コレクション3の翻刻テキスト

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BnF.

【表紙 右下に図書館シール】
JAPONAIS
637
1
【中央に貼り題箋】
《割書:容貌|寫真》 俳優三階興 
 【手描き整理番号】7167  乾
【貼り題箋の右下の図書館スタンプ】R.E

 【表紙は丸に式亭の図案】

【表紙の裏】

Utagawa Toyokuni, Haïyu
SangaïKio Portraits des acteurs
chez eux, littéralement, portaits
exact des divertissements des acteurs
du 3e étage,
 Au frontispice, Le titre: Gwazu
Haïyu Sangaikio et à la préface
Le titre irreversé(?): Haïyu Gwazu
SangaiKio,
 Préface signeé, Shikitei Samba
et dateé Kanoé Saru de Kwansei
(1800), Lost, face signeé Samba
à l’aurore de 25 ans et dateé
Kanoto Tori de Kwansei (1801)
Dessinateur à Toto: Utagawa Ichiyosai
Toyokuni, cachets Ichiyosai et Toyokawa
Date 13e anneé de Kwansei (1801)
Calligraphe Chikura Toryu, Libaires à Yedo,
Yorozuya Tajiyèmon (Shiba) et Shun,
Shoken Nishimiya Shinroku à l’achess
Onzaimokucho, 2 vol contenant ou pages(?)
de gravures en couleurs plus & frontispice,
      couvertures originales fontait en
        reliefles \mon\ des acteurs

【上部余白に図書館スタンプ】
【図書整理シール】
JAPONAIS
637
1
【筆記】
JAPON
637
(1)
【下部余白に寄贈番号カ】
DON.
7605
東都《割書:式亭主人三馬著|歌川豊國畵》《割書:构欄定規|不許白看》
《題:畵圖俳優》
《題:三階興《割書:春枩軒藏|切落札賣切申候【朱字】|明日御出可被下候》》

俳優画図三階興
    自序
如何(いかん)祖師(そし)西来(さいらい)意(ゐ)。楊(やなぎ)は緑(みどり)。花(はな)は紅(くれない)の串童狂(いろこぐるい)に。
念戯(ねんげ)無性(むせう)と戀々(のぼせ)ては五戒(ごかい)を更(さら)に楼上(にかい)の熱閙(さはぎ)。
達磨(だるま)さんがた羣歌妓(げいしやしゆう)。如意(によゐ)にはあらで反杵(うちかへ)す。
直指(じきし)の掅指酒令(けんざけ)【猜指酒令ヵ】人心(にんしん)を。和(やは)らぐるのも狂言(きやうげん)別傳(べつでん)。
不立(ふりう)令節(もんぴ)の討帖(むしんぶみ)には。九(く)季(ねん)なんぞや那移(くめん)面壁(めんぺき)。
色即是空(しきそくぜくう)と悟(さとる)もあれば。空即是色(くうそくぜしき)と迷(まどふ)も有(あり)。
見倡成仏(けんしやうぜうぶつ)の臥房(ねや)の情(ぜう)。豈(あに)大悟(たいご)の眼(まなこ)といへども

及(およぶ)べけんや怎生麼(そもさんか)【怎麼生の誤】大戯塲(たいぎじやう)。優首(とうじう)の坐凳(ゐす)に居(ゐ)て。
戯房(がくや)の壁上(かべ)を看殺(にらみつめ)。行厨器(べんたうばこ)の座禅豆(ざぜんまめ)。空〃(くう〳〵)寂々(じやく〳〵)
の賣茶飯(おんちやづけ)。一禅(いちぜん)十二因縁(じうにいんゑん)を觀(くはん)ずるに。両脚(あし)が屈曲(まがる)も
被教坊大王罸(ばちがあたる)も看塲(きりおとし)の毒言(わるくち)にして。因果(いんぐは)は輪囬(めぐる)
𦒳(お)【耂+工】大(ほ)機關(しかけ)なり。生前(ぜんしやう)馬兒(うま)の後脚(あとあし)は現在(げんざい) 連三角紋(しやうぶかわ)
の外套(はおり)を破(やぶつ)て。未来(みらい)戯房(がくや)の鼓兒(たいこ)を撃(たゝく)。夫(それ)に由(よつ)て
此(これ)を想(おもふ)に開塲(いちばんめ)の顰蹙戯(うれいごと)。沖塲(にばんめ)の煙花粉黛(はなやかなる)
終塲(おほぎり)の 叱姦駡䜛(ぶつちめる)も。即(すなはち)現世(げんぜ)過去(くはこ)未来(みらい)。都合(あはせ)て
三世(さんぜ)の 三坐勾欄(さんしばゐ)。彼(かの)欲界(よくかい)の副浄(かたきやく)。色界(しきかい)の演春戯(ぬれごと)

生且(し)。无色界(むしきかい)の蒼鶻(あらごと)科諢(どうけ)。その開講(よりぞめ)の末(さがしら)より。雜迠(いなりまちまで)
應有(ひつくるめ)て。三階(さんがい)大穿(だいせん)世界定(せかいさだめ)。編戯文漢(つくり)が院本(せうほん)眼藏(ぐはんざう)の。
讀㫖(ほんよみ)本来(ほんらい)無(む)東西(とうざい)。青然白席(とうざい〳〵)の二棚(さじき)はおろか。爪(つめ)も
たゝざる 人山人海(おほいり)に。遠方(とおくの)衆生(しゆぜう)は拂子(ほつす)を放下(なげ)。近(ちかく)は
便(たよ)る縁覚(ゑんがく)に悟故十方(ごこじつぼう)の衆看人(しよけんぶつ)。東抓西尋(うろ〳〵うろつく)有漏(うろ)
路(ぢ)より。无漏路(むろぢ)に通(かよ)ふ鼓門道(はなみち)に。迷故(まよふがゆへの)三階興(さんがいけう)。優子(やくしや)
素瞼(すがほ)の寫真(せううつし)は。西土人(けとうじん)の題號(なだい)を借り。新招子(しんかんばん)の
小説(しやうせつ)は。笠翁(りつおう)卓吾(たくご)に異(ことかは)り。在下(せつしや)が乖巧(ちゑ)も慧黠(ふんべつ)も
全然(さつぱり)こと無(な)き無(む)の見(けん)也。されば禅衲(ぜんぼうず)の白隠(はくいん)は。

磨麺唱(こひきうた)て衆生(しゆぜう)を度(ど)し優魁(おやだま)の白猿(はくゑん)は夷曲(たはれうた)にて
世上(せじやう)の見佛聞法(けんぶつもんぼう)を示(しめ)す。其哥(そのうた)に曰(いはく)。三がいを苦(くるし)と
云ふも理(ことはり)や。生死流轉(せうじるてん)の火速扮(はやがはり)して。嗚呼(あゝ)雅(が)
なるかな俳優(はいゆう)の才子(さいし)。風流(ふうりう)勾欄(しばゐ)の在行(みごうしや)に止(とゝま)る。
夫(それ)戯貨(かざりつけ)の花(はな)は盛(さかり)に。銀箔(ぎんばく)の月(つき)は曇(くま)なきを
のみ見る物(もの)かは。音(おと)も香(か)もなき朱雀棚(つんぼうさじき)に。悠然(ゆうぜん)として
三角紙(さんかく)の雪(ゆき)を眺望(ながめ)。あけら觀法(くはんぽう)の床(ゆか)に座(ざ)さば。狂言(きやうげん)綺語(きぎよ)も
譬喩(ひゆ)方便(ほうべん)。賛佛乘(さんぶつじやう)の因縁(いんゑん)と悟(さと)るべし。無慙(むざん)の
綴皮(てんほう)。六塵(ろくぢん)の 方罫塲(どま)に猶豫(まよひ)。放逸(ほういつ)の白看的(のんたらう)。五(ご)

欲(よく)の對䑓棚(むかふさじき)に狼狽(まごつか)ば。知識(ちしき)の院子(とめば)に道(みち)を問(とふ)
とも。本覚(ほんがく)の舞榭(ほんぶたい)に至(いた)る事(こと)難(かた)かるべし。吁(あゝ)
真個(ほんに)。迷心(まよふ)と悟道(さとる)の両个衙衕(にてうまち)。浮世(うきよ)を茶坊(ちやや)
のソレ 小二(わかひしゆ)。■(お)【金ヵ王ヵ玉ヵ】手(て)が響(なる)なら酒提(てうし)と悟(さと)れと
云爾(しかいふ)。維(これ)旹(とき)寛政(くはんせい)庚申(かうしん)の霜月(しもつき)。春演戯(はるきやうげん)の
發談(はなしぞめ)する頃(ころ)。書屋(はんもと)の需(もとめ)に應(おう)して

  式亭三馬戯撰【落款】

俳優三階興附言
   切落しにもわかる凡例(はんれい)
 ◯嚮(さき)に俳優(やくしや)楽室通(がくやつう)一篇(いつぺん)を著述(あらは)す。幸にして行(おこなは)る。一日(あるとき)例(れい)の書林(ほんや)の
  欲心坊(よくしんぼう)。予(せつしや)が草盧(さうろ)に來りて拾遺(しうい)を編(あめ)よと需(もと)む固辭(こじ)して曰。既(すて)に
  和漢(わかん)の羣書(ぐんしよ)。汗牛充棟(かんぎうじうたう)也。其 聖賢(せいけん)の貴(たつと)き書といへども。後編(こうへん)の
  前篇(ぜんへん)に勝(まさ)れる㕝(こと)をいまだ聞(き)かず。此(この)巧案(おもひつき)大きに不(ふ)出来〳〵。
  とゝ取(とり)あへねば。板元(はんもと)無據(よんどころなく)ふくれて帰(かへ)りしが止事(やむこと)を得(え)ず終(つい)に歌(うた)川
  豊國(とよくに)をして。伎子(やくしや)素㒵(すがほ)の 寫生(せううつし)を書(かゝ)しめ。再(ふたゝ)び來て予に題(げたい)
  及び。小説(せうせつ)を附録(ふろく)せん事を乞(こ)ふ。《割書:予》巻を開て大に笑ふ事 一聲(いつせい)。 
  板元 肝(きも)をつぶしたる顔色にて。先生此 画帖(ゑほん)を 閲(けみ)して。何等(なんら)の可咲(おかしみ)
  あり哉。答云 左(さ)にあらず。足下(そつか)しらずや。似㒵繪(にがほゑ)の祖(そ)たる古人
【壷の中に林の文字がある図(地本問屋林屋の仕切判・春章の画印)】
  勝川春章(かつかはしゆんしやう)。役者(やくしや)夏(なつ)の富士(ふじ)。《割書:通笑著|全一冊》といへる書(しよ)をおつかぶせて。當世(とうせい)に

書更(かきかへ)猶(なほ)丹青(いろさし)を加(くは)へたる而已(のみ)是(これ)も又 古(ふる)し〳〵と 言(いゝ)ければ赤面(まつか)に成(なつ)て額(ひたい)へ
筋隈(すぢぐま)をあらはし不侫(わし)が折角(せつかく)頼(たのみ)に来(き )た 新作(しんさく)は請合(うけあは)ずに。秘藏(ひそう)する板下(はんした)
に悪名(あくめう)を附(つけ)られては。了簡(りやうげん)が成ませぬ。そんならわしも言(いゝ)ませう。こな様(さま)
が一生懸命(いつせうけんめい)の才(さい)を揮(ふるつ)て。新作(しんさく)を書(かゝ)れても。楽屋落(がくやおち)では世上(せじやう)へ賣(うれ)ませぬ。
わしが文盲(もんもう)で古(ふる)ひ物(もの)を焼(やき)なをすは。切落(きりおとし)え向(む)くことを第一(だいいち)とする故(ゆへ)
に。賣(う)れる㕝が見(み)へすいてござる。智者(ちしや)も千慮(せんりよ)に一失(いつしつ)あれば
愚者(ぐしや)にも一得(いつとく)いかにこなさまが。ないもせぬ学問(がくもん)を。しつたふりに鼻頭(はなのさき)え
ぶらつかせても。髙(たか)て戯作者(げさくしや)。へちまでもない㕝(こと)を書(かき)ちらして。わづか
一年限(いちねんぎり)の風來本(ふうらいぼん)也。後世(のちのよ)に美名(びめい)を残(のこ)す程(ほど)の。大業(たいげう)は得(え)なるまじ。
夫(それ)じやによつて新古(しんこ)をいはず。ハテなんでも賣(う)れる方(はう)が勝(かち)でござ
ると一(いつ)ぱいにやつてのけられ。更(さら)に一句(いつく)も出(いで)ず。なるほど至極(しごく)
御最(ごもつとも)と斗り。終(つい)に諾(だく)して一部(いちぶ)の書(しよ)なんぬ。

◯見(み)たき物(もの)芝居の楽屋(がくや)といへる清女(せいぢよ)が言葉(ことば)にもとづきて。役者 
 素臉(すがほ)の写真(せううつし)を書(ゑか)き先年 物故(ぶつこ)したる市川六代目三升
 哥舞妓國(かぶきこく)の島巡(しまめぐり)を附録(ふろく)す旨趣(すじ)は讀本(よみほん)の和荘(わそう)
 兵衛にしたがひて俗(ぞく)にちかき小説(せうせつ)也。されば此書を以て。
 御夜話のねむけを覚し。夜鍋仕㕝の労(らう)を休(やす)ましめば。 自(おのづか)
 ら心をなぐさむるの友(とも)なるべし。
◯役者夏の富士の初牒(しよてう)に比(ひ)して。三座(さんざの)年禮(ねんれい)を初(はじめ)〆。眠獅(みんし)《割書:嵐雛助|吉田屋》成田屋(なりたや)
 と改名(かいめい)するの圖(づ)に終(おわ)る。是(これ)先年(せんねん)故人(こしん)雛助(ひなすけ)。江戸 下(くだ)りの 節(せつ)。夏の冨士
 の巻尾(くはんび)なるの以謂(ゆえん)也。
◯役者附(やくしやづけ)の例(れい)に任(まかせ)てこと〴〵く【枠】画中(ゑのなか)に(に)名面(やくしやのな)【枠閉じる】をしるす。故(かるかゆへ)【かかるゆへ】に繪(ゑ)ならび
 くだ〳〵しきといへども。これを 江戸(ゑど)ッ(つ)子(こ)。芝居通(しばゐつう)に見(み)するにあらず。
 東土産(あつまのみやけ)となりて。遠(とを)き國(くに)の境(はて)へ至(いた)らん時(とき)。鼻(はな)が髙(たか)けりや團十(だんじう)

 郎(らう)を覚(おぼへ)たる田夫(せなあ)野娘(あねへら)。または栢莚(はくゑん)助髙屋(すけたかや)が身ぶりの残りし
 御家老(ごからう)より。小長中車(せうてうちうしや)の昔咄(むかしはなし)に涎(よだれ)を流(なか)すお局(つほね)さま迠(まて)。今(いま)の
 役者のいきうつしを見安(みやす)からんがため也
◯役者上中下 混雑(こんざつ)して次第(しだい)をゑらばず。勿論(もちろん)校合(けうがう)全(まつた)からねば
 當時(とうじ)休座(きうざ)或(あるひ)は旅行(りよかう)。或は脱漏(もれのこり)たる役者。最(もつとも)すくなからず。
 拾遺(しうい)三階興(さんがいけう)にゆづりて。こゝに委(くは)しくせず。㕝(こと)はすべて
 舞䑓扇(ぶたいあふぎ)。夏(なつ)の富士(ふじ)。楽屋通(がくやつう)に同(おな)じ。
◯澤村(さはむら)訥子(とつし)を始(はじ)め。大江戸(おほゑど)御 取立(とりたて)の役者。近(ちか)き頃(ころ)旅行(たびゆき)の部(ぶ)は。
 浪美新町(なにはしんまち)の圖(づ)。二葉(にまい)を出(いだ)す。餘(よ)は推(おし)て知(し)るべし。
◯此書(このしよ)全部(ぜんぶ)成(なつ)て凡(およそ)二ヶ年。故障(ゆへ)あつて。出版(しゆつぱん)遅滯(おそなは)る依(よつ)て
 杜若(とじやく)《割書:岩井|半四郎》。蘭耕(らんこう)《割書:中村|のしほ》。の輩(ともがら)。既(すで)に没(ぼつ)すれども改(あらた)めず。御贔屓
 殊(こと)に髙名(かうめい)の役者なれば。せめて此(この)画本(ゑほん)にとゞめて永(なが)く

  名人(めいじん)上手(ぜうず)の俤(おもかげ)を残(のこ)さんと。作者(さくしや)が一片(ひとつ)の老婆心(らうばしん)なり
       例尾 《割書:新下り役者の出は来春|早〳〵出加へ可申候以上》
                   【落款】三馬
   八文舎流(はちもんじやふう)に
        此處(このところ)で一寸(ちよと)お耳(みゝ)に入置(いれおき)升
            
【ここより板元による宣伝】
来戌の正月二日より賣出し申候  
《題:歌(か)舞(ぶ)妓(き)訓(きん)蒙(もう)圖(づ)彙(い)《割書:全部五冊繪入讀本|東都畵巧寄合書|式亭主人三馬著》》
京都(きやうと)大阪(おほさか)の戱塲(しばゐ)は八文舎(はちもんしや)自笑(じせう)に譲(ゆづり)て更(さら)に言(いは)す東都(とうど)三座(さんさ)の劇塲(しばゐ)を一箇(ひとつ)の
國(くに)に見立て唐土(もろこし)訓蒙(きんもう)圖彙(ずい)に比(ひ)し部類(ぶるい)を乾坤(けんこん)時候(じかう)より始(はじめ)て數量(すうりやう)言語(げんきよ)
に至(いた)る迠十三門に分(わか)ち東都 浮世繪(うきよゑ)の諸名家(しよめいか)に需(もとめ)て細畵(さいぐわ)を悉(こと〴〵)く加(くわ)へ
傍(かたはら)に戱文(げぶん)の註(ちう)をほどこし古今(こゝん)となく先賢(せんけん)の諸説(しよせつ)を国風(こくふう)になぞらへ
引書(いんしよ)して億 説(せつ)をとらず實(じつ)に戱塲の大全(だいぜん)見功者(みかうしや)未發(みはつ)の辦疑(べんぎ)なり
芝居通の君子(くんし)見ずんばあるべからずと云     板元

【図は役者の森田又吉と箕助改坂東三津五郎が挨拶している、中央に口上文】
乍憚口上
恐悦至極奉存候■顔見世狂言来遊成応出■■
相叶。。。。。仕候御贔屓 以口上故と座元に不
例年の通曽我物語二十番目おそめ久松お仲つかm(なつ?)清十郎
市川八百藏嵐雛助沢村宋十郎其外並対■ふは■
相勤奉の■も永當御評判程偏奉希上候
                 座元

俳優三階興附録
       東都市隠  式亭三馬著
夫(それ)戯塲(しばゐ)は太平(たいへい)の代(よ)の翫(もてあそ)び人(ひと)を和(くは)するの道(みち)にして勧善懲悪(くはんぜんてうあく)の
器(うつは)なり又(また)孟子(もうじ)にも世俗(せぞく)の楽(がく)たりとは先哲(せんてつ)の賞辭(ほめことば)実(げに)宜(むべ)なるかな
遠(とを)き漢土(もろこし)の事は胡元瑞(こげんすい)の見功者(みごうしや)にこと〳〵く至(いた)れり盡(つく)せりはた
わが日域(ひのもと)の神(しん)狂言(きやうげん)天(あま)の戸隠(とがくれ)の第一番目は常闇(とこやみ)の段(だん)本舞䑓(ほんぶたひ)
の方に庭火(にはひ)を焚(た)く若衆(わかひしゆ)大勢(おほぜい)をあしらひ岩戸神楽(いわとかぐら)の幕明(まくあき)
より、長鳴鳥(ながなきどり)の長唄(ながうた)にてうすめの尊(みこと)の正旦(わかおやま)が所作(しよさ)事の大でけ〳〵
それより三(み)立目のしばらく〳〵は角(すみ)かづらの荒㕝株(あらごとかぶ)手力雄尊(たちからをのみこと)と
名(な)のりて岩戸(いわと)をさつと押開(おしひら)き《割書:トド》天照皇大御神(あまてらすすめおほんがみ)を引出(ひきいだ)し奉り
しりくめ縄(なは)をひき渡(わた)して《割書:グツト》にらんだ幕際(まくぎは)は《割書:アヽ|》つかもねへ神(かんつ)
代(よ)の大(おほ)あたりそれよりつゞきて神楽(かぐら)申楽(さるがく)田楽(でんがく)とてくだれる代(よ)〻(〳〵)

【正旦:「旦」は女形の意、中国の演劇で、たておやま。】
【しりくめ縄:端を編んだまま切らないでおく縄の意、上代、神聖な場所を区切るしるしとして引き渡す縄。】

のさま〴〵は今更(いまさら)いり珎(めづ)らしからず八雲(やくも)たつ出雲(いづも)なるお国と
いへるしな者(もの)吾妻(あづま)にきこへしまめ男(おとこ)名古屋三左エ門とかたらひて
男女(おとこおんな)の打(うち)まじりて哥舞妓(かぶき)と名(な)つけ初(そめ)し頃(ころ)はいまだ桟敷(さんじき)なんど
いふ事なく菰(こも)打回(うちまは)したるばかりにて芝居(しばゐ)といへる名(な)も出来(いでき)しと
かやしかしよりこのかた千変万化(せんべんばんくわ)して桧舞薹(ひのきぶたい)に羅綺(らき)を粧(よそほ)ふ
三(さん)ヶ(がの)津(つ)大芝居(おほしばゐ)の繁昌(はんじやう)ははんかたなく名(な)たゝる役者は藝評(げいつう)に
甲乙(かうをつ)を爭(あらそ)ひ贔屓(ひいき)髪結床(かみゆひどこ)に會(あつまつ)て初日(しよにち)の出(いづ)るを競(きそ)ふ就中(なかんづく)雷名(らいめい)
の徳(とく)をもて後世(かうせい)に残(のこ)す者一二を挙(あげ)てかぞふるに沢之丞帽子(さはのぜうほうし)小六(ころく)
染(ぞめ)小太夫 鹿子(かのこ)吉弥結(きちやむす)びは中古(なかむかし)に流行(おこなはれ)て最早(もはや)ことふりにたりされば
役者の名(な)ある艾(もぐさ)には四百四病(しひやくしべう)は云(い)ふも更(さら)貧(ひん)の病(やまひ)もおそれつべく伽(きや)
羅(ら)の油(あぶら)のかんばしく名と共(とも)に髙(たか)く薫(かほれ)ば嗅鼻(かぐはな)も目(め)の舞(まひ)鼻(はな)の
置処(おきどころ)を失(うしな)ふべし或(あるひ)は団十郎 煎餅(せんべい)岩井櫛(いわゐぐし)路考茶(ろかうちや)あれば路考(ろかう)
髷(まげ)髙麗屋縞(かうらいやじま)三升 繋(つなぎ)とおの〳〵名誉(めいよ)を今(今)に残(のこ)すさりや晋子(しんし)が妙(めう)

【羅綺:羅うすものと綺あやぎぬ。美しい衣服。綺羅。】

句(く)の今(いま)こゝに鬼(おに)をもひしぐ豪傑(ごうけつ)あり東夷(とうい)南蠻(なんばん)北狄(ほくてき)西戎(ざいしう)四夷(しい)
八荒天地(はつくはうてんち)乾坤(けんこん)のその間(あいだ)にしる人ぞしる役者(やくしや)の魁首(おやだま)誉(ほまれ)は高(たか)きは
なの都(みやこ)お江戸市川の藝名(げいめい)元祖(ぐはんそ)才牛(さいぎう)より連綿(れんめん)として六世(ろくせい)の孫(そん)大
極上〻無敵【類ヵ】藝頭にして此道の稀者(まれもの)なり五代目の市川鰕藏一つ
の名は白猿さりし年世をうしとみし牛島にのがれてよりおのが
氣儘(きまゝ)の夷哥連俳(いかれんばい)を鋸屑(をがくず)のごとくに吐(は)きひとり文机(ふづくへ)にもたれて
は蛍雪(けいせつ)のおもむきをしたひ墨河(すみだがは)の流(なが)れに枕(まくら)して木母寺(もくぼじ)の石(いし)に
口(くち)をそゝぎ秋葉の山にわけ入てはわらびを需(もとめ)ん事をおもひ三闓【圍ヵ】
の御手洗(みたらし)に耳(みゝ)を 洗(あら)ふて常(つね)に盤上(ばんしやう)をもて老(おひ)を養(やしな)ふいはゆる橘中(きつちう)の
仙(せん)といふも実(じつ)に及かたし嗚呼此人にして此子あり実子(じつし)團
十郎は相續して即六代目也 容貌美麗(ようぼうびれい)の壮夫(わかもの)宋玉(そうぎよく)もゆび
をくわへて隣(となり)の内(うち)へかけ込(こ)み彼(かの)色男(いろおとこ)の業平(なりひら)もならべて三河(みかは)のやつ
しごどは定(さだめ)て恥(はぢ)をかきつばた骨(ほね)を折句(おりく)の甲斐(かひ)さへあらじ抑(そも〳〵)御


【橘中の仙: 大きな橘(たちばな)の実を割ったら、中で仙人が囲碁を楽しんでいたという『幽怪録(ゆうかいろく)』にある故事による「橘中之仙」、趣味を楽しむ人。】

贔屓の徳蔵より舞䑓(ぶたい)の評判(ひやうばん)日々に重(かさな)り忽(たちまち)チ出世をゑび藏
と改今団十ともてはやす生長(ひとゝなり)温和(おんくわ)柔順(にうじゆん)天性(てんせい)大物(たてもの)の気性
あり好(このん)で書画(しよぐわ)を翫(もてあそ)び又ためしなき若冠(じやくくわん)の坐領株(ざかしらかぶ)是(これ)をや
古今(ここん)特歩(とつぼ)といはん古拍莚(こはくえん)の再誕(さいたん)か成田(なりた)の不動の化身(けしん)かと
世こぞつて贔屓する人山をなす發句(ほつくの)おたのみに地紙(ぢがみ)うり
も價を尊(たつと)み■■(ひとふてかき)【麁盡ヵ】の楊枝(やうじ)さしはお中老の尾上どの箱背(はこせ)
にへ秘 蔵(そう)すればお局(つぼね)の岩藤さまは似㒵絵をみていたつら
に心をうこかす部屋方者(へやがたもの)は寧(むしろ)一ツてうらに■(うゆる)【襖ヵ】ともかへ紋のかんざしをあつ
らへ銅行燈(かなあんどう)の妄書(むだかき)は■(はな)【鼻の図】と■【三枡紋の図】とにとゞめたりお家の舞鶴(まいつる)
はつき出しの銀煙管(ぎんきせる)にはりをもたせ新妓(しんこ)の煙包器(たばこばこ)に情(なさけ)の
薄(うす)色をいましむ浴衣(ゆかた)の色(いろ)に染安(そみやす)き歌妓(おとりこ)の細腰(さいよう)をまとひ
緋縮緬(ひちりめん)の腰帯となつてはお乳母(うば)の棚(たな)ツ尻(ちり)をかくす娘子の櫛(くし)
に輝(かゞや)く金蒔画(きんまきゑ)の鶴は頼朝公(らいてうこう)もはなす事あたはず若(わか)後

家の帽子針(ぼうしはり)には費長房(ひてうぼう)も乗(のる)ことかたしその狂言といつ■【ぱヵ】
形(かたち)は切幕の内に有て一声(ひとこへ)響(ひゞ)く本舞薹しばらくやまぬ
なりたやの若旦那 侠客(きほひ)の胴背(どうぜなか)に篠塚(しのつか)の像(かたち)を雕(ゑれ)ばたのみ
切たる片腕(かたうで)の猪(いの)熊入道も引立(ひつたて)の鯰坊主(なまずぼうず)に等(ひと)しく鯉(こい)の滝(たき)
昇(のぼり)は既(すで)に龍(りゆう)のごとく吟(ぎん)ずる声色(こわいろ)にきく人 雲(くも)を起(おこ)し嘯(うそぶ)ける
虎(とら)やの蒸籠(せいらう)あれば風(かぜ)を生(しやう)ずる団扇絵(うちはゑ)あやしの出格子(でかうし)へ呼(よび)い
るゝあり田舎 同者(とうしや)の江戸見物はいづれ団十郎を先(さきに)して追込(おひこみ)に
見るお株の荒事には肝(きも)を弁當(べんたう)の焼飯(やきめし)とともに潰(つぶ)し案内(あない)者
が三升自慢に鼻の高き一枚絵を求て兄(せなあ)が守り袋に封(ふう)じ
息災(そくさい)延命一生をまめお祓(はらひ)と相店(あいたな)に住めば都(みやこ)も鄙(ひな)人も貴賤【淺ヵ】上
下おしなへて感(かん)ぜぬ者こそなかりけれしかるに去りし未の春祖
父の廿三回忌とて助六の初役を勤たりしがその鉢巻の色
しらず祖父の俤 目下(まのあたり)に見るがごとく再び開く花道のまへわたり

風精(ふぜい)はくらぶる詞なく誰もみのわのさへかへる忠臣蔵の狂言も打
つゞきて大當りなりしに未の夏のなかばよりおもはずも風の心地(こゝち)と打
伏ければ大江戸の贔屓連お姫さまとなく花賣 婆(ばゞ)となく貴賤(きせん)
老若(らうにやく)諸(もろ〳〵)の神や佛へ歩(あゆみ)をはこび何卒 快気(くわいき)なさしめ給へと祈る
心も源艸のせう〳〵ならでお百度に通(かよふ)も更(さら)にいとはじとて氣(き)を張(はり)
護符(ごふう)の利益(りやく)だになく〳〵哀(あはれ)を三ツ升や凡(およそ)氷(こほ)らぬ水(みづ)の筋(すぢ)流(ながれ)に
浮(うか)ぶうたかたの消(きへ)安さ申は是非(ぜひ)なけれあらゆる方の加持祈念(かぢきねん)名(めい)
医(ゐ)も術をつくせども天より給(たまは)る薬艸(やくさう)すら沙蘿雙樹(しやらそうじゆ)にとゞまり黄帝(くはうてい)
の昇(しやう)天に黄龍(くはうりゆう)の鼻毛(はなげ)の抜(ぬけ)たるがごとく限りなき世(よ)に限りある命は
不 動(どう)の縄(なは)にも繋(つな)かれず降魔(がうま)の利釼(りけん)に病(やまふ)の根(ね)は断(たち)がたく貴(たふと)き
良剤(みくすり)の驗(しるし)もみつのあはれむへし皐月(さつき)の中の十あまり二【三ヵ】日の
暁(あかつき)を先(まづ)今生(こんぜう)は是限(これぎり)として命の大切定なき浮世の狂言 僅(わづか)に
廿二年の早替(はやがは)りをなして法(のり)の花道より西(にし)の楽屋(がくや)へ引キ道具とは


【降魔:(ごうま)とは、仏教においてマーラ(漢訳:天魔波旬、魔羅、天魔、悪魔)を降す(くだす)、または、マーラの攻撃を退けてマーラに勝つという意味をもつ。】

げに定業(ぜうごう)の役廻(やくまは)りとはいへども《割書:ナント|》皆様あんまり若ひじや厶(ござ)《割書:り》ま
せぬかこは相圖(しらせ)の拍子木(ひやうしぎ)間遠たる欤 有異轉変(ういてんべん)の道 具立(ぐだて)ぞ
と贔屓のひく手も今はたゆみ《割書:アヽ》つがもねへとりきみてもしば
らく〳〵ととゞむることかなはずされば愁傷(かたみ)の泪(なんだ)は五月雨(さみだれ)の絶(たえ)
間(ま)なく市川の水(み)かさもまさりつべう覚へてなか〳〵三升にはから
ずも欣求浄土(こんぐぜうど)の舞薹に至りて蓮(はちす)の座頭(ざがしら)となるとは厭離(ゑんり)
穢土子(ゑどつこ)の親玉おしいかな手向(たむけ)の唱名(せうめう)は現(げん)世のジヤ〳〵に異(こと)ならず
思ひきや鉦(ぜう)鋁(にやう)鉢(はち)のはやし町(まち)讀經(どきやう)のうしろをきつかけ
に引導(いんだう)のせりふ廻(まは)しを聞(きか)んとはかゝりし程に御寺(みてら)に群(むらが)る参(さん) 
詣(けい)の男女 大路(おほぢ)に満(みち)〳〵たる老若(らうにやく)は教主(きやうしゆ)世尊(せそん)跋大河(ばつたいが)の波(なみ)
にきへたまひしもかくやとばかり可惜(おしむべし)嗟(あゝ)かあいのものやなとな
きさけぶありさま目もあてられぬ風情(ふぜい)なりき
     第二囘

さる程に市川三升は。夢(ゆめ)ともなく現ともなく。風 雅(か)でもなく洒
落(れ)でなく。しやう事なしの山坂を。十萬億土は《割書:チト》あやまるよしや
嶮(けは)しき劍山(つるぎのやま)は。畜獄(ちくせうどう)の馬ても越(こ)せど。越(こす)にこされぬ三途(さんつ)川。もし川止に
あふ時は。通駕(とをしかご)にも埒明(らちあか)ずと。一生の智恵(ちゑ)を出して。彼(かの)替紋(かへもん)の
鶴にまたがり。何国(いつく)をあても半天(なかそら)え舞(まい)上るよと思ふ間に。忽ひとつヽ
の島に至る。いかなる国かしら浪の。打よする音はどん〴〵として。から〳〵
と響(ひ)く。是なん和荘兵衛もまだ見ざる。哥(か)舞妓国といふ島
にて。大千世界の垣根(かきね)の外(そと)。陽(やう)気 盛(さかん)の別(へつ)世界也。其国の風土 
を窺(うかゝ)ふに。漢土(から)にもあらず日本でなし。繁栄(はんゑい)余国にならふ
方なく。晋(しん)【秦ヵ】の始皇(しくはう)が聞(きい)たなら。必ず徐福にお薬をかけらる
へき。長生(てうせい)不老(ふらう)の仙都也。まづ表州(ひやうじう)【「表」の左に「おもて」】といふ処の。人物の光景(ありさま)を
見るに。木綿(もめん)の羽織(はをり)あるひは革(かはの)羽織をきて。いさゝかも日本に
かはらず。又 傍(かたへ)には黒の半襟(はんゑり)揃(ぞろひ)にて。上下ともにぶつかさね。晒

の手拭を肩(かた)に掛(かけ)たるあれば。腰(こし)に挟(はさみ)たる有り。股引をはきたる
あるに素足(すあし)で裾(すそ)を馳折るもあり。尤 常(つね)は尾と足(あし)とへ半分つゝ
貝(かい)の口に結(むす)ふなど。とひ〳〵の新形(しんかた)新物(しんもの)。おの〳〵花美(くはひ)を争
ふ中にも。揃(そろ)ひの惣模様(そうもやう)は。痃癖(けんへき)の邊(あたり)に比 翟紋(よくもん)の大紋を染出し。
天窓(あたま)は「蓮(はす)がけ。」「《割書:チヨツキリ|》本田(ほんた)。」先《割書:キラ|》ちうして左りへ捻(ひね)り。其外(そのほか)平なで
角銀杏(かくいてう)。意氣(いき)も無意氣(ぶいき)もこきまぜて。磨(みが)くは額(ひたひ)と日和下駄(ひよりげた)
草履(ぞうり)の名にも冷食(ひやめし)をいわす。らうのすけかいも。煙管(きせる)の鳫(かん)
といつて首(くび)を憚(はゞか)るは又おかしからずや。往さ来さの人をさし
て。「合羽(かつは)」。「はおり。後(あと)の傘などゝ。大音声にさもとか〳〵しく呼はりて。
白眼(にらみ)つけて通(とをす)は往来(わうらい)を改むるにや。いまた㕝(こと)の子細(しさい)をしらず。
ゆきこふ人〳〵数多(あまた)なるが中にも。余国(よこく)の人とみれば彼(かの)女人
国の南風をしたふにひとしくはなしつたへに聞たる草履(そうり)を
なほさぬばかりにて見物固辞すれどもさらにゆるさず

向(むかふ)の茶屋の楼上(にかゐ)にて。羅綾(らりやう)の袂(たもと)も引(ひ)かばなどか切(きれ)ざらんと。琴唄(ことうた)に
氣(氣)を付(つけ)らるゝとも。七尺(しちせき)の屏風(へいふう)なんぞ。二尺の藩籬(ませ)をも躍越(おどりこ)ゆる
事 能(あた)はじ調市(でつち)は帰(かへ)る㕝(こと)を 忘(わす)れ。折助(おりすけ)覗(のぞい)て毒言(はりこみ)をくらふなど。
十六文の紙札を握(にきつ)て馬の小便(せうへん)一杯(いつばい)二文のお茶にさるゝことおそるへし。三升
はつく〴〵と。此(この)様子(やうす)をうかゞひ見て。密(ひそか)に奇意(きゐ)の思ひをなす處(ところ)に。
はるか向(むかふ)の方(かた)より。箱燈灯(はこてうちん)。丸(まる)てうちん。万燈(まんどう)に燈(とも)し連(つれ)。あまたの人声
かまびすしく。中央(ちうはう)に乗物(のりもの)一挻(いつてう)をつらせて。羽織 袴(はかま)を着(き)たる者。何人(いくたり)
となく。附(つき)そひ来りしが。またゝく内(うち)に。三升(さんじやう)が前に来(きたつ)て。三拜九拜(さんぱいきうはい)し
て申すやう。君は只今御のり込(こみ)にて候や。我〳〵ども近松翁(ちかまつおう)の命(めい)を受(うけ)て。
是迠 御 迎(むかい)に参つて候。いざ〴〵御 乗物(のりもの)にめされ候へ。はやとく〳〵と大
㔟の。詞(ことば)に不審(ふしん)ははれねども。流石(さすが)の大丈夫(だいじやうぶ)。。少しも動(どう)ぜず。乗移(のりうつ)
るに。あまたの同㔟 前後(ぜんご)を囲(かこ)み。拍子(ひやうし)を揃(そろ)へて手うちの連中。三升(みます)
に鯉(こい)の瀧昇(たきのぼり)の手拭(てぬぐひ)にて。親方一つしめやせう。シヤン〳〵シヤンの。シヤン〳〵シヤン。

うち連(つれ)急(いそ)ぐ乗物の。内より傍(あたり)を見わたせば。軒並(のきならび)の丸てうちん
遠(とを)くつらなつて星(ほし)のごとく。月宮殿(げつきうでん)の日待(ひまち)かとあやまたる。風に
飜(ひるがへ)るのうれんの家名(いへな)は。おのづから見物を招(まね)くに似(に)たり。樓上(にかい)の
半格子(はんかうし)は七五三をつらねて。手(て)をつくしたる彫物(ほりもの)は。少し左(ひた)りも
きく客の。甚五郎さんあれはな《割書:ア|》。あのおしやんす事はひのと。青(あを)
髭(ひげ)のある振袖(ふりそで)にも。いづれうはきの水浅黄(みづあさき)に。染(そま)るは花の兄分(あにぶん)
こと。弟草(おとゝぐさ)との裾模様(すそもやう)。色香(いろか)も深き編笠(あみかさ)の。内や■からととがむれば。
ぞの字(じ)で返(かへ)す閨(ねや)の中(うち)。彼處(かしこ)に魂膽(こんたん)の枕拍子(まくらびやうし)あれば。此處(こゝ)に哀(あはれ)
をとゞめしは。辛苦(しんく)に泪(なみだ)の濁(にごり)を添(そへ)て。じんくに心 躍(おど)れるあり。支離(しり)の
菩薩(ぼさつ)の千枚起請(せんまいきせう)には。傘(からかさ)一本の施主(せしゆ)にもつかず。弘法大師(こうぼうだいし)
の教化(きやうけ)には。奉公大㕝(ほうこうだいじ)の主管(ばんとう)も。帳尻(てうじり)を損(そこな)ふ有り。字餘(じあま)りの
潮来(いたこ)は。無上(むしやう)に長(なが)くして。線香(せんかう)の短(みぢかき)を慮(おも)はず。文字(もじ)たぼ【「文字たぼ」左に傍線】の老婆(おふくろ)。
ぶら燈灯(てうちん)で贈(おく)れば。豊(とよ)むす【「豊むす」左に傍線】が老父(おやぢ)。三弦筥(さみせんばこ)をかたげ。長唄(ながうた)の

鄭聲(ていせい)。江戸 節(ふし)の雅楽(かかく)を■(みた)【乱ヵ】せは。土佐(とさ)外記(げき)永閑とひねるやつ己(うぬ)
獨(ひとり)江戸ツ子の如(ごと)し。茶飯(ちやめし)にたらぬ義大潜人(きだせんにん)は。一 座(ざ)大に睡(ねむ)氣を
生じ。聞人(きゝて)か上手の狂話(おとしはなし)に。しびれも京へ登(のぼ)れは。叭(あくび)は大和 巡(めぐ)り
をやなさん。《割書:チヱイでリウ》での拳(けん)を拳として。色子の色にかへたがるは。お国出
の新五兵衛。能(よく)酒(さけ)呑(の)めどもやぼてんをはなれす。幇間(たいこもち)の鸚鵡(あふむ)。よく
物いへども声色(こはいろ)を。はなれぬ中しや《割書:ニ|》しよんかへと。一寸うしろをきつか
けて。序《割書:ニ|》出来する障子(せうし)の影(かげ) 唇(くちひる)を動(うご)かせは。工夫を爭(あらそ)ふかざり物の。
花も物はや夕景色(ゆうけしき)。積(つみ)上る酒樽(さかたる)は一夜に生する山の如く。進上
若者中の書法は。燈灯(てうちん)屋の猩(せう)々(〳〵)翁(おう)。酔(すい)亀でみしらせたり。雲(くも)を
つんさく篜(せい)籠(ろう)の上。霞(かすみ)の引幕(ひきまく)一張(ひとはり)は下戸(げこ)もたてたる幟(のほり)の染抜(そめぬき)。新(しん)
下り誰丈(たれぜう)《割書:え|》。ひゐき連(れん)中の文字と倶(とも)に。帳屋が筆意(ひつゐ)の堅炭俵(かたすみたはら)。門
口(くち)へ舁(かき)込は。明樽(あきたる)を出す若ひ者。裏襟(うらえり)揃(そろへ)の重着に。躾(しつけ)の絲(いと)の掛(かけ)はなし
は此国のならひ也。年の内に春は来にけりひとゝせに。二度正月の壽

【鄭聲「中国春秋時代の、鄭の国の歌謡がみだらであったところから」みだらな俗曲。野卑な音楽。】

するは。彼(かの)周(しう)の代のまねびにや。神無月の神〳〵も。けふ出雲より
乘(のり)込を吉例の大晦日とするは。わが国 南部(なんふ)の私大に比ぶへき。掛(かけ)取
の燈灯(ちやうちん)は神 棚(だな)の十二燈に光を奪(うば)はれ寳盡(たからつくし)の帋(かみ)ひきはへたる傍(かたはら)。烟り
の内なる料り番(ばん)のすかたは。明《割書:ケ|》けてくやしき鍋(なへ)の蓋 浦島(うらしま)か昔(むかし)に
似たり。窈窕(ようてう)たる息女(そくぢよ)。前垂(まへたれ)の出端(では)。おかみさん舞 臺皃(たいかほ)また婵姢(せんけん)た
り。茲子(このこ)お客の肩にとりついて。那子(あのこ)二階へお茶をあげ申せはれ【手ヵ】
の帰る事 尤(もつとも)繁(しけ)し。《割書:アイ|》と云ふ返詞(へんし)を聞ゆへ引ずりまはして誰(たれ)そ
呼(よ)への倫言(りんけん)。先刻(せんこく)承知(せうち)。遅(おそ)いと疳(かん)■(しやく)【癪ヵ】也。稽者(けいしや)の草盧(そうろ)を訪(とむ)らふ
こと三たび。先(まつ)商賣道具(しやうはいとうく)来る。されは座附の硯蓋(すゝりぶた)に。しゝたけ
しそのみを用ひず慈姑(くわい)の色附。蓮根(れんこん)のうす切。既(すで)に酩酊(なまゑい)の
脊(せ)中に比翼(ひよく)紋となる頃 戦(せん)〻(〳〵)競(きやう)〻(〳〵)たるギヤマンの髙脚杯(こつふ)は。遠く
躬(み)退(しりそ)き。沈金彫(ちんきんほり)のふ■【不廻ヵ】は丼に浮(うか)んで。弘誓(くせい)の舟真如の月とす
ましつなり。唄(うた)の三の糸(いと)ヒンと切れて衆人(しうじん)ヤンヤの声(こへ)。そのはな


【窈窕「ようてう」美しくたおやかなさま。山水・宮殿などの奥深いさま。】
【嬋娟・嬋妍「せんけん」顔や姿の美しくあでやかなさま。】
【倫言「りんけん」「礼記」緇衣から。「綸」は組み糸。天子の口から出るときは糸のように細い言葉が、下に達するときは組み糸のように太くなる意。天子の言葉。天皇の仰せごと。みことのり。】

はたしきに及んては煙管(きせる)の附拍子鳫首に手疵を負はせ
唇紅(くちべに)てした隈取は《割書:ギツクリ|》の見へ至て御器用なり杉箸散乱
して烟草盒(たはこぼん)壁際にひそめは盃盤(はいばん)狼藉(らうせき)殆(ほとんど)もてあまして
お駕籠の横着終には御機嫌能ふ醒(さめ)ての後の御了簡 後(こう)悔一句
も出ず夕部に袖の梅を奢族も朝(あした)に豆花(きらず)の塩湯を喰(くら)ふなと唯
内と外との差別にてかくまで心もたがふ物かはげに繁栄の地なる
かな。わや〳〵がや〳〵の人声。馬じや〳〵と東南(とうなん)へ去り頼む〳〵と
西北(せいほく)へ走(はし)るありさま。三 舛(じやう)もたゞあきれてのみ居たりける。兎角(とかく)
して都の入口なる。大城門(おほきど)といふ處にいたれば其幅(そのはば)一《割書:ツ|》間《割書:ン》あまりなる
大 的(まと)に。五人 張(はり)十五 策(さく)を。三 増培(ぞうばい)なる大鳫股(おほかりまた)の矢を以て。射貫(いぬき)
たる下に大(おほ)入としるしたるは。大入(たいにう)といふ者の射(ゐ)たるにや。但し
は大なる矢にて。大なる的(まと)をいるといふ。こじつけのいはれなる欤。
明(あけ)六《割書:ツ|》時より相始。惣座中不残罷出。相勤申候の張紙は。この

【 豆花「きらず」切らず・雪花菜。 料理をするのに切る必要がないとの意。豆腐殻からが空からと通ずるのを嫌って言いかえる語という。豆腐のしぼりかす。おから。】

役所の定例(ぜうれい)としられたり。都(すべ)て。國人の板牌(かんばん)と称するは。
制札と覚しき物にて。文字の書法一面にいつたりとして。恰(あたか)
も崑崙人(くろんぼう)の屎(はこ)したるを。暗闇(くらやみ)にて蹈附たるごとく。又 呉服(ごふく)や
の賣上。医者(いしや)さまの生姜入(せうかいり)に似て。一字も讀かたし。文育
なる者には。別に喜怒哀楽(きどあいらく)の状(かたち)を盡て。善(せん)を賞(せう)じ。悪を
罸(ばつ)する政(まつりごと)は。正(たゞ)しくおしへ導けり。此役所を守護(かため)たる面〳〵
の衣類(いるい)を見るに。さのみ寒国にもあらされどもおひたゞし
く綿いりたる羽織の。染色はさま〴〵あれども多くは丁
子(じ)茶。萠黄(もへき)色の類(たぐひ)なるが。手拭(てぬぐひ)のあらたなるを。八重十文字
或は空(そら)さまに引かぶりて。歌膝(うたひざ)に居並び。黒骨(くろぼね)のあふぎに
朱塗の紋所あるをひらきて。声うるはしくはり上て。〽️舞
臺〳〵。舞臺(ぶたい)やらうと呼ぶあれば。こなたには高き臺にの
ぼりて。〽️なかよ〳〵〳〵などゝ一《割書:ツ|》の巻物を讀(よみ)て終(おは)れば。大勢立上りて


【崑崙「こんろん」中国古代に西方にあると想像された高山。書経の禹貢、爾雅じが・山海経せんがいきょうなどに見える。崑山。】

アリヤ〳〵〳〵〳〵〳〵と同音(どうおん)にはやしたつる。そのにきやかなる事 譬(たと)ふ
るに物(もの)なし。此處より少しへだゝりたる片(かた)山里(やまざと)に。切(きり)まで〳〵
と啼(な)く鳥(とり)の住(すめ)るよし。彼(かの)太平記(たいへいき)にのせたる化鳥(けてう)は。いつまで
〳〵と鳴(なき)しと聞(きけ)るに。こはいかなる鳥ぞと里人に問(と)ひけるに。
此鳥にむかひて。先(まづ)今日(こんにち)は是切(これぎり)といへば。明日(みやうにち)は早ふ△(ござ)【厶】り舛(ます)
おとしけりは跡(あと)へのこらつしやりませう。評(ひやう)ばんで〳〵〳〵
と人の物いふにことならずして。その後( のち)飛(とび)さるとかや。又この
国(くに)に名(な)も髙(たか)き福山(ふくやま)の高根(たかね)を見上(みあぐ)れば。四時もわかずおも白(しろ)
たへにふりつもる。雪(ゆき)の名におふ淡路島(あわじしま)。かよふちろりの
中居(なかい)すら。幾夜(いくよ)ねづみの木戸(きど)の関守(せきもり)は。仕切塲(しきりば)の守(ま)
護(もり)きびしく。切落(きりおとし)の切手札(きつてふだ)往来(ゆきゝ)をあらため。客畄(きやくどめ)の
関門(くはんもん)はたと閉(とざし)て。賣切(うりきり)の威風(いふう)現金(げんきん)たり。追込(をひこみ)の里(さと)より畄(とめ)
塲村(ばむら)を横(よこ)に見て峩(が)〻(ゞ)たる桟敷(さんしき)が嶽(たけ)を望(のぞ)めば。毛氊(もうせん)の

虹(にじ)東西(とうざい)にひきわたし。太夫が岸。門格子の峯なる。後(うしろ)の
桟道(さんどう)を傳(つた)ひて。麓(ふもと)に下れば。鶉(うづら)なくなる内簾(うちみす)の岡新(をかしん)
格子(かうし)の左右より。花道の橋がゝりに出て。はるかに見る龍(りゆう)
耳山(じせん)。雲(くも)に蟠(わだか)まるがごとく。此山は往古(いにしへ)神代の頃(ころ)。新(しん)狂 言(げん)
を《割書:チト|》爰(こゝ)で見(み)の尊(みこと)。諸事(しよじ)万事(ばんじ)吝(しわ?と)の風(かぜ)に。吹しづめたる処と
て。一《割書:チ|》日二百 末社(まつしや)を勘定(かんぢやう)【勧請ヵ】し奉る。ひとたび山上へ登(のぼ)らん者(もの)
はかならず神道(しんたう)の教(をしへ)を守りて。目(め)に諸(もろ〳〵)の狂言を見て。耳(みゝ)に
諸(もろ〳〵)の道念(せりふ)を聴(き)かず。鼻(はな)に諸(もろ〳〵)の献立(こんだて)を嗅知(かぎしつ)て。心に銭を費(ついや)
す事を思はずとかや。絶頂(ぜつてう)の太鼓樓(たいころう)には。狂言づくしの文字
現然(げんぜん)とあらはる。是わが国山城の大の字火に似たり。山の
半覆(はんぷく)に一ツの池(いけ)あり。池水を《割書:チト|》かわかして見る時(とき)は。先(せん)の主(ぬし)
忽然(こつぜん)と出来りて。終(つひ)に引出(ひきいだ)さるゝ怖(おそろ)しき事也。是よりして
中の間川へながれ落(をつ)るに。上(のぼ)り下(くだ)りの引舟(ひきふね)の賑(にきは)ひ。商人(あきうど)あ

またの賣声。淀(よど)舟のよどみなく。まんぢうよしか。茶(ちや)はよし
か此 幕(まく)の出語(でがた)り淨瑠璃絵本番付(ぜうるりゑほんばんづけ)あふむ石(せき)よしかなどゝ。声
おもしろくあやどりたる中にも〽️《割書:アヽ|》弁當(べと)よしか〳〵《割書:ア》〽️《割書:アヽ|》おこ
し松風饅頭(まつかぜまじゆ)よしかななどゝ。長短(てうたん)の開語(かいご)に嗚呼(あゝ)の口(くち)くせ
またひと拍子ありておもしろし。本舞臺の都。下座門(げざもん)の
表(おもて)に羅漢臺(らかんだい)とよべる髙(たか)き臺(うてな)に登(のぼ)りて。国中を一覧する
に。遠(とを)く切幕(きりまく)の湊(みなと)に来(きた)る大入舩は。土間(どま)の奥海(おくみ)を過(よぎ)り。
眼下(がんか)に見る引幕(ひきまく)の瀧(たき)は。三色の布(ぬの)をひくがごとし。滝壺(たきつぼ)の
もとに。上(か)み下(しも)を着(き)たるばかりの像(ぞう)あり。あやしみ問(と)ふに。
近(ちか)き頃(ころ)篠塚(しのづか)浦(うら)右衛門なる者(もの)。頗(すこぶる)心願(しんぐはん)ありしが。直(たゞち)に大願成就(だいくわんじやうじゆ)
忝(かたじけ)ねへを得(え)て。此處に《割書:イヨ|》口上(こうじやう)大名人(だいめいじん)の像(ぞう)を刋(きざ)むといへり。
辨舌(べんぜつ)流(なが)るゝ事 懸河(けんが)も及ぶべからず載岸(きりきし)高ふは△(ござ)【厶】《割書:り》ますれ
ども此所より東西〳〵へ漲(みなぎ)り。す■や水の〽️出(で)がある〳〵時にの

【「鸚鵡石」おうむ‐せき 歌舞伎の名せりふを書きぬいた書物。俳優の声色こわいろをまねたりするのに使う。】

ぞんでは。土人(どじん)堤(つゝみ)を切落(きりおとし)が渕(ふち)へおとし■■ゝ。此渕/火縄(ひなわ)蔓(かつら)生茂(おひしげ)りて。幾(いく)
半畳(はんでう)とも。底(そこ)の限(かぎ)りもしれざる魔(ま)所なりとて。おそるゝも理(ことは)りふるかな。異(い)
形(きやう)の鳥飛びあるく。みかたちのおそろしき事。頭(かしら)は蜜柑(みかん)九年坊の皮(かは)に
似て。尾(を)は紙を引さきたるが如し。目鼻(めはな)とおぼしき物もなくて。飛行自(ひぎやうじ)
在(ざい)の化鳥(けとう)なり。或時(あるとき)鳴呼(おこの)者。此化鳥を退治(たいぢ)すべきとて。青(あを)ッ切(きり)の勢(いきほ)ひ
猛(たけ)く。一《割書:ト》切十六/碗(わん)を喫(きつ)して。南無(なむ)大酒(たいしゆ)三舛(じやう)五合(ごんごう)と心に信(しん)じ。《割書:イヨ》金箱(かねはこ)大明
神さま〳〵〳〵ありがてへと申やす。とたからかに念じて。無二無三に渕底(ゑんてい)へおど
り入しに。不思義(ふしぎ)や俄(にはか)に騒(さはが)しく。夥(おびたゝ)しき人声にて。罰(ばち)があるぞ。引込(ひつこみ)《割書:ヤア》がれ《割書:ヱ》尤
だぞ〳〵。《割書:ヤイ》あたまが高い早く/歩(ある)け(け)《割書:ヘ》。と口ゝに鳴(なり)わめくよと思間に。すさ
まじき腕骨(うでつぽね)にて。宙(ちう)に引ずり引出されしが。危(あやう)くも命は助(たすかり)しとかや。其外
臺州(だいしう)本舞臺の都(みやこ)に。さま〴〵の名所古跡(めいしよこせき)。おもしろき雑説(ざうせつ)など。道すが
ら物語(ものがた)ると聞(きゝ)て。まづ楽州(がくしう)へとぞ急(いそ)ぎける

俳優三階興附録巻之上終

BnF.

BnF.

南蠻寺興廢記 單

南蠻寺興廢記
   《割書:排刷以頒同好|不許行肆發版》


天正中織田氏剏 ̄テ建_二南蠻寺_一 ̄ヲ欲_レ ̄ス興_二 ̄ント耶蘇教_一 ̄ヲ盖 ̄シ
出_二 ̄ル于一時籠絡之権謀_一 ̄ニ耳然 ̄トモ其毒燄煽_二-惑 ̄シ四
方_一 ̄ニ甚 ̄タ難_二 ̄シ扵攘_一レ ̄ヿ之 ̄ヲ凢 ̄ソ閲_二 ̄シテ六十餘年_一 ̄ヲ而殱_二-戮 ̄シ其黨_一 ̄ヲ
萬世治安之妙策扵_レ是 ̄ニ乎成 ̄レリ矣彼 ̄ノ邪徒假_レ ̄テ教 ̄ヲ
以 ̄テ充_下 ̄ツ連_二-結 ̄スル人心_一 ̄ヲ之用_上 ̄ニ其實 ̄ハ掠_レ ̄メ國 ̄ヲ奪_レ ̄ノ地 ̄ヲ之詭術
而已矣頻年邪徒入_レ都 ̄ニ狐魅誑_レ ̄カス人 ̄ヲ寒灰再燃 ̄ユ
可_レ ̄ン不_二 ̄ル長嘆_一 ̄セ乎頃日 ̄ロ余閲_二 ̄ルニ南蠻寺興廢記_一 ̄ヲ其言

雖_二 ̄トモ鄙俚_一 ̄ト邪徒狡黠之意粗可_レ見也兵畧 ̄ニ云知
_レ彼 ̄ヲ知_レ已 ̄ヲ百戦不_レ殆 ̄ラ今洞_二-察 ̄シ其禍心_一 ̄ヲ審_二-視 ̄シ其姦
計_一 ̄ヲ口誅茟伐攻_レ之使_二妖魁 ̄ヲシテ氣死_一 ̄セ然後火_二 ̄シ其書_一 ̄ヲ
絶_二 ̄テ其跡_一 ̄ヲ可也戌辰王正人日題_二 ̄ス扵古經堂芸
窻下_一 ̄ニ
                杞憂道人

                 翠園井俊文書

南蠻寺興廢記
頃ハ人王百七代正親町院ノ御宇織田信長從尾
州發起シテ齊藤ヲ伐テ濃州ヲ奪ヒ佐々木ヲ追テ
近江ヲ取リ將軍義昭公ヲ保護シテ京都ヘ還住ナ
シ奉リ南參ノ 德川家ヲ合從シ北越ノ朝倉江
北ノ淺井ヲ亡シ武威中國ヲ呑ントシ高名西國
ニ轟ク此時九州肥前ノ領主龍造寺高重ノ領分
長崎ノ津ニ南蠻船一艘著岸セリ此船ニ異相ノ
者一人入來ル其人長九尺餘胴ヨリ頭少ノ面赤
ク眼丸クシテ鼻高ク傍ヲ見ル時ハ肩ヲ摺口廣シ

テ耳ニ及ヒ齒ハ馬ノ齒ノ如ク雪ヨリモ白シ爪
ハ熊ノ手足ニ似タリ髪ハ鼠色ニシテ其年齡五十
計ニ見ヘタリ名ハウルカン破天連ト云南蠻切
支丹國ノ者ニシテ天帝ノ宗門弘法ノ爲ニ渡來セ
リ日々ニ長崎ノ靈社佛閣ニ徘徊スルニ其異相
ヲ見ル人羣集ヲナセリ或ハ其異相ヲ畫ニ寫シ
書付ニ記シテ中國ニ傳ヘ京師ニ入ル信長江州
安土ニ在テ是ヲ傳へ聞ン召シテ登セ見ンヿヲ
欲ストイヘトモ領主龍造寺ノ押留センヿヲ思慮
シテ計謀ヲ廻ラシ將軍家ノ從臣□フカヤ源内

ト云者ヲ荷擔シ密ニ義昭公異國人ヲ召寄セラ
ル〱所ノ御教書ヲ僞書シテ源内ヲ上使トシテ
西國ヘ差下ス源内ハ九州ニ到テ御教書ヲ龍造
寺ニ渡シケレハ高重御教書ヲ拜見シ謀書ナル
ヿヲ知ラサレハ謹テ畏リ則千家司中西監物笹
原彌左衞門ヲ相添テ京都ニ差登ス信長ヨリ鳥
羽四ツ塜邊へ人數ヲ差出シ是ヲ請取シメ江州
安土ノ城下ヘ引取又龍造寺ガ送リノ人歸テ高
重ニ信長密謀ノ旨申ケレハ高重大キニ憤ルト
雖共詮方ナシ此異國人京着ハ九月三日ナリシ

ニ其前キ八月二十四日攝州住吉ノ社鳴動シテ
松樹六十六本顚倒スル由神主攝津守三位國宗
奏聞ス朝廷僉議アツテ松樹顚倒ノヿハサシモ
ナラスト雖共其木數六十六本ト限ルヿ日本ノ
國數ニテ㐫事トスベシトテ寺社ニ仰テ祈禱有
クル斯ル異人渡來シテ邪法ヲ弘メ人民ノ害ヲ
成ベキ前表ナルベシ角テ異國人江州安土ノ城
下ニ到著シケレハ妙法寺ト云寺ニ入テ三日休
息シ九月三日城中ヘ召呼ヒ信長謁見セラレケ
ルウルカン破天連身ニハアイト〱云物ヲ著ス

毛氈ノ樣ナル類ナリ裾短ク袖長シ左リマヘニ
合セ其體相甚タ賤ク聲ハ鳩ノ鳴ク如ク言舌分
ラス蝙蝠ノ羽ヲ廣ケタル如ク最モ見苦ルシ名
香ヲ懐中シテ御殿ニ薰シ渡ルウルカン信長ニ
對シテ禮スル法兩臑指先ヲ揃ヘ向フヘ差出シ
兩手ヲ組テ胸ニ當テ頭ヲ仰ク誠ニ不思議ノ禮
式ナリ獻スル所ノ物七種七十五里ヲ一目ニ見
ル逺眼鑑芥子ヲ卵ノ如クニ見ル近目鏡猛虎皮
五十枚毛氊五町四方見當ナキ鐵炮伽羅百斤八
疊釣リノ蚊帳一寸八分ノ香筥ニ入ルコンタツ

ト云珠數紫金ニテコレヲ造ル四十二粒アリ《割書:切|支》
《割書:丹國四十二國|アリ是ニ擬フ》埋朱ノ臺ニ積ム信長ハ猪子兵助
ヲ以テウルカン何ノ爲ニ日本ニ來ルト尋問セ
ラル通辭ノ者雙方ヘ傳言スルニウルカン答テ
曰ク此度渡來スルヿ唯佛法ヲ弘メタキ願望弘
法ノ爲ノ外更ニ餘事ナシト達ス信長謁見畢テ
妙法寺ニ入レ置キ中泉藤左衞門奉行トメ饗應
スウルカンカ弘法ノヿ安土ニ於テ評議アリ文
教院桃仙等申止ムト雖共信長承引クナ菅谷九
右衞門ニ命シテ京都四條坊門ニ四町四方ノ地

ヲ寄附シ石垣ヲ築キ一寺ヲ建テ永祿寺ト號ス
因茲叡山ノ衆徒憤リ延曆寺ノ外年號ヲ以テ寺
號トスルヿ不可然トテ座主要圓僧正ヘ訴ヘケ
レハ僧正ノ曰ク其儀故法也ト雖トモ今朝廷衰ヘ
王位モ輕ク佛法ノ威力モ亦薄シ信長權勢ニ募
テ我意ヲ働トイヘトモ之ニ敵シテ却テ山ノ害有
時ハ王威ヲ以テ制シ難シ穩便ノ沙汰可然歟ト
制セラレケレトモ一山蜂起シテ大講堂ノ庭ニ集
リ朝廷ヘ強訴ノ奏狀ヲ認メ衆徒百三十人ヲ山
ヨリ下シテ之ヲ奏達ス朝廷僉議アツテ山門ノ

强訴沙汰延引セハ又神輿ナト捧ケ來ランハ京
都ノ騷動ナルヘシ早ク信長ヘ命ゼラルヘシ迚
花山院中納言廣政ヲ以テ山門奏狀ノ趣信長ヘ
命セラル信長不快也ト雖トモ勅命ニ准ヒ永祿寺
ヲ攺テ南蠻寺ト號ス則江州甲賀郡ニテ五百石
ノ地ヲ寄附セラル寺ノ結搆莊嚴目ヲ驚ス又ウ
ルカン一人ニテハ弘法力ニ叶ヘカラス本國ヨ
リ數人召呼ヘシト命セラルウルカン悅テ本國
ヘ申送ル抑南蠻切支丹國ト云ハ國號イヌバニ
ヤ《割書:并ホルトカル| カステラ》ト云海上日本里程一萬二千餘

里世界ノ圖ヲ以テ見ル時ハ唐土日本ヨリハ西
方ニ當ル國ナリ然ルニ南蠻ト號スルヿハ此國
ノ從屬ノ亞嫣港呂宋等日本ノ南方ニ當レリ故
ニ南蠻ト號スル者歟アマカハルスン等ハ日本
ヨリ里程八百里ニテ殊ニ日本ヨリ南ニ當リイ
ヌハニヤノ隣國ニモ非スシテ其國ノ從屬タル
ーハアマカハ呂宋等ハ守護モナキ島ナル故南
蠻人往々ニ其嶋ニ船ヲ止メ今ハ南蠻人多ク往
居スルカ故ニ類屬ノ國ナリト云ヘリイヌハニ
ヤ隣國ニヱケレスト云國アリ《割書:諳厄利亞イン|キリヤトモ》イ

キリストモ云阿蘭陀ノ西ニ在ル嶋國ナリ日本里
程一萬千七百里ト云此イキリスハ南蠻國ト別
種ナル由云傳フ然レ共イヌハニヤァマカハル
スンイギリス此四國ハ寛永十一年ヨリ日本來
船停止ナリ斯テウルカンカ本國ヨリ渡來スル
者浮羅天破天連計理故離イルマン弥理居須イ
ルマント云《割書:破天連ト云ハ師ノ如クイル|マント云フハ弟子ノ如ク》是等力
乗ル所ノ南蠻船若州小濵ニ著船ス信長兼テ再
度南蠻人渡來ノ時龍造寺カ思慮計リ難クウル
カンニ命シテ小濵ヘ入津セシムルナルヘシ南

人共若州ヨリ江州海津ヘ至リ船ヲ湖上ニ浮メ
テ大津ニ至リ京都南蠻寺ニ入テウルカンニ謁
シ信長ヘ注進ス信長悅テ安土ヘ召呼ハル渡來
ノ南蠻人妙本寺へ入テ命ヲ待ツ斯テ南蠻人三
人登城シテ信長ニ拜謁ス其禮式ウルカン破天連
カ通リナリ此度渡來ノ浮羅天破天連ハウルカ
ンヨリ脊高キヿ一尺五寸色靑ク髪髭黃色ナリ
衣類ハウルカンカ如クアイトナリ兩イルマン
ハ醫術外治トモニ竒妙ナリ《割書:最初ウルカンカ安|土ヘ來リシ時ヨリ》
《割書:南蠻人奏者ハ長谷川|竹ニ命セラル》今般ハ六種ノ捧ケ物アリ

琉璃ノ寶珠香一包犬皮十枚瑪瑙ノ机一脚虎皮
十枚五色羅紗五十枚獻上ス不日ニ南蠻寺へ歸
リ重テ信長へ訴達シテ曰ク天帝宗ハ普ク病難貧
苦ヲ救テ起臥ヲ安シ法ヲ傳ヘテ現安後樂ノ願
望ヲ成就ス藥園ヲ給テ藥種ヲ植其備ヲ成ンヿ
ヲ願フ信長許諾シテ山城近國ノ内其地ヲ選フ
ヘシト有ケレハ兩イルマン江州伊吹山ヲ願ヒ
得此山ニ登テ五十町四方切開キ藥園トシテ本
國ヨリ三千種ノ藥草ノ苗種ヲ取來シム伊吹山
ニコレヲ植《割書:此故ニ今二百年ノ後迄モ其根此山|ニ止テ川芎艾ノ類此山ヲ以テ名產》

《割書:ト|ス》ソレノミナラス本國ヨリ財寶夥シク取寄セ
テ金銀ニ替ヘ七寶ノ瓔珞金襴ノ幡錦ノ天葢六
十一種ノ名香門外マテ薰シ往來ノ人々止マル
《割書:此寺常ニ佛檀ニ本尊|ヲ立テスト云ヘリ》是ヲ傳聞シテ五畿内ハ勿
論四國中國京近國來集スルヿ夥シ南蠻寺ハ日
日羣集ヲ成スト雖トモ宗ニ歸伏セサル者ニハ本
尊ヲ拜スルヿナシ南蠻寺ニハ此羣集ノ人ニハ
聊モ不搆洛中洛外ヘ人ヲ出シ或ハ山野ノ辻堂
橋ノ下等ニ至ル迄尋搜非人乞食等ノ大病難病
等ノ者召連レ來ラシメ風呂ニ入レテ五體ヲ淸

メ衣服ヲ與ヘテ之ヲ暖メ療養シケル程ニ昨日
ノ乞食今日ハ唐織ノ衣服ヲ身ニ纏ヒ病モ自ラ
心ヨク快復セル類多シ就中癩瘡等ノ難病南蠻
流ノ外療ヲ受ケ數月ヲ歴スシテ全快シ誠ノ佛
菩薩今世ニ出現シテ救世濟度シ玉フナリト近國
佗國風說區々也故ニ諸國ノ大病難病ニ侵サレ
貧賤ニテ我力ニ不叶者或ハ諸醫ノ療養ニ治ス
ルヿ能ハサル者貴賤共ニ南蠻寺ニ羣集スルヿ
不斜ケリコリヤリイス兩イルマン悉ク之ヲ南
蠻寺ニ留メテ良藥ヲ施シ醫療半ニ快復スル病

人共ヲ率ヒ是等ニ說テ曰ク抑我本國ハ四十二
箇國ト雖トモ此國ノ類ニ非ス大國也然レトモ天ノ
帝釋ヲ敬フカ故ニ貧賤ノ者ナク難病ニ侵サル
ル者ナシ我國王仁慈ニシテ國民ヲ憐ミ惠ム其上
世界ノ諸國此天帝ヲ崇敬シテ貧苦病難ノ患ヲ
遁レ現安後樂ノ宗法ヲ知ラス今生ノ苦患ノミ
ナラス未來永劫ノ罪ニ䧟ヿヲ憐テ今我等ノ如
キノ者ヲ世界ニ渡シテ此天帝ノ法ヲ弘通セ令
給フ所也此日本等ノ如キハ天帝ヲ敬フヿヲ知
ラサルカ故ニ貧賤ナル者多シ是ヨリ起テ邪欲

深ク盗賊惡黨ヲナシ或ハ難病等ノ患ニ沈テ未
來善所ノ願モ不叶サレハ貧ナル時ハ邪起ル邪
起ル故ニ難病又身ヲ責ムサレハ今生ノ病ハ我
等ノ療養ヲ以テ治スルトモ未來ノ難病ハ治スル
ヿ能ハス身ノ不淨ハ洗ヘトモ心ノ不淨ハ大海ノ
潮ニモ曬ツキス然ルニ今世ニ邪ナル事ヲナサ
スト雖トモ惡病貧苦ニ責ラル〱者ハ前生ノ惡業
ノ然ラシムル所ナリ然レハ其前生ヲ果サ〱ル
寸ハ永刧ノ罪遁ル〱ヿ能ハス各心ヲ淸淨ニシテ
未來ノ惡緣遁ル〱ヤ遁レサルヤ此鏡ヲ拜セラ

ルヘシトテ三世鏡ト號スル寶鏡ヲ恭シク掛テ
拜セシム此者共心ニ信心ヲ起シ我未來ノ俤ヲ
見ルヿ誠ニ難有ヿナリ迚是ヲ拜ミケルニ或ハ
牛馬鳥獸ノ形或ハ醜偏形ノ類ヒ鏡ニウツリテ
顯レケレハ此者トモ驚キ怖レ泣キ悲ミ天帝ノ大
慈悲ヲ垂テ未來ノ罪ヲ助サセ玉ヘト兩イルマ
ンニナゲキケレハ兩イルマン曰ク各ナケキ悲
ム所㝡ナリ天帝ヲ崇敬スル所ノ眞言ヲ授ケ與
フヘシ心ヲ淸淨ニシテ他念ナク此珠數ヲ以テ眞
言ヲ一遍唱ヘテ一粒宛外ヘ繰ヘシト云權立ト

云珠數四十二粒アルヲ與フ陀羅尼文
  配後生天破羅韋 增有善生摩吕
七日ノ間晝夜惡念ヲ生セス此眞言ヲ唱ヘテ兩
破天連ヘ拜謁シ天帝ノ宗經ヲ戴キ天帝ノ御影
ヲ拜セハ今日ノ鏡ニウツル所ノ未來ノ罪業消
滅シテ天帝ノ大慈悲ヲ蒙ルヘシト教化シケレハ
皆同音ニ眞言ヲ唱ヘテ一七日信心ヲ凝シ晝夜
ニ眞言ヲ唱フ兩破天連兩イルマン愚蒙ヲ誑シ
テ邪法ニ陷シ入ルヿ是等ノ方便ナリ《割書:此後寬永|十五年天》
《割書:草原城責ノ時既ニ城危ニ臨メハ|城中同音ニ唱タル眞言アリ》サンタマリヤ

〱斯テ一七日勤行ヲ致サセ兩イルマン此者共
ヲ率テ佛殿ニ至ルニ美麗莊嚴金銀ヲチリハメ
金襴錦ノ幡天葢翻ヘリ名香熏シ渡リ光リ輝キ
眞ニ極樂ノ七寶莊嚴モ斯ヤアラント思所ニ兩
破天連金襴ノ衣モ纒ヒ佛殿ニ出又眞言ヲ授ケ
天帝ノ宗法ヲ說キ終テ兩破天連ヲ拜セシム兩
イルマン又其者共ヲ率テ三世ノ寶鏡ヲ拜セシ
ムルニ前度ノ像ニ引替テ天子ノ容䫉四十二相
ヲ備ヘ我身知ラス天上ニ至ル心地ニテ愚蒙ノ
者共聲ヲ放テ悅ヒ泣兩破天連曰ク汝逹纔ニ一

七日眞言ヲ唱ルト雖トモ心既ニ攺テ天帝ヲ尊敬
スルカ故ニ其精誠今世ニテ天上ニ通達シテ天帝
ノ惠ヲ得タリ況ヤ生涯信心ヲ凝メ崇敬シ奉ル
ヲヤ然ラハ面々心ヲ決シテ天帝ノ尊恩ヲ忘レ
奉ラス縱令今世ハ火水磔罪牛割車割ノ苦ヲ受
ルトモソレヲ以テ未來永劫ノ苦ニ替ヘ今拜シ奉
ル所ノ天上ニ至ラント思フヘシ然ラハ天帝本
尊ヲ拜セシメン迚クルスト云物ヲ取出ス此ク
ルスト云物ハ黃金ヲ以テ先二寸四分程ニシテ
針ヲ植タル如クニシテ《割書:今ノ山葵卸|ト云物ノ如》二尺計ノ柄

ヲ付タル物彼者共ノ肌ヲ脫セ彼クルスヲ以テ
脊ヲ抓ムシル骨痛ミ血流レ出ル漓ル所ノ血ヲ
以テ左右ノ手ニ塗テ兩手ヲ合セテ帝釋天ノ畫
像ヲ拜セシム《割書:此宗禮拜ノ式南蠻ノ禮ヲ行フカ|故ニ日本ニテ佛ヲ拜スル時ノ禮》
《割書:ト異ナリト云リ死涯ノ惡ヲ悅フト云ハ未|來永劫ノ苦ニカハルト云心ナルヘシ》金襴
ノ戸張ヲ捲キ揚レハ容顔美麗ナル女體ノ尊容
懷中ニ小兒ヲ抱キ乳ヲ含メタル本尊口傳也玉
ノ冠ヲ戴キ身ニ七寶ノ衣ヲ穿テリ兩破天連示
シテ曰ク此帝釋天ハ智慧ヲ世界ニ降シ汝等ノ
悲苦ヲ以テ母ノ子ヲ懷ニ抱入レ乳味ヲ飮スル

如ク憐ミ惠ミ給フ必ス今世ヲ顧ルヿ勿レ未來
永劫ヲ頼ミ奉レト云ケレハ多クノ者共血マフ
レノ手ヲ合テ拜シテ退去ス追々集ル所ノ病人
快復ヲ得難治ノ者共死スルモ數多ナリ大難病
ニテ諸醫ノ力ニ及サル者快復ヲ得タルモ三十
人ニ及ヘリ如斯ノ方便ヲ以テ追々此門徒ニ歸
伏スル者夥シ其中ニ智慧才覺アツテ破天連ノ
門弟子ト成リ愚蒙ノ者ヲ教化スル者三人アリ
一人ハ生國加賀ノ國ノ者ニテ禪家ノ僧名ヲ慧
春ト號ス此僧癩瘡ヲ病ミ身躰破レ膿血溢腫僧

家ノ交リ叶ハス其親貧賤ニシテ保養スルヿモ叶
ハサリケレハ乞食トナリ京都ニ到リ眞葛ケ原
ノ邊ニ倒レ卧テ有リシヲ南蠻寺ヨリ引取リ兩
イルマン施藥シテ數月ヲ歴ケル所ニ癩病漸クニ
平愈シテ遂ニ全體快復スルヿヲ得タリ此僧大
キニ悅ヒ誠ニ不思議ノ因緣ヲ以テ天帝廣大ノ
恩惠ヲ蒙リ難病忽ニ全快ヲ得テ再ビ人界ノ生
ヲマヌカル此高恩ヲ報センニハ縱ヒ粉骨碎身
ストモ宗門ノ爲ニセンヿ本望タルヘシ迚信心ニ
歸伏ス今一人ハ和泉ノ國境ノ商人吳服屋安右

衞門ト號ス是ハ富家ノ町人ナリシカ身上没落
シテ剰ヘ瘡毒ヲ患ヘ身體ヘ溢出遂ニ跡ヲクラ
マシテ乞食ト成大宮通リ東寺ノ廻廊ノ下ニ伏
シテ寺中ノ殘飯ヲ得テ今日ノ命ヲ全ス又一人
ハ是モ和泉國ノ者ニテ墨村ト云所ノ百姓善五
郎ト云者ナリ生質缺唇ナリ是モ身帶滅却シテ乞
食ト成リ安右衞門ト共ニ東寺ノ廊下ニ屈ミ居
タルヲ南蠻寺ヨリ引取藥湯ヲ浴シ全身淸淨ナ
ラシメ美服ヲ與ヘテ五體ヲ溫メ服藥月ヲ重ネ
ケレハ兩人共ニ快復ヲ得竒代ノ時節ニ逢ヒ希

有ノ法力ヲ蒙リ再度人間ノ交リヲスルヿ天帝
ノ㝠加ニ叶ヘリ迚深ク宗ニ感伏ス兩破天連是
等三人力智慧サトク殊更博識ニシテ教ニ通達セ
ルヲ大キニ悅ヒ慧春ヲ梅庵ト號シ《割書:僧形其儘ニ|テ剃髪ナリ》
安右衞ヲ告須蒙ト名付善五郎ヲ壽問ト號テ天
帝ノ宗意ヲ傳ヘ追々歸伏ノ人ヲシテ此三人ヲ
以テ說法教化シテ攝得令ムルニ和語ヲ以テ教喻
スル故辨利能通シテ大ニ利益有ケレハ南蠻寺
ノ法器ヲ得タリ破天連イルマン悅アヘリ兩破
天連感悅ノ餘リ宻ニ内殿ニテ奇術ヲ教ルニ此

