春画資料の翻刻テキスト

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BnF.

《割書:うきよ|げむじ》 五十四帖下

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/小野(をのゝ)/徒/(むだ)/□(まら)【玉篇に莖の嘘字】嘘字尽(うそじづくし) 坤

BnF.

正写相生源氏  中

正うつ
  し
相生
げん
 し
  中之巻


〽アレ御ぜんさま
 あなたはまア
  どうしてこんなに
   おじやうずで
    いらツしやるか
     わたしは
      どうも
      よくツて〳〵
        しに
       さうで
        ござい
          ます

みつ
〽をはり
  はつもの
  なか〳〵に
  としの
   ゆかぬ
    もの
   から
    見る
     と
    その
    あぢは
     かく
      べつ
      じや
      フウ
       〳〵〳〵

みつ
〽かうしてこゝへとまるのも
 そなたとふたりで
      ねたいばかり
  ちつとこちらを
    むいてもよからう
   またをすぼめて
      ちからをいれるは
    こんな事がいやなのか
     それでも
        おぬしは
     さつきらうかで
       おれがする
         とほりに
      なつたではないか
      ナニいつそ
         はづかしい
        ほんにまだ
         をぼこじや
            なア

おとせ
〽まアちつと
 おまちあそばして
   くださいまし
 なんだかいつそ
  むねがどき〳〵
 いたして
   なりません
 アレおてが
   よごれる
      から
    およし
     あそ
      ばせヨ

さぐり
よしみつの
 こはいろにて
〽どうぢや
   ゆふべとは
 またちがふだらう
  ソレどうぢや
     またいゝか
 おれはある
  仙人からでんじゆを
       うけて
 するたびに
    やうすを
  ちがはせる事に
   めうをえて
     ゐるから
  ゆふべはゆふべ
 こよひはこよひ
   そのあぢが
    ちがはうがノ


〽どうやらゆふべ
      より
   おだうぐが
    ちひさう
  なつたかと
    おもひますが

  よい事はこよひの
        はうが
    十ばいでございます
       さつきから
        モウいき
           つゞけで
         アレモウまた
             それ
              フウ〳〵〳〵〳〵
             スウ〳〵〳〵

〽よくなつたら
  ゑんりよはない
       から
 ちからいつはい
  だきつくがよい
 アゝこのしまりの
     よい事は
   サア〳〵おれも
    いきさう
       じや
     フウ〳〵〳〵〳〵

おとせ
〽あれモウ
   なんだか
  からだぢうが

  ふるへるやうに
     なりました
  これがきこゆうが
   いくので
    ございますか
       ねへ

こそめ
〽こゝは大(おほ)かた
    うたの道(みち)をならつて
  をるとぞんじませうに
 思ひもよらぬ
    とんだ御伝授(ごでんじゆ)
  しかし光(みつ)さま
        たうぶんの
 おなぐさみではおうらみで
     ございますヨ

みつ
〽ひとの
  むすめを
 なぐさみ
  ばなしに
 するやうな
  ふじつは
    ない
三鳥三木(さんてうさんぼく)の
 でんじゆより
  三てう
    つゞけの
  でんじゆが
    かんじん
  ようおぼえ
      て
   わすれ
    まい
     ぞや


○こゝの画(ゑ)のわけ
古今伝授(ここきんでんじゆ)は
 下(げ)の巻(まき)の
   始(はじ)めに
      あり


〽アレおよしあそばしまし
  こんな事がしれますと
   はうばいどもが
        あてこすり
    ねたみそねみも
        あらうかと
     こゝろづかひで
          ございます
     わたくしもつね〴〵から
        あなたのやうな
      けだかいおかた
       どうかなるなら
         うれしからうと
          思つては
           をります
            けれど

〽これ浅香まア
    まちやれ
 こゝにすこし
    用がある
 そちがやうな
   やさかたで
 あいけうのある
     をなごを
 たゞとほすことは
      ならぬ
 しやじんの
  ゐくわうを
    かさにきて
 むりをいふでは
   なけれども
 おれもよければ
   そちもよし
 まんざら
   いやでも
    あるまいが


○過去(こしかた)の物(もの)
       がたり
  文(ぶん)にあはせて
    見(み)給ふべし

〽あれサしづかにをしヨおぢやうさんが道具さんに
  水あげをしておもらひだつサいやだノウ
  あんなぢいさんとなんする事は
 それでもよいさうでいつそ
  いく〳〵とおいひだはホヽヽヽ

〽どれ〳〵モウ
  はじまつたかへ
 わちきにも
  見せておくれな
 おまへもまことに
    すけべゑだヨ
 しらんかほをして
  さきへきてサ
   にくらしい

正写(しやううつし)相生(あひおひ)源氏(げんじ)中の巻
               東都  女好菴主人著
      第四  返花(かへりはな)のまき
百年(もゝとせ)に一(ひと)とせたらぬ九十髪(つくもがみ)とは。かの業平(なりひら)をしたひぬる。老媼(おうな)に対(たい)してよみ給ふ。夫(それ)には
あらねど美女(たをやめ)も。いつか四十(よそぢ)に近(ちか)つきては。顔(かほ)の小皺(こじは)の目(め)に立(たち)て。肌(はだ)も荒(あら)びつ髪(かみ)さへも
荊(いばら)ならねど霜(しも)はたび。おける尾花(をばな)に髣髴(さしもに)ツヽ。見所(みどころ)はなきものながら春宵一刻(しゆんせういつこく)千金(せんきん)
とは普通(ありふれ)たる人情(にんじやう)にて。花(はな)と月(つき)とを賞(しやう)せしなれど。また霜葉(さうえふ)は二月(じげつ)の花(はな)より。
紅(くれなゐ)なりと賛(ほめ)たるは。少(すこ)しひねつた騒(さは)がしき、春(はる)より秋(あき)の閑清(かんせい)をよしといひたる人々(ひと〴〵)の心々(こゝろ〳〵)の
世(よ)の中(なか)にて。たとへは鰻(うなぎ)の蒲焼(かばやき)は。厚味(うまい)の極(きは)みなりといへど。日々(ひゞ)三回(さんど)ツヽ喰(くい)せられては。鼻(はな)につき
てその香(か)を厭(いと)ふ。砂糖屋(さとうや)の丁稚(でつち)甘(あま)きを好(この)まず鰻(うなぎ)屋の猫(ねこ)馨(かんば)しきを。嫌(きら)ふといふも
こゝならん。されど室町(むろまち)の吉光君(よしみつきみ)は艶々(つや〳〵)麗々(みづ〳〵)としたる年(とし)若(わか)き。美女(たをやめ)のみを抱寝(だきね)して
味(あぢは)ひ鰻(うなぎ)に等(ひと)しけれど。また邂逅(たま〳〵)には鯷(ひしこ)の卯花漬(うらづけ)。煎菜(いりな)に油揚(あぶらげ)これも妙(めう)と。換(かは)つた

物(もの)の珍(めづ)らしく。年(とし)こそ少(すこ)し萎(すが)れたれ。その取(とり)まはし詞(ことば)の端(はし)。賤(いや)しからず野暮(やぼ)からぬ。浅(あさ)
香(か)を鳥渡(ちよつと)一口(ひとくち)と。心(こゝろ)の裡(うち)の目算(もくさん)に。今宵(こよひ)は此処(こゝ)へお泊(とま)りと。神輿(みこし)を居(すえ)ての大酒宴(おほさかもり)。春(はる)の
夜(よ)いとゞ更安(ふけやす)く。はや子刻(こゝのつ)に程近(ほどちか)く。浅香(あさか)は女児(むすめ)が帰(かへ)らぬを。心裡(こゝろのうち)に案(あん)じ侘(わ)び
畢竟(ひつきやう)斯(かう)して貴人(あてびと)の。かゝる白亭(くさのや)へ来(き)給ひしも。女児(むすめ)音勢(おとせ)が故(ゆゑ)なるに。今宵(こよひ)も帰(かへ)りも
来(こ)ずは。不興(ふきよう)ならんと思(おも)ふにぞ。飲(のん)だる酒(さけ)も裡(り)におちて。快(こゝろよ)くは発(はつ)しもせず。たゞ人(ひと)しらぬ
気(き)あつかひも。みな画餅(むだ)ごとに更闌(かうたく)る。浅香(あさか)は婢女(はした)にいひつけて。たしなみの夜具(やぐ)とり出(だ)させ。
穢(むさ)くるしくもこの所(とこ)へ。お寝(よら)せませうと佐栗(さぐり)へ商議(さうだん)。表座敷(おもてざしき)へしき伸(のぶ)る。綾(あや)の蒲団(ふとん)に純子(どんす)
の横(よぎ)。お前(まへ)はこゝへお憩(やす)みと。一間隔(ひとまへだ)てし納戸(なんど)へは佐栗(さぐり)が床(とこ)を敷(しき)のぶる。吉光君(よしみつぎみ)は浅香(あさか)が案(あん)
内(ない)に。表座敷(おもてざしき)へ入(いり)給ひ。蒲団(ふとん)の上(うへ)に肘枕(ひぢまくら)。酔(ゑふ)た〳〵と寝(ね)給へは。浅香(あさか)は側(そば)に手(て)をつかえ。
浅〽御前(ごぜん)さまそのまゝでは。お召物(めしもの)が皺(しは)になり。見苦(みくる)しうございますサア〳〵是(これ)を召(めし)かえ
ませ。お腰(こし)なり御足(おみあし)なり。お摩(さす)りでもいたしませうトいへば吉光(よしみつ)起(おき)なほり。浅香(あさか)の手(て)をひつと
らへ《割書:光|》〽何処(どこ)も按(もむ)には及(およ)ばぬからマアこゝを摩(さす)つてみやれト手(て)を持(もち)そへてあてがひ給ふ

を。着物(きもの)の上(うへ)から徐々(そろ〳〵)と。摩(さす)つてみればき木(き)のやうに。しやツきり勃起(おゑ)たる大業(おほわざ)
もの。股(また)の間(あひだ)へ横(よこ)たはる。その手障(てざはり)の心(こゝろ)よさ。浅香(あさか)はしばし按摩(なでさす)り。握(にぎ)つてみれば其(その)
太(ふと)さ。着物(きもの)の上(うへ)とは言(いひ)ながら。凡(およ)そ八寸胴(はつすんどう)がへしとも。いふべき程(ほど)にてピン〳〵と。押(おさ)へる手(て)さへ
反(はね)かへす。威勢(いきほひ)尖(する)どきありさまに。忽地(たちまち)気(き)もちあぢになり。吾(われ)をわすれてぬら〳〵と。吐婬(といん)
出(いで)しや。内股(うちもゝ)もやがてびた〳〵するばかり。この時(とき)吉光(よしみつ)手(て)を伸(のば)し。浅香(あさか)が顔(かほ)を引(ひき)よせて。 口(くち)を
吸(すは)んとし給へば《割書:浅|》〽アレ勿体(もつたい)ないお止(よし)遊(あそ)ばせ。憚多(はゞかりおほ)うト半(なかば)もいはせず《割書:光|》〽ハテ野暮(やぼ)なことをいふ。
恋(こひ)に貴賤(きせん)の隔(へだて)があらうか。 夫(それ)とも其方(そち)が否(いや)ならばトわざとぢらして手(て)を放(はな)し。 身(み)を
引(ひき)給へば。《割書:浅|》〽アレ御前(ごぜん)さま。何(なん)で否(いや)でございませう。しかしながら遥々(はる〴〵)と。 是(これ)まで入(い)らせられ
ましたは。女児(むすめ)音勢(おとせ)を御覧(ごらん)のため。生憎(あいにく)留守(るす)で竟(つひ)になう。 泊(とま)りとみえてまだ帰(かへ)らず。
思(おぼ)し召(めし)が何様(どのやう)であらうと。気(き)を操(もん)でをりますヨ《割書:光|》〽ハテ往水(ゆくみづ)と飛(と)ぶ鳥(とり)は。 何処(どこ)へゆくか誰(たれ)
もしらず。 居(を)らぬものが何(なん)とならう。 夫(それ)より其方(そなた)側(そば)へきて。 自己(おれ)が思(おも)ひを晴(はら)さして。くりや
れトいひつゝ引(ひき)よせられ。浅香(あさか)は久(ひさ)しく男(おとこ)の傍(そば)を。 遠(とほ)ざかりつることなれば。 とし年(とし)はとつても何(なん)と

なく。初々(うゐ〳〵)しさに気(き)もときめき。自由(じゆう)になれば吉光(よしみつ)は。やがて抱(だき)しめ手(て)をやつて。山繭(やままゆ)の
腰(こし)まきを。探(さぐ)りひらきて内股(うちもゝ)へ。わり込(こ)み給へば思(おも)ひの外(ほか)。肌(はだ)ざはりさへすべ〳〵し。毛(け)は
ふつさりと房(ふさ)やうじを。並(なら)べていぢる如(ごと)くなる。だん〴〵奥(おく)へさしこむ手先(てさき)に。紅舌(さね)はさはれど
この辺(あた)り。吐婬(といん)ぬら〳〵溢(あふ)れ出(で)て。滑(ねめ)りて紅舌(さね)もつまゝれず。況(まし)て陰門(いんもん)の両淵(りやうふち)は。流(なが)るゝば
かりのありさまに。吉光(よしみつ)もはや堪(たま)りかね。両手(りやうて)でぐつと内股(うちもゝ)を。おし広(ひろ)げて足(あし)を割込(わりこみ)。
鉄火(てつくわ)に等(ひと)しき一物(いちもつ)を。あてがひて二腰(ふたこし)三腰(みこし)。おせば下(した)より持(もち)あげる。はづみにぬる〳〵毛(け)
際(ぎは)まで。何(なん)の苦(く)もなく押(おし)こめば。その開中(かいちう)の温(あたゝ)かさは。いふも更(さら)なり忽地(たちまち)に。子宮(こつぼ)ひらけ
て鈴口(すゞぐち)を。しつかと噬(くわ)えて内(うち)へひく。その心(こゝろ)よさ気味(きみ)よさは。何(なん)に喩(たと)へんものもなく。
吉光(よしみつ)は目(め)を細(ほそ)くなし。 口(くち)をすぽ〳〵吸(すひ)ながら大腰(おほごし)小腰(こごし)九浅(きうせん)一深(いつしん)。上(うへ)を下(した)へとつき立(たて)給ふに
浅香(あさか)は子供(こども)を二三人 産(うみ)たる開(ぼゝ)にてさま〳〵の道具(だうぐ)だてさへ多(おほ)ければ雁首(かりくび)より胴中(どうなか)へ。ひら〳〵
したもの巻(まき)ついて。出(だ)しいれのたび玉茎(たまぐき)をしごくやうにてえも言(いは)れず。吉光(よしみつ)あまたの側(そば)
室(め)を抱(かゝ)へ。種々(いろ〳〵)楽(たのし)みたりといへど。かゝる稀代(きたい)の上開(じやうかい)は。いまだ覚(おぼ)えぬばかりにて。それいく〳〵アゝ

またいくと。浅香(あさか)が脊中(せなか)へ手(て)をまはし。力一(ちからいつ)ぱい抱(だ)きしめて。嬌(よが)り給へはさらぬだに浅香(あさか)は
誠(まこと)に久(ひさ)しぶり。殊(こと)には太(ふと)く逞(たく)ましき。 一物(いちもつ)に突(つき)たてられ。ヒイ〳〵フウ〳〵ムヽ〳〵と。声(こゑ)をも立(たて)ず最初(はじめ)
から。精(き)をやりつゞけて息(いき)もはづみ。正体(しやうたい)もなき折(おり)からに。アヽソレいくよまたいくよと。男(おとこ)に嬌(よが)
りたてられて。何(なに)かは以(もつ)てたまるべき。五臓六腑(ごさうろくぶ)を絞(しぼ)るばかり。陰水(いんすゐ)どろ〳〵ずる〳〵と限(かぎ)り
もならず流(なが)れ出(で)て。昔(むかし)を今(いま)にかへり花(はな)たのしく其(その)夜(よ)を明(あか)したり
    第五  過去(こしかた)のまき
そも〳〵これなる浅香(あさか)といへる。女(をんな)の素性(すじやう)を索(たづ)ぬるに。この北嵯峨(きたさが)に年(とし)古(ふる)き。郷士(ごうし)
何某(なにがし)の女児(むすめ)おりしが。まだ年(とし)ゆかぬそのころより。色気(いろけ)沢山(たつぷり)前尻(まへじり)を。按(なで)つ摩(さす)りつとり形(なり)も。
年(とし)にはませたいやらしさ。蔭(かげ)では譏(そし)る人(ひと)あれど。親(おや)は却(かへつ)てまた恍惚子(おぼこ)と。心(こゝろ)を寛(ゆる)すその眼(め)
を竊(ぬす)み。傍(ほとり)近(ちか)き弱官(わかうど)と。ちゝくりあひて世間(せけん)の評(ひやう)も。騒々(さう〴〵)しきに心(こゝろ)づき。何時(いつ)までも児(こ)
供(とも)ぢやと。思(おも)ふは世(よ)にいふ親破家(おやばか)なり。はや十五にもなるなれば。男欲(おとこほし)さの春心(あだごゝろ)。出(で)る
のも道理(だうり)何事(なにごと)もないうちに躾(しつけ)のため。御所(ごしよ)さまがたの行儀(ぎやうぎ)作法(さほふ)を。見習(みなら)はするが身(み)の

薬(くすり)と。夫(それ)より近(ちか)しき人(ひと)を恃(たの)み。奉公口(はうかうくち)を尋(たづ)ぬれど。生憎(あやにく)この節(せつ)御所(ごしよかた)には。然(しか)るべき
口(くち)もなく。甘泉寺(かんせんじ)の大納言蟻盛卿(だいなごんありもりきやう)のお傍(そば)勤(つとめ)。年恰好(としかつこう)もちやうどよしと。世話(せは)する人の
あるに任(まか)せ。まづ〳〵それへ上(あげ)たりしが。浅香(あさか)は色(いろ)の味(あぢ)をさへ。覚(おぼ)えし身(み)なればその男(をとこ)と。別(わか)るゝ
怨襟(つら)さに人しれず。血(ち)の涙(なみだ)をば流(なが)せども。年(とし)ゆかぬ身(み)は赧然(はなしろみ)て。男(をとこ)にそれといは躑躅(つゝじ)。いはねば
こそあれ恋(こひ)しさを堪(こら)えて出(いづ)る宮仕(みやづかへ)。男(をとこ)も本意(ほい)なく思(おも)へども。互(たがひ)に親(おや)のあるほどは其身(そのみ)一(ひと)ツ
も自由(じゆう)にならず今日(けふ)と過(すぎ)ツヽ翌(あす)の夜(よ)を。明(あか)してみれば去(さ)るものは。日々(ひゞ)に疎(うと)しの慣(なら)ひにて。心(こゝろ)の
裡(うち)は忘(わす)れねど始(はじめ)のごとくもおもほえず。況(まし)て浅香(あさか)は浮(うき)たる性(さが)にて。蟻盛卿(ありもりきやう)は御年(おんとし)も。まだやう〳〵
に二十三四(にじふさうし)。桜(さくら)は公家(くげ)と喩(たと)へたる。その類容(やさかた)に心地(こゝち)まどひ。前(さき)の男(をとこ)の事などは。夢(ゆめ)の端(はし)にも思(おも)ひは
出(だ)さず。いかにもしてこの刀祢(との)と。添臥(そひぶし)したらと旦暮(あけくれ)に。おつな目(め)つきと口元(くちもと)の。愛敬(あいけう)もまた陋(いや)しから
ねば。蟻盛卿(ありもりきやう)も若(わか)ざかり。いまだ定(さだ)まる北(きた)の方(かた)さへ。在(いま)さずして閨淋(ねやさび)しさに。ちよつと浅香(あさか)が手(て)
をとりて。戯(たは)ふれ給へば追風(ゑて)に帆(ほ)の。弥武心(やたけごゝろ)をじづと堪(こら)え。否(いな)めるさまも憎(にく)からず情(なさけ)の言葉(ことば)
種(さま)〴〵に。心(こゝろ)は解(とけ)し帯紐(おびゝも)や。肌(はだ)どはだとをぴつたりと。慈(いと)し可愛(かあい)の睦言(むつごと)に。はや明(あけ)ちかき

鶏(とり)鐘(かね)を。恨(うら)みながらの起(おき)わかれこれより後(のち)は夜毎(よごと)〴〵に。人目(ひとめ)忍(しの)ぶの関(せき)越(こえ)て。深(ふか)くも契(ちぎ)り
参(まゐ)らしツゝ。露(つゆ)の情(なさけ)のたゝまりて。何嵩(いつ)しか腹(はら)のふくらかに。なりしと聞(きい)て蟻盛卿(ありもりきやう)は心(こゝろ)苦(くるし)く思(おぼ)せとも。
初子(うゐご)となれば安(やす)〳〵と。産(うま)せてみたき心(こゝろ)もしつ雑掌(ざつしやう)なる某(なにがし)に。その事 蜜(ひそか)にかたらひて。浅香(あさか)
が親(おや)へそのよしいひ。側室(そばめ)の披露(ひろう)し給はんと思(おぼ)しにけれど先頃(さきごろ)より。裏藤家(うらふぢけ)の姫君(ひめきみ)を。
迎(むか)へ参(まゐ)らす契約(けいやく)あり。近(ちか)きほどに輿入(こしいれ)と。彼方(かなた)よりも言越(いひこし)給ひつ。されば北(さた)の方(かた)の在(おは)せぬ程(ほど)
に。さる事あらんは聞(きこ)えも悪(わろ)し。胎孕(みごもり)たるまゝ浅香(あさか)をば親元(おやもと)へ返(かへ)すに如(しか)しと雑掌(ざつしやう)等(ら)か計(はか)
らひを。了得(さすが)亜相(あしやう)《割書:大納言(たいなごん)の|唐名(からな)也》も否(いな)みがたく。不便(ふひん)やるかたなけれども。数多(あまた)の黄金(こがね)を手充(てあて)
して。浅香(あさか)に身(み)の暇(いとま)を賜(たま)はり。産(うま)れたる子(こ)は男(おとこ)にまれ。また女(をんな)にまれよき様(やう)に。計(はか)らふべしとの
事なれば。浅香(あさか)は只管(ひたすら)うちなげけど。力(ちから)に及(およ)ぶへきならねば。泣々(なく〳〵)親里(おやさと)へ皈(かへ)り来(き)て憂(うき)月(つき)
日(ひ)を重(かさ)ぬるうちに。月数(つきかず)みちて産落(うみおと)せしは。即(すなはち)今(いま)の音勢(おとせ)なり。されば浅香(あさか)が父母(ちゝはゝ)も筋(すぢ)よ
き子(こ)にはあらねども。初孫(うゐまご)といひ清(きよ)らかなる。女(をみな)の児(こ)は愛(あい)らしさも。また一入(ひとしほ)に思(おも)ひツゝ。二(ふた)とせ
三年(みとせ)を送(おく)るほどに。浅香(あさか)を何時(いつ)まで独住(ひとりずみ)にて。置(おき)給んも快(こゝろよ)からず。他(ほか)に跡(あと)とる男(おのこ)もなけれ

ばよき婿(むこがね)に偶(あは)せんと。思(おも)ふほどに親(した)しき人(ひと)の。媒妁(なかだち)するを僥倖(さいはひ)に。迎(むか)へて浅香(あさか)と夫婦(ふうふ)に
なしつ。老(おい)の安堵(あんど)に做(な)さんとせしが。この婿(むこ)は性善(きがよか)らぬものにて。浅香(あさか)母子(おやこ)はいふも更(さら)なり。
父(ちゝ)母(はゝ)にも当(あた)り悪(わる)く。邪慳(じやけん)放逸(はういつ)なるにより。斯(かく)ては末(すゑ)〴〵治(をさま)りがたし。わが眼(め)の黒(くろ)き裡(うち)ならば。
進退(しんたい)すべて自在(じざい)なりと。父(ちゝ)某(なにがし)が計(はか)らひにて。この婿(むこ)を離縁(りえん)なしつ。浅香(あさか)も元来(もとより)さの
みには。思(おも)はぬ婿(むこ)のことなれば。結句(けつく)僥倖(さいはひ)に思(おも)ひとり。夫(それ)より後(のち)は寡婦(やもめ)にて。明暮(あけくら)す
ほどに。父(ちゝ)母(はゝ)もおひ〳〵に辞世(みまがり)つ。今(いま)は母子(おやこ)の侘住居(わびずまゐ)。始(はじめ)の巻(まき)にいへるがことし。
されば音勢(おとせ)が風俗(ふうぞく)の。並(なみ)に勝(すぐ)れてみえぬるはその素性(すじやう)によるものなるべし
     第六 変詐(たばかり)のまき
うら若(わか)みねよげにみゆる若草(わかくさ)を。むすぶ縁(えにし)の緒(いとぐち)や。今朝(けさ)より雨(あめ)の小止(をやみ)なら。軒端(のきば)
をめぐる玉水(たまみづ)の。音(おと)は寝耳(ねみゝ)にひゞきツヽ吉光公(よしみつこう)は目(め)を覚(さま)し。見(み)給へば暁(あかつき)まで。添臥(そひぶし)したる
浅香(あさか)も居(を)らず雨降(あめふり)ながら日高(ひたか)きにや。雨戸(あまど)屏風(びやうぶ)は建(たて)こめて。手元(てもと)はいとゞ暗(くら)けれど。
櫺子(れんじ)は映(かゞや)くばかりなるに。こは昨夜(ゆうべ)の労(つか)れにて。寝忘(ねわす)れたりと起(おき)あがり。手(て)をほと〳〵と

鳴(な)らし給へば〽ハイと回答(いらへ)て徐々(しづ〳〵)と。屏風(びやうぶ)を明(あけ)てはいるは浅香(あさか)。寝乱(ねみだ)れ髪(がみ)もはや繕(つくろ)ひ。きく
童(どう)やらん薄(うつ)すりと。紅(べに)鉄漿(かね)さへも程(ほど)のよく。嗟(あゝ)惜(をし)むべしこの女(をんな)。今(いま)十年(じふねん)も若(わか)からば。比(たぐ)ひもあら
ぬ美人(びじん)ぞと。見蕩(みとるゝ)ばかりの婀娜(あた)造(づく)り。手(て)をつかへ頭(かうべ)をさげ《割書:浅|》〽モウお目(め)が覚(さめ)ましたか
今日(けふ)は生憎(あやにく)大雨(おほあめ)で。とても館(やかた)へお帰(かへ)りは。なりにくからうと佐栗(さぐり)どのも。申すによつてその
まゝに。静(しつか)にいたして居(をり)ました《割書:光|》〽左様(さう)で有(あつ)たかいかにも大雨(おほあめ)。しかし浅香(あさか)そなた宜(よう)早(はや)く起(おき)
たの。おりや大分(だいぶ)労(つか)れたさうで。夫(それ)から後(のち)は一向(いつはり)しらず。今(いま)やう〳〵目覚(めがさめ)た《割書:浅|》〽ホヽヽ私(わたくし)も
貴君(あなた)のお蔭(かけ)で。體(からだ)はぐんにやり筋骨(すぢほね)を。抜(ぬか)れたやうに成(なり)ましたが。兎角(とかく)するまに烏(からす)の
声(こゑ)。佐栗(さくり)どのに見付(みつか)つては。貴君(あなた)のお恥(はぢ)にならう歟(か)と起(おき)て納戸(なんど)へ参(まゐ)つても頭上(つむり)が
ぶら〳〵ぐら〳〵と。眩暈(めまひ)がいたすやうで有たを堪(こら)え〳〵て容子(やうす)にも。気(け)どられまいと
いたした折(をり)は。どんなに苦(くる)しうございましたらう《割書:光|》〽どうだモウ一遍(いつへん)苦(くる)しい思(おも)ひをする気(き)はないか
《割書:浅|》〽ハイ随分(ずゐぶん)宜(よう)ございますねホヽヽヽ好(すき)な奴(やつ)と。さぞおさげすみ遊(あそ)ばしませう《割書:光|》〽大かた懲々(こり〳〵)した
らうノ《割書:浅|》〽イエ懲(こり)はいたしません《割書:光|》〽懲(こり)ずばこゝで迎(むか)ひ酒(ざけ)サア来(き)やト手(て)をとり給へば浅香(あさか)は莞爾(にこ〳〵)

と。後(うしろ)をむき《割書:浅|》〽誰(たれ)ぞ参(まゐ)ると悪(わる)うございます《割書:光|》〽主(ぬし)ない其方(そなた)と寝(ね)てゐる所(ところ)へ。誰(た)が来(き)たと
ても構(かま)ひはあるまい。夫(それ)とも何(なん)ぞやかましく。いふ人(ひと)でも内証(ないしよ)にあるのか《割書:浅|》〽ホヽヽヽどう致(いた)して
此様(こん)な老婆(ばゝあ)を。御慈悲(おじひ)深(ふか)い貴君(あなた)なればこそ。気休(きやす)をめ放仰(おつしやつ)て下(くだ)さるけれど誰(だれ)も構(かま)ひ人(て)は
ございません《割書:光|》〽人(ひと)が何様(どう)だか何処(どこ)までも。自己(おれ)は構(かま)ひ通(とほ)す気(き)ぢやトいひツゝ引(ひき)よせ口(くち)と口。チウ〳〵〳〵
スハ〳〵〳〵。と吸(す)ひながら内股(うちもゝ)へ手(て)を入(いれ)て見(み)給へは。汐干(しほひ)にみえぬ沖(おき)の石(いし)。かわく暇(ひま)なくびた〳〵〳〵と。
潤(うるほ)ふ陰門(いんもん)さながらに。ほか〳〵ほてる心(こゝろ)よさ。二本(にほん)指(ゆび)をさしいれて。子宮(こつぼ)をくり〳〵いらひ
給へば。浅香(あさか)は目(め)をねぶり吾(われ)をわすれフウ〳〵〳〵と鼻息(はないき)は。軒端(のきば)の雨(あめ)の音(おと)に紛(まぎ)れて。聞(きこ)え
ねばこそ僥倖(さいはひ)なれ。折(をり)から屏風(びやうぶ)の外(そと)よりして〽ハイ慈母(おつかあ)さん只今(たゞいま)帰(かへ)りましたト音勢(おとせ)が声(こゑ)
に心(こゝろ)つき。忽地(たちまち)飛退(とびの)き前(まへ)を合(あは)せ《割書:浅|》〽よくこの降(ふる)のに帰(かへ)つたノ。昨夜(ゆふべ)帰(かへ)らない位(くらゐ)だか
ら。大(おほ)かた今日(けふ)も逗留(とうりう)か。モシ左様(さう)ならば駕(かご)を舁(かゝ)して。迎(むか)ひを遣(やら)うと思(おも)つて居(ゐ)たヨ《割書:おとせ|》〽ヲヤ
左様(さう)でございますか。今(いま)聞(きゝ)ましたら昨日(きのふ)から。お客(きやく)さまがあるとのこと。生憎(あやにく)留守(るす)でさそお困(こま)りと
半(なかば)いはせて《割書:浅|》〽左様(さう)サ〳〵。実(じつ)は昨夜(ゆふべ)も待(まち)かねたヨ。今(いま)御前(ごせん)にも丁度(ちやうど)お目覚(めざめ)。マア其方(そつち)へいつて

休息(きうそく)しな。今(いま)に御目見(おめみへ)させませうトいへば音勢(おとせ)はハイ〳〵と彼方(かなた)の院(ざしき)へ立(たつ)てゆく。浅香(あさか)は
莞爾(につこり)吉光(よしみつ)が顔(かほ)をみあげて〽彼(あれ)だから昼(ひる)は油断(ゆだん)がなりません。どうて今日(こんち)は御逗留(ごとうりう)。晩(ばん)
に寛(ゆつ)くら殺(ころ)すとも。活(いが)すともして下(くだ)さいましト膝(ひざ)を突(つゝ)けば吉光(よしみつ)も。本意(ほい)なき容(さま)に
起出(おきいで)給ふ。浅香(あさか)は婢女(はした)を呼(よび)たてゝ。屏風(びやうぶ)を片(よせ)よせ夜(よる)のもの。畳(たゝみ)て雨戸(あまと)くらすれば。忽地(たちまち)変(かは)
る昼(ひる)の体(てい)。漱(うがひ)浄水(ちやうづ)を参(まゐ)らせツゝ。准備(ようい)なしたる朝餉(あさがれい)。あたゝめ直(なを)して持出(もちだ)す膳部(ぜんぶ)。其(その)
配膳(はいぜん)には丁度(ちやうど)よき。女児(むすめ)音勢(おとせ)が役(やく)まはり。跫然(しと)やかに出来(いできた)り。御 目通(めどを)りをなしければ。吉光(よしみつ)
熟視(つら〳〵み)給ふに。聞(きゝ)しに倍(まさ)る艶(あて)やかさ。その品形(しなかたち)のしほらしさ。花(はな)を索(たづ)ねて舞胡蝶(まふこてふ)。露(つゆ)
を含(ふく)める海棠(かいどう)の。花(はな)の姿(すがた)も何(なに)ならず。吉光(よしみつ)はやゝ見蕩(みとれ)。持(もち)たる箸(はし)をわれしらず。はた
りと膳(ぜん)へをちこちの。人(ひと)や見(み)なんと顔(かほ)少(すこ)し。赧(あか)らめ給ふ御在(おんあり)さま。色(いろ)白(しろ)くして眉秀(まゆひいで)。眼(め)は
清(すゞ)やかに鼻筋(はなすぢ)通(とほ)り。朱(あけ)の唇(くちびる)たをやかに。業平(なりひら)源氏(げんじ)の君(きみ)なんどは。物(もの)の本(ほん)にてみた
るのみ。かゝる艶(やさ)しき風流士(たはれを)の。また両個(ふたり)とは世間(よのなか)に。あるべうもなき御姿(おんすがた)に音勢(おとせ)も
見蕩(みとれ)赧然(はなしろみ)て。胸(むね)少(すこ)し得(どき)つくを。じつと定(しづ)めてさし俯(うつぶ)くは。籬(まがき)に咲(さけ)る姫百合(ひめゆり)の。露(つゆ)重(おも)げ

なる其(その)風情(ふぜい)。吉光(よしみつ)はたゞ髪髴(はうほつ)と。砕(ゑふ)るが如(ごと)くに思(おぼ)し召(めし)。程(ほど)なく御膳(ごぜん)も果(はて)ければ。雨(あめ)は
ます〳〵小止(をやみ)なく。降(ふり)しきりて何(なに)となく。淋(さび)しさ倍(まさ)る庵(いほ)のうち。浅香(あさか)は徐々(そろ〳〵)御前(おまへ)へ出(いで)〽生憎(あやにく)
のこの雨(あめ)で。さぞ御退屈(ごたいくつ)でこさりませう。何(なに)はなくとも御酒(ごしゆ)一(ひと)ツと。言(まう)しつけたもまだ参(まゐ)らず
夫(それ)までの御慰(おなぐさみ)。この頃(ごろ)女児(むすめ)が些(ちと)ばかり。習(なら)ひ始(はじ)めた一中節(いつちうぶし)。下々(した〴〵)では流行(はやり)ますが。上(うへ)ツ方(がた)の御耳(おみゝ)
には。如何(いかゞ)であらうか存(ぞんじ)ませぬど。モシ鄙(ひな)びたる一節(ひとふし)でも。苦(くる)しうないと思(おぼ)し召(め)さば。御笑(おわら)ひ種(ぐさ)に
いたさせませうトいへば吉光(よしみつ)きゝ給ひ〽いかにも都(みやこ)一中(いつちう)とやらが。近曽(ちかごろ)弘(ひろ)めた唱歌(しやうか)の一曲(いつきよく)。おもし
ろいものといふ事(こと)じやが。まだ聞(きい)た事(こと)はない。それは僥倖(さいわひ)はやう〳〵ト仰(おふせ)について穴沢佐栗(あなざはさぐり)
も。お傍(そば)に在(あり)しが膝(ひざ)を進(すゝ)め〽女児御(むすめご)の一曲(いつきよく)なら。天津乙女(あまつをとめ)が影向(えうかう)にも。猶(なほ)ました事(こと)であらう。
殊(こと)に流行(はやり)の一中節(いつちうぶし)。サア〳〵早(はや)くお聞(きか)せなされトいふに浅香(あさか)は嗜(たしな)みの。三味線(さみせん)とり出(だ)し。音勢(おとせ)が
前(まへ)へおし居(すえ)て〽サア何(なん)なりとお慰(なぐさ)みの弾(ひき)がたり。一(ひと)ツ二(ふた)ツお聞(きゝ)に入(いれ)やれ《割書:音勢|》〽ホヽヽまだこの頃(ごろ)。やう〳〵
始(はじ)めたばつかりでト跡(あと)は口隠(くごも)る処女(をとめ)の慣(なら)ひ母(はゝ)は只管(ひたすら)すゝめたて。よく出来(でき)ぬのもまた一興(いつきやう)。
サア〳〵といふほどに。音勢(おとせ)は是非(ぜひ)なく膝(ひざ)におく。三(み)すぢの調(しら)べ一筋(ひとすぢ)に。思(おも)ひ初(そめ)たる色糸(いろいと)

