき)に 【左下欄外】ウ上◯下ノ二 【左頁右下欄外】ヲ上◯下ノ三 一里(いちり)を来(き)にけり。 這(これ)一清(いつせい)が話(はなし)に 听(きゝ)し。神行大(しんかうたい) 保(ほ)ならんずと。 其(その)字(な)を呼(よべ)ば 彼方(かなた)にも。 聲(こゑ)に 應(おう)じ て眄(ふり) 顧(かへ)り。 見(み)れ ども迭(かたみ) に認(みしら)ぬ面(つら) 【右頁下段】 公孫勝(こうそんせう)が 文章(ふみ)に媒(ばい) せられ義兄弟(ぎきやうだい) の盟(ちかひ)を結(むす)び。 【左頁下段】 戴宗(たいさう)己(おのれ)が甲馬(かうば) と分(わけ)て。楊林(ようりん)が 脚(あし)に帯(はか)せつゝ。 逓(たがひ)に径(みち)を急(いそが) せて。二仙山(じせんざん)に 走行(はしりゆく)。此(この)■(ひと)【亻+星】 若(もし)また日(ひ)を 追(おは)ば、魯陽(ろやう) に戈(ほこ)を棄(すて) ざらまじ。  神(しん)行(かう)大(たい)保(ほ)     戴(たい)宗(さう) 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地暗星(ちあんせい)》錦(きん)豹(ひやう)子(し)楊(やう)林(りん) 此一個(このいつこ)は彰德府(しやうとくふ)の人。圓頭(ゑんとう)大耳(たいじ)直鼻(ちよくび)方口(はうこう)清眉(せいび)秀目(しうもく)宛(さながら)錦豹子(きんひやうし)の 摸様(さま)あるゆゑ。混名(あだな)とするも理(ことはり)なり。諸郡(しよぐん)の豪傑(がうけつ)を訪尋(とひたづ)ねんと。武(ふ)を𨂻(ふみ)【蹈】 文(ぶん)を渉來(わたりき)て。蘓州(そしう)山中(さんちゆう)に一清(いつせい)先生(せんせい)の教(おしへ)を承(うけ)歓喜(よろこん)で梁山泊(りやうさんはく)に 臻(いたらん)ずる途(みち)。沂水縣(きすいけん)の境上(きやうせう)に。神行大保(しんかうたいほ)が走(はし)るを怪(あやし)み。偕(とも)に話(かたつ)て 宋公(さうかう)㑪(ら)を慕(した)ふこと。磁石(ぢしやく)の南(みなみ)に朝(むか)ふが像(ごと)く。荐(ふたゝ)び公孫勝(こうそんせう)が山(やま)に 到(いた)る。厶(その)路半(ろはん)飲馬川(いんばせん)の山寨(さんさい)より。鄧飛(とうひ)孟康(もうこう)㑪(ら)を透出(さそひいだ)し。水泊(すいはく)義(ぎ) 廳(ちやう)に加(くは)はつて。勇(ゆう)を海鰍舩(かいしうせん)に奮(ふる)ふ晌(とき)は左義衛親軍(さぎえいしんぐん)丘岳(きうがく)が。活首(いけくび) 抜(ぬひ)て軍誉(ぐんよ)を顕(しめ)す。陣前無敵(ぢんぜんむてき)の英雄(ゑいゆう)なり 【左下欄外】ウ上◯下ノ三 【右下欄外】ヲ上◯下の四 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天速星(てんそくせい)》 神(しん)行(かう)大(たい)保(ほ)戴(たい)宗(さう) 此一個(このいつこ)は江州(がうしう)押牢(おうらう)の節級(せつきう)なり。神行大保(しんかうたいほ)の綽号(あだな)と謂(いつ)は。公私(かうし)の急用(きうよう)ある 晌(とき)は。二(ふたつ)の甲馬(こうば)を腿(もゝ)に拴(くゝ)り。神行(しんこう)の法(ほう)を以(もつ)て走行(はしりゆく)こと。卯(むつ)より酉(むつ)まで五百 餘里(より)。四 甲馬(こうば) 用(もつ)て■(はし)【馬+走】る晌(とき)は。八百 余里(より)の脚法(きやくほう)ある縡(こと)。皆(みな)會(ゑ)て他(ひと)の知(し)る所(ところ)も。識(し)らぬ流人(るにん)の宋公(さうかう)が 常例錢(じやうれいせん)の錢穴(ぜにあな)より頽(くづれ)て。廣(ひろく)水滸(すゐご)の交(まじはり)剏(はじめ)て東京(とうぎん)へ飛脚(とびゆく)途中(とちゆう)。呉用(ごよう)に偶(あふ)て宋公(さうかう) を助(たす)けん爲(ため)の。欺囬翰(にせへんじ)を調(もつ)て江州(ごうしう)に返(かへ)りしが。