三人流水ニ棹ヲサスカ如クニ法術ヲ傳受シテ
手拭ヲ以テ馬ト見セ塵ヲ虚空ニ投テ鳥トナシ
枯木ニ花ヲ咲セ塊ヲ寶珠トシ虛空ニ坐シ地ニ
隱レ俄ニ黑雲ヲ出シ雨雪ヲ降ス等ノ術得ズト
云ヿナシ此三人ノ外南蠻寺ニテ病氣全快ノ者
共或ハ金銀ヲ與ヘテ商人トシ或ハ帶刀シテ仕
官ノ人トシテ悉ク洛中近國ニ放遣シ南蠻寺廣大
ノ恩惠ヲ云ヒ弘メ諸國難治ノ病人ハ南蠻寺ニ
來テ利益ヲ蒙ルヘシト信長ノ命ナル由南蠻寺
ニテ快復シタル者トモ近國佗國ヘ分散シテ報恩

謝德ノ爲ニ申シ觸ケル故南蠻寺ヘ來集スルヿ
雲霞ノ如シ如斯羣集スル者共ヲ破天連イルマ
ン彼三人ノ者共其外此寺ニ渡世スル門徒共ヲ
シテ一々ニ點撿シテ藥ヲ與ヘ衣服ヲ與ヘ又宿
ニ殘所ノ父母妻子渡世難義ノ族ニハ彼病人南
蠻寺ニテ療養ノ中ハ夫々ニ助力ヲ施シケル程
ニ南蠻寺ノ門徒日ヲ追テ夥シ《割書:或說ニ病人南蠻|寺ニテ養生ノ中》
《割書:ハ其家内ノ者赤子ニ至ル迄一人ニ付金壹分宛|每日與ヘシ程ニ是ヲ見聞スル者無病ノ者モ斯》
《割書:ル病氣个樣ノ煩トテ來リ其施金ヲ貰ケリ左有|ト雖トモ南蠻寺ニテ聊モコレヲ咎メス門徒トサ》
《割書:ヘナレハ普ク金銀|ヲ與ヘケルトナリ》然ト雖共門徒ノ者共ヨリハ

施物ヲ受ケス斯ク夥ク財寶ヲ費スヿ皆以テ本
國ヨリ渡リ來ラ令ル所ナリ後々ニ至テハ南蠻
寺ノ門徒タル人ニハ每日人別ニ米一舛銀八分
宛ト定メ大帳ニ記シテ施シケル間筆者四人配
劑八人扶持渡シノ役人八人卯ノ上刻ヨリ酉ノ
下刻迄廿人ノ者ハ息モツカス渡セシ故日々門
徒繁昌ス新宗南蠻寺ノ弘法ハ今世ヨリ卽身成
佛ナリ未來永劫生天ノ樂不可疑トサ々メキ合
ヘリ此時節ニ至テ公家武家ニモ此宗歸伏ノ人
多カリケリ

永祿十二年夏信長上洛アツテ京都ニ於テ新宗
南蠻寺弘法繁昌シテ門徒羣集スルヲ見聞シテ大ニ
悅ヒ近習ノ人ヲ以テ其新宗歸伏ノ人ヲ近付テ
委ク教論スル所ヲ聞シ召給フニ諸宗ト反シテ門
徒ヨリ施入ノ物少モ受ケス洛中近國ノ難病大
病ヲ引取テ大分ノ施藥ヲ費スト雖共曾テ報謝
ヲ取ラス剰貧窮ノ者ハ其家内ノ人迄モ助力ヲ
與ヘ大分ノ門徒ニ日々米金ヲ施ス其教化スル
所南蠻國ノ大王仁慈ヲ以テ天帝ノ法ヲ知サル
國々ノ窮民ヲ救ハシムト云リ今アル所ノ佛法

ハ人民ヲ施物ヲ以テ㭒續ス是惟未來永刧ノ罪
ヲ恐ル〱計ナレトモ佛家ノ僧法師渡世スル所也
夫サヘ近來北國一向宗門徒ノ者共宗ノ爲ニ一
揆ヲ起シ加賀一國ヲ押領シ越前モ既ニ是ガ爲
ニ破レントス大坂ノ顯如上人等ノ門徒皆以未
來ヲ恐ル〱而已ナレトモ身命ヲ抛テ宗ノ爲ニ一
揆ヲナス今此宗ハ未來ヨリ先今世ノ高恩ヲ得
殊更未來ノ善所ヲ示殊ニ又門徒ノ施物ヲ少
モ受ケスシテ本國ヨリ夥ク財寶取來ラシメテ諸
人ニ施シ現世ノ恩澤ニ歸伏サスルヿ蠻國異賊

ノ益何ノ爲ソヤト初テ信長不審ノ心ヲ發シ後
來此宗本朝ニ害アル寸ハ信長文盲暗愚ニシテ
邪正ヲ分タサルカ致ス所ト末代ノ汚名ヲ呼ハ
ルヘシ此宗破却セハヤト思惟セラレケレハ五
月十一日京都ヲ立テ十三日安土ニ歸城アリ宻
ニ内談アリケル時前田德善院法印玄以申ケル
ハ最初此宗弘通免許仰付ラレ候節ヨリ羣臣一
統御尤ニ存シ奉サル儀ニ候其所謂ハ本朝往古
ヨリ三教通達シテ事不足ヿコレ無ク候然ルニ
邪正不分明ナル新宗御建立 ̄シ ノ儀當時本朝其邪

正分明ニ辨別スル者無 ̄シ之候得ハ末代ニ至リテ
御誤有之時ハ御名ノ出申處不可然トハ存ナカ
ラ君甚タ弘通ノ儀思召立候儀殊更邪正モ難分
候得ハ各口ヲ閉テ不申上候新宗此節停止ノ儀
事及延引候其所謂ハ近國他國身命ヲ抛テ信仰
ノ門徒多ク殊更大名高家御旗本大友宗鱗高山
右近等ノ如キ一心不亂ノ歴々モ多ク相聞ヘ候
然レハ新宗停止ノ儀卒示ニ被仰出事不可然不
思議ノ内變等難計當時ニテハ高聲ニモ御話談
御愼ノ方可燃歟ト申ケレハ伊賀伊勢守傍ニ在

テ申ケルハ玄以申条最ニ候當時無謂御破却ト
候ハ〱騷動ス程難計候諸宗ニ被命新宗ト宗論
有之僧家勝ヿ能スハ新宗正法ニ候得ハ今少シ
行末ヲ御覧可有新宗負ハ邪法紛ナキ上ハ急度
停止被仰付候共聊違背ノ者不可有ト申ケレハ
信長其儀ニ同シ諸宗ノ僧家并南蠻寺ヘモ命セ
ラレ宗論ノ期日ヲ定メラレケレハ是ハ大切ノ
宗論ナリトテ僧家ニハ南禪寺ノ印長老淨華院
ノ理道和尚永觀堂ノ深海律師其外諸宗ノ碩學
安土ニ到テ下著ス南蠻寺ヨリノ論師ハ新宗後

見迚本國ヨリ渡來スル所ノ碩學普留考務ト云
學匠其外破天連イルマン安土ニ到ル此普留考
務ハ始テ長崎ヘ渡來シテ一年ニ一切經ヲ三遍
熟讀シテ佛法ニ通シ諸宗ノ大槪ヲ諳ス其全體
頭髪鼠色ニシテ頭上ニ盞ヲ伏セタル如キ月代
アリ眼ハ丸クシテ目鏡ヲ掛タル如ク内ニ黃金
ノ色アリ鼻ハ榮螺貝ノイホヲスツテ付タル如
ク面ハ馬ニヒトシク口廣クシテ五寸計齒ハ馬
ノ齒ノ如シ馬上ニ在テ鞍ノ上ニ立テ行已カ爪
ヨリ火ヲ出シテ多葉粉ヲ吸ヒ或ハ樹ノ上ニ烏

坏スハリタルヲ見テ馬ヲス々ムルニ其烏動カ
ス遂ニ其枝ヲ手折テ持ニ烏不動シテ造付クル
カ如シ其外種々ノ幻術ヲ作シ奇妙ノ目ヲ驚サ
シム雙方安土ニ到テ期日ヲ定メ其時刻ニ及テ
諸宗ノ僧侶列坐スレハ普留考務ヲ論師トシテ
南蠻寺ノ學徒出席ス時ニ普留考務蜀紅錦ノ衣
ヲ著シテ二尺計ノ劔ヲ帶シテ向ヒ進ム僧家ヨ
リ南禪寺ノ印長老對之時ニ普留考務曰如何ナ
ルカ佛法印長老答曰卽心卽佛普留考務又曰如
何ナルカ卽心卽佛ノ奥意長老又答曰卽心卽佛

其時普留考務坐ヲ立テ長老ノ胸ヲ抓テ劔ヲ㧞
テ胸ニ押當テ如何ナルカ卽心卽佛ノ奥義ト責
掛テ問ト雖トモ長老不動眼ヲ塞テ黙然タリ淨華
院ノ理道和尚見之兼進テ是ニ對セントス印長
老ノ弟子中少モ不騒未タ落着見ヘス暫ク待給
ヘト止ム因茲理道進ムヿヲ得ス漸ク有テ長老
眼ヲ開キテ喝ト一喝ヲ吐レケレハ普留考務眼
ヲ塞テ忽ニ息絶ス僧家口々ニ邪法正法ニ敵セ
ス新宗邪法ナリト罵ル南蠻宗徒怒テ法問未分
勝劣誰カ知ラント既ニ鬬諍ニ及ハントス信長

大ニ制止テ口宗論ハ邪正ヲ分ツニ有リ何ソ闘
諍シテ勝負ヲ可分ヤ違背セハ夫ヲ以テ劣レリト
セント有ケレハ騷動忽ニ鎭マル然ル處ニ攝州
荒木攝津守村重中國毛利ニ與力スト注進ス信
長曰是急務也法論ハ邪正勝劣未タ分明ナラス
重テ召合セラルヘシ雙方歸寺有ヘシ迚宗論落
著ナカリケレハ新宗破却ノ沙汰モ止ヌ天正六
年十一月高山右近敵ニ組シテ信長ノ命ニ應セ
ス信長南蠻寺ノウルカン破天連ヲ召寄セテ菅
谷九右衞門ヲ以テ仰テ曰抑天帝新宗ハ我命ヲ

以テ廣ク弘通スルヿヲ得タリ然ハ新宗ノ門徒
我ニ對シテハ身命ヲ捨テモ奉公スヘキノ所ニ高
山右近ハ深ク天帝宗ヲ崇敬スト聞ニ今却テ我
ニ背テ敵ニ與ス天帝ハ天地ノ始ニシテ正直ヲ
以テ法ノ本トスト雖トモ荒木村重カ不忠ニ與ス
ルノ条正直ノ門徒ニ非ス急キ高山右近不義ヲ
飜シテ味方ニ來ル樣ニ致スヘシ左ナカランニ
於テハ忽新宗破却シ絶法スヘシト大ニ怒テ仰
ケレハウルカン甚タ懼ヘ急キ高山右近ヲ勸テ
信長ヘ從屬セ令ム是等ノ故ヲ以テ信長速ニ新

宗破却ノ沙汰ニモ及レス兩破天連諸宗ヲ誹謗
シテ佛法ヲ破シ信長一代ノ間ハ心儘ニ新宗ヲ
弘法ス然處ニ天正十年六月二日信長公御父子
明智光秀カ爲ニ京都ニ於テ殃死アリ羽柴秀吉
不日ニ上洛アツテ光秀ヲ退治シ柴田ヲ討テ天
下ノ權柄ヲ執ラルサレハ南蠻寺新宗門ハ永祿
十一年ヨリ天正十三年迄前後十八年ノ間繁昌
セリ然ルニ今年天正十三年秀吉俄ニ此宗門ヲ
破却セラレケル其故ヲ尋レハ《割書:此年天正十三年|ハ秀吉大坂ノ城》
《割書:ヲ築キ關白ニ任シ北越|ノ佐々ヲ伐ツナリ》秀吉公ノ近習ニ中井修

理太夫ト云者アリ渠ハ元來中井半兵衞ト云工
匠ナリ秀吉公ノ大坂ヲ始處々ノ普請ノ評議相
手トシテ晝夜傍ヲ去ラス勤仕ス宿所ハ淀ノ城
下ニ在テ母ヲ置ク自分ハ天下ノ大工頭ト成テ
威ヲ工匠ノ徒ニ震フ爰ニ南蠻寺ノ破天連イル
マンノ徒ハ信長一代ハ開宗ノ大檀越ニシテ心
ハ儘ニ弘法シケレトモ今ヤ秀吉公天下ノ權ヲ執
テ一言以テ天下ヲ動カサス何トソ秀吉ニ親ク
馴睦シ奉リ宗門無障弘法セハヤト種々ニ智畧
ヲ廻ラス然ルニ此修理太夫ハ晝夜秀吉ニ隨順

シテ傍ヲ不離ト聞ハ如何ニモシテ修理太夫ヲ
宗門ニ歸伏サセ夫ヨリ秀吉公ヘ執リ入ラハヤ
ト計謀シテ或時梅庵山崎ヨリ牧方ノ渡リニテ
態ト目ヲ暮シ淀ニ至リ修理太夫カ留守屋鋪ノ
門前ニ乗物ヲ立サセ使ヲ以テ言入レケルハ是
ハ京本寺方ノ僧ニテ候泉州堺ヘ用事ニ付參リ
是迄歸リ參リ候世上盗賊等不用心ノ節ニ候夜
中ノ往來無覺束候乍卒尓一宿ノ御惠ヲ請候
ハヤト申サセケレハ修理カ母承リ主ハ留守ノ
屋敷ナカラ御出家ト候得ハ御宿申參ラセン迚

梅庵ヲ請シ入ヌ《割書:伴僧二人笠持一人挾筥一人草|履取一人駕籠ノ者四人若黨二》
《割書:人上下十|二人ナリ》梅庵美服ヲ着シ名香アタリヲ薰シ當
時ハ亂世ノ砌リ未タ京ヘモ三里夜道ノ物騷物
憂ク候處一夜ノ御芳志難有候迚投宿ノ禮謝ヲ
演テ止宿ス翌朝ニ至リ母家内ニ下知シテ御僧
ノ宗旨ハ知ラネトモ若佛檀ノ尋モヤト佛間ノ掃
除等迄心附置ケレトモ客僧聊沙汰ニモ及ハス上
下母ノ饗應ヲ受ケ心遣ヒノ禮ヲ述テ歸リヌ母
思慮シテ家内ノ者ニ語リケルハ客僧ノ躰ヲ見
レハ白服緋縮緬飛色等ノ美服ヲ著シ天鵞絨ノ

襟巻甚タ尋常ノ僧ノ風體ニ異ナリ殊ニ内佛等
ヲモ尋ネス必ス新宗南蠻寺ノ僧ナルヘシトソ
推シ語リケル四五日ヲ歴テ後チ侍一人中門ニ
挾筥ヲ持セ南蠻寺同宿梅庵使ノ者ナリト案内
シ來ル伽羅一斤緞子五巻縮緬五卷臺ニ積載セ
一宿ノ禮謝ヲ述テ贈來リヌ母甚タ驚キ過分ノ
賜物甚難儀之由段々辭退ニ及ヒケレトモ使ノ者
差置歸リヌ其後モ或ハ絽又ハ糸類等折ニフレ
時ニシタカヒ音物シテ無余儀因置ヌ遙ニ程過
テ後雨天ノ夕暮又堺ヲリ歸ト僞リ此老母ノ宿

ニ來リテ一宿ス母出迎ヘテ請シ入レ追々因贈
品ノ會釋シ客僧モ終夜ノ和談ニ及テ梅庵申ケ
ルハ凡ソ當時佛法釋迦彌陀共ニ凡人ノ自性ヲ
知テ佛ト稱スル佛法ナルカ故末代ノ今ハ其法
威衰ヘ道德自然ニ消滅シテ今世ノ佛法ヲ以テ
成佛全ク成就セス天帝ノ佛法ハ混沌ノ初ニ出
現ノ佛ニシテ今世モ日月ト同體ニシテ更ニ法
威道德天地ノ始ニ易ルヿナシ主ノ宗旨何レノ
宗ノ門徒ト云ヿハ知ネトモ未來後生成佛ヲ願ヒ
給ハ〱速ニ攺宗シテ南蠻宗ニ歸伏セラルヘシ

迚天帝ノ宗旨辨舌ヲ碎テ說法ス然レトモ此母ハ
堅固ノ念佛宗ニテ余宗ノ說法耳ニ入ラス梅庵
ニ申ケルハ御懇切ノ御說法教化忝候然レトモ我
等代々念佛宗ニテ今天下ニ諸宗多シト雖共餘
宗ノ法義ヲ聞カス偏ニ彌陀ノ誓願ヲ賴テ既ニ
今世ニシテ成佛得道シタル心ニテ佛法ニ餘事
有ヿヲ知ラス然レハ御教化ハ難有候得共今更
彌陀ノ誓願ヲ離レンヿ曾テ難仕候迚梅庵カ教
化ヲ肯ハス元來梅庵ハ此母ヲ利德ヨリ宗門ニ
引入レ母歸伏セハ修理太夫モ容易ニ入德スヘ

シ此母子ヲ親切ノ門徒ニ釋ヲ〱セハ夫ヨリ秀
吉公ヘ執入ラント計畧セシヿナレハ重テ母ニ
說テ申ケルハ凡後生未來ノ沙汰ハ人民ノ心ノ
覺悟ナレハ强テ教化スヘカラスト雖トモ過去ノ
因緣アツテ假ノ因ニ御懇篤無餘義候得ハ再應
ヲ申ニ候凡今世ノ佛法御信仰ノ念佛ヲ始諸宗
ノ佛德ヲ御覽候得釋迦說法ノ諸經々ニハ樣々
ノ神通自在ヲ出現セラレ候ヿ相見ヘ候然ラハ
今世ニ其佛ハ居玉ハストモ法德衰微ナキニ於テ
ハ其法力ヲ以テ神通自在モ叶ハスンハ有ヘカ

ラス然レトモ今諸宗ノ佛法威力消滅シタル證據
ニハ口ニ佛法ヲ說ト雖トモ顯ニ佛法不思議ノ神
通ヲ顯スヿ能ハス候今又我天帝宗ハ天地ノ始
出現ノ佛ニテ法力萬代不易ナレハ今我等體ニ
至ル迄其法德ヲ以神通ヲ得スト云ヿナシ一度
我宗ニ歸伏ノ人ハ身命ヲ抛テ天帝ヲ歸依ス當
時南蠻寺ノ門徒繁昌ヲ見玉ヘ皆老母ノ如キ念
佛ノ行者ヲ始メ諸宗ノ門徒ナレトモ一度我宗ニ
入德スレハ再ヒ餘宗ノ事ヲ念ハス黃金真鍮ト
ヲ並ベ見ル時ハ等シケレトモ是ヲ碎テ見ル時ハ

同シカラサルカ如シ後生善所ヲ願ハントナラ
ハ能々思惟有ヘシ迚大汗ニ成テ說得ス老母堅
固ノ念佛者ナレハ心甚タ不肯ト雖トモ餘リニ强
ク說立ラレテ申ケルハ我念佛ニ歸依シテ佛法
ニ餘事ナシト存候ヘ共餘リ御懇切ノ御教化ニ
テ候ヘハ誰ニテモ重テ御同宿一人被遣可被下
此方ニモ佛法者一人相賴ミ兩人法論シテ决定
仕度候ヘ共愚蒙ノ女ノヿニ候ヘハ不及力候ト
申ケレハ梅庵領掌シテ外迄モナク老母ノ御左
右次第ニ我等參向シテ分明ニ法論邪正ヲ糺シ

老母ヲ聖道ニ引導シ參セ候ヘシ迚老母ニ辭シ
テ寺ヘ歸リヌ老母ハ梅庵ニ強ク教化セラレ言
葉ナク漸々法論ノ事ヲ云出シテ梅庵ヲハ歸シ
ケレトモツク〳〵思慮シテ我賤シキ身ヲ以テ歴々
ノ僧家ヲ請待シ如何メシキ宗論ナトノ樣ニ風
說アラハ憚リ有ヘキ事ナリ隨分密ニ隱ストモ聞
傳ル人アツテ羣集等アラハ如何共不可製得殊
更不思議ノ珍事等アラハ修理太夫カ身ノ害ヤ
アラムシカシ唯俗人諸經ニ通達シタル碩學ヲ
尋得テ梅庵ヲ招キ法論ヲキカハヤト思付洛中

洛外尋ケルニ四條通リ柳ノ馬塲ニ栢翁居士ト
云ヘル俗人アリ往昔ハ叡山ノ南院ニ住シ衆徒
ナリケレトモ頭風ノ煩ニテ頭ヲ剃ルヿ能ハス束
髪シテ隱者ト成アリケルヲ尋得テ淀ヘ招キ寄
セ梅庵方ヘ斯ト申送リケレハ梅庵卽入來ス時
ニ天正十二年九月十二日ナリ梅庵出坐ノ形像
緋縮緬ノ上ニ北高麗ノ織物鼠色ノ衣花色羅紗
ノ頭巾ヲ著ス栢翁居士同間ニ入テ梅庵ニ謁ス
梅庵カ召仕黑塗ノ高蒔繪金銀ノ金具打タル筥
ヲ座ノ右ニ置ク其時栢翁問テ曰天帝宗崇ル所

ノ本尊ハ何ト號スル佛ナルヤ梅庵彼筥ノ葢ヲ
開キ淨土ノ三部經且法華經八卷ヲ取出シ葢ノ
上ニ置テ膝立直シ答曰我宗本尊ト崇ル所ハ天
地開闢ノ始出現シ玉フ所ノ神靈號シテ天帝如
來ト崇奉ル是世界一般ノ境界此佛ノ外ニ佛ナ
シ既ニ天帝如來混沌ノ始メ此世界ニ出現シ給
ヒ此佛ノ智慧ヲ以テ天ニ日月星辰明ラカニ地
ニ山海草木人間鳥獸迄悉ク造リ出シ玉フ其代
ハ人心正直ニシテ佛意ニ叶ヒ願ハスシテ天上ノ
果ヲ得ト雖トモ末世ニ至テハ恣ニ人欲起リ執著

ノ念盛ンナレハ天上ノ果ヲ得ルヿ叶ハス空ク
流轉セリ故ニ天帝如來衆生ノ苦ヲ悲ミ玉ヒ配
後生天破羅韋增有善生摩呂ト云文字ヲ唱ヘシ
メ玉フ此眞言ヲ唱ル時ハ天帝如來ノ惠ヲ得テ
生天ノ果ヲ得ル者也日本ニハ神道ト云事計ア
ツテ佛ト云ハナシ日本ニテ佛ト尊フハ天竺ノ
人ナリ彌陀ト云ハ法藏比丘ト云人間釋迦ト云
ハ悉陀ト云人兩人共ニ天地開闢ヨリ遙ニ後ノ
人間世界ノ人ナリ日本ニテ生レタル人ハ天照
大神八幡天満天神皆是マノアタリ人能知所ノ

人間ナリ人ノ智慧ヲ以テ人ヲ助ルヿ思モ寄ス
釋迦ノ佛法ハ乞食ノ境界ヲ本トシテ世人ノ惠
ミ施シヲ以テ身命ヲ保チ其施物スル人ハ其功
德ヲ以テ佛果ヲ得ルト云ヘリ然ラハ施物ナキ
貧人乞食等ハ永劫佛果ヲ得スヤ我南蠻四十二
國天帝如來ヲ尊フカ故ニ國ニ飢タル乞食ナク
苦患ヲ受ル病人ナシ國ハ山海ノ間ヨリ始ルカ
故ニ欲ナシ欲ナキカ故ニ罪業ナシ罪業ナキカ
故ニ報ヒナシ故ニ人間ニ居テ天上ノ果ヲ受ク
是卽身成佛ト云ナリ釋迦彌陀本ト人間ナルカ

故ニ威神力ナキ證據ヲ見ヨ迚彼傍ニ置ク所ノ
經巻ヲ取テ悉ク引破リ立上リ足下ニ踏散シ是
人間ヲ助ルヿ能ハサルカ故ニ又人間ニ罪ヲ當
ルヿ叶ス栢翁我宗意ハ始テ聞ルヘシ速ニ天帝
如來ヲ尊敬シテ天上ノ果ヲ可被受ト罵リケル
ニ栢翁ハ始メ一ツ二ツ答ケルカ夫ヨリ一言モ
云ハス黙然トシテ聞居タリ梅庵力説破漸々ニ
靜リケレハ栢翁座ヲ正シテ曰梅庵ノ說法終リ
タルヤ梅庵曰何是ノミナラン然レトモ一通リヲ
云時如斯ト栢翁曰施ヲ受ルヿヲ誹謗セラルレ

トモ是ハ佛ノ役ナリ抑天帝如來ト云ハ天地開闢
ノ古佛ニシテ世界一枚ノ境界ノ時出現シ玉ヒ
テ日月人間鳥獸迄造リ出シ玉ヒ末世ノ惡業煩
惱ヲ悲ミテ難儀苦行シテ眞言陀羅尼ヲ作リ是ヲ
唱フル者ヲ救ヒ給フト聞ケリ天帝宗ノ法門如
斯决定ナリヤ梅庵曰聊モ疑言ナシト栢翁曰梅
庵カ說法不審アリ今我言所ヲ聞届ケテ道理ヲ
糺シ今一應垂解アルヘシ惣テ今世界ニ人間ノ
拵ユル所ノ器物調度モ夫々ノ役アツテ無益ナ
ル者拵ユルヿナシ如何ナレハ天帝如來世界ニ

出現シテ惡業煩惱アル人間ハ何ノ益ニ造リ出
シ玉フヤ剩ヘ夫カ爲ニ難儀苦行シテ眞言陀羅
尼迄作リ給フヿハ何事ソヤ人間ヲ拵サランニ
ハ何ノ眞言陀羅尼カ用ユヘキ又釋迦彌陀ハ人
間ナルカ故ニ佛力衰ヘ經卷踏破テモ佛罪ヲ蒙
ルヿナシ天帝如來ハ混沌ノ始メニ出現ノ佛ナ
ルカ故ニ佛威萬刧モ易ルヿナシト然ラハ末世
ノ人天帝如來ノ威神力ヲ以テ何ソ其始ノ人ノ
如ク正直シニテ天上ノ果ヲ得スシテ惡業ヲナ
スヤ然ル時ハ天帝如來ノ佛力モ衰ヘタルカ佛

威萬刧モ易ルヿナシト云ハ僞カ說法ノ其理貫
通セス此義如何ト問レテ梅庵一言モ口ヲ開ク
ヿ能ハスサシウツムキテ口ヲトツ栢翁責掛テ
梅庵此返答如何如何ト問詰レトモ始メ栢翁能ク
言語ヲ再度問返シテ詞ヲ固メ置ケル故爰ニ至
テ梅庵一向ニ法門ノ口ヲ開キ得スシテ曰栢翁
愚癡ニシテ法意ニ通セス女性ノ論ノ如シ何ノ
理カ通セン不便ナル哉悲ムヘキ哉緣ナキ衆生
ハ度シ難シト云テ座ヲ起テ去ントス栢翁其裾
ヲ取テ引留メ緣ナキ衆生ハ度シ難シトハ釋迦

說法ノ文句ナリ梅庵釋迦ノ經文ヲ用ユルヤト
云テ扇ヲ以テ梅庵カ頭ヲ散々ニ打擲ス梅庵一
言モ答語ナク唯口中ニツフヤキテ栢翁カ手ヲ
振離シ漸々トシテ座ヲ起テ逃歸リケレハ座中
同音ニトツト笑フ母ハ大キニ悅テ栢翁居士ニ
謝禮シケレハ栢翁曰渠經文ヲ以テ云ハ經文ヲ
以テ答ント存スル所梅庵經文ヲ離レテ說法ス
ルノ間今日ノ法論甚タ心安キ法論ニシテ心ヲ
用ル塲ナシ多分新宗ノ法論アレ迄ノ事ナルヘ
シ然ラハ只金銀財寶ヲ人ニ施シテ宗門ニ歸伏

サセントスル是甚タ怪キ宗門ニテ候迚老母ニ
會釋シテ歸リヌ然ルニ中井修理太夫秀吉公ノ
暇ヲ得テ宿所ニ歸リテ母ニ對面シ南蠻寺ノ梅
庵カ始終ノ樣子ヲ具ニ承リ如何樣用アリケニ
聞請ケレハ秀吉公ヘ參リ其始末委細ニ是ヲ言
上ス秀吉前後ノ洒落ヲ尋問アツテ俊發頓知ノ
良將ナレハ忽ニ了察シテ曰ク信長ハ開宗弘法
ノ大檀越ナリシニ不慮ノ殃死アリ今我天下ノ
權柄ヲ得タレハ渠弘法スルトモ予思慮ヲ恐レ我
ニ親ミ近付ンヿヲ欲シ汝カ我ニ昵懇スルヿヲ

知テ先財寶ヲ以テ汝カ母ヲ宗門ニ歸伏サセシ
メ夫ヨリ傳々シテ汝ヲ門徒トナシ汝ヲ以テ我ニ
近付親マント計謀ナシタルヿ必セリ抑佛法ノ
說法教化ハ誰レ云所モ同事ト雖トモ其人ノ道德
二因テ人信シ道行ハル南蠻宗ノ如ク財寶ヲ費
シ人民ノ利欲ヨリ歸伏セ令ルヿ未タ聞ス今度
汝カ母ヲ親ミ近付シ計謀誠ニ以テ懼ルヘシ後
如何ナル害ヲナサンモ計リ難シ殊更當時大名
ノ中ニ少々信仰スル族モ有之由相聞ユ事ユル
カセニ計テ大身ノ歴々此宗ニ歸伏スル者數多

出來タル寸ハ此宗ヲ停止セント思フトモ容易ニ
成ルヘカラス兩葉ノ内ニ其根ヲ絶ニ如シ即速ニ
南蠻寺破却セラルヘシ迚增田右衞門尉長束大
藏太輔ニ命シテ南蠻ヨリ渡來ノ者一人モ殺ス
ヘカラス搦捕ルヘシ南蠻寺ニテ門徒ニ成リ宗
門領分ノ者一人モ不殘召捕ヘシトテ三千騎ヲ
差添テ南蠻寺ヘ差向ラル此時石田治部少輔小
西攝津守高山右近等宗門歸依ノ人々密ニ知セ
ケレハ寺中騷動不斜梅庵告須蒙壽問ノ三人ハ
口々ヲ差シ塞レナハ遁レ出ルヿ叶マシト取物

モ取敢ス梅庵ハ西國ヘ逃下リ告須蒙ハ逺州ニ
知邊アツテ出奔セリ壽問ハ越前ヘ走テ隱レヌ
兩破天連兩イルマンハ手足ヲ置ニ所ナク惟タ
迷妄シテ居タル所ニ增田長束押寄セ寺中ヲ取
リ圍ミ在ル所ノ人一人モ不殘搦捕秀吉公ヘ奏
達ス秀吉公命シテ宜ク往古鎌倉北條カ時異國人
ヲ誅戮シテ日本ノ大事ニ及タルヿアリ日本ニ
住居セサル者日本ノ罪科ヲ糺スニ及ハス肥前
長崎ヘ送リ遣シ阿蘭陀舟ニ乗セ再度日本ヘ來
ラハ重テハ斬罪スヘシト本國ニ歸テ申傳フヘ

シトテ歸サレケル是切支丹㝡初ノ破却ナリ南
蠻渡來ハ信長公ノ治世永祿十一年ヨリ秀吉公
ノ代天正十三年ニ至テ前後十八年ニシテ滅亡

斯テ四年ノ後告須蒙《割書:呉服屋安|右衞門》逺江ヨリ泉州ヘ
歸リ登リ堺蝦子町中ノ濵ト云處ニ隱レ住市橋
庄助ト攺名シテ外科ノ醫師トナル壽問《割書:墨村百姓|善五郎》
モ四年ノ後越前ヨリ皈リ登リ堺ノ東漛ト云所
ニ嶋田淸庵ト攺名シテ本道醫師ト成リ居タリ
秀吉公ハ伏見ノ城ニ御居住アリケル時ニ天正

十六年九月十四日泉州堺天王寺屋宗珍油屋正
由ト云者伏見ノ城ニ來テ秀吉公ニ見ヘ雜話ニ
申ケルハ此頃市橋庄助ト申外醫嶋田淸庵ト申
本道毉堺ニ來テ居住ス此兩人奇妙ノ術ヲナシ
候由承候ト言上ス秀吉公命テ是ヲ被召登於御
前術ヲナスニ大鉢ニ水ヲ湛ヘ紙ヲ菱ノ如ク切
テ水ニ浮ケレハ忽魚ト成テ水中ヲ游ク或ハ懷
中ヨリクハンシンヨリヲ取出シ其端ヲ口ニテ
吹ハ繩ノ大キサニ成ル時御座敷ヘ投出セハ大
キナル蛇トナル又五穀ヲ盆ニ入レ砂ヲ蒔ハ小

蟻ノ如ク動キ出テ段々ニ成長シ花咲實ル又雞
卵ヲ掌ニ握テ手ヲ開ケハ介ヲ割リ雛子ト成テ
見ル内ニ雞トナリ聲ヲ發テ啼ク又簾中ヨリ御
庭ニ富士山ヲ出サセテ見ハヤト所望アリケレ
ハ暫ク障子ヲサシテ外トヘ出テ忽障子ヲ開ケ
ハ庭上ニ富士山現ス上下奇異ノ思ヲナシテア
ツト感ス又障子ヲサシテ暫シテ障子ヲ開ケハ
近江湖水ノ八景出現ス或堺ノ浦須磨明石等悉
クウツシ出ス堂上堂下如何ナル神仙ヤラント
兩人怪シム秀吉公渠等力術ニ難叶ヿヲ思惟

シテ宣ヒケルハ我未タ幽靈ト云者ヲ見ス是ヲ
モ出サンヤト尋問セラル〱ニ黃昏ニ及テ御庭
ニ現シ申サントテ退出ス斯テ其時刻ニ至テ兩
人ヲ召出ス兩術師傍ノ人ニ申テ座中ノ燭ノ火
ヲ消サセテ障子ヲ開キ庭上ニ九月十七日ノ月
幽ニ照リケル時風サワキ雨一通リ降リ過テ庭
上ノ草木ノ葉モキラメキ凄冷(モノスサマシキ)頃槇込ノ木ノ間
ヨリ怪シキ物現ハレ出タリ白衣ノ女髪ヲ亂シ
カケ苦シゲナル俤ニテ庭上ニ彳ミタリ簾中外
樣トモニ是ハ不可然御物好ミ御慰ニ成ヘカラス

ト見ル中ニ歩行ミ寄御椽側ニ近付ヲ能々御覽
アレハ秀吉公未タ木下藤吉ト云節ノ妾女菊ト
云女秀吉公御出世ノ後來テ宮仕ヲ願フト雖トモ
往昔被召仕時雜言ヲ云テ去リシヿ有ヲ以テ不
召仕菊女之ヲ聞大キニ憤テ怨言ヲ吐ケル故秀
吉公御手討ニシ玉ヒシ女ナリ兩人ノ者此事ヲ
知ルヘキヿナシ如何ナル因緣アツテ此女ヲ出
シケルヤアラ薄情ヤト思ハヌ者ナシ果シテ秀
吉公顔色不快ニテ術師ヲ出サ令ム秀吉公宣ク
此者共ノ術竒怪千萬也是必南蠻寺ノ殘黨共ナ

ルヘシ召捕ヘテ栲問スヘシト命セラル卽時ニ
兩人ヲ召戒糺明セラル〱處告須蒙壽問ノ兩人
ト白狀明白ナリケレハ天正十六年九月十九日
粟田口ニ於テ磔罪ニ行ハル是ヨリ京大坂ハ勿
論諸國二令ヲ傳ヘ密ニ内證ニ天帝ノ畫像ヲ掛
テ眞言ヲ唱ヘ信仰スル者共嚴密ニ僉議アリケ
レハ此時ニ大方此宗門斷絶ス
天正十六年ヨリ同廿四年ヲ歴テ慶長十六年西
國肥後國ニシテ加藤肥後守淸正病死アリケレ
ハ其節ヲ窺ヒ肥後國宇登郡ニ梅庵カ弟子アツ

テ天帝宗ヲ内々ニ弘法シ同郡船井村實興寺ト
云禪寺ヲ打破リ眞藏主ト云僧ヲ追出シケレハ
其僧怒テ江府ヘ下リ寺社所ヘ訴達ス則關東ヨ
リ官使下著シテ徒黨ヲ糺明シテ宇登郡靜謐ス
慶長十六年ヨリ十六年過テ寛永三年ノ頃ヨリ
六十六部ノ如キ者丹波近江等ノ近國其外逺國
ヘモ徘徊シテ金銀ヲ與ヘ三世鏡ヲ見セ勸メ廵
ル者アリ諸國又此宗發スル由相聞ヘケレハ廳
所ノ官使嚴ク糺明シテ攺セサル者共ヲ召捕
一人ツ〱俵ニ入レ京都三條河原大坂御城ノ馬

塲堺七道ノ濵此三箇所ニ五十俵宛積上ル攺宗
ノ願ヒ有ル者ハ俵ノ儘コロヒ出テ願ヲ達ス願
所ノ宗門ヲ聞其寺ノ寺僧ヲ呼ヒ其寺ノ檀那ニ
仕ル旨證文ヲ奉行ヘ差出ス是レ寺手形ノ始ル
所ナリ攺宗スル者ヲコロフト云モ是等ノ節ニ
始ル事ナルヘシ其節逺州敷智郡炭㧞ト云處ニ
此宗門起ル是ハ告須蒙カ暫ク此國ニ止リシウ
チノ弟子共ナリ奉行所ヨリ之ヲ制止ス大坂ニ
テコロハヌ者三人内一人ハ錺屋七兵衞逆磔百
姓八右衞門同罪靑物屋惣吉ハ水責ニテ死ス京

都ニテ轉ヌ者四人内二人ハ磔罪二人ハ火焙泉
州堺ニテ不轉者三人内二人ハ磔罪一人ハ牛割
此時此宗門不殘斷絶ス
寛永三年ヨリ十二年過テ寛永十四年肥前國天
草嶋原ニ切支丹ノ一揆蜂起シ原ノ城ニタテ籠
ル關東ヨリ上使下著九州ノ諸家責圍テ翌十五
年寅ノ二月廿八日落城大將四郎ヲ細川家神野
佐左衞門討取男女二萬餘人原ノ城ニシテ滅亡
ス夫ヨリ永ク南蠻宗斷絶シテ再度不起此年寛
永十五年ヨリ南蠻イヌハニヤアマカハ呂宋ヱ

ケレス此四个國ノ船日本入津停止セラル
天正十三年南蠻寺破却ヨリ寛永十五天草落城
迄五十四年二至ルナリ

南蠻寺興廢記《割書:終|》

此書ハ切支丹根元記ト云書ノ大槪ナリ彼書ノ
發端ニ切支丹國ノ地理ヲ釋シコウシンビト云
國ノ大王日本ヲ奪取ンカ爲羣臣ノ内巨喜大臣
ト云者ヲ三千里西ノ吉利支丹ト云國ニ遣ハシ
其國ノ天林峯ト云峯ニ栴檀樹ト云木アリ其所
ニ住ムウルカンフラテント云破天連秘藏宗ト
云義ヲ修行シテ自在ヲ得タリ之ニ命シテ日本
ヘ渡來セシメ秘藏宗ヲ以テ日本ノ人民ヲ從ヘ
麾ケ置キ其ウヘニテ一鼓シテ取ルヘシトテ先
ツウルカンヲ渡セシヿ其外衆臣謀計ノ次第ウ

ルカン兩破天連ケリコリヤリイス兩イルマン
ノ計策等コレヲ載ト雖トモ日本ニテ見聞スル處
ハ可執之彼國ノ書モ傳ラス其國ノ談事何等ノ
口傳ヲ以テ書載タルヤ最モ不脫無疑故ニ發端
ヲ除テ此書ニ載セス
此書所謂南蠻切支丹國ノ地理ハ西川如見先生
ノ說ニ依テ書載スル所ナリ
今渾地ノ圖ヲ以テ見ル所亞細歐邏巴利未亞亞
墨利加墨瓦臘尼此五大州ヲ以俗ノ所謂世界ト
ス彼書ニ載スル所ノコウシンヒト云國四十二

州有テ日本等ノ類ニ非ス大國ナリト記トイヘ
トモ此五大州ノ中ニ見ヘス怪ムヘキナリ故ニ是
等ノ類ヲ省畧ス爰ニ於テ暫ク表題ヲ攺テ南蠻
寺興廢記ト號スル者ナリ

【白紙】

邪教大意         雪窗宗崔著
原ルニ夫。天文ノ末ニ商客アリテ。西夷イタリヤ
ノ國ロオマノ京ヨリ來テ。船ヲ豊後國ニ寄ス。其
船路ヲ尋ルニ西海ヨリ南方ニ向テユキ。南方ヨ
リ北方ニ向テ。日本ニ來ル故ニ。倭國ノ人ハ是ヲ
呼テ。南蠻人トスソノ船中ヲ見ルニ。商客棹郎ス
ヘテ二百餘人。其中ニ形服衆人ニ異ナル人。兩箇
ヲ見ル。一人ヲサンフランシスコシヤヒヱルト
云ヒ。一人ヲカスハルト云フ。此二人ヲ稱シテ。バ
テレント云フ。此ニハ和尚ト翻ス。又一人ノ伴者

アリ名付テロレンソト云。是ヲイルマントス。此
ニハ首座ト翻ス。此人日本和州ノ産カ本名ヲ了
西ト云。薩州ヨリロオマニ渡リ。天主教ヲ學ンテ
又日本ニ來ルナリ。其宗旨ヲキリシタント云フ。
コ々ニ於テ。ロレンソ。バテレンニ代リテ天主教
ヲ說テ。人ヲシテ宗門ニ歸セシムル者。凡百餘人
シヤヒエルハ宗旨ヲ弘通セント。暫日本ニ止ル
カスハルハ重テバテレン數人ヲ遣サンガ爲ニ
其明年ロオマニ歸ル然シテ後。シヤビエル遂ニ
國主ヲシテ宗門ニ歸セシメ寺門ヲ建立シ邪法

演說ス。此時ニアタリテ宗門ニ歸入スルモノ麻
粟ノ如シ。ソノ後三年ヲ經テ。ハテレン十一人。商
船ニ乗テ。肥前國平戸島ニ來ル。而後大村。島原。長
崎。天草。築前國博多。豐前國小倉。攝州大坂。山城伏
見。西京。ソノ外在々所々ニ於テ。邪法ヲ說テ。佛神
ヲ誹謗シ布施ヲ行シテ。男女ヲ傾動ス。是ニ因テ
其宗旨ニ歸スル者。アケテ記スヘカラス。而後或
門下生ノ才能アル人ヲヱラヒ。或出家人ノ道眼
ナキモノヲ取テ。寶祿ヲアタヘテ。彼ヲシテ僞テ
釋門ノ名□儒林ノ初學。及神道祭祀ノ法ヲキカ

シメテ。而後イルマントナシテ。渠ヲシテ。法要ヲ
說シム。爰ニ於テ虛妄ノ手段ヲ設テ。諸人ヲ誑惑
ス。先。自法ノ理路ヲアラワサス。他宗ノ教門ヲ謗
ラス。只布施愛語ヲ以テ。人ヲシテ其恩惠ニナツ
カシメ。而後ニ時々軟語ヲ出シテ。ヒソカニ自法
ヲ讚シ暗ニ他宗ヲソシル。其聼法人ノ。半信半不
信ノ時ニ至テ。ソノ人ニ告テ曰。キリシタン宗旨
ノ勝劣。法門ノ根源ヲ聼取セヨ。モシ我法汝カ心
ニ相應セスンハ。汝カ本宗ノ旨ヲ守ルベシ。若又
我宗ノ本源ヲ會得セハ。ワカ宗門ニ歸スベシト

ソノ人曰。唯然ナリ。願クハキカムヿヲ欲スト。爰
ニ於テ甚深秘法ト号シテ堅ク門戸ヲ鎻シテ。他
人ヲシテ法理ヲ聞シメズ。ヒソカニ法要ヲ說ク
モノ一七箇日。先初日ヲ謂テ。センキヨ談義ト云。
此ニハ他宗ト翻ス而三教ヲ排斥シ。諸神ヲ罵倒
ス。中ニ就テ釋門ヲ謗スル者。甚切ナリトス。故如
何トナレバ。釋教ニ未來ノ浮沉ヲ說テ。其影響自
法ニ似タル故ナリ。佛法ヲソシルノ中ニ於テ。又
巧ミアリ。南都ノ六宗ハ盛ニ世ニ行ハレス。天台
眞言二宗ハ。專ラ祈禱ノ法ヲ修ス。此故ニ。愚癡ノ

男女ソノ宗ノ名言ヲ知ラス。其宗ノ行相ヲ知ラ
ス。何况ヤ所依ノ經論。所得ノ見解ニ於テオヤ禪
宗。念佛宗。日蓮宗。此三宗ハ。今時盛ニ世ニ行ハル。
故ニ男女貴賤。名ヲ其宗門ニ安ンスル者多シ是
ニ依テ。諸人ソノ名相ヲ聞テ。皆マサニ云リ。佛法
ハタ〱當來ノ受樂ノ法也。人ノコレヲ知ヿ爰ニ
ツクセルノミ。知ヤスキカ如ナリト雖モ。實ニイ
マタ知易カラサル者ナリ。
初日ノ談義曰。夫佛法ハ。是無法ヲ以テ極則トス。
釋迦法ヲ迦葉ニ傳ユル偈曰。法ノ本法ハ無法也。

ト。若一切皆無ナラハ何ソ天地萬物アラム。是天
主デイウス天地萬物ヲ造リ。且又世人ヲ救フ大
因緣ノ法ニシテ。其理ヲ知サル故ニ虛無ノ說ヲ
ナシ。無法ヲ以宗旨トス。又大乗。小乗。權實。顯密。ト
多岐ノ法ヲ說バ。人ヲシテ途轍ヲ失シ徑路ニ迷
ハシム。故ニ今時諸宗ノ法師。皆妄法ヲ說テ。男女
ヲ誑惑ス。宗徒多トイヘトモ。先三宗ラアケテ。日蓮
宗ハ。釋迦佛ニ歸依シ法華經ヲ受持シ。口ニ題号
ヲ唱ヘ此功力ニ依テ死後寂光淨土ニ生セント
欲ス。コレ愚ノ甚キモノ也。夫釋迦ハ中印度淨飯

王ノ子ニシテ。乃是人ナリ。其人ナルヲ以テ。何ソ
ヨク人ヲ救ハンヤ。加之ス釋迦ニ五百ノ人願ア
ル者ハ。是天主デイウスニ對シテ。立ル處ノ誓願
也。ソレ願ト云ハ。能願アル人ハ。所願ノ主アルニ
因テナリ。若能受ノ天主ナクンハ。何ソ所立ノ願
アランヤ。世人此理ヲシラス。深ク是ヲ思フヘシ。
受持經巻何ソ用ルニ足ンヤ。上天ハライソヲ除
テ。外ニ安樂ノ處ナシ何ノ寂光カコレ有ンヤ。念
佛ヲ宗トスル者ハ彌陀佛ヲ頼ミ。口ニ名号ヲ稱
シテ。此功力ニ因テ。西方淨土ニ生セントホツス。

此義ンカラス無量壽經曰。昔有_二國王_一棄_レ國 ̄ヲ捐_レ王 ̄ヲ作_二
沙門_一 ̄ト号 ̄シテ曰_二法藏比丘_一 ̄ト在_二 ̄テ世自在王佛 ̄ノ所_一 ̄ニ建_二立 ̄シ四十八
願_一 ̄ヲ修_二 ̄シ淨土之業_一 ̄ヲ。莊_二嚴 ̄シ佛國_一 ̄ヲ所願成満 ̄シテ安_二住 ̄シ西方_一 ̄ニ而後
号_一 ̄ス阿彌陀 ̄ト。コレ又人也。世自在王ト云ハ。是何ソヤ。
天主デイウス天地世界ヲ造リ。有情非情ヲ生ジ
テ。天地世界ニ於テ。大自在身ヲ現ス。是故ニ世自
在王ト稱ス。西方淨土トハ。下界ノ人間世コレ也
彌陀ヲ念ジ。西方ヲ願フ人ハ愚ノ至ナリ。禪宗ト
ハ世尊拈華迦葉微笑。教外別傳。不立文字。直指人
心。見性成佛。コレヲ最上乗ノ禪トス。然トイヘトモ。

天主。無始無終ニ比スレハ。則過高ノ言說。虚無ノ
宗㫖也。僧問_二趙州_一 ̄ニ狗子還 ̄タ有_二 ̄ヤ佛性_一也無 ̄ヤ。州日無 ̄シ。此一
則之話頭。釋迦一代ノ極妙。諸佛頂上ノ宗㫖ト只
無ノ一字ヲ以テ。他ノ問頭ニ荅フ是何ノ謂ソヤ。
デイウスアルーヲ知サル故ナリ自語成佛ト。說
クモノハ。虛妄ノ法也若デイウスヲ賴スンハ何
ソ天上ノ快樂ヲ得ンヤ夫神祗ト云ハ。人夗シ。テ
後。ソノ子孫タル人宮社ヲ造リ先祖ヲ崇ム。或ハ
人死テ後。其靈魂怨靈ト成テ。人ヲ感動スソノ靈
ヲ崇テ。以神明トス。或畜生ノ靈。人ヲ惱スヿアリ

生滅ト翻ス。先數多ノアンシヨヲ作リテ。常隨給
仕ニソナフ。其中ニ首長アリ。ルスヘルト云。萬德
ヲ具シ。自在ヲ得ルヿハ。デイウスト一般ナリ。次
ニ天地世界。森羅萬象ヲ造ル。ソノ法イカンヒイ
ヤツノ一聲ヲ以テ。一切世界ヲ造ル。テイウス能
生ノ一念ヲ起ス時。則萬物出生ス其後。タマセイ
ナノ淸淨ノ土ヲ取テ。男ノ子ヲ作リテ。アダント
名付。アダンヲシテ三時睡眠セシメテ。右ノ脇ノ
一骨ヲ取テ。地臺トシテ。女人ヲ作リ。エワト名ツ
ク。此二人ヲ以テ。夫婦トシ。テリアリノ國_二居シ

ソノ靈ヲ祀テ以。神トス。皆是妄法ナリ。人畜ノ靈
何ソ。好事ヲ人ニ與ンヤ。是故ニ社堂ヲ破壞シ佛
神ヲ燒却スル者ハ。ミナ是デイウスニ奉スルノ
大勲功ナリ。抑キリシタンノ宗旨ト云ハ。デイウ
スヲ賴テ死シテ後ハライソニ生シ。不滅ノ身ト
ナリ。無量ノ快樂ヲ受ク。是上方十天ヲ過テ天ア
リ。名付テハライソト云其天ニ主アリ。名ツケテ
デイウスト云。則是无始 ̄ノ无終ノ尊體。天地萬物ノ
作者。智惠ノ源。慈悲ノ源。憲法ノ源。萬德ノ主。自在
ノ身ニシテ是ヲスピリツノ體ト名付。此ニハ不

ム。此國ハ世界中ノ上安樂ノ處ナソ餘國ハミナ。
鳥獸ノ住處トフ。壽命長逺ノ果ヲ造リソノ食物
ニ充ツ。此菓ヲ食スル者バ。不生不滅身トナル又
禁戒シテイハク。諸本ノ中ニ於テマサンノ果ア
リ。コレヲ食スルヿナカレ。若此果ヲ食セハ。鳥獸
ノ住處ニ墮シテ生死勞苦ノ身ト成ヘシト。是故
ニ。物ノ始アリ。終アル者ハ。鳥獸艸木是也始アリ
終ナキモノハ。天地鬼神及人ノ靈魂コレナリ天
主ハ則无始无終ニシテ。萬物ノ始タリト。然シテ
後カノルスヘル我カ天主ノ。其德位ヲ固フスル

ヲ見テ天主ノ位ヲ奪ント欲シテ。諸アンシヨヲ
黨ス時ニ天主瞋眼ヲ起シテ。ルスヘルヲ下界ニ
追放シテ。大火坑ヲ造テ。此火焔ノ中ニオク。是ヲ
インヘルノト名付。此ニハ地獄ト翻ス。コ〱ニ於
テルスヘル曰。願クハ我レアダン夫婦ト。ソノ受
苦ヲ同フセムト。乃チ自ラ身ヲ化シテ天狗ト成
テ。テリアリニ行テ。エワニ謂テ曰何ソマサンノ
果ヲ食セサル。エワカ曰。天主マサンヲ食スルヿ
ヲ禁ス。天狗曰。マサンヲ食スル者ハ。大自在ヲ得
テ。天地ヲ造ル者トナリテ。我天主ト其德位ヲ同

フス故ニ天主深ク此レヲ禁スル也。請此果ヲ食
セヨ。エワコレヲ取テ食ス。アダン曰。何物ヲ食ス
ルヤエワカ曰。天狗ノ教ニ依テ。マサンヲ食ス。ア
タン曰我モマタ食スベシト。乃チ取テ食ス。故ニ
天主。此夫婦ヲ下界ニ追放ス末世衆生ソノ子孫
ナルヲ以ノ故ニ。生老病死ノ身トナル也。デイウ
リシト生ズ。自ラ曰。我ハ是ハライソノ主。無始無
終ノ尊。天地ヲ造作シ萬物ヲ建立セル。デイウス
ノ化身也。衆生ノ後世ヲ救ンカ爲ニ。假ニ世間ニ

降生ス。我カ教ニ隨テ。一タヒ天主ヲ賴ムモノハ。
タトヘ罪惡山ノ如クナルモ。則消滅シテ。主コレ
ニ天堂ノ樂ヲ與フ。然リト雖トモ。修行ニ淺深アリ。
苦樂モ亦然リ。共淺深四アリ。一ニハ他ノ宗門ニ
歸シテ後生ヲ求ル人ハ。彼天ニ生スルヿ能ハス
シテ空クインヘルノニ墮ス。テイウスヲ除ヒテ
外ニ別ニ世界ノ主ナキガ故ナリ二ニハキリシ
タンノ宗旨ニ歸ストイヘトモ。修行成満セスシテ。
天主ノ許可ヲ受サル者ハ直ニ彼天ニ生スルヿ
ヲ得ス。先アルカタウリヤニ在テ。苦ヲ受ル者輕

微ニシテ快樂ナシ。此處ニ在テ劫數ヲ歴テソノ
業因ヲツクシテ。而後デイウスノ許可ヲ受テ。彼
天ニ生シテ快樂ヲ受ク。三ニハ修行成満シテ。天
主ノ許可ヲ受ル者ハ直ニ彼天ニ生シテ。寶殿ニ
坐シ自然ノ衣ヲ被テ。不死ノ藥ヲ服シ無始無終
ノ身ト成テ。大安樂ヲ受ル也。四ニハ國法ニ因テ。
此宗ヲ禁制スルノ時宗旨ヲ攺メス。身命ヲ惜マ
ス。マルチリニ逢テ死スル人ハ。修行ノ淺深ニ拘
ラス。天主ノ許可ヲ待ス。タ〱チニハライソニ生
シテ。安樂ヲ得ルナリ。又天地滅盡ノ時アリ。名付

テジユイソゼラルト云此ニハ普同推明ト云。劫
末ノ時。天主ノ指揮ニ依テ。天地世界ヲ燒却シ有
情非情ヲ滅盡ス。然テ後。諸人再活シテ。又本形ト
ナル。善所ニ生スル人ハ。身光自ラ照シ。惡處ニ墮
スル人ハ皮骨連立シ。而後ミナジユテヨノ國ジ
ヨサツノ谷ニ集會ス天主降下シテ。善人ヲ引テ。
右ノ座ニ安シ惡人ヲ引テ左ノ座ニ安シテ善惡
ヲ分チ。輕重ヲ定ム惡人ハ永クインヘルノニ墮
シテ。苦患ヲ受ケ。善人ハ天主ニ隨ヒハライソニ
生シテ快樂ヲウクト云。昔キリシトジユデヨノ

國ゼルサレンノ京邊ニ於テ。此法ヲ說シ時ニ。此
宗門ニ歸入スル人雲霞ノ如シ。ヂツタス嫉妬ノ
心ヲ起シ。ゼルサレンニ行テ守護代ヒラアトス
ニ告テ曰。キリシト邪法ヲ說テ。萬民ヲ惑亂ス。請
此人ヲ誅セヨト守護乃チ軍兵ヲ遣シテ。キリシ
トヲ捕ヘ。カルワリヨノ山ニ於テ。十字ノ架ニ懸
テ。刺殺ス。キリシト曰。我衆生ノ後世ヲ救ンガ爲
ニ。心ヲ甘ナヒ。身ヲ捨テ十字ノ架ニ懸テ衆生ニ
代リテ苦惱ヲ受テ。以其罪ヲ贖フト。ソノ後七日
ヲ歴テ。再活ス。種々ノ竒特アリ。コレニ因テ諸人

恭敬スルヿ限ナシ。其後生身ニシテ天上ニ升リ
去ル。然ル時ハ。此法ヲ除キテ。別ニ人ヲ救フノ道
ナシ。今生ハ一夢ノ中ナリ。早ク此宗旨ニ歸スベ
シト。此法ヲ說ク時。ソノ聽法ノ人。宗門ニ歸セン
ヿヲ請フ爰ニ於テバテレン授ノ法ヲ行フ。始テ
宗徒ニ成ル人ノ額ノ上ニ。白キ手巾ヲ置キ。手ニ
蝋燭ヲ持チ。口ノ中ニ鹽ヲ入レテ。バテレン水ヲ
取テ。其人ノ頂上ニ灌ク。誦文アリ。又バテレンノ
室ニ入レテ。懴悔ヲ投ス。此時ニ麥ノ餅ヲアトウ。
是ヲ受テ食ス又蒲萄酒ヲ與フ。コレヲ受テ飮ム

又ソノ後。司バテレンニ逢フ。其時司十文字ヲ其
額ニ書ス。油ヲ取テソノ人ノ頭ニヌル。手ヲ以テ
其人ノ右ノ面ヲ打ツ。而後日用中ノ所作ノ行法
ハ。茶。飯。ニ逢フ時ヲ以テ十文字ヲ學ヒテ。飮食ス
又背後ヲ打テ血ヲ出シテ。此功力ヲ以テ。罪障ヲ
滅ス。又朝暮珠數ヲ持テ。オラツシヨヲ唱フ。頸ニ
タリキノ物ヲカケテ。其外種々ノ別行アリ。又人
ヲシテ。一心ヲ此宗旨ニ决定セシムルノ教アリ。
名付テヒイテスト云タトヘ。大千世界ノ石ハ銷
スル日アリトモ我一心ハ終ニ變易ナケント。此

一念ヲ起ス時。峯ヲ取テ谷トナシ。海ヲ取テ山ト
ナスヿ。難カラス。此意趣ヲ書シテ。血判ヲ押テ。以
ヱキレンシヤニ納ム。爰ニハ寺院ト翻ス。又人ヲ
シテ志願ヲ起サシムル教アリ。名付テカラサト
云。此ニハ合力ト翻ス。國法ニ依テ。此宗門ヲ禁制
スル時ニヒイテス堅固ノ人ハ。一心ヲ宗旨ニ歸
シテ。身命ヲ世間ニスツ。或倒懸ノ苦ヲ受。或猛火
ノ刑ニアフ。此時ニ當テ。片時ノ中一心ニ天主ヲ
念シテ。呵責ヲ受。苦惱ヲ忍フ。則天主ソノ人ニ代
リテ。其力ヲ合セテ。苦ヲウク此故ニ其人ノ苦惱

頓ニ脫シテ。刹那ノ頃ニ。天上ニ生シテ樂ヲウク。
故ニマルチリニ逢テ死スル人ハタトヘ君父ヲ
コロスト雖モ。罪ナシ。天主ノ許可ヲ受ル故ナリ
ゼスキリシト此宗門ニ建立シテヨリ。今歲正保
五年ニ至テ。此千六百四十七年ナリ。

【白紙】

【白紙】

【白紙】

【裏表紙裏 遊紙剥離】

【裏表紙】

【背】

【小口】

【版心】

【小口】

【帙】

【帙・原本】

【帙

【帙】

BnF.

BnF.

BnF.

紫式部は越前守ためときかむすめなり
源氏物語をつくりて
天下に名をひろめ
たりくはしくは
かの物かたりの
おこりに有
神代には
 有もや
  し
   けん
さくら花
 けふのかさしに
       おれるためしは

BnF.

公長略畫 軋

公長畫譜

【七福神の絵】

   正月
正月
      ニ月
 二月

正月
二月 三月

四月
   五月

三月
四月
   五月

六月 七月
   八月

  九月 十一月
十月

十二月

.

【表紙 題箋】
東都勝景一覧  上

【資料整理ラベル】
JAPONAIS
 633
 1

【白丸ラベル内】
JAPONAIS
633

【四角ラベル内】
Vent Emile Javal 27 Novembre 1933
183 Katsushika Hokuai.Toto Meisho Shokei Ichiran.Paysages celebre
Preface non signee. Fin signee:Hokusai
Tatsumasa ou Sensei et datee
12e de Kwansei(1800) . Editeur Tsutaya
Junzaburo a Yedo. Graveur Ando Enshi.
2 vol. contenant 40 pages de gravures en couleurs.
【ラベル枠外】
Don.7605

さきに江戸桜と題して大江戸
の勝地を絵にものせる草紙あり
いままたそれにつき木してむさし
野ゝくま〳〵残なうさきにほはせん
とすいてやをちかた人にものまうす
みてのみやてふこゝろしあらはねこ
してうつせる紙絵のひと巻手こと
にとりて家つとにせよといふ
【欄外上部】JAPON 633 (1)【下に以上ひと括りの印】

【右丁】
   品川
    自得庵
     花咲翁
千万の船の
 荷物も
  あまりなく
 江戸のきせうの
  ■【よカ】くさばけたり

   為善堂
    最楽
つとゆかば
 波やよせなん
  しほ干かた
 沖へはよしに
  品川の浦
【左丁】
   不了軒
     止安
見渡せは
 助六がいふ
安房上総
羽子田の
 鼻へはひる
    親船

   市人
あそぶ日は
 海苔(のり)とる舟も
  品川の
すへあげてほす
 浦の初春

【右丁】
   梅屋舗
     亀長命
夜もすから
 恋猫(こひねこ)ほどに
   梅かへは
うかれ歩行(あるく)や
  軒のはる風

   外山花盛
来る
 はるの目には
   みえねど
 庭もせの
はなでしらるゝ
 けさの
   梅か香
【左丁】
   垣橙人
いくとせを
 ふりてかこゝに
   臥龍(ぐわりよう)梅
 みきは
  うろこに
  なりて
  見ゆらん

   堪忍吾綾
長閑さに
 梅も臥龍の
   名におひて
 うごかすくもは
   鶯のゑは

【右丁】
   三圍
     望月牧広
あわ雪の銀にて
  春の千金も
 鳥居のかさは見えぬ
      みめぐり

     板谷棟成
たをやめが
 薄化粧(うすげしやう)なる
 春の雪
 そのみめぐりや
 かたちまでよし
【左丁】
   イ学亭
     土師得
まつち山
 白き
  木末(こずゑ)は
   遠目鏡
花のさきかと
 みゆる
 あわゆき

     堀川亭石丸
待乳山
 まつかひ有て
  しら雪の
友もおちあふ
  初買(はつかひ)のころ

【右丁】
   王子
     呉服堂織悑
枝高み
 雲のとばりと
  見るまでに
 花の王子の
   春はときめく

     青草庵春人
きつねより
盛(ざかり)は人を
まどはせて
雪と化(ばけ)たる
山の桜木
【左丁】
     仁義堂道守
あらそひの
すきてわらへる
わうじ道
うしろ奴(やつこ)に
まへ坊主持

     花川亭高丸
是もまた
 みやげに
  したや狐ほと
霞の袖に
 うごくはる風

【右丁】
飛鳥山
     綾羽亭織主
形城も
 つれて
  王子や
  飛鳥山
ひとつ穴なる
 狐ともとち

     夷国人
あすか山
 土器(かはらげ)ほどに
  さかつきも
上手に
 なげて渡す
   御手もと
【左丁】
   巴曲亭桃李
飛鳥山
 日々くるゝ
    とも
  花の雪
照らして
 よまん碑(いしぶみ)の
   文字

   崔脛永喜
家つとに
 をらぬ
  ものから
 さくら花
 あたり
  隣へ目を
   くばりみん

【右丁】
   日本橋

     東田舎丁稚
さしみにも
浪をうたせん
まなはしの
にほん橋より
出る初かつを

     朝倉庵三笑
不尽(ふじ)山を
 かけ物にして
   日本橋
 なりは丸卓(まるしよく)
  江戸の中王(ちうわう)
【左丁】
     南枝春告

初かつを
 直はいはねとも
  小判ぞと
いびつを見する
  肴(さかな)はんたい

   重宝堂為住
夏来れは
 富士も青みて
   初/松魚(かつお)
 ともに
   ねたかく見る
     日本橋

【右丁】
亀井戸天神
  茅原庵秋風
竹垣に
 ちとせを
   かけて咲花は
つるにゆかりの
 亀井戸の藤

  智袋庵有民
花ふさは
 たれし錦(にしき)の
   綾なれや
たてる四神(ししん)の
  亀井戸の藤
【左丁】
  篠夫越方
行かひに
こゝろつなぐや
御神馬(ごじんめ)の
手綱のそめの
紫の藤

   東山堂数良
咲出る
 藤の
  つるべに
 朝露も
くむかと
 ばかり
 みゆる
  亀井戸


【右丁】
  隅田川

   峯巒亭
    蔵人
涼しさは
筏(いかだ)の丸太
長/縄(なは)の糸を
あてたる
中すみだ川

   林心亭
    宇満喜
熟(じゆく)したる
 梅の味なる
  すみ田河
すゞしく思ふ
 横堀(よこほり)の口
【左丁】
   桜下堂寿歴
味酒(あぢさけ)の
 すみだ
   河原に
    盃(さかつき)の
ひだりへ
 うけて
  聞時鳥

   三尺庵二鷹
隅田川
 すめば
  ゐなかも
   都鳥
わたりに舟の
 ともは
  有けり

【右丁】
 両国

 玉川亭
  友呼

夕立の
はれて
 涼しき
 ふねにまた
鳴神と聞
 橋の行かひ

 蓬志満人

花火見る
 空に二つの
  星下り
かさゝぎならぬ
 両国の
   橋

【左丁】
 萩永持

一目にも
 に本
  あぐる
 花火とて
両国に
 よる舟の
 みよしの

 紫色菴蔓人

ふじ筑波(つくば)
 左右(さう)にみつれは
   風の手の
 両国はしの
  袂(たもと)すゞしき

  山王祭
   真字唐文
おさまりし
 御代は朝から
  くもりなく
はれし日吉(ひよし)の
 山王まつり

   明石浦人
小利口(こりこう)に
 拍子(ひやうし)きく
   子を親心
ついても
 出たき馬鹿(ばか)
  ばやし哉

【裏表紙見返し】

【裏表紙】

BnF.

BnF.

BnF.

《割書:和漢|名筆》畫英

椿水仙

墨竹

琉球傾城之圖

BnF.

BnF.

【巻物らラベル】JAPONAIS 4606 3

【巻物上or下

【巻物上or下】

【巻物表紙&紐】
【ラベル】JAPONAIS 4606 3

【見返し】

    御行幸の次第目録
一将軍様御むかひに御参内なされ則御ほうれん のさきへ御供の事
一諸大名衆供の事
一御公家衆御供の事
一御鳳輦の事
一関白殿御供の事
【絵の中】
 板倉侍従

【絵の上下二段右から順に】
是よりみな諸大夫
 あかしやうそく
松平和泉守       松平
小笠原         山城守
  右近太夫      松平飛騨守
松平周防守       本田
本多          伊勢守
下総守         牧野駿河守
松平河内守       藤堂大学頭
松平          有馬
對馬守         兵部少輔
加藤式部少輔      浅野采女正
本多甲斐守       水野隼人佐
岡部内膳正       戸田左門
菅沼織部正       京極修理太夫
南部山城守       寺沢兵庫頭
鍋嶋紀伊守       水野
松平加賀守       紀伊守
松平若狭守       松平左近太夫
水野和泉守       戸田采女正
前田大和守       堀
金森出雲守       兵庫太夫
岡部美濃守       堀丹後守
黒田甲斐守       三宅大膳正
畠山長門守       黒田市正
真田河内守       織田
            丹後守
            秋田河内守











杦原伯耆守   溝口
織田越後守   伯耆守
一柳監物    織田
松下      美作守
石見守     九鬼長門守
松浦肥前守   大田原備前守
池田備中守   伊藤修理太夫
中川      小出大和守
内膳正     石川
徳永左馬佐   主殿正
        稲葉讃波路守
木下      賀藤出羽守
右同太夫    佐久間大膳正
森伊勢守    青木甲斐守
谷出羽守    片桐石見守
遠藤      平野遠江守
伊勢守     本多周防守
片桐主膳正   山崎甲斐守
小出      相郎
對馬守     左兵衛
木下      片桐出雲守
宮内少輔     
嶋津      高橋伊豆守
右馬助     長谷川
分部      式部少輔
左京進     竹中
伊藤      丹後守
若狭守     一柳
舞田権助    美作守

五嶋淡路守   桑山左衛門佐
一柳丹後守   松倉長門守
本田      池田出雲守
飛騨守     戸川
立花主殿守   土佐守
溝口出雲守   佐久間
遠藤      信濃守
但馬守     小出大隅守
土方      古田
丹後守     兵部少輔
溝口      相郎
伊豆守     壱岐守
桑山加賀守   関兵部少輔
掘田      細川
兵部少輔    玄番頭
井上      竹中筑後守
淡路守     小出遠江守
秋月長門守   日根野
石川伊豆守   織部頭
横山土佐守   内藤豊前守
竹中      三浦監物
采女正     水野河内守
野次      佐久間
美作守     河内守
土方      三好
掃部頭     越後守
仙谷大和    加賀爪
河勝信濃守   民部輔少







朽木兵部少輔   京極主膳正
有馬蔵人     大家
高力左近太夫   民部少輔
阿部       井上河内守
修理太夫     藤堂左兵衛
本田能登守    本田将監
成瀬伊豆守    田中
掘市正      主殿頭
神尾       三浦
宮内少輔     志摩守
小笠原      水野摂津守
壱岐守      秋田隼人
酒井主膳正    小笠原出雲守
嶋田民部少輔   高林河内守
左野佐京進    酒井
松平       加賀守
兵部少輔     根木民部少輔
池田帯刀     松平伊豆守
脇部玄番頭    安藤右京進
阿部豊後守    稲葉丹後守
内藤伊賀守    酒井讃岐守
松平越中守    

ことねり     同

ことねり
さうしき
酒井雅樂守
   くろしやうそく

【下部に「下七」の文字】
はくてう     はくてう
はくてう廿人   はくてう
         はくてう
         はくてう

これよりたちわきの
衆あさきのかりきぬ
にはくをきて

三好庄左衛門   能勢治左衛門
北条久五郎    長谷川縫殿助
内藤主馬助    内藤傳左衛門
前田与兵衛    森九郎左衛門
花房勘右衛門   跡辻民部少輔
能勢小十郎    駒井次郎左衛門

賀藤勘右衛門   氷見新左衛門
細尾主殿頭    野衛宮外記
新庄勘助     瀧川三九郎
林丹後守     多加左近太夫
井上源助     大久保源次郎
佐藤勘右衛門   粂山内匠頭
徳山五兵衛    加藤平内
松平勘兵衛    一色佐兵衛

随身       随身
井上清兵衛    秋山十右衛門

御長刀   力者
御牛飼副二人
牛二疋
うしかひ二人
   うし飼舎人二人

将軍様   御車

布衣十二人
ゑほしき四人

御牛飼よりもち
権御随身
三人下臈随身
二人御馬や舎人
馬そへ八人

   ほうい   ほうい

尾張大納言くろしやうそく
 うま副六人
 ほうい六人
 そへとねり二人
 はくてう八人

     はくてう

諸太夫 《割書:あか|しやうそく》
           諸太夫
             あかしやうそく
成瀬隼人       竹越山城

   はくてう        はくてう

           ほうい

紀伊大納言
   くろしやうそく
 ともの人数右同然
           はくてう

   はくてう

諸太夫        諸太夫
 あかしやうそく    あかしやうそく

水野淡路       安藤帯刀


     ほうい    ほうい

駿河大納言くろしやうそく

     とものしゆ
     右同然

       はくてう

諸太夫         諸太夫
 あかしやうそく     あか
              しやうそく

朝倉筑後        鳥井土佐

              はくてう
【欄外「下十三」】

       ほうい

水戸中納言
くろしやうそく

ともの人数右同
       はくてう     はくてう

  諸太夫        太夫諸
  あかしやうそく    あかしやうそく

村瀬左馬         中山備前

       はくてう

          ほうい

仙臺中納言
   くろしやうそく

   馬そへ二人
   布衣六人
   副とねり二人
   いかひ【牛馬を預かる者】一人

          ほうい

加賀中納言
    くろしやうそく

   とも右同
          はくてう

薩摩中納言
   黒しやうそく
     とも右同

越前宰相くろしやうそく
     とも右同

備前宰相
   黒しやうそく
     とも右同

會津宰相
   くろしやうそく
   ともの人数右同

是よりみな黒しやうそく
美作中将    秋田少将
長門少将    豊前少将
若狭少将    仙臺少将
米沢少将    因幡少将
毛利甲斐守   丹羽五郎左衛門
沢山少将    森右京太夫
柳川侍従    稲葉侍従
大野侍従    山崎侍従
中務侍従    安波侍従
丹後侍従    伊達侍従
織田侍従    秋田侍従
安藤侍従    對馬侍従
土佐侍従    筑前侍従
肥前侍従    松山侍従
肥後侍従    姫路侍従

出雲侍従

是より四ほんの諸太夫
郡山侍従     松平大和守
松【?】平土佐守 松山右京太夫
有馬玄番     生駒壱岐守
南部信濃守    寺沢志摩守
水野日向守    松平讃岐守
松平丹波守    松平式部少輔

御内供の
うら笠五十本

将軍様御供次第

将軍様 御供次第
   以上
さて此次に右上巻
にしるし申公家しゆ
みな〳〵
御ほうれんのさき
へ御ともなされ候

きょくろく一つ
きんしやうくわう
ていの御ふた
きりの箱四つ
金のほこ一ほん
たい四つ
しよくたい二ほん
 右の奉行出納豊後守
     あかしやうそく

楽人五十人

隼人のひやうし廿人

     ほうい     ほうい

御ほうれん

四ふのかよてう四人
さきかりかよてう四十人
地下外道以下四十人

     はくてう  
     はくてう
     はくてう

近衛殿御家の
公卿殿上人
同諸太夫いつれ
もさきへ騎馬
にて御とも

   近衛関白左大臣

      ほうい   ほうい

酉刻に二条の御城へ

長■■四丁
つりこし十三てう
黒ぬり三てう
   以上

御行幸の次第大かた右のゑにもま
なふといへとも事もおろかや是
は物其数ならすのときのけつかう
さなか〳〵筆舌にもおよひかたし
きやうらくちうのけんふつ国々
よりきゝつたへきせんくんしゆの
てい此くにはしまりてより此方き
ろくにもあらわれすほり川をもて
の■■しきは金きんをもつてか
さりさて御行幸のてい公家てん
しやう人其外やく〳〵の次第けつ
かうさしやうひちりきくわんけん
にてやうかうならせたまへはほん
てんまてもひゝくやらんときこへ
けりかやうの事遠国遠里のかた
わらにはみる人もよもあらし左
様の方〳〵にあらましとはなか
〳〵申すに及はされとも見せ申さん
そのため?大方ゑにもまなふなり
もろこし我朝にもたくい及ふとそ
きこへけり

【文字なし】

BnF.

BnF.