の。心(こゝろ)のたけを夕(ゆふ)がすみ。男(おとこ)の顔(かほ)を睨(ながしめ)に。一度(いちど)二度(にど)なら三度(さんど)笠(がさ)。声(こゑ)よく唄(うた)ひ手(て)も濃(こまやか)
に。いとも妙(たえ)なる一曲(いつきよく)に。吉光(よしみつ)主従(しゆうじう)を始(はじ)めとし。その座(ざ)の人々(ひとびと)一容(いちやう)に感(かん)を催(もよふ)す斗(ばか)りなれば。
吉光(よしみつ)は扇(あふぎ)を披(ひら)きて。ヤンヤ〳〵と讃(ほめ)たまひ標数(きりやう)といひ芸(げい)といひ。また類(たぐ)ひなき処女(むすめ)ぞと。
漫(すゞろ)に恋(こひ)のせめくれば。直(すぐ)に舘(やかた)へ連戻(つれもど)り。傍(かたへ)におきて楽(たのし)まばやと。心(こゝろ)もこゝにあらぬまで。
気(き)さへ急(いそ)がれ給へども。降(ふる)雨(あめ)の頻(しき)りにて御 迎(むか)ひの御供(おとも)も参(まゐ)らず。されば今宵(こよひ)はまたこの
家(や)に。一宿(いつしゆく)なしてかの処女(むすめ)と。契(ちぎ)らばやと設計(もくろみ)給へど。また思(おも)ひ返(かへ)さるゝに処女(むすめ)は頓(とう)よう
傍仕(そばづかひ)にと。約諾(やくだく)なれば仔細(しさい)なけれど。われいちはやくもその母(はゝ)なる浅香(あさか)に手(て)を
つけ渠(かれ)もまた。吾(われ)を慕(かた)ふ風情(ふぜい)なれば。今宵(こよひ)この家(や)に卧(ふし)たりとも。音勢(おとせ)を手(て)に入(いる)
ることの難(かた)からん。いかゞはせんと考(かんが)へ給ひつ。こゝに一(ひと)ツの謀計(はかりごと)を。心(こゝろ)に設(まうけ)て佐栗(さぐり)をめし。耳(みゝ)に
口(くち)をさし倚(よせ)て。箇様(かよう)々々(〳〵)に計(はか)らへと。仰(おふ)せ給へば点頭(うなづき)て。首尾(しゆび)よく仕遂(しとげ)いはんと。いふ
に依(よつ)て吉光(よしみつ)は。その日(ひ)の暮(くれ)るを待給ふ程(ほど)なく浅香(あさか)が誂(あつらへ)の。酒(さけ)と殽(さかな)も調(とゝの)ひぬれば。
御ン前(まへ)へ持出(もちいで)て。上下(じやうげ)ざゝめきわたりツゝ。その日(ひ)薄暮(ゆふぐれ)の比及(ころほひ)まで。酌(くみ)かはして遊(あそ)ひ給ふ。

このとき吉光(よしみつ)厠(かはや)へとて。座(ざ)を立(たち)給へば御跡(おんあと)より。音勢(おとせ)は自(みづか)ら湯桶(ゆたう)と手拭(てぬぐひ)。両手(りやうて)に捧(さゝ)
げて持(もち)ゆきけるが。折(おり)ふしこゝに人(ひと)もなし。吉光(よしみつ)はふり向(むい)て〽ヲゝ音勢(おとせ)か太儀(たいき)〳〵。まア其(その)
品(しな)は下(した)におきや。鳥渡(ちよつと)おぬしに用(よう)がある。こゝへ来(き)やれと手(て)を把(とつ)て。引(ひき)よせ給へば
可得(さすが)は恍惚子(おぼこ)。胸(むね)得々(どき〳〵)と赧(あから)む顔(かほ)。吉光(よしみつ)ぐつと引(ひき)よせて顔(かほ)と顔(かほ)とをおしつければ。
伽羅(きやら)の油(あぶら)に白粉(おしろい)の。麝香(じやかう)の薫(かほ)りも床(ゆか)しくて。此方(こなた)も渾身(みうち)ぞつとしつ。物(もの)をもいは
ず口(くち)と口。音勢(おとせ)はこの頃(ごろ)道足(みちたる)に。恋(こひ)の初訳(しよわけ)を教(おし)へられ。生(うぶ)の女児(むすめ)にあらざれば。怖々(こわ〴〵)
なから舌(した)のさき。一寸(いつすん)ばかりを出(いだ)すにぞ。吉光(よしみつ)はスパ〳〵と。吸(すひ)給へともまだ縡足(ことた)らず。
衿首(えりくび)じつと〆(しめ)つけて。舌(した)を強(つよ)くからみ給ふ。その勢(いきほ)ひに音勢(おとせ)が舌(した)の。根(ね)の限(かぎ)り吸(すひ)こみて。猶(なほ)
スパ〳〵と吸(すひ)たてられ。音勢(おとせ)はたちまち上気(じやうき)して。耳(みゝ)と頬(ほう)とを真赤(まつか)になし。自由(じゆう)になつて
在(あり)ければ。吉光(よしみつ)いとゞ可愛(かあい)さに。衿(えり)にかけたる手(て)をしめつけ。左(ひだ)りの手(て)をさし伸(のば)して。前(まへ)を
まくり徐々(そろ〳〵)と。さし入(いれ)て見(み)給ふに。いまだ十四の処女(をとめ)にて。玉門(おんこと)の額際(ひたひぎは)に。薄毛(うすげ)少々(せう〳〵)指(ゆび)の先(さき)
に。さはるやうにて定(しか)とはしれず。両(りやう)の渕(ふち)はやわ〳〵と。蒸(むし)たての饅頭(まんぢう)を。二(ふた)ツ合(あは)せし如(ごと)くとは。

例(いつ)もかはらぬ喩(たと)へにて。その肌(はだ)ざはりえもいはれず。吉光(よしみつ)いとゞたまりかね。この所(ところ)へおし
転(こか)してとは。思(おも)ひ給へどそれもまた。いと仂(はした)なき所為(わざ)のみならず。間(ひま)とらば人(ひと)も来(こ)んと。思(おも)へば是(これ)
さへ心(こゝろ)に任(まか)せず。そのうへ音勢(おとせ)が気(き)あつかひ〽アレ誰(たれ)か参(まい)るさうで。足音(あしをと)がいたしますト恐(おそ)
るゝ処女(をとめ)が心(こゝろ)さへ。汲(くみ)とるものから手(て)を放(はな)し《割書:光|》〽夫(それ)なら晩(ばん)におれが往(いく)から。その積(つも)りで待(まつ)て
居(ゐ)やヨ《割書:おとせ|》〽ハイト言(いつ)たばかり。口(くち)を袖(そで)にてうち覆(おほ)ひ。莞爾(につこり)として嬉(うれ)し気(げ)なり。吉光(よしみつ)はその
まゝに。厠(かはや)に入(い)りて程(ほど)もなく。頓(やが)て元(もと)の席(せき)へ来(き)給ひつ。なほ種々(さま〴〵)の戯(たは)ふれに。其日(そのほ)もやゝ
暮(くれ)果(はて)て。人々(ひと〴〵)も酔蕩(ゑひとろ)け。戌刻過(いつゝすぎ)にもなりければ。はやお憩(やす)みが宜(よか)らんと。浅香(あさか)は予(かね)て
吉光(よしみつ)と。今宵(こよひ)も飽(あく)まで楽(たの)しまんと。思(おも)ふものから婢女(はしため)に。いひつけて己(おのれ)が卧房(ふしど)と。音勢(おとせ)が
卧房(ふしど)は二間(ふたま)を隔(へだて)また吉光(よしみつ)の御ン卧房(ふしど)は。己(おの)が上(かみ)の間(ま)にお床(とこ)をしかせ。それより以下(いか)は
夫(それ)〴〵の。子舎(へや)に床(とこ)を敷(しか)せツゝ。程(ほど)なく君(きみ)をはじめとして。各(おの〳〵)閨(ねや)へ入(いり)にけるが。音勢(おとせ)は。吉(よし)
光(みつ)が艶(やさ)かたなるに処女(をとめ)心(こゝろ)の惑(まど)ひツゝ。今(こ)よひ忍(しの)ぶと宣(のたま)ひしが。若(もし)実言(まこと)なら人々(ひと〴〵)の。寝(ね)る
をや俟(まち)て在(おは)すらん。と思(おも)へばその身(み)も眠(ねふ)られず。故意(わざ)と燈火(ともしび)を細(ほそ)くして。心(こゝろ)も心(こゝろ)なら

ぬまで。嬉(うれ)しくもありまた怖(こわ)く。間睡(まとろみ)もせで在(あり)けるが。吉光(よしみつ)は浅香(あさか)か心(こゝろ)を。粗(ほゞ)しり
給ひて昼(ひる)のほど。佐栗(さぐり)としめし合(あは)せし事(こと)あり。浅香(あさか)は是(これ)を知(し)るよしなく。はや
君(きも)の在(おは)すらん。さきに君(きみ)の仰(おふ)せには。今宵(こよひ)忍(しの)ばんその折(おり)に。燈火(ともしび)の晃々(きら〳〵)しくては。四辺(あたり)
みらるゝ心地(こゝち)なり。と宣(のたま)ひしは燈火(ともしび)を。消(けし)ておけとのことならん。その心(こゝろ)して上(かみ)の間(ま)へ。
お寝(よら)せまうせばわが閨(ねや)へ忍(しの)ぶに惑(まど)ひ給ふことはあらじ。と頓(やが)て燈火(あかし)をふき消(けし)つ。今(いま)か〳〵
と俟(まつ)をりから。間(あはひ)の隔紙(からかみ)徐(そろ)りと明(あけ)て。来(く)る人(ひと)あるは定(たし)かにそれと。浅香(あさか)はやをら身(み)を起(おこ)し
〽ハイこゝでございますト小声(こゞゑ)でいふを導(しるべ)にて。手(て)をさし伸(のは)し探(さぐ)り倚(よ)る。その手(て)を捕(とら)へ
夜着(よぎ)の裡(うち)へ。ひき入(いれ)られてそのまゝに。浅香(あさか)が衿首(えりくび)しつかと押(おさ)へ物(もの)をもいはずに口(くち)を吸(す)ふ。
浅香(あさか)は俟(まち)に待焦(まちこが)れたる。ことにしあれば是(これ)も同(おな)じく。男(おとこ)の衿(えり)をしつかと抱(だき)しめ。舌(した)を長(なが)
くさし出(だ)して。ペチヤ〳〵スパ〳〵〳〵と良(やゝ)しばらく吸(すひ)あふほどに。心地(こゝち)は更(さら)に天外(てんぐわい)へ飛去斗(とびさるばかり)の
思(おも)ひにて。吐婬(といん)はびた〳〵両股(りやうもゝ)へ。つたふ斗(ばか)りに潤(うるほ)へば。浅香(あさか)はしきりに腰(こし)を動(うご)かし。
顔(かほ)をしかめて抱(いだ)きつく。男(おとこ)は徐々(そろ〳〵)手(て)を入(い)れて。まづ紅舌(さね)がしらを撫(なで)まはし夫(それ)より

陰門(いんもん)へ二本(にほん)ゆびを。さし込(こみ)てみるにびた〳〵〳〵と。泡立(あわだち)ばかりに吐婬(といん)ながれ。両(りやう)の渕(ふち)は
ふくれあがり。紅舌(さね)はひく〳〵動(うご)き出(だ)して。まち兼(かね)る景勢(ありさま)に。こなたは猶(なほ)も気(き)を静(しづ)
め。玉門(ぎよくもん)の上下(うへした)を。数十(すじう)ぺん指(ゆび)にてこすり。または深(ふか)くさしいれて。子宮(こつぼ)をぐり〳〵指(ゆび)の
腹(はら)もて。こそぐるやうになしければ。浅香(あさか)は堪(こら)えずアゝ〳〵と。声(こゑ)を立(たて)ツゝ股(また)をひろげ。夢(む)
中(ちう)になつて抱(いだ)きしめ。子宮(こつぼ)ひらけてどろ〳〵〳〵と。熱湯(ねつとう)のごとき婬水(いんすい)を。しきり
に流(なが)して鼻息(はないき)荒(あら)く。男(おとこ)の股(また)へ手(て)をいれて。木(き)の如(ごと)くなる男根(なんこん)を。握(にぎ)りつめての
嬌(よが)り泣(なき)。男(おとこ)も今(いま)は脉(こら)へかね。そのまゝに両足(りやうあし)を。衝(つ)と割込(わりこん)で一物(いちもつ)の。頭(あたま)を玉門(ぎよくもん)にあて
がへは。浅香(あさか)は得(え)たりと腰(こし)をひねる男(おとこ)もぐつと一突(ひとつき)に。突(つゝ)こむ互(たがひ)の勢(いきほ)ひに。毛際(けぎは)ま
でさし込(こめ)ば。いきり切(きつ)て暉々(てら〳〵)と。光(ひか)るばかりの陰茎(へのこ)の亀頭(あたま)。子宮(こつぼ)へぐりゝと障(さは)るや
否(いな)や。浅香(あさか)はヒイと声(こゑ)立(たて)て。しがみ付(つき)ツゝ腰(こし)をもちあげ。正躰(しやうたい)なくも精(き)をやつたり。
男(おとこ)も名(な)におふ上開(じやうかい)に。矯(よが)り立(たて)られソレいくと。いふまもあらずヅキ〳〵〳〵。ドキン〳〵と龍吐水(りうどすい)
にて。弾(はぢ)き出(だ)したる水(みづ)の如(ごと)く。五體(ごたい)を絞(しぼ)つて腎水(じんすい)を勢(いきほ)ひ強(つよ)くはじき込(こめ)ば。子宮(こつぼ)に

臨(のぞ)みし女(おんな)の婬水(いんすい)。これが為(ため)におし戻(もど)され。子宮(こつぼ)の中(うち)にて交(まじは)りあひ。陰陽(いんやう)微(げき)して
水闘(すいとう)の。勢(いきほ)ひをなしければ。その心(こゝろ)よさは喩(たと)へんかたなく。命(いのち)もこゝに終(をは)るべき。心地(こゝち)に
なりて眼(め)もみえず。耳(みゝ)も聾(しい)たるごとくなり。却説(さても)吉光(よしみつ)は四辺(あたり)を伺(うかゞ)ひ。時分(じふん)はよし
とたち出(いで)給ひて。かねて目当(めあて)の音勢(おとせ)か閨(ねや)。こゝぞと外面(そとも)に徨(たゝず)みて。裡(うち)のやうすを窺(うかゞ)
ひ給ふに。いまだ寝(いね)ずや身(み)を動(うご)かす。音(おと)の聞(きこ)えて小(ちい)さき咳(しはぶ)き。一(ひと)ツ二(ふた)ツするほどに。さて
こそ此処(こゝ)に疑(うたが)ひなし。と障子(しやうじ)をそろりと明(あけ)て見(み)るに。燈火(ともしび)幽(かすか)に消残(きえのこ)り。屏風(びやうぶ)をぐる
りと引巡(ひきめぐ)らし。その裡(うち)に卧(ふし)たる容子(やうす)。吉光(よしみつ)やをらその屏風(びやうぶ)を。静(じつか)に手(て)をかけ
引除(ひきのけ)給へば。音勢(おとせ)はそれと起直(おきなほ)り。嬉(うれ)しさ身(み)には余(あま)れども。まだ恋(こひ)なれぬ心(こゝろ)には。
何(なに)といふべき言葉(ことば)なく。さし俯(うつふ)きて居(ゐ)る風情(ふぜい)。猶(なほ)うちつけにかやかくと。いふには倍(まし)て
しほらしく。吉光(よしみつ)そこへ倚(より)そひ給ひ《割書:光|》〽大(おほ)かた待(まつ)て居(ゐ)るだらうと。先刻(さつき)から来(き)たかつたが。まだ
衆人(みな)が寝(ね)ぬやうす。他(ひと)は兎(と)もあれ浅香(あさか)にはチトさし合(あひ)のこともあり。よく寝(ね)させてと
俟(まつ)うちに。遅(おそ)くなつてさぞ待遠(まちどほ)。しかし永(なが)く俟(また)せたかはり。夜(よ)の明(あけ)るまで寝(ね)かしはせぬ

ぞや。枕(まくら)はないかト見廻(みまは)し給へば。音勢(おとせ)は後(うしろ)へ手(て)をやつて把出(とりいだ)したるは下着(したぎ)の小袖(こそで)を。くる〳〵倦(まき)
て紙(かみ)をあて。鹿(か)の子(こ)のしごきで結(むす)びしは。その間(ま)を合(あは)す気転(きてん)の手細工(てざいく)《割書:光|》〽ヲゝこれはよく
出来(でき)た。二人(ふたり)が縁(えん)の結(むす)びめは。下(した)へまはすが寝宜(ねよか)らう《割書:おとせ|》〽モシこれが遊(あそ)ばし憎(にく)くは不躾(ぶしつけ)ながら
私(わたくし)の。此(この)木枕(きまくら)をあげませうか《割書:光|》〽木枕(きまくら)より願(ねが)はくは。斯(かう)して其方(そなた)の手枕(てまくら)をトいひつゝ音(おと)
勢(せ)が手(て)を把(とつ)て。その身(み)の衿(えり)にあてがひつ。その侭(まゝ)其処(そこ)へ寝(ね)給へば。音勢(おとせ)も倶(とも)に横(よこ)になる。
その衿元(えりもと)へ手(て)をかけて。じつと引倚(ひきよ)せ口(くち)と口。すふ間(ま)もあらず手(て)をやつて。内股(うちもゝ)へ
入(い)れ給へば。音勢(おとせ)は思(おも)はず窄(すぼ)める股(また)を。またおしひらき掌(てのひら)を。額(ひたひ)へあてゝ指(ゆび)を伸(のば)し。紅舌(さね)
より徐々(そろ〳〵)玉門(ぎよくもん)を。探(さぐ)り給ふにいさゝかは。潤(うるほ)ひ出(いで)し容子(やうす)にて。指(ゆび)の股(また)がびた〳〵すれば。吉光(よしみつ)
左右(さう)なく指(ゆび)をいれず。猶(なほ)三四(さんし)へん五六(ごろく)へん。指(ゆび)のさきを動(うごか)しツゝ。試(こゝろ)み給へば次第(しだい)〳〵に。吐婬(といん)
うるほひ両渕(りやうふち)まで。少(すこ)しびた〳〵する程(ほど)に。頓(やが)て中指(なかゆび)壱本(いちほん)を。徐(しづか)にいれて上下(うえした)を。あ
しらひ給へば身(み)を縮(ちゞ)め。顔(かほ)を男(おとこ)の胸(むね)にあて。たゞスウ〳〵と息(いき)づかひ。荒(あら)くなる動静(やうす)を
みて。吉光(よしみつ)は松(まつ)の木(き)の。如(ごと)くに勃起(おゑ)て竪横(たてよこ)に。筋(すじ)いと太(ふと)く逞(たく)ましき。業(わざ)ものゝ

亀頭(あたま)より。胴中(どうなか)まで唾(つばき)をぬり。また玉門(ぎよくもん)へも唾(つば)をぬりて。やがておしあてが
ひ。ちよこ〳〵〳〵と。小刻(こきざ)みに突(つき)給ふに。音勢(おとせ)は眼(め)をねぶり歯(は)をかみしめ。左右(さいう)の手(て)に
て吉光(よしみつ)が。脊中(せなか)をしつかり抱(いだ)きしめ。たゞハア〳〵との息(いき)づかひ《割書:光|》〽どうだ痛(いた)いか《割書:おとせ|》〽イゝエ
《割書:光|》〽モウちつと強(つよ)くしても宜(いゝ)か《割書:おとせ|》〽ハイ宜(よう)ございます《割書:光|》〽夫(そん)なら些(ちつと)持(もち)あげやれ《割書:おとせ|》〽持(もち)
あげるとはどういたすのでございます《割書:光|》〽ハゝゝ何卒(どう)するとつて下(した)から上(うへ)へ持(もち)あげるのサ《割書:おとせ|》〽それ
じやア斯(かう)でございますかエ《割書:光|》〽アレそりやアたゞ動(うご)く斗(ばか)りだ。マア〳〵出来(でき)ざアそれでも宜(いゝ)トいひツゝ
すか〳〵突(つき)給へば可得(さすが)の大物(たいぶつ)半(なかば)を過(すぎ)て。やゝ根元(ねもと)まで入(い)らんとするとき。此方(こなた)の間(ま)にて声(こゑ)
高(たか)く〽ヲヤまアおまへは佐栗(さぐり)さん怪(けし)からない吾儕(わたし)は否(いや)だヨ。お前(まへ)はとんだ贋者(にせもの)だ。左様(さう)とは
しらず取乱(とりみだ)したが。今更(いまさら)に恥(はづ)かしい。吾儕(わたし)はきかぬきゝませんト泣声(なきごゑ)出(だ)して叫(わめ)き立(たつ)るを。吉(よし)
光(みつ)不意(ふい)と耳(みゝ)にいり。扨(さて)は佐栗(さぐり)が長居(なかゐ)して。縡(こと)発覚(あらはれ)しかこは便(びん)なし。と暫時(しばし)腰(こし)を
つかひ止(やめ)て。聞(きゝ)給ふほどに音勢(おとせ)も聞(きゝ)つけ。常(つね)にあらざる母(はゝ)の声(こゑ)。訝(いぶ)かれば吉光(よしみつ)が。今(いま)は包(つゝ)む
によしもなく。在(あり)やうは箇様(かう〳〵)々々と。縡(こと)の稍(しだい)を告(つげ)給へば。音勢(おとせ)は聞(きゝ)ていかにせん。左様(さう)とは

知(し)らでこの在(あり)さま。母(はゝ)の男(おとこ)を寝(ね)とりたる。罪(つみ)さへ深(ふか)しとうち驚(おどろ)き。その侭(まゝ)にはね起(おき)
る。吉光(よしみつ)元(もと)より音勢(おとせ)をば。側室(そばめ)となすべき筈(はつ)にして。厭(いと)ふべきにはあらねども。
うち腹(はら)たてる声(こえ)のさま。浅香(あさか)がこゝへ来(きた)らんには。いかなる恥(はぢ)をかかゝすらんと。思(おぼ)せば安(やす)き
心(こゝろ)もなし。音勢(おとせ)はいとゞ恍惚(おぼこ)気(ぎ)に。かゝる姿(すがた)をみるならば。母(はゝ)の怒(いか)りの烈(はげ)しくて。此(この)身(み)
はとまれもし君(きみ)に。こよなき无礼(ぶれい)のあるならば。後(のち)の崇(たゝり)も護影(うしろめたし)。ひとまづ此処(こゝ)を退(さる)に
しかじ。と思(おも)ひ詰(つめ)ツゝ庭(には)さきの。雨戸(あまど)を明(あけ)て身(み)を隠(かく)す。何処(どこ)へ往(ゆく)ぞと吉光(よしみつ)も。続(つゞい)て其(そ)
処(こ)へたち出(いで)給ふ。程(ほど)もあらせず荒(あら)らかに。障子(しやうじ)を開(ひら)きて駈入(かけい)る浅香(あさか)。女児(むすめ)もみえずき君(きみ)もなし。
こは〳〵何処(いづく)へ隠(かく)ろひ給ふ。元来(もとより)女児(むすめ)は参(まい)らすべき。筈(はづ)にはあれどいざ今日(けふ)よりと。母(はゝ)にも告(つげ)ず
に戯婬(なぐさみ)給ふは。君(きみ)に似(に)げなき御ン挙動(ふるまひ)。殊(こと)に此(この)身(み)を変詐(たばかり)て。青侍(あをさむらひ)の佐栗(さぐり)をもて。身代(みがはり)に
たて給ふ。然(さ)は知(し)らずして有無(うむ)にも及(およ)ばず。打解(うちとけ)たるはとの身(み)の愚(おろか)さ。とは言(いひ)ながら御 計(はから)ひ。妾(わらは)つ
や〳〵心得(こゝろえ)がたし。たとへ上(うへ)なき貴人(あてびと)の。為(なし)給ふ事(こと)ながらも。こは此(この)まゝにおきがたし。何方(いづく)に在(おは)す
ぞ出(いで)給へ。女児(むすめ)は何処(どこ)へ隠(かく)れたる。音勢(おとせ)〳〵と呼(よび)たつる。声(こゑ)さへ凄(すご)く聞(きこ)ゆるほどに。音勢(おとせ)は

いとゞ胴(どう)震(ふる)はして。歯(は)の根(ね)もあはぬさま。吉光(よしみつ)もまたさらに。面(おも)なくて声(こゑ)を呑(の)み。霎時(しばし)
ありしが兎(と)にも角(かく)にも。此(この)まゝ出(いで)んは面(おも)ぶせなり。僥倖(さひわひ)雨(あめ)はれ雲間(くもま)より。月(つき)の光(ひか)りも幽(うすか)
なり。女子(をなご)ながらも二個(ふたり)づれ。一先(ひとまづ)こゝを逃出(にけいで)んと。音勢(おとせ)に低語(さゝやき)手(て)を引(ひい)て。庭(には)の切戸(きりと)をおし開(ひら)
き。外面(そとも)へたちいで喘々(あへぎ〳〵)。走(はし)り行(ゆく)こと七八町(しちはつてう)。またもや雲(くも)のうち覆(おほ)ひ。頻(しき)りに降(ふり)くる雨(あめ)のあし。傘(かさ)
も持(もた)ねば頭(つむり)上より。しとゞに濡(ぬ)るゝ便(びん)なきのみか。四辺(あたり)さへ暗(くら)くなり。足(あし)の運(はこ)びも覚束(おぼつか)なき
に。音勢(おとせ)はいとゞ恐(おそ)れ惑(まど)ひ。たゞ吉光(よしみつ)に身(み)をよせかけ。帯(おび)の結目(ゆひめ)を緊(しつか)と押(おさ)へて。渾身(みうち)しき
りに戦慄(わなゝく)のみ。吉光(よしみつ)はこれをみて。いとゞ侘(わび)しくとやかくと。みまはす傍(かたへ)に火(ひ)の光(ひか)り。人家(ひとや)
やあると立(たち)よれば。軒(のき)かたふける草庵(くさのや)は。かねて覚(おぼ)えの地蔵堂(ぢぞうだう)。こゝに霎時(しばし)と身(み)を容(いれ)て。
滅残(きへのこ)る仏前(ふつぜん)の。燈明(みあかし)を掻(かき)たてつ。濡(ぬれ)たる衣(きぬ)を絞(しぼ)りなどす。音勢(おとせ)は上着(うはぎ)の小袖(こそで)を引(ひき)
ぬき。君(きみ)が御足(みあし)の濡(ぬれ)たると。また汚(けが)れしをおし拭(ぬぐ)ひ。其(その)身(み)の足(あし)さへ拭(ぬぐ)ひとりたる。
顔(かほ)見(み)あはせつ諸共(もろとも)に。太(ふと)やかなる息(いき)を吻(つ)くなるべし
生写相生源氏中之巻終

BnF.

はうた合ねしめの色糸  下

はうたあわせ
ねじめの
いろ糸

中の巻

〽わたしやアさつき
 からどんなに
 まつていたか
しれないよマア
 酒(さけ)はあとにして
 まアちよつと
      お寐(ね)よ

〽いかさまおれもみち〳〵
 おやてきたからいち番(ばん)でか
 けねへうちは虫(むし)がおちつかねへ

鳥(とり)かげにねづみなきして
なぶらるゝこれも心(こゝろ)の
うさはらしぐちがのま
せるひやざけもしんきしん
くのアゝしやくのたね

しのぶ恋じはさてはか
なさに食とあふのが命
がけよごすなみだの
白粉もその悪かくす
むりなさけ

【右】
〽アゝモウ
 フウ〳〵〳〵
 いつそ
 よいよ〳〵
 ソレいく
   〳〵〳〵
   ハア
   アゝ〳〵
    〳〵

【左頁】
〽お主(まえ)さまとこんな
ことをいたしましたら
ばちがあたりませう
〽またそんなことをいやる
わたしやいつまでもはなれは
せぬゆへにようぼうじやといつてくりや

梅になかよく
鶯さへづるはるがすみすみれ
たんぽゝかたみおとらぬあさげ
しきあめにほころぶはなのつ
ぼみもたれゆへぞどうしてぬし
はこのやうにおなごをまよ
はすあくしよもの

〽わたくしも
もうまいります
ソレ〳〵
ハアアゝ〳〵〳〵

めぐる日の春にちかい
とて老木の梅か若や
ぎて候しほらしや〳〵かほ
りゆかしと待わびかつ
てさゝなきかける鶯?
のきては朝寝をおと
しけりサリトハ三年越な

〽サア〳〵もうかん
 じんのところに
 なつてきたから
 上(うへ)からもつと
 さつ〳〵とこしを
 つかつてくんねへ
そうだ〳〵
アヽいゝ〳〵
フウ〳〵〳〵


〽アヽどうもわたしも
よくなつてきてどうも
かうもしかたがねへようで
しびれるようでこゝがつかへねへよ
□□どうせうのうもういくわな〳〵
〽おれもいつしよだハアヽヽヽソレいく〳〵〳〵
   いんすい〽どく〳〵〳〵ぬら〳〵〳〵〳〵〽ハアヽヽヽ

かねてよりくどき上手と
しりながら此手かといたとう
じゆすのいつかときてにくら
しいかりてたぼかくつ
きのくしき心と辻うら
ひきばかりほんにやるせが
ないはいな

〽口(くち)をすいてか紅閨(こうけい)より
 紅梅(こうばい)がのろくては
なまものは喰(くへ)ねへ
ちよんの間(ま)に
気(き)をやり梅(うめ)と
しやう

〽わたしや
 柳(やなき)だから
 おまへの
 しやうに
 どう
  でも
  なる
  き
  さ

梅(うめ)がぬしなら
やなぎがわたしなかの
よいのかすねるのかある
夜(よ)ひそかに山の月(つき)こゝろ
ないぞへさよあらし

〽宵(よい)からぬかずふかずに
 入(いれ)つめでとう〳〵もう
 夜(よ)があけるそうだ


あきの夜(よ)ながに
ぬしにあふ夜(よ)のみ
じかさは月夜(つきよ)がら
すがなくわいな月じや
ごんせぬしら〳〵とあけの鐘(かね)

〽わたしやア
まだたんのう
しないからもう
五六ばんして
    おくれ
よがあけ
てもいゝじやアないか

〽今日(けふ)のような
よい間(ま)はないから
サアはやくどうか
     おしよ
〽どうかしろと
 いつてなにを
 どうする
   のだへ
〽じれつ
 たいねへおと
 ぼけでない
  それもう
 こんなにして
 いるくせに
  わたしやアモウ
 気(き)がわく〳〵して
          いるわね
〽それぢやアわたしが
 こうしているから
 このうへゝおのり〽ヲヤ ⌛

⌛おしよく
 ごのみだ
    ねへ

ゆくすへはたがはだふれん
紅(べに)のはなつぼみのうちから
あいきやうのめもとすゞ
しくかあいらしサツテモ
おまへはおとこ気(ぎ)をハテ
まよはしなりかたちまア
どうせうぞ

端唄寝〆色糸(はうたねじめのいろいと)下の巻
     通(かよ)ひ小町(こまち)
小町(こまち)おもへば照(て)る日(ひ)もくもるしいの少将(しやう〳〵)がなみだ雨(あめ)とはいま
専(もつは)ら世(よ)の中(なか)に通客達(つうかくたち)のいきがりてうたふはうたの文句(もんく)ながら
末(すゑ)の一句(いつく)のばゞじやへは色気(いろけ)のない行(ゆき)どまり外(ほか)になにとか言(い)
ひやうも有(あ)るべきにばゞじやへとは何事(なにごと)ぞや。酒(さけ)は燗(かん)肴(さかな)は気(き)
どり酌(しやく)はたぼちん猫(ねこ)ばゞア子供(こども)いやなりとのおきてをもはゞか
らぬ悪洒落(あくじやれ)の一言(いちごん)。成(な)らば雅言(がげん)に取(と)りなして文句(もんく)をいさゝか

端唄寝〆色糸(はうたねじめのいろいと)下の巻
     通(かよ)ひ小町(こまち)
小町(こまち)おもへば照(て)る日(ひ)もくもるしいの少将(しやう〳〵)がなみだ雨(あめ)とはいま
専(もつは)ら世(よ)の中(なか)に通客達(つうかくたち)のいきがりてうたふはうたの文句(もんく)ながら
末(すゑ)の一句(いつく)のばゞじやへは色気(いろけ)のない行(ゆき)どまり外(ほか)になにとか言(い)
ひやうも有(あ)るべきにばゞじやへとは何事(なにごと)ぞや。酒(さけ)は燗(かん)肴(さかな)は気(き)
どり酌(しやく)はたぼちん猫(ねこ)ばゞア子供(こども)いやなりとのおきてをもはゞか
らぬ悪洒落(あくじやれ)の一言(いちごん)。成(な)らば雅言(がげん)に取(と)りなして文句(もんく)をいさゝか

かゆるともそつとは
なにかくるしかるべ
き抑(そも〳〵)此(この)小野(をの)の
小町(こまち)といふは出(で)
羽(は)の郡司(ぐんじ)小野(をの)
の良実(よしざね)が娘(むすめ)にて本朝(ほんてう)美人(びじん)の聞(きこ)えたかく和歌(わか)は衣通姫(そとほりひめ)の
流(なが)れをくみてその才(さい)古今(こゝん)にひいでたれば其色(そのいろ)にまよひ其才(そのさい)
をしたひて縁(えん)に因(ちな)みつてをももとめて言寄(いいひよ)るもの多(おほ)けれどおのれ

【絵の中】
花のくもりか遠山の
 雲か月かはしら雪の
なかをそよ〳〵ふく
 春風にうきね
    さそふや
 さゞなみの
   こゝそかもめ着
   みやこ鳥あふぎ
    びやうしの
     ざんざめく内や
   ゆかしき内ぞゆかしき

に漫(まん)ずか所(ところ)よりして心(こゝろ)に叶(かな)ふも者(もの)なくかたはしより刎(はね)つけ皆々(みな〳〵)
お間(あひだ)の始末(しまつ)ながら猶(なほ)あきらめかねて思(おも)ひをこがすものおびたゞし
かり爰(こゝ)に深草(ふかくさ)の少将(しやう〳〵)といへる人(ひと)恋暮(れんぼ)の念(ねん)にしのびかね。じか付(づけ)に
             ひた〳〵ト思(おも)ひの丈(たけ)をならへたてゝかき
             くどきしに其(その)言葉(ことば)の抜(ぬき)さしならぬ
             品(しな)となりさらば今宵(こよひ)よりして百夜(もゝよ)の
             間(あひだ)かよひつめてそもじ様(さま)の真実(しんじつ)誠(まこと)を
             見(み)せ給ひなば其時(そのとき)こそは御心(みこゝろ)にした

【絵の中】
  夜ざくらや
   うかれがらすが
  まい〳〵と花の
   小かげに
  たれやらが
  ゐるわいな
  とぼけさんすな
芽ふく柳が風に
もまれてエゝエゝ
 ふはり〳〵と
そうじやいな

【右側】
に漫(まん)ずか所(ところ)よりして心(こゝろ)に叶(かな)ふも者(もの)なくかたはしより刎(はね)つけ皆々(みな〳〵)
お間(あひだ)の始末(しまつ)ながら猶(なほ)あきらめかねて思(おも)ひをこがすものおびたゞし
かり爰(こゝ)に深草(ふかくさ)の少将(しやう〳〵)といへる人(ひと)恋暮(れんぼ)の念(ねん)にしのびかね。じか付(づけ)に
             ひた〳〵ト思(おも)ひの丈(たけ)をならへたてゝかき
             くどきしに其(その)言葉(ことば)の抜(ぬき)さしならぬ
             品(しな)となりさらば今宵(こよひ)よりして百夜(もゝよ)の
             間(あひだ)かよひつめてそもじ様(さま)の真実(しんじつ)誠(まこと)を
             見(み)せ給ひなば其時(そのとき)こそは御心(みこゝろ)にした
【絵の中】
  夜ざくらや
   うかれがらすが
  まい〳〵と花の
   小かげに
  たれやらが
  ゐるわいな
  とぼけさんすな
芽ふく柳が風に
もまれてエゝエゝ
 ふはり〳〵と
そうじやいな

【左側】
【絵の中】
志賀の
 から
  さき
ひとつ
  松
夜こと〳〵に
 ねり
  からすが
むゝと
  来るを
あを〳〵と
  うれし
なみだの
  かわく
間覚なく
 くもりがちなる
   夜の雨

【左本文】
がひ下紐(したひも)ときて大事(だいじ)の所(ところ)をも任(まか)
せもうさんト我(わが)玉門(ぎよくもん)へ大(だい)ぶん勿(もつ)
体(たい)をつけていひけれど少将(しやう〳〵)もよく
よく惚(ほれ)こんだやう夫(それ)より毎(まい)ばん
こんよく小町(こまち)が家(いへ)の車(くるま)よせまで
通(かよ)ひけるが折(をり)しも年(とし)の暮(くれ)に及(およ)
びていつもより寒気(かんき)厳敷(きびしく)九十
九 夜(よ)めの晩(ばん)には大雪(おほゆき)降(ふり)て寒風(かんぷう)

BnF.