千慮(せんりよ)の一失(いつしつ)印(いん)より漏(もれ)て。黄文炳(かうぶんへい)に毒看(みいだ) され。宋公(さうかう)同引(もろとも)法塲(しおきば)にて微(すは)や首(かうべ)の墜(おち)んとする晌(とき)晁蓋(てうがい)呉用(ごよう)等(ら)危急(ききう)を救(すく)ひ万死(ばんし)を 遁(のが)れて水泊(すゐはく)に身(み)の安全(あんぜん)を斟酌(しんしやく)せり。足(あし)もて達(たつ)する功(こう)のみならず。智謀(ちぼう)を走(はせ)て義(ぎ) ■(ぼう)【用ヵ】を救(すく)ひ豪友(がういう)を助(たすけ)る縡(こと)。東西南北(とうざいなんぼく)涯(かぎり)なし 【右頁】     菜(さい)園(ゑん)子(し)張(ちやう)青(せい) 魔魅(まみ)を断(き)る。密家(みつけ)の九字(くじ)の 法(ほう)よりも。猶(なほ)怖(おそろ)しき十字(じうじ)の坡店(さかみせ)。  羈夫(まらうど)這(こゝ)に十字斬(つじぎり)せられ。 命(いのち)を守(まも)るその身(み)の四大(しだい)も。 散(ちり)〱(〳〵)颯(ばつ)と風大(ふうだい)は。軒(のき)の酒斾(さかばた) に去上(たちのぼ)り。火大(くわだい)は 𤐉(かん)銼(なべ)の臀(しり)を迷(めぐ)【逨ヵ】り。 地大(ぢだい)は刚(そが)【削ヵ】れて 肉包(にくまんぢう)。且(かつ)水大(すゐだい)は 樽(たる)のうち。酒(さけ)に混(こん) じて庶人(もろびと)に。水多(みづぽい)と 誹(そし)られんか。痿(しび)れ 【左下欄外】 エ上◯下ノ四 【左頁右下欄外】ヲ上◯下の五 たりと懼(おそ)れんか 怎麼(そもさん)なんどゝ戯言(しやれ) 啳(のめ)す。法語(しやうじんことば)は厥(そ)も 斯(かゝ)る。屠所(としよ)に 侣(に)あはぬ縡(こと)なんぬ れど。光明精(くわうみやうせう) 舎(じや)の菜園(なばたけ) よりその 根(ね)を引(ひい)て   植(うゑ)るならん   母(ぼ)夜(や)叉(しや)孫(そん)二(じ)娘(ぜう) 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地形星(ちけいせい)》菜(さい)園(ゑん)子(し)張(ちやう)青(せい) 此一個(このひとり)は原(もと)北京(ほくきん)の人(ひと)なり。年卑(としわか)き頃(ころ)府中(ふちゆう)光明寺(くはうみやうじ)の菜園(さいゑん)【左に(ナバタケ)】を衛(まも)る縁故(ゆへん)に 菜園子(さいゑんし)と諢名(あだな)せり。僧侶(そうりよ)と諍(あらそ)ふて精舎(てら)を焼(やき)殿司(てんそ)を殺(ころ)して私奔(かけおち)なし。猛(もう) 州(しう)に來(き)て漂逰(さまよふ)うち。山夜叉(さんやしや)孫元(そんげん)に武術(ぶじゆつ)を学(まな)び。剰(あまつさへ)女(むすめ)孫二娘(そんじぜう)を授(もらふ)て妻(つま)となし。   十字坡(しうじは)の山上(さんせう)に酒店(さかや)を設(もふ)け。過客(たびうど)を呼(よん)で麻酒(しびれざけ)を浮勧(しひすゝ)む。その毒(どく)環(まはつ)て 渾身(そうみ)の痿(なへ)るを窺(うかゞ)ひつ。衣(ころも)を剥(はぎ)財(たから)を奪(うば)ひ。他(ひと)の肉(にく)を包(まんぢう)にし。是(これ)を鬻(ひさい)で嶺禽(とり) 溪獣(けだもの)の風味(ふうみ)に欺(あざむ)く。好(このん)で人命(じんめい)を屠(ほふ)ること芥(あくた)の像(ごとく)すると雖(いへども)。誓(ちかつ)て三(みつ)の不殺(ふさつ)【左に(コロサヌコト)】を持(たも)つ。一(ひとつ)には 雲逰(たび)の僧(そう)。二には婊子(げいしや)妓女(ぢよらう)。三には流人(るにん)囚者(とらはれびと)。家(いへ)に是等(これら)の禁断(きんだん)あれども。動(やゝもすれ)ば 妻(つま)二娘(じぜう)誓(ちかひ)を破(やぶつ)て。魯智深(ろちしん)武松(ぶしやう)の誤(あやまち)を做(し)起(いだ)せり 【左下欄外】ウ上◯下ノ五 【右下欄外】ヲ上◯下ノ六  《割書:地煞星七十二|員之内地壮星》母(ぼ)夜(や)叉(しや)孫(そん)二(じ)娘(じやう) 此一姑(このいつこ)は張青(ちやうせい)が妻(つま)なり。