【外表紙】

【表紙見返し】
日本語 347

【表紙見返し】

1801

【表紙、題箋】
繪本前太平記 一
【付箋】
「 3
 Je hon Zen dai Fei Ki
   Illustrations de l'Histroire
 de la Maison Dai Fei des
  Japon
   Ohosaka 1824, 5 Vol,」

【熟語、名詞、人名の中央、右旁、左旁に棒線あり、これを略す】
近代丹靑 ̄ノ諸家。和漢雜出 ̄シ。
萬象子細極 ̄メテ_レ竒 ̄ヲ盡 ̄シ_レ精 ̄ヲ競 ̄テ
為(ナス)_レ巧 ̄ミヲ。然 ̄レトモ筆勢繊弱 ̄ニシテ而 失(ウシノフ)
古法 ̄ヲ_一者不 ̄ル_レ鮮 ̄ナカラ矣。今乃(イマシ)江南
法橋岡田玉山 ̄カ所 ̄ロノ_レ製 ̄スル繪本
前太平記。衣冠甲冑。各〳〵用 ̄ヒ_二

古代之製 ̄ヲ_一。戦争角逐。凛乎 ̄コトシテ
如 ̄シ_レ生 ̄スルカ_レ風 ̄ヲ可 ̄シ_レ謂 ̄ツ善 ̄ク合 ̄スル_二 天機 ̄ニ_一
者 ̄ナリト也。聊 ̄カ記 ̄シ_二其 ̄ノ概 ̄ヲ_一應 ̄スト_レ需 ̄ニ云
寛政甲寅仲冬
  平安  荼蘼園主人
       【角印】

【肖像画あり】
清和(せいわ)天皇(てんわう)第六(だいろくの)
宮(みや)中務(なかつかさ)卿(けう)正(しやう)四(し)
位(い)上(じやう)貞純(さだずみ)親王(しんわう)

【幡、剱を受ける図】
抑(そも〳〵)源家(けんけ)の濫觴(らんしやう)を尋(たつぬる)に人 王(わう)五十六
代清和天 皇(わう)第(たい)六の宮(みや)中務(なかつかさ)卿(けう)
貞純(さだずみ)親王(しんわう)と申たてまつるは
一条大宮 桃園(ももその)の宮(みや)に住(すま)せ玉ふ
御 子(こ)經基(つねもと)王(おヽきみ)は第六の皇子(わうじ)の御(おん)
孫(まご)なるにより六 孫王(そんわう)と称(しやう)し
奉(たてまつ)る延喜(ゑんき)七年十月五日御年
十五 歳(さい)にて御 元服(げんぶく)あり右馬介(むまのすけ)
に任(にん)し正(しやう)六位(ろくい)上(せう)に叙(じよ)せらる
此時 始而(はしめて)源(みなもと)の姓(せい)をたまはり
日本の大(だい)将軍(しやうぐん)武士(ぶし)の棟(とう)
梁(りやう)たるべしとて白 幡(はた)
一ながれ螺鈿(るてん)の
御剱(きよけん)一 振(ふり)を相(あい)
そへて下(くだ)し
玉わりける

【剱を授ける貞純親王】
經基(つねもと)王(きみ)謹(つヽしん)で
頂戴(てうだい)あり大
将軍(しやうぐん)の職(しよく)は
臣(しん)が才(さい)にあ
らすと再(さい)三
謙辭(けんじ)し
給(たま)へども勅(ちよく)
命(めい)已(やむ)ことな
く領掌(りやうじやう)ある
まことに由々(ゆヽ)敷(しく)
こそ見へにける是(これ)
則(すなわち)源氏(げんじ)の大 祖(そ)一 流(りう)
 の正統(しやうとう)もつとも
  かくこそあるへけれと
   称嘆(しやうたん)せぬは
    なかりける

【出産の祝いの使者たち】
經基(つねもと)の王(おヽきみ)の御(ご)簾中(れんちう)
は武蔵(むさしの)守(かみ)橘(たちはな)の敏有(あつあり)
の御むすめなり
懐妊(くはいにん)の御気(みけ)しき
まし〳〵月(つき)満(みち)て延(ゑん)
喜十二年四月十日
西(にし)八 条(じやう)の宮(みや)にて
御産(ごさん)恙(つヽが)なく御
男子(なんし)誕生(たんじやう)まし
〳〵ける後(のち)に
多(たヾ)田の満仲(まんぢう)と
て文武(ぶんぶ)兼備(けんひ)の
良将(りやうしやう)は此(この)若(わか)
君(きみ)の御(おん)事なり
祖父(そふ)の親王(しんわう)父(ちヽ)の
王(おヽきみ)は申も愚(おろか)なり

【御所の様子】
御(こ)所中(しよちう)のよろこ
び御 門葉(もんよう)はいふ
にをよばす諸国(しよこく)
の大 名(めう)小名(しよふめう)
より綾羅(りやうら)
金銀 馬(むま)鞍(くら)
など我(われ)おと
らしと舁(かき)
續(つゞけ)させ賀(が)し
申されけり
誠(まこと)に源(げん)家
繁榮(はんゑい)の相(そう)
 なりとめで
  たかりける
   ことども
      なり

【夢を見る氏光】
同十六年五月七日 貞純(さたすみ)
親王(しんわう)桃園(もヽその)の宮にて薨(こう)
じさせたまひける爰(こヽ)
に府生(ふしやう)紀(きの)氏光(うぢみつ)といふ
もの夢(ゆめ)に朱樓(しゆらう)金(きん)
殿(でん)いらかをなら
べたる仙 室(しつ)に
いたるに其(その)長
十丈 計(はかり)の威(ゐ)
神(しん)貞純(さたつみ)親王(しんわう)
にむかひて曰(いわ)く
我(われ)汝(なんじ)をして
此(この)粟散(そくさん)國に生(しやう)せ
しめ王法(わうはう)佛法(ふつほう)を
護(まも)らしめんと約(やく)し
ぬ汝(なんし)今(いま)已(すで)に子孫(しそん)

【水面の龍の図、◆白龍ではない】
ありて金 闕(けつ)の守(まもり)
にたれりはやく
去(さつ)て本土(ほんど)に帰(かへ)る
べしとの給へば貞
純親王の御 姿(すがた) 忽(たちまち)
五丈 餘(あまり)りの白 龍(りう)と
成(なつ)てしら波(なみ)を巻(まき)
かへし水 底(そこ)
に入たもふと
見てゆめ覚(さめ)
たり氏 光(みつ)奇(き)
異(い)のおもひをなし
桃園(もヽその)の宮にいたり
みれば親王(しんわう)已(すで)に
薨去(こうぎよ)し玉へり不思(ふし)
儀(ぎ)なりし事とも也

【牡鹿に向かおうとする武者の図】
六十一代 朱雀(しゆじやく)帝(てい)と
申たてまつるは醍醐(たいこ)天
皇(わう)第十一の皇子(わうし)延(ゑん)
長八年十一月御
年八 歳(さい)にて御 即(そく)
位(い)あり年号(ねんごう)を
承平(しやうへい)と改元(かいげん)あ
る其二年の
秋(あき)貞觀(じやうくはん)殿(てん)の
築(つき)山にいづく
ともなく牡(を)
鹿(しか)一 疋(ひき)躍出(おとりいで)
玉体(きよくたい)に飛(とび)かゝ
る殿上人(てんしようひと)達(たち)
あわて騒(さわき)我(われ)も
〳〵と太刀(たち)引

【射られて倒れる牡鹿】
抜(ぬき)て払(はらひ)玉へば
庇(ひさし)の上(うへ)にとびあ
がり鏡(かヽみ)の如(こと)き眼(まなこ)
を開(ひら)き皇居(こうきよ)を
にらんでゐたりける
經基(つねもと)かぶら矢(や)
打(うち)つかひしばし
たもつて發(はな)ち玉ふ
矢坪(やつぼ)をたかへず
ひだりの耳根(みヽね)より
右(みぎ)の草分(くさわけ)まで矢(や)
しりしろく射(い)出(いだ)
したり鹿(しか)はたまらず
どふと落(おつ)れは堂上(どうしやう)堂下
ゐたり〳〵と称(ほむ)る声(こへ)し
ばしは鳴(なり)も止(やま)ざりけり

【平貞盛の行列】
爰(こヽ)に桓武(くわんむ)天皇(てんわう)曽孫(そうそん)前(せん)将軍(しやうぐん)
良将(よしまさ)の男(なん)瀧口(たきくち)小(こ)
二郎(じろう)相馬(そうま)
将門(まさかど)といふもの
あり其(その)為人(ひとヽなり)狼戻(ろうれい)に
して礼法(れいほう)をしらず
将門(まさかど)が従弟(いとこ)に平(たいらの)貞盛(さだもり)
といふものあり仁和寺(にんわじ)
にもふでけるが供人(ともひと)
あまた引具し行(きやう)
列(れつ)あたりを拂(はらつ)
て来(く)るもの有(あり)
親王(しんわう)摂家(せつけ)の
公(きん)だちにてや
あらんと道(みち)の
傍(かたわら)に蹲踞(そんこ)し

【将門に話しかける従者】
てちかくなりて
よくみれば小二郎
将門(まさかど)なり穴(あな)ふ
しぎや分限(ぶんげん)不(ふ)
相應(そうおう)の行粧(きやうそう)こ
そ意得(こころへ)て疑(うたかい)な
く逆心(きやくしん)の色(いろ)あ
らわれたりと殿下(てんか)
にまふし奉(たてまつ)り早(はや)
く誅伐(ちうばつ)あるべし
と再四(たび〳〵)申すヽめけれ
ども唯(たゞ)一 門中(もんなか)の不(ふ)
和(わ)より私(わたくし)の偏執(へんしう)なら
んと許容(きよよう)さらになかり
しか後(のち)にぞおもひ合(あわ)
されたり

【純友と将門】
又 伊豫掾(いよのせう)藤原(ふしわら)の
純友(すみとも)といふ
ものあり在(ざい)
京(きやう)の時(とき)比叡(ひへい)
山(ざん)に詣(もふで)ける中堂(ちうとう)
のまへにて将門(まさかど)
にあひたり
互(たがい)にもたせし
破子(わりご)など
取(とり)ちらし
酒宴(しゆえん)を
催(もよふ)しけるが
将門はるかに
平安城(へいあんせう)を
見おろし
暫(しばらく)ため息(いき)

【将門と純友】
つぎてゐ
たりければ
純友(すみとも)怪(あやし)みてその故(ゆへ)を
問(と)ふに将門か曰(いわく)抑(そも〳〵)此(この)平(へい)
安城(あんぜう)は桓武(くはんむ)天皇(てんわう)延暦(ゑんりやく)
十二年 此地(このち)に移(うつ)されてより
連枝(れんし)相續(あいつゞき)て位(くらい)を踏(ふむ)
我(われ)も桓武(くはんむ)の流(なが)れに生(むま)れ
なから奴僕(ぬほく)と同しく枯(くち)
はてんはくちおしきこと也
我 聊(いさゝか)おもひ立事の候 与(くみ)
し給(たび)てんやと申けれは純
友 欲心(よくしん)熾盛(しせい)のぶこつもの
なれば早速(そうそく)に領掌(りやうじやう)しより〳〵
叛謀(むほん)の計(はかりこと)を企(くはたて)ける後(のち)将門
同時(とうじ)に兵(へい)を起(をこせし)は此時(このとき)よりの根ざし也

【荒夷の着なれぬ衣冠姿】
将門(まさかと)は下總國(しもをさくに) 猿(さな)【ルビ画像不鮮明】しまの
郷(ごうに) 大裏(たいり)を建(たて)て南北
三十六丁 東西(とうざい)二
十丁七十二の前(ぜん)
殿(でん)三十六の後(こう)
宮(きう)何殿(なにてん)何 門(もん)
軒(のき)をならべさ
しもいみじく
作(つく)りたり自(みつから)
平親王(へいしんわう)と号(ごう)し
百宦(ひやくかん)をそなう
衆職(しうしよく)を置(をき)その
闕(かけ)たるは只(たヽ)暦博士(れきはくし)
ばかりなり頑(かたく)なる
荒夷(あらえびす)ども着(き)なれ
ぬ衣冠(いくわん)をちやくし

【倒れ伏すぶざまな荒夷】
横(よこ)さまにかむりを
引立または前軀(ぜんぐ)の
者(もの)の裾(きよ)をふまへ覆(うつぶし)に
たをすもあり或(あるい)は
何某(なにがし)の大納言(だいなごん)のもとに
今宵(こよい)褒貶(ほうへん)のうたあ
わせあつてまかるなんど
こと〴〵しくのヽしりてさ
まよひありくさてもいか
成うたをか詠(よみ)けん何事(なにこと)
  をか云(いヽ)けんつたへ
  聞(きく)さえ恥(はづ)かしヽいと
  むくつけきふるまひ
    やと心(こころ)ある人(ひと)は
    みなまゆをぞ
    ひそめあひけり

【諫言して腹を切ろうとする公連】
さるほどに将門(まさかと)は一 族(そく)良從(らうじう)を
あつめて謀叛(むほん)の企(くわだて)評議(へうぎ)しける
か異見(いけん)區々(まち〳〵)にてさらに一 定(しやう)
せずときに将門が従弟(いとこ)に六郎
公連(きんつら)といふものあり末(はつ)
座(ざ)よりすゝみ出(いで)泪(なみだ)を
はら〳〵と流(なが)し穴(あな)浅(あさ)ま
し斯(かヽ)る忌(いま)わしき企(くわだて)こそ
候はね天地(てんち)開(ひらけ)け【「け」重複】始(はじまり)てより
以来(このかた)君(きみ)を弑(しい)して宗廟(そうひやう)
をたもちしもの和漢(わかん)とも
にいまだきかず今(いま)無為(ぶい)
の浪(なみ)四海(しかい)に溢(あふ)れ万民(ばんみん)其(その)
化(くわ)に誇(ほこ)るの時(とき)みだりに干(かん)
戈(くわ)を邦内(ほうだい)に動(うごか)さんこと
恐(をそ)るへし〳〵

【公連を苦々しく見る将門】
當家(とうけ)のめつ
亡(ほう)を見(み)んより
は身(み)をいさぎ
よくして死(し)せ
んかはとて押(をし)はだ
脱(ぬき)て左(ひだり)の小脇(こばら)
に刀(かたな)を突立(つきたて)
右(みぎ)の傍腹(そばばら)
まで切目(きりめ)長(なが)く
引廻(ひきまは)しはら
わたをたぐり
出(だ)しうつぶしに
臥(ふし)て死(しヽ)たりける
満座(まんざ)是(これ)に興(けう)さ
めてその日の評(へう)
儀(ぎ)はやみにける

【天変地異、異形の物を見て怪しむ人々】
承平(しやうへい)四年五月二十
七日 洛中(らくちう)旋風(つぢがぜ)おびた
たしく吹(ふき)て沙(いさこ)を巻(まき)
石(いし)を走(はし)らせ咫尺(しせき)の
中をも見えわかず
いか成(なる)變異(へんい)申らんと
怪(あやし)みおもふ処(ところ)に坤(ひつじさる)の方(かた)
より艮(うしとら)へさして大地(だいち)も
崩(くづるゝ)はかり震動(ふるひうこき)民屋(みんおく)
はさらなり厳(おごそか)に建(たて)な
らべたる神社(しんしや)佛閣(ぶつかく)
のこりなくぐづれて
また俄(にはか)に水(みづ)涌(わき)い
でゝ天(てん)にみなぎり
山(やま)さけて谷(たに)を埋(うづ)む
する墨(すみ)を流(なが)せし

【空に現れた怪異におびえる人々】
大空(おゝそら)に長(なか)さ三十丈
もやあるらんと覚(おぼへ)し
き蛟(みつち)のことく成(なる)異(い)形(ぎやう)
のものふたつ現(あらは)れつく
息(いき)は炎(ほのふ)にてその鳴(なり)はた
めくこと百千の雷(いかづち)の
一どにおちかゝるかと
あやしまる人々 肝(きも)を冷(ひや)し
魂(たましい)を飛(とば)しいかなる前表(ぜんひやう)
にやと悲(な)しまぬ
ものはなかりけり
是(これ)則(すなはち)朝敵(てうてき)蜂起(はうき)
すべき気(き)ざし
  なりとおそ
   ろしかりき
    ことどもなり

【純友の船を離れる海賊】
藤原(ふじわら)の純友(すみとも)は本國(ほんごく)伊豫(いよ)へ下(くだ)るとて
播州(ばんしう)室(むろ)の海上(かいじやう)にて風(かぜ)を見(み)合(あわせ)いた
りしが純友(すみとも)を始(はじ)め良從(らうじう)のこらず
船(ふね)にゆられ前後(ぜんご)もしらず寐(ね)
入たり爰(こゝ)に海賊(かいぞく)数(す)十人 商人(あきうど)
船(ふね)とやおもひけん屋形(やかた)の内(うち)へ入
きたり金銀(きんぎん)衣服(いふく)調度(ちやうど)まて
のこりなく奪(むば)ひ取(とり)おのが
ふねにはこひ入ゆくえもし
れず去(さ)りにけり賊首(ぞくしゆ)なる
もの唯(たゝ)二人あとにのこりて
純友か秘藏(ひそう)せし藤(ふじ)
丸(まる)といふよろいの有(あり)
けるをうばひ
とらんとて誤(あやまつ)て
うつふしにたおれ

【強盗を組伏せる純友】
ける純友 是(これ)にめ覚(さめ)
たれと燈(ともしび)きえて
真暗(まつくらかり)足音(あしおと)をしる
べに無一(むず)と組(くん)て揉(もみ)
合(あい)しか賊(ぞく)は二人 純(すみ)
友(とも)はたゝ壱人にてあ
しらいかねて強盗(ごうとう)を
くみとめたり起(おき)よ者(もの)
どもと呼(よば)るに良等(ろうどう)若(わか)
黨(とう)をき合(あわせ)て折重(おりかさなり)て高(たか)
手 小(こ)手にからめける扨(さて)燈(ともしひ)を
点(てん)じて屋方(やかた)の内(うち)をみれば
調度(てうど)金銀(きんぎん)のこりなく盗(ぬすみ)とら
れたれば純友大きに怒(いか)り強(つよく)
  いましめて本(ほん)ごくへ
     とそ帰(かへ)りける

【紀淑人図】
武内(たけのうちの)大臣(だいじん)
十八 世(せの)孫(そん)
紀(きの)長谷雄(はせを)
之(の)男(なん)式部(しきふの)
少輔(しやうゆう)伊豫(いよの)
守(かみ)紀(きの)淑人(よしひと)

【白紙、下に朱蔵書印】

【裏表紙、藍色紙】

【表紙、題箋】
繪本前太平記 二

【見返し、白紙】

【平将門図】
桓武(くわんむ)天皇(てんわう)之(の)曽孫(そうそん)前(せん)
将軍(しやうぐん)良将(よしまさ)之(の)男(なん)
瀧口(たきくち)平(たいらの)小二郎(こしろう)
相馬(そうま)将門(まさかと)

【庭に引きだされた海賊たち】
純友(すみとも)は本國(ほんごく)に歸(かへり)てより
晝夜(ちうや)隠謀(いんぼう)の企(くわたて)に心(こころ)を
くるしめけるが吃(きつ)とを
をひ出し彼(かの)船中(せんちう)にて
生捕(いけどり)し海賊(かいそく)を庭上(ていしやう)に引(ひき)
出(いた)し面(おもて)を和(やわ)らせて申けるは
平 親王(しんわう)将門(まさかと)東国(とうごく)にて義兵(きへい)
を揚(あげ)られ威勢(いせい)関(くわん)八州(はつしう)に普(あまね)
し我(われ)この君(きみ)にたのまれま
ゐらせ當國(とうごく)にて旗上(はたあげ)せん
とす汝等(なんじら)後日(ごにち)の富貴(ふうき)
をおもはゞ徒黨(ととう)をまねき
あつめ軍忠(くんちう)を
盡(つく)すべし親王(しんわう)
より下(くた)し玉はる
令(りやう)旨 謹(つゝじん)で拝(はい)

【令旨を捧げる純友】
聴(ちやう)せよとかねて
拵置(こしらへおき)し令旨(りやうし)
とり出しよみ
聞(きか)せければ
貪欲(とんよく)ふてき
の海賊(かいぞく)ども
小おどりして
よろこひ我々(われ〳〵)
は国(くに)〳〵に相觸(あいふれ)れ【ママ】
与力(よりき)の軍勢(くんぜい)驅(かり)
催(もよふ)し不日(ふにち)に馳参(はせさんす)
べしと子細(しさい)なく
領掌(りやうしやう)しければ純(すみ)
友(とも)大きに悦(よろこ)ひ黄(わう)
金(ごん)十兩(ちうりやう)太刀(たち)をあた【へ脱ヵ】
て打(うち)たゝせける

【七言律詩を賦す有智子内親王】
承平(せうへい)六年(ろくねん)春(はる)三月 紫(し)
宸殿(しんでん)にて花(はな)の宴(ゑん)を
もふけらる抑(そも〳〵)花(はな)の
宴(ゑん)とまふすは異國(いこく)の
對策(たいさく)及第(きうだい)にな
ぞらへて嵯峨(さが)天皇(てんわう)
弘仁(こうにん)三年 神泉(しんせん)
苑(ゑん)に御幸(みゆき)あつて
花(はな)のもとにて宴(ゑん)
を開(ひら)かる其(その)頃(ころ)加 茂(も)
齋院(いつきのみや)有智子(ゆうちし)内親(ないしん)
王(わう) 塘光行蒼(とうこうこうそう)の韻(いん)
を得(ゑ)て七 言律(ごんりつ)の
詩を賊(ふ)【賦】せらる
寂々幽荘【牀、有智子内親王漢詩により誤りを正す】迷【水】樹
裏仙輿一降一池

【宴に集う人々】
塘棲【栖】林孤鳥識
春澤隠澗寒光具【花見】
日光泉聲近
報新【初】雷響山
色高明【晴】旧【暮】雨行
從此更知恩顧
渥生涯何以
答穹蒼
とぞ聞(きこ)へける時に
御 年(とし)十七にぞなら
せられける其(その)後(のち)
此(この)例(れい)にて今(いま)の御宇(ぎよう)
までもとしごとにおこな
はるゝことに
      なん
        あり
         ける

【書状を読む平忠平】
花(はな)の御遊(きよゆう)も事(こと)
終(を)り各(をの〳〵)禄(ろく)玉
わりて退去(たいきよ)
せんとし玉
ひし処(ところ)へ
伊豫(いよ)の
国(くに)より
■(ひ)【にくづき+布】力(きやく)到(とう)
着(ちやく)す
藤原(ふじわら)の
純友(すみとも)山陽(さんよう)
南海(なんかい)西海(さいかい)の
海賊(かいぞく)をかたらひ
千 余艘(よそう)の兵舩(ひやうせん)
をつらね狼藉(らうぜき)
におよひ候 早(はや)く

【命を承る紀淑人】
国司(こくし)を下向(けこう)
させられ追(つい)
罰(ばつ)あるべくと
注進(ちうしん)す摂政(せつせう)
忠平(ただひら)公(こう)聞(きこ)しめし
おどろき玉ひいそ
ぎ守護(しゆご)を下し
制(せい)せらるべしとて在(ざい)
京(きやう)の武士(ぶし)の中(なか)に式部少輔(しきぶのせうゆう)
紀(きの) 淑人(よしひと)は武勇(ふゆう)のほまれ
高(たか)ければ則(すなはち) 伊豫守(いよのかみ)に
   任(にん)じふ日(じつ)に下向(けこう)し
 純友(すみとも)を退治(たいし)すべしと仰(おゝせ)
   ありけれは淑人 眉目(ひもく)
   施(ほこ)し喜(よろこ)ひて
   退出(しりそいで)られける

【指揮を執る紀淑人】
去(さる)ほどに紀(きの)淑人(よしひと)は兵舩(へうせん)を
艤(ふなよそおひ)して明石(あかし)の戸(と)まで下(くだ)
りけるが賊(そく)の舩(ふね)と見へ
て色(いろ)〳〵の旗(はた)立(たて)ならべ
二三百 艘(そう)さゝえたり
すわや敵(てき)よと見る
ところに小舩(こぶね)一
そう国司(こくし)の舟(ふね)
を目(め)かけて漕(こぎ)
きたり申けるは
抑(そも〳〵)我(わか)輩(ともから)純友(すみとも)
恩顧(おんこ)のものにも
あらず只(たゞ)一旦(いつたん)
の催促(さいそく)にし
たがひ命(いのち)を
助(たすか)らん為(ため)斗(ばかり)

【淑人に申し開きをする者】
にて候いかでか
國司(こくし)にたひし
弓(ゆみ)を引(ひき)候わん
已後(いこ)朝家(てうか)の御(おん)
為(ため)に身命(しんめう)を
なげうち軍忠(ぐんちう)を
励(はげむ)べきあいだ一 旦(たん)
の罪(つみ)を免(めん)ぜられ候へと
いんぎんにのべにけり
淑人(よしひと)許容(きよよう)ありて則(すわち)
手下(てした)に属(ぞく)せしめけれ
ばそれよれ後(のち)敢(あへ)て
海路(かいろ)をさえぎる敵(てき)も
 なくて四月二十日と
  いふに伊豫國(いよのくに)にそ
    つきにける

【奮戦する藤原純友】
廿一日のまだしのゝ
めの頃(ころ)よりも
淑人千八百 余(よ)
騎(き)にて純友(すみとも)かこ
もりたる高縄(たかなは)
の城(しろ)へおしよする
たかひに鯨(とき)の
声(こへ)を合(あわし)討(うち)つ
うたれつ時(とき)う
つるまで戦(たたかい)


純とも
精好(せいこう)の大(おゝ)
口(くち)に黒糸(くろいと)
おどしの
鎧(よろい)を着(ちゃく)

【奮戦する純乗、純行兄弟】
十一丈
余(あまり)の樫(かし)の
棒(ぼう)を輕(かろ)〳〵と打振(うちふり)
舎弟(しやてい)純乗(すみのり)同純行
主従(しう〳〵)三十七 騎(き)轡(くつはみ)
をならへ打ていて追(おふ)つ
かへしつ七八 度(ど)ほともん
たりける宦軍(くはんくん)是に碎(へき)
易(えき)してしどろになつて
見へける処(ところ)にからめての寄(よせ)
手(て)城内(しようない)にまぎれ入 火(ひ)を
かけて切(きつ)て出(いつ)れは純(すみ)とも
いまは是までと一 方(はう)
を打破(うちやふ)りかけぬけて
落(おち)たり其(その)のち生死(しようし)
をしらずなりにけり

【斬り結ぶ敵味方】
純友(すみとも)か弟(おとゝ)八郎 純業(すみなり)といふ者
三百五十 余騎(よき)のつわものを
引卒(ゐんそつ)し讃岐路(さぬきち)より来(きた)
りしが高縄(たかなは)の城(しろ)没落(ほつらく)
して敵(てき)の火をかけたる
を味方(みかた)の相圖(あいづ)の
けむりぞと心(こころ)えて
揉(もみ)にもんで馳(はせ)たり
ける宦軍(くわんぐん)の御内(みうち)
に波多野(はたの)右衛門(ゑもん)五
百 騎(き)にてふせぎ
たゝかふ純業(すみなり)血気(けつき)
 の若武者(わかむしや)なれ
  ば真先(まつさき)に
    すゝんて
   馳(はせ)たる処(ところ)に

【胸を射抜かれる純業】
  たれが
   射(い)るとも
     しらぬ
  なかれ矢(や)
ひとつ
  胸板(むないた)を
ぐさと
 射(い)ぬき
    たり
大事(たいじ)の手(て)なれ
は馬(むま)より倒(さかしま)
におつれば宦軍(くわんぐん)勝(かつ)
にのつて懸立(かけたつ)るそ
大 将(しやう)をうたれ何(なに)かは
もつてころふべき
さん〳〵に成(なつ)て落行(おちゆき)ける

【闘鶏に興じる人々】
紀(きの)よし人(ひと)はすみともち
くてんして國中(くにちう)の
賊徒(ぞくと)を討降(うちくだ)るものは
仁愛(じんあい)をもつてなつけ
けれは国中 無事(ふし)に
治(おさま)りける扠(さて)も都(みやこ)
には純友(すみとも)ちくてん
のよし聞(きこ)えければ
上下 安堵(あんど)のおもひ
をなしけるに同七年
四月の比(ころ)より地震(じしん)を
びたゝしく彗星(すいせい)夜(よる)
〳〵あらわれければ天(てん)
文(もん)博士(はくし)を大内(をゝうち)にめされ
占(うらなは)せらるに逆臣(けきしん)蜂起(ほうき)
すべき前瑞(せんすい)なりとて

【闘鶏】
よろづの御つゝしみ大
かたならず其頃(そのころ)都(と)下
の貴賤(きせん)もつはら
闘鶏(とうけい)の戯(たわむれ)をな
しけるがしだい
〳〵増長(そうちやう)して鶏(にはとり)
あまた飼立(かいたて)四本(しほん)
柱(はしら)の土俵場(どひやうば)をかまへ
日毎(ひごと)に鶏(にはとり)をもち
きたりて闘(たゝかは)す一鶏(いつけい)の
價(あたへ)万銭(まんせん)に下(くだ)らず漸(やう〳〵)に
家業(かぎやう)を忘(わす)る諸卿(しよきやう)僉儀(せんぎ)
ありてかゝる奇事(きじ)の流行(りうこう)
するも乱(らん)起(おこる)べき前表(ぜんへう)なりとて
かたく此(この)戯(たわむれ)を停止(てうし)せられ年(ねん)
号(こう)を改元(かいけん)有(あり)て天慶(てんけい)に移(うつ)されたり

【命を承る御厨三郎将頼ヵ】
東國(とうごく)には平(たいら)将門(しやうもん)逆心(きやくしん)日(にち)〱(〳〵)に増長(そうぢやう)
し先(まつ)隣國(りんこく)を討ほさんと宗徒(むねたう)
の一 族(ぞく)を集(あつめ)合戦(かつせん)の評定(ひやうちやう)區々(まち〳〵)也(なり)
爰(こゝ)に平の兼任(かねとう)といふものあり
常陸(ひたち)の大掾(だいじやう)国香(くにか)の三 男(なん)貞盛(さだもり)の
弟(をとゝ)将門とはいとこなりかゝる
企(くはだて)ありとはしらず催(もよふ)しに
隨(したが)ひ列座(れつさ)してゐたりしか
評議(ひやうぎ)終(おわり)て皆(みな)〱退去(たいきよ)す
兼任(かねとう)も何気(なにき)なき体(てい)にて
去 出(いで)て心(こころ)によろこび駒(こま)を
はやめて常陸(ひだち)に帰(かへ)りぬ
あとにて将門(まさかど)申けるは今日(けふ)
の参會(さんくわい)に諸人(しよにん)のまうす
異見(いけん)を申 出(いで)ら
るゝに独(ひと)り兼(かね)

【下知を与える平将門ヵ】
任(とう)のみ一 言(ごん)の
いらえなく
立帰(たちかへ)りしは
二心(ふたこゝろ)あるに必(ひつ)
定(でう)せりはやく
討(うた)ずんばゆゝ
しき大事(だいじ)
におよぶべし
と舎弟(しやてい)御(み)
厨(くりや)三良 将頼(まさより)
に国中(こくちう)の軍(くん)
勢(せい)二千五百
 余騎(よき)をあた
  え常陸(ひたち)の
   国へと押(おし)
    よする

【奮戦する平繁盛、兼任】
平(へい)三(そう)兼任(かねとう)は父(ちゝ)の居城(きよしやう)土浦(つちうら)に
きたり将門(まさかど)がむほんいさゐに
語(かた)りけれは父 国香(くにか)大きに
おどろき 事(こと)の微(び)なる
うちに退治(たいぢ)すべし
と国中(こくちう)の軍勢(ぐんぜい)千(せん)
三百 余騎(よき)をあつめ
長男(ちやうなん)貞盛(さだもり)は
在京(ざいきやう)にて居(ゐ)あわ
さず二男(じなん)繁盛(しげもり)
三男 兼任(かねとう)を兩(りやう)
大将(たいしやう)として城(しろ)より
三 里(り)いでゝ陣(じん)をとる
繁盛(しげもり)は態(わざ)と五十余丁
退(しりそき)て兵(へい)を伏(ふせ)てぞ待(まち)
かけたり御厨(みくりや)三郎 将(まさ)

【奮戦する御厨三郎将頼】
頼(より)敵(てき)爰(こゝ)まで出向(てむく)べし
とはおもひもよらず
矢(や)合(あわせ)の鏑(かぶら)射(い)ちかふほど
こそあれ射(い)しらまされ
半里(はんり)はかり退(しりぞく)処(ところ)へ伏(ふせ)
いたる繁盛(しけもり)の八百
余騎(よき)横(よこ)さまに
おめいて懸(かたり)
将頼を中に
とりこめ余(あま)
さじと攻(せめ)たり
けれは将頼の
兵(へい)我(われ)先(さき)にと
迯(にげ)たりければ
討(うた)るゝものその
かずをしらず

【進言する平繁盛】
御厨(みくりや)三郎 打負(うちまけ)てはう〳〵帰(かへ)り
ければ将門(まさかど)大きに驚(おどろき)いまは
みづから討(うつ)べしと二万五千
余騎の大軍(たいぐん)を卒(そつ)し常陸(ひたち)
の国へ発向(はつこう)す國香(くにか)は此(この)よし
つたへきゝ一 族(ぞく)等をあつめ
軍(いくさ)の評定(ひやうしやう)せられけるに
今度(こんど)もまた道(みち)の切(せつ)
所(しよ)に討出(うちいで)て防(ふせく)べし
と定(さため)けるを繁盛(しげもり)
すゝみ出(いて)て申され
けるは此(この)ごろの勝利(しやうり)
は敵(てき)の不意(ふい)を討(うち)し
ゆへなり今度(このたび)将門(まさかど)大
軍にて攻(せめ)きたる小勢(こせい)
をもつていかんぞ出(いて)

【進言を聞く国香】
て戦(たゝか)わんや只(たゝ)城(しろ)を
守(まもり)てかたく防(ふぜ)ぎ
早馬(はやむま)を以て
都(みやこ)にすくひ
を乞(こひ)敵(てき)の機(き)を
見て拉(とりひしか)は必(かなら)ず
勝利(しやうり)あるべし
と申されけれど
いや〳〵此(この)小城(こしろ)に
て大敵(たいてき)にかこま
れ兵粮(へうろう)【食+良・𩛡】の用意(ようい)も
なく十日ともこらへ候
まじ兎角(とかく)難所(なんじよ)に討(うつ)
て出(いで)勝負(しやうぶ)を一 時(じ)に決(けつ)す
へしと衆儀(しゆぎ)定(さだま)りて藤代(ふじしろ)
川(かは)を前(まへ)にあて陣(しん)を取(とり)て扣(ひかへ)たり

【平将平、将頼】
将門(まさかど)之(の)
弟(おとゝ)大葦(をゝあし)
原(わら)四良(しろう)
将平(まさひら)

同(おなしく)弟 御(み)厨(くりや)
三良 平(たいらの)将頼(まさより)

【見返し、白紙】

【紺地裏表紙】

【表紙】
繪本前太平記  三

【見返し、白紙】

【俵藤太秀郷】
大職冠(たいしよくくん)鎌足(かまたり)公(こう)
七世(しちせ)之(の)孫(そん)河内(かわちの)
守(かみ)村(むら)
雄(を)之(の)
男(なん)從(じう)
四(し)
位(い)
下(げ)下野(しもつけの)押(をう)
領(りやう)使(し)俵(たわら)
 藤太(とうだ)秀郷(ひでさと)

【射抜かれた国香】
扨(さて)も将(まさ)かどか大軍(たいぐん)
国香(くにか)が勢(せい)と
藤代川(ふぢしろがは)にて
戦(たゝかい)勝負(しやうぶ)の色(いろ)は
見へざるところに
将門(まさかと)其日(そのひ)の出(いで)
立(たち)に紺地(こんぢ)の錦(にしき)の
ひたゝれ赤糸(あかいと)
威(をどし)の鎧(よろい)裾(すそ)かな
もの繁(しげ)く打(うち)たる
を草摺(くさすり)長(なが)に着(き)く
だし金作(こかねづくり)の太刀(たち)に
熊(くま)の革(かは)の尻(しり)ざやか
け鷹(たか)の羽(は)にてはいだる征(そ)
矢(や)筈(はづ)高(たか)に負(おゝい)なし求(もとめ)
黒(くろ)といふ荒駒(あらごま)に白(しろ)ふく

【矢を放った将門】
りんの鞍(くら)おいて打
のり弓杖(ゆんづへ)ついて申
けるは夫(それ)に扣(ひかへ)たる武(む)
者(しや)は大将(たいしやう)国香(くにか)と見たり
矢(や)ひとつ受(うけ)てごらん
あれと弦音(つるおと)高(たか)く切(きつ)て
放(はな)つ矢面(やおもて)に立(たち)たる笠(かさ)
間行(まめゆき)国(くに)か胸(むな)いたつと
射(い)ぬひて大将(たいしやう)国(くに)か
の妻手(めて)の乳(ち)の
したへくつ巻(まき)せめ
て立(たち)たりける痛手(いたて)
なれば馬(むま)よりどふど
落(おち)たりけれは将門(まさかど)が軍(ぐん)
勢(せい)一度(いちど)にどつとおめひて
かけ立(たて)ければ討(うた)るゝ者(もの)数(かず)を
            しらず

【土浦城にとりつく長挟保時】
繁盛(しけもり)兼任(かねとう)兄(きやう)
弟(だい)はよう〳〵に
父(ちゝ)をたすけ
城中(ちやうちう)へ迯帰(にけかへ)り
さま〳〵看病(かんびやう)
しけれども大(たい)
事(じ)の手(て)なれば
終(つい)にこときれた
まひけり此度(こんど)
の合戦(かつせん)繁盛(しけもり)
の異見(いけん)の如(こと)く
籠城(ろうじやう)して
敵(てき)を待(また)ば
かくむざ〳〵と
大将(たいしやう)は討(うた)す
まじきを

【もぬけのからの土浦城】
是非(ぜひ)もなき事ともなり
既(すで)に大将 討(うた)れたまひければ
我(われ)も〳〵と落行(おちゆき)て今(いま)は此(この)城(しろ)にて敵(てき)
にあたらんと叶(かのふ)まじく旗(はた)斗(はかり)を
櫓(やぐら)に結(ゆひ)つけ夜(よ)にまぎれて落行(をちゆき)
けり将門(まさかど)は大軍(たいぐん)を引卒(いんそつ)し押(おし)よせて鯨(とき)
の声(こへ)を揚(あげ)しかど城中(しやうちう)さらに音(をと)もせず
よせ手(て)も左右(さう)なく寄(より)つかず打(うち)かこんて詠(なかめ)ゐ
たり安房国(あわのくに)住人(しうにん)長挟(なかさ)七良 保時(やすとき)といふ者(もの)
出(だ)し屏(へい)の下(もと)に立(たち)よりて見(み)あげたれば
櫓(やぐら)の上屏(うへへい)の小間(こま)に鳥(とり)の羽(は)たゝく
音(をと)しければさればこそ人もなき空城(あきしろ)
なりと楯(たて)の板(いた)を梯(はしご)とし屏(へい)のうへにさら〳〵
とのぼりしづ〳〵と城中(しやうちう)を見 廻(めぐ)りたれ
と敵一人もあらざれは城戸(きど)押開(をしひ)らぎ味方(みかた)
勢(せい)をまねきけれは大軍(たいくん)城中に入て宿(しゆく)しける

【国司を詰問する勅使】
国香(くにか)討(うた)れ玉ひて土浦城(つちうらしやう)
没落(ほつらく)ときこへけれは近国(きんこく)
の軍勢(くんせい)我(われ)先(さき)にと馳(はせ)あ
つまり雲霞(うんか)の
ごとくなりにけり
かゝるほどに下(しも)
野(つけ)の国司(こくし)の方(かた)へ
勅使(ちよくし)下向(げこう)の由(よし)
のゝめきけれ
ば国司(こくし)うや〳〵
しく出迎(いでむか)ふ勅
使(し)の行粧(きやうそう)異体(いてい)
にて上卿(じゆうけい)と覚(をぼ)
しき人 衣冠(いくわん)の
下(した)に服巻(はらまき)を着(ちやく)
しさま〳〵に鎧(よろふ)たる

【畏まる国司】
武者(むしや)二百騎はかり
庭上(ていしやう)に列坐(れつざ)すときに
上卿(じようけい)申けるは平親王(へいしんわう)き
のふ當国(とうごく)に御着(おんちやく)有(ある)ところ
今に國司(こくし)ふ参(さん)の条(ちやう)誅伐(ちうばつ)
を加(くは)へらるべきか否(いな)の勅答(ちよくとう)
申されよと宣(のへ)たりける国司(こくし)
おもひ煩(わつら)へる氣色(けしき)に見へけるを
執事(しつし)入道(にうとう)某(それかし)きと目くわせ
したりけれは国司(こくし)其(その)意(い)を
さとり謹(つゝしん)て領掌(りやうしやう)し一 族(そく)
等(とも)に相觸(あいふれ)れ【ママ】時日を移(うつ)さず
参上(さんじよう)いたすべきよしいらへければ
穴賢(あなかしこ)疎略(そりやく)のふるまひ有へから
すとていかめしくひぢをはり
供(とも)人ひきつれかへりけり

【酒色に耽る平将門】
下野(しもつけ)の國司(こくし)は執事(しゆつし)入道と
計(はか)りてその夜(よ)ひそかに北(ほく)
国(こく)さして落(おち)ゆきけり
かゝるほどに将門(まさかど)は関(くわん)八
州(しう)に敵(てき)答(とふ)ものなく気(き)
ゆるまり軍(いくさ)のこと
は忘(わすれ)たるごとく
晝夜(ちうや)酒色(しゆしよく)に
のみふけり美(み)
目よき女を国(くに)
〳〵にもとめけ
る何(なに)をがな氣(け)
色(しき)にゐらんとする
大名(だいめう)国司(こくし)我(われ)おとらじ
と容色(ようしよく)勝(すぐ)れし女
を撰(ゑら)び五人十人つゝ

【酒宴に侍る美女】
贈(おく)りけるほどに余(あま)
多(た)の美女(びしよ)花(はな)をかざり
錦(にしき)をよそをひ綾(りやう)
羅(ら)の袖(そで)をかへし頻(びん)
蛾(が)の音(こへ)を和げ郢(ゑい)
曲(きよく)謳歌(おうか)せしありさま
は蜀山(しよくざん)の阿房宮(あぼうきう)に
三千の美女(びしよ)嬋娟(せんけん)を
争しことかくやとおもふ
ばかりなり或(あるひ)は父母(ふぼ)の
睦(むつ)びを引分(ひきわか)ち夫(ふう)
婦の契(ちぎ)りを
おし離(はなさ)れあらぬ
別(わか)れをかなしむ
美女幾百人(いくひやくにん)といふ
かずをしらず

【魅かれ合う男女―男図】
中(なか)にあわれをとゞめしは上野(かうつけの)
國(くに)沼田(ぬまた)の荘(せう)になにがしか女(むすめ)は
二八の春秋(はるあき)をかさね来(き)て紅(こう)
粉(ふん)のいろを借(から)ずしておのづ
から芙蓉(ふよう)のかほばせ柳の
まゆ視(みる)もの心をなやまし
ぬおなじ国(くに)玉村(たまむら)といふ所に
一人の男(おとこ)あり此(この)むすめを
垣間(かきまに)見(み)てそゞろにあく
がれ去年(こぞ)の冬(ふゆ)の中比(なかば)
よりことしの秋(あき)の末(すへ)
までも露霜(つゆしも)にし
ほたれ雨(あめ)風を凌(しの)ぎ
夜(よ)ごとにかよひ詣(もふ)で
来(き)ぬれは今は女も
いなにはあらで早(はや)

【魅かれ合う男女―女図】
下紐(したひも)の打(うち)とけて
深(ふか)き中とぞ成(なり)に
けり女の親(をや)此事(このこと)
をゆるして調度(てうど)
なと取したゝめ
玉村の里(さと)へ送(おく)り
けり男も女も世(よ)
に嬉(うれ)しくて輿(こし)
に打(うち)のせ行道にて
兵(つはもの)あまた出来り是(せ)
非(ひ)なく女を奪(うばひ)とり
将門が旅館(りよくはん)にいたりぬ
女は目(め)くれ心も消(き)へ絶入(たへいる)
ばかりなきくづれたるを
ひざもとにひき寄(よせ)て是(これ)を
酒宴(しゆゑん)の興(けう)にそなへける

【指揮を執る源経基王】
六孫王(ろくそんわう)源(みなもと)経(つね)基王(もとわう)は去年(きよねん)
より武蔵守(むさしのかみ)を兼(かね)て武州(ふしう)
箕田(みた)の城にぞおわしける将
門(かど)が弟(をとゝ)大葦原(をゝあしわらの)四良将平
二万 余騎(よき)を引卒(ゐんそつ)し
わつかなる小城を十(と)
重(へ)二十重(はたへ)に取(とり)か
こみ息(いき)をもつがず
攻(せめ)たりけりされ
ども城中すこしも
騒(さわ)がず雨のごとくに
射けるほどに寄手(よせて)
毎日三百五百づゝ討(うた)れ
攻(せめ)あぐんで見へにける城中
には此ていを見て物馴(ものなれ)た
る足軽(あしがる)五十人敵の陣中

【忍びの者を捕える武士たち】
へ入置風はけしき夜(よる)火(ひ)のて
を揚(あげ)させ城中ゟ切て出んと斗(はかり)
けるがいかゞしてけん此(この)計(はかりこと)も
れ聞へければ扨は敵方ゟ
城中へ忍びの者有と
覚ゆ割符(わりふ)を以(もつ)て
捜(さぐ)るべしと其手(そのて)
〳〵を改らる惣而(そうじて)
此城中の掟(おきて)に長
二尺幅五寸の白布(しらぬの)
にて割符(わりふ)をこし
らへ鎧(よろい)の上帯(うはをび)
に納置(おさめをき)て味方(みかた)の
隠符(いんふ)とせられけるが
果(はた)して是をもたざる
もの十二人までぞゐたりける

【堀の掘削、櫓高塀構築に従事する人々】
やがて忍(しの)びの奴原を搦(からめ)とり首を
刎(はね)んとひしめきけるを經基(つねもと)君(きみ)とゝ
め玉ひ彼等(かれら)がいましめをときて
引出物(ひきでもの)など給り汝等(なんじら)か勇壮(ゆうそう)を
かんじ味方(みかた)に扶助(ふじよ)したく思(おも)へ
ども敵(てき)は日々に勢(せい)加(くわゝ)る味方(みかた)は
既(すで)に兵粮(ひやうろう)つき今は此(この)城(しろ)こらへ
がたし今宵(こよい)何方(いつかた)へも落(おち)ゆ
きてかさねて勢(せい)催(もよふ)し朝敵(てうてき)
を追伐(ついばつ)すべしとおもふあいだ
そのときみかたに馳(はせ)さんじ
軍忠(ぐんちう)をつくすべしとその
まゝにて城中(じやうちう)に置(おか)れ其中
に小山忠太といふもの城中
をのがれ出(いで)大将(たいしやう)将平(まさひら)に
かくと告(つけ)しらせければ

【工事人夫を監督する侍】
すは城兵(しやうへい)は落行
ぞ用意(ようい)せよとて軍勢(ぐんせい)
を所々へ分ち落ゆく
敵を討(うた)んとす城兵は
おもふ圖(づ)に敵を十方に
分(わか)ち遣(や)り本陣(ほんぢん)をめがけ
切(きり)てかゝる将平(まさひら)おもひよら
ざることなればさん〳〵に成(なり)
て迯失(にけうせ)けり将門また
大軍(たいぐん)を卒(そつ)して攻(せめ)きたる
よし聞(きこ)へければ箕田城(みたのしろ)には
堀(ほり)をふかくほらせ出(た)し櫓(やくら)高(たか)
塀(へい)などげんぢうにかまへ城(しろ)の四
方(はう)の在家(ざいけ)ども二里(にり)があいだ燒(やき)
はらひきびしく柵(さく)を結(ゆわ)せ今(いま)や
きたるとまちゐたり

【君恩に報じる討死を決意して落涙する武士】
さても将門(まさかど)は八万 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し
箕田城(みたのしろ)へおしよせ四方(しほう)八面(はちめん)にとりまきて
食攻(じきせめ)にこそしたりける城中(しやうちう)是(これ)に
力盡(ちからつき)いまは快(こゝろよく)討死(うちしに)せばやと皆(みな)甲(かつ)
冑(ちう)を帯(たい)しさわぎける渡辺(わたなべ)
仕(つかふ)といふ士(し)夜廻(よまわ)りするとて
此ていを見てその故(ゆへ)を問(と)ふ
皆(みな)答(こたへ)ていふ城中(しやうちう)兵粮(ひやうりう)既(すて)
につき外(ほか)にすくひの
勢(せい)もなく此 侭(まゝ)
にて飢(うへ)て死(しな)ん
より心よく討(うち)
死(しに)して君恩(くんおん)を
報(ほう)ぜんと仕はら〳〵と
泪(なみた)を流(なが)し有難き
かた〳〵の御志やさらば

【落涙の訳を問う渡辺仕】
我(わか)計(はかりこと)にて一先(ひとまつ)この城(しろ)
を落(おと)しまゐらせかさねて
計策(けいさく)をめぐらさんとて
城中(しやうちう)にかへり忠(ちう)のもの有
よしにて敵将(てきしやう)多治(たし)經明(つねあきら)
が方(かた)へ内通(ないつう)の書翰(しよかん)を贈(おく)
らせ火(ひ)を揚(あぐ)るを相図(あいづ)に
寄(よせ)給(たま)へ内應(ないおう)すべきと云遣(いゝつかは)し
大将を始(はしめ)とし士卒(しそつ)までみな
笠印(かさじるし)かなぐり捨(すて)櫓々(やくら〳〵)に火(ひ)
をさして五人七人 別(わかれ)〳〵に成(なり)て
騒(さわ)ぎにまぎれ都(みやこ)をさして落(おち)たり
ける寄手(よせて)數万騎(すまんぎ)すわや相圖(あいづ)の
火を上(あぐ)るぞと声(こへ)〳〵に鯨(とき)をつくり
我(われ)さきにと込入(こみい)りけれど敵(てき)ははや
落失(おちうせ)てたゝ同士討(どしうち)をぞしたりける

【勢田橋に住む大蛇の化身の女】
爰(こゝ)に下野国(しもつけのくに)の押領使(おうりやうし)俵(たわら)藤(とう)
太(た)秀郷(ひでさと)といふものあり家(いへ)
冨(とみ)一 族(そく)廣(ひろ)ふして東(とう)
国(ごく)にかたをならぶる
ものなし去(さん)ぬる
承平(しやうへい)のはじめ近江(あふみ)
の国(くに)に住(すみ)しとき勢田(せた)の
はしを渡(わた)りけるに長(たけ)
二十 餘(よ)丈(ちやう)の大蛇(だいじや)橋(はし)の上(うへ)に
横(よこ)たはり伏(ふし)たり秀(ひで)
郷(さと)すこしも動(とう)ぜす大
蛇の背中(せなか)を荒(あら)らかに
ふみて過(すぎ)ゆきける
所(ところ)に美(うるは)しき女(おんな)
一人あらわれ
出(いて)我(われ)は此(この)橋下(きやうか)に

【大蛇の化身の女の話を聞く秀郷】
年久(としひさ)しく住(すみ)
侍(はへ)るもの也 年(とし)
頃(ころ)我(われ)に仇(あた)をな
す敵(かたき)あり我(わか)為(ため)
に討(うつ)てたび
玉ひなんやと
ねんごろに頼(たの)む
にぞ秀郷(ひでさと)子細(しさい)
なく領掌(りやうじやう)し此(この)女を
先(さき)に立(たて)また勢田(せた)の橋に
立戻(たちもど)り湖水(こすい)の浪(なみ)を分(わけ)て
水中(すいちう)に入(いる)こと五十 余丁(よてう)忽(たちまち)
金殿(きんでん)玉楼(きよくろう)其(その)奇麗(きれい)いまだ
目(め)にもみざる一 世界(せかい)へ出(いで)たり
しばらくありて衣冠(いくわん)正(たゞ)しき
大王(たいわう)秀郷(ひでさと)をむかへ客居(きやくい)に請(せう)し

【大王に迎えられる秀郷】
山海(さんかい)の珍味(ちんみ)をつらね酒(しゆ)
宴(ゑん)数刻(すこく)におよぴ夜(よ)
已(すで)に深更(しんこう)になりぬる
時(とき)すわや敵(てき)のよせ
来(く)るはと座中(さちう)さはぎ
まどふ秀郷(ひてさと)一生涯(いつせうがい)身(み)
を離(はな)さず持(もち)たる弓(ゆみ)
矢(や)を手挟(たばさみ)いか成(なる)ものか
よせ来(く)るやと見や
りたれば比良(ひら)の高(たか)
根(ね)のかたより
その長(たけ)五十丈(こしうちやう)
もあらんとおぼしき
百足蚿(むかで)此(この)龍宮(りうぐう)
城(しやう)をめがけて
出来(いてきた)る秀郷(ひてさと)矢(や)

【秀郷を迎える大王】
尻(しり)につばきをぬり
付(つけ)眉見(みけん)の真中(まんなか)喉(のんど)
の下(した)まて射(い)つけ
たり龍王(りうわう)甚(はなは)だ悦(よろこ)び
太刀(たち)鎧(よろい)巻絹(まききぬ)とり
分(わけ)て小俵(こだわら)ひとつ
を秀郷(ひでさと)に与(あた)へ
けり此(この)俵(たわら)の中(なか)に
金銀(きん〴〵)米銭(へいせん)かすかぎ
りなく納(おさめ)入ていかに
とり遣(つか)へどもつく
ることなし是(これ)より
世(よ)の人 俵(たわら)秀郷(ひでさと)と云
ならわせしとぞ
けにありがたき勇(ゆう)
士(し)なりけらし

【藤原純友】
房前(ふささき)大臣(たいしんの)三男(さんなん)藤原(ふぢわら)
眞楯(またて)之(の)苗裔(べうゑい)伊豫(いよの)大(たい)
掾(しやう)藤原(ふぢわら)純友(すみとも)

【裏見返し、白紙】

【裏表紙】

【表紙、題箋】
繪本前太平記 四

【表見返し、白紙】

【平貞盛】
常(ひ)陸(だち)大掾(たいじやう)國香(くにか)之(の)男(なん)
従(じう)五 位(い)下(げ)常陸 守(かみ)平(たいら)
貞盛(さだもり)

【平将門への案内を乞う俵秀郷】
秀郷(ひてさと)つく〴〵思(おも)ふよふ将門
関(くわん)八州(はつしう)を切靡(きりなひき)経基公(つねもときみ)
さへ跡(あと)を失(うしな)ひ給ふ先(まつ)彼(かれ)が
館(やかた)にゆきて其(その)高喚(こうくわん)の
相(そう)ありや否(いな)を伺(うかゝ)はんと
将門(まさかど)が館にいたり案(あん)
内(ない)しければ将門大きに
よろこび秀郷を客居(きやくい)
に請(せう)じ折節(おりふし)例(れい)の
妓女(ぎしよ)に髪(かみ)けづらせて
ゐたりけるが喜悦(きゑつ)の
餘りに乱髪(らんはつ)をも揚(あげ)
ず大わらはにてゑ
ぼし引入(ひきいれ)あわてさは
ひで走(はし)りいでゝ
對面(たいめん)すそのいふ

【櫛けずらす将門】
詞一 言(こと)として
追従(ついせう)ならさること
なし秀郷(ひでさと)いとま
を乞(こい)て下野(しもつけ)に
帰(かへ)り爪弾(つまはしき)を
して申けるは
凡(およそ)国(くに)に王(わう)たる人
は寛仁(くわんじん)大度(たいと)の器(き)
にあらずんば人君(じんくん)
たることかたし将門
が行粧(ぎやうそう)甚(はなは)だ無骨(ふこつ)也
かさねて節度使(せつとし)下
向あらば相斗(あいはかり)て誅(ちう)す
べし彼(かれ)が首は我
ものぞと内(ない)〻(〳〵)便宜(びんき)の
兵(つはもの)を催(もよふ)しける

【注進を聞く源経基】
かくて都には東国 騒動(さうとう)も
のよし風聞(ふうふん)ありといへども
実況(しつきう)はいまだ聞(きか)ずいかゞ
あらんとおもひ玉ひける
処(ところ)に源 経基(つねもと)王(おゝきみ)都(みやこ)に上(ぢやう)
着(ちやく)し玉ひ東国(とうごく)軍(いくさ)の
しだひいさひに奏聞(そうもん)
し玉ふにまた西国(さいこく)の
早馬(はやむま)當着(とうちやく)して
伊豫掾(いよのせう)純友(すみとも)また
残黨(さんとう)をあつめ備(び)
前(ぜん)釜嶌(かましま)といふ
ところに城を
かまへ勢(いきほ)ひ近
国にふるひ候
   はや〳〵

【注進を聞く天上人】
御勢(おんせい)を下し
玉(たま)はるべきよし
注進(ちうしん)す
  主上(しゆじやう)を
はしめ奉(たてまつ)り
國母(こくも)皇后(こうごう)
女院(によゐん)内侍(ないし)
命婦(めうぶ)女房(にようほう)
までこはそも
何事(なにこと)の出来(でき)る
 ぞと早(はや)
   洛中(らくちう)に
 敵(てき)の襲(おそい)入たる
   よふに騒(さはき)
    あひ給ひ
      ける

【東国下向を願出る平貞盛】
平(たいら)国香(くにか)の長男(ちやうなん)上 平太(へいだ)
貞盛(さだもり)は土浦(つちうら)の城(しろ)没落(ぼつらく)
して父(ちゝ)國香(くにか)討死(うちしに)のよし
きゝしより晝夜(ちうや)心を
くるしめ居(ゐ)たりしが舎弟(しやてい)
繁盛(しけもり)か方より書翰(しよかん)到来(とうらい)
して軍(いくさ)の始終(ししう)つま
びらかに申送けれ
ば貞盛(さだもり)はいとゞ肝(きも)
きへ心もまよひ
殿下(てんか)に集りて東(とう)
國(こく)下向(げこう)の儀を
ぞねがひけるやが
て此事 奏聞(そうもん)あ
りて上(うえ)にも感(かん)
じおぼしめし則(すなはち)

【勅許により下賜される鎧と釼】
勅許(ちよくきよ)ありて
唐革(からかは)といふ
よろひ小 烏(からす)
の御釼(きよけん)を賜(たまは)り
はやく敵(かたき)を討(たい)
治(じ)して帰(かへ)り
登(のぼ)るべきよし
 仰(おゝせ)下され
  けれは
    貞盛(さたもり)
心にいさみよろ
  こび東国(とうこく)
     下向(けこう)の
  用意(ようい)をぞ
   したり
     ける

【大威徳の法を修する浄藏】
天慶(てんけい) 三年正月 朝敵(てうてき)追伐(ついばつ)の御いのり
とて雲居寺(うんきよし)の浄藏(しやうそう)貴所(きしよ)におゝせて
横川(よこがわ)におゐて大威徳(たいいとく)の法(ほう)を
修(しゆ)せしめ給ふ不思儀(ふしぎ)や壇上(たんせう)に
将門(まさかど)が姿(すがた)弓箭(きうせん)を帯(たい)し顕(あらは)れ出(いて)
くるしげに悶絶(もんせつ)して炎(ほのほ)の中(うち)に
真倒(まつさかさま)になつて躍(おとり)くるひし
有様(ありさま)を伴僧(ばんそう)の目(め)にも見へに
けりいかさま朝敵(てうてき)も亡(ほろ)び
失(う)せ万民(ばんみん)泰平(たいへい)を喜(よろこ)ぶ
べき奇持(きどく)にてそと
 ありがたくぞ
 おほえ
   けれ

【壇上に現れた悶絶する将門の姿】

【清見が関の風景】
東征(とうせい)の大将軍(たいしやうぐん)には参儀(さんき)右衛門 督(かみ)
藤原 忠文(たゝぶん)副(ふく)将軍には同(おなじく)
舎弟(しやてい)刑部(きやうぶ)忠舒(ただみね)また武蔵(むさしの)
守(かみ)源 経基(つねもと)両人(りやうにん)うけ玉はる
其勢(そのせい)都合(つこう)四万六千 余(よ)き
二月二日にみやこを立て
同月十五日 駿河国(するがくに)
冨士(ふじ)のすそ野(の)に着(つき)玉ふ
このところは清見(きよみ)が関(せき)とて
街道(かいとう)第(だい)一の風景(ふうけい)なり
 軍監(ぐんかん)清原(きよはら)滋藤(しけとう)
     口(くち)づさみに
 漁舟(きよしう)火影(くはへい)
 冷(さまうして)燒波(なみをやき)
 驛路(ゑきろ)鈴聲(れいせい)
 夜(よる)過山(やまをすぐ)

【富士山を仰ぐ陣営】
と七 言(ごん)對句(つゝく)
をつゝりける
折(おり)から優(ゆう)にぞ
聞(きこ)へける

【氷川明神から飛び出る白き鳥】
上平太(しやうへいだ)貞盛(さだもり)は節(せつ)
度使(とし)に先立(さきたつ)て正
月廿四日 武蔵國(むさしのくに)に
下着(げちやく)せり舎弟(しやてい)
繁盛(しげもり)兼任(かねとう)にも
たいめんし其(その)
勢(せい)八百 余騎(よき)
にて打(うた)せける
氷川(ひかは)明神(めうじん)の
社(やしろ)に参詣(さんけい)し
願書(くわんしよ)をさゝげ
奉(たてまつ)り兄弟(けうたい)謹(つゝしん)
で禮拝(れいはい)しける
処(ところ)に社壇(しやだん)より
白き鳥(とり)一 羽(は)とび
出て旗(はた)の上(うへ)を翩(へん)■(ほん)【扁+飛・飜(=翻)の誤記ヵ】

【白鳥を見やる繁盛、兼任兄弟】
して艮(うしとら)をさして
飛(と)びゆきけり是(これ)
當社(とうしや)明神の護(まもり)を
給ふところなりとて
諸卒等(しよそつら)勇(いさ)み
      よろこび
ける然(しか)る処(ところ)へ下野(しもつけの)
国(くに)俵(たわら)秀郷(ひでさと)が方(かた)
より使者(ししや)到着(とうちやく)して
相供(あいとも)に力(ちから)を合(あわ)せ
朝敵(ちやうてき)将門(まさかと)を追伐(ついばつ)す
べきよしまふしこしければ
さてこそ白鳥(しらとり)の應(をう)い
ちじるしとて直(すぐ)に
   下野(しもつけ)の国(くに)へと
      いそぎける

【陣を張る秀郷】
去(さる)ほどに秀郷(ひてさと)貞盛(さだもり)
合体(がつたい)して
相馬(そうま)の
将門(まさかど)
を攻(せめ)らるゝ
    よし聞(きこ)へ
ければ當國(とうごく)はいふに
およばず常陸(ひだち)奥州(をうしう)
武藏(むさし)相模(さがみ)甲斐(かい)信(しな)
濃(の)越後(ゑちご)上野(こうづけ)の
  兵(つはもの)ども或(あるひ)は
       千 騎(ぎ)
または二千 騎(ぎ)
我(われ)も〳〵と馳集(はせあつま)り
正月二十八日の着到(ちやくとう)
都合(つこう)五万三千 余騎(よき)

【陣を張る貞盛】
とぞ記(しる)したり
まことに雲霞(うんか)
  のごとくにて
木(き)の下(した)
   岩(いわ)の蔭(かげ)
     までも
 軍勢(ぐんせい)の
  宿(やど)らぬ
     所(ところ)も
  なかりける

【東条二良兵衛入道道玄】
秀郷(ひでさと)貞盛(さたもり)合体(がつたい)して攻(せめ)
寄(よする)よし将門(まさかと)か方(かた)へ聞(きこ)へけ
れば御厨(みくりや)三良 将頼(まさより)を大将(たいしやう)
として安房(あは)上總(かつざ)の勢(せい)二
万五千 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し
下野國(しもつけのくに)へ押寄(おしよす)る宇都宮(うつのみや)にて
互(たかい)に時(とき)の声(こへ)を合(あわせ)
火花(ひはな)を散(ちら)して戦(たゝかひ)
ける秀郷(ひてさと)が陣中(じんちう)
より津川(つかは)平六(へいろく)貞(さた)
包(かね)と名(な)のり三尺
四寸の大太刀(をゝたち)真向(まつさき)
にかさし敵陣(てきじん)を
にらんでたつたり
ける将頼(まさより)が陣中よ
り東条(とうじやう)二良(じろ)兵衛(ひやうへ)入(にう)

【「陣」「陳」はしばしば混用されるので「陣」を用いた】

【津川平六貞包】
道(とう)道玄(どうけん)と名(な)のり
兩方(りやうはう)馬(むま)を掛合(かけあは)せ
受(うけ)つ流(なか)しつ二時(ふたとき)
計(はかり)ぞ戦(たゝかふ)たり
いつまでか罪(つみ)
つくりて何(なに)かせ
んとてしづ〳〵と
上帯(うはおび)とき互(たがい)に
突(つき)ちがへてぞ死(しゝ)
たりけり平六
貞包 行年(こうねん)五十
六 歳(さい)東条入道
六十二歳はな〳〵
しき討死(うちしに)なりと
  かんせぬもの
   こそなかりける

【利根川対岸の将頼陣に扇を開く常陸助玄茂】
其日(そのひ)は戦(たゝかい)くらして相引(あいひき)にぞ引たりける
丑(うし)の尅(こく)ばかりより大雨(たいう)車軸(しやぢく)を流(なが)し
次(つぎ)の日(ひ)も猶(なを)止(やま)ざりければ両陣(りやうじん)軍使(ぐんし)を
立(たて)て軍(いくさ)を休(やす)み雨(あめ)の晴(はるゝ)をまちゐ
たり其夜(そのよ)将頼(まさより)が陣中(じんちう)に手(て)あや
まちして役所(やくしよ)の内(うち)に火(ひ)もへ
出(いて)折節(おりふし)東風(こち)はげしく炎(ほのふ)四(し)
方(はう)へ吹飛(ふきとば)しければすわや夜(よ)
打(うち)ぞとひしめきて同士軍(としいくさ)
をぞしたりけり秀郷(ひてさと)
貞盛(さたもり)是(これ)を見て敵方(てきかた)に
かへり忠(ちう)のものありと覚(おほ)
ゆるぞ時(とき)の声(こへ)を合(あは)せ
かけちらせよと下知(けぢ)
せられければ敵(てき)いよ〳〵
是に度(ど)を失(うしな)ひ

【将頼陣から玄茂に遣わされる馬】
さん〳〵に落行(おちゆき)ける
常陸助(ひたちのすけ)玄茂(はるもち)只(たゝ)
一人 利根川(とねかは)まで
落(をち)ゆきけるに
頃日(このころ)の大雨(たいう)に
川水(かはみづ)増(まさ)りわ
たるべきよふ
もなくはるか
向(むかふ)のきしに其
勢(せい)三百 騎(き)斗(はか)り
まくを打て扣(ひかへ)たり
旗(はた)の紋(もん)をみれ
ば御厨(みくりや)三良 将(まさ)
頼(より)なり玄茂(はるもち)嬉(うれ)
しく扇(あふぎ)をひらき
玄茂にて候そ御(おん)

【雨の如くに射かくる矢】
馬(むま)一 疋(ひき)拝借(はいしやく)仕たしと大 音声(おんせう)
にて申ければ将頼(まさより)やがて乗(のり)がへ
一 疋(ひき)川中(かはなか)へ追入(おいいれ)させければこなた
のきしにて着(つき)たりける玄茂(はるもち)
喜(よろこ)び打のりてやす〳〵と川を
越(こ)し互(たかい)に無事(ぶじ)をよろこびける
かゝる処(ところ)に秀郷(ひてさと)の男(なん)千晴(ちはる)
二千 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し
もみにもんで追来(おゝいきた)る将(まさ)
頼(より)一人 引(ひき)かへし千晴(ちはる)を
目(め)かけ組(くま)んずものと從(ぢう)【縦】
横(をう)無盡(むじん)に切(きり)まくりかけ
ぬけて味方(みかた)をみれば
玄茂(はるもち)を始(はしめ)として
八十 余(よ)人 討(うた)れたり
今(いま)は是(これ)までと物(もの)

【射貫かれる将頼】
の具(ぐ)ぬぎすて
自害(しがい)せんとさし
ぞへ逆手(さかて)にとり
直(なを)したるに
雨(あめ)の如(ごと)く射(ゐ)か
くる矢(や)将頼が
左(ひだり)の脇腹(わきはら)にぐ
さと立(たつ)元来(もとより)
戦労(たゝかいつかれ)たる上(うへ)な
ればしばしも
こらへず矢庭(やには)に伏(ふし)
てぞ死(しゝ)たりける
千晴 敵(てき)の首(くび)ども
とりあつめ勝(かち)どき
つくりて本陣(ほんしん)へにそ
    かへりけ李(り)

【平繁盛、兼任兄弟】
國香(くにか)之(の)二男(じなん)
上總守(かずさのかみ)平(たいらの)繁盛(しげもり)
同(おなじく)三男 上野(かうつけの)
守(かみ)平 兼任(かねとう)

【裏見返し、白紙】

【裏表紙】

【表紙、題箋】
繪本前太平記 五

【表紙見返し、白紙】

【源経基】
貞純(さだずみ)親王(しんわう)之(の)御子(おんこ)正四位上(しやうしいじよう)
鎮守府(ちんしゆふ)将軍(しやうぐん)兼(けん)太宰(ださい)
大貮(たいに)源(みなもと)朝臣(あつそん)
經基(つねもと)
王(おゝきみ)

【取り押さえられた坂上近高と藤原玄明】
坂上(さかのへ)近髙(ちかたか)藤原(ふちわら)玄明(はるあき)兩人(りやうにん)は
将門(まさかと)の腹心(ふくしん)にて将頼(まさより)か後詰(こつめ)の
ため常陸國城(ひたちくにしろ)をかま
えてゐたりしが味方(みかた)
うち 負(まけ)て将頼 討死(うちしに)
のよしきこへければ
本國(ほんごく)へ帰(かへ)らん計(はかりこと)に
いやしき百姓(ひやくしやう)の女(にやう)
房(ぼう)一人かたらひ出(いた)
しよき絹(きぬ)打(うち)き
せ張輿(はりこし)にのせ
二人とも奴僕(ぬほく)と
身をやつし繁(しげ)
盛(もり)の役所(やくしよ)のまへをと
おりける番人(ばんにん)見とがめ
あやしきぞとまり

【詰問される百姓女房】
候へと声(こへ)かけければ是は
御旗本(おんはたもと)の内室(ないしつ)をぐして
参(まゐ)り候 通(とを)し給(たま)へといゝけれ
ばあなけしからずや此(この)陣(じん)
中(ちう)に女(おんな)禁制(きんせい)のよし先達(さきだつ)
てかたき御諚(おんおきて)なるに
いかさま癖物(くせもの)なんめれからめ
とれとて二三十人をり
重(かさなり)て生(いけ)どりける
件(くだん)の女を引出(ひきいだ)し事の
よふをたづねければ
しか〳〵のよし語(かた)りける
に扨(さて)こそとて大将の
御前(ごせん)にて両人の首(くび)を
刎(はね)女にはとがなしと
そのまゝに帰(かへ)されけり

【城塀にとりつく敵兵に大木、大石を投げる将門軍】
去(さる)ほどに将門(まさかと)は島廣(しまひろ)
山(やま)の要害(ようかい)に立籠(たてこも)る
秀郷(ひてさと)貞盛(さたもり)大軍(たいくん)にて
おしよせ鯨(とき)の声(こへ)
を揚(あげ)たりける将(まさ)
門(かと)はおもふ圖(づ)へ敵(てき)を
引よせ出(だ)し屏(へい)
の上より大木(たいぼく)
大 石(せき)雨(あめ)の如(ごと)く
になげ掛(かけ)け
れば先(さき)にすゝ
んだる兵(つわもの)
五百人ばかり
弥(いや)か上に重(かさな)
りて死(しゝ)たり
けり城兵(しやうへい)

【矢が飛ぶしどろの戦場】
敵(てき)のいろめく
をみて城(き)
戸(ど)押開(おしひら)き一
度(ど)にどつと切(きつ)
て出(いづ)れは秀郷(ひてさと)貞(さだ)
盛(もり)心は武(たけ)しと
いへどもこの勢(いきお)ひ
にあたりがたくしどろになつて
引しりぞく将門が大将(たいしやう)に権(ごん)の守(かみ)
興世(をきよ)手勢(てぜい)引(ひき)ぐし八 方(ほう)に切(きつ)て廻(まわ)れ
ばよせ手いよ〳〵乱(みだ)れ騒(さわ)ぎ右(う)
往左往(わうざわう)ににけちりて貞盛(さたもり)秀(ひで)
郷(さと)も既(すて)に討(うた)れぬべくみへたりしを
やう〳〵に切ぬけ一 里余(りあま)り退(しりそき)て
陣(ぢん)を取(とり)敗軍(はいぐん)をあつめけるに落(おち)
残(のこ)る兵(つはもの)一万にはたらざ 李(り)けり

【嶋廣山の城に向かう兼任軍の兵】
嶋廣山(しまひろやま)の城(しろ)のからめてはけんそをた
のんでさらに用意(ようい)もせず兼任(かねとう)が
組下(くみした)の兵(つはもの)に岩付(いわつき)吉次(きちぢ)といふもの
三百五十 騎(き)を引(ひき)ぐし木(き)の根(ね)
にとりつき岩角(いわかど)を踏(ふみ)とかく
辛労(しんろう)して髙櫓(たかやぐら)のもとまで
すゝみよりたり吉次やぐら
のさまに熊手(くまで)打(うち)かけさら〳〵
と傳(つた)ひ登(のぼ)り塀(へい)を飛越(とびこ)し城(き)
戸(ど)押開(おしひら)き味方(みかた)を引入(ひきいれ)役所(やくしよ)〳〵に
火(ひ)を付(つけ)たり折節(おりふし)朝嵐(あさあらし)はけしく
吹(ふき)て炎(ほのほ)天(てん)をこがしけれは三百
五十人の者供(ものども)こゝかしこに打
ちりて切(きつ)て廻(まわ)れば
寐(ね)おびれたる城(しやう)
兵(へい)甲冑(かつちう)も打(うち)すて

【櫓に熊手をかけて登る岩付吉次】
我(われ)先(さき)にて落(おち)
ゆきける将(まさ)かど
從(じう)るい二百余
人 鉾先(ほこさき)を
ならべ防戦(ふせきたゝかへ)ど
も火勢(くはせい)盛(さかん)
にして黒烟(くろけむり)
眼(まなこ)を塞(ふさ)ぎ
今(いま)は是非(ぜしひ)な
く東(ひかし)の門(もん)を
ひらきて落(おち)たりける
此時(このとき)諸方(しよほう)の寄手(よせて)
一 度(ど)に打寄(うちより)なば将(まさ)
門(かと)も討(うた)るへかりしを
宵(よひ)の敗軍(はいぐん)にちり〳〵に
成(なつ)てより合(ある)ざりける

【大太刀を振るう武蔵五郎貞世】
權守(こんのかみ)興世(をきよ)が一 子(し)武蔵(むさし)五良 貞(さだ)
世(よ)生年(しやうねん)十九歳きのふの戦(たゝかひ)に父(ちゝ)
興世(をきよ)生死(しやうじ)しれずなりければ
討死(うちじに)とおもひ定(さだ)め本陣(ほんぢん)
に参(まい)り将門(まさかと)にいとまを
乞(こひ)て立出(たちいつ)る将門しば
しと留(とゝ)め杯(さかづき)とりて
三度(さんと)傾(かたむけ)させ宿(さひ)■(つき)【鴾】
毛(げ)といふ馬(むま)を引(ひか)
せてあたへける
貞世(さだよ)喜(よろこ)び陣前(じんぜん)
にかけ出(いて)三尺五
寸の大太刀(ほたち)真(まつ)
向(こう)にさしかざし
八 方(はう)に切(きつ)て廻(まわ)り
ければさしもの

【貞世の勢いに逃げ惑う兵たち】
大 勢(せい)貞世(さたよ)一人に
きりまくられ四方(しはう)
へばつとにげちりけり
貞世は討死(うちしに)とおもひ
さだめたる事(こと)なれば
一足(ひとあし)も引(ひか)ずよき敵(てき)も
あらば組(くま)んものと眼(まなこ)を
くばり戦(たゝかへ)ども勇力(ゆうりき)に
おそれ近寄(ちかよる)ものなく
唯(たゝ)遠矢(とふや)にぞ射(い)たり
ける身内(みうち)に立(たつ)矢(や)
蓑毛(みのげ)の如(こと)く太刀(たち)を
倒(さかさま)に杖突(つへつき)てたち
   づくみに
    成(なつ)て死(しゝ)
      たりける

【将門の相馬の内裏に火をかけた貞盛軍】
将門が勢(せい)次第(しだい)〳〵に落失(おちうせ)
あるひは降人(こうにん)に出(いで)ければ
今(いま)ははや将門が運命(うんめい)も
さばかりたもたじと覚(おぼ)
えける文屋(ぶんや)好兼(よしかね)といふ
ものかためゐたる濵(はま)の手(て)
より軍(いくさ)破(やぶ)れて貞盛(さたもり)が
軍勢(くんせい)乱(みだ)れ入りさしも
いみしく建續(たてつゝき)
たる相馬(そうま)の
大裏(たいり)に火(ひ)を掛(かけ)
たれば猛火(めうくは)天地(てんち)
を掠(かす)め黒(くろ)けむり
東西(とうざい)を蔽(おゝ)ひ金(きん)
銀(〴〵)をちりばめ
たる宮殿(きうでん)楼閣(ろうかく)

【逃げ惑う人々】
凡(すへ)て四百五十
余所(よしよ)一宇(いちう)ものこ
らず灰燼(くはひじん)とな
りぬ煙(きふり)に迷(まよ)へる
女(おんな)童(わらへ)火(ひ)の中(なか)剱(つるき)
の上(うへ)ともいわずた
おれ轉(まろ)ぶありさまは
焦熱(しやうねつ)大焦熱(たいしやうねつ)の
くるしみも
   かくやと
     おもひ
 しられて
    あさまし
     かりし
  こと
    とも
     なり

【将門と六人の影武者】
将門(まさかど)は
合戦(かつせん)の
度事(たびこと)に我(われ)に
等(ひと)しき兵(つはもの)六人 一様(いちよう)
の物(もの)のぐさせ同(おな)じ
毛(け)の馬(むま)に打(うち)のり
進(すゝ)むも退(しりぞく)も一体(いつたい)
のごとくにていづれ
を将門 何(いつ)れを
良従(らうじう)ともさらに
見分(みわけ)得(へ)
さりける今(いま)も
猶(なを)その如(ごと)く七
騎(き)の将門 轡(くつは)を
ならへて打せしが
手痛(ていたき)き【ママ】

【将門と六人の影武者】
戦(たゝかい)に六騎の
兵(へい)皆(みな)〳〵
討(うた)せ将門
只(たゝ)一人にて
七十 余(よ)人
切(きつ)て落(おと)し
太刀(たち)も打
おれたれば
大手(おゝで)を
ひろ
げて
近付(ちかつく)敵(てき)を
ひきよせて
ねぢ首(くひ)に
 こそしたり
     ける

【将門めがけて矢を射る貞盛】
平(たいらの)貞盛(さたもり)は父(ちゝ)の仇(あた)
なれば将門(まさかと)を
一矢(ひとや)射(い)んと十三 束(ぞく)
三伏(みつふせ)ひきしぼつて
声(こへ)をかけて切(きつ)て
發(はな)つ将門か眉見(みけん)
の真中(まんなか)を腦(のう)
を碎(くたい)て立(たつ)た
りけりさし
も無双(ふそう)の猛(もう)
将(しやう)なれども
急所(きうしよ)なれは
眼(まなこ)くらみ馬(むま)より
とふど落(おち)たり
    ける藤太(とうだ)
  ひでさと走(はしり)り

【眉間を射貫かれる平将門】
      きて起(おこ)
       しも
  立(たて)す首(くび)
    かき落(をと)し
   たぶさつかんで
     たちあがる
大軍(たいくん)いちどに楯(たて)を
たゝき勝(かち)ときどつと
上(あけ)たりけり道(みち)に
そむき法(ほう)に戻(もと)【=悖】れる
天罰(てんはつ)にて忽(たちまち)ほろび
失(うせ)けるこそ
     日月(じつけつ)いまだ
       地(ち)に落(お)ちす
       奇特(きとく)のほどそ
          ありかたき

【死に物狂いで戦う五郎将為】
大葦原(おゝあしわら)の四良 将平(まさひら)
は将門(まさかと)うたれぬと
聞(きゝ)自害(しがい)して死(し)す
五良 将為(まさため)は死物(しにもの)ぐ
るひに戦(たゝかひ)けるに
荒川(あらかは)弥(や)五郎と
名(な)のり将為と
おしならべて
組(くん)で落(おち)上(うえ)を
下(した)へと揉合(もみあい)
けるが将為(まさため)
力(ちから)やまさり
けん弥五郎
を下(した)に組(くみ)
しき首(くび)を
掻(かき)て立(たち)あがるを

【将為の首を剥んとする荒川弥八郎】
弥五郎が弟(おとゝ)荒川(あらかは)彌(や)
八良 是(これ)をみて走(はし)り
きたりて将為が真向(まつこう)
五六寸 切割(きりわり)たり切(きら)れ
てひるむ所(ところ)を草(くさ)
摺(すり)を畳(たゝみ)上げ三刀(みかたな)
まで刺通(さしとを)し引た
をして首(くひ)かき落(おと)し
味方(みかた)の陣(ぢん)へぞ入にけり
   前後(せんご)十四日の
    あいたたゝかひしに
   将門が一門(いちもん)
     從類(ちうるい)こと〴〵く
       滅亡(めつぼう)し
    東國(とうごく)すでに
      静謐(せいひつ)せり

【興世を詮義する農民たち】
武藏(むさし)權守(こんのかみ)興代(をきよ)はさても勇(ゆう)
猛(もう)の将(しやう)なりしが運(うん)つきぬれ
ば命(いのち)のおしくて何(いつ)くをあて
ともなく足(あし)にまかせて落(おち)ゆき
ける上総国(かつさのくに)伊北(いきた)といふ處(ところ)
にて百姓(ひやくしよう)どもにみあ
やしめられ
いろ〳〵と
わびけれど
百姓さらに
聞(きゝ)入れず似(に)せ
公家(くげ)めらおもひ
しれやとて我(われ)
も〳〵と農具(のうぐ)
おつとり半死(はんし)
半 生(しよう)に打擲(ちやうちやく)

【引きたてられる興世】
したてにひき
横(よこ)に提(さげ)て秀郷(ひてさと)
貞盛(さたもり)の役所(やくしよ)へつれ
ゆきやがて御前(おんまへ)へ
引出しけれはま
ごふへくもあらぬ
權守(こんのかみ)興世(をきよ)なり
けるにそのまゝ
首(くび)を刎(はね)られて
   百姓どもに
  引出物(ひきでもの)
    給(た)びて
     かえ
      され
       けり

【除目の様子】
坂東(ばんとう)こと〳〵く平治(へいぢ)しければ
将門(まさかど)が首(くび)をもたせ都(みやこ)へこそは
開陣(かいじん)ある則(すなはち)叙位(じよい)除目(ぢもく)あり
て秀郷(ひでさと)は從(じう)四 位(い)下(け)に叙(じよ)
せられ武藏(むさし)下野(しもつけ)
の守(かみ)に任(にん)ぜらる
貞盛(さだもり)は從(じう)五 位(い)下(げ)
に叙(じよ)し常陸(ひだち)
下總(しもおさ)を給(たまは)る
平二(へいじ)
繁(しげ)
盛(もり)
は上(か)
總(つざ)
守(かみ)
兼(かね)

【除目の様子】
【上段】
任(とう)

上(かう)
野(づけ)
守(かみ)

の外(ほか)
軍(いくさ)の
功(こう)に
隨(したが)ひ
五 ケ所(かしよ)
十ケ所
の所領(しよりやう)
をたまわり
安堵(あんど)せぬ者(もの)は
なかりけり
【下段】
将門(まさかと)叛逆(ほんきやく)の
始(はしめ)承平(しやうへい)二年より
今(いま)天慶(てんけい)三年まで
九年が間(あいた)坂(はん)
東(どう)に威勢(いせい)を
ふるひしこと天誅(てんちう)のがるゝ方(かた)
なく一時(いちじ)にほろび失(うせ)ける
こそめでたかりける
      ことどもなり

【奥書】
浪華 法橋岡田玉山畫【篆印】岡田尚友【篆印】子■■

寬政七年卯正月吉祥日
        《割書: |二条通堺町東《割書:江》入町》
           今村八兵衞
 皇都書林    《割書: |御幸町通御池下《割書:ル》町》
           菱屋孫兵衞

【ノンブル】巻五ノ十一
【印】BIBLIOTHÉQUE NATIONALE MSS R.F.
【印】BIBLIOTH NATIONALE MSS

【遊び紙】

【印】BIBLIOTHÉQUE NATIONALE MSS R.F.