春色閨望月  上

三途(さんづ)の川(かは)もこれ此(この)やうに。手(て)
を引(ひき)あふて往(ゆく)ものは。かくの如(ごと)きか
恋(こひ)の渕(ふち)。にてなるをの浜千鳥(はまちどり)。
なきずゝりする心地(こゝち)よさ。そのみな
もとを尋(たづ)ぬれば。神代(かみよ)のむかし二柱(ふたばしら)

の。神(かみ)にをしへし教鳥(をしへどり)。にはくなぶりの
なぶられたさを。身(み)の願(ねがひ)なるはかなさも
好男(すいたをとこ)の噂(うはさ)ゆゑと思(おも)へどいざやしらぬ火(ひ)の。
筑紫(つくし)のつびに伊勢(いせ)のまら。世(よ)に聞(きこ)
えしも事(こと)ふりて。今(いま)は水道(すゐど)の水(みづ)
                       序一

清(きよ)き。吾妻男(あづまをとこ)に京(きやう)女郎(ぢようろ)。恋(こひ)にはや
せの里(さと)そだち。鄙(ひな)に似(に)げなきみめ
かたち。ひく手(て)あまたの双玉(ふたたま)づさ。読(よま)
ずにわかる枕(まくら)の冊子(さうし)。春(はる)はあけぼの
やう〳〵に。あけてみ給へ絵(ゑ)にかける。

女(をんな)ばかりか男(をとこ)とともに。取(とり)みだしたる
筆(ふで)のあや。誰(たれ)か心(こゝろ)をうごかさゞらんや。
喜(よろこ)び永(なが)き宿(やど)さがり。その湯(ゆ)あがり
の折(をり)からに。ゆげの酒(さか)まら。出(で)あひの
席(せき)に筆(ふで)をとる。
              序二

春色


おかめ
〽 与兵衛さんはたしやアおもわぬ
 嫁入するわいなアまゝならぬ浮世と
 かんにんして思ひきつて下されや

与兵衛
〽コレおかめきしにせいしも
 取かはし深くおもわせ
 今さらに嫁入する
        とは
 口おしや
  月夜斗のやみまき

〽このゑは
 たがいに
 はないき
    の
 あひ
  ばかり
 いゝ
  ぐさ
   は
 なん
  にも
 なし

そういふそなたのこゝろなら、このまゝ死(し)
ぬるはほいない縁(え)にし、とてもしぬ身(み)のお
もひでに、どこぞでチヨツト二世(にせ)のかため、 〽(おかめ)う
れしうござんす、そんなら死(しな)ぬそのさき
に、〽(与兵衛)つきぬなごりを、 〽(かめ)与兵衛(よへい)さん、〽(与兵衛)おかめお
じや、トたがひに手(て)に手(て)を取(と)りあひて、行(ゆ)きな
がら、〽(かめ)ヨウ与兵衛(よへい)さん、これからどこへ行(いく)つもりだ、
〽(与)どこへとツて、おれが行(い)くところへ、一所(いつしよ)に

行(い)きせへすリヤア、いひじやアねへか、〽(かめ)それだツ
ても、その往(いく)とこが、どんなうちかしらねヘ
が、大(おほ)かた気(き)がつまるだらふから、サア二世(にせ)のか
ためをしておくれナ、〽(与)二世(にせ)のかためは、ど
うするつもりだ、〽(かめ)ナンダしれたことヲしらア
きつて、サア〳〵、〽(与)するのか、〽(かめ)そうサ、〽(与)この原(はら)
中(なか)でどうなるものか、〽(かめ)ナニおめへこんな
ところへ誰(だれ)がくるものか、わたしやアヽモウ

よひの昏礼(こんれい)さわぎに、気(き)をもんだもの
だから、マダ落(おち)つかねへ、どんなさわぎだとお
もひなさる、聟(むこ)がいま来(く)るのなんのと、ソリヤア
おほさわぎサ、そン中(なか)でにげ出(だ)したものヲ、
あとのことはしらへが、おもひやられるのヨ、
〽(与)おめへかけ出(だ)さねへで、まごついて居(ゐ)やう
ものなら、今夜(こんや)今(いま)時分(じぶん)は、一番(いちばん)されると
ころだ、その時(とき)アどんな顔(かほ)だらふ、みてエ

ようだ、〽(かめ)ナアニ誰(だれ)がさせるものか、このほう
はぴんとこゝろに、錠(ぢやう)をおろしてあります
よ、〽(与)ソウサ腰(こし)から下(した)はあけばなしか、〽(かめ)何ヲ
いひなさる、ソリヤア大(だい)かぐらのおかめサ、それ
とはおかめがちがひますヨ、ソンナむた口(くち)はお
きにして、はやくしておくれナ、ヨウ〳〵ト、いは
れて与兵衛(よへい)も、さすが岩木(いはき)にあらざれど、
かの一物(いちもつ)は、岩木(いはき)の如(ごと)くしやツきりト、

〽(与)そんならこゝでトいひながら、おかめがう
へにのりかゝれば、おかめはとくより待(まち)もう
けて、はや出(だ)しかけし陰水(いんすい)に、まだ手(て)いら
ずのあらばちも、なんの苦(く)もなくおし込(こめ)
ば、下(した)から持(もち)あげ、上(うへ)からつき、ピチヤ〳〵グシヤ〳〵、
おもふほど、こゝろのまゝに気(き)をやりて、物(もの)
をもいはず、たゞスウ〳〵と鼻息(はないき)ばかり、〽(与)ヤレ〳〵〳〵
がツかりとした、サア〳〵これで気(き)がすんだ、

サアいかう、〽(かめ)マアおまちナ、おみナ、このいくちの
ねヘなりヲ、よくしたくして行(いく)はなト、身ごし
らへしてたちつれだち、与兵衛(よへい)とともニたど〳〵
と、足(あし)にまかせて行(ゆく)ほどに、とある百姓家(ひやくしやうや)
にいたり、門(かど)の戸(と)をほと〳〵とおとづれて、〽(与)モウシ
少(すこ)しおたのみ申します、トいへば内(うち)より、
しはがれたる声(こは)ねして、〽どなたへトこたふる
こゑもおぼつかなく、〽(与)与兵衛(よへい)でござります、

夜(よ)ふけてあがりおきのどくながら、チヨツトこゝ
をあけて下(くだ)さりまし、トいふにいらへて門(かど)
口(ぐち)を、あくるをみれば、はや七十(なゝそじ)にちかき婆(ばゞ)ア、
〽(ばゞ)ヲヤどなたかとおもツたら、めづらしいお客(きやく)さま、
大(おほき)に御無沙汰(ごぶごぶさた)申しました、何(なに)しに今(いま)時分(じぶん)
御出(おい)でなすツた、ヲヤおつれがござらツしやる
かへ、〽(与)アイ女(をんな)づれサ、〽(ばゞ)ヲヤツかな、今(いま)時分(じぶん)、マアこちら
へとの言葉(ことば)をしほに、二人(ふたり)とも内(うち)に入(い)れば、

〽(ばゞ)ヤレ〳〵おくたびれでござらツしやらふ、この
通(とを)りの田舎(いなか)、そのうへ夜(よ)ふけで、何(なん)にもあげ
るものはごぜへましねエ、御馳走(ごちそう)は明日(あす)の
こと、夜(よ)のあくるにはマダ間(ま)もあり、マア〳〵御二(おふた)
人(り)ともおやすみなせへ、ト夜着(よぎ)とふとんを取(とり)
出(だ)して、奥(おく)の一間(ひとま)へ入(い)りにけり、あとに
二人(ふたり)は顔(かほ)みあはせ、〽(与)ヤレ〳〵〳〵よう〳〵のことで
気(き)がおちついた、サア寝(ね)ようト床(とこ)をしき、

二人(ふたり)は一所(いつしよ)にひとつ夜着(よぎ)、おびもこゝろもう
ちとけて、ひツたりとあふ肌(はだ)と肌、〽(与)原中(はらなか)とは
違(ちが)ツて、これではゆツくりとして心(こゝろ)もちが
いひト、たがひに息(いき)もつきあへず、雲(くも)となり雨(あめ)
となり、臼(うす)となり杵(きね)となり、腰(こし)のつゞかん
かぎりはト、おもふまゝなる床(とこ)の中(うち)、前後(ぜんご)も
しらず一(ひ)ト寝入(ねい)り、はやくも婆(ばゞ)はおき出(いで)て、
飯(めし)ごしらへの釜(かま)の下(した)、ちからまかせにうつ

火打(ひうち)、カチ〳〵〳〵トいふ音(おと)に、二人(ふたり)はふつと目(め)が
さめて、〽(与)おかめ夜(よ)があけたゼ、〽(かめ)ナアニまだ烏(からす)も
啼(なか)ねへに、はや過(すぎ)るはナ、もう一番(いちばん)とだきし
めて、又(また)すツぽりと夜着(よぎ)のなか、宵(よひ)のつか
れにおもはずも、又(また)うと〳〵と両(りやう)ねむり、いか
なる夢(ゆめ)をやむすぶらん、

BnF.

葉唄合寝〆の色糸 中


 うた
   合
  寝じめの
   色いと
     中の巻

〽内にいてもてめへの
 ことをおもひだす
 だひにむしやう
 につゝぱりかへツ
 てふだんはとんだ
  やつけいものよ
〽そのやつかいものが
 あるばつかりでわたしや
           ア
 もう〳〵どんなに
 くらうするか
  しれねへよ

身ひとつをおき
どころなきむねの内
ひとへのこゝろやゑにとき
ゆびきりかみきりむりな
きしやうも神〳〵さんへはおせは
をかけて烏羽玉の恋のやみ
ぢじやないかいな

ものゝふのやたきアにはやる
ときむねもさすが恋路は
すてかねて花にこてうの
夢の間もわすれぬかたき
のあだまくらあふて
うらみをはらそ
ぞへ


〽あれさ
 いぢらずと
 はやく入れな
      まし
 エゝモウ
   ばからしい入(いれ)ねへ
 うちから
   いきんすかな

〽てめへはまだ
 新造(しんぞう)だけひたい
 ぐちに少々(しやう〳〵)
  花(はな)は人ざかりときているから
 どうもたまらなく
   気(き)がわりい
        わさ

鈴虫のわが身思ふやし
のびねの枕ならへて松風
の月もさすかに秋の
色はづかしなからし
のびあひひぢを枕に
かりのこゑ

梅が香をとめてかほりの
ぬしゆかし顔も紅梅
うぐひすのいつか音色を
たのしみにはつこへそつ
とまどのうちいきな
世界じやないかいな

〽かうしつくりとはいつ
 たところを小袖(こそで)のすそ
 やふたぬので
 つゝめど色香(いろくわ)梅川(うめがわ)
 の川風(かわかぜ)さつとふき
 まくりうまい所(ところ)が
 見(み)へたらばさぞ
 ひとが気(き)をわる
 がるであらふ
〽どうでもよいから
 もつとさつさと
 ついておもいれ
 気(き)をやら
 せて
 おくれ

 アウレ
 いゝよ〳〵
 フウ〳〵〳〵〳〵

【右側上部】
〽おめへとかう
 いふわけになつ
 てから内のひとゝ
 ねてもうはのそらよ
 ほんにおめへとすると
 きをやるにも心(しん)からそこから
 いつせつやる気(き)になるはな

【右下部】
〽あり
 がてへ
 どうり
 でおめへの
 いんすい
    が
 への
 この
 あた
 まへ
 しみ
 こむ
 よう
 だ

【右側上部】
わしが思(おも)ひは三 国(ごく)一の
ふじのみやまのしらゆき
つもりやするともとけはせぬ
浮名(うきな)たつかや立(たつ)かやうき名(な)
いまはうきなのたつのもうれし人の
心(こゝろ)はあいゑんきゑんいつせつから
だもやる気(き)になつたわいな

【左側】
いろの名(な)をいわぬ〳〵と山
吹(ぶき)のなびくといふを恋(こい)の癖(くせ)
水(みづ)にながすはこちや気(き)にかゝ
りなにを蛙(かわづ)のぐと〴〵とほんにおな
ごといふものはやるせないもので
 ござんすわいな

〽なを水(みづ)かはんなま
 ぶきの穴(あな)の露(つゆ)そう
 いでの玉川では
      ねへ
 井手(いで)の
 玉ぐき
    とは
 どうだ
〽アレサむだくちを
 きかないで
 身(み)にしみて
   しないと
 実(み)になら
  ないよう
    だよ

思はれぬ人におも
ます鏡くもりがちなり
むねの内はるゝまもなき
五月やみつきにはにくし
さりとてはまゝにな
らぬがよのならい

春(はる)さめにくせつとぎれて
たゞくよ〳〵とないてゐる
のを寝(ね)たふりによるすべ
もなき女気(おんなぎ)をしやくが
とりもつ中(なか)なをり

〽わたしやア
 おぼへもない
 ことに今の
 ようないゝがゝり
 をいわれるとくやし
 くつて〳〵どうせうかと
 おもうよ〽もう
 いゝわなトいつて
 気(き)をひいて
 見(み)たもの
 よ
 サア
 〳〵
 もう
 いく
 ぞ
 〳〵

〽エゝ
 にくらしい
 アゝ
 いく
 よ
 〳〵

端唄寝〆色糸(はうたねじめのいろいと)中の巻
    傘(かさ)の雪(ゆき)
我(わが)ものと思(おも)へばかろし傘(かさ)の雪とは人(ひと)として欲情(よくじやう)のはなれざる
事(こと)風雅(ふうが)の上(うへ)にもしかありと古今(こゝん)万事(ばんじ)をつらぬく一句(いつく)そを
色欲(しゝよく)にとりなして恋(こひ)の重荷(おもに)とつゞけしは是等(これら)をはうたの生(しやう)
根(ね)といふべしいもがり行(ゆけ)ばは妹許(いもがり)と書(かき)て女の許(もと)へ行事とは
いはずとみなさま御推(ごすゐ)もじ川風さむく千鳥なくほどいづれも
冬(ふゆ)の余情(よじやう)深きは今日(けふ)の大雪 君(きみ)を思へはかちはざしことはいへども

端唄寝〆色糸(はうたねじめのいろいと)中の巻
    傘(かさ)の雪(ゆき)
我(わが)ものと思(おも)へばかろし傘(かさ)の雪とは人(ひと)として欲情(よくじやう)のはなれざる
事(こと)風雅(ふうが)の上(うへ)にもしかありと古今(こゝん)万事(ばんじ)をつらぬく一句(いつく)そを
色欲(しゝよく)にとりなして恋(こひ)の重荷(おもに)とつゞけしは是等(これら)をはうたの生(しやう)
根(ね)といふべしいもがり行(ゆけ)ばは妹許(いもがり)と書(かき)て女の許(もと)へ行事とは
いはずとみなさま御推(ごすゐ)もじ川風さむく千鳥なくほどいづれも
冬(ふゆ)の余情(よじやう)深きは今日(けふ)の大雪 君(きみ)を思へはかちはざしことはいへども

まさかはたしで色に行(ゆく)のも
あんまり色気(いろけ)のすたつたせん
さくなれば鉄紺(てつこん)の半合羽(はんがつぱ)
に小袖(こそで)三枚(さんまい)ぱつちしりはし
をりの高足駄(たかあしだ)蛇(じや)の目(め)の傘(からかさ)
にふりつもる雪も他(よそ)の囲女(ていけ)を
我(わ)ものとおもふ心(こゝろ)よりは重(おも)し
とも思はすこゝがそのわがものとおもへばかろし傘(かさ)の雪(ゆき)つもり〳〵て

【絵の中】
我恋は
 住よし
  うらの
 夕けしき
  たゞ
    あをた
 まつばかり
 逢ふて
  つらさが
  かたり
    たや

【絵の中】
わしか国さで見せたいものは
 むかし谷風いま
       だてもやふ
 ゆかしなつかし
  みやぎのしのふ
 うかれまいぞへ
 松鴛月たる
  しよんがへ

【本文】
深(ふか)くなり道(みち)もはうがくもうしなふは実(げ)にも思案(しあん)の外(ほか)なるべし
女(をんな)の身(み)もそのごとくかくし男(をとこ)の約束(やくそく)を待間(まつま)の窓(まど)の庭(には)の面(おも)
枝(えだ)もたわめる松(まつ)の雪(ゆき)おもきがうへの小夜衣(さよごろも)わがつまならぬ夫(つま)

【絵の中】
わしか国さで見せたいものは
 むかし谷風いま
       だてもやふ
 ゆかしなつかし
  みやぎのしのふ
 うかれまいぞへ
 松鴛月たる
  しよんがへ
【本文】
深(ふか)くなり道(みち)もはうがくもうしなふは実(げ)にも思案(しあん)の外(ほか)なるべし
女(をんな)の身(み)もそのごとくかくし男(をとこ)の約束(やくそく)を待間(まつま)の窓(まど)の庭(には)の面(おも)
枝(えだ)もたわめる松(まつ)の雪(ゆき)おもきがうへの小夜衣(さよごろも)わがつまならぬ夫(つま)

がさねもいたづら心(ごゝろ)のみにあらずたがひに好(すい)た好(すか)れたはことはざ
にいふ合縁奇縁(あひえんきえん)是(これ)ぞまことに出雲(いづも)にて結(むす)ぶえにしと思(おも)
へどもおふはいやなりおもふのは侭(まゝ)にならぬが世(よ)の慣(なら)らひ
〽此(この)やうなよい間(ま)といふはめつたにはないから早(はや)く来(き)て呉(くれ)
ればよいにあれほど呉々(くれ〳〵)も約束(やくそく)しておいたからよもや日(ひ)を
まちがへる事(こと)でもあるまいにそれに又(また)折(をり)あしく雪(ゆき)はふる
し此様(こんな)に待(まつ)て居(ゐ)てひよつと来(こ)なからうもんならくやし
いのう月んに待(また)るゝとも待身(まつみ)になるなとはよくいつたもん

だトいふ所(ところ)へ〽おゆうさん〽かん
さんもう〳〵〳〵どんなに待(まつ)て
いたかしれやアしねへよ今(いま)
まで何(なに)をしておいでだ〽何(なに)を
していたといつておれだつて
ちつたア用(よう)もあるはな〽外(ほか)の
用はどうでも能(いゝ)はね此方(こつち)
の用がかんじんだよマア早(はや)く

【絵の中】
堅は
やく
  そゝ
よい首尾
  の松
またの
 ごげん
   を
待乳
  山
エゝ
 かねが
 ふち

巨燵(こたつ)へおあたりさつきから火(ひ)をきつくして待(まつ)ていたのだわね
〽それはおかたじけ実(じつ)に川(かは)ツぷちを通(とほ)るときは顔(かほ)を吹切(ふつき)ら
れるやうであつた我身(わがみ)ながらよつぽとのろいやつよのう〽嬉(うれ)
しいよそのかわりにわたし
がよウくあつためてあげる
からもつとこつちへよん
な〽此(この)とほりかなつ氷(こほ)り
だ〽ヲヤつめたい手(て)だのう

【絵の中】
かれ野
  ゆよしき
 墨田堤(すみだつゝみ)
心もすめる
  夜半の月
田毎にうつる
 人かげに
はつと立たる
 あれ
  かりがね
     も
 めをと
  づれ

               サア爰(こゝ)へお入(い)れと内懐(うちぶところ)へ入(いれ)
               させる〽こうするとぢきに
               あぢな気(き)になるぜ〽いゝじやア
               ないかあぢになつたらどう
               でもおしな〽あんまりせわし
               ねへなアしかし斯(かう)いふさむい
ときはかけつけ三番(さんばん)とやらかさゞア胴(どう)ぶるへがとまるめへ欠付(かけつけ)
三番(さんばん)といやア今(いま)来(き)かげに酒(さけ)も肴(さかな)もそういつて来(こ)やうとおも

【絵の中】
君は今頃
 こまかたあたり
鳴てあかせしひほとゝぎす
  月の顔見りやおもひ出す

つたがあんまり世間(せけん)を憚(はゞ)から
ねへやうでよくねへからよしに
したが爰等(こゝら)が不義者(ないしやうもの)の不自(ふじ)
由(ゆう)な所(ところ)だ酒屋丁稚(ごよう)が来(く)るだ
らうから序(ついで)でに肴(さかな)も丁稚(ごよう)に
言伝(ことづけ)てやんねへ小遣銭(こづかひせに)でも遣(や)
らうもんならころ〳〵して用(よう)を
足(た)すはト二分金(にぶきん)を火鉢(ひばち)のかけ

【絵の中】
おまへの
  事を
 苦に
  やんで
身は
 さみ
  せんの
糸柳
 風の
 たより
   を
まつ
 ばかり
ゆびをり
   かぞへ
 袖じほる
    色の
 ならひか
    やるせなや

ごへちよいとなげる〽およしなぶしつけらしいひとが御馳走(ごちそう)しやうと
思(おも)つておかんをつけておくにどうぞ御気(おき)に入(い)らずともわたくしの
御手料理(おてれうり)でおひとつめしあがり下(くだ)さいまし〽是(これ)は〳〵ごたいない(御叮嚀)な
御(ご)あいさつでいたみ入(いり)ます左様(さやう)
御座(ござ)らば御深切(ごしんせつ)の御料理(おれうり)忝(かたじけなく)頂(てう)
戴(だい)仕(つかまつり)たく〽仕度(つかまつりたく)まで聞(きけ)ば沢山(たくさん)
だよ〽そういふけれど仕(つかまつり)たいから
此(この)雪(ゆき)にゑつちらおつちら爰(こゝ)

【絵の中】
野辺の
 花には
 さきや
   う
   かるかや
 おみなへし
そしてあやめ
 しやうぶやかきつばた
 ほつそりと藤ばかま
  あれ朝昌のしほらしや荻(おぎ)の花

【右頁】
ごへちよいとなげる〽およしなぶしつけらしいひとが御馳走(ごちそう)しやうと
思(おも)つておかんをつけておくにどうぞ御気(おき)に入(い)らずともわたくしの
御手料理(おてれうり)でおひとつめしあがり下(くだ)さいまし〽是(これ)は〳〵ごたいない(御叮嚀)な
御(ご)あいさつでいたみ入(いり)ます左様(さやう)
御座(ござ)らば御深切(ごしんせつ)の御料理(おれうり)忝(かたじけなく)頂(てう)
戴(だい)仕(つかまつり)たく〽仕度(つかまつりたく)まで聞(きけ)ば沢山(たくさん)
だよ〽そういふけれど仕(つかまつり)たいから
此(この)雪(ゆき)にゑつちらおつちら爰(こゝ)
【絵の中】
野辺の
 花には
 さきや
   う
   かるかや
 おみなへし
そしてあやめ
 しやうぶやかきつばた
 ほつそりと藤ばかま
  あれ朝昌のしほらしや荻(おぎ)の花

【左頁】
まで来(く)るのだ〽それ
だから仕(つかまつり)てもいゝぢやア
ないか善(ぜん)はいそげと
いふ事(こと)があるようわたし
も気(き)がおちつかない
からちよいときまり
をつけておいて御料理(おれうり)の御馳走(こちそう)は跡(あと)の事(こと)さ〽その事(こと)〳〵寸善(すんぜん)
尺魔(しやくま)何(なに)はともあれ是(これ)がかんじんだトその侭(まつ)ぐつと割込(わりこん)でおへ
【絵の中】
たつた川辺に
 ふねとめて
まだうらわかき
 娘気のどう
 いふてよかろやら
しんきまへりの
 そら寝いり

きつた一物(いちもつ)をゑしやくもなく押(おし)あてがふトさいぜんより待(まち)かねて
先走(さきばし)りの淫水(いんすゐ)がぬら〳〵しているゆへなんの苦(く)もなくぬる〳〵トさし
                 もの大陰茎(おほまろ)はんぶんばかり
                 ぬめり込(こ)む〽おまへ足(あし)は未(まだ)ろく
                 にあつたまらないがかんじんのと所(ところ)
                 はおそろしくあつく成(なつ)ているもんだ
                 のう〽おめへにのぼせあがつて居(い)
                 る証処(しやうこ)だ〽フンよろしく申(もうし)ておくれ

【絵の中】
おもひ
 込たる
我恋は
さきじや
ぢやけんで
 きれ口上(かうじよ)
たとへ
  きれても
 きれやせぬ
  思ひおもふた
 人じやものなぞ
  わたしやみれんが
         あるわいな

【右頁】
きつた一物(いちもつ)をゑしやくもなく押(おし)あてがふトさいぜんより待(まち)かねて
先走(さきばし)りの淫水(いんすゐ)がぬら〳〵しているゆへなんの苦(く)もなくぬる〳〵トさし
                 もの大陰茎(おほまら)はんぶんばかり
                 ぬめり込(こ)む〽おまへ足(あし)は未(まだ)ろく
                 にあつたまらないがかんじんのと所(ところ)
                 はおそろしくあつく成(なつ)ているもんだ
                 のう〽おめへにのぼせあがつて居(い)
                 る証処(しやうこ)だ〽フンよろしく申(もうし)ておくれ
【絵の中】
おもひ
 込たる
我恋は
さきじや
ぢやけんで
 きれ口上(かうじよ)
たとへ
  きれても
 きれやせぬ
  思ひおもふた
 人じやものなぞ
  わたしやみれんが
         あるわいな


【左頁】
口(くち)は自由(じゆう)なもんだのう〽しかしお
前(めへ)のも中(なか)が火(ひ)のやうに成(なつ)ている
からどうも陰茎(へのこ)をうでられる
やうでアゝこてへられねへ〽わたしも
お前(まい)にあつく成(なつ)た証処(しやうこ)だよ〽すぐ
にしつぺゑ返(げへ)しだむしのいゝ巨燵(こたつ)
へあたつて無拠(よんどころなく)あつく成(なつ)たやつを
さづけておいて恩(おん)にかける事(こと)もねへ

【絵の中】
ひと時を
 まつまも
つらき
  雁(かり)のこへ
はなしのやうに
半斎のまだ
 えんりよある
   おかしく
さきの心は
 ほぐじやない
これほど
 みれんな筆と見て
  かへす〴〵も
     待てゐるわいな

〽お前(めへ)はなぜそんなに口(くち)がわりいのうアゝもう
それ所(ところ)じやないよいつそよくなつて来(き)たから
もつと身(み)にしみておくれよサア〳〵もういゝはな
〳〵トしがみついてぐい〳〵持上(もちあげ)〳〵たがひにどく
どく気(き)をやりて〽(男)なんだかやりながらも気(き)が
せくやうだ表(おもて)をちよいとかけておけばいゝ
〽此(この)大雪(おほゆき)にだれか来(く)るものかなそして今夜(こんや)は泊(とまつ)て
もいゝよ明日(あす)の昼迄(ひるまで)は旦(だん)も来(く)る事(こと)じやアないから

【絵の中】
あだし野の
  露の
 いのちの
   鈴むしも
 秋はて
  られて
 今更に
 啼に
  なかれぬ
   物おもひ

【右頁】
〽お前(めへ)はなぜそんなに口(くち)がわりいのうアゝもう
それ所(ところ)じやないよいつそよくなつて来(き)たから
もつと身(み)にしみておくれよサア〳〵もういゝはな
〳〵トしがみついてぐい〳〵持上(もちあげ)〳〵たがひにどく
どく気(き)をやりて〽(男)なんだかやりながらも気(き)が
せくやうだ表(おもて)をちよいとかけておけばいゝ
〽此(この)大雪(おほゆき)にだれか来(く)るものかなそして今夜(こんや)は泊(とまつ)て
もいゝよ明日(あす)の昼迄(ひるまで)は旦(だん)も来(く)る事(こと)じやアないから
【絵の中】
あだし野の
  露の
 いのちの
   鈴むしも
 秋はて
  られて
 今更に
 啼に
  なかれぬ
   物おもひ

【左頁】
〽夫(それ)ぢやア是(これ)からゆつ
くりと爪弾(つめびき)で洒落(しやれ)
られるの。女(おんな)は三味線(さみせん)
を引(ひき)よせ〽心(こゝろ)いきを一(ちよ)
寸(つと)聞(きい)ておくれ〽むりな
事(こと)いふてわしや神(かみ)いのりあひたい病(やまひ)はかんしやくのせい酒(さけ)でしのがす
苦(く)の世界(せかい)」〽おれもやらう〽(とゞ一)見極(みきはめ)た的(まと)がなければ心(こゝろ)の弓(ゆみ)をなんぼ矢竹(やたけ)に
思(おも)ふても〽コウお前(めへ)も正真(ほんとう)に疑深(うたがひぶか)いよサア気(き)の済様(すむやう)にどうでもして呉(くん)な悔(くやし)いのう
【絵の中】
世の中の
 いきなせかいを
今こゝに
 八まんさまの
やまびらき
さゝがこうじて
 つひそれなりに
  ざこ寝の枕かりそめに
 ヲヤすくねへ
       あけの鐘(かね)

BnF.

BnF.

BnF.

《割書:浮世|源氏》五十四帖 中

あだにうる
花とは
しれど
誰(たれ)もかも
まどひ
いるらん山の
奥(おく)まで

浮世
げんじ
中之巻

【タイトル】


【女性の台詞】
〽あれおよしあそ
ばせお手(て)が
よこれます
ヱヽもう〳〵
どういたそう
いつそよくなつて
まいりました
そのやうに
おいばりあそ
ばすほど
なら
どうぞほん
まにあそ
ばして
下さいまし
アヽもう
まいり
ます〳〵
ハア〳〵
〳〵〳〵

【男性の台詞】
〽おもいれ
だして此 手(て)を
よごすほどで
なければこつ
ちもうれしく
ないサア〳〵なま
あたゝかいのが手の
ひらへながれる〳〵

【タイトル】
花散里

【建物の外の人物の台詞】
〽君(きみ)にはまた
あなばつりで
だいぶんなて
まが
とれる
この
よう

では
れいの
二番(にばん)つゞきのむし
かへしはじやうぶじや
イヤ又(また)あの二階(にかい)の
つまおとも
わるく
ない

【男性の台詞】
〽ほとゝぎすよりめづら
しいはそちがものぢやいつも
はつものこゝちがするぞ
アヽ此(この)しまりかげんは
とうもいへぬ〳〵

【女性の台詞】
〽そのように気(き)やすめ
ばかりぎよい
あそばして
わたくしふぜいを
ほんのおな
ぶりで
ござり
ませう

【柱第】五十四丁中ノ一

【タイトル、左ページ左上】
須磨

【松の木の影の女性たちの台詞】
〽ヲヤ マア
どうせう
ひるひなか
はじめた
そう


そして蛸(たこ)の
あぢが
するとき
烏賊(いか)な
こつ
ても


〽いつそ
うらやま
しい
もう〳〵
どこも
かしこも
うづ〳〵
して
きた
わな


【左ページ上、男性の台詞】
〽此(この)浦(うら)けしきを
ながめながら
生貝(なまがい)を賞翫(しやうくわん)
とはいへぬ
〳〵

【右ページ右下男性の台詞つづき】
しかし蛸(たこ)の味(あぢ)も
する
サア〳〵
だい
ぶん
汐(しほ)が
みちて
きた
アヽどうもこの
うらからみる
けしきはなん
ともかとも
たとへ
ようの
ない
ほど
いゝぞ
〳〵

【左ページ女性の台詞】
〽アレだれぞ
まいると
わるふ
ござい
ます
から
もうおよし
なさいと
もうしたう
ヱヽどう
いたそう
スウ〳〵〳〵〳〵
ヲヽいゝ〳〵〳〵
アレいきます〳〵
フウ〜〜〜

【柱題】五十四帖中ノニ

【タイトル】
明石

【男性の台詞】
〽かうした
ところを
遠(とほ)くから
見(み)たら
月夜(つきよ)
だけに
おうま
 だと
思(おも)ふで
あらふ

【女性の台詞】
〽アヽもう
わたしやア
どう
しやう
ねえ
どうも〳〵
フウ〳〵〳〵〳〵

【柱題】五十四帖中ノ三
アレ
いゝよ【いくよ?】
〳〵
ヲヽヽヽ
いゝ〳〵【いく〳〵?】
〳〵〳〵

いんすい
〽どく
〳〵〳〵
ぬら
〳〵

【タイトル】
澪標

【女性の台詞】
〽アレ
しづかに
しておくれ
いつそ
こはい
やうで
はづ
かし
くつて
むねが
どき
〳〵
するよ

【男性の台詞】
〽なにさ
あんじな
さんな
それもう
あたまが
はいり
かゝつたから
もうちつとだ
マア今に
みなぬると
はいつた
こゝろも
ちは
こたへ
られ
ねへ
ものだ
によ

【タイトル】
蓬生

【男性の台詞】
〽実(げ)に蓬生(よもぎふ)
の宿(やど)のつま
たとへわが
女房(にようぼう)にしろ
他(ひと)の妻(つま)にしろ庭の
よもぎのはへなりが
金(かね)でかはれぬうまい
ところだきれいに
手(て)いれをした女郎(ぢようろ)
よりとかくはへた
まゝに
信仰(しんかう)が
あついものサ

【女性の台詞】
〽ヱヽもうわるくちだか
おせじだかあげるのか
さげるのかなんだか
わからないよサアよ
じつとして
いな
いで

【柱題】五十四帖中ノ四

【女性の台詞つづき】
ぬくとも
入(い)れるとも
しておも
いれやら
しておく

アヽそう
だよ〳〵
ソレ
そこ


ところ

きつく
ハア〳〵〳〵〳〵
それ又いくよ
アヽいゝよ〳〵
ハア〳〵〳〵〳〵

ゆのようないんすいが
〽どく〳〵〳〵〳〵ぬる〳〵〳〵〳〵

【タイトル】
関屋
【女性の台詞】
〽アレサ
そんな
いたづらを
すると
きゝま
せんよ

【男性の台詞】
〽きゝま
せんと
いは
ねへで
おれの
心いきも
ちつ
とは
きいて
くんな
アヽ
もう
こゝ
まで
てがとゝ
いちやア
たまら
ねへ
サア〳〵
ちよつ

〳〵

【柱題 五十四帖中ノ五】

【タイトル】
絵合

【男性の台詞】
〽マア
じつと
して
いな
そこに
かいて
ある
ような
事を
して
やるから
サア〳〵
これは
ごうぎに
ぬら〳〵
だして
ゐるぜ

【女性の台詞】
〽アレサはづ
かしいおゝきな
こゑを
おしで
ない


【タイトル】
松風

【女性の台詞】
アレ
はづ
れるはね
アヽもう
いきそう
だから
ぐつと
おいれ


【男性の台詞】
〽おれ

いき
そうだ
から
あ?しら
つている
のよ
おめへが
いき
かゝつ
たら
ぐつと
入て一
しよに
やらう

【柱題】五十四帖中ノ六

浮世(うきよ)源氏(げんじ)五十四情(ごぢふよしやう)中之巻

榊(さかき)

神垣(かみがき)はしるしの杉(すぎ)もなきものをいかにまがへてをれるさかきぞと野(の)の宮(みや)の辺(ほとり)なる仁木(につき)が仮(かり)のわび住居(ずまゐ)今(いま)は阿古木(あこぎ)も苦界(くがい)をのがれしばしは爰(ここ)に身(み)をよせつこれ
より伊勢(いせ)へ下(くだ)るべきこゝろがまへの用意(ようい)もとゝのひ早(はや)出立(しゆつたつ)のその日(ひ)さへひと日(ひ)ふた日(ひ)
となりしころ恋(こひ)しき人(ひと)の思(おも)ひもよらず忍(しの)びてこゝに問(とひ)給へば飛立(とびだつ)ほどに思(おも)へ
どもあなたこなたの義理(ぎり)合(あい)よりかまへてふたゝびまみへましと一端(いつたん)おもひ切(きり)し
身(み)のなまじ逢(あ)はんもうしろめたくさればとて此(この)まゝにつれなくなさんも本(ほ)
意(ゐ)ならじと心(こゝろ)に問(とひ)こゝろにゆるし逢(あへ)ば恋(こひ)しさいやまさり娘(むすめ)磯名(いそな)のおもはく
もまた空衣(からぎぬ)の手(て)まへさへついうち捨(すて)て月(つき)ごろ日(ひ)ごろ思(おも)ひきりてもわすられ
ぬ逢(あひ)し夜(よ)すがのうれしきを思(おも)ひ出(だ)すほとじれつたき情所(なさけどころ)へかの君(きみ)の昔(むかし)

