【表紙】 【題簽】 《割書:新板|絵入》伊勢物語 《割書:下》      《割書:かうしやく付》 【表紙見返し】     伊勢物語題号 此物語伊勢と称する事伊勢の御作物語となしたる 故也古来伊勢の二字男女と訓するをもつて伊勢物語と 号すと云説当流もちひす又業平伊勢の国へかりの使に いきて斎宮にあひし故に伊勢物語と称すと云て斎宮の 事を巻頭に置たる本有定家卿奥書に伊行か所為狼藉奇 恠者也不用也と云々法印云旨闕疑抄にも言語道断曲事 なりと述給へり然則業平自記の書給へしを伊勢増巻 後補して業平の卒後仁和の帝芹河行幸の事を 載業平の兄行平の哥を書加へ其外万葉集の哥等 をのせて作物語となし宇多院の后宮七条の后温子へ 奉りし故伊勢物語と号したるといふ説に決せり伊 勢の御は前大和守従五位上藤原継蔭か女也継蔭元伊勢 守たりし時女の名とす寛平法皇にも宮仕して行明親王を 生り大和物語源氏等にも伊勢の御と称せり女御といふ心也と そ年代は業平とおなし業平逝去迄在し人なり            ┌─浜椎───┐  内麻呂───真夏──┤      │            └─関椎   │  ┌────────────────┘  └─継蔭────────伊勢女 【左丁】 (四十九)むかし。おとこ。いもうとの。いと《振り仮名:おかしげ|(うつくしきなり》成けるを。見をりて   うらわかみねよげに見ゆるわかくさを人のむすばんことおしぞ思ふ                    《割書:(いかなるよき人にもむすひかしづかせたきとおもふ也|》 ときこえけりかへし   《振り仮名:はつくさのなどめづらしき|(めつらしきといはんとてはつくさといへり》ことのはぞ《振り仮名:うらなく物を思ひけるかな|(かたしけなく思しめしくたさるゝとの心也》 (五十)むかし。おとこありけり。《振り仮名:うらむる人|(我をうらむる人也》を《振り仮名:うらみて|かへりてそなたこそ》   《振り仮名:鳥の子をとをづゝとをは|かみの句なるましきことをたとへたり》かさぬとも思はぬ人を思ふものかは といへりければ   《振り仮名:あさつゆはきえ残|かみの句有ましき物をたとへたり》りても有ぬべしたれか此世をたのみはつべき またおとこ   《振り仮名:ふく風にこぞのさ|かみの句又あるましきことをいへり》くらはちらずともあなたのみがた人の心は 又女かへし  《割書:古今》《振り仮名:ゆく水にかずかく|かみのくはかなきことのたとへ也》よりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり またおとこ 【右丁】   行水と過るよはひとちる花といつれまて《振り仮名:てふことをき|(とい ふといふことはなり》くらん 《振り仮名:あだくらべかたみにしける。|(はかなきこと人をいひくらふる也【「し」があるのでは】(男女たかひにする也》男女のしのびありきしけること成べし (五十一) むかし。おとこ。人のせんざいに。きくうへけるに 《割書:古今》《振り仮名:うへしうへ|(かさねことは也》秋なき時やさかざらん花こそちらめねさへかれめや (五十二) 昔。男有けり。人のもとより。かざりぢまきおこせたりける返事に   あやめかり君はぬまにぞまどひける我は野に出てかるぞわびしき とて。きじをなんやりける (五十三) むかし。男。あひがたき女にあひて。物語などしける程に。とりのなきければ いかでかはとりのなくらん人しれずおもふ心はまだ夜ふかきに (五十四)むかし。おとこ。つれなかりける女にいひやりける   ゆきやらぬゆめぢをたどるたもとにはあまつそらなるつゆやをくらん (五十五) むかし。男。おもひかけたる女の。