コレクション2の翻刻テキスト

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煙草記

【表紙題箋】
煙草記

【資料整理ラベル】
特1

3404

煙草記
  目次          【 蔵書印朱印】白井氏蔵書
 題辞   異号   和語   号評
 煙管   時代   製作   名処
 奇説   禁免   費利   気味
 功能   毒害   得失   解毒
 調法   証書   長歌   狂歌
 狂詩   伝賛   徒然   起請
 薫功   歌仙   増加   跋語
  目次竟

【 蔵書印朱印】
帝国
図書
館蔵

【右丁】
題辞
煙-草行_レ世一-物多-名有_レ能有_レ毒有_レ得有_レ失当-世之-人
代_レ茶易_レ酒日-用無_レ闕以為_二敬-愛_一大-清倪-朱-謨本-草彙-
言曰北-人日-用為_レ常客-至即然_レ煙奉_レ之以申_二其-敬_一愛【爰ヵ】-
-知和-漢土-異人-情是-同近-世説_二煙-草_一者不_レ可_二勝-言予-
曽随_二見-聞_一而抄-出及_二数-十紙_一今過-半革_二国-字_一以与_二児-
-女之戯-翫_一名曰_二煙-草-記_一耳

宝暦六丙子年仲春

【左丁】
煙草記
  異号
煙   芬   切芬  煙草  蔫草
煙児  煙火  煙花  煙葉  烟酒
煙草火 返魂烟 返䰟草 金糸烟 金糸草
相思草 担不帰 淡婆姑 淡把姑 淡芭菰
南蛮煙 南蛮草 南霊草 南草  慶長草
貧報草 貧乏草 愛敬草 敬愛草 思案草
分別草 長命草 延命草 延寿草 慶喜草
常楽草 永楽草 常盤草 養気草 長嗜草
長嗜烟 延嗜草 愛烟草 閑友草 大平草
丹波粉 多葉粉 多波古 太羽古 太婆古

【右丁】
打破魂  痰発粉  た    莨菪   䕞𦿆
莨𦿆   蒗蕩   䕞殤   𦵧薚   𦺫𦿆
     和語(わご)
羅山(らさん)のいはく佗波古(たはこ)希施婁(きせる)はみな番語(はんご)なりと貝原(かいばら)のいはく
多波古(たはこ)は異国(いこく)の方言(はうげん)なりと或(あるい)はいはく日本([に]つほん)に初(はじ)めて来(きた)りし時(とき)
丹波(たんば)の国(くに)よりその粉(こ)を割出(きさみだ)すゆへ丹波粉といふこの説(せつ)は妄語(まうご)
なりと又いはく烟草(えんそう)北京(ほくきん)にても韃(たつ)子にてもたはこといふ
和語(わご)にあらずと按(あん)するにたばこ日本に始(はじ)めて渡(はた)【「わた)の誤記ヵ】りしときの
故実(こじつ)明(あきらか)に知がたし幸(さいわい)に明(みん)清(しん)の医書(いしよ)に淡婆姑(たんはこ)淡芭菰(たんはこ)淡(たん)
把(は)姑の三体(さんてい)あり今(いま)これをもて字音(じおん)を弁(べん)せんこの三体 共(とも)に
同音(とうおん)なりこれけだし華人(くはじん)蛮語(ばんご)に的中(てちう)【ママ】する音字(おんじ)を附(ふ)する
所(ところ)なるべしこの音字(おんじ)をは和人(わしん)の口(くち)に字面(しめん)のまヽに音(おん)に読時(よむとき)は

【左丁】
たんはこなり然(しか)るをんを略(りやく)してたばことはを濁(にご)りて呼(よぶ)も
のかこのゆへに和人(わじん)侘波古(たばこ)多波古(たばこ)太葉粉(たばこ)とかくものなり然(しか)りと
いへども和人の口(くち)にてたばことよぶ所(ところ)華人(くはしん)蛮人(ばんじん)の耳(みゝ)には
通(つう)じがたし通(つう)ぜざる時(とき)ははた孰国(いづく)の語(ご)とせんや爰(こゝ)にしんぬ
たばこは蛮語(ばんご)の変易(へんゑき)にしてやはり和語といゝつべし譬(たとへ)は
形(かたち)と影(かげ)とのことしたヾし華人(くはじん)はたヾ烟(ゑん)と呼(よぶ)と聞(きこ)へたり
     号評(かうへう)
烟火(ゑんくわ)◦煙花(ゑんくわ)◦煙葉(ゑんゑふ)◦烟草火(ゑんさうくわ)◦烟(ゑん)◦芬(ふん)◦切芬(せつふん)◦の七体(しちてい)はみな当然(たうぜん)
の名(な)にして義(ぎ)も見へねど明(みん)清(しん)の医書(いしよ)にのするゆへ
これをいだすたヾし異国(いこく)にても近比(ちかごろ)は号称(かうしやう)をかんこに
たヾ烟(ゑん)とよび芬(ふん)とよぶときこへたり
金糸烟(きんしゑん) 金糸草(きんしさう)は 割烟草(きざみたばこ)の形(かたち)はいまだ金襴(きんらん)にをらざる刻(きざ)める

【版心書名】
   煙草記
【右丁】
金薄紙(きんはくし)ににたるの意(こゝろ)にて名(なづく)るかこれ尤(もとも)美称(びしやう)なりたゞし
本綱(ほんかう)に金糸草(きんしさう)といふあり三字(さんじ)全同(まつたくおなじふ)して其物(そのもの)ことなり
返魂烟(はんごんゑん)返䰟草(はんごんさう)は 人(ひと)の血気(けつき)鬱々(うつ〳〵)【欝は俗字】として事(こと)にうみ睡眠(すいみん)を
催(もよふ)するの時(とき)たばこ一ふくのめは忽(たちま)ち正気(しやうき)になるの意(こゝろ)にて
なづくるかこれたばこの功能(こうのう)の名(な)なり
相思草(さうしさう)は 烟草(たばこ)を嗜(すく)人は日夜(にちや)つねにこれを相([あ]い)おもふて
暫時(しばらく)も忘(わするゝ)る【衍】ことなくまがなすきがなこれを呑(のむ)これは好(すき)の
はなはだしきとおもひの切(せつ)なるとの名(な)なり
烟酒(ゑんしゆ)は 気味(きみ)つよきたばこをおほくのめば嘔噦(おうえつ)【左ルビ:ゑづき】悪心(あくしん)【左ルビ:むね[わるし]】頭目(づもく)
昏暈(こんうん)【左ルビ:くるめく】をいたし酒(さけ)にゑふたるごとく苦(くるしむ)ことはなはだし
これゑふといふこと有(ある)の名(な)なり
但不帰(たんふき)は たばこうりたばこをになひ諸方(しよはう)に売廻(うりまは)るに

【左丁】
よく捌(さば)けるゆへ売(うり)残(のこ)るといふことなく売(うり)たらざる日(ひ)多(おゝ)きの
意(こゝろ)にて名(なづく)るかこれはやるの名(な)なり
淡婆姑(たんばこ) 淡把姑(たんばこ) 淡芭菰(たんばこ)は 烟草(たばこ)につきて人の名(な)なり
事(こと)奇説(きせつ)の中(なか)に見えたり
南蛮烟(なんばんゑん) 南蛮草(なんばんさう)は たばこはもと南蛮国(なんばんこく)より渡(わた)りし
物(もの)といふ意(こゝろ)にてなづくるかまた南霊草(なんれいさう)南草(なんさう)の二(ふたつ)も
同意(だうい)なるへし
慶長草(けいちやうさう)は 烟草(たばこ)は慶長年中(けいちやうねんちう)に渡(わた)りし物(もの)といふ説(せつ)に
よりてなづくるか
貧報草(びんぼうさう) 貧乏草(びんぼうさう)は 名義(めうぎ)費利(ひり)の評(へう)に見へたり
愛敬草(あいけうさう) 敬愛草(けいあいさう)は たばこ世(よ)にさかんに行(おこな)はるゝゆゑ
上(かみ)中(なか)下(しも)おの〳〵交(まじはり)に互(たがひ)に愛敬(あいけう)あるの意(こゝろ)にてなづくるか

【右丁】
思案草(しあんぐさ) 分別草(ふんへつさう)は 事(こと)にふれ思案(しあん)分別(ふんべつ)するの間(あいだ)に
たばこをまじへのめばその内にはよろしき思(し)あんも
いでくるのこゝろにてなづくるか
長命(ちやうめい) 延命(ゑんめい) 延寿(ゑんじゆ) 慶喜(けいき) 常楽(じやうらく) 永楽(ゑいらく) 常盤(ときは)
養気(やうき) 長嗜(ちやうぎ) 愛烟(あいゑん) 閑友(かんゆう) これらはみなたばこを好(すき)
楽(たのしむ)人のしひての美名(びめい)なるべし
莨菪(らうたう)は 本草綱目(ほんざうかうもく)第(だい)十七 巻(くわん)毒草(どくさう)の部(ぶ)にのせて註釈(ちうしやく)
広(ひろ)し又 他(た)の医書(いしよ)にもこれを弁(へん)ず又(また)和漢三才図絵(わかんさんさいづゑ)に
按評(あんへう)詳(つまひらか)なり孰(いづれ)も烟草(ゑんさう)と物(もの)ことなり莨菪(らうたう)はをゝみる
草(くさ)となづくる毒草(どくさう)なり誰人(たれひと)あやまりてたばこの真字(まな)とするや
今 字引(じびき)の類(るい)にまで是(これ)をあやまる正字通(しやうじつう)字典(じてん)等(たう)にも
たばこの訓義(くんぎ)なし博達(ばくたち)の人 証拠(せうこ)あらばきかまほし

【左丁】
太平草(たいへいさう)は 按(あん)ずるに煙草(ゑんさう)は諸説(しよせつ)おほくは慶長年中(けいちやうねんぢう)に
到来(たうらい)といふすでに慶長 年間(ねんかん)よりはやり年々(ねん〳〵)に呑(のむ)人
多(おほ)くなり当今(たうこん)殊(こと)にさかんに四方(よもに)はやりぬ謹(つゝしん)て考(かんがふ)るに慶長と
改元(かいげん)の砌(みぎり)は天下(てんか)一 統(とう)に安穏(あんをん)に治(おさま)り且(かつ)
御当代(ごたうだい)に移(うつり)て已来(このかた)今日(こんにち)に至(いた)り天下太平(てんかたいへい)なりといふ
義(ぎ)に依(より)て祝(いわひ)奉りての祝名(しゆくめい)なるか然(しかれ)ば殊(こと)に目出度 号(がう)なり
    吸管(きせる)
尋(たつぬ)るにたばこの初(はじめ)て渡(わた)りし時節(じせつ)にはきせるといふ物(もの)なく
たゞ紙にて烟草(たばこ)をまき筆(ふで)篥(しちりき)のことくになしてのみその
紙(かみ)にまくとき紙(かみ)半分(はんぶん)はたばこをふとくまき半分は紙ばかり
細(ほそ)くまき火を移(うつ)し細(ほそ)き方(かた)よりすいしとなり或(あるひ)はよし細(ほそ)き竹(たけ)
をそぎてそげたる方(かた)にたばこをもりてのみけるとかや其後(そのゝち)

【右丁】
【版心書名】
  煙草記
蛮客(はんかく)ども吸管(きせる)をもちしにより長崎人(ながさきびと)是(これ)を手本(てほん)にして
銅(あかゞね)をもてきせるつくり呑(のむ)或(あるひ)は頭尾(とうび)【左ルビ:がんくひ】ばかり作(つく)りてあひだは
細(ほそ)き竹(▢け)を続合(つぎあわせ)てもちゆこれより人の意楽(いげふ)にまかせて
烟管(きせる)烟袋(たばこいれ)管嚢(きせるづゝ)烟盆(たはこほん)火器(ひいれ)唾脱(はいふき)に至(いたる)迄(まで)金(きん)銀(ぎん)銅(とう)鍮(ちう)鉄(てつ)鉛(なまり)
金襴(きんらん)織物(おりもの)奇才(きざい)珍木(ちんほく)異竹(いちく)奇石(きせき)等(たう)をもて種々(しゆ〳〵)の異形(いぎやう)を
つくりもてあそぶことにはなりぬもしも已前(いぜん)には客来(きやくらい)の
馳走(ちさう)に烟草(たばこ)を吸管(きせる)にもりて請取(うけとり)渡(わた)し礼(れい)ありと今は
すたりたゞ火いれに火を納(いれ)て烟盆(たばこぼん)差出(さしいたす)の通礼(つうれい)なり
    時代(じだい)
或書(あるしよ)にいはく天正(てんしやう)年中に南蛮(なんばん)の商舶(しやうはく)【左ルビ:あきふとぶね】始(はしめ)てたばこの種(たね)を貢(こう)す
もて長崎(ながさき)の東土山(とうどさん)にうゆと或(あるひ)はいはく慶長 年間(ねんかん)に南蛮(なんばん)の
人 肇(はじ)めて本 邦(はう)につたふと或(あるひ)はいはく慶長(けいちやう)年中(ねんぢう)に朝鮮(てうせん)

【左丁】
より初(はじめ)て我朝(わがてう)に送(おく)ると或人(あるひと)の説(せつ)【注】に秀吉公(ひでよしこう)朝鮮陣(てうせんぢん)の砌(みきり)士卒(しそつ)
呑(のみ)覚(おぼへ)かつ其 種(たね)も到来(たうらい)すとある草紙(さうし)に慶長十年に異国(いこく)より
日本へたばこ始(はしめ)てわたると諸書(しよしよ)の説(せつ)多(おほ)くは慶長年中と
いへり然(しかれ)は今宝暦五年に至(いた)り凡(およそ)百六七十年になりぬ
    製作(せいさく)       名処(めいしよ)
製作(せいさく)の法(はふ)は農業全書(のうけふぜんしよ)にくはし 名処(めいしよ)は烟草(ゑんさう)名所記(めいしよき)に詳(つまびらか)なり
    奇説(きせつ)
或書(あるしよ)に相 伝(つたふ)海外(かいぐわい)に鬼国(きこく)ありかの俗人(ぞくじん)病(やむ)て将(まさ)に死(し)せんとする時は
即(すなはち)かひて深山(しんさん)におくむかし国王(こくわう)の女(ひめ)病(やまひ)革(あらた)なるありこれを
すてさるそのゝち人ありてその女(ひめ)をすてしあたりを過(すぐ)るに
芬馥(かくはしき)の気(き)をきく尋(たつね)探(さぐ)り見れは草(くさ)あり即(すなはち)よつて是(これ)をかぐ
たちまち遍体(へんたい)清涼(しやうりやう)なることを覚(おぼ)ふ霍然(くわくせん)として起(たつ)て奔(はしり)て

【注 「言」扁には「イ」に見える崩し字あり。】

【右丁】
【版心書名】
    煙草記
宮中(きうちう)にいる人もて異(い)とすよつて是(これ)を得(えた)りと 或書(あるしよ)に伝(つたう)らく
南蛮国(なんばんこく)の女人(によにん)淡婆姑(たんばこ)といふものあり痰疾(たんしつ)をうれふ年(とし)を
つんでこの草(くさ)をふくして瘳(いゆ)ることを得(ゑ)たりかるがゆへに
淡婆姑(たんはこ)となづくと 或(ある)書に日本の東方(たうばう)にあびりかといふ
国(くに)ありこの国に一人の美女(ひちよ)あり名を淡婆姑(たんはこ)と云(いふ)国中(こくちう)の男子(なんし)
此女(このおんな)を恋(こひ)したふもの甚(はなはだ)多(おほ)かり死(し)せし後(のち)まで世(よ)になつかしむ人
多(おほ)くある時一人の男子(おのこ)この墓(つか)に詣(もふ)でしに秋(あき)の日 早(はや)く暮(くれ)にけれは
其(その)まゝにて通夜(つや)せしに夜(よ)ふけて甚(はなはだ)飢(うへ)たりよつて其あたりを
探(さぐ)り見れば草(くさ)のかうばしきあり一葉(ひとは)をとりて喰(くらふ)ふ【衍】にうへ
忽(たちまち)にやみ身(み)も温(あたゝ)かに冷風(りやうふう)肌(はだへ)を犯(おか)すことなくして嶂(しやう)【或は「𢕔」ヵ 注】気を
防ぐこと酒(さけ)を飲(のむ)がごとし此(この)ゆへに南霊草(なんれいさう)と号(かう)すと
    禁免(きんめん)
【左丁】
物理小識(ふつりせうしき)にいはく崇禎(そうてい)の時(とき)にきびしく烟草を禁(きん)ずれとも
止(やま)ずと 或書にいはく大 明(みん)崇禎(そうてい)十一年の令(れい)にいはく私(ひそか)に販烟酒(たばこや)
外夷(かいゐ)に売通(うりかよ)ふものあらば多寡(たくは)に拘(かゝ)はらす梟斬(こくもん)せんと 博(はく)
学彙書(がくいしよ)【「〳〵」は誤記】にいはく崇禎(そうてい)に先帝(せんてい)これを禁(きん)ず売烟者(たはこや)を殺(ころ)してもて
これを儆(いまし)むるに至(いた)る晩年(▢んねん)帝(みかど)旨(むね)あつて始(はしめ)て内外(たいぐはい)に諭(さと)し
その禁(いましめ)をゆるしたまひて海内(かいだい)の児童(じどう)婦女(ふによ)みなもつはら
これをもちゆと 或書にいはく日本元和寛永のころ天下に
令(れい)【左ルビ:ふれ】してたばこをうゆることを禁(きん)ぜしむ然(しかれ)とも止(やむ)ことをゑず
つゐに茶酒(ちやしゆ)の上(かみ)にたつ好(すか)ざる者(もの)は百中に二三人のみ小毒(せうとく)
ありといへども多く嗜(すく)ものはまた害(かい)なし阿蘭陀(おらんだ)朝鮮(てうせん)琉球人(りうきうじん)
またみなこれすくと按(あん)するに天竺 諸蛮(しよばん)いづれのところかこれ
なからん始(はし)め近(ちかふ)して疾(はやく)弘(ひろ)まるものなり

【扁が石にも見えるが𥕞は『大漢和辞典』に見当たらず。】




【右丁】
    費利(ひり)
或書にいはく往古(むかし)煙草(たばこ)なくしてたらざることなしおほく
これを吸(すふ)てもまた一 匊(きく)【左ルビ:ひとにきり】の糧(かて)にもみたず田圃(たばこ)を費(つゐや)し穀類(こくるい)を
減(げん)ずかるがゆへに貧報草(ひんばうくさ)といふとしかりといへども今(いま)時(とき)山間(さんかん)
野外(やくわい)猛獣(まうしう)の田圃(たはこ)を荒(あら)すの地(ち)には烟草をうへ作損(さくそん)の患(うれへ)
なく年貢(ねんぐ)上納(じやうのふ)のためには却(かへつ)て利(り)ありと思へば中華(から)にも亦(また)
この理(り)あらむか理(り)は一 概(がい)に究(きは)むべからす凡(およそ)烟草 世(よ)にさかんに
はやるをもて烟筩(きせる)烟袋(たはこいれ)烟盆(たはこぼん)割店(きさみや)中買(なかがい)問屋(といや)作者(つくりて)に至(いたる)まで
これに依(より)て渡世(とせい)するものいく万人ならむやいにしへなくして
近世(きんせい)出興(しゆつこう)す器(き)財(ざい)食(しよく)服(ふく)多(おほ)き中(なか)にひとりこの草(くさ)のみ世に
盛(さかん)なるはあらし実(けに)も食物(しよくもつ)の珍奇(ちんき)なるものなり
    気味(きみ)

【左丁】
味(あしわい)苦(にか)く辛(から)く気温(きうん)熱(ねつ)にして小毒(せうどく)あり医書(ゐしよ)の諸説([し]よせつ)多(おゝく)はかくのことし
    功能(こうのう)
医書(ゐしよ)にいはく烟草は寒湿(かんしつ)痺(ひ)を治(じ)し胸中(けうちう)の痞膈(ひかく)痰塞(たん▢く)を消(せう)し
経絡(けいらく)の結滞(けつたい)を開(ひらき)人の腸胃(ちやうい)筋脈(きんみやく)たゞ通暢(つうちやう)することと【或は「を」ヵ】喜(よろこ)ぶ烟気(ゑんき)
口(くち)にいれは直(たゝち)に胃脈(いみやく)を循(めぐ)りて行(めくり)て内(うち)より外(ほか)に達(たつし)四(し)肢 百骸(ひやくがい)所(ところ)と
して到(いた)らずといふことなく其 功(こう)四(よつ)あり一にはいはく醒(さめ)たるはよく
醉(ゑは)しむけだし火気(くはき)表裏(へうり)に薫蒸(くんせう)しみな
徹(てつ)して酒を飲(のむ)がご
とくしかり二には醉(ゑふ)たるはよく醒(さま)しむけたし酒後(しゆこ)これを啜(すゝ)れは気(き)を
寛(ゆるく)し痰(たん)をくだし余醒(よせい)頓(とん)に解(げ)す三には飢(うへ)は能 飽(あか)しむ四には飽(あき)たるは
よく饑(うへ)しむけだし空腹(すきはら)にこれをくらべ【濁点は衍ヵ】ば充然(しうぜん)として気(き)盛(さかん)に
して飽(あく)がごとし飽後(ばうご)に是(これ)を食(くら)へば飲食(いんしい)快然(くわいぜん)として消(せう)し易(やす)し
或はいはく頭目(つもく)を利し風邪(ふうじや)を解(げ)し悪気(あくき)を逐(お)ひ山嵐(さんらん)瘴霧(しやうむ)を

さり膿窠(のうさう)【「のうか」の誤読】疥虫(かいちう)を洗(あら)ふ或はいはく霜霧(さうむ)風雨(ふうう)の寒(かん)をふせぎ山虫(さんちう)鬼(き)
邪(じや)の気(き)を去(さる)小児(せうに)これをくらへはよく疳積(かんしやく)を殺(ころ)す婦(ふ)人これをくらへは能(よく)
癥痞(ちやうひ)を消(せう)す或はいはく手足(しゆそく)一十 三徑(さんけい)を通行(つうかう)し九竅(きうけう)を通利(つうり)す或は
鬱気(うつき)を散(さん)し眠(ねふり)を除(のぞ)くと
    毒害(どくがい)
医書(いしよ)に曰(いはく)人の宗気(そうき)一呼(いつこ)に脈(みやく)行(めぐ)ること三寸一 吸(きう)に脈行ること三寸 昼夜(ちうや)に
一万三千五百 息(そく)身(み)を五十 周(しう)し脈行ること八百一十丈これ自 然(ぜん)の
節度(せつど)なり臓腑(さうふ)経絡(けいらく)みな気(き)を胃(い)にうくけふり胃中(いちう)にいれは頃刻(しはらく)
にして身(み)をめぐり常度(しやうど)にかゝはらずして駛疾(ししつ)の勢(いきほひ)あり是(こゝ)をもて
気道(きたう)頓(とん)に開(ひら)く通体(つうたい)ともに快然(くはいせん)たり火(ひ)と元気(けんき)と両(ふたつ)ながら立(たゝ)ずして
一たび勝(かつ)ときは一たびまく人の元気あにこの邪火(しやくは)を終日(ひねもす)薫灼(くんしやく)
するにたへむやいきほひ必(かならす)真気(しんき)は日(ひゝ)に衰(おとろ)へ陰血(いんけつ)は日(ひゞ)に涸(かれ)て暗(あん)に

【左丁【】
天然を損(そん)ずれども人覚ざるのみ陰虚して火有ものは呑(のむ)へからず
或は曰 久(ひさしく)服(ふく)すれは肺(はい)焦(たゞ)れ隔(かく)を患(うれふ)るにあらすんは即紅を吐(と)し或は
黄 水(すい)を吐(と)して殤す或は唾(つは)を多く吐(はく)ものは呑べからず或は曰(いはく)
房事(はうじ)の後に忌べし陰([い]ん)を損(そこな)ひ火をさかんにすと
    得益(とくゑき)
  第一に 鬱気(うつき)を開(ひら)き気(き)力をます
なにとなく気のはれやらむ物うきにたはこくゆらせ力(ちから)つくもの
  第二に 客(きやく)来(らい)馳走(ちさう)の始(はしめ)によろし
客(きやく)あれは御 茶(ちや)より先(さき)に烟盆(たはこほん)からもやまとも【唐も大和も】同しことなり
  第三に つれなきときの友たり
夜はふくる人はしつまる茶はひゆるたばこふすぶる目こそ覚(さめ)ける
  第四に 諸職(しよしよく)仕(し)ごとの息(いき)つぎ

よじのぼる峠(とうげ)に息(いき)をつくたばこ四(よ)方を見渡(みわた)す楽(たのし)草なり
  第五に 思案(しあん)工夫(くふう)の問屋(といや)
悪きこと聞(きく)やいかりにもゆる火をたはこに移し吹けふり見よ
    過失(くはしつ)
  第一に きせるをもつて人の頭を打事
いかにまたはらのたつともきせるにて人のかしらをたゝくへからす
  第二に きせるを火箸(ひばし)の代(かはり)に用る事
たつねてもきうに見へすはきせるにて火をはさみてに【或は「よ」ヵ】常(つね)はたしなめ
  第三に きせるをくはへなから食物の上を往来(わうらい)する事
なにほとに呑(のみ)たくおもふ時にてもかねてたしなめくひものゝうへ
  第四に 吸(すい)がらをあけすてけさゞる事
吸からをあけてけさゞるたはこのみおとし紙にていらぬものなり

【左丁】
  第五に 吸がらにてたゝみ衣(い)るいをこがす事
火をつけてきをつけさるたはこのみたはこたらけに灰たらけ吹(ふく)
  第六に 唾(つば)を火鉢(ひばち)こたつかまどのはいに吐事
はいふきのなき所てはこゝろへてつは吐ものはすこしにてやめ
  第七に 唾(つば)をたゝみのしき合(あひ)の間(あいた)にはく事
茶屋宿屋いかにかまはぬ所とてたゝみの間につははかぬもの
  第八に きせるをきびしくたゝく事
さよふけてきせるの音(おと)の高(たか)けれはきゝぬるぬす【ママ】やうたてかるらん
  第九に はいふきをこすまてすて□【「さ」ヵ】る事
はいふきに虫迄わかす不性(ふしやう)ものよくもたはこをつひて呑かな
  第十に はいふきを鼻紙(はなかみ)のかはりにする事
そんてなし水はなかみしあとほせはおとし紙にもなるとこそしれ

    解毒(げとく)
凡(およそ)烟草に醉(ゑふ)たるには砂糖湯(さたうゆ)にて解(げ)す或は甘草(かんざう)或は味噌汁(みそしる)
或は塩湯(しほゆ)或は冷水(ひやみつ)にても解(げ)す或方(あるはう)に
  麦門冬(ばくもんとう) 紫蘇(しそ)子 瓜蔞仁(くはろうにん)【爪は誤記】 枇杷葉(びはゑふ) 甘草(かんざう)【「う」の下部が欠如】
  已上五味 等分(とうぶん)にして常(つね)のごとくせんじからを去(さり)て砂糖
  一両をいれて服(ふく)す尤妙なり予(よ)是(これ)を試(こゝろみ)るに呑(のみ)にくし
或書にいはく烟筒(きせる)の中(な▢[か])の脂(やに)衣裳(いしやう)に付たるを洗(あら)ふに落(おち)されは
たゞ西瓜(すいくは)の仁を加えてもめばすなはち淨(きよ)く落(おつ)となり
    調法(ちやうはふ)
良安(りやうあん)の曰(いはく)南蛮流(なんばんりう)の外科(げくは)青膏薬(あおかうやく)の中(なか)に烟草(たはこ)の嫩 葉(は)の汁(しる)を
いれもてよく痛(いたみ)をやめ膿(うみ)をひらき血(ち)をとめ虫(むし)を殺(ころ)す凡(おゝよ)そ
藍(あひ)及ひ諸草(しよさう)の葉(は)にむしを生(しやう)ずるもの烟草の茎(くき)の汁(しる)をそゝげば

【左丁】
よろしと 茎(くき)を束(つかね)て軒(のき)の押込(おしこみ)はらにすれば鼠(ねすみ)の往来(わうらい)をふせぐ
 茎(くき)を寸々(すん〳〵)に刻(きさみ)てかはやのふんのうへにまけば虫(むし)生(しやう)ぜず
 書物(しよもつ)の間(あひだ)にたばこをはさみをけばしみさりぬ 茎(くき)を
煎(せん)じてその汁(しる)にて紙(かみ)をそむればきはだの代して尤よろし
 内障(そこひ)の眼(め)または青盲(あきじり)におり〳〵脂(やに)を芥子(けし)ばかりいれて
よろし たゞ何(なに)となく眼(め)の内(うち)かすみやになて出るにたばこの
やにをけし計(ばかり)させばたちまちあきらかなり
    証書(せうしよ)
大清(たいしん)西湖(せいこ)沈雲将(ちんうんしやう)が食物本草会纂(しよくふつほんさうくわいざん)に曰 烟草火(たばこ)は東辺(とうへん)塞外(そくくはい)
海島(かいとう)の諸山(しよさん)よりいづいま中国(ちうごく)偏地(へんち)にこれあり閩(みん)に産(さん)
するもの佳(よし)燕(ゑん)に産(さん)するものは次(つぎ)なり浙江(せつこう)石門(せきもん)に産(さん)するも
のを下(げ)とす春時(しゆんじ)にうへて夏時(かじ)に花(はな)ひらく土人(どじん)一二 本(ほん)を

除(のぞ)ひてその花をひらくにまかせて種(たね)をとるその余(よ)はみな
頂穂(てうほ)を摘去(つみさり)て花を開(ひら)かしめずならひに葉間(ゑふかん)の旁枝(はうし)を
さる人をして力を葉(は)に聚(あつ)めしむれば葉(は)厚(あつ)く味(あし[は]ひ)美(び)なり
烟草 一本(いつほん)ごとにその頂上(てうじやう)の数葉(すゑふ)を名(なづ)けて蓋露(とちば)といふ味(あぢはひ)尤
美(び)なりこの後(のち)【左ルビ:あと】の葉(は)逓(たがい)に下(くだ)り味(あちは)ひ逓(たがい)に減(げん)す秋(あき)の日(ひ)葉(は)を
とり竹簾(たけすだれ)をもてはさみしばり晒(さらし)乾(かはか)して葉上(ゑふしやう)の粗筋(そきん)【左ルビ:ふときすじ】を
さり火酒(くはしゆ)【左ルビ:あたゝめさけ】をもてふきかけ葉(は)を切(きつ)て形(かたち)細(こま)かなること髪(かみ)のことくし
十六両ごとに一封(ひとたま)として天下に買易(ばいゑき)すその名(な)いつならず真建(しんけん)
仮建の分(わか)ち蓋(かい)【左ルビ:と】露(ろ)頭黄(とうわう)二黄(にわう)の別(べつ)あり近日(ちかころ)北方(ほつはう)の煙(たばこ)を製(せい)する
こと切(きつ)て糸(いと)となさず原晒(けんさい)煙片(ゑんへん)をもて揉(もみ)て一塊となして
普児茶(ふじちや)磚(はく)茶(ちや)のごとく一般(いつはん)なり用(もち)ゆる時(とき)揉(もみ)砕(くだき)て末(こ)となして
烟袋(たはこいれ)の中(なか)にいる烟(たばこ)を吸(すふ)の管(きせる)一ならず金(きん)銀(ぎん)銅(どう)鉄(てつ)の四種(ししゆ)

【左丁】
あり長(なか)さ約(おゝ)むね七八寸 竹(らう)管 短(みじか)きものは一二尺 長物(なかきもの)は丈(ちやう)余
事(し)を好(この)むもの吸管(きせる)長遠(ちやうゑん)なるをもてする時はけふり来(きた)ること
舒徐(おもむろ)なるを美(び)とす普(ふ)天の下(した)の人 煙(たばこ)をのむことを好(すく)もの貴賎(きせん)を
分(わか)たず男婦(なんぶ)を分(わか)たずもて茗(ちや)にかへ酒(さけ)にかふしばらくも少(かく)
ことあたはず身(み)を終(おく)るまで厭(いと)はずかるがゆへにひとつには
相思草(さうしさう)と名く味ひ辛(から)く温(うん)にして毒(どく)あり風寒(ふうかん)湿痺(しつひ)
滞(たい)気 停痰(てうたん)を治し頭(つ)目を利(り)し百病をさり山嵐(さんらん)の瘴気(しやうき)を
解(げ)す塞(そく)外 辺瘴(へんしやう)の地(ち)これを食(くらふ)て尤(もつとも)宜(よろ)し凡(およそ)煙(たばこ)を食(くらふ)もの
煙(たはこ)をもて煙管(きせる)の大頭(かんくび)の内にいれ火を点(てん)じ焼(やき)吸(すふ)て口に
みちて烟(けふり)を呑 頃刻(しはらく)にして一身(いつしん)を廻(めぐ)り人をして通身(つうしん)共(とも)に
快(こゝろよ)からしむ仍てこれを嘘(ふき)出(いだ)すれは醒(せい)はよく醉(すい)せしめ醉(ゑふ)は能(よく)醒(さま)しめ
飢(うへ)なく飽(あか)しめ飽(あき)はよく飢(うへ)しむ食物のもつとも奇(き)なるものなり

    長歌(なかうた)
たばことは まなにはなにと かくやらん さだかにしれる
もじもなく 世(よ)にいろ〳〵に かきはくる こゝろをとへば
みなひとの おもひつきとは しられたり ふみにいはれを
きくときは このくにむかし このくさは なかりし物を
ちかき世の よろこび長(なが)き ころとかや 南(みなみ)ゑびすの
くによりも 渡(わた)す日の本  のみおぼへ 桜(さくら)ばゞをば
はしめとし こゝやかしこに たねをうへ そだてはやして
もろびとの このみ〳〵や  ひろまりて みやまはまべに
いたるまで つくらぬところ なきのみか のまぬ人とて
なかりけり げにめづらしや このくさに 身(み)すぎする人
おほきなる もとで少(すくな)き  ひとはたゞ 刻(きざみ)たばこに

【左丁】
とりかゝり 千里(ちさと)のたばこ とりあつめ 身はこになれと
きざみぬる 色香(いろか)すぐれて なだかきは 服部(はつとり)しん田
たんばかや 小松はき原(はら)  たかさきや 国分(こくぶ)吉野(よしの)と
かきたつる とかく世の中 このくさを もてはやしつゝ
客(きやく)あれば 御茶(おちや)より先(さき)に たばこぼん 愛敬草(あいけうさう)に
さしいたす はなしのたへま つぎぎせる 口上ひねり
ふくけふり 雲(くも)とのぼるや たつとなり 行衛(ゆくゑ)もしれぬ
相思(おもひ)ぐさ  何(なに)としやうかや 思案草(しあんぐさ) だんかふするに
分別草(ふんべつさう)  せりふにつまる きせるをは とうしてみるや
金糸煙(きんしゑん)  何(なに)につけても  中人(なかうど)くさ うか〳〵呑(のめ)ば
あほうぐさ つひへな物(もの)と いふひとの 貧乏草(びんぼふくさ)と
なづけたり 酒(さけ)にくらべて みるときは さのみつゐへと

おもはれず よくこゝろへて のむときは 気(き)をやしなふて
よきゆへに 長命草と    なづけつゝ 延寿草(ゑんじゆさう)とも
かきわくる ねふりを止(やむ)る とくありて 返䰟草(はんごんさう)と
いふとかや ふみにのせたる のうどくは あまたあるなり
ゆひて見よ きうな血止(ちとめ)に きめうなり 茎(くき)はかふすへ
ひるころし 鳥(てう)るい畜(ちく)るい 魚(うを)のるい 虫(むし)のたぐひも
みなきらふ ひとり猿(さる)こそ すきくらふ たてくふ虫も
きらへども たばこすく虫  あることは あやしかりける
ことぞかし 仏のいます  世(よ)なりせは 五辛(ぎしん)といはず
六しんと  とかむといひし 詩(し)のこゝろ 仏につかふ
ともがらは いむへき物と いましめか  神とほとけの
みもとには 忌(いむか)【ママ】べき物(もの)に つく〴〵と おもひまはせは

【左丁】
このくさの ひろまることは たゞならす 君のめくみの
ふかきゆへ 治(おさま)る御代(みよ)に ゆたかなる 民(たみ)のこゝろも
しづかにて 月見花見や  舟(ふな)あそび  雪(ゆか)【ママ】のふるにも
おもしろく 来(く)る春(はる)待(まつ)や もろひとの 目出度 御世(みよ)と
よろこぶも なをあまり有(あり) とにかくに 刻(きざみ)たばこは
今の世の  たのしみ物と なりぬれは かしこき御世に
いつまでも 高(たか)きいやしき へだてなく 男(おとこ)おんなや
わらはまで すきこのみては けふりたちなん

    ねふたさにきせるをくはへたはことを
     くちにまかせてふきいだすなり

    狂歌(きやうか)
近き世におこる多葉粉の中 絶(たへ)て今(いま)そ盛(さかり)に唐(から)も和(やまと)も
思ひしれ治(おさま)る御世(みよ)の目出度はうへ人だにも烟草(たはこ)呑(のむ)なり
煙草(けふりくさ)渡しもとの一しなも四方(よも)にうゑては色香(いろか)ことなり
国(くに)ことにいづるたばこの色香(いろか)名(な)も処(ところ)によりてかはりこそすれ
春うへて秋かきとるやけふりくさ雪(ゆき)すきぬれは気味(きみ)も和(やはら)く
しも〳〵に呑(のみ)はやらせる烟草(けふりぐさ)雲(くも)のうへまでのぼるとぞきく
蜑(あま)のたく浦(うら)ならねとも烟草人のなみゐのしほとこそなる
誰(たれ)とてもみな呑(のむ)人にせん烟草(たばこ)をは我も昔(むかし)はきらひなれとも
たばこをはすきこのみてはやめられす唐(から)も和(やまと)も同(おな)しくせなり
酒(さけ)もすきめしもおほぐひもちもすき烟草(たはこ)もすき茶(ぢや)まだすきも有(あり)
かゝはでる人はたづぬる茶(ちや)はさめるきせるはつまるあるじはこまる

【左丁】
よくきけよ蛍ほとなるたばこの火こゝろゆるせばはやがねのこゑ
香(か)のよきも神と仏の御所(みもと)には忌(いみ)はゞかれよねぎとすみぞめ
世の人の夜(よる)昼(ひる)わかぬ鼻(はな)の下めしくひ茶(ちや)呑 酒(さけ)たばこのむ
花とみむかすみとたつや烟草(けふりぐさ)色香(いろか)に人のこゝろとむれは
うへ人のしのびて呑(のむ)を見るにつけおもひつきこそ面白きやは
たばこやはわづかけふりのわざなれと民(たみ)の家(や)ことにたゝぬ日もなし
夜(よ)もすから物思ふ比(ころ)はこのたばこねやのひまにもつれとなりけり
さひしさにきせるくはへて出て見ればいづれも同したばこ呑(のむ)かな
武士のおはうちからすいとなみにこまをひかへて切(きる)とおもへは
吹(ふく)けふり雲(くも)とのほるや竜(たつ)となり行衛(ゆくゑ)もしらむうはのそらかな
雨はふるたばこはしめる火はきゆるおなかはひだるいりあひはなる
いつまてもきせるはなさぬたばこのみあいつふさきつ魚(うを)もあきれる

【右丁】
    狂詩
興(ヲコリ)  中花万-暦 ̄ニ東(ハシマル)日-本 ̄ニハ慶-長 ̄ニ通(ワタル)崇-禎元和 ̄ニ止 ̄レトモ漸-容 ̄テ合-
    国隆 ̄ナリ
能(ノウ)  散(ハラス)_レ悶(▢ハキ) ̄ヲ【注①】元-来奪 ̄フ_二酒 ̄ノ権(チカラ) ̄ヲ_一為(ナスコト)_レ歓(▢▢▢ア▢▢)【注②】当下(タウセン)【注③】勝 ̄ル_二茶 ̄ノ賢(カフ) ̄ニ_一嘉賓(ヲキヤク)纔(イタル)至(トハヤ)
    君 先(マツ)進(ヰテ)談(カタリテ) ̄ハ喫(ノミ)々(ノムテ) ̄ハ談(カタリ)《振り仮名:然-後|ソノノチ》 ̄ハ涎 ̄レ
行(ハヤル)  金-絲煙-草 掛(イタ) ̄シ_二招牌(カンハン) ̄ヲ_一店(ミセ) ̄ハ満 ̄ツ_二城-中 十字(タテヨコ) ̄ノ街(チマタ) ̄ニ_一 六-十余-州
    名(ナアル)品 種(クサ)包 ̄ミ-来 ̄テ都 ̄テ-入 ̄ル万-人 ̄ノ懐 ̄ロ
刻(キサミヤ)  掃 ̄キ_レ砂 ̄ヲ吹 ̄キ_レ酒 ̄ヲ去(サ) ̄リ_二筋(スジノ)麤(フトキ) ̄ヲ_一広-狭交-重 ̄テ巻(マキ)_二畳模(ハマキイタ) ̄ニ_一頻 ̄リニ錯 ̄テ_二煙 ̄ノ刀 ̄ヲ_一
    剉 ̄ニ作 ̄シ_レ線 ̄ト団-々撮-々応 ̄テ_レ需 ̄ニ酤 ̄ル
店(トヒヤ)  六-十余-州烟-草-産 ̄ス土-風葉-色味‐香殊黄-佳赤-次
    黒-青 下(イヤシ)都 ̄テ集 ̄テ_二 三-津 ̄ニ_一散 ̄ス_二百途 ̄ニ_一
誡(イマシメ)  一-管莨-烟喫 ̄テ復 ̄タ吐 ̄ク恰 ̄カ[モ]似 ̄リ_二焔-口鬼-中 ̄ノ身 ̄ニ_一当所鹿-苑 ̄ニ

【左丁】
    生 ̄セハ_二斯-艸 ̄ヲ_一不_レ説_二 五辛 ̄ト【一点脱】説 ̄ン_二 六-辛 ̄ト_一
皃(カタチ)  観 ̄レハ【レ点脱】皃 ̄ヲ恰 ̄カ[モ]如 ̄シ_二金-薄-糸 ̄ノ_一聞 ̄ケハ【レ点不詳】香 ̄ヲ相-_二似 ̄リ伽-羅-皮 ̄ニ_一管-頭 ̄ニ点 ̄ク【注④】火 ̄リ【或は「ヲ」ヵ】
    呑 ̄テ還 ̄タ吐 ̄ク忽 ̄チ作 ̄ス_二烟-龍鉄-枴 ̄カ嬉 ̄ヲ_一
    淡婆姑(タンバコノ)伝(テン)
淡-婆-姑名 ̄ハ煙《割書:一-本|作芬》字 ̄ハ烟-酒-姓 ̄ハ島海-外 ̄ノ草也初遊 ̄ンテ_二海-浜 ̄ニ【一点脱】
漁-夫 ̄ニ説 ̄ク_レ利 ̄ヲ疾 ̄ク聞_一 中-国 ̄ニ_一両京召 ̄ス_レ之 ̄ヲ葉-色日-美薫-香四-散
南-朝号 ̄テ曰_二金-糸 ̄ト_一北-方称 ̄テ云_二返 ̄ト魂 ̄ト_一通-俗呼 ̄テ言_二相-思 ̄ト_一売烟(タハコヤ)
称 ̄ス_二担-不-帰 ̄ト_一並 ̄ニ依 ̄テ_二功-能 ̄ニ_一得 ̄タリ_二此 ̄ノ異-称 ̄ヲ_一是-故 ̄ニ香-風益-盛 ̄ニシテ西伝 ̄ヘ_二
阿-蘭 ̄ニ_一東 ̄ハ漸 ̄ル_二蝦-夷 ̄ニ_一万-国一-斉 ̄ニ愛 ̄ス_二此烟草 ̄ヲ_一奇哉時-哉
太平万年毎月毎日
  権_二-輿 ̄ス於東-土-山桜-馬-場 ̄ニ_一慶-長年-間愛-敬細 ̄ニ-刻 ̄ム


【注①  国立国会図書館デジタルコレクションの『煙草記』(活字本)(以下別本とす。)では「ウキ」。】
【注② 別本は「カン」】
【注③ 別本に「タウカニ」。】
【注④ 別本は「シ」。】

【右丁】
     つれ〳〵けふりぐさ
つれ〴〵なるまゝに火はあらじ火うちにむかひて火口(ほくち)にうつりゆく
よしのたはことを何となくすいつくればあやしうかほりこそするもの
なれいでや今(いま)の世(よ)にむまれてはたばここそねがはしかるべかめれ
たはこの御(おん)くらゐものはいともかうはし竹のすゑ端に人間の楽(たのしみ)ならぬ
やむことなく呑(のむ)人の御有様(おんありさま)はさら也ある人のとゞめんなどいはるゝ
口はゆゝしとみゆれと其後(そののち)まではとまるにゝたれど猶(なほ)の如かし夫より後(のち)
つかたは時々(とき〴〵)におもひ”出しがほなるもみづからはいみじと思(おもふ)らめど
いと口おし法師(はふし)ばかりはのむべからぬものなれと旦那(たんな)には木(こ)のはしの
やうに思はるまいよと追笑(ついせう)戯言(けけん)にのめるも実(げに)さることぞかし
いきほひまうにのゝしりたるに付てにくしと思ひどうかいゝひし
がんことを堪忍(かんにん)くるしく共(とも)仏(ほとけ)の御(おん)をしへにたかふらんとぞ一ふくのんで

【左丁】
ひかゆる方(かた)こそよけれなほふでにまかせてたはことかきつゝ
けんもいとまおしぞおもふ
     たばこ一枚起請(いちまいぎしやう)
唐土(もろこし)我朝(わかてう)に諸(もろ〳〵)の医者達(いしやたち)の沙汰(さた)し申さるゝ煙草(たばこ)の能毒(のうとく)一二
三にあらずまた学問(がくもん)して年代(ねんだい)のことをさつはりと申にもあらす平生(へいぜい)
娯楽(こらく)のためにはたばこと申せばうたがひなく養生(やうしやう)になる
そと思(おも)ひとりてのむ外(ほか)に別(へち)の子細(しさい)は候はずたゞし三文四文と
申 粉(こ)の候は皆(みな)決定(けつじやう)して刻(きざみ)屋の店(みせ)にて何文(なんもん)のをと申 内(うち)にくれる也
もしこの外(ほか)に往古(ゆきふる)ことをぞんぜは神農(しんのう)のあまなひにはつれ
本草(ほんざう)に漏(もれ)候 也(なり)莨菪(らうたう)の二文をたばこの真字(まな)と信(しん)ぜん人はたとひ
一 代(だい)学(がく)すとも一文不 知(ち)の身(み)になして本道(ほんだう)無知(むち)の輩(ともがら)に同して
医者(いしや)のふるまひをせずしてたゞ一向(いつかう)にきざみやをすべし

    淡芭菰(たんはこ)諸国(しよこく)に発興(はつこう)《割書:并》薫功(くんこう)の事
爰(こゝ)に淡婆姑(たんはこ)といふ名葉(めいゑふ)奇異(きい)のふすべ物(もの)あり其(その)出生(しゆつしやう)を尋(たづぬ)るに
元(もと)海外(かいぐわい)の辺島(へんたう)に産(うまる)といへども天性(てんせい)青(しやう)黄(わう)赤(しやく)黒(こく)の四色(ししよく)を備(そな)へ智(ち)仁(じん)勇(ゆう)の
三 徳(とく)を具(ぐ)す諸道(しよだう)多能(たのふ)の名薫(め[い]くん)なり青(しやう)黄(わう)赤(しやく)黒(こく)は土地(とち)に依(より)てその
異(い)を顕(あらは)す大事(だいじ)小事(しやうじ)相談(さうだん)究明(きうめい)の座席(ざせき)には思慮(しりよ)分別(ふんべつ)工夫(くふう)を助(たすく)
るの智謀(ちぼう)あり薫草(くんさう)の身(み)なれ共 還寡(くわんぐは)孤独(ことく)閑居(かんきよ)の友(とも)となり或(あるひ)は
遊客(ゆうかく)娯楽(ごらく)の座興(ざけう)を補(おきな)ひ或は奴婢(ねび)非人(ひにん)の艱難(かんなん)の苦(く)を助(たすく)るの仁慈(じんじ)
あり非道(ひたう)非義(ひぎ)の理屈(りくつ)より憤発(ふんはつ)する瞋火(しんくは)の剛敵(かうてき)を一服(いつふく)呑吐(とんと)の
内(うち)には忽(たちま)ち退治(たいじ)する勇力(ゆうりき)あり士官(しくわん)には進退(しんたい)の気息(きそく)をたすけ農民(のうみん)に
は耕作(かうさく)の一助(いちじよ)となりかつ年貢(ねんぐ)上納(しやうのう)の仕 送(をくり)をなす大工(だいく)細工(さいく)には
思慮(しりよ)工夫(くふう)の決定(けつじやう)をとらしむもろ〳〵の職(しよく)人には仕事(しこと)の息継(いきつぎ)を
たすけ商人(しやうにん)【左ルビ:あきうど】には売買(はい〳〵)のばん増(さう)をなさしむ元手(もとで)の少(すくな)き渡世(とせい)には

【左丁】
刻(きさみ)をうらしむ本道(ほんたう)外科(けくは)には病(やまひ)により疵(きづ)によりて功能(こうのう)奇方(きはう)まち
〳〵にあたふ儒学(しゆがく)仏徒(ふつと)には鬱気(うつき)を開(ひし)き睡眠(すいめん)【「めん」は眠の呉音】を去(さり)学業(かくけう)成就(しやうしう)せしむ
爰(こゝ)にしんぬ薫草(くんさう)の多能(たのふ)なる常(つね)に物(もの)いはされども人おのつから愛敬(あいけう)
あり無官(むくわん)なれとも尊貴(そんき)に請(しやう)ぜらるすべて人民(にんみん)をたすけたのしましむ
ことまことに神仙(しんせん)のごとしされば中国(ちうこく)南北(なんぼく)両京(りやうきん)に賞翫(しやうくわん)せられしゆへ高麗(かうらい)
琉球(りうきう)また彼(かれ)か薫香(くんかう)をたふとむかつ彼(かれ)か莨菪(らうだう)各(をの〳〵)五天竺(ごてんぢく)にいたり遂(つゐ)
に阿蘭陀(おらんだ)西極(さいきよく)の地(ち)まても称美(せうび)せらるゝこそ奇特(きどく)なれ近頃(ちかころ)彼(かれ)が
種類(しゆるい) 我朝(わがてう)に到来(たうらい)し長崎(ながさき)の東土山(とうどさん)に居住(きよしう)しあるひは桜馬(さくらは)
場(ば)をかまへ先(まつ)長崎(ながさき)の一島(いつたう)をはやらしめ其(そ[の])のち九州(きうしう)四国(しこく)難波(なには)
花洛(みやこ)にのぼり次第(しだい)に東(ひんかし)にはやり〳〵て松前(まつまへ)蝦夷(ゑそ)にいたる六十余州
山陰(さんいん)海辺(かいへん)みなこれを愛(あい)せざるところなきこそまことに奇妙(きみやう)
不思議(ふしぎ)の名薫(ふすへもの)なり

    歌仙(かせん)
東風(こち)吹(ふく)や赤柿色(あかかきいろ)の長暖簾(ながのふれん)   拍子(ひやうし)を揃(そろ)へきさむ七(なゝ)くさ
乗物(のりもの)の窓(まと)から霞(かすみ)つらぬいて   三字(さんじ)を一字(いちじ)見たて看板(かんはん)
巻舌(まきじた)に月(つき)の輪(わ)をふく夕涼(ゆふすゝ)み  味噌(みそ)をねふつたゑひざめに枇杷(びわ)
《割書:ウ》
山出しの艶(つや)を源氏(げんじ)と仮言(かこと)して  うたゝ寐(ね)香(かう)も店(みせ)の友人(ともだち)
石割(いしわり)も研(と)にはかいなく浮痩(うきやつ)れ  灸(やひと)の点(てん)を兀(はが)さざりけり
逆様(さかさま)に釣(つら)ら【衍】れて軒(のき)に秋の色  鼻(はな)から出る霧(きり)は二(ふた)すじ
くはへたるむかふに移(うつ)る月の影(かげ)  大ふさまがひ犬(いぬ)の首玉(くびたま)
さつはりと丹波太郎(たんばたろう)が口(くち)を利 ̄キ  起請(きしやう)の血(ち)とめ程(ほど)は妙薬(めうやく)
薄色(うすいろ)の花の香(か)高(たか)し分(わ)ヶの里(さと)  茶(ちや)は跡(あと)て呑(のめ)君(きみ)かはる風([か]せ)
    下略
切火縄(きりひなわ)猟師(れふし)の外(ほか)は山(やま)ざくら

【左丁】
    増加詩歌
旦 ̄ニハ号 ̄シテ_二金-糸 ̄ト_一在_二金-嚢 ̄ニ_一夕 ̄ニハ成 ̄テ_二灰-坋 ̄ト_一納 ̄ル_二涎-搶 ̄ニ_一北-郊不 ̄ス_レ遠 ̄ニ烟-筒 ̄ノ
首更 ̄ニ閣 ̄ヒテ_二無-常 ̄ヲ_一 一-服芳 ̄シ
南-夷 ̄ノ煙-草昔 ̄シ誰 ̄カ裁 ̄ス縷 ̄ノ如切 ̄テ盤-中小作 ̄ス_レ堆 ̄ヲ不_三是 ̄レ碧-筩通 ̄スルニ_二酒-
気 ̄ヲ_一応-須_三玉-管動 ̄ス_二葭灰 ̄ヲ_一山-中 ̄ノ怡-悦持 ̄シメ_レ雲 ̄ヲ贈 ̄リ席-上 ̄ノ飛-談捲 ̄ニ_レ
霧 ̄ニ来 ̄ル莫_レ問 ̄コト紫-陽仙-子 ̄ノ術餐 ̄シ_レ霞 ̄ヲ吸 ̄テ_レ景到 ̄ル_二蓬-莱 ̄ニ_一
裁 ̄テ満 ̄テ_二良-田 ̄ニ_一圧 ̄ス_二稲-麻 ̄ヲ_一収 ̄メ成 ̄テ品-伍 ̄ス酒 ̄ト兼_レ茶鑾-刀細 ̄ニ切 ̄テ金-糸
乱彫管軽 ̄ク薫 ̄シテ碧-縷斜 ̄ナリ賓-席助 ̄テ_レ談 ̄ヲ拋 ̄ツ_二玉-塵 ̄ヲ_一書-帷駆 ̄テ_レ睡 ̄ヲ落 ̄ス_二
灯-花 ̄ヲ_一歓 ̄ヒ含 ̄ミ悲 ̄ミ咽 ̄テ人将 ̄ニ_レ老 ̄ト最 ̄モ閔 ̄ム朝-雲暮-雨 ̄ノ家
珍-草同 ̄シテ_レ茶 ̄ニ遍 ̄シ_二万-郷 ̄ニ_一雲-霞分 ̄テ_レ色 ̄ヲ特 ̄リ伝 ̄フ_レ香 ̄ヲ賞 ̄スル_レ華 ̄ヲ遊-席 ̄ニハ横 ̄ヘ_二銀
管 ̄ヲ_一迎 ̄フ_レ月 ̄ニ高-楼 ̄ニ佩 ̄フ_二錦-嚢 ̄ヲ_一怨-女銜 ̄ヒ【注】来 ̄テ安 ̄ス_二薄-命 ̄ヲ_一騒-人拈 ̄ル-処練 ̄ル_二
吟-腸 ̄ヲ_一山-村 ̄ノ積-雨最 ̄モ堪 ̄リ_レ味 ̄ニ更 ̄ニ破 ̄テ_二寂-寥 ̄ヲ_一 八-興長 ̄シ

【注 衘は銜の俗字】







円-通滅-後千-年 ̄ノ後奇-草生-来漸 ̄ク費 ̄ス_レ田 ̄ヲ田-舎 ̄ハ趨 ̄テ_レ時 ̄ニ貪_レ-利
孔 ̄シ世-間 ̄ハ随 ̄テ_レ俗 ̄ニ愛 ̄コト_レ斯 ̄ヲ専 ̄ナリ細 ̄ニ割 ̄テ成 ̄モ_レ線 ̄ト未 ̄タ【左ルビ:ス】紝_レ錦 ̄ニ約 ̄ニ飣 ̄テ吸 ̄フ_レ煙 ̄ヲ非 ̄ス覓 ̄ニ_レ痊 ̄ヲ事-物 ̄ノ廃-興時及処聖-人 ̄ノ遠-慮為_レ無 ̄ト_レ愆
ちりにまじる両部(りやうぶ)のしんでんたばこかも影(かけ)やはらかで呑(のめ)【注】のよいのは
雁首(がんくび)の火宅(くわたく)を出(いで)てけふり草(くさ)三(み)つの車(くるま)の輪(わ)を吹(ふく)かさて
たをやめをくどくか色(いろ)のよいたばこ見て灰吹(はいふき)の口(くち)たゝくのは
あしたには色(いろ)もかほりも有(ある)たばこくれはけふりてつい灰(はい)となる
のむからにもや〳〵くゆる思(おも)ひをばけふりとなして吹(ふく)たばこかな
いそがしききざみといへば一しほもかをりたばこの色(いろ)まさりけり
御法度のくわへきせるをおそれずはどこぞのほどでがんくびもくう?
丹波後野信濃路伯耆長門出羽和泉■【和=衍字】出雲加賀駿河隠岐

【注 飲め・呑め=口あたり】

【左丁】
摂都書林三谷文藉堂蔵版目録 《割書:北堀江鉄橋通宮川町》
               土佐屋喜兵衛
【縦線】
【以後、上下を分ける横線と各項目を分ける縦線あり】
尚書正文《割書:冢先生訓点》全二冊   王羲之十七帖《割書:釈文付》 一帖
【縦線】
四書集注《割書:道春点| 再刻》 全十冊   小雲棲稿 《割書:大典禅師|詩文尺牘》 全三冊
【縦線】
同  《割書:山本復斎先生訓点》     略解千字文《割書:諸書(しよ〳〵)を引(ひき)千字文》
        全十冊       《割書:の源(みなもと)字音(じおん)等(とう)を正(たゞ)し|字毎(じごと)に注釈(ちうしやく)を加ふ》全
【縦線】
小学《割書:内篇|外篇》《割書:出所付》  全四冊   古方類聚《割書:金匱傷寒論薬法|ヲ詳ニ合集ス》 全
【縦線】
黙祷録《割書:一名近思録講義》      中風治法指南《割書:岡本一抱子著》
        全二冊           全四冊

      《割書: |伏田井先生著    古人の医書(いしよ)にもれたる秘伝(ひでん)をあつめ腹中(ふくちう)の虫(むし)をさり諸(もろ〳〵)の》
秘伝衛生論   全二冊  《割書:病根を断(たつ)法(ほふ)及び疱瘡(はうさう)のまじなひ小児を育(そだつ)るよりして大人に》
             《割書:|至るまでの養生(やうじやう)及び妙薬(めうやく)配剤(はいざい)の加減(かげん)をこと〴〵くしるし|諸人の助(たすけ)とす医(ゐ)に乏(とぼ)しき辺鄙(へんひ)には殊更(ことさら)必用(ひつよう)の書なり》
【縦線】
宮河歌合  《割書:西行法師の哥|定家卿の判》   《割書:万のさまの優美(ゆうび)なる判(はん)のことばの絶妙(ぜつめう)》
御裳濯河歌合《割書:同|俊成卿の判》全二冊 《割書:なる世にたぐふべくもあらず哥よまん人は|机上(きじやう)に置て常に尊(たうと)むべきの書なり》
【縦線】
以雲和歌百首   全 《割書:以雲法師和哥の骨肉(こつにく)とすべき教(をしへ)をやすらかによみて|人々にをしへられし百首の哥也小沢 盧菴(ろあん)が八首のをしへ|哥をもくはへたれば哥人常によみ得ば其正しきに至らん》
【縦線】
      《割書: |藤井高尚大人著》
弾ものゝさだめ   全 《割書:諸書によりてひきものゝ源(みなもと)を正(たゞ)し古言(こげん)をもて|其法をつまびらかにしるしたる書なり》
【縦線】
      《割書: |貝原篤信先生著   先生諸書を引てかんなの誤(あやまり)を正(たゞ)しその是(ぜ)》
増補和字解   《割書:小本》全  《割書:たるをつまびらかにあらはして世にまどひなから|しむ是(これ)にこしたるかなづかひはあらじかし》
【縦線】
貝原先生家訓  《割書:小本》全 《割書:此書は小児ををしへるよりして士農工商(しのうこうしやう)|その業(わざ)によりておの〳〵道(みち)を明(あき)らめ身を|治(をさ)むるをくはしく解(とき)たるなり》

【左丁】
     《割書: |田中友水先生著  此書は銭神(ぜにのかみ)貧人(ひんにん)教訓(けうくん)のために世間(せけん)を廻(まは)りし》
教訓生業宝  全四冊 《割書:事(こと)のはなしを人のをしへになるやうに書つゞり絵(ゑ)を|まじへて読(よむ)に倦(うま)ざらしむ至(いたつ)て面白(おもしろ)きよみ本なり》
【縦線】
二十四孝小解《割書:熊沢先生著》全 《割書:了海(れうかい)先生もろこし廿四 孝(かう)の列伝(れつでん)を|詳(つまびらか)にあげ絵(ゑ)をまじへてよむに倦(うま)|ざらしむ実(じつ)に善(ぜん)を導(みちびく)の要書(ようしよ)なり》
【縦線】
     《割書: |速水春暁斎画》
金毘羅神霊記  全十冊   【下部黒塗りして消滅】
【縦線】
      《割書: |》
《割書:         御家御門人    商家(しやうか)平生(へいぜい)要(えう)とすべき文章(ぶんしやう)を記(しる)し時候(じこう)の替文(かへぶん)》
商家日用文章 《割書:森田氏筆》全 《割書:|様々あらはし証文(しやうもん)注文(ちうもん)色紙(しきし)短冊(たんさく)の書法(かきやう)様(さま)殿(どの)等(とう)の|上中下の分(わか)ち月の異名(ゐみやう)十 干(かん)十二 支(し)其外かなの書やう|をしるす尚(なを)御家流の書を学(まな)ぶべきの手本とす》
【縦線】
庭訓往来《割書:改正無点大字》全   女訓身持鑑  全
【縦線】
日用秘密蔵《割書:醍醐散人著|   小本》全 《割書:此書はもろ〳〵の妙薬(めうやく)まじなひ料理の秘伝(ひでん)|妙術(めうじゆつ)をくはしくあらはし婦幼(ふよう)といへども見安く|たちまち其 伝(でん)を得(う)る最(もつとも)広益(くわうえき)の書なり》

一休水かゞみ  全 《割書:人のうへのくさ〴〵をしるし見るにおもし|ろく文中(ぶんちう)おのづから無常(むじやう)を示(しめ)し心を|清(きよ)きにいたらしむるの書なり》
【縦線】
目なし草    全 《割書:此書は前の水かゞみの注解(ちうかい)にして一休|和尚(おしやう)の法語(ほふご)および道哥(だうか)をこと〴〵く注(ちう)|したるおもしろき書なり》
【縦線】
一休骸骨    全 《割書:此書や人間の皮中(ひちう)をつまびらかにあらはし|道哥(だうか)をもつて其をしへを示(しめ)すこの書を|みれは六欲(ろくよく)おのづから去(さ)るなり》
【縦線】
真宗安心歓草《割書:粟津義圭師著 一向宗の有がたきを示(しめ)し和哥をもてをしへを》
         全 《割書:さとす此書をみれば疑惑(ぎわく)不 信(しん)の境(さかひ)をはなれ》
           《割書:て信心(しん〴〵)堅固(けんご)の正(たゞ)しきに至らん》
【縦線】
明応物語 《割書:同著》全二冊 《割書:世に名たゝる一向宗の御文(おふみ)をくはしく|注解(ちうかい)して御法(みのり)の尊(たうと)きをさとすの書なり》
【縦線】
東海夢物語   全 《割書:源氏物(げんじもの)がたりより一回(いつくわい)の小説(せうせつ)をあらはし|人をして無常(むじやう)を感(かん)ぜしむ僅(わづか)の紙上(しじやう)に|其 妙(めう)を尽(つく)せしも亦(また)作者(さくしや)の功(いさほし)なり》

【左丁】
眠の策 《割書:洛西乞士著》全 《割書:此書や悟道(ごだう)微妙(びめう)のおもむきをとき古人|の名哥(めいか)をまじへてその善(ぜん)に導(みちび)く実(じつ)に|世俗(せぞく)の眠(ねふり)をさますの書なり》
【縦線】
雨中問答《割書:西村遠里先生著》 《割書:此書は世(よ)の諺(ことはざ)【ママ】の誤(あやまり)を解(とき)奇説(ぎせつ)妙話(めうわ)を面(おも)》
       全五冊《割書:白(しろ)くあらはし身(み)ををさむるの要(えう)をしる》
          《割書:したるおもしろき書なり》
【縦線】
狂歌友の文庫《割書:六樹園大人選   六樹園大人 橘菴大人 隺迺家大人 三日坊大人》
        全三冊 《割書:六々園大人 柏樹園大人 蝙蝠軒大人 桃李園大人》
            《割書:遊花亭大人 聴風軒大人|右十大家の撰を得たる三都の集也常に坐右に置て益あり》
【縦線】
志津ヶ嶽軍記《割書:雄山著》
        全四冊 《割書:雄山(ゆうざん)が伝(でん)および此書の実記(じつき)たる事|序(じよ)につまびらかなり》
【縦線】
画図絶玅    全 《割書:越鳥斎の筆にしてもろ〳〵の画図(ぐわづ)をしるし其 筆(ひつ)》
同 二篇《割書:近刻》  全 《割書:意(い)の妙(めう)をあらはして世(よ)に画を学(まな)ぶ人の階梯(かいてい)とす|画家 常(つね)に坐右(さいう)に置て益(えき)ある書なり》
【縦線】
画話耳鳥斎 全二冊 《割書:画(ゑ)をもて噺(はなし)の種(たね)とし其 妙(めう)を尽(つく)す至て|おもしろき書なり》

【右丁】
噺万歳《割書:桂 文来作|三木探月斎画》    《割書:当世のおもしろきはなしをかす〴〵あらはし|見る人をして腹(はら)をかゝへさしむ夜伽(よとぎ)などの友(とも)》
       全五冊  《割書:にしてこれに過(すぎ)たるはあらじかし》
【縦線】
滑稽漫画 《割書:暁鐘成作》   《割書:当世あるとあらゆる品(しな)ものを中形小紋の類染》
      全一冊  《割書:もやうにおもしろく見立こしらへ狂哥 雑俳(ざつはい)などくわへ|たれば其 滑稽(こつけい)のおもしろき事 譬(たと)ふるかものなし》
【縦線】
     《割書:柳園種春著   此書は忠孝(ちうかう)の道(みち)を専(もつはら)とし佞人(ねいじん)【注①】賢者(けんしや)のわかち|        をとき己(おのれ)を慎(つつしみ)》
教訓童草   全二冊 《割書:剛欲(がうよく)をいましめ尚(なを)身持(みもち)放蕩(はうたう)をいましめ近(ちか)き世にありし|因果(ゐんぐわ)のくさ〴〵をあらはし画(ゑ)をまじへ和歌(わか)狂哥(きやうか)俳諧(はいかい)をくわへ一時(いちじ)に》
      《割書:彩色入モアリ 童蒙(どうもう)の眠(ねふり)をさますおもしろき本也御子様方の御進物などにもよろし》
【縦線】
同【注②】後編《割書:同著|近刻》全二冊 《割書:これ前編(ぜんへん)にもらしゝをしへのくさ〴〵をつまびらかにあらはし|おなじく画(ゑ)をまじへて婦女(ふぢよ)をみちびくの一助(いちじよ)とす前編(ぜんへん)|についでもとめ給ふべしひろくえきある書なり》

【注① 侫は譌字】
【注② 仝は同の古字】

【左丁】
跋語
烟草記既成猶有未決者雲菴弁害論
良安図絵按両医太且吾見人宜取捨

【左頭部欄外 資料整理ラベル】
特1

3404

【裏表紙】

{

"ja":

"酒説養生論

]

}

【帙の表紙 題箋】
酒説養生論  七冊

【帙の背】
【題箋】酒説養生論 七冊 【資料整理ラベル】富士川本 シ 78

【帙表紙 題箋】酒説養生論 七冊

【表紙】
【資料整理ラベル】富士川本 シ 78
【題箋 剥落】

【右丁】
此(この)編(へん)は人(ひと)の無病(むひやう)長生(ちやうせい)を欲(ほつす)るの設(まうけ)なり疾病(しつへい)の発(をこる)所 保養(ほうやう)
の慎(つゝしむ)所を論す仮名文字(かなもし)にて是(これ)をしるしてその暁(さとし)やすきを
願(ねかふ)試(こゝろみ)に一帙(いちしつ)を座右(さゆう)に置(おき)てこれを翫(もてあそひ)は真(まこと)に寿域(しゆいき)に
登(のほる)の一助(いちしよ)なるへし 文化丙寅初夏収蔵
《題:酒説養生論《割書:全部|七巻》》
卿(けい)士(し)庶人(しよにん)保養(ほうやうの)良策(りやうさく)
医門(いもん)診家(しんか)朢聞(はうもんの)公案(こうあん)
【右二行の下部】【陽刻篆字印】《割書:不許翻刻
|千里必究》
【左欄外】森元 渡辺

【左丁】
【右欄外 朱角印】富士川游寄贈
酒説養生論序 全七冊   【朱角印】
此編(このへん)は何物(なにもの)の狂子(きやうし)か是(これ)を作(つくれり)と
云事(いふこと)を知(しら)ず其(その)序(しよ)の言(こと)に夫(それ)人(ひと)は
命(めい)を天(てん)に稟(うけ)て皆(みな)能(よく)無病(むひやう)長生(ちやうせい)
にして優(ゆたか)に百年(ひやくねん)の寿(ことふき)を保(たもつ)へし
其(その)疾(やみ)て且(かつ)夭(よう)する者(もの)は多(おほく)は皆(みな)人欲(しんよく)

【頭部欄外蔵書印 朱角印】
京都
帝国大学
図書之印

【資料登録番号印】
185095
大正7.3.31

【右丁右下の折返に書付あり】
トヨ
トイ

【右丁】
これを害(かい)すれはなり凡(をよそ)欲(よく)は多(おほし)と
いへとも殊(ことに)甚(はなはたし)きは酒色(しゆしよく)に過(すき)たるは
なかるへし礼経(れいけい)にも飲食(ゐんしい)男女(なんによ)は
人(ひと)の大欲(たいよく)存(そん)すと見(みへ)たり彼(かの)淳于髠(しゆんうこん)
が一石(いちこく)李白(りはく)が三百(さんひやく)盃(はい)興(けふ)有(ある)事(こと)は
興(けふ)あれとも周顗(しうかい)【注】が客(かく)丙吉(へいきつ)が御(ぎよ)

【左丁】
毒(どく)も亦(また)甚(はなはた)しさりとて是(これ)又(また)絶(たえ)て断(たつ)
へき事ならねは是を用(もちひ)て能(よく)其(その)
利害(りかい)避就(ひしゆ)を知(しる)へきや其(その)慎(つゝしみ)避(さく)
へきの道(みち)用(もちひ)治(ぢ)すへきの薬(くすり)なと
紀載(しるしのせ)て酒説養生論(しゆせつやうしやうろん)七巻(しちくはん)先(まつ)成(なる)と
いへり余(よ)が家(いゑ)曽(かつて)此(この)書(しよ)を蔵(かくす)その

【注 「周顗」の読みは「しうき(しゅうぎ)」が正】

【右丁】
辞(ことは)雅(が)ならず其(その)意(こゝろ)褊(へん)にして見(みる)に
足(たら)ざるに似(に)たれども其説(そのせつ)は新奇(しんき)
にして笑(わらひ)戯(たはふる)る言(こと)も亦(また)皆(みな)味(み)ある
事(こと)を覚(をほ)ゆ生(せい)を養(やしなひ)病(やまひ)を却(しりそく)るの道
に至(いたり)ては体(みに)認(とゝめ)て尽(こと〳〵く)験(しるし)あるへし
古人(こしん)の言(こと)に書(しよ)を読(よむ)事(こと)数遍(すへん)なれは

【左丁】
其(その)意(こゝろ)自(をのつから)見(あらはる)るといへり只(たゝ)冀(こひねかはく)は一覧(ひとたひみ)て
捨(すつ)る事(こと)なく能(よく)是(これ)を翫(もてあそひ)て自(みつから)悟(さとり)人(ひと)を
覚(さとさ)は唯(ひとり)此身(このみ)の保(たもつ)へきのみにあらず
又是を以(もちひ)て上(かみ)には君父(くんふ)に事(つかえ)下(しも)には子(し)
弟(てい)を育(やしなは)は或(あるひ)は忠孝(ちうかう)慈恵(じけい)の助(たすけ)とも成(なり)
ぬへし試(こゝろみ)に人(ひと)にも示(しめし)てんとて校訂(かんかえたゝし)て是(これ)を

【右丁】
書(かき)つくるにこそはあれ
享保十四年己酉正月穀旦
   武江 草洲守部正稽撰
   【陰刻印】《割書:正印|稽》 【陽刻印】《割書:草|洲》
文化三年丙寅初夏収蔵

【左丁】
酒説養生論序
一-日余 ̄カ-友草-洲-子持 ̄シ_二酒-説養-生論 ̄ヲ_一
来 ̄テ示 ̄シテ_レ余 ̄ニ曰此 ̄ノ書蔵 ̄スコト_二于家 ̄ニ_一久 ̄シ矣其 ̄ノ説
頗 ̄ル有_二可_レ観 ̄ツ者_一今芟 ̄リ_二其 ̄ノ複 ̄ヲ_一訂 ̄シ_二其 ̄ノ誤 ̄ヲ_一為 ̄シメ_二
之 ̄カ繕-写 ̄ヲ_一以 ̄テ自 ̄ラ-戒 ̄ム焉冀 ̄ハ子決 ̄シ_二其 ̄ノ嫌-疑 ̄ヲ_一
定 ̄テ_二其 ̄ノ可-否 ̄ヲ_一使 ̄ヨト_レ可 ̄ラ_レ伝 ̄フ焉余得 ̄テ而読 ̄ム_レ之 ̄ヲ

【右丁】
乃 ̄シ憂 ̄テ_三荒-飲之傷ルコトヲ_二其 ̄ノ生 ̄ヲ_一而作 ̄レル-者-也首 ̄ニ
有 ̄テ_二戒-酒 ̄ノ総-論_一以 ̄テ提 ̄グ_二【一点は誤記】其 ̄ノ綱 ̄ヲ_一次 ̄ニ載 ̄テ_二諸-病 ̄ノ
証-候 ̄ヲ_一以 ̄テ挙 ̄ク_二其 ̄ノ目 ̄ヲ_一語 ̄ル之詳 ̄カニ撰 ̄フ之精 ̄キ班-
班-乎 ̄トシテ亦不 ̄ル_レ可 ̄ラ_レ尚 ̄フ已(ノミ)嗚-呼酒之関 ̄カル_二於
人 ̄ニ_一亦大 ̄ナル-矣哉(カナ)夫 ̄レ不 ̄レハ_レ飲 ̄マ則-已 ̄ム一 ̄ヒ-飲 ̄ムトキハ則
功-害相 ̄ヒ-係 ̄ル譚何 ̄ソ容-易 ̄ナラン蓋 ̄シ其 ̄ノ為 ̄ル_レ物由 ̄テ_二

【左丁】
熟-穀之液 ̄ニ_一以 ̄テ得 ̄タリ_二慓-悍之性 ̄ヲ_一流_二-蕩 ̄シ血-
気 ̄ヲ_一薫_二-陶 ̄ス経-絡 ̄ヲ_一勢 ̄ヒ不_レ可 ̄ラ_レ当 ̄ル焉故 ̄ニ遇 ̄ハ_二欝-
抑 ̄ニ_一則解 ̄キ_二其 ̄ノ壅-遏 ̄ヲ_一当 ̄ハ_二沈-寒 ̄ニ_一則回 ̄ス_二其 ̄ノ陽-
和 ̄ヲ_一且 ̄ツ消 ̄テ_レ憂 ̄ヲ為_レ楽 ̄ト扶 ̄テ_レ老 ̄ヲ盛 ̄ニス_レ神 ̄ヲ其 ̄ノ功之
所_レ及 ̄フ也大 ̄ナリ矣其 ̄ノ功既 ̄ニ-大 ̄ナレハ則其 ̄ノ害 ̄モ亦
不_レ少 ̄カラ焉若 ̄シ-夫 ̄レ濡 ̄シ_レ首 ̄ヲ失 ̄テ_レ度 ̄ヲ不 ̄ル_レ知 ̄ラ_二其 ̄ノ秩(ツネ) ̄ヲ_一

【右丁】
滔-滔-乎 ̄トシテ唯 ̄タ-酒是 ̄ヲ-崇 ̄ム日 ̄ニ-積 ̄ミ月 ̄ニ-累 ̄テ恬 ̄トシテ不_レ
為 ̄サ_レ意 ̄ヲ腸-胃曷 ̄ソ勝 ̄ン_二剥-斲 ̄ニ_一血-気由 ̄テ_レ之 ̄ニ擾-
乱 ̄ス若 ̄シ有 ̄レハ_三 一 ̄ヒ湎 ̄スルコト_二於酒 ̄ニ_一則伐-性之-斧爛-
腸之-薬亦相 ̄ヒ-踵 ̄テ以 ̄テ-至 ̄ル是理-勢之自-
然 尓(ノミ)於 ̄テ_レ是 ̄ニ乎(カ)精-液竭 ̄テ而真-元損 ̄ス何 ̄ヲ
恃 ̄テカ而不 ̄ン_二病 ̄テ-且 ̄ツ夭 ̄セ_一也豈 ̄ニ可 ̄ン_レ不 ̄ル_レ慎 ̄マ乎今

【左丁】
此 ̄ノ書垂 ̄ル_レ戒 ̄ヲ之渥 ̄キ用 ̄ル_レ心 ̄ヲ之切 ̄ナル使 ̄ハ_三読 ̄ム-者 ̄ヲシテ
能有_二留 ̄テ_レ意 ̄ヲ而深 ̄ク-察 ̄スルコト_一則必感-_二悟 ̄シ其 ̄ノ理 ̄ヲ_一
服_二膺 ̄シ其 ̄ノ教 ̄ニ_一皆取 ̄テ_二其 ̄ノ功之所 ̄ヲ_一_レ可 ̄ナル而替 ̄ン_二
其 ̄ノ害之所 ̄ヲ_一_レ否 ̄ナル善 ̄イ-哉(カナ)其 ̄ノ為 ̄ル_レ書也草洲
子姓 ̄ハ守部名 ̄ハ正稽以 ̄テ_レ医 ̄ヲ仕 ̄フ_二于某藩
侯 ̄ニ_一其 ̄ノ於 ̄ル_レ学 ̄ニ融_二-悟 ̄シ玄-機 ̄ニ_一通_二-達 ̄ス活-法 ̄ニ_一卓 ̄トシテ

【右丁】
有_二明-良之識_一矣而 ̄レトモ鏟 ̄リ_レ采 ̄ヲ韜 ̄テ_レ光 ̄ヲ不_二_レ敢 ̄テ
競 ̄ハ_一_レ時 ̄ヲ君-子 ̄ナル哉(カナ)若 ̄キ-人顧 ̄フニ斯 ̄ノ書亦自記 ̄シテ_二
其 ̄ノ所 ̄ヲ_一_レ得 ̄ル而託 ̄スル_二之 ̄ヲ人 ̄ニ_一者 耶(カ)不 ̄ンハ_レ然 ̄ラ未 ̄タ【左ルビ:アラシ】_二必 ̄ス
如_レ是 ̄ノ之明 ̄ニ-且 ̄ツ-尽 ̄セルコトハ_一也読 ̄ム-者其 ̄レ致 ̄セ_レ思 ̄ヲ焉
是 ̄ヲ為_レ序 ̄ト
 時

【左丁】
享保十四年歳次己酉正月日
  東都 盈進中村玄春識
     【陽刻印】《割書:明|遠》【陰刻印】《割書:盈進|之印》

【右丁 白紙】
【左丁】
酒説養生論目録
  序
巻之一 酒説(しゆせつ)総論(そうろん)上
 一 酒(さけ)を過(すこせ)は養生(やうしやう)に害(かい)有(ある)事 《割書:付 黄帝内経(くわうていたいきやう)の説(せつ)》
 一 酒(さけ)の人(ひと)を酔(ゑい)しむる事
 一 人の酒(さけ)を飲(のむ)と飲(のま)さる弁(へん)の事 《割書:付人に二十五 種(しゆ)|の品(しな)有事》
 一 色欲(しきよく)の害(かい)も亦(また)酒(さけ)に因(よる)事 《割書:付 仏書(ふつしよ)毘婆沙論(ひはしやろん)|の事》
 一 孟子(まうし)に飲食(ゐんしい)の人(ひと)は人(ひと)是(これ)を賎(いやしむ)と云(いふ)事 《割書:付 魚肉(きよにく)先生(せんせい)|の事》
巻之二 酒説総論中

【右丁】
 一 酒(さけ)の諸病(しよひやう)を為(なす)事 《割書:付 揚州(やうしう)の鶴(くはく)の事》
 一 酒の病(やまひ)を為(なす)を人(ひと)覚(おほへ)さる事 《割書:付 朱丹渓(しゆたんけい)の説|并 酒画(しゆくは)の事》
 一 酒を飲(のむ)多少(たせう)の量(りやう)の事 《割書:付 論語(ろんこ)の説并 淳于(しゆんう)|髠(こん)の事》
 一 病(やまひ)有(ある)人(ひと)多(おほく)飲(のむ)へからさる事 《割書:付 生姜酒(しやうかさけ)の事》
 一 饑飽(うえあき)て多飲へからさる事
 一 夏暑(かしよ)の時(とき)多飲へからさる事
 一 冬寒(とうかん)の時多飲へからさる事 《割書:付 王粛(わうしゆく)張衡(ちやうかう)|馬均(はきん)の事》
 一 夜(よる)多飲へからさる事 《割書:付 寐酒(ねさけ)は薬(くすり)なりと云(いふ)|の誤(あやまり)なる事》
 一 保養(ほうやう)修養(しゆやう)の事 《割書:付 東方朔(とうはうさく)の事》

【左丁】
巻之三  酒説総論下
 一 貴人(きにん)大人(たいしん)は殊(こと)に保養(ほうやう)を慎(つゝしみ)給(たまふ)へき事
 一 安逸(あんいつ)の人多飲へからさる事
 一 労役(らうゑき)の人多飲へからさる事 《割書:付 荘子(さうし)醉者(すいしや)の|車(くるま)より墜(をつる)事》
 一 児童(じとう)多飲へからさる事 《割書:付 張文忠公(ちやうふんちうこう)の事》
 一 老人(らうしん)多飲へからさる事 《割書:付 長寿(ちやうしゆ)多は飲(のま)さる|人に有事》
 一 婦人(ふしん)多飲へからさる事 《割書:付 男子(なんし)婦人寿数(しゆすう)多少(たせう)|の事并 劉伯倫(りうはくりん)の事》
 一 酒(さけ)は礼義(れいぎ)に與(あつかる)の大(おほひ)なる事 《割書:付 蜀(しよく)の簡雍(かんよう)の事》
巻之四  酒病論(しゆひやうろん)上

【右丁】
 一 中風(ちうふ)論 《割書:付 古今(ここん)中風(ちうふ)病因(ひやうゐん)の弁(へん)》
 一 傷寒(しやうかん)論 《割書:付 内経(たいきやう)酒風(しゆふう)漏風(ろうふう)の説(せつ)》
 一 泄瀉(せつしや)論 《割書:付 酒泄(しゆせつ)の説》
 一 痢病(りひやう)論 《割書:付 張介賓(ちやうかいひん)脂膏(あふら)を下(くたす)の説(せつ)を弁(へん)す》
 一 痰飲(たんゐん)論 《割書:付 酒痰(しゆたん)の説》
 一 心痛(しんつう)論 《割書:付 斉(せい)桓公(くわんこう)扁鵲(へんしやく)の事》
 一 腹痛(ふくつう)論 《割書:付 扁鵲(へんしやく)病(やまひ)に六(むつ)の不治(ふち)ある事》
 一 飜胃(ほんゐ)論 《割書:付 艾子(がいし)の事》
 一 噎隔(いつかく)論 《割書:付 酒(さけ)を飲(のめ)は身面(しんめん)赤(あか)き弁(へん)》

【左丁】
巻之五  酒病論中
 一 脾胃(ひゐ)論
 一 腎虚(しんきよ)論 《割書:付 酒(さけ)は腎(しん)の大毒(たいとく)の説》
 一 積聚(しやくしゆ)論 《割書:付 酒積(しゆしやく)酒癖(しゆへき)》
 一 水腫(すいしゆ)論 《割書:付 張介賓(ちやうかいひん)水鼓(すいこ)【皷は俗字 注】酒(さけ)に因(よる)の説》
 一 脹満(ちやうまん)論
 一 黄疸(わうたん)論 《割書:付 酒疸(しゆたん)并 黄胖病(わうはんひやう)》
 一 失血(しつけつ)論
 一 虚労(きよらう)論 《割書:付 曲突(きよくとつ)薪(たきゝ)を徙(うつす)事》

【注 水鼓=水腫】

【右丁】
 一 癲狂(てんきやう)論 《割書:付 盃中(はいちう)蛇影(しやゑい)【虵は俗字】の事并 邪崇(しやすい)【祟ヵ ママ】の説》
巻之六  酒病論下
 一 酒悖(しゆほつ)論 《割書:付 詐病(そひやう)|の事》  一 霍乱(くはくらん)論
 一 消渇(せうかつ)論       一 疝気(せんき)論
 一 脚気(かつけ)論       一 痳病(りんひやう)論
 一 痔漏(ちろう)論       一 眼目(かんもく)論
 一 口鼻(こうひ)論       一 癰疽(ようそ)論
 一 酒隔病(しゆかくひやう)      一 酒客病(しゆかくひやう)
 一 飲酒(ゐんしゆ)諸病(しよひやうの)候(こう)   一 史紀(しき)倉公(さうこうの)伝(てん)

【左丁】
巻之七  奇病(きひやう)論
 一 熱厥(ねつけつ)       一 歴節風(れきせつふう)
 一 酒瘕(しゆか)       一 酒癖(しゆへき)
 一 酒注(しゆちう)       一 飲酒(ゐんしゆ)大酔候(たいすいのこう)
 一 飲酒(ゐんしゆ)中毒候(ちうとくのこう)   一 転脈瘻(てんみやくろう)
 一 水癖(すいへき)       一 瘖風(ゐんふう)
 一 乱経(らんけい)       一 癲癇(てんかん)
 一 酒熱(しゆねつ)       一 前陰(せんゐん)臊臭(さうしう)
 一 交腸(かうちやう)       一 寸白虫(すんはくちう)

【右丁】
 一 酒虫(しゆちう)          一 視(みて)_レ物(ものを)倒植(さかしまにたつ)
 一 視(みて)_レ正(せいを)為(す)_レ斜(しやと)     一 珠(たま)突(ついて)出(いつ)_レ眶(まふたを)
 一 嗜(たしなみて)_レ酒(さけを)喪(ほろほす)_レ身(みを)   一 暴病(ぼうひやう)暴死(ぼうし)
 一 瓶盞病(へいさんひやう)        一 酒家(しゆか)禁忌(きんき)
 一 酒家(しゆか)治方(ちはう)        一 刻(こくする)_二酒説(しゆせつを)_一記(き)


目録畢    文化丙寅四月      求得林麓主人

【左丁】
酒説養生論巻之一
      武江  草洲守部正稽校訂
  酒説総論上
○酒(さけ)は上古(しやうこ)の時(とき)に出(いて)て聖経(せいけい)賢伝(けんてん)是を説者(とくもの)多(をほ)し
とかや戦国策(せんこくさく)には昔(むかし)帝(てい)の女(ちよ)儀狄(きてき)に酒(さけ)を作(つくら)しめて
美(うま)し是を禹(う)に進(すゝむ)といへり漢書(かんしよ)に酒(さけ)は天(てん)の
美禄(びろく)帝王(ていわう)の天下(てんか)を頤養(やしなへる)所 享祀(まつり)に福(さいはい)を祈(いのり)衰(をとろへ)を扶(たすけ)
老(をひ)を養(やしなふ)百福(ひやくふく)の会(くはい)酒(さけ)にあらざれは行(をこなはれ)すといへり祭祀(さいし)に
是を用(もちひ)て祖先(そせん)に事(つかふまつ)り燕饗(ゑんきやう)に是を用(もちひ)て賓客(ひんかく)を

【右丁】
礼(れい)す或(あるひ)は婚姻(こんゐん)冠笄(くわんけい)大小(たいせう)の礼節(れいせつ)尽(こと〳〵)く是を用(もちひ)すと
云(いふ)事なし上古(しやうこ)には病(やまひ)を治(ぢ)するに醪醴(らうれい)とて酒(さけ)を用(もちひ)
けるとや又 酒(さけ)は百薬(ひやくやく)の長(ちやう)なりといへり又 諸(もろ〳〵)の薬物(やくふつ)を
製(せい)して病(やまひ)を治(ち)する事 多(おほし)諸家(しよか)の本草(ほんさう)に酒(さけ)の功用(こうよう)を
演(のべ)て薬勢(やくせい)を行(めくら)し百邪(ひやくじや)悪毒(あくとく)の気(き)を殺(ころし)血脈(けつみやく)を通(つう)じ
腸胃(ちやうゐ)を厚(あつく)し皮膚(ひふ)を潤(うるほし)湿気(しつけを)散(さん)じ憂(うれひ)を消(けし)怒(いかり)を
発(をこし)言(こと)を宣(のへ)意(こゝろ)を暢(のへ)脾気(ひき)を養(やしなひ)肝(かん)を扶(たすけ)風(かせ)を除(のそき)気(き)を
下(くたす)といへり凡(をよそ)物(もの)の天生(てんせい)にあらず人工(しんこう)に出(いて)て古(いにしへ)より
今(いま)に至(いたり)て天下(てんか)万国(はんこく)是を用(もちひ)て改(あらため)さるは唯(たゝ)酒(さけ)に如(しくは)

【左丁】
なしされは其(その)利(り)の多(おほき)事 勝(あけ)て云(いふ)へからず真(まこと)に
嘉(よみ)し尚(たふと)むへきなり然(しかり)といへとも其(その)利(り)の多(おほき)物(もの)は
其 害(かい)も亦(また)少(すくな)からず古来(こらい)聖賢(せいけん)酒(さけ)を戒(いましむ)る事 亦(また)多(おほし)
書経(しよきやう)の酒誥(しゆかう)は是(これ)武王(ぶわう)の酒(さけ)を戒(いましめ)給(たまへ)る言(こと)なりとぞ
其 外(ほか)諸書(しよしよ)に是(これ)を戒(いましむ)る事 多(おほ)かるへし禹(う)は旨酒(ししゆ)
を甘(あまん)して儀狄(ぎてき)を疏(うとんず)とて古(いにしへ)の禹王(うわう)は旨酒(むまきさけ)を嘗(なめ)
て後世(こうせい)是を以(もつて)国(くに)を亡者(ほろほすもの)有(あら)んとて酒(さけ)を造(つくり)出(いた)せる
儀狄(きてき)を疏(うとみ)給(たまひ)けるとかや彼(かの)夏桀(かけつ)殷紂(ゐんちう)より始(はしめ)
て王侯(わうこう)臣民(しんみん)是(これ)に因(より)て政(まつりこと)を乱(みたり)国(くに)を亡(ほろほ)し家(いゑ)を

【右丁】
敗(やふり)身(み)を失(うしなふ)者(もの)古今(ここん)其(その)幾(いくはく)人(ひと)と云(いふ)事を知(しら)ずこれ
其 害(かい)の至(いたり)て大(おほい)なる誠(まこと)に懼(をそれ)て慎(つゝしむ)へきにあらずや
然(しかり)といへとも其 害(かい)又(また)是より甚(はなはた)しき者(もの)あり夫(それ)は
いかにと云(いふ)に唯(たゝ)酒(さけ)に因(より)て病(やまひ)を為(なす)なり凡(をよそ)人(ひと)に
貴(たつとき)ところ(ところ)は生命(せいめい)より大(おほい)なるはなし国家(こくか)【「は」は誤字】は重(をもし)といへとも
豈(あに)此(この)生命(せいめい)より勝(まさら)んや況(いはん)や国家(こくか)を有(たもつ)者(もの)酒(さけ)に
因(より)て徳(とく)を喪(うしなひ)行(かう)を愆(あやまる)事ありと云(いふ)とも或(あるひ)は輔佐(ほさ)
の宜(よろし)きを得(う)る時(とき)は其 国家(こくか)を失(うしなふ)に至(いたら)さるへし唯(たゝ)
酒(さけ)に因(より)て病(やまひ)を為(なし)其 重者(をもきもの)は良医(りやうい)といへとも是(これ)を如何(いかん)とも

【左丁】
する事なし直(たゝち)に其 身(み)を亡(ほろほす)に至(いたる)酒(さけ)固(もとより)其 利(り)多(おほく)
といへとも人(ひと)をして長生(ちやうせい)ならしむる事なし其 害(かい)
に至(いたり)ては人(ひと)の生命(せいめい)を敗(やふる)真(まこと)に畏(をそる)へきにあらずや
況(いはん)や今(いま)の世(よ)に当(あたり)て是を以(もつて)国家(こくか)を喪(うしなふ)事は常(つね)
に見(みる)事なし是に因(より)て病(やまひ)を為(なし)生命(せいめい)を亡(うしなふ)者(もの)
は上(かみ)邦君(はうくん)卿士(けいし)より下(しも)庶人(しよじん)民家(みんか)に至(いたる)まて常(つね)に
幾(いくはく)人(ひと)と云(いふ)事を知(しら)ず真(まこと)に疾病(しつへい)を為(なし)養生(やうしやう)を
害(かい)するの第一(たいいち)大(おほい)なる物(もの)は酒(さけ)に過(すぎ)たるはなかるへしされ
とも凡(およそ)人(ひと)の養生(やうしやう)を害(かい)する事も亦(また)種々(しゆ〳〵)にして甚(はなはた)多(おほ)

【右丁】
し然(しか)るに酒(さけ)を第一(たいいち)とするはいかにと云(いふ)に是 一人(いちにん)の
私言(しげん)にあらず古来(こらい)明々(あきらか)に其説(そのせつ)ありといへとも
人(ひと)多(おほく)は是を悟(さとら)ざるに似(に)て是(これ)を唱(となへ)揚(あげる)事すくなし
凡(およそ)養生(やうしやう)を言(いふ)者(もの)は医家(いか)に如(しく)はなく医家(いか)の宗(むね)と
する所(ところ)は内経(たいきやう)より上(かみ)なるはなし夫(それ)黄帝内経(くわうていたいきやう)
素問(そもん)霊枢(れいすう)といへるは古(いにしへ)の三皇(さんくわう)と聞(きこえ)し中(なか)に
黄帝(くわうてい)軒轅氏(けんゑんし)と申(まうし)奉(たてまつ)る聖帝(せいてい)其 臣下(しんか)岐伯(ぎはく)の
諸人(しよにん)と問答(もんたふ)をなして天地(てんち)陰陽(いんやう)より始(はしめ)て人身(じんしん)
の摂生(せつせい)保養(ほうやう)疾病(しつへい)治療(ちりやう)の道(みち)に至(いたり)て徧(あまね)く是を

【左丁】
論(ろん)して悉(こと〳〵)く具(そなはら)ずと云(いふ)事なし其 内経(たいきやう)の第一(たいいち)
上古(しやうこ)天真論(てんしんろん)に黄帝(くわうてい)天師(てんし)に問(とひ)ての給(たまは)く余(われ)聞(きく)
上古(しやうこ)の人(ひと)は春秋(しゆんしう)皆(みな)百歳(ひやくさい)を度(わたり)て動作(どうさ)をとろへ
ず今(いま)の時(とき)の人(ひと)は年(とし)半百(はんはく)にして動作(どうさ)皆(みな)衰(をとろふ)るは
時勢(じせい)異(こと)なれはにや人(ひと)将(はた)これを失(うしな)へるか岐伯(ぎはく)
答(こたへ)て上古(しやうこ)の人(ひと)は其 道(みち)を知者(しるもの)は陰陽(いんやう)に法(のつとり)術数(しゆつすう)
に和(かなひ)飲食(いんしい)節(せつ)あり起居(ききよ)常(つね)あり妄(みだり)に作労(さらう)せず故(かるかゆへ)
に能(よく)形(かたち)と神(しん)と俱(とも)にして尽(こと〳〵く)其 天年(てんねん)を終(をへ)百歳(ひやくさい)
を度(わたり)て去(さる)今(いま)の時(とき)の人(ひと)は然(しか)らず酒(さけ)を以(もつ)て漿(しやう)と為(なし)

【右丁】
妄(まう)を以(もつ)て常(つね)と為(し)酔(ゑひ)て以(もつて)房(はう)に入(いり)欲(よく)を以(もつて)其(その)精(せい)を
竭(つく)し其 真(しん)を耗散(かうさん)す満(まん)を持(ぢ)する事を知(しら)ず
神(しん)を御(きよ)する事を時(とき)なはす務(つとめ)て其 心(こゝろ)を快(こゝろよく)し
生楽(せいらく)に逆(たかひ)起居(ききよ)節(せつ)なし故(かるかゆへ)に半百(はんはく)にして衰(をとろふ)と
いへり是 先(まつ)人(ひと)の養生(やうしやう)に能(よき)時(とき)は天年(てんねん)を終(をゆ)る事を
得(え)て寿考(しゆかう)長命(ちやうめい)にて養生(やうしやう)によからざる時(とき)は天(てん)
年(ねん)を終(をゆ)る事を得(え)ずして早(はやく)衰(をとろへ)て夭折(ようせつ)す其 養(やう)
生(しやう)によからざる事は酒(さけ)に因(よる)事をいへり其次(そのつぎ)には
色欲(しきよく)を説(とく)といへとも醉(ゑひ)て房(はう)に入(いる)と云(いふ)時(とき)は是(これ)亦(また)

【左丁】
酒(さけ)に因(より)て害(かい)ある事をいへり夫(それ)内経(たいきやう)は万世(はんせい)医家(いか)
の大祖(たいそ)にて後世(こうせい)数百家(すひやくか)の医書(いしよ)の始(はしめ)なり其(その)開(かい)
巻(くはん)第一篇(たいいつへん)上古天真論(しやうこてんしんろん)の始(はしめ)に人(ひと)の養生(やうしやう)を論(ろん)じ
て其 養生(やうしやう)を害(かい)する事の初(はしめ)に酒(さけ)を説(とき)出(いだ)せり
況(いはん)や一部(いちぶ)の内経(たいきやう)十八巻(しふはちくわん)百六十篇(ひやくろくしつへん)の内(うち)に人(ひと)の養(やう)
生(しやう)を害(かい)し疾病(しつへい)を為(なす)事を論(ろん)して外邪内傷(くわいしやないしやう)
種々(しゆ〳〵)の品(しな)ありて其(その)幾何(いくはく)と云(いふ)事を知(しら)ず然(しか)るに
他(た)の事はいまた論(ろん)ずるに及(をよは)ずして先(まつ)酒(さけ)を以(もつて)
言(こと)を為(なす)其外(そのほか)諸篇(しよへん)に酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事を説(とけ)り然(しか)

【右丁】
れは凡(をよそ)養生(やうしやう)を害(かい)し疾病(しつへい)を為(なす)事 千差万別(せんしやはんべつ)
なりといへとも酒(さけ)を以(もつて)第一(たいいち)とする事こゝにをい
て見(み)つへきなり其 外(ほか)諸書(しよしよ)に酒病(しゆひやう)を説者(とくもの)多(おほし)
然(しか)れとも古来(こらい)是を戒(いましむ)る者(もの)も多(おほく)は皆(みな)徳(とく)を喪(うしなひ)行(かう)
を愆(あやまる)事のみにして其 病(やまひ)を為(なし)生(せい)を亡(ほろほす)に至(いたり)ては
深(ふか)く是を戒(いましむ)る者(もの)稀(まれ)なり今(いま)の人(ひと)も皆(みな)かく
のことくにして酒(さけ)の病(やまひ)を為(なし)病(やまひ)を為(なす)者(もの)は必(かならす)生命(せいめい)を
傷(やふる)と云(いふ)事を能(よく)知(しら)ざるに似(に)たり若(もし)能(よく)是を知(しら)は誰(たれ)か
生命(せいめい)を愛(あい)せざる者(もの)有(あらん)や知(しら)ずして是を為(なす)は皆(みな)過(あやまり)なり

【左丁】
若(もし)過(あやまち)て水火(すいくは)を蹈(ふん)で生命(せいめい)を敗(やふる)者(もの)あらは人(ひと)是を
傷(いたま)ざる者(もの)はあらず又(また)人(ひと)の重(かさね)て過(あやまち)蹈(ふむ)事なからん
事を思はざる者はあらざるへし然(しか)るに酒(さけ)に因(より)て
病(やまひ)を為(なし)生命(せいめい)を敗(やふる)者(もの)多(おほ)けれとも人(ひと)是を傷(いたむ)事
なく又是を人(ひと)に教(をしゆ)る者(もの)も鮮(すくなき)はいかにそや是 実(まこと)
に酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事を能(よく)知(しら)ざるゆへなるへし方(まさに)今(いま)
四海(しかい)乂安(がいあん)人(ひと)各(をの〳〵)其 業(けふ)を楽(たのし)み仮(かり)にも横(よこ)に性命(せいめい)を
敗(やふる)事なし然(しか)るに是を犯(おかし)て病(やまひ)を為(なし)命(めい)を失(うしなふ)は
天命(てんめい)と云へからず命(めい)にあらずして横(よこ)に生命(せいめい)

【右丁】
を失(うしなふ)は真(まこと)に慨(なけく)へきの甚(はなはた)しきにあらずや故(かるかゆへ)
に人(ひと)をして其かゝる事を知(しら)しめんと欲(ほつす)るは実(まこと)
に献芹(けんきん)の愚忠(ぐちう)なり彼(かの)智識(ちしき)有(ある)人(ひと)は其 所見(しよけん)に
依(よる)へきなれは何(なん)ぞ此(この)愚論(ぐろん)を待(また)んや是 只(たゝ)卑(ひ)
賎(せん)児女子(にしよし)に至(いたる)まて是を知(しら)しめんと欲(ほつす)るゆへに
文字(もんじ)の拙(つたな)く言葉(ことは)の鄙(いやし)く繁詞(はんじ)多言(たげん)を厭(いとは)ず
或(あるひ)は直言(ちよくげん)して諱(いま)ざる事 多(おほ)し間(まゝ)又(また)滑稽(こつけい)方(けう)【「はう」の誤記ヵ】
誕(たん)諧戯(たはふれ)の談(たん)を為(なす)者(もの)は只(たゝ)童蒙(どうもう)の是を翫(もてあそひ)能(よく)会(ゑ)
得(とく)せん事を願(ねかひ)て識者(しきしや)の笑弄(せうろう)を顧(かへりみ)ずされとも

【左丁】
古 来(らい)智識(ちしき)ある人(ひと)も或(あるひ)は時々(とき〳〵)此(この)弊(つゐえ)を免(まぬかれ)ざる
事もありと見(みゆ)れは言(こと)の拙(つたなき)にて是を捨(すつ)る事
なく少(すこし)き意(こゝろ)を留(とむ)る事あらは幸(さいはひ)甚(はなはた)しからんかし
○酒(さけ)は只(たゝ)水穀(すいこく)のみ是を造醸(つくりかもし)て酒(さけ)となる酒(さけ)い
かにして病(やまひ)を為(なす)やと云(いふ)に凡(をよそ)物(もの)の人(ひと)を醉(ゑは)しむる
は皆(みな)是 腐敗(ふはい)有毒(ゐうとく)の物(もの)なり有毒(ゐうとく)の魚(いを)腐敗(ふはい)の
肉(にく)能(よく)人(ひと)を醉(ゑは)しむ蕈菌(きのこ)又 能(よく)醉(ゑは)しむるは湿熱(しつねつ)
腐敗(ふはい)より生(しやう)ずる故(ゆへ)なり酒(さけ)は水穀(すいこく)の腐敗(くされ)たる
なり酒(さけ)は麹(かうじ)にあらざれは成(なる)事なし故(かるかゆへ)に麹(かうじ)を酒(さけ)

【右丁】
の母(はゝ)といへり本草(ほんさう)に麹(きく)は朽(きう)なり欝(うつ)して衣(ころも)を
生(しやう)ぜしめ敗(やふれ)朽(くち)しむといへり然(しか)れは麹(かうし)先(まづ)腐敗物(くされもの)
なり是に水穀(すいこく)を合(あはせ)て又 腐敗(くされ)して酒(さけ)となる醋(す)の
酸(すき)も水穀(すいこく)の腐敗(ふはい)に成(なり)酒(さけ)の甘(あま)く辛(からき)も水穀(すいこく)の腐(ふ)
敗(はい)に成(なる)凡(をよそ)腐敗(ふはい)の用(よう)を為(なす)事も亦(また)多(おほ)かるへし
荘子(さうじ)には臭腐化(しうふくは)して神奇(しんき)となるともいへり
水穀(すいこく)本(もと)人(ひと)を醉(ゑは)しむる事なし腐敗(ふはい)に因(より)て
湿熱(しつねつ)を為(なし)湿熱毒(しつねつとく)を生(しやう)ずるゆへに能(よく)人(ひと)を醉(ゑは)しむる
なり醉(ゑひ)と云(いふ)は毒(とく)に中(あたり)て煩(わつらふ)なり他物(たふつ)に醉(ゑひ)たる

【左丁】
は病(やまひ)なる事を知(しれ)ども酒(さけ)に醉(ゑひ)たるは病(やまひ)なる事を
知(しら)ず楓樹(ふうしゆ)の菌(きのこ)竹蕈(たけなは)の毒(とく)に醉(ゑひ)たるは笑(わらひ)て止(やま)ず
とて是を畏(をそる)酒毒(しゆとく)に醉(ゑひ)て笑(わらひ)て止(やま)ざるは是を恐(をそる)
る事なし唯(たゝ)笑(わらふ)のみなりや或(あるひ)は怒(いかり)或(あるひ)は啼(なき)
精神(せいしん)昏乱(こんらん)言語(けんきよ)顛倒(てんだう)嘔吐(をうと)煩渇(はんかつ)頭痛(づつう)発熱(ほつねつ)
困睡(こんすい)醒(さめ)ず人事(しんじ)を省(かへりみ)ず食(しよく)する事を得(え)ず実(まこと)
に宛然(ゑんぜん)たる大病人(たいひやうにん)なり他物(たふつ)に醉(ゑひ)てかゝる事
あらは憂(うれひ)恐(をそれ)ざる者(もの)有(ある)へきや酒毒(しゆとく)に醉(ゑひ)てかゝ
るをは是を怪(あやしま)ざるものは皆(みな)人々(ひと〳〵)の然(しか)る事

【右丁】
にて常(つね)に見(みる)所(ところ)なれはなり然(しか)れとも其 一時(いちじ)の醉(ゑひ)
は憂(うれふ)るに足(たら)ざれとも此(この)醉病(すいひやう)度(たび)を重(かさね)て終(つゐ)に大(たい)
患(くわん)を為(なす)鰹(かつを)と云(いふ)魚(いを)の敗(やふれ)たるは能(よく)人(ひと)を醉(ゑは)しむ
その苦(くるしむ)所(ところ)頭痛(つつう)発熱(ほつねつ)身体(しんたい)赤(あか)く斑(まだら)にて酒醉(しゆすい)の
者(もの)に同(をなし)醒(さむる)時(とき)は又 常(つね)に異(こと)なる事なしされども
日夜(にちや)不断(ふだん)是に醉(ゑひ)て止(やま)さる事あらは竟(つゐ)には
大患(たいくわん)を為(なさ)ざるへきや酒(さけ)も亦(また)何(なん)ぞ是に異(こと)ならん
酒(さけ)は元来(くわんらい)穀汁(こくしふ)なれは醉(ゑふ)と云(いふ)とも害(かい)する事 有(ある)
ましきと覚(おほへ)たるゆへに是を恐(をそる)る事なし仮令(たとへ)は

【左丁】
水(みつ)を煮(に)て熱湯(ねつたう)となる熱湯(ねつたう)元来(くわんらい)水(みつ)なりとて漫(みだり)に
是を探(さぐり)て傷(やふれ)ざる事あるへきや凡(をよそ)製法(せいはふ)に因(より)て物性(ふつせい)
の変易(へんゑき)する事 水(みつ)の湯(ゆ)となるに同(をなし)然(しか)れは其 穀汁(こくしふ)
を恃(たのみ)て傷(やふれ)を取(とる)事なかるへし
○凡(をよそ)人(ひと)は同人(をなしひと)なり其 好悪(このみにくむ)所 飲食(いんしい)より始(はしめ)て諸(もろ〳〵)の事
大抵(たいてい)大(おほい)に異(こと)なる事なし只(たゝ)酒(さけ)のみ甚(はなはた)同(をなし)からず陳(ちん)
無択(むたく)の三因方(さんゐんはう)に酒(さけ)の物(もの)たる人(ひと)の性(せい)に随(したかひ)て量(りやう)同(をなし)
からず石(こく)に盈(みち)て醉(ゑは)ざる者(もの)あり吻(くちさき)を濡(うるほし)て輒(すなはち)【輙は俗字】乱(みたる)る
者(もの)ありといへり是はいかなる事ぞと云(いふ)に大(おほい)に其(その)

【右丁】
故(ゆへ)ありされとも人(ひと)多(おほく)は故(ゆへ)を弁(わきまへ)ずして酒病(しゆひやう)の
大患(たいくわん)に至(いたる)事 誠(まこと)に惜(をしむ)へきなり扨(さて)其 故(ゆへ)はいかにと
云(いふ)に凡(をよそ)人(ひと)は同(をなし)といへとも亦(また)虚実(きよしつ)剛弱(かうしやく)の同(をなし)から
ざるあり先(まつ)人(ひと)の品(しな)二十五種(にしふこしゆ)あり其 外(ほか)形体(けいたい)の虚(きよ)
実(しつ)気血(きけつ)の多少(たせう)種々(しゆ〳〵)の区別(くへつ)ある事 詳(つまひらか)に内経(たいきやう)に
説(とけ)り畢竟(ひつきやう)陰陽(いんやう)虚実(きよしつ)の二(ふたつ)には過(すぎ)ず其 能(よく)飲(のむ)人(ひと)は
生質(せいしつ)剛実(かうしつ)の人(ひと)なり気血(きけつ)腸胃(ちゃうゐ)も剛実(かうしつ)なる故(ゆへ)に
能(よく)酒(さけ)の毒気(とくき)に堪(たえ)て飲(のむ)といへとも甚(はなはた)醉(ゑは)ず醉(ゑふ)といへ
とも苦(くるし)むに至(いたら)ず能(よく)酒気(しゆき)に勝(かつ)所 有(あれ)はなり飲(のむ)事

【左丁】
を得(え)ざる人(ひと)は生質(むまれつき)虚弱(きよじやく)の人(ひと)なり気血(きけつ)腸胃(ちやうゐ)も虚弱(きよじやく)なる
ゆへに能(よく)酒(さけ)の毒気(とくき)に堪(たゆ)ること事を得(え)ずして少(すこし)飲(のみ)ても
醉(ゑふ)事 甚(はなはた)しく醉(ゑふ)時(とき)は苦(くるし)むに堪(たえ)ず能(よく)酒気(さけのき)に勝(かつ)事
能(あたは)ざるなり是 人(ひと)の飲(のむ)と飲(のま)ざるとの弁(べん)なり今(いま)試(こゝろみ)に
世(よ)の人(ひと)の能(よく)飲(のむ)と飲(のま)ざるを以(もつ)て其 虚実(きよしつ)剛弱(かうしやく)を考(かんかへ)
見(みる)へし百千人(ひやくせんにん)に一人(いちにん)を誤(あやまら)ざるなり或(あるひ)は酒(さけ)を飲(のみ)
て面(おもて)の色(いろ)赤(あか)き者(もの)あり青(あを)き者(もの)あり是を医説(いせつ)に
肝気(かんき)微(び)なれは面(おもて)青(あを)く心気(しんき)微(び)なれは面(おもて)赤(あか)しといへり
扨(さて)又 剛実(かうしつ)の人(ひと)にして飲(のま)ず虚弱(きよじやく)の人(ひと)にして飲(のむ)事

【右丁】
あり是はいかにと云(いふ)に是 皆(みな)其 性質(むまれつき)に因(よる)にあらず
只(たゝ)習(ならふ)に因(よる)なり所謂(いはゆる)習性(ならひせい)と為(なる)なり剛実(かうしつ)の人(ひと)も
或(あるひ)は故(ゆへ)ありて少年(せうねん)の時(とき)より酒(さけ)に習(ならは)ざれは終身(しうしん)
飲(のむ)事を得(え)ず虚弱(きよしやく)の人(ひと)も幼少(ようせう)の時(とき)より酒(さけ)に習(ならへ)は
能(よく)飲(のむ)事を得(う)るなり其 甚(はなはた)惜(おしむ)へしとするものは
能(よく)飲(のむ)人(ひと)は皆(みな)是(これ)元来(くわんらい)剛実(かうしつ)の人(ひと)なれは酒(さけ)だにも
過度(くはと)する事なき時(とき)は必(かならす)無病(むひやう)にして苦(くるし)む所(ところ)なく
優(ゆたか)に寿域(しゆいき)に躋(のほる)へし偶(たま〳〵)剛実(かうしつ)の人(ひと)の飲(のま)ざるを見(みる)
に視聴(みきゝ)言動(ものいひはたらき)よりして四肢(しし)百骸(ひやくがい)に至(いたる)まで皆(みな)尽(こと〳〵)く

【左丁】
康健(かうけん)にして寿考(しゆかう)長命(ちやうめい)に至(いたる)なりいかに目出度(めてたき)事
にあらずや然(しか)るに彼(かの)能(よく)飲(のむ)人(ひと)は元来(くわんらい)剛実(かうじつ)なる
ゆへに当時(たうし)には傷(やふる)る所を見(み)ず故(かるかゆへ)に常(つね)に飲(のみ)て止(やむ)事
なし縦(たとひ)剛実(かうしつ)なりとても人(ひと)豈(あに)金石(きんせき)のことくなる
へきや泰山(たいさん)の霤(したゝり)は石(いし)を穿(うかち)単極(たんきよく)【殫極 注】の綆(つるへなは)は幹(ゐげた)を断(きる)一朝一夕(いつてういつせき)
のゆへにあらされは終(つゐ)には大患(たいくわん)を為(なし)て中道(ちうたう)にして
夭折(ようせつ)し天年(てんねん)を終(をゆ)る事を得(え)す元来(くわんらい)天生(てんせい)の虚弱(きよじやく)
なるはすへきやうなしそれだに保養(ほうやう)も宜(よろし)きを
得(う)る時(とき)は長寿(ちやうしゆ)を保(たもつ)なり幸(さいはひ)に天生(てんせい)の剛実(かうしつ)を得(え)て

【注 前漢の文人、枚乗(バイジョウ)が呉王に挙兵を諫めた書「上書諫呉王」の中の一文。「泰山之霤穿石、殫極之䋁斷幹」 ちなみに綆は䋁に同じ。】

【右丁】
只(たゝ)一味(いちみ)の酒(さけ)に因(より)て其 天生(てんせい)を妨(さまたく)る事 真(まこと)に惜(おしむ)へき
の甚(はなはた)しき是に過(すぎ)たるはなかるへし又 彼(かの)虚弱(きよじやく)なる
人(ひと)の習(ならひ)て能(よく)飲(のむ)者(もの)は老境(らうきやう)に至(いたる)事はさてをき中(ちう)
年(ねん)にも及(をよは)ずして大患(たいくわん)を致(いたす)なり昔(むかし)晋(しん)の周顗(しうがい)【しうぎヵ】と
云(いふ)人(ひと)客人(きやくじん)の来(きたり)けるに美酒(ひしゆ)二石(にこく)を出(いたし)て周顗(しうかい)は其酒(そのさけ)
八斗(はつと)を飲(のみ)て苦(くるし)む所(ところ)なし其 客人(きやくしん)は腸(はらはた)出(いて)て当座(たうざ)
に死(し)にけるとなり人(ひと)に因(より)て酒量(しゆりやう)の同(をなし)からざる事
かくのことし虚弱(きよしやく)にて無理(むり)に習(ならひ)て飲(のむ)者(もの)は彼(かの)客人(きやくしん)
のことくなる事あり此(この)二石(にこく)の八斗(はつと)のと云(いふ)は五雑組(ござつそ)【注】に

【左丁】
古人(こしん)酒(さけ)を量(はかる)に升(せう)斗(と)石(こく)を以(もつて)言(こと)を為(なす)一石(いちこく)の米(こめ)及(をよひ)
百斤(ひやくきん)を云(いふ)にあらざるなり是 一爵(いつしやく)を升(せう)と為(し)十爵(しふしやく)を
斗(と)と為(し)百爵(ひやくしやく)を石(こく)と為(なす)なりといへり爵(しやく)とは盃(さかつき)
の事なり是 一盃(いつはい)を一升(いつせう)と云(いひ)たるなり或(あるひ)は又 平(へい)
生(せい)大(おほい)に飲(のみ)て終身(しうしん)竟(つゐ)に酒害(しゆかい)を為(なさ)ず長寿(ちやうしゆ)高年(かうねん)
に至(いたる)人(ひと)あり是は大々(たい〳〵)剛実(かうしつ)の人(ひと)かゝる人(ひと)は世間(せけん)に
甚(はなはた)稀(まれ)なり其 偶(たま〳〵)是等(これら)の人(ひと)有(ある)を見(み)て衆人(しうしん)にして
是を学(まなふ)は猶(なを)駑馬(をそむま)の騏驥(はやむま)を追(をふ)にひとし能(よく)蹶(つまつい)て
倒(たをれ)ざる事を得(う)へきやされは飲(のむ)人(ひと)は自(みつから)生質(むまれつき)の剛(かう)

【注 書名。明の謝肇淛(シャ チョウセイ)の著。随筆。】

【右丁】
実(しつ)なる事を能(よく)知(しり)て僅(わつか)に口腹(こうふく)の欲(よく)に因(より)て其 天生(てんせい)
を妨(さまたく)る事なき時(とき)は寿考(しゆかう)長命(ちやうめい)固(まことに)限(かぎり)なかるへし
○人(ひと)の養生(やうしやう)を害(かい)する事 唯(たゝ)一端(いつたん)にあらず経論(けいろん)
に悉(くはし)く是を説(とけ)り内経(たいきやう)に大寒(たいかん)大熱(たいねつ)大風(たいふう)大霧(たいむ)是
を冒(おかす)事なかれ天(てん)の邪気(しやき)感(かん)ずれは人(ひと)の五藏(こざう)を傷(やぶり)水(すい)
穀(こく)の寒熱(かんねつ)感(かん)ずれは人(ひと)の六府(ろくふ)を害(かい)すと云(いひ)又 外(くはい)
邪(しや)を避(さく)る事や矢石(やいし)を辟(さく)ることしといへり礼記(らいき)には
飲食(いんしい)男女(なんによ)は人(ひと)の大欲(たいよく)存(そん)すと云(いひ)其 外(ほか)諸書(しよしよ)に種(しゆ)
種(しゆ)の品(しな)あり荘子(さうし)の言(こと)に人(ひと)の養生(やうしやう)を論(ろん)じて道(たう)

【左丁】
途(と)の畏(をそろ)しき所(ところ)にて十人(しふにん)に一人(いちにん)も人(ひと)を殺(ころす)事あれは
さやうなる道(みち)に出(いつ)る者(もの)は親子(おやこ)兄弟(きやうたい)相(あい)戒(いましめ)て召供(めしぐ)【注】する
者(もの)も多(おほく)盛(さかん)にして出(いて)ぬるは智(ち)あるなり是はさやう
なれとも是よりもなを人(ひと)の畏(をそる)へきは袵席(じんせき)の上(うへ)飲(いん)
食(しい)の間(あひた)なり是を戒(いましむ)る事を知(しら)ざるは過(あやまち)なりといへ
り実(げ)にも畏(をそろ)しき道(みち)にて人(ひと)の過(あやまち)あるは稀(まれ)なる
事なれとも能(よく)是を戒(いましむ)る事を知(しり)て酒色(しゆしよく)にて人(ひと)
の過(あやまち)あるは常(つね)に多(おほき)き事なるを是を戒(いましむ)る事を
知(しら)ざるは誠(まこと)に愚(をろか)なるなり袵席(じんせき)の上(うへ)とは色欲(しきよく)

【注 従者を伴うこと】





【右丁】
をいへるなりされは殊更(ことさら)養生(やうしやう)を害(かい)するは色(しき)
欲(よく)に過(すき)さるはなし然(しか)れとも是は畢竟(ひつきやう)只(たゝ)其 過(くは)
度(と)を戒(いましむ)へし絶(たえ)て断(たつ)へき事にはあらず古書(こしよ)
にも欲(よく)は断(たつ)へからずといへり是は天理(てんり)の自然(しせん)
にして其 道理(だうり)に従(したかへ)は生(せい)を害(かい)する事にあらす
但(たゝ)色欲(しきよく)の害(かい)を為(なす)も多(おほく)は皆(みな)酒(さけ)に因(より)て害(かい)を
為(なす)其 故(ゆへ)いかにとなれは先(まつ)酒(さけ)は腎(じん)の大毒(たいとく)なり末(すゑ)
の腎虚論(じんきよろん)に悉(くはし)く是を述(のふ)へし大(おほい)に飲(のむ)者(もの)は酒(さけ)
先(まつ)腎(しん)を傷(やふり)又 醉興(すいきやう)に因(より)ては色欲(しきよく)の過度(くはと)も有(ある)

【左丁】
へし故(かるかゆへ)に内経(たいきやう)に醉(ゑひ)て以(もつて)房(はう)に入(いり)欲(よく)を以(もつて)其精(そのせい)を
竭(つくす)といへり色欲(しきよく)は皆(みな)人(ひと)の有(ある)所なれとも平人(へいにん)正(しやう)
気(き)の者(もの)は過度(くはど)の害(かい)を省(かへりみる)事も有(ある)へし或(あるひ)は醉(すい)
狂(きやう)に因(より)ては為(す)まじき喧嘩(けんくは)口論(こうろん)をさへするなれ
は増(まし)て色欲(しきよく)の過度(くはど)はさも有(ある)へし是 酒(さけ)を犯(をかせ)
は色(いろ)をあはせて是を犯(をかす)されは酒色(しゆしよく)といへども
重(をもき)事 酒(さけ)にあらずや抱朴子(はうはくし)に傾城(けいじやう)の乱色(らんしよく)に
沈溺(しづみをほるゝ)も皆(もな)酒(さけ)其(その)性(せい)を薫(くん)じ醉(ゑひ)其(その)勢(せい)を成(なす)に由(よる)
といへり仏書(ぶつしよ)の毘婆沙論(ひはしやろん)とかやには昔(むかし)人(ひと)有(あり)

【右丁】
て常(つね)には能(よく)五戒(こかい)を持(たもち)て犯(をかす)事なかりしに或時(あるとき)
咽(のど)の渇(かはき)けれは器物(うつわもの)に酒(さけ)の有(あり)けるを水(みす)なりと
思(をもひ)て飲(のみ)けるほどに先(まつ)飲酒戒(をんしゆかい)を犯(をかし)けり其(その)醉(ゑひ)
のまぎれに隣(となり)より雞(にはとり)の飛来(とひきたり)けるをぬすみ殺(ころし)
て食(くひ)けれは殺生(せつしやう)偸盗(ちうとう)の二戒(にかい)を犯(をか)せり又 隣(となり)の
女(をんな)の雞(にはとり)を尋(たつね)て来(きたり)けるを逼(せまり)強(しゐ)て邪淫戒(じやゐんかい)を
犯(をかし)けり扨(さて)隣家(りんか)より是を官(くわん)に訴(うつたへ)けれは我(われ)は
さやうなる事は為(なさ)すといつはりて妄語戒(まうごかい)を
犯(をかし)けりかくのことくの五戒(こかい)皆(みな)酒(さけ)より犯(をか)せりといへ

【左丁】
り又 智度論(ちとろん)には酒(さけ)に多(おほく)の過(とが)ありとて三十五条(さんしふこしやう)
を挙(あげ)たる中(なか)に一(ひとつ)には財(さい)を費(つゐや)し二(ふたつ)には病(やまひ)多(おほし)
といへりとかや又 古人(こじん)の詩(し)に多(おほくは)因(よりて)_二酒性(しゆせいに)_一花心(くはしん)
動(うこき)自(をのつから)是(これ)花(はなはなに)迷(まよふて)酒性(しゆせい)斜(なゝめなり)酒後(しゆこ)看(みて)_レ花(はなを)情(しやう)不(す)_レ厭(いとは)花(くは)
前(せん)酌(くんて)_レ酒(さけを)興(けう)無(なし)_レ涯(かきり)といへり此(この)花(はな)といへるは色(いろ)の
事なり色(いろ)と酒(さけ)とは互(たかひ)に是か根(ね)を為(なし)て相(あい)共(とも)
に勧(すゝむ)事を為(なす)一事(いちじ)の過(すく)るさへあるに況(いはん)や両事(りやうじ)
の過度(くはと)するをやされは色欲(しきよく)の害(かい)も多(おほく)は酒(さけ)に
因(よる)事なれは先(まつ)酒(さけ)の過度(くはと)を戒(いましむ)るを第一(たいいち)とす

【右丁】
へき事なるへし
○孟子(まうし)に飲食(ゐんしい)の人(ひと)は人(ひと)是を賎(いやしむ)といへり凡(をよそ)他(た)
の飲食(ゐんしい)は是を貪(むさぼる)者(もの)は人(ひと)是を賎(いやしむ)といへとも酒(さけ)を
貪(むさほる)は是を賎(いやしむ)事なく却(かへり)て是を風流(ふうりう)とす唯(たゝ)
貪(むさほる)のみならはさもあれかし是を貪(むさほり)て性命(せいめい)を
顧(かへりみ)ざるに至(いたり)ては賎(いやしむ)へきの甚(はなはた)しき是に過(すぎ)る
はなし或(ある)古人(こじん)の酒(さけ)に中(あて)られて薬(くすり)を求(もとむ)る書(しよ)
翰(かん)に我(われ)聞(きく)酒(さけ)に中(あたる)の病(やまひ)は風流(ふうりう)なりと死(し)と隣(となる)
を見(みる)風流(ふうりう)いづくにか有(ある)といへりいかに酒(さけ)なれは

【左丁】
とて飲(のみ)食(くふ)物(もの)に中(あて)られて風流(ふうりう)なる事 有(ある)へきや
此(この)書(しよ)の言(こと)は戯(たはふれ)なれとも此(この)事(こと)は常(つね)に有(ある)事なり
此(この)書翰(しよかん)度(たひ)を重(かさね)て終(つゐ)に大患(たいくはん)を為(なす)総(すべ)て病(やまひ)に
風流(ふうりう)と云(いふ)事(こと)は有(ある)ましけれとも昔(むかし)或(ある)富人(ふじん)の
女(むすめ)年(とし)十七八はかりなりけるか卒(にはか)に手足(てあし)痿(なへ)痺(しひれ)
て自(みつから)食(しよく)する事も能(あたは)ず目(め)も瞪(みはり)て睛(せい)を転(てん)ずる
事を得(え)ず病(やまほい)甚(はなはた)重(をも)かりけるを葛可久(かつかきう)と云(いふ)明医(めいい)
に見(みせ)けれは笑(わらふて)曰(いはく)是 治(ぢ)し難(かた)からずとて其(その)房(はう)
中(ちう)の物(もの)の具(ぐ)を取(とり)のけて地(ち)に鋪(しき)ける板(いた)をはづ

【右丁】
して土中(とちう)に坎(あな)を掘(ほり)彼(かの)女(むすめ)を坎中(かんちう)に舁入(かきいれ)て
その扉(とほそ)を扄(とざし)をき其(その)家人(かしん)に云(いひ)けるは手足(てあし)を動(うこかし)
声(こゑ)を出(いたさ)は告(つげ)来(きたる)へしと暫(しはらく)ありて此(この)女(むすめ)手足(てあし)を
動(うこかし)て呼(よび)けれは可久(かきう)に是を告(つけ)けるに薬(くすり)一丸(いちくはん)を
用(もちひ)て明日(めいしつ)坎中(かんちう)より出(いたし)けれは病(やまひ)愈(いえ)たるとなり
是はその女(むすめ)香(かう)を好(このみ)て香気(かうき)の為(ため)に中(あて)られたる病(やまひ)
なりけるとなん是等(これら)をは風流(ふうりう)の病(やまひ)とも云(いふ)へ
しや香(かう)さへ過(すぎ)て好(このめ)は病(やまひ)を為(なす)況(いはん)や酒(さけ)をや笑(わらひ)
物語(ものかたり)を集(あつめ)たる物(もの)の中(なか)に昔(むかし)一人(ひとり)の貧窮(ひんきう)の学(がく)

【左丁】
者(しや)ありて他人(たしん)の家(いゑ)に行(ゆき)て寄(より)宿(やど)らん事を求(もとめ)
けるに其 家(いゑ)の主(あるし)謙退して我等(われら)体(てい)の事なれば
させる馳走(ちさう)もなり難(かた)しと云(いひ)けれは此(この)学者(がくしや)只(たゝ)
急(きふ)に宿(やどり)を得(え)ん事を思(おもひ)て何(なに)も馳走(ちさう)には及(をよは)ず
豆腐(とうふ)は学生(がきせい)が性命(せいめい)なりと云(いひ)ける是は豆腐(とうふ)は
好物(かうふつ)にて我(わか)命(いのち)なるといへるなり主(あるし)もその心易(こゝろやすき)
を喜(よろこひ)て彼(かの)学生(かくせい)を留(とゝめ)けり扨(さて)食事(しよくじ)を出(いたし)けるにさり
とて豆腐(とうふ)のみにても済(すま)ざれは魚肉(きよにく)の類(たくひ)をも出(いたし)
例(れい)の豆腐(とうふ)も出(いたし)けるに此(この)先生(せんせい)豆腐(とうふ)には手(て)も付(つけ)

【右丁】
ず魚(きよにく)の類(たくひ)を只(たゝ)食(くひ)に食(くひ)けれは亭主(ていしゆ)あやしみ
て好物(かうふつ)の豆腐(とうふ)に手(て)を付(つけ)給(たま)はぬはいかにととひ
けれは此(この)先生(せんせい)の云(いひ)けるは魚肉(きよにく)を見(み)ては性命(せいめい)を顧(かへりみ)
ずと是は豆腐(とうふ)は好物(かうふつ)にて命(いのち)なれとも魚肉(きよにく)は尚(なを)
又 好物(かうふつ)にて是に遇(あひ)て命(いのち)の事(こと)も思(をもは)れぬとなり
今(いま)酒(さけ)を以(もつて)命(いのち)とし是を過(すこし)て性命(せいめい)を顧(かへりみ)ざる者(もの)
多(おほ)けれは独(ひとり)魚肉(きよにく)の先生(せんせい)を笑(わらふ)へきにもあらずかし

酒説養生論巻之一終  風篁館蔵本

【左丁】
酒を愛候人々此本を常に読る
           段に
気に応候所を用候はゝ長々楽を
致候可申也      渡辺酒人


丙寅四月十四日再求    森元
              内田

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《題:酒説養生論  二》

【資料整理ラベル】
富士川本
 シ
 78

【右丁 白紙 朱角印あり】
【左丁】
酒説養生論巻之二 林麓蔵本七冊
      武江 草洲守部正稽校訂
  酒説総論中
〇 酒(さけ)の疾病(しつへい)を為(なす)事(こと)その症候(しやうこう)いくばくと云(いふ)事
を知(しら)ず先(まつ)内経(たいきやう)にしば〳〵酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事をいへり
昔(むかし)の扁鵲(へんじやく)と云(いふ)明医(めいい)の言(こと)に過飲(くはいん)は腸(ちやう)を腐(くさら)し胃(ゐ)
を爛(たゝら)かし髄(ずい)を潰(つゐや)し筋(すじ)を蒸(むし)神(しん)を敗(やふり)寿(ことふき)を損(そん)ず
といへり其外(そのほか)張仲景(ちやうちうけい)の金匱要略(きんきようりやく)巣元方(さうけんはう)の病源論(ひやうけんろん)
孫思邈(そんしばく)【「孫子」は誤記】千金方(せんきんはう)陳無択(ちんむたく)の三因方(さんゐんはう)より以下(いけ)歴代(れきたい)の名(めい)

【右欄外 長方形陽刻朱印】富士川游寄贈
【頭部欄外 蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印
【図書整理番号印】
185095
大正7.3.31

【右丁】
医(い)酒病(しゆひやう)を論(ろん)ずる者(もの)甚(はなはた)多(おほ)し篇中(へんちう)往々(わう〳〵)是(これ)を挙(あぐ)べし
抱朴子(はうはくし)には夫(それ)酒醴(しゆれい)の近味(きんみ)生病(せいひやう)の毒物(どくもつ)毫分(かうふん)の細益(さいゑき)なく
丘山(きうさん)の巨損(きよそん)あり君子(くんし)は是を以(もつ)て徳(とく)を敗(やふり)小人(せうじん)は是を以(もつ)て
罪(つみ)を速(まねく)これに耽(ふけり)これに惑(まどへ)は禍(わさはひ)に及(をよば)ざる事すくなし
又小大(せうたい)の喪乱(さうらん)酒(さけ)にあらざる事なししかれとも俗人(ぞくじん)は
是を酣(たのしみ)これを酒(みたる)衆患(しうくわん)を須臾(しゆゆ)に起(をこ)し百痾(ひやくあ)を膏肓(かうくはう)
に結(むすふ)といへり朱丹渓(しゆたんけい)専(もつはら)酒(さけ)に因(より)て発(をこる)所の病(やまひ)数症(すしやう)を述(のぶ)
その始(はしめ)は病(やまひ)浅(あさ)し或(あるひ)は嘔吐(をうと)或(あるひ)は自汗(じかん)或(あるひ)は瘡痍(さうい)或(あるひ)は
鼻査(びさ)或(あるひ)は自泄(じせつ)或(あるひ)は心脾痛(しんひつう)なを発散(はつさん)して去(さり)ぬへし

【左丁】
若(もし)それ久(ひさし)けれは病(やまひ)を為(なす)事 深(ふか)し消渇(せうかつ)と為(なり)内疽(ないそ)と
為(なり)肺痿(はいい)内痔(ないじ)鼓脹(こちやう)【皷は俗字】失明(しつめい)喘哮(せんかう)労嗽(らうそう)癲癇(てんかん)と為(なり)亦(また)
明(あきらめ)かたき病(やまひ)と為(なる)若(もし)眼(まなこ)を具(ぐ)するにあらざれは治(ぢ)し
易(やす)からずといへり李時珍(りじちん)の説(せつ)に痛(いたく)飲(のむ)時(とき)は神(しん)を傷(やふり)
血(ち)を耗(へら)し胃(ゐ)を損(そん)し精(せい)を亡(ほろほ)し痰(たん)を生(しやう)じ火(ひ)を動(うこかす)
といへり凡(およそ)酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)者(もの)は重(おもふ)して治(ぢ)し難(がた)し大飲(たいいん)の
人(ひと)は十人(しふにん)に九人(くにん)は病(やまひ)を発(はつ)す病(やまひ)を発(はつす)る者(もの)は九人(くにん)に八人(はちにん)
は治(ぢ)せずその治(ぢ)すると云(いふ)者(もの)も急(きふ)に命(めい)を殞(おとす)に至(いたら)ざ
れども多(おほく)は痼疾(こしつ)癈棄(はいき)の人(ひと)と成(なり)て世(よ)に用(もちゆ)る事を

【右丁】
得(え)ず酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事 急卒(きふそつ)に是を為(なす)事ならは人(ひと)
皆(みな)恐(おそれ)て過飲(くはいん)する者(もの)も有(ある)まじけれは酒病(しゆひやう)を為(なす)者(もの)
もなかるへし当時(たうし)にはさせる害(かい)をも見(み)ざるゆへに常(つね)に
用(もちひ)て止(やま)ず歳月(さいげつ)を積(つむ)の久(ひさし)けれは終(つゐ)に大患(たいくわん)を為(なす)敗乱(はいらん)
極(きはまり)て始(はしめ)て是を覚(おほゆ)るゆへに多(おほおほく)は治(ち)し難(かた)し大抵(たいてい)病(やまひ)卒(そつ)
病(ひやう)の者(もの)は重(おもし)といへとも治(ち)し易(やす)し漸々(ぜん〳〵)相(あひ)催(もよほす)者(もの)は軽(かろし)
といへとも治(ち)し難(かた)し世(よ)の人(ひと)只(たゝ)姑息(こそく)を愛(あい)し偏(ひとへ)に
眼前(がんぜん)の歓娯(くわんご)を謀(はかり)て竟(つゐ)に終身(しうしん)の大患(たいくわん)を思(おもふ)事なし
今(いま)此(この)書中(しよちう)大抵(たいてい)病(やまひ)の酒(さけ)に因(よる)者(もの)数十条(すしうてう)を挙(あげ)て是を

【左丁】
論(ろん)ずこれ其(その)近(ちかふ)して大(おほい)なる者(もの)を挙(あぐ)その遠(とをふ)して小(すこし)
きなる者(もの)は引(ひい)て伸(のべ)類(るい)に触(ふれ)て考(かんかへ)知(しる)べし或人(あるひと)の曰(いはく)今(いま)
中風(ちうぶ)傷寒(しやうかん)より始(はしめ)て諸病(しよひやう)尽(こと〳〵く)酒(さけ)に因(よる)とす古人(こじん)の論(ろん)
ずる所と大(おほひ)に同(おなし)からす中風(ちうふ)は中風(ちうふ)の因(ゐん)あり傷寒(しやうかん)は
傷寒(しやうかん)の因(ゐん)あり各(かく)病(ひやう)皆(みな)因(ゐん)を異(こと)にす諸病(しよひやう)皆(みな)酒(さけ)
に因(よる)とする事はいまた聞(きか)ざる所なりと曰(いはく)然(しかり)しかれ
ども今(いま)論(ろん)ずる所 病(やまひ)は唯(たゞ)酒(さけ)に因(より)て発(おこる)のみと云(いふ)に
はあらす今(いま)論(ろん)ずる所の諸病(しよひやう)飲(のま)ざる者(もの)は是を為(なす)事
甚(はなはた)少(すくなふ)して飲者(のむもの)は是を為(なす)事 甚(はなはた)多(おほ)けれは其(その)酒(さけ)に因(よる)

【右丁】
事を見(み)つへし仮令(たとへは)中風(ちうふ)の症(しやう)のごとき古来(こらい)は風(ふう)
邪(しや)に中(あたる)の症(しやう)とし宋元(そうけん)以来(いらい)は気虚(ききよ)とし血虚(けつきよ)とし
火(ひ)とし湿(しつ)とし痰(たん)とす今(いま)此(この)論(ろん)ずる所は其(その)風邪(ふうしや)に
中(あたる)や気血(きけつ)の虚(きよ)や火(ひ)や湿(しつ)や痰(たん)や是 皆(みな)多(おほく)は酒(さけ)に因(より)
て致(いたす)所とす古来(こらい)論(ろん)ずる所は其因(そのゐん)なり今(いま)此(この)論(ろん)ずる
所は因(ゐん)の又(また)因(ゐん)なり況(いはん)や古人(こしん)是等(これら)の病因(ひやうゐん)におゐて
多(おほく)は酒色(しゆしよく)過度(くわど)の致(いたす)所なりといへり古人(こしん)の酒色(しゆしよく)其(その)外(ほか)
種々(しゆ〳〵)の病因(ひやうゐん)を挙(あぐ)る者(もの)は大法(たいわふ)綱領(かうれい)なり今(いま)此(この)論(ろん)ずる
所は其内(そのうち)の一条目(いちでうもく)なり総(すべ)て多(た)の因(ゐん)なる者(もの)なしと

【左丁】
云(いふ)にはあらす今(いま)只(たゝ)酒(さけ)の一条目(いちてうもく)に因(よる)者(もの)殊(こと)に甚(はなはた)多(おほ)き
ゆへに専一(せんいち)に是を論(ろん)じてい未(いまた)其他(そのた)に及(およふ)に遑(いとま)あらざる
なり是 豈(あに)古人(こしん)と異(こと)なりとせんや況(いはん)や此(この)論(ろん)本(もと)
医人(いしん)病(やまひ)を治(ち)する者(もの)の為(ため)にせす是 常(つね)の人(ひと)酒(さけ)に因(より)て
病(やまひ)を為(なす)者(もの)のために設(もうく)る所なれは只(たゝ)酒(さけ)は能(よく)病(やまひ)を為(なす)
ものと心得(こゝろえ)て是を過度(くわど)する事なからんは悪(あし)かる
へき事かはされは初(はしめ)より深(ふかく)古人(こしん)を引(ひく)におよばず
只今(たゝいま)論(ろん)ずる所と世(よ)の人(ひと)の病(やまひ)を為(なす)者(もの)をいかんと見(み)る
へし但(たゝ)医人(いしん)病(やまひ)を治(ち)する者(もの)も或(あるひ)は病(やまひ)の酒(さけ)に因(よる)者(もの)

【右丁】
を見(み)るといへとも其(その)然(しか)る事をしらず酒(さけ)を断(たつ)事
を教(おしえ)ず薬(くすり)を用(もちゆ)といへとも終(つゐ)に其(その)効(しるし)を見(み)ざる者(もの)
多(おほ)し古人(こしん)も病(やまひ)を治(ち)するは必(かならす)其(その)本(もと)を求(もとむ)といへり
人(ひと)の為(ため)に病(やまひ)を治(ち)する者(もの)は必(かならす)先(まづ)其人(そのひと)の常(つね)に飲(のむ)か飲(のま)
ざるかを問(とふ)て是 亦(また)四胗問(しちんもん)中(ちう)の一事(いちし)に備(そなふ)へきなり
扨(さて)かくのことくなりとて飲(のむ)者(もの)の病(やまひ)といへは何(なに)もかも
葛花解酲湯(かつくはげていたう)等(とう)を用(もちゆ)へしと云(いふ)にはあらす仮令(たとへは)
人家(しんか)に盗賊(たうぞく)の入来(いりきたり)て掠(かすめ)去(さる)ことき其(その)盗人([た]うしん)
の遁(のがれ)出(いで)たる跡にては只(たゝ)其(その)財物(さいもつ)の散失(さんしつ)を治(おさむ)へし

【左丁】
棒(ほう)ちぎり木(き)にて盗人(たうしん)を治(おさむ)る働(はたらき)には及(およは)ぬ事なり当(たう)
座中酒(ざちうしゆ)の病(やまひ)は各別(かくべつ)彼(かの)中風(ちうふ)等(とう)酒(さけ)に因(より)て為(なす)所の病(ひやう)
症(しやう)は彼(かの)盗人(たうしん)の人家(しんか)を乱亡(らんばう)して遁(のかれ)出(いて)たる跡(あと)のことく
なれは葛花解酲(かつくはげてい)の棒(ほう)ちぎり木(き)には及(およは)ぬ事なり
されは人家内(しんかたい)の乱亡(らんばう)は盗(ぬすひと)に因(より)人身内(しんしんたい)の敗乱(はいらん)は酒(さけ)に因(よる)
と云(いふ)事を能(よく)知(し)りて是を治(ち)すへきなり然(しか)らざれは
猟(かり)に兔(うさき)【兎は俗】をしらず広(ひろく)原野(けんや)を繞(まとふ)の術(じゆつ)なり其(その)病者(やむもの)も
亦(また)病(やまひ)の治(ち)せん事を願(ねかは)は能(よく)医人(いしん)の教(おしえ)に従(したかひ)て酒(さけ)を断(たち)
て薬(くすり)を服(ふく)すへし病(やまひ)も治(ち)せん事を欲(ほつ)し酒(さけ)も飲(のま)

【右丁】
む事を欲(ほつ)せは是 所謂(いはゆる)揚州(やうしう)の鶴(くわく)なり昔(むかし)或人(あるひと)うち
よりて各(おの〳〵)其(その)願(ねかふ)所を云(いひ)けるに一人(いちにん)の云(いひ)けるはわ我(われ)は
揚州(やうしう)といへる能(よき)国(くに)の大守(たいしゆ)にならん事を願(ねかふ)なりと
又(また)一人(いちにん)は我(われ)は銭財(せにたから)を多(おほ)く得(え)ん事を願(ねかふ)なりと又
一人は我(われ)は仙術(せんしゆつ)を得(え)て鶴(つる)に乗(のり)て飛行(ひぎやう)するやう
の事を願(ねかふ)なりと云(いひ)けれは又(また)一人(いちにん)の云けるは我(われ)は只(たゝ)
願(ねかはく)は十万貫(しふまんくわん)の銭(せに)を腰(こし)に付(つけ)て鶴(つる)に乗(のり)て揚州(やうしう)の大(たい)
守(しゆ)に成(なり)に行(ゆき)たしとて三人(さんにん)の願(ねかひ)し事をひとつ
にこそは望(のそみ)けり世間(せけん)是(これ)やうの能(よき)事(こと)ぞろへはなき

【左丁】
ものなり此(この)揚州(やうしう)の鶴(くわく)のこときは人(ひと)皆(みな)知(しり)たる事にて
細(こまか)に註(ちう)するに及はぬ事なれとも亦(また)知(しら)ざる者(もの)はかく
のごとくならざれは解(げ)する事なし其(その)知(しり)たる人(ひと)の眼(まなこ)に
て繁贅(はんぜい)を厭(いとふ)事なかるへし論中(ろんちう)此類(このるい)皆(みな)然(しか)なり
と知(しん)ぬへし
○酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事 至(いたり)て大(おほひ)【注】なりといへとも人(ひと)皆(みな)是を
恐(おそれ)ざるものは能(よく)是を知(しら)ざるに因(よる)へし其(その)知(しら)ざるは
いかにと云(いふ)に凡(およそ)養生(やうしやう)を論(ろん)ずる者(もの)は医家(いか)に如(しく)は
なし然(しか)るに医人(いしん)も亦(また)是を云(いひ)て人(ひと)に教(おしゆ)る事 稀(まれ)

【注 正しい歴史的仮名遣いは「おほい」だが、これは明らかに「おほひ」となっているので「おほひ」とした。この時代は仮名遣いが乱れている時なので他の仮名においても然り。字面通りに刻字。】



【右丁】
なり其(その)稀(まれ)なるはいかにと云(いふ)に凡(およそ)古今(ここん)の医書(いしよ)深(ふか)く
是を論(ろんする)事すくなし其(その)論(ろん)ずる者(もの)も諸書(しよしよ)に散在(さんざい)し
て或(あるひ)は其(その)大概(だいがい)を述(のへ)或(あるひ)は又(また)姑息(こそく)の言(こと)多(おほ)し朱丹渓(しゆたんけい)
はさばかりの明医(めいい)なり其 言(こと)に醇酒(じゆんしゆ)は大熱(だいねつ)にして
大毒(たいどく)あり冷(ひや)にて飲(のむ)に宜(よろし)といへり是 姑息(こそく)の言(こと)に
近(ちか)しその大熱(だいねつ)大毒(たいどく)と云(いふ)ほどならはいかで飲(のむ)べ
からずと云(いは)ざるやさる大毒(たいとく)ある物(もの)ならは冷(ひや)なりとて
害(かい)なしとはいはれまじきなりさるほどに又(また)医説(いせつ)
の論(ろん)に冷酒(れいしゆ)は盛暑(せいしよ)の時(とき)といへとも病(やまひ)を致(いたす)といへり

【左丁】
さいふりとおもへは是も亦(また)熱酒(ねつしゆ)を飲者(のむもの)も害(かい)なし
といへり丹渓(たんけい)は熱酒(ねつしゆ)の病(やまひ)を為(なす)事を云(いひ)医説(いせつ)は冷酒(れいしゆ)の
害(かい)ある事を挙(あぐ)然(しかれ)は冷熱(れいねつ)ともに病(やまひ)を為(なす)にあらずや
然(しか)るに彼(かれ)は冷酒(れいしゆ)によろしと云(いひ)是(これ)は熱酒(ねつしゆ)を飲(のむ)へし
と云(いふ)は両(ふたつ)ながら誤(あやまる)に似(に)たり只(たゝ)冷熱(れいねつ)ともに過飲(くわいん)すべ
からずと云(いは)んのみ過(あやまち)なかるへし巌用和(げんようくわ)の説(せつ)に冷(れい)
酒(しゆ)を飲(のめ)は久毒痢(きふどくり)を為(なす)といへり又(また)留飲(りういん)の症(しやう)は冷酒(れいしゆ)を飲(のみ)
て致(いたす)といへり三因方(さんゐんはう)にも冷熱(れいねつ)酒醴(しゆれい)を飲(のめ)は遂(つゐ)に毒痢(どくり)を
成(なす)といへりされは又 丹渓(たんけい)治案(ぢあん)の内(うち)にも一人(いちにん)冷酒(れいしゆ)に酔(ゑひ)

【右丁】
臥(ふし)隔(かく)痛(いたみ)て遂(つゐ)に左脇痛(さけふつう)となるといへり然(しかれ)は冷酒(れいしゆ)の病(やまひ)
を為(なす)事を丹渓も自(みつから)是を知(しり)ながら冷飲(れいいん)に宜(よろし)とは何事(なにこと)
ぞやかく古人(こしん)の論(ろん)ずる所さへ盾矛(たてほこ)と相背(あいそむき)て従(したかふ)へき
者(もの)すくなけれは今(いま)の世(よ)の医人(いしん)是を人(ひと)に教(おしゆ)る事 稀(まれ)なる
は実(げに)さも有(あり)ぬへし古人(こしん)の説(せつ)はいかにもあれ只(たゝ)今人(きんしん)
の大(おほひ)に飲者(のむもの)は冷酒(れいしゆ)熱酒(ねつしゆ)を論(ろん)ぜす尽(こと〳〵く)皆(みな)大患(たいくわん)を致(いたす)
なれは是を耳目(じぼく)に印定(ゐんじやう)して深(ふか)く恐(おそれ)て慎(つゝしむ)へし
昔(むかし)或人(あるひと)の酒(さけ)を好(このみ)けるに其(その)友(とも)是を戒(いましめ)て君(きみ)常(つねに)大(おほい)に飲(のむ)
酒家(さかや)の覆瓿布(かめをおほふぬの)の月日(つきひ)久(ひさし)くて靡爛(たゞる)るを見(み)ずやと

【左丁】
いへり是 絹布(けんふ)の類(るい)もひ久(ひさし)く酒(さけ)に染(しめ)は腐(くされ)やすし人(ひと)も
是に同(おな)しく酒(さけ)の宜(よろし)からざるをいへり其人(そのひと)答(こたえ)て君(きみ)糟(かす)
淹(づけ)の肉(にく)の久(ひさし)小堪(こたゆ)るを見(み)ずやといへり是 魚(いを)鳥(とり)肉類(にくるい)
も糟(かす)に漬(つくれ)は腐(くされ)ず人(ひと)も亦(また)是に同(おな)しく酒(さけ)の宜(よろしき)をいへ
り是その利害(りかい)何(いづれ)か是(し)なる事をしらずされど又
一(ひとつ)の小術(せうしゆつ)あり白(しろ)き紙(かみ)に酒(さけ)を用(もちひ)て文字(もんじ)或(あるひ)は画(ゑ)にて
も書(かき)て晒(さらし)乾(かはか)せは只(たゝ)白紙(はくし)のみなり是を遠火(とをひ)にて
炙(あぶれ)は書(かき)たる所の書画(しよくわ)褐色(かきいろ)に見(あらはる)るなり是は酒(さけ)の染(しみ)
たる所 火(ひ)にて焦(こがる)るなり一面(いちめん)に薄紙(うすきかみ)なれとも余(よ)の

【右丁】
所はさもなくて酒(さけ)の染(しみ)たる所 早(はや)く焦(こがるゝ)は酒気(しゆき)の能(よく)火気(くはき)
を引(ひき)又は酒(さけ)の染(しみ)ぬれは紙(かみ)の性(しやう)も変(へん)じて焦(こかれ)やすき
なり人(ひと)の身(み)も亦(また)ふかく酒(さけ)の染(しみ)たらはいかなるへきや
彼(かの)糟淹(かすづけ)を云(いひ)けん人(ひと)に是を見(み)せばやとこそ覚(おほゆ)れ
○或(あるひ)は酒(さけ)は多少(たせう)を論(ろん)ぜす絶(たへ)て飲(のむ)ましきや少(すこし)は用(もちゆ)
るとも害(かい)する所なかるへきやと云(いふ)事あり凡(およそ)酒(さけ)は大(おほひ)
に過度(くわど)するに因(より)てこそ害(かい)あるなり其(その)分量(ぶんりやう)に随(したかひ)て
少(すこし)き是を用(もちゆ)れは益(ゑき)ある事も亦(また)多(おほ)し本草綱目(ほんさうかうもく)時(じ)
珍(ちん)の説(せつ)に少(すこし)飲(のむ)時(とき)は血(ち)を和(くは)し気(き)を行(めくら)し神(しん)を壮(さかん)にし

【左丁】
寒(かん)を禦(ふせき)愁(うれひ)を消(せう)し興(けう)を遣(やる)といへり大抵(たいてい)食事(しよくし)の後(のち)
其(その)量(りやう)に随(したかひ)て少(すこし)き飲(のむ)時(とき)は温熱(うんねつ)の気(き)食(しよく)を消化(せうくは)し又
穀気(こくき)を引(ひき)て周身(しうしん)四肢(しし)に至(いたり)上 下(け)表裏(ひやうり)能(よく)循環(しゆんくはん)流通(るつう)
せしめ陳(ふるき)を推(おし)新(あたらしき)を致(いたし)人身(じんしん)をして陽春(やうしゆん)和煦(くはく)のことく
ならしむかくのこときは何(なん)の害(かい)する所か有(ある)へきや只(たゞ)
其 多(おほき)に至(いたれ)は必(かならす)傷(やふれ)を致(いたす)なりされとも飲(いん)の分量(ふんりやう)は人(ひと)に
因(より)て同(おな)しからされは多少(たせう)を論(ろん)し難(がた)し論語(ろんご)にも
酒(さけ)は量(はかり)なし乱(らん)に及(およほさ)ずといへり朱子(しゆし)は醉(ゑひ)を以て節(せつ)と
為(す)といへり程子(ていし)は唯(たゝ)志(こゝろさし)を乱(みたる)へからざるのみにあらず

ゝ右丁】
気血(きけつ)をして乱(みたれ)しむへからずといへり飲(のみ)て身体(しんたい)の温(うん)
熱(ねつ)するは気(き)の乱(みたる)るなり紅潮(こうてう)面(おもて)に上(のほ)り色(いろ)に出(いて)て赤(あか)く
なるは血(ち)の乱(みたる)るなりかくのこときは醉(ゑひ)といふなり醉(ゑひ)と
いふは気血(きけつ)の乱(みたる)るなりされは飲(のみ)て少(すこし)も醉(ゑひ)を覚(おほゆ)る
は乱(らん)に及(およは)ずとは云(いひ)がたし彼(かの)醉(ゑひ)て言語(けんぎよ)を乱(みたり)威儀(ゐぎ)
を乱(みたる)のみを乱(らん)に及(およふ)とは云(いふ)へからすされは人々(ひと〳〵)の分量(ふんりやう)
に随(したかひ)て百盞(ひやくさん)にして醉者(ゑふもの)は十盞(しつさん)にして止(やみ)十盞(しつさん)にして
醉者(ゑふもの)は一二盞(いちにさん)にして止(やみ)ぬへくは醉(ゑひ)を為(なす)に至(いたら)ずして
害(かい)する事も有(ある)ましきなり或(あるひ)は大(おほい)に飲(のむ)といへども

【左丁】
少(すこし)も醉(ゑひ)を覚(おほへ)ざる者(もの)あり是 殊(こと)に剛実(かうしつ)の人(ひと)能(よく)其(その)毒(とく)
に堪(たへ)たるなりかゝる人(ひと)は当時(たうし)に苦(くるしむ)所なきゆへに多(おほく)は
皆(みな)過度(くはと)するに至(いたる)なり是等(これら)の人(ひと)は病(やまひ)を為(なす)に至(いたり)ては其
害(かい)殊(こと)に甚(はなはた)し朱子(しゆし)は醉(ゑひ)を以(もつて)節(せつ)と為(す)と云(いふ)といへとも
是は大法(たいはふ)を説(とき)たるなり養生(やうしやう)の道(みち)に至(いたり)てはさるへからす
酒(さけ)は只(たゝ)醉(ゑは)ざるを度(ど)と為(す)と云(いふ)へき事なりとこそお
ぼゆれ或(あるひ)は元来(くはんらい)酒量(しゆりやう)の多(おほき)人(ひと)の上(うへ)にても亦(また)時(とき)により所(ところ)
に随(したかひ)ては多少(たせう)の同(おなし)からさる事 有(ある)へし昔(むかし)斉(せい)の威王(ゐわう)其(その)
門客(もんかく)淳于髠(しゆんうこん)に問(とひ)て先生(せんせい)酒(さけ)を飲(のむ)事 幾(いくはく)にてか醉(ゑふ)にやとの

【右丁】
給(たまへ)は淳于髠(しゆんうこん)答(こたへ)て申(まうし)けるは大王(たいわう)の前(まへ)にて酒(さけ)を賜(たまは)れは執法(しつはふ)
傍(かたはら)に在(あり)御史(きよし)後(うしろ)に在(あり)恐懼(おそれ)俯伏(ふく)して飲(のめ)は一斗(いつと)に過(すき)すして径(たゝち)【徑】に
醉(ゑふ)若(もし)親(みつから)厳客(げんかく)ありて觴(さかつき)を奉(さゝけ)寿(ことふき)を上(たてまつる)時(とき)は二斗(にと)に過(すき)すして
醉(ゑふ)若(もし)は朋友(ほうゆう)の交(ましはり)久(ひさし)く見(み)ずして卒然(にはか)に相睹(あひみ)て歓(よろこひ)て故(ふるき)を
語(かたり)私(わたくし)の情(こゝろ)にて相(あひ)飲(のめ)は五六斗(ころくと)ばかりなるへし若(もし)は州閭(しうりよ)の会(くはい)
にて男女(なんによ)雑座(ましはりざし)六博(りくはく)【注①】投壷(とうこ)【注②】の戯(たはふれ)あり手(て)を握(にきり)て罰(つみ)なく目(め)
に眙(み)て禁(きん)する事なし此時(このとき)は八斗(はつと)を飲(のむ)へし日暮(ひくれ)酒(さけ)闌(たけなは)に
して男女(なんによ)席(せき)を同(をなし)くし舃履(くつはきもの)も交錯(ましはり)て堂上(たうしやう)に燭(ともしひ)《振り仮名:「火+烕」|きへ》【滅ヵ 注③】
て主人(あるし)外(ほか)の客(きやく)をは送(をくり)帰(かへ)して髠(こん)を留(とゝむ)れは羅襦(らじゆ)の

【注① さいの目。さいころ。】
【注② 中国から伝わった遊戯の一つ。奈良時代日本に伝来。】
【注③ 火+烕の文字は辞書になし】

【左丁】
襟(ゑり)解(とけ)て微(すこし)き薌沢(かうばしき)を聞(きく)此時(このとき)に当(あたり)ては髠(こん)が心(こゝろ)最(もつとも)歓(よろこひ)て
能(よく)一石(いちこく)を飲(のむ)故(かるかゆへ)に酒(さけ)極(きはまる)時(とき)は乱(みたれ)楽(たのしみ)極(きはまる)時(とき)は悲(かなしむ)といへりとて是を
以(もつて)諫(いさめ)を為(なし)けれは斉王(せいわう)も善(よし)との給(たまひ)て是より長夜(ちやうや)の飲(いん)を
罷(やめ)給(たまひ)けるとかや又 古人(こしん)の飲酒(いんしゆ)に宜(よろしき)事を論(ろん)して細談(さいだん)久座(きうざ)
淡酒(たんしゆ)小盃(せうはい)といへり実(けに)も細(こまか)に物語(ものかたり)を為(なし)座(さ)を久(ひさし)くて軽(かろ)き
酒(さけ)を小盃(こさかつき)にて飲(のむ)ならは醉(ゑふ)事も覚(おほへ)すして殊(こと)に多(おほき)に至(いたる)へし
只(たゝ)是を用(もちひ)て興(きやう)すへし飲(のむ)事(こと)は多(おほき)を貪(むさほる)へからさるへし
○凡(をよそ)病(やまひ)に臨(のそみ)或(あるひ)は病(やまひ)新(あらた)に愈(いへ)て後(のち)又は平生(へいせい)痼疾(こしつ)の持(ぢ)
病(ひやう)ある人(ひと)多(おほく)飲(のむ)へからす大抵(たいてい)病(やまひ)寒熱(かんねつ)虚実(きよしつ)新久(しんきう)

【右丁】
軽重(きやうちう)を論(ろん)ぜす皆(みな)宜(よろしき)所にあらず只(たゝ)打撲(うちみ)の者(もの)は当(たう)
時(し)に酒(さけ)を用(もちひ)て瘀血(おけつ)を行(めくら)すを宜(よろし)とす其外(そのほか)諸病(しよひやう)多(おほく)は
皆(みな)忌(いむ)所なり古来(こらい)の説(せつ)にも酒(さけ)を用(もちひ)て病(やまひ)の増長(そうちやう)せる
事は何(なに)ほとも見(みゆ)れとも是を用(もちひ)て病(やまひ)の治(ち)したる事は
稀(まれ)なり或(あるひ)は酒(さけ)を用(もちひ)て薬(くすり)を製(せい)し病(やまひ)を治(ち)する事
内経(たいきやう)の雞矢醴(けいしれい)より始(はしめ)て種々(しゆ〳〵)の法(はふ)有(あれ)とも是 皆(みな)酒気(しゆき)
を藉(かり)て薬性(やくせい)を制(せい)し又は薬気(やくき)の速(すみやか)に行(めくる)に取(とる)のみ又
古来(こらい)薬酒(やくしゆ)の方(はう)種々(しゆ〳〵)有(あり)といへとも多(おほく)は皆(みな)奉養(ほうやう)の長(ちやう)
物(ふつ)何(なん)そ起死回生(きしくはいせい)の功(こう)あるを見(み)ん若(もし)能(よく)病症(ひやうしやう)に対(たい)する

【左丁】
ものは効(しるし)も有(ある)へし妄(もう)に用(もちゆ)る時(とき)は却(かへり)て害(かい)あるへし
俗説(ぞくせつ)に風寒(ふうかん)外邪(ぐはいしや)の者(もの)生姜(しやうがざけ)を用(もちひ)て発散(はつさん)して
宜(よろし)といへり是 大(おほい)なる誤(あやまり)なり其 辛熱(しんねつ)発散(はつさん)はさる事
なれども本草(ほんさう)には生姜(しやうが)と酒(さけ)と合(あわせ)用(もちゆ)へからざる事を
いへり又 酒後(しゆこ)辣物(からきもの)を用(もちゆ)れは人(ひと)の筋骨(きんこつ)を緩(ゆるく)すといへり
是まづ生姜酒(しやうかさけ)の常(つね)といへとも宜(よろし)からざる所なり況(いはん)や風(ふう)
寒(かん)外邪(くはいしや)に中(あたり)ては酒(さけ)は能(よく)血(ち)を動(うこか)す邪気(しやき)動血(とうけつ)に混(こん)ず
れは油(あふら)の麺に入(いる)ことくにて去(さり)難(かた)し表(ひやう)なるは裏(り)に入(いり)軽(かろき)
は重(おもき)に至(いたる)へし内経(たいきやう)に風客(ふうかく)淫気(いんき)精(せい)乃(すなはち)亡(ほろふ)邪(しや)肝(かん)を傷(やふり)

【右丁】
因(よつて)大(おほい)に飲(のむ)時(とき)は気(き)逆(ぎやく)すと類註(るいちう)に酒(さけ)風邪(ふうしや)を挟(はさむ)時(とき)は
辛(しん)に因(より)て肺(はい)に走(はしる)といへり凡(およそ)婦人(ふしん)産後(さんこ)又は経行(けいかう)の時(とき)
外邪(くはいしや)に感(かん)ずれは熱血(ねつけつ)室(しつ)に入(いり)て去(さり)難(かた)し金瘡(きんさう)外邪(くはいしや)
に中(あたれ)は破傷風(はしやうふう)となる是 皆(みな)邪気(しやき)の動血(とうけつ)に混(こん)ずるゆへ
なり風寒(ふうかん)外邪(くはいしや)酒(さけ)を用(もちゆ)るは是に同(おな)しかるへし其 酒(さけ)を
用(もちひ)て害(かい)を見(み)ざるは邪気(しやき)軽(かろ)き者(もの)なりさる者(もの)は生姜(しやうか)
酒(さけ)を用(もちひ)ざるも亦(また)自(おのつから)愈(いゆ)へし過(あやまち)て邪気(しやき)重者(おもきもの)に用(もちゆ)る
時(とき)は害(かい)を為(なす)事 大(おほい)なるへし大抵(たいてい)飲(のむ)者(もの)は病(やまひ)に臨(のそみ)ても
酒(さけ)を用(もちゆ)れは暫(しはらく)その欝結(うつけつ)を開(ひらき)て快(こゝろよ)き事を覚(おほゆ)るゆへ

【左丁】
に是 酒(さけ)の病(やまひ)に宜(よろしき)と心得(こゝろえ)て続(つゝい)て是を用(もちゆ)酒(さけ)の病(やまひ)に宜(よろしき)には
あらざれとも酒(さけ)に因(より)て病患(ひやうくわん)を覚(おほへ)さるなり然(しか)るを酒(さけ)
の病(やまひ)に宜(よろしき)と思(おもふ)ゆへに是を用(もちひ)て止(やま)ず終(つゐ)に其 病(やまひ)を増長(そうちやう)
して救(すくは)ざるに至(いたる)是 常(つね)に多(おほき)事なり又 或(あるひ)は病(やまひ)にのそみ
医(い)をして脈(みやく)を診(うかゝ)はしむるにも酒(さけ)を飲(のみ)たる時(とき)是を診(うかゝへ)は
其 脈(みやく)滑数(くはつさく)にして寒熱(かんねつ)虚実(きよしつ)の病(ひやう)脈(みやく)を診(うかゝひ)知(しり)難(かた)し
かゝる事にも損(そん)は多(おほく)て益(ゑき)は少(すくな)し傷寒(しやうかん)の症(しやう)脈(みやく)の
伏(ふく)したるに酒(さけ)を用(もちゆ)れは其 脈(みやく)見(あらはる)るなど云(いふ)事あれども
是は医人(いしん)の術(しゆつ)にて常人(つねひと)の知(しる)へき事にあらず凡(およそ)病(やまひ)

















【右丁】
に臨(のそみ)ては医人(いしん)の是を用(もちゆ)るは各別(かくへつ)さもあらでは軽(かろ)き
病(やまひ)にて他(た)の食物(しよくもつ)は忌(いま)ずとも酒(さけ)をは第一(たいいち)に禁(きん)すへし
○饑(うえ)て多(おほく)飲(のむ)へからず飽(あい)て多(おほく)飲(のむ)へからず内経(たいきやう)に
胃(い)は水穀(すいこく)の海穀(かいこく)入(いら)ざる事 半日(はんにち)なれは気(き)衰(おとろへ)一日(いちにち)なれ
は気(き)少(すくな)しといへり空腹(くうふく)胃(い)の気(き)衰(おとろへ)たる時(とき)に当(あたり)て熱(ねつ)
毒(とく)酷悍(かうかん)なる物(もの)の宜(よろし)き所なるへきやかゝる時(とき)は殊(こと)に
胃中(いちう)の血液(けつゑき)を乱(みたり)て其 害(かい)甚(はなはた)し空腹(くうふく)の時(とき)は茶湯(さたう)冷(れい)
水(すい)にても是を飲(のみ)て腹内(ふくない)快(こゝろよき)事あるへきや人(人)皆(みな)酒(さけ)は
穀汁(こくしう)なれは是を飲(のみ)て饑(うえ)を充(みつ)へしとおぼへたるゆへに

【左丁】
恐(おそれ)ずして飲(のむ)なるへし穀汁(こくしう)なりといへとも其 気(き)は慓(ひやう)
悍(かん)にして急(きふ)に散乱(さんらん)し其 質(かたち)は水(みつ)なれは速(すみやか)に流下(りうけ)
し去(さる)何物(なにもの)か胃中(いちう)に留(とゝまり)て饑(うえ)を充(みつ)へきや内経(たいきやう)に
酒(さけ)は其 気(き)慓悍(ひやうかん)胃中(いちう)に入(いれ)は胃(い)張(はり)気(き)上逆(しやうきやく)して胸中(けうちう)
に満(みつ)といへり此故(このゆへ)に饑(うえ)を覚(おほへ)ざるなり只(たゝ)一時(いちし)の饑(うえ)は
療(りやう)ずるに似(に)たれども能(よく)数日(すにち)の饑(うえ)を救(すくふ)へきや空(くう)
腹(ふく)饑腸(きちやう)なんぞ此 擾乱(じやうらん)するに堪(たへ)ん古書(こしよ)にも卯時(はうじ)の
酒(さけ)を忌(いむ)といへり卯時(はうし)とは早朝(さうてう)空腹(くうふく)の時(とき)なり彼(かの)翻(ほん)
胃(い)隔噎(かくいつ)其 外(ほか)脾胃(ひい)の病(やまひ)を為(なす)者(もの)多(おほく)は是に因(よる)へし

【右丁】
病源論(ひやうけんろん)に饑(うえ)たる中(うち)に酒(さけ)を飲(のみ)大(おほい)に醉(ゑひ)て風(かせ)に当(あたり)水(みつ)に
入(いれ)は酒黄疸(しゆわうたん)の病(やまひ)を為(なす)といへり飽食(ばうしよく)の後(のち)も亦(また)多(おほく)飲(のむ)へ
からざるは内経(たいきやう)に飲食(いんしい)自(おのつから)倍(はい)すれは腸胃(ちやうい)乃(すなはち)傷(やふる)といへり
食(しよく)に飽(あき)ていまた消化(せうくは)せざる間(あひた)は何物(なにもの)にても又 納(いる)
へからず只(たゝ)酒(さけ)は其 口(くち)に宜(よろし)ふして質(かたち)又 水(みつ)なれは納(いれ)
やすきゆへに是を飲(のむ)へし初(はしめ)食(しよく)に飽(あき)たる上(うへ)に又 多(おほく)
飲時(のむとき)は所謂(いはゆる)飲食(いんしい)自(おのつから)倍(はい)するなり然(しから)は腸胃(ちやうい)の傷(やふれ)ざる
事を得(え)んや扨(さて)飲(のむ)者(もの)の酒(さけ)の多少(たせう)他(た)の食物(しよくもつ)に比(ひ)すれ
は甚(はなはた)多(おほく)して数升(すせう)に至(いたる)事あり人(ひと)是を論(ろん)じて大(たい)

【左丁】
低(てい)人(ひと)の腹中(ふくちう)は限(かきり)あるものなれは常(つね)の水(みつ)にてもさやうに
多(おほき)事は得(う)へからす是は何(いか)なる事にやといへり是又 大(おほい)に
その理(ことはり)あるなり常(つね)の湯水(ゆみつ)は多(おほく)納(いる)へからす只(たゝ)酒(さけ)は何(なに)
ほとも多(おほく)納(いる)へし其 故(ゆへ)は内経(たいきやう)に人(ひと)酒(さけ)を飲(のめ)は酒(さけ)も亦(また)
胃(い)に入(いる)穀(こく)いまた熟(しゆく)せず小便(せうへん)独(ひとり)先(まつ)下(くたる)は何(なん)ぞや酒(さけ)は
熟穀(しゆくこく)の液(ゑき)其 気(き)悍(かん)して清(きよ)し故(かるかゆへ)に穀(こく)に後(おくれ)て入(いり)穀(こく)に
先(さき)だちて液(ゑき)出(いつ)といへり張介賓(ちやうかいひん)の言(こと)に酒(さけ)の気(き)悍(たけ)け
れは直(たゝち)に下焦(けせう)に連(つらな)り酒(さけ)の質(かたち)清(きよ)けれはすみやかに
行(めくり)て滞(とゝこほ)る事なしといへりかくのことくなれは酒(さけ)は

【右丁】
入(いる)といへとも久(ひさし)く胃中(いちう)に留(とゝまる)事なくて速(すみやか)に周身(しうしん)血(けつ)
気(き)に走(はしり)下(しも)膀胱(はうくわう)に至(いたる)なり譬(たとへは)漏(もる)卮(さかつき)のことく多(おほく)納(いる)ると
いへとも満(みつ)る事なし膀胱(はうくわう)満(みつ)れは直(たゝち)に小便(せうへん)に去(さる)なり常(つね)
の湯水(ゆみつ)は慓悍(ひやうかん)の気(き)なきゆへに穀(こく)に先(さき)だつ事 能(あたは)ずして
穀(こく)と共(とも)に胃中(いちう)に滞(とゝこほる)ゆへに多(おほく)飲(のむ)事を得(え)ずさるほどに
湯水(ゆみつ)を多(おほく)飲(のめ)は腹内(ふくない)漉々(ろく〳〵)として声(こゑ)を為(なす)酒(さけ)は多(おほし)といへ
ともさもあらず此故(このゆへ)に自然(しせん)に多(おほき)に至(いたる)なり論語(ろんこ)に肉(にく)
は多(おほし)といへとも食(しよく)の気(き)に勝(かた)しめずといへり酒(さけ)も亦(また)納(いれ)易(やす)
けれはとて多(おほく)用(もちひ)て食(しよく)の気(き)に勝(かた)は宜(よろし)かるへきや況(いはん)や空(くう)

【左丁】
腹(ふく)饑腸(きちやう)食(しよく)気(き)なき時(とき)多(おほく)用(もちひ)は其 害(かい)固(もとより)限(かきり)なかるへし
○大飲(たいいん)の患(うれひ)を為(なす)事 何(いつれ)の時(とき)と云(いふ)事はあらねとも時節(じせつ)
に因(より)ては其 害(かい)殊(こと)に甚(はなはた)し夏(なつ)暑(しよ)に当(あたり)て多(おほく)飲(のむ)へからず
夏暑(かしよ)の時(とき)は人(ひと)皆(みな)身熱(しんねつ)頭痛(づつう)面(おもて)赤(あか)く口(くち)渇(かわき)て気血(きけつ)散(さん)
乱(らん)し形体(けいたい)疲憊(つかれつかれ)て飲(のま)ざる者(もの)といへとも偏(ひとへ)に酒(さけ)に醉(ゑひ)
たるに同(おな)し古詩(こし)にも溽暑(しよくしよ)醉(ゑひて)如(ことし)_レ酒(さけの)といへり夫(それ)天行(てんかう)

の時令(じれい)かくのことくにて人身(しんしん)を悩(なやま)し動(やゝもすれ)は病(やまひ)を為(なし)易(やす)し
然(しか)るに又 酒(さけ)の辛熱(しんねつ)甚(はなはた)しき能(よく)気血(きけつ)を散乱(さんらん)し身体(しんたい)を
倦怠(うみおこた)らしむる物(もの)を用(もちゆ)へきや人身(しんしん)の気血(きけつ)元来(くわんらい)能(よく)幾何(いくはく)

【右丁】
なる物(もの)ぞや苦熱(くねつ)煩暑(はんしよ)の煎熬(せんかう)にだも【ママ】堪(たへ)す又 重(かさね)て
酒熱(しゆねつ)慓悍(ひやうかん)の是を消爍(せうれき)するをや夏月(かけつ)多(おほく)痢病(りひやう)等(とう)の
症(しやう)を為(なす)者(もの)は暑熱(しよねつ)陰血(いんけつ)を敗(やふり)り【送り仮名の重複】敗血(はいけつ)下痢(けり)して病(やまひ)を
為(なす)然(しかれ)とも是亦 飲(のま)ざる者(もの)は病(やまひ)を為(なす)事少(すくなふ)して飲(のむ)者(もの)は
甚(はなはた)多(おほ)しされとも痢病(りひやう)等(とう)の外(ほか)は当時(とうじ)に其 害(かい)を見(み)
ざるゆへに恐(おそれ)慎(つゝし)む所なし当時(とうし)に其 害(かい)を見(み)ずといへとも
彼(かの)中風(ちうふ)心痛(しんつう)腹痛(ふくつう)積聚(しやくしゆ)隔噎(かくいつ)脾腎(ひしん)の虚(きよ)其 外(ほか)種々(しゆ〳〵)の
大病(たいひやう)を為(なす)者(もの)多(おほく)は皆(みな)夏月(かけつ)大飲(たいいん)の致(いたす)所なり然(しかれ)どもこれ
一朝一夕(いつてういつせき)に是(これを)為(なす)にあらす仮令(たとへは)去年(きよねん)病(やまひ)三分(さんふん)を為(なすに)今年(こんねん)

【左丁】
又 三分(さんふん)を為(なし)合(あはせ)て六分(ろくふん)明年(めいねん)又三分(さあんふん)を為(なし)合(あはせ)て九分(くふん)其 明(めい)
年(ねん)に至(いたり)ては病(やまひ)すでに十分(しふふん)にして其 病症(ひやうしやう)を顕(あらは)す病(ひやう)
勢(せい)こゝに至(いたり)ては必(かならす)重(おもふ)して治(ち)し難(かた)し凡(およそ)酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事
皆(みな)かくのことく暗裏(あんり)に大患(たいくわん)を醸成(かもしなす)といへとも人(ひと)皆(みな)是を
覚(おほえ)ざる事 誠(まこと)に慨(なげく)へし大抵(たいてい)大病(たいひやう)の根本(こんほん)を為(なす)者(もの)多(おほく)は
夏月(かけつ)の大飲(たいいん)に在(ある)へし内経(たいきやう)に春夏(しゆんか)は陽(やう)を養(やしなふ)と云(いふ)を
朱丹渓(しゆたんけい)は王(わう)大僕(たいほく)の言(こと)を引(ひき)て春(はる)は冷(れい)を食(しよく)し夏(なつ)は寒(かん)
を食(しよく)す陽(やう)を養(やしなふ)所以(ゆへん)なりといへり実(けに)も夏月(かけつ)外(ほか)炎(えん)
暑(しよ)の甚(はなはた)しきに当(あたり)て内(うち)又 温熱(うんねつ)を服(ふく)せは陰気(いんき)を消(せう)

爍(れき)し陽気(やうき)も又 発越(ほつゑつ)し去(さり)ぬへし寒冷(かんれい)を服(ふく)するは
陽気(やうき)を滋養(じやう)収斂(しうれん)するなり是 夏月(かけつ)保養(ほうやう)の道(みち)なるに
酒(さけ)の辛熱(しんねつ)甚(はなはた)しきを用(もちゆ)るは氷(こほり)炭(すみ)と相(あい)反(はん)するにあらずや
孫子邈(そんしばく)の生脈散(しやうみやくさん)は夏月(かけつ)常(つね)に用(もちひ)て茶湯(さたう)に代(かゆ)へしと
いへり此方(このはう)や人参(にんしん)五味子(こみし)麦門冬(はくもんとう)にて皆(みな)酸寒(さんかん)収斂(しうれん)
の味(み)なり此(この)酸寒(さんかん)に宜(よろし)き時(とき)は酒(さけ)の辛熱(しんねつ)に宜(よろし)からざる
事 知(しん)ぬへし内経(たいきやう)に夏(なつ)の気(き)に逆(たかへ)は心(しん)を傷(やふる)といへり心(しん)
血(けつ)敗乱(はいらん)或(あるひ)はし心痛(しんつう)顛狂(てんきやう)等(とう)の症(しやう)を為(なす)皆(みな)是 大飲(たいいん)夏(なつ)の
気(き)に逆(たかひ)て心(しん)を敗(やふる)者(もの)なり昔(むかし)も河朔(かさく)避暑(ひしよ)の飲(いん)とて

【左丁】
夏月(かけつ)三伏(さんふく)の時(とき)昼夜(ちうや)酣飲(かんいん)して知(しる)事なき至(いたり)て一時(いちじ)
の暑(しよ)を避(さくる)といへり暑(しよ)は苦(くるし)といへとも天(てん)の時令(しれい)にて必(かならす)し
も害(かい)を為(なす)にもあらす是を避(さけん)とて大(おほひ)に飲(のみ)て暑(しよ)より
も苦(くるし)き病(やまひ)を為(なす)はいかにぞや張子和(ちやうしくは)の説(せつ)に某(それかし)隆(りう)
暑(しよ)の時(とき)酒(さけ)を飲(のみ)極熱(ごくねつ)を覚(おほへ)凉水(りやうすい)池中(ちちう)に足(あし)を漬(ひたし)冷(ひや)し
けれは湿(しつ)に中(あたり)て股(もゝ)膝(ひさ)痛(いたみ)けれは又 酒(さけ)を飲(のみ)て其 痛(いたみ)を
解(げ)せんとて毎日(まいにち)飲(のみ)けるほとに反(かへり)て腫(はれ)痛(いたみ)を為(なし)て六十(ろくしふ)
年(ねん)愈(いへ)すといへり入門(にうもん)には三伏(さんふく)の時(とき)大熱(たいねつ)人(ひと)の気(き)を傷(やふる)此時(このとき)
酒(さけ)を過(すこせ)は腎(じん)を腐爛(くされたゝらか)す甚(はなはたし)き者(もの)は秋(あき)に至(いたり)て水(みつ)と為(なり)て

【右丁】
死(しす)といへり或(あるひ)は又 春夏(しゆんか)の時(とき)世間(せけん)に下賎(げせん)なる者(もの)なと多(おほく)闘(とう)
争(さう)の事あるを世 俗(ぞく)に是を喧嘩(けんくは)【𠵅】口論(こうろん)の時行(はやる)と覚(おほへ)たり
是又 元来(くわんらい)春夏(しゆんか)の陽気(やうき)なるに重(かさね)て酒(さけ)の陽物(やうぶつ)に蕩(とらかさる)る者(もの)
の酒悖狂症(しゆほつきやうしやう)の類(るい)なるへし然(しかれ)は是 皆(みな)病(やまひ)なる事なれは
さる者(もの)ありとても一向(ひたすら)悪(にくみ)嘲(あざける)へき事にもあらず
されは酒(さけ)は一味(いちみ)の酒(さけ)なれとも人(ひと)に因(より)時(とき)に随(したかひ)て種々(しゆ〳〵)
の患(うれひ)を為(なす)事 真(まこと)に恐(をそる)へきなり酒悖狂症(しゆぼつきやうしやう)末(すゑ)
の病論(ひやうろん)に悉(くはし)く是を論(ろん)す又おかしき物語(ものかたり)も
あれは酒悖(しゆぼつ)の次(ついて)に是を述(のふ)べし

【左丁】
○冬(ふゆ)寒(かん)に当(あたり)て多(おほく)飲(のむ)へからず内経(たいきやう)に冬(ふゆ)三月(さんけつ)是(これ)を閉(へい)
蔵(さう)と云(いふ)陽(やう)を擾(みたる)事なく皮膚(ひふ)を泄(もら)し気(き)をして奪(うばい)
しむる事なかれ是に逆(たかへ)は腎(じん)を傷(やふる)又 秋冬(しうとう)は陰(いん)を養(やしなひ)
て其 根(ね)に従(したかふ)といへり是 四気調神論(しきてうしんろん)の言(こと)にして冬(とう)
時(し)の保養(ほうやう)かくのことくなるを宜(よろし)とす然(しか)るに酒(さけ)は陽(やう)を
擾(みたり)陰(いん)を損(そん)し皮膚(ひふ)を泄(もらし)気(き)を奪(うばひ)腎(しん)を傷(やふる)事是より
甚(はなはた)しきはなし是 皆(みな)冬時(とうし)の宜(よろしき)所に逆(たかふ)なり酒熱(しゆねつ)しばら
く寒気(かんき)を禦(ふせく)に似(に)たれとも醉中(すいちう)熱気(ねつき)ある間(あひた)のみに
て醒(さめ)て後(のち)は却(かへり)て風寒(ふうかん)に堪(たへ)ざる事 飲(のま)さる者(もの)に増(まさる)

【右丁】
へし昔(むかし)酒(さけ)を賛(さん)する者(もの)の言(こと)に王粛(わうしゆく)張衡(ちやうかう)馬均(はきん)と云(いふ)
者(もの)三人(さんにん)早晨(さうしん)に霧(きり)を冒(おかし)て行(ゆき)けるに一人(いちにん)は酒(さけ)を飲(のみ)一人(いちにん)は
飯(はん)に飽(あき)一人(いちにん)は空腹(くうふく)なりけるに空腹(くうふく)の者(もの)は死(し)し飽食(ばうしよく)
の者(もの)は病(やみ)酒(さけ)を飲(のむ)者(もの)は健(すくやか)なり是 酒(さけ)の悪気(あくき)を辟(さく)る事
他(た)の食(しよく)に勝(まされ)りといへり総(すべ)て昔(むかし)も今(いま)も好(このみ)て飲(のむ)者(もの)は
其 害(かい)の大(おほい)なる事をは云(いは)ずして僅(わつか)にかくのことき事を
云(いひ)たてゝ酒(さけ)の功徳(こうとく)なりと思(おもへ)り真(まこと)に愍(あはれ)むへくして又
笑(わらふ)へきなり此(この)三人(さんにん)の者(もの)も幾度(いくたび)もさる事 有(あり)て是
を試(こゝろみ)たりしにもあらず只(たゝ)一度(ひとたひ)かく有(あり)しとて定法(ちやうはふ)と

【左丁】
すへき事ならんや彼(かの)三人(さんにん)の者(もの)元来(くわんらい)老壮(らうさう)強弱(きやうちやく)病(やまひ)の
有無(うむ)も知(しる)へからす若(もし)弱者(よはきもの)空腹(くうふく)ならは其 死(し)も亦(また)
宜(むべ)なり強者(つよきもの)酒(さけ)を飲(のみ)たらは其 健(すくやか)なるも亦(また)宜(むべ)なり
彼是(かれこれ)相(あい)代(かはら)はいかゝ有(あら)んにや縦(たとひ)酒(さけ)実(じつ)に瘴霧(しやうむ)悪気(あくき)
風寒(ふうかん)外邪(くわいしや)を辟(さく)るとて山行(さんかう)水宿(すいしゆく)暑途(しよと)寒路(かんろ)昼(ちう)
夜(や)不断(ふたん)沈醉(ちんすい)して有(ある)へきや醉中(すいちう)邪気(しやき)を受(うけ)ざる
事はいざしらす多(おほく)は饑患(きかん)痛痒(つうやう)をも覚(おほへ)ざれは是を
苦(くるし)む事も知(しら)ざるへし内経(たいきやう)に酒(さけ)を飲(のみ)て風(かぜ)に中(あたれ)は漏(ろう)
風(ふう)を為(なす)といへは飲者(のむもの)は邪気(しやき)を受(うけ)ずと云(いふ)へきや必(かならす)

【右丁】
しも酒(さけ)を恃(たのみ)て妄(みたり)に風寒(ふうかん)外邪(くわいしや)を冒(おかし)て破(やふれ)を取(とる)事
なかるへし尚(なを)傷寒論(しやうかんろん)に悉(くはし)く是を述(のふ)へし
○夜(よる)多(おほく)飲(のむ)へからず内経(たいきやう)に日(ひ)入(いり)陽(やう)尽(つき)て陰気(いんき)を受(うく)
万民(はんみん)皆(みな)臥(ふす)命(なづけ)て合陰(かふいん)と云(いふ)又 陽(やう)は昼(ひる)を主(つかさどり)陰(いん)は夜(よる)を
主(つかさどる)といへり是 天理(てんり)人身(しんしん)の常(つね)にして是に順(したかへ)は吉(きち)是に
逆(たかへ)は凶(けう)なり夜(よる)は即(すなはち)安静(あんせい)無事(ぶじ)にして陰(いん)を養(やしなふ)へきの
時(とき)なり内経(たいきやう)に陰気(いんき)は静(しづか)なれは神(しん)蔵(かくれ)躁(さはかし)けれは消亡(せうばう)す
といへり然(しか)るに酒(さけ)は人身(しんしん)の気血(きけつ)をして安静(あんせい)ならしむ
るや躁動(さうとう)ならしむるや人(ひと)自(みつから)是を試(こゝろみ)て知(しん)ぬへし夜(や)

【左丁】
分(ぶん)陰気(いんき)を生養(せいやう)すへき時(とき)に当(あたり)て却(かへり)て酒(さけ)の悍熱(かんねつ)を
用(もちひ)て陰気(いんき)を消爍(せうれき)す俗人(ぞくしん)は陰気(いんき)といふといへともさせ
る事とも思(おもひ)足(たら)ざるへし易(ゑき)に大極(たいきよく)両儀(りやうぎ)を生(しやう)ずとい
えり両儀(りやうぎ)は陰陽(いんやう)にて天地(てんち)の間(あひた)造化(ざうくは)万物(はんふつ)此(この)二気(にき)に
出(いつ)る事なし人(ひと)も亦(また)然(しか)り内経(たいきやう)に人生(しんせい)形(かたち)有(ある)は陰陽(いんやう)
を離(はなれ)ずといへり凡(およそ)陰(いん)を損(そん)ずと云(いふ)時(とき)は一身(いつしん)の蔵(さう)
府(ふ)経絡(けいらく)四肢(しし)百骸(ひやくがい)皮毛(ひまう)九竅(きうけう)精血(せいけつ)唾液(だゑき)に至(いたる)まて
陰(いん)に属(ぞく)する者(もの)は皆(みな)尽(こと〳〵く)損(そん)ずるなり然(しかれ)は一(ひとつ)の陰(いん)の
字(し)にても其 係(かゝる)所はなはた多(おほ)しかくのことくなる時(とき)は

【右丁】
其 陰気(いんき)を消亡(せうはう)する事 終(つゐ)に人身(しんしん)に益(ゑき)有(ある)へきや然(しかれ)
とも当時(たうし)には其 害(かい)を見(み)ず害(かい)する萌(きさし)有(あり)といへとも人(ひと)
是を覚(おほへ)ず其 過(あやまち)を改(あらたむ)る事なく漸々(ぜん〳〵)積(つみ)て大患(たいくわん)を
為(なす)に至(いたり)て始(はしめ)て是を覚(おほゆ)るとも固(もとより)亦(また)晩(おかし)し凡(およそ)夜分(やふん)
は他(た)の食物(しよくもつ)も多(おほく)すへからず消化(せうくは)し難(かた)し酒(さけ)も亦(また)
同(おなし)夜分(やふん)大(おほい)に飲(のむ)者(もの)は翌日(よくしつ)に至(いたり)ても宿酲(しゆくてい)不(ず)_レ醒(さめ)倦怠(けんたい)
煩悶(はんもん)渇(かつ)して食(しよく)する事を得(え)ず是 皆(みな)酒毒(しゆとく)害(かい)を
為(なす)なり一夕(いつせき)の醉病(すいひやう)尚(なを)数日(すしつ)の乖乱(くはいらん)を致(いたす)況(いわんや)毎夕(まいせき)
にして大飲(たいいん)するをや俗説(そくせつ)に寝酒(ねさけ)は薬(くすり)なりと云(いふ)事

【左丁】
有(ある)に因(より)て人(ひと)皆(みな)是を恐(おそれ)ず薬(くすり)とさへ云(いふ)なれは毒(とく)になる
事は有(ある)まじきと覚(おほへ)たるなりされとも夜飲(やいん)の薬(くすり)
なる事 何(いつれ)の書(しよ)にか見(みへ)たるにやさる事は見(みへ)ねとも本(ほん)
草(さう)には人(ひと)早飲(さういん)を戒(いましむ)る事を知(しり)て夜飲(やいん)の更(さら)に甚(はなはた)しき
事を知(しら)ず既(すて)に醉(ゑひ)既(すて)に飽(あき)て枕(まくら)に就(つき)熱(ねつ)擁(よう)して心(しん)を
傷(やふり)目(め)を傷(やふり)夜気(やき)収斂(しうれん)す酒(さけ)是を発(はつ)し其 清明(せいめい)を乱(みたる)
其 脾胃(ひい)を労(らう)し湿(しつ)を停(とゝめ)瘡(さう)を生(しやう)し火(ひ)を動(うどか)し欲(よく)
を助(たすく)因(より)て病(やまひ)を致者(いたすもの)多(おほし)といへり戴元礼(たいげんれい)の説(せつ)に酒(さけ)を飲(のみ)
て即(すなわち)睡(ねむれ)は酒毒(しゆとく)肺脾(はいひ)を薫(くん)じて黄病(わうひやう)を為(なす)といへり