【効き紙】

N.5
5 d■■■■■■■

【効き紙】

【遊び紙】

【遊び紙】

【遊び紙】

【効き紙】

【裏表紙】

【背】

【天】

【小口】

【罫下】

BnF.

《題:古今名物類装《割書:名物切之部|     一》》

【ラベル】JAPONAIS/626/1
【書入れ】Dun.7605

緞子
【書入れ 文字の最初と最後を中括弧で結ぶ】JAPON 626(1)
【蔵書印 文字不明 朱 陽刻 正方形】
【蔵書印 朱 陰刻 正方形】《割書:青|山》
【二重丸印】 RF/BIBLIOTHÈQUE NATIONALE :: MSS ::

鳥入さゝつる

笹つる時代

紹鴎

亡羊《割書:写》【「写」朱字】

珠光

宗悟

白極《割書:地合うすき方| 地紋分銅つなき| たき風鳥宝尽し》

下妻《割書:地合あつき方| 紋白極におなし》

鎌倉
 《割書:紅毛| ムシロ織》

住吉     虎

雲珠【うず】

宗薫     有楽

本能寺《割書:地合うすし》
      藤種

三雲屋《割書:紋本能寺とおなし》

遠州

遠州輪違

笹つる

笹つる 

道元   同

小石たゝみ《割書:伊与簾の袋にかけたる故|後いよすたれと称す》


        《割書:同断|金| なし》

雲鶴

笹蔓

      同

細川      剣【劔】さき

荒磯

正法寺     定家

宗珠

金襴

嵯峨

荒磯《割書:繻子》

江戸和久田

興福寺《割書: |印金》   印金

        印金

【横書き】







小牡丹





    同

雲きりむ【麒麟】    同





    同銀襴

大坂蜀錦《割書:安楽庵》 



    《割書:安楽庵 寄り金》

なめ銭《割書: |上代紗》

東山

藤言《割書: |うるしばく》

【横書き】金地二重蔓大牡丹

     二重つる  印金


    高台寺   中牡丹

中ほたむ




    同

糸巻《割書:繻子地》

紹知《割書:繻子地》


 金襴

古金襴



       安楽庵

安楽庵    高野きれといふ



       此紋を剣【劔】太鼓といふ


  同

         花兎類


      角龍

花兔


   同

古金襴

大牡丹

和久田

造土竹古金襴

宝つくし

春藤《割書:繻子地》

安楽奄



 同

安楽奄

大内桐金地《割書:繻子》

大内桐

黄純

つむき地

大燈 同白地

         嵯峨切

鷄頭

筒井

        長楽寺




      下手

瓦燈
        同

龍詰《割書: |永観寺角竜》
        同




      同

上柳




      逢坂

富田

   繻子 
金剛

          金春



   紬地     なて
           しこ

紬地

権太夫《割書:繻子地はゝ|ほそし》
           針屋

大黒屋《割書:繻子》

【後見返し】

【裏表紙】

【背】

【小口】

【前小口】

【小口】

BnF.

.

【表紙題箋】
繪本合邦辻 一

【題箋に印】
BIBLIOTHEQUE NATIONALE MSS
R.F.

【右下に円形ラベル】
JAPONAIS
911
1

速水春暁齋画
繪本合邦辻
  文栄堂梓

【頁上部に円形ラベル】
JAPONAIS
911
1

繪本合邦辻惣目録
 巻之壹
   発(ほつ) 端(たん)
     小枝(さえだ)慶(けい)次郎 寒中(かんちう)水風呂(すいふろ)を設(まうく)る圖
     小枝 駿馬(しゆんめ)松風(まつかぜ)に鞭打(むちうつ)て立退(たちの)く圖
   小枝(さえだ)慶(けい)次郎 漫行(いたつら)の話
     圍碁(ゐご)の賭(かけもの)順禮(じゆんれい)林泉寺(りんせんじ)を撲(う)つ圖
     慶(けい)次郎 脇指(わきざし)を帯(たい)して浴室(よくしつ)に入(い)る圖
   小枝 勇武(ゆうぶ)の話
     大字(たいじ)の指物(さしもの)諸將(しよしやう)を驚(おどろか)す圖
   髙橋(たかはし)清(せい)左衛門小枝が託(たく)を受(うく)る話
     慶次郎 妾(せう)を髙橋(たかはし)に送(おく)る圖

繪本合邦辻巻之壹
     目録(もくろく)
  発端(ほつたん)
    小枝(さゑた)慶(けい)次郎 寒中(かんちう)水風呂(すいふろ)を設(まうく)る圖(づ)
    小枝(さゑだ)駿馬(しゆんめ)松風(まつかぜ)に鞭打(むちうつ)て立退(たちの)く圖
  小枝(さゑだ)慶(けい)次郎 漫行(いたづら)の話
    圍碁(ゐご)の賭(かけもの)順禮(じゆんれい)林泉寺(りんせんじ)を撲(う)つ圖
    慶(けい)次郎 脇差(わきざし)を帯(たい)して浴室(よくしつ)に入(い)る圖
  小枝(さゑだ)勇武(ゆうぶ)の話

    大字(たいじ)の指物(さしもの)諸將(しよしやう)を驚(おどろか)す圖
  髙橋(たかはし)清左衛門 小枝(さゑだ)が託(たく)を受(うく)る話
    慶(けい)次郎 妾(せう)を髙橋(たかはし)に送(おく)る圖

繪本合邦辻巻之壹
    発端(ほつたん)
往昔(むかし)漢(かん)の武帝(ぶてい)の時 東方生(とうばうせい)あり博聞(はくふん)強智(けうち)の才(さい)を懐(いたひ)て
僅(わづか)に執戟郎(しつげきらう)となり談笑(だんせう)を事として心を冨貴(ふうき)に累(わづらは)さず
故(ゆへ)に人 以(もつ)て狂(きやう)なりとす東方生(とうばうせい)笑(わらつ)て曰(いわく)古(いにしへ)の人 世(よ)を深山蒿盧(しんざんこうろ)
の下(もと)避(さく)我(われ)は世を朝庭(てうてい)【朝廷の異体字】金馬門に避(さく)るなりとて客難(かくなん)一 編(ぺん)を作(つくり)
て其 志(こゝろざし)を述(のべ)し例(ためし)あり我朝の往時(むかし) 應(おう) 永の頃北越の士(し)に小枝(さえだ)
慶(けい) 次郎 敏泰(としやす)と云(いふ)者あり文は経傳(けいでん)百家に渉(わた)り歌道(かだう)乱舞(らんぶ)に
長じあるは源氏(げんじ)伊勢(いせ)の物語(ものがたり)を講(かう)じ勇 畧(りやく)武伎(ぶき)は元 来(より)其(その)性(せい)
の長(ちやう)ずる所にして勇名(ゆうめい)一時(いちじ)に擅(ほしゐまゝ)なり然(しかれ)ども爵禄(しやくろく)顕栄(けんゑい)を
意(こゝろ)とせず行處不羈(をこなふところものにかゝはら)ず高(たか)く避世(よをさくる)の人に類(るい)せり其 行事(かうじ)の

【本文】
大畧(たいりやく)を尋(たづぬ)るに初(はしめ)北越(ほくゑつ)の鎮撫(ちんふ)小枝(さえた)亞相(あしやう)敏家(としいへ)卿(きやう)に仕(つかへ)て數々(しば〱)
先登(せんとう)踏陣(とうぢん)の功(こう)あり敏家(としいへ)卿(きやう)其 勇壮(ゆうそう)を稱(しやう)し且(かつ)同姓(どうせい)の族籍(ぞくせき)
に系(かゝ)るを以(もつて)芽土(ばうと)の封爵(ほうしやく)を与(あた)へ給ふべき意(こころ)ありと雖(いへども)敏泰(としやす)が
気質(きしつ)世事(せじ)を軽(かろん)じ常(つね)に嬌慢(けうまん)なる行(おこなひ)をなせば一郡(いちぐん)一邑(いちゆう)の主(しゆ)となし
給ふとも行事(かうじ)を慎(つつしま)ず民(たみ)を治(おさむ)る次第(しだい)麁畧(そりやく)ならんを恐(をそ)れ給ひて
慶次郎 敏泰(としやす)を御前(おんまへ)に召(めさ)れ行状(ぎやうじやう)を改(あらた)め萬事(ばんじ)を慎(つゝしむ)べき由(よし)淳〱(くれゞ)
教示(しめし)給ひしかば慶次郎 深(ふか)く前非(せんぴ)を悔(くひ)向後(けうごう)を謹(つつしむ)べき由 答(こたへ)し
かば敏家卿御 悦(よろこび) 限(かぎり)なく頓(やが)て采地(ちぎやう)五千 石(ごく)を賜(たまふ)の命(めい)ありしかば
慶次郎密(ひそか)に思ふやう浮世(ふせい)夢(ゆめ)のごとし歓(よろこび)をなす幾(いくばく)もなし□
今 許多(そくばく)の禄を受(うけ)て食(しよく)は山海(さんかい)の珍味(ちんみ)を備(そなへ)る共 喰(くらふ)所は腹(はら)に満(みつ)
るに過(すぎ)ず身(み)に綾羅(りやうら)を纏(まとひ) 衣筐(いきやう)充満(みちみつる)とも詮(せん)とする處は寒(かん)を

【枠内】
  繪本合邦辻巻一      三

【枠内】
繪本合邦辻巻一      三

【本文】
小枝(さえだ)
    慶(けい)次郎
寒中(かんちう)
   水風呂(みづぶろ)を
  設(まふく)る圖

BnF.

【資料整理ラベル】        
JAPONAIS
617

【表紙 題箋】
 江戸勝景  上










【右丁 頭部欄外 資料整理ラベル】
JAPONAIS
 617

【同 手書き文字】
Acq. 16713

JAPON. 617

【本文】
高輪の暁鳥【四角で囲んでいる】
不峯の積雪

佐保姫の
めした
 霞の
袖の
 うら
一はん
 からす
 墨を
 つけ
  たり

 壷墨楼
  奈良輔

【左丁】
  歌船亭
   千綱
不二山のおろし
だいこに
さゝ波のさしみ
作れる
海の大鉢

【右丁】
旭 元船参初【?】 【この一行、四角く囲っている】
房総  春暁

  遊友舘
    春道
見渡せは
 霞の
  綱の
 ひきはへて
千万艘の
 けさの乗初

【左丁】
  壷玄楼
    万盃
遠つ帆は
蝶とも見えて
うつ浪の
はなの中ゆく
千ふね百船

【右丁】
 甲羅千人

船つくた
てうと
恵方に
真住よし
 巳午の
   間
  よろつ
   藤棚

【左丁】
 巌
  亀子

春風に
 入来る
  帆とも
 見ゆる
   なり
 筑地の
  沖に
 あくる
  袖凧


【右丁】
三俣の  白魚【この行、四角く囲む】
永代春風

   金守門
 水の面に
  糸の白魚
   あつまれは
  浪に
   かゝりを
  みつまた
    の川

【左丁】
   鶴 毛衣

 にきはへる
  永代橋に
   やり梅の
 かほりも
  たえす
  わたる
    春風

【右丁】
市中の  花【この行、四角く囲む】
新寺の新樹

   桐政女

 家つとの
  桜の枝は
   手折
    しと
  あと
  つけかほに
   蝶の
    おひ
     来る

【左丁】
   京
   唐橋
    村雄
 
 日の影の
  もらぬ
   木立は
   ふくろうの
  目も
   見ゆる
    かと
   おもふ
    まくらさ

【右丁】
    竹女
 波風の
  なかすの
   かたは
  かすみにも
 手伝はせ
  たるはるの
    細引【細引き網】

【左丁】
 やよ親の
  音を
   まなへかし
     二声と
 なかすの
  かたへ行
   ほとゝきす
  壷鶯楼
    可知輔

元柳橋の 子規
大橋の  細引【この行、四角く囲む】





【右丁 文字無し】
【左丁】
   京
    俵藤子
 水うちて
  涼しき門へ
    笛売の
  秋を
    告たる
   日くらし
    のこゑ

   貢計舎
    升盛
 両国の
  橋の
   たもとの
    夕風は
  そてから
   袖へ
 ぬける
  すゝしさ


広小路の 群集
御船蔵の  蚒

其二【四角く囲む】

    三巴園
     蓬室

 おしあふて
  足さへ地には
   つかぬ
     ほと
 身も
  かるわさの
   芝居
  にきはふ

   貢光軒
    宇寿喜

 立かはり
 茶みせに
 人のよる
 まても
  幾せん
  群集を
  なす
  広小路






【白紙】

【裏表紙】

【冊子の背の写真】

【冊子の天或は地の写真】

【冊子の小口の写真】

【冊子の天或は地の写真】

BnF.

BnF.

BnF.

BnF.

【表紙 題箋】
花様藻

【左上ラベル】
■■

【左下 資料整理番号のラベル】
JAPONAIS
 5386

千早振
かもの社の
姫小松
よろつ代ふとも
色はかはらし

千早振
かもの社の
姫小松
よろつ代ふとも
色はかはらし

【右上の附箋】
Peintures d`oiseaux et de fleurs
58. Precieux album d`oiseaux neints d`a■■■

       音こそ
         たてね
        色は

 あしのやの
  つたはふ軒の
    村時雨
かくれ
   す

さきしより
   散はつる
 まてみし
     程に
  花のもと
   にて
はつ
  か
   へに
   け
    り

 和哥の浦に
  塩みちくれは    なき
   かたをなみ     渡る

あしへ
  を
 さし
   て
 田鶴

おく山に
  ちしほの
    もみち

 色そこき
   みやこの

  しくれ
     いかゝ

   そむ
     らむ

吉野山こその
 しほりの
  道かへて
 また見ぬ
     方の
    花を
      尋
       ね
        ん

なこの
     ま
 海の   より  いり
     なか
かすみ        日を
      む
 の     れ   あらふ
        は
            おき
              つ
             しら
              な
               み

      忘るゝ君か
       こゝろとそ
住吉の        きく
 あら人
神に
 ちかひ
  ても

有明の月
    も
 あかし
    の
  浦かせ
     に
 なみはか
     リ
  こそよる
      と
   みえし
      か

秋ちかう
 のはなりに
  けりしら
 つゆの
  をける
    草葉
 色かは  も
   りゆく

うつら
   鳴
 まのゝ
   入江の

  はまか
    せに

     おはな
      波
       よる
       秋の
        夕暮

うつしうへは千世
まて匂へ菊のは
      な
君か老せぬ
 秋をかさ
    ねて

くらふ
   山
 下てる
   みち
     は
 みちとせ
     に
    咲てふ
  桃の花
     にそ
    有ける

春ふかき
 いろにも有哉
     住江の
  底もみとりに
    見ゆる浜
        松

【裏表紙見返し 文字無し】

【裏表紙 文字無し】

【附箋】
東園殿基長卿【注】 よるの雨に 角印

【注 江戸時代中期の公卿】

【本文】
  唐崎夜雨

 よるの雨に音を
唐  ゆつりて夕風を
 崎  よそにそたて
  の松      る

【附箋】
中山殿兼親卿【注】おもふその 角印

【注 江戸時代中期の公卿】

【本文】
 三井晩鐘
おもふそのあかつき
契るはしめそと
入相  先きく
 の鐘  三井の

【附箋】
石井殿行豊卿【注】 雲はらふ

【注 江戸時代前期~中期の公卿】

【本文】
 粟津晴嵐
雲はらふあらしに
 つれて百ふ【「ゆ」に見えるが「ふ」の誤記】ねも
  ちふねもなみの
   あはつにそよる

【附箋】
持明院殿基雄朝臣【注】 露しくれ 角印

【江戸時代中期の公卿】

【本文】
 勢田夕照
露しくれもる山
 とをくすきゝつゝ
ゆうひの  せたの
  わたる  なかはし

【附箋】
園殿基香朝臣【注】 いしやまや 角印

【注 江戸時代中期の公卿】

【本文】
 石山秋月
いしやまやにほの
 うみてるつきかけ
         は
あかしもすまも
   ほかならぬか
         な

【附箋】
万里小路殿尚房卿【注】 まほひきて 角印

【注 江戸時代中期の公卿】

【本文】
 八橋帰帆
まほひきてやはせに
 かへるふねはいま
うちての浜をあとの
     追風

【附箋】
川鰭殿意陳朝臣 雪はるゝ 角印

【本文】
 比良暮雪
雪はるゝ比良の
 たかねの夕くれは
はなのさかりに
  すくる春かな

【附箋】
清水谷殿雅季朝臣【注】 峯あまた 角印

【江戸時代中期の公卿】

【本文】
 堅田落雁
峯あまたこえて
こし路にまつちかき
  かたゝになひき
  おつるかりかね

【附箋】
山本大納言殿 浅みとり

【本文】
   僧正遍昭
浅みとり糸より
      かけて
 しら露を
     玉にも
  ぬける春の
     柳か

【附箋】
今城中納言殿 月やあらぬ

【本文】
   在原業平朝臣
月やあらぬはるや
   むかしの春ならぬ
 わか身ひとつは
    もとの身にし
          て

【附箋】
花園宰相殿 我か庵は

【本文】
   喜撰法師
我か庵は
  みやこのたつみ
   しかそすむ
 よを宇治山と
      人は
        いふなり

【附箋】
愛宕三位殿 吹からに

【本文】
  文屋康秀
吹からに
      むへ
  野へ【ママ】の  山風を
 草木の   あらしと
  しほるれ
     は   いふら
            む

【附箋】
野宮中納言殿 色見えて

【本文】
人の    ものは
 こゝろ   世の中
    の    の

    小野小町

花にそ   色見えて
 あり
  ける   うつろふ

【附箋】
油小路大納言殿 思ひ出て

【本文】
  大伴黒主
思ひ出て
 恋しき時は
   はつかりの
 鳴てわたると
  人しるらめや

BnF.

BnF.

【表紙 題箋】
二十四孝并譯文

【右下の資料整理ラベル】
JAPONAIS
 5330
 1517
 F III

【見返し 資料整理ラベル】
JAPONAIS
 5330
 1517
 F III

【文字無し】

【絵画 文字無し】

  孝感動天  【朱の角印】
虞舜瞽瞍之子生性孝父頑母囂弟象傲舜耕於歴
山有象為之耕鳥為之芸其孝感如此帝尭聞之事
以九男妻以二女遂以天下譲焉

 虞(ぐ)とは舜(しゆん)のてんかをたもてる世(よ)の名(な)なり舜(しゆん)はうまれつき至孝(しこう)【この上なく親孝行】にてをのづから
 かたちにあらはるちゝかたくなに【頑固】ははゝはひすかしく【ひずかし(囂し)く=口やかましく愚かである】弟(おとゝ)を象(しやう)といふこゝろおごり人をあなどる
 されとも舜(しゆん)いさゝかもたかふことなしつねに歴山(れきさん)といふ所(ところ)へ行(ゆき)て田(た)を耕(たがや)せはぞ象(ぞう)来り
 て耕(たがやし)にかはり鳥(とり)きたつてくさぎる【田畑の除草をする】これ孝心(こうしん)を天(てん)の感(かん)じ給ふゆへなり時(とき)のみかど
 尭(ぎやう)これをきゝたまひ御子(おんこ)九人をして舜(しゆん)につかへしめ外(ほか)のおこなひを見せしめふ
 たりのひめきみをして舜(しゆん)にめあわせ内(うち)のおこなひを見給ひついに舜(しゆん)に
 てんかを譲(ゆづ)り給ひぬこれを舜帝(しゆんてい)と申 奉(たてまつ)るなり

        東都 牛山人箕騰世龍譯併書 【落款二つ】

【落款 上 白文(陰刻)】
箕騰
之印
【落款 下 朱文(陽刻)】

世龍




【絵画 文字無し 右下落款二つ どちらも白文】




  親嘗湯薬
前漢文帝名恒高祖第三子初封代王生母薄太后
帝奉養無怠母疾病三年帝目不交睫衣不解【「觧」は「解」の俗字】帯湯
薬非口親嘗弗進仁孝聞天下

 前漢(ぜんかん)の文帝(ふんてい)は諱(いみな)を恒(かう)といふ高祖(かうそ)の第(だい)三の御子(みこ)なり生(うみ)給ふ母(はゝ)を
 薄太后(はくたいこう)といふ文帝(ふんてい)御はゝにつかへて怠(おこたり)り【語尾の重複】なし御はゝ病(やみ)給ふこと
 三とせにおよふ文帝(ふんてい)常(つね)はかたはらにいまして目睫(めまつげ)をましゆること
 なく衣服帯(いふくおび)をとく事(こと)なし薬(くすり)もみつからなめ味(あぢ)ふにあらされは
 かつて【決して】すゝめすみかどの位(くらゐ)にして孝行(こうかう)かくのことしよつて其孝(そのこう)てん
 かに聞(きこ)ゆ

【絵画 文字無し 右端中央に白文の落款二つ】




  齧指痛
周曽参字子輿事母至孝参嘗採薪山中家有客至
母無措望参不還乃齧其指参忽心痛負薪以帰跪
問其故母曰有急客至吾齧指以悟汝尓

 周(しう)の曽参(そうしん)あざなは子輿(しよ)孔子(こうし)の門人(もんじん)にて母につかへて孝(こう)なり参(しん)つねに薪(たきゞ)を
 山中(さんちう)に採(と)るたま〳〵家(いへ)に客(かく)のいたるありはゝ参(しん)がるすなれは其客(そのかく)を待(また)しめ
 すなはちわか指(ゆび)を齧(かむ)参(しん)山中(さんちう)にてたちまち心(しん)いたみはゝをあんじていそき
 帰(かへ)り其(その)ゆへをとふはゝいはく客(かく)の来(きた)るありそのゆへわか指(ゆひ)をかみて
 なんじのもとらんことをほつすと骨肉(こつにく)の情(じやう)道(みち)をへだてゝも心(こゝろ)のつう
 ずる事かくのことし参(しん)か孝(こう)しんをかんずへきにあまりあり
   《割書:附ていふ題やうみな四字なりこの題字|原本三字おそらくは心の字をかきおとし》
   《割書:たるならんか》

【絵画 文字無し 左端中央に白文の落款二つ】




  単衣順母
周閔損字子騫早喪母父娶後母生二子衣以綿絮
妬損衣以蘆花父令損御車体寒失靷父察知故欲
出後母損曰母在一子寒母去三子単母聞悔改

 周(しう)の閔損(びんそん)あさなは子鶱(しけん)孔子(こうし)の門人(もんじん)にして早く母(はゝ)をうしなふ父(ちゝ)のちのはゝを娶(めと)る
 ふたりの子(こ)をうめりこれにはわたの入たる衣(きぬ)をきせ損(そん)には蘆(あし)の花(はな)のわたになしたるを
 入れてきせたり父損(ちゝそん)か車(くるま)をひくにこゞへて覚(おぼ)へすひく綱(つな)をとりおとしたるを見て
 後のはゝの損(そん)につれなきをさとりおひ出(いだ)さんとす損(そん)ちゝをいさめてはゝあれはこそ
 ひとりさむしはゝなきときは三人ともにさむからんとはゝこの事をきゝて大に恥(はぢ)
 くやみてそれよりは三人ともにいつくしみたるとなり損(そん)が賢(かしこ)くかつ孝(こう)しん
 のいたれるをしるべきなり

【絵画 文字無し 右端に白文の落款二つ】




  為親負米
周仲由字子路家貧嘗食藜藿之食為親負米百里
之外親後南遊於楚従車百乗積粟萬鍾累裀而坐
列鼎而食乃嘆曰雖欲食藜藿為親負米不可得也

 周(しう)の仲由(ちうゆう)あさなは子路(しろ)孔子(かうし)の門人(もんじん)にして父母(ちゝはゝ)につかへて孝(こう)
 なり家(いへ)まづしくして常(つね)にまめの葉(は)あるは蓬(よもきの)の【助詞の重複】葉(は)を食事(しよくじ)とすちゝはゝ
 のために米(こめ)を百里(ひやくり)の外(ほか)にせおいてその価(あたひ)をもて父母(ちゝはゝ)をやしなふちゝはゝなくなりて
 後(のち)南楚(みなみそ)の国(くに)にあそびりつしんして車百乗(くるまひやくじやう)粟萬鍾(あわばんしよう)のあるしとなれりされとも
 昔(むかし)やさいを食(しよく)し米(こめ)を百里(ひやくり)の外(ほか)にせをひてもふたおやありてこそ嬉(うれ)しかりつるに其時(そのとき)を
得(ゑ)んとすれとも今(いま)はもはや得(う)へからすと身(み)ひとつの冨貴(ふうき)を悦(よろこ)ばざりしとそ是(これ)孝心(こうしん)の至(いた)
 る所(ところ)なり

【絵画 文字無し 右端中央に白文の落款二つ】




  売身葬父
漢董永家貧父死売身貸銭而葬及去償工途遇一
婦求為永妻俱至主家令織縑三百匹乃回一月完
成帰至槐陰会所遂辞永而去

 漢(かん)の董永(とうゑい)は家(いへ)まづしくしてちゝの死たるにほうむること成かたく其身(そのみ)をうりてその
 あたひをもていとなみおはり其後(そのゝち)身をうりたる方(かた)へ行(ゆく)みちにてひとりの婦人(ふじん)にあふ
 婦人(ふじん)えいがつまとならんといつて共(とも)に身(み)をうりたるあるしの家に行(ゆき)縑(けん)とてすゞし【注①】の
 たくひのをりものを三百むら【匹 注②】一月 斗(ばかり)にをり身をうりたるあたひにあがなひ夫婦(ふうふ)
 うちつれて帰(かへ)る婦人(ふじん)さきにえいにあひたるゑんじゆの木(き)のもとにいたりついに
 いとまをこひいつちともしらすさりにけるえいか孝行(こうかう)を天(てん)のかんじてかくたすけ給ふ也


【注① 生糸を織ったままで練っていない絹布。軽くて薄い】
【注② 布二反分を一巻にしたものを数える語】

【絵画 文字無し 右端中央に白文の落款二つ】




  鹿乳奉親
周剡子性至孝父母年老俱患双眼思食鹿乳剡子
乃衣鹿皮去深山入鹿群中取鹿乳供親猟者見而
欲射之剡子具以情告乃免

 周(しう)のゑんしはてんせい父母(ふぼ)につかへし孝(こう)なりちゝはゝとしおいてともに
 左右(さゆう)のまなこをうれふしかの乳味(ちみ)をほつすゑんしやかてしかの皮(かわ)を着(き)て
 ふかくやまおくに入おほくのしかの中(なか)にまじはりてしかのちゝをとりてふた
 おやにたてまつる是にて猟子(りようし)見てまことのしかなりとおもひゐころさん
 とすゑんしおとろきしか〳〵のよしをかたるにそあやうきなんをのかれたり
 これ孝しんのかんするところなり

【絵画 文字無し 左端中央に白文の落款二つ】




  行傭供母
後漢江革少失父独與母居遭乱負母逃難数遇賊
或欲劫將去革輒【輙は輒の俗字】泣告有老賊不忍殺転客下邳貧
窮裸跣行傭以供母母便身之物莫不畢給

 後漢(ごかん)のこうかくはいとけなくしてちゝにおくれひとりはゝとゐたりみたれたる世(よ)に
 あふてはゝををいてなんをのがれしば〳〵とうぞくのためになんぎすある時 賊(ぞく)
 をひやかして革(かく)をつれ行かんとすかくはゝあることをなげくにぞくも其孝(そのこう)をかんじ
 ころすにしのびす其のち下邳(かひ)といふ所にかくれて人にやとはるゝをもて母(はゝ)を養(やしのう)
 いろ〳〵にしてみつからはかちはだしにして人につかはるゝといへとも母のやしなひは
 かくことなしついに孝を以ててんかにしらる

【絵画 文字無し 右下に白文の落款二つ】




  懐橘遺親
後漢陸績年六歳於九江見袁術術出橘待之績懐
橘二枚及帰拝辞堕地術曰陸即作賓客而懐橘乎
績跪答曰吾母性之所愛欲帰以遺母

 後漢(ごかん)の陸績(りくせき)とし六さいの時 九江(きうこう)の太守(たいしゆ)袁術(ゑんしゆつ)にまみゆ術(しゆつ)たちはなを出して
 もてなす績(せき)帰るときたちはなをふたつくわい中(ちう)して出るにはいじするにのぞんて
 橘(たちはな)ををとす術(しゆつ)いはくりくらうひんかくとなりて橘(たちはな)をふところにするやと績(せき)ひさま
 づきてこたへていふわかはゝせい【性質】としてこれをこのむ帰りてはゝに奉らんとおも
 ふと術(しゆつ)□□□んしこれを寄(き)とす

【絵画 文字無し 左下に白文の落款二つ】




  乳姑不怠
唐崔山南曽祖母長孫夫人年高無歯祖母唐夫人
毎日櫛洗升堂乳其姑姑不粒食数年而康一日病
長幼咸集乃曰宣言無以報新婦恩願子孫婦如新
婦孝敬矣

 唐(とう)の崔山南(さいさんなん)か曽祖母(そそぼ)長孫夫人(てうそんふじん)年(とし)よりて歯(は)なし山南(さんなん)か祖母(そぼ)唐夫人(とうふじん)日(ひ)ごとに
 髪(かみ)を結(ゆ)ひ堂(とう)にのぼりて姑(しうとめ)長孫夫人(てうそんふじん)に乳(ち)をのましむよつて姑(しうとめ)米(こめ)を食(しよく)せすして
 すこやかなり長孫夫人(てうそんふじん)一日(ひとひ)やまひす一家(いつけ)のしんるいあつまる時(とき)にいわく
 嫁(よめ)の唐夫人(とうふしん)としごろの恩(をん)なかくむくふにところなしねがはくは
 子孫(しそん)の婦人(ふじん)たるものかくのごとくなれといひをきぬ

【絵画 文字無し 右端中頃に白文の落款二つ】




  恣蚊飽血
晋呉猛年八歳事親至孝家貧榻無帷帳毎夏夜蚊
多囋【𡂐は囋の俗字】 膚恣渠膏血之飽雖多不駆之恐其去已而噬
其親也愛親之心至矣

 晋(しん)の呉猛(ごもう)とし八 歳(さい)ふたをやにつかへて孝(こう)なり大学(だいがく)かうに入る
 てんせいの孝心(こうしん)にていゑまづしく夏(なつ)の夜(よ)蚊(か)おほくはだへをかむをのれ
 ふしてうこかすして蚊(か)にはだへをかましめ二(ふた)をやのはだへをくるしめんとてをのれ
 がくるしみをこらへしとなりこれすらかくのことしいはんやその心をや

【絵画 文字無し 右下に白文の落款二つ】




  臥氷求鯉
晋王祥字休徴早喪母継母朱氏不慈父前数譖之
由是失愛於父母嘗欲食生魚時天寒氷凍祥解衣
臥氷求之氷忽自解双【雙】鯉躍出持帰供母

 晋(しん)の王祥(わうしよう)あざなは休徴(きうちよう)はやく母(はゝ)をうしなふけい母(ぼ)朱氏(しゆし)王祥(わうしよう)をいつ
 くしまず父(ちゝ)にたび〳〵王祥(わうしよう)は不孝(ふこう)なりといふこれより父(ちゝ)にあいをうしのふ
 はゝある冬(ふゆ)にいける魚(うを)を食(しよく)せんといふ時(とき)にてんさむく川〳〵もこほりてうをゝ
 得るなし王祥(わうしよう)きぬをときあかはだかにて氷(こほり)のうへに伏(ふ)す氷(こほり)たちまちとけて
 ふたつの鯉(こい)を得てはゝに奉(たてまつ)るこの孝心(こうしん)にかんじてけい母(ぼ)の心(こゝろ)もなをり王祥(わうしよう)
 をわかうみたる子(こ)のことくにしけるとなり

【絵画 文字無し 右端に白文の落款二つ】




  為母埋児
漢郭巨家貧有子三歳母嘗減食与之巨謂妻曰貧
乏不能供母子又分母之食盍埋此子及堀坑三尺
得黄金一釜上云天賜郭巨官不得取民不得奪

 漢(かん)の郭巨(くわくきよ)いへまづしく三つになる子(こ)あり祖母(ばゝ)つねにわか食(しよく)をげんして
 孫(まご)にあたふ巨(きよ)そのつまにいへらく貧(ひん)なるゆへにはゝにうまきものを奉(たてまつ)ることなら
 ざるにかへつてわか子(こ)にはゝの食(しよく)をわかち給ふはいかゞすべきしかじこの子(こ)を埋(うめ)んにはとて穴(あな)を
 ほるにこかね一 釜(ふ)を得(ゑ)たり釜(ふ)はこかねの数(すう)なり其(その)こがねのうへに天(てん)郭巨(くわくきよ)にたまふといふ
 文字(もんじ)ありゆへにおほやけにもめしあけられす人もうばふことあたはす孝心(こうしん)の
 てんに通(つう)じけれはなり

【絵画 文字無し 左端中央に白文の落款二つ】




  搤虎救親
晋揚香年十四歳嘗随【隨は正字にして旧字】父豊往獲粟父為虎曳去時
揚香手無寸鉄惟知有父而不知有身踴【踴は踊に同じ】躍向前搤
持虎頚虎亦靡然而逝父纔得免於害

 晋(しん)の揚香(ようかう)十 四歳(しさい)の時つねに父(ちゝ)の豊(ほう)にしたかつて田(た)に行(ゆき)て粟(あわ)をお
 さむ父虎(ちゝとら)にひきさられんとす香(かう)たゝ父(ちゝ)のあやうきを見てその
 身(み)をわすれ虎(とら)のかしらを搤(にぎり)てひきはなつ勢(いきほひ)に虎(とら)たちまちにげ
 さりぬ孝心(こうしん)にあらざれはあにこの害(がい)をまぬかれんや

【絵画 文字無し 左端中央に白文の落款二つ】




  棄官尋母
宋朱寿昌年七歳生母劉氏為嫡母所妬母子不相
見者五十年神宗朝棄官入秦與家人訣誓不見母
不復還後行次同州得之時母七十余

 宋(そう)の朱寿昌(しゆじゆせう)七 歳(さい)の時(とき)うみの母(はゝ)の劉氏(りうし)本妻(ほんさい)のねたみにていでて外(ほか)へ
 嫁(よめり)しぬ母子(ぼし)あひ見ざること五十年時のみかど神宗(しんそう)につかへしがくわん
 ろくをすてゝはゝをたつぬ家(いへ)を出(いづ)る時はゝにあはずんはちかつて帰(かへ)らじと
 いゝ置しが母の七十余歳のときついに□(しん)【晋ヵ】□国(くに)にて逢(あい)けるとなり

【絵画 文字無し 右下に白文の落款二つ】




  嘗糞憂心
南齊庾黔婁為孨陵令到県未旬日忽心驚汗流即
棄官帰時父疾始二日医曰欲知瘥劇伹嘗糞若則
佳黔婁嘗之甜心甚憂之至夕稽顙北辰求以身代
父死

 南齊(なんせい)の庾黔婁(ゆきんる)孱陵(せんりやう)【孨と孱は通じて用いられている】といふ所(ところ)のしはいするやくとなるいまた十日もたゝざるにたちまち心おど
 ろき汗(あせ)ながるすなはちその官をすてゝ家に帰る時にちゝやむこと二日 医(ゐ)のいはくやまいのいゆると
 いへざるとはそのふんをなめてにがきときはいゆへしときんるこれをなむるにあまし大にうれひ
 わか身をもつてちゝの死にかはらんと北辰(ほくしん)にいのりけるとなり

【絵画 文字無し 左下に白文の落款二つ】




  戯彩娯親
周老莱子至孝奉二親極其甘脆行年七十言不称
老嘗着五彩斑襴之衣為嬰児戯於親側又嘗取水
上堂詐跌臥地作嬰児啼以娯親意

 周(しう)の老莱子(らうらいし)ふた親(おや)につかふまつるきはめて食をうまくしてすゝめその
 身七十歳におよへども年(とし)よりたるとかつていはす五色(ごしよく)のもようの衣(きぬ)を着(き)て嬰児(こども)
 のたはむれをなす又ある時 水(みつ)をもちて堂(どう)にのほるとてわざとつま
 づきたをれて嬰児(こども)のなくごとくしたりふたをやをたのしましめんとの
 孝(こう)のいたれるところなり

【絵画 文字無し 左端中央に白文の落款二つ】




  拾椹供親
漢蔡順少孤事母至孝遭王莽乱歳荒不給拾桑椹
以異器盛之赤眉賊見而問之順曰黒者奉母赤者
自食賊憫其孝以白米三斗牛蹄一隻与之

 漢(かん)の蔡順(さいしゆん)いとけなくして父(ちゝ)にをくれはゝにつかへて孝(こう)なり時に王莽(わうもう)
 が乱にあふとしあれて桑をとりてやしなひとすうつはをわけてひろふを
 賊(ぞく)の見てとふ順(しゆん)いわく黒きは味(あち)ひあましよつてはゝに奉(たてまつ)るあかきは酸(す)し
 をのれくらふといふ賊(ぞく)も其孝(そのこう)をあはれみて白米(はくべい)三 斗(ど)牛(うし)のかたもゝを
 あたへけるとなり

【絵画 文字無し 右端下方に白文の落款二つ】




  扇枕温衾
後漢黄香年九歳失母思慕惟切郷人称其孝躬執
勤苦事父尽孝夏天暑熱扇涼其枕簞冬天寒令以
身煖其被席太守劉護表而異之

 後漢(ごかん)の黄香(こうかう)九 歳(さい)のときはゝをうしなふおもひしたふことしきりなり
 郷人(さとびと)みなその孝(こう)をほむちゝに孝(こう)をつくし夏はふしどを扇(あを)き涼(すゝ)しく
 し冬(ふゆ)はわか身(み)をもつて衣(い)るいをあたゝむ太守劉獲(たいしゆりうくわく)【注】これをきゝてその
 孝心をあらはしほめしとなり

【注 右。漢文中の名「劉護」と整合せず】

【絵画 文字無し 右上に白文の落款二つ】




  湧泉躍鯉
漢姜詩事母至孝妻龐氏奉姑尤謹母性好飲江水
妻出汲而奉母嗜魚膾夫媍【「婦」に同じ】常作舎召隣母共食
側忽有湧泉味如江水双鯉時取以供母

 漢(かん)の姜詩(きやうし)はゝにつかへて孝(かう)その妻龐氏(つまほうし)も姑(しうとめ)につかへてもつともつゝしめりはゝこのん
 で江(え)の水をのむ龐氏(ほうし)つねにはる〳〵江の水をくみ養ふまた魚(いほ)のなますをこのみとなりの
 はゝをよびてともに食(くら)ふかくすることつねなりこれをもおこたらすたてまつるたちまち
 家(いへ)の側(かたはら)に泉(いつみ)わきいで味(あぢは)ひ江(え)の水のことし鯉(こひ)ふたつつゝより〳〵とり得て
 たてまつる孝のいたれるをてんのかんじたまふなり

【絵画 文字無し 右側に白文の落款二つ】




  聞雷泣墓
魏王裒事親至孝母存日性怕雷既卒殯葬於山林
毎遇風雨間阿香响震之声即奔至墓所拝跪泣告
曰裒在此母親勿惧

 魏(ぎ)の王裒(わうほう)親(をや)につかへて孝(こう)なりはゝ親(をや)いけるの日(ひ)雷(らい)をおそる
 よつて死してのちもらいのなるときはいそきはしりはゝのはか
 所(ところ)に行(ゆき)てかたはらにひさまづきて裒(ほう)こゝにありおそれたまふなと
 死(し)につかふること生るにつかふるがことし

【絵画 文字無し 右下部に白文の落款二つ】




  刻木事親
漢丁蘭幼喪父母未遇奉養而思念劬労之恩刻木
為像事之如生其妻久而不敬以針戯刺其指血出
木像見蘭眼中垂涙蘭問得其情蘭將妻即弃之

 漢(かん)の丁蘭(ていらん)いとけなくしてちゝはゝをうしなふ木(き)をきざみ二おや
 の像(ぞう)を造(つく)り生るがごとくつかふまつる妻(つま)ひさしくしてうやまは
 ずたはふれに針(はり)をもてそのゆびをさす血(ち)いつる蘭木像(らんもくぞう)を見るに
 目のうち涙(なみだ)をたるゝ蘭そのことをさとりてつまをさりし
 となり

【絵画 文字無し 左下に白文の落款二つ】




  哭竹生笋
晋孟宗少孤母老疾篤冬月思煮羹食宗無計可得
乃往竹林中抱竹而泣孝感天地須臾地裂出笋数
茎持帰作羹奉母食畢疾愈

 晋(しん)の孟宗(もうそう)いとけなくしてちゝをうしなふはゝおいてやまひおもし冬(ふゆ)たけ
 の子のあつものをこのむ宗(そう)すべきやうなく竹(たけ)のはやしに行 竹(たけ)を抱(いだいて)て【送り仮名の重複】
 なげく孝心(こうしん)てんにかんじしはらくして地(ち)さけてたかんな【「たけのこ(筍)」の古称】かず〳〵
 出たりもちかへりてはゝにたてまつる食(しよく)しをはりてやまひいえたり

【絵画 落款】
梅溪平世胤写

【白文の落款印二つ】




  滌親溺器
宋黄庭堅元祐中為太史性至孝身雖貴顕奉母尽
誠毎夕親自為母滌溺器未嘗一刻不供子職

 宋(そう)の黄庭(こうてい)堅元祐(けんげんゆう)年中(ねんぢう)に太子(たいし)の官(くわん)となる身貴(みたつと)くふうきなれど
 親(をや)につかふることみなみづからす母(はゝ)のいばり【尿】せるうつわまてもみず
 からあらふて人手(ひとで)にかけずしばしも子(こ)たるものゝ道(みち)にたかふこと
 なし

維時寛政十一年歳次己未春仲

【文字無し】

【文字無し】

【裏表紙】

【冊子の背表紙の写真】

【冊子の天或は地の写真】

【冊子の小口の写真】

【冊子の天或は地の写真】

BnF.

BnF.

【表紙 題箋】
よもきふ

【右上のラベル】
MS

【右下 資料整理番号のラベル】
JAPONAIS
 5340
  3

【表紙裏(見返し) 文字無し】

【白紙】

【白紙】

【頭部欄外に手書きの資料整理番号】
Japonais
 5340
 (3)
【下部欄外に手書き文字と数字】
Flcq・92-09

【本文】
もしほたれ【藻塩垂れ】つゝわひ給しころをひみやこ
にもさま〳〵おほしなけく人おほかりしをさて
もわか御身のより所あるはひとかたのおもひ
こそくるしけなりしか二条のうへなとも
のとやかにてたひの御すみかをもおほつかな
からすきこえかよひ給つゝくらゐをさり給へる
かりの御よそひをもたけのこのよのうきふ
しをとき〳〵につけてあつかひきこえ給ふ
になくさめ給こともありけむなか〳〵そのか
すと人にもしられすたちわかれ給しほと

の御ありさまをもよその事におもひやり
給人〳〵のしたの心【本心】くたき給たくひおほかり
ひたちの宮の君はちゝみこのうせ給にしな
こりに又おもひあつかふ人もなき御身にて
いみしう心ほそけなりしを思かけぬ御事
のいてきてとふらひきこえ給事たえさりし
をいかめしき御いきをひにこそことにもあらす
はかなきほとの御なさけはかりとおほした
りしかとまちうけ給ふたもとのせはきに【貧乏で物が不足勝ちである】
はおほ空のほしのひかりをたらいの水にうつ

したる心ちしてすくし給しほとにかゝるよの
さはきいてきてなへてのようくおほしみたれし
まきれにわさとふかゝらぬかたの心さしはうちわ
すれたるやうにてとをくおはしましにしのち
ふりはへてしもえたつねきこえ給はすそのな
こりにしはしはなく〳〵もすくし給しを月ふる
まゝにあはれにさひしき御ありさまなりふ
るき女はうなとはいてやいとくちをしき御すく
せなりけりおほえす神ほとけのあらはれ給へ
らむやうなりし御こゝろはへにかゝるよすかも

人はいておはするものなりけりとありかたう見
たてまつりしをおほかたの世の事といひなか
らまたたのむかたまき御ありさまこそかなし
けれとつふやきなけくさるかたにありつき
たりしあなたのとしころはいふかひなきさひし
さにめなれてすくし給ふをなか〳〵すこしよつ
きてならひにけるとし月にいとたへかたく思
なけくへしすこしもさてありぬへき人〳〵はをの
つからまいりつきてありしをみなつき〳〵にした
かひていきちりぬ女はうのいのちたえぬもあり

て月日にしたかひてはかみしも人かすすく
なりゆくもとよりあれたりし宮のうちいと
ときつねのすみかになりてうとましうけう
とき【氣疎き=気味悪い】こたち【木立】にふくろふのこゑをあさゆふにみゝ
ならしつゝ人気にこそさやうのものもせかれて
かけかくしけれこたまなとけしからぬものとも
ところえてやう〳〵かたちをあらはしものわひし
き事のみかすしらぬにまれ〳〵【ごく僅かに】のこりてさふら
ふ人〳〵はなをいとわりなし【耐え難い】このす両(りやうイ?)【受領】ともの
おもしろきいゑつくりこのむかこの宮のこた

ちをこゝろにつけてはなち給はせてんやとほ
とにつけてあんなひし申さするをさやう
にせさせ給ひていとかうものをそろしからぬ御す
まひにおほしうつろはなんたちとまりさふら
ふ人もいとたへかたしなときこゆれとあないみ
しや人のきゝおもはむこともありいけるよにしか
なこりなきわさはいかゝせむかくおそろしけに
あれはてぬれとおやの御かけとまりたる
心ちするふるきすみかとおもふになくさみて
こそあれとうちなきつゝおほしもかけす御て

うとゝももいとこたいになれたるかむかしやう
にてうるはしきをなまもの【未熟者ゝ】ゝゆへしらむとおも
へる人さるものえうしてわさとそのひとかの人
にせさせ給へるとたつねきゝてあむないする
もをのつからかゝるまつしきあたりとおもひあ
なつりていひくるをれいの女 はら(はうイ)いかゝ◦(は)せんそ
こそはよのつねの事とてとりまきらはしつゝ
めにちかきけふあすの見くるしさをつくろ
はんとするときもあるをいみしういさめ給ひて見
よと思給ひてこそしをかせたまひけめなとて

かかろ〳〵しき人のいゑのかさりとはなさむ
なき人の御ほひい たり(たか)【本文「ひ」「た」「り」の左下に「ヒ」と見える文字を傍記】はむかあはれなることゝの
たまひてさるわさはせさせ給はす いか(はか)なきこと
にてもみとふらひきこゆる人はなき御身なり
たゝ御せうと【兄人】のせんし【禅師】の君はかりそまれ
にも京にいてたまふ時はさしのそき給へと
それもよになきふるめき人にておなしき
ほうしといふなかにもたつき【たづき=手がかり、頼り】なくこのよを
はなれたるひしりにものし給ておもひよ【「おもひよ」の各字の左に「ヒ」と見える字を傍記】
り【左に「ヒ」と見える字を傍記】しけきくさよもきをたにかきはらはむ

ものともおもひより給はすかゝるまゝにあさ
ちはにはのおもゝ見えすしけきよもきはの
きをあらそひておひのほるむくらはにしひん
かしのみかとをとちこめたるそたのもしけれ
とくつれかちなるかきをむまうしなとのふ
みならしたるみちにてはる夏になれははな
ちかふあけまきの心さへそめさましき八月
野分あらかりしとしらうともゝたうれふし
しもの屋とものはかなきいたふきなりしな
とはほねのみわつかにのこりてたちとまる

けす【下衆】たになしけふりたえてあはれにいみし
き事おほかりぬす人なといふひたふる【乱暴な】心ある
ものも思やりのさひしけれはにやこの宮をは
ふようのものにふみすきてよりこさりけれ
はかくいみしきの ゝ(らイ)や ふ(うイ)なれともさすかにしん
てん【寝殿】のうちはかりはありし御しつらひかはら
すつやゝかにかいはきなとする人もなしちり
はつもれとまきるゝことなきうるはしき御
すまひにてあかしくらし給ふはかなきふる
うたものかたりなとやうのすさひ事にてこそ

つれ〳〵をもまきらはしおもひなくさむるわさ
なめれさやうのことにもこゝろをそくてものし
たまふわさとこのましからねとをのつからまた
いそくことなきほとはおなし心なるふみかよはし
なとうちしてこそわかき人はきくさ【木草】につけて
も心をなくさめ給ふへけれとおやのもてかしつ
きたまひし御心をきてのまゝに世中をつ
つましきものにおほしてまれにもこと【言】かよひた
まふへき御あたりをもさらになれ給はすふり
にたるみつし【御厨子】あけてからもり【唐守】はこや【藐姑射】の【「とし(刀自)が脱落)】かく

やひめのものかたりのゑもかきたるをそとき〳〵
のまさくりもの【暇つぶしにいじるもの】にしたまふふる哥(うた)とてもお
かしきやうにえりいて【選り出で】たい【題】をもよみ人をも
あらはしこゝろえたるこそ見ところもあり
けれうるはしきかむやかみ【紙屋紙=官立の製紙所である紙屋で漉いた紙。官庁用紙とする】みちのくに【陸奥国】かみなと
のふくためる【けば立たせぼさぼさにする】にふること【古言=昔の言葉、昔の人の作った詩歌】ゝものめなれたるな
とはいとすさましけなるをせめてなかめ給ふ
おり〳〵はひきひろけたまふいまのよの人のすめ
る【納得させる】経うちよみをこなひなといふことはいとはつ
かしくし給て見たてまつる人もなけれとすゝ【ずず(数珠)】

なととりてよせ給はすかやうにうるはしくそも
のし給ける侍従なといひし御めのとこのみ
こそとしころあくかれはてぬものにてさふら
ひつれとかよひまいりし齋院うせたまひ
なとしていとたへかたくこゝろほそきにこのひ
めきみの御はゝきたのかたのはらからよにお
ちふれてす両【受領】の北 の(に)【「の」の字の上に「ヒ」と見える字記入】なり給へるありけり
むすめともかしつきてよろしきわか人ともゝむ
けにしらぬところよりはおやともゝまうてかよ
ひしをと思てとき〳〵いきかよふこのひめき

みはかく人うとき御くせなれはむつましくもい
ひかよひ給はすをのれをはおとしめ給ひてお
もてふせにおほしたりしかはひめきみの
御ありさまの心くるしけなるもえとふらひ【訪い】き
こえすなとなまにくけ【生憎げ=少しも可愛げがないさま】なることは【言葉】ともいひきかせ
つゝとき〳〵きこえけりもとよりありつきた
るさやうのなみ〳〵の人はなか〳〵よき人のまね
にこゝろをつくろひおもひあかるもおほかるをや
むことなきすちなからもかうまておつへきす
くせ【宿世】ありけれはにや心すこしなを〳〵しき

御をは【叔母】にそありけるわかかくおとり【劣り】のさ
まにてあなつらはしく【大して尊重する必要がない】おもはれたりしをい
かてかゝるよのすゑにこのきみをわかむす
めとものつかひ人になしてしかな心はせなとの
ふるひたるかたこそあれいとうしろやすき【信頼がおける】う
しろみ【後見】ならむと思てとき〳〵こゝにわたらせ
給ひて御ことのね【琴の音】もうけ給はらまほしかる人な
むはへるときこえけりこの侍従にもつねに
いひもよをせと人にいとむ心にはあらてたゝこ
ちたき御ものつゝみなれはさもむつひた

まはぬをねたし【妬まし】となむおもひけるかゝるほと
にかのいゑあるし大弐【大宰府の次官】になりぬむすめとも
あるへきさまに見をきて【十分に見ておく】くたりなむとすこの
君をなをもいさなはんのこゝろふかくてはるか
にかくまかりなむとするに心ほそき御ありさ
まのつねにしもとふらひきこえねとちかきたの
みはへりつるほとこそあれいとあはれにうしろ
めたく【心配だ】なむなとことよかる【ことよがる(言好がる)=言葉巧みに言う】をさらにうけひき【聞き入れる】
給はねはあなにくこと〳〵し【おおげさである】やこゝろひとつに
おほしあかる【気位を高く持っていらっしゃる】ともさるやふはら【藪原=荒れ果てた地】にとしへ【年経】たまふ

人を大将とのもやむことなくしもおもひきこえ
給はしなとゑんし【怨じ=うらみごとをいう】うけひきけりさるほとに
けに世中にゆるされたまひてみやこにかへ
り給ふとあめのしたのよろこひにてたちさ
はくわれもいかて人よりさきにふかき心さしを
御らんせられんとのみおもひきをふ【思い競う=互いに負けまいと思う】おとこ女
につけてたかきをもくたれるをも人の心は
へを見給ふにあはれにおほししることさま〳〵
なりかやうにあはたゝしきほとにさらにおも
ひいてたまふけしき見えて月日へぬ

いまはかきりなりけりとしころあらぬさまなる
御さまをかなしういみしきことをおもひなからもえ
いつるはるにあひ給はなんとねんし【念じ】わたり
つれと たしかはら(たみしかはらイ)なとまてよろこひおもふな
る御くらゐあらたまりなとするをよそにのみ
きくへくなりけりかなしかりしおりのうれはし
さ【嘆かわしいこと】はたゝわか身ひとつのためになれるとおほ
えしかひなきよかなと心くたけてつらくかな
しけれは人しれすねをのみなき給ふ大弐の
きたのかたされはよまさにかくたつきなく人

わろき御ありさまをかすまへ【人並みに認める】たまふ人はありな
むや仏ひしりもつみかろきをこそみちひき
よくしたまふなれかゝる御ありさまにてたけ
くよをおほし宮うへなとのおはせしときのまゝに
ならひ給へる御こゝろをこりのいとをしきことゝいと
とおこかましけに思てなをおもほしたちね
よのうきときは見えぬやまちをこそはたつ
ぬなれゐ中なとはむかしき【「むつかしき」ヵ】ものとおほしやる
らめとひたふるに人わろけにはよもゝてなし
きこえしなといとことよくいへはむけにく

むしにたる女はうさもなひきたまはなむたけ
きこともあるましき御身をいかにおほしてか
くたてたる御こゝろならむともとき【似て非なる真似をする】つふやく
侍従もかの大弐のおいたつ【甥だつ=甥にあたる】人にかたらひつきて
とゝむへくもあらさりけれは心よりほかにいてた
ちて見たてまつりをかんかいとこゝろくるしきを
とてそゝのかし【その気になるようにしむける】きこゆれとなをかくかけはなれ
てひさしうなりたまひぬる人にたのみをかけ
給ふ御こゝろのうちにさりともありへてもおほ
しいつるついてあらしやはあはれにこゝろふ

かきちきりをした◦(ま)ひしにわか身はうくてかく
わすられたるにこそあれかせのつてにもわれ
かくいみしきありさまをきゝつけ給はゝかなら
すとふらひいて給ひてんととしころおほしけれ
はおほかたの御いへゐ【家居=すまい】もありしよりけにあさ
ましけれとわか心もてはかなき御てうとゝも【調度ども】なと
もとりうしなはせ【失わせ】給はす心つよくおなしさまにて
ねんしすこしたまふなりけりね【音】なきかちに
いとゝおほししつみ【思し沈み】たるはたゝやま人のあかきこ
のみひとつをかほにはなたぬとみえ給ふ御そ

はめなとはおほろけ【並み大抵】の人見たてまつりゆるすへ
きにもあらすかしくはしくはきこえしいとをしう【いじらしく】
ものいひさか【さが…欠点】なきやうなり冬になりゆくまゝに
いとゝかきつかむかたなくかなしけになかめすこし
たまふかの殿にはこ院の御れうのご御い(八)【「い」の上と左に「ヒ」と見える字が記入】かう【注】世
中ゆすりてしたまふことにそう【僧】なとはなへての
はめさすさえ【才】すくれをこなひにしみたうとき
かきりをえらせ【選らせ】給けれはこのせんしの君まいり
たまへりけりかへりさまにたちより給ひて
しか〳〵権大納言殿の御八講にまいりて

【注 「八講会」の略。法華経八巻を八座に分け、一巻ずつ講讃する法会】

侍へるなりいとかしこういける上(浄)と(土イ)のかさりに
おとらすいかめしうおもしろきことゝものかきりを
なむし給つる仏ほさつのへん化の身にこそもの
し給めれいつゝのにこりふかきよになとてむま
れ給けむといひてやかていて給ぬことすくなに
世の人にゝぬ御あはひにてかひなき世のものかた
りをたにえきこえあはせ給はすさてもかは
かりつたなき身のありさまをあはれにおほ
つかなくてすくし給は心うの仏菩薩やと
つらうおほゆるをけにかきりなめりとやう〳〵

思なり給に大弐のきたのかたにはかにき た(けイ)り
れ い(ひイ)はさしもむつひぬをさそひたてんの心にて
たてまつるへき御さうそくなとてうして【調じて】よき
くる さ(ま)にのりておもゝち【面もち=顔色】けしき【表情】ほこりかに【誇らかに】も
のおもひなけなるさましてゆくりもなくはしり
きてかと【門】あけさするより人わろくさひしき
ことかきりもなしひたりみきのと【戸】もみなよろほひ【崩れかかり】
たうれにけれはおのこともたすけてとかくあ
けさはくいつれかこのさひしきやとにもかなら
すわけたるあとあなるみつのみちとたとる

わつかにみなみおもてのかうしあけたるによ
せたれはいとゝはしたなしとおほしたれとあさま
しうすゝけたるき丁さしいてゝ侍従いてきた
りかたちなとをとろへにけりとしころいたうつゐ
ゐ【ついゐる=かしこまってすわる】たれとなをものきよけによしあるさまして
かたしけなくともとりかへつへくみゆいてたちなむこ
とをおもひなから心くるしきありさまのみすてた
てまつりかたきをしゝう【侍従】のむかへになむまいりき
たる心うくおほしへたてゝ御身つからこそあから
さまにもわたらせ給はねこの人をたにゆるさせ

たまへとてなむなとかうあはれけなるさまにはと
てうちにならへ く(き)【「く」の左に「ヒ」と見える字が傍記】そかしされとゆくみちに心をや
りていと心ちよけなりこ宮おはせしときをの
れをはおもてふせ【面伏せ=不名誉】なりとおほしすてたりしか
はうと〳〵しき【疎遠である】やうになりそめにしかととしころも
なにかはやむことな く(き)【「く」の左に「ヒ」と見える字が傍記】さまにおほしあかり大将殿
なとおはしましかよふ御すくせのほとをかたし
けなくおもひ給へられしかはなむむつひ【睦び=親しくなること】きニ(こ)えさ
せむもはゝかることおほくてすくしはへるを世中
のかくさためもなかりけれはかすならぬ身はなか〳〵

心やすくはへるものなりけりをよひなく【及びなく=力が及ばない】みた
てまつりし御ありさまのいとかなしく心くるしき
をちかきほとはをこたるおりものとかにたの
もしくなむはへりけるをかくはるかにまかり
なむとすれはうしろめたくあはれになむおほ
えたまふなとかたらへと心とけてもいらへ給はす
いとうれしきことなれとよにゝぬさまにてなに
かはかうなからこそくち【朽ち】もうせ【失せ】めとなむ思はへる
とのみのたまへはけにしかなむおほさるへけれは【「は」の左に「ヒ」と見える字が傍記】
といける身をすてかくむくつけき【無風流で品がない】すまひ

するたくひははへ【「つ」に見えるが「へ」とあるところ】らすやあらん大将殿のつくり
みかき給はむにこそはひきかへたまのうてな【玉の台=玉で飾ったような美しい立派な御殿】
と(に)【「と」の左に「ヒ」と見える字が傍記】もなりかへらめとはたのもしうははへれと
たゝいまは兵部卿の宮の御むすめよりほ
かにこゝろわけ給ふかたもなか◦(な)りむかしより
すき〳〵しき【物好きな】御こゝろにてなをさりに【いい加減に】かよひ
たまひけるところ〳〵みなおほしはなれにた
なりましてかうものはかなきさまにてやふ
はらにすくし給へる人をは心きよくわれをたの
み給へるありさまとたつねきこえ給ふ事【ここに注記を書きます】

いとかたくなむあるへきなといひしらするをけ
にとおほすもいとかなしくてつく〳〵となき給
されとうこくへう【べう=「べく」の音便】もあらねはよろつにいひわ
つらひくらしてさらは侍従をたにと日の
くるゝまゝにいそけはこゝろあはたゝしくて
なく〳〵さらはまつけふはかうせめ給ふをくりは
かりにまうてはへらむかのきこえたまふもこ
とはりなりまたおほしわつらふもさることには
へれはなかに見給ふるも心くるしくなむとし
のひてきこゆこの人さへうちすてゝむとするを

うらめしうもあはれにもおほせといひとゝむ か(へ)【「か」の左に「ヒ」と見える字が傍記】き
かたもなくていとゝ【ますます】ね【音】をのみたけきことにて
ものし給ふかた見にそへ給ふへき見なれころ
ももしほなれ【垢じみて汚れる】たれはとしへぬるしるしみせ
給ふへきものなくてわか御くし【みぐし=頭髪の敬称】のおちたり
けるをとりあつめてかつらにして給へるか九尺
よはかりにていときよらなるをおかしけなる
はこにいれてむかしのくのえかう【薫衣香=衣服にたきしめる香】のいとかうは
しきひとつほ【一壷】くして【具して】たまふ
  たゆ【絶ゆ】ましきすちをたのみしたまかつら

 思のほかにかけはなれぬるこまゝ【故乳母】ののたまひを
きしこともありしかはかひなき身なりとも見は
てゝむとこそおもひつれうちすてらるゝもことは
りなれとたれにみ ◦(ゆ)つりてかとうらめしうなん
とていみしうない【泣き】たまふこの人ももの し(も)【「し」の左に「ヒ」と見える字が傍記】きこえ
やらす【なにも申し上げることが出来ない】まゝ【乳母】のゆいこんはさらにもきこえさせすと
しころのしのひかたきよのうさをすくしは
へりつるにかくおほえぬみちにいさなはれては
るかにまかりあくかるゝこと【「と」の右下に「と」と傍記】て
  たまかつらたえてもやましゆくみちの

たむけの神【注】もかけてちかはむいのちこそしり
はへらねなといふもいつら【いづら=どちら、どこ】くらうなりぬとつふや
かれてこゝろもそらにてひきいつれはか つ(へ)り見【後ろを振り返って見る】の
みせられけるとしころ【長年】わひつゝ【辛く、不如意な生活をする】もゆきはなれさ
りつる人のかくわかれぬることをいとこゝろほそう
おほすに世にもちゐらるましきおい人【老人】さへいてや
ことはりそいかてかたちとまり給はむわれらも
え ■(こ)そねんしはつましけれとをのかみゝ【身身=各人各人】につけ
たるたより【縁故】とも思いてゝとまるましうおもへ
るを人わろくきゝおはすしもつきはかりになれ

【注 旅人が幣(ぬさ)などを手向けて道中の安全を祈る神。道祖神】

はゆきあられかちにてほかにはきゆるまもあ
るをあさ日ゆふ日ふせくよもきむくら【蓬葎】のかけ
にふかうつもりてこしのしらやま【越の白山】思やらるゝ
ゆきのうちいているしも人【下人】たになくてつれ〳〵
となかめ給ふはかなきことをきこえなくさ み(め)【「み」の左に「ヒ」と見える字が傍記】なき
みわらひみ【泣きみ笑いみ=泣いてみたり、笑ってみたり】まきらはしつる人さへなくてよるも
ちりかましき【埃っぽい】御丁のうちもかたはらさひしくもの
かなしくおほさるかのにはめつらしひにいとゝもの
さはかしき御ありさまにていとやむ事なくお
ほされぬところ〳〵にはわさとえをとつれ給

はすましてその人はまたよにやおはすらむと
はかりおほしいつるおりもあれとたつね給ふへき
御こゝろさしもいそかてありふるにとしかはりぬ
う月はかりにはなちるさとを思いてきこえ給ひ
てしのひてたいのうえに御いとまきこえていて
たまふひころ【日頃=何日もの間】ふりつるなこりのあめいますこし
そゝきて【パラパラと降って】おかしきほとに月さしいてたりむかし
の御ありきおほしいてられてえんなるほとの
ゆふつくよにみちのほとよろつの事おほ
しいてゝおはするかた【おいでになる】もなくあれたるいへの

こたち【木立】しけくもりのやうなるをすき給ふ
おほきなる松にふちのさきかゝりて月かけ
になひきたるかせにつきてさと【さっと】にほふかな
つかしくそこ は(は)かとなきかほりなりたちは
なにはかはりておかしけれ【興味がひかれる】はさしいて給へるにや
なきもいたうしたりてついちにもさはらねは
みたれふしたり見しこゝちするこたちかなとおほ
す ゝやう(はやうイ)【なんとまあ】この宮なりけりいとあはれにてをし
とゝめさせ給れいのこれみつはかゝる御しのひあり
きにをくれねはさふらひけりめしよせてこゝは

ひたちの宮そかしなしか侍るときこゆこゝにあり
し人はまたや【まだや…今もまだ】なかむらんとふらふへきをわさと【わざわざ】もの
せむ【訪ねる】もところせし【大げさである】かゝるついてにいりてせうそこ【消息】
せよ ゝく(よく)たつねいりてをうちいてよ人たかへして
はおこ【ばかげている】ならんとの給こゝにはいとゝなかめまさるころ
にてつく〳〵とおはしけるにひるねのゆめにこ
宮の見えたまひけれはさめていとなこりかな
しくおほしてもりぬれたるひさしのはしつ
かたをしのこはせて【拭わせて】こゝかしこのおまし【御座】ひき
つくろはせなとしつゝれいならす【いつになく】よつき【人並みになる】給ひて

  なき人をこふるたもとのひまなきに
あれたるのきのしつくさへそふ【降りかかる】も心くるしき程に
なむありけるこれみついりてめくる〳〵人のをと
するかたやとみるにいさゝかの人けもせすされはこそ
ゆきゝのみちにみいるれと人すみけ【住みげ】もなきもの
をと思てかへりまいるほとに月あかくさしいて
たるにみれはかうしふたま【格子二間】はかりあけてすた
れうこくけしきなりわつかに見つけたる心ち
おそろしくさへおほゆれとよりてこわつくれ【声づくり=ふつうとは違った改まった声を出す】は
いとものふりたるこゑにてまつしはふき【せきばらいをする】をさきに

たてゝかれはたれそなに人そととふなのりし
て侍従の君ときこえし人にたいめむ給は ら(ら)
むといふそれはほかになんものし給されとおほし
わく【思し分く=分別なさる】ましき女なむ侍といふこゑいたうねひす
き【更けすぎる】たれときゝしおい人ときゝしりたりうち
にはおもひもよらすかりきぬすかたなるおとこ
しのひやかに【目立たない様に】もてなしな に(こ)やかなれは見なら
はすなりにけるめにてもしきつねなとの
へむ化にやとおほゆれとちかうよりてたし
かになむうけたまはらまほしきか【「は」が脱落ヵ】らぬ御あ

りさまならはたつねきこえさせ給へき御心さし
もたえすなむおはしますめるかしこよひもゆ
きすきかてに【がてに=し難くて】とまらせ給へるをいかゝきこえさ
せむ【御返事申し上げましょう】うしろやすくを【御安心を】といへは女ともうちわらひて
かわらせたまふ御ありさまならはかゝるあさちか
はらをうつろひたまはてははへりなむやたゝ
をしはかりてきこえさせ給へかしとしへたる人
のこゝろにもたくひあらしとのみめつらかなる【見たこともない】人【「人」の左に「ヒ」と見える字が傍記】
よをこそは見たてまつりすこし【過ごし】はへるとやゝく
つしいて【崩しいで=徐々に話し出す】ゝとはすかたりもしつへきかむつかし【うっとうしい】

けれはよし〳〵まつかくなむきこえさせむとてま
いりぬなとかいとひさしかりつるいかにそむかし
のあとも見えぬよもきのしけさかなとの給へは
しか〳〵なむたとりよりて【迷いながら行き】はへりつる侍従か
をはの少将といひはへりしお人なむかはらぬこ
ゑにてはへりつるとありさまきこゆいみしう
あはれにかゝるしけきなかになに心ちしてす
くしたまふらむいまゝてとはさりけるよとわか
御心のなさけなさもおほししらるいかゝすへきかゝ
るしのひあるきもかた か(か)るへきをかゝるつゐてに【「に」の左に「ヒ」と見える字が傍記】

ならてはえたちよらしかはらぬありさまならはけ
にさこそはあらめとをしはからるゝ人さま【人ざま=人品】になむ
とはの給ひなからふといり給はん事なをつゝま
しう【気がひける】おほさるゆへある御せうそこもいときこえ
まほしけれと見給ひしほとのくちをそさ【口遅さ=応答が遅い】もまた
かはらすは御つかひのたちわつらはむ【立ち続けて苦しい思いをする】もいとおしう【気の毒で】
おほしとゝめ【することを断念なさる】つこれみつもさらにえわけさせ給ふ
ましきよもきのつゆけさ【露っぽさ】になむはへるつゆす
こしはらはせてなむいらせ給ふへきときこゆれは
  たつねても我こそとはめみちもなく

ふかきよもきかもとのこゝろをとひとりこち給
てなををり給へは御さきのつゆをむまのむ
ちてはらひつゝいれたてまつるあまそゝき【雨のしずく】な
を秋のしくれめきてうちそゝけ る(は)【「る」の左に「ヒ」と見える字が傍記】御かささふ
らふこのした露は雨にまさりてときこゆ御さ
しぬきのすそはいたう【たいそう】そをちぬめり【ぐっしょり濡れてしまったようです】むかし
たにあるかなきかなりし中門なとましてかたも
なくなりていり給ふにつけてもいとむとく【何の見栄えもないさま】なる
をたちましりみる人なきそ心やすかり【気づかいがいらない】ける
ひめきみはさりともとまちすくし給へる心も

しるくうれしけれといとはつかしき御ありさま
にてたいめんせむもいとつゝましく【気がひけて】おほしたり
大弐のきたのかたのたてまつりをきし御そ【おんぞ(御衣)=お召物】
ともをも心ゆかす【不愉快】おほされしゆかり【関係】に見いれ【気にとめて見る】給は
さりけるをこの人〳〵のかう【香】の御からひつにいれた
りけるかいとなつかしきかしたるをたてまつり
けれはいかゝはせむにきかへ給ひてかのすゝけたる
御き丁ひきよせておはすいり給てとし
ころのへたてにも心はかりはかはらすなむおもひ
やりきこえつるをさしもおとろかい【訪れる】給はぬうら

めしさにいまゝて心みきこえ【様子をお伺いする】つるをすき【杉】な
らぬこたちのしるさ【著しいこと】にえすきてなむまけき
こえにけるとてかたひら【帷子】をすこしかきやり給
れはれいのいとつゝましけにとみにも【すぐにも】いらへ
きこえ給はすかくはかりわけいり給へるかあさ
からぬに思おこし【進まぬ気をお取り直しになる】てそほのかに【かすかに】きこえいて【御返事をする】給ける
かゝるくさかくれにすくし給ひけるとし月の
あはれもおろかならすまたかはらぬこゝろならひ【心の習慣】に人
の御こゝろのうちもたとりしらす【思い巡らせて正しく認識しない】なからわけい
りはへりつるつゆけさなとをいかゝおほすと

しころのをこたり【ご無沙汰】はた【どうみてもやはり】なへて【総じて】のよにおほし
ゆるす【心に許しとめなさる】らんいまよりのちの御こゝろにかなは
さらむなんいひしにたかふつみもおふへきな
とさしも【それほどにも】おほされぬことなさけ〳〵しう【情愛や思いやりが深い】きこえ
なし給ふ【申し上げなさる】ことゝもあへ【「ん」の誤記と思われる】めり【有るようだ】たちとゝまり給はむ
もところのさまよりはしめまはゆき【思わず顔をそむけたくなる】御あり
さまなれはつき〳〵しう【もっともらしく】のたまひすくし
ていて【出】給ひなむとすひきうえしならねと
まつのこたかくなりにけるとし月のほとも
あはれにゆめのやうなる御身のありさまも

おほしつゝけらる
  ふちなみのうちすきかたくみえつるは
まつこそやとのしるしなりけれかそふれはこよ
なう【甚だしく】つもり【年月が積り】ぬらむかしみやこにかはりにけること
のおほかりけるもさま〳〵あはれになむいまの
とかにそひなのわかれ【鄙の別れ=都を離れて辺鄙な田舎へ赴く事】にをとろへ【落ちぶれ】しよのもの
かたりもきこえつくすへきとしへ給へらむ春秋
のくらしかたさなともたれにかはうれへ給はん
とうらもなく【本心から】おほゆるもかつは【一方では】あやしう【不思議に】なむ
なときこえ給へは

  としをへてまつしるしなきわかやとを
はなのたよりにすきぬはかり そ(かと)【「そ」の左に「ヒ」と見える字が傍記】しのひやかにう
ちみしろき【身動きをする】給へるけはひもそてのかもむかしよ
りはねひまさり給へるにやとおほさる月いり
かたになりてにしのつまと【妻戸=開き戸】のあきたるより
さはるへき【さえぎるはずの】わたとの【渡殿=二つの建物の間をつなぐ渡り廊下】たつや【建物】もなくのきのつま
ものこりなけれはいとはなやかにさしいりたれは
あたり〳〵【あちこち】みゆるにむかしにかはらぬ御しつらひ【調度の配置】の
さまなとしのふくさにやつれたるうへのみるめ
よりはみやひかにみゆるをむかしものかたりに塔

こほちたる【壊した】人もありけるをおほしあはするに
おなしさま【(それと)同じような状態】にてとしふりにけるもあはれなり
ひたふるに【ひたすら】ものつゝみしたるけはひのさすかに【何といっても】
あてやか【上品な感じ】なるも心にくゝ【奥ゆかしく】おほされてさるかた【しかるべき方】に
てわすれしと心くるしく【気の毒に】おもひしをとし ■(こ)ろ
さま〳〵のものおもひにほれ〳〵しくて【心を奪われて】へたて
つる【疎遠になってしまった】ほとつらしとおもはれつらむといとをし
く【不憫に】おほすかのはなちるさともあさやかにいまめ
かしうなとははなやき給はぬところにて御めう
つし【目移し=一つのものを見慣れた目で別のものを見ること】こよな【格段の相違】からぬにとか【咎=欠点・短所】おほうかくれにけりま

つりこけい【御禊】なとのほと御いそき【準備】ともにことつ
けて【かこつけて】人のたてまつりたるものいろ〳〵にお
ほかるをさるへき【然るべき】かきり御こゝろくはへ給ふなか
にもこの宮にはこまやかにおほしよりてむつ
ましき【親しい。仲の良い】人〳〵におほおほせ事たまひしも人【下人=下男、下女】とも
なとつかはしてよもきはらはせめくり【周囲】のみくるし
きにいたかき【板垣】といふものうちかためつくろはせた
まふかう【このように】たつねいて給へりときゝつたへんに
つけてわか御ためめむほくなけれはわたり
給ふ事はなし御ふみいとこまやかにかきた

まひて二条院ちかきところをつくらせ給ふをそ
こなむわたし【お移し】たてまつるへきよろしきわら
はへ【童部】なともとめさふらはせ給へなと人〳〵のうえま
ておほしやりつゝとふらひきこえ給へはかくあや
しきよもきのもとにはをきところなきまて
女はうもそらをあふきてなんそなたにむきて
よろこひきこえけるなけの御す まひ(さみイ)【なげの御すさみ(び)=かりそめの気晴らし】にても
をし◦(な)へたる【世間並みの】よのつねの人をは めとゝめ(見とゝめ)み(みゝたてイ)見た
て給はすよにすこしこれはとおもほへこゝちにと
まるふしあるあたりをたつねより【訪問する】給ふものと

人のしりたるも【皆思っていたが】かくひきたかへ【予想を裏切って】なに事もな
のめにあらぬ【普通でない】御ありさまをものめかし【ひとかどのものらしく】いて給ふ
はいかなりける御こゝろにありけむこれもむか
しのちきりなめりかしいまはかきりとあな
つりはてゝ【軽蔑しはてて】さま〳〵にまよひちり【途方にくれさまよい】あれしう
えしも【上下】の人〳〵われも〳〵まいらむ【お仕えしようと】とあらそひ
いつる人もあり心はへなと は(は)たむもれいたき【世間に出ないで引っ込み思案である】
まてよくおはする【よくていらっしゃる】御ありさまに心やすくなら
ひてことなることなきなます両【注】なとやうの
いゑにある人はならはすはしたなき【無作法な】心ちするも


【注 生受領=年功を積んでいない国司。また、実力・権勢のない国司】

ありてうちつけのこゝろ【露骨な心】見えに【あけすけにして】まいりかへるき
みはいにしへにもまさりたる御いきをい【御権勢】のほと
にてものゝおもひやりもましてそひ【備わる】給ひにけ
れはこまやかにおほしをきて【気におかけになる】たるににほひ
いてゝ【華やかさが出て】宮のうちやう〳〵人め見え木草のは
もたゝすこくあはれに【いとしく】みえなされしをやり
水かきはらひ【除きさり】せむさい【前栽】のもとたち【本立=草木の根元】もすゝし
う【サッパリと】しなしなとしてことなるおほえなき【世の人々から良く思われることもない】しも
けいし【下家司=家司の中で下級の者】のことに【格別に】つかへまほしきはかく御こゝろ
とゝめておほさるゝ事なめりと見とりて

御けしき【ご機嫌・顔色】たまはりつゝついせう【追従】しつかう【お仕え】
まつるふたとせはかりこのふる宮になかめ
給ふてひんかしの院といふ所になむのち
はわたし【お移し】たてまつり給ひけるたいめむ【対面=面と向かって話すこと】し
たまふ事なとはいとかたけれとちかきしめ【敷地内】の
ほとにておほかたに【普通に】もわたり給【お通りになる時】にさし
のそき【ちょっと覗く】なとしたまひつゝいとあなつらはし
け【見下げたげな気持ち】にもてなしきこえ給はすかの大弐の
北のかたのほりて【上京して】おとろきおもへるさま侍
従かうれしきものゝい さ(ま)しはし【もうすこし】まちきこえ

さりける【お待ち申さなかった】心あさゝをはつかしうおもへるほ
とをいますこし【もう少し】とはすかたりもせまほ
しけれといとかしらいたう【頭痛う】うるさく【面倒で】も
のうけれは【気が進まないので】なむいままたもついてあらむ
おりに思いてゝなむきこゆへきとそ

【白紙】

【文字無し】

【文字無し】

【文字無し】

【裏表紙の見返し 文字無し】

【裏表紙 文字無し】

【冊子の背表紙】

BnF.