酒店(さかや)の門(かど)に客(きやく)を延(ひく)こと美餌(うまきえば)もて。竿頭(かんとう)に飢(うへ) たる魚(うを)を釣(つる)が像(ごと)し。頭(かしら)の飾(かざり)は鐡(くろがね)の環(たまき)を以(もつ)て䯻束(ねかけ)となし。野(の)に放花(さくはな)を簪(かんざし) とす。紅粉(べにおしろい)だにも施(ほどこ)さねど。樵婦(しやうふ)【左に(シバカリヲンナ)】猟女(らうぢよ)【左に(カリウドムスメ)】に混(まじへ)て看(みれ)ば。蓬(よもぎ)が叢(なり)に開(ひら)ける芙(ふ) 蓉(よう)。色香(いろか)の内(うち)に毒(どく)あつて。害(がい)を做(なす)こと夜叉(やしや)の如(ごと)し。接(す)を選(えらん)だる二龍山(じりゆうざん)には角(つの)を 磨(みがき)牙(きば)を琢(とぎ)。荐(ふたゝび)上(のぼ)る梁山泊(りやうさんはく)には忠(ちう)を錬(ねり)義(ぎ)を釙(きたゆ)。夫婦(ふうふ)隊伍(そなへ)を偕(とも)にして功(こう)を讓(ゆづ)り 兵(へい)を助(たす)く。呉用(ごよう)が指揮(さしづ)に■(おもむく)【走+向】ときは。蜑婦(あま)捕田女(さをとめ)の袖振(そでふり)て。関(せき)を破(やぶ)り城(しろ)を おとす。這(これ)に比(ひ)すれば猛光女(もうくはうぢよ)が隻手(かたて)の乳柄(ちから)に大石臼(おほいしうす)を挰露(さしあげ)たりしも。何(なん) のその今更(いまさら)竒(き)として讃(ほむ)るに足(た)らず 【右頁】 石(いし)を見(み)て虎(とら)と 射(い)る箭(や)の それならで。 毛家(もうか)に於莬(とら) の争(あらそ)ひより。 石(いし)のひとや の苦(くるし)みを。 うくるを母(はゝ) の大蟲(とら)あつて。此(この) 兄弟(きやうだい)を助(たす)くるなど抂(まげ)て 文勺(ことば)のちなみを採(と)れり   兩(りやう)頭(たう)蛇(じや)解(かい)珍(ちん) 【左下欄外】ウ上◯下之六 【左頁右下欄外】ヲ上◯下ノ七   雙(さう)尾(び)蝎(くはつ)解(かい)寳(ほう) 宋(さう)を輔(たすけ)て遼(れう)を征(せむ)るの夕天(ゆふべ)。盧(ろ) 員外(いんぐわい)が行方(ゆくゑ)を尋(たづね)て。深(ふか)く青石(せいせき) 硲(とく)に苦渉(くせう)せり。計(はか)らざりしに 猟戸(かりうど)なる。劉二(りうじ)劉三(りうさん) が家(いへ)に次(とま)るに。 老母(らうぼ)信(しん)もて谷中(こくちゆう) の順逆(じゆんぎやく)を指能(しなん)す。 此(この)■(ひと)【亻+星】にして此縁(このゑん) あり。嗚呼(あゝ)烏龍(うりゆう) 嶺(れい)に苦死(くし)するは。   是(これ)兄弟(きやうだい)が      天也(てんなり)命也(めいなり) 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天暴星(てんほうせい)》兩(りやう)頭(とう)蛇(じや)解(かい)珍(ちん) 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天哭星(てんこくせい)》双(さう)尾(び)蝎(かつ)解(かい)寶(ほう)  此(この)兄弟(きやうだい)は登州(とうしう)城外(ぜうぐわい)の猟戸なり。両人共(りやうにんとも)に身材(みのたけ)大(おほひ)なること七尺 餘髙(ゆたか)力(ちから) も衆(しう)に勝(すぐれ)たれば日夜(にちや)も分(わか)たず狩渡(かりくら)して。一(ひとつ)の崖(がけ)を過(すぐ)る晌(とき)傷(ておひ)の虎(とら)に出(でつ) 會(くはせ)。毛仲義(もうちゆうぎ)が邸(やしき)へ射落(ゐおとし)たり。是(これ)を取(とら)んと兄弟(きやうだい)が彼(かの)■(いへ)【舘ヵ】に行(い)て求(もとむ)るに。毛家(もうか)の父(ふ) 子(し)心善(こゝろよか)らず。