にかはらぬ大陰茎(をゝまら)を毛際(けぎは)ものこさず入(い)れさせて上(うへ)を下(した)をと好事(このみごと)是(これ)
ぞしばしの名残(なごり)の開(ぼゝ)ふたゝび逢(あ)ふまで持(もつ)ようにと腰骨(こしぼね)かぎりこんかぎり
おくびの出(で)るほど犯(とぼ)させしは余所(よそ)の見(み)る目(め)もいかならん
   花散里(はなちるさと)
たちばなの香(か)をなつかしみほとゝぎす花(はな)ちるさとをたつねてぞ。問ふ
恋人(こひびと)のおとづれに心(こゝろ)のうち■嬉(うれ)しさは何(なに)にたとへんものぞなき〽今(いま)おつかひ
につかはされました惟吉(これきち)さまがもうおかへりでござりませうマアあちらの屏(びやう)
風(ぶ)のうちでひさりぶりにつもる思(おも)ひのありたけをサアどうそわたくしにも
日頃(ひごろ)心(こゝろ)に思(おも)ふほどはらさせて下(くだ)さりませ〽ハテせわしないアノ惟吉(これきち)も野暮(やぼ)で
はない斯(かう)いふ所(ところ)へまいるような心(こゝろ)きかぬ者(もの)なれば常(つね)に供(とも)には連(つれ)ぬわへ左様(さよう)
なことに心(こゝろ)をおかずと勤気(つとめぎ)はなれて某(それがし)に誠(まこと)の情(じやう)をうつして為犯(させ)やれ〽アレにくら

【柱題】五十四帖中ノ一
しいわたくしに此様(このよう)に情(じやう)をうつさせてしらぬふりを遊(あそ)ばして左様(さよう)なら此度(こんど)は

上(うへ)へおのり遊(あそ)ばし下(くだ)さいましもいちど情(じやう)をうつします〽イヤ〳〵それより此(この)ような
見(み)はらしのよい所(ところ)では本手(ほんて)よりは曲(きよく)がよひ。折(をり)からのものなれば茶臼(ちやうす)こそ興(けう)
あらめとむりに抱上(だきあげ)はじめから女(をんな)にひとつ気(き)をやらせしがなか〳〵陰茎(へのこ)は少(すこ)し
もひるまずひときはみごとにおへかへり筋(すぢ)はあらはれぬれ色(いろ)にひかりわたれる
紫色雁高(ししきがんかう)。脈(みやく)うつへのこの上反(うはぞり)を下(した)より開(ぼゝ)におしあてがひ腰(こし)をはりつゝつき
上(あぐ)れはぐすりと音(おと)してそのまゝにぐす〳〵〳〵と根(ね)もとまで毛際(けぎは)ものこらず
はいりたり女(をんな)ハアヽと目(め)を細(ほそ)くし歯(は)をくひしばりてムヽ〳〵〳〵さすがつとめの身(み)
ながらもなみ〳〵ならぬ大陰茎(おゝまら)の尺八(しやくはち)ほどなる上反(うはぞり)をまらの根(ね)かぎりおしこま
れハアともスウとも声(こゑ)さへ出(いで)ず惣身(そうみ)もしびれておぼへもなきほどうつゝのやう
になりけるが次第(しだい)にぬきさしされるほど心地(こゝち)よいとも気味(きみ)よいとも能(よく)て〳〵
どうもたまらず尻(しり)をもぢり身(み)をあせり上(うへ)よりひしとしがみつき男(をとこ)の口(くち)へ口摺(くちすり)
つけ口(くち)を吸(すう)やら鼻息(はないき)やらいつそわけなき大(おゝ)よがりさいぜんよりつゞけさま四(よつ)ツ(ゝ)五(いつ)ツ(ゝ)

気(き)をやりしが今又(いまゝた)何処(どこ)へあたりしやひときはたぎりし喜悦泣(よがりなき)《割書:ハア〳〵|  フウ〳〵》スウ〳〵とへのこ
のあたまへ子宮(こつぼ)の口(くち)すりつけ〳〵がば〳〵と子宮(こつぼ)の奥(おく)より滝鳴(たきなり)して湯(ゆ)のごとくなる
陰水(いんすゐ)をへのこの雁(かり)のてつぺんからかけたかと問(と)ふ開伽(ぼゝとぎ)す日頃(ひごろ)つゝしむ溜淫(ためいん)を一度(いちど)に漏(もら)
してづき〳〵とどこもかしこもうづき頃(ごろ)垣(かき)の卯(う)の花(はな)それならで雪(ゆき)と見(み)まがふふ
き捨(すて)の閨(ねや)に花(はな)ちる麝香紙(じやかうがみ)橘(たちばな)の香(か)もものかはならんか
   須磨(すま)
うきめかるいせをのあまも恋(こひ)そめて曳手(ひくて)あまたのかつら男(をとこ)に兼て思ひをこ
がしたるよしある人(ひと)のまな娘(むすめ)塩屋(しほや)の煙(けふり)たへまなき心(こゝろ)をそれと汲(くみ)て知(し)る塩(しほ)
くむ蜑(あま)のとしまの女(をんな)なかをとりもつ情(なさけ)知(し)り。ともなひつれて能(よき)しほに通(かよ)ふ
千鳥(ちどり)の磯(いそ)づたひいそ繰り返しとしてかの蜑(あま)の粋(すい)な心(こゝろ)を娘気(むすめぎ)に結(むす)ぶの神(かみ)と手(て)を合(あは)
せ〽いつの世(よ)にかはこのお礼(れい)〽ハテわつけもない其様(そん)な事(こと)いふているそのひまにち
やつと〳〵ト気(き)をせけど逢(あ)へばなか〳〵ことばさへ口(くち)へは出(いで)ぬおぼこ気(ぎ)を。としまはそば

【柱題】五十四帖中□二

でもどかしがりさいわいのアノ岩(いは)の蔭(かげ)日頃(ひごろ)の思ひを思ふさまはらさせておも
らいと男(おとこ)の側(そば)へつきやつて〽仲人(なかうど)は宵(よい)のうち床盃(とこさかづき)のお吸(すい)ものモシ蛤(はまぐり)は不塩(ぶゑん)じや
ぞへおまへもぬしの生酢(なます)の子(こ)の海鼠(なまこ)がいかにおいしいとてあんまりたんと食過(たべすぎ)まへ
ぞへ跡(あと)で腹(はら)が張(はつ)てはならぬとおとけまじりの気(き)さく者(もの)粋(すい)を通(とほ)してはしりゆく男(おとこ)
も嬉(うれ)しくそばへより能事(よいこと)には寸善尺魔(すんぜんしやくま)邪(じや)魔のないうちにこそと言葉(ことば)少(すく)
なに引寄(ひきよせ)て〽わたしも此地(こゝ)へ来(き)た時(とき)から余処(よそ)ながらおまへの姿を見(み)るたび〳〵
きりやうなら姿(すがた)なら心(こゝろ)だてまで美(うつ)しくあれほとそろふた娘子(むすめご)かまたとふ
たりあらうかと思(おも)ひこんだはとうの事(こと)あゝいふ娘(むすめ)に一度(いちど)でも逢(あふ)たらそれ
こそ男(おとこ)の本意(ほい)と思へど及(およ)ばぬ霞(かすみ)に千鳥(ちどり)雲(くも)よりけはしはしたなく言(いゝ)よる
事(こと)もならざりしにおまへの方(はう)にもそれほどまで思(おも)ふて下(くだ)さるかこゝろさしわ
すれはおかぬうれしやとそのまゝじつといだき〆(しめ)はづかしがる娘(むすめ)の口(くち)へ口(くち)をしつつけ
チウ〳〵〳〵口(くち)を吸(すは)れてうれしいやらはづかしいやら上気(じやうき)してどきつく胸(むね)をおし鎮(しづ)

め目(め)をねふりてゐるうちにそろ〳〵前(まへ)へ手(て)をさし入(いれ)じつとすぼめし股(また)ぐらもう
ちひらけたる須磨(すま)のうらうらの見るめもはつかしと顔(かほ)あかめるをしらぬふり
してまづ空割(そらわれ)よりうかゝふにそのはだのやはらかさひたひ口(ぐち)にうつすりとはへ
たる薄毛(うすげ)も心(こゝろ)にくゝふつくりしたる上開(しやうかい)のあまりきれいに美(うれ)しければうつ
かり見(み)とれていたりしがかくてははてじと指(ゆび)につはつけ割目(われめ)をだん〳〵撫下(なでおろ)し
はや出(だ)しかけし淫水(いんすゐ)のぬめりにそろ〳〵指(ゆび)を入(いれ)くぢり廻(まは)せばスウ〳〵ト鼻息(はないき)さ
へもはづかしげに上気(じやうき)の顔(かほ)へ袖(そで)をあて男(おとこ)まかせになつてゐるおぼこ娘に
手(て)だれの若(わか)もの場数(ばかず)にいたらぬ生娘(きむすめ)をしつこくいぢればはづかしさにい
やがるものと知(し)りながらやわらかき手ざはりのあまりのことのこゝろよさに思(おも)
はず知(し)らず秘術(ひじゆつ)をつくすに娘(むすめ)は顔(かほ)を見られるやうではづかしくてたまら
ねど惚(ほれ)た男にくぢり廻(まは)され思ひおもひし心(こゝろ)の水(みづ)まだ開中(かいちう)へ本物(ほんもの)も入(い)れ
ぬ先(さき)からはやまつてどつくりはづんではしり出(いで)手(て)さきへあぶるゝ溜淫水(ためいんすゐ)ハア〳〵〳〵

トすゝりなき男(おとこ)はたまらず指(ゆび)引(ひき)ぬき其(その)手にぬらつく淫水(いんすゐ)をおへきるへのこ
へなすりつけすぐにあてがひ入(いれ)かけるに今(いま)までこがれてさせたい一心(いつしん)さしもの
一物(いちもつ)ぬうぬつトきしみながらも胴(とう)中まで苦(く)もなくはいりしこゝろよさ娘ははじ
めて大陰茎(おゝまら)を突込(つゝこま)れてもさいぜんよりくぢりぬかれてもらしたる淫水(いんすゐ)のぬ
めりにてあんじたほどにいたみもなくどこともなしに其(その)男(おとこ)がなを可愛(かあい)く
なりいつ迄(まで)も斯(かう)したまゝですこしの間(あひだ)もはなれがたなく思(おも)ふなるべし男(おとこ)
はそろ〳〵小(こ)きざみよりだん〳〵しげく抜(ぬき)さしして八深九浅(はつしんくせん)しづやかに秘術(ひじゆつ)を
尽(つく)しておこなふほとに開中(かいちう)一(いち)めん陰茎(へのこ)に吸付(すいつき)ぬきあげるたびずぼ〳〵トへの
こをしごくしまりかげんは印籠(いんらう)の工合(ぐあい)に似(に)て無量(むりやう)のあじはひ古今(こゝん)の上開(じやうかい)
もしくは世上(せじやう)に賞美(しやうひ)する明石蛸(あかしたこ)とは此(この)事(こと)ならんかそれはともあれかくもあれ
男(おとこ)はあまりのこゝろよさに三(みつ)ツまでむかへし娘(むすめ)も五六度(ごろくど)気(き)をやつてはじめて
おぼへし陰茎(へのこ)の味(あぢ)に人目(ひとめ)もさらにいとはぬほど引〆(ひきしめ)しめ寄(よせ)余念(よねん)なく逢(あふ)て

思(おも)ひのますかゞみうつす心(こゝろ)の水(みづ)もらさじとかたみに結(むす)ぶ言(こと)の葉(は)によろこびいさむ
笑(ゑみ)の眉(まゆ)たがひの胸(むね)もはれわたるのどけき春(はる)の浦景色(うらげしき)つきぬ契(ちぎり)そたのしけれ
        明石(あかし)
秋(あき)の夜(よ)の月毛(つきげ)の駒(こま)のそれならで雲井(くもゐ)を恋(こ)ふる煩悩(ぼんのう)をとゞめかねたる心(こゝろ)
の駒(こま)忍(しの)びてかよふ枝折(しをり)の外(そと)思(おも)ひがけなき恋人(こひひと)はいのりし神(かみ)の引合(ひきあは)せト嬉(うれ)し
さあまりてぶる〳〵トふるうばかりの心(こゝろ)をしつめ娘(むすめ)の側(そば)へそつと寄り〽ヲヤ〳〵
わたくしはお鳥(とり)どんかと思(おも)ひましたらもう亥刻前(よつまへ)でございませうにおひ
とりで此(この)ような所(ところ)に何(なに)をしておいでなさいます〽ヲヤどなたかと存(ぞんし)たらヲホヽヽ
アノわたくしはあんまり今夜(こんや)の月(つき)かおさへなさつたのでついうかれて庭(には)づたいに出(で)
て見(み)ましたのさ〽ほんにま事(こと)によくさへましたが此(この)月(つき)に引(ひき)かへてとかくわたしの
胸(むね)はくもりがちさへる間(ま)とではございません人(ひと)をたのんでよう〳〵ト送(おく)りし雁(かり)
の玉章(たまづさ)もそれなりけりの片(かた)だよりト聞(きい)て娘(むすめ)はあと先(さき)見廻(みまは)し〽其(その)おへんじ

に人目(ひとめ)を忍(しの)び月(つき)にかこつけさいぜんからトそつとわたせし返事(へんじ)の上書(うわがき)おなじ
思(おも)ひにこがるゝ身(み)よりと書(かき)しは上出来(じやうでき)あんじるよりうむをいわさず枝折戸(しをりと)の
柱(はしら)に娘(むすめ)を寄(よせ)かけて〽中(なか)の文体(ぶんてい)見(み)るにおよばし同(おな)じ思(おも)ひにこがるゝとは此(この)身(み)にとり
て嬉(うれ)しいともかたじけないとも何(なん)ともかともいふにいわれぬおこゝろいき筈(ぜん)はいそ
げ人(ひと)のこぬうちサア一寸(ちよつと)ト心(こゝろ)せくまゝ立(たち)ながら枝折戸(しをりど)小(こ)だてにいだき付(つき)口(くち)ト
口(くち)チウ〳〵〳〵ト吸(すひ)ながら是(これ)ではどうも勝手(かつて)がわるいトうしろより裾(すそ)引(ひき)まくつて
あてがふ一物(いちもつ)。娘(むすめ)も承知(しやうち)の受腰(うけごし)は人(ひと)もや来(こ)んと気(き)のせくまゝはづかしい場(ば)は
うちすてゝはやく〳〵トいわぬはかり男(おとこ)は豊年(ほうねん)秋(あき)の夜(よ)の月毛(つきげ)の馬(うま)をもあざ
むく大陰茎(おゝまら)おやすませしそのさまはさもおそろしきありさまなるをつばき
ものして入(いれ)かけるに娘(むすめ)は開(ぼゝ)がさけるほど痛(いた)さにたへかね手(て)をやつてさぐつて見(み)
れはこはいかに擂子木(すりこぎ)ほどの一物(いちもつ)にびつくりせしが今(いま)さらに迯(にげ)るにも迯ら
れずどうしたものと思案(しあん)のうち男(おとこ)はさま〴〵気(き)をもみぬき我手(わがて)ににぎつて

穴(あな)の口(くち)入(い)れん〳〵とあせるうちつい門口(かどぐち)でどく〳〵ト気(き)をやる淫水(いんすい)玉門(ぎよくもん)にあ
ぶるゝぬめりに嬉(うれ)しくもさすがの大物(たいぶつ)ぬら〳〵ト半分(はんぶん)ばかりはいりしかは娘(むすめ)は
ハアト一生(いつしやう)けんめい枝折(しをり)の柱(はしら)へしがみ付(つき)いたさをこらへてうけかねるを男(おとこ)は今(いま)ぞ大(だい)
願成就(ぐわんじやうじゆ)ト秘術(ひじゆつ)をつくしておこなふほどに娘(むすめ)もしだいに鼻(はな)いきあらくたがい
に出(だ)したるいんすゐに今(いま)はいたさに引(ひき)かへてむしやうにどく〳〵気(き)がいけば男(おとこ)も爰(こゝ)
ぞと精心(せいしん)こめくも手(で)かくなわ十文字(じふもんじ)くもゐをかけれ早腰(はやごし)に日頃(ひごろ)の本望(ほんもう)今(いま)
こそと血気(けつき)の早(はや)わざときの間(ま)に四五丁(しごてう)つゞけし駒(こま)の白泡(しらあは)女(おんな)も男(おとこ)もフウ〳〵スウ〳〵
折(をり)しもわたる逢夜(あふよ)の雁(かり)よがりぬいたる互(たがひ)の喜悦(きえつ)実(げ)にも明石(あかし)の浦山(うらやま)しと
やいはん
       澪漂(みをづくし)
かずならでなにはのこともかひなきに何(なに)みをつくしいつしかに思(おも)ひそめたる惚(ほれ)
たどちつい馴染(なれそめ)しむつごとにたがひの胸(むね)もすみよしの四所(ししよ)のおまへの逢瀬(あふせ)さへ

あきぬつらさをわすれぐさ〽わしや此様(こん)な所(とこ)ではいやじやへ〽ハテだんなは誰(たれ)も来(く)
る事(こつ)ちやないわしも浪花(なには)生れのちやき〳〵ぢや今日(けふ)一日(いちにち)は爰(こゝ)のさびし事(こと)
承知(しやうち)でそもじをさそふて連立(つれだつ)て来(き)たも此たのしみ仕(し)ようばかりぢやマアち
やつと爰(こゝ)へもたれたがよい〽此(この)反橋(そりはし)へかいな〽そうぢや。まそつと前をひろげいな
〽そぢやてゝわしやはつかしい〽ハテ誰(たれ)も見(み)るものはありやせんがトそりはしへよ
せかけて娘(むすめ)の前(まへ)をぐつとまくりあげ割込(わりこみ)ながら其(その)身(み)も前を引(ひき)まくりふん
どしをはづしておへきつた一 物(もつ)をぴんといだし棹(さほ)を握(にぎ)つてへのこのあたまへつば
きをこて〳〵ぬり廻(まは)し其(その)まゝぬつと入かけてすり〳〵とやりかけるに娘も初(はつ)
の事ではなし下(した)からもじ〳〵持上(もちあげ)〳〵目をぬぶりスウ〳〵〳〵ト鼻息(はないき)せはしくアヽ
もうじきにいくわいな〽アせわしないまそつとこらへて一 所(しよ)にやりイな〽そぢやてゝ
アヽ〳〵どうもならんフウ〳〵〳〵アヽつい行(い)たわいな〽もうやつたかいな。のつけからゑらう
出(だ)したさかいぐしや〳〵していつこやくたいぢや〽うそいゝなはづかしい〽ヤそうかういふ

うちコリヤわしもたまらんアヽスウ〳〵〳〵〳〵ハア〳〵〳〵ト男(おとこ)はしきりに腰(こし)をはやめすり〳〵
すり〳〵ずぼ〳〵ぐちや〳〵ずぼり〳〵と八深九浅(はつしんきうせん)惣身(そうみ)の力(ちから)をへのこに入上(いれあげ)精(せい)
心(しん)こらしてつき立(たて)れば娘(むすめ)はいつそ夢中(むちう)のごとくよがりぬいたる喜悦(きえつ)の鼻(はな)いき
身(み)を反(そり)かへりそり橋(はし)へ穴(あな)も明(あけ)べきありさまに尻(しり)を廻(まは)して橋板(はしいた)をゑぐるが如(ごと)く
身(み)をもみてどく〳〵ぬら〳〵気(き)をやりづめ男(おとこ)もすでにゆくべきをこらへるうちの
その気味(きみ)あいどうともかうともいわれぬ美(うま)味さへのこははりきりしびれる
ばかり今(いま)ははや男(おとこ)も女(おんな)もたもちかねこらへ〳〵し淫水(いんすゐ)が一時(いちど)にへのこへ突(つゝ)かけ来(きた)り鈴口(すゞぐち)
せましと走(はし)り出(いだ)しつう〳〵つう〳〵どつくどくどつく〳〵ト淫水(いんすゐ)つくし。身(み)をつくし
たるやりくりは岸(きし)に生(おふ)てふ姫小松(ひめこまつ)いく代(よ)へのこや淫水(いんすゐ)の青(あを)ひと臭(ぐさ)のたへせぬ
ためし神(かみ)もみゆるし給ふらん
        蓬生(よもぎふ)
たづねてもわれこそとはめ道(みち)もなく生(お)ひしだりたる蓬(よもぎ)の宿(やど)は鐘(かね)も聞(きこ)

ず鶏(とり)も無(なく)ふたり寝(ぬ)るゝ夜(よ)のかくれ家(が)にや常(つね)には人(ひと)げも稀々(まれ〳〵)なる受地辺(うけぢあたり)の
下(した)ゆきは世(よ)のなりわひのことしげきうきをなぐさむ遊山(ゆさん)場所(ばしよ)ことにこの程(ほど)妻(つま)を
むかへまだめづらしき内(うち)ながら物堅(ものがた)き両親(りやうしん)のひとつ座敷(ざしき)に卧(ふし)ければよく〳〵
よい間(ま)に女房(にようぼう)の夜着(よき)へはい込(こみ)こそ〳〵トすましてしまふばかりにて思(おも)ふよう
には睦言(むつごと)もならぬ所(とこ)から思(おも)ひつき先(せん)の隠居(いんきよ)が求置(もとめおき)たる受地(うけぢ)の地面(ぢめん)の隠居(いんきよ)
所(じよ)を建(たち)ぐらさしにして置(おき)しが是(これ)さいわひの事(こと)なりと月(つき)のうちに二三度(にさんど)づゝ
保養(ほよう)と号(ごう)して夫婦(ふうふ)づれこの下ゆきの水入(みづい)らず日頃(ひごろ)のうさの捨(すて)どころ律義(りちぎ)
ものゝ下男(げなん)の佐助(さすけ)がいつもきまりで前日(ぜんじつ)より掃除(そうじ)ばんたん煮焚(にたき)の世話(せわ)つかひ
早間(はやま)の調法者(てうほうもの)今日(けふ)は其(その)日(ひ)と夫婦(ふうふ)づれ朝(あさ)から此処(こゝ)へ来(く)るわいな佐助(さすけ)に言(いゝ)
付(つけ)まづ武(む)さしやへ色々(いろ〳〵)と酒(さけ)肴(さかな)の注文(ちうもん)其ついでに長命寺(ちやうめいじ)前(まへ)の山本屋(やまもとや)の桜(さくら)
餅(もち)いつもの程(ほど)籠(かご)に入(いれ)させお袋(ふくろ)へ鼻薬(はなぐすり)に持(もつ)て行(ゆき)そして貴(き)さまは明日(あす)の夕(ゆふ)がた
爰(こゝ)へむかひに来(く)れはそれでよいはト別(べつ)に金弐朱(なんいち)はづみ是(これ)でどこぞて一盃(いつぱい)呑(のん)

で行(ゆく)がよいト佐助(さすけ)をもよろこはせ出(いだ)しやりしあとにはふうふのさしむかひ〽サア直(すぐ)に
はじめやう〽いかなこつてもまだ朝(あさ)ツはらでございますはねそして今(いま)こゝへまいつた
ばかりでなんぼなんでもヲホヽヽヽヽ〽ハテ爰(こゝ)にやア誰(だれ)も遠慮(えんりよ)なものはなし気(き)まゝに
交(し)ようためにくる所(ところ)だあさつぱらでも下(した)ツ腹(ぱら)でもさし合(あい)なしだマアなんにしろ
爰(こゝ)まで歩行(あるい)てねれた処(ところ)が賞翫(しやうくわん)だトいきなりにおしこかし女房(にようぼ)のまたぐらへ手(て)
を入(い)れくぢりかければはや出(だ)しかけてぬる〳〵ぬら〳〵〽こんなに出(で)しているくせにが
まんな女(をんな)だ〽それだと申て男(おとこ)のようになんぼ夫婦(ふうふ)の中(なか)でもそんな事(こと)が口(くち)へ出(だ)
されますものかね〽口(くち)へ出(だ)されねへかわりに下(した)の口(くち)へこんなに出(だ)すのかそこで女(をんな)といふ
ものはつみがふかいといつたもんたらうトいひながらむしやうにくぢり廻(まは)はす〽アヽモウ
フン〳〵〳〵そんな事(こと)をなさるくらゐならとうにどうかなさいまし〽それでも
朝(あさ)ツぱらからなんぼ何(なん)でもといつたじやアねへか〽エヽもう人(ひと)ぢらしなト男(おとこ)の股(また)へ
手(て)を入(いれ)へのこをにぎれば木(き)のごとくにおやしている〽それおまいさんこそこんなにして

おいでなさるくせにトしめつゆるめつにぎられて男(おとこ)はたまらず〽アヽモウこたへられ
ねへトいみわれそうになつたやつをすつぱりのぞませぬつトいれすり〳〵とお
こなへば女房(にようぼ)は下(した)からしがみつき開(ぼゝ)の宿(やど)おり天井(てんじやう)ぬけハア〳〵スウ〳〵遠慮(ゑんりよ)なく
気(き)をやりづめの大(おゝ)よがり男(おとこ)は精根(せいこん)つゞくたけト其日(そのひ)一日(いちにち)その晩(ばん)も夜中(よぢう)女房(にようぼ)を
よがらせぬきあくる日(ひ)のむかひ開(ぼゝ)夕方(ゆうがた)までの入(いれ)びたしはまけずおとらぬ好者(すきしや)
なりかし
       関屋(せきや)
逢坂(あふさか)や人目(ひとめ)の関(せき)をうち越(こへ)て忍(しの)び逢(あ)ふ身(み)のうれしさにつもる思(おも)ひの数々(かず〳〵)
も先(まづ)さしあたるはかの一義(いちぎ)はなしのうちよりくぢりかけ入(いれ)ぬさきから気を
やらせぬらつく所(ところ)へつばきもつけずかりくびのぞませ一(ひと)ト押(おし)おせばすこしきしん
でぶり〴〵ト雁下(かりした)五六分(ころくぶ)はいるやいな娘(むすめ)はスウ〳〵フウ〳〵ト男(おとこ)にしつかりしがみつ
き腰(こし)をもじ〴〵するうちにぬるり〳〵ト奥(おく)ふかく子宮(こつぼ)にとゞくこゝろよさ〽なん

だかいつかの時(とき)よりおまいのものが大(おゝ)きくなつたようでフウ〳〵アヽどうもよくつて
よくつてアヽもういくよ〳〵ハア〳〵〳〵トたちまちにどくり〳〵ト気(き)をやれど男(おとこ)はちつ
ともびくともせずすり〳〵ト半時(はんとき)ばかりぬかずふかずのおへづめに娘(むすめ)はたまら
ず気(き)をやりづめ〽アヽもうわたしはこんなに出(で)るのおまいは何(なん)ともないのかへ〽わた
しもいゝ事(こと)はいゝが気(き)のいかないまじないをしてきたからさ〽長命丸(ちやうめいぐわん)とやらでもお付(つけ)
ぢやアないかへ〽よくお当(あて)だ〽ヲヤいやだねへ〽いやならもうよそうか〽アレサその事(こと)
ぢやアない長命丸(ちやうめいぐわん)とやらがきみがわるいからそれで〳〵アヽモウぢれつたいフウ〳〵
ソレまたいゝわねへハア〳〵〳〵〳〵〽きみがわるいのぢやアない気味(きみ)がいゝからそんなに気(き)
がいゝのだらう〽エヽモしらないよウ。プン〳〵〳〵〳〵
         絵合(ゑあはせ)
うきめ見(み)しそのをりよりもけふはまた過(すき)にしことにこりづまにまだ小娘(こむすめ)の水揚(みづあげ)を
いつかは〆(しめ)んと心(こゝろ)がけつけつ廻(まは)しつ口説(くとき)よるは花壇(くわだん)のもとの猫(ねこ)なで声(ごゑ)むつるゝ小蝶(こてふ)

をわんぐりと。してやらんとするどら猫(ねこ)ならで此(この)近所(きんじよ)なる道楽息子(どらむすこ)〽此 間(あひだ)お
まいのお尻(しり)をわたしがつめりもしないものをつめつたのなんのといつて大(おゝ)ぜいのなかで
わたしによく恥(はぢ)をかゝせたねそのいしゆがへしはソレかうだト娘の尻(しり)をぴしやりトたゝく
〽アヽ痛(いたい)わつちやアいやだよ此(この)間(あひだ)もつめつてどうするか見ろト男(おとこ)をつかまへ脊中(せなか)を
ぴしや〳〵打(たゝ)く〽アヽあやまつた〳〵もうかんにんしなそのかわりいゝものをやるから〽ソレよ
はむしのくせに〽能物(いゝもの)をやらうか〽いらないよまた人(ひと)をだまそうと思つて〽ナニだ
ますのぢやアねへこんなもんだト十二組(じうにくみ)のわらひ画(ゑ)のたとうを懐(ふところ)から一寸(ちよつと)出(だ)しかけ
て見(み)せる〽ヲヤきれいだちよつと〳〵お見せ〽マアやるから爰(こゝ)を放(はなし)なトちよいとなげ
てやる娘はたとうをひらいて見ると男(おとこ)と女とさもよさそうにやらかしている絵(ゑ)
なればすこし顔(かを)をあかくして〽いやだよわつちやアこんなものは入らないよ〽マア一寸(ちよつと)
見ねへなうまいぢやアねへか此(この)娘(むすめ)はてうどおめへのようだぜトだん〳〵下(した)のを出(だ)して
見せるに娘 心(ごゝろ)に恥(はづ)かしいのがいつぱいゆへ顔(かほ)を真赤(まつか)にして迯出(にげだ)しそうな所(ところ)かなか

なか今時(いまどき)の小娘(こむすめ)にそんな晩稲(おくて)はなし〽いやだねへ此様(こんな)ものははやく持(もつ)ておいでト云(いゝ)ながら
見(み)ぬふりをしてしきりに見たがる淫好(すけべい)。男(おとこ)は斯(かう)なくてはならぬ筈(はづ)と色々(いろ〳〵)と絵(ゑ)
説(とき)をしながら娘(むすめ)にすりつく娘も見入(みいり)てすこし鼻息(はないき)がせわしくなる所(ところ)をかんがへ
そろ〳〵手を入(い)るに〽アレいやだよおよしなト言(いひ)なから迯(にげ)もせぬはどんなものかさせて
見たい気(き)もあると見えたり男はかまわずさぐつて見るにまだ毛(け)もはへぬ玉門(ぎよくもん)から
ぬら〳〵ト出(だ)しているゆへすぐに指(ゆび)をぬつと入(い)れそろ〳〵くぢるに娘はもはや色気(いろけ)
たつぷり大(おゝ)きな声(こゑ)もせず〽アレおよしよ〳〵〽マアいゝわなトおしあい〳〵とう〳〵わり込(こみ)
すつぱり新開(あらばち)を割(わり)おかせふたりはホツト溜息(ためいき)〽(娘)にくらしいよ
       松風(まつかぜ)
身(み)をかへてひとりかへれる故郷(ふるさと)に聞(きゝ)しに似(に)たる砧(きぬた)の音(おと)はむかしなじみの新家(しんや)の娘
いも見ざる間(ま)にげんぶくして好(この)もしざかりの愛敬者(あいけうもの)〽ヲヤマア久(ひさ)しぶりで今(いま)おかへりかいな
もう〳〵おまへの内(うち)の女房(にようぼ)さんが明(あけ)ても暮(くれ)てもおまへの事(こと)ばかり待(まち)こがれてじや早(はや)う

いんで顔(かほ)見(み)せて嬉(うれ)しからせてあげたがよいわいな〽わしは又(また)嗅(かゝ)の事(こと)よりそもじの事
ばかり思(おも)ふて居(ゐ)たがさだめし今(いま)では能(よい)亭主(をとこ)もつて中(なか)むつましうしてわしが事(こと)な
ぞは思ひ出(だ)してもくれはせまい〽なにいふてじやいな恥(はづ)かし事じやがわたしが十五(じふご)の
歳(とし)にはじめておまいに新開任(おそわつた)のぢやもの其(その)時(とき)の事(こと)わすれるものじやないわいな
〽イヤどうかしれぬわへわすれたかわすれんか一寸(ちよつと)浚(さらつ)て見(み)ちやどうじや〽どうなと
〽しかしそもじの御亭主(ごてさん)に見(み)つかつちやわるい〽いゝゑいな今日(けふ)は遠方(ゑんはう)へやとはれて
行(いん)でぢやゆへ明日(あす)でなければ戻(もどり)はせぬわいな〽そりやうまい。さいわひ爰(こゝ)は人(ひと)もなし
帰国(きこく)早々(さう〳〵)間男(まおとこ)もめづらしい久(ひさ)しぶりでこりやたまらぬト女の前(まへ)へ手(て)を入(いれ)くぢりか
け〽大(だい)ぶん広(ひろ)うなつたようぢや〽にくて口(ぐち)いふてかいなおまへ江戸(えど)さんがいへ行(い)てあく
所(しよ)ぐるいしてへりはせぬかへトへのこをさぐりじつと握(にき)り〽けつく前より大(おゝ)きうなつたな
〽故郷(こきやう)へ土産(みやげ)にすこやかに育(そだて)あげたつもりじや〽女房(おうち)さんにかへな〽なんのいそもじに
〽嘘(うそ)や〽うそかほんか此(この)勢(いきほ)ひ見さんせトくぢりぬいた開(ぼゝ)へあてがい一度(いちど)にぬつト根

まで入(いれ)れば女(をんな)ハアヽヽヽトしがみつき〽久(ひさ)しぶりアヽよいわいな〽毎晩(まいばん)亭主(ていしゆ)にさせるで
めづらし事(こと)もあるまい〽又(また)かいなもと木(き)にまさるうら木(き)なしじやわいなソレみなさ
れよいと思(おも)へばこそもうゆくわいハア〳〵〳〵アヽこんなに〳〵ヘエヽヽもうよくて〳〵ならん
わいな〽そもじのものが此(この)ようによい味(あぢ)ぢやものわしもわすれた事(こと)はないアヽどう
もどうもアヽいく〳〵〳〵〽ハア〳〵〳〵〳〵スウ〳〵ウヽヽヽヽいく〳〵わたしももう〳〵いきつゞけでアヽ又(また)
いゝ〳〵〳〵ト開(ぼゝ)の奥(おく)から湯(ゆ)のやうな淫水(いんすゐ)がへのこのあたまへどく〳〵〳〵男(おとこ)もハア〳〵スウ〳〵
ト遣(や)つてもなへぬ腎張(じんばり)陰茎(まら)ずぼり〳〵ト大(おゝ)ごしに奥(おく)から口(くち)までこすりたて子宮(こつぼ)
をまとにつきこくれば女(をんな)はハア〳〵スウ〳〵トむしろの上(うへ)をもちまはりはめをはづした
大(おゝ)よがり淫水(いんすゐ)あぶれてどこもかもぬら〳〵ぬる〳〵どろ〳〵〳〵ふたりが喜悦(よがり)の鼻(はな)
息(いき)はふきすさびたる松風(まつかぜ)の音(おと)にもましてすさまじき

BnF.