海外人物小傳 三

《割書:海外|治亂》繍像人物小傳巻之三
   第三囬
紀元一千八百十三年我國の文化十一甲戌年彼
の十二月初一目諸國會議して那波列翁を誅せ
んことを盟ひ則ち同盟諸國「フランキフヲルー」《割書:地|名》
に在て書を那波列翁に遣る那波列翁を披覽
すれとも悛むる心なし然れとも同盟諸國の兵
已に列應河を濟て來り迫り英吉利の兵將「ウェル
リングトン」《割書:人|名》は北勒搦何山を踰へて「ガロン子」
《割書:地|名》の野に陣す那波列翁は是に至て「ファレンシア」

《割書:地|名》に幽囚せる是班牙王「ヘルヂナント」を赦して
和好を結び此を以て同盟諸國に和議を謀り軍
を退ることを請はゞ同盟諸國兵を退くべく那
波列翁が威力此時猶大國を保有して富貴を失
はざるに足る然るに那波列翁が策此に出ずし
て一千八百四年我國の文化十二己亥年彼の
一月二十五日巴里斯府を去りて竟に自ら零落
を招くに至れり爾後少しく戰捷と虽へども録
するに足らず一千八百十四年二月初一日「ブリ
ーン子」に於て又武略舎爾が為に破らる勢ひ已

是に至ると雖ども和を請けし猶敵を退くべし
然れとも彼猶己れか驍勇を特み一時の小利を
見て恢復を謀んと欲し自ら省ることを知らす
三月三十日同盟諸國勢を合して那波列翁が全
軍を破て盡く之を降し武略舎爾は「モントマル
トレ」《割書:地|名》を取り俄羅斯帝孛漏生王及ひ同盟諸矦
の前軍皆進んて巴里斯に入て血戰し四月初一
日城兵和を請ひ門を開て降る敵兵巴里斯を取
とき那波列翁逃て「ホンタイ子フレアウ」《割書:地|名》に至
る四月二日同盟諸國及び佛蘭西民庶頭領皆會

議して那波列翁を廢し「ボウボン家の宗室を立
て再び佛蘭西王と為す《割書:羅德勿吉|十八世王》五月十一日那
波列翁をして大位を避しむるの表文を遣る那
波列翁之を准し位を避るの詔を書し自ら姓名
を署して之を還す是に由て「エルハ島を那波列
翁に與へて此に君とし臨ましむ二十八日「シン
トラヘアウ」より舟に乗して「ヘルハ島に到る此
地は「フレイュス港の近傍にあり是より十五年前
那波列翁□日多より凱旋せしときフレイュス港
より上陸して佛蘭西に返る威勢烜赫たり人皆

望(のぞん)で驚歎(きょうたん)せり今は則(すなは)ち帝(てい)位(ゐ)を避(さけ)て孤島(ことう)に入に
復(また)此地(このち)を過(す)ぐ《割書:盛衰(せいすい)起伏(きふく)|サカリオトロヘカコリフス》の狀(さま)酸鼻(まさになかんと)すべし那(な)波(ぼ)列(れ)
翁(おん)「エルバ」島(とう)に在(あつ)て佛蘭西(ふらんす)の人民新政(まんみんしんせい)に服(ふく)せず
士庻(ししよ)及(およ)び有土(ゆうど)名族(めいぞく)皆(みな)那波列翁(なぼれおん)を懐(おも)ふ心深(こころふか)く且(かつ)
勿能の㑹盟(くわいめい)の後は諸國(しよこく)平(へい)治(ち)して武(ぶ)を偃(ふ)するの
告文(つげ)を得(え)て竊(ひそ)かに喜(よろこ)び又 恢復(くわいふく)を謀(はか)る志(こころざし)あり
千八百十五年 我國(わがくに)の文化(ぶんかは)十三 丙(ひのえ)子 彼(か)の二月
二十六日 僅(わづか)に一千百人を率(ひき)ひて「ブリッキ舩(ぶね)に《割書:駕(か)|ノリ》
し三月 初(つい)一(た)日(ち)佛蘭西(ふらんす)部内(ぶない)の地中海(ちちうかい)に面(めん)する港(みなと)
「フレイ|ス」の近傍(きんほう)「アン子ス」の地に《割書:上陸(しようりく)| アガリ》し急(きう)に内

地に進発す「グレンブレ」《割書:地|名》の途にして「ラベドイェ
ーレ」《割書:人|名》が統帥せる一旅の兵馬に遇ふ初は那波
列翁を遮り伐ち已にして戈を倒にして之を援
く其晩「グレンブレ府に抵り十日「レイフン」に進
入る佛蘭西新帝羅德勿吉十八世王那波列翁が
報を聞き速に出奔す是を以て一礟彈をも費さ
ずして二十日巴里斯を取る
勿能の㑹に臨みたる帝王公矦此事の急なる告
文を得て大に驚き新に令を発して兵馬を徴し
五月下院進で討征せんとす此時那波列翁が兵

卒次第に増多し六月十三日「サムブレ河を踰て
ウェルリンクトン」《割書:人|名》武畧舍爾《割書:人|名》二大將か統帥せ
る孛漏生英吉利涅垤爾蘭甸の陣を擊んとす十
六日「フレウリュス」「リク子イ」の二地にて兩軍血戰
す那波列翁が兵利あり此時其將「子エイ」《割書:人|名》左翼
の兵を率ひて「クヮトレフラス」《割書:地|名》に在て「フリュツスル」
《割書:地|名》の途を支へて健闘す孛漏生の兵は佛蘭西の
兵鋒を避て陣を退く英吉利涅垤爾蘭甸の軍も
同じく「ワイク子ル」林の側に卻き曠野に陣す初
め大將武畧舍爾二國に約し此地にて三國兵を

那波列翁
亜弗利加洲の
属島聖意勒納
に流竄の圖

英吉利
警固の兵士

合(あわ)し那波列翁(なぶれおん)が《割書:掩擊(えんけき)|サヘギリウツ》するを待(まつ)て之(すれ)をと討(うた)んと謀(はか)
るを以(もつ)て今兵(いまひゆう)を退(しりぞ)くるなり那波列翁(なふれおん)は英國(えいこく)の
後(こ)隊(たい)「ブリュッスル」の道(みち)を支(さヽ)ふと謂(い)ひ必死(ひつし)の勢(せい)を率(ひき)
ひて「ワートルロー」の髙処(たかきところ)に陣(ちん)する「ウェルリング
トン」《割書:人|名》が勇悍(ゆうかん)の兵(へい)を擊(う)つ英吉利(えげれす)の餘隊(よたい)《割書:涅(ね)垤(で)爾(る)|オラン》
《割書:蘭(らん)|ダ》甸(でん)の兵(ひゆう)は當時(とうじ)の太子(たいし)微爾斂(ういるれむ)一 世王(せおう)自(みずか)ら將(しゆう)と
して師(いくさ)に臨(のぞ)む日(ひ)已(すで)に昏(く)るくに及(およ)んで大將(たいしゆう)武略(ふりつ)
舍爾(でる)兵(へい)を反(かへ)して來(きた)り援(たす)け佛蘭西(ふらんす)の右翼(みぎぞろえ)を擊(う)つ
是(ここ)に於(おい)て戰(たヽか)ひ極(きわ)めて劇(はげ)しく而(しか)して《割書:涅(ね)垤(で)爾(る)蘭(らん)|オラ  タ》甸(でん)
の太子(たいし)は必死(ひつし)となりて敵(てき)に中(あた)り驍勇(きゆうゆう)比(たぐ)ひなし

是に於て那波列翁が兵盡く敗れて巴里斯に向
つて潰れ走る二十一日那波列翁巴里斯に卻く
次の日民庻㑹合し大將「ソリクナック」も亦共に那
波列翁を諭して大位を其子に讓らしむ是に於
て那波列翁再び其位を去る然れども此策こと
成らず終に国祚を永ふすること能はず那波列
翁は「マルマイソン」《割書:地|名》に流落し「ロセフヲルト」に赴
き海に航して米里堅に到らんとす英國の巡哨
舩《割書:海上を縦横十文字|に自由に往来する舩》其去路を遮る七月十四日
英吉利の甲必丹《割書:宦|名》「マイトランド」に降る次の日

「ベルレロホン」と名づくる舩に徒して英吉利に
輸り聖意勒納島に流竄し「ロングウヲールド」《割書:意勒|納島》
《割書:内の|地名》に幽し英吉利の兵士嚴しく呵衛す然り共
一身康强にして病む所なし其後六年を經て一
千八百二十一年我國の文政五壬午年彼の五月
五日病で没す壽を享ること五十一歳是に於て
那波列翁が遺言に遵うて島内の溪に葬る其墓
の碣には一兵將に謚るべき剛勇等の字面を鐫
ると云
那波列翁没して二十年の後ち即ち一千八百四

十年我國の天保十二辛丒年に皇帝の礼を以て
佛蘭西本都巴里斯府に歸葬す初め佛蘭西の民
庻訛言して曰く那波列翁未だ意勒納島内に存
命して一千八百四十に丁つて再び兵を舉げ來
て佛蘭西に災異ありと人心之が為に洶々とし
て安かうず那波列翁を慕ひ今王の政に心服す
る者少し是に於て議政大臣㑹議して那波列翁
の霊柩を聖意勒納島より巴里斯に搬運し皇帝
の礼を用て厚く葬り以て民心を綏服せんと請
ふ乃ち使を英吉利に遣り歸葬を准すを請ひ王

子命を下して「ヨインフィルレ」《割書:地|名》の布綸帥《割書:宦|名》名は
「ロエイスフィリッペ」を以て「デヘルレホュレ」《割書:舩|名》の總督た
らしめ帝の霊柩を海運して本國に返らしむ七
月七日「トウロン」《割書:地|名》を発し十月八日意勒納島に
到り十五日の夜葬宅を発掘す英吉利佛蘭西二
国の「コミサリス」《割書:監察|宦名》之に臨む黎明棺をひらく
其屍二十年を經といへとも少しも腐壊せず十
六日午後柩車溪内を發す一聲煩を打放して暗
號を為す既に舩に至れば日已に晩る携る所の
僧侶諷經して霊柩を守衛す

BnF.

《題:西行法師 上》

【挿絵】

春の雪つもりたる山のふもとに河なか
れたるところをかきたるに
  ふりつみしたかねのみゆきとけにけり
   きよたき川の水のしらなみ
山里のしはの庵にひしりのゐて梅を詠
するやうをかきたるを見て
  とめこかし梅さかりなる我がやとを
   うときも人はおりにこそよれ    
花の下にて月をなかむるおとこをかき
たるところを
かくうらやますといふ事なし我身にも
生界(しやうがい)のめんほくなに事かこれにしかん
こんしやうのしうしん
         いよ〳〵
            ふかく
              やと
                そ
            おほし
               ける

【挿絵】
も今さらかゝる事をかたるはいかならんす
るやらんとむねうちさわきたかひにたも
とをしほりけるさて憲清(のりきよ)はあしたはたれ
もいそき鳥羽殿(とはとの)へまいるへきなりうちよ
りさそひ給へとて
        七/条(でう)大/宮(みや)に
             とゝまり
                けり

【挿絵】

そも〳〵此人は憲清(のりきよ)には二年のあにゝて二
十七そかしらうせうふちやうのならひとい
ひなからあわれにおほして
  こえぬれはまたもこの世にかへりこぬ
   しての山路そかなしかりける
  世中を夢と見る〳〵はかなくも
   なをおとろかぬ我こゝろかな
  とし月をいかてわか身にをくりけん
   きのふ見し人けふはなき世に
ことにきらめきてまいりたりけれはおり
さま〳〵にかたれともなをかへることもせ
す大かたほいなくはおもへとも
            とゝまるへき
       みち
         ならねは
           こゝろ
             つよく
              おもひ
                切て

【挿絵】
世をすつる人はまことにすつるかは
 すてぬ人をそすつるとはいふ
世をいとふ名をたにも又とめをきて
 かすならぬ身の
        おもひ
           出
            に
             せん
 

【挿絵】

しはのあみ戸のあけくれは仏の御むかひを
いつならんとまちたてまつるにさもあら
ぬむかしの友花見にとてあつまり次に
もなにとなきむかしかたりにもこゝろの
みたるゝかたも有けれはよしなしとお
もひ
  花見にとむれつゝ人のくるのみそ
   あたらさくらのとかには有けり
ゆかしさに
     此のふせやにとゝまりけり
  ひとりぬる草のまくらのうつりかは
   かきねの梅のにほひなりけり
  山かつのかたをかゝけてしむる野の
   さかひに
        たてる
            玉のを
                柳

【挿絵】

京中もなにとなくそう〳〵なることのみ
有て心みたれけれは
  はるかなるいはのはさまにひとりゐて
   人めおもはて物おもはゝや
  あはれとてとふ人のなとなかるらん
   物おもふやとのはきのうは風 
  しほりせてなを山ふかくわけいらん
   うきこときかぬところありやと
大/内右近(うちうこん)のをすくとて見いれたてまつれは
鳥羽院(とばのゐん)の御ときにもにすかわりはてたり
【挿絵】

讃岐国(さぬきのくに)にくたり付て新院(しんゐん)の御有さまたつ
ね申に後世(ごせ)の御つとめなんともわたらせ
給ひけるよしきゝて若人不嗔打以何修(にやくにんふしんちやくいかしゆ)
忍辱(にんにく)と申ておくに
  世中をそむくたよりやなからまし
   うきおりふしに君かあはすは
新院(しんゐん)はやかくれさせ給ひぬと聞になみた
もとゝまらす四五年はかりありて讃岐(さぬき)の
松山といふ所に付てわたらせ給ひける所
をとふにあともなかりけれは
【挿絵】

その日にもなれはかみなとあらひてまつ
ほとにむかへのくるまよせたりけれはすて
に出んとしたりけるにいかゝおもひけんし
はらくとてうちへ入/冷泉殿(れいせんとの)をつく〳〵と
まもりてなみたくみて出にけりさて待
かねて冷泉殿よりむかへにやりたりけれ
ははやさまかへて出にけりと聞えてこの児(ちこ)
六の年よりかたときたちはなるゝこと
なくてたくひなくこそおもひしにわか
おもふほとはなかりけりとうらみ給にけり
【挿絵】

しつかにむかしをおもへは生年(しやうねん)廿五のとし
仙洞(せんとう)の北面(ほくめん)を出て妻子珍宝(さいしちんほう)をふりすてゝ
仏前(ぶつぜん)にむかひてたふさをきりつるに火(くわ)
宅(たく)を出てみやまのおくのいほりをたつね
て心を八功徳水(はつくどくすい)にすましおもひを九ほんの
浄刹(じやうせつ)にかけき後(のち)には諸国(しよこく)を頭(づ)陀(だ)【陁】し山林(さんりん)
斗薮(とそう)の行(きやう)を立て平等(へうとう)一/子(し)のおもひに住(ちう)
してしゆしやうの機(き)にしたかひて教化(けうけ)を
あたへきつねにしひのたもとのうへには
くわんきのなみたをのこひにんにくのころも

さて高野(かうや)のふもとあま野に有ける西行
かとうきやうのあまは父にははるかにまさ
りたる心つよきものにておとこしゆつけ
のときやかてさまかへあま野といふ所に
こもりこきやうのつてたよりをきく事
をいとひつねにはむこんをおこなひかの
むすめのあまをせんちしきとしてをはり
をかねてよりおほえねんふつやむことなく
ねふるかことくしてわうしやうをとけに
けりむすめのあまも一しやう不犯(ふぼん)の身

神路山のあらしおろせはみねのもみち葉
みもすそ川のなみにしきにしきをさら
すかとうたかはれ御かきの松をみやれは
千とせのみとりこすえにあらはるおなし
みやまの月なれはいかに木の葉かくれも
なんとおもふことに月のひかりもすみの
ほりけれは
  神路山月さやかなるちかひにて
   あめのしたをはてらすなりけり
  さかきはに心をかけんゆふしてを【下句-おもへは神もほとけなりけり】

花のさかりにもなりけれは神路山のさくら
よし野(の)の山にもはるかにすくれたりけれは
神官(しんくわん)ともみもすそ川のほとりにあつま
りてゑいしけるに
  岩戸(いはと)あけしあまつみことのそのかみに
   さくらをたれかうへはしめけん
  神路山見しめにこもるはなさかり
   こはいかはかりうれしかるらん
風の宮の花ことにわりなくさきみたれ
たるを見て
なれちきりし人々あつまりて夜もすか
ら名残をしみて弦(けん)【絃】歌(か)のきよくに心を
とゝめたかひに袖をしほりけり
             おりふし
         その夜の月
             おもしろ
               かりけれ
                  は
  君もとへ我も忍はんさきたゝは
   月をかたみにおもひ出つゝ

【挿絵】

この同行のにうたうも西行かそのかみ
の有さまともおもひ出てかゝることをみて
心うくおほえけるもことはりとこそあは
れなり西行心つよくも同行の入道をは
おひすてたりけれともとしころあひな
れしものなれはさすか名残(なこり)はおしかり
けれともたゝ一人/小夜(さよ)の山中ことのま
の明神の御まへに侍りて若以(にやくい)色/見我以(けんかい)
音声求我是人行邪道不能見如来(いんせいいくかせにんきやうしやたうふのうけんによらい)と
らいはいしてさやの山中をこえてかくなむ
此春しゆきやうしやのくたりてありしか
この御たうにていたはりをしてうせ侍し
をいぬのくいみたして侍りきかはねはち
かきあたりに侍るらんといひけれと尋る
に見えさりけれは
  かさはありその身はいかに成ぬらん
   あはれはかなき
         あめのした
             かな

【挿絵】
山里は
   秋のすゑにそ
         おもひ
           しる
かなし
   かりける
      木からし
          の
           風

【挿絵】
 あなうの世やとさらにいとはん
秋はたゝ
    こよひはかりの
           名なり
             けり
 おなし
    雲井に
       月は
         すめ
           とも

【挿絵】
【上句-たのめぬに君くやとまつよゐのまの】
 ふけゆかてたゝあけなましかは
あふまての命もかなとおもひしは
 くやしかりける我こゝろかな

【挿絵】

【裏表紙】

BnF.

【表紙】

【丸ラベル】
JAPONAIS
331

【文字なし】

【白紙文字なし】

【白紙文字無し】

【手書き左から右へ】
1079【抹消】331
R.B.1843【以上一括り】3292

【白紙文字無し】

【上部貼紙】
鶯邨画譜 Woson 【多分「鶯邨」】kwabu【多分「画譜」】 103.gr.8vo【voに二重下線】
Gemalde【「絵」の意あるらしい】 des
mabrs Woson. Copien en xylographischen 【木版刷り】Tarbendruck
【以上ドイツ語?】
【最終行は署名と思われるが読めず】
抱一上人画譜
満象即吾師
   屑麦書房蔵【落款

大方ゑかく人くれ竹の世々に其名きこえたる上手
共いと多かる中にも百とせばかりむかし光琳法橋と
きこえしは倭もろこしのおかしき所々をとり並べこと
そぎたる中に力を入てみやびかなるおもむきをしも
むねと書あらはし筒其比此道にならぶ人はたな
かりけりこゝに等覚院抱一君は弓を袋にをさ
めて画に世をのがれたまひかの法橋のあとを
したひてかき出たまへるが山のたゝずまい水
のこゝろばへはいふもさらなり鳥毛物【獣】はふむし
などはさながらたましいひ有てうごき出ぬべき
心ちなんせられけるとりたてゝこのみ給ふ事

あらたまのとし月つもらざりせばいかでかくは物
し給ふべきされば彼法橋もなか〳〵に及びかた
かめりとさへ見侍るは藍を出しあゐの藍より
青してふためしならむかしあまりあやしき
まで見めでつゝたゝもえあらでいさゝかゝき
しるし侍る也あなめでた〳〵

   文化十三年    賀茂季鷹
       九月

此一帖は抱一上人ねんはふいとま
ことに画なし給へるものにして
いたり深くやことなきすちはけに
たとふへきかたなしかし上人早う
より世の塵を厭ひておくまり
たる山蔭に庵しめてひた
すら水草のきよきを慰めにて
かき籠り給へるをあたらしき
ことにおもひてこゝろよせ
きこゆる人はあなかちにまいり

とむらひておのかしゝの心やりに
とてかき捨たまへる凧絵なと
こひ聞ゆるもあまたありぬへし
もとよりためしなき上手にて
おはすうへにからくにのふるき
おきてをあなくり我国のみや
ひたる跡をとめてひろくまね
ひふかく習ひとり給へれは
なほさりの墨かきたに世の人
とはいとことなりそも〳〵三乗

の法【注】をときて聖人の御果を
絵かき給ふとはかしこの伝にも
ありとか法の師にして画をしも
すきたまへるさるいはれあること
になんおのれ此本をうち
ひらき見より上人のらう
しねんに走しらす筆にかよ
ひてかくに気韻は高かりける
とかた〳〵尊きことにおほえて
世のをときゝの【評判の】やさしきも忘れ

【注 三乗の法=衆生を乗せて悟りの世界へ運ぶ三種の教法】で

て此はしつかたをふとけか
しつさるは感するこゝろの
深きよりと人も又みゆるしなんや
丙子重陽の後三日蓙堂蒙義
          しいるす
       【落款二つ】

煙霞
供養
    鶯邨【瓢箪型の落款】

BnF.

【表紙 題箋】
絵本時世粧 坤

【資料整理ラベル】
JAPONAIS
 632
 2

【資料整理ラベル】
JAPONAIS
  632
 2

【下部の手書き文字】
Dom.7605

二八佳人巧様粧
洞房夜々換新郎
一隻玉【𤣪ヵ】手千人枕
半点朱唇万客嘗

【頭部欄外 手書き文字】
JAPON. 632(2)
【大がっこで括る】

《割書:其|続》仲街(なかのてう)茗舎図(ちややのづ)
   《割書:附り》芸者仁和歌

《割書:其|次》河岸見世(かしみせ)《割書:此外は略す》

【文字無し】

             歌川豊国作
北方(ほつほう)に佳人(かじん)あり一(ひと)たび笑(ゑめ)【㗛は笑の俗字】ばその城(しろ)を傾(かたふ)け二(ふた)たび
歓(よろこ)べはその国(くに)を傾(かたむ)くとす美女(びぢよ)を賞(ほめ)たる詩(からうた)を今の
遊女(ゆうぢよ)の名(な)に呼(よ)ぶを契情(ちぎるなさけ)と更(あらため)しはわが 本邦(ひのもと)
のいさほ【?】しなり或(あるひ)はたはれ女(め)。うかれ女(め)と云(い)ひ或(あるひ)は
傀儡(くゞつ)あそび女(め)と。名(な)はかはれども川竹(かはたけ)の。流(なかれ)のふし
のうき枕(まくら)いづれをいづれ定(さだ)めなくかはす枕の
一夜妻(ひとよつま)げに梵悩(ぼんのう)の虚(うそ)の闇(やみ)実想(じつれう)の誠(まこと)の月(つき)迷(まよ)ふ
も悟(さと)るも此君(このきみ)にして江口(ゑぐち)神崎(かんざき)のむかし行く高尾(たかを)

うす雲(くも)の後(のち)の世にいたるまで身(み)は中流(りう)
の船にひとしくてくだの帆足(ほあし)をかけつ
はづしつ客(きやく)の機嫌(きげん)をとりかぢおもかぢ
地色(ぢいろ)の暴風(はやて)にそらされて終(つい)には密夫(まぶ)
のふかみにはまりておのが身(み)をはたす事
しばらく也 是(これ)を思へば板(いた)子 一枚上(いちまひうへ)の住居(すまゐ)
凡 蒲団(ふとん)三ツの上(うへ)のくらしもおなじ道理(どうり)
にこそあれ花(はな)はさかりの仲(なか)の町(てう)月(つき)は隈(くま)
なき茶屋が二階にのみ見るものかは色(いろし)

客(きやく)のもの思ひにうちしほれたるすがた
を見ては心のくもりに泪(なみだ)の雨(あめ)を催(もよほ)すなどさ
ながら月花(つきはな)の詠(ながめ)にやまさるべきされば紅粉(かうふん)
におもてを粧(よそほ)ひ錦繍(きんしう)にすがたをかざり
琴棋書画(きんぎしよぐわ)に心(こゝろ)をゆだねてヲスザンスの
里(さと)なまり雲(うん)上に高(たか)くして甚(はなはだ)世事に
疎(うと)し常(つね)に伴新(ばんしん)の言(こと)を守(まも)りて魂胆(こんたん)手
くだのかけひきをおぼへ内 所(しよ)やりての
気兼(きかね)気(き)つかひ茶屋に宿(やど)のつけとゞけ

仮令(たとひ)ゆもじははづず【ママ】とも傍輩(ほうばひ)の義理(ぎり)は
たゞしく昼(ひる)見世の座(ざ)は乱(みだ)るゝとも交(つきあひ)の
礼(れい)をみださず四時(しいじ)の苦労(くらう)十年の辛抱(しんぼう)
やりてがしかる言(ことば)に似(に)て実(じつ)にあまくちの
事にあらずそも〳〵大 堤(てい)羽織(はおり)と俱(とも)に
ながく又 客(きやく)の鼻毛(はなげ)に似(に)たり鼻 唄(うた)うたふ
日 和下駄(よりげた)の音(おと)は按摩(あんま)の笛(ふゑ)をあらそひ
宙(ちう)を飛(と)ばす𫅋(よつで)駕籠(かご)は田町を上つて
より寛(ゆるやか)なり茶屋が床机(せうぎ)に物あんじ

なるはせかれし内の首尾(しゆび)をおもふやと
しのばしく夕(ゆふべ)は衣紋(えもん)坂にかたちを繕(つくろ)ふ
て悦(よろこ)ひ顔(かほ)なるも見 返(かへ)り柳(やなぎ)の糸(いと)にひかるゝ
きぬ〳〵のおもひげにや喜怒哀楽(きどあいらく)の四
の街(ちまた)行(ゆ)くも帰(かへ)るもわかれてはしるもしら
ぬも大門に入り来(く)る客の心といふは千 差(しや)
万 別(べつ)さま〳〵なれども皆惚(みなほれ)られたる心にて
色男きどりならぬぞなきすなはち是(これ)が
たのしみの要(かなめ)にて野暮(やぼ)もなければ粋(すい)も

わからず粋(すい)がなければ野暮(やぼ)もわからず只
何事も入我我入漢字(にうががにう)の粋(すい)不 粋(すい)意気(いき)と不
意気(いき)を噛分(かみわけ)てはりといきぢのよし原
に禿立(かふろだち)から見ならへる情(なさけ)の切売(きりうり)恋(こい)のせり
売 強飯(こはめし)くさき頃(ころ)よりもこわきやりてが目
をしのびてしのび〳〵のさゝめことも浮虚(うはき)の
風に吹(ふき)ちらされて果(はて)は折檻(せつかん)のからき目
見るなど勤(つとめ)の内のたのしみとそいゝながら
跡(あと)の苦(くる)しみいかばかりぞや早(はや)つき出し【注】の

【注 十四、五歳の娘が買い取られて、禿にならずにいきなり遊女の勤めに出されること。また、その遊女。】

身となりては百 倍(ばい)の辛苦(しんく)筆(ふで)にもつきず
いつまでか斯(かく)内所(ないしよ)がゝりにて住果(すみはつ)べくも
あらじと為(ため)になる客(きやく)にたのみごとして
心に思はぬ指切断髪(ゆびきりかみきり)空誓(そらせい)文の千 枚起請(まいきせう)【注①】
は烏(からす)につもらるゝも恥(はづか)しながら義理(ぎり)に
せまりし不 心実(しんじつ)をまざ〳〵しく【本当らしく】いつはり
あるひはかき又はのぼさしめて夜具(やぐ)は
誰(たれ)人敷初(しきぞめ)【注②】の蕎麦(そば)【注③】はぬしさん新 造出(ぞうだ)
し【注④】は何某(なにがし)の君(きみ)と夫〳〵にくゝり付る


【注① 非常に多くの起請文。「起請文」とは、江戸時代、男女の愛情のかわらないことを誓った文書。】
【注② 江戸時代、吉原で、遊女がなじみの客から贈られた三つ蒲団、夜着などを、娼家の店頭に飾り披露した後、その夜具を敷いて初めて寝ること。また、その披露。】
【注③ 敷き初めの蕎麦=敷き初めのとき、妓楼内や茶屋などに配るそば。】
【注④ 「新造」=江戸中期以降の吉原では、姉女郎の後見つきで新しくつとめに出た禿上りの自分の部屋をもたない若い遊女をいう。    「新造出し」=新造として遊客に応対させる】

それか中にも何屋の誰と名たかき契情(きみ)
は殊更(ことさら)に出せわしく跡(あと)より追(おは)るゝ心地(こゝち)して
紋日物日の胸(むね)につかへて癇癪(かんしやく)の病(やま)ひ間(ま)
なく時なく発(おこ)り待(まち)人の呪(まじなひ)をたのみに
思へとも畳算(たゝみざん)【注】あたるも不 思議(しぎ)あたらぬも又不
仕合の紋日前は上 手(ず)ごかしに逃(にげ)らるゝあれば
色 仕掛(じかけ)に捕損(とらへそこな)ふ事あり朝精進(あさせうじん)は親(おや)
のために堅(かた)くつゝしみ塩(しほ)物 禁(だち)は色男
の為に守(まも)る事きびしきも彼(かの)川柳点(せんりうてん)の


【注 占いの一。簪を畳の上に落し、その脚の向き方、または落ちた場所から畳の縁までの編目の数の丁半によって吉凶を判じる】

むべなるかな孝行(〳〵)にこられつる身もすん〳〵は
不孝の人にゝけ出(いだ)さるゝ一生(いつしやう)の貧福(ひんぷく)は悉(こと〴〵)
く定(さだま)りありといへども羅綾(らりやう)【美しい衣裳】のたもといつしか
つぎ合(あは)せたるつづれをまとふもあればさ迄
よき位(くらひ)にもあらぬ局(つぼね)見世の流(なが)れのすへに
黒鴨(くろがも)【注】つれたる玉(たま)の輿(こし)に乗(の)るも諺(ことはざ)に云へる
人の行ゑと水(みづ)の流(ながれ)はしれがたきものなり
こゝにある大人(うし)のよみ給へる哥とて吉原
の春の夕 暮(ぐれ)来(き)て見ればはりあひの鐘(かね)


【注 江戸時代、大家出入りの仕事師や職人、あるいは従僕などの称】

に花ぞ咲(さき)けるとなむ花の色 香(か)をうばひ
たる道中すがたのたをやかなるは天乙女(あまつおとめ)の
くだれるかとうたがひつん〳〵【とりすまして、あいそのないさま】たるおいらん
中 眼(がん)【目を半分開いていること】にすましてその内に愛敬(あいきやう)こもりたる
さま田舎道者(いなかどうしや)のきもをおびやかすもことはり
なるかな両てんのかんざし【注】禿(かふろ)のおもたげに
ふりかへる姿(すかた)はた右と左りにきらめき渡(わた)る
さまは空(そら)にしられぬ雪(ゆき)の降(ふり)たるやと思ふ
若者が肩(かた)にかゝりて威風(いふう)りん〳〵【凜々】たる鉄(かな)

【両天の簪=江戸末期の婦女の髪飾りの一種。笄(こうがい)の代りに平常用いるもので、二本の棒の端に一対の定紋や造花をつけ、二本の棒を中央で差し込んで用いる】

棒(ぼう)五町分の提灯(てうちん)さきを払(はら)ふがごとし箱
てうちんは若者より大くして茶屋の送(おく)り物
に行違(ゆきちが)へて頭上(かしら)にさゝげくり出(いだ)す外(そと)は文
字蹴出(じけだ)し【裾除け】褄(つま)の縫模様(ぬひもやう)翩飜(へんぽん)とひるがへり
駒下駄(こまげた)の音(おと)は両 側(かは)にひゞきておいらん
お目出たふの声(こえ)門竝(かどなみ)に繁(しげ)し茶屋の
御 亭(て)さんは江戸へ行なんして内の事に
かまはずおかさんの挨拶(あいさつ)かん高にてう〳〵
しき【軽薄で馴れ慣れしくお世辞たっぷりである】を真向(まむき)にうけこたへて客人を横に

見て行くは世利売【せり売り=行商】か 自惚(うぬほれ)のふたつなるべし
たいの末社(まつしや)が口(くち)〳〵にきつい御勿体(ごもつたい)とはお定
の愛相(あいそう)に極(きはま)りいざこちらへをにつしりに【とっくりと】見
しらせて【見てわからせて】客の脇(わき)に座(すは)るあれば袖引煙草(そでひきたばこ)【注①】
によんどころなく横(よこ)に背(そむ)きて腰(こし)をかくれば
伴新(ばんしん)【注②】うしろの襟(ゑり)を直(なを)して万事(ばんじ)しこなし
て風(ふう)ありおいらん長煙管(ながきせる)を捻(ひねり)てお客のお噂
べん〳〵と【注③】ながし禿(かふろ)が口上(こうぜう)アノネ〳〵を禁(いまし)むる
時は一言(ひとこと)も用(よう)を弁(べん)ぜず風呂鋪包(ふろしきつゝみ)の早(はや)


【注① 遊女などが、客を招く手段として、タバコに火をつけて差し出すこと。またそのタバコ】
【注② 「番新」とある所。「番頭新造」のこと。吉原遊郭でおいらんについて身のまわりや外部との応対など諸事世話をする新造。袖留めをし、眉毛をそらず、紅白粉で化粧しないのが特徴。世話女郎。番頭女郎。】
【注③ むなしい行為、無用の事柄などで時間を費やすさま】





歩行(あし)は一寸やりくりの使者(ししや)と見へ内所禿(ないしよかふろ)
のちよこ〳〵走(ばしり)はてれん茶屋の相図(あひづ)なるべし
大封(おほふうじ)の文(ふみ)【長文の手紙】は一座の捌役(さばきやく)にたのみて茶
屋がもとへ人を走(はし)らせ番新(ばんしん)【番頭新造】に美人(びじん)すくなく
振新(ふりしん)【注①】後世(こうせい)おそるへき有てすへ頼(たのみ)なき禿(かふろ)の
ぶ人相(にんそう)【愛敬のない顔】は当(あて)のなき年明前(ねんあきまへ)の女郎と同日(どうじつ)に
論(ろん)ずべし附金(つけがね)【注②】は神棚(かみだな)のおた福(ふく)とさし向(むかひ)
棒(ぼう)のなき箱てうちんたゝむ隙(ひま)なき茶屋が
にぎはひ二挺鼓(にてうつゞみ)も三弦(さみせん)もいさ発足(ほつそく)の声(こへ)


【注① 「振袖新造」のこと。江戸時代、吉原の遊郭で振袖を着て出る禿あがりの若い新造級の遊女。まだ見習い期間で、姉女郎に属して出た。部屋を持たず、揚げ代は二朱。】
【注② つけ届として贈る金銭。特に遊女が茶屋へ贈る金銭をさすことが多い。】





もろとも神をいさめのたいこもちは客
人の宮(みや)先(さ)きにたて末社(まつしや)のかみ〳〵一 ̄ト むれ
に浮(う)くもうかぬもひき立(たつ)るすがゝき【和琴の弾き方の一。】の音
格子(かうし)にたへず人の心を二階(にかい)へ飛(と)ばし
大切(たいせつ)の魂(たましい)を床(とこ)の内にうばはるゝは有頂(うてう)
天(てん)にほどちかき欲界(よくかい)の仙都(せんと)昇平(しやうへい)の
楽国(らくこく)なりと彼清朝(かのせいてう)のしやれ者がいへる
も尤(もつとも)なるかな女色(ぢよしよく)【女との情事】のまどひも去(さ)り
かたきものぞかしよく〳〵此道に

あきらかなる時はおとし穴に落(おち)いるゝ
事あるまじ近(ちか)く譬(たと)へば先(さき)に地(ぢぬ)主の
くつがへるを見て後(のち)の店子(たなこ)の戒(いましめ)と
                すべし
          穴(あな)かしこ
             〳〵



絵本時世粧下之巻《割書:終》

        式亭主人三馬閲
     文画  歌川一陽齊豊国撰
     剞劂  山口清蔵刀

絵本(ゑほん)時世粧(いまやうすがた)後編(こうへん) 《割書:追出| 全三冊》 《割書:前編は豊国作に御座候|後編は三馬先生の文を乞》
          《割書:同画》   《割書:もとめて残りたる女画を委|しくす》

享和二稔壬戌春王正月発兌
        芝神明前三島町
 東都書林 甘泉堂 和泉屋市兵衛蔵版

【前31コマの裏から見た写真】

【白紙】

【裏表紙】

【冊子の背】

【冊子の天或は地の写真】

【冊子の小口の写真】

【冊子の天或は地の写真】

BnF.

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BnF.

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東     覧

To to  meicho itchiran I Ⅱ 

湯島(ゆしま)天満宮
     野巳登登庵
きのふまで
行きし雨ごの
みはらしは
愛(あた)宕にまけぬ
ゆしま天神

苫家明風
坂の名に??を
????
???湯出る人の
いりごみ

BnF.

BnF.

【表紙 題箋】
□□□□ 【本文から「さわらひ」(源氏物語 早蕨の帖)と思われる】

【右上のラベル】
MS

【資料整理番号のラベル】
JAPONAIS
5340
 5帖

【表紙裏(見返し) 文字無し】

【白紙】

【文字無し】

【頭部欄外の手書き文字】
JAPONAIS
5340
 (5)

【脚部欄外の文字】
Acq.92-09

【本文】
やふし【藪し=手入れされず生い茂っている所でも】わかねは【区別せず】春のひかりを見給ふに
つけてもいかてかくなから◦(へ)にける月日な
らむと夢のやうにのみおほえ給ゆき
かふ時〳〵にしたかひはな鳥の色をもね
をもおなし心におきふし【起き臥し】みつゝはかなき
事をももとすゑ【歌の、上の句と下の句と】をとりていひかはしこゝ
ろほそき世のうさもつらさもうちかたらかたらひ
あはせきこえしにこそなくさむ方もあ
りしかおかしき事あはれなるふしをも
きゝしる【聞いて理解する】人もなきまゝによろつかきくらし【心を暗くし】

心ひとつをくたきて宮のおはしまさす
なりにしかなしさよりもやゝうちまさり
てこひしくわひしきにいかにせむとあけく
るゝもしらすまとはれ【惑われ】給へと世にとまる【生きながらえる】へき
ほと【ということは】はかきりあるわさなりけれはしなれ
ぬもあさましあさり【阿闍梨】のもとよりとしあら
たまりてはなに事かおはしますらん御い
のりはたゆみなく【怠りなく】つかうまつり侍りいま
はひとつ所【姫君おひとりの】の御ことをなむやすからすねん
し【念じ】きこえさするなときこえてわらひ【蕨】

つく〳〵し【つくし(土筆)の異称】おかしき【趣ある】こ【籠】にいれてこれはわら
はへのくやうして侍るはつを【初穂】なりとてた
てまつれりてはいとあしうて哥はわさ
とかましくひきはなちてそかきたる
  君にとてあまたの春をつみしかは
つねをわすれぬ◦(はつ)わ(わ)らひ【蕨】なり御前に
よみ申さしめ給へとありたいし【大事】と思ひ
まはして【思い巡らせて】よみいたしつらんとおほせは
哥のこゝろはへもいとあはれにてなを
さりに【おろそかに】さしも【そんな風にも】おほさぬなめりと見ゆる

ことのはをめてたくこのましけにかきつ
くし給へる人の御ふみよりはこよなくめ【目】
とまりて涙もこほるれは御かへり事
かゝせたまふ
  この春はたれにかみせむなき人の
かたみにつめるみねのさわらひつかひにろ
くとらせ給いとさかりににほひおほくお
はする人のさま〳〵の御物おもひにすこしう
ちおもやせ【面痩せ】給へるいとあてに【上品で】なまめかしき【優雅な】
けしき【御様子】まさりてむかし人【昔人…亡き大君】にもおほへ【思い出され】給へ

りならひ給へりし【お二人揃っていらっしゃった】おりはとり〳〵【それぞれ】にて
さらににたまへりとも見えさりしをうち
わすれてはふとそれか【大君か】とおほゆるまて
かよひ【似る】給へるを中納言殿のから【亡骸】をたに
とゝめて見たてまつる物ならましかはと
あさゆふにこひきこえ給めるにおなしく
は【同じことなら】みえ【夫婦のちぎりをする】たてまつり給御すくせ【運命】ならさり
けんよと見たてまつる人〳〵はくちをし
かるかの御あたりのかよひくる人のたよ
りに御ありさまはたえすきゝかはし

給けりつきせす【尽きせず=絶えず】おもひほれ【心を奪われてぼんやりする】給てあた
らしきとしともいはすいやめ【泣きそうな目つき】になり給
へるときゝ給てもけにうちつけの【その場限りの】心あさ
さ【浅い気持ち】にはものし給はさりけりといとゝ【ますます
】いま
そあはれ【いとしさ】もふかくおもひしらるゝ宮はおはし
ますこと【お行きになること】のいとゝころせく【思いにまかせず】ありかたけれは京に
わたしきこえんとおほしたちにたりないえ
む【注】なとものさはかしきころすくして中
納言の君こゝろにあまることをも又たれ
にかはかたらんとおほしわひて兵部卿


【注 内宴=平安時代、正月二一日頃に天皇が、通常、仁寿殿に出御して公卿以下文人などを召して行う内々の宴】

の宮の御方にまいり給へりしめやかなる
夕暮に【「に」の左に「ヒ」と見える字が傍記】なれは宮うちなかめ給てはしち
かくそおはしましけるさうの御こと【筝の御琴】かき
ならしつゝれいの御心よせなる【お気に入りの】梅のかを
めておはするしつ枝【下の枝】をゝしおりてまいり
給へるにほひのいとえんにめてたきを
おりおかしうおほして
  おる人のこゝろにかよふはなゝれや
色にはいてすしたにゝほへるとの給へは
  みる人にかこと【口実】よせけるはなのえを

こゝろしてこそおるへかりけれわつらはしく
とたはふれかはし【戯れ交わし】給へるいとよき御あは
ひ【関係】なりこまやかなる御物かたりともになり
てはかの山さとの御事をそまつはいかに
と宮はきこえ給中納言も過にしかたの
あかすかなしき事そのかみよりけふまて
おもひのたえぬよしおり〳〵につけて
あはれにもおかしくもなきみわらひみ【泣いたり笑ったり】と
かいふらんやうにきこえいて給にまして
さはかり色めかしく涙もろなる御くせは

人の御うへ【人の身の上】にてさへ袖もしほるはかりにな
りてかひ〳〵しく【まめまめしく】そあひしらひ【相手に合わせ】きこえ給
める空のけしきもまたけにそあはれし
りかほにかすみわたれるよるになりて
はけしうふきいつる風のけしきはた【やはり】ふ
ゆめきていとさむけにおほとなふら【大殿油=大殿(御殿)でともす油火のあかり】もきえ
つゝやみはあやなきたと〳〵しさ【何も見えず様子が分からない状態】なれと
かたみにきゝさし【聞くのを中途でやめる】給ふへくもあらすつき
せぬ御ものかたりをえ【よう】はるけやり【晴け遣り=気が晴れるまで】給はて【語り会えないうちに】
夜もいたうふけぬ世にためしあり

かたかりける中のむつひ【睦び=親しい交際】をいてさりとも【いやさあ、それはそれとして】
いとさのみは【それだけの関係では】あらさりけむとのこり【語り残したこと】ありけ
にとひなし【問い尋ね】給そわりなき御心【どうにもならない好色の】ならひ【気性】なめ
るかしさりなからも物に心え給てなけ
かしき心のうちもあきらむ【心の曇りを無くさせる】はかりかつは
なくさめ又あはれをもさまし【静め】さま〳〵に
かたらひ給御さまのおかしき【魅力】にすかされ【慰められ】
たてまつりてけに心にあまる【自分ではどうにもならない】まてお
もひむすほるゝ【憂鬱になる】事もすこしつゝかたり
きこえ給そこよなくむねのひまあ

く心ちし給宮もかの人ちかく【近々】わたし【(京へ)お移し】きこ
えてんとするほとのこともかたらひきこ
え給をいとうれしきことにも侍かなあい
なく【不本意ながら】みつからのあやまちとなむおもふ
給へらるゝあかぬ【尽きない】むかしのなこりをまたた
つぬへきかたも侍らねはおほかたにはな
に事につけても心よせきこゆへき人
となむ思たまふるをもしひなくやお
ほしめさるへきとてかのこと人【他人】となおもひわ
きそとゆつり給し心をきて【心掟=意向】をもすこ

しはかたりきこえ給へといはせのもり【岩瀬の森…紅葉、呼子鳥の名所】の
よふこ鳥めいたりし【めいた】よ【夜】のことはのこしたり
けり【話さずにいた】心のうちにはかくなくさめかたきかた
見にもけにさてこそかやうにもあつかひ
きこゆへかめりけれとくやしき事やう〳〵
まさりゆけと【募ってきたけれど】いまはかひなき物ゆへつ
ねにかうのみ【こんなことばかり】おもはゝあるましき心もこそ
いてくれ【出で来れ】たかためにもあちきなく【役に立たず】お
こかまし【みっともない】からむとおもひはなる【思い離る=(相手に対する)気持ちが離れる】さても
おはしまさむにつけてもまことに

思うしろ見【後見】きこえんかた【お願い出来る方】は又たれかは【他に誰がいよう】と
おほせは御わたりの事【お移しの事】ともゝ心まうけ【心準備】せ
させ給かしこにもよきわか人わらはなとも
とめて人〳〵はこゝろゆき【満足】かほにいそき【仕度】思
ひたれといまはとてこのふし見をあらし
はてんもいみしく心ほそけれはなけかれ給
ことつきせぬをさりとてもまたせめて
心こはく【かたくなに】たへこもりてもたけかるましく
あさからぬ中の契もたえはてぬへき御
すまひをいかにおほし見たるそとのみ

うらみきこえ【恨めしげにおっしゃり】給もすこしはことはりなれは
いかゝすへき【「き」の左に「ヒ」と見える字が傍記】からむ【どうしたものかと】とおもひみたれ給へりき
さらきのついたちころとあれはほとちか
くなるまゝに花木とものけしきはむ
ものこりゆかしくみねのかすみのたつを
見すてん事もをのかとこよ【己が常世】にてたに
あらぬたひね【旅寝=自分のいつもの住か以外の所で寝ること】にていかにはしたなく
人わらはれなることもこそなとよろつに
つゝましく心ひとつにおもひあかしくらし
給御ふく【服喪】もかきりある事なれはぬきす

て給ふにみそきもあさき心ちするおや
ひとゝころ【おひとり】は見たてまつらさりしかはこひ
しきことはおもほえすその御かはりに
もこのたひの衣をふかくそめむと心には
おほしのたまへとさすかにさるへきゆへ【その理由】も
なきわさなれはあかすかなしき事
かきりなし中納言とのより御車御
前の人〳〵はかせなとたてまつれ給へり
  はかなしやかすみのころもたちしより
花のひもとくおりもきにけりけに色

いろいときよら【一流の美しいもの】にてたてまつれは【「は」の左に「ヒ」と見える字が傍記】たまへり
御わたり【お移り】のほとのかつけ物【注】ともなとこと
〳〵しからぬ【おおげさにならぬ】物からしな〳〵にこまやかに
おほしやりつゝいとおほかりおりにつ
けてはわすれぬさまなる御心よせ
のありかたくはらから【兄弟】なともえいとかう
まてはおはせぬわさそなと人〳〵はき
こえしらす【御説明して申し上げる】あさやかならぬ【見栄えのしない】ふる人【古人】ともの
心にはかゝるかたを心にしめて【思いつめて】きこゆ
わかき人は時〳〵も見たてまつり

【注 被物=当座の祝儀として与える品物。多くは衣類。】

ならひていまはとことさま【異様=別の方向】になり給はん
をさう〳〵しく【張り合いがなく淋しく】いかにこひしくおほえさせ
給はんときこえあへりみつからはわたり
給はん事【引っ越しされること】あすとての【明日という日の】またつとめて【まだ早朝】
おはしたりれいのまらうとゐ【客を通す所】のかたに
おはするにつけてもいまはやう〳〵物な
れてわれ ■(こ)そ人よりさきにかやうに
もおもひそめしかなとありしさまの給
ひし心はへをおもひいてつゝさすかに
かけはなれ【隔たり】ことのほか【思いのほか】になと はうし(ははし)たな

め給はさりしをわか心もてあやしうも
へたゝりにしかなとむねいたくおもひつゝ
けられ給かいは【ママ】みせしさうし【障子】のあなも
思ひいてらるれはよりて見給へとこの
中をはおろしこめたれはよりて見給
へと【「よりて見給へと」の各字の左に「ヒ」と見える字が傍記】いとかひなしうちにも人〳〵おもひいて
きこえつゝうちひそみあへり中の宮は
ましてもよほさるゝ御涙のかはにあ
すのわたりもおほえ給はすほれ〳〵
しけにてなかめふし給へるに月ころ


のつもりもそこはかとなけれといふせく【胸がふさがる思い】
かたはしも【少しでも】あきらめきこえさせてなく
さめ侍らはやれいのはしたなくなさし
はなたせ給そいとゝあらぬ世【別世界】の心ちし侍り
ときこえ給へははしたなしとおもはれた
てまつらんとしもおもはねといさや心ちも
れいのやうにもおほえすかきみたりつゝい
とゝはか〳〵しからぬひか事【ひがこと=間違い】もやとつゝま
しうてなとくるしけにおほいたれといと
おしなとこれかれきこえて中のさうし【障子】

のくちにてたいめんし給へりいと心はつ
かしけになまめきて又このたひはねひ【ねび=老成、成熟】ま
さり給にけりとめもおとろく【目も見張る】まてにほ
ひ【気品ある美しさ】おほく人にもにぬ【人にも似ぬ=人並みはずれた】ようい【用意=深い心づかい】なとあなめて
たの人やとのみみえ給へるをひめ宮は
おもかけさらぬ人の御事をさへおもひいて
きこえ給にいとあはれと見たてまつ
り給つきせぬ御物かたりなともけふ
はこといみ【言忌み=言行を慎むこと】すへくやなといひさしつゝわた
らせ給へき所ちかくこのころすくして

うつろひ侍へけれは【移る予定ですので】夜中あか月とつき
〳〵しき【好ましい】人のいひ侍めるなにことのおり
にもうとからす【気兼ねなく】おほしのたまはせは世に
侍らんかきりはきこえさせうけたまはり
てすくさまほしくなん侍るをいかゝはおほし
めすらん人の心さま〳〵に侍るを【「を」の左に「ヒ」と見える字が傍記】世なれは
あひなくやな【不都合かな】とひとかたにも【一方的に】えこそお
もひ侍らね【思い込むわけにもいきませんので】ときこえ給へはやとをは【宿をば】かれ
し【立ち去りたくない】と思心ふかく侍をちかくなとのたま
はするにつけてもよろつにみたれ侍りて

きこえさせやるへき方もなく【返事のしようがございません】なと所〳〵
いひけち【口にすることを控え】ていみしく【たいそう】物あはれとおもひ給へ
るけはひなといとようおほえ【(大君に)似て】給へるを心
から【心の底から】よその物に見なしつるといとくやし
くおもひゐ給へれとかひなけれはそのよ【あの夜】
の事かけても【かりそめにも】いはすわすれにける
にやとみゆるまてけさやかに【けざやかに=きっぱりとした様子で】もてなし
給へり御前ちかきこうはい【紅梅】の色もか【香】も
なつかしきに鶯たに見すくしかた
けにうちなきてわたるめれはまして春

やむかしのと心まとはしたまふとち【どち=仲間】の御
物かたりにおりあはれなりかし風のさと
吹いるゝに花のか【香】もまらうとの御にほひもた
ち花ならねとむかしおもひいてらるゝつま【端緒】
なりつれ〳〵のまきらはし【気分を転換させてくれるもの】にも世のうきな
くさめにも心とゝめてあそひ給し物をなと
心にあまり【思いがあふれ】給へは
  みる人もあらしにまよふ山里に
むかしおほゆる花のかそするいふ と(と)もなく
ほのかにてたえ〳〵きこえたるをなつ

かしけにうちすんし【ずんじ=誦じ】て
  袖ふれし梅はかはらぬにほひにて
ねこめ【ねごめ=根ごと】うつろふ【移ってしまう】やとやことなるたえぬ涙
をさまよくのこひかくして【「て」の左に「ヒ」と見える字が傍記】こと【言葉】おほくもあ
らす【多く語らず】またも猶かやうにてなんなに事
もき と(こ)えさせよるへきなときこえをき
てたち給ぬ御わたりに【移転】あるへき事
とも【ひつような様々な事を】人〳〵にまひをくこのやともりにかの
ひけかち【鬚がち=鬚だらけ】のとのゐ人【宿直人=宿直する人】なとはさふらうへけれは
このわたりのちかき御さう【荘】ともな にと(とに)【「にと」の各字の左に「ヒ」と見える字が傍記】

そのことゝ もも(ものイ)の給あつけなとまめやかな
ることゝもをさへさためをき給弁そかやう
の御ともにもおもひかけすなかきいのち
いとつらくおほえ侍るを人もゆゝしく見
おもふへけれはいまは世にある物とも人に
しられ侍らしとてかたち【姿形】もかへてけるを
しゐてめしいてゝいとあはれと見給ふ
れいのむかし物かたりなとせさせ給てこゝに
は猶とき〳〵はまいりくへきをいとたつき
なく心ほそかるへきにかくて物し給はん

はいとあはれにうれしかるへきことになむ
なとえもいひやらすなき給ふいとふ【厭ふ】に
はへて【長く引き】のひ侍るいのちのつらく又いかに
せよとてうちすてさせ給けん も(と)【「も」の左に「ヒ」と見える字が傍記】うらめし
くなへての世をおもひたまへしつむ【沈む】に
つみもいかにふかく侍らんと思ける事
ともをうれへかけ【自分の嘆きなどを相手に訴えかけ】きこゆるもかたくなしけ【愚かしいさま】
なれといとよくいひなくさめ給いたくね
ひにたれとむかしきよけなりけるなこ
り【髪】をそきすてたれとひたひのほと

さまかはれるにすこしわかくなりてさるか
たに【それ相応に】みやひかなりおもひわひてはなとかゝ
るさまにもてなしたてまつらさりけむ
それにのふるやうもやあらましさても
いかに心ふかくかたらひきこえあらましな【「な」の左に「ヒと見える字が傍記】
なとひとかたならすおほえ給にこの人
さへうらやましけれはかくろへたるき丁【几帳】を
すこしひきやりてこまかにそかたらひ
給けにむけにおもひほけたる【思い惚けたる】さまな
から物うちいひたるけしき【様子】ようい【用意=深い心遣いのあること】くちお

しからすゆへありける人のなこりと
見えたり
  さきにたつ涙の川に身をなけは
人にをくれぬいのちならましとうちひそ
みきこゆそれもいとつみふかくなる事
にこそかのきしにいたることはあれとな
とかさしもあるましきことにてさへふか
きそこにしつみすくさむもあいなし【嫌な気持ちである】す
へてなへてむなしくおもひとるへき世に
なんなとのたまふ

  身をなけむなみ涙の川にしつみても
こひしきせゝ【瀬々=折々】にわすれしもせしいかな
らん世に【いつになったら】すこしもおもひなくさむること
ありなむとはてもなき心ちし給かへらん
かたもなくなかめられて日もくれにけ
れとすゝろに【何となく】たひねせんも人のとかむ
る事やとあいなけれはかへり給ぬおもほ
しのたまへるさまをかたりて弁はいと
となくさめかたくくれまとひたりみな
人は心ゆきたる【満足した】けしきにて物ぬいいと

なみ【営み=忙しく仕事をする】つゝおいゆかめる【老いて醜くなった】かたちをもしらすつ
くろひさまよふにいよ〳〵やつして
  人はみないそきたつめる袖のうらに
ひとりもしほをたるゝあまかなとうれ
へきこゆれは
  しほたるゝあまの衣にことなれや
うきたる浪にぬるゝわか袖世にすみつ
かんこともいとありかたかるへきわさとおほゆ
れはさまにしたかひてこゝをはあれはて
しとなむ思ふをさらはたいめんもあり

ぬへけれとしはしのほとも心ほそくてた
ちとまり給を見をくにいとゝ心もゆかす
なんかゝるかたちなる人もかならすひたふる
に【むやみに】しもたえこもらぬわさなめるを猶世のつ
ねに【世間並みに】おもひなして時〳〵も見え給へなと
いとなつかしくかたらひ給むかしの人のもて
つかひ【使いなれる】給しさるへき御てうと【調度】ゝもなとはみ
なこの人にとゝめをき給てかく【こうして】人よりふか
くおもひしつみ給へるをみれはさきの
世もとりわきたるちきりもやものし

給けんとおもふさへむつましくあはれになんと
の給にいよ〳〵わらはへのこひてなくやうに
心おさめむかたなくおほゝれゐたり【(室内を)】みな
かきはらひ【搔き払い=取り除き】よろつとりしたゝめて【きちんと始末して】御車と
もよせて御せん【前駆】の人〳〵四位五位いとおほ
かり御身つからもいみしうおはしまさまほし
けれとこと〳〵しくなりて中〳〵あしかるへ
けれはたゝしのひたるさまにもてなして
心もとなくおほさる中納言とのよりも
御前の人かすおほくたてまつれ給へ

り大方の事をこそ宮よりはおほしをき
つめれこまやかなるうち〳〵の御あつ
かひはたゝ此とのよりおもひよらぬ事な
くとふらひきこえ給日くれぬへしとう
ちにもとにももよほしきこゆるに心あ
はたゝしくいつちならんとおもふにもいと
はかなくかなしとのみおもほえ給に御
車にのる たいふ(たいにふイ)の君といふ人のきこゆ
  ありふれはうれしき瀬にもあひけるを
身をうち川になけてましかはうちゑみたる

を弁のあまの心はへにはこよなう【格段の違い】もある
かなとこゝろつきなう【不愉快である】も見給ふいま

  すきにしかこひしきこともわすれねと
けふはたまつも【何をさておいても】ゆく心かないつれもとしへ
たる人〳〵にてみなかの御かたをは心よせ【好意を寄せ】き
こえためり【注】しをいまはかくおもひあらた
めてこといみ【言忌み=不吉な言行を慎む】するも心うの世やとおほえ
給へは物もいはれ給はすみちのほ ■(と)のはる
けくはけしき山みちのありさまを見
給にそつらきにのみおもひなされし人


【注 ためり=助動詞タリとメリの複合の音便形タンメリのンを表記しなかった形 …したようだ】

の御中のかよひをことはりのたえまなり
けりとすこしおほししられける七日の月
のさやかにさしいてたるかけおかしくかすみ
たるを見給つゝいとゝをきにならはす【慣れていないので】くる
しけれはうちなかめられて
  なかむれは山よりいてゝゆく月も
世にすみわひてやまにこそいれさまかはり
てつゐにいかならんとのみあやうく行
すゑうしろめたきに【気がかりで】としころなに事をか
おもひけんとそとりかへさまほしきやよひ

うちすきてそおはしつきたる見もしらぬ
さまにめもかゝやくやうなるとのつくり【殿造】の
みつはよつはなるなかにひきいれて宮
いつしかとまちおはしましけれは御車の
もとに身つからよらせ給ておろしたてま
つり給御しつらひなとあるへきかきり
して女はうのつほね〳〵まて御心とゝめ
させ給けるほとしるく【はっきり】見えていとあらま
ほしけ【理想的】なりいかはかりの事にか見え給
へる御ありさまのにはかに【急に】かくさたまり

給へはおほろけならす【並々ならず】おほさるゝことなめり
と世人も心にくゝ【奥ゆかしく】おもひおとろきけり中
納言は三条の宮にこの廿よ日のほとに
わたり【引っ越し】給はんとて此ころは日ゝにおはしつゝ
見給にこの院ちかきほとなれはけはひも
きかんとて夜ふくるまておはしけるに
たてまつれ給へる御せんの人〳〵かへり
まいりてありさまなとかたりきこゆいみ
しう御心にいりてもてなし給なるをき
き給にもかつは【一方では】うれしき物からさすかに

我心なからおこかましく【みっともなく】むねうちつふれて
とりかへすものにもかなや【取り返せないか】とかへす〳〵ひ
とりこたれて
  しなてるや【枕詞】にほの水うみにこく舟の
まほならねともあひ見し物をとそいひて【「て」の左に「ヒ」と見える字が傍記】
くたさまほしき【けちをつけてみたい】右のおほとのは六の君
を宮にたてまつり給はん事この月にと
おほしさためたりけるにかく思ひのほ
かの人をこのほとより【この度より】さきにとおほし
かほに【お思いになっている御様子】かしつきすへ給ひてはなれおは

すれはいとものしけ【ものしげ=不快に思っているさま】におほしたりときゝ
給もいとおしけれは御ふみは時〳〵たてま
つれ給御もき【裳着 注】の事世にひゝきて【世間の評判になる】いそ
き給へるをのへ【のべ=延期する】給はんも人わらへなるへけれ
は廿日あまりにきせたてまつり給お
なしゆかり【血縁のもの】にめつらしけなくともこの
中納言をよそ人にゆつらんかくちをしき
にさもや【いっそその通りに】なして◦(まし)【(婿に)していまおうか】年ころ人しれぬものに
おもひけん人をもなくなして物心ほそくな
かめゐ給なるをなとおほしよりてさるへ

【注 女子が成人してはじめて裳をつける儀式】

き人してけしき【気持ち、顔色】とらせ給けれと世のは
かなさをめにちかくみしにいと心うく身も
ゆゝしう【不吉に】おほゆれはいかにも〳〵【どうにも】さやうのあり
さまは物うく【気が進まない】なんとすさましけ【興味の持てないさま】なるよし
きゝ給ていかてかこの君さへおほな〳〵【ねんごろな】こと
いつること【申出事】をものうくはもてなすへきそと
うらみ給けれとしたしき御中らひ【間柄】なか
らも人さまのいと心はつかしけに物し
給へはえしゐてもそ【「そ」の左に「ヒ」と見える字が傍記】きこえうこかし給は
さりけり花さかりのほと二条の院の

桜を見やり給に【見ていると】ぬしなきやとのまつ【まづ】
思やられ給へは心やすくなとひとりこちあ
まりて宮の御もとにまいり給へりこゝ
かち【とかく此方にいるほうが多いこと】におはしましつきていとよう【すっかり】すみな
れ給にたれはめやすのわさ【見た目に感じが良いこと】やと見たて
まつるものかられいのいかにそや【どういうわけか】おほゆる心の
そひたるそあやしきやされとしち【実】の御
心はへはいとあはれにうしろやすくすくそ
思ひきこえ給けるなにと【「と」の左に「ヒ」と見える字が傍記】くれと御物かた
りきこえかはしたまひて夕つかた宮は

うち【内裏】へまいり給はんとて御車のさうそ
く【装束】して人〳〵おほくまいりあつまりなと
すれはたちいて給てたい【対】の御かたへま
いり給へり山さとのけはひ【様子】ひきかへてみ
すのうち心にくゝ【奥ゆかしく】すみなして【暮らして】おかしけ
なる【可愛らしい】わらはのすきかけ【透影=物ごしに映って見える姿】ほの見ゆるし
て御せうそこ【消息=挨拶】きこえ給へれは御しとね【坐る時などに敷く物】
さしいてゝむかしの心しれる人なるへし
いてきて御返きこゆあさゆふのへた
てもあるましうおもふ給へらるゝほと

なからその事となくて【用事もないのに】きこえさせんも
中〳〵なれ〳〵しきとかめ【咎め】やとつゝみ侍る
ほとに世中かはりにたる【変わってしまった】心ちのみそし
侍や御まへの木すゑもかすみへたてゝ
みえ侍にあはれなる事おほくも侍かな
ときこえて【仰って】うちなかめてものし給けし
き心くるしけなるをけに【げに=本当に】おはせましか
は【(大君が)いらっしゃれば】おほつかなからす【疎遠にならず】ゆき返【行返り=行き来し】かたみに花
の色とりのこゑをもおりにつけつゝす
こし心ゆきて【満足して】すくしつへかりける世を

なとおほしいつる【思い出す】につけてはひたふる
に【一途に
】たえこもり給へりしすまひの心ほ
そさよりもあかす【飽かず=物足りなく】かなしうくちおしきこ
とそいとゝまさりける人〳〵もよのつねに
こと〳〵しく【おおげさに】なもてなしきこえさせ給そ【おもてんしなさいますな】
かきりなき【この上ない】御心のほとをはいましもこそ【今こそ】
見たてまつりしらせ給さまをもみえた
てまつらせ給へけれなときこゆれと人つ
てならすふとさしいて【進み出て】きこえん事【お話すること】の
猶つゝましきをやすらひ給ふほとに【佇んでいるところに】

宮いて給はんとてまかり申し【出かける挨拶】にわた
り給へりいときよらにひきつくろひ【きちんと整え】け
さう【化粧】し給てみるかひある御さまなり中
納言はこなたになりけり【こちらにいる】と見給てな
とかむけにさしはなちて【ほおっておいて】はいたしすへ【い出し据え】
給へる御あたり【あなた】にはあまり【過ぎる程】あやし【異常だ】と思ふ
まてうしろやすかりし【あとに気掛かりな点のない】心よせ【愛情をそそいでいた】をわかため
はおこかましき事もや【笑いものになりかねないほどだ】とおほゆれとさ
すかにむけにへたておほからむはつみも
こそうれ【罪もこそ得れ=罰が当たります】ちかやかに【近くに寄って】てむかし物かたりも

う(こイ)ちかたらひ給へかしなときこえ給ものか
らさはありともあまり心ゆるひ【気が緩む】せんも
またいかにそやうたかはしきしたの心【下心】に
そあるやとうちかへし【繰り返し】のたまへはひとかた
ならす【さまざまに】わつらはしけれとわか御心にもあは
れふかくおもひしられにし人の御心を
いましも【今更】おろか【おろそか】なるへきならねはかの
人もおもひのたまふめるやうにいにし
への御かはりとなすらへきこえてかうお
もひしり【身にしみて知る】けりとみえたてまつるふし

もあらはやとはおほせとさすかにとやか
くや【何やかやと】とかた〳〵に【あちらこちらに】やすからすきこえなし
たまへはくるしうおほされけり

【白紙】

【白紙】

【白紙】

【裏表紙の見返し 文字無し】

【裏表紙 文字無し】

【背表紙】

【天或は地】

【小口】

【地或は天】

BnF.

式子内しんわうは後鳥羽院の御娘
かものさいゐんにたち給ふなり 
夢にても
みゆらん
ものをなけ
きつゝ
打ぬる
よひ

袖の
けし
きは

BnF.

BnF.

赤染衛門は上東門院の友女なり
栄花物語は此人の
作なり

いかに
ねて
見えし
なるらん
うたたねの
夢より後は
物をこそおもへ

BnF.

BnF.