【右丁】
養生法(やうしやうはふ)に一日(いちにち)の忌(いみ)は暮(くれ)に飽食(ばうしよく)する事なく一月(いちけつ)の忌(いみ)は
暮(くれ)に大醉(たいすい)する事なし暮(くれ)は乃(すなはち)偃息(えんそく)の時(とき)酒毒(しゆとく)酷悍(かうかん)
大(おほい)に醉(ゑへ)は毒気(とくき)必(かならす)正気(しやうき)を壊(やふる)況(いはんや)暮夜(ぼや)に臥気(ふしき)溢(あふれ)形(かたち)止(とゝまる)腸(ちやう)外【左ルビ:くわい】
是に因(より)て腐爛(ふらん)し経絡(けいらく)是を以(もつて)措解(そかい)す一時(いちし)覚(おほへ)ず久(ひさし)ふ
して疾(やまひ)を為(なす)少壮(せうさう)の人(ひと)一月(いちけつ)の内(うち)此(この)一醉(いつすい)有(ある)へからず況(いわんや)
中年(ちうねん)以往(いわう)の人(ひと)をやといへり彼(かの)殷(いん)の紂王(ちうわう)は長夜(ちやうや)の飲(いん)を
為(なし)て天下(てんか)を亡(うしなひ)けるとて昔(むかし)より是を悪(にくみ)笑(わらふ)事なれども
今(いま)の世(よ)の人(ひと)長夜(ちやうや)の飲(いん)にこそはあらねども多(おほく)は毎夜(まいや)の
大飲(たいいん)に病患(ひやうくわん)を醸成(かもしなし)て其 身(み)を亡者(うしなふもの)常(つね)に幾(いくはく)人(ひと)と云(いふ)

【左丁】
事を知(しら)ず徳(とく)を失(うしなひ)て天下(てんか)を亡(ほろほす)と病(やまひ)を為(なし)て身(み)を亡(ほろほす)
と大小(たいせう)軽重(きやうちう)同(おなし)からずといへとも其 害(かい)を為(なす)事は一(いち)なり
されは他(た)の事はいかにもあれ飲(いん)を過(すこし)て身(み)を顧(かへりみ)ざるは
桀紂(けつちう)が徒(と)なりとも云(いふ)へきにや懼(おそれ)て是を思ふへし
○古来(こらい)保養(ほうやう)修養(しゆやう)の説(せつ)あり其 保養(ほうやう)は内経(たいきやう)に所謂(いはゆる)
飲食(いんしい)節(せつ)あり起居(ききよ)常(つね)あり妄(みたり)に作労(さらう)せず恬澹(てんたん)
虚無(きよぶ)真気(しんき)是に従(したかひ)精神(せいしん)内(うち)に守(まもり)て病(やまひ)いづくより来(きたらん)
と是なり其 修養(しゆやう)は仙術(せんしゆつ)道家(たうか)の真(しん)を修(しゆ)し気(き)を
調(とゝのへ)形(かたち)を煉(ねり)長生(ちやうせい)不死(ふし)飛昇(ひせう)超脱(てうだつ)の説(せつ)なり是 皆(みな)

【右丁】
形神(けいしん)をして安静(あんせい)に気血(きけつ)をして妄動(まうとう)せしめざる
を養生(やうしやう)の大要(たいよう)とせり凡(およそ)人(ひと)の気血(きけつ)の循行(しゆんかう)は常(つね)の
度(のり)ありて内経(たいきやう)に人(ひと)一呼(いつこ)に脈(みやく)再動(さいとう)一吸(いつきう)に脈(みやく)亦(また)再動(さいとう)
呼吸(こきう)定息(ていそく)脈(みやく)五動(ことう)を命(なづけ)て平人(へいしん)と云(いふ)又 一万三千(いちまんさんせん)
五百息(こひやくそく)気(き)行(めくる)事 身(み)に五十営(こしふゑい)し漏水(ろうすい)下(くたること)百刻(ひやくこく)と
いへり難経(なんきやう)にも亦(また)栄陽(ゑいやう)を行(めくる)事 二十五度(にしふこど)陰(いん)を
行(めくる)事も亦(また)二十五度(にしふこど)を一周(いつしう)とす故(かるかゆへ)に五十度(こしふと)に
して復(また)手(て)の大陰(たいいん)に会(くわい)すといへり是 総(すべ)て平人(へいしん)の
常度(しやうと)なりされは気血(きけつ)の行(めくる)事是に及(およは)ずして遅(おそき)も

【左丁】
病(やまひ)とし是に過(すき)て速(すみやか)なるも病(やまひ)とす只(たゝ)此(この)常度(しやうと)に従(したかひ)
て遅速(ちそく)あらざるを宜(よろし)とすへし然(しか)るに気血(きけつ)をし
て甚(はなはた)擾乱(しやうらん)妄行(まうかう)せしむるは常度(しやうと)に違(たかひ)て養生(やうしやう)の
大害(たいかい)なり先(まつ)人(ひと)の寿命(しゆみやう)の長短(ちやうたん)は暫(しはらく)置(おく)人(ひと)の容貌(やうはう)
を以(もつて)是を見(みる)に富貴(ふうき)安静(あんせい)の人(ひと)は老貌(らうはう)遅(おそく)く【送り仮名の重複】卑(ひ)
賎(せん)労動(らうとう)の者(もの)は衰容(すいやう)早(はや)し是 安静(あんせい)は気血(きけつ)の行(めくる)
事 緩徐(ゆるく)して労働(らうとう)は気血(きけつ)の行(めくる)事 急促(すみやか)なるゆへ
なり古人(こしん)又 動静(とうせい)寿夭(しゆよう)を筆墨硯(ひつほくけん)に譬(たとへ)たり
されは気血(きけつ)の循行(しゆんかう)甚(はなはた)急促(すみやか)なる時(とき)は二日(ふつか)に行(めくる)所を

【右丁】
一日(いちにち)に行(めくる)へし譬(たとへ)は自鳴鐘(とけい)の錘(おもり)の甚(はなはた)重(おもく)する時(とき)
は二日(ふつか)に打(うつ)へき時刻(じこく)を一日(いちにち)にも打(うち)終(おはる)がことし然(しかれ)は
気血(きけつ)の循行(しゆんかう)の速(すみやか)なるは老(おい)を催(もよほし)歯(よはい)を促(つゞむる)の業(わさ)なる
へし然(しか)るのみにあらず是其 常度(しやうと)に違(たかふ)なれは病(やまひ)
をも生(しやう)ずるなり又 内経(たいきやう)に人(ひと)の寿夭(しゆよう)を論(ろん)じて営(ゑい)
衛(ゑ)の行(かう)其 常(つね)を失(うしなは)ず呼吸(こきう)微徐(びちよ)にして気度(きと)を以(もつて)
行(めくり)六府(ろくふ)穀(こく)を化(くは)し津液(しんゑき)布揚(ふやう)する事 各(おの〳〵)其 常(つね)の
如(ごと)し故(かるかゆへ)に能(よく)長久(ちやうきう)なりといへり扨(さて)人(ひと)の気血(きけつ)をし
て妄動(まうとう)せしむるは酒(さけ)に過(すぎ)たるはなし飲(のみ)て身体(しんたい)の

【左丁】
温熱(うんねつ)するは気(き)の妄動(まうとう)なり色(いろ)の赤(あか)くなるは血(ち)の妄(まう)
行(かう)なり凡(およそ)烏付(うふ)の薬(くすり)辛熱(しんねつ)猛烈(まうれつ)なりといへともいま
だ酒気(しゆき)の慓悍(ひやうかん)迅速(しんそく)のことくなる物(もの)なしされは人(しん)
身(しん)酒(さけ)を得(う)れは気血(きけつ)の循行(しゆんかう)甚(はなはた)速(すみやか)にして両日(りやうにち)に行(めくる)所
を一日(いちにち)にも行(めくる)へし故(かるかゆへ)に大(おほい)に飲人(のむひと)は老貌(らうはう)早(はや)く
催(もよをす)なり老貌(らうはう)の早(はやき)によりては寿算(しゆさん)をも減(けん)すべし
彼(かの)音(おと)に聞(きく)昔(むかし)の仙人(せんにん)と云(いふ)者(もの)も松(まつ)の実(み)を服(ふく)する
の胡麻(ごま)の飯(はん)を食(しよく)するのと云(いふ)事は有(あり)つれども酒(さけ)
を飲(のみ)たる仙人(せんにん)を聞(きか)ず神仙(しんせん)酒(さけ)を禁(きん)ぜずと云(いふ)事

【右丁】
もあれとも誰(たれ)か酒(さけ)にて長生(ちやうせい)を得(え)たる者(もの)ぞや昔(むかし)漢(かん)
の武帝(ふてい)の時(とき)に岳陽(がくやう)と云(いふ)所の酒香山(しゆかうさん)に仙酒(せんしゆ)あり是
を飲者(のむもの)は死(し)ぬる事なしと云(いふ)事ありて武帝(ぶてい)其 仙(せん)
酒(しゆ)を得(え)給(たまひ)けるに其 臣下(しんか)の東方朔(とうはうさく)是をぬすみて飲(のみ)
けれは武帝(ぶてい)大(おほい)に怒(いかり)給(たまひ)て東方朔(とうはうさく)を誅(ちう)せんとし給(たまへ)は
其 時(とき)方朔(はうさく)申けるは君(きみ)いかに臣(しん)を殺(ころし)給(たまふ)とも臣(しん)不死(ふし)の
酒(さけ)を飲(のみ)たれは死(し)ぬる事あるへからず臣(しん)若(もし)殺(ころ)されて
死(し)ぬへくは不死(ふし)の酒(さけ)の験(しるし)あらずと申けれは武帝(ぶてい)
も悟(さとり)て是を免(ゆるし)給(たまひ)けり是は武帝(ふてい)の仙術(せんしゆつ)を好(このみ)長生(ちやうせい)

【左丁】
不死(ふし)を求(もとめ)給(たまふ)の益(ゑき)なき事を諫(いさめ)んとて彼(かの)仙酒(せんしゆ)をも
ぬすみて飲(のみ)たるとや又 武帝(ふてい)外(ほか)に行幸(きやうかう)し給(たまひ)ける
道(みち)の辺(ほとり)にあやしき虫(むし)ありて色(いろ)赤(あか)く肝(かん)のことくにて
頭(かしら)目(め)口(くち)に至(いたる)まて委(こと〳〵)く具(そなは)れり人(ひと)是を知(しる)者(の)なし東(とう)
方朔(はうさく)に問(とひ)給(たまへ)は方朔(はうさく)申けるは此(この)所は古(いにしへ)秦(しん)の代(よ)の獄(ごく)
屋(や)の地(ち)なり此虫(このむし)は彼時(かのとき)の獄(ごく)屋に有(あり)ける人(ひと)の憂(うれひ)の積(かたまり)
なり憂(うれひ)は酒(さけ)を得(え)て解(とく)へしと申けれは地図(ちづ)を考(かんかへ)
させ給(たまひ)けるに果(はたし)て秦(しん)の獄地(こくち)なり彼(かの)虫(むし)を酒(さけ)の中(うち)
に入(いれ)けれは立所(たちところ)に消(きへ)て失(うせ)しとかや彼(かの)東方朔(とうはうさく)

【右丁】
もかく酒(さけ)の憂(うれひ)を解(とく)事は能(よく)知(しり)つれども酒(さけ)を飲(のみ)て長(ちやう)
生(せい)不死(ふし)を得(う)る事はなき事を武帝(ふてい)に諫(いさめ)申けり
今(いま)の世(よ)の人(ひと)は昔(むかし)の恬澹(てんたん)虚無(きよぶ)もなりがたく仙家(せんか)
の修煉(しゆれん)服食(ふくしよく)も行(おこなはる)へからざれはせめては酒(さけ)の過度(くはと)
を戒(いましむ)へきこそ保養(ほうやう)の第一(たいいち)なるべけれども是も
又 末(すゑ)の世(よ)には得(え)しも行(おこなはる)へからずと云(いふ)へきにや


酒説養生論巻之二終

【左丁 白紙】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《題:酒説養生論  三》

【資料整理ラベル】
富士川本
 シ
 78

【右丁 白紙 朱角印一つ】

【左丁】
酒説養生論巻之三 林麓蔵本【後の書き込み】
      武江 草洲守部正稽校訂
  酒説総論下
○内経(たいきやう)宝命全形篇(はうめいぜんきやうへんに)曰(いはく)天(てん)覆(おほひ)地(ち)載(のす)万物(ばんぶつ)悉(こと〳〵く)備(そなはれり)
人(ひと)より貴(たつとき)はなし人は天地(てんち)の気(き)を以(もつて)生(しやう)じ四時(しいし)の法(はふ)
成(なる)君王(くんわう)衆庶(しうしよ)尽(こと〳〵く)形(かたち)を全(まつたふ)せん事(こと)を欲(ほつす)と此(この)篇名(へんみやう)も
命(めい)を宝(たから)とし形(かたち)を全(まつたふ)する事をいへりされは天地(てんち)の
間(あひた)に人(ひと)より貴(たつとき)はなし其(その)貴人(たつときひと)の上(うへ)にては又(また)此(この)生命(せいめい)
より貴(たつとき)はなし凡(およそ)人事(じんじ)の至(いたり)て貴(たつとき)事(こと)は忠孝(ちうかう)より

【右欄外角印】富士川游寄贈
【頭部欄外蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印
【資料整理番号印】
185095
大正7.3.31






【右丁】
先(さき)なるはなし然(しかれ)ども此生(このせい)有(ある)にあらざれは是(これ)を施(ほとこし)
行(おこなふ)事(こと)を得(え)ず然(しかれ)は此(この)生命(せいめい)を養(やしなふ)は人事(じんじ)第一(だいいち)の要務(えうむ)
なり扨(さて)人(ひと)は同(おなし)く貴(たつとし)といへども又(また)上下(じやうげ)の品(しな)ありて
王侯(わうこう)大人(たいじん)爵位(しやくゐ)あるを貴人(きにん)とし民庶(みんしよ)奴隷(ぬれい)官(くわん)
録(ろく)なきを賎人(せんじん)とす其(その)賎人(せんじん)なりとても生命(せいめい)を
養(やしなふ)事(こと)はなくはあるべからず然(しか)るを況(いはん)や貴人(きにん)をや
故(かるかゆへ)に凡(をよそ)貴人(きにん)大人(たいじん)は衣服(いふく)飲食(いんしい)宮室(きうしつ)車馬(しやば)嬖幸(へいかう)
使令(しれい)に至(いたる)まて悉(こと〳〵く)皆(みな)善美(せんび)をつくさずと云(いふ)事(こと)なし
是(これ)皆(みな)生命(せいめい)を養(やしなひ)給(たまふ)の事なり唯(たゝ)其(その)然(しか)るのみにあらず

【左丁】
一言(いちげん)一黙(いちもく)起居(ききよ)動静(どうせい)疾病(しつへい)遊歓(ゆうくわん)に至(いたる)まて身(み)自(みつから)
是を慎(つゝしみ)其(その)下(しも)なる者(もの)も慎(つゝしみ)を以(もつて)是を奉(ほう)じて只(たゝ)毫(かう)
厘(り)も生命(せいめい)に害(かい)あらん事を恐(おそれ)ざる事なし是 固(まこと)に
貴人(きにん)の法則(はふそく)なり扨(さて)こそ災(さい)なく害(かい)なふして社稷(しやしよく)
宗廟(そうひやう)を護(まもり)寿考(しゆかう)長命(ちやうめい)にして子孫(しそん)繁昌(はんしやう)に至(いたる)誠(まこと)に目(め)
出度(てたき)事にあらずや然(しか)るに富貴(ふうき)の人(ひと)多(おほく)は壮年(さうねん)にして
病患(ひやうくわん)を為(なし)て救(すくは)ざるに至(いたる)事あり是(これ)何事(なにこと)に因(より)て然(しか)る
事を致(いたす)ぞと云(いふ)に多(おほく)は皆(みな)酒(さけ)に因(より)てなり其(その)故(ゆへ)はいかにと
なれは先(まつ)富貴(ふうき)大人(たいしん)は常(つね)に営業(いとなむわざ)もなく閑(しつか)に暇(いとま)ある

【右丁】
のみなれは只(たゝ)遊楽(ゆうらく)を事とする事あり凡(をよそ)遊楽(ゆうらく)は
何事(なにこと)にもあれ欝情(うつしやう)を散(さん)じ気血(きけつ)を行(めぐら)し此身(このみ)に
させる害(かい)もあるまじけれはさもあれかしされども
凡(をよそ)の遊楽(ゆうらく)月見(つきみ)花見(はなみ)遊山(ゆさん)翫水(くわんすい)とても第一(たいいち)酒(さけ)
にあらざれは興(きやう)なき事なれは何事(なにごと)にもあれ酒(さけ)の
離(はなる)ると云(いふ)事なし扨(さて)其(その)遊楽(ゆうらく)朝夕(てうせき)昼夜(ちうや)限(かぎり)なけ
れは酒(さけ)も又(また)限(かきり)あらず他(た)の遊楽(ゆうらく)は然(しか)るとも病(やまひ)を為(なす)
事はあるまじけれども只(たゝ)酒(さけ)はさにあらず是(これ)を過(すご)
せは必(かならす)病患(ひやうくわん)を為(なす)に極(きはま)れり下賎(げせん)なる者(もの)は稍(やゝ)是(これ)を

【左丁】
過度(くはと)すといへとも多(おほく)は元来(くわんらい)剛実(かうしつ)にて又は業(わさ)の営(いとなみ)
もあれは飲食(いんしい)ともに能(よく)消化(せうくは)する事あり其(その)勤(つとむ)る
所(ところ)にも礙(さへ)られ又は欲(ほつす)るまゝに是(これ)を得(う)る事もなく
是を用(もちゆ)るも彼(かの)薄々(はく〳〵)の酒(さけ)茶湯(さたう)に優(まされり)とも云(いふ)へき物(もの)
なるへけれはさせる害(かい)も有まじきをそれさへすぐ
れは害(かい)を為(なす)彼(かの)大人(たいしん)は多(おほく)は虚弱(きよしやく)にてしかも務(つとむ)る業(わざ)
もなけれは飲食(いんしい)ともに停滞(とゝこをり)易(やす)し常(つね)に閑暇(かんか)なれ
は礙(さはる)所(ところ)もなく又 欲(ほつす)る所(ところ)として得(え)ざる事なし其 用(もちゆ)
る所しかも彼(かの)大熱(たいねつ)大毒(たいどく)ありと云(いふ)醇酒(しゆんしゆ)なるへし然(しか)るを

【右丁】
是を過度(くはど)するに至(いたり)ては其 害(かい)を為(なす)事や泰山(たいさん)を以(もつて)雞(たま)
卵(ご)を雞(をす)【ママ】ことくなるへし然(しか)るに他(た)の保養(ほうやう)諸(もろ〳〵)の事に至(いたり)ては
是を慎(つゝしむ)の至(いたら)さる事なふして第一(たいいち)に恐(をそれ)慎(つゝしみ)給(たまふ)へき酒(さけ)
の病(やまひ)を為(なす)に至(いたり)ては少(すこし)もこれを厭(いとひ)給(たまは)さるはいかにぞやお
もふに是 凡(をよそ)大人(たいしん)たる人(ひと)自(みつから)生命(せいめい)を愛(あい)せずして然(しか)るにも
あらす又 酒(さけ)は過(すぐ)るとも病(やまひ)を為(なす)事はあらずと能(よく)知(しり)て
然(しか)るにもあらす又 皆(みな)無智(むち)愚蒙(ぐもう)にして然(しか)るにもあらず
是 只(たゝ)酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事はなはた大(おほい)なる事を知(しり)給(たまは)ずして
然(しか)るものなり知(しら)ずして是を為(なす)は皆(みな)過(あやまち)なり大人(たいしん)たる

【左丁】
人(ひと)は過(あやまち)て其(その)毛髪(まうはつ)をも毀(そこなふ)事は為(なす)まじきなり然(しか)るを
況(いはん)や生命(せいめい)に預(あつかる)事をや然(しかれ)とも彼(かの)おと大人(たいしん)の自(みつから)是を知(しり)給(たまは)
ざるは大(おほい)に理(ことはり)なり元(もと)より医術(いしゆつ)も知(しり)給(たまは)されは何(なんそ)能(よく)
保養(ほうやう)の道(みち)をも知(しり)給(たまは)ん又 人(ひと)の酒(さけ)に因(より)て病(やまひ)を為(なす)者(もの)あり
といへとも自(みつから)是(これ)を見(み)給(たまふ)事もなし又其 下(しも)なる者(もの)もか
かる事を我(われ)賢(かしこ)げに諫(いさめ)争(あらそふ)者(もの)も世(よ)に稀(まれ)なれは何(なに)に
つけても能(よく)是を知(しり)給(たまふ)へきやうはなき事なり縦(たとひ)其(その)
下(しも)なる者(もの)是を諫(いさむ)へき者(もの)ありとも其事の浅(あさき)には諫(いさむ)
るにも及(をよは)ず事の深(ふかき)に至(いたり)ては是を諫(いさむ)るとも聞得人(きゝうるひと)も

【右丁】
稀(まれ)なるへし故(かるかゆへ)に内経(たいきやう)に黄帝(くわうてい)のの給(たまは)く王公(わうこう)大人(たいしん)血食(けつしよく)の
君(きみ)は驕(をごり)恣(ほしいまゝ)にして欲(よく)に従(したかひ)人(ひと)を軽(かろん)じて能(よく)是を禁(きん)ずる
事なし是を禁(きん)ずれは其 志(こゝろざし)に逆(たかひ)是に順(したかへ)は其 病(やまひ)を
加(くわふ)是を便(べん)ずる事 如何(いかん)是を治(ぢ)する事 何(いつれ)をか先(さき)
にせんと岐伯(ぎはく)の曰(まうさく)人(ひと)の情死(じやうし)を悪(にくみ)て生(せい)を楽(ねかは)ざる事
なし是に告(つぐる)に其 敗(はい)を以(もつて)し是に語(かたる)に其 善(せん)を以(もつて)
し是を導(みちびく)に其 便(べん)なる所を以(もつて)し是を開(ひらく)に其 苦(くるし)む
所を以(もつて)せば無道(ふたう)の人(ひと)有(あり)と云(いふ)ともいつくんぞ聴(きか)ざ
る事あらんやとされは其 下(しも)なる者(もの)此(この)岐伯(ぎはく)の言(こと)の

【左丁】
ことく是を申 者(もの)あらば其 上(かみ)たる人 能(よく)是を聴請(きゝうけ)給(たまふ)べ
き事なり扨(さて)其 下(しも)なる者(もの)こそは上(かみ)たる人(ひと)を大 事(じ)
の者(もの)におもふべけれとも其 上(かみ)たる人 自(みつから)はさもおもひ
給(たまふ)まじけれは総(すべ)【總】て保養(ほうやう)の心(こゝろ)も下(しも)より是を思(おもふ)こと
くには有(ある)ましきにやされとも上(かみ)たる人とても官(くわん)
録(ろく)有(ある)人は又其 上(かみ)に君上(くんじやう)と云ものなくはあらず父母(ふほ)も
なくては有(ある)へからず論語(ろんご)に君(きみ)に事(つかふまつり)ては能(よく)其身を致(いたす)
といへりされは此身(このみ)は君上(くんしやう)の為(ため)に致(いたす)へき事なる
を酒(さけ)の為(ため)に是を致(いたし)て忠(ちう)と云事を得(え)んや孝経(かうきやう)

【右丁】
に身体髪膚(しんたいはつふ)毀(そこなひ)傷(やふら)ざるは孝(かう)の始(はしめ)なりといへり
然るに身体髪膚(しんたいはつふ)はさてをき酒(さけ)の為(ため)に生命(せいめい)を
敗者(やふるもの)孝(かう)と云(いふ)事を得(え)んや縦(たとひ)自(みつから)は此身を重(おもき)
ものともおもひ足(たり)給(たまは)ずとも彼(かの)忠孝(ちうかう)の道(みち)にも
是を慎(つしみ)給(たまは)ざらめや礼記(らいき)にも欲(よく)をは縦(ほしいまゝ)にすべ
からずといへり或(あるひ)は楽(たのしみ)は極(きはむ)へからず楽(たのしみ)極(きはめ)て哀(かなしみ)
生(しやう)ずともいへは其 遽(にはか)に楽(たのしみ)を極(きはめ)て壮年(さうねん)にして
病患(ひやうくわん)を為(なさん)よりは楽(たのしみ)を節(せつ)にして老境(らうきやう)晩年(はんねん)
に至(いたる)まで永(なかく)歓楽(くわんらく)を受(うけ)給(たまは)んにはしかざる

【左丁】
へし大人(たいしん)たる人の元(もと)より是を好(このみ)給(たまは)ぬは真(まこと)に吉(きち)
祥(しやう)福禄(ふくろく)天幸(てんかう)と云つへし是を好(このみ)給(たまふ)ともよく
是を節(せつ)にして溺(をほれ)給(たま)はぬは勇断(ゆうたん)聡明(そうめい)英雄(ゑいゆう)と
云つへし然(しか)も是を好(このみ)給(たまふ)は元来(くわんらい)剛実(かうしつ)の故(ゆへ)なれ
は是だに過度(くはと)を慎(つゝしみ)給(たまひ)なは無病(むひやう)長命(ちやうめい)限(かきり)なく
て独(ひとり)自己(じこ)の幸(さいはい)のみにあらず又 国家(こくか)の大幸(たいかう)なら
ずやされは貴人(きにん)大人(たいしん)の為に深(ふか)く危(あやふ)むへきは
只(たゝ)此酒の一 事(じ)なり冀(こひねかはく)は世(よ)の人の是を唱(となへ)奘(すゝめ)【奨の誤記ヵ】て大(たい)
人(しん)たる人の仮(かり)にも是を聞召(きこしめし)知(しり)給(たまは)ん事(ことを)願(ねかふ)なり

【右丁】
けるとかや
○安逸(あんいつ)の人(ひと)多(おほく)飲(のむ)べからず安逸(あんいつ)は所謂(いはゆる)富貴(ふうき)の
人なり前段(せんだん)すでに是を述(のふ)れは此(こゝ)に再(ふたゝひ)贅(ぜい)する
に及(をよは)ず
○労役(らうゑき)の人(ひと)多(おほく)飲(のむ)べからず或(あるひ)は心神(しんしん)を労役(らうゑき)する
人あり或(あるひ)は形体(けいたい)を労動(らうどう)する者あり共(とも)に是 気(き)
血(けつ)充実(みちみち)筋力(きんりよく)壮健(さかん)なるにあらされは能(よく)其(その)労苦(らうく)
に堪(たゆ)る事なし其(その)気血(きけつ)筋力(きんりよく)の壮実(さうしつ)を欲(ほつす)る者は
飲食(いんしい)の能(よく)調(とゝのふ)にあらされは得(え)難(かた)し然るに人(ひと)の気血(きけつ)

【左丁】
を▢(へり)【耗の誤記ヵ】散(ちら)し筋力(きんるよく)を緩縦(ゆるく)せしむる物酒より甚(はなはた)し
きはなし然るのみにあらす大(おほい)に飲(のむ)人は常(つね)に食(しよく)す
る事少(すくな)し古人(こしん)の言(こと)にも酒を以(もつて)食(しよく)を奪(うはふ)といへり
されとも人 皆(みな)思(おもへ)り酒(さけ)は元来(くわんらい)穀汁(こくしる)なれは是 亦(また)食(しよく)
となるゆへに他(た)の食物(しよくもつ)を減(けん)ずへしされは減(けん)ずる
とも害(かい)する事なかるへしと是 大(おほい)なる誤(あやまり)なり内経(たいきやう)
に人(ひと)酒(さけ)を飲(のめ)は酒も亦(また)胃(ゐ)に入(いる)穀(こく)未(いまた)熟(しゆく)せずして
小便(せうへん)独(ひとり)先(まつ)下(くたる)は何(なん)そや酒は熟穀(しゆくこく)の液(ゑき)なり其 気(き)
悍(かん)にして以(もつて)清(きよ)し故(かるかゆへ)に穀(こく)に後(をくれ)て入 穀(こく)に先て液(ゑき)

【右丁】
出るといへり是其 慓悍(ひやうかん)の精気(せいき)は直(たゝち)に四肢(しし)百骸(ひやくかい)に
散乱(さんらん)し其 液汁(ゑきしふ)は速(すみやか)に小便(せうへん)に下時は何物(なにもの)か胃
中(ちう)に留(とゝまり)て食(しよく)となる事を得(う)へきや凡(をよそ)飲(のむ)者(もの)の食(しよく)
少(すくなき)は酒の胃(ゐ)熱(ねつ)を為(なし)渇(かはき)て水飲(すいいん)を欲(ほつ)し淡食(たんしよく)し
て厚味(こうみ)を欲(ほつ)せず甚(はなはた)しき者は悪心(をしん)嘔逆(おうきやく)を為(なし)
胸腹(けうふく)痞悶(ひもん)して爽快(さうくはい)ならす是皆 酒熱(しゆねつ)に因(より)て口(こう)
舌(せつ)腸(ちやう)胃(ゐ)をして常を変(へん)じて和気(わき)を傷(やふる)ゆへに食
をして味(あちはひ)なく多(おほき)事を得(え)さらしむ然らは何そ酒(さけ)
の食(しよく)となると云事を得んやされは気血(きけつ)を▢(へら)【耗の誤記ヵ】

【左丁】
し筋力(きんりよく)を縦(ゆるへ)食事(しよくし)を減少(けんせう)して労役(らうゑき)の人の宜(よろしき)
所なるへきや昔(むかし)魏(ぎ)の司馬仲達(しはちうたつ)蜀(しよく)の諸葛孔明(しよかつこうめい)
を論(ろん)して食(しよく)少(すくなふ)して事(こと)煩(わつらは)し其(それ)能(よく)久(ひさし)からんや
といへり果(はたし)て孔明(こうめい)程(ほど)なく卒(そつ)しけるとかや今
の世(よ)に矢数(やかす)を射(い)る者は必(かならす)酒色(しゆしよく)を断(たつ)といへり是
実(まこと)に酒色(しゆしよく)の気力(きりよく)に害(かい)ある事(こと)を能(よく)知(しれ)はなり其
一時(いちし)の芸術(けいしゆつ)の為(ため)には是を断(たつ)者(もの)あれとも百年の
性命(せいめい)の為(ため)に是を節(せつ)にする者(もの)のなきは何(なん)そや凡(をよそ)
読書(とくしよ)工芸(こうけい)神気(しんき)を労役(らうゑき)する人は酒(さけ)能(よく)欝滞(うつたい)を

【右丁】
解(げ)するとて多(おほく)飲(のむ)事あり是等(これら)の人は身体(しんたい)の
動作(とうさ)に疎(うとき)ゆへに飲食(いんしい)ともに消化(せうくは)する事 遅(をそ)し故(かるかゆへ)
に酒毒(しゆとく)も亦(また)停滞(ていたい)して終(つゐ)に大患(たいくわん)を為(なす)又 身体(しんたい)筋(きん)
力(りよく)を労役(らうゑき)する者(もの)は酒(さけ)能(よく)労苦(らうく)を休(やむ)るとて多(おほく)飲(のむ)
事あり酒は只(たゝ)人身(じんしん)をして疲憊(つかれ)しむる物にして
何(なん)そ労力(らうりよく)を助(たすく)る事有へきや是 唯(たゝ)醉(ゑふ)時(とき)は痛(いたみ)痒(かゆみ)
をも知ざれは其 労苦(らうく)をも覚(おほへ)ざるのみにて是を
助(たすくる)にはあらさるをや荘子(さうし)に醉者(すいしや)の車(くるま)より墜(をつる)は
疾(とし)といへとも死(しな)ず神(しん)全(まつた)けれはなり乗(のる)も亦(また)知(しら)ず

【左丁】
墜(をつる)も亦(また)知(しら)す死生(しせい)驚懼(きやうく)其(その)胸中(けうちう)に入(いら)ずといへり
かく死(し)ぬる程(ほと)の事さへ知(しら)ざれは大方(おほかた)の労苦(らうく)は覚(おほへ)ざる
事さも有(ある)へし飲者(のむもの)は是を見(み)ても車(くるま)より墜(をち)て
死(しな)ざるは大(おほい)に酒(さけ)の徳(とく)なりと思(おもふ)へしされとも墜(をち)ざま
に因(より)ては必(かならす)死(しな)ずともいはれまじ墜(をち)たる上(うへ)に過(あやまち)て
車輪(しやりん)にても輾(きしら)れたらは神(しん)全(まつたし)とて砕(くだけ)すも有(あり)な
むや其 醉(ゑひ)て車(くるま)より墜(をち)て死(しな)ざるを徳(とく)とせんよりは
醉(ゑは)ずして墜(をち)ざるのまされるにはしかざるへし
○児童(じどう)飲(のむ)べからず三歳(さんさい)を小児(せうに)と云(いゝ)十歳(じつさい)を童子(どうし)

【右丁】
と云(いふ)又 十五歳(しふこさい)以前(いせん)を童子(とうし)と云(いふ)ともいへり内経(たいきやう)に
女子(によし)は七歳(しちさい)にして腎気(じんき)盛(さかん)に歯(は)更(かはり)髪(かみ)長(なか)く二七(にしち)に
して天癸(てんき)至(いたる)丈夫(ちやうふ)は八歳(はつさい)にして腎気(じんき)実(みち)髪(かみ)長(なか)く
歯(は)更(かはり)二八(にはち)にして天癸(てんき)至(いたる)といへり又 人生(しんせい)十歳(しつさい)にして
五蔵(こさう)始(はしめ)て定(さたまり)血気(けつき)已(すてに)通(つう)ず其 気(き)下(しも)に在(あり)故(かるかゆへ)に能(よく)走(はしる)と
いへりされは男女(なんによ)ともに十四歳(しふしさい)十六歳(しふろくさい)以前(いせん)は形体(けいたい)
蔵府(さうふ)の気血(きけつ)もいまた盛(さかん)ならさる故に脆(もろく)嫩(やはらか)にして
外(ほか)風寒(ふうかん)内(うち)飲食(いんしい)ともに傷(やふれ)易(やす)し調理(てうり)宜(よろしき)を得(え)ざれは
必(かならす)病(やまひ)を致(いたす)なりされとも児童(しとう)は外邪(くわいしや)に感(かん)ずる事は

【左丁】
少(すくなふ)して只(たゝ)食物(しよくもつ)に傷(やふる)る事 常(つね)に多(おほ)し故(かるかゆへ)に医書(いしよ)に
小児(せうに)は三分(さんふん)の饑(うへ)と寒(かん)とを帯(をぶ)へしと云(いふ)は食(しよく)に飽(あき)
煖(あたゝか)なるに過(すぐ)へからざるをいへり凡(をよそ)児童(じとう)の大病(たいひやう)脾胃(ひゐ)
虚(きよ)疳疾(かんしつ)等(とう)の如(ごとき)も皆(みな)食物(しよくもつ)より是を致(いたさ)ざる事な
し唯(たゝ)口(くち)を慎(つゝしむ)を専要(せんえう)とすべし元来(くわんらい)腸胃(ちやうゐ)の脆(もろく)
嫩(やはらか)なるゆへに常(つね)の食物(しよくもつ)にも傷(やふれ)易(やす)し然(しか)るに酒(さけ)の大(たい)
熱(ねつ)大毒(たいとく)慓悍(ひやうかん)なる物(もの)の宜(よろし)き所なるへきや常(つね)に用(もちひ)
て止(やま)ざる時(とき)は或(あるひ)は脾胃(ひゐ)虚(きよ)或(あるひ)は驚風(きやうふう)疳疾(かんしつ)泄利(せつり)
其外(そのほか)種々(しゆ〳〵)の病(やまひ)を為(なす)事 甚(はなはた)多(おほ)し酒(さけ)直(じき)に病(やまひ)を為(なす)

【右丁】
のみにあらず又 酒(さけ)に因(より)て致(いたし)来(きたる)所の病症(ひやうしやう)も亦(また)多(おほ)し
或(あるひ)は酒(さけ)を飲(のみ)て身体(しんたい)熱(ねつ)すれは腠理(そうり)を開(ひらく)此時(このとき)風寒(ふうかん)
に中(あたれ)は感冒(かんぼう)を為(なす)酒(さけ)に因(より)て渇(かはき)て多(おほく)湯水(ゆみつ)を飲(のめ)は
泄瀉(せつしや)の症(しやう)を為(なす)是等(これら)の事は大人(たいしん)とても同事(をなしこと)なれ
とも大人(たいしん)は是を防(ふせく)の慮(おもんはかり)もあれとも小児(せうに)はさもあ
らす況(いはん)や身体(しんたい)も嫩(やはらか)なれは中(あたる)所も殊(こと)に甚(はなはた)し或(あるひ)
は巣氏病源論(さうしひやうけんろん)に乳母(にうほ)多(おほく)酒(さけ)を飲(のみ)て醉(ゑひ)又 房労(はうらう)有(あり)て
後(のち)乳(ち)を与(あたゆ)れは小児(せうに)客忤(きやくご)【許ヵ】の病(やまひ)を為(なし)て最(もつとも)劇(はげし)よく
小児(せうに)を殺(ころす)といへり古今医統(ここんいとう)には乳母(にうほ)酒(さけ)を飲(のむ)事

【左丁】
多(おほく)して風(かせ)に中(あたり)て涼(りやう)を取(とり)其上(そのうへ)にて乳(ち)を飲(のま)しむれは風冷(ふうれい)
酒毒(しゆどく)乳中(にうちう)の邪気(しやき)となりて小児(せうに)失音(しつゐん)不語(ふご)せしむと
いへり医学入門(いかくにうもん)には乳母(にうほ)酒食(しゆしよく)の毒(とく)小児(せうに)天鉤(てんて?う)【鈎は俗字】【注】の症(しやう)を
致(いたす)といへり客忤(きやくこ)失音(しつゐん)天鉤(てんて?う)ともに重(おも)き病症(ひやうしやう)なり又 儒(しゆ)
門事親(もんじしん)の説(せつ)に一人(ひとり)の小児(せうに)一日(いちにち)の間(あひた)寐(いね)て寤(さむ)る事なし
諸医 睡驚(すいきやう)と為(なし)て是を治(ぢ)し或(あるひ)は灸治(きうぢ)を為(なさん)とす
張子和(ちやうしわ)其脈(そのみやく)を診(うかゝひ)けるに平和(へいわ)にして驚風(きやうふう)にあらず
窃(ひそか)に其(その)乳母(にうほ)に問(とひ)けるは爾(なんち)三日(さんにち)の前(まへ)酒(さけ)を飲(のみ)て醉(ゑへ)るや
いなやと乳母(にうほ)の曰(いはく)夫人(ふじん)酒(さけ)を給(たまひ)けるに酒味(しゆみ)甚(はなはた)美(び)なる

【注 「天鉤」は次の行にも出現するが、「鉤」の振り仮名が漢字と会わない。「てんてう」なら「天釣」となるところヵ。】

【右丁】
ゆへに三罌(さんゑい)を飲(のみ)て睡(ねむれ)りと是 酒気(しゆき)乳中(にうちう)に満(みち)て児(に)
も亦(また)醉(ゑふ)なり酒(さけ)を解(げ)する薬(くすり)を用(もちひ)て立所(たちところ)に醒(さめ)たり
といへり是 皆(みな)乳母(にうほ)の飲(のみ)たる酒(さけ)の小児(せうに)の害(かい)あるを云(いへ)
りされは又 直(ぢき)に是を用(もちひ)て宜(よろし)かるへきや然(しかれ)とも是を
飲(のむ)とても人(ひと)亦(また)是を多(おほく)も与(あたへ)されは当時(たうし)に酒病(しゆひやう)
を為(なす)事(こと)はなけれとも常(つね)に用(もちひ)て止(やま)されは腸胃(ちやうゐ)を蒸(むし)
筋骨(きんこつ)を弛(ゆるへ)大(おほい)に成長(せいちやう)を妨(さまたげ)亦 病身(ひやうしん)ならしむるなり
真(まこと)に恐(をそる)へしされとも又 是(これ)よりも慨(なげく)へき事
ありいかにと云(いふ)に児童(じとう)の時(とき)より酒(さけ)に習(ならへ)は大(たい)

【左丁】
人(しん)は至(いたり)ても必(かならす)能(よく)飲(のむ)なり凡(をよそ)の芸能(けいのう)も児童(じどう)の
時(とき)より習得(ならひえ)たるは必(かならす)上手(しやうず)に至(いたる)なり酒(さけ)も亦(また)さの
ことし元来(くわんらい)飲(のむ)と飲(のま)ざるは生質(むまれつき)に因(よる)といへとも是
に習(ならへ)は皆(みな)能(よく)飲(のむ)に至(いたる)なり俗説(ぞくせつ)の下戸(げこ)と化物(ばけもの)は
世(よ)になしと云(いふ)がことし児童(しとう)の時(とき)こそは人(ひと)の
与(あたへ)しだいなれ大人(たいしん)に至(いたり)ては自己(じこ)の器量(きりやう)しだい
なれは順風(しゆんふう)に帆(ほ)を揚(あけ)て酒船(さかふね)を押出(をしいた)さは忽(たちまち)
大患(たいくわん)に至(いたる)へし或(あるひ)は彼(かの)剛実(かうしつ)にて酒(さけ)に堪(たゆ)へき
人(ひと)の習(ならふ)はまだしもなり虚弱(きよしやく)にして堪(たへ)ざる

【右丁】
人(ひと)の習(ならへ)るは土偶人(つちにんきやう)の水戯(みつあそひ)なり凡(をよそ)児童(しとう)に酒(さけ)を
飲(のま)しむるは其 児童(しとう)の成人(せいしん)の後(のち)に至(いたり)ても能(よく)酒(さけ)に堪(たへ)
て病患(ひやうくわん)をも為(なす)まじきを能(よく)見(み)しりてする事
にやさもあらんいかかはせんされとも大(おほ)よふはさも
あるましけれは誠(まこと)に危(あやう)き事にあらすや又 児(し)
童(とう)の時(とき)より是に習(ならひ)て大人(たいしん)に至(いたり)て卒(にはか)に是を止(やめ)
むとするは富貴(ふうき)なる人(ひと)の卒(にはか)に貧賎(ひんせん)になることく
にて甚(はなはた)苦(くるし)む所あるへしされは初(はしめ)より絶(たへ)て習(ならは)
ざるにはしかざるへし人(ひと)の父母(ふほ)たる者(もの)は其子(そのこ)

【左丁】
の無病長命(むひやうちやうめい)にして才(さい)あり芸(けい)ありて富貴(ふうき)ならん
事を願(ねかは)ざるはなし扨(さて)万(よろつ)の事は皆(みな)願(ねかふ)所のことく
なりとも若(もし)酒(さけ)に因(より)て病(やまひ)を為(なし)此身(このみ)を亡(ほろほす)に至(いたり)なは
万事(はんし)無益(むえき)の事にあらずやされは父母(ふほ)たる者(もの)は
他(た)の事を願(ねかは)んよりは只(たゝ)先(まつ)其子(そのこ)の飲(のま)ざらん事
を願(ねかふ)へし況(いはん)や他(た)の願(ねかひ)は何(なに)事にもあれ必(かならす)とは
しかたかるへし唯(たゝ)飲(のむ)事なからん事を願(ねかひ)なは小(せう)
児(に)の時(とき)より絶(たへ)て是を与(あたへ)ず成長(せいちやう)するに随(したかひ)ても
深(ふか)く禁(きん)して習(ならは)ざらしめは必(かならす)願(ねかふ)所のことくなる

【右丁】
へし其 子(こ)たる者(もの)も物(もの)の心(こゝろ)も弁(わきまゆ)る比(ころ)よりは自(みつから)
も亦(また)是を思慮(しりよ)すへし論語(ろんご)に父母(ふほ)は唯(たゝ)病(やまひ)を憂(うれふ)
といへり孝経(かうきやう)にも其身(そのみ)を慎(つゝしま)さるは日(ひゞ)に三牲(さんせい)の
養(やう)を為(なす)ともなを不孝(ふかう)とすといへり酒(さけ)にて病(やまひ)を
為(なせ)は是(これ)父母(ふほ)の憂(うれひ)を為(なし)又 其身(そのみ)を慎(つゝしま)ざるなり不 孝(かう)
是より大(おほひ)なるはなかるへし昔(むかし)宋(そう)の張文忠公(ちやうふんちうこう)と云(いひ)
し人(ひと)酒(さけ)を喜(このみ)て飲量(いんりやう)人(ひと)に過(すぎ)たり其母(そのほ)夫人(ふじん)年(とし)已(すてに)
老(おひ)て是を憂(うれへ)給(たまへ)りしに其 友(とも)賈存道(かそんたう)といへる人(ひと)
詩(し)を作(つくり)て文忠(ふんちう)に示(しめし)て曰(いはく)聖君(せいくん)恩重(をんおもし)龍頭選(りやうとうのせん)慈(じ)

【左丁】
母(ほ)年(とし)高(たかく)鶴髪(くはくはつ)垂(たる)君寵(くんてう)母恩(ほをん)俱(ともに)未(いまた)【左ルビ:す】_レ報(むくひ)酒(さけ)如(もし)成(なさは)_レ病(やまひを)
悔(くゆとも)何(なんそ)追(おはん)文忠(ふんちう)是より親(したし)き客(きやく)の有(ある)にあらざれは酒(さけ)に
対(むかえ)ず身(み)を終(をふる)まで醉(ゑふ)に至(いたる)事なかりしとかや人(ひと)
の子弟(してい)たる者(もの)は酒(さけ)の過度(くはと)を恐(をそれ)慎(つゝしむ)は先(まつ)孝行(かうかう)の一件(いつけん)
なるへし凡(をよそ)児童(しとう)は芸能(けいのう)を習(ならは)しむるは第二(たいに)とし
て酒(さけ)に習(ならは)しめざるを第一(たいいち)とすへき事なるへし
○老年(らうねん)の人(ひと)多(おほく)飲(のむ)べからず凡(をよそ)老年(らうねん)礼経(れいけい)に五十
を艾(がい)と云(いひ)六十を耆(ぎ)と云七十を老(らう)と云(いひ)八十九
十を耄(はう)と云(いひ)百歳を期頤(きゐ)と云(いふ)又五十にして

【右丁】
始(はしめ)て衰(をとろふ)といへり内経(たいきやう)には四十(ししふ)にして陰気(いんき)半(なかは)衰(をとろふ)
と云(いひ)又 五十歳(こしつさい)にして肝気(かんき)始(はしめて)衰(をとろふ)六十歳(ろくしつさい)にして心(しん)
気(き)始(はしめて)衰(をとろへ)七十歳(しちしつさい)にして脾気(ひき)虚(きよ)し八十歳(はちしつさい)にして
肺気(はいき)衰(をとろへ)九十歳(くしつさい)にして腎気(しんき)焦(こかれ)百歳(ひやくさい)にして五蔵(こさう)
皆(みな)虚(きよす)といへりされは老人(らうしん)は気血(きけつ)蔵府(さうふ)も漸々(せん〳〵)
衰(をとろゆ)るゆへに総(すへ)【總】て病(やまひ)を為(なし)易(やす)し然(しかれ)とも世(よ)の人(ひと)を
見(みる)に少壮(せうさう)の者(もの)は常(つね)に病(やまひ)を為(なし)易(やす)く老年(らうねん)の人(ひと)は
却(かへり)て病(やまひ)を為(なす)事 少(すくなき)はいかなる事ぞや是(これ)先(まつ)老(らう)
境(きやう)に至(いたる)人(ひと)は元来(くわんらい)生質(せいしつ)剛実(かうしつ)にして内経(たいきやう)に五(ご)

【左丁】
蔵(さう)堅固(けんこ)に血脈(けつみやく)和調(くはてう)し肌肉(きにく)解利(かいり)し皮膚(ひふ)緻(ち)
密(みつ)故(かるかゆへ)に能(よく)長(とこしなへ)に久(ひさ)しといへる者(もの)なり其かくの
ことくなるゆへに能(よく)老年(らうねん)にも至(いたり)て又 病(やまひ)を為(なす)事も
少(すくな)かるへし然(しか)れとも歯(は)髪(かみ)より初(はしめ)て視聴(みきゝ)言動(ものいゝはたらき)
ともに次第(したい)に衰(をとろゆ)るは気血(きけつ)蔵府(さうふ)の内(うち)より虚(きよ)する
に因(より)てなりさるほどに常(つね)に内傷(ないしやう)の病(やまひ)を為(なし)易(やすし)
扨(さて)内傷(ないしやう)の病(やまひ)も亦(また)種々(しゆ〳〵)なりといへとも殊(こと)に害(かい)を
為(なす)ものは飲食(いんしい)に如(しく)はなし凡(をよそ)老人(らうしん)は起居(たちゐ)動作(はたらき)
も疎(をろそか)なれは食物(しよくもつ)も消化(せうくは)する事 遅(をそ)く停滞(とゝこをり)易(やす)く

【右丁】
して是に傷(やふら)るゝ事 多(おほ)し然(しか)るに酒(さけ)の至(いたり)て慓悍(ひやうかん)なる
物(もの)の宜(よろし)き所なるへきや朱丹渓(しゆたんけい)の養老論(やうらうろん)に人(しん)
生(せい)六十(ろくしふ)七十(しちしふ)に至(いたり)て以後(いこ)は精血(せいけつ)共(とも)に耗(へり)平居(へいきよ)無(ふ)
事(し)なれとも已(すで)に熱症(ねつしやう)あり好酒(かうしゆ)膩肉(しにく)忌(いむ)所に在(あり)と
いへり彼(かの)老人(らうしん)の中風(ちうふ)隔症(かくしやう)痿躄(いへき)喘痰(せんたん)其外(そのほか)種々(しゆ〳〵)の
病(やまひ)を為(なす)多(おほく)は皆(みな)酒(さけ)に因(より)てなり歯(は)髪(かみ)早(はや)く衰(をとろへ)老(らう)
貌(はう)の速(すみやか)に至(いたる)も又 皆(みな)酒(さけ)に因(よる)事なれは真(まこと)に恐(おそれ)て慎(つゝしむ)
へきなり老人(らうしん)多(おほく)は夜(よる)寝(いね)ざる事を苦(くるしみ)て飲時(のむとき)は
熟睡(しゆくすい)に易(やすき)ゆへに夜分(やふん)必(かならす)飲(のむ)事あり是 大(おほい)なる誤(あやまり)な

【左丁】
り内経(たいきやう)に老人(らうしん)の夜(よる)瞑(ねむら)ざるは何(いつれ)の気(き)か然(しか)らしむる
老者(らうしや)は気血(きけつ)衰(をとろへ)肌肉(きにく)枯(かれ)気道(きたう)濇(しふり)五蔵(こさう)の気(き)相(あい)搏(うち)其
営気(ゑいき)衰少(すいせう)にして衛気(ゑき)内(うち)に伐(うつ)故(かるかゆへ)に昼(ひる)精(くはし)からずし
て夜(よる)瞑(ねむら)ずといへり是 気血(きけつ)共(とも)に衰(をとろふ)に因(よる)といへとも
第一(たいいち)血(ち)の衰虚(すいきよ)に因(より)て瞑(ねむる)事を得(え)ざるなり然(しか)るに
血(ち)をして耗散(かうさん)衰虚(すいきよ)せしむるもの酒(さけ)に過(すき)たるはなし
故(かるかゆへ)に同(をな)し老人(らうしん)にても寝(いねる)事を得(え)ざるは多(おほく)は皆(みな)飲人(のむひと)
なり是 平生(へいせい)酒(さけ)に因(より)て営血(ゑいけつ)を虚(きよ)せしむるゆへなり飲(のま)
ざる人(ひと)は寝(いね)ざる事 少(すくな)し其 酒(さけ)を得(え)て能(よく)睡(ねむる)ものは

【右丁】
酒(さけ)血熱(けつねつ)を催(もよほし)て営血(ゑいけつ)暫(しはらく)盛(さかん)なるに似(に)たるゆへに醉中(すいちう)
は能(よく)睡(ねむる)なりされとも其 醉(ゑひ)醒(さむれ)は睡(ねむり)も亦(また)寤(さむ)るなり
其 能(よく)睡(ねむら)む事を欲(ほつし)て夜々(よる〳〵)にして飲(のむ)ゆへに愈(いよ〳〵)睡(ねむら)ざる
事を倍(ます)事を知(しら)ず只(たゝ)酒(さけ)は能(よく)一夜(いちや)の睡(ねむり)を為(なし)て却(かへり)て百(ひやく)
夜(や)の寤(さむ)る事を為(なす)と知(しる)へし寐(いね)ざるを治(ち)するには酒(さけ)
にあらずとも外(ほか)に《振り仮名:薬■|やくじ》【餌ヵ】も有(ある)へきなり凡(をよそ)老年(らうねん)の
飲人(のむひと)は自(みつから)思(おもへ)り少壮(せうさう)の時(とき)よりも飲(のみ)来(きたれ)とも其 害(かい)を見(み)
ず今(いま)晩景(ばんけい)に至(いたり)て養生(やうしやう)を為(なす)事も総(すへ)て益(ゑき)なき事
なるへしとされど其 老年(らうねん)に至(いたる)事は元来(くわんらい)剛実(かうしつ)なる

【左丁】
ゆへに壮年(さうねん)には害(かい)も有(あら)ざれとも老年(らうねん)に至ては前(まへ)の説(せつ)
のことく四十五十よりしては次第(したい)に衰(をとろへ)を増(ます)事なれは
今日(こんにち)まて害(かい)なくとも明日(めいじつ)は大害(たいかい)を為(なす)へきも計(はかり)知(しり)難(かた)
し扨(さて)老境(らうきやう)は養生(やうしやう)も益(ゑき)なしとおもふは愚(おろか)なる事
なるへし人の寿命(しゆみやう)は天より与(あたへ)たるものなれは幾年(いくとし)
まても慎(つゝしみ)て保(たもつ)へきこそは天理(てんり)にも称(かなふ)へけれ又 人(しん)
道(たう)にも寿(しゆ)をは殊(こと)に尚(たふと)めはこそ書経(しよきやう)洪範(こうはん)の五福(こふく)に
も寿を第一(たいいち)とし孟子(まうじ)の三達尊(さんたつそん)も歯(よはひ)を專(もつはら)挙(あげ)
られたり其外 尚歯(しようし)養老(やうらう)の政(まつりこと)古来(こらい)其(その)例(ためし)多(おほし)とかや

【右丁】
寿(いのちなか)けれは辱(はぢ)多(おほし)とは彼(かの)荘子(さうじ)の寓言(ぐうげん)なるをや大抵(たいてい)
長寿(ちやうしゆ)高年(かうねん)の人(ひと)は多(おほく)は飲(のま)ざる人(ひと)にあり明医(めいい)類案(るいあん)
に五湖漫聞(ごこまんふん)を引(ひき)て張翁(ちやうおう)と云人百十三歳 王瀛洲(わうゑいしう)は
百三十歳 毛間翁(まうかんおう)は百三歳 揚南峰(やうなんほう)は八十九 歳(さい)沈石(ちんせき)
田(てん)は八十四 歳(さい)呉白楼(こはくろう)は八十五歳 毛礪菴(まうれいあん)は八十二歳
此(この)諸公(しよこう)老(おひ)に至(いたり)て精敏(せいひん)衰(おとろへ)ず升降(のほりくたり)も儀(ぎ)のことくなり
是を問(とへ)は皆(みな)酒(さけ)を飲(のま)ず文衡翁(ぶんかうおう)施東岡(しとうかう)葉如巌(せつしよかん)と云
人も八十九十の耋耄(てつぼう)に至(いたり)て動静(どうせい)壮年(さうねん)に異(こと)なら
ず亦(また)酒(さけ)を飲(のま)ず是 酒(さけ)の沈湎(ちんめん)すべからざるを見つへ

【左丁】
しといへり昔(むかし)もさこそは有つらめ今(いま)の世(よ)にも過(すき)し
ころ或(ある)八十 有余歳(ゐうよさい)の老人(らうしん)我(われ)に酒(さけ)に中(あたら)さるの妙術(めうしゆつ)
ありと常(つね)に云(いひ)ける人(ひと)あるにそれはいかなる事にかと
度々(たひ〳〵)問(とひ)けれとも云(いは)さりけるを或時(あるとき)強(しゐ)て是を求(もとめ)
けれは此 老人(らうしん)の云けるは我(われ)壮年(さうねん)の時(とき)大(おほひ)に飲(のみ)て
中事(あたること)止(やま)ず是を苦(くるしみ)て医(い)に憑(より)人(ひと)に問(とひ)て服薬(ふくやく)奇術(きしゆつ)
千計(せんけい)万方(はんはう)むなしき日(ひ)なしされとも中事(あたること)止(やま)ず
して終(つい)に大病(たいひやう)を為(なし)て危(あやう)きに至(いたる)されとも年(とし)の壮(さかん)
なるに因(より)て辛(からう)して治(ち)する事を得(え)たり然(しか)りしより

【右丁】
絶(たえ)て飲(のま)されは再(ふたゝひ)中事(あたること)なし因(より)て今日(こんにち)有事(あること)を
得(え)たりされは酒(さけ)に中(あたら)さるは飲(のま)さるに過(すき)たる妙術(めうしゆつ)は
天下(てんか)に是なしと云(いひ)けるにそ茫然(ばうせん)とあきれて止(やみ)
ける能(よく)此(この)妙術(めうしゆつ)を修得(をさめえ)て桑楡(さうゆ)の暮景を保全(ほうせん)し
て優(ゆたか)に寿域(しゆいき)に登(のほる)へきこそ誠(まこと)に人(ひと)の本意(ほゐ)ならめ
徒然草(つれ〳〵くさ)には何(なに)のためにか四十にたらぬほとにて死(し)なん
こそめやすかるへしとは云(いひ)けるや実(け)にも寿命(しゆめう)にねかふ所
もなけれはにや下戸(けこ)ならぬこそよけれと云(いふ)かと思(おもへ)は又ふかく
酒を戒(いましめ)て能(よく)其(その)害(かい)を書(かき)つらねたり誠(まこと)に翫(もてあそふ)へき事にこそ

【左丁】
○婦人(ふしん)多(おほく)飲(のむ)べからず凡(をよそ)婦人は内経(たいきやう)に一七(いつしち)にして
歯(は)代(かはり)髪(かみ)長(なか)く二七(にしち)にして天癸(てんき)至(いたり)七々(しち〳〵)四十九にして
天癸(てんき)絶(ぜつ)すといへり男子(なんし)は一八(いつはち)に始(はしまり)て八々(はつは)六十四に
して終(をはる)なりされは始(はしまる)所は男子(なんし)に比(ひ)すれは僅(わつか)に早(はやき)
事 一年(いちねん)にして終(をはる)所は早(はやき)事 十五年(しふこねん)なり然(しか)れは男(なん)
子(し)よりも元来(くわんらい)不足(ふそく)なる事 知(しん)ぬへし神気(しんき)精力(せいりよく)四(し)
肢(し)百骸(ひやくかい)に至(いたる)まて男子(なんし)に比(ひ)すれは甚(はなはた)柔弱(じうしやく)なり内(たい)
経(きやう)に婦人(ふしん)は気(き)に余(あまり)有(あり)て血(ち)にたらず数(しば〳〵)脱血(だつけつ)する
を以(もつて)なりといへり是は其 脱血(だつけつ)の上(うへ)に就(つい)て云時(いふとき)は

【右丁】
さも色へし然(しか)れとも凡(をよそ)婦人(ふしん)は天性(てんせい)懐孕(くはいよう)の事
有(あり)て懐孕(くはいよう)は血(ち)にあらざれは育(ゐく)する事なし故(かるかゆへ)に其
懐孕(くはいよう)を育(ゐく)すへき程(ほと)の血分(けつふん)の有余(ゐうよ)あるなり懐孕(くはいよう)
有(ある)に当(あたり)ては其 有余(ゐうよ)の血(ち)を以(もちて)是を育(やしなふ)なり懐(くはい)
孕(よう)あらざる時(とき)は其 余分(よふん)の血(ち)を下去(くだしさる)事 一月(いちげつ)に一度(いちど)
なり是を月経(ぐはつけい)とす故(かるかゆへ)に月経(くはつけい)にあらざれは血(ち)の有(ゐう)
余(よ)を見(みる)事なく血(ち)の有余(ゆうよ)にあらざれは胎育(たいゐく)する
事なし況(いはん)や婦人(ふしん)は本(もと)陰(いん)の体(たい)血(ち)も亦(また)陰(いん)の類(るい)な
れは専(もつはら)血(ち)を主(しゆ)とす故(かるかゆへ)に常(つね)に血(ち)を調(とゝのふ)るを第一(たいいち)と

【左丁】
せり然(しか)るに血(ち)を敗(やふり)血(ち)を乱(みたる)もの酒より甚(はなはた)しきはなし
飲(のみ)て身面(しんめん)の赤(あか)くなるは是 血(ち)の妄動(まうとう)する事 見(み)つへ
し其 妄動(まうとう)に因(より)ては又是を耗散(へらし)衰虚(をとろへ)しむるなり
其血の敗乱(はいらん)する者(もの)は月経(くはつけい)調(とゝのふ)事を得(え)ず月経(くはつけい)の調(とゝのは)
ざる者(もの)は胎育(たいゐく)を為(なす)事を得(え)ず或(あるひ)は懐胎(くはいたい)すといへとも
其 血(ち)の胎(たい)を育(やしなふ)に足(たら)ざれは必(かならす)小産(せうさん)を致(いたす)へし内経(たいきやう)
に醉(ゑひ)て房(はう)に入(いれ)は中気(ちうき)竭(つき)て肝(かん)を傷(やふり)月事(くはつじ)衰少(すいせう)にして
来(きたら)ずといへり凡(をよそ)多飲(たいん)の婦人(ふしん)は経水(けいすい)或(あるひ)は多(おほ)く或は
一月(いちけつ)に両度(りやうと)来(きたる)事あり或(あるひ)は帯下(たいげ)とて経行(けいかう)にあらず

【右丁】
して血(ち)を下(くたし)血(ち)又 変(へん)して白帯下(ひやくたいけ)とて白膿(しろきうみ)を下(くたし)
崩漏(ほうろ)と云は血を下(くたす)事 殊(こと)に甚(はなはた)しきなり第一婦人の
酒に宜(よろし)からざる事 是(これ)に在(ある)なり其外(そのほか)酒に因(より)て病(やまひ)を為(なす)
事は男子(なんし)に異(こと)なる事なし然(しかる)のみならず前(まへ)の説(せつ)の
ことく婦人は元来(くわんらい)柔弱(しうしやく)なる者(もの)なり男子(なんし)といへとも
虚弱(きよしやく)なる者(もの)は飲(のむ)事を得(え)ず況(いはん)や婦人の柔弱(しうしやく)何(なんそ)能(よく)
酒(さけ)の慓悍(ひやうかん)に堪(たゆ)へきや其(その)能(よく)飲(のむ)事を得(う)る者(もの)は皆(みな)是(これ)
強(しい)て習(ならひ)たる者(もの)なれは其 過度(くはど)する時(とき)は害(かい)を為(なす)事
男子(なんし)よりも甚(はなはた)しかるへししかのみならず懐胎(くはいたい)の

【左丁】
時(とき)酒(さけ)と雀(すゞめ)の肉(にく)とを用(もちゆ)れは生子(うまるゝこ)多淫(たいん)なり焼酒(せうちう)を用(もちゆ)
れは驚癇(きやうかん)を為(なす)といへり又 乳母(にうほ)酒(さけ)を飲(のみ)て乳(ち)を与(あたゆ)れは小(せう)
児(に)種々(しゆ〳〵)の病(やまひ)を為(なす)事あり又 古法(こはふ)には産後(さんこ)当時(たうし)に酒(さけ)
を用(もちゆ)へしと云(いふ)事あり是 瘀血(おけつ)を行(めくらす)に取(とる)へしと
いへとも瘀血(おけつ)を行(めくらす)には酒(さけ)にあらずとも外(ほか)に薬剤(やくざい)もこれ
有(ある)へし血(ち)をして逆上(きやくしやう)散乱(さんらん)妄行(まうかう)する事 酒(さけ)に過(すき)たる
はなし何(なんそ)産後(さんこ)の宜(よろしき)所なるへきやされども中華(ちうくは)の
婦人は常(つね)に能(よく)飲(のむ)なるへしされは産後(さんこ)も是を用(もちひ)て
害(かい)なしと見ゆ此方(このはう)の婦人は産後(さんこ)当時(たうじ)は云(いふ)に及(をよは)ず

【右丁】
数日(すにち)を経(ふる)といふとも用(もちゆ)へからず或(あるひ)は血(ち)を逆上(きやくしやう)して
血暈(けつうん)を為(なし)或(あるひ)は脾胃(ひゐ)を傷(やふり)て泄痢(くだり)を為時(なすとき)は其 害(かい)甚(はなはた)
大(おほい)なるへしされは婦人も酒(さけ)を用(もちひ)て害(かい)する所は種々(しゆ〳〵)
なれとも益(ゑき)有事(あること)は見(み)ざるなり扨(さて)又婦人は天賦(てんふ)の
数(すう)も不足(ふそく)にして気血(きけつ)形体(けいたい)も柔弱(しうしやく)なれは病(やまひ)も亦(また)
多(おほ)かるへし故(かるかゆへ)に孫思邈(そんしばく)の言(こと)に十(しふ)男子(なんし)を治(ぢ)すると
も一婦人を治(ち)する事なかれといへり是は其 病(やまひ)
も男子(なんし)よりは治(ち)し難(かたき)をいへり然(しか)れとも今(いま)の世(よ)の
婦人を見(み)るに男子(なんし)よりも却(かへり)て病(やまひ)も少(すくな)く又 治(ち)し

【左丁】
難(かたき)にもあらず凡(をよそ)中風(ちうふ)等(とう)難治(なんち)暴甚(ばうちん)の病(やまひ)を為(なす)事
男子(なんし)は常(つね)に多(おほ)くして婦人は少(すくな)し其 外(ほか)諸病(しよひやう)も
多(おほく)は皆(みな)かくのことし又其 天数(てんすう)の衰(をとろゆ)るも男子(なんし)より
早事(はやきこと)十五年(しふこねん)なれは寿数(しゆすう)も男子(なんし)よりは十五年(しふこねん)
も短(みしか)かるへし然(しか)れとも世(よ)の婦人を見(みる)にさもあらず
男子(なんし)常(つね)に八九十(はつくしふ)に至(いたる)者(もの)十人(しふにん)有(あれ)は婦人も亦(また)八九十
に至(いたる)者(もの)十人も有(ある)に似(に)たりされは短寿(たんしゆ)なるべき婦
人と長寿(ちやうしゆ)なるへき男子(なんし)と異(こと)なる事なき時(とき)は
婦人は多(おほく)は皆(みな)天年(てんねん)を受(うけ)尽(つくす)に似(に)て男子(なんし)は多(おほく)は

【右丁】
皆(みな)天年(てんねん)を受(うけ)尽(つくさ)ざるに似(に)たり是は抑(そも)いかなる事
ぞと云(いふ)に実(げ)にさるへき事なり其 故(ゆへ)いかにとなれ
は凡(をよそ)人(ひと)は能(よく)此生(このせい)を養(やしなへ)は天年(てんねん)を尽(つくす)事を得(え)て能(よく)此(この)
生(せい)を養(やしなは)されは天年(てんねん)を尽(つくす)事を得(え)す扨(さて)其 養生(やうしやう)の善(よき)
と善(よから)ざると男子(なんし)婦人に因(より)て是を論(ろん)ずるに婦人は総(すべて)【總】
養生(やうしやう)に善(よく)して男子(なんし)は養生(やうしやう)に善(よから)ざるなり男子(なんし)は
貴賎(きせん)を論(ろん)ぜす心体(しんたい)ともに労役(らうゑき)する事 多(おほく)元来(くわんらい)陽(やう)
気(き)なる者(もの)なれは少(すこし)き屈抑(くつよく)に遇(あへ)は鬱滞(うつたい)【欝は俗字】し易(やす)く
専(もつはら)外(ほか)を勤(つとむ)る者(もの)なれは寒暑(かんしよ)外邪(くはいしや)をも犯(おかす)へし又は

【左丁】
彼(かの)第一(たいいち)養生(やうしやう)を害(かい)する酒色(しゆしよく)のこときも只(たゝ)情欲(しやうよく)の
みにもあらず広嗣(くはうし)子孫(しそん)の謀(はかりこと)の為(ため)なれは一妻(いつさい)一妾(いつせふ)
は庶人(しよしん)といへども有(ある)へし況(いはん)や富貴(ふうき)の人は内寵(ないてう)
も亦(また)多(おほ)かるへし酒(さけ)も亦(また)飲者(のむもの)は多(おほく)して飲(のま)ざる者(もの)は
少(すくな)し是 男子(なんし)の養生(やうしやう)に善(よから)ざる所なり故(かるかゆへ)に多(おほく)は天(てん)
年(ねん)を尽(つくさ)ずして婦人と歯(よはい)を同(をなしふ)するなり婦人は只(たゝ)
男子(なんし)に従者(したかふもの)にて専(もつはら)制(せい)する事なけれは心体(しんたい)ともに
労役(らうゑき)する事 少(すくな)し古来(こらい)の論(ろん)に婦人は鬱滞(うつたい)【欝は俗字】多(おほし)
と云(いふ)といへとも元来(くはんらい)陰気(いんき)なる者(もの)なれは屈抑(くつよく)に遇(あふ)






【右丁】
といへとも是其 常(つね)なれは何(なん)そ必(かならす)しも鬱滞(うつたい)【欝は俗字】する
事 有(ある)へきや專(もつはら)内(うち)を治(おさむ)る者(もの)なれは寒暑(かんしよ)外邪(くはいしや)も
是を冒(おかす)事 少(すくな)し酒色(しゆしよく)のこときも婦人は只(たゝ)一(いち)に従(したかふ)
者(もの)なれは男子(なんし)に比(ひ)すれは大(おほい)に同(をなし)からず但(たゝ)多産(たさん)の
婦人 或(あるひ)は夭折(ようせつ)する者(もの)は産育(さんゐく)の艱難(かんたん)気血(きけつ)を虚脱(きよだつ)
するゆへなり酒(さけ)も亦(また)婦人は飲者(のむもの)少(すくな)し飲者(のむもの)有(あり)といへ
とも男子(なんし)の大(おほい)に飲者(のむもの)のことくなるは絶(たへ)て是なし是
婦人の養生(やうしやう)に善(よき)所なり故(かるかゆへ)に多(おほく)は天年(てんねん)を尽(つくす)事を
得(え)て男子(なんし)と寿(ことふき)を同(をなしく)するなり然(しか)れは人(ひと)の寿夭(しゆよう)は

【左丁】
多(おほく)は皆(みな)養生(やうしやう)の致(いたす)所と見(みへ)たりされども男子(なんし)なる
者(もの)養生(やうしやう)なりとて総(すへ)【總】て婦人のことくなる事も成難(なりかた)
しせめては酒(さけ)の一事(いちし)なりとも過度(くはと)する事なく
は亦(また)天年(てんねん)を尽(つくす)の一(ひとつ)の助(たすけ)ならむにや男子(なんし)さへ然(しか)れ
は婦人は殊(こと)に戒(いましむ)へし昔(むかし)竹林(ちくりん)の七賢(しちけん)と云(いひ)し
劉伯倫(りうはくりん)有時(あるとき)酒(さけ)を其 妻(さい)に求(もとめ)けれは其 妻(さい)酒(さけ)を捐(すて)
器(うつは)を毀(やぶり)て涕泣(ない)て諫(いさめ)けるは君(きみ)が酒(さけ)大(おほい)に過(すく)生(せい)を
摂(やしなふ)の道(みち)にあらず必(かならす)よろしく是を断(たつ)へしと云(いひ)けれ
は伯倫(はくりん)答(こたへ)て卿(なんち)の言(こと)真(まこと)に善(よし)吾(われ)自(みつから)禁(きん)ずる事 能(あたは)

【右丁】
ず鬼神(きしん)に祝(しゆく)して誓(ちかひ)て止(やむ)へしさら鬼は神(きしん)に酒(しゆ)
肉(にく)を供(そなゆ)へしと云(いひ)けれは其 妻(さい)是に従(したかひ)ける此(この)伯(はく)
倫(りん)跪(ひさまつき)て祝(しゆく)して曰(いはく)天(てん)劉伶(りうれい)【伯倫のこと】を生(しやう)ず酒(さけ)を以(もつて)名(な)を為(なす)一(いち)
飲(いん)一石(いちこく)五斗(こと)酲(さかやまひ)を解(げ)す婦人の言(こと)は慎(つゝしみ)て聴(きく)へからず
とて彼(かの)供(そなへ)たる酒肉(しゆにく)を飲食(のみくひ)て塊然(くはいせん)【「くわい」とあるところ】として又 醉(ゑひ)ける
とや彼(かの)伯倫(はくりん)は他(た)の事はいざしらず摂生(せつせい)の道(みち)に
至(いたり)ては婦人の見(けん)に及(をよは)ざる事 遠(とを)し此妻(このさい)は実(しつ)に賢(けん)
婦人と云(いひ)つへし其 酒肉(しゆにく)を鬼神(きしん)に供(そなへ)て欺(あざむか)れしも
是又婦人 柔順(しうしゆん)の形容(ありさま)やさしかりし風情(ふせい)なり凡(をよそ)

【左丁】
婦人は自(みつから)過飲(くはいん)を戒(いましむ)へきは云(いふ)に及(をよは)ず其 夫(おつと)の劉伯(りうはく)
倫(りん)なるをは必(かならす)是を諫(いさむ)へき事なるへし
○酒(さけ)は大過(たいくは)に至時(いたるとき)は能(よく)病(やまひ)を為(なす)物(もの)なれは深(ふか)く是を
戒(いましむ)へしと云(いふ)ものは専(もつはら)養生(やうしやう)を主(しゆ)として論(ろん)ずれ
はなり然(しか)りといへとも凡(をよそ)大小(たいせう)吉凶(きつきやう)諸(もろ〳〵)の礼儀(れいぎ)冠婚(くはんこん)
祭祀(さいし)よりして賓客(ひんかく)燕饗(ゑんきやう)に至(いたる)まて酒(さけ)にあらされは
其 礼節(れいせつ)を行(をこなふ)事なし祭祀(さいし)に玄酒(げんしゆ)と云(いへ)るは水(みづ)の
事なりとぞ水(みつ)をさへ酒(さけ)と名付(なつけ)て用(もちゆ)れは真(まこと)の酒(さけ)は
虧(かく)へき事にあらずかく礼儀(れいぎ)に与(あつかる)の大(おほい)なる物(もの)なれ

【右丁】
は天地(てんち)の間(あひた)一日(いちにち)もなくはあるべからざるなり或(あるひ)は祭(さい)
祀(し)に専(もつはら)酒(さけ)を用(もちひ)て祖先(そせん)を祭(まつる)と云(いふ)事は中華(ちうくは)異(い)
国(こく)の事のみにて我国(わかくに)の事にはあらずと思(おもふ)事も
有(ある)へきや是 大(おほい)にさにあらず我国(わかくに)とても昔(むかし)より
神祇(しんぎ)を祭(まつる)といへはいかなる卑賎(ひせん)の家(いゑ)まても他(た)の
物(もの)は用(もちひ)ざれとも先(まつ)御酒(みき)とて酒(さけ)を用(もちひ)ざる事なし
我国(わかくに)の神祇(しんき)と申(まうし)奉(たてまつる)は昔(むかし)のいともかしこき
天皇(すへらき)より初(はしめ)奉(たてまつり)て公卿(くぎやう)華族(くはぞく)の先祖(せんそ)にて在(おはし)ける
とやされは昔(むかし)の上(かみ)たる人(ひと)の先祖(せんそ)を祭(まつる)には酒(さけ)を用(もちひ)

【左丁】
て今(いま)の下(しも)たる者(もの)の先祖(せんそ)を祭(まつる)には酒(さけ)を用(もちゆ)まじき
とするはいかにそや是 只(たゝ)仏家(ふつけ)の供養(くやう)追薦(ついぜん)に酒(さけ)
を用(もちゆ)る事なきを見慣(みならひ)て死(し)ぬる者(もの)には酒(さけ)は供(そなへ)ざる
ものと覚(おほへ)たるへしされとも仏家(ふつけ)には生前(せいせん)にも
酒(さけ)を戒(いましむ)るとなれは死後(しこ)も亦(また)是を用(もちひ)ざる事 理(ことはり)
なり今(いま)の世(よ)の人(ひと)は其 生時(いけるとき)には父祖(ふそ)にも酒(さけ)をすゝ
めて没後(もつこ)にはにはかに是を断(たつ)生前(せいせん)酒(さけ)を用(もちゆ)るを
見(みれ)は是 仏法(ふつはふ)にあらず死後(しこ)酒(さけ)を断(たつ)を見(みれ)は是 儒(しゆ)
道(たう)にもあらす儒(しゆ)は只(たゝ)生前(せいせん)の道(みち)仏(ふつ)は独(ひとり)死後(しこ)の法(はふ)

【右丁】
なりと覚(おほへ)たるにや其 生前(せいせん)に酒(さけ)をすゝむるほとなら
は是 儒者(しゆしや)の事なれは死後(しこ)も亦(また)酒(さけ)を用(もちひ)て祭(まつる)へし
死(し)に事(つかゆる)は生(せい)に事(つかゆる)かことくすといへり或(あるひ)は死後(しこ)に酒(さけ)
を用(もちゆ)ましきとならは是 仏者(ふつしや)の法(はふ)なれは生前(せいせん)にも
亦(また)酒(さけ)を断(たつ)へし彼(かの)所謂(いはゆる)飲酒戒(おんしゆかい)とは死後(しこ)の事には
あらざるをや然(しか)るに今(いま)の生(せい)は用(もちひ)て死(し)は用(もちひ)ざるは何(なに)に従(したかひ)
たる法(はふ)なるそや所謂(いはゆる)醉生夢死(すいせいぼうし)なるへし扨(さて)酒(さけ)はかく貴(とふとき)
物(もの)にして何(なん)そ是を舎(すつる)事を得(え)ん或(あるひ)は国家(こくか)を治(をさむ)る
人(ひと)其 害(かい)の多(おほき)に懲(こり)て我国(わかくに)には酒(さけ)を造(つくる)へからず我(わか)

【左丁】
家(いゑ)には酒(さけ)を入(いる)へからずなと云(いふ)事 有(あら)んには大(おほい)なる僻(ひか)
事なるへし昔(むかし)子貢(しこう)は告朔(こくさく)の餼羊(きやう)を去(すて)まく欲(ほつす)
孔子(こうし)は賜(し)や爾(なんち)は其(その)羊(ひつじ)を愛(をしむ)我(われ)は其(その)礼(れい)を愛(をしむ)との
給(たまへ)り羊(ひつし)をさへ礼(れい)の廃(すたれ)ん事を惜(おしみ)てかくはの給(たまへ)り
況(いはん)や酒(さけ)の礼儀(れいき)に与(あつかる)事 甚(はなはた)多(おほき)物(もの)をや水火(すいくは)は過(あやまち)ては
大害(たいかい)を為(なす)事是より甚(はなはた)しきはなしさりとて是
を去(すつる)事を得(う)へきや酒(さけ)も亦(また)水火(すいくは)のことく心得(こゝろえ)て是
を用(もちひ)は何(なん)の害(かい)する所か是 有(あら)ん其事(そのこと)の情(こゝろ)は異(こと)なれ
とも昔(むかし)も国家(こくか)に酒(さけ)を禁(きん)じける事 多(おほ)かりき凡(をよそ)

【右丁】
法令(はふれい)は出(いつ)る所は理(り)有(あれ)ども事の末(すゑ)に至(いたり)ては弊(ついえ)有(ある)事
も亦(また)多(おほ)し三国(さんこく)蜀(しよく)の先主(せんしゆ)の時(とき)天旱(ひでり)にて米穀(へいこく)の乏(とぼしき)
によりて酒(さけ)を造(つくる)事を禁(きん)しけり役人(やくにん)打廻(うちまはり)て酒(さけ)は
造(つくら)ざれとも醸具(じやうぐ)とて酒(さけ)を造(つくる)へき道具(たうく)を持(もち)たる
者(もの)まても罪(つみ)に行(おこなは)んとそしたりける其頃(そのころ)先主(せんしゆ)其
臣下(しんか)の簡雍(かんやう)と云者(いふもの)と出(いて)て遊観(ゆうくはん)し給(たまへ)りしに
男女(おとこおんな)の道行(みちゆく)者(もの)ありけるを見(み)て彼(かの)簡雍(かんやう)先主(せんしゆ)に
申(まうし)けるは此(この)男女(なんによ)不義(ふぎ)を行(おこなは)んとす召捕(めしとり)て罪(つみ)に行(おこなひ)給(たまへ)
とそれは何(なに)ゆへ是を知(しる)やと問(とひ)たまへはされは此(この)男(なん)

【左丁】
女(によ)いつれも不義(ふぎ)を行(をこなふ)へき道具(たうく)を持(もち)たれは彼(かの)酒(さけ)道(たう)
具(く)を持(もち)たる者(もの)に同(おなし)事なりと申(まうし)ける是 酒(さけ)は造(つくら)ねど
も其 道具(たうく)を持(もち)たりとて罪(つみ)に行(をこなは)んとするの僻事(ひかこと)
なるを諫(いさめ)てさらば男女(なんによ)の不義(ふき)も行(をこなは)ざるに其 道具(たうく)
を持(もち)たらはとて罪(つみ)に行(をこなふ)へき事かはと云(いひ)たるなり
先主(せんしゆ)大(おほい)に笑(わらひ)給(たまひ)て酒道具(さかたうく)持(もち)たる者(もの)を罪(つみ)する事を
止(やめ)給(たまひ)ける此(この)簡雍(かんよう)は性(せい)簡(をろそか)に傲(をごり)て主君(しゆくん)先主(せんしゆ)の前(まへ)
にても安座(あんざ)し足(あし)を出(いたし)て礼儀(れいき)も知(しら)ぬやうなる人(ひと)なり
けれともかやうに戯言(たはふれこと)に擬(なぞらへ)て能(よく)其君(そのきみ)を諫(いさめ)けり真(まこと)に

【右丁】
有難(ありかたき)態(わさ)なりけり是のみにもあらず春秋戦国(しゆんしうせんごく)と
云(いひ)ける時代(じたい)には説客(ぜいかく)とて弁口(べんこう)ある者(もの)又は漢(かん)の世(よ)の
東方朔(とうはうさく)など云(いひ)し人(ひと)皆(みな)能(よく)笑(わらひ)謔(たはふ)る言(こと)を為(なし)て諫(いさめ)
を云(いひ)けるに聞人(きくひと)も亦(また)怒(いかり)罪(つみ)する事なくて能(よく)受納(うけいれ)
けるとなりされは企(くはだて)及(をよぶ)へきにはあらね【濁点は衍】とも今(いま)
此(この)篇(へん)の往々(わう〳〵)戯言(たはふれこと)をなせるをも雑駁(ざつばく)なりとて是
を罪(つみ)する事なからん事を祈(いのる)ものなり


酒説養生論巻之三終 丙寅四月十四日収

【左丁 白紙】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《題:酒説養生論  四》

【資料整理ラベル】
富士川本
 シ
 78

【右丁 白紙 角印一つあり】
【左丁】
【右側欄外 印】富士川游寄贈
【頭部欄外 所蔵印】
京都
帝国大学
図書之印
【資料登録番号印】
185095
大正7.3.31


酒説養生論巻之四 林麓蔵本 全七巻【林~巻まで書き入れ】
      武江 草洲守部正稽校訂
 酒病論上
  中風論
○中風(ちうふ)とは卒倒(そつたう)とてにはかにたふれ暴瘖(はういん)とて音(こゑ)
出(いて)ず蒙昧(もうまい)とて神気(しんき)昏(くらく)喎僻(くはへき)とて目口(めくち)ゆがみ癱(なん)とは
左半身(ひたりはんしん)かなはす瘓(くはん)とは右半身(みきはんしん)かなはす人事(じんじ)を省(せい)せず
とて物(もの)も覚(をほへ)ず言語(けんきよ)蹇渋(けんしう)とて言(ことは)しふり滞(とゝこほり)痰涎(たんせん)
壅盛(ようせい)とて咽(のと)の中(うち)に痰(たん)ふさがりさかんなり其外(そのほか)尚(なを)

【右丁】
種々(しゆ〳〵)の病症(ひやうしやう)あり或(あるひ)は当時(たうじ)に治(ぢ)せざるもあり或は
数日(すにち)をふるもあり或(あるひ)は右(みき)の病症(ひやうしやう)は是(これ)有(あれ)ども死(し)な
ずして数年(すねん)をふるもあり或(あるひ)は全(まつた)く愈(いゆる)者(もの)あり或(あるひ)は
中年(ちうねん)にて治(ち)せざるあり老年(らうねん)にて治(ち)するあり人(ひと)
の虚実(きよしつ)病(やまひ)の浅深(せんしん)に因(より)て同(をなし)からず卒中(そつちう)真中(しんちう)類中(るいちう)
等(とう)の品(しな)あり凡(をよそ)病(やまひ)の因(より)て発(をこる)所(ところ)を因(ゐん)と云(いふ)中風(ちうふ)の病(ひやう)
因(ゐん)古来(こらい)論(ろん)ずる所(ところ)張仲景(ちやうちうけい)孫子邈(そんしばく)の如(ごとき)は風邪(ふうしや)に中(あたる)
に因(よる)とし後世(こうせい)宋元(そうけん)以来(いらい)劉河間(りうかかん)は火(ひ)に因(よる)とし李(り)
東垣(とうゑん)は中気(ちうき)不足(ふそく)に因(よる)とし朱丹渓(しゆたんけい)は湿痰(しつたん)に因(よる)として

【左丁】
其論(そのろん)紛々(ふん〳〵)未(いまた)一(いち)に帰(き)する事なし王安道(わうあんだう)虞天民(ぐてんみん)
是を論(ろん)ずる事 詳(つまひらか)なり夫(それ)よりして後(のち)多(おほく)は皆(みな)天民(てんみん)の
論(ろん)を主(しゆ)とす然(しかれ)とも天民(てんみん)の論(ろん)も亦(また)模糊(もこ)牽合(けんかう)に近(ちかき)
者(もの)あり弁(へん)有(あれ)ども言(こと)長(なか)けれは是を略(りやく)す但(たゝ)今(いま)を以(もつて)是
を見(みれ)は中風(ちうふ)の症(しやう)其(その)病因(ひやうゐん)大抵(たいてい)只(たゝ)二(ふたつ)より発(をこる)に似(に)たり
何(なに)をか二(ふたつ)と云(いふ)色欲(しきよく)と飲酒(いんしゆ)となり其故(そのゆへ)いかにとな
れは今(いま)の世(よ)に此症(このしやう)を為(なす)人(ひと)を見(みる)に皆(みな)酒色(しゆしよく)過度(くはと)の者(もの)
にあらざる事なしされども色欲(そいきよく)のみ過(すく)る人(ひと)は此症(このしやう)
は少(すくなふ)して別(べつ)に腎虚(じんきよ)の病症(ひやうしやう)を発(はつす)へし只(たゝ)酒(さけ)のみ甚(はなはた)

【右丁】
過(すく)る人(ひと)多(おほく)は此症(このしやう)を為(なす)古人(こしん)の所謂(いはゆる)風(かせ)や火(ひ)や湿(しつ)や痰(たん)
や中気(ちうき)不足(ふそく)や是 亦(また)酒(さけ)に因(より)て是を致(いたす)へしいかにと
なれは酒熱(しゆねつ)能(よく)腠理(そうり)を開(ひらけ)は是 風(かせ)を招(まねく)へし又(また)火(ひ)を
動(うこか)し湿(しつ)を為(なし)痰(たん)を為(なし)又 人(ひと)の気血(きけつ)をして専(もつはら)外(ほか)に達(たつ)
する者(もの)なれは其 中気(ちうき)の不足(ふそく)する事 知(しんぬ)へし然(しか)れは
風(かせ)や火(ひ)や湿(しつ)や痰(たん)や中気(ちうき)ふそく(ふそく)や是 中風(ちうふ)の因(ゐん)にし
て酒(さけ)は又(また)風火(ふうくは)湿痰(しつたん)中気(ちうき)不足(ふそく)の因(ゐん)なれは因(ゐん)の又(また)因(ゐん)
と云(いひ)つへし大抵(たいてい)中風(ちうふ)の症(しやう)は肥胖(こえ)たる者(もの)是を為(なす)
されとも生質(むまれつき)肉(にく)厚(あつく)血(ち)多(おほく)して然(しか)る者(もの)は此症(このしやう)を為(なす)事
【左丁】
なし只(たゝ)多(おほく)酒(さけ)を飲(のみ)て肥胖(こゆる)者(もの)は終(つゐ)に此症(このしやう)を免(まぬかれ)ず酒(さけ)
いかにして肥胖(こえ)しむるやと云(いふ)に内経(たいきやう)に酒(さけ)を飲者(のむもの)は
衛気(ゑいき)先(まづ)皮膚(ひふ)に行(ゆき)て先(まつ)絡脈(らくみやく)に充(みち)絡脈(らくみやく)先(まつ)盛(さかん)なり
故(かるかゆへ)に衛気(ゑ[い]き)已(すで)に平(たひらか)に営気(ゑいき)乃(すなはち)満(みち)て経脈(けいみやく)大(おほひ)に盛(さかん)なり
といへり是(これ)酒(さけ)は人(ひと)の気血(きけつ)をして専(もつはら)外(ほか)に達(たつ)する事
をいへり酒(さけ)を飲(のみ)て身体(しんたい)熱(ねつ)するは気(き)の外(ほか)に達(たつ)するな
り身面(しんめん)赤(あか)くなるは血(ち)の外(ほか)に走(はしる)なり飲(のみ)て醉(えふ)ごとに
気血(きけつ)を外(ほか)に達(たつ)して其(その)醒(さむる)に至(いたり)ては気血(きけつ)又(また)内(うち)に収(をさまる)といへ
とも一度(ひとたひ)部分(ぶふん)を離(はなれ)出(いて)たる気血(きけつ)皆(みな)帰(かへり)収(をさまる)事を得(え)ず

【右丁】
して皮膚(ひふ)肌肉(きにく)の間(あひた)に残留(のこりとゝまる)へし気(き)は形(かたち)なき者(もの)な
れは見所(みるところ)なし血(ち)は形(かたち)ある者(もの)なれは皮膚(ひふ)肌肉(きにく)の間(あひた)
に留(とゝまり)て日夜(にちや)不断(ふだん)に飲(のみ)て止(やま)ざれは此(この)留(とゝまる)所(ところ)の血(ち)も亦(また)
漸々(せん〳〵)多(おほく)積(つみ)て人(ひと)をして肥胖(こえ)しむるなり凡(をよそ)人(ひと)の気(き)
血(けつ)は極(きはまり)たる限(かきり)ありかくて肥胖(こえ)たる者(もの)は陰血(いんけつ)外(ほか)に盛(さかん)
なれは内(うち)に虚(きよ)する事 自然(しせん)の勢(いきほひ)なり是(これ)中症(ちうしやう)の因(より)て
発(をこる)所(ところ)なり李東垣(りとうゑん)の説(せつ)に中風(ちうふ)肥(こえ)盛(さかん)なる者(もの)に是(これ)有(ある)
は形(かたち)盛(さかん)に気(き)衰(をとろふ)るゆへなりといへり人身(じんしん)の形(かたち)あり潤(うるほひ)
あるは血(ち)の為(しはざ)なり煖(だん)あり動(どう)あるは気(き)の為(しはさ)なり肥胖(こゑふとり)

【左丁】
たる者(もの)は皮膚(ひふ)肌肉(きにく)の間(あひた)に陰血(いんけつ)の壅(ふさかり)盛(さかん)なるゆへに気(き)の
流行(りうかう)を妨(さまたく)中風(ちうふ)口(くち)眼(め)ゆがみ舌(した)動(うこか)ず言語(ものいふ)事を得(え)ず
身体(しんたい)痹(しびれ)痛(いたみ)肌肉(はたへしゝ)不仁(ふじん)し手足(てあし)用(もちひ)られざるは是(これ)皆(みな)
外(ほか)の形(かたち)血(ち)多(おほく)く【衍ヵ】して気(き)の流行(りうかう)に乏(ともし)きゆへに運動(めくりうこく)事
を得(え)ざるなり古来(こらい)の論(ろん)に左半身(ひたりはんしん)遂(かなは)ざるを血虚(けつきよ)と
す然(しか)れども此症(このしやう)も亦(また)肥胖(こえふとり)たる者(もの)あり肥(こえ)たるは血虚(けつきよ)
とすべからざるに似(に)たり是(これ)内(うち)蔵府(さうふ)の血虚(けつきよ)とすべし
右半身(みきはんしん)遂(かなは)ざるを気虚(ききよ)とす然(しか)れども此症(このしやう)を為(なす)者(もの)
能(よく)食(しよく)して精神(せいしん)常(つね)に異(こと)なる事なき者あり気(き)

【右丁】
虚(きよ)とすべからざるに似(に)たり是(これ)外(ほか)形体(けいたい)の気虚(ききよ)とすへ
し壮年(さうねん)の者(もの)は酒(さけ)に因(より)て血(ち)を耗(へらす)といへとも旋(やゝ)耗(へれ)は
旋(やゝ)生(しやう)ずるゆへに当時(たうし)には病(やまひ)を為(なす)事なし中年(ちうねん)以後(いこ)
は生(しやう)ずる所(ところ)耗(へる)所(ところ)を償(つくなふ)事(こと)を得(え)ずして病(やまひ)を為(なす)況(いはん)や
酒毒(しゆとく)を積(つむ)の年数(ねんすう)も多(おほ)けれは其害(そのかい)を見(みる)へし此(この)
ゆへに中風(ちうふ)の症(しやう)皆(みな)老年(らうねん)にあり或(あるひ)は大(おほい)に飲(のみ)て痩(やす)る者(もの)
あり是も亦(また)中症(ちうしやう)を為(なす)事は是(これ)内外(ないくはい)ともに血(ち)の虚(きよ)する
に因(より)てなりされと是は中症(ちうしやう)を為(なす)事は稀(まれ)にして又
他(た)の病症(ひやうしやう)を致(いたす)へし凡(をよそ)中症(ちうしやう)酒色(しゆしよく)の過度(くはど)に因(よる)と

【左丁】
いへとも色欲(しきよく)の害(かい)を為(なす)事も多(おほく)は酒(さけ)に因(よる)事なれは第(たい)
一(いち)酒(さけ)に因(よる)を多(おほし)とすへしされとも中症(ちうしやう)は独(ひとり)酒(さけ)のみに因(よる)
と云(いふ)にはあらず或(あるひ)は他(た)の事に因(よる)もあれども今(いま)只(たゝ)酒(さけ)に
因(よる)事を論(ろん)して其他(そのた)に及(およふ)に遑(いとま)あらさるなり史記(しき)淳于(しゆんう)
意(ゐ)の伝(でん)に意成(ゐせい)開方(かいはう)と云(いふ)人(ひと)を診(うかゝひ)て病(やまひ)沓風(たふふう)を苦(くるし)
まん三歳(さんさい)にして四肢(しし)自(みつから)用(もちゆ)る事 能(あたは)ず瘖(ゐん)せは即(すなはち)死(し)
せん病(やまひ)是(これ)を数(しば〳〵)酒(さけ)を飲(のみ)て大風(たいふう)の気(き)を見(みる)に得(え)たりと
いへり是 中風(ちうふ)の類(るい)なるへし医塁元戎(いるいげんじう)には酒湿(しゆしつ)の病(やまひ)亦(また)
能(よく)痹証(ひしやう)を為(なし)口(くち)眼(め)喎斜(ゆかみ)半身(はんしん)遂(かなは)ずすべて中風(ちうふ)に似(に)

【右丁】
て舌(した)強(こはり)て正(たゞし)からずといへり其外(そのほか)酒(さけ)の中症(ちうしやう)を為(なす)者(もの)
をいかばかりも引(ひき)も出(いづ)へけれども其(その)限(かきり)も有(あら)ざれば
是を記(しるす)事を得(え)ず彼(かの)白楽天(はくらくてん)は琴(きん)詩(し)酒(しゆ)の三友(さんゆう)とて
酒(さけ)を愛(あい)し自(みつから)醉吟先生(すいぎんせんせい)とさへ号(がう)して大(おほい)に飲(のみ)ける
しるしには終(つゐ)に中風(ちうふ)を為(なし)けるとやされは数百千年(すひやくせんねん)
以来(いらい)さる事なるを深(ふか)く論(ろん)じて厚(あつ)く愼(つゝしむ)事 少(すくなき)はいか
にぞや若(もし)病(やまひ)を為(なす)に至(いたり)ては悔(くゆ)とも益(ゑき)なかるへし能(よく)眼(かん)
前(せん)の嗜欲(しよく)を愼(つゝしみ)て病(やまひ)を為(なす)事なき時(とき)は真(まこと)に智勇(ちゆう)
とも云(いふ)へきにや寇莱公(こうらいこう)の六(むつ)の悔(くひ)を述(のべ)しにも醉(えひ)て

【左丁】
狂言(きやうげん)を為(なし)醒(さめ)て後(のち)に悔(くゆ)といへり醉狂(すいきやう)をさへ悔(くゆ)へきなれ
は況(いはん)や大病(たいひやう)を発(をこし)ては悔(くひ)ざる事 有(ある)へきや今(いま)此(この)言(こと)の
拙(つたな)きを厭(いとは)ずして少(すこし)き心(こゝろ)を留(とむ)る事 有(あり)なんは真(まこと)に目(め)
出度事(でたきこと)なるへし
  傷寒論
○傷寒(しやうかん)とは冬時(とうじ)寒気(かんき)に傷(やふ)れて病(やむ)を云(いふ)其症(そのしやう)陰(いん)
陽(やう)表裏(ひやうり)六経伝変(りくけいてんべん)其外(そのほか)種々(しゆ〳〵)の証候(しやうこう)あり漢(かん)の張仲(ちやうちう)
景(けい)是を論(ろん)ずる事 詳(つまひらか)なり或(あるひ)は又(また)其(その)寒邪(かんしや)当時(たうしに)発(はつ)せ
ずして春(はる)に至(いたり)て発(はつ)するを温病(うんひやう)と云(いひ)夏(なつ)に至(いたり)て発(はつ)

【右丁】
するを熱病(ねつひやう)と云(いひ)四時(しいし)通(つう)じて是を傷寒(しやうかん)と云(いへ)といへ
り此外(このほか)又(また)中寒(ちかん)傷風(しやうふう)等(とう)の症(しやう)あり又 春(はる)風(かせ)に傷(やふら)れ夏(なつ)
暑(しよ)に傷(やふら)れ秋(あき)湿(しつ)に傷(やふら)るゝの症(しやう)あり通(つう)じて是を時疫(しゑき)
と云(いふ)風寒(ふうかん)に傷(やふら)るゝ軽(かろ)き症(しやう)を感冒(かんぼう)と云(いへ)り是 皆(みな)
外邪(くわいしや)に中(あたる)の病症(ひやうしやう)なり此(この)傷寒(しやうかん)傷風(しやうふう)等(とう)の症(しやう)はいかにし
て是を為(なす)やと云(いふ)に内経(たいきやう)に冬(ふゆ)三月(さんけつ)是を閉蔵(へいさう)と云(いふ)水(みづ)
氷(こほり)地(ち)析(さく)陽(やう)を擾(みたる)事なく早(はや)く臥(ふし)晩(をそく)起(をき)必(かならす)日光(につくわう)を待(まち)寒(かん)
を去(さり)温(うん)に就(つき)皮膚(ひふ)を泄(もらす)事なかれといへり保養(ほうやう)を愼(つゝしむ)
事かくのことく身体(しんたい)も壮(さかん)に健(すくやか)なれば外邪(くはいしや)に感(かん)ずる

【左丁】
事なし或(あるひ)は心体(しんたい)労役(らうゑき)し皮膚(ひふ)開(ひらき)泄(もる)る時(とき)に当(あたり)て風寒(ふうかん)
に中(あたれ)は必(かならす)傷寒(しやうかん)傷風(しやうふう)の病(やまひ)を為(なす)凡(をよそ)内(うち)労憊(らうはい)を為(なし)外(ほか)皮膚(ひふ)
を開(ひらき)泄(もらす)事 種々(しゆ〳〵)なりといへとも大(おほい)に酒(さけ)を飲(のむ)より甚(はなはた)しき
はなし酒(さけ)先(まつ)気血(きけつ)蔵府(さうふ)を虚損(きよそん)するゆへに邪気(しやき)に感(かん)じ
易(やす)し内経(たいきやう)に邪気(しやき)虚(きよ)に乗(ぜう)じて入(いる)といへり又 大(おほい)に飲(のむ)
時(とき)は寒冷(かんれい)の時(とき)といへとも身体(しんたい)発熱(ほつねつ)を為(なす)熱(ねつ)する時(とき)は
必(かならす)皮膚(ひふ)を泄(もらし)腠理(そうり)を開(ひらく)ゆへに邪気(しやき)随(したかひ)て入事(いること)ありされ
とも飲(のみ)て其醉(そのえひ)いまた醒(さめ)さる時(とき)は発越(ほつゑつ)の気(き)強(つよき)ゆへに邪気(しやき)
入(いる)事を得(え)ず譬(たとへ)は城門(しやうもん)開(ひらけ)りといへとも守禦(まもりふせく)の兵(へい)厳(きびし)け

【右丁】
れは寇兵(こうへい)入(いる)事を得(え)ざることし然(しか)れとも其(その)醉(えひ)長(なか)く醒(さめ)ず
して有(ある)へきや其(その)醒(さむる)に当(あたり)ては彼(かの)守禦(しゆきよ)の兵(へい)力(ちから)尽(つき)て引(ひき)
退(しりそく)ことし然(しか)も城門(しやうもん)いまた閉(とばる)に及(をよは)されは寇兵(こうへい)おそひ入(いら)
さる事を得(え)んやかくて邪気(しやき)すてに入(いる)といへとも自(みつから)是を
覚(おほゆ)る事なく余酲(よてい)なをいまた醒(さめ)ざれは調理(ちやうり)をも愼(つゝしま)ず
風寒(つうかん)【ママ】又(また)其外(そのほか)を閉(とぢ)鬱熱(うつねつ)【欝は俗字】して傷寒(しやうかん)大病(たいひやう)となる況(いはん)や酒(さけ)
又 血(ち)を動(おこか)せは邪気(しやき)動血(とうけつ)に混(こん)ずるゆへに油(あぶら)の麪(めん)に入(いる)こと
くにて去(さり)難(かた)し又 大(おほい)に飲(のむ)人(ひと)は外(ほか)の形(かたち)は実(じつ)することく
なれとも内(うち)常(つね)に虚(きよ)するゆへに邪気(しやき)又(また)裏(り)に入(いり)易(やす)し或(あるひ)は

【左丁】
傷寒(しやうかん)の症(しやう)に発黄(はつだう)結胸(けつけう)発斑(ほつはん)譫語(せんご)畜血(ちくけつ)痙症(けいしやう)等(とう)を為(なす)
事は飲者(のむもの)に多(おほく)有(あり)其外(そのほか)春温(しゆん[う]ん)夏熱(かねつ)秋湿(しうしつ)の時疫(しゑき)感冒(かんぼう)
も亦(また)皆(みな)かくのことし内経(たいきやう)に酒(さけ)を飲(のみ)て風(かせ)に中(あたれ)は漏風(ろうふう)を為(なす)と
いへり又 身熱(しんねつ)解堕(かいだ)を病(やむ)事(こと)有(あり)汗(あせ)出(いて)て浴(よく)することく風(かせ)を
悪(にくみ)て気(き)少(すくな)し病(やまひ)名(な)づけて酒風(しゆふう)と云(いふ)といへり是 皆(みな)酒(さけ)の
能(よく)腠理(そうり)を開(ひらき)て外邪(くはいしや)に感(かん)ずるをいへり又 凡(をよそ)傷寒(しやうかん)等(とう)の
病(やまひ)愈(いえ)て後(のち)卒(にはか)に酒(さけ)を飲(のむ)へからず千金方(せんきんはう)に時病(しひやう)新(あらた)に
愈(いえ)て後(のち)酒(さけ)を飲(のめ)は病(やまひ)更(さら)に発(をこる)といへり龐安常(はうあんじやう)の説(せつ)には
酒(さけ)を飲者(のむもの)は死(しす)といへり李梴(りせん)の説(せつ)には傷寒(しやうかん)愈(いえて)後(のち)酒(さけ)

【右丁】
を飲(のみ)て病(やまひ)復(かへる)者(もの)は其熱(そのねつ)尤(もつとも)甚(はなはた)し酒(さけ)の性(せい)至(いたり)て熱(ねつ)なり
必(かならす)煩躁(はんさう)乾嘔(かんおう)舌胎(ぜつたい)あり妄(みたり)に語(かたり)て寐(いね)ずといへり世俗(せぞく)
の説(せつ)に酒(さけ)は能(よく)風寒(ふうかん)を禦(ふせく)とて寒天(かんてん)雨雪(うせつ)に外(ほか)に出(いつ)るには
必(かならす)是を飲(のむ)事あり醉中(すいちう)寒気(かんき)を覚(おほえ)ざるはさも有(ある)へし
風寒(ふうかん)を防(ふせく)事(こと)はさてをき却(かへり)て邪気(しやき)を受(うく)るの媒(なかたち)と
なるされは傷寒(しやうかん)の酒(さけ)を畏(をそる)へき事 大(おほい)なりされとも中(ちう)
風(ふ)の症(しやう)の大(おほい)に飲者(のむもの)は必(かならす)是を致(いたす)ことくなるにはあらず中(ちう)
症(しやう)は内(うち)より催(もよほす)事 多(おほ)けれはなり傷寒(しやうかん)は外(ほか)より入(いる)病(やまひ)なれ
は邪気(しやき)にさへ中(あたら)されは害(かい)する所(ところ)なし内経(たいきやう)に邪気(しやき)を避(さくる)

【左丁】
事 矢石(やいし)を避(さくる)ことくすといへりされは唯(たゞ)飲者(のむもの)のみにも
あらず総(すべ)ての人(ひと)常(つね)に心(こゝろ)を著(つけ)て風寒(ふうかん)外邪(くはいしや)をは弓矢(ゆみや)
石礫(いしつぶて)のことく是に中(あたる)事を恐(おそれ)て能(よく)慎(つゝしむ)は是 養生(やうしやう)の第一(たいいち)
なるへし
   泄瀉論
○泄瀉とは腹(はら)の下(くたる)病(やまひ)なり此(この)病因(ひやうゐん)古来(こらい)論(ろん)ずる所 種々(しゆ〳〵)
の品(しな)あり其症(そのしやう)亦(また)種類(しゆるい)甚(はなはた)多(おほ)し畢竟(ひつきやう)種々(しゆ〳〵)の病因(ひやうゐん)にて
飲食(いんしよく)する所の水(みづ)と穀(こく)と分利(わかれ)ずして此症(このしやう)を為(なす)内経(たいきやう)に凡(をよそ)
人(ひと)の蔵府(さうふ)に十二官(しふにくわん)と云(いふ)事あり其内(そのうち)に脾胃(ひゐ)は倉廩(さうりん)の

【左丁】
官(くわん)五味(ごみ)出(いつ)大腸(たいちやう)は伝道(てんたう)の官(くわん)変化(へんくは)出(いつ)小腸(せうちやう)は受盛(しゆせい)の官(くわん)化物(くはふつ)
出(いつ)といへり是 脾胃(ひゐ)は飲食(いんしい)の水穀(すいこく)を納(いれ)小腸(せうちやう)は胃中(ゐちう)の水(すい)
穀(こく)を受盛(うけもり)清濁(せいだく)を分(わかち)水液(すいゑき)は膀胱(ばうくわう)に帰(き)して小便(せうへん)となり
糟粕(さうはく)は大腸(たいちやう)に帰(き)して大便(たいへん)となるをいへり凡(をよそ)蔵府(さうふ)各(をの〳〵)司(つかさとる)
所ありて一身(いつしん)の内(うち)外(ほか)を治(をさむ)然(しか)るに外邪(くわいしや)内傷(ないしやう)種々(しゆ〳〵)の事
に因(より)て蔵府(さうふ)治(をさまら)さる事を致(いたし)其(その)官職(くわんしよく)を失(うしなひ)て病(やまひ)を発(はつ)
するなり今(いま)此(この)泄瀉(せつしや)の症(しやう)は脾胃(ひゐ)大小腸(たいせうちやう)の治(をさまら)ざるに因(より)て
水飲(すいいん)と穀食(こくしよく)と分利(わかれ)ずして共(とも)に大腸(たいちやう)に入(いり)て此症(このしやう)を
為(なす)其(その)蔵府(さうふ)の官職(くわんしよく)を失(うしなひ)て此(この)病症(ひやうしやう)を為(なす)事も亦(また)種々(しゆ〳〵)

【左丁】
の因(いん)ありといへとも只(たゝ)常(つね)に多(おほく)此症(このしやう)を為(なす)事は酒(さけ)より甚(はなはた)し
きはなし大(おほい)に飲人(のむひと)は自(みつから)試(こゝろみ)て是を知(しる)へし酒(さけ)いかにして此
症(しやう)を為(なす)やと云(いふ)に内経(たいきやう)に暴注(はうちう)下迫(げはく)は皆(みな)熱(ねつ)に属(そく)すといへ
り是 泄瀉(せつしや)の熱(ねつ)に因(よる)をいへり酒(さけ)の性(せい)甚(はなはた)熱(ねつ)ず【濁点は衍】れは是 瀉(しや)を為(なす)
の一(ひとつ)なり又 経(きやう)に湿(しつ)勝(かつ)ときは濡(しゆ)泄(せつ)すといへり酒(さけ)の質(かたち)は水(すい)
湿(しつ)なれは是 瀉(しや)を為(なす)の二(ふたつ)なり三因方(さんゐんはう)に飲食(いんしい)節(せつ)ならず泄(せつ)
瀉(しや)を為者(なすもの)は脾胃(ひゐ)傷(やふる)る事ありといへり飲酒(いんしゆ)常(つね)に多(おほき)者(もの)は
是 飲食(いんしい)の節(せつ)ならざるなり是 瀉(しや)を為(なす)の三(みつ)なり元来(くわんらい)酒(さけ)は
其気(そのき)慓悍(ひやうかん)と急(きふ)に猛(たけ)き物(もの)なれは腹中(ふくちう)に入(いり)蔵府(さうふ)を乱(きり)

【右丁】
て彼(かの)伝道(てんたう)変化(へんくは)の常(つね)を失(うしなひ)能(よく)水穀(すいこく)を分利(ふんり)する事を
得(え)ざるゆへに常(つね)に瀉(しや)するなり大抵(たいてい)人(ひと)の飲食(いんしい)は量(かきり)有(ある)なり
酒(さけ)は此(この)分量(ふんりやう)の外(ほか)にして是又 水(みつ)なれは是を過度(くはど)して泄(せつ)
瀉(しや)を為(なす)は怪(あやしむ)に足事(たること)なし扨(さて)彼(かの)常(つね)に飲(のみ)て常(つね)に瀉(しや)する
人(ひと)は是を常(つね)なる事と心得(こゝろえ)て病(やまひ)なる事を知(しら)ず然(しか)れど
も古来(こらい)是を酒泄(しゆせつ)の症(しやう)とて病(やまひ)とせり景岳全書(けいかくぜんしよ)是を
論(ろん)ずる事 甚(はなはた)詳(つまひらか)なり凡(をよそ)酒(さけ)は先(まづ)気血(きけつ)を専(もつはら)外(ほか)に達(たつ)すれは
内(うち)に自(をのつから)虚(きよ)するなり又 重(かさね)て泄瀉(せつしや)を為(なせ)は其 内虚(ないきよ)を致(いたす)
事 知(しる)へし当時(たうし)には其害(そのかい)を見(み)ざれども久(ひさし)くして止(やま)

【左丁】
されは竟(つゐ)には中風(ちうふ)隔症(かくしやう)其外(そのほか)諸(もろ〳〵)虚損(きよそん)の病(やまひ)を為(なす)腎(しん)泄(せつ)
は毎朝(まいてう)夜明方(よあけかた)に一二行(いちにかう)瀉(しや)するなり是を五更瀉(ごかうしや)とて
月(つき)を連(つらね)年(とし)を経(へ)て止(やむ)事なく必(かならす)治(ぢ)せざるに至(いたる)古人(こじん)の論(ろん)
にも此症(このしやう)は飲酒(いんしゆ)の人(ひと)多(おほく)是(これ)有(あり)といへり只(たゝ)願(ねかはく)は見(み)て常(つね)
なる事と為(なし)是を忽(ゆるかせ)にして果(はたし)て大患(たいくわん)に至(いたる)事なか
るへしされと若(もし)瀉(しや)するは宜(よろし)からずとて薬(くすりを)服(ふく)して
是を止(とゝめ)酒(さけ)はそのまゝ飲時(のむとき)は酒毒(しゆとく)殊(こと)に壅(ふさかり)滞(とゝこほり)て卒(にはか)に
其 害(かい)を為(なす)へし瀉(しや)すれは後(のち)の患(うれひ)を為(なし)止(とむ)れは急(きふ)に病(やまひ)
を為(なす)只(たゝ)此(この)泄瀉(せつしや)を止(やむる)には大(おほい)に飲(のむ)事を戒(いましむ)れは瀉(しや)は

【右丁】
自(をのつから)止(とゝまる)へし
  痢病論
○痢病(りひやう)とは大便(たいへん)に膿(うみ)血(ち)を下(くたす)病(やまひ)なり其症(そのしやう)発熱(はつねつ)腹(ふく)
痛(つう)下痢(けり)裏急(りきふ)後重(こうちう)の品あり食(しよく)する事を得(え)ざるを
禁口痢(きんこうり)と云(いひ)衆人(しうじん)病(やまひ)一般(いつはん)なるを疫痢(ゑきり)と云(いふ)又 小児(せうに)疳(かん)
痢(り)等(とう)の症(しやう)あり此症(このしやう)只(たゝ)夏秋(かしう)の交(あはひ)多(おほく)是あり古来(こらい)此(この)
症(しやう)を論(ろん)じて湿熱(しつねつ)と為(なし)脾胃(ひゐ)調(とゝのは)ずして飲食(いんしい)に傷(やふくる)
と為(なし)熱血(ねつけつ)分(ふん)を傷(やふれ)は赤痢(しやくり)を為(なし)熱気(ねつき)分(ふん)を傷(やふれ)は白痢(ひやくり)を
為(なす)赤(あかき)は熱(ねつ)に属(ぞく)し白(しろき)は寒(かん)に属(ぞく)すといへり諸書(しよしよ)に

【左丁】
論(ろん)ずる所 大抵(たいてい)かくのことし今(いま)を以(もつて)是を見(みれ)はいまだ
必(かならす)しも其(その)論(ろん)ずる所のことくならざる者(もの)ありいかにとなれ
は其 症(しやう)湿熱(しつねつ)脾胃(ひゐ)調(とゝのは)ずとする事は其理(そのり)ありされ
ども此症(このしやう)下(くたす)所(ところ)の赤白(しやくひやく)は是(これ)何物(なにもの)と云(いふ)事 分明(ふんみやう)ならず
是 飲食(いんしい)の積(つみ)滞(とゝこほる)とする時(とき)は其(その)下(くたす)所の物(もの)は食物(しよくもつ)の腐化(ふくは)
するなるや若(もし)食物(しよくもつ)に傷(やふれ)て下痢(けり)するは是 前(まへ)に論(ろん)ずる
所の泄瀉(せつしや)の症(しやう)なり痢病(りひやう)下(くたす)所は食物(しよくもつ)の腐化(ふくは)するには
あらず況(いはん)や衆人(しうしん)病(やまひ)一般(いつばん)なる事あり凡(をよそ)人(ひと)の食物(しよくもつ)
は或(あるひ)は膏梁(かうりやう)の能(よき)物(もの)を食(しよく)する有(あり)或(あるひ)は黎藿(れいくわく)【注】の悪(あしき)

【注 「藜藿」とあるところ。】

【右丁】
物(もの)を食(しよく)するも有(あり)或(あるひ)は慎(つゝしむ)者(もの)あり或(あるひ)は恣(ほしいまゝ)なる者(もの)あり
何(なん)ぞ男女(なんによ)老弱(らうじやく)衆人(しうしん)同(をなしく)食(しよく)に傷(やふくる)事 有(ある)へきや
是(これ)此説(このせつ)の疑(うたかふ)へきなり或(あるひ)は痢病(りひやう)の初(はしめ)多(おほく)は傷食(しやうしよく)よ
り発(をこる)事あり是 痢病(りひやう)傷食(しやうしよく)相(あい)兼(かね)たるなり傷食(しやうしよく)変(へん)
じて痢病(りひやう)と為(なる)にはあらざるへし又 熱血(ねつけつ)分(ふん)を傷(やふり)て
赤者(あかきもの)を下(くたす)はさも有(ある)へし熱気(ねつき)分(ふん)を傷(やふり)て白物(しろきもの)を下(くたす)
はいかにぞや気(き)は形(かたち)なし下(くたす)所(ところ)の白物(しろきもの)は是(これ)何物(なにもの)ぞや
是 此説(このせつ)の疑(うたかふ)へきなり又 赤(あかき)は熱(ねつ)に属(ぞく)すと云(いふ)といへ
とも赤痢(しやくり)熱(ねつ)なく又 冬寒(とうかん)の時(とき)も此症(このしやう)有(あり)白(しろき)は寒(かん)に

【左丁】
属(ぞく)すと云(いふ)といへとも白痢(ひやくり)熱(ねつ)あり又夏 暑(しよ)の時(とき)も此(この)
症(しやう)あり是 此説(このせつ)の疑(うたかふ)へきなり只(たゝ)張介賓(ちやうかいひん)此症(このしやう)を論(ろん)
ずる事 詳(つまひらか)にして又 新奇(しんき)なり其説(そのせつ)に痢病(りひやう)下(くたす)所(ところ)は
食積(しよくしやく)糟粕(さうはく)の属(たくひ)にあらず是 腸(ちやう)に附(つき)蔵(さう)に著(つく)の脂膏(あぶら)
なりといへり是 古来(こらい)いまた有(あら)ざるの論(ろん)なり奇(き)なる
事は奇(き)なれとも亦(また)疑(うたかふ)へき者(もの)あり凡(をよそ)何(なに)の病(やまひ)にて
も脂膏(あぶら)を吐(はき)つ下(くたす)と云(いふ)事はなし只(たゝ)此(この)痢病(りひやう)は
何(なに)ゆへに脂膏(あぶら)を下(くたす)と云(いふ)事も分明(ふんみやう)ならず凡(をよそ)脂膏(あぶら)
と云(いふ)物(もの)は鳥獣魚鼈(てうじうきよへつ)の脂(あぶら)又は草木(さうもく)の油(あぶら)にても水(みづ)

【右丁】
に化(くは)せざるなり況(いはん)や人(ひと)の脂膏(あふら)水(みつ)に和(くは)すべき物(もの)にあら
ず痢病(りひやう)の下(くたす)所を見(みる)に水(みつ)に和(くは)せさる事なし然(しか)れは脂(あふ)
膏(ら)とは云(いひ)難(かた)し是 古来(こらい)の論(ろん)の皆(みな)疑(うたかふ)へきなり然(しか)れは痢(り)
病(ひやう)は何(なに)に因(より)てか此症(このしやう)を為(なし)下(くたす)所は是 何物(なにもの)なるやと云(いふ)に古(こ)
来(らい)の論(ろん)に依(より)今(いま)を以(もつて)是を見(みる)に此症(このしやう)大抵(たいてい)似二(ふたり)【注 「ふたつ」ヵ】に因(より)て発(をこる)に
似(に)たり何(なに)をか二(ふたつ)と云(いふ)暑邪(しよじや)と飲酒(いんしゆ)となり其(その)下(くたす)所の物(もの)は
是 敗血(はいけつ)のみなるへし凡(をよそ)痢病(りひやう)は夏(なつ)秋(あき)暑気(しよき)の時(とき)に是(これ)有(あれ)は
其 暑(しよ)邪(じや)なる事 知(しる)へしされども酒(さけ)を飲(のま)ざる者(もの)は此(この)
病(やまひ)を為(なす)事 甚(はなはた)少(すくな)し只(たゝ)多(おほく)は皆(みな)大(おほいに)飲(のむ)の人(ひと)に有(あり)或(あるひ)は冬時(とうし)環寒(かん)

【左丁】
天(てん)不時(ふし)に此病(このやまひ)を為(なす)者(もの)は皆(みな)尽(こと〳〵く)飲酒(いんしゆ)の人(ひと)にして飲(のま)ざる
者(もの)は絶(たへ)て是(これ)なし是又(これまた)痢病(りひやう)の酒(さけ)に因(よる)事を見(み)つへし凡(をよそ)
人(ひと)暑気(しよき)に中(あたれ)は身体(しんたい)皆(みな)赤(あか)し是(これ)血(ち)の動(うこく)なり古来(こらい)中(ちう)
暑(しよ)の症(しやう)を論(ろん)して面(おもて)垢(あかつく)といへり是(これ)外(ほか)より塵垢(ちりあか)の
附(つく)にはあらす動血(とうけつ)に因(より)て面(おもて)赤(あか)くなり赤色(あかいろ)変(へん)して黒(くろく)
なるゆへに垢(あか)のつきたることくなるなり又(また)或(あるひ)は寒天(かんてん)の時(とき)
炭火(すみひ)に灸(あぶり)ても手(て)面(おもて)赤(あか)くなるなり是 暑熱(しよねつ)ともに
血(ち)を動(うこかす)なり動(うこけ)は則(すなはち)敗(やふる)るなり夏時(かじ)の暑邪(しよしや)に感(かん)ずる
事 一旦(いつたん)にあらず日々(にち〳〵)にして是に感(かん)すれは敗血(はいけつ)も亦(また)

【右丁】
日々(にち〳〵)に積(つむ)独(ひとり)暑邪(しよしや)の血(ち)を敗(やふる)さへあるに又(また)大(おほい)に酒(さけ)を飲(のむ)
をや凡(をよそ)血(ち)を敗(やふる)物(もの)酒(さけ)より甚(はなはた)しきはなし此(この)両事(りやうじ)に因(より)
て傷所(やふるところ)の敗血(はいけつ)腸胃(ちやうゐ)の間(あひた)に滲入(もれいり)て終(つゐ)に痢病(りひやう)となる
其(その)赤白(しやくひやく)を為(なす)者(もの)は敗血(はいけつ)滞(とゝこほる)事(こと)久(ひさし)からずして通(つう)ずれは
直(しき)に鮮血(せんけつ)を下(くたす)漸(やうやく)滞(とゝこほり)て通(つう)ずれは血色(けつしよく)変(へん)して淡紅(たんこう)を
なし褐色(かきいろ)を下(くたす)滞(とゝこほる)事 久(ひさし)くして通(つう)ずれは血(ち)全(まつたく)腐化(ふくは)
して白膿(しろきうみ)となりて白物(しろきもの)を下(くたす)なり是 只(たゝ)瘡瘍(さうやう)に同(をなし)
瘡腫(さうしゆ)熟(しゆく)せずして破(やふる)る者(もの)は鮮血(せんけつ)を出(いたし)漸(やうやく)熟(しゆく)しては
淡紅(たんこう)を出(いたし)全(まつたく)熟(しゆく)しては青白膿(せいはくのう)を出(いたす)凡(をよそ)の瘡瘍(さうやう)も其(その)

【左丁】
初所(はしまるところ)は只(たゝ)一味(いちみ)の敗血(はいけつ)なり瘡毒(さうとく)に因(より)て変化(へんくは)して膿(うみ)と
なる痢病(りひやう)下所(くたすところ)も亦(また)是に異(こと)なる事なし是 張子和(ちやうしくは)の
赤白痢(しやくひやくり)は寒熱(かんねつ)を分(わかつ)へからず只(たゝ)新旧(しんきう)を分(わかつ)へし仮令(たとへ)は
癰癤(やうせつ)の始(はしめ)は赤血(しやくけつ)にして次(つぎ)は潰(つゐえ)て白膿(はくのう)となると云(いふ)の
説(せつ)なり膿(うみ)となるゆへに稠粘(ちやうねん)とてねばり有(ある)なり故(かるかゆへ)に
内経(たいきやう)に此症(このしやう)を論(ろん)じて腸僻(ちやうへき)便血(べんけつ)と云(いひ)又 腸僻(ちやうへき)白沫(はくまつ)を下(くたす)
と云(いひ)又 腸僻(ちやうへき)膿血(のうけつ)を下(くたす)と云(いふ)て初(はしめ)より食積(しよくしやく)を下(くたし)脂膏(あぶら)
を下(くたす)の説(せつ)は是(これ)なし夏暑(かしよ)の時(とき)衆人(しうしん)同(をなしく)是を病者(やむもの)は暑(しよ)
気(き)を苦(くるしむ)事は貴賎(きせん)老弱(らうしやく)異(こと)なる事なし然(しか)れは同(おなしく)

【右丁】
是に傷(やふれ)て其(その)病症(ひやうしやう)を同(をなし)くする事 怪(あやしむ)へきにあらず彼(かの)
飲食(いんしい)の人(ひと)に因(より)て同(をなし)からざることきにはあらす只(たゝ)酒(さけ)は
飲者(のむもの)は諸人(しよにん)同(をなし)けれは又 同(をなし)く此症(このしやう)を為(なす)なり扨(さて)此症(このしやう)は
元来(くわんらい)暑邪(しよしや)なるゆへに冬時(とうし)には此症(このしやう)時行(しかう)してはやる
と云事は絶(たへ)て是なし冬時(とうし)といへども間(まゝ)此症(このしやう)を為(なす)
者(もの)は皆(みな)是(これ)大(おほい)に飲人(のむひと)なり冬寒(とうかん)の時(とき)さへ大(おほい)に飲(のめ)は是を為(なす)
況(いはん)や夏暑(かしよ)の時(とき)をや酒(さけ)先(まつ)其内(そのうち)を傷(やふり)暑邪(しよしや)又 其外(そのほか)を傷(やふる)
其(その)敗血(はいけつ)の痢病(りひやう)を為(なす)事 怪(あやしむ)に足(たる)事なし小児(せうに)も亦(また)多(おほく)此症(このしやう)
を為(なす)事は皮膚(ひふ)腸胃(ちやうゐ)も脆(もろ)く嫩(やはらか)なるゆへに殊(こと)に暑邪(しよしや)に

【左丁】
傷(やふれ)易(やす)し又 疫痢(ゑきり)と云(いふは)一方(いつはう)一郷(いつきやう)病(やまひ)相同(あひをなしく)して疫毒(ゑきとく)痢病(りひやうと)
為(なす)なり疫(ゑき)とは疫癘(ゑきれい)とて悪毒(あくとく)の気(き)なり是(これ)専(もつはら)運気(うんき)に因(よる)
事なれは人事(しんし)の為(なす)所(ところ)にあらず故(かるかゆへ)に此症(このしやう)は飲(のま)ざる者(もの)も免(まぬかれ)
さるなり凡(をよそ)病(やまひ)の天(てん)に因(よる)ものは為(す)へき事なし唯(たゝ)酒(さけ)の病(やまひ)
を為(なす)は皆(みな)是(これ)人(ひと)に因(よる)事なれは能(よく)慎(つゝしみ)て保養(ほうやう)を為(なす)時(とき)は病(やまひ)の患(うれひ)
を致(いたす)事なかるへし
  痰飲論
○痰飲(たんいん)とは常(つね)に云(いふ)所(ところ)の痰症(たんしやう)なり粘(ねはき)を痰(たん)と云(いひ)稀(うすき)を飲(いん)
と云(いふ)其症(そのしやう)湿痰(しつたん)燥痰(さうたん)熱痰(ねつたん)寒痰(かんたん)風痰(ふうたん)気痰(きたん)鬱痰(うつたん)【欝は俗字】虚(きよ)

【右丁】
痰(たん)食痰(しよくたん)酒痰(しゆたん)等(とう)の品(しな)あり此外(このほか)哮喘(かうせん)の症(しやう)あり是(これ)俗(ぞく)に
云(いふ)喘息痰(せんそくたん)なり諸(もろ〳〵)の痰症(たんしやう)常(つね)に是(これ)有(あり)といへとも大(おほい)なる害(かい)
を為(なす)事 少(すくな)し或(あるひ)は寒熱(かんねつ)風湿(ふうしつ)の痰(たん)を為者(なすもの)は其(その)邪気(しやき)去(され)
は痰(たん)も亦(また)愈(いゆ)るなり又 気(き)に因(より)鬱(うつ)【欝は俗字】に因(より)虚(きよ)に因(より)て痰(たん)を為(なす)
者(もの)は是 元来(くわんらい)の病症(ひやうしやう)有(ある)に因(より)て又 痰(たん)を為(なす)痰(たん)は本病(ほんひやう)にあらず
唯(たゝ)酒痰(しゆたん)の症(しやう)常(つね)に甚(はなはた)多(おほ)し是 只(たゝ)酒(さけ)に因(より)て発(をこれ)は酒(さけ)さへ過度(くはど)
する事なき時(とき)は是を致(いたす)事なし酒(さけ)いかにして痰(たん)を為(なす)やと
云(いふ)に凡(をよそ)痰症(たんしやう)種々(しゆ〳〵)なりといへとも湿熱(しつねつ)薫烝(ふすべむし)て津液化(しんゑきくは)し
て痰(たん)となるなり扨(さて)湿熱(しつねつ)の外(ほか)を傷(やふり)内(うち)を傷(やふる)事も亦(また)種々(しゆ〳〵)

【左丁】
なりといへとも其 殊(こと)に甚(はなはた)しきは酒(さけ)に過(すき)たるはなし酒(さけ)の
質(かたち)は水なれは是 湿(しつ)を為(なし)酒(さけ)の気(き)は悍(たけく)して是 熱(ねつ)を為(なす)此(この)湿(しつ)
熱(ねつ)の甚(はなはた)しき物を用(もちひ)て日夜(にちや)不断(ふたん)腸胃(ちやうゐ)胸膈(けうかく)を薫蒸(ふすべむし)て
痰(たん)を為(なさ)ざる事有へきや古来(こらい)の説(せつ)に醇酒(しゆんしゆ)湿熱(しつねつ)蒸鬱(むしうつ)し
て痰(たん)を為(なす)と云(いひ)又 酒後(しゆご)水(みつ)を飲(のみ)脾胃(ひゐ)に滞(とゝこほり)て痰(たん)を為(なす)とも
いへり儒門(しゆもん)事親(じしん)には飲酒(いんしゆ)過(すき)て多(おほく)腸胃(ちやうゐ)已(すてに)満(みち)滲泄(もるゝ)に及(をよは)ず
久(ひさし)くして留飲(りういん)と為(なる)といへり玉機微義(ぎよくきびぎ)に痰(たん)は酒飲(しゆいん)に因(より)
て得(とる)者有といへり仁斎直指方(じんさいじきしはう)に酒家(しゆか)痰(たん)に因(より)て手 臂(ひじ)
痛(いたみ)重(をもく)して麻痺(しひれ)と為(なる)といへり王節斎(わうせつさい)は老痰(らうたん)は大率(おほむね)飲(いん)

【右丁】
酒(しゆの)人(ひと)多(おほく)是(これ)有(あり)酒気(しゆき)升(のほり)て火(ひ)と為(なり)肺(はい)と胃脘(ゐくわん)と皆(みな)火邪(くはしや)と
受(うく)故(かるかゆへ)に鬱滞(うつたい)【欝は俗字】して淡(たん)と為(なる)といへり大抵(たいてい)眩暈(けんうん)の症(しやう)も多(おほく)は
風痰(ふうたん)に因(より)て発(をこれ)とも是も亦(また)酒(さけ)に因(よる)羅謙甫(らけんほ)は老人(らうしん)の風痰(ふうたん)眩(けん)
暈(うん)を治して是 少壮(せうさう)の時(とき)喜(このみ)て酒(さけ)を飲(のみ)ける故(ゆへ)なりといへり朱丹(しゆたん)
溪(けい)は諸病(しよひやう)痰(たん)より生(しやう)ずといへりされとも総(すへ)【惣は総の旧字總の俗字】て痰(たん)有者(あるもの)ことに諸(しよ)
病(ひやう)を為(なす)にもあらず痰(たん)の能(よく)諸病(しよひやう)を為者(なすもの)は只(たゝ)酒痰(しゆたん)なりされとも
是又 痰(たん)の変化(へんくは)して諸病(しよひやう)を為(なす)にはあらず元来(くわんらい)酒毒(しゆとく)損傷(そんしやう)を
為(なし)て諸病(しよひやう)を生(しやう)せんとして先(まつ)此痰(このたん)を為(なす)なりされは痰(たん)は
諸病(しよひやう)の根本(こんほん)にはあらずして是 諸病(しよひやう)の苗芽(なえきざし)なり古語(こご)にも

【左丁】
苗芽(ひやうが)にして去(さら)されは終(つゐ)に斧斤(ふきん)を用(もちゐ)むとすといへり
是 樹木(しゆもく)の類(たくひ)も苗(なえ)の時(とき)には去(さり)易(やす)し大木(たいぼく)に至(いたり)ては去(さり)難(かたき)と
いへりされは酒(さけ)の痰(たん)を為(なす)は是 大病(たいひやう)の苗芽(なえきさし)なりと心得(こゝろえ)て過(くは)
飲(いん)を止(やめ)て是を治(ぢ)すれは大病(たいひやう)に至(いたる)の患(うれひ)なかるへし或(あるひ)は労咳(らうがい)
痰血 等(とう)の症(しやう)酒に因て其内(そのうち)を傷て是を致者(いたすもの)常(つね)に多(おほく)
して又治する事 難(かた)し證治準縄(しうぢしゆんせう)に冷熱酒(れいねつしゆ)を飲(のめ)は肺(はい)を
傷(やふり)て嗽(せき)を致是を湊肺(さうはい)と云(いふ)といへり世の人の言に常に
痰(たん)を苦(くるしむ)ゆへに芋(いも)の類 其外(そのほか)毒物(とくもつ)を断(たち)て薬(くすり)をも服(ふく)すれとも
竟(つゐ)に愈(いへ)ざるはいかにそや是 治(ぢ)すべからざるの病(やまひ)なりといへり

【右丁】
さいふりとおもへは酒(さけ)は常(つね)に用(もちひ)て止(やむ)事なし何(なに)よりも大毒(たいどく)
なる物(もの)を用(もちひ)て薬(くすり)の功(こう)あらず病(やまひ)の治(ぢ)せざるを怪(あやしむ)へきや昔(むかし)
人(ひと)ありて夏月(かけつ)炎暑(ゑんしよ)の時に衣服(いふく)を厚(あつく)重(かさね)着(き)て団扇(うちは)にて
あふがせて能(よく)涼(すゝし)からずと怒(いかり)て扇(あふ)ける者(もの)を殺(ころし)けるとなり
又 一人(いちにん)は冬月(とうけつ)寒天(かんてん)に密室(みつしつ)に閉蔵(とぢこもり)飽(あく)まで食(くらひ)暖(あたゝか)に衣(き)
て炭火(すみひ)に灸(あふり)熱酒(ねつしゆ)を飲(のみ)汗(あせ)を流(なかし)て今(いま)此時節(このじせつ)にかく暖(あたゝか)なる
は天気(てんき)甚(はなはた)不順(ふしゆん)なりと云(いひ)けるとや彼(かの)僅(わつか)に芋(いも)をは食(くは)ね
ども酒(さけ)をは大(おほい)に是を飲(のみ)て痰(たん)の治(ぢ)せずと云(いふ)人(ひと)は大方(おほかた)此(この)
天気(てんき)不順(ふしゆん)に近事(ちかきこと)にやとそおぼゆれ

【左丁】
   心痛論
○心痛とは胸(むね)の痛 病(やまひ)なり其症 種々(しゆ〳〵)の品(しな)あり内経(たいきやう)に真心痛(しんしんつう)
は手足(てあし)凊(ひへ)て節(ふし)に至(いたり)心痛(しんいたむ)事 甚(はなはた)し旦(あした)に発(をこり)て夕に死(し)し夕(ゆうへ)に
発(をこり)て旦(あした)に死(し)すといへり又 胃脘痛(ゐくわんつう)は胃脘心に当て痛なり
心痛(しんつう)総(すべ)て九 種(しゆ)の品(しな)有(ある)事 病源論に見(みへ)たり其病症病因
亦種々の説あり今(いま)此症(このしやう)を為者は経(きやう)に所謂(いはゆる)真心痛の者(もの)は
稀(まれ)にして多(おほく)は皆(みな)胃 脘痛(くわんつう)なり仁斎直指(しんさいじきし)等(とう)に所謂病心の
《振り仮名:𫃠絡|はうらく》に在者(あるもの)なり其症(そのしやう)胸膈(けうかく)の正中心に当(あたる)所(ところ)痛(いたみ)を為其物
は痛(いたみ)少(すこし)きにして隠(ゐん)々として時(とき)に痛(いたみ)時(とき)に止(やみ)久(ひさし)くして其痛

【右丁】
を増(まし)或(あるひ)は肩(かた)背(せなか)両肘(りやうひぢ)に引(ひき)痛 歩行(ほかう)労働(らうとう)する時は其痛 殊(こと)に
甚(はなはた)しされとも多(おほく)は別(べつ)に苦所なく或(あるひ)は寒熱(かんねつ)不食(ふしよく)等(とう)の症(しやう)も
なくて気力(きりよく)も常(つね)に異(こと)なる事なし只 胸(むね)の痛を覚(おほゆ)るのみ
かくて或(あるひ)は十日二十日或は一月二月久き時(とき)は半年一年に
至者(いたるもの)あり其上にて皆(みな)卒(にはか)に死(し)するなり是 経(きやう)に所謂(いはゆる)真(しん)
心痛(しんつう)にはあらざる故(ゆへ)に旦(あした)に発(をこり)て夕(ゆうへ)に死(し)するにはあらされとも
其痛心に当(あたる)ゆへに其死するに至(いたり)ては又 甚(はなはた)急卒(きふそつ)なり扨(さて)其(その)
病因(ひやうゐん)古来(こらい)論(ろん)ずる所(ところ)種々(しゆ〳〵)なりといへとも今(いま)此症(このしやう)を為者は
只(たゝ)酒(さけ)に因(より)て是を致(いたす)なりそれはいかにと云(いふ)に凡(をよそ)酒を飲(のま)

【左丁】
ざる者(もの)は絶(たへ)て此症を為(なす)事なし若(もし)飲(のま)ざる者(もの)にして心胸(しんけう)
の痛(いたみ)を為者は或(あるひ)は痞(ひ)積(しやく)痰飲の類(るい)にて其痛所は同(をなし)といへ
とも彼卒死の症(しやう)を為事なく多(おほく)は皆(みな)愈(いゆ)るなり唯(たゝ)酒に
因者は治する事なし又 飲(のむ)といへとも甚多からざる者
は此症(このしやう)を為事 少(すくな)し只 日夜(にちや)不断(ふたん)大(おほい)に飲者にして必(かならす)
是を為 然(しか)れは是 酒(さけ)に因事 明(あきらか)なり朱(しゆ)丹 渓(けい)の説(せつ)に飲(いん)
酒(しゆ)の者は心脾(しんひ)痛を為(なす)事をいへり酒いかにして心痛を
為やと云(いふ)に是酒毒 瘀(お)血の致(いたす)所なり凡(をよそ)酒(さけ)の血(ち)を敗(やふり)
乱(みたる)事 前(ぜん)段所々に是を論(ろん)ず酒 毒(とく)瘀血(おけつ)腹(ふく)中に有(あれ)は塊(くわい)

【右丁】
積(しやく)腹痛(ふくつう)を為(なし)肉裡(にくり)に滞は瘡腫(さうしゆ)を為 其(その)留(とまり)滞 所(ところ)に因(より)
て病症(ひやうしやう)を異(こと)にするなり今 此(この)心痛(しんつう)は瘀血心蔵の傍(かたはら)
に滞て心(しん)と相輾(あひきしる)ゆへに痛(いたみ)を為(なす)されとも是 只(たゝ)瘀血(おけつ)の
滞(とゝこほる)のみなるゆへに他(た)の症候(しやうこう)を為事もなく別(へつ)に苦(くるし)む
所(ところ)もなし扨(さて)其 死(し)するの甚(はなはた)急卒(きふそつ)なる事は是瘀血
の急(きふ)に心蔵(しんさう)を攻(せむる)なり心(しん)は君主(くんしゆ)の官(くわん)神 明(めい)の出(いつ)る所(ところ)なり
是を攻(せむ)る時(とき)は神気(しんき)昏(くらく)絶(たへ)血 脈(みやく)流行(めくり)を止故に其(その)死(し)す
る事 急卒(きうそつ)なり虞(ぐ)天 民(みん)の説(せつ)に真心痛(しんしんつう)は大寒(たいかん)心
君(くん)を触(ふれ)犯事 有(ある)と又 汚血(おけつ)心を衝(つく)となり手足(てあし)青(あをく)

【左丁】
して節(ふし)を過(すく)る者(もの)は旦(あした)に発(をこり)て夕(ゆふへ)に死(し)し夕(ゆふへ)に発(をこり)て
旦(あした)に死(しす)といへり若(もし)初(はしめ)に心痛(しんつう)を為(なし)後(のち)に吐血(とけつ)を為(なす)者(もの)あり
是は或(あるひ)は治(ぢ)する事あり治(ぢ)せざるも有(あり)といへとも卒死(そつし)を
為(なす)事は是なし瘀血(おけつ)已(すで)に出(いつ)るゆへなりされは彼(かの)急死(きふし)
を致(いたす)事は是 瘀血(おけつ)の心蔵(しんさう)を衝攻(つきせむる)に因(よる)事を見(み)つへし
総(すべ)て此症(このしやう)の恐(おそる)へき事さのことくなれは大(おほい)に飲人(のむひと)にて若(もし)
心痛(しんつう)を為(なす)事あらは其痛(そのいたみ)只(たゝ)毫厘(がうり)毛(け)の末(さき)程(ほど)も是を覚(おほゆ)
る事 有(あら)は急々(きふ〳〵)に良医(りやうい)に憑(より)て薬(くすり)を服(ふく)し酒(さけ)を断(たち)其(その)
外(ほか)調理(てうり)を愼(つゝしみ)て能(よく)養生(やうしやう)を為(なす)時(とき)は或(あるひ)は愈(いゆ)る事ある

【右丁】
へし常(つね)の人(ひと)は此症(このしやう)のかくのことくなる事を知(しら)ざるゆへに
多(おほく)は皆(みな)是を忽(ゆるかせ)にして其(その)初(はしめ)痛(いたみ)の軽(かろき)時(とき)は少(すこし)も是を恐(をそる)る
事なく其症(そのしやう)の稍(やゝ)重(をもき)に至(いたり)ては是を療(りやう)ずといへとも決(けつ)
して治(ぢ)する事なし独(ひとり)此症(このしやう)のみにあらず凡(をよそ)の病(やまひ)少(すこし)き
苦(くるし)む所(ところ)有時(あるとき)は急々(きふ〳〵)に是を治(ぢ)して少(すこし)も遅延(ちゑん)する事
有(ある)へからず病(やまひ)の軽(かろき)時(とき)は速(すみやか)に治(ち)し易(やす)し重(をもき)に至(いたり)ては治(ち)
する事 難(かた)し況(いはん)や人(ひと)の病(やまひ)は昔(むかし)に異(こと)なる事なく殊更(ことさら)
前輩(せんはい)の論(ろん)にも今(いま)の世(よ)の人(ひと)は情欲(しやうよく)も多(おほ)けれは病(やまひ)も
亦(また)多(おほく)て治(ち)し難(かた)しといへり医(い)の術(しゆつ)は又 古(いにしへ)に及(をよは)ざる事

【左丁】
遙(はるか)に遠(とを)しされは昔(むかし)よりも治(ぢ)し難(かた)き病(やまひ)を以(もつて)古(いにしへ)に
及(をよは)ざるの医人(いしん)に治(ぢ)せしむる事なれは其病(そのやまひ)の軽(かろき)時(とき)に治(ち)
するこそ宜(よろし)かるへきを世(よ)の人(ひと)多(おほく)は其(その)軽(かろき)時(とき)は是を弄(もてあそひ)視(み)て
重(おもき)に至(いたり)て卒(にはか)に憂(うれひ)懼(おそる)るとも固(もとより)亦(また)晩(をそ)し昔(むかし)斉国(せいこく)の主(あるし)
桓公(くわんこう)と聞(きこへ)しは或時(あるとき)扁鵲(へんじやく)と云(いひ)し明医(めいい)を見給(みたまひ)ける
に此(この)扁鵲(へんしやく)申(まうし)けるは君(きみ)疾(やまひ)有(あり)腠理(そうり)に在(あり)治(ぢ)せずんは将(まさ)に
深(ふか)からんとす桓公(くわんこう)の云(いはく)寡人(くはしん)疾(やまひ)なしと又 人(ひと)に語(かたり)て甚(はなはた)
しきかな医(い)の利(り)を好事(このむこと)寡人(くはしん)疾(やまひ)なし然(しか)るに疾(やまひ)有(あり)
と云(いふ)とて打過(うちすぎ)給(たまひ)けるに後(のち)五日(こにち)にして又 見(み)て 云(いはく)君(きみ)

【右丁】
疾(やまひ)有(あり)血脈(けつみやく)に在(あり)治(ち)せすんは将(まさ)に深(ふか)からんとす後(のち)五日(こにち)
又 見(まみへ)て云(いはく)君(きみ)疾(やまひ)有(あり)腸胃(ちやうゐ)の間(あひた)に在(あり)治(ち)せすんは将(まさ)に深(ふか)
からんとす後(のち)五日(こにち)に桓公(くわんこう)を望(のぞみ)見(み)て退(しりそき)走(はしり)て云(いはく)疾(やまひ)腠(そう)
理(り)に在(あれ)は湯熨(たうゐ)の及(をよふ)所(ところ)なり血脈(けつみやく)に在(あれ)は鍼石(しんせき)の及(をよふ)所(ところ)な
り腸胃(ちやうゐ)に在(あれ)は酒醪(しゆらう)の及(をよふ)所(ところ)なり其(その)骨髄(こつずい)に在(あれ)は司命(しめい)
といへとも是を如何(いかん)ともする事なし今(いま)骨髄(こつずい)に在(あり)臣(しん)
是(こゝ)を以(もつ)て請(こう)事なし後(のち)五日(こにち)に桓公(くわんこう)病(やまひ)発(をこる)彼(かの)扁鵲(へんじやく)を
召(めし)けれとも扁鵲(へんしやく)已(すて)に逃去(にけさる)桓公(くわんこう)つゐに薨(かう)じ給(たまへ)り
とかやさはかりの扁鵲(へんしやく)だにも病(やまひ)の重(をもき)に至(いたり)ては逃走(にけはしり)て

【左丁】
治(ぢ)する事を得(え)ずされは良医(りやうい)の言(こと)をは能(よく)慎(つゝしみ)て聴(きく)へき
事にこそ今(いま)の世(よ)の医者(いしや)人(ひと)の為(ため)に病(やまひ)を治(ぢ)して其(その)重(をもき)に
至(いたり)て是を辞退(したい)するを世(よ)の諺(ことはざ)に是を逃(にくる)と云(いひ)て貶(をとしむる)やう
なれとも彼(かの)扁鵲(へんしやく)も桓公(くわんこう)の病(やまひ)を見(み)て逃(にけ)たりと有(ある)なれ
は是 医者(いしやの)にげたる濫觴(らんしやう)と云(いひ)つへしされは古今(ここん)
天下(てんか)に一人(いちにん)の明医(めいい)さへ逃(にくる)なれは今(いま)の医(い)のおきつこ
ろびつ逃(にくる)をも笑(わらふ)へき事にもあらずかし
  腹痛論
○腹痛(ふくつう)とは腹(はら)の痛(いたむ)病(やまひ)なり凡(をよそ)腹痛(ふくつう)寒熱(かんねつ)あり虚実(きよじつ)

【右丁】
緩急(くわんきふ)微甚(びじん)の同(をなし)からざる有(あり)是 皆(みな)寒熱(かんねつ)外邪(くはいしや)飲食(いんしい)内傷(ないしやう)
に因(より)或(あるひ)は積聚(しやくしゆ)【注①】癥瘕(ちやうが)【注②】気滞(きたい)血塊(けつくわい)【注➂】皆(みな)能(よく)腹痛(ふくつう)を為(なす)其外(そのほか)
諸症(しよしやう)亦(また)多(おほ)かるへし唯(たゝ)飲酒(いんしゆ)の過度(くはど)に因(より)て腹痛(ふくつう)を為(なす)事
常(つね)に甚(はなはた)多(おほく)して然(しか)も治(ぢ)し難(かた)し其症(そのしやう)他(た)の腹痛(ふくつう)に同(をなし)
からず急卒(きふそつ)に痛(いたみ)甚(はなはた)しきにあらず腹中(ふくちう)隠々(ゐん〳〵)として常(つね)
に痛(いたみ)て已(やま)ず或(あるひ)は昼(ひる)甚(はなはた)しく或(あるひ)は夜(よる)甚(はなはた)しく或(あるひ)は毎日(まいにち)
或(あるひ)は間日(かんしつ)或(あるひ)は発(をこり)或(あるひ)は止(やみ)食後(しよくこ)は痛(いたみ)多(おほく)は甚(はなはた)し其痛(そのいたみ)発(をこる)
時(とき)は噯気(をくび)【注④】嘔噦(むかひけ)【注⑤】あり久(ひさし)くして食(しよく)を妨(さまたけ)綿延(なかびき)て已(やま)ず
一月(いちけつ)二月(にけつ)半年(はんねん)一年(いちねん)三五年(さんこねん)の久(ひさしき)に至(いたる)者(もの)あり酒(さけ)いかに

【注① 腹部、胸部に起る激痛。さしこみ。】
【注② 腹がふくれあがる病気。】
【注③ 血液のかたまり。また、古く、体内に血のかたまりができる病気。】
【注④ おくび=げっぷ。】
【注⑤ むかいけ=はきけ。】

【左丁】
して此症(このしやう)を為(なす)やと云(いふ)に是 先(まつ)酒毒(しゆとく)胃(ゐ)を傷(やふり)中焦(ちうせう)の気(き)乏(ともし)
く健(すくやか)に運(めぐら)ずして痛(いたみ)を為(なす)或(あるひ)は酒熱(しゆねつ)に気(き)内(うち)に鬱滞(うつたい)【欝は俗字】して
痛(いたみ)を為(なし)或(あるひ)は年月(としつき)の久(ひさし)きに至(いたり)て痛(いたみ)止(やま)ざる者(もの)は是 酒(さけ)の腹中(ふくちう)
の血(ち)を敗(やふり)瘀血(おけつ)凝滞(こりとゝこほり)て痛(いたみ)を為(なし)弥(いよ〳〵)久(ひさし)き者(もの)は瘀血(おけつ)形(かたち)を為(なし)
て塊積(くはいしやく)と為(なる)凡(をよそ)食滞(しよくたい)等(とう)の腹痛(ふくつう)は急(きふ)に甚(はなはた)しといへとも
其(その)食(しよく)消化(せうくは)通利(つうり)すれは痛(いたみ)則(すなはち)止(やむ)酒毒(しゆとく)腹痛(ふくつう)は酒(さけ)直(じき)に痛(いたみ)を
為(なす)にあらず酒(さけ)の血(ち)を敗(やふり)て瘀血(おけつ)痛(いたみ)を為(なす)此(この)瘀血(おけつ)は当時(たうじ)に
通利(つうり)消化(せうくは)する事なし故(かるかゆへ)に痛(いたみ)久(ひさし)くして治(ち)し難(かた)し
然(しか)るのみにあらず此症(このしやう)を為者(なすもの)は元来(くわんらい)好(このみ)て飲(のむ)人(ひと)にて殊(こと)に

【右丁】
痛(いたみ)の酒(さけ)に因(よる)事も知(しら)ず又 飲時(のむとき)は鬱滞(うつたい)【欝は俗字】瘀血(おけつ)酒(さけ)を得(え)て
暫(しはらく)行(めくる)ゆへに其(その)痛(いたみ)必(かならす)止(やみ)て快(こゝろよき)事を覚(おほゆ)るなり是 酒(さけ)の宜(よろし)
きと心得(こゝろえ)て常(つね)に飲(のみ)て止(やま)ず是 只(たゝ)一時(いちじ)の快(こゝろよき)を覚(おほゆ)れとも
其病(そのやまひ)を減(げん)ずるにはあらず却(かへり)て是を増長(ぞうちやう)する事を知(しら)
ずさるゆへに是を治(ぢ)するに薬(くすり)をは服(ふく)すれとも酒(さけ)をは止(やむ)
る事なし服薬(ふくやく)は其(その)分量(ぶんりやう)も一日(いちにち)に一二盞(いちにさん)に限(かきる)へし酒(さけ)は
一二盞(いちにさん)にも限(かきら)ざれは是を治(ぢす)る事を為(なす)とも亦(また)是を乱(みたる)事を
為(なす)は終(つゐ)に益(えき)有(ある)事を見(み)ず水(みつ)は火(ひ)に勝(かつ)物(もの)なれとも一盃(いつはい)の
水(みつ)にて一車(ひとくるま)の薪(たきゝ)の火(ひ)は消(けさ)れざるなりかくて病(やまひ)の治(ぢ)せざ

【左丁】
るは医者(いしや)の罪(つみ)にあらさるへしされと医人(いしん)も亦(また)其病(そのやまひ)
の酒(さけ)に因(よる)事を能(よく)知(しら)は是を教(をしへ)て酒(さけ)を断(たゝ)しめて薬(くすり)を与(あたゆ)べ
し若(もし)是に従(したかは)ざる者(もの)は扁鵲(へんじやく)の所謂(いはゆる)病(やまひ)に六(むつ)の治(ぢ)せざる事
有(ある)中(うち)に驕恣(きやうし)にして理(り)を論(ろん)せす一(ひとつ)の治(ぢ)せざるなりと云(いへ)
る者(もの)なれは絶(たへ)て薬(くすり)を与(あたゆ)へからず然(しか)るに其病(そのやまひ)を知(しれ)ども
其人(そのひと)の好(このみ)に違(たかはん)事を恐(をそれ)て是を云(いふ)事なく或(あるひ)は初(はしめ)より其(その)
病(やまひ)を知(しら)ずして疝気(せんき)の痰(たん)のとて是を治(ぢ)すれども其病(そのやまひ)
に的中(あたら)ざれは愈(いゆる)事なしかくのこときは医者(いしや)の罪(つみ)とも
云(いひ)つへしされは始(はしめ)より医(い)の良者(よきもの)を択(えらひ)て能(よく)其(その)言(こと)

【右丁】
に従(したかひ)てこそは病(やまひ)の治(ぢ)する事をは冀(こひねかふ)へし彼(かの)扁鵲(へんじやく)の
病(やまひ)に六(むつ)の治(ぢ)せざる事 有(あり)と云(いふ)に驕恣(きやうし)不(す)_レ論(ろんせ)_レ理(りを)一(ひとつ)の不(さる)_レ治(ちせ)
なりとは病(やまひ)に臨(のそみ)て我(わが)まゝにして養生(やうしやう)の道理(たうり)をも弁(わきまへ)ざ
るなり軽(かろんし)_レ身(みを)重(をもんす)_レ財(さいを)二(ふたつ)の不(さる)_レ治(ちせ)なりとは吝嗇者(しはきもの)は養生(やうしやうの)道(みち)
にも費(つゐえ)を厭(いとひ)銭(ぜに)財(たから)を惜(をしむ)なり衣食(いしよく)不(す)_レ適(かなは)三(みつ)の不(さる)_レ治(ぢせ)なりと
は寒(さむ)さ熱(あつ)さに随(したかひ)て衣服(いふく)の程(ほと)よき事なく又 しょく食物(しよくもの)の過(くは)
不及(ふきふ)昼夜(ちうや)の分(わかち)なく或(あるひ)は禁忌(きんき)を守(まもら)ざるなり蔵気(さうき)不(す)_レ定(さたまら)
四(よつ)の不(さる)_レ治(ちせ)なりとは五蔵(こさう)に五志(こし)あり其(その)志気(しき)喜怒(よろこびいかり)等(とう)の
定(さだまら)ざるなり羸(つかれて)不(ず)_レ能(あたは)_レ服(ふくすること)_レ薬 ̄を五(いつゝ)の不(さる)_レ治(ちせ)なりとは病(やまひ)重(をもき)に至(いたれ)

【左丁】
ども薬(くすり)を嫌(きらひ)て用(もちひ)ざるなり信(しんじて)_レ巫(ふを)不(す)_レ信(しんせ)_レ医(いを)六(むつ)の不(さる)_レ治(ぢせ)なり
とは病(やまひ)に臨(のそみ)て祈祷(きたう)祓(はらひ)を為(なし)て医薬(いやく)を用(もちひ)ざるなり実(げに)
もかゝる者(もの)は軽病(かろきやまひ)は重(をもく)なり重病(をもきやまひ)は治(ぢ)せざるに至(いたる)へし
是等(これら)の事は医人(いじん)の知(しる)べき事にはあらず只(たゝ)平人(へいにん)の常(つね)
に能(よく)思(おもふ)へき事なれは此(こゝ)に悉(くはし)く註(しるし)出(いた)せるは又 養生(やうしやう)の
一端(いつたん)なるへしや此(この)軽(かろんし)_レ身(みを)重(をもんす)_レ財(さいを)と云(いへ)るを寿世保元(しゆせいほうけん)に論(ろん)
ずる所(ところ)は扁鵲(へんしやく)の本意(ほんゐ)とは大(おほい)に齟齬(くひちかふ)に似(に)たり龔廷賢(けうていけん)
は総(すへ)て彼(かの)語(ご)を悪(あし)く心得(こゝろえ)られたるにやとこそ覚(おほゆ)れ
  翻胃論

【右丁】
○翻胃(ほんゐ)とは食物(しよくもつ)を胃中(ゐちう)より翻出(かへしいたす)病(やまひ)なり又 嘔吐(をうと)乾(かん)
嘔(をう)の症(しやう)あり古来(こらい)の論(ろん)に翻胃(ほんゐ)嘔吐(をうと)を分(わかち)て論(ろん)ずる事
あり然(しかれ)とも其(その)病因(ひやうゐん)も亦(また)大概(たいかい)異(こと)なる事なし是を分(わかち)
て論(ろん)ずへからざるに似(に)たり但(たゝ)反胃(ほんゐ)は食物(しよくもつ)胃中(ゐちう)に入(いり)久(ひさし)く
して出(いつる)なり其症(そのしやう)重(をもき)に似(に)たり嘔吐(をうと)は食物(しよくもつ)の当時(たうじ)に出(いつ)る
なり其症(そのしやう)軽(かろき)に似(に)たり嘔(をう)は声(こゑ)有(あり)て食物(しよくもつ)の出(いつ)るなり吐(と)
は声(こゑ)なくして食物(しよくもつ)の出(いつる)なり反胃(ほんゐ)の症(しやう)も食物(しよくもつ)の出(いつ)るに
当(あたり)ては此(この)二(ふたつ)を離(はなる)る事なし然(しか)れは反胃(ほんゐ)嘔吐(をうと)敢(あへ)て分(わかつ)
へきにあらず又 乾嘔(かんをう)と云(いふ)は吐声(はくこゑ)ばかり有(あり)て食物(しよくもつ)は

【左丁】
出(いで)ざるなり又 古来(こらい)反胃(ほんゐ)と噎隔(いつかく)を合(あはせ)論(ろん)ずる事あり
是 亦(また)然(しか)るべからず反胃(ほんゐ)は入(いり)たる食物(しよくもつ)を反(かへし)出(いたす)なり噎隔(いつかく)
は初(はしめ)より噎(むせ)ひ隔(へたて)て食物(しよくもつ)を入(いれ)ざるなり病因(ひやうゐん)も亦(また)同(をなし)から
されは合(あはせ)論(ろん)ずへきにあらず反胃(ほんゐ)嘔吐(をうと)の症(しやう)其(その)発(をこる)所(ところ)
種々(しゆ〳〵)の因(ゐん)ありといへとも第一(たいいち)酒(さけ)に因事(よること)多(おほ)し内経(たいきやう)に酒(さけ)
は水穀(すいこく)の精(せい)熟穀(しゆくこく)の液(ゑき)其(その)気(き)慓悍(ひやうかん)其(その)胃中(ゐちう)に入(いる)ときは胃(ゐ)
脹(はり)上逆(しやうぎやく)して胸中(けうちう)に満(みつ)といへり史記(しき)に淳于意(しゆんうゐ)と云(いふ)
明医(めいい)趙章(てうしやう)と云人(いふひと)の病(やまひ)を診(うかゝひ)て迵風(とうふう)なり飲食(いんしい)嗌(のど)に下(くだれ)
は輒(すなはち)出(いて)て留(とゝまら)ざるなり病(やまひ)是を酒(さけ)に得(え)たりといへり

【右丁】
病源論(ひやうけんろん)に人(ひと)常(つね)に日(ひ)已(すで)に没(ぼつ)すれは食(しよく)し訖(をはる)食(しよく)し訖(をはり)
て酒(さけ)を飲(のむ)事を用(もちひ)されは終身(しうしん)乾嘔(かんをう)を為(なす)【ママ】ずといへり又 三(さん)
因方(ゐんはう)に酒家(しゆか)の嘔吐(をうと)は解酲(けてい)の薬(くすり)を以(もつ)て是を解(げす)といへり
又 抱朴子(はうはくし)に十五傷(しふこしやう)を説(とき)て沈醉嘔吐(ちんすいをうと)其(その)一(ひとつ)なり古今(ここん)
医統(いとう)の説(せつ)に凡(をよそ)大(おほひ)に飲時(のむとき)は脾胃(ひゐ)湿熱(しつねつ)の傷(やふれ)有(あり)て漸々(せん〳〵)
運化職(うんくはしよく)を失(うしな)ふ是 反胃(ほんゐ)の自(より)て来所(きたるところ)なりといへり凡(をよそ)酒(さけ)
を飲(のみ)て大(おほい)に過(すく)れは当時(たうし)に吐逆(ときやく)する事 常(つね)の事なり是
先(まつ)酒(さけ)の反胃(ほんゐ)を為(なす)にあらずや此(この)当時(たうし)に吐(と)を為(なす)は飲(のむ)事
多(おほき)ゆへに胃中(ゐちう)に満(みち)て溢(あふれ)出(いつる)なり経(きやう)に所謂(いはゆる)物(もの)盛(さかん)に満(みち)て

【左丁】
上(のほり)溢(あふる)るなり凡(をよそ)他(た)の物(もの)に傷(やふ)れて吐(と)を為(なし)瀉(しや)を為(なす)は人(ひと)皆(みな)是
を病(やまひ)なりと知(しり)て酒(さけ)に傷(やふ)れて吐瀉(としや)するは是を病(やまひ)と為(せ)
ざるはいかにぞやされど此(この)一時(いちし)の吐(と)はさせる害(かい)もなく吐(と)を得(え)
て醉(えひ)も醒(さめ)易(やす)けれは憂(うれふ)へからざるに似(に)たり然(しか)れとも其(その)
吐(と)する時(とき)に酒(さけ)のみ出(いづる)にあらず他(た)の食物(しよくもつ)も共に出(いづ)へし
上(かみ)より入(いり)下(しも)より出(いつ)るこそ常(つね)の道理(たうり)なれ上(かみ)より出(いつる)事
宜(よろし)とすへき事なしかゝる事 度(たひ)を重(かさね)て終(つゐ)には内傷(ないしやう)
脾胃(ひゐ)の虚損(きよそん)を致(いたし)其上(そのうへ)にて又 或(あるひ)は寒暑(かんしよ)外邪(くわいしや)飲食(いんしい)停(てい)
滞(たい)に因(より)て実(じつ)に反胃(ほんゐ)の症(しやう)を為(なし)飲食(いんしい)湯薬(たうやく)口(くち)に至(いたれ)は

【右丁】
則(すなはち)吐(はき)只(たゝ)好(このみ)て冷水(れいすい)を飲(のむ)といへとも是 亦(また)留(とゝまる)事を得(え)ず
煩(わつらはし)く悶(もたへ)燥渇(かはき)て多(おほく)は治(ぢ)せざるに至(いたる)酒人(しゆじん)此症(このしやう)を為(なす)事
甚(はなはた)多(おほ)し常(つね)に飲(のみ)て吐(と)を為(なし)易(やすき)者(もの)は是を慮(をもんはかり)て大飲(たいいん)を
止(やむ)る時(とき)は此(この)患(うれひ)を免(まぬかる)へし酒(さけ)の此病(このやまひ)を為(なす)事 独(ひとり)今日(けふ)のみ
にあらず古(いにしへ)も亦(また)多(おほ)かるへし中(なか)にも彼(かの)艾子(がいし)と云(いひ)ける
人(ひと)はさばかり智弁(ちへん)の人(ひと)なりけるに大(おほい)に酒(さけ)を好(このみ)て常(つねに)
醒(さむる)日(ひ)少(すくな)し其(その)弟子(ていし)の輩(ともから)是を憂(うれひ)て相共(あいとも)に謀(はかり)て云(いひ)
けるは徒(たゞ)に諫(いさむ)るのみにては止(やむ)へからず険事(けはしきこと)にて是を
怵(おびやかす)へしとて彼(かの)艾子(かいし)大(おほい)に飲(のみ)て吐逆(ときやく)を為(なし)けるに其(その)

【左丁】
弟子(ていし)密(ひそか)に彘(いのこ)の腸(はらわた)を吐逆(ときやく)の中(うち)に入(いれ)置(をき)是を見(み)せて
凡(をよそ)人(ひと)は五蔵(こさう)を具(そなゆ)今(いま)公(こう)酒(さけ)に因(より)て一蔵(いちさう)を吐出(はきいた)せり五(こ)
蔵(さう)の中(うち)一蔵(いちさう)すでに出(いて)ては生(いく)る事 有(ある)へからずと云(いひ)け
れは艾子 熟(つり〳〵)【つく〳〵ヵ】是を視(み)て大(おほい)に笑(わらひ)て唐(たう)の三蔵(さんさう)尚(なを)世(よ)
に活(いき)たり況(いはん)や四蔵(しさう)をやとそ云(いへ)りける此(この)唐(たう)の三(さん)
蔵(さう)とは唐(たう)の代(よ)の僧(そう)経律論(きやうりつろん)の三(みつ)に通達(つうだつ)せるを三(さん)
蔵(さう)といへり是は蔵府(さうふ)の事にはあらねども文字(もんし)の同(をなし)
きゆへに戯(たはふれ)にかくは云(いひ)たるなり此(この)艾子(かいし)は総(すへ)ておかし
き人(ひと)にて能(よく)戯言(たはふれこと)にて事の道理(たうり)を云(いひ)けるなり其(その)

【右丁】
説(せつ)に戦国(せんこく)の時(とき)趙(てう)の国(くに)にて馬服君(はふくくん)趙奢(てうしや)と云(いふ)人(ひと)の
威名(ゐめい)有(あり)けるに因(より)て其子(そのこ)の趙活(てうくわつ)とて其(その)きりょ器量(きりやう)もな
き人(ひと)を大将(たいしやう)と為(なし)て秦(しん)の国(くに)の軍(いくさ)を拒(ふせか)せけるに秦(しん)の
大将(たいしやう)は白起(はくき)とて聞(きこゆ)る名将(めいしやう)なりけれは趙(てう)の軍(いくさ)は一戦(いつせん)
に打負(うちまけ)て大将(たいしやう)趙活(てうくわつ)は白起(はくき)に射殺(いころさ)れ其(その)士卒(しそつ)四十万人(ししふまんにん)
を殺(ころさ)れたり彼(かの)艾子(かいし)是を聞(きゝ)て云(いひ)けるは昔(むかし)人(ひと)ありて猟(かり)
を為(せん)とて鶻(たか)【鶻は辞書には見当たらず】を見(み)知(しら)ず一(ひとつ)の鴨(あひる)を買(かひ)得(え)て野原(のはら)に出(いて)
て免(うさき)【兎は俗字】の出(いて)けるに彼(かの)鴨(あひる)を擲(なけうち)て合(あはせ)けれは鴨(あひる)は飛(とふ)事
も成(なら)ずして地(ち)に落(をち)けるを又是を擲(なけうて)は又 地(ち)に落(をち)て

【左丁】
幾度(いくたひ)もかくのことく為(なし)けれは其時(そのとき)に此(この)鴨(あひる)人(ひと)の語(ご)を
為(なし)て我(われ)は鴨(あひる)なり殺(ころし)て食(くらはる)へきは其分(そのぶん)の事なりい
かにかくは擲(なけたり)て苦(くるしむ)るやと云(いひ)けれは其人(そのひと)の云(いひ)けるは我(われ)は
爾(なんち)を鶻(たか)なりと思(おもひ)て免(うさき)を猟(から)しめんとす其時(そのとき)に此鴨(このあひる)
大(おほい)に笑(わらひ)て脚(あし)を挙(あけ)て我(わか)此脚(このあし)を見(み)よ免を搦(とらへ)得(う)べ
きやいなやと云(いひ)けるとなり是は趙(てう)の国(くに)の趙活(てうくわつ)を大(たい)
将(しやう)にて秦(しん)の軍(いくさ)を拒(ふせく)は鴨(あひる)に免を搦(とら)しむるに同(をなし)きと
笑(わらひ)たるなり今(いま)の世(よ)にも亦(また)かゝる事こそ多(おほ)かめれ中(なか)
にも凡(をよそ)病(やまひ)の重者(おもきもの)は医(い)の良者(よきもの)を択(ゑらひ)てこそは治(ぢ)せ

【右丁】
しむへきに才術(さいしゆつ)もなき医(い)を用(もちゆ)るは鴨(あひる)に免(うさき)を
搦(とらへ)さするに同(をなし)かるへし真(まこと)に是 世(よ)の大(おほい)なる患(うれひ)なり医(い)も
亦(また)皆(みな)自(みつから)は鶻(たか)【注】のやうなる顔(かほ)をこそすれ彼(かの)鴨(あひる)のことく
に脚(あし)を見(みせ)て有(あり)やうに我(われ)は鴨(あひる)なりと云(いふ)へき医人(いじん)
も有(ある)ましけれは人(ひと)の惑(まとへる)も理(ことはり)なりされは常(つね)に能(よく)其能(そののう)
否(ひ)を試(こゝろみ)て鴨(あひる)に免(うさき)を搦(とらへ)さするの過(あやまち)なき事を
思(おもふ)へし
  噎隔論
○噎隔(いつかく)とは食物(しよくもつ)の咽(のど)の中(うち)に支(つかゆ)るを噎(いつ)と為(し)胸隔(けうかく)に

【左丁】
支(つかゆ)るを隔(かく)と為(なす)総(すへ)て食物(しよくもつ)の通(とほる)事を得(え)さる病(やまひ)なり
此症(このしやう)多(おほく)は別(へつ)に苦所(くるしむところ)なく食(しよく)を欲(ほつせ)ざるにもあらず初(はしめ)の
程(ほと)は食物(しよくもつ)の支(つかゆ)る事あり支(つかへ)ざる事も有(あり)て苦(くるしむ)に足(たら)
ざるに似(に)たり漸々(ぜん〳〵)支(つかゆ)る事 甚(はなはた)しくて食物(しよくもつ)咽(のど)の中(うち)に
入(いれ)は痰涎(たんぜん)多(おほく)出(いて)て食物(しよくもつ)通(つう)ぜず重(をもき)に至(いたり)ては湯水(ゆみつ)といへ
ども通(つう)ずる事を得(え)ず外(ほか)に苦所(くるしむところ)なしといへとも飲食(いんしい)
を絶(たつ)ゆへに終(つゐ)に治(ぢ)せざるに至(いたる)なり此症(このしやう)古来(こらい)の説(せつ)に脾(ひ)
胃(ゐ)肝腎(かんじん)の火(ひ)を動(うごか)し血液(けつゑき)衰(をとろへ)耗(へり)胃脘(ゐくわん)枯槁(かれ)て此症(このしやう)
を為(なす)といへり人(ひと)の息(いき)の出入(いていり)する道路(たうろ)を喉管(こうくわん)と云(いひ)食(しよく)

【注 あさなきどり。はやぶさ。】

【右丁】
の通(つう)ずる道路(たうろ)を咽管(ゐんくわん)と云(いふ)此(この)咽管(ゐんくわん)血(ち)の潤(うるほひ)を失(うしなふ)ゆ
へに萎(しほみ)枯(かれ)て縮(しゝま)り細(ほそり)て管(くだ)の竅(あな)窒塞(ふさかり)て飲食(いんしい)を通(つう)
ずる事を得(え)ず扨(さて)一身(いつしん)の営血(ゑいけつ)を燥(かはか)し咽管(ゐんくわん)の血液(けつゑき)涸(かれ)て
此症(このしやう)を為(なす)事 亦(また)種々(しゆ〳〵)の因(ゐん)有(あり)といへとも是 先(まつ)第一(たいいち)酒(さけ)に
因(よる)なりいかにとなれは凡(をよそ)此症(このしやう)を為(なす)者(もの)十人(しふにん)あれは九人(くにん)は
皆(みな)大(おほい)に飲人(のむひと)なり大(おほい)に飲(のみ)て甚(はなはた)瘦者(やするもの)は多(おほく)は此症(このしやう)を為(なす)肥(こえ)
たる者(もの)は此症(このしやう)を為(なす)事なし元来(くわんらい)血(ち)多(おほき)者(もの)大(おほい)に飲(のめ)は甚(はなはた)肥(こえ)
しむるなり是 血(ち)を増(ます)にはあらず内血(ないけつ)を外(ほか)に送出(をくりいたす)なり
故(かるかゆへ)に内虚(ないきよ)して中風(ちうふ)の症(しやう)を為(なす)元来(くわんらい)血(ち)少(すくなき)者(もの)大(おほい)に飲(のめ)は甚(はなはた)

【左丁】
痩(やせ)しむるなり是 不足(ふそく)の血(ち)を愈(いよ〳〵)耗(へら)しむるゆへに内(うち)燥(かはき)て
噎隔(いつかく)の症(しやう)を為(なす)酒(さけ)いかにして血(ち)を耗(へら)し燥(かはかす)やと云(いふ)に張介(ちやうかい)
賓(ひん)の説(せつ)に酒(さけ)は水穀(すいこく)の液(ゑき)なり血(ち)は水穀(すいこく)の精(せい)なり酒(さけ)中焦(ちうせう)に
入時(いるとき)は必(かならす)同類(どうるい)を求(もとむ)故(かるかゆへ)に先(まつ)血分(けつふん)に帰(き)す凡(をよそ)酒(さけ)を飲者(のむもの)身(しん)
面(めん)皆(みな)赤(あか)し是 其(その)徴(しるし)なり血(ち)は陰(いん)に属(ぞく)して性(せい)和(くわし)酒(さけ)は陽(やう)に
属(ぞく)して気(き)悍(たけ)し血(ち)静(しづか)なり【ママ】んとして酒(さけ)是を動(うこか)し血(ち)
蔵(かくれん)として酒(さけ)是を乱(こたる)血(ち)は気(き)なけれは行(めくら)ず故(かるかゆへ)に血(ち)乱(みたる)れは気(き)
も亦(また)乱(みたれ)気(き)散(さん)ずれは血(ち)も亦(また)散(さん)ず擾乱(しやうらん)一番(いちはん)にして血気(きけつ)
能(よく)耗損(かうそん)する事なき事はいまた是 有(あら)ず其(その)少壮(せうさう)に当(あたり)

【右丁】
ては旋(やゝ)耗(へれ)は旋(やゝ)生(しやう)して固(まことに)覚(おほゆ)る所(ところ)なし中比(なかころ)衰(をとろゆ)るに及(をよひ)て
力(ちから)勝(たへ)さる事ある時(とき)は宿孼(しゆくけつ)【孽は俗字】殃(わさはゐ)を為(なし)て能(よく)禦(ふせぐ)事なしと
いへり是 酒(さけ)の血(ち)を耗(へら)し損(そん)ずるの説(せつ)なり明医(めいい)類案(るいあん)に
人(ひと)年(とし)六十(ろくしふ)を踰(こへ)好(このみ)て酒(さけ)を飲(のめ)は隔(かく)を病(やむ)酒(さけ)の性(せい)酷烈(こうれつ)血(ち)を
耗(へら)し気(き)を耗(へら)す事是より甚(はなはた)しきはなしといへり又
朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に隔症(かくしやう)は熱酒(ねつしゆ)を飲(のむ)の致(いたす)所(ところ)なり又 日(ひゝ)に■(ちん)【注】
刴(た)酒(しゆ)三盞(さんさん)を飲(のみ)て此症(このしやう)を致(いたす)といへり又 兪嘉言(ゆかけん)の説(せつ)
に滾酒(こんしゆ)を過飲(すこしのめ)は多(おほく)隔症(かくしやう)を為(なす)といへり滾酒(こんしゆ)とは熱酒(ねつしゆ)
なり此説(このせつ)は熱酒(ねつしゆ)を飲者(のむもの)のみ隔症(かくしやう)を為(なす)と云(いふ)に似(に)たれ

【左丁】
ども只(たゝ)熱酒(ねつしゆ)のみにも限(かきる)へからず冷熱(れいねつ)ともに過飲(すこしのむ)時(とき)は
皆(みな)此症(このしやう)を為(なす)と知(しる)へし或(あるひ)は飲(のま)ざる者(もの)も此症(このしやう)を致(いたす)事
有(あり)されど甚(はなはた)少(すくな)し是 亦(また)元来(くわんらい)血(ち)不足(ふそく)にて甚(はまはた)痩(やせ)たる者(もの)
事に因(より)て又 陰血(いんけつ)を耗散(かうさん)すれは此症(このしやう)為(なす)されは常(つね)に
かゝる事を能(よく)心得(こゝろえ)て保養(ほうやう)に志(こゝろざす)時(とき)は是等(これら)の酷症(こうしやう)を為(なす)
事なかるへし今(いま)此(この)論(ろん)ずる所(ところ)は人(ひと)皆(みな)知(しり)たる事にて新(あたらし)く
云(いひ)しらぶへき事にもあらざれは遼豕(りやうし)の嘲(あさけり)をいかゝは
すへき昔(むかし)遼東(りやうとう)と云(いふ)所(ところ)に豕(ふた)の頭(かしら)の白(しろ)き子(こ)を生(うみ)ける
を珍異物(めつらしきもの)なれは是を上(かみ)に献(けん)ずへしとて彼(かの)豕(ふた)を

【注 字面から推察するに「㓠」に見えるがこの字は音「テン」なので悩ましい。意は「欠ける。きず」。「た」の「刴」はきりきざむ意。「チンタ酒」とは普通「珍陀酒」と表記され、ぶどう酒のこと。】

【右丁】
牽(ひい)て河東(かとう)と云(いふ)所(ところ)に至(いたり)て見(み)れはそこらに有(あり)ける群(むらかる)豕(ふた)
とも皆々(みな〳〵)頭(かしら)の白(しろ)かりけるを見(み)て大(おほい)に慙(はぢ)て還(かへり)けるとや
今(いま)此(この)論(ろん)ずる所(ところ)も是に同(をなし)かるへしされど人(ひと)の知(しら)ざる事は
余(われ)も亦(また)いかて知(しる)事を得(え)ん但(たゝ)此(この)害(かい)を免(まぬかれ)ざる者(もの)の世(よ)に多(おほ)
けれは若(もし)知(しら)ざる人(ひと)も有(ある)へきにやとおぼつかなくて
丁寧(ていねい)反覆(はんぶく)して能(よく)是を知(しら)しめて養生(やうしやう)の一(ひとつ)の助(たすけ)とも
なりなん事を願(ねかふ)は愚意(ぐゐ)の微忠(びちう)なり遼豕(りやうし)の笑(わらひ)を顧(かへりみる)
に暇(いとま)あらざるへし
酒説養生論巻之四終

【左丁 白紙】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《題:酒説養生論  五》

【資料整理ラベル】
富士川本
 シ
 78

【右丁 白紙】
【角朱印一つ】

【左丁】
酒説養生論巻之五《割書:全七巻》【「全七巻」書き入れ】
      武江 草洲守部正稽校訂
 酒病論中
  脾胃論
○脾胃虚(ひゐきよ)とは脾(ひ)の蔵(さう)胃(ゐ)の府(ふ)の虚(きよ)し損(そん)したるを
云(いふ)なり凡(をよそ)脾胃(ひゐ)の虚(きよ)する者(もの)は飲食(いんしい)に傷(やふれ)易(やす)く或(あるひ)は
食(しよく)する事を得(え)ず又は饑(うえ)易(やす)し或(あるひ)は腹痛(ふくつう)泄瀉(せつしや)肌肉(きにく)消(せう)
痩(さう)とてやせおとろへ倦怠(うみをこたり)て臥(ふす)事(こと)を好(このみ)精神(せいしん)短少(たんせう)とて
精力(せいりよく)神気(しんき)も乏(ともし)く衰(をとろへ)総(すへ)【惣】て内傷(ないしやう)の病症(ひやうしやう)を致(いたす)其(その)重(おもき)

【頭部蔵書印並びに整理番号】
京都
帝国大学
図書之印

185095
大正7.3.31

【右欄外角印】
富士川游寄贈

【右丁】
に至(いたり)ては水腫(すいしゆ)張満(ちやうまん)吐利(とり)寒熱(かんねつ)種々(しゆ〳〵)の大病(たいひやう)を為(なす)先(まつ)人(ひと)に
先天(せんてん)の元気(けんき)後天(こうてん)の元気(けんき)と云(いふ)事(こと)あり先天(せんてん)の元気(けんき)とは人(ひと)有生(ゐうせい)
の始(はしめ)父母(ふほ)より受(うけ)得(え)来(きたる)所(ところ)の元気(けんき)なり是(これ)父母(ふほ)の元気(けんき)を分(わけ)得(え)て
来(きたる)なり後天(こうてん)の元気(けんき)とは飲食(いんしい)に因(より)て元気(けんき)を為(なす)なり内経(たいきやう)に人(ひと)飲(いん)
食(しい)せざる事 七日(しちにち)にして死(し)すと云(いへ)り然(しか)れはいん飲食(いんしい)にあらざれは
此生(このせい)を保事(たもつこと)なし故(かるかゆへ)に是(これ)を後天(こうてん)の元気(けんき)といへり先天(せんてん)にあらされは
此生(このせい)有事(あること)なく後天(こうてん)にあらされは此生(このせい)を保事(たもつこと)なし先天(せんてん)の気(き)
は腎(じん)と命門(めいもん)の間(あひた)にあり後天(こうてん)の気(き)は脾胃(ひゐ)の間(あひた)にあり飲(いん)
食(しい)は胃(ゐ)に入(いり)て脾(ひ)是(これ)を化(くは)すれはなり経(きやう)に胃(ゐ)は五蔵(ごさう)六府(ろくふ)

【左丁】
の海(かい)水穀(すいこく)皆(みな)胃(ゐ)に入(いり)五蔵(こさう)六府(ろくふ)皆(みな)気(き)を胃(ゐ)に稟(うく)胃(ゐ)は五蔵(こさう)
の本(もと)なりといへり又(また)経(きやう)に穀(こく)を安(やすん)ずれは昌(さかへ)穀(こく)を絶(せつ)すれは
亡(ほろふ)といへり李東垣(りとうゑん)と云(いふ)名医(めいい)の説(せつ)に脾胃(ひゐ)虚(きよ)すれは五(こ)
蔵(さう)六府(ろくふ)十二経(しふにけい)十五絡(しふこらく)四肢(しし)百骸(ひやくかい)皆(みな)営運(ゑいうん)の気(き)を得(え)ずし
て百病(ひやくひやう)生(しやう)ずといへり然(しか)れは人身(じんしん)の内(うち)脾胃(ひゐ)より貴(たつとき)はなし
故(かるかゆへ)に孫子邈(そんしばく)の言(こと)に腎(じん)を補(をきなふ)は脾(ひ)を補(をきなふ)にしかずといへり
夫(それ)脾胃(ひゐ)はかくのことく是を保養(ほうやう)すへき事なるを是を
虚損(きよそん)するは真(まこと)に恐(おそる)へし凡(をよそ)脾胃(ひゐ)を損(そん)ずる事も亦(また)種(しゆ)
種(しゆ)なりといへとも第一(たいいち)飲食(いんしい)に因(よれ)り飲食(いんしい)は本(もと)脾胃(ひゐ)を養(やしなふ)物(もの)

【右丁】
なれとも是に因(より)て又(また)脾胃(ひゐ)を傷(やふる)なり内経(たいきやう)に陰(いん)の生(しやう)ずる
所(ところ)本(もと)五味(ごみ)にあり陰(いん)の五宮(こくう)傷(やふる)る事 五味(こみ)にありといへり又(また)飲(いん)
食(しい)自(をのつから)倍(ばい)すれは腸胃(ちやうゐ)の乃(すなはち)傷(やぶる)ともいへり或(あるひ)は悪食(あくしよく)飽食(はうしよく)不時(ふじ)の
食(しよく)又(また)は飪(じん)を失(うしなへ)るとは烹(に)調(とゝのへ)生(なま)熟(うみ)の宜(よろしき)を得(え)さるなり是等(これら)
皆(みな)能(よく)脾胃(ひゐ)を傷(やふる)へし凡(をよそ)人(ひと)の晨餐(あさめし)晩食(ゆふめし)は大抵(たいてい)定(さたま)れる
分量(ふんりやう)ありてみだりに過るに至(いたる)事なし只(たゝ)不時(ふじ)の飲食(いんしい)
能(よく)傷(やふれ)を致(いたす)なり或(あるひ)は小児(せうに)の脾胃(ひゐ)虚(きよ)を致者(いたすもの)も常(つね)の乳食(にうしよく)
はさせる好(このみ)もあらされは足事(たること)を知(しり)て過(すご)し用(もちゆ)る事もなけれ
は傷(やふれ)を致(いたす)事 少(すくな)し只(たゝ)餻菓(くはし)の類(たくひ)は其口(そのくち)に甘美(むまき)に因(より)て

【左丁】
足(たる)事を知(しら)ず脾胃(ひゐ)の傷(やふれ)を致(いたす)事は皆(みな)是(これ)に因(よら)ざる事
なし大人(たいじん)も亦(また)是(これ)に異(こと)ならずされども大人(たいじん)はおとなし
くて小児(せうに)のごとくに飴(あめ)や砂糖(さたう)を貪(むさぼる)事はあらねども
それにもをとらず大(おほい)に貪(むさほる)物(もの)は只(たゝ)酒(さけ)なり人(ひと)皆(みな)小児(せうに)
の餻菓(くはし)の過(すぐ)るを制(せい)する事をしれとも自(みつから)酒(さけ)の過(すく)るを
制(せい)する事を知(しら)ず是(これ)常食(しやうしよくの)外(ほか)なる物(もの)にて朝夕(てうせき)昼夜(ちうや)時(とき)を
定(さため)ず然(しか)も大(おほい)に過(すこし)用(もちゆ)是(これ)経(きやう)に所謂(いはゆる)飲食(いんしい)自(をのつから)倍(ばい)するなれは
腸胃(ちやうゐ)の傷(やふれ)ざる事(ことを)得(う)へきや常(つね)の穀食(こくしよく)は脾胃(ひゐ)を養(やしなふ)物(もの)
なれともそれだに過(すく)れは害(かい)を為(なす)況(いはん)や酒(さけ)は元来(くわんらい)脾胃(ひゐ)に

【右丁】
益(えき)ある物(もの)にあらずそれを大(おほい)に過(すこす)をや脾胃(ひゐ)は土(つち)に属(ぞく)
して陰蔵(いんさう)なり又(また)湿(しつ)を悪(にくみ)熱(ねつ)を悪(にくむ)といへり酒(さけ)は其(その)気(き)
は陽熱(やうねつ)にて其(その)質(かたち)は水湿(すいしつ)なり其(その)性(せい)脾胃(ひゐ)と大(おほい)に相違(あいたかふ)
故(かるかゆへ)に是(これ)を過飲(くはいん)すれば熱(ねつ)を為(なし)ずつ頭痛(づつう)を為(なし)吐瀉(としや)を為(なし)只(たゝ)
渇(かはき)て食(しよく)する事を得(え)ずかくて度(たび)を重(かさぬ)れは終(つゐ)には脾胃(ひゐ)
の傷(やふれ)を致(いたさ)ざる事なし彼(かの)扁鵲(へんじやく)の説(せつ)とて酒(さけ)は腸(ちやう)を腐(くさら)
し胃(ゐ)を爛(たゝらかす)といへり大(おほい)に飲者(のむもの)は脾胃虚(ひゐきよ)の症(しやう)を為(なす)事
多(おほ)し凡(をよそ)人(ひと)の気血(きけつ)津液(しんえき)腎精(じんせい)に至(いたる)まて脾胃(ひゐ)の食物(しよくもつ)を
運(めぐら)し化(くは)するよりして是を生(しやう)せざる事なし脾胃(ひゐ)の

【左丁】
食物(しよくもつ)を消(せう)する事 伝化(てんくは)次(ついて)を以(もつて)すと云(いひ)て漸々(ぜん〳〵)是を消(せう)
化(くは)すれはこそ一身(いつしん)の養(やしなひ)となる酒熱(しゆねつ)脾胃(ひゐ)を擾(みだれ)は伝化(てんくは)の
常(つね)を失(うしなひ)て能(よく)食(しよく)を消(せう)ずといへとも滋補(じほ)の功(こう)少(すくな)し況(いはん)や
吐(と)を為(なし)瀉(しや)を為(なす)時(とき)は腸胃(ちやうゐ)を洗(あらひ)滌(そゝく)に同(をなし)然(しか)れはなんそ食(しよく)
味(み)の補益(ほえき)を失(うしなは)さる事を得(え)んや大抵(たいてい)飲者(のむもの)は常(つね)に食物(しよくもつ)
に傷(やふる)事 少(すくな)し能(よく)飲者(のむもの)は元来(くわんらい)脾胃(ひゐ)の強(つよき)に因(より)又(また)は
酒熱(しゆねつ)食(しよく)を消化(せうくは)するゆへにさのごとし凡(をよそ)飲者(のむもの)は食後(しよくご)
少(すこし)き是を用(もちゆ)れは食(しよく)を消化(せうくは)し又(また)は食(しよく)気(き)を引(ひい)て身(しん)
体(たい)四肢(しし)に行(めくり)て益(えき)有(ある)へし只(たゝ)空腹(くうふく)大(おほい)に飲(のむ)事 脾胃(ひゐ)を

【右丁】
損(そん)じて其(その)害(かい)殊(こと)に多(おほ)し凡(をよそ)腹痛(ふくつう)泄痢(せつり)水腫(すいしゆ)脹満(ちやうまん)黄(わう)
疸(だん)消渇(せうかつ)等(とう)其外(そのほか)種々(しゆ〳〵)の大病(たいひやう)脾胃虚(ひゐきよ)より来(きたる)者(もの)多(おほ)
し若(もし)さやうの病(やまひ)発(をこり)ては治(ぢ)し難(かた)けれは少(すこし)き脾胃(ひゐ)
の和(くは)せざる事を覚(をほゆ)る時(とき)は早(はや)く保養(ほうやう)を為(なし)て大患(たいくわん)に
至(いたる)事なき事を慮(をもんはかる)へし
  腎虚論
○腎虚(じんきよ)とは腎蔵(じんさう)の精水(せいすい)の虚損(きよそん)せるを云(いふ)なり其(その)
病症(ひやうしやう)種々(しゆ〳〵)の品(しな)あり身体(しんたい)羸(つかれ)痩(やせ)精神(せいしん)労(いたはり)倦(うみ)或(あるひ)は自(あ)
汗(せ)盗汗(ねあせ)咳嗽(せき)痰喘(たんぜん)遺精(ゐせい)便濁(べんだく)或(あるひ)は腰(こし)痛(いたみ)て転(めくり)揺(うこく)

【左丁】
事を得(え)ず陽物(やうぶつ)痿(なへ)弱(よはく)して挙(あがら)ず或(あるひ)は晡時(ぼし)の潮熱(てうねつ)五(こ)
更(かう)の泄瀉(せつしや)陰虚(いんきよ)火動(くはとう)諸虚(しよきよ)百損(ひやくそん)是に因(より)て発(をこら)ざる事
なし夫(それ)腎(しん)は先天(せんてん)元気(けんき)の主(つかさとる)所(ところ)なり先天(せんてん)元気(けんき)とは
人(ひと)の父母(ふぼ)より受(うけ)得(え)来(きたる)所(ところ)の元気(けんき)なり難経(なんきやう)に諸(もろ〳〵)の十二(しふに)
経脈(けいみやく)は皆(みな)生気(せいき)の原(げん)に係(かかる)所謂(いはゆる)生気(せいき)の原(げん)とは十二経(しふにけい)の根(こん)
本(ぼん)腎間(じんかん)の動気(どうき)なりといへり人(ひと)此(この)生(せい)有(ある)の後(のち)は飲食(いんしい)
後天(こうてん)の元気(けんき)に依(よる)といへとも初(はしめ)より腎間(じんかん)先天(せんてん)の元気(げんき)
有(ある)にあらざれは其(その)養(やしなひ)を施(ほとこす)所(ところ)なし故(かるかゆへ)に巌用和(けんようくは)の説(せつ)
に脾胃(ひゐ)を補(をきなふ)は腎(しん)を補(をきなふ)に如(しか)ずといへり然(しか)れは腎(しん)の養(やしなふ)