《振り仮名:えうまじう成| 我ものになるましくなる也》ての《振り仮名:よに|(世也》   思はずはありもすらめとことのはの折ふしごとにたのまるゝかな 【左丁】 (五十六) むかし。おとこ。ふして思ひ。おきて思ひ。おもひあまりて   わが袖はくさのいほりにあらねどもくるればつゆのやどりなりけり (五十七) むかし。おとこ。人しれぬ物おもひけり。つれなき人のもとに   恋わびぬあまのかるもにやどるてふ我から身をもくだきつる哉 (五十八) むかし。心つきて。色ごのみなる《振り仮名:男。|(なりひら也》長岡といふ所に。家つくりてをり けり。そこのとなりける《振り仮名:みやばら|桓武の皇女達也》に。《振り仮名:こともなき|たくひなくすくれたる女也》《振り仮名:女ども|つかはれ人也》の。ゐなかなり ければ。田からんとて。此《振り仮名:男の|(なりひら也》有を見て。《振り仮名:いみじのすきものゝしわざ|(なりひら家居奥有て住なせるを物すき也とて女のほめたる也》 やとて。あつまりて。《振り仮名:入きければ。|(なりひらのいへに》此《振り仮名:男にげ|(なりひら也》ておくにかくれにければ。女 《割書:古今》 あれにけりあはれいくよの宿なれや住けん人のをとづれもせぬ といひて。此みやにあつまりきゐて有ければ。此おとこ   むぐらおひてあれたる宿のうれたきはかりにも《振り仮名:おにの|(女のこと也》《振り仮名:すだく成|(あつまる也》けり とてなん出したりける。此女ども。《振り仮名:ほひろ|(いねのほ也》はんといひければ   うちわびておちぼひろふと聞 ̄カ ませば我も田づらにゆかまし物を 【右丁】 (五十九)昔。男。京をいかゞおもひけん。ひんがし山に住んと思ひ入て 《割書:後撰》《振り仮名:住わびぬ今はかぎり|後撰につま木こるへきやともとめてんと有》と山ざとに身をかくすべき宿もとめてん かくて《振り仮名:物いたくやみて|(物思いの病となりて也》しに入たりければ。おもてに水そゝきなどして。いき出て   我うへにつゆぞをくなるあまの川とわたるふねのかいのしづくか となんいひて。いき出たりける (六十) むかし。おとこ有けり。《振り仮名:宮つかへいそが|(なりひらは春にいそがしき也》はしく。心も《振り仮名:まめならざり|(しんじつにも思はぬ也》ける 程のいへ《振り仮名:どうじ|(つまをいふ也》。《振り仮名:まめに思はん|(又しんじつに思はんと云人也》といふ人につきて。《振り仮名:人の国|他国也》へいにけり。此 男うさのつかひにて。いきけるに。ある国の《振り仮名:しぞうの官人の|(祗承と書勅使をもてなすこやと也》め(妻也)にてなん有と聞 て。女あるじに《振り仮名:かはらけとら|さかつきさゝせよと也》せよ。《振り仮名:さらずはのまじと|女房の盃ならすはさけをのましと也》いひければ。かはらけ 《割書:(勅使の仰なれは也》 とりて出したりけるに。さかななりけるたち花をとりて 《割書:古今》さ月まつ花たちばなのかをかげばむかしの人の袖のかぞする といひけるにぞ。《振り仮名:思ひ出て|もとの夫也と思ひ出して也》《振り仮名:あまに成て|めんほくなく思ひて也》山に入てぞありける (六十一) むかし。男。《振り仮名:つくしまで|うさの使なるへし》いきたりけるに。《振り仮名:これはいろ|なりひらを見て也》このむといふ。すき 【左丁】 ものと。すだれのうちなる人のいひけるをきゝて 《割書:拾遺》そめ川をわたらん人のいかでかは色になる《振り仮名:てふことのな|(といふといふことは也右にも注す》からん 女かへし 《割書:後撰》名にしおはゞあだにぞ有べきたはれしまなみのぬれぎぬきるといふ也 (六十二) むかし。年ごろをとづれざりける女。《振り仮名:心かしこく|(をろかなる女也》やあらざりけん。《振り仮名:はか|(人のいふに》 《振り仮名:なき人|まかせてなり》のことに付て。