浮世
  五十四帖 上
源氏

宇喜豫
 源氏
    上の巻

しら鷺(さぎ)の
   しらずと
 人に
  こたへても
  物(もの)おもふ姿(すがた)
       かくす
        よし
          なき

源氏(げんじ)帚木巻(はゝきゞのまき)雨夜(あまよ)の品定(しなさだ)めに。
人(ひと)の見(み)及(およ)ばぬ蓬莱(ほうらい)の山(やま)。あら海(うみ)に
いかれる魚(うを)。からくにのはげしきけものゝ
かたち。目(め)に見(み)えぬ鬼(おに)の顔(かほ)など。ものおそろ
しくかきなせば。誠(まこと)の形(かたち)の是非(ぜひ)は知(し)らず。只(たゞ)見(み)し
所(ところ)勢(いきほ)ひありて。人毎(ひとごと)にまづ思(おも)ひつくものぞとて。
心(こゝろ)のうちは知(し)らずもあれ。うち見(み)。粋(すゐ)に花(はな)やか
なる。女(をんな)の上(うへ)に是(これ)を喩(たと)へ。人(ひと)の常(つね)に目馴(めなれ)たる

遠山(とほやま)のたゞすまひ木(こ)だち物(もの)ふかく家(いへ)居(ゐ)まぢ
かきあたり。籬(まがき)のうちにどこまやかに心(こゝろ)をつけて
能(よく)かきたらんを。実殊(じつ)なる女(をんな)に比(ひ)しけるこそ。
実(げ)に此(この)是(みち)の分知(わけし)りなるべし。手(て)書(かく)わずも
これにおなし。爰(こゝ)かしこの点(てん)をはねちらしたる。いか
さま見事(みごと)に思(おも)はるれど。心(こゝろ)正(たゞ)しき時(とき)は筆(ふで)たゞしと。
格(かく)を乱(みだ)さず心(こゝろ)をこめしは。只(たゞ)見(み)。さまでの手迹(しゆせき)に見(み)
ねど。かの刎散(はねちら)したるに並(ならぶ)れば。見(み)るほどに見(み)ざめせず。

芸能(げいのう)さへに実躰(じつてい)にしかとなきにまして女(をんな)の
上(うへ)にをや。人(ひと)の心(こゝろ)の花染衣(はなぞめごろも)に。粋風(すゐふう)の見(み)せかけ
姿(すがた)。上辺(うはべ)ばかりの仇(あだ)なる色(いろ)は。一期(いちご)の妻(つま)とは
つゞむまじきと。さしも粋好色(すゐこうしよく)の
馬(うま)の頭(かみ)も。指喰(ゆびくひ)。木(こ)がらしの女(をんな)に手(て)
ごりしたる過去(こしかた)話(ばなし)に。光君(ひかるきみ)を始(はじ)め頭中将(とりのちうじやう)
惟光(これみつ)などを笑(ゑ)つぼに入(い)らせし詞(ことば)をかり。今(いま)や
世上(せじやう)の処女(をとめ)のさま〴〵。上(かみ)。中(なか)。下(しも)の品(しな)をわけ。五十四帖(ごじふよじやう)の

行方(ゆきかた)を。心(こゝろ)のまに〳〵説(とき)かけしがいかにせん紙数(しすう)に
限(かぎり)あるをもて。いまだ半(なかば)に三巻(みまき)となりぬ。されば
残(のこ)りの二十七 帖(でふ)大尾(たいび)の夢(ゆめ)の浮橋(うきはし)まで。只(たゞ)夢(ゆめ)のまに
編(へん)を続(つぎ)。五十四帖(ごしふよでふ)を全部(まつたう)して。兼(かね)て開好(ぼこう)を
   御贔屓(ごひゝき)の諸君(しよくん)の御意(ぎよい)にいらばやと。
    扇(あふぎ)を笏(しやく)におつとつて。彼(かの)馬頭(うまのかみ)が
   口真似(くちまね)を。序言(じよげん)にかへて爰(こゝ)にしるしつ
                   淫 水 亭

〽もう
このごろ
ではいたい
ことはある
   まいが
〽イヽエ。そして
いつそ
もう〳〵
うれし
うご
ざい


【右頁】
〽床(とこ)の海(うみ)にいき
かう気も目に
見へぬこつぼの
内とはいへど
ひとの仕およば
      ぬ
蓬莱(ほうらい)の
嶋田(しまだ)わげ
その玉門にも
さま〴〵品の
あるものかな

〽も
つと
お入
 れ
あそ



【左頁】
〽どう
ぞわた
くしを
ほんまに
なさつて
下さい
まし

【右頁】
〽蝉(せみ)のこへを
 きゝながら
 こゝろもちよく
 午睡(ひるね)をもよ
  ほしたが
  もう七ツ
  さがりと
  見へる
 日も西(にし)に
 昼(ひる)のあつ
さをとりかへす
とは此ときだ
どうもいへぬ
 こゝろもち
     の
    うへ
    寝(ね)
    起(おき)
    と
   いふ
  もの
   で

【左頁】
とかく
おへるには
  こまる
 もう
あつさは
とりかへ
 すし
とりかへし
ついでに
夜前(ゆうべ)の
仕(し)のこり
   を
とり
 かへそう

 〽どういた
     そう
  わたしを
     むりに
 此様(こんな)ものへのせて
アレサおちそうで
いつそこわい
そして
 こういふ所(ところ)を
ひとに
  見られる
     と
 はづかしい
     ねへ

〽垣根(かきね)にしろく
  ほの〴〵と
    花の
   夕がほ
   夕げ
   しやう
  うつくしい
 此 顔(かほ)で
こうもおれを
まよはしたる
これはどうも
 たまらぬ〳〵
人のこぬうち
ちよつと〳〵
〽アレおよしよ
 おもてなかで
どうしたもんだへ
エヽモウ
 わたしやア
はづかしい
    ねへ
 〽それでも
  ぬら〳〵
   でた
  ようだ
    ぜ

 〽おぼろ
月夜(つきよ)にく
 ものぞ
なきころたには
あるがわたしならこのおぼろ
  まんぢうにしゝ
  ものはなしと
     よむ
     の
      さ

〽それはこうきでん
とやらのほはどのだとサ
おまへのものはよつ
ぽどふと
どの
 だ
ねへ

〽けふは
おまつりを
  けん
  ぶつに
   きて
  此たび
    は
  この神
   さまの
  おひき
  あはせで
   あらう
そしてかもの
おまつり
   とは
おいらと
 おまいの
  ことサ
〽ヲヤなぜへ
〽ハテ
いとこ
どうし
だから

浮世(うきよ)源氏(げんじ)五十四情(ごじうよじやう)上の巻

        桐壷(きりつぼ)
いときなき初(はつ)もとゆひにながきよをちぎるはじめのうゐこうむりむすぶ
二葉(ふたば)のそれならで思(おも)ひそめにし藤(ふぢ)が枝(え)はおなじ所(ところ)にありながらこだかき
みきにまつはれて手折(たおら)んことも空(そら)おそろしくさりとて思(おも)ひやみがたければ
せめてのことの思(おも)ひ出(で)にとゆかりもとめて春(はる)の野(の)に若(わか)むらさきの壷(つぼ)すみれ
恋(こい)には闇(やみ)のくらまの奥(おく)その垣間見(かいまみ)の折(をり)よりもおさなきものを思(おも)ひわび
いとまめやかにとひおとづれとかくなしつゝよう〳〵とはかりて手(て)もとへうつし
うへ今日(けふ)ぞ妹脊(いもせ)の新(にい)まくら。コレいつまでもそのようにはづかしがることはない
此上(このうへ)はそれがしをまことの親(おや)ともおつと共 思(おも)ひとり何(なに)ごとなりともうちかた
らひかならず心(こゝろ)おき給(たま)ふな。まづうちとけてへだてなくこなたへちかく

BnF.

春色千里の契  下

越中(ゑつちう)卯坂(うさか)明神尻(しり)うちの神(じん)事 
いかにせん
卯坂(うさか)のもりに
みはすとも
君(きみ)がしもとの
数(かず)ならぬ身(み)は
此日(このひ)は祢宜神主(ねぎかんぬし)たちあい
さか木(き)の杖(つへ)にて
是(これ)までいくまでいくたりの
男(をとこ)に犯(とぼ)させたる事(こと)を
たゞし女のしりをまくり
其数(そのかず)ほどたゝく
まつりなり

BnF.

BnF.

BnF.

春色ねやの望月   下

〽いろはしな川
うき名はたか
なわたのしみ
あればくるし
     み
あり
といたながし
      は
いとはねど
ひよつとかう
いふあさましい
すがたをかの
人にみられ
    たら
あいそがつきる
てありませう
そればつかりが
かなしうござり
      升
とまふねの
お客やせん
どうしゆ
なさけこゞろ
     が
あるならは
わたしがまへ
      は
ふうしのうちへ
たのみます
〳〵

〽いく野さんこしの
つかひやうはこれで
やうごさりませうか
なんだかじやニきらて
わたくしのこしがふら〳〵
いたしますからどうして
よいのかわかり
    ません
もつと
ふかく
いれま
せうか
ねまで
いれ
たら
おせつな
からうかと
そんじて
おもひきつて
つかれません

〽どうも
  〳〵
まことに
  かんしん
   〳〵〳〵
よくつて
  〳〵〳〵
ほんの
おとこに
 給ひ
  まゝ
   とうも
これより
ほかに
いたしやうは
ござり
ます
  まい
アゝモウ
いゝくらへい
もが
いたか
しねません
アゝいゝ〳〵〳〵

「このごろの
 はやりものだ
 からけんで
  やらうさう
 マアきゝなせへ
「さては
 とぼゝに
 いうごとははいるへのこは
 みひよごしゆびぬらし
 なめくじりでまいりやしよ
 なんだかじく〳〵だしかけた
 ぼゞさねにへのこがすい
 こまれたおとはずぼ〳〵

 どですかてんけつから
 はめやしやうサアしなせへ
 しやん〳〵〳〵しやんトうしろから
 ちやうすでまいりマしやう
 「そんなこぢつけをいわずとゝち
   ほんとうによくきを
  やらせてしておくれな
   なんだかおかしな
  きになつてきたわな
 「おめへはおかしなきになつた

  はづたおいらアへのこづ木になつた
    そつちはきやくとりだと
     いわれるからこつちは
       きよくどりと
         やらかすつもりだ
           サアきなせへ
            サアきなせへ
        なんだかじやんじやらだ

麻吊丸勇

【右絵】
【左】
大液(たいえき)のふようの顔(かんばせ)うるはしく、さては末央(びわう)
の柳腰(やなぎごし)、つめびきのどゞいつで、こゝろいきを
しらせやうといふとこを、ぐツとひねツて、恋哥(こひか)に
て、たけものゝふの心(こゝろ)をあぢにやわら毛(げ)の、うツ
すりとしたはりたなべ、尻(しり)いちはやき中(ちう)ど
しま、 〽(おふぢ)おまへは《割書:ナニヨ|  ヲ》お見だへ、田舎源氏(いなかげんじ)か、 〽(源)アイこ
の本(ほん)も作者(さくしや)がかはツて、おもしろくなかツたが、
こんどの作(さく)は、又(また)せんのやうで、おもしろふござい

ますヨ、 〽(ふぢ)おめへそんなものヲ見るより、ほんの源氏(げんじ)
を見ればいゝのに、〽(げん)さやうさね、しかしほんのも此(この)
田舎源氏(いなかげんじ)も、モウちつとゝいふ、かんじんのとこをか
かねえエから、をしいやうだ、 〽(ふぢ)そうサ、そこでわたしがね、
あふひの巻(まき)の、 紫(むらさき)もかゝねへかのとこを書(かい)たのサ、
おまへによんで聞(きか)せやうか、 紫式部(むらさきしきぶ)がうはてを
いくつもりサ、よむからおきゝ、 〽(本文)紫(むらさき)の君(きみ)ねびとゝのひ
て、あかぬところなきもゆかしければ」、ト間(あいだ)を

とばして、 〽(本分)ひめ君(きみ)は、たゞいきのしたにて、 何(なに)と
やらんきゝさすやうに、いらへたまふも、いとはづかしげ
なり」、これからがかんじんのとこだゼ、 〽(本分)まだはづかし
き初(うひ)ごとなれば、 言葉(ことのは)もかはし給はで、 雛(ひいな)のやう
なる、さゝやかなる御手(おんて)にて、 君(きみ)をまとひ給ひて、
ものしたまふに、 男君(をとこぎみ)は、年月(としつき)のつらさもうさも
下(した)ひもニ、ともにとけあふ今夜(こよひ)なれば、さま〴〵と
御手(おんて)のかずつくし給ふに、み心(こゝ)ちもいみじく

なりて、しづくもよゝとものし給ふ、うすらかなる
おん毛(け)に、しろきものゝつきたる、 春(はる)のわか草(くさ)の
もえそめしに、あは雪(ゆき)のすこしふりかゝりたるやう
なわんかし」、どうだね、〽(げん)よくできました、わたくしな
どは、ここの田舎源氏(いなかげんじ)でなければわかりません、それだ
からはやりますことは、田舎源氏(いなかげんじ)のふうの絵(ゑ)さへ出(で)ま
すト、よくうれると申しますヨ、〽(ふじ)コウ源(げん)さんなんだカ、源(げん)
氏(じ)のはなしが身(み)にしみたら、のぼせて来(き)た、サア

こツちへおよりな〽(げん)アイとはいへど顔(かほ)あかめ、ものを
もいはず、 間(ま)のわるそうに、モヂ〳〵と、〽(げん)おまへさん、アノ
ごてんにおいでのときは、サゾごふじゆうでござり
ましやうねヘ、そのをりはどんなおたのしみがござイ
ましたへ、はなしておきかせなさイましナ、うけた
まはりましたが、 女(をんな)どうしでも、いゝ事(こと)ができま
すでばござイませんカ 人(ひと)の申しますには、ほんのお
とこよりもいゝといふことでござイます、トいへば、

〽(ふぢ)おまへマア、そんなことアどうでもいゝじやアねへか、
わたしがするとをりになツておいでヨ、トそばへ引(ひき)
よせて、おとこの帯(おび)もわが帯(おび)も、とくより恋(こひ)にこが
れつゝ、股(また)ぐらへ手(て)をさし入(い)れ、一物(いちもつ)をにぎツて見
れば、年(とし)のいかぬに似(に)もやらで、ふとくたくましきこと
いはんかたなければ、おふぢは思(おもひ)の外(ほか)にえならずよ
ろこび、サアトあてがふをりからに、男(おとこ)もいつかこう
しやにて、さねがしらのあたりを、そろ〳〵と一物(いちもつ)

にてこすりければ、おふぢはよさにたへかねて、もだ
へてだきつき、入(い)れておくれといひながら、尻(しり)をもぢ〳〵
もちあげて、物(もの)をもいはでありければ、男(おとこ)もこゝぞ
と、ぬツと入(い)れてすぐツと出(だ)し、入(い)れたり出(だ)したりす
るほどに、おふぢは久(ひさ)しぶりでのことゝいひ、いよ〳〵ます〳〵
たへかねて、《割書:アヽ|  モウ》どうしやうねヘ、いツそもう、かんしん
だト、おやしきの地(ぢ)がねにて、《割書:ヌル〳〵|    ベタ〳〵》出(だ)しかけ
て、いくよ〳〵とはかなくもいはざるは、さすが宮(みや)

づかへの、むかしわすれぬたしなみよく、 音(おと)なふも
のとては、タゞスウ〳〵ト鼻(はな)いきのあらきのみにて、
目(め)をふさぎ、 一(いつ)しんふらんによがりければ、男もつゞ
けてきをゆりしまい、 〽(げん)まことにうれしうございます
といへば、 〽(ふぢ)わたしもモウどんなにうれしからう、おまへモウ
うわきをだして、わたしヲわすれておくれでないヨ、
間(ま)のいゝことアいくらもあるから、その時(とき)アなんにも
いはずに、わたしがするとをりになツておいでヨ、《割書:  |モウ〳〵〳〵》

アヽよかツた、いつまでもわすれられねヘト、〇(おもいれ)のとこ
ろに、《割書:となりの二階(にかい)にて|  ひくめりやす》〽(もんく)いつまでぐさの、いつまでも、な
まなかまみへものおもふ、たとへせかれて、ぼゝふるとて
も、」ヲヽそうじや、〽あひみての後(のち)のこゝろにくらぶれば
むかしはものをおもはざりけり、アヽなにごとも、
こゝろにまかせぬは、 世(よ)のならひ、またもあひたい
したいのも、なんのいんぐわデ、このやうにあらう
ぞトいふヲ、 〽(げん)わたしもおなじむねのうちあけて

いはれぬものおもひ、ナントいゝふんべつはございま
すまいか、 〽(ふぢ)おまへかそういふこゝろなら、モウひと
しあんしてみようかと、 立(たち)あがりたがひにみ
かはす顔(かほ)と顔(かほ)、
     琴(こと)のこゑ六だんのしらべ
       テントンツテトツチテトン
            チンチテ〳〵ツチトツトン

BnF.

春色里望月  中

〽アレサいしらすとこち
  はやくおいれヨ
   たれぞくると
     しそこなふ
        から
         ヨ

エヽモウ
  むねが
  どき
  〳〵
  して
 みゝが
  あつく
   なつ
    て

〽そんなに
 せわしない
 ことをいわず
      と
 マア
  しづかに
  たのしみ
    なせへ
  だれも
    くる

  こと
   しマア
    ねエ
     わな

〽おや〳〵〳〵
  けしからぬ
  ひる
    ひなか
  きつい
   おたの
    しみだ
  そして
   マア
  あのよがり
    やうは
  どう
   した
    のだ
    らう
  せけんに
   人も
    ねへ
   やうに
  いつそ
   きが
   わるくなつ
   てきた
      ヨ

〽いゝ
  ぐさ
   も
 なん
  にも
 でねエ
こんな
しまり
  の
 いゝ 
  ぼゞ
   を
 した
  ことが
   ない
  ハア
   〳〵〳〵

〽アヽモウよくなつてきたヨ
  エヽモウハアムう〳〵〳〵〳〵 アヽいゝヨ〳〵〳〵
   こんなにほかのおんなをしても
    うれしがらせるかねエ
   にくひ人だヨそれ〳〵またいくヨ
     くひついてやるヨアヽいきが
       はずんでどうも〳〵〳〵
           アヽいゝ〳〵〳〵

【右絵のみ】
【左文】
《割書:ドンカチリ|  チリヽン》 揚弓(やうきう)のおとにて幕(まく)あく、イヨ中(ちう)
二階(にかい)のたてもの、おつくりだね、ト行(ゆき)すぐ
るを、〽(水ちやの娘おべん)す通(どを)りははつとだヨ、 粂(くめ)さん〳〵チツト
およりな、トこえをかけられ、ズツトはいり、しやう
ぎに腰(こし)をかけながし、 十月(しふぐわつ)のなかの十日(とをか)の
みじかきにも、とんぢやくもなく、のらりく
らりと日(ひ)をおくる、 江戸(えど)まへのうわきもの、
落葉(おちば)ふみわけおく山(やま)に、きつゝなれにし

ちやみせのおべん、おつくりをしまひ、うぬぼ
れ鏡(かゞみ)をかたづけて、 茶(ちや)を出(だ)しながら、 粂(くめ)が
そばへ腰(こし)をかけ、〽(おべん)このごろはおとぶ〳〵しい
ねへ、どこぞにおツこちでもできたのかへ、〽(粂)ばかア
いひねへ、ト〽(はなうた)さき ̄ やさほどにもおもやせぬのに、
こち ̄ やのぼりつめ、」おらアおめへにおツこちだヨ、
〽そりやア大(おほき)ナ門(かど)ちがへサ、〽(粂)おべんさん、緋(ひ)がのこ
にむらさきのはらをはせデ、ごうぎにあどけ
                  中ノ一

ねへの、 大(おほ)かたこゝが、ト股(また)ぐらに手(て)を入(い)れて、
こらアとしまダらう、〽(おべん)ヲヤいやヨ、 口(くち)のわりい、ソリヤア
そうと、モウ〳〵霜(しも)がれでいけねへ、 銀杏(いてふ)のは
が黄(き)いろになるとこゝろぼそくなるヨ、こ
のごろは、さツはりおきやくがねへから、〽(粂)そ
うヨ、こゝばかりじやアねへ、よし原(はら)も芝居(しばや)
も、さむくなツちやあアいけねへのヨ、しかし
しばやニヤア、かほみせといふものがあツて、紋(もん)

かんばんの、かざりもんのと、にぎやかだガ、よし
原(はら)じやア、俄(にはか)がすむと、ちや屋の二階(にかい)で、
わた入(い)れものをするやうになツち‾ やア、モウ
いかねへ、 〽(おべん)ヲヽさむい、なんぞあツたかいも の(ン)でも
くひてへもんダ、〽(粂)そんならなんぞおごろう、 取(と)ツ
てきねへ、トいふところへ、となりの土弓場(どきうば)の
むすめ、 紙(かみ)をもちながらちよこ〳〵とあゆみき
たり〽チヨツト間男(まをとこ)のでんじゆは、これこの紙(かみ)

に、きりをふき、 音(おと)のしねへようにもみま
して、ハイさやうなら、お手水(てうづ)にト、にこりと笑(わら)ひ、
行(ゆ)くあとに、 〽(おべん)あの子(こ)をみねへナ、 内(うち)に子(こ)がある
やうに‾ やアみえねへのウ、 〽(粂)そうヨ、 〽(おべん)この間(あひだ)お客(きやく)
が、わたしにおめへに秘書(ひしよ)をやらう、コリヤア褥合(しとねがつ)
戦(せん)のせめ道具(だうぐ)だ、トいつてこんなものヲおくれ
だが、なんだかサツはりわからねへ、トみせるをみ
れば、危檣丸(ほばしらぐわん)の書(かき)つけなり、 〽(粂)ムヽ四(よ)ツ目(め)屋(や)か、

こゝにやアおめへのうれしがる、道具(だうぐ)がたくさん
あるゼ、〽(ぐんしよの心いき)よろひ、かぶとに、りんの玉(たま)、しかもその
日(ひ)の大将(たいしやう)は、 人(ひと)もしツたる弓削(ゆげ)の道鏡(どうきやう)おほ
べのこ、まらの威勢(いせい)のつよきこと、おそれぬもの
のあらばこそ、 西(にし)は九州(きうしう)ひごずゐき、 東(ひがし)はまつ
まへおツとせへ、 風(かぜ)もふかぬにぼゞの毛(け)の、な
びかぬものこそなかりけれ、」〽(おべん)ナニヲいふのかとお
もへば、なんだいやヨ、 〽(粂)ヨウちよツとはなしがあ
                中  三

るから、こゝへきねへ、 〽(おべん)なんだへ、 〽(粂)この中(ぢう)からいは
ふとおもツたが、けふはひまでちやうどいゝ、けふ
こそおれがいふことをきかせねへじやアならねへ、 〽(おべん)ナニ
こゝでか、イヤ〳〵こんな所(とこ)で、この頃(ごろ)にいゝ間(ま)があツ
たら、その時(とき)のことにしねへナ、 〽(粂)ナニヲいふンだ、とうか
らこうしやうとおもツてナ、あたまの物(もん)は、小間(こま)
物(もの)やのへどほども、買(かつ)てやるし、お白粉(しろい)といやア、
百閒中屋(ひやくけんながや)のしらかべをぬるほど、しおくツてお

いたア、なんのためだとおもふ、こうしやうばツかり
だ、ばかアいはずとなリヤト、いひながら、手(て)ごめに
股(また)へわりこめば、いやだ〳〵といひながら、起(おき)んと
するをおこしもたてずに、のツかり、いきりきツた
る一物(いちもつ)を、さしあてがへば、 口(くち)にはいやといふものゝ、ハヤ
ぬら〳〵と出(だ)すところへ、 入(い)れるやいなや、アヽモウ
こてエられねへ、そらいくヨ、 又(また)いく〳〵ト取(とり)みだ
したるありさまは、 前後(ぜんご)夢中(むちう)に大(おほ)よがり、 男(をとこ)
               中 四

もふかくつき、あさく入(い)れ、 種々(しゆ〴〵)さま〴〵の手(て)をつ
くせば、おべんはなき出(だ)しすゝりあげ、タヾすう
すうといだきつき、 男(をとこ)もまだ〳〵気(き)をやりて、《割書:クシ‾ ヤ| 〳〵〳〵》
《割書:ピチ‾ ヤ| 〳〵〳〵》と、あたりもうきになるばかり、たがひに出(だ)し
たりださせたり、これまでなりと、 二人(ふたり)は、やう〳〵
立(たち)あがり、折(をり)から響(ひヾ)く鐘(かね)のこゑ、〽ボヲン、〽(おべん)ヲヤモウ
九(こゝの)ツだ、日(ひ)がみじけへのヲ、おらガ所(とこ)のきまぐれ
は、はやく弁当(べんとう)をよこせばいゝに、〽(粂)いぢのきた

ねへ、おらもけふはいく所(とこ)があツたつけ、〽女(をんな)の
とこかへ、 〽(粂)ばかアいひねへ、モウおそくなツた、ドリヤト
いふとたんに又(また)
         かねのこゑ
          〽ボヲン 引


                  中 五

BnF.

正写相生源氏  下


うつ
  し
相生
 げむじ
        下之巻

【上部】
さぐり
〽じつは
 おまへの
あだな
 しぐさに
まよつた
  をりから

  御ぜんの
   おふせ
   さいはひ
    にして
   くらがりで
    あふた
   ときから
    また
    ひとしほ
     あぢの
    よいので
    わすれかね
      つら
    おしぬぐツて
      また
     きたのさ


【下部】

〽あなたが
  さういふ
 御しんせつな
  おこゝろ
    とも
  ぞんじ
   ませず
  つひ
   だまされ
     たが
   くやし
     さに
   めにかど
    たてゝ
   あら
    だてゝ
  さぞ
   はしたない
   ばゝアだと
  おさげすみ
      で
  ございませう
   あれはつひ
      した
    ことばの
      はづみ
       どう
        ぞ
       かん
        にん

      下ノ一

       あ
        そ
       ばし
         て
      これ
       からは
     すゑ
      ながく
      かあい
       がつて
       くだ
        さい
        まし
         よ
        ヲゝ
         モウ
       よい事
      うれ
       しう
      ござい
         ます

しとみ
〽あとでみすてる
     くらゐなら
  なんでこんなに
      ほねををらう
     いのちをすてるも 
       かねてのかくご
          アゝどうも
            この
            いゝ事
             ソレ
            くわ
             へて
            ひつ
            ぱる
            〳〵


もゝよ
〽あさま
   しい
此なりを
 みつけ
 られては
  身の
 ねがひ
  もう
 かなはい
   でも
  大じ
   ない
  これが
   じつ
   なら
  しとみ
   さん
 かならず
 みすてゝ
 おくんな
  はる
   なヨ

【上部】
おとせ
〽たとへからだに
   さはつても
 あなたの事なら
   いとひません
 いつそずつうが
    しましたが
  こんなことを
    はじめたら
  さつぱりと
    よくなりましたヨ


〽こんな事をしたならば
  びやうきにさはるか
       しらないが
 かほをみてはがまんが
        ならね
  それともいやならよしに
   しやうかアゝどうもこたへられぬ

【下部】
〽いつもの
  おかぢの
 おびくにが
  まゐつた
    から
  さう
   申さうと
 きてみれば
  まのわるさ
   エゝ
    じれつ
     たい
  こんな
    事は
  きかぬ
   はうが
  よつほど
   ましだ


〽すこしのあひだ
  こらへてゐな
 モウ十六と
  いふものだ
      から
   できない
     事は
    ないはづだが

あかし
〽なんだかふちが
    ひり〳〵と
 いたくツて
   なりません
 なんなら
    どうぞ
  これツきり
 ひとり
  ねさせて
 ください
   まし

【上部】

〽手もあしもない
きむすめより
 としまは
かくべつ
させやうが
じやうずな
  せへか
アゝいゝ〳〵〳〵

【下部】
〽せつないときは
  おやをだせとげせわに
   まうすがうそはない
  このやうな
     みやうだいなら
   いつでもいやとは
      いひません
     ヲゝそれ〳〵
    このよい事
      フウ〳〵〳〵〳〵
     エゝモ
       どうしたら
         よう
       ござい
         ませう

〽きけばあなたは
 おくさまもあり
 そのほかいくらと
  いふかぎりなく
    女をおたらし
      なさる
        との
         事
     そのやうに
      きのおほい
     おかたはじつに
        きが
         もめて
         いやだ
          ねへ


        〽そのよに
         わるぎの
        あるものでは
      ないどこから
          そんな
     うはさをきゝやつた


〽これさ
  まア
しづかに
  しろ
はてさて
かしましい
   女ども
    じや

いくせ
〽これ片かひさん
  しつかりとして
 そこをおはなしで
      ないヨ
  あんまり御ぜんが
 しやうわるをあそばす
         から
 モウこつちもきかない
    きになりました

生写(しやうゝつし)相生(あひおひ)源氏(げんじ)下之巻
                               東都  女好菴主人著
     第八  地蔵堂(ぢざうだう)のまき
竹(たけ)の柱(はしら)に萱(かや)の屋根(やね)。鯨(くじら)よる浜(はま)虎(とら)伏(ふ)す野辺(のべ)も。思(おも)ふ郎(をとこ)とくらすなら。何(なん)の厭(いと)はん
なに怨襟(つら)からうと。むかし〳〵の流行(はやり)唄(うた)に。あるものながら是(これ)はこれ。その情態(じやうたい)の
切(せつ)なるを。物(もの)に喩(たと)へていふのみにて。実(じつ)にその事(こと)あるときは。少々(せう〳〵)否(いや)な漢士(をとこ)の傍(そば)でも
朝夕(あさやふ)楽(らく)に不自由(ふじゆう)なく暮(くら)すが倍(まし)ぞと思(おも)ふべし。されば音勢(おとせ)は吉光(よしみつ)に誘(いざな)はれたる夜(よる)
の道(みち)。怖々(こわ〳〵)ながら走往(はせゆき)て。軒(のき)も傾(かた)ふく地蔵堂(ぢざうだう)。渾身(みうち)しとゞに濡(ぬれ)しぼたれ。間(ひま)もる風(かせ)の
身に染(しみ)て。それさへ心苦(こゝろくる)しきに。またもや降来(ふりく)る雨(あめ)の脚(あし)。生憎(あやにく)風(かぜ)のふき起(おこ)りて。堂(だう)の
板間(いたま)へばら〴〵と。音(おと)も厳(きび)しく降沃(ふりそゝ)ぐ。それのみならで今(いま)までは。消残(きえのこ)りたる燈明(みあかし)
の。幽(かすか)ながらも心(こゝろ)の便(たより)と。思(おも)ひしものを吹入(ふきい)るゝ。烈(がげ)しき風(かぜ)にはしなくも。滅(きえ)ての
后(のち)は烏玉(うばたま)の。そことも別(わか)ぬ真闇暗(まつくらやみ)。たゞ怖(おそろ)しさの弥倍(いやまし)て。吉光(よしみつ)の傍(そば)にすり倚(よ)り

俯(うつぶ)きて物(もの)もいはず。吉光もまた今(いま)さらに。よしなきとをしてけりと。男(をとこ)ながらも
何(なに)とやら。後(うしろ)視(み)らるゝ心地(こゝち)して。音勢(おとせ)が背(そびら)へ手(て)をうちかけ。千話(ちわ)も口舌(くせつ)も出(いで)ばこそ。
弱(よは)り給へど女子(をなご)を俱(く)し。怯(おそ)るゝ態(ふり)を視(み)するならいよ〳〵音勢(おとせ)が怖(おぢ)もせんと。自(みづから)心(こゝろ)を
励(はけ)まして。四方(よも)に眼(まなこ)を配(くば)り給(たま)ふ。現(げ)にそのむかし業平(なりひら)が。二條(にでう)の后(きさき)の凡人(たゞうと)にて。在(おは)せし折(をり)から
竊(ねすみ)出(いだ)し。芥川(あくたがは)の辺(ほとり)にて。雨(あめ)ふり雷(かみ)さへ鳴(なり)はためき。弓胡簶(ゆみやなぐひ)を自(みづか)ら負(おひ)て。戸口(とぐち)にたてりし
その夜半(よは)も。思(おも)ひ出(で)られて物凄(ものすご)く。心(こゝろ)も滅(き)ゆるばかりなるに。猶(なほ)雨風(あめかぜ)の小止(をやみ)なく。一陣(ひとしきり)
なる暴風(あらきかぜ)。吹来(ふききた)りしが椋(むく)の樹(き)の。堂(だう)の方(かた)にさし覆(おほ)ひし。枝(えだ)をぽつきと吹折(ふきをり)て。軒端(のきば)へ
かけて摚(だう)と隕(おつ)る。その物音(ものおと)に駭(おどろ)きて。音勢(おとせ)は嗟(いな)やと吉光(よしみつ)に。力(ちから)を究(きは)めて抱(いだ)きつく。
此方(こなた)も同(おな)じく肝(きも)を消(け)し。音勢(おとせ)を直(ひた)と抱(いだ)きしめ。ほつと一息(ひといき)顔(かほ)と顔(かほ)。暫(しばら)くありて
ざわ〳〵と。蔀(しとみ)を伝(つた)ひ地(ち)に落(おつ)るは。樹(き)の枝(えだ)なンどを吹(ふき)をりしと。心(こゝろ)づきては怖気(こわげ)も失(う)せ。始(はじ)め
て匂(にほ)ふ伽羅(きやら)の香(か)は。音勢(おとせ)が髪(かみ)か白粉(おしろい)の。蘭麝(らんじや)の薫(かほ)りも憎(にく)からず。えならぬ心地(こゝち)にむく
むくと。亀頭(あたま)を揚(あぐ)る若(わか)ざかり。吉光(よしみつ)はそのまゝに。音勢(おとせ)を膝(ひざ)へ引(ひき)あけて。物(もの)をもい
                               下ノ一

はず口(くち)と口。怖(こわ)さながらも惚(ほれ)ぬいた。男(をとこ)に抱(いだ)きしめられて。忽地(たちまち)心(こゝろ)もあぢになり。舌(した)
を出(いだ)せばスパ〳〵と。吸(すは)れていとゞ快(こゝろ)よく。思(おも)はず上気(じやうき)のありさまに。吉光(よしみつ)は手(て)を伸(のば)し。徐々(そろ〳〵)
音勢(おとせ)が内股(うちもゝ)へ。さしいれ給へば内股(うちもゝ)を。少(すこ)し広(ひろ)げて猶(なほ)すり倚(よ)る。その可愛(かあい)さも愖(たえ)が
たく。まづ空割(そらわれ)よりだん〳〵と。心(こゝろ)静(しづ)かに撫(なで)まはし。指(ゆび)の腹(はら)にて玉門(ぎよくもん)を。探(さぐ)りてみればはや
じく〳〵と。吐婬(といん)に湿(しめ)る左右(さいう)の渕(ふち)。いと和(やは)らかき肌(はだ)ざはり。絹羽二重(きぬはぶたゑ)も何(なに)ならず。さればそろ〳〵
一本(いつぽん)の。指(ゆび)をさしいれ玉門(ぎよくもん)の。上下(うへした)左右(さいう)をゆるやかに。いぢり廻(まは)せは愖(たえ)ずやありけん音勢(おとせ)は
頻(しき)りに上気(じやうき)して。耳(みゝ)と頬(ほう)とを赤(あか)くなし。鼻(はな)少(すこ)しつまらせて。吾(われ)しらず腰(こし)を動(うご)かし
男(をとこ)に直(ひた)と抱(いだ)きつき。更(さら)に前後(せんご)も覚(おぼ)えぬ体(てい)。吉光(よしみつ)ははやたまらず。火(ひ)の如(ごと)く勃起(おゑ)た
る一物(いちもつ)あてがひてちよこ〳〵〳〵と。十度(とたび)ばかり腰(こし)をつかへば。その度毎(たひごと)に少(すこ)しツゝ。何時(いつ)の間(ま)にか
根元(ねもと)まで。しつくり這(はい)入れば内陝(うちせま)く。ぬきさしのたび雁首(かりくび)を。こすらるゝ心地(こゝち)よさ。
吉光(よしみつ)は舌(した)を伸(のば)し。音勢(おとせ)が口(くち)を甞(なめ)ながら。九浅一深(きうせんいつしん)の術(じゆつ)をつくし。突(つき)たつるほどに
その快(こゝろ)よさ。何(なん)に譬(たと)へむものもなく。音勢(おとせ)はたゞフウ〳〵〳〵と。目(め)をねぶり物(もの)もいはず