【右丁】
へき事 甚(はなはた)大(おほい)なるにあらずや扨(さて)腎(しん)をして虚損(きよそん)せし
むる事も亦(また)種々(しゆ〳〵)なりといへとも第一(たいいち)只(たゝ)色欲(しきよく)の過度(くはど)
するにあり故(かるかゆへ)に古人(こしん)是を戒(いましむ)る事 諸書(しよしよ)に見たり内経(たいきやう)
に因(より)て強力(きやうりよく)すれは腎気(しんき)乃(すなはち)傷(やふる)註(ちう)に強力(つとめ)て房(はう)に入(いる)な
りといへり彭祖(ほうそ)の説(せつ)とて上士(しやうし)は床(ゆか)を易(かへ)中士(ちうし)は被(ひ)を易(かゆ)
と又(また)薬(くすり)千鐘(せんせう)を服(ふく)するは独(ひとり)臥(ふす)に如(しか)ずといへり又(また)仙経(せんきやう)の
説(せつ)とて爾(なんち)の形(かたち)を労(らう)する事なかれ爾(なんち)の精(せい)を搖(うこかす)事な
かれ心(こゝろ)を静黙(せいもく)に帰(き)すれは以(もつて)長生(ちやうせい)すべしといへり荘子(さうし)
の言(こと)に嗜欲(しよく)深(ふかき)者(もの)は其(その)天機(てんき)浅(あさし)といへり或(あるひ)は淫声(いんせい)美(び)

【左丁】
色(しよく)は性(せい)を伐(きる)の斧(をの)なりといへり或(あるひ)は男子(なんし)少年(せうねん)精(せい)未(いまた)
満(みた)ずして女(をんな)を御(ぎよ)すれは五髄(こずい)満(みた)ざる所(ところ)有(あり)て異日(ゐしつ)状(かたとり)
難(かたき)の疾(やまひ)有(あり)といへり是 皆(みな)色欲(しきよく)の腎(しん)を害(かい)して性命(せいめい)
を敗(やふる)事をいへり真(まこと)に畏(をそれ)て慎(つゝしむ)へきなり然(しか)れとも
此(これ)は是(これ)天理(てんり)人道(にんたう)の常(つね)にしてなくはあるへからざるの
事なり周易(しうゑき)に男女(なんによ)搆(あはせて)_レ精(せいを)万物(はんふつ)化成(くはせい)すと云(いひ)礼記(らいき)に
男女(なんによ)室(しつ)に居(をる)は人(ひと)の大倫(たいりん)なりといへり内経(たいきやう)に一陰(いちいん)一陽(いちやう)是
を道(みち)と云(いひ)偏陰(へんいん)偏陽(へんやう)是を疾(やまひ)と云(いふ)又(また)両(ふたつ)の者(もの)和(くは)せざるは
春(はる)にして秋(あき)なく冬(ふゆ)にして夏(なつ)なきことし因(より)て是を

【右丁】
和(くは)するを聖度(せいと)と云(いふ)聖人(せいしん)和合(わかふ)の道(みち)但(たゝ)閑密(かんみつ)を貴(たつとひ)て
以(もつ)て天真(てんしん)を寄(よす)るといへり或(あるひ)は欲(よく)は断(たつ)へからずと云(いひ)
又(また)彭祖(ほうそ)の言(こと)とて男(おとこ)は女(をんな)なくは有(ある)へからず女(をんな)は男(おとこ)なくは
有(ある)へからずといへり又(また)人(ひと)能(よく)一月(いちけつ)再(ふたゝひ)精(せい)を泄(せつ)すれは一歳(いつさい)
止(たゞ)廿四(にしふし)泄寿(せつしゆ)一百歳(いつひやくさい)を得(う)へしといへり是 皆(みな)色欲(しきよく)の
断(たつ)へからざる事をいへり凡(をよそ)万物(はんふつ)悉(こと〳〵く)皆(みな)天(てん)の賦与(あたへ)にあら
ざる事なし人身(しんしん)の視聴(みきゝ)言動(ものいひはたりき)【ママ】四肢(しし)百骸(ひやくがい)に至(いたり)て各(をの〳〵)
其(その)能(よく)する所(ところ)有(ある)も亦(また)天(てん)の賦与(あたへ)にあらざる事なし神明(しんめい)
知識(ちしき)の為(ため)にして心(しん)の蔵(さう)あり飲食(いんしい)の為(ため)にして脾胃(ひゐ)あり

【左丁】
生育(せいゐく)の為(ため)にして腎(しん)も有(ある)なれは元来(くわんらい)色欲(しきよく)も是(これ)
天(てん)の賦与(あたゆ)る所(ところ)なり或(あるひ)は長生(ちやうせい)を害(かい)するの道徳(たうとく)を妨(さまたくる)
のとて是を断(たつ)と云(いふ)教(をしへ)も有(ある)へけれとも若(もし)此(この)天地(てんち)の
外(ほか)に出(いて)たらはさもあれかし今(いま)此(この)天地(てんち)の中(うち)に居者(ゐるもの)は
只(たゝ)天(てん)の与(あたゆ)るまゝに従(したかい)たるこそよかるへし准南子(ゑなんし)に
民(たみ)好色(かうしよく)の性(せい)あり故(かるかゆへ)に大婚(たいこん)の礼(れい)あり飲食(いんしい)の性(せい)あり
故(かるかゆへ)に大饗(たいきやう)の誼(ぎ)ありといへり凡(をよそ)色欲(しきよく)を戒(いましむ)るは只(たゝ)其(その)
過度(くはど)を戒(いましむ)へし昔(むかし)医和(いくは)と云(いふ)明医(めいい)晋(しん)の平公(へいこう)の
疾(やまひ)を視(み)て是(これ)を男(おとこ)を遠(とを)ざけて女(をんな)を近(ちか)づくと謂(いふ)疾(やまひ)

蠱(こ)のことし公(こう)の曰(いはく)女(をんな)をは近(ちか)づくへからさるか医和(いくは)
対(こたへ)て是(これ)を節(せつ)にすといへり抱朴子(はうはくし)に飲食(いんしい)は生(せい)を
養(やしなふ)所(ところ)なり然(しか)れとも醉(ゑひ)て酒(さけ)を強(しゐ)飽(あい)て食(しよく)を強(しゆ)れは
疾(やまひ)を為(なし)て其身(そのみ)を害(かい)せざる事なし況(いはん)や色欲(しきよく)をや
といへりされは色欲(しきよく)は深(ふか)く慎(つゝしみ)て其(その)過度(くはど)を戒(いましむ)へき
なり扨(さて)色欲(しきよく)を除(のぞく)の外(ほか)甚(はなはた)腎(しん)を害(かい)する者(もの)は酒(さけ)に過(すき)た
るはなし先(まづ)内経(たいきやう)に夫(それ)酒気(しゆき)盛(さかん)にして慓悍(ひやうかん)腎気(しんき)
日(ひゝに)衰(をとろへ)陽気(やうき)独(ひとり)勝(かつ)といへり酒(さけ)いかにして腎(しん)を害(かい)す
るやと云(いふ)に又(また)経(きやう)に腎(しん)は至陰(しいん)なりと云(いひ)又(また)陰気(いんき)は

【左丁】
静(しつか)なれは神(しん)蔵(かくれ)躁(さはかし)けれは消亡(せうはう)すといへりされは腎(しん)は
陰中(いんちう)の至陰(しいん)にして精水(せいすい)又(また)陰(いん)なり彼(かの)精水(せいすい)の質(かたち)は
他(た)の血液(けつえき)に異(こと)にして其(その)凝(こり)濁(にごる)は至陰(しいん)の質(しつ)にし
て甚(はなはた)生(しやう)じ難(かたき)事 知(しん)ぬへし能(よく)安静(あんせい)秘蔵(ひさう)するに
あらされは是を生(しやう)ずる事 難(かた)し故(かるかゆへ)に薬物(やくふつ)も腎(しん)
を補(をきなふ)は地黄(ちわう)山薬(さんやく)知母(ちも)黄栢(わうはく)陰寒(いんかん)収斂(しうれん)の味(み)なり
然(しか)るに酒(さけ)は純養(しゆんやう)大熱(たいねつ)なり大寒(たいかん)海(かい)を凝(こら)し唯(たゝ)酒(さけ)
氷(こほり)【ママ】ずといへり本草(ほんさう)に酒(さけ)の性(せい)は大(おほい)に能(よく)火(ひ)を助(たすく)一飲(いちいん)
咽(のと)に下(くたれ)は肺(はい)先(まづ)これを受(うく)肺(はい)賊邪(ぞくしや)を受(うけ)て腎水(しんすい)を

【右丁】
生(しやう)ぜずといへり又(また)酒(さけ)は一身(いつしん)の表(ひやう)に通行(つうかう)し極高(きよくかう)の分(ふん)
に至(いたる)といへり朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に熱(ねつ)を発(はつ)し相火(しやうくは)に近(ちか)
し性(せい)喜(このみ)て升(のほり)火(ひ)を助(たすく)といへり然(しか)れは腎(しん)の一身(いつしん)の
裏(り)にして又(また)極下(きよくけ)の分陰(ふんいん)寒(かん)にして水(みづ)に属(ぞく)すると
氷(こほり)炭(すみ)と相(あひ)反(はん)す其(その)腎精(しんせい)を生(しやう)ずる事を妨(さまたく)る事 知(しん)
ぬへし彼(かの)色欲(しきよく)の腎(しん)を害(かい)するは其(その)固(もとより)有(ある)の精(せい)を傷(やふる)
固(もとより)有(ある)を傷者(やふるもの)は随(したかつ)て傷(やふれ)は随(したがつ)て生(しやう)ず酒(さけ)の腎(しん)を害(かい)
するは其(その)精(せい)の生(しやう)ずる源(みなもと)を断(たつ)其(その)生(しやう)ずる源(みなもと)を断(たつ)者(もの)
は傷(やふる)事を待(また)ずして自然(しぜん)に虚(きよ)するなり然(しか)のみな

【左丁】
らず又(また)醉興(すいきやう)に因(より)ては色欲(しきよく)の過度(くはど)も有(ある)へし故(かるかゆへ)に
経(きやう)に醉(えひ)て以(もつて)房(はう)に入(いり)欲(よく)を以(もつて)其(その)精(せい)を竭(つくす)と云(いひ)又(また)醉飽(すいはう)
房(ばう)を行(をこなへ)は汗(あせ)脾(ひ)に出(いづ)といへり千金方(せんきんはう)に醉(ゑひ)て交接(かうせつ)する
事を忌(いむ)といへり三因方(さんゐんはう)には酒(さけ)を飲(のみ)て房(はう)に入(いれ)は酒(さけ)百(ひやく)
脈(みやく)に入(いり)て人(ひと)をして恍惚(ほれ〴〵)として常(つね)を失(うしなは)しむといへり
又(また)書(しよ)に大(おほい)に醉(ゑひ)て房(はう)に入(いれ)は気(き)竭(つき)肝(かん)傷(やふれ)丈夫(ちやうふ)は精液(せいゑき)衰(すい)
少(せう)し陰(いん)痿(なへ)て起(をこら)ず女子(によし)は月事(くはつじ)衰微(すいび)悪血(あくけつ)掩留(とゞまり)
て悪瘡(あくさう)を生(しやう)ずといへり是 皆(みな)酒色(しゆしよく)これを共(とも)にするの
害(かい)あるをいへり酒気(しゆき)先(まつ)腎精(しんせい)の生(しやう)ずる源(みなもと)を断(たち)酒興(しゆきやう)

又(また)色欲(しきよく)の過度(くはと)を為(なす)是(これ)を如何(いかん)ぞ腎(じん)をして虚(きよ)せざら
しめん総(すへ)て腎虚(しんきよ)よりして発(をこる)所(ところ)の病(やまひ)五労(こらう)七傷(しちしやう)諸虚(しよきよ)
百損(ひやくそん)其(その)幾(いくはく)と云(いふ)事を知(しら)ず若(もし)其(その)病症(ひやうしやう)を為(なす)に至(いたり)ては
多(おほく)は治(ち)し難(かた)し凡(をよそ)酒色(しゆしよく)過度(くはと)する者(もの)稍(やゝ)其(その)衰虚(すいきよ)を
致(いたし)疾病(しつへい)の兆(きざし)を見(みる)といへとも自(みつから)是を覚(をほゆ)る事なし
所謂(いはゆる)局(きよく)に当(あたる)者(もの)は暗(くらく)蓼(たて)の虫(むし)の辛(からき)を知(しら)さるに同(をなし)終(つゐ)に
大患(たいくわん)を為(なす)に至(いたる)能(よく)心(こゝろ)を留(とめ)て是を慮(をもんはかる)事あらは常(つね)に
大飲(たいいん)を戒(いましめ)或(あるひ)は大(おほい)に飲(のみ)たる時(とき)は房(はう)に入(いる)事を慎(つゝしみ)或(あるひ)は
房事(はうじ)の後(のち)にして又(また)醉(ゑふ)事を戒(いましめ)て共(とも)に過度(くはと)する

【左丁】
の畏(をそれ)を恐(おそる)へし急管(きふくわん)昼(ひる)催(もよをす)平楽(へいらくの)酒(さけ)春衣(しゆんい)夜(よる)宿(しゆくす)
杜陵(とりやうの)花(はな)と云(いひ)けん果(はて)は真(まこと)に危(あやう)き事なりかし
  積聚論
○積聚(しやくしゆ)とは腹中(ふくちう)に塊(かたまり)有(あり)て或(あるひ)は隠(かくれ)或(あるひは)顕(あらはれ)上下(しやうけ)左右(さゆう)
動(うごき)移(うつる)もあり一所(いつしよ)にあるもあり或(あるひ)は発(をこり)或(あるひ)は止(やみ)或(あるひ)は痛(いたみ)
を為(なし)食(しよく)を妨(さまたけ)種々(しゆ〳〵)の患(うれひ)を為(なす)五積(こしやく)六聚(ろくしゆ)とて五蔵(こさう)六府(ろくふ)
の積聚(しやくしゆ)あり其外(そのほか)気積(きしやく)血積(けつしやく)食積(しよくしやく)痰積(たんしやく)虫積(ちうしやく)疝(せん)
気(き)癥瘕(ちやうが)等(とう)の症(しやう)あり種類(しゆるい)甚(はなはた)多(おほ)し此(この)病因(ひやうゐん)古来(こらい)の
論(ろん)ずる所(ところ)種々(しゆ〳〵)の品(しな)あり外邪(くわいしや)内傷(ないしやう)四気(しき)七情(しちしやう)に因(より)て

是を致(いたす)といへり凡(をよそ)此症(このしやう)他(た)の因(ゐん)なる者(もの)も亦(また)多(おほ)しといへ
ども唯(たゝ)大(おほい)に酒(さけ)を飲者(のむもの)は多(おほく)此症(このしやう)を為(なす)古来(こらい)是を酒積(しゆしやく)
酒癖(しゆへき)といへり此症(このしやう)は酒(さけ)を飲(のむ)事 過(すき)て多(おほく)腹中(ふくちう)に結聚(むすひあつまり)
て是を為(なす)といへり是 所謂(いはゆる)留飲(りういん)の類(るい)なり或(あるひ)は又(また)大(おほい)に飲(のむ)
者(もの)腹中(ふくちう)塊積(くはいしやく)の形(かたち)を為(なす)事あり酒(さけ)は其性(そのせい)慓悍(ひやうかん)と猛(たけく)
急(きふ)なる物(もの)なり速(すみやか)に行(めぐり)て滞(とゝこほる)事なし内経(たいきやう)に人(ひと)酒(さけ)を
飲(のめ)は酒(さけ)も亦(また)胃(ゐ)に入(いる)穀(こく)いまた熟(しゆく)せず小便(せうへん)独(ひとり)先(まつ)下(くたる)と
いへり是 酒(さけ)の久(ひさし)く留(とゝまら)さるをいへり況(いはん)や酒(さけ)の質(かたち)は只(たゞ)是(これ)
水(みつ)なれは何(なん)そ塊積(くはいしやく)の形(かたち)を為(なす)事 有(ある)へきや然(しか)らは酒(さけ)

【左丁】
に因(より)て塊積(くはいしやく)の形(かたち)を為(なす)者(もの)は是 何物(なにもの)なるぞと云(いふ)に是
只(たゝ)敗血(はいけつ)の滞(とゝこほる)なり凡(をよそ)酒(さけ)の血(ち)を敗(やふる)事 前段(せんたん)すでに是を論(ろん)
ず酒(さけ)腹中(ふくちう)の血(ち)を敗(やふり)其(その)敗血(はいけつ)久(ひさし)くして凝(こり)滞(とゝこほり)塊(かたまり)て積(しやく)
聚(しゆ)の形(かたち)を為(なす)内経(たいきやう)に凡(をよそ)塊積(くはいしやく)の形(かたち)を為(なす)者(もの)を論(ろん)じて
腸外(ちやうくはい)の汁(しる)沫血(あはち)と相博(あひうち)て凝聚(こりあつまり)て散(さん)ずる事を得(え)ず
して積(しやく)となるといへりされは独(ひとり)酒積(しゆしやく)のみにもあらず
凡(をよそ)塊積(くわいしやく)多(おほく)は皆(みな)瘀血(おけつ)の致(いたす)所(ところ)なり仮令(たとへ)は気積(きしやく)といへ
とも気(き)は元来(くわんらい)形(かたち)なき者(もの)なれは何(なん)ぞ塊積(くわいしやく)の形(かたち)を為(なす)
へきや是 気(き)滞(とゝこほれ)は血(ち)も亦(また)滞(とゝこほり)て塊(くわい)の形(かたち)を為(なす)者(もの)は血(ち)なり

【右丁】
其外(そのほか)諸(もろ〳〵)の積聚(しやくしゆ)といへとも其形(そのかたち)を為者(なすもの)は多(おほく)は皆(みな)滞血(たいけつ)
なり総(すへ)【惣】て人(ひと)の腹中(ふくちう)蔵府(さうふ)脂膜(しまく)筋脈(きんみやく)を除(のそく)の外(ほか)何物(なにもの)
か形(かたち)を為者(なすもの)有(ある)へきや只(たゝ)血(ち)は身体(しんたい)四肢(しし)百骸(ひやくがい)所(ところ)とし
て有(あら)ざる事なし若(もし)気(き)の是を行(めぐらす)にあらざれは滞(とゝこほり)て病(やまひ)
と為(なる)されは腹中(ふくちう)腸胃(ちやうゐ)の血(ち)を敗(やふれ)は皆(みな)是 積聚(しやくしゆ)となる
されとも血(ち)は元来(くわんらい)人身(しんしん)の固(もとより)有物(あるもの)なれは滞(とゝこほり)て塊積(くわいしやく)と
なるといへとも卒(にはか)に害(かい)を為(なす)事もなく歳月(としつき)の久(ひさし)き
に至(いたる)なり凡(をよそ)事(こと)に因(より)て吐血(とけつ)下血(げけつ)を為(なし)又(また)は婦人(ふしん)経行(けいかう)生(せい)
産(さん)等(とう)に出血(しゆつけつ)する者(もの)必(かならす)血(ち)の塊(かたまり)て形(かたち)有(あり)て鳥(とり)獣(けたもの)の肝(きも)腸(はらはた)【「はらわた」とあるところ】の

【左丁】
ことくなる物(もの)を通(つう)じ下(くたす)事あり然(しか)れは血(ち)は凝(こり)滞(とゝこほれ)は必(かならす)形(かたち)
を為事(なすこと)有(ある)を見(み)つへしされは血(ち)を敗(やふる)の甚(はなはた)しきものは
酒(さけ)なれは大(おほい)に飲者(のむもの)の是に因(より)て塊積(くわいしやく)を為(なす)事 怪(あやし)むへきに
あらず凡(をよそ)塊積(くわいしやく)当時(たうじ)にはさせる害(かい)もなきに似(に)たれとも
久(ひさし)くして治(ち)せされは終(つゐ)には大病(たいひやう)を為(なす)其(その)いまた重(をも)から
ざるに当(あたり)て酒(さけ)を断(たち)薬(くすり)を服(ふく)して能(よく)是(これ)を治(ち)すへし凡(をよそ)大(おほい)
に飲(のみ)て甚(はなはた)肥(こゆ)る者(もの)は中風(ちうふ)を為(なし)甚(はなはた)痩(やす)る者(もの)は隔症(かくしやう)を為(なし)肥(こゑ)
ず痩(やせ)ざる者(もの)は吐血(とけつ)下血(けけつ)を為(なし)失血(しつけつ)せざる者(もの)は心痛(しんつう)腹痛(ふくつう)
を為(なし)久(ひさし)く滞(とゝこをれ)は積聚(しやくしゆ)脹満(ちやうまん)等(とう)の症(しやう)を為(なす)是 皆(みな)酒病(しゆひやう)自(し)






【右丁】
然(せん)の勢(いきほひ)なり稀(まれ)にもかゝる兆(きざし)有時(あるとき)は深(ふか)く慮(をもんはかり)厚(あつ)く慎(つゝしみ)
て大患(たいくわん)を速(まねく)事なかるへし
  水腫論
○水腫(すいしゆ)とは小便(せうへん)通利(つうり)せすして水気(すいき)腹中(ふくちう)に満(みち)て
漸々(せん〳〵)手足(てあし)身体(しんたい)頭面(づめん)に至(いたり)て尽(こと〳〵く)腫(はるゝ)なり此症(このしやう)実(じつ)有(あり)
虚(きよ)あり五蔵(こさう)の水腫(すいしゆ)あり陰水(いんすい)陽水(やうすい)の品(しな)あり又(また)水腫(すいしゆ)
十証(しつしやう)【證】あり其名(そのな)各(をの〳〵)同(をなし)からず男子(なんし)上(かみ)より腫下(はれくたる)は吉(よし)下(しも)
より腫上(はれのほる)は凶(あし)し婦人(ふしん)下(しも)より腫上(はれのほる)は吉(よし)上(かみ)より腫下(はれくたる)
は凶(あし)し内経(たいきやう)に腎(しん)は胃(ゐ)の関(くわん)なり関門(くわんもん)利(り)せずして

【左丁】
水(みつ)を聚(あつめ)て其(その)類(るい)に従(したかふ)といへり此症(このしやう)の発(をこる)所(ところ)又(また)種々(しゆ〳〵)の
品(しな)ありといへとも多(おほく)は大(おほい)に酒(さけ)を飲者(のむもの)にあり酒(さけ)先(まつ)脾腎(ひしん)
を傷(やふり)又(また)湿熱(しつねつ)を為(なし)其上(そのうへ)にて外(ほか)風寒(ふうかん)暑湿(しよしつ)に中(あたり)内(うち)飲(いん)
食(しい)生冷(しやうれい)に傷(やふる)るに因(より)て必(かならす)此症(このしやう)を致(いたす)なり畢竟(ひつきやう)此症(このしやう)は
小便の能(よく)通利(つうり)せざるゆへなり内経(たいきやう)に三焦(さんせう)は決瀆(けつとく)の官(くわん)
水道(すいたう)出(いつ)膀胱(はうくわう)は州都(しうと)の官(くわん)津液(しんゑき)蔵(かくる)気化(きくは)すれは能(よく)出(いつ)と
いへり酒気(しゆき)慓悍(ひやうかん)酒熱(しゆねつ)妄動(まうとう)に因(より)て蔵府(さうふ)其(その)職(しよく)を失(うしなひ)三(さん)
焦(せう)治(をさまら)ざれは水道(すいたう)出(いつる)事を誤(あやまり)膀胱(はうくわう)治(をさまら)されは気化(きくは)して
出(いつる)の常(つね)を乖(あやまり)て水気(すいき)常道(しやうたう)に従行(したかひゆか)ずして流(なかれ)溢(あふれ)て身(しん)

【右丁】
体(たい)四肢(しし)に至(いたり)て腫気(しゆき)と為(なる)千金方(せんきんはう)に酒客(しゆかく)虚熱(きよねつ)風(かせ)
に当(あたり)冷水(れいすい)を飲(のみ)腹(はら)腫(はり)て陰(いん)脹(はれ)満(みつ)るといへり此陰(このいん)とは
陰茎(いんきやう)陰嚢(いんのう)なり水腫(すいしゆ)の症(しやう)は必(かならす)先(まつ)陰器(いんき)の腫(はるゝ)なり又(また)
張介賓(ちやうかいひん)水鼓(すいこ)の症(しやう)を論(ろん)ずる説(せつ)に少年(せうねん)酒(さけ)を縦(ほしいま)にし
て節(せつ)なく多(おほく)は水鼓(すいこ)を為(なす)酒(さけ)の性(しやう)本(もと)湿(しつ)なり壮(さかん)なる者(もの)
気(き)行(めくれ)は酒(さけ)は即(すなはち)血(ち)なり怯者(つたなきもの)病(やまひ)を為(なせ)は酒(さけ)は即(すなはち)水(みつ)なり只(たゝ)
酒水(さけみ)となるのみにあらず血気(けつき)すでに衰(をとろゆ)れは血(ち)も亦(また)
皆(みな)酒(さけ)に随(したかひ)て水(みつ)となるといへり水鼓(すいこ)とは水気(すいき)腹中(ふくちう)に満(みち)
て鼓脹(こちやう)となるを云(いふ)又(また)其(その)説に水腫(すいしゆ)は酒色(しゆしよく)過度(くはと)して

【左丁】
脾腎(ひしん)を傷(やふり)日(ひゝ)に積(つみ)月(つき)に累(かさね)其(その)来(きたる)事 漸(せん)あり是等(これら)の
病(やまひ)多(おほく)は中年(ちうねん)の外(ほか)に至(いたり)て是を致(いたす)といへり凡(をよそ)飲人(のむひと)中年(ちうねん)
の後(のち)足脛(あしはぎ)常(つね)に少(すこし)き浮腫(うきはれ)冬(ふゆ)は愈(いへ)て夏(なつ)発(をこる)事あり
是 腫病(しゆひやう)の漸(ぜん)なり速(すみやか)に酒(さけ)を断(たち)薬(くすり)を服(ふく)して是を治(ち)
すへしさもあらざれは終(つゐ)には水腫(すいしゆ)の病(やまひ)を為(なす)縦(たとひ)薬(くすり)は
服(ふく)するとも又(また)能(よく)嗜欲(しよく)を断(たつ)にあらされは治(ち)する事なし
虞天民(ぐてんみん)の族兄(ぞくけい)に大(おほい)に酒(さけ)を飲人(のむひと)あり年(とし)五十(こしふ)にして水(すい)
腫(しゆ)の症(しやう)を為(なし)て甚(はなはた)重(おも)し天民(てんみん)の治療(ちりやう)を求(もとめ)けれは若(もし)能(よく)
酒色(しゆしよく)塩醤(えんしやう)を戒(いましめ)は病(やまひ)治(ち)すへしといへり此人(このひと)の云(いはく)今日(こんにち)より

【右丁】
戒(いましめ)のことくすへしとて薬(くすり)を服(ふく)しけれは其(その)病(やまひ)愈(いへ)たり
けるに又(また)二人(ふたり)の従弟(いとこ)の常(つね)に同(をなし)く酒(さめ)を飲人(のむひと)の来(きたり)て云(いひ)
けるは天民(てんみん)は酒(さけ)を飲(のま)ず山中(さんちう)の鹿(しか)なり我等(われら)は水中(すいちう)
の魚(いを)なり鹿(しか)は水(みつ)なくとも魚(いを)亦(また)水(みつ)なかるへしやとて
三人(さんにん)遂(つゐ)に痛飲(つういん)沈醉(ちんすい)してやみけるに此人(このひと)明日(めうにち)又(また)病(やまひ)
発(をこり)て前(まへ)より甚(はなはた)し又(また)天民(てんみん)の治(ち)を求(もとめ)けれとも此度(このたひ)は
為(なす)へからずとて是を治(ち)せず其人(そのひと)終(つゐ)に死しけると
なり今(いま)此(この)一事(いちじ)に依(より)ても大(おほい)に飲(のめ)は必(かならす)此病(このやまひ)を為(なし)能(よく)保(ほう)
養(やう)を慎(つゝしめ)は重(おもし)といへとも愈(いゆる)事を得(え)て保養(ほうやう)を慎(つゝしま)ざれ

【左丁】
は治(ち)せざるに至(いたる)事を見(み)つへし独(ひとり)此症(このしやう)のみにあら
ず諸病(しよひやう)皆(みな)さのことくなるへし
  脹満論
○脹満(ちやうまん)とは腹(はら)の張満(はりみつる)病(やまひ)なり其(その)症(しやう)鼓脹(こちやう)穀脹(こくちやう)単(たん)
腹脹(ふくちやう)蜘蛛病(ちちうひやう)等(とう)の名(な)あり外(ほか)堅(かたく)中(うち)空(むなし)くして鼓(つゝみ)の
ことくなるを鼓脹(こちやう)と云(いひ)手足(てあし)細(ほそ)く痩(やせ)腹(はら)大(おほい)にして蜘蛛(くも)
の状(かたち)のことくなるゆへに此名(このな)あり又(また)五蔵(こさう)六府(ろくふ)の脹病(ちやうひやう)有(あり)
通身(つうしん)面目(めんもく)手足(てあし)皆(みな)浮腫(うきはるゝ)を水腫(すいしゆ)と云(いひ)腹(はら)大(おほい)にして面目(めんもく)
四肢(しし)腫(はれ)ざるを脹満(ちやうまん)といへり然(しかれ)とも脹満(ちやうまん)も久(ひさし)くして

【右丁】
小便(せうへん)通利(つうり)を得(え)ずして身面(しんめん)ともに水腫(すいしゆ)する者(もの)あり又(また)
初(はしめ)より水腫(すいしゆ)の症(しやう)なるも水気(すいき)通身(つうしんに)満(みつ)れは腹(はら)も亦(また)脹(はり)
大(おほい)にして脹満(ちやうまん)する者(もの)あり水腫(すいしゆ)にして脹満(ちやうまん)のことく
脹満(ちやうまん)にして水腫(すいしゆ)のことく分別(ふんへつ)し難(かた)き者(もの)は治(ち)し
難(かた)し此症(このしやう)の発(をこる)所(ところ)種々(しゆ〳〵)の因(ゐん)ありといへともがん元来(くわんらい)脾(ひ)
胃(ゐ)虚弱(きよしやく)にして又(また)飲食(いんしい)其内(そのうち)を傷(やふり)客邪(かくしや)其外(そのほか)を犯(をかす)
に因(より)て終(つい)に変(へん)じて此症(このしやう)を為(なす)但(たゝ)此症(このしやう)を為(なす)事 大(おほい)
に酒(さけ)を飲者(のむもの)殊(こと)に甚(はなはた)多(おほ)し大(おほい)に飲者(のむもの)は其(その)腹(はら)常(つね)に脹(はり)大(おほい)
にして稍(やゝ)脹病(ちやうひやう)の者(もの)に似(に)たり飲者(のむもの)は腹中(ふくちう)腸胃(ちやうゐ)も寛(ひろく)

【左丁】
大(おほい)にて然(しか)も剛実(かうじつ)なり故(かるかゆへ)に多(おほく)飲(のむ)事 得(え)て苦(くるし)む所(ところ)なし
酒(さけ)は尋常(よのつね)飯食(はんしよく)の外(ほか)にして然(しか)も日夜(にちや)飲(のみ)て止(やま)ざれは食物(しよくもつ)
と共(とも)に腸胃(ちやうゐ)の間(あひた)に充満(じうまん)して其腹(そのはら)自(をのつから)大(おほい)なり是 病(やまひ)
にはあらずといへとも総(すへ)て腸胃(ちやうゐ)は常(つね)に清虚(せいきよ)に宜(よろし)く
して充満(じうまん)に宜(よろし)からず故(かるかゆへ)に内経(たいきやう)に胃脈(ゐみやく)実(しつ)すれは
脹(ちやう)す又(また)濁気(だくき)上(かみ)にあれは䐜脹(しんちやう)を生(しやう)ず又(また)脾気(ひき)実(じつ)す
れは腹脹(はらはり)て徑謏(いはり)利(り)せず又(また)飲食(いんしい)起居(ききよ)節(せつ)を失(うしなひ)五蔵(こさう)
に入(いれ)は䐜満(しんまん)閉塞(へいそく)すといへり是 皆(みな)腸胃(ちやうゐ)の清虚(せいきよ)ならず
して脹病(ちやうひやう)を生(しやう)ずる事をいへり病源論(ひやうけんろん)に飲酒(いんしゆ)腹満(はらみち)て

消(せう)ぜざるの候(こう)あり其説(そのせつ)に酒(さけ)の性(せい)は宣通(せんつう)して停(とゝまり)聚(あつまら)
ず故(かるかゆへ)に醉(ゑひ)て又(また)醒(さむ)血脈(けつみやく)の流散(りうさん)に随(したかふ)ゆへなり今(いま)人(ひと)栄(えい)
衛(ゑ)否渋(ひしう)痰水(たんすい)停積(ていしやく)あり又(また)酒(さけ)を飲(のみ)て大(おほい)に醉(ゑふ)に至(いたら)
ざれども大(おほい)に吐(と)するに因(より)て酒(さけ)と痰(たん)と相搏(あひうち)て消散(せうさん)
すること事を得(え)ず故(かるかゆへ)に腹満(はらみち)て消(せう)ぜざらしむといへり
酒(さけ)の大(おほい)に過(すぎ)て其腹(そのはら)常(つね)に脹(はり)大(おほい)なるは是 内経(たいきやう)に云(いふ)所(ところ)の
ことく又(また)巣氏(さうし)の説(せつ)のことくなれは初(はしめ)は是を覚(をほへ)ず保(ほう)
養(やう)を為(なす)事なく久(ひさし)くして終(つゐ)に脹満(ちやうまん)の病(やまひ)を為(なす)かくの
ことくなる者(もの)は多(おほく)は治(ち)し難(かた)し凡(をよそ)酒(さけ)に因(より)て脹満(ちやうまん)を為(なす)

【左丁】
の例(ためし)多(おほ)かるへし近(ちかく)は朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に一人(いちにん)年(とし)五十(こしふ)酒(さけ)を
嗜(たしみ)瘧(をこり)を病(やむ)事(こと)半年(はんねん)にして脹(ちやう)を患(うれふ)手足(てあし)痩(やせ)腹(はら)大(おほい)に
して蜘蛛(くも)の状(かたち)のことし薬(くすり)を服(ふく)し巌(きひし)く戒(いましめ)を守(まもり)
て半年(はんねん)にして愈(いへ)たり又(また)一人(いちにん)は年(とし)四十余(ししふよ)性(せい)酒(さけ)を嗜(たしみ)
大便(たいへん)時(とき)に血(ち)を見(み)る脹満(ちやうまん)を患(うれひ)色(いろ)黒(くろく)腹(はら)大(おほい)にして鬼(をに)の
状(かたち)のことし薬(くすり)を服(ふく)して一月(いちけつ)にして安(やすし)といへり是 皆(みな)
酒(さけ)の脹満(ちやうまん)を致(いたす)事 昔(むかし)より然(しか)るなり丹渓(たんけい)先生(せんせい)な
れはこそ蜘蛛(くも)のやうなり鬼(をに)のやうなる脹満(ちやうまん)をも治(ち)
したるらめ今(いま)の世(よ)にはさしもあらぬをさへ数人(すにん)の

【右丁】
医療(いりやう)を経(へ)て治(ち)せざる者(もの)多(おほ)けれは能(よく)慎(つゝしみ)てかゝる病(やまひ)を
成(なさ)ざるに如(しく)はなかるへし
  黄疸論
○黄疸(わうだん)とは身体(しんたい)面目(めんもく)爪甲(つめ)汗(あせ)小便(せうへん)に至(いたる)まて尽(こと〳〵く)黄(き)
色(いろ)になる病(やまひ)なり或(あるひ)は寒熱(かんねつ)身(み)疼(いたみ)或(あるひ)は渇(かはき)き【衍ゕ】嘔吐(をうと)
する事あり五疸(こだん)とて五種(こしゆ)九疸(きうたん)とて九種(くしゆ)の品(しな)あり
丹渓の説(せつ)に疸症(たんしやう)は皆(みな)湿熱(しつねつ)なり黄色(きいろ)を発(はつ)するは麯(かうじ)
を盫(ねせ)て黄色(きいろ)を為(なす)ことくなりといへり脾(ひ)は中央(ちうわう)の土(つち)
に属(ぞく)して其色(そのいろ)黄(き)なり湿熱(しつねつ)脾胃(ひゐ)に滞(とゝこほる)ゆへに其(その) 本色(ほんしよく)

【左丁】
を見(あらはす)なり凡(をよそ)此病(このやまひ)を為(なす)事 其(その)因(ゐん)多(おほし)といへとも只(たゝ)大(おほい)に酒(さけ)
を飲(のむ)に因(より)て是を致(いたす)事 殊(こと)に甚(はなはた)多(おほ)し五疸(こたん)の内(うち)に酒(しゆ)
疸(たん)の一種(いつしゆ)あり金匱要略(きんきようりやく)に心中(しんちう)懊憹(をうのうし)て熱(ねつ)し食(しよく)
する事 能(あたは)ず時(とき)に吐(と)せんとするは名(な)をつけて酒疸(しゆたん)とす
又(また)酒黄疸(しゆわうたん)は小便(せうへん)利(り)せず心中(しんちう)熱(ねつ)し足下(そくか)熱(ねつ)す又(また)酒黄(しゆわう)
疸(たん)或(あるひ)は熱(ねつ)なく靖(しつかに)言(ものいひ)小腹(せうふく)満(みち)て吐(と)せんとして鼻(はな)燥(かはく)
又(また)酒疸(しゆたん)是(これ)を下(くだせ)ば久(ひさし)くして黒疸(こくたん)となり目(め)青(あをく)面(おもて)黒(くろ)く
心中(しんちう)蒜(にんにく)を噉(かむ)ことく大便(たいへん)黒(くろ)く皮膚(ひふ)を爪(かけ)は不仁(ふじん)す又(また)
黄疸(わうたん)の病(やまひ)十八日(しふはちにち)を期(ご)とし十日(しふにち)以上(いしやう)にして瘥(いゆ)へし

【右丁】
反(かへり)て極(きはまれ)は治(ち)し難(かた)しといへり病源論(ひやうけんろん)に黄疸(わうたん)の病(やまひ)は酒(しゆ)
色(しよく)過度(くはと)し又(また)風湿(ふうしつ)に搏(うたれ)て此症(このしやう)を為(なす)又(また)虚(きよ)し労(いたはる)の人(ひと)酒(さけ)
を飲(のむ)事 多(おほく)て食(しよく)を進(すゝむ)る事 少者(すくなきもの)は胃内(ゐない)に熱(ねつ)を生(しやう)す大(おほい)
に醉(えひ)て風(かせ)に当(あたり)水(みつ)に入(いれ)は身目(しんもく)黄(わう)を発(はつ)し心中(しんちう)懊(いきれ)痛(いたみ)
足(あし)の脛(はぎ)腫(はれ)て小便(せうへん)黄(き)に面(おもて)に赤(あか)き斑(はん)を発(はつ)し食(しよく)する
事 能(あたは)ず時(とき)に吐(と)せんとすといへり三因方(さんゐんはう)に五疸(こたん)の内(うち)唯(たゝ)
酒疸(しゆたん)変症(へんしやう)最(もつとも)多(おほし)酒(さけ)は醞醸(かもす)に成(なり)て大熱(たいねつ)毒(とく)あり百脈(ひやくみやく)に
滲入(もれいり)て特(ひとり)黄(わう)を発(はつ)するのみにあらず皮膚(ひふ)に溢(あふれ)て黒(こく)
を為(なし)腫(はれ)を為(なし)気道(きたう)の中(うち)に流(なかれ)ては眼(まなこ)黄(き)に鼻(はな)癰(やう)ありて

【左丁】
種々(しゆ〳〵)同(をなし)からず又(また)肉疸(にくたん)は飲物(のむもの)は少(すくな)く小便(せうへん)は多(おほ)くして
白泔(しろみづ)の色(いろ)のことし酒(さけ)に因(より)て致(いたす)所(ところ)なりといへり戴元礼(たいけんれい)
の説(せつ)に酒(さけ)を飲(のみ)て即(すなはち)睡(ねむれ)は酒毒(しゆどく)肺脾(はいひ)を薫(くん)じて黄病(わうひやうを)
為(なす)といへり其外(そのほか)説(せつ)又(また)多(おほ)し扨(さて)此病(このやまひ)の多(おほく)は酒(さけ)に因(よる)はいかに
となれは先(まづ)彼(かの)五疸(こたん)とは黄疸(わうたん)黄汗(わうかん)穀疸(こくたん)酒疸(しゆたん)女労疸(によらうたん)
なり黄疸(わうたん)黄汗(わうかん)は酒食(しゆしよく)又(また)は風水(ふうすい)湿熱(しつねつ)の致(いたす)所(ところ)穀疸(こくたん)は
脾胃(ひゐ)熱(ねつ)ありて饑(うえ)て食(しよく)を過(すごす)に因(より)女労疸(によらうたん)は大熱(たいねつ)大(たい)
労(らう)して色欲(しきよく)を為(なす)に因(よる)といへり凡(をよそ)大(おほい)に飲者(のむもの)は脾胃(ひゐ)の
湿熱(しつねつ)を為(なし)又(また)酒後(しゆこ)は食(しよく)する事を得(え)ず醒(さめ)て後(のち)反(かへり)て饑(うえ)て

【右丁】
飽食(はうしよく)する事あり又(また)醉興(すいきやう)に因(より)ては房欲(はうよく)の過度(くはと)も
有(ある)へしされは酒(さけ)を犯(をかせ)は他(た)の四(よつ)の病因(ひやうゐん)も皆(みな)尽(こと〳〵く)是(これ)を
犯(をかす)へし是 此症(このしやう)の酒(さけ)に因(よる)事 殊(こと)に多(おほし)とする所(ところ)なり
或(あるひ)は病(やまひ)重(をもく)治方(ちはう)験(げん)あらざれは治(ち)せざるに至者(いたるもの)もある
なれは常(つね)に心(こゝろ)を著(つく)へきなり又(また)一種(いつしゆ)黄腫(わうしゆ)と云(いふ)有(あり)
是 黄胖病(わうはんひやう)なり総身(さうしん)青(あを)く黄(き)にして腫胖(はれふくる)るなり
是 黄疸(わうたん)と同(をなし)からず黄疸(わうたん)は一時(いちじ)急卒(きふそつ)の病(やまひ)なり胖病(はんひやう)
は痼疾(こしつ)にて多(おほく)は治(ち)せずされとも急(きふ)に死(し)に至(いたる)事 少(すくな)
し是も亦(また)酒(さけ)を過(すご)せは急(きふ)に害(かい)を為(なす)事あり恐(おそれ)て

【左丁】
是を愼(つゝしむ)へし
  失血論
○失血(しつけつ)とは吐血(とけつ)下血(けけつ)総(すへ)て血(ち)を出(いたす)なり口中(こうちう)より出(いて)て
只(たゝ)血(ち)を嘔(はく)を吐血(とけつ)と為(し)津唾(つは)に雑(まじり)出(いつる)を唾血(だけつ)と為(し)咳嗽(せき)
ありて出(いつ)るを咳血(がいけつ)と為(し)痰中(たんちう)雑(まじり)出(いつ)るを痰血(たんけつ)と為(し)舌(した)より
出(いつ)るを舌血(ぜつけつ)と為(し)歯齦(はくき)より出(いつ)るを歯衄(しぢく)と為(し)鼻(はな)より出(いつ)
るを鼽衄(きうぢく)と為(し)小便(せうへん)に出(いつ)るを尿血(にやうけつ)と為(し)大便(たいへん)に出(いつ)るを下(け)
血(けつ)と為(す)又(また)遠血(ゑんけつ)近血(きんけつ)の別(べつ)あり汗(あせ)より出(いつ)るを汗血(かんけつ)と為(す)
又(また)腫毒(しゆとく)金瘡(きんさう)婦人(ふしん)帯下(たいけ)生産(せいさん)失血(しつけつ)あるなり凡(をよそ)諸(もろ〳〵)の

【右丁】
失血(しつけつ)各自(をの〳〵をのつから)其(その)因所(よるところ)ありされとも是 只(たゝ)第一(たいいち)酒(さけ)に因(よる)事 多(おほ)し
いかにとなれは総(すへ)ての失血(しつけつ)皆(みな)是(これ)血(ち)の蔵(をさまら)ずして乱(みたれ)て妄(みたり)に
行(ゆく)なり血(ち)を敗(やふり)乱(みたる)事 酒(さけ)より甚(はなはた)しきはなし内経(たいきやう)に酒(さけ)を
飲者(のむもの)は衛気(ゑき)先(まつ)皮膚(ひふ)に行(ゆき)営気(ゑいき)乃(すなはち)満(みつ)るといへり景岳(けいかく)
全書(せんしよ)に酒(さけ)は水穀(すいこく)の液(ゑき)血(ち)も亦(また)水穀の液(ゑき)酒(さけ)中焦(ちうせう)に入(いれ)は必(かならす)
同類(どうるい)を求(もとめ)て直(たゝち)に血分(けつふん)に走(はしる)血(ち)は陰(いん)に属(ぞく)して性(せい)和(くは)し酒(さけ)
は陽(やう)に属(そく)して気(き)悍(たけ)し酒(さけ)血分(けつふん)に入(いれ)は血(ち)静(しつか)ならんとし
て酒(さけ)是を動(うこか)し血(ち)蔵(かくれ)んとして酒(さけ)是を逐(をふ)故(かるかゆへ)に酒(さけ)を飲(のめ)は身(しん)
面(めん)皆(みな)赤(あか)し是 血(ち)に入(いる)の徴(しるし)亦(また)血(ち)を散(さん)ずるの徴(しるし)なりといへり

【左丁】
かくのことくなれは酒(さけ)の失血(しつけつ)を致(いたす)事 怪(あやしむ)に足(たら)ざるなり金匱(きんき)
要略(よふりやく)に酒客(しゆかく)欬(かい)する者(もの)は必(かならす)吐血(とけつ)を致(いたす)是 極(きはめ)飲(のみ)て過度(くはと)す
るの致(いたす)所(ところ)なりといへり病源論(ひやうけんろん)に吐血(とけつ)は皆(みな)大(おほい)に虚損(きよそん)し及(をよひ)
酒(さけ)を飲(のみ)て労損(らうそん)するの致(いたす)所(ところ)なり又(また)吐血(とけつ)三種(さんしゆ)の内(うち)肺疽(はいそ)の
症(しやう)は飲酒(いんしゆ)の後(のち)毒(とく)満(みち)て便(すなはち)吐(と)す吐(と)しやみて後(のち)又(また)一合(いちかふ)二
合(かふ)或(あるひ)は半升(はんしやう)一升(いつしやう)出(いつ)る事ありといへり奇效良方(きかうりやうはう)に飲酒(いんしゆ)
胃(ゐ)を傷(やふり)逐(つゐ)に吐血(とけつ)を成(なす)といへり証【證】治凖縄(せうちしゆんしやう)に飲酒(いんしゆ)大(おほい)に過(すぎ)
其血(そのち)妄行(みたりにゆき)出(いて)て泉(いつみ)の湧(わく)ことく口(くち)鼻(はな)皆(みな)流(なかる)須臾(しはらく)にして
救(すくは)ざれは即(すなはち)死(しす)といへり凡(をよそ)口(くち)鼻(はな)血(ち)を出(いたし)下血(けけつ)尿血(にやうけつ)多(おほ)くし

【右丁】
て数升(すしやう)に至(いたる)者(もの)は皆(みな)大(おほい)に酒(さけ)を飲(のむ)に因(よれ)り其外(そのほか)腫毒(しゆとく)潰(つゐえ)て
後(のち)又(また)は金瘡(きんさう)の者(もの)酒(さけ)を飲(のめ)は血(ち)走(はしり)て止(やま)ざる事あり或(あるひ)は
吐血(とけつ)下血(けけつ)ともに宜(よろし)き所(ところ)にあらずといへとも大(おほい)に飲人(のむひと)腹中(ふくちう)
の血(ち)を敗(やふり)瘀血(おけつ)相(あひ)滞(とゝこほれ)は必(かならす)腹痛(ふくつう)と為(なり)心痛(しんつう)と為(なり)其外(そのほか)種々(しゆ〳〵)
の病(やまひ)を為(なす)されは其(その)瘀血(おけつ)を吐下(はきくだ)しさる事は他(た)の病(やまひ)を為(なす)
にはまさるへし故(かるかゆへ)に吐血(とけつ)下血(げけつ)を為者(なすもの)は甚(はなはた)多(おほし)といへとも
能(よく)調理(てうり)を為(なす)時(とき)は多(おほく)は治(ち)して大害(たいかい)を致(いたす)事なし然(しか)れ
とも是亦(これまた)度(たひ)を重(かさね)て然(しか)る事ある時(とき)は大患(たいくわん)に至(いたる)へし
過(あやまち)をは二度(ふたゝひ)する事なき事を思(おもふ)へし

【左丁】
  虚労論
○虚労(きよらう)とは常(つね)に云所(いふところ)の労症(らうしやう)なり是 元気(けんき)不足(ふそく)陰血(いんけつ)
虧損(かけそん)じ相火(しやうくは)随(したかひ)て旺(さかん)に咳嗽(かいさう)発熱(はつねつ)咯血(らくけつ)吐痰(とたん)遺精(いせい)
盗汗(たうかん)飲食(いんしい)肌膚(きふ)と成(なら)ず羸痩(つかれやせ)睡中(すいちう)驚悸(をとろきをそれ)午後(こご)
潮熱(てうねつ)倦怠(けんたい)力(ちから)なく其(その)症候(しやうこう)甚(はなはた)多(おほ)し五労(こらう)六極(りくきよく)七(しち)
傷(しやう)二十四種(にしふししゆ)三十六種(さんしふろくしゆ)九十九種(くしふくしゆ)伝尸労虫(てんしらうちう)瘵疾(さいしつ)骨(こつ)
蒸(ぜう)等(とう)種々(しゆ〳〵)の品(しな)あり男子(なんし)婦人(ふじん)共(とも)に異(こと)なる事なし
凡(をよそ)其(その)病因(ひやうゐん)も亦(また)一(いち)ならずして其説(そのせつ)甚(はなはた)多(おほ)けれは是を
挙(あくる)に及(をよは)ず今(いま)唯(たゝ)此症(このしやう)の酒色(しゆしよく)に因者(よるもの)を論(ろん)ず大抵(たいてい)労症(らうしやう)

【右丁】
は陰虚(いんきよ)火動(くはどう)よりして種々(しゆ〳〵)に変化(へんくは)するなり内経(たいきやう)に云(いふ)
所(ところ)の一水(いつすい)両火(りやうくは)に勝(かた)ざるなり其(その)真陰(しんいん)を虚(きよ)し相火(しやうくは)を
動(うこかす)事も亦(また)種々(しゆ〳〵)なりといへとも先 第一(たいいち)色欲(しきよく)の過度(くはと)
に因(よる)事 多(おほ)し或(あるひ)は実(しつ)に欲事(よくじ)を犯(をかさ)ずといへとも彼(かの)
童男(とうなん)室女(しつしよ)思想(しさう)窮(きはまり)なく願(ねかふ)所(ところ)遂(とげ)ず暗(あん)に陰精(いんせい)虚(きよ)し
て此症(このしやう)を為(なす)事あり或(あるひ)は小児(せうに)の時(とき)に疳症(かんしやう)を為(なし)其病(そのひやう)
根治(こんち)せずして労(らう)となる者(もの)あり故(かるかゆへ)に十六歳(しふろくさい)以前(いせん)を
疳(かん)と云(いひ)十六歳(しふろくさい)以後(いこ)を労(らう)と云(いふ)といへり扨(さて)色欲(しきよく)は陰(いん)
気(き)を害(かい)すといへとも敢(あへ)て陽気(やうき)を亢(たかふらす)るの害(かい)少(すくな)し唯(たゝ)

【左丁】
酒(さけ)は独(ひとり)陰気(いんき)を虚(きよ)するのみにあらず又(また)陽気(やうき)を亢(たかふら)す事
殊(こと)に甚(はなはた)し色欲(しきよく)の害(かい)を為(なす)は譬(たとへ)は釜(かま)の中(うち)の水(みつ)を減(へら)す
に似たり酒(さけ)の害(かい)を為(なす)は一面(いちめん)は釜(かま)の中(うち)の水(みつ)を減(へら)し一(いち)
面(めん)は釜(かま)の底(した)の火(ひ)を添(そゆ)るに似(に)たり内経(たいきやう)に酒気(しゆき)盛(さかん)に
して慓悍(ひやうかん)腎気(しんき)日(ひゝに)衰(をとろへ)陽気(やうき)独(ひとり)勝(かつ)といへり病源論(ひやうけんろん)
に蒸病(せうひやう)は或(あるひ)は酒(さけ)或(あるひ)は房(はう)触(ふれ)犯(をかし)て此症(このしやう)を為(なす)といへり
蒸病(せうひやう)は即(すなはち)虚労(きよらう)なり王節斎(わうせつさい)の言(こと)に酒色(しゆしよく)過度(くはと)すれ
は肺腎(はいしん)の真陰(しんいん)を損(そん)じ傷(やふり)て咳嗽(かいさう)吐痰(とたん)衄血(ぢくけつ)吐血(とけつ)等(とう)
の症(しよう)を為(なす)といへり明医(めいい)類案(るいあん)に天稟(てんりん)性熱(せいねつ)し

【右丁】
血(ち)少(すくなき)の人(ひと)酒(さけ)を貪(むさほり)色(いろ)を好(このめ)は腎水(じんすい)升(のほら)ず心火(しんくは)降(くだら)ずして
虚労(きよらう)を為(なす)といへり是 労症(らうしやう)の酒(さけ)に因(よる)事を見(み)つへし
凡(をよそ)虚労(きよらう)の症(しやう)は多(おほく)は皆(みな)少年(せうねん)の人(ひと)にして老年(らうねん)には有(ある)
事なし窃(ひそか)に其故(そのゆへ)を考(かんかゆ)るに彼(かの)老年(らうねん)は陰気(いんき)原(もと)
より虚(きよ)するといへとも陽気(やうき)も亦(また)盛(さかん)ならず事(こと)に
因(より)て又(また)陰気(いんき)を虚(きよ)するといへとも陽気(やうき)独(ひとり)勝(かつ)の害(かい)少(すくな)
し陰虚(いんきよ)の病症(ひやうしやう)を為(なす)といへとも骨蒸(こつせう)労熱(らうねつ)の症(しやう)を為(なす)
事なし譬(たとへ)は釜(かま)の中(うち)の水(みつ)少(すくな)しといへとも釜(かま)の底(した)の
火(ひ)も亦(また)熾(さかん)ならざれは水(みつ)乾(かはく)とも釜(かま)の熱(ねつ)するのみにて

【左丁】
是(これ)を焼破(やきやふる)事なし少年(せうねん)は元来(くわんらい)陰陽(いんやう)ともに盛(さかん)にて
然(しか)も陰気(いんき)はいまた全(まつた)く盛(さかん)ならざれは或(あるひ)は一(ひと)たひ陰気(いんき)
を虚(きよ)する事何れは陽気(やうき)偏(ひとへ)に勝(かつ)の害(かい)ありて大患(たいくわん)に至(いたる)
なり譬(たとへ)は釜(かま)の中(うち)の水(みつ)多(おほ)けれとも釜(かま)の底(した)の火(ひ)も亦(また)熾(さかん)
なり其水(そのみつ)を減(げん)ずれは急(きふ)に煎熬(いりあぶり)て水(みつ)尽(つく)れは釜(かま)忽(たちまち)
に焼破(やきやふる)ことし凡(をよそ)少年(せうねん)の陰気(いんき)いまた盛(さかん)ならざる事
は内経(たいきやう)に人(ひと)二十歳(にしつさい)にして血気(けつき)始(はしめ)て盛(さかん)に肌肉(きにく)方(まさに)長(ちやう)じ
三十歳(さんしつさい)にして五蔵(こさう)大(おほい)に定(さたまり)肌肉(きにく)堅固(けんこ)に血脈(けつみやく)盛(さかん)に満(みつ)
といへりされは始(はしめ)て盛(さかん)なり大(おほい)に定(さたまり)盛(さかん)に満(みつ)と云(いふ)時(とき)は

【右丁】
其(その)以前(いせん)は盛(さかん)ならず定(さたまら)ず満(みた)ざる事 知(しん)ぬへし此時(このとき)に当(あたり)
て陰陽(いんやう)偏(ひとへ)に勝(かつ)の害(かい)を為(なせ)は其病(そのやまひ)を為(なす)事 真(まこと)にさる事
なり朱丹渓(しゆたんけい)の陽(やう)有余(ゐうよ)陰(いん)不足(ふそく)の論(ろん)に男子(なんし)は十六歳(しふろくさい)に
して精(せい)通(つう)じ女子(によし)は十四歳(しふしさい)にして経(けい)行(ゆく)是 形(かたち)有(ある)の後(のち)
猶(なを)乳晡(にうほ)水穀(すいこく)の養(やしなひ)を待(まち)て陰気(いんき)始(はしめ)て成(なり)て陽気(やうき)と配(はい)を
為(なし)て人(ひと)と成(なり)て人(ひと)の父母(ふほ)たるへし古人(こしん)必(かならす)二十(にしふ)三十(さんしふ)にし
て嫁娶(かしゆ)を為(なす)陰気(いんき)の成(なる)に難(かたき)を見(み)つへしといへりさ
るほとに少年(せうねん)の人(ひと)酒色(しゆしよく)過度(くはと)すれは陰虚(いんきよ)火動(くはどう)を為(なし)陰(いん)
虚(きよ)火動(くはとう)すれは終(つゐ)には虚労(きよらう)瘵疾(さいしつ)の症(しやう)となる然(しか)れは

【左丁】
少年(せうねん)の人(ひと)血気(けつき)いまた堅固(けんこ)ならざれは色欲(しきよく)のみにあら
ず酒(さけ)も亦(また)決(けつ)して過(すこす)へからず真(まこと)に深(ふか)く懼(をそれ)て愼(つゝしむ)
へきなり或人(あるひと)此(この)論(ろん)ずる所(ところ)を見(み)て今(いま)虚労(きよらう)を為(なす)の故(ゆへ)
を論(ろん)じて理(り)有(ある)に似(に)たりされとも世(よ)の此症(このしやう)を為者(なすもの)
を見(みる)に千百人(せんひやくにん)の中(うち)一人(いちにん)の治(ち)するを見(み)ず凡(をよそ)病論(ひやうろん)医(い)
案(あん)は病(やまひ)を治(ち)すへき為(ため)なり其(その)治(ち)すへからざるの病(やまひ)を
は是を論(ろん)じて玄談妙解(けんだんめうげ)を為(なす)と云(いふ)とも病(やまひ)を治(ち)す
るに便(たより)あらずんは畢竟(ひつきやう)無益(むえき)の事なるへしといへり
曰(いはく)固(まこと)に然(しか)なり凡(をよそ)虚労(きよらう)の症(しやう)古来(こらい)治法(ちはふ)を論(ろん)ずる事

【右丁】
委(くはし)く当今(たうこん)医術(いしゆつ)を尽(つくす)といへとも治(ち)する事 難(かた)し
其(その)治(ち)する事なきゆへに殊(こと)に是を論(ろん)ずるなり今(いま)此(この)
論(ろん)ずる所(ところ)を以(もつ)て其病(そのやまひ)を治(ち)せんとにはあらず只(たゝ)此(この)
論(ろん)ずる所(ところ)を以(もつ)て初(はしめ)より其病(そのやまひ)を為(なす)事なからしめん
と欲(ほつす)るなり能(よく)此症(このしやう)の是(これ)を致(いたす)事かくのことく此症(このしやう)
の治(ち)し難(かたき)事かくのことくなる事を知(しり)て若(もし)一人(いちにん)も
能(よく)是(これ)を愼(つゝしみ)て此(この)凶症(きようしやう)を為者(なすもの)なき事あらば其病(そのやまひ)
を為(なし)て後(のち)に是を治(ち)し得(え)んよりは其功(そのこう)高(たか)かるへし
経(きやう)に上医(しやうい)は未病(みひやう)を治(ち)すといへり然(しか)れとも世間(せけん)只(たゝ)

【左丁】
眼前(かんせん)の事のみを論(ろん)じて其(その)いまた見(み)さる所(ところ)を慮(をもんはかる)
事なし是 独(ひとり)今日(こんにち)のみにあらず昔(むかし)もさる例(ためし)有(あり)
けり或人(あるひと)他人(たにん)の家(いゑ)に行(ゆき)て竃突(さうとつ)とて竃(かまと)の額(ひたひ)
の烟出(けふりいたし)の直(すぐ)にして其傍(そのそば)に薪(たきゝ)の有(あり)けるを見(み)て
是は火(ひ)の為(ため)に危(あやう)し竃突(さうとつ)を曲(まげ)て火(ひ)の出(いて)ぬやうに
して薪(たきゝ)をも外(ほか)へ徒(うつし)置(をく)へしと云(いひ)けるに此(この)主人(あるし)
も情(じやう)の強(こは)き者(もの)にやさもあらずして過(すぎ)けるに果(はたし)
て傍(そば)なる薪(たきゝ)に火(ひ)の燃付(もえつき)て火災(くはさい)に及(をよひ)なんとし
けれは近隣(きんりん)の人(ひと)打寄(うちより)是を撲滅(うちけし)【扁の「火」は誤記】て或(あるひ)は頭(かしら)を焦(こがし)

【右丁】
額(ひたひ)を爛(たゝらかす)ほど働(はたらき)て漸(やうやく)事は静(しつまり)ぬ扨(さて)彼(かの)情(じやう)強(こは)主人(しゆしん)
もさてのみも止(やみ)かたくて酒(さけ)を買(かい)牛(うし)を殺(ころし)て働(はたらき)け
る人々(ひと〳〵)に経饗(もてなし)て是を謝(しや)しけるに又(また)或人(あるひと)是を見(み)
て今(いま)此(この)人々(ひと〳〵)を謝(しや)せんには猶(なを)是よりも謝(しや)すへき人(ひと)
こそあれと云(いひ)けるに主人(しゆしん)それはいかにと問(とひ)けれは
されは初(はしめ)に突(とつ)を曲(まげ)て薪(たきゝ)を徒(うつせ)と云(いひ)けるに従(したかひ)なは
此(この)騒動(さうとう)も有(ある)まじけれは牛酒(きうしゆ)の費(つゐえ)も為(なす)へからずさ
れは此人(このひと)の功(こう)は彼(かの)頭(かしら)を焦(こか)し額(ひたひ)を爛(たゝら)かせしより
は遙(はるか)に優(まさる)へしと云(いひ)けるとや今(いま)此(この)労症(らうしやう)を論(ろん)ずる

【左丁】
は彼(かの)突(とつ)を曲(まげ)て薪(たきゝ)を徒(うつせ)と云(いひ)しに同(をなし)かるへし是に従(したかは)
ずして病(やまひ)を為(なす)に至(いたり)ては頭(かしら)を焦(こか)し額(ひたひ)を爛(たゝらかす)とも真(まこと)
に益(えき)なかるへし
  癲狂論
○癲狂(てんきやう)とは俗(ぞく)に云(いふ)乱心気違(らんしんきちかひ)なり此症(このしやう)の発(をこる)事 其(その)病(ひやう)
因(ゐん)も亦(また)種々(しゆ〳〵)なり或(あるひ)は生質(むまれつき)の痴(をろか)【癡は旧字体】に鈍(にぶ)く狂(くるひ)躁(さはかし)き者(もの)漸(せん)
漸(せん)其(その)愚性(ぐせい)を増長(そうちやう)して是を為(なす)事あり其外(そのほか)は皆(みな)病(やまひ)
に因(よる)古来(こらい)其(その)病因(ひやうゐん)を述(のふる)る事 多(おほ)し古人(こしん)の説(せつ)に癲狂(てんきやう)の
病(やまひ)は総(すへ)て心(しん)火(くは)の為(ため)に乗(ぜう)ぜられ神舎(しんしや)を守(まもら)ざるの一言(いちけん)

【右丁】
是を尽(つく)せりといへり或(あるひ)は婦人(ふしん)産後(さんこ)血暈(けつうん)して心血(しんけつ)
乱(みたれ)又(また)は瘀血(おけつ)心(しん)に乗(ぜう)ずるに因(より)て此症(このしやう)を為(なす)事 常(つね)に多(おほし)
凡(をよそ)癲狂(てんきやう)は只(たゝ)是(これ)心血(しんけつ)の乱(みたる)るに因(より)て神気(しんき)を昏(くらま)し種々(しゆ〳〵)
不正(ふせい)の形容(ありさま)ありて常(つね)に異(こと)なる事を致(いたす)なり扨(さて)此症(このしやう)の
他(た)の因(ゐん)にて是を為(なす)をは措(おい)て論(ろん)ずる事なし唯(たゝ)酒(さけ)に
因(より)て是を為者(なすもの)殊(こと)に多(おほ)し酒(さけ)いかにして此症(このしやう)を為(なす)や
と云(いふ)に内経(たいきやう)に陽(やう)尽(こと〳〵く)上(かみ)にに在(あり)て陰気(いんき)下(しも)に従(したかひ)下(しも)虚(きよ)し
上(かみ)実(じつ)す故(かるかゆへ)に狂巓(きやうてん)疾(しつ)を為(なす)といへり陽気(やうき)を上(のほせ)下虚(げきよ)
上実(しやうしつ)を為(なし)又(また)心火(しんくは)を動(うこか)し心血(しんけつ)を乱(みたる)事 酒(さけ)より甚(はなはた)

【左丁】
はなし大(おほい)に飲(のみ)て酔狂(すいきやう)する者(もの)は其(その)形容(ありさま)顚狂(てんきやう)に同(をなし)
世(よ)の人(ひと)酔狂(すいきやう)は只(たゝ)是(これ)嬉戯(たはふれ)逸興(いつきやう)のやうに思(おもへ)ともさには
あらず是 酒熱(しゆねつ)陽気(やうき)を上(のほ)せ心血(しんけつ)を乱(みたる)の一時(いちじ)の病(やまひ)な
り其(その)酒熱(しゆねつ)醒(さむ)れは心血(しんけつ)も亦(また)治(をさまる)ゆへに常(つね)に異(こと)なる事
なしされとも凡(をよそ)何事(なにこと)にもあれ一度(ひとたひ)乱(みたれ)ては初(はしめ)のことく
には治(をさまり)難(かた)し其(その)心血(しんけつ)の敗乱(はいらん)も能(よく)初(はしめ)のことく治(をさまる)へきや
縦(たとひ)一度(ひとたひ)乱(みたる)るとも亦(また)其(その)治(をさまる)事 多(おほ)からは初(はしめ)のことくにも
治(をさまる)へけれとも大(おほい)に飲者(のむもの)はさにあらず朝(あした)に酔(えひ)て夕(ゆふへ)
に醒(さめ)今日(こんにち)醒(さめ)て明日(めうにち)酔(えふ)乱(みたる)る事 多(おほ)くして治(をさまる)事

【右丁】
少(すくな)けれは終(つゐ)には心血(しんけつ)を敗乱(はいらん)して常(つね)に酔人(すいしん)のことく
なる顚狂(てんきやう)の病(やまひ)となる僅(わつか)に方寸(はうすん)の蔵府(さうふ)数升(すせう)の辛熱(しんねつ)
大毒(たいとく)にて日夜(にちや)是を攻(せむ)るをや然(しか)れとも元来(くわんらい)心気(しんき)恙(つゝが)
なき者(もの)は此症(このしやう)を為(なす)事なし生質(むまれつき)心気(しんき)不足(ふそく)精神(せいしん)昏(くらく)
或(あるひ)は気質(きしつ)褊狭(かたよりせまく)頑(かたくな)に癡(をろか)なる者(もの)或(あるひ)は色欲(しきよく)過度(くはと)し
て下虚(けきよ)上実(しやうじつ)し心気(しんき)飄(ひるかへり)揚(あがる)者(もの)にして又(また)常(つね)に大(おほい)に
飲時(のむとき)は必(かならす)此症(このしやう)を為(なす)又(また)古人(こしん)の説(せつ)に肝(かん)屢(しは〳〵)謀(はかり)胆(たん)屢(しは〳〵)決(けつ)
せず屈(くつ)して伸(のふ)る所(ところ)なく怒(いかり)洩(もる)る所(ところ)なくして此症(このしやう)を
為(なす)といへり是 又(また)然(しか)る事なり況(いはん)や酒(さけ)に因(より)て原(もと)よ

【左丁】
り心気(しんき)の虚(きよ)し乱(みたる)る者(もの)は殊更(ことさら)にさしもなき事をも
憂懼(うれひをそれ)て謀(はかり)思(をもふ)へし心地(しんち)本(もと)乾(すゝやか)に浄(きよ)けれは大事(たいじ)を
謀(はかり)大儀(たいぎ)を決(けつ)すといへとも何(なん)ぞ病(やまひ)を致(いたす)事 有(ある)へき
や古来(こらい)盃中(はいちう)の弓影(きうゑい)と云(いふ)事あり是は疑惑(うたかひまとふ)者(もの)の
譬(たとへ)に云(いふ)事なれとも是 又(また)酒狂病(しゆきやうひやう)の譬(たとへ)に能(よく)称(かなへ)り昔(むかし)
何解元(かかいげん)と云(いふ)人(ひと)趙脩武(てうしうふ)と云(いふ)人(ひと)の宅(たく)に会(くはい)し飲(のみ)て
酒(さけ)数盃(すはい)に至(いたり)て忽(たちまち)盃(さかつき)の中(うち)に小蛇(こへび)【虵は俗字】有(ある)に似(に)たり嚥(のみ)
て口(くち)に入(いり)けるに物(もの)有(あり)とも覚(をほへ)ざりしに其後(そののち)毎(つね)に
是を思(をもひ)疑(うたかひ)て日(ひ)久(ひさし)くして心(むね)の痛(いたみ)を覚(をほゆ)自(みつから)思(をもへ)るは

【右丁】
彼(かの)盃中(はいちう)の小蛇(こへひ)腹中(ふくちう)にて大(おほい)になりて五蔵(こさう)を食(はむ)に
こそはあらめと是を憂(うれひ)けるに明年(めいねん)に至(いたり)て又(また)彼(かの)
脩武(しうふ)の宅(たく)に会(くわい)して盃(さかつき)を執(とれ)は又(また)小蛇(こへひ)の見(みへ)けるを
細(こまか)に是を看(み)れは屋(や)の梁(うつばり)に掛(かけ)たる弓(ゆみ)の影(かげ)の盃中(はいちう)
の入(いる)なりけり是に因(より)て疑(うたかひ)解(とけ)て其心(そのむね)の痛(いたみ)も愈(いへ)た
るとなり扨(さて)是を酒狂病(しゆきやうひやう)の譬(たとへ)と云(いふ)事は先(まつ)此弓(このゆみ)の
影(かけ)を蛇(へび)と見(みる)事(こと)正気(しやうき)なる人(ひと)の有(ある)へき事にあらず
本文(ほんぶん)に酒(さけ)数盃(すはい)に至(いたり)て忽(たちまち)見(みる)と有(ある)なれは酔眼(すいかん)にて
見たるへしされど酔眼(すいかん)にあらずとも物(もの)を見(み)誤(あやまる)

【左丁】
事は有(ある)なれは蛇(へひ)とも見(みる)へし蛇(へひ)と見(み)たらは是を
飲(のむ)へき事ならんや蛇(じや)にもあれ鬼(おに)にもあれ是を
厭(いとは)ず受(うけ)たる盃(さかつき)を傾(かたむけ)倒(たをす)は醉人(すいしん)の形容(ありさま)なり縦(たとひ)蛇(じや)に
ても鬼(をに)にても既(すで)に飲(のみ)ては憂(うれへ)るとも帰(かへら)ぬ事なり
況(いはん)や弓(ゆみ)の影(かけ)を飲(のみ)たれはとて心(むね)の痛(いたむ)へき事な
らんや是 皆(みな)醉人(すいしん)の故態(こたい)なり初(はしめ)盃中(はいちう)の蛇(へひ)を飲(のむ)
は酔狂(すいきやう)なり後(のち)に是を苦(くるしむ)は酒狂病(しゆきやうひやう)なり総(すへ)てかくの
ことくなる事にて漸々(ぜん〳〵)是を増長(そうちやう)して終(つゐ)に真(まこと)の顚(てん)
狂(きやう)となる又(また)徐之才(しよしさい)の説(せつ)に一人(いちにん)酒色(しゆしよく)過度(くはと)して恍惚(ほれ〴〵)

【右丁】
として常(つね)ならず自(みつから)云(いふ)初(はしめ)空中(くうちう)に五色(こしき)の物(もの)あり稍(やゝ)
近(ちかつけ)は変(へん)じて一人(いちにん)の美女(びしよ)となり地(ち)を去(さる)事 数丈(すちやう)亭(てい)
亭(てい)として立(たつ)を見(みる)といへり又(また)汪石山(わうせきさん)の説(せつ)に一人(いちにん)年(とし)三十(さんしふ)
を踰(こへ)形(かたち)肥(こゑ)色(いろ)白(しろ)く酒(さけ)を飲(のみ)ける上(うへ)にて人(ひと)に辱(はつかしめ)られけれ
は遂(つゐ)に心(しん)恙(かう)【「やう」の誤記ヵ】となり或(あるひ)は刀(かたな)を持(もち)或(あるひ)は垣(かき)を踰(こへ)髪(かみ)を被(かふり)
て大(おほい)に叫(さけぶ)といへり又(また)朱丹渓(しゆたんけい)の外弟(くわいてい)一日(いちにち)酔飽(ゑひあき)て後(のち)乱(らん)
言(けん)妄語(まうこ)を為(なす)是を問(とへ)は其(その)亡兄(ばうけい)体(たい)に付(つき)て生前(しやうせん)の事
を云(いひ)て甚(はなはた)的(たゝし)是 邪(じや)にあらず魚肉(ぎよにく)と酒(さけ)と大(おほい)に過(すぎ)て
痰(たん)の致(いたす)所(ところ)なりとて塩湯(しほゆ)一(いつ)大碗(たいわん)を与(あたへ)て痰(たん)を吐(はく)事

【左丁】
一二升(いちにせう)一夜(いちや)睡(ねむり)て安(やす)しといへり儒門(しゆもん)事(し)親(しん)には酒(さけ)を嗜(たし[な]み)
発狂(はつきやう)して鬼(き)を見(みる)に死(し)する事 有(あり)といへり是 昔(むかし)より
酒(さけ)の狂症(きやうしやう)を致(いたせ)し例(ためし)なり今(いま)の世(よ)にもかくて狂症(きやうしやう)を
為者(なすもの)多(おほ)しかゝる人(ひと)は自(みつから)是を知(しり)て慎(つゝしむ)へきにもあらざれ
は傍(そば)なる人(ひ[と])の能(よく)謀(はかり)て漫(みだり)に酒(さけ)を与(あたへ)ずして是を調(とゝのへ)て此(この)
凶症(きようしやう)を致(いたす)事なかるへし又(また)邪崇(しやすい)【ママ 「祟」の誤記】の症(しやう)あり是 邪悪(じやあく)の
気(き)崇(たゝり)【ママ 祟の誤記】を為(なす)なり古来(こらい)の説(せつ)に人(ひと)或(あるひ)は死(し)を弔(とむらひ)廟(ひやう)に入(いり)或(あるひ)
は空屋(くうをく)人(ひと)なき所(ところ)山谷(さんこく)幽陰(ゆういん)の地(ち)に至(いたり)て物(もの)のために付(つか)
るゝに因(より)て其(その)病症(ひやうしやう)顚狂(てんきやう)のことくなる事ありといへり

【右丁】
是 元来(くわんらい)人(ひと)の元気(けんき)虚弱(きよじやく)なる者(もの)にして此(この)事(こと)あり朱丹(しゆたん)
溪(けい)の説(せつ)に俗(ぞく)に云(いふ)邪悪(じやあく)鬼崇(きすい)【「祟」の誤記ヵ】は気血(きけつ)先(まつ)虧(かくる)に因(より)て是を
致(いたす)神(しん)すでに衰(をとろゆ)れは邪(じや)因(より)て入(いる)事 理(り)或(あるひ)は是(これ)あらん血(けつ)
気(き)両(ふたつ)ながら虚(きよ)し痰(たん)心(しん)胸(けう)に塞(ふさかり)十二官(しふにくわん)各(をの〳〵)其職(そのしよく)を失(うしな)ひ
視聴(してい)言動(けんとう)皆(みな)虚妄(きよまう)をなす邪(じや)と為(なし)て是を治(ち)すれは
其人(そのひと)必(かならす)死(しす)といへり又(また)徐東皐(しよとうかう)の説(せつ)に正気(しやうき)弱(よは)けれは心(こゝろ)邪(じや)
なり心(こゝろろ)邪(しや)なれは見所(みるところ)聞所(きくところ)邪(しや)にあらざる事なし故(かるかゆへ)に
邪(しや)は邪(しや)を見(み)る正人(せいしん)病(やまひ)なき者(もの)は皆(みな)見(みる)事を得(え)ず此心(このこゝろ)一(ひとたひ)
正(たゝし)けれは百邪(ひやくしや)共(とも)に避(さく)るなり何(なん)の邪崇(しやすい)【ママ 「祟」の誤記】をか是を疑(うたかは)む

【左丁】
といへりされは常(つね)に大(おほい)に飲(のみ)て気血(きけつ)元気(けんき)の衰(をとろゆ)る事を致(いたさ)
は或(あるひ)は邪(じや)の崇(たゝり)【ママ 祟の誤記】をも為(なす)へけれは是も亦(また)慎(つゝしむ)へきの一事(いちじ)
なるへしされと古書(こしよ)にも酒(さけ)は能(よく)悪気(あくき)を避(さく)るといへは
或は邪気(しやき)の有(ある)へき所(ところ)に行時(ゆくとき)は必(かならず)酒(さけ)を飲(のむ)へし酒(さけ)は能(よく)
人(ひと)の神気(しんき)を盛(さかん)にす神気(しんき)盛(さかん)なれは能(よく)邪気(しやき)に勝(かつ)へ
し然(しか)れとも是は其当時(そのたうじ)に飲(のむ)事を云(いふ)なり常(つね)に大(おほい)
に飲(のむ)事にはあらざるなり

酒説養生論巻之五終

【裏表紙】

【表紙】
【資料整理ラベル】
富士川本
 シ
 78

【題箋】
《題:酒説養生論《割書:六》》

【右丁】
【陽刻角印一つ】
【書き入れ】内田

【左丁】
酒説養生論巻之六【書き込み】《割書:全七巻》
      武江 草洲守部正稽校訂
 酒病論下
  酒悖論
○酒悖(しゆぼつ)とは人(ひと)の常(つね)には怯(つたな)く弱者(よはきもの)の酒(さけ)に醉(ゑひ)て卒(にはか)に勇(ゆう)
気(き)に成(なり)て其(その)気質(きしつ)の変(かはる)を云(いふ)なり内経(たいきやう)に黄帝(くわうてい)の曰(のたまは)く
怯士(ごうし)の酒(さけ)を得(え)て怒(いかり)て勇士(ゆうし)を避(さけ)ざる者(もの)は何(いつれ)の蔵(さう)か
然(しから)しむる少兪(せうゆ)の申(まうさ)く酒(さけ)は水穀(すいこく)の精(せい)熟穀(しゆくこく)の液(えき)なり
其気(そのき)慓悍(ひやうかん)其胃(そのゐ)中(ちう)に入時(いるとき)は胃(ゐ)脹(はり)気(き)上逆(しやうぎやく)して胸中(けうちう)

【右側欄外】富士川游寄贈
【頭部欄外 蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印
【同 登録番号】
185095
大正7.3.31

【右丁】
に満(みち)肝(かん)浮(うかみ)胆(たん)横(よこたは)り是時(このとき)に当(あたり)て固(もとより)勇士(ゆうし)に比(ひ)す気(き)衰(をとろふ)る
時(とき)は悔(くゆ)勇士(ゆうし)と類(るい)を同(をなし)くして是(これ)を避(さくる)事(こと)を知(しら)ず名(な)
づけて酒悖(しゆぼつ)と云(いふ)類註(るいちう)に酒(さけ)に因(より)て悖逆(ぼつぎやく)のもとりさかふ
事を為(なす)ゆへに酒悖(しゆほつ)と云(いふ)といへり凡(をよそ)人(ひと)の常(つね)には謹慎(つゝしみ)ふかく
温和(をんくは)にて怒(いかり)争(あらそふ)事(こと)を好(このま)さる者(もの)も酒(さけ)に醉(ゑひ)ては妄(みたり)に罵(のり)怒(いかり)目(め)
を瞋(いから)し声(こゑ)を揚(あけ)争(あらそひ)を好(このみ)闘(たゝかひ)を為(なし)或(あるひ)は自(みつから)智(ち)あり勇(ゆう)ありと
為(し)て貴人(きにん)親疎(しんそ)をも避(さけ)さるに至(いたる)病源論(ひやうけんろん)には是(これ)を悪酒(あくしゆ)と云(いひ)
千金方(せんきんはう)には悪酒(あくしゆ)健嗔(けんしん)といへり世(よ)にはかゝる者(もの)を醉興(すいきやう)暴悪(ほうあく)
喜(このみ)て是(これ)を為(なす)やうに思(をもへ)ともさにあらず経(きやう)に云所(いふところ)のごとくなれ

【左丁】
は内蔵府(うちさうふ)よりして是(これ)を為(なす)一時(いちし)酒(さけ)に中(あて)らるゝ病(やまひ)なり
其人(そのひと)自(みつから)はかゝる事を欲(ねかは)ざれども蔵府(さうふ)の動(うこき)躁(さはき)て其常(そのつね)
を変(へん)じ内(うち)より外(ほか)に達(たつ)して然(しか)らしむ故(かるかゆへ)に醒(さめ)て後(のち)は
常(つね)に異(こと)なる事なし此病(このやまひ)にては言(こと)を誤(あやまり)行(かう)を愆(あやまり)或(あるひ)は
人(ひと)を毀(そこなひ)身(み)を傷(やふり)法令(はふれい)を犯(をかし)罪(つみ)を得(うる)事あり実(まこと)に恐(をそる)へし
縦(たとひ)当時(たうじ)に身(み)を亡(ほろほす)事はあらずともかく物(もの)も覚(をほへ)ざることく
に気血(きけつ)蔵府(さうふ)を悩乱(なうらん)して常(つね)に止(やま)ざる時(とき)は終(つゐ)には又 他(た)の
病症(ひやうしやう)をも致(いたす)へしされは何(いつれ)の道(みち)にも安穏(あんをん)なる事を得(え)
難(かた)し扨(さて)さのことく言行(けんかう)を愆(あやまり)罪戻(ざいれい)を致者(いたすもの)ありとても

【右丁】
元来(くわんらい)蔵府(さうふ)より発(をこる)所(ところ)の酒悖(しゆぼつ)と云(いふ)病(やまひ)なれは敢(あへ)て罪(つみ)すへ
き子とにあらずされは漢(かん)の丞相(せうしやう)丙吉(へいきつ)と云(いひ)し人(ひと)其(その)従者(じうしや)
の酒(さけ)に醉(ゑひ)て其(その)車(くるま)の上(うへ)に吐逆(ときやく)を為(なし)けれは丞相(せうしやう)の下(した)の役人(やくにん)
其者(そのもの)を斥(しりぞけん)と欲(ほつす)丙吉(へいきつ)是(これ)を聞(きい)て醉(ゑひ)たるの失(しつ)を以(もつて)是(これ)を去(さら)
は此者(このもの)何(いつく)に行(ゆく)とも容(いれ)らるまじ但(たゝ)是(これ)をゆるすへし丞相(せうしやう)
の車(くるま)の茵(しとね)を汚(けかす)までの事なりとて是(これ)を罪(つみ)せざりし
とかや又 漢(かん)の張安世(ちやうあんせい)と云(いひ)し人(ひと)光禄勲(くわうろくくん)の官(くわん)たりしに
或人(あるひと)酒(さけ)に醉(ゑひ)て殿上(でんしやう)に小便(せうへん)を為(なし)けるを役人(やくにん)是(これ)を法(はふ)に
行(をこなはん)とす安世(あんせい)是を聞(きい)て何(なん)そ水(みつ)を飜(こほし)たるにあらざる

【左丁】
事を知(しら)んやといへり能(よく)人(ひと)の過(あやまち)を掩(をほふ)事かくのことくな
りしとかやされは醉時(すいし)の過(あやまち)は皆(みな)是(これ)病(やまひ)と心得(こゝろえ)ては
罪(つみ)すへきにもあらずされどさる病(やまひ)の有(あり)なから其(その)発(をこる)
へきをも顧(かへりみ)ず妄(みたり)に飲(のむ)は愆(あやまち)なるへし総(すへ)て此病(このやまひ)は
少(すこし)よろしき際(きは)の人(ひと)には有(ある)事なし只(たゝ)下賤(げせん)遊侠(ゆうきよふ)の
者(もの)常(つね)に多(おほ)しそれとても病(やまひ)の致(いたす)所(ところ)なれは妄(みたり)に罪(つみ)すへ
からざる事 丙吉(へいきつ)のことくなるへし然(しか)れども亦(また)実(じつ)にはさに
あらずとも佯(いつはり)醉(ゑふ)て酒悖病(しゆぼつひやう)のまねをして狼藉(らうぜき)なる
事も有(ある)へきなれはさる者(もの)は能(よく)見知(みしり)て罪(つみ)をもすへき

【右丁】
事なるへし総(すへ)て病(やまひ)にいつはりと云(いふ)事は有(ある)ましけれ
とも亦(また)詐病(そひやう)とはいつはりの病(やまひ)なりとや昔(むかし)張介賓(ちやうかいひん)と
云(いふ)名医(めいい)の彼(かの)詐病(そひやう)を治(ち)したる事あり此(この)張介賓(ちやうかいひん)或(ある)
時(とき)其友(そのとも)数人(すにん)と他郷(たきやう)に遊(あそび)けるに一人(いちにん)の友(とも)素(もとより)風月(ふうげつ)に
耽(ふける)とて好色(かうしよく)を好人(このむひと)ありて其所(そのところ)にてもはや遊女(ゆうしよ)に狎(なれ)
遊(あそひ)けるに一夕(いつせき)急(きふ)に張介賓(ちやうかいひん)の門(もん)を叩(たゝき)て云(いひ)けるは我(わか)狎(なるゝ)
所(ところ)の妓女(ぎしよ)忽(たちまち)急症(きふしやう)にて病(やまひ)危(あやう)し若(もし)治(ち)せざらば大(おほい)なる
禍(わさはひ)ありとて其治(そのぢ)を求(もとめ)けれは此(この)張介賓(ちやうかいひん)も心(こゝろ)能(よき)人(ひと)にや
又は青楼(せいろう)の風景(ふうけい)をも見(み)まほしくてや其人(そのひと)とうち

【左丁】
つれゆきて見(み)けれは此(この)妓女(ぎしよ)地(ち)に仆(たふれ)口(くち)に沫(あは)を吐(はき)手足(てあし)も
冷(ひへ)て息(いき)も絶(たゆ)るばかりにて甚(はなはた)危(あやうき)形容(ありさま)なり扨(さて)其脈(そのみやく)を
診(うかゝひ)けるに和平(くはへい)にして病脈(ひやうみやく)にあらず是(これ)其(その)詐(いつはり)なる事を
をしはかりて其(その)病妓(ひやうぎ)の傍(かたはら)にて大声(おほこゑ)を揚(あげ)て云(いひ)けるは
此病(このやまひ)大(おほい)に危(あやう)し灸治(きうぢ)にあらざれは活(いく)へからず灸(きう)も亦(また)
尋常(よのつね)にてはかなふまじ大(おほい)さ棗(なつめ)のことく又は栗(くり)のことくすべし
両眉(りやうまゆ)の間(あひた)又は鼻(はな)の下(した)臍(へそ)の下(した)なと数箇所(すかしよ)に多(おほく)灸(きう)すへし
我宿(わかやと)に艾(もくさ)あり速(すみやか)に取来(とりきたる)へし其(その)間(あひた)もなを遅(をそ)し先(まつ)薬(くすり)
を用(もちゆ)へし此(この)薬(くすり)を嚥得(のみえ)て少(すこし)も声(こゑ)息(いき)の出(いつる)事あらば灸治(きうち)

【右丁】
にも及(をよふ)まじ薬(くすり)を用(もちひ)て後(のち)又(また)告来(つげきたる)へしとて帰(かへり)けり即(すなはち)
彼(かの)薬(くすり)を用(もちひ)けれはこ此(この)妓女(きしよ)灸治(きうち)の事を聞(きい)て大(おほい)に驚(をとろき)怖(をそれ)て
能(よく)此薬(このくすり)を嚥(のみ)て声(こゑ)をも出(いたし)徐(やうやく)に動(うこき)徐(やうやく)に起(をき)てそく即時(そくし)に兪(いえ)
たりける実(まこと)に詐(いつはり)の病(やまひ)なりける翌日(よくしつ)介賓(かいひん)其友(そのとも)に其故(そのゆへ)
を問(とひ)けれは吃醢(きつかい)の事ありてかく詐(いつはり)をは為(なし)けるとかや
吃醢(きつかい)とは婦人(ふしん)嫉妬(しつと)の事なりと五雑組(こさつそ)に見(みえ)たり世(よ)
にはかゝる事も有(ある)なれは医(い)を為者(なすもの)は能(よく)心(こゝろ)を著(つく)へし
さらずは欺(あざむか)るゝ事も有(ある)へきにや彼(かの)介賓(かいひん)の与(あたへ)し
はいかなる薬(くすり)なりけんきかまほしきなり

【左丁】
  霍乱論
○ 霍乱(くはくらん)とは外(ほか)風寒(ふうかん)暑湿(しよしつ)に中(あたり)内(うち)飲食(いんしい)生冷(しやうれい)に傷(やふ)れ腹(ふく)
痛(つう)吐瀉(としや)して揮霍(ふるひ)撩乱(みたる)るに因(より)て霍乱(くはくらん)と云(いふ)なり吐(と)
瀉(しや)する事を得(え)ざるを乾霍乱(かんくはくらん)と云(いひ)て危(あやう)き症(しやう)なり
病源論(ひやうけんろん)に酒(さけ)を飲(のみ)肉(にく)を食(しよく)し腥膾(なましく)生冷(なましき)を過(すぎ)て食(しよく)
し湿地(しつち)に座臥(さくは)し風に当(あたり)涼(りやう)を取(とる)に因(より)て是(これ)を致(いたす)と
いへり三因方(さんゐんはう)には恣(ほしいまゝ)に酒(さけ)を飲(のむ)に因(よる)と云(いひ)保命集(ほうめいしう)には
酒(さけ)を飲(のみ)て其(その)量(りやう)に過(すぐ)るに因(よる)と云(いひ)古今(ここん)医統(いとう)には酒色(しゆしよく)
に傷(やふれ)て是を致(いたす)といへり此諸説(このしよせつ)のことくなれは是(これ)専(もつはら)酒(さけ)

【右丁】
に因(よる)事を見(み)つへしこ此症(このしやう)四時(しいし)ともに是有(これあり)といへとも
古来(こらい)の説(せつ)に大抵(たいてい)暑気(しよき)に傷(やふる)るに因(より)て是を致(いたす)事 多(おほし)と
いへり俗説(ぞくせつ)に霍乱(くはくらん)といへは只(たゝ)夏(なつ)の時(とき)の病(やまひ)なりと心得(こゝろえ)
たるもさる事なりされは夏月(かけつ)は殊更(ことさら)大飲(たいいん)を戒(いましむ)へき
事 前段(せんたん)総論(さうろん)に述(のぶ)る所(ところ)のことし能(よく)慎(つゝしみ)て是等(これら)の暴(ばう)
病(ひやう)を為(なす)事なかるへし
  消渇論
○消渇(せうかつ)とは俗(ぞく)に云(いふ)かはきの病(やまひ)なり内経(たいきやう)に熱中(ねつちう)
消中(せうちう)は皆(みな)富貴(ふうき)の人(ひと)なり又 凡(をよそ)消癉(せうたん)を治(ち)するに肥貴(ひき)

【左丁】
の人(ひと)は高梁(かうりやう)の病(やまひ)なりといへり病源論(ひやうけんろん)に渇(かはき)て止(やま)ず小(せう)
便(へん)多(おほき)なりといへり上消(しやうせう)中消(ちうせう)下消(けせう)の品(しな)あり此症(このしやう)の
発(をこる)所(ところ)も亦(また)種々(しゆ〳〵)なりといへとも又 酒(さけ)に因(よる)事 多(おほ)し
内経(たいきやう)に醉飽(すいはう)して房(ばう)に入(いり)て熱中(ねつちう)消中(せうちう)を得(う)る者(もの)は皆(みな)
富貴(ふうき)の人(ひと)なりといへり千金方(せんきんはう)に此症(このしやう)を論(ろん)ずる事
詳(つまひらか)なり凡(をよそ)久(ひさし)く酒(さけ)を飲(のむ)事を積(つめ)は消渇(せうかつ)の病(やまひ)を成(なさ)ざ
る事なし大寒(たいかん)海(かい)を凝(こら)して酒(さけ)凍(こほら)ず其性(そのしやう)の酷熱(こうねつ)
なる事明(あきらか)なり其上(そのうへ)肉(にく)の炙(あぶり)たる又は味(み)の塩(しほ)からき酒(さけ)
を好(このむ)人(ひと)殊(こと)に耽(ふけり)嗜(たしみ)て口(くち)を離(はなさ)ず三盃(さんはい)の上(うへ)にては我(われ)を

【右丁】
忘(わすれ)て飲(のみ)噉(くふ)事 度(ど)なく年(とし)を積(つみ)夜(よる)を累(かさね)て酔興(すいきやう)止(やま)ず
遂(つゐ)に三焦(さんせう)猛熱(まうねつ)し五蔵(こさう)乾燥(かはきかはき)て木石(ほくせき)もなを焦枯(こがれかる)
人(ひと)にして何(なん)そ能(よく)渇(かつ)せざらん是を治(ち)して兪(いゆ)と兪(いえ)
さるとは病者(ひやうしや)の為(しはざ)にあり能(よく)方(はう)のことく慎(つゝしめ)は旬月(しゆんけつ)に
して兪(いゆ)へしさもあらざれは死する事 踵(くびす)を旋(めくら)さず
方書(はうしよ)医薬(いやく)寔(まこと)に多(おほく)効(しるし)【效は旧字】あれとも其(その)慎(つゝしま)ざる者はいかん
ともする事なし其(その)慎(つゝしむ)へき所(ところ)三(みつ)あり一(ひとつ)に飲酒(いんしゆ)二(ふたつ)に
色欲(しきよく)三(みつ)に鹹(しほ)からき食(しよく)及(をよひ)麪類(めんるい)なり是を愼(つゝしめ)は薬(くすり)を
服(ふく)せずといへとも自(をのつから)兪(いゆ)へし是を知(しら)ざる者(もの)はたとひ

【左丁】
金丹(きんたん)の妙薬(めうやく)ありとも救(すくふ)へからずといへり劉何間(りうかかん)の
説(せつ)にも三消渇(さんせうかつ)するは飲酒(いんしゆ)過度(くはと)に因(よる)といへり凡(をよそ)酒後(しゆこ)に
は必(かならす)渇(かはき)て水飲(すいいん)を欲(ほつす)るなり酒(さけ)の質(かたち)は水(みつ)なれはさるへき事
にはあらざるを酒性(しゆせい)の熱(ねつ)甚(はなはた)しきに因(より)てなり故(かるかゆへ)に三因方(さんゐんはう)
に酣飲(かんいん)過多(くはた)なれは皆(みな)煩渇(はんかつ)口(くち)乾(かはき)舌(した)燥(かわき)て飲(いん)を引(ひき)て度(と)
なしといへりされは此症(このしやう)の専(もつはら)酒(さけ)に因(よる)事を知(しり)て能(よく)
慎(つゝしむ)へきにや彼(かの)千金(せんきん)の論(ろん)三(み)たび復(かへし)て思(をもふ)へきなり
  疝気論
○疝気(せんき)とは寒熱(かんねつ)を為(なし)腹痛(ふくつう)腰痛(ようつう)を為(なし)或(あるひ)は小腹(せうふく)睾丸(かうくわん)

【右丁】
に引痛(ひきいたみ)陰嚢(いんのう)腫(はれ)大(おほい)に偏墜(へんつい)とて陰嚢(いんのう)偏(かた〳〵)大(おほい)なり其外(そのほか)
種々(しゆ〳〵)の症候(しやうこう)を為(なす)事あり病源論(ひやうけんろん)には諸(もろ〳〵)の疝気(せんき)は気血(きけつ)
虚弱(きよしやく)にして寒気(かんき)風冷(ふうれい)腹内(ふくない)に入(いり)て是を致(いたす)といへり又
或(あるひ)は湿熱(しつねつ)と為(し)或(あるひ)は怒気(どき)肝(かん)を傷(やふり)房労(はうらう)腎(じん)を傷(やふり)て是を
致(いたす)といへり又 五疝(こせん)七疝(しちせん)の名(な)あり古来(こらい)の説(せつ)疝気(せんき)は総(すへ)て
寒(かん)に因(よる)と云(いふ)といへとも丹渓(たんけい)の説(せつ)には疝気(せんき)は寒(かん)に因(よる)と云(いふ)と
いへとも寒(かん)を得(え)氷(こほり)を踏(ふみ)水(みつ)を渉(わたり)て是を病(やま)ざる者(もの)あり是 其(その)
素(もと)熱(ねつ)なきゆへなり疝気(せんき)は始(はしめ)湿熱(しつねつ)ありて其上(そのうへ)に外寒(くわいかん)
に感(かん)ずるゆへに此症(このしやう)を為(なす)其(その)熱為事(ねつをなすこと)は醉飽(すいはう)房労(はうらう)又は大(おほい)

【左丁】
に怒(いかる)によりて胃火(ゐくは)腎火(じんくは)肝火(かんくは)を起(をこす)といへり凡(をよそ)火(ひ)を妄(まう)
動(どう)する事は種々(しゆ〳〵)なりといへとも疝気(せんき)は肝腎(かんしん)二経(にけい)の病(やまひ)な
れは欲火(よくくは)に因(よる)とする事 理(り)に近(ちか)し世(よ)に腰(こし)の痛(いたむ)者(もの)を
総(すへ)て疝気(せんき)なりといへりされとも腰痛(ようつう)は只(たゝ)腎虚(じんきよ)に因(よる)事
多(おほ)し内経(たいきやう)に腰(こし)転揺(めくりうごく)事あたはざるは腎(しん)将(まさ)に憊(つかれん)とすと
いへり徐春甫(じよしゆんぼ)の言(こと)に余(われ)年少(としわかき)時(とき)常(つね)に腰痛(こしいたむ)事(こと)ありて
房室(はうしつ)の害(かい)なる事を知(しら)ず其後(そのゝち)多(おほく)江湖(かうこ)の間(あひた)に遊(あそひ)て欲(よく)
事(じ)漸(やうやく)稀(まれ)にして腰痛(ようつう)も亦(また)稀(まれ)なり又 其後(そのゝち)古今医統(ここんいとう)
の書(しよ)を集(あつむ)るによりて病人(ひやうにん)を視(みる)の外(ほか)少(すこし)の暇(いとま)もあらざれは

【右丁】
欲事(よくし)益(ます〳〵)すくなく腰(こし)強健(きやうけん)にして絶(たへ)て痛(いたみ)の発(をこる)事なし
といへり是等(これら)の説(せつ)を見(み)て腰痛(ようつう)の腎虚(しんきよ)に因(よる)を知(しる)へし
疝気(せんき)といへとも是亦(これまた)欲火(よくくは)より発(をこる)なれは此症(このしやう)は第一(たいいち)房欲(はうよく)
を慎(つゝしむ)へしされとも房欲(はうよく)の害(かい)を為(なす)も多(おほく)は酒(さけ)に因事(よること)前段(せんだん)
所々(ところ〳〵)に述(のぶ)ることくなれは総(すへ)て疝気(せんき)腰痛(ようつう)は房欲(はうよく)腎虚(しんきよ)に
因(より)て房欲(はうよく)腎虚(しんきよ)は酒(さけ)に因(よる)事を知(しる)へし況(いはん)や酒(さけ)の直(たゝち)に
疝気(せんき)を致者(いたすもの)も亦(また)是(これ)有(ある)なり張子和(ちやうしわ)の説(せつ)に疝気(せんき)酒(さけ)に
傷(やふる)ると水(みつ)を飲(のむ)にて右(みき)の睾丸(かうくわん)腫(はるゝ)といへり朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に
一人(いちにん)酒(さけ)を飲(のむ)の後(のち)水(みつ)を飲(のみ)水菓(すいくは)を食(くらふ)に因(より)て陰嚢(いんのう)偏(かた〳〵)大(おほい)に

【左丁】
時(とき)に蛙(かはず)の声(こゑ)を為(なし)痛(いたみ)を為(なす)といへり世(よ)に疝気(せんき)を患(うれふ)ると云(いふ)人(ひと)
の多(おほ)けれはさる者(もの)は殊(こと)に大飲(たいいん)を戒(いましむ)へき事なるへし
  脚気論
○脚気(かつけ)とは脚(あし)の痛(いたむ)病(やまひ)なり外(ほか)風寒(ふうかん)湿熱(しつねつ)の邪気(しやき)に感(かん)
し内(うち)飲食(いんしい)の熱毒(ねつとく)に因(より)て是を致(いたす)なり病源論(ひやうけんろん)に脚気(かつけ)
の病(やまひ)皆(みな)風毒(ふうとく)に感(かん)して致所(いたすところ)なり是に因(より)て又種々(しゆ〳〵)の病(ひやう)
症(しやう)を見(あらはす)事 多(おほ)し若(もし)是を治(ち)する事 緩(ゆる)けれは便(すなはち)上(のほり)て腹(はら)
に入(いり)て人(ひと)を殺(ころす)初(はしめ)て此病(このやまひ)を得(う)れは速(すみやか)に是を治(ち)すへしと
いへり千金方(せんきんはう)には是 皆(みな)湿(しつ)内(うち)に鬱(うつ)して致所(いたすところ)又 酒(さけ)に醉(ゑひ)汗(あせ)

出(いて)て衣(ころも)又は靴韈(はきもの)を脱(ぬぎ)風(かせ)に当(あたり)涼(りやう)を取(とれ)は皆(みな)脚気(かつけ)を為(なす)といへ
り又 風毒(ふうとく)脚気(かつけ)は風(かせ)に当(あたり)涼(りやう)を取(とり)醉(ゑひ)て房(はう)に入(いれ)は能(よく)此疾(このやまひ)を
成(なす)といへり又 李東垣(りとうえん)の説(せつ)に北方(ほつはう)の人(ひと)は多(おほく)乳酪(にうらく)醇酒(しゆんしゆ)を
飲(のむ)に因(より)て飲食(いんしい)の湿熱(しつねつ)下(しも)に流(なかる)しかのみならず房事(はうじ)労倦(らうけん)
脾腎(ひしん)弥(いよ〳〵)虚(きよ)して脚気(かつけ)を致(いたす)といへり是等(これら)の説(せつ)に因(よれ)は此症(このしやう)
外邪(くわいしや)に因(よる)といへとも亦(また)多(おほく)は酒(さけ)に因事(よること)あり其(その)外邪(くわいしや)に感(かん)ずる
者(もの)も酒(さけ)の腠理(さうり)を開(ひらき)又は其内(そのうち)を虚(きよ)せしむるゆへに然(しか)る事
を致(いたす)なり証治凖縄(せうちしゆんせう)に或人(あるひと)酒(さけ)を嗜(たしみ)て日(ひゝ)に五(こ)七(しち)十盃(しつはい)を飲(のみ)
脚気(かつけ)を患(うれひ)て甚(はなはた)あやうし薬(くすり)を服(ふく)し酒(さけ)を禁(きん)じて愈(いえ)

【左丁】
たりといへり或(あるひ)は痢病(りひやう)痛風(つうふう)其病(そのやまひ)漸(やうやく)愈(いえ)て後(のち)脚膝(あしひさ)腫痛(はれいたむ)
速(すみやか)に治(ち)せざれは膝臏(ひさかしら)腫(はれ)大(おほい)に脛(はぎ)枯(かれ)細(ほそく)して鶴膝(くはくしつ)風(ふう)と為(なる)
是 皆(みな)悪血(あくけつ)の経絡(けいらく)に流住(るちう)するに因(より)て是を致(いたす)是又 常(つね)に大(おほい)
に飲(のみ)て酒(さけ)に因(より)て瘀血(おけつ)を致(いたす)者(もの)多(おほく)は此症(このしやう)を為(なす)事あり凡(をよそ)
脚膝(あしひさ)或(あるひ)は痛(いたみ)或(あるひ)は痺(しびれ)少(すこし)も常(つね)ならざる事を覚(をほゆ)る時(とき)は蚤(はやく)
酒(さけ)を断(たち)て是を治(ち)すへし若(もし)忽(ゆるかせ)にして其(その)重(をもき)に至(いたり)ては
腹(はら)に入(いり)心(しん)を衝(つく)等(とう)の症(しやう)を為(なし)て治(ち)し難(かたき)事あり早計(はやくはかる)を
上策(しやうさく)とすへし
  淋病論

【右丁】
○淋病(りんひやう)とは陰茎(いんきやう)の中(うち)痛(いたみ)て小便(せうへん)通(つう)じ難(かた)く血(ち)を下(くたし)膿(うみ)
を通(つう)ずるなり古来(こらい)の説(せつ)に五淋(こりん)の品(しな)あり気淋(きりん)石淋(せきりん)血(けつ)
淋(りん)膏淋(かうりん)労淋(らうりん)なり諸淋(しよりん)の症(しやう)是 腎虚(しんきよ)して膀胱(はうくわう)熱(ねつ)
するに因(より)て発(をこる)といへり又 淋症(りんしやう)は皆(みな)熱(ねつ)に属(ぞく)すといへり
其外(そのほか)種々(しゆ〳〵)の説(せつ)あり今(いま)を以(もつて)是を見(みる)に此症(このしやう)も亦(また)多(おほく)は
酒(さけ)に因(よる)なり千金方(せんきんはう)に此症(このしやう)飲酒(いんしゆ)房労(はうらう)等(とう)の致(いたす)所(ところ)なり
といへり房労(はうらう)とは色欲(しきよく)の事なり酒(さけ)いかにして此症(このしやう)
を為(なす)やと云(いふ)に凡(をよそ)淋病(りんひやう)は其(その)品(しな)多(おほ)しといへとも只(たゝ)是(これ)敗(はい)
血(けつ)の致(いたす)所(ところ)なり酒(さけ)の血(ち)を敗(やふる)事 前段(せんたん)云(いふ)所(ところ)のことし病源(ひやうけん)

【左丁】
論(ろん)に血淋(けつりん)は是 熱淋(ねつりん)の甚(はなはた)しき者(もの)尿血(にようけつ)是を血淋(けつりん)と
云(いふ)といへり証治凖縄(せうちしゆんせう)に心(しん)は血(ち)を主(しゆ)とす気(き)は小腸(せうちやう)に
通(つう)ず熱(ねつ)甚(はなはた)しく血脈(けつみやく)を搏(うち)血(ち)熱(ねつ)を得(え)て流(なかれ)て胞中(はうちう)に
入(いり)小便(せうへん)と共(とも)に下(くたる)といへり是 淋症(りんしやう)の血(ち)に因(よる)を見(み)つへ
し彼(かの)五淋(こりん)の説(せつ)に気淋(きりん)は小便(せうへん)渋(しふり)て余瀝(よれき)あり石淋(せきりん)
は陰茎(いんきやう)の中(うち)痛(いたみ)て砂石(しやせき)のことくなる物(もの)を出(いたす)膏淋(かうりん)は小便(せうへん)
に膏(あふら)のことくなるを出(いたす)労淋(らうりん)は労倦(らうけん)すれは発(をこる)血淋(けつりん)は小(せう)
便(へん)に血(ち)を出(いたす)といへり其(その)膏淋(かうりん)と云(いふ)も血(ち)の腐化(ふくは)して
膿(うみ)となるなり石淋(せきりん)は膿(うみ)の又 凝結(こりむすふ)なり医方考(いはうかう)に

【右丁】
石淋(せきりん)は膀胱(はうくわう)の火熱(くはねつ)にて濁陰(だくいん)凝結(ぎやうけつ)す海水(かいすい)を煮(に)
て塩(しほ)と為(なる)の象(かたち)なりといへり是 血化(ちくは)して膿(うみ)となり
膿(うみ)又 化(くは)して石(いし)となる気淋(きりん)の小便(せうへん)渋(しふる)は膿血(のうけつ)陰茎(いんきやう)水(すい)
道(たう)に壅塞(ふさかれ)は小便(せうへん)の渋(しふる)なり労淋(らうりん)の労倦(らうけん)に因(よる)事 独(ひとり)
此症(このしやう)のみにあらず諸病(しよひやう)労(らう)に因(より)て発(をこる)者(もの)多(おほ)し是又 血(ち)
の淋症(りんしやう)を摧(もよをす)ゆへに労役(らうゑき)に因(より)て是を発(はつ)するなりされは只(たゝ)
一種(いつしゆ)の血淋(けつりん)にて他(た)の四種(ししゆ)は其(その)症候(しやうこう)なるに似(に)たり凡(をよそ)敗(はい)
血(けつ)大腸(たいちやう)に入(いれ)は蔵毒(ざうとく)下血(けけつ)となり小腸(せうちやう)膀胱(はうくわう)に入(いれ)は淋病(りんひやう)
となる人(ひと)の腹中(ふくちう)初(はしめ)より膿(うみ)又は石(いし)等(とう)の有(ある)へきや故(かるかゆへ)に

【左丁】
大抵(たいてい)淋病(りんひやう)を為(なす)事 多(おほく)は肥胖(こゑふとり)血(ち)多(おほき)人(ひと)大(おほい)に酒(さけ)を飲(のむ)にあり
て痩(やせ)て血(ち)少(すくな)く酒(さけ)を飲(のま)ざる者(もの)は是を病(やむ)事 少(すくな)し若(もし)酒(さけ)
を飲(のま)ざる人(ひと)是を為(なす)は壮年(さうねん)は久(ひさし)く欲事(よくし)なく下部(けぶ)の鬱火(うつくは)【欝は俗字】
血(ち)を敗(やふり)て是を致(いたし)老年(らうねん)は欲事(よくし)過度(くはと)して陰虚(いんきよ)火動(くはとう)
し血(ち)を敗(やふり)て是を致(いたす)へし或(あるひ)は老(らう)人又は壮年(さうねん)にても
房事(はうじ)甚(はなはた)過度(くはと)して腎精(じんせい)竭(つき)て血(ち)を出者(いたすもの)あり是は
淋病(りんひやう)にあらず甚(はなはた)危(あやう)き症(しやう)なり是 亦(また)酒(さけ)の過度(くはと)する
者(もの)に是(これ)有(ある)なり凡(をよそ)の病(やまひ)其(その)発所(をこるところ)を能(よく)知(しり)て是を愼(つゝしむ)へき
ならは各(かく)病(ひやう)皆(みな)是を致(いたす)事なかるへし

【右丁】
  痔漏論
○痔漏(じろう)とは肛門(こうもん)に瘡(かさ)を為(なし)小肉(せうにく)突出(つきいつる)なり潰(つゐえ)ざるを
痔(じ)と云(いひ)潰(つゐえ)て膿血(のうけつ)を出(いたす)を漏(ろう)といへり其症(そのしやう)種々(しゆ〳〵)あり
五種(こしゆ)八種(はつしゆ)二十四種(にしふししゆ)の品(しな)あり名状(めいじやう)一(いち)ならずといへとも
其因(そのゐん)は大抵(たいてい)異(こと)なる事なし外(ほか)風湿(ふうしつ)燥熱(さうねつ)の邪気(しやき)に
因(よる)といへとも多(おほく)は皆(みな)内飲食(うちいんしい)に因(より)て是を致(いたす)なり内経(たいきやう)に
因(より)て飽食(はうしよく)すれは筋脈(きんみやく)横解(くはうかい)して腸僻(ちやうへき)痔(じ)を為(なす)といへ
り是 総(すへ)て飲食(いんしい)に因(よる)といへとも又 専(もつはら)酒(さけ)に因(より)て是を
致(いたす)へし故(かるかゆへ)に酒痔(しゆじ)の一症(いつしやう)あり病源論(ひやうけんろん)に酒痔(しゆじ)は其人(そのひと)

【左丁】
酷(はなはた)飲(のみ)て是を成(なす)酒(さけ)を飲毎(のむこと)に腫(はれ)痛(いたみ)を発(をこ)し血(ち)を流(なかす)者(もの)是
なり又 醉(すい)飽(はう)房(はう)労(らう)気血(きけつ)を擾(みたり)動(うこか)して是を為(なす)といへり
三因方(さんゐんはう)に五痔(こじ)の下血(けけつ)是 酒痔(しゆし)なり其血(そのち)肛門(こうもん)の辺(へん)別(へつ)に
一(ひとつ)の竅(あな)針(はり)の孔(あな)のことくなるよりして滴淋(したゝり)て下(くたる)大便(たいへん)と
道(みち)を共(とも)にせずといへり又 朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に酒(さけ)は内痔(ないじ)を
為(なす)と云(いひ)又 痔(じ)は酒(さけ)を飲(のま)ざる人(ひと)は治(ち)し易(やす)しといへり又
古今(ここん)医統(いとう)に人(ひと)醉飽(すいはう)して房(はう)を行(をこなひ)精気(せいき)泄(もれ)其脈(そのみやく)空虚(くうきよ)
酒熱(しゆねつ)の毒(とく)脈(みやく)に流著(なかれつき)或(あるひ)は醉飽(すいはう)淫(いん)極(きはまり)て強(しゐ)て泄(もらす)事を
忍(しのふ)に因(よる)といへり又 痔(じ)を愈(いやす)には酒色(しゆしよく)を戒(いましむ)へしといへり

【右丁】
此数説(このすせつ)皆(みな)是 酒(さけ)の痔(し)を為(なす)事をいへり是 亦(また)大(おほい)に酒(さけ)に
因(よる)事を知(しん)ぬへし
  眼目論
○眼病(かんひやう)の症(しやう)を為(なす)事 其品(そのしな)種々(しゆ〳〵)にして其(その)発所(をこるところ)の因(ゐん)も亦(また)
甚(はなはた)多(おほ)し大抵(たいてい)古来(こらい)論(ろん)ずる所(ところ)七十二証(しちしふにしやう)あり是 皆(みな)内外(ないくわい)虚(きよ)
実(しつ)緩急(くわんきふ)微甚(びじん)の同(をなし)かしらざる事あり其(その)病因(ひやうゐん)も亦(また)各(をの〳〵)異(こと)
なり他(た)の因(ゐん)にて眼病(かんひやう)を為(なす)事は是を論(ろん)ずるに及(をよは)ず或(あるひ)は
酒(さけ)に因(より)て眼疾(かんしつ)を致者(いたすもの)常(つね)に多(おほ)し縦(たとひ)酒(さけ)に因(より)て是を致(いたす)に
あらずとも諸(もろ〳〵)の眼病(かんひやう)皆(みな)大(おほい)に酒(さけ)を忌(いむ)へし千金方(せんきんはう)には

【左丁】
酒(さけ)を飲(のみ)て已(やま)ざるは目病(もくひやう)の禁忌(きんき)なりといへり内経(たいきやう)に諸熱(しよねつ)
瞀瘛(ほうけい)冒昧(ほうまい)気逆(ききやく)衝上(しやうしやう)目(め)昧(くらく)不(す)_レ明(あきらかなら)といへり凡(をよそ)熱(ねつ)を為(なし)気(き)の
逆上(きやくしやう)を為(なす)事 酒(さけ)より甚(はなはた)しきはなし是を過度(くはと)すれは
多(おほく)は眼病(かんひやう)を為(なす)常(つね)に大(おほい)に飲者(のむもの)は眼中(かんちう)の白晴(はくせい)必(かならす)黄色(きいろ)な
り是 眼病(かんひやう)の漸(ぜん)なり眼病(かんひやう)の論(ろん)治(ち)古来(こらい)竜木褌師(りうほくぜんじ)を
悉(くはし)とせり其説(そのせつ)に歓酒(いんしゆ)止(やま)ず房室(はうしつ)節(せつ)なきは明(めい)を散(さん)ず
るの本(もと)なりといへり又 七十二証(しちしふにしやう)の中(うち)に青盲(せいまう)内障(ないしやう)は酒色(しゆしよく)
の大過(たいくは)に因(よる)と云(いひ)胎患(たいくわん)内障(ないしやう)は懐胎(くわいたい)の時(とき)酒色(しゆしよく)を禁(きん)ぜざる
に因(より)て生(むまる)る子(こ)眼疾(かんしつ)を為(なす)をいへり朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に一人(いちにん)形(かたち)実(じつ)

【右丁】
し好(このみ)て熱酒(ねつしゆ)を飲(のみ)忽(たちまち)目盲(もくまう)を病(やむ)是 熱酒(ねつしゆ)胃(ゐ)の気(き)を傷(やふり)
汚濁(おたく)の血(ち)其中(そのうち)に死(し)して然(しか)るといへり是 皆(みな)眼病(かんひやう)の酒(さけ)に
因(よる)事を見(み)つへし凡(をよそ)眼病(かんひやう)の酒(さけ)に因(より)て致者(いたすもの)其(その)症候(しやうこう)種(しゆ)
種(しゆ)にして一(いち)ならざれは尽(こと〳〵く)是を論(ろん)ずる事を得(え)ず竜木(りうほく)
禅師(せんし)の言(こと)に人(ひと)の双眸(さうほう)あるは天(てん)の両曜(りやうよう)ある如(ごと)し乃(すなはち)一身(いつしん)
の至宝(しはう)なりといへりされは眼病(かんひやう)の酒(さけ)に因(よる)者(もの)は云(いふ)に及(をよは)
ず他(た)の症(しやう)なりといふとも少(すこし)き其病(そのやまひ)を為時(なすとき)は慎(つゝしみ)て酒(さけ)を
断(たち)能(よく)是を治(ち)すへきなり世俗(せぞく)の戯言(たはふれこと)に酒(さけ)は目(め)の下(した)を
通(とほれ)は眼病(かんひやう)是を用(もちひ)て害(かい)なしといへり是はさも有(ある)へし

【左丁】
さらは酒(さけ)は心腹(しんふく)の上(うへ)より入(いる)なれは心腹(しんふく)の病(やまひ)には必(かならす)能(よく)是
を断(たつ)へき事なれともそれも亦(また)多(おほく)はさもあらず是も
また下(した)を通(とほる)と云(いふ)へしや
  口鼻論
○内経(たいきやう)に中央(ちうわう)の黄色(くわうしよく)入(いり)て脾(ひ)に通(つう)じ竅(けう)を口(くち)に開(ひらく)
といへり又 口鼻(こうひ)は気(き)の門戸(もんこ)なりといへり病源論(ひやうけんろん)に脾(ひ)
気(き)は口(くち)に通(つう)ず口(くち)和(わ)すれは能(よく)五味(こみ)を知(しる)五味(こみ)口(くち)に入(いり)脾(ひ)に蔵(かくれ)
脾(ひ)是(これ)が為(ため)に津液(しんゑき)を運化(めくらし)て五蔵(こさう)を養(やしなふ)といへり凡(をよそ)口中(こうちう)
の病(やまひ)或(あるひ)は口(くち)甘(あま)く苦(にか)く辛(から)く酸(す)く䶢(しははゆ)く或(あるひ)は淡(あはく)て味(あぢはひ)を


【右丁】
知(しら)ず或(あるひ)は口臭(こうしう)とて口(くち)くさく口糜(こうひ)とて口(くち)たゞれ或(あるひ)[は]腫(はれ)痛(いたみ)或(あるひ)
は瘡(さう)を為(なす)又 舌歯(したは)も口中(こうちう)の病(やまひ)に属(ぞく)す是又 種々(しゆ〳〵)の病症(ひやうしやう)
ありて尽(こと〳〵く)是(これ)を拳(あぐる)事を得(え)ず口病(こうひやう)の発(をこる)事 其(その)因(ゐん)も亦(また)是(これ)
種々(しゆ〳〵)なりといへとも古来(こらい)の説(せつ)に多(おほく)は皆(みな)脾胃(ひゐ)の熱(ねつ)に因(よる)
事をいへり其(その)胃熟(ゐねつ)を為事は是 五味(こみ)の偏(へん)膏梁(かうりやう)の食物(しよくもつ)
の過度(くはと)するにあらざる事なし凡(をよそ)食物(しよくもつ)の胃熱(ゐねつ)を為(なす)事
も亦(また)多(おほ)しといへとも殊(こと)に甚(はなはた)しきは酒(さけ)に過(すぎ)たるはなし
酒後(しゆこ)には必(かならす)水飲(すいいん)を欲(ほつす)るを見(み)て胃熱(ゐねつ)を為(なす)事 知(しん)ぬへ
し胃熱(ゐねつ)に因(より)ては又 種々(しゆ〳〵)の口病(こうひやう)を為(なす)季東垣(りとうゑん)の説(せつ)

【左丁】
に口(くち)糜(たゝるゝ)は飲酒(いんしゆ)を好人(このむひと)是を致(いたす)といへり羅謙甫(らけんほ)の説(せつ)に口(くち)
臭(くさき)は洪(おほい)に飲(のみ)大熱(たいねつ)の気(き)に因(より)て是を致(いたす)といへり齲蛀(むしは)は
王海蔵(わうかいさう)の説(せつ)に飲(いん)を好(このみ)て過者(すくるもの)此疾(このやまひ)を得(う)るといへり証治(せうぢ)
準縄(しゆんせう)に歯衄(しぢく)は歯(は)の根(ね)より血(ち)を出(いたす)なり一男子(いちなんし)歯根(はのね)皿(ち)
出(いて)て盆(ほん)に満(みつ)一月(いちけつ)に一度(ひとたひ)発(をこる)其人(そのひと)酒(さけ)を好(このむ)に因(よる)といへり或(あるひ)
は歯(は)常(つね)に痛(いたみ)揺(うごき)て早(はや)く落(おつる)も多(おほく)は大飲(たいいん)の人(ひと)に有(ある)なり
舌(した)も亦(また)重舌(ぢうぜつ)木舌(もくせつ)舌瘡(せつさう)舌皿(せつけつ)其外(そのほか)種々(しゆ〳〵)の病症(ひやうしやう)あり
是も亦(また)酒(さけ)に因(よる)事あり張子和(ちやうしわ)の説(せつ)に一人(いちにん)瘖(ゐん)を病(やみ)て
舌(した)言(ものいふ)事を得(え)ず酔臥(ゑひふし)て風(かぜ)に当(あたり)風(かせ)経絡(けいらく)に中(あたり)て瘖(ゐん)

【右丁】
を成(なす)といへりされは口病(こうひやう)の酒(さけ)に因(よる)事 多(おほ)きを見(み)つ
へし鼻(はな)は内経(たいきやう)に西方(せいはう)の白色(はくしよく)入(いり)て肺(はい)に通(つう)し竅(けう)を
鼻(はな)に開(ひらく)といへり凡(をよそ)鼻病(びひやう)涕(はな)を出(いた)し衄(はなぢ)を出(いた)し鼻(び)
癰(よう)息肉(そくにく)を為(なし)或(あるひ)は香(にをひ)臭(くさみ)を知(しら)ざる等(とう)の症(しやう)を為(なす)事
是 皆(みな)肺熱(はいねつ)の致所(いたすところ)なり其(その)肺熱(はいねつ)を致(いたす)事 風寒(ふうかん)外邪(くわいじや)
等(とう)を除(のぞく)の外(ほか)は只(たゝ)酒(さけ)に因(よる)事 多(おほ)し本草(ほんさう)に酒(さけ)の性(せい)は
大(おほい)に能(よく)火(ひ)を助(たすく)一飲(いちいん)咽(のど)に下(くたれ)は肺(はい)先(まつ)これを受(うく)といへり
然(しか)れは凡(をよそ)の鼻病(ひひやう)酒(さけ)に因(よる)事を知(しる)へし酒齄鼻(しゆさび)
は俗(そく)に云(いふ)ざくろ鼻(はな)なり朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に多(おほく)は是(これ)

【左丁】
酒(さけ)を飲人(のむひと)酒気(しゆき)邪熱(しやねつ)面(をもて)鼻(はな)を薫(くん)じ蒸(むし)て血熱(けつねつ)
壅(ふさかり)滞(とゝこをり)て鼻齄(ひさ)赤(あか)き色(いろ)を為(なす)といへり或(あるひ)は大(おほい)に飲(のむ)
者(もの)鼻(はな)常(つね)に悪(あし)き臭(くさみ)を為(なし)或(あるひ)は物(もの)の香(にをひ)を知(しら)ざる事
あり是 酒熱(しゆねつ)肺(はい)を傷(やぶる)のゆへなり久(ひさし)くして治(ち)せざれ
は肺痿(はいい)肺癰(はいよう)等(とう)の症(しやう)を為(なす)事あり又 或(あるひ)は大(おほい)に飲(のむ)
者(もの)鼻(はな)常(つね)に濁(にごり)たる涕(はな)を出(いたし)て止(やま)ざる事あり内経(たいきやう)に
胆熱(たんねつ)を脳(なう)に移(うつせ)は鼻淵(ひゑん)すと云(いふ)者(もの)是(これ)なり凡(をよそ)是
等(ら)は軽浅(けいせん)の病(やまひ)にて憂(うれふ)るに足(たら)ざるに似(に)たりといへ
とも酒毒(しゆとく)すでに此(こゝ)にをいて是等(これら)の症(しやう)を為時(なすとき)は

【右丁】
豈(あに)只(たゝ)是(これ)のみなるへきや又 彼(かしこ)にをいて暗裏(あんり)にいか
なる病症(ひやうしやう)を醸(かもし)為(なさん)も知(しる)へからず少(すこし)も病(やまひ)の酒(さけ)に因(よる)
事あるを覚(をほゆ)る時(とき)は速(すみやか)に酒(さけ)を断(たち)て是を治(ち)すれは
他(た)の患(うれひ)を致(いたす)の懼(をそれ)なかるへし
  癰疽論
○癰疽(ようそ)とは腫物(しゆもつ)の大(おほい)なるなり内経(たいきやう)に喜怒(きど)測(はから)ず飲食(いんしい)
節(せつ)ならず陰気(いんき)不足(ふそく)陽気(やうき)有余(ゐうよ)営気(ゑいき)行(めくら)ず発(はつ)し
て癰疽(ようそ)を為(なす)と云(いひ)又 疽(そ)は上(うへ)の皮(かわ)夭(よう)して堅(かたく)癰(よう)は其皮(そのかわ)
薄(うすく)して沢(うるほふ)といへり病原論(ひやうけんろん)には寸尺(すんしやく)の大小(たいせう)に因(より)て

【左丁】
癰疽(ようそ)を分(わかつ)の説(せつ)あり源病式(けんひやうしき)には癰(よう)は浅(あさ)くして大(おほい)なり
疽(そ)は深(ふか)くして悪(あし)しといへり凡(をよそ)腫毒(しゆとく)は気皿(きけつ)の不順(ふしゆん)に
因(よる)といへとも多(おほく)は厚味(こうみ)と酒(さけ)の過(すぐる)に因(より)て是を致(いたす)へし
内経(たいきやう)に膏梁(かうりやう)の変(へん)大疔(たいちやう)を生(しやう)ずといへり古今医統(ここんいとう)
に癰の源(げん)五種(こしゆ)を拳(あけ)て酒(さけ)其(その)一種(いつしゆ)なり史記(しき)淳于意(しゆんうゐ)
の伝(でん)に斉(せい)の侍御史(しきよし)病(やむ)淳于意(しゆんうゐ)是を見(み)て是(これ)疽(そ)なり
酒(さけ)を飲(のむ)に得(え)たりといへり病源論(ひやうけんろん)に已(すて)に酔(ゑひ)て強(しゐ)て飽(はう)
食(しよく)すれは不幸(ふかう)にして疽(そ)を発(はつ)す又 酔(ゑひ)て露臥(ろくは)すれ
は面(をもて)に瘡胞(さうはう)を発(はつ)す酒(さけ)を飲(のみ)て熱(ねつ)いまた解(げ)せず冷(れい)

【右丁】
水(すい)にて面(をもて)を洗(あらへ)は面(をもて)に瘡(さう)を発(はつ)すといへり季東垣(りとうゑん)
一人(いちにん)を治(ち)す酒(さけ)を飲(のみ)て大(おほい)に過(すく)るに因(より)て脳(なう)の下(した)項(うなじ)の上(うへ)
に小瘡(せうさう)あり星白瘡(せいはくさう)と云(いふ)数日(すにち)にして痛(いたみ)大(おほい)に発(をこる)といへ
り朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に一婦人(いつふしん)酒(さけ)を好(このみ)て脳(なう)に疽(そ)を生(しやう)ずと
いへり明医(めいい)類案(るいあん)に儒者(しゆしや)能(よく)酒(さけ)を飲(のみ)咳痰(かいたん)項(うなし)強(こはり)て皮(ひ)
膚(ふ)沢(うるほは)ず是 肺癰(はいよう)なり又 一人(いちにん)一夕(いつせき)焼酒(せうちう)を飲(のみ)て房(はう)に
入(いり)て遂(とげ)ず陰嚢(いんなう)腫脹(はれはれ)て痛(いたむ)是 嚢癰(なうよう)なりといへり又
張碧崖(ちやうへきかい)と云人(いふひと)酔(ゑひ)て房(はう)に入(いり)腰疽(ようそ)を為(なす)薛己(せつき)と云(いふ)明(めい)
医(い)是を治(ち)する事を得(え)ずといへり証治準縄(せうちしゆんせう)に酒毒(しゆとく)

【左丁】
発疽(はつそ)は背心(はいしん)に当(あたり)て痛(いたみ)麻木(まほく)常(つね)ならず累々(るい〳〵)として
弾丸(たんくわん)のことく拳(こぶし)のことく堅硬(かたく)して石(いし)のことく痛(いたみ)五内(こたい)に徹(てつ)
し遍身(へんしん)拘急(ひきつる)といへりされは膏梁(かうりやう)の厚味(こうみ)又は酒色(しゆしよく)
ともに過度(くはと)すれは必(かならす)瘡腫(さうしゆ)を致(いたす)へし病原論(ひやうけんろん)に酔(ゑい)て
交接(かうせつ)すれは悪瘡(あくさう)を致(いたす)といへり三因方(さんゐんはう)にも癰疽(ようそ)の酒(さけ)
に因(よる)事をいへり今(いま)の世(よ)是を病者(やむもの)多(おほく)は皆(みな)右(みき)の詣説(しよせつ)の
ことくなる事あり常(つね)に大飲(たいいん)を戒(いましむ)る時(とき)は是等(これら)の病(やまひ)を
致(いたす)事なかるへし内経(たいきやう)に癰疽(ようそ)の生(しやう)ずる膿血(のうけつ)の成(なる)天(てん)
より下(くたら)ず地(ち)より出(いて)ず微(び)なるを積(つみ)て生(しやう)する所(ところ)なり

【右丁】
といへりされは養生(やうしやう)をは常(つね)に能(よく)慎(つゝしむ)へき事なるへし
  酒隔病
○劉河澗原病式(りうかかんげんひやうしき)に酒(さけ)の味(み)苦(にかく)して性(せい)熱(ねつ)す能(よく)心火(しんくは)を
養(やしなふ)久(ひさし)く飲(のめ)は腸胃(ちやうゐ)の熱(ねつ)鬱結(うつけつ)【欝は俗字】して気液(きゑき)通(つう)ぜず人(ひと)を
して心腹(しんふく)痞満(ひまん)多(おほく)食(しよく)する事 能(あたは)ず喜(このみ)て噫(をくひ)して或(あるひ)は
下気(げき)す俗(そく)に酒隔病(しゆかくひやう)と云(いふ)苦酒(くしゆ)冷酒(れいしゆ)或(あるひ)は酒(さけ)隹(よから)ず或は
喜(このま)ずして強(しゐ)て飲者(のむもの)賜胃(ちやうゐ)鬱結(うつけつ)転(うたゝ)閉(とち)て満悶(みちもたへ)て下(くたる)事
能(あたは)ず或(あるひ)は飲興(いんきやう)に至(いたり)或(あるひ)は醇酒(しゆんしゆ)を熱飲(ねついん)し或(あるひ)は喜(このみ)て
飲者(のむもの)は能(よく)鬱結(うつけつ)を開(ひらき)て善(よく)多(おほく)飲(のむ)よりて過酔(くはすい)すれは

【左丁】
陽気(やうき)益(ます〳〵)甚(はなはた)しくして陰気(いんき)転(うたゝ)衰(をとろふ)酒力(しゆりよく)散(さん)ずれは鬱結(うつけつ)
転(うたゝ)甚(はなはた)し〱して病(やまひ)加(くわふ)といへり
  酒客病
○酒客病(しゆかくひやう)とは金匱要略(きんきようりやく)に見(みへ)たり又 李東垣(りとうゑん)蘭室(らんしつ)
秘蔵(ひさう)に是を論(ろん)じて酒(さけ)は大熱(たいねつ)にして毒気(とくき)あり気味(きみ)共(とも)
に陽(やう)無形(むけい)の物(もの)なり若(もし)是(これ)に傷(やふられ)は発敢(はつさん)すへし汗(あせ)出(いつ)れは
愈(いゆ)これ妙法(めうはふ)なり其次(そのつき)は小便(せうへん)を利(り)するに如(しく)はなし二(ふたつ)の
者(もの)上下(しやうけ)其湿(そのしつ)を分消(ふんせう)す何(なん)の病(やまひ)かこれ有(あら)ん今(いま)の酒病(しゆひやう)の
者(もの)往々(わう〳〵)酒癥丸(しゆてうくわん)大熱(たいねつ)の薬(くすり)を服(ふく)して是を下(くたす)是 無形(むけい)

【右丁】
の元気(けんき)病(やまひ)を受(うく)るにかへりて有形(ゐうきやう)の陰皿(いんけつ)を下(くたす)乖(そむき)誤(あやまる)事
甚(はなはた)し酒(さけ)の性(せい)は大熱(たいねつ)にしてすでに元気(けんき)を傷(やふり)又かさね
て是を瀉(しや)す況(いはん)や腎水(じんすい)の真陰(しんいん)を損(そん)して及(をよひ)有形(ゐうぎやう)
の陰血(いんけつ)ともに不足(ふそく)を為(なす)かくのことくなれは陰皿(いんけつ)いよ〳〵
虚(きよ)して真水(しんすい)いよ〳〵弱(よはく)陽毒(やうとく)の熱(ねつ)大(おほい)に旺(さかん)にてかへり
て其陰(そのいん)火(くは)を増(ます)是いはゆる元気(けんき)消亡(せうはう)して七神(しちしん)いづく
にか依(よら)ん人(ひと)の長命(ちやうめい)を折(くじき)てすなはち死(し)せずといへ
とも虚損(きよそん)の病(やまひ)となるといへり
  飲酒諸病候

【左丁】
○巣(さう)【「ツ+冖+果」は誤記ヵ】氏(し)病源論(ひやうけんろん)に酒(さけ)の性(せい)は毒(とく)有(あり)て又 大(おほい)に熱(ねつ)す飲(のむ)事
過多(くはた)なるゆへに毒熱(とくねつ)の気(き)経絡(けいらく)に滲(もれ)溢(あふれ)府蔵(ふさう)に浸(ひたし)溢(あふれ)
て諸病(しよひやう)を生(しやう)ず或(あるひ)は煩毒(はんとく)壮熱(さうねつ)して傷寒(しやうかん)に似(に)たり
或(あるひ)は洒淅(せいせき)悪寒(おかん)して温瘧(うんきやく)に同(をなし)き事あり或(あるひ)は
吐利(とり)安(やす)からず或(あるひ)は嘔逆(をうきやく)煩悶(はんもん)して蔵気(さうき)の虚実(きよじつ)
に随(したかひ)て病(やまひ)を生(しやう)ず病(やまひ)の候(こう)一(いち)ならず故(かるかゆへ)に諸病(しよひやう)と
云(いふ)といへり是 酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事 其(その)症候(しやうこう)種々(しゆ〳〵)にして
甚(はなはた)多(おほ)く是を指(さし)云難(いひかた)し故(かるかゆへ)に諸(もろ〳〵)の病(やまひ)を為(なす)と云(いふ)
なり今(いま)より千百年(せんひやくねん)唐(たう)以前(いせん)隋朝(ずいてう)の比(ころ)をひたも

【右丁】
なをかくのことし況(いはん)や後世(こうせい)なを知(しん)ぬへしされとも
病(やまひ)の酒(さけ)に因(よる)事 有(あり)といへとも是を知(しら)さらはいかゝは
せん故(かるかゆへ)に今(いま)酒(さけ)の病(やまひ)を為(なす)事 大(おほい)にして著(いちじるし)き者(もの)
を拳(あげ)て是を論(ろん)ず其余(そのよ)は尽(こと〳〵く)是を論(ろん)ずる事を得(え)
ず或(あるひ)は古書(こしよ)に酒病(しゆひやう)を論(ろん)ずる者(もの)は一句(いつく)半辞(はんじ)といへ
とも悉(こと〳〵く)皆(みな)是を拳(あけん)と欲(ほつす)れとも巻帙(くわんじつ)の多(おほ)かるを厭(いとひ)
て止(やみ)ぬ今(いま)此(この)諸病(しよひやう)の候(こう)を以(もつて)是を終(をへん)と欲(ほつす)るなり
  史記倉公伝
○漢(かん)の太倉公(たいさうこう)淳于意(しゆんうゐ)と云(いふ)は扁鵲(へんしやく)と並(ならへ)称(せう)して古(こ)

【左丁】
今(こん)の明医(めいい)なり人(ひと)の為(ため)に病(やまひ)を治(ち)する事 詳(つまひらか)に史記(しき)
の列伝(れつてん)に見(みへ)たり其中(そのうち)に斉(せい)の侍御(しきよ)史成(しせい)と云人(いふひと)頭(づ)
痛(つう)を病(やむ)意(ゐ)其脈(そのみやく)を診(うかゝひ)て此病(このやまひ)は疽(そ)なり後(のち)八日(はちにち)膿(うみ)を
嘔(はき)て死(し)なん病(やまひ)是を酒(さけ)を飲(のみ)て内(うち)するに得(え)たり内(うち)と
は色欲(しきよく)なり此人(このひと)果(はた)して期(き)のことくして死(し)す斉(せい)の
中尉(ちうゐ)潘満如(はんまんしよ)と云人(いふひと)少腹(せうふく)痛(いたみ)を病(やむ)意(ゐ)の曰(いはく)遺積瘕(いしやくか)
なり病(やまひ)是を酒(さけ)を飲(のみ)て内(うち)するに得(え)たり陽虚侯(やうきよこう)の
相趙章(さうてうしやう)と云人(いふひと)病(やむ)意(ゐ)の曰(いはく)迵風(とうふう)なり飲食(いんしい)嗌(のど)に下(くたれ)は
輒(すなはち)出(いて)て留(とゝまら)ず病(やまひ)是を酒(さけ)に得(え)たり済北王(せいほくわう)の阿母(あほ)足熱(あしねつ)

【右丁】
して懣(まん)す意(ゐ)の曰(いはく)熱蹶(ねつけつ)なり病(やまひ)是を酒(さけ)を飲(のみ)て大(おほい)に
酔(えふ)に得(え)たり安陽(あんやう)武都里(ふとり)の成開方(せいかいはう)と云人(いふひと)自(みつから)は病(やまひ)
有(あら)ずと思(をもへ)り意(ゐ)是に謂(いひ)て病(やまひ)沓風(たふふう)を苦(くるし)まん病(やまひ)是
を数(しは〳〵)酒(さけ)を飲(のみ)て大風(たいふう)の気(き)を見(みる)に得(え)たりといへり其(その)
伝中(でんちう)病(やまひ)を治(ち)するを論(ろん)ずる者(もの)都(すへ)て二十五人(にしふこにん)なり中(うち)
五人(こにん)は右(みぎ)の酒(さけ)に因(より)て致所(いたすところ)の病(やまひ)なり今(いま)より干数百(せんすひやく)
年(ねん)以前(いせん)前漢(せんかん)の時(とき)たにも世間(せけん)の病人(ひやうにん)五分一(こぶいち)は酒(さけ)に因(よる)
なれは後世(こうせい)尚(なを)知(しん)ぬへし然(しか)れとも彼(かの)倉公(さうこう)は能(よく)病(やまひ)の
酒(さけ)に因(よる)事を知(しる)今(いま)の世(よ)にはさる病(やまひ)する者(もの)ありとも

【左丁】
倉公(さうこう)の術(しゆつ)なけれは是を知(しる)事 難(かた)し是を知(しら)ざらは
いかで是を治(ち)する事を得(え)ん彼(かの)倉公(さうこう)のなき世(よ)には
かゝる病(やまひ)を為(なさ)ざらん事を思(おもふ)にはしかざるへし




酒説養生論巻之六終 《割書:全七巻》【書き込み】







【裏表紙】

【資料整理ラベル】
富士川本
 シ
 78

【表紙 題箋】
《題:酒説養生論  七□》

【右丁 白紙】

【左丁】
酒説養生論巻之七 林麓蔵本《割書:全七巻》
      武江  草洲守部正稽校訂
  奇病論
○奇病(きひやう)とは尋常(よのつね)の病(やまひ)にあらず奇怪(きくはい)なる病(やまひ)なり
古来(こらい)酒(さけ)に因(より)て種々(しゆ〳〵)奇怪(きくはい)なる病(やまひ)を為(なす)事 有(あり)と見(みゆ)れは
遍(あまねく)是を引(ひき)も出(いづ)へけれとも巻帙(くわんじつ)の多(おほ)かるを厭(いとひ)て略(ほゝ)
其(その)一二(いちに)を記(しるす)総(すへ)て大(おほい)に飲者(のむもの)は名状(なつけかたどり)かたき病症(ひやうしやう)を致(いたす)
事 常(つね)に多(おほ)しさる者(もの)は又(また)いかなる奇病(きひやう)をか為出(なしいて)んも
知(しる)へからざれは是を見(み)ても能(よく)慎(つゝしみ)戒(いましむ)る事をおもふ

【右丁】
へきなり
  熱厥(ねつけつ)
○厥(けつ)とは気(き)上逆(しやうぎやく)して手足(てあし)冷(ひゆ)るを寒厥(かんけつ)として手足(あし)
熱(ねつ)するを熱厥(ねつけつ)とす内経(たいきやう)に酒(さけ)胃(ゐ)に入(いれ)は絡脈(らくみやく)満(みち)て経(けい)
脈(みやく)虚(きよ)す陰気(いんき)虚(きよ)すれは陽気(やうき)入(いり)精気(せいき)竭(つく)れは其(その)四肢(しいし)を
営(ゑひ)せず此人(このひと)必 数(しは〳〵)酔(えひ)て房(はう)に入(いり)腎気(じんき)日(ひゝに)衰(をとろへ)て陽気(やうき)独(ひとり)
盛(さかん)なり故(かるかゆへ)に手足(てあし)熱(ねつ)すといへり淳于意(しゆんうゐ)の言(こと)に熱厥(ねつけつ)
は是 酒(さけ)を飲(のみ)て大(おほい)に酔(ゑふ)に得(え)たりといへり張子和(ちやうしわ)は醉(ゑひ)に
因(より)て是を得(う)るを酒厥(しゆけつ)と為(す)といへり古今医統(ここんいとう)には酒(さけ)

【左丁】
厥(けつ)は酒(さけ)を活(おほい)に飲(のみ)好(このみ)て飲人(のむひと)にありといへり
  歴節風(れきせつふう)
○歴節風(れきせつふう)とは身体(しんたい)関節(くわんせつ)痛(いたみ)て屈伸(かゝみのふる)事を得(え)ず
甚(はなはた)しき者(もの)は白虎歴節風(ひやくこれきせつふう)とて虎(とら)の噛(かむ)ことくなり
是 総(すへ)て他(た)の因(ゐん)なる者(もの)有(あり)といへとも亦(また)酒(さけ)に因(よる)事
あり病原論(ひやうけんろん)に是 酒(さけ)を飲(のみ)媵理(さうり)開(ひらき)汗(あせ)出(いて)て風(かせ)に当(あたり)
水(みつ)に入(いり)て致所(いたすところ)なりといへり
  酒瘕(しゆか)
○病源論(ひやうけんろん)に人性(ひとせい)酒(さけ)を嗜(たしみ)飲(のむ)事 既(すで)に多(おほく)穀(こく)を食(しよく)す

【右丁】
る事 常(つね)に少(すくな)〱積(つむ)事 久(ひさし)くして漸(やうやく)に痩(やせ)て其病(そのやまひ)
遂(つゐ)に酒(さけ)を思(をもふ)へし酒(さけ)を得(え)されは即(すなはち)吐(と)して多(おほく)睡(ねむり)
食(しよく)する事を得(え)ず是 胃中(ゐちう)に虫(むし)有(あり)て然(しか)らしむ名(な)
づけて酒瘕(しゆか)と為(す)といへり
  酒癖(しゆへき)
○病源論(ひやうけんろん)に大(おほい)に酒(さけ)を飲(のみ)て後(のち)渇(かわき)て水(みつ)を飲(のむ)事
度(ど)なく酒(さけ)と水(みつ)と共(とも)に散(さん)ぜず停滞(とゝこほり)て脇肋(わきほね)の下(した)
にあり結聚(むすひあつまり)て癖(へき)となり時々(とき〳〵)にして痛(いたむ)即(すなはち)呼(よひ)て
酒癖(しゆへき)と為(す)といへり

【左丁】
  酒注(しゆちう)
○病源論(ひやうけんろん)に九種(くしゆ)の注病(ちうひやう)あり注(ちう)とは住(ぢう)なり邪気(しやき)
人身(しんしん)の内(うち)に居住(きよぢう)す故(かるかゆへ)に名付(なつけ)て注(ちう)とす酒注(しゆちう)は体(たい)
気(き)動(うこき)て熱気(ねつき)胸中(けうちう)に従(したかひ)上下(しやうげ)痛(いたま)ざる所なく一年(いちねん)の
後(のち)四肢(しし)重(をも)く喜(このみ)て臥(ふし)喜(このみ)て噦(ゑつ)し噫(をくび)酸(すく)体面(たいめん)浮(うき)
腫(はれ)て往来(わうらい)時(とき)あらずといへり
  飲酒(いんしゆ)大酔(たいすい)連日(れんじつ)不(さるの)_レ解(げせ)候(こう)
○病源論(ひやうけんろん)に飲酒(いんしゆ)過多(くはた)酒毒(しゆとく)腸胃(ちやうゐ)を漬(ひたし)経絡(けいらく)に流(なかれ)
溢(あふれ)て血脈(けつみやく)を充満(じうまん)し人(ひと)をして煩毒(はんとく)昏乱(こんらん)し嘔(をう)

【右丁】
吐して度(ど)なく日(ひ)を累(かさね)て醒(さめ)ず往々(わう〳〵)腹(はら)背(せなか)に穴(あな)を
穿(うかつ)者(もの)は是 酒熱(しゆねつ)毒気(とくき)の為(なす)所なり其身(そのみ)を動揺(うごか)し
て消散(せうさん)すへしといへり
  飲酒中毒(いんしゆちうどくの)候(こう)
○病原論(ひやうけんろん)に酒(さけ)の性(せい)は毒(とく)あり人(ひと)若(もし)是を飲(のみ)て消(せう)
する事なく人(ひと)をして煩毒(はんとく)悶乱(もんらん)せしむ養生方(やうしやうはう)
に正座(せいざ)して天(てん)に仰(あをき)呼(こ)して酒食(しゆしよく)酔飽(すいはう)の気(き)を出(いだ)す
気(き)出(いて)て後(のち)立所(たちところ)に饑(うえ)て旦(かつ)醒(さむ)るといへり
  転脈瘻(てんみやくろう)

【左丁】
○瘻(ろう)とは瘰癧(るいれき)の類(たくひ)なり病原論(ひやうけんろん)に転脈瘻(てんみやくろう)は酒(さけ)
を飲(のみ)大(おほい)に醉(ゑひ)て夜(よる)臥(ふし)て安(やす)からず因(より)て驚(をとろき)て嘔(はかん)とし
転側(いねかへり)て枕(まくら)を失(うしなひ)て生(しやう)ずる所なり始(はしめ)て発(をこる)時(とき)其(その)頭項(かしらうなし)
にあり躍脈(たくみやく)身(み)を転(てん)じて振(ふるふ)ことく人(ひと)をして寒熱(かんねつ)
せしむ其 根(ね)は小腸(せうちやう)にありといへり
  水癖(すいへき)
○病源論(ひやうけんろん)に酔(ゑひ)て臥(ふし)覚(さめ)て水(みつ)を飲(のむ)事なかれ是を
服(ふく)すれは水癖(すいへき)と為(なる)といへり
  瘖風(ゐんふう)

【右丁】
○病源論(ひやうけんろん)に酔(ゑひ)臥(ふし)て風(かせ)に当(あたれ)は人(ひと)をして瘖(ゐん)を発(はつ)
せしむるといへり瘖(ゐん)とは声(こゑ)の出(いで)ずして言(ものいふ)事を得(え)
ざる病(やまひ)なり又(また)婁全善(ろうぜんせん)の説(せつ)に男子(なんし)五十余歳(こしふよさい)酒(さけ)を
嗜(たし[な]み)血(ち)を吐(はく)事 一桶(ひとおけ)ばかり後(のち)食(しよく)せず舌(した)語(かたる)事を得(え)
ざるを治(ち)しけりといへり又 証治(せうぢ)準縄(しゆんぜう)に孫兆口訣(そんようくけつ)
を引(ひい)て曹都使(さうとし)新宅(しんたく)に遷入(うつりいり)大(おほい)に酒(さけ)に酔(ゑひ)て臥(ふし)起(をき)て
失音(しつゐん)して語(かたる)事を得(え)ず是 酒(さけ)に酔(ゑひ)て毛竅(けのあな)開(ひらき)
新宅(しんたく)の湿気(しつけ)に中(あたり)たるゆへなりといへり
  乱経(らんけい)

【左丁】
○干金方(せんきんはう)に病人(ひやうにん)面(おもて)黄(き)に目(め)青(あを)き者(もの)は九日(くにち)に必(かならす)死(し)す
是を乱経(らんけい)と云(いふ)酒(さけ)を飲(のみ)風(かせ)に当(あたり)邪(しや)胃経(ゐけい)に入(いり)胆気(たんき)妄(みたり)
に洩(せつ)して目(め)すなはち青(あをき)事を為(なす)天救(てんきう)ありと云(いふ)と
も復(また)生(いく)へからずといへり
  癲癇(てんかん)
○癲癇(てんかん)とは辛(にはか)に倒(たをれ)口(くち)に涎沫(よたれ)を流(なかし)目(め)上(うへ)に視(み)手足(てあし)
搐搦(ぢくでき)して人事(じんじ)を省(かへりみ)ず暫(しはらく)にして醒(さむ)るなり五癇(こかん)
とて五種(こしゆ)の品(しな)あり病因(ひやうゐん)病症(ひやうしやう)も亦(また)種々(しゆ〳〵)にして
同(をなし)からず是 亦(また)酒(さけ)に因(より)て発(をこる)事あり千金方(せんきんはう)に風(ふう)

【右丁】
癲(てん)は醉飲(すいいん)飽満(あきみち)て事(こと)を行(をこなひ)心気(しんき)逼迫(せまり)て短気(たんき)脈(みやく)
悸(をとろき)て是を得(う)るといへり朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に癲癇(てんかん)の症(しやう)
酒(さけ)に因(より)て致(いたす)事をいへり又(また)其説(そのせつ)に一(ひとり)の婦人(ふじん)久(ひさし)く怒(いかり)
と酒(さけ)とを積(つみ)て癇(かん)を病(やみ)目(め)上(うへ)に視(み)手(て)を揚(あけ)足(あし)を
擲(なけうち)筋(すじ)牽(ひき)喉(のと)響(ひゝき)涎(よたれ)を流(なかし)肺胃(はいゐ)の間(あひた)久(ひさし)く酒痰(しゆたん)あり
酒(さけ)の性(せい)は喜(このみ)て動(うこき)出入(しゆつにう)升降(せうがう)す内(うち)に入(いれ)は痛(いたみ)を為(なし)外(ほか)に
出(いつれ)は癇(かん)を為(なす)といへり
  酒熱(しゆねつ)
○張子和(ちやうしわ)の説(せつ)に人(ひと)素(もと)酒(さけ)を飲(のみ)て病(やまひ)を成(なす)医者(いしや)是

【左丁】
に酒癥丸(しゆてうくわん)の熱薬(ねつやく)を用(もちゆ)その後(のち)目(め)天地(てんち)を見(みれ)は只(たゝ)
紅(くれなひ)の色(いろ)を見(みる)遂(つゐ)に竜火(りやうくは)と成(なり)て卒(つゐ)に救事(すくふこと)なしと
いへり酒(さけ)に因(より)て病(やまひ)を為(なし)治法(ぢはふ)も亦(また)其道(そのみち)を得(え)ざれは
かゝるをそろしき事も有(ある)にこそ朱丹渓(しゆたんけい)も
亦(また)飲酒(いんしゆ)の人(ひと)の発熱(ほつねつ)は治(ぢ)し難(かた)しといへり
  前陰(せんいん)臊臭(さうしう)
○李東垣(りとうゑん)一人(いちにん)を治(ぢ)す前陰(せんいん)の間(あひた)常(つね)に臊臭(くさき)を聞(きく)
連日(れんしつ)酒(さけ)を飲(のむ)に因(より)て腹中(ふくちう)和(わ)せず酒(さけ)は気味(きみ)ともに能(よく)
湿熱(しつねつ)を生(しやう)ず是 風湿(ふうしつ)熱(ねつ)下焦(けせう)に合(かつ)して邪(しや)を為(なす)と云(いへり)

【右丁】
  交腸(かうちやう)【膓は俗字】
○朱丹渓(しゆたんけい)の説(せつ)に馬希聖(はきせい)と云(いふ)人(ひと)五十余歳(こしふよさい)性(せい)酒(さけ)を
嗜(たしみ)常(つね)に痛(いたく)飲(のみ)て酔(ゑい)ず病(やまひ)を為(なし)て大便(たいへん)前竅(せんけう)より出(いて)
小便(せうへん)後竅(こうけう)より出(いつ)六脈(ろくみやく)皆(みな)沈渋(ちんしふ)四物湯(しもつたう)を与(あたえ)て海金(かいきん)
砂(しや)木香(もつかう)檳榔子(ひんらうし)木通(もくつう)桃仁(たうにん)を加(くわへ)是を服(ふく)して愈(いゆ)此(この)
人(ひと)酒(さけ)多(おほ)く気(き)肆(ほしいまゝ)にして酒(さけ)は升(のほり)て降(くたら)ず陽(やう)極(きはまり)陰虚(いんきよ)し
酒湿(しゆしつ)積(つむ)事 久(ひさし)く熱(ねつ)を生(しやう)じて煎熬(せんかう)し血(ち)乾(かはき)て陰(いん)
亦(また)大(おほい)に虚(きよ)す陰陽(いんやう)偏虚(へんきよ)皆(みな)補接(ほせつ)すべしといへり
  寸白虫(すんはくちう)

【左丁】
○儒門事親(しゆもんししん)に此虫(このむし)色(いろ)白(しろ)く頭(かしら)偏小(へんせう)なり是 白(にごり)
酒(さけ)を飲(のみ)桑(くは)の枝(えた)にて牛肉(ぎうにく)を貫(つらぬき)炙(あふり)て食(くふ)に因(より)て
是を致(いたす)といへり
  酒虫(しゆちう)
○医説(いせつ)に昔(むかし)張彬(ちやうひん)と云(いふ)者(もの)酒(さけ)を嗜(たしみ)毎夜(まいや)必(かならす)数升(すせう)を
床(とこ)の辺(ほとり)に置(をき)けるに一夕(いつせき)是を忘(わすれ)て置(をか)ざりしに大(おほい)に
渇(かつ)して是を求(もとめ)て得(え)ず忿(いかり)悶(もたえ)呼(よひ)躁(さはき)て俄(にはか)にして一物(いちふつ)を
吐出(はきいた)せり旦(あした)に是を見(み)れは塊(かたまり)たる肉(にく)の肝(かん)のことくにて
上(うへ)は蜂(はち)の窠(す)のことく微動(すこしうこ)けり是に酒(さけ)を沃(そゝげ)は喞々(しつ〳〵)

【右丁】
として声(こゑ)あり始(はしめ)て悟(さとる)平生(へいせい)酒病(しゆひやう)の根本(こんほん)なる事を
是を火中(くはちう)に投(とう)して後(のち)酒(さけ)を飲(のむ)事を得(え)ずといへり
又 一人(いちにん)の男子(なんし)幼(いとけなき)より酒(さけ)を好(このみ)成長(せいちやう)に至(いたり)ても毎日(まいにち)酒(さけ)
を一二斗(いちにと)飲(のみ)て酔(ゑい)す酒(さけ)なけれは呼叫(よひさけひ)てやまず日(ひゝ)に
つかれよはりけれは其父(そのちゝ)其子(そのこ)の手足を縛(しはり)て動(うこか)
さず酒(さけ)を器(うつは)に入(いれ)其子(そのこ)の口(くち)の辺(ほとり)にて酒(さけ)の香(か)を聞(きか)せ
て是を飲(のまん)とすれとも与(あたへ)さりけれは口中(こうちう)より一(ひとつ)の
物(もの)を吐出(はきいたし)て酒器(しゆき)の内(うち)に入(いり)けるを火(ひ)にて焼(やき)て後(のち)是を
見(みれ)は其形(そのかたち)猪(ぶた)の肝(きも)のことく周(めくり)に針眼(はりのめ)のことくなる穴(あな)有(あり)て

【左丁】
数(かす)を知(しら)ずかくて後(のち)食事(しよくし)常(つね)のことくにて酒をは絶(たえ)て
飲(のま)さりしとかや又(また)儒門事親(しゆもんししん)に酒官(しゆくはん)楊仲臣(やうちうしん)と云(いひ)ける人(ひと)
心気痛(しんきつう)を病(やむ)此人(このひと)常(つね)に酒(さけ)を好(このむ)張子和(ちやうしわ)是を治し(ち)て虫(むし)一条(いちてう)
を吐(はく)赤黄色(あかくきいろ)にて長(なかさ)さ【衍】六七寸(ろくしちすん)口(くち)目(め)鼻(はな)皆(みな)全(まつた)し状(かたち)蛇(じや)の
ことし是を塩淹(しほつけ)にして人(ひと)に見(み)せけりといへり
  視(みて)_レ物(ものを)倒植(さかしまにたつ)
○呂滄洲(りよさうしう)と云(いふ)明医(めいい)道士(たうし)蕭雲泉(せううんせん)と云(いふ)人(ひと)を治(ち)したる
に雲泉(うんせん)或時(あるとき)大(おほい)に酔(ゑひ)て飲(のむ)所(ところ)の酒(さけ)を尽(こと〳〵く)吐(はき)たり睡(ねむり)て窹(さめ)
たりけるに物(もの)を見(み)れは皆(みな)倒(さかしま)に植(たち)て見(み)えけり彼(かの)滄州(さうしう)

【右丁】
の治(ち)を求(もとめ)けれは是 酒(さけ)に傷(やふれ)て大(おほい)に吐(はき)けるゆへなれは又
吐(と)を為(なし)て治(ち)すへしとて薬(くすり)を用(もちひ)て是を吐(と)せしめけれ
は吐(と)を得(え)て後(のち)物(もの)を見事(みること)常(つね)のことくなりしとなり
  視(みて)_レ正(せいを)為(す)_レ斜(しやと)
○陳吉老(ちんきつらう)は儒医(しゆい)なり淮安(わいあん)と云(いふ)所(ところ)の人(ひと)なり其郷(そのさと)に
富翁(ふおう)の子(こ)あり忽(たちまち)病(やみ)て正(たゝし)き物(もの)を見(み)て皆(みな)斜(なゝめ)なりと
す凡(をよそ)几案(つくゑ)書冊(しよさく)の類(るい)排(ひらき)設(まうく)る事 整斉(たゞし)けれは必(かならす)是を
移(うつし)て斜(なゝめ)なりしめて自(みつから)は是を正(たゝし)とせり父母(ふほ)甚(はなはた)是を憂(うれひ)
て数医(すい)を歴(へ)て皆(みな)其病(そのやまひ)を知(しる)事なし或人(あるひと)吉老(きつらう)の名(めい)

【左丁】
医(い)なる事を告(つく)れは其子(そのこ)を携(たつさへ)往(ゆき)て治(ち)を求(もとめ)けるに
其脈(そのみやく)を診(うかゝひ)て其父(そのちゝ)は先(まつ)帰(かへら)しめ其子(そのこ)を留(とゝめ)て宴(ゑん)を開(ひらき)楽(がく)
を設(まうけ)酒(さけ)を勧(すゝめ)て筭(かす)なし醉(ゑふ)に至(いたり)て病者(ひやうしや)を扶(たすけ)て轎(てくるま)の
中(うち)に座(さ)せしめ是を舁(かい)て高下(あけをろし)常(つね)に傾側(かたふけ)展転(めくら)しめ
久(ひさし)くして榻(しち)に登(のほせ)て臥(ふさ)しむ旦(あした)に達(いたり)て酒(さけ)醒(さめ)て其家(そのいゑ)
に帰(かへ)しけるに前日(せんしつ)斜(なゝめ)なりと見(みえ)ける物(もの)皆(みな)是(これ)を正(たし)とし
て其病(そのやまひ)愈(いえ)けれは其(その)父母(ふほ)大(おほい)に喜(よろこひ)て是を治(ち)するの法(はふ)
を問(とひ)けれは吉老(きつらう)の言(こと)に今(いま)是(これ)他(た)の病(やまひ)なし是 酒(さけ)に酔(ゑひ)たる
中(うち)に肝(かん)の蔵(さう)の一葉(いちよふ)を閃倒(ひらめきたをし)て肺(はい)の蔵(さう)の上(うへ)に搭(かゝり)て下事(くたること)

【右丁】
を得(え)ず故(かるかゆへ)に正(たゝしき)を見(み)て斜(なゝめ)なりとす□又(また)酒(さけ)を飲(のま)しめて
酔時(ゑふとき)は肺(はい)の蔵(さう)脹(はり)て展転(めくらす)間(あひた)に肝(かん)の蔵(さう)も亦(また)垂下(たれくたり)て愈(いゆ)
るなり薬(くすり)何(なん)そ能(よく)是を治(ち)せんやといへり富翁(ふおう)厚(あつく)是に
酬(むくひ)を致(いたし)けりとかや世(よ)の笑物語(わらひものかたり)に或人(あるひと)父子(ふし)ともに
大(おほい)に酒(さけ)を飲(のみ)けるに其父(そのちゝ)其子(そのこ)を誡(いましめ)て汝(なんち)は大(おほい)に酒(さけ)を
過(すこし)て性(せい)甚(はなはた)愚鈍(ぐどん)なりさるゆへに汝(なんち)の面(おもて)は常(つね)に三(みつ)四(よつ)に
見(み)ゆるなりさるしれ者(もの)にはいかて我(わ)か此家(このいゑ)を嗣(つが)す
へきやと叱(しかり)けれは此子(このこ)あざ笑(わらひ)て我(わか)愚飩(くとん)なる事
はいさしらずかく日夜(にちや)くる〳〵転(めくる)家(いゑ)を嗣(つぐ)事は我(われ)は

【左丁】
元(もと)より望(のそみ)にもあらずと云(いひ)けるとなり彼(かの)滄洲吉(さうしうきつ)
老(らう)の治(ち)しける病人(ひやうにん)を見(み)れは此父子(このふし)をも笑話(せうわ)と為(なし)
て見(みる)へきにもあらず陳呂(ちんりよ)の二医(にい)をして此父子(このふし)を
見(み)せしめは又いかゝ治(ち)すへきやとそ覚(おほゆ)れ
  珠突(たまついて)出(いつ)_レ眶(まぶたを)
○証治準縄(せうちしゆんせう)に目(め)の烏珠(くろたま)忽(たちまち)眶(まぶた)の外(ほか)に突出(つきいつ)るなり
是 酒(さけ)に酔(ゑひ)怒(いかる)事 甚(はなはた)しくして此症(このしやう)を為(なす)といへり
されは大(おほい)に酔(ゑひ)たる時(とき)は甚(はなはた)怒(いかる)事を慎(つゝしむ)へし
  嗜(たしみて)_レ酒(さけを)喪(うしなふ)_レ身(みを)

【右丁】
○寿世保元(しゆせいほうけん)に酒(さけ)を嗜(たしみ)て身(み)を喪(う[し]なふ)の条(てう)あり其説(そのせつ)
に酒(さけ)を過(すこせ)は血気(けつき)を耗(へら)し傷(やふり)脾骨(ひゐ)を傷(やふり)形(かたち)を傷(やふり)性(せい)を
乱(みたり)是非(ぜひ)を顚倒(てんたう)す早酒(さうしゆ)は胃(ゐ)を傷(やふり)宿酒(しゆくしゆ)は脾(ひ)を傷(やふる)
智者(ちしや)といへとも亦(また)迷(まよひ)て戒(いましめ)すといへり
  暴病暴死(ほうひやうほうし)
○医学六要(いかくりくよう)に酒(さけ)は大熱(たいねつ)にして毒(とく)あり痰(たん)を生(しやう)
し火(ひ)を益(まし)気(き)を耗(へら)し精(せい)を損(そん)ず今(いま)暴病暴死(はうひやうはうし)
する者(もの)を世(よ)の人(ひと)あやまりて痰(たん)厥蔵(けつさう)に中(あたる)と為(なし)て
竟(つゐ)に酒色(しゆしよく)自(みつから)賊(そこなふ)の致(いたす)所なる事を知(しら)ず悲哉(かなしひかな)悲哉(かなしひかな)

【左丁】
体(たい)金石(きんせき)にあらず日(ひゝ)に消爍(せうれき)するを見(み)る命(めい)の修短(しうたん)
は数(すう)ありといへとも其(その)自(をのつから)尽(つくる)を待(また)は可(か)なりいかんぞ
自(みつから)速(すみやか)にするやといへり実(まこと)に今(いま)の世(よ)にも中年(ちうねん)以往(いわう)の
人(ひと)暴病暴死(はうひやうはうし)する者(もの)をは医人(いじん)俗人(ぞくじん)皆(みな)是を卒中風(そつちうぶ)
と名付(なつく)るのみにて一人(いちにん)も此症(このしやう)は何(なに)ゆへ是を致(いたす)と云(いふ)
事を論(ろん)する者(もの)なし故(かるかゆへ)に人(ひと)皆(みな)後車(こうしや)の戒(いましめ)を知(しら)ずし
て此症(このしやう)を致(いたす)事 比々(ひゝ)として皆(みな)是(し)なり是 多(おほく)は皆(みな)
彼(かの)張三錫(ちやうさんしやく)の説(せつ)のことく酒色(しゆしよく)の大過(たいくは)に因(より)て致(いたす)所なれ
はさる病(やまひ)する者(もの)有(ある)を見(み)ても自(みつから)是を省(かへりみ)悟(さとり)て能(よく)

【右丁】
慎(つゝしむ)事を知時(しるとき)は是等(これら)の虞(うれひ)は絶(たえ)てなかるへし
  瓶盞病(へいさんひやう)
○説郛陶穀(せつふとうこく)が清異録(せいゐろく)に飲事(のむこと)を嗜(たしむ)者(もの)は早晩(さうはん)となく
寒暑(かんしよ)となく楽(たのしめ)は固(もとより)酔(ゑひ)愁(うれふ)るも亦(また)かくのことし間(ひま)あれば
因(もとより)酔(ゑひ)忙(いそかわし)きも亦(また)かくのことし肴核(さかな)の有(ある)なし醪(さ)
醴(け)の善(よし)あし一(ひとつ)も問(とは)ず典当(しちの)抽那(とりやり)借貸(かりかね)賖荷(かいかゝり)一(ひとつ)
も卹(うれへ)【䘏は譌字】ず日(ひゝに)必(かならす)飲(のむ)飲(のめ)は必(かならす)酔(ゑふ)醉事(ゑふこと)は厭(いとは)ず貧(まづしき)事は
悔(くひ)ず俗(そく)に是(これ)を瓶盞病(へいさんひやう)と号(なづく)徧(あまね)く本草(ほんさう)を掲(かゝけ)細(こまか)
に素問(そもん)を検(かんかふ)るに此(この)一種(いつしゆ)の薬(くすり)なしといへりかくも

【左丁】
飲事(のむこと)のみを嗜(たしむ)をは瓶(かめ)盞(さかつき)の病(やまひ)と石付(なつくる)は是(これ)戯(たはふれ)の
言(こと)なれともかゝる者(もの)は竟(つゐ)には真(まこと)の病(やまひ)をも為(なす)へきな
れは此(この)瓶盞病(へいさんひやう)は諸病(しよひやう)の祖(みをや)なるへし凡(をよそ)飲人(のむひと)の病(やまひ)
をは皆(みな)瓶盞病(へいさんひやう)とも云(いひ)つへきにや
  酒家禁忌(しゆかきんき)
○酒家禁忌(しゆかきんき)とは凡(をよそ)酒(さけ)を飲(のむ)に禁(きん)じ忌(いむ)へき事あり
是 大抵(たいてい)古来(こらい)の説(せつ)を挙(あく)唯是(たゝこれ)のみに限(かきる)へからず但(たゝ)し
一度(ひとたひ)是を犯(をかせ)は直(じき)に大害(たいかい)を為(なす)にはあらざれとも其(その)是(これ)を
犯事(をかすこと)常(つね)にして止(やま)ざる時(とき)は竟(つゐ)には害(かい)を為(なす)に至(いたる)へし

【右丁】
或(あるひ)は諸(もろ〳〵)の毒(とく)に中(あたり)て酒(さけ)を飲(のみ)或(あるひ)は新(あたらし)き錫(すゞ)の器(うつは)に酒(さけ)を
入(いれ)て久(ひさし)〱経(へ)たるを飲(のみ)或(あるひ)は酔(ゑひ)臥(ふし)て風(かせ)に当(あたり)醉(ゑひ)て
水(みつ)に入(いる)是等(これら)の事(こと)は厳(きひし)く是を忌(いむ)へし若(もし)一(ひと)たひ
にても是に中(あたり)ては取(とり)かへされぬ事なるへし其他(そのた)或(あるひ)は
人(ひと)に因(より)時(とき)に随(したかひ)て同(をなし)からざる事 有(あれ)は心(こゝろ)を著(つけ)て料知(はかりしる)
へし凡(をよそ)禁忌(きんき)の至(いたり)て大(おほい)なる事は常(つね)に大(おほい)に飲(のむ)事を
第一(たいいち)とすへきなるへし○凡(をよそ)薬(くすり)を服(ふく)する者(もの)
妄(みたり)に酒(さけ)を飲(のむ)へからず酒(さけ)に因(より)て薬毒(やくとく)を為事(なすこと)あり
本草(ほんさう)に丹砂(たんしや)を服(ふく)する人(ひと)酒(さけ)を飲(のめ)は頭痛(つつう)吐熱(とねつ)すと云(いへり)

【左丁】
又 丹砂(たんしや)北庭(ほくてい)石亭脂(せきていし)鐘乳石(せうにうせき)諸(もろ〳〵)の石薬(せきやく)又(また)は生姜(しやうが)を服(ふく)
するに酒(さけ)を用(もちひ)て下(くたす)へからず能(よく)石薬(せきやく)の気(き)を引(ひい)て四肢(しし)
に入(いり)滞血化(たいけつくは)して癰疽(ようそ)と成(なる)といへり○亀肉(かめのにく)酒(さけ)に合(あはせ)て
食(くらふ)へからず馬肉(むまのにく)豚肉(ふたのにく)共(とも)に食飽(くひあき)酔(ゑひ)て臥(ふす)事 大(おほい)に忌(いむ)
○白酒(にごりさけ)を飲(のみ)て生韮(なまにら)を食(くへ)は人(ひと)をして病(やまひ)を増(まさ)しむ○飴(あめ)
を食(くひ)て多(おほく)酒(さけ)を飲(のむ)事 大(おほい)に忌(いむ)○酒(さけ)を飲(のみ)て生(なま)莟耳(さうに)を食(くへ)
は心痛(しんつう)せしむ以上(いしやう)金匱要略(きんきようりやく)に見(みえ)たり○酒(さけ)は諸(もろ〳〵)の
甜(あま)き物(もの)を忌(いむ)○酒(さけ)牛肉(ぎうにく)と同食(おなしくくへ)は虫(むし)を生(しやう)ず○酒後(しゆこ)黍(きひ)
穣(わら)に和(わ)して猪(ぶた)の肉(にく)を食(くへ)は大風(たいふう)を患(うれふ)○酒後(しゆこ)芥(からし)及(をよひ)辣(からき)

【右丁】
物(もの)を食(くへ)は人(ひと)の筋骨(きんこつ)を緩(ゆるく)す○酒後(しゆこ)茶(ちや)を飲(のめ)は腎(じん)の
蔵(さう)を傷(やふり)腰脚(こしあし)重墜(をもく)して膀胱(はうくはう)冷(ひへ)痛(いたみ)又 痰飲(たんいん)水腫(すいしゆ)消渇(せうかつ)
攣(ひきつり)痛(いたむ)事を患(うれふ)○胡桃酒(くるみさけ)と同(をなしく)多(おほく)食(くへ)は咯血(らくけつ)す○酒後(しゆこ)
韭(にら)を忌(いむ)○酒(さけ)を飲(のみ)柿(かき)を食(くへ)は人(ひと)をして酔易(ゑひやす)く或(あるひ)は心(しん)
痛(つう)して死せんとす○竜脳酒(りうなうさけ)を忌(いむ)昔(むかし)廖瑩中(りやうけいちう)【かなママ】と云(いふ)
人(ひと)熱酒(ねつしゆ)を以(もつて)竜悩(りうなう)数握(すあく)を服(ふく)して九竅(きうけう)血(ち)を流(なかし)て死(し)
す是 熱酒(ねつしゆ)辛香(しんかう)を引(ひい)て経絡(けいらく)に散溢(ちりあふれ)て気皿(きけつ)沸乱(わきみたれ)て
然(しか)るなりといへり○一切(いつせつ)の諸毒(しよとく)酒(さけ)に因(より)て得(う)る者(もの)は
治(ち)し難(かた)し以上(いしやう)本草(ほんさう)に見(みえ)たり○酸酒(すきさけ)飲(のむ)へからず

【左丁】
玉機微義(きよくきびぎ)に或人(あるひと)秋時(しうし)勉(つとめ)強(しゐ)て酸酒(すきさけ)数盃(すはい)を飲(のむ)に
因(より)て少時(しはらく)して腹痛(ふくつう)下利(けり)度(と)なく十余日(しふよにち)を過(すぎ)て大便(たいへん)
に血(ち)を見(みる)といへり○有灰酒(ゐうくはいしゆ)飲(のむ)へからす証治準縄(せうちしゆんせう)
に灰(はい)有(ある)酒(さけ)を暴飲(はういん)すれは酒積(しゆしやく)を成(なし)腹痛(ふくつう)泄瀉(せつしや)すと
いへり○夏月(かけつ)大(おほい)に醉(ゑひ)汗(あせ)流(なかれ)冷水(れいすい)にて身(み)を洗(あらひ)及(をよひ)扇(あふき)
を使(つかふ)事を得(え)ず即(すなはち)病(やまひ)を成(なす)○酔後(すいこ)飽食(ばうしよく)する事
なかれ寒熱(かんねつ)を発(はつ)す○酒(さけ)を飲(のみ)猪(ふた)の肉(にく)を食(くひ)て秫(あは)稲(いね)
穣(わら)の中(うち)に臥(ふせ)は黄(わう)を発(はつ)す○酒(さけ)人(ひと)の影(かけ)を照(てら)し見(み)
て動者(うこくもの)は是を飲(のむ)へからず以上(いしやう)金匱(きんき)に見(みえ)たり

【右丁】
○酒(さけ)を飲(のみ)湿地(しつち)に臥(ふし)或(あるひ)は風(かせ)に当(あたり)樹下(きのした)及(をよひ)湿草(しつさう)の上(うへ)に
座臥(ざくは)すれは悪病(あくひやう)を為(なす)と病原論(ひやうけんろん)に見(みえ)たり○凡(をよそ)酒(さけ)
に酔(ゑひ)て安臥(あんくは)して動(うこか)ざる事を得(え)ず必(かならす)人(ひと)をして揺(うこき)転(めくり)
て住(とゝめ)ざるへし特(こと)に風(かせ)に当(あたり)地(ち)に臥(ふし)水(みつ)に洗(あらひ)水(みつ)を飲(のむ)事
を忌(いむ)○酔(ゑひ)て交接(かうせつ)する事を忌(いむ)以上(いしやう)千金方(せんきんはう)に見(みえ)たり
○酒(さけ)人(ひと)を照(てらし)て影(かけ)なきは飲(のむ)へからず○祭(まつり)の酒(さけ)自(をのつから)
耗(へる)ものは飲(のむ)へからず○新(あたらし)き錫(すゞ)の器(うつは)に酒(さけ)を盛(もり)日(ひ)久(ひさし)
くして是を飲(のめ)は能(よく)人(ひと)を殺(ころす)といへり錫(すゝ)は本(もと)砒石(ひせき)と同(とう)
根(こん)なるゆへに新(あたらし)き錫(すゝ)の器(うつは)は砒毒(ひとく)有(ある)ゆへなりとぞ世間(せけん)

【左丁】
多(おほく)錫(すゝ)を用(もちひ)て酒器(しゆき)とする事あり其(その)新(あたらし)き物(もの)は心(こゝろ)を
付(つく)へきなり○酔(ゑひ)臥(ふし)て風に当(あたれ)は癜風(なまず)を為(なす)○酔(ゑひ)て冷(れい)
水(すい)に浴(よく)すれは痛痺(つうひ)を為(なす)以上(いしやう)本草(ほんさう)に見(みえ)たり此(この)冷水(れいすい)
に浴(よく)するは痛痺(つうひ)の病(やまひ)よりも亦(また)懼(おそる)へき事あり酔(ゑひ)て
水中(すいちう)に游(みつくゝり)泳(をよげ)は必(かならす)転筋(からすなえ)を為(なし)て手足(てあし)運動(めくりうこく)事を得(え)
ず常(つね)に能(よく)水(みつ)にならひたる者(もの)といへとも直(じき)に水底(みつそこ)に沈(しつめ)
は水(みつ)を飲(のみ)て忽(たちまち)に死(し)す是 酒気(しゆき)に因(より)て身体(しんたい)発熱(ほつねつ)の
時(とき)急(きふ)に冷水(れいすい)を得(え)て寒熱(かんねつ)相(あい)争(あらそひ)て転筋(てんきん)を為(なす)なり
転筋(てんきん)する者(もの)は身体(しんたい)手足(しゆそく)攣引(ひきつり)て疼痛(いたみ)麻痺(しびれ)て屈(かゝみ)

【右丁】
伸(のふ)る事を得(え)ず水底(すいてい)に沈(しつむ)事 免(まぬかる)へからず水辺(すいへん)に
遊(あそふ)者(もの)必(かならす)是を忘(わする)へからず此(この)一事(いちし)古書(こしよ)に出(いて)たるかも
しらねども未(いまた)是を見(み)ず世間(せけん)是に因(より)て身(み)を失者(うしなふもの)
を眼(ま)のあたり見(みる)事なれは是も亦(また)大(おほい)に禁忌(きんき)の一事(いちし)と
すへし○病(やまひ)に因(より)て針(はり)する人(ひと)飲(のむ)へからず内経(たいきやう)に大醉(たいすい)
を刺(さす)事なかれ人(ひと)をして気(き)乱(みたれ)しむ又 已(すてに)酔(ゑひ)て刺(さす)事なかれ
已(すてに)刺(さし)て酔(ゑふ)事なかれといへり○灸(きう)する人(ひと)飲(のむ)へからず金匱(きんき)
に酒(さけ)を飲(のみ)て腹(はら)背(せなか)に灸(きう)する事 大(おほい)に忌(いむ)人(ひと)をして腸結(ちやうけつ)せし
むといへり灸前(きうせん)は云(いふ)に及(をよは)ず灸後(きうこ)も亦(また)早(はや)〱飲(のむ)へからす古(こ)

【左丁】
今医統(こんいとう)には灸後(きうこ)酒(さけ)を忌(いむ)事をいへり俗説(そくせつ)に灸後(きうこ)は酒(さけ)を
飲(のみ)て気皿(きけつ)を行(めくらす)へしといへり灸治(きうち)は元来(くわんらい)気皿(きけつ)を行(めくらす)へき為(ため)
なり若(もし)灸炳(きうへい)は気皿(きけつ)を滞(とゝこほり)して又 酒(さけ)を用(もちひ)て是を行(めくらす)へき
ならは初(はしめ)より灸(きう)せざるにはしかざるへし
  酒家治方(しゆかちはう)
○内経(たいきやう)に五味(こみ)に至(いたり)て口(くち)嗜(たしみ)て是を食(しよく)せんと欲(ほつせ)は必(かならす)
自(みつから)裁制(さいせい)して過(すこす)事なかれ過時(すくるとき)は其(その)正(せい)を傷(やふる)道(みち)を謹(つゝしむ)事
法(はふ)のことくなれは長(なか)く天命(てんめい)を有(たもつ)といへりされは大(おほい)に飲(のむ)
事を戒(いましめ)て能(よく)保養(ほうやう)を槙(つゝしみ)病(やまひ)を為事(なすこと)なき事を欲(ほつす)る

【右丁】
は人(ひと)自(みつから)是を謀(はかる)へき事にして他人(たじん)の知(しる)へき所(ところ)にあら
ず若(もし)過(あやまち)て病(やまひ)を為(なす)に至(いたり)ては是を治(ち)するは医人(いじん)の職(しよく)
にして常(つね)の人(ひと)の得(え)て知(しる)へき所(ところ)にあらず酒(さけ)に因(より)て少(すこし)
き病(やまひ)を為(なす)事ある時(とき)は急(きふ)に医(い)に憑(より)て薬(くすり)を服(ふく)し
禁忌(きんき)を守(まもり)速(すみやか)に是を治(ち)して遅延(ちゑん)する事なかるへし
医薬(いやく)も亦また能(よく)其法(そのはふ)を得(うる)る【衍】時(とき)は唯(たゝ)病(やまひ)の亟(すみやか)に愈(いゆる)のみに
あらず或(あるひ)は毒(とく)を遺(のこし)て後(のち)の患(うれひ)を致(いたす)事なかるへし然(しか)ら
されは独(ひとり)当時(たうし)の病(やまひ)のみにあらず遺孼(ゐけつ)【孽は俗字】歳月(としつき)の久(ひさし)き
を経(へ)て竟(つゐ)に大患(たいくわん)を為(なす)事(こと)前段(せんたん)論(ろん)する所(ところ)の諸症(しよしやう)のこと

【左丁】
し凡(をよそ)病(やまひ)を為(なし)ては是を医人(いしん)に委(ゆたぬ)へき事なれとも
或(あるひ)は急卒(きふそつ)にして医(い)を召(めす)に暇(いとま)なく或(あるひ)は辺鄙(へんび)窮(きう)
郷(きやう)医薬(いやく)に便(べん)ならざる所にては一時(いちし)急(きふ)を救(すくふ)の法(はふ)は略(ほゝ)
是を知(しる)へき事なりされと彼(かの)病(やまひ)に寒熱(かんねつ)虚実(きよしつ)の証候(せうこう)
あり薬(くすり)に君臣(くんしん)佐使(さし)の制度(せいと)あるに至(いたり)ては常(つね)の人(ひと)の卒(にはか)
に能(よく)弁(わきまへ)得(う)へきにもあらされは今(いま)只(たゝ)丸散(くわんさん)の薬方(やくはう)預(あらかしめ)
調合(てうかふ)して貯(たくわふ)へき者(もの)或(あるひ)は簡易(かんい)単方薬(たんはうくすり)は甚(はなはた)易(やす)く
して効(かう)は殊(こと)に大(おほい)なる者(もの)数条(すてう)を選(ゑらひ)て是を記(しるす)彼(かの)酒癥(しゆてう)
丸(くわん)のこときは古人(こしん)已(すて)に用(もちゆ)る事を戒(いましむ)其外(そのほか)峻(すると)に駛(はや)き薬(くすり)

【右丁】
或(あるひ)は合製(かふせい)に難(かたき)者(もの)は是を記(しるさ)ず是(これ)唯(たゝ)一時(いちし)の病患(ひやうくわん)を救(すくは)んと
するに在(ある)のみ若(もし)此薬(このくすり)を恃(たのみ)て大(おほい)に飲(のむ)事あらんには所謂(いはゆる)
寇(あた)に兵(へい)を籍(かし)盗(ぬすひと)に糧(かて)を齎(つゝむ)なるへし解酲湯(げていたう)の条下(てうか)
李東垣(りとうゑん)の言(こと)を見(み)て是を見つへし
  ○酒客病方(しゆかくひやうはう)
○葛花解醒湯 酒(さけ)を飲(のむ)事 大(おほい)に過(すき)嘔吐(をうと)痰逆(たんきやく)心(しん)
 神(しん)煩(わつらはし)く乱(みたれ)胸膈(むね)痞(つかえ)塞(ふさかり)手足(てあし)戦揺(ふるひ)歓食(いんしい)減少(けんせう)小(せう)
 便利(へんり)せざるを治(ち)す
  木香     人参      猪苓

【左丁】
  茯苓     陳皮《割書:已上各一|匁五分》  白木
  乾姜     神麯     沢瀉《割書:已上各|二匁》
  青皮《割書:三匁》   砂仁     白豆寇
  葛花《割書:已上各|五匁》
 右(みき)細末(さいまつ)と為(なし)或(あるひ)は四五分(しこふん)或(あるひ)は一匁(いちもんめ)白湯(さゆ)にて調(とゝのへ)服(ふく)
 す此薬(このくすり)法(はふ)に依(より)て是を製(せい)し常(つね)に貯(たくわへ)て若(もし)過酒(くはしゆ)
 不快(ふくわい)を覚(をほゆ)る時(とき)は即(すなはち)用(もちゆ)へし酒毒(しゆとく)を解(げ)して大(おほい)に
 効(かう)あり然(しか)れとも李東垣(りとうゑん)の言(こと)に是 已事(やむこと)を得(え)ずし
 て用(もちゆ)豈(あに)是を恃(たのみ)頼(たのみ)て日(ひゝ)に酒(さけ)を飲(のむ)へきや此薬(このくすり)

【右丁】
 辛辣(からくから)し偶(たま〳〵)酒病(しゆひやう)に因(より)て是を服(ふく)すれは元気(けんき)を損(そん)
 ぜす酒病(しゆひやう)に敵(てき)するゆへなり若(もし)頻(しきり)に是を服(ふく)せは人(ひと)の
 天命(てんめい)を損(そん)ぜんといへり諸方(しよはう)皆(みな)然(しか)なりと知(しる)へし
○神玅列仙散 酒(さけ)に傷(やふれ)遍身(へんしん)痛(いたみ)腰(こし)脚(あし)強(こわく)跛(なえ)手(て)
 足(あし)頑麻(しひれ)胃脘(ゐくわん)痛(いたみ)胸膈(けうかく)満(みち)悶(もたえ)肚腹(はら)膨張(はり)嘔吐(をうと)瀉痢(しやり)及(をよひ)
 酒食(しゆしよく)停(とゝまり)久(ひさし)くして積聚(しやくしゆ)黄疸(わうたん)熱鼓(ねつこ)【皷は俗字】の症(しやう)と成(なる)を治(ち)す
  木香      沈香     茴香
  檳榔子《割書:已上各|一匁》  萹蓄《割書:三匁》   大黄
  麦芽《割書:各十匁》   瞿麦《割書:五匁》

【左丁】
 右(みき)細末(さいまつ)と為(なし)三匁(さんもんめ)或(あるひ)は五匁(こもんめ)五更(こかう)に熱酒(ねつしゆ)にて服(ふく)す能(よく)飲(のむ)
 者(もの)は多(おほく)二三盃(にさんはい)を飲(のみ)て妨(さまたけ)ず面(おもて)を仰(あをき)て臥(ふし)手(て)を胸(むね)
 の前(まへ)に乂(をさめ)て天明(てんめい)に至(いたる)大便(たいへん)魚脳(きよなう)のことく小便(せうへん)血(ち)の
 ことくなるを下(くたす)を効(しるし)とす生(なましく)冷(ひえ)硬物(かたきもの)葷腥(くさき)を忌(いむ)只(たゝ)
 米(こめ)の粥(かゆ)を啖(くらふ)へし
○麹蘗丸  酒積(しゆしやく)癖消(へきせう)せず心腹(しんふく)脹満(はりみち)噫(をくひ)酸(すく)啘逆(はき)
 不食(ふしよく)脇肋(わきほね)疼痛(いたむ)を治(ち)す
  神麯     麦芽《割書:各一両》   黄連《割書:半両巴豆|三粒同炒》
  《割書:黄巴|豆去》

【右丁】
 右細末と為 沸湯(にえゆ)に捜(かき)和(わ)し丸(くわん)ず梧桐子(ことうし)の大(おほき)さの
 ことく毎服(まいふく)五十丸(こしふくわん)食前(しよくせん)に生姜湯(しやうかゆ)にて送下(をくりくた)す
○酔郷宝屑 酒積(しゆしやく)食積(しよくしやく)傷(やふれ)を致(いたし)胸満(むねみつる)を治(ち)す
  丁子     香付子     砂仁
  甘草《割書:各等分》   右(みき)細末(さいまつ)と為(なし)て服(ふく)す
○解酒化毒丹 飲酒(いんしゆ)過多(くはた)遍身(へんしん)発熱(ほつねつ)口(くち)乾(かはき)煩(はん)
 渇(かつ)し小便(せうへん)赤(あか)く少(すくなき)を治(ち)す
  滑石《割書:十六匁》   葛粉      甘草《割書:各三匁》
 右細末と為 時(とき)に拘(かゝはら)ず冷水(れいすい)にて調(とゝのへ)下(くた)す

【左丁】
○易簡方 酒食(しゆしよく)過(すき)て飽(あき)満(みち)悶(もたゆる)を治(ち)す常(つね)に服(ふく)して
 食(しよく)を消(せう)し気(き)を化(くは)し酒(さけ)を醒(さま)す
  青皮《割書:二両》    葛根《割書:一両》    砂仁《割書:半両》
 右細末と為 湯(ゆ)或(あるひ)は茶(ちや)にて調(とゝのへ)て服(ふく)す
○辰砂玅香散 酔後(すいこ)房事(はうじ)を行(をこなひ)酒熱(しゆねつ)心経(しんけい)に
 畜(たくはゆ)るを治(ち)す
  山薬     茯苓       茯神
  遠志     黄蓍《割書:各十匁》    人参
  桔梗     甘草《割書:各五匁》    木香《割書:二匁五分》

【右丁】
  辰砂《割書:三匁》     麝香《割書:一匁》
 右細末と為 再(ふたゝひ)辰砂(しんしや)二匁(にもんめ)を加(くわへ)茵蔯湯(ゐんちんたう)にて下(くた)す
 日(ひゝ)に三服(さんふく)時(とき)に拘(かゝはら)ずして服(ふく)す《割書:此方世に云所の安神散|なり麝香去て用す》
 ○先(まつ)服(ふくして)不(さる)_レ酔(ゑは)方(はう)
○飲酒(いんしゆ)令(して)_レ 人(ひとを)不(さらしむ)_レ酔(ゑは)方(はう)
  柏子仁     麻子仁《割書:各二両》
 右 二味(にみ)細末(さいまつ)と為(なし)て用(もちゆ)酒(さけ)を進(すゝむ)る事 常(つね)に三倍(さんはい)す
○不酔方
  菉豆      赤豆     葛根《割書:各等分》