増補訓蒙図彙序 
蓋聞 ̄ク陋-巷無‾術之徒 ̄ノ育_レ ̄スル子 ̄ヲ乳-哺含-飴
之餘 ̄リ動 ̄モスレバ輒 ̄チ喋々 ̄タル乎無‾稽之説以 ̄テ引_二‾伸 ̄シ怪-乱【亂】之
事_一 ̄ヲ不_レ ̄ト已 ̄マ惟 ̄レ襁‾褓 ̄ノ所_レ熟 ̄スル為_レ ̄リ性 ̄ト附_レ ̄クノ朱 ̄ニ之物為_レ ̄ルトキハ丹 ̄ト則 ̄チ
我 ̄レ恐_三 ̄ルト窃【竊】‾癖姦‾疾之子弟出_二 ̄コトヲ其 ̄ノ間_一 ̄ニ云 ̄フ昔 ̄シ者婦人
身(ハラム)_レ子 ̄ヲ自‾持有_レ ̄レトモ厳 ̄ナル猶且 ̄ツ堤_二-防 ̄ス視-聴 ̄ノ或(モシクバ)不_一レ ̄ンカト正 ̄シ及_二其
【角印 陰刻】《割書:自■【盈ヵ】|楽■【才ヵ】》
【丸印 朱  中央に冠を頂く鳥(鷲ヵ鷹ヵ)の図を囲むように円形の文字列】BIBLIOTHÉQUE IMPÉRIALE MAN.
【二重丸印 朱】 R.F./BIBLIOTHÉQUE NATIONALE :: MSS ::
【上欄書入れ】Fase.1        1
    【柱】頭書増補訓蒙図彙序     甲

    【柱】頭書増補訓蒙図彙序     甲
已 ̄ニ生_一 ̄ルヽニ雖_二不_レ知不_一レ ̄ト議択_レ ̄ンデ人 ̄ヲ使_レ ̄ム為_二 ̄サ之 ̄レガ則_一 ̄リヲ故 ̄ニ邪‾色
不_レ染焉淫‾声無_レ触 ̄ルヽ焉唯《割書:〴〵》善是 ̄レ倣 ̄フ所_レ謂
嬉-戯之設_二 ̄ル礼-容_一 ̄ヲ有_レ ̄ンカ本 ̄ヅノコト焉乎本立 ̄テ而道
生 ̄シ根固 ̄シテ而材成 ̄ル自_レ古記_レ之亦【今ヵ】夫 ̄レ道徳之広
皆本_二 ̄ヒテ于文-字_一 ̄ニ而問【向ヵ】_二 ̄フトキハ其津_一 ̄ヲ則 ̄チ学‾者以_レ識_レ ̄ルフ【ルヲヵ】字 ̄ヲ為
_レ本 ̄ト無_二異論_一而 ̄レドモ筆研之於_二 ̄ル孩-提_一 ̄ニ其 ̄ノ始 ̄メ若_レ ̄ク苦 ̄キガ
【二重丸印 朱】 R.F./BIBLIOTHÉQUE NATIONALE :: MSS ::

若_レ ̄シ辛 ̄キガ自_レ ̄リハ非_レ ̄ル有_二 ̄ルニ善‾誘 ̄ノ在_一 ̄ル殆 ̄ド不_レ可_レ得於_レ是有_二 ̄リ
若(カクノゴトキ)中‾村‾氏訓‾蒙図‾彙之術_一可_レ ̄シ謂 ̄ツ善‾誨
不_レ ̄ル倦者 ̄ノト頃 ̄ロ又其増‾補刻成 ̄ル其人使_三余 ̄ヲシテ讃_二
一-辞_一 ̄ヲ余一 ̄タビ披_レ ̄キ巻 ̄ヲ閲_レ ̄ス之 ̄ヲ数【類ヵ】 ̄ト与方‾名 ̄トハ不_レ容_レ ̄レ言 ̄ヲ
啓‾蒙之要‾訣記‾字之捷‾径上 ̄ミ自_二雲‾行雨‾
施之略_一不 ̄モ至_二鳥‾飛魚‾躍之状_一 ̄ニ品‾物畢 ̄ク陳 ̄ネ
【上欄書入れ】2
    【柱】頭書増補訓蒙図彙序     乙

    【柱】頭書増補訓蒙図彙序     乙
図‾象可_レ愛 ̄ス設(モシ)令_レ ̄ムモ有_二 ̄ラ陋‾巷無‾術之徒_一当_下 ̄テ諸 ̄レヲ
無-稽之説引_二-伸 ̄スル怪-乱_一 ̄ヲ者_上 ̄ノニ為_二 ̄ストキハ顧-復【後ヵ】之資_一 ̄ト則 ̄チ
襁-褓 ̄ノ所_レ熟為_レ性附_レ ̄クノ朱 ̄ニ之物 ̄ハ為_レ丹乃古之道 ̄ノ之不
_レ遠 ̄カラ文 ̄ノ之習 ̄ノ之所_レ導 ̄ビク自‾然向_二 ̄ンモ立‾身之階‾梯_一 ̄ニ亦何 ̄ゾ
疑 ̄ン盛 ̄ナルカトキ哉時 ̄カ乎時也此 ̄レヲ為_レ序 ̄ト戊‾申 ̄ノ冬十一月望
            越前 力丸光撰【印 陰刻】《割書:東|山》 《割書:力印|之光》

訓蒙図彙叙
夫 ̄レ学 ̄ハ須_レ ̄ク愛_レ ̄ム日 ̄ヲ也無用 ̄ノ之弁 
不急 ̄ノ之察 ̄ハ君-子棄 ̄テ而不_レ治 ̄メ
然 ̄トモ力-行 ̄ノ之余 ̄マリ游-芸 ̄ノ之際 ̄タ
凡 ̄ソ典-籍 ̄ニ所_レ ̄ノ載 ̄スル之品-物欲_レ
 ̄スルトキハ窮_二 ̄ント其 ̄ノ微意 ̄ノ之所_一レ ̄ヲ寓 ̄スル則必
【上欄書入れ】3
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    一
因_二 ̄テ其名_一 ̄ニ以審_二 ̄ニシ其象_一 ̄ヲ以察_二 ̄ニス
其_情_一 ̄ヲ矣夫-子以_三多 ̄ク識_二 ̄ヲ鳥
-獣草-木 ̄ノ之名_一 ̄ヲ為_二 ̄ルコト学_レ ̄ノ詩 ̄ヲ之
一-益_一 ̄ルト蓋為_レ ̄メナラン之 ̄カ也名-義情-状 ̄ハ
皆可_下以_二訓-釈_一 ̄ヲ認_上レ ̄ム之 ̄ヲ若_二 ̄キハ夫形-
象儀-文_一 ̄ノ則不_レ如_下 ̄カ験_二 ̄ムルカ于図 ̄ニ

之亮_上 ̄ナルニ於_レ是 ̄ニ乎後-世有_二 ̄リ百
-藥 ̄ノ之図_一有_二 ̄テ六経 ̄ノ之図_一而至 ̄ル
_レ有_二 ̄テ三才 ̄ノ之図【訓点一】焉近 ̄コロ又得_下 ̄タリ一
巻 ̄ノ雑-字書画対-照 ̄シテ以便_二 ̄スル
于啓-蒙_一 ̄ニ者_上 ̄ヲ矣吾_家 ̄ニ有_二児
-女_一皆方 ̄ニ垂-髫焉内 ̄ニ無_二 ̄ク姆 ̄ノ可_一 ̄キ
【上欄書入れ】4
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    二
_レ従 ̄フ外無_二伝 ̄フノ可_一レ ̄キ就 ̄ク乃倣_二 ̄テ対-照 ̄ノ
之制_一 ̄ニ連_二-綴 ̄シ四-言 ̄ノ千-字_一 ̄ヲ副 ̄ルニ
以_二 ̄シ國字_一 ̄ヲ傍 ̄ルニ以_二 ̄シテ画象_一 ̄ヲ而授_レ之 ̄ヲ
矣児-女尽_日 ̄ス翫-覧 ̄シテ不_レ釈 ̄テ焉
自_ ̄ヨリ後/稍(  〳〵)覩_レ ̄テ物 ̄ヲ呼_レ ̄ヒ名 ̄ヲ聞_レ ̄テ名 ̄ヲ
弁_レ ̄シテ物 ̄ヲ以 ̄テ至_三 ̄ル略識_二 ̄ルニ字-様_一 ̄ヲ意(アヽ)

芸文 ̄ノ之学 ̄タモ猶及_二 ̄テ于実-践 ̄ノ
之暇_一 ̄ニ而多-識 ̄ノ之資 ̄ケハ又得_二于文
学 ̄ノ之余_一 ̄ニ况此閑雑 ̄ノ之事 ̄ヲヤ乎
但用_レ ̄ルコト之 ̄ヲ当_二 ̄ルトキハ其可_一 ̄ニ則亦 ̄タ不_レ為
_レ無_レ ̄ト所_レ補焉微-物 ̄ノ之難_レ ̄コト棄 ̄テ
也如_レ ̄キカ斯 ̄ノ夫此-隣 ̄ニ有_二 ̄リ書肆_一 一-閲 ̄シテ
【上欄書入れ】5
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    三
欲_レ ̄ス梓_レ ̄ニセント之 ̄ヲ初以_レ非_レ ̄ルヲ所_二 ̄ニ嘗 ̄テ期_一 ̄スル辞
_レ之 ̄ヲ然 ̄トモ以_二屡_請 ̄テ不_一レ ̄ルヲ已 ̄マ故 ̄ニ不_レ得_二
固 ̄ク拒_一レ ̄コトヲ之 ̄ヲ於_レ是 ̄ニ重-修有_レ ̄テ日而
成 ̄ル焉列_レ ̄ヌルコト図 ̄ヲ凡 ̄テ一千其_間有_二 ̄テ
複-名 ̄ノ者_一該_レ ̄ルコト字 ̄ヲ一-千一百有六-
十 ̄ニシテ而相_二_避 ̄ク同-文_一 ̄ヲ矣附 ̄スル者又四-百

余-図通-編分 ̄テ為_二 十-七類二十
巻_一 ̄ト簽 ̄シテ曰_二訓-蒙図-彙 ̄ト奈_何 ̄カセン其
所_レ ̄ノ纂 ̄ル名-物出_二 ̄ル於億-度_一 ̄ニ者雖【訓点二】
別_レ ̄テ之 ̄ヲ不_一レ ̄ト混 ̄セ而猶不_レ免_二 ̄レ間(マ)有_一レ ̄コトヲ強 ̄ルコト
_レ所_レ不_レ ̄ル知 ̄ラ且印 ̄シテ而行_レ ̄トキハ之 ̄ヲ則遣_二 ̄ルノ惑 ̄ヲ
于人_一 ̄ニ之罪実 ̄ニ莫_二 ̄シ得 ̄テ辞(し)_一 ̄スルコト焉
【上欄書入れ】6
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    四
深 ̄ク恨謀_レ ̄コトノ始 ̄ヲ之不_レ ̄シテ謹 ̄マ而今剞-
劂 ̄ノ之事已 ̄ニ就_レ ̄トキハ緒 ̄ニ則無_二 ̄コトヲ以 ̄テ及_一 ̄フ矣
斯 ̄レ不_レ ̄ル得_レ已 ̄コトヲ耳何 ̄ソ敢 ̄テ逃【訓点二】 ̄ン識 ̄ル_者 ̄ノ之
譏_一 ̄ヲ唯恐 ̄クハ不_レ ̄ル識 ̄ラ者採_レ ̄テ之 ̄ヲ不_レ ̄ンコトヲ択 ̄ハ
也乃叙_二 ̄シ纂-輯 ̄ノ之所_一レ ̄ヲ由 ̄ル并 ̄ニ條_二 ̄シテ其 ̄ノ
凡-例_一 ̄ヲ以属_二 ̄クト于肆_一 ̄ニ云寛-文丙午

秋七月惕-斎識 ̄ス
【上欄書入れ】7
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    五
三才千字文序(さんさいせんじもんのじよ)
先(それ)人(ひと)の智(ち)あるは自然(しぜん)也(なり)見聞(けんもん)する所(ところ)を心(こゝろ)に記(しる)して事物(じぶつ)の理(ことはり)
を弁(わきま)ふるに賢愚(けんしぐ?)の別(べつ)ありといへど其/馴(なる)るに随(したが)ひて其(その)端(はし)を覚(さと)
らざる者(もの)なし学問(がくもん)の優劣(ゆうれつ)他(た)なし只(たゞ)識(しき)と不識(ふsきき)とにあり近世(きんせい)
惕斎先生(てきさいせんせい)訓蒙図彙(きんもうづい)を著(あらはし)て童蒙(どうもう)に便(たより)す則(すなはち)人をして品物(ひんぶつ)の名象(めいしやう)
を識(しら)しめんとする已而(のみ)吾家(わがいへ)の児女(じじよ)輩(はい)此書(このしよ)を玩(もてあそん)で先生(せんせい)の余沢(よたく)を蒙(かうむ)る
事(こと)少(すくな)からす故(ゆへ)に能書生(のうしよせ)某(それがし)に属(ぞく)し書中(しよちう)の四言千文(しごんせんもん)を筆(ひつ)せしめ剞劂(きけつ)
に附(ふ)して世(よ)に伝(つた)へ童子(どうじ)をして是(これ)を玩(もてあそば)しめ傍(かたはら)書学(しよがく)に便(たより)せんとす就中(なかんづく)
本書(ほんしよ)に考(かんが)へて図画(づぐわ)訳文(やくもん)を見時(みるとき)は童稚(どうち)の識(しること)を博(ひろ)くするの一助(いちじよ)ならずや
天明元辛丑之夏謙斎序

増補訓蒙図彙凡例(ぞうほきんもうづいはんれい)
一/凡(およそ)此(この)_編(へん)事(じ)-物(ぶつ)之(の)名(めい)-称(しやう)雖(いへとも)_下/皆(みな)以(もつて)_二漢字(かんじを)_一題(だいすと)_上レ/之(これに)而(しかも)実(じつは)以(もつて)_二和(わ)-
 名(みやうを)_一為( す)_レ主(しゆとす)【「しゆとす」の「す」は衍字ヵ】蓋(けだし)本(ほん)-邦(ほう)中(ちう)-華(くは)風(ふう)-土(ど)之(の)殊(ことなる)如(ごときだも)_二乾(けん)-象(しやう)坤(こん)-儀(ぎ)之(の)名(めい)-
 状(じやう)飛(ひ)-潜(せん)動(どう)-植(しよく)之(の)形(けい)-色(しよく)【訓点一】猶(なほ)不(す)_二必(かならずしも)-同(おなじから)_一矣/況(いはんや)人(にん)-俗(ぞく)工(こう)-技(き)之
 所(ところ)_レ習(ならふ)堂(だう)-宇(う)器(き)-服(ふく)之(の)所(ところ)_レ制(せいする)豈(あに)得(ゑんや)_二牽(けん)-強而(きやうして)合(あはすることを)_一レ之(これに)故(ゆへに)随(したがつて)_二国(こく)-
 俗(ぞくの)称(しやう)-呼(こに)_一各(おの〳〵)取(とりて)_二漢(かん)-字(じ)之(の)事(じ)-義(ぎ)形(けい)-状(じやう)近(ちかく)_似(にたる)者(ものを)_一以(もつて)名(なづく)_レ之(これに)観(みる)_
 者(もの)須(すべからく)【左ルビ「べし」】_二先(まづ)知(しる)_一レ之(これを)其(その)未(いまだ)【左ルビ「ざる」】_レ得(ゑ)_二 以(もつて)名(なづくること)_一レ之(これに)之(の)字(じ)者(をば)欲(ほつす)_下題(だいするに)以(もつて)_二和(わ)-名(みやうを)_一
 続(つがんと)_上レ之(これに)然(しかれども)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ暇(いとまあら)_レ及(およぶに)_レ此(これに)
一/凡(およそ)一(いち)-事而(じにして)数(すう)-名(めいなる)者(ものは)以(もつて)_二正(せい)-名(めいを)_一為(して)_レ標(へうと)而/注(ちうす)_二異(い)-名(みやうを)于/其(その)_下(したに)_一
 或(あるひは)為(ため)_レ拘(かゝはるが)_二于/属(ぞく)-対(たいに)_一或(あるひは)為(ために)_レ避(さるが)_二于/重(ぢう)-字(じを)_一題(だいするに)以(もつてする)_二異(い)-名(みやうを)_一則(ときは)注(ちうするに)以(もつてして)_二
【左頁上欄書入れ】8
    【柱】頭書増補訓蒙図彙凡例    一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙凡例    一
 正(せい)-名(めいを)_一曰(いはく)某(それがし)_也/曰(いはく)某(それが)_之/一(いち)-名(みやう)曰(いはく)某(それ)謂(いふと)_二之(これを)某(それと)_一若(もし)一(いち)-類而(るいにして)
 殊(しゆ)-品(ひん)一(いつ)-体而(たいにして)分(ふん)-支(しする)者(ものは)則/注中(ちう〳〵)隔(へだてゝ)_レ圏(けんを)而/附(つく)_レ之(これを)標(へう)-題(だいを)為(して)
 《割書: |レ》綱(かうと)而/余(よを)皆(みな)為(するなり)_レ目(もくと)也/其(その)所(ところ)_レ図(づする)倶(ともに)主(しゆとす)_二正者(せいなるものを)_一若(もし)併(ならびに)画(ゑがく)_二附(ふする)者(ものを)_一
 則(ときは)就(つひて)_二図(づ)-中(ちうに)_一識(しるし)_二-別(わかつ)之(これを)_一
一/諸(しよ)-品(ひんの)名(めい)-称(しやう)大(おほ)-抵(むね)漢字(かんじは)以(もつて)_二方(はう)-俗(ぞく)従(じう)-来(らい)熟(じゆく)-知(ち)慣(くはん)-用(よう)者(するものを)_一為(す)
 《割書: |レ》標(へうと)異(い)-称(しやうは)以(もつて)_二近(ちかく)_レ俗(ぞくに)宜(よろしき)_レ今(いまに)者(ものを)_一属(つく)_レ之(これに)其(その)和(わ)-名(みやうも)亦(また)有(ある)_二俗(ぞく)-呼(こ)_一則(ときは)
 必(かならず)採(とつて)_レ之(これを)不(ず)_レ避(さけ)_二鄙(ひ)-俚(り)猥(わい)-雑(ざつを)_一皆(みな)欲(ほつしてなり)_二幼(ち)【稺】童(どう)蒙士(もうしをして)易(やすからんことを)_一レ暁(さとり)
一/諸(しよ)-品(ひんの)形(けい)-状(じやう)並(ならびに)象(かたどる)_二茲(この)邦(くに)之(の)風(ふう)-俗(ぞく)土(と)-産(さんに)_一矣/凡(およそ)所(ところの)_二目(もく)-撃(げきする)_一者(ものは) 
 便(すなはち)【𠊳】筆(ひつして)_而/摹(もす)【うつすヵ】_レ之(これを)或(あるひは)拠(より)_二画家(ぐはか)之(の)所(ところに)_一レ写(うつす)或(あるひは)審(つまびらかに)問(とひ)_二識(しる)_者(ひとに)_一然(しかして)_後(のち)
 侖(ろんじて)_レ工(こうに)描(べう)_二-成(せいす)之(これを)_一其(その)間(あひだ)有(ある)_二本(ほん)-土(との)所_レ無(なき)及(および)有(う)-無(む)未(いまだ)【左ルビ「ざること」】_一レ審(つまびらかなら)則(ときは)並(ならびに)

 以(もつて)_二異(い)-邦(はうの)風(ふう)-物(ぶつを)_一補(おぎなふ)_レ之(これを)然(しかれども)豊(ほう)-偉(い)之(の)体(てい)非(あらず)_三小(せう)-図(づの)所(ところに)_二能(よく)_容(いるゝ)_一繊(せん)
 宻(みつ)之(の)_文(ぶん)非(あらず)_三曲(きく)-鑿(さくの)所(ところに)_二能(よく)_鐫(ゑる)_一況(いはんや)只(たゞ)墨(ぼく)-印(いんして)而/無(なきをや)_レ施(ほとこすこと)_二暈(うん)-彩(さいを)_一乎
 所(ところ)_レ得(うる)止(たゞ)依(い)-稀(ちたる)【依稀「いき」ヵ。絺「ち」。】疎(そ)-影(ゑいをや)乎
一/引(いん)-証(しよう)之(の)図(と)-書(しよ)漢字(かんじは)以(もつて)_二/三(さん)-才(さい)図(ず)-会(ゑ)農(のう)-政(せい)全(ぜん)-書(しよ)及(および)諸(しよ)-家(かの)
 本(ほん)-草(ざう)之(の)図(づ)-説(せつを)_一/為(す)_レ主(しゆと)凡(およそ)訓(くん)-詁(こ)注(ちう)-疏(そ)稗(はい)-史(し)雑(ざつ)-編(へんの)-中(うち)有(ある)_二明(めい)
 徴(てう)_一則(ときは)採(さい)-摭(しやして)【採摭「さいせき」ヵ「さいしゃく」ヵ】以(もつて)稗(ひ)-益(ゑきす)矣/国書(こくしよは)以(もつて)_二源氏(げんじが)和(わ)-名(みやう)-集(しうを)_一/為(し)_レ本(もとゝ)以(もつて)_二
 林(りん)-氏(しが)多(た)-識(しよく)-編(へんを)_一継(つぐ)_レ之(これに)凡(およそ)類(るい)-編(へん)雑(ざつ)-抄(せう)如(ごとき)_二字(じ)-鏡(きよう)壒(あい)-囊(のう)下(か)-学(がく)
 節(せつ)-用(やう)之(の)等(たぐひの)_一並(ならびに)参(まじへ)_レ之(これに)補(おぎなふ)_レ之(これを)若(もし)質(たゞし)_二諸(これを)華(くは)-人(じんの)帰(き)-化(くはする)者(ものに)_一問(とひ)_二諸(これを)
 交(かう)-游(ゆうの)博(ひろき)_レ物(ものに)者(ひとに)_一咨(とひ)_二諸(これを)技(き)-術(じゆつ)親(しんする)_レ事(ことに)者(ものに)_一詢(とひ)【訓点二】諸(これを)樵(せう)-魚(ぎよ)処(しよする)_レ野(やに)者(ものに)_一
 合(がつ)-巧而(こうして)独(どく)_二-断(だんする)之(これを)_一則(ときは)必(かならず)称(しようして)_二今(こん)-按(あんと)_一以(もつて)別(わかつ)_レ之(これを)其(その)未(いまだ)【左ルビ「さる」】_レ審(つまびらかにせ)者(ものは)称(しようして)_二
【左頁上欄書入れ】9
    【柱】頭書増補訓蒙図彙凡例    二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙凡例    二
 或(あるひは)_曰(いはくと)_一以(もつて)備(そなふ)_二参(さん)-閲(ゑつに)_一矣/敢(あへて)正(たゞすとなれや)_二其(その)-名(なを)_一也哉/即(すなはち)以(もつて)_レ疑(うたがひを)伝(つたふる)_レ之(これを)耳(のみ)
 弁(べん)_二-明(めい)揀(れん)_三-繹(ゑきすることは)之(これを)_一在(あり)_レ/人(ひとに)也
一/今(いま)以(もつて)_二目(もく)-次(し)之(の)数(すうを)_一別(べつに)為(なし)_二大(たい)-字(じの)冊(さく)-子(しと)_一呼(よんで)曰(いふ)_二/三(さん)-才(さい)千(せん)-字(じ)-文(もんと)_一
 無(なし)_レ他(た)便(たよりすとなり)于/戯筆(きひつに)_一也
一/原(げん)-本(ほんの)図(づ)-彙(いに)所_二遺漏(いろうする)_一随(したがつて)_レ得(うるに)補(おぎなふ)之(これを)然(しかれども)事(じ)-物(ぶつ)之(の)無(なき)_レ限(かぎり)可(べき)_レ玩(もてあそふ)
 者(もの)亦(また)多(た)-端(たん)近(ちかごろ)尋(たづね)_レ彼(かれに)問(とひ)_レ此(これに)撰(ゑらび)_下益(ゑきある)_二于/愛(あい)-玩(ぐはんに)_一者(もの)数(す)-百(ひやくを)_一【訓点「上」ヵ】為(なす)_二続(ぞく)-
 編(へんと)_一其(それ)行(ゆく〳〵)将(まさに)【左ルビ「すと」】_レ嗣(つがんと)_レ刻(こくを)云(いふ)

頭書増補訓蒙図彙目録(かしらがきぞうほきんもうづゐもくろく)
  巻(くはん)之(の)一  天文之部(てんぶんのぶ)
両儀(りやうぎ)     七政(しちせい)     太極(たいきよく)     陰陽(いんやう)    倭国(わこく)
国常立尊(くにとこたちのみこと) 秋津洲(あきつす)     日本国(にほんごく)    大唐 (たいとう)   盤古氏(はんこし)
北辰(ほくしん)     列宿(れつしゆく)     日(じつ)《割書:ひ》     月(げつ)《割書:つき》     星(せい)《割書:ほし》
斗(と)《割書:北斗(ほくと)》    晦(くはい)《割書:つごもり》    朔(さく)《割書:ついたち》   弦(けん)《割書:ゆみはり》     望(ばう)《割書:もちづき》
参(しん)《割書:からすきぼし》  昴(ばう)《割書:すばるぼし》   彗(せい)《割書:はゝきぼし》   孛(はい)《割書:ぼつせい》     日蝕(につしよく)《割書:むしくひ》
月蝕(ぐわつしよく)《割書:むしばむ》 天漢(てんかん)《割書:あまの| がは》   牽牛(けんぎう)《割書:ひこぼし》  織女(しよくじよ)《割書:たなばた|  つめ》 長庚(ちやうかう)《割書:ゆふづく》
太白(たいはく)《割書:あかぼし》  虚空(こくう)《割書:そら》    雲(うん)《割書:くも》     煙(ゑん)《割書:けふり》     風(ふう)《割書:かぜ》
露(ろ)《割書:つゆ》     霧(む)《割書:きり》     雨(う)《割書:あめ》     氷(へう)《割書:こほり》     雪(せつ)《割書:ゆき》
【上欄書入れ】10
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        一

頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻(くはん)之(の)一
  天文(てんぶん)《割書:此部(このぶ)には日月(じつげつ)星辰(せいしん)雨露(うろ)霜雪(さうせつ)のたぐひあり|日月(じつげつ)星辰(せいしん)は天(てん)の文章(ふんしやう)なれば也/易(ゑきに)曰/仰(あふひで)見(みる)_二於/天文(てんぶんを)_一》
【上段】
  両儀(りやうぎ)
天地開辟(てんちかいひやく)のときかるくして
清(すめ)るはのぼりて天(てん)となりおもく
してにごるはくだりて地(ち)となる
天(てん)を陽(やう)とし地(ち)を陰(ゐん)とす陰(ゐん)
陽(やう)を両儀(ちやうぎ)といふなり
○七政(しちせい)とは日月(じつげつ)と五/星(せい)と合(あは)せ
ていふ又は七/曜(よう)ともいふなり
日月五/星天(せいてん)の政(まつりこと)をなすなり
木星(もくせい)を歳星(さいせい)といひ火星(くはせい)を熒(けい)
惑(こく)といひ土星(どせい)を鎮星(ちんせい)と云/金(きん)
星(せい)を太白(たいはく)といひ水星(すいせい)を辰星(しんせい)
【上欄書入れ】Fase.2        2   30
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         一

   【柱】頭書増補訓蒙図彙一         一
【右頁上段】
といふ木(もく)火(くは)土(ど)金(ごん)水(すい)の五/行(きやう)の
星(ほし)をめぐりて陰陽(いんやう)をなし歳(とし)
をわす此(この)五/星(せい)を五/緯(い)ともいふ
○太極(たいきよく)は天地(てんち)いまたわかれず
陰陽(いんやう)わかれざるとき渾沌(まろがれ)たる
事/鶏子(とりのこ)のごとし溟滓(くゞもり)て牙(きざし)
をふくめりこれを鴻毛(こうもう)の未判(びはん)
といふ其(その)清(すみ)陽(あきらか)なるものは薄(たな)
靡(びき)て天(あめ)となり重(おもく)濁(にごる)ものは淹(とゞ)
滞(こほり)て地(つち)となるこゝにおゐて天(てん)
地(ち)開闢(かいひやく)して其間(そのあいだ)に万物(ばんぶつ)生(しやう)ず
開闢(かいひやく)以前(いぜん)を太極(たいきよく)といひ天地(てんち)
陰陽(いんやう)わかれたるを両儀(りやうぎ)といふ
○国常立尊(くにとこだちのみこと)は天地(てんち)既(すで)にわかれ
て其中(そのなか)に物(もの)ありかたち葦牙(あしがい)
【左頁上段】
のごとし則(すなはち)化(くは)して神(かみ)となる
これを国常立尊(くにとこたちのみこと)といふ人の
始(はじめ)なり日本(につほん)を芦原国(あしはらごく)といふも
此(この)義(ぎ)なり是(これ)より天神(てんじん)七/代(だい)地(ぢ)
神(じん)五/代(だい)あひつゝきて人の代(よ)と
なれり唐(もろこし)にては天地(てんち)開闢(かいひやく)し
て盤古氏(ばんこし)はじめて出(いづ)是(これ)人の
始(はじめ)なりこれより三/皇(くはう)五/帝(てい)三/王(わう)
とつゞきて人の代(よ)となる
○倭(やまと)は日本(につほん)を倭(やまと)と号(なづく)る事/天(てん)
地(ち)開闢(かいひやく)の後(のち)は地(ち)は皆(みな)山(やま)にして平(たいら)
なし人の代(よ)となりて山(やま)をひら
き平地(へいち)となして住(すめ)りよつて
日本(につほん)を山跡(やまあと)といふ義(ぎ)をもつて
倭国(やまとごく)とはいふなり
【上欄書入れ】31
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         二
【右頁上段】
○秋津洲(あきつす)といふは
人皇(にんわう)のはじまりを
神武(しんむ)皇帝(くはうてい)と申
奉(たてまつ)る即位(そくゐ)三十一年
四月/帝(みかど)諸国(しよこく)に幸(みゆき)
ましまし日本(につほん)の地(ち)
形(きやう)蜻蛉(あきつむし)に似(に)たるを
もつて秋津洲(あきつす)と
名(な)づけたまふ
○それ日本国(につほんごく)は唐(もろこし)
中華(ちうくは)の地(ち)より東(ひがし)に
あたるゆへに日東(につとう)と
も扶桑国(ふさうごく)ともいふ
又/須弥山(しゆみせん)の南(みなみ)にあ
たるゆへに南瞻部(なんせんぶ)
【左頁上段】
州(しう)ともいふ用明天皇(ようめいてんわう)
のとき五/畿(き)七/道(とう)を
さだめ給ふ文武天皇(もんむてんわう)
の御代(みよ)に六十六ヶ国(こく)
にわかちて諸国(しよこく)に守(しゆ)
護(ご)をすへ東武(とうぶ)に将(しやう)
軍(ぐん)ありて諸国(しよこく)を守(しゆ)
護(ご)せしめ西京(せいきやう)中国(ちうごく)
に天子(てんし)の都(みやこ)をかまへた
まひぬ田地(てんぢ)の数(かず)凡(すべて)
九十四万七千八百一町
米高(こめだか)弐千弐百八
万五千四百八十弐
石なりとそ
【上欄書入れ】32
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         三
【右頁上段】
○日(ひ)は陽(やう)の精(せい)なり空虚(くうきよ)にして
かたどりがたしよつて烏(からす)をもつて日
の形(かたち)とす陽鳥(やうてう)なればなり三/足(そく)と
するは陽数(やうすう)のこゝろなり
○月(つき)は陰(いん)の精(せい)なり空虚(くうきよ)にして
かたどりがたしよつて兎(うさぎ)をもつて月
の形(かたち)とす兎(うさぎ)は陰(いん)の獣(けだもの)なればなり
白兎(はくと)陰(いん)の色(いろ)なり
○北辰(ほくしん)は北極(ほくきよく)ともいふ天(てん)の枢(くるゝ)なり
一周(いつしう)天のめぐる事/此(この)北辰(ほくしん)を枢(くろゝ)か
なめとしてめぐるなり北(きた)に位(くらい)して
諸(もろ〳〵)の星(ほし)これにむかふ也/北辰(ほくしん)の座に
七/星(せい)あり四/星(せい)あり
○列宿(れつしゆく)此星(このほし)天(てん)の東西南北(とうざいなんぼく)に位(くらい)
して四/方(ほう)各(おの〳〵)七/星(せい)づゝなり合(あはせ)て二十
八/宿(しゆく)なり是(これ)を三十日にくばりて
毎日(まいにち)をつかさどるなり
【左頁上段】
○晦(くわい)毎月(まいけつ)大なれば三十日小な
れば二十九日を晦(くわい)といふ月/地下(ちか)に
かくれて光(ひかり)なしよつて晦(くわい)の字(じ)
をくらしとよむなり昏晦(こんくわい)暗晦(あんくわい)
のこゝろなり
○昨(さく)は蘇(そ)なりよみがへるとよむ月
は十五日より晦日(つごもり)までにかけつきて
又/朔日(ついたち)よりよみがへりてはじめて
明(めい)を生(しやう)ずるといふ義(ぎ)にて朔(さく)といふ
○弦(けん)は上十五日を上弦(しやうげん)といひ下十
五日を下弦(げげん)といふ上/弦(げん)は西(にし)の方
下弦(げげん)は東(ひがし)の方(はう)なり上/弦(げん)は七日
八日九日下/弦(げん)は廿二日廿三日廿四日
にあり月の光(ひかり)よこにあり
○望(ばう)は十五日の事なり十五日は
日月/東西(とうさい)にあひ望(のぞ)むゆへに望(ばう)
といふ又もち月ともいふなり日
【上欄書入れ】33
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         四
【右頁上段】
月/相対(あひたい)して月の光(ひかり)地(ち)の方(はう)に有
て天(てん)になし故(ゆへ)に満月(まんげつ)なり
○日蝕(につしよく)は日月/天(てん)に有て日(ひ)は上(かみ)
なり月は下(しも)なり朔日(ついたち)は日月の
会(くわい)なり日月/上下(しやうか)にありて道(みち)を
同(おなしく)して会(くわい)すれば地(ち)より見(み)るとき
は日は月のためにおほはる是(これ)を日蝕(につしよく)
といふなり
○月蝕(くはつしよく)は月はもと光(ひかり)なし日の
光(ひかり)を受(うけ)て明(あきらか)なるものなり日月
道(みち)を同(おなじう)して相(あひ)むかふ地(ち)は月にあた
るゆへに日の光(ひかり)地(ち)に遮(さへきつて)月蝕(ぐはつしよく)す
○星(ほし)は陽精(やうせい)なり陽精(やうせい)日(ひ)となる
日わかれて星(ほし)となる故(ゆへ)に日(ひ)生(しやうず)
とかきて星(ほし)とよむ
○斗(と)は北斗(ほくと)なり七/星(せい)有一二三四
を魁(くわい)とし五六七を杓(ひやう)とす揺光(ようくはう)は
【左頁上段】
破軍星(はぐんせい)なり輔星(ほせい)はそへぼし也
○参星(しんせい)は西方(さいはう)七/宿(しゆく)の一なり俗(ぞく)
に是(これ)をからすきぼしといふ也
星(ほし)の列座(れつざ)からすきに似(に)たり
○昴星(ばうせい)は西方(さいはう)の一/宿(しゆく)なり旄(はう)
頭星(とうせい)ともいふ俗(ぞく)にすばる星(ぼし)と
いふ是(これ)なり星(ほし)の列座(れつざ)間(あひ)せまく
してすばりたり
○牽牛(けんぎう)は星(ほし)の名(な)おたなばたなり
ひこぼしともいふ又/河鼓星(かこせい)とも
いふ七月七日/織女(しよくぢよ)牽牛(けんぎう)に嫁(か)す
と桂陽(けいやう)の武丁(ぶてい)といふ仙人(せんにん)がいひし
より七夕(たなはた)といふ事/始(はじま)れり
○織女(しよくぢよ)は星(ほし)の名(な)めたなばたなり
七月七夕/瓜菓(くは〳〵)を庭上(ていしやう)にそなへ五
色(しき)の糸(いと)を竿(さほ)に掛(かけ)て願(ねか)ふことをいのる
に三/年(ねん)の内(うち)に必(かならず)かなふと也/是(これ)を乞(きつ)
【上欄書入れ】34
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         五 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         五
【右頁上段】
巧奠(こうでん)とも七夕祭(たなはたまつり)ともいふ
○天漢(あまのかは)は天河(てんか)とも銀河(きんか)ともいふ七夕
に烏鵲(うじやく)翼(つはさ)をのべて橋(はし)とし此(この)河(かは)を渡(わた)し
牽牛(けんぎう)織女(しよくぢよ)の二/星(せい)あひ合(あふ)といへり
○孛星(ほつせい)は妖星(ようせい)なり此(この)星(ほし)出(いづ)るとき
は旧(ふるき)をのぞきて新(あたらしき)に改(あらため)又は火災(くはさい)に
たゝるの瑞(ずい)有/俗(ぞく)に是(これ)を御光星(ごくはうぼし)と云
○彗星(はゝきぼし)は妖星(ようせい)なり色(いろ)青(あをき)は王候(わうこう)【「候」は「侯」ヵ】死(しす)
赤(あかき)は強国(きやうこく)おこる白(しろき)は兵乱(へうらん)おこる天(てん)下
に災(わざはひ)あるときあらはるゝ星(ほし)なり
○太白星(たいはくせい)は金星(きんせい)なりあかぼしとな
づく俗(ぞく)にあかつきの明星(みやうじやう)といふ日にさ
きだちて出(いづ)るなり啓明(けいめい)ともいふ
○虚空(こくう)はそらともおほぞらとも
よむ太虚(たいきよ)太空(たいくう)ともいふ天(てん)なり天は
円(まとか)にして空々(くう〳〵)として物(もの)なくかたち
なしよつて虚空(こくう)となつく
【右頁下段】
太白(たいはく)
《割書:あか| ぼし》

日出

虚空(こくう)《割書: |そら》

霧(む)《割書:きり》

煙(ゑん)
《割書:け|ふ| り》
【左頁上段】
○霧(きり)は陰陽(いんやう)のみだれより生ず
地気(ちき)のぼつて天気(てんき)応(あふ)ぜざるを
霧(む)といふ天気(てんき)くだつて天気(てんき)応(あふ)せ
さるを雺(ぼう)といふ風(かぜ)吹(ふい)て土をふら
すを霾(つちふる)といふ
○煙(けふり)は火(ひ)の昇(のほ)る気(き)なり烟(けふり)同し
又/水(みづ)より煙(けふり)いづる
○長庚(ゆふづく)は金星(きんせい)なり日(ひ)におくれ
て入/是(これ)を長庚星(ちやうかうせい)といふ俗(ぞく)に是(これ)
をよひの明星(みやうじやう)といふ
○風(かぜ)は大塊(だいくわい)の噫気(あいき)なり陽(よう)の体(たい)
にして散(さん)じて陰(いん)の用(よう)となる故(ゆへ)に
風(かぜ)吹(ふく)ときは土(つち)必(かならず)かはく又/旋風(せんふう)飊(へう)
風(ふう)はつじかぜ
○露(つゆ)は夜気(やき)露(つゆ)となる陰(いん)の液(ゑき)也
白虎通(びやくこつう)に露(つゆ)は霜(しも)の始(はじめ)なりと
いへり露(つゆ)をばをくといふ降(ふる)といわず
【左頁下段】
長庚(ちやうかう)
《割書:ゆふづく》

入日

風(ふう)《割書: | |かぜ|のわき》

露(ろ)《割書:つゆ》
【上欄書入れ】35
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         六 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         六
【右頁上段】
○雲(くも)は山川(さんせん)の気(き)なり地気(ちき)のぼ
りて雲(くも)となり天気(てんき)くだりて雨(あめ)と
なるなり雲(くも)は陰(いん)の体(たい)なり昇(のぼり)て
陽(やう)の用(よう)となるみな雨湿(うしつ)の気(き)なり
○雨(あめ)は水(みづ)蒸(むし)て雲(くも)となりくだつて
雨となるむらさめを暴雨(ばうう)といひ
ながあめを霖雨(りんう)といひ夕(ゆふ)だちを
驟雨(すうう)といひ時雨(しくれ)を澍(えう)といふ
○雷(らい)は陰陽(いんよう)あひ激(げき)する声なり
王充(わうしう)論衡(ろんかう)といふ書(しよ)に雷(らい)の形は一人
の力士(りきし)ありて累々(るい〳〵)たる連皷(れんこ)を左(ひだり)に
持(もち)右(みぎ)の手(て)に鞭(むち)をもつてうちて声(こへ)
をなすといへり
○電(いなびかり)は二月に有(あり)この月/陽気(ようき)漸(やうやく)
さかんにして陰気(いんき)をうつその激(げき)す
るひかりを電(でん)といふ俗(ぞく)にいなびかり
いな妻といふ雷神(らいじん)を電母(でんぼ)といふ
【右頁下段】
雲(うん)《割書:くも》

雨(う)《割書:あめ》

雷(らい)《割書:いか| づち》
《割書:なる| かみ》
《割書:かみ| なり》

電(でん)《割書:いなつま|いなびかり》
【左頁上段】
○暈(うん)は日月のかたはらの気(き)
なりかさといふ日/暈(かさ)あるとき
はひでりし月/暈(かさ)あるときは
三日のうちに雨(あめ)ふるといへり
○雪(ゆき)は雨(あめ)こりて雪となる天地(てんち)
の積陰(せきいん)あたゝかなるときは雨と
なりさむきときは雪(ゆき)となる
花をなすを雪(ゆき)といひ円(まとか)なる
を雹(あられ)といふ又/銀花(ぎんくは)とも六出(りくすい)
花(くは)とも銀屑(ぎんせつ)ともいふ
○氷(こほり)は陰気(いんき)のあつまるところ
もれざるときはむすぼふれて
■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】となる氷(へう)と書(かく)はあやまり也
■(へう)【「冫+氷」冰ヵ】と書(かく)べし■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】つもれると凌(へう)【訓蒙図彙は「れう」】と
いふ■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】さかんなるを凍(とう)といふ■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】
ながるゝを凘(し)といふ■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】とくるを泮(はん)
といふ氷室(へうしつ)はひむろなり
【左頁下段】
暈(うん)《割書: |かさ》

雪(せつ)《割書: |ゆき》

氷(へう)
《割書:こほり》
【上欄書入れ】36
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         七 
【右頁上段】
○虹(にじ)は日雨(ひあめ)と交(まじはり)て質(かたち)となす也
日のひかり雨にうつるによつて虹(にじ)
あらはる朝(あした)には西(にし)にあり暮(くれ)には
東(ひがし)にあり色(いろ)鮮(あさやか)なるを雄(おにじ)とし
闇(くらき)を雌(めにじ)とす俗(ぞく)に蛇(じや)のいきといふ
螮(てい)蝀(とう)霓(けい)同ともににじなり
○雹(あられ)は雪(ゆき)こほりて円(まとか)なるを
雹(あられ)といふ寒気(かんき)つよきときは雪(ゆき)と
なりて軽(かろ)し寒気(かんき)うすきときは
雪(ゆき)おもくしてとけやすし又/雹(あられ)となる
瑗瑶(ゑんよう)玉粒(ぎよくりう)砕玉(さいぎよく)銀米(ぎんべい)明珠(めいしゆ)
同し雪(ゆき)雨(あめ)にまじはりふるを霰(みぞれ)
といふ
○雪水(ゆきみつ)寒(かん)にむすぼふれて軒(のき)
のしたゞりこほりて氷柱(つらゝ)となる
氷筋(へうきん)氷条(へうでう)とも書(かく)べし又/氷筍(へうじゆん)
ともいふなり
【右頁下段】
虹(こう)《割書: |にし》

雹(はく)《割書:あられ》

氷柱(へうちう)
《割書: つらゝ》
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻(くはん)之(の)二
   地理(ちり)《割書:此部(このぶ)には山川田園(さんせんでんゑん)林丘村市(りんきうそんし)のたぐひあり|地(ち)の条理(ぢうり)なり易云(ゑきにいはく)俯察(ふしてさつす)_二於/地理(ちりを)_一》
【左頁上段】
○山は高大(かうたい)にして石(し)あるを
いふ広雅云(くはうかにいはく)山(さん)は産(さん)なりよく
万物(ばんぶつ)を産(さん)するなり説文(せつもん)に山(せん)
は宣(せん)なり
○峰(みね)は山の端(はし)なり山大にし
て高(たかき)を峰(はう)といふ山小にして
たかきを岑(しん)といふともにみね
なり唐(もろこし)にては香爐峰(かうろはう)日(に)
本(ほん)にては冨士峰(ふじはう)なと也/嶺(みね)同
○巓(いたゞき)は高山(かうざん)のいたゝきなり絶(ぜつ)
頂(てう)なり詩経(しきやう)に采(とり)_レ苓(れいを)采(をとる)_レ苓(れいを)
首陽(しゆやう)之(の)巓(いたゞき)といへり山巓(さんてん)とも又
【左頁下段】
山(さん)
《割書:やま》

巓(てん)
《割書:いたゞ|   き》

峰(ほう)
《割書: みね》

坂(はん)《割書:さか》
【上欄書入れ】37
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         八 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         八 
【右頁上段】
高巓(かうてん)ともいふ
○坂(さか)は坡坂(ははん)なり山中(さんちう)の高(たか)
くけはしき所なり小坂(こさか)を嶝(とう)
といふ磴(とう)同し
○嶽(だけ)はけはしき高山(かうざん)をいふ
山城(やましろ)如意嶽(によゐがだけ)近江(あふみ)の比良(ひら)の
が嶽なとなり
○谷(たに)は両山(りやうさん)の中(なか)の流水(りうすい)なり
渓(けい)谿(けい)同し水(みつ)谿(けい)にそゝくを谷(たに)
といふ山(やま)の間(あいた)に水あるを澗(かん)と
いふたにがはとよめり
○丘(おか)は土(つち)の高(たか)き所(ところ)をいふ又/四方(しはう)
たかくして中央ひくきを丘(きう)といふ
ともあり阜(ふ)同狐(きつね)死(し)するとき
は丘(をか)を枕(まくら)とす 
○盤(ばん)は大石(たいせき)なり盤石(ばんじやく)ともいふ
俗(ぞく)に大盤石(たいばんじやく)といふは重言(ぢうごん)
【右頁下段】
谷(こく)《割書: |たに》

丘(きう)
《割書: をか》

嶽(かく)
《割書: だけ》

盤(ばん)《割書: |いは》
【左頁上段】
なるべし
○巌(かん)はいはほなりさゞれ石(いし)
のいはほとなりてとよめるなり
石窟(せきくつ)を巌(がん)といふ石(いし)のするど
にしてたかくそびへたるをいふ
詩経(しきやう)に維石巌々(これいしがん〳〵たり)といへり
岩(がん)同
○崖(かけきし)は山辺(さんへん)なり山(やま)の一/片(へん)に
そはだちのそみたるをいふ厓(かい)
同し又/懸崖(けんかい)ともいふかけぎし
補/俗(ぞく)にがけといふなり
○瀑(はく)は滝(ろう)とも書(かく)なりながれ
おつる色(いろ)白(しろ)くして布(ぬの)を瀑(さらす)が如(ごと)
くなるによつて瀑布(はくふ)とも云
日本にも布引(ぬのびき)のたきといふ
ありもろこしには廬山(ろさん)に名(な)
高(だか)き滝(たき)あり又/滝(たき)を飛泉(ひせん)
【左頁下段】
巌(がん)《割書: |いはほ》

瀑(はく)
《割書: たき》

崖(かい)
《割書:かけ| ぎし》
【上欄書入れ】38
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         九

■   【柱】頭書増補訓蒙図彙二         九 
【右頁上段】
ともいふ
○桟(さん)は棚(はう)なり閣(かく)なり木(き)を閣(かく)
して道(みち)をなすを桟道(さんどう)とも閣(かく)
道(どう)ともいふ《割書:補》けんその山坂(やまさか)補【□の中に「補」】道(みち)
きれて通(かよ)はれざるに橋(はし)をかけて
道(みち)としかよひとするをいふ
○洞(ほら)は深(ふかく)通(つう)ずるを洞(とう)といふいは
あなありて道(みち)を通(つう)ずる所(ところ)也
仙洞(せんとう)は仙人(せんにん)のすむ洞(ほら)なり峒(とう)同じ
山に岩穴(がんけつ)ありて袖(そで)に似(に)たるを
岫(しう)といふくきなり
○麓(ふもと)は山足(やまのふもと)なり林(はやし)山(やま)につゞく
を麓(ろく)といふ麓(ろく)は鹿(しか)のあるところ
かるがゆへに字(じ)鹿(しか)に従(したがふ)【从】なり鹿(しか)は
このんで林(はやし)にすめばなり
○林(りん)は平地(へいち)にして叢(むらがる)木(き)ある所を林(りん)
といふ又/野外(やぐはい)を林(りん)と云/樹林(じゆりん)松林(せうりん)竹(ちく)
【右頁下段】
桟(さん)《割書:かけ| はし》

麓(ろく)《割書:ふ| もと》

洞(とう)《割書: |ほら》
【左頁上段】
林(りん)などいへり木(き)のあつまり生ず
るを林(りん)といひ草(くさ)のあつまり生ず
るを薄(はく)といふ薄(はく)はくさむら叢(さう)同し
○岬(みさき)は山(やま)のかたはらなり海(うみ)
などへつき出(いて)たる所をいふ也
越前(えちぜん)に金岬(かねがみさき)などいふ所有
○村(むら)は人のあつまりゐる所也
村落(そんらく)といふ本(もと)は邨(そん)につくる字(し)
通(つう)に経史(けいし)に村(そん)の字(じ)なし邨(そん)は
邑(ゆう)に従(したが)【从】ひ屯(あつまる)に従(したがふ)【从】別に村(そん)につく
るは非(ひ)なり今(いま)通(つう)じもちゆ
邑(ゆう)同し
○川(せん)は穿(せん)なり地(ぢ)を穿(うがつ)てなが
るゝの心をもつて川(せん)となづく又
河(かは)とも書(かく)なり補【□の中に「補」】大なるを大
河といひ小なるを小川といふ
なり補【□の中に「補」】江はゑなり
【左頁下段】
林(りん)《割書: |はや| し》

岬(かう)
《割書:みさき》

川(せん)
《割書: かわ》

村(そん)
《割書:む| ら》
【上欄書入れ】39
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十 
【右頁上段】
○洲(す)は水中(すいちう)の居づき所なり
人(ひと)鳥(とり)などのあつまり息(いこふ)所也
小洲(しやうしう)を渚(しよ)といふなぎさなり水
渚(しよ)石(いし)あるを磧(せき)といふいそなり
水(みづ)沙上(しやじやう)にながるゝを瀬(せ)といふ湍(たん)
同/磯(き)はいそなり
○波(なみ)は風(かぜ)水(みづ)をうつて紋(もん)をなすを
波(なみ)といふ水波(すいは)は水紋(すいもん)なり浪瀾(らうらん)
ともに同し大波(たいは)を涛(とう)といふ又
漣(れん)はさゞ波(なみ)なり又/濤(なみ)を潮頭(てうとう)と
いふなり
○渦(うづ)は水(みづ)めぐるなり水めぐつて
巴(は)【左ルビ「ともへ」】の字(じ)をなすといへり又/泡漚(はうをう)
沫(まつ)はあわなり
○島(しま)は海中(かいちう)に山ありてよるべき
を島(とう)といふ隝(とう)嶋(とう)嶼(よ)ならびに
同じ蓬莱(はうらい)方丈(はうじやう)瀛洲(えいしう)を海(かい)
【右頁下段】
波(は)
《割書:なみ》

渦(くは)
《割書:うづ》

洲(しう)
《割書:す》
【左頁上段】
中(ちう)の三島といふ
○海(かい)は晦(くわい)なり荒遠(くはうゑん)にして冥(めい)
昧(まい)なる意(こゝろ)なり又/海(かい)は穢(けがれ)をうけ
て其(その)水(みづ)く黒(くろく)して晦のごとしとも
いへり湖(こ)はみづうみなり潮(てう)はうし
ほなり
○岸(がん)は水/涯(ぎの)の高(たか)き所をいふ
住(すみ)の江(え)のきしによる浪(なみ)よるさへや
とよみ又/岸(きし)の姫松(ひめまつ)と歌(うた)によめり
○浜(はま)は水際(すいさい)なり涯(かい)はほとり浦(ほ)は
うらならびに同し水際(すいさい)の平(へい)
沙(さ)を汀(てい)といふみぎはとよむなり
海浜(かいひん)ひろきを㵼(しや)といふかたなり
河浜(かひん)水浜(すいひん)海浜(かいひん)ともにはま也
○田(た)は土(つち)を耕(たがやす)の名(な)囗は田(た)の四方
のかまへなり中に十の字(じ)は田(た)の
阡陌(せんはく)とてみぞのこゝろなり畎(けん)【左ルビ「たみぞ」】
【左頁下段】
島(とう)《割書:しま》

海(かい)
《割書: うみ》

岸(がん)
《割書:き| し》

濱(ひん)
《割書: はま》
【上欄書入れ】40
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十一

【右頁上段】
畝(ほ)【左ルビ「うね」】町(てう)【左ルビ「まち」】畔(はん)【左ルビ「くろ」】
○畔(はん)は田(た)の界(さかひ)なりぐろとも又は
あぜともよむなり又/塍(せう)【左ルビ「ぐろ」】堘(せう)【左ルビ「あせ」】同じ
周(しう)の国(くに)には耕(たがやす)ものは畔(くろ)を譲(ゆづる)と
いふなり
○溝(みぞ)は田間(でんかん)の水(みづ)なり溝(かう)は構(かう)なり
たてよこにまじへかまへたるなり
渠(きよ)同
○独梁(ひとつばし)は独木梁(どくぼくりやう)ともいふなり
又/狐橋(こきやう)ともいふ丸木(まるき)ばし一本(いつほん)
橋(ばし)などいふ
○塚(つか)は平(たいらか)なるを墓(ぼ)といひ土(つち)を
封(はう)ずるを塚(ちよう)といふ又すぐれて
高(たか)きを墳(ふん)といふともにつかなり
塚(つか)のうへにしるしの木(き)をうゆる
事なり
○場(ちやう)は五穀(ごこく)をおさむる圃(はたけ)なり
【右頁下段】
畔(はん)
《割書: ぐろ| あぜ》

塚(ちよう)《割書: |つか》

溝(かう)《割書: |みぞ》

田(でん)
《割書: た》


独梁(どくりやう)
《割書:ひとつ|  ばし》
【左頁上段】
土(つち)を築(きつく)を壇(だん)といふ地(ち)を除(はらふ)を
場(ぢやう)といふ神(かみ)をまつる所なりと
あり農民(のうにん)の米穀(へいこく)をこなす所
を場(ぢやう)といふ又ほしばなどゝいふ
市場(いちば)売場(うりば)などいふ又/塲(ば)とも
かくなり
○井(せい)は伯益(はくゑき)といふ人くつりはじ
め給ふなり鴆(ちん)は毒鳥(どくてう)なり羽井(はねゐ)
の内(うち)におちて人その水(みづ)をのめば
死すよつて井(ゐ)のもとに桐(きり)を
うゆ鴆(ちん)は鳳凰(はうわう)を懼(をそる)鳳凰(はうわう)は梧(き)
桐(り)にすむものなれば鳳(はう)のゐ
んことを鴆(ちん)に懼(おそれ)しめん為(ため)也
○幹(かん)は井垣(せいゑん)なりとあり俗(ぞく)に
いげたゐづゝといふ井筒(ゐづゝ)と書(かく)
はあしゝ韓(ゐづゝ)のかたはらに竹(たけ)を
うゆべし鳳凰(はうわう)は竹(たけ)の実(い)をくら
【左頁下段】
塲(ちやう)
《割書: ば》

幹(かん)
《割書:い| づゝ》

井(せい)
《割書: ゐ》
【上欄書入れ】41
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十二

ふものなれば鴆(ちん)をおそるゝがた
めなり
○沢(さは)は水(みづ)のあつまり聚(あつまる)ところ
なり沢(さは)には杜若(かきつばた)河骨(かうほね)蓴(しゆん)さ
いなどはへ螢(ほたる)とびかふ夏(なつ)の夕暮(ゆふぐれ)
の景色(けしき)もおもしろし
○石(いし)は山骨(さんこつ)なり塊(つちくれ)久(ひさ)しうして
石となる石(いし)変(へん)じて金銀(きん〴〵)銅(どう)鉄(てつ)
を生(しやう)ず星(ほし)おちて石(いし)となる木(ぼく)
石(せき)に怪(くわい)あり石より火を生(しやう)ず
○礫(れき)は小石(しやうせき)なりさゞれいしとも
又つぶてともよむなりその石(せき)
礫(れき)にならつて璃龍(りれう)の蟠(わだかまる)とこ
ろをしらすといへり
○沙(いさご)は細散(さいさん)の石(いし)なり別(べつ)に沙(しや)【頭書訓蒙図彙「砂」】とかく
はあやまりなり説文(せつもん)に水少(すいしやう)に
したがふ水(みづ)少(すくなき)ときは沙(すな)あらわる
【右頁下段】
澤(たく)
《割書: さは》

礫(れき)
《割書: さゞれ|   いし》

石(せき)
《割書:いし》

沙(しや)
《割書:すな|いさご》
【左頁上段】
の義(き)なり繊沙(せんしや)はまなごなり
まさごいさこすなご同訓(とうくん)なり
○池(いけ)は地(ち)をうがつて水を溜(たむ)る
をいふ沼(せう)も同じ四/角(かく)なる
池(いけ)を方池(はうち)といふ
○泉(いづみ)は源水(けんすい)なり下(した)より涌(わき)
出(いづ)るを濫泉(らんせん)といふ垂(たれ)いづるを
沃泉(ようせん)といふ穴(あな)より出るを汎(はん)
泉(せん)といふ病(やまひ)を治(ぢ)するを温泉(をんせん)
といふいでゆなり地下(ちか)を黄泉(くはうせん)
といふ
○塘(つゝみ)は池塘(ちとう)なり池(いけ)のほとり
のつゝみなり俗(ぞく)にためいけと
いふ柳(やなぎ)をうへたるを柳塘(りうとう)
といふ柳塘(りうとう)莫々(ばく〳〵)暗(くらし)_二啼(てい)鴉(あ)_一と
詩(し)にもつくれり
○園(ゑん)は果(くだもの)をうゆる所なり又/鳥(とり)
【左頁下段】
池(ち)
《割書: いけ》

泉(せん)《割書: |いづみ》

塘(とう)《割書: | |つゝ|  み》
【上欄書入れ】42
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十三
【右頁上段】
けだものをやしなふ所を苑
といひ垣(かき)あるを園(ゑん)といふいづ
れもそのと訓ず補【四角枠の中に「補」】園(その)は今/俗(ぞく)
にうらせどなとゝいふ
○圃(ほ)は菜(さい)をうゆる所をいふ也
又/果(このみ)瓜(うり)をうゆるを圃(ほ)といふと
もいへり又はたけなり我(われ)不(ず)
_レ如(しか)_二老圃(らうほに)_一と孔子(こうし)ものたまへる事
論語(ろんご)に見(み)へたり
○閭(りよ)は里門(りもん)なり今(いま)いふ在所(ざいしよ)
の惣門(さうもん)なり又/家(いゑ)二十五/軒(けん)
ほどある在所(さいしよ)を閭(りよ)といふ閭(りよ)
巷(こう)といふ
○郊外(かうぐはい)を野(の)といふなり野(の)は
ひろくして平(たいらか)なるをいふ
高(たか)くして平(たいらか)なるを原(げん)と云
これをあはせて野原(のはら)といふ
【右頁下段】
閭(りよ)
《割書: さと》

園(ゑん)
《割書: その》

圃(ほ)
《割書: はたけ| その》
【左頁上段】
埜(や)同し墅と書はあやまり也
○道(とう)は道路(どうろ)なり途(と)同し
径(けい)はこみちなり
用明天皇(ようめいてんわう)のとき五/畿(き)七/道(どう)に
わかつ文武天皇(もんむてんわう)のとき六十六
箇国(かこく)をわかつ
○畷(てつ)は田(た)の間(あいた)のみちなりなは
てなり俗(ぞく)に縄手(なはて)と書(かく)は縄(なは)を
引(ひき)たるがごとく直(なを)けれはなり
○衢(ちまた)は四/達(たつ)の道(みち)なりよつて
十/字街(じかい)といふちまたなり俗(ぞく)
に辻(し?う?)の字(じ)を書(かき)てつじと読(よむ)
街衢洞達(かいくのとうたつ)とあり
○城(しろ)は黄帝(くはうてい)つくりはじめ
たまふとも又/鯀(こん)といふ人つくり
はじめ給ふともいふ内(うち)を城(せい)と
いひ外(ほか)を郭(くはく)といふ天守(てんしゆ)狭間(さま)
【左頁下段】
道(とう)
《割書:み| ち》

野(や)《割書: |の》

衢(く)
《割書:ちまた》

畷(てつ)
《割書:なは|  て》
【上欄書入れ】43
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十四

【右頁上段】
多門(たもん)  武者屯(むしやだまり) 櫓(やぐら) 犬走(いぬはしり)
虎魚(しやちほこ)
○塹(ほり)は城(しろ)をめくる水なり又
坑塹(あなほり)なり坑(かう)壕(かう)ならびに同
城郭(しやうくはく)のほりなり
○封疆(はうきやう)は土(つち)を封(はう)じて疆(さかひ)をか
ぎるをいふ俗(ぞく)にこれをどてと
いふ洛陽(らくやう)にむかし大閤秀吉公(たいかうひでよしこう)
のとき東西南北(とうざいなんぼく)に封疆(どて)をつき
て竹(たけ)をうへ給ふ今にあり
○橋(はし)はもろこし禹王(うわう)といふ聖(せい)
人(じん)つくりはじめたまへり梁(はし)とも
書(かく)なり矼(こう)はいしばしなり圯(い)
はつちはしなり板橋(はんきやうは)いたばし
石橋(せききやう)はいしばし土橋(どきやう)はつちばし
歩橋(ほきやう)はふみこへばし
○市(いち)は神農(しんのう)はじめたまふ
【右頁下段】
城(じやう)《割書: |しろ》

橋(きやう)
《割書:は| し》

塹(せん)
《割書:ほり》

封疆(はうきやう)《割書: |どて》
【左頁上段】
又祝融(しゆくゆう)はじめ給ふともいふ
売買(ばい〳〵)の所(ところ)を市(いち)といふ補【四角枠の中に「補」】今
俗(ぞく)に是を店(たな)といふ魚(うを)のたな
呉服(こふく)だななどゝいふなり
○津(つ)は水(みづ)の会(あつまる)ところなり舟
つき又わたしばなり難波津(なにはつ)
大津(おほつ) 今津(いまづ) 甲斐津(かいづ)など
いふたぐひなり伯(はく)【訓蒙図彙「泊」】はとまり也
○浮橋(ふきやう)はうきはし又/浮梁(ふれう)と
も書(かく)べし又ふなばしは舟(ふね)をつ
なぎならべてはしとする也
水(みづ)ふかくして橋(はし)ぐい立かたき所
などふなばしをかくるなり
○堤(つゝみ)はふさぐともとゞこほる共
よむ土(つち)をもつて水(みづ)をふさぎと
どこほらしむるをもつて堤(つゝみ)と
いふ隄(てい)とかくはあしゝ塘(とう)堤(てい)同
【左頁下段】
市(し)
《割書:いち》

浮橋(ふきやう)
《割書: うきは|   し》

津(しん)《割書: |つ》
【上欄書入れ】44
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十五
柳堤(りうでい)は補【四角枠の中に「補」】堤(つゝみ)に柳(やなぎ)を植(うへ)たるを云
○閘(かう)は水門(すいもん)なり俗(ぞく)にこれを
樋(ひ)の口(くち)といふ田(た)に水(みづ)を入るとき
は引(ひき)あげ入ざるときはおろす
○堰(いせき)は蛇籠(じやかご)に石(いし)をいれて水(みづ)を
ふさくものなり又/埭(たい)とも書也
水辺(すいへん)に田地(でんぢ)又は屋敷(やしき)あれば堰(いせき)
をするなり補【四角枠の中に「補」】俵(たわら)に土砂(どしや)を入て水(みつ)
ふせぎともするなり
○水柵(すいさく)は竹木(ちくほく)をあんでこれをつ
くる水よけなりうたにも
山川に風のかけたるしがらみは
なかれもあへぬもみち成けり
とよめるなりしがらみといふは
水柵(すいさく)なり
○関(せき)はゆきゝのうたかわし
き人をとゞめたゞす所(ところ)なり
【右頁下段】
水柵(すいさく)
《割書: しがら|     み》

堤(てい)
《割書:つゝ|  み》

閘(かう)
《割書: ひのく|   ち》

堰(ゑん)
《割書:ゐせき》
【左頁上段】
不破(ふは)の関(せき) 鈴鹿関(すゞかのせき) 逢坂関(あふさかのせき)
これを天下(てんか)の三/関(せき)といふ今は
たへてなし箱根(はこね)の関(せき)といふ
あり其外(そのほか)関所(せきしよ)あり
補【四角枠の中に「補」】峠(とうげ)は山坂(やまさか)をのぼりおはりて
いたゞきの所をいふあるひは山中(やまなか)
の峠(とうげ)鈴鹿(すゞか)の峠(とうげ)なといふ山道(やまみち)の
往来(わうらい)には峠(とうげ)をいくつもこゆる事
なり
補【四角枠の中に「補」】森(もり)は木(き)の多(おほ)くな生(はへ)しげりた
る所といふ狐(きつね)の森(もり)螢(ほたる)のもり
又/鷺(さぎ)の森(もり)などいふ所あり
○牧(まき)は六/畜(ちく)をやしなふ所を
いふ又/郊外(かうぐはい)を牧といふ言(いふこゝろ)は六
畜(ちく)をはなち牧(まき)すべき所なり
国(くに)の守護(しゆご)を牧(ぼく)といふも民(たみ)
をやしなふの義(き)にとる
【左頁下段】
《割書:補》森(しん)
《割書: もり》

𨵿(くわん)
《割書: せき》

《割書:補》峠
《割書:とう| げ》
【上欄書入れ】45 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十六
○墓(ぼ)は慕(ぼ)の字(じ)の意(こゝろ)にて
したふといふ事なり子孫(しそん)か
先祖(せんぞ)を思慕(しぼ)するなり塚(ちよ)も
同し天子(てんし)のはかを陵(みさゞき)といふ
塋(ゑい)同し壙(くはう)つかあななり
補【四角枠の中に「補」】沼(ぬま)は池(いけ)の大(おほい)なるものをいふ
又/水(みづ)少(すくな)く泥土(でいど)なるものなり池(いけ)
沢(さわ)沼(ぬま)は同じたぐひなり山(やま)
城国(しろのくに)伏見(ふしみ)に大沼(おほぬま)あり葦(よし)芦(あし)
など多(おゝ)くはへ水鳥(みづとり)の住所(すみどころ)也
補【四角枠の中に「補」】薮(やぶ)は竹林(ちくりん)なり苦竹(まだけ)淡竹(はちく)の
二/種(しゆ)を用(もち)ひて其(その)性(じやう)かたくよつて
薮となして造作(さうさく)又は器財(きざい)に用(もち)
ゆる事かぞへがたし
【右頁下段】
墓(ぼ)《割書:は| か》

沼(せう)《割書:ぬま》

牧(ぼく)
《割書: まき》

薮(すう)《割書:やぶ》 
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之三
  居処(きよしよ) 《割書:此部(このぶ)には宮殿(きうでん)門戸(もんこ)壁檣(かべかき)庭窓(にはまど)のたぐひ|すべて家居(いゑゐ)宅所(たくしよ)につきての文字(もじ)あり》
○殿(てん)は堂(だう)の高(たか)くして大(おゝい)なる
ものなり天子(てんし)の居(ゐ)給ふ所を殿(てん)
といふ殿(てん)の天井(てんじやう)に藻(も)をゑがくは
藻(も)は水草(すいさう)なれは火災(くはさい)をさく
るのころゝろなり
○棟(むね)は屋極(をくきよく)なり屋脊(をくせき)を甍(ほう)
といふいらかなり鴟尾(しび)はくつかた
蚩吻(しふん)おにがはら
○檐(えん)は簷宇(ゑんう)同し遶(めぐる)_レ檐(のきを)点(てん)
滴(てき)如(ごとし)_二琴筑(きんちくの)_一と詩(し)にもつくれり
又/檐(のき)のあやめ檐(のき)の玉水(たまみづ)などゝ
歌によめるなり
【左頁下段】
棟(とう)
《割書:むね》

殿(てん)
《割書: との》

檐(ゑん)
《割書:のき》

榑風(はふ)

蔀(ほう)
《割書:しと| み》

楹《割書:ゑい》
《割書:はしら》

礎(そ)
《割書:いしずへ》

階(かい)
《割書:きざは|  し》

欄干(らんかん)
《割書: おばしま》
【上欄書入れ】46
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十七
○楹(はしら)は殿門(てんもん)の両方(りやうはう)にありよつ
て両楹(りやうゑい)といふ柱(はしら)同じ短柱(たんちう)は
つかばしらなり
○欄杆(らんかん)は階除(きざはし)の木句欄(きこうらん)なり
闌干(らんかん)とも書(かく)なり干(かん)又/檻(かん)に作(つく)
るおばしまなり直欄(ちよくらん)横杆(わうかん)
○階(きざはし)は砌(みぎり)なり堂(だう)に昇(のぼ)る道(みち)也
階級(かいきう)階除(かいぢよ)階梯(かいてい)ともいふ俗(ぞく)
にきざはしといふ堦(かい)につくるは
あやまりなり
○摶(は)【搏ヵ】風(ふ)は風(かぜ)を摶(うつ)【搏ヵ】とよむ火災
をさくる為(ため)の名(な)なり■【逆五角形の中に○の図形。『頭書増補訓蒙図彙』では下段図中の懸魚の図形】是(これ)を
懸魚(げんぎよ)といふ魚(うを)は水に住(すむ)もの
なれば火災(くはさい)をさくるの名也
○蔀(しとみ)は屋(いへ)の檐(のき)につりあげ
て光明(あかり)をさらへおほふものなり
俗(ぞく)にうはしとみといふつれ〴〵
【右頁下段】
庭(てい)《割書:には》

廊(らう)
《割書:ほそ| どの》

牆(しやう)《割書:つい|ぢ》
《割書:かき》

門(もん)
《割書:かど》

扉(ひ)《割書:とび|ら》

磚(せん)
《割書:しき|がはら》

砌《割書:せい| みぎり》
【左頁上段】
草(ぐさ)にもやり戸(ど)は蔀(しとみ)の間よ
りもあかしといへり蔀はうは
あかりなり
○礎(いしずへ)は柱(はしら)の下の石(いし)なり詩(し)を
作(つく)るに韻字(ゐんじ)をふむを礎(そ)と云
磉(さう)礩(しつ)并(ならび)に同し 
○庭(には)は門屏(もんへい)の内(うち)を庭(には)と云
又/砌(みぎり)といふも庭(には)なり
○門(もん)は両戸(りやうこ)あはするを門(もん)と云
楣(まくさ)閾(しきみ)棖(ほこたて)みな門(もん)にあり
○廊(ほそどの)は殿下(てんか)の外屋(ぐはいをく)なりと
ありわたりどの共云/廊下(らうか)廻(くわい)
廊(らう)などなり本殿(ほんでん)へかよふ
ひさしなり
○牆(かき)は墻(しやう)垣(ゑん)墉(よう)並(ならひ)に同又門
屏(へい)を蕭墻(しやう〳〵)といふ蕭(しやう)が言(こと)は
粛(しゆく)なり君臣はあひまみゆる
【左頁下段】
華表(くはへう)《割書: |とりゐ》

瑞(ずい)
籬(り)
《割書:みつ|がき》

宮(きう)《割書: |みや》
【上欄書入れ】47
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十八
【右頁上段】
の礼(れい)は門屏(もんへい)にいたりて粛(しゆく)
敬(けい)をくはふるなり
○扉(とびら)は木(き)にて作(つく)るを扉(ひ)といふ
竹(たけ)にてつくるを扇(せん)といふ門扉(もんひ)は
戸扉(こひ)柴扉(きいひ)【さいひヵ】竹扉(ちくひ)などいふ
○磚(せん)はしきがはらなり又/㼾(ろく)
甎(せん)ともいふ又/壁磚(へきせん)ともいふ
塼(せん)磚(せん)並同/禅堂(せんたう)などに有
○砌(みぎり)は階甃(かいしう)なりいしだゝみ俗(ぞく)
にいふいしかき通(つう)じて庭(には)の
事なり
○宮(みや)は唐(もろこし)にては至尊(しそん)の居所(ゐどころ)
を宮(きう)といふ和朝(わてう)にては神(かみ)の
居(ゐ)たまふ所を宮(きう)といふ又/社(しや)
とも祠(し)ともいふなり
○華表(とりゐ)は神前(しんせん)にたつる鳥(とり)
井なりとりゐといふ事は神(しん)
【右頁下段】
樓(ろう)
《割書:たか| どの》

雪(ゆ)
打(た)

宅(たく)
《割書:いゑ》

櫺(れい)
《割書: まど》
【左頁上段】
門なりともいふ又/天(てん)の字(じ)のかた
ちなりともいふ鳥井(とりゐ)と名づくる
事/火災(くはさい)をさくるのこゝろの名なり
○瑞籬(みづがき)は神前(しんぜん)社前(しやせん)のかき也
玉垣(たまがき)ともいふ不浄(ふじやう)の人これ
より内(うち)へ入(いる)べからず
○楼(たかどの)は重屋(ちやうをく)なり高(たか)くかさね
上(あげ)て物見(ものみ)をするなり今(いま)俗(ぞく)
にちんといふ
○櫺(れい)は隔子(かくし)なり櫺子(れんじ)なり俗(ぞく)
にむしこといふ木(き)のまどを櫺子(れんじ)
といふ土のまどを土窓(つちまど)といふ
○雪打(ゆた)は仏殿(ぶつでん)楼閣(ろうかく)又は二/階(かい)
などに有物なり雨(あめ)雪(ゆき)などの
打(うち)かゝるをうくるものなり俗(ぞく)
にあま戸(ど)といふなり
【左頁下段】
厨(ちう)
《割書:くり|  や》

窖(かう)《割書:あな| ぐ|  ら》
【上欄書入れ】48
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十九
【右頁上段】
○宅(たく)は択(たく)なりよき所を択(ゑらん)
でいとなみたつるゆへなり又
人の詫(たく)する所といふ義も有
舎(しや)家屋(かをく)ともに同又は第宅(だいたく)
○厨(くりや)は烹飪(かうじん)する所なり今云
料理所(れうりどころ)なり又/庖厨(はうちう)といふ略(りやく)
してくりともいふ補【四角枠の中に「補」】俗(ぞく)に名付て
台所(たいどころ)といふなり
○窖(あなぐら)は地蔵(じざう)なり丸(まるき)を竇(とう)と云
方(けた)なるを窖(かう)といふともにあな
ぐらなり地(ぢ)をほりて穴をこし
らへ家財(かざい)を入/置(をく)所(ところ)なり
○寺(てら)はもと官人(くはんにん)の居(ゐ)る所(ところ)の
名なり天竺(てんぢく)より仏経(ぶつきやう)を白(はく)
馬(ば)におほせて鴻臚寺(こうろじ)といふ
官人(くはんにん)の居(ゐる)所へ来りしより仏氏(ぶつし)
の居所(ゐどころ)の名(な)とす
【右頁下段】
塔(たう)《割書: |あら| らぎ》

寺(じ)
《割書: てら》

亭(てい)《割書:あば| らや》
【左頁上段】
○塔(たう)はもろこしの長安(ちやうあん)に慈(じ)
恩寺(をんじ)といふ寺あり塔(とう)あり鴈(がん)
塔(とう)といふ進士(しんじ)名(な)をその下に
題(たい)す塔婆(とうば) 浮図(ふと)同じ
○亭(あばらや)は道路(だうろ)の舎(やどる)所(ところ)なり亦(また)
行旅(かうりよ)宿会(しゆくくはい)の館(やどる)【舘】所(ところ)なり
ともいへり俗(ぞく)にひとやどりまた
はたごやなり高(たか)くた立(たて)たる楼(ろう)
をも亭(ちん)といふ
○屋(をく)は舎(しや)なり大屋(たいをく)を厦屋(かをく)と
いふ又まやともいふ家(いゑ)の真中(まんなか)を
母屋(もや)といふ四方面(しはうめん)の家(いへ)を四阿(あづま)
屋(や)といふ俗(ぞく)に屋(や)をやねといふ
○廬(いほり)は田(た)の中の屋(いゑ)なり稲(いね)など
かり入る所なり草(くさ)にてやね
をふきたる屋(いゑ)をいふ菴(いほ)同
かりほの廬(いほ)のといふに廬(いほ)の字(じ)
【左頁下段】
廬(ろ)
《割書: いほ|   り》

屋(をく)《割書: |や》

厠(し)
《割書: かはや》
【上欄書入れ】49
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十
【右頁上段】
を書(かき)たり
○厠(し)は圊(せい)なり溷(こん)なり俗これ
を雪隠(せつちん)といふ古は清(せい)といふ不(ふ)
潔(けつ)を清(きよめ)除(のぞく)をもつての名なり
釈名(しやくめう)に雑(ざう)なり人そのうへに
雑厠(ざうし)するなり
○坊(まち)は邑里(ゆうり)の名ちまたなり
町(まち)なり京(きやう)二/条通(でうとをり)を銅駝坊(どうたばう)と
いふがことし又は別屋(べつをく)を坊(はう)と
いふ僧坊寺坊(そうはうじばう)などなり
○店(いちくら)は物(もの)をひさく所なりたな
なり茶店(さてん)酒店(しゆてん)などいふなり
店屋物(てんやもの)などゝもいふ肆(し)㕓(てん)
舗(ほ)同し心(こゝろ)なり
○槅子(かうし)は格子(かうし)とも書(かく)なり組(くみ)
入槅子(いれかうし)狐槅子(きつねかうし)釣槅子(つりかうし)台槅(だいかう)
子なとあり禁裏(きんり)又は寺社(ししや)など
【右頁下段】
坊(ばう)《割書: |まち》

槅子(かうし)

店(てん)《割書: |いち| ぐら》

倉(さう)《割書:く| ら》
【左頁上段】
にあるは狐槅子(きつねかうし)なり
○倉(くら)は五/穀(こく)を入(いる)るを倉(さう)といふ
米を入るを廩(りん)といふ財宝(ざいほう)を
いるゝを蔵(さう)といふ書物(しよもつ)を入るを
庫(こ)といふ土庫(とこ)はぬりごめなり
府(ふ)もくらなり
○斎(さい)は潔(けつ)なり心(こゝろ)を洗(あらふ)を斎(さい)と
いふ学問所(がくもんじよ)をいふ又/燕居(ゑんきよ)の室(しつ)
なり学問(がくもん)をする人/斎号(さいがう)を
付(つく)ことは我(わが)学問所(がくもんじよ)の号(な)をつく
なり
○廡(ひさし)は堂下(たうか)の周廊(しうらう)なり大屋(たいをく)
の四辺の重(かさなる)檐(のき)なり
○窓(まど)は釈名(しやくめう)に窓(さう)は聡(さう)なり
内(うち)より外(ほか)をうかゞひてもつて
聡(みゝとき)をなすの義なり牕(さう)牗(よう)並
に同し紙窓(しさう) 紗窓(しやさう)
【左頁下段】
齋(さい)

廡(ふ)
《割書:ひさし》

窻(さう)《割書: |まど》

瓦(ぐは)《割書: |かは|ら》

蟆股《割書:かへる|また》

戸(こ)
《割書:と》
【上欄書入れ】50
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十一
○戸(と)は一/枚(まい)とびらの門(もん)を戸(と)
といふ又/内(うち)を戸(と)といひ外(ほか)を門
といふともいへり民家(みんか)ならび
つらなるを編戸(へんこ)といふ
○瓦(かわら)は唐(もろこし)夏(か)の昆吾(こんご)といふ人つ
くり始(はしめ)しなりめがわらを瓪(はん)といふ
おかわらを𤭆(とう)【瓦+同】といふ又/魏(ぎ)の文帝(ぶんてい)
瓦(かわら)をちて鴛鴦(をしとり)となると夢(ゆめ)
見給ふといふ故事(こじ)ありよつて
鴛鴦瓦(ゑんおうぐは)といふ
○蟇股(かへるまた)は榑風(はふ)の下にあり蟇(かへる)
の股(また)に似(に)たればなり蟇(かへる)は水中(すいちう)に
住(すむ)ものなれば火災(くはさい)をさくる為(ため)
なり鴨居(かもゐ)といふも同(おなじ)意(こゝろ)也
○臥房(ぐはぼう)は寝室(しんしつ)ともいふ又/閨(けい)
房(ぼう)ともいふ天子(てんし)の御寝所(きよしんじよ)を
夜殿(よんのおとゞ)といふ
【右頁下段】
楗(けん)《割書:くわんのき》

扃(けい)《割書:とざし》

卧(ぐは)
房(ばう)
《割書:ねや》

鋪首(ほしゆ)

壁(へき)《割書:かべ》
【左頁上段】
○楗(くわんのき)は限(かきる)門(もんを)木(き)【門を限る木】なり今いふくは
んの木(き)なり𢩠(せん)【戶+睘】閂(せん)並に同
○扃(とざし)は外(ほか)より閉(とづ)る関(くはん)なり又
門(もんの)扉(とびら)のうへの鐶(くはん)鈕なり又/関(くはん)
戸(こ)の木(き)なりくはんの木(き)又は鎖(じやう)也
○鋪首(ほしゆ)は今/按(あん)ずるに門(もん)又は
襖(ふすま)障子(しやうじ)などのひきて鐶(くはん)なり
鈕(ちう)はつほなり
○壁(かべ)は城(しろ)のかべを壘(るい)といふしらかへ
を粉壁(ふんへき)といふ又/画壁(ぐはへき)板壁(はんへき)など
あり室(しつ)の屏(へい)蔽(へい)なり
○廳(まんところ)は政(まつりこと)をきく所なり検非(けび)
違使(ゐし)のゐる所なり公事(くじ)訴訟(そしやう)
をとりさばきする所をいふなり
庁(ちやう)同
○厩(むまや)は馬舎(ばしや)なり猿(さる)の異名(ゐみやう)を
馬(ば)父といふによつて厩(むまや)に猿(さる)
【左頁下段】
廳(ちやう)
《割書:まん| どころ》

《割書:ひと| や》 牢(らう)獄(ごく)

厩(きう)《割書: |むまや》

柵(さく)
《割書:し|がら| み》
【上欄書入れ】51
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十二
【右頁上段】
をもつて祈祷(きとう)とするとぞまた
厩(むまや)の上に馬をつなく木を猿(さる)
木(き)といふ
○牢獄(たうごく)は罪人(つみびと)を囚ところなり
皐陶(かうよう)といふ人つくりはじめ給ふ
なり周(しう)の代(よ)には囹圄(れいぎよ)といふ今
籠(ろう)と書(かく)はあやまりなり
○柵(しからみ)は木(き)をあみて是(これ)をつくる軍(ぐん)
陣(ぢん)にて人馬(じんば)をふせぐものなり
笧(さく)同し俗(ぞく)に駒(こま)よせとも馬(むま)ふ
せぎともいふ
○閨(ねや)は婦人のねやなり東坡(とうば)
が月(つき)の夜(よ)故郷(こきやう)の妻(め)をおもふの
詩(し)にも閨中(けいちう)唯(たゝ)独(ひとり)看(みるらん)と作(つく)れり
○浴室(ゆどの)は沐浴(ぼくよく)して身(み)をきよむ
る所なり俗(ぞく)に湯殿(ゆどの)といふ禅(ぜん)
寺(でら)には風呂屋(ふろや)を浴室(よくしつ)と額(がく)す
【右頁下段】
閨(けい)
《割書:ねや》

籬(り)《割書:ませ| がき》

浴室(よくしつ)
《割書:ゆどの》

樞 《割書:く|るゝ》
【左頁上段】
○籬(まがき)はませともいふ竹(たけ)にてあ
みたるかきなり藩芭(はんは)ともに同
陶淵明(とうえんめい)が詩(し)に 採_二 ̄テ菊 ̄ヲ東-
籬 ̄ノ下_一 ̄ニ悠-然 ̄トシテ対 ̄ス南山_一 ̄ニ
○枢(すう)はくるゝなり言行(げんかう)は君子(くんし)
の枢機(すうき)なりといへり又/北極(ほくきよく)は
天(てん)の枢(すう)なりともいへり門枢(もんすう)戸(こ)
枢(すう)扉枢(ひすう)などいふ
○駅(むまやど)は道中(どうちう)のはたごや馬(むま)つ
ぎをいふ駅館(えきくはん)とも又/駅舎(ゑきしや)
とも駅伝(ゑきでん)ともいふ
○護摩堂(ごまたう)は護摩(ごま)は梵語(ぼんご)
なり焚焼(くんしやう)【ふんしやうヵ】と翻訳(ほんやく)すしか
れば護摩(ごま)たくといふは重言(ぢうごん)
なり護摩(ごま)を修(しゆ)する護摩(ごま)
するなとゝいふべしとぞ
○台(うてな)は四/方(はう)にしてたかきものを
【左頁下段】
驛(ゑき)
《割書:むま| やど》

護(ご)
摩(ま)
堂(だう)
【上欄書入れ】52
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十三
【右頁上段】
台(たい)といふ台上(たいしやう)に屋(をく)を架(か)する
を台門(たいもん)といふ又/楼台(らうたい) 舞(ぶ)
台(たい)歌台(かたい)うてな
○櫓(やぐら)はやぐらなり城上(じやうじやう)の望(ばう)
楼(ろう)なり狭間(さま)をあけて歒(てき)の
多少(たしやう)をうかゞひのぞみ弓(ゆみ)鉄(てつ)
炮(はう)をいだす所なり又/戦棚(せんはう)と
もいふなり
○桟敷(さんじき)は見物(けんぶつ)の棚(たな)なり桟(さん)
敷(じき)はうつ又はかけるなどゝいふ
べからず桟敷(さんじき)かまゆるといふ
べしとぞ
○蹴鞠坪(しうきくのつぼ)といふは鞠蹴場(まりけば)也
四/本(ほん)がゝりとて四/隅(すみ)に松竹
桜(さくら)楓(かへで)をうゆるなり鞠(まり)はもろ
こし蚩尤(しゆう)がかうべをかたどり
てける事なり
【右頁下段】
臺(たい)
《割書: うてな》

桟(さん)
敷(じき)

櫓(ろ)《割書:やぐ|  ら》

蹴(しう)
鞠(きくの)
坪(つぼ)
【左頁上段】
○輪蔵(りんざう)は一切経(いつさいきやう)を入/置(をく)蔵(くら)也
転(まわる)やうにこしらへたるによつて
輪蔵(りんざう)とも転蔵(てんざう)とも経蔵(きやうざう)と
もいふ一/度(と)転蔵(てんざう)をまわせば一
切経(さいきやう)を転読(てんどく)したる道理(だうり)なり
前(まへ)に居(ゐ)るは傅大士(ふだいし)といふ人なり
仏(ぶつ)在世(ざいせ)一/切経(さいきやう)を守護(しゆご)せし人也
○護朽(こきう)は今いふ擬宝珠(ぎぼうし)なり
橋(はし)又は高欄(かうらん)にあり
○枅(ひぢき)は臂木(ひぢき)と俗(ぞく)に書(かく)雲(くも)がた
をほり付(つく)るゆへに雲臂木(くもひぢき)と云
曲(まかれる)枅(ひぢき)を栱(けう)とも欒(らん)ともいふ枓(ますがた)
をのする木なり
○枓(ますがた)は柱(はしら)の上の四/角(かく)なる栱(ます)
斗なり方枓(はうと) 栱枓(けうと) 枡枓(せうと)
ともいふ又は欂櫨(はくろ)ともいふ
○桁(けた)は屋(いゑ)の横木(よこぎ)なり又足がせ
【左頁下段】
輪(りん)
蔵(ざう)

護(ご)
𣏓(きう)【木+亐】
【上欄書入れ】53
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十四
【右頁上段】
頸(くび)かせを桁(かう)といふ事もあり
又/衣類(いるい)をかくるを衣桁(いかう)といふ
翡翠(ひすい)鳴(なく)_二衣桁(いかうに)_一と杜子美(としみ)が詩(し)に
つくれり
○榱(たるき)は椽(たるき)なりもろこし秦(しん)の
世(よ)には椽(えん)といふ周(しう)の世には榱(さい)と
いふ齊(せい)の世(よ)にはこれを桷(かく)といふ
○藻井(さうせい)は天井(てんじやう)なり藻(も)をゑかく
によつて藻井(さうせい)といふ藻(さう)といひ
井(せい)といふみな火災(くはさい)をさくるこゝろ
なり天井(てんじやう)と書(かく)も此(この)意(こゝろ)なり
みな水(みづ)の縁(ゑん)をとる
○窯(かはらかま)は瓦竈(ぐはそう)なりかはらやくかま
なり窰(よう)同このかまのうちにかは
らを入/柴(しば)にてふすべやくなり
炭(すみ)やくかまも此たぐひなり
【右頁下段】
榱(すい)《割書:はへ| き》
《割書:たるき》

枅(けい)《割書: |ひぢき》

桁(かう)《割書:けた》

枓(と)《割書:ます| かた》

藻井(さうせい)