虎(とら)は返(かへ)さで却(かへつ)て誑(たばか)り。䁠囚(すかしとらへ)て索(なわ)を綀(かけ)宦司(くわんし)の獄(ひとや)に墜(おと)したり。孫新(そんしん)夫婦(ふうふ) 是(これ)を憐(あはれ)み。三五(さんご)の豪傑(がうけつ)と心(こゝろ)を勠(あは)せ。畢(つい)に牢(らう)より助出(たすけいだ)さるその足(あし)をもて毛家(もうか)に 亂入(こみいり)毒父(どくふ)悪子(あくし)を初(はじめ)として家内(かない)剰(あま)さず鏖(みなごろし)にし。金銀(きん〴〵)刀馬(たうば)奪(ばひ)【(うばひ)ヵ】取(とつ)て宋公(さうかう) 明(めい)が出陣(しゆつちん)せる。曽頭市(そうとうし)の軍(ぐん)に加(くは)はり。兄(あに)解珍(かいちん)が功首(てはじめ)に三男(さんなん)曽索(そうさく)が首(くび)を執(と) る。賊宦(ぞくくわん)童貫(どうくわん)が軍(いくさ)を追(おふ)ては。鄷美畢勝(ほうびひつせう)を責悩(せめなやま)し。高俅(かうきう)が海鰍舩(かいしうせん)を破(やぶつ) 【左下欄外】ウ上◯下ノ七 【右下欄外】ヲ上◯下ノ八 ては聞煥章(ぶんくわんしやう)と妓女們(ぎぢよら)【左に(ジヨラウドモ)】を捉(とら)ふ。遼國(れうこく)の軍(いくさ)には。青石峪(せいせきこく)に盧俊義(ろしゆんぎ)を尋(たづね)て。 硲底(たにそこ)を渉徊(へめぐ)ること終日(ひめもす)すれども。出入(しゆつにう)路(みち)なく日(ひ)全(まつた)く没(ぼつ)したり。愁苦(しうく) 浅(あさ)からざりし折(をり)。猟戸(かりうど)なる劉(りう)兄弟(きやうだい)が慈思(なさけ)を得(え)。夜(よ)を其家(そのいへ)に暁(あか)し つゝ。猶(なほ)その母(はゝ)に硲中(こくちゆう)の死路(しろ)活路(くわつろ)を教(をし)へられ。是(これ)を宋公(さうかう)に告聞(こうぶん)して。 遂(つい)に盧将軍(ろしやうぐん)を救出(すくひいだ)せり。亦(また)方(ほう)臘(らう)の戦(たゝかひ)には獨松関下(どくしやうくわんか)の。竹林(たかばやし)に 埋伏(まいふく)なして。敵(てき)の猛将(もうしやう)張儉(ちやうけん)張韜(ちやうとう)を擒(とりこ)にす。杭州城(かうしうぜう)の軍(いくさ)には范(はん)  村(そん)に兵糧舩(ひやうらうせん)を奪(うば)ひ。猶(なほ)城中(ぜうちゆう)へ火(ひ)を放(はな)つ。是(これ)第一(だいいち)の功(こう)なり。斯(かゝ)る豪傑(がうけつ) なりと雖(いへども)。哀(あはれ)むべし兄弟(きやうだい)一齊(もろとも)。烏龍嶺(うりやうれい)の背山(うらやま)にて。弩石(どせき)のために 命(いのち)を損(おと)しぬ。嗚乎(あゝ)惜(おしい)哉(かな) 【右頁】   病(へい)関(くわん)索(さく)楊(やう)雄(ゆう) 厥妻(そのつま)にして邪(じや)を行(おこな)ひ。他家(よそ)の 漢(をとこ)に艶(ゑん)するを。その夫(をつと)として 怒(いか)らざらんや。况(いはん)や勇(ゆう)に 傷(きず)をつけ。義(ぎ)を損(そこね)たる 奸邪(かんじや)の巧雲(きやううん)。快(こころよい)哉(かな) 山神(さんじん)の祠(ほこら)の前(まへ)に 殺(ころ)したる。悪妻(やまのかみ) が死骸(しがい)を。 翠屏(すいへい)深(ふか)く 潜(かく)せしは。是(これ) 妻(つま)の為(ため)ならず。  夫(おつと)楊雄(やうゆう)が身(み)    のためなり 【左下欄外】ウ上◯下ノ八 【左頁右下欄外】上◯下ノ九   捨(しや)命(めい)三(さぶ)郎(らう)石(せき)秀(しう) 楊雄(やうゆう)醉話(すいわ)の誤(あやまち)より。巧雲(きやううん)が邪舌(じやぜつ)に 誑(たら)され。その疑(うたがひ)の石秀(せきしう)が。身(み)に 覆擁(ふりかゝ)るを雪(すゝ)がんと。或(ある) 暁(よ)楊雄(やうゆう)が殿口(うらもん)に。邪(あやしき) 奸(もの)の出(いで)やすると。窺(うかゞひ) 俟(まつ)たる恰撞着(であいがしら)。内(うち) より出(いで)たる一個(ひとり)の 頭陀(しやみ)。