【左丁】
 右細末と為 末(いまた)酒(さけ)を飲(のま)ざる前(まへ)に当(あたり)て冷水(れいすい)を用(もつ)て
 一匙(ひとさし)或(あるひ)は二匙(ふたさし)を服(ふく)すれは人(ひと)をして酔(ゑは)ざらしむ
○益脾丸 酒(さけ)を飲(のみ)て酔(ゑは)ず又(また)脾胃(ひゐ)を益(ます)
  葛花《割書:二十匁》   小豆花《割書:十匁》   菉豆花《割書:五匁》
  木香《割書:二匁五分》
 右細末と為 蜜(みつ)にて丸(くわん)ず梧桐子(ことうし)の大(おほい)さのことく
 紅花湯(こうくはたう)にて下(くた)す事 十丸(しふくわん)或(あるひ)は夜(よる)飲(のむ)には津液(つは)に
 て五丸(こくわん)を下(くたす)最(もつとも)妙(めう)なり
○百杯丸 酒(さけ)胸中(けうちう)に停(とゝまり)膈気(かくき)痞(つかえ)満(みち)面色(めんしよく)黄(き)に黒(くろく)

【右丁】
 将(まさ)に癖疾(へきしつ)と成(ならん)とし飲食(いんしい)進(すゝま)ず日(ひゞ)に漸(やうやく)蠃(つかれ)瘦(やする)
 を治(ち)す飲(のまん)と欲(ほつす)る者(もの)は先(まつ)服(ふく)すれは醉(ゑは)ず
  生姜《割書:十匁去皮切片以塩一|匁五分淹一宿焙乾》     陳皮《割書:三十匁》
  莪木《割書:三匁》   乾姜《割書:三匁》   丁子《割書:五十粒》
  益智《割書:二十粒》  甘草《割書:二匁》   砂仁《割書:三十粒》
  三稜《割書:二匁》   木香《割書:一匁》   茴香《割書:一匁》
  白豆寇《割書:三十粒》
 右細末と為 煉(ねり)蜜(みつ)にて丸(くわん)ず拾匁(しふもんめ)を二三 十丸(しふくわん)と為(なし)
 辰砂(しんしや)を衣(ころも)と為(す)毎用(まいよう)一丸(いちくわん)生姜湯(しやうかゆ)にて用(もちゆ)本方(ほんはう)原(もと)

【左丁】
 生姜(しやうきやう)一斤(いつきん)乾姜(かんきやう)三 両(りやう)を用(もちゆ)他薬(たやく)に比(ひ)すれは甚(はなはた)多(おほき)に
 似(に)たり今(いま)寿世保元(しゆせいほうけん)の分量(ふんりやう)に従(したかふ)
○葛花散
  葛花    小豆花《割書:各等分》
 右細末と為酒にて服(ふく)して酔(ゑは)す
○八仙剉散 脾(ひ)を壮(さかん)にし食(しよく)を進(すゝめ)酒を飲(のみ)て酔(ゑは)ず
  丁子     砂仁     白豆寇《割書:各三匁》
  葛粉     木瓜     焼塩《割書:各十匁》
  百薬煎    甘草《割書:各二匁|五分》

【右丁】
 右細末と為 温酒(おんしゆ)にて用(もちゆ)酒を飲(のむ)事を得(え)ざる者(もの)も只(たゝ)
 一匁を用(もちゆ)れは能(よく)酒(さけ)を飲(のみ)て酔(ゑは)ず此方 医学入門(いかくにうもん)
 の酔郷宝屑(すいきやうはうせつ)に同(をなし)但(たゝ)分量(ふんりやう)稍(やゝ)異(こと)なり今(いま)寿世(しゆせい)
 保元(ほうけん)の方(はう)に従(したかふ)
○不酔丹
  白葛花    小豆花    茯苓
  葛根     木香     山薬
  砂仁     牡丹皮    人参
  肉桂     地黄     陳皮

【左丁】
  沢瀉     海塩     甘草《割書:各等分》
 右細末と為 煉(ねり)蜜(みつ)にて丸(くわん)ず弾子(たんし)の大(おほい)さのことく毎(まい)
 服(ふく)一丸(いちくわん)細(こまか)に嚼(かみ)熱酒(ねつしゆ)にて送(をくり)下(くたす)
○不酔方
  薄荷《割書:五匁》   乾葛《割書:十匁》   桂花《割書:三匁》
  白梅肉《割書:五匁》
 右細末と為 蜜(みつ)にて丸(くわん)ず先(まつ)口内(こうたい)舌下(せつか)に入(いる)れは自(し)
 然(せん)に酒(さけ)を化(くは)す
 ○同(をなしく)単方(たんはう)

【右丁】
○塩(しほ) 凡(をよそ)酒(さけ)を飲(のむ)に先(まつ)塩(しほ)一匕(ひとさし)を食(くひ)て後(のち)に飲(のめ)は酔(ゑは)ず
○硼砂(ほうしや) 細末と為 服(ふく)す妙(めう)なり
○芹汁(せりのしる) 枇杷葉(ひはのは) 並(ならひ)に能(よく)酒(さけ)を倍(ばい)す
○狐血(きつねのち)漬(ひたして)_レ黍(きひ)令(しむ)_二_レ【レ点は衍】 人(ひとを)不(ざら)_一_レ酔(ゑは) 狐(きつね)の血(ち)に黍(きひ)米(こめ)麦門(はくもん)
 冬(とう)を漬(ひたし)陰乾(かけほし)にして丸(くわん)と為(なす)酒(さけ)を飲時(のむとき)一丸(いちくわん)を舌(した)の下(した)
 に置(をき)て是を含(ふくめ)は人(ひと)をして酔(ゑは)ざらしむ
 ○解(げする)_二酒毒(しゆとくを)_一方(はう)
○葛根散
  甘草     乾葛花     葛根

【左丁】
  砂仁     貫衆《割書:各等分》
 右細末と為 白湯(さゆ)にて服(ふく)す
○硼砂丸
  硼砂《割書:三匁》   竜脳     麝香《割書:各五分》
  薄荷《割書:一匁》
 右細未と為 甘草(かんさう)膏(かう)にて丸(くはん)し大さ梧 桐(とう)
 子(し)のことくす辰砂(しんしや)を衣(ころも)とすへし
○竜鳳丸 酒(さけ)を嗜(たしみ)積熱(しやくねつ)津液(しんゑき)枯(かれ)燥(かはき)煩渇(はんかつ)専(もつはら)
 冷物(れいふつ)を嗜(たしむ)を治(ち)す

【右丁】
  山薬   菟糸子《割書:各二|両》   鹿茸《割書:火焼酒浸|炙一両》
 右細末と為 煉(ねり)蜜(みつ)にて丸し大さ梧桐子の
 ことく米(へい)飲(ゐん)にて三五十丸を用へし
○解酒仙丹 極(きはめ)て能(よく)酒(さけ)を解(け)す
  白果仁    葡萄《割書:各八|十匁》   薄荷

  側柏枝    砂仁     甘松《割書:各十匁》
  細茶《割書:四十匁》  当帰《割書:五匁》    細辛
  竜脳     丁子     肉桂《割書:各五分》
 右細末と為 煉(ねり)蜜(みつ)にて丸(くわん)ず芡実(けんじつ)の大(おほい)さのことく

【左丁】
 毎服(まいふく)一 丸(くわん)茶清(ちやのうはすみ)にて下(くたす)
○神仙醒酒丹
  葛花《割書:五十匁》  小豆花    菉豆花《割書:各二十|匁》
  家菊花《割書:八十匁》 真柿霜《割書:四十|匁》  白豆寇《割書:五匁》
 右細末と為 生蓮根汁(しやうれんこんのしる)にて搗(つき)和(わ)して丸(くわん)す弾(たん)
 子(し)の大(おほい)さのことく毎用(まいよう)一 丸(くわん)嚼(かみ)て是を嚥(のむ)立所(たちところ)に醒(さむ)
 ○同(をなしく)単方(たんはう)
○菊花 九月九日 真菊花(しんきくくは)細末(さいまつ)と為(なし)一匕(ひとさし)を服(ふく)す
○生葛 生葛根(しやうかつこん)の汁(しる)を飲(のみ)て愈(いゆ)

【右丁】
○菘菜 菘菜子(たかなのみ)二合 研(すり)細(こまか)にして水にて調(とゝのへ)服(ふく)す
○茅根(ちかや) 汁(しる)一升(いつせう)を飲(のむ)五蔵(こさう)を爛(たゝらかす)事を恐(をそる)
○大豆(まめ) 酒食(しゆしよく)諸毒(しよとく)を解(げ)す一升(いつせう)煮(に)て汁(しる)を服(ふく)し
 吐(と)を得(え)て愈(いゆ)
○黒豆(くろまめ) 一升(いつせう)煮(に)て汁(しる)を取(とり)一(いつ)小盞(せうさん)を服(ふく)す三服(さんふく)に
 過(すぎ)ずして即(すなはち)愈(いゆ)酒(さけ)を飲(のみ)毒(とく)に中(あたり)日(ひ)を経(へ)て醒(さめ)ざる
 を治(ち)す
○田蠃(たにし) 水中(すいちう)の螺蛑(たにし)肉(にく)葱(ひともし)豆豉(なつとう)煮(に)て汁(しる)を飲(のみ)て
 解(げ)す或(あるひ)は田蠃(たにし)一種(いつしゆ)煮(に)て汁(しる)を飲(のみ)て酒疸(しゆたん)を治(ち)す

【左丁】
○柚(ゆ) 酒毒(しゆとく)を解(け)し又(また)酒(さけ)を飲人(のむひと)の口気(こうき)を治(ち)す
 口気(こうき)とは口中(こうちう)の悪(あし)き臭(にほひ)あるなり
○茶(ちや)茗 細末と為て丸し用ゆ老人(らうしん)酒(さけ)と乳酪(にうらく)と
 同(おなしく)飲(のみ)大便(たいへん)下痢(けり)胸膈(きやうかく)寛(ゆる)からす痰痢(たんり)等(とう)の薬(くすり)を
 用(もちひ)て效(しるし)なし此方(このはう)を用(もちひ)て数服(すふく)ならすして愈(いゆ)るといへり
○桑椹(くはのみ) 搗(つい)て汁(しる)を取(とり)て是を飲(のむ)
○枳棋(けんほのなし) 酒毒(しゆとく)を解(げ)す是を食(くひ)或(あるひ)は煎(せん)し服(ふく)すへし
 又 薬剤(やくざい)に加(くはへ)用(もちゆ)へし此木(このき)を柱(はしら)にすれは屋(や)の中(うち)の
 酒(さけ)皆(みな)薄(うす)し能(よく)酒味(しゆみ)を敗(やふる)昔(むかし)人(ひと)あり舎(いゑ)を修理(しゆり)し

【右丁】
 て此木(このき)を用(もちひ)誤(あやまり)て一片(いつへん)を落(をとし)て酒甕(さかかめ)の中(うち)に入(いれ)は
 酒(さけ)化(くは)して水(みつ)となるといへり
○西瓜(すいくは)○蓮藕(はす)○芰実(ひしのみ)○銀杏(きんなん)○砂糖(さたう)○丁(ちやう)
 子(し)は殊(こと)に能(よく)酒毒(しゆとく)を殺(ころす)○麝香(しやかう)○鰌魚(どぢやう)○黄(た)
 顙魚肉(らのにく)至(いたり)て能(よく)酒(さけ)を醒(さます)○蚌(はまくり)○蜆(しゝみ) 以上 共(とも)に
 能(よく)酒毒(しゆとく)を解(げ)す
○樟葉(くすのは) 樟樹(くすのき)枝上(ししやう)の嫩葉(わかは)真葛花(しんかつくは)二味(にみ)各(おの〳〵)等分(とうふん)
 細末(さいまつ)と為(なし)毎服(まいふく)三匁 湯(ゆ)にて下(くたす)一人(いちにん)飲酒(いんしゆ)過度(くはど)大酔(たいすい)
 醒(さめ)ず一家(いつけ)愴惶(おそれ)て計(はかりこと)なし是を用(もちひ)て立所(たちところ)に醒(さむる)といへり

【左丁】
○熱湯(にえゆ) 酒(さけ)を醒(さまし)て酔(ゑは)さらしむ凡酒に酔(ゑひ)たる
 時は熱湯(にえゆ)にて数次(すたひ)口(くち)を漱(すゝく)へし酒毒(しゆとく)歯(は)の
 間(あいた)に在(ある)なり
○熱湯(にえゆ) 凡 大(おほい)に酒(さけ)に醉(ゑひ)たる時は熱湯(にえゆ)を用(もちひ)て
 密室(みつしつ)の内(うち)におゐて面(おもて)を洗(あらふ)事(こと)数次(すたひ)頭(かしら)髪(かみ)を
 梳(くしけつる)事(こと)数十遍(すしつへん)すれは其酔(そのゑひ)即(すなはち)醒(さむ)る
 といへり
 ○酒厥(しゆけつ)
○生姜自然汁(しやうかしせんしふ) 飲酒(いんしゆ)の人(ひと)卒(にはか)に厥(けつ)する者(もの)先(まつ)姜(しやうか)の汁(しる)

【右丁】
 を灌(そゝげ)は立所(たちところ)に甦(よみかへる)後(のち)解酲湯(けていたう)を服(ふく)して愈(いゆ)
 ○解(げす)_二酒熱(しゆねつを)_一
○冬霜(とうさう) 酒後(しゆこ)諸熱(しよねつ)面(おもて)赤者(あかきもの)を治(ち)す○臘雪(らうせつ)
 酒後(しゆこ)の暴熱(ほうねつ)を治(ち)す○井華水(せいくはすい) 酒後(しゆこ)の熱(ねつ)痢(り)
 を治(ち)す井華水(せいくはすい)とは旦(あした)に汲(くむ)井(ゐ)の中(うち)の水(みつ)なり
 ○大酔(たいすい)不(す)_レ堪(たえ)
○蔓菁菜(かぶらな) 米(こめ)を少(すこし)入(いれ)煮熟(にしゆく)して滓(かす)を去(さり)是を
 冷(ひや)し飲(のむ)連日(れんしつ)病(やみ)困者(くるしむもの)に良(よし)
 ○中(あたりて)_レ酒(さけに)嘔逆(をうきやく)

【左丁】
○赤小豆(あつき) 煮(に)て汁(しる)を取(とり)徐々(やうやく)に是を飲(のむ)
 ○飲酒(いんしゆ)咽(のと)爛(たゝる)
○大麻仁(あさのみ) 一升(いつしやう)黄芩(わうこん)二十匁 細末(さいまつ)と為(なし)蜜(みつ)にて
 丸し是を含(ふくむ)連月(れんけつ)酒(さけ)を飲(のみ)咽喉(ゐんこう)爛(たゝれ)舌(した)の上(うへ)に瘡(かさ)
 を生(しやう)ずるを治(ち)す干金翼方(せんきんよくはう)には黄柏(わうはく)【栢は俗字】二十匁を加(くはふ)
 ○飲酒(いんしゆ)歯(は)痛(いたむ)
○井水(ゐのみつ)  頻(しきり)に含(ふくみ)て是を漱(くちそゝく)
 ○酒積(しゆしやく)下血(けけつ)
○鯽魚(ふな)  酒(さけ)にて煮(に)て常(つね)に食(くらふ)最(もつとも)效(しるし)あり

【右丁】
 ○治(ちする)_二酒(さけに)酔(ゑひ)中(あたり)_レ酒(さけ)恐(をそるを)_一_レ爛(たゝらかすこと)_二 五蔵(こさうを)_一方(はう)
○湯(ゆ)を以(もつて)槽(ふね)の中(うち)に入(いれ)て是を漬(ひたす)冷(ひゆ)れは復(また)湯(ゆ)を易(かゆ)
 夏(なつ)も亦(また)湯(ゆ)を用(もちゆ)槽(そう)は水(みつ)を入(いる)る船(ふね)の類(るい)なり
 常(つね)の桶(おけ)の類(るい)用(もちゆ)へし是を漬(ひたす)とは其人(そのひと)を湯(ゆ)
 の中(うち)に漬(ひたす)なり
 ○治(ちす)_二飲酒頭痛(いんしゆづつうを)_一
○竹筎(ちくじよ) 五拾匁 水(みつ)八升を以(もつて)煮(に)て五升を取(とり)滓(かす)を
 去(さり)冷(ひや)して雞子(たまこ)五箇(いつゝ)を破(わり)て其内(そのうち)に入(いれ)攪(かき)匀(とゝのへ)又(また)
 煮(にる)事 二沸(ふたにえ)して二舛を飲(のめ)は尽(こと〳〵く)瘥(いゆ)るといへり

【左丁】
 ○治(ちす)_二酒酔(さけにゑひ)牙歯(きはは)涌(わきて)血(ち)出(いつるを)_一
○含薬方
  当帰《割書:二匁》   明礬《割書:一匁|五分》    桂心

  細辛     甘草《割書:各十|匁》    右五味 剉(きさみ)水(みつ)五升
 を以 煮(に)て三升を取(とり)是を含(ふくむ)日(ひる)は五六 度(と)夜(よる)は三度
○又方 枸杞(くこ)を煮(に)て汁(しる)を取(とり)是を含(ふくむ)
 ○治(ちす)_二酒齄鼻(さくろはなを)_一
○薬方
  生硫黄《割書:三匁》   黄連     明礬

【右丁】
  乳香《割書:各一匁|五分》    軽粉《割書:五分》  右細末 唾津(つは)にて
 薬を蘸(ひたし)て鼻(はな)に擦付(すりつく)る一日に両度 赤色(あかいろ)を去(さる)を度(ど)とす
○又方 硫黄(いわう)檳榔(ひんらう)等分(とうふん)竜脳(りうなふ)少(すこし)許細末と為(なし)
 絹(きぬ)に包(つゝみ)日々(ひゞ)に是を擦(する)蓖麻子(ひまし)の油(あふら)を加(くはへ)て妙(めう)なり
○又方 白塩(しほ)常(つね)に是を擦(すり)て妙なり
○又方 牽牛子(あさかほのみ)雞子(たまこの)白(しろみ)調(とゝのへ)て夜(よる)塗(ぬり)て旦(あした)に洗(あらふ)
○又方 明礬(みやうはん)茄子(なすひ)の汁(しる)にて調(とゝのへ)塗(ぬる)或(あるひ)は丹(たん)を加(くはへ)或(あるひ)は軽(はら)
 粉(や)を加(くはふ)○軽粉(けいふん)硫黄(いわう)杏仁(きやうにん)調(とゝのへ)塗(ぬる)○銀杏(ぎんなん)酒糟(さけのかす)
 嚼(かみ)て伝(つくる)○蜜陀僧(みつだそう)乳(ち)にて調(とゝのへ)て塗(ぬる)

【左丁】
 ○治(ちす)_二悪酒(あくしゆ)健嗔(けんしんを)_一【彳は誤記ヵ】
○空(むなしき)井中(ゐのうち)の倒生草(さかしまにをひたるくさ)灰(はひ)に焼(やき)て飲(のま)しむ其人(そのひと)に知(しら)
 しむる事なかれ又方(またはう)其人(そのひと)の牀(とこ)の上の塵(ちり)を取(とり)て
 酒(さけ)に和(わ)して飲(のま)しむ此(この)悪酒(あくしゆ)健嗔(けんしん)とは前段(せんたん)酒悖(しゆほつ)
 の条下(でうか)に見(みえ)たり
 ○酒(さけ)多(おほくは)速(すみやかに)吐(とす)
○干金方(せんきんはう)に酒(さけ)を飲(のむ)事 多(おほき)事を得(え)ざれ多時(おほきとき)は速(すみやか)に
 是を吐(はく)を佳(よし)とすといへり
 ○飲酒(いんしゆ)辟(さく)_レ気(きを)

【右丁】
○蔓菁根(かふなのね) 乾(かはき)たるを二七 枚(まい)三遍(さんへん)蒸(むし)て碾(すり)末(まつ)して
酒後(しゆこ)に水(みつ)にて二匁を服(ふく)すれは酒(さけ)の気(き)なし
 ○解(げす)_二焼酒毒(せうちうのとく)_一
○緑豆粉(ぶんどうのこ) ○蚕豆苗(そらまめなえ) ○冷水(れいすい)
 ○焼酒(せうちう)酔死(すいし)
○豆腐(とうふ) 熱(ねつ)する者(もの)を用(もちひ)て細(こまか)に切片(きりつぎ)遍身(へんしん)に是
 を貼(つく)冷(ひゆ)れは是を換(かゆ)甦省(よみかへり)て止(やむ)
  ○断(たつ)_レ酒(さけを)方(はう)
○柳花(りうくは) 臘月(らふけつ)鼠頭灰(そとうくはい) 右二味 等分(とうふん)細末(さいまつ)と

【左丁 】
 為(なし)黄昏(くわうこん)の時(とき)酒(さけ)にて一盃(いつはい)を服(ふく)すへし
○《振り仮名:蠐「虫+曹」|すくもむし》 乾(かはか)し細末(さいまつ)と為(なし)酒(さけ)に和(わ)し与(あたへ)飲(のま)しむ
 永世(ゑいせい)酒(さけ)の名(な)を聞(きゝ)ても即(すなはち)嘔(はく)神験(しんけん)あり
○紡車絃(いとくるまのつる) 故者(ふるきもの)焼(やき)て灰(はい)と為(なし)酒(さけ)に和(わ)して飲(のむ)
○蒼耳子(なもみのこ) 七 枚(まい)焼(やき)灰(はひ)にし酒中(しゆちう)に入(いれ)て是を飲(のめ)は
 即(すなはち)酒(さけ)を嗜(たしま)ず
○鷹毛(たかのけ)  水(みつ)に煮(に)て汁(しる)を飲(のめ)は即(すなはち)酒(さけ)を止(やむ)
○白犬乳(しろいぬのち) 酒(さけ)にて服(ふく)す
○鸕鷀屎(うのくそ)  焼灰(やきはひ)にして水(みつ)にて一匕(ひとさし)を服(ふく)すれは

【右丁】
 永(なか)く酒(さけ)を断(たつ)
○耳垢(みゝのあか)  酒(さけ)を嗜(たしむ)を治(ぢ)す

 右の方法(はうはふ)金匱要略(きんきようりやく)千金(せんきん)外台(けたい)諸家(しよか)の本草(ほんさう)
 其外(そのほか)歴代(れきたい)の名家(めいか)及(をよひ)東医宝鑑(とうゐほうかん)に迄(いたるまて)を撿(かんかえ)
 集(あつめ)て是(これ)を載(のす)若(もし)くは論(ろん)若(もし)くは方(はう)謬(あやまり)誤(あやまる)事(こと)
 有者(あるもの)は伏(ふし)て諸君子(しよくんし)の是正(せせい)を願(ねかふ)と爾云(しかいふ)
酒説養生論巻之七大尾

【左丁】
刊酒説養生論記
崇-飲之説其 ̄ノ-来-也久 ̄シ-矣酒-之載 ̄スル_二于六-経 ̄ニ_一者
班-班-乎 ̄トシテ其 ̄レ可 ̄シ_レ観 ̄ツ矣或 ̄ハ-曰酒 ̄ハ者天-之美-禄帝-
王 ̄ノ所_三-以 ̄ン頤_二-養 ̄スル天-下 ̄ヲ_一享-祀祈 ̄リ_レ福 ̄ヲ扶 ̄ケ衰 ̄ヲ養 ̄フ_レ老 ̄ヲ百-
福之会非 ̄レハ_レ酒 ̄ニ不 ̄ト_レ行 ̄ハレ苟 ̄モ如 ̄ナルトキハ_レ是 ̄ノ則天-壌之間不 ̄ル_レ
可 ̄ラ_二 一-日 ̄モ無 ̄ンハアル_一者-也雖 ̄トモ_レ然 ̄リト亦有_二功不_レ掩 ̄ハ_レ過 ̄ヲ者_一如 ̄キ_二
尚-書酒-誥 ̄ノ_一亦不_レ可_二以 ̄テ不 ̄ンハアル_一_レ講 ̄セ也但 ̄タ以 ̄テ_レ今 ̄ヲ観 ̄レハ_レ之 ̄ヲ

【右丁】
其因 ̄テ_レ是 ̄ニ喪 ̄ヒ_レ徳 ̄ヲ亡 ̄ス_レ身 ̄ヲ者 ̄ハ常 ̄ニ-甚 ̄タ少 ̄フシテ而因 ̄テ_レ是 ̄ニ致 ̄シ_レ病 ̄ヲ
危 ̄フスル_レ命 ̄ヲ者 ̄ハ常 ̄ニ-甚 ̄タ多 ̄シ-矣黄-帝内-経 ̄ニ曰以 ̄テ_レ酒 ̄ヲ為 ̄シ_レ漿 ̄ト
以 ̄テ_レ妄 ̄ヲ為_レ常 ̄ト酔 ̄テ-以 ̄テ入 ̄リ_レ房 ̄ニ以 ̄テ_レ欲 ̄ヲ竭 ̄シ_二其 ̄ノ精 ̄ヲ_一以 ̄テ耗_二-散 ̄ス
其 ̄ノ真 ̄ヲ_一夫 ̄レ内-経 ̄ハ乃医-教之祖-也而其 ̄ノ開-巻之-
始先 ̄ツ以 ̄テ_レ酒 ̄ヲ為_レ言 ̄ヲ則其 ̄ノ為 ̄ル_レ害之-大 ̄ナル固 ̄ニ可 ̄シ_レ見 ̄ツ矣
且 ̄ツ史-記倉-公 ̄ノ伝 ̄ニ載 ̄スル_三其 ̄ノ治 ̄スルヲ_二因 ̄ル_レ酒 ̄ニ之病 ̄ヲ_一者亦-多 ̄シ
焉 嗟乎(アヽ)雖 ̄トモ_レ古 ̄ト尚 ̄ヲ-然 ̄リ而 ̄ルヲ-況 ̄ヤ於 ̄テヲヤ_二令-之-世 ̄ニ_一乎凡 ̄ソ縦-

【左丁】
飲 ̄ノ者 ̄ハ必 ̄ス-病 ̄ミ病 ̄ム-者 ̄ハ必 ̄ス-重 ̄シ方 ̄テ_二其 ̄ノ為 ̄スニ_一_レ疾 ̄ヲ也有 ̄ルハ_レ虐 ̄ナルコト_二於
六-淫七-情綿-痾沈-痼 ̄ノ者 ̄ヨリモ_一何 ̄ソヤ-也凡他 ̄ノ-患 ̄ハ易 ̄シテ_レ見
此 ̄ノ-孼 ̄ハ難 ̄シ_レ知 ̄リ雖_三竟 ̄ニ至 ̄ルト_二於痼-廃 ̄ニ_一然 ̄トモ-尚 ̄ヲ不_レ悟 ̄ラ前-覆
不_レ戒 ̄メ斃 ̄テ-而後 ̄ニ-已 ̄ム-者比-比 ̄トシテ皆-是 ̄ナリ其 ̄ノ賎-賎 ̄ナル者 ̄ハ固 ̄ヨリ
不_レ足 ̄ヲ論 ̄スルニ也唯 ̄タ富-貴 ̄ノ人 ̄ニシテ而不 ̄ル_レ免 ̄カレ_二此 ̄ノ-弊 ̄ヲ_一者-多 ̄シ焉
諺 ̄ニ-曰 ̄ク千-金之-子 ̄ハ不 ̄ト_レ垂 ̄セ堂 ̄ニ今-夫搢-紳君-子 ̄ニシテ而
以 ̄テ_二桮-勺之故 ̄ヲ_一至 ̄ル_レ殃 ̄スルニ_二其 ̄ノ身 ̄ヲ_一亦可 ̄シ_レ惜 ̄ム也比 ̄スルニ_二諸 ̄ヲ彼 ̄ノ

【右丁】
暴-虎馮-河岸-牆桎-桔 ̄ノ者 ̄ニ_一雖 ̄トモ_二緩-急軽-重有 ̄ト_一_レ不 ̄ルコト_レ
同 ̄シカラ然 ̄トモ其 ̄ノ至 ̄テハ_三横 ̄ニ禍 ̄スルニ_二性-命 ̄ヲ_一則一-也豈 ̄ニ可 ̄ケン_レ不 ̄ル_レ哀 ̄マ哉
方 ̄ニ-今
天-下昇-平人無 ̄ク_下衽 ̄スル_二金-革 ̄ヲ_一之虞_上民有_下修 ̄ムル_二産業 ̄ヲ_一
之楽_上無 ̄ク_レ貴 ̄ト無 ̄ク_レ賎 ̄ト宜 ̄ク【左下に「キ」】_三自-愛調-摂優 ̄カニ躋 ̄ル_二寿-域 ̄ニ_一之-
秋-也然 ̄ルヲ-反 ̄テ如 ̄ナル_レ是 ̄ノ者 ̄ハ真 ̄ニ不 ̄ヤ_レ幾 ̄カラ_二乎東-方-朔 ̄カ所-謂 ̄ル
侏-儒飽-死 ̄ノ者 ̄ニ_一也習-染既 ̄ニ-久 ̄ク流-弊且 ̄ツ-深 ̄シ挙 ̄テ_レ世

【左丁】
慣 ̄テ以 ̄テ為_レ常 ̄ト恬 ̄トシテ不_レ知 ̄ラ_レ怪 ̄ムコトヲ臣 ̄トシテ焉而無 ̄ク_三以 ̄テ_レ是 ̄ヲ諌 ̄ムルコトヲ_二之 ̄ヲ
於君 ̄ニ_一子 ̄トシテ焉而無 ̄ク_三以 ̄テ_レ是 ̄ヲ争 ̄フコト_二之 ̄ヲ於父 ̄ニ_一而 ̄シテ-夫-婦而-
兄-第而 ̄シテ朋-友亦無 ̄シ_二次 ̄テ_レ是 ̄ヲ告 ̄ル_レ之 ̄ヲ者_一其 ̄ノ所-_二以 ̄ンノ無 ̄キ_一_レ
之 ̄レ者良 ̄ニ有 ̄リ_レ故 ̄ヘ也是未 ̄タ【左に「ル」】_レ知 ̄ラ_三其 ̄ノ為 ̄ル_レ害之-大 ̄ナル一 ̄ニ至 ̄ルコトヲ_二
於如 ̄ナルニ_一_レ此 ̄ノ耳其 ̄ノ所-_二以 ̄ンノ不 ̄ル_一_レ知 ̄ラ者-亦有_レ故 ̄ヘ凡 ̄ソ言 ̄フ_二養-
生 ̄ヲ_一者 ̄ハ莫 ̄シ_レ如 ̄クハ_二医-家 ̄ニ_一而時-医鮮 ̄シ_レ有 ̄ルコト_下以 ̄テ_レ是 ̄ヲ誨 ̄ル_二之 ̄ヲ於
人 ̄ニ_一者_上其 ̄ノ所-_二以 ̄ンノ鮮 ̄キ者-亦有_レ故 ̄ヘ凡 ̄ソ古-今 ̄ノ医-典不_レ

【右丁】
見_レ有 ̄ルヲ_下詳 ̄カニ論 ̄スル_二其 ̄ノ害 ̄ヲ_一者_上其 ̄ノ所-_二以 ̄ンノ不 ̄ル_一_レ見者-亦有_レ故 ̄ヘ
大-抵華-人好 ̄ムコト_レ酒 ̄ヲ甚 ̄タ-淫 ̄ス矣是 ̄ヲ-以 ̄テ論-者亦-多 ̄ク似 ̄タリ_下
因-_二襲 ̄シテ于世-尚 ̄ニ_一而不 ̄ルニ_上_レ覚 ̄ヘ_二其 ̄ノ為 ̄ルヲ_一_レ害或 ̄ハ有_下言近 ̄キ_二姑-
息 ̄ニ_一者_上如 ̄キ_二河-間丹-渓 ̄ノ_一則医-家之標-準 ̄ナル者-也然 ̄シテ
劉-氏 ̄ノ言 ̄ニ-曰 ̄ク凡 ̄ソ酒-病 ̄ノ者 ̄ハ必 ̄ス須 ̄ク_二続-続 ̄ニ飲 ̄ム_一_レ之 ̄ヲ不 ̄レハ_レ然 ̄ラ
則病-甚 ̄シ不 ̄レハ_レ能 ̄ハ_レ飲 ̄ムコト鬱-結不 ̄ル得_レ開 ̄クコトヲ故 ̄ヘ-也 ̄ト竊 ̄カニ於 ̄テ此 ̄ノ-
語 ̄ニ不_レ能 ̄ハ_レ不 ̄ルコト_レ致 ̄サ_レ疑 ̄ヲ不_二止 ̄タ飲-食 ̄ノミナラ_一凡 ̄ソ因 ̄テ_レ事 ̄ニ致 ̄ス_レ病 ̄ヲ者

【左丁】
反 ̄テ復 ̄タ為 ̄シテ_二其 ̄ノ事 ̄ヲ_一而能 ̄ク治 ̄ス_二其 ̄ノ病 ̄ヲ_一果 ̄シテ有 ̄ンヤ_二此 ̄ノ理_一否今-
之酒-病 ̄ノ者雖 ̄トモ_レ未 ̄タ【左に「スト」】_三必 ̄スシモ因 ̄ラ_二劉-氏 ̄ノ言 ̄ニ_一自-然 ̄ニ皆如 ̄シ_レ是 ̄ノ
夫 ̄レ因 ̄テ_レ酒 ̄ニ致 ̄シ_レ病 ̄ヲ因 ̄テ_レ病 ̄ニ致 ̄シ_レ悩 ̄ヲ而-復 ̄タ飲 ̄ムトキハ_レ之 ̄ヲ則暫 ̄ク開 ̄テ_二
鬱-結 ̄ヲ_一不_レ覚 ̄ヘ_二病-患 ̄ヲ_一故 ̄ニ続-続 ̄ニ飲 ̄ミ_レ之 ̄ヲ竟 ̄ニ増_二-劇 ̄シテ其 ̄ノ-病 ̄ヲ_一
継 ̄ク_レ之 ̄ニ以 ̄テス_レ斃 ̄ルヽヲ彼 ̄ノ食-物不 ̄レハ_レ消 ̄セ還 ̄テ以 ̄テ_二本-物 ̄ヲ_一消 ̄スル_レ之 ̄ヲ者 ̄ハ
一-時之権 ̄ノミ-耳豈 ̄ニ可 ̄ン_レ為_二定-法 ̄ト_一酒-病治 ̄スルニ_レ之 ̄ヲ以 ̄テスルハ_レ飲 ̄ヲ
猶 ̄ヲ_二抱 ̄テ_レ薪 ̄ヲ救 ̄フガ_一_レ火 ̄ヲ然 ̄トモ如 ̄キ_二河-間 ̄ノ_二固 ̄ヨリ須 ̄ク_レ有 ̄ル_二伎-倆 ̄ノ之-能 ̄ク

【右丁】
処 ̄ス_レ之 ̄ニ者 ̄ノ_一今 ̄ノ-人学 ̄フハ_レ之 ̄ヲ傚 ̄フ_二西-施 ̄カ之-顰 ̄ニ_一也只 ̄タ-恐 ̄クハ画 ̄テ_レ
虎 ̄ヲ不_レ成 ̄ラ反 ̄テ類 ̄セン_レ狗 ̄ニ朱-氏 ̄ノ言 ̄ニ-曰 ̄ク醇-酒宜 ̄シ_二冷-飲 ̄ニ_一又-
曰 ̄ク醇-酒之性 ̄ハ大-熱 ̄ニシテ有 ̄リト_二大-毒_一果 ̄シテ其 ̄ノ大-毒不 ̄ンハ_レ利 ̄アラ_二
于人 ̄ニ_一則只不 ̄ラン_レ飲 ̄マ已(ノミ)矣何 ̄ソ-必 ̄シモ論 ̄セン_二冷-熱 ̄ヲ_一其 ̄ノ悪 ̄テ_レ熱 ̄ヲ
愛 ̄スルハ_レ冷猶 ̄ヲ_二怒三喜 ̄フガ_一_レ 四 ̄ヲ以 ̄テ_二 二-氏之明-達 ̄ヲ_一尚 ̄ヲ論 ̄スル_レ酒 ̄ヲ
一-事其 ̄ノ不 ̄ルコト_レ可 ̄ラ_レ従 ̄フ如 ̄シ_レ是 ̄ノ其 ̄ノ他或 ̄ハ論 ̄スル_レ之 ̄ヲ者 ̄モ亦 ̄タ往-
往酒-色並 ̄ヘ-称 ̄シテ戒 ̄ム_レ之 ̄ヲ葢 ̄シ有 ̄ル_レ色者 ̄ハ未 ̄タ_二必 ̄スシモ有 ̄ラ_一_レ酒有 ̄ル_レ

【左丁】
酒者 ̄ハ必 ̄ス有 ̄リ_レ色自-然之勢 ̄ヒ-也然 ̄ラハ則重 ̄キコト豈 ̄ニ不(ス)_レ在 ̄ラ_レ
酒 ̄ニ哉然 ̄ルヲ反 ̄テ忽 ̄ニス_レ之 ̄ヲ実 ̄ヒ【ママ】古-今之通-弊可 ̄ン_二勝 ̄テ嘆 ̄ス_一乎(カ)
世-間安 ̄ソ得 ̄テ_二独-醒 ̄ノ者 ̄ヲ而一 ̄ヒ喚-_二醒 ̄セン衆-人之酔 ̄ヲ_一今
如 ̄キ_二斯 ̄ノ-書 ̄ノ_一其 ̄ノ言雖 ̄トモ_二鄙-陋砕-猥不 ̄ト_一_レ足 ̄ラ_レ観 ̄ルニ然 ̄トモ其 ̄ノ-旨
亦有 ̄リ_二可 ̄キ_レ取 ̄ル者_一播 ̄シメ_二之 ̄ヲ同-志 ̄ニ_一而欲_レ使 ̄ント_下夫人(ヒト〳〵) ̄ヲシテ能 ̄ク知 ̄テ_二
其 ̄ノ為 ̄ル_レ害如 ̄ク_レ此 ̄ノ可 ̄ク_レ懼 ̄ル可 ̄キコトヲ_一_レ槙 ̄ム而治 ̄シ_二酷-症 ̄ヲ於未-病 ̄ニ_上
保 ̄タ_中脩-齢 ̄ヲ於無-窮 ̄ニ_上雖 ̄トモ_レ然 ̄ト此 ̄ノ言一-行 ̄ハレハ為 ̄ニ_二高-陽之

【右丁】
徒_一掃 ̄テ_レ興 ̄ヲ而得 ̄ン_二其 ̄ノ弾-指瞋-目 ̄ヲ_一然 ̄トモ暴-棄自 ̄ラ-甘 ̄ヒ如 ̄キ_二
劉-令不 ̄ルカ_一_レ聴 ̄カ_二婦 ̄ノ言 ̄ヲ_一非 ̄ス_二余 ̄カ所 ̄ニ_一_レ争 ̄フ也或《割書:人》 ̄ノ-曰 ̄ク此 ̄ノ書使 ̄ム_三
各-病 ̄ヲシテ尽 ̄ク帰 ̄セ_二因 ̄ヲ於酒 ̄ニ_一似 ̄タリ_下与_二古-人_一不 ̄ルニ_上_レ合 ̄ハ其 ̄ノ言果 ̄シテ-
是 ̄ナラハ則古-人 ̄ノ者非-歟(カ)人従 ̄ハン其-言 ̄ヒ_一耶(ヤ)将 ̄タ従 ̄ハン_二古-人 ̄ニ_一
耶(ヤ)子其 ̄レ思 ̄ヘ_レ之 ̄ヲ豈 ̄ニ不 ̄ヤ_レ聞 ̄カ誤 ̄テ註 ̄スレハ_二医-書 ̄ヲ_一戕 ̄フト_二 人 ̄ノ性-命 ̄ヲ_一
其 ̄ノ言有 ̄ルトキハ_二 一 ̄モ不-可 ̄ナル者_一則誤 ̄ルコト_レ 人 ̄ヲ也夥 ̄シ矣可 ̄シ不 ̄ル_レ慎 ̄マ
乎(カ)曰 ̄ク然 ̄リ然 ̄レトモ凡 ̄ソ歴-代 ̄ノ医-家其 ̄ノ-言必 ̄シモ出 ̄ン于内-経 ̄ニ_一

【左丁】
耶(ヤ)雖 ̄トモ_レ不 ̄ト_レ出 ̄テ_二于経 ̄ニ_一亦-是 ̄レ羽-翼発-揮並 ̄ヒ-行 ̄ハレテ不_二相 ̄ヒ-
悖 ̄ラ_一也使 ̄ハ_下其 ̄ノ言 ̄ヲシテ徒 ̄ニ蹈-_二襲吻-_三合 ̄セシメテ于古 ̄ニ_一而無 ̄ラ_上_レ所_二発-
明 ̄スル_一則唯 ̄タ-古 ̄ニシテ而足 ̄レリ矣何-敢 ̄テ再 ̄ヒ贅 ̄セン_レ之 ̄ヲ如 ̄キ_二 中風 ̄ノ一-
症 ̄ノ_一古-今之論紛-紛-乎 ̄トシテ未 ̄タ_三嘗 ̄テ有 ̄ラ_二帰 ̄スル_レ 一 ̄ニ者_一然 ̄トモ各
有 ̄テ_レ理存 ̄ス焉以 ̄テ_二其 ̄ノ不 ̄ルヲ_一_レ合 ̄ハ_二于古 ̄ニ_一可 ̄ン_二尽 ̄ク廃 ̄ス之 ̄ヲ乎(カ)古-
人於 ̄テ_二是等 ̄ノ病-因 ̄ニ_一概 ̄ネ-皆酒-色並 ̄ヘ-称 ̄ス今如 ̄キ_二此 ̄ノ-書 ̄ノ_一
持 ̄トニ論 ̄シテ_レ酒 ̄ヲ未 ̄タ【左下に「ル」】_二敢 ̄テ遑 ̄アラ_一_レ及 ̄フニ_二其 ̄ノ-他 ̄ニ_一耳何 ̄ソ-嘗 ̄テ異 ̄ナラン_二乎古 ̄ニ_一縦 ̄ヒ

【右丁】
使 ̄ムトモ_二其 ̄ヲシテ果 ̄シメ有 ̄ラ_一_レ所_レ誤 ̄ル此 ̄ノ-言旧 ̄ト不_レ為 ̄ニ_二刀-圭 ̄ノ者 ̄ノ_一不_二独 ̄リ
不 ̄ルノミニ_一_レ為 ̄ニセ_二刀圭 ̄ノ者 ̄ノ_一又不_レ為 ̄ニセ_二不 ̄ル_レ飲者 ̄ノ_一唯 ̄タ為 ̄ニスルトキハ_下飲 ̄テ為_二酒-
困 ̄ヲ_一者 ̄ノ_上則其 ̄ノ有 ̄ン_下為 ̄ニ_二此 ̄ノ言 ̄ノ所_レ誤 ̄マ不_二敢 ̄テ䤄-酗 ̄セ_一能 ̄ク免 ̄ルヽ_二
酒-禍 ̄ヲ_一者_上則余-之所 ̄ロ_レ願 ̄フ也第 ̄タ-恐 ̄クハ世-人黠-狡被 ̄ルヽ_二
此 ̄ノ言 ̄ニ誤 ̄ラ_一者 ̄ノ不 ̄ランコトヲ_レ多 ̄カラ也子 ̄ノ曰観 ̄テ_レ過 ̄ヲ斯 ̄ニ知 ̄ルト_レ仁 ̄ヲ矣余
将 ̄ニ【左下に「ス」】_レ不 ̄ラント_レ辞 ̄セ_二訛-以伝_レ訛 ̄ヲ之過_一同-志観 ̄ル-者各欲_レ得 ̄ト_二
一-本 ̄ヲ而苦 ̄ム_レ難 ̄キコトヲ_二于騰-写 ̄ニ_一於 ̄テ_レ是 ̄ニ商 ̄ル_二之 ̄ヲ書-林 ̄ニ_一則書

【左丁】
林 ̄モ亦欲 ̄ス_二得 ̄テ_レ之 ̄ヲ登 ̄ント_一_レ梓 ̄ニ乃応 ̄スト_二于其 ̄ノ需 ̄ニ_一云 ̄フ_レ爾 ̄カ
享保十四歳次己酉正月日
      武江 草洲守部正稽撰
      【陰刻落款】▢印  【陽刻落款】伯
             正稽         謙

【縦線あり】
             茂兵衛
 江城   書林  須原屋    寿梓
             平左衛門

【前コマ左丁の裏】
▢は見せ文り
  コ【或はニヵ】フヘ
  ヤ

【裏表紙】

五たいそう

【整理ラベル: 208 / 特別 / 205 】
【表紙の押圧文字】
帝国図書館蔵

【表紙タイトル】
五たいそう   全

【資料整理ラベル 208/ /205】

【朱書き】



五たいそう

【右白紙ページに書き込み】
明和二酉年
明治廿四年迄百廿七年に当る
【明和二年=一七六五年。 明治二十四年=一八九一年。なので明和二年から百廿七年(正確には百廿六年だが数えどしの数え方なのだろう)に当たるという意】




【左ページ本文】
むかし都ちかきあたり
のことなりしに
うづきの頃人々一両  【一両輩 : 一人か二人、一両人】
はいさそひつれて
川かりに出てくみ    【川狩り : 川で漁をする事】
あみしてたのし
みける所へ川下より
大きなるあゆのうを  【鮎の魚】
のほれり長さ五
尺よにみへけれ     【五尺余 : 約150cm】
ば人々おどろ
き川かりを
やめみな
家〳〵に
かへり
 ける

かのあゆのうをそれより川上
にのぼりだん〳〵せいじん
して大なんのうみに出
ける今その大きさおよ
そ三十丈あまりになり 【約90m】
大かいをおよぎあるき 【大海】
けるときひかきの大船 【菱垣廻船ヵ】
おひ風にまかせてはしり
きたりけるがかのあゆの口へ
はしりこみけることなり



【挿絵内セリフ】
さても
よいおひ【追い風】
じやこ
のいきて
はうらが迄 【浦賀】
一とひだ


かこのもの 【水主の者】
ひよりを
  みる

  なんでも
  ことしは
  一ばんふね
      だ  【樽廻船の新酒番船のことヵ】


こゝにばくたい  【莫大国?】
国のあるじを
はげうさん王   【仰山王?】
と申たて
まつるせい
の高さ
十三万三千四百  【数字の並びなら十二万と言いたいが…】
五十六丈七尺
八寸九分
あり

かの
大あゆ
ついに
たいだ
ほつちの  【ばくだい国のげうさん王がだいだらぼっちヵ】
やきものと
なりてはしを
たてむしり給へば
中より大ふね一そ
うせんとうかこのもの  【船頭水主の者】
■人余出けり

てんほう
どうし  【てんほう童子】
大だ
ほつ


小姓
せいの
高さ
六万
二千五丈あり

【右ページ挿絵内・顔の横に王のセリフ】
■■やき物の
中からあぢ
な虫が
でたぞ

【左ページ挿絵内・箸の下に船頭の?セリフ】
かわつた所
へ来たこれ
はどこの
みな

じや

【左ページ挿絵内・てんほう童子のセリフ】
おみおつけをおかへ
なさへやんせ

【左ページ挿絵内・船頭の?セリフ】
サレハ〳〵あれは
■がどうやら人のやうだ


たいたほつちの
ごもつめ■きう
どうじ
これはよいおなく
た【「さ」ヵ。一画目が枠線に掛っているのでは。】みでござ
   いんす
■き人きやう
しやまで

大王のさしみさらへ水を入おやふねをうかべて
せんどうかこのわざをごらんじけうに入【興に入る】
給ふそのはないきにてふねのほ風を
もちさらの内をめぐる

   これはとうもいへぬ
     なくさみじや

さても〳〵
よいもちあそび【玩弄】
じや
なんとおもしろい
ことではないが
あれ〳〵うごくは
      〳〵


【挿絵内セリフ】
かちとり
はたらく

ホウ
よい追【追い風のこと。この言い方は4コマにも出ている。】が
  くるぞ


うかひの水も二千三千
がほどもいるであら■【ふ】

     何と
      して
      ■■かへ
       きしかだ

口中のさうじを
せよといゝつけら
れみな〳〵上下の
御はをみがく

  下はしやと
  てらくな事
  もないぞよ

 上ばはかくべつ
 ほねがおれる
 あぶなくて
 どうも
 ならぬ
  ぞ


  そりや
  うつぞ

  ばんて【番手桶】
  おけにて
  水をうける

竹ぼう
きにて
あらふ
しつかいすゝ
はきときたものだ

ふみはづすと
そこはしれぬ
  まゝよ
  はせん【破船】
  した
  思へば
  よいそ

これはしたり下の重
からさきへつめれ
ばよかつた

大王これはてうほう 【重宝】
なるものなりてい
ねいにしまつて
おくべしとて
二人の小せう 【小姓】
にいゝつけゐん
らうへつめさ 【印籠】
せ船
はね
つけ 【根付】

とぞ
なりに 
  けり

だまつて
はいつて
 ゐなさ

【挿絵内】
てん
ほう
どうじ

さりら【「と」では】は【然りとは=まったく】
めいわくわ
かしゆさま
おがみやす

こりや
なんたる
こつちや

きうく
つな事じや

めつ■うどうじ
 此重へはもう
 つまらぬ
    【■■  二文字ほどありそうに見えますが?】

六月なかばことのほかしよき
つよかりければ大王あたまうつ
とをしとてさかやきすら
んとおほせつけられければ
みなちゑをみぐらしりう 【りうこし: 消防用ポンプの竜吐水】
こしにて水を上けさか
やきをもみけるは大の
      きまり〳〵

【挿絵内セリフ】
せい出せ〳〵

なんとわれら
がはたらきを
みたまへ

ゑい〳〵ヤァ
そりや
 あがるは
   〳〵

つがもない事 【つがもない: たわいもない】
た天ちく迄
もうけあいだ

   これかかやなら 【これが茅なら】
  よい金であらふ

あたまのけを
かまにてかる 【鎌にて刈る】

 おれは
  米の
  なる木
  にして
  ほしい

なんとしてこんな
ちいさいかみそりで
ははかゞゆくものではない

かまにてあらましかりて
のぢかみそりにてきよ
ずりをしてやう〳〵十日  【清剃り: 一度剃った上をさらに丁寧に剃ること】
ばかり【「り」の肩に「゛」有り】にてあたまを半
ぶんほどすりけりまづ〳〵これ
にてすこしきがはれたり今日
よりしてはほつたいの心なりとて  【法体の心】
だいだほうしとなをあらため  【大太法師】
たまふとかや

みゝのあかをさらへと仰ければ
かしこまり候とすきくわつる  【鋤、鍬、鶴嘴】
   のはし
  にてあか
 をほりに
なひ出す  【掘り担い出す】

おくのあか
はまた口
よりご
うぎに 【豪気にヵ】
たまつた

さて〳〵
すさましい
事たまつたは

よつほど
ほつたぞ

【挿絵内下半分】
すいぶんおいた
 みなされ
 ぬやうに
 そろ〳〵
 さらい
 ませい

こゝらは
くわも
たゝぬ
かたい
ぞ〳〵

あかをもつこうにてかき出す 【もっこ: 土砂などの運搬道具。畚】

なんと
たばこ
にしやう
じやある
まいか

さてそれよりあんまを
とれとありければあた
まをかめのこうどうつ
きにてつきけり  【亀の子胴突き: 地面を突き固める道具】

さんよ〳〵さんよとな

よいやさ〳〵

ちとやすまふ


けんべきを  【けんべき: 肩こりのこと。痃癖、肩癖 注】
大八ぐるま
にておし
あるき
もむ

ありや〳〵
下りだぞ
ひかへて
やらう

こりや〳〵
しめた〳〵
どこい〳〵【どっこい】

【挿絵内】
そりや
〳〵さき
をたのみ
   ます

ゑい
 うん
  〳〵

【注 近世前期まで「ケンベキ」。訛って「ケンビキ」、「ケンベケ」とも。そのどちらにも半濁音をつけた発音あり。】

こしをやぐらどう  【櫓胴突き】
づきにてつく

 中のつな
  から
      ゑんや
      ゑんや
さいぎやう
 の
ぼん
さまが
   こへをかけて
   こんゑもしよ
よい〳〵
   よいやな


あしをろくろにて
引もみにする

  ヤァ
   よい〳〵

【挿絵内】
やつとせ
  〳〵
しめた〳〵

大だほつしいさなんちう本国
へかへさんとふじさんにより
かゝり近江の水うみをふみ 【寄りかかり:挿絵を見ての判断】
またぎて舟をてのひらへ
のせふうといきをふき
給へば追風おひたゝしく
一時にとばの
みなとにつき
みな〳〵さいし
にあいよろこぶ
ことたがいに
まめで
 目出し
  〳〵


【挿絵内】
はし
 るは
  〳〵

 近江
  の
みづうみ

竹生嶋
へんざい
 てん

【裏表紙見返し】

【裏表紙】

{

"ja":

"病家要論

]

}

【帙表紙 題箋】
病家要論 三冊

【帙を開いた状態】
【右側 帙の裏表紙 バーコード付きラベル、三枚貼付 いづれも「京都大学 図書」とあり。】

【帙の背】
病家要論  三冊  和
【同 整理ラベル】
7-02
 ヒ
 8

【帙の表紙 題箋】
病家要論 三冊

【冊子表紙 題箋】
病家要論 上

【書店貼付の紙面】
た 四十七番
全三 
長島町五丁目
大野屋惣八

【資料整理ラベル】
02

8

【右丁 白紙】
病家要論序
門人問 ̄テ-曰一-男-子三-十-余-歳。
稟-賦虚-弱 ̄ニシテ肉-脱 ̄シ形-枯 ̄レ。常 ̄ニ服 ̄シ_二補-
中益-気-湯六-味-丸 ̄ヲ_一保-養 ̄シテ而存 ̄ス。
酷-暑在 ̄テ_レ筵 ̄ニ食 ̄フ_二寒-麺 ̄ヲ_一腹-寒 ̄テ-痛 ̄ム不
_レ吐 ̄セ不 ̄シテ_レ瀉 ̄セ悶-絶 ̄ス。其-坐 ̄ニ有 ̄リ_二医三-人_一。

【頭部蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印
【右下丸印 内円】
京大図
【同外円】
明治・三二・四・八・購求○
【右下小丸印】

【前の4コマに同じ】

【右丁】
有 ̄テ_レ爵鳴 ̄ル_レ世 ̄ニ者 ̄ノ。初-学 ̄ノ者 ̄ノ。老-年 ̄ノ者 ̄ノ。
老-年在 ̄リ_二坐-上 ̄ニ_一。病-家請 ̄フ_レ治 ̄ヲ。老-年 ̄ノ
曰中 ̄リ_レ暑 ̄ニ中 ̄ル_レ食 ̄ニ。用 ̄テ_二藿-香正-気-散 ̄ヲ_一
可 ̄シト_レ安 ̄カル。爵-医 ̄カ-曰此 ̄ノ-人大-虚 ̄ニシテ常 ̄ニ服 ̄ス_二
益-気六-味 ̄ヲ_一。本-艸 ̄ニ-曰服 ̄スル_二 六-味-丸 ̄ヲ_一
者 ̄ノハ忌 ̄ムト_二 三-白油-膩実-麺 ̄ヲ_一。此 ̄ノ-傷非 ̄ス_二

【左丁】
唯 ̄タ-麺 ̄ノミニ_一麺帯 ̄テ_二油-気 ̄ヲ_一拒 ̄ム_二薬-気 ̄ヲ_一。用 ̄テ_二益-
元-散 ̄ヲ_一除 ̄キ_二暑-気 ̄ヲ_一。滑-石又引 ̄ク_レ油 ̄ヲ。可 ̄ト
_レ得_二 十-全 ̄ノ之功 ̄ヲ_一。末-坐初-学 ̄ノ者 ̄ノ進 ̄テ-
曰用 ̄タマフコトヤ_レ方 ̄ヲ也尤 ̄トモ-精 ̄シ。雖 ̄トモ_レ然 ̄リト事-急 ̄ナリ。用 ̄テ_二
温-剤 ̄ヲ_一令 ̄テ_二吐-瀉 ̄セ_一油-麺共 ̄ニ-去 ̄ント。爵-医
掉 ̄リ_レ頭 ̄ヲ縮 ̄メ_レ舌 ̄ヲ慄(オノヽキ) ̄テ-曰此 ̄ノ-人大-虚 ̄ナリ保-

【右丁】
養 ̄シテ而存 ̄ス。若 ̄シ吐-瀉 ̄セハ則 與(トモ) ̄ニ吐-瀉 ̄ト_一死【𣦸 】 ̄ン。
病-家信 ̄ス_二爵-医 ̄ノ之言 ̄ヲ_一。初-学 ̄ノ者頻 ̄ニ-
論 ̄スレトモ不_レ及 ̄ハ_二細-論 ̄スルニ_一。病-者已 ̄ニ-死 ̄ス。此 ̄レ-等 ̄ハ
何 ̄ノ-治 ̄カ可 ̄ナルヤ-與。先-生用 ̄テカ_二何 ̄ノ-方 ̄ヲ_一治 ̄スルヤ焉
與。《割書:予》 ̄カ曰用 ̄テ_二備-急-円 ̄ヲ_一可 ̄シ_レ令 ̄シム_二吐-瀉 ̄セ_一。
遅 ̄キトキハ則莫 ̄シ_レ救 ̄コト。門-人 ̄カ-曰此 ̄レ如 ̄ク_二爵-医 ̄カ
【左丁】
之言 ̄ノ_一與(トモ) ̄ニ_二吐-瀉 ̄ト_一死【𣦸 】 ̄ン。然 ̄ルトキハ-則此 ̄レ-等 ̄ノ者 ̄ハ
無 ̄カ_レ治與。曰 ̄ク與 ̄リハ_三坐 ̄カラ看 ̄ン_二其 ̄ノ-斃 ̄ルヲ_一不 ̄ンカ_レ如_下
用 ̄テ_二駿-剤 ̄ヲ_一而万-一 ̄モ冀 ̄ニハ_上_レ活 ̄コトヲ與。故 ̄ニ荘-
周 ̄カ曰殺 ̄ス_レ生 ̄ヲ者 ̄ノハ生 ̄ク。生 ̄トスル_レ生 ̄ヲ者 ̄ノハ不(ス) ̄ト_レ生 ̄セ。
是 ̄ナリ矣。請 ̄フ-試 ̄ニ譬 ̄ン_レ之 ̄ヲ。盗 ̄ヒト-来 ̄テ持 ̄シテ_二利-刀 ̄ヲ_一
殺 ̄ントス_レ汝 ̄ヲ。汝不 ̄シテ_レ動 ̄セ見 ̄レンカ_レ殺 ̄サ與。将 ̄タ-又抜 ̄テ_二

【右丁】
腰-小-刀 ̄ヲ_一為 ̄シテ_二銑(シユク)-鋧(ケン) ̄ト_一擲 ̄タハ万-一 ̄モ穿 ̄テ_レ胸 ̄ヲ
盗 ̄ヒト-死 ̄テ【𣦸】汝 ̄チ-生 ̄ハ幸 ̄ナラン矣。縦(タトヒ)-然不 ̄トモ_レ穿 ̄タ_レ胸 ̄ヲ
見 ̄テ_二小-痍 ̄ヲ_一而死 ̄セハ無 ̄ンカ_レ悔 ̄ヒ與。病-家如
_レ此 ̄ノ愚-昧無 ̄シ_二決-断_一。比-比 ̄トシテ皆-是 ̄ナリ矣。
非 ̄ス_二唯 ̄タ服-薬鍼-灸 ̄ノミニ_一。飲-食器-物。衣-
服寒-温厚-薄。時-令可-否。雑-用

【左丁】
禁-呪【咒】。起-居動-止。従-来庸-医 ̄ノ之
言熟 ̄シテ_レ耳 ̄ニ俗-間謬 ̄ル-者 ̄ノ甚 ̄タ-多 ̄シ。伊-藤
氏憂 ̄ヒ_レ之 ̄ヲ思 ̄テ_レ之 ̄ヲ以 ̄テ_二和-語 ̄ヲ_一詳 ̄ニ-弁 ̄シテ正 ̄ス_二
其 ̄ノ-謬 ̄ヲ_一。其 ̄ノ-書為 ̄ス_二 三-巻 ̄ト_一刊 ̄テ_レ梓 ̄ニ広 ̄ム_二 天-
下 ̄ニ_一。覓 ̄ム_二《割書:予|》 ̄カ序 ̄ヲ_一偶《割書:〱》有 ̄リ_二此 ̄ノ-問_一。記 ̄シテ焉以 ̄テ
冠 ̄シムト_二其 ̄ノ-首 ̄ニ_一云_レ爾

【右丁】
時【旹】元禄乙亥季秋
  梅巷丹水子玄医序
      【陽刻落款 富潤】【陰刻落款 名古屋氏】

【左丁】
病家要論序
薬 ̄ハ-者治 ̄スルノ_レ病 ̄ヲ之兵-也医 ̄ハ-者却 ̄クル【卻】
_レ病 ̄ヲ之将-也国-治 ̄ルトキハ則不 ̄ス_レ動 ̄サ_二干-
戈 ̄ヲ_一 人-健 ̄ナルトキハ則不 ̄ス_レ用 ̄ヒ_二薬-石 ̄ヲ_一古-今
有 ̄テ_二良-将_一而無 ̄シ_レ不 ̄トイフコト_レ有_二利-兵_一也
有 ̄テ_二良-医_一而無 ̄シ_レ不 ̄トイフコト_レ有_二神-薬_一也

【右丁】
死-生之所 ̄ロ_レ繋 ̄ル在 ̄ル_二医 ̄ノ-之精-粗 ̄ニ_一
而 ̄ノミ-已孝-子忠-臣不 ̄レバ_レ知_二医-道 ̄ヲ_一
撰 ̄コトモ_レ医 ̄ヲ亦不 ̄ス_レ是 ̄ナラ矣程-子 ̄ノ-曰事 ̄ル
_レ親 ̄ニ者 ̄ノハ不 ̄ス_レ可_レ不 ̄ンバアル_レ知_レ医 ̄ヲ丹-渓因 ̄テ_三
母 ̄ノ-之患 ̄ルニ_二脾-疼 ̄ヲ_一有 ̄テ_レ刻 ̄ムコト_二志 ̄ヲ於医 ̄ニ_一
而 遂 ̄ニ得_レ祛 ̄クコトヲ_二其 ̄ノ-患 ̄ヲ_一《割書:予》為 ̄メニ_二世 ̄ノ-之

【左丁】
子-第侍 ̄スル_レ病 ̄ニ者(モノヽ)_一燕-間随 ̄テ_レ筆 ̄ニ記 ̄スト_二
病-家 ̄ノ之要-領 ̄ヲ_一云
  元禄《割書:乙| 亥》舞射
       【陽刻落款三つ】伊   玄  ?
                藤   恕

【右丁白紙】
【左丁】
 病家要論目録
   巻之上
○薬茶碗(クスリチヤワン)     ○生姜(シヤウガ)
○薬せんじ様(ヤウ)   ○薬なべ
○薬 服(フク)-仕(シ)様《割書:二條》  ○病人を医者に見する事
○人参(ニンジン)見(ミ)-様《割書:三條》  ○もぐさ《割書:二條》
○灸(キウ)法 《割書:六條》    ○湯治(タウヂ) 《割書:二條》
○薬(クスリ)-喰(グヒ)       ○䦰(クジ)うらなひ

【右丁】
○祈祷(キタウ)《割書:二條》   ○夢(ム)-想(サウ)-薬《割書:二條》
○遺(イ)-精(セイ)    ○痳(リン)-病
○便毒(ヨコネ)     ○楊梅瘡(タウガサ)
○瘡(カサ)      ○癩(ライ)-病
○頓死(トンシ)《割書:四條》   ○呃逆(シヤクリ)
○撰(ヱラム)_二乳母(ウバ) ̄ヲ_一
   巻之中
○煙草(タバコ)      ○茶(チヤ)

【左丁】
○酒      ○水
○蕎麦切(ソバキリ)   ○索麺(サウメン)
○麺筋(フ)    ○豆腐(タウフ)
○黒(クロ)大豆(マメ)   ○味噌(ミソ)
○菌(クサビラ)《割書:二條》   ○果(クダモノ)《割書:二條》
○油      ○芥子(カラシ)
○香蓼(タデ)    ○河豚(フグ)
○うなぎ    ○蜆(シヾミ)

【右丁】
○鯛(タイ)       ○王余(カレイ)魚
 鯒(コチ) 《割書:附》 鱏(ヱイ)魚  ○雑-著《割書:十一條》
○雲林(ウンリン)病-家十要の解(ゲ)
   巻之下
○子を求(モトム)るの道  ○懐妊(クハイニン)《割書:二條》
○小児(シヤウニ)《割書:六條》    ○疱(ホウ)-瘡(サウ)《割書:二條》
○五 香散(カウサン)    ○潤身丸(ジユンシンクワン)
○地黄丸     ○香薷(カウジユ)散

【左丁】
○烏犀円(ウサイエン)    ○養生《割書:六條》
○老人《割書:二條》    ○眼薬《割書:并ニ》医の論
 《割書:十六條》      ○あんま
○垢(コ)-離(リ)     ○産の符(フ)
○小児 夜(ヨ)-啼(ナキ)の符(フ) ○労虫を治する符

           目録終

【右丁白紙】
【左丁】
病家要論巻上
     丹水子門人
       雒 伊藤《割書:玄恕》述
  ○薬てんもく
もろこしの白(はく)ちやさんといふは。水
八十目なるなり。一はいとは先 ̄ツ八
十目なると覚ゆべし。もろこしの薬
は大ぶくにして一ふくのおもさ二拾

【右丁】
目も三十目もあるほどに日本の薬
は小ぶくにして水もすくなき筈(ハズ)也。
其くすりを用る医者(いしや)にとふて
水の分(ぶん)-量(りやう)をさだむべし
  ○生姜(しやうが)
もろこしの薬は大ぶくにして生(シヤウ)
姜(ガ)一へぎといふも二三匁もある
べし。日本の薬は小 剤(ざい)なれば二三

【左丁】
分より五六分計にとゞまれり。と
角(かく)詳(ツマヒラカ)ならざれば薬のつゝみ紙(ガミ)に
幾(イク)へぎと書(かき)てあらば。なん分なる
ぞと其-薬を用ゆる医-者に問(とふ)
て入 ̄ル るがよし
  ○せんじ様
くはしく水の分(ブン)-りやうをさだめて
もつともにごらざるきよき水にて。

【右丁】
虚(キヨ)を補(オギノ)ふくすりには文(ブン)-武(ブ)-火(クハ)とて
つよくもよはくもなくよきくらゐ
にて煎(せん)ずる也。邪(ジヤ)-気(キ)を駆(カリ)ちらす
薬には武(ブ)-火(クハ)とてつよき火にて
煎ずる也。去 ̄リ-ながらやまひ急(キウ)な
るときは其(ソ) ̄ノ-差別(サベツ)はなき也
  ○薬鍋(クスリナベ)
金-銀の鍋(ナベ)がよきぞ。今 音羽(ヲトハ)より

【左丁】
やき出する土(ツチ)なべが第(だい)一まされり。
土の生(ナマ)-焼(ヤケ)な底(ソコ)に掛(カケ)くすりのすく
なきが火にあふてつよきぞ。から
かねはかな気(ケ)が出てあしきほど
に左波里(サハリ)がまし也
  ○薬-服(フク)し様(ヤウ)
上(カミ)へやらんとおもふ薬は食(シヨク)-後(ゴ)に用
ゆる也。下(シモ)へやらんとおもふくすりは

【右丁】
食(シヨク)-前(ゼン)に用るなり。桂(ケイ)-枝(シ)-湯(トウ)のもとに
粥(カユ)をすゝりて薬のちからをたす
くるとあるほどに。病人のさびしき時分
に食を用ひてまた煎(セン)-湯(トウ)を用る
がよし。食もならぬにめつたに薬を
用るがよきにてもなし。それも急(キウ)病
には其(ソノ)差別(サベツ)はなきぞ。中-寒(カン)卒(ソツ)-中
風(ブ)もろ〳〵の急症(キウシヤウ)は口中へ下(クダ)り咽(ノンド)へ

【左丁】
落(オチ)つきさへせば急に用るがよし
○丸-薬はかみくだくはあしきぞ。
丸ながらのむがよし。かみくだく
がよきならば。やはり散(サン)薬にて用
るぞ。病家しらずしてあやまる也
  ○病を医者に見する事
病人を其まゝ寝(ネ)さしながら。医者
に見するほどの大病ならば。なる程(ホド)

【右丁】
明(あか)りのよき処にて。とくと病人の
顔色(ガンシヨク)の見ゆるやうにして病 因(いん)を
詳(つまびらか)にかたるがよし。ことに女などは
暗(クラ)き処に居(ヰ)て病 症(シヤウ)もしか〳〵とかた
らず脈(ミヤク)-計(バカリ)見するは医(イ)-者(シヤ)をこ
まらせんとするや。いにしへの明(メイ)-医(イ)も
望(ボウ)-聞(ブン)-問(モン)-切(セツ)にて病(ビヤウ)-源(ゲン)をしれり。顔(がん)
色(しよく)をみるが望(ボウ)といふものなり。声(コヱ)を

【左丁】
きくが聞(フン)なり。病(ビヤウ)-因(イン)を詳(ツマヒラカ)にとふか
問(モン)也。脈(ミヤク)をこゝろみるが切(セツ)なり。今の
庸(ヨウ)‐医(イ)が疎(そ)-略(りやく)にいたさうはずいなし。
脈(ミヤク)-計(バカリ)見て病-源(ゲン)のしるゝものにては
なきぞ。俗(ゾク)-人(ジン)は脈さへ見すればかたらず
とても病-症のしるゝ様に思(オモ)ひ。妄(モウ)
医(イ)もまた脈さへみれば人の一身は
みへ透(スク)様に上手(ジヤウズ)めかするはおかしき

【右丁】
事也。扁(ヘン)-鵲(ジヤク)【注①】斉(セイ)の桓(クハン)-侯(コウ)のやまひを
しりしは色を望(のぞみ)てしる也。暗(くら)き
処にて顔色(かんしよく)もあざやかに見えぬ
ならば扁(ヘン)-鵲(ジヤク)もしる事あたはず
  ○人-参 見様(ミヤウ) 《割書:三条》
今-人-参は病家にて加(クハ)ゆるなれば
其-善(ぜん)-悪(あく)をよくえらむべし。最(モツトモ)朝(テウ)-
鮮(セン)の一-本 立(ダチ)のよせものにてなき。白(シロ)く

【左丁】
うつきり【注②】といろの厚(アツ)き小(コ)ぢりめん
の皺(シハ)の如くなる新(シン)の大ぶりに
して樟(シヤウ)-脳(ノフ)の気のすくなくてみる
からにうつくしきがよき也。人の形(カタチ)の様(ヤウ)
なるは最(サイ)-上也。これはまれなるもの
なり。色あしきに色を付(ツケ)て目(メ)の
軽(カロ)きに鉛(ナマリ)を入 ̄レ などして渡(ワタ)すほど
によく吟味(ギンミ)するがよし。ふくとて

【注① 中国古代の伝説的名医。】
【注② うっきり=あざやかなさま。】

【右丁】
目の軽(かろ)きものと。唐(トウ)-人参のふくとは
まぎれやすし。上(ジヤウ)-人-参は紛(マギ)るゝもの
にてはなし。唐(タウ)-人-参の切(キリ)こぐちのい
ろの濃(コク)につとり【注①】としたるはよき様
なれ共 人(にん)-参(じん)-膏(かう)をとりたるあとを
醤(ミソ)に漬(ツケ)-てまぎらかしてわたすは
悪敷(アシキ)ぞ。鬚(ヒゲ)-折(ヲレ)は朝(テウ)-鮮(セン)と唐(カラ)と猶(ナヲ)
よく似たるものぞ。口につみ【注②】てみて気

【左丁】
のつくいろのよきを用ゆべし。日
本に作(ツク)る人-参は気がすきとなき
也。延喜式(ヱンギシキ)に丹(タン)-後(ゴ)の国より人参を
貢(コウ)ずと有(アレ)共今は其-沙(サ)-汰(タ)をきかず
○もろこしにても朝鮮の極(キハメ)てよき
人-参の直段(ネダン)は銀とひとしあるぞ。
本朝は近代(キンダイ)高直(カウジキ)になりて価(アタイ)-金と
ことならず。病人人参を恐(オソ)れて服

【注① うるおいねばるさまを表す語】
【注② 前歯でかじる】

【右丁】
すれば心から気も上(ジヤウ)-舛(シヤウ)する様(ヤウ)【「カウ」は誤記ヵ】に
覚えて斟(シン)-酌(シヤク)する事も有 ̄リ。医-者
もこれによりて思ひのまゝに用ひ
難(ガタ)き病人もあり。医者のかたより余(ヨ)-
薬(ヤク)と同じく用ひたらば其さたに
及ばじ。少ツヽ医者より入 ̄ル れ共こぐち
切にして。それと見(み)ゆる様にして薬代(ヤクタイ)
をまつ張本(テウホン)とするによりて病家に人

【左丁】
参とあらはし。医の利をこのむは病
家医に薄(ウス)き事もあるによりてならし
○其まゝきざみすこし焙(アブ)りて用るぞ。
元(クハン)-来(ライ)はあぶらぬがよし。樟(シヤウ)のふの気
があるほどに焙(アブ)りて去 ̄ル がよき也。
今の人参に蘆(ロ)【芦は俗字】-頭(ヅ)はなきほどに去 ̄ル
事はいらぬぞ。鬚(ヒゲ)-折(ヲレ)には蘆(ロ)【芦】がまじり
て来るものぞ。

【右丁】
  ○艾 《割書:二条》
艾(モグサ)は三月三日五月五日に採(トリ)てさら
し乾(カハカ)し。もつとも陳(フル)くひさしき
がよきぞ。孟子(モウシ)に七年のやまひに三
年の艾を求(モトム)るがごとしとあれ共
たとえに出たる事にして。疾(やまひ)の年(ねん)
数(すう)に艾(もくさ)の年数を求(モトム)るにあらず。時(ジ)
珍(チン)か説(セツ)に臼(ウス)にて搗(ツキ)て白(しろ)きものゝや

【左丁】
はらかに綿(ワタ)の様なるを用ると
あれ共《割書:恕》按ずるに艾(モグサ)の火にあふ
てほや〳〵とする処が人によろしき
第(タイ)一なるべし。白(シロ)みばかりに揉(モミ)-過(スゴ)
すれば撚(ヒネ)りこゝろも堅(カタ)くほや〳〵
とする性(シヤウ)はすくなくなりてあし
きほどに。すじと塵(チリ)とをよくさ
りて揉過(モミスゴ)さぬ様(ヤラ)【ママ】にするがよし

【右丁】
世間に用ゆるきりもぐさは其 性(シヤウ)
するどにして悪(アシ)し
○青艾(アヲヨモキ)をもみかためて毎(マイ)-朝 呑(ノメ)ば
百(ヒヤク)-病を生(シヤウ)ぜずと。用る人あり生(ナマ)
なるものを空腹(スキハラ)にさい〳〵呑(ノメ)
ば毒なり
  ○灸(キウ)【この條の「炙」は誤記と思われる】《割書:六条》 
灸(キウ)-穴(ケツ)は老(ラウ)人 少(セウ)人。人々の長短(テウタン)肥(ヒ)

【左丁】
痩(ソウ)。手足(テアシ)胸腹(ムネハラ)に至(イタ)りては同(ドウ)-指(シ)-寸(スン)
も同(トウ)-身(シン)-寸(スン)も各別(カクベツ)ちがふ生(ムマ)れつき
もあるほどに灸(キウ)-点(テン)はむつかしきも
のなり。灸するときは先 ̄ツ上(カミ)
から下(シモ)へする也。男は左(ヒダ) ̄リ女は右(ミギ)よ
り先 ̄キ にするなり
○灸を一 壮(サウ)二壮といふ。壮は壮年
の壮にて人の年三十 計(バカリ)を壮といふ

【右丁】
其 ̄ノ年-比(ゴロ)の疾(ヤマヒ)もなくさかん成(ナル)ものゝ
すえてこらえがたくもなきほどなる
を壮といふなり。頭(カシラ)と手(テ)あしは
ちいさくしてするがよし
○小児 生(ムマ)れてより誕生(タンジヤウ)日までは
七壮より湛(タン)とするは無用ぞ。雀(スヽメ)の
糞(フン)の大きさがよし
○腹(ハラ)-多(ヲヽ)く灸【炙 この條の「炙」は誤記と思われる】すべからず多くすれ

【左丁】
ば手(テ)-足(アシ)にちからがなきなり
○灸の火は常の油(アブラ)-火(ヒ)がくるしからぬ
ものぞ。胡(ゴ)-麻(マ)の油(アブラ)がまし也 蝋(ロウ)-燭(ソク)
もよきなり。水晶(スイシヤウ)の火とり珠(タマ)に
て日の火をとりて用るがだい一
よきなり。松(マツ)柏(カシハ)枳(カラタチ)楡(ニレ)棗(ナツメ)桑(クワ)
竹などの炭(スミ)-火(ビ)はあしきほどに兎(ト)
角(カク)炭(スミ)-火はいらぬもの也

【右丁 この條の「炙」は誤記と思われる】
○灸は発(イボ)ふ【注】がよきぞ。発(イボ)へば病が
去 ̄ル なり。発(イボ)はぬに発(イボ)ふ療(リヤウ)-治(チ)を
するがよし。あまりつよくいぼ
へば気(キ)-血(ケツ)が衰(オトロヘ)るほどに気血をく
すりにて助(タスク)るがよし
○灸をしてから冷(ヒエ)たものをくひ
食-物-酒を過(スゴ)するは無用也。風に
あたらぬ様にして房事(ボウジ)を慎(ツヽシミ)み【語尾の重複】身を

【注 いぼふ=灸をすえたあとがただれる。】

【左丁】
強(シヒ)て動(ドフ)-作(サ)もせずして静(シツカ)にする
がよき也。灸を頼(タノミ)て無養生(ブヤフジヤウ)する
人もあり。無養生(ブヤフジヤウ)をせうよりは
やはり灸はせずとも常(ツネ)をま
もるがましなり。譬(タト)へば仏を念(ネン)
ずる人 却(カエツ)てこゝろあしくなりゆく
事もある様なもの也
 ○湯治(タウヂ)《割書:有馬(アリマ) 但馬(タジマ) 加賀(カヽ) 処〳〵にあり|くまの あふみ はこね》

【右丁】
温(ヲン)-泉(セン)は硫(ユ)-黄(ワウ)砒(ヒ)-礵(サウ)のたぐひのい
きほひにて水も湯(ユ)となれり。それ
故(ユヘ)に湯(ユ)に毒(ドク)あり。毒あるがゆへに
よく病を治する能(ノウ)あり。薬-種(シユ)も
毒のあるものは病をよく治する也。
また害をなす事も甚しきぞ。温泉(デユ)
も然(シカ)り。今の人天下 泰平(タイヘイ)にして色欲(シキヨク)
飲(イン)-食(シ)のよくに敖(オゴ)り。心(シン)-腎(ジン)かいなくし


【左丁】
唯(タヽ)さへ風(フウ)-寒(カン)に浸(オカサ)れやすき身に。湯(トウ)-治(ヂ)
して一日の中にも切(サイ)〳〵入 ̄リ汗(アセ)を大
分もらして石-毒 蔵(ザウ)に入 ̄リ て元気
をへらし。其-上風寒にあたり当座(タウザ)
覚へずとても病の根(ネ)と成(ナ) ̄ル也。風(フ)ろ
行水(ギヤウスイ)ともに切〳〵するは毒也。湯(ユ)よりあ
がりてはやく着物(キモノ)を着(キ)るがよし
病症によりてよく相(サウ)-応(ヲフ)するもある

【右丁】
ほどによく吟味(ギンミ)して湯-治するがよし
実症の人もさい〳〵は毒になるぞ
虚症なる人血をめぐらすとてするは
大きに毒也 五(ゴ)-木湯(モクユ)は皆(ミナ)-湿(シツ)を去(サ) ̄ル
薬(ヤク)-種(シユ)也 去(サリ)ながら水の湿(シツ)あるゆへに薬(ヤク)
種(シユ)のしるしはなく却而(カヱツテ)水-筋(キン)-脈(ミヤク)を浸(ヒタ)し
て害(カイ)をなす也実-症の人は害なし
○一人 楊(タ)-梅(フ)瘡(ガサ)を病(ヤム)。温泉(デユ)に浴(ユアミ)して

【左丁】
全体(ゼンタイ)こゝろよくいえたり。一年の後
大に頭(カシラ)-痛(イタ)み已(イ)-後(ゴ)元気 乏(トボ)しく十-
死一-生(シヤウ)のやまひとなれれ《割書:予》脈を
診(コヽロ)み病(ビヤウ)-因(イン)を問(トフ)て是(コレ)は湯(ユ)の毒 故(ユエ)
に如此(カクノゴトシ)と示(シメ)すれば。病-人のいはく
去 ̄ル-秋 馬(アリ)-邑(マ)の温(デ)-泉(ユ)に浴(ユアミ)する事二
七日。いま七日 足(タ)らずして此-患(ウレヘ)を
のこせりと。如此(カクノゴトク)死すれども悟(サト)

【右丁】
る事あたはざるは是非(ゼヒ)もなき也
  ○薬喰(クスリグヒ)
くすり喰(グヒ)とて鹿(シカ)-牛(ウシ)の類(タグ)ひをくふ
たるとても俄(ニハカ)に筋(スジ)-骨(ホネ)のふとる
ものにてもなきぞ。日-本の人常に
厚(アツ)き肉(ニク)は喰習(クヒナラ)はずして俄(ニハカ)に
沢(タク)-山(サン)に食(シヨク)すれば肉(ニク)-毒(ドク)に中(アテ)られて
病を生(シヤウ)ずるぞ。鶴(ツル)や白(ハク)-鳥(テウ)といへ共

【左丁】
常にくはぬ賎(イヤシ)き人が多(オヽク)-食(シヨク)すれば
癩(ライ)病などの悪(アク)-病を生(シヤウ)ずるぞ。常(ジヤウ)
住(ヂウ)生(ムマ)れてより喰(クヒ)なろふたるは
害(カイ)なし。とかくめづらしき厚(アツ)き肉(ニク)
を大分くふはあしく。寒の内など
のくすりぐひには雁(ガン)などをくふが
よし
  ○䰗(クジ)うらなひ

【右丁】
病-重(オモ)く医-者はいづれがよろし
からんとまち〳〵なるを。決(ケツ)-断(ダン)せんが
ためにみくじをとりうらなひして。
みだれたる心を。一つにさだめるは
もつともな事也。いにしへの聖人
も用ひたもふぞ。常にうらなふは
まとひのもとひなり
  祈祷

【左丁】
祈祷(キトウ)は其人 信仰(シンカウ)すれば瘧(オコリ)も落 ̄チ
狂(モノクル)ひもなをる也。病人又は親(シン)-属(ゾク)の
好むならばするがよし。孔子も子(シ)-
路(ロ)に丘(キウ)が祈(イノ)る事久しとのたまふ也
○祈祷に加(カ)-持(ヂ)をするとて。印(イン)を結(ムス)
び神(シン)-符(フ)を張(ハリ)などするは祈(キ)-祷(トウ)-者(ジヤ)
の事ならん。符(フ)-中へ薬を入 ̄ㇾ呑(ノマ)しめ
てあるひは吐(ト)すべし。あるひは腹(ハラ)い

【右丁】
たむべし。あるひは瀉(シヤ)すべし。などゝ
声に応(ヲフ)じて言(イヽ)あつれば。奇(キ)妙也
と人を信(シン)-仰(カウ)さするは売僧(マイス)のする
事なるべし。符(フ)は我(ワガ)しらざる事
なれ共 害(カイ)にもならぬものなれば巻(マキ)
の終(ヲハ)りに一二を記(シル)して病家の志(コヽロザシ)を養(ヤシナフ)
○水はよく舟(フネ)を載(ノセ)またよく舟を
覆(クツガヘ)すもの也薬はよく人を活(イカ)し

【左丁】
よく人を殺すもの也。此-道(トウ)-理(リ)にて
あきらかなり。調(テウ)-伏(ブク)の法はあり
ぬべし。其法をおこなふたりとも
死するものにてはなし。病を治す
る事もしかるなるべし。祈祷(キタウ)ばかり
にてやまひを治(ヂ)せんといふはまどへ
る也。くすり的(テキ)-中(チウ)せぬは医者の
難(ナン)也。死-生は医の預(アヅ)【「カ」脱ヵ】る事なれ

【右丁】
ば医をえらむが専(セン)一なり。祈祷も
信(シン)-仰(カウ)におもふから病もしりぞく
道-理なり古(イニシヘ)より用ひ来れり
  夢想薬 《割書:二条》
夢想薬(むさうくすり)とて方〳〵より出れ共服す
べき物にてはなし。心の草臥(クタヒレ)たる
時分(ジブン)はうつら〳〵とさま〴〵の事を見
るもの也 難(ナン)-治(チ)のものを療(レウ)じなど

【左丁】
して医(イ)-方(ホウ)にくるしみ心の草臥(クタビレ)たる
折ふしは夢(ム)中に奇(キ)-病を療(レウ)ずる
事もあり。薬-方見るは連(レン)-夜(ヤ)の事
也。夢-想くすりも夢-想 発句(ホツク)のた
ぐひ也。草臥(クタビレ)たる時はつがもなき事
を見るもの也用るに足(タ)らず。其薬を
ふくして病いゆるものひとりもあれ
ば信仰(シンカウ)して死すれどもさとらず。た

【右丁】
とえべ【「べ」は衍字ヵ】は陳(チン)-皮(ヒ)一味にてもあれ。病
に偶中(ぐうちう)すれば不-思(し)-儀(ギ)にてもなし
聖(せい)-人の書(シヨ)をよみてさへ得(ヱ)がたきに
あだなる夢(ゆめ)を用るは何事ぞや
神仏なんぞ薬方を授(さづけ)んや神は
祈(イノ)るべし誣(しゆ)べからず。唐にても観
音のさづけ方の。仙人(センニン)のさづけし方
のとて書(シヨ)-物(モツ)に載(のせ)てわたせり

【左丁】
もろこしも本朝も俗の理に通じ
がたきは同じ事なり
○夢-想-灸(キウ)といふも。夢(ム)【梦は俗字】さうぐすりと
おなじく用るに足(タ)らす。又灸おろ
しとて別(ベツ)の業(ワザ)てするものあり。
医-書の理(リ)経(ケイ)-絡(ラク)にうとく病-源を
しらずしていたすものがちにて
信(シン)ずべきにあらず。たま〳〵しるし

【右丁】
あり共まよふべからす下々(シタ〳〵)のする
事なり

  ○遺(イ)-精(セイ)《割書:俗にモウゾウト云》
世-間に夢中(ムチウ)に精(セイ)をもらしたるは
房(ボウ)-事(ジ)より甚(ハナハダ)しとさたして。何(ナニ)の
差別(サベツ)もなく此-症あれば六味(ロクミ)-丸(グハン)
のたぐひを服して其-陰(イン)を増(マサ)んと
せぬものすくなき也。雲(ウン)-林(リン)くはしく

【左丁】
いへり邪陰(ジヤイン)に客(カク)となれば神気(シンキ)が
守(マモ)る事なく。こゝろに感ずる処が
あれば遺(イ)-精(セイ)する也。其 ̄ノ-品(シナ)三 ̄ツ
あり。一には年-若(ワカ)く気さかんに
寡夫(ヤモメ)にて房(ボウ)-事(ジ)を侵(オカ)さず。つとめ
て欲(ヨク)の起(オコ)るを抑(オサ)へ堪(カン)にんして
夢中にもるゝは瓶(もたい)の溢(アフ)れて出る
がごとし。是 ̄レ は薬を服せずして

【右丁】
もよき也。陰(イン)-虚(キヨ)火-動(ドウ)なりとおどろき
滋(ジ)-陰(イン)降(ガウ)-火の剤(ザイ)を服するは悪(アシ)し。
僧(ソウ)-尼(二)及 ̄ヒ勤(キン)-学(ガク)のものに多(ヲヽ)きぞ。思(シ)
想(サウ)を遂(トグ)ればおのづからなをる也。二
には心気(シンキ)が虚(キヨ)して心(シン)を主(ツカサド)る事
なく。あるひは心(シン)に熱(ネツ)を受(ウケ)てか。あるひ
は常に精(セイ)-気(キ)をつくして心 腎(ジン)の
志(コヽロザシ)が疲(ツカ)れて夢にもらするは。是(コレ)

【左丁】
は瓶(ツボ)のかたふきて出る様な
ものぞ。多(オヽ)くある症也。病かろ
きほどに軽(かろ)き剤(ザイ)服するがよし。三
には真(シン)の元(ケン)-気(キ)おとろへて念(おも)ひを
すぶる事ならずしてそれ故に陰(イン)
精 収(オサマ)らず夢にもらするもの有 ̄リ。是は
瓶(カメ)のかけて洩(モル)る様なものぞ。此
症はまれ也。病 尤(モツトモ)重(オモ)し大きに補(オキノフ)

【右丁】
がよし。夢にたしかに人とまじ
はりて精をもらするを夢遺(ムイ)と
名づくるぞ是もかろき事也
  ○痳病
痳(リン)-病(ビヤウ)は下部(ゲブ)が寒(ヒエ)て発(オコ)るもの
也。また大かたは陰(イン)-精(セイ)をたもちて
もらさず。もれざるを強(シヒ)てもらし痳(リン)と
なる也。仕(シ)そこなへば下疳(ゲカン)になり

【左丁】
て楊梅瘡(トフガサ)にもなるぞ。鈴(スヾ)ぐちに
膿(ウミ)のあるを衣(イ)-類(ルイ)にとり付(ツケ)て起(タチ)
ゐに触(フレ)てやぶれなどして下(ゲ)-疳(カン)に
なるほどに。犢鼻褌(シタオビ)は木綿(モメン)のたぐ
ひか。さらしをやはらかにして仕(シ)たる
がよきぞ。絹(きぬ)にはとりつきやすき也
  ○便毒(ヨコネ)
竜(リウ)-胆(タン)-瀉(シヤ)-肝(カン)-湯(トウ)などを大 分(ブン)服すれば

【右丁】
脾(ヒ)-胃(イ)を損(ソン)ずるぞ。脾-胃がよはき
によりて便(ヨコ)-毒(ネ)は早速(サツソク)いえても追(オツ)
付(ツケ)下(ゲ)-疳(カン)や楊(ト)-梅(ウ)-瘡(ガサ)などをわづろふ
なり。便(ヨコ)-毒(ネ)は虚(キヨ)-症(シヤウ)の人には唯(タヽ)内(ナイ)-托(タク)
して張(ハリ)きる様にするがよし。腫(ハレ)
に勢(イキホ)ひのあるには灸をするが何(ナニ)
よりもよき也。勢(イキホ)ひのなきには
灸するもあしき也。か様の事は

【左丁】
医-者外-科の心 得(ヱ)る事なれども。
病家にもよくしりてむさとした事
をせぬがよし
  ○楊梅瘡
楊(タ)-梅(フ)-瘡(ガサ)なん年もいえずとても
寒(かん)やくの速(スミヤカ)にいえるくすりを服
するはあしゝ。当(タウ)-座(ザ)治しても一年
半年の後には耳(ミゝ)-聾(シヒ)鼻(ハナ)-堕(オチ)手(テ)

【右丁】
あし叶(カナ)はぬ様になるか。外にふ
そくが出来(デキ)るか。一代のやまひと
なるぞ。涎薬(よだれくすり)嗅(かぎ)-くすり揉(もみ)-くすりの
たぐひは軽(ケイ)-粉(フン)の入 ̄ル大 寒(カン)やくにし
て脾胃(ヒイ)にあたるぞ。大-服なくすり
を大分ふくして脾-胃を傷(ヤブ)るぞ
水(スイ)-腫(シユ)の症となりて死するもの
もあり。薬を調合(テウガウ)して売 ̄ル者は真(シン)-実(シツ)
                から

【左丁】
文(モン)-盲(モウ)によきとおもへり。千人に一
人もすきとなをりてまたと起(オコ)
らぬものもある也。是は幸(サイハイ)にして
まぬかるゝもの也。これを手本
にして死し。また不 具(グ)の身と
なりて後(ノチ)に悔(くゆ)るぞ
  ○瘡(かさ)
疥(カイ)《割書:肥前がさ|   といふ》 雁(ガン)-来(ライ)-瘡(サウ)《割書:はじきがさと|    いふ》

【右丁】
癬《割書:田虫(タムシ)。スバタケ。|ゼ二カサ》といふもろ〳〵の瘡(かさ)の
いえかねるに冷(ひへ)くすり愈(いえ)くすり
を伝(ツケ)ていやせば。くさ気(ケ)が裏(うち)へ入
てむつかしくなるぞ。よく其-毒を
さりてから自然(ジネン)といゆる様にして
よし。小児などにくさを下(クダ)するく
すりを多く用ゆれば。陽気をそ
こなひていろ〳〵の悪症が出る也

【左丁】
  ○癩病《割書:カツタイト云》
今 癩(ライ)-病(ビヤウ)に妙-薬を用ひて治し
たるといふものを見るに大かたは楊(やう)
梅(ばい)-瘡(さう)の遺(のこ)りたる毒なり。いろ
黒(くろ)く紫(むらさ)きなれば見ちがえて
癩(ライ)-風なりとおもひ大-寒(かん)-薬を多(オヽ)
く服して命をうしなふ也。実(ジツ)の
癩-風は愈(いえ)がたきものぞ。妙方家

【右丁】
方 家々(イヘ〃)にあるもの也。癩(ライ)-風なりと
見付るよりはやく療-治すれば
あいだに治するもある也
  ○吃逆(シヤクリ)
産(さん)-後(ご)金(きん)-瘡(さう)大-病にしやくりの出る
は胃(イ)の気(キ)の絶(たへ)る也。常(ツネ)〳〵に出る
は胃の寒(かん)也 各(カク)-別(ベツ)軽(ケイ)-重(ジウ)がある也。
軽(カロ)きは気を転(てん)じて止(ヤム)ものなり。

【左丁】
吃逆(シヤクリ)の出る人に無理(ムリ)な事をいひ
掛(カケ)て怒(イカ)らすれば止 ̄ム ぞ。霊枢(レイスウ)に
もこれに似(ニ)たるまじなひの法が
ある也。今世-間に足(アシ)のうら痺(シビ)るゝに
額(ヒタヘ)に唾(ツバ)きにて藁(ワラ)-稗(シベ)を貼(ツク)れ
ば止(ヤム)も此道-理にて上へ気を
転(てん)じたるもの也
  ○頓死《割書:四条》

【右丁】
頓(トン)-死(シ)の症を見るに品(シナ)〳〵にして医も
いかなる症といふ事をしらざるが
ち也。其しらざるに至りては天災(テンサイ)
なりといふべきものぞ。名(ナ)も付-難(がた)き
ゆへに捨(ステ)て論(ロン)ぜず。また医の明(アキラ)かな
らざるといふべし。神(シン)-医はしるなら
し。むかし虢(クハク)【注】の太(タイ)-子(シ)暴(ニハカ)に死す。扁(ヘン)
鵲(ジヤク)虢(クハク)の宮-門のもとに至りて太子

【注 中国周代の国名】
【左丁】
の病(ビヤウ)-因(イン)を聞(キヽ)て其 ̄ノ死したまふ
時はいつなるぞと問(とふ)。いはく鶏(アカ)-鳴(ツキ)より
いまに至れり。いはく棺(ヒツキ)に収(おさ)めた
るか。いはくいまだ収(おさ)めす。いはくしか
らば其死したまふ事半日になら
ず。臣は斉(セイ)の勃(ボツ)-海(カイ)の秦(シン)越人(ヱツジン)といふ
もの也。太子の不幸(フカウ)にして死しぬ
ときゝて来れり。太子の疾(ヤマヒ)は尸蹶(シケツ) ̄ナリ

【右丁】
臣よく活(イケ)んと。遂(ツイ)に三 陽(ヤウ)五会(ゴヱ)に針(ハリ)
してしばらくに太子 蘇生(ヨミカヘレ)り。今
の暴(ボウ)-死のものにも尸蹶(シケツ)の症もあら
んなれ共 扁(ヘン)-鵲(ジヤク)が針(ハリ)の法の
世に伝(つたは)らぬは残(のこ)り多(オヽ)き事也
○一-婦-人 咳(セキ)あり外にくるしむ事
なし《割書:予》脈をこゝろみて産(サン)-後(コ)数(ス)月
を経(へ)るといへども瘀(ヲ)-血(ケツ)いまださらず

【左丁】
薬を服して気-血をとゝなふべしと
示(シメ)すれば。月(グハツ)-経(ケイ)常のごとし気-血
に不順(フジユン)なしと信ぜず。他-医の薬を服
す後(ノチ)三日にして暴(ニハカニ)に痰(タン)-咽(ノンド)をふさ
ぎて絶(ゼツ)す針(シン)-灸(キウ)及(ヲヨブ)事なし。医
の道にあきらかならば其死の
ちかき事をしるべきものなれ共
□【一ヵ】医とおなじくしる事を得ず

【右丁】
みづからの暗(クラ)きを歎(ナゲ)き素難(ソナン)をよみ
ても其-墻(カキ)を窺(ウカヾ)ふ事ならずして
日月を送(オク)るも口おしき事也
○俗にいふ日(ニツ)-腫(シユ)または早痃癖(ハヤケンベキ)と
は早疔(ハヤテウ)の症なり。死する事 目(マタ)
撃(タキ)のあいだにあり。面(オモテ)が腫(ハレ)て夢(ム)-
中になるもあり。また何(ナニ)事もなく
暴(ニハカ)に倒(タフ)れて絶(ゼツ)-死(シ)するもある也。卒(ソツ)

【左丁】
中-風などゝ見ちがえて療-治を仕(シ)
ぞこなふぞ
○常に用る穴(ケツ)に針(シン)-灸して則(スナハチ)
死するものあり。俗(ゾク)はみな医のころ
したる様におもへども禁穴(キンケツ)に
あらず急病とも見(ミエ)ずして死する
ははかられぬ事にして医-者の
名をうしなふは不(フ)-幸(かう)也。去ながら

【右丁】
明(メイ)-医(イ)は自(じ)-然(ねん)とまぬかるゝは天
の道也。野(ヤ)-巫(ブ)-医(イ)のまぬかるゝは
幸(さいわい)也
  ○撰(ヱラム)_二乳(ウ)-母(バ) ̄ヲ_一事 《割書:二条》
乳(ウ)-母(バ)禀(ムマレ)-賦(ツキ)の厚(アツキ)き薄(ウスキ)き静(しづか)なる
か。さはがしきか。常の行(オコナ)ひのよし
あしを吟味(ギンミ)するがよし。たとへば
木を接(ツグ)-様(ヤウ)なものにして乳母に

【左丁】
必よく似(に)るものぞ。ゆるかせにする
事にてはなし。貴人(キニン)の乳(ウ)-母(バ)を
とらばかならずおこなひのよきもの
を尋ぬべし。世-間に乳の多少(タセウ)計(バカリ)吟味
して其人がらをえらむに及ばす
○乳母の身(ミ)わづらひ或 ̄ヒ は物に過(スギ)
てよろこび怒(いか)り。或 ̄ヒ は身の寒(かん)-熱(ねつ)
酒によふたり。或 ̄ヒ は好色にこゝ

【右丁】
ろをみだりなどするときは乳(チ)を
用ゆべからず用ゆればかならず
さま〴〵のやまひが出るぞ
○乳母(ウバ)の病あるに薬を服すれば
乳があがるとて斟(シン)-酌(シヤク)する也。疾(ヤマヒ)い
かにしていやさんや。乳(チ)を通(ツウ)ずる薬
は医書に多く載(のせ)来(キタ)れり。薬
を服して乳の出ぬといふ事はなし

【左丁】
大かたやまひあればかならず乳の
なきものなり。痞(つかへ)-積(しやく)などのあ
る女房は大かた乳はほそるも
のなり。平(ヘイ)-生(ゼイ)実(じつ)なる女もわづろ
ふてあとには乳があがるゆへに
薬の罪(ツミ)にする也。薬を服して
も病さへかろければ乳は出
るもの也。なるほど無(ム)病にて

【右丁】
も乳のなきは生(ムマレ)-質(ツキ)なり


病家要論巻上終

【左丁 白紙】

【冊子の見返し 両丁白紙】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
病家要論 《割書:中》

【資料整理ラベル】
02

8

【両丁白紙】

【右丁 白紙】
【左丁】
病家要論巻中
     丹水子門人
       雒 伊藤《割書:玄恕》述
   ○煙草《割書:一名相思草》
煙草(タバコ)は寒(カン)-湿(シツ)を去り。胸(ムネ)の痞(ツカエ)を
下(クダ)し気(キ)の滞(トヽコホ)りをひらき。空(スキ)
腹(ハラ)にくらへば気をさかんにし飢(ウエ)を
助(タス)け。食(シヨク)-後(ゴ)にくらへは飲(イン)-食(シ)も腹(ハラ)に

【陽刻蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印
【整理ナンバー】
31235A
【右下購入日印】
明治・三二・四・八・購求○
【同内円】
京大図

【右丁】
落(オチ)つきてこなしやす〱一身の
気をめぐらしよく酒(サケ)の酔(ヱヒ)をさま
し。またよく醒(サメ)たるを酔(ヱハ)しむ
るなり。昼(チウ)-夜(ヤ)はなさずにすふは
毒(ドク)なり。自(ジ)-然(ネン)に神(シン)-気(キ)がおとろへ
て天年(テンネン)を損(ソン)ずるなり
  ○茶
𨌑(ヒキ)-茶(チヤ)濃(コイ)-茶(チヤ)煎(セン)し-茶も病人には

【左丁】
無用也。煎(セン)じ茶のよくせんじた
るはまし也。随分 熱(アツ)くして飲(ノム)か
よし。空(スキ)-腹(ハラ)に飲 ̄ム は毒なり。小便を
通じ痰(タン)-熱(ネツ)をさり。酒(シユ)-食(シ)の毒を
解(ゲ)し神(シン)-気(キ)をさはやかにし睡(ネム)る
事すくなからしむるは茶の得(トク)
なり。虚(キヨ)-寒(カン)血(ケツ)-虚(キヨ)の人多く飲ば
元気(ゲンキ)をへらし痰となし。腹(ハラ)-張(ハリ)腹

【右丁】
痛(イタ)みなどするは茶の害(カイ)也。茶の
あたりて病となる事 多(オヽ)けれ共
人さとらざる也。暗(アン)に天(テン)-年(ネン)を損(ソン)
ずるとある也。東(トウ)-坡(バ)が想(サウ)-感(カン)-志(シ)
にちやをのむ事 多(オヽ)くして腹(ハラ)-張(ハル)
には酢(ス)を飲(ノミ)て毒を解(ゲ)すると有 ̄リ
○千(アベ)-歳(チ)-蘽(ヤ)は五-蔵(ザウ)【臓とあるところ】を補(オギナ)ひ肌(キ)-肉(ニク)を
まし身をかろくし。夏-月 暑(シヨ)-気(キ)

【左丁】
を去 ̄リ涼(スヾ)しからしむ。病人によろしからず
  ○酒
大 熱(ネツ)にして毒あり。薬の気をめ
ぐらし百邪(ハクジヤ)の毒をころし気血(キケツ)
をめぐらし賜(チヤウ)-胃を厚(アツ)くし皮膚(ヒフ)を
うるほし湿気(シツケ)をちらし憂(ウレヘ)をさ
りてよし。平生(ヘイゼイ)腹に絶(タエ)さず沈(チン)
酔(スイ)するは大毒なり其-害(カイ)多(オヽ)し

【右丁】
常に酒を飲(ノミ)-付(ツケ)たるものがすき
とやめて飲(ノマ)ざれば。風(フウ)-寒(カン)-湿(シツ)にあ
たりやすく却(カエツ)て病を生ずる
ぞ。毎夜(マイヤ)寝(ネ)-酒(サケ)を過(スゴ)すは毒なり
ほどよくはかりてしかるべし
○焼(セウ)-酒(チウ)は大(タイ)-熱(ネツ)にして毒(ドク)あり。痰(タン)を
燥(カハ)かし鬱気(ウツキ)をちらし。胸(ケウ)-膈(カク)の
気をくだし小便(セウベン)を利(リ)し大

【左丁】
便をかたくし胸(ムネ)の痞(ツカエ)をおさえ夏日
尤 暑(シヨ)-気(キ)をさりてよし。さい〳〵
飲(ノメ)ば胃(イ)の府(フ)を敗(ヤブ)り胆(タン)の府をそこ
なふぞ
  ○水
水を常にのむは毒なり。当座(トウサ)
たゝる事なくても一-度(ト)は其-毒が
いづるもの也。ある人のいはく厳(ゲン)

【右丁】
寒(カン)の時節(ジセツ)といへども我 ̄ㇾ水を飲 ̄ム と
きはこゝろよし。一日もかゝさざる事
已(スデ)に十年 ̄ナリ。 しかれどもいまた病
を受(ウケ)ず。本草(ホンザウ)をみるに華(クハ)-陀(タ)除(ヂヨ)-
嗣(シ)-伯(ハク)は寒(ヒヤ)-水を飲(ノマ)しめ氷(コホリ)-雪(ユキ)をそゝ
きて病を療(レウ)ず。功能(コウノウ)のある事を
しるべしと。《割書:予ガ》いはく砒(ヒ)-礵(サウ)班(ハン)-猫(メウ)と
いへ共病を治する功(コウ)-能(ノフ)多(オヽ)きもの

【左丁】
なり。実(ジツ)症なる人。酒(シユ)-後(ゴ)などには害(カイ)
なく却(カエツ)て持病(ジヒヤウ)などを快(コヽロヨ)く覚ゆる
事も有。畢(ヒツ)-竟(キヤウ)毒也と心 得(ウ)べし。壮(サカ)ん
なる中(ウチ)はあたらぬ事あれども自(ジ)
然(ネン)に衰(オトロ)へる事はやく。其-衰へるを
まちて必 ̄ス大-病が出るもの也。其-時
は別(ベツ)の病(ビヤウ)-魔(マ)なりと覚えて。水の
毒とは誰(タレ)もしらぬ也。庸(ヨウ)-医(イ)も本草

【右丁】
をよみて新(クミ)-汲(タテノ)-水(ミヅ)はくすりなどゝ
いふぞ。平生(ヘイゼイ)の菜(サイ)さかなにも水
に浸(ヒタ)したるものをくふはあし
きぞ。よく料(レウ)-理(リ)したるものがよし
 ○そば切
多く食するがゆへにあたる也
脾(ヒ)-胃(イ)虚(キヨ)-寒(カン)の人に用ゆべからず
といふ説(セツ)もあれども。やはら

【左丁】
かにしては病人にもくるしからず
腸(テウ)-胃(ヰ)の滓(カス)を錬(ネル)とあるほどに折
〳〵くふべきものなり。西瓜(スイクハ)とおな
じくくへば大毒なりといひつた
えたるほどにおなじく食(クハ)ぬに
損(ソン)はなし。そば切 温(ウン)-飩(ドン)索麺(サウメン)切(キリ)
麦(ムギ)などに酒(サケ)をそゝきて置(オケ)ば。堅(カタ)
くしゞまりてたばはるゝをみれ

【右丁】
ば。麺(メン)-類(ルイ)を多く食(シヨク)して酒を過(スゴ)
するは大に毒なり
  ○索麺(さうめん)
師(シ)の説(セツ)に小(コ)-麦麺(ムギノコ)にすこしく油(アブラ)を
くはへて製(セイ)するなれば小麦 ̄ノ麺(コ)
と異(コトナ)る事なし。今の人くふ
て腹 痛(イタ)み泄(セツ)-瀉(シヤ)などをわづろふ
は水にひたして大分 食(クロ)ふが

【左丁】
ゆへなり。食(メシ)もそうめんをくふ様
に水にひたして多く食(し)せば
あてらるゝ事 甚(ハナハダ)しかるべし。乳(ニフ)
めんにして病人にもくるしからず
  ○麺筋(フ)
麺(フ)-筋は毒なし。熱(ネツ)をさまし中
をやはらげ気をまし。病人に第(ダイ)
一よきもの也。麹筋(フ)に酒を浸(ヒタ)し

【右丁】
て暫(シバラ)くすれば酒の気は去 ̄ル
ものなり。またよく烹(ニ)て熱(アツ)〳〵
を臍(ホソ)に当(アテ)て飲(イン)-酒(シユ)をすれば酔(ヨフ)
事すくなし。酒毒を去 ̄ル もの也。
平生(ヘイゼイ)酒を友(トモ)とし耽(フケ)り飲(ノム)人は
さかなによろしきものぞ。椎簟(シヰタケ)
をくへば酔(ヱヒ)がつよく出るほどに
さかなにも心得のあるべき事也

【左丁】
  ○豆腐(タウフ)
脾胃(ヒイ)虚(キヨ)-寒(カン)の人には。ぐつ烹(ニ)。ねり
みそ。湯豆腐(ユタウフ)。温(ウン)-飩(ドン)-豆-腐。は無用也
油(アブラ)-焼(アゲ)。でんがく。やきだうふ。をよく
烹(ニ)てはくるしからず。本草に豆腐(タウフ)
をこしらゆるに萊菔(ダイコン)を入 ̄ル れば
豆-腐 出来(デキ)ざるによりて。豆腐の
毒にあたりたるは。萊-菔の汁(シル)

【右丁】
を湯(ユ)に入 ̄ㇾて服(フク)するがよきとあ
り。唐(カラ)の豆腐に石膏(セキカウ)山(サン)-礬(ハン)-葉(ヨウ)な
どを入 ̄ル るなり。日本の製(セイ)-法(ホウ)には
薬(ヤク)-種(シユ)を入 ̄ㇾ ざれば毒なし
  ○黒大豆
黒大豆(クロマメ)はよろしきものと覚えて
病人の菜(サイ)になくて叶(カナ)はぬ様にす
るはあやまりなり。脾胃(ヒイ)よはき

【左丁】
人にはとりわきて悪敷なり。本
草 等(トウ)の書物(シヨモツ)にほめてあれ共諸
病に毒なり。呑豆(ノミマメ)とてこまかき
黒まめを。痰(タン)ある人は呑(ノム)も脾胃(ヒイ)
によろしからず黄大豆(シロマメ)も同じ
  ○味噌(ミソ)
もろ〳〵の魚の毒をさり。腸胃(チヤウイ)
をやはらげ。蔵府(サウフ)【臓腑のこと】の不足を補(オギナ)ひ

【右丁】
てよし。脾(ヒ)-胃(イ)-虚(キヨ)の病人には無用
ぞ。世間にはらごゝちあしけれ
ば。くすりなりと多(オヽ)く用ひて
泄(セツ)-瀉(シヤ)痢(リ)-病(ビヤウ)などの症をわづろふ也
醤油(シヤウユ)も豆(マメ)なるといへ共味噌よりはまし也
病人に用ゆべし粃(ヌカ)みそは脾(ヒ)-胃(イ)虚(キヨ)-寒(カン)の
人に用ひて大きによし。眼病(ガンヒヤウ)に
あしきといへどもくるしからず

【左丁】
  ○菌(クサビラ)
松簟(マツダケ)。いくち。【注①】しめぢ。椎簟(シヰタケ)。木茸(キクラゲ)
べにたけ。はつたけ。松露(セウロ)。のたぐひ
病人に宜しからず。松茸しめぢは
常人に用て宜(ヨロ)しきものなり○
蘑(ヒ)-菰(ラ)-簟(タケ)。なめすゝき。【注②】などは病人
にもくるしからす。すべて菌(クサビラ)に毒あ
るもの多し。めづしきものは食(クハ)
【注① 猪口茸のこと。】
【注② なめすずき(滑薄)=えのきだけの異名。】

【右丁】
ぬがよし。すがたの異(コトナ)るもあしゝ。時
分にはづれたるもあしゝ。寒気に
及 ̄ビ て毒(ドク)-蛇(ジヤ)などのあたゝまりにて
生ずる事もあるものなり
○五月松簟(サマツタケ)も時ならぬものなれ
ば毒ありくふべからず
○椎簟(シヰタケ)を梅(ツ)-雨(ユ)の中より。八月
菌(クサビラ)の生(シヤウ)ずるころ迄(マデ)に食(シヨク)して。も

【左丁】
し毒に中(アテ)らるれば療(リヤウ)-治(チ)がならぬ
と言(イヽ)-伝(ツタ)へたり。それより気をつ
けて見るに五月六月のあいだに
食(クロ)ふて死するものをみる
  ○果
果(クダモノ)風に吹(フキ)-落(オチ)て一-宿(シユク)も二-宿(シユク)も経(へ)て
蟻(アリ)などの入 ̄リ たるは毒ありくろふべ
からず

【右丁】
○李(スモヽ) 梅(ムメ) 桃(モヽ) 栗(クリ) 棗(ナツメ) 梨(ナシ) 樝子(ボケ)
林檎(リンゴ) 烘柿(コネリガキ) つるし 榲桲(マルメル) ざくろ
蜜柑(ミツカン) 柑(クネンホ) 柚(ユ) 仏手柑(ブツシユカン) 金橘(キンカン)
枇杷(ビハ) やまもゝ 銀杏(ギンナン) くるみ
葡萄(ブドウ) 以上のたぐひ病症によりて
用るものあれども大抵(タイテイ)みな病人
には毒なり。榛(ハシバミ) 榧子(カヤ) 海松子(マツクミ)など
は病人にもくるしからず

【左丁】
  ○油
世-間に油(アブラ)の類(ルイ)をくへば薬気(ヤクキ)を
妨(サマタ)ぐると甚(ハナハダ)しくおそれ。医も
同じくをしゆる也。吾-師(シ)のいはく
方(ホウ)-中(チウ)に胡麻(ゴマ)括蔞仁(クワロウニン)等(トウ)あり。人に告(ツゲ)
て油(アブラ)-気(ケ)を犯(オカ)する事なかれと
はまよへるなり
  ○芥子(カラシ)

【右丁】
からしを疝気(センキ)の薬なりといひな
らはして多くくふは悪(アシ)し。気を
くだし一切(イツサイ)の悪(アク)-邪(ジヤ)をさり癰腫(ヨウシユ)
瘀(ヲ)-血(ケツ)をちらし。痰(タン)-咳(セキ)をさり心(シン)-腹(フク)
の痛(イタ)みをとゞむるとあるほどに
疝気(センキ)にもくるしからざるものな
れ共。多くくらへば人の真元(シンゲン)
をへらし眼目(ガンモク)をくらくし火を

【左丁】
動(ウゴカ)す也。瘡(カサ) 痔(ヂ) 大(ダイ)-便(ベン)-血(ケツ)などの病
には毒なり。鯽(フ)-魚(ナ)とおなじくく
へばあしきとあるぞ
  ○香蓼(タテ)
大(ダイ)-小(シヤウ)-腸(チヤウ)の邪(ジヤ)-気(キ)を除(ノゾ)き。中を利(リ)
しこゝろざしを益(マス)ものなり
多(オヽ)くくへば心(シン)-痛(ツウ)を発(ハツ)し。二月
に食すれば胃を傷(ヤブ)り。生姜(シヤウガ)と

【右丁】
同じく食すれば人の気をもら
して悪(アシ)し
  ○河豚
河(フ)-豚(グ)は虚(キヨ)を補(オキノ)ふて益(ヱキ)のある物
なり。其-毒にあたれば死する
ほどに河(フ)-豚(グ)を食(シヨク)せずとても味(アジ)
のかろき魚もあるなれば。かな
らずくふべきものにてはなし

【左丁】
尤 ̄トモ煤(スヽ)と大きに忌(イム)ぞ。荊(ケイ)-芥(カイ)桔(キ)-梗(キヤウ)
甘(カン)-草(サウ)【艸】附(ブ)-子(シ)烏(ウ)-頭(ツ)などゝおなじく
くへば死するとあるぞ。河(フ)-豚(グ)の
子(コ)は猶(ナヲ)-毒なり。むかしは漁(スナドル)-人も浜(ハマ)
に捨(ステ)て市に出(イダ)さず。むさぼりく
ろふものありてより。食(シヨク)せぬも
のを生(セイ)をむさぼる此興(ヒケウ)ものなり
などゝあざけりてくらはし

【右丁】
むるは愚(グ)人のあさましき事
なり。天-下国-下の役(ヤク)にもたつ
人。親(ヲヤ)をもちたる人はくふ
ものにてはなし。不忠(フチウ)不孝(フカウ)の甚(ハナハダ)しき
なり無(タノムコト)-頼(ナキ)下(シタ)〳〵の食-物なり
○河-豚并 ̄ニ諸魚(シヨギヨ)の毒(ドク)を解(ゲ)する方
  橄(カン)-欖(ラン) 湯に入ㇾて用ゆ

○又方 竜(リウ)【龍】-脳(ノウ) 湯に入 ̄ㇾ て用ゆ

【左丁】
○又方 槐(クハイ)-花(クハ) 乾臙脂(カンヱンシ)
   二味 等分(トウブン)搗(ツキ)て水にて用ゆ
  ○宇奈岐(ウナギ)
うなぎは陽(ヤウ)を起(オコ)すものなり。
蛇(ジヤ)の類(タグ)ひにして肝(カン)-腎(ジン)の二-蔵
に入 ̄ル ほどに老-人などは食して
益(ヱキ)があるなり。陰(イン)-虚(キヨ)の人これ
を頼(タノミ)て房(ボウ)-事(ジ)をおこなふは大

【右丁】
毒なり。本草に鰻(マン)-鱺(レイ)-魚(ギヨ)とある
とはちがふたほどに小児(セウニ)の疳(カン)
の薬(クスリ)なりと。くはするは毒(ドク)なり
詳(ツマヒラカ)なる事は食(シヨク)-物(モツ)本-草【艸】に見え
たり
  ○蜆(シヾミ)
俗(ゾク)。蜆を盗(ネ)-汗(アセ)黄(ワウ)-疸(ダン)の薬(クスリ)なりと
いひつたえ黄疸に類(ルイ)する症(シヤウ)あ

【左丁】
れば多く食(シヨク)し。或(アル) ̄ヒ はしゞみの汁(シル)
にて行(ギヤウ)-水(ズイ)などをするなり本草等
の書にも見えぬ事なり。常人に
は毒にも薬にもならず多く食(シヨク)
すれば腎(ジン)をそこなふぞ
  ○鯛 《割書:并 ̄ニ 四種》
鯛(タイ)。もうを。きすご。めばる。おも
と鯛。五いろは病人のよきくひ物

【右丁】
なり種(シユ)-物(モツ)にもくるしからず塩(シヲ)
にしては猶(ナヲ)よしさしみ鱠(ナマス)は無用也
  ○王余(カレイ)魚
石かれいは病人にもくるしからず
血熱(ケツネツ)のあるにはあしきぞ。もかれ
いは石がれいよりおとれり。大くち。
平(ヒラ)-目(メ)は。もかれいよりおとれり。みな
毒なし。蒸(ムシ)-王(カ)-余(ㇾ)-魚(イ)は按ずる

【左丁】
に毒あり甚しきは人を酔(ヱハ)しむ
る也病人に用ゆべからず
  ○鯒(コチ) 《割書:并ニ》鱏(ヱイ)-魚
鯒(コチ)は病人にくるしからず小便を
遠(トヲ)くするほどに。水(スイ)-腫(シユ)もろ〳〵の
小便の通(ツウ)じがたき病人に用ゆ
べからず○鱏(ヱイ)-魚病人にもくるしからず
腹の瀉(クダ)るには毒なり。世-間に腹(ハラ)の

【右丁】
くすりといふはあやまりぞ
  雑著(ザツチヨ)《割書:十一条》
○死をことの外 恐(オ[ソ])れ忌 ̄ム病人は悪(アク)
症(シヤウ)としるべし
○風を引(ヒキ)たる人大分 着物(キモノ)を着(キ)
て汗(アセ)をかくは毒なるほどによき
くらゐに着るがよし。実症なる
人にも毒なり

【左丁】
○下(シモ)-虚(キヨシ)上(カミ)-実(ジツ)して痞(ツカエ)もあり熱(ネツ)も
ある病人みづから元(ゲン)-気(キ)強(ツヨ)しと覚
ゆるは邪(ジヤ)-気(キ)なり。邪気(ジヤキ)去 ̄ㇾ ば元気も
尽(ツキ)るもの也
○頸(クビ)くゝり死(シヽ)たるものゝ縄(ナハ)を遽(アハテ)て切
落(オト)すべからず
○もろ〳〵の急(キウ)-症に歯(ハ)をくひしばり
て絶(ゼツ)したるは針(シン)-灸(キウ)をして

【右丁】
気がつく事ある也。口を開(ヒラ)き
て絶(ゼツ)したるは療(レウ)-治(ヂ)がならぬ也
○腎虚(ジンキヨ)の病-人多 ̄ク は療治をあやまる
によりて脾-胃をそこなふて水(スイ)
腫(シユ)の症となるものぞ
○酒に酔(ヱヒ)たる後(ノチ)に。食を多くくふ
は毒なり寒(カン)-熱(ネツ)の病を生(シヤウ)ずるぞ
○食-物に薬 ̄リ なりといふものにて腹

【左丁】
をそこなふは。多く食するがゆへ
なり平(ヘイ)-生(ゼイ)病なくても養(ヤウ)-生(ジヤウ)-薬(クスリ)と
て服するは却(カエツ)てあしき也
○俗(ゾク)。医(イ)にむかへば精(セイ)の益(マス)-薬(クスリ)ある
まじきやと問(トフ)なり。精をまし欲(ヨク)
をほしきまゝにせんがため也。
欲をほしきまゝにする便(タヨリ)はなきも
のぞ。今好-色の人地-黄-丸を服す

【右丁】
るは愚(オロカ)なる事なり養(ヤウ)-生(ジヤウ)の道
は良(リヤウ)-医(イ)にとふておこなふべし
○蝘蜓(トカケ)一寸ほどありて青きは其-毒 班(ハン)
猫(メウ)芫青(ケンセイ)におとらず。其(ソノ)-触(フレ)たるもの
をくふて死するものあり。屋敷(ヤシキ)に
もしあらば殺(コロ)すべし
○刀(ナタ)-豆(マメ)を毎月(マイケツ)朔日より五日までの
中(ウチ)に食(シヨク)すれば日(ニツ)-腫(シユ)を病(ヤマ)ずとい

【左丁】
ひつたえたり其(ソノ)よりどころは
しらず。元陽(ゲンヤウ)を補(オキナ)ひ気を下(クダ)し中(ウチ)
を温(アタヽ)め腸胃(チヤウイ)を利(リ)する也按ずるに
病人にはよろしからす

  ○雲林(ウンリン)病家(ヒヤウカ)十要(シウヨウ)の解(ゲ)
 撰(ヱラ) ̄ム_二明(メイ)-医(イ) ̄ヲ_一   於(オイテ)_レ病 ̄ニ有 ̄リ_レ裨(タスケ)

 不(ズ)_レ可(アルベ)_レ不(ズン) ̄バ_レ慎(ツヽシ) ̄マ 生(シヤウ)-死(ジ)相(アヒ)-随(シタガ) ̄フ

【右丁】
明(アキラカ)なる医(イ)者をえらむべし。病を治
する裨(タスケ) ̄ニ なるぞ。人の生(シヤウ)-死(ジ)は医
にしたがふほどにつししむべしと
なり○医は人(ジン)-生(セイ)の預(アヅカル)る処なれば
医をえらむは病-家の第一なり
世(セ)-俗(ゾク)浅(セン)-智(チ)にて医の善悪(ゼンアク)をさた
し妄医(モウイ)【「モ」の濁点は余分】の弁(ベン)-舌(ゼツ)を信(ジン)じて死ぬ
まじき命をうしなふ事 過半(クハハン)

【左丁】
もあるなり。是 ̄ㇾ も天命(テンメイ)にてもある
ならんなれども其(ソノ)面(ヲモ)-影(カケ)【預は誤記ヵ】もみえ
て憐(アハ)れなり。病-家医-者をしら
ざれば枉(ワウ)-死(シ)する事有 ̄リ。病-家医
書をよみ我(ワカ)しらざる薬(クスリ)なれば
服せずして枉(ワウ)-死(シ)する事有 ̄リ及(オヨ)
ばざる処はしられぬものぞ。是(ゼ)
非(ヒ)に我 了簡(リヤウケン)をよしとおもはゝ

【右丁】
人に頼(タノ)まず自(ジ)-薬(ヤク)がましならん。
方-書 薬(ヤク)-方(ホウノ)条下(ジヤウカ)をよみて病家の
まよひとなるなり
  肯(カエン) ̄ゼヨ_レ服 ̄スルコトヲ_レ薬 ̄ヲ  諸-病可 ̄シ_レ却(シリソ) ̄ク

  有(ユウ)-等(ラ) ̄ノ愚人(グジン)  自(ジ)-家(カ)担閣(タンカク) ̄ス
病の去 ̄ル までしつはりと薬を
服すれば病がしりぞくぞ
愚(グ)なる人はみづからさしをきて

【左丁】
服せぬほどにとなり○病すこし
も快(コヽロヨク)あるひは長-病に退(タイ)-屈(クツ)して
病の癒(イユ)るをまちかねて禁(キン)-戒(カイ)を
犯(オカ)し。かれこれの薬を服し。ある
ひはやめて服せずしてかろ
き病もむつかしく成 ̄ル 也
  宣 ̄ク_二【左ルビ:ベシ】早 ̄ク-治(ヂ) ̄ス_一  始(ハシメ) ̄ハ-則 ̄チ客易(タヤス) ̄ク

  履(フン) ̄テ_レ霜(シモ) ̄ヲ不(サ) ̄レバ_レ謹(ツヽシ) ̄マ  堅(ケン)-氷(ヒヤウ)即 ̄チ-至(イタ) ̄ル

【右丁】
はやく療(レウ)-治(ヂ)して病を去(サル)べしはじ
めはなをりやすきぞ。ぶら〳〵と
すれば重(オモ)くなるぞとなり
  絶(タテ) ̄バ_二房(ボウ)-室(シツ) ̄ヲ  自(シ)-然(ゼン) ̄ニ無 ̄シ_レ疾(ヤマイ)

  倘(モ)-若(シ)犯(オカセ) ̄ハ_レ之 ̄ヲ  神(シン)-医(イ) ̄モ無 ̄シ_レ術(テダテ)
死-症にてさへなければ房(ボウ)-事(ジ)を
やむれば自(ジ)-然(ネン)に病がなくなるぞ
もし犯(オカ)すれば神-医が療-治し

【左丁】
ても術(テダテ)はなきぞとなり○いに
しへにいはく年二十なるもの
は四日に一(ヒト)-度(タビ)陰精(インセイ)をもらし。三十
なるものは八日に一-度もらし。四十
なるものは十六日に一-度もらし。
五十なるものは二十日に一-度もら
し。またいはく人の年六十なる
ものは精を閉(トヂ)てもらする事な

【右丁】
かるべし。もし気力(キリヨク)さかんならば
強(シヒ)て忍(シノブ)もあしきぞ。久しく
して癰(ヨウ)-疽(ソ)が発(ハツ)する事あり。如此(カクノゴトク)
法をたがえず守(マモ)る事はならぬ
ものなり。却(カエツ)て止(ヤメ)てもらさぬ
事はやすし。白(ハク)-刃(ジン)は踏(フマ)るゝものな
れども中(チウ)-庸(ヨウ)はよくすべからずと
あると同じ道(ダウ)-理(リ)なり。陰-精を

【左丁】
もらさねば神(シン)-気(キ)守(マモ)りありて智(チ)-恵(ヱ)
も正(タヽ)しく。多くもらすればうつか
りと成 ̄ル ものなり。神(シン)-気(キ)まもらぬ
がゆへなり。其-人の生質(ムマレツキ)にて各(カク)
別(ベツ)たがふものぞ。命を貪(ムサボ)る
ものは絶(タチ)てもらさずしても難(ナン)
治(ヂ)の病を受(ウク)る事あり。兎角(トカク)欲(ヨク)
きざすときはもらし。きざさね

【右丁】
ば忘(ワス)れてゐてもらさず。自(ジ)-然(ネン)にす
るが養(ヤウ)-生(ジヤウ)によきなり。男(ダン)-女(ヂヨ)まじ
はるに。遊-女とあそぶは妻(ツマ)や妾(メカケ)
よりは養-生にましなり。虚症(キヨシヤウ)に
なりてからは服(フク)-薬(ヤク)しるしをとり
がたきほどに平-生つゝしみて病
のおこらぬ様にするがよし。上(シヤウ)-工(コウ)
は未(イマダ)-病(ヤマ)ざるを治するといふもの也

【左丁】
聖人の道もかくのゞごとし。訟(ウツタエ)をき
く事は我も猶(ナヲ)人とおなじ事
なれども訟(ウツタエ)のなき様にせんと
のたまひしとおなじ事なり
○年-老てから若(ワカ)き女を愛(アイ)する
は頓(トン)-死(シ)の基(モトヒ)なり。若(ワカ)きあいだ
は当-座はあたる事見えね共
過(スギ)ぬに損(ソン)はなし。過るときはいつ

【右丁】
ともなしにおとろへて虚-症にな
るぞ。すこしの風(フウ)-寒(カン)もさりかねて
軽(カロ)き事も労(ロウ)-症(シヤウ)などになるぞ。軽
き病にも病-後にも房(ボウ)-事(ジ)をおこ
なへば難(ナン)-治の症になるほどに慎(ツヽシ)
むべし
  戒(イマシ) ̄ム_二悩(ノウ)-怒(ド) ̄ヲ_一  必 ̄ス須(スベカラ) ̄ク_二【左ルビ:ベシ】省(セイ)-悟(ゴ) ̄ス_一

  怒(イカル) ̄トキハ-則火-起(オコ) ̄ル  難(カタシ)_二以 ̄テ救(スク) ̄ヒ-護(マモ) ̄リ_一

【左丁】
何事も悩(ナヤ)み怒(イカ)るべからず省(カヘリ)みて
悟(サト)れば物になやみ怒(イカ)る事はなき
ものぞ。悩(ナヤ)み怒(イカ)れば火がさかん
になりて病が重(オモ)ればすくはれ
ぬなり

  息(ヤメ) ̄ヨ_二妄想(モウサウ) ̄ヲ_一  須(スヘカラ) ̄ク当(マサ) ̄ニ_二【左ルビ:ベシ】静(シヅカ) ̄ニ-養(ヤシナ) ̄フ_一

  念(ネン)-慮(リヨ)一(ヒトタビ)-除(ノソ) ̄ケバ  精(セイ)-神 自(オノヅカラ)-爽(サハヤカ) ̄ナリ
みだりに物をおもふ事をやめて

【右丁】
唯(タヾ)-静(シヅカ)にして身をやしなふが
よき也おもひをしりぞけれ
ば神-気がおのづから爽(サハヤカ)になりて
病もなくなるぞ
  節(セツ) ̄ニシ_二飲食(インシ) ̄ヲ_一  調(テウ)_二-理(リ) ̄ス有(ユウ)-則(ソク) ̄ヲ_一

  過(スグ) ̄ルトキハ則 傷(ヤブ) ̄ル_レ神(シン) ̄ヲ  太(ハナハダ)飽(ア) ̄ケバ難(ガタ) ̄シ_レ剋(コナ) ̄シ
病人にかぎらず飲(ノミ)もの食(クヒ)ものを
ほどよく則(ノリ)あるほどくふて過(スゴ)さ

【左丁】
ぬがよしすぎるほどくへばこ
なしがたくて脾-胃をそこなひ
神を傷(ヤブ)りそこなふぞ
  慎(ツヽシ) ̄ミ_二起(キ)-居(キヨ) ̄ヲ_一  交(コウ)-際(サイ)当(マサ) ̄ニ_レ【左ルビ:ベシ】祛(シリゾ) ̄ク

  稍(ヤヽ)-若(モシ)労(ロウ)-役(エキ) ̄セバ  元(ゲン)-気(キ)愈(イヨ〳〵)-虚(キヨ) ̄セン
病人は寝(ネ)-起(オキ)するもほどよく人と
まじはる事もしりぞくるがよ
し。物に草(クタ)-臥(ビル)れば元気がいよ〳〵

【右丁】
虚するぞ
  莫(ナカレ)_レ信(シン) ̄ズルコト_レ邪(ジヤ) ̄ヲ  信(シン) ̄ズレバ_レ之(コレ) ̄ヲ

  異(イ)-端(タン) ̄ニ誑(タブラカ) ̄サレ-誘(ヒキイレ) ̄ラレテ  惑(マド) ̄ハシ_二乱(ミダ) ̄ル人家(ジンカ) ̄ヲ_一
売(マイ)-僧(ス)巫(カンナギ)の言(イフ)-事を信(シン)-仰(カウ)する
事なかるべし。もし信(シン)ずれば
其-道にひきいれられて。是 ̄ㇾ は
祟(タヽリ)なり。是 ̄ㇾ は何のとがめなり。
薬(ヤク)-力(リヨク)の及ぶ処にあらず。か様

【左丁】
の年(トシ)ごろの人がつきたりなど
といへば病-家 相(サウ)-応(ヲフ)におもひあて
もあるなればかれが咒(ノロ)-詛(ウ)などゝ
人をうらみいよ〳〵信(シン)じてまどはされ
みだらるなり
  勿(ナカレ)_レ惜(オシ) ̄ムコト_レ費(ツイエ) ̄ヲ  惜(オシ) ̄ムハ_レ之 ̄レヲ何(ナン) ̄ノ-謂(イヽ) ̄ゾ

  請(コヒ)-問(ト) ̄フ君(キミ) ̄ガ-家  命(メイ)-財(サイ)孰(イツレカ)【熟は誤記】-貴(タツトキ)
富(トメ)るものは費(ツイエ)る事をおしむべからず

【右丁】
おしむはいかなる事ぞ。命と財(ザイ)と
いづれか貴(タツトキ)ものなるぞとなり
○みづからの働(ハタラキ)にて富(フ)-饒(ニヤウ)になりた
るものを見るに富(トム)にしたがふて
かならず吝(シハク)。身(ミ)をかろくし一
生(シヤウ)の中に財(ザイ)をつかふ事ならぬ
ものありたとえば妻(ツマ)子など大
病におよべども財(サイ)をつかふ事

【左丁】
なく死して後(ノチ)-悔(クユ)れどもせんな
きそ。又 数万(スマン)の富(トミ)にても猶(ナヲ)足(タラ)-ず
とし常に利(リ)-倍(バイ)に心(シン)-魂(コン)をなやま
し。市(シ)-中(チウ)を走(ハシ)り一日もたのしむ
事なく金-銀の殖(フユ)る事あれば
干里もちかしとして雨(ウ)-雪(セツ)を浸(オカ)
して寒湿(カンシツ)に傷(ヤブ)られて死する
は。命(イノチ)をかろくして財(ザイ)を重(オモ)しと

【右丁】
するの愚(グ)人なり
○今 富(トメ)るもの驕(オゴリ)を極(キハ)め酒(シユ)-魚(ギヨ)腹(ハラ)
に絶(タエ)さず妾(メカケ)を東(トウ)-西(ザイ)にをきて
色をむさぼり病を生じ禁(キン)-戒(カイ)
をまもらずして死するをみれば
驕(オゴル)も呑(シハキ)もおなじ事なり
○十要は史記(シキ)扁(ヘン)-鵲(ジヤク)が伝(デン)より書(カキ)
出(イタ)せり。伝(デン)にいはく病に六 ̄ツ の不(フ)-治(ヂ)

【左丁】
ありおどりほしきまゝにして理を
論(ロン)ぜる一の不(フ)-治(チ)なり。身を軽(カロ)く
して財(ザイ)を重(ヲモ)くする二の不治也。
衣(イ)-服(フク)食(シヨク)-物(モツ)身にかなふ事ならざる
三の不-治なり。陰(イン)-陽(ヤウ)あはせ蔵気(ザウキ)
さだまらざる四の不-治なり。形(カタチ)
つかれて薬を服する事のなら
ぬ五の不治なり。巫(カンナギ)を信(シン)じて医

【右丁】
を信(シン)ぜざる六の不-治なり。此ひと
つもあれば病 重(オモ)くして治(ヂ)し
がたし


病家要論巻中 《割書:終》

【左丁 白紙】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
病家要論《割書:下》

【資料整理ラベル】
02

8

【両丁白紙】

【右丁 白紙】
【左丁】
病家要論巻下
    丹水子門人
      雒 伊藤《割書:玄恕》述
  子を求(モトム)るの道
斉(セイ)の孝(カウ)-王の妃(ヒ)-姫(キ)皆(ミナ)うるはしく
して子なし男子(ナンシ)をもとむる
の道ありやと褚(チヨ)-澄(シヤウ)に問(トハ)れけれ
ば。対(コタエ)ていはく女は二十にして嫁(トツグ)

【蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印
【整理ナンバー】
31235B
【購入記録】
明治・三二・四・八・購求○

【右丁】
ときは陰-陽の気まつたく実(ジツ)にして
よく孕(ハラ)み。はらみて其(ソノ)-子堅(カタ)く実(ジツ)
にして命ながし今-王の妃(ヒ)-姫(キ)十
三四より男(ナン)-色(シヨク)にちかづき陰気(インキ)を
はやくもらしいまだまつたからず
して傷(ヤブ)れいまた実(ジツ)ならずして
動(ウゴ)く故にはらむ事まれなり
はらみても其(ソノ)-子 脆(モロ)くして命

【左丁】
みじかし是(コレ)-王の子なき所(トコロ)なり。
婦(フ)-人に其(ソノ)産(ウム)-処(トコロ)のもの皆-女(ヲンナ)なる
ものあり。其(ソノ)-産-処のもの皆-男(オトコ)
なるものあり。男を産-事 多(オヽ)き婦
人を宮に入 ̄ㇾ たまはゞ男-子を得(ウ) ̄ル の
道なり。王のいはく善(ヨシ)。後-一二年の
内に男子六人を産(ウメ)りこれ子あるの
道なり。今も富(フ)-家(カ)に子なき事ある

【右丁】
はこの謂(イハ)れもあるべし。遊-女 後(ノチ)
にさだまれる夫(オツト)ありても子のある
事まれなるは早(ハヤ)く陰(イン)を傷(ヤブ)り
たるゆへなるべし。嗣(ツギ)をもとむ
るの道 品(シナ)〳〵薬-方妙-灸あるもの
なれども此-法にまさる事なし
  ○懐妊
懐妊(クハイニン)の女は身(ミ)をはたらくがよし。

【左丁】
山-家の女の難産(ナンザン)する事すくな
きは常に身をつかふがゆへなり富(フ)
家(カ)の女に難(ナン)-産(ザン)多(オヽ)きは常に奥(オク)の
間(マ)にばかり蹲(ウヅクマ)りさひしきとき
は厚味(カウミ)なる菓子をくらひ。飽(アク)とき
は身をほしきまゝにして寝(ネ)こ
ろびてすこしも動(ドウ)-作(サ)せざるが
ゆへなり。腹中(フクチウ)の子も生(ウマ)れつき

【右丁】
よはく軟(ヤワラカ)なり。軟なるがゆへに
風日にもあてぬ様にしていよ〳〵
病を生ずるなり。陰(カゲ)に出来(デキ)たる
草木(クサキ)のやはらかなるが如し
○めづらしき食尤 ̄モ禁(キン)-戒(カイ)のものをく
ろふべからず。身を正(タヾ)しき処にば
かりをきあやしき色を見ず乱(ミダ)
れたる謡(ウタ)もきかずして正し

【左丁】
き道をばかりおこなふときは其
子 器(キ)-量(リヤウ)もよく産(サン)もこゝろやすき
ぞ。これにたがふはあしゝ懐(クハイ)-妊(ニン)
の中に男女のよくをほしきまゝに
するは無用なり
  ○小児《割書:六条》
小(セウ)-児(ニ)生(ウマ)れてはじめに新(アタラ)しき絹(キヌ)の
着(キ)物を着すべからず。父か母か

【右丁】
のふるき絹(キヌ)を用ゆるがよし新(アタラ)
しきを用ゆれは熱気(ネツキ)またはおど
ろきを出し易(ヤス)し。故(フルキ)-衣(コロモ)は自然(ジネン)と
肌(ハタヘ)に馴(ナレ)てよし。養-生は自然と。い
やしき人がよし。富(トメ)る家の子は
病 多(オヽ)きなり
○小児(セウニ)の着物(キモノ)を干(ホサ)ば昼(ヒル)はほし
夜(ヨル)はかならずとり入 ̄ル るがよしもし

【左丁】
夜の露(ツユ)にあふたる着(キ)物を着す
れば病を生ずるぞ
○小児 生(ウマ)れていまだ声を出(イダ)さぬ
さきに指(ユビ)を入 ̄ㇾ て舌(シタ)の上の汚血(ヲケツ)を
絹(キヌ)にて拭(ノゴ)ひされば病なき也
指の入 ̄ㇾ様が遅(ヲソ)ければはや啼(ナキ)-出(イダ)
するぞ。一-度(タビ)声が出(イヅ)れば悪(アク)-血(チ)が
腹の中へ入て疱(ホウ)-瘡(ソウ)-瘡(クサ)などになる

【右丁】

○唐(カラ)にては小-児 生(ウマ)れてから三十日に
至りて剃(ソル)なり。日-本のならはし
にや七日に至りて剃(ソル)也。風のあ
たらぬ暖(アタヽカ)き所にてそるがよし。
風にあたれば驚(キヤウ)-風(フウ)諸(モロ〳〵ノ)-症(シヤウ)を生ずる
なり。剃(ソリ)たてに杏仁(キヤウニン)《割書:三ケ》薄荷(ハツカ)《割書:三枚》
研(スリ)-砕(クダキ)胡麻(ゴマ)の油(アブラ)にてかき調(トトノへ)頭(アタマ)に擦(ヌル)

【左丁】
がよし風-邪(ジヤ)を避(サケ)瘡(カサ)を生(シヤウ)ぜざ
るなり
○小児四歳まで乳(チ)をのませて食(シヤク)【「シヨク」の誤記ヵ】
物(モツ)を少ヅヽあたふべし。七八歳ま
でもくすりなりと乳を飲(ノマ)するは毒也
行水(ギヤウズイ)を毎日二 度(ド)も三 度(ド)もさする
は毒なり
○小児 汗(アセ)-ぼなど出れば白(ヲシ)-粉(ロヒ)をひ

【右丁】
たものぬるはあしき也。大きに
寒(ヒエ)-物なる故に汗-ぼが裏(ウチ)へはいる
ほどに天(テン)-花(クワ)-粉(フン)をつくるがよし
  ○疱瘡(ホウソウ) 《割書:二条》
○小児 生(ウマ) ̄ㇾ て胎毒(タイドク)を去(サ) ̄ル-薬(クスリ)をよく用
ゆれば疱(ホウ)-瘡(ソウ)にて怪我(ケガ)はまれなり。
疱(ホウ)-瘡(ソウ)のかろく或(アル) ̄ヒ はまぬかるゝ薬-
方家-方秘-薬品〳〵あるもの也

【左丁】
兎紅丸(トカウグハン)の方
  辰砂(シンシヤ) 甘草(カンザウ)【艸】 六安茶(ロクアンチヤ)
 右等分 細(コマカ)にして臘月(シハスノ)八日 午(ムマ)
の刻(コク)に生(イキ)たる兎(ウサギ)の血(チ)をとりて
前の三味とあはせ丸じて年
の数ほど飲(ノマ)するなり
又方
  苦棟子(クレンシ) 湯(ユ)の中へ入 ̄ㇾ てあぶすれ

【右丁】
ば痘(イモ)をするとてもかろし
○疱-瘡の疵(キズ)に鶏(ニハトリ)の卵(タマゴ)の白(シロ)みを擦(ヌレ)
ばあとなしと俗に用ゆるはあやま
りなり。白みは微(スコシ)-寒(ヒエ)もの也。陽気に
て水をもり痂(フタ)をなすものかなるに
寒(ヒエ)て粘(ネバ)る物(モノ)を擦(ヌレ)ば表(ヒヤウ)をふさぎ
余(ヨ)-毒(ドク)-裏(ウチ)に入て危(アヤウキ)-症になるぞ
  ○五香散

【左丁】
薬(クスリ)-屋(ヤ)に売(ウル)五香散(ゴカウサン)は藿香(クハツカウ)木香(モツカウ)乳香(ニフカウ)
丁(テウ)-香 沈(ヂン)-香也日本にて製(セイ)したる
方なり。天下みな此-方を用ゆれ
ども薬気(ヤクキ)甚(ハナハダ)しくして元気をへ
らして毒也。唐(カラ)より来(キタ)りたる方
の護后散(ゴカウサン)がよきぞ
護后散の方
 生(ウマレ)て百日の中は常(ツネ)に用ひて胎(タイ)

【右丁】
 毒(ドク)を去 ̄ル べし。疱(ホウ)-瘡(ソウ)も軽(カロ)く驚(キヤウ)
 風もやまぬぞ
  黄(ワウ)-連(レン) 甘(カン)-草(ザウ)【艸】 等分(トウブン)辰(シン)-砂(シヤ)すこし
  ○雲林(ウンリン)潤(ジユン)-身(シン)-丸(グハン)
潤-身-丸を五年も十年も服(フク)するは
毒なり。薬 ̄リ多味(タミ)にして薬(ヤク)-力(リキ)よはし
といへども久しくして腎(ジン)の蔵(ザウ)を
損ずるぞ。素問(ソモン)に味(アジハヒ)は気を傷(ヤブ)り気は

【左丁】
精(セイ)を傷(ヤブ)るとあるほどに潤身丸(ジユンシンクハン)は気
薬なればなり
  ○地黄丸(チワウグハン)
八-味-丸六-味-丸の二方は腎(ジン)を補(オキノ)ふの
薬なれども常(ツネ)にみだりに服す
べからず。脾胃(ヒイ)よはき人服すれば湿(シツ)
を生(シヤウ)じ腹を下(クダ)し。今の人 徒(イタヅラ)に
腎(ジン)を補(オキノ)ふとばかりしりて其-害(カイ)

【右丁】
のある事はしらぬぞ。くはしき説(セツ)は
師の丹水子(タンスイシ)に見えたり
  ○香薷散
暑気(シヨキ)にあたりて口-乾(カハ)き或 ̄ヒ は吐 逆(キヤク)
し或 ̄ヒ は腹(ハラ)-瀉(クダ)り頭(カシラ)-重(オモ)くくるし
むを治(ヂ)するなり。今世(セ)-間(ケン)にあらかじめ
暑気(シヨキ)をふせぐとしりて飲(ノム)なり。用ひ
ならはしたるほどに用ゆべし虚症な

【左丁】
る人 香(カウ)-薷(ジユ)-散(サン)をたのみて水を大
分のむは毒なり。夏 多(オヽ)く水を
のめば秋に至りて痢(リ)-病(ビヤウ)瘧(オコリ)など
の病になるぞ。実(ジツ)-症(シヤウ)なる人はまぬか
るゝ事あるなり。虚(キヨ)-症の人の暑気(シヨキ)の
時分 服(フク)するには生脈散(シヤウミヤクサン)がましな

生脈散(シヤウミヤクサン)の方

【右丁】
  人参(ニンジン) 五味子(ゴミシ) 麦門冬(バクモンドウ)
 黄芪(ワウギ) 甘草を加(クハヘ)るもよき也。身(ミ)を
うるほし咽(ノンド)の乾(カハ)きをとゞむるぞ
  ○烏犀円(ウサイヱン)
此-方中-風の聖(セイ)-薬(ヤク)なりとして中
風の症あれば用ゆる也。師(シ)のいはく
多く用ゆれば神(シン)をへらし気(キ)を散(サン)じ
大便(タイベン)をゆるくし元気が尽(ツキ)て死(シ)する

【左丁】
ほどに風が去 ̄リ ても益(エキ)がなき也
  ○養生(ヤウジヤウ) 《割書:六条》
養(ヤウ)-生(ジヤウ)は万(バン)-事(ジ)に過(クハ)-不(フ)-及(ギフ)のなきがよ
きなり。今-天下 泰平(タイヘイ)にして民(タミ)安楽(アンアク)【「ラク」の誤記ヵ】
放(ホウ)-逸(イツ)にして飲(イン)-食(シヨク)色(シキ)-欲(ヨク)に耽(フケ)り五
蔵(ザウ)虚(キヨ)するがゆへにかろき事もむ
つかしく成 ̄ル ほどに槙(ツヽシ)むべし
○墓(ハカ)-原(ハラ)葬(サウ)-礼(レイ)場(バ)などにてさむく

【右丁】
覚えて病(ヤミ)つく事あり。墓(ム)-所(シヨ)は人の
気を悽(イタマ)しむるゆへ元気よはき人
は妖気(ヨウキ)におかされやすし。病-裏(ウチ)に
入 ̄ル ゆへに重(ヲモ)し邪(ジヤ)-気(キ)虚(キヨ)に乗(ジヤウ)じて
入 ̄ル といふものなるぞ。元(ケン)-気(キ)も乏(トボシ)し
く覚ゆる時分(ジブン)はゆかぬが養(ヤウ)-生(ジヤウ)
の心-得(ヱ)なり。其(ソレ)も俗を免(マヌカ)れた
る僧(ソウ)儒(ジユ)悟(ゴ)-道(ダウ)の人はなき事なるべし

【左丁】
○尾州(ヲハリ)の山家に百 余(ヨ)-歳(サイ)にしてい
まだ衰(オトロ)へず壮(サカ)んなる人あり。其
術(ジユツ)を聴(キカ)んとある人其-家に慕(シタフ)て
至(イタ)る折(オリ)ふし老父(ラウフ)薪(タキヾ)をになひか
へれり。蓆(ムシロ)に坐(ザ)し黙然(モクネン)として
言(モノイ)はず。胸(ムネ)をさすり目を閉(フサ)ぎ気(キ)
をしづかにて滾(サ)-湯(ユ)を飲(ノミ)客(キヤク)に
むかふていはく養-生の道に異(コトナ)る

【右丁】
事なし常によろこび。いかり。うれ
へ。おもひ。かなしみ。恐(オソ)れ。おどろく
事に心を動(ウゴカ)さず強(シヒ)て働(ハタラク)く事も
なく自(シ)-然(ゼン)に身をやしなふがよ
きばかりなりとかたりぬ。隠(イン)-遯(トン)
をして黄(クハウ)-老(ラウ)の道をおこなひい
のち長(ナガ)きも此たぐひなるなり。
孔子(カウシ)も仁者(ジンシヤ)は寿(イノチナガシ)と仰られ。程子(テイシ)も

【左丁】
神仙(シンセン)とて白(ハク)-日(ジツ)に飛(ヒ)-行(ギヤウ)する事は
なく。年を延(ノブ)る事はあり。火を風に
あてず密室(ミツシツ)の内にをくときは
久しくたもつと同じ理(リ)なるとい
へり。又 内(ダイ)-経(キヤウ)に黄(クハウ)-帝(テイ)は天に登(ノボ)り
たまふとあり。いづれかよきといふ事
はしらず
○師のいはくそれ養(ヤウ)-生(ジヤウ)の道は

【右丁】
先 ̄ツ-心の持(モチ)やうが肝要(カンヨフ)なり。欲(ヨク)を
たちて命を何(ナニ)とも思(オモ)はぬがよ
し唯(タヽ)-今(イマ)もしらざる命なりと
悟(サト)りて居(ヰ)れば欲(ヨク)なし。欲なけれ
ばわづらはしき事はなきほどに
心(シン)-神(シン)自(ジ)-由(ユウ)に悠々(ユウ〳〵)として命も長
かるべし。何(ナン)-時(ドキ)に何(ナニ)事が出来(デキ)
て死するもしらぬ身なるに無(ム)

【左丁】
理(リ)に長生(ナカイキ)をしたがりて腎(ジン)-薬(ヤク)を
飲(ノミ)人参(ニンジン)を服して腎(ジン)をおこしひた
と精をもらし精のつく薬とて魚(ウヲ)
鳥(トリ)の肉(ニク)又は鹿(シカ)-牛(ウシ)の肉(ニク)さま〴〵の物
まで食(ク)ひて奢(オゴ)るほどに資財不(シサイフ)
足(ソク)になればいろ〳〵の謀(ハカリコト)をして心(シン)
神(シン)をなやまし苦(ク)-労(ラウ)をするほどに
養生(ヤウジヤウ)にはあらで反(カヘツ)て命を促(シヾ)むる

【右丁】
なるべし。明日をもしらぬみが何(ナニ)の
おしき事ぞや。武士ならば討(ウチ)-死(ジニ)が
第一の事か町人ならば頓(トン)-死(シ)は長病
にまされるなるべし。皆只ひと思ひ
なればなり。年より長病をうけ
死かねて愛(アイ)-妾(シヤウ)孝(カウ)-子(シ)にもあかれ
て人を恨(ウラ)み身(ミ)をかこつは何(ナニ)の
益ぞやと悟(サト)れば一の養-生なり

【左丁】
飲食(インシヨク)色(シキ)-欲(ヨク)の二 ̄ツ を節(セツ)し老(オヒ)ての楽(タノシミ)
を願(ネガ)はず欲(ヨク)をはなれたつほど
に心分(シンブン)いさぎよく蔵(ゾウ)-神(シン)悠(ユウ)-長にし
て病の有 ̄ル ことまれなり。たと
ひ風をひきても其まゝ愈(イエ)なん
今-時の人-間(ゲン)養-生にそむき平-生
ををごるほどに福-禄 耗散(ガウサン)して
却而(カヘツテ)心をくるしむる事 偏(ヒトヘ)にはや

【右丁】
じにの基(モトヒ)-なり上から下に至る
まで我(ワレ)は死たるものとおもふが
長生の術(ジユツ)なり。万-事 苦(ク)になる事
なければなり。○按ずるにみな自(シ)
然(ゼン)の一つなり。長生はかならず愚鈍(グドン)
のものと女(ヲンナ)とに多(オヽ)し。世(ヨ) ̄ニ媼(バヾ)は翁(ヲキナ)に
多(オヽ)く倍(バイ)せり是(コレ)は心を自-然と強(シヒ)て
つかはぬがゆへなり。かならず鈍(ニブキ)もの

【左丁】
は寿(イノチナガシ)と古(コ)-硯(ケン)の銘(メイ)をよみてしら
れたり
○師のいはく春は陽-気が上(ノボ)りて万
物も生(シヤウ)ずるほどに人の心持も気を
いさみ生ずる様に持て朝から
起(オキ)て広(ヒロ)き庭に出て歩(アユ)み只(タヽ)-気(キ)をの
ばし遊山(ユサン)玩水(グハンスイ)などして気を悠長(ユウチヤウ)
に持て人に物を与(アタ)へて取(トル)-事なき

【右丁】
やうにすべし但-春は早-朝から起(オク)る
が養-生とて正-月 中(ヂウ)の寒(サム)き時
は冬とひとつなるほどに冬の養生
の如くすべし。夏は陽気が盛(サカン)なるほ
どに人の心持もなるほどさかんにな
る様に持て朝から起て長(ナガ)き一日
よと昼(ヒル)-寝(ネ)もせず一日 張(ハツ)てたゞ気
を大きに持てよし。かならず水を

【左丁】
のみ瓜などを食ふ事なかれ。瓜
水にて瘧(オコリ)-痢(リ)-病(ビヤウ)などをやむ也。涼(スヽシキ)
所(トコロ)に居(ヰ)て一日よしなしことなど云
て気を張(ハ)るをよしとす。○按ずる
に夏はとりわきて怒(イカ)る事なき
様に気を外にたのしましめてもう
する様にしてあそぶがよし。師の
曰(イハク)秋は天地の気も収(シウ)-斂(レン)するほどに

【右丁】
我が気を外に発(ハツ)せぬ様におさめて
妄(ミダリ)に気をつかはぬ様に持(モチ)朝から起
て涼(スヽシ)き気(キ)にあたりて夏の暑気を
はらし涼気を受(ウケ)ておさまる様に
すべし○按ずるに秋はこゝろざし
をやすらかならしむるがよし
師のいはく冬は陽気が閉蔵(ヘイザウ)して
水こほり地も拆(サク)るほどなるに

【左丁】
よりて気をつかはず身をつかはず
臍(ホソ)の下(シタ)へ気をおとし保て寒気
にあたらぬ様にすべしはやく寝(ネ)て
日の出る時分に起(オキ)て只寒気に
あたらぬ様を専一とすべし。春(ハル)-夏
の人の病は多くは冬の寒気にあ
たりたるが出るなり。冬寒気に
あたらねば春夏やむと稀(マレ)な

【右丁】
り春の末より咳(セキ)が出て労咳(ラウガイ)に
なるは皆冬の寒にあたりたる
故也。但-冬の寒にあたるも又夏の
養生あしき故なり。夏あまり暑
きによりて水をのみ瓜を食ふ
ほどに暑と打合(ウチアフ)て汗(アセ)-大 ̄ニ出 ̄ツ汗
大きに出るによりて表(ヒヤウ)の陽気が
虚して冬の寒にもあたる也

【左丁】
夏の暑気に堪(タエ)かぬるは水を飲(ノミ)
瓜を食ふて腹中に寒気が有
ゆへに暑(シヨ)とつれて熱(ネツ)して来(ク)る
ほどに堪(タエ)がたく成(ナリ)て汗(アセ)がもるゝ也。
扨(サテ)冬も寒(サム)しと入 ̄リ-湯(ユ)に切〳〵入 ̄リ炭(スミ)
火につよくあたれば陽気がもれて
大に閉(ヘイ)-蔵(ゾウ)の理にそむきてあた
あながちに房(ボウ)-事(ジ)ばかりをつゝ

【右丁】
しむと云事にてもなし道-路を
行(ユキ)て寒気にあたりたるは入 ̄リ-湯(ユ)
に入て煖(アタヽ)まるも大によし切々(サイ〳〵)入は
陽気が洩(モレ)てあしゝ○按ずるに四季共
に右の如くするが聖人の教(オシエ)也。春は
窓(マトノ)-下(モト)に終(ヒネ)-日(モス)臥(フ)し夏は涼(スヽシキ)-所に臥(フ)し
秋はよるのながきにあそび草臥(クタビレ)
て昼(ヒル)は酩(メイ)-酊(テイ)してねふり冬は

【左丁】
火燵(コタツ)にあたり寝(ネ)て身を怠惰(タイダ)に持 ̄テ
ば自然と身がやはらかになりて天
命を損(ソン)ずるぞ
○《割書:予》稟(ムマレ)-賦(ツキ)【禀は俗字】匆匆(ソウ〳〵)たるをくるしむが
ゆへ常に壁(かべ)の上に唐(カラ)-児(コ)の戯(タハフ)れあ
そぶの図(ヅ)を掛(カケ)て朝-暮のいとま
あるとき ̄ハ徐(ユル)くみて児童(ジドウ)の心となり
て暫(シバラ)くも世-事を忘(ワス)るゝを楽(タノシミ)として

【右丁】
愛(アイ)すある人のいはく稚(チ)-子(シ)の自得(ジトク)し
て群(ムラガレ)あそぶの気(キ)-象(シヤウ)人の気をゆ
るやかにしてよし。しかるをなんぢが
たのしみとして気(キ)-象(シヤウ)を変ぜんと
するはこれすこしき事の如(ゴトク)し
て養-生の道に大なるたよりなら
んとなり。さはがしくこゝろをみだる
は養生にあしく悠々(ユウ〳〵)としたるが

【左丁】
養生によきほどに花卉(クハキ)草莽(サウモウ)鳥(テウ)
獣(シウ)の図(ヅ)を愛(アイ)して気をはらするが
よし。吾(ワガ)-先生(センセイ)も善(ヨク)-画(グハ)-図(ト)を好(コノ)めり
  ○老人
老人は気(キ)-血(ケツ)衰(オトロ)へて風寒(フウカン)にあたり
やすし。老人の常に居(ヰ)る処は風の
はいらぬ様に戸障子(トシヤウジ)のすき間(マ)も
なきがよきなり。病(ヤメ)ども老病

【右丁】
治しがたしなどゝ捨(ステ)て置(ヲク))は大なる
不孝(フカウ)也 去(サリ)ながら賎(イヤシ)き人は年
老(ヲヒ)ても疎(ソ)-食(ジキ)を食(クラ)ひ居(キヨ)-屋(オク)風-雨を
ふせぎがたし寒(カン)-湿(シツ)を侵(オカ)し朝
夕の家(カ)-業(ギヤウ)に身(ミ)をくるし無れ共
おなじく長(ナカ)-生(イキ)なるをみれば。また
其-人の貴(キ)-賎(セン)貧(ヒン)-富 生質(ムマレツキ)の厚(アツ)き
薄(ウツ)きの分限(ブンゲン)にて老若(ラウジヤク)ともに

【左丁】
保(ホウ)-養(ヤウ)するがよし
○頭(カシラ)を厚(アツ)く包(ツヽ)みて臥(フ)すは毒也 頭(ヅ)は
陽気の会(クハイ)する所(トコロ)。包(ツヽ)みて臥(フ)せば陽-上に
欝(ウツ)し欝(ウツ)すればかならず下(クダ)らす下(クダ)
らざれば虚(キヨ)す虚(キヨ)すれば厚(アツ)く包(ツヽ)むと
いへども益(エキ)あらず去ながら包(ツゝ)まねば
堪忍(カンニン)のならぬほどのよはき人は其
さたに及ばず。つゝめばくすりになる

【右丁】
かとおもふてするはあしきなり
 ○服薬《割書:并に》腎の論 《割書:十六条》
   医として医を論(ロン)じ且ツ誹(ヒ)-謗(ホウ)を加(クハ)ゆるは君子の
   道にあらね共。医をえらむは病家の第一生死の
   預(アヅカ)る所ゆるかせにすべからす。古語(コゴ)に曰 ̄ク君子お
   もふときはかならず文(フン)を成(ナ) ̄ス と《割書:予》もまた
   思ふて已(ヤム)事を得ずして也
○妄医(モウイ)の薬-方を用ゆるや素(ソ)-難(ナン)にもと
づかす本-草に意(イ)をくるしめ用ひず

【左丁】
張(チヤウ)-仲(チウ)-景(ケイ)方を立るの微(ビ)-意(イ)を味(アジハ)はず
医(イ)-療(レウ)は容易(タヤスク)心-得(ヱ)てかざりにのみ
書(シヨ)をよむものあり。また口(コウ)-給(キウ)を
本(モト)とするものあり。又 不(フ)-学(ガク)の人 俄(ニワカ)に
医となるものあり。みな病-症を病
家へさとしていはく。我(ワレ)-病の根(コン)-源(ゲン)
を治(ヂ)す我 ̄ㇾ よく気をめぐらする也
と。其-方を用ゆるをみるにたとえば

【右丁】
風(フウ)-症(シヤウ)には藿香正気散(クワツコウシヤウキサン)敗毒散(ハイドクサン)。虚(キヨ)-人
の風-症には参(ジン)-蘇(ソ)-飲(イン)香(カウ)-蘇(ソ)-散(サン)八解散(ハチゲサン)。
食(シヨク)-傷(シヤウ)には平(ヘイ)-胃散(イサン)香 附子(ブシ)縮砂(シユクシヤ)神(シン)-麯(キク)
麦(バク)-芽(ゲ)肉(ニク)-食(シキ)化(クハ)せざるに山(サン)-査(ザ)-子(シ)。風に
腹のくだりをかぬるには不(フ)-換(クワン)-金(キン)正
気(キ)-散(サン)。泄(セツ)-瀉(シヤ)には胃(イ)-苓(リヤウ)-湯(トウ)胃-風-湯。痰(タン)
には二(ニ)-陳(チン)-湯 貝(バイ)-母(モ)竹(チク)-瀝(レキ)。虚(キヨ)-損(ソン)には六
君(クン)-子(シ)-湯 補(ホ)-中 益気(ヱキキ)湯 八(ハチ)-物(モツ)湯十 全(セン)

【左丁】
大(タイ)-補(フ)-湯(タウ)中-風に烏(ウ)-薬(ヤク)八-味の順(ジユン)-気散(キサン)。腫(シユ)
物(モツ)には木(モツ)-香(カウ)流(リウ)-気(キ)-飲(イン)。腫-物の熱(ネツ)に荊防(ケイボウ)
敗毒散(ハイドクサン)。水(スイ)-腫(シユ)には分(ブン)-消(セウ)-湯廿四味流-気
飲。気-病に分(ブン)-心(シン)-気(キ)-飲(イン)帰脾(キヒ)湯。疝(セン)気に
は三 和(ワ)散五 積(シヤク)散婦人 ̄ノ気-欝(ウツ)に正気
天(テン)香湯小児 痘(トウ)-疹(シン)には升麻葛根(シヤウマカツコン)湯
諸-病の手足 冷(ヒユ)るに附(フ)-子(シ)理(リ)-中-湯
もろ〳〵の頭痛(ツツウ)に川(セン)-芎(キウ)白(ヒヤク)-芷(シ)細辛(サイシン)

【右丁】
咳(セキ)のあるに桑(サウ)-白([ハ]ク)-皮 杏仁(キヤウニン)。痞(ツカエ)に莪(ガ)■(ジユツ)【艹+朮】
三陵(サンリヤウ)枳(キ)-殻(コク)厚(カウ)-朴(ホク)。腹-痛(イタム)に芍(シヤク)-薬(ヤク)木-香。小
便(ベン)濁(ニゴ) ̄ル には知(チ)-母(モ)黄(ワウ)-栢(バク)。小-便 通(ツウ)ぜざるに
猪(チヨ)-苓(レイ)沢(タク)-瀉(シヤ)木(モク)-通(ツウ)車(シヤ)-前子(ゼンシ)。熱(ネツ)に柴(サイ)【「カイ」は誤記】
胡(コ)黄(ワウ)-芩(コン)。大-熱-瘡(カサ)などの生(シヤウ)ずるに
は防(ホウ)-風通 聖(シヤウ)散 等(トウ)を用ひずといふ
事なし。療-治の法 大(タイ)-抵(テイ)かくの如き
ばかりなり余(ヨ)の病もこれになぞら

【左丁】
えてしるへし。衆方(シユホウ)規矩(キク)にて医と
なり常に秘方あり師-伝ありとする
ことの世に多きは歎(ナゲカ[ハ])-敷(シキ)事なり。病
家も其(ソノ)-医を信するは医-道-世に明
らかならざるならし。むかしよりかく
のことしといへどもとりわきて近
年俗書を出-板してより妄(モウ)【「”モラ」は誤記ヵ】
医の出るなるべし

【右丁】
○元気 虚(キヨ)なる人は風をひきても陽
気よはくして邪気とたゝかふ事
なく頭(ヅ)もさのみいたまず熱もあな
がちになく食の味も変(カハ)らずぶら
〳〵とするに涼(リヤウ)-解(ゲ)の剤(ザイ)を用ゆれ
ば風は去(サ) ̄リ てもいよ〳〵陽-気をへらし
いろ〳〵の虚-病を生(シヤウ)じ労-症にな
る事今世-間(ケン)に多し薬にあやまら

【左丁】
れたる事はしらずして又別に病-
発(オコ)れり気-欝(ウツ)なりなどゝいふて病
源をもとめず。順(ジユン)-気(キ)の剤(ザイ)を用ひ
ていよ〳〵気をへらし死するもの
多(オヽ)し邪のあつまる処其-気必 ̄ズ
虚(キヨ)するとあるほどに補(オキノ)ふにたるがよ
し実-症なる人はあはぬ薬を服
しても天-陽の発(ハツ)するにしたがふて

【右丁】
いゆるものなり。油(アブラ)をかけても少 ̄シ
の火はきゆる様なものにてくすり
がたがふても病のしりぞく事も
ある也。虚人はゆるかせにすべからす
○たとえは風にあたり寒(カン)にあてられ
するに元気をおぎなひ邪(ジヤ)を駆(カル)
薬を用れば二三日四五日して邪
気外へ発(ハツ)せんと頭痛などする

【左丁】
により。薬を替(カユ)れば販毒散のた
ぐひを一 貼(デツ)か二 貼(デツ)にてすきと
こゝろよきときは奇(キ)-妙(メウ)なりと信
じて前(マヘ)の医をそしる也。此 ̄ノ-風-寒
は前の薬にて邪(ジヤ)を外へ発(ハツ)する
によりて頭(ヅ)-痛(ツウ)するなり。あとには
何(ナニ)をもつても愈(イユ)るものそ。か様の
時分に出て貴人の病をいやし

【右丁】
世にきこゆるは幸(サイワイ)なり
○咳(セキ)あり痞(ツカエ)あり腹(ハラ)くだり熱(ネツ)のさし
ひきある病-症を療(レウ)ずるに薬-胸(ムネ)
に泥(ナヅ)みて補薬(ホヤク)用ひられざれは元
気を補(オギナ)ひ難(ガタ)し腹(ハラ)-のくだりを治(ヂ)
せんとすれば痞(ツカエ)さかんになり痞を
治せんとすれば腹くだり医案(イアン)茲(コヽ)
に極(キハマ)るに時(ジ)-医(イ)参(ジン)-蘇(ソ)-飲(イン)などの剤(サイ)

【左丁】
を小服にして用ゆれば折ふし食
も進(スヽ)み病-静(シヅカ)なればまことによし
とやすんじて神(シン)-医(イ)なりと信じ
如此(カクノゴトク)ぶら〳〵日-数(カズ)を送(オク)り病-重(オモ)れ
ば土用 八(ハツ)-専(セン)【注】寒(カン)-暑(シヨ)衣(イ)-食(シヨク)などに
罪(ツミ)を譲(ユヅ)り別(ベツ)の病(ビヤウ)-魔(マ)虚(キヨ)に乗(ジヤウ)して
入 ̄レ りなどゝ我は恙(ツヽガ)なく辞(ジ)-退(タイ)して罪(ツミ)を
免(マヌカレ)薬をてらひて世-間をわたる

【注 壬子(みずのえね)の日から癸亥(みずのとい)の日までの十二日間のうち丑辰馬戌の四日を間日(まび)として除いた残りの八日をいう。一年に六回あり、この期間は雨が多いといわれる。また嫁取り、造作、売買などを忌む。】

【右丁】
ものもあり。病-家はすこしもうらみず
後の-医又は最(サイ)-初(シヨ)の医(イ)などを罪(ツミ)す
るなり。然るとて薬-服しがたきがよき
にてもなし。古-語にもし薬 ̄リ瞑(メン)-眩(ケン)
せずんば其-病いえずとあるなり。
惣じて甘き菓子や魚(ギヨ)-肉(ニク)をくふ
とはちがふて病を治するものなれ
ば服しがたくともすこしはしのぶべし

【左丁】
○病家相よりて医の善-悪を論(ロン)ず
る事 品(シナ)〴〵にして薬を替(カユ)るに
間(アイダ)なくて病の甲乙(カウヲツ)あればあたら
ぬ薬もあしく覚え。あしき薬も相(サウ)
応(ヲフ)におぼゆるもの也 看病(カンビヤウ)人のまよ
ひは病人を弄(ナブ)りものにするにこと
ならず。大病に速(スミヤカ)な功(コウ)があるもの
にてはなし。医-者-相(アヒ)より相-談して

【右丁】
薬を用ゆる事あり。埒(ラチ)のあかぬ事
なり。明-医は人の医(イ)-案(アン)とおなじから
ず。庸-医ばかりの論(ロン)-儀(ギ) ̄ハ互(タガイ)にいひち
がえもなき様に言(コト)-葉(バ)をさしひ
かえ其-実(ジツ)をさへつくしがたし。俗人
は我(ワガ)-信(シン)ずる医-者をのみよきと
おもひて病人は余所(ヨソ)になりて他
の医の薬は心からあしくおもはれ

【左丁】
彼-是を互(タガヒ)にそしり医-者をひた
もの替(カエ)て仕(シ)ぞこなふもある也。
薬の応(ヲフ)ぜざるは早(ハヤ)く替(カエ)ねば叶(カナ)
はぬぞ。薬の善-悪俗-人のしる
べきにあらざれば常に医のよしあし
をしるがよし
○病-家の人のいはく一医あり丹(タン)-渓(ケイ)
が書をよみて人-参を用ゆる病人

【右丁】
絶(タエ)てまれ也。一-医あり薜己(セツキ)が書
をよみて人-参を用ひざる病-人
なし。時に天-下大きに疫(ヱキ)を病(ヤ) ̄ム
一-医 是(ゼ)にして一-医非(ヒ)ならば一-医の
療(レウ)ずるはみな活(イキ)ん。一-医の療(レウ)ずる
はみな死(シナ)ん。然 ̄ル に二-医ともに或(アル) ̄ヒ
は活(イ) ̄キ或(アル) ̄ヒハ死(シ) ̄ス是(コレ)いかなる事ぞ。
《割書:予ガ》いはく薬 ̄リ-的(テキ)-中(チウ)せざれば死(シ) ̄ス

【左丁】
又薬-誤(アヤマ)れ共 其(ソノ)薬 ̄リ にあづからすして
活(イキ)るものあり。其 活(イキ)-るは天いま
だころさざるならん。其-死するも
のは天これをころするならん。然 ̄レ
共天 命(メイ)といひながらもまたよく
医をえらまば活(イキ)ん。医をえらむ
事古より難(カタ)し斑古(ハンコ)がいはく病て
薬を服(フク)せぬは中-医を得 ̄ル と医を

【右丁】
えらむ事のかたく良-医のなき
事を歎(タン)ず
○病家の人のいはく時の医たがひに
相-引いざなふて時に発(ハツ)-行(カウ)し又
は物にたづさはり高-家に立より富(トメ)
るに近(チツ)【ママ】づきよき伝(ツ)-手(テ)さへあれ
ば官使(クハンシ)もはやく人に用ひらるゝ也
伝手(ツテ)もなく弁舌(ベンゼツ)ももたざれば時に

【左丁】
用ひらるゝ事 難(カタ)しあるひはまづし
きものに米銭(ベイセン)をあたへ薬をの
ましめば慈(ジ)-悲(ヒ)の至(シ)-極(ゴク)なりと見
ゆれ共其 ̄ノ-真(シン)-実(ジツ)をさぐりもとむるに
慈悲(ジヒ)に事をよせ名をとらんとする
方便(テダテ)もあらん。如此(カクノゴトク)して大-医に至り
てはむかしのとき慈(ジ)-悲(ヒ)はするもの
すくなし。病家にて手がらをかた

【右丁】
りて我を信(シン)かういたさしむるなり
皆医-書にこゝろを用ゆる事は
なくして時に用ひらるゝ工夫(クフウ)
ばかりなり。かくのこときをみ
ては今の医に病をよせがたし《割書:予》
答(コタエ)ていはく古(コ)-今(コン)医統(イタウ)にいふ明医(メイイ)
は時(ジ)-医(イ)にしかずとむかしよりかく
のことし

【左丁】
○一病人あり一-医を信(シン)ぜり病-重(オモ)
れども他(タノ)-医(イ)はあやうし一-医は平(ヘイ)
脈(ミヤク)常の虚(キヨ)-弱(ジヤク)をしれりあやまり
はあるまじきなれば遅(オソク)-治(ヂ)する分(ブン)
に害(カイ)はあるまじきと其-薬をあら
ためずして死す。明(メイ)-医(イ)なりと信(シン)
じてあらためざるは至(シ)-極(コク)の分別(フンヘツ)
なり。平脈(ヘイミヤク)をしれりと信(シン)じて医

【右丁】
の可否(カヒ)をしらざるは愚(オロカ)なる事也
○世間につよき療-治やはらかなる療治
とさたするなりつよきとは瀉剤(シヤザイ)
大 補(ホ)の剤(ザイ)の事なるや。やはらかなる
とは順(ジユン)-気(キ)調(テウ)-理(リ)の剤(ザイ)の事なるや。病(ヤマヒ)
によりてそれ〳〵の薬あり。世(セ)-間(ケン)
に身を誰(タレ)も大-事におもふから
つよきといへば怒(オソ)れやはらかなる

【左丁】
といへはこのめとも補瀉(ホシヤ)の剤に
あたりて害をなすも。病はかまはず順(ジユン)
気(キ)して気をへらし病の重(オモ)るも
同し事なりとかく時(ジ)-医(イ)に遠(トヲ)ざか
り良(リヤウ)-医に近づくべし
○傷(シヤウ)-寒(カン)は大-病とて薬(クスリ)を用ゆる
に大-事なり百-病の長とあるな
れば医の第一とする処にてゆる

【右丁】
かせにする病にてはなし痢(リ)-病(ビヤウ)
は古書(コシヨ)に見えずして後(コウ)-世(セイ)の書(シヨ)に
出て明文(メイブン)なし。最(サイ)-初(シヨ)の療-治さへ
よろしければ死するものすくなし
回(クハイ)-春(シユン)の芍(シヤク)-薬(ヤク)-湯(タウ)などをむさと用
ひて重(オモ)らする也。急(キウ)な事なれ
ば大事也
○薛氏(セツシ)が書をよみて人参さへ用

【左丁】
ゆればよしと。たとえは元気虚して
《割書:口のあかぬ腫物(シユモツ)|小便の通ぜぬ症》に一服の重(オモ)さ二十匁 或(アル)
ひは三十匁薬-力(リキ)つよく内(ナイ)-托(タク)して表(ヒヤウ)
へ張(ハル)故に《割書:口もあき膿(ウミ)も大分 出(イヅ)|小便 隠嚢(インノウ)よりもれ出(イヅ)》るにつれて
元気も脱(モヌケ)-去て死するは薬の罪(ツミ)也
進(スヽ)-む事をしりて退(シリゾ)く事をしら
ぬ皿気(ケツキ)の武者(ムシヤ)をみるがことし大剤
の人参用るがあしきにあらず傷

【右丁】
寒などに元気-尽(ツキ)舌(シタ)もこがるゝに一斤
も半斤も事ひて其-死するも
のを活(イカ)する事 掌(タナゴヽロ)をかへすが
ことし害(カイ)のあるものは功(コウ)もあり
功のあるものは害もあり
○物(モノ)を強(シヒ)て憂(ウレヘ)るときは病(ヤム)。薬 ̄リ-斗 ̄リ
にては治しがたし。憂をされば病
は退(シリゾク)也 韓(カン)の丞(シヤウ)-相(シヤウ)病(ヤメ)り医十人

【左丁】
ばかりもあらたむれどもしるし
なし。左-友(ユウ)-信(シン)といふ医に見せたれ
ば薬はなくとも幾日(イクヒ)ほどして雨
ふらん其-翌(アクル)【翼は誤記】-日(ヒ)病いえんと薬を
用ひず後-雨ふりて病こゝろよし。
其-歳大に旱(ヒデリ)なり民(タミ)の迷惑(メイワク)す
るをうれへて病(ヤメ)ると見て天 運(ウン)を
考(カンガヘ)て雨のふる時分をいへり

【右丁】
○恋(コヒ)にてわづろふ事もあるほどに
看(カン)-病(ビヤウ)人よくさつして医にかたるが
よし療-治の術(ジユツ)あり
○四-百-病の中にて大人小児にかぎ
らず一-病の妙-方を得(ヱ)たりと
称(シヤウ)するものあり。其-薬 偶(グウ)-中すれ
ば病もいゆべし。去ながら命を大
切(セツ)にするものゝ服すべきにあらず

【左丁】
其 ̄ノ-医者は真実(シンジツ)から一-病の神薬(シンヤク)なりと
おもふは文盲(モンモウ)ゆへなればにくからず
医書にうとくして病-源方-意(イ)をしる
べきにあらずとさとらずして信ずるは
不吟味(フギンミ)な事也 魯(ロ)の康子(カウシ)薬 ̄リ を饋(ヲク)れ
共孔子いまだ達(タツ)せずとかろ〳〵しく服せず
○ある人のいはく今の医 供(トモ)-廻(マハ)り
を華(クハ)-麗(レイ)にし外(ホカ)を耳(ノミ)かざるは医の

【右丁】
賊(ゾク)にしてとるに足(タ)らず。今-世-間に学(ガク)
問(モン)はなけれ共多く病を見られし
ゆへに工-者なりと真(シン)-実(ジツ)から信ず
るなり。間(マヽ)-薬にしるしあり書を
よまずしてもよく病を治する事あり
や《割書:予ガ》いはくよく魚をとるもの
はよく網(アミ)をすくなり。よく病を治
するものはよく聖人(セイジン)の書をよむ

【左丁】
なり今の時医(ジイ)は網(アミ)をもたずして
魚を駆(カル)ものにして偶(グウ)中をまつ
ばかりなり
○伝にいけく医-三-世ならざれは其
薬を眼せずとあり。これは三代の
医の薬にあらざれば服せぬといふ
事にてはなし精(クワシキ)が上にも功のあ
るをたつとしとするなり。去なから

【右丁】
老医のくはしからざるは壮(サウ)-年の医
のくはしきにおとれり。三代の医も
くはしからざるは益(エキ)なし
  ○按摩
平(ヘイ)-生(ゼイ)病(ヤマイ)なきにもあんまするは
毒(ドク)なり気味がよければかなら
ず気が外へもるゝなり冬はと
りわきて毒なり。素-問に冬 蹻(キヤウ)を

【左丁】
按せざれば春 鼽(キウ)-衂(ヂク)せずといふて
あるほどに陽(ヤウ)-気内に収(ヲサマ)りてある
をあんまして筋(スジ)ほねの気をみ
だり陽を動(ウゴ)かすゆへに陽気おさ
まらずして春の陽気をまちて病(ヤム)
なり
  ○垢離
問(トフ)近-年富(フ)-士(ジ)垢(コ)-離(リ)盛(サカン)におこなは

【右丁】
ると也。垢離(コリ)をするもの生(ムマ)れつ
き厚(アツキ)もの故に水に身を寒(ヒヤ)せ
どもあてらるゝ事すくなしや。
いはくしかるばかりにてもあらず。
水に入 ̄ラ んと信(シン)-仰(カウ)におもふ陽気(ヤウキ)の
剛(ツヨ)き事あればなり。又 海士(アマ)漁(スナドル)-人
井を鑿(ホル)ものは常に水-中に入 ̄リ
風に吹(フカ)れて寒(カン)-湿(シツ)を受(ウク)べき事なれ

【左丁】
ども病(ヤマ)ざるは多(タ)-年 漸(ヤウヤク)に其事に
入 ̄ル なれば害もなき也。砒礵(ヒサウ)の大毒
もそろ〳〵わづかづゝより飲増(ノミマシ)て後
には毒にもならぬとあるほどに富
士垢離も此たぐひなるべし。垢
離をするものは神の受(ウケ)たまふ
なりとおもひ寒に中(アテ)られ水に
流(ナガ)るゝものあれば神の受たまは

【右丁】
ずなどゝおもふべし。其事は予が
しらざる事なればさしをきぬ
  ○産(サン)の符(フ)
符(フ)は病家に好(コノ)むなれば予が用ひざ
る事なれ共害のなければしるすも
のなり
【符の文字と思われる書体は省く】

【左丁】
    産のやすくおだやかになきに
    朱(シユ)にて書て産(サン)するものゝ北
    の壁(カベ)に貼(ハ)るなり
    是(コレ)も産(サン)のむつかしきに辰砂(シンシヤ)にて
    書てまくらの上に貼るなり
    横に子のなりて生(ムマ)れ兼るに辰砂
    にて書て素湯(サユ)にてのみ下す
    なり
【頭部と左側の符の書体は省く】

【右丁】
    此-符(フ)は難(ナン)-産(ザン)に墨(スミ)にて書て
    のまするなり
【符の書体を省く】
    此四ツの符は胞衣(ノチノモノ)下(クダ)らざるに辰砂に
    て書てのみくだすなり
    ○小児 夜(ヨ)-啼(ナキ)を治するの符
      左右(ヒダリミギ)の手の中に書て
      貼(ハ)るなり
【左丁】
     此符は臍(ホソ)の中に貼(ハ)る
     なり
     房(ネヤ)の門(モン)の上(ウヘ)に貼(ハ)る
     なり
  ○伝(デン)尸病(シビヤウ)労虫(ラウチウ)を治(ヂ)するの紫符(シフ)
【頭部の符の書体を省く】

【右丁】
  一寸四方の紙(カミ)に書て呑(ノム)也しばらくし
  て乳(ニウ)-香を火にくべて手の中を薫(クスブ)
  べし其後手の甲(カウ)に毛が生(ハヱ)たら
  ば青く紅(クレナヰ)は治(ヂ)しがたし黒(クロキ)は死(シ)す
  白(シロキ)は治するなり
此符を呑(ノミ)てからは夜の灯(ヒ)を大分あか
うともして四方 隅(スミ)〴〵も暗(クラ)うなき
様にして。纔(ワヅカ)にも生(イキ)たる物が走(ハシ)り

【左丁】
飛(トバ)ばこれを即(スナハチ)-取(トリ)て油(アフラ)なべの中へ
入 ̄レ て煎(イリ)ころすべし。河(カハ)-水の流るゝ
処へすて去(サツ)て跡(アト)を顧(カエリミル)事なく
帰(カヘ)るべし。病のかろきはいまだ虫
に形なし。夢(ユメ)の中に人とわかるゝ
とみるは虫のさりたるしるし也

 病家要論巻下《割書:畢》

【右丁】
跋病家要論後
伊藤君【或は「若」ヵ】玄恕は。玄医先生の高-弟(テイ)にして親炙(シンシヤ)
の勤 ̄メ年久し。口(ク)-授(ジユ)秘決(ヒケツ)尽 ̄ク【「畫」は「盡」の誤記ヵ】伝 ̄へ てしば〳〵奇(キ)-功(コウ)を
著 ̄ハ せり。頃日(コノコロ)師-説によりて。病-家日-用の要を
集 ̄メ。間(マヽ)俗-習(シウ)の誤 ̄リ を弁(ベン)ず。凡 ̄ソ親に事(ツカヘ)疾(ヤマヒ) ̄ニ侍(ハンベル)
人。是 ̄ノ編を須ば諸〳〵の能毒宜忌(ノウドクギヽ)。毎時(マイジ)他(ヒト)に問(トフ)こ
とを待 ̄タ ずして孝養(カウヤウ)こまやかなるべし。兼(カネ)て
自(ミヅカラ)衛(エイ)-生の道に達(タツ)しなん。自他(ジタ)の益(ヱキ)いかばかりぞ
や。俗のために文(フン)を飾(カザラ)ず。観者(ミルモノ)いやしむことなかれ
元禄乙亥冬十二月之吉京東洞院夷川上町林九兵衛梓【四角で囲む】

【裏表紙】

儒医東西評林

【資料整理ラベル 右肩】
特1
2835
【同 左側 ラベル上段 右より】
残跡菴藏書
類別 史伝
冊数 壱
番号 九、九
函 六十六

【表紙 題箋】
儒医東西

【右丁 白紙】
【左丁】
東大関   蕃山熊沢二六八
関 脇   徂来荻生惣右衛門
小 結   広沢細井次郎太夫
前 頭   玉山秋山儀右衛門

蒙御覧

西大関   白石新井筑後
関 脇   仁斎伊藤源佐
小 結   南郭服部小右衛門
前 頭   周南山縣少助

【90度反時計回りに回転】
【上頁右枠】
前頭   藤樹中江与右衛門
前頭   惺窩藤原歛夫
前頭   東涯伊藤元蔵
前頭   一本堂香川太仲
前頭   観海松崎才蔵
前頭   鳩巣室新助
【上頁中央枠】
元禄年中ゟ天明八年迄
日本/博士(はし)書籍院にて角力
興行仕候
【上頁左枠】
前頭   錦里木下須菴
前頭   南学南村梅軒
前頭   明霞宇野三平
前頭   東洞吉益周助
前頭   兼山片山冬蔵
前頭   青木文蔵
【下頁右枠上段】
同   熊耳大内忠太夫
同   闇齋山崎嘉右衛門
同   太庚赤松弘
同   名古屋玄醫
同   子寧鵜殿左膳
同   香月牛山
同   白駒岡太仲
【下頁右枠下段】
同   美仲坂倉安右衛門
同   山鹿高祐
同   三浦平太夫
同   稲若水
同   貝原好古
同   多田兵部
同   戸田齋宮
同   南宮弥六
同   服部原卿
【下頁中央枠】
行司
舜水
桃花老人
羅山
世話役
【下頁左枠上段】
同   灊水宇佐美恵助
同   中村惕齋
同   中西曾七郎
同   今大路道三
同   仲英服部多門
同   北山壽菴
同   平河源内
【下頁左枠下段】
同   金花平野源右衛門
同   藤井瀬斎
同   井上東渓
同   松岡玄達
同   榊原玄輔
同   新井白蛾
同   望月三英
同   伊藤才蔵
同   和智子蕚

【右頁は90度回転】
【右頁右枠上段】
同   渡部友節
同   安藤仁右衛門
同   蓮池親実
同   河口静斎
同   浅見絅斎
同   烏石葛辰
同   神田白竜子
同   関思恭
同   谷口氏四郎
同   木村高救

【右頁右枠下段】
〃   村井昌弘
〃   竹中通庵
〃   野三竹
〃   植照武
〃   小山惕益
〃   岡島冠山
〃   寺嶋良安
〃   中村永昌
〃   西川求林斎
〃   高瀬斈山
〃   井沢長秀
〃   佐々木玄龍
〃   物部道斎

【右頁中央枠】
貝原篤信
太宰徳夫
毛利貞齋
勧進元菅家
差添大江家
【右頁左枠上段】
同   森司馬
同   筑波山人
同   宇津宮由迪
同   谷素斉
同   佐藤剛斎
同   源川親和
同   川村瑞軒
同   平林荘五郎
同   松下見林
同   玉木芦斎

【右頁左枠下段】
〃   堀玄厚
〃   黒川道祐
〃   中根玄桂
〃   下津春抱子
〃   日向英俊
〃   翠竹庵
〃   岡本一抱子
〃   林春斎
〃   北村李吟
〃   ???【井】義【茂】智
〃   日向繁斎
〃   佐々木文山
〃   太宰弥三郎


【左頁】
角力勝負附評判
尤勝負なしの分は後日勝負
附に出し申候
岡白駒
        行司
平河源内
【囲み】見物 西の方は勿論(もちろん)東のほうも爰へ出る角

力では無ひ。出来秋に田舎へまわつたら。
見る人も有ろふ。モツト引下ヶろ【囲み字】行司爰
が角力の見ところ。男のよひやひいきの多(おゝい)
ばかりではござらぬ。御両人ともに手は
きたなきけれども能く利(きい)た御手際(てぎは)。しつ
かりとおもしろみが見へます。サレド平河
には。仕まひの一手に土俵(どひやう)へ出られ
うろ〳〵致されたれば勝はひがし
の方。白駒〳〵
   香月牛山
   北山寿菴
【囲み字】行御両人ともにむかし〳〵の手取たち
香月の食鏡今もつてくすり箱の
引出しよりさし合に手きわが見へ

ます。先は大功〳〵小児必用記ハは御 傅(もり)
役の六韜(りくとう)三略(さんりやく)能く手が廻りました。
北山の口決集(くけつしう)。重宝(てうほう)いたします。御力
はとも有れ勝は牛山
  鵜殿子寧
  服部仲英
扨々両君ともに。贔屓多ひ御方。仲英に
は。子寧の麾(ぶ)下(か)に伯(はく)鸞(らん)たりしより。
蘐園(かやば)の独角力(ひとりすまふ)。それより飛入段々と
御出世。韜海集(とうかいしう)のあら波きびしき
御手きは。心ある人は。外題にきもを
消します。【囲み字】ワル口 西のみやの先生ゆへ。神
力が有るかしらず。口ほどに無ひ呑倒(のみたを)れ。
晋人(しんじん)の風をおかしく取られた【囲み字】行司 東の

方も飛入よりの御出世。ちからはとも
あれ。めづらしい御手 際(きは)。文集どう
なつたか。残念(ざんねん)〳〵。是も東の方か
勝と見へます
  名古屋玄医
  今大路道三
御両君のころと違ひ。今は療治の
風もかわりましたが。今大路の先生
御勝と見へます
  赤松弘
  中西曽七郎
御両人とも。力はおなじ相老どし
【囲み字】ひいき大庾には。うたひなら鞁なら。俳
諧に至るまで。能く致された。【囲み字】わる口

なんだそんな事は乞食でもする。豆
と徳利はどふだ。出来たか【囲み字】行司 なる程
御両人の御あらそひも。御もつとも
な事。大庾には何事によらず。技芸(ぎげい)
によく。わたられたと申事なれど。爰
では徳か智か。又は豪勇(がうやう)か志の事を
評じますれば。ぐだ〳〵と。小間物みせの
やふに引出すにもおよびませぬ。一寸
論じます所が。赤草紙の八人芸。
能く。俗にとれる御趣向。素読(そどく)が済(すむ)か
すまぬに。見識(けんしき)だてをなさる二本 棒(ぼう)
より。一日の論ではござらぬ。九述の
中孝経論語は見ましたが。あとの
七述はどふあるやら【囲み字】わる口 妹の御かげ

で出世したといふ風説(ふうぜつ)【行司】いか
さまその評判も。一 盤(はん)に有つたれども
人の口には戸が立られず。訳の有る事
と見へます。此時は物徂徠の光りに
恐れ。海内の人物。有智無智。来翁に
従ひたれど。此先生心有る人と存じ
られます。中西には江戸入りそう〳〵。贔
屓多く。御門人如来にも日々の
御出ッ世。阿弥陀の光りも建立(こんりう)次第(しだい)
とやら。能ひ御弟子有つて大慶
〳〵。まづは西の御勝
   山崎闇齋
   中村愓齋
東の方山崎には。すつたり詰たり