《振り仮名:人の|(他国也》国なりける人につかはれて。《振り仮名:もと見し|(なりひら也》人の まへに出きて。《振り仮名:物くはせ|(給仕したる也》などしけり。よさり《振り仮名:此有つる人給へと。|(此給仕の女をよさり我所へたべと也》あるじ にいひければ。おこせたりけり。男われをしらずやとて   いにしへのにほひはいづらさくら花《振り仮名:こけるからともなり|(花こきちらしたる枝のからといへる也》にけるかな といふを。《振り仮名:いとはつ|(女の心に也》かしと思ひて。《振り仮名:いらへもせで|(返事もせぬと也》ゐたるを《振り仮名:などいらへも|(なりひらのことは也》せぬ といへば。《振り仮名:なみだの|(女のことは也》こぼるゝに。めも見えず物もいはれずといふ   これやこの我にあふみをのがれつゝ年月ふれどまさりがほなき といひて。きぬゝぎてとらせけれど。《振り仮名:すてゝにげ|(はちてゑとらぬ也》にけり。いづちいぬらん共しらず 【右丁】 (六十三) むかし。世心つける((色好の心也)女。いかで心なさけあらん男に。あひえてしがなと 思へど。いひ出んもたよりなきに。まことならぬゆめがたりをす。子 三人(ミタリ)を よびてかたりけり。ふたりの子はなさけなく 《振り仮名:いらへてや|(みくるしく思へる也》みぬ。三郎成ける子 なん。よき御 ̄ン 男ぞいてこんと あはするに。((夢合する也)此女 けしき(よろこふ也)いとよし。こと人((三郎か心也) はいとなさけなしいかで 此さいご((なりひら也)中将に。 あはせてし(我はゝを也)がなと思ふ心有。 かりしありきけるに((なりひらかりしてありく也)いきあひ((三郎が)て。道にて馬のくちを((なりひらの馬のくち也)とりて。 かう〳〵なん((かやう〳〵にわか母) 思ふと((思ふと也)いひければ。あはれがりて。きてねにけり。((なりひらゆきて也)扨のち男みえざりけ れば。女。男のいゑにいきて。かいま見((垣間見也)けるを。男ほのかに見て  もゝとせに一とせたらぬ つくも((江沢藻と云)がみわれをこふらしおもかげに見ゆ とて。出たつけしきを((なりひらさもゆかんとして也)見て((我所へくる)。むばら(けしきをみて)からたち((いはらきこく也)にかゝりて。家にきて((我いへに帰りきて也)うち ふせり。男かの女のせしやうに((なりひらもかいまみる也)。忍びてたてりて見れば。女なげきてぬとて  《割書:上句古今》さむしろに衣かたしきこよひもや恋しき人にあはでのみねん とよみけるを。男あはれ((なりひら也)と思ひて。其夜ねにけり世の中の 例(レイ)として。思ふ 【左丁】 をば思ひ。思はぬをば思はぬものを。此人は。思ふをも思はぬをも。けぢめみせぬ((験の字善悪をへたてぬ心也)心なん有ける (六十四) むかし。おとこ。みそかにかたらふわざもせざりければ。いづく成けんあやしさ((いつくに有共しらぬ也)によめる  ふ ふく風に我身をなさば玉すだれひまもとめつゝいるべきものを かへし  とりとめぬ風には有とも玉すだれたがゆるさばかひまもとむべき (六十五) むかし。おほやけおぼしてつかふ給ふ 女の((二条の后也)。いろゆ((綾の織物也)るされたる有けり。おほ((染殿の后也) みやすん所とて いますかり((おはします也)ける。いとこ成けり。殿上((昇殿を云)にさふらひける。あり はら成ける 男の((なりひら也)。まだいとわかゝりけるを。此女((二条の后也)あひしりたりけり。男((なりひら)。女((女中達) がたゆるされたりければ。女の((二条后也)ある所に きて((行て也)。むかひをりければ。女いとかた                                  《割書:(片端と云事也》 はなり。