頃は安政三辰八月廿五日夜 五つ半時ごろより辰巳風はげしく先 日本ばし南の方は品川宿大半そんじ南 品川は不残りうし町は出水にて津なみの如く 不残ながさる沖にある大舟五十そう程行方不知 御台場は少々そんじる夫より高なは辺は 不申及三田辺田町へん大にそんじ夫より芝浦 是又津なみにて大半さつま様銅つくりの大舟 芝浦えうち上る金杉はし辺新あみ丁はん 海手通不残大船十そう程打上る 出火の場所は片門前一丁目より神明前 不残神明町片かわにてとまる 大久保様森様新銭ざ大はんそんじ 大小の船数しれず打上る御浜御てんつきじ 海辺大半そんじ西本ぐわんじ本堂は打つぶれ 寺中は大そんじ裏門前へ大船打上る鉄ほうづ 辺不残佃島は大にそんじれいがん島辺 永代ばし大船あたり中程ゟ大くづれにて往来留る 此船の印ばしらは田安様御やしきへ流付ともの所は 安藤様御門前へ打上る御長やは大くづれ其辺 茶ぶね十そう程打上る夫ゟ深川海辺は津海ニ而 大そんじ仮宅遊女屋大くづれ大の屋ト申遊女や 丸つぶれ洲さき辺木場辺不残又御船蔵 二ケ所そんじ其外本所辺出水多くして大そんじ 又北之方は神田辺不残馬喰町両国辺共 浅草御蔵前通り観世音御堂はつゝがなく 御山内は不残そんじ矢大臣門外松田屋ト申遊女屋 惣つぶれ花川戸辺山谷辺芝居町は三座共 大そんじ千住辺不残又西之方は 丸の内諸家様方一円打くづれ下谷辺 不残出火場所坂本辺よし原内やける本 郷辺一円白山辺大そんじ其外 山の手辺は不残右之外市中一ゑんそんじ