力(ちから)を入(い)れて抱(いだ)きつき。身を少(すこ)し震(ふる)はすは。精(き)かいくならんと察(さつ)しれば。こなたも溜(たま)らずドク
〳〵〳〵と。湯(ゆ)の如(ごと)くなる腎水(じんすゐ)を。弾(はぢ)きこみツゝしめつける。今(いま)は怖(こは)さもうち忘(わす)れ。頓(やが)て眼(め)をあけ
莞爾(につこり)と。笑(わら)ふ靨(ゑくぼ)の愛敬(あいけう)女児(むすめ)。吉光(よしみつ)はたゝ可愛(かあい)さに。髣髴(はうほつ)として物(もの)も覚(おぼ)へず。殊(こと)に血気(けつき)の若(わか)大(だい)
将(しやう)。精(き)はゆきぬれど陰茎(いんきやう)は。猶(なほ)しやつきりと弱(よは)りもやらねば。そのまゝに抜(ぬき)もせず左右(さいう)の手(て)にて
抱(だ)き竦(すく)め。さツく〳〵と腰(こし)をつかへば。今度(こんど)は二人(ふたり)の陰水(いんすゐ)が。玉中(ぎやくちう)に充満(みち〳〵)たれは。ずるり〳〵と
大(おほい)に滑(ぬめ)り。外(そと)の方(かた)まで溢(あふ)れ出(だ)し。玉茎(たまぐき)の根元(ねもと)紅舌(さね)のうへ。空割(そらわれ)までもびた〳〵と。互(たがひ)にぬるゝ
花(はな)の雨(あめ)。しばらくありて二人(ふたり)とも一所(いつしよ)に精(き)をやりしまひ。懐紙(ふところがみ)におし拭(ぬぐ)ひ《割書:吉|》〽どうだ快(よ)かつたか
ト顔(かほ)覗(のぞ)かれて問答(いらへ)もせず。たゞ赧(あか)らむる恍惚子(おぼこ)の情(じやう)。いとかあゆくぞ思(おも)はれける。兎(と)かくする
まに鶏(とり)の声(こゑ)。遠近(をちこち)に聞(きこ)えツゝ。はや白々(しら〳〵)とあけ渡(わた)るに。雨(あめ)も止(や)み風も凪(なぎ)て。東(ひがし)の方の
晃々(きら〳〵)しきは。程(ほど)なく朝日(あさひ)の昇(のぼ)るなるへしされば二人は帯(をび)などを。しめ直(なほ)してたちあがり
はや吉光(よしみつ)は堂(だう)の掾(えん)へ。たち出(いで)給ふその折(をり)から。向(むか)ふへ一挺(いつちやう)の駕(かご)を釣(つら)らせ。女子(をなご)三四人 前後(あとさき)に
たち。その他(ほか)俱(とも)とおぼしきもの。十四五人もやありつらん。こなたを付(さし)て来(き)にければ遥(はる)かに
                                      下ノ二

みかけて序(ついで)。悪(わろ)しと。手(て)をもて音勢(おとせ)を推禁(おしとゞ)め。暫時(しば〳〵)堂内(だうない)にかくろひて。遣(や)り過(すご)さ
んとし給ふほどに。かの人々(ひと〳〵)は急(いぞ)ぎ足(あし)。忽地(たちまち)堂(だう)の傍(ほと)りへ来(き)しを。何者(なにもの)ならんと吉光(よしみつ)は。扉(とびら)を
少(すこ)しおしひらき。顔(かほ)さし出(だ)して視(み)給ふとたん。此方(こなた)も視上(みあげ)て恟(びつく)りし〽《割書:ヲヤ| マア》こゝに入(いら)しつた
ヨトいひツゝ階(きざはし)を駈(かけ)あがるは。日来(ひころ)寵愛(ちやうあい)の側室(そばめ)幾瀬(いくせ)。跡(あと)につゞきて片貝(かたかひ)桃代(もゝよ)。その
他(ほか)俱(とも)の若党(わかたう)小者(こもの)も。みな一容(いちやう)に肝(きも)を消(け)し。その処(ところ)へ蹲(うづく)まる。かくて三人(みたり)の側室(そばめ)等(ら)
は。堂内(だうない)へ入(い)り音勢(おとせ)をみて。さてもしほらしきよい女児(むすめ)。それにこの吉光(よしみつ)の。館(やかた)へも
帰(かへ)られず。遊(あそ)びて在(おは)すものならん。とは思(おも)へども他(ほか)に人(ひと)なく。この辻堂(つぢだう)にいかにして。女児(むすめ)と
二人(ふたり)在(おは)すらん。と夫(それ)さへに不審(ふしん)はれず。片貝(かたかひ)は腰(こし)を屈(かゞ)め〽この頃(ごろ)仮初(かりそめ)の御(おん)ン出(いで)より。二三日
たてども御帰館(ごきくわん)なし。余(あま)りのことにおん身(み)のうへを。案(あん)じ過(すご)してまうし合(あは)せ。手人(てひと)斗(ばかり)り
連(つれ)まして。今朝(けさ)は頓(とう)からお迎(むか)ひ心(こごろ)。たしか御出(おいで)さきは嵯峨(さが)とやら。承(うけたま)はつたを宛(あて)にして
参(まゐ)りましたに思(おも)ひもかけず。どうして此処(こゝ)にといぶかれば。吉光(よしみつ)莞爾(につこ)と笑(ゑみ)給ひ〽ヲゝ左(さ)
様(う)か太儀(たいぎ)であつた。竟戻(つひもど)らうと思(おも)ふたが。少(すこ)しのわけで遅(おそ)うなり。僉(みな)のものにも苦労(くらう)を

さした。こゝに居(を)るは音勢(おとせ)といふもの。其方(そち)達(たち)も心易(こゝろやす)う世話(せわ)をして遣(やつ)てくりやれ。
乗物(のりもの)まで宜気(ようき)が付(つい)た。折角(せつかく)の心(こゝろ)いれドレおれは駕(かご)に乗(のら)う。近(ちか)うよせいと仰(おふせ)の給た。
駕(かご)さしよすれば吉光(よしみつ)は。夫(それ)へひらりと乗(のり)給ふ。音勢(おとせ)はこれなる女子(をなご)どもの。容子(やうす)を見(み)るに側室(そばめ)
なるべし。倘(もし)然(さ)もあらばこの身(み)をば。欝悒(いぶせき)ものになすらん。とおもへば己(おの)が心(こゝろ)から。何(なに)となう護身影(うしろめだ)
くて。乱(みだ)れし髪(かみ)を搔(かき)あげなどしつ。果敢(はか〴〵)々々しくは物(もの)もいはず。幾瀬(いくせ)片貝(かたかい)桃代(もゝよ)等(ら)の。三人(みたり)は
夫(それ)と察(さつ)するから。なか〳〵快(こゝろよ)からねど重(おも)き君(きみ)の仰(おふせ)なるを。爭(いか)で疎略(そりやく)になすべきと。側(そば)へ
倚(よ)りて挨拶(あいさつ)し。いざわれ〳〵と連(つれ)だちて君(きみ)の御ン俱(とも)をし給へと。促(うなが)さるゝを僥倖(さいはひ)に。音勢(おとせ)は
頻(しき)りに言葉(ことば)を低(ひく)うし。三人(みたり)が跡(あと)に引副(ひきそふ)て。吉光(よしみつ)が駕(かご)に後(おく)れじと。喘々(あへぎ〳〵)行(ゆく)ほどに。生垣(いけがき)左右(さいう)
に結(ゆひ)めぐらして。小(ちい)さき冠木門(かぶきもん)をたて。裡(うち)よりあまたの枝(えだ)うちかはせし。松(まつ)は緑(みどり)の色(いろ)をまし。
柳(やなぎ)桜(さくら)も折(をり)しり顔(がほ)に。さかりをみするその気色(けしき)。内(うち)ぞ床(ゆか)しきその在(あり)さまに。吉光(よしみつ)駕(かご)を駐(とゞ)め
させ。しばし其(その)さまをうち視(み)やりて。こゝは誰(た)が住居(すまゐ)ぞや。と問(とは)せ給ふに日来(ひごろ)より。連哥(れんか)なシ
どの御対身(おあいて)に。たび〳〵御前(ごぜん)へ召(めさ)れぬる。兎見傔仗(うさみけんぢやう)が家(いへ)なり。と聞(きこ)し召(めし)てたちまちに。心(こゝろ)の裡(うち)
                                 下ノ三

におぼすやう。傔仗(けんぢやう)が女児(むすめ)小曽女(こそめ)といへるは。性質(うまれつき)孅弱(たをやか)にて。心の風流(みやび)も比(ならび)なし。と人(ひと)の噂(うはさ)に
聞(きい)たる事あり。僥倖(さいはひ)なれば立(たち)よりて。それをみばやと乗物(のりもの)の。戸(と)を引(ひき)あけて三人(みたり)を召(め)し。
〽こゝは兎見(うさみ)が宅(たく)とやら。おれは駕(かご)でよいけれど夕(ゆふべ)の雨(あめ)で路(みち)も濘(ぬか)り。歩行路(かちじ)は僉(みな)も大儀(たいぎ)
であらうに。僥倖(さいはひ)傔仗(けんぢやう)は風雅(ふうが)な雄士(をとこ)。立(たち)よつて休息(きうそく)し。朝餉(あさげ)でも支度(したく)して。寛々(ゆる〳〵)館(やかた)へ
帰(かへ)らうほどに。其方(そち)たち先(まづ)前(さき)へ往(い)て。此事(このこと)を伝(つた)えよト仰(おほ)せによつて片貝(かたかひ)始(はじ)め。三人(みたり)は
やをら門(もん)を入(い)り。しか〴〵のよし音信(おとなへ)ば。兎見(うさみ)は聞(きい)て思(おも)ひもかけぬ。こは有難(ありがた)き御来臨(ごらいりん)。さはれ
余(あま)りに早(はや)くして。いまだ掃除(さうじ)もゆきとゞかず。霎時(しばし)それにといひ捨(すて)て。頓(やが)て小奴(こもの)婢女(はしため)等(ら)
を。いそがしたてゝ。遽(あはたゞ)しく。塵(ちり)うち払(はら)ひ御坐(ござ)を設(まう)け。いざ〳〵是(これ)へといふ間(ま)もなく。はや入(い)り
給ふ吉光公(よしみつぎみ)は。築山(つきやま)遣水(やりみづ)などいとをかしう。造(つく)り立(たて)たる庭(には)の面(おも)。かなた此方(こなた)と視(み)やり給ひ
さて書院(しよゐん)へ通(とほ)り給へば。片貝(かたかひ)幾瀬(いくせ)桃代(もゝよ)音勢(おとせ)は。君(きみ)の左右(さいう)に坐(ざ)を卜(しむ)る。奥(おく)には傔仗(けんぢやう)衣服(いふく)
を改(あらた)め。渾家(つま)の小弱木(こよろぎ)女児(むすめ)小曽女(こそめ)も。御 目見(めみへ)をさすべきに。髪(かみ)もかけあげ身(み)じまひも。早(はや)
うせよと急立(せきたて)て。徐々(しづ〳〵)と御前(ごぜん)へ出(いで)。板椽(いたえん)の端(はし)に蹲(うづく)まり思(おも)ひかけずも来臨(らいりん)の。辱(かたじけ)なきよし

を申せば。吉光(よしみつ)はほゝ笑(ゑみ)み給ひ〽朝(あさ)まだきのおしかけ客(きやく)。さこそ便(びん)なくおもふらめど
忍(しの)びのうへのまたしのび。下部(しもべ)の他(ほか)は女子(をなご)ども。聊(いさゝか)も気(き)をおかず。近(ちか)う参(まゐ)つて四方八方(よもやま)の
噺(はな)しでもして聞(きか)せやれ。去来(いざ〳〵)々々と懇(ねんごろ)に。宣(のたま)ふほどに傔仗(けんぢやう)は。然(しか)らば御免(ごめん)と進(すゝ)みより。
いとおもしろき花(はな)のさま。君(きみ)にはいかゞ視(み)給ふらむ。夜半(よは)の嵐(あらし)に遺(のこ)りなく。もて参(まゐ)りし歟(か)と
思(おも)ひしに。さのみには散(ちり)も失(う)せず。まだその詠(なが)めの竭(つき)ざるは。君(きみ)が来(き)まさん准備(ようい)にか。草木(くさき)は
非情(ひじやう)なりと言(まう)せど。情(こゝろ)なくてやかくあるべき。と申せば御機嫌(ごきけん)麗(うるは)しく傔仗(けんぢやう)いしくも言(まう)し
たり。さて伝(つた)えきく其方(そち)が女児(むすめ)。小曽女(こそめ)とかやは風流(みやび)にて。敷嶋(しきじま)の道(みち)を好(この)むとやら。知(し)るごとく
和哥(わか)の道(みち)は。この身(み)にも大好(だいすき)にて。哥(うた)よむ人と聞(きく)ときは。何(なに)やら床(ゆか)しく思(おも)ふなり。けふ爰(こゝ)へ
来(き)た甲斐(かひ)に。小曽女(こそめ)にもあひ。その詠草(えいさう)をも。みまほしく思(おも)ふなりと。仰(おふせ)にはつと傔仗(けんぢやう)が
〽仰(おふせ)までもいはず。頓(とく)お目見(めみへ)を願(ねが)はんと。存(ぞん)じては居(をり)ますれど閨(ねや)の姿(すがた)のみだれ髪(がみ)。それとり
揚(あげ)てと心(こゝろ)ならずも。遅(おそ)なはるにて侍(はべ)るやらん。まず寛々(ゆる〳〵)といらせ給へト兎(と)かくするまに
御酒(みき)殽(さかな)。朝餉(あさげ)の准備(ようい)もとゝのひて。婢女(はした)が運(はこ)ぶを傔仗(けんぢやう)がうけとりて御前(ごぜん)へも持(もち)いで
                                   下ノ四

〽暴(にはか)のことにて行(ゆき)とゞかず。麁末(そまつ)ながらも御酒(みき)一献(いつこん)トいふを聞(きゝ)て傍(かた)へに侍(はべ)りし。片貝(かたかひ)はじめ
三人(みたり)の傍女(そばめ)。音勢(おとせ)もあとに引そふて。銚子(ちやうし)土器(かはらけ)を吉光(よしみつ)君(ぎみ)の。御 傍(そば)近(ちか)くへ進(すゝ)むれば
吉光(よしみつ)傔仗(けんぢやう)に会釈(ゑしやく)あり土器(かはらけ)をとりあげ給ふ。この折(おり)渾家(つま)の小弱木(こよろぎ)と小曽女(こそめ)は衣服(いふく)
を更(あらた)めて。板椽(いたえん)の方よりする〳〵と。歩行(あゆみ)出(いづ)れば傔仗(けんぢやう)が〽すなはち是(これ)へ参(まゐ)りしは。妻(つま)小弱木(こよろぎ)と
小曽女(こそめ)にはべり。よき折(をり)を得(え)て御目見(おめみへ)を。いたすは渠等(かれら)が身(み)の僥倖(さいはひ)有がたうそんじまするト
演(のぶ)れば吉光(よしみつ)〽ヲゝ左様(さう)か。今いふ通(とほ)り遠慮(ゑんりよ)はない。サア〳〵近(ちか)うトあるにより小弱木(こよろぎ)小曽女(こそめ)
もろともに。遥(はるか)末坐(ばつざ)にすゝみ倚(よ)る。かくて吉光(よしみつ)は御ン土器(かはらけ)を。先(まづ)傔仗(けんぢやう)に賜(たま)はりツゝいつの
ほどにか御使(おつかひ)を。館(やかた)へ走(はし)らせ給ひけん。御 近習(きんじゆ)なる岩井蔀(いはゐしとみ)が。唐櫃(からひつ)二合(にがふ)舁(かき)になはせ
庭口(にはぐち)より進(すゝ)みいり。椽(えん)の端(はし)に手(て)をつかへて〽仰(おふせ)にまかせ品々(しな〳〵)を。舁(かき)齎(もたら)して参り候いかゞ
計(はか)らひまうさんトいへば吉光(よしみつ)うち笑(ゑ)み給ひ〽其処(そこ)へ出(だ)して並(なら)べいト仰(おふせ)に蔀(しとみ)は唐櫃(からひつ)の蓋(ふた)
はね開(あけ)てとり出(だ)すは。黄金(こがね)作(づく)りの太刀(たち)一振(ひとふり)。巨勢(こせ)の金岡(かなをか)が絵(ゑ)まきもの。白銀(しろかね)五十枚(ごじふまい)台(だい)に
載(の)せ是(これ)は傔仗(けんぢやう)への御みやげ。また沈檀(ぢんだん)の寄木(よせき)にて造(つく)り役(まう)けし櫛(くし)の匣(はこ)。綾錦(あやにしき)の巻絹(まきぎぬ)

十 巻(くわん)これをば妻(つま)の小弱木(こよろぎ)へ。また高蒔絵(たかまきゑ)の短冊箱(たんざくばこ)染付(そめつけ)の香炉(かうろ)惟朱(つゐしゆ)の香合(かうがふ)。また
一角(えかふる)をもて彫(きざ)みたる。筆架硯屏(ひつかけんびやう)を始(はじめ)とし。世(よ)にも稀(まれ)なる名器(めいき)ども。旦(かつ)御ン小袖(こそで)一襲(ひとかさね)。こ
れは小曽女(こそめ)にとらするとの。仰(おふせ)に三人(みたり)は額着(ぬかづき)て。その恩(おん)を謝(しや)し奉(たてまつ)り。蔀(しとみ)も御 次(つぎ)へ通(とほ)らせ
て。さま〴〵に饗応(もてなし)けり。かくて御 盞(さかづき)の数(かず)重(かさ)なり。君(きみ)にも酔(ゑひ)を催(もよふ)し給ひ。御機嫌(ごきげん)斜(なゝめ)なら
ざれば。三人の側室(そばめ)小弱木(こよろぎ)小曽女(こそめ)。音勢(おとせ)も今(いま)はうちとけて。盞(さかづき)数遍(すへん)めぐらすまゝに。そ
の程々(ほど〳〵)に酔(ゑひ)を発(はつ)して。声(こゑ)さへ高(たか)くなりもてゆけば折(をり)こそよけれと小弱木(こよろぎ)は。予(かね)て侍女(こしもと)に
分携(いひつけ)おきけん。琴(こと)皷弓(こきう)三味線(さみせん)を。持来(もちきた)りて後(うしろ)へおく。小弱木は恵しやくして。
〽始(はじ)めての御ン入(いり)に慰(なぐさ)めまゐらす品(しな)もなく。さこそ鬱悒(いふむく)おぼすらめ。不束(ふつゞか)なれど小曽女(こそめ)
事。いさゝか糸竹(いとたけ)を習(なら)ひ覚(おぼ)え。音色(ねいろ)をかしういたし侍り。御 慰(なぐさみ)にはならずとも。御 笑(わら)ひくさも
一興(いつきやう)と。御景色(みけしき)をもうかゞはず。是(これ)へ器(うつは)をとりよせ侍(はべ)り。苦(くる)しからずは一曲(いつきよく)を。お聞(きゝ)にいれ侍(はべ)
らんか。然(さ)はれ一人(ひとり)にてはその音色(ねいろ)も。静(しづか)に過(す)きて興(きよう)も薄(うす)し。御属々(おつき〴〵)の女中(ぢよちう)のうち何にまれ做(なし)
給はゞ。こよなう愛(めで)たく侍(はべ)るべし。といへば吉光(よしみつ)それこそ僥倖(さいはひ)。その相方(あひかた)は誰(され)にても。頓出(とくいで)よと宣(のたま)ふ
                                  下ノ五

にぞ。さらばといひて片貝(かたかひ)は。三味線(さみせん)を掻(かい)とりつ幾瀬(いくせ)は皷弓(こきう)の役(やく)に居(を)れば。小曽女(こそめ)は琴(こと)
のは柱(ぢ)をかけて。軈(やが)て弾出(ひきだ)す三人(みたり)の音色(ねいろ)。いづれも倍(まさ)ず劣(おと)らぬ曲(きよく)に。人々(ひと〳〵)心耳(しんに)を澄(すま)すばかり。霎(しば)
時(じ)は一坐(いちざ)寂(しづ)まりたり
      第九  古今伝授(こきんでんじゆ)のまき
この楽(たのしみ)も時(とき)過(す)ぎて。永(なが)き春日(はるひ)もはや闌(たけ)て。午(うま)の貝(かひ)吹(ふく)ころとはなりぬ。夫(それ)より吉光(よしみつ)は
辞退(じたい)する小曽女(こそめ)が詠草(えいさう)を請(こひ)とりて。端(はし)より次第(しだい)によみくだし。只管(ひたすら)称誉(しやうよ)し給ふほど
に傔仗(けんぢやう)夫婦(ふうふ)も歓(よろこ)ばしきことに思ひてさま〴〵の追従(つゐしやう)言葉(ことば)を謁(つく)すうちに。女児(むすめ)小曽女(こそめ)は
哥(うた)の道(みち)を好(この)めるものから年(とし)もまゐらず。いと拙(つたな)くは候へど。あはれ君(きみ)の賢慮(けんりよ)をもて。古今(こきん)
伝授(でんじゆ)を賜(なまは)らば是(これ)に倍(まし)たること侍(はべ)らず。成(なる)べくは近(ちか)きほどに御許(みゆるし)あらば女児(むすめ)は元(もと)より。われ〳〵とて
も生前(しやうぜん)の歓(よろこ)びにて候と。聞(きい)て吉光(よしみつ)欣然(きんぜん)とし。そはいと易(やす)き願(ねが)ひ也今(いま)直(すぐ)にと膝(ひざ)たて給ふを。
おし止(とゞ)め参(まゐ)らせて今(いま)は御遊(ぎよいう)の妨(さまたげ)なり。いつにても御閑暇(ごかんか)の折(おり)もて願(ねが)ひ奉(たてまつ)ると。いひ果ぬに吉(よし)
光(みつ)が。互(たがひ)に若(わか)き身(み)ながらも只管(ひたすら)懇望(こんまう)することを。寛々(ゆる〳〵)延(のば)すべきならす。真蘓枋(ますほ)の芒(すゝき)の

故事(ふること)あり。いざ〳〵准備(ようい)いたすべし。去(さり)ながらこの事(こと)は冷泉家(れいぜいけ)の極意(ごくい)にて。彼家(かのいへ)
伝授(でんじゆ)の法式(ほふしき)は七間(なゝま)を隔(へだて)一間(ひとま)毎(ごと)に。内(うち)より錠(ぢやう)をさし固(かた)め。其処(そこ)にて伝授(でんじゆ)をする事なれど
それにてはいと手 重(おも)し。二間(ふたま)ばかりを隔(へだて)てなん。奥(おく)まりたる所(ところ)あらば案内(あんない)せよと立(たち)給へば
傔仗(けんぢやう)小弱木(こよろぎ)は先(さき)にたち。奥(おく)のかたへ案内(あんない)し参らす吉光(よしみつ)四辺(あたり)をみまはして。こゝの一間(ひとま)が宜(よか)らんと
やがて其処(そこ)此処(こゝ)を建(たて)きりつ。待間(まつま)もあらず徐々(しづ〳〵)と入(いり)来(く)る小曽女(こそめ)が面(おも)ざしは三人(みたり)の側室(そばめ)
音勢(おとせ)等(ら)には聊(いさゝか)劣(おと)りたる方(かた)なれど。その風俗(ふうぞく)の跫然(しと)やかさは。いかなる宮腹(みやはら)の媛(ひめ)といふ
とも是には過(すぎ)じとみゆる斗(ばか)り。おのづから愛敬(あいけう)づきて寝(ね)よげにみゆると業平(なりひら)が。詠(よみ)けん
むかしも思ひ出(いだ)されて。心(こゝろ)恍惚(くわうこつ)となり給へば頓(やが)てすつとすり倚(より)ツゝ《割書:光|》〽古今伝授(こきんでんじゆ)の三鳥(さんてう)三 木(ぼく)
それよりは三丁つゞけの。よいことを教(おし)えてやらう。此方(こつち)を向(む)きやれト衿首(えりくび)に手をかけて
引(ひき)よせ給へば。小曽女(こそめ)はいまだ恋(こひ)しらぬ心(こゝろ)ときめきたりといへどもその年(とし)もはや十七にて。男(をとこ)
欲(ほし)やの気(き)も出(いで)たるに。吉光(よしみつ)が艶姿(やさすがた)。いなにはあらぬ稲舟(いなふね)の。流(なが)れよる瀬(せ)の波(なみ)まくら。身(み)も
動(うこか)さで有(ある)ほどに。吉光(よしみつ)やがて口(くち)を吸(す)ひ。はや玉門(ぎよくもん)へ手を入(い)れて。探(さぐ)り給ふに年(とし)は年だけ
                                   下ノ六

潤(うるほ)ひ出(いで)て二本(にほん)の指(ゆび)の。苦(く)もなくはいれば玉中(ぎよくちう)を。上(うへ)を下(した)へといろひ給ふに。小曽女(こそめ)は今更(いまさら)は
づかしさに。顋(おとがひ)えりにさし入(い)れて。物(もの)をもいはず居(ゐ)るほどに。吉光(よしみつ)頻(しきり)に指先(ゆびさき)を。奥(おく)へつきいれ
また口元(くちもと)へ。引出(ひきいだ)して紅舌(さね)のあたりを。くる〳〵捻(ひね)れば何(なに)となう。快(こゝろ)よく覚(おぼ)えツゝ。ずる〳〵精水(きみづ)を
出(いだ)すほどに。吉光(よしみつ)今(いま)は折(おり)よしと。前(まへ)をまくり内股(うちもゝ)を。左右(さいう)へ広(ひろ)げて一物(いちもつ)を。あてがひて小(こ)
刻(きざみ)に。腰(こし)をつかへど了得(さすが)は新開(あらばち)。少(すこ)しきしみて入(いり)かぬれば。唾(つばき)をどつしり塗(ぬり)つけて。また
あてがひつちよこ〳〵と。突(つけ)ばたちまちずる〳〵と。這回(こたび)は苦(く)もなく根(ね)まてはいる。当下(そのとき)小曽女(こそめ)の
顔(かほ)をみるに。たゞ眼(め)をねぶり歯(は)をかみしめ。上気(じやうき)なしてや鼻(はな)つまらせ。スウ〳〵〳〵といふほどに。吉光(よしみつ)は
しつかと抱(いだ)き。二三十 遍(へん)つき立(たつ)るに。その開中(かいちう)のしまりよさ。快(こゝろ)よき事 喩(たと)へんかたなく。竟(つゐ)じろ〳〵
精(き)をやり給へど。小曽女(こそめ)は始終(しじう)男(おとこ)の脊中(せなか)へ。手(て)はまはせどもしめもせず。精(き)をやつたるやらやらぬ
やら。夫(それ)さへわからぬ新契(にいちぎり)。たゞわく〳〵と胸(むね)をとる。是(これ)そ恍惚子(おぼこ)の情(じやう)なるべし
       第十  惚薬(ほれぐすり)のまき
かゝる折(おり)から穴沢佐栗(あなさはさぐり)。ゆう〳〵君(きみ)の御 行方(ゆくゑ)を索(たづ)ねあてゝこゝへ来(きた)り。吉光(よしみつ)君(きみ)の耳(みゝ)に口(くち)。うち

低語(さゝやけ)ば笑(わら)はせ給ひ〽大(おほ)かた左様(さう)でありつらん。その准備(ようい)にと蔀(しどみ)にいひつけ。取(とり)よせ置(おい)た
黄金(こがね)千両(せんりやう)。それをとらせて斯々(かう〳〵)せよト仰(おせふ)をうけて〽夫(それ)ならば恨(うら)み所(どころ)か大歓(おほよろこ)び。さぞ有難(ありかた)く
存(そんじ)ませうトいひツゝ佐栗(さぐり)は蔀(しどみ)より。金千両(かねせんりやう)をうけ把(とつ)て。下部(しもへ)に負(おは)せ道(みち)をはやめ。来(く)るとは
知(し)らでうち腹(はら)たつ。浅香(あさか)は椽(えん)に端居(はしゐ)して。長(なが)いものには捲(まか)れろと。喩(たとへ)にいへど余(あんま)りな手妻(てづま)つ
かひの懐(ふところ)より。まだ怖(おそろ)しきあの換玉(かえだま)。吉光(よしみつ)さまでなからうなら。その往先(ゆくさき)を遂(おつ)かけて。
赤恥(あかはぢ)かゝすも知(し)つては居(ゐ)るが。左様(さう)したならば女児(むすめ)の身(み)に。崇(たゝ)りがあらうと。それも
できず。悔(くや)し涙(なみだ)を堪(こら)える怨襟(つらさ)。佐栗(さぐり)雄士(をとこ)もちよくらもの。騙(だま)して何処(どこ)へか迯(にげ)おつた。
ホンニこれが何様(どう)したら。腹(はら)が医(い)やうと。こなたの空(そら)を。うち眺望(ながめ)ツゝ操言(くりこと)の。恨(うら)み烈(はげ)しき
折(をり)こそあれ〽浅香(あさか)は内(うち)歟(か)トいり来(く)る佐栗(さぐり)。それとみるより佐栗(さぐり)が胸逆(むなさか)。とらんとする
手(て)を緊(しつか)とおさへ〽抱(だい)て寝(ね)たときや可愛(かあいゝ)の。三百ぺんも言(いひ)ながら。精(き)をやりつゞけて死(し)ぬ〳〵と。
言(いつ)たを今更(いまさら)忘(わす)れて歟(か)。たとへこの身(み)は換玉(かえだま)でも。まんざら憎(にく)うはあるまいに。何(なん)で其様(そのよ)
に腹(はら)たつのじや。しかし君(きみ)にも気(き)の毒(どく)との。仰(おほせ)につけこみ金千両(きんせんりやう)。まうし請(うけ)てお前(まへ)へ
                                   下ノ七

進(しん)ぜる。是(これ)は御前(ごぜん)の思(おぼ)し召(めし)。とはいへわしが骨折(ほねをり)で。まうし請(うけ)たもお前(まへ)が恋(いと)しさ。その心(こゝろ)
根(ね)を汲(くみ)とつて。呉(くれ)ても宜(よい)ではあるまいか。トいふに浅香(あさか)は顔反(かほそむ)け。傍(かた)へをみれば千両箱(せんりやうばこ)。これ
は。夢(ゆめ)かと了得(さすが)に仰天(ぎやうてん)。その腹立(はらたち)も何処(どこ)へやら。失(うせ)て莞爾(につこり)〽これはまア。正真(ほんとう)かエトいはせも放(あへ)ず
〽ほんの嘘(うそ)のと其(その)やうに。疑(うた)ぐり深(ふか)いも程(ほど)があるト蓋(ふた)うち開(ひら)けば山吹(やまふき)の花(はな)の露(つゆ)そふ
出出(ゐで)ならで。たまげ果(はて)たる斗(ばか)り也。当下(そのとき)佐栗(さぐり)はすり倚(よつ)て〽なんと何様(どう)じやト浅香(あさか)が膝(ひざ)を。
とんと敲(たゝけ)?ば其儘(そのまゝ)に佐栗(さぐり)にひたと抱(いだき)つき〽斯(かう)いふ実(じつ)のあるお方(かた)とは。今(いま)までしらぬ盲目(めくら)も
同然(どうぜん)。一回(いちど)なりとも吉光(よしみつ)さまの。お寝間(ねま)を穢(けが)しお情(なさけ)を。うけたは冥加(めうが)と申すもの。腹(はら)を立(たつ)た
は了張(れうけん)ちがひ。是(これ)から申 佐栗(さぐり)さん。女児(むすめ)もをらぬ独住(ひとりずみ)。不便(ふびん)をかけて下(くだ)さりませト実(げ)に惚薬(ほれぐすり)は
佐渡(さど)が嶋(しま)より。出(で)るのが一番(いちばん)利道(きゝみち)と。川柳(せんりう)点(てん)も虚(うそ)ならぬ。佐栗(さぐり)は心(こゝろ)に仕(し)すましたり。少(すこ)し
萎(すが)れし花(はな)ながら。いまだ色香(いろか)も滅(きえ)うせず。殊(こと)に仕(し)こなし如在(ぢよさい)なく。また開中(かいちう)の味(あぢ)と
いひ。多(おほ)く得(え)がたき年増女(としま)の手取(てとり)。興(きよう)ある事(こと)に思(おも)ひツゝ。そのまゝ直(すぐ)に口(くち)と口。チウ〳〵吸(すへ)ば舌(した)
の根(ね)の。限(かぎり)を出(いだ)して快(こゝろ)よく。吸(すは)せながらに手(て)を伸(のば)し。佐栗(さぐり)が股(また)へさしいるゝ。当下(そのとき)佐栗(さぐり)が一物(いちもつ)は。

ヅキン〳〵と勃起(おゑ)たちて。木(き)よりも堅(かた)く筋(すぢ)ばりしを。浅香(あさか)は無手(むて)と握(にぎ)りつめ。また亀頭(あたま)
より雁首(かりくび)の。あたりを撮(つま)み。または撫(なで)。余念(よねん)もあらぬ景勢(ありさま)に。佐栗(さぐり)も浅香(あさか)が内股(うちもゝ)へ。手(て)を
入(い)れてみれば吐淫(といん)の滑(ぬめ)り。する〳〵として手(て)もつけられず。さては十分(じふぶん)萌(きざ)したり。この斯(ご)を
外(はづ)さずしたゝかに。精(き)をやらして嬉(たのし)まんと。直(すぐ)さま横(よこ)におし転(こか)し。割(わり)こんで突(つき)いるれば。浅香(あさか)は
もはや夢中(むちう)になり。玉茎(へのこ)の亀頭(あたま)が子宮(こつぼ)の口(くち)へ。はやとゞくか届(とゞ)かぬに。アツレいゝとの大(おほ)
嬌(よが)り。グウ〳〵スウ〳〵鳴(なり)たつるは。実(げ)に猪(ゐのしゝ)が鼻(はな)あらしを。吹(ふき)たつるにも異(こと)ならず。佐栗(さぐり)もこ
れに浮(うか)されて。アゝわたしもそれいゝト互(たがひ)の嬌(よが)り坤軸(こんぢく)も。碎(くだ)くるばかりにみえにけり
      第十一 丑(うし)の時(とき)詣(まうで)のまき
夜(よ)は深々(しん〳〵)と更(ふけ)わたり。艸木(くさき)も眠(ねぶ)る丑(うし)三(み)ツごろ。佐栗(さぐり)は時(とき)をとりちがへ。翌(あす)朝六(あけむ)ツには公(おおほやけ)の。
御用(こよう)あればと急(いそ)ぎ足(あし)。浅香(あさか)が家(いへ)を立(たち)いでゝ。俱(とも)をもつれずたゞ一人。小燈灯(こぢやうちん)をふり照(てら)して。
はやくも御所(こしよ)の門(もん)へ来(きた)り。きけば八(ヤ)ツ半(はん)ならんといふ。かくてはいまだ出仕(しゆつし)も早(はや)し。左様(さう)と知(し)
つたら今(いま)しばし。浅香(あさか)と抱(だか)れて寝(ね)たものを。悔(くや)しき事ををしてけりと後悔(こうくわい)しツゝ
                                  下ノ八

御 庭口(にはくち)なる。詰所(つめしよ)へ往(ゆき)て一休(ひとやす)と。折戸(をりど)ひらきて樹立(こだち)の間(ひま)。あゆむ処(ところ)に粲然(ちら〳〵)と。火影(ほかげ)に怪(あや)しみ
燈灯(ちやうちん)を。弗(ふつ)とふき滅(け)し身(み)を潜(ひそ)め。窺(うかゞ)ひみれば吉光(よしみつ)が。寵愛(ちやうあい)深(ふか)き側室(そばめ)の桃代(もゝよ)。髪(かみ)をさば
きて白打扮(しろでたち)。金輪(かなわ)にたてし蝋燭(らふそく)の。風(かぜ)のまに〳〵晃(きら)めくは。嗔意(しんい)の炎(ほむら)としられたり。傍(かたへ)に。
居(ゐ)るは岩井蔀(いはゐしとみ)。手(て)を捕(とら)へて物(もの)いふ風情(ふぜう)。何(なに)さま怪(あや)しと樹(こ)がくれて。それが動静(やうす)を伺(うかゝ)へは
蔀(しとみ)は桃代(もゝよ)が顔(かほ)をみあげて〽感得院(かんとくゐん)の修験(しゆげん)を恃(たの)んで。音勢(おとせ)を呪咀(のろふ)といふ事は。定(たし)かに聞(きい)
たも嘘(うそ)ならず。音勢(おとせ)がこの頃(ごろ)ぶら〳〵病(やまひ)。医師(いし)よ祈祷(きとう)と御所(ごしよ)さまには。ありとあらゆる
御心配(おこゝろづかひ)。その病根(びやうこん)はおまへの所為(しわざ)。たとへ音勢(おとせ)に寵愛(ちやうあい)を。みかへられうとこれも時節(じせつ)。僻(ひが)むは
女子(おなご)の常(つね)とはいへ。大恩(だいおん)うけし君(きみ)が心(こゝろ)を。悩(なや)ます淫婦(いんふ)をみたは僥倖(さいはひ)。サア引縛(ひつくゝ)して庁所(やくしよ)へ拽(ひか)ふと。
いふに桃代(もゝよ)は抱(いだ)きつき〽お前(まへ)も余(あん)まり情(なさけ)ない。先頃(いつぞや)からして贈(おく)られた。文玉章(ふみたまづさ)もこゝにある。色(いろ)よい
返辞(へんじ)をしないのが。お気(き)にいらぬか知(し)らないが。その頃(ころ)は吾君(わがきみ)の。寵愛(ちやうあい)もまた他(ほか)ならず。夫(それ)を
忘(わす)れて他心(あだこゝろ)を。出(だ)しては済(すま)ぬと強面(つれなく)したも。吾儕(わたし)ばかりかお前(まへ)の身(み)をも。大事(だいじ)におもふ蔭(かげ)の深(しん)
実(じつ)。憎(にく)い女(をんな)とお恨(うら)みは。却(かへつ)てお前(まへ)の了張(れうけん)ちがひ。それは過(すぎ)にし昔(むかし)のこと。今(いま)は音勢(おとせ)にみかへられ有(ある)に