はやかわり。木(ゆ)綿 襷(たすき)かけて。柏掌(かしわで)
の趣向(しゆこう)唐(から)士も日本(やまと)も胡椒(こしやう)丸呑(まるのみ)。
やらずのがさね御手ぎは。能ふはやり
ました。中むらには呉ふく屋よりの
出世。二礼童覧の御 深切(しんせつ)。今は見
る人も無けれど。厚(あつ)ひ思しめし。
南郭集(なんくわくしう)のぬき取。李王の跡(あと)を
なめる御方の口で。なにさあれはと
は。あまりもつたいなひ事。まことの
君子でござる。山崎が勝と見へます。
  兼山冬蔵
  観海才蔵
近ごろめさましき御両人。御 出情(しゆつせい)
次第。関まても昇(のぼ)られますに。若くて

残念(ざんねん)〳〵。東の方兼山には。手は利(き)
かねども。大力のかたづくり。とり組で
はまけの無ひ大 丈夫(じやうぶ)。西の方観
海にも。手利の上のしつかりと力も
有れど。相手が大力故 油断(ゆだん)なさるな。
東に勝が込みまする
 此処でちよつと申あげまする。
 飛入の角力両人甲乙の論(ろん)は
 しばらく指し置。御近所の事。
 其うへ赤羽にての出会も有りし
 御方故。ざつと評じます
【囲み字】見物 両人とは。誰が事だ。【囲み字】行司 外で
も御ざらぬ。大坂屋の先生河保寿。天
神馬場の秋元辰之進。両人とも。誰

しらぬものもごさらぬ。【囲み字で】わる口 ウその大
坂屋とは。かうじ町で下らぬ身上。
烏(う)石流(せきりう)に入あげた馬鹿(ばか)ものか。
一生の内。天神の額(がく)が出来た計り。
能くも無ひ手跡(しゆせき)だ【囲み字で】ひゐき 志(こゝざし) の厚(あつい)
先生。からす石も先生がもとめら
れた。【囲み字で】行司 何にもせよさつぱりとした
御方おはりにね入られてざんねん。
秋元氏には。御師匠より。伝
来の詩が御手に入って。当代で
の先生。【囲み字で「わる口」】きやつも田舎(いなか)侍と外
は見へぬ男。折(せつ)臂(ひ)の御客とは此人
の事か。酒食(しゆしよく)におぼれ子供はどふ
したか。よひ弟子もなひか【囲み字で「行司」】是

は〳〵。御わかひ御方のわる口。御まち
下さりませ力はともあれおしき
先生。此様十人も得やすからぬ
人物。追而のしやうぶにくわしく
評しませふ
  鳩巣
  青木
御両人とも用に立つ御学問。風(ふう)
りうに心を高くし。経義(けいぎ)にしばら
れる先生たちと。一ッ所には論(ろん)じられぬ
駿台雑(すんたいざつ)話や昆陽漫録(こんやうまんろく)はたが
見てもよひ御作【囲み字で「わる口」】さかなやにも。こ
んな男がある【囲み字で「行司」】さればそのさかな

屋だから。なを御 志(こゝろざし)が察(さつ)しられて。
すさましひ。さつまいもの御 趣向(しゆこう)。
思ひきつた事。中〳〵当時かやう
なしうちをする人はなひ。崑陽
先生の御勝と見へます。
  熊耳
  灊水
東の方熊耳には手取なれど綱引
天神の一手は。大東世語とは。いきぐみ
も違ひあまりどつといたさぬ御手
きは。西の方灊には手はなけれど力
あり。芝のおやぢのきつゐ骨おり。
やう〳〵と来翁の校も出来るやう

なられた【囲み字で「わる口」】嵯峨(さが)が嶽と御 同藩(どうはん)
                      《割書:やしき| 》
ゆへか。めつたに名は高けれ共。元の
出が一 農夫(のうふ)。【囲み字で「行司」】コレ〳〵又例のわる
口。近代徂徠の餘(よ)光でかゞやかれ
ました。されど勝は熊耳とそんじ
られます。
  東涯
  明霞
御そろひなされて博物(はくぶつ)な御方。東涯
には。どなたも御存の通り。親ゆづりとは
申ながら。何もかもよく御手がまわり
ました。明霞にも助字(じよし)をよく合点
いたされた。御同人片山忠蔵にも。浪(おゝ)
花(さか)にて。一人となられます。識鑒の

人あらば。追而勝負は分かりませふ。
まづはみな様御存の堀川の御勝
 一本堂
 東 洞
東の方一本堂大力のかたつくり。手
もよくきゝます。土俵入よりだん〳〵と
いきほひよく。見へました。忌中の節
三年上下を着(ちやく)されたと世上で噂
がござる。儒を捨て医に帰し。師と
あらそわぬと申説もあり。いろ〳〵咄
の有る御方。西の方東洞にも手は
きゝます。男はでつふり仁王立ち何共
ひるまぬ大丈夫。紫岡下し。宜【瞑ヵ】眩く

【右頁】
るまの二手はすさましき御手きは
最初江戸にては誰もしらぬ角力
なれど。京へ上りてより。段〳〵と御
出世今ては何所の田舎も吉益流。ば
ばもおやぢも傷寒には先生がよひと
申まする。しばらくの取組なれど。東
の方土俵へ出られ。たれは。勝は東洞
【左頁】
去る御方より。芸州牡蛎百箇東洞へ
下されました
   惺窩
   南村
東西同し大男土俵入りつはて御さる
東の方惺窩には仏を破し儒に

【右頁】
帰すとやら。ゑいざんおろしの一手は
かく別な御手きは。勝は東にこみます
   藤樹
   錦里
あまり人は御存なけれど。藤樹の学風
は格別な御見識。錦里にもよひ
【左頁】
御第子あつて。御指南のほども
知れ奥(おく)ゆかしく御ざる。勝は錦里と
見へました
   玉山
   周南
東の方玉山力も有り。手もきゝます。

【右頁】
ぬけめのなひ御方。老鶴の篇の
抜手よふ出来ました。御門人少く
しる人まれにて残ねん。西の方周
南にも。明論館の御手きは。近国
まで。靡(び)然となひきました御両
人の仕うちは。学問の真面目。二国
のおだやかになるは御両人の御余光
【左頁】
どちらも大丈夫と見へます。勝負は
しばらく預ります
   廣澤
   南郭
御両人とも。すさましき御手きゝ。力
もあり。誰ならぶ方も御ざらぬ【囲み字】わる口

【右頁】
コレ広澤はこゝへ出る角力じやあ無ひ。
行司の目はどこへ附て居る。【囲み字】行司 何を
おふせられます。おまへがたの目が曲つたか
手跡ばかりではござらぬ。学才も有
算術もよし。生れてゟ人が別で
御ざる。今日の用に立大功が度〳〵。
手跡が秀たればみな様手跡斗で
【左頁】
御論じ被成ますか。遠州より出られ
さま〳〵の険阻艱難(けんそかんなん)をなめられ。
よく人情に渡られました。今時の
書家とやらわざ〳〵ならい込んで。
先生に成られるとは違ひ。余力に
学はれたる事にて。人がおして師
といたしたので。唐様の先生と自

【右頁】
かんばんを出されるとは天地の違(ちがい)
ナント分りましたか。近ごろ観鵝(くわんが)百
談(たん)を駮(はく)【左ルビ:うつ】して批評とやら申小冊
が出ましたが。象(ぞう)のからだに蚤(のみ)しらみ
いらぬ御世話と存られます。ナント
是で御合点が参りましたか。その
外さま〴〵の功があれど識者には
【左頁】
御そんじの事なれば。くだ〳〵しく申
にも及びませぬ。南郭にも今の
詩人とは格別。よく世とおしう
つるとは。此御方の事でござろふ。経
義のさばき方も商売けんくわの
先生たちとは違ひ。広ひ事で
ごさる。春台と取組をみな様

【右頁】
御このみなれど。それは学問一通りの
事御器量の論では。信州の先生
は偏なやうに存しられます去りながら
諸侯の大伝にはよき御方【囲み字】見物 夫は
こゝでいふに及ばぬ。両人の勝負は
どふだ【囲み字】行司 いかさま是はそさふで
あつた。廣澤の勝と見へますれど
【左頁】
御見物様には足が土俵へ出たやう
に仰られますれば。しばらく後の君
子をまつまて。預ります
   徂来
   仁斎
【囲み字】見物 東の先生をなせ大関に出さぬ

【右頁】
五百年来の滅学を起された。【囲み字】行司
しばらく御まち被成ませ。御合点の
参るやふに述ませふ。東の方徂来
には大力なるうへの手きゝ弁道
弁名のおひなげは思ひ切つたる
御手きは【囲み字】わる口 先生の論語徴は
千百年眼の抜取きたなひ手で
【左頁】
御かち被成た。品字選の先かけを訳
文筌蹄にいたされた。時か時ゆへ盲
万人てあつたか【囲み字】行司 なんでも目の
附く所が御見識よく手が廻りました。
西の方手はさまできかねど。ちからは
まけぬ大男千石をやす〳〵とあげ
られ。たるは。五百石の御儒官より

【右頁】
は。よほどつよひ所が見へます。此度の
角力は西の方御勝。ゆだんなさると
土俵へ出ます
   蕃山
   白石
【囲み字】わる口 サア評判が聞たひ。大関の仕打は
【左頁】
どふだ。【囲み字】行司 そのやふに急に申ても
分らぬ事しばらく御まち被成ませ
元来この熊沢には。学風もみな様
とはちがひ志の立やふが大きひ。六経は
心の注脚と申が御学風。それゆへ
他の御方とちかひ故事を知つたの
詩文がよひのと申を自負するやふな

【右頁】
少事には心をとめられませぬ。平
生の言葉に。今日の実事におこなはぬ
事は学にあらずとの事。それはとも
あれ。去る諸侯に初見のせつ漢の
酈食其高陽の一酒徒と申た趣
向あり。其後品川の駅とやら川崎の
駅とやらにて。防火の御手当まて
【左頁】
口計の儒者の及はぬ事。また何
所のか寺を破滅いたされたと申が
あまりに果断なやふに論ずれど
心有りての事。何と大関に居き
ました訳が分りましたか。次に白
石先生を論じませふが。是はみな様
御存の御方。幼年より一ト通りの

【右頁】
御方ではござらぬ。軍器考も重
宝いたします。此方の心まゝに
いたしたら。サゾおもしろき事が御さ
りませふ勝負は追而
   貝原
   太宰
【左頁】
   毛利
御世話役の御三人。一寸論じませふ。
貝原にもよく。何かあれ是と。御世
話をやかれ。道中記まで御手かかゝり
ました 【囲み字】見物 それ位の事か。温泉記
までくわしかつた 【囲み字】行司 なるほどよく

【右頁】
俗に入るやふに何もかも博ひ事
なれど。肝要の経義がすめませぬ。終
に。大疑録が出ましたは。どふかたの
もしきやふなれど。生質小刀細
工と存しられます。毛利にも諺解
に心をつくされ。俗を導れたは能
やふなれど。是も同然の小刀。太宰氏
【左頁】
をこゝへ出したは。さぞ御腹の立つ御方
もありさふな物なれど。あまり世話
役が多過まして。心中が察し
られます。親族正名は釈親考の
むしかへし。先生の徴有れは。外伝
あり。あまり細かで有つた。去る諸侯
の待しやふが悪ひ迚出られぬは

【右頁】
尤な事なれと。此方が治られたらば
苛(から)き政に。一 間(けん)【左ルビ:へだて】と存られる。国を治(おさむ)
は。小鮮を煮るがごとしとやら申せば
芝の先生の詩文に世を逃れたは
格別のやふにこさる。かやふな所か
第一なれば。是非なく御三人を並
ました御職御金【「鑒」ヵ】の有る御方は
【左頁】
御そんじても有ろふ歟
   道齋
   定保
一姓二度おこらずとやら。御両人とも
長者二代無しと申心歟。親ほとになひ
御手きは。道斎には位牌知行を無
くしも被成ぬが。太宰氏には。何所の

【右頁】
何国へ参られたやら。親仁の孝経は。唐
迄も渡つたと申せば。知不足斎の居候
にも成られたか。御門人がたにはさぞ〳〵。
御残念にござりませふ
  右勝負附。あらまし御目にかけます
  追〳〵くわしく。手を吟味いたし
  勝負を分(わか)ち。御評判をねがひまする
【左頁】
損徳斎
【著述
變語(ひよんご)  近刻
論語をもぢりて
第一章より廿章まで
世話に准らへしるす

【右頁】
江戸八景
江戸繁花の地
八ヶ所を当世
晒落書に
とり組
天明は
戊申初春

【左頁】
【ラベル】
徳1
2835

【裏表紙】

{

"ja":

"病家教訓草"

]

}

【表紙 題簽】
病家教訓草

【背文字】
病家教訓草

【題簽】
病家教訓草

【管理ラベル】
富士川本 ヒ 108

【題簽】
病家教訓草

病家教訓草序
韓退之曰非_二 人生 ̄ナカラニシテ而知 ̄ル_レ之 ̄ヲ
者 ̄ニ_一誰 ̄カ能 ̄ク無 ̄ラン_レ惑 ̄ヒ惑 ̄テ而不 ̄ンハ_レ従 ̄ハ_レ師 ̄ニ
其 ̄ノ為 ̄ルコト_レ惑 ̄ヒ終 ̄ニ不_レ解矣抑-夫 ̄フニ患
病 ̄ノ之家 間(マヽ)有_下晻 ̄シテ_二乎治 ̄スルノ_レ病 ̄ヲ之
理 ̄ニ_一慒然 ̄トシテ不 ̄ル_レ知_レ在 ̄ルコトヲ_二夭法中 ̄ニ_一者 ̄ノ

也而 ̄シテ古賢所 ̄ノ_レ著 ̄ハス書充棟汗
牛未 ̄タ_二甞 ̄テ暁 ̄トス_レ之 ̄ヲ者 ̄ノ_一近 ̄ロ有_二病家
示訓者 ̄ナルモノ_一能 ̄ク通 ̄シ_二事情 ̄ニ_一善 ̄ナリ_二於勤
懲 ̄ニ_一而 ̄レトモ亦 ̄タ未 ̄タ_二必 ̄シモ可_一_レ為_二叮嚀 ̄ノ教
誡 ̄ト_一也 粤(コヽ) ̄ニ岩名子刻 ̄シテ_二病家教
訓草 ̄ヲ_一而索 ̄ム_二予 ̄ニ序 ̄ヲ_一予閲 ̄ルニ_レ之 ̄ヲ其 ̄ノ
旨可_レ謂_レ懃 ̄タリト矣著 ̄ハスニ以 ̄シテ_二俚言 ̄ヲ_一縦_二
横 ̄シ于諸説 ̄ニ_一旁 ̄ク通 ̄ノ_二已意 ̄ヲ_一而不_三
鑿 ̄スル以 ̄セ_二猛浪 ̄ノ之空言 ̄ヲ_一若 ̄クハ論若 ̄クハ
歌皆曩 ̄キニ所 ̄ニシテ_レ得_二諸神授 ̄ニ_一而非_二
敢 ̄テ自 ̄ラ以 ̄テ為 ̄シテ_レ是 ̄ト而逞 ̄シテ_レ言 ̄ヲ以 ̄テ誣 ̄ルニ_一
人也析 ̄ツテ為 ̄シ_二 九条 ̄ト_一彙 ̄テ成 ̄ス_二一巻 ̄ト_一

【右頁】
後 ̄ヘニ附 ̄メ_二和歌 ̄ヲ_一以 ̄テ便 ̄ス_二養生 ̄ニ_一読者
勿 ̄レ_下以 ̄テ_二俚言 ̄ヲ_一輕 ̄スルコト_上レ之 ̄ヲ
安永庚子仲冬之日
    扶桑堂田義道識
【左頁】
病家おしへ艸序
予幼より医(ゐ)を好み。聊(いさゝか)此道の旨趣(ししゆ)を翫(もてあそば)んと
おもひしが。漸頃(やう〳〵このごろ)及ざる事をさとれり。去れども
他の活計(すぎわい)なければ。止む事を得ず。医を業(げう)として。
口腹(こうふく)を艱(やしな)ふ便(たより)とす。素(もとより)おろかなる身の。君子(くんし)の
なすべき大/業(げう)をなせば。日(ひゞ)に過(あやま)つ事多く。そら
おそろしきおもひ。或時(あるとき)。 吾朝(わかてう)の医祖(いそ)。大己貴(おほあなむち)

【右頁】
命(みこと)の社に詣(まふて)て日頃の過を悔(くい)て。通夜(つや)し侍り候か。
丑満(うしみつ)のころ。夢(ゆめ)ともなく。現(うつゝ)ともなく。異相(いさう)の人来
りて告て曰。汝 先非(せんひ)を悔(くい)て。我に祈る事 神(しん)
妙(べう)也。然(しか)れども。一 ̄トたび作れる罪(つみ)は。再消(ふたたひきゆ)る
物にあらず。もし其罪を滅(ほろぼ)さんとおもはゞ。
諸人の為(ため)に成らん事をなすべし。去れども
汝が愚にてはかなひ難(がた)し。いざ〳〵我がおしへを

【左頁】
聞(き)け迚。一巻の書を。讀(よみ)おはり給ふとおもへは。
夢(ゆめ)さめぬ。不思議(ふしぎ)に尊くおもひ。筆にまかせて。
神語(しんご)を綴(つゞ)り。此冊を成せり是みな病家(へうか)に
おしへる言葉(ことば)也。疾(とく)持帰(もちかへり)て筐(はこ)に納め。時問(よほくとふ)
人有ば。如_レ是傳へ侍りぬ。此ころ書肆(しよし)何某(なにがし)
なる人来つて。是を梓にちりばめんとねがふ
事再三(さいさん)なり。いなみかたく。其まゝ病家おしへ

【右頁】
艸と題(だい)して贈(おく)り侍りぬ。


于時
 安永巳亥田苗月

   奥陽  幽芳亭主人謹題

【左頁】
病家教(べうかおしへ)訓草(くさ)目次
【丸一】一 病家心得(べうかこゝろゑ)の事
【丸二】二 医者(ゐしや)をゑらぶ㕝
【丸三】三 時医(じい)名(な)医を用ひましき事
【丸四】四 医者(いしや)を尊(とうと)むべき事
【丸五】五 薬(くすり)を用るこゝろ得の事
【丸六】六 灸(きう)をすゑる心得の事

【右頁】

【丸七】七 財(たから)をおしむあやまちの事
【丸八】八 巫覡に迷(まよ)ふ過(あやまち)の事
【丸九】九 薬(くすり)人をころさず医者(いしや)人を殺(ころ)す事
       《割書:附|》養生 誹歌(はいか)百廿一 首(しゆ)



             目録畢
【左頁】
病家(びやうか)おしえ草(ぐさ)
   第一 病家(べうか)心(こゝろ)得の事
夫人の病(やまい)有る事は。たとへば寒暑(かんしよ)の到(いた)る
がごとく。今(いま)無病(むべう)なるも忽(たちまち)病(や)む事。貴賤(きせん)
少長(しやうてう)をゑらはずみな同じ事也。其うちにも
平常(へいぜい)慎(つゝし)むと。慎しまさるにて、軽重(けいちう)【「かるしおもし」左ルビ】有事也。
往昔(むかし)聖人(せいじん)も。三つの慎を上け給ひて。其一つは。

【右頁】
やまひを大事にせよとおしへ給へば。尤心を付
べき事也。今時(いまどき)の病家も。麁末(そまつ)におもふ
ものは無けれども。其訳(そのわけ)をしらぬゆへ。医藥を
用る道をうしなひ。医者をたのむにも。多く
は学問(がくもん)の善悪(よしあし)もいとはず。只/形容行止(なりふりとりまはし)を
見て。良工(じやうず)とおもひ。或は人来つて。某(それ)の医
者は誰(たれ)かれを愈(なを)す。病症(べうしやう)是にかわる事
【左頁】
無しと伝。或はあそこの丸薬/爰(こゝ)のねり薬よく
此やうに病が愈(なを)るといふゆへ。其詞に隨(したか)ふて。
是を用ひ。或はたま〳〵病む者のいふは。我もと
より丈夫(しやうぶ)なれば。薬(くすり)を用るに及はず。日数(ひかず)を経(へ)ば
自然と愈るへし。迚時を延し。病おもりて急(きう)に
医者をたのむもの有り。或は飲食(いんしい)に傷(やぶれ)て病(ふへ)
者は。其口の賤(いや)しきをはぢてつゝみかくし

【右頁】
或は腎虚下疳瘡毒(じんきょげかんさうどく)を病む者。は。見持(みもち)
の悪しきを恥(はぢ)。医者是を尋ても。外事(ほかごと)を云
まぎらして。有りのまゝにいわず。其/症(しやう)を云当(いゝあて)
ればいみ嫌ふて其薬をのまず。或はかたく禁(きん)
物(もつ)をいへば。むつかしひ迚。其医者を頼(たの)まぬもの
有り。此等の類はみな病家の心得ちがひと
いふもの也。去れは病により。早く愈る病も
【左頁】
有り。又愈兼る病も有り。其/軽(かろ)き病は。文盲(もんもう)
医者でも愈せども。むつかしひ病(や)に成つては。学問(がくもん)
の有る医者でなければ。愈す事ならぬなり。
故に古人も。医者は学問なければ。あやまつて人を
殺す事有れば。つね〳〵医学を専らにし。丁寧(ていねい)
をつくして療治すべし。病人は医者をおやの
ごとくおもふて薬をもらひ。医者は病人を子の

【右頁】
如く思ひて薬をもれば。薬も自然と相応して
病気も早速(さつそく)愈るといへり。是(こゝ)を以て見れば。
たとへ良(よき)医者でも。病人不信仰(ふしんこう)では。其薬
きかぬものなれば。常に心がけて。上手の医者を
ゑらひ。信仰して薬をもらうべし。今時の病
家を見るに。上手下手の差別(さべつ)もなく。みだりに
たのむ故(ゆへ)。やゝもすれば間違いが出来て。症に
【左頁】
合ふ薬は却(かへつ)て用ひず。症に合はぬ薬を用る也。
無学の医者は。禁忌(きんき)をもおしへぬ故。終(つい)には飲食(いんしよく)
色欲等(しきよくとう)の傷(やぶれ)より病をおもくして。死する者多し。
是/畢竟(ひつきやう)病家(べうか)なをざりにして。平常心懸(へいせいこゝろがけ)
ぬ故也。都(すべ)て病といふものは。軽(かろ)き内に愈(なをさ)ねば。
おもくなりては仕方なき也。古書(こしよ)にも綿々不_レ切(めん〳〵きらされば)。
将_二尋_一レ斧(まさにふをもちいんとす)といへり。是は艸木(そうもく)の和(やはら)かに。小(ちい)さき内

【右頁】
苅(かり)すてざれば。後には斧鉞(おのまさかり)を用るやうに成る
といふ事也。然れば少しの病も打捨(うちすて)置かず。
さつそく上手の医者をたのみて。斧鉞(ふゑん)を用(もちい)
ぬやうにすべし故人も此/等閑(なをづり)を深(ふか)くいましめ
たれば。荀旦(かりそめ)にもおろそかにおもふべからず。病人は
とかく我まゝをいふものなれば。介抱(かいほう)の人。心を付
て。取はからふべき事也。能く〳〵心得べし
【左頁】
 第二 医者を撰ふ㕝
古曰(いにしへにいわく)。医不_二 三-世_一不_レ服_二其薬_一 (ゐさんぜならさればそのくすりをふくせず)。言(いふこゝろ)は博(ひろ)く学(まなび)
約(つゞまやか)に取(とつ)て。三世の書(しよ)までも通達(つうだつ)した医者(いしや)
で無ければ。薬は呑まれぬといふ事也。然るに
今の病家やまひおもれば。大勢医者を集て。
談合(だんこう)薬を用る㕝有れども。其心得なく
しては。益(ゑき)なきのみならず。却而(かへつて)害(かい)有る㕝也。

【右頁】
仍て爰にあらまし。故人のおしへを述(のぶ)るなり。
扨大勢集る医者に。得失(とくしつ)有る事なれば。
是(これ)を知(し)るが肝要(かんよう)也。良(よい)醫者は自心(じしん)に得た
㕝が有る故。威勢(いせい)のつよひ者に恐れず。又
よわい者をも慢(あなど)らず。人の善(よき)に付て。我悪(わがあく)き
を立(たて)ぬ故。何角(なにか)に付て曲(まが)る㕝なし。また
庸医者(へたいしや)は。心に偽(いつはり)多く。威勢(いせい)有る者(もの)には。
【左頁】
へつらひ。無き者をば見くだして。人の善につ
かず。自分(じぶん)の悪を立る故。病家の害に成るなり。
今時の医者を見るに多くは学問(がくもん)もせず。
只世に隨(したが)ふを勤(つとめ)とし。或は時医者の勢ひ有る
ものを師と頼み。名をかりて人に知られん㕝を
求め。或は困窮(こんきう)して家業(かげう)の無き者もの。或は□
氣にて。他の業(わざ)のならぬ者か。俄に医者に成て。

【右頁】
あそこ爰を聞おぼへ。早速(さつそく)衣服(いふく)を改て是を
業とし。或はたま〳〵学問(がくもん)にこゝろざすものは。
博(ひろ)きに走(わし)つてつゞまやかならず。或は待文章(しぶんしやう)を
著(あらは)して学医と見せかけ。専ら交(まじはり)をよくして
貴人(きにん)に近付。只禄をもとむる事をつとめとして
医学をおろそかにし。あまつさへ儒書(じゆしよ)さへよく読(よめ)ば
医書はよまずともしれるなど迚世を惑(まどは)すもの
【左頁】
多し。かよふな明医たちが集つて。おもひ〳〵の了簡(りやうけん)を
いわるゝ故。かへつて病家の惑(まどい)となりて仕そんずる事
多し。夫故古人も。談合(たんごう)薬を忌む事を諸書(しよしよ)にのせ
たり。是は何故なれば。下手医者はろく〳〵症も見
定めず。卒示(そつじ)に薬方をきはめる故。間違有らん事を
恐れて也。去れば往昔の人の医者をゑらぶには。まづ
上手の医者を呼びと。とくと容体(やうたい)を見せて医案(いあん)を

【右頁】
書かせ。是を見る人有りて。尤とおもへは其薬を用る
也。もし其薬/相応(さうおう)せねば。重く医者を呼ぶもまた
前の通り也。前後かやうに心を付て療治(りやうぢ)する故
間違は無き也。上代の時医多き時さへ。此ごとく丁寧(ていねい)
を尽(つく)せり。今時は猶さら心得有るべき事也。去れ
ども。病家医者をゑらぶ㕝むつかしければ。学問
有る人に問て撰へし。其学問有る人にもいろ〳〵
【左頁】
有れば心を付べし。只正直(たゝしやうじき)にして。偏頗(へんば)【「まがり」左ルビ】の心なき
人に尋べし。心正直ならざる人は。我か気に入たる
人をば。下手をも上手といひ。我気に入らぬ者(もの)をは。
良工(じやうず)をも麁工(へた)といふ故。却而(かへつて)害をまねく也。古人も。
誉(ほめ)る時は盗跡(ぬすびと)も堯舜(せいじん)となり。毀(そし)る時は鸞鳳(ほうほう)も
鴟鴞(ふくろう)と成るといへり。かかる径庭(まちがい)有る事なれば。
常々心掛べき㕝也。其時に成りて。あれこれ

【右頁】
うろたへるは。盗人を見て索(なわ)をなふといふもの也。
扨其内/自分(じぶん)にて。医者を撰ばんとおもはゝ。兎角(とかく)
篤実(とくじつ)なる人を頼むべし。今時のならひにて。多く
世㕝にかしこき人を見ては。療治にはたらき有
やうに思ふて信仰す。是則療治を麁(そ)まつに
するといふもの也。篤実の人は見かけが不調法(ぶてうほう)に
見ゆる故。多くは良医(よいいしや)を棄(すて)て庸医(わるいいしや)を頼み。害(かい)を
【左頁】
まねく㕝多し。篤実親切(とくじつしんせつ)にて学問有るは最(さい)
上の事。学問なくとも篤実親切ならば。相応の
益は有るへし。かならず見かけの不骨(ぶこつ)気まゝ
不調法なるには依らぬ物也。其見かけに拘(かゝ)々
人は。必世㕝にはたらき能く。療治を麁まつに
する人にだまされて。却つて害を受る事也。
是第一のこゝろ得也。

【右頁】
 第三 時医名医を用まじき事
古人曰。明医不_レ如_二時医_一 (めいゐははやりいにしかずと)。是は学問の有る医者にても。
時医の勢ひ有るには。及はぬといふ事也。仍而 時医(じい)名医(なゐ)
の害有る事を諸書に載(のせ)たり。まづ時医といふは
学問はなけれ共。時の仕合にて用ひらるゝをいふ。
名医といふは。素(もとより)医者の器量は無けれ共。親/師匠(しせう)
の名をかりて用ひらるゝをいふ也。今時 是等(これら)の
【左頁】
類多くして。専ら用ひらるゝ㕝也。病家も学
問の無き事は知つて居ながら。まづ見かけが能けれ
ば上手とおもひ。敬ひを尽し禮(れい)を厚(あつ)くして用る事。
中〳〵学医の及はぬ㕝也医者も亦用らるゝに随
がつて。いよ〳〵人を欺く事を勤(つとめ)とす。甚しきに到(いたつ)
ては。前金を取て療治する類有り。言語道断(ごんこだうだん)
の事也。是/素(もとより)病を治して。人の為にせんと思ふ

【右頁】
心はなく。他の活計(すぎはへ)無きまゝ。しやう事なしに
医者をする者(もの)なれば。只利欲のみにふけりて。病
家の貧富(ひんふ)を撰てりやうぢする也。是をもつて
古人も。今の医はへつらひかざる事を。専として
真の医にあらず。たとへは遊女(ゆしよ)の面に紅粉(へにおしろい)を粧(よそほ)ふて
人をたぶらかすに同しといへり。誠(まこと)に世の盛衰(せいすい)とは
いひなから是非もなき事なり□□□□□□□
【左頁】
多く学医は匙(さじ)が廻らぬと云。是は大きな了簡違也。
古より明醫と称(せう)せらるゝ者。漢和(からやまと)ともに。学問
無きは壱人もなし。すべて学問といふは。別の㕝に
非らず。書物を読む事也。其書物を読は往昔(むかし)
の上手な医者たちの。はなしを聞くに同じ。その
噺を多く聞けは聞くほど。巧者にならいではかな
はぬ也。すれば学問の有る人の薬は。きかぬといふ

【右頁】
事は。無きはづの事なれ共。其中に学問して
匙(さじ)の廻らぬ人は。生質(うまれつき)よく〳〵不器用にして。学問
してさへ匙が廻らねば。せぬならばなを〳〵人を殺(ころす)すべし。
ケ様な人は。人の命を預かる医者は勿論。何になり
ても益にたゝぬ生れつき也。去りながら器量は
無くとも。学問した徳が有る故に。文盲な者の
やうなめつたな仕そんじは無き也。病家是等の訳
【左頁】
にくらくして。学医は匙が廻らぬと心得て頼まず。
人を欺く山医者を用るは。誠に石をかゝえて淵に
入るがことし。心有る者。是をかなしまざらんや
 第四 醫者を尊むべき事
古人の言(ことば)に。大-徳 ̄ヲ謂 ̄フ_レ生 ̄ト至 ̄テ貴 ̄ハ惟命(だいとくをせいといふいたつてたつときはたゝいのち)といへり。
故に天地の間に生るゝもの。命より大切なる物
なし。其大切なる㕝は。誠(まこと)に天下/国家(こくか)にもかへがたし。

【右頁】
去れども病といふもの有りて。其命を失ふ
故。いにしへの聖賢(せいけん)。医道を立給ひて。これを
救ひ給ふ。也。今時の人。命の大切なる事を。知
らぬものは無けれども。いまだ医者を尊とむ
㕝をしらず。故人も病有る時。医者これを
愈さねば。父母の生む所。君の養ふ所。師の
教る所。三ツながら保(たもち)かたしといへり。これは
【左頁】
いかほど忠孝をつくさんとおもふとも。病が有れ
ばかなはぬ也。医者は其病を愈やすものなれば。
尊まねばならぬはづ也。是(こゝ)を以て古書(こしよ)にも
医者を天官(てんくはん)に列(つらね)て。敬ひ給ふ事を載(のせ)たり。
其尊き事を知れば。信仰(しんこう)も厚(あつ)ふして。薬(くすり)も
おのれと相応するもの也。古の道にこゝろ
さす人は。学医を敬ひしたしみて。病の無き

【右頁】
時は。つね〳〵養生(やうぜう)の道を問ひ。病有れば早速
療治をたのみて。兎角(とかく)身の慎(つゝ)しみ能きゆへ。
無病長命の人多し。今時は是とかわり医者
を軽(かろ)んずる故。医道も段々おとろへて。医者も
日雇(ひよう)取のやうに成りし也。是/畢竟(ひつけう)。病家の
心得違とは伝ひながら全体(ぜんたい)医者の方から悪く
しなす故也。自身医者の器量なくして。病家
【左頁】
をへつらひ廻る故自然と軽んするやうに成し也。
甚しきものは。彼が薬を呑まんより。買薬には
しかじ迚。大/概(がい)のやまひには買薬にて濟(す)まし。
動(やゝも)すれば大病と成り。死する者多し。あわれむ
べき㕝也。かならずしも遠きを尊み。近きを
賤(いや)しみ。富(とみ)を尊み貧(まづし)きをいやしむなど。有まじ
き事也。聖人の語にも。貴不_二必冨_一 (たつときはかならずとまず)と是は

【右頁】
儒医(じゆい)の類(たぐい)をさしての給ふ也。然れは貧医(まつしきいしゃ)
にも良(じやうず)が有るとしるべし。別して近き医者は。
急な時に頼まねばならぬものなれば。つね〳〵
心がけて。学医を敬ひしたしみおくべし。
  第五 薬を用る心得の事
古人曰。法不_レ全則。無_二以痊。言は。(ほうまつたからざるときはもつていへることなしといふこゝろ)。其/薬(くすり)法
のごとくにして用ひざれば。病は愈ぬといふ事
【左頁】
なり。夫故。往昔の人の薬を用る法は。今時の
病家の容易(たやすく)。出来ぬ事なれども。略(りやく)して其(その)肝(かん)
要(よう)とする所ばかりをあぐる也。まづ薬をせん
ずる事。慎でおろそかにすべからず。水は井花水(せいくわすい)
迚くみたての水を用べし。病により煎ずる水
にも色々かわり有れども。多くは井花水を用る
也。急病(きうべう)又は発散(はつさん)の薬には火を強(つよ)くしてせんじ。

【右頁】
緩病(くわんべう)又は補薬(ほやく)は火をゆるくして煎ずべし。器(うつは)
は。土瓶(どびん)が能き也。唐銅鍋(からかねなべ)ならば随分古きを用べし。
新しきはかならず毒(どく)有るもの也。薬袋は絹(きぬ)或は
布(ぬの)を用べし。水の多少/生姜(せうが)の入やうまでも。
法のごとく守るべし。今世上をみるに。茶の会
などには。能く吟味すれども。命にかゝわる薬
には。水のせんぎもせず。おろそかにするなり。
【左頁】
剰(あまつさへ)父母の薬など。女童(わらべ)に煎じさせ麁末(そまつ)に
するは。甚有るまじき事也。是も人が無ければ。
しやう事は無けれども。人を持たる人は。心得有
へき事也。扨薬を煎ずるには。随分落付たる
としばいの人をゑらぶべし。中にも経行(けいこう)の女。其
外わる臭(くさ)きもの。犬猫(いぬねこ)の類(たぐい)は近付べからず。器
等も随分清浄(しやう〴〵)に心を付べし。宿夜(よいごし)のくすり

【右頁】
などは決(けつ)して用べからず。薬も煎し置は。性が
ぬけて。饐(すへ)る故/劫(こう)なきのみか。却而病人にさわる
事有れば時々新に煎して用べし。かやうに
心を付て用るを。法を全(まつた)ふすといふなり。然ら
ざれば薬/効(しるし)をなしがたし。今時の病家多くは。
麁略(そりやく)にして法をうしなひ。甚しきに至りては。
包紙(つゝみかみ)に薬をのこし。又は弐番館せんじの水も一 ̄ツ所
【左頁】
に入て煎する者有り。甚有るまじき事也。
倭国(わがくに)の薬はむかしゟ小貼にて。其うへ水沢山
なれば素(もとより)薬/薄(うす)き也。それに薬紙に薬を余し。
二番せんじの水も一所に入ては。なを〳〵薄くなりて
効の有るべきやうなし。如_レ斯して病が愈ねば。
あの医者は下手にて。薬が利かぬなど迚。咎(とが)を
醫者に帰する者有り。甚心得違也。其外

【右頁】
病家の麁略にて。あやまる事多し。よく〳〵
心を付べし
 第六 灸をすへる心得の事
凡灸治の事。大体薬と同様なれども。別して
灸は大切なる物也。まづ灸せんとおもはゞ。能/経(けい)
絡(らく)を弁(わきまへ)たる医者を頼み。灸てんを受(うく)べし。猥(みだり)
に学/問(もん)無き者の灸てんを受べからず。大きに
【左頁】
害有る事也。今時は灸は至つて心安き物と心
得て。おし灸又は妙灸など迚。ゑもえしれぬ灸
をすへるもの有り。甚愚の至り也。灸といふ
物は薬とちがひ。即座(そくざ)に害は見へね共。年月を
経て害をなす故。古人も針灸の過(あやまち)有 ̄ル事
を載(のせ)給へり。今時の人は是をしらず。みだりに
針灸を用るもの有り。素(もとより)針灸薬ともに。病

【右頁】
に対(たい)してのものなれば。猥(みだり)に用る物にあらず。
夫故古人も。病なくして薬を服(のむ)は。乃(すなはち)㕝なきに
病を生(せう)ずといへり。甚おそるべき㕝也。扨灸せん
とおもはゞ。前日より飽食(ぼうしよく)。飲酒(ゐんしゆ)。房事(ぼうじ)を
つゝしみ。腹立(はらたち)いかる事なく。心/静(しづか)にして風の
あたらぬ所にてすへべし。酒酢(さけす)。油気(あふらけ)。生物(なまもの)。五 辛(しん)
一 ̄ツ切の熱(ねつ)ものを忌(いむ)べし。是をゆるかせにする時は。
【左頁】
大にさはる事也。然るに是をしらぬものは。酒は気
血を廻らす物故。酔てすへればよく利くと云。或ひは
雨降は物静(ものしづか)故。心落付て能ひなど〳〵云。或は灸を
すへるに日の吉凶はいらず。おもひ立 ̄ツ日を吉日とて
すへる者有り。或は二月二日は。いつも吉日と心得。
悪日に当りてもすへる物有り。みな心得違なり。
夫/天運(てんうん)の助る日を吉日とい云。人の元気を助る

【右頁】
日也。天運の害(かい)する日を悪日といふ。人の元気
を損(そこな)ふ日也。其悪日をも忌(いま)ず、灸をすへるは。好で
禍(わざはひ)をまねくといふもの也。扨灸をすへる事も。
薬を用ると同じ事にて。一度で愈る病も
有り。又二三度で愈る病も有り。又日久しく
すへねば直らぬ病も有り。其時の医者の指図に
したがひ。数にかゝわるべからず。是をしらぬものは。
【左頁】
一度すへて効(しるし)なけれはまた改て外の所へすへ
段々迷(まよ)ひをおこして症(しやう)に合う穴所(けつしよ)へはすへず。
埒(らち)もなき所へすへて。却而病をおもくする者
有り。是等のおもむき。能く〳〵おもふべし
 第七 財(たから)をおしむあやまちの事
古人曰。軽_レ身重_レ財二不治也(みをかろんし たからをおもんするは ふたつのふちなり)と。去れば貨(た)
財(から)を大切にするも。身有りとの事也。もし

【右頁】
病にて身を亡(ほろほ)す時は。家に何ほど貨財(たから)が有て
も。何の益(やく)に立たず。故に身の貨財より大切なる
事はみな人知らぬものなし。其知つて居なから。是
をおもはぬは。さりとは性根なしといふもの也。
去れば病の劇(はげ)しき時は。身の苦(くる)しみにたへかね。
此病さへ愈るならば。何ほど財は費(ついや)すともかま
わぬと。身を財宝より大事にするやうなれ共。
【左頁】
病愈て見れば。其節とは大に相違するなり。
世の諺(ことはざ)に。咽(のんど)過れば熱(あつ)さ忘るゝといふもこの
事也。実に病を治して。身を全(まつた)ふせんと思はゞ。
費をいとわず上手の医者を頼み。能ひ薬を
用ゆべし。財をおしんで庸医(やふい)を頼。麁(やす)薬を
用べからず。古人も亦近来病家/謝礼(しやれい)を薄(うす)く
する故。医者もつゐへをいとひ。麁薬を用ひて

【右頁】
効を得す。却て病を重ふするといへり。殊(こと)に
今時の人は。何角の費をいとふて。上手下手の
差別なく。只心安きものを頼む故。近来は
醫者の奴僕(やつこ)までも頭を剃(そり)衣服を改て。
医者をするやうに成し也。病家もとより
天窓(あたま)さへ丸ければ。医者と心得頼むゆへ。
庸医ます〳〵時を得て。学医も中〳〵
【左頁】
及ばぬやうに成し也。中にはわづか一 ̄ツ二 ̄ツの薬方を
学へ。或は丸薬ねり薬等にて。万病悉く愈ると
いふて療治するもの有り。尤/悪(にくむ)べき事也。夫
人に貴賤少長有り。病に新久/虚実(きよじつ)あり。臓(ぞう)
腑(ふ)に大小/長短(ていたん)有つて。悉くかわる事也。古人
の方を制するにも。君臣佐使(くんしんさし)といふ事有りて。
病によりて色々加減(かげん)有る事なれば。一薬にて

【右頁】
諸病愈るへきやうなし。能く〳〵おもふべし。
扨又病家。医者を頼費をいとふて。買薬など
にて済(す)ますは。甚つまらぬ事也。かの一薬にて諸
病を愈すものと同じ。ゑては仕損(しそん)する事多し。
古人も病て薬せざるは。中医を得といへり。是は
症に合はぬ薬を呑まんより。呑まぬ方がかへつて。
中ぐらひの医者の。療治ほどに向ふといふ事也。
【左頁】
然れば。買薬や。下手医者の薬を呑より。のま
ぬほうがまし也。扨薬物は随分高直(こうぢき)なるを求(もと)
むべし。高直にさへ有れば。悪き事なき也。中に
おゐて人参の事。素人(しろうと)にいらぬ事なれども。
心得のため。ゑらび易(やす)き一 ̄ツ法をしめす也。第一に
陳縮参(ちんしゆくじん)。是は所々の薬園(やくゑん)に有り。根の形(なり)悪き
ものを集め植(うへ)て。実(み)を取る為(ため)の種(たね)の根也。

【右頁】
人参は凝気(ぎやうき)【「こり」左ルビ】の品なれば。兎角(とかく)実するを尊とふ
事也。十二 ̄ケ年以上を歴(へ)されば功なし。本艸に記
せる大功は。至つて年久しき品の事也。今の人参
をいふにあらず。此品はこやし無ふして実し。
屈曲(くつきよく)【「まがりくねり」左ルビ】にて盛(さかん)也。廿年をも卅年をも歴(へ)たる
と有りて。本艸の説に叶たるは只此一品なり。
此品甚効有り。中〳〵今時の朝鮮人参も
【左頁】
及ばぬ也。第二に朝鮮/鉛(なまり)入 ̄リ人参。是は鉛多く
手入無きを択(ゑらび)用べし。鉛無くさきめ多 ̄キは。色々
のまぜ物多くして薬用にたへす。財をおしむ
心より鉛をきらひ。却つて贋(にせ)物を㐂(よろこ)ぶ事。
笑止(せうし)千万也。第三/箒手(はうきで)引はなし人参。此品
少 ̄シ次なれ共朝鮮に違なし。鉛もなく目利も
心安ければ。素人には第二の名品ともいふべし。

【右頁】
只箒手のうちにはりたるは竹箒の鬚(ひげ)等 ̄ニて。
同物にあらず。切能相反して攻撃(こうげき)の品也。へがし
棄(すて)て用べからす。第四に朝せん種/盧頭参(ろづしん)。是は
真の悪頭にあらね共。人参を製する時。頭を切り
すてたる切くず也。かの土は土地あしく参気/疑(こり)
安く。こやしなふしては長じがたし。殊に年久しく
疑り実したる品なれば。頭は其気強過 ̄キて
【左頁】
吐(は)く法には用る事有れど。補攻(ほこう)【「おぎなふ」左ルビ】は無 ̄キ もの也。
朝鮮とても今は。耕作(こうさく)ものにてこやしをかへ。
十二年をまたずして育(そだて)あげ。金をいそぐと
聞ゆれば。形実(かたちじつ)せずして気うすく。中〳〵むかしの
人参のやうなは今は無き也。第五に同人参/生乾(せうぼし)
第六に同製法の品。此二品は止む事を得ぬ時
用ゆべし。同しくならば。上の第四までをゑらふが

【右頁】
よし。扨今の人参。たくましく大なるは。少しも
多く年をへたるしるし也。昔の人の細手を好み
しは。年をへて細きは。其気実したる故なれば。
是を尊ぶ也。今の細手は手数少く。はやく取り
たる物にて実せず。其性大に劣(おと)れり。扨是迄
が補薬(ほやく)に用る人参也。此外に朝せん肉折節折(にくおれふしおれ)
鬚人参。信濃(しなの)。芳野(よしの)。薩广(さつま)人参等。同類にて
【左頁】
共に竹節参(ちくせつじん)也。広東(かんとう)は地参の根也。三七の根
なりといふ説有れども形状(かたち)似ず。攻撃(こうげき)の
品にて補功は無き也。誤つて用へからず。その
うちに至つて下直にして。用て効有るものは。
御種人参にしくはなし。予。此品を用る事年
久し。多く用る時は其功朝鮮にかわる事なし。
倍し用へし。價(あたい)の安きまゝ。卑下(ひげ)するは。実事

【右頁】
をしらざる故也。むかし
有徳院様。卑賎(ひせん)の者に。誠の人参を用ひ
させんとおぼしめして。唐と朝せんへ。
仰せ遣(つか)はされて。御取よせ給ひ。諸人の為に。
御心を尽させ給ふ也。おろそかにおもふべからず。
扨ケ様に差別有る事なれ共。素人の目利
には。兎角その品々の中に於ても。ふとく
【左頁】
たくましくて。高直なるが能きと心得べし。
價の費をいとふて。麁(やす)薬を用ひ。大切の命を
うしなふべからず
 第八巫覡に惑にあやまちの事
古人曰。信_レ巫(ふをしんして)。不信_レ医(いをしんさるは)。六不治(むつのふち)也。言(いふこゝろ)は神子(みこ)
山伏の類を信じて。医者を信せざるは病
治せずと也。今時の病家。巫覡に惑さるゝ者

【右頁】
甚多し。中にも是を知る人あれと。其期に
のぞんでは。心/転倒(てんたう)して終に愚に成るもの也。
巫覡はそれに付け込でことばをかざり。此病は
某(それ)の生霊是の死霊祟をなす迚。ひたすら
符水(ふすい)を用ひ。此御符を用る間は。薬はいむ
などゝいふて。却て人の命を害するあり。
病家も是にだまされて。用ひではならぬ
【左頁】
薬をやめ。ひたすら符水を用ひ。病人の脾胃
をそんじ。いよ〳〵病を重くするもの有。あわ
れむべき事也。なるほど符水にて愈る病も
有れども。それは病により。その人による事也。
予が産(むまれ)辺土(へんと)にして。至つて。医に乏(とほ)しき所故
病有れば其所の巫覡を頼み。専(もつは)ら符水を
用ひ。まゝその病愈る事有り。今其症を

【右頁】
考るに。多くはねつ病の類也。古人のねつ病
に。冷水(ひやみつ)をあたへて。験(しるし)を得る事。諸書に載(のせ)
たり。恐らくは是等の病。符水にてしるし
有るべし。然るに其訳をもしらず。諸病みな
符水にて愈ると心得れば。舟にきさみ。くゐぜ
を守るの類也。古人も神巫/高僧(こうそう)。誠心(せいしん)に
いのりて。治する所只/瘧(おこり)の一病のみ。その外
【左頁】
の病は愈らぬといへり。むかしの神巫高僧さへ
やう〳〵瘧の一病ゟ外は愈す事かならぬと云。
まして今時の無徳の人の祈祷まじない
で。諸病が愈るべきやうなし。然けに符祝は。
祝由科(しゆくゆうくわ)とて。古は医術の一つ也。是はみな精気(せいき)
の滞(とゞこほ)より起る病。又は七情の変(へん)に至つては。
薬物の及はざる所有り。其おもひつめたる欝(うつ)

【右頁】
滞(たい)を解するに。別術(べつしゆつ)にて移(うつ)しかゆる事も
有り。故に此/科(くわ)を立し也。しかれもも病家。心
こゝろにする事にはあらず。大方/脈(みやく)とて本
道より。諸科をすへ。それ〳〵に入用の科に申
付る也。符祝なども其内也。世に本道を
上座にし。諸科を次坐にするも。いにしへの
遣風(いふう)也。今の世は符祝のもならず。諸科共に。
【左頁】
別々の療治をする故。本道にて補へは。針
灸科(きうくわ)にて瀉(しや)しなどして療治常におもひ
合はず。却て病家の害となる事多し。針
灸。外科(けくわ)眼耳口鼻(かんにこうび)。符祝共に。必本道の
指図を受(うけ)相談して用べし。斯(かく)すれは療
治一/致(ち)して。大に益有る㕝也。此訳を知らず。
祈祷にて諸病が愈るやうに。おもふて。医

【右頁】
者を捨て用ひさる事は甚おろかの至り也。
 第九 薬人を殺さず医者人を殺す事
古人曰。虚(きよ)々実(しつ〳〵)々といふ事有り。是は虚病
に攻(こう)撃の薬を用ひて。虚に虚をかさね
実病に補/益(ゑき)の剤(さい)を用ひて。実に実を
重るといふなり。虚とは内の缺(かけ)たる病。実とは
余り有る病と心得へし。扨上の如く療治
【左頁】
して死る者は。医者是を殺すといへり。すべて
薬の有毒無毒(ゆうどくむどく)みな医者の用るをまつ
ものなれば。能く用れば人を活(いか)し。悪く用
れば人を殺す。故に砒霜班猫(ひさうはんみやう)も能く用れ
ば人を活し。人参/黄茋(わうぎ)も。悪く用れば人を
殺す也。是皆用ひる医者の巧拙(じやうずへた)によるべし
其毒有る薬は。たとへば釼のごとく。症(しやう)に合はぬ

【右頁】
に用れば。忽(たちまち)人をころす。無毒の薬も。症に
合はざれば。漸々(ぜん〳〵)によわりて死る也。然れば生(せい)
殺(さつ)は用る者の方寸に有りて。薬にはよらぬ
もの也。医者の薬を用るは。たとへは軍師(ぐんし)の
兵を用るが如く。其/馳(かけ)引が大事也。聡明(そうめい)
達士(たつし)にあらされば。臨機応変(りんきおうへん)はかなひがたし。
しかるに今時は。一二巻の書でりやうじは
【左頁】
なる物と心得。医学をせぬ者有り。是らは
古人にも優(まさ)れる歟。おぼつかなき事也。古来ゟ
明医良医と称(せう)せらるゝ者。幾万人といふ事は
なけれ共。みな精力(せいりよく)を尽して学問し。昼夜
其理を考へてこそ。人の病を治せし也。夫に
学問をせずして。医者をするは古人も不假鋒(ほうじんをかり)
刃而戕賊人(ずしてひとをそうぞくす)といへり。手に鋒刃(やいば)をとらねども。

【右頁】
忽に人命を毀傷(そこなふ)也。仁術を以て却而人命を
害す。天命恐るべき也。扨薬を用るには。第一
土地を考るか肝要(かんよう)と見へたり。夫故古人も。
膏梁(こうりやう)の腹(はら)と藜藿(りくはく)の腹と同じからすといへり。
是は平常美食をしているものと。蔬食(そしい)を喰て
居る者との違也。平/常(せい)美食をして。四骸(てあし)を
遣はず。気苦労する者は。自然と内よはりて。
【左頁】
病気をおのづから。内傷(ないしやう)が多き也。都下(みやこ)の人
此類多し。又平/常(せい)蔬食(まづもの)を喰て。気を遣はず。
労力(ほねおりわざ)するものは内が丈夫にて。病気も多くは。
外感有余(ぐわいかんゆうよ)の病也。田舎の人多く此類也。
此心得にてりやうぢすべし。昔/薛巳(せつき)は補に
偏(へん)。長子(てうし)和(くは)は瀉(しや)に偏(へん)なれども。二人共に左右【「まけおとり」左ルビ】
なき明医也。是はいかんといふに。薛巳は天子の

【右頁】
御側(おそば)医者にて。常に高貴の人をりやうぢ
せし也。故に多く。補薬を用ひて効を得たり。
張子和は辺鄙(へんひ)の山家医者にて。常に下賤
のものを療治せし故。多く瀉剤(くだしくすり)を用ひて。
験を得たり如_レ斯都下の人と田舎の人は。
生質(むまれつき)が違(ちがふ)によつて治療も雲泥(うんでい)のちがひ
有る事也。此心なしに。都下の人も田舎の人
【左頁】
も同じ様に心得ては。大に違ふ事也。是等
の趣。病家にしゐて預(あづ)からめ。事なれども。心
得の為しるす也。扨此書は世の中の。ものに
心得たる人に。おしへむとにはあらず。只何も
しらぬ。病家の心得ちがひをさとす物なり。
末に養生の歌。百廿一首を記(しる)す是は養生
論等にくわしく有る事を。歌につゞり俗に

【右頁】
しれ易(やす)きようにせしもの也。此歌もと
何人の作といふ事をしらず。《割書:予|》反故(ほうご)の中ゟ
是を得たり。世の助にもならんかと
爰にしるす

 養生誹歌(ようせうはいか)    百廿一首
 序(じよ) いひ出すはじめ也
問(とい)たらんやまふの来る道々の岐(ちまた)しらする軒(のき)の下人
【左頁】
文武 つねとへんとをいふ
かねてより身をつゝしむは文の道やまふくすしは武士(ものゝふ)の業(わざ)
  井花 あかつき汲井の水也
まず掬(すく)ふ暁(あかつき)わけるつゝ井づの井づゝの水は薬とぞなる
  嚥唾(ゑんだ) つはの事也。
水上の唾(つは)をははかぬ玉の緒(を)はつゝきて老のひかり尽せぬ
  摩面(まめん) かほをなでる事也
朝(あさ)毎にてすりあたゝめ目も面もなつればかへる老のさゞなみ

【右頁】
  保胃(ほうゐ)いの気をやしなふ也
しよくはたゞよく和らげて暖(あたゝか)にたらはぬほとは薬にもます
  土熟(とじゆく)とちになれし事也
国々の育(そたて)になれし養ひはしいてあらためうつらぬぞよき
  薬長(やくてう)さけの事也
酒とてもゑはぬほどにて愁(うれ)へされ心もたすけ気も通ふ也
  四骸(したい)てあしの事也
さむからず飢(うへ)る事なき楽(たのしみ)は足(た)る事しるの幸(さいわ)ひぞかし
【左頁】
  流戸(りうこ)はたらく事也
老ぬ間は起(おき)て見居て見身をつかひ心は常に休(やす)むるぞよき
  和中(わちう) よいほどの事也
常の食/四時(しいし)にじゆんじ五味を和(くは)し飽(あく)におよばず又はうへざれ
  歓懲(くわんてう) こらす事也
性をわれ常にすなをにため直しよきをしたふや養生の本
  不薬(ふやく) くすりいれあぬ也
何となく形と心つゝしめは薬なふてもゆらく玉の緒

【右頁】
  國身(こくしん)身をつゝしむ事也
民やすき国はにぎはひ気をおしむ人はすなをに身をたもつ也
  食薬(しよくやく) しよくとくすり也
のみ喰ひの飢(うへ)やむるをばみなしりてやまふをいやす薬あふがす
  扶老(ふろう) おひをたすくる也
なべて世の若きさかりは身もつよし老てよわきは薬すくへり
  順衣(じゆんゑ) ゐるひをよきほどにする也
水にぬれ汗にうるをふ衣かへまた夏冬はよきほとに せよ
【左頁】
  辨医(べんい) ゐしやをゑらふ事也
くすしをばかねて手がらを弁(わきま)へてそれをしたしみ脈(みやく)も見すへし
  枸湯(くとう) 《割書:二月二日四月八日十月十四日十一月十一日枸杞を|せんじ湯につかふ事也》
定おくくこの湯の日を忘(わす)れつはつゝかもあらでのぶる玉の緒
  沐浴(もくよく) ゆをつかふ事也
飽みちてかしら洗ふな飢て又湯ふろに入れは虚實(きよしつ)そむけり
  温臥(おんぐは) 湯あがりにねる事也
湯あかりのそのぬれ髪にねる人は頭風ともなり目もまふぞかし

【右頁】
  浴風(よくふう) 湯あかりのかぜ也
わきまへぬ老の長ふろ汗たりて風入りぬれば目口引つる
  数浴(すうよく) たび〳〵湯をつかふ事也
身のあかをすゝく湯をだも重ればはだへにかさをまねく也けり
  冝/泉(せん) 湯治の事也
出る湯や疵(きず)や瘙瘡(かへかりかさ)脚気(かつけ)ひゆる筋骨あたゝめてよし
  禁泉(きんせん) 湯治をいむ也
上喘(かみぜん)や咳脹水腫癖積聚虚熱(がいてうすいしゆへきしやくしゆきよねつ)赤目にいてゆたゝれり
【左頁】
  洗足(せんそく) あしあらふ事也
あたゝかに足を洗ひていねよたゞ水にひやすはかつけとぞなる
  風眼(ふうかん) やみめの事也
常よりもことにやみ目の折からは湯ふろと炭火/婬酒(いんしゆ)つゝしめ
  弁目(べんもく) めのやまいをわきまふる也
水と火と痛痒(つうよう)虚実/乾(かん)と温(うん)まなこやむにはわきまへてよし
  晩食(ばんしよく)
ほどすこしうえへての食は味もよく腹にもかなひ薬ともなる

【右頁】
  無過(むくわ) すごさぬ事也
富む事も過れはおのがあたとなり食にもあけば齢(よはひ)みじかし
  棟擇(とうしやく) ものをゑらふ事也
はかなくも吉凶おもふくるしみのなにはにつけて身をつくしけり
  口婬(こういん) くちと色となり
出入の口と色とをつゝしめば禍病(くわべう)の二つ身にもよりこず
  汗下(かんか) あせすること下す也
汗おしみ下るもいとへおのが身にそれや内外のあるじならまし
【左頁】
  兵薬(へいやく) くすりくをたくはふ事也
効(しるし)ある薬にさとれ何事もなきおりからはいかゞのむべき
  㐂怒(きど) よろこびいかる也
㐂笑(きせう)さへ過れば陽気へるそかしいかるにわきて陰虚(いんきよ)する也
  弦筋(げんきん) 力わざ也
ゑせ馬とつよ弓角力ちからわざつもれば筋の中風とぞなる
  飽臥(ほうぐわ) あいてねる也
あきみちて則/臥(ふ)せば腰いたみいかさま腹の積聚(しやくじゆ)とぞなる

【右頁】
  頼薬(らいやく) くすりをたのむ也
のむ薬なのみをかけて何事もつゝしまづればそのかひもなし
  後粮(こうよう) としよりてにはかにやうじやうする也
いたづらに過来て老いのつゝしみは日くれて送をいそぐ也けり
  災因(さいいん) はざわひのたね也
災(わざわい)はしたふ宝にちなみ来て扨たましいは色におとろふ
  軽粉(けいふん) はらや也
軽粉を瘡薬とて用るは当座はなをる後のわざはいひ
【左頁】
  抱石(はうせき) 陽をおこす石薬也
弁(はきま)へぬ陰痿(いんい)の薬のむ事はもゆるほのふに薪をぞそふ
  怨他(おんた) ほかをうらむ事也
くすしせめ効(しるし)をいそぐ身の病つくり出せる吾(われ)はうらみす
  鹹酸(かんさん) しほからきとすき也
しははゆきあつきを用其後に冷酢(ひやす)をすへは声をうしなふ
  怖治(ふぢ) りやうぢにまどふ也
なべて人むねの思ひはみたれ碁(ご)の死るをこうにたてゝおもへじ

【右頁】
  漱口(そうこう) 口すゝぐ也
臨睡(りんすい)と食後に口をすゝく人くさからず歯くさ来らず
  火風(くわふう) ひとかぜ也
冷るとて枕のあたりをく火/桶(をけ)すき間の風ぞ頭(づ)つうとそなる
  更灯(こうとう) ありあけ也
ともしびをかゝげのこしていぬる人そのたましいは安からぬ也
  屈伸(くつしん) のびちゞみ也
眠るにはかゞめてさめば又伸べよ一かたなるな長きよすがら
【左頁】
  兼慎(けんしん) かねてつゝしむ也
さしもぐさもゆる思ひと針薬くるしまんよりかねてつゝしめ
  健友(けんゆう) つよき友也
おのが身につゝかなきまゝおしなへて食せよといふ友はあた也
  怒便(とへん) 二べんの時いきつむこと也
厠(かはや)にて前も後もいきつむな足ひさひへて目もしふる也
  一陽(やう) 冬至の日也
冬至にはいさゝか陽気生ずるに詞すくなに内につゝしめ

【右頁】
  暑泉(しよせん) なつのしみづ也
あつき日の道行つかれひやゝかにおもてあらへは面(おも)くさと成る
  枕時(しんじ) いねる時向ふ方也
いぬるには春夏東秋冬は西まくらして常に北いめ
  疫因(ゑきいん) やくびやうのたね也
腎精(ぢんせい)を冬たもたねばおしなへて 春夏民の病のがれず
  夏慎(かしん) なつのつゝしみ也
夏一季ゑ気とたましひ汗にぬけ冷物ゆへに吐瀉(としや)の鶴(くはく)らん
【左頁】
  忌過(くわ) すぐる事をいむ也
納涼(のうりやう)も又冬こもるあたゝめも過れは夫も病とぞなる
  踏青(とうせい) 青葉をふむ事也
しもへの野にやすらひてのどけくも心を春の空にまかせよ
  納涼(とうりやう) すゞむ事也
夏の日も涼しき暮は思ふどちしみづのほとりかたれ木陰に
  赤壁(せきへき) 舟あそびせしこと也
笛(ふへ)の音も風も涼しく舟うけて月もろ共にうたふまれ人

【右頁】
  伴書(ばんしよ) 書もつを友とする事也
老は只みしかき文のからやまと道のながめを四方にかたらへ
  謹尿(きんにやう) 小べんのつゝしみ也
飽(あい)て立うへてつくはふ小便所わすれねば又二膓(てう)無事也
  禁久(きんきう) 久しきを忌也
いね起も立居見聞てまつ事もみな久しくて病とぞなる
  歯津(ししん) はとつは也
鶏(とり)鳴(ない)て我歯をたゝき口すゝぎつを呑入れよのぶる玉の緒
【左頁】
  弁咳(べんがい) せきのやまひを弁ふる也
咳(せき)はみな久しき近き虚実有りなへて補/肺(はい)の薬つゝしめ
  脹因(てういん) はれやまひのたね也
能(はれ)し水は中虚のゆへに出来る通利のみにて効いそくな
  積源(せきげん) しやくのみなもと也
しやくもちのよはきがうへに食過て消(しやう)せぬ物をさのみ過すな
  渋痢(じうり) りびやうの事也
腰もはりいきづみてしも渋(しぶ)る痢は数しげく共とゝむへからず

【右頁】
  燥噎(そういつ) むせやまい也
むせ病/上中下(うえなかしも)のしるなきに又かはかすな芳香(はうかう)の熱(ねつ)
  霍謹(くわくきん) くわくらんの事也
くえあくらんの吐瀉(としや)ふくつうの愈(いへ)の後二日三日は食をひかへよ
  滞謹(たいきん) とゞこをりやまい也
虚水/湿(しつ)美食補薬の滞りつもりていたむ腰は通ぜよ
  知因(ちいん) やまひのゆへをしる也
酒美食食むねの滞(たい)気の痰飲(たんいん)はやまひかふりの炎(ほのふ)にてしれ
【左頁】
  燥秘(そうひ) 大べんの秘する也
燥結(そうけつ)し数日通せぬ大べんは只うるをして瀉薬いむべし
  風揺(ふういん) 風よりおこるやまひ也
目と心/眩暈(めまい)は風のしわざ也瀉肝補血を只望むべし
  弁主(べんしゆ) もとを弁へしる也
舌は心咽胃喉肺(いんゑんいこうはい)口は脾よ齦(はぐき)陽明(ようめい)歯は腎(じん)しれ
  瘡因(さういん) できものゝたね也
水はかれ土肉(どにく)余れるやうてうは美食房事のつもりとぞしれ

【右頁】
  労序(らうかい) らうがいになる下地也
欲(よく)は心/痎(がい)瘧(ぎやく)脾肝/咳(せき)は肺(はい)是すゞ虚(きよ)人後は労瘵(らうさい)
  弁虚(べんきよ) 虚のおこりを弁ふる也
酔(よふ)は肺(はい)飽(あく)に胃(い)の気の枝よはみ殊にぬ色は根をからす也
  衂因(ぢくいん) はれぢのたね也
酒つもり立居もあらくはねとべはかほくれな井に衂とぞなる
  酒損(しゆそん) さけのやぶれ也
夜をかけてつもる盃脾をやぶり胡酒は又胃の腑そこなふ
【左頁】
  粒神(りうしん) 心をまどはす也
蛙(かはづ)ふみ盃の蛇(じや)をあやしみて心せむるはおのがうたがい
  謹憤(きんふん) いきとをりをつゝしむ也
憤(いきどを)り口になければあたもなし胸にあらねばくるしみもなし
  穀津(こくしん) くひもの呑ものゝ気也
便瀉(べんしや)には穀気をそんじ痰/嘔吐(おうど)胃液(いゑき)かはけば佛性もつく
  身心(しん〳〵) みと心也
吾形(わがかたち)内の血と気は霊佛(みほとけ)の旅(たび)屋ぞかこへあらしはたすな

【右頁】
  吊喪(ていそう) とむらひに行也
朝おきて無き人見まひ吊(とむら)はゞ必少し酒のみてゆけ
  忌偏(きへん) 物にかたよるをいむ也
老が身のよはきを救(すくふ)ふ薬せば水火ひとしくかげん有へし
  名利(めうり) 名と利にふける也
利にふけりほまれをのそむ人は只吾(われ)から身をも心をもせむ
  奢楽(しやらく) おごる事也
道わかで楽しむ人の行衛には命つゞまり来るわざわひ
【左頁】
  三友 三つの友也
物しりと富と医師(くすり)をよき友と定め云しに露も違ふな
  婦痙(ふけい) 婦人のそりかえる病也
若きどち産後にはやく交りて血の道みだれ又そりもする
  帯因(たいゐん) しら血ながちのたね也
月の水有るにたへかね交ればしら血ながちのもとひとぞなる
  月風(げつふう) けいこうの時風あたる也
月水のいさぎうよからぬそのほどの風はよろつのやまふとぞなる

【右頁】
  欝散(うつさん) うつするとひるゝと也
気はらさず胸つかゆるは女なり水つきいへるはおとこぞ
  求嗣(きうし) 子を求る也
其みやくの平かなるは石女(うまずめ)よ虚実有をばなをせはらまむ
  招災(てうさい) わざわひをまねく也
子/孕(はらま)ぬ腹に温薬とりあつめしゐて服する身のあたぞかし
  夫虚(ふきよ) おつとの虚したる也
脈も平身に病なく孕まぬは男にたねなきかこととへ
【左頁】
  月淋(げつりん) けいこうのおりつゝしむ也
忘(わす)れても月の障りの有る折は髪をあらふな帯下(こしけ)とそなる
  児衣(じゑ) 子供のいしやう也
よき程に衣がへする嬰児(みどりこ)はいとふはだへにはしりくさなし
  招疳(てうかん) かんの病をまねく也
海川の甘(うまき)をあつめやしなひてつくり出せる若(わか)かあいはら
  疳症(かんせう) かんのやまひ也
疳気にて目鼻をひねりやせかせば児(こども)の医師に見せよ瀉渇も

【右頁】
  驚因(きゅういん) きゆう風のたね也
高こゑや恐しき事見聞かせばよはきたましひ驚風となる
  急驚(きうけう) 急きやうふうといふ病也
ねばかたく消せぬ物を子にくわせ急きやう風となるぞつゝしめ
  慢驚(まんきやう) まんきやう風といふ病也
脾胃/虚(むな)し泄吐(せつど)【「くだしはき」左ルビ】して後風を引さて驚くはまんきやうとしれ
  変蒸(へんぜう) ちへほとおりの事也
声おもく咳痰少し熱気ざし唇内(しんない)白きさかしほとほり

【左頁】
  出痘(しゆつとう) ほうそう也
痘ねつもつよきはかしさませたゞほのあたゝめて出やすき也
  養老(やうろう) としよりのやしない也
老人は燥(かは)くものいみ補陰(ほいん)して心やすめよそれや孝行
  延齢(ゑんれい) よわいをのぶる也
気をおしみ口と【挿入=婬事のこと】たまくらつゝしまは老/彭(ほう)ひとしその
 としのかず
  惜精(せきせい) 腎せいをおしむ也
命は食に有るさへ過て煩ふにかねてとぼしきう水をつくすな

【右頁】
  老友(ろうゆう) おいての友也
聞法も物見も老はくるしきにうとからぬどちかたりなぐさめ
  持避(ぢへき) よきを持あしきをさくる也
おのが身にたもちてよきは只もちてさけてやすきは常にさくべし
  逐欲(ちくよく) よくを少くする也
限り有る露の身をもてはかりなきむねにまかせばはやく
                     こぼれん
  難行(なんきやう) おこなひがたき也
謹(つゝあしみ)を耳に聞わけ心にもえておこなわぬ人はかひなし
【左頁】
  歌仙(かせん) うたの事也
仙人の通ひ馴ても人しれぬあとをあらはす敷しまのみち
  忘慮(ばうりよ) おもひを過さぬ事也
身をやすめ心をのぶるやしなひは万の事をわするゝにあり
  羨足(せんそく) みのほどをしる也
うらやまず足る事をしる楽しみはわざわひなしの老の
                     あけくれ
  瓶口 口をつゝしむこと也
とにかくに人まかせなる瓶(かめ)の口出るも入るもわさはひぞなき

【右頁】
  杏枩(きやうせう) 人のせいすいにかとふる也
色香有る花は雨にもたへかねてみどりの枩はときは
                    なりけり
  慎本(しんほん) もとを大切にする也
あたら身の神(しん)と精(せい)とをおなしくば慎しむ人にしらせてしかな
  懲悪(てうあく) あくをこらす也
ほろびしもつもるおごりの鏡ぞと皆身のつへにかゑり
                    みよかし
  耗声(ごうせい) こゑをつかい過す也
法をとき調子(てうし)にうたひ物語それも過れは肺気かわけり
【左頁】
  聖字(せいじ) 聖の字をよめり
耳なをく詞は世々の法となる是ぞ誠のひじりならまし
  跋(ばつ) おわりの事也
齢(よわい)のべいやすやまふになれきつる心をたねのやまとことのは
書捨しやまとことの葉只に見て心とめずは
                其かひもなし

病家おしえ艸終

【右頁】
于時
 天明元丑年
    仲夏吉辰

    日本橋通三丁目
       松本善兵衛

【裏表紙 文字なし】

談芭菰誉詞

談芭菰誉詞

談芭菰誉詞 画   三冊
       演出

浪華薬種問屋能書張交帖.

【表紙】
【題箋】
浪華薬種問屋能書張交帳 二

【右丁】
【文なし】

【左丁】
          家伝
           金応丸   【赤印 亀田文庫】
一傳 ̄ニ云凡 ̄ソ人 ̄ノ百病皆周 ̄ル_三飢-飽酒-食生-冷-過度 ̄ニ傷_二其 ̄ノ脾胃 ̄ヲ_一心-腹脹満嘔_二-吐 ̄シ酸水 ̄ヲ_一面-黄肌-痩(ヤセ)飲食
 減少生 ̄ス_二諸-病 ̄ヲ初未 ̄タ_レ覚日-久則成 ̄フ_二大患 ̄ヲ_一此 ̄ノ-薬能治 ̄ス_二万病 ̄ヲ_一百-発百-中之奇-方 ̄ノ也
一男女つねに用て大に元気を補(おきな)ひ五 臓(そう)六 府(フ)養(ヤシナイ)せいすいをそへ腎(じん)をまし筋骨(すしほね)を壮(さかん)にし精気(せいき)を
 強(つよ)くし目を明(あきらか)あ【にヵ】し耳(みみ)をさとくし腰(こし)膝(ひざ)を温(あたゝ)めはだへを潤(うるほ)し行歩(きやうぶ)を健(すこやか)にし諸虚(しよきよ)百損(ひやくそん)を治(ちす)
一 虚労(きよらう)鬱症(うつしやう)ねつ出て自汗 盗汗(ねあせ)痰(たん)咳(せき)久敷 止(やまず)痰血出るに効(しるし)あり 一吐-血 痰(タン)-血 衂血(はなち)下血
一虚症の喘息(せんそく)いき切 ̄ㇾ 一つかへ疝(せん)気 腰(こし)ひざ腹(ハラ)いたみ不食づつう気むつかしきに用て効(シルシ)あり
一 痢病(りびやう)泄瀉(くたりはら)おこり久敷いゑず気力よはくおとろふるに用大によし産後(さんこ)の痢病に妙也
一老人小児夜常に小便しげきによし又 遺精(いせい)遺溺(いにやう)に用妙也度々効アリ
一男女気血ふそく脾腎(ひぢん)よはくむねつかへ腹はり痩(ヤセ)おとろへ気色あしきに用てよし
一 肥(こゑ)じゝにて痰 多(おほ)く手足なへ麻(シヒレ)気あしきは中風のもよほしなり此薬常に用てよし
一婦人血の道経水とゞのほらす赤白 帯下(たいげ)痩(ヤセ)頭痛目まひ気ぶんあしきに用妙なり
一 乳(ちゝ)汁すくなき人用れはよくちゝを出す 一大病後 肥(ひ)立かねいき切するに吉也
一中風◦中気 一手足しひれ痛或は手足なゆるに腰(こし)ぬけ不_レ立に吉也
一脾腎の虚下部力なきに 一水腫脹満に用 一心腹の痛みによし
一男子陽物不_レ興(ヲコラ)陰ひゆるに酒ニテ用 ̄レハ_レ之 ̄ヲ精をつよくし陽物 強(つよし)大ニシテ日々に御 ̄シテ_二 十女 ̄ヲ【一点脱ヵ】
 過(クロ)-倍(ベイ) ̄ス 一女子不_レ産(さん) ̄セス月水不_レ調(トヽノフ) ̄ワス小産するに用て子アリ
一 房事(ボウシ)すぎ五心煩熱スルニ用て効アリ
一婦人長血白血 崩涌(ボウロウ) ̄ニ用て妙也 一黄 疸(タン)に用 一 反胃(ホンイ)がく症に用
一大人小児トモニ生-付よわく諸病をこるに久敷用無病にシテ寿(いのち)永(なか)し
一小児の五 疳(かん)腹中下り腹はるに度々用効アリ 一 雀目(トリメ)にもよし

【上部赤印】
 【帝国図書館蔵】
【下部赤印】
 【帝図 昭和十八・ 三・一二・購入】

【右丁】
 一虚症の疱瘡(ホウソウ)腹下り死せんとするに人参湯にて二三粒用立所に効アリ
 一一切の腫物下痢痔(ぢ)久していゑざるに用て効アリ
 右此薬一切諸薬何にても指(さし)あひなし産婦には可 ̄シ_レ忌(イハ)此 ̄ノ薬常養生薬には毎月三日
 一丸五日に一丸虚人は毎日一粒二粒塩湯酒にて用病人には毎日二粒三粒五粒見合
 用一切諸病を治す神効かぎりなし
○此竒方は大医令道三之元祖一渓先生三国伝-来の妙方也 難(ナン)病を治して度々
 効アリ天下無双の名方也世上に知 ̄ル人なし有_レ故傳 ̄フ_二我 ̄カ家誠 ̄ニ世上 ̄ノ珍-方也 然(シカリ)トイヘトモ
 秘シテ不_レ出時は世上の病人と不_レ救(スクハ)又此の方有 ̄ル事を知 ̄ル人ナシ故に為_二衆人_一令 ̄ル_二調合_一
 もの也
               大医令玄淵道三
               門下 小野道秀
    □□□【金応丸】
【左丁】
【本文】
  古(こ)-人(じん)云(いふ)。至(いたつ)て虧(かけ)やすきものは陰気(いんき)なりと。世(よ)の人(ひと)多(おほ)く房(ばう)-室(じ)を慎(つゝし)まず飲食(のみものくいもの)を莭(???)せす。其上(そのうへ)思(いろ)-慮(〳〵と)
  百(こころ)-端(つかひし)。妄労(みたりにつかれ)妄動(みたりにうごき)して。五臓(ごさう)の火(ひ)。忽(たちま)ちに動(うこ)き。所(いは)_レ謂(ゆる)一(いつ)-水(すゐ)五(ご)-火(くわ)に勝(かた)ず。終(つひ)に天一(てんいち)の水(みつ)を煎(せんじ)
  熬(いりつけ)て諸(いろ〳〵の)-症(やまひ)一時(いちじ)に発(おこ)る。是(これ)を火(くわ)-動(とう)の症(しやう)と名づく。初(し)-老(じふ)の後(のち)。尤(もつと)も此(この)-病(やまひ)多(おほ)し。此(この)症(しやう)発(おこ)りては。
  扁鵲(へんじやく)の術(じゆつ)といへども決(けつ)して救(すく)ふべからず。恐(おそ)るべきの甚(はなはた)しきならずや。然(しか)れは豫(まへかたに)これを防(ふせ)
  ぐ術(じゆつ)なからんや。余(よ)が家(いへ)に一(ひとつの)-竒(めい)-方(はう)あり。天(てん)-一(いち)玄(げん)-々(〳〵)子(し)と称(しよう)ず。薩(さつ)-州(しう)絖胡麻(ぬめごま)といへる上(しやう)-品(ひん)を以(もつ)て
  君(おも)-薬(くすり)とす。其(その)-外(ほか)隊(くみあは)する薬(くすり)。皆(みな)滋(うる)-補(ほし)益栄(ちをます)の良(よき)-品(しな)なり。故(かるかゆゑ)に常(つね)に用(もち)ゐて。腎(じん)-精(せい)を益(ま)し。元(げん)-陽(やう)を
  壮(さかん)にする事(こと)。此(この)-薬(くすり)に及(およ)ぶものなし。総(すべ)て偏勝(かたよりたる)の病(やまひ)を治(ち)するは。必(かなら)ず偏(かたよりたる)-味(あちはひ)の薬(くすり)を用(もち)う。是(これ)已(やむ)を
  得(え)ずして用(もち)う。用(もち)ゐて的(てき)-中(ちう)せざれば。却(かへつ)て其(その)害(がい)を遺(のこ)す。此(この)玄(げん)-々(〳〵)-子(し)のごときは。元(けん)-陽(やう)を保(たもつ)
  を主(おも)として。偏寒(かんにかたより)偏(ねつに)-熱(かたよる)の薬(やく)-品(しゆ)を用(もち)ゐず。  其(その)-効(こう)當(たう)-前(せん)に著(いちじる)しからすといへども。久(ひさし)く服(ふく)して。
  其(その)-効(こう)顕然(あらはるゝ)事(こと)。疑(うたが)ふべからず。されは世(よ)の孝(かう)-子(し)孝(かう)-孫(そん)。父祖(ふそ)の寿(ことぶき)を祈(いの)る人(ひと)。一(いち)-日(にち)も此(この)薬(くすり)なか
  るべからず。仰(あふい)て君父(くんふ)に事(つか)へ。俯(ふ)して妻(さい)孥(し)を育(やしな)ふ人(ひと)。亦(また)一(いち)-日(にち)も此(この)薬(くすり)を欠(かく)べからず。其(その)効(かう)-
  能(のう)略(ほゞ)如(さの)_レ左(ごとし)
《題:天一玄々子(てんいちげん〳〵し )《割書:主治(しゆぢ)》》 
  第(だい)-一(いち)腎(しん)-精(せい)を益(まし) 肌(はだへ)を潤(うるほ)し 胸(む)-中(ね)をすかし 脾胃(ひゐ)を調(とゝの)へ 飲食(のみものくひもの)を和(こな)し 痰欬(たんせき)を治(をさ)め
  声(こゑ)を能出(よくいだ)す 眼目(め)を明(あきら)かにし 遺(ゐ)-精(せい)白(ひやく)-濁(たく)を止(とめ) 大小便(だいせうべん)を快(こころよく)-利(つう)し 根(こん)-気(き)をつよくし
【以下、次コマの文字の振り仮名に付、次コマに翻刻】

【右丁】
  物(もの)に退屈(たいくつ)せず 記臆(ものおぼえつよく)する事(こと)神(しん)のことし 若(わかき)-人(ひと)の白(しら)-髪(か)を黒(くろく)し婦(をん)-人(なの)腰足(こしあし)寒(ひえ)便(ひ)-秘(けつ)するによし
  小(こ)-児(ども)の乳(ち)-離(ばな)れに。食(たべ)-事(もの)に交(まぜ)用(もち)ゐて。脾胃(ひい)を傷(やぶ)らず 小(こ)-児(ども)多(とし)-年(ひさしく)用(もち)うれば。五(ご)-疳(かん)癖(かた)-塊(かひ)の患(うれ)ひなく。
  食(しよく)にあてられず。成長(せいちやう)の後(のち)。必(かなら)ず壮(すこ)-実(やか)なり 此(この)-薬(くすり)常(つね)に用(もち)ゐて流行病(はやりやまひ)に感(かん)ずる事(こと)なし
  凡(およそ)此(この)-薬(くすり)一(ひと)-月(つき)用(もち)ゐて。惣(そう)-身(み)潤(うるほひ)を出(いだ)し。胸(む)-膈(ね)をすかし。痰(た)-飲(ん)を治(をさめ)。飲食(のみものくひもの)を和(こな)し。心(こゝろ)爽(さはや)かになる事(こと)を
  試(こゝろ)むべし 一(いつ)-切(さい)食(しよく)-物(もつ)さし合(あひ)なし。其(その)-人(ひと)の好(このみ)に応(おう)じ。湯茶(ゆちや)にかきたて。或(あるひ)は水(みづ)。又は食(たへ)-事(もの)に振(ふり)
  かけ用(もち)ゐてよし 常(つね)に袖(そで)にして。餒(うゑ)たるを充(みた)しめ。渇(かはき)を潤(うるほ)し。過(くわ)-食(しよく)を消(せう)-化(くわ)する事(こと)妙(めう)なり。
  此(この)玄(けん)-々(〴〵)-子(し)煉(ねり)-丹(やく)の製(せい)あれども。蜜(みつ)過(くわ)-半(はん)に及(およ)ぶを以(もつ)て。其(その)-効(かう)薄(うす)からん事を恐(おそ)れ専(もつは)ら治(ち)-験(けん)の
  神(そん)-速(そく)ならん事(こと)を尚(たつと)び。修(をさめ)て散(さんやく)とす。且(かつ)は懐(ふところ)にしやすく。而(しか)も服(ふく)して泥(なつ)まざる事(こと)を
   御薬料定(おんやくれうのさだめ)《割書:薬-目百-目|同五拾目》 《割書:代-銀三-文-目|同壱-匁五-分》
        《割書: |大阪高麗橋三丁目》
本家調合所 玉兎園  岡吉右衛門精製
       京都出店 四条富小路西ェ入北側
       売弘所 紀刕若山寄合町 岡崎屋吉左衛門

【左丁】
【上段枠外】
御薬弘 ̄メのため毎月廿一日大坂本家にて五十人へほどこし申候
【上段枠内】
《割書:家|伝》脚気即妙散(かつけのめうやく)《割書:一服|》代四十八銅
一右御薬之儀は《割書:予》が先祖(せんぞ)阿州丸岡 家(け)の秘方(ひほう)なり
 数(す)百年之 昔(むかし)異人(ゐじん)一人 来(きた)り曰(のたまはく)此邊 難所(なんじよ) ̄ニて脚気(かつけ)差(さし)
 おこり難渋(なんじう)する者(もの)無数(すくな)からず爰(ここ) ̄ニ脚気(かつけ)治する奇(き)々
 妙々の薬方(やくほう)あり永(なが)く諸(しよ)人の病苦(びやうく)を助(たす)くべしと秘書(ひしよ)を
 残して去(さる)所を知(し)らず夫ゟ今 ̄ニ至(いた)り施薬(せやく)同様(どうやう) ̄ニ弘 ̄メ来(きた)り候所
 四国 巡拝(じゆんれい)のかた〴〵知(し)り給ふごとく脚気一通 ̄リニおゐては五年
 十年の悩(なやみ) ̄ニていか程(ほど)六ヶ敷脚気 ̄ニても此御薬にて治せずと
 いふ事なし然 ̄ルに今脚気の病症 ̄ニ悩(なやめ)る人の多(おゝ)ければ一家(いつけ)に
 秘置(ひしおか)んよりは広(ひろ)く諸人(しよにん)の病苦(びやうく)をすくひ給へと人々の
 すゝめをもださず價(あたへ)を定(さだめ)て普(あまね)く世上(せじやう)に弘(ひろ)むるもの也
       功能
一手足うきあるひはしびれ筋(すぢ)ひきつりいたむによし
一 脊(せ)すじ胴(どう)へかけ引付又は心下(むなもと)へさしとり痛 ̄ニ吉一つちふまずより小ぶしひざぶしがくつき痛 ̄ニ吉
一くにかつけひざがつけによし 一かつけしゆまんのせう ̄ニ用てよし
一うちみくじきによし 一せんきによし
 其外 病根(びやうこん)かつけの症(せう) ̄ニ候へばいづれの所 ̄ニていたむともかろきは
 二三ぶくおもきは十ぶくにいたるまでこと〴〵く治する事 如神(しんのごとし)
 道中(だうちう) ̄ニてふみ出し候かつけには其夜一ふく用ひて即功ある
 事 奇(き)々 妙(めう)々の良薬(りやうやく)なり御用ひの上ためし知(し)るべし

【下段枠外】
十二月朔日より十日の間
減 ̄シ直段左の通 ̄ニて差上申候
 六味丸百目 ̄ニ付代銀三匁
 八味丸百目 ̄ニ付代銀三匁八分
【下段枠内】
《割書:六味|八味》地黄丸《割書:定直段|六味百目 ̄ニ付| 代銀四匁三分|八味百目 ̄ニ付| 代銀五匁五分》
右 回春(くわいしゆん)補益門(ほゑきもん) ̄ニ出て《割書:予(わが)》家(いえ)の傳方(でんほう)といふ ̄ニはあらず
然共(しかれども)薬種(やくしゆ)上品(じやうひん)を撰(ゑらみ)製法(せいほう) ̄ニおゐては家(いへ) ̄ニ傳(つたへ)て委(くはしき)事 有(あり)
予(よ)が祖(そ)製(せい)し初(はじめ)てより已来(このかた)功(こう)得る事(こと)年(とし)有
腎虚(じんきよ)三年 腰(こし)立(たゝ)ざる ̄ニ用(もちひ)て歩行(ほこう)健(すこやか) ̄ニ髪(かみ)の落(おち)たるも
更(さら) ̄ニ生(しやう)ずる類(たぐひ)疑(うたがふ)べからず累年(としをかさね)是を試(こころ)み今(いま)以(もつて)
證(しやう)とする事 数(かず)有(あり)常 ̄ニ養生(やうじやう)のため用(もちゆ)る時(とき)は専(もつは)ら
腎精(じんせい)を益(まし)陽道(やうどう)を壮(さかん)になす事 余薬(よやく)の及ぶ事なし
別而(べつして)寒暑(かんしよ)の砌(みぎり)御 用(もち)ひ被成候へば候 功能(こうのふ)はやく暑寒(しよかん)を
しのぎ大人小人をきらわず万人万 応(おう)の神劑(しんざい)也

【上段】
【右枠内 前コマ上段から続き】
      用ひやう
一 夜(や)ぶん寝(ね)るとき一ふく一 度(ど)に酒にて用ゆ
  一近年紛敷類薬相見へ候に付今度名字薬銘
   能書相改申候間よく〳〵御吟味之上御求め可被成候

【左枠内】
   《割書:阿州海部郡八浜八坂之内》
元祖    丸岡庭松堂
   《割書:大坂農人橋東二丁目》
本家調合所 山田屋善三郎 【黒印 山善】
大阪取次所【上段横書】
 天神橋南づめ角       ふでや福崎
 天満天神橋筋寺町北へ入   津国屋清次郎
 松屋町筋二ッ井戸南へ入   岩井善兵衛
 日本橋筋八まんすじ角    伊丹屋三郎兵衛
 嶋ノ内さのや橋周防町角   袴屋佐輔
 長ほり四ッばし北東詰    布屋次郎兵衛
 心斎橋筋本町南へ入     和泉屋利兵衛
 北御堂あかずか門すじ    柴屋又兵衛出店
 うつぼ新天満町       神崎屋弥兵衛
 大川町御霊すじ西へ入    海部屋宗兵衛
 しん町西口井戸ノ辻     目がねや五兵衛
 長ほり高橋二本松町     なだや重左衛門
 北ほり江にしばた      明石屋作次郎
 同かめばし北詰一すし西角  丸屋籐兵衛
 下ばくろわたし場      平野屋半兵衛
 日吉ばし南詰西へ入     あわや仁兵衛
 りうへい橋南詰一筋東角   大和屋宇兵衛
 長ほり宇和嶋橋一筋南角   和泉屋作兵衛
 玉造上清水町        河内屋長兵衛
 同□【二ヵ】けん茶や少し西    小にし半兵衛
 上塩町生玉鳥居筋北へ入   秋田屋仁右衛門
 長ほりばし北詰東へ入    播磨屋清右衛門
 天満天神前         小山屋義兵衛
 斉とう町西の町角      播磨屋善兵衛

【枠欄外】
京江戸西国筋其外諸国所々取次有之

【左枠外】
けちゑん
【枠内】
 便毒(よこね)之(の)奇療治(りやうじ)
一《割書:予(よ)》が家(いへ)の療治(りやうぢ)は黴毒(ひへ)のありたけを便毒(よこね)より
残(のこ)らず抜(ぬき)さる療治(りやうじ)なりなをりのはやき事は療(りやう)
治(ぢ)をうけて知るべし是迠 数多(あまた)人を治療するに内攻(ひきこみ)
或は骨痛(ほねうつき)になりたる人壱人もなし又 幾年(いくとし)過(すぎ)ても重(かさね)て
ひへの発(おこ)りたる人壱人もなし此度 為結縁(けちえんとして)三月四日より
同廿九日迠 服薬(くすり)并 療治料(りやうぢだい)壱銭も受不申無料に而
りやうじいたし進候間御遠慮なく御出可被□□【成候ヵ】

 乳癬(ちくさ)の妙薬
いかほどおもき乳癬(ちくさ)にても弐 廻(まわ)りにてさつはり治(なを)るなり
かるきは一廻りにてよし是も此度けちゑんに出し申候

【下段】
【枠内  前コマ下段から続き】
然共製術 ̄ニ委からざれば何ぞ補益の功あらんや【注】
予(よ)が家(いへ)今以 薬種(やくしゆ)極品(ごくひん)を撰(ゑらみ)謹(つゝしん)而(で)其製(そのせい)厳(げん) ̄ニす依之(これによつて)
功能(こうのふ)他(た) ̄ニ百倍(ひやくばい)せり御 用(もち)ひの後(のち)自(おのづから)知(し)るべし
【注 振り仮名が有るが、切口の為に不読】

   《割書: |大坂道修町心齊橋筋東江二軒目》
本家調合所 小西宗七郎   【黒印 製】

【左枠】
《割書:S|O|D|N|A|L|L|O|H》 《割書:・|E|I|D|E|M|E|R》 《割書:和蘭(おらんだ)|霊方(れいほう)》 蒸法(むしふろ) 《割書: 一度入  三 分|一日入  壱匁七分|一巡 ̄リ入 拾 匁》

主治(かうのう) 冷疾(ひへしつ)一切(いつさい) 疳瘡(かんさう) 便毒(よこね) 骨痛(ほねうづき) 頭痛(づつう) 楊梅瘡(やうばいさう) 膿潰(うみついへ)多(おゝく)
腐者(くさるもの) 膁瘡(がんかさ) 嚢癬(ゐんきん) 乾疥(こせかさ) 痤疿(こまかきできもの) 癬(たむし) 痳病(りんびやう) 痔疾(じしつ) 脱肛(だつかう)
鼠乳(いぼぢ) 尾閭痛(しりのあないたみ) 肛門濕爛(かうもんしめりたゞれ) 帯下(こしけ) 腰痛(こしいたみ) 陰門濕爛痛(ゐんもんしめりたゞれいたみ) 手足不自由(てあしふじゆう)
冷症(ひへしやう) 打身(うちみ) 頭瘡(づそう) 小児胎毒(せうにたいどく)発出(ふきだし) 酒之二日酔(さけのふつかゑひ)能発散(よくはつさんす)
和蘭(おらんだ)にて蒸法(むしふろ)を「ストヲヒンゲ」といふ年(とし)久敷(ひさしく)節筋(ふしすじ)皮(ひ)
肉(にく)の間(あいだ)に染込(しみこみ)たる病(やまひ)は此法(このほう)ならでは悉(こと〳〵)く脱(ぬけ)がたし此法(このほう)
にて能(よく)蒸(むす)と節筋(ふしすじ)和(やわ)らぎ諸(もろ〳〵)の病(やまひ)を浮(うか)し毒気(どくき)汗(あせ)に発(はつ)し
又(また)諸(もろ〳〵)の腐爛(くさりたゞれ)たる所(ところ)は其(その)疵口(きずぐち)より内(うち)の毒(どく)悉(こと〴〵)く発出(はつしゆつ)して新肉(あたらしきにく)
を生(しやう)じ聊(いさゝか)も内(うちへ)陥(おひこむ)の患(うれひ)なく一生(いつしやう)病(やまひ)の根(ね)を脱(ぬく)事(こと)誠(まこと)に奇々(きゝ)
妙々(めう〳〵)の法(ほう)なり療治(りやうじ)せずんば有(ある)べからず軽(かろ)き病(やまひ)は一廻(ひとまは) ̄リ重(おも)き病(やまひ)
は三廻(みまは) ̄リ程(ほど)も入(いる)ときつと全快(ぜんくはい)すはやく蒸法(むしふろ)に入(いり)て能々(よく〳〵)試(こゝろみ)給へ

《割書:和蘭(おらんだ)|療法(りやうほう)》 御くすり湯 《割書:一度入  十六銅|一日入  壱匁|一巡 ̄リ入 五匁》

主治(かうのう) 疝積(せんしやく) 腹脹痛(はらはりいたみ) 痞満(むねつかへ) 腰脚攣痛(こしあしつりいたみ) 睪攣腫痛(きんつりはれいたみ) 久痛(なづはらいたみ)
吐痢(はきくだし) 脹痛(はりいたみ) 心下堅満(むなさきかたくふくれ) 腹堅(はらかたく) 手足冷痺(てあしひへしびれ) 飲食不化(のみものくひものこなれず) 痰(たん) 手足(てあし)
生核(ぐり〳〵でき) 肩臂痠疼(かたひじつまりやめ) 脚気(かつけ) 痳痺(しびれ) 冷痛(ひへいたみ) 行動不自由(ぎやうぶふじゆう) 小児腹痛或堅(こどもはらいたみあるひはかたく)
夜啼(よなき) 客忤(おびへ) 遺尿(ねせうべん) 不嗜飲食(のみものくひものをきらひ) 便秘或下痢(たいべんかたくあるひはくだり) 寒症(ひへしやう) 男女気血(おとこおんなのちの)
不順冷痹(めぐりあしくひへしびれ) 婦人経閉(おんなのめぐりなきもの) 打撲(うちみ) 蹉跌(くじき) 痿躄(あしなへ) 乳堅腫(ちゝのはれいたみ)
此(この)御薬湯(おんくすりゆ)は和蘭(おらんだ)にて是(これ)を「バト」といふ此法(このほう)は気血(きけつ)を能(よく)
順流(めぐら)し筋骨(すじほね)を緩(ゆるめ)温(あたゝか)にする第一(だいいち)の薬湯(くすりゆ)にて無病(むひやう)の人(ひと)
といへども毎々(おり〳〵)澡浴(ゆあみ)すればいよ〳〵長寿(ちやうじゆ)に至(いた)らしむ

【左枠】
《割書:予(わ)》が師(し)濃州(のうしう)大垣(おゝがき)春齢庵(しゆんれいあん)江馬(ゑま)先生(せんせい)は従来(じうらい)和蘭(おらんだ)の医典(いしよ)を
読(よみ)其(その)病論(びやうろん)手術(しゆじゆつ)の的実(てきじつ)なることをしり此(この)法(ほう)を蘭書(らんしよ)中(ちう)より其(その)薬(くすり)を訳(やく)し
施(ほどこ)し十(ぢつ)ケ(か)年(ねん)以前(いぜん)より近辺(きんへん)にて始(はじめ)試(こころみ)給ふに其(その)病根(ひやうこん)を脱(ぬく)事(こと)中々(なか〳〵)薬力(やくりき)の
及(およ)ぶ所にあらず誠(まこと)に古今(ここん)無双(ぶさう)の法(ほう)にて十人(ぢうにん)は十人(ぢうにん)百人(ひやくにん)が百人(ひやくにん)
皆(みな)夫々(それ〳〵)に効験(かうげん)あるによつて此度(このたび)御当所(ごとうしよ)にて相弘(あひひろめ)申候間
右(みぎ)能書(のうしよ)の御病人(ごびやうにん)様方(さまがた)被仰合(おゝせあはされ)御来臨(ごらいりん)被下 御試(おんこゝろみ)可被下候様 奉希上(こひねがひあげたてまつり)候以上

【次枠】
          《割書: |難波新地新川筋》
【絵】 蘭方薬湯 《割書:滝湯跡》 丁子湯


【国立国会図書館  浪華薬種問屋能書張交帖 特1003-5】

【上段】
【枠内 前コマ上段の続き】
大阪玉造□十二丁□
   大今里村  岡嶋 【刻印】岡島
【次枠】
【枠外上部 横向き縦書き】
近辺に類薬御座候間名所得と御改之上御求可被下候此段御断申上候売人一切出シ不申候
【枠内】
【上部横書き】
文政二己卯歳
【下部右 大小暦の判じ絵 大の月】
【下部中】
《割書:家|伝》ゆび一切療治《割書:并》いたみとめの油薬
右御薬の儀はゆび一切は申に及ばずはれものと痛所(いたみところ)の妙薬
なり其外 うちきず つききず きりきず かんさう よこね
女中いんもんのきず ちゝのはれもの よう てう やけど ひゞ
しもはれ あかぎれ ひぜん がんがさ くさ ほうさうの
より又は五痔 だつかう ひゑしつ一さいのはれもの
右何れもわたにのばし御付可被成候尤いたみ所を湯水へ
度々つけてはやく治する奇妙のあぶらくすりなり
右 病症(びやうせう)見わけの上 療治(りやうぢ)をいたし即座にいたみを治し可進候
【下部左 大小暦の判じ絵 小の月】
【次枠】
本家《割書:大坂なにはばし筋|備後町北へ入西がは》中井弥兵衛【黒印】活養
出療治薬弘所 堺大寺北門前西へ入    河内屋与助
京 元弘所  車屋町戎かは上る     菱屋忠兵衛
京 同    東六条あかず七條上る   升屋忠兵衛
江戸同    日本橋室町三丁目     鈴木八左衛門
【上部横書き】
諸方取次略
【下部上段枠】
大坂日本橋一丁目     沢田勇蔵
願教寺北ノ濱       福島屋利三郎
長堀しらが橋南詰     堺屋三郎兵衛
北ほりへ三丁目      平野屋正右衛門
南ほりへ松本町      八百文
天王寺石鳥居筋      なんばや伊兵衛
大黒橋北詰        山口屋定八
なんば東の町       しくらや伊介
勝間村戎の町       はしの藤兵衛
寺嶋しやくきゆうの町   はりまや宗吉
南安治川四丁目      はりまや新兵衛
ざこば北のたな      なにはや金蔵
永代はた南浜       松原屋小兵衛
江戸堀三丁目阿波橋東   大鹿屋佐兵衛
のう人橋松屋町東へ入   淡路屋利八
天満天神前        小山屋儀兵衛
同南森町         塩屋善兵衛
同四丁目市ノ側      はりまや儀兵衛
同北木はた町       小西佐兵衛
堂嶋北町         炭屋平右衛門
野田町          紙屋弥七
沢上江村         八百屋徳兵衛
ながら村         藤右衛門
赤川村          宗兵衛
森口本陣前        升屋清兵衛
【下部下段枠】
ひら方みつや       尼屋四郎兵衛
伏見すみ渡ゆりや町    備前屋伊介
河刕門真二番村      庄治郎
同四番村         香具屋甚兵衛
同八■【荷ヵ】打越村       小右衛門
同国松村         平兵衛
同国分若町        茶わん屋卯右衛門
大今里村         台屋弥右衛門
中はま村         河内屋太郎兵衛
八尾寺内村        醤油屋庄右衛門
かい塚          くしや茂七
伝法村          なんぶや喜兵衛
大野村          伝兵衛
大和田村         たばこや半七
ひゑ嶋村         ほうらくや伊兵衛
ふじの野田東ノ町     久四郎
尼崎西町         安田屋甚兵衛
同大物東の町       阿波屋佐兵衛
福村           安右衛門
なには村         忠兵衛
なだ住吉宮ノ前      樽屋安左衛門
鳴尾村          百足屋善兵衛
今津村          土井新右衛門
兵庫ひのうへ       池田屋喜三郎
倉橋庄洲至止村      中井七左衛門
【次枠】
  たんせきこゑを    
《割書:家|方》神龍丹 《割書:貝 入 十六文|曲物入 一匁|同《割書:半回 ̄り》四匁》 《割書:同   四十八文|同   二匁|同《割書:一回 ̄り》八匁》    
  いだすねりやく    
第一 脾胃(ひゐ)を調(とゝのへ)一切の積気(しやくき)腹(はら)の病(やまひ)胸(むね)の病(やまひ)
又は酒(さけ)の二日 酔(ゑひ)水(みつ)のかはりによし痰血(たんけつ)を
吐(はき)溜飲(りういん)或は小児(こども)の五疳虫(ごかんむし)せき其外(そのほか)功能(かうのう)
多(おゝ)しといへども別紙能書(ほかののうがき)に委(くはしく)御座候 練薬(ねりやく)
之 儀(き)は《割書:予(よ)》が家(いへ)に昔(むかし)より出(いだ)し来(きた)り候得ども
【下段】
《割書:家|伝》御は薬はこべ塩
 第一はのいたみ口中一切ゆるぐはをすゑ
 虫くいはのいたみをとめ湯水風のしゆみ
 はぐきはれいたむに大ひによし
一小児くさたいどくのるい又は大人口ねつつよき
 症には茶づけに入用ゆべし甚妙也毎朝
 此塩御つかひ被成候時ふくみたる水を手に
 うけ目を御あらひ被遊候へばはのねをかため
 眼をあきらかにし口中あしき
 にほひをさり一生口病のうれひなし
 まことにこうのふ神のことし
 大坂内平□□松屋町角
調合處  河内屋又市製
【次枠】
 太真丸 効能   四十八銅 二十四銅
此丸薬はしやく一切の名方也 むねはらいたみ 或は
さしこみ ひやあせいで きとをく 目くらみ ゑづき
きみづをはきおくびすく きふさがり づつうし
ほがみはり 大小べんしぶり くいものこなれず
しよくすゝまず しよくしやうあげくだしすることあたはず
上気しみゝなり ふねかごのゑひ 右之外功能委記
がたし 万さし合なし何れもさゆにて用ゆ
本家 調合所  大坂高麗橋三町目
        玉兎園 岡吉右衛門製
【次枠】
痰(たん)を切 胸(むね)をひらき・留飲(りういん)・積気(しやくき)の三 症(しやう)を治(ぢ)す
《割書:蘭|方》 CE?Legega コラゴガ(こらごが) CIIOLAGOGA 《割書:大包四匁|中包貮匁|小包壹匁》【英字は横書き】
       雅谷貌伍乙志之秘方
此薬(このくすり)は蘭国(らんこく)第一(だいいち)の奇方(きはう)にして・痰(たん)・留飲(りういん)・積気(しやくき)
の症(せう)を快(こゝろよ)く治(じ)する事(こと)誠(まこと)に稀代(きたい)の良薬(りやうやく)なり彼地(かのち)に
ても深(ふか)く秘(ひ)して傳(つた)へず是(これ)をしる人(ひと)至(いたつ)て稀(まれ)なり
【上部横書き】
AGOGACHOLA
【下部】
阿蘭陀(おらんだ)と云(いふ)は蘭国(らんこく)七 州(しう)の中(うち)の一 小国(せうこく)にて原(もと)より
名医(めいゐ)なし然(しか)るに今(いま)吾朝(わがてう)に品物(ひんぶつ)を取商(とりあきなふ)ことを赦(ゆる)
されて交来(わたりきた)りしより世俗(よのひと)漸(やうや)く阿蘭陀(おらんだ)の一 小国(せうこく)
あるを知(し)る而(しかも)大 国(こく)大 医(ゐ)大 法(ほう)あるをしらず
▲此(この)「コラゴガ(こらごが)」は蘭国(らんこく)七 州(しう)第一(だいいち)の医官(ゐくわん)・公寧郭(こをにんぐ)

【上段】
【枠内 前コマ上段の続き】
 此度(このたび)看板(かんばん)相(あひ)あらため来(らいげつ)朔日二日《割書:并》寒(かん)
 三十日之間 奇功油(きかうゆ)貝(かい)入相 添(そへ)差(さし)上申候
一 油薬(あぶらぐすり)之儀は仙傳(せんでんの)奇方にしてきりきず
 ひゞあかぎれ其外(そのほか)用べし諸症(いろ〳〵)包紙(つゝみかみ)に
 細(こまか)にかきしるし御座候
 神丹取次所当所は申に不及京江戸 遠(ゑん)
 国(ごく)近(きん)国に出し置候間御用之節御 吟味(きんみ)之
 上御 求(もとめ)被遊可被下候以上
   月 日
本舗 大阪順慶町心斉橋西江入
      鳳翔館
修合     若狭屋平兵衛

【枠なし】
一一粒金袋丸といふはせき一通り
 の妙薬也すべてせきは何ぜきに
 てもなをる事請合んばるゆへ用
 て其功を得るべし
 元来長崎 宇都宮調合
 大阪安土町中橋西へ入  北村太兵衛
 取次所  駿府伝馬町  日野屋

【枠内】
 枇杷葉湯(びはようたう)  主能
一くわくらん   一ねびえ
一しやくつかへ  一はらのいたみ
一しよくしやう  一づつうめまひ
一立くらみ    一りびやう
水毒酒二日酔其外諸毒けしいづれも
さゆにて用ゆ  壱服代 二十四銅
  大坂過書町筋西横堀東江入
調合所     塩屋平蔵製

【下段】
【枠内 前コマ下段の続き】
【上部横書き】
CHOL
【下部】
数別而郭(すべるぐ)《割書:国》雅谷貌(こやつぷ)《割書:性》伍乙志(うをいつ)《割書:名》先生(せんせい)の一大奇(いちだいき)
方(はう)にして蘭国(おらんだ)最第一(さいだいゝち)の秘方(ひはう)なり
【次枠】
夫(それ)痰(たん)は人(ひと)の身(み)に災(わざはひ)をなす事 甚(はなはだ)しき物(もの)にて諸病(しよびやう)
多(おほ)くは痰(たん)より発(おこ)るものなりた痰(たん)留飲(りういん)の病(やまひ)なる人(ひと)は
必(かなら)ず短命(たんめい)也といふ事(こと)は医書(いしよ)ごとに深(ふか)く論(ろん)ぜり
此(この)薬 能(よく)痰(たん)を化(くは)し胸(むね)をひらき留飲(りういん)積気(しやくき)を治(ぢ)する
の主劑(しゆざい)なり《割書:万病(まんびやう)を治する|薬にはあらず》▲痰(たん)・留飲(りういん)・積気(しやくき)・の症(せう)
より発(おこ)る所の病症(びやうせう)大綱(あらまし)左(さ)にしるす
【次枠】
▲喘痰(ぜんたん)▲火痰(くはたん)▲湿痰(しつたん)▲老痰(らうたん)▲寒痰(かんたん)▲痰咳(たんせき)▲喘息(ぜんそく)
▲痰腫(たんしゆ)▲胸痛(むねいたみ)▲咽腫痛(のどはれいたみ)▲声(こへ)かれ▲逆上(のぼせ)強(つよ)く▲耳鳴(み[ゝ]なり)▲
耳聾(みゝとをく)▲頭痛(づつう)▲首(くび)・肩(かた)・脊中(せなか)へこり痛(いたみ)▲胸先(むなさき)・脇腹(わきばら)へ
差(さし)こみ痛(いたみ)▲胸(むね)いきだはしく▲食物(しよくもつ)落(おち)つかず▲嘔吐(ゑづき)▲黄(き)
水(みづ)を吐(はき)▲時々(とき〳〵)熱出(ねついで)▲何(なに)となく心(こゝろ)悪(わる)く▲根気(こんき)薄(うす)く▲物(もの)忘(わすれ)し
▲心(こころ)細(ほそ)くなる▲物(もの)におそはれ▲癇症(かんしやう)▲鬱症(うつせう)▲気腫(きしゆ)▲瘰(るい)
癧(れき)▲肺癰(はいよう)▲膈(かく)症▲噎(いつ)症▲飜胃(ほんい)▲留飲(りういん)にて腹(はら)こはり
腹(はら)はり或(あるひ)は水腫(すいしゆ)脹満(てうまん)皷脹(こちやう)となり▲大便結(だいべんけつし)▲小便(せうべん)渋(しぶ)る
右(みぎ)の症(せう)はみな痰(たん)と留飲(りういん)積気(しやくき)よりなり来(きた)る病(やまひ)也【この行、白抜き字】
痰(たん)と留飲(りういん)積気(しやくき)の症(せう)なればいかほど年久(としひさ)しき難症(なんせう)
といへども快(こゝろよ)く治(ぢ)する事 旭(あさひ)に霜(しも)の解行(とける)がごとし其(その)功(こう)一(いち)
夜(や)の内(うち)に見ゆ▲音声(おんせい)をつかふ人 常(つね)に用(もち)ゆれは痰(たん)を切(きり)
胸(むね)を啓(ひらき)其 声(こえ)潤沢(さはやか)に遠方(えんはう)へ通(とふ)る事 不思議(ふしぎ)の妙(めう)あり
○右に記(しる)す所(ところ)の病症(びやうせう)その軽重(かるきおもき)に随(したが)ひ「コラゴガを用(もちひ)
て其(その)功(こう)の神(しん)なる事 今(いま)こゝに述(のべ)がたし▲痰(たん)留飲(りういん)の病(やまひ)
ある人は卒中風(そつちうぶう)麻痺(しびれやまひ)頓死(とんし)する事 多(おゝ)し深(ふか)く心得(こゝろえ)べし
【次枠】
【上部 二重枠内】
本家
正誠堂製
淡州
【下部枠内】
京都元弘所《割書:麩屋町通|仏光寺下ル》伊勢屋伊助
江戸元弘所《割書:南伝馬町|三丁目》越前屋利兵衛
大阪元弘所《割書:蜆橋北長池通|諸国取引所》沖田理兵衛
【次枠】
【上部 横書き】
大阪取次所
【中部】
新町橋東詰北かは      平野屋新兵へ
南久ほうじ町三休ばし西へ入 河内屋利右衛門
八まん筋みどうすじ角    姫路屋源兵へ
上本町壱丁目        近江屋源七
堂嶋たみのばし筋      平野屋伝兵へ
御霊筋道修町角       道具屋彦兵へ
堀江かめばし北づめ     紀伊国屋弥兵へ
堂嶋さくらばし南詰     伊賀屋吉右衛門
さこば筋道空町       福嶋屋伊兵へ
かいや町筋阿わ殿ばし西へ入 淡路屋平兵へ
北安治川上壱丁目      淡路屋平七
天満いせ町うら門筋     大和屋嘉七
上町内新町一丁目      銭屋嘉兵へ
壱丁目筋じゆんけい町北   大和屋伝兵へ
【下部】
嶋之内清水町堺すし東へ入  中川屋正助
南久ほうじ町心斎はし少南  みの嶋屋藤兵へ
なんば新地相生町角     大ゑん
天満町はご板橋筋東へ入   岩田屋善兵へ
天神橋すしうら門北     松屋久左衛門
新町道者よこ町角      和泉屋嘉助
御堂筋米屋町南へ入     播磨屋嘉介
新町あはばし筋へうたん町角 金屋弥兵へ
嶋之内大ほうじ町中橋角   大坂屋源右衛門
平野町御霊筋西へ入     大坂屋嘉助
中之嶋越中橋北詰      池田屋新兵へ
淀屋橋南づめ        ならや治兵へ
心斎橋すし高簾橋東へ入   肥前屋藤兵へ

【最終行は次コマに翻刻】

【枠内 前コマと合せ】
《題:《割書:仙伝|秘法》十全丸(しうせんぐわん)《割書:  《割書:小|売》一包●三りう入 百銅|薬価 半剤金      弐朱|   壱剤金      百疋》》
【次枠】
此十全丸は仙伝秘方(せんてんひはう)にして補瀉(ほしや)□【温ヵ】涼(りやう)を兼(かね)而十を全(まつとふ)するの妙有よつて名(な)づく也●是程の小丸にして至て高直なる薬なれ共△
一切の滞(とゞこうり)はすみやかに解(け)しねつをさましひへ症(せう)をあたゝめ精気(せいき)清血(せいけつ)をめぐらし五臓(ござう)を調和(てふくは)し百病を治する所の妙劑(めうざい)也第一 気付(きつけ)によし
【次枠】
【上部横書き】
第壱
【下部】
  男女しやくつかへ腹中(ふくちう)のなん病によし
気(き)しやく一(あるひ)は血(けつ)しやく一は食しやく□【一ヵ】はたんしやく一はかんしやく又はむねむしにてむねはらを切さくがごとく一はきりにてもむ
がごとく一はむしざうふをかむかごとく一はさしこみつよく一はいかりはらたち又は気みじかく一はわきばらせなか引つりいたみ
一ははら大にすじばりむねくるしく一ははらのやまひむねへせりつめたへがたくはらにかたまりと成一はたんにて肚(え)【吐ヵ】逆(つき)し
食物(しよくもつ)をつきかへし一はにかきくすりせん薬をのめはいよ〳〵つよくいたみ一は時々むねへつかへ食すゝます一はどうきつよくすへて
むねはらいかやうのむつかしく年久しく持病等ありて百薬をつくし又ははりきうも功なく共此薬を用ひて立
どころにいたみをさり元気をまし二三日五七日用ひて持病の根をさること甚すみやかなり
【次枠】
第弐
大食しやうふく鳥けだもの木のみ等其外へんなるものをたへ大毒(たいとく)にあたり一は胸(むね)さきにこだはりのめどもくたらすはけども
出す一ははら大にはりいたみ一は大ねつきやうらんし又惣身ひへあかり誠にあやうき病人に用て其きゝめ手のかうをかへす
ごとし〇五七年まえの食たひを治すること至て奇妙又かつをまくろ一切の魚どく酒とく水あたり等のかるき食しやうねひへ等は一二りう
用ひて立ところに治す
【次枠】
【上部横書き】
第三
【下部】
痢病(りびやう)くたりはら一はしふり腹いたみいきみ立一は白(しら)なめ赤(あか)なめをくだしはなはたむつかしき等にても此薬
大人小人ともに用ひて治すること至て奇妙なり
【次枠】
【上部横書き】
第四
【下部】
  婦人のなん病血のみち持病等によし
帯下(こしけ)一はせうかち一はしら血一はなかち一は血(けつ)くわい一はぼうろう一は魚のわた鳥のきものやうなるもの等をくたすによし右しる
す所の病しやういかやうにむつかしく年久しき持病にて百薬しるしなく共かるきは一ニつゝみをもきは五七日用て
速(すみやか)に治し気血をめくらしとゝのへ無病さかんになること至て奇妙なり婦人は常に心つかひ多く気けつ滞りて一は
月水不順にして口はなより血を出し一はづゝう目まひ立くらみ一ははら大にはり一は惣身手足なと腫気(はれ)一は
身ふし〴〵しひれ又はこしひへいたみ一はかんねつおこりのどく一は血らうとなり一はニ三年もはらくたり惣して
むつかしくもつれりやうしの手をつくすといへともしるしなきなんひやうなりともかるきは一ニ度用ひて先つ其
きゝめ大きに心よく重きは半ざい一劑用て久しき持病の根をたち至て無病すこやかになること妙なり
【次枠】
【上部横書き】
第五
【下部】
男女 下血(げけつ)はしり痔(ぢ)久しき持病百薬しるしなきに用て速(すみやか)に治す○はなぢとけつ一日にニ三度づゝはき候共五七りう用て
立所に治す〇たんけつだ血へんち等にはニ三度用て速に治す〇惣身 腫気(はれ)むねくるしく小へんつうぜす甚あやうきに用てしるし有
【次枠】
【上部横書き】
第六
【下部】
男女気のかたろうせう日々におとろへ百薬しるしなく共此薬を一ニ斉用て食すゝみまめやかなり五七斉用て速(すみやか)に治す又
常に気をふさきむねつかへ不食し一はたんせきぜんそく一は手足よだるく夜は心よくねられす一は腎虚(しんきよ)気虚(ききよ)血虚(けつきよ)に至て妙也
【次枠】
【上部横書き】
第七
【下部】
大くわくらんあげくたし腹やく病等を治すること至てはやし〇はやり疫病(えきびやう)おこりねつ病の類は四五りうたてがけて
用て妙なり〇薬どくのあたり又 灸(きう)あたりいかやうのむつかしく共立所に治す
【次枠】
【上部横書き】
第八
【下部】
  小児(せうに)驚風(きやうふう)五疳(ごかん)諸病(しよびやう)に用てよし
此病は気みじかく物おどろきびくつき大便(たいへん)けつし小便(せうへん)つまり一は手をにぎりそりかへりそら目つかい目をみつめはを
くひつめ一はせき入なき入息(いき)たゆるといへとも此薬を用て立所によみかへり無病(むびやう)長生(てうせい)すること妙なり
【次枠】
【上部横書き】
第九
【下部】
此病はかほいろきばみくびすじ手足ほそくやせ腹(はら)大きにはり又は青すじいで一は目しはつきはなの下あかくつめをむしり
一はすみかわらけ等をかみ一は虫(むし)はらしきりにいたみ目をすへてなきやまざるに此薬を用て治せづといふことなし
【次枠】
【上部横書き】
第十
【下部】
ほうそうはしかのまへに用てたいどくむしけをしりそくゆへに至ておもくすへきはかるく又かるくすへきはしるしはかりにてすむ又
はつやみのきざしあらばいよ〳〵たてかけ用て甚かるくじゆんにして誠に安全たること奇妙也又かせて後余どくつよく肥(び)
立(たち)かねたる二三日五七日用て大に肥立元気さかん成ことはやし
【次枠】
【上部横書き】
諸病
【下部】
生れて七夜の内用てたいどくむしけの根をたつ〇生れ付よはくむしけひゐきよにてやせおとろへつねにわづらひ多き小児に
用て無病さかんに成一は薬ちかいにて薬どくあたり又は灸のあたりに至て奇妙也〇時々持薬に用ゆれはきうぢに及はつして
無病さかんに成
 一ちをあまし    一しよくをもどし  一むしねつさし引 一ぢれて気みじかく 一大へんに色々あしき色をくたすによし
 一やかましくせはり 一夜心よくねかたく 一夜なき     一たんせきせんそく 一大へんけつしだつかういつるによし
 一虫をはきくたし  一はやりやまひ   一しよかんあたり 一ねびへくわくらん 一小へんしぶり惣身うそはるゝによし
一百日せき      一しやくり     一とき〳〵引つけ 一はらのいたみ   一虫けにてすし引つりちんばに成かりたるによし
一やぶいも      一どくけし     一こしあしかゝみきん玉大きく成たるによし小へんつまり立所につうす
【次枠】
右十全丸は急病は立所に治し当座の病は一二日用て速に治し又生れつきよはく一は大病にて久しくやみつかれりやうじ手を
つくすといへとも百薬効なき病人にても一二日もちひてまつ心よく元気をまし食をすゝめ五七日用て全く治すへし
たゞし此薬の至て妙剤なることいまた御そんしなき御方は先一トつゝみ御用なされ万一能書の通きゝめなくは此薬
御用に及はすいかにも誠に其きゝめたゝしき所はろんより御こゝろみあつて知り給ふへし〇諸薬しよくもつさし合なし
【次枠】
東都本家     喬翁庵製
    《割書:島之内周防町佐野屋橋筋西江入》
大阪弘所      高月氏

【最終行は次コマに翻刻】

【上段 前コマと合せ】
《割書:仙伝|秘方》十全丸(しうせんくわん)
一 第一気(き)つけによし
一 腎虚(じんきよ)気虚(ききよ)血虚(けつきよ)其外 諸(もろ〳〵)
  の癆症(ろうせう)に用妙なり
一 男女 積(しやく)つかへ腹中(ふくちう)難病(なんべう)に吉
一 大食傷(だいしよくしやう)鳥(とり)獣(けもの)の毒(どく)あたりに吉
一 痢病(りべう)白(しら)赤(あか)なめくたるによし
一 婦人 難病(なんべう)血(ち)の道(みち)一切によし
一 男女 下血(げゝつ)はしり痔(ぢ)等によし
一 大くわくらんはやり疫(やまひ)おこりに吉
一 小児 驚風(けうふう)五疳(ごかん)諸病によし
一 ほうそうはしかまへに用置は
  かろくすること妙也
右何れも酒(さけ)か又は塩湯(しをゆ)にて用
癆症(ろうせう)気虚(ききよ)血虚(けつきよ)じんきよの
類ひに治薬に用る時は一日に
一粒か又二粒か三りう程用へし
三粒用る時は三度に用てよし
小児の気付には半粒用之 可(か)也
すへて小児の病に用て奇なり
婦人は産前(さんせん)さんご斗にいむへし
 世上同銘の薬多しといへとも
 此薬は仙家の秘方にして外に
 類なし病難の輩のために
 弘むるもの也
東都 本家 喬翁庵製
大阪弘所《割書:嶋の内周防町|佐のや橋すじ西へ入》高月氏 【赤印】

【下段】

調合所 《割書: いみもの|ゑびかに鳥玉子|あふらつよきうを》
 《割書:播州大坂道頓堀太左衛門橋八まん筋角ゟ北へ五軒目|                    東かわ》
【一文字三星紋】本家 丹波屋藤兵衛

 第一男女ひゑしつ一切の病を治すりんびやう
 せうかちせんき五じ五しやくは早速いたみを
 やめ大小へんひけつをよく通し婦人こしけ
 しらちながち月水をよく調へしつねつの病
 そうどくよこねほねいたみによし一切
 のぼしづつうかゆかりわきがによしりびやう
 たんせき大人小児よばりむしたいどくねつに
 よし此薬いか程久しくいゑかねる病にても
 一廻りの内其功ある事如神
《割書:秘|方》桑清丸《割書:大人は一日に一ふく|づゝさゆにて用ゆべし|小児は見合》
     吉田氏製   【刻印】吟大印
   【赤刻印】■■傳

【枠内】
《割書:西洋|竒方》醒心飲
   《割書:清容堂精製》

【最終行は次コマに翻刻】

【右枠内】
【上部横書き】
浪速
【下部】
清容堂揀
選薬舗記
【上段枠内】
蘭製
 醒心飲(せいしんいん)
   治方
第一 気(き)つけ  目(め)まい
立(たち)ぐらみ  上症(のぼせ)  りういん
頭痛(づつう)  ふさぎ  癲癇(てんかん)
卒中風(そつちうぶ)  霍乱(くわくらん)によし
小児(せうに)驚風(きやうふう)によし
歯痛(はのいたみ)には水(みづ)にてときふくみて
よし
目(め)のかすむには水(みづ)に点(てん)じてまぶちに
ぬりてよし
田葉粉(たばこ)舟(ふね)かごにゑひたるによし
毒虫(どくむし)のさしたるにすりつけてよし
よく酒毒(しゆどく)を解(げ)するゆゑに二日酔(ふつかゑひ)
よし
此(この)御薬(おんくすり)は。もと西洋(せいやう)蘭人(らんじん)の傳方(でんほう)
にして。功能(こうのう)ことに多(おほ)し。最(もつとも)諸薬(しよやく)
さし合(あひ)なし
つねに用(もち)ゆるには。耳(みゝ)かきに一(いつ)はいほど。
病(やまひ)に応(わう)じて。急症(きうしやう)なとの時(とき)には。三五 厘(りん)
も飲(のむ)べし
【下段枠内】
 粒甲丹(りうかうたん)一銘 睡眠薬(ねふりくすり)《割書:壱錠金壱歩|半錠金弐朱》
夫(それ)粒甲丹(りうかうたん)は文禄(ぶんろく)年中(ねんぢう)朝鮮(てうせん)攻代(こうはつ)【伐】の時(とき)肥前(ひせん)の国(くに)人氏(ぢうにん)細野(ほその)
右進(うしん)朝鮮(てうせん)に趣(おもむ)く然(しかる)に忠州(ちうしう)の城(しろ)敗軍(はいぐん)に及(および)し時(とき)国妃華(こくひくわ)
陽君(やうくん)を扶助(ふじよ)して送(おくり)ぬ其(その)喜(よろこび)に堪(たへ)ず官女(くわんぢよ)に命(めい)して嚢(のう)
中(ちう)より此粒甲丹《割書:并》方書(ほうがき)の一巻を授(さづけ)給ふ右進 帰朝(きてう)
の後(のち)彼薬(かのくすり)を試(こゝろみる)に其(その)功(かう)如神(しんのことし)後(のち)浪華(なに[わ])に移(うつ)り医(い)を業(ぎやう)
とす其(その)子(こ)道伯(どうはく)も亦(また)父(ちゝ)の業(ぎやう)を継(つぎ)吾(わが)洞津(どうしん)に来住(らいぢう)す余(よ)
其(その)隣家(りんか)に住(ぢう)し数(しば〳〵)此 薬(くすり)を求(もとめ)奇功(きかう)を得(う)る事(こと)久(ひさ)し一日(あるとき)
道伯(どうはく)曰(いはく)汝(なんじ)多年(たねん)此薬を信(しんず)る事 甚(はなはた)篤(あつ)し因(よつ)て今 汝(なんじ)に
傳(つたへ)ん広(ひろく)世(よ)を済(すくへ)とて彼方書(かのほうかき)を授(さづく)拝授(はいじゆ)して此薬を調(てう)
劑(ざいし)諸症(しよしやう)に与(あた)ふに其(その)効験(かうけん)速(すみやか)也 依(よつ)て広(ひろく)海内(かいたい)に弘(ひろめ)病(びやう)者
の一助(いちぢよ)となすべしと勧(すゝめ)に応(わう)じ今般(こんはん)売與(ばいよ)せしむる
ものなり
一此薬 百病(ひやくびやう)危急(ききう)を救(すく)ひ一切 気付(きつけ)によし諸病(しよびやう)に用ひて
 大内を補(おぎな)ひ精神(せいしん)を安んじ熟睡(じゆくすい)せしむるに依(よつ)て世(よ)に
 ねふり薬といふ諸薬 食物(しよくもつ)さし合なし
一 傷寒(しやうかん)疫痢(ゑきり)疱瘡(ほうそう)瘧疾(おこり)其外諸病さしこみ強く
 或は嘔吐(ゑづき)止(やま)ず食(しよく)薬(くすり)一向うけざるに用てよく通す少し
 にても咽喉(のんど)通(とを)れは忽(たちまち)病勢(やまい)をゆるめ熟睡(じゆくすい)しさめて
 後(のち)精神(こゝろ)正しく食をすゝめ気力(きりよく)を益(ま)す
一 食傷(しよくしやう)いたみ強(つよ)く手足(てあし)冷(ひへ)脈(みやく)たへ針(はり)灸(きう)応(わう)ぜざるに
 用て即功(そくこう)あり
一 魚(うを)菌(くさびら)等其外 諸毒(しよどく)にあたり死(し)にいたるものに用てたちまち
  蘇(よみかへる)すべて大毒(だいどく)を解(け)する事 至(いたつ)て妙(めう)なり
一 難(なん)さんにのぞんて用ゆればたちまち安産(あんさん)する事 甚(はなはだ)妙(めう)也
一さん後(ご)血暈(めまひ)に用て即功(そくこう)あり胞衣(ゑな)くだらざるによし
 男女(なんによ)とも金瘡(きんさう)腫物(しゆもつ)其外 諸病(しよびやう)より痓症(ししやう)となる
 苦痛(くつう)つよく反張(そりかへり)死(し)せんとするに用てそくかうあり
一 小児(せうに)五 痛(かん)にて顔色(かほいろ)あしくやせおとろへ色々(いろいろ)の症(やまひ)と
 なるによし
一 急慢(きうまん)驚風(きやうふう)にて搤搦(ひきつけ)死(し)に至(いた)る者(もの)に用て妙也
一 肝積(かんしやく)にて筋(すじ)はり痛(いたみ)正気(しやうき)を失(うしな)ひ針(はり)薬(くすり)応(わう)せざるによし
一 疱瘡(ほうさう)山あげざるによし又 痘毒(ほうそうのどく)を解(げ)す

【最終行は次コマに翻刻】

【上段】
【枠内 前コマ上段の続き】
  一包代銀壱文目
     清容堂精製
   《割書:大坂今橋二丁目中橋筋》
調合所     播磨屋武兵衛【印】
【枠なし】
一 大人(たいじん)小児(せうに)一切(いつさい)ののぼせを引さげ
一ちめ又はかすみめ  一めまひ立ぐらみ
一ふねかご酒のゑひ  一 顔(かほ)はれ歯(は)うきいたみ
一 婦人(ふじん)ちのみち    一 落馬(らくば)くじき
一 大人(たいじん)小児(せうに)の頭瘡(づさう)  一づつうふらつき
一 耳(みゝ)のなり同いたみ  一 鼻血(はなち)鼻の塞(ふさがり)を通し
一うちみきりきず   一 道中(どうちう)一切の病(やまひ)によし
一さんぜんさんご   一 髪(かみ)のふけさり
一のんどはれいたみ
一 秘詰(ひけつ)并 痢疾(りしつ)
【下枠内】
用ひ様ゆを能にゑたゝせふり
出し二三度用ひあとはつねの
ごとくせんずべししやうが無用
    万さし合なし
【枠なし】
  浪花養寿軒永井伊織製【印】
  日本無類 ふり出し
【屋号 地紙に永】のぼせ引さげ薬萬全湯
  正 真本家
    京都釜坐通二条上る二丁目西側
  調合所 越後屋太郎右衛門 【印 寿】
【枠内】
取次所京江戸大坂諸国数多有之候へども書記し不申候間本家調合
所名印并【屋号 地紙に永】かくのごとくの目印を御吟味御求可被下候尤薬次第に
相広まりいづ方にも功能よく御存知故此度判形相改申候
功能書御望の方は御取寄御覧可被下候 一服代廿四文
【次枠】
  《割書:阿蘭陀|伝 来》御歯薬
第一はのいたみはの根(ね)はれいたむによし口ねつはくき
歯(は)うきうごくによし口中ふき出ものによし
  右 何(いづ)れもふくみてよし常々(つね〴〵)夜々ふくみて日
  久しき時はうごく歯をすへかたくなる事
  妙なり腹中(はら)に入てもくるしからず
右ふくみやうは此 薬(くすり)をはぐきとほうとの間(あひだ)に
はさみおくなりしばらくして口中よりうみ

【下段】
【枠内 前コマ下段より続き】
一 痰(たん)にて胸膈(むね)せまり喘気(ぜんき)つよく心神(しん〳〵)くるしきに用て
 忽(たちまち)功(こう)をあらはすすべてたんよりなす諸症(しよしやう)によし
一 或(あるひ)は驚(おどろき)あるひは憂(うれ)ひ心神(しん〳〵)くるしく何(なに)となく欝滞(うつたい)し
 食(しよく)すゝまず咳嗽(せき)ありて夜(よ)ねられざるによし
一 卒(にはか)に乱心(らんしん)したるに用て本心(ほんしん)と成又 異病(いびやう)に用てよし
一 疫病(やくびやう)の家(いへ)に行時(ゆくとき)少しつゝ服(ふく)し又 鼻(はな)にぬりて疫(ゑ)
 気(き)をうけざる妙なり
一 旅行(たびゆき)に用ひて水(みず)土(つち)の気(き)にあたらず山野(さんや)の気をうけず
 ゆゑに旅行にたくわへてよし都(すべ)て針(はり)薬(くすり)自由(じゆう)ならざる
 時(とき)急難(きうなん)をすくふの良薬(くすり)なり
 或は極老(ごくらう)久病(きうびやう)の人たとへ難治(なんじ)の症(しやう)たりとも是を服(ふく)
 する時は精神(せいしん)を正しくし苦痛(くつう)ゆるめること妙(めう)也
 難治の症は用ひてしるべし
右の外 諸症(しよしやう)に用て内を補(おぎな)ひ諸薬(しよやく)を導(みちびき)危症(きせう)を
救(すく)ふ平生(つね〴〵)服(ふく)して暑寒(しよかん)をよく凌(しの)ぎ諸邪(しよじや)をうけざる
無病(むびやう)長寿(てうじゆ)を保(たもつ)良薬(くすり)也猶 委(くはし)くは本能書(ほんのうしよ)にしるす故爰に略す
一於 当店(とうみせ)取次(とりつぎ)来(きたり)候粒甲丹之儀は長良(ながら)氏の秘蔵(ひほう)
 なれども諸君子(ひ と 〳〵)之 求(もとめ)に応(わう)じ近年(きんねん)売薬(ばいやく)とす近来(きんらい)
 同銘(どうめい)紛敷(まぎらはしき)薬 世間(せけん)に多(をゝく)有之候間 能々(よく〳〵)御 吟味(ぎんみ)之上
 御 求(もとめ)可被下候已上
勢州洞津  停車斎長良氏製【刻印 停車斎】
      大坂瓦町筋百貫町
取次所         鎰屋直太郎
【枠外手書】
代壱匁
【飾り枠内】
第一たんをきりせきを
とめこゑを出し
速効丹(そくこうたん)
  堺新在家町大道西側
本家 住吉屋八郎兵衛製
【次枠】
   解酲龍脳丸
一此薬は家祖味岡三伯組置れ候七宝の内の
 一方にして誠に功能有こと神のごとし
 ○酒のゑひ○たんせき○づつう○のぼせ
 ○立くらみ○気のつき○くわくらん○毒けし
 或は客と行大酒又は魚鳥を過たるに四五粒つゝ折々
 用ゆれはせん〳〵ゑひをさますゆへ二日ゑひのうれひなし
 或は歯いたみ口中ねばりくさく又はあれたるに度々
 用ひて病の根をきる或は貌手足なとに瘉出又毒むし
 のさしたるに能かみくだきつはとゝもに度々付てよし

【上段】
【枠内 前コマ上段の続き】
或(あるい)は血(ち)或は虫(むし)など出ること妙なり
  大阪道修町一丁目 紀伊国屋卯兵衛製 【刻印 尚栄】
【次枠】
大難病中風一代おこらざる秘法
同かく御符  先年の通差出すもの也
右 大難病(だいなんびやう)おこらざる秘法(ひはう)の儀(ぎ)日本 無双(ふさう)の秘法にて予が家代々六百年
余(よ)秘蔵(ひぞう)すといへども年輩(ねんはい)七十九才にならでは始(はじめ)不被申 故(ゆへ)太閤秀吉公(たいこうひてよしこう)御
存命(そんめい)の節(せつ)迄三 度(と)これあり其後(そのゝち)八代是まで絶切(たへきり)候処去る子年我七十
九才に相成候へは先祖(せんぞ)の遺言(いひげん)に従(したが)ひ子年より貴賎(きせん)是(これ)を施(ほどこ)すもの也
右 難病(なんびやう)中風は不及申に各(おの〳〵)我身(わがみ)の上に何(いつ)発(おこる)といふことをしらず依(よつ)て
一代おこらざる秘法(ひはう)を施(ほどこ)すもの也 然(しか)るに銘々(めい〳〵)家業(かげう)に付 旅(たび)他国(たこく)
する人 野山(のやま)舩中(せんちう)は不_レ及_レ申 我家(わがいへ)遠近(ゑんきん)を不嫌(きらはず)発(おこ)る難病(なんびやう)なればかく
申内 今(いま)立所(たちところ)にて発(おこ)るもしれず殊(こと)に卒中風(そつちうぶう)は即死(そくし)する也此難病
発(おこ)ると忽(たちま)ち惣身(そうみ)手足(てあし)なへしびれ詞(ことば)もわからず大小便(たいせうべん)出るもしらず
死人(しにん)同前(とうせん)の身(み)となり苦(くるしむ)事年月限なし然は我(われ)一代夫切今 四方(よも)に
此 難病(なんびやう)流行(りうかう)して男女 煩(わづら)ふ人多し各々今 達者(たつしや)当にならす依て
秘方(ひはう)施(ほどこ)す者也 昔(いにしへ)太閤秀吉此 秘方(ひはう)御請被遊御 称美(しやうび)の御詞に此 秘方(ひはう)
中風においては誠(まこと)に惣身(そうしん)命(めい)之 宝蔵(ほうぞう)也と御 褒美(ほうび)の御 声(せい)にあづかり然者
貴賎(きせん)各是に随(したが)ひ此 秘法(ひはう)を請(うけ)長寿(ちやうじゆ)延命(ゑんめい)宝蔵(ほうぞう)建置(たておく)べきこと也
前段(ぜんだん)申通八代 中絶(ちうぜつ)有之候 稀(まれ)之秘法此度此 難病(なんびやう)のがるゝ幸(さいわ)ひ
来りしと思はゝ片時(へんし)もはやく受置(うけをく)べきこと肝要(かんやう)也
            
【屋号 曲に吉】此印有 《割書:御符出日 三日 十三日 廿三日|     八日 十八日 廿八日|  京西洞院五条下ル上より|          施主 了海》

【次枠】
大人(おとな)小児(ことも)ともに薬(くすり)きらひの症(しやう)あり。しひて薬(くすり)を用(もちひ)れは。かへつて害(かい)を
なすものなり。此(この)御薬(おんくすり)黒焼(くろやき)なれば。すこしもかぎ。又あぢはひなし。殊(こと)に
うなぎにて用(もちふ)れば。薬(くすり)をのむやうになし。但(たゞ)しうなぎきらひはさゆにて
用(もち)ひてもよし又(また)別(べつ)に丸薬(ぐはんやく)に製(せい)したるあり
【次枠】
幼少(ゑうせう)より眼(め)をいろ〳〵わづらひ。目(め)のうちあかくなり。あるひはとりめ。又(また)は
目(め)にほし出(いで)。かゝりものかゝり。日月(じつけつ)の光(ひかり)をうしなふといふとも。此(この)御薬(おんくすり)
をうなぎにて用(もちふ)れば。たちまち両眼(りやうがん)あきらかなる事(こと)神(しん)のごとし
但(たゞ)しうなぎきらひには。さゆにて用(もち)ひてもよし○ほうさうはしかの
おもきと。驚風(きやうふう)にて目(め)をみつめ。又(また)は物(もの)におどろきたるは。さゆにて
用(もち)ふ。右(みぎ)そくかうある事(こと)。数人(すにん)試(こゝろみ)たるを以(もつ)て。追(おつ)てこゝにしるす
【次枠】
小児(せうに)十歳(ぢつさい)よりうちに。手足(てあし)をびくめかし。そらめづかひするは。つゐに
そりかへり。目(め)をみつめ。あやうきにいたる。又(また)鼻筋(はなすぢ)に青(あを)き筋(すぢ)横(よこ)に
出(いで)て。あたまのすぢ張(はり)。おどりの所(ところ)高(たか)くやはらかにはれ。たび〳〵乳(ち)
をあますは。驚風(きやうふう)の下地(したぢ)なり。兎角(とかく)乳(ち)をあまし。そらめづかひ
するは。油断(ゆだん)すべからず。早(はや)く此薬(このくすり)を用(もちひ)て。おこらざるうちに治(ぢ)すべし
右(みぎ)国土散(こく[ど]さん)は男女(なんによ)とも当歳(たうさい)子にても大人(たいじん)にても御薬(おんくすり)同製(どうせい)也(なり)

【下段】
【枠内 前コマ下段より続き】
一神仏又は貴人の前に出るとき四五粒つゝ用れは手水
 うがひのかはりに成り身を清浄ならしむ
  価《割書:大包 代 壱匁|小包 代 五分》 用ひ様口中にて能かみくだきのむ
 調合所《割書:大坂過書町せんだんの木西へ入》味岡閑笑軒【刻印 寿】

【次枠】
大人小児せき一通り請合の妙薬
  一粒金丸  料 銀 一匁
一たんせき   一むしせき   一ひえせき
一かぜせき   一らうがいせき 一さんぜんさんごのせき
一ぜんそくせき 一しやくせき  一よはみのせき
一諸病ともせきにてよこにねがたきに用て其かう
如神其外何ほと年久しきせきにても此丸薬用
ゆれはたち所にて治する事きめう也おもきせき
には一日に二りうづゝ用ゆかるきせきには一日に
一りうづゝ用ゆべし大人小児とも諸薬さし合なし
用ひやうはさたうゆにて用てよし委敷(くはしき)は本能書(のうしよ)に記す
本家    丹州     芦田製
   大阪長堀三休橋塩町角
弘所           芦田豊治
取次所     京都堺町通三条下る西側   鱗形屋孫兵衛
同       大坂瓦町難波橋南へ入    丹波屋安兵衛
同       同伏見町淀屋橋西へ入    平野屋長兵衛
同       同本町橋東詰北へ入     岡嶋氏
同       同 ざこば町        阿波屋徳兵衛
同       同天満橋北詰一丁西へ入角  播磨屋儀兵衛
同       同北野天神前        ながた源兵衛
同       同新町西大門西へ入     米子屋儀兵衛
近頃(ちかごろ)一粒丸といろ〳〵名付てまぎらはしきによりの
薬うり弘(ひろめ)て仁(じん)■する名所(なところ)御 吟味(ぎんみ)之上御 求(もとめ)可被成候以上

【上段】
【枠内】
   稀痘神方
此神方は男女に限(かぎ)らす当歳(とうざい)より三 歳(さい)までの
小児(せうに)には実入(みいり)よき唐(から)の川練子(せんれんし)七 粒(つぶ)をゑらみ
臼(うす)にて搗砕(つきくだ)き土鍋(どなべ)にて水三 杯(はい)を入 濃(こく)煎(せん)じ
布(ぬの)きれに浸(ひた)し頭(かしら)より惣身(そうみ)のこりなく摺(すり)あらひ
其 布(ぬの)にてぬぐひ風(かぜ)のあたらぬ所にて乾(かはか)すべし
川練子(せんれんし)を砕(くだく)には鉄器(てつき)を忌(いむ)べし四五 歳(さい)の小児(せうに)は
九 粒(りう)に水五 盃(はい)を入六七歳は十五 粒(りう)に水七盃八 歳(さい)
より十 歳(さい)までは二十 粒(りう)に九 盃(はい)十一歳より十五歳 迠(まで)
は三十 粒(りう)に十五 盃(はい)を用ゆ洗(あらひ)やうは暦(こよみ)の中段(ちうだん)
除(のぞく)といふ日をゑらみ七 度(たび)洗(あら)ふ若(もし)五月 初(はじめ)より
八月 初(はじめ)までの内にてこれを行(おこな)へば功能(こうのう)ことさらに
妙(めう)なり其 余(よ)の月にても除(のぞく)の日を用(もち)ひて都合(つがう)に
七日 摺(すり)洗(あら)ふことにて毎歳(まいさひ)かくのごとくするにはあら
ざるなり此方(このほう)を用れば疱痘(ほうさう)を免(まぬがる)のみならず
諸(もろ〳〵)毒瘡(どくそう)にも染(そま)ざるなりたとひ疱痘(ほうさう)するとも必(かなら)ず
軽(かろ)きなるもしこれを信用(しんよう)なくば試(こゝろみ)に手足(てあし)の内
一所(ひとゝころ)あらひ残(のこ)し置(おく)べし若(もし)疱痘(ほうさう)いではかならず
其(その)所(ところ)に多(おふ)く聚(あつま)りよるべし
此方は唐土(もろこし)新安(しんあん)の呉春山(ごしゆんさん)といふ人三人の子いづれも疱(ほう)
瘡(さう)に仕屓(しまけ)たるゆへ城隍(とちかみ)の廟(やしろ)に祈(いのり)て霊夢(れいむ)に授(さづか)り
其後(そのこ)二人の子 此(この)神方(しんほう)によりて恙(つゝが)なかりし故(ゆへ)神効(しんかう)を
感(かん)じて世(よ)に此方を弘(ひろ)めらる其後(そのゝち)清朝(しんてう)乾隆(かんりう)二十四
年に呉義豊(ごぎほう)といふ人 楚国(そこく)在勤(ざいきん)の時(とき)疱痘(ほうさう)多(おふ)く
行(おこなは)れしゆへ此方を弘(ひろ)めて数万(すまん)の小児(しやうに)を救(すく)へりまた
蘇州(そしう)の桂香集(けいかうしう)といふ人 孫(まご)五人ありて此方(このほう)を用し
に両隣(りやうどなり)の小児(しやうに)まで病付(やみつき)たれども桂氏(けいし)の小児は免(まぬがれ)
しとなり是(これ)皆(みな)此(この)神効(しんこう)によるとぞ
   長崎林魁梅卿譯并誌
 此 除痘(ぢよさう)の法(ほう)は即(すなは)ち林氏(りんし)が施印(せいん)の写(うつし)也
 猶(なを)此 法(ほう)の広(ひる)く世に流布(るふ)し林氏(りんし)の意(こころばせ)の
 早(はや)く家々(いへ〳〵)に及びて又々 速(すみや)かに其(その)幸(さいわ)ひ
 に与らんことをおもふものなり
  安永乙未冬
【下段】
【枠なし】
  軽痘奇方《割書:未疱瘡せぬ間は折々|此薬を用ゆべし》
○一二 歳(さい)の小児(こども)は南燭(なんてん)の実(み)十 粒(つぶ)甘草(かんぞう)一 分(ふん)水
 八九 勺(しやく)三歳より九歳迠は南燭の実二十粒甘草
 二分水一合五勺十歳以上は南燭の実三十粒甘草
 三分水二合 右(みき)の分量(ぶんりやう)にて少は増減(ぞふげん)有べし何れ
 水 三分(さんぶん)一減(いちげん)ずる程(ほと)に煎(せん)し服(のま)さしむべし痘(ほうさう)を
 稀(かるく)にする事(こと)妙(めう)也《割書:僕(われ)》世人(よのひと)の難(おもき)痘(ほうさう)有を患(うれひ)て或(ある)
 名家(めいか)に此方(このほう)を得(え)て試(こゝろみ)るに神功(しんかう)あり尤(もつとも)得(え)易(やす)き
 薬品(くすり)なれば普(あまね)く世(よ)の人の為(ため)に記(しる)して施(ほどこす)而已(のみ)
○本草に南燭痘毒を解事不_レ見甘草小児の胎毒を
 解の主治あり小児胎毒解する時は自ら痘は稀なる
 理なるべし猶博覧の君子の考を待
○未疱瘡せぬ小児(ことも)には油(あぶら)多(おほ)き肉類(にくるい)椎茸(しいたけ)蒟蒻(こんにやく)
 乾柿(くしがき)を忌(い)む小児 甘(あま)き物(もの)を常(つね)に多(おほ)く喰(くら)へば腹(はら)
 中に虫(むし)を生(せう)じ疱瘡(ほうさう)の時(とき)害(がい)多(おほ)し○既(すて)に痘(ほうさう)を病(やむ)
 時(とき)は悪臭(あしきにほひ)鯹(なまぐさ)き臭(にほ)ひ都(すべ)て穢(けがれ)を忌(いむ)可慎(つゝしむべし)
 文化戊寅年春三月 泉州岸城宮東郊
             【赤印 二個】
【枠内】
《割書:潤(じゆん)|身(しん)》貴妃花容香(きひくはようかう) 《割書:紅絹嚢入(もみのふくろい◻)|  一包價百銅》
此(この)花容香(くわようかう)は寔(まこと)に霊妙(れいめう)不測(ふしぎ)の神済(しんざい)なりゆゑに男女(なんによ)とも
寒暑(さむさあつさ)をいとはず浴湯(ゆあみ)の後(のち)是(これ)を身(み)に打(うち)ぬりて能(よく)すり
つくるときは第一(だいいち)不浄(ふじやう)穢(けがれ)を去(さ)り身体(からだ)を清(きよ)くし
女(をんな)は経行(つきのめぐり)のみぎりにても是(これ)を肌(はだ)にぬりて神仏(しんぶつ)の
御前(みまへ)にいづれば不浄(ふじやう)のとがめなし先(まづ)男女とも周(そう)
身(み)のあしき臭(か)をさり能(よく)肌(はだへ)に艶(つや)をいだし諸(もろ〳〵)の病(やまひ)をさり
暑中(しよちう)は中暑(あつけ)霍乱(くわくらん)風邪(ふうじや)等(とう)のうれいなし又 大人(たいじん)小(せう)
児(に)ともあせぼの出(いで)たるに是(これ)をぬりて速(すみやか)に是(これ)をいや
すこと妙(めう)なり此薬(このくすり)はよく精気(せいき)をめぐらすゆゑ暑気(しよき)を
去(さ)り汗(あせ)をおさめおのづから身(み)を涼(すず)しくせしめ又 湿(しつ)
気(き)をさる故(ゆゑ)かゆがりのうれひを忘(わす)るべし別(べつ)して脇臭(わきが)の
輩(ともがら)是(これ)を用ひておのづから療(りやう)ぜずしていゆる事 寔(まこと)に
神(しん)の如(ごと)し其(その)外(ほか)功能(こうのう)著明(ちよめい)なる事(こと)は用いて知(し)り給ふべし
《割書:本家|御免》製薬所《割書:大阪淡路町|心斎橋東へ入》 井上元亀堂 【刻印 元亀堂】

摂津の国浪花の□□何某の先祖は黄檗の独立禅師に随ひて書を学び
しに中年よりふとせんそくの病に苦めらる禅師憐み此薬を給ひて病忽に
平愈し筆道執行成就せり禅師の名方かす〳〵あれ共此薬は玉子を以て
製する故に黄檗山に残されすと也某七ケ年以前よりせんその病をうく初
四ヶ年程は秋の末五六日の間煩ひしに五ケ年めより持病となり気候不順の
時はいつとなくおこりかたつかへたんせき強くよこにいねられずいきゝれして
歩行なりかたく食味は常よりすゝめ共次第にやせおとろへ苦めり煎薬はもち
ろん妙薬名灸薬くひましなひ其外いろ〳〵手を尽せとも其功更になし
然るに去秋八月此薬をのみてより痰せき日々に治しいきゝれやみおゐ〳〵肥立
つゐに本復せり諸人の助にも成事故たつて薬法を乞請望みの人に施し
あたへしに全快の人々謝礼に心配多きにより何とそ薬の價をきめしん
しやくなしに服用したきよし好にまかせ聊薬移の料を極め此度施薬
同様にしんし候功能はしるすに及はすのみて知給ふへし此外たんにてからた
いたみせき入候時はたへものをはきこへかれたんきれすりういんにて腹なりむねいたみ
黄水をはきからたおもくさむさをおそれ食物すゝめ共むねにつかへすへてりういんた
ん一切によし〇右何れもすきはらにさゆにてのむへし病かるきはニ包三包半劑持病と
なり三年五年の長病にても二剤或三剤にて根を切候〇禁物酒むねにもたれ候もの
其外たんの禁物は人のしる事故略す麦湯わり飯は薬力を助る故つね〳〵用て吉
   一剤  弐朱
   半剤  小弐朱
   小包  百文
  江戸永田馬場
  安部家中   水原氏鑑製

□□□□【此度施薬ヵ】同様にしんし候所沢山に所望し一服を二服に致し売候ものも相聞欺ケ
敷事に候此後御望の人は拙宅へ直に取に可被遣候一剤懸目四両也病強くおこ
り候時は一日に二匁ほとかるきは一匁ツヽ順血剤にて中を補ひ候□□□□
朝五分つゝ用ひ候へは年来のりういんたんいん共自然と治し候
在番中薬所望被致候処 御城内通路不相成候故是迄左之
處にてしんし候所出立間も無之候へ共聞伝へ追々諸方ゟ取ニ被参
候に付薬残し置候尤是迄之通書付かんはん等は無之候
 大坂平野橋東詰 米屋吉右衛門 同上本町一丁目わらや八兵衛

枠内
文政二己卯年
大はすむ  小はにごる
ばんじ かぎよう がなを だいじ
丸内
ひゑ
しつ薬
一切
丸下 男女 ひゑ一切請合薬 減毒散 煎薬 価二百六十銅
              減毒丸 丸薬
扇印に白丸 りん病しやうかち請合薬 代百六十四銅
         為弘毎月二日三日八十銅にて差出し申候
      わきが一生根をきる薬 一包価六十四銅
本家 大坂伏見町中橋西へ入  伏見屋和助製 刻印篤??

上枠内
伝来秘方 三吉香(みつよしかう)大貝  百銅
                中貝  三十二穴
                小貝  十六穴
一 木竹(きたけ)そけ立(たち)たるあと湯(ゆ)みづに入ていたむとき塗(ぬり)て忽(たちまち)に止(やむ)
一わきがには毎日(まいにち)三度(さんど)づゝ塗(ぬり)て百日(ひやくにち)のうち治(ぢ)する事 請合(うけあい)なり
一はのいたみにはもぐさと合(あは)し火(ひ)にてあたゝめいたむ所(ところ)にかみしめて
 たち所(どころ)にいたみをとむる事(こと)妙(めう)なり
一婦人いんもんのわづらひ一切(いつさい)に付(つけ)てよし 速(すみやか)にきずをいやしいたみを
 やはらげあしき匂(にほ)ひをさる事(こと)妙(めう)なり
一火(ひ)にても湯(ゆ)にてもやけどにてたゞれいたむに妙なり
一ようてうる一切(いつさい)のしゆもつうみをすいはれをちらしいたみ
 をやはらげいへじをあげ治(ぢ)する事(こと)神(しん)のごとし
一はうさうはしかのよりまぶちたゞれみゝだれ銭(せに)かさ夏虫(なつむし)
 うら虫(むし)うるしまけかぶれひやうそはりとがめつまばらみ
 ゆびのふしのいたみもゝずれけぎれはなをずれそこ豆(まめ)たゝみだこ
 魚(うを)の目(め)ひぜんがさたむしがんがさはゞきがさねふと汗(あせ)ぼはたけの類(るい)
 ひゞしもやけあかぎれ大人(だいにん)小児(せうに)しらくぼなまづにきびそばかす
 はなの中(なか)のしゆもつさかむけ手(て)あしのあれあしのくたびれ一さい
 のとくむしにさゝれたる犬(いぬ)鼠(ねずみ)にかまれたるときすみやかに用(もち)ゆべし
右その所へぬり付てたちまち治(ぢ)ざる事即効(そくかう)神(しん)のごとし
抑(そもそも)此油薬(このあぶらくすり)の儀(ぎ)はおらんだ名方(めいほう)にて予(よ)が家(いへ)ゆへ有て相伝(あいつたは)る也
他家(たけ)無(む)類(るい)にして実(しつ)に奇妙(きめう)の良薬(りやうやく)なり年頃(としころ)用(もち)ひ試(こゝろむ)るに其(その)功(こう)
実(じつ)に神(しん)のごとく一として験(しるし)あらざることなし其内(そのうち)ことさらに効(こう)
能(のう)甚(はなはだ)しきもの三ツあり第(だい)一 面(おもて)にぬりてしばらく有(あり)てよくのごひ
とりけしやうすればつやを出(いだ)し自然(しぜん)に白(しろ)き光(ひか)りを出(いだ)すきめを
こまかにし一さいの面(めん)瘡(そう)を治(ぢ)してふたゝび生(しやう)ぜず第二しゆもつ一
切(さい)のうち五痔(ごじ)だつこうに用(もち)ひていたみをやはらげ根(ね)を切(きる)事 請合(うけあい)也
第三うち身(み)切(きり)癈(きず)用(もちゆ)るに随(したがつ)て立所(たちところ)に功能(こうのう)をあらわす事 至’(いたつ)て
妙あるがゆへに此(この)三ツによきを以(もつて)三吉香と号(ごう)し当店(とうみせ)にて御披(ごひ)
露(らう)仕候御 用(もちひ)被成 功能(こうのう)とくと御 試(こゝろみ)の上(うへ)御用(ごよう)被仰付可被下候
 本家売弘所     金橘楼  刻印金橘楼
       大阪島之内布袋町 岡島屋芳三郎
 京都其外諸国取次所は別紙に有之候
 御もとめ可被候

枠外
此以切手御薬相渡し可申候
丸の内 
ひゑ しつ薬 一切 請合御薬煎薬丸薬価二百六十銅百丗銅にてさし上申候
扇子内白丸
 りん病せうかち大妙薬価百六十四銅 八十銅にてさし上申候
 わきか一生根をきる御薬価六十四銅
国々取次所為弘当卯年中半施に而差出し置候に付此度当地此切手差上
可申候売弘所諸国城下津々浦々在町に御座候御手寄ニ而御求可被下候以上
本家調合所大坂ふしみ町中橋西伏見屋和助  刻印???

下段
  洗眼方
右通政袁密山景星広西平楽 ̄ノ人甞 ̄テ傳 ̄フ【二】
一-洗眼-方 ̄ヲ_一云 ̄フ宋 ̄ノ元-豊 ̄ノ年間其 ̄ノ太-守
年七十雙-目不 ̄ス_レ明 ̄ラ遇 ̄テ仙人 ̄ニ_一傳 ̄フ_二此 ̄ノ方 ̄ヲ_一
洗 ̄コト一-年目力如 ̄シ_二童子 ̄ノ_一録 ̄ルコト_レ之如 ̄シ_レ左 ̄ノ
 《割書:まいとしりつとうの日くわのは百二十まいをとりてかげ》
 毎年立冬の日採_二桑葉_一 一百二十片懸_二
 《割書:ぼしにしてまいつき十まいづゝ水一はい入八分に》
 風處_一令_二自乾_一毎月用_二 十片水一椀_一
 《割書:どびんにてせんじかすをすてあたゝめあらふ目をあらふ》
 於_二砂罐_一内煎至_レ 八分去_レ渣温洗毎_レ
 《割書:日はすいぶん身をきよくつゝしみねぎわけぎのるい酒にをいむべし》
 洗_レ眼日清浄斎戒忌_一【二ヵ】葷酒_一

 正月初五日 二月一日  三月五日
 四月八日  五月五日  六月七日
 七月七日  八月八日  九月卅日 月小則 廿九日
 十月十日  十一月十日 十二月朔日
     右
右洗眼之日限必不可為忽之也

人参保寿圓暑寒御用ひ候へは
格別功能あり功能弘メのため
右用中そへもの進上いたし候
  一劑之求之方へは
      八寸十人前
  半劑の方へは
      丼鉢壱
  試之方へは
      ふろしき壱
    おはつて神前
       保寿圓店

枠内
テリヤアカは和蘭人(おらんだじむ)懸命(けむめい)の寄品(きひん)我邦(わがくに)の人 専(もつはら)是(これ)迠
用ゆされは此(この)良劑(りようさい)は下 無双(ぶそう)と云へし予か家(いゑ)年(ねん)
来(らい)此 秘決(ひけつ)を傳(つたへ)へ其(その)製法(せいほう)を究(きわ)む故(かるかゆへ)より〳〵こゝろ見る
に其 功(こう)また如神(しんのことし)仍之(これによつて)人のすゝめに応(おう)し其 薬品(やくいん)を精(せい)
選(せん)し是(これ)を練製(れんせい)して普(あまねく)世上(せしよう)に弘(ひろ)む誠(まこと)に長生(ちようせい)の
功能(こうのう)ある事 掌(たなこゝろ)を見るにひとしよく用てしるしを見たまへ
枠上段
耑治一切中毒(もつはらちすいつさいのどく) 五労七傷(ごろうしちしやう) 男女諸般労咳(なんによいろ〳〵のろうがい) 感冒(はやりかぜ)
傷寒(せうかん) 中風(ちうふう) 自汗(あせ) 盗汗(ねあせ) 瘧疾(きやく) 中暑(しよあたり) 霍乱(くわくらん)
痢病(りひやう) 山嵐瘒気(さんらんのせうき) 積聚(しやく) 怔忡(むなさわぎ) 頭眩(めまい) 衂血(はなぢ)
吐血(とけつ) 下血(げけつ) 心痛(しんつう) 腹痛(はらいたみ) 傷食(しよくあたり) 泄瀉(くだりはら) 胸鬱(むねつかへ)
痰飲(たんせき) 癲癇(てんかん) 大小便閉(たいせうべんつうぜす) 水腫(うき) 婦人径閉(おんなのけいへい) 産前産後諸疾(さんぜんさんごしよひよう)
諸悪獣虫螫毒(いろ〳〵のけものむしのさしたる) 毒箭傷(どくやのきす) 小児諸疾(せうにのしよひよう) 急慢驚風(きうまんきやうふう) 癖疾(かんかたかい)
痘瘡(はうさう)欲_レ出不_レ出 煩悶(もだへ)狂躁(くるい)者 ̄ノ及 ̄ヒ能 ̄ク令_二レ痘 ̄ヲ超-張_一
自_二発-熱_一至_二結□_一応用-_二之_一大勝 ̄ル_レ服 ̄ルニ_二諸湯薬 ̄ヲ_一
下段枠内
毎服二三分甚者一二銭 白湯(さゆ)送下
小児 ̄ハ一厘強至 ̄レ_二壱-分弱 ̄ニ_一
外治(くわいじには)焼酎(しうちう)或 麻油(こまのあぶら)溶化 ̄ノ敷_レ之
流行(はやり)病 煩(わすら)ふ家にゆくときはおの下にぬるべしうつる事なし
  掛目  一両   價五文目
高麗橋三丁目       亀齢堂松生正民製  刻印
上段次枠
効能
第一打身 ■疵によし■虫の類■■■■■□□□□□□□□■■
■■■■■■■■■■によし ■■■■■の□□□□□□□□□
しもやけ つはり■■■し■病人■■■■物の類■■■□□□□
薬付やうおもての方をあつきゆにてあたゝめ■■■■■■■■■にてよくぬらし
張付る血出るに■■■■■■■■■■にはす■■■■■よし

世間■■■御■■能■御■■■御求メ可被下候御ひろう■■■
本家 《割書:懐中■■|消■■痛》即効紙(そくこうし)
実製此■ハ国へ弘■■■■■家■きめうの良薬也

次枠
家秘 懐中即功紙 《割書:此薬用ひやうは疵相応に引さき|口中へ入とくとやわらけ付てよし》
唐人伝
きりきす ちとめたむし ひゝあかきれ しもやけ わらしこひ
はなをすれ けがきすりむきけつへき たんのかたまり むしくひ
はのいたみ 金石竹木のそけうちみ ほねいたみ かつけうるしまけ
やいとのいへかねる づつう 一切名のしれぬとくむし
いぬねこねずみ もろ〳〵のけたものかみたるによし手足すり
むき其外一切はれをちらし功能多し略之▲右何れも
けかしたる時そのまま用ゆへし即功あ事妙也此薬つけて
そのうへかみもめんにてくゝるに及はす物にすれてもはるる事なし
本家 京都 永毛利道正庵  刻印 松

下段
《割書:口中薬|歯磨粉》 玉露散(きよくろさん)
一此玉露さん常に御用被成候へば
 口ねつをさましあしきにほひをきり
一歯(は)の根(ね)をかため一生口中の病 忘(わす)るゝ
 事妙也男女ともはをみがきそくざに
 ゆきのごとく白くする事奇妙なり
一御つかひやう木のやうじに水を付此
 粉(こ)を少し付て歯(は)をみかき水にて
 よくすゝぎつねの通かね御つけ被
 遊候へはうつくしき事玉のごとし
 かねはげぬ事三十日請合申候
弘所    佐々木玉水堂

上段
《割書:家伝|秘方》記能丸(きのうぐわん)
 洛西向日明神北寺戸村南条住
本家調合所 長谷川源八即製  刻印 長谷川

せんき妙薬     泉州岸和田
 立効湯 代百文     円成寺製
一せんきせんしやくにて△かしらいたみ
 △目いたみ△むねつかへ△はらはりくだり
 いたみ△こしいたみ△きんはれつりいたみ
 あしすぢつりいたむ等の証に一ふく
 にて治する事妙なり男女共用てよし
  売弘所
 京御幸町四条  藤屋喜右衛門
 江戸本町三丁目 近江屋兵助
 大坂堺筋備後町 高三久兵衛
 堺宿屋町大道  酢屋清兵衛


行者菅相小児虫一切一子相伝之
名灸家伯陽米府在皆生
     樋口彦助殿
此度伊勢参詣之往来に付万人み
たすけとして私宅に当月中留置
申候間小児虫煩之御方は御出可被成候已上
  大川町御霊筋入口
卯四月 木屋卯右衛門
 又閏十五日迄

下段
《割書:家伝|秘方》記能丸 一廻り代三匁五分
一第一 労咳(らうがい)労(らう)せき白痰(はくたん)又は痰(たん)に血(ち)ましり虚熱(きよねつ)
 ねあせ右(みき)の症(せう)に用ひて大妙なり
一気積(きしやく)疝積(せんしやく)或(あるひ)は気もつれむねつかへ動悸(とうき)つよく
 一切気より発(おこ)る病症(ひやうしやう)に用ひて神のことし
一婦人(ふしん)血の道ふめぐり目まひ立くらみ産前(さんせん)産後(さんご)
一小児 腗(ひ)かん疳積(かんしやく)其外 虫(むし)一通りに用ひて妙也
 此御薬用ゆる時(とき)はいかていの病にてもすみやかに全
 快(くわい)する事奇々妙々也又毎月月かしらに用ひ
 置(をけ)は一切の病(やまひ)うけず
一予か先祖(せんぞ)諸人為助(しよにんたすけのため)とて多年(たねん)此道(このみち)にこゝろさし有て
 其(その)病症(ひやうしやう)の名灸薬(めいきうやく)子孫(しそん)に伝来(てんらい)いたし置者(おくもの)也
    用ひやう
朝すきはらに十五粒又八ツ時に同しよるふすまへに
同し以上一日に三度合て四十五粒さゆにて用ゆべし
 諸薬食もつさし合なし
   洛西向日明神より北寺戸村南条住
 本家調合所 長谷川源八郎製  刻印長谷川

枠内
《割書:日本|無類》御ふくみ薬   《割書:もみの|ふくろに入》
此薬何によらす御口中一切の御いたみに用ひて即効をあら
はし治る事きめう也もちひやうはそのいたむところへ
此くすりをあてゝふくみ候へば白きうみのやうなる物
ふくろに付出る是則口ねつなりそれをいく度も
取すてふくんでよし尤つばきははき出してよし
しろきもの出やみ候へばいたみを治る事きめうなり又
ゆにて口をすゝぎふくむもよし▲のんどのいたみには
つをのみこんでよし▲歯性あしき御方はつねに御ふく
みなされ候へばゆるぐはをすへはのぬける事なし
食物一切さし合なし尤ひへたる食物をいむなり
    大坂道修町三丁目
      薬種問屋
本家調合所 紀伊国屋伊兵衛  刻印 山?
諸方取次所有之候能々御吟味御用可被下候

【上段枠内】
《割書:御|免》紋章《割書:家|傳》人参(にんしん)百奇圓(ひやくきゑん)
價 壱劑百目入   銀八匁 半廻分  銀弐匁
  壱廻分三十目入 銀四匁 小半廻分 銀壱分
   効能(かうのう)
〇 第一元陽(だいいちげんやう)を益(ます)心気(しんき)を養(やしな)ひ脾(ひ)胃(ゐ)を補(おきな)ふ
都而(すべて)虚分(きよふん)によし〇痰咳りういん別(べつ)して功(こう)あり腹(ふく)
痛(つう)によし○腹力(ふくりき)根気(こんき)眼力(がんりき)をつよくにし小便(せうべん)近(ちか)き
によし〇のぼせを引下(ひきさげ)胸(むね)をすかし喰事(しよくこと)進(すゝみ)ざるによし
〇せんき積気(しやくき)にて腹合(ふくあひ)さし込(こみ)或(あるひ)は手足(てあし)腰(こし)の痛(いたむ)
によし〇髪(かみ)のつやをいだし薄(うす)きは濃(こ)くなり〇
御婦人(ごふじん)血(ち)のみち月水(げつすい)滞(とゞこふり)によし〇御小児(おんせうに)五疳(ごかん)
にてやせたるによし〇都而(すべて)虫症(むししやう)によろし〇
男女(なんによ)ともねあせによし又(また)は御(おん)身内(みうち)御手足(てあし)あれるに
よし〇りんしつせうかちおこる事なし〇虚弱(きよしやく)
なる御性分(ごしやうふん)御不断(ごふだん)被召上(めしあげられ)候はゝ時気(じき)の病(やまひ)を
受(うけ)ず長寿延命(ちやうじゆえんめい)神(しん)のごとし別而(べつして)暑中(しよちう)寒中(かんちう)に
御用ひ被遊候はゝ一入(ひとしほ)大功(たいこう)御座候
右之類(みぎのるい)御用ひありて其(その)功(こう)顕 然(せん)疑(うたが)ひなし
被■(??)上■■(???)可被下候 其外(そのほか)功能(こうのう)多(おほく)候得共 略之(これをりやくす)
右御用ひやう白湯(さゆ)にて昼夜(ちうや)に三四 度(たび)目方弐匁
程(ほと)つゝ御用ひ諸薬(しよやく)食物(しよくもつ)差合(さしあひ)■■■【無御座ヵ】候
鶴声散(くわくせいさん)《割書:ひゐをやしなひこゑいだしたんせき|りういんしやくつかへねびえによし|■〳〵御用ひ候はゞ気力をまし酒どく|■どくをけし二日ゑひによし》
龍玉丸(りうきよくぐわん)《割書:はらのいたみ一切の妙(めう)やく|しやくつかへむねのむかつき|其外 万病(まんびやう)によろしく候》
功徳丸(こうとくくわん)《割書:小児(せうに)虫(むし)はら五かんきやうふう|ふしよくきのふさぎさんぜんさんご|のぼせしやうかんしやうらうしやうひへ|しやう小児ちをあますによし》
《割書:四季|加減》風薬(かぜくすり)《割書:づつうたんせきさむけ|ねびへくわくらん二日ゑひによし》

【下段】
京都御宦医何某大先生伝来
俗に三日ころり
ゑきれい除(よけ)御 薬法(やくほう)
《割書:青葉| 》藿香(くわかう)五分    益智(やくち)五分
 丁子(てうじ)二分    麦芽(ばくげ)一匁五分
せんじやう      水三合入 二合半
           二番三合入一合半
右御薬病ひおこらぬ内に毎日一服づゝ四五日も
もちひ置ば腹中の邪気を払ひおこる事なし
   施印 かじや町三ッ寺筋西南角  加茂川

【枠内】
《割書:りんひやう|せうかつ》 深井(ふかい)薬(くすり)
世(よ)に淋病(りんびやう)痟(せう)𤸎(かつ)を治(じ)する諸百家(しよひやくか)の売薬(はいやく)数多(あまた)有(あり)といへ共 実(じつ)に其(その)功(こう)
験(げん)の的中(てきちう)する事を聞ず茲(こゝに)予(よ)が製(せい)する所(ところ)の深井薬は往昔(むかし)唐医(とうゐ)王城武(わうしやうふ)と
いへる人 直伝(じきでん)にして然(しか)も価(あたい)を論(ろん)ぜず薬品(やくひん)の至善(しぜん)を撰(えらみ)調合(てうごう)せしめ
年来(ねんらい)此病(このやまひ)に用ひ試(こゝろみる)に誠(まこと)に百 発(ほつ)百中 寄々(きゝ)妙々(みやう〳〵)の功(こう)験(げん)老若(らうにやく)を
わかたず軽(かろ)きは二三廻にて治し重(おも)きも五七廻用るにいかやうの根深(ねふかき)病症
たりとも治せすといふ事なしたとへ二年三年此 病症(やまひ)にて諸薬 験(しるし)なきにも
五廻 程(ほど)用るにおゐては病の根(ね)をたち再(ふたゝび)発(おこる)事なく実に神仙(しんせん)の寄法(きほう)也
依而(よつて)今世上に流布(るふ)せしむ悩(なや)める人々用て試(こゝろみ)給へかしと云々

唐王城武像 【人物絵】
から人の
むかしをしのふ
手向して
つたはるのりを
猶ひろくせん

【絵の下枠内】
此御薬御用イ被成ニ
おいては病治する事
必うたがふべからず万一
病イなをらぬせつは
代【金】御返進
可申候ゆへ御
ゑんりよなく
御出可被下候

【次枠】
気淋(きりん)《割書:小便(せうべん)不 通(つう)じにしてほと〳〵としたゝる也|尤 気(き)ゟ出ル病(やまひ)故(ゆへ)捨置(すておけ)バ六ヶ敷成ルべし》
石(せき)淋《割書:陰茎(さを)中 痛(いたみ)強(つよく)して小便出にくゝいかにも石 等(など)中に有やふに| 》

【上段枠内】
御薬(おくすり)求肥糖(きうひたう) 《割書:一斤代六匁|半斤代三匁| 其外御望次第》

加賀御所落雁(かがごしよらくがん) 《割書:御進物みな〴〵|御望次第指上申候》
右両品(みぎりようしな)暑寒(しよかん)御見舞(おんみまひ)用(よう)下直(げちき)ニ調進(てうしん)可仕候
     大阪太左衛門橋八幡筋北西角
本家調合所 芝翫堂 加賀屋橋之助【印】
売弘所   □□□□□□□□ ■【雁ヵ】金堂

   口上
一例年正月二日ゟ十日迠為御年玉
 聊成添物仕候銀壱匁ゟ弐匁迠扇子
 壱本同弐匁壱分ゟ四匁迠扇子弐本
 其外金百疋迠者銀高に応し扇子
 臺附にても差上申候多少にかぎらす
 御用被仰付被下度奉希上候以上
 但し歳旦画讃之扇子差上申候
  月日   芝翫堂

《割書:大人|小児》 安腹 《割書:料定一匁|此度施減》 《割書:大人五分|幼人三分》

小児虫一切 つんほ   疳かたかい ほうそう
ろうかい  はれやまい かつけ   ひへいたみ
せんき   すんはく  しよふかん むね痛
かん病   ちんは   中風    はら一切
親三次事かいや丁筋からし町に住居療治披露致候罷跡之私
先祖五十年亡父十三回忌為相営之百日之間減料
 当時住所我聟  のうにん橋弐丁目
 中島や五郎兵衛と申質店に隠宅仕候
  九月十一日より 中村ふし江

【下段】
石(せき)淋《割書:覚ゆる也右小石のようふなるもの小便ニまぜり出るなり》
膿(のう)淋《割書:此(これ)は淋の常(つね)ニして小便まぜり或は小便の後うみ出る也| 又はいたみつよくして余瀝(よれき)膿(うみ)ばかりいづるなり》
血(けつ)淋《割書:此(これ)は小便より血(ち)したゝる也もつともいたむなり| 後(のち)にはとりもちよう成ルうみに血まぜり出る也》
労(らう)淋《割書:此(これ)は労より出る也 或(あるひ)は房隠(ぼういん)を過(すごし)或はいたくニ働(はたらき)などいたし又は| 心配(しんぱい)などいたして後出る也此は膿も少シなれども何となく労(つかれ)強(つよし)》
右五名内第一 病(いたみ)薄(うす)く膿汁(のうじう)少々出候を労淋と申至而(いたつて)根深(ねぶか)き病底(やまひ)
にて是其人の地病なる也右は淋病の労淋(らうりん)と御心へ可被成候 故(かるがゆへ)此
深井薬御用被成候共 急(きう)には治しがたし右は兼而御断申上置候其外
病底(やまい)は男女共 痛(いたみ)つよく難儀(なんぎ)なされ候御方には軽(かる)きはニ三廻り
重(おも)きは五七廻り御用ひ被成候ニおゐては其 功験(こうげん)矢(や)のことし誠(まこと)に壱人にても
病底治せずといふ事無之 故(ゆへ)呉々(くれ〴〵)も御うたがひなく御用可被成候
一廻り代三百文  半廻り代百五拾文
本家調合所 《割書:長崎浦|五嶋町◇元(げん)》深井源右衛門
《割書:従長崎|諸国江》 売弘所 《割書:大坂瓦町二丁目|八百屋町筋》《割書:淀屋|深井》源兵衛 【刻印 長崎深井浦住人】

【錦花丹】

【次枠】
功能
一第一きつけ    一胸膈を快くし
一のほせを下け   一たんせき一切
一頭つうはのいたみ 一口中を清くし
一さんせんさんこ  一しやくのつかえ
一酒のゑひさまし  一食しやう霍乱
一一切のゑつき   一一切はらのいたみ
常に用ゆる時は気根をまし
心身すこやかならしむ此外諸病に
用ひて其功をしるべし
 天神橋南詰 森川快活堂

やねかんばんにからすある所
ひへしつ一切       ひらの町松や町角
【烏絵】 ひへ薬所      かわ又
のぼせ引さけ
右かうのうはみな〳〵御存之通やわらかな
御薬ゆへ御こゝろみ可被下候うけ合(あひ)申候
なを又十七日は六十文にてさし上
申候ゆへ御ためし可被下候
 御薬 代百廿四文
毎月十七日半直だん

【上段枠内】
《割書:六味|八味》 地黄丸 主治
一腎径(じんけい)の虚損(きよそん)にて体(たい)痩(やせ)目(め)かすみ頭痛(づつう)衂血(はなぢ)出口(いでくち)かはき
 舌痛(したいたみ)歯(は)いたみ耳(みみ)鳴(なり)とをく声(こへ)しはがれ咳(せき)平生(つね)にいで
 立居(たちい)力(ちから)なく腰股(こしもゝ)のしびれ盗汗(ねあせ)やまず気閉(きふさがり)痰(たん)おほく
 虚症(きよしやう)の■(?つ)や小便(せうべん)淋病(りんびやう)のごとく夜(よる)小便しけく或(あるひ)は肝気(かんき)
 たかぶり常(つね)に動気(どうき)つよく筋(すじ)骨(ほね)引(ひき)つり痛(いたみ)あるひは常に
 食物(しよくもつ)中(あたり)やすき症(しやう)其外(そのほか)婦人(ふじん)冷(ひへ)の諸病(しよびやう)に用ひてよし
一 此薬(このくすり)常に養生(やうじやう)に用(もちゆ)れば専(もつはら)腎精(じんせい)を益(ま)し陽道(やうだう)を壮(さかん)に
 なす事(こと)余薬(よやく)の及(およぶ)所(ところ)にあらずよつて大人(たいじん)小児(せうに)一切の
 虚症を補(おぎな)ひ諸(もろ〳〵)の病(やまひ)を生(せう)ずる事なし実(まこと)に万人
 万応(まんおう)の妙劑(みようざい)なり用ひて後(のち)自(おのづから)知(し)るべし
               味岡閑笑軒
【上段枠なし】
《割書:六味|八味》 地黄丸 服方(のみやう)《割書:さゆ塩ゆあたゝめ酒たんある人はせ□【うヵ】がゆ■|一日に三度二三匁ほとづゝまきはらニ■|大こんねぶか一時すぐればくるしからず》
 
               
拙家(せつか)儀は味岡(みおか)三伯(さんはく)末孫(ばつそん)にて宝永(ほうえい)年中に
御当所へ薬種(くすり)店(みせ)開(ひらき)始(はじめ)候より恙(つつが)なく相続(さうぞく)仕大慶
不過之候依之 冥加(みようが)の為(ため)此度地黄丸薬種 元(もと)直段
製法(せいはふ)料(りやう)少々相くはえ相弘申候功能は各々方(いつれも)
よく承知(ごぞんじ)の事に候然とも薬種(やくしゆ)悪(あし)く製法 麁(あら)く
しては功能うすく候拙者今薬種は和漢の上品
を撰(ゑら)び製法は古人(こじん)の教方(おしへ)をいさゝかもたがへず謹(つつしんで)
精制(せい〳〵)調合(ちやうがふ)すること左のごとし
一地黄 《割書:大和大極上品を水に入しずみたるをゑらび柳のせいろうに|土のかまにて上酒にひたし九度むし用》
一茯苓 《割書:極上丸手皮をさりよく|しまりたるをゑらひ用》一山薬 《割書:極上くろみをさり白く|やはらかなるを用》
一山茱萸 《割書:唐大極品たねをさり|酒にひたし用》一沢瀉 《割書:上品あら皮をさりくろ|きをさり白きを用》
一牡丹皮 《割書:極上あらかはをさり|むして用》一みつ 《割書:くま野極上品を用》
 右に附子肉桂を加て八味丸といふ
地黄丸功能 他薬(たやく)に勝(すぐ)るゝといへ共時節(じせつ)により
大 根(こん)ねぶかさし合ありて用ひがたき人は地黄
代(かわり)薬に黄精(わうせい)を用る家傳秘方ありて別段(べつだん)に
調合す功能地黄丸に異(かは)らざる妙劑(みようざい)なり
価  六味丸  百目代 四文目   六味黄精丸
   八味丸  百目代 五匁五分  百目代四匁五分
  大坂過書町せんだんの木西へ入
調合所 美玉屋太七

【下段枠外】
又取次さくらばし北つめ近■■
【枠内】
髪はへ油 《割書:一貝 百文|半貝 四十八文》
 功能
第一婦人つりはげいかやうにはげ候とも隔(かく)日に指(ゆび)
にてよくすり付候へはかゆみを生ずこれかみのはへる
しるしなり凢五十日斗りも付候へは地一面にはえる
事請合なをたへず付候へば次第にのびあつ
くなる事ためししるべし
一生れ付かみうすき人又額はへさかり薄くして
かつかうあしきかたは毎日〳〵つけ候へば日を立に
したがひ生毛あつく也我おもふまゝにはへる事
請合しかし三十日位にては格別の功なし
凡百日にしておもひのまゝなるべし
一常々かみぬける人は毎朝〳〵くしのはにつけ
すき候へはぬけるをとめ赤髪をくろくすちゞみ髪
のはし色つやをいだす事めうなり
 右あらわす功能ためししるべししかし四十已上の
 人はいかやうに付てもしるしなし世に売々するかみはへ
 薬とは一かひにおもふ遍べからず
肥州 青山 紅桜花雲斎製 【刻印】
長崎
弘所 《割書:南新町弐丁目ぜん|なん筋西へ入》 中村屋弥助
取次所
 どうとん堀ひの上橋東つめ 但馬や 久兵衛
 かはら町なには橋南へ入  いつみや 喜兵衛
 じゆんけい町心斎橋西へ入 松しまや 仙助
 同さかいすじ西へ入    角倉 弥三郎
 
【李養生堂】
【枠内】
本堂今在姑蘇閶門外南濠
中水衖西口上岸閒張舗面
不惜工本處心修合以図久
遠毎張只取工費銀四分朔
望減価以期広行幸勿価廉廉
而軽忽之有負予之誠心矣
取者須認李養生堂庶不錯
悞特此謹白 【朔望減価】
【次枠】
本堂膏薬揀選道地葯品照方
修合発兌近有無耻之軰仮冐
本堂名色以仮膏薬招牌混予
発売不惟無効返悞清芬一片
婆心実為痛恨凡 士商賜顧
者須認明住處招牌印記庶不
有悞告白 【李清芬■製】

本家調合所
   摂州今宮    山田文輔
枠内
鳳凰丸
一むねはらのつかへかたせなかのこり
 気のふさくによし
一のぼせをさげづつうによし
一しやくせんきたんりういんむし一切
 はらのいたみによし
一しよくしやう一切酒の二日ゑひによし
一くわくらんはきくだし又ははかずくだらず
 大腹痛によし
一しぼりはらくだりはらによし
一小児驚風と吐(はき)病ひには生が湯にて用てよし
一急病気附によし
  諸薬食物さしあひなし

□六十四銅
《割書:摂|州|今|宮》鳳凰丸

【次枠】
【紋】鳳凰丸(ほうわうがん) 主治(こうのう) 価《割書:小包 三十二銅|大包 六十四銅》
【枠内】
癪痞(しやくつかへ)
気鬱(きうつ)
 しやく○せんき○たん○りういん○しよくむねに
 ありてくだらずいずれにてもむねはらにつかへ
 かたせなかにこり気(き)分ふさぐにさゆにて用ゆ
 べしつかへをさげ気分(きぶん)ひらく事 神(しん)のごとし
食傷(しよくしよう) 
 いかほどおもきしよくしやうにても治(じ)せざる事
 なし〇酒のわるゑひ二日ゑひ魚(うを)鳥(とり)茸(たけ)るいのゑひ
 さゆにて用ゆ其(その)功(こう)誠(まこと)に海内(かいだい)無双(ぶさう)の良方(りやうはう)なり
腹痛(はらいたみ)
霍乱(くはくらん)
 むしはら〇食(しよく)もたれ〇りういんしやくいたみ或(あるひ)はせんき
 むねはらのいたみ一切にさゆにて用ひ即功(そくこう)あり霍乱(くはくらん)
 吐下(はきくだし)又ははかず下(くだら)ず大(だい)腹痛(ふくつう)心煩(しんはん)するものに妙なり
疳疾(かんしつ)
驚風(きやうふう)
 小児(せうに)五かん〇きやうふうには生(せう)がゆにて用ゆべし
 或(あるひ)は平日(つねに)乳(ちち)につけ又はさゆにて用ひよく五かんを
 治(じ)したいどくを下(くだ)し成長(せいちやう)の後(のち)無病(むびやう)壮健(そうけん)なり
気附(きつけ)
旅行(たびゆき)必要(ちやうほう)
 めまひ〇立ぐらみ一切の気(き)つけに用ひ奇々妙々(きゝめう〳〵)なり
 たびゆきの時(とき)かならずたくわへ朝夕(あさゆう)一りうつゝ用い
 て雨湿(うしつ)をはらひ水のかはりのうれひなくもろ〳〵
 のどくをけす事 実(じつ)に重宝(ちやうほう)の良薬(りやうやく)なり
此薬(このくすり)は腸胃(ちやうい)を順和(じゆんくは)し飲食(いんしよく)を進(すゝ)むる良剤(りやうざい)也 食(しよく)よく百 骸(かい)をやし
なふ時は精力(せいりき)をます事うたがひなしくわしくは能書にしるす
  諸薬さし合なし
《割書:御|免》調合所 摂州今宮 山田文輔【刻印】

紋 鳳凰丸(ほうわうぐわん) 主治 価 《割書:小包 三十二銅|大包 六十四銅》
                     
癪痞(しやくつかへ)
腹痛(はらのいたみ)
 五積(ごしやく)一 切(さい)〇痰咳(たんせき)〇留飲(りういん)〇宿食(しよくつかへ)〇疝気(せんき)〇蚘虫(くわいちう)其外(そのほか)
  何(なに)によらずはらのいたみ一 切(さい)むねにつかへ肩(かた)脊中(せなか)へこり
 気(き)をふさぎ物毎(ものごと)に退屈(たいくつ)しやすき症(せう)用ひて即座(そくさ)に
 気鬱(きうつ)をひらき精神(せいしん)ほがらかになる事 神(しん)のごとし
食傷(しやくしやう)
 食(しよく)にやぶらるれは腹痛(はらいたみ)吐瀉(はきくだし)或は一身(そうみ)に斑(わん)を発(はつ)しおもきに
 至(いた)りては吐血(ちをはき)絶脈(みやくたへる)の症(せう)に至(いた)る速(すみやか)に此薬を用(もち)ひ食毒(しよくどく)をけすべし
 愈(いへ)て後(のち)も五六日も必々(かならず〳〵)用ゆべし毒(どく)のこり害(がい)をなす事(こと)なし或(あるひ)は
 酒(さけ)のわるゑひ二日ゑひ魚(うを)鳥(とり)茸(たけ)るいのゑひ其外(そのほか)諸毒(しよどく)にあたりたるに
 速功(そくこう)ある事 誠(まこと)に海内(かいだい)無双(ふさう)の神方(しんはう)なり其(その)功(こう)用ひてしるべし
霍乱(くはくらん)
 くわくらんは暑邪(しよしや)内(うち)にふくし飲食(いんしよく)の和(くわ)せざるよりおこる
 腹痛(ふくつう)吐瀉(としや)するは湿(しつ)霍乱(くわくらん)也 吐(はか)ず下(くだら)ず大(だい)腹痛(ふくつう)煩悶(はんもん)」するものは
 干(かん)霍乱(くわくらん)也右二 症(せう)とも病(やまひ)の軽(かろき)重(おもき)によりニ三粒(りう)より五六粒(りう)用ひて神功(しんこう)あり
疳疾(かんしつ)
驚風(きやうふう)
 小児(せうに)五かん驚風(きやうふう)は胎毒(たいどく)さらさるに乳食(にうしよく)を過(すご)し順(じゆん)和(くわ)せざるより
 おこる慢(まん)驚風(きやうふう)に至(いたつ)ては諸薬(しよやく)の功(こう)なし平日(つねに)此薬を用(もち)ひ置時(おきとき)は
 胎毒(たいどく)をさり胃中(いちう)を消化(こな)し成長(せいちやう)の後(のち)無病(むひゃう)長寿(てうじゆ)なり
旅行(りよこう)必要(ひつよう)
 旅行(たびゆき)には必(かならず)たくわへ持(もつ)べしめまひ立(たち)ぐらみ第一(だいゝち)気付(きつけ)の功(こう)をあら
 わす事 奇々妙(きゝめう〳〵)也 殊(こと)に旅行(たび)すれば何(なに)となく腹痛(はらいたみ)瀉下(くだし)する
 事(こと)あり朝夕(あさゆう)用(もち)ゆべし水のかわり患(うれ)ひなく船(ふね)駕(かご)に酔(ゑわ)ざる事 妙(めう)なり
夫(それ)元気(げんき)旺衰(わうすい)すれは風寒(ふうかん)暑濕(しよしつ)におかされやすく気(き)みぢかくものにあき
手足(てあし)冷(ひへ)のぼせつよく皮(かわ)膚(はだへ)にうるほひなく耳(みゝ)眼(め)とも力(ちから)うすし此症(このせう)は
元気(げんき)のおとろへ也 是(これ)皆(みな)腸(ちやう)胃(い)順環(じゆんくわん)せず飲食(いんしよく)百骸(ひやくがい)をめぐらざるゆへなり
此薬は胃中(いちう)をよく調化(ちやうくわ)し能(よく)食(しよく)をすゝむる神方(しんはう)なりよつて一身(いつしん)の精力(せいりき)
をまし気血(きけつ)をおぎなひ根気(こんき)をつよくし百病(ひやくびやう)発(はつ)せざる良劑(りやうざい)なり
御免調合所  摂州今宮 山田文輔製 【刻印】