爾(おのれ)邪乎(あやし)と 拏捕(ひつとら)へ。拷問(ごうもん)すれば 隨作(ありのまゝ)。語(かた)るを听得(きゝとり) 特地(とくち)に殺(ころ)し。その  直綴(ぢきとつ)を咱身(わがみ)に纏(まと)ひ。合圖(あいづ)に鳴(なら)す 木魚(もくぎよ)の声(こゑ)に。他(ひと)看(あ)やなしと裴如海(はいじよかい)。 潜出(ひそみいで)しが刀(かたな)の下(もと)。法水(ほうすい)淫(いん)して血潮(ちしほ)と  なるは。是(これ)石秀(せきしう)が剱(つるぎ)の妙(めう)なり 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天牢星(てんらうせい)》 病(へい)關(くわん)索(さく)楊(やう)雄(ゆう) 此一個(このいつこ)は河南(かなん)の人(ひと)なり。武(ぶ)に達(たつ)し文(ぶん)に通(つう)ず。面色(めんしよく)都(すべ)て黄(き)なるを誹(そしつ)て。病(へい) 関索(くわんさく)と混名(あだな)せり。蘓州城(そしうぜう)の押司(おうし)に轉(うつ)る日(ひ)。狡猾(あばれもの)張保(ちやうほ)們(ら)が街(ちまた)に妨(さまたげ)したりし を。薪(たきゞ)啇夫(あきうど)石秀(せきしう)が見(み)るに忍(しの)びず。悪軰(わるもの)を遮攔(さゝへとゞめ)て打倒(うちたふし)ぬ。這(この)義勇(ぎゆう)を好(よみん)じて 盟(ちぎり)を結(むすん)で兄弟(きやうだい)とし。飲食(いんし)座卧(ざぐは)を偕(とも)に做(な)せしが。妻(つま)潘巧雲(はんきやううん)が邪婬(まぶぐるひ)に。酔(ゑひ)て閨中(けいちゆう)の  侫話(うそ)を信(しん)じ。既(すで)に義盟(ぎめい)を欫(かゝ)んとせしかど。裴如海(はいじよかい)が屍(かばね)を見(み)て心(こゝろ)の迷(まよひ)頓(とみ)に消(はれ)。即地(そのば) の怒(いかり)を僅(わづか)に堪(こら)へ。先祖(せんぞ)の墓(はか)へ賽(もふで)んと妻(つま)巧雲(きやううん)を欺出(あざむきだ)し。翠屏山(すいへいざん)へ透來(つれきた)り大樹(だいじゆ)が根(もと)に 梱着(くゝりつけ)。舌(した)を㧞(ぬき)眼(まなこ)を排(ゑぐり)怨(うらみ)を筭(かぞへ)て是(これ)を殺(ころ)し。公難(かみのとがめ)を遠(とほ)く避(さけ)て梁山泊(りやうさんばく)の群(むれ)に投(いり)。平生(つね)に 石秀(せきしう)と隊(そなへ)を合(あは)せて楊温(やうおん)賀重寶(がてうほう)を捕(とらふ)る武勇(ぶゆう)。伍々隊々(いくさのたび〳〵)数(かそ)ふるに𣈷(いとま)【日+皇】あらず 【左下欄外】ウ上◯下ノ九 【右下欄外】ヲ上◯下ノ十 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天慧星(てんけいせい)》  捨(しや)命(めい)三(さむ)郎(らう)石(せき)秀(しう) 此一個(このいつこ)は金陵(きんれう)建康府(けんかうふ)の人(ひと)なり。弱(よわき)を顧(み)ては泫然(げんぜん)として助(たすけ)。剛(つよ)きに■(あふ)【面+當】ては忿(ふん) 然(ぜん)として打懲(うちこら)す。是(これ)を稱(せう)して流俗(よのひと)は。捨命三郎(しやめいさむらう)と混名(あだな)せり。釜(かま)を破(やぶ)り舟(ふね)を焼(やひ)て 故郷(こきやう)を辞(さり)。蘓州(そしう)に來(きたり)て愈(いよ〳〵)落流(おちぶれ)。城下(ぜうか)に薪(たきゞ)を啇(あきな)ふ比(をり)。張保(ちやうほう)們(ら)數十個(すじうにん)を打悩(うちなやまし) て。楊雄(やうゆう)が難(なん)を除(のぞ)き。義兄弟(ぎきやうだい)と成(なつ)て。彼(かれ)が■(いへ)【舘】に偶居(かりすまい)す。祭霊(ほうじ)の席(せき)の邪婬(じやいん)を憎(にく)み 悪僧(あくそう)如海(じよかい)を砍殺(きりころし)て楊雄(ようゆう)が迷(まよひ)を解(とき)。翠屏山(すいへいざん)に女(をんな)を害(がい)させ時選(じせん)と三個(みたり) 路(みち)を偕(とも)にし梁山泊(りやうさんばく)に走(はし)るの次(とまり)。