身も ほろび((はちしめたる也)なん。かくなせそといひければ 《割書:新古今》思ふに(なりひらうた也)はしのぶることぞまけにける あふにしかへば((あふことにかへてわれほろふることも思はぬ也)さもあらばあれ といひて。ざう((つぼね也)しにをり給へれば。例の((れいのことく也)此みざうしに。人の見るをも しらで((はゝからて也) のぼりゐければ。此女 思ひわ((きのくに也)びて。さとへゆく(女のさとへさかりゆく也)。されば 何のよきことゝと((何のこともなけに打歓たる心也)思ひて。 【右丁】 いきかよひければ。みな人聞てわらひけり。つとめて((つきのあした也)とのもづかさの見るに。 くつはとりておくになげ((あくる朝番所へ帰りくつをなけ入番をつとめたるかほをする也)入てのぼりぬ。かくかたはにしつゝ有わたるに((かやうに放埓のさまにのみ有わたる也)。 身もいたづらに成ぬべければ。つゐにほろび((后の先の詞也思外含て也)ぬべしとて。此男いかにせん。 わが かゝる((たへかぬる心を也)心やめ給へと。仏神にも申けれど。いやまさりにのみ覚えつゝ。 猶わりなく。こひしうのみおぼえければ。おんやうじ。かん((神子也)なぎよびて恋 せじといふ。はらへの ぐし((やく也)てなん いきける((かはべに行也)。はらへけるまゝに。いとゞかなしきこと。 数まさりて。有しよりけに。((稀の字有しよりまさりて也けを侍る也)こひしくのみおぼえけれは 《割書:古今》こひせじとみたらし川にせしみそぎ神はうけずも成にけるかな といひてなんいにける 此 みか((清和也)どは。かほかたちよくおはしまして。仏の音(ミ)名(ナ)を御 ̄ン心に入て御 こゑはいとたうとくて。申給ふをきゝて。女はい((二条后也)たうなきけり。かゝる君 につかうまつらで。すく((宿世也)せつたなくかなしきこと。此男にほだされてと てなんなきける。かゝるほどに。みかど聞しめし付て。此男((罪のこと国史に見えす)をばながしつか 【左丁】 はしてげれば此女のいとこの みやす((染殿の后也)所。女をば((二条后也)まかでさ((大内を出して也)せて くらに((ふかき所也)こめて しほり((こらし給ふ也)給ふければ。蔵にこもりてなく 《割書:古今》あまのかるもにすむ虫のわれからとねをこそなかめ世をばうらみじ となきをれば。此男は人の国((ながされたる所也実の配所にはあらさる也)より夜ごとにきつゝ。ふえをいとおもしろく 吹て。こゑは おかし((おもしろく也)うてぞ。あはれにうたひける。かゝれば。此女はくらにこ もりながら。それにぞあなる((なりひらにて有也と也)とはきけど。あひ見るべきにもあらでなん有ける   さりともと思ふらんこそかなしけれあるにもあらぬ身をしらずして と思ひをり。男は女しあはね((しは休字也)ばかくしありきつゝ。人の国にありきて かくうたに((かやうによむ也)   いたづらに行てはきぬるものゆへに見まくほしさにいざなはれつゝ 水のお((清和也)御 ̄ン時なるべし。大みやすん所も。そめ殿の后也。五条のきさきとも((五条にすまはせ給ふ故也) (六十六) むかし。男。つの国にしる((知り所也)所有けるに。あにをとゝ友だちひきゐて。 なにはのかたにいきけり。なぎさを見れば。ふねgどものあるを見て 《割書:後撰》なにはつをけさこそみつのうらごとに是や此よをうみわたるふね 【右丁】 これをあはれがりて。人々かへりにけり (六十七) むかし。男。せうえうし((なくさみあそぶ也)に。思ふどちかいつらねて。いづみの国へ。きさらぎ((二月也) ばかりにいきけり。かうちの国いこま山を見れば。くもりみ((みは休字也)。はれみ。たち ゐるくもやまず。朝(あさ)よりくもりて。ひるはれたはれたり。雪いとしろう。木の