【上段枠外】
味岡氏相伝 たんのめうやくもろ〳〵のせきに用ひてそくさにきく事大妙也
【枠内】
【紋】《割書:仙|方》たん一切(いつさい)の妙(めう)薬 《割書:小包 二十四文|中包 四十八文|大包 百文》
一百 病(びやう)はもとたんより生(せう)ずるものなり〇たんにせん湯(とう)
 ねりやくを用ひて治(ぢ)する事まれなる此薬はたとへ五年
 十年いかほど年久しく治せざるたんニ而も病の年数(ねんすう)に
 応(をう)じ用ひて治(ぢ)する事 請合(うけあひ)なり其外用ひて一(いつ)
切(さい)のたん病を治するの要薬(ようやく)なり
一たん膈(かく)に用ひて立処(たちところ)に効(かう)をあらはす事請合なり
一たんあつまりて頭(かしら)面(かほ)首(くび)ほうなどかたまりてるいれきの
 ごとくになるに用ひてよし
一たんのんどにあつまりてこへいでずむねわき痛(いたむ)によし
一たんにて頭痛(づつう)目(め)まひするに常(つね)に用てよし
一いかほとつよきぜんそくにても此薬用る時はたち処におさ
 まることきめうなり
一いかほどちゝほそき女中(じよちう)にても用ひてちゝ出ることめう也
 但しさんぜんさんごにても用てよし
一三四年もたんせきかうじてむねいたむにあまたの薬
 用ひてしるしなきに此薬一廻にて功をあらはさずと
 いふことなし
一小児たんにてのんどせりつき又はせきいづるに白ざたう
 少しくはへ用ひてよしす
  但し此くすり小づゝみを二 度(ど)にあたゝめ酒(さけ)又はさゆにて
  御用ひ可被成候右御薬一 廻(まわり)分一日中包一ふくつゝ七日御用
  可被成候食物何にてもさし合なし
     大坂道修町五丁目
本家調合所 泉屋弥右衛門【刻印泉弥】
京都売弘所 四條長刀鉾町 いづゝや弥兵衛
【枠外】
所々宿々出し置申候間御用之節は紋を
目印に御求可被下候
【次枠】
《割書:秘|伝》打身(うちみ)骨違(ほねちがひ)薬(くすり)《割書:一包| 》二十四銅
 一うち身    一くじき
 一骨をれ候ても 一すじちがひ
 一つきゆび   一つきうで
 一そらで    一かつけ
此御くすりこうのうの義はたとへ骨おれ
くだけ候共又はいかやうのけがにてもたちまち
いたみをやわらげ治する事うけ合なり
但し此御くすりはもみ引直しなしほね
ちがひのりやうぢいらず治する事妙なる也
こうのう無之候はゝ包紙御そへ御もどし可
被成候尤此御薬にて治してのち暑■■ても
ふたたびおこる事はなし
  一付やうは此御薬を酢にてよくねりいたみ所へぬり付
   其上よりむし紙をふたして置べしすなくは水でもくくるしからす
  但此御くすり仏神にけがれなし
     大坂北久宝寺町壱丁目濱
本家調合所 塩屋与三兵衛製

【下段枠内】
《割書:一流|家伝》口中薬《割書:一劑八匁六分|半劑四匁三分|一貼六十四文|半貼三十二文》
胃熱(いねつ)気熱(きねつ)歯熱(はねつ)にて口中に虫歯(むしば)のいたみを
なすときはこのくすり白湯(さゆ)にてふくみのみ下し
又いたみ甚(はなはだ)しきには肉(はにく)につけて治す事妙なり
口癰(こうよう)口瘡(こうさう)舌瘡(せつさう)にてはくきうみいて腫(はれ)いたむには右のくすりさゆにて用ひてよし
のんど腫物(しゆもつ)にていたみ口中にあしき匂(にほ)ひを
生し気熱(きねつ)にてのんどふさがりいたむには
いづれも右のくすり白湯(さゆ)にてふくみて
治する事 神(しん)のごとし
さんぜんさんご口中(くち)のいたみに用ひてよし
  禁物(いみもの)
 酢 黒砂糖(くろさとう) あめ
 ほうれん草(さう) つるしがき
御免 口中一切療治所
【紋】  《割書:男|女》入ば細工所
  大坂道頓堀大西芝居少西南側
調合 藤井平治製

【次枠】
《割書:南蛮(なんばん)|秘方(ひはう)》打身(うちみ)骨違(ほねちがい)呑薬(のみくすり)
一せんじよう一ふくを三どにせんじ
 度々に文銭一文つゝ取かへ御入御せんじ
 可被成候一ばん中ちやわんに水三ばい
 入ニはいにせんじ二ばん二はい入一はい
 半三ばん一はい半入一はいにせんじ
 御用ひ可被成候
  大坂東堀北久ほうじ町壱丁目はま
調合所 塩屋与三兵衛製

【上段枠内】
【紋 扇に日の丸】如神丸 《割書:一ふく| 》二十五銭
第一りびやう あかはら  しらはら
  さはら  しぶりはら はらの痛(いたみ)
  惣じてはら一さひによし
抑(そも〳〵)此御薬は往昔(むかし)元禄(げんろく)年中(ねんちう)より於当所
うり弘来候 妙劑(めうざい)にて効能(こうのう)世の人のしる所なり
就中(なかんづく)いかほど六ツかしき痢(り)びやうにて度(と)かす
重(おも)り候とも此御薬御用ひなされ候へば忽(たち)まち
いたみしぶりをとめ度数(どかず)をへらし全快(ぜんくわい)致
こと神のごとし尤(もつとも)世けんにりひやう薬も
有之候へどもたゞ下痢(くだり)をとめるを主治(こうのう)といたし
候ゆへかへつて大なる害(かひ)をなし候此御薬は
決してさやうのるいにてはこれなくいさゝかも
さわりにならずして早(はや)く治するの妙法(めうはう)なり
近年(きんねん)近所に紛敷(まぎらはしき)るい薬(やく)数多(あまた)有之
其上
扇屋(あふぎや)薬ととなへ売出し候方も有之候元来
扇屋薬と唱(とな)へ売弘来候は昔より此方 一家(いつか)に
かぎり候別して此度 薬味(やくみ)相改 極品(ごくひん)をゑらみ
製法(せいはふ)いたし売弘申候間 名所(なところ)きんみの上
御もとめ可被下候已上何れもさゆにて用ゆべし
但し さん前さんごかまひなし
   諸薬さしあひなし
本家扇屋薬 《割書:大阪道修町五丁目|淀屋橋筋北へ入東がわ》
 如神丸調合所 宗也製

如神丸大人は《割書:壱服を一度用ゆる|小児七才迄は弐度用ゆる|但しさゆニて用ゆる》
あかはらしらはらさはらいづれの
はらにも用てたちまちによし第一
いたみをとむる事妙なり大びやうの
りびやうにさま〳〵せんやく用てもはらの
いたみとまらずしぶりつよく候に此薬い
たみしぶりをとめ度数をへらし申ゆへ
くたびれずはやくほんぷくいたし候
いづれのせんやくにも少もかまひ申
さず候惣じてりびやうはむりにとめ候へば
あしきものにかへども此薬は少もあし
きと申事なく其のうきめうふし
きなる薬也つねのさはらくだりには
半粒用てとまり申なり
大坂道修町五丁目淀屋橋筋北横町
さんぜんさんごにかまひなし 宗也【印】

■■し薬の外ニあ■ひ薬
■し■り薬有之候而も此方は
取次所ニて御求可被下候此■
■り人一切出し可申候
南都ゑん■ゆ坊【印】

王明■目薬
南都■振
伊せやゑしゆん

御歯薬
代廿四文

《割書:阿弥陀|伝来》御歯薬
第一はのいたみはの根(ね)はれいたむニよし口ねつはくさ
歯うきうごくによし口中ふき出ものによし
 右 何(いづ)れもふくみてよし常々(つね〴〵)夜々ふくみて日
 久しき時はうごく歯をすへかたくなる事
 妙なり腹中(はら)に入てもくるしからず
右ふくみやうは此 薬(くすり)をはぐきとほうとの間(あいだ)に
はさみおくなりしばらくして口中よりうみ
或(あるい)は血(ち)或は虫(むし)など出ること妙なり
  大阪道修町一丁目 紀伊国屋卯兵衛製【印】

【枠内】
一むねのいたみ 腰(こし)のいたみ せなかのいたみ
 惣(そう)じてとゞこふりいたむ所(ところ)へはりてよし
一 積気(しやくき)にてつかへいたみ或(あるひ)はふさがるには其所(そのところ)
 にはりてよし
一 歯(は)のいたみには痛(いた)む所(ところ)の外(そと)にはりてよし
右(みぎ)一切(いつさい)火(ひ)にあぶり紙(かみ)にのばし用(もち)ゆいたみ止(とど)まり
滞(とゞこふり)散(さん)ずれば自然(しぜん)とはなるゝなり或(あるひ)はかゆみ出(いで)
かきやぶり水など出(いず)れば尚更(なおさら)に其(その)功(こう)すみやかなり
  但(たゞ)し腫物(しゆもつ)切疵(きりきず)にはいむべし
【枠下】
 一貝二十四銅
大坂梶木町
 天川屋長右衛門製【刻印?川】
 通神膏

【刻印 劑工??】
一粒金丹
 奥州津軽医官
   手塚春亮 【刻印??之印】【印】
此薬 本藩の秘方にして世間名を同しくするものゝ
類にあらされは 本藩の医といへとも許しなき
者は私に製することを得ず然に近来猥に■偽して
秘方を犯すものあり故に此度能書を改め印章を
以て世間同名異方のものに別つ能書の印章と
此名前なきは 本藩秘方の製にあらす 
文化十一年甲戌夏四月

【下段氏名】
矢嶌玄碩
中丸昌貞
古郡道作
小野道瑛
松山玄三
湯浅養仙
廣瀬養甫
伊東春昌
菊池玄屯
石黒玄和
手塚春亮
伊嵜敬菴
和田友輔
渋江道純
平治養敬

《割書:家|方》和気丸(うちみのくすり) 一包代百文
一打身(うちみ)一切(いつさい)に妙(めう)なり五年十年 乃至(ないし)年立(としたち)候打身にても用ひてねをきらずといふことなし小児(ことも)又は身しはき人は五りうを二 度(ど)に御用いなさるべ候■■
 ほねくだけをれ候とも早速(さつそく)用ひ候へば治(ぢ)せずといふことなし手負(てをい)の者(もの)胴(どう)に血(ち)をは候とも此薬を用ひ候へばりうぢにかゝり申候
    用ひやう
一 早朝(さうてう)すきはらに茶(ちや)の出(で)ばなにて五りうをかみくだかず丸(まる)のみに一 度(ど)に用ゆべし半時(はんとき)ばかりすぎ候へば腹痛(はらいたみ)いだし色(いろ)付(つき)たる大べん打身の多少(たせう)ほど
くだり候へばねを切(きる)こと妙(めう)なりつよき打身の人は大べんけつして通(つう)じがたきものなり一ふく用ひて大べんつうずることなくはニ三ぶくも用ゆべし大べんのつうじざる
うちは薬の功(こう)なしたとひかるき打身にても年数(ねんすう)たち候うちみは三四ふくも用ゆるがよし打身くじきともに用ひて即功(そつこう)あることあげてかぞへがたし打身にて
なきいたみのある人は何(なに)ほど用ひ候ても腹(はら)くだらず尤(もつとも)外(ほか)の病(やまひ)にさし合なし持病(ぢびやう)にしやくつかへせんきなとある人は用ひてすこし動(どう)ずることもあるべしすこしも
くるしからず動(どう)ずるほど薬のめぐりよきと心(こころ)へべし食事(しよくじ)は小 一時(ひととき)も過(すぎ)てたべてよし薬の気(き)つよきゆへにむしはやき人はときやくする人にある
ゆへに丸薬とくとおさまりて後(のち)食事するがよし出(で)ばなの茶をさますかすこしぬるくして五りうを一 度(ど)にのむべし薬のみにて後(のち)身(み)もだへをせず
身をやすらかにして腹(はら)のいたむを待(まつ)べしくだるたびにいたみうすへなるなり但(ただ)しはらみ女にはかたくいむべし
 毒忌(どくいみ) 青葉(あをは)のるい あぶらけのるい 些 色(いろ)薬用ひ候一日はかたくいむべし
此薬用ひ候日より七日のうちは外の薬かうやく御用ひ候事かたく御無用(こむやう)たるべし打身の人薬用ゆるときは何時(なんとき)にかぎらず茶にて
もちゆべしもちろんかうやくはりてあらばとりてのむべし
一 婦人(をんな)の月水不順(つきのものふじゆん)あるひは毎度(まいと)腹(はら)いたみ腹(はら)にかたまり生(せう)ずるのるいに用ゆ此症(このしやう)はいたつてしつこきものにて心(こころ)長(なが)く一ふくづゝ二日ももちひ
毎度(まいど)用ゆれば自然(しせん)とかたまりとけて月水(つきのもの)も順(じゆん)よくなるなり此薬を用ひて此 功(かう)をおぼへし人 傳(つた)へしゆへこれらの功能(かうのう)をしかぬ猟(りやう)は
鳥(とり)がをしゆるとはかゝる事をいふにやこゝろながく数(す)ふくをもちひざれば功能(こうのう)しれがたし
一 男女(なんによ)のりんびやうせうかつによしあるひは頭(かしら)瘡(くさ)年々(とし〳〵)毎(ごと)に出(いで)てうみつよく髪(かみ)の毛(け)とぢ付(つき)てなんぎの人に用(もち)ゆれば自然(しぜん)とうみすくなくつう〳〵と
かはきかさふたとれて治(じ)するなり皆(みな)これ胎毒(たいどく)のわさにてかくのごとく年々に悩(なやむ)むことなり二三日づゝ休(やすみ)て七八ふくも用ゆべし数(す)ふく用ゆれば自然(しせん)と
胎(たい)どくをさりその功(かう)すみやかなり
一湿毒(しつどく)に用ひてよし打身に用ゆる通(とをり)茶(ちや)の出(で)ばなにて用ゆ二日つゞけて用ひ又(また)二日も休(やすみ)て用ゆる事(こと)十六七ふくも用ひざればしるし見へが□□■■■
すふく用ひされば毒気(どくき)さりがたし心ながく用ひて根(ね)を切(き)ること妙(めう)なり勿論(もちろん)此薬うちみ一トとをりに用ひ来(きた)りしに近来(ちかころ)しきりにしつ■くにもち
ゆる人多(をゝ)くこうをなす事速(すみやか)なるゆへに能書(のうがき)をかきたして功能(こうのう)をしらしむ血(けつ)どくのるいは一トみちのことなれば世(よ)の人の用ゆることも■■なる事(こと)なり
一ある人のいひしは此丸薬を癩病(らいびやう)に用ひて甚(はなはだ)功験(こうげん)あり用ひやうは毎日(まいにち)一ふくづゝ二日用ひて一日 休(やす)み又(また)一ふくづゝ二日用ひ如此して凡二三十ふく
ばかり用ゆれば次第(しだい)に顔色(がんしよく)よくなりて眉毛(まゆげ)などもうす〳〵と毛(け)はへ出(いで)てしだいに快(こころ)よきゆへ月(つき)毎(こと)に一ふくづゝ二三年も用ひしよしと
或(ある)出家(しゆけ)のはなしたまふよしを予(よ)につげぬしかし此事(このこと)は家伝来(かでんらい)にかつて見へずさりながら悪血(あくけつ)のなすことなれば用ゆること無理(むり)とはいひがた
し先(まづ)癩病(らいびやう)は治しかたきものといへりしかしかくのごとく心(こころ)ながくすふくを用ひはきはめて功能(こうのう)もあらんか此(この)功能(こうのう)は伝来(でんらい)なきことゆへ此方(このほう)■■は
しゐてすゝめがたしさりながら難病(なんひやう)の人間(にんげん)一人すたるをすくう事なれば人為なる功験(かうけん)なり用ひてはみたきものなり用ゆかたは
其(その)人の心まかせにしたまへと云爾(しかいふ)
宝暦四甲戌春弘之同六丙子秋能書改天明七丁未秋功能増補而改之
 本家調合所  京都四條通室町東エ入ル町
             山中氏  刻印????
  売弘所      江戸鍛冶橋御門之外
             大坂屋庄左衛門
京都はもちろん他国とも売リ子一人も出し不申候朱印御吟味候はば?求可被下候

【枠内】
しらがの薬功能 壱貝代 四十八文
世にしらがそめぐすりととなへて売(うり)ひろむるもの多(おゝ)し
その功能(かうのふ)書(かき)にいはくひとたびつけてのちふたゝびしらがになる
ことなしと夫(そ)はしるしなきそらごとにぞありけるわか
ひろむるところのしらが薬(くすり)はこれらのものにあらずひと
たびつけ用(もち)ひぬればたちまちしらがをしてくろかみと
するのみか日(ひ)を経(へ)てのちまたもとのしらがになさんとて
お六のこまかなるくしにてすきとりたまふとても中(なか)々
しらがになるといふことなしこの薬 秘(ひ)してひろめずとい
へともこう人 門前(もんぜん)に市(いち)をなすにいたればいまは世にひろめ
よと人々のすゝむるにぞこたひあたいをきはめて売(うり)
ひろむることになりぬつけ用(もち)ひやうはすぢたてにて
髪(かみ)をすこしあげゐてはだのよごれぬやうにはけにてつけ
たまへかし多(おゝ)くつけたまへばみぐるし又(また)髪(かみ)あつき御方(おんかた)は
多(おゝ)くつけてよくすきたまひたるもよし十日めあるひは
廿日めに一度(いちど)つゝかくのごとくして月日(つきひ)へぬれはのち
はしらがこと〳〵くへんじあるひはぬけ□てくろかみになる
ことふしぎともいふへし此(この)薬 月(つき)にまし年(とし)にさかゑて世に
ひろまらば日(ひ)の本(もと)ひろしといへどのちは海内(かいたい)地(ち)をはらふてし
らがつむりといふことなくなりなんことしるへし
まことに人をしてわかやかしむるの仙方南判
本家 《割書:京富小路|松原上町》 井筒屋八兵衛製
取次所 大坂天満鳥井西角 和泉屋久兵衛
 つけてはげぬしらがの薬

【次枠】
家伝順気散
一 産前(さんぜん)産後(さんご)血(ち)の道(みち)によし産(さん)の時(とき)善悪(ぜんあく)をとはずニ三 度(ど)用(もち)
 ひて母子(ぼし)ともに安体(あんたい)也(なり)産屋(さんや)の中(うち)居(ゐ)なをり帯(おび)をしかへ
 るにその前(まへ)に此薬(このくすり)を用て血(ち)の道(みち)発(おこ)らざる也
一 難産(なんざん)色々(いろ〳〵)悪症(あくしやう)有之(これあり)二三日 産(さん)する事あたはず難儀(なんぎ)に
 及ぶとも此薬(このくすり)用(もちひ)て奇妙(きみやう)平産(へいさん)也
一 気鬱(きのつき) 上気(じやうき) 目眩(めまひ) 眩暈(たちくらみ) 頭痛(づつう) 土用(どよう)八専(はつせん)にあたり煩(わづらひ)
 老若(らうにやく)男女(なんによ)ともに用てよし
一手負(ておい)血留(ちどめ)に妙(みやう)也 血(ち)を納(おさ)め気(き)正(ただ)しく成(なる)居(ゐ)なをり帯(おび)を
 しかへるにその前方用て血(ち)はしらず
一 物(もの)にうたれ高(たか)き所(ところ)より落(おち)又(また)落馬(らくば)などにて身(み)を打(うち)て
 難儀(なんぎ)に及(およ)ぶ時(とき)早速(さつそく)此薬(このくすり)用ゆべし以来(いらい)痛(いたみ)発(おこ)らざる也
右之 薬(くすり)何(いづれ)も薄茶(うすちや)一貼(いつふく)ほどづゝ熱湯(にへゆ)にかきたてゝ用ゆべし
不熱湯(ぬるゆ)は験気(げんき)なし故(このゆへ)に此薬(このくすり)を號(なづけ)てあつゆ薬と云(いふ)
第(たい)一 血(ち)を補(おぎな)ひめぐらし気をくだす事を功能(こうのう)とす婦人(をんな)の
わづらひ色々(いろ〳〵)ありといへ共 気血(きけつ)よりは発(おこ)る事 多(おほ)し是(これ)に
よりて女人(をんな)諸病(しよびやう)に用てよし委細(くはしく)記(しるす)にいとまあらず
神妙(しんめう)有功(うかう)の薬(くすり)也(なり)懐胎(くわいたい)の女人(をんな)ある家(いへ)には此薬 貯(たくは)へ
常(つね)に用べし   江戸本町一丁目常盤橋前
人参類品々小売仕候      日野屋孫八
外に痳病せうかちの妙薬御坐候

【大人咳之妙方】
きこうゑん  【四十八銅】
  いちどに十四五つぶつゝ
  あさ一どひる一どよる
  一どさゆにてもちゆさゆ
  なければちやにてもよし
下段枠内
〇一切たんの根をきり  ○せきをやめることめう也
〇むねをひらきこへをまし〇のどをうるほしいきをゆるめ
〇ひへせきにめう也   〇久しく■ほ■■せきによし
〇持病のたんせきによし 〇こへのかれたるを出す
〇小児のむしぜきニめう也〇ぜんそくにめう也
〇せきてよこねならずよるねることならぬによし
〇せきのぼせのといたみたんごろ〳〵いふにめう也
〇其外いづれの病にてもたんせきあるに用てよし

大坂《割書:かわら町ごりやうすじ|北へ半丁入西がは門のきは》きし岡

【次枠】
いかほどつよくいづるせきにても一ふくにてそつこうあり
 〇此ぐはんやくはせきひさしくやまず半年も一年もひきしらいていろ〳〵薬(くすり)を
もちひてもなをらざるにめう也 
咳妙薬(せきのめうやく)《割書:半ぶく 四十八文|一ふく 百文》
風をひき又はひへの入にてせきつよくいでよこになるとのどこそばくなりよるひるともによこねならず
せくたびにわきばらむねへひつぱりいたみたんきれかねせき入てゑつきたんをはきのぼせむねくるしきにめう也

【下枠の上】
ねりやくを
のんでとま
らぬせきに
もちひて
そつこう
あり

【下枠の下】
こどものむしせきは
なをりにくき
もの也べつだんに
ぐはんやくあり
もちゆべし
たちまち治(ぢ)す

【枠外】
  大坂ごりやうすじかわら町北へ半丁入西がは門のきは きし岡

【枠内】
  蘭法(らんほう)手術(しゆじつ)実心流(じつしんりう)導引(どういん)
一疝癇(せんかん)痰(たん)留飲(りういん)癪(しやく)不遂(ちうぶう)癱(てなへ)瘓(あしなへ)躄(いざり)女血症(おんなのちのみち)一
さい小児(せうに)五疳(ごかん)の症(しやう)此外(このほか)名(な)のつけがたき難症(なんびやう)
世(よ)に多(おゝ)くして医師(いし)は勿論(もちろん)奇法(きほう) 妙薬(めうやく)を用(もち)ゆると
いへども其(その)功(しるし)なく長(ながく)くるしむ人 挙(あげ)てかぞへがたし依(よつて)予(よ)家(か)
傳(でん)の以手術(どういんをもつて)その病根(びやうこん)をもみやわらげ気血(きけつ)をめぐらし薬(くすり)を
導引(みちびき)日あらずして快気(くわいき)ならしむる事 各(おの〳〵)受(うけ)てしるべし
故(ゆへ)ニ諸人(しよにん)の一助(たすけ)にならんと人のすゝめにしたがひ披露(ひろう)致(いた)す
者なり尤(もつと)も病原(やまひのもと)を診察(みきはめ)服薬(ふくやく)すべき病症(びやうせう)はひろめの
為 薬料(やくりやう)薬店(くすりや)同様(なみ)にて調合(てうごう)いたし可進(しんづべく)候云々

朝卯の刻より八ツ時限り  びんご町東ぼり南へ入はま側
其外はかたく相断申候      盛玄【刻印 正?】
黴毒(ひへしつ)一切(いつさい)《割書:なにほど年(とし)へし難症(なんせう)にても治(なをる)不治(なをらぬ)を|見察(みわけ)うけ合(あい)の上(うへ)にて療治矣(りやうじす)》


白紙文字なし

【上段】
根源(こんげん)《割書:朝鮮(てうせん) 干牛丸(ひぎうぐはん)  《割書:壱貼 八十銅|半貼 四十銅》|秘伝(ひでん) 同練薬(おなじくねりやく) 《割書:百目 八匁|五十目 四匁》》
 《割書:朝鮮|名方》人参奇応丸(にんじんきわうぐはん) 《割書:一服 百銅|半服 四十八銅》
    《割書:かうのう包紙ニしるす| 》
此薬者(このくすりは)朝鮮国(てうせんこく)名医之家蔵而(めいいのかざうにして)世於優焉(よにすぐれたる)
神剤也(しんざいなり)常服之則(つねにふくすれば)使老為童(おひたるをわかやがし)身体壮健(しんたいすこやかに)行(ぎやう)
歩(ぶ)《振り仮名:如()_レ馳|たつしやに》潤骨髄(みをうるほし)黒毛髪(かみをくろくし)固歯牙(はをかたくし)於莫夭死(わかじにするの)
之憂矣(がいなし)寔可(まことに)云人家之至宝焉若在虚損(にんげんのいへのたからとするといふべし)
之人以欲補之則緩久於可(もしきよそんのひとおぎなひにのまんとおもはゞ)多服其効積(ゆる〳〵とおほくのみてよし)
日重月著也矣(そのしるしにち〳〵げんみへるなり)
一此くすり男女(なんによ)にかぎらず用(もち)ゆれば第一 脾胃(ひゐ)をとゝ
 なふる事(こと)はなはだめうなり
一 脾胃(ひゐ)とゝなふゆへに気血(きけつ)をめぐらし中風(ちうふう)おこる事なし
一脾胃とゝなふゆへに腎水(じんすい)をまし膚(はだへ)をうるほし痩(やせ)たる人
 に肉(にく)をつけ筋骨(すじほね)をさかんにする事(こと)めうなり
一脾胃とゝなふゆへに寒気(かんき)と暑気(しよき)にあたる事なし
一脾胃とゝなへば眼(め)かすまずみゝならず頭(づ)つうけんうんのぼせ
 を引(ひき)さげこゝろはれやかになる事めうなり
一脾胃とゝなふゆへに食(しよく)をすゝめ一切(いつさい)ものあたりせず
一脾胃とゝなふゆへに全体(ぜんたい)すこやかなるによつてはやりやまひ
 疫びやうをうけることなし
一脾胃とゝなひ下部(げぶ)あたゝまるゆへにべんしけきをやめ
 寐(ね)にべんをとめる事はなはだめうなり
一脾胃とゝなふ故(ゆへ)腹下(はらくだ)るに用てしるし有事 神(しん)のごとし
一脾胃とゝなふゆへ持(し)びやうおこる事なし
一婦人 血(ち)の道 一切(いつさい)によし又は腰冷(こしひへ)月水不順(けいすいふじゆん)にて気(き)おもく
 痩(やせ)おとろへぶら〳〵わづらふに用ひて大にめうなり
一 子(こ)なき女(おんな)に此くすりを用れば下部(げぶ)をあたゝめるゆへさつ
 そくはらむ事うたがひなし
一 産前(さんぜん)に用ひて下部(げぶ)をあたゝむるゆへさんやすし産後(さんご)
 に用ひて脾胃(ひゐ)をおぎなひ血(ち)をおさめ乳(ち)汁をおほく
 出(いだ)す事めうなり
一 小児(せうに)に用ひて胎毒(だいどく)をくだし疱瘡(ほうさう)はしかをかろくし
 むしを下し五疳(ごかん)を治すよつて心身(しん〳〵)すこやかなるゆへ
 夜(よ)なきせず物(もの)ニ驚(おどろか)す流行病(はやりやまひ)をうえkず疫病(やくひやう)うくる事なし
○右(みぎ)之 外(ほか)かうのう書(かき)つくしがたしこゝに書処(かくところ)はわづかに九牛(きう〴〵)が
 一毛(いちもう)をあらはすものなり能書(のうしよ)をもつてかんがへ満万びやう
 に用ゆべし老若男女(らうにやくなんによ)一切(いつさい)病後(びやうご)に用ゆるときは元気(げんき)をまし
 体をすこやかにするの妙剤(めうざい)なり
  ○もちひやう
○朝昼夜(あさひるよる)と三 度(ど)すきはらにさゆ又はあたゝめさけにて一度
 に三十りうほどづゝ用ゆべし
○小児(せうに)は其(その)としの数(かず)ほどづゝさゆにて用ゆべし
○ねりやくは【○】ほどにして一日に三度用てよし
        食物(しよくもつ)よろづさし合(あひ)なし
大阪天満なには橋北詰一丁目西
対馬浜屋敷門口弘所【印】
根元弘所は当浜屋敷門口一家にかぎり候処きんらい
やしき近辺に類薬おほく出来候間本弘所とくと
ぎんみのうへ其真偽をたゞし求めらるべし

【下段】
《割書:朝|鮮》秘伝干牛丸
  此丸薬第一 脾胃(ひゐ)を調え気を増(まし)
  食を進メ筋骨(すぢほね)を強(つよ)くし行歩(ぎやうふ)を
  健(すこやか)に諸虚(しよきよ)百 損(そん)を治ス良法也
一男女 脾胃(ひゐ)虚弱(きよじやく)にして常に腹中■
 あかく或は渋(しぶ)り又は痛によし
一男女手足 冷腰(ひえこし)膝痿癖(ひざしびれなへ)或はいたみ
 又は老人寒気に堪(たへ)ず通夜(よもすがら)小便
 茂(しげ)く摎(しぶり)疼(いたみ)下ルによし
一 虚労(きよろう)虚熱(きよねつ)自汗(ひやあせ)盗汗(ねあせ)によし
一 婦人(ふじん)月水調らず腰膝(こしひざ)疼(いたみ)白血長
 血或は下性(げしやう)冷衰(ひえおとろへ)て久敷 孕(はらむ)事
 なき症によし
一小児一切 疳症(かんしやう)によし
一中風一切によし
 右服法は酒又は素湯(さゆ)にて一度に
 三十粒ツヽ一日ニ三度服すべし小児は
 其年数 応(おう)すべし食物万差合なし
 尤神前仏前けかれなし
夫朝鮮牛は無病(むひやう)壮健(そうけん)の黄牛を撰(ゑら)み
数月黒胡麻にて蓄養(かいやしなひ)肥膚(ひふ)潤(じゆん)
沢(たく)なるを待て此を屠(ほふる)則他牛に倍(ばい)せる
凡高位高官の外諸人供する事能はず
依_レ之 濫(みだり)に殺(ころ)す事を禁(きん)す故に値(あたい)も貴(たか)し
外にも牛肉有といへども精味異法の功能
同しからず世上此薬の名目所々に多し
といへ共本 製(せい)の証跡を告(つぐ)る事しかり
  大阪天満十一町目対馬屋鋪
調合所  舟越新七【印】

【看板】
    朝鮮白鹿書
《割書:朝鮮|秘伝》 干牛丸
  本家対馬屋敷舟越新七
【其下】
所はなにはばし北づめ三すじ西 対馬(つしま)はまやしき横町東(よこまちひかし)がは
むかしより如此(かくのごとく)かんばん出(いだ)し有之(これあり)候 尤(もつとも)薬(くすり)上包(うはつゝみ)ニ
此(この)朱印(しゆいん)おし有之(これあり)候 間(あいだ)御 改(あらため)御もとめ可被下候 【朱印】

抑(そも〳〵)対馬屋敷(つしまやしき)より出(いで)候 干牛丸(ひぎうぐはん)の儀はゆへ有(あつ)て此方(このほう)一人にかぎり忝(かたじけなく)も看板(かんばん)被差免(さしゆるされ)根元(こんげん)売(うり)
弘(ひろ)め候 処(ところ)近年(きんねん)類名(るいめい)の薬(くすり)あまた出来(でき)甚(はなはだ)紛敷(まぎらしく)わけて御断(をんことはり)申候 予(よ)が家(いへ)に伝(つたは)る薬方(やくほう)は朝鮮人(てうせんじん)より
伝来(でんらい)一子相伝(いつしさうでん)にて他(た)のしる方(ほう)ニあらずも尤(もつとも)舟越新七の四字は対州公(たいしうこう)より拝領(はいれう)致候 名(な)なれば
猥(みだ)りニこれを類(るい)する事(こと)あるまじく候よつて当所(とうしよ)はもちろん諸国(しよこく)に出(いだ)し置(をき)候取次かんばんに至(いたる)
まで右(みぎ)拝領(はいれう)の名字(なじ)しかと相(あひ)しるしこれあり候 間(あいだ)名印(ないん)等(とう)御改(をんあらた)め可被下候かつまた此方(このほう)
屋敷辺(やしきへん)にてひぎう丸(ぐはん)とばかり御尋(をんたづね)被成候てはきんべんよりおしへ人など出(で)本家(ほんけ)おしへ
しんずべく抔(など)と外々(ほか〳〵)へつれ行(ゆき)候 事(こと)毎度(まいど)見きたり甚(はなはだ)紛敷(まぎらしく)御座候御 入用之節(いりようのせつ)は対馬屋敷(つしまやしき)
船越新七(ふなこししんしち)と名(な)を御たづね可被下候已上 一包八住八拾銅 半包四拾銅
○此(この)丸薬(ぐわんやく)第一(だいいち)脾腎(ひじん)を調(とゝの)へ元気(げんき)をまし食(しよう)を進(すゝ)め筋骨(すぢほね)を強(つよ)くし行歩(ぎやうぶ)健(すこやか)ニ諸虚百損(しよきよひやくそん)を治(ぢする)良法(りやうほう)也
○男女(なんによ)脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)にして毎度(まいど)食(しよく)あたり不食(ふしよく)し腹(はら)くだり腹(はら)なり腹(はら)はる等(とう)ニよし○男女(なんによ)手足冷(てあしひへ)腰膝(こしひざ)
 よはく又(また)は老人(らうじん)寒気(かんき)に不堪(たへず)終夜(よもすがら)小便(せうべん)しげく陰頭(いんとう)挙(あげ)らざる等ニよし○婦人(ふじん)月水(ぐはつすい)不調(とゝのはず)腰(こし)ひざ
 痛(いたみ)白血(しらち)長血(ながち)或(あるひ)は下焦(げせう)冷衰(ひへをとろ)へて久敷(ひさしく)孕(はら)む事(こと)なき症(しやう)によし○産前産後(さんぜんさんご)産労(さんらう)によし
○虚労(きよらう)虚熱(きよねつ)自汗(ひやあせ)盗汗(ねあせ)抔(など)有(ある)ニよし○中風(ちうぶう)腫気(はれけ)痢病(りびやう)諸(もろ〳〵)の難症(なんしやう)他薬(たやく)を久敷(ひさしく)用(もち)ひて功(こう)なきよし
○小児(せうに)万病(まんびやう)ニよし凡(をよそ)小児(せうに)の病(やまひ)一切(いつさい)虚実(きよじつ)を不問(とはず)用(もち)ゆべし○大人(たいじん)小児(せうに)雀目(とりめ)一切(いつさい)虚眼(きよがん)によし
○諸病後(しよびやうご)元気(げんき)いまだ不服(ふくせず)痩(やせ)おとろへたるによし尤(もつとも)無病(むびやう)の人たり共(とも)常(つね)に服(ふく)すれば肌肉(きにく)を
 生(しやう)じ血(ち)をまし気(き)をさかんにす是(これ)大に脾胃(ひい)を補養(ほよう)するがゆへなり
 右(みぎ)服法(ふくほう)は酒(さけ)またはさゆにて一度(いちど)に三拾 粒(りう)ヅヽ服(ふく)すべし小児(せうに)は年(とし)の数(かず)に応(おう)ずべし
 服薬(ふくやく)食物(しよくもつ)万(よろづ)差合(さしあひ)なし尤(もつとも)神前仏前(しんぜんぶつぜん)けがれなし
夫(それ)牛(ぎう)は諸薬(しよやく)ニ勝(すぐ)れ霊能(れいのう)有事(あること)本草(ほんざう)にも見(みへ)たり別而(べつして)朝鮮牛(てうせんぎう)は無病壮健(むびやうさうけん)の
黄牛(わうぎう)をゑらび数月(すげつ)黒胡麻(くろごま)にて畜養(かひやしな)ひ肌膚(きふ)潤沢(じゆんたく)なるを待(まち)て寒中(かんちう)に
屠渡(ほふりわた)し候(そろ)ニ付(つき)精味(せいみ)功能(こうのう)他牛(たぎう)の及(をよ)ぶ処(ところ)ニあらず依(よつ)て証跡(しやうせき)を告(つぐ)る事(こと)しかり
対州御免調合所 大坂天満拾壱丁目対馬屋敷 舟越新七製 【印】

《割書:朝鮮|秘伝》 加牛地黄丸
   《割書:舟越新七製| 》
一剤箱入 代八匁
半剤   同四匁
小半剤  同弐匁
○朝鮮(てうせん)の牛肉(ぎうにく)小うり仕候

【其下】
地黄丸(ぢわうぐはん)の儀(ぎ)は人々(ひと〴〵)知(し)る所(ところ)にして誠(まこと)ニ世(よ)の宝薬(たからくすり)也 然共(しかれども)日(ひ)をかさね
多服(たふく)せざれば其(その)功能(こうのう)遅(をそ)きもの也 予(よ)が家(いへ)の加牛地黄丸(かぎうぢわうぐはん)は朝鮮国(ていせんごく)の秘(ひ)
方(ほう)にて速功(そつこう)を取事(とること)妙(めう)也 尤(もつとも)加牛(かぎう)の外(ほか)ニ家(いへ)の秘薬(ひやく)等(とう)入(いれ)製方(せいほう)に甚(はなはだ)子細(しさい)有(あり)て
大根(だいこん)ねぶかの類(るい)さしかまひなく誠(まこと)ニ無二(むに)の妙剤(めうざい)也 尤(もつとも)地黄丸(ぢわうぐはん)は白髪(しらが)を生(しやう)
ずといふ俗説(ぞくせつ)有(あり)誤(あやまり)也 此(この)ねり薬(やく)血(ち)を補(をぎな)ふ事(こと)専(もつはら)ならば白髪(しらが)を黒(くろ)く
する事(こと)其理(そのり)明白(めいはく)なるもの也 大人(たいじん)小児(せうに)とも常々(つね〴〵)持薬(ぢやく)に用(もち)ひてよし別而(べつして)
暑寒(しよかん)の節(せつ)は其効(そのこう)神(しん)のごとし用(もち)ひやう并(ならび)ニ委敷(くわしく)功能(こうのう)別紙(べつし)ニ有之(これあり)候

第一さんせんさんこニ用てよし
半廻り分薬目正味壱匁五分入料百文
《割書:家|伝》 しらちなか血の御薬
 摂州大坂江の小嶋西町
【(次コマ)】
【本家長門屋吉兵衛制】

  御薬服法(おんくすりもちひやう)
一 此(この)くすり一廻分(ひとまはりぶん)もろはくのさけをあたゝめ一日(いちにち)に三 度(ど)ツヽ用ゆ
おもきは右(みぎ)七日分を二日ニ用ひてよし尤(もつとも)半廻分(はんまはりぶん)は是(これ)に順(じゆん)ず
但(たゞし)さけにてたべがたきかたはさゆにさけを少(すこし)くわへて用ゆべしかくの
如(ごと)くさけにて用ゆといへどものみ汁(しる)の外(ほか)はさけをたべ申 事(こと)無用(むやう)
其外(そのほか)食物(しよくもつ)さし合(あい)なししかしちをりのする人(ひと)は左之通(さのとをり)をいむべし
一ゑび一たこ一いか一はつ一いわし一ちぬたい一しいたけ
【(次コマ)】
【一此くすりさんやくにて候 間(あいだ)かいをあけ申ときこほれ申】
【 さぬやうに御とりなやみしかるべく候】

【上部】
朱印
《割書:朝|鮮》 秘伝干牛丸

○予が家に伝る加牛地黄丸は朝鮮国の
 秘方にて速攻取事妙也尤加牛の外に
秘薬等入製方に子細有て大こんねぶか
の類差かまひなく誠ニ無二の妙剤也
御望之方はくわしき能書可進候御
もとめ可被成候

○突目■目の名方小児大人たりと□
 あやまつて目をつく事有此薬管□
 すくひて吹込べし忽治する事妙□
 施薬(ほどこし)出し候何時にても可進候

【前コマ続き】
本家長門屋吉兵衛制

一此くすりさんやくにて候 間(あいだ)かいをあけ申ときこほれ申
 さぬやうに御とりなやみしかるべく候

【上段】
 太平丸主能一名人参掌露錠子
一中風ニよし中風は一度おこれは多くな治しかたきもの也
 此丸薬常にのめは一生中風のおこる事なし
一時々に手足しびれ立居なやめるニよし
一せんき腰いたみ腹なりいたみひゆるニよし
一きよぶんの症又かんしかんしやうニよし
一かつけいたみ浮腫あるものニよし
一湿毒をよく解す骨いたみニよしとげてのむべし
一くわくらんニよし又一切のめまいたちくらみニよし
一食傷酒の酔のもちこし船かごにのりて胸あしき
 すべてものにあたりたるニよし
一途中などに病症もわからず俄に気をうしない
 打たをれ或は切疵矢疵鉄炮疵にてなやめる
 たぐひすべて気つけニよし
一しやく一とふりつかれ気うつニよし
一腹のいたみ下りはらしぶりはらニよし
一婦人の諸病さん前さん後ニよし又月の
 めぐりあしき女ニよし
一小児の急病驚風むしおさへニよし
一ほうそう山あげかねるニよしよけいにのますべし
 ほうそうはしかの前にのませ置は軽かるべし
一毎朝此丸薬をのめば暑をさけ寒をふせく
 邪気疫れいを受ず海にわたり山に入るものは猶更也
右何れも一度に廿粒ほどツヽさゆにてのむべし
病の軽重により日を重ね月を重ねてものむべし
小児はほうそうの外は五粒十粒にかぎるされど
やまひの軽重をはかりのますべし
     諸薬さしあふ事なし
   其外毒虫のさしたるにしがみてつけ牛馬の病に
   五十粒百粒計りくだきてのますべし奇妙ニよし
此薬第一体をすこやかにし気血をめぐらし五臓の不
足をとゝのへ万病にきくといへども是迄用て速に
なをりし病のみをあげて主能とす薬をよく吟味し
製法に念を入我も信じてのみ人にものますべし
  けい長とらの五月しるす

此(この)能書(のうがき)は往昔(むかし)より予(よ)が家(いへ)に書伝しまゝを

【下段】
【傘吉】《割書:家|伝》しらちなが血の御薬《割書:功|能》
○凡(およそ)経水(けいすい)は月毎(つきごと)六日七日めぐるを常(つね)とするなり
爾有(しかる)を不止事(やまざること)十日も過(すぎ)半月(はんげつ)にも及(およ)び又(また)は月中(つきぢう)も
下(くだ)りて臭(にほひ)悪敷(あしき)もあり或(あるひは)経水(けいすい)久(ひさ)しく下(くだ)りて
後(のち)白水(しろみづ)のやうなるもの絶(たへ)ず下(おつ)るを治(じ)す
○経水(けいすい)めぐる度毎(たびごと)に腹痛(はらいたみ)或(あるひは)経水(けいすい)の色(いろ)紫黒(むらさきくろ)く
又(また)は淡白(うすしろ)く或(あるひは)五日十日づゝ前(まへ)より次第(しだい)に後(おくれ)月頭(つきかしら)になり
月末(つきずへ)になり或(あるひは)二三ヶ月(げつ)に一 度(ど)めぐりなどする症(しやう)あり初(はじめ)は何(なに)
の悩(なやみ)も覚(おぼ)へねども是(これ)不順(ふじゆん)の兆也(もとひなり)早(はや)く此(この)薬(くすり)を服(のみ)てよし
○経水(けいすい)不順(ふじゆん)にして腫気(しゆき)を発(はつ)し或(あるひは)発熱(ねついで)頭痛(づつう)し
不進食(しよくすゝまず)又(また)は痩(やせ)衰(おとろ)へ或(あるひは)逆上(のぼせ)面浮(かほはれ)耳鳴(みゝなり)耳聾(みゝとをく)又(また)は
眼(め)あしく気鬱(きむつかしく)時々(とき〴〵)胸(むな)さき腰脊(こしせな)へさし込(こみ)四肢(てあし)拘(ひき)
攣(つり)痺(しびれ)又(また)は大便(だいべん)秘結(ひけつ)し或(あるひは)口舌咽喉(くちしたのんど)あれ歯痛(はいたみ)
悪臭出(あしきにほひいで)又(また)は手足頭面(てあしかしらかほ)等(とう)にふきで物(もの)或(あるひは)瘡(くさ)を生(しやう)じ
痒(かゆ)く又(また)は痛(いたみ)膿血(うみち)など流出(ながれいで)或(あるひは)玉門(ゐんもん)痒(かゆ)く又(また)腫痛(はれいたむ)によし
○血崩脱血(よぶんちをり)して眩暈(めまひたちぐらみ)顔色(かほいろ)あしく気空(きぬけ)し気(き)むらに
なり又(また)久敷(ひさしく)しては髪落(かみぬけ)痿癖足(あしこしなへ)歩行不能(あるくことかなわざる)によし
○経水(けいすい)めぐりを違口(たがへくち)より出事(いづること)あり尤(もつとも)大事(だいじ)
なり此(この)薬(くすり)一廻(ひとまわ)り分(ぶん)三日づゝに服(のみ)てよし
○年(とし)四十八九 歳(さい)に及(なり)ては大概(おゝかた)経水(けいすい)断(とまる)べきに五十 歳(さい)
過(すぎ)ても不止(とまらず)又(また)は一たんおさまりて三五 年(ねん)或(あるひは)十
年(ねん)も立(たち)て復(また)めぐりなどするによし
○経水(けいすい)久敷(ひさしく)滞(とゞこほり)腹(はら)硬(かたく)こばみ後(のち)には塊(かたまり)をなし世(よ)に言(いふ)亀(かめ)
腹(はら)の如(ごと)くなりては容易(たやすく)治(じ)がたし此(この)薬(くすり)一 回分(まわりぶん)を二日
づゝに用(もち)ひ日数(ひかず)久敷(ひさしく)服(ふく)せば其(その)功(こう)を得(ゑ)といふ事(こと)なし
○懐妊(くわいにん)の内(うち)胸(むね)つかへきみづを吐(はき)噫気(おくび)など出(いで)いろ〳〵
悩(なやみ)あるに用(もちひ)て胎(たい)を泰(やすん)じ安産(あんさん)する事(こと)うたがひなし
○産後(さんご)血(ち)のみち暈(めまひ)あとはらの痛(いたみ)胞衣(あとざん)のひかへを
よく下(くだ)すなり其外(そのほか)産後(さんご)の諸病(しよびやう)によし
○産後(さんご)其(その)性分(しやうぶん)不相応(ふさうおう)に悪露(おりもの)すくなければいろ〳〵
病(やまひ)をなす此(この)薬(くすり)を服(のめ)ば後(のち)に至(いた)りて瘀血(おけつ)よりおこる病(やまひ)なし
○男女(なんによ)湿骨(しつほね)うづきに用(もちひ)て悪物(あしきもの)下(くだ)る人(ひと)もあり治(しす)
る事(こと)妙(めう)なり或(あるひは)下疳(げかん)にも服(のみ)てよし
○男女(なんによ)下血(げけつ)五痔(ごじ)脱肛(だつこう)別而(べつして)はしり痔には即効(そくこう)有(あり)

【上段】
【(前コマ)】
【此(この)能書(のうがき)は往昔(むかし)より予(よ)が家(いへ)に書伝しまゝを】
記(しる)す世(よ)の売薬(ばいやく)と違(ちが)ひ能書(のうがき)に文(ぶん)を
かざらず唯(たゞ)薬品(やくひん)をえ撰(えら)み製法(せいほう)正(たゞ)しくして
十(しう)■(〳〵)珍蔵(ちんざう)の良剤(りやうざい)なれば効能(かうのう)疑(うたが)ひなく
信(しん)じて用(もち)ひ給(たま)はゞ則(すなは)ち病家(びやうか)の幸(さいわ)ひ
ならんと普(あまね)く世(よ)に弘(ひろむ)るもの也
《割書:慶長年中由緒ニ付 河内国河内郡豊浦村》
御免売弘所 中村四郎右衛門源正孝製 【印】
     《割書:阿波座太郎助橋南詰西エ入》
大阪売弘所   阿波屋太郎助店

壱剤七匁 半剤三匁五分 壱服壱匁

【下段 前コマ続き】
○淋病(りんびやう)しやうかち或(あるひは)夜(よる)小便(しやうべん)しげく又(また)は遺溺(よばり)に奇(き)
妙(めう)なり総(そう)じて男女(なんによ)ともひへよりおこりたる諸病(しよびやう)に用(もちひ)てよし
○此(この)薬(くすり)用(もちゆ)れば小瘡(こまかき)ものふき出(いで)又(また)は腹痛(はらいたみ)などする
人(ひと)もあり是(これ)則(すなわち)薬(くすり)的中(さうおう)のしるしなり
○右(みぎ)の類(るい)に是(これ)まで此(この)薬(くすり)用(もちひ)来(きた)れる所(ところ)いづれもぜ全快(ぜんくわい)せ
ずといふことなし都(すべて)婦人(ふじん)の諸病(しよびやう)十 人(にん)に八 人(にん)迄(まで)は経水(けいすい)不(ふ)
順(じゆん)より発(おこ)るものnなればいかやうに変(へん)じたりとも此(この)薬(くすり)を服(ふく)
する則(とき)は奇妙(きめう)に治(じ)する事(こと)神(しん)の如(ごと)し猶(なを)用(もちひ)て其(その)功(こう)を考(かんがへ)知(しる)べし
○服法(のみやう)禁物(いみもの)等(とう)袋(ふくろ)の裏(うら)にくわしくしるしあり

《割書:内包封|如此ニ候》 《割書:一廻り分|半廻り分》 《割書:薬目正味三匁入料|薬目正味壱匁五分入料》 《割書:弐百文|百文》
     《割書:摂州大坂江の小嶋西町》
本家調合所 長門屋吉兵衛 【印】



《割書:日本ニ一法|小児薬王》肝涼円《割書:小児十五才迄之内|諸病一代根切治ス》《割書:京富小路通竹屋町東南角|本家 堀勝蔵》

此 虫丸薬(むしだんやく)小児(せうに)当歳(たうさい)より十五才迄之内むし一切万病 軽(かろ)きは年(とし)の数(かず)二三 度(ど)
用ひ立(たち)所に治(なを)る事 妙(めう)也◦いかほどむつかしき病(やまひ)にても年の数(かず)一日に一度ヅヽ
一ト廻(まは)り七日用れば極(きはめ)て本快(ほんぶく)する事 奇妙(きめう)を得る御薬なり

急驚風(きうきやうふう)かたかいはやくさの類之 急病(きうびやう)目を見つめはをかみしめ命(いのち)あやふく見ゆる
時此 丸薬(ぐはんやく)五 粒(りう)さゆにてとき用ゆのんどへ通候へは忽(たちまち)生(しやう)を得る事 神妙(しんめう)なり
◦ 疳病(かんひやう)は五 疳(かん)ともに甚(はなはた)妙也◦虫熱(むしねつ)虫(むし)せきとむる事妙なり夜(よ)なきによし
せむしはとむねに妙(めう)なり◦顔色(がんしよく)青(あを)く精気(せいき)よはくかたちおとろへ物おどろき
するニよし◦息気(いき)づかい喘(あらく)啼声(なきこゑ)出ず◦腹いため啼(なき)止(やま)ざるニ妙也◦はらかたく
すじはり青筋(あをすじ)出いたみ乳(ち)をあますによし◦はらのくだりをとめ結(けつ)するを
ゆるめりびやう腹中(ふくちう)一切(いつさい)に奇妙(きめう)によし◦小児はしかに妙なり

◦世上の丸薬(ぐはんやく)煎薬(せんやく)用ひても治(なを)りかねたる◦大病(たいひやう)又は難病(なんひやう)にても年(とし)の数(かず)一日
に三 度(ど)ツヽ一ト廻(まは)り用れば極(きはめ)て本快(ほんぶく)する事妙なり二 廻(まは)り用れば一代 病(やまひ)の根(ね)を
切ル事 神(しん)のごとし◦小児の病 諸症(しよしやう)多(おゝ)しといへとも病根(びやうこん)は肝脾(かんひ)の二臓(にざう)にきは
まれり此 薬(くすり)肝(かん)の臓(ざう)を涼(すゞ)しめ脾(ひ)の臓(ぞう)を養(やしな)ふゆへに肝涼円(かんりやうゑん)と号(なづく)小児 当歳(たうさい)
より十五才迄ならばむし一切万病 治(なを)る事此虫丸薬の妙なるゆへ功能(こうのう)こと〳〵く
書(かく)に不及あらまししるし申候

此肝涼円の妙には無病(むひやう)の小児にても出生(しゆつしやう)より五才迄之内ニ年の数一日三度ヅヽ
一ト廻り七日分 一度(ひとたび)用ておけば◦はやくさ急驚風(きうきやうふう)の急病(きうびやう)おこる事なし疳(かん)の虫(むし)を
しりぞけ脾(ひ)をつよくし気精をまし顔色(がんしよく)をよくし十五才になるまで虫(むし)け出ると
いふ事なし◦大人(おとな)になり疳積(かんしやく)労咳(らうがい)てんかん右之病出るといふ事極てなし

▲ほうそうニはほとおりよりやまあげまて年(とし)の数(かす)一日ニ一二度ツヽ用◦かせ三日は一日に
一 度(と)ツヽ用 極(きはめ)てかろくすむ或(あるひは)精気(せいき)よはく出(いで)かね色(いろ)あしきニは五りうさゆニてよくとき
用れは忽(たちまち)色(いろ)よくなり心よく出る事妙也◦外の煎薬(せんやく)用るに不及此薬ニて極(きはめ)て本快(ほんぶく)する也

○大人の治(なを)りかねたる◦癲癇(てんかん)男女(なんによ)の労咳(らうがい)癇積(かんしやく)気積(きしやく)痰積(たんしやく)疝積(せんしやく)いかほどこうじ
たる病(やまひ)にても年(とし)の数(かす)一日ニ一度ヅヽ一 廻(まは)り七日用れは極て本快(ほんふく)する事甚妙なり

一粒八銭小包十粒入代八十銭 《割書:中包二十粒入代百六十四銭|大包四十粒入代三百三十二銭》
《割書:伏|見|中|取|次|店》《割書:両替町四丁目|両替町六丁目いせ屋|両替町九丁目|紺屋町|堀詰小豆屋町|木挽町|呉服町|新七町|久米町|風呂屋町|菊屋町》《割書:伊丹屋権兵衛|いせ屋吉兵衛|吉野屋伊八|高道儀兵衛|近江屋安兵衛|柴屋吉兵衛|輪屋六右衛門|駿河屋宗兵衛|河内屋勘兵衛|いせ屋半兵衛|仁和寺屋店》 《割書:問屋町|南部町|両替町丹波橋下ル|尼崎町|毛利橋東詰|京町四丁目|板橋二丁目|毛利橋竹中町東へ入|京町四丁目|箱屋町板橋上ル|尼崎町丹波橋上》《割書:■屋四郎右衛門|坪屋善六|大喜屋利兵衛|近江屋太兵衛|近江屋宗兵衛|大坂屋平四郎|灰屋仁右衛門|油屋源七|大坂屋弥介|富山辰蔵|■■こや吉兵へ》

右之外京都江戸大坂諸国取次所数多故別紙ニ有


一肝涼円之儀は往古(むかし)より此方本家ニて売来候処
 世上一 統(とう)御存可有之候得共近年 紛敷(まきらはしき)
 似(に)より候同名之 類薬(るいやく)所々に多(おゝ)く出候まゝ
 御求之節本家私方名所書印形るい
 御改メ可被下候尤出店諸国取次店所書
 能書之奥に国々方角相分ケ相しるし置
 御座候間御求メ之節名所印形共呉々
 御改之上御求メ可被下候此段御しらせ
 申上度如此候以上
本家京都富小路通竹屋町東南角
  調丸所  堀 勝蔵


之薬(のくすり)大坂追手筋錦町一丁目住
脹(ちやう)主剤(しゆざい) 林(はやし)一 烏(う)調合(てうかふ)
もニ二分 入(いれ)て・水(みづ)は大(たい)ていの茶碗(ちやわん)ニ二はい
せんじばかり・用(もちゆ)べし
もニ・あらためてよし・常(つね)〴〵川水(かわみづ)を用(もちゆる)
よし・常(つね)〴〵井(い)の水(みづ)を用(もちゆる)ところは・よき
もよろし・しかしながら・雨中(あめふり)と濁水(にごりみづ)の
・但(たゞ)し水(みづ)澄(すみ)たりとも・其(その)川水(かわみづ)の
の湿水(しつみづ)流入(ながれいり)てよろしかるまじ用(もちゆ)べからず
がつて・薬(くすり)煎(せんじ)ニ種々(しゆ〳〵)の水(みづ)を選(ゑらび)て用(もちゆ)・
症(しやう)もあれば・水(みづ)の吟味(ぎんみ)第一(だいいち)なり


はれやまひにだい一のしよくじは小豆(あづき)たい■には麦(むき)と御こゝろへ御用(もちひ)ニてよく候○小豆(あづき)は小粒(こつぶ)ニてすこし







【菊紋】人参三臓円(にんじんさんざうゑん)《割書:此薬(このくすり)をふくして五(いつツ)|の妙(めう)を顕(あらは)す并ニ用(もち)ひ|やう共(とも)ニ包紙(つゝみがみ)に記(しる)す》
▲此(この)人参三臓円(にんじんさんざうゑん)去(さんぬる)享保(きやうほ)十二 年(ねん)丁未(ひつじ)閏(うるふ)正月 於崎陽(ながさきにをいて)清人(いまのからひと)
 岐来氏(きらいし)周南(しうなん)名医(めいゐ)より主剤(しゆざい)修治(しゆぢ)製法(せいほふ)精(くはしく)秘授(ひじゆ)す
 抑(そも〳〵)此三臓円周南先生 医奥妙術(ゐおうのめうじゆつ)の口授(くじゆ)有(あつ)て近世(きんせい)
 の人(ひと)の諸虚百損(しよきよひやくそん)を補養(ほやう)し大(おほい)に腎精(じんせい)を益事(ますこと)諸薬(しよやく)に
 勝(すぐ)れて玄妙(げんめう)無双(ぶさう)の仙円(せんゑん)なり予(よ)謹(つゝしんで)《振り仮名:製_レ之|これをせいし》諸病(しよびやう)に試(こゝろみ)るに
 一人(いちにん)として治(ち)せずといふことなし仍(よつ)て病者(びやうじや)の幸(さいはゐ)ならんことを
 欲(ほつし)広(ひろく)世(よ)に弘(ひろ)むさんぞ三蔵円(さんざうゑん)由来(ゆらい)夫(それ)心脾腎(しんひじん)の三蔵は遣(つか)ひ安(やす)ふして
 補(おぎな)ひがたく虚(きよ)し安(やす)ふして治(ぢ)しがたし諸虚(しよきよ)諸病(しよびやう)の其(その)根本(こんほん)皆(みな)右(みぎ)
 心脾腎(しんひじん)三蔵(さんざう)の労減(らうげん)より発(をこる)其(その)始(はじめ)大(おほい)に心気(しんき)を労(らう)し或(あるひ)は大酒飲食(たいしゆいんしゐ)
 節(せつ)なく又は色欲(しきよく)のか過度(くはど)よりして三蔵(さんざう)虚損(きよそん)し気分(きぶん)あしく
 ぶら〳〵と煩(わづら)ひて平生(へいぜい)気力(きりよく)なく五臓六腑(ござうろくふ)共 減耗(げんがう)し惣身(そうみ)虚弱(きよじやく)に
 なり病(やまひ)色々(いろ〳〵)と諸症(しよしやう)ニ変(へん)じ百薬(ひやくやく)を用(もち)ひ効(しるし)なき人(ひと)なり共(とも)此(この)
 仙円(せんゑん)は其(その)諸病(しよびやう)の根本(こんほん)たる心脾腎(しんひじん)三蔵(さんざう)を速(すみやか)に調補(とゝのへをきな)ふこと此(この)薬(くすり)の
 第一(だいいち)の神妙(しんめう)にして気血(きけつ)をよくめぐらし大(おほひ)に腎勢(じんせい)をまし惣身(そうみ)五臓(ござう)
 六腑(ろくふ)共 堅(かた)くし諸虚百損(しよきよひやくそん)の諸症(しよしやう)を治(ぢ)し無病(むびやう)壮健(そうけん)ならしむ
▲心(しん)の臓虚(ざうきよ)して心気(しんき)うすく乳下(ちのした)に動気(どうき)あつて常(つね)に
 胸膈(むね)いたみ腋(わき)の下(した)より汗出(あせいて)て時々(とき〳〵)怔忡(むなさはぎ)し物(もの)に
 驚(をどろ)き少(すこし)のことをも案(あん)じものごとに早(はや)く退屈(たいくつ)しよく
 健忘(ものわすれ)し中風(ちうぶ)身痺(みしび)れ頭痛(づつう)目(め)まひ立(たち)ぐらみし痰血交(たんちまじり)夜不寐(よねられず)
 寐時(ねるとき)は夢(ゆめ)多(をゝ)く遺精(いせい)夢遺(むい)自汗(じかん)盗汗(とうかん)是等(これら)の病(やまひ)ニ用(もち)ひて《振り仮名:如_レ神|しんのごとし》
▲脾(ひ)の臓(さう)虚(きよ)して食(しよく)すゝまず少(すこし)の物(もの)も中(あたり)さい〳〵腹(はら)くだり又(また)は
 よく食(しよく)すれ共痩気(やせき)みじかくものに腹立(はらたて)腹力(はらちから)或(あるひ)は腹(はら)
 いたみ又 腹(はら)はりいきだはしく胸(むね)のつかへ痰積(たんしやく)脾肺(ひはい)おとろへ
 痰咳(たんせき)久(ひさ)しく止(やまず)虚(きよ)労咳(らうがい)夜中(やちう)暁(あかつき)がた泄瀉(はらくだり)または五三 日(にち)も
 うら遠(とを)く下血(げけつ)痔(ぢ)また脱肛(だつこう)出(いつ)るに此等(これら)の諸病(しよびやう)に用(もちひ)て《振り仮名:如_レ神|しんのことし》
▲腎(じん)の臓(さう)虚(きよ)して陽事(やうじ)の威(いきほひ)弱(よは)く顔色(がんしよく)つやなく肌(はだへ)やせ陰(ゐん)


《割書:神|方》国土散(こくどさん) 小児(せうに)五疳(ごかん)根(ね)を抜(ぬく)良方(くすり)
此(この)国土散(こくどさん)は.日向国(ひふがのくに)の住人(ちうにん)某(なにかし)が家(いへ)の伝来(でんらい)にて.小児(せうに)五疳(ごかん)の
諸難症(しよなんしやう)を治(ぢ)し.永(なが)く其(その)病根(ひやうこん)を抜(ぬく)秘方(ひはう)たる事(こと).世(よ)に類(たぐ)ひなき
所(ところ)にして.彼地(かのち)にてこれを製(せい)し年来(ねんらい)施薬(せやく)となせり.右(みぎ)伝来(てんらい)
の某(なにかし)は予(よ)が年久(としひさ)しき知音(ちいん)なり.二十 余年(よねん)已然(いぜん).彼(かの)某(なにがし)上坂(じやうはん)
の砌(みぎり).予(よ)が男(せかれ)おもき疳疾(かんしつ)を患(わづら)ひ.医療(いれう)手(て)を尽(つく)せども寸効(すんかう)なき
に.此(この)神方(しんはう)を投(あたへ)られ.必死(ひつし)を救(すく)ふの即効(そくかう)比類(ひるゐ)なかりしより予(よ)
篤(あつ)く信(しん)じて懇意(こんい)の家(かた)に疳疾(かん)を患(わづら)ふ小児(せうに)あれば.遠(とほ)き海路(かいろ)を
毎度(まいど)乞求(こひもとめ)て.此(この)神方(おんくすり)をあたへて.起死回生(きしくわいせい)の妙(めう)をあらはす事(こと)数(たび)
回(〳〵)なり.これ全(まつた)く予(よ)が済物(さいぶつ)の志(こゝろざし)を存(そん)するによれりと深(ふか)く感(かん)じ
て.遂(つい)に其(その)方剤(はうざい)修製(しゆせい)の秘(ひ)を尽(こと〴〵)く伝授(でんじゆ)せらる.それより已来(このかた).予(よ)
此方(このはう)を施薬(せやく)する事(こと).今已(いますで)に二十 年(ねん)に垂(なん〳〵)たり.しかるに此(この)御薬(おんくすり)
の方製(はうせい)薬味(やくみ)に高料(かうれう)なる物(もの)あり.且(そのうへ)霜(くろやき)となすが故(ゆゑ)に薬目(やくめ)も
十 分(ぶ)一に減(げん)するにより.微力(ひりよく)にては普(あまね)く施薬(せやく)しがたきを以(もつ)て.
聊(いさゝか)も利徳(りとく)に拘(かゝは)らず施薬(せやく)同前(どうぜん)の志(こゝろざし)にて去(さんぬ)る天明(てんみやう)八 年(ねん)戊申(つちのえさる)六月
より始(はじめ)て売薬(ばいやく)とし.同(おなじく)九月 能書(のうがき)を改(あらた)む《割書:本(ほん)能書(のうがき)半紙(はんし)五 枚(まい)とぢ御薬(おんくすり)に|そへ出す.これ其(その)ぬき書(がき)なり》
一 彼某(かのなにがし)曰(いはく).凡(およそ)今時(いまどき)の小児(せうに)は稟賦(うまれつき)さかしく.飲食(いんしい)ほしいまゝに.美食(ひしよく)
をこのみ父母(おや〳〵)も亦(また)愛(あい)におほれて.撫育(ぶいく)を慎(つゝし)まず.厚味(かうみ)をあたへ終(つひ)に
脾胃(ひゐ)損(そん)じ心肝(しんかん)亢(たかぶ)り.或(あるひ)は喜(よろこ)び笑(わら)ふにまかせ.みだりに揺動(ゆぶり)あるき.虫(むし)上(のぼ)り驚風(きやうふ)と
なり.又は臝痩(やせおとろへ)青筋(あをすぢ)たち.肌肉(きにく)枯燥(かれかはき)気短(きみじか)く.ニ三 歳(さい)より
疳疾(かん)となり.いろ〳〵に変(へん)じ煩(わづら)ひ。折々(をり〳〵)熱出(ねついで)気弱(きよわ)くなり.小隅(こすみ)へかゞみ.泣(なく)
事(こと)しげく.むさぼり食(くらへ)ども痩労(やせつか)れ.色(いろ)あしく.首筋(くびすぢ)手足(てあし)とも細(ほそ)く.肚(はら)大(おほい)に
脹(はり).年(とし)よりは小(ちひさ)く。或(あるひ)は小便(せうべん)渋(しぶ)り.大便(だいべん)度々(たび〳〵)下(くだ)り.又は遠(とほき)もあり.気重(きおも)くなり
欬嗽(せき)出(いで)て疳労(かんらう)となる等(とう)の症(しやう)は.幼少(えうせう)の内(うち)に療治(れいぢ)せされは.たとひ成長(せいちやう)す
とも.癆症(らうしやう)等(とう)の諸難病(しよなんひやう)を患(うれへ)て寿命(じゆみやう)を保(たもつ)事(こと)あたはず.都(すべ)て長病(ちやうびやう)にし
て幾年(いくねん)も煩(わづら)ふ人(ひと)多(おほ)し.其等(それら)に此(この)薬(くすり)を用(もち)ひ試(こゝろみ)るに.軽(かろ)きは三日.重(おも)くとも七日にして必(かなら)ず効験(かうけん)あり.たとひ無病(むびやう)の小児(せうに)たりとも.かねて此(この)薬(くすり)を用(もち)ひおく
ときは胎毒(たいどく)を解(げ)して.疱瘡(はうさう)軽(かろ)く.脾胃(ひゐ)を調(とゝの)へ.元気(げんき)を益(ます)の効(かう).速(すみやか)に気(き)を順(めぐら)
し.食(しよく)を化(こな)すの能(のう)あるを以(もつ)て.諸病(しよびやう)生(しやう)する事(こと)なし.是(これ)年来(ねんらい)試(こゝろみ)る所(ところ)なり
但し□疳疾□□□五臓へ□□□あらはるゝ所の病症.大略(あらかた)左(さ)のことし

『肺之疳(はいのかん)』
くろまなこまじりにて上(うへ)へかへり.しろめがちになる○しはぶきする○はなのいろ
かはり.又はせゝり.あるひははなおほくいづる○かんねつし○ちゝをあます
○むしかみへのぼり.おほあたまになる○つめをかむ.又ぬくる○身ふざけいろになる○は
らはる○ねることをこのむ○だつこういづる○だいせうべんともしろし
『脾之疳(ひのかん)』
かほのいろきにして.のちは身もきいろになる○みゝとほくなる.又しるい
づる○はら大きにしてはり○かはらけ.かべつちなどをくひ○つちのう
へをすく○さかなをこのむ○あるひはふしよくし○しゞこにあなあき.又はゆが
む○せうべんきいろにだいべんすくなし
『心之疳(しんのかん)』
めのにくになみだあり○はなのしたゞれ○ひたひあかし.頬(ほゝ)あかし○こうち
うかさあり○のんどかはき.あるひははるゝ○きおそくなる○つねにはら


【(前コマ)】
【はれやまひにだい一のしよくじは 小豆たい■には麦と御こゝろへ御用ニてよく候○ 小豆は小粒ニてすこし】
くろみある.新小豆(しんあづき)よく候《割書:■■小豆なつ小豆|ごみかつきともいふ》○小豆(あづき)と麦(むぎ)とひとつに.めしにたきたるはねばりてあ
しく候.○麦(むき)めし《割書:米(こめ)入ては|あしく候》しやうゆすましにかつほふし入おろし大こんとうからし入御用よく候○小豆(あづい)は
ざつとすりつぶしてなりとも.《割書:かわをさりては|あしく候》丸(まる)ながらも.しほ.さとうを入てなりともなくさみにも
御 用(もちひ)よく候○たとへば.一日に麦(むぎ)一合(いちがう)御用候はゞ.小豆(あづき)は.二 合(がう)のわりに.小豆のかた.多(おほく)御用候へば.大へん
よく通(つう)じ.小べん通しのためよく候はれやまひの小べんは.いろあかきうちは.通(つう)じ少(すくなき)ものニて候.
大べんよく通(つう)じ.それより.しつねつ.だん〳〵さり.小べんのいろ.しだひに.うすくなり.とくとすみて
本通(ほんつう)じになるものにて候.さて又(また)小べんに色(いろ)あるうちは.大べん通(つう)じ多(おほき)ときは.水気(すいき)まじりて
通(つう)ずるゆへか.小べんはけくして少(すくなき)ことも.あるものなり○麦(むぎ)ニてもだんごなどにしたるは.あしく候.
一 米(こめ)は.一 粒(りう)ニても御 無用(むよう)ニて候.大べん通じのためあしく候.はれやまひは.とかく.大べん通(つう)じ第(たい)一ニて候
一 薬(くすり)の加味(かみ)。いきたはしく.食(しよく)つかへば.一ぶくに.《振り仮名:縮-砂-仁|しゆくしやにん》を.一 分(ふん)入御せんじ○婦人(ふじん)には香附子(かつぶし)も御入よく候
○大べんしぶり.なめあらば.《振り仮名:縮-砂-仁|しゆくしやにん》.木香(もつかう).《振り仮名:檳-榔-子|びんらうじ》.《振り仮名:羌-活|きやうくわつ》.《振り仮名:防-風|ぼうふう》.一分ほどヅヽ入御せんじ


一ふくニ
唐(から)の
《割書:しゆくしや|かうぶし》《割書:壱分五り|壱分五り》入
    せんじ御用

脾胃敦阜(ひいとんふ)腫病(はれやまひ)【之薬 大坂追手筋錦町一丁目住】
 脚気(かつけ)腫満(しゆまん)鼓【脹主剤  林一烏調合】
右一ふくしやうが皮(かわ)と【もニ二分入て・水は大ていの茶碗ニ二はい】
半(はん)入・一はい半(はん)・ニかし■【せんじばかり・用べし】
一 食(しよく)じ薬(くすり)せんじ水(みづ)と【もニ・あらためてよし・常〴〵川水を用】
ところは・よき井(いど)の水(みづ)ニて【よし・常〴〵井の水を用ところは・よき】
《振り仮名:長-流水|ながれかわのみづ》を用(もちひ)てもつと【もよろし・しかしながら・雨中と濁水の】
せつは・井(い)の水(みづ)を用(もちゆ)べし【・ 但し水澄たりとも・其川水の】
かさたかきうちは・山谷(やまたに)【の湿水流入てよろしかるまじ用べからず】
一 古(いにしへ)の《振り仮名:名-医|めいい》は・病(やまひ)ニした【がつて・ 薬-煎ニ 種々の水を選て用.】
《振り仮名:腫-病|はれやまひ》はことに・《振り仮名:不_レ伏_二水土_一|みつあたりの》【症もあれば・水の吟-味第一なり】


一-昼夜に二ふくヅヽ
御 用(もちひ)かはきあらば
三ふくニてもよく候
新(しん)の《振り仮名:夏-小豆|なつあづき》を
煮(に)て《振り仮名:煮-汁|にしる》にて
さつとすり塩(しほ)を
入 《振り仮名:砂-糖|さたう》もよく候
いかほども御用
水のぎんみ第一ニて候




【『 心之疳 』】
【めのにくになみだあり○はなのしたゞれ○ひたひあかし. 頬あかし○こうち】
【うかさあり○のんどかはき.あるひははるゝ○きおそくなる○つねにはら】
はる.又ねつけあり○ものにおどろく○あつきものをこのむ○だいせうべんあかし
『肝之疳(かんのかん)』
めのしろみにすぢおほし○めしぼめく○とりめとなり.又つぶる□□あり
○五さいごろまで.あるくことたしかならず○七さいごろまで.ものいふことすく
なく○おとがひかたぶき.又むねにつくもあり○てあてあしのすぢひつぱり○身ゆがむ○
ちんばになり○こしひきつり.又ぬくるもあり○身やせうつぶせにねる○いんのう
しめり○いんきやうをいぢる○小べんしげく大べんあをし
『腎之疳(じんのかん)』
たんをはき○こゑかはる○くちはなめのふちにかさいて.又身にもいづる○
かんねつあり○やせる○はくろくなる○けしずみをこのみくひ又はかみ
をしがみ.しほたうがらしなどをくふもあり○せぼねそり○あたまねつし.あしひゆる
○ゆみづをこのみ○せうべんつまりてしげし○だいべんくろし

右(みぎ)病症(ひやうしやう).五疳(ごかん)のわかちありといへども.其(その)病(やまひ)を生(しやう)ずる所(ところ)は.脾胃(ひゐ)虚損(きよそん)し.
臓腑(ざうふ)調和(てうくわ)せず.中焦(ちうせう)に食物(しよくもつ)鬱滞(うつたい)して■れがたく.元気(げんき)つかれ.肌肉(きにく)痩(やせ)て.
竟(つひ)に疳病(かんびやう)となり.諸症(しよしやう)に変(へん)じ.療治(れうぢ)ひまどる間(あひだ)に.病(やまひ)つのり.難治(なんぢ)に
至(いた)るもの.甚(はなは)だ多(おほ)し.依(よつ)て今(いま).病家(びやうか)の心得(こゝろえ)にもと.疳病(かんびやう)の見所(みところ)あらまし.
口伝(くでん)の中(うち)より略(りやく)してこゝにしるせり.此(この)薬(くすり)よく脾胃(ひゐ)を補(おぎな)ひ.臓腑(ざうふ)を
調(とゝの)へ.鬱滞(うつたい)を開(ひら)くの効(かう).尤(もつと)も速(すみやか)なる事(こと)は.用(もちひ)て二三日の内(うち)に.気(き)軽(かろ)くなり.
或(あるひ)は黒(くろ)き大便(だいべん)を一二 度(ど)通(つう)ずるもあり.至(いたつ)て重(おも)きも.七日(なぬか)の内(うち)に.験(しるし)を見
せずといふ事(こと)なし.誠(まこと)に神方(じんはう)不可思議(ふかしぎ)の霊薬(れいあく)なり.其(その)効(かう)尽(こと〴〵)く述(のべ)がたし


大人(だいにん)男女(なんによ)共(とも)其(その)生質(うまれつき)により.虚弱(きよじやく)にて.幼少のうち.養生(やうしやう)調(とゝの)はず.年(とし)経(へ)て後(のち).
何(なに)となくぶら〳〵とわづらひ.気(き)倦(うみ)体(たい)労(つか)れ.かんしやくつよくたんきにて腹力(はらちから)
なく.気(き)の方(かた)癆症(らうしやう)等(など)に似(に)たる病(やまひ)にて.難儀(なんぎ)の人(ひと)多(おほ)し.是等(これら)に用(もちひ)て甚(じん)
妙(めう)なり.但(たゞし)成長(せいちやう)の後(のち).此(この)病患(びやうくわん)あるべきや否(いなや)は.前(まへ)にしるす五疳(ごかん)の見やうの
所(ところ)にて.小児(せうに)の内(うち)に考合(かんがへあは)せ.其(その)症候(きみあひ)あるには.早(はや)く此(この)薬(くすり)を服(ふく)して.後(のち)の害(かい)を除(のぞ)
くべし.是(これ)所謂(いはゆる)未病(みびやう)を治(ぢ)するの上策(しやうさく)なり

此(この)御薬(おんくすり).いづれもうなぎにて用(もち)ふ.くはしくは包紙(つゝみかみ)にしるせり.右(みき)鰻鱺(うなぎ)を
小児(せうに)にあたへて.効能(かうのう)ある事(こと)は.医書(いしよ)にも出(いで).人々(ひと〴〵)も知(し)る所なり.されば鰻(うな)
鱺(ぎ)能(よく)脾胃(ひゐ)を補(おぎな)ひ.虫(むし)を殺(ころす)といへども虫(むし)脾胃(ひゐ)より生(しやう)する所(ところ)の.諸難症(しよなんしやう)を
治(ぢ)する効(かう)あるにあらず.但(たゞ)佐薬(たすけくすり)として.君薬(おもぐすり)を順回(ひきまはす)の効(かう)は他(ほか)に及(およ)ぶ物(もの)なし.
此(この)国土散(こくどさん)の君薬(おもぐすり)に.うなぎを佐薬(たすけぐすり)とする事(こと)は.其(その)治効(ぢかう)を速(すみやか)にするのみ
ならず.深(ふか)き医案(いあん)ある事(こと)なれども.事長(ことなが)ければ此(こゝ)に略(りやく)せり○うなぎ不自(ふじ)
由(いう)なる地(ところ).又は嫌(きら)ひの方(かた)には.別(べつ)に丸薬(くわんやく)に製(せい)したるあり.効能(かうのう)異(かはる)事(こと)なし

御薬料定
小包 《割書:当歳子には日 数(かず)見合に用|二三歳は両日に用る□》代銀七分五厘○二三歳の一廻り七日分代銀二匁五分
中包 《割書:四歳より七歳迄の一廻り分代銀五匁|八歳より十一歳迄の一廻り分代銀七匁五分》 《割書:同半廻り分代銀弐匁五分|同半廻り分代銀三匁八分》
大包 《割書:十二歳より十五歳迄の一廻り分代銀拾匁|大人に用る一廻り分代銀拾五匁》 《割書:同半廻り分代銀五匁|同半廻り分代銀七匁五分》

  《割書:大坂嶋之内中津町なには橋西へ入北側》
本家調合所 綿屋善兵衛

諸方追々取次かんばん出し候間名所印御改之上御求可被下候此方ゟ一切売人出し不申候


【▲腎の臓虚して陽事の威弱く顔色つやなく肌やせ陰】
 虚火(きよくは)動手(どうて)の裏(うら)足(あし)のうらに熱(ねつ)有(あつ)て腰膝(こしひざ)ひへ痛(いたみ)肝腎(かんじん)
 たかぶり潮熱(てうねつ)有(あつ)て午時(ひるどき)より気分(きぶん)あしく小便(せうべん)赤(あか)く又(また)は
 白(しろ)く濁(にご)り疝気(せんき)寸白(すんばく)気短(きみじか)く歯痛(はいたみ)耳鳴(みゝなり)目かすみ婦人(ふじん)
 は帯下(こしけ)血道(ちのみち)月水(けいすい)調(とゝのふ)らず血(ち)かれ髪髭(かみひげ)白(しろ)くぬける此類(このるい)に用(もちひ)て《振り仮名:如_レ神|しんのごとし》
右(みぎ)は何(いづ)れも皆(みな)心脾腎(しんひじん)三臓(さんざう)の不足(ふそく)より発(おこ)る病(やまひ)なれば此(この)薬(くすり)を
用(もち)ゆると其(その)諸病(しよびやう)の根本(こんほん)たる三臓(さんざう)をよく調(とゝの)へつよくするによつて
諸病(しよびやう)自(をのづから)治(ぢ)す都(すべ)て虚症(きよしやう)の人(ひと)又は中年(ちうねん)以後(いご)の男女(なんによ)共此(この)薬(くすり)を常(つね)に
用(もち)ゆれば気血(きけつ)をめぐらしよく食(しよく)をすゝめ大(おほい)に腎水(じんすい)を壮(さかん)にし陰陽(いんやう)を
起(をこ)し寒暑(かんしよ)を防(ふせ)ぎ積聚(しやくじゆ)を退(しりぞ)け腸胃(ちやうゐ)を厚(あつく)し筋骨(すぢほね)をつよくし
耳(みゝ)をよく通(つう)じ目(め)を明(あきらか)にす風(かぜ)を除(のぞ)き冷(ひへ)をさり手足(てあし)を温(あたゝ)め音声(をんせい)を
出し肌(はだへ)を潤(うるほ)し体(たい)を健(すこやか)ニし■■(おもて)麗(うるはしく)玉(たま)のごとくし寿命(じゆみやう)を延(のぶる)大仙円(だいせんゑん)也(なり)

御煉薬曲物入代壱匁五分・半剤入代四匁《割書:但壱廻りに|用ゆべし》・一剤
入代八匁

   《割書:大坂うなぎ谷三休橋筋西へ入町》
御免調合所 法橋 吉野(よしの)五運(ごうん)


   紫雪
此薬 諸(もろ〳〵)の大 熱(ねつ)を解(げ)し毒気(どくき)を消し心気(しんき)を

【   紫雪】
【此薬諸の大熱を解し毒気を消し心気を】
鎮(しずま)る事甚 捷(すみやか)なり傷寒(しようかん)時疫(じゑき)天行(はやり)之病
瘧疾(ぎやくしつ)黄疸(わうだん)狂乱(きやうらん)■(てん)【癲ヵ】癇(かん)消渇(せうかつ)脚気(かつけ)小児之
驚風(きやうふう)胎毒(たいどく)内攻(ないこう)等一切大熱大毒の証(しよう)ニよし
或は胸腹(むねはら)痛(いたみ)劇(はげ)しく或は大小 便(べん)通利(つうり)せす或は
口舌 腫(はれ)或は眼(がん)中 赤(あか)く或は煩躁(はんさう)悶乱(もんらん)し或は
譫言(たはこと)夢(む)中の如きものみなこれによろし其
外 狐(きつね)狸(たぬき)妖怪(ようくわい)一切の邪(じや)物ニ犯(おか)され薬剤(やくざい)食物
一切の大毒ニあたりて病者(やむもの)大凡(おほよそ)久(ひさしき)病 卒(にわか)病
諸薬しるしなきもの并ニ択(ゑら)み用ふへし
  服用(ふくよう)之分量(ぶんりやう)は一 度(ど)ニ一分より一匁迄を法として
  大人小児病の軽重(けいぢゆう)ニ従て増減(ぞうげん)さし引あるへし
  食後(しよくご)冷(れい)水にて服するをよしとす


 経験紫雪(けいげんしせつ)功能(こうのう)
第一(だいいち)脚気(かつけ)の毒(どく)を解(げ)すること他薬(たやく)のおよぶ所(ところ)に
あらず凡(およそ)脚気(かつけ)の毒(どく)内外(ないぐはい)に遍満(へんまん)しあるひは腫(はれ)
腹(はら)し或(あるひ)は乾痩(からやせ)し煩熱(はんねつ)躁悶(そうもん)し嘔吐(ゑづき)し薬食(やくしよく)
下(くだ)らず二便(にべん)閉渋(とゞこうり)し或は熱気(ねつき)上逆(のぼせ)し口中(こうちう)瘡(かさ)
を生(せう)じ痛(いた)み苦(くるし)み或は毒気(どくき)まさに心(しん)を衝(つか)ん
とて心下(しんか)胸膈(けうかく)へ支撞(さしつめ)し狂躁(くるひ)号呼(わめき)する等の
悪症(あくせう)に多(おほ)く用(もちゆ)れば其功(そのしるし)あること誠(まこと)に神(しん)のごとし


一 麻疹(はしか)出(で)かね熱(ねつ)つよく咽(のんど)いたみあるひは頭痛(づつう)
 つよく咳(せき)はなはだしきによし
一 小児(せうに)胎熱(たいねつ)鵞口瘡(したしと)并に重舌(にまいした)に絹(きぬ)に包(つゝ)み含(ふく)ませ
 てよし又は熱毒(ねつどく)舌瘡(ぜつさう)につけてよし
一 総(そう)じて諸(もろ〳〵)の熱薬(ねつやく)の毒(どく)にあたりたるによし
一 酒毒(しゆどく)にあたるによし一切 熱物(ねつぶつ)の毒(どく)を解(げ)す
一 河豚(ふぐ)の毒にあたるに多く用てよし
一 狐狸(きつねたぬき)の類(るい)其外(そのほか)祟(つきもの)に用てよし
一 諸(もろ〳〵)の毒虫(どくむし)毒獣(どくじう)にさゝれかまれたるとき生薄(なまはく)


傷寒(しやうかん)温疫(うんゑき)大熱(だいねつ)裏(うら)に伏(ふ)し諸(もろ〳〵)の寒涼(かんりやう)の薬(くすり)を用
て熱(ねつ)去(さ)らず或は眼中(めのうち)赤脈(あかすぢ)あらはれ口燥(くちかは)き舌焦(したこが)
れ咽痛(のんどいた)み息(いき)あらく譫語(うたこと)狂躁(くるひもだへ)昼夜(ちうや)煩悶(いきれもだへ)熱(ねつ)
解(げ)しかぬるによし
温瘧(うんきやく)とて寒(さむ)け少く熱渇(ねつかはき)甚き瘧(おこり)によし
盛夏暑毒(まなつのしよどく)にあたり身悶(みもだへ)苦(くる)しみ咽燥(のどかは)き息(いき)あ
らく二便(にべん)通(つう)ぜず大熱(だいねつ)火(ひ)のごとく頻(しきり)に湯(ゆ)
水(みづ)を好(この)む等(とう)によし
一切(いつさい)積熱(つもるねつ)月日をかさねて久しく醒(さめ)かぬるによし
雲霧山嵐(さんらん)の瘴気(むせたるき)湿鬱(しつうつ)の気(き)にあたり発熱(はつねつ)
燥躁(?んさう)する等(など)によし
山野(やまの)墓墳(はかはら)或は人なき空屋(あきいゑ)等(など)に入りて其所(そのところ)
の悪気(あくき)にあてられ気絶(きぜつ)するに管(くだ)にて鼻(はな)の孔(あな)へ
吹(ふき)入れ又は水(みづ)にてとき呑(のま)せてよし
風毒(ふうどく)纏喉風(てんこうふう)にて咽喉(のんど)腫(は)れ塞(ふさが)り舌(した)いたみ湯(ゆ)
水(みづ)薬(くすり)食(しよく)少しも通(つう)ぜざるに水(みづ)にてとき用れば
必(かなら)ずと通(つう)じ開(ひら)くこと妙(めう)なり
心腹(むねはら)俄(にはか)に刺痛(さしいた)み煩渇(はんかつ)熱悶(ねつもん)するによし
黄疸(こうだん)小便(せうべん)血(ち)のごとく熱(ねつ)■(ふか)く大便(だいべん)秘結(ひけつ)するによし
発斑(はつぱん)身熱(みのねつ)つよきによし
小児(せうに)胎毒(たいどく)驚風(きやうふう)癇攣(ひきつけ)の症熱(せうねつ)ふかきによし
小児 丹毒(はやくさ)急症(きうせう)によし大人(たいじん)早(はや)けんべきに多く用てよし
疱瘡(はうさう)実熱(じつねつ)毒壅(どくやう)とて序病(ぞやみ)より熱(ねつ)格別(かくべつ)強(つよ)く
唇舌(くちびるした)焦紫色(こげくろいろ)になり二 便(べん)通(つう)ぜず痘
粒(でもの)焦紫色(こげくろく)にて
煩悶狂(もだへくるひ)呼(さけび)し出(で)かね苦(くるし)みまさに内攻(ないこう)せんとするによし


【一 諸の毒虫毒獣にさゝれかまれたるとき 生薄】
 苛(か)のしぼり汁(しる)にてねりつけてよし生薄苛(なまはくか)
 なくは乾(かは)きたるを湯(ゆ)にてもみ出しねりつけてよし
一 名(な)もなき腫物(しゆもつ)年(とし)を経(へ)て癒(いゑ)かぬるにあんどの
 あぶらにてねりつけてよし
一 上気(のぼせ)目(め)たゞれ目には水(みづ)にたであらひてよし
 たゞれ目久しくなるに乳(ちゝ)汁にてときつけてよし
 右(みぎ)いづれも実験(じつけん)の功能(こうのう)なるもの也
 用様(もちゐよう)目(め)かた二分三分五分七分一匁二匁 病(やまひ)
 の勢(いきほひ)により考(かんがへ)てもちゆべし
 但し牛馬(ぎうば)にはたらされば功(こう)鮮(すくな)し
 因(ちなみ)にいふ右(みぎ)紫雪(しせつ)の功能(こうのう)の世(よ)に無上(むしやう)の霊薬(れいやく)
 たる事(こと)は知(し)る人(ひと)少(すく)なからずといへどもたゞ此薬(このくすり)
 製法(せいはふ)甚(はなは)だむつしく并(ならび)に薬種(やくしゆ)もいづれも高(かう)
 料(れう)なる物(もの)多(おほ)ければ世(よ)にたやすく用ゆる事 難(かた)し
 今般(このたび)或(ある)医家(ゐか)の勧(すゝ)めにまかせ其方法(そのほうはふ)を授(さづ)かり
 薬種(やくしゆ)製法(せいはふ)を深(ふか)く慎(つゝし)みこれを弘(ひろ)むる事全(まつた)く
 利潤(りじゆん)のためにあらず只(たゞ)世(よ)にあまねく弘(ひろめ)て
 人々(ひと〳〵)の急難(きうなん)を救(すく)はゞ少しは陰隲(ゐんしつ)の一助(いちじよ)とも
 ならんかと其価(そのあたひ)を低(ひく)くし寸仁(すんじん)をあらはす
 のみ人々 怪(あやし)み疑(うたが)ふことなく幸(さいはひ)ならんと云尓(しかいう)
文化五年戊申初夏
   京両替町御池上ル第一軒目
       下村瑞芳軒主人謹誌


  神霊一粒丸(しんれいいちりうぐはん)

産-前産-後悪-血留-滞而腹腰刺-痛 ̄ミ面-色赤-白或 ̄ハ臍-下刺-痛 ̄ミ無_二
分-娩_一而不_レ省_二 人-事 ̄ヲ_一難-産-之-危-症服 ̄シ_二 一-丸 ̄ヲ_一得 ̄ルコト_二効-験 ̄ヲ_一如_レ左 ̄ノ

既(すて)に産気(さんけ)付て三四日 或(あるひ)は五七日も分娩(みふたつに)ならず難産(なんざん)あやうしと言時一丸を
用ひ効(こう)を得る事 速(すみやか)なり又 腹痛(ふくつう)する共未 腰(こし)のとをしなく胞水(みつはり)もくだら

ざるに産気(さんけ)付とて早(はや)まり用ひ一両日も産(さん)延引すれは薬(くすり)は大 便(べん)より下て
効なしよつてさんぜんに用ゆる的(めあて)あり下腹(しもばら)刺痛(さしいた)み腰(こし)に引 乍(たちまち)痛み乍チやみ
破水(みつはり)下り小便 頻(しきり)にはやくなるなり此時男子 新(あらた)に水を汲(くみ)少し温(あたゝ)め丸薬
を含(ふく)ませ此 湯(ゆ)にて丸 呑(のみ)に服用(もちひ)さすべし丸薬 取り扱(とりあつか)ひ湯を与(あたへ)る迄(まで)女の手を
触(ふる)るべからず男(をとこ)の手(て)にて致(いた)すべし▲第一 孕婦(はらみをんな)の常(つね)に心得(こゝろへ)あるべきは時の
変(へん)により異形(いぎやう)の子をうみ或はいろ〳〵の難産(なんざん)ありといへども此丸薬を用
咽(のんど)さへ通(とふ)したる者ならば身二ツにならすといふ事なし胎内(はらのうち)にて死(しゝ)たる
子は子胎腐化(このたいくされとか)し下るといふとも母(はゝ)の命(いのち)にさはる事なししかしかほどの難産(なんざん)
なれば万に一 死(し)はなしといふにあらず若此丸薬服用して出 産(さん)ふきもの
決(けつし)て治せず▲此丸薬の玄妙(めう)なる事はさんけ付て五七日十四五日も身二ツにならず
諸医(もろ〳〵のい)の療治(りやうじ)手を尽(つく)すといへども験(しるし)なくいかんとも仕方(しかた)なき時此一丸を用ひ
て安産(あんさん)する事《振り仮名:■の生る|ひつじのこをうむ》がごとし▲双子(さうし)とて一 腹(はら)に二人はらむ事あり始(はじめ)の
一 粒(りう)を用ひ壱人安産あらば跡(あと)より又い一粒を用ゆべし若三人あらば亦
一粒を用ひて平産すべし▲小さんにも用ひてよしさんぜんニ用ひて十十分の効
あり産後に用ひて六七分の効あり産前に丸薬 失念(しつねん)して不 ̄ル_レ用 婦(をんな)は産後(さんご)
用ゆべし諸症(しよしやう)ありといへども保養(ほやう)をさへ慎(つゝし)めば萬に一をも失(うしな)わず
右之丸薬予代々用ひ来り其効(しるし)を得(え)る事 皆(みな)人知(ひとし)れる所なり○婦人(ふじん)用ゆる
丸薬なるに女の手を触(ふれ)ざる事(こと)是(これ)秘事(ひじ)なり製薬(くすりこしらへ)の時だにもかならず先(まづ)
斎戒(ものいみ)沐浴(ゆあみ)して虔(うや〳〵しく)心(こゝろ)に発願普済(あまねくすくふことをねがひ)然後(そのゝち)一静室(ひとつのしづかなるいへ)を択(ゑら)み曳注連如法(しめをひきほうのごとく)調合(てうがう)
し産婦あれば与(あた)へ連年(とし〳〵)応験(しるし)ある事 数(かず)へがたし一日(あるひ)近郷(きんがう)の医師(いし)来(きた)るニ
さとして曰かくのごとくの秘方(ひほう)たりといへども願(ねが)はくは他国(たこく)に流布(るふ)せば
難産(なんざん)の婦命を助る事誠に仁術なるべしといさめに随ひ世人をすくわん
がため世に広め諸人の望を叶べきもの也
 紫陽長崎之郷椛島

  調合所 《割書:古町|》久田道節 【印】
 天明六丙午二月穀旦


此丸薬 予(よ)が父 道節(どうせつ)年久(としひさ)しく施薬(せやく)同前(どうぜん)ニ
して与(あた)へ来(きた)り諸国(しよこく)におひても難産(なんざん)の婦(をんな)をすく
ひたる事かぞへがたし此事(このこと)を聞伝(きゝつた)へ則 椛嶋(かばしま)
古町医(ふるまちのゐ)道節(どうせつ)の《振り仮名:伝■|でんじゆ》なりと偽(いつわ)り売買(ばい〳〵)いたす
風聞(ふうぶん)もあり又 類家(るいけ)の調合(てうがう)も有之(これある)ゆへ此度(このたび)価(ね)を
極(きは)め売弘(うりひろ)め候ニ付 本家(ほんけ)調合所(てうがうどころ)の名印(なゐん)所書(ところかき)能々(よく〳〵)
御 改(あらた)めの上御 求(もと)めなさるべし
       椛嶋古町医
          久田道節


本家
嗣子相伝 《割書:手水をつかひ|取扱ひなさるべし》
【印】
《割書:産前|産後》神霊一粒丸
経験捷方 《割書:女の手に触る事|御無用》

  《割書:大坂|一家》乳のたる薬《割書:一服百丗銅|半服六十四銅》
一 産後(さんご)乳(ちゝ)すくなき御方に早々用て乳たる事 奇丹(きめう)【妙ヵ】也万さし合なし
一 常(つね)に気をつかひ又は病後にても乳少キに用て甚妙也能つかへを
 消(しやう)し気鬱(きうつ)をはらし元気(げんき)を補(おぎな)ひ外の諸病ある人にも用ひ
 さし合なし此薬さゆにても味噌汁(みそしる)にても用ひよし
一右 呑(のみ)薬の外に産後七夜の内に乳房ニぬり乳たる薬
 出し候へ共此ぬり薬は産後七夜を限り出し不申候以上
       《割書: |大坂瓦町御堂筋西へ入》
  御薬調合所  大黒屋清兵衛

諸方取次所 記
【上段】
大坂上町泉町ほねや町すじ 住吉屋清兵衛
同追手おはらいすじか角  よし屋仁兵衛
同嶋之内八まんすじ中橋  平野屋卯之松
同北安治川やぐらの下   奈良屋善兵衛
同新町橋西詰北へ入    銭屋喜右衛門
同平の町八百屋町すじ   川崎屋喜兵衛
同新靭新天満町      神崎屋弥兵衛
同尼崎西丁塩屋町     かたや儀兵衛
同天満津の国町      本屋源兵衛
同戎嶋大渡シ上り場    あはじ屋与兵衛
同堂嶋たみのはし北詰東  津の国屋忠兵衛
同江戸堀あはどのはし北詰 帯屋宇兵衛
摂州兵庫川崎町      本屋源兵衛
同吹田六地蔵       布屋伊兵衛
同西宮よこ町       かき屋弥太郎
同池田西光寺門前     はむろ屋甚兵衛
同川辺郡塚口むら     木綿屋宇兵衛
播州志方東町       綿屋九郎右衛門店
同龍野上川原町      堂本屋繁蔵
河州丹北郡川なべ村    糀屋八十八
摂州嶋下郡鮎川村     井上氏
大坂天満老松町      平野屋茂兵衛
同北堀江五丁目かめはし西へ入綿屋長兵衛
同長堀高はし北詰     宇和島屋和三郎
同京ばし東野田町     布屋善助
同今ばし東詰       天満屋作右衛門
同堂島中三丁目      柏屋喜右衛門
【下段】
《割書:播州いつとう郡|いかるが西馬場村》       室井与兵衛
同ひめぢ福中町      古手屋喜七
同明石東樽や町御門前   くみ屋新兵衛
京五条西洞院西へ入    升屋嘉右衛門
同四条通油かうじ下ル   まつ屋市兵衛
南都城戸町        まつ屋小兵衛
伊予松山三津浜大工町   川崎屋兵蔵
勢州一志郡久居萬町    わた屋弥七
泉州堺山ノ口町中ノ町   油屋儀兵衛
紀州若山西田中町     和田屋甚助
同若山鈴丸町       玉屋仁兵衛
薩州鹿児嶋下今町     深江彦八
土州すさきうら      徳田屋吉右衛門
和州高田新町       大坂屋治兵衛
同宇田中新町       四郷屋宗七
伯州倉吉         淀屋幸治郎
讃州高松丸亀町      近江屋伊太郎
阿州徳嶋めんたい町    わた屋和介
摂州茨木北清水丁     鍋屋伊兵衛
同苗田久保町       紺屋角右衛門
同高槻紺屋町       平野屋利兵衛
同平野わたや町      菓子屋六兵衛
河州うえ松村       毛綿屋左兵衛
和州郡山やた町      鍵屋六兵衛
泉屋堺南御坊前      大和屋安兵衛
同車之m町浜       苫屋平助
備後福山下橋南詰     鉄屋治郎右衛門

  一粒金翁丸(いちりうきんおうくわん) 一服四十八銅
一第一きつけ毒(とく)けししよくしやうはらのいたみくわくらん
 目(め)まひ立(たち)ぐらみきのつきつつうしやくつかへむねの痛(いた)み
 中風(ちうぶう)たんのんどにふさがり小児(せうに)きやうふうむしいつさい
 歯(は)のいたみにつけて痛(いたみ)を止(と)む大人(たいじん)小児(せうに)たんせき船(ふね)の
 ゑひ水(みづ)のかわりゑづき酒(さけ)のゑひどくむしにさゝれたるニ
 付(つく)べし牛馬犬猫(ぎうばいぬねこ)の煩(わづら)ひ等(とう)ニよし其外(そのほか)功能(こうのう)多(をゝ)し急病(きうびやう)
 に即効(そくこう)ありくわしき事(こと)は包紙(つゝみかみ)にあらわす
  大酒(たいしゆ)止(やむ)る御薬(をんくすり) 一服代三匁
一 此(この)御薬(をんくすり)は酒(さけ)をとんとやむるにはあらずたとへば病気(びやうき)
 になるをもかまわず大酒(たいしゆ)をこのみあるひは酔狂(すいきやう)して
 いろ〳〵なんぎする人(ひと)に此薬(このくすり)を用(もち)ひ候へばをのづから
 酒(さけ)をこのみ候事すくなくなる事 此薬(このくすり)の妙なりくわ
 しくは功能(こうのう)用(もち)ひやうとも包紙(つゝみがみ)にしるす
  かくの御薬 《割書:一服代拾五匁|但シ七日ニ用ゆ》
一かく症(しやう)にてのみもの食物(くひもの)のどにつまり腹中(ふくちう)におさまり
 がたくおさまりてもしばらくして吐出(はきいだ)し食事(しよくじ)ニ向(むか)ひ
 て口中(こうちう)にたんたまりむせびのんどに通(とを)らずむなさき
 に動気(どうき)つよく臍(へそ)より上(うへ)にかたまりいで大べんひけつ
 し不通(ふつう)じなど五かくとていろ〳〵なやみあり候へ共
 すべて此薬(このくすり)にて食物(しよくもつ)を収(をさむ)る事(こと)奇妙(きめう)なり五かく何(いづ)れも
 此薬(このくすり)にて治(ぢ)する功能(こうのう)用(もち)ひやう包紙(つゝみがみ)ニ詳(つまひらか)なり
  ひぜん内攻(ないこう)の御薬 一服代三匁
一ひぜんは人のきらふ病(やまい)にてはやく湯(ゆ)に入 又(また)はをしくすり
 など或(あるひ)は風ひき又(また)は冷(ひへ)ておひこむあり療治(りやうぢ)種々(いろ〳〵)
 手(て)をつくしても次第にはれ小便(せうべん)通(つう)ぜず死(し)する計(ばかり)ニ
 候とも此薬(このくすり)壱ふく用(もち)ひ候へは小(せう)べんニ通(つう)じ治(ぢ)する
 事(こと)妙(めう)なり委敷(くわしき)功能(こうのう)用(もち)ひやう包紙(つゝみかみ)に記(しる)す
  ひへしつの御薬 《割書:一廻り代拾六匁| 但シ八日ニ用ゆ》
一 疳瘡(かんさう)いたみつよくだん〳〵くさりこみておちかゝ
 り候ともにくをあげくさりをとめすみやかにい
 やす事(こと)神(しん)のごとし便毒(よこね)ちらすべきはちうし
 又(また)は口(くち)あき黄(き)しるいで三 年(ねん)も五年も治(なを)りかね
 候ともきめうに治(ぢ)す骨(ほね)うづき惣身(そうみ)いたみ五七 年(ねん)
 立居(たちい)なりがたきを治(ぢ)すしつのぼせにてづつう
 目(め)あしく耳(みゝ)きこへずはなにかゝる等(とう)を治す男女(なんによ)
 古(こ)しつ十 年(ねん)二十年いろ〳〵となやみなんぎなるも
 快気(くわいき)する事(こと)神妙(しんめう)なり其外(そのほか)年久(としひさ)しきいかやうの


○此丸薬(このぐわんやく)生(うま)れ子(こ)ニは一 度(ど)ニ二 粒(りう)用ゆくだりすくなくば三粒も四粒も用べし生(うま)れて百日
半年(はんねん)も立(たち)候子ニは一度ニ三粒用ゆくたりすくなくば四五粒用ゆべし二才の子ニは一度
四粒用ゆくたりすくなくば六粒用ゆべし三才子ニは一度ニ六粒用ゆくだりすくなく
八粒又は十一粒用ゆべし
五才の子は一度ニ十一粒用ゆべし但し病症(びやうせう)ニより二三ぶく四五ふくも用ゆべし
  丸薬のみやう
此くすり夜(よる)ねるまへニ一度かみわらずさゆニてのむべし薬(くすり)をのみ候日あさよりあたゝか
なものをのみ食(くひ)着(き)るいをあつぎいたし惣身(そうみ)をつねよりあたゝかにしてのむべしまくらをつねよりも
たかくしてねるべしよくくだる也四五度 下(くだ)りてのちは手足(てあし)水(みづ)ニてひやせば即(すなはち)とまるなり
  食いみもの
青(あを)なほしな其外一切(いつさい)青葉(あをは)のるい 酒 す あぶらけ もち類 こんにやく 一切の
魚鳥(うをとり)るい 木(こ)のみのるい しいたけ 松たけ 一切のたけるい何(なに)によらずひゑたるもの
を此薬のみ候日のあさめしひるめしゆうめしあくる日のあさめしと四 度(たび)いむべし
 右之外ニ小児の急症虫おさへ  摂州(せつしう)豊島郡(てしまこほり)小曽根渡(をそねわたし)より
 によろしき丸薬出し申候    八丁北 南郷 今西氏製


  《割書:家|秘》小児口中薬 一包 三十二銅
一したしときニて口外はれたゞれいたみなんぎなるも此薬
 舌の上ニのせおけばたちまちいたみ引とめ口中さはやかに
 なり乳のむ事きめう也又は虫くひ■のいたみニよし
 其外小児口中一切に妙なり■■薬用ひやう一時の
 間に三四度かんざしの耳かきにてすくひ舌上ニのせ
 おくべし薬口中にさへ入ばいゆる事神のごとし
    《割書:天満七丁目魚棚筋》
 調合所   生々斎宝田製


【太子山町】
■【奇ヵ】応丸

 古湿(こしつ)にても此薬を用(もち)ひきめうに治し申候どくいみ
 用(もち)ひやう煎法(せんじやう)其余(そのよ)委(くわし)く別紙(べつし)能書(のうしよ)にしるす
  病犬(やまひいぬ)にかまれたる御薬 一服代弐匁五分
一 此薬(このくすり)はいかやう病犬(やまひいぬ)にかまれ候とも即座(そくざ)に一服(いつふく)御用(をんもち)ひ
 候へば立所(たちどころ)にいたみをとめど毒気(とくき)をくだし治(ぢ)する事(こと)
 妙(めう)なり尤(もつとも)常(つね)の犬(いぬ)のかみたるにもよし右(みぎ)かまれたる犬(いぬ)
 の毒気(どくき)のぼりていきづかひはやくなり候へば薬(くすり)用(もち)ひ
 てもきゝめなし又(また)甚(はなはだ)しき病犬(やまひいぬ)にかまれたるには其(その)
 人(ひと)薬(くすり)用(もち)ひ候へば大ねつ出(いで)てくるひ候ものなり其時(そのとき)病(びやう)
 人(にん)の手足(てあし)をおさへ又(また)くゝりをくもよし小便(せうべん)ニ毒気(どつき)下(くだ)る也
 常(つね)の犬(いぬ)なればねつも狂(くる)ひもなし其外(そのほか)包紙(つゝみがみ)に委(くは)しく

右(みぎ)何(いづ)れの薬(くすり)も方剤(ほうざい)不浄(ふじやう)の薬(やく)品寒薬(ほんかんやく)の類(たくひ)一切(いつせつ)用(もち)ひ不申(まうさず)候以上

   《割書:大坂北久太郎町二丁目北側》
調合所  日和佐屋宇兵衛製

【菊紋】神仙不老円(しんせんふらうをん)《割書:壱剤|代銀八匁》
○心気(しんき)を焦燥(いらつ)人(ひと)常(つね)にのぼせつよく首筋肩(くびすぢかた)の廻(まは)り凝(こり)てやまひ
立(たち)ぐらみし又は心気(しんき)をつかふ事(こと)過度(ほどをすこ)して心痛(むねいたみ)物事(ものごと)気(き)にかゝり又 纔(わづか)の
事(こと)にもおどろき易(やす)く夜(よ)は寝(ね)ぐるしくて少(すこ)しね入たるとおもへばいまはしき
夢(ゆめ)を見(み)自汗(ひやあせ)盗汗(ねあせ)出(いで)動気(どうき)強(つよ)く根気(こんき)薄(うす)くして物事(ものごと)退屈(たいくつ)する症(しやう)ニ用(もちひ)てよし
○肝気(かんき)亢(たかぶ)りてさしてもなき事(こと)に腹(はら)たち安(やす)く或(あるひ)は物(もの)かなしくなり左(ひだり)の
わき腹(はら)つかへいたみ症(しやう)に用(もち)ひてよし○脾胃(ひゐ)弱(よわ)き人(ひと)食物(しよくもつ)あたり安(やす)く
或(あるひ)は不食(ふしよく)し又は食物(しよくもつ)すゝみ過(すぎ)て腹(はら)くだり又は腹(はら)はりあるひは秘結(ひけつ)し
脱肛(だつこう)出(いで)て痩(やせ)おとろへる症(しやう)に用(もち)ひてよし○肺気(はいき)不足(ふそく)し常(つね)に咳(せき)いで
ねばき痰(たん)を吐(はき)は或(あるひ)は痰(たん)に血(ち)まじり熱(ねつ)のさし引(ひき)ありて労咳(らうがい)の症(しやう)になり
たるに用(もち)ひてよし○腎気(じんき)おとろへて陽物(やうぶつ)の勢(いきほ)ひよわく精(せい)もれ安(やす)く
腰膝(こしひざ)いたみ或(あるひ)はひえ又ちからなく陰虚火動(いんきよくわどう)して頭(かしら)ふらつき逆(のぼ)
上(せ)つよく昼(ひる)より後(のち)は気分(きふん)あしく耳(みゝ)なり眼(め)あしく歯症(はしやう)よろし
からぬ症(しやう)に用(もち)ひてよし○其外(そのほか)老若(らうにやく)ともに持薬(じやく)として平生(へいぜい)これを
用(もち)ゆるときは無病長寿(むひやうちやうじゆ)の楽(たのし)みを得(え)ん事(こと)疑(うたが)なし誠(まこと)に神仙(しんせん)の
霊薬(れいやく)なりくはしくは能本別(のうほんべつ)に有之候
      《割書:大坂高麗橋八百屋町角》
地黄丸製法所 本家 大黒屋製 印


例年之通土用の入より十日の間
 六味地黄丸 三匁七分
 八味地黄丸 五匁五分
 神仙不老円 六匁五分
  右之直段ニ而差上申候但し切手ニ而も差出し申候


《割書:大|天|地》《割書:  陽|心 日 風|  火》《割書:あつからでみみちびくきうはちとのまぞ|天真中導灸|やみてなやめるかぎりしられず》
一昼夜ニ天ノ気吸吐キ一万三千
五百息地ヨリ出ル脈数八万四
千二百余合九万七千七百余
息通中人ノ形小天地
是ヲ十万遍ト云常ニ神儒仏諸
経トス命ハ本天ノ気来リ又天ニ帰ル
是命をつなぐともつなの灸也

一 恐多(おそれおほく)も天利(てんり)の陽道(やうだう)を以(もつて)難症(なんしやう)悉(こと〴〵)く療(れう)す諸病(しよびやう)の根本(こんほん)は皆(みな)
 気(き)より生(しやう)じ腹中(ふくちう)に衆熱気催(もろ〳〵のねつきもやうし)色々(いろ〳〵)諸症(しよしやう)に変(へん)じ難症(なんしやう)と成(なり)

《割書:家伝|薬王》奇応丸《割書:京油小路通仏光寺下ル太子山町|西側北ヨリ三軒目松屋与兵衛》

・■気付ニ吉とんしニ用よみかえ■
・しよくしやうニ吉腹つよくいたむニ吉
・むししやくたんニよし
・くだりはら白はら■はら共ニ吉
 但シきうにとむるニ不有
・くはくらんいか程つよきニもよし
・むね虫ニ吉気のつきつかへたるニよし
・なんさん子生りぬるニ用テ生る
 ゑなおりざるニ用テ下ル
・惣シテ血道ニ吉さんぜんさんごたとい
 血おこり気ちがひたるニもよし
・小児きやう風何程つよきニも三粒
 ツヽ四五度用てよし
・ほうさう出かぬるニ用て心よく
 出る同色あしきニ妙也
・何病共しれずいろ〳〵りやうしシテ
 きかざる煩ニよし
・食物さし合なし

・諸の毒をけす
・小児むし一切ニよし
・おこりニ吉いか程久しくふかひお
 ちかねたるニよし五粒ツヽ用ゆ
・中風ニ吉けんうんによし
・金瘡血とめニは五粒かみくだき
 水ニテとき付候へは忽血とまるなり
・目まひたちくらみニよし
・づつうシテ心あしきニ用吉
・酒舟かごのゑひニ用てよし
・打疵はれたるニは四五粒水ニテ
 とき鳥の羽ニテひくべし
・一切どく虫ニくわれたるニ水ニテ
 ときつけてよし
・牛馬のわづらひニ用て妙まり
・但シくわいにん六ヶ月まへは
 いむべし

右大人小児とも諸病ニ用テよし何さゆニテ用テよし
処々ニ類かんばん多ク出申候間御吟味被遊御もとめ可被下候
                手前ゟ外出店出不申候


龍虎円(りうこゑん)
一第一気付水にて用ル
一きやうふう  同
一めまひ立くらみ 同
一しよくしやうさゆにて用ル
一こ■■はら  同
一つかへ    同
一むねのいたみ 同
一くわくらん  同
一くだりはらニは■の■ゆ

其(その)苦(くるしみ)を?(のかれ)んがため終(つい)に百薬(ひゃくやく)を

{

"ja":

"歌養生"

]

}

【ケース 表】
度会満彦撰
 歌養生    延宝六年灌刊

【ケース 裏】

【ケース 背】
歌養生 度会満彦撰 延宝六年刊

【ケース 表】
度会満彦撰
 歌養生    延宝六年刊

【表紙】
【題箋】
歌養生 全

【右丁】
【付箋 逆さま】
歌養生

【左丁】
夫(それ)養生(やうじやう)の道(みち)は。人の常(つね)にして
命(めい)をかたふするの要道(ようたう)也。天地(てんち)
之(の)大徳(たいとくを)曰(いふ)_レ生(しやうと)となれば。仁(じん)といひ
忠(ちう)といひ。孝(かう)といひ。暫(しはらく)も是を
忘失(ばうしつ)する事なかれ。君子(くんしは)節(せつにし)_二
飲食(いんしくを)_一。毛詩(もうし)には楽(たのしめとも)不(ず)_レ淫(いんぜ)といましめ

【右丁】
孟子(もうじ)は養(やしなふ)_二吾(われ)浩然(かうぜんの)気(きを)_一といへり。
儒(しゆく)釈(しやく)道(だう)の三教(さんけう)も。皆(みな)心(しん)をやすん
ずる事を元(もと)として。身を健(すくよか)に
するの養術(やうじゆつ)にかなはずといふ事
なし。仙術(せんしゆつ)の事はいふもさら也。
神道(しんたう)にもひたすら身を全(まつた)ふ
【左丁】
する事を第一とせり。誠(まこと)なる
かな。聖賢(せいけん)の道といひ。仏神(ふつしん)の
冥慮(めうりよ)にも応(をう)す。仰(あふき)ても猶あ
ふくべきは養生の道なるべし。
上古(しやうこ)の人は無為(ふゐ)淳朴(しゆんはく)にして
天然(てんねん)と保養(ほやう)の道にかなふ。中古(ちうこ)

【右丁】
よりこのかた。節用(せつよう)道にそむき
日用(にちよう)理(り)にたかふ。故(かるかゆへ)に。逐(をつて)_レ年(としを)減(げんじ)_一【二点の誤】
寿算(じゆさんを)_一随(したかつて)_レ月(つきに)成(なる)_二病身(ひやうしんと)_一。いたまし
きかな。養術(やうしゆつ)ひろしといへども。心(しん)
気(き)をやしなひ。色欲(しきよく)をとをく
し。飲食(いんしい)を節にするの三つをい
【左丁】
てず。誰(たれ)か是(これ)を保(たも)たんにかた
かるべけんや。予(よ)壮年(さうねん)のころほ
ひより自己(じこ)のために是をあま
なひ【注】保(たも)ちて。今(いま)老耄(らうもう)にをよべ
り。養生(やうしやうの)総論(さうろん)和漢(わかん)の書に
おほしといへども。短才(たんさい)未練(みれん)に

【注 同意して。それをよしとして。】

【右丁】
して其(その)理(り)を得(え)がたく其 品(しな)を
覚(おほ)ゆるにいとまあらず。しかあ
れは三十一文字(みそぢひともじ)の哥(うた)の詞(ことば)に
つゞり。是をおほゆるにやすくし
て其ことはり耳(みゝ)にちかし。往年(としごろ)
このゑぜこと【ゑせごと、似非言の濁点ミスヵ】の百 首(しゆ)を懐(ふところ)にして
【左丁】
身をはなたず。しかるにかたへなる
朋友(ほうゆう)のいへらくわれひとりの
ためもさる事なれと。かはかりの
事だにしらぬ児女(じしよ)のもてあそ
びにもなさば。をのづから見おぼ
えきゝうる事もあらむ。されば

【右丁】
人のたすけともなるべけれは。梓(あづざ)
にちりばめたよりあるところ〳〵
にひろめものし侍れと。しゐて
いさむる【勇むる】に心あがりせられて
うちうなづきほゝゑむ。次に懐(くはひ)
胎(たい)臨産(りんさん)々後(さんご)小児(せうに)の養生。とり
【左丁】
あつめて百首の哥につくり
子孫(しそん)のために匣(はこ)の底にしける
を。彼(かの)傍人(はうじん)にすゝめられて是も
一具にせん事を思ふ。。いひ出んも
かたはらいたけれど。文禄(ぶんろく)年中(ねんぢう)
朝鮮(てうせん)征罰(せいはつ)の時。あるひはほふり或(あるひは)

【懐胎...懐妊、妊娠】
【臨産...出産に臨むこと】
【傍人...そばにいる人。かたわらの人】

【右丁】
とりこにす。其中に草の葉を
口にふくみたる老翁(らうをう)あり。恰(あたか)も
神農氏(しんのうし)の霊像(れいさう)をみるかごとし。
加藤清正(かたうきよまさ)の陣中(ぢんちう)に。南叟(なんさう)といへる
僧(そう)これをあやしみて其故をと
ふに。此国(このくに)の医師(いし)と答(こた)ふ。みし
【左丁】
にもたがはすいとゝあやしく
おほえて。ひたすらかれをこ
ひてその命(めい)をすくひぬ。よろ
こびにたへず婦人科(ふじんくは)の療養(りやうやう)
を伝(つた)へて其 恩(をん)をむくふ。南叟(なんさう)帰(き)
朝(てう)の後。やつかれにゆかりある人

【右丁】
なれは尽(こと〳〵)相承(さうじやう)しおはりぬ。あら
ましは童児(どうに)の口にある事も侍る
へけれと。要(やう)をとりて用(もち)ひんものは
産(さん)前(せん)後(ご)のあやまちは千中(せんちう)無(む)一
なるへし。もとより和哥(やまとうた)の事
はいともしらぬ道なれは。指をおり
【左丁】
て文字(もし)の数(かす)のあへらんをよしとの
み心うる老(おひ)のひがみに。敢(あへ)て人の
嘲(あさけり)をおもふにしもあらす。彼是(かれこれ)二
百首を歌(うた)養生(やうじやう)と名(な)つけて児(じ)
女(じよ)のなくさみ草になしぬ。この一こと
をも思ひいでなは。おひさき養生

【右丁】
のよすがともならむかしと
思ふことしかり

【左丁】
歌【謌】養生上

天(てん)の時(とき)地(ち)の利(り)にしかじ人の和(くは)は
 是(これ)療養(りやうやう)のこゝろなるへし

夜昼(よるひる)の天(てん)のめぐりにしたがはゝ
 人の病(やまひ)はすくなかるへし

君子(くんし)父母(ふも)妻子(さいし)のためとおもひなは
 身の養生(やうしやう)ぞ一の忠孝(ちうかう)

名将(めいしやう)はたゝかはずしてかつ軍【読みは「いくさ」】
 良医(りやうい)はいまだやまざるを治(ぢ)す

世の人のよはひをのふる養生は
 やまひきざゝぬ前(さき)にこそあれ

病ひいでもがくこゝろは麻糸(あさいと)の
 よきかあしきか有無(うむ)の二筋

うつりかはる四季(しき)のわかちをかんがへて
 時に応(をう)ずる養生のみち

かならすも常(つね)に持病(ぢひやう)のある人は
 春と秋との灸(きう)をわするな

鷹狩(たかがり)や弓馬(きうば)兵法(ひやうほう)をのづから
 これ武士(ものゝふ)の養生のみち

くれ〳〵に稽古(けいこ)するがのまりこ川 【鞠子川】
 延(のぶ)る齢(よは)ひはこれにあり〳〵

養生のかなめはほねをおるにあり
 うこくあふきに風ぞ生(しやう)する

つぼのうちの掃除(さうぢ)するにも心得て
 茶(ちや)をばつむると気をばつむるな

すきあらば浮(うき)世ことばの茶をも挽(ひ)け
 居なからめくる養生のみち

いたづらに身をつかはねはば病いづ
 妻戸(つまど)のくろゝ虫くひもなし

朝(あさ)夕にをのがわざとて身をはこぶ
 海士(あま)や木こりに労咳(らうかい)もなし

めを付て見ねば社(こそ)あれ花ずゝき 【花薄ヵ】
 間(ま)なく時なくそよくこゝろを

せはをやき何をいぶきのさしもぐさ
 さしもしらしな養生の道 【小倉百人一首51番のパロディヵ】


野山なる鳥けだものに病ひなし
 これ療養の師匠(ししやう)ならなん

春夏は空飛(そらとぶ)虫もむぐめくも
 外に遊ぶは養生のみち

秋冬はをのれ〳〵のむしもみな
 巣(す)に入あなに入も養生

楽(たのしみ)の極(きはま)る時はやまひいで
 くるしむものと兼(かね)てしらすや

塵塚(ちりつか)のこゆれば虫の多かりき
 山の土にはむしはすくなし

口中にみつるつばきを呑(のみ)こめば
 虫をころしてきよ【虚】をも補(おぎな)ふ

汗(あせ)おほくいでばころもをぬぎかへよ
 ひさしくきれば瘡(かさ)や出こん

いつとても百(もゝ)の病は気よりいづ
 はな見心になるは養生

物(もの)ごとのねよけ【注】にきけばいとゞよし
 こゝろつくしをはらふ松風

【注 根好げ=性格が善良そうであるさま】
【虚 東洋医学でいう気の不足の意】

行(ゆく)ほどは心の鏡(かゝみ)くもりなし
 見る物ことの移(うつ)りかはりて

朝はやく起(おき)てあゆみをはこびなば
 気もはれやかに病ひしりぞく

起(おく)るとき手足(てあし)をのべて面より
 身をなでおろし閨(ねや)を出へし

心なき鳥獣(とりけだもの)のうへにだも
 おきふすときはたかはさりけり

あつ湯(ゆ)にて足を洗(あら)へば臥(ふ)すごとに
 ねふりもきざし下焦(げせう)あたゝむ 【下焦 : 漢方で臍から下を指す】

ひえ枕(まくら)かたき枕や高(たか)まくら
 目をもくらまし頭痛(つつう)いづ也

ふす時に口をふさきて眠(ねふ)りなは
 精気(せいき)をたもち齢(よは)ひのぶへし

ふす時は枕の風をふせげたゝ
 脳(のう)にあたれは命(いのち)みじかし

あふのきに臥てねふればはらもはり 【仰向き】
 むししやくさはぎおそはれぞする 【虫癪騒ぎ】

横(よこ)さまにひざをかゞめてふすならは
 身もくつろぎて気力(きりよく)増しなん

ゆか高く寝間(ねま)のせばきをよしとする
 座中(さちう)ひろきは風ぞ生(しやう)する

永(なか)き日は宵(よひ)よりいねて朝はやく
 おきばよはひをたもつ養生

長き夜はをそくいねても日の出(で)には
 かならずおきよめくみあるへし

いねて後枕のもとのともし火は
 たましゐさはぎやすからぬとぞ

横(よこ)にふし又ねかへりて痺(しびれ)をも
 なてやはらけば気血(きけつ)めくらん 【撫で和らげヵ】

よるふさでいつも巳午(みむま)の時までも 【巳午時 : 昼前頃】
 ねぬる人には病ひきざゝん

気もつかれたいくつをせば昼(ひる)とても
 しはしねふるは養生のみち

朝ごとに髪(かみ)を百(もゝ)くしけずりなは
 目もあきらかに気血めくらん

さい〳〵に髪(かみ)をあらへば上気(しやうき)して
 かさもふきいで早く白髪(はくはつ)

こゝろよくとしげく洗(あら)ふな髪もかれ
 うるほひぬけてつやもすくなし

食前(しよくぜん)に髪(かみ)をあらひて食後(しよくご)には
 湯(ゆ)あふるものと伝(つた)へきくなり

眼病(がんひやう)の中(うち)には髪をあらふなよ
 うはひ【注】中(ちう)ひも上気よりいづ

目をひらき面(おもて)洗ふないつとても
 まなこしぶりて【注】ひかりうすらぐ

眼病(がんひやう)に白(しろ)き赤(あか)きをきらふなり
 黒(くろ)き青(あを)きの色を見るへし

【うはひ 上翳、瞳の上に曇りができて物が見えない眼病】
【しぶる 渋る、ここでは、体の機能が不調になり十分働かなくなること(日本国語大辞典)】

楊枝(やうじ)をばふかくつかふなにくもやせ
 はの根(ね)もすきて早く落(おつ)へし

はぐきより血(ち)をば出すな岩間(いはま)なる
 つちもへりなば木も枯(かれ)ぬべし

度々(たひ〳〵)に手をもみあはせあたゝめて
 面(ほもて)ををなでようるほひをます

千朝(せんてう)の薬(くすり)にかへじひとりぬる
 一 夜(や)の刧(こう)ぞ福寿(ふくじゆ)なるへし

燈(ともしひ)の油(あふら)のごとくかきりあり
 もらしすつるなしんのうるほひ

冬(ふゆ)の田(た)に水を入るゝは夏(なつ)のため
 人もたゝへよじん【腎】のうるほひ
【注 腎は五行の水に属するので、田の水に譬えて、人間も腎の潤いを湛えることを勧めている】

久かたのそらもとゞろに鳴神(なるかみ)の
 夜半(よは)の恋路(こひち)は我とさくべし

雪や霜あらしや雨のしきる夜は
 妻戸(つまど)も精(せい)もとぢてもらすな

浦山のわかちも見えぬ霧の夜に
 恋路(こひぢ)にまよふ人ぞはかなし

偕老(かいらう)のちきりも冬は絶(たえ)ねたゝ
 春のゑきれい【疫癘】のそくとぞ聞(きく)

ひたすらに五月(さつき)小春(こはる)はつゝしみて
 かたくいむべしみとのまくばい【注】

夏至(げし)冬至(とうじ)四 季(き)のかはりめ日月(しつげつ)の
 蝕(しよく)には房事(ばうじ)つゝしみてよし

【注 「みとのまぐは(ワ)い」の変化した語。男女が契りを結ぶこと。】

養生の道のみならず房事(ばうじ)せは
 わざはひも来(こ)ん甲子(かつし)庚申(かうしん)

目を病(やむ)に精(せい)をもらすなわすれても
 そこひとなりてくやしかるべき

傷寒(しやうかん)のいまだ平服(へいふく)せぬうちに
 精をもらさばほぞをかむへし

金瘡(きんさう)のいえざるさきに房事せは
 口もやぶれて五体(ごたい)すくまん

長旅(なかたび)のつかれのうちや大ざけの
 後のさいあいふかくつゝしめ

小用(せうよう)をこらへて精(せい)をもらしなは
 腰(こし)ひえしびれ淋病(りんびやう)となる

交合(かうがう)の閨(ねや)の燈(ともしび)しめさずは
 にはかに命(めい)のさはりいてこん

腎精(じんせい)の水もかるれは痩(やせ)かじけ
 年に先だつ老(おひ)の身となる

是もまたおもきがうへのこひごろも
 つまなかさねそ養生のみち

紅葉ばの色にこゝろをそめなさは
 名をもたつたのやまひ出なん

腎薬(じんやく)を頼むこゝろのあるならは
 中〳〵おもき虚(きよ)にもなりなん

精水(せいすい)を我身にたもち齢ひのび
 外に洩(もら)せは子孫(しそん)もとむる

飲食(いんしい)と色(いろ)と酒(さけ)をも汲(くみ)て知れ
 人の生死(しやうじ)は此うちにあり

食物(しよくもつ)のよきとあしきをわきまへよ
 病は口より入のほんもん

朝夕に美食(びしよく)過(すぐ)さは脾胃(ひい)のみか
 終(つゐ)にはいでん虫のわづらひ

おり〳〵に粥(かゆ)や湯(ゆ)つけを食すれば
 脾胃(ひい)をたすけて気力おきなふ

かろくくむ【注①】酒は薬と菊(きく)の水
 あきぬる【注②】ほどはしんしやく【注③】をせよ

塩(しほ)からき物をはさのみこのむなよ
 脾胃にしめりて毒(どく)とこそきけ

【注① 軽(かろ)く=「軽く」に同じ。かろく酌む=少し(酒を)飲む。】
【注② 飽きぬる=十分満足する。】
【注③ 斟酌=さしひかえる。】

生冷(しやうれい)のくた物【果物ヵ】おほくしよくすれば
 脾胃(ひい)をそんじて病出づなり

夕飯(ゆふはん)をひかゆる人はをのづから
 脾胃をたすけてよはひのぶへし

食 後(ご)には百 足(あし)はこぶ道ぞかし
 そのまゝふせばしやくしゆ【注】おこらん

魚鳥(うをとり)の食後(しよくこ)に口をすゝぎなは
 はの根(ね)もかたく虫ばみもせじ

食後には立(たち)て小用かなふもの
 食の前にはつくばひてせよ

すき味(あち)をおほく食せは脾胃やぶれ
 くちびるしはむものときくなり

【注 しゃくじゅ(積聚)=腹部・胸部に起る激痛。癪(しゃく)。癇癪(かんしゃく)。さしこみ。】

鹹(しははゆ)き味ひおほくしよくすれば
 心(しん)をやぶりて色をへんずる

甘(あま)きものおほく食せば腎(じん)やふれ
 こつずい痛みはをも損(そん)ざす

苦(にか)きものおほく食せば肺(はい)やぶれ
 皮(かは)かれ髪(かみ)の毛(け)もおちぬへし

辛(から)き物おほく食せば肝(かん)やぶれ
 筋(すぢ)引(ひき)つりて爪(つめ)ぞかれぬる

大小の用(よう)の度(たび)ごとわすれずに
 はをくひ合せ口をひらくな

若(わか)きとき色にいろをも好(このみ)なば
 壮年(さうねん)の後なにかたのしむ

草木(さうもく)も冬のうるほひ根にきせば
 目たち栄(さかへ)て花も色よし

くりかへすしづのをだまき見てもしれ
 めくる心にむすぼれはなし

久方(ひさかた)の空も曇(くも)れば雨となる
 こゝろはれずは労気出づへし

いつくにも心とまらはすみ替(かへ)よ
 流(なかれ)なければにごるいけ水

我とわがよはひをのふる養生を
 薬(くすり)ばかりとなにおもふらん

医(い)の道を心にかけばわれ人の
 長きよはひをたもつ養生

【右丁】
芸能(けいのう)も師匠(ししやう)なくてはその道の
 口伝(くでん)ひみつもしらぬ養生

身のよはひのぶる道よりほかにまた
 まさるたからのなにかあるへき

【左丁】
 歌養生下
  懐胎(くはいたい)

地味(ぢみ)うすき小田(をだ)の早苗(さなへ)も養ひて
 こゆれば胎(はら)むいなづまのかけ

園(その)にまく種(たね)だによくは生(お)ひ出る
 花も実(み)入もさこそよからめ

子のなきはみだりに精をもらすなよ
 種(たね)をたくはへやがて懐胎(くはいたい)

四十(よそじ)すぎ懐胎ならば常にしも
 気血やしなふくすりもちひよ

風もなく月 朗(ほがらか)にさ夜ふけて
 とまる子種はよはひのぶへし

父母(ちゝはゝ)の病ひなければその子まて
 なかきよはひを保(たも)つなりけり

なまり玉(だま)いかた【鋳型】にきずのなかりせは
 数をいるとも円(まと)かならなん

春夏のたゝらの金(かね)はよく涌(わき)て
 鋳物(いもの)にきずもなきぞ懐胎

寒(かん)ずれはふみしたゝらの金(かね)醒(さめ)て
 鋳物(いもの)にきずのあらんとをしれ

こくうすく早きをそきも子とならず
 月のさはりを和(くは)して懐胎

たゞならぬけしきと見えばあひ思ふ
 妹背(いもせ)の中も閨(ねや)をへだてよ

ひはず【注①】にて懐胎ならば常〳〵に
 良医(りやうい)にあひて薬もちひよ

さらぬだに足の乗物(のりもの)手(て)のやつこ
 人なつかひそ【注②】懐胎のみち

山びめ【注③】のをのづからなる雲の帯(おひ)
 しめずゆるめずむすぶ懐胎

【注① ひはづ(ヒワズ)=ひ弱なさま。】
【注② 「な……そ」は優しい禁止表現。】
【注③ 山姫。山を守る女神。】

懐胎やさんのこゝろえよかりせは
 後のちのみちすくなかるへし

懐胎に毒(どく)と聞しは鱗(うろこ)なき
 魚(うを)のたくひをつゝしみてよし

懐胎に雀(すゝめ)やうさきにはとりを
食せぬものとかねてしるへし

懐胎は立居(たちゐ)しつかにかりそめも
 ひさをかゞめて横(よこ)に臥(ふす)へし

懐胎に髪(かみ)をあらはゞこゝろせよ
 しげきをきらふさんのさゝはり

懐胎の月かさならばものごとの
 おもき道具(たうぐ)をもたぬ物なり

【右丁】
懐胎の月かさならばのびあがり
 たたかき所のものをとらされ
月を歴(へ)てようにおるとも心せよ
 かならずけがのあるものそかし
月のさはり過(すぎ)て一三五(いちさんご)日(にち)めに
 とまる子種(こだね)は男子(なんし)とぞきく

【左丁】
月のさはり過て二四六(にしろく)丁(ちやう)の日に
 とまる子種は女子としるなり
うみ月に交合(かうかう)のみちなかりせは
 横逆(わうぎやく)さんのうれひなからん

【右丁】
 ▲臨産(りんさん)
産(さん)のみち内外(うちと)の神(かみ)を祈(いの)りなは
 伊勢(いせ)の海辺(うみべ)のふたみならまし
うちよりもとけて出るはさんの紐(ひも)
 外にはとけぬ雪のした草

【左丁】
むすぼるゝ心あらずは麻糸(あさいと)の
 うむにうみよき平産(へいさん)のみち
色づきて熟(じゆく)するならは産の道
 はなれめぞよき瓜(ふり)のほそ落
姫瓜(ひめふり)もちぎりて後のはなれめは
 うききぬ〳〵の中のちのみち

【右丁】
かねつけてゑみ〳〵笑ふいか栗(くり)も
 実(み)のればひとり落(おつ)る平産(へいさん)
いが栗のゑむともとくとみのらぬを
 むりにおとさばきずもつくへし
色々のなんざんせぬは我にあり
 心ゆたかに身もちよからは

【左丁】
かまはずとたぎる心をすきとやめ
 ゆるりとあらはちやくと平産
世の人の安(やす)くも産を須磨(すま)の浦の
 海士(あま)のしわざに身をもなしなば
さはがしき心の波(なみ)のたかければ
 舟路(ふなぢ)あやうきさんのこゝろえ

【右丁】
海原(うなばら)の波(なみ)しづまれば行舟(ゆくふね)も
 さはらできしに着(つく)さんのみち
和田(わだ)の原(はら)しほみちくればをのづから
 ひかたの舟も出るものなり
谷川(たにかは)によとむいかだも雨ふれば
 なかれて出るものにそ有ける

【左丁】
稲妻(いなつま)の影(かけ)より早(はや)きさんのみち
 田(た)の面(も)のほさき見ゆるよそほひ
寒(かん)ずれは筧(かけひ)のうちも氷(こほり)とち
 日たけてとくる世中の産
産月(さんづき)に腰腹つよくいたみても
 さずみ【注】てうまぬ事もこそあれ

【注 さずむ=しずまる。】

【右丁】
内よりもいけみ【注①】の立て汗おほく
 いたみつよきは産の子がへり
腰腹(こしはら)のしきりにいたみ増(まさ)りつゝ
 破水(はすい)見ゆるはさんぞちかづく
産のときさのみきばるな子がへりの
 さはりとなりて生(むま)れがたきに

【左丁】
用におる心もおなし産のみち
 内のあひずのあるにまかせば
産の時 腰(こし)のいたきはをそきもの
 あはてずまてば悦(よろこ)ひのこゑ
鴛(をしどり)のふすま重(がさ)ねのかい子【注②】さへ
 ついはみてしる安産のみち

【注① 「息み」に同じ。】
【注② かいご(卵子)。】

【右丁】
世中の生(いき)としいけるそのなかに
 難産(なんさん)するは人の身のうへ
産の道うむとはさらにおもふなよ
 うまるゝものとかねてしるへし

【左丁】
  産後(さんご)
うむとはや心を閑(しづ)め目をもとぢ
 ひざをかゞめてよりそひてゐ□
生れ子のおとこをんなのわかちをは
 母にはをそくしらせてしがな

【右丁】
うみて後 胞衣(ゑな)はおりてもゆたんせず
 所かゆるにこゝろあるへし
うまれおち胞衣(ほうゑ)のおそき事もあり
 ほどをふるともおどろきなせそ
産の帯(おひ)つよきは古血(ふるち)くたりかね
 またゆるければちのみちとなる

【左丁】
産の後子つぼ出るとおとろくな
 よく入やすき手立こそあれ
さんの後目まひのあらは石(いし)をやき
 酢(す)をかけいげ【湯気】をかゞせてぞよき
産後には味噌汁(みそしる)おほくすゝめなは
 かならずときやく【吐逆】出るものなり

【右丁】
産後にもみそ汁(しる)好む人ならば
 すいてもさのみ苦(くる)しからまじ
産後にはまづしらかゆをすゝむへし
 脾胃を和(やわら)げ気力(きりよく)増(ま)すなり
さんの後もちひ【餅】をこのむ人ならは
 やはらかに煮(に)て用(もち)ゆべきなり

【左丁】
夏のさん籠(かこ)によりそひもたれなは
 心ゆたかにいさきよからん
冬のさん籠に火(ひ)ををきよりそへば
 心ゆるりとさむさよげ【注】ぬる
さんの後気をしつむるにしくはなし
 伽(とぎ)のおほきをさのみこのむな

【注 よぐ(避ぐ)。よける事。室町時代末期から近世中期頃まではヨグと濁る撥音があった。】

【右丁】
産の伽いさみ悦(よろこ)ふ事をのみ
 うれへおどろくざうたん【雑談】はせそ
産後には胸腹(むねはら)下へなておろせ
 古血(ふるち)もおりて病ひすくなし
さんの後 腹(はら)を立田(たつた)のうすもみぢ
 かほに散(ち)らすなちの道のたね

【左丁】
産後には乳(ち)ぶさをもみていださねば
 はれ物となる事もこそあれ
波風(なみかせ)もたてなおつとの心もち
 さはきしづまる血の道ぞかし
産の後 七夜(しちや)の内はもたれ居て
 日 数(かず)によりて枕(まくら)ひくかれ

【右丁】
産後には心 苦(くる)しむ事なかれ
 中風(ちうぶ)の病ひ指(さし)出るもの
さんの後 汗(あせ)のおほきを嫌(きら)ふなり
 風を引(ひく)とも心あるべし
産の後 寝乱髪(ねみだれがみ)をとくならは
 いふにいはれぬ血の道となる

【左丁】
さんの後 百(もゝ)の病の生(しやう)ずるは
 只(たゝ)もなき身の契(ちきり)とをしれ
さんの後百夜過ずはちきるなよ
 かならずおもきちのみちとなる

【右丁】
    小児(せうに)
生れ子に乳房(ちぶさ)を早く呑(のま)すなよ
 時の延(のふ)るをよしときくなり
生れ子の口の古血(ふるち)をぬくひなば
 痘(いも)やはしかもすくなかるべし

【左丁】
うぶ子には老(おひ)のしたぎぬ肌(はた)にまけ
 うるほひましてよはひのぶへし
みとり子の衣類(いるい)やむつき火にあてゝ
 あつけさらぬをきせぬものなり
専一(せんいち)に心をつけよ黄(き)いろなる
 乳汁(ちしる)は児(ちこ)の毒(とく)とこそなれ

【右丁】
ほとほる【注】とさのみさはぐなみとり子の
 病を見わけ薬もちひよ
みとり子の熱気(ねつき)の出てなかば見よ
 口のうちにもかさや出こん
みとり子のしきりになかば耳だれか
 脇(わき)内(うち)またのたゞれかとみよ

【左丁】
乳(ち)をふくめ眠(ねふり)きざせば子をおして
 くやしかるべきこともこそあれ
なくとても時々に乳(ち)をのますれば
 脾胃をやしなひしゝもつく也
下(した)にをきそだつるぞよきいなむしろ
 おり〳〵いだけみとり小柳(こやなき)

【注 ほとぼる=熱気を発する。】

【右丁】
みとり子を懐(いだ)きすくめてそだてなば
  身はうみかじけをそく成人
みとり子をはゝせ【這はせ】あゆませそだてなは
 病ひすくなくはやく成人
いだきあげさのみあいすなみとり子の
 驚風(きやうふ)も出てあやまちぞある

【左丁】
絹(きぬ)あつく常にいだけば身はうみて
 夏秋のころ驚風(きやうふ)いづなり
立かわりさのみ愛すなおさなひの
 かひなき精(せい)はつかれやすきに
かたにのせ又はしらかし【注①】ちくちつと【注②】
 さのみ愛(あい)すなみとりこつゝみ

【注① 走らせる。】
【注② こまやかであるさま。】

【右丁】
ほそくたる乳房(ちぶさ)にそだつみとり子は
 身もやせかじけ【注①】かんをわつらふ
乳(ち)と食(しよく)と一 度(ど)にすゝむことなかれ
 むしいではらのかたまりとなる
塩(しほ)からき食をばわきてみとり子に
 さのみすゝむな脾胃のどくなり

【左丁】
わらはべに酒(さけ)生魚(なまうを)や油気(あぶらけ)は
 脾胃にしめりて毒とこそきけ
年(とし)ひさに【注②】乳味(にうみ)をのめばみとり子の
 よはひ堅固(けんご)にうるほひぞます
わらはべの病ひの品(しな)はおほけれど
 多分(たぶん)は食(しよく)に脾胃(ひい)ぞやぶるゝ

【注① 痩せ悴け=やせおとろえる。】
【注② 年久に=久しぶりに。】

【右丁】
疱瘡(ほうさう)に香具(かうく)のにほひきらふなり
 月のさはりの女いむべし
常盤(ときは)なる松(まつ)に巣(す)だちてそだつるの
 ひなにならはゞ千代もへぬべし

【左丁】
藪薬師(やぶくすし)腰(こし)よりやうじやうぬき出し
 一ふしもなき今やうの哥(うた)
指(ゆひ)のはらのつまばらみ【注】をも知(しら)ぬ身の
 懐胎(くはいたい)のさたいふはくわんたい
りやらひやらふしをも知ぬ笛竹(ふえたけ)の
 世をはゝからぬ産のことの葉

【注 爪孕み。「つまばらめ」に同じ。(爪が孕むの意) 短く切り過ぎたりした爪の傷に化膿菌がはいり指先が化膿して腫れあがる病気。】

【右丁】
天の道しらねばいとゞちのみちを
 さくりあししてたどるおろかさ
いひしらぬ言の葉なから保(たも)ち見よ
 千世にやちよを松のみとり子

延宝六《割書:戊|午》季林鐘中旬  勢州山田中嶋氏
                 仙庵

【左丁】
太神(おほんがみ)の広前(ひろまへ)にまふで来る人
の心〳〵あまた有が中に。ひとり
の医師(いし)養生のたすけならん
とや。三十一もじにつゞり〳〵て
見せ侍りぬ。是ぞ口に苦(にが)からぬ
良薬(りやうやく)。耳(みゝ)にさかはぬ【逆はぬ】金言(きんげん)ならし。

【右丁】
ことのこゝろを腹(はら)にあらは
へしらば。世にわづらひなか
らましとのこゝろざし。誠(まこと)に
神の御めくみにも
   あひかなひ
        侍らんものか

【左丁】
  いろ〳〵をよむことの葉の
  玉垣(たまがき)や内外(うちと)の神の
  めくみなるらん

    勢州山田長宦
      従三位度会満彦

【右丁白紙】
【左丁】
勢州山-田 ̄ノ之医工中嶋仙庵上-京 ̄ノ
之次 ̄テ袖_二 ̄ニシテ 一巻_一 ̄ヲ而来 ̄テ示_レ ̄テ予 ̄ニ云 ̄ク此 ̄レ某甲 ̄シカ
所_レ ̄ナリ詠 ̄スル也請 ̄フ命_二 ̄シテ之 ̄ニ名_一 ̄ヲ而以 ̄テ跋_二 ̄セヨ其尾【一点抜け】 ̄ニ便 ̄チ
開 ̄テ視_レ ̄ルニ之則 ̄チ雑-病修-養并 ̄ニ婦-人-科之
和-歌-也真 ̄ニ治-療 ̄ノ之拠-経医-譚之一-
助 ̄ナリ也仍 ̄チ名_レ ̄テ之 ̄ヲ曰_二 ̄フ医法摘要歌_一 ̄ト学者

【右丁】
以_二 ̄テ其小 帙(ヂツ)_一 ̄ヲ而謹 ̄テ勿_二 ̄レト軽-視_一 ̄スルコト云 ̄フ

于時延宝戊午夏五月 日
     洛下華陽軒三柳書

【左丁】
葦曳(あしひき)のやまとうたの徳(とく)は。久かた
の天(あめ)よりもたかく。鉱(あらかね)の地(つち)より
もあつくして。万(よろづ)の道のたよ
りとならずといふことなし。こゝ
に中嶋氏仙庵のぬし。医(い)の道
はいふに詞たらず。其あまりに

【右丁】
伊勢海(いせのうみ)きよき渚(なぎさ)の玉をひろ
ひ。山田原(やまだのはら)の杉(すき)の下露に筆を
したで【注①】ゝ。二巻(ふたまき)にものしもて来(き)
たるを見れば養生の哥なり。
さらぬ月花の上にだに。心を
もとむるにしづのうみをの

【左丁】
みたれやすく。詞をつゞけんとす
れはふしのしげ糸(いと)ふしだつ事
のみありて。いにしへよりよむ事
のかたき道になんいひつたへ侍るを。
此二百首は。心わたづうみ【注②】のそこ
ひ【注③】なく。よりくる浪にこと葉の花

【注① したづ(滴づ)=したたらせる。そそぐ。】
【注② 「わたつみ」に同じ。海。海原。】
【注③ 際限。はて。】

【右丁】
あざやか也。みる人そのふかき心はく
みえずとも。浅(あさ)きかたにかひあると
だにしらは。手にとるからに玉の緒(お)の
ゆらく道になん
       ありけらし

延宝六《割書:戊|午》季林鐘下旬  《割書:洛東白河》長雅

【左丁】
遂古(イニシヘ)大己貴神(オオアナムチノミコト) ̄ト與_二少彦名命(スクナヒコナノミコト)_一戮(アハセ)力 ̄ヲ一_レ ̄ニシテ
心 ̄ヲ経_二-営 ̄ス天下_一 ̄ヲ療-病 ̄ノ之 方(ミチ)斯 ̄ニ起 ̄ル矣先_二 ̄ンスルコト
彼 ̄ノ神農氏_一 ̄ニ者 幾(ホトント)-乎二百万歳 無乃(ムシロ)
遼(レウ)-邈(ハク) ̄ナル哉(カナ)陰陽 ̄ノ二神始 ̄テ遘合為夫婦(ミトノマクハイシ) ̄テ
唱-和之歌-辞 濫(ラン)_二-觴(シヤウ) ̄ス于此_一 ̄ニ比_二 ̄スレハ諸(コレ) ̄ヲ五絃 ̄ノ
之歌六-義 ̄ノ之詠_一 ̄ニ遠 ̄シテ-之遠 ̄シ-矣医 ̄ト云 ̄ヒ歌 ̄ト

【右丁】
云 ̄ヒ神-道之所_レ ̄ロナリ寓 ̄スル也 孰(タレ) ̄カ不_二 ̄ンヤ珍敬_一 ̄セ乎中
嶋氏仙庵卜_一 ̄テ居 ̄ヲ我 ̄カ神-境_一 ̄ニ以_二 ̄テ医-術_一 ̄ヲ
鳴 ̄ル之 属日(コノコロ)詠_二 ̄シメ養生 ̄ノ歌_一 ̄ヲ以 ̄テ教_二 ̄フ婦-人児-
女 ̄ノ之難_レ ̄キ諭(サトシ)者_一 ̄ニ其恵-貺(キヤウ)実 ̄ニ可_二 ̄シ嘉尚_一 ̄ス焉
如(モシ)恒 ̄ニ玩_二-好 ̄スルトキハ之_一 ̄ヲ則上 ̄ハ被(カウフリ)_二神-霊 ̄ノ之冥-助_一 ̄ヲ
下 ̄ハ得_二 ̄シ泰-産之正-道_一 ̄ヲ可_下 ̄キ以_二 ̄テ其 ̄ノ近_一 ̄キヲ忽(ユルカセニス)_上_レ之 ̄ヲ

【左丁】
者(モノ)乎哉(ナランヤ)延宝戊午 夷則(イソク)【注①】既望(キボウ)【注②】
      尚舎散人龍氏欽跋


【注① 旧暦七月の別名。】
【注② 陰暦十六日。】

【右丁 白紙】

【左丁】
玉櫛笥(たまくしげ)二見浦(ふたみのうら)のしき浪 声(こゑ)【聲】し
づかなれは・蒔絵(まきゑ)にみゆる
松の風枝をならさす此時を
よろこぶ・暫(しはら)く事のついでに
産道(さんだう)の起源(きげん)をうかゞひ見れば
神代(かみよ)幽遠(ゆうゑん)のむかし・ふたごみつ

【右丁】
子の島 海山(うみやま)を生(うみ)給ふ・神慮(しんりよ)の
深秘(しんひ)いと安(やす)し・其(その)不測(ふしき)に至(いた)
りては兔毛(ともう)に及がたし・されば
懐胎(くはひたい)の人・神をあふき医術(いじゆつ)
をたのまざらめやとくに中島
氏仙庵 医道(いだう)に功(こう)ありて産

【左丁】
前産後の伝(てん)を得(え)たり といへ
ども・世に其 徳(とく)をしる人稀(まれ)也・
多年(たねん)内外(うちと)の宮にあゆみを
はこびて・養保(やうほ)の哥つゞらん
事を願(ねが)ふ・神(しん)納受(なうじゆ)ましまして
や二百首 事足(ことたん)ぬ・伝(つた)へきて

【右丁】
俳句(はいく)は俳優(かみのわさをき)より始(はじま)りけれは
いのるにそのしるしあきらけ
し・今養生哥の一 軸(ぢく)に都鄙(とひ)
の名たかき序跋(じよばつ)あり・其こと
葉の色々を見るに・文(ぶん)を聞(きゝ)
ても聾(みゝしう)・字(じ)を見ても盲(めしう)・こと

【左丁】
の心わきがたけれど・思ふに堪(たへ)ず
みじかき筆にまかせ侍るむべも蛇(じや)を
画(ゑがひ)て足(あし)をそふるにひとしからんかも
 延宝陸【「六」の代字】戊午葉月日
           ■(メン)【水の左側か】k(ハン)【水の右側か】軒(ケン)
            田中氏伊人謹跋

【裏表紙の見返し】

【裏表紙 文字無し】

胴人形肢体機関

胴人形肢体機関

曲亭馬琴作
胴人形肢體機関

人面(じんめん)おなじからざること。猶(なお)人心(しんしん)の同(おなじ)からざるが如(ごと)く。肢体(からだ)に
小(すこ)しき異(こと)なるあるは。賢愚(けんぐ)斉(ひとし)からざるに似(に)たり是(これ)を以(もつ)て
これを観(み)れば。斉(せい)の東郭(たうかく)信義(しんぎ)の瘤(こぶ)あり蜀(しよく)の魏延(ぎゑん)に企叛(むほん)
の骨(ほね)あり胴長(どうなが)。出臀(でつしり)。肥満娘(ふとつちやう)。家鴨(あひる)の横飛(よことび)一寸矮児(いつすんぼうし)。人(ひと)の姿(ふり)
みて吾風流(わがふり)の。今茲(ことし)もなほらぬ筆癖(ふでくせ)は。相者(さうしや)でもなく医者(いしや)
でもなくしらふことなしの胴人形(とうにんぎやう)。おどけ作(つくつ)て魂(たましい)の。入(い)らざるお世話(せわ)
に教訓(きやうくん)も首尾(しゆび)よくまいればお慰(なぐさみ)。いよ〳〵著述(ちよじゆつ)にかゝりませふ《割書:テン〳〳〵〵|カラ〳〳〵〵》
《割書:スツテンテン| 》
          細工人
  庚申 はつ春     曲亭馬琴製 【馬琴の印】

【右頁上段】
むかし〳〵教訓(きやうくん)先生(せんせい)といふもの
あり人相(にんさう)てのすじのほか何に
よらすからだの内のzんあく
にてその吉凶をさだめければ
まい日先生のいほりにきたり
てからだのよしあしを
とうものおびたゞしく
ことのほかはんぜう
しけり
〽きやうくん先生の
いわくにんげんの
かほはまるくみゆ
れともこゝろさし
あしければおのづ
から四かくになりて心
ある人にはし四かくにみゆ
るなりそれはどふした
ことゝとへばおさない
ときてならいがくもん
せねはとしよつて
人なかではぢをかく
これ一かくなり扨心
【左頁上段】
がけわるくしておごりをこのむ
ものはついにまづしくなりて
つねにことをかくこれ二かくなり
その心まことなき人はおのづ
からぎりをかくこれ三かくなり
いろをこのみてやすものを
かへばかさをかきはなを
かくこれ四かくこの
四かくをつゝしみて
心はいわのごとく
どのような
人がきてそゝ
のかしてもうご
かぬようにもちはらは
かいどうとおもつて口くひ
ものにおごらず手はあさがほの
はなのごとくたへずひらいたりつぼんだり
またはきねづみのごとくあつちへうごかし
こつちへうごかしすこしもゆだんせずあしは
すりこ木のごとくぼうになるまでかけまわりて
かせぐときはかほの四かくかどとれてしごくまるい上にんげんとはなるなり
【右頁下段】
〽イヤハや先生の
高論(かうろん)おそれ入り
ました
〽心としらみはうわべ
からみへぬもつた
ものたみへるとたちまち
はちをかくせんさくでござる
【左頁下段】
〽このあしがまんなかへ
  つくがさいご大ごとだ

【右頁上段】
およそよの中に
美じんなきにはあら
ねども三十二 相(さう)
そろつた
ものは又
なきもの
なり心ざしの
よい人はあれども
まさかせいじん
けんじんといわるゝ
ほとの人はなきが
ごとしさればかたちに
かけたるところあるは心
にかけたる所あるににたり
かたちはめにみゆれど心は
めにみへずゆへに今
かりにそのかたち
をもつて心をろん
ずべし人としが
よればあたまはあかく
はげてひかりがでるこrこれを
やくわんあたまといふとしより
【左頁上段】
のあさぢやをこのむも
このいわれなりまたはとし
よりてのちつま子をうし
ないゑてちやのみ
ともだちをいれた
がるものなりこれ
まつたくやくわんの
なすところなり
そこでむすこは
とんだちやがまと
わるく思ふもむり
ならねどやくわんは
みがくほとひ
かりがでるもの
にてそのひ
かりがむすこへ
うつりて人なかで
ばかにされぬといふも
みなおやのひかりゆへなれ
ばとかくこう〳〵をつくしてや
くわんのあたりを心がけや
くわんあたまをへこませぬ〇
【左頁中段】
〇ようにするが子
 のやくめといふべ
        し
【右頁下段】
〽どうこ【銅壺】なおしがきたら
 よんでおくりやれけさ
 かみゆひにこびん【鬢】を
 ちよいとやられたから
 ちともる【漏】るようで
          ござる
〽やくわんあたまをへ
 こませればおやを
 つぶしにするよふ
 なものならふこと
 ならいつまでも
 いけておきたいも
 のだとこのむす
 こふるかねかいの
 ようなせりふを
   いつてゐる
  〽にばなはどひんに
いたしませうあなた
のおつむりではかなけか
でませう 

【右頁上段】
人にさひづちあたまといふ
あたまありとかくかつこと
をつゝしむべしまづどら
をうちて女郎にうち
こめばしんせうのは
めつとなりあみあみを
うちてふねにで
ればなんふうの
おそれあり
そばを
うちて
きやくを
まねけば
思はぬ物が
いりたいこ
をうちて
したかたを
ならへばきが
うはついてくる
ものごとさいづちの
あたりやうわるければ
おのつからくひのまわるがごとく
【左頁上段】
しんだいもかた
むいてくるもの
なりたゞそろ
ばんのてもとに
きをつけてあき
ないのめあてを
はづさず人の
あたりをよく
すれば大こく
でんのつちの
ことくつひに
きん〴〵をうち
たすしあわせ
あり
【右頁下段】
〽くひをうち
 こんだら
 身のかきを
  する
   ことた
〽弐両や参両
 うちこんじやァ
  なんの
 へんてつ
    も
    ねへ
【左頁下段】
〽いくらでも
 うちこみ
 なんし
 こんやは
 ぬしにでる
 くいで
   おつす
【左頁上段】
〽おとゝしはやつた
 かたじやァねへが
 しんぞうをくひに
 しちァようさ〳〵
   新杭ぐいだ

【右頁上段】
さるといふものはにんげんより
はつめいらしい事もある
よふにみゆれどけの三本
たらぬおろかなること
おほし人にさるまなこ
とてまなこさるに
にたるものあり
これもまつげの
三ぼんたらぬゆへ
にてなにごとも
よくみわけて
ぢよさいのない
よふなれともめ
のとゞかぬとこ
ろありそのめの
とゞかぬところ
よりほうこう
にんのどらうちが
できるやう女ぼう子に
あなどられてまおとこを
されるやらよつてたかつて
よいようにされる事あり
此ときはじめてめかさめ
【左頁】
女ぼうをさる  猿まなこ
かゝァをさる
さる〳〳〵〵と
はらをた
つても
かへらず
たゞま
なこは
日月(しつけつ)


木を
てらし
たまふ
ごとく
すえ〴〵
までてら
しあきら
めていへを
おさむること
かんようなり
【右頁中段】
〽ひとつとは
 かいたが
 あとが
 つまら
   ねへ
〽ふうふげんかをする
 ならはや引を一さつかつて
 をいてすることださりぜうが
 かけぬとぢきにさしつかへて
 じやん〳〵トなる
【右頁下段】
〽はやくだすなら
 だしなせへよが
 ふけるわな

【右頁上段】
心に思わぬ
へつらいをうふ
て人をうれし
からせるをだん
こにするといふ
ことありこれ
こゝろのまる
きより出たる
なるべしかよふ
の人おのれが
はなをたかく
せずずいふん
したてに出る
ゆへそのはな
おのづからたん
ごのごとくみゆれども
一トかどなけれはころび
やすくいつもひかんと思ふ
人はよろこびもすれ心ある
人はそのへつらひをわらふ
なりたゝ心にかさることなくば
たとへかほはほたもちなりとも
たんこはなにはまさるべし
【右頁中段】
〽はなよりたんごくひけより
 いろけでてめへがはなを
 ちやほけにするとちやが
 いつはいたんとのめる
【右頁下段】
〽をや久さんまた
 わたしかはな
 をいつてまる
    めな
     さる
       よ
【左頁上段】
いぬは一日かわれてその
しうのおんをわすれず
よる〳〵はかとをまもり
てぬす人をほへいつ
かとのやくをつと
めるなんほひたい
ばかりとうけん
びたいにぬき
あげても
人のをんを
おんと思わ
すよい
からくう〳〵
ねたかる人は
いぬにたもしる
ざかべし
かやうのやからを
せわすればかへ
つてかい犬に手
をくわるゝのわさ
わいありつゝしむ
べし
【左頁中段】
〽しろくろみへぬやみのよに
 おれにしつほをみつかつ
 たる百ねんめいたとあき
 らめてぬすんだものを
 きり〳〵とおいてしとも
 わたすともどうとも
 しろいぬへんとうはわん
  わんわみわんとたエヽ
【左頁下段】
〽イヤやせ犬の
 人そばへほへ
 だてせすと
 そことを
   せさ

【右頁上段】
てんちくのしゝはけた
ものゝ王なり此ほう
にてしゝといふはゐの
しゝのごとにしてこの
いのしゝといふものは
さきへはかりすゝみ
てあとへもどる事
ならずあとさき
のかんべんなき
ものをいのしゝむ
しやといふ人
にしゝはなあり
またいくひあり
これもあとさ
きのかんがへも
なくしゝはな
はぼたんのすい
ものをすゝらん
ことをねかひ
いくひはふすい
のとこに廿四文の
たのしみをきわめんと
【左頁上段】
すれはつひに
かん平がてつ
ほうにあたり
しゝくつたむ
くひははやく
ほたんの鼻(はな)
のおちること
廿日もまた
すして
すみやか
なり
【右頁下段】
〽おらあはぎのしろ
 きにみとれて廿四文か
 つらをうしなつたからあさ
 ばん水をくめの仙人と
 いふほうこうをするやつ
 さまた
【左頁下段】
〽角兵へさんそこ
 には犬のくそがあるによ
 そして三介をまつたり〳〵
 とまたせておいたからてへ
 げへにしてかへんなせへ

【右頁上段】
馬はおもきをせおひて
わうらいし人をの
せて千里をはしる
くにになくてかなはぬ
ものなりまつしき人
はその馬のかわりさへ
つとめてあさから
ばんまでおもきに
もつをせおひかん
のふゆもあせ水
ながしてかけまわ
れば女ぼうは子
ともをせおうて
からしりで
はしり
あるくかゝるかんなん
の人さへあるにかほ
ばかり馬づらでも
かたへてぬぐひは
のせながらふろ
しきつゝみ一つ
さけることも
いやがり
【左頁上段】
ただ
うつ

しい
まめ
ばかり
くひ
たがり
てのら
くらと
して



たがる
もの
はた
れも
その
仲(な)ヶ(か)間(ま)
へは
のりて

なし
【右頁下段】
〽小荷駄百までわしや九十九まで
 ともにしり馬はねるまでかせがねは
 ぜにがとれぬァヽ四百四びやうと馬の
 こへひんほどつらひものわないわひ
馬(むま)づら
【左頁下段】
〽ばんにははようもどり
 馬にしてくだされや
〽かゝさん
 おらアたひ
 こがうち
    たい

【右頁上段】
心とせなかはおなじ
ことにていつしやう
われとわがめには
みへぬものなりせなか
にもねこぜなかと
いふせなかありねこ
といふものははな
はだきのよき
ものにて人に
ぶたれても
はらを
たつた
かほを
せずいへの
うちのねず
みをふせぎて
いつかどのほう
かうをつとめわづ
かかつほぶしの
うはけづりぐらゐ
にていつせうをおくる
ものなりわがせな
かはねこぜなりでも
【左頁上段】
わがめには
みへぬゆへ
ねずみとら
ずののうなし
となりのら
ねこのさかな
このみ大げび
そうのぬすみ
くひがきずと
なりてとこへいつ
てもしりがすわ
らすねこの
めほとかわる
よの中に
とりとめた
せうはいも
せずはては
いろ〳〵には
けてよの人
のすてねこ
となるたゞ
ねこの能は
まなぶべし
ねこの△
【左頁下段】
△くせはまな
 ぶべからず
【右頁下段】
〽此きやくじんはくちはねこじたせなかは
 ねこぜなかあしはねこあし
うちへいつて
みた

おふ
かた
ねこ
のひたい
ほとのくらしだも
      しれぬ
〽あなた
 ぐらい
 あがるお
 かたは此
 てうめん
 にもこさ
    り
  ませぬ
〽さけもいろ〳〵のんでみたが
 いけだの【山印で「すやま」のふりがな】ほどいゝさけは
 あるめへ第一火かいらず
 いろがうすしそして
 いつまでおいても
 かわらぬところが
 みやうだ
【左頁中段】
〽おまへさんはねこしただ
 からぬるかんにいたし
        ました
〽しらぎく
 きみしらず
 でかさねる
 ものはおれ
 ばかりだろう

【右頁上段】
ひざがしらのことを
ひざこぞうといふ
ことは子といふもの
はおやのすねを
かぢるものゆへ
ひざを子ぞうに
たとへたりおやこ
六人くらしのやせ
しんたいねたと
ころをみれば
州といふじの
ことく人には
子たからとうら
やまるれとさむく
なくあつくなく
うし馬にふまれ
ぬよふにそたて
あるくまでは
おやぢがすね
きりうせかねは
くわれぬからき
世の中にあまい
ものばかりくひ
たがりおやのすね
をかぢりたらず
【左頁上段】
とらやき
さつまいも
のかいぐひも
おやぢかふまへ
たしんしやうの
あまりなれは
あしのうらを
とゝさま
かゝさまに
たとへて
嚊(かゝ)爺(とゝ)
 いふも
此りくつ
なり   
【右頁中段】
〽おいらはすへ
 られぬうち
 はやく
 にけ
 ませう
【右頁下段】
〽かゝさん
 おいらは
 こめんだよ
〽あしをななげ
 だしてまんまを
 たべるとじきに
 此とをりで
    ござる
       ぞ
【左頁下段】
〽このころはひさつこそう
 かふきやうきになり
 おつてあくらをかきた
 かつたりねころひた
 かつたりするによつて
 こらしめのため
  にたゝかきうを
  すへてやるがいゝ

【右頁上段】
女のあるきくせにそと
わにうちわにといふ
ことありわにといふ
ものはおそろ
しき
もの
にて
こいつ
にみこ
まれた
ものゝいきた
ためしかなし
女のわにあし
にみこもれたり
もそのことく
ついにはしやつ
きんのふちへ
ひきすりこ
まれしんせう
をひとのみに
さるゝことわに
のあきと に
かゝるがことし
ひさしいものたかおそるへし〳〵
【右頁下段】
〽ものはひかへてうち
 わにしてこゝろたて
 はにやうわに
 もつがよふおすか
 あかきつきはかりは
 そとわにがりつはに
       みへりす
【左頁上段】
ゑりまるいものを
ぼうずゑりといやし
めれどしゆけと
いふものはよくをはな
れてみちをおこ
ないぜんをすゝ
めて人をみちひ
くものなるに
ゑりはかり
ぼうすゑり
でもよくづら
をかわひて
ゑりもとに
つきほんのう
くぼのぼん
なふにまよふ
ものはなま
くさほうず
ととうしつの論(ろん)
にして人のかしら
とはなりがたし
とあるおしやうさまの申されたか
【左頁下段】
〽にんげんのあた
 まといふものはもく
 ぎよのかわりに
 つかつてはとう
 なすにはおとつた
 ものだ

【右頁上】
大きなしりをたなつ
しりといふてしりを
たなにたとへたりげに
もかつてもとにたなと
いふものがなければ
なかしもとかかたづ
かすいへのうちに女
ほうがなければ身(しん)
しやうがばつとして
とりかたずかぬもの
ぞかししかれば女ほう
にたなつしりの
 ひもかゝるいわれ
なるべししかるを
じぶん〳〵のふ
きりやうはたなつ
しりへあけてをひて
あそこのかみさんはたなつしりだ
など〳〵人のことばかりわるくいゝ
たがるは大きなるりやうけんち
がいなり人のしりみてわが
しりなおせとはかようの事
を申すべし
【右頁下】
〽ゐのめのすいものわんの
 そばにかめのをのさか
 づきもあるはづた
〽すかしのたばこぼんにひたり
 ねじりのひばしはかさいの
 きやくじんのときだしたはつたが
【左頁下】
〽これでおならをされるとすぐに
 あをのけにふきとはさ
 れるたらう

きのせへかちと
 くさいよふだ

〽せうめんへしりをむけて
しつれいのさんは御ようしや
  くたされませう

〽 

【右頁上】
百せうのすきくわは
ぶしのやりかたなと
おなし事にてこれを
たつさへてす
ひやくてうの
あれ田をも
きりひらき
あるときはいし
にうちあてゝめ
から火がてるいたさを
こらへまたあるときは
こひをかきまわして
しりからへのでるくさ
さをしのぶ米一りう
にするしんくはみな
くわのはたらきなり
そのかんなんにはき
もつかずたま〳〵
あしはくわへら
あしにむまれつい
てもちよつといぬ
のくそをふみつけ
てもたいそう
【左頁上】
らしくこゞと
をいひちらしはだ
しになるをいとつ
ていへのうちでも
うはぞうりをはき
たま〳〵そとへでる
ときもふたへ
はなをに五まい
うらつまさき
へでもつちの
つかぬように
あしを大せつ
にすることみな
大きなるあやまり
なりたゞあしは
くわのごとくに
つかひこなして
あさからばんまで
とろだらけにして
かけまわればついにぜに
かねのできあきにあふ
ことうたがひなし
【右頁下】
〽ことしはしこく
 さくのてきか
 ようこさるいね
 とくささうしは
  さくはかりか
   めあてゞ
    こさり
     もう
      す
【左頁下】
〽たばこをのむ
 うちあしを
 あそばせて
 おくもむたの
 いたりだ
  しかしあし
   のくわ
     べら
      は
     しごく
     よいが
     はら
     のから
     すき
     になる
      には
     こまる
       そ

【右丁上】
はとにさんしのれいぎ
ありとてはとゝいふとりは
れいぎたゞしきとりにて
子とりはおやとりよりうへ
のゑだにとまらす弟と
りは兄とりよりしたの
ゑだにとまるとかや人に
はとむねあれどもその
むねははとにおよばず
おやのまへでもあしを
なげ出し兄よりかみ
ざでめしをくひたが
りいへばとのせけんみ
ずよりこいつをかせ
ぎてまめこのみを
しはてはうそ八ま
んのつかわしめと
なりててゝつぽう
とはなかずして
すてつぽうと
いゝちらすは
豈(あに)とりにだ
もしかざざるべ
【左丁
けんや

〽此ところのあきちをかすりに
御ひろういたし候
旧友(きうゆう)京侍見世たばこ入れ
かみぢきれ地御はなかみぶくろ
御きせるその外工夫のしん
がた当はるおびたゝしく
出来申候相かわらず御評
判被下御もとめ可被下候
【右丁下】
〽まづ〳〵兄うへ
 おとびなされ
 ませイサ
 おともいたし
 ませう
〽むかふのかゝにまめがよほど
 こぼれてみへまするおやへは
 ごらうたいにもござなされば
 おゆるしをこうむりわれ〳〵
 兄弟たちこへま■■でござ
         りませふ


【右丁上】
人のしんだい
のよしあし
につけてやたい
ぼねが大きい
ちいさいといふ
ことありげにも
しんしやうはから
がのごとくほね
ぐみがかんじんなり
酒色遊芸(しゆしよくゆうげい)はしん
せうのために毒(どく)也
たゞ正直を持薬(ちやく)に
していかにもしん
せうをぜうぶにこや
しもとできんをど
だいにして千両二千両
にくみたてる事みな
いへのはしらたる主人
の心よりいづるなりいへは
うつばりはしらにてもち
からだはほねとすじにてもつ
はなにせうじのへたてありてあかゞに
【左丁上】
かきがねのしまりあり
さればせたいとからだは
ひとつとうりなる事
を思ふべしいへにせに
なきははらにしよく
なきがごとく命(めい)は
食(しよく)につなぎせたいは
ぜににつなぐその理
みなおなじかる
べし
   〽これはたいぎな
    やくだこうして
    いるうちぜにの
    もうかるくふう
    でもしませう

【右丁下】
〽ことしのたなおろ
 しも五百両のひた
 めでたい〳〵のびてわるい
【左丁下】
 ものはそはとはなげばかりだ
 しんしやうののびはいくら
 でもだいじない
 ずいふんせいだし
 給へし


【右丁上】
人のかほかたちおなじから
ざるはその心の同じからざる
がごとく美人(ひじん)の心うつくし
きにあらずあく女の心みに
くきにあらずみのうちのぜん
あくはかゞみにうつしてもみ
ゆることあり心のぜんあくは
てらしみるべきかゞみなし
こゝにのべるたる五たいのぜん
あぐはしばらく心を
からだにかりてかたちと
心のおなじからざる
おもむきをしるし
たりたゞかほかた
ちのうつくしき
をもとめず心の
うつくしからん
ことを思ひ給へと
多きにおせわな
教訓(きやうくん)先生(せんせい)のなが
ものがたりにはる
のみじか夜ふけ
やすく四つの
かねがごゥん〳〵
【右丁下】
〽くさぞうしのさくも
 ゑくみがよければ
 かき入れがおもしろ
 くなしかきものが
 よくできればゑくみが
 わるいこれもかたちと心の
 そろわぬどうりじや
△化競(ばけくらべ)丑満(うしみつの)鏡(かね)
  と申す本
  出扳仕候是は
  ばけものゝ
  せかいを上るり
  本のように
  おかしくつゞ
  りなし候
  よみ本に
  御座候
 御もとめ
  ごらん
   に被下候
〽れいのとをり
 めでたし〳〵
【左丁】
山東(さんとう)一風(いつふう)煙管簿(きせるのひながた)  曲亭翁
           一枚摺
 どんなたばこきらひでも忽
 一ふくのみたくなる儀
  れ草のうさをわするゝ妙作也

養生録

KEIO-00671
書名 養生録
       1/3冊
所蔵者 慶応大学メディアセンター
(備考)
管理番号 70100598951
撮影   株式会社カロワークス
撮影年月 平成28年2月
  慶応大学メディアセンター


【本資料は本文の一部に乱丁が生じており、丁数と画像コマ数の対応を以下の通り記す。一丁~十八丁:画像13~55/十九丁~二十二丁:画像65~69/二十三丁~三十二丁:画像55~65/三十三丁~五十四丁:画像69~127】

【題箋】養生録   上中下

【管理ラベル y13】

【題箋】養生録  巻上

南皋浅井先生著
養生録 全三冊
   観宜堂蔵梓

養生録叙 【印=二行八文字】
孜々汲々惟名利是務者
古人之所警也予雖孜々
世営汲々治病其心未甞

慕名利焉夫大器也者
治天下尚無為何用孜々
汲々為成蓋碌々世路逼
々小轍跂行蟻蛭飛搶
桑楡之徒皆其器小而
其盛多其量狭而其
任過故致斯孜々汲々
耳是猶寸瓢不能盛

斗水細流不能納巨
川之類乎是以予欲勿
言然平生或有問養
生之道を或有問鍼
灸服薬之所宜者或有
問湯浴之法を或有問択
醤之要者或有問禁
忌餌食之法者病客

蝟集之際不遑詳答
今以鄙俚之俗語而述
為養生録一編以塞其
責是亦省孜々汲々之
一事耳覧者採其実
用而勿笑其浅近

文化壬申春三月

典薬寮医員
 長門守和気惟亨誌
   【落款 惟亨之印 南皋】

【左丁】
世に老ず死なずの人
有などいふめるはすぢ
なき空言ぞかし只
あまきをたしまず

にがきをうましと
したらむにはおのつから
身の病もすくなかる
べきにこそこはから国
のむかし 孝武と
まをせし帝のわかく
みさかりにおはしませし
程に方士などいへる

ものにはかられ給
ひて蓬が島のくすり
もとめなどうきたる
事共をさま〳〵せさせ
給ひしはて〳〵は世の乱
とさへ成にし事を
御年老給ひし後には
くいの八千度くいおもほし

つゝ深くなげき給ひし
とかやこたび浅井の
うしの養生録と
いへるふみの端に一言
添よとこひ給ふに此故
事を思ひ出しまゝ
なか〳〵におのが拙きを
物したらむよりはと

てやがて彼帝の大
御言にゆずりまゐらせて
やみぬるになむ
      賀茂季鷹

【左丁】
養生録巻之上
  目録
 養生篇 《割書:斉家修身原論|》
 鍼治篇 《割書:併按摩弁 刺絡弁|》
養生録巻之中
 灸治篇 《割書:選艾弁 敷灸弁|》

 湯治篇 《割書:温泉薬湯弁|》
 服薬篇 《割書:併択医弁 異療弁|》 
養生録巻之下
 飲食篇 《割書:食物宜忌 餌食弁|》

【左丁】
 養生録巻之上
   養生篇
一/養生(やうじやう)の主(しゆ)とする所は先 心気(しんき)を安(やす)らかに平(たいら)かに
 するを第(だい)一とする也 素問(そもん) ̄ニ曰 ̄ク恬胆虚無真気従(てんたんきよぶなれはしんきしたがふ)_レ之(これに)
 精神内守病何来(せいしんうちにまもらはいづくよりきたらん)と云は誠に養生家の金言(きんげん)なり
 先 恬胆(てんたん)とは心中(しんちう)曇(くもり)なふして天地(てんち)自然(しせん)の道(みち)に従(したがふ)
 てすこしも私意(しゐ)を加(くは)へすして楽(たのしみ)あることなり
 虚(きよ)無とは心中一 点(てん)の邪念(じやねん)なく朗(ほがらか)なるを云なり
 凡人として邪智(じやち)を用す正直(しやうぢき)に行(おこのふ)ときは心中(しんちう)煩(わづらひ)
 なく心中煩なきときは天真(てんしん)の元気(げんき)存(そん)して内に

 全(まつたき)を真気(しんき)従(したかふ)_レ之(これに)と云かく元気(げんき)充足(みちたる)ときは精気(せいき)神
 気の二つの守(まも)り甚 堅固(けんご)也(なり)かく堅固に守るとき
 はたとひいかなる邪気(じやき)襲(おそふ)ともすこしも侵入(おかしいる)
 事あるへからす本邪気の人に舎(やと)ると云は気の
 おとろへたる所あるより入るなり少しも衰(おとろ)へ
 たる所なけれは其入へき門戸なしたとへは狐(きつね)
 狸(たぬき)の人をばかすと云も人の気 十分(じうぶん)に充たると
 きは決(けつ)而 犯(おか)す事あたはすとしるへし心中(しんちう)虚無(きよぶ)
 にして精神(せいしん)充たるときは仙境(せんきやう)に近(ちか)しといふべ
 し
一 養生(やうじやう)は天地(てんち)自然(しぜん)の道(みち)に背(そむ)かさるを本(もと)とす道に
 背かさるときは身 修(おさま)る身修るときは心 静(しづか)なり
 心静なるときは斎(とゝのへ)_レ家(いへを) 治(おさむる)_レ国(くにを)の業(わざ)も皆養生を主と
 して得へき事也何程 時宜(しぎ)にあひ権勢(けんせい)を得たり
 とも養生せすして心気(しんき)せまり命数(めいすう)をちゝむる
 ときは於(おいて)_レ我(われに) 如(ことし)_二浮雲(うかべるくもの)_一とある聖語(せいご)にひとしく無益(むやく)
 にしていたつら事なり
一 身体(しんたい)髪(はつ)膚(ふ)敢毀傷(あへてそこなひやぶら)ざるを孝(かう)の始(はじめ)なりとす然ると
 きは聖人も先我身を大切(たいせつ)に養生するを至徳(しとく)要(やう)
 道(どう)の本とし玉ふ事/経文(けいぶん)に明かなり然れは養生

 の外に求(もとむ)る道なく修(おさむる)_レ道(みちを)の外に養生なしと思ふ
 べし是(これ)我(わか)人に養生(ようじやう)を勧(すゝ)むるの根本(こんほん)なり
一 父母(ふぼ)唯(たゞ)其(その)疾之憂(やまひをうれふ)と論語(ろんご)にも説(とき)給へりしかれは
 己(をのれ)か身(み)の養生して長生(ちやうせい)するは是第一の孝行(かう〳〵)也
 己か行跡(ぎやうせき)の慎(つゝし)み悪敷(あしき)よりして思ひ寄(よら)ざる辱(はつかし)め
 を人に受て争論(そうろん)の事なと出来(いでき)てそれにて大に
 苦労して病(やまひ)を生する輩(ともから)少(すく)なからす或(あるひ)は一朝(いつちやう)の
 怒(いかり)りに其身(そのみ)を忘(わす)れて打撲(うちみ)なとして病を生する
 事あり或は飲食(いんしよく)節(せつ)をうしなひ起居(ききよ)時(とき)ならすし
 て縦飲(ぢういん)に夜(よ)を明(あか)し飽肉(ぼうにく)に日を送(おく)りなとして病
 を生する事あり或は青楼(ちやや)花街(くるわ)に身を委(ゆたね)湿毒(しつどく)を
 うけて不治(なをらざる)の難病(なんびやう)となる事あり是皆 孝行(かう〳〵)に背
 き遂(つゐ)に生(うま)れつかさる廃人(かたわ)となる輩(ともから)あり是 等(ら)は
 父母(ふぼ)存生(ぞんじやう)の内ならは大に憂(うれい)とする所なり聖門
 の人に養生を教(おしゆ)ること大なる哉 深切(しんせつ)なる哉
一 道(みち)は迩(ちかき)にありて遠(とふき)に求(もと)むと聖語(せいご)にも述(のべ)給ふ実(まこと)
 なるかな我身(わがみ)を養生して大切(たいせつ)に守るよりちか
 き事あるべからす然るを麁略(そりやく)に取扱(とりあつかひ)して外の
 道(みち)を求るは譬(たとへ)ば正直(まつすぐ)なるちか道をすてゝ曲(まが)りたる
 廻(まは)り道を求(もとめ)て道を行かことし

一 聖人(せいじん)の教へは尽(こと〳〵)く養生にあらすと云事なし孝(かう)
 悌忠信(ていちうしん)を以て心をやしなひ礼学謝御(れいがくしやぎよ)を以て体(たい)
 を養(やしの)ふ其教へは所々あれともいつれ皆養生の
 道具(どうぐ)なりとしるへし親(おや)に孝(かう)を尽(つく)し己(おのれ)より長た
 る人に悌(てい)を尽(つくす)す事 只(たゞ)己かこゝろ一ぱいに実義(じつぎ)
 を以て仕(つかふ)るを肝要(かんやう)とす常(つね)に父母の命あるとき
 は何事も唯諾(いだく)して背かす柔和(にうわ)に交てつとむる
 か平生の孝悌(かうてい)なり君(きみ)に忠義(ちうぎ)を尽すも王公大人(おうこうたいじん)
 にありては義にあたるとあたらさるとの差別(さべつ)
 ありてむつかしき事なりされとも平生の士(し)庶(しよ)
 人にありては心やすき事なり唯(たゞ)何事(なにごと)の命(おゝせ)にも
 背かす争(あらそ)はすして能(よく)つかふるときは別義(べつき)ある
 べからす扨(さて)其 孝悌忠信(かうていちうしん)といふものも実意(じつい)なく
 ては但 虚飾(かざりもの)となる故(ゆへ)に信(しん)にあらされは用なし
 故に信の一字 孝悌忠信(かうていちうしん)の本となるとしるべし
 かく心得るときは心 労(ろう)せすして自然(しぜん)の楽(たの)しみ
 あるべし礼楽謝御(れいがくしやぎよ)は人に交(ましは)り身を修(おさむ)るの芸道(げいどう)
 なり礼に習(ならふ)ときは起居みたりならすして身体(しんたい)
 動き胃気(ゐのき)めくる飲食(いんしよく)和(くは)して身に益(ゑき)あり楽(がく)は民(かる)
 間(きもの)にありてはうたひ乱舞(らんぶ)の類を楽と心得てよ

 し此/等(ら)の芸は淫声(いんせい)なくして人(じん)心を和し上下の
 交りあつくしてよき遊芸(ゆうげい)なり射は進退 度(ど)あり
 て能(よく)気血(きけつ)を通暢(つうちやう)し争はすして君子(くんし)のこゝろに
 似たり御(ぎよ)は馬(むま)にのる事なり是は身体を堅むる
 によき事なりいつれ射御(しやぎよ)の二つは弓馬(きうば)とて武(ぶ)
 家(け)なとにては申まてもなく男子(なんし)たるものたし
 なみ置(おく)へき技芸(ぎげい)なり然(しかれ)ども是らは肆中(しちう)の工商(こうしやう)
 の輩は学(まな)はすとも可(か)なり其かはりに己(おの)かさま
 〳〵の家業(かげう)ありて体(たい)をかため身をやしなふの
 いとなみは射御(しやぎよ)にもまさる身の堅めともなり
 楽しみともなる事あるなりかくの如く聖教(せいけう)は
 こと〳〵く天地(てんち)の大徳(たいとく)の命(めい)を養ふの道具(どうく)とみ
 るときは養生(やうしやう)の道は大(おゝひ)なりとしるへし
一 養生(やうしやう)の道(みち)は自然(しせん)の気に順(したが)ふべしとは春(はる)は発生(はつせい)
 の気にしたかひて朝(あさ)とく起出(おきいで)て烟霞(ゑんか)にめて山(さん)
 野(や)を望(のぞ)みて気(き)を寛(ゆるやか)にする也或は家園(かゑん)にいでゝ
 逍遥(せうよう)し草木(くさき)の芽立(めたち)を育(そだ)つるやうにして何事を
 するにも陽気(やうき)のしまらぬやうに心得て寛(ゆるやか)にす
 へし夏(なつ)は陽気 甚(はなはた)盛(さか)んなれは朝(あさ)は随分(ずいぶん)はやく起(おき)
 出て庭際(ていさひ)に水(みづ)をそゝき暑(しよ)気を避(さけ)て内を専(もつは)らや

 しなひて陽気(やうき)を折(くじ)かぬやうにいたし冷物(れいふつ)を食(くら)
 はすして脾胃(ひい)の気を順らし腹内(ふくなひ)を損(そん)ぜぬやう
 に心得べし秋(あき)は初(はじ)めの程(ほど)は陽気 収(おさ)まらんとす
 る勢(いきほ)ひにて湿熱(しつねつ)の気 甚(はなはだ)しく別(べつ)して堪(たへ)かたし故
 に世上(せぜう)に病(やまひ)盛(さか)んに行(おこなは)るゝ時なり謹(つゝし)んて保養に
 心を用ひみたりに生(なま)なるもの冷(ひへ)たるものを食はす涼風を
 取過(とりすこ)さぬやうにすへし梧桐(きり)の一 葉(は)落初てより
 少し冷気を催し天地(てんち)収斂(しうれん)の時節になれは専ら
 心気(しんき)をはせつかはぬやうにして肺気(はいき)を収(おさ)めす
 べて逆上(ぎやくじやう)すへき所作(しよさ)をせぬ心得にすへし冬(ふゆ)は
 万物(ばんぶつ)伏蔵(ふくそう)の時節(じせつ)なれは別して風寒をさけ蟄伏(ちつふく)
 するの心得にして漫(みだ)りに陽気(やうき)を動(うごか)す事なかれ
 あまり暖(だん)をとり過て火炉(こたつ)にあたり汗(あせ)なとする
 事大に忌べき事なり尤 腎気(じんき)を動す事冬月はふ
 かく禁すへし夜中火炉に寐(ね)る事は大に気(き)を内
 消して害あり上部に病ある人は盲聾(めくらつんぼ)に至る事
 もあり大に恐るへし老人(ろうじん)なと陽気(やうき)乏(とぼ)しくして
 冷(ひへ)にたへかね熟寐(ねいる)事なりかたきやうならは別
 に火桶(ひおけ)の類に少(すこし)火(ひ)を設けて脚(あし)の辺に置へし是
 は害なし若きものは寐る前にしはらく火炉(こたつ)に

 あたりて早々臥すべし火桶(ひおけ)を用ゆるもあしゝ
 かくのごとく四時(しいじ)に従ふて養生(やうじやう)するときは自(し)
 然(ぜん)の示しみあり是を生楽(せいらく)と云心気を労動(ろうどう)せす
 して長生(ちやうせい)するの術(じゆつ)なり
一養生は寡欲(くはよく)にしくはなし寡欲(くはよく)とは諸事の望(のぞみ)を
 すくなふして何事も天に任(まか)せてしゐて求めさ
 るなり己か及はぬ事を望むときは心気いたつ
 らに労(ろう)して其 功(こう)なし鵜(う)の真似(まね)をする烏(からす)と云に
 同し鵜(う)も烏(からす)も黒(くろ)き物なれとも水に入りて功(かう)を
 なす事あたはす故に鵜(う)は鵜(う)烏(からす)は烏(からす)の本分を守
 りて居さへすれは無難なり人も銘々(めい〳〵)才智(さいち)ある
 者もあり力量(りきりやう)あるものもあり各々己か才の長(ちやう)
 短(たん)にしたがい己か分限(ぶんげん)の軽重(けいぢう)をはかりて其余
 は天命(てんめい)に打任(うちまか)せて寡欲にして正路(しやうろ)に家業(かげう)を出(しゆつ)
 精(せい)するときは少しも天と人とに愧(はづ)る事なく愁
 へ苦しむ事なしやす〳〵と生を全(まつと)ふするの良
 術を得るなり
一当時太平の御代久しく打続き人皆 堯舜(けうしゆん)の化(くわ)に
 浴(よく)するかことくなるへきに今時の人は人欲の
 甚しきよりして古への敦朴(しゆんぼく)の風俗次第にうす

 くなり驕奢(おごり)のわさのみ盛(さか)んなるより朝夕物に
 飽足(あきたる)事なし不足々々と思ふこゝろ積欝(せきうつ)して多
 病を生するの源(みなも)となる近比世俗に癇症(かんしやう)といふ
 もの流行(りうこう)せり尤 昔(むかし)の癇(かん)と云には相違(そうゐ)したれ共
 俗に就て論するときは此 症(しやう)前(まへ)に論する人欲の
 甚しきよりして日々(にち〳〵)夜々(や〳〵)名(な)を争(あらそ)ひ利にわしり
 てひたもの己(おのれ)か分限(ぶんげん)に応(おう)せさる工夫(くふう)のみなし
 て無理(むり)計なる望(のぞみ)を生し実々吾一心より此病を
 なすそかし此 症(しやう)陰(いん)に発(はつ)するときは先物事次第
 にくどく丁寧(ていねい)になり潔癖(けつへき)とてきれいすきをき
 ひしく致し何事にもふかく恐れ小間に閉(とぢ)こも
 りて人に逢(おう)事をだにいとひあるひは落涙(らくるい)して
 折々 悲(かな)しみなきさしてもなき事をくりかへし
 〳〵あんし思ふ事やます陽に発する時は度々
 怒(いか)り人とあらそひ次第(しだい)に手あらくなり遂(つゐ)に狂(きやう)
 乱(らん)するにいたる事あり是 皆(みな)養生の心得あしき
 よりして如(ごとく)_レ此(かくの)なるに至(いた)る事あり彼いわゆる天
 然自然の楽(たのしみ)をなし寡欲(くわよく)にして身を動(うご)かし正直(まつすぐ)
 にして家業(かぎやう)をなすときは是等の病をなすの所(ゆ)
 由(へん)なかるべし

一前叚の病を生せさるやうにせんとならは先 平(へい)
 生(ぜい)の倹約(けんやく)を主とし奢侈(おごり)を禁するより外なし倹(けん)
 約(やく)質素(しつそ)を守るときは費用(ついへ)少(すく)なくして心の愁(うれ)へ
 なし朝夕 堅固(けんご)に勤(つとめ) 行(おこな)ふときは身体(しんたい)運動(うんどう)して胃
 気能 順(めぐ)る奢侈(おごり)を制して家業(かぎやう)を励(はげ)むときは家内
 のしまり自らよくして家冨み財用たるかく心
 得て身を保つときは憂(うれひ)へ恐るゝ事なく病の生
 する由もなかるへし
一 飲食(いんしよく)節(せつ)を失なはす起居身に適(かな)ふへき事深く心
 得へし飲食(いんしよく)は腹一ぱいに充満(ぢうまん)すること大に忌
 へし飽(あ)く時は脾胃(ひい)の陽気を塞(ふさ)ぎ眠(ねふり)を生ず多肉(たにく)
 なる事なかれ惣して肉類を食用(しよくよう)する事一日に
 一度に限るべし肉類を重食(ぢうしよく)するときは脾胃(ひい)に
 脂(あぶら)の毒(どく)残(のこ)りて運用(うんよう)の気(き)を妨(さまた)け胃火を動(うご)かして
 種々(しゆ〴〵)の毒種(どくしゆ)を生ずるの基となるべしいかなる
 厚味(かうみ)といへどもすこしく食ふときは害なし夜分
 臨(ねる)_レ臥(まへ)に食する事忌べし滞(とゞこ)りやすく其外食物の
 好悪(よきあき)は飲食篇に委し起居(ききよ)とは久座久立久歩久
 臥皆忌べし何にても吾 根気(こんき)叶(かな)はざる遠(とふ)みち
 を致したり久坐をいたしたり大に骨折をいた