祝家(しゆくか)の災(わざはひ)起(おこ)りしも宋公(さうかう)等(ら)が助(たすけ)を得(え)たり 北京(ほくきん)に酒樓(しゆらう)を跳(とん)では盧俊義(ろしゆんぎ)を救(すく)ひ寶嚴寺(ほうがんじ)に塔(とう)を焼(やい)ては蘓州城(そしうせう)を責(せめ) 落(おと)す殺氣(さつき)凛々然(りん〳〵ぜん)として身(み)終(おふ)るまで勇(ゆう)を减(げん)ぜず   石(せき)将(しやう)軍(ぐん)石(せき)勇(ゆう) 隊伍(そなへ)を立(たつ)るの堅固(かたき)ことは 礎(いしずへ)の像(ごとし)。軍(いくさ)に向(むか)ふて敵兵(てきへい)を 粉(こ)にする縡(こと)は碓(いしうす)に佀(に)たり。  豪傑(がうけつ)の名(な)を把(とつ)て 万世(ばんせい)に傳(つたふ)る ことは。恰(あたか)も 碑(いしぶみ)に等(ひと)し。  心(こゝろ)も賢(かしこ)く 身(み)も固(かた)ければ。   名字(みやうじ)の    石々(せき〳〵)自若(じじやく)        たり  【左下欄外】ウ上◯下ノ十 【右下欄外】ヲ上◯下ノ十一 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地醜星(ちしうせい)》 石(せき)将(しよう)軍(ぐん)石(せき)勇(ゆう) 這(この)一個(ひとり)は北京(ほくきん)大名府(たいめいふ)の■(ひと)【人+星】なり。博賭(ばくち)を用(もつ)て過活(すぎはひ)とし。錦(にしき)を被(き)て逰(あそ)ぶ昼(ひる)有(あれ)ば。 褛(つゞれ)を纏(まと)ふて臥(ふ)す夜(よ)もあり。性(こゝろ)頗(すこぶる)強勇(きやうゆう)にして。敵(てき)する者(もの)に當(あた)ること石(いし)もて壜(とくり)を 破(わ)るが像(ごと)し。故(ゆへ)に石将軍(せきしやうぐん)と混名(あだな)せり。一年(あるとし)既(すで)に冬暮(ふゆくれ)て翌天(あす)は新歳(しんさい)の 境(さかひ)となり。賭(かけ)に勝(かた)では一身(いつしん)を。春惠(はるめか)されじと心(こゝろ)を焦(いら)だて。射落崫(しやらくつ)といふ賭塲(かけば)に至(いた)り。 是非(じひ)を論(ろん)ぜず勝(かち)なんものと。思(おも)ふに齟齬(そご)する怒(いかり)から。摶倒(はりたふ)したる石拳(いしこぶし)骰子(さい)の面目(つらめ) は出(いで)ずに。當人(あひて)の面(つら)の両眼(りやうがん)飛出(とびだ)し。あはや果(はか)なく損(たふ)るゝを。一座(いちざ)の他々(ひと〴〵)噪(さは)ぐ間(ま)に。 銀(かね)掻捘(かつさらへ)て故郷(こきやう)を走(はし)り。鄆城縣(うんせいけん)に憑往(たどりゆき)宋清(さうせい)が書(しよ)を提(たづさへ)て。宋公(さうかう)を尋(たづね)る途中(とちゆう) 燕順(ゑんじゆん)と争(あらそ)ひしを。及時雨(きうじう)に媒鎮(とりさへ)られ。大義(たいぎ)を爰(こゝ)に結発(むすびそめ)て威(ゐ)を宋代(さうたい)に怖(おのゝか)せり 【右頁】     黑(こく)旋(せん)風(ふう)李(り)逵(き) 宋公(さうかう)戴宗(たいそう)を■(もて)【欵ヵ】待(な)さん と。鮮魚(せんぎよ)を覓(もとむ)る琵琶(びは) 樓前(ろうぜん)。李逵(りき)は怒(いかつ)て 張順(ちやうじゆん)を痛(いた)拍(うつ)を 七八 拳(けん)。その拳(こぶし) には敵(てき)し■(がた)【難ヵ】く。 獲術(えて)もて 李逵(りき)を拗(ひしが)ん と。舟(ふね)を湖(いりえ)に 撑出(こぎいだ)し。李(り)  逵(き)に指(ゆびさし)罵(のゝし)る 舌(した)の根(ね)。抜(ぬか)んずと◯ ◯後(あと)追(おひ)来(きた)るを。 張順(ちやうじゆん)見(み)て 獲(え)たりと水(みづ)へ 跳投(をとりい)り。李逵(りき)を 【左下欄外】上◯トノ十一 【左頁左下欄外】ヲ上◯下ノ十二 浪間(なみま)へ拏拮(ひきずりこむ)。 張順(ちやうじゆん)が身(み)は雪(ゆき)より 皓(しろ)く。