窯(よう)
《割書: かはら|   がま》
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻(くはん)之(の)四
   人物(じんぶつ) 《割書:此部(このぶ)には士農工商(しのうこうしやう)そのほか異朝(ゐてう)の国(こく)|俗(ぞく)をすべて一さいの人類(じんるい)をあつむるなり》
【左頁上段】
○公(こう)は三公(さんこう)なり
太政大臣(だいじやうだいじん) 左大臣(さだいじん)
右大臣(うだいじん)を三公(さんこう)といふ
内大臣(ないだいじん)ともに公(こう)なり
唐名(からな)は大師(だいし) 大傅(だいふ)大(たい)
保(ほ)といふ補【四角枠の中に「補」】図(づ)する処(ところ)は
束帯(そくたい)の図(づ)なり束(そく)
帯(たい)には帯剣(たいけん)なり是(これ)
公卿(くぎやう)ともに式礼(しきれい)の
服(ふく)なりくつも靴(くわのくつ)を
めさるゝなり
【左頁下段】
公(こう)《割書:きみ》
【上欄書入れ】Fasc.3  3  54
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         一
【右頁上段】
○卿(けい)は公卿(くぎやう)なり
大納言(たいなごん)中納言(ちうなごん)三(さん)
位(み)以上(いじやう)を公卿(くきやう)と云
又/月卿(げつけい)ともいふ
天子に付(つき)そひ給ふ
故(ゆへ)の名也補【四角枠の中に「補」】三位/以(い)
下(げ)を殿上人(てんしやうびと)といふ
図(つ)する処(ところ)は衣冠(いくわん)
のていなり是(これ)常(つね)
の服(ふく)にて裾(きよ)なく
下はさし貫(ぬき)なり
束帯(そくたい)はさしこ【指袴】なり
装束(しやうぞく)の色(いろ)は四/位(ゐ)以
上は黒(くろ)五/位(ゐ)は赤(あか)六
位は青色(あをいろ)なり
【右頁下段】
卿(けい)《割書: | |きみ》
【左頁上段】
○士(し)は《割書:補》さふらひ也
 学問(がくもん)して
位(くらゐ)にあるを
 学士(がくし)といふ《割書:補》又
  文官(ぶんぐわん)とも
いふなり剣(けん)を
 帯(たい)し甲冑(かつちう)を
  着(ちやく)するを
武士(ぶし)といひ《割書:補》これ
 を武官(ぶくわん)と称(しやう)ず
四民(しみん)といふは
 士(さふらひ)農人(のうにん)工(しよくにん)
  商人(あきひと)なり
 すべては万民(ばんみん)とは
   いふなり
【左頁下段】
士(し)
《割書:さふ| らい》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH NATIONALE 
【上欄書入れ】55
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         二
【右頁上段】
○女(をんな)はいまだ
  嫁(よめいり)せさるを
   女(ぢよ)といひ
すでに嫁(よめいり)
 したるを婦(ふ)
といふ嫁(よめいり)しても
 父母(ふぼ)よんで
   女(むすめ)といふ
○婆(ば)は嫗(あう)媼(おう)
  ならひに同じ
とりあけうばは
  穏婆(をんば)
   とも
 早婆(さうは)とも
  いふなり
【右頁下段】
婆(ば)《割書: | |うば》

女(ぢよ)《割書:をんな|むすめ》
【左頁上段】
○嬰(ゑい)は人(ひと)始(はじめ)てむまる
るを嬰児(ゑいじ)といふ胸(むね)の
前(まへ)を嬰といふこれを
嬰前(ゑいぜん)にかゝへて乳養(にうよう)
す故(ゆへ)に嬰といふ又女を
嬰(ゑい)と云/男(おとこ)を児(じ)と云
○童(どう)は男(おとこ)十五/以下(いか)を
童子(どうじ)といふ童(とう)は獨(どく)
なり言(いふこゝろ)はいまだ室家(しつか)
あらざるなり鬣子(うないこ)【𩮓子】
総角(あげまき)みな童子(どうじ)の
事なり
○翁(おう)は長老(ちやうらう)の称(しやう)也
又人の父(ちゝ)を称(しやう)じて
翁(おう)といふ叟(そう)【左ルビ「おきな」】同
【左頁下段】
童(どう)《割書:わら|  はべ》

嬰(ゑい)《割書:みどり|   こ》

翁(おう)《割書: |おきな》
【上欄書入れ】56  
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         三
○兵(へい)は武具(ぶぐ)の
  惣名(さうみやう)なり
今(いま)甲冑(かつちう)を
 帯(たい)する武士(ぶし)
  を兵(へい)といひ
ならはせり
 戎(つはもの)同し
《割書:補》
頭(かしら)たる者(もの)を
  将(しやう)といひ従者(じうしや)
   を士卒(しそつ)と
 いふ又軍士(ぐんし)
  軍兵(ぐんべう)など
   いふなり
軍勢(ぐんぜい)は士卒(しそつ)の
 惣名(さうみやう)なり
【右頁下段】
兵(へい)《割書: | |つはも|   の》
【左頁上段】
○農(のう)は厲山氏(れいさんし)子(こ)
  あり農(のう)と
    名(な)づく
百穀(ひやくこく)をうゆる
 事(こと)を能(よく)す
  よつて物(もの)を
作(つく)るものを農人(のうにん)
 といふ又/神農(しんのう)
   五穀(ごこく)を植(うゆ)
る事をおしへ
 たまふよつて
  農(のう)と名(な)
 づくるとも
  いふなり
【左頁下段】
農(のう)
《割書:もの| つくり》
【上欄書入れ】57 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         四
○工(こう)は百工(ひやくこう)とて
   もろ〳〵の
    細工人(さいくにん)
 の惣名(さうみやう)なり
  工匠(こうしやう)ともいふ 
 木工(もくこう)は大工(だいく)なり
   漆工(しつこう)は
    塗師(ぬし)也
《割書:補》
其外(そのほか)指物(さしもの)
 桧物(ひもの)ざいく
絹布(けんふ)織物(をりもの)るい
 金物(かなもの)ざいく
すべて工(こう)といふ
 是(これ)を職人(しよくにん)と
    もいふ也
【右頁下段】
工(こう)《割書:たくみ| だいく》
【左頁上段】
○商(しやう)はひさき人(びと)
  又あきびと也
居(ゐ)ながら売(うる)を
 賈(こ)といひもち
   ゆきて
うるを商(しやう)といふ
 商(しやう)と書(かく)べし
  啇(しやう)とかくは
あやまりなり
 《割書: |補》商(しやう)賈(こ)通用(つうよう)す
    ともにあき
人の事なり
 販(ひさく)といふは
   売(うる)事
    なり
【左頁下段】
賈(こ)《割書: |あき| びと》

商(しやう)
《割書:あき| びと》
【上欄書入れ】58 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         五
○医(い)は病(やまひ)を治(ぢ)
  するには酒(さけ)を
もつて薬(くすり)を製(せい)
 すよつて酉(ゆふ)の字(じ)
に書(かく)と有/和朝(わてう)
 いにしへは和気(わけ)
丹気(たんけ)といふ医家(いけ)
 あり俗人(ぞくじん)なり
○卜(ぼく)は卜筮(ぼくせい)なり
 卜(ぼく)は赴(ふ)なり来(らい)
者(しや)の心(こゝろ)を赴(むかふる)なり
 亀(かめ)を灼(やい)てうら
なふを卜灼(ぼくしやく)といふ
 又/蓍(めど)をとりて
   うらなふ
【右頁下段】
醫(い)《割書: | |くすし》
卜(ぼく)《割書: | |うら|  なひ》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH ・ NATIONALE
【左頁上段】
○膳夫(ぜんぶ)は腹部(かしはて)【膳部ヵ】
  ともいふなり
    今いふ
料理人(れうりにん)なり
 包丁(はうてう)といふ人
    能(よく)牛(うし)を
解(とく)事(こと)を得(え)たり
 今その名(な)を
   かつて
刃物(はもの)の名(な)とす
 又/膳夫(ぜんぶ)の名(な)
   として
  包丁人(はうてうにん)とは
    いふ
     なり
【左頁下段】
膳夫(せんふ)《割書:かしはで》
【上欄書入れ】59
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         六
【右頁上段】
○画工(ぐわこう)は絵師(ゑし)
なり《割書:補》唐(もろこし)には名(めい)
画(ぐわ)あまたありて
かぞふるにいとま
あらず日本(ひのもと)にて
は巨勢(こせ)の金岡(かなおか)
古法眼元信(こほうけんもとのぶ)又
雪舟(せつしう)などむかし
の名画(めいぐわ)なり中(ちう)
古(こ)は永徳(えいとく)探幽(たんゆう)
等(とう)その外(ほか)あまた
あれどもこれを
略(りやく)す土佐家(とさけ)は
禁裏(きんり)の御/絵所(ゑどころ)
なり
【右頁下段】
画(ぐわ)
 工(こう)
《割書: ゑし》
【左頁上段】
○祝(しく)は祭(まつる)に賛(さん)
 詞(し)をつかさどる
者(もの)なりとあり
 神前(しんぜん)にてのつ
とをあぐる神主(かんぬし)
 なり《割書:補》又/神職(しんしよく)
ともいふあるひは
 祢宜(ねぎ)ともいふ
○巫(ふ)は女(をんな)の神(かみ)に
 つかゆるもの也
巫(ふ)は神(かん)をよろこば
 しむるものなり
ともあり《割書:補》按(あん)する
 に神楽(かぐら)みこ
  なるへ
     し
【左頁下段】
祝(しく)《割書:かんぬ|   し》
《割書: はふ|  り》

巫(ふ)《割書:かん| なぎ》
《割書: み|  こ》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】60
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         七
【右頁上段】
○僧(そう)は浮図(ふと)の
教(をしへ)にしたがふ者(もの)
なり沙弥(しやみ)沙(しや)
門(もん)委門(さうもん)比丘(びく)苾(ひつ)
芻(すう)ともいふなり
又/僧正(そうじやう)僧都(そうづ)上(しやう)
人(にん)和尚(おしやう)長老(ちやうらう)など
は《割書:補》僧官(そうぐわん)なり国師(こくし)
大師(だいし)号(がう)あり
○尼(じ)は女僧(ぢよそう)なり
比丘尼(びくに)なり仏(ほとけ)の
四/部(ぶ)の弟子(でし)なり
尼姑(じこ)ともいふ《割書:補》
尤(もつとも)宗門(しうもん)によりて
僧官(そうぐわん)異(こと)なり
【右頁下段】
尼(に)《割書:あま》

僧(そう)《割書:よすて|  ひと》
【左頁上段】
○鍛(たん)は磨(ま)なり
   推錬(すいれん)なり
金(かね)を治(ぢ)する
 にて鉄(てつ)を
  鍛ものなり
鍛冶(たんや)といふべし
 鍛治(かぢ)と字(じ)
似(に)たるかゆへ
 にむかしより
あやまり
 きたりて
鍛治(かぢ)とはとな
 ふるなり
  といへり
【左頁下段】
鍛(たん)
《割書:かぢ| や》
【上欄書入れ】61
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         八
【右頁上段】
○陶家(たうか)は土(つち)にて
茶碗(ちやわん)鉢(はち)皿(さら)などを
つくるものをいふ陶(たう)
冶(や)ともいふ《割書:補》瓦工(ぐはこう)は瓦(かはら)
さいくしなり舜(しゆん)
河濱(かひん)にすへものつ
くりすといへりしか
れば此さいくは舜(しゆん)を
はじめとするか
○冶(や)は鋳匠(たうしやう)とも
炉匠(ろしやう)ともいふ《割書:補》鍋(なべ)釜(かま)
火鉢(ひばち)其外(そのほか)金(かな)どう
具(く)をゐるものなり
唐(もろこし)の蚩尤(しゆう)といひし
ものつくりはしめし
とかや
【右頁下段】
陶家(たうか)
《割書: すへもの|   つくり》

冶(や)《割書: |ゐもの|   し》
【左頁上段】
○鬼(き)は人(ひと)死(し)して
肉(にく)骨(こつ)は土(つち)に帰(き)【皈】し
血(ち)は水(みづ)に帰(き)【皈】し魂(こん)
気(き)は天(てん)に帰(き)【皈】すそ
の陰気(いんき)せまり
存(そん)して依(よる)ところ
なしかるがゆへに
鬼(き)となる
○仙(せん)は遷(せん)なり飛(ひ)
行(ぎやう)してこの山(やま)より
かしこの山へうつ
るゆへに仙人(せんにん)と名(な)
づく《割書:補》唐(もろこし)にはあまた
有/和朝(わてう)にも久米(くめ)
の仙人(せんにん)とて有
【左頁下段】
鬼(き)《割書:おに》

仙(せん)《割書:やま|  びと》
【上欄書入れ】62
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         九
【右頁上段】
○仏(ぶつ)《割書:補》は西方(さいはう)の
 聖人(せいじん)なり
如来(によらい)ともいふ
 仏(ほとけ)は人に弗(あらず)
とよむ凡人(ほんにん)に
 あらざれば
     なり
○薩(さつ)は菩薩(ぼさつ)
 なり菩(ぼ)はあま
ねく薩(さつ)はすくふ
 とよむあまね
く衆生(しゆじやう)を
 すくふといふ
  こゝろなり
【右頁下段】
薩(さつ)《割書:ぼさつ》

仏(ぶつ)《割書:ほとけ》
【左頁上段】
○楽(がく)は八/音(をん)を
  ならして
奏(そう)するなり
《割書:補》楽人(がくにん)といふ
黄帝(くわうてい)のとき
 伶倫(れいりん)といふ者(もの)
楽(がく)をよくす
 よつて楽人(がくにん)
を伶人(れいじん)といふ
《割書:補》楽(がく)を管絃(くわんげん)
ともいふ日本(ひのもと)の
 楽(がく)を神楽(かぐら)
といふかぐら男(お)
 などいふもの
     あり
【左頁下段】
楽官(がくくわん)
《割書: がく|   にん》

伶(れい)
 人(じん)
《割書: まひ|   びと》
【上欄書入れ】63
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十
【右頁上段】
 俳優(はいゆう)《割書:わさ| をき》
○俳優(はいゆう)は雑戯(ざうけ)
 なりとあり
しかれば今(いま)いふ
  狂言師(きやうげんし)の
 たぐひ
  なるべし
猿楽(さるがく)の類(るい)
 とはすこし
  違(ちが)ひある
    べし
素盞烏(そさの)の
  みことより
 はじまると
    いへり
【右頁下段】
俳優(はいゆう)《割書:わざおき》
【左頁上段】
○染匠(せんしやう)はべにや
紺屋(こんや)茶染屋(ちやそめや)な
どのるいなり
○蚕婦(さんふ)は蚕(かいこ)をか
  ひてわたを
とる女(をんな)なりむかし
 親(おや)に孝行(かう〳〵)なる
女(をんな)死(し)して
  蚕(かいこ)といふ
むしとなり
 庭(には)の桑(くわ)の木(き)に
きたり綿(わた)を
 はきて親(おや)を
やしなひけるより
 はじまれり
【左頁下段】
染匠(せんしやう)
《割書:そめどの》

蠶婦(さんふ)《割書:こがひ》
【上欄書入れ】64
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十一
【右頁上段】
 機女(きぢよ)《割書:はた| をり》
○機女(きぢよ)はもろこし
 より呉服(くれは)
  綾織(あやは)と
いへる二人の
  女きたりて
をりはじめ
《割書:補》これよりくは
   しくなり
しとかや上機(かみはた)は
 万(よろづ)の織物(をりもの)を
をる下機(しもはた)は
 布(ぬの)木綿(もめん)
  などをる
     なり
【右頁下段】
機女(きぢよ)《割書:はたをり》
【左頁上段】
○矢人(しじん)は矢作(やはぎ)なり
矢(や)は唐(もろこし)にては牟夷(ぼうゐ)と
いふ人/作(つく)り始(はじ)む又/浮(ふ)
遊(ゆう)と云人/始(はじむ)ともいへり
和朝(わてう)は神代(かみよ)に始(はじま)る
○弓人(きうじん)は弓削師(ゆげし)也
弓(ゆみ)は庖犧氏(はうぎし)より始(はじまる)
又/黄帝(くわうてい)尭(げう)舜(しゆん)より
始(はじまる)とも又/黄帝(くわうてい)の臣(しん)
揮(き)と云人/始(はじむ)ともいふ
日本にては神代(かみよ)に始(はじまる)
○函人(かんじん)は鎧(よろひ)ざいく也
鎧(よろひ)は蚩尤(しゆう)始(はじめ)て作(つく)る
又/黄帝(くわうてい)の時/玄女(げんぢよ)
始(はしめ)て作(つく)るともいふ
日本は神代(かみよ)に始(はしま)る
【左頁下段】
矢人(しじん)《割書:やはぎ》

弓人(きうじん)《割書:ゆげし》

凾人(かんじん)《割書:よろひ| ざいく》
【上欄書入れ】65
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十二
【右頁上段】
○硯(すゞり)は黄帝(くわうてい)玉(たま)を
以(もつ)て始(はじめ)て造(つくり)給ふ
と有/硯(すゞり)を墨池(ぼくち)と云
○銀匠(ぎんしやう)は白(しろ)かねざいく
をいふ刀(かたな)のかざり目(め)
貫(ぬき)又/鍼(はり)等(とう)のさいく
人なり
○玉人(きうじん)は玉(たま)を琢磨(たくま)
するものなり山よ
り出(いづ)るたまを玉(きよく)と云
海(うみ)より出(いづ)るを珠(じゆ)と云
○櫛(くし)は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
の御ときつくりは
じめたり是(これ)を楊(ゆ)
津(づ)の爪櫛(つまぐし)と
    いへり
【右頁下段】
櫛引(くしひき)

硯工(けんこう)
《割書: すゞり|   きり》

銀匠(ぎんしやう)
《割書: しろかね|    ざいく》

玉(きう)
 人(じん)
《割書:たま| ざい|   く》
【左頁上段】
○烏帽子折(ゑぼうしをり)は京(きやう)
都(と)室町(むろまち)三/条(でう)に
あり烏帽子(ゑぼうし)は立(たて)
烏帽子(ゑほうし)是は高位(かうゐ)
の着(ちやく)し給ふ物なり
風折(かざをり)梨打(なしうち)左折(ひたりをり)
右折(みきをり)小結(こゆひ)荒目(あらめ)
等(とう)なり
○褙匠(はいしやう)は今いふ
  表具師(へうくし)の
    事なり
表補(へうほ)とも表褙(へうはい)
 ともいふ表(へう)
  紙(し)も同
     じ
【左頁下段】
烏帽子折(ゑぼうしをり)

褙匠(はいしやう)
《割書: ひやうぐ|     し》
【上欄書入れ】66
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十三
【右頁上段】
○傘工(さんこう)は雨傘(あまがさ)日(ひ)
傘(がさ)挑灯(ちやうちん)をはる
さいく人(にん)なり
○皮匠(ひしやう)は今いふ足(た)
袋屋(びや)などなり
又/切付(きりつけ)屋とて
皮(かは)ざいくする人
をもいふ
○針磨(はりすり)は京(きやう)姉(あねが)
小路(こうぢ)の名物(めいぶつ)なり
今は三/条(でう)寺(てら)町の
辺(へん)に多(おほ)く有み
すやといふ者(もの)長崎(ながさき)
より針(はり)を取よせ
売弘(うりひろ)めたるより名(な)
        付(づく)
【右頁下段】
皮匠(ひしやう)
《割書: かはざいく》

傘(さん)
 工(こう)
《割書:かさ| ばり》

針磨(はりすり)
【左頁上段】
○牙婆(かば)は今いふ
すあひなり衣(い)
類(るい)をきもいりて
うりかいするもの
なり
○筆工(ひつこう)は筆結(ふでゆひ)也
筆(ふで)はもろこしに
て蒙恬(もうてん)といふ人
つくりはじめ給ふ
○薦僧(こもぞう)は梵論(ぼろ)と
もいふ梵論字(ほんろんじ)漢(かん)
字(し)ともいふ又/暮(ぼ)
露(ろ)とも書(かく)なり尺(しやく)
八(はち)をふき諸国(しよこく)を修(しゆ)
行するなり
【左頁下段】
薦僧(こもぞう)

牙婆(がは)
《割書: す|  あひ》

筆(ひつ)
 工(こう)
《割書:  ふで|   ゆひ》
【上欄書入れ】67
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十四
【右頁上段】
○石工(せきこう)は石(いし)を切(きり)て
石/垣(かき)石/灯籠(とうろう)いし
橋(ばし)石塔(せきたう)などする
ものなり石にて
器(うつはもの)をつくるさいく
人をもいふ石を芋(いも)
茎(じ)をもつて煮(に)れ
はやわらかになるとぞ
○圬者(うしや)は今いふ
左官(さくわん)なり圬人(うじん)
とも泥工(でいこう)とも泥(でい)
匠(しやう)ともいふなり
圬(う)は杇(う)【𣏓】につくるべし
竈(へつい)その外(ほか)土(つち)ざいく
するものも同じ
【右頁下段】
石工(せきこう)《割書: | |いし| きり》

圬者(うしや)
《割書: かべぬり》
【左頁上段】
 相撲使(ことりづかひ)
○相撲(すもふ)は乃見(のみの)
  宿祢(すくね)と
   橛速(くゑはや)【蹶速ヵ蹴速ヵ】と
いふもの二人
 取(とり)はじめ
   たり
 角抵(かくてい)と云
  膂力(りよりよく)を
   争ふ
  わざ
    なり
【左頁下段】
相撲使(ことりづかひ)
《割書: すもふ|   とり》
【上欄書入れ】68
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十五
【右頁上段】
○扇(あふぎ)はもろこし
  にては舜(しゆん)と
いふみかどつくり
 はじめ給ふ
日本(につほん)にては
 神功(しんごう)皇后(くわうかう)の
とき蝙蝠(かふもり)の羽(はね)
 を見てつくり
はじめしとなり
 京(きやう)にてはみゑい
堂(どう)を賞(しやう)ず
○漆匠(しつしやう)はうるし
 ざいくするもの
をいふ今は
 塗師(ぬし)といふ
【右頁下段】
扇工(せんこう)
《割書:あふ| ぎ|  や》

漆(しつ)
 匠(しやう)
《割書:ぬ| し》
【左頁上段】
○侏儒(しゆじゆ)はかたち短(みじか)
き人をいふ今いふ
一寸(いつすん)ぼうしなり短(たん)
人(しん)ともいふ
○駝背(たはい)はせむし也
医書(いしよ)にては亀背(きはい)
といふ背(せ)の高(たか)き馬(むま)
を橐駝(たくた)といふ駝馬(だば)
に似(に)たるゆへせむしの
人を駝背(たはい)といふ也
○兎唇(としん)は欫唇(けつしん)とも
兎欫(とけつ)ともいふ兎欫(いぐち)
は赤子(あかご)のとき上手(じやうず)
の外科(げくわ)に切てぬ
はすれば成人(せいじん)して
みへぬものなり
【左頁下段】
駝背(だはい)
《割書: せむし》

侏儒(しゆじゆ)《割書: |一寸|  ぼうし》

兎唇(としん)
《割書:いくち》
【上欄書入れ】69
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十六
【右頁上段】
○蜑(あま)人は海中(かいちう)
 に入て蚫(あはび)貝(かい)
昆/布(ぶ)あらめの
  たぐひを
     とる
ものなり
  海人(あま)とも書(かく)
女(をんな)の業(わざ)なり
  又/塩(しほ)くむ女
   もあまと
いふいづれ海(かい)
  辺(へん)のわざ
 なればともに
  同じ類(たぐひ)
   なるべき
      か
【右頁下段】
蜑(あま)
 人(しん)
《割書:  あま》
【左頁上段】
○釣叟(てうさう)はつり
  するおきな
をいふ太公望(たいこうばう)
 厳子陵(けんしれう)が
  たぐひなり
《割書:補》日本(ひのもと)にも神代(かみよ)
  よりありし
   よしなり
○樵夫(せうふ)は薪(たきゞ)を
  とるものなり
又は山賤(やまがつ)とも
 いふ《割書:補》木(き)つくり
   杣人(そまひと)なども
此たぐひのもの
 なるべし
【左頁上段】
釣叟(てうさう)

樵夫(せうふ)
《割書: きこり》
【上欄書入れ】70
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十七
【右頁上段】
○猟師(れうし)は弓(ゆみ)
  鉄炮(てつはう)を以(もつ)て
鳥(とり)獣(けたもの)をとる
   ものなり
虙羲氏(ふつきし)の世(よ)に
 天下(てんか)に獣(けたもの)多(おほ)く
田畠(でんはた)をそこ
 なふ故(ゆへ)に人に
猟(かり)をおしへ給ふ
 より始(はじま)りし
     とそ
《割書:補》
冬(ふゆ)の猟(かり)に利(り)
 ありとす又
海(うみ)河(かは)にて魚(うを)を
 とるを魚猟(きよれう)と云
【右頁下段】
猟師(れうし)
《割書: かり|  うど》
【左頁上段】
○瞽者(こしや)は目(め)なき
  ものなり盲(もう)
   目(もく)盲人(もうじん)とも
いふ論語(ろんご)に冕(へん)
 者(しや)と瞽者(こしや)とを
  見(み)てはと有
《割書:補》
又/琵琶法師(びわほうし)とも
 いひてむかしは
びわを弾(たん)じ平家(へいけ)
 をかたりし今は琴(こと)
  三絃(さんけん)をわさとす
 座頭(ざとう)ともいふ尤(もつとも)
  検校(けんげう)勾当(こうとう)四分(しぶん)
   などゝて位階(ゐかい)
       あり
【左頁下段】
瞽者(こしや)
《割書: もう|  もく》
【上欄書入れ】71

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十八
【右頁上段】
○販婦(はんふ)はあき
  なひをする
女(をんな)をいふ買婆(ばいば)
  ともいふなり
《割書:補》
都(みやこ)にはすくなし
 鄙(いなか)におほく
  あるもの也
○乞児(きつじ)は乞丐人(こつがいにん)
  なり又/乞(こつ)
   食(じき)とも
     いふ
ものもらひ
 なり又/非人(ひにん)
   ともいふ
人/非(ひ)人/外(ぐわい)の義
     なり
【右頁下段】
乞児(きつじ)
《割書:  ものもらひ》

販婦(はんふ)《割書: | |ひさき|    め》
【左頁上段】
○漁父(ぎよほ)はすな
  どりするもの
なり燧人氏(すいじんし)の
 世(よ)に天下(てんか)に水(みづ)
おほし故(ゆへ)に人(ひと)
 におしゆるに
漁(すなどり)をもつてす
 《割書:補》
  今/猟師(れうし)と
   いふなり
○舟子(しうし)は今いふ
  船頭(せんどう)なり海(うみ)
を渡(わた)す舟(ふね)に有
 又/篙工(かうこう)とも棹(とう)
子(し)ともいふ但(たゝ)し
 川舟(かはふね)にも船頭(せんどう)と
        云
【左頁下段】
漁父(きよほ)
《割書: すなどり》

舟(しう)
子(し)
《割書:ふなこ》
【上欄書入れ】72 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十九
【右頁上段】
○牧童(ぼくどう)は広野(くわうや)
  にて牛馬(きうは)
   に牧(まき)する
 童(はらわ)なり牧童(ほくとり)
  遥(はるかに)指(さす)杏花(きやうくはの)
   村(そん)と詩(し)に
 も作(つく)れり牛飼(うしかひ)
  はらわなり必(かならず)
    笛(ふへ)を吹(ふく)
 よつて牧笛(ぼくてき)と
いふ詩(し)に牧童(ぼくどう)寒(かん)
  笛(てき)倚(よつて)牛(うしに)吹(ふく)と
 いへるも太平(たいへい)
     の姿(すかた)
      なり
【右頁下段】
牧童(ぼくどう)
《割書: うし|  かひわら|      わ》
【左頁上段】
○鏡造(かゞみつくり)鏡(かゞみ)と
  いふは神代(かみよ)に
天(あま)の糠戸(ぬかど)といふ
 神(かみ)天照太神(てんしやうだいしん)
  の御影(みかげ)を
うつして始(はしめ)て
 つくり給ふと也
《割書:補》
鏡(かゞみ)は姿(すかたの)善悪(よしあし)
 を見(み)るも心(こゝろ)の
   曲直(きよくちよく)を
正(たゞ)し改(あらた)めんが為(ため)
 なりとかや
神前(しんぜん)に鏡(かゞみ)を
 掛(かゝ)るもこの
  いわれなるべし
【左頁下段】
鏡造(かゞみつくり)
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】73 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿
【右頁上段】
○娼婦(しやうふ)は倡優(しやうゆう)と
て女の楽(かく)を奏(そう)する
ものなり娼(しやう)は誤(あやま)り
なり倡(しやう)と書(かく)べし
又/倡妓(しやうき)ともいふと有
《割書:補》
是むかしの事にて
今は絶(たへ)てなき也/敢(あへ)
て聞及(きゝおよ)ばす中比(なかごろ)白(しら)
拍子(びやうし)といふものあり
今いふ遊女(ゆふぢよ)舞子(まいこ)
などの類(たぐひ)ならんか
傾城(けいせい)又/傾国(けいこく)など
いふものは別(べつ)なるもの
ならんむかしより
ありしやうに聞(きゝ)
   及びしなり
【右頁下段】
娼婦(しやうふ)
《割書:   うかれめ》

遊女(ゆうぢよ)《割書: |う| かれめ》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【左頁上段】
又/髹工(きうこう)ともいふ
 蒔絵師(まきゑし)と
いふも此(この)類(るい)の
  ものなり
○渉人(せうじん)は渡(わたし)
   守(もり)なり
大河(おほかは)小川(こがは)を
 舟(ふね)にてむか
ふのきしへわた
 すものなり
大河(おほかは)には
  所々(しよ〳〵)に舟(ふな)
 わたしありて
往来(わうらい)の人の
 たすけと
  なるなり
【左頁下段】
渉(せう)
 人(じん)
《割書:わた|  し| もり》
【上欄書入れ】74 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿一
【左頁の「髹工ともいふ蒔絵師といふも此類のものなり」は106コマ「漆匠」の乱丁か。】

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿一 
○駕輿丁(かよてう)は
  駕輿(かご)かきの
    事なり
酒(さけ)を漉酌(こしかい)
  藤二【杜氏】を漉酌(ろくしやく)
   といふすぐれ
て大なる男(おとこ)とも
 なり駕(かご)かく男(おとこ)
  も漉酌(ろくしやく)といふ
○浪人(らうにん)とは所領(しよれう)に
  はなれて流(る)
    浪(らう)する
人をいふ牢人(らうにん)と
 書(かく)はあやまり
    なり
【右頁下段】
駕(か)輿(よ)
 丁(てう)
《割書: かごかき|  ろく|   しやく》
【左頁上段】
○傀儡師(くわいらいし)は
  人形(にんぎやう)まはし
の事なり
 でくゞつと
いふ淡路島(あはぢしま)
  といふ所より
毎年(まいねん)正月に
 きたりしよし
近年(きんねん)絶(たへ)てこの
 ものなし又
田楽法師(でんがくほうし)と
 いふものありし
よし今(いま)はその
 名(な)ばかり残(のこ)
    れり
【左頁下段】
傀儡師(くわいらいし)《割書:でくゞつ》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】75 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿二
【右頁上段】
○車借(くるまかし)は車(くるま)つかひ
の事なり鳥羽(とば)白(しら)
川(かは)にあるよし庭訓(ていきん)
にみへたり今はさが
其外(そのほか)所々(しよ〳〵)にある也
天子(てんし)の車(くるま)つかひを
御者(ぎよしや)とも徒御(くるまぞへ)と
も舎人(とねり)ともいふ
○問丸(とひまる)は今(いま)いふ問(とひ)
屋の事なり売買(ばい〳〵)
の相場(さうば)を毎日(まいにち)問(とひ)
あはする宿(やど)なり
よつて問(とひ)屋と云
又/道中(だうちう)にて問(とひ)屋
といふは馬(むま)駕輿(かご)を
出す所(ところ)なり
【右頁下段】
くるま
  つかひ

問(とひ)
 丸(まる)
《割書: とひや》
【左頁上段】
○馬借(ばしやく)は馬奴(まご)
又は馬口労(ばくらう)とも
いふ大津(おほつ)坂本(さかもと)の
馬借(ばしやく)と庭訓(ていきん)に
あり今(いま)は馬(むま)さし
を馬借(ばしやく)といふ又
馬口労(ばくらう)といふもの
別(べつ)にありて牛馬(ぎうば)
の売買(うりかい)のせわを
する者(もの)なり
○伯楽(はくらく)は馬(むま)の病(やまひ)
をりやうぢする人
を伯楽(はくらく)といふむか
しは京(きやう)室町(むろまち)にゐ
けるにや室町の
伯楽(はくらく)と庭訓(ていきん)に有
【左頁下段】
馬借(ばしやく)
《割書: むまさし》

《割書:むま| くすし》  伯楽(はくらく)
【上欄書入れ】76
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿三
○土器(かはらけ)は京(きやう)
  西山(にしやま)嵯峨(さが)
又/北山(きたやま)畑枝(はたゑだ)
 下(しも)は深草辺(ふかくさへん)
よりつくり出(いだ)
  せり庭訓(ていきん)
にも嵯峨(さが)
 がはらけとあり
○大原(おはら)の黒木女(くろぎめ)は
  京/北山(きたやま)大原(おはら)
の女(をんな)黒木(くろぎ)をいたゞ
 きて京(きやう)に出(いで)て
あきなふ事は
 むかし平(たいら)の惟盛(これもり)
の妻(つま)阿波(あわ)の内侍(ないし)
 平家(へいけ)亡(ほろ)びて後(のち)
【右頁下段】
土器(かはらけ)
  師(し)

大原(おはらの)
 黒木女(くろぎめ)
【左頁上段】
おはらに住(すみ)
 て世(よ)わたり
のため売(うり)給ひし
 より始(はじま)れり
そのほか八瀬(やせ)
 又は雲(くも)が畑(はた)高(たか)
雄(を)の梅(むめ)が畑(はた)など
 同く女(をんな)木柴(きしば)
をあきなふなり
○屠者(としや)は牛(うし)馬(むま)の
  肉(にく)を屠(ほふり)割(さく)もの
なり今いふ
  穢多(えた)なり
 又/屠児(とじ)とも
   いふなり
【左頁下段】
《割書: ゑた》
屠(と)
 者(しや)
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】77
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿四
○中国(ちうごく)は中華(ちうくは)とも漢(かん)
とも唐(とう)どもいふ近(ちか)き比(ころ)
まで明(みん)といひしが韃(たつ)
靼(たん)にしたがひ今(いま)は大(たい)
清(しん)といふみやこなり
○朝鮮国(てうせんごく)はむかしは三(さん)
韓(かん)とて三/国(ごく)なり新羅(しんら)
百齊(はくさい)高麗(かうらい)といひしが
今(いま)は一/国(こく)もなる日本(につほん)に
したがふなり
○琉球国(りうきうごく)は中山国(ちうざんごく)と名(な)
つく日本(につほん)にしたがへり男(おとこ)
は羽毛(うもう)をもつて冠(かんふり)とし
珠玉(しゆぎよく)をかざる女(をんな)は白羅(うすもの)
をもつて帽(はう)として雑(ざつ)
毛(もう)を衣(ころも)とす
【右頁下段】
中国(ちうごく)

琉球(りうきう)

朝鮮(てうせん)
【左頁上段】
○天/竺(ちく)は仏(ほとけ)出(いて)し所(ところ)也
また大国(たいこく)の大熱国(だいねつこく)
なり国内(こくない)に聖水(せいすい)あ
りてよく風濤(ふうたう)をや
む商人(あきびと)瑠璃(るり)の壺(つぼ)を
もつて水(みづ)をもりたくはふ
○蒙古(もうこ)は韃靼(たつたん)の一種(いつしゆ)
なりむかし日本(につほん)へ攻(せめ)来(きた)り
神風(じんふう)に吹(ふき)破(やぶ)られしと
なり是(これ)を蒙古国(むくりこく)裏(り)といふなり
○肅慎(しくしん)は女直(ぢよちよく)とも女(じよ)
真(しん)ともいふ国人(くにひと)足(あし)かる
くして道(みち)をゆく事
鳥(とり)のとぶかごとしよつ
てあしはせと名(な)づく
【左頁下段】
天竺(てんぢく)

蒙古(もうこ)

肅慎(しくしん)
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】78
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿五
【右頁上段】
○占城(せんせい)はちやんはん
といふ安南(あんなん)に近(ちか)
き国(くに)なり大象(だいざう)
多(おほ)し国に鰐(わに)有
公事(くじ)訴訟(そせう)の者(もの)
ありて《割書:補》理非(りひ)分明(ふんみやう)
なれば鰐(わに)にあたふ
科(とが)あるものは鰐(わに)こ
れを食(くらふ)といへり
○安南国(あんなんこく)は交趾(かうち)
とも東京(とんきん)とも云
男子(をとこ)は盗(ぬすみ)をこのみ
女は淫(いん)をこのむ女(をんな)
をめとるに媒(なかだち)なし
みづからあひ合(あふ)国(くに)
に肉桂(につけい)おほし《割書:補》他国(たこく)
【右頁下段】
占城(せんせい)
《割書: ちやん|   はん》
【左頁上段】
にいだす此/国(くに)の肉(につ)
桂(けい)を上品(じやうひん)とす
○暹羅(せんら)は国(くに)に海(かい)
浜(ひん)おほし男子(なんし)はい
とけなきより陽(やう)を
さく甘波邪(かぼちや)とも
いふ此国(このくに)の染色(そめいろ)を
にせて日本(につほん)にしや
むろといふなり
○東番(とうばん)はたかさご
《割書:補》
とも又たいわん国
ともいふ安南(あんなん)にちか
きゑびす国(くに)なり
《割書:補》
むかし国性耶(こくせいや)この
国(くに)をきりとり住(ぢう)せ
しなり今(いま)唐(とう)に従(したが)ふ
【左頁下段】
安南(あんなん)《割書:かうち》

暹羅(せんら)
《割書:  しやむろ》

東番(とうばん)
《割書:  たかさご》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】79
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿六
【右頁上段】
○南蛮(なんばん)は阿媽港(あまかう)
人(じん)なり阿蘭陀(おらんだ)も
此/類(るい)なり《割書:補》すへて
南(みなみ)の島国(しまぐに)をなん
ばんといふ其(その)品類(ひんるい)
多(おほ)くありて人物(じんぶつ)
種々(しゆ〴〵)にわかれり
西(にし)のゑびすを西(せい)
戎(じう)といふ是(これ)もその
数(かず)多(おほ)くあり
○東夷(とうゐ)は蝦夷人(ゑぞびと)
なり人物(じんぶつ)勇猛(ゆうまう)に
して常(つね)に山野(さんや)に
出(いで)て獣(けだもの)を射(ゐ)とり
《割書:補》
又は海中(かいちう)の魚類(きよるい)
をとりて食(しよく)とす
【右頁下段】
南蛮(なんばん)《割書:みなみの| ゑびす》

東夷(とうゐ)《割書:ひがしの| ゑびす》
《割書: ゑぞ》

呂宋(りよそう)《割書: |るすん》
【左頁上段】
○惣(さう)じて中国(ちうこく)より
東(ひがし)にある島国(しまぐに)を
東夷(とうゐ)といひ西(にし)に有
島国(しまぐに)を西戎(せいじう)といひ
南(みなみ)にあるを南蛮(なんばん)
といひ北(きた)にあるを
北狄(ほくてき)といふ
○呂宋(りよそう)はるすんと
て中国(ちうごく)にちかき
国(くに)なりよく器(うつはもの)を
製(せい)し絹(きぬ)をおり
いだす
○長脚(ちやうきやく)は足(あし)ながき
国(くに)なりよくはし
る事/獣(けだもの)のごとし
【左頁下段】
長脚(ちやうきやく)
《割書: あし|   なが》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】80
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿七
○長臂国(ちやうひごく)は
東海(とうかい)の
 しまぐになり
国人(くにびと)手(て)ながく
 して地(ち)にたる
布衣(ふい)をきる
 長(たけ)一/丈(じやう)三尺八寸
又/臂(ひぢ)なき
 くにもあり
 無臂国(むひごく)といふ
又/臂(ひぢ)ひとつ
  ある国(くに)も
 あり一臂国(いつひこく)
   といふ
     なり
【右頁下段】
長(ちやう)
臂(ひ)
国(ごく)
《割書: てなが|   じま》
【左頁上段】
○崑崙(こんろん)は西南(せいなん)
の海中(かいちう)の島国(しまぐに)也
その人物(しんぶつ)色(いろ)くろ
きこと黒漆(こくしつ)のご
とし海底(かいてい)に入(いり)て
自由(じゆう)をなすまた
よく高(たか)きにのぼる
ことを得(え)たりと
よつて異国(ゐこく)の渡(と)
海(かい)の船(ふね)にはかならず
此(この)崑崙(くろんぼう)をした
がへりといふ世(よ)に色(いろ)
黒(くろ)きものを崑崙(くろん)
坊(ぼう)といふなり
【左頁下段】
崑(こん)崙(ろん)
《割書: くろ|  ぼ|   う》
【上欄書入れ】81
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿八
【右頁上段】
○小人(しやうじんごく)此(この)国(くに)東(とう)
方(ばう)にあり身(み)の長(たけ)
九/寸(すん)又は一/尺(しやく)五/寸(すん)と
もいふ此(この)国(くに)に鶴(つる)に
似(に)たる鳥(とり)ありて小(しやう)
人(じん)をとりくらふこれを
おそれてひとり行(ゆく)
ことなしあまたつれ
たちゆくといへり
○長人国(ちやうしんごく)はむかし明(みん)
州(じう)の人(ひと)難風(なんふう)に船(ふね)を
吹(ふき)ながされてある
島(しま)にいたる人(ひと)の長(たけ)
一/丈(じやう)余(よ)なりよく水(みづ)
をおよぐとなり
【右頁下段】
長人(ちやうじん)
 国(ごく)
《割書: せたかじまと|      いふ》

小人(しやうじんごく)
《割書: こびとじまと|     いふ》
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻(くはん)之五
   身体(しんたい)【體】《割書:此部(このぶ)には耳目(みみめ)鼻口(はなくち)毛髪(けかみ)頭足(かうへあし)のたぐひ|すへて人(ひと)の身(み)のうへの事あるなり》
【左頁上段】
○頭(づ)頂(いたゞき)顖(おどりこ)蟀谷(こめかみ)【蜶谷】額(ひたい)頬(ほう)輔(つら)
車(がまち)頷(おとがい)頸(くび)結喉(のんど)このほか靨(ゑくぼ)
黒子(ほくろ)黒痣(あざ)皺(しは)など有/首(しゆ)同
○口(くち)吻(ふん)咡(じ)ともにくちわき
とよめり脣(しん)はくちびる人中(にんちう)
ははなの下のみぞ齶(がく)はあぎと
○目(め)眼(まなこ)は肝(かん)の臓(ざう)のつかさ
どる所なり睛(ひとみ)眸(まな)眶(まかぶら)瞼(まぶた)外(ま)
眥(しり)内眥(まがしら)眵(まぐそ)翳(まけ)【「翳」ひまけヵ】涙(なみだ)雀目(とりめ)近(ちか)
視(め)瞟眼(すがめ)

○耳(みゝ)は腎(じん)のつかさとる所也
【左頁下段】
頭(づ)《割書:かしら》

   蜶谷(こめかみ)     頸(くび)
       頬(ほう) 輔車(つらがまち)
顖(あたま) 額(ひたい)      頷(おとがい) 結喉(のんど)
       頬(ほう) 輔車
   蜶谷(こめかみ)     頸(くび)

耳(に)《割書:みゝ》 輪廓(りんかく) 垂珠(すいしゆ)

鼻(び)《割書: |はな》

口(こう)
《割書:くち》

目(もく)
《割書:め》 上瞼 外眥 下瞼 上眥

眉(び)
《割書:まゆ》

歯(し)
《割書:は》 牙(げ)《割書:きば》
  板(いた)歯(ば)
【上欄書入れ】Fasc.4   4  82
    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         一
【右頁上段】
輪廓(りんくわく)はみゝのわ垂珠(すいしゆ)はみゝの
たびら耳門(にもん)はみゝのあな完(くわん)
骨(こつ)はみゝのほね■(てい)【日+丁、耵ヵ】聹(ねい)はみゝ
くそ聤耳(ていに)はみゝだり聾(しう)は
みゝしひ
○鼻(はな)は肺(はい)のつかさとる所
なり頞(あつ)ははなばしら鼻梁(びりやう)
同/準(じゆん)はなさき皶鼻(さひ)はざ
くろばな洟(てい)すゝばな衂(ちく)は
はなぢなり
○眉(まゆ)年(とし)たけたるを眉寿(びじゆ)
といふ睫(まつげ)
○歯(は)は骨(ほね)のあまり腎(じん)のつか
どる【つかさどるヵ】所なり牙(きば)板歯(むかば)齨(うす)
歯(ば)齲歯(むしくひば)齦(はぐき)齗(同)歯(は)■(がすみ)【「浦+土」。歯垽(はがすみ)ヵ】
○舌(した)は釈名(しやくみやう)に舌(ぜつ)は巻(けん)なり
【右頁下段】
舌(ぜつ)《割書:した》 鬚(すう)《割書: |したひげ》 髭(し)《割書:うは|  ひげ》 鬢(びん)

髪(はつ)《割書: |かみ》  筋(きん)《割書:す| ぢ》

毛(もう)《割書:け》 顱(ろ)《割書:は| ち》 骨(こつ)《割書: |ほね》
【左頁上段】
食物(しよくもつ)を巻(まき)制(せい)して落(おち)ざら
しむ涎(ぜん)はよだれ唾(だ)はつば
き心(しん)の臓(さう)これをつかさどる
○髪(ばつ)は頭髪(づばつ)なり胎髪(たいばつ)
はうぶかみ髻(けい)はもとゞりなり
鬟(くわん)はみづら
○鬚(すう)は釈名(しゃくみやう)に秀(しう)なり
物(もの)成(なつ)て秀(ひいで)人(ひと)成(なつ)て鬚(ひげ)生(しやう)
す髯(せん)はほうひげ
○髭(し) 字彙(じい)に髭(し)は口上(こうじやう)
の毛(け)を髭(し)といふ下にある
を鬚(すう)といふ頬(ほう)にあるを髯(せん)
といふなり
○鬢(びん)は額(ひたいの)傍(かたはら)の髪(かみ)也/鬂(びん)髩(びん)
同/䭮(ふつ)はひたいがみ蝉髩(せんびん)はつと
○筋(すぢ)は絡脈(らくみやく)【脉】なり肝(かん)の臓(ざう)
【左頁下段】
腹(ふく)《割書:はら》
   肋
缺盆 胸 鳩尾 臍 小腹
   肋

背(はい)《割書:せなか》
 腢   膁     臀
  胛 ■【月+毎】
項  脊     尻
  胛 ■【月+毎】
 腢   膁     臀
【上欄書入れ】83
    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         二
【右頁上段】
のつかさどる所なり色(いろ)あをし
醋(す)をのめば筋(すぢ)ゆるぐ
○毛(け)は血(ち)のあまりなり毫(がう)
同/肺(はい)のつかさどる所なり
旋毛(せんもう)つし皮(ひ)かわ膚(ふ)はだへ
皴(しゆん)しは
○顱(ろ)は頭骨(づこつ)なり顱会(ろくはい)は
頭(かしら)のはち髑髏(どくろ)はしやれかう
へ脳(のう)はなづき
○骨(こつ)は肉核(にくかく)なり骸(かい)同/髄(すい)
ほねのあぶら節(せつ)ふし
○腹(はら)欠盆(かたほね)【缺盆】胸(むね)肋(あはらぼね)鳩尾(みづをち)
臍(ほそ)小腹(ほがみ)乳(ち)肚(わきばら)前陰(ぜんいん)陰(いん)
茎(きやう)陰嚢(いんのう)脂似(しじ)なり
○背(せなか)項(うなじ)肩(かた)腢(かたさき)胛(かひかね)■(そじゝ)【月+毎。膂宍(そじし)】腰(こし)
膁(よはごし)髂(こしぼね)尻(しり)臀(いざらひ)膂(せほね)脊(せ)
【右頁下段】
脚(きやく)
《割書: あし》
腿(たい)
《割書:もゝ》
膕(くわく)《割書:ひかゞみ》  腓(ひ)《割書: |こむら》  内踝(ないくわ)《割書:うち| くるぶし》
踵(てう)
《割書:きび| す》
内臁(ないれん)
《割書: むかばき》
跗(ふ)
《割書:あしの| かう》
蹠(せき)
《割書:あしの| うら》

手(しゆ)
《割書: て》
掌(しやう)《割書:たな| ごゝろ》
腕(わん)
《割書:うでくび》
臂(ひ)《割書: ひぢ》 肱(かう)《割書:かい| な》 肘(ちう)《割書:ひぢしり》
【左頁上段】
○手(て) 掌(しやう)はたなごゝろ腕(わん)は
たゞむきうで臂(ひ)はひぢ肘(ちう)は
ひぢしり肱(かう)はかいな
○脚(あし) 足(そく)同/胯(こ)また腿(たい)もゝ
膝(しつ)ひざ脛(けい)はぎ臁(れん)むかばき
膕(こく)ひつかゞみ腓(ひ)こむら跗(ふ)あし
のかう蹠(せき)あしのうら踵(てう)くびす
○指(ゆび)大指(たいし)おほゆび拇(ぼ)同/食(しよく)
指(し)ひとさしゆび中指(ちうし)たけたかゆ
び又/将指(しやうし)ともいふ無名指(むみやうし)べに
つけゆび小指(しやうし)こゆび又季指(きし)共いふ
○掌(けん)は手(て)を屈(かゞむ)るなりにぎ
りこぶしなり
○乳(ち) 説文(せつもん)に人(ひと)および鳥(とり)子(こ)
をうむを乳(にう)といふ獣(けだもの)を産(さん)と
いふ嬭(ねい)奶(ない)ならびに同じ
【左頁下段】
拳(けん)《割書:こぶし》

肋(ろく)
《割書:あばら| ぼね》
指(し)《割書: |ゆび》
心(しん)《割書:むね|こゝろ》 《割書:肺系|脾系|肝系|腎系》   肺(はい)《割書:ふく〳〵|   し》
乳(にう)《割書:ち》
脾(ひ)《割書:よこし》
【上欄書入れ】84
    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         三
【右頁上段】
○肋(あはらほね)は釈名(しやくみやう)に肋(ろく)は勒(ろく)なり
五/臓(ざう)を検勒するゆゑん也
かたはらぼねたすけのほね
あばらぼね液(えき)脇(けう)脅(けう)なら
びにわきなり
○心(しん)は五/臓(ざう)のうちにして
一身(いつしん)の主(しゆ)なり胸(むね)のあいだ
にあり色(いろ)あかし火(ひ)なり
○肺(はい)は五/臓(ざう)のうちなり胸(むね)
のあいたにあり蓮花(れんげ)をうつ
むけたるかたちのごとし
六/葉(よう)両耳(りやうに)あり孔(あな)ありて
よく声(こゑ)をいだし痰(たん)を生(しやう)
ず色白し金(かね)なり
○脾(ひ)は五/臓(ざう)のうちなり土
なり食(しよく)ふくろなり色(いろ)黄(き)
【右頁下段】
腎(じん)《割書: |むらと》 膽(たん)《割書:ゐ》

肝(かん)《割書:きも》

膀(ぼう)
胱(くわう)《割書: |ゆばり》

包絡(はうらく)   胃(い)《割書:くそ| ぶくろ》
【左頁上段】
なり腹(はら)の中脘(ちうくわん)にあり
○腎(じん)は五/臓(ざう)のうちなり
腰(こし)にあり水(みづ)なり色(いろ)くろ
しかたち卵(たまご)のごとし左(ひだり)
にあるは腎(じん)なり右(みぎ)に有
は命門(めいもん)なり
○肝(かん)は五/臓(ざう)のうちなり
左(ひだり)のわきにあり木(き)なり
【左頁下段】
臓(ざう)
腑(ふ)

腸(ちやう)《割書:はらわた》

小(せう)
腸(ちやう)

大(だい)
腸(ちやう)

胞胎(はうたい)《割書:はら| ごもり》
 胎衣(たいい)《割書:ゑな》

膻中  臍  丹田  溺道  精道  穀道  尻

脳 髄海 至陰 通骶 喉通気 咽通食 肺 肺 肺 肺 肺 肺 心 心包 脾系 胃系 肝系 腎系 隔膜 脾 脂𫆳【月+曼】 幽門 胃 賁門 肝 肝 肝 肝 肝 肝 膽 腎 小腸【膓】 闌門 大腸【膓】膀胱 命門 直腸【膓】  
【上欄書入れ】85
    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         四
【右頁】
色(いろ)あをし七/葉(よう)あり魂(こん)のかくるゝ所なり○膽(たん)は肝(かん)の臓(ざう)の腑(ふ)なり肝(かん)の下に有
膽(たん)のぼるときは人いかりを生(しやう)ず○小腸(しやうちやう)は心(しん)の臓(さう)の腑(ふ)なり色(いろ)あかし小便(しやうべん)
これよりつたへて膀胱(ばうくわう)にいづるなり○大腸(だいちやう)は肺(はい)のさうの腑(ふ)なり腰(こし)にあり
十六/廻(くわい)あり色(いろ)しろしはらわたといふはこれなり○胃(ゐ)は脾(ひ)のざうの腑(ふ)なり食(しよく)
物を脾(ひ)よりつたへて大腸(だいちやう)にをくるくそぶくろなり○包絡(はうらく)は心包絡(しんはうらく)なり命門(めいもん)
の下/右腎(うじん)の上にあり心包絡(しんはうらく)といふその腑(ふ)を三/焦(せう)といふ○膀胱(はうくわう)は腎(じん)の臓(ざう)の腑(ふ)
なり小便(しやうべん)ぶくろなり水分(すいぶん)の穴にて水(すい)穀(こく)分利(ぶんり)して穀(こく)は大腸(だいちやう)へゆき水(みづ)は膀胱(ばうくわう)
へゆくなり
○臓腑(ざうふ) 心(しん) 肝(かん) 腎(じん) 肺(はい) 脾(ひ)を五/臓(ざう)といふ小腸(しやうちやう) 大腸(だいちやう) 胃(ゐ) 膀胱(ばうくわう) 三/焦(せう) 膽(たん)を六/腑(ふ)と
いふ○包胎(はうたい)はらごもりなり五/臓論(ざうろん)に曰一月は珠(たま)露(つゆ)のごとし二月は桃花(もゝのはな)のごと
し三月は男女(なんによ)わかる四月は形象(かたち)そなはる五月は筋(すじ)骨(ほね)なる六月は毛(け)髪(かみ)生(しやう)ず
七月はその魂(こん)をあそはしむ児よく左(ひだり)の手(て)をうごかす八月はその鼻(はな)をあそばしむ
児(に)よく右(みぎ)の手(て)をうごかす九月は三たび身(み)を転(てん)す十月は気(き)をうくる事/足(たる)
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之六
  衣服(いふく)《割書:此部(このぶ)には衣裳(いしやう)冠帯(くわんたい)すべて|きる物(もの)のたぐひあり》
【左頁上段】
○冕(へん)は天子(てんし)の冠(かふり)なり十二/流(りう)有
前(まへ)にたれたるは邪(よこしま)を見まじき
ためなり旁(かたはら)に黈纊(とうくはう)といふ物あり
讒言(さんげん)を聞(きく)まじき為(ため)なり
○冠(くわん)は貫(くわん)なり髪(かみ)を貫(つらぬき)つゝむ也
と釈名(しやくみやう)にみへたり冠(かんむり)は首(かしら)にある
ゆへ元(けん)に从(したが)ふ法制(ほうせい)有ゆへ寸(すん)に从
○和冠(わくわん)は漆塗(うるしぬり)にして紗(しや)也/髪(かみ)を
おほふ物を巾子(こし)と云うしろに立(たち)
たる物を羅(ろ)と云/貫(つらぬく)物を串(くし)
といふ又/簪(かんざし)ともいふ
○纓(ゑい)は冠(かむり)のうしろにたるゝ物也
今/燕尾(ゑんび)といふ紗(しや)にて作(つく)る
【左頁下段】
○冕(べん)
《割書:たま| の|かむり》

冠(くわん)《割書:かう| ぶり|かむり》
巾子  簮  串
緌(い)
纓(えい)

唐冠(たうかふり)

品ノ
玉-

【上欄書入れ】86
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         一
【右頁上段】
○幞(ぼく)は後周(ごしうの)武帝(ふてい)のつくり
はじめ給ふ唐人(とうじん)のかむり也
幅巾(ひとはゞのぬの)を戴(たい)して四/脚(あし)を出す
○緌(い)は両方(りやうはう)耳(みゝ)をおほふ物なり
冠(かむり)の紐(ひも)なり領【訓蒙図彙では「頷」】の下に垂(たる)る物也
○巾(きん)は頭巾(づきん)なりその製(せい)品(しな)
おなじ方(けた)なるを巾(きん)といひ円(まとか)
なるを帽(ばう)と云ともいへり
○帽(ばう)は頭衣(づい)なり唐(もろこし)には上
官(くわん)より下官(げくわん)にいたるまでも
帽(はう)をきる冠(かむり)の下(した)にきる物なり
○帽子(もうす)は僧(そう)の冠(かむり)なり仏会(ぶつゑ)
法事(はうじ)のとききるなり
○笏(こつ)は手板(しゆはん)なり天子(てんし)は玉(たま)
諸候(しよこう)【「候」は侯の当て字】は象牙(ざうげ)太夫(たいふ)は魚須(うをのひれ)文(ま)
竹(だけ)士(し)は木(きに)籀文(こもんじ)をほりてみな
用(もち)ゆ官人(くわんにん)の手(て)にもつ物なり
○烏帽(うばう)は紙(かみ)にてつくり漆(うるし)に
【右頁下段】
幞(ぼく)
幞頭

唐巾 巾(きん) 頭巾(づきん)

帽(ばう) 帽子(もうす)

笏(こつ)《割書: |しやく》  木笏(もくしやく) 牙笏(げしやく)

烏帽(うばう)
《割書: ゑ|  ぼし》
【左頁上段】
てぬるなり左折(ひたりをり)は侍従(じしう)以上
着(ちやく)す右折(みきをり)は五/位(い)已上(いしやう)これを
着(ちやく)す侍従(じじう)以上(いじやう)は糸(いと)の緒(を)四
位(い)已下(いげ)は紙(かみ)の緒(を)にて結(むす)ぶ
○袞(こん)は天子(てんし)の御衣裳(おんいしやう)なり
一に龍(れう)二に山(さん)三に花虫(くはちう)【雉子】四に
火(くは)五に虎(とら)以上/衣(ゐ)に有六に
藻(さう)七に粉米(ふんべい)【米粒】八に黼(ほ)【斧の形】九に黻(ふつ)【「亜」字形】
以上/裳(しやう)にありこれを九/章(しやう)
の御衣(ぎよい)といふ
○裳(しやう)は上(うへ)を衣(い)といひ下(した)を
裳(しやう)といふ裳(しやう)の紋(もん)の事/藻(さう)
粉米(ふんべい)黼(ほ)黻(ふつ)なり九/章(しやう)の内(うち)
なり天子(てんし)御衣(きよい)の裳(しやう)なり
○珮(はい)は官人(くわんにん)の腰(こし)におぶるもの
なり上(かみ)に双衡(さうかう)あり衡(かう)の長(なが)
さ五寸ひろさ一寸/下(した)に双璜(さうくはう)
あり璜(くはう)のわたり三寸也/蠙(ひん)
【左頁下段】
袞(こん)

裳(しやう)
《割書: も》

珮(はい)《割書:をもの》  帯(たい)《割書: |をび》
【上欄書入れ】87
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         二
【右頁上段】
珠(しゆ)をその間(あいた)におさむ
○帯(たい)は字(じ)のかたち珮玉(はいぎよく)を
つなぐかたちなり石帯(いしのおび)
あり下帯(さげおひ)有/掛帯(かけをび)あり
○袍(はう)はながき繻絆(じゆばん)なり
今(いま)朝廷(てうてい)へ出仕(しゆつし)のとききる
服(ふく)を袍(はう)といふ又ふるわたを
いれたる服(ふく)を緼袍(をんはう)といふそ
めたるを素袍(すはう)といふ
○衫(さん)は小襦(しやうじゆ)なりはだぎ也
袖(そで)端(はし)なきを衫衣(さんい)といふ又
紗衫(しやさん)布衫(ふさん)偏衫(へんさん)あり
類(るい)おなじ公服(こうふく)の下着(したぎ)なり
○袴(こ)は股衣(こい)なり又/大口(おほくち)
袴(はかま)あり襞襀(ひだ)あり俗(ぞく)に
上下(かみしも)といふ上(かみ)を褶(しう)といひ下(しも)
を袴(こ)といふ
○靴(くわ)は革(かは)のくつなり官人(くわんにん)
【右頁下段】
袍(はう)《割書:うへの| きぬ》

衫(さん)
《割書: かた|  びら》

袴(こ)《割書: |は| かま》   靴(くわ)《割書: |くわのくつ》
【左頁上段】
これをはく石公(せきこう)が靴(くつ)李白(りはく)
が殿上(でんじやう)の靴(くつ)これなり日本(につほん)に
ては鞠(まり)の靴(くつ)これなり官人(くわんにん)
僧(そう)などの韈(くつ)は異(こと)なり
○裾(きよ)は衣裳(いしやう)のあとにさがる
ものなり俗にとびの尾(お)と
いふなり
○裙(くん)は婦人(ふじん)の下(した)にきる裳(も)
なり帬(くん)につくるべし唐(から)に
もあかく染(そむ)るゆへに茜(せん)【左ルビ「あかね」】裙(くん)と
いふなり
○半臂(はんひ)は楽人(がくにん)又/能衣裳(のふいしやう)
などにあり袖(そで)のゆきみじ
かくして半(なかば)臂(ひぢ)いづるゆへに
なづくるなり
○奴袴(ぬこ)はさし貫(ぬき)のはかま也
禁中(きんちう)にて女中(ぢよちう)のきるは
かまなり女のきるは色(いろ)赤(あか)く
【左頁下段】
裾(きよ)   裙(くん)《割書:も》

半臂(はんひ)   奴袴(ぬこ)《割書:かり| ば|  かま》
【上欄書入れ】88 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         三 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         三
【右頁上段】
そむるなり
○欠(けつ)【缺】掖(ゑき)は大臣(だいしん)のしやうぞく
又は能衣裳(のふいしやう)にあり両掖(りやうわき)
欠(かけ)【缺】ほころびたるゆへになづく
○襟(きん)は衣(ころも)の衽(ゑり)にまじはる
所なり内襟(ないきん)はしたがひ外(げ)
襟(きん)はうはがひなり
○袊(れい)はころものくびなり領(れい)
とおなじ綱領(かうれい)要領(ようれい)といふ
も領(れい)は衣(ころも)のゑりぐひの事
にとる
○布衣(ほい)は狩衣(かりきぬ)に紋(もん)なきを
いふ下官(げくわん)の服(ふく)するものなり
紋(もん)あるを狩衣(かりぎぬ)といふこれは
高位(かうい)のめさるゝ服(ふく)なり
○袖(しう)は衣(ころも)の袂(たもと)なり長袖(ちやうしう)はふ
りそで袪(きよ)はそでぐち
○袈裟(けさ)は大衣(たいゑ)七/条(でう)五/条(てう)是(これ)
【右頁下段】
缺(けつ)
掖(ゑき)

袊(れい)
《割書:ゑ|り》

襟(きん)
《割書:ゑり》   布衣(ふい)

袖(しう)
《割書:そ|で》
【左頁上段】
を三/衣(ゑ)といふ大衣(たいゑ)は九/条(てう)より
二十五/条(てう)にいたる僧衣(そうい)なり
○直掇(ぢきとつ)は僧服(そうふく)なりいにしへ
は偏衫(へんさん)𢂽(くん)【巾+君】子(す)を服(ふく)すのちに
上下(じやうげ)をつらねて直掇(ちきとつ)と名(な)
つくるなり
○魚袋(ぎよたい)は官人(くわんにん)の腰(こし)に帯(おぶ)る
ものなり公卿(くぎやう)は金魚袋(きんぎよたい)四(し)
品(ほん)以下(いげ)は銀魚袋(ぎんぎよたい)なり
○革帯(かくたい)は公家衆(くげしう)装束(しやうぞく)の
上(うへ)にする帯(をび)なり金帯(きんたい)玉(ぎよく)
帯(たい)石帯(せきたい)角帯(かくたい)あり
○韤(べつ)はたびなり足袋(たび)と
も単(た)【單】皮(び)とも書(かく)なり又は
韤子(へつす)といふ
○絡子(らくし)は又/掛子(くはし)となづく又
掛絡(くはら)ともいふ俗(ぞく)あやまつて
環(くわん)を掛落(くはら)とよぶ
【左頁下段】
袈裟《割書:けさ》   直掇(ぢきとつ)

魚袋(ぎよたい)

韤(へつ)
《割書:したう|   づ》

革帯(かくたい)
《割書:いし|  の| をび》
【上欄書入れ】89 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         四
○幅巾(ふくきん)は白(しろ)ききぬにてつ
くる深衣(しんい)をきて緇布冠(しふくわん)
してこれをもつて冠上(くわんじやう)
をつゝむなり唐人(とうじん)の装(しやう)ぞく也
○緇布冠(しふくわん)はくろきぬのにて
つくるなり
○帨(せい)は手(て)のごひなり帨巾(せいきん)
ともいふ手(て)のごひかげを帨(せい)
架(か)といふ
○帕(はく)は紅絹(もみのきぬ)にて額(ひたい)を■(つゝむ)【抺ヵ】
をいふとあり帛(はく)はふくさ物
帊衣(はい)包袱(はうふく)並同
○履(り)は草(くさ)を屝(ひ)といふ麻(あさ)を
屦(ろう)といふ皮(かわ)を履(り)といふされ
ども木(き)にてつくる
○被(ひ)は寝衣(しんい)なり俗(ぞく)に夜(よ)
着(ぎ)といふ又/睡襖(すいをう)ともいふ
又/被(かふむる)_レ襖(ふすまを)
【右頁下段】
絡子(らくし)《割書: | |くは|  ら》

履(り)
《割書:く|つ》 ■(くり)【烏ヵ】皮履(かはのくつ) 淺履(あさぐつ)

幅巾(ふくきん)

緇(し)
布(ふ)
冠(くわん)

被(ひ)《割書:ふすま》 睡襖(すいをう)

帨(せい)《割書: |ての| こい》

《割書:ころも|つゝみ》
帕(はく)
【左頁上段】
○毛裘(もうきう)は鹿子(かこ)又/狐(きつね)の皮(かは)にて
つくる衣服(いふく)なり寒気(かんき)を
よくふせぐ異朝(いてう)にて上人(じやうにん)
冬月(とうけつ)これをきる
○深衣(しんい)は儒者(じゆしや)の着(ちやく)する
衣服(いふく)なり白(しろ)き布(ぬの)にてつ
くる帯(をび)も白(しろ)し五采(さい)の糸(いと)
をもつて帯(をび)のむすひめを
固(かた)む又/黒色(くろいろ)にそむるも有
○涎衣(せんい)は小児のよだれか
けなり■(い)【湋ヵ瑋ヵ。「幃」の当て字ヵ。】涎(せん)同
○裹脚(くわきやく)ははゞきなり脚(きや)
絆(はん)なり裹脚(くわきやく)は裹(つゝむ)_レ脚(あしを)と
よめり又/脛巾(けいきん)行纏(かうてん)行(かう)
縢(とう)ならびにはゞきとよむ
○幄(あく)は上下/四方(しはう)こと〴〵く
まとふて宮室(きうしつ)にかたど
るを幄(あく)といふ大将(たいしやう)の居(ゐる)所
【左頁下段】
毛(もう)裘(きう)《割書:かはごろも》   涎衣(ぜんい)《割書:よだれかけ》

深(しん)
衣(い)

裹(くわ)
脚(きやく)《割書:きや| はん》
【上欄書入れ】90 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         五
なり物見(ものみ)なきを幄(あく)といふ
周(しう)の世(よ)よりはじまれり
○幕(まく)は周(しう)の世(よ)よりはじまれ
りよこ幅(はゞ)にして物見(ものみ)あるを
幕(まく)といふ布(ぬの)十二/端(たん)を二/張(はり)と
して十二/月(つき)を表(へう)し乳数(ちかず)廿
八を廿八/宿(しゆく)に表(へう)す
○幔(まん)は十二/幅(はゞ)紋(もん)を出(いだ)さず竪(たて)
幅(の)ばかりにして上(うへ)のよこ■(の)【田+町】
なし下(した)のぬひはづし纐(きく)
纈(とぢ)なし乳付(ちつき)又はぬひなく
■【見ヵ】にもするなり
○座具(ざぐ)は僧衣(そうい)なり仏(ほとけ)を礼(らい)
するとき下(した)にしく物也/三衣(さんゑ)一(いち)
鉢(はつ)座具(ざぐ)漉水嚢(ろくすいのふ)これを僧(そう)
の六/物(もつ)といふ
○縁道絹(えんどうのきぬ)は法事(はうじ)のとき客(きやく)
殿(でん)より堂(だう)へ行(ゆく)道(みち)に布(ぬの)をしく
【右頁下段】
幄(あく)《割書:あ|げ|ば|り》

幔(まん)《割書:と|ば|り》
《割書:まだ| ら|まく》

幕(はく)
《割書:ま| く》

座具(ざぐ)
【左頁上段】
を云又/打敷(うちしき)水引(みづひき)を云ともいへり
○夾衣(かうい)は今(いま)云あはせなり裌(かう)
袷(く)同し単衣(たんい)はひとへもの
絮衣(ぢよい)はわたいれ 表(へう)《割書:お|も|て》裏(り)《割書:う|ら》
○帳(ちやう)は女(をんじゃ)のかたなる【元禄八年版「かくるる」】所也/几帳(きちやう)
帷帳(いちやう)なり又/蚊帳(かちやう)緞(どん)帳/綿(めん)
帳(ちやう)紙帳(しちやう)あり
○褥(じく)はしとねなり臥具(ぐはぐ)なり
蓐(しく)茵(いん)并(ならびに)同/蓐茵(しくいん)は草(くさ)のし
とねなり褥(しく)は絹(きぬ)のしとねなり
俗(ぞく)に蒲団(ふとん)とするは非(ひ)なり
蒲団(ふとん)は円座(えんざ)の類(るい)なり
○降緒(さげを)は刀(かたな)にあり太刀(たち)のは
平緒(ひらを)といふ
○雨衣(うい)はあまがつはなり襏(はつ)
襫(せき)とも云/紙(かみ)にてつくるを油(ゆ)
衣(い)といふ毛織(けをり)の類(るい)にてする
を氈(せん)【毡】衣(い)と云/此(この)図(づ)は異朝(いてう)の
【左頁下段】
縁(えん)
道(どうの)
絹(きぬ)

降緒(さげを)

帳《割書:ちやう|かや》

夾(きやう)
衣(い)
《割書:あ| わ|  せ| き|  ぬ》

褥(しく)《割書:し|とね》
【上欄書入れ】91 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         六
【右頁上段】
氈(せん)【毡】衣(い)なり
○浴衣(よくい)はゆかたびらなり又/明(めい)
衣とも書(かく)なり又ゆてのごひ
を浴巾(よくきん)といふ
○蔽膝(へいしつ)ひざをおほふとよめり
まへたれなり韠(ひつ)同
○鞋(かい)は糸鞋(いとぐつ)麻鞋(まぐつ)あり草鞋(わらんぢ)
は屩(わらぐつ)とも屝(わらぐつ)とも書(かく)べし
○屐(げき)は木履(ぼくり)なり俗(ぞく)にあし
だといふはなをゝ屐系(げきけい)と云
又/鼻縄(びじやう)といふ又/檋(や?しき)【かしきヵ。かんじき】といふ物
あり雪中(せつちう)にはく物なり
○嚢(ふくろ)底(そこ)あるを嚢(のう)といひ底(そこ)
なきを橐(たく)といふともにふく
ろなり袋(たい)同
○道服(だうぶく)は道者(だうしや)の衣服(いふく)なり
胴服(どうぶく)とかくはあしゝ俗(ぞく)これを
はおりといふ
【右頁下段】
雨衣(うい)
《割書:あま| がつは》

蔽膝(へいしつ)
《割書: まへだれ》

浴(よく)
衣(い)
《割書:ゆ| かた| び|  ら》

嚢(のう)《割書:ふくろ》

鞋(かい)《割書:いと| ぐつ》
絲鞋(しかい)

《割書: わら| ぐつ》
草(さう)
鞋(かい)

屐(げき)
《割書:あし|  だ》
木(ぼく)
履(り)
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之七
  宝貨(はうくは)《割書:此部(このぶ)には金銀(きん〴〵)珠玉(しゆぎよく)銅鉄(とうてつ)石(せき)甲(かう)錦(きん)|鏽(しう)【元禄八年版は「繍」】綾羅(れうら)すべて一さいの宝(たから)をあつむ》
【上段】
○金(きん)は紫磨(しま)黄金(わうこん)沙金(しやきん)な
どあり日本(につほん)にてはむかし
奥州(おうしう)より出(いで)たり鍍金(ときん)はめつ
きなり
○銀(ぎん)は白銀(はくぎん)なり南鐐(なんりやう)銀(ぎん)
鉼(べい)など有/俗(ぞく)にはへぶきと云
又/銀鈑(ぎんはん)といふはいたがねなり
○鉛(えん)は青金(せいきん)なり錫(しやく)しろ
なまり俗(ぞく)にすゞなまりと云
白鑞(びやくらう)同/鉛(なまり)をやいて丹(たん)となる
○鐵(てつ)は黒金(こくきん)なり鉄(てつ)同/鉎鐵(せいてつ)
はなまがね鍒(しう)同し鋼鐵(かうてつ)はは
がね鏽(しう)はさびなり日本(につほん)むかし
【下段】
金(きん)《割書:こがね》   銀(ぎん)《割書:しろ|か|ね》   鉛(ゑん)《割書:なまり》

鐵(てつ)
《割書:くろ| かね》

銅(とう)《割書: |あか| がね》   銭(せん)《割書:ぜ| に》   珠(しゆ)《割書:たま》
【上欄書入れ】92 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         一
【右頁上段】
は越中(えつちう)より出たり
○銅(とう)は赤金(しやくきん)なり黄銅(くわうとう)鍮(ちう)
石(しやく)真鍮(しんちう)あり又/紫銅(しとう)はから
かねなり褐銅(かつとう)同し白銅(はくとう)
はさはりかね紫金(しきん)はしやく
どうともに山より出る
○説文(せつもん)に銭(ぜに)の字(じ)の旁(つくり)上(うへ)に
一の戈(ほこ)の字(じ)下(しも)に一の戈(ほこ)の字(じ)有
銭(ぜに)は人をころす物にして人
さとらずといへり孔方(こうはう)青銅(せいとう)
鵝眼(ががん)ともに銭(ぜに)の異名(いみやう)なり
○珠(しゆ)は海(うみ)より出るたまを云/珊(さん)
瑚珠(ごじゆ)真珠(しんじゆ)のたぐひなり珍(ちん)
珠(じゆ)蠙珠(ひんじゆ)は貝(かい)のたまなり龍(りやう)
魚(ぎよ)虫(ちう)蛇(じや)の類(るい)みな珠(たま)あり
○玉(ぎよく)は山(やま)より出(いづ)るたまな
り石(いし)の美(び)なるものを玉といふ
璞(はく)はあらたまいまだみがゝさる
【右頁下段】
玉(ぎよく)《割書:たま》
《割書:     璞》

礬(はん)

硃(しゆ)《割書: |朱砂  銀朱》

硫(いわう)《割書:ゆの| あわ》    《割書:発|燭》

硝(せう) 《割書:𦬆【芒】硝》
《割書:牙|硝》

磁(じ)《割書:はり| すい| い| し》

砒(ひ)《割書:どく| いし》  《割書:砒霜》

瑪(め)
瑙(のう)    玳瑁(たいまい)
【左頁上段】
物なり唐(もろこし)崑崙山(こんろんさん)より
玉(たま)をいだす
○礬(はん)は礬石(はんせき)なり和名(わみやう)たう
すといふ光明(くわうめい)なるを明礬(みやうばん)
といふ黒色(くろいろ)なるを黒礬(こくはん)と
いふ緑色(みとりいろ)なるを緑礬(ろはん)と云
やきて赤(あかき)物(もの)を絳礬(かうはん)と云
○硃(しゆ)は朱砂(しゆしや)なり辰州(しんしう)より出(いづ)
るを辰砂(しんしや)といふ又/水銀(みうかね)を化(くは)
して朱(しゆ)とするを銀朱(ぎんしや)と云
朱砂(しゆしや)は服(ふく)すれば心(しん)を鎮(しづ)め
神(しん)をやしなふ
○硫(いわう)は石硫黄(せきいわう)土硫黄(といわう)あり付(つけ)
木(き)を発燭(はつしよく)といふ硫黄(いわう)の出(いづ)る
山にはかならず温湯(いでゆ)あり
摂州(せつしう)有馬(ありま)又/加州(かしう)の山中(やまなか)
なとのごとし
○硝(せう)は硝石(せうせき)なり木硝(もくせう)につくる
【左頁下段】
硨磲(しやこ)    瑠璃(るり)

琥(こ)
珀(はく)

玻瓈(はり)

琅玕(らうかん)
《割書: あをだま》

砥(し)
《割書:あは| せ| ど》

珊瑚(さんご)    熨斗目(のしめ)

礪(れい)
《割書:あら| と》

紗(しや)
《割書:も|じ》
【上欄書入れ】93 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         二
【右頁上段】
焔硝(えんせう)火硝(くはせう)ともに同しよく
火(ひ)につく鉄鉋(てつほう)にもちゆ又/芒(はう)【𦬆】
硝(せう)牙硝(げせう)は薬石(やくせき)なり痰(たん)をの
ぞき燥(かわき)をうるほし小便(せうべん)を
通(つう)ずる能(のふ)あり
○磁(じ)は山(やま)の陽(みなみ)に鐵(てつ)を産(さん)す
るものは陰(きた)にかならず磁石(じしやく)
あり二/物(ぶつ)同気(どうき)なればなり
よく針(はり)を引(ひき)すものなり
○砒(ひ)は砒石(ひせき)なり大毒(だいどく)あり練(ねり)た
る物を砒霜(ひさう)といふ腫物(しゆもつ)の
毒(どく)を消(せう)し瘧(おこり)をきる外科(げくは)
の用(もち)ゆる石(いし)なり斑猫(はんめう)と同
しく毒(どく)あり
○瑪瑙(めのう)は玉(たま)なり七/宝(はう)の内(うち)
なりこの玉(たま)の色(いろ)馬(むま)の脳(のう)に似(に)
たりよつて馬脳(めのう)となづく色(いろ)
黄(き)なり
【右頁下段】
綿《割書:きん》【訓蒙図彙では「錦」】
《割書:に|し|き》     繍《割書:しう|ぬい| もの》

絨(しう)
《割書:びらう| ど》    紅染(もみぞめ)

加(か)
賀(が)
絹(ぎぬ)

縠(こく)《割書:ちり| めん》
《割書:あこ| め》    繻子(しゆす)    繻珍(しゆちん)

綾(りやう)《割書: |あや    》綃(せう)《割書: |すゞし》    緞(たん)《割書:どん|  す》
【左頁上段】
○硨磲(しやこ)は玉(たま)の名(な)七/宝(ほう)の一つ也
石(いし)の玉(たま)に似(に)たるなり一/名(めい)海(かい)
扇(せん)和名(わみやう)いたやがい
○玳瑁(たいまい)は亀(かめ)の名(な)甲(かう)に文(もん)あり
器(うつはもの)につくるべし櫛(くし)簪(かんざし)香(かう)
合(ばこ)などにつくる
○瑠璃(るり)は玉(たま)の名石(ないし)のひかり
あるものなり七/宝(ほう)の内(うち)なり
色(いろ)あをし
○琥珀(こはく)は松脂(まつやに)地(ち)におちて
千年(せんねん)にして琥珀(こはく)となる能(よく)
塵(ちり)をすふ玉(たま)なり色(いろ)黄(き)也
○玻瓈(はり)は玉(たま)の名七/宝(ほうの)一つ也
西国(さいこく)の玉(たま)なり頗黎(はり)とも
かくへし
○琅玕(らうかん)は玉(たま)のひかりあるもの
なり崑崙山(こんろんざん)に琅玕樹(らうかんじゆ)有
色(いろ)あをし
【左頁下段】
絹(けん)
《割書:き|ぬ》    線(せん)《割書:より|いと》