 したりする事宜しからす起臥(おきふし)するには夜は亥
 の下刻に臥すか相応(そうをう)の事なり深更(しんかう)にいたる迄(まて)
 臥ざるときは心気を損し陰気(いんき)を傷(やぶ)るされは万
 葉集にも亥の時に鐘(かね)の音するをねよとの鐘(かね)と
 読(よめ)り然るときは古へも大体同し様成 寐(ねる)時と見
 へたり朝(あさ)は明(あけ)六ツ時に起(おき)て事(こと)に蒞(のぞむ)【莅=くずし字用例辞典見出し字JIS2、蒞=JIS3】べし少(すこ)しも
 遅刻(ちこく)すべからず元来(くわんらい)天の陽気(ようき)は子の刻に始り
 地の陽気は丑(うし)の刻(こく)に始り人の陽気は寅(とら)の刻(こく)に
 始るものなれば壮年の者は寅の刻に起出(おきいて)て勤(つと)
 むべき事なりすべてつとめは夙(つと)にあることゝ
 見へて古き和書の中に早朝(そうてう)と書てつとめてと
 訓(よみて)してあり若 朝遅(あさおそ)く起(おき)る時は陽気(ようき)を塞(ふさ)き心肺(しんはい)
 の気を欝(うつ)せしむ且一日の謀(はかりこと)は朝(あさ)にありと古人
 もいへは朝遅(あさおそ)きときは終日(しうじつ)物事 都合(つがう)あしく身
 の慎みにはつれ養生に背く扨(さて)起居動作(ききよどうさ)節にあ
 たると云事あり動作(どうさ)とは己か所作(しよさ)の事なり各
 々其 職(しよく)ありといへとも唯(たゞ)無理(むり)にいたつらに根(こん)
 気(き)を費(ついや)しては詮(せん)なき事なり兎角(とかく)銘々(めい〳〵)所業(しよぎやう)を大(たい)
 切(せつ)に勤(つと)めて其外はすいふん事すくなになるや
 うになすへし外事に心をはせ繁雑(はんざつ)なるときは

 無益(むやく)の動作(どうさ)多くして修_レ身養生の主意に違(たがふ)へし
一近来 黴(しつ)瘡毒(どく)の病 流行(りうこう)して年 若(わか)き者は感(かん)せさる
 人なく此 病(やまひ)療治(りやうじ)を疎(おろそ)かにするときは遂(つい)には生(うま)
 れ付ざる廃人(かたわ)となり或は目(め)耳(みゝ)を損(そん)し顔容(かたち)も頽(くづれ)
 て人に交(まじは)りかたく見苦(みぐる)しき姿(すかた)となる者 数多(あまた)あ
 り此病(やまひ)を煩(わつら)ひて身体(しんたい)髪膚(はつふ)を損(そん)すれは不孝(ふかう)の第
 一となる始(はしめ)より養生を主として身を慎(つゝし)み飲食(いんしよく)
 を節(せつ)にし淫婦(いんふ)に交らす花街(ちやや)に身をゆたねす大(たい)
 切(せつ)に身(み)を持(もち)寒暖(かんだん)の身に叶(かの)ふやうにして朝(あさ)は早(はや)
 く起(おき)て陽気を塞(ふさ)かす夜は亥の下刻に臥して陰(いん)
 気(き)を閉(と)ち昼(ひる)の内(うち)は天気に順(したが)ふて 己(おのれ)か所業(しよぎやう)を専
 一につとめ上を犯(おか)さす下を憐(あわれ)みすこしも私心
 を用ひす正直(まつすく)正路(しやうろ)に出精(しゆつせい)して身持(みもち)堅固(けんご)なると
 きは此病を生するの因縁(いんねん)なくたとひ父母(ちゝはゝ)より
 伝(つた)ふる遺毒(たいどく)ありともかく堅固(けんご)に身を養へは少
 しの病きさしても至(いたつ)て軽(かろ)し故にこの病の生(しやう)ぜさ
 るやうに養生(ようじやう)を主とするときは則(すなはち)聖人(せいじん)の道に
 叶(かな)ひ且(かつ)は公儀(こうぎ)の法度(はつと)に背(そむ)かす家(いへ)富(と)みて乏(とぼ)しか
 らすかく心得れは養生の道は則 天理(てんり)の公(おゝやけ)にし
 て修(おさめ)_レ身(みを)斉(とゝのへ)_レ家(いへを)治(おさむる)_レ国(くにを)の道も皆(みな)別物(へつもの)にあらす

【虫損部は筑波大学附属図書館所蔵本を参照 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100271648/viewer/24】

一 禅家(ぜんか)に座禅(ざぜん)する事も必竟(ひつきやう)養生家 煉臍(れんさい)の術(じゆつ)にし
 て気を丹田(たんでん)に納(おさ)むるときは物に驚(おどろ)かすさわか
 す事々物々に応(おう)して用をなすの術(じゆつ)なり道家(どうか)の
 玄味(げんみ)の理も是(これ)外(ほか)の事あるべからす仏家に養生の
 本体を無量(むりやう)寿仏(じゆぶつ)と称し医家(いか)に上古(せうこ)の真人(しんしん)と称(しやう)
 する事 皆(みな)同物(おなじもの)にて養生の本体(ほんたい)を尊(たつと)んて号(ごう)する
 なり此本体を腹中(ふくちう)に安置(あんち)して事に蒞(のぞ)むときは
 たとひ敵軍(てきぐん)数万騎にて押寄(おしよせ)せたりとも少しも
 ひるむ事なく大火に入りても焼ず大水に入り
 ても溺(おぼ)れすいかなる災厄(わさわひ)にあふとも心(こゝろ)を動(うごか)す事
 なく常々安らかに平らかに無物(むぶつ)世界(せかい)になりた
 る所を仏家に金剛(こんかう)不壊身(ふゑしん)と云て尊(たつと)む是則養生
 全徳(ぜんとく)の人と仰れ尊むへし

    鍼治篇《割書:併按術 刺絡》  
一凡 病(やまひ)を療(りやう)するの三法は鍼 灸(きう)薬(やく)の三ツの物 鼎足(ていそく)の
 ことくにして其一をかくへからす中んつく古(いにしへ)は
 鍼術(しんしゆつ)隆(さかん)にして内難(だいなん)の二経に鍼術を説(とく)もの十に
 七八あり吾朝に於ても古へ典薬寮(てんやくりやう)には鍼科(しんくわ)を
 先とす鍼科に博士(はかせ)を置事(おくこと)は今の世にいたりても
 たへす是 吾邦(わかくに)古(いにしへ)を篤(あつく)尊(たつと)ふの致す所ともすへし
 誠(まこと)や医として鍼術(しんじゆつ)に精(くわ)しからされは心術(しんじゆつ)を煉(ねる)
 事あたはす吾邦丹波家の伝(つと)ふる所 医心方(いしんほう)と云

 書の旨は己か心を医すると云事なり凡 医(い)とし
 ては先心の中に病なくして少しの曇(くもり)りもなく
 明に虚霊(きよれい)不昧(ふまひ)ならされは病を診(しん)することあた
 はす故に先 鍼術(しんじゆつ)に於て修心(しゆうしん)の術(じゆつ)を求るを先務(せんむ)
 とす
一凡人を療(りやう)するに鍼(はり)に宜(よろ)しき病あり灸(きう)に宜しき
 病あり服薬(ふくやく)に宜しき病ありまた三法 兼行(かねおこなは)され
 は治(ぢ)しかたき病あり医もまた尽(こと〳〵)く其術を兼行
 ふときは却て粗術(そじゆつ)にもなるへき理ゆへに各 専(せん)
 科(くわ)を立て行ふなり然れとも医たる者 尽(こと〳〵)く其道
 理は究(きわめ)め置すしては叶(かな)わぬ事なり病に臨(のぞ)んては
 其道の妙手をゑらんて用へきなり
一古へは鍼に補瀉(ほしや)迎随(けいずい)の法正しく備(そな)りてあれは
 鍼(はり)にて万病を治(ぢ)する事ありとみゆれとも後世(こうせ)
 にては其法 委(くわ)しからさるに似たり故に積聚(しやくじゆ)痃(けん)
 癖(へき)諸(もろ〳〵)の形(かたち)あるの諸病を瀉(しや)するには針(はり)に宜しく
 して補虚(ほきよ)内症(ないしやう)不 足(そく)よりをこる虚(きよ)病の類には先
 針にては功用(こうよう)うすかるへき歟
一 鍼(はり)するに古(いにし)へは九鍼(きうしん)とて九通(こゝのとふり)の法あり其法今
 にいたりてはこと〳〵く存(そん)せす其似(に)よりたる法

 は種々あり但 毫針(がうしん)を遣(つか)ふにももみ針あり管(くだ)針
 あり又 打針(うちはり)の法あり其外に出血(しゆつけつ)に於ては三稜(さんりやう)
 針韭(しんきう)葉針(やうしん)なとあり又 火鍼(くわしん)の法あり雷火(らいくわ)神鍼(しん〳〵)の
 術(ぢゆつ)あり是等は皆其家々にて其 伝(でん)あり何れも効(こう)
 ある術なれともこれを用る人の工拙(こうぜつ)にあるの
 み然るに惣(そう)して針術(しんじゆつ)は気性(きしやう)充実(ぢうぢつ)の人 剛強(こうきやう)にし
 て痛(いた)みにもこたへやすき人は効(こう)も立やすし只
 怯弱(きよじやく)にして何事もをそるゝ人はいさゝかの事
 にも大に恐れて其術施しかたし故に人により
 て用る事なしかたきものもあり素問(そもん)にいわく
 悪(にくむ)_二鍼(しん)石(せき)_一者 ̄ハ俱(とも) ̄ニ不(す)_レ可(へから)_レ言(いふ)_二至巧(こうぎやう)_一とあれは古(いにしへ)より至て恐
 るものは治術(ぢじゆつ)施しかたき人もありときこゆる
 なり至て恐るゝ人にしひて行ふときは内気 擾(じやう)
 乱(らん)してかへりて病を助る事もあれは能 勘考(かんかう)し
 て行ふへしみたりに行ふ事あるべからす
一凡医をして鍼治を施(ほどこ)さしめんと思ふ人は志意(しい)
 を平和にして気息(きそく)を定め大に怒(いか)る事なかれ大
 に酔(ゑふ)事なかれ大に労動(ろうどう)する事なかれ大に驚(おどろく)事
 なかれ大に飽食(ぼうしよく)する事なかれ房事(ぼうじ)を行ふこと
 なかれ如是針の前後 慎(つゝし)みて行ふべししからさ

 れは其効立がたし
一 鍼(はり)を行ふの前には是非(ぜひ)按腹(あんふく)をゆるりと行(おこな)はし
 むべし是 鍼科(しんくは)の者は大抵(たいてい)心得居る事なれとも
 按循(あんしゆん)して気血めぐらされは針しても効なし病
 をうつし其気を致事あたはす是大切の事也
一 毫針(ほそきはり)を受て針(はり)腹(ふく)中に入りて少しつゝいたみ腹中
 の積塊(しやくくわい)なとに能(よく)徹(てつ)して針先はくり〳〵と腹(ふく)中に
 ありて引ぱるやうに覚(おぼ)ゆるは決而(けつして)効(こう)ある針也
 またいかに妙(めう)手なりとて皮をきるをも覚へず
 針(はり)腹中に入りたるも病人はしらさるやうなる
 は功なしまた始より痛みて始終(しじう)たへかたきや
 うなるは下手(へた)にして病(やまひ)を動(うごか)し気(き)を損(そん)して悪(あく)と
 しるへし
一 腹(はら)は鍼(はり)の宜しき所 背(せなか)は灸の宜しき所と定(さだ)むる
 は中 世(せ)以来の通論(つうろん)なり尤 背部(はゐふ)には禁(きん)する所も
 多くあれは先は粗工(そこう)は恐れてせぬがよし腹部
 は忌(いむ)所も少なければ各別(かくべつ)害(かい)なかるべし妙手の
 試効(しかう)ある輩(ともがら)にいたりては其病に応(おう)する孔穴(こうけつ)を
 尋ねて腹背(ふくはい)の差別(さへつ)あるべからす
一針を用ゆる浅深(せんしん)の事 内経(だいきやう)以来 種々(しな〴〵)の説あり諸

 の針灸(しんきう)の書には此孔穴は三分或は五六分なと
 とありて一向に浅刺(あさくさす)なり今を以て見れは解(げ)を
 さる事なり予も少年の時針に心を用て見たり
 しに能 腹底(ふくてい)の積塊(しやくくわゐ)をときて陽気(やうき)を致すことは
 二寸以上も毫針(ごうしん)にて深(ふか)くせされは効を奏する
 ことあたわす浅(あさく)刺(さす)は只気を順(は)らすはかりの術(じゆつ)
 なり深き病を治する事あたはす故に毫針(ごうしん)の妙
 手は深く刺(さす)を尊ふべし
一鍼して出血(しゆつけつ)する事 至極(しごく)大病(たいびやう)を愈(いや)すこともあり
 て誠に良術(りやうじつ)と云べしさりなから人によりて相(そう)
 応(をう)すへき人には施して其効あるべし全体(せんたい)稟賦(むまれつき)
 多肉(たにく)にして面色(めんしよく)黯黒(あんこく)瘀血(おけつ)あるへき人 気性(きしやう)丈夫
 にしていかにも病(やまひ)に堪へき人なとには施(ほどこ)して
 利あるへし稟受(むまれつき)痩弱(そうじやく)にして面色(めんしよく)萎(い)白なる人に
 は相応(そうおう)しがたかるべし但し小児の丹毒(はやくさ)なと面
 色 俄(にわか)に朱(しゆ)をぬるかことくなりたる者或は一身
 むら〳〵と紅紫(あかむらさき)の班紋(はんもん)あらはれたることき者
 は頃刻(しはらく)の間に命(めい)を失ふ事あり急卒(きうそつ)に医をまね
 くといへとも入来の遅滞(ちたい)もあれは俗人といへ
 とも針か剃刀(かみそり)にても早速(さつそく)に毒色のある所の血

 を刺(さし)てとるべしすこしにても遅(おそ)きときは叶(かな)ふ
 べからす大人にては痧毒(しやどく)とて瘀血(おけつ)によりて種(しな)
 々(  〴〵)の異症(いしやう)を生する事あり是は医人の診察(しんさつ)あら
 されは弁(わきま)へかたけれとも俗中(ぞくちう)に早肩癖(はやけんへき)といふ
 症(しやう)あり是は丹毒(はやくさ)と同し様なる症にて肩(かた)さきへ
 紫黒(しこく)の瘀血(おけつ)寄(より)たるなり是又 過急(くわきう)に刺(さゝ)ざる時は
 命を失(うしな)ふにいたる是も医人の入来(しゆらい)遅(おそ)けれは卒(そつ)
 死(し)す故に俗人にても心得置急に肩先(かたさき)の毒色(とくしよく)を
 見て剃刀(かみそり)にてもさして瘀血(おけつ)をとるべし右(みさ)【ルビ「みぎ」の誤り】等(ら)の
 事は俗中(ぞくちう)にも心得居されはならぬ事なれは兼
 て三稜針(さんりやうしん)らんせいたの類はたくわへ置度品也
一近来何にても出血して万病(まんびやう)を治すると云 医流(いりう)
 あり俗人も是を頼(たの)んて効ある事あれは虚実(きよじつ)に
 拘(かゝは)らす何にても出血する事あり是大なる僻(ひ)か
 事なり其病に応(おう)せさる人はいたつらに真血(しんけつ)を
 奪(うば)ひて真気(しんき)を損(そん)するの費(ついへ)多し全体出血はせす
 とも済(すくふ)べき病ならは先はせぬかよし致し付た
 る人はいさゝかの事にても出血して終には癖(くせ)
 になりて止かたきものなり
一/導引(とういん)按蹻(あんきやう)の術(じゆつ)の事は古へより気を順らす最第(さいたい)

 一(いち)の良術なり故に内経にも導引按蹻は中央の
 国より出たる治術とて尊ふ所なりしかし近来
 医道の賤職(せんしよく)のやうになりて是を行ふもの其術
 を精(くわ)しく択(ゑら)はすいたつらに鹵莾(めつた)の一伎(いちぎ)となり
 たり医たる者たとひ其身に行すとも心掛て置
 へきの一伎なり是も其人の強弱(きやうじやく)によりて緩急(くわんきう)軽(けい)
 重(ぢう)の差別(しやべつ)して行ふへき者なり
一凡そ人身は陽気の生々(せい〴〵)するの理を尊(たつと)む故に運(うん)
 動(どう)止(やま)されは病生する事すくなし陽気いさゝかも
 滞(とゝこふ)るときは病生す古へ華陀(くわだ)か五禽の戯(たはむれ)と云も
 按摩(あんま)の一 術(じゆつ)にして陽気を順らす工夫なりまた
 張介賓(ちやうかいひん)か自身(じしん)按摩の法あり何れにも按術は一
 身所として手の行さる所もなく陽気を遍身(へんしん)に
 満(みた)しむるやうにして順らするを要とすへし
一 平日(へいじつ)働(はたら)きつよくして陽気(やうき)よく順る人は按摩(あんま)す
 るに及ばす無事(ぶじ)なるときに毎々 按術(あんじゆつ)をさせる
 時は後には癖(くせ)になり各別(かくべつ)に効もなくなるもの
 故に堪忍(かんにん)なるへき程(ほど)は用ぬもよきなり
一 按腹(あんぷく)の術上古の書には見へぬ事なれども中古
 以来 腹診(ふくしん)の法と按腹の術とは追々(おい〳〵)精(くわ)して其妙

 を得たる者また甚(はなはだ)多し腹診(ふくしん)の術は医(い)にありて
 かたるべし按腹の術は婦人(ふじん)小児なと薬餌(やくし)口に
 苦(にがく)して用かたき類は按腹にて妙効(めうかう)ある者多し
 しかし此 術(しゆつ)甚 工拙(こうせつ)あり生得(しやうとく)苦手(にがで)とて妙手ある
 ものあり手あらき按術(あんじゆつ)なと用ゆるは腹中の心(こゝろ)
 持(もち)あしくなり漫(みだ)りに陽気を擾動(じやうどう)して大に害あ
 り故につとめて其妙手を選(ゑら)んて用ゆべし
一 妊娠(にんしん)の婦人(ふじん)なとは運動(うんどう)せされは難産(なんざん)多し故に
 権門(けんもん)豪富(がうふ)の家には此道にくわしき専門(せんもん)の医師(いし)
 を頼(たの)みてかね〳〵按腹(あんふく)して胎気(たいき)を順らし置べ
 し胎気能めくれは難産(なんざん)の患(うれ)へ稀(まれ)なるものなり
 兎角(とかく)妊身(にんしん)の保養も大に擾動(しやうどう)して無理(むり)成 働(はたらき)をせ
 すして少しつゝ陽気(やうき)を順(めぐ)らすをよしとす

【裏表紙 文字なし】

KEIO-00671
書名 養生録
       2/3冊
所蔵者 慶応大学メディアセンター

管理番号 70100598960
撮影   株式会社カロワークス
撮影年月 平成28年2月
  慶応大学メディアセンター

【管理ラベル y13】

【題箋】養生録  巻中

【見開き 文字なし】

  養生録巻之中
     灸治篇
一凡そ人身は養生篇(やうじやうへん)に述(のぶ)るごとく平日 飲食(いんしい)起居(ききよ)
 を節(せつ)にして物欲(ぶつよく)に牽(ひか)れす深(ふか)く慎(つゝし)み健(すこやか)につとめ
 生涯(しやうがい)堅固(けんご)にして病(やまひ)なき時(とき)は何(なん)ぞ鍼灸薬(しんきうやく)の設(まう)け
 に及(およ)ばんや然れとも世上(せぜう)に真(まこと)の無病(むびやう)の人と云
 者(もの)稀(まれ)なる者なりたとひ其身(そのみ)に病(やまひ)を覚(おほ)へすとも
 固有(こゆう)の持病(ぢびやう)となりて表(おもて)にあらはれざる病(やまひ)ある
 者 多(おゝ)し故(ゆへ)に鍼灸薬(しんきうやく)の三法を備(そな)へて其 変(へん)を防(ふせ)ぐ
 のみ尤三法とも其(その)病(やまひ)の本(もと)を能(よく)見わけて施(ほどこ)すべ

 き事(こと)肝要(かんやう)也(なり)別而(へつして)灸は其 応(おう)すべき症を弁別(べんへつ)して
 行(おこなは)されは其(その)しるし少(すく)なきのみならず反(かへつ)て火毒(くはどく)
 内(うち)を攻(せめ)て其 害(かい)浅(あさ)からす是(これ)慎(つゝし)むへきの第(だい)一也
一 沈滞(ちんたい)廃痼(はいこ)の病(やまひ)は灸(きう)にあらされは効(こう)ある事(こと)なし
 元来(くわんらい)未生(むまれざる)以前(いぜん)より腹中(ふくちう)に胎毒(たいとく)をむすひ夫より
 積塊(しやくくわい)癥疝(ちやうせん)諸(もろ〳〵)の痼疾(こしつ)となり種々(しな〳〵)の症(しやう)をあらはす
 にいたる故(ゆへ)に灸(きう)する事も月日(つきひ)を重(かさ)ねて多灸(たきう)す
 るにあらずんは其 功(こう)を得(え)かたし故(ゆへ)に灸(きう)の字(じ)は
 久(ひさ)しき火(ひ)と書(かき)し字なり陽気(やうき)を順(めぐ)らし延年(ゑんねん)の術(じゆつ)
 を求(もとむ)るは灸(きう)にしくはなし故(ゆへ)に痼病(こびやう)にいたりて
 は何十万(なんぢうまん)と云 数(かず)を尽(つく)してすへざれば其効をとりがたし
一 灸(きう)して不(よろしから)_レ宜(ざる)病(やまひ)は湿熱(しつねつ)多(おゝ)き人 外邪(くわいじや)を受(うけ)て悪寒(をかん)つ
 よき人 婦人(ふじん)帯下(たいげ)の病(やまひ)によりて湿熱(しつねつ)上衝(しやうせう)し諸症(しよせう)
 をあらはす者 吐血(とけつ)下血(げけつ)の類 血分(けつぶん)の動(うこ)きたる諸(しよ)
 病(ひやう)婦人(ふじん)月経(くわつけい)の通(つう)する時節(じせつ)なとは惣して宜しか
 らす凡(およ)そ何(なに)病にても新(あら)らたに発(はつ)したる病(やまひ)には
 用(もちゆ)べからす急卒(きうそつ)に取つめたる病は内外(ないぐわい)虚実(きよしつ)に
 拘(かゝわ)らす大艾炷(だいがいちう)にて気の本に復(ふく)するまてすへて
 よし傷寒論(せうかんろん)に微数(びさく)の脈(みやく)慎(つゝしんで)不(きう)_レ可(すべか)_レ灸(らず)とあるも虚火(きよくわ) 
 の多(おゝ)き病人(びやうにん)にはつゝしめとの事也

一凡そ灸(きう)の前後(ぜんご)深(ふか)く慎(つゝし)むへし飽食(ぼうしよく)大酒(たいしゆ)争(あらそひ)闘(たゝかい)忿怒(いかり)
 労役(ろうえき)の類(るい)悉(こと〳〵)く忌(いむ)べし殊更(ことさら)房慾(ばうよく)はむかしより前(ぜん)
 三(さん)後(ご)七(しち)と云て前後(ぜんご)七日(なぬか)慎(つゝし)むへしといふ事(こと)俗説(そくせつ)
 なれども取(とり)用ゆべし凡(すべ)て気血(きけつ)を労動する事は
 忌(いむ)へしと思(おも)ふへきなり
一 灸(きう)するに大風(たいふう)大雨(たいう)地震(ぢしん)雷電(らいでん)日蝕(につしよく)の日(ひ)慎(つゝし)んてす
 べからす惣(そう)して曇(くもり)つよき日なども忌(いむ)へしむか
 しより運行(うんこう)日 本命(としび)の日 血(ち)忌(いみ)の日 人神(にんじん)のある所
 なと忌事(いむこと)あり是等(これら)一向(いつこう)に妄説(もうせつ)にして取(とる)にたら
 す決而(けつして)忌(いむ)に及(およ)ばす甚(はなはだ)しき者(もの)は卯(う)腹(はら)辰(たつ)腿(もゝ)寅(とら)背(せなか)未(ひつじ)
 の頭(かしら)猿(さる)の尾(を)抔(など)の俗説(ぞくせつ)あり是は画人(ぐわじん)の図(づ)しかた
 き所を云る言(ことは)にして論(ろん)なき空言(そらこと)なり皆(みな)是らは
 灸(きう)きらひの人(ひと)の何(なん)の角(か)のといひはしめたるな
 らん尤(もつとも)明堂灸経(めいどうきうきやう)なとに品々(しな〳〵)の忌日(いみび)をのせたれ
 ども皆(みな)偽書(ぎしよ)にして古(いにしへ)の義(ぎ)にあらす只(たゞ)天気よく
 曇(くもり)少(すく)なき日は人気(にんき)も朗(ほが)らかなれは一(ひと)しほ宜(よろ)し
 とす外(ほか)に禁忌(きんき)を撰(ゑらぶ)べからす愚按(ぐあん)するに灸(きう)は昼(ひる)
 九ッ時より後(のち)に灸(きう)する事 別而(べつして)よしとす早朝(そうてう)な
 とは人身(じんしん)の陰陽(いんやう)いまた定(さだ)まらす故(ゆへ)に先は忌(いむ)べ
 し昼前後(ひるぜんご)よりは人気(じんき)平均(へいきん)になる時(とき)故(ゆへ)に灸(きう)する

 によしとす然(しかれ)れとも日灸(ひぎう)なとする人はいつにて
 も苦(くる)しからす人により毎朝(まいてう)足(あし)部の灸(きう)なとする
 者(もの)あり是等(これら)は朝(あさ)にても宜(よろ)しかるへし然(しか)れとも
 急卒(きうそつ)の病 臨時(りんじ)の事(こと)にいたりては日月(じつげつ)陰晴(いんせい)のき
 らひなく何時(なんどき)にても灸(きう)すべし
一 俗説(ぞくせつ)に土用(どよう)寒中(かんちう)に灸(きう)を忌(いむ)と云(いふ)ことあり決而(けつして)用(もち)
 ゆべからすしかし暑寒(しよかん)ともに其(その)気(き)至(いたつ)てはげし
 き時は堪(たへ)がたきものゆへにかく恐(おそ)れたるもの
 なり愚(ぐ)按(あん)するに暑寒(しよかん)には病(やまひ)の動(うこ)くときなれは
 別(べつ)して灸(きう)して防(ふせ)くべき事(こと)なり又二月八月とも
 二日やいとゝいふてすへる人あり是も必竟(ひつきやう)春秋(しゆんしう)
 は其(その)気(き)はげしからす中分(ちうぶん)故(ゆへ)に時節(じせつ)宜(よろしき)にかなふ
 を以て云たるなるへしなるほと此比(このころ)は灸(きう)して
 心持(こゝろもち)も別(べつ)して宜(よろ)しき故(ゆへ)に先(まづ)二日にかきらす彼(ひ)
 岸(がん)時分(じぶん)はすべて宜(よろ)しかるへきなり
一凡 灸(きう)するには先(まづ)上(かみ)をさきにして下(しも)に及(およ)ふへし
 背(せなか)を先(さき)にして腹(はら)を後(のち)にすへし医学入門(いがくにうもん)【注】に春(はる)は
 東(ひがし)に座(ざ)して西(にし)に向(むか)ふ夏(なつ)は南(みなみ)に座(ざ)して北(きた)に向(むか)ふ
 秋は西(にし)に座(ざ)して東(ひがし)に向(むか)ふ冬(ふゆ)は北(きた)にざ(ざ)して南(みなみ)に
 向(むか)ふといへりしかし是等(これら)の説(せつ)は勝手(かつて)に従(したが)ひい

【医学入門:中国・明代の李梴の著。】

 か様(やう)にても苦(くる)しかるまし今(いま)の俗(ぞく)男(おとこ)は左(ひだり)より始(はじめ)
 女(をんな)は右(みぎ)より始(はじ)むと云此も時(とき)の宜(よろ)しきに従(したが)ふへ
 し又 女(おんな)は男(おとこ)に灸(きう)し男(おとこ)は女(おんな)に灸(きう)すへしと云 是(これ)も
 拘(かゝわ)るべからすしかし男女(なんによ)とも心 審諦(つまびらか)なる人に
 任(にん)してすへき事(こと)なり心(こゝろ)あらく麁忽(そこつ)なる人を頼(たの)
 むべからす灸(きう)後(ご)好(よき)墨(すみ)を濃(こ)くすりて点(てん)するとき
 は火毒(くわどく)を除(のぞく)と云 是(これ)は必(かなら)す従(したか)ふべし或(あるひ)は油(あふら)をぬ
 り或(あるひ)は唾(つば)をぬる人もあり是(これ)らも火毒(くわどく)のひりつ
 きをやむる物(もの)なりしかし好(よき)墨(すみ)を点(てん)するにはし
 かす又 俗(ぞく)中に灸(きう)後(ご)少(すこ)し酒(さけ)をのみ山(やま)を望(のぞ)むと云
 事(こと)あり是(これ)甚(はなはだ)良法(りやうほう)なり欝気(うつき)を散(さん)し陽気(やうき)を順(めぐ)らし
 てよし又 俗中(ぞくちう)に灸(きう)後(ご)に美食(びしよく)を貪(むさぼ)り繎飲(めつたのみ)なとす
 るを灸糧(きうりやう)と云 是(これ)は好(このま)さる事(こと)にして初(はじめ)に云こと
 く飽食(はうしよく)多飲(たいん)は深(ふかく)く禁(きん)すへき事(こと)なり
一 灸(きう)の多少(たせう)の事(こと)鍼灸(しんきう)の書(しよ)には三五壮(さんごそう)或は七八壮
 の説(せつ)あり千金方(せんきんほう)には病(やまひ)によりて百壮以上もす
 ゆへき論(ろん)あり今(いま)按(あん)するに平生(へいぜい)の養生(やうじやう)と軽病(けいびやう)の
 類(るい)は少(すこ)しく灸(きう)して気(き)を順らす事(こと)を宜(よろ)しとす大(たい)
 病(びやう)或は痼疾(こしつ)の類(るい)にて年月(としつき)を経たる病(やまひ)の類(るい)は数(す)
 万壮(まんそう)の灸(きう)にあらされば効(こう)をとる事(こと)かたし灸(きう)し

 終(おわ)りて其(その)あと少(すこ)しく痒(かゆ)みありて虫(むし)のはふか如(ごと)
 く覚(おぼ)ゆる事(こと)あるを火(ひ)を乞(こふ)といふて宜敷(よろしき)事なり
 是(これ)はふたゝひ灸(きう)してよし但(たゞ)し数多(かずおゝ)き程(ほど)をよし
 とす
一 労瘵膈噎(ろうかいかくいつ)の類 津液(うるほひ)不足(ふそく)して虚熱(きよねつ)つよき病人(ひやうにん)は
 日々(にち〳〵)数千(すせん)の灸(きう)を用(もち)ゆといへども其 儘(まゝ)乾(かわ)きて灸(きう)
 瘡(そう)の痂(あと)直様(すぐさま)落(おち)るものなり甚(はなはだ)しきはすへて居(い)る
 うちに早落(はやくおつ)るものなり決而(けつして)灸(きう)のいぼふと云事(いふこと)
 なく是等(これら)は数月(すけつ)を重(かさ)ねて何十万(なんぢうまん)といふほども
 灸(きう)すべし而(しかう)して灸瘡(きうそう)に少(すこ)しうるほひ出来(でき)てい
 ぼふやうになりたるときは大(おゝい)に佳兆(かてう)としるべ
 し又(また)灸(きう)するに最初(さいしよ)四五壮(しごそう)はあつく覚(おぼ)へてその
 後(のち)は何(なに)ほとすへてもあつからす但(たゞ)眠(ねぶり)を生(せう)して
 灸(きう)するを覚(おぼ)へざるものあり是(これ)らは熱(あつ)みを覚(おほ)ゆ
 る迄(まて)灸(きう)してよし又 灸(きう)すると忽(たちま)ちいぼひて膿血(のうけつ)
 流(なが)れ出(いで)て甚(はなはだ)難義(なんぎ)する輩(ともから)あり是(これ)は湿熱(しつねつ)の気(き)つよ
 く水気(すいき)ありてむせたるなり押而(おして)すへて宜(よろ)しき
 もあれども兎角(とかく)湿熱(しつねつ)ふるき症(しやう)には灸(きう)は不相応(ふそうをう)
 なる物(もの)なれは斟酌(しんしやく)してすゆべし
一 婦人(ふじん)は欝気(うつき)の病(やまひ)多(おゝ)けれは尚更(なをさら)解欝(けうつ)の灸法(きうほう)宜(よろ)し

 かるべし肩背(けんはい)の方(かた)度々(たび〳〵)灸(きう)して上部(じやうぶ)の陽気(やうき)をめ
 くらすもよし但(たゞ)し月経(ぐわつけい)の通(つう)する節(せつ)と又 妊娠(にんしん)五(ご)
 六(ろく)月の比(ころ)より後(のち)は忌(いむ)べし血中(けつちう)を動(うごか)して宜(よろ)しか
 らす惣(そう)して湿熱(しつねつ)帯下(たいげ)諸(もろ〳〵)の血分(けつぶん)の雑症(ざつしやう)をあらは
 す類(たぐひ)は宜(よろ)しからす
一 小児(せうに)初生(むまれたち)に灸(きう)する事(こと)先(まづ)は忌(いむ)べし俗中(ぞくちう)に臍帯(さいたい)落(おち)
 て後(のち)直(す)ぐに灸(きう)する人あり是(これ)をよしとする説(せつ)あ
 れとも愚(ぐ)は信(しん)ぜず其外(そのほか)二三 歳(さい)までの無智(むち)なる
 孩児(こども)に無理(むり)に灸(きう)する事(こと)大(おゝひ)に驚(おどろか)して宜(よろ)しからぬ
 事なり急卒(きうそつ)の病(やまひ)臨時(りんじ)の義(ぎ)は随分(ずいぶん)不苦(くるしからず)事なれ共(ども)
 大抵(たいてい)六七 歳(さい)斗(はか)りにいたりて能(よく)熱(あつ)きと云(いふ)訳(わけ)をし
 りたる小児(せうに)には用(もち)ひてよし然(しか)れとも無病(むびやう)の小(せう)
 児(に)には灸(きう)に及(およ)ばす疳(かん)の気味(きみ)にてもある小児(せうに)な
 どには随分(ずいぶん)其 症(しやう)に合(あい)たる灸(きう)してよししかし姑(こ)
 息(そく)の愛(あい)とてしばらくの情(じやう)をしのびかね泣(なき)を止(やめ)
 んとて数多(あまた)の灸糧(きうりやう)に餅(もち)まんぢう生菓(なまぐわし)の類をあ
 たへて愛(あい)に溺(おほ)るゝは宜(よろ)しからす
一 灸穴(きうけつ)に本経(ほんけい)の定(さだま)れる穴処(けつしよ)の分(ぶん)は諸(もろ〳〵)鍼灸(しんきう)の書(しよ)に
 委(くわ)しけれは医人(いじん)に頼(たの)みて点(てん)を乞(こふ)べし此外(このほか)に奇(き)
 兪(ゆ)とて古人(こじん)より伝(つたへ)たる穴処(けつしよ)も数多(あまた)あり且(かつ)昔(むかし)よ

 り本朝(ほんてう)に和気(わけ)丹波(たんば)両家(りやうけ)の伝(つと)ふる灸点(きうてん)なとは多(おゝ)
 く寸法(すんはう)を以(もつ)て点(てん)したる事(こと)も数多(あまた)あり華人(からびと)にも
 四花六穴(しくわろくけつ)のごとき寸法(すんほう)にて伝(つた)へたる事おゝし
 此法(このほう)簡便(かんべん)にして効験(しるし)もいちしるしきもの多(おゝ)け
 れは是等(これら)の法(ほう)をゑらひて先年(せんねん)予(わか)名家灸選(めいかきうせん)と云(いふ)
 書(しよ)をあらはせり効験(しるし)あるへき穴所(けつしよ)のみを勘考(かんかう)
 して選(ゑら)みたる書(しよ)なり医人(いじん)に問(とひ)明(あきら)めて用べし
一 艾(もぐさ)をゑらふ事(こと)大切(たいせつ)にすべし先(まづ)もぐさはもへ草(くさ)
 と云(いふ)和訓(わくん)にしていつれ人(ひと)に灸(きう)するには他草(たそう)の
 及(およ)ふ所(ところ)にあらす日本(につほん)にては江州(こうしう)伊吹山(いぶきやま)の産(さん)す
 る所(ところ)をとりてもみ抜(ぬき)といふて上品(じやうひん)とすしかし
 本草(ほんざう)には海艾(かいがい)を上品(じやうひん)とす日本(につほん)にては淡路艾(あわちもぐさ)と
 云(いふ)か海艾(かいがい)にして上品(じやうひん)なり去(さり)ながら製造(せいそう)委(くは)しか
 らす故(ゆへ)に先(まづ)伊吹の産(さん)を以て今(いま)は上品とすべし
 凡(およ)そ灸(きう)せんと欲(ほつ)する者(もの)は心(こゝろ)審諦(つまびらか)にして丁寧(ていねい)な
 る気質(きしつ)手先(てさき)のきやう成(なる)人(ひと)をゑらんてすへしむ
 るときは灸炷(きうちう)小麦(こむぎ)の大(おゝき)さなるひねり艾(もくさ)を用(もちひ)て
 よし又 常例(じやうれい)の人にすへさするには切艾(きりもぐさ)を用(もち)ゆ
 るは大小(だいせう)そろひて大(おゝひ)によし切艾(きりもぐさ)は自分(じぶん)作(つく)るを
 もつて大(おゝひ)によしとす是(これ)を作(つく)るは艾(もぐさ)をとりすこ

 し火(ひ)にてあぶりみの紙(かみ)にてころ〳〵細長(ほそなが)にまき
 一方(いつほう)はすじかひに切(きり)一方(いつほう)は正直(まつすぐ)にきりて置(おき)そ
 れより紙(かみ)をはらひ器物(うつわもの)に入置(いれおく)時(とき)はもゝけずこ
 れをとりて正直(まつすぐ)に切(きり)たる方(かた)を灸点(きうてん)にあて火(ひ)を
 付(つけ)るときは其痕(そのあと)大(おゝひ)にならすして正(たゞ)しくなりて
 よし此法(このほう)は熱(あつ)くともこたへよくして大(おゝひ)によし
 必(かならず)是(これ)を用(もち)ゆべし世(よ)に薬艾(くすりもぐさ)と云(いふ)て樟脳汁(しやうのうしる)硫黄(いわう)な
 とを入(いれ)て艾(もぐさ)を作(つく)りすへる人(ひと)あり是(これ)は宜(よろ)しから
 ず必(かならず)忌(いむ)べし
一 凡(およそ)一切(いつさい)の急卒(にわか)の病(やまひ)中寒(ちうかん)中暑(ちうしやう)霍乱(くわくらん)卒中風(そつちうふう)或(あるひ)は急(きう)
 腹痛(ふくつう)何(なに)にても人事(ひとこと)をかえり見ず急(きう)にとりつめ
 引付(ひきつけ)たるには医人(いじん)を招(まね)き遣(つかは)すとも急卒(にわか)には来(きた)
 らさる時(とき)は先(まづ)大艾炷(おゝもぐさ)を以(もつ)て臍中(ほそのなか)にすへてよく
 夫(それ)にても応(おう)ぜざる時(とき)は足(あし)のうらの土(つち)ふまず大(たい)
 指(し)次指(つぎのゆひ)の間(あいだ)を押而(おして)行(ゆき)あたる所(ところ)あり是(これ)を涌泉(ゆせん)の
 穴(けつ)といふ是(これ)に大艾炷(おゝもぐさ)にして灸(きう)してよし此法(このほう)大(たい)
 人(じん)小児(せうに)婦人(ふじん)をきらはず何病(なにびやう)にても急卒(にはか)病(やまひ)には
 用(もち)ひてよし扨(さて)中暑(ちうしやう)中寒(ちうかん)腹痛(ふくつう)下利(げり)の症(しやう)にして気(き)
 を失(うしな)はざる者(もの)は臍中(さいちう)の大灸(だいきう)熱(あつ)きにたへざる者(もの)
 は味噌(みそ)又(また)は塩(しほ)を臍(ほそ)の中(なか)にへつたりとつめて其(その)

 上(うへ)に数百(すひやく)の灸(きう)してよし大(おゝひ)に良法(りやうほう)なり
一 世上(せぜう)に灸代(きうだい)とて薬墨(くすりずみ)を点(てん)する者(もの)あり或(あるひ)は漆(うるし)を
 穴所(けつしよ)へさす者(もの)もあり点墨(てんぼく)の事(こと)は其家々(そのいへ〳〵)の伝法(でんほう)
 もありて苦(くる)しかるましきなり漆(うるし)をさす事(こと)は病(やまひ)
 を劫(おびやか)すの一術(いちじゆつ)にしてまゝ其効(そのこう)ある事(こと)ありとい
 へども又(また)其/害(かい)甚(はなはだ)しき事(こと)もあり予 先年(せんねん)より漆(うるし)を
 さしたる者(もの)其毒(そのどく)遂(つゐ)に内攻(ないこう)して遂(つゐ)に命(いのち)を失(うしな)ひた
 るもの両(りやう)三人も見たり故(ゆへ)に先(まづ)は好(このま)ざることゝ
 思(おも)へり
一 腫物(しゆもつ)類(るい)一切(いつさい)何(なに)にても膿(うま)ざる物(もの)も口(くち)のあかざる
 物(もの)も痛強(いたみつよ)き物(もの)も蒜(にんにく)をすりて厚紙(あつがみ)に敷(しき)其上(そのうへ)へ艾(もぐさ)
 を多(おゝ)くのせて灸(きう)するを蒜灸(にんにくやいと)といふ此法(このほう)膿(うま)ざる
 者(もの)は能(よく)膿(うま)し口(くち)の明(あく)べき物(もの)は速(すみやか)に口(くち)を明(あ)け痛(いたみ)つ
 よき物(もの)はよく痛(いたみ)をやむちらすべきものは速(すみやか)に
 ちらす凡(およそ)一切(いつさい)の腫物(しゆもつ)に此法(このほう)にしく物(もの)はなし
一 諸(もろ〳〵)の痛処(いたみどころ)一切(いつさい)無名(むめう)の腫物(しゆもつ)結毒(けつどく)の頭痛(づつう)或は肩背(かたせなか)
 の少(すこ)し腫(はれ)て痛(いた)む或は腹痛(ふくつう)脹満(ちやうまん)痔(ぢ)脱肛(たつこう)風毒(ふうどく)湿毒(しつどく)
 にて腰脚(こしあし)の痛(いたみ)甚(はなはだ)しきに石蒜(まんじゆさけ)の根(ね)わさびおろし
 にておろし厚紙(あつがみ)に敷(しき)其上へ艾(もくさ)を置(おき)灸(きう)すべし此(この)
 法(ほう)蘭人(らんじん)専(もつはら)試用(こゝろみもちひ)て奇効(きこう)を得るの妙法(めうほう)なり

     湯治篇
一 温泉(おんせん)の事(こと)は吾邦(わかくに)にては中華(もろこし)に始(はしまりし)よりも最初(さいしよ)よ
 りありし事(こと)と見ゆ神代(じんだい)にも大巳貴命(おゝあなむちのみこと)の一名(いちみやう)を
 清之湯山主八島篠(すかのゆやまぬしやしましの)と申奉(もうしたてまつ)りて温泉(おんせん)の効(こう)をしろ
 しめして領(りやう)じ給(たま)ふ事(こと)古(ふる)き考(かんがへ)にも見へたり全体(ぜんたい)
 唐(もろこし)の書(しよ)にも温泉(おんせん)の説(せつ)は詳(つまびらか)に説(とき)たる書(しよ)少なし時(じ)
 珍(ちん)か本草(ほんぞう)にも僅(わづか)に弁(べん)したるのみ明(みん)の揚慎(やうしん)か安(あん)
 寧(ねい)温泉(おんせん)の詩(し)の序(じよ)に十八ケ所(しよ)の温泉(おんせん)を挙て安寧(あんねい)
 の碧玉泉(へきぎよくせん)を勝(すぐ)れりと論(ろん)ぜり清の通志に温泉(おんせん)の
 ある所(ところ)百三十八ケ所(しよ)挙(あげ)たり然(しか)れども吾邦(わかくに)のご

 とく群浴(くんよく)して其効(そのこう)を得(う)る事を聞(きか)ず日本国中(につほんこくちう)に
 温泉(おんせん)の出(いず)る所(ところ)凡(およ)そ二百二三十 所(しよ)もあるなり中(もろ)
 華(こし)の大国(たいこく)に比(ひ)してははるかに多(おゝ)くして且(かつ)名湯(めいとう)
 も多(おゝ)けれは外国(くわいこく)の温泉(おんせん)よりは勝(すぐ)れたりとしる
 べし
一 凡(およ)そ温泉(おんせん)は金銀(きんぎん)の気(き)硫黄(いわう)明礬(めうばん)の気(き)によりてな
 ると云 説(せつ)あり華人(くわじん)の説(せつ)にも種々(しゆ〳〵)あれどども帰(き)一
 の論(ろん)なし愚(ぐ)按(あん)するに金銀硫黄明礬(きんぎんいわうめうばん)の類(るい)は万国(ばんこく)
 に勝(すく)れて日本(につほん)を上品(じやうひん)とする事 華人(くわじん)も論(ろん)せり自(し)
 然(ぜん)と名湯(めいゆ)も多(おゝ)くあるべきの理(り)ならん歟(か)近来(きんらい)稲(いな)
 若水翁(じやくすいをう)の説(せつ)に凡そ地中(ちちう)に水脈(すいみやく)と火脈(くはみやく)との二(ふた)す
 しありて其(その)地中(ちちう)伏火(ふくくわ)のあるすじと伏水(ふくすい)のすじ
 と行(ゆき)あひたる所(ところ)にあへばかならず温泉(おんせん)をなす
 といへり是(これ)甚(はなはだ)卓見(たくけん)なれども必(かなら)ず其所(そのところ)には硫黄(いわう)
 湯花(ゆのはな)の類(るい)を生(しやう)するなれはいつれ火脈(くわみやく)の醸成(かもしなし)し
 て此品(このしな)を生(しやう)ずるものと見へたり華人(からのひと)も倭 硫黄(いわう)
 とて吾邦(わかくに)の硫黄(いわう)をたつとむ事(こと)なれは温泉(おんせん)の勝(すく)
 れるも宜(むべ)なるかな
一 温泉(おんせん)の甚(はなはだ)しきものを熱泉(ねつせん)と云 日本(につほん)にては越中(えつちう)
 の立山(たてやま)加賀(かか)の白山(しらやま)なとにあるを地獄(ぢごく)といふ漢(から)

 名(な)を殺狗泉(さつくせん)と云て一向(いつかう)に極熱にして近(ちか)づくべ
 からさるものなり是皆(これみな)硫黄(いわう)峻烈(しゆんれつ)の勢(いきを)ひつよく
 して品々(しな〴〵)の猛火(めうくわ)をあらわし怪(あや)しき事(こと)もをゝき
 物(もの)ゆへに傅会(ふくわい)の説(せつ)を作(つく)りて民俗(ひと)を誑(たふら)す事(こと)をゝ
 し又(また)旺泉(わうせん)と云あり冬(ふゆ)は温(あたゝ)かに夏(なつ)は冷(れい)なる温泉(おんせん)
 なり又 冷熱泉(れいねつせん)といふあり同(おな)し湯坪(ゆつぼ)で冷熱(れいねつ)の分(わく)
 るを云なり是(これ)は潮脈(うしをすじ)のさしたるなり各(おの〳〵)浴(よく)して
 効(こう)なきにもあらねども好泉(こうせん)にはあらす
一 温泉(おんせん)所々(しよ〳〵)にありといへども先(まず)は但馬(たじま)の城崎(きのざき)の
 新湯(あらゆ)を最上至極(さいじやうしこく)天下第一(てんかたいいち)の名湯(めうとう)とす新湯(あらゆ)とは
 一の湯(ゆ)二の湯(ゆ)の事(こと)なり摂州(せつしう)有馬(ありま)作州(さくしう)の湯原(ゆはら)其(その)
 次(つぎ)なり紀州(きしう)の本宮(ほんぐう)同しく龍神(りうじん)上野(かうつけ)の草津(くさつ)加賀(かが)
 の山中(やまなか)相州(そうしう)の箱根(はこね)予州(よしう)の道後(とうご)などは皆(みな)同(おな)じ位(くらい)
 の湯(ゆ)なり飛騨(ひだ)の下呂(げろ)は瘡毒(そうどく)の病(やまひ)には甚(はなはだ)よしし
 かれども但馬(たじま)には及(およ)ばす摂州(せつしう)の多田(たゞ)は温泉(おんせん)に
 あらず冷泉(れいせん)を酌取(くみとり)て湯(ゆ)となし浴(よく)せしむ此湯(このゆ)性(せい)
 悪敷(あしく)して多(おゝ)くは瘡(かさ)をいやす勢州(せいしう)の薦野(こもの)も是(これ)と
 同しく皆(みな)半冷半温(はんれいはんうん)の泉(せん)にして甚 宜(よろ)しからす決(けつ)
 して浴(よく)すべからず城崎(きのさき)にても瘡湯(かさゆ)といふは大(おゝい)
 にあしく瘡(かさ)を愈(いや)すを以(もつ)て瘡毒(そうどく)内攻(ないかう)して終(つゐ)に復(ふく)

 し難(かた)きにいたる
一 温泉(おんせん)を試(こゝろ)むるに味(あぢ)少し鹹(しほはゆき)者あり淡(あわ)きもあり甘(あま)
 き物(もの)あり酸(す)き物(もの)あり渋(しぶ)きものあり苦(にか)き物(もの)あり
 其匂(そのにほ)ひに硫黄(いわう)の気(き)あるものあり泥気(どろけ)あるもの
 あり少しも臭気(しうき)なきもあり其色(そのいろ)は清白(せいはく)にして
 鏡(かゞみ)のことく底(そこ)まてすき通(とふ)るものあり濁(にこる)るもの
 あり黄赤色(きあかいろ)なるものあり先城崎の新湯(あらゆ)は少(すくな)し
 塩気(しほけ)ありて色 潔白(まつしろ)にしてすき通(とふ)り硫黄(いわう)のにほ
 ひ少(すこ)しくあり是(これ)をを最上(さいぜう)よしとす有馬の温泉(おんせん)
 は塩気(しほけ)あり過(すぎ)て苦(にが)きにいたる茶色(ちやいろ)にして布帛(ぬのきぬ)
 に染(そま)りて黄赤色(きあかいろ)になる是(これ)は鉄気(てつき)の化(くわ)する所(ところ)な
 らんか故(ゆへ)に其功(そのこう)も大(おヽい)に劣(おと)れり其(その)他 泥気(どろけ)あるも
 の或(あるひ)は異(こと)なる匂(にほ)ひあるものは論(ろん)するに及ばず
 皆其次(みなそのつき)なるべし
一 俗(ぞく)に温泉(おんせん)を飲事(のむこと)は甚悪(はなはだあし)しと云事あり左(さ)にあら
 ず此(これ)を飲(のみ)て腹中(ふくちう)煖(あたゝか)なるを覚(おぼ)へて瀉利(しやり)せさるも
 のをよしとす此(これ)を飲(のん)て腹中(ふくちう)冷(れい)を覚(おぼ)ゆるものは
 あしく箱根(はこね)の蘆湯(あしゆ)ごときもの城崎(きのさき)にても瘡(かさ)
 湯(ゆ)の類(るい)は皆(みな)金石(きんせき)の冷気(れいき)をかりてなるものなら
 ん故(ゆへ)に此(これ)を飲(のめ)は腹内(ふくない)冷(ひゑ)て乍(すなは)ち瀉下するなり決(けつ)

 して飲べからす
一 惣(そう)じて温泉(おんせん)の効用(こうよう)は気(き)を助(たす)け体(たい)を温(あたゝ)め瘀血(をけつ)を
 破(やぶ)り壅滞(ふさかり)を通(つう)し腠理(けのあな)を開(ひら)き関節(ふし〴〵)を利(り)し皮膚(ひふ)肌(き)
 肉(にく)経絡(けいらく)筋骨(きんこつ)を順(めぐ)らし通(つう)するの効(こう)はあけて数(かぞ)へ
 かたし
一 按(あん)ずるに惣(そう)じて病(やまひ)のあらたなる類(るい)は薬功(やくこう)にて
 療(りやう)ずるにしくなし病(やまひ)久(ひさ)しくなりて薬力(やくりき)針灸(しんきう)も
 及(およ)びかたき痼疾(こしつ)にいたりては温泉(おんせん)に浴(よく)するに
 しくはなししかし其(その)応(おう)ずべき症(しやう)を深(ふか)く考(かんが)へて
 浴(やく)すべし皮膚(ひふ)肌肉(きにく)に疥癬(かいせん)痂癩(からい)を生(しやう)じ年(とし)を経(へ)て
 いへず別(べつ)して十月 以後(いご)になれは痒(かゆ)み甚(はなはだ)しくし
 て堪(たへ)かたきもの腹中(ふくちう)癥瘕(てうが)疝毒(せんどく)ありて歴年(れきねん)いへ
 ず或(あるひ)は麻痺(まひ)痿軟(いなん)して不愈(なをらざる)もの或は手足(てあし)攣急(ひきつり)
 痺(しび)れ関節(くわんせつ)痛(いた)みつよきもの或は黴瘡(はいそう)下疳(げかん)便毒(へんどく)結(けつ)
 毒(どく)種々(しな〴〵)手を尽(つく)せどもいへざるもの或は痔漏(じろう)脱(だつ)
 肛(こう)年を経(へ)ていへざるもの或は打撲(うちみ)腰脚(こしあし)疼痛(うづきいたみ)し
 久(ひさ)しくいへざるもの一切(いつさい)の無名(むめう)の悪瘡(あくそう)いへがた
 く年(とし)を経(へ)たるもの婦人(ふじん)腰冷(こしひへ)帯下(こしけ)経水(けいすい)久しく通(つう)
 ぜさるもの或は痼疾(こしつ)不愈(いへず)種々(しな〴〵)の怪症(くわいしやう)となるも
 のゝ類(るい)久しく浴(よく)して功(こう)あるべし

一 凡(およ)そ下疳(げかん)便毒(べんどく)淋疾(りんしつ)疥癬(かいせん)黴毒(はつどく)の類(るい)いまた数月(すげつ)を
 経(へ)さるものは浴(よく)すへからす黴(はつ)家 気(け)逆上(ぎやくじやう)甚(はなはだ)しき
 もの眼目(がんもく)赤(あか)く腫(はれ)耳鳴(みゝなり)痰喘(たんぜん)気急(ききう)胸腹(むねはら)みち脹(はる)もの
 頭痛(づつう)甚(はなはだ)しく目暈するもの食物(しよくもつ)すゝまず羸痩(やせ)つ
 よきもの虚火(きよくわ)にて上(のぼ)せ痰火(たんくわ)にて逆上(きやくぜう)するもの
 すべて脈(みやく)の浮(ふ)大(だい)滑(くわつ)数(さく)なるもの皆(みな)浴(よく)すべからず
 上部(ぜうぶ)にこりかたまりたる病(やまひ)は宜(よろ)しからざる者(もの)
 としるべし
一凡 入湯(にうとう)は一日(いちにち)に三五度(さんごど)入るべし弱者(よわきもの)は二三度(にさんど)
 にてよしたとひ丈夫(ぜうぶ)なる人(ひと)といへども一日(いちにち)に
 十余度(じうよど)も入(いる)る事(こと)は忌(いむ)べし痼病(こびやう)年(とし)を経(へ)たる者(もの)を
 治(ぢ)せんと欲せば二回(ふたまは)り三回(みまは)りにては功(こう)なし三(さん)
 十日(じうにち)或は五十日より半年(はんねん)または一年(いちねん)に至(いた)りて
 功(こう)ある者(もの)も多けれは中々(なか〳〵)少々(しやう〳〵)の日数(ひかず)をもつて
 大功(たいこう)を取(と)らんと欲(ほつ)する者は大(おゝい)なる誤(あやま)り也 田舎(いなか)
 の俗(そく)など急功(きうこう)をせめて一日(いちにち)に十余度(じうよど)も入(い)りて
 七日 限(かぎ)りに止(やむ)るは甚(はなはだ)無益(むゑき)にしてその功(こう)なかる
 べし
一 温泉(おんせん)の応(おう)ずるか応(おう)ぜさるかをしらんと欲(ほつ)する
 には初(はじ)め入湯(にうとう)して腹中(ふくちう)快(こゝろよ)くして空腹(くうふく)になりや

 すく頻(しき)りに能食(よくしよく)して食味(しよくみ)ます〳〵むまきは甚
 よし少(すこし)く入湯後(にうとうご)腹中満(ふくちうみち)て食(しよく)する事(こと)を好(このま)さるも
 のはよろしからず試(こゝろ)むるに胸腹快(きやうふくこゝち)よく能食(よくしよく)す
 るやうになりたらはそれよりしきりに入湯(にうとう)す
 べしもしまた本(もと)のやうすならは再(ふたゝ)び入(い)ること
 なかれ又(また)入湯(にうとう)して四五日(しごにち)或(あるひは)七八日(しちはちにち)にして大便(だいべん)
 瀉下(しやげ)する事(こと)二三行(にさんかう)より七八行(しちはちかう)に至るものあり
 或は大便(だいべん)裏急(りきう)後重(いきみ)して少(すこ)しく腹痛(ふくつう)し糞(ふん)臭気(しうき)
 あるものあり是(これ)相応(そうおう)したるなり治(ぢ)するに及(およ)ば
 ず続(つゝゐ)て入湯(にうとう)する時(とき)はいゆ入湯して秘結(ひけつ)するも
 のはよろしからす疥瘡(かいそう)梅瘡(ばいそう)ともに入湯七八日
 後ます〳〵さかんに発(はつ)するものは相応(そうおう)するなり
 《振り仮名:痿■|いへき》痱痺(はいひ)手足疼痛(てあしいたみ)するもの入湯(にうとう)六七日(ろくしちにち)してま
 す〳〵座起(ざき)もなりかたきほどきびしくなるも
 のは大(おゝひ)によし二三回りも入湯(にうとう)すれば漸々(ぜん〴〵)に能(よく)
 いゆるものなり何病にても入湯(にうとう)六七日後(ろくしちにちご)病動(やまひうごき)
 はげしくなるものは皆(みな)相応(そうおう)するなり怠(おこた)らす入(にう)
 湯(とう)する内(うち)に快気(かいき)するものなり
一凡そ入湯(にうとう)するに先杓(まずしやく)にて湯槽(ゆふね)の己(おの)か居(い)るべき
 所(ところ)へ湯(ゆ)をかけて煖(あたゝ)め置(おき)其所(そのところ)に坐(ざし)して杓(しやく)にて湯(ゆ)
【■は疒に躄 痿躄=足が不自由なこと】

 を酌取(くみとり)しづかに両肩腹背(りやうかたふくはい)に何(なん)べんもそゝきか
 け手拭(てぬぐひ)にて湯を浸(ひた)し面(かほ)を洗(あら)ひ心(こゝろ)を平(たいら)にし気(き)を
 和(くわ)し小児(せうに)の水なぶりをするごとくにして後(のち)湯(ゆ) 
  槽(ふね)の中(うち)に入(い)り一身(いつしん)煖気(だんき)透(とふ)るをよしとす各別(かくべつ)逆(ぎやく)
 上の愁(うれ)へもなきものは二三度湯に入(い)りて上(あが)る
 べし弱(よわき)者は一度にて上(あが)るべし終身(しうしん)に汗出(あせいづ)るを
 よしとしてやむべし
一 入湯中(にうとうちう)は別(べつ)して風寒(ふうかん)外邪(ぐわいじや)にあたらさるやうに
 用心(ようじん)すべし入湯中(にうとうちう)腠理(けのあな)開(ひら)きて風寒(ふうかん)に感(かん)しやす
 し故(ゆへ)に深(ふか)く慎(つゝし)むべし又(また)生冷( なるものひへ)たるもの肉食(にくしよく)を禁(きん)
 ずべし且(かつ)食物(しよくもつ)はすべて能煮(よくに)てやわらかなるも
 のを食ふべし能(よく)脾胃(ひい)に滞(とゝこ)りやすし又 房事(はうじ)は堅(かた)
 くいむべし是(これ)を犯(おか)すときは身体(しんたい)錯乱(さくらん)して気逆(きぎやく)
 甚(はなはだ)しきにいたる入湯後(にうとうご)うたゝねする事(こと)大(おゝい)に忌(いむ)
 べし毛穴(けあな)開(ひら)きてあれは邪気(じやき)甚入(はなはだいり)やすく又(また)入湯(にうとう)
 中(ちう)は常(つね)の洗湯(せんとう)に浴(よ)くする事甚あしく又 心気(しんき)を
 つかゐ肝積(かんしやく)を動(うこか)す事よろしからず已上(いしやう)は入湯
 中にふかく慎(つゝし)むへき事なり
一 病(やまひ)ありて温泉(おんせん)に行事(ゆくこと)も路程(とてい)の遠(とふ)きをいとひ費(ひ)
 用(やう)をいとひて日数(ひかず)のかゝるをいとふものは仮(かり)

【十八丁裏】
 温泉(おんせん)を作(つく)りて入湯(にうとう)するもよし真(まこと)の温泉(おんせん)に及(およ)ば
 されども大(おゝい)に功(こう)あり其法(そのほう) 潮水(うしほ)《割書:五斗若潮の水|なき所は水五》  
 《割書:斗の内へ塩|七合入るなり》米糠(こめぬか)《割書:一斗|》当帰(とうき)《割書:二百匁|》桂枝(けいし)《割書:二十匁|》硫(い)
 黄(わう)《割書:六百匁粉にして布の袋に入れ糠(ぬか)のせんじた|る湯中に入てせんず若硫黄の気臭をにくむ》 
 《割書:ものは湯花にても|くるしからず》  
 右/塩水(しほみづ)を半分(はんぶん)とりて糠(ぬか)一斗を以(もつ)てこれをせん
 じ糠の赤(あか)くなるを度(ど)として此(これ)を風呂(ふろ)の内(うち)にて
 こし外(ほか)の薬(くすり)は釜(かま)にてせんじ出(いた)し風呂へ入る也
 毎日(まいにち)三度斗(さんどはかり)も入るべし甚熱(はなはだあつ)くして堪(たへ)かたけれ
 ば塩水をさすべし冬(ふゆ)は十二三日も用べし夏(なつ)は

【本資料は十九丁~二十二丁部分に乱丁が生じており、この画像右頁の文は画像65枚目左頁・十九丁表に続く。左頁は画像69枚目右頁・二十二丁裏から続く。】

【二十三丁表】
 迚(とて)も俗人(ぞくじん)の医道(いどう)を心掛(こゝろがけ)たるは畠水煉(はたけすいれん)にて益(ゑき)あ
 る事(こと)にあらず今(いま)庸医(やうい)の自(みづから)病(やん)だる時(とき)己(おのれ)か病(やまひ)を治(ぢ)
 すべき医(い)を需(もとむ)るに甚(はなは)だ迷(まよ)ひつよくして取(とる)にた
 らさる事ども多(おゝ)し故(ゆへ)に此説(このせつ)によりて医(い)を択(えら)ぶ
 事(こと)疑(うたがひ)なき事あたはす
一 医(い)不(ざれば)_二 三(さん)世(せなら)_一不(ふく)_レ服(せず)_二其薬(そのくすり) ̄ヲ_一是(これ)聖人(せいじん)の語(ご)なり今(いま)の世(よ)を以(もつ)
 て是(これ)をみるに惣(そう)して医(い)初代(しよだい)の人(ひと)は甚(はなはだ)勤(つと)めて得(ゑ)
 たる者(もの)なれば器量(きりやう)もありて療才(りやうさい)もある人(ひと)多(おゝ)し
 二代目(にだいめ)の人(ひと)はいまだ其(その)余風(よふう)さらず故(ゆえ)に先(まづ)つと
 めて至(いた)る処(ところ)もあるべし三代目にいたりては其(その)

 余光(よくはう)も薄(うす)くなりて世禄(せろく)に安(やす)んし遂(つゐ)に庸医(やうい)とな
 る者(もの)多(おゝ)し故(ゆへ)にこれは血脈(けつみやく)相伝(あいつと)ふるの三世(さんせ)にあ
 らずして学脈(がくみやく)相伝(あいつと)ふるの三世(さんせ)の事(こと)なりといふ
 説(せつ)あり愚按(ぐあん)ずるに医(い)は才気(さいき)卓越(たくゑつ)の者(もの)にあらざ
 れば任(にん)し難(かた)しされども事(こと)熟(じゆく)せされは用(やう)をなし
 かたき者(もの)なり故(ゆへ)に其(その)精(くは)しく熟(じゆく)したる年月(としけき)をさ
 して唯(たゞ)三世(さんせ)の業(ぎやう)とも云なるべし三とは古人(こじん)皆(みな)
 其(その)大数(たいすう)を云の語(ご)にして三つに限(かき)りたる文字(もじ)に
 あらずかく精(くは)しく事(こと)に熟(じゆく)し学(まなぶ)に老(おい)たるものに
 あらざれはみだりに其(その)薬(くすり)を服(ふく)すべからすとは聖(せい)
 人(じん)の身(み)を慎(つゝし)み給(たま)ふのあつきの至(いた)りなり
一 凡(およそ)医(い)を択(ゑら)ふ博識(はくしき)多才(たさい)の学医(かくい)をも必(かならず)よしとすべ
 からず世間(せけん)流行(りうこう)の時(じ)医(い)をも亦(また)よしとすべからす
 尚更(なをさら)無学(むがく)文盲(もんもう)にて世上(せじやう)の交(まじは)りを善(よく)し侫弁(ねいべん)利口(りこう)
 の輩(ともがら)なとは論(ろん)するにたらず只(たゞ)大胆(だいたん)小心(せうしん)にして
 精意(せいゐ)精術(せいじゆつ)の人(ひと)を善(よし)とすべし大胆(だいたん)ならざれば治(ぢ)
 術(じゆつ)の決断(けつだん)なりがたし小心(せうしん)ならざれば物事(ものごと)精(くは)し
 く密(みつ)にしがたし故(ゆへ)に平生(へいぜい)何事(なにごと)にても丁寧(ていねい)実意(しつゐ)
 にして細密(さいみつ)に行届(ゆきとゞ)く人はおのづから術(じゆつ)の細密(さいみつ)
 にいたるべし是(これ)を小心(せうしん)の人(ひと)と云 扨(さて)又(また)何(なに)事にて

 も物(もの)に屈(くつ)せず闊達(くわつたつ)にしてせまらずはやく判断(はんだん)
 の出来(でき)る人(ひと)を大胆(だいたん)の人(ひと)といふ此(この)ふたつとも自(じ)
 在(ざい)にはたらきの出来(でき)る医(い)をゑらむべし何事(なにごと)に
 ても心(こゝろ)あらくしてしまらす物事(ものごと)鹵莾(めつた)にしてじ
 たらく所作(しよさ)の根気(こんき)もうすく何(なに)事も不(ゆき)_二行届(とゞかず)_一吟味(ぎんみ)
 する事も甚(はなはだ)あらくして物(もの)事 不覚(ふおぼへ)なる人(ひと)を小胆(せうたん)
 大心(たいしん)といふて医家(いか)においては一向(いつかう)取所(とりどころ)なき也(なり)
 如是(かくのごとく)なる輩(ともがら)は捨用(すてゝもち)ひぬかよしとしるべし
一 惣(そう)じて医術(いじゆつ)は精(くは)しきを尊(たつと)ふ博学(はくがく)多才(たさい)を貴(たつと)ばず
 多芸(たげい)にして俗事(ぞくじ)によくわたるを貴(たつと)ばず世家に
 して強大(きやうだい)なるを貴(たつと)ばず唯々 医術(いじゆつ)のみに深切(しんせつ)に
 して朝夕(てうせき)煉磨(れんま)の功(こう)を積(つみ)たるをよしとす愚(ぐ)幼少(ようせう)
 より医(い)に志(こゝろざ)して思(おも)ふに天地の間(あいだ)の造物(ぞうぶつ)は皆(みな)我術(わがじゆつ)
 の助けにあらざるものなし春の花秋の紅葉(もみし)風(ふう)
 雨(う)陰晴(いんせい)の機変(きへん)まて皆人(みなひと)の脈状(みやくじやう)にあらはれずと
 云事なく然(しかれ)は天地の象(しやう)を見て人にうつすとき
 は我師(わがし)にあらざる物なし又人にまじわりては
 其(その)人々(ひと〴〵)のかたち動作(たちゐ)振舞(ふるまひ)に心をとめてこれを
 見るときは是(これ)又其人の全体(ぜんたい)痼疾(こしつ)の癖(くせ)且(かつ)天稟(むまれつき)の
 五形(ごけい)などの事 応接(おうせつ)の間にも窺(うかゞ)ふへし唯々(ただ〳〵)道(みち)は

 しはらくも離(はな)るべからすとて朝(あさ)な夕(ゆふ)なに心(こゝろ)を
 とめて功(こう)を積(つむ)ときは我(わか)医術(いじゆつ)の奥妙(おうめう)を究(きわ)むへき
 か兎角(とかく)我術(わかじゆつ)に力(ちから)をふかく用ひて疎(おろそ)かにせさる
 医(い)を需(もと)むべし
一 凡(およ)そ医(い)を択(ゑら)ふには診脈(しんみやく)巧者(こうしや)なるを尊ふへし品(しな)
 々( じな)の医事(いじ)ある中に只(たゞ)心術(しんじゆつ)にあづかるものは脈(みやく)
 のみなり其他(そのた)のわざは何(いづれ)も工拙(こうせつ)の証拠(しやうこ)を取事(とること)
 なし且(かつ)病(やまひ)の因(いん)を求(もとむ)る事かたし故(ゆへ)に脈(みやく)を能診(よくしん)す
 るを医家(いか)の専要(せんよう)とす其病(そのやまひ)の本(もと)明(あきら)かに治療(ぢりやう)の法(はう)
 備(そなは)りたるを良医(りやうい)とす診脈(しんみやく)不明(ふめい)の医(い)は必ず需(もと)む
 る事なかれ
一 何(なに)の道(みち)にても心(こゝろ)明(あき)らかにみかゞされは其妙に
 いたる事なし別(べつ)して医(い)は意也(ゐなり)とて先(まづ)本心(ほんしん)を明(あき)
 らかに磨(みがく)べし心(こゝろ)のはせ出(いづ)るものを意(ゐ)とす故に
 医術(いじゆつ)は別(べつ)して心意(しんゐ)の明悟(みやうご)を主(しゆ)として術(じゆつ)を煉(ね)ら
 されは其(その)妙にいたりがたし故(ゆへ)に是(これ)を択(ゑら)ふもの
 も心中(しんちう)に邪曲(わだかまり)姦佞(くたましき)をたくわへさる医(い)をたうと
 みて需(もと)むべし
一 医(い)を用(もち)ゆるに大(おゝひ)に取捨(しゆしや)あるべき事なり先(まづ)外感(ぐわいかん)
 の病(やまひ)傷寒(しやうかん)熱病(ねつびやう)痢病(りびやう)中暑(ちうしよ)霍乱(くわくらん)などの諸(もろ〳〵)の急卒病(きうそつびやう)

 の類(るい)には数医(すうい)の勘考(かんかう)を聞(きい)て手(て)をくれせざるや
 うに心得(こゝろゑ)る事(こと)肝要(かんやう)なり是を治するの期(ご)をくる
 る時(とき)は千悔(せんくわい)すとも及(およ)ばぬ事(こと)なれは急々(きう〳〵)に事を
 はかるべし内傷(ないしやう)緩治(くわんじ)の病(やまひ)或(あるひ)は廃痼(はいこ)と云て年月(としつき)
 を経(へ)たる長病(ちやうびやう)の類(るい)は中々(なか〳〵)一朝一夕(いつちやういつせき)の成(な)るにあ
 らざれはみだりに数医(すうい)を更(かへ)て治(ぢ)すべからず得(とく)
 と医人(いじん)の見立(みたて)の病症(びやうしやう)を勘考(かんかう)して其理(そのり)の的中(てきちう)す
 べきかたを見抜(みぬい)て其(その)治法(ぢほう)にしたかひて動(うご)くべ
 からすすこしの変事(へんじ)ありとも篤(あつ)く信(しん)じて医に
 任(まか)すべし惣(そう)じて物ごとは何事(なにごと)にても至当(しとう)の理(り)
 ある事にあはゞ篤(あつ)く信(しん)ぜざれは事(こと)の成就(じやうじゆ)する
 事あるまじ迷ひうたがひ斗(はかり)なれはいつまでも
 迷(まよ)ひて遂(つゐ)に病の治する期(ご)あるまじ此理を能考(よくかんが)
 へて初(はじ)め治(ぢ)を需(もとむ)る時(とき)にみだりに其説(そのせつ)にしたが
 はず道理(どうり)の的当(てきとう)するを深(ふか)く考(かんが)へて後(のち)其医薬(そのいやく)を
 服(ふく)すべし
一 医人(いじん)と病家(びやうか)とは志(こゝろざし)の能相(よくあい)かなひたるをよしと
 す病家(ひやうか)廃痼沈滞(なをりがたきひさしきとゞこほる)の大病(たいびやう)に逢(あふ)ときはきつと見識(けんしき)
 の的中(てきちう)したる医人(いじん)を頼(たの)みて此医(このい)にあらざれは
 此病(このやまひ)をいやす事あたはずと一途(いちづ)に篤(あつ)く信(しん)じて

 此薬を服(ふく)し医人(いじん)はまた確乎(かくこ)たる見識(けんしき)をみがき
 立(たて)此病人を篤(あつ)く治すべきと心(こゝろ)にちかひ病(やまひ)を大(たい)
 切(せつ)にして治(ぢ)するときはきつと其 功(こう)あらはるゝ
 ものなり双方(そうはう)とも唯(たゞ)うはべあしらひになりて
 実(じつ)なき時は其 功(こう)も立(たち)がたし
一 痼疾(こしつ)を治(ぢ)するに医人(いじん)に急効(きうこう)をせむるときは大(おゝ)
 きにあしく医人病人にせめらるゝときは定見
 を失(うしな)ひ甚(はなはだ)しくなりては日々(にち〳〵)薬(くすり)を易(かへ)るやうなる
 時(とき)はいよ〳〵迷(まよ)ひつよくなりて双方(そうはう)ともうろ
 たへ遂(つゐ)に正治(しやうぢ)の効(こう)を得(う)る事なし庸医(やうい)は始終(しじう)此(この)
 場所(ばしよ)を免(まぬか)る事あたはす故(ゆへ)に全(まつたき)効(こう)を得(う)る事なし
一 道理(どうり)分明(ぶんみやう)なる医人の説(せつ)を聞(きい)て病を治せん事を
 需(もとむ)るにはとんと医人(いじん)に打(うち)まかせて必(かなら)ずしも差(さ)
 略(りやく)用捨(ようしや)すべからず頼(たの)むかたに差略(さりやく)するときは
 執匕(さじとり)の者(もの)疑(うたが)ひを生(しやう)じて大(おゝい)に害(がい)ある事なり然(しか)れ
 ども庸医(やうい)に篤(あつ)く任(にん)ずるときは治法(ぢほう)宜(よろしき)を失(うし)ふて
 不明(ふめい)の罪(つみ)を得(え)べきなり
一 近世(きんせ)の医薬(いやく)調合(てうがう)は一貼(いつてう)三匁位より四匁位まで
 小児科(せうにくわ)の薬(くすり)は一貼八分位より一匁位まで何れ
 中華(ちうくわ)の古方(こはう)の分量(ぶんりやう)とは大(おゝい)に小剤(せうさい)なりこの法(ほう)は

 元来(ぐわんらい)半井家(なからゐけ)小包(こつゞみ)とて三 貼(てう)にて一 剤(ざい)と立(たて)たる者(もの)
 なり是国初の時分(じぶん)よりの定法(でうほう)となりたるなり
 しかし今より八九十年 以前迄(いぜんまで)は一体(いつたい)の医家の
 くすり今よりも猶(なを)小剤(せうさい)なりしかども近来(きんらい)古医
 方を唱(との)ふるもの多(おゝ)くなりて其比(そのころ)より今の位ま
 てにはなりたるなり今も古風(こふう)なる老医(ろうい)には至(いたつ)
 て小剤なる人もあり唖科(あくわ)は猶更(なをさら)なり元来(くわんらい)薬の
 大小 軽重(けいぢう)は其病の品(しな)によりて制(せい)することなれ
 は小剤家(せうさいか)大剤(たいさい)家と云 別(わか)ちはあるましき事なり
 是皆(これみな)医家(いか)の心得(こゝろえ)べき事にして病家(びやうか)も其理(そのり)を弁(わき)
 ふべし
一 元来(くわんらい)医流(いりう)に於(おい)て古方家(こはうか)後世家(こうせいか)などゝ称(しやう)して各(かく)
 別(べつ)に門戸(もんこ)を立(たつ)る事(こと)は大(おゝい)なる誤(あやま)りなり凡(およ)そ医(い)じ
 ゆつは尽(こと〴〵)く古方(こはう)によらすして方則(はうそく)を立(たつ)ると云(いふ)
 事(こと)あるべからす宋元(そうげん)以後(いご)の方法(はうほう)なりとも功験(こうけん)
 いちしるきものはとり用(もち)ひずんばあるへからす
 己見識(おのれがけんしき)を立(たて)てしいて病人を己(おのれ)か範囲(はんい)の内(うち)に入(いる)
 と云事(いふこと)は大(おゝい)に不仁(ふじん)の至(いた)りなり兎角(とかく)治術(ぢじゆつ)に実(まこと)に
 力(ちから)を入(いれ)るときは此(この)僻見(へきけん)はおのづから去(さる)ものな
 りとしるべし此(この)理(り)を弁(わきま)へしりて僻見(へきけん)なる医家(いか)

 を需(もと)むべからす
一 近来(きんらい)蘭書(らんしよ)頻(しき)りに行(おこな)はれ横行(おうぎやう)の文字(もんじ)を読 翻訳(ほんやく)を
 事(こと)とし蘭薬(らんやく)を主(しゆ)として用(もち)ゆる者(もの)あり其理(そのり)なき
 にしもあらず其長(そのてう)したる所(ところ)は取(とり)て学(まな)ぶべし先(まづ)
 解体(かいたい)の一条(いちでう)においては蘭人(らんじん)は其(その)精微(せいび)を極(きは)め迚(とて)
 も和華(わくわ)の及(およ)ぶ所(ところ)にあらず本(もと)蛮夷(ばんい)の国(くに)なれば残(ざん)
 忍(にん)の義(ぎ)を恐(おそ)れずしてかく精(くわ)しきに至(いた)るならん
 かくのことくなれば発明(はつめい)したる事(こと)も数多(あまた)あれ
 は捨(すつ)べき伎(ぎ)にはあらねども風土(ふうど)の違(ちがひ)も大(おゝい)にあ
 れは彼国(かのくに)のしれかたき薬品(やくひん)をしゐて求(もと)め且 珍(ちん)
 奇(き)の精煉(せいれん)を費(つうや)す事(こと)いわれなき事(こと)なり世(よ)に熟(しゆく)し
 てつかひなれたるサフラン ウニカウル テリ
 アカなどのごとき薬品(やくひん)は随分(ずいぶん)用ひて宜(よろ)しかる
 べし但(たゞし)蘭科(らんりやう)の一癖(ひとくせ)に拘(かゝは)りて治療(ぢりやう)を行(おこな)ふは大(おゝい)に
 笑(わらふ)ふべきの至りなり病家(びやうか)も奇(き)を好(この)むの癖(くせ)ある
 べからず
一 薬(くすり)を煎(せん)ずるに水火(すいくわ)の類(るい)は随分(ずいふん)精密(せいみつ)に吟味(ぎんみ)すべ
 き事なり凡(およそ)利薬(りやく)は井華水(わかみづ)又は新汲水(くみたて)を用(もちひ)てよし補(ほ)
 剤(ざい)は長流水(ながれみづ)百労水(くたひれたるみす)百滾湯(たび〳〵たぎりたるゆ)を用ひてよし且 利(とき)
 薬(くすり)には武火(つよきひ)を用ひ補薬(ほやく)には文火(ぬるきひ)を用ゆのるい

 急煎(きうせん)緩煎(くわんせん)三沸水(さんふつすい)など医人(いじん)の意(こゝろ)に随(しがつ)て煎(せん)ずべし
 其余(そのよ)桑柴火(くわのひ)楡柳火(にれやなきひ)などの火(ひ)を分(わか)ち水も春雨水(はるのあめのみづ)
 潦水(にはたみづ)なと品々(しな〳〵)の分(わかち)あり是(これ)らはあまり穿(うが)ちすぎ
 たるか
一 平生(へいぜい)補薬(ほやく)とてねり薬(やく)を用(もち)ひ或(あるひは)益気湯(えききとう)帰脾湯(きひとう)の
 類(るい)を散薬(さんやく)ねり薬(やく)にして用(もち)ゆるは益(えき)なきにもあ
 らねども各々(おの〳〵)医人(いじん)の指図(さしづ)に随(したがふ)て用ゆべしみだ
 りに其症(そのしやう)に合(あは)ざる薬を用ゆるは石(いし)にねつさし
 壁(かべ)の内(うち)に柱(はしら)を添(そへ)るの類(たくひ)にして益(えき)なし且(かつ)煉薬類(ねりやくるい)
 はやゝもすれは胸鬲(きやうかく)に泥(なず)みて其害(そのがい)をなすこと
 多(おふ)しとしるべし
一 平日(へいじつ)の補(ほ)には其症(そのしやう)にあゐたる薬食を程(ほど)よくす
 るにしくはなし周礼(しうれい)には食医(しよくい)と云て食物(しよくもつ)を用(もち)
 ひて病(やまひ)を治(ぢ)する医(い)ありとそ凡 食物(しよくもつ)の滋味(じみ)によ
 りて何程(なにほど)も其功(そのこう)を得(う)る事(こと)あれは必 其宜品(そのよろしきしな)を考(かんが)
 へて餌食(じしよく)すべし餌食(じしよく)の事(こと)は飲食篇(いんしよくへん)に委(くわ)しくの
 せたり考(かんが)ふべし
一 常体(つねてい)にかはりたる治法(ぢほう)を近年(きんねん)専(もつは)ら行(おこの)ふの医(い)あ
 り各々(おの〳〵)其益あれども的当(てきとう)の症(しやう)に合されは反(かへつ)而
 其害(そのがい)ありて尤(もつと)も用ひかたし先(まづ)灌水(くわんすい)とて新汲(くみたて)水

 を多(おゝ)く汲(くみ)たて代々(かはり〴〵)浴(よく)せしむる事(こと)なり是も古法(こほう)
 に因所(よりどころ)ありて大(おゝい)に効(こう)を得(う)る事(こと)もあり陽実(やうじつ)の癇(かん)
 症(しやう)発狂(はつきやう)の類(るい)火逆(くわぎやく)の諸症(しよしやう)に用ひて妙効(めうこう)をあらは
 す事(こと)ありといへども医人(いじん)明察(めいさつ)の人(ひと)にあらざれ
 は行(おこな)ひがたし病人(びやうにん)も能(よく)壮実(そうじつ)なる者(もの)にあらざれ
 は受(うけ)かたし瀑布(たき)泉に浴(よく)せしむるも同(おな)じ類(たぐひ)也
 と心得(こゝろえ)べし
一 俗人(ぞくじん)自分(じぶん)に仮名書(かながき)の医書(いしよ)などを取(とり)あつかひ薬(くすり)
 を調合(てうがう)する事(こと)あり是(これ)はあまり宜(よろ)しからぬ事(こと)也
 医人(いじん)は日々(にち〳〵)数多(あまた)の病人(びやうにん)を診(しん)し数多(あまた)の薬(くすり)を調合(てうがう)
 するといへどもいまた其妙(そのめう)を尽(つく)す事(こと)あたはず然(しか)
 るにいさゝかの薬方(やくはう)をしりたる位(くらゐ)にて我生(わがせい)をみ
 だりにする事(こと)大(おゝい)なる誤(あやま)りなり迚(とて)も実地(じつぢ)にいた
 る事(こと)難(かた)かるべしされども補剤(ほさい)又(また)長服(ちやうふく)の薬剤(やくさい)な
 ど得(とく)と医人(いじん)の教諭(けうゆ)を受(うけ)し上(うへ)は背(そむ)けざるやうに
 自分(じぶん)調合(てうがう)したりといへども苦(くる)しかるまじ能(よく)謹(つゝし)
 みて誤(あやま)らざるやうに配合(はいがう)すべし
一 扁鵲(へんじやく)の辞(ことは)に形羸(かたちつかれて )不(あたわ)_レ能(ざる)_レ服(ふくすること)_レ薬(くすりを)は一の不治(ふち)なりとす
 とありけれは兎角(とかく)大病(たいびやう)に臨(のぞ)んて薬(くすり)を服(ふく)する事(こと)
 をにくむものは其病(そのやまひ)治(ぢ)する事(こと)あたはす去(さり)なが

【三十二丁裏】
 ら病気(びやうき)によりて嘔気(おうき)などつよくして一向(いつかう)に薬(くすり)
 を用(もち)ひかたき病人(びやうにん)あり此症(このしやう)にしひて薬(くすり)を用(もち)ゆ
 るときは大(おゝい)に苦(くる)しむ事(こと)あり是(これ)はまた其(その)所置(しよち)を按(あん)
 して別(べつ)に工夫(くふう)を順(めぐら)すべし大病(たいびやう)にて種々(しゆ〴〵)の療治(りやうぢ)
 を加(くわ)へて能 薬(くすり)も呑(のみ)たる者が俄(にわか)に薬(くすり)も用(もちひ)がたく
 なり或(あるひ)は自分(じぶん)の気随(きずい)もまじり少々(せう〳〵)の薬(くすり)も拘泥(なづむ)
 事(こと)つよくして用ひがたきやうになりたる類(るい)は
 誠(まこと)に不治(ふぢ)の症(しやう)なると知(しる)べし
一 信(しんじて)_レ巫(ふを)_レ不(さるは)_レ信(しんぜ)_レ医(いを)は一の不治(ふぢ)なりといへり世上(せじやう)のみ
 こかんなぎ山伏(やまぶし)なとを信(しん)して医(い)の言(ことば)を用(もちひ)さる

【本資料は十九丁~二十二丁部分に乱丁が生じており、この画像右頁の文は画像69枚目左頁・三十三丁表に続く。左頁は画像55枚目右頁・十八丁裏から続く。】

【十九丁表】
 六七日にて換(かふ)べし
一 世上(せじやう)に種々(しゆ〴〵)の薬湯(くすりゆ)あり随分(すいふん)不順(ふじゆん)の病(やまひ)に用(もち)ひて
 其効(そのこう)ある事(こと)数多(あまた)あれども是(これ)も逆上(ぎやくじやう)つよき病人(びやうにん)
 には用(もちい)がたし只(たゞ)婦人(ふじん)帯下(こしけ)の症(しやう)男子(なんし)痿痺(なへしびれ)の諸病(しよびやう)
 には効(こう)ある事(こと)も多(おゝ)けれとも先(まづ)は辛熱(しんねつ)の剤(さい)多(おゝ)く
 あるものなれは虚人(きよじん)には用かたきものなり俗(ぞく)
 中(ちう)に養生湯(やうぜうゆ)と称(せう)して用(もち)ゆる事あれとも常(つね)の洗(せん)
 湯(とう)さへ平人(へいにん)にありては三日または五日に一度(いちど)
 つゝ浴(よく)すへき事なり日々(にち〳〵)浴(よく)すれは元気(げんき)を損(そん)じ
 津液(うるほひ)を乾(かわか)すの理(り)なり故(ゆへ)に病(やまひ)ありて入湯(にうとう)する事

【十九丁裏】
 はあるべし養生湯(ようぜうゆ)と云事はあるべからざるの
 道理(どうり)なり
一 疥癬(ひぜん)小癤(こせがさ)鴈瘡(がんがさ)の類(るい)はひぜん湯(ゆ)とて世上(せじやう)にあま
 たあり是(これ)も初(はじめ)より入湯(にうとう)するは宜(よろ)しからず大抵(たいてい)
 先(まづ)発散(はつさん)のくすりを余程(よほど)用て置(おき)てあらかた発(はつ)し
 てより後(のち)に入湯(にうとう)さすべしいつれ此類(このるい)は皮膚(ひふ)の
 病(やまひ)なれは入湯 能(よく)相応(そうおう)するものなりしかし弱(よわ)き
 者(もの)また発熱(はつねつ)虚熱(きよねつ)のつよき者は始終(しじう)入湯よろし
 からず
一 竈風呂(かまふろ)と云 物(もの)あり是(これ)は筋骨(きんこつ)疼痛(とうつう)疝気(せんき)腰痛(こしいたみ)痛痺(つうひ)

【二十丁表】
 の類(るい)には随分(ずいぶん)宜しかるべきなれども生質(うまれつき)気丈(きじやう)
 の人にて外(ほか)に各別(かくべつ)申分(もうしぶん)もなくして根気(こんき)宜敷(よろしき)も
 のは入湯して其効(そのこう)あるべしすこしも弱(よはき)きもの
 は却(かへつ)て根気(こんき)を損(そん)し津液(うるほひ)を亡(ほろぼ)して大(おゝい)に害(かい)ありと
 しるべし
一 塩風呂(しほふろ)と云 物(もの)は竈風呂(かまふろ)に比(ひ)すれは甚(はなはだ)よし疝気(せんき)
 腰痛(こしいたみ)脚痛(あしいたみ)打撲(うちみ)損傷(くじき)不順(めぐらざる)の所(ところ)をむしてよし此類(このるい)
 に薬蒸風呂(くすりむしぶろ)と云 物(もの)あり筋骨(きんこつ)疼痛(とうつう)皮膚(ひふ)頑癬(くわんせん)の類
 に大に効(こう)あるものなり予 家(いへ)に秘(ひ)したる一方(いつはう)あ
 り試(こゝろみるに)効(こう)も甚 多(おゝ)し然(しか)れとも諸法(しよはう)の湯治(とうぢ)とも皆(みな)虚(きよ)

【二十丁裏】
 体(てい)の病人にありてはよろしからぬものなれは
 皆(みな)医人(いじん)の指図(さしづ)を受(うけ)て行ふべし
一から風呂(ふろ)と云物あり塩(しほ)を用さる蒸風呂(むしふろ)なりこ
 れは遊人(ゆうじん)豪家(がうか)のもうけにして療治(りやうぢ)にはあらず
 夏月(かげつ)の涼(りやう)をとるには殊(こと)の外(ほか)宜(よろ)しき物にして快(こゝろ)
 よき事 限(かぎ)りなし故に欝気(うつき)を散ずるの効(こう)はある
 べし
一 潮(うしほ)に浴(よく)する事是また殊効(しゆこう)あるやうに云 人(ひと)も多(おゝ)
 けれども迚(とて)も病(やまひ)を療(りやう)ずるにはたらず但(たゝ)し病処
 なとある輩(ともから)は潮(うしほ)をとり来(きた)りて湯(ゆ)にわかし入湯

【二十一丁表】
 する事は少々(しやう〳〵)の効用(こうよう)もあるへし

【二十一丁裏・白紙】

【二十二丁表】
     服薬篇 《割書:併 択医弁》
一 凡(およ)そ養生(やうじやう)の道(みち)は必(かならず)しも薬(くすり)を頼(たの)みとすへからず
 上(かみ)にいへることく静意(せいゐ)修身(しうしん)を主(しゆ)とし穀肉果菜(こくにくくわさい)
 を程(ほど)よく食(くろふ)て身体(しんたい)を養(やしの)ふを本(もと)とす病(やまひ)ありて後(のち)
 薬(くすり)を需(もと)むべし薬(くすり)を用(もちゆ)るは兵(へい)を用ゆるかごとし
 天下国家(てんかこくか)無事(ぶし)の時(とき)は兵(へい)を出(いだ)さゞるにしくはな
 し国(くに)乱(みた)るゝときは止事(やむこと)を得(え)すして兵(へい)を出(いだ)して
 治(おさ)むるなり兵(へい)を出(いだ)すには必(かならず)しも良将(りやうしやう)を選みて出(いだ)
 さゞるときは其利(そのり)なし薬(くすり)を服(ふく)するに良医をゑ
 らみて用(もちい)さる時(とき)は其功(そのこう)すくなし

【二十二丁裏】
一 医(い)を択(ゑら)ぶ事 甚(はなはだ)難(かた)し程子(ていし)の言(ことば)に親(おや)につかふるも
 のは医(い)をしらざれは医(い)をゑらむ事(こと)あたはす故(ゆへ)
 に孝子(かうし)は必(かなら)ず医(い)を学ぶべしと云へり一理(いちり)ある
 義(ぎ)なれども是(これ)は才徳兼備(さいとくけんび)したる人(ひと)は左(さ)もある
 べきなれども今(いま)の世(よ)の俗人(ぞくじん)のすこし医術(いじゆつ)に心(こゝろ)
 掛(がけ)たる人(ひと)は却而(かへつて)疑滞(ぎたい)のこゝろ甚(はなはだ)つよく起(おこ)りて
 却而(かへつて)判断(はんだん)しかたし甚(はなはだ)しき者(もの)は医者(いしや)の薬(くすり)を見て
 己(おのれ)か意(い)を以て薬味(やくみ)をさりきらひして用(もち)ゆるや
 うの輩(ともがら)はなはだ多(おゝ)し如(かくの)_レ是(ごとく)にては却而(かへつて)医家(いか)も医(い)
 案(あん)一盃(いつぱい)の事(こと)も出来(でき)かたきに至(いた)る事(こと)となるなり

【本資料は十九丁~二十二丁部分に乱丁が生じており、この画像右頁の文は画像55枚目左頁・二十三丁表に続く。左頁は画像65枚目右頁・三十二丁裏から続く。】

【三十三丁表】
 は誠(まこと)に不(ざる)_レ治(ぢせ)の症(しやう)なり古人(こじん)より病(やまひ)を治(ぢ)せんとな
 らは医(い)に需(もとむ)るは通義(つうぎ)なり然るを故(ゆへ)なくして加(か)
  持(ぢ)祈祷(きとう)のみを求(もとむ)るは是(これ)聖教(せいきやう)に背(そむ)き道(みち)の本体(ほんたい)を
 失(うしの)ふ医薬を頼(たの)みて其外(そのほか)に符咒(ふじゆ)を求(もとむ)るは猶(なを)其 理(り)
 あり医薬(いやく)を廃(はい)して治(ぢ)を求(もとむ)るは木(き)によりて魚(うを)を
 求(もとむ)るにひとしき歟しかのみならず惣(そう)して療治(りやうぢ)
 を頼(たの)むに付て日時(にちじ)方角(はうがく)をゑらぶ事は迷(まよい)の甚(はなはだ)し
 きと云べし方角(はうがく)宜(よろし)しといへども其方(そのはう)に良医(りやうい)な
 きときは求(もと)めかたし是(これ)を不通(ふつう)の論(ろん)と云也
一 聖人(せいじん)病(やまひ)し玉(たま)ふ時(とき)子路(しろ)請(いのらん)_レ祈(とこふ)に丘(きう)之(か)祈(いのる)事(こと)久(ひさし)と答(こたへ)給(たまふ)

 なれは祈祷(きとう)は平生(へいぜい)の事にして孝悌(かうてい)忠信(ちうしん)修(おさめ)_レ身(みを)斎(とゝのへ)
 《割書: |レ》家(いへを)は平生(へいぜい)の祈祷(きとう)なり道(みち)を行(おこの)ふ者(もの)は神(かみ)は助(たす)け給(たま)
 ふの理(り)なれは常(つね)に社稷(しやしよく)の神に詣(もう)て国恩(こくおん)を謝(しや)し
 無事(ぶじ)を祈(いのる)へし病(やまひ)に臨(のぞ)んで俄(にわか)に祈(いの)るは世俗(せぞく)にも
 悲(かな)しき時(とき)の神(かみ)たゝきと云て益(えき)なき事(こと)なれ共 是(これ)
 又(また)世上(せじやう)の交(まじは)りにて行(おこな)はざれはなりかたき時(とき)は
 其(その)宜(よろ)しきに随(したが)ふべし然(しか)れ共 夫(それ)のみに拘(かゝは)りて医(い)
 薬(やく)を廃(はい)するはいよ〳〵惑(まよひ)の甚(はなはだ)しき義(ぎ)なれは深(ふか)く
 医薬(いやく)を頼(たの)みて其他(そのた)は時宜(じき)に随(したがふ)て斟酌(しんしやく)すべし偏(へん)
 僻(こつ)の敞(ついへ)なきやうに心得(こゝろえ)べき事(こと)肝要(かんよう)なり

【裏表紙 文字なし】

KEIO-00671
書名 養生録
       3/3冊
所蔵者 慶応大学メディアセンター
(備考)
管理番号 70100598978
撮影   株式会社カロワークス
撮影年月 平成28年2月
  慶応大学メディアセンター

【管理ラベル y13】
【題箋】養生録  巻下

 養生録巻之下
    飲食篇
一 人身(じんしん)は脾胃(ひい)の気(き)の順(めぐ)るを養生(やうぜう)の根本(こんぽん)とする也
 此(この)気(き)能(よく)く順(めぐ)るときは五臓六腑(ごぞうろくふ)の運行(うんかう)滞(とゞこふ)りなく
 精(せい)気(き)神(しん)の三つの物(もの)全(まつた)く守(まも)りて病(やまひ)をなすの因縁(いんゑん)
 なし故(ゆへ)に先(まづ)飲食(いんしよく)を節(せつ)にするを第一(だいいち)とするなり
 平食(へいしよく)は大概(たいかひ)己(おのれ)が働(はたら)きの分量(ぶんりやう)を考(かんが)へて食量(しよくりやう)を定(さだ)
 め置(お)き過食(くはしよく)すべからす我(わが)腹中(ふくちう)に応(おう)する品(しな)を
 考(かんが)へてよき程(ほど)に食(くろ)ふべし飽食(ほうしよく)大酒(たいしゆ)は甚(はなはだ)忌(いむ)べき
 事(こと)なり眼前(がんぜん)のあたりなくとも追々(おい〳〵)脾胃(ひい)の運(めぐ)り

 あしくなれは我(わか)生命(せいめい)を削(けづ)るにひとしき事(こと)なり
 故(ゆへ)に深(ふか)く是(これ)を慎(つゝし)むべし
一 平生(へいぜい)人(ひと)の用(もち)ひなれざる食物(しよくもつ)は異食(いしよく)といふて先(まづ)
 は忌(いむ)べし然(しか)れども餌食(じしよく)して病(やまひ)に利(り)あるべき品(しな)
 ならば医人(いじん)に問(とふ)て性味(せいみ)功用(こうよう)を糺(たゞ)して喰(くろ)ふへし
 又(また)重食(ぢうしよく)を忌(い)むいまだ腹中(ふくちう)充満(ぢうまん)してすかざる時(とき)
 には何(なに)にても食(くろ)ふべからず肉味(にくみ)の類(るい)は別(べつ)して
 重食(ぢうしよく)するときは脾胃(ひい)に膩(あぶら)を生(しやう)じて運(めぐ)りあしく
 なれは決(けつ)して食ふべからす
一 軟飯(なんはん)爛肉(らんにく)少酒(せうしゆ)独宿(どくしゆく)此 四(よ)つの物(もの)は身(み)を養(やしの)ふの本(もと)也(なり)
 凡(すべ)て飯(はん)は大抵(たいてい)やわらかなる飯(はん)を食(くろ)ふべしあま
 りに粥(かゆ)のことき飯(はん)は飪(にへはな)を失(うしな)ひたるとて却(かへつ)て脾(ひ)
 胃(い)に滞(とゝこ)りやすし強(こわ)きは脾胃(ひい)にあらくあたりて
 大(おゝひ)にあしゝ尤(もつとも)朝(あさ)ことに白(しら)かゆを喰ふときは腹(ふく)
 中(ちう)寛(ゆたか)になりて終日(しうじつ)宜(よろ)しきものなり昼晩(ひるばん)二時(にじ)は
 相応(そうおう)の飯(はん)を食(しよく)して肉類(にくるい)は一時(いちじ)に限(かぎ)るべし尤(もつとも)爛(らん)
 肉(にく)とて能(よく)煮(にへ)熟(じゆく)したるを用(もち)ゆべしかたき肉(にく)又(また)は
 鳥獣(とりけもの)の肉類(にくるい)は別(へつ)して能(よく)熟(じゆく)したるを少(すこ)しつゝ食(くら)
 ふべし生肉(なまにく)の作(つく)り身(み)なとは多(おゝ)く食(くら)ふべからす
 惣して昼(ひる)の内(うち)は働(はたら)き強(つよ)きものなれは肉味(にくみ)を食(しよく)

 しても宜(よろ)し夜(よる)に至(いた)りてはつよき物(もの)は胃中(いちう)に滞(とゞこ)
 りやすけれは多(おゝ)く食(しよく)せぬ方(かた)をよしとすべし食(しよく)
 して寐(ね)るときは痰唾(たんだ)を口中(こうちう)に多(おゝ)く生(しやう)して其翼(そのよく)
 日 悪心(おしん)嘔吐(おうど)なとを発(はつ)して快(こゝろ)からず度々(たび〴〵)右体(みぎてい)の
 事(こと)あるときは遂(つい)には腫物類(しゆもつるい)などを発(はつ)して治(ぢ)し
 かたきに至(いた)るものなり酒(さけ)を飲事(のむこと)は各々(おの〳〵)その量(りやう)
 のあるものなれども随分(ずいぶん)少酒(せうしゆ)少酔(せうすい)にすべし少(せう)
 酒(しゆ)なるときは欝情(うつじやう)をひらき陽気(やうき)を順(めぐ)らし快(こゝろよ)き
 事(こと)限(かぎ)りなく古人(こじん)も花(はな)は半開(はんかい)に見(み)酒(さけ)は微酔(びすい)に飲(のむ)
 と云 金言(きんげん)あり是(これ)を称(しやう)しては実(じつ)に百薬(ひやくやく)の長(ちやう)とも
 云べし過飲(くはいん)するときは人(ひと)の生命(せいめい)を傷(やぶ)り諸病(しよびやう)を
 生(しやう)ずるの基(もと)ひとなる且(かつ)淫泆(いんいつ)に陥(おちい)りて徳(とく)を損(そん)ず
 るに至(いた)る女色(によしよく)に耽(ふけ)る事(こと)は人(ひと)の大欲(たいよく)なれば若(わか)き
 内(うち)より深(ふか)く慎(つゝし)みて其 欲(よく)を制(せい)すべし常(つね)に独宿(どくしゆく)に
 馴(なれ)てみたりに近(ちかづ)くべからず是(これ)人倫(じんりん)の慎(つゝし)みの第(だい)
 一(いち)なれば別(べつ)して大切(たいせつ)に心得(こゝろえ)べし
一 平日(へいじつ)の食(しよく)は自分(じぶん)の量(りやう)よりはひかへて七八分位(ひちはちぶんくらい)
 に食ふべし過(すぐ)るときは気(き)をふさき眠(ねむ)りを生(しやう)じ
 遂(つい)には運化(うんくわ)の精微(せいび)を失(うしな)ふに至(いた)る然(しか)れとも賤人(いやしきひと)
 努力(はたらき)つよくいたす輩(ともから)は其量(そのりやう)に応(おう)じて食(くら)ふとも

 害(がい)なし安居(あんきよ)して事(こと)をなす者(もの)は随分(ずいぶん)満(みち)ざるやう
 に心得(こゝろえ)てよし且(かつ)夜分(やぶん)二更(にかう)の比(ころ)になりて食(しよく)する
 事(こと)大(おゝひ)に害(がい)あり兎角(とかく)働(はたら)きある内(うち)は少(すこ)しく過(すぎ)たり
 とも又(また)ゆるすべけれども食(しよく)して直(すく)に寐(ね)るとき
 は胃気(いき)をふさぎて痰沫(たんあわ)を生(しやう)じ遂(つい)には留飲癖嚢(りういんへきのう)
 の類(るい)を生(しやう)ずるの基(もとひ)となるなり其上(そのうへ)夜食(やしよく)寐酒(ねざけ)な
 どは始終(しじう)癖(くせ)になりて後(のち)には止(やめ)がたきにいたる
 者(もの)多(おゝ)ければ始(はじめ)を慎(つゝし)みて堪忍(かんにん)すべし
一 酒(さけ)を飲事(のむこと)も饗宴(きやうゑん)の席(せき)にてもなく平日(へいじつ)の時(とき)は大(たい)
 概(がい)申(さる)の刻(こく)前後(ぜんご)までに限(かぎ)るべし夜(よ)に入(い)りては先(まづ)
 は飲(のま)さるかよし寐酒(ねざけ)を飲事(のむこと)は猶々(なを〳〵)宜(よろ)しからす
 後(のち)には飲(のま)されは眠(ねむ)る事あたはさるやうになる
 物(もの)なりかく宿酒(しゆくしゆ)停飲(ていいん)の毒(どく)積(つも)るときは遂(つい)に熱毒(ねつどく)
 癰腫(ようしゆ)の病(やまひ)をなし或(あるひ)は膈噎(かくいつ)反胃(ほんい)の類(るい)に変(へん)し遂(つい)に
 は命(いのち)を亡(ほろぼ)すにいたるあり恐(おそ)るべきの甚(はなはだ)しき也
一 世俗(せぞく)に好物(こうぶつ)にたゝりなしと云(いふ)事あり此語(このご)一理(いつり)
 なきにしもあらすたとへは腹中(ふくちう)の拘攣(こうれん)するも
 のは甘味(かんみ)の飴(あめ)さとう類(るい)を好(この)み胸鬲(けうかく)の不利(ふり)する
 ものは生姜(しやうか)蕃椒(とうがらし)を好(この)み腹中(ふくちう)のあしき者(もの)は白(しら)か
 ゆの和(やは)らかなるを好(この)む寒気(かんき)つよきときは陽気(やうき)

 を助(たすく)る酒(さけ)の類(るい)を好(この)み上部(ぜうぶ)欝気(うつき)つよき者(もの)は茶茗(ちや)
 を好(この)み酒(さけ)に酔(よう)ものは葛湯(くずゆ)を好(この)むの類(るい)は皆(みな)自然(しぜん)
 と其(その)病(やまひ)を治(ぢ)するの品類(ひんるひ)にして其理(そのり)に叶(かな)ふ事(こと)な
 りしかしこれとても縦(ほしい)まゝに過食(くはしよく)してはまた
 偏味(へんみ)の害(かい)ありて又(また)各々(おの〳〵)其(その)臓気(ぞうき)を傷(やぶ)りて其(その)害(かい)甚(はなはだ)
 し何分(なにぶん)にも己(をのれ)が好(この)むに任(まか)せて其欲(そのよく)を貪(むさぼ)りては
 大(おゝひ)に悪(あ)しき事(こと)なれは好物(かうぶつ)にたゝりなしといふ
 事(こと)を取違(とりちが)へぬやうに心得(こゝろえ)べし
一 諸病(しよびやう)に餌食(じしよく)といふ事(こと)あり能(よく)くすり喰(くひ)をすると
 きは服薬(ふくやく)にまさる功能(こうのう)多(おゝ)し故(ゆへ)に周礼(しうらい)と云(いふ)書(しよ)に
 食医(しよくい)と云(いふ)者(もの)ありて諸病(しよひやう)の宜(よろしき)と宜(よろ)しからざるを
 考(かんが)へ餌食(じしよく)を差図(さしづ)して喰(くらは)しむる事(こと)を司(つかさど)るとあり
 此(この)餌食(じしよく)の法(ほう)古今(ここん)の薬性(やくせい)の書(しよ)にも只(たゞ)一通(ひととを)りの性(せい)
 味(み)のみをしるしてきつとしたる食法(しよくほう)も見(み)へず
 近世(きんせい)後藤氏(ごとううぢ)専(もつぱ)ら餌食(じしよく)の法(ほう)を唱(とな)へたり卓見(たくけん)なれ
 どもまた僻見(へんくつ)多(おゝく)して取捨(しゆしや)せずんばあるへからす
 今(いま)あらまし此(この)法(ほう)を考(かんかへ)て奥(おく)にしるすしかし我国(わかくに)
 の民俗(ひと)は常(つね)に万国(ばんこく)に勝(すぐれ)たる梁米(よきこめ)を食(しよく)するが故(ゆへ)
 に獣肉(ぢうにく)などは中華(ちうくわ)同様(どうよう)に食(しよく)すれば大に脂毒(あふらのどく)残(のこ)
 りて害(がい)をなす事(こと)多(おゝ)し其(その)病(やまひ)ありて其(その)的中(てきちう)すべき

 宜(よろしき)を考(かんがへ)得たるときは食(くろ)ふべし必(かならず)しも平生()無病()
 の輩(ともから)はみだりに食(くろ)ふべからす
一 病(やまひ)に臨(のぞ)んで禁忌(きんき)を守(まも)らざれば其(その)病(やまひ)いへずと云
 は惣(そう)して病(やまひ)は薬気(やくき)を以(もつ)て治(ぢ)すべき物(もの)なるを薬(やく)
 気(き)よりも其性(そのせい)の勝(かつ)べき品(しな)を食(くら)へば其(その)薬効(やくこう)たゝ
 ず故(ゆへ)に其(その)禁忌(きんき)を厳重(げんじう)に守(まも)らざれば其(その)効(こう)立(たち)かた
 しされども諸病(しよびやう)ともにさし構(かま)ひなき食品(しよくひん)あり
 是又(これまた)しらざればなりがたし又(また)病(やまひ)の品(しな)によりて
 宜(よろしき)と不(よろしか)_レ宜(らざる)との差別(しやべつ)あり其(その)委(くわ)しきに至(いた)りては医(い)
 人(じん)に問(とひ)て明(あき)らかにすべし今其あらましを奥(おく)に
 しるし置ものなり

    禁好物(きんこうぶつ)篇(へん)
一 凡(およそ)諸病(しよびやう)各々(おの〳〵)宜(よろ)しき品(しな)と忌(いむ)べき品(しな)との分(わか)ちあれ
 ども又(また)何病(なにびやう)にも忌(いま)さる品(しな)もあり又(また)何病(なにやまひ)にても
 忌(いむ)べき品(しな)ありその二つの禁好物(きんこうぶつ)を左(さ)にしるし
 置(おく)なり又(また)其品(そのしな)によりて相畏(あひおそれ)相反(あひはんする)の品(しな)もあり其(その)

 委(くわ)しき事(こと)は医人(いじん)に尋(たづ)ねてしるべき事(こと)なれども
 先(まづ)其(その)あらましをしるし置(おく)なり

      諸病(しよびやう)に不(いま)ゝ忌(ざる)品(しなの)類(るいは)
一 麦(むぎ) 粟(あわ) 稷(きび) 赤小豆(あづき) 大豆(まめ)
  右(みぎ)之(の)品(しな)は諸病(しよびやう)共(とも)に忌(いま)ずしかし脾 胃(い)虚弱(きよじやく)にし
  て頻(しき)りに下利(げり)などする人(ひと)にはあまり宜(よろ)しか
  らず
一 白粥(しらかゆ) 茶粥(ちやがゆ) 醴(あまざけ)
  脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の人は能(よく)熟(じゆく)したるを用(もち)ゆべし尤(もつとも)白
  かゆは何人(なにひと)にても早朝(そうちやう)に食(しよく)すれは腹中(ふくちう)和(くわ)し
  てよし茶(ちや)がゆ醴(あまざけ)は至(いたつ)て脾(ひ)弱(よは)き人(ひと)は斟酌(しんしやく)すべ
  し全体(ぜんたい)粥(かゆ)は腹中(ふくちう)悪敷(あしき)人(ひと)には尤(もつとも)宜(よろ)しけれども
  気力(きりやく)つよき常人(つねびと)には胃湿(いしつ)を生(しやう)じて小便(せうべん)をゝ
  くなり気力(きりやく)うすくなる
一 萊菔(だいこん) 蕪青(かぶら)
  此(この)二品(ふたしな)諸病(しよびやう)に用(もちひ)て害(がい)なけれ共 地黄(じおう)を服(ふく)するも
  のは大根(だいこん)をいみ甘草(かんぞう)を服(ふく)する病人(びやうにん)にはかぶ
  らを忌(いむ)の説(せつ)あり是(これ)も薬(くすり)を服(ふく)する前後(ぜんご)一時(ひととき)ば
  かり忌(いめ)ばくるしからず

一 胡蘿蔔(にんぢん) 薯蕷(やまのいも) 甘藷(りうきういも) 
  毒(どく)なし何病(なにびやう)にてもくるしからずしかし味(あぢ)重(おも)
  き物(もの)なれは胸鬲(きやうかく)に泥(なづ)まぬやうに過食(くわしよく)せざれ
  ばよし
一 干瓢(かんひやう) 款冬(ふき) 越瓜(あさうり) 昆布(こんぶ) 冬瓜(かもうり) 浅草(あさくさ)のり
 麩(ふ)  鹿角菜(ひじき) 長芋(なかいも) 零余子(むかご)  午(ご)ぼう
 干蕪菁(ほしかぶら) 蒲公英(たんほゝ) 五加葉(うこぎ) 鶏腸菜(よめな) 菊葉(きくのは)
 宇登(うど) 葛(くず) 葛餅(くずもち) 蘘荷(めうが) 地膚(ほうきゞ) 萱草(くわんぞう)
 右之類(みぎのるい)何(いづれ)にても用(もちひ)てよし
一 飴(あめ) 蔗造菓(さとうぐわし)
  右(みぎ)は何(いづれ)にてもくるしからずしかし小児(せうに)には
  甘味(かんみ)過(すぐ)れば疳(かん)を生(しやうず)る故(ゆへ)に随分(ずいぶん)少(すこ)しくあたふ
  べし且 歯(は)の病(やまひ)ある者(もの)は宜(よろ)しからす
一 豇豆(さゝげ) 緑豆(ぶんとう) 蚕豆(そらまめ) 
  此類(このるい)も差(さし)かまひなけれとも脾胃(ひい)よはく下利(げり)
  する人(ひと)にはあまり宜(よろ)しからす蚕豆(そらまめ)は能(よく)く皮(かは)
  をさりて用(もちひ)てよし
一 狗脊(せんまい) 蕨(わらび)
  此二種(このにしゆ)は常(つね)の病人(びやうにん)にはくるしからず小児(せうに)痘 (とう)
  疹(しん)の後(のち)或(あるひ)は眼病(がんびやう)腹脹(ふくちやう)の病人(びやうにん)は食(くろ)ふべからす

一 梅干(むめぼし)
  小児(せうに)はよろしからず常(つね)の病人(ひやうにん)には少(すこ)しく塩(しほ)
  だしをして煮(に)て食(くら)へはくるしからず
一 海鰻鱺(はも) こち きすご 藻魚(もうを) 鱠残魚(しらうを)
 牡蠣(かき) 海参(いりこ) 石決明(あわび) 赤貝(あかゞい) 鰹節(かつほぶし) 海鷂魚(ゑび)
 鮟鱇(あんかう) 文鷂魚(とびうを) 古里(ごり) 蒲束(かまつか) 水母(くらげ) 蛤(はまぐり)
 沙魚(はぜ) 烏賊(いか)魚 蒲鉾(かまぼこ)《割書:海鰻(はも)にて作りたるを用ゆべ|しざつ魚にて作るは宜からず》 
  右(みぎ)の類(るい)何病(なにびやう)に用(もちひ)てもくるしからす病人にあ
  たふるは惣(そう)たひうすみそうす醤油(じやうゆう)にて用て
  よしたとひくるしからざる品(しな)といへどもあ
  まりに大食(たいしよく)飽食(ばうしよく)するはよろしからず尤(もつとも)五味(ごみ)
  ともに平等(べうどう)に食(くろ)ふをよしとす好品(よきしな)といへ共(ども)
  偏(ひとへ)に食(くろ)ふときは病(やまひ)を生(しやう)する基(もとひ)ともなりて宜(よろ)
  しからず

    禁物(きんもつ)篇(へん)
一 惣(そう)じて服薬(ふくやく)の人(ひと)は何(なに)にても気味(きみ)つよき油気(あふらけ)の
 類(るい)重(おも)き物(もの)の類(るい)薬気(やくき)に勝(かつ)の品(しな)は忌(いむ)べし食物(しよくもつ)薬気(やくき)
 に勝(かて)ば薬効(やくこう)立(たち)かぬる故(ゆへ)に忌(いむ)べきなり尤(もつとも)諸病(しよびやう)に
 よりてそれ〳〵の違(ちがひ)はあれども先(まづ)何(なに)にても忌(いむ)べ

 き品(しな)を左(左)にしるすなり
一 酒(さけ) 腫物類(しゆもつるい)の病人(びやうにん)水腫(すいしゆ)脚気(かつけ)又(また)小児(せうに)は決(けつ)して無
   用たるべし先(まづ)大概(たいがい)の病人(びやうにん)には忌(いむ)べきなり
   気欝(きうつ)したる者(もの)すへて順気(じゆんき)して宜(よろ)しき病(やまひ)に
   は少(すこ)しづゝ飲(のま)しむべし
一 油膩(あぶらけ)の物(もの) 惣(そう)じて服薬(ふくやく)の人(ひと)は忌(いむ)べし
一新米 風気(ふうき)を動(うこ)かし脾胃(ひい)をふさぐ故(ゆへ)に病人(ひやうにん)は
   食(くら)ふべからずしかし極上々(ごくじやう〳〵)の精米(せいまい)は粥(かゆ)に
   作(つく)りて食(くら)ふはくるしからず
一 餈(もち) 生化(しやうくは)しがたき品(しな)故(ゆへ)に病人(びやうにん)は忌(いむ)べし少(すこ)し煮(に)
   て食(くら)へはくるしからず瘡毒(そうどく)湿毒(しつどく)の類(るい)には
   一切(いつせつ)忌(いむ)べし小児(せうに)は過食(くはしよく)を忌(いむ)犬馬(けんば)これを食(くら)
   べは脚(あし)重(おも)くなりあるかず牛(うし)これを喰(くら)へは
   歯(は)落(おち)るなり重(おも)き事(こと)知(し)べし
一 麺類(めんるい) 血熱(けつねつ)の病(やまひ)脾胃(ひい)の病(やまひ)には禁(きん)ずべし冷(れい)麺は
   猶更(なをさら)なりうどんは少々(せう〳〵)くるしからす阿洲(そばきり)
   は積気(しやくき)癖塊(へきくわい)の類(るい)は少々(せう〳〵)用(もちひ)てよし
一 酢(す) 常体(つねてい)の病人(ひやうにん)には無用(むよう)薬食(くすりくい)には用(もち)ゆる症(しやう)有(あり)
一 生魚類(なまうをのるい) 前(まへ)の好物(かうぶつ)所(ところ)にある類はくるしからず
   惣(そう)じて作(つく)り身(み)すしなどの類(るい)は薬気(やくき)に勝つ


一 大魚類(おゝうをのるい) くじら ぶり ふか しびの類は油
   つよくして病人(びやうにん)大(おゝひ)に忌(いむ)べし
一 川魚類(かはうをのるい) 生(なま)にて食(しよく)するはよろしからす病(やまひ)によ
   りて鯉(こい)鮒(ふな)鰻鱺(うなぎ)の類(るい)を用る事は餌食篇(くすりぐいへん)に
   委(くわ)し
一 葷菜類(くさきものゝるい) にら にんにく ねき 薤(らつきやう) 野びる
   の類(るい)は気(き)つよくして薬気(やくき)にかつの品(しな)なれ
   ば服薬(ふくやく)の者(もの)は宜(よろ)しからず
一 菌(くさひら)類 松だけは逆上(ぎやくじやう)つよき品(しな)ゆへに病人(びやうにん)によ
   ろしからす しめじは味(あぢ)かるき品(しな)なれば
   少々(せう〳〵)用(もちひ)てもくるしからす しいたけは重(おもき)
   病(やまひ)によろしからず なめたけ 初(はつ)たけ
   しゝたけ 岩(いわ)たけ せうろ 栗(くり)たけ
   はりたけ 鼠(ねずみ)たけ 紅(べに)たけ 此類(このるい)有毒の
   品にもあらざれども病人は決(けつ)して食ふべ
   からず 木耳(きくらげ)は生化しがたきゆへに用べ
   からず
一 青菜(あをな)類 つまみな かいわりな ちさ かぶ
   らな みづなの類は諸病(しよびやう)とも少々(せう〳〵)用てく

   るしからず せり みつ葉(は) 葉にんじん
   の類(るい)は気味(きみ)つよき品(しな)ゆへに斟酌(みはからい)すべし尤
   山帰来(さんきらい)の入たる薬(くすり)服用(ふくよう)の人は一切の青(かを)な
   を忌べし
一 豆腐(とうふ) 製(せい)するに塩(しほ)のにがりを以(もつ)てする故(ゆへ)に病
   人は先(まづ)は食ふべからず能(よく)気(き)をふさぎ脾胃(ひい)
   に滞(とゞこ)りやすし瘡疥(そうかい)頭風(づふう)の類(るい)には別(へつ)してよ
   ろしからず
一 褐腐(こんにやく) 製(せい)するに石灰(いしばい)を用るがゆへに消(しやう)しがた
   し病人 小児(せうに)など決(けつ)して食(くろ)ふべからず癲癇(てんがん)
   を病(やん)だる者(もの)は終身(しうしん)食(くろ)ふべからず
一 筍(たけのこ) 逆上(ぎやくじやう)する病人(びやうにん)によろしからず多(おゝ)く食(くら)へば
   口中(こうちう)に瘡(くさ)を発(はつ)する事(こと)あり
一 栗(くり) 化(くわ)しがたき品(しな)故(ゆへ)に多(おゝ)く食(くろ)ふべからず
一 芋(いも) かしらいも 唐(とう)のいも たゞいもの子(こ)皆(みな)
   化(くわ)しがたき品(しな)故(ゆへ)に気(き)を滞(とゞこ)らしてあしゝ然(しか)し
   至(いたつ)て少(ちいさ)さき子芋(こいも)は其気(き)うすき故に少々(せう〳〵)食
   ふてくるしからず
一 慈姑(くわへ) 同上
一 青魚(さば) 病人(びやうにん)此(この)すしを食(くろ)ふべからす白朮(ひやくじつ)を(ふく)服す  
  

   る人(ひと)にはさばを忌(いむ)べし
一 章魚(たこ) 石距(あしなかたこ) くもだこ皆(みな)小毒(せうどく)あり脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の
   人(ひと)積塊(しやくくわい)瀉利(しやり)の人 消(しやう)しがたき品(しな)故(ゆへ)に惣(そう)じて
   服薬(ふくやく)の人(ひと)食(くら)ふべからずいゝたこは性(せい)味(み)少(すこ)
   し軽(かる)し病人すこしは食(くら)ふとも害(がい)なし
一 田螺(たにし) 功能(こうよき)はをゝしといへども脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の人
   はくらふべからず
一 鱅魚(このしろ) 瘡疥(そうかい)を発(はつ)す病人(ひやうにん)食(くら)ふべからず
一 蟹(かに) 種類(しゆるい)多(おゝ)き品(しな)なり諸(しよ)蟹(かに)とも小毒(せうとく)あり別(べつ)して
   妊婦病人は食(くら)ふべからず
一 鰛(いわし) 痰(たん)多(おゝ)き人(ひと)瘡疥(そうがい)ある人は食ふべからす油(あぶら)つ
   よくして下品(げひん)なり病人はよろしからず
一 仁志牟(にしん) かずのこ 脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の人 腫物類(しゆもつるい)ある
   人は食ふべからず化しがたし
一 志伊良(しいら) 油(あぶら)多(おゝ)し病人 食(くら)ふことなかれ
一 鰕(ゑび) いせゑび くるまゑびともに小毒(せうどく)あり病
   人 食(くら)ふ事なかれ
一 河豚(ふぐ) 大毒(だいどく)ある品(しな)あれは食(くら)ふ事(こと)なかれ
一 鯣(するめ)・しやくなけ
   いつれもかたくして脾胃(ひい)弱(よわ)き人 食(くら)べからす

一あみしほから あみざこよろしからず
一 鳥類(とりるい) 諸鳥(しよてう)各(おの〳〵)其(その)功能(こうのう)あり是(これ)は餌食(じしよく)の篇(へん)に出(いだし)た
  り先(まづ)脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の病(やまひ)或(あるひ)は血熱(けつねつ)腫物(しゆもつ)の類(るい)に油(あぶら)つ
  よき品(しな)なればみだりに食(くら)ふべからず若(わか)き者(もの)
  は尚更(なをさら)無用たるべし
一 獣肉(じうにく) 是(これ)も同上 鳥(とり)よりも猶(なを)一段(いちだん)つよきもの
  なれば病人(びやうにん)は別(べつ)して食(くら)ふべからず
   右(みぎ)之(の)外(ほか)異物(いぶつ)の類(るい)は何にても病人は謾(みだ)りに
   食(くら)ふべからず

    相反篇
一 凡(およそ)食物(しよくもつ)中(のうち)に相畏(あいおそれ)相反(あいはんす)と云事(いふこと)あり相畏(あいおそる)の物(もの)は或(あるひ)
 は効(こう)をなし或(あるひ)は其(その)毒(どく)を制(せい)する事(こと)をなす相反(あいはんする)の
 品(しな)は或(あるひ)は人(ひと)を害(かい)し或は病(やまひ)に害(かい)あり故(ゆへ)に俗人(ぞくじん)も
 此(これ)を喰合(くひあわせ)と云 是(これ)を明(あき)らかにせざれば其(その)禍(わさはい)をう
 く今(いま)あらかたをしるす委(くわ)しき事(こと)は医人(いじん)に問(とふ)て
 明(あきらか)にすべし別(べつ)して服薬中(ふくやくちう)に反(はん)する物(もの)などは詳(つまびらか)
 に弁(わきも)ふべし
一 餈(もち)・と酒(さけ)と同(おな)じく食(くら)へは酔(ゑふ)て醒(さめ)がたしと古(いにし)へ
  よりいへどもおしなべて世上(せじやう)に食(くら)ふもの多(おゝ)

  けれども其害(そのかい)を見ず然(しか)れども本(もと)より合(あひ)がた
  き品(しな)なれは先(まづ)は慎むべし
一 蕎麦(そば)と 猪肉(ちよにく)羊肉(ようにく)と同(おな)じく熱食(ねつしよく)すれば熱瘡(ねつそう)を
  やみ眉(まゆ)髪(かみ)脱落(だつらく)す
一 薬中(くすりのうち)に 地黄(ちおう)の入(いり)たる人には莢菔(だいこん)葱(ねぎ)を忌(いむ)とあ
  れとも葱(ねぎ)はかろし大根(だいこん)は重(おも)し
一 荊芥(けいがい)を 服(ふく)する人は一切 生魚(なまうを)を制(きん)す
一 反鼻(はんひ)の 薬中に入たる人は煙草(たばこ)を飲(のむ)べからず
  煙草(たばこ)のやに諸蛇(しよじや)の気(き)にかつゆへに薬効(やくこう)たち
  かたし
一 甘草(かんぞう)を 服(ふく)する人(ひと)蕪菁(かぶら)を食(くら)ふべからすと古説(ふるきせつ)
  にあれども是(これ)は大害(たいかひ)を見すされとも古説(こせつ)に
  従(したがふ)べし
一 索麺(そうめん) と枇杷(びわ)と同(おな)じく食(しよく)すれは黄疸(おうだん)をやむ
一 鮒(ふな)と 芥の葉(は)と同食(どうしよく)すれば水腫(すいしゆ)をやむ
一 蓴菜(じゆんさい) 酢(す)に和(くわ)して食へは骨痿(ほねなへ)せしむ
一 甜瓜(まくわ) 油気(あぶらけ)と餅(もち)とに反(はん)すまた淋疾(りんしつ)をやむ人(ひと)は
 諸瓜(しよくわ)ともに忌(いむ)べし
一 蓼(たで)・生姜(しやうが)と同食(どうしよく)すれは人気(じんき)を脱(だつ)す蒜(にんにく)と同食(どうしよく)す
  れは淋(りん)をなす

一 黒(くろ)大豆(まめ) 人参(にんじん)の毒(どく)を解(け)す故(ゆへ)に参(じん)を服(ふく)する者(もの)は
  忌(いむ)べし厚朴(かうぼく)卑麻子(ひまし)と相反(あいはん)す
一 茶(ちや) 榧(かや)の実(み)山帰来(さんきらい)威霊仙(いれいせん)を服(ふく)する人(ひと)は飲(のむ)べか
  らず
一 沙糖(さとう) 筍(たけのこ)と甜瓜(まくわ)とに同食(とうしよく)をいむ
一 海藻(もぞく) 服薬(ふくやく)の人(ひと)に一切(いつせつ)いむ
一 柘榴(ざくろ) 右(みぎ)に同(おな)じ
一 李(すもゝ) 雀(すゞめ)と同食(どうしよく)すべからず蜜(みつ)と相反(あいはん)す
一 梅実(むめ) 黄精(おうせい)を服する人にいむ
一 桃(もゝ) 白朮(びやくじつ)を服する人にいむ
一 銀杏(ぎんあん) うなぎと同食(どうしよく)をいむ
一 胡桃(くるみ) 酒(さけ)と同食をいむ
一 焼酒(しやうしゆ) 生姜(しやうが)蒜(にんにく)と三物(さんぶつ)同食すれは痔(ぢ)を生(しやう)ず
一 熱湯(ねつとう) 銅器(あかゞねのうつわもの)にて濃(こ)く煮(に)たる熱湯(ねつとう)は声(こゑ)を損(そん)ず
一 鯉(こひ) の黒血(くろち)に毒(どく)あり食ふべからず
一 鮒魚(ふな) 沙糖(さとう)と同食すれは疳(かん)の虫(むし)を生(しやう)ず芥子(からし)と
  同食すれは水腫(すいしゆ)をなす麦門冬(ばくもんどう)と同食すれば
  人を害(かい)す
一 河豚(ふぐ) 煤(すゝ)の入(いり)たる時(とき)は毒(どく)猛(さか)んになると本草(ほんぞう)に
  見へたれとも此(この)説(せつ)疑(うたがは)し愚按(ぐあん)するに河豚(ふぐ)は一

  種(しゆ)大毒(だいどく)のある品(しな)あるべし其(その)有毒(ゆうどく)と無毒(むどく)の品
  を見分(みわけ)る事(こと)かたし故(ゆへ)に若(もし)有毒の品にあたる
  ときは頓(とん)に命(めい)を失(うし)ふかゝる恐(おそ)るべき品なれ
  ば無毒の品たりとも決(けつ)して食ふべからす古
  より種々(しゆ〴〵)の解毒(げどく)の薬(くすり)ありといへとも所詮(しよせん)大(だい)
  毒(どく)のあたりたるは解毒する事あたはずと心(こゝろ)
  得(え)べし

     餌食篇
一 餌食(じしよく)は薬喰(くすりぐい)の事(こと)なり凡そ食物(しよくもつ)能毒(のうどく)の事(こと)は世(よ)に
 食性(しよくせう)の書(しよ)あまたあれは其書(そのしよ)に付(つい)て需(もと)めしるべ
 し前段(せんだん)に述(のぶ)るごとく古(いにし)への食医(しよくい)の食(しゆく)を以(もつ)て病(やまひ)
 を治(ぢ)するのいちしるしき事のみをこゝにあげ
 てしめすものなり今世(きんせい)の医(い)はみたりに食物(しよくもつ)の
 禁忌(きんき)のみを語(かた)りて却(かへつ)而(て)服薬(ふくやく)にましたる功(こう)あり
 て病(やまひ)に利(り)ある食物(しよくもつ)もすてゝ論(ろん)ぜず今(いま)予(よ)が論(ろん)す
 る所(ところ)は喰(くら)ふて病(やまひ)にいちしるしき功(こう)あるを試(こゝろ)み
 たる物品(ぶつひん)をゑらびてしるすのみしかし薬喰(くすりぐい)は

 過食(くはしよく)する時(とき)は大(おゝい)に害(かい)あり宜(よろ)しく節(せつ)にして喰(くは)し
 むべし惣(そう)じての食品(しよくひん)は数多(かずおゝ)き事なれはのせす
 唯(たゞ)此篇(このへん)は薬喰(くすりぐい)になるべき品(しな)のみをしるし置(おく)也
一 麦飯(むぎめし) 胸(むね)を寛(ゆる)くし気(き)を下(くだ)し積聚(しやくじゆ)を消(せう)し食(しよく)をす
 すむ此(この)物(もの)摂生家(やうぜうか)の常食(じやうしよく)にして身体(しんたい)に適(かな)ふの良
 穀(こく)なり農民(のうみん)は常(つね)に是を喰(くら)ふ故(ゆへ)に腹中(ふくちう)積聚(しやくじゆ)なく
 心体(しんたい)堅固(けんご)なりしかし至(いたつ)て脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)なる人(ひと)は却(かへつ)
 てあらくあたりて腹内(ふくない)をすかし過(すご)して下利(けり)を
 なす事もあり斟酌(くみはかり)すべし○腹満膨脹(ふくまんほうちやう)の水腫(すいしゆ)に
 他食(たしよく)を捨(すて)て唯(たゞ)麦(むぎ)と小豆(あづき)斗りを食(しよく)して服薬(ふくやく)する
 時(とき)は水気(すいき)を利(り)する事 神妙(しんめう)の功(こう)あり○飴(あめ)を作(つくる)に
 麦芽(ばくげ)の力(ちから)を以(もつ)て忽(たちま)ち化(くは)するを見るときは腹中(ふくちう)
 の塊(くはい)を消(せう)するの功(こう)しるべし常(つね)に肉食(にくしよく)勝(がち)なる人(ひと)
 などは時々(とき〴〵)是(これ)を喰(くら)ふて大(おゝい)によし
一 大豆(まめ) 日用(にちよう)の良菜(りやうさい)にして味噌(みそ)醤油(しやうゆ)豆腐(とうふ)種々(いろ〳〵)の
 味(あぢ)となりて民用を助(たすく)る事 大(おゝい)なり唯(たゞ)煮(に)て食(くら)ふは
 胃虚(いきよ)泄瀉(せつしや)の人によろしからず○胸膈(きやうかく)いたみ胸(きやう)
 中(ちう)もたへ苦(くる)しむに能(よく)炒(い)りて山巵子(くちなわし)と等分(とうぶん)にし
 て煎(せん)じ用(もちい)て即効(そくこう)あり○黒大豆(くろまめ)は豆中(まめのなか)の上品(ぜえうひん)故(ゆへ)
 に薬用(やくよう)には是(これ)を用(もちゆ)るをよしとす諸薬(しよやくの)毒(どく)を解(げ)し

 別(べつ)して人参(にんじん)の毒(どく)にあたりてもたへ苦(くる)しむには
 水煎(みづせんし)して服(ふく)すれは即効(そくこう)あり
一 胡麻(ごま) 平食(へいしよく)には白(しろ)き方(かた)油(あふら)多(おゝ)くしてよし服薬(ふくやく)餌(じ)
 食(しよく)には黒(くろ)き方(かた)をよしとす俗間(ぞくかん)に服薬(ふくやく)の病人(びやうにん)に
 は是(これ)を禁(きん)す愚按(ぐあん)するに此品(このしな)脂(あふら)ありといへとも
 本(もと)胃(い)を開(ひら)き食(しよく)を進(すゝ)むるか故(ゆへ)に胃中(いちう)に稠粘(てうねん)せず
 故(ゆへ)に用て害(かい)なし○黒胡麻(くろごま)は補腎(ほじん)の良薬(りやうやく)とす延(ゑん)
 年(ねん)不老(ふろう)の説(せつ)は妄(もう)に近(ちか)しといへども平生(へいぜい)餌食(じしよく)す
 れは五臓(ごぞう)の津液(うるほひ)を補(おきな)ひ気力(きりやく)をまし肌肉(きにく)を充(みた)し
 むるの効(こう)ありて甚(はなはだ)好品(こうひん)なり
一 赤小豆(あづき) 湿(しつ)を燥(かわ)し水気(すいき)を利(り)し乳汁(にうじう)を通(つう)し酒毒(しゆどく)
 を去(さ)る○腹満(ふくまん)腫脹(しゆてう)の病(やまひ)に赤小豆(あづき)薬(くすり)敦(とん)阜剤など
 云(いふ)て用(もち)ゆる薬(くすり)あり常(つね)の米食(へいしよく)を減して麦(むぎ)小豆(あづき)の
 みを用ゆる薬なり甚(はなはだ)良効(りやうこう)あるくすりなり〇一切
 瘟疫(はやりやまひ)痢病(りびやう)なと流行(はやる )の節(せつ)預(あらかじ)め煎(せん)し服(ふる)するときは
 其 伝染(うつる)する事を免(まぬか)る○痘瘡(ほうそう)を軽(かろ)くし預(あらかじ)め防(ふせ)が
 んと思ふ節(せつ)は赤小豆(あづき)黒大豆(くろまめ)菉豆(ぶんとう)《割書:各三匁》甘草(かんぞう)《割書:一》
 《割書:匁》を水にてせんじ汁(しる)を飲(のま)しめ意(い)に任(まか)せて豆(まめ)を
 喰(くらは)しむれは痘瘡(ほうそう)急発(きうはつ)を免るゝ事 三因方(さんいんほう)に出(いて)た
 り試効(こゝろみるにこう)ある事なり

    塩(しほ)造(そう)醸(しやう)類
一 塩(しほ) 諸味(しよみ)を調和(てうくわ)するの第一(だいいち)にして民生(みんせい)日用(にちよう)の
 冠(かしら)たり其(その)功能(こうのう)も多(おゝ)く実(まこと)に人(ひと)を助(たす)くへき品(しな)なり
 其(その)性(せい)腎(じん)に入(い)るを以(もつ)て気(き)を降(くだ)し物(もの)を堅(かた)むるの最(さい)
 上(ぜう)なり○毎朝(まいちやう)塩を以(もつ)て歯(は)にすりぬり水(みづ)にて漱(そゞぎ)
 き其(その)水にて目(め)を洗(あら)ふときは歯(は)を固(かた)め目(め)を明(あきらか)に
 する事 妙(めう)なり日々 懈(おこた)らされは老年(ろうねん)にいたりて
 も目(め)歯(は)丈夫(じやうぶ)にして衰(おとろ)へず○霍乱(くはくらん)中暑(ちうしやう)滞食(たいしよく)の諸(しよ)
 病(びやう)にて心腹(しんふく)卒痛(そつつう)して苦(くる)しむ者 一切(いちさい)胸中(けうちう)に痰沫(たんまつ)
 あつまりて堪(たへ)がたき症(しやう)に塩湯(しほゆ)を作(つく)りて頻(しき)りに
 飲(のま)しむれはたちまち吐(と)して胸中(けうちう)さつぱりとな
 る是(これ)は軽(かる)き吐剤(とさい)にして甚(はなはだ)妙功(めうこう)ある聖方(せいはう)なり○
 諸(しよ)毒虫(どくむし)のさしたるに洗(あら)ひてよし○風湿(ふうしつ)の皮膚
 に欝(うつ)して痛(いた)むにまたは疝気(せんき)腰痛(こしいたみ)冷(ひへ)痺(しひれ)下部(げぶ)の順(めぐら)
 ざる諸病(しよびやう)に塩(しほ)ごもを入(いれ)たる浴湯(よくとう)にて温(あたゝ)めてよ
 く順(めぐ)るなり○目疣に度々(たび〳〵)塩水(しほみづ)にて洗(あら)ひてよし
 ○虫を殺(ころ)し瘡腫(そうしゆ)の毒(どく)を消(け)し一切 癥瘕(てうか)積塊(しやくくわい)の類(るひ)
 にてもかたきを和(やわら)くるの功(こう)甚(はなはだ)妙(めう)なり○火灼(やけど)瘡
 に塩湯(しほゆ)にて度々(たび〳〵)洗(あら)へばひりつきもとまりてよ
 し

一 酒(さけ) 気(き)を順(めぐ)らし欝(うつ)をひらき寒(かん)を温(あたゝ)め暑(しよ)を消(け)し
 風湿(ふうしつ)を散(さん)じ邪悪(しやあく)を去(さ)り禽獣(きんぢう)菜蔬(さいそ)の毒(どく)を解(げ)し心(こゝろ)
 を愉快(ゆくはい)にし興(けう)を催(もよほ)し人(ひと)を楽(たの)しましむる事 諸薬(しよやく)
 の及ぶところにあらず古人(こじん)称(しやう)して百薬(ひやくやく)の長(ちやう)と
 する事 宜(むべ)なるかな唯(たゞ)平日(へいじつ)微酔(ひすい)に飲(のみ)て過(すぎ)ざるを
 肝要(かんよう)とするなり酣飲(かんいん)放恣(ほうし)にして謾(みだ)りに飲(のむ)とき
 は神(しん)を損(そん)し精(せい)を亡(ほろ)し其(その)害(かひ)勝(あげ)て数(かぞふ)べからず甚(はなはだ)し
 き時(とき)は其(その)天年(てんねん)を失(うしな)ふにいたる恐(おそ)るべきのいた
 りなり○血分(けつぶん)を順(めぐ)らす諸薬(しよやく)の内(うち)に入て能(よく)其(その)患(うれ)
 ふる所(ところ)にいたらしむる妙効(めうこう)あり○ 久瘧(きうぎやく)治(ぢ)しか
 ねたる時は意(こゝろ)に任(まか)せて冷酒(れいしゆ)を随(すい)分飲(のむ)たけのま
 しめて能(よく)寐入(ねいら)しめて睡中(すいちう)寒熱(かんねつ)を覚へずさめて
 忘(わす)るがごとくいゆるなり是(これ)予(わか)試みたる所なり○
 一切(いつさい)打撲(うちみ)に用る愛洲(あいす)を温酒(うんしゆ)にて随分(すいぶん)余計(よけい)に飲(のま)
 しめて臥(ふ)さしむるときは大によし○薬酒(くすりざけ)の類(るい)
 は種々(しゆ〴〵)あるものなり其(その)製(せい)する家に付て其(その)功用(こうよう)
 を詳(つまひらか)にして用ゆべし
一 焼酒(せうちう) 胸膈(けうかく)を快活(くわいくわつ)にし諸(しよ)冷(れい)積(しやく)欝(うつ)結(けつ)の諸(しよ)病(ひやう)を開(ひら)
 き諸(しよ)気(き)を通(つう)する事神のことし蘭薬(らんやく)製煉(せいれん)に多(おゝ)く
 此を用て薬気(やくき)の猛盛(もうせい)なるを尊む事あり○膈噎(かくいつ)

 の類(るい)に用てしはらく食(しよく)を通(つう)する事 妙(めう)なり○虫(むし)
 歯(は)の痛(いた)みつよきにしはらく含(ふく)みて吐時(はくとき)は口中
 悪穢(あくえ)の気(き)をさりてよし○痛風(つうふう)の類(るい)或(あるひ)は痛処(いたむところ)腫(はる)
 る事あるにすこしつゝぬりてよし○胸痺(けうひ)心痛(しんつう)
 などに薤白根(がいはくこん)をとり焼酒(せうちう)にひたし置(おき)少しつゝ
 用れは妙(めう)なり
一 酢(す) 諸(もろ〳〵)の瘡腫(そうしゆ)をいやし積塊(しやくくはい)を消(しやう)し痰水(たんすい)を逐(お)ひ
 瘀血(をけつ)を消(しやう)し魚肉菜(きよにくさい)諸虫(しよちう)の毒気(とくき)を殺して諸(もろ〳〵)の関(くわん)
 竅(けう)を開(ひら)くの聖剤(せいさい)なり○苦酒(くしゆ)湯とて咽喉(いんこう)腫塞(はれふさか)り
 声(こへ)出す勺(しやく)飲も通(とを)らぬに鶏卵(けいらん)に半夏(げ)の末(まつ)を入(い)れ
 酢(す)にて能(よく)煮(に)て少しつゝ用る時は咽喉(いんこう)乍(たちま)ち開(ひら)く
 事妙なり○産後(さんご)血暈(けつうん)にて人事(にんじ)をしらざるに石
 を赤く焼て酢(す)をそゝぎ掛(かけ)けて鼻(はな)に嗅(かゞ)すときは
 忽(たちま)ち蘇(よみかへる)るなり○湯火傷(やけど)に頻(しきり)りにぬりてよし○
 惣(そう)じて何(なん)の痛(いた)みにても和(やわら)ぐるには酢(す)と酒(さけ)と合(がう)
 半にして諸薬(しよやく)に和(くは)して洗(あら)ふときは甚妙なり是
 予(よが)試(こゝろむ)効(こう)尤多し
一 飴(あめ) 脾胃(ひい)を和(くは)し虚冷を補(おきな)ひ肺(はい)を潤(うるほ)し咳嗽(せき)をや
 む腹中(ふくちう)拘攣(こうれん)を緩(ゆる)くするを第一の功(こう)とす建中湯(けんちうとう)
 に用て其功(そのこう)著(いちし)るし○金鉄(きんてつ)の肉(にく)に入るに白飴(しろあめ)を

 付(つけ)て出るなり○痰咳(たんがい)頻(しき)りに出て咽(のんど)につまるに
 生姜(しやうが)を和(くわ)して飲(のめ)は忽(たちま)ちひらくなり○小児 乳汁(ちゝの)
 かわりに用てよし然(しか)れとも此物(このもの)火を動(うこ)かし痰(たん)
 を生ず或(あるひ)は虫(むし)を生ずる事もあり故(ゆへ)に多食(たしよく)せし
 むれは口中 腐爛(ふらん)して宜(よろ)しからす斟酌(しんしやく)して用ゆ
 べし
一 味噌(みそ) 豆油(しやうゆ) 納豆(なつとう) 麹(かうじ) 糠味噌(ぬかみそ) 糕(たんご) 粽(ちまき)
 酒糟(さけのかす) 麩(ふ) 葛餅(くずもち)の類(るい)数品(すひん)の能毒(のうどく)ありといへ共
 諸書(しよ〳〵)に委(くわ)しけれはこゝにはもらしぬ此篇(このへん)は只(たゞ)
 其(その)餌食(じしよく)となるべき品のみを挙(あぐ)るのみ其他(そのほか)は宜(よろし)
 きをはかりて用べし
一 河漏(そはきり) 気(き)を降(くた)し胸(むね)を寛(ゆる)くし腸胃(ちやうい)の滓穢(さゑ)積滞(しやくたい)の
 類(るい)を去(さ)る常に膏梁(むまきもの)を喰(くら)ふものは時々(とき〳〵)食(しよく)してよ
 し脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の人及ひ病人(ひやうにん)小児(せうに)脱血(たつけつ)の後(のち)は食(しよく)せ
 しむる事なかれ俗(ぞく)中に此 品(しな)を過食(くはしよく)して熱湯(ねつとう)に
 浴(よく)すれば忽(たちま)ち死(し)すと云 或(あるひ)は卒中風となる誠(まこと)に
 しかり過食(くわしよく)せざれは其害(そのかい)なし○痢疾(りしつ)を病者(やむもの)初(しよ)
 起(き)より此 品(しな)を用ゆれば能(よく)毒(どく)を下して裏急(りきう)の患(うれ)
 へ少(すく)なし早(はや)く腸胃(ちやうい)の湿熱(しつねつ)をさるが故(ゆへ)なり病人(ひやうにん)
 嫌(きら)ふ事なくば初(はしめ)より他食(たしよく)せずしてこの品のみ

 を用(もち)ゆれば其(その)しるし速(すみやか)なり○婦人(ふじん)血積(けつしやく)ありて
 腸胃(ちやうい)に湿熱(しつねつ)をむすび兎角(とかく)大便(だいへん)通(つう)しかぬるには
 折々(おり〳〵)用れは能(よく)通(つう)してよし
一 餈(もち) 腸(ちやう)を厚(あつ)くし気(き)をまし中を緩(ゆる)くし気(き)を補(おきの)ふ
 過食(くわしよく)すれは其性(そのせい)熱物(ねつぶつ)故(ゆへ)に胃中(いちう)に稠粘(てうねん)して化(くわ)し
 がたし臘中(かんちう)に製(せい)したるもちは別(べつ)してよし○久(ひさ)
 しく泄瀉(くだりはら)するに日々少しづゝ食してよし○老(ろう)
 人(じん)小児(せうに)夜中(やちう)度々(たひ〳〵)小便(せうへん)に起るには小餅(もち)を一つ二つ
 を食(しよく)して臥(ふ)すときは小便(せうへん)を縮(しゆく)する事妙なり○
 婦人(ふじん)産後(さんご)に鰹魚(かつを)を和(くわ)し味噌汁(みそしる)にて煮(に)食(くら)ふ事 民(みん)
 俗(ぞく)の習(ならい)となりてあり気脱(きたつ)を補(おきの)ふの義なりこれ
 良(よき)餌食(くすりぐひ)なり○小児(せうに)痘瘡(ほうそう)内陥(ないかん)大人(たいしん)癰疽(ようそ)一切(いつさい)の腫(しゆ)
 物口あかず腫上(はれあか)り遅(おそ)き者(もの)は味噌汁(みそしる)にて喰(くら)へは
 妙々(めう〳〵)なり

    菜類
一 萊菔(たいこん) 胸膈(けうかく)を寛(ゆる)くし大(おゝい)に気(き)を下(くた)し穀(こく)を消(せう)し中(うち)
 を和(くわ)し痰澼(たんへき)をさる麺類(めんるい)の毒(どく)を解(け)し豆腐(とうふ)の毒(どく)を
 除(のそ)き酒毒(しゆどく)を消(け)し魚肉(ぎよにく)の毒(とく)を制(せい)するの功(こう)あり○
 煙草(たはこ)を吸(す)ひむせて死(し)せんと欲(ほつ)するにいたるも

 の生(なま)にて喰(くら)へば忽(たちまち)ちいゆ○胸膈(けうかく)の内に痰飲(たんいん)ふ
 さがりむねたへかたきものは熱湯(ねつとう)に大根のお
 ろしを入れ撹(かきま)ぜ飲(のま)しむれは大(おゝひ)によし予(われ)多年(たねん)
 利胸(りけう)の薬(くすり)にだいこんおろしをかきまわし効(こう)を
 得(え)る事多し○頭痛(づつう)甚しき症(しやう)に大根のおろし
 を少しつゝ鼻中(はなのなか)へそゝぎ入れば忽(たちま)ち治する也
 左(ひだ)り病(やむ)むは左(ひだ)へ入(い)れ右なれば右の方へ入る両(りやう)
 方ならば左右(さゆう)ともにそゝぎ入るなり妙々なり
 ○干葉茎(だいこんのほしば)水(みづ)にてせんし浴湯(ゆあみ)すれば能(よく)湿(しつ)を逐(お)ひ
 血(ち)を和(くは)し水を利(り)する事妙々なり婦人(ふじん)乾血(かんけつ)ある
 の症(しやう)腰湯(こしゆ)をさせて妙々(めう〳〵)なり
一 生姜(しやうが) 風(ふう)寒(かん)湿(しつ)の邪(じや)を散(さん)じ胃口(いこう)をひらき飲食(いんしよく)を
 すゝめ嘔吐(おうと)をやめ痰(たん)喘(ぜん)咳(がい)嗽(そう)を治(ぢ)し気(き)を下(くだ)し欝(うつ)
 を解(げ)す按(あん)ずるに脾(ひ)の津液(うるほひ)を順(めぐ)らし営衛(えひゑ)を和(くわ)す
 るの先導(みちびき)となる品(しな)故(ゆへ)に諸(しよ)服薬(ふくやく)に古人(こじん)多く加(くわ)へ
 用(もち)ゆ聖人(せいじん)棄(すて)すして食(くら)ふとの給(のたま)ふは能(よく)胃口(い・こう)を開(ひら)
 きて常食(じようしよく)を和(くわ)する剤(さい)には最(さい)第一(だいいち)たるを以(もつ)て也
 ○姜茶煎(きやうさぜん)とて痢病(りひやう)流行(りうこう)の節はあらかじめふく
 して免(まぬか)る方あり生姜(しやうが)三匁(さんもんめ)を能(よく)せんじ上茶をせ
 んじ出し用れば甚よし○諸(しよ)咳嗽(がいそう)甚(はなはだ)つよきに飴(あめ)

 に生姜(しやうが)を加(くわ)へて煎(せん)じ服(ふく)すれははなはだ効(こう)あり
 ○嘔吐(ゑづき)甚(はなはだ)しき病人(びやうにん)に医者(いしや)多く半夏(はんげ)を用て一向
 嘔(ゑづき)もます〳〵甚(はなはだ)しく煩悶(もだへ)苦(くる)しむには生姜(しやうが)ばか
 り二三匁せんし服(ふく)すれば半夏(はんげ)の毒(どく)をさりて大(おゝい)
 によし
一 蕃椒(とうからし) 胃口(いこう)をひらき宿食(しゆくしよく)を消(しやう)し結気(けつき)を解(と)き心(しん)
 胸(けう)の痞悶(ひもん)を除(のぞ)き疝癥(せんてう)をくだき悪血(をけつ)を破(やぶ)り痰(たん)を
 駆(か)り喘(せん)をやめ腥(せい)気をさる事妙なり○風毒(ふうどく)腫(しゆ)遍(へん)
 身(しん)の痛(いたみ)あるに蕃椒(とうからし)の末(まつ)糊(のり)に和(くわ)して伝(つゝ)れば忽(たちま)ち
 腫 出(いで)ていゆ○西瓜(すいくわ)を過食(くわしよく)して毒(どく)にあたりたる
 に蕃椒(とうからし)を食らへば忽(たちま)ちいゆ○近世(きんせ)後藤(ごとう)家(け)の医(い)
 流(りう)一切の痼疾(こしつ)に多食(たしよく)せしめて其(その)功(こう)を得(う)るの治(ぢ)
 験(けん)を専(もつは)ら唱(との)ふ此(この)説(せつ)賤民(せんみん)の痼滞(こたい)の病(やまひ)を除くに用
 て宜(よろ)しかるべし然(しか)れとも偏味(へんみ)の害(かい)ありて上衝(しやう〳〵)
 の病(やまひ)を生(しやう)じかへつて吐血(とけつ)咳血(かいけつ)なとするにいた
 るものあるべし能(よく)其(その)症(しやう)を明(あきら)めて与(あと)ふべきこと
 なり○蕃椒(とうがらし)数種(しな〴〵)あり右(みぎ)の餌食(くすりぐい)にするは随分(すいぶん)あ
 かく大(おゝい)なる品(しな)を用てよし
一 芥(からし) 胸膈(けうかく)を利(り)し翻胃(ほんい)を止(やめ)痰(たん)をひらく鼻(はな)いたみ
 てふさがりたるに食(くら)ふてよし○風毒(ふうどく)腫甚しく

 諸(もろ〳〵)の腫瘍類(しゆやうるい)諸 癰腫(ようしゆ)に細末(さいまつ)にして熊胆(ゆうたん)に和(くわ)して
 付(つけ)てよし○久瘧 愈(いへ)かぬるに細末(さいまつ)し糊水(のりみづ)に和(くわ)し
 て紙(かみ)にのへ後髪際(うしろのかみのはへきわ)に付てよし
一 蓼(たて) 一切(いつさい)邪悪(しやあく)の気(き)を防(ふせぎ)きてあたらさらしむ目(め)
 を明(あきらか)にし水気(すいき)を下す○夏月(かげつ)浴湯(よくとう)にすれは中暑(ちうしよ)
 霍乱(くわくらん)の気(き)を避(さ)ると云 説(せつ)ありて俗(ぞく)中に専(もつは)ら是(これ)を
 行(おこの)ふ者(もの)多(おゝ)し試(こゝむ)るに其(その)しるしあり
一 山葵(わさび) 欝(うつ)を散(さん)し汗(あせ)を発(はつ)し積滞(しやくたい)を消(しやう)す魚鳥(ぎよてう)の毒(どくを)
 解(げ)し蕎麦(そば)の毒(どく)を消(け)す○歯痛(はいたみ)甚(はなはだ)しく口中(こうちう)腫(はれ)たる
 に研(すり)おろし耳(みゝ)のうしろに付(つけ)るときは口(くち)あき水(みづ)
 汁(しる)いでゝ速(すみやか)にいゆ
一 山椒(さんしやう) 積結(しやくけつ)を破(やぶ)り欝気(うつき)を解(げ)し胸膈(けうかく)をひらき嘔(をう)
 逆(きやく)をやめ蚘虫(くわいちう)を退(しりぞ)く
一 胡椒(こしやう) 中(うち)を温(あたゝ)め気(き)を下(くだ)し痰(たん)を去(さり)霍乱(くわくらん)気逆(きぎやく)心腹(しんふく)
 卒痛(そつつう)冷気(れいき)を治(ぢ)す○夏月(かげつ)毎日(まいにち)朝(あさ)の間(ま)に胡椒(こしやう)三粒(さんりう)
 つゝ服(ふく)すれば夏中(なつぢう)中暑(ちうしよ)痢病(りびやう)の患を免(まぬか)る事妙
 なり
一 芋(いも) 三種あり紫芋(とうのいも)を上品(じやうひん)とす瘀血(をけつ)を傷(やぶ)り腸胃(ちやうい)
 を寛(ゆる)くす肌肉(きにく)を充(みた)しむ○灸瘡(きうそう)湯火傷(やけど)いへかぬ
 るに生(なま)にて研(す)り泥(とろ)にし付(つけ)れは即(すなは)ちいゆ○紫芋(とうのいも)

 茎(ずひき)妊婦(にんふ)の胎動(たいどう)心頻(しんはん)するに煮(に)食(くら)ふてよし諸虫(しよむし)の
 咬(かみ)たるにしほり汁(しる)を付(つけ)てよし○水腫(すいしゆ)小便(せうべん)不通(つうぜざる)
 に沢山(たくさん)にせんじ腰湯(こしゆ)させて大(おゝい)によく通(つう)ず予(われ)試(し)
 効(こう)あまたあり
一 午房(ごばう) 経脈(けいみやく)の気(き)を通(つう)じ腫脹(しゆちやう)を消(しやう)し労瘧(ろうぎやく)疝瘕(せんか)を
 治(ぢ)す諸(しよ)風(ふう)毒(どく)腫(しゆ)に用てよし○咽(のんと)腫(はれ)或(あるひ)は喉痺(こうひ)にて
 腫(はれ)たるに午房(ごばう)の尖(とがりたる)たるものを作(つく)りて咽を突傷(つきやぶ)
 り黒血(こくけつ)を出(いだ)すときは害(かい)なくして則(すなは)ちいゆ咽(のんど)に
 魚(うを)の骨(ほね)立(たち)たるに同しく尖(とがり)たるものを作(つく)りて突(つき)
 傷(やぶ)れは忽(たちま)ちいゆ
一 茄(なすび) 瘀血(おけつ)を散(さん)し痛(いたみ)をやめ腫(しゆ)を消(しやう)し腸胃(ちやうい)を寛(ゆる)く
 す此物(このもの)夏 月(げつ)の常食(ぢやうしよく)たりといへとも病人(びやうにん)はあく
 つよき故(ゆへ)に皮(かは)をさり切目(きりめ)を入(いれ)て終日(しうじつ)水(みづ)に漬(つけ)を
 きてとくとあくをぬき煮(に)食(くら)へは害(かい)あらす○茄(なすび)
 茎(くき)を陰乾(かげぼし)し置(おき)痘瘡(ほうそう)の痒(かゆ)み甚(はなはだ)しき時(とき)に臨(のぞ)んてこ
 れをふすべて妙々なり○茄茎(なすひのくき)冬(ふゆ)の凍瘡(しもやけ)にせん
 じて洗(あら)ふときは忽(たちま)ちいゆ
一 葱(ねぎ) 白茎(しろね)を用(もち)ゆ傷寒(しやうかん)初(はじめ)発熱(はつねつ)悪寒(をかん)頭痛(づつう)甚しき
 に用て汗(あせ)を発(はつ)す惣(そう)じて上下の気(き)を通(つう)じ一切(いつさい)魚(ぎよ)
 鳥(てう)の毒(どく)を解(げ)す虫積(ちうしやく)腹痛(ふくつう)陽脱(やうだつ)を救(すく)ふ乳汁(にうじう)を通(つう)じ 

 乳廱(にうしゆ)を散ず○小児(せうに)初生(むまれて)乳汁(にうじゆう)を飲付(のみつか)ざるに葱白(そうはく)
 に乳汁(にうじゆう)を和(くわ)して煮(に)て用ゆれば飲付(のみつく)事 妙(めう)なり○
 小便(せうべん)暴(にわか)に閉脹(へいちやう)して通(つう)ぜざるに葱白(ねぎのしろね)を刻(きざ)み絹(きぬ)に
 包(つゝ)み熱(ねつ)に乗(じやう)じて頻(しき)りに小腹(せうふく)を熨(の)すときは甚 妙(めう)
 に通(つう)す○一切(いつさい)陽気(やうき)脱(だつ)し手足(しゆそく)闕冷(けつれい)にいたる病人
 に葱白(しろね)沢山(たくさん)にゆてゝ腹中(ふくちう)より手足(てあし)迄(まで)温(あたゝか)ならし
 めて大(おゝい)によし○四時(しいじ)の風邪(ふうじや)に感(かん)じたる軽症(かろきしやう)の
 分(ぶん)は葱豉粥(ねきそうすい)を作(つく)りて頻(しき)りに啜(すゝ)れば薬を用すし
 て治(ぢ)す
一 蒜(にんにく) 邪悪(じやあく)の気(き)を去 腹痛(ふくつう)を治(ぢ)し魚肉(ぎよにく)の毒(どく)を化(くわ)し
 痃癖(けんへき)を消(しやう)す○廱疔(ようてう)其外(そのほか)一切(いつさい)無名(むめう)の腫物類(しゆもつるい)蒜(にんにく)や
 いとにしく物(もの)なし其法(そのはう)蒜(にんにく)をすりをろし厚紙(あつがみ)に
 しき其上(そのうへ)に艾(もぐさ)を多(おゝ)く置(おき)頻(しきり)に灸(きう)して痛(いた)むものは
 痛(いたみ)をやめ膿(うま)ざるものは膿(うま)し腐(くさ)るものは生肉(せいにく)を
 あぐ是(これ)腫物(しゆもつ)中(ちう)最上(さいしやう)の療治(りやうぢ)にして此上にいづる
 ものなし○疝気(せんき)にて陰嚢(いんのう)腫(はれ)大(おゝき)になり或(あるひ)は腰(こし)い
 たみ拘攣(こうれん)するに随分(すいぶん)大(おゝい)なる蒜(にんにく)一つ味噌汁(みそしる)にて
 七日(なぬか)が間(あひだ)食(しよく)せしむるときは蛙子(かへるこ)なりの虫(むし)を下(くだ)
 す事(こと)あり則(すなわ)ち疝(せん)いゆるなり
一 蓬艾(よもき)嫩(ふたば)のとき蓬餅(よもぎもち)とて俗間(ぞくかん)に作(つく)りて用ゆ一切(いつさい)

 邪悪(じやあく)の気(き)をはらひ中(うち)をあたゝめ冷気(れいき)を逐(を)ひ風(ふう)
 湿(しつ)の毒(どく)を除(のぞ)く生汁(なましる)を搗(つき)て服(ふく)すれば蚘虫(くわいちう)を殺(ころ)し
 衂血(ぢつけつ)をやめ腹痛(ふくつう)を治(ぢ)す熟艾(ぢゆくがい)に作(つく)りて諸病(しよびやう)に灸(きう)
 する事は灸治篇(きうぢへん)に見へたり
一 欵冬(ふき) 欬逆(がいぎやく)上気(ぜうき)を治(ぢ)し心肺(しんはい)を潤(うるほ)し痰(たん)を消(しやう)し目(め)
 を明(あきら)かにし味(あぢ)平(へい)にして害(かい)なし実(まこと)に良菜(りやうさい)なり○
 槖吾根(つわのね )は是又(これまた)喘息(ぜんそく)咳嗽(かいそう)上気(じやうき)凡(すべ)て肺中(はいちう)に促迫(せまり )す
 る病人(びやうにん)に能(よく)洗(あら)ひ煎服(せんふく)して其功(そのこう)神(しん)の如(ごと)し
一 昆布(こんぶ) 水気(すいき)を通(つう)し常食(じやうしよく)して癭瘤(こふ)を消(しやう)す結積(けつしやく)を
 破(やぶ)る塩味(しほみ)を断(たち)たる病人(びやうにん)といへども此(この)塩(しほ)は用て
 くるしからす○口舌(こうぜつ)瘡(かさ)あるに黒焼にして用て
 よし
一 蓮根(はすのね) 胃(い)を開(ひら)き食(しよく)を消(け)し酒毒(しゆどく)を解(げ)す○吐血(とけつ)甚(はなはだ)
 しき者(もの)咳嗽(かいそう)つよき人わさびおろしにてすり生(なま)
 汁(しる)を多(おゝ)くとり砂糖(さとう)に和(くわ)して用てよし
一 芹(せり) 口歯(こうし)の気(き)を利(り)し女子(じよし)の赤沃帯(こしけ)によし頭中(づうちう)
 の風熱(ふうねつ)を去(さ)り黄病(おうびやう)を療(りやう)ず弱(よわ)き病人にはよろし
 からす○漆(うるし)まけにて惣身(そうしん)はしかの如(ごと)き物(もの)を生(しやう)
 じたるに生芹(なませり)をすり鉢(ばち)にて能(よく)すり生汁(なましる)をぬり
 てよし○小便(せうへん)淋痛(りんつう)するに白根(しろね)斗(はかり)汁(しる)をとりて井(ゐ)

 水(みづ)に和(くわ)して服(ふく)してよし
一 紫菜(あまのり) 江戸の浅草(あさくさ)のり下総(しもおさ)の葛西(かさい)のり播州(ばんしう)の
 にほのり長門(なかと)の向津(むかつ)のり出雲(いづも)の十六島(うつふるひ)のり対(つ)
 馬(しま)の甘(あま)のり冨士(ふじ)のり日光(につくわう)のり菊池(きくち)のり水前寺(すいぜんじ)
 のり種々の名産(めいさん)数多(あまた)あり惣(そう)じて咽喉(のんど)のいたむ
 によし癭瘤(こぶ)を消し脚気(かつけ)によし凡そのりの類(るい)は
 無毒(むとく)なれとも品(しな)によりて小虫(せうちう)蛙子(かへるこ)の類(るい)とり付(つき)
 たるにあへは嘔吐(ゑづき)して黒血(くろち)を吐(はく)事あり能(よく)あら
 ひて用ゆべし○青のりは伊勢(いせ)志摩(しま)三河(みかは)より出(いづ)
 るをよしとす渇(かつ)をやめ酒毒(しゆどく)を解(げ)し或は疔毒(てうどく)赤
 遊風にぬりてよし又(また)血(ち)どめによし
一 鶏腸菜(よめがはぎ) 歯(は)牙(きば)毒腫(どくしゆ)にかみ付てよし小便(せうへん)不利(つうせす)五(ご)
 淋(りん)の症(しやう)に食(しよく)してよし一切 毒虫(どくむし)のさしたるに生(なま)
 にてかみて付(つけ)てよし
一 馬歯莧(すへりひゆ) 諸(しよ)腫物(しゆもつ)瘻瘡(ろうそう)疔瘡(てうそう)諸(もろ〳〵)の無名(むめう)の腫毒(しゆどく)に
 生汁をしほりて付(つけ)てよし多年(たねん)の悪瘡(あくそう)百方(ひやくはう)を用
 て愈(いへ)ざるにつき爛(ただ)らし伝(つゝ)るときはいゆ○目疣(めいぼ)
 度々(たび〳〵)起(おこ)る症(しやう)に付(つけ)て甚妙なり○痔痛(ぢつう)始(はじめ)て起(おこ)るも
 の及 肛門(こうもん)腫痛(はれいたみ)するものに湯(ゆ)に煮(に)て薫し洗(あら)ふて
 甚妙なり

一 薯蕷(やまのいも) 気力(きりよく)をまし虚臝(きよるい)を補(おきの)ふ心神(しんじん)を鎮(しづ)め魂魄(こんはく)
 を安(やす)んず故(ゆへ)に日々(にち〳〵)食(しよく)すれば心気(しんき)の不足(ふそく)を補(おぎの)ふ
 て能(よく)記憶(きおく)する也(なり)脾胃(ひい)を健(すこや)かにし洩利(せつり)をやむ塩(しほ)
 煮(に)にして喰(くら)ふてよし薯蕷(やまのいも)仏掌薯(つくねいも)の類(るい)味噌汁(みそしる)に
 和(くわ)してとろゝ汁(しる)と云 此物(このもの)平(へ)なる品(しな)なれとも能(よく)
 胸膈(けうかく)に泥滞(なづみ)し易(やす)し且気をふさく脾胃(ひい)虚弱(きよじやく)の病(びやう)
 人(にん)は食(くら)ふ事なかれ

    瓜類
一 冬瓜(かもうり) 熱(ねつ)を除(のぞ)き渇(かつき)をやむ腹脹(ふくてう)を利(り)し諸淋(しよりん)を治(ぢ)
 す肥(こへ)たる者(もの)は常(つね)に食(しよく)して痩(やせ)しめてよし○一切
 の水腫(すいしゆ)に赤小豆(あつき)と共(とも)に同(おな)じく煮(に)て食(しよく)せしむれ
 ば能(よく)通してよし○疿子(あせぼ)頻(しきり)に発するに冬瓜汁(かもうりのしる)を
 ぬりてよし○癰疔(ようてう)発腫(はれせるゝ)熱(ねつ)甚(はなはだ)しきに冬瓜(かもうり)を大(おゝい)に
 切り瘡上(そうせう)にべつたりと置てよし瓜(うり)熱(ねつ)するとき
 は度々(たび〳〵)易(か)へ用れば熱さめてよし
一 糸瓜(へちま) 諸風(しよふう)を散(さん)し痘疹(ほうそうはしか)の毒(どく)を解(げ)し痰(たん)を和(くわ)し痛(いたみ)
 をさり虫(むし)を殺(ころ)す陰乾(かげぼし)にして筋(すじ)を和( わら)く打撲(うちみ)痛(いたみ)の
 類(るい)に用てよし○疝気(せんき)腰痛(こしいたみ)拘攣(こうれん)するに陰乾(かげぼし)して
 甘草(かんぞう)を加(くわ)へ煎服(せんぶく)して大に功(こう)あり○糸瓜水(へちまのみづ)一切

 痰喘(たんぜん)を利(り)し胸膈(けうかく)を快(こゝろよ)くし頭瘡(づそう)の類(るい)にもちひて
 よし
一 西瓜(すいくわ) 暑毒(しよどく)を消(け)し渇(かつ)をやめ酒毒(しゆどく)を解(げ)し小便を
 通(つう)す天生(てんせい)白虎 湯(とう)と名付(なづけ)て心肺(しんはい)の熱(ねつ)を除くの良(りやう)
 剤(さい)なり
一 干瓢(かんひやう) 乳汁(にうじう)を通(つう)し腫(はれ)を消(せう)し水(みづ)を利(り)す性(せい)平(へい)無(む)毒(どく)
 にして病人(ひやうにん)の良菜(よきさい)なり

    菓類(くだものるい)
一 柿(かき) 痰火(たんくわ)を清(きよ)くし喘(ぜん)満(まん)肩(かた)息(いきし )言(ものいふ)ことあたはざる
 に与(あた)ふるときは咽(のんど)を開(ひら)き気(き)を通(つう)ず酒毒(しゆどく)を解(げ)し
 煩渇(はんかつ)をやむ○乾柿(つるしがき) 白柿(しもふりがき) 脾(ひ)を健やかにし腸(はら)
 を渋(しぶら)らし漱(そう)を治(ち)し血(ち)をやめ反胃(はんい)吐食(としよく)をやむ又(また)
 霜(しも)ばかりとり用て能(よく)吃逆(しやくり)をおさむ○醂柿(さわしがき) 湯(ゆ)
 にてさわしたる柿(かき)なりすゝり食(くら)ふなり能(よく)膈噎(かくいつ)
 吐食(としよく)をやめしばらくは快(こゝろよ)くなりて食(しよく)せしむ
一 橙(だい〳〵) 汁(しる)をしぼりさりて砂糖(さとう)蜜(みつ)に和(くわ)して食(しよく)すれ
 ば胃中(いちう)の悪気(あくき)をさり魚毒(きよどく)を解(げ)し瘰癧(るいれき)癭瘤(こぶ)を
 消し陰乾(かげぼし)にして煎服(せんふく)すれは気(き)を下(くだ)し腹痛(ふくつう)を治(ぢ)
 し積(しやく)を消(しやう)し疝(せん)を追(を)ひ虫(むし)を殺(ころ)す○睾丸(きんだま)腫(はれ)大(おゝい)に偏(かた)

 墜(きん)になりて痛(いたみ) 甚(はなはだ)しく堪(たへ)かぬるに煎服(せんふく)して妙々
 なり
一 榧実(かや) 五痔(ごぢ)を治(ぢ)し寸白虫(すんはくちう)に用(もち)ゆ咳嗽(がいそう)を治(ぢ)し白(ひやく)
 濁(だく)をやむ小便(せうべん)頻数(ひんさう)に用てよし小児(せうに)五疳(ごかん)の薬中(やくちう)
 に入て能(よく)疳(かん)虫を消(しやう)す
一 無花菓(いちゞく) 咽喉(のんど)痛(いたむ)に用てよし酒毒(しゆどく)を解(げ)す○五痔(ごぢ)
 腫痛(しゆつう)に実(み)を喰(くら)ひ且(かつ)実(み)も葉(は)もともにせんじて頻(しきり)
 に薫(くん)じ洗(あら)へば妙に治(ぢ)するなり
一 梨(なし) 風熱(ふうねつ)咳嗽(がいそう)をやめ痰(たん)を消(しやう)し火(ひ)を降(くだ)し瘡毒(そうどく)酒(しゆ)
 毒(どく)を解(げ)し小便(せうべん)を通(つう)ず○湯火傷(やけど)にぬり付(つけ)て痛(いたみ)を
 やめ爛(たゞ)れず○赤目(あかきめ)弩肉(どにく)あるに黄連(わうれん)の末(まつ)絹(きぬ)につ
 つみ梨(なし)の汁(しる)をしぼり其(その)汁(しる)に付(つけ)て眼中(かんちう)にしほり
 こめは能(よく)弩肉(どにく)をとる事 神(しん)の如(ごと)し○時気(じき)咳嗽(がいそう)
 の軽症(けいしやう)には梨子(なし)をとり湿紙(しつし)に包(つゝ)み熱灰(あつばい)の中(うち)に
 入れてつゝみ焼(やき)にし喰(くら)ふて甚(はなはだ)妙なり
一 杏子(かんず) 欬逆(かいぎやく)上気(ぜうき)咽(のんど)痺(ふさかる)を治(ぢ)す心肺(しんはい)を潤(うるほ)し声(こゑ)を
 出(いだ)す小児(せうに)妊婦(にんふ)は食ふ事なかれ
一 梅実(むめ) 熱(ねつ)を除(のぞ)き煩悶(はんもん)を解(げ)し気(き)を降(くだ)し心(しん)をやす
 んず○梅干(むめぼし)に作(つく)りたるは穢悪(えあく)不祥(ふじやう)の気(き)を抜(はら)ふ
 正月元旦に茶(ちや)に点(てん)して服(ふ )するも此意(このこゝろ)なり病(びやう)人

 に食せしむるは少(すこ)しく水(みづ)につけ塩気(しほけ)を出(いだ)しさ
 とうをかけて喰しむれば諸病(しよびやう)に害(かい)なし○煎茶(せんちや)
 に梅干( めぼし)を入(いれ)て暫(しはら)くせんじて用ゆるを茶梅湯(さはいとう)と
 名付(なつく)く飲食(いんしよく)不進(すゝまず)胸膈(けうかく)痞悶(ひもん)するに用て能(よく)ひらく
 ものなり
一 棗(なつめ) 生棗(なまなつめ)は多(おゝ)く食ふべからす大棗(たいそう)晒(さら)し乾(かはか)した
 るをいふ脾気(ひき)を養(やしな)ひ胃気(いき)を平(たいら)かにし中(うち)を補(おぎな)ひ
 気(き)をまし心肺(しんはい)を潤(うるほ)し嗽(そう)をやむ諸(しよ)薬(やく)中(ちう)に入りて
 栄衛(ゑひゑ)を調和(てうくわ)するの良薬(りやうやく)なり○愚按(ぐあん)するに宋(そう)元(げん)
 の比(ころ)はいづれ大棗は菓子(くわし)の代(かは)りに諸家(しよけ)にたく
 わへありし物(もの)とみへたり故(ゆへ)に諸方書の方後(ほうご)に
 生姜(せうが)大棗をしるして病家(びやうか)より是(これ)を入(い)ると見へ
 たり是(これ)を以(もつ)て見るときは薬食(やくしよく)たるを以(もつ)て小児(せうに)
 なとの平食(へいしよく)としたるものと思はるなり
一 蜜柑(みかん) 肺(はい)を潤(うるほ)し消渇(せうかつ)をやめ胃(い)をひらき胸中(けうちう)を
 を利(り)す酒毒(しゆどく)を解(げ)し酒渇(しゆかつ)を消(せう)す○傷風(しやうふう)咳嗽(がいそう)つよ
 き症(しやう)に皮肉(ひにく)共(とも)に火中(くわちう)に入れてつゝみやきにし
 て熱(ねつ)煎茶(せんちや)の内(うち)に入れ再(ふたゝ)ひ煮(に)て食(しよく)し汁(しる)を飲とき
 は甚(はなはだ)しるしあり
一 石榴(ざくろ) 咽(のんど)渇(かわき)を潤(うるほ)し赤白(しやくひやく)痢病(りびやう)腹痛(ふくつう)に用ゆ崩漏(るうち)帯(こし)

 下(け)に用て功(こう)あり○痢病(りびやう)五色(ごしき)の色(いろ)ありて或 膿(うみ)を
 下(くだ)し水(みづ)を下(くだ)すには酸(す)石榴(ざくろ)実ともに搗(つき)て頻(しき)りに飲(のめ)
 は大(おゝい)に妙(めう)なり
一 栗(くり) 気(き)をまし腸胃(ちやうい)を厚(あつ)くし腎気(じんき)を補(おぎな)ひ腰(こし)脚(あし)
 の叶(かな)ひがたきを治(ぢ)し筋骨(きんこつ)打撲(だぼく)瘀血(おけつ)を治(ぢ)す空(くう)
 腹(ふく)なる時(とき)に二つ三つ斗(ばか)り食(くら)へは飢(うへ)をしのぐ事
 妙(めう)なり○馬(むま)に咬(かまれ)たるに大(おゝい)なる栗(くり)焼(やい)て研(す)り付(つけ)る
 至(いたつ)て妙なり
一 林檎(りんご) 気(き)を下(くだ)し痰(たん)を消(け)し霍乱(くわくらん)腹痛(ふくつう)に用ひて
 よし渇(かつ)をやむ事(こと)妙(めう)なり○大人小児 痢病(りびやう)やま
 ざる者(もの)半熟(はんじゆく)の物(もの)をとり十(とを)顆はかり水(みづ)にてせん
 じ肉(にく)ともに喰(くら)ひて汁(しる)をのめば甚妙なり
一 柚(ゆ) 食(しよく)を消(しやう)し酒毒(しゆどく)を解(け)し口中(こうちう)酒気(しゆき)あるものは
 一弁を食すれば即(すなは)ちいゆ妊婦(にんふ)悪阻(おそ)して食(しよく)を欲(ほつ)
 せさるものは用てよし○俗人(ぞくじん)の試効(しこう)に麻黄(まわう)青(せい)
 龍(りゆう)の薬(くすり)を用ゆといへども少(すこ)しも発汗(はつかん)せざる病
 人に熱(ねつ)湯に入れ暫(しばら)く煮(に)て用れは妙々に毛竅(もうけう)
 を開(ひら)きて汗(あせ)淋漓(りんり)として出(い)づ是(これ)は俗伝にして拠(よりどこ)
 ろなけれども其(その)しるしいちじるしきなり
一 枇杷(びわ) 渇(かつ)をやめ気(き)を下(くだ)し肺気(はひき)を利(り)し吐逆(ときやく)を

 やむ上部(ぜうぶ)の熱(ねつ)を涼(すゞ)しくしてよし

    菌(くさびら)類(るい)
一 松茸(まつだけ) 久瀉(きうしや)虚痢(きより )産後(さんこ)脱血(だつけつ)に食(しよく)してよし○松
 だけの石(いし)つき産後(さんご)児枕(あとばら)痛(いたむ)に用て妙なり○瘀(お)
 血(けつ)を傷(やぶ)る堕胎(だたい)の薬中(やくちう)に用る事あり故(ゆへ)に謾(みだ)り
 に用る事なかれ
一 椎茸(しゐたけ) 味(あじ)美(び)にして菌(くさびら)中の佳品(かひん)なり気(き)をまし
 久(ひさ)しく飢(うへ)ざらしむ病人は食ふ事なかれ
一 木茸(きくらけ) 諸木(しよぼく)に生(せう)ず其(その)生(せう)ずる木(き)によりて性味(せいみ)の
 かわる事あれとも常(つね)に痔(ぢ)を病(やむ)者(もの)は食(しよく)してこう
 あり

    常用(つねにもちゆる)雑類(しな〳〵)
一 砂糖(さとう) 心肺(しんはい)を潤(うるほ)し煩渇(はんかつ)を解(け)し酒毒(しゆどく)を消(せう)す多食(たしよく)
 するときは歯(は)を損(そん)じ癖積(へきしやく)を生(しやう)ず小児(せうに)は慎(つゝし)みて
 節(ほどよく)にすべし疳疾(かんしつ)を生(しやう)じ易(やす)し○反胃(ほんい)吐食(としよく)或(あるい)は乾(から)
 嘔(ゑづき)つよき症(しやう)に砂(さ)とうを水(みづ)にて能(よく)煮(に)生姜(しやうが)のしぼ
 り汁(しる)を少(すこ)し加(くわ)へて用れは妙々なり
一 茶 上(かみ)を涼(すゞし)くし気(き)を快(こゝろ)くし胸膈(けうかく)を利(り)するの良(りやう)

 剤(さい)なり口中(こうちう)熱気(ねつき)つよくして歯痛(はいたみ)舌上(したのうへ)に腫物(しゆもつ)な
 ど出来(てき)る人(ひと)は冷茶(れいちや)煎(せん)にて度々(たび〳〵)口(くち)を漱(そゝ)くときは
 久(ひさ)しくして口中(こうちう)の諸(もろ〳〵)患(うれへ)を除(のぞ)く予(われ)此方(このはう)をもつて
 口瘡(こうそう)を治(ぢ)するに甚しるしあり性(せい)冷(れい)にして病人(びやうにん)
 に宜(よろ)しからずといふ俗説(ぞくせつ)あり甚(はなはだ)非(ひ)なり此物(このもの)常(つね)
 に腸(ちやう)胃になれて害あるを見ず末茶(まつちや)は多服(たふく)すれ
 ば痰(たん)を生(しやう)し心(しん)を醒(せい)し人をして眠(ねぶ)らさらしむ
一 煙草(たはこ) 胸膈(けうかく)を通(つう)し胃口(いこう)をひらく欝滞(うつたい)を消(しやう)し気(き)
 を順(めぐ)らし憂(うれへ)をわする口中(こうちう)を清(きよ)くす食後(しよくご)にすへ
 は胃気(いき)を順(めぐ)らし空腹(くうふく)には飢(うへ)を忍(しの)ふにもよし○煙草(たばこ)の粉(こ)血(ち)
 出(いで)て止(やま)さるに付(つけ)てよし○痒(かゆ)みつよき腫物(しゆもつ)疥瘡(がいそう)
 癬(たむし)の類(るい)煙草(たばこ)の茎(くき)を水煎(みづせん)じて洗(あら)ふときは痒(かゆ)みを
 やむる事 妙(めう)なり○赤眼(あかめ)にやに少(すこ)しはかり眼中(めのうち)
 にさしてよし

     魚類(うをるい)
一 鯛(たい) 吾国(わかくに)魚中(ぎよちう)の長(ちやう)なり中気をあたゝめ気血(きけつ)を
 まし人(ひと)に益(ゑき)あり腸胃(ちやうい)を調(とゝの)へ久泄(きうせつ)虚利(きより)を治(ぢ)す内(そこ)
 障(ひ)虚眼(きよがん)を治(ぢ)し婦人(ふじん)乳汁(にうしう)通(つう)ぜざるに食(しよく)してよし
 陽物(やうぶつ)挙(あが)らざるに用てよし過食(くわしよく)すれは火(ひ)を動(うこか)す

 故に傷寒(しやうかん)熱病(ねつびやう)瘡腫(そうしゆ)の類(るい)には忌(いむ)べし
一 鯉(こひ) 川魚(かわうを)の長(ちやう)たり咳逆(がいぎやく)上気(ぜうき)黄疸(わうたん)を治(ぢす)腹中(ふくちう)を安(やす)
 んず○水気(すいき)を通(つう)する事は鯉魚(りぎよ)煎(せん)にしくはなし
 されども至極( ごく)の満腫(まんしゆ)にいたらざれば功(こう)なし其(その)
 法(はう)一尺(いつしやく)斗(はかり)の鯉(こい)なれは山(やま)出(だ)しの昆布(こぶ)一尺斗入水
 一 升(しやう)入て煮(に)つめて四合斗に煮(に)とり其(その)汁(しる)を服(ふく)せ
 しむ○乳汁(にうじう)を通(つう)ずるには小鯉(こごひ)を味噌汁(みそしる)にて食(しよく)
 せしめて妙(めう)なり○腹中(ふくちう)癖塊(へきくわい)の諸病(しよびやう)に膾(なます)にして
 食(しよく)すれば甚功あり
一 鯽魚(ふな) 中(うち)を調(とゝの)へ気(き)を下(くだ)し虚羸(きよるい)を補(おきの)ふ一切(いつさい)腹(ふく)
 中(ちう)調(とゝな)はさるに味噌汁(みそしる)に和(くわ)して食(しよく)せしめてよ
 し○夏月(かげつ)実症(しつしやう)なる痢疾(りしつ)には始(はじめ)に鮒膾(ふななます)を喰(くら)ふべ
 し大(おゝい)に穢悪(ゑあく)の毒(どく)をさりてよし但(たゞ)し初症(しよしやう)にみそ
 汁(しる)は忌(いむ)へし○水腫(すいしゆ)脹満(ちやうまん)に大(おゝ)鯽魚(ふな)の腸(ちやう)をさり赤(あ)
 小豆(づき)を入(いれ)て山(やま)出(だ)しこんぶにてかたくむすひ能(よく)
 々(  よく)煮(に)つめて小豆(あづき)を取出(とりいだ)し喰(くらは)しむれば利水(りすい)の功(こう)
 鯉魚湯(りぎよとう)に勝(まさ)れり蘇沈(そちん)良方(りやうはう)に出(いで)たり試(こゝろみるに)功(こう)尤 著(いちじる)し
一 海鰻鱺(はも) 皮膚(ひふ)の悪瘡(あくそう)疥癬(かいせん)を除(のそ)く大小便(だいせうべん)を通(つう)す
 五痔(ごぢ)頑癬(くわんせん)一切の湿症(しつしやう)手足(てあし)痺(しび)るゝを治(ぢ)し妊婦(にんふ)食(くら)へは胎(たい)
 を安(やす)んず○干鱧(ひばも)湯(ゆ)にせんじて小児(せうに)を浴(よく)すれは痘(とう)

 疹(しん)稀少(まれに )になる事 妙(めう)なり試(こゝろみ)に一手(ひとて)も洗(あらひ)残(のこ)すとき
 は其(その)所(ところ)に多(おゝ)く痘(とう)出るなり○痛風(つうふう)痺痛(ひつう)はげしく
 堪(たへ)かぬるに黒霜(くろやき)にして酒(さけ)にて用(もち)れはいよ〳〵
 痛(いたみ)を治(ぢ)する事 妙(めう)なり
一 鱒(ます) 瘀血(おけつ)を破(やぶ)るの効(こう)あり寒疝(かんせん)冷(れい)気結(きけつ)積気(しやくき)を病(やむ)
 者(もの)に多(おゝ)く喰(くら)ひて効(こう)あり
一 牡蠣(かき) 渇(かつ)をやめ咳嗽(がいそう)を安(やす)んじ胃(い)を調(とゝの)へ驚悸(きやうき)を
 定(さだ)め脾胃(ひい)の鬱熱(うつねつ)をさり酒毒(しゆどく)を解(げ)す
一 蚶(あかゞひ) 血分(けつぶん)をまし便血(べんけつ)及(および)一切 失血(しつけつ)の症(しやう)に用てよ
 し婦人(ふじん)産後(さんご)によく血(ち)を調(とゝの)ふるの良品なり○殻(から)
 を用て焼(やい)て凡(すべ)て石決明(せつけつめい)の代(かはり)に用る人(ひと)あり能功
 ありと云
一 辛螺(あかにし) 心胸(しんけう)胃脘(いくわん)痛(つう)累年(るいねん)眼(め)を病(やん)たるに煮(に)食(しよく)して
 よし○殻(から)の白焼(しらやき)近年(きんねん)世上(せじやう)留飲(りういん)癖嚢(へきのう)の痛(いたみ)甚しく
 て堪(たへ)がたきに白湯(さゆ)にて用ひ或は砂糖湯(さとうゆ)にて用
 ひて吐水(とすい)をやめ痛(いため)を和ぐる事妙なり○嘈囃(むねのいれる)を
 とむるに白湯(さゆ)にて少(すこ)し斗(はかり)用て妙(めう)なり○頭痛(づつう)甚
 しくして堪(たへ)かたきには酢(す)にて和(くは)し頭(かし)らに付(つけ)て
 甚(はなはだ)妙(めう)なり
一 蛤(はまぐり) 肺気(はいき)を潤(うるほ)し渇(かつ)をやめ酒(さけ)を醒(さま)し咳嗽(がいそう)を治(ぢ)す

 胸(むね)いたむによし婦人(ふじん)崩漏(なうち)帯下(こしけ)によし○殻(から)は白(しろ)
 焼(やき)にして細末(さいまつ)し咳嗽(かいそう)久(ひさ)しく止(やま)ざるにもちひて
 よし○夏月(かげつ)汗(あせ)夥敷(おびたゞしく)出(いづ)るに絹(きぬ)につゝみ打粉(うちこ)にし
 てよし
一 蜆(しゞみ) 自汗(じかん)盗汗(とうかん)を治(ぢ)し小便(せうべん)を通(つう)し消渇(せうかつ)を治(ぢ)し酒(しゆ)
 毒(どく)を消(け)し湿熱(しつねつ)を下(くだ)す○煮汁(にしる)に多(おゝ)く験(しるし)あり黄疸(わうだん)
 を病者(やむもの)甚よし○痘瘡(ほうそう)のたまりある所(ところ)を蜆(しゞみ)を水(みづ)
 にひたして洗(あら)へば痕(あと)つかずしていゆ
一 田螺(たにし) 腹中(ふくちう)の結熱(けつねつ)をさり小便(せうべん)赤渋(あかくしぶる)を利(り)す痔漏(ぢろう)
 腋臭(わきが)には能(よく)つきてすりぬりてよし○小便(せうべん)不利(ふり)
 小腹 脹満(ちやうまん)したるに黒霜(くろやき)にして麝香(ぢやかう)少許(すこしばか)り入
 糊(のり)にて臍下(さいか)へはり付(つけ)て妙なり且(かつ)黒焼(くろやき)にして服(ふく)
 用(よう)して内外(うちそと)ともに用(もちゆ)れば大(おゝい)にしるしあり
一 烏賊魚(いか) 婦人(ふじん)の月経(げつけい)を通(つう)じ小児(せうに)の雀目(とりめ)を療(りやう)ず
 俗中(ぞくちう)に瘡腫(そうしゆ)ある人に忌(いむ)の説(せつ)あり非(ひ)なり味(あぢ)軽(かる)く
 して有毒(うどく)の品(しな)にあらす○烏賊骨(いかのこう)は諸(しよ)瘡腫(そうしゆ)湿淹(しめり)
 して乾(かわ)かざるに付(つけ)てよし○諸の血枯(けつこ)経閉(けいへい)崩(なうち)帯(しらる)
 の類(るい)末(まつ)服(ふく)して甚妙なり○烏賊魚(いかの)のすみ河豚(ふぐ)の
 毒(どく)を解(け)する事妙なり○鯗(するめ) 津液(うるほひ)を生(しやう)し滞血(たいけつ)を
 散(さん)し血枯(けつこ)を潤(うるほ)し乳汁(にうしう)を通(つう)ず