李逵(りき)は墨(すみ) より猶(なほ)黑(くろ)し。 浮(うい?)つ沈(しづ)みつする摸様(さま)は。 獃烏(あほうがらす)が鸕鷀(う)の摹(まね)して。 鷺(さぎ)に挵(せゝ)らりに髣髴(さもに)たり。 遂(つい)に迭(たがひ)の仇(あだ)解(とけ)て。 潯陽江(じんやうこう)に兄弟(きやうだい)の 盟盞(みづさかづき)を酙約(くみかは)すは。 是(これ)ぞ誠(まこと)の 水魚(すいぎよ) たり 浪(らう)裡(り)白(はく)跳(てう)張(ちやう)順(じゆん) 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天殺星(てんさつせい)》 黑(こく)旋(せん)風(ふう)李(り)逵(き) 這(この)一個(ひとり)は沂水縣(きすいけん)百丈村(ひやくぜうそん)の人(ひと)なり。面(おもて)は黑熊(こくゆう)の像(ごと)く。身(み)は鐡牛(てつぎう)に侶(に)たり。 故(ゆゑ)に李鐡牛(りてつぎう)とも呼(よ)べり。能(よく)雙(ふたつ)の斧(をの)を使(つか)ふて。しば〳〵酒狂(しゆきやう)の悪癖(わるくせ)あり。 少時(わかゝりしとき)江州(ごうしう)に来(きた)り。戴宗(たいさう)が許(もと)に小牢子(こらうもり)をす。法塲(しおきば)に戦呌(たゝかひさけん)で。宋江(さうこう)戴宗(たいそう) を助(たすく)ること。這人(このひと)をもて第一(だいいち)とす。母(はゝ)の迎(むかひ)に往(ゆく)山路(やまぢ)には。欺(にせ)李逵(りき)を殺(ころ)して。 酒店(さかや)を粉(こ)になし。沂嶺(きれい)に母(はゝ)を咬(かま)れては。山谷頭(さんこくとう)に怒哭(どこく)して。四頭(しひき)の大蟲(とら) を憤殺(ふんさつ)なす。敵(てき)にむかふて斬(き)る首(くび)は。獨龍岡(どくりやうかう)に。祝龍(しゆくりやう)。祝彪(しゆ?ひやう)。十面(じうめん)埋伏(まいふく)に。 段鵬挙(だんはうきよ)。青石峪(せいせきこく)に賀雲(がうん)。眞雷(しんらい)。毗陵郡(びりやうぐん)には。髙可立(かうかりう)。張近仁(ちやうきんじん)。奸邪(かんじや)を 糺直(たゞ)して屠(ほふ)る頭(かうべ)は。四柳邨(しりうそん)に狄家(てきか)の婬女(いろずき)。牛頭山(ぎうとうざん)に假宋公(にせさうこう)或(あるひ)は燕青(ゑんせい)に 【左下欄外】ウ上◯下ノ十二 【右下欄外】 上◯下ノ十三 従(したが)ふて泰安州(たいあんしう)に到(いたつ)ては。抵角(すもふ)の塲(には)に號狂(ごうきやう)なし。壽張縣(じゆちやうけん)に逰(あそん)では心(こゝろ)の 如(ごと)く戯決断(ばかけつだん)す。梁(はり)より跳下(とびおり)詔書(せうしよ)を裂(さひ)ては陣宗善(ちんそうぜん)を呌殺(けうさつ)す。此外(このほか) 悪徒(あくと)毒輩(どくはい)が膽(きも)を食(くら)ひ精(せい)を甞(なむ)。くちは飽(あく)まで暴悪(ぼうあく)なれども。心(こゝろ)に 一片(いつぺん)の邪曲(じやきよく)なし 《割書:天罡星(てんかうせい)三十六|員之内(いんのうち)天損星(てんそんせい)》 浪(らう)裡(り)白(はく)跳(てう)張(ちやう)順(じゆん) 此一個(このひとり)は張横(ちやうおう)が弟(おとゝ)にして。江州(がうしう)城外(ぜうぐわい)に魚牙(うをどひや)の賣主(もとじめ)たり。其性(そのせい)水(みづ)に熟練(じゆくれん)して 波上(はしやう)を渉(ゆく)こと四五十 里(り)。水底(すいてい)に沈(しづ)むこと七 日(にち)七 夜(や)。されども身躰(しんたい)甞(かつ)て疲(つか)れず。是(この)   縁故(ゆゑ)をもて混名(あだな)をば。浪裡白跳(らうりはくてう)と称(よば)れたり。琵琶樓上(びはらうせう)に宋公(さうかう)等(ら)と大義(たいぎ)を結(むすん)で より已來(このかた)。江上湖中(こうしやうこちゆう)の攁(はたらき)は。黄文炳(こうぶんぺい)を剏(はじめ)として。安道全(あんどうぜん)を迎(むか)へては。