甲斐(かひ)なき桃代(もゝよ)が身(み)。人(ひと)を呪咀(のろふ)ば穴(あな)二ツと。いふも承知(しやうち)で奥庭(おくには)へ。夜更(よふけ)て一人(ひとり)の物詣(ものまうで)。それをお前(まへ)
に見付(みつか)つたは。協(かな)はぬ験(しるし)の糠(ぬか)に釘(くぎ)。たとへ庁所(やくしよ)へ拽(ひつ)れりと。さのみ厭(いと)ひはせぬけれと。まんざらに憎(にく)
い。女子(をなご)ぢやと。思(おぼ)さねばこそ玉章(たまづさ)の。数(かず)さへ送(おく)り給はりし。そのお心(こゝろ)の替(かは)らずは。今(いま)はどうなと
吾儕(わたし)が身(み)は。お前(まへ)任(まか)せにするほどに。何卒(どうぞ)この場(ば)は見遁(みのが)してト睨(ながしめ)にして蔀(しとみ)が顔(かほ)を。みツゝ
も歎(なげ)く俤(おもかげ)は。雨夜(あまよ)の月(つき)に梅(うめ)が香(か)の。匂(にほ)ひこぼるゝばかりなるに。蔀(しとみ)はかねて浮岩(あこがれ)て
送(おく)る文(ふみ)さへそのまゝに。うち返(かへ)さりし腹(はら)たゝしさ。折(をり)もかなと思(おも)ふに僥倖(さいはひ)。かゝる容子(やうす)をみ
にければ。疫(えやみ)の神(かみ)で敵(かたき)を撃(うつ)と。世(よ)の諺(ことわざ)にいふごとく。かく厳(きび)しくは威(をど)すものから。掻口(かきく)
説(どか)れて忽地(たちまち)に。魂(たましひ)天外(てんぐわい)に飛(とび)さりつツゝ。左様(さう)いふお前(まへ)の心(こゝろ)なら。何(なん)で吾儕(わたし)がこの事を。人(ひと)に洩(もら)し
て難義(なんぎ)をかけう。いよ〳〵左様(さう)なら今(いま)こゝでと。抱(いだ)きよせて口(くち)を吸(すへ)ば。桃代(もゝよ)も蔀(しとみ)が衿(えり)へ手(て)を
かけ。しめ付(つけ)て口と口。しばしは互(たがひ)に詞(ことば)もなし。暫(しばら)くあつて押(おし)こかし。其侭(そのまゝ)ぐつと割(わり)こめば。太(ふと)り
肉(じゝ)なる桃代(もゝよ)が陰門(いんもん)。ふくれあがりて紅舌(さね)低(ひく)く。その肌(はだ)ざはり艶麗(すべ〳〵)として。えもいは
れぬ心地(こゝち)になり。蔀(しどみ)は急(せき)たち大(おほ)わざ物(もの)を。づぶ〳〵と押(おし)こめば桃代(もゝよ)は久(ひさ)しく遠(とほ)ざかり。男(をとこ)ほし
                                下ノ九

さに開中(かいちう)も。疼痛(うづく)ばかりの。折(をり)なれば。飽(あく)まで太(ふと)く逞(たく)ましき。大物(たいぶつ)を押(おし)こまれて。たゞ
フウ〳〵と息(いき)をはづまし。夢中(むちう)になりて嬌(よが)り出(た)し。絶(たえ)も入なん在(あり)さまに。蔀(しとみ)は日来(ひごろ)したひ
ぬる。ことにしあれば是(これ)もまた。更(さら)に前後(ぜんご)正体(しやうたい)なく。すかり〳〵と突立(つきた)て。ぬきもやらずに二ツ
玉(だま)。双方(さうはう)の陰水(いんすゐ)は。四(よ)ツの股(また)に溢(あふ)れ滴(したゝ)り。びちや〳〵ぐちや〳〵ずぼ〳〵と。たれに心(こゝろ)もおく
庭(には)の樹立(こだち)の他(ほか)に聞人(きゝて)なしと。心(こゝろ)弛(ゆる)して声(こゑ)をたて。余念(よねん)なくこそみえたりけれ
       第十二 祝言(しゆうげん)のまき
室町御所(むろまちごしよ)の御連枝(ごれんし)なる。斯波捨若丸(しばすてわかまる)の奥御殿(おくごでん)。御次(おつぎ)御婢女(おはした)うち交(まじ)り。箒(はき)けはいとり〴〵
に。雑巾(ざふきん)がけの拭(ふ)き掃除(さうぢ)。三ン人よれは姦(かしまし)と。世話(せわ)にもいへる。女(をんな)の口々(くち〳〵)〽室町(むろまち)さまは美(うつく)しい。よい刀祢(との)
さまじやと噂(うはさ)は聞(きい)ても。竟(つひ)にみあげた事もなし。明石(あかし)さまは御僥倖(おしあわせ)。ノウ小蝶(こてふ)どのわたしら
も。何時(いつ)がいつまで御奉公(ごはうこう)。夫(それ)よりか御暇(おいとま)とり。よい良人(ていし)をもち孩児(やゝ)でも産(うん)だら。さそ嬉(うれ)しい
事であろ〽ヲヤ〳〵お前(まへ)は明石(あかし)さまの。今宵(こよひ)の御婚礼(ごこんれい)が羨(うらやま)しさに。急(きふ)に良人(ていし)を持気(もつき)におなりか
ホンニ夫(それ)といへばアノ明石(あかし)さま。御年(おとし)こそお十六なれ。まだねつからな孺子(ねゝ)さんで。お形(なり)も小(ちい)さしあれでも

まア肝心(かんじん)の。御床入(おとこいり)が。出来(でき)やうかいなト低語(さゝやけ)は〽何(なん)だかどうもむづかしさう。夫(それ)よりは後室(こうしつ)の壽田(すだ)
の方(かた)さまはやう〳〵に。お二十九のわか後家(ごけ)さま。美(うつく)しいとは何(なん)の事。女(をんな)でさへ惚々(ほれ〴〵)するほど。いつその
ことに壽田(すだ)さまに。遊(あそ)ばしたら宜(よ)さそなもの〽まさかになんぼ御美(おうつく)しくても。左様(さう)はならぬ訳(わけ)で
あろ。しかし小蝶(こてふ)とん全躰(ぜんたい)は。明石(あかし)さまを直(すぐ)さまに。御所(ごしよ)へ御入輿(ごじゆよ)とある処(ところ)を。むかしは此方(こつち)へ
聟(むこ)をとり。婚礼(こんれい)さしてその後(のち)に。男(をとこ)の方(かた)へ引(ひき)とるが。日本(ひのもと)の礼(れい)とやら。どうぞ左様(さう)いたしたいと。
壽田(すだ)さまの御願(おねが)ひで今宵(こよひ)御所(ごしよ)さまが入(い)らせられ。御婚礼(ごこんれい)とのその噂(うはさ)。左様(さう)してみれば壽田(すだ)
さまにも。お心(こゝろ)有(あつ)てのことかもしれない〽左様(さう)とも〳〵壽田(すだ)さまは。お年(とし)も盛(さか)りの若後家(わかごけ)で。
夫(それ)に男(をとこ)が大(だい)お好(すき)。先刀祢(せんとの)さまにも毎晩(まいばん)〳〵。三(みつ)ツも四(よ)ツも強(しゐ)つけて。竟(つひ)におかくれ遊(あそ)ばしたも。腎(じん)
虚(きよ)とやらいふお病(やま)ひさうな。夫(それ)から後(のち)はお一人住(ひとりすみ)。淋(さび)しうておなりなさるまい。明石(あかし)さまは鑓(まゝ)しい
お子(こ)。どうやらちやつと横盤(よこばん)を。お切(きり)なさるもしれないトいふ口(くち)押(おさ)へて〽これさ〳〵。滅多(めつた)なことを
いふまいぞ。何様(どう)でも此方(こつち)のかまはぬ事。ヲヤ御時計(おとけい)もモウ四ツ半。急(いそ)いで御掃除(おさうじ)しませうト
掃除(さうじ)も終(をは)ればはや九ツ。遠見(とほみ)の雑人(ざふにん)は走来(はせきた)り。御所(ごしよ)さまの御入(おいり)ざふと。知(し)らせに破驚(すは)やと奥表(おくおもて)
                                    下ノ十

ざゝめきわたる御殿(ごてん)の賑(にぎ)はひ。かくて御婚礼(ごこんれい)の式(しき)も形(かた)の如(ごと)く。済(すみ)ての後(のち)に当主(たうしゆ)捨若(すてわか)。また
後室(こうしつ)壽田(すだ)の方(かた)とも。御ン盞(さかづき)事(こと)のありけるに。吉光(よしみつ)これを臠(みそな)はせば。年(とし)こそ少(すこ)し闌(ふけ)かたなれ。天(てん)
然(ねん)の姿色(ししよく)嬌嬈(たをやか)にて。錦(にしき)に包(つゝ)む玉(たま)ならずば。桃(もゝ)と桜(さくら)を一樹(ひとき)に咲(さか)せて。ながむる心地(こゝち)の
せられければ暫(しばら)くは目(め)も離(はな)さず。その俤(おもかげ)に見蕩(みとれ)給ふ。壽田(すだ)の方(かた)も予(かね)てより。聞(きゝ)は及(およ)べと
吉光(よしみつ)君(ぎみ)が。御ン容貌(かほばせ)より立(たち)ふるまひ。優(ゆう)にやさしき御ンけはひ。光(ひか)る源氏(げんじ)も斯(かく)までにはと思(おも)
ふ斗(ばか)りの御ンよそほひに。忽地(たちまち)心(こゝろ)悸(ときめ)きて。手(て)に持(もち)給ふ盞(さかづき)と。同(おな)じ色(いろ)にぞ赧(あから)むる。顔(かほ)を反(そむ)けて
坐(ざ)した給ふ。さま〳〵の御規式(ごぎしき)には。春(はる)の日(ひ)も闌安(たけやす)くして。はやくも初夜(しよや)の過(すぎ)ぬるほどに。頓(やが)て姫君(ひめぎみ)
の御寝所(ぎよしんじよ)には。綾(あや)の褥(しとね)錦(にしき)の横(よぎ)。善(ぜん)をつくし美(び)をつくし。待受(まちうけ)給へば吉光(よしみつ)君(ぎみ)も御ン床着(とこぎ)
を召換(めしかへ)られ。御寝間(おまま)へ入(い)らせ給ひけるに。明石姫(あかしひめ)は女中(ぢよちう)たちが。噂(うはさ)したる如(ごと)くにて。年(とし)に似(に)げなく
少(ちひ)さうて。御心(みこゝろ)さへもをさなければ。刀祢(との)の入(い)らせ給ひしを。恥(はづ)かしと思(おも)ふ気色(けしき)もなく。燈台(とうだい)の下(もと)に
人形(にんきやう)など。とり広(ひろ)げて居(ゐ)給ふほどに。吉光(よしみつ)は是(これ)を見(み)て。余(あま)りに稚過(をさなすぎ)ぬれど。却(かへつ)て可愛(かあい)き所(ところ)も
ありと。側(そば)に居寄(ゐよつ)てこの人形(にんぎやう)は。格別(かくべつ)に秘蔵(ひさう)とみゆれど。室町(むろまち)へ来(き)給はんには。是(これ)にも倍(まし)たる

人形(にんぎやう)の。沢山(たくさん)あるを参(まゐ)らせん。と聞(きい)て明石(あかし)は歓(よろこ)び顔(がほ)。夫(そん)なら今(いま)から参(まゐ)りませう。と余(あま)り稚(をさな)き
御気色(みけしき)に。心(こゝろ)劣(おと)りはせらるれど。是(これ)は全(まつた)く稚心(をさなごゝろ)の。失(うせ)ざる故(ゆゑ)と心(こゝろ)に汲(くみ)とり〽今(いま)は夜(よる)にて夫(それ)は
便(びん)なし。翌(あす)こそ伴(ともな)ひ行(ゆく)べけれ。まづ〳〵今宵(こよひ)は諸俱(もろとも)に。歇(やす)むべければ床(とこ)の中(うち)へ。入(い)り給へと手(て)を
採(とつ)て。頓(やが)て床(とこ)へいり給ひ。吉光(よしみつ)は抱(いだ)きよせ口(くち)を吸(すは)んとし給へど。口(くち)をば堅(かた)く閉(とぢ)て開(ひら)かず。前(まへ)をまく
りて手(て)をいるゝに。アレヨト強(つよ)く押(おさ)ゆるを。然(さ)はせぬものよとその手(て)を放(はな)ち。内股(うちもゝ)へいれてみるに
滑々(すべ〳〵)として薄毛(うすげ)もなく。夫(それ)より稍(しだい)に紅舌(さね)の辺(あた)り。また玉門(ぎよくもん)へ手(て)を臨(ののぞ)ませても。頻(しき)りに渾身(みうち)を
悶(もだ)ゆるのみ。にて陰門(いんもん)のやうす十二三の。小女児(こむすめ)に等(ひとし)へければ。斯(かく)てはなか〳〵用(よう)にも立(たゝ)じと。吉光(よしみつ)
君(きみ)は可笑(をかし)くも。また本意(ほい)なくもおぼされて。詞(ことば)だになく在(おは)しけり
     是(これ)より後(のち)壽田(すだ)の方(かた)との色情(しきじやう)は。まさしく藤壷(ふちつぼ)の宮(みや)が姿(すがた)を借(か)り。三人(みたり)の側室(そばめ)音勢(おとせ)
    が事。傾城(けいせい)浜荻(はまおぎ)が物(もの)あらがひは。葵(あふひ)のうへが赴(おもむき)を模(うつ)し。さま〴〵趣向(しゆかう)ありといへど。こゝに
     丁数(ちやうすう)限(かぎ)りあれば。たゞそのさまを画(ゑ)にのみみせ。文(ぶん)は後(おく)れて二編(にへん)にあり。看官(かんくわん)是(これ)を察(さつ)し給へ
相生源氏下之巻 終
                                 下ノ巻大尾

BnF.

正写
あひ
 おひ
 源氏
    上之巻

正写相生源氏  上

往昔(むかし)の源氏(げんじ)は五十 四帖(よでふ)。今(いま)この
源氏(げんじ)は十 余帖(よでふ)。三本(さんぼん)ならで猿(さる)の
毛(け)岩。足(た)らぬ趣向(しゆかう)もつれ〴〵を。
慰(なぐさ)むばかりの空(あざ)ものがたり。
婀娜(あだ)な処女(あね)さん小意気(こいき)な
年増(としま)。いづれも劣(おと)らぬ情(なさけ)の海(うみ)の。深(ふか)き縁(えにし)を
うつし画(ゑ)に。ゑがけばこれも世態(せいたい)の。生写(しやううつし)とや

相生(おいおひ)源氏(げんじ)の敘(ぢよ)
往昔(むかし)の源氏(げんじ)は五十 四帖(よでふ)。今(いま)この
源氏(げんじ)は十 余帖(よでふ)。三本(さんぼん)ならで猿(さる)の
毛(け)岩。足(た)らぬ趣向(しゆかう)もつれ〴〵を。
慰(なぐさ)むばかりの空(あざ)ものがたり。
婀娜(あだ)な処女(あね)さん小意気(こいき)な
年増(としま)。いづれも劣(おと)らぬ情(なさけ)の海(うみ)の。深(ふか)き縁(えにし)を
うつし画(ゑ)に。ゑがけばこれも世態(せいたい)の。生写(しやううつし)とや

いふべからむ。五条(ごでう)
あたりの夕顔(ゆふがほ)の。宿(やど)は浅香(あさか)が
住居(すまゐ)にとりなし。明石(あかし)の
かたの婚礼(こんれい)は。
葵(あふひ)の上(うへ)の趣(おもむき)を擬(ぎ)し。
その継母(まゝはゝ)なる
隅田(すだ)の前(まへ)は。竊(ひそか)に
藤壷(ふぢつぼ)の更衣(かうい)を模(ぎ)す。

女三(によさん)の宮(みや)の飼猫(かひねこ)は
ねう〳〵と啼(ない)て
妻(つま)を乞(こ)ひ。いぬきが雀(すゞめ)に
あらねども。篭(かご)の鳥(とり)なる娼妓(おゐらん)浜荻(はまをぎ)。
いまだ口(くち)さへ開(ひら)かねば。にげたる噂(うはさ)も
聞(きゝ)およばず。これ等(ら)は後(のち)の話(はなし)物
して。まつ序(ぢよ)びらきを
      なすにしこそ

                        口ノ二

                            口ノ三

もゝよ
〽御ぜんさまわたくしは
  こんばんでちやうど十五日ぶりで
   おめしになりましたから
     どうぞそれだけ
         あそばして
           くださいまし

みつ
〽十五ばんはおろか
      いくばんでも
   こしのつゞくたけ
       やらせてとらさう
     まづ〳〵かうゆつくりとして
           たのしまうでは
                ないか


                          上ノ一

                         上ノ二


片貝
〽こよひのやうにいゝついたしても〳〵
  そのたんびによいと思ふ事はございません
   まことにがつかりといたしてきがとほく
     なりましたツけいまだにまだ
      からだぢうがひよろ〳〵いたすやうで
        ございますどういたしたので
               ございませう

みつ
〽こよひはおれもひさしぶりで
  手まへをだひてねるのだからかくべつに
   せいをいれたゆへそれでよかつたのだらう
  そのせへかおれもだいぶつかれておきかへるも
    たいぎじやしかしいゝつしたらう五ツぐらゐまでは
     おぼえてゐたかそれからはむちうであつた     

みつ
〽なるほど
   てまへは
 ほかのもの
  からみると
 よつほど
  させかたが
  じやうずじや
 そのうへこの
  あぢのよい事は
 どうしたものか
  ほかのものも
   ずゐぶん
  ほねををる
   やうすじやが
  なか〳〵こうは
      ゆかぬ
 なかの
  やうすでも
 ちがつて
   をるか
 こよひは
  とくと
 あらた
  めて
 み
やう
 と
それで
あかりを
つけたのじや
ハテかうみた所では
  さつぱりわからぬアゝこの
 しまりのよい事ソレ〳〵また
  おれもいきさうじやはへ

いくせ
〽アゝいくモウ
 どうもこんなによくツては
                             上ノ三

 いのちもこんもつゞきません
  どうしてこうよくなります
           だらう
   またソレいきますヨ
         フウ〳〵〳〵〳〵〳〵
           スウ〳〵〳〵〳〵〳〵

あさか
〽ばか〳〵しいわが子の
  わられるのをわざ〳〵たちぎゝを
   するでもないがどうもきになつて
               ならない
 ヲヤ〳〵どうかこうかできた
   さうで道たるさんのはないきの
   あらい事まアけしからねへアゝしかし
     これをきいたらおつな
       きになつてきたヨ

                            上ノ四

道たる
〽なぜそんなに
  むねをどき〳〵と
 させるのだなんにも
  こわい事はないはな
 よくきをおちつけて
 ソレおれがのを
    にぎつてみな
   こんなになつてゐるヨ
 これをいれてみなせへ
  どんなにいゝこゝろもち
        だらう
  それだからおめへ
   せけんでしぬの
    いきるのとさはぐも
     みんないゝからの
           事だ

おとせ
〽なんだかしらないが
   かほばかりあつくツて
  そしてからだが
   ふるへてなりません
    これでも
     よいのかねへ

夕やみは是
 はとくし
  月のはて
かへすわか
    きこ
 そのまにも
     みむ

正写相生源氏上之巻
                東都 女好菴主人著
    第一 北嵯峨(きたさが)のまき
こゝに何(いづ)れの御 時(とき)にや。花洛北嵯峨(みやこきたさが)の片(かた)ほとり。表(おもて)に冠木(かぶき)の門(もん)を構(かま)え。庭(には)に
築山(つきやま)遣水(やりみづ)なんど。いと床(ゆか)しくもすみ做(な)したる。その家(や)の主人(あるし)は年(とし)の頃(ころ)。四十(よそぢ)ばかりの
寡婦(やもめ)にて。只(たゝ)一個(ひとり)の女児(むすめ)をもてり。いかなる筋目(すじめ)の人なりや。絶(たえ)て男(おとこ)といふものなけ
れど。四時(ゑいし)の衣裳(いしやう)朝夕(あさゆふ)の暮(くら)しにさへも縡(こと)かゝす。婢女(はしため)二三人と六十(むそぢ)ばかりの。老爺(おやち)一人(ひとり)
をめしつかひて。豊(ゆたか)ならねど貧(まづ)しくは。あらぬさまに世(よ)を送(おく)る。ころは如月(きさらぎ)の中旬(なかつかた)。野末(のずゑ)
に春(はる)をしらせつる梅(うめ)の白(しろ)きははや萎(すが)れて。紅(くれなゐ)のみぞ盛(さかり)なる庭(には)に飛(とび)かふ小雀(こすゞめ)も
世間(せけん)しらずか母鳥(はゝとり)を。したふて翎(はがい)ふくらしつ。倶(とも)に餌(ゑ)ひろふしほらしさ。女児(むすめ)音勢(おとせ)は椽(えん)
端(はな)に。みて居(ゐ)たりしが後(うしろ)をむき《割書:おとせ|》〽アレ慈母(おつかあ)さん。御覧(ごらん)なさい。あれは大方(おほかた)昨日(きのふ)か一昨日(おとゝひ)
巣立(すだち)をいたしたのでございませうね。誠(まこと)にかあいらしいしやうございませんかトいふに母親(はゝおや)

浅香(あさか)はうなづき〽ほんにノウ鳥翔(とりつばさ)でさへあの様(やう)に。子(こ)を慈(いと)しがるは自然(しぜん)の情(じやう)。却(かへつ)て人(にん)
間(げん)はあれほどの。情がないと思ふか知らぬが。お前(まへ)の祖父(おぢい)さんは花華好(はでずき)で。常(つね)に立派(りつば)な
物(もの)好(この)み。辞世(なくなら)れた跡(あと)へ残(のこ)るは。この家屋敷(いへやしき)と借銭(しやくせん)ばかり。夫(それ)も他(ほか)なりや宜(よけ)けれども
荘官どのへ質に入れた。田地の元金三百両これは代々この家に伝(つた)はつた家督(かとく)田(でん)
地(ぢ)。手放(てはな)しては御先祖へ済ぬといふてゞ有たけれと。何をいふにも大金で。請戻(うけもど)す手(しゆ)
段(だん)もないうち。知つての通りお年のうへ。斯成(かうなつ)てみれは私の役目。何卒して取戻したら
草(くさ)葉の蔭て。祖父さまが。さぞお歓(よろこ)びなさらうと思つても男(おとこ)の手(て)でさへ。及はぬお金を
女(をんな)の身(み)で届か。ぬ事と明らめても朝(あさ)に晩(はん)に気にかゝり。神仏へも無理(むり)な願(ねがひ)。かけた
お蔭か此間おまへにも噺(はな)した。通(とほ)り。室町(むろまち)さまがお前の噂(うはさ)を何処(どこ)から歟(か)お聞(きゝ)遊(あそ)ばし
是非〳〵あげろその代り。御 金(かね)は望(のぞ)み次第(しだい)に遣(やら)うと。順菴(しゆんあん)さんの。御取次(おとりつき)ヤレ嬉しや
その金で。田地(でんぢ)は直(すぐ)に手元へ返る。とは思つてもおまへはまだやう〳〵取(とつ)て十四の
女児(むすめ)。十三年のその間。丹誠(たんせい)したも可愛(かあい)さと。また末(すゑ)始終(ししう)楽(たの)しみにもと。思(おも)つた
                                   相生之壱

ものを御殿(ごてん)へあげ。室(むろ)町さまのお寝(ね)間のお伽(とぎ)。有(あり)がたいには違(ちがひ)もないが。花見遊山(はなみゆさん)
も好(すき)にはならず。結構(けつかう)なものを給(た)べ美(うつく)しい衣裳(きもの)着(き)て。みかけ斗(ばか)りは羨(うらやま)しくても。
身(み)は侭(まゝ)ならぬ籠(かご)の鳥(とり)。傾城(けいせい)より少(すこ)し倍(ま)す。宮仕(みやづか)えも傍輩(はうはい)の。嫉(ねた)み媢(そね)みで苦労(くらう)
も多(おほ)く。夫(それ)より結句(けつく)牛(うし)は牛(うし)。馬(うま)は馬(うま)つれ気(きは)は軽(かる)く。慈母(おふくろ)おいでか能天気(よいてんき)。けふは
初寅(はつとら)鞍馬(くらま)へ往(ゆか)う。支度(したく)しやれと無造作(むざうさ)の。暮(くら)しは実(じつ)の楽(たの)しみと。思(おも)へば
いつそ御 断(ことは)りを。立(たて)やうかとは思(おも)ひながら。左様(さう)してみれば。お金(かね)が出来(でき)ず。
二ツよい事サテないものよ。と小唄(こうた)に謡(うた)ふも違(ちが)ひなしまア〳〵お前(まへ)の心(こゝろ)をも聞(きい)たうへでと
相談(さうだん)したら。わたしの安堵(あんど)家(いへ)の為(ため)。何(なん)の少(すこ)しも厭(いと)ひませう。親(おや)の為(ため)なら傾城(けいせい)に。沽(うら)れる
女児(むすめ)も沢山(たんと)ある。夫(それ)からみればお月(つき)さまと。泥亀(すつぽん)ほどな違(ちが)ひやう。人が聞(きい)たら果報(くわはう)や
けて。死(し)なねばよいと申ませう。何卒(どうぞ)左様(さう)して祖父(おぢい)さんの。それほど苦労(くらう)になされ
た田地(でんぢ)。とり戻(もど)して下(くだ)されば。お前(まへ)も一生(いつしやう)楽(らく)になる。三方(さんばう)四方(しはう)これほどな。冥加(めうが)に余(あま)つた
事(こと)はない。と器用(きよう)に挨拶(あいさつ)した故(ゆゑ)にその通(とほ)りを順庵(じゆんあん)さんへ申た所(ところ)夫(それ)ならば近々(ちか〳〵)のうち

御沙汰(ごさた)があらう。といはれたもモウ五六日。大方(おほかた)間(ま)もあるまいほどに。往(いき)たい
処(とこ)でも有(ある)ならば。今日(けふ)にも往(いつ)たがよいぞやト。実(げ)に児(こ)をおもふ親心(おやごゝろ)は。また格別(かくべつ)
としられたり。折(おり)から来(きた)るはこの地(ち)の豪富(かねもち)。弓削道足(ゆげみちたる)といふものにて。この年(とし)は五十(ごじう)
可(ばかり)。されど気軽(きがる)で年(とし)よりは。若(わか)くみゆるが。日頃(ひごろ)の自慢(じまん)。この頃(ころ)流行(はやる)点取(てんとり)発句(ほつく)。浅(あさ)
香(か)も音勢(おとせ)もいひならひ。何処(どこ)の奉燈(はうとう)よしこの奉額(はうがく)。月次(つきなみ)運座(うんざ)衆議判(しやうぎはん)。萬者(はんじや)
披露(びろう)の初会(はつくわい)のと。持(もち)こまれては否(いや)ともいはれす。かの道足(みちたる)はこの道(みち)に古(ふる)く染(そま)りて巧者(かうしや)
なり。女(をんな)に勝(かち)をとらせんと。折(をり)〳〵代句(だいく)もしてやるにぞ。音勢(おとせ)は叔(をぢ)さん〳〵と。隔(へだて)あらねば
道足(みちたる)もいと憎(にく)からず往(ゆき)かよひ。遊(あそ)ぶにはよき女子(をなご)の世帯(せたい)。誰(たれ)に遠慮(ゑんりよ)も内蔵(ないしやう)の
ことまで裏(うら)なく語(かた)りあふ。中(なか)らひなれば其処(そこ)へきて《割書:道|》〽何(なん)だ慈母(おふくろ)大分(でへぶ)真面目(まじめ)で
何(なに)かいふの《割書:浅|》〽ナアニ此(この)間(あひだ)お前様(まへさん)にもお噺(はな)した事サ《割書:道|》〽ムゝ音勢(おとせ)ばうの事(こと)か。ムゝ〳〵
彼(あれ)は至極(しごく)あの子(こ)の了簡(れうけん)がいゝコウ〳〵音勢(おとせ)ばう。室町(むろまち)さまは誠(まこと)に美男(いゝをとこ)でそ
して女(をんな)をは滅法(めつほふ)可愛(かあい)がらツしやるといふ噂(うわさ)だ。お前(めへ)は僥倖(しあはせ)だ。此様(こん)なあどけねへ
                                  上ノ二     

のはまた一倍(いちばい)。可愛(かうい)がつて甞(なめ)たり乾(かは)かしたりさつしやるだらう。折角(せつかく)むつちりとした頬(ほう)ぺたを甞(なめ)な
くされねへやうに気(き)をつけなヨ《割書:おとせ|》〽アレ否(いや)な叔(をぢ)さんだ。私(わたい)は其様(そん)なことはしらないヨ《割書:道|》〽お前(めへ)が知(し)らなくツ
ても。先(さき)で教(おし)えて下(くだ)さらア。何(なん)ならマア其(その)めへに。自己(おれ)が教(をし)えてやらうか《割書:おと|》〽ホゝゝいやだノウトまだ
男(おとこ)にはあふみ路(ぢ)や。心(こゝろ)かたゝ歟(か)石山(いしやま)女児(むすめ)瀬田(せた)の夕照(せきせう)ほんのりと。面赧(かほあか)くして駈(かけ)てゆく《割書:浅|》〽どう
もまだ彼通(あのとほ)りでございますから。今回(こんど)御殿(ごてん)へあげても。何様(どう)だらうかと。案(あん)じられますのサ
他(ほか)の子供(こども)をみるのに。モウ十四にもなれば些(ちつ)とは美心(いやらし)みが付(つく)ものでございますが。何故(なぜ)彼様(あんな)で
こざいませう。その僻(くせ)まんざらな。馬鹿(ばか)でもないかと思(おも)ひひますが《割書:道|》〽夫(それ)ぢやアお前(めへ)が十四ぐらゐ
のときは。余(よつ)ほど晒落(しやれ)て巧者(こうしや)に遣(やつ)たとみへるね《割書:浅|》〽何故(なぜ)エ《割書:道|》〽夫(それ)だツて十人並(しふにんなみ)マア。あのくらゐなものサ
今(いま)ツから。色気(いろけ)が沢山(たつふり)あつてみねへ。大変(たいへん)だ。しかしノウ。浅香(あさか)さん小帒(こぶくろ)と小女児(こむすめ)にやあア。
油断(ゆだん)がならねへといふ譬(たとへ)の通(とを)り。色気(いろけ)が出(で)めへが。體(からだ)が少(ちひ)さからうが。初花(はつばな)せへ咲(さ)きやア。随(ずゐ)
分(ぶん)間(ま)にあふと言事(いふこと)だせ《割書:浅|》〽勿論(もちろん)夫(それ)にしちやア些早(ちつとはや)い方(はう)かして。コウト去年(きよねん)の霜月(しもつき)
あたりから。體(からだ)も汚(よご)れましたがね。何(なん)だか一向(いつかう)な孩児(ねゝ)さんで困(こま)りますヨ《割書:道|》〽何(なん)だか人の噂(うはさ)にやア。

室町(むろまち)さまは大(だい)の腎張(じんばり)で。得手(えて)ものも大(おほ)きいといふ噺(はな)しだ《割書:浅|》〽また馬鹿(ばか)をお言(いひ)なさるヨ
《割書:道|》〽なに〳〵そりやア正真(ほんとう)だ。しかし其様(そんな)な大物(たいぶつ)で。無二無三(むにむざん)に突(つき)かけられちやアト眉(まゆ)の間(あいだ)に
皺(しは)をよせ。案(あん)じる面持(おもゝち)こなたにも。たゞ案(あん)じるは其処(そこ)ばかり。霎時(しばし)兎角(とかう)の詞(ことば)もなく。しばらく
有(あつ)て声(こゑ)をひそめ《割書:浅|》〽お心易(こゝろやす)いから申ますが。実(じつ)は夫(それ)を案(あんじ)ますのさ。万一(ひよつと)して怪我(けが)でもして御(ご)
覧(らん)なさい。宜恥(いゝはぢ)ツかきでございますから《割書:道|》〽そこもあれば蓋(ふた)もありだか。ナニ〳〵まさか其様(そん)な
事もあるめへ。しかし浅香(あさか)さん。娼妓坊(ぢようろや)なんぞをみるのに。體(からだ)が大(おほ)きけりやア。十三でも十四で
も。モウ鄽(みせ)へ出(だ)して客(きやく)をとらせるが。左様(さう)いふのは其処(そこ)の宅(うち)へ出入(でいり)の人(ひと)か。または他(ほか)の娼妓(ぢようろ)へ久(ひさし)く
馴染(なじん)で来(く)る客人(きやくじん)が。いづれ四十 以上(いじやう)の人に梳攏(みづあげ)をして貰(もら)ツて。夫(それ)から出(だ)しやす。左様(さう)せへす
りやア。何様(どん)な強蔵(つよざう)に出会(であつ)ても。間違(まちがひ)ねへが。左様(さう)でねへと。悪(わる)くすると。怪我(けが)をして
困(こま)るといふ事だ《割書:浅|》〽ヲヤ〳〵左様(さう)かねへ。何故(なぜ)また四十以上の人(ひと)に。恃(たの)みますねへ《割書:道|》〽ハテサ若(わけ)エものは
いざ戦場(せんじやう)と言(いつ)てみねへ。松(まつ)の根(ね)ツ子(こ)か。山椒(さんしやう)の擂子木(すりこぎ)のやうにして。突立(つきたて)るから溜(たま)らねへ。処(ところ)が
四十以上のものは。たとへ勃起(おこつ)ても何処(どこ)か和(やは)らかで。ふうわりとするだらう。其(その)うへお前(めへ)場(ば)かず
                                   上ノ三

巧者(かうしや)で。なか〳〵雛妓(しんぞ)を痛(いた)めるやうなことはしねへサ《割書:浅|》〽フム左様(さう)かねへ《割書:道|》〽マアお前(めへ)なんざア何(いく)
歳(つ)のとき。何様(どん)な人に割(わら)れたか。大概(たいげへ)覚(おぼ)えがあらう。考(かんがへ)てみねへナ《割書:浅|》〽ホゝゝゝモウ久(ひさ)しい事(こつ)たから
其様(そん)な事は忘(わす)れ切(きつ)たのサ《割書:道|》〽イヤ〳〵そりやア嘘(うそ)だ初(はじ)めて割(わつ)て貰(もら)ツた人は死(しぬ)まで決(けつ)して
忘(わす)れるものぢやアねへとヨ。そりやア男(おとこ)でせへ左様(さう)だノ。夫(それ)からざらに成(なつ)ちやア一々(いち〳〵)覚(おぼ)えてノも
ゐねへけれど《割書:浅|》〽お前(まへ)なんざア猶(なほ)の事さね《割書:道|》〽何故(なぜ)〳〵こりや一ばんきゝ所(どこ)だ。竟(つひ)にさせた
事もなくツて《割書:浅|》〽またお前(まへ)此様(こんな)な老婆(ばゝあ)がどうなるものかね《割書:道|》〽イヤまだ〳〵左様(さう)まんざら
捨(すて)たもんぢやアねへ。《割書:浅|》〽拾(ひろ)ひもされまいねホゝゝゝ《割書:道|》〽マア雑談(じやうだん)は串戯(じやうだん)。音勢(おとせ)ばうの事が正真(ほんとう)に
気(き)になるか《割書:浅|》〽それが実(じつ)に苦労(くらう)サ《割書:道|》〽夫(そん)なら自己(おれ)が。梳攏(みづあげ)をしてやらうじやアねへか。左様(さう)すれ
ば大丈夫(だいじやうぶ)だ。エゝそれぢやア悪(わり)いか《割書:浅|》〽左様(さう)さねト考(かんが)へる《割書:道|》〽何(なに)も自己(おれ)が彼様(あん)な手(て)も足(あし)もねへ
お玉杓子(たまじやくし)をみるやうなものを。是非(ぜひ)抱(だい)て寝(ね)てへといふのじやアねへが。左様(さう)して出(だ)せは大丈夫(だいじやうぶ)で
おめへが安心(あんしん)にもならうかと思(おも)ふのだ。其処(そこ)でノ浅香(あさか)さん斯(かう)しやう。是(これ)からお前方(めへがた)は
立派(りつぱ)な身(み)のうへに成(なつ)て。銭(ぜに)も金(かね)も入(いる)めへけれど。既(すで)に娼妓(ぢようろ)の梳攏(みづあげ)でせへ。夫々(それ〳〵)の祝義(しうぎ)を