絲(し)
《割書:い| と》

絛(たう)  組  紃
《割書:くみ| ひ| ぼ》

綿(めん)《割書: | |わた》    八/丈嶋(じやうじま)

氊(せん)
《割書: もう|  せん》

金(きん)
薄(ばく)    水銀(みづかね)

高麗(かうらい)
  織《割書:を| り》
【上欄書入れ】94 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         三
【右頁上段】
○珊瑚(さんご)は海中(かいちう)の珠(たま)なりいろ
あかし鐵網(てつもう)をもつて是(これ)を取(とる)
七/宝(ほう)の一つなり
○砥(し)は細(さい)砺(れい)【礪】石(せき)なり硎(まと)とも書(かく)べ
し黄砥(わうし)はあはせどなり
○礪(れい)は麁砺石(それいせき)なりあらとなり
磑(あらと)とも書べし
○紗(しや)は金紗(きんしや)銀紗(ぎんしや)紋紗(もんしや)等(とう)
ありうすものなり又/法螺漏(ほらろ)
などいふ有/戻子(もじ)といふも有
○熨斗目(のしめ)は筋(すぢ)ある織物(をりもの)也
祝義(しうき)に侍(さふらひ)のきる服(ふく)なり
又/能役者(のふやくしや)などもきるなり
○錦(きん)は五色(ごしき)の糸(いと)を織(をり)て錦(にしき)
とす俗(ぞく)にいふ金襴(きんらん)の類(たぐひ)也
○繍(しう)は五/采(さい)の刺文(しもん)なり
ぬいもの
○絨(じう)は細毛布(さいもうふ)なりその美(び)な
【右頁下段】
革(かく)
《割書:つくり| かは》  《割書:韋》  《割書:革》    鐵線《割書:はりがね》

皮(ひ)
《割書: かは》

水精(すいしやう)《割書:みづとり|  だま》    火(くわ)精《割書:ひ| とり| だま》    緑青(ろくしやう)

雲(うん)
 母(も)
《割書:き| らゝ》
【左頁上段】
る物を天鵞絨(ひらうと)といふ褐(かつ)
子(す)氆氌(ふら)兜羅綿(とらめん)みな毛(もう)
布(ふ)なり
○紅染(もみぞめ)は紅なり紅梅(こうばい) 緋(ひ)
桃色(もゝいろ)中紅(ちうもみ)茜(あかね)などあり共(とも)
にあか色(いろ)なり
○加賀絹(かがきぬ)は加州(かしう)小松(こまつ)よりお
りいたす絹(きぬ)なり
○縠(こく)は縐紗(そうしや)なり今(いま)いふちり
めんなり俗(ぞく)に縮緬(ちりめん)とかく
○繻子(しゆす)は五/色(しき)有/島(しま)もあり
○繻珍(しゆちん)は五/色(しき)あり繒(かとり)【縑ヵ】を
もつて織(をる)なり
○綾(りやう)はあやなり又/綾子(りんす)也
花綾(くはれう)は紋綾子(もんりんず)なり光(くはう)
綾(れう)はぬめ綾子(りんず)なり
○綃(せう)はすゞしなり生綃(さんせう)と
書べし熟絹(じゆくけん)はねりぎぬ
【左頁下段】
白(はく)
粉(ふん)《割書:おしろい》

石膽(せきたん)
《割書:たん|はん》

浮石(ふせき)
《割書:かろ| いし》

温石(をんじやく)

滑(くわつ)
石(せき)

鱉(べつ)
甲(かう)

麒(き)
麟(りん)
血(けつ)    幣(へい)《割書:にぎて》    木綿襷(ゆふだすき)
【上欄書入れ】95 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         四

綿(めん)はまわた絮(ちよ)は木(き)わたなり○八/丈島(じやうじま)は日本(につほん)八/丈(じやう)か島(しま)よりをりいだす公方様(くばうさま)へ
貢(みつぎ)にそなゆるなり外(ほか)に八/丈島(じやうしま)といふはみなにせをりなるよし○氈(せん)【氊】はむしろ
なり毛氈(もうせん)あり線氈(せんせん)あり花氈(くはせん)あり毛氈(もうせん)のすぐれたるを山/水(すい)といふ○金薄(きんばく)は
金(きん)をうすくのべたる物(もの)なれば薄(はく)といふなり薄(はく)はうすしとよむ銀(ぎん)銅(あかゞね)の薄(はく)同箔(はく)
同じ○水銀(みづかね)は性(しやう)寒(かん)なり毒(どく)あり馬歯莧(すべりひゆ)にも水銀(みづかね)あり又/汞(みづかね)とも書(かく)丹砂(たんしや)より
いづるなり○高麗織(かうらいをり)は京(きやう)西陣(にしぢん)よりをりいだす○皮(ひ)かはけだものゝ皮(かは)に毛(け)あるとき
の名(な)なり虎皮(とらのかは) 豹皮(へうのかは) 熊皮(くまのかは) 狐皮(きつねのかは) 麑皮(?にゝのかは)【鹿兒皮ヵ】などなり○革(かく)はけだものゝ皮(かは)なり毛(け)をさる
を革(かく)といふ生(しやう)なりあらかは熟(じゆく)するを韋(い)といふなめしかはなり○鐵線(てつせん)ははりがね
なり銅線(とうせん)はあかゞねのはりがね又/銅糸(とうし)ともいふなり○水精(すいしやう)みつとりだまなりい水中(すいちう)の石(いし)の美(び)
なる物(もの)をいふ水晶(すいしやう)同し又/硝子(せうし)もみづとりだまなりびいどろなり○緑青(ろくしやう)は石緑(せきろく)とも
いふ銅(あかゞね)のさびなり銅緑(とうろく)ともいふ水飛(すいひ)して画工(ぐはこう)采(いろとり)の具(く)とす○火精(くわしやう)ひとりだまなり火(くは)
斉(せい)同この火(ひ)をとりて灸(きう)をすゆれは虚熱(きよねつ)をさます○雲母(うんも)はきらゝ也/廬山(ろさん)の中(うち)よりいづる
五/色(しき)あり白(しろ)きものよし服(ふく)する事十/年(ねん)すれは雲気(うんき)つねにその上(うへ)におほふ膏薬(かうやく)
にねる又/地紙(ぢかみ)にぬる○白粉(はくふん)おしろいは鉛粉(えんふん)なり鉛(なまり)をやきてつくるとうのつちといふ
又/銀粉(ぎんふん)ははらや粉霜(ふんさう)はやきかへし白粉(おしろい)は蕭史(しやうし)といふ人つくりはじめて秦(しんの)穆公(ぼくこう)のむ
すめ弄玉(ろうぎよく)にぬらしむとなり○石膽(せきたん)たんはんは銅(あかゞね)ある所より出(いづ)煎(せん)し煉(いり)てなる石中(せきちう)
【上欄書入れ】96 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         四
【右頁上段】
○緞(だん)は段子(どんす)なり花段(くはだん)錦(きん)
段(だん)毛段(もうたん)金段(きんだん)あり
○絹(けん)は加州(かしう)より出(いで)丹後(たんご)より
いづる縑(けん)はもろぎぬなりまた
かとりなり
○線(せん)《割書:補》はよりいとなりいとすじ
とよむ綫(せん)同/漢(かん)の宮女(きうぢよ)冬(とう)
至(じ)の日より日ながくなりて
一/線(せん)のながきをそふると
いへり
○糸(し)【絲】はいとなり蠶(かいこ)のはく所
なり緒(しよ)はいとくち纇(るい)いとふし
縷(ろ)いとすぢ経(けい)たて緯(い)ぬき
麻(ま)苧(ちよ)紵(ちよ)まを纑(ろ)うみを【績麻】
○絛(たう)はくみひぼなり匾(ひらたき)を組(そ)
といふ円(まるき)を紃(しゆん)といふ
○綿(めん)わた也/蠶(かいこ)をかふてとる
精(くはしき)を綿(めん)といふ麁(あらき)を絮(ちよ)と云
【右頁下段】
海盬(かいゑん)
《割書: しほ》

石(せき)
灰(くわい)
《割書:いし| ば| ひ》

頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之八
  器用(きよう) 《割書:此部は武具(ぶぐ)農具(のうぐ)そのほか|日用(にちよう)のうつはものをしるす》
【上段】
○紙(かみ)は楮(かち)の木(き)にてつくる
後漢(ごかん)の祭敬仲(さいけいちう)といふ人
始(はじめ)てつくるといへりむかしは
帛(きぬ)に物(もの)をかきしゆへに紙(かみ)
といふ字(じ)糸篇(いとへん)をかける
○筆(ふで)は秦(しん)の蒙恬(もうてん)といふ人
つくりはじむとなり蒙恬(もうてん)
此(この)功(こう)によつて管城(くわんじやう)といふ
所に封(ほう)せらるよつて筆(ふで)の
異名(ゐみやう)を管城子(くわんじやうし)といふ
○硯(すゞり)は黄帝(くわうてい)玉(たま)をもつて
【下段】
紙(し)《割書: |かみ》
 帋(し)同    牋(せん)《割書:し|き|し》

筆(ひつ)《割書:ふで》
 筆管(ひつくわん)
 《割書: ふでのぢく》
   筆帽(ひつほう)《割書:ふでの| さや》

墨(ぼく)
《割書:もく》
すみ

硯(けん)
《割書:すゞ|  り》
研(けん)同

書(しよ)
《割書: ふみ》
本同  《割書:横|巻》  《割書:冊子》

裱(へう)《割書:へう| し》
【上欄書入れ】97 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         五
の汁(しる)なり膽礬(たんはん)なり○浮石(ふせき)かるいしは水花(すいくは)ともいふ水(みづ)のあわ化(け)して浮石(かるいし)となる
西国(さいこく)よりいづる○温石(をんじやく)は一/名(めい)烏滑石(うくはつせき)といふ和漢(わかん)ともにあり■(い)【硫ヵ】黄(わう)のある山より出(いづ)
る正真(しやうじん)まれなり火(ひ)にあたゝめて熨(のす)ときはよく痼疾(こしつ)をいやし瘀血(をけつ)を散(さん)ず
○滑石(くはつせき)はかわきをとめ小べんをつうじ油(あぶら)のものにしみたるに滑石(くはつせき)をふりかくれば
油(あぶら)けとるゝ白色(はくしき)なる物よし○鼈(べつ)【鱉】甲(かう)たいまい也/鼈(べつ)【鱉】は海中(かいちう)の大かめなり甲(かう)をはぎて
うすくすけば斑文(はんもん)いづるこれを櫛(くし)笄(かんざし)香盒(かうばこ)等(とう)のうつは物につくる玳瑁(たいまい)といふ
も同し又/藥(くすり)に用(もち)ゆ○麒麟血(きりんけつ)は麒麟(きりん)の血(ち)なりといへとも麒麟(きりん)といふけだもの
つねに有ものにあらず馬血(ばけつ)なり血(ち)とめによし○幣(へい)はにぎて𧸁(へい)【敝+貝】とも書(かく)葈(からむし)にて
するを白和幣(しらにきて)といふ麻(あさ)にてするを青和幣(あをにぎて)といふ串(くし)をもつてはさむ神(しん)
前(ぜん)秡(はらひ)【「祓」の誤字ヵ異体字ヵ】の具(ぐ)なり手(て)ににぎるといふ義訓(ぎくん)なり○木綿襷(ゆふだすき)は幣(へい)をとる時(とき)にかく
るたすきなり木綿(もめん)のくみひぼなりむかしは楮(かうつ)の皮(かわ)にてつくれる幣を白木(しらゆふ)
綿といふ○海(かい)塩(ゑん)【盬】しほ也/食(しよく)塩(ゑん)【盬】なり海中(かいちう)の潮(うしほ)をくんで竈(かま)にてにて塩(しほ)【盬】とす賢(しん)に入(いり)
て歯(は)をかたくす鹵(ろ)あらしほ鹵(ろ)丘(きう)【坵】はしほしり塩盤(ゑんはん)はしほがま○石灰(せきくはい)は火(ひ)にて石(いし)を
やきて灰(はい)となす毒(どく)あり一切(いつさい)の腫物(しゆもつ)を治(じ)す又/白堊(しらつち)にして壁(かべ)をぬる

BnF.

【題読めず】
【ラベル】JAPONAIS 5345 1 RESERVE
1517 F. III

ころは九月廿日あまりの事
なれはしくれはよもの山めくり
もろきこのははみちをうつみ
あらしこからしみちすからなさけを
かくる人もなくしも夜のかねの
とこさしてこかけさひしきあけ
ほのにやもめからすのうかれこゑ
きりたちこむるあさちかはら
をくしらつゆのたまちりてなみた
にあらそふそてのうへはらひかね
たるたひころもしくれのそらそ
はれまなきつくりみちをもうち
すきてとはのみなみのもんより

【右頁】
ふねにのりあかひかはらをうちすきて
よとのわたりを見給へはみきはの
とりはかたよりてうはけのしもを
うちはらひさい中将のいにしへあつ
まへくたり給ひしにすみたか川のほとり
にてみやことりいさこととはんとな
かめけんふるさとしのふねをなき
てといまさらなかめ給ひけるも
おもひしられてあはれなりおとこ
山をふしおかみなむしやう八まん大
ほさつねかはくはあかてわかれし
中将殿わか君二たひみやこへわれ
らをかへしてみせ給へとてふしおかみ
【左頁】
給ふ中にもいつそや中将殿のしやう
けいにたち給ひし御おもかけいま
さらの心ちしておつるなみたははく
せんかうはんしはみなゆめのことし
うき身のつらさはかきりなし中将の
かの所へはしめてわたり給てちよ
ふる心ちこそすれとの給ひしこと
かす〳〵思ひいたしてたえこかれ又
わか君のこひしさはたとへんかたも
さらになしいたきまいらせていてし
そのおもかけいつの世にかはわするへき
かみならぬ身のかなしさはそれをか
きりとしらさりけるこそかなしけれ

【右頁】
かゝるへしとしらましかはよく〳〵
みるへかりける物をとてちたひくや
しき御ことのみおほかりけりきのふ
まてはみやこのたよりもきゝし
うちのそら物おもはぬたひならは
いかはかりおもしろくこそ侍らめみや
こに心ありし人々にみせたてま
つりてといひて御なみたのひま
よりかくなん
  ものうさをなけく
     なみたのつゆけさに
    またうちそふる
       わかのうらなみ
【左頁】
いつしかふねのうちのさひしさつれ〳〵
かきりなしありしことのみかたりいた
してすけもろともにたもとは
なみたにしほれけりさてかいまん〳〵
となかめやるかきりあらんいのち
のいまいくるかはゆきめくりてさの
み物をおもはんとかなしけれはそこ
のみくつともなりはてんと思ふに
たゝわかれし人々のこひしさかきり
なけれは又たちかへりかひなきい
のちもおしかりけりしのふにたへぬ
おもひのいろは御ともなるおのことも
いみしくいたはしくあはれにおもひたて

【右頁】
まつるさもそうつくしかりける御あり
さまかな中将殿いかになけかせ給ふ
らんわれらまてかへりきこしめさん
事おそろしくおほしていろ〳〵
の御くた物ところにつきたる御さかな
まいらせたれともつゆも御らんせ
られすたゝむかしにかはる身のあり
さまになさけもありかたくこそとて
たゝつゆよりもろきなみたはか
りにて見いれ給ふ事もなかり
けり
【左頁絵】

【右頁】
さてみやこには大みやのひめ君
の御返事をひめ君たちとのへ
もちておはしましてはゝうへにみせ
たてまつりてなけき給へはけにいか
はかりおほしけんこれほとみめかたちを
はしめて心さまふるまひやさしき
人はありかたくこそいかに〳〵中将の
なけきたまはんすらんとかねて
おもふも心くるしくおほす中将は
此御事はゆめにもしりたまはすたゝ
ぬれはゆめさむれはおもかけのみ
たちそひてこひしくかなしくおほし
めす御事かきりなしひめ君はたゝ
【左頁】
わか君の御事をのみの給ひておと
なしきものならはいかに〳〵たつね
給はんすらんなとたゝおなしことを
のみの給ひてなきふし給へりすけ
もろともにうちはひつゝうらめしき
世のならひかなさりとも中将殿は
それほとはおほしすてたてまつり
給はし物をとすけ申しけれはひめ君
いさとよおとこの心と川のせは
夜のまにかはるならひなりまして
めつらしき花のたもとになれそめ
てはかなき身にはつゆのなさけを
もかくへきにあらすなと夜もすから

【右頁】
かたりあかしてあかつきかたになり
ぬれは月も山のはにかたふきて
あけぬとつくるとりのねもほの
めきわたれはすけ此とりのねかね
のこゑをきゝても人まちたてま
つるおりとおもはゝせめてうれし
かりなんと申せはひめ君の給ひ
けるは中将のかのところへゆき
そめ給ひしあかつき夜ふかくかへり
おはしてとりのねかねのこゑいと
心くるしくまちかね給ひけんと
の給ひし事もいと心くるしく
いまのやうにおほゆるとの給へはすけ
【左頁】
とりあへす
  なに事も見はてぬ
     ゆめとおもふにも
    いとゝつゆけき
       そてのうへかな
ひめきみ
  さそなけにうきも
     つらさもをしなへて
    みはてぬゆめの
       心ちこそすれ
夜あけぬれはふねさしよせて
のせまいらせてゆくほとにふる
さとはくもゐはるかにこきすきて

【右頁】
きんやかたのをうちすきてくすは
のさとをすくるには人のうらみも
よしなくてわたなへのはしにも
つきぬゆくすゑはるかなるしま
ありあのしまをはなにといふそと
おほせられけれはおともの人あれ
なんあはちしまと申又あれに
みえたるゆきの山はみむろの山
と申侍るときこゆれはなにのみ
きゝしをいまみる事のはかなさ
よとひめ君はいよ〳〵おもひしつみ
給ふあしやのさともかすかにてひな
のすまゐそあはれなりあまの
【左頁】
つりふねとにかくに物思はぬ人たに
もたひのあはれはある物をおきつ
しらなみたゝよひてこきゆくふねも
うきしつみなにそ入えのみおつくし
つくす心もよしなしやなみにむれ
ゐるうきとりのゆきかたしらすたち
まよひこゑ〳〵になきわたりあ
はれのとりやなにといふとりそと
とひ給へはふな人ちとりと申みやこ
にてはいくとし月をふるともみる事
あらしともまとはせるむらちとりとは
これなりとおほしてかきくらす心の
うちいはんかたなし

【右頁絵】
【左頁】
さていつくともしらぬあしのやの
みなみむきにすみたる所にいれ
たてまつる物あはれにさすかに
みやこ人のすみかにやしやうしに
ゑなとかきすさみて心あるさま
にそみえたるをくりおきまいらせ
て御ともの人々はみなかへりにけり
あるしのあま君あないとおしいかゝ
してかゝるところにすみわたり給ふ
へきといたはしくていたはりかしつき
たてまつれとも日にしたかひみ
やこのこひしさわか君のおほつかなき
御事のみ思ひ給ふ事かきりなし

【右頁】
なにはのあまはみたてまつりて
あなうつくしかゝる人も世にはおはし
けることよたかきもいやしきも
おんあひのみちはおなし心なる也
あかぬ御中のわかれにてわたらせ
給ふらんよとてさま〳〵なくさめ
たてまつりたゝいにしへのこひしさを
いかにしてたへしのひ給ふへきあけ
くれはふししつみ給て中将わか君
見なれにし人々こひしくて心に
御なみたひまもなし此御ありさま
いかゝしてなくさめたてまつらんと
申けれともかひなき御ありさまなり
【左頁】
松風なみのをとしきりにして心
ほそさかきりなしちとりこゑ〳〵
うちなきてたちさわきけれは
みやこのともゝこひしくていとゝかき
くらしけれは
  なに事もはかなき
    ゆめとおもひなさは
   さむるこゝろの
      せめてあれかし
御つれ〳〵かきりなきまゝなかうたを
かきをき給へる
 うき世をは はかなきゆめと
 みるものと おもひなせとも

【右頁】
 いとゝなを さむるこゝろの
 なきわひて うきことのみは
 日にそへて なにあやにくに
 まさるらん つきぬ思ひは
 ふるさとに とゝめをきにし
 みとりこの みしおもかけの
 わすられて しつのをたまき
 くりかへし むかしをいまに
 なすよしも かなはぬ身には
 かくはかり そてのしからみ
 せきあへす なにはのうらに
 なくちとり うき身をつくし
 なみをわけ かはくまもなき
【左頁】
 からころも さてやはてなん
 しもかれの あしのうらはに
 風さして  物あはれなる
 ふゆのゆふくれ
おもひいりえにうちなきつゝなかめ
ゐ給へるさまなまめかしくうつ
くしき御事かきりなしあま君
はいたはしく心くるしくそおもひ
きこし給へる

【右頁絵】
【左頁】
さるほとに中将は此御事をは
ゆめにもしりたまはすとかくひま
をうかゝひて大みや殿へおはしたり
けれは人もおはせすいかにと御むね
うちさはきて大かた殿へやおはせ
たるとおもひひめ君のすみ給ひし
所へ入て御らんすれはすみあらし
たるさまにて御しやうしにうた
ともあまたかきすさみたりこれを
みるにあやしきさまなれはめも
くれ心もきえてさなからゆめの
心ちしてうつゝともさらになかり
けりわれとおはしけるにや又殿より

【右頁】
かくし給へるにやとふしきにて
とのもりのいやしきしも女をめし
いたしてたつねさせ給へはいつかたとも
うけたまはらすにはかにあかつきかたに
御くるままいりていてさせ給ひ候つる
御なけき中々申もをろかにていても
やらせおはしまさゝりしをしきりに
御ともの人々申ていたしたてまつり
しかはたかひになく〳〵わかれまいら
せて候と申もあへすそてをかほに
をしあてゝなきけれは中将は物も
おほしたまはすさてわか君はとおほせ
られけれはよひのほとにあはのつ
【左頁】
ほねいたきまいらせていてさせ給ひ
しと申けれはさてはおおかた殿より
よそへやらせ給ひけるとおほすうら
めしのうき世の中のありさまやよし
いまはみやこのうちにあとをとゝめて
みえたてまつらはこそとおほしてあは
のつほねはしりたるらんとていそき
おはして大みやのひめ君はいつくへそ
ととひ給へはあはのつほね御いたは
しくてかくと申さはやと思へとも
大将殿此事申たらんものはとかに
をこはふへしとかへす〳〵おほせられ
けれはおそろしくていさやしりたて

【右頁】
まつらすと申おさあひものはとたつ
ね給へはそれはわらはか御むかひに
まいりてこれへはいれまいらさせ給ひ
て候と申けり中将はたのみたり
つるあはのつほねさへしらぬと
申けれはたれにたつね給ふへき
かたもなしあきれたるさま中〳〵
いふはかりなししはしありてわか
君これへとおほせけれはつれたて
まつりてまいりぬ中将いたき給て
あなむさんやさりともおとなしき
ものならははゝのゆくゑはしりな
ましありしをかきりにてありける
【左頁】
よとてしのひかねたるなみたの
いろいふはかりなしあはのつほね
もけにさこそおほすらんとともに
なみたをなかしけり

【右頁絵】
【左頁】
とのゝひめ君御ふたり一ところにて此
御事ともの給ひけるところへ中将
おはしてさても大みやのひめ君は
いつかたへとかきこしめして候と申させ
給へはもとより此ひめ君に申かよ
はすとてわれ〳〵にはかくさせ給ひたる
御事なれはいさやしりまいらせす候
にはかに物へ御まいりときゝまいらせ
たりしほとにとりあへす御ふみをまい
らせたりし御返事あり御らんせよ
とてとりいたし給へりとりて見給へは
かきくらすなみたはつゝみあへ給はす
もののすかたもみえ給はす御かほに

【右頁】
をしあてゝうつふし入ておはしけり
一かたのなけきをたにもかほとおほす
に大みやのひめ君の御思ひさこそ
とをしはかられてあはれさかきりなし
中将はつく〳〵と思ひつゝくるにわか
君の御わかれふるさとをたにいたさ
れてさこそかなしくもうらみふかく
おほすらんとおもひやらるゝにきえも
うせぬへし中将はなみたのひまより
おほせられけるはさりともくやしく
おほされんすらめとて御そてを
かほにあてゝたち給ぬ
【左頁絵】

【右頁】
又なく〳〵大みやへわたり給てひめ
君のおはせしところにうちふし給
てなにとなく御あたりをみ給へは
まくらのしやうしのやふれにかみを
さしはさみたりとりて見給へは御て
ならひのほうくなりさま〳〵のこと
かき給へる中にことにあはれなるは
  あひみすは人に
     うらみはよもあらし
    なか〳〵いまは
       くやしかりけり
まことになつかしくうちむかひたる
心ちして御かほにをしあてゝなき
【左頁】
ふし給へりその夜は大みやにふし
給ひて夜あけぬれともおきも
あかり給はすふししつみてそおはし
ける御ともに候はりまのかみをめし
おほせられけるは此人のゆくゑ
をきかすは世になからへてあるへし
ともおほえすいかゝしてせめてゆめ
にもみるへきとの給へははりまのかみ
こひしき人をゆめにも見たく候
にはその人ときたるきぬをかへし
てぬれはかならすゆめにみるとうけ
たまはり候と申しけれは中将うれしく
おほしてみなみのたいへおはして

【右頁】
めしたる御とのい物をとりよせて
うちかへしてひきかつきてふし
給へりされともまとろむ事なけ
れはゆめもむすはすいとかなしくて
 さ夜ころもかへして
     ぬれとまとろます
   ゆめにも君を
      みぬそかなしき
いかなるところにわれをもわかきみ
をもこひしくみやこもしのはしく
てあかしくらし給ふらんと思ふに
御むねせきあけてくるしかりけり
いかにしてあり所をきかましとて
【左頁】
 こひわふるこゝろは
     はやきみなせ川
   なかれあふへき
      すゑをしらせよ
とうちなかめてたゝ思ひやる人の
心のうちせんかたなし
 とにかくに物そ
     かなしきさよころも
   そてのみぬれて
      ゆめもむすはす
むかしけんそうくはうていあんろくさんと
いふものはくわいかのへにてやうきひを
ころしてしよくのくにゝ世をいとひて

【右頁】
あけくれおほしなけきてはるの風
にとうりの花のひらく日を御らん
してもうれへのなみたをこほし
あきのつゆにことうのはのおつる
をきこしめしてかなしみのおもひを
ますふるきまくらふるきふすま
たれをともとかせんとて御なけき
ありけんもかくやと思ひしられたり
かんのりふしんはんこんかうの
けふりに身をこかし給ひしふていの
御思ひも身にしられて思ひむすほゝ
れてなみたにむせひつゝおはしける
ところに
【左頁絵】

【右頁】
大将殿より御つかひありていらせ
給へと申けれときくもいれたまはす
御つかひひまなくまいりけれとも
おはせすしてその夜もなきあかし
て夜もすからなけきつゝいまは人
にもしたかひまいらせはこそこれから
ゆきかたしらすあしにまかせてと
にもかくにもなりなんとふかくおほし
けれともわか君をいま一め見はやと
おほしめして殿へおはしましてわか
御かたにわたらせ給てあはの
つほねにわか君くしてまいれと
おほせけれはいたきたてまつりて
【左頁】
まいりたりいたきまいらせてつく〳〵
まもり給へはわか君いかゝおほしけん
うちゑみ給へりにほやかなる御すかた
うつくしくはゝ君の御おもかけ
さなからおほしいて給ふあなむさん
やなはゝにこそわかれめ又われに
さへすてられてはたれかなんちを
あはれみはくゝむへきとてはら〳〵と
うちなき給ひてわか君いたき
なからあねきみの御かたへまいり
給ひていまは此こをあはれむへき
人も侍らすはゝにもわかれ又みつ
からもおもひたつ事侍れはみなしこ

【右頁】
になりはて候はんする事のみゆく
さきのさはりともなり侍らんとかな
しくおほし侍るなりふひんにおほ
しめしてわかかたみとも御らんせよ
とて御ひさのうへにうちをき給ぬ
あさましやいかなる御事をおもひ
たち給ふらんと心くるしくてそて
をそひほり給ふ
【左頁絵】

【右頁】
さて中将はよろつ心うくて大かた
殿へもまいり給はすはゝうへはこれ
をきゝ給ひてよしなきことかな
かやうにもてなしかなしむも中将を
おもふゆへにこそかなと心くるしく
物をおもはせうきめをみせたまふ
事のつみふかさよと殿に申させ
給へはいふかひなしとてきゝいれたま
はすさりなから世に心くるしくそ
おほしめしける中将はかくて物をもふ
も心うしとてはりまのかみたゝ一人
めしくして御むまにてたちいてた
まひぬこれをかきりの事はれはみや
【左頁】
このなこりちゝはゝ御をとゝいの御
なこりわか君一かたならぬかなしさ
たとへんかたなしさりとてはとゝ
まりて世にたちましるへき心ち
もせねはいつくをさすともなくこま
にまかせてたちいてゝうはのそら
にまよひ給ふ御心のうちせんかたなし
 なけきわひこまに
    まかせてわけゆけは
  ゆめちをたとる
     心ちこそすれ
かやうにうちなかめていかならんれい
ふつれいしやにもまいりて身の

【右頁】
ゆくすゑをもいのり申さはやとおほし
めしてまつ津のくになにはかたは
ひろきところなれは心にくしとて
いそき給ひけりつくりみちをも
うちすきてやはたの御かたをふし
おかみその夜はつのくになにはと
いふところにとゝまり給ひぬもの
おもはぬ人たにもたひねのとこは
つゆけきにたつねわひたるこひの
みちいかてまとろみたまふへきふし
のけふりのなかそらにて夜もすから
おもひあかし給ふほとにあたりち
かき所に物すこきこゑにてなかめけるは
【左頁】
 こひしさはおなし
     心にあらすとも
   こよひの月を
     君見さらめや
と心ほそけになかめけれはわれなら
ぬ人もおもひはするやらんといとゝもよ
ほすそてのうへとこもまくらも
うくはかりなりその夜はあかし給て
しはのとほそ【芝のとぼそ(枢)。「あけ」に続く序詞。】のあけかたにそこ
ともしらぬたひころも又たちいて
てあさきりのあとをたつねて
山と【大和】をしまつ心さすかたなれは
てんわうし【天王寺】へまいり給ふ


【右頁絵】
【左頁】
かたしけなくもしやうとくたいしの
御こんりうふつほうさいしよのれい
ちにてふつしやりをわうくうにのこし
まつせのしゆしやうをみちひかん
ためなりしかれはふつほうしゆこの
こうりうはたいたうのしたをみやこ
とさため日々におかみをいたすかめ
いのみつと申はほたいしんをもて
のみぬれはすなはちわれほとけ
なり又あしき心もすなほになる
御ちかひなれはこんせこせたのも
しくおほゆるしかるへくはたつぬる
人にいま一とあはせてたはせおはし


【右頁】
ませとふかくきせい申てさいもん
にてはるかににしをみわたせはかす
かにみゆるあはちしまかよふちとり
のこゑ〳〵にともよひかはすこゑすみ
てこきつらねたるあまをふねなみ
にたゝよふありさまはわか身のうへ
とあはれなりこゝすみよしの松
みえて人まつ風そ身にはしむ
いく世へぬらんきしのひめ松と
うちなかめ給てうそふき給ける
そよしなき神ならぬ身のかなし
さはなにはのうらにすみなからたか
ひにしりたまはぬこそかなしけれ
【左頁】
物まうての人々おほくゆきかふも
わかおもふ人ににたるやおはすると
人しれす心をつくし給ひけるひめ
君は風のたよりにもみやこのをと
つれやあるとうはのそらにまち
くらしたまふいかなるつみのむ
くひにておなしさとにありなから
御心をくたき給ふらん

ひめ君の御心のうち物によく〳〵
たとふれはむかしちやうあんし?
かのむすめのあき人にすてられ
てしんやうのえのほとりにて
たゝひとりひはをたんし給ひけん
かくやとおもひしられてあはれ
なりさても中将はすみよしの
みやうしんはあら人かみにてまし
ますなれは身のゆくすゑをもい
のり申さんとてすみよしへまいり
給ひてみやしろをふしお

【右頁】
かく申て七日さんろうし給ひける
ころはしも月の廿日あまりの事
なれはあらしのをとたかく松風
はけしくこうようにはにちりし
きてをらぬにしきとうたかはれ
しも夜のつるのもろこゑはわかみ
のうへとなきあかし物をおもはぬ
人なりともあはれなるへきにおりふし
みやこのうちかみさひて心すむ事
かきりなしさりともみやうしんは
すてたまはし物をとふかくたのみ
をかけたてまつりてこほりをくた
きてこりをかきひねもすに
【左頁】
三千三百三十三とのらいはい
を申て五たいをちにつけて
一しんにまことをいたしておもふ
人あんをんにていま一とあひみ
せ給へときせいしてさま〳〵の【下に赤印中にBnF MSS】
りうくはんをそたてられける

【文字無し

【裏表紙】

BnF.

BnF.

【表紙 文字無し 資料整理番号のラベル】
JAPONAIS
4499
1517
F-三

【右丁 白紙】
【左丁】
抑昔(そも〳〵むかし)我朝(わかちやう)にさがの帝(みかど)の御
左大臣(さたいしん)公覚(かうくう?)ともてならひなき
臣下一人おはします然共公覚
に御代をつくへき御子なく
かくてはいかゝすへきと大和(やまと)の国(くに)
はつせの寺に詣して悲願懸
せぬ観音(くわんおん)のりしやうをあふき
三十三度のあゆみをは□□□
子をこそし給ひけれ今□□□
めぬ観音のねかひのほともはや
みちて程なく御子をまふけ給ふ
しかも男(なん)□にて御(□)座(さ)□□夏(なつ)□
の□な□□花も□□□□□だ

てよるとてゆり若殿□□□申
いつきかしつき給ひけり七さい
にて御はかまめし十三にてうゐ
かふりめし四位(しい)の少将(せうしやう)殿と申
奉る十七にては程なく右大臣
にならせ給ふ御い?らは名によそへ
てゆり若大臣と名付申三
条みふの大 納言(なこん)あきときの卿(きやう)
の姫(ひめ)君を迎(むか)へとらせ給ひな□
ひなふこそかしつかへれけれ

【右丁】
そも我朝と申は国とこよ□□
はしめてさていさなきといさなみ
は彼国にあまく【「く」を脱字して左に〇を付け、右に「く」と書きつける】たり二はしらの
神と成て第一に日をうみ
給ふ伊勢の神明にてさた有
其次に月をうむ高野のにう
の明神月よみのみこ是なり
其次(そのつき)に海をうむ津(つの)国にお立
あるひるこの宮ゑひす三良【「郎」の代用】殿
にておはします其次に神をう
む出雲の国そさのおは大やし
ろにておはします其外末社の
ふるひとうは皆此神の惣社(やしろ)たり

【左丁】
神の本地をほとけとはよくも
しらさることはかなほんぢの
神こそ仏とならせ給ひつゝ衆
生をけど【化度】し給ふなれそれは
ともあらはあれ我朝と申は
よつかい【欲界】よりはまさしくまわう
の国と成へきをしんみつから
ひらけ仏法こちの国となす大
まわうたけじだい天【他化自在天】にこしを
かけ種々の方便めくらしていか
にもして我朝をまわうの国と
なさんとたくむによりて則天
下ふしきおほかりき此度のふし



【右丁】
きにはむ国【?】のむくり【蒙古の国】かほうきし
て四万そうの舟共に打ほくの
むくりとりのり【とり乗り】りやうさうと
くはすいとふ雲とはしる雲
かれ四人の大将にてつくしの
はかたに舟をよせせめ入とこそ
聞えけれ国にありあふ弓とり
ふせきたゝかひけれともかれらか
はなつとくの矢はふる春雨の
ことし四はうてつはうはなち
かけ天地をうこかしせめ入は
叶へきやうあらすして皆中
国へそひきしりそく

【左丁 絵画】

【右丁】
そも我国と申はそくさんへん
と【粟散辺土】にてちいさしと申せともつた
はれる三のたから是あり一には
しんし【神璽】とて大ろくてんのまわう【第六天の魔王】
のをしてのはんこれあり二ツには
ないし所とてあまてる神の御
かゞみ也三ツには釼ほうけんとて
出雲の国ひかみの山の大しやの
尾よりも取しれい釼也是みな
天下の重宝にて代々の御代に
いこくよりきうい【九夷】おこつてあさ
むけ共神国たるによりつく
はう【つくばう】国となす事もなし今も

【左丁】
あまてるおほんかみのいすゝ川の
末つきすいせへほうへい【奉幣】奉り
ないし所の御たくせんによりつゝ
討手をつかはすへしと諸社の
ほうへいりんし【綸旨】の御神楽参ら
せ給ひけり其中に取てもない
し所の御たくせんはかたしけなう
そ聞えける七ツにならせ給ひ
し乙女か袖にたくしてすゝふり
立てしんたくあり た(む歟)くりか向
日よりして天か下のかんたちたか
まかはらにしゆゑ【集会】していくさ評
定とり〳〵なりしかりとは申せ

【右丁】
ともむくりか大将りやうさう
諸て【「は」の誤記ヵ】うにはなつとくの矢かすみ
よしのめされたる神馬のあしに
たつ此きすいやさんそのために
神のいくさをのへられたり是に
よつてけういとも力をえたりと
せめ入也され共かれらかふるまひ
風ふかぬ間の花なるへしいそ
き此度ほんふのいくさをはやめよ
神〳〵もむかはせ給ふへしほん
ふのいくさの大将には左大臣か
ちやくなんにゆりわか大臣をむく
へきなりかの人討手にむくならは

【左丁】
諸神合力まし〳〵てこんかうの力
をそゆへき也もしさも有て下向
せはくろかねの弓矢を持へきなり
をそくて此ことあしかりなん
はやいそけ〳〵としんたく有
て神はあからせたまひけり

【右丁 絵画】
【左丁】
御ちゝ左大臣は御子のゆり若大
臣をめして下向せよとの御諚也
神多くと申り【「わ」に見えるが誤記と思われる】んげん【綸言】又は武名
なりけれは吉日をゑらひ都出
と風聞す扨神託【「詫」とあるは誤記】にまかせて
かねの弓矢を持へしとてかちの
上手をめしよせ一所を清めかちや
とさためせい〳〵【精誠】をつくして作り
立る弓のなかさは八尺五寸まはり
は六寸二分矢つかは三尺六寸矢数
は三百六十三ねには八めのかふら
を入弓も矢もくろかねにてひいて
はかへすへからすと人魚のあふら

【右丁】
をさし給ふ国にありあふ弓とり
みなたうの兵のにて一きも残
所はなしすてにえらひ【「ひ」を見せ消ちにして右に「む」と傍記】吉日は
弘仁七年かのえさる二月八日都
を立大臣殿の御せいは三十万
ぎにしるさるゝ其外以下の軍
兵は百万きとそ聞えける都を
立て其日八幡の御前にちんを
とり明れは津の国なにはかたこ
やのにちんをとり給ふさるほとに
王城の鎮守をはしめ奉りい
くはんをぬきかへ鎧をめしせい
れい【清麗】みさいの色の上にはやしやら

【左丁】
しん【神】のかたちけんし【源氏】雲にのり露にのり
一ツは国家を守らんため又は氏
子をまもらんため我かうぢこ〳〵
かたちにかけのそふことくさきに
立てそ守らるゝさて神たちの
きによりて神風すゝしく吹けれは
つくしにちん取むくりとも此よし
を承て今度はまつ〳〵ひけや
とて四万そうにとりのりてむ
くりの国へそ引にけるさてこそ
天下もをたやかに国もめてたく
おはしけれ大臣殿此よしそうもん【奏聞】
申されたりけれは内【内裏=天皇】よりのせんじ

【右丁】
には大臣か此度のけしやうには
つくしのこくしをとらするそ
いそひてまかりくたれとあり
大臣殿は九国にすまん物うさに
したい申されけれとも国の守の
ためなれはざいこく【在国】せては叶まし
とかさねて勅使立けれはちから
をよはすみたい所を引くして
いそきつくしに下り豊後のこう
に京を立さなから都にをとら
すすまゐ給ふ又都にはくきやう
せんきまち〳〵たりむくりか大将
は四人ときこゆるをせめて一人討

【左丁】
取てこそ軍にかちたるしるしは
有へけれけういは二さうの物なれは
何とか思ふて引つらん心のうちも
さとりかたし先かうらい国へ打
わたり七百六十六国をせめした
かへ其大せいをそつしはくさい国
をせめなひけ【なびけ=服従させる】其後むこくをせめん
事なんの子細の有へきとせん
きしてつくしへせいをそこされける
大臣殿も吉日をえらひ御出と
こそ聞えけれ新さうの大船百
よそうえだ船は数しらす其
外うら〳〵のれう舟かたせ舟

【右丁】
惣して舟数は八万そうむくりは
四万そうにてむかひけるに一はい
ましてむかはれけるさて大臣殿の
ござ御座船をはにしきをもつてかさ
り立ともへ【船首と船尾】にいはふかみ〳〵六十
よしうのれい神たちいかき【斎垣】鳥
ゐ榊葉雲にひかりをましへ
つゝほうくは大こをそうすれは
身の毛もよたつはかり

【左丁】
う月半に大臣ははや御座船に
めされけりみたい【御台=将軍・大臣などの妻の尊称】なこりをおしみ
ておなし舟にとの給へとも思ひも
よらすとの給てをしこそとゝめ
給ひけれさて舟共のともへには
五色のへいをはき立て神風
すこしく吹けれはまゑんまかい【魔縁魔界】
もおそるへし昔のたとへを引
時は神功【「后」とあるは誤記】皇后のしんら【新羅】をせめ
させ給ひしとき神あつめして
むかはれしもかくやと思ひしられ
たりむこくに陣取むくりとも
天の色をきつと見て二さう神

【右丁】
通のものなれはうつてのむく
とおほしたりおなしちかふよせ
ては叶まししほさかひへうち
いてふせいて見むとせんきし
て四まんそうのふねともにおほ
くのむくりをとりのりたう【唐】と
にほんのしほさかひちくら【筑羅】か
おき【韓(から)と日本の潮堺にあたる海。また、どちらつかずのたとえ】にちんを取大臣の御座
舟をもちくらかおきへをし
いたすかれもおそれてちかつ
かすたかひにおそれてよりも
せす五十よちやうをへたてつゝ
三とせのはるをそをくられける

【左丁】
むくりか大将りやうさう一陣に
すゝみ出天をひゝかす大音にて
我らか軍の手たてには霧をふら
するならひあり霧ふらせよと
けちすれは承ると申てきりん
国の大将舟のへいた【舳板】につつたち
あかつてあさきいきをつくいか
なるしゆつをかかまへけん霧と
成てそふりにけるはしめはうすく
ふりけるか次第〳〵にあつく成て
月とも日共見も分すこくう【虚空=大空・空中】は
ちやうや【長夜】のことくにて一日二日
にてはれもせて百日百夜そふりに



【右丁】
けるさしもたけき弓とりも霧
のまよひにわろひれて弓のもと
すゑをたにもしらされは引へき
やうこそなかりけれ此霧計に
おかされてさうはのみくつ【蒼波の水屑】と
ならん【溺死する意のたとえ】
ことうかりなんとそなけきける大臣
殿は無念至極に思召今ならて
いつのとき神の力をあふくへ
きとおほしめされける間うしほを
むすひててうづとし南無天照
太神宮其外六十余州の大小
の神祇此霧はらしてたひ給へと
きせいを申させ給ひてけれは

【左丁】
あら有難やきせいのしるしはや
見えていせの国■【萩或は荻ヵ】あらしに霧
も程なくすみよしの松ふく風も
すゝしくてまよひのやみもしら
山の雪よりはやくきえけれは
いつしかかしまかんとり【舵取り…「かじとり」の変化した語】もよろこひ
のほをそあけにける大臣殿は
なのめならすに御よろこひ有て
さらはいくさをはやめんとてはし舟
おろさせ給ひ熊大せいはむやく【無益】
思ふ子細の有そとて十八人を引
くしてむくりか船人そかゝられ
ける





【両丁絵画 文字無し】

【右丁】
りやうさうくはすいこれをみて
たうらうかをの【蟷螂が斧…弱者が身の程も知らずに強者に立ち向かう意】といさみつゝほこ
をとはせつるきをなけしはう
てつはうはなしかけ天地をうこ
かしせめけれとも大臣ちつとも
さはき給はすむくりか船へそ
かゝられける舟のへさきにつか
せたるくろかねのたての面には
はんにやしんきやうくはんおん経
こんてい【金泥】にてかゝれたるそんせう
だらに【尊称陀羅尼】の中よりもしやや〳〵
ひんしやといふもじか三とくふしき
の矢さきと成てむくりかまなこ

【左丁】
をいつぶいたりふどうのしんこんに
かんまん二つのもじかつるきと
成てとひかゝりおほくのむくりか
くひをきる観音経のもじに
おふいきうなんといふもじか金の
たてと成てむくりか矢さきを
ふせけはみかた一きも手もおは
すさてこそ諸人ちからをえちん
この合戦手をくたく大臣殿は
御らんしていつのれうそと仰有
てくろかねの弓のつるをとすれ
は雲のうへまてひゝきあり三百
六十三すちの矢をのこりすく

【右丁】
なくあそはせはりやうさうは
うたれぬくはすいはらきりぬ
とふ雲はしる雲かれら二人は
いけとられぬ其外以下のむくり
ともあるひはうたれはらをきりて
海へ入てしするもあり四万艘
にとり乗たるむくりおほくうた
れては【「わ」とあるは誤記と思われる】つる一万そうになる
さのみはつみに成へしとてき
しやうをかゝせたすけをき本ち
へもとさせ給ひて日本はいくさ
にかちぬとて八万そうの舟の内
よろこひあふにかきりなし大臣殿は

【左丁】
此まゝ御帰朝有ならはめてたかるへ
き事共を此間の長陣に精気
をつくさせ給ひめのとの別符を
召て給けるはいつくにか島やある
あかりて身をやすめんとの御諚
なり別符兄弟承てはしふね
おろし尋るになみまに一ツの小島
ありげんかいか島是也味方の舟をは
忍ひやかにあけ参らせ御敷皮を
のへ岩のかとを枕にせさせ申睡眠
ならせ給ふ大力のくせやらんね入てさう
なくおきさせ給はすよるひる三日そ
まとろみ給ふさる間別符兄弟は
とせん【徒然】さの余に物語をそはしめける

【右丁 絵画 文字無し】
【左丁】
おと〳〵【弟】か申けるはあらめてたや
このきみ先度はつくし九か国を
給はらせ給ひうへみぬはしと御座
ありしかあまつさへ此度はおほく
のむくりをせめほろほし給へは
日本国を他のさまたけなく
給はらせ給はんことのめてたさ
に人のくはほうをねかはゝみな
この君のやうにと申兄の別
符かこれを聞されはこそとよ
そのことよ君はさやうにとみ給
はゝわれら兄弟はもとのまゝ
にてくちはてんことこそくち

【右丁】
おしさよいさこのきみをうち
申しう【主】なくして御あとを
ちぎやうせんと申おと〳〵か
是を聞あらもつたいなの御
たくみや候この君の御おんを
あめ山にかうふり人となりし
我らそかしいにしへの御おんを
わすれ申我らか手にかけ申
ならは天めいいかてのかるへき御
しあんあるへしあに此よしを
聞よりもさては汝は君と一た
いよなつゐに此事もれ聞え
なは我一人か科たるへしよそに

【左丁】
かたきはなきそとよわ【「は」とあるところか】殿とあふ
てしなんとて刀のつかに手をかけて
とんてかゝらんとす弟か是をみて
けにとさやうに思召給はゝたとへ
は手にかけころし申さすとも
いきなから此島にすておき申て
帰るならは所はわつかの小島にて
十日はかりも御命何になからへ
給ふへき兄此よしをきゝおもし
ろくも申されたる物かなさらは
さやうにつかまつらんとていたは
しや君をはけんかいか島にすて
をき申本の舟にあかり余方【四方のこと】の

【右丁】軍兵をちかつけて申けるはいた
はしや君はむくりか大将りやうさう
かはなつ矢を御きせなか【着背長=大将などの着る正式の大鎧の美称】の引合【ひきあわせ=鎧を着脱するための胴の合わせ目】
うけとめさせ給ひて候うす手【うすで(薄手)=軽い傷】
にて御座有し間さり共〳〵と
頼みをかけししるしもなく終に
むなしくならせ給ひて候御死
骸をもくか【くが=陸】にあけみたい所の御
めにかけたくは存候へとも諸神
諸仏をいはひたる御座舟にて有
間いたはしなから海底にしつめ
申て候さてあるへきにてあら
されは舟出せよと下知すれは

【左丁】
みかたのくんひやう【ぐんびょう=軍兵】ともは夢の心ち
して我をとらしとをしけす一ど
にほをあけかちをとれは天ちも
ひゝくはかりなりこのこゑともに
大臣殿は夢うちさまさせ給ひ
てたれかあるとめさるれとも
させ事申ものはなしこはいか
にと思召かつはと【かっぱと=がばと】おきさせ給ひ
てあたりを御らんありけれとも
人一人もなかりけりめしたる舟
を見給へはほをあけてこそ
をしいたせ

【両丁絵画 文字無し】

【右丁】
さては別符は心かはりを仕る
たとへ別符こそ心かはりをする
ともなとや以下の軍兵ら我を
はつれてゆかぬそやあの舟こち
へとの給へとも皆舟共のをと
たかく聞付申ものもなしせめ
て思ひのあまりにや海上に
とひひたつていきをはかりに
およかせ給へとも舟はうき木の
物なれは風にまかせてはやかり
けり力及はす大臣はうかりし
島に又もとりそなたはかりを見
をくりてあきれてたゝせ給ひけり

【左丁】
早離即離かいにしへ海岸波
島にすてられしも是ににたり
と申せともせめてそれらはふたり
にてかたりなくさむかたもあり
所はわつかの小島にて草木も
さらになかりけりさうてんひろう
をふして【このあたりの意味不明】月の出へき山もなし
あしたの日は海より出又夕日も
うみに入露の力はたのみなや
夜更て聞も浪の音岩まの
宿をたのめてやうちふすかた
もぬれまさかまれにもこととふ
物とてはなみになかるゝむらかもめ

【右丁】
汀の千鳥なくなを又ともゝ悲し
くていとゝ明行夜もなくくれ
行日影もをそかりけれは露の
命草のはにやとすへきやうなけ
れともなのりそ【海藻「ほんだわら」の古名】つみて命をつき【継ぎ】
うき日数をそをくらるゝいたは
しこともなか〳〵に【なまじっか】申はかりもなか
りけりさる間別符兄弟はつ
くしのはかたへ舟をよせよろこひ
の帰朝と風聞す豊後のこう
に御座有みたい所はめつらしき
きよく共をかまへさせ給ひ御出
おそしとまたさせ給ふところに

【左丁】
さはなくして別符兄弟うち
つれて先御前【「前」の右肩に小さく「所」と傍記】さまさして参る
みたい所は御らんしてあれはいつ
もの御さきへのあんない申にこそ
参りつらんと人して聞召へきこと
をおそく思召自身みすまちかく
御出有てめつらしの兄弟や何
とて君はおそくわたらせ給ふ
そ兄弟しはし仰せ事をは申
さすかさねていかにとたつねさせ
給へは其時涙をなかすまねを
して申さんとすれは涙落る
申さすはしろしめさる【理解なさる】ましいた

【右丁】
はしや君はむくりか大将りやう
さうと申ものとをしならへく
ませ給ひ二人なから海底にしつ
ませ給ひて其後又も見えさせ
給はねはその思ひのみふかうして
いくさにかちたるしるしもなく
御前へ参り候なりさりなから御
かたみの物をは給はつて候と御
きせなか【着背長=大将などの着る正式の大鎧の美称】とかねの弓御釼をそへ
て参せ上るみたい所此よし御
らんして是はふしきの事共かな
かたきとくませ給はんにいつの隙
に御かたみをとゝめてうみに入

【左丁】
給ふへきそや前後ふかくの事を
申物かなあはれもの兄弟を取
てをさへてかうもん【拷問】しめしとは
はやとは思へともはかなき女性
の御事なれは心ひとつにくたし
つゝれんちう【簾中】ふかく入給ひかた
みの物をめしあつめいたきつか
せ給ひてりうてい【流涕】こかれ【焦がれ】給ひ
けれは御前中ゐの女房たち
一どにはつとなけきけれはよその
たもとにいたるまてしほるはかりに
あはれなり

【右丁 絵画 文字無し】
【左丁】
其後別符兄弟うちつれてい
そき都へのほりよろこひの帰朝
と風聞す天下のはんしやう世の
きこえ何事か是にまさるへき
と上下さゝめき給ひけり然と
は申せとも大臣殿御帰朝なき間
天下くらやみのことし御父左大
臣御母みたい所老たけよはひ
かたふき【年をとり】さかりの御子にをくるゝ
事は枯木に枝なきふせい【風情】つれ
なき命にかへはやとなけき給
へとかひそなき内よりせんしには
大臣帰朝するならは日本国をと

【右丁】
思召つれ共うたれぬるうへちから
なし詐にけしやうを折こなふへ
きへつふ【別符】兄弟にはつくしの国司
をとらするそいそきまかり下
後家に宮つき【貴人に仕える】大臣かけうやう【孝養】
ねんころにとへ【弔え】とのせんしなり
へつふ承てあんに相違のせんし
かな日本国をと思ひてこそ君を
はふりすて申たれめつらしからぬ
つくしへとて又こそ下けるとかや
へつふみち〳〵あんしけるはさも
あれ我君のみたい所は天下一の
美人にてましませは風のたより

【左丁】
の玉つさを参らせてみんする
にうけひき給はゝ然へしそむ
き給はゝふしつけに申さんと
玉つさねん比にこしらへこれは
都よりの御状なりとてさゝけ
けれはみたい所は都よりのふみ
と聞召中〳〵うは書をたにも
御らんしあへすいそきひらいてみ
給へは思ひの外に引かへて別符か
方よりの玉つさなりあまりの
事のかなしさにふたつみつに引
さきかしこへかはとすてさせ給
命あれはこそとの給ひて御まほ





【右丁】
り刀をめしよせしがいせんとし
給へはめのとの女房参り御まほ
り刀をうはひとり申御道理は
さる事にてさふらへとも三てう【三条】
みふの御所よりも必御むかひの
参りさふらふへし御命をまつ
たうし給へととかうなため奉る
世事をせぬ物ならはふとくしん【不得心】
なる別符にていかなる所存か
たくむへきとめのとの女房か
そはより世事をかく三とせの
のち新枕我にかきらぬ事
なれともすまふ草もとり〳〵に

【左丁】
ひけはやなひくならひなり
まみえん事はやすけれとも
きみのむ国へ打手におもむ
き給ひし時うたれみやに参り
千部のきやうをかきよまん
と大ぐはんをたて七百余部は
かきよみぬいま二百部は書
よます此しゆくぐはんじやうじゆ
のゝちはともかくもとかきとゝ
めてこれはみたいところの御
世事なりとてかへすつかひは
いそきたちかへりへつふ殿
にたてまつるへつふひらいて

【右丁】
見奉るあらめてたやさては
なひかせ給ふへきやしゆくくはん
のあひたはいかほとのあるへき
と百年をくらすこゝちし
てあかしくらしまちゐたり

【左丁 絵画 文字無し】

【右丁】
其後みたい所かすの女房たち
をめしあつめさせ給ひ命あれ
はこそかゝることをもきくなれ
は今もふちせに身をなけあと
かきくれたく思へとも草の
ゆかりも忍ふゆへそよくこゝろ
もよしあしときみかおもかけの
夢うつゝにたちそふ時はまた
しゝたる人とは見え給はす然
はいのりの物と聞あふまて命
おしきなり大臣殿此まゝ御帰
朝なきならは我も身をなけ
むなしくなるへしさあらん時に

【左丁】
御かたみを山野のちりとなさん
よりたつとき人にほうじあと
をとはせ申さんとて御手なれの
ひわことわこんしやうひちりき
さうしの数をとりあつめたつ
とき人にほうせらる四十二疋の
名馬ともみなてふくへひかれけ
る三十二ひきの鷹いぬ【鷹狩に用いる犬】のきづ
なを切てそはなたれける此ほと
有し鷹しやうたちも思ひ〳〵に
ちらされける十二てうのたか共の
あしおをといてそ放れける十二
てうの其中にみとり丸と申て

【右丁】
大たかの有けるか君のなこりを
したひてたちさるかたもなかり
けりみたい所は御らんしてあれは
君の御ひさうのみとりまるなる
かつ【「わ」の誤記か】かれにのそみてあれはこそ
羽をたれひれふしてはゐたる
らめあれ〳〵女房たちゑし
をあたへてはなし給へと仰けれ
承るとは申されけれ共いつれも
みな女房たちの事なれはゑ
かふやうをしらすして飯を丸
めてそなふる此たかうれしけ
にて此はんをくはへ雲はるかに

【左丁】
とひあかりはねうちのへてとひ
けるか大しんとのゝ御座あるげん
かいかしまにとひつきぬはんを
はとあるいはのうへにをき我力
もそはなる岩ほにはねを
やすめてそゐたりけるちく
るい【畜類】といゝなから別符ましたる
やさしさやと人皆いゝあゑり

【右丁 絵画 文字字無し】
【左丁】
あらいたはしや大臣殿はたゝうつ
せるかけのことくにて岩まの
宿をたちいてみきはのかたを
見給へは此ほと見なれぬたか
一もと羽をやすめてそゐたり
ける大臣あやしくおほしめし
いそきたちより見給へはいに
しへなれしみとり丸也あまり
の事のうれしさにいそき立
より給ひてさて大臣か此島に
ありとは何とて知てきたり
けるそけに鳥類は必五通【「五神通(ごじんずう)」のこと=五種の不思議な超人的はたらき】ある
とは是かとよ扨も是なるはんは

【右丁】
みたい所の御わさかや此はんを
たはんよりなとふみはことつて
なきそ豊後にいまたまし
ますか都へ帰り給ひけるかふちは
せになるならひ【世の移り変わりの激しいことをたとえていう語】かやいかに〳〵と
とひ給へは心くるしきふせひにて
涙はかりそうかめける大臣殿は御
らんして今これほとの身と成て
御飯ふく【服】してあれはとていく程
命のなからへんてうるいなれ共
あのたかの見る所こそはつかし
けれくそもあらてと思召かさも
あれみとり丸か万里のなみち

【左丁】
をわけこしたる心さしのせつなき
にいて〳〵さらはふくせんとて御
手をかけさせ給ひけれはうれし
けにて此鷹か羽をたゝき爪
をかきおひざのまはりにひれふし
て物いはぬはかりのふせいなり大臣
殿は御らんしてあらたよりもなや
みとり丸汝は【右側に「か」と傍記】見ることく木葉た
にもなき島なれは思ひの色をも
画やうすいかゝはせんと仰けれは
此鷹うれしけにて雲居はるかに
とひあかる大臣殿は御らんしてしば
しもかくて候へかしあら名残おし

【右丁】
のみとり丸やと仰けれはさはなく
してみとり丸いつくよりとりて
きたりけんならのかしい葉ふくみ
て大臣殿に奉るそふかここく【蘓武が故国 注①】
の玉つさをかりのつはさにことつ
てしも今こそ思ひしられたれ
われも思ひはをとらしと御ゆひ
をくひきり木葉に物をそあそ
はしたるたんの落葉なりけれ
はたゝ哥一首書付てをしたゝ
み丸めて鈴付にゆひ付てはや
帰れよと有しかはうれしけにて
此鷹か三日三夜と申には豊

【左丁】
後の御所に参りけるまたさう
てう【早朝】のことなるにみたい所はえん
きやうたう【注②】して御座有しかみ
とり丸を御らんして汝はこくう【虚空=大空】を
かける物なれはいたらぬ所よも
あらし物いふものにてあるなら
は大臣殿の御行ゑをなとかは
申さて有へきそあらうら山
しのみとり丸やと仰けれは
此鷹うれしけにて御前さ
して参りすゝつけをふりあけ
ゐなをりたりみたいふしきに
思食【「めし」と読ませるヵ】くはしく見給へは木葉に


【注① 中国前漢の名臣蘓武が、匈奴に捕らわれ十九年間抑留されたが、降伏せずのちに雁に手紙を託し、故郷に帰ることができたことをさしている】
【注② 縁行道(えんぎょうどう) 経文や念仏を唱え、或は瞑想などしながら、仏堂や屋敷の縁側、長廊下などを歩くこと】





【右丁】
血の付たる有いそきとりあけ
見給へはいにしへの人のことつて
に一首の哥にかくはかりとふ鳥
のあとはかりをはためく君うはの
空なる風のたよりをとかやうに
よませ給ひつゝさては此世に大
臣殿はいまたなからへ給ふそや是
こそ命の有しるしなれかみなき
かたにてあれはこそ木葉に物
をあそはしたれ硯とすみ筆
なけれはこそ血にて物をはあ
そはしたれいさや硯を参せて
おほしめされん事のはをくはしく

【左丁】
かゝせ申さんとてむらさきすゞ
り【紫色の石の硯。高級品とされる】ゆゑんのすみ【油煙の墨】かみ五かさねに
ふでまきそへみたいをはしめ
たてまつりそのかす〳〵の女房
たち我をとらしとふみを書
とりあつめたるまき物よしなき
わさとおほしたり女こゝろ程
ゆひかい【言甲斐】物はなし

【右丁 絵画 文字無し】
【左丁】
みとり丸かすゝつけの【右に「に」と傍記】ゆひつけ
かまへて今度はとくまいれと
仰けれは此たかうれしけにて
又雲居はるかにとひあかりはね
うちのへてとひけるかむらさき
石のならひにてしほのみちひに
したかひてとき〳〵おもくなる
ほとに次第にひかれてさかり
今はと思ひてとひけるかおほく
の文とかみとも露ふくみて
おもくなりたゝ引にひかれつゝ
其まゝうみにひたつてむな
しく成そむさんなるしまに

【右丁】
まします大臣殿鷹たにも
今はかよはねは何になくさみた
まふへきそや此鷹の又も参ら
ぬはもしも別符か方へもれ聞
えころされても有やらんと時
〳〵かよふいきたにもかきりの
色と見えさせ給ふ猶もいのちの
すてかたくてみるめあをのりと
らんとて岩まのやとをたち出
汀のかたを見給へはなみうち
かゝる岩まに鳥のはを【「を」を見せ消ちにして右に「す」と傍記】こし見
ゆる大臣あやしく思召いそき
とり上見給へは此程かよひし御

【左丁】
鷹也あまりの事のかなしさに
かしこにとうとまろひゐて鷹
を御ひさのうへにかきのせありむ
さんのありさまやとくはしく
ていを見給へはしつむひとつ
ことはりなりむらさきすゝり
ゆゑんのすみそのかす〳〵の文
ともかしほにみたれて見えわか
ねともこゝろしつかに見給へは
とり〳〵にこそ見えにけれ是や
女性のはかなきはかみすみふて
たに有ならはこれほとおほき
いはほにていかほとも物をはかく

【右丁】
へきに硯を付るはなに事そや
さても此鷹かきかい【鬼界ヶ島のこと】かうらい【高麗】
けいたん【契丹】国へもゆかすして又此
島にゆられきて二度物を思は
する必生をうくる物こんはく二ツ
の玉しゐありこんはめいとにおもむ
けははくはうき世に有と聞我も
命のつゝまら【「ら」を見せ消ちにして「り」と傍記】て今をかきりの事
なれはめいとの道のしるへをしてつれて
ゆけやみとり丸我をは誰にあつけ
て何となれと思ふそとて此鷹に
いたき付りうていこかれ給ひけり後
大臣の御歎君に見せはやとそおもふ

【左丁 絵画 文字無し】

【右丁】
是は大臣殿島にての御歎豊後
のこうにおはしますみたい所の
御なけきは中〳〵申はかりもなし
せめて思ひのあまりにやうさの宮
に参り給ひ七日籠り願書を
かいてこめさせ給ふきみやうちやう
らい【帰命頂礼=地に頭をつけて礼拝し深く帰依の情をあえあわすこと】そうひうしん【意味不明】若も大臣殿帰
朝のゑみをふくませ給ひ二度御目
に懸るならはうさのさうゑい申へし
玉のほうてんみかき立こかねの戸
ひらをのへひらきるりのかうらん【高欄】
やり渡ししやかうのきほうし【擬宝珠】み
かき立みきりのいさこに金を

【左丁】
壁には七宝をちりはめて池には玉の
橋を懸井かき【井垣】はくはう【意味不明】ようらん【瑶欄】
けいしくはいらう【回廊】とはいてん【拝殿】四ツの
ろう【楼】門玉のまくさ【まぐさ(楣)=窓や出入口の上に水平に渡した横木】をみかくへしとう
りやうむねをうきやかにしんてんひさ
しをひろ〳〵といかにもやうらく【瓔珞】むすひ
さけけまんのはたは雲をわけし
せんへいはく【紙銭幣帛】しゝこま犬金をもつ
てみかくへし大塔としゆろうをいか
にも高く雲の上にひかりを放て
作るへし四季のさいれいへちりへ
し【意味不明】花のみゆきをなすへきなり
九本の鳥居高く立極楽浄土を
まなふへし極楽外に更になし諸神

【右丁】
のしよけう浄土とすあゆみを
神にはこへは神たうよりも仏たう
にきする方便是也其かいていの
いん【注】も今も絶せすあらたなり
ほうさい神にいたせはほたいのた
ねをつゝむ也抑神と申はしん
そくたるを姿とし正直たるを
心とすちりのうちにましはり我ら
にゑんをむすへり本願かきり有
ならは我をはもうし給ふなようや
まつて申と書留てくる〳〵と
ひんまひて神前にとうとをき
七日七夜まとろまてしやうしん
にそいのらるゝ

【注 海底の印…海底に現れ、日本の国土を形成したという大日如来の印】

【左丁 絵画 文字無し】

【右丁】
まことに神のちかひにやいきの
うらのつり人つりに沖へいてたるか
みなみの風にはなされて北の
沖へなかれ行大臣殿の御座
有けんかいか島に吹つくる舟人
ともは島かけにあかりいとゝ物うき
折節に大臣殿を見付申けう
かるいき物ありとてかなたこな
たへにけさりておちてさうなく
ちかつかす大臣殿は御らんして
あらくちおしや扨ははや我すかた
人間とはみえさりけるや何と成
行こと共やとて御涙にむせはせ

【左丁】
給へは涙をなかすていを見てちつ
と心かかうに成てさもあれ汝は
いかなるいき物そととへは大臣うれ
しく思召ありのまゝにかたらはや
とおほしめすかもしも別符方
の者にてもありとやせんと思
召偽かうそ仰ける是は一とせ
ゆりわか大臣殿む国へ打手に
御むきの時舟夫にさゝれてむ
かひたりし者なりしかふしき
に舟にのりをくれ此島に捨ら
れて候大臣殿御帰朝のゝちは
はや三年に成りと覚えたり

【右丁】
しかるへくは御労志に我を日本
の地につけてたへと仰けれは
舟人共か是を聞あら不便【ふびん】
の次第やなくし【なぐし(和し)=気軽な気持ち】する身にはなに
はにつき物うき事のおほいそや
人のうへともおもはねはたすけて
さらはもとらうする風のこゝろを
しらぬなり我人果報めてたく
は順風次第に出すへく有とも
うんつきはてなは猶しも遠く
放さるへし只果報をねかへ大
臣けにもと思召うしほをむすひて【両手で(水を)すくいあげて】
てうつとめされあらうらめしや

【左丁】
何とて日本の仏神は我をは
すてはて給ふらん観音経のめい
もんに入捨【「於」の誤記】大海けしこく風すい
こせんほうひうたらせつ【注①】■せう
はうへうたらせつの国におも
むくと我一人か祈念によつて本
地の岸へつけてたへと祈精申
させ給へは誠に仏神も不便【ふびん】に
おほしめさるゝか八大龍神波風
留にはかに順風吹きたり帆柱
のせみ口【柱の先端の綱や紐の取り付け口】には八大龍神こと〳〵く
面をならへ座せられたり船の
へさきにはふどうみやうわうの


【注① 『観世音部菩薩普門品第二十五』の御経の文言。「入於大海假使黒風吹其船舫飄堕羅刹」】
【注② これも観音経の文言だと思われますが、特定できませんでした】




【右丁】
かうまのりけん【降魔の利剣】をひつさけてこん
かうけんこ【金剛堅固】のさくのなは【縄】あくまを
よせしとしゆこせらるゝかんまん
二ツの御まなしりともにはかうふく
そうしやうてん【増長天】ひしやな天大光
天とらせつ【羅刹】天ふうてん【風天】水天火
天とう雨風波をしつめんため
上かい下かいの龍神しやしんの
とくをとゝめてよるひる三日と
申にはつくしのはかたに吹付る
ありかたしとも中〳〵に申計
はなかりけり

【左丁 絵画 文字無し】

【右丁】
舟人申けるはこれまてとゝけ
たる忠に我にしはらくみや
つかひ恩ををくれといひけれ
は大臣けにもと思召ならはぬ
わさをし給ひて恩をそをく
らせ給ひけり国内つうけ【国内通計(こくないつうげ)=広く知られること】の事なれは別符のしんかつたへ
聞いきのうらのつり人かけう
かる物をひろひきてやしなひ
をくとつたへ聞いそきつれて
参れと御つかひたつそのころ
なひかぬ木草もなしやかてく
してそ参りける別符たち出

【左丁】
つくと見てあらけうかる物や
おにかと見れは鬼にてもなし
人かとみれは人にてもなし只
かきとやらんはこれかとよ我に
しはらくあつけよ都へくして
のほり物わらひのたねとなさん
とてをしとゝめ門わきのおき
なにあつけやかてふちをそく
はへける彼門わきのおきなと申
は年比大臣殿にかしつかへし者
なれとも御かほにも御あし手
にもさなからこけのむし給ひ
御せいもちいさくいろもくろく

【右丁】
有しにかはる御姿をいかてか
見しり申へきされともなさけ
ふかきふうふにてありむさん
とやせおとろへたるかきやと
てかさねてふち【扶持】をそくはへ【加え】ける
ある夜のねさめにおうちか
むは【乳母】にかたりけるは扨もせんそ
の君ゆりわか大臣殿む国へ
討手に御向有て其まヽ又も
御帰朝なき間其思ひのみふかふ
してそゝろに年もよるそかし
さてもみたい所はこうのちやう
屋にましますよなむは此よしを

【左丁】
聞よりもされはこそとよその
事よ別符殿のみたい所に心
をかけさせ給ひ御玉つさ【たより】のあり
しかともさらになひかせ給はねは
むねんしこくに思召此二三日さき
ほとにまんなうか池にふしつけ
申けると聞是に付てもうき
命つれなく久になからへかゝる
事をも聞やとてせきあへす
こそなきにけれ大臣殿は物こし【人づて】
にて聞召あらなにともなの事
ともや今迄命のおしかりつるも
君にやあふとおもふゆへ今は命

【右丁】
もおしからすと明なはいそき尋
行万なうか池に身をなけて
二世のちきりをなさはやと思ひ
入てそおはしける其後おうち
かこゑとして今より後はいま
〳〵しうなくひそとこそ申
けれむは此よしを聞よりも
哀けに世中に心つよきは男
子也おうちのやうにつれなしこそ
しうも別もかなしまね我ら日
比の御情只今のやうに思はれて
いかにいふともなかふそとて又さめ
〳〵となきゐたりおうち此よし

【左丁】
聞よりもあらやさしのむは
こせ【乳母御前】やさほと君を大事に思ひ
申さは物語してきかすへし
かまへて口はしきくなおそろ
しや彼別符のうしろみ【後見】の中
太はおきなかおいにてある間み
たい所のふしつけられ給はん
事をおうちかねて承り是を
は扨いかゝはせんと思ひあひしの
ひとり姫みたい所と御同年に
まかり成を御命にかはるへきかと
尋てあれはひめはなのめによろ
こふて男子女子にはかきり

【右丁】
さふらふまし御しうの命にかは
らんこそさいはひにてさふらへと
忍ひやかに申ほとにおうちあ
まりのうれしさに姫をはみたい
所とかうしてまんなうか池に姫
かゐたりしちや【「ゆ」の誤記ヵ】うたいかゝきみを
はかくし申たれかたみは是に有
そとてかすのかたみを取出しむは
か手へこそわたしけれむははかた
みをとり持て是は夢かやうつゝ
かやさりなから君をたすけ参ら
せしこそ歎の中のよろこひなれ
しかりとは申せ共人間にかきらす

【左丁】
生をうけぬるたくひの子を思はぬ
はなかりけり三かいのとく尊【三界の独尊】しや
かむにによらい【釋迦牟尼如来】たにも御子のらこ
ら尊者をは又みつけう【密教】ととき
給ふこんしつてうは子をかなしみ
しゆらのなつきにはしをたつか
よるの鶴は子をかなしみれんり
の枝にやとらすやきうこうし
を【意味不明】ねむり野外の床にふすと
聞いきとしいき生をうけぬる
たくひの子を思はぬはなき物を
我身を分しひとり姫しうの命
にかへし事恨とはさらに思はねと

【右丁】
あらおしの姫やとてりうてい
こかれなきけれはおうちもとも
になく時こそ大臣殿はきこし
めしともにつれてしのひねの
せきとめかたき御なみたやる
かたなふそきこえけるとに
もかくにもおきなふう夫は
儀者とこそ聞へ侍れ

【左丁 絵画 文字無し】

【右丁】
大臣殿はたゝ今も立出なのり
て聞せはやとおほしめされけれ
ともしはしと思ふ所存にて時節
をまたせ給ふかくて其年も
うち暮あら玉の月にもなり
けれは九国のさいちやう【在庁=「在庁の官人」の略】ら弓
のとうをはしめ別符殿をいはふ
いたはしや大臣殿には御かほにも
御あし手にもさなから苔のむし
給へは苔丸と名付申矢とりの
やくをそさしにける大臣弓場
に立せ給ひこゝにて運をきは
めはやと思召あそこなるとのゝ

【左丁】
弓立のわるさよこゝなる殿の
をしてのふるふとさん〳〵に悪口
し給ふ別符此よし聞よりも
いつなんちか弓をいならふてさ
かしら【悪口、差出口】を申そもとかしくは一矢い
よ大臣殿は聞召いたる事は
候はねともあまりに人々の
いさせ給へるか見にくきほとに
申て候別符聞てさほと汝か
いぬ弓をさかしらを仕そぜひい
しと申さはうさ八幡も御しけん
あれ人手にはかくまし直に切
て捨へしとつく【疾っく】いよ【射よ】とせめかくる

【右丁】
大臣殿は聞召仰にて候ほとに
一矢いたくは候へとも引へき弓
か候はす別符聞てやさしく
申物かなつよき弓の所望か
又よはき弓の所望か同はつ
よきゆみの所望にて候やすき
間の事とてつくしにきこゆる
つよ弓を十ちやうそろへて
参らせ上る二三ちやうはりをし
かさねはら〳〵と引おつていつ
れも弓かよはくして事を
かいたと仰けれは別符これを
見てきやつはくせものかなその

【左丁】
儀にて有ならは大臣殿のあ
そはしたるかねの弓をいさせ
よ尤しかるへしとてうさ八幡
の御宝殿にあかめをくかねの
弓矢を申おろし大臣殿に
奉るいつしかもとより【以前から、もともと】御たらし【貴人のもつ弓】
かゝりの松にをしあてゝゆらり
とはつてすびきしてかねの御
てうつ【ちょうず(調度)=貴人のもつ矢】をうちつがひ的には御目
をかけ給はすくはんらく【観楽】して居
たりける別符のしんに目をかけ
て大音あけて仰けるはいかにや
九国のさいちやうら我を誰と

【右丁】
思ふらんいにしへ島にすてら
れしゆり若大臣か今はる
草ともえ出る道理にまかせ
て我や見ん非道に任て別符
や見むいかに〳〵と有しかは大友
しよきやう【諸卿】松らたう【松浦党】一度に
はらりとかしこまり君にした
かひ奉る別符もはしりおり
かうさんなりとて手をあはする
いかてかゆるし給ふへき松らた
うに仰付高手小手【人を後ろ手にして肘を曲げ、首から縄を掛けて厳重にしばり上げること】にいまし
めかゝりの松にゆひ付自身
たち出給ひて汝か舌のさへつり

【左丁】
にて我に物を思はする因果の
ほとをみせんとて口の内へ御手
を入舌をつかんて引ぬいてかし
こへかはとなけ捨首をは七日七
夜に引くひ【のこぎりで罪人などの首を挽くこと】にし給へり上下
万民をしなへてにくまぬものは
なかりけりいんくわ【因果】は手をかへ
さぬ間としるへし

【両丁 絵画 文字無し】

【右丁】
弟の別符のしんをもおなしこと
く罪科あるへかりしを島にて
の申やうありのまゝに申さらは
汝をは流罪にせよとていきの
うらへそなかされける其後大臣
殿こうのちやう屋へうつらせ給ふ
みたい所此よしきこしめしひとへ
に夢のこゝちして袂をかほに
あてなから涙と共に出給ふあ
はぬかさきの涙は理なれは
道理なりあふての今のうれしさ
にことのはもたえてなかりけり何
つらさに涙をさふる【押さえる】袖にあまる

【左丁】
らんみたい所はうさのみやの御
しゆくくはんのよしを御物かたり
有けれは大臣なのめに【いい加減に】おほしめし
立させ給ふ御願はことのかすにて
かすならす金銀珠玉をちり
はめ給ふ其後大臣殿いきの
うらの釣人に尋ぬへきしさい
ありいそき参れと御使立いか
なるうきめにかあふへきたゝ鬼
に神とるふせい【ひどく恐れることのたとえ】にてこうのちやう
屋へ参り庭上にひれふす大
臣殿は御らんして命のしうにて
ある物かなにとておそれをはなし

【右丁】
給ふそそれへ〳〵と仰有てひろ
ゑんまてめし出たれうれしき
をもつらきをもなとかはかんを
さるへきと御盃にさしそへて
いきとつしま両国をうら人に
くたしたひにけり善悪の二ツ
を爰にて知へし

【左丁 白紙】

【右丁】
□□きのおきなをはし出させ給
□□つくし九ヶ国の惣まん所□
□にけり翁か姫のためにまん
なうか池のあたりに御てらを立
給ひ一万町の寺領をよせ給ひ
けると□やみとり丸かけうやう【孝養】
に都のいぬゐに神護寺と申
御寺を立給ひけり鷹のために
立たれは扨こそ今の世まても
たかお山と申なれ大臣殿の御
諚につくしに住居をするな□
物うき事もありなんとみたい
所を引くして都へのほ□□□

【左丁 白紙 うすく資料整理番号があり】
JAPONAIS
4499
■■■
■■

【裏表紙 文字無し】

BnF.

Japonais
 321

1069

Licenca
Eu Geromymo Rodrigues da Companclia de