楊子江(やうしこう)に賊(ぞく)張(ちやう) 旺(わう)。海鰍舩(かいしうせん)の邪(じや)髙俅(かうきう)。金山寺浦(きんさんじうら)には呉成(ごせい)を殺(ころ)し。陳家(ちんか)の舩(ふね)を奪(うばふ)ては。潤(じゆん) 州攻(しうせめ)の功(こう)第一(たいいち)。杭州城(かうしうぜう)の軍(いくさ)には。單身(ひとり)西陵橋(せいれうきやう)より跳投(とびいつ)て。幾重(いくへ)の鈴索(すゞなは) 鐸網(なるこあみ)。右(みぎ)に潜(くゞ)り左(ひだり)に抽(ぬけ)。湧金門(ゆきんもん)に爬上(はいあが)り。雲垣(たかべい)踰(こえ)んとする音(おと)を。衛看(ばんて)  の士(もの)に䚕現(みだ)されつ。數千(すせん)の弓兵(ゐて)に射屈(ゐすくめ)られ。水底(すゐてい)深(ふか)く遁(のが)れても。 身(み)に寸鉄(すんてつ)の帮板(たて)なければ。哀(あは)れむべし盛壮(さかん)なる豪傑(がうけつ)も。西湖(せいこ)の泡(あわ)と 化(け)し畢(をはん)ぬ然(され)ども猛魂(もうこん)空(むなし)からで。龍帝(たつのみかど)の慈惠(じけい)を蒙(かうぶ)り。金華大保(きんくはたいほ)の宦(くはん)を  得(え)て兄(あに)張横(ちやうわう)が身(み)をかりつ。五雲山下(ごうんさんか)に城主(ぜうしゆ)たる。方天定(はうてんてい)を怒殺(どさつ)せしは。 誠(まこと)に忠義(ちうぎ)の至極(しいきよく)なんぬ 【右下欄外】ヲ上◯下ノ十四《割書:止|》  鐡(てつ)呌(きやう)子(し)樂(らく)和(くわ) 髙俅(かうきう)がために佯(いつは)られ。東京(とうきん)の邸(やしき)にありしを。 燕青(ゑんせい)等(ら)謀(はか)らふて。樂和(らくくわ)にその意(い)を通(つう)じ合(あは)せ。屏(へい) の外(そと)より索(なわ)を投(なげ)いれ。これを柳(やなぎ)の枝(えだ)にくゝり。端(はし)もて 外(そと)より強(つよ)くひけば。樂和(らくくわ)はさながら蜘蛛(さゝがに)の。糸(いと)を こつたふ如(ごと)くにて。毒地(どくち)をのがれ出(いで)たりとぞ 《割書:地煞星(ちさつせい)七十二|員之内(いんのうち)地樂星(ちらくせい)》 鐡(てつ)呌(けう)子(し)樂(らく)和(くわ)【図書館印】   這(この)一個(ひとり)は原(もと)茅州(ぼうしう)の■(ひと)【人+星】なり登州城(どうしうぜう)に来(きたり)て節級(せつきう)の職(しよく)を務(つと)む。一個(ひとり)の娘(むすめ) を與(あたへ)て病尉遲(へいうつち)孫立(そんりう)を聟(むこ)とせり。十八 盤(ばん)の藝(じゆつ)を極(きはむ)れども武(ぶ)を以(もつ)て他(ひと)を怖(おど) さず。仁(じん)ありて多(おほ)く罪人(とがにん)囚士(めしうど)を憐(あはれ)む縡(こと)。自(みづから)養(やしな)ふ子弟(してい)の如(ごと)く。一遭(ひとたび)顧大嫂(こたいそう)㑪(ら)が 頼(たの)みに隨(したが)ひ。解珍(かいちん)解寳(かいほう)が牢苦(らうく)を救(すく)ひ。八個(やたり)の豪傑(がうけつ)と宋江(そうこう)が陣(ぢん)に加(くは)はり。 稍軍亊(やくぐんじ)を経歷(けいれき)して。髙俅(かうきう)が宦兵(くわんへい)を破(やぶ)るの後(のち)。契約(けいやく)の為(ため)に東京(とうぎん)に伴(ともなは)れ。月(つき)を超(こゆ) れども是(これ)を水泊(すいはく)へ返(かへ)さゞれば。戴宗(たいそう)燕青(ゑんせい)謀合(かたらふ)て髙俅(かうきう)が邸(やしき)を出(いだ)させたり。然(しか)して四海(しかい) 平鎭(へいちん)の日。此人(このひと)謡歌(あうか)の妙(みやう)を得(え)たれば駙馬王大尉(ふばわうたいい)に招(まねか)れて。宦禄(くはんろく)を得(え)たりしは。 是(これ)鐡呌子(てつけうし)の綽号(あだな)に依(よ)るものなり 【左下に蔵書印(林忠正)】 【左下欄外】ウ上◯下ノ十四《割書: |止》 【白紙】 【裏表紙 手描きの紙片】 Présumé David Weil Sylvain Leuy 【本の背】