一 蟹(かに) 胸中(けうちう)の悪邪(あくじや)をのそき能(よく)酒毒(しゆどく)を解(け)す〇生に
 てすり鉢(ばち)にてつき漆毒(うるしまけ)に付(つけ)て妙(めう)なり其外(そのほか)一切(いつさい)
  の疥癬(ひぜん)に付ていゆる事 妙々(めう〳〵)
一 海鼠(なまこ) 滋腎(じじん)の功(こう)ありて髪(かみ)を黒(くろ)くし骨(ほね)を固(かた)くす
 腸胃(ちやうい)の冷湿(れいしつ)をさる小児(せうに)の疳傷(かんしやう)泄瀉(せつしや)に常(つね)に煮(に)食(くらは)
 してよし○頭上(づせう)の白禿(しらくぼ)凍瘡(しもやけ)に腸(はらはた)をさり厚紙(あつがみ)の
 ごとくに引(ひき)のばしべつたりと付てよし
一 海参(いりこ) 元気(げんき)を補(おぎな)ひ津液(しんゑき)を生(しやう)じ腸胃(ちやうい)を和(くわ)し虫(むし)を
 殺(ころ)し気(き)を下し小児(せうに)の疳疾(かんしつ)に用てよし中華の人
 は滋腎(じんをまして)内(うち)を補(おぎのふ)の良餌(くすりくひ)とするよしにて海参(かいじん)の名(な)あ
 り肺(はい)虚労(きよろう)咳嗽(がいそう)の類(るい)には鴨肉(かものにく)と合食(かうしよく)して功(こう)あり
一 鱸(すゞき) 腸胃(ちやうい)を和(くわ)し水気(すいき)を治(ぢ)し胎(たい)を安(やす)んじ中をお
 ぎのふ○腸(ちやう)を蜘(くも)わたと名(なづ)く無毒(むどく)といへども病
 人は食(くら)ふ事なかれ
一 鱈(たら) 口塩(くちじほ)と称(しやう)する品(しな)上品(じやうひん)にして胃(い)をひらき食
 を消(しやう)し宿酒(しゆくしゆ)を解(け)し水道(すいどう)を利(り)して諸病(しよびやう)に害(かい)なし
 俗中(そくちう)に血分(けつぶん)をくるわすと云 説(せつ)あり至(いたつ)て妄説(もうせつ)也
 棒(ぼう)だらと云 品(しな)無毒(むどく)なれども肉(にく)硬(かたく)くして虚弱(きよじやく)の
 人によろしからず
一 阿良(あら) 産後(さんご)血暈(めまい)及 諸(しよ)失血(しつけつ)血熱(けつねつ)血(けつ)闕 滞下(たいげ)下血(げけつ)血

 痢(り)の類(るい)金瘡(きんそう)破傷風(はしやうふう)打傷(くじき)等の症(しやう)惣(そう)じて血(けつ)分にか
 かけたる病(やまひ)によし按(あん)ずるに此物(このもの)破血(はけつ)の功(こう)あり
 と云 説(せつ)あり是(これ)妄説(もうせつ)なり是(これ)は血分(けつぶん)を利(り)するの功(こう)
 あるものなり
一 鯒(こち) 胃(い)を開(ひら)き食をすゝめ肌肉(きにく)を肥(こや)し筋骨(きんこつ)を健(すこや)
 かにす赤白(あかしろ)痢(り)及 諸(もろ〳〵)の腫物(しゆもつ)金瘡(きんそう)に用て血(ち)を順(めぐ)ら
 し肌(はだへ)をみたしてよし○泄瀉(せつしや)をやめ小便(せうべん)を利(り)し
 遺(い)尿によし小 児(に)の疳(かん)に用てよし諸病(しよびやう)忌事なき
 故(ゆへ)に薬魚(くすりぎよ)と称(しやう)す
一 鰯(いわし) 壮実(そうじつ)の賤者(いやしきもの)に用て気血(きけつ)を潤(うるほ)し筋(すじ)骨を強(つよく)し
 経絡(けいらく)を通(つう)し人(ひと)をして肥健(ひけん)ならしむ虚弱(きよじやく)の人(ひと)に
 はよろしからず○小児(せうに)凍腫(とうしゆ)の類(るい)には此(この)頭(かしら)を黒(くろ)
 焼(やき)にして麻油(こまのあふら)に調(とゝの)へてぬり付(つけ)て妙なり
一 簳魚(やから) 胸膈(けうかく)を通(つう)し痰(たん)を解(け)す○噎膈(かく)反胃(ほんい)の人(ひと)は
 此(この)魚(うを)の嘴(くちばし)を含しめ其(その)嘴(くちばし)の内(うち)より食(しよく)を納(おさむ)るとき
 は食(しよく)を戻(もど)さす
一 魴(まながつを) 五労(ごろう)七傷(ひちしやう)一切 虚損(きよそん)の病(やまひ)に用て能(よく)調(とゝのへ)るなり
 且(かつ)穀肉(こくにく)をすゝめ虫積(ちうしやく)を消す味(あぢ)美(び)にして腹中(ふくちう)を
 和(くわ)する品(しな)なれば少(すこ)しは食(しよく)しても佳(か)なり
一 藻魚(もうを) ほうばう眼張(めばる)魚あま鯛(たい)の類(るい)と同(おな)じく皆(みな)

 脾胃(ひい)を調(とゝの)へ気血(きけつ)をまし諸病(しよびやう)に忌(いま)ず薬魚の品類
 なり
一 鰌(くじら) 沈寒(ちんかん)痼冷(これい)を温(あたゝ)め虚痢(きより)久痢(きうり)をやむ病人(ひやうにん)食ふ
 事なかれ火(ひ)を動(うごか)し熱(ねつ)を生(せう)し瘡(かさ)瘤(てもの)を発(はつ)す
一 鰹(かつを) 生(なま)にて作(つく)り食するときは腸胃を調ふ故に
 久痢(きうり)久瀉(きうしや)の人 膾(なます)にし山葵(わさひ)からしに和して食す
 るときはいゆ○鰹節(かつをぶし)気血(きけつ)を補ひ腸胃(ちやうい)を調(とゝの)へ百
 味を調和して諸病に害なし
一 章魚(たこ) 血気(けつき)を養(やしな)ひ筋骨(きんこつ)を壮(さかん)にす産後(さんご)の瘀血(おけつ)
 を逐(お)ふ○湯にせんじて煮汁(にしる)を以て疣痔(いぼぢ)を洗(あら)ふ
 ときは能(よく)治(ぢ)する化(くわ)しかたき品(しな)故(ゆへ)に病人(ひやうにん)は食(くら)ふ
 事なかれ
一 鱔(やつめうなぎ) 小児(せうに)の虫積(ちうしやく)労傷(ろうしやう)疳傷(かんしやう)の類(るい)に用てよし疳(かん)
 眼(め)雀目(とりめ)には車前子(しやぜんし)の黒霜(くろやき)をふりかけて用れば
 尤しるしあり
一 泥鰌(どじやう) 酒毒(しゆどく)を消(け)し胃(い)を調(とゝの)へ気(き)をまし消渇(しやうかつ)を治(ぢ)
 す補腎(ほじん)の功(こう)あり○瘭疽(ひやうそ)とて指(ゆび)のはれたるにす
 りつぶし指(ゆび)をまきて痛(いたみ)を治(ぢ)する事 神(しん)の如(ごと)し
一 鮧魚(なまず) 気血(きけつ)を補(おぎの)ふ陰萎(いんい)を治(ぢ)す○瘧疾(ぎやくしつ)落(おち)かぬる
 に食(しよく)して妙なり

一 海鷂(ゑひ)魚 男子(なんし)の白濁(びやくだく)膏淋(かうりん)玉茎(いんきやう)渋痛(じうつう)するの類(るい)に
 よし虚泄(きよせつ)及ひ肝虚(かんきよ)雀(とり)目の症(しやう)に用てよし
一 浮亀(うきゝ) 水戸(みと)の産物(さんふつ)にして他所(たしよ)になし癰疽(ようそ)瘰癧(るいれき)
 諸(もろ〳〵)の気腫(きしゆ)によし久瀉(きうしや)の者(もの)或は虚労(きよろう)不食(ふしよく)の者(もの)に
 うす味噌(みそ)にて用てよし能(よく)腹中(ふくちう)を和(くわ)するの品な
 り

    虫類
一 臭梧桐虫(くさぎのむし) 小児(せうに)の疳虫(かんのむし)を療(りやう)じ元気(げんき)を補(おきの)ふの良(りやう)
 品(ひん)なり○柳(やなぎ)のむし蘡薁(ゑひつる)虫も同類(とうるい)にて皆(みな)治法(ぢほう)
 大抵(たいてい)同(おな)じ類(るい)にて疳(かん)の餌食(くすりぐい)なり
一 螽(いなこ) 小児(せうに)疳(かん)にて痩(やせ)たるに食せしめてよし翅(つばさ)と
 足(あし)とをさりて炙りて食せしむるなり
一 赤蝦蟇(あかかひる) 血(ち)をまし肌肉(きにく)を長(ちう)し小児(せうに)の疳疾(かんしつ)に妙
 なり痩(やせ)たる人(ひと)は小児(せうに)に限(かぎ)らず大 人(じん)婦人(ふじん)にも用
 て大(おゝい)に功(こう)あり
一 蛞蝓(なめくじり) 活(いき)たるをとりて白湯(さゆ)にて直(すぐ)に呑(のみ)て下(くだ)す
 ときは喘息(せんそく)哮吼(かう〳〵)を治(ぢ)する事 神妙(しんめう)なり呑(のみ)かたく
 覚(おぼ)ゆる者(もの)は砂(さ)とう豆(まめ)の粉(こ)の類(るい)にまぶし用ゆる
 ときは大(おゝい)にしるしあり小児(せうに)十五歳 許(はかり)にて慾情(よくじやう)

 いまだ動(うご)かざるものは決(けつ)して治(ぢ)すべし大人(たいじん)に
 いたりてもまゝ功(こう)あるなり
一 蝮蛇(まむし) 血中(けつちう)の毒(どく)を発(はつ)し悪血(あくけつ)を破(やぶ)る陰萎(いんい)を起(おこ)し
 陽道(やうどう)を壮(さか)んにす皮(かは)と腸(はらはた)とを去(さ)り炙(あぶり)食してよし
 ○蝮蛇(ふくじや)酒を作るは活蛇(いきたるまむし)二三条(ふたすしみすじ)上好酒一升 許(ばか)り
 ふらすこの中にいれて口をかたく封(ふう)じて六七
 十日許を経(へた)るときは自然(しぜん)と烊化(とろける)なり是(これ)を布(ぬの)に
 て絞(しぼ)り日々用ゆれは能(よく)悪瘡(あくそう)癩風(らいふう)諸の痱痺痿(うるはざるかたへなへしびれ)を
 治(ぢ)して妙々(めう〳〵)なり
一 鼠(ねづみ) 薬餌(くすりくい)には牡鼠(おねつみ)をよしとす小児 疳痩(かんそう)を治し
 筋骨(きんこつ)を続(つ )き折傷(せつしやう)を療(りやう)す骨蒸(こつせう)労熱(ろうねつ)羸痩(るいそう)にもよ
 し腸(ちやう)と皮(かは)とを去(さ)り炙(あぶり)食ふてよし○疥瘡(ひせん)発出(はつしつ)し
 かねたるには黒焼(くろやき)にして酒にて用てよし婦人
 乳汁(にうしう)少なきにも酒にて用てよし

    禽類(とりるい)
一 鶴(つる) 虚労(きよろう)肉(にく)弱(よはき)きに食せしめてよし脚気(かつけ)冷痺(れいひ)痼(こ)
 疾(しつ)を治(ぢ)し腰(こし)膝(ひざ)を温(あたゝ)めて皮膚(ひふ)を潤(うるほ)すの薬餌(くすりくい)なり
 幼若(ようじやく)の者(もの)はつよくて宜しからず○鵠(くゞひ)冷痺(れいひ)腰(やう)膝(しつ)
 寒痛(かんつう)を温(あたゝ)め久泄(きうせつ)下利(げり)を調(とゝの)ふ

一 雀(すゝめ) 虚眼(きよがん)内障(ないしやう)を治(ぢ)し陽道(やうどう)を壮(さか)んにし陰萎(いんい)を起(おこ)
 す冬月(とうげつ)の餌食(くすりぐい)にして腎気(じんき)を補ふの妙功(めうこう)あり春(はる)
 にいたりては食(くら)ふべからす凡(すべ)て小鳥(ことり)の類(るい)はつ
 むぎむくの類(るい)まても皆(みな)能(よく)虚瀉(きよしや)する人に用ひて
 験(しるし)あるの品(しな)なり
一 鶉(うつら) 津液(しんゑき)を生(せう)じ肌膚(きふ)を潤(うるほ)す此物(このもの)は脂肉(あぶらにく)大(おゝい)にお
 をく味(あぢはひ)美にして小鳥中(ことりちう)の冠(くわん)たるものなり
一 雉(きし) 中(うち)を補(おぎな)ひ下利(げり)をやむ久年(きうねん)の瘀血(おけつ)黴瘡(しつ)痼病(こびやう)
 を発(はつ)す秋冬(あきふゆ)は食てよし春夏(はるなつ)は小毒(せうどく)ありゆへに
 諸毒(しよどく)とも発(はつ)せんとする勢(いきほ)ひあるものは大(おゝい)によ
 し収まらんとする勢(いきほい)のものは大(おゝい)にあしゝ○山
 鳥と云ものも先(まつ)能毒(のうどく)同じかるべし
一 鳬(かも) 中を補ひ気をます水腫(すいしゆ)を治(ぢ)す寒疝(かんせん)冷痺(れいひ)の
 類(るい)によし小(こ)せがさの類(るい)久(ひさ)しく是(これ)を食ふていゆ
 数品(すうひん)ありといへども緑頭(りよくとう)のものを第(だい)一とする
 なり
一 鶩(あひる) 虚(きよ)を補(おぎな)ひ客熱(かくねつ)を除(のぞ)く惣(そう)して水鳥(みつとり)の類(るい)は
 骨蒸(こつしやう)労熱(ろうねつ)を治(ぢ)するの良餌(よきくすりぐい)なり
一 烏(からす) 骨蒸(こつしやう)労嗽(ろうそう)婦人(ふじん)血分(けつぶん)の病(やまひ)あるもの食すべ
 し小児(せうに)疳病(かんびやう)に少しづゝあたへて虫(むし)を殺(ころ)し痩(やせ)を

 治(ぢ)する事 妙(めう)なり
一 鴟(とび) 頭風(づふう)目眩(もくけん)を治す常食(しやうしよく)して癲癇(てんかん)を治するの
 良餌(よきくすりぐい)なり
一 鳩(はと) 血(ち)を生(せう)じ体(たい)を温(あたゝ)め悪瘡(あくそう)癬疥(せんがい)の類(るい)久(ひさ)しく愈(いへ)
 ざるに用てよし
一 鶏(にはとり) 俗中に黄雌鶏(かしわのめとり)の黄脚(きずね)の物(もの)を上品(じやうひん)とす尤三
 年に過(すぎ)さるを良餌(よきくすりぐい)とす老(ろう)鶏は用る事なかれ功
 能(のう)血(ち)を生じ体(たい)を温(あたゝ)め肌(はたへ)を潤(うるほ)し悪血(あくけつ)を破(やぶ)り新血(しんけつ)
 生じ黴瘡(しつ )下疳(げかん)便毒(よこね)膿淋(のうりん)嚢癰(のうよう)結毒(けつどく)漏瘡(ろうそう)筋骨(ほね)疼(うづき)
 痛 手足(てあし)拘攣(ひきつり)多年(たねん)の黴気(しつどく)一身 結毒(けつどく)疥癬(ひぜんたむし)臁瘡(はくき)諸の
 悪瘡(あしきくさ)の余毒(よどく)残(のこ)りたる人諸病後血気の復(ふく)せざる
 の類(るい)天稟(むまれつき)痩削(やせたる)人 手足(てあし)常(つね)に冷(ひへ)たる婦人(ふじん)の経閉(ちのとゞこほり)帯(こ)
 下(しけ)腰冷(こしひへ)久しく子(こ)なき輩(ともから)産後(さんご)虚弱(きよじやく)の者 惣(そう)して痩(やせ)
 たる人には用ゆへし肥(こへたる)人は食ふべからず○按(あん)
 ずるに近年(きんねん)黴瘡(しつ )毒気(どくき)盛(さか)んに行るすへて此(この)症(しやう)
 に鶏肉(けいにく)を用て能(よく)功(こう)を取(とる)事いちしるし別(へつ)して俗(ぞく)
 に湿労(しつろう)といへる類(るい)の症(しやう)にいたりては所詮(しよせん)他薬(たやく)
 の及ふ所(ところ)にあらすこの品にあらざれば功(こう)を見
 る事あたはず久食して愈(いよ〳〵)しるしあり
 鶏卵(にはとりのたまご) 功用 大抵(たいてい)鶏肉(にはとりのにく)に同(おな)じくして少(すこ)しく劣(おと)れ

 り悪血(あくけつ)を破(やぶ)るの功(こう)はうすし其(その)他(ほか)体(たい)を温(あたゝ)め肌肉(きにく)
 をまし血液(けつゑき)を生(せう)じ癰疽(ようそ)漏瘡(あなあるてきもの)内托(なひたく)の妙(よき)餌(くすりくい)なり心(しん)
 を鎮(しづ)め五臓(ごぞう)を安んじ驚(きやう)をやめ胎(たい)を安んず黴瘡(しつ)下(げ)
 疳(かん)淋疾(りんしつ)嚢癰(のうよう)数年(すうねん)の結毒(けつどく)諸(もろ〳〵)の悪瘡(あくそう)に用る事 前条(ぜんでう)
 と同しくして平和(へいわ)なり病後(ひやうご)元気(げんき)復(ふく)せす虚弱(きよじやく)臝(やせ)
 痩(つよき)の者 小児(せうに)痘瘡(ほうそう)気血(きけつ)弱(よは)して貫膿(やまあげ)しかぬるもの
 なとに用て妙々○肺気(はいき)弱(よわ)くして声(こゑ)出るの勢力(せいりよく)
 薄きものまた腎気(じんき)衰弱(おとろへ)にして気根(きこん)弱(よはき)きものは
 毎朝(まいてう)鶏卵(けいらん)壱つ砂糖(さとう)少許(すこしはか)り入 熱湯(ねつとう)に投し茶せん
 にてふりたてゝ服すれは五臓(こぞう)の血液(けつゑき)を補(おき)なひ
 勢力(せいりよく)をまして大によし○淋疾(りんしつ)痛(いたみ)つよく血(ち)を出(いだ)
 す者は鶏卵(たまご)二顆(ふたつ)酢(す)一合 酒(さけ)五酌(ごしやく)右 三味(さんみ)撹(まぜ)せ合(あは)せ
 てふたのある陶器(ちやわん)に入て火(ひ)を焚(たき)たるあとへ一
 夜さし置て明日空心に一度に用るときは痛を
 和らげて通(つう)する事妙なり

    獣類(けものるい)
一 鹿(しか) 血精(けつせい)をまし気力(きりよく)を補ふ津液(しんえき)を生(せう)す肌肉(きにく)を
 長(てう)ぜしむ沈寒(ちんかん)痼冷(これい)にて陽気(やうき)順(めぐ)らざる症(しやう)に用て
 身体(しんたい)を温煖(あたゝか)にする事妙なり痩(やせたる)人 痰(たん)気少なき者(もの)

 によく肥(こへたる)人は食ふ事なかれ
一 豕(ぶた) 同上○豕脂(まんてんか) 華人(くわじん)は何にても調味(てうみ)の品(しな)に
 用ゆ腸胃(ちやうい)を利(り)し小便(せうべん)を通(つう)し五疸(ごたん)水腫(すいしゆ)を除(のぞ)き髪(かみ)
 を生(しやう)す○按するに鹿豕(しゝぶた)は華人(くわじん)の常食(じやうしよく)にして其
 補虚(ほきよ)の功(こう)も甚(はなはだ)つよく吾邦(わかくに)諸(しよ)獣肉(ぢうにく)を忌憚(いみはゝかり)りて食
 せさる事 多(おゝ)し此(この)禁(きん)は古(いにしへ)への書(しよ)には見へず延喜(ゑんき)
 式(しき)なとには祭祀(さいし)に獣肉(ぢうにくを)用る事 数多(あまた)あり然ると
 きは忌(いま)ざる事 明(あきら)かなり然れ共 日本(につほん)は海(うみ)多くし
 て海魚(かいぎよ)の美味(びみ)を食(くら)ふによりて穢物(ゑぶつ)と心得(こゝろゑ)て食
 はさる事習ひとなりて異食(いしよく)とするも宜(むべ)なり是(これ)
 又 惑(まと)へるなりと弁(べん)する人も多(おゝ)くあれとも元来(くわんらい)
 土地(とち)相応(そうおう)の食(しよく)にあらず且(かつ)畜類(ちくるい)は人類(しんるい)に近(ちか)くし
 て残忍(さんにん)の所為(しよい)にも見るへけれは君子(くんし)に於(おい)ては
 取(とら)ざる所(ところ)ならんか是(これ)則(すなはち)吾邦(わがくに)清潔(せいけつ)を好(この)んて神明(しんめい)
 を尊(たつと)むの意(こゝろ)なるときはたとひ忌(いま)すとも常食(じやうしよく)と
 すへきにあらず故(ゆへ)に病(やまひ)により性(せい)によりて餌食(くすりぐい)
 とする事は宜(よろ)しとすべし
一 猪(いのしゝ) 癲癇(てんかん)を治(ぢ)し肌膚(きふ)を補(おきの)ふ五臓(ごぞう)をまし人をし
 て肥(こへ)しむ○腸風(ちやうふう)瀉血(しやけつ)久痔(きうぢ)の類(るい)に喰(くら)ひて妙々(めう〳〵)な
 り

一 牛(うし) 血精(けつせい)をまし肌肉(きにく)を充(みた)しめ脾胃(ひい)を養(やしな)ふの良(りやう)
 肉(にく)なり痩人(そうしん)に宜(よろし)くして肥人(ひじん)には宜(よろ)しからず朝(てう)
 鮮(せん)より乾(かん)牛肉(きうにく)多(おゝ)く来(きた)る脾胃(ひい)を養(やしな)ひ筋骨(きんこつ)を壮(さか)ん
 にし腰脚(こしあし)を強(つよ)くす小児(せうに)疳痩(かんやせ)の者に宜(よろ)し○按(あん)ず
 るに外国(くわいこく)にては大牢(たいろう)とて天(てん)を祭(まつ)るに用(もち)ゆ礼記(らいき)
 王制(わうせい)にも諸侯(しよこう)無(なけれは)_レ故(ゆへ)不(ず)_レ殺(ころさ)_レ牛(うしを)とあれは太祭(たいさい)にあら
 されは用(もちい)ざる事と見ゆ吾邦(わがくに)は古(いにし)へより牛馬(きうば)は
 耕稼(こうか)を助(たす)くるの獣(けもの)なれば是(これ)を殺(ころ)す事を禁(きん)ず故
 に食(しよく)する事も禁(きん)ずるなり且(かつ)屠者(ほふるもの)を穢多(ゑた)と称(せう)し
 て四民(しみん)の列(れつ)に入(い)る事を許(ゆる)さず是(これ)吾邦(わかくに)の潔白(けつはく)を
 尊(たつと)んて外 国(こく)の及(およ)ぶ所(ところ)にあらざるなり
一 熊(くま) 風痺(ふうひ)筋骨(きんこつ)不仁(ふじん)するによし諸虚(しよきよ)を補(おきな)ふの良(よき)
 餌(くすりぐい)なり
一 狐(きつね) 中(うち)を温(あたゝ)め虚(きよ)を補(おぎな)ひ久瘧(きうきやく)の邪(じや)を去(さ)る疥瘡(ひぜん)の
 久しく瘥(いへ)かぬるに用てよし○膁瘡(はらき)疥瘡(ひぜん)の類(るい)久(ひさ)
 しく発(はつ)せざるに黒霜(くろやき)にして酒(さけ)にて用れば快(こゝろよ)く
 発(はつ)する事 妙(めう)なり
一 獺(かわおそ) 労痩(ろうそう)の人(ひと)食(くら)ふべし水気(すいき)脹満(ちやうまん)熱毒(ねつき)を去(さ)るに
 用(もち)ゆすべて水中(すいちう)に深(ふか)く潜(ひそ)み蔵(かく)るゝ類は鼈(すつほん)鰻鱺(うなぎ)
 魚 泥鰌(とじやう)の類にいたるまて骨髄(こつずい)の熱(ねつ)を解(げ)するの

 良餌(よきくすりぐい)なり獺(かわうそ)は其類(そのるい)の最上(さいじやう)たりとしるべし
一 狼(をゝかみ) 内(うち)を補(おぎな)ひ気(き)を壮(さかん)にし腹中(ふくちう)寒疝(かんせん)冷積(れいしやく)及び婦(ふ)
 人(じん)の気滞(きたい)黴瘕(てうか)ある人に用てよし○筋骨(きんこつ)手足(てあし)と
 もに黒焼(くろやき)にして用るときは黴(しつ)毒 痼疾(こしつ)久年(きうねん)の風(ふう)
 毒(どく)痺痛(ひつう)に用て其(その)功(こう)ある事 神(しん)のことし
一 兎(うさぎ) 消渇(せうかつ)反胃(ほんい)に食(しよく)して熱(ねつ)を解(げ)し血(ち)を涼(すゞし)くし大(だい)
 腸(ちやう)を利(り)し婦人(ふじん)の産難(さんなん)を救(すく)ふ小児(せうに)の痘毒(とうどく)を解(げ)す
 る事妙々なり
一 膃肭臍(おつととせい) 陰萎(いんい)精冷(せいれい)腰痛(こしいたみ)脚弱(あしよわく)小便(せうべん)頻数(ひんさく)に験(しるし)あり
 ○茎(たけり)補陰(ほいん)の大功(たいこう)ありといへとも心得(こゝろへ)難(かた)し且(かつ)慾(よく)
 を貪(むさぼ)るもの甚(はなはだ)殊功(しゆこう)を唱(とな)ふといへとも是(これ)皆(みな)妄誕(もうたん)の
 説(せつ)にして用べからず殊(こと)に今(いま)松前(まつまへ)より来(きた)る品(しな)甚
 塩蔵(ゑんぞふ)陣腐(ちんふ)恐(おそら)くはいちじるしき功(こう)あるまじ
右(みぎ)之(の)外(ほか)獣類(ぢうるい)数多(あまた)ありといへとも先 薬餌(くすりくい)に用(もちゐ)る品(しな)
は異類(いるい)の物は不(もちゆ)_レ可(へか)_レ用(らず)且(かつ)前文(せんもん)にのぶることく吾邦(わかくに)
の常食(じやうしよく)にあらざれば謾(みだり)りに食ふべからずたとひ
薬餌(くすりぐい)に用る共 随分(ずいぶん)少(すく)なき分量(ぶんりやう)を宜しとすべし

    拾遺
 薬餌(やくじ)の類(るい)あまたあれども尽(こと〴〵)くあぐるいとまあ
 らずしかし初(はじめ)にもらしたる品(しな)をふたゝびこゝ
 に記(しる)すのみ
一 乾(から)鱖魚(ざけ) 体(たい)をあたゝめ瘀血(おけつ)を順(めぐ)らし婦人(ふじん)腰冷(こしひへ)
 経水(けいすい)閉(とじ)て通(つう)ぜざるに用(もちひ)てよし諸(しよ)瘡瘍(そうやう)及(およ)び黴毒(ばいどく)
 の気(き)を発(はつ)するなり惣(そう)じて気力(きりよく)をまし虚労(きよろう)を補(をぎな)
 ひ陽(やう)を起(をこ)すに用(もち)ゆしかし乾硬(かんかう)の物(もの)なるがゆゑ
 に能(よく)煮(に)熟(じゆく)して食(くら)ふべし生煮(なまに)なれば反(かへつ)て脾胃(ひい)を
 傷(やぶ)る○産後(さんご)調血(てうけつ)の妙薬(みやうやく)なれば細(こまか)に剉(きざ)みすこし
 いりて細末(さいまつ)にし酒(さけ)または白湯(さゆ)にても用(もち)ゆれは
 何(なに)にても血分(けつぶん)より起(おこ)りたる諸病(しよひやう)を治(じ)す打撲(うちみ)の
 類(るい)にても酒(さけ)にて飲(のま)しめてよし或(ある)医家(いか)に製(せい)して
 通経(つうけい)の妙剤(めうざい)なりとて普(あまね)く用(もちひ)らるゝなり
一 鰻驪魚(うなぎ) 虚労(きよろう)を治(じ)し五痔(ごぢ)瘻(ろう)瘡(そう)を愈(いや)す諸(もろ〳〵)の虫(むし)を
 殺(ころ)し血精(けつせい)を生(せう)じ肌肉(きにく)を充(みた)しめ津液(しんゑき)をまし小児(せうに)
 疳疾(かんしつ)雀目(とりめ)を治(ぢ)し大病(たいひやう)後(ご)羸痩(るいさう)つよく潤沢(うるほひ)少(すく)なき
 人これを食(くら)ふて甚(はなはた)よし此(これ)甚(はなはた)美味(びみ)なるをもつて
 貪(むさほ)り食(くら)ふこと多(おほ)ければ反(かへつ)て痰(たん)を生(せう)し胸中(けうちう)に油(あふら)
 をたくはへて甚(はなはだ)あしゝ但(たゞ)程(ほと)よく少(すこし)づゝ食(くら)ふと

 きは益(えき)ありて損(そん)なし
 ○鰻驪魚(うなぎの)腸(わた)小児(せうに)の雀目(とりめ)に喰(くは)しめて甚(はなはだ)よし○小(せう)
 児(に)身体(しんたい)痩(やせ)盗汗(ねあせ)などありて脾疳(ひかん)なとゝ云(いふ)にあぶ
 りて油(あふら)の出(いづ)るときを見(み)て合歓木(かうくはんぼく)車前子(しやせんし)二 味(み)を
 黒霜(くろやき)にし細末(さいまつ)にしてふりかけて用(もちひ)て大によし
 ○室内(いゑのうち)にほうせう虫(むし)わきたるにうなきの頭(かしら)と
 骨(ほね)とをくすべるときは忽(たちま)ちおさまるなり蚊(か)虻(あぶ)
 蠅(はい)などの多(をほ)きにも右の如(ごと)くふすべるときはな
 くなるなり虫(むし)をさるの功(こう)見るべし
一 鼈(すつぽん) 中を補(おぎな)ひ体(たい)をあたゝめ血(ち)を生(しやう)し肌肉(きにく)を充(みた)
 しめ痔(じ)脱肛(だつこう)によし骨蒸(こつじやう)労熱(ろうねつ)を除(のぞ)き盗汗(とうかん)をやめ
 婦人(ふじん)帯下(こしけ)の類(るい)に用(もちひ)てよし○鼈(すつぽん)の頭(かしら)よく干(ほし)つけ
 てをき細(こまか)に剉(きざ)み痔(ぢ)を治(ぢ)する諸薬(しよやく)の内(なか)に加入(かにう)し
 用(もちひ)て大によし諸薬(しよやく)さし合(あい)なし脱肛(だつこう)復(ふく)しかぬる
 にも用(もちひ)てよし○産後(さんご)陰門(ゐんもん)脱出(だつしゆつ)するに焼灰(やきはい)にし
 て用(もちひ)てよし
一 鯗(するめ) 気(き)をまし志(こゝろざし)を強(つよ)くし津(つ)を生(せう)じ渇(かつ)を止(や)め滞(たい)
 血(けつ)を散(さん)じ血枯(けつこ)を潤(うるほ)す○乳汁(ちゝ)少(すく)なきものに用(もちひ)て
 よし尤(もつとも)よく煮(に)て食(くら)ふべし其(その)効(こう)汁(しる)にあり其(その)儘(まゝ)に
 てあぶり食(くら)ふは脾胃(ひい)よわき者(もの)には消化(せうくは)しがた

 くして宜(よろ)しからず
一 蕎雀(あをち) 失血(しつけつ)を止め肌肉(きにく)をうるほす○黒霜(くろやき)にし
 て諸(もろ〳〵)の失血(じつけつ)を治(ぢ)するに大にしるしあり金瘡(きんさう)出(しゆつ)
 血(けつ)して止(やま)ざるに貼(でう)して甚(はなはだ)妙(めう)なり○蝮蛇(まむし)にさゝ
 れたるには黒焼(くろやき)を疵口(きずぐち)に付(つ)けまた白湯(さゆ)にて用
 て其(その)毒(どく)を解(け)すること妙々(めう〳〵)なり
一 雁(がん) 雁眆(がんばう)とて脂皮(あぶらかわ)の厚(あつ)き所(ところ)をいふなり煮(に)食(しよく)し
 て中風(ちうぶ)攣急(れんきう)偏枯(へんこ)麻痺(まひ)したるに食(しよく)してよし○煉(ね)
 り烊(わか)して膏(かうやく)の如(ごと)くして毎日(まいにち)空心(すきはら)に服(ふく)するこ
 と久(ひさ)しきときは気力(きりよく)をまし筋骨(きんこつ)を壮(さかん)にし鬚髪(ひんはつ)
 を長(ちやう)ぜしめ老(おい)ずとなり諸(もろ〳〵)の薬石(やくせき)の毒(どく)を解(け)する
 なり
右の外(ほか)に餌食(ししよく)すべきもの数品(すひん)ありといへども常(じやう)
用(よう)にあらずして異類(いるい)の品(しな)はあぐることなし

文化十四年丁丑五月
     観宜堂蔵刻【印=観宜堂蔵】

 皇都書林     丸屋善兵衛

【前コマに同じ】

【見開き裏=四千六六七 フロ】

【裏表紙 文字なし】

浪華薬種問屋能書張交帖.

【表紙 題箋】
浪華藥種問屋能書張交帳 一

【右丁白紙】
【左丁】
【上段右から】
但馬 ㊥ 湯嶋

【本文】
第一■■【きすヵ】のいたみひぜんのす■■
うちみきりきずさがんかさ【雁瘡】くじき【挫き】
やけどしもやけくさのるい
一さいしゆもつ【腫物】によし
【中心の大文字】
御湯之花薬
【本文続き】
右ごまのあぶらにて付てよし
しるけあらばふりかけてもよし
本家 中嶋屋清六

【左項左下】
一本紙之通此度養生場出来有之候間
御出之方は日数十日に全快うけ合申候若又
全快せずば養生中薬代飯料とも一切請
不申日数極めひぜんの根切ふた度さいほつ
する事なし○世けんに数多付薬有之と
いへども多はあしきにほひなぞ致事有予が
薬之義はあしきにほひ少もなし勿ろんとく
思【息ヵ】なければ内こうのうれひ決してなし
功能は用ひし人にとふべし
      日数十日に
  養生料      代銀弐拾目

【右端より】
出店養生場 難波新地心斎橋通中筋 山城屋権三郎

ひぜん妙剤      大人分 銀三匁
 《割書:密|方》武政膏    小児分 銀一匁五分
  加藤周伯伝製

【挿絵内の本文 右上から】
一 夫(それ)ひぜん薬(くすり)数多(あまた)
あれども寒剤(かんざい)を以(もつ)て
一旦(いつたん)は全快(せんくわい)すれど瘡毒(さうどく)内(うち)に入(いり)
良(やゝ)もすれば人(ひと)を
損(そこの)ふものすくなからず又 平愈(いゆる)と
いゑども其(その)源(ね)をたつ事かたし故(ゆへ)に
暑寒(にき)に再発(さいほつ)の憂(うれひ)あり予 製薬(くすり)は一子(いつし)
相伝(さうでん)稀代(きたい)の良剤(めうやく)にして外(ほか)に
類薬(るいやく)なし ◯予が伝来(でんらい)は
家祖(せんぞ)加藤周伯(かとうしうはく)之(の)代(よ)朝鮮人(てうせんじん)
就来朝(らいてうにつき)旅館(りよくわん)滞留中(たいりうちう)予が
家(いへ)も下宿(げしゆくの)被蒙台命(たいめいをかうふられ)
来舶人(らいはくじん)之(の)内(うち)両三輩(りやうさんにん)
ひぜんを困(くるし)む▲
【挿絵の中央部より、本文の続き】
▲人あり
典薬司(おゐしや)
薬(くすり)調合(てうがふ)致(いた)し
用(もち)ひ候 処(ところ)
日数(ひかづ)纔(わつか)
之 内(うち)全
平愈(へいゆ)せし
眼前(まこと)の妙薬(めうやく)なり
祖(そ)周伯(しうはく)秘法(ひほふ)を求(もと)め
弘(ひろ)むるところ一人(いちにん)として
全快(ぜんくわい)せずといふ事なし
たとへ五年(ごねん)十年(じふねん)難治(なをらざる)の
ひぜんにても此(この)薬(くすり)一剤(いちざい)を以(もつて)
骸内(たいない)の瘡毒(さうどく)を発表(はつへう)し
日数(ひかづ)十日に全(まつたく)平愈(へいゆ)すること
請合(うけあい)の妙薬(めうやく)なり此(この)薬(くすり)にて
一旦(いつたん)平愈(へいゆ)せば年々(とし〳〵)催発(さいほつ)することなし
疑(うたがひ)の人(ひと)は 薬(くすり) 用(もち)ひし人(ひと)にたづね
とふべし其(その)余(よ)の疾(やま)ひに用(もち)ひて
寸功(すんこう)なしひぜん一通(ひととふ)りの妙薬(めうやく)也

【挿絵左上の文章】
夫(それ)ひぜん瘡(かさ)は人(ひと)を
苦脳(くるし)め其(その)疾(やまひの)源(ね)を
たつて人(ひと)の意(こゝろ)を
よろこばしむる
故事(いにしへ)武王(ぶわう)の政事(せいじ)
に傚(なら)ふて武政膏(ぶせいかう)
となづく

【挿絵上段の人名など、右から】
大公望
周武王
殷郊

【挿絵下段の台詞、おおむね右から】
【白い犬】
いつも〳〵ひどい人じやわん〳〵
【右下の女性】
おちやあげ
ませう

これは
はゞ
かり
さま
【女性からお茶を勧められている男性】
おかげでながいひぜんが
なをりましてよろこび
       まする
【右上の黒い羽織の女性】
こゝろやすいこと
十日のあいだに
ついなを
  して
しんぜ

 せう
【黒い羽織の女性と机を挟んで向かい合っている男性】
わたくしはさんねん
このかたのひぜんで
なんぎ
いたし
  ます
なをり
 ませう
  かな
【薬を持っている格子模様の着物の少年】
此くすりはさきへ
おあかり
なされませ
【少年と向かい合っている女性】
これは
あり
がとふ
ござり
ます
【戯れている二匹の犬】
くん〳〵
わん〳〵〳〵
【乳を吸っている乳児】
うばちゝ
たい〳〵
【授乳している女性】
さあお
あがり
なされ
ませ
【指差している男性】
あのおかたが
ついなをしてゞ
ござる
【赤ん坊を背負った女性】
ひぜんのついなをるつけくすりは
うちかた【注】でござります
かへ
【注 他人の家の尊敬語。おたく。】

【道に屈んでいる男性】
これから
七里いなん
ならん
大きな
みち
じや


【左端】
本家調合所《割書:大坂京橋備前嶋町|一名網嶋》加藤権左衛門製 印
売弘所 江戸浅草並木町 叶屋吉兵衛

売弘所 江戸浅草並木町 叶屋吉兵衛
《割書:仙(せん)|伝(てん)》真孫太郎円(まこたらうゑん)

【冒頭の漢文】
山勢㠑嶷水
色蒼茫遊目
聘埋足以徜
詳知是佳処
生物亦良斎
川一虫治
病四方
 東原道人題
  【印 白文】東【印 朱文】原

【挿絵の説明】
此 図(づ)斎川の風景(ふうけい)
にして昔(むかし)源(みなもと)義経(よしつね)
奥州(おうしう)下向の節こゝ
かしこ遊覧(ゆうらん)の余(あま)り此地の
景色(けいしよく)凡(ぼん)ならさるを嘆賞(ほうび)
し給ふと也よつて今
これを画(ゑかき)て座上(さしやう)の
覧(みもの)に備(そな)ふるのみ

【本文】
夫(それ)孫太郎円(まこたらうえん)の義は往昔(むかし)一(ひとり)の異人(いじん)有て吾祖(わかそ)に来り客居(とうりふ)すること歳(とし)余(あまり)か其 交情(まじはり)
敦睦(あつく)して兄弟の如くす別(わかれ)に臨(のそ)んて懐中(くわいちう)の一 巻(くわん)を出し吾祖(わかそ)に与(あた)へて曰(いはく)此(この)書(しよ)は仙家薬伝(せんかやくでん)の秘(ひ)
決(けつ)にして世と夭札(わかしに)の不幸を済(すく)ひ老彭(なかいき)を致すの一助(いちじよ)たり卿(なんち)よくこれを宝翫(たからと)すへし我は是 源家(げんけ)
の郎従(らうしう) 常陸房(ひたちぼう)なり既(すて)に人間(にんけん)の事を棄(す)て仙術(せんしゆつ)を学(まなは)んとするもの也と言尽(ことつ)きて行去(ゆきさ)りぬ
然(しかる)なに此 巻中(まきもの)に小児(せうに)五疳(こかん)【注①】を主(さき)として虚損労減(きよそんらうげん)凡(すべ)て血気不足(けつきふそく)の人に服養(のま)しむる禁方(きんほう)【注②】あり
家祖こゝにおゐて斎川(さいかわ)出産(しゆつさん)の孫太郎虫を附方(ふけん)【「かけん(加減の意)ヵ】することを発明(はつめい)して遂(つい)にこれを製(せい)し得(ゑ)て諸人(しよにん)に
施(ほとこ)すに其 神験(しるし)誠(まこと)に百発(ひやくはつ)百 中(ちう)の良剤(めいほう)にして他薬(たやく)の及ぶ所にあらすと云故に此度
孫太郎円と名つけ始(はじ)めて海内に公(おゝやけ)にするもの也 扨(さて)この孫太郎虫と云は奥州(おうしう)刈田郡(かつたこをり)
斎川 駅(ゑきば)の川より生(せう)する奇虫(めつらしきむし)にして全(まつた)く他所(たしよ)にあらさるもの也若 他産(たさん)の同物(とうふつ)に似(に)たるもの
ありといへとも敢(あへ)て取(とる)に足(た)らす因(よつ)て此虫の出産この一区(ひとところ)に止(とゝ)まれは中々 多(おほ)く求(もとむ)ること能(あた)はす
故に斎川の里人(りじん)に謀(はか)り其(その)真品(しやうひん)を尽々(こと〳〵)く買(か)ふて我家に韞匱(いそう)【熟語としての読みは「ウンキ」 注③】し各の仙方 加減(かけん)するもの也
 主治(こうのう)
一 男女(なんによ)ともに十五 歳(さい)以下の諸病(しよひやう)を治(ぢ)すること極(きわ)めて神効(しんこう)あり十五歳以上の人は能(よく)虚労(きよらう)血気
不足の症(せう)凡て内損(ないそん)にかゝる病を治す○第一小児五 疳(かん)驚風(きやうふう)の類(るい)夜啼(よなき) 牀尿(よつはり) 欬嗽(せき) 痰喘(せんそく) 盗汗(ねあせ) 泄(はら)
瀉(くたり)或(あるい)は腹脹(はらはり)腹痛(はらいたみ)或は蛔虫(むし)を吐瀉(はきくた)し虫積(さしこみ)癇症(かんせう)客忤(ものおひき)或は寒熱(かんねつ)往来(わうらい) 脱肛(たつこう)或は羸痩(やせおとろい)咽(のんと)
渇(かわ)き或は口渇き痘瘡(とうそう)麻疹(はしか)起脹(はりはた)しかたき時なと惣(そう)して小児 一切(いつさい)の病に用ゆへし○大人は
第一 労症(らうせう)血虚凡て内損のため心下(しんか)留飲(りういん)盗汗 自汗(じかん)或は心怒(はらたち)怔忡(むなさわき)寒熱往来 欬嗽(せき)痰血(たんけつ)
上衝(のぼせ)眩暈(めまい)腹痛(はらいたみ)倦怠(たいくつ)健忘(ものわすれ)等の諸症に用ゆべし但し産前(さんせん)産後(さんこ)には
必(かならす)用へからす其外 指合(さしあい)なし
一 用法(もちいやう)は大人小児ともに一日に一貼(ひとつゝみ)つゝ白湯(さゆ)にて用小児は乳(ち)汁にてもよし但し十五歳以上は三貼を
二日に用ひてよし其 即功(そくこう)一 廻(まは)りにして一生(いつせう)の病根(やまいね)を芟除(たつ)へし

調合所 奥州仙台国分町 東夷斎製    【印】■齋菅原■燈
売弘所      本家 菅原屋仲右衛門

薬代壱貼に付銀壱匁三分

【注① 五つの疳の病。肝風疳。脾食疳。腎急疳。肺気疳。心驚疳をいう。】
【注② 秘伝の調薬方法】
【注③ ひつ(匱)の中にしまっておく。】

《割書:蘭国|醸方》補(ほ)血(けつ)大(たい)順(じゆん)酒(しゆ) 功能之略

【薬名下の文章】
万病(まんびやう)を治(ぢ)する薬(くすり)にはあらず中風(ちうぶう)血病(けつびやう)を
治(ぢ)する事(こと)第一(だいいち)の功(こう)なり血(ち)の症(しやう)より発(おこ)る
諸病(しよびやう)はこと〴〵く治(ぢ)せずといふ事(こと)なし
△大順酒(たいじゆんしゆ)蘭名(らんめう)「ヒニトロピシ【」】といふ
【本文】
一 大順酒(たいじゆんしゆ)は蘭国(らんこく)雅谷貌伍乙志(こやつぷをいつ)の大奇方(だいきはう)にて実(じつ)に聖方霊酒(せいはうれいしゆ)なり其(その)効(こう)こゝに述(のべ)がたし其(その)あらましを左(さ)にしるす
血(ち)を巡(めぐ)らし気(き)を調(とゝなふ)る事(こと)誠(まこと)に玄妙(げんめう)不思議(ふしぎ)なり一切(いつさい)心気(しんき)不足(ふそく)よりおこる病症(びやうしやう)の類(るい)気病(きびやう)の類(るい)一切(いつさい)血(ち)より起(をこ)る病症(びやうしやう)の
類(るい)血(ち)不足(ふそく)血(ち)不順(ふじゆん)の症(しやう)に用て誠(まこと)に神妙(しんめう)不思議(ふしぎ)なり
▲第一之効 中風(ちうぶう)半身(はんしん)不遂(かなはず)口眼(くちめ)過斜(ゆがみ)手足(てあし)不仁(かなはず)骨節(ほねふし)疼痛(いたみ)筋脈(すじ)拘攣(ひきつける)等(とう)の症(しやう)を治(ぢ)す中風(ちうぶう)起(をこつ)て三日の内に用れば
必(かならず)十日にて全快(せんくわい)すべし誠(まこと)に壱人も治(ぢ)せざるはなし日数(ひかず)おくれたれば夫々(それ〳〵)其(その)病(やまひ)の重(をも)きかるきにより日数(ひかず)は記(しる)しがたし大抵(たいてい)
壱剤(いちざい)用ゆべし此酒壱剤は十二日用ゆる也 病(やまひ)重(おも)ければ長(なが)く用ひ軽(かる)ければ長(なが)く用ゆるに及(およ)ばず病(やまひ)の深(ふか)き浅(あさ)きによる也 薬(くすり)の効(こう)病(やまひ)に届(とゞ)
くほど用ひたれば千万人(せんまんにん)に壱人も治(ぢ)せざるはなし誠(まこと)に中風(ちうぶう)を治(ぢ)する聖方(せいはう)なり軽(かる)き症(しやう)は後(をく)れたるにても必(かならず)壱剤(いちざい)にて
治(ぢ)すべし此(この)酒(さけ)を用ひて翌日(よくじつ)より必(かならず)其(その)効(こう)みゆる也 極(きわめ)て体(からだ)の内にかわる所(ところ)有(あり)てしるしを覚(をぼ)ゆる也 能(よく)ためし見るべし
▲膈症(かくしやう)・噎症(いつしやう)・翻胃(ほんゐ)を治(ぢ)する事(こと)大(おゝひ)に妙(めう)なり但(たゞ)し治(ぢし)がたき病症(びやうしやう)なるゆへ三剤(さんざい)より五剤(ござい)用ゆべし尤(もつとも)病末(びやうまつ)になりては功(こう)なし
用ゆる事なかれ噎(いつ)并に反胃(ほんい)は膈(かく)同断(どうだん)也○噎(いつ)○反胃(ほんい)○膈(かく)三症(さんしやう)とも能(よく)胸(むね)を啓(ひら)き追々(おひ〳〵)全快(ぜんくわい)に至(いた)るなり△すべて
脾胃(ひゐ)虚弱(きよじやく)の人(ひと)又(また)は心気(しんき)を多(おほ)く遣(つか)ふ人 常(つね)に大順酒(たいじゆんしゆ)を少しづゝ用ればよく脾胃(ひい)を養(やしな)ひ心気不足(しんきふそく)を補(をぎなひ)血(ち)を潤(うるほ)し
精気(せいき)を増(ます)ゆへ不足(ふそく)より起(おこ)る病(やまひ)発(おこ)らず膈(かく)噎(いつ)反胃(ほんい)などの病を患(うれ)ふ事なし腎経(じんけい)虚(きよ)して水火(すいくわ)共(とも)に不足(ふそく)し手足(てあし)ひえ小(せう)
便(べん)通(つう)じ悪(あ)しく大便(だいべん)結(けつし)咳(せき)出(いで)すでに労咳(らうがい)の症(しやう)とならんとする人もあり又(また)はうき病(やまひ)となる事もある人はみな血(ち)の災(わざはひ)
なり此(この)大順酒(たいじゆんしゆ)を常(つね)に用ゆれば自然(しぜん)と腎精(じんせい)を増(まし)腑臓(ふざう)をあたゝめ養(やしな)ひ気力(きりよく)盛(さかん)になる事 世(よ)の腎薬(じんやく)の及(をよ)ぶ所(ところ)にあら
ず蘭国(らんごく)の製法(せいほう)夫々(それ〳〵)薬(くすり)の油(あぶら)をとり清気(せいき)をとり其(その)真(しん)粋をとり酒(さけ)に製(せい)する也 煎薬(せんやく)は水に煎(せん)じ用るゆへ症(しやう)により
てはまわりおそくきく事(こと)遠(とを)し此(この)薬(くすり)は酒(さけ)の力(ちから)にて薬気(やくき)をめぐらすゆへ格別(かくべつ)の奇効(きこう)妙験(めうげん)あるなり
▲婦人(ふじん)一切(いつさい)血症(けつしやう)を治(ぢ)する事(こと)妙(めう)なり血分(けつぶん)より発(おこ)る病(やまひ)なればいかやうなる症(しやう)にても年(とし)久(ひさ)しき難病(なんびやう)にてもかなら
ず壱剤(いちざい)にてしるしあり尤(もつとも)病(やまひ)極重(ごくおも)き症(しやう)なれば二三 剤(ざい)用ゆべし○血不足(ちふそく)の人用ひて大によし且(かつ)第(だい)一に血(ち)を養(やしな)ひ
内(うち)をあたゝめ養(やしな)ふものゆへ懐妊(くわいにん)の婦人(ふじん)用ひ□【「て」ヵ】大(おゝひ)に妙(めう)也▲此薬(このくすり)用ゆる内(うち)食禁(しよくきん)あり●竹(たけ)のこ●松茸(まつたけ)●あぶらけ
●かぶら菜(な)●鳥(とり)けだもの●酢(す)●椎茸(しひたけ)●この類(るい)は薬(くすり)の後(のち)半月(はんげつ)もいみてよし
          ○価定 壱舛に附 銀五拾目  壱合に附 銀五匁八分

《割書:蘭国|醸方》丁(ちやう)子(じ)酒(しゆ) 功能 価定《割書:壱舛 六匁|壱合 六分》
▲第(だい)一 内(うち)をあたゝめ冷(ひへ)の病(やまひ)を治(ぢ)す寒疝(かんせん)冷積(れいしやく)ともに治(ぢ)す老人(らうじん)つねに用ひて手足(てあし) 暖(あたゝか)になり能(よく)血(ち)をめぐ
らし気(き)を調(とゝの)ふ腹中(ふくちう)冷(ひへ)る人 常(つね)に用ひて大に吉(よし)腹痛(ふくつう)腹瀉(ふくしや)【月+写】に妙(めう)也 婦人(ふじん)一切 血(ち)より発(をこ)る諸病(しよびやう)に大によし五臓(ござう)をあたゝめ
脾胃(ひい)を補(をぎな)ひ気血(きけつ)を巡(めぐ)らすゆへに中風(ちうぶう)に用ひて大功(たいこう)有(あり)実(じつ)に仙家(せんか)の秘方(ひほう)にして平日(つねに)是(これ)を用ゆる人 自然(しぜん)と一切の病根(びやうこん)を抜(ぬき)
延齢長寿(ゑんれいちやうじゆ)せしむること誠(まこと)に稀代(きだい)の良方(りやうはう)也○婦人(ふじん)懐妊(くわいにん)の初月(はじめ)より少(すこ)しづゝ用ゆれば大に元気(げんき)をまし其子(そのこ)丈夫(じやうぶ)にして産(さん)至(いたつ)
て安(やす)からしむ○予(よが)家(いゑ)の薬銘酒(やくめいしゆ)は蘭国(らんごく)の醸方(じやうほう)にして他家(たけ)に類(るい)なき製薬(せいやく)なり

《割書:蘭国|醸方》紫(し)蘇(そ)酒(しゆ) 功能 価定《割書:壱舛 五匁|壱合 五分》
▲第(だい)一 心気(しんき)を養(やしな)ひ逆上(のぼせ)を引下(ひきさげ) 胸(むね)を開(ひら)き食(しよく)を進(すゝ)む一切 気(き)より発(をこ)る諸病(しよびやう)を治(ぢ)す痰(たん)を化(くわ)し咳(せき)を治(をさ)め能(よく)声(こへ)を出す事 妙(めう)なり鬱(うつ)
症(しやう)癇症(かんしやう)に用ひて気(き)を引立(ひきたて)即功(そくこう)を顕(あらは)す此薬酒(このくすりさけ)よく精気(せいき)を補(をぎな)ひ津液(しんゑき)をまし元気(げんき)を壮(さか)んにす故(かるがゆへ)に常(つね)に用ゆる時(とき)は心気(しんき)
丈夫(じやうぶ)になりて記臆(きおく)つよく根気(こんき)を増(ます)事 神(しん)のことし内(うち)を健(すこやか)にする故(ゆへ)に暑毒(しよあたり)寒毒(かんあたり)疫痢(はやりやまひ)等(とう)の一切 外(ほか)より入(い)るの諸悪症(しよあくしやう)を患(うれへ)ず又
平日(つねに)用ゆる人 大(おゝひ)に腎精(じんせい)をまし惣身(そうみ)に光沢(つや)を出(いだ)し肌目(きめ)を能(よく)す長(なが)く用ゆる人 寒中(かんちう)手足(てあし)こゞへず面体(めんてい)血色(けつしよく)の能(よく)なるを見て
其功能(そのこうのう)の速(すみやか)なるを知(し)るべし実(じつ)に此奇功(このきこう)の絶妙(ぜつめう)なる事 今(いま)爰(こゝ)に述(のべ)がたし用ひて知(し)り給ふべし○又 小児(せうに)疳(かん)の病(やまひ)に用ひて大によし
  ○右三 種(しゆ)ともに只(たゞ)一 味(み)の製酒(せいしゆ)にあらず其(その)主(つかさ)どる物(もの)をもつて其名(そのな)とす最(もつとも)風味(ふうみ)功能(こうのう)世(よ)の銘酒(めいしゆ)と
   異(こと)なるを以(もつ)て知(し)るべし○又 酒(さけ)を好(この)む人も一 度(ど)に
一合より上(うへ)は用ひず少(すこ)しづゝ度(たび)々用ひてよし

《割書:御|免》本家修合所 正誠堂 元弘所《割書:   大阪蜆橋北へ入|諸国取引所》沖田理兵衛【印】

         薬料 壱服百廿四文
   りびやう薬
   《割書:家|伝》超世丸
    諸国取次元《割書:大坂中之嶋|大江橋南詰》田中氏

   《割書:家|伝》超世丸(ていせいぐはん)《割書:りびやうくすり|いづれも白湯にて用》
一 赤(しやく)白(びやく)痢病(りべう)一切(いつさい)の泄瀉(せつしや)老少(らうせう)男女(なんによ)寒熱(かんねつ)軽(かろき)重(をもき)を問(とは)ず早(はや)く御用ひありて神(しん)の如(ごと)し
 或(あるひ)は一日に七八十 度(ど)に及(およ)び百 度(ど)裏急後重(りきうかうぢう)つよくしきりにはら痛(いたみ)手足(てあし)ひへ或は大熱(だいねつ)
 にて諸薬(しよやく)応(おう)ぜず九死一生(きうしいつせう)の痢病には半時(はんとき)の内に弐 粒(りう)づゝ三度用ひてよし一度
 用ゆればたちまちはらのいたみをとめ裏急後重なく度数(とかず)へりて腹満(はらはり)なし胸(むね)の
 痞(つかへ)をさげ寝(ね)入る事ありさめて後大 便(べん)こゝろよく通(つう)じ食気(しよくき)出来(できる)也つゞけて用て猶々(なを〳〵)よし
一 禁口痢(きんこうり)とて初発(はじめ)より熱つよく絶食(ぜつしよく)なる症(せう)ありはやく数粒を用ひてよし
一小児の痢病三四才迄は一粒を三度に用ひ七八才ならは半粒或は一粒痢の軽き重き見合数粒用てよし
一 惣(そう)じて痢病の気ざしあらばはやく御用ひ可被成候たち所に治する事妙也固 油断(ゆだん)すべからず
一 常(つね)の下りはらしぶり腹寒(はらかん)はらしもはらその外かろき腹相(ふくあい)は論(ろん)におよばず
一 産後(さんご)産前(さんぜん)に腹(はら)くだる人に用ひて即功(そくこう)あり破産(はさん)なし兼而(かねて)用てなを〳〵よし
一 老少(らうしやう)男女(なんによ)脾胃(ひゐ)弱(よは)き人または寒夜(さむきよ)老若(らうにやく)小便(せうべん)しげきに常(つね)に用ひてよし
一何病にても痢病とならばはやく御用ひ但し前後半時ばかり他の薬御無用 指合(さしあひ)なしといへども
 のみまぜては薬力(やくりき)なし尤此薬御用ひの内 生(なま)なるもの冷(ひへ)なるもの薬喰(くすりぐひ)■【とヵ】ても御 用捨(ようしや)の事
一此薬御用ひの節(せつ)人により少し上気(しやうき)の気味(きみ)ありよろし猶々御用ひの事
右世に超世丸といふもの多(をゝ)し然れ共此方は家伝にして痢を治する事 至(いた)りて妙也此薬を用て
度数(どかず)少(すくな)くなるによつておそるゝ人あり世に多きとめ薬等にはあらず其 発(はつ)する所の病性(びやうせう)に応(をゝ)し発(ほつ)
熱(ねつ)発汗(ほつかん)してとまつて治し又は瀉(くだり)て治するもあり其治方一ならず少も気遣ひなく御用あるべし
自然(しぜん)と内をとゝのへ早(はや)く治する事神妙なり疑(うたがふ)べからず

 調合所   防州鹿野市 岩崎伴蔵 【花押?】
 諸国取次元《割書: 大坂中之嶋| 大江橋南詰》  田中某

取次所
 大阪弘所  《割書:田邊屋橋南詰  帯屋幸助|古川弐丁目   兵庫屋市左衛門》
 京都三条高倉下ル   伊勢屋徳兵衛     堺大小路ぬしや町  菓子屋甚兵衛
 同 七条油小路西え入 山本弥左衛門     伏見問屋町     木屋武兵衛
 江戸山下御門前山下町 出雲屋藤兵衛     兵庫島之上町    今治屋長兵衛
 大津川口       舛屋市右衛門     長州赤間関細江   伊予屋久太郎

右取次所は数軒に付別紙口上書に国分して記之売人は出し不申候

【上段】
ウルユス《割書:功能|之略》
痰留飲積気之症左に記

▲ぜんそくしつたん▲らうがいかん
しやうやみ▲はれやまひちやうまん
▲ひまんしびれちうぶ▲かくしやう
きしゆ▲ちのみちのしやくき▲りん
びやうせうかち▲たんのはれもの
▲のんどいたみむねいたみ▲むなさき
つかへまたはたなをかきたるやうに
おぼえ▲こはらちからなくむなさき
はり▲はらおさゆればごぼ〳〵となり
▲はらにかたまりあり▲はらなりはら
はりからゑづき▲むなさきへさしこみ
いたみ▲しよくすればつかへいたみ
▲せなかのほねゆがみだるくいたみ
▲くびかたかいなこりいたみ▲けんぺき
よりはらせなか七九のあたりに
こりいたみ▲こし手あしいたみ又は
ひきつり▲ふくちうのきみあしく
▲大べんけつし又は五六日めにくだり
▲小べんすくなくにごり▲酒に二日
ゑひするしやう▲つねにときやくし
▲むねやけむねわるく又はなまつばを
はききみづいで▲しよくうけあしく
▲しよくもつおちつかず▲ちかがつへ 【近餓ゑ】
むらしよくし▲こしよりしもひや〳〵と
水におぼえ又はたゞをり〳〵ねついでる
しやう▲かほいろあしくいきだわしく 【息だはし=息切れがする。】
▲づつうのぼせたちぐらみ▲かほ
おもくよねられず▲目かすみはな
かはきみゝなり▲はぐきよりうみち出
▲したあれくちびるやぶれ▲手あし
だるくねることをこのみ▲むねふさぎ
どうきをどり▲きむすぼれこんきなく
▲たび〳〵あくび出きぶしやうになり
▲きおもくこゑかれ▲のんどかゆく又は
びろ〳〵したるものあるやうにおぼえ

右之症皆痰留飲積気也【黒地囲みに白抜き文字】

【下段本文】
△抑(そも〳〵)此(この)ウルユス(うるゆす)の儀(ぎ)は阿蘭陀国(おらんだこく)回斯篤児(へしすとる)の一大(いちだい)奇方(きはう)我(わが)朝(てう)に渡(わた)りし砌(みぎり)其(その)蘭書(らんしよ)を見開(みひらき)此(この)方(はう)を
授(さづか)る然(しかる)に此(この)方(はう)痰(たん)より発(おこ)る諸病(しよびやう)を治(ぢ)し留飲(りういん)をくだし積気(しやくき)を治(をさ)め其(その)重(おも)き病者(びやうじや)を救(すくひ)し事(こと)爰(こゝ)に述(のぶ)るに
遑(いとま)あらず然(しかり)といへども万病(まんびやう)を治(ぢ)するといふ方(はう)にあらず只(たゞ)痰(たん)留飲(りういん)積気(しやくき)の諸症(しよしやう)を治(ぢ)する大奇薬(だいきやく)なり
其(その)病根(びやうこん)軽(かる)き重(おも)き年(とし)久(ひさ)しき症(しやう)夫々(それ〳〵)に随(したが)ひ此(この)ウルユスを服用(ふくよう)する時(とき)は其(その)功能(こうのう)速(すみやか)なる事(こと)雪霜(ゆきしも)に
沸湯(にへゆ)を掛(かけ)るが如(ごと)く其(その)験(しるし)其(その)日(ひ)其(その)夜(よ)に著(あらは)す事(こと)顕然(げんぜん)たり続(つゞい)て服(ふく)し益(ます〳〵)全快(ぜんくわい)必定(ひつぢやう)せり
【縦線あり】
△夫(それ)人(ひと)と生(うまれ)て痰(たん)なき者(もの)はなし古書(こしよに)曰(いはく)人身之痰(じんしんのたんは)如長流水(ちやうりうのみづのごとく)一度(ひとたび)滞(とゞこふれば)百病(ひやくびやう)因生矣(よつてしやうず)宜哉(むべなるかな)されば
痰(たん)は病(やまひ)の根元(こんげん)なるべし一度(ひとたび)滞(とゞこふ)れば種々(しゆ〴〵)の病(やまひ)と変(へん)じ災(わざはひ)を作事(なすこと)顕然(げんぜん)たり又(また)痰症留飲(たんしやうりういん)を病人(やむひと)かならず
短命(たんめい)也(なり)といへり又(また)痰飲(たんいん)ある人(ひと)は卒中風(そつちうぶう)麻痺病(しびれやまひ)俄(にわか)に発(おこり)或(あるひ)は頓死(とんし)する事(こと)ありと昔(むかし)より医書(いしよ)にも深(ふか)く
論(ろん)ぜり是等皆(これらみな)痰飲(たんいん)の破壊(やぶれ)なり殊更(ことさら)当今(たうせい)の人(ひと)多(おほ)く心労(しんらう)を過(すご)し体(からだ)を不遣(つかはず)して飲食(いんしよく)に耽(ふけり)故(かるがゆゑ)に
痰留飲(たんりういん)積気(しやくき)の症(しやう)甚多(はなはだおほ)し深(ふか)く考(かんがへ)心得置(こゝろえおく)べし依(よつ)て痰留飲(たんりういん)積気(しやくき)の症(しやう)を示(しめ)し上(うへ)の条(でう)に記(しるす)
【縦線あり】
△上(うへ)の条(でう)に著(あらは)す病症(びやうしやう)いづれも痰留飲(たんりういん)積気(しやくき)より発(おこ)る所(ところ)の病(やまひ)也(なり)其内(そのうち)軽(かる)き症(しやう)と侮(あなど)り捨置(すておく)時(とき)は
漸々(ぜん〴〵)病(やまひ)深入(ふかいり)し後(のち)には破壊(やぶれ)来(きた)りて重(おも)き病(やまひ)を生(しやう)じ大事(だいじ)に及(およぶ)事(こと)あり総(すべ)て痰留飲(たんりういん)積気(しやくき)の症(しやう)は年(とし)久(ひさ)しく
催(もよふ)して発(おこる)所(ところ)の病(やまひ)なれば上(うへ)の条(でう)に著(あらは)す病症(びやうしやう)少(すこ)しにてもある人(ひと)は深入(ふかいり)せぬ内(うち)はやく此(この)ウルユスを
用(もち)ゆる時(とき)は病(やまひ)の根元(こんげん)より導(みちび)き痰(たん)は元(もと)の道(みち)に順環(めぐり)来(き)て発(おこ)る所(ところ)の病(やまひ)下部(げぶ)に下(くだ)り心下(しんか)快(こゝろよ)く捌(さばけ)て痰(たん)は
大便(だいべん)にとり留飲(りういん)は小便(せうべん)にとり病(やまひ)去行(さりゆく)事(こと)眼前(がんぜん)見(み)え猶(なを)胸腹(むねはら)に知(し)る腹中(ふくちう)の気味(きみ)試(こゝろ)むべし
【縦線あり】
△痰留飲(たんりういん)積気(しやくき)ある人(ひと)はのぼせ強物也(つよきものなり)又(また)は諸病(しよびやう)区(まち〳〵)に発(はつ)し上(うへ)の条(でう)に著(あらは)す病症(びやうしやう)折々(をり〳〵)何処(どこ)となく
煩(わづら)ふもの也(なり)此(この)ウルユスを多年(たねん)貯(たくはへ)服(ふく)する時(とき)は二便(にべん)快(こゝろよ)く捌(さば)け諸熱(しよねつ)去行(さりゆき)逆上(のぼせ)を引(ひき)さげ腹中(ふくちう)を快(こゝろよ)く
調(とゝの)へ其印(そのしるし)胸腹(むねはら)を空(すか)し飲食(いんしよく)をすゝめ全(まつたく)諸病(しよびやう)生(しやう)ぜず痰留飲(たんりういん)積気(しやくき)を病事(やむこと)なく無病(むびやう)ならしむ
酒呑(さけのみ)の輩(ともがら)は多(おほ)く留飲(りういん)を生(しやう)じ命(いのち)縮(ちゞま)るに至(いたる)此(この)ウルユスを酒(さけ)の前後(ぜんご)に用(もち)ゆる時(とき)は気血(きけつ)順廻(じゆんくわい)し酒(さけ)も
自然(しぜん)と薬(くすり)と成(なり)諸病(しよびやう)生(しやう)ぜず留飲(りういん)の滞(とゞこふり)なし益(ます〳〵)壮(さかん)にして命(いのち)長(なが)し其印(そのしるし)二日酔(ふつかゑひ)する事(こと)なし
【縦線あり】
△婦人(ふじん)血(ち)の道(みち)の痰積(たんしやく)水気(すいき)滞(とゞこふり)の浮病(うきやまひ)一夜(いちや)の中(うち)に気血(きけつ)を環(めぐら)し滞(とゞこふり)両便(りやうべん)に下(くだ)る小児(せうに)の痰咳(たんせき)は勿論(もちろん)
第一(だいいち)丹毒(くさ)胎毒(たいどく)を下(くだ)す事(こと)不思議(ふしぎ)の功(こう)あり音曲(おんぎよく)を発声(はつせい)する人(ひと)用(もちひ)て其声(そのこゑ)清(きよ)く爽(さはやか)なる事(こと)甚妙(しんめう)也(なり)
△右(みぎ)五(ご)ヶ(か)条(でう)に述(のぶ)るが如(ごと)くいづれも痰留飲(たんりういん)積気(しやくき)より発(おこ)る所(ところ)の病症(びやうしやう)なれば此(この)ウルユスを服用(ふくよう)して
速功(そくこう)を顕(あらは)す事(こと)蘭国(らんこく)希(き)【ママ】代(たい)の奇方(きはう)なり尤(もつとも)重(おも)きに至(いたつ)ては用(もち)ひやう第一(だいいち)なり依(よつ)て病(やまひ)の浅(あさ)き深(ふか)きに
応(おう)じ用(もち)ひやう彼国(かのくに)の伝授(つたへ)あり委(くはし)くは中包紙(なかつゝみがみ)に記(しる)し置(お)く篤(とく)と心得(こゝろえ)用(もち)ゆべし
【上部】

 製薬所


【中部】
根元 長崎 健寿堂鑑製【印 健寿】
本店 大阪 《割書:中之島越中橋》肥後屋丈右衛門【印 定賢】

【下部】
江戸出店《割書:大伝馬町|三丁目》 大黒屋儀助【印 常▢】
京都出店《割書:烏丸通|六角下 ̄ル》 蚊帳屋久兵衛【印 蚊屋?】
尾張出店《割書:名古屋本町|拾弐町目》長岡屋弥七【印 長彌】

【左欄外 右下】
諸国出店
同取次所
別紙 ̄ニ記ス

【左欄外 中央】
【印 回斯篤兒?】
VLOYM
VAN MITTR
たんりういんしやくきの薬 拾五粒入
 ウルユス       【印 健寿堂】
阿蘭陀国回斯篤児之奇方  賈銀一匁

【上右方 貼り紙】
 第一(たいゝち)根気(こんき)を強(つよ)くし腎精(じんせい)を
 益(まし)諸虚(しよきよ)百損(ひやくそん)を補(をぎな)ふ良薬(りやうやく)
《割書:仙|伝》○人参(にんじん)満寿円(まんじゆゑん)

   大阪道修町三丁目
御免本家日野屋卯之松謹製
【本文枠】
〇/人参(にんしん)満寿円(まんしゆゑん)主能(しゆのう)《割書:并(ならびに)|》七之妙(なゝつのめう)
夫(それ)人(ひと)は未病(みびやう)を治(ぢ)する事(こと)養生(やうじやう)の第一(だいいち)にして聖人(せいじん)のふかく
をしゆる処也/此(この)満寿円(まんじゆゑん)は預(あらかじ)め諸病(しよびやう)をふせぎ真元(しんげん)を堅(かた)め
身体(しんたい)をとゝのへすくやかにするの大(だい)妙方(めうはう)にして服用(ふくよう)するときは
かならず七(なゝ)ッのしるしをあらはす事/妙(みう)なり
 第(だい)一/眼耳(がんに)をあきらかにし
 第二/気分(きぶん)をおさめ根気(こんき)をつよくし物(もの)に退屈(たいくつ)せす
 第三/胸(むね)をすかし腹中(ふくちう)の動気(どうき)をしづめ
 第四/食物(しよくもつ)こなれやすふして飲食(いんしよく)をすゝむ
 第五/二便(にべん)滞(とゞこふ)る事(こと)なく常(つね)に倍(ばい)して快(こゝろよ)く通(つう)ず
 第六/手足(てあし)のめぐりを盛(さかん)にし長座(てうざ)すといへどもあかず
   遠行(とうあるき)しても草臥(くたびれ)れず
 第七/腎精(じんせい)をまし陽事(やうじ)を起(おこ)し仮令(たとへ)虚弱(きよじやく)の人(ひと)
   六十をすぐといへども子(こ)あらしむ
右七つの妙(めう)此(この)薬(くすり)を用(もち)ゆる時(とき)は速(すみやか)に其(その)しるしあり預(あらかじ)め五臓(ござう)の労(らう)
虚(きよ)を補養(ほやう)し諸(もろ〳〵)の損減(そんげん)を調治(てうぢ)して飲食(いんしよく)色欲(しきよく)の傷(いたみ)を受(うけ)ず
温疫(はやりやまひ)風邪(ふうじや)の気(き)に感(かん)ぜず男女(なんによ)老少(ろうせう)常(つね)に養生(ようじやう)のために用(もち)ひ
て其(その)功(こう)神(しん)のごとし諸病(しよびやう)薬(くすり)のしるしなきもの此(この)薬(くすり)を用ゆれば必(かならず)
二/廻(まは) ̄リ三廻 ̄リにして妙(めう)をあらはす事/秘術(ひじゆつ)の効験(こうげん)なり常(つね)に用(もち)ひ
て無病(むびやう)壮健(そうけん)ならしめ延年(ゑんねん)長寿(てうじゆ)せしむる霊円(れいえん)也▲諸薬(しよやく)食物(しよくもの)差合(さしあひ)なし
  ○用(もち)ひやう掛目(かけめ)弐匁ッヽ食前(しよくぜん)にさゆにて用ゆべし
          原田梅檀秘方【角印 梅檀】
       大阪道修町三丁目
御免本家調合所   日野屋卯之松製
   開運(かいうん)長久(てうきう)天寿(てんじゆ)を保(たもつ)事/奇々(きゝ)たるを以て
   御(ご)祈祷(きたう)の御/煉薬(ねりやく)なりと世(よ)に挙(こぞつ)て仰之(これをあふぐ)

       【本文枠外 左下】七

【左上片枠】
 むねいたみづつうの妙薬
《割書:心痛胸痛|積痛妙薬》涼心円(りやうしんゑん)
《割書:二■|》効能(こうのう)

【左下片枠の外上】《割書:二■|》

【左下片枠】

《割書:仙|伝》○人参(にんじん)満寿円(まんじゆゑん)《割書:此(この)薬(くすり)をふくして七(なゝ)ッ|の妙(めう)を顕(あらわ)す《割書:并》用(もち)ひ|やう共(とも)包紙(つゝみがみ)にしるす》
此(この)人参(にんじん)満寿円(まんじゆゑん)は《割書:予(よ)》が先祖(せんぞ)より一子(いつし)相伝(そうでん)の良剤(りやうさい)
にして奇品(きひん)良種(りやうしゆ)の薬(くすり)を撰(ゑら)み四季(しき)三旬(???ゆ?)【右ルビ さんじゆんヵ】の加減(かげん)を以


金粒丸《割書:よろづによし|さしあひなし》
第一しよくだゝりむねのつかへしやゝむしはらのいたみせんきす向ときやゝ
くわくらんかしらのいたみこしのいたみ氣のつかへニ而ゑひ大人小児ともに
よし〇つねのやうじやうにはさゆにて一度に一りうづゝわづらひにはしやうが
わさびおろしにておろしきぬぎれにつゝみあつゆのうちにしぼり入かきたて
のみしるに仕一りうづゝおもきわつらひには二りうつゝ大人俄(にはか)におもきしよくたり
大むしのいたみには一度に二りうつゝ二三度もつゞけて可用妙あり魚にゑい

奇妙頂礼胎錫杖

【表紙 帝国図書館蔵の地紋あり】
奇妙頂礼胎錫杖

【資料整理ラベル】
207
特別
353

【右丁 白紙】

【左丁】
寛政七年【手書きメモ】
【資料整理ラベル】
207
特別
353

【題箋】
奇妙頂礼胎錫杖 一九作 完

肝胆(かんたん)の木(もく)気(き)伸(のび)ん事を欲(ほつ)するものは。本艸(ほんさう)に所謂(いはゆる)
木鬱(もくうつ)の症(しやう)なり。気(き)は木(き)にして。其(その)色(いろ)黄(き)なるをもて
敷初(しきそめ)の蕎麦切(そばきり)に。うどんげの花を咲(さか)せ。初道中(はつだうちう)の酒(さけ)ひた
しに浮木(うきゝ)の亀(かめ)の齢(よはひ)をのぶる。延紙(のへがみ)の一筆には。一枝(いつし)を伐の
木性(きしやう)顕(あらは)し遠(とを)く連理(れんり)の末(すへ)を契(ちぎ)る。何ぞ木さしに
あらすと謂(いふ)ふべけんや。是(この)故(ゆへ)に木(き)息子(むすこ)あれは木娘(きむすめ)あり。木(ぼく)
訥(とつ)は仁(じん)に近(ちか)しと。其木(そのき)を断(きつ)て此(こゝ)に投出(なげいだ)す事しかり
   寛政七乙卯春    十遍舎一九誌

【右頁上段】
天地ひらけて
いさなぎいさなみの
みことよりはしめて
ゐんやうのみち
おこなはれ
天照大神
万事を
さはいし
てこの
国をひらき
給ふその
ころまだ
ひらきのこせし
一ッの島あり
ことの外
大地にて
神さまも
手がまはら
ずことに
日本をさる事
御さたまりの
とをりうそ
八百里にして
三千せかいの
かきねの
そとの事
なれば
【左頁上段】
ゑんほうゆへ
まづ打すてゝ
おき給ひしがそも〳〵
ゐんやうの道は神さま
はじめ給ひし事
なれどもおよそ女の
子をはらみてより
のちはほとけ
たちのかゝ
りにて
くわいたいのその月より
だん〳〵にかはり〳〵に
つとめ給ふその
ほとけの内でも
ふどうめう王は
ざかしらにて初月を
うけとり給ふやくなれば
太神宮ひそかに
ふどうさまのかたへ
きたり給ひて
かの島の事を
はなし給ひいそがしきとて
打すておかんも
いかゞなり何とぞ
ほとけたちの
ほうべんにて
いたしかたは
あるまひかと
そうだんし給ふ
【右頁下段】
〽おなかまの内でも
 もんじやせんせい
 などがいらるゝ■
 どのやうも
  しかたがあらふ
 ひとへにきこうを
  みかけての
 おさのみさなどゝ
  どうか神さま
 だけ思ひなしか
  おがみたをしと
   いふやうな
  せりふに
    きこへる
 〽こなたへ
  まいると
  この
  ごまの
 けふりで
  ふすべ
   らるゝ
    には
   あやまる
【左頁下段】
〽ふどうはおつしやる
  なくそうが
  りけんに
     かけて
   おせは申
     ませふ
〽コレこんがうは
  どうしたおさかづき
   でももつてきやれ
  かんはこつちの
    くわゑんでするぞ

  

【右頁上段】
ふどうさまは
太神宮さまの
御たのみもたし
がたくほかの
ほとけたちへも
はなしいろ〳〵
そうだんして
かのしまを
ひらく事は
いと安けれども
さしあたつて
人間の子だねを
こしらへる
かんじんの
ところは
神さまたち
ばかり
御ぞんじの
事にて
ほとけ
たちは
いつかう
わからぬ
事ゆへ
いろ〳〵と
くふうし
たまひ
ふどう
さまが
思ひつきにて
【左頁上段】
子だねと
なるべき
しやくじやうを
かのしまへ
こと〴〵く
うゑつけ
にんげんを
つくり
どりに
せんとの
事にて
あつはれ
でかしがほにて
そうだんを
きはめ給ふ
〽ヲヤせいしさん
 けさからまだ
 御目にかゝり
  やせん
 わつちや
  きのふから
 ふとうさんの
  かなしばりて
 このへやに
  いつゞけさ
【右頁中段】
〽くわいたい十月をあづかる
 ほとけたちのへや〳〵にて
 それ〳〵にしやくじやうや
  とつこがかねてこしらへてある
 その中でもきふんかうゐの
  はしにうまるゝしやくじやう
   とつこなどには
    きんばくか
     おしてある
【右頁下段】
〽ヲヤ
  みんな
 おそろひたの
  なんそ
   お□らひ
  おも■■■でも
   あるのかね
【左頁下段】
〽ばんには
 ゆめに見
  られる
  くちがある
  がせり
   だしの
   あんばい
      は
    いゝか
    しらぬ

【右丁上】
女のくわい
たいじ
たる一月
めを仏書
にはしやく
じやうの
かたちと
いふにち   がひなく二月めには
とつこの   かたちとなり
三月め    にはさんこと
なり四  月めには五こと成
五月め より人間のかたち
となる ふどうさまの
想ひ付 にてこの
しまへかへつけたまふ
人間の
なゑも
その
ことくに
して
十月め
はすのはの
やうなはが
でるとその
下より生るゝ
なりぼさつたちは
田うへのごとく人の
なへをこの嶋へうへ付給ふ
神さまのほうでも子だねを
こしらへる事はよなべ
しごとにする事なればほとけ
たちもやぶんにうへ付給ふ
【右丁中】
〽田うへうたの
 かわりに御きやうを
   となへて
    うへつけ
      給ふ
【右丁下】
ふどうさまは
 はたけ中
   を見
   まはり
   さしづ
   して
   うへ付
   させ
    給ふ
    うへ
     付
     も
    いち
    どき
    だ
    から
   十月
   めには
   嶋中か
  おきやァ
  〳〵で
  やかまし
    からふ
【左丁上】
しかしかうしんのばんには此なへを
うへる事をなせかいましめ給ふ
評に曰
〽ゐんやうがつたいして女のはらむ所
 此しやくじやうなかほとけいかぐ
 して此しやくじやうをこしらへるや
 かてんゆかすそのうへ土へうづめて
 人間のはへる事あるべきや此へん
 とうによつてさくしやとは
         いわさぬそ
答て曰
〽ふとうめうわうしんごんひみつの
 咒法によつてしやくじやうをこし
 らへ給ふ事人間のしかるにあらす
 そのうへほとけたちのほうべん
 超絶易往(てうせついわう)の仏力にて亜字(あじ)
 功徳地(くとくち)の土をこの嶋へとりよせ
 我言(かこん)超世(てうせ)の文をとなへてうへつけ
 給ふ事なればむりやうじゆの
 花実をむすひ帰 命(めう)の人たいを
 うけん事うたかひなし
 このほかは
 みな仏の
 ほうべん
 むやう
 なら
 せう事が
   ねへ
 

【右頁上段】
仏たちのうへ付給ひし
人のたねは五つ月めより人間の
かたちとなるゆへとびからすの
うれひをさけんとせきだいや
はちへうへてそれ〳〵に
そだて給ふあさはん
ちゝのかはりに米を
とぎし白水をかけて
子たねこへとし給ふ
はくせつかうではぜにか入るゆへの
御けんやくなりきめうてうらい
とらがによらいのおてしたちも
このしまへ来りてうへかへ
たる子共をもちはこび
なとしてほとけたちのてつだいをする
〽御ちうげんじやが
 ちよつとおたね
  ませうあか子の
 なへよりだん〳〵と
 人の木となるは
 きこへたがいつまでも
 はちうへでゐては
 第一あるく事が
 ならずふじゆふな
 ものなり
 これはいがゝ
答曰
〽人けん三十にして
 立といふ事あり
【左頁上段】
立は断なり三十才にして
はちうへのねがきれて
これよりあゆみならふ也
日本にては二三才のころより
あゆみならへとも此しま
にては三十才にてやう〳〵と
人に手を引かれて
あんよはしやうず
ころぶはおへたといつて
立ならふ事也三十より
下にては木もしまらぬ
ゆへはちうへをはなれても
一本つかひにはなりがたく
それゆへ三十才にて
はやほんとうの
人となるしかし
はちうへの
うちでも
あるかれぬと
いふ事がない
でもなし
 たん〴〵
  つぎを
   見たまへ
【右頁下段】
〽あか子かおきヤァ〳〵となくゆへおたまり
 ますそ〳〵と       いつて
                あるく
〽生れる
 ときは
 何の事は
   ねへ
 もくら
  もちの
   やうだ
    げな

【左頁下段】
〽たれかあか子のなへを 本うつちやつておいた
  大かたてめへであらふイヤサわたくしでござりますと
                  はやくしやく
                     じやう
                       ころ
                        エ〳〵
〽おしやらくさまの
  たんじやう
     〳〵

【右頁上段】
とし月をかさねてはや
三十才のおとこ廿あまた
ありてみな〳〵はち
うへをはなれほん
とうの人となりけれは
まづきせうのすぐ
なるをゑらみこの
嶋のかしらとなし
子だねをそだて
やうを仏たちおしへ
給ひしんだる
ものをばそのみ
出生したるはたけへ
うづみおけば又
それよりあか子の
めがでるつもりに
からくりおき
給ひし事なれば
だん〳〵と人が
はへる也同し
はたけへはへたる
ものをこれを
地すじといひて
かとくをゆづる
事也
〽此のはちうへ
 廿五のあかつき
 まではずん〳〵と
     のびる
【右頁下段】
〽はちうへにしておいたる
 子たねの木よりしやく
 じやうのめか出て又子の
 できる事あり□此■
 方などにてはこれを
  作れんしといふ
 そこて一門を門■ゆと
   いつたものさ
  〽御きりやうの
    御生れ付で
     おいゑのねつぎ
     ばん〳〵
       ぜいで
        ごさり
         ます
【左頁上段】
人かいといへは
日本にては
どろぼうのことく
いやしむれども
このしまの
人かいは
はたけの
うへより
かいとりて
そだて上
せきだいの
まゝくびにかけ
くわいらいしと
いふみにて
やうしの木なと
をうつてあるく
〽胎卵湿化(たいらんしつけ)の
四生のうち此
しまの人は土の
湿より生るゝゆへ
すへて人を木と
いひ左右のてを
ゑだといふそれゆへ
ゆやなとにて
ごめんなされませ
ゑだがさはり
   ますと
     いふ
【左頁下段】
〽此嶋の人
  老木となり
 こしがかゞむと
  こんなつえを
   ついて
     あるく
【左頁中段】
〽やうしの木は
   入りませぬかずんと
    すなをな木ぶりのよい
     やうしの木や〳〵
【左頁下段】
〽やうじの木なら
  かんぼくか
   あきれらァ

   

【右頁上段】
せんそよりつたはる
せきだいや
はちなどふたい〳〵の
きりかぶが
のこつてあるいへなどへは
そのかぶの
あるをみこみに
やうしの口を
ほう〴〵からいつてくるゆへ
よくその
ねもとを
たゞし木がらの
よきやうしの木をもらひ
いゑのかぶつぎ木にして
せいちやうのうへかとくを
         ゆづる

〽ひんぼうな
 ものは子たねを
 やしなふ
 事が
 なりがたく
 まだ
 とつこや
 さんこの
 内に
 引ぬいて
 ことものみばへは
 入りませぬかと
 うつてあるく
 またわるもの
 ともがうしの
 ほねや馬の
 ほねをひろつて

【左頁上段】
 とつこやさんこ
 によくにたる
 さいわいに
 こどもの
 なへや
 〳〵と
 にせものを
 あきなふ
 事あり
 それゆへこの嶋の
 いさみ手合が
 たいへいらくには
 わり
 やァ
 とこの
 馬のほね
 かうしの
 ほねが
 しれね
 なとゝいふ
 又ねを
 たつて
 ゑた
 はを
 からすと
 いふ
 かたき
 やくの
 せりふ
 も
 この
 嶋より
 出たる
 ことば
 なり

【右頁下段】
〽びんぼう人は
 子たねの
 木のまだ
 できるか
  てきぬ内に
 とかくはやく
  なべ口
    入れ
    たがる
    やつさ

〽そのお子の
  おとしごには
   いゝみばへがご
    さりますか
    おめしなされ
     ませぬか

〽つき
 木の
 むすこ
 は竹の
  かはの

【左頁下段】
 ほう
  かふり
    を
   して
    いる

〽おいらが所の
 かぶへつぎ
 木にした
   から
   もふ
   たの
  下のはい
  めで
  ■めへの
   もんた

此かぶも
 ほんの
 むすこ
 かぶに
  なつた
   のさ


【右頁上段】
こゝにふしきなる事ありこのしまに
かぎりて男女かう〴〵のみちはいつかう
すかたんのはづなれどもこのごろは
そろ〳〵としやれてきてなんの木竹の
みではあるまいしなどとわれを
わすれてあぢなきになり
あいおいの木れんりの
ゑたなぞと
そろ〳〵
いろ事の
道がはじ
まりしは此
さくしやも
いつかう
しあんの外にてがてん
ゆかずそれゆへかむすめの木を
もちたるいへの かどくちへは
せけんのむすこの
木が■■だ
ぢうへいろ〳〵に
いろとり
ゑがき
たるを
その
おや〳〵が
はち
うへの
まゝ
むすめ
の木
の家
のまへゝ
なをし
【左頁上段】
ておく

あり
その
もやうの
さに
□□
たる

むす
めの


むこ
木に
する



にし
さゞ
たつるとも
そめ木とも
いふ木むす
こももう
こんなに
いろどる
やうに
なつては
大さはきだ

【右頁中段】
〽おめへかたは
   すなはらひに
   お■〳〵は
  こんにやくを
 あがるがいゝ
  まだつちの
  中にこざる
     から


【右頁下段】
〽よたかは三十ふり
  そで四十しま
   だゆへやつ
    ばりつね
    の通りさ

〽このころは
 どこても
 ふしきゝが
 とんだ
  はやる

〽ふしきゝ
 てやいは
  あまや
   どりと
   いふ
    身
    して
   はな
    し
     を
   し
   ながら
   たち
   あか
   し
    て
   ゐる

【左頁下段】
〽おいらが
 からだは
 べちヤァ
    ねへ
 おゆきの
  いたみ
   てやいと
  いふもん
     た

〽もう
 なん
 とき
  だの

【右頁上段】
うつ
ろふ
ものは
よの中の
人の心の
花とよみし
小町がうたは此
嶋の事をや
ゑいじけんだん〳〵と
しやれにみが
いつてきてこゝも
ながれの嶋の内と
いつしかくるわが
できて女しの
木をあきなふ
やうになり
こまげたからの
思ひつきで
くろぬりの
せきたいを
二ッにして
両ほうの
あしをうへて
そのせきたいへ
ぜんまい
からくりの
やうにしかけて
おきけふは
中の町いどこそこへ

【左頁上段】
ゆかふと思ふと
てうどそこの
門口でとまる
やうにぜんまいを
しかける
さりとはよく
したもの也
これより
嶋中いつとうに
このとをりに
なりわがでに
せきだいの
せんまいを
しかけ
ながら
あるく
ゆへ
どこまでも
ゆかれる
てふほう
   な
  事也
 〽あんな  の
   木をねびき
  にして
   手いけの
   花と
    ながめたひ

【右頁中段】
あふ木や内
 ひき出し
  ひの木
   きのめ
   ふたば

【右頁下段】
〽わつちがぜんまいは
 どうかかけんが
  ちがつた
   やうてヲス
    しれつ
     てへぞ
      ヨウ

〽かふろ
   と
 いふは
 きくの
 事て
 しん
 そう
  と
 いふは
くさの
 事
  かね

【左頁下段】
〽只今おいらんどう中の所でございはなれものでござり
 ますればいつくこさりませうあしもとに御目を
               とまられませ

 〽此くるわが
  できてから
 しまちうの
 むすこの木が
 まぶれてきて
 とんたはんじやう
 するにした
  がひちよき
  といふ木が
  てきれは
   かごる木
      と
    いふ
     木も
     てき
      る

【右頁上段】
そりつ
どろぼう
よ〳〵と
おつかける
やつも
ぜんまい
ておつ
かければ
にけるやつも
じやり〳〵と
せんまいでにげる
ゆへ壱尺おつかけるわづか
一二間もあとから
おつかけながらつかまへる事も
ならずこればつかりからちの
あかぬものにて十町も廿丁も
おつかけやうからてめへも
やすんでにげたがいゝと
いふやうになり二三日も
つゞひておつかけるとのちには
どろぼうと心やすくなつて
はなしをしなからつれだつて
おつかけどこまでいかふも
          しれぬなり

【右頁下段】
〽コリヤ〳〵そんなに
にける事はねへ
 小便でもしたくは
  ねへか

〽こんな事な
 かねのせきだい
 でもはいたら
  よかつた

【右頁】
扨御目通りへかざりおきましたるは此嶋のしうげんのていなりすべて十六七のものを
つほみといひ十八九より花といひ廿五より実(ミ)といふか此しまのならはしなり
そのつほみのうちを木むしこ木むすめといひ
又よめと  なりむことなれば花よめ花むこ
といふしうげんなどには大しまだいを
こしらへ  むことよめをしまたいの上へ
あげて     さかつきをさせるあいおいの
木の    心なるべし

〽おまへはくまで
  わしや九十九まで

〽かうした所
十けんたなへ
かざつた
 やうだ

【右頁下部】
枝をなさぬ
みよなれや
あいにあい
おいの松こそ
めてたかり
けれと
ぢくちでも
なんても
 ない
  やつさ

【右頁】
このしまの
うへ木や
などはとんだ
かうまんな
ものにて
木ぶりを
なをすゆへ
日本の
いしやの
ことく
かごに
のつて
あるき
又よめや
むこの
せわをする

〽ごしそくも
 ちつと
 ゑだへ
 はりかねを
 もちひすは
 なりますまい
 そしてすいぶん
 ねもとへこもても
 まいてひへぬやうに
   なされたがいゝ

〽せがれめもじせつの
 わるひじぶんにうへかへ
 ましたからとかく
  木せいがないと
 申ますひとへに
  あなたを
    おたのみ
     申ます

〽はりがね
 とはさみ
 はげかい
 しやの
  やふだ

【左頁】
むこの木がうつり
木といふ木になりて
よその女の木へ
あしにこゝろを
よせる事など
あればよめの木が
りんきと
なりてつのるに
したかひ
むこの木を
のろう
ときは
男のからだへ
しきに
くぎを
うちこむ

〽そのくぎを
  うたれて
  たまるものか
 そこつの
  木しやァ
   ある
    めへし

〽せきだいのぜんまいか
 のびて候ふみかへ
 されてけが
 あるなといつ
 てもやつはり
 きこへぬ
 そふた

【右頁上部】
むすこの木もそたてやうが
わるひとわがまゝにはびこり
まかりくねつてすぐな木
にはならぬゆへこんな木は
おやの手にもあまり
ついにうつちやれて
やうなしこし木と
いふ木になり
ふゆなとはかん
きをしのがんと
こもやたはらを
かぶつてくらす也
のちには木も
くさつてくると
からたの内へ
くさかできて
つるなどが引つり
引はりほね
からみといふ
わつらひあり
まかつたむすこの木は
みな此ことく也
かんきを
うけて
らちも
ない物になる

【右頁中段】
〽おやはなくても子はそたつと
 のなかにおちこぼれたる子
 たねがしせんと  せい人
    したる   をかゞしと

    いふこのてやいは
    はたけのはんなを
    をしてよを
    わたるとり
    おとしたる
     たねより
      はへたる
     ものゆへ
    名鳥おとし
      ともいふ
【右頁下段】
■■曰
〽弓矢は
 いへに
つたへ
 ても
はね
 な□
とりも
 射ぬ
 たろ

〽あまり
 □□
 □□
 たい
 くめ□
 できい
 われた
 すり
  はち
 なとを
 ひろ
 つて

【左頁下段】
  し
  ん
  が
  て
  に
  か
 はつ
 て
 いる

【左頁上段】
〽てめへの
 かほは
 まつさを
 でてうとその
うりを二つに
わらづに
 そのまゝだ

〽かうしたところは
どうかあふぎ
あはせにありさふな
       身だ

【左頁下段】
〽あごで
 はなをおつているやうに
   なつたはとうても
   木のおとかへか
         しら
          ぬ




  

【右頁上段】
此しまのまつりにはいゑ〳〵の
子ともを花だしまんどに
したてゝ出すきん〴〵の
はくをもつてせき
だいをさいしき
だしなど
引くに
うたを
うたふを
木やりと
いふしかし此
たしの子どもが
ちうじきをするには
はしごをかけて
べんとうをつかはす
そのさまふくろく
じゆがさかやきを
するににたり
よき木ふりの
子どもの木を
もつたものは
きやうたいなから
はへたまゝでまつりにはだす
どうかとつとほめたりと
いふみぶりのごとく又
むすめの木などなどは
それそうをうに

【左頁上段】
しやつきやうなその
思ひつき中にも
あふきをくわへて
いかのかうでこし
らへたしらさぎの
思ひつきはこの
しまでも
よつほどきの
きいた手合の
あんじと
  みへたり

【右頁下段】
〽しやつ
 きやうな
 出た子は
 どうりで
 しゝつはなだ

【左頁上段】
〽おいらがなりは
 七ようのほしが
  三つでたゆふだ

【左頁下段】
〽こいつはつまらねへ
 もんだあさから
 ばんまでものを
 いふ事がならねへ
あふきなばんくるはせだと
 口ではいわねどさう
        とつてる
〽よそめからは
でんがくでも
 くつている
やうだろう

〽かしはのとりや
木からおちた
さるが一ばんにわたる
         げな

三千世界(さんぜんせかい)概之図(おほむねのづ)
 并 組上之図(くみあげのづ)者(は)次(つき)に記(しる)す

【右頁上段】
同(おなじ)組上之(くみあげの)図(つ)

さくしや一九てばなを
ぷんとうみすてゝ曰く
さてたゞ今あらはし
ましたせかいのづに
いつさい人けんはもち
ろんばんぶつのこらず
だいのある事を申て
きかしませふそれ
わか国のゑびすは
とこのまにおいても
いわの上にさし給ひ
大こくはつくゑに
がざりても
たはらのうへに
すはり給ふ
仏にもれんだい
あり此しまに
かぎらずせかいの人
みなだいあり■たいといひ
武家のだいといひせんぞの
だいよりうけつぎかとくに
すはるを代かわりといひ
丁人下々もたいありすこし
にてもたいかあればだん〳〵
大しんたいともなるものなり
店をかりても店代かなければすはつてはいられず

【左頁上段】
もしふらちものがあつてたいなしとなれは
おへないといふやつこさまとなつて二合半の
もりきりををせしめるなりとかくだいを
うしなはぬがかんじんこゝにかざつてある
まるひものはさ三千せかいのくみあげのゑづでごさる
せかいは一つのまりのごとしとふるき書にもいふごとく
天は丸く地は角なり此丸きものをせかいぢうが
とりまいているやうなものにて日本は此まりの
かしらにあたつてあれば唐はよこのほうにて
てんちくはまりの下にあたるなり人間は
ありのことくみなこれにとりついているやうな
ものなれは日本の人はすぐにしてからの人は
よこにとりつきているなりよこやさかさまに
たつているはづはなけれどもこれみな
目にこそみへねだいかあるゆへさかさま
でもよこでもたつてあるくなり
そのだいといふはちかくいへは
このおき上り小ほうし也
是もあしも手も
なけれども中に
おもみのたいるある
ゆへよこにしても
さかさまにしても
しきにたつなりたつときも
いやしきもそれそうおうの
しんだいといふだいがあるゆへ
たつているなりとかくこの
だいをふみはづさぬやうに
心がけ給ふが人間の第一也
   何とがてんか〳〵

【右頁中段】
〽家をたてるにも
  どだのといふがかんじん
            さ

【右頁下段】
〽とかく人はくわねばた■す
  そのくひものをこしらへる
  をだいところといふのさ
    またよしはら
     などへ行にも
     あけだいといふ
     だいがなければ
      いかれぬと
       おほしめせ

〽このまりのかたち
  しばいのがくやたいこの
   ごとくなれば
  どんてんきといふは
    この事さ

【左頁下段】
〽なるほどねつから
  わかりませぬは■

【上段】
さてこのさうしもいま
■■しになりしところへ
□そろしきおにがこつぜんと
□らはれ作者一九をむにむざん
にとつつかまへていわくなんじ
あとかた  きもうけんをはきて
此さくをなせりあまり人をばか下したに
あらずやそれ人はゐんやう影気(けいき)の二化に
よつて出生せり■■にはじんだいこん
のごとくはたけにうへてつくらんや
これうそづきのはなはだしき也
よつてなんちがしたをぬく也と
くぎぬきをもつてなんの
くもなく引ぬいたり
もとよりさくしや
したを二まひつゝ
つかふ男なればけつく
もつけのさいわひ
にてこれより
した一まひになれば
うそを【以下判読不能】
な【以下判読不能】
ち【以下判読不能】
【判読不能】
【判読不能】やしかり
■ふゆへくたんの■には
きもをつふし■■
おそろしのかみさまやとにげ行
■をすりさす一九はこゑはり上ヶ
おには外〳〵ふくはうち〳〵〳〵

【下段】
〽大三十日のおにも
 きさまのやうに
  にげてく■■は
        いゝ

めでたひ
  〳〵
 ふくは内〳〵〳〵
   おにはそと
      〳〵

〽おにかへりがけの
 てめへもくさ

【見返し部 両丁文字無し】

【裏表紙 帝国図書館蔵の地紋あり。】

綿温石奇効報条

綿温石奇効報條

《二丁表 左頁》
享和二年壬戌
 三馬作 上中下
     歌川豊廣 画

仙方(せんぽう)  綿温石(わたおんじやく) 新製上品
長寿(ちやうじゆ)     一箱価三匁

              需に応して無拠
          報條     式亭三馬述【印】
【枠囲み記載】
別而申上候かやうにむだ事らしく
申上候へ共此くすり綿は一昨年より 
御ふいてう申置候諸所もより    
の取次より御もとめのうへ宜敷           
御こゝろみ可被下候

這(これ)箇(この)長寿(てうじゆ)温済綿(うんさいめん)やつぱり俗(ぞく)に綿温石(わたおんじやく)の儀は予(よ)が先祖一(せんぞいつ)子
相伝(さうでん)の秘授(ひじゆ)などゝ嘘(うそ)をば申さず勿論(もちろん)中華(もろこし)名医(めいい)伝方(でんぽう)と名(な)も
偸(ぬす)まず抑(そも〳〵)温綿の由来(ゆらい)を尋(たづね)奉るに口上書(かうぜうがき)や弁舌(べんぜつ)に巧言(よそほひ)令色(かさり)は
内科(ないくわ)外科(げくわ)古方(こはう)後生(こうせい)恐(おそ)るべし仲景(ちうけい)思邈(しばし)が声色(こはいろ)つかふ彼(かの)野夫(やぶ)ならぬ
良医(おゐしや)より密(ひそか)に授(さづか)る妙剤(めうざい)也 常(つね)に茲(この)薬(くすり)綿(わた)を懐(ふところ)に入れおへその上に
あて置(お)く時は忽(たちま)ち薬力(やくりき)五臓(ござう)にめぐり寒風(かんぷう)秋雨(しうう)に犯(おか)さるゝの愁(うれい)なし
所謂(いはゆる)「かぢけ」さむがり坊(ぼう)の御方様 或(あるひ)は巨燵(こたつ)え首(くひ)つたけ色(いろ)より介(くわい)□
抱火鉢(だきひばち)の愛情(あいぜう)をも寒(さむさ)と倶(とも)に忘(わす)るゝ事 神(しん)のごとしと申てはお定(さだま)りの

自讃(てまへみそ)と思その御方さまも可有之候得共/誠(まこと)に/古今(こゝん)/未曽有(みぞう)稀代(きたい)不(ふ)
思儀(しぎ)の霊薬(れいやく)也◯世(よ)に/行(おこな)はるゝ/箱入(とゝらう)/温石(おんしゃく)のがらくぴつしやり/塩(しほ)温
石の衣類(ゐるい)をぷすく/其(その)効能(こうのう)を争(あらそ)ふといへども温石なんぞ/大病(の/心(こゝろ)を

{

"ja":

"(画挿)養生はなし

]

}

【帙表】

【外題】
《割書:画|挿》養生はなし《割書:貮|巻》

【本資料は一部に乱丁が生じており、編次および丁付けと画像コマ数の対応を以下の通り記す。●編次・・養生はなし序/養生大意/養生はなし上下●丁数と画像コマ数の対応・・養生大意 一丁:画像16~17/養生大意 二丁~八丁:画像9~16/養生はなし 一丁:画像8~9/養生はなし 二丁~:画像17~】

【帙背】
《割書:画|挿》養生はなし貮巻
【同 資料整理ラベル】
富士川本
 ヨ
 96

【帙表】
《割書:画|挿》養生はなし《割書:貮|巻》

【表紙】
《割書:画|挿》 養生はなし 上

【整理ラベル : 富士川本/ヨ/96 】

【右丁】
景山先生著   【印・乃生?讀】
《割書:画|挿》養生はなし
 東京  保寿閣 【印・保寿閣蔵】


【左丁】

【印・千秋書】



【朱印・京都帝国大学図書之印】
【朱印・富士川家蔵本】
【黒印・187284 大正7.3.31】

【右丁】

   一花有八松樹翁 【印・松樹】


【左丁・本文】
《割書:画|挿》養生(やうじやう)はなし序
倭姫命(やまとひめのみこと)は五百 余歳(よさい)を持(たもち)給ひ武内宿弥大臣(たけうちのすくねだいじん)は
三百余歳を持(たもち)給ふ彭祖(はうそ)は八百歳 老子(らうし)は四百余
歳 是即(これすなはち)修養(しゆやう)の術(じゆつ)也 夫(それ)養生(やうしやう)は生々(しやう〳〵)至実(しじつ)にして
人間(にんけん)出生(しゆつしやう)して生育(せいいく)するより山川草木(さんせんさうもく)禽獣(きんじう)
魚鼈(ぎよべつ)に至迄(いたるまて)皆(みな)天地(てんち)の養生(やうじやう)あらざるはなし譬(たとへ)ば
寿命(じゆめう)を尽(つく)す物(もの)は松樹(しやうじゆ)の千歳(せんさい)を経(へ)夏(なつ)の雪(ゆき)の
陰山(いんざん)に在(ある)が如(こと)し此術(このじゆつ)を得(え)されば松(まつ)といへども蠹(むしば)み
雪(ゆき)といへども消(きゆ)是即(これすなはち)命(めい)は天(てん)に在(あつ)て寿(じゆ)は天(てん)に非(あら)
ず是以(こゝをもつて)養生(やうしやう)は尽(つくさ)ずんば有べからず夫(それ)人(ひと)は天地(てんち)

【朱印・富士川游寄贈】

【右丁】
の中(うち)に居(ゐ)て一気(いつき)を流通(りうつう)す《振り仮名:於_レ是|こゝにおゐて》陰陽(いんやう)虚実(きよじつ)
寒暑(かんしよ)温涼(おんりやう)飲食(いんしよく)色慾(しきよく)の慎(つゝしみ)を明(あきら)かにすれば天(てん)
地(ち)の養生(やうしやう)に叶(かな)はざることなうして無事(ふじ)なりもし
己(おのれ)に克(かつ)ことをしらず過不及(くわふきう)あれば其邪(そのしや)に中(あた)る事(こと)決(けつ)
然(ぜん)の理(り)也 夫(それ)人(ひと)は即(すなはち)小天地(せうてんち)の如(こと)しいかんとなれば頭(かしら)
は天(てん)にして足(あし)は地(ち)也つら〳〵おもんみるに元気(けんき)の天(てん)
地(ち)に流行(りうかう)すること古今一息(ここんいつそく)の凝滞(きたい)【ママ】なし是(これ)天地(てんち)発(はつ)
育(いく)の機(き)生々不息(しやう〳〵ふそく)の妙(めう)万世(はんせい)にわたりて《振り仮名:無_レ窮|きはめなき》は
養生(やうしやう)の自然(しぜん)也(なり)是以(こゝをもつて)人(ひと)皆(みな)五臓十二節(ごぞうちうにせつ)備(そなは)つて
天気(てんき)に流通(りうつう)す此慎(このつゝしみ)をしば〳〵犯(おか)すものは則(すなはち)邪(しや)
【左丁】
気(き)人(ひと)を傷(やふる)能(よく)其道(そのみち)をまもれば血気(けつき)和順(くわしゆん)飲食(いんしよく)消(せう)
化(くわ)して《振り仮名:不_レ滞|とゝこほらざれ》ば気血(きけつ)自(みつから)盛(さかん)に精神(せいしん)日(ひゝ)に旺(あきらか)にして何(な?)【「ん」ヵ】の
疾病(しつへい)かこれあらん天地(てんち)の気(き)も又々(また〳〵)《振り仮名:如_レ斯|かくのことし》和(くわ)する
時(とき)は散(さん)して霜雪雨露(さうせつうろ)となり凝(こる)時(とき)は戾気(れいき)曀(ゑい)
霾(まい)となる又(また)河水(かすい)否塞(ひさい)すれば能(よく)堤坊(ていばう)を壊(やぶ)り地(ち)
気(き)伏迫(ふつはく)するときは必(かならず)震烈(しんれつ)す是(これ)時侯(じこう)の循環(じゆんくわん)せざ
るより起(おこ)る也 既(すで)に宝永(ほうゑい)四 壬亥(みつのえゐの)十一月廿三日より駿(すん)
州(しう)富士山(ふじさん)焼出(やけいた)し砂石(しやせき)を降(ふら)し雷電(らいでん)震動(しんどう)して
昼(ひる)も闇暗(やみ)にして昼夜(ちうや)分(わか)ちなく漸(やうやく)廿八日に穏(おたやか)に
なり此時(このとき)傍(かたわら)に小山(こやま)発生(はつせい)す則(すなはち)宝永山(ほうゑいざん)是也(これなり)また

【右丁】
天明(てんめい)二 壬寅(みつのえとら)七月六日 信州(しんしう)浅間山(あさまやま)焼(やけ)いでゝ猛火(もうくわ)
天(てん)を焼(やき)日影(ひかけ)を覆(おゝ)ひ隣国(りんこく)震動(しんとう)して昼夜(しんや)【ママ】の
分(わか)ちなく民屋(みんおく)を打破(うちやふる)こと幾村(いくそん)といふ事(こと)を知(しら)ず
東国(とうこく)奥羽(おほう)迄(まて)灰(はい)を降(ふら)し其秋(そのあき)東国(とうこく)餓饉(ききん)をな
す事(こと)あり是(これ)天地(てんち)の気脉(きみやく)滞(とゝこほ)りての病(やまひ)也(なり)人間(にんけん)
もまた脩養(しゆやう)に愚(おろ)かにして飲食(いんしよく)私慾(しよく)に過不(くわふ)
及(きう)有れは疾病(しつへい)を生(しやうづ)ること的然(てきぜん)也(なり)慎(つゝし)むへきの至(いたり)
なり抑(そも〳〵)養生(やうしやう)と倹約(けんやく)とは其(その)思立(おもひたつ)日より利益(りゑき)
有(あり)て病身(びやうしん)は無病(むびやう)となり貧者(ひんしや)は富(とみ)月(つき)の初(はし)め
より倹約(けんやく)を行へば晦(つこも)日には其印(そのしるし)あり又前(またまへ)にも
【左丁】
いふごとく冬月(とうけつ)の氷(こほり)も室(むろ)に貯置(たくはへおけ)ば夏月(かげつ)の炎(えん)
天(てん)にも持(たも)ち牽牛花(あさかほはな)のもろきも能(よく)日(ひ)を厭(いと)へば夕(ゆふ)
くれ迄(まて)も持(たも)つなり是(これ)現然(けんぜん)の事(こと)也(なり)人(ひと)もまたかくのこと
く厭(いと)ふへき時(とき)はいとひ避(さく)へきことをさけ兎角(とかく)天地(てんち)の
道(みち)に逆(さか)はず己(おのれ)が身分(みふん)に過(すき)たる業(わざ)を為(なさ)ず好事(すくこと)
も嫌(きらひ)なるも中(ちう)の所(ところ)を行(おこな)ひ朝(あさ)は早(はや)く起(おき)て家内(かない)を
掃除(さうじ)し神仏(しんぶつ)を拝(はい)し家業(かぎやう)を厲(はけ)み家内(かない)親(しん)
族(ぞく)睦敷(むつましく)友明(ほうゆう)の交(ましは)りを篤(あつ)くし其(その)余力(よりく)に芸(げい)
能(のう)を心懸(こゝろかく)れば自然(しぜん)と養生(やうしやう)に叶(かな)ひ彭祖(はうそ)老(らう)
子(し)の長寿(ちやうじゆ)もとりも直(なほさ)ず己(おのれ)に得(え)て長生不老(ちやうせいふらう)

【右丁】
疑(うたが)ふべからず此書(このしよ)は大人(たいじん)小児(せうに)の養生(やうしやう)よりはじめ
小児(せうに)の育方(そたてかた)並(ならひ)に年中(ねんぢう)飲食(ゐんしよく)の能毒(のうとく)四時(しじ)の禁(きん)
物(もつ)或(あるい)はまちなひ又(また)は病事(ひやうじ)火急(くわきう)の手当(てあて)古人(こじん)の
名方(めいはう)を抜萃(はつすい)して小冊(せうさつ)となし世上(せじやう)養生(やうしやう)の
一助(たすけ)ともなれかしとて養生(やうしやう)はなしと名付(なつく)
          行年七十一八隅立翁識
                【印 景山】


【このコマ8左丁とコマ17右丁とが入違って綴られていると思われる】
【このコマ8右丁で終わる序文の次には、本来コマ17右丁「養生大意」で老人の話がはじまり、その後「画挿養生はなし上」で小児の話がはじまると思われる】


【左丁】
《割書:画|挿》養生(やうじやう)はなし上
  小児(せうに)玩(もてあそび)
幼稚(ようち)の遊戯(あそび)は皆(みな)天地自然(てんちしせん)の道(みち)にて男女(なんによ)出生(しゆつせう)
してよりだん〳〵と居(すは)りて這(はい)習(なら)ひ歯(はを)を生し立(たち)
歩行(あるき)物(もの)を云(い)ひ乳(ち)をはなれ食(しよく)を喰(く)ひ歳(とし)三ッ四ッ
五ッ六ッ七ッとなるに随(したか)つて男女(なんによ)夫々(それ〳〵)の遊(あそ)びをなすは
是即(これすなはち)天(てん)より養育(やういく)して其性(そのせひ)に受得(うけえ)たる事(こと)にて
やはり養生(やうぜう)のはしめ也 抑(そも〳〵)小児(せうに)の拳(こふし)をしやぶり。にき
〳〵をなし。拍手(ちやうち)〳〵。あわ〳〵。子(こ)とろ〳〵。めんないちとり。

【右丁・挿絵・唐子の遊ぶ様子】





【左丁】
国(くに)にて誠(まこと)にさなりとて甚(はなは)た感(かん)じけると也 又(また)程(ほと)経(へ)て後(のち)
七曲(なゝわた)にまかりたる玉(たま)に是に糸(いと)をとをして給(たまは)らん
と申奉りける時に又 此術(このじゆつ)をしる人なし又かの中将(ちうしやう)
父(ちゝ)に話(かた)りければ大(おほひ)なる蟻(あり)をとらへて二(ふた)ッ斗(はか)り腰(こし)に
細(ほそ)き糸(いと)をつけ又 糸(いと)のすこいしふときを付(つけ)て
あなたの口(くち)に蜜(みつ)をぬりて見よといひければ其如(そのこと)
くにして蟻(あり)を入(いれ)たりけるに蜜(みつ)の臭(にほひ)を慕(した)ひ按(あん)
の如(こと)くあなたの口(くち)に出(いて)にけり扨(さて)其糸(そのいと)をぬきて
唐(もろこし)へ遣(つかは)しければ
日本(ひのもと)は賢(かしこ)き国(くに)なりとて其後(そのゝち)はかゝることをもせさ
りけり此中将(このちうしやう)はいみしき孝行(かうかう)の聞(きこ)へありて高(たか)き

【右丁・挿絵】
泉州蟻通神社




【左丁】
位(くらひ)にいたり老人(らうじん)をめてたく養(やしな)ひ給ひしとなん後(のち)に
蟻通(ありとほし)の明神(めうしん)とあかめ奉るとなり
  済南伏生(せいなんふくせい)
済南(せいなん)の人(ひと)に伏生(ふくせい)名(な)を勝(しやう)と云(いふ)老人(らうしん)あり是(これ)は秦(しん)の時(とき)の
博士(はかせ)なり始皇(しこう)六国(りつこく)を亡(ほろほ)し天下(てんか)を并(あわ)せて後(のち)始皇(しこう)の
臣(しん)に李斯(りし)と云ものあり是(これ)に仰(おほ)せて聖人(せいしん)の書(しよ)を焚(やか)
しめ儒者(じゆしや)を坑(あな)にす此時(このとき)伏生(ふくせい)聖経(せいけい)の亡(ほろふ)るを患(うれ)ひて
尚書(しやうしよ)を暗誦(あんしう)し居(をり)ければ秦(しん)亡(ほろ)びて漢(かん)の文帝(ふんてい)の時(とき)に至(いたり)
り【「り」衍】伏生(ふくせい)年(とし)九十 余(よ)本経(ほんけい)亡(ほろ)ひてなき尚書(しやうしよ)を孔安国(こうあんこく)に
口(くち)つから伝(つと)ふと也 老人(らうしん)の中(なか)にも《振り仮名:如_レ斯|かくのことき》は尤(もつとも)《振り仮名:可_レ尊|たつとふへき》人(ひと)也 其(その)
外(ほか)

【右丁・挿絵・口述筆記の様子?】
済南
伏生



【左丁】
和漢(わかん)の老人(らうじん)に各(おの〳〵)益(ゑき)あること枚挙(まいきよ)するにいとまあらず
   養(やしなふ)_レ老(おいを)道(みち)
人(ひと)の子(こ)としては其父母(そのふぼ)を養(やしな)ふ道(みち)をしらすんばある
べからず其心(そのこゝろ)を楽(たのしま)しめ其意(そのい)にそむかず又(また)いからしめず
かれひしめず四時(しち)の暑寒(しよかん)に随(したか)ひ其(その)居室(きよしつ)をやすふ
なし其(その)飲食(いんしよく)を味(あらはひ)よくして衣服(いふく)気(き)に叶(かな)ふやうに
養(やしな)ふべし老(おい)の身(み)は余命(よめい)久(ひさ)しからざる事(こと)を思ひ
やり何事(なにこと)も若時(わかさとき)とは違(ちか)ひて食物(しよくもつ)の味(あしわ)ひを始(はしめ)物(もの)いひ
起居振舞(たちゐふるまひ)年々(とし〳〵)愚(おろ)かに成(なる)もの故(ゆへ)其所(そのところ)を心付(こゝろつき)て身(み)に及(およふ)
程(ほと)のものは進(すゝむ)るやうにして孝心(かうしん)を心懸(こゝろかく)る人(ひと)は一国(いつこく)一(いつ)
郷(きやう)の人にも敬(うやまは)れ我身(わかみ)も仕合(しあはせ)よく過(あやまち)もまぬかれ鬼(き)

【右丁・挿絵・年老いた両親?の様子】
百歳翁




【左丁】
神(しん)の感応(かんおう)もあり子孫繁栄(しそんはんゑひ)なること古今(ここん)例(ため)し少(すく)なか
らず
   養生雑話(ようじやうざつわ)
一 養生(やうしやう)は容易(たやすく)不養生(ふやうしやう)はむつかし又 善事(よきこと)は手軽(てかる)く
してむつかしからず悪事(あくじ)は手重(ておも)くしておつかうなり
如何(いかん)となれば父母(ふぼ)をやさしく養(やしな)ひ兄弟(きやうたい)と中(なか)よく
妻子(さいし)眷属(けんぞく)と睦敷(むつましく)親類(しんるい)縁者(ゑんじや)懇志(こんし)にして朋友(ほうゆう)郷(きやう)
党(たう)の交(まぢは)りをよくすること何(いつ)れもむつかしからぬこと也
然(しか)るを人々(ひと〳〵)此道(このみち)に熟(しゆく)さぬ柄(やから)多(おほ)し是則(これすなはち)養生(ようしやう)の
手軽(てかるき)を《振り仮名:不_レ行|おこなはす》して不養生(ふやうしやう)のむつかしきを行(おこな)ふが
如(ごと)し

【右丁・挿絵】
曽我兄弟




【左丁】
一 悪(あし)きと思(おも)ふ事(こと)は一々(いち〳〵)人前(にんぜん)にて容易(やうい)に出来兼(てきかね)る
事(こと)斗(はか)りなり夫(それ)を忍(しの)びかくして其方(そのほう)へは心(こゝろ)を尽(つく)し
力(ちから)を用(もち)ひ悪(あし)き事(こと)は悪きと知(しり)なから隠(かく)し忍(しの)びて己(おのれ)が
身命(しんめい)にも及(およ)ぶことをしらずして兎角(とかく)横道(よこみち)へいりて直(すくなる)
道(みち)を行(おこなは)ずある歌([う]た)に
 直(すく)に行(ゆく)道(みち)と思へと横(よこ)にゆくあしまの蟹(かに)のあしと思ひそ
是(これ)直(なほ)すべき道(みち)を直さぬ大(だい)の不了簡(りやうけん)といふべし

【右丁】
一 学問(かくもん)は何(なに)の為(ため)にする事ぞと我心(わかこゝろ)に問時(とふとき)は己(おのれ)か心(こゝろ)をみ
かく為(ため)にすると合点(かつてん)ゆくべきを然(しか)るに孝弟忠順(かうていちうじゆん)
に身(み)を入(いれ)ずして偏(ひとへ)に博覧(はくらん)に身(み)を入(いれ)世間(せけん)を眼下(めのした)に
見 下(くだ)し能(のう)に誇(ほこる)の徒(と)あり是(これ)心得違(こゝろゐちかひ)なるべし子(こ)に教(おしゆ)る
輩(ともから)油断(ゆたん)あるへからず




【左丁】
一 物(もの)は都而(すへて)古来(こらい)より有ふれたるものかよきをたま〳〵人(ひと)
並(なみ)に違(ちか)いたるものを好(この)む人(ひと)あり夫(それ)世間並(せけんなみ)の物(もの)を用(もち)ゆれば
他人(たにん)の眼(め)にも立(たゝ)ずむつかしからざるにとかく新規(しんき)の物(もの)数(す)
寄(き)或(あるひ)は流行物(りうかうもの)を用(もちい)んと思ふはあさはかなる事(こと)也(なり)
日本(につほん)祖徠翁(そらいおう)出(いて)て朱子学(しゆしがく)をそしり一端(いつたん)世(よ)に行(おこなは)るゝと
いへとも稍(やゝ)百年(ひやくねん)過(すき)ざるに又(また)朱子学(しゆしかく)にかへり歌人(かしん)契仲(けいちう)
真淵(まふち)宣長(のりなか)等 出(いて)て一端(いつたん)地下(ぢけ)にひろまるといへども今(いま)いく
はくもへずして又(また)其(その)已前(いぜん)の風(ふう)にかへるこれみな異様(ことやう)
成(なる)ことの一端(いつたん)はやる習(なら)ひにてすたるも又はやし学問(がくもん)書画(しよくわ)
なともすへて今(いま)世(よ)に唐画(たうくわ)と唱(とな)ふるは享保(きやうほう)の来伯(らいはく)に
沈南蘋(ちんなんびん)といふ花鳥家(くわてうか)来(きた)りて珍敷(めつらしき)写真(しやしん)を書出(かきいた)

【右丁・挿絵・刀鍛冶】
和州正宗




【左丁】
してより其(その)門葉(もんよう)多(おほ)く一時(いちじ)に行れて一頻([ひとし]きり)狩野家(かのけ)衰(おとろ)ひたる
やうに思はれしが近来(きんらい)南蘋流(なんびんけ)漸(やうや)く廃(すた)れて又々(また〳〵)狩野家(かのけ)
を用るやうになれり中興(ちうこう)刀剣(たうけん)抔(など)も新刀(しんたう)が専(もつは)ら行(おこな)はれ古(こ)
刀(たう)廃(すた)れしが又々(また〳〵)復古(ふつこ)して古刀(こたう)行るゝ如くとかく朝夕(てふせき)に用
る器(うつわ)の類(たく)ひ迄(まて)も古来(こらい)より有(あり)ふれて用(もち)ひ来(きた)る物(もの)は
難(なん)なし新規(しんき)の流行物(はやりもの)はむつかし是(これ)皆(みな)人心(ひとこゝろ)はお
かしきものにて尋常(じんじやう)に異(こと)なるを好(この)み有(あり)ふれたる
物(もの)を嫌(きら)ふは心(こゝろ)のひかみ也 謂所(いはゆる)黒小袖(くろこそて)白無垢(しろむく)紅絹裏(もみうら)
萌黄(もへき)の蚊帳(かちやう)なと古(ふる)めかしけれどもすてられぬもの
なり食物(しよくもつ)に又(また)初物(はつもの)とて春月(しゆんけつ)に夏(なつ)の物(もの)を食(しよく)し
秋月(しうけつ)に冬(ふゆ)の物(もの)を食(しよく)するは手柄(てから)のやうに心ゆれども

【右丁】
時候(じかう)ならざれば養生(やうじやう)にはならずして却而(かへつて)て不養生(ふやうじやう)に
なるなり此(この)こととも養生(やうじやう)に入(い)らぬ様(やう)に思ふ輩(ともから)もあらん
なれと養生(やうじやう)は本心(ほんしん)が立(たゝ)ねばならぬゆへ小児(せうに)の生立(おいたち)の
ことをのべて此道(このみち)の大意(たいい)とす





【左丁・挿絵・神様か老人の絵】

【右丁】
養生大意(やうしやうのたいい)
   尊(たつとふ)_二老人(らうしんを)_一
往古(むかし)唐(もろこし)の帝(みかと)我(わか)
邦(くに)の智慧(ちゑ)を試(こゝろみ)んとて円(まろ)ぐうつくしく削(けつり)たる木(き)の
二尺はかりなるを渡(わた)して此木(このき)の本末(もとすへ)はいつれの方(かた)ぞと
問(とひ)ける其時(そのとき)の官人(くわんにん)皆(みな)年若(としわか)き計(はかり)にて是(これ)をしる人なし某(それかし)
の中将(ちうしやう)とやらん老(おい)たる父母(ふぼ)ありて此事(このこと)を語(かたり)ければ老人(らうしん)曰(いはく)
早(はや)く流(なか)るゝ川(かわ)に立(たて)なから横(よこ)さまに投入(なけいれ)見(み)んにかへりて流(なか)れ
ん方(かた)を末(すゑ)としるべしと教(おしへ)給ふ中将(ちうしやう)
帝(みかと)へ此事を奏(そふ)し人々を具(ぐ)して川に投入(なけいれ)たるに先(さき)
に成て流(なか)るゝ方(かた)にしるしを付てつかはしければ彼(かの)

【このコマ17右丁とコマ8左丁とが入違って綴られているとおもわれる】
【コマ8右丁で終わる序文の次には、本来このコマ17右丁「養生大意」で老人の話や養生雑話が続くらしい】


【左丁】
【これの前はコマ8左丁の「画挿養生はなし上」から続くと思われる】
女子(によし)は。やりはご。手(て)まり。雛遊(ひなあそ)ひなと。男子(なんし)は破魔弓(はまゆみ)。
凧(たこ)の類(るひ)いつれも其(その)時候(じかう)によつて翫(もてあそ)ぶこと一ッとして養(やう)
生(せう)にあらざるものなし小(せう)児は世(よ)の業(わざ)なければ食物(しよくも[つ])こ
なれかたく血気(けつき)循環(じゆんくわん)すへきやうなし依之(これによつて)幼稚(ようち)の輩(ともから)
を養(やしなふ)ふ為(ため)には遊戯(あそひ)を以て専一(せんいち)とす故(ゆへ)に能(よく)遊(あそ)ぶ小児は食物(しよくもつ)こ
なれ両便(りやうへん)通(つう)しよければ血気(けつき)循環(じゆんくわん)して無病(むひやう)なり
故(ゆへ)に成長(せいちやう)の先(さき)も次第(しだい)に壮健(すこやか)にして士農工商(しのうこうしやう)諸芸(しよげい)
万能(まんのう)成就(しやうしゆ)せざることなし是即(これすなはち)天性自然(てんせいしせん)の養生(やうせう)
なることを知給(しりたま)ふべし
   手習(てならい)

【右丁・挿絵・寺子屋ヵ】
手習(てならい)




【左丁】
六七歳(ろくしちさい)より師(し)を取(とり)手習(てならひ)を学(まな)ばするは世間(せけん)の通例(つうれい)
なり夫(それ)手習(てならひ)は先(まつ)卓(つくゑ)に向(むか)ひ墨(すみ)を磨(すり)手本(てほん)を見合(みあわせ)
筆(ふで)を揮(ふる)ふ事(こと)第一(たいいち)精心(せいしん)をしつめ気血(きけつ)をめくらし師弟(してい)
の道(みち)を覚(おほへ)父母(ふぼ)への礼儀作法(れいきさほう)をとゝのへ先(まつ)いろは歌(うた)
四十八 字(もち)を覚(おほへ)一(いち)より十(ちう)迄(まて)の数(かず)東西南北(たうざいなんほく)の方角(ほうかく)を教(おし)
えるは物(もの)を学(まな)ばする養生(やうせう)の初(はしめ)なり
  学問(かくもん)
人(ひと)生(うま)れて七八 歳(さい)にして貴賎(きせん)学問(がくもん)をはしめ先生(せんせい)
へ入門(にうもん)して読書(とくしよ)を習(なら)ふに及(およ)んては手習(てならひ)の師(し)よりも
礼儀正(れいきたゝ)しく進退応対(しんたいおうたい)の事(こと)より面々の身分(みふん)を

【右丁・挿絵・武家の子弟の勉強ヵ】
学問(かくもん)




【左丁】
知(し)り段々(たん〳〵)孝悌忠順(かうていちうしゆん)の道(みち)を心懸(こゝろかく)る楷梯(かいてい)なれば
形儀作法(きやうきさほう)も一入(ひとしほ)目(め)に立(たち)且(かつ)毎朝(まいてふ)はやく起(おき)て師(し)の本(もと)
へ行(ゆき)句読(くとう)を授(さつか)るにおいては音声(おんせい)を発(はつ)し胸膈(きやうかく)を
開(ひら)き血気(けつき)をめぐらし食(しよく)をすゝむ是(これ)一生(いつせう)徳(とく)の基(もと)
ひ且(かつ)養生(やうせう)の第一(たいいち)也(なり)
  詣礼(しよれい)《割書:しつけがた》
扨(さて)小児(せうに)前(まへ)の如く手習(てならひ)学問(かくもん)に志(こゝろざ)しては応対(おうたい)進退(しんたい)
は不_レ及_レ申に礼(れい)楽(かく)射(しや)御(きよ)書(しよ)数(すう)詩(し)歌(か)連(れん)俳(はい)其外(そのほか)にも
諸道(しよたう)を学(まな)ふものなれば其為(そのため)に第一に此(この)諸礼(しよれい)と云(いふ)
ものを学ふ事をす是(これ)即(すなはち)所謂(いはゆる)小笠原流(おかさはらりう)の儀様(しつけかた)也(なり)

【右丁・挿絵】
儀礼(しつけかた)




【左丁】
是(これ)を習(なら)へば立居振舞(たちゐふるまい)は勿論(もちろん)貴賤(きせん)の差別(さべつ)も自ら
しれ其(その)所作(しよさ)修諌(しゆれん)すれば心気(しんき)正うして自然(しせん)と丈(じやう)
夫(ぶ)になるゆゑ容皃(ようほう)も日々 美(うるはし)う成て豈(あに)小児 随一(すいいち)の養
生習はすんば有べからず
  弓(ゆみ)
手習(てならひ)学問(かくもん)諸礼(しよれい)等習ひて後(のち)士(し)は弓馬(きうば)の道(みち)を嗜(たしな)
むこと殊(こと)に専一(せんいち)也弓は先(まつ)初発(しよほつ)に巻藁(まきわら)を射(い)さしむ
此(この)巻藁(まきわら)修練(しゆれん)すれば成長(せいちや[う])の後(のち)的(まと)を射(い)《振り仮名:騎■|きしや》【馬偏に寸・射の誤ヵ】鳥獣(とりけもの)
等を射(い)さしむるも其力(そのちから)万事(ばんじ)に渡り末々の為に
なるよし也 夫(それ)弓(ゆみ)は心気(しんき)を平(たいら)かにし胸膈(きやうかく)を開(ひら)

【右丁・挿絵】
弓(ゆみ)




【左丁】
き気(き)臍下(さいか)にみち呼吸(こきう)能(よう)定(さたま)る故(ゆゑ)に此道(このみち)に達(たつ)すれば他(た)
の武芸(ぶけい)の助(たすけ)と成こと云べからず寔(まこと)に士芸(しけい)第一(だいいち)の養生也
  馬(うま)
夫(それ)乗馬(しやうは)は武家(ぶけ)第(だい)一の専門(せんもん)なれば幼(よう)より別而(へつして)丹練(たんれん)せずんは有(ある)
べからず抑(そも〳〵)山(やま)を越(こへ)湖(うみ)をわたすと雖共(いへとも)心(こゝろ)に任(まか)せざる事(こと)なし先(まつ)乗馬(じやうば)
は心(しん)と腰(こし)とを肝要(かんやう)とす故(ゆへ)に名人(めいじん)に至(いた)りては如何(いか)なる荒馬(あらうむ)た
りとも挫(とりひし)ぎ自由(じゆう)自 在(さい)に乗廻(のりまは)し至(いた)らざる所(ところ)なし且(かつ)一
日に廿里三十里を遠乗(ゑんじやう)すといふとも気力(きりよく)疲(つか)れず馬も亦(また)
疲(つかる)ることなし是即(これすなはち)心(こゝろ)と腰(こし)の力(ちから)なり又 初心(しよしん)のうちは
木馬(もくば)にて習すべし手綱捌(たつなさはき)を初(はじ)め百術(ひやくじゆつ)木馬にて

【右丁・挿絵】
騎射(きしや)




【左丁】
覚(おほゆ)ること尤(もつとも)徳(とく)あり此術(このじゆつ)も血気(けつき)循環(じゆんくわん)するゆゑ生涯(しやうがい)無病(むひやう)
長寿(ちやうじゆ)すべきの術(しゆつ)也是養生にあらざる哉
  水練(すいれん)
水(みつ)の稽古(けいこ)は国々(くに〳〵)において武士(ぶし)たるもの嗜(たしむ)事 多(おゝ)しといへ共 清水(せいすい)にて
習(なら)ふもの有 濁水(たくすい)にて習ふ者有 海辺(かいへん)は潮(うしほ)にて習るふもの有 海(う)
潮(しほ)にて游(およ)き習ふものは河水(かわみつ)を重(おも)しとす河水にて
游(およ)き習ふもの海潮(うしほ)をえ游(およ)かず是(これ)は其道(そのたう)り也 其(その)習(しゆ)
練(れん)なるものに至(いた)りて游(およき)なから扇子(あふき)に文字(もじ)を書(かき)或(あるひ)
は瓜(うり)の皮(かは)をむき膳(せん)に向(むか)ひて飯(めし)を食(く)ふ其外(そのほか)種々(さま〳〵)
の業(わざ)を為(なす)こと陸地(りくじ)にてなすが如し士たる人(ひと)計(はか)り

【右丁・挿絵】
水練(すいれん)




【左丁】
にもかきらず諸人(しよにん)皆(みな)稽古(けいこ)してよきものなり水練(すいれん)
の家々(いゑ〳〵)流義(りうぎ)有て少々つゝの違(ちか)ひあり其名も色々(いろ〳〵)
有とも連游(れんゆう)。浮(ふ)游。遠(ゑん)游。休(きう)游。瀬(らい)游。立游(たちおよき)。是等を心か
けてよし先(まつ)旅行中(り[よ]かうちう)にも歩行渡(かちわた)りの川(かは)有 舟(ふな)わたし
仮橋(かりはし)等を渡(わた)り或(あるひ)は狭(せま)き一本橋又は海岸(かいかん)湖水(こすい)溜(ため)
池(いけ)等に臨(のそ)みあやまちて踏(ふみ)はつすまちきとはいはれ
ず大雨(たいう)闇夜(あんや)鷹狩(たかかり)等 習練(しゆれん)の人さへ誤(あやま)て落(おつ)ること
あり水(みづ)をしらざる人は危(あやう)きもの也習はすんはある
べからず
  水馬(すいは)

【右丁・挿絵】
水馬(すいば)




【左丁】
水馬(すいば)は馬(うま)にて海河(うみかわ)を渡(わた)す為(ため)也 広(ひろ)き庭(には)の泉水(せんすい)を浚(さら)
ひ足場(あしは)をよくして習練(しゆれん)すべし天窓(あつはれ)武士(ぶし)の誉(ほまれ)也
水馬(すいば)は陸地(りくち)と違(ちが)ひ過(あやま)ちありてはむつかしきもの
なれば士(し)たる人(ひと)はかね〳〵修練(しゆれん)して心(こゝろ)かくへぎ【ママ】こと也
謂所(いはゆる)佐々木高綱(さゝきたかつな)梶原景季(かちはらかけすへ)高名(かうめい)思ひ出らるべし此(この)
外(ほか)和漢(わかん)に水馬(すいば)の名人(めいじん)挙(あけ)てかそふべからず
  居合(ゐあひ)
居合(ゐあひ)は敵(てき)と敵 近附(ちかつき)互(たかひ)に太刀(たち)を抜合(ぬきあふ)揮【機ヵ】発(きはつ)の処(ところ)を
云ふ此術(このじゆつ)に熟(じゆく)すれば其間(そのあいた)一寸二寸といへとも大太刀(おほたち)を
抜(ぬき)或(あるひ)は四畳半(よじやうはん)のせまき坐敷(さしき)にて五尺余(ごしやくよ)の太刀(たち)を

【右丁・挿絵】
居合(ゐあひ)




【左丁】
抜(ぬけ)とも物(もの)に障(さわら)ず其力(そのちから)の出入(しゆつにう)和(やは)らかなること見物(みもの)也 人(ひと)の
眼(め)に見(み)へさる程(ほと)の業(わざ)戦場(せんしやう)は勿論(もちろん)行住(きやうちう)坐臥(ざぐわ)両刀(りやうとう)取廻(とりまは)
し格別(かくへつ)なるもの也 是(これ)も諸流(しよりう)多(おほ)し
  剣術(けんしゆつ)
剣術(けんしゆつ)は武家(ふけ)第一(たいいち)の芸術(けいじつ)にて人々 常々(つね〳〵)別而(へつして)嗜(たしむ)
へき業(わざ)也 当時(とうじ)に至(いた)りては其流義(そのりうぎ)種々(さま〳〵)に分(わか)りて夫々(それ〳〵)
夥(おひたゞ)しといへども其本意(そのほんい)に至(いた)つては諸流(しよりう)とも同意(とうい)也
其橋古(そのけいこ)日にも心持(こゝろもち)よくは食物(しよくもつ)等も能程(よきほと)したゝめ心気(しんき)
をしつめ己(おのれ)があやまちなからん事(こと)を先(さき)とし相人(あいて)の
透間(すきま)をねらふへきを肝要(かんやう)とす然(しか)る上(うへ)は胸膈(けうかく)

【右丁・挿絵】
剣(けん)
術(しゆつ)




【左丁】
をひらき長生不老(ちやうせいふらう)の基(もと)ひなり
  鎌(かま)並(ならひ) ̄ニ手裏剣(しゆりけん)
鎌(かま)は太刀(たち )長刀(なきなた)鉾(ほこ)鎗(やり)の透間(すきま)をからみ其利手(そのきゝて)数(かず)をし
らず修練(しゆれん)なくんば有べからず○手裏剣(しゆりけん)は忍(しのび)の兵(へい)
器(き)也 其名人(そのめいじん)に至(いたつ)ては天井(てんしやう)に止(とま)り居所の蠅(はい)を打留(うちとめ)或(あるひ)
は戯(たはむれ)にしらせずして客(きやく)の裾(もすそ)をうち留(とる)る等(とう)事(こと)人間業(にんけんわざ)
とは不_レ被_レ思
  柔術(やはら)。
此術(このじゆつ)は無理(むり)なる力(ちから)をいれずして立合(たちあひ)左右(さゆう)上下(じやうけ)前後(せんご)
の受(うけ)はつみ先(さき)の気(き)の乗(のる)にしたがつて己(おのれ)が術(しゆつ)を施(ほとこす)ゆへ

【右丁・挿絵】
柔術(やはら)     取手(とりて)




【左丁】
先(さき)の刀(ちから)【力ヵ】を以て此方(このはう)の高名(かうめう)にする業(わざ)なり故(ゆへ)に柔術(やはら)とは名(な)
付(つけ)たるなべし是も諸流(しよりう)多(おゝ)し気(き)の落着(らくじやく)を第(たい)一とす
  取手(とりで)
取手(とりて)は先(さき)の人(ひと)を取終(とりおふ)する工夫(くふう)也 夫故(それゆへ)其手(そのて)を受(うけ)人(ひと)も我(われ)を
ねらふと覚悟(かくこ)を極(きわ)め胸(むね)を居(すへ)て居所(ゐところ)を能(よく)見定(みさため)飛込(とびこん)で
取術(とるじゆつ)故(ゆへ)に柔術(やはら)とは似(に)て表裏(うらはら)也 手足(てあし)のおさへどころ胸(むね)腹(はら)
の中所(あてところ)其人(そのひと)に応(おゝ)して為業(なすわざ)故にゆるかせならさる芸(けい)也
古来(こらい)名人(めいしん)は己(おのれ)に一倍(いちはい)も大なるもの取終(とりおゝ)せたる輩(ともから)枚挙(まいききよ[ママ])す
べからず此術(このじゆつ)も名人に至れば無理(むり)なることなふして其術(そのしゆつ)にい
たるは養生の一ッ也

【右丁・挿絵】
角觝人(すまふとり)




【左丁】
  相撲使(すもうとり) 角抵(かくてい) 膂力(りよりよく)
相撲(すもふ)は当時(とうじ)は下賤(けせん)の業(わさ)なれども古昔(いにしへ)は暦々(れき〳〵)にも有しこと也 其(その)
上(かみ)乃見宿弥(のみのすくね)と当麻撅速(たいまのくゑはや)といふに 勅命(ちよくめい)有て禁中(きんちう)に
て 上覧(しやうらん)あり宿弥(すくね)は菅相承(かんしやうしやう)【菅丞相ヵ】の先祖(せんそ)也 其時(そのとき)撅速(くゑはや)
まけたり此相撲(このすもう)は強力(がうりき)の輩(ともから)は習(なら)ひても苦(くる)しからず
いかんとなれば其心懸(そのこゝろかけ)有(ある)輩(ともから)は戦場(せんしやう)に於いても組合(くみあい)等に
及(およ)んても其助(そのたすけ)となること挙(あけ)て算(かそ)ふべからず取手(とりて)柔術(やはら)
等は甲胃(かつちう)の上(うへ)よりは中(あた)らさることもあり然共(しかれとも)一 條(てふ)にもいひ
かたし是(これ)は斟酌(しんしやく)有べし抑(そも〳〵)相撲の功者(かうしや)に至(いた)りては剛柔(がうじゆう)
虚実(きよじつ)は勿論(もちろん)第一(たいいち)に我身(わかみ)を堅固(けんこ)にして勝(かつ)こと先(さき)に

【右丁・挿絵】
銃(じう)《割書:鉄炮(てつはう)也》




【左丁・挿絵】

せす負(まけ)ましきと心懸(こゝろかく)るが専要(せんよう)とす又(また)門弟(もんてい)他人(たにん)を教(おし)ゆるを見(み)
るに身体(しんたい)血気(けつき)の満(まん)不満(ふまん)を知(し)り剛柔(がうぢう)虚弱(きよしやく)は云(いふ)に《振り仮名:不_レ及|およばず》心腹(しんふく)の様(やう)
子(す)懸声(かけこゑ)の清觸(せいたく)【濁の誤ヵ】を見て取(とる)こと良医(りやうい)の病(やまひ)を知(しる)が如(ごと)し爰(こゝに)
において稽古場(けいこば)にても顔色(がんしよく)を見てとり譬(たと)へ取組(とりくみ)ても
《振り仮名:不■|ふ?い》【垓ヵ】なれは引分(ひきわけ)或(あるひ)は勝(かつ)とも不法(ふはう)の手(て)を以てすれば可也(かなり)と
せす是(これ)此術(このしゆつ)の功者(こうしや)なり
  鉄炮(てつはう)
鉄炮(てつはう)は本名(ほんめう)銃(しう)。又(また)鳥銃(てうじう)といふ此術(このしゆつ)の名人(めいじん)は禽獣(きんじう)【左ルビ・とりけたもの】を
うつこと百発百中(ひやくはつひやくちう)或は戯(たはふれ)に柱(はしら)に九曜(くよう)の星(ほし)を打(うち)或は
少(ちいさ)き鳥(とり)の觜(はし)をうち或 鳥(とり)の片足(かたあし)を打(うつ)等の事(こと)名家(めいか)の術(じゆつ)


なり其外(そのほか)飛処(とぶところ)の雙禽(さうきん) ̄ヲ打(うち)或は池(いけ)の魚鼈(きよへつ) ̄ヲ うつの類(たく)ひ心気(しんき)の
落着(おちつき)養生道(ようしやうみち)に到(いた)らされば名人(めいしん)にいたることあたはず此道(このみち)
を会得(えとく)せずんばあるべからず
  能(のう)謡(うたい)
諸芸(しよげい)を有増(あらまし)学(まな)びて後(のち)謡(うたい)舞(まい)抔(なと)を習ふも士(し)たるものゝ
業(わざ)也 既(すて)に此道(このみち)は古昔(むかし)より上(かみ)つ方(かた)にも玩(もてあそ)ひ給ふことにて
はつかしからぬ道(みち)也 夫(それ)人々(ひと〳〵)歓(よろこ)びの余(あま)りには 和漢(わかん)
貴賤(きせん)ともに其趣(そのおもむき)なきこと能(あたわ)ず人(ひと)の上(うへ)には舞踊(まひおとり)より
楽(たのし)みはなし抑(そも〳〵)此業(このわざ)は心(こゝろ)と腹(はら)と腰(こし)とを定(さだ)め意気(いき)
四支(しし)行(ゆき)わたり旦(かつ)音声(おんせい)を清(きよ)ふして呼吸(こきう)自(おのつか)ら安寧(あんねい)

【右丁・挿絵】
能舞(のふのまひ)




【左丁・挿絵】
葛飾北秀 【印】経正

【右丁】
なるべし故(ゆへ)に老若(らうにやく)ともに音声(こゑ)を発(はつ)するには此(この)舞(まひ)謡(うたい)は
能(よき)養(よ[う])生也 学(まな)ばずんば有べからず




《割書:画|挿》養生はなし上終


【左丁・白紙】

【裏表紙】

【表紙】
《割書:画|挿》 養生はなし 下



【整理ラベル : 富士川本/ヨ/96 】

【右丁・白紙】


【左丁】
《割書:画|挿》養生(やうじやう)はなし下
○養生(やうじやう)は天(あま)の岩戸(いはと)の開(ひら)けてし其時(そのとき)よりそ今(いま)にかはらぬ
○天(あめ)か下(した)治(おさま)る道(みち)も津(つ)の国(くに)のなにはのことも養生としれ
○天地(あめつち)の万(よろつ)のものを養(やしな)ふは人(ひと)をおさむるはじめ成(なる)らん
○養生は老荘(らうさう)のみに限(かき)るまし天地(あちつち)ひらけはしめての道(みち)
○養生の道(みち)にあらざる物(もの)ぞなき陰陽五行(いんやうごきやう)地水火風(ちすいくはふう)も
○稲(いね)の種(たね)春(はる)に卸(おろし)て秋(あき)にかり冬(ふゆ)収(おさ)むるもみんな養生
○田(た)も畑(はた)も養(やしな)ひなくはみのるまし草木国土(さうもくこくど)みんな養生
○養生はかた〳〵よらず片(かた)よらず中(ちう)の所(ところ)をするかかんよう
○養生はとにもかくにも津(つ)の国(くに)の難波(なには)のこともかたよるはあし

【朱印・京都帝国大学図書之印】
【朱印・富士川游寄贈】
【朱印・富士川家蔵本】
【黒印・187284 大正7.3.31】

【右丁・挿絵】
神代(しんだい)


【左丁・挿絵】

【右丁】
○養生は気(き)をはれやかに曇(くもり)なく事(こと)すくなきを第(だい)一としれ
○言(こと)少(すく)なく思ひ少(すく)なく錺(かさ)りなく諂(へつ)らはぬこそ養生としれ
○養生は疾(やまひ)の出(いて)ぬ手(て)あてなり其(その)用心(ようじん)をまへかとにせよ
○養生は心気(しんき)遣(つか)ず大酒(たいしゆ)せず食(しよく)をひかへて独寐(ひとりね)をせよ
○味噌(みそ)酒(さけ)や酢(す)醤油(しやうゆ)作(つく)る法(はう)とても皆(みな)養生(やうしやう)にあらさるはなし
○牛(うし)羊(ひつじ)犬(いぬ)馬(うま)狆(ちん)猫(ねこ)飼鳥(かひとり)も永生(なかいき)するは養生にあり
  飲食(いんしよく)
   食分量(しよくぶんりやう)
 食(しよく)は其(その)人体(じんたい)大小(たいせう)強弱(きやうぢやく)によつて各(おの〳〵)分量(ふんりやう)の極(きわま)りあり
 或(あるひ)は二椀(にわん)三椀 食(しよく)する者(もの)あり又は四椀五椀食するも

【左丁・挿絵】
大飲大食図(たいいんたいしよくのづ)

【右丁】
 あれとも何も饑(うへ)を凌(しのく)為(ため)也 故(ゆへ)に十 分(ふん)の所(ところ)を八分 食(しよく)すれば
 ほと能(よき)也 古今(ここん)偶(たま〳〵)大食(たいしよく)する人(ひと)あり或は若輩(ぢやくはい)の戯(たわふれ)に賭(かけ)
 の勝負(せうぶ)などにて大 飲(いん)大 食(しよく)することあり或は羊羹(やうかん)を廿
 棹(さほ)又は《振り仮名:𩻠鱺|うなき》を金壱両分(きんいちりやうぶん)或は壱 斗(と)餅(もち)を一 度(ど)に食(しよく)し或
 上酒(しやうしゆ)壱 斗(と)飲(のみ)或は蕎麦(そは)を五 升(せう)分(ぶん)食(くら)ふ抔(など)尋常(よのつね)に越(こへ)
 たる大 食(しよく)して身(み)を失(うしな)ふ人(ひと)数(かづ)をしらず仮初(かりそ)めにも
 大 酒(しゆ)大 食(しよく)は慎(つゝし)ますんば有べからず
○好物(こうぶつ)も多(おほ)く喰(くら)へば毒(どく)となり内(うち)ばにくへば薬(くすり)とぞなる
○饑(うへ)たらば三度(さんど)の外(ほか)に飯(めし)はくへ一度に多(おほ)く喰(くら)ふへからず
○魚(うを)鳥(とり)の肉(にく)をは多(おほ)く喰(くら)ふまじ酒(さけ)の肴(さかな)も淡薄(たんはく)ぞよき

【左丁・挿絵】

  麦飯(むきめし)
○麦(むき)めしは早(はや)く消化(せうくわ)し気(き)を開(ひら)き上戸(しやうご)は殊(こと)に下戸(げこ)も喰(くふ)べし
  蕎麦(そば)
○蕎切(そはきり)は元(もと)より冷(ひへ)の物(もの)なれば老少(らうせう)虚弱(き[よ]しやく)こゝろへてくへ
  蕎(そば)かき
○蕎(そは)かきにすれば内(うち)をもあたゝめて仙気(せんき)腹痛(ふくつう)溜飲(りういん)によし
  温飩(うんとん)
○うんどんは内(うち)を温(あたゝ)め汗(あせ)すれど多(おほ)く喰(くら)へば気(き)をふさぐなり
  索麪(そうめん)
○そうめんは温(あたゝ)かなるぞ薬(くすり)なる夏(なつ)の日なとはひやしくうとも

  餅(もち) 《割書:并》 団子(たんこ)
○餅類(もちるい)は消化(せうくわ)の遅(おそ)き物(もの)なれば老少(らうせう)ともに内(うち)ばにはせよ
  菓子類(くわしるい)
○上菓子(しやうくわし)は内(うち)に持(もた)れて歯(は)に悪(あし)し少(すこ)したべれば薬(くすり)とぞ成(なる)
  清水(しみつ) 冷水(ひやみつ)
 各(おの〳〵)無毒(むどく)なり夏日(かじつ)には葛粉水(くづみつ)或(あるひ)は道明寺水(たうめうじみづ)の
 粉(こ)へは砂糖(さたう)胡椒(こせう)なとを入(いれ)て少々(せう〳〵)飲(のむ)は食物(しよくもつ)を解(げ)し暑(しよ)
 気(き)もさくる也 酒後(しゆご)或は夏日(かじつ)の旅行(りよかう)なとには尤(もつと)も
 元気(げんき)を増(ませ)とも餘慶(よけい)にのむべからず
○夏の日も涼(すゝ)しかりけり岩間(いはま)よりもりくる清水(しみつ)結(むす)ふ袂(たもと)に

【右丁・挿絵】
老人冷水(らうしんのひやみづ)


【左丁】
○みな月(つき)に岩(いわ)もる清水(しみつ)結(むす)はずば旅人(たひひと)いか て(山)やまをこゆへき
○刀【力】業(ちからわざ)なしたる上(うへ)か扨(さて)は酒後(しゆご)渇(かわ)かば水(みつ)もよき程(ほと)にのめ
  茶(ちや)
○煎茶(せんじちや)は眠(ねむ)りを覚(さま)し気(き)を開(ひら)き内(うち)をすかして痰(たん)をさる也
○上茶(しやうちや)こそ心(しん)をすましてうかまるれ老少(らうせう)虚弱(きよちやく)心得(こゝろへ)てのめ
  たはこ
 煙草(たはこ)は和蘭(おらんだ)に始(はしめ)て生(せう)し万国(ばんこく)に渡(わた)り既(すて)に我(わが)
 邦(はう)へ伝(つた)へて二百 年(ねん)あまりなり貴賤(きせん)とも今(いま)世(よ)に
 行(おこなは)るゝこと茶(ちや)酒(さけ)よりもまさりて暫(しば[ら])くも手(て)と口(くち)とを
 離(はな)さずもて興(きやう)するなり其(その)効能(かうのう)第一(たいいち)鬱(うつ)を散(さん)

【右丁・挿絵】
煙草図


【左丁】
 じ諸病(しよひやう)を癒(いや)し其外(そのほか)奇効(きかう)挙(あけ)て算(かそ)ふべからず
 日本 煙草(たはこ)は諸国より名産(めいさん)出れども上品(しやうひん)は上州 高崎(たかさき)
 の館(たて)。甲州(かうしう)の龍王(りうおう)。野州(やしう)のおやまた。常州(しやうしう)の赤土(あかつち)。奥(おう)
 州(しう)会津(あいつ)の坂下(はんげ)。馬越(まこし)。保谷沢(ほやさわ)。大和(やまと)のよし野。薩摩(さつま)の
 国分(こくぶ)等(とう)いつれも名品(めいひん)なり
○たはこゝそ憂(うき)を忘(わすれ)てつかれをもやしなふ徳(とく)のありと知べし
○旅山谷(たひさんや)雨湿(うしつ)時候(じこう)のあしき折(をり)たはこを吸(すへ)ば邪気(しやき)はさくへし
○夜道(よみち)にて時々(とき〳〵)たばこ吸(すう)ならば狼(おゝかみ)狐(きつね)毒虫(どくむし)も    さく
○たばこをは好(すい)て呑(のむ)とも過(すご)すまし痰(たん)も生(しやう)して逆上(きやくしやう)をする

【右丁・挿絵】
紅梅と名によはれぬる
おはしたのほうさきに
こそかはしられけり

枝ひくき■【隣】の
うめは板屏の
あなうつくしと
のそきこそ
すれ



【左丁】
日用(にちよう)食物歌(しよくもつのうた)
 飲食(いんしよく)は我身(わがみ)を養(やしな)ふ為(ため)のものなれば口(くち)の為(ため)に喰(くら)ふ
 とおもふべからす先(まつ)腹(はら)のすきかけんをかんがへたとひ
 好物(こうふつ)なる品(しな)にても八重食(やへくひ)をせず硬(こはき)もの冷(ひへ)たるもの
 油(あふら)こきもの都(すへ)て八九分(はつくぶん)と思ふ程(ほと)食(しよく)すべきを肝(かん)
 要(やう)とす
  飯(めし)
○和(やわ)らかにしんなく熱(しゆく)【熟ヵ】す飯(めし)ぞよき硬(こは)くねはきと焦(こけ)たるをいめ
○湯とりめし餴(むし)たるめしは虚弱(きよぢやく)なる老(おい)と小児(せうに)にすゝむるそよき
  汁(しく)

【右丁・挿絵】
鎌倉を生きて
出けん初鰹
    はせを

大勢の中へ
 一本鰹かな
     嵐雪

人のまこと
先あたらしき
かつを哉
   其角



【左丁】
○汁(しる)のみは淡薄(たんはく)なるを用ゆべし味噌(みそ)は白(しろ)赤(あか)塩(しほ)あまきよし
  ■(さい)【飣】
○一日の食事(しよくし)に■(さい)は一度(いちと)せよ其余(そのよ)は汁(しる)と香(かう)の物(もの)よし
  魚鳥(うをとり)
○魚鳥(うをとり)は体(たい)を養(やしな)ふ為(ため)なるぞ内端(うちば)に喰(く)ひて脾胃(ひい)を補(おきな)へ
○魚鳥のあざれやふれてすゑたるは必(かなら)す喰(くら)ふべからさるなり
○海辺(かいへん)は魚類(きよるい)沢山(たくさん)ありとても多(おほ)く喰(くら)へば悪疾(あくしつ)をやむ
○魚鳥は時候(じかう)〳〵に任(まか)すべし時(とき)ならさるは喰(くら)ふべからず
  煮加減(にかげん)
○不熟(にへざる)と煮過(にすく)したるは味(あじ)なくて内(うち)につかへて気(き)を塞(ふさく)也

【右丁・挿絵】
新酒(しんしゆ)



【左丁】
  酒(さけ)
○四時(しじ)とても酒(さけ)は温(あたゝ)め用ゆべし冷酒(れいしゆ)は夏(なつ)も毒(どく)としるべし
○焼酒(しやうちう)は必(かなら)ず毒気(とつき)つよきゆゑ夏月(かけつ)呑(のむ)とも少(すこ)し用(もち)ひよ
○わたり酒(さけ)蒲萄(ぶどう)あらきに泡盛(あわもり)も異国(ゐこく)の製(せい)そ心得(こゝろえ)てのめ
  《振り仮名:濁醪|にごりさけ》
○とびろくは上酒(しやうさけ)よりも毒(とく)はけし空腹(くうふく)なとに心得てのめ
  甘酒(あまさけ)
○甘酒(たまさけ)は老少(らうせう)なとに殊(こと)によし沢山(たくさん)飲(のめ)ば気(き)をふさぐなり
  白酒(しろさけ)
○白酒(しろさけ)は持(もた)るゝからに病人(ひやうにん)や老少(らうせう)なとは過(すこ)さぬがよし

【右丁・挿絵】
鼈(すつほん)【左ルビ・へつ】
河豚(ふく)
鰻鱺(うなき)



【左丁】
○《振り仮名:𩻠鱺|うなき》をば世(よ)に薬(くすり)とて倦迄(あくまて)も喰(くら)へば毒(どく)となるをしらずや
○老人(らふじん)はをり〳〵魚肉(きよにく)喰(くら)ふべし若(わか)き人(ひと)にはたま〳〵がよき
○鼈(すつほん)や《振り仮名:𩻠鱺|うなき》猪(いのしゝ)鹿(しか)の肉(にく)くすり喰(くひ)とて毒喰(どくくひ)をすな

 【上欄外に記載】
  三毒(さんどく)
  一○魚に
    声あり
  一○まぶ
    だあり
  一○鱗
    なし

○河豚(ふぐ)にては三毒(さんとく)かねし魚(うを)なれば生涯(しやうがい)喰(くわ)ぬ物(もの)と知(しる)べし
○豕(ふた)羊(ひつし)兎(うさき)猪(いのしゝ)鹿(しか)の肉(にく)すこし喰(くら)へは内(うち)をおきなふ
○雞肉(けいにく)や玉子(たまご)も内(うち)を補(おきな)へど多(おほ)く喰(くら)へば内(うち)をそんずる
○精菜(せいさい)を食(しよく)せし後(のち)を試(ため)し見よ必(かなら)ず腹(はら)の塩梅(あんばい)ぞよき
○精菜に食傷(しよくしやう)するは稀(まれ)ぞかし魚肉(きよにく)に中(あた)ることは毎(たび)〳〵
○冷物(ひへもの)□【とヵ】熱(ねつ)のものとを食(しよく)すれば必(かなら)す中(あた)るものとしるべし
○朝昼(あさひる)の両度(りやうと)の食(しよく)は過(すこ)すとも夜食(やしよく)寐酒(ねさけ)は半減(はんけん)にせよ

【右丁・挿絵】
冬至

見わたせは二丁まち
かね人にひとさかい
てうちんふきやてうち




【左丁】
○食後(しよくこ)には気(き)重(おも)く眠(ねふ)り催(もしふ)すぞ物によきれて腹(はら)こなしせよ
○酒宴(しゆゑん)にて種々(しゆ〳〵)の響応(もてなし)【饗】有(あり)とてもとかく内ばに飲食(のみくひ)をせよ
○血気(けつき)たて若殿(わかとの)はらの我慢(がまん)喰(くひ)いかもの喰(くひ)は毒中(とくちう)のどく
  服薬(ふくやく) 医師(いし)
○三代(さんたい)にあらざる医者(いしや)の薬(くすり)をば容易(ようい)に飲(のむ)を戒(いまし)めてあり
○的(てき)せざる薬(くすり)飲(のむ)よりのまざるを古人(こしん)の説(せつ)に中医(ちうい)とぞいふ
○本道(ほんたう)や婦人(ふしん)小児科(せうにか)それ〳〵のもちは餅屋(もちや)へ頼(たの)むこそよき
○眼科(かんくわ)外科(けくわ)鍼科(しんか)口科(こうくわ)をさし置(おき)て万屋(よろつや)医者(いしや)は曽(かつ)て頼(たのむ)な
○《振り仮名:日々|ひ々〳〵》に補薬(ほやく)補済(ほさい)を用ひても多房(たぼう)飽食(ほうしよく)しては益(えき)なし
○新方(しんはう)の奇薬(きやく)奇術(きしゆつ)に迷(まよ)ふなよ若(もし)間違(まちかへ)ば本(ほん)ふくはなし

【右丁・挿絵・医者の家ヵ】


【左丁】
○腎薬(じんやく)や補薬(ほやく)勢気(せいき)の薬(くすり)とて熱薬(ねつやく)飲(のめ)ば身(み)をそそこなふ
○大食後(たいしよくご)腹(はら)すく薬(くすり)飲人(のむひと)は脾胃(ひい)を破(やふ)るはがんぜんぞかし
○薬物(やくぶつ)は皆(みな)毒多(とくおほ)き物(もの)なれば用心(ようしん)薬(くすり)かげんしてのめ
○厳寒(けんかん)や甚暑(じんしよ)の折(をり)は妙薬(めうやく)を振出(ふりだ)し呑(のむ)は能(よき)手当(てあて)也
○食(しよく)うまく茶(ちや)たばこ酒(さけ)の味(あじ)あらは容易(やうい)に薬(くすり)用ゆべからず
○山里(やまさと)は医師(いし)も薬(くすり)も乏(とぼ)しくて長命(ちやうめい)多(おほ)く賀(が)ふるまいする
  灸(きう)
○灸治(きうじ)こそ養生中(やうしやうちう)の一(ひと)ッなれ四十(しちう)こしては三里(さんり)たやすな
○灸治こそ暑寒(しよかん)ばかりに限(かき)るましいたつきあらば折々にせよ
○小児にはちりけ天枢(てんすう)筋(すし)かへを毎月(まいつき)すへて無病(むひやう)とそ聞(きく)

【右丁・挿絵】
二日灸


【左丁】
○虫気(むしけ)ある小児(せうに)に灸(きう)をたへずせよ試(ためし)て見るに薬(くすり)よりきく
  小児(せうに)食事(しよくじ)
○小児には薄着(うすき)麤服(そふく)が薬(くすり)也 厚着(あつき)絹類(きぬるひ)毒(どく)としるべし
○小児には上菓子(しやうくわし)多(おほ)くあたへまし五疳(ごかん)驚風(きやうふう)虫(むし)の大(だい)どく
○小児には三度(さんど)の外(ほか)も飯(めし)がよし菓子(くわし)はとかくにひかゆるぞよき
○小児をは傅小女(もりこおんな)に由断(ゆたん)すなあそばす先(さき)て給物(たべもの)をやる
  目(め)
○一(いち)に淫(いん)二(に)には酒(さけ)なり三(さん)白(しろ)き四(し)に細密(さいみつ)を眼(め)の毒(どく)としれ
  歯(は)
○歯牙(しが)こそは朝々(あさ〳〵)塩(しほ)てそゝくべし楊枝(やうじ)歯磨(はみかき)軽(かろ)く用(もちひ)よ

【右丁・挿絵】


【左丁】
○若(わかし)とて堅(かたき)なくひそ老(おい)て後(のち)必(かなら)ずそれが歯(は)の毒(とく)となる
  老人
○老人(らうじん)は縦令(たとへ)なるとも我慢食(がまんくひ)我慢力(がまんちから)に我(が)まん道(みち)すな
○老人はえて飲食(いんしよく)にむせるなり物(もの)くう前(まへ)に素湯(さゆ)呑(のん)てくへ
○老人は余(あま)りに怒(いか)り腹立(はらたて)ず物(もの)に感心(かんしん)歎息(たんそく)をすな
○老人は芝居(しはゐ)浄瑠璃(しやうるり)読本(よみほん)の義理(きり)に感(かん)して落涙(らくるい)は毒(どく)
○老人と秋(あき)の暑(あつさ)はつよくともおとろひやすき物(もの)とこそしれ
○年(とし)よらば漸(やうや)く事(こと)をはふくべしこと多(おほ)ければ心気(しんき)つかるぞ
○限(かきり)ある齢(よは)ひを持(もち)て限(かき)りなき事を願(ねが)ふはあやうかりけり
○歯(は)の落(おち)て頭(かしら)に霜(しも)の置(おく)ならば年(とし)の暮行(くれゆく)用心(ようしん)をせよ

【右丁・挿絵】
老人
静坐


【左丁】
○命(めい)は食(しよく)にありといふなる諺(ことはざ)を能(よく)あちはふる人(ひと)そ長命(ちやうめい)
○生程(いくほと)は生(いか)ねばならぬ命(めい)なれば養生(やうじやう)をして無病(むびやう)成(なる)べし
○物毎(ものこと)に執着(しうじやく)せざる心(こゝろ)こそ実(げ)にも長寿(ちやうじゆ)の基(もと)ひ成(なる)らめ
  暑寒(しよかん)
○春秋(はるあき)は身の持(もち)やうもやすきなり夏(なつ)と冬(ふゆ)とに心(こゝろ)用(もち)ひよ
○一とせの中(うち)に分(わき)ては夏(なつ)三月(みつき)秋(あき)の暑(あつさ)もよくいとへかし
  いぬるかた
○春夏(はるなつ)は東(ひかし)に向(むか)ひ秋冬(あきふゆ)は西(にし)に向(むか)ひていぬるこそよき
  納涼(すゝみ)
○暑(あつ)き日(ひ)にゆさんがてらの涼舟(すゝみふね)夜(よ)がふけぬれば湿毒(しつとく)を受(うく)

【右丁・挿絵】
納涼


【左丁】
○一日(いちにち)の暑(あつ)さを凌(しの)く夕(ゆふ)すゝみ夜気(やき)にあたらぬ用心(ようじん)をせよ
○夕立(ゆふたち)の俄(にはか)にふらは舟(ふね)よせて年(とし)より小供(ことも)茶屋(ちやや)へあくべし
○五里七里又は十里の舟路(ふなち)をも夕立(ゆふたち)降(ふら)ば用心をせよ
○一日に着(つく)べき舟路(ふなち)俄雨(にはかあめ)逆風(きやくふう)出(いて)ば陸路(くがぢ)ゆくべし
  衣類(いるい)
○衣類(いるい)こそ暑寒(しよかん)をしのく為(ため)なれば美麗(びれい)を止(やめ)て麤服(そふく)用(もちひ)よ
○礼服(れいふく)の外(ほか)は麤服(そふく)そ薬成(くすりなり)木綿(もめん)つむきがことさらによし
○老人(らうじん)は成(なる)べきならばきぬ紬(つむき)綿布(めんふ)用(もち)ひば地(ぢ)薄(うすき)にせよ
○夏(なつ)は猶(なを)繻伴(じゆはん)腹懸(はらかけ)放(はなす)まじ寐(ね)ひへをせざる用心をせよ
○旅先(たひさき)は猶(なを)腹懸(はらかけ)をはなすまじ疲(つか)れて寐(ねれ)ばえてね冷(ひへ)する

【右丁・挿絵】




【左丁】
  武芸(ぶけい)
○武芸(ぶけい)をは空服(くうふく)にては致(いたす)まし飽食(ぼうしよく)しても用心をせよ
○武けいには必(かなら)ず酒(さけ)を禁(きんづ)べし稽古(けいこ)済(すん)でもこゝろへて飲(のめ)
○少(すこ)しでも疾気(やまひけ)あらば武芸には必(かなら)ずおして出(いて)ぬこそよき
○剣術(けんじゆつ)は心気(しんき)ゆたかにおちつゐて腹塩梅(はらあんはい)の能折(よきをり)にせよ
○水稽古(みつけいこ)したる上(うへ)にて湯あみせは汗(あせ)の出るをあひづにはせよ
  居所(きよしよ)
○居所(ゐところ)は東南(ひかしみなみ)をうちひらき夏(なつ)涼(すゞし)きむねこそせよ
○山(やま)を脊(せ)に南(みなみ)に水(みづ)を見る土地(とち)ぞ人(ひと)の住居(すまゐ)に能(よき)所(ところ)なる
○水辺(すいへん)や湿気(しつけ)の深(ふか)き所こそ浮種(うき)や勝気(かつけ)の用心(ようしん)をせよ

【右丁・挿絵】
居所は山を
後に南を
うけ清き
水辺尤佳



【左丁】
  温泉(おんせん)
 温泉(おんせん)は陽気(やうき)を通(つう)し内分(ないふん)の滞(とゝこほ)りを化導(くわたう)し肌(き)
 体(たい)を温(あたゝ)め関節(かんせつ)を利(り)し経絡(けいらく)を通(つう)し気血(きけつ)を
 めくらし瘀血(おけつ)を下(くだ)し寒暑(かんしよ)の邪気(じやき)を除(のそ)き湿(しつ)を
 さり仙気(せんき)積聚(しやくつかへ)を治(じ)し手足(しそく)冷痛(ひへいた)み腰(こし)脚(あし)だるく
 筋(すじ)骨(ほね)ひきつり肩(かた)脊中(せなか)のこりをさんじ傷損(しやうそん)毒(どく)
 虫(むし)金瘡(きんさう)下疳(げかん)瘡毒(さうとく)疥癬(かいせん)癜風(てんふう)婦人(ふじん)血道(ちのみち)一切(いつさい)
 其外(そのほか)万病(まんびやう)に効験(しるし)多(おほ)し
  但シ虚損(きよそん)労瘵(らうさい)内分(ないぶん)不足(ふそく)の人(ひと)或は脾胃(ひい)虚労(きよらう)
  咳虚(かいきよ)熱(ねつ)ある症(しやう)には曽而(かつて)無用(むよう)たるべし

【右丁】
  湯治(たうじ)の仕方(しかた)并(ならひに)病症(ひやうしやう)により湯(ゆ)の合不合(あひふあい)は土地(とち)
  所(ところ)によりてさま〳〵なれば其(その)《振り仮名:湯|ゆ■》場にて工者(こうしや)の人(ひと)
  に能(よく)尋(たつ)ね問合(とひあわ)すべし又(また)湯(ゆ)の相応(さうおう)不相応(ふさうおう)の
  大概(たいかい)を知(し)らんには一日 両三度(りやうさんど)も入湯(にうたう)して心(こゝろ)
  持(もち)よく食事(しよくし)次第(しだい)にすゝみ両便(りやうへん)快通(こゝろよくつうづ)れは相(さう)
  応(おう)せしと知(しる)べし両三日(りやうさんにち)入湯(にうたう)しても気分(ひふん)開(ひら)
  かず腹(はら)すくことなく両便(りやうへん)不通(ふつう)ならは極(きわめ)て不(ふ)
  《振り仮名:相応|さ□おう》と思(おも)ふべし
  ○温泉(おんせん)よく相応(さうおほ)したりとも一日(いちにち)に三四度 夜(よ)は
  二度(にと)に限(かき)るべし慾入(よくいり)必(かならず)すへからず

【左丁・挿絵】
湯治場

【右丁】
○温泉(おんせん)は熱過(あつすき)す又ぬるからず色(いろ)清潔(せいけつ)に臭気(しうき)なきよし
○とことなく色(いろ)変(かわり)たる温泉(おんせん)は必(かなら)ず毒(どく)のあるとしるべし
○温泉に塩気(しほけ)のあるはまゝあれど余(あま)り辛(から)きは毒湯(どくたう)としれ
○温泉は打身(うちみ)金瘡(きんさう)湿(しつ)ひぜん中風(ちうふう)しびれ不叶(ふかない)によし
○冷症(ひへしやう)の女は能(よき)温泉(ゆ)こゝろみて程(ほと)よく入は子(こ)も孕(はら)むなり
○虚症(きよしやう)なる人は必(かなら)す湯治すな心気(しんき)疲(つかれ)て内分(ないふん)がへる
○湯治こそ容易(ようい)にせされ二三日 試(こゝろ[み])てから其(その)うへていれ
○湯治 中(ちう)大酒(たいしゆ)飽食(ほうしよく)房事(ばうじ)せば其(その)せんなくて内(うち)を損(そん)する
○湯治 場(ば)は多(おほ)く山中(さんちう)海辺(かいへん)ぞ湯(ゆ)さめに風邪(かせ)の用心(ようしん)をせよ
○湯治には空腹(くうふく)ならず大酒(たいしゆ)せず倦迄(あくまて)食(くわ)ず身(み)をこなすよし

【左丁】
○湯治 場(ば)は遊山(ゆさん)の人(ひと)の多(おゝ)ければ夫(それ)にうかれて不 養生(ようじやう)すな
○湯治場て大雨(たいう)大雷(たいらい)するならば快晴(はれゆく)迄(まて)は見合ていれ
○温泉(おんせん)も極熱湯(こくねつたう)は心せよ毒(どく)もするをくけがも危(あやう)し
○温泉を容易(やうい)に呑(のむ)な心(こゝろ)せよ平水(へいすい)よりもえて毒(どく)が有(ある)
○湯治して相応(さうおう)せしと思ふとも三廻(みまは)り入るを《振り仮名:限|□□》とはせよ
  高山(かうざん)
○高(たか)き山(やま)深(ふか)き林(はやし)の神社(じんしや)へは虚弱(きよやく)の人(ひと)は怖(おそる)べきなり
○山道(やまみち)は常(つね)の里(り)すうにかゝはらず暮(くれ)ぬ中(うち)にそ宿(やと)を定(さだめ)よ
○山坂(やまさか)は立場(たてば)も茶屋(ちやや)も遅速(ちそく)あり能々(よく〳〵)聞(きゝ)て夜道(よみち)をばすな
○深山(しんざん)は雲(くも)霧(きり)迄(まて)もするとにて邪気(じやき)や湿毒(しつとく)多(おほ)きとぞしれ

【右丁・挿絵】


【左丁】
  旅行(りよかう)
○旅先(たひさき)は水(みつ)も気候(きこう)もかはるなり食事(しよくじ)と足(あし)の用心をせよ
○瘡毒(さうどく)は売女(ばいちよ)に多(おほ)きものなればこのつゝしみを大切にせよ
○両便(りやうべん)をこらへて馬(うま)に乗(のり)な人 落馬(らくば)をすれば臭絶(いきたゆ)るなり
○上戸(じやうご)ても旅(たび)て大酒(たいしゆ)はすべからず折々(をり〳〵)すこし呑(のめ)ばりやうやく
○旅先てたとへ急(いそけ)としらぬ川(かわ)しらぬ近道(ちかみち)つゝしみてすな
○国(くに)元て定(さた)めし連(つれ)の外(ほか)に又(また)他国(たこく)の人(ひと)はかたくことわれ
○仮(かり)そめの船路(ふなし)をゆかん旅(たび)ならば遅速(ちそく)の程(ほと)を考(かんかへ)てのれ
○旅先て連(つれ)に病人(ひやうにん)ありとても成(なる)へきたけは見合てゆき
○伊勢参(いせまい)り大和廻(やまとめぐ)りをするならば一人(ひとり)は医者(いしや)を道連(みちつれ)にせよ

【右丁・挿絵・馬に乗った旅人】
梅若菜まりこの
宿のとろゝ汁


【左丁】
年中養生
 正月 《割書:大族 青陽 陽春 孟春 太郎月》
 ○屠蘇(とそ)
  此酒(このさけ)は薬子(くすりこ)とて十歳(ぢつさい)より内(うち)の女子になめさせて夫(それ)
  より天子(てんし)聞(きこ)し召(めす)と也一人 飲(のめ)は一 家(か)病(やまひ)なく一家 飲(のめ)ば一(ひと)
  里(さと)病(やまひ)なし幼少(ようせう)よりのめば老後(らうご)まて病(やまひ)なしといふ
○春(はる)ことにはらふ嘗初(なめそむ)る薬子(くすりこ)はわかへつゝらん千代(ちよ)の為(ため)かや
○屠蘇(とそ)の酒(さけ)はらふけふくみかはす家毎(いゑこと)に悪(あし)き疾(やまひ)をやむ人そなき
 ○七種粥(なゝくさのかゆ)
  正月七日 七種(なゝくさ)をあつものに調(とゝの)へ父母(ちゝはゝ)に献(けん)じ後(のち)に

【挿絵・正月に萬歳の二人が座敷でもてなされている】

萬歳

【右丁】
  服(ふく)すれば四時(しいじ)の邪気(ちやき)を除(のぞ)くといふ
 ○七草(なゝくさ)
   芹(せり) 薺(なつな) 鼠麹(そきく)草 蘩蔞(はこへら) 仏座(ほとけのざ)
   菘(すゝな) 蘿蔔(すゝしろ)
○芹(せり)薺(なつな)こぎやうはこべら仏(ほとけ)の坐(ざ)すゝなすゝしろ是(これ)そ七(なゝ)くさ
○けふそかしなつなはこへら芹(せり)つみてはや七種のおもの参(まい)らん
○七種のかゆをなむれば一年(ひとゝせ)のあらゆる毒(どく)を除(のそ)ぐとそしれ
 ○同 十五日
  小豆粥(あつきかゆ)
  此(この)かゆを食(しよく)すれば火災(くわさい)をのかるゝといふ

【左丁】
○もちの日の小豆(あつき)の粥(かゆ)をいはゐなば火難(くわなん)や邪気(ちやき)は払(はら)ふなるべし
○初春(はつはる)の望月(もちつき)にゝるかゆなれはなべてならすは赤(あか)きなりけり
 二月 《割書:夾鐘 如月 花朝 梅見月 仲春》
  二日 灸(きう) 此(この)灸(きう)を毎春(まいしゆん)すれば諸病(しよびやう)を受(うけ)ず
  事始(ことはしめ)同八日
  此(この)日 事初(ことはし)めといふはいにしへ武甕槌命(たけみかつちのみこと)疫神退治(やくしんたいじ)に
  出陣(しゆつじん)あつて十二月八日 帰陳(きちん)ありといふ此日五十 矢(や)の
  靱(ゆき)を門戸(もんこ)にかけよと其世(そのよ)の民(たみ)に神佗(しんた)【注】有(あり)しとなり後(こう)
  世(せい)は夫(それ)をかたとりてひげ籠(かご)門戸(もんこ)に懸(かく)れば疫(やく)
  神(しん)を払(はら)ふとなり

【注 「神託」ヵ】

【挿絵】

武甕槌命(たけみかつちのみこと)疫神(やくじん)
退治之図(たいじのづ)

【右丁】
○如月(きさらき)の八日の門(もん)に釣籠(つるかこ)は悪魔(あくま)をはらふ事はじめなり
 三月 《割書:弥生 季春 姑洗 桃辰 桜月》
  ○三日
  ○桃酒(もゝのさけ)
   上巳(しやうみ)の節句(せつく)は寒気(かんき)漸(やうやう)《振り仮名:潜|□□□》【ひそまヵ】り温気(うんき)発(はつす)る節(せつ)なれば
   必(かなら)ず病(やまひ)をはつす故(ゆゑ)に桃花(たうくわ)を酒中(しゆちう)に入て服(ふく)す
   れば百病(ひやくひやう)を除(のそく)といふ又此日桃花の酒(さけ)をのめば
   長寿(ちやうしゆ)するといふ
○呑人(のむひと)や千代(ちよ)をへぬらん御酒種(みきのたね)かなふ齢(よはひ)の□□□なりせは
○めくりあはん限(かきり)そ遠(とを)きみちとせになるてふ桃(もゝ)の花(はな)の盃(さかつき)

【左丁】
  ○草餅(くさもち)
   蓬(よもき)を以て草飯(くさもち)を製(せい)すこと 雄略天皇(ゆうりやくてんわ[う])□□【よりヵ】
   はしまる也 蓬(よもき)は百草(ひやくそう)の司(つかさ)なり故(ゆへ)に百病を治(じ)す
○国民(くにたみ)のよろづの病(やま)ひのぞかんと蓬(よもぎ)のもちをいはゐそめてき【注】
○臼(うす)に粉(こ)の蓬(よもき)も入(いれ)て杵(きね)をとりつく音(おと)も先(まつ)かたひしのもち
 四月 《割書:仲呂 清至 梅月 卯月 首夏》
  ○四月朔日今日より五月四日迄 袷(あわせ)を着(ちやく)す衣更(ころもかい)といふ
   蚊帳(かちやう)
 五月 《割書:蕤賓 皐月 仲夏 たち花月 茂林》
   五月五日 此(この)日を端午(たんこ)といふは帝釈天(たいしやくてん)修羅(しゆら)を退(たい)

【注 完了の助動詞「つ」の連用形に過去に助動詞「き」のついたもの。動作・作用の完了していることを表す。「き」の字母は下部が欠けているものの「起」と思われる。】

【挿絵・雛飾りと太刀】
【右丁】
雛(ひな)

【左丁】
杜鵑(ほとゝきす)

菖蒲(せうぶ)
 太刀(たち)

【右丁】
   散(さん)して帰陳(きちん)の日五月 初(はつ)の午(うま)の日なり
  ○染かたひら
  ○菖蒲酒(せうぶさけ) 諸毒(しよとく)を解(け)す為(ため)なり
  ○粽(ちまき) 茅(ち)をもて蛇(じや)の形(かた)に表(ひやう)し毒虫(どくむし)を払(はら)ふ為(ため)なり
  ○菖蒲湯(せうぶゆ)
  ○菖蒲 蓬(よもき)を家々(いゑ〳〵)の軒(のき)へさすは邪気(しやき)を払(はら)ふ為なり
  ○薬玉(くすたま) ◦さつきの玉◦長命縷(ちやうめいる)◦続命縷(ぞくめいる)◦五彩糸(こしきのいと)
   薬日ともいへり  薬草摘(やくさうつむ) 是(これ)は百花(ひやくくわ)を摘(つむ)なり
   高辛氏(かうしんし)の悪子五月五日に海(うみ)にしつめる其霊(そのれい)水神(すいしん)と
   成て人(ひと)をなやませり或人五色 糸(いと)にて粽(ちまき)をして海(うみ)に

【左丁】
   入しかは五色(こしき)の龍(りやうと)成けるより人(ひと)をなやまさすと云々
○年毎(としこと)にけふやあやめの薬酒(くすりさけ)又は五月(さつき)のいつかのむべき
○沢水(さわみつ)に衛士(ゑじ)のおり引(ひく)あやめ草(くさ)君(きみ)かうてなに祝(いは)ひふくらし
○夏(なつ)の日(ひ)にあらゆる程(ほと)の毒虫(とくむし)を除(のそか)んための粽(ちまき)菖蒲酒(せうふしゆ)
○今日(けふ)ことにきこしめされよ御寿命(ごしゆめう)の数(かづ)も八千(やち)たびもゝ粽(ちまき)をば
○時鳥(ほと[と]きす)鳴や皐月(さつき)の玉(たま)くしけふた声(こゑ)聞てあくる夜(よ)も哉
 六月 《割書:林鐘 水無月 風待月 常夏月》
  ○氷(こほり) 氷餅(こほりもち) 《割書:朔日》 此二品はいつれにても一品 食(しよく)してよし
   氷餅(こほりもち)は氷(こほり)の表相(ひやうさう)也又 齢(よはひ)の長寿(ちやうじゆ)にとる
○みな月に氷の餅(もち)を食(しよく)すれば夏(なつ)の諸病(しよひやう)を除(のぞ)くとそきく

【挿絵】
暑中見舞(しよちうみまひ)

【挿絵中の文字】
暑中
 御見舞

【右丁】
○山(やま)かけの冬(ふゆ)の氷(こほり)のけふなめて齢(よは)ひなかろふためしとそする
○岩陰(いはかけ)や松(まつ)ゕ崎(さき)との氷室(ひむろ)山いつれひさしきためしなるらん
  ○土用餅(とようもち)  小豆(あつき) 蒜(にんにく)《割書:ひともし》
   土用入に餅(もち)并に小豆(あつき)蒜(ひともし)を喰ふ事 夏日(かじつ)は温熱(おんねつ)の
   盛(さかん)なるゆゑ虫(むし)多(おほく)く生(しやう)ず故(ゆへ)に是(これ)を防(のそ)かん為(ため)に是を
   服(ふく)して病難(ひやうなん)を除(のそ)くといふ
○土用(とよう)もち小豆(あつき)ひともし服(ふく)すれば服中(ふくちう)に虫生せさりけり
 七月 《割書:夷則 凉月 文月 凉月 孟秋》
  ○七夕(たなはた) 星合(ほしあひ) 星祭(ほしまつり)
○たなはたのあかぬ別(わかれ)の涙(なみだ)にや花(はな)のかつらも露(つゆ)けかるらん

【左丁】
 八月 《割書:南呂 葉月 壮月 仲秋 月見月》
  たのむの祝 五穀(ごこく)の出来(てき)る秋(あき)なればかくいふ也
  白(しろ)かたびら
  名月(めいけつ)
○水のおもにてる月なみをかそふればこよひそ秋(あき)のもなかなりける
 九月 《割書:無射 長月 菊月 寐覚月 季秋》
  朔日 今日同八日 袷(あわせ)を着(ちやく)す
  ○同九日 今日 小袖(こそて)を着す
  ○菊酒(きくのさけ)
    此日を重陽(ちやうやう)といふは九(く)は極陽(こくやう)の数(かす)九々 重(かさな)るゆゑ也

【挿絵】


【右丁】
    今日 菊(きく)の酒(さけ)を飲(のめ)ば万病(まんひやう)を除(のそ)き長寿(ちやうしゆ)ならしむと云
○仙人(やまひと)のをる袖(そて)匂(にほ)ふきくの花(はな)うちはらふにも千代(ちよ)は経(へ)ぬべし
○仙人の寿(とし)にあやかるためしとてけふくみかはす菊(きく)のさかつき
○九重(こゝのへ)に久(ひさ)しくめくるもろ人の老(おい)せぬ秋(あき)のきくのさかつき
 十月 《割書:玄英 陽月 袖無月 陽月 時雨月》
  ○猪子餅(ゐのこのもち) 玄猪之御祝儀(げんじよのこしうぎ)
   猪子(ゐのこ)を祝(いは)ふ事(こと)十月は玄(ゐ)【亥ヵ】の月也 玄(ゐ)は多(おほ)く子(こ)を生(しやう)ず
○十月の猪子(ゐのこ)の餅(もち)を食(しよく)すれは身(み)に災(わさわ)ひはなしと知(しる)べし
○ゐ(い)の子(こ)にしかのこまたらの赤(あか)の餅(もち)白(しろ)きを見れは砂糖(さたう)成(なり)けり
 十一月 《割書:霜月 黄鐘 神来月 雪見月》

【左丁】
  ○薬喰(くすりくい) 玉子酒(たまごさけ) 蕎麦湯(そばゆ)
  ○冬至(たうじ)
○みよしのゝやまの白雪(しらゆき)つもるらし故郷御むくなりまさるなり
 十二月 《割書:大呂 臘月 極月 師走 三冬月》
  ○河渡(かわわた)りの餅(もち) 又 河(かわ)びたり餅(もち)ともいふ
   昔(むかし)高辛氏(かうしんし)の子(こ)此日(このひ)海上(かいしやう)にて死(し)す其霊(そのれい)水神(すいじん)となり徃(わう)
   来(らい)の人(ひと)をなやます此神(このかみ)存生(ぞんじやう)に餅(もち)を好(この)むゆゑもちを以て
   祭(まつ)れば水難(すいなん)をまぬかるゝといふ
○海河(うみかわ)をわたる災(わざわ)ひのそかんともちたてまつるしはす朔日
  ○節分(せつぶん) 煎大豆(いりまめ) 厄払(やくはらひ)

【挿絵】
追儺(おにやらい)

【右丁】
   又 年(とし)によりて節分(せつふん)正月 有(ある)こともあり此日(このひ)を追儺(ついな)
   といふ大豆(まめ)を打(うち)鬼(おに)やらひすることは悪鬼(あつき)を避(さ[く]る)る
   為(ため)なり   本邦(ほんはう)
   宇多天皇(うたてんくわう)にはじまる
○鬼(おに)は外(そと)福(ふく)は内(うち)へとうつまめは古年(ふるとし)の邪気(ちやき)払(はら)ふ成けり
○福(ふく)は内(うち)へいり豆(まめ)の今宵(こよひ)もてなしをひろい〳〵や鬼(おに)は出(いつ)らん
   右の外(ほか)正月より十二月迄の種々(いろ〳〵)の公事(くじ)祝日(いはゐび)等あま
   たあれとも養生(やうしやう)の為(ため)に遠(とほ)きものはこれを除(のぞ)く
   なり見(み)る人(ひと)其心(そのこゝろ)をもて用(もち)ひ給ふべし

【左丁】
養生(やうじやう)証拠(しやうこ)幷 歌(うた)
○炭(すみ)の火(ひ)を炉中(ろちう)に養(やしな)へば久(ひさ)しく持(たも)ちて消(きへ)ず是(これ)を風吹(かさふき)の所(ところ)に
あらはに置(おけ)ば忽(たちま)ち消失(せうしつ)す又(また)柚(ゆ)蜜柑(みかん)の類(るひ)をあらはに置(おけ)ば
寒(かん)に痛(いた)みて年内(ねんない)も《振り仮名:不_レ持|たもたす》深(ふか)く養(やしな)ひ貯(たくは)へ置(おけ)ば来年(らいねん)の夏迄(なつまて)も
たもつなり又(また)雪(ゆき)は消(きえ)やすき物(もの)なり是(これ)も日蔭(ひかげ)にあるものは
二三日も持(たも)ち深山幽谷(しんさんゆうこく)に蔵蓄(おさめたくお)ふれば夏月(かけつ)炎暑(えんしよ)に
もきへず牽牛花(あさかほのはな)のもろきも日覆(ひおひ)をして厭(いと)ふ時(とき)は夕方(ゆふかた)
迄(まて)も持(たも)つなり又(また)鈴虫(すゝむし)松虫(まつむし)かうろききり〳〵す類迄(るいまて)も
よく手当(てあて)をなして置(おけ)ば二三年も生(い)き又(また)暖国(だんこく)の蝿(はい)