してやるわけ。深窻(しんそう)に養(やしな)はれて。手(て)いらずをする訳(わけ)だから。自己(おれ)が小袖(こそで)一襲(ひとかさね)祝義(しうぎ)として。
金(かね)を十両はづみやせう。ハゝゝゝしかし一晩(ひとばん)で十両あんまり安直(あんちよく)でもねへノハゝゝゝ《割書:浅|》〽ナニそりやアマア何様(どう)でもよ
いが。彼児(あのこ)が承知(しやうち)すれば宜(いゝ)がトはや十両の祝義(しうぎ)と聞(きい)てどうせ他人(たにん)に預(あづ)ける女児(むすめ)。とれば取得(とりどく)とい
ふ気(き)になる《割書:道|》〽其処(そこ)はお前(めへ)からよく左様(さう)言聞(いひきか)して。何(なん)でも御殿(ごてん)へ出(で)るにやア。左様(さう)
して往(いか)ねへと悪(わり)いからと言(いつ)てみねへ仔細(しせへ)はねへはナ《割書:浅|》〽夫(そん)なら左様(さう)言(いひ)ますから。晩(ばん)に
来(き)てみてお呉(くん)なさいナ《割書:道|》〽ムゝよし〳〵晩(ばん)に来(き)やせう
     第二 初寝(はつね)のまき
浅香(あさか)は音勢(おとせ)を言諭(いひさと)し。何様(なん)でも左様(さう)せにやならぬといふから。音勢(おとせ)もそのみ否(いなみ)
もせずその夜(よ)になれは道足(みちたる)は。まづ酒肴(さけさかな)など齎(もたら)して。母子(おやこ)に振舞(ふるまひ)時分(しぶん)はよしと。
予(かね)て設(まう)けの閨(ねや)へ入(い)る。浅香(あさか)は音勢(おとせ)が手(て)を把(とつ)て《割書:浅|》〽サア往(いき)な。そして叔(をぢ)さんか何様(どう)せう
と。自由(じゆう)になつて居(ゐ)るのだヨ。これ〳〵この紙(かみ)を持(もつ)ていきナ《割書:おとせ|》〽なんだか私(わたい)は怖(こわ)いやうだ
ねへ《割書:浅|》〽ナニサ怖(こわ)いことも何(なんに)もないはナ。道足(みちたる)さんが悪(わり)いやうにはしまいから。サア往(いき)なヨト
                               上ノ四

いはれて恍惚子(おぼこ)の恥(はづ)かしく。面(かほ)あからめるを屏風(びやうぶ)を引(ひき)あけ《割書:浅|》〽夫(そん)ならお恃(たの)み
申ますヨ《割書:道|》〽委細(いさい)承知(しやうち)ス。コウ音勢(おとせ)ばう。マア帯(おび)を解(とき)な左様(さう)してこゝへ這入(はいつ)て寝(ね)る
のだ《割書:おとせ|》〽ホゝゝゝ可笑(をかしい)ねへ《割書:道|》〽何(なに)もをかしい事はねへ。サア今夜(こんや)はお前(まへ)と自己(おれ)と御婚礼(ごこんれい)だ
しかし薬鑵(やくわん)と土器(かはらけ)の婚礼(こんれい)は。神武(じんむ)以来(このかた)あるめへハゝゝゝ《割書:おとせ|》〽何(なん)だとへ《割書:道|》〽ナニ此方(こつち)の事ヨ
さア〳〵早(はや)く這入(はいん)なと。いへど了得(さすが)に入(いり)かぬるを。道足(みちたる)手(て)を取(とつ)て無理(むり)に引(ひき)こみ《割書:道|》是(これ)サ
左様(さう)堅(かた)まつて居(ゐ)ちやアいけねへすつと此方(こつち)へかう倚(よつ)て。そして足(あし)をあげて自己(おれ)が足(あし)の
うへゝあげるのだ。ムゝ左様(さう)〳〵。其処(そこ)でこの枕(まくら)の下へ手(て)をずいと入(い)れナ。夫(それ)から斯(かう)しやうと
いふのだト道足(みちたる)左(ひだり)の手(て)を伸(のは)し。音勢(おとせ)が内股(うちまた)へずつと入(い)れると《割書:おとせ|》〽アゝレ叔(をぢ)さんトいひながら
股(また)をすぼめる《割書:道|》〽是(これ)サそれじやア往(いけ)ねへ《割書:おとせ|》〽夫(それ)でもくすぐつたいものヲ《割書:道|》〽マア其処(そこ)を少(すこ)し
我慢(がまん)しなくツちやア。刀祢(との)さまのお気(き)にやアいらねへ。サアこゝを広(ひろ)げなヨ《割書:おとせ|》〽斯(かう)かへ
《割書:道|》〽ムゝ左様(さう)だ〳〵ト手(て)をやつてむつくりとしたる額際(ひたひぎは)。なでゝみれば二三分(にさんぶ)ばかり。
もや〳〵として指(ゆび)まはさつれど。撮(つま)むほどにはまだならぬ。薄毛(うすげ)の容子(やうす)かあいら

しく夫(それ)よりだん〳〵手(て)をやれば。両渕(りやうふち)高(たか)くふつくりとしたる。中(なか)にちよんぼり
埋(うづ)み紅舌(ざね)。そのまはりには長(なが)き毛(け)の。四五 本(ほん)はえて手(て)にさはる。其(その)心地(こゝち)よさ道足(みちたる)が。
一物(いちもつ)亀頭(あたま)を持(もち)あげて。ぴん〳〵と勃起(おゑ)たてば。音勢(おとせ)が手(て)を持(もち)そえて《割書:道|》〽サアこれを
握(にぎ)つてみな《割書:おとせ|》〽ヲヤト言(いつ)たばかり直(すぐ)に放(はな)す。其(その)手(て)を押(おさ)へ《割書:道|》〽しつかり握(にぎ)つて。上(うへ)へやつ
たり下(した)へやつたりしてみなヨ《割書:おとせ|》〽をかしなもんだねへ《割書:道|》〽ナニ可笑(をかし)ものかトこゝに暫(しばら)く気(き)を
移(うつ)させ。そろ〳〵撫(なで)て玉門(ぎよくもん)へ。中(なか)ゆび一本(いつほん)はめてみるに。吐婬(といん)といふは更(さら)になけれど。
ずる〳〵はいれば先(まづ)しめたりと。予(かね)て准備(ようい)の通和散(つうわさん)。唾(つは)にてときこて〳〵と。陰茎(まら)
の亀頭(あたま)より雁首(かりくび)の下(した)の方(はう)までよく塗(ぬり)つけ。さてまた音勢(おとせ)が玉門(ぎよくもん)のまはりへ
べた〳〵塗(ぬり)まはせば《割書:おとせ|》〽何(なん)だエ誠(まこと)に気味(きみ)が悪(わる)いねへ。私(わたい)は浄水(ちやうづ)に往(いつ)て参(まゐ)らう《割書:道|》〽ナニ
気味(きみ)の悪(わる)いことはねへ。マア浄水(ちやうづ)は跡(あと)にしねへ。サア是(これ)からかうするのだトくつと割(わり)こみ
一物(いちもつ)を。押(おし)あてがふに道足(みちたる)は。その大(おほ)むかし名(な)に高(たか)き。弓削(ゆげ)の道鏡(だうきやう)が子孫(しそん)にて。道足(みちたる)
まで三十八 代(だい)遥(はるか)の裔(すゑ)でも否(いや)といはれぬ。血脈(ちすぢ)のしるし歟(か)一物(いちもつ)は。並(なみ)に超(こえ)たる大(おほ)わざ
                                    上ノ五

もの。年(とし)は取(とつ)てもしやんとこい。いきり切(きつ)ては鉄火(てつくわ)の如(ごと)く。血気(けつき)壮(さかん)の若(わか)ものにも
なか〳〵劣(おと)らぬ威勢(いきほひ)なれば釜(かま)の蓋(ふた)をしたるごとく入(い)れものよりも入(い)れるものが。
四方(しはう)へ余(あま)つて這入(はいる)へき気色(けしき)なければ道足(みちたる)も。少(すこ)し困(こま)つた心持(こゝろもち)。されど宝(たから)の山(やま)にいり。
手(て)をむなしくはと通和散(つうわさん)を。またこて〳〵と塗(ぬり)まはし。脇(わき)の下(した)から手(て)をさしこみ。
両方(りやうはう)の肩(かた)をしつかりおさへ。乗(のり)かゝつてちよこ〳〵〳〵と小(こ)きざみに腰(こし)をつかへば。薬(くすり)
の奇特(きどく)にずる〳〵と亀頭(あたま)ばかりははいつた容子(やうす)。音勢(おとせ)はこのとき上気(じやうき)して。耳(みゝ)と
頬(ほう)とを真赤(まつか)になし。顔(かほ)をしかめて《割書:おとせ|》〽アゝレ何(なん)だかはゞつたいやうでアゝせつないト
頻(しき)りに上(うへ)へ乗(の)り出(だ)すを。道足(みちたる)肩(かた)をしめつけ〳〵《割書:道|》〽今(いま)によくなるから些(ちつと)堪(こら)えナ。其(そん)
様(な)に痛(いた)くはあるめエ《割書:おとせ|》〽アゝ痛(いた)くはないけれと。をかアしいは《割書:道|》〽ナニ今(いま)にだん〳〵
よくなるから。腰(こし)を些(ちつと)ヅゝ動(うご)かしてみなトまたちよこ〳〵と早腰(はやごし)につかひけれ
ば程(ほど)もなく。かの大物(たいぶつ)は毛際(けぎは)まで。ぬら〳〵〳〵と這入(はいり)しが元来(もとより)新開(しんかい)のしまりよ
く。陰茎(まら)の亀頭(あたま)を赤子(あかご)の口(くち)でくわへて引(ひつ)ぱるやうなれば。道足(みちたる)は現(うつゝ)をぬかし。音(おと)

勢(せ)が頬(ほう)や口(くち)の端(はた)をべちや〳〵と甞(なめ)まはしその可愛(かあい)き事 喩(たと)へんかたなく
一生懸命(いつしやうけんめい)にだきしめれば。音勢(おとせ)もこのとき開中(かいちう)がむづ痒(がゆ)きやうに覚(おほ)え。何(ど)
処(こ)となく気持(きもち)よければ思(おも)はず道足(みちたる)が首筋(くびすじ)を両(りやう)の手(て)でしめつけ〳〵
《割書:フウ〳〵|  ハア〳〵》息(いき)づかひ。せわしくなれば道足(みちたる)ははや少(すこ)しも堪(こら)えられず頓(やが)てドキン〳〵
ドク〳〵〳〵と樽(たる)の吞口(のみくち)抜(ぬい)たるごとく腎水(じんすゐ)子宮(こつぼ)へはぢけかけ。アゝ〳〵ムゝ〳〵と夢中(むちう)の驕(よが)
り。当下(そのとき)浅香(あさか)は兎(と)やあらんと抜足(ぬきあし)をして隔紙(からかみ)の。外(そと)へ来(きた)りつ身(み)を倚(よせ)かけ。
耳(みゝ)を澄(すま)して動静(やうす)をきくに。思(おも)ひの外(ほか)に出来(でき)たやうす。道足(みちたる)がグウ〳〵スウ〳〵
嬌(よが)るを聞(きい)てあぢな気(き)になり。年(とし)は取(とつ)ても永(なが)き年月(としつき)。一義(いちぎ)強(たえ)たる陰門(いんもん)へ。たち
まちびしよ〳〵湿(しめ)り気(け)出(で)て。湯具(ゆぐ)さへ濡(ぬる)るばかりなれば。何(なん)となく上気(じやうき)して。
耳(みゝ)も真赤(まつか)になるばかり。はやその内に道足(みちたる)は。紙(かみ)をとつて拭(ふ)き方を。教(おし)えなど
するやうすに。はや是(これ)までと徐々(そろり〳〵)。おのれが子舎(へや)へ帰りゆく。音勢(おとせ)はかねて噺(はなし)にも
きゝ。其(その)身(み)も何時(いつ)ぞ交合(して)みたいと。思(おも)ふ心(こゝろ)はありながら。たゞ枕絵(まくらゑ)でみたばかり
                                  上ノ六

どふいふ物(もの)歟(か)と思(おも)つたに今宵(こよひ)始(はじめ)めて味(あぢ)をしり。なるほど悪(わる)くもないやうだが
何(なん)だかはゞツたくつて。抜(ぬい)た跡(あと)まで例(いつも)とは。どこやら違(ちが)ツた心持(こゝろもち)。それにぬる〳〵
拭(ふい)ても〳〵。跡(あと)から流(なが)れる気味(きみ)わるさ本(ほん)や何(なに)かに書(かい)てある。苦労(くらう)をしたり
気(き)を揉(もん)で。するほどのものでもないと。真(しん)の甘美(うまみ)をまだしらぬ。恍惚子(おぼこ)心(こゝろ)ぞ道理(ことはり)なる
    第二 室町(むろまち)のまき
爰(こゝ)に始(はじめ)より記(しる)したる。吉光公(よしみつきみ)と聞(きこ)えしは。日本一(につほんいち)の長者(ちやうじや)にて。国々(くに〴〵)数多(あまた)領(りやう)し
たまひ。花洛(みやこ)室町(むろまち)に御所(ごしよ)をかまへ。住(すみ)給ふをもて如此(しか)いへり。この君(きみ)いまだ二十一 歳(さい)。
殊(こと)に容色(やうしよく)双(なら)びなく。女(をんな)にしてみま欲(ほし)き。やさ姿(すがた)にて在(おは)しければ。属々(つき〴〵)の女房(にようぼ)たち。
甲乙(たれかれ)となく慕(した)ひまゐらせ。どうぞ〳〵と居膳(すえぜん)は。七五三(しちごさん)やら五々三(ごゝさん)やら。料理(れうり)に愚(おろか)は
なけれとも。人(ひと)の心(こゝろ)は貴賤(きせん)となく。常(つね)に眼(め)なれし物をば嫌(きら)ひ。珍(めづ)らしきを好(す)く
ものにて。人品(ひとがら)のよき長髱(ながつと)や。或(ある)ひは地黒(ぢくろ)地白(ぢしろ)の福袿(かいどり)。大振袖(おほふりそで)の高髷(たかわげ)は。平生(つね)の
事(こと)にて面白(おもしろ)からず。紅白粉(べにおしろい)もうつすりと。水髪(みづがみ)嶋田(しまだ)か銀杏(いてう)くづしの。結(むす)び髪(かみ)

さへ目(め)につきて。その風俗(ふうぞく)を好(この)み給(たま)へば。奥女中(おくぢよちう)も自然(おのづから)。それに移(うつ)りて
意気(いき)作(づく)りには。なすものながら下々(した〳〵)の。女(をんな)の如(ごと)くはえもならず。されど多(おほ)くの
側室(そばめ)のうち。別(わけ)て寵愛(ちやうあい)なし給ふ。片貝(かたかひ)といふ十九 歳(さい)。色白(いろしろ)にして鼻筋(はなすぢ)通(とほ)り。
眼(め)はぱツちりとして黒眼(くろめ)がち。一(ひと)たび睨(ながしめ)にみるときは。ぞつとするほど色気(いろけ)を含(ふく)
む。桃代(もゝよ)といへるは二十二 歳(さい)。色(いろ)は少(すこ)し浅黒(あさぐろ)けれど。地躰(ぢたい)の艶(つや)は玉(たま)の如(ごと)く。口元(くちもと)眼(め)
元(もと)に愛敬(あいけう)あり。そのうへ気軽(きかる)で口(くち)まへよく。人(ひと)の気(き)をとる上手(じやうず)なり。また幾瀬(いくせ)
とて太(ふと)り肉(じゝ)。標致(きりよう)はさのみ宜(よ)からねど。今(いま)流行(りうかう)の於多福(おたふく)出(で)。むつくりとして愛敬(あいけう)
あり。殊(こと)に一義(いちぎ)の上手(じやうず)にて。男(おとこ)を泣(なか)す希代(きたい)の妙術(めうじゆつ)。自然(しぜん)に得(え)たる上開(じやうかい)は。是(これ)に上(うへ)
超(こ)すものもなく。この三人は殊(こと)さらに。吉光(よしみつ)が寵愛(ちやうあい)にて。下方(したがた)風(ふう)に身(み)をかざ
らせ。夏(なつ)冬(ふゆ)素足(すあし)の花華(はで)作(づく)り。その余(よ)の側室(そばめ)七八 人(にん)。されば吉光(よしみつ)はかはる〳〵
閨(ねや)へも召(め)し。また此方(こなた)より。往(ゆき)給ひて一晩(ひとばん)に。三人五人の時(とき)もあり。また一人を抱詰(だきづめ)に
楽(たのし)み給ふ折(をり)もあり。しかるにけふは桃(もゝ)の節句(せつく)。祝(いわ)ひ日の事なれば。怨(うら)みツこいが有(あつ)
                                上ノ七

ては悪(わる)い。みな一同(いちどう)に歓(よろこ)ばせ。楽(たの)しみ給んと昼(ひる)の程(ほど)より。掛(かゝ)りの女中(ちよちう)に内意(ないい)あり。
はやるの暮(くれ)るや暮(くれ)ぬ間(ま)から。奥御殿(おくごてん)をたて切(きつ)て。飩子(どんす)の蒲団(ふとん)を敷(しき)つらね。
吉光(よしみつ)は中(なか)に坐(ざ)し。そのまはりに十人(じうにん)の側室(そばめ)をずつと並(なら)べおき。手自(てづから)竃(くじ)を
出(だ)し給ふ。まづ一番(いちばん)に当(あた)りしは。真(まこと)の陰茎(まら)にて本手(ほんて)にとり組(くみ)。二番(にばん)より五番(ごばん)
までは。左右(さいう)の手(て)左右(さいう)の足(あし)に男質(はりかた)一本(いつほん)ツゝ結(ゆひ)つけて。側(そば)へ引(ひき)よせ嬌(よが)らすべし。また
六 番(ばん)は入(いり)かはり。真(まこと)の陰茎(まら)にて茶臼(ちやうす)となし。七 番(ばん)より十番までは。前(まへ)の如(ごと)く
男質(はりかた)で。嬌(よが)らせんとありければ。さては一番と六 番(ばん)の竃(くじ)こそ。肝心要(かんじんかなめ)なれと。堅(かた)
唾(づ)を呑(のん)で竃(くじ)をひくに。あけて悔(くや)しき他(ほか)の数(かず)。一 番(ばん)はかの手取(てとり)。幾瀬(いくせ)が当(あた)りと
大歓(おほよろこ)び。さてそれ〳〵の順(じゆん)にまかせ。右(みぎ)り左(ひだ)りへ引(ひき)つけて。まづ幾瀬(いくせ)が股(また)おしひ
ろげ。会釈(ゑしやく)もなく突入(つきい)れ給へば。幾瀬(いくせ)は例(れい)の泣上手(なきじやうず)。はやスウ〳〵と泣出(なきいだ)し。手足(てあし)を
からみもちあげ〳〵。アゝ〳〵どうもそれもつと。上(うへ)の方(はう)を力(ちから)をいれて。おつき遊(あそ)
ばして下(くだ)さいまし。エゝモ體(からだ)が蕩(とけ)るやうだと。絶入(たえい)る斗(ばか)りの声(こゑ)を出(だ)し。身(み)を

もがいて抱(だき)きつく。吉光(よしみつ)は左右(さいう)の手(て)。左右(さいう)の足首(あしくび)を働(うご)かせて。上(うへ)を下(した)へと突(つき)
ながら。腰(こし)をくる〳〵幾瀬(いくせ)が望(のぞ)みに。ソレ上(うへ)かそれ奥(おく)かと。頻(しきり)にすか〳〵づぶ
ずぶと。突(つき)立(たて)給(たま)へば男根(なんこん)は。はりさく如(ごと)く気(き)が満(みち)て。はや腎水(じんすゐ)も流(なが)れんとす
るにぞ。われを忘(わす)れて両(りやう)の手(て)で。しつかと幾瀬(いくせ)を抱(いだ)きしめ。足(あし)を縮(ちゞ)めて
ソレおれも。サア〳〵いくヨと口(くち)をすひ。ドツキ〳〵と。精(き)をやること限(かぎ)りなく。陰水(いんすゐ)あ
ふれてだら〳〵〳〵と。蒲団(ふとん)へ流(なが)るゝその気味(きみ)よさ。夫(それ)に引(ひき)かえ四人(よにん)の女(をんな)は。今(いま)モウ
いかうとする処(ところ)に。男質(はりかた)を引(ひき)ぬかれ。鳶(とび)に油揚(あぶらげ)さらはれし。心地(こおゝち)になつて物(もの)
もいはず。幾瀬(いくせ)が頻(しき)りに嬌(よが)るをみて。たゞずる〳〵〳〵と陰門(いんもん)より。精水(きみづ)をながす
斗(ばか)りなり。夫(それ)よりもまた入(いれ)かはり。五筆和尚(ごひつおしやう)に異(こと)ならで。一回(いちど)に五人(ごにん)の女(をんな)を泣(なか)す
この戯(たは)ふれにこの夜(よ)を明(あか)す。何(いづ)れも同(おな)じさまなれば。くた〴〵しくて書洩(かきもら)し
つ。かくて吉光(よしみつ)さま〴〵の楽(たの)しみ。いまだ尽(つき)ざれど。予(かね)て北嵯峨(きたさが)の音勢(おとせ)が事。
お手医師(ていしや)順菴(ぢゆんあん)より聞(きゝ)給ひ。楊貴妃(やうきひ)西施(せいし)はものかはにて。吾(わが)朝(てう)の衣通姫(そとほりひめ)。小町(こまち)と
                                上ノ八

いふともこの処女(むすめ)に。なか〳〵及(およ)ぶへきならず。と聞(きゝ)給ふより見(み)ぬ恋(こひ)に。
浮岩(あこがれ)給ひて順菴(じゆんあん)に。よく計(はか)らへといひつけ給ふに。首尾(しゆび)よきお請(うけ)はなしたれど
順庵(じゆんあん)この頃(ごろ)風邪(ふうじや)とて。引籠(ひつこ)み御前(ごぜん)へ出(いで)されば。音勢(おとせ)がことは先(まづ)それなり。吉光(よしみつ)
頻(しき)りにその処女(むすめ)を。見(み)まほしく思(おぼ)されて。日来(ひころ)お気(き)に入(い)りの穴沢佐栗(あなさはさくり)に。この
事(こと)を命(おほ)すれば。表向(おもてむき)から召(め)すとまうせば。手重(ておも)くして急(きう)にはまゐらず。箇(か)
様(やう)々々(かやう)になし給はゞ。今日(けふ)にも明日(あす)にも自由(じゆう)の事(こと)と。聞(きい)て吉光(よしみつ)歓(よろこ)び給ひ。さあらば
今(いま)から忍(しの)びの供立(ともだて)。准備(ようい)しやれと命(おほせ)をうけ。佐栗(さぐり)はそれ〳〵へ通達(つうだつ)し。その
刻限(こくげん)をぞ侯(まち)にける。こゝに道足(みちたる)は甘(うま)く計(はか)り音勢(おとせ)が初物(はつもの)をしめて心(こゝろ)に歓(よろ)ひ。
今日(けふ)は天気(てんき)も殊(こと)によし。近々(ちか〳〵)に御殿(ごてん)へあがらは。出歩行(であるき)も自由(じゆう)ならず。嵐山(あらしやま)も
盛(さか)りときけば。花見(はなみ)がてらの野遊(のあそ)びに。連(つれ)てゆかんと割籠(わりご)など准備(ようい)なしつゝ
音勢(おとせ)を伴(ともな)ひ供(とも)の男女(なんによ)も二三 人(にん)。忍(しの)びやかに立出(たちいで)て。跡(あと)には母(はゝ)の浅香(あさか)一人(ひとり)。縁(えん)さきを
明(あけ)ひろげ。咲乱(さきみだ)れたる桜海棠(さくらかいどう)。かなたこなたを飛(とび)めぐる。蝶(てふ)の姿(すがた)の優(やさ)しさを

うちながめてありける処(ところ)へ動也(とや)〳〵人(ひと)の足音(あしおと)は誰(たれ)なるらんと伸(のび)あがる。
その生垣(いけがき)の透間(すきま)より。裡(うち)を覗(のぞ)きて一人(ひとり)の侍(さふらひ)〽モシ〳〵この辺(へん)に浅香(あさか)といふ寡婦(やもめ)の
住居(すまゐ)が在(ある)との事(こと)。知(し)つてなら教(をし)えてト聞(きい)て浅香(あさか)は不審顔(ふしんがほ)《割書:浅|》〽ハイ〳〵その
浅香(あさか)と申まするは私(わたくし)でございますが。何(なん)の御用(ごよう)で何方(どちら)から《割書:侍|》〽ハゝア其方(そなた)が浅香(あさか)ど
のか。サア分(わか)りました此方(こちら)へト会釈(ゑしやく)をすればその後(うしろ)に。立(たち)給ふは年(とし)の程(ほど)。二十(はたち)か
二十一二ばかり。色白(いろしろ)くして鼻筋(はなすぢ)通(とほ)り。眉(まゆ)は遠山(ゑんざん)の三日月(みかつき)の如(ごと)く。眼(め)清(すゞ)やか
に唇(くちびる)赤(あか)く。いかにも威(ゐ)あつて猛(たけ)からぬその風俗(ふうぞく)は公家(くげ)にもあらず武家(ふげ)と
も見(み)えぬ打扮(いでたち)は。綾(あや)の小袖(こそで)に二重飩子(にぢうどんす)の紺地(こんぢ)に雲龍(うんりう)を織出(おりだ)したる。被布(ひふ)の
やうなる物(もの)を着(ちやく)し。黄金造(こがねつく)りの小刀(ちさかたな)。指貫(さしぬき)袴(はかま)もめし給はず。かの侍(さぶらひ)が伺(ことば)を
聞(きゝ)て〽思(おも)ふにましたる住居(すまゐ)の風流(ふうりう)少(すこ)しは噺(はな)せるものとみえる。しかし少(すこ)し
の案内(あない)もせず。推(おし)かけ客(きやく)は困(こま)るであらう。其処等(そこら)はよう計(はか)らふて主人(あるじ)が
心(こゝろ)をつかはぬやうに。左様(さう)言(い)やれトいひなから切戸(きりど)を明(あけ)てしづ〳〵と入(いり)給ふに
                                上ノ九

浅香(あさか)は恟(びつく)りかの侍(さふらひ)が傍(そば)へゆきて声(こゑ)を低(ひそ)め《割書:浅|》〽何方(となた)さまでございますか御門(おかど)
違(ちがひ)を。遊(あそ)ばしたのではござりませぬかト訝(いぶか)りとへば点頭(うなづく)侍(さふらひ)〽其方(そなた)が浅香(あさか)どのに
相違(さうゐ)なくは。門違(かとちがひ)ではない彼(あの)お方(かた)は。辱(かたじけ)なくも。室町(むろまち)の吉光(よしみつ)さま。近曽(ちかごろ)お手医師(ていし)
順庵(じゆんあん)から。言(まう)し入(い)れた女児御(むすめご)音勢(おとせ)。頓(とう)にお迎(むか)へあるべき処(ところ)。順菴(じゆんあん)老(らう)が病気(ひやうき)ゆゑ
遲(おそ)くなつたをおまちかね。お忍(しの)ひでと御仰(おつしやる)から。御供(おとも)いたした在下(それがし)は。穴沢佐栗(あなさはさぐり)と
申すもの。心当(こゝろあた)りがござらうがな《割書:浅|》〽ハイ夫(それ)ならば覚(おぼ)えのあること。アゝ生憎(あやにく)に女児(むすめ)は
留守(るす)。女子(をなご)どもと私(わたくし)ばかりトいふを佐栗(さくり)が〽イヤこれお袋(ふくろ)。決(けつ)して心配(しんぱい)はいらぬ事
御 茶(ちや)弁当(べんたう)の准備(ようい)もあり。御供(おとも)の衆(しう)は銘々(めい〳〵)割籠(わりご)。茶(ちや)なり湯(ゆ)なりあればよし。
座敷(ざしき)には炉(ろ)もみえる。釜(かま)もかけてある容子(やうす)御 茶(ちや)一服(いつぷく)献(けん)じれば。跡(あと)はわれらがよい
様(やう)に。斗(はか)らふは宜(よ)けれども。肝心(かんじん)の女児御(むすめご)が留守(るす)とはハテサテ間(ま)の悪(わる)さしかしその内(うち)
には帰(かへ)りもあらうサア〳〵早(はや)うお茶(ちや)〳〵ト急立(せきたて)られて夢(ゆめ)にだも思(おも)ひがけなき
貴人(あてびと)の暴(にはか)の御入(おいり)に気(き)もわく〳〵納戸(なんど)へ入(い)りて手(て)ばやくも脱(ぬい)で着(き)かへる晴着(はれぎ)

の衣裳(いしやう)。二人(ふたり)の婢女(げぢよ)もたゞきよろ〳〵と。立騒(たちさは)ぐのみ詮方(せんすべ)しらず。浅香(あさか)は遥(はるか)
次(つぎ)の間(ま)にて。一礼(いちれい)すれば吉光(よしみつ)君(ぎみ)〽不意(ふい)に参(まゐ)つて最大(いかい)世話(せわ)。何(なに)かの事 佐栗(さぐり)から。逐(ちく)
一(いち)に聞(きい)たであらう。苦(くる)しうない近(ちか)う倚(よつ)て浮世(うきよ)ばなしをして聞(きか)しやれ。けふ
はのどかで風(かぜ)もなし。庭(には)の手入(てい)れが届(とゞ)くとみえて。花(はな)もよう咲(さ)き植樹(うゑき)の刈込(かりこみ)。
小(ちい)さくても見所(みどころ)あるト讃(ほめ)給へば恐(おそ)れ入(い)りおづ〳〵彼所(かしこ)へ膝(ひざ)すりよせて。最前(さいぜん)
佐栗(さくり)が指図(さしつ)もあれば水屋(みづや)よりして把出(とりい)だす。水(みづ)さし茶碗(ちやわん)棗(なつめ)の茶入(ちやいれ)。茶筌(ちやせん)茶杓(ちやしやく)
や蓋置(ふたおき)まで。法(ほふ)の如(ごと)くに飾(かざ)りたて《割書:浅|》〽憚多(はゞかりおほ)くはごさりまずが未熟(みじゆく)な手前(てまへ)の薄(うす)
茶(ちや)一(いつ)ぷく。さしあげましたうござりますが《割書:光|》〽イヤこれは奇妙(きめう)〳〵庭(には)のかゝり住居(すまゐ)
の様子(やうす)。主人(あるじ)は大(おほ)かた風流(ふうりう)と。察(さつ)したに違(ちが)ひない《割書:浅|》〽ホゝゝ風流(ふうりう)も。風雅(ふうが)もはるか
前(まへ)の事(こと)。今(いま)はしがない寡婦(やもめ)のくらし《割書:光|》〽寡婦(やもめ)々々(〳〵)と言(い)やつても。みれば花香(はなか)もまた失(うせ)ず。さ
かり久(ひさ)しきしら菊(きく)の。名残(なごり)の匂(にほ)ひなつかしく。慕(した)ふて来(く)る蟲(むし)もあらう《割書:浅|》〽これは〳〵御(ご)
前(ぜん)さまとした事か。こゝへ並(なら)べた茶器(ちやたうぐ)歟(か)。太刀(たち)刀(かたな)ではあるまいし。なんぼひねつたもの
                              上ノ十

数寄(ずき)でも。古(ふる)いものが宜(よい)とつて。慕(した)ふはおろか此方(こつち)から。何卒(どうぞ)遣(つか)つて下(くだ)されとの。恃(たの)
みもきゝ人(て)はございません。女は盛(さかり)の短(みじ)かいもので。二十前(はたちまへ)から三十 前後(ぜんご)それが過(す)ぎては
悪口(わるくち)にも老婆(ばゝあ)〳〵といひ立(たて)られ。果散(はか)ないものでございますト噺(はな)しのうちにはや沸(たぎ)る。
湯(ゆ)を汲(くみ)とりてさわ〳〵と。たてし薄茶(うすちや)の服加減(ふくかげん)。まう一服(いつぷく)と望(のぞ)まれて御意(ぎよい)に入(いつ)てか冥(めう)
加(が)なことと。また立(たて)かけるその折(おり)に。御指揮(おさしづ)うけて持出(もちいづ)る。台(だい)に乗(の)せたる綿端物(わたたんもの)。佐(さ)
栗(ぐり)は浅香(あさか)にうちむかひ〽これは御前(ごぜん)のおみやげもの。頂(いたゞ)かれたが宜(よか)らうトいはれて
浅香(あさか)は身(み)をしさり。御礼(おれい)申せば吉光(よしみつ)君(ぎみ)〽まず是(これ)は今日(けふ)こゝへ。尋(たづ)ねて来(き)た験(しるし)ばかり。用(よう)に
たゝば身(み)も歓(よろこ)ぶ。これ佐栗(さぐり)いひつけた。ものが出来(でき)たらはやう是(これ)へ持(もつ)て来(き)やれ《割書:佐|》〽ヘイ畏(かしこ)まり
ましたト館(やかた)よりして准備(ようい)ある。御酒(みき)御殽(みさかな)も幾種(いくいろ)か。それ〳〵の器(うつは)へ盛(も)りてこの家(や)
の婢女(げぢよ)をも手伝(てつだ)はせ。所狭(ところせき)までおきならふれは。吉光(よしみつ)は杯(さかづき)とりあげ《割書:光|》〽花(はな)より団子(だんご)の
喩(たと)への通(とほ)り。月花(つきはな)を詠(なが)むるにも。酒(さけ)がなくては興(きやう)がない。コレ浅香(あさか)とやら酒(さけ)はどうじや。
ナニ不調法(ぶてうほう)とは嘘(うそ)であろ。みかけからして酒飲(さけのん)だら。どうやら元気(げんき)で面白(おもしろ)さう。サゝ飲(のん)たがよい身(み)が

酌(しやく)をしてとらさうトその有(あり)がたさになみ〳〵と。一(ひと)ツ受(うけ)たる杯(さかづき)を。やう〳〵干(ほ)すとまた一ツ。
強(しゐ)つけられて飲(の)む酒(さけ)に。果(はて)は殽(さかな)も御手自(みてづから)。ソレ手(て)が穢(よこれ)る口(くち)を開(あい)たと思(おも)ひの外(ほか)なる如(ぢよ)
在(さい)なさ。浅香(あさか)も元来(もとより)なる口(くち)を。遠慮(ゑんりよ)も今(いま)はうち忘(わす)れ《割書:浅|》〽サア佐栗(さぐり)さん今回(こんど)は貴君(あなた)
《割書:佐|》〽亦(また)わたくしかへ情(なさけ)ない。些(ちと)御前(ごぜん)へ上(あげ)るがよい《割書:浅|》〽夫(それ)でも余(あま)り無躾(ぶしつけ)な老婆(ばゝあ)とお呵(しかり)なさ
れうかと《割書:光|》〽イヤ〳〵決(けつ)して呵(しか)りはせぬ。其方(そち)が杯(さかづき)まちかねた《割書:浅|》〽ヲヤ〳〵御前(ごぜん)が程(ほど)のよ
さ。モウ二十 年(ねん)も若(わか)い時(とき)なら。お否(いや)であらうと無理無躰(むりむたい)。仕(し)やうもあらうに佐栗(さぐり)
さん。年(とし)ほど哀(かな)しいものはない。貴君(あなた)がたも今(いま)のうち。情出(せいだ)してお遊(あそ)びさないホゝゝト
睨(ながしめ)に吉光(よしみつ)を視(み)るその愛敬(あいけう)。萎(すが)るゝ花(はな)の色(いろ)なくても。匂(にほ)ひ残(のこ)れる霜夜(しもよ)の菊(きく)。
これも一興(いつけう)ならんかと。女児(むすめ)が留守(るす)を物怪(もつけ)の僥倖(さいはひ)。今宵(こよひ)はこゝに草枕(くさまくら)。旅(たび)ならなく
に宿(やど)ありて。慰(なぐ)さまんと思(おぼ)しつゝ佐栗(さぐり)を一人(ひとり)止(とゞ)めおき。その余(よ)の供(とも)は帰(かへ)さ
れけり
相生源氏上の巻畢
                              上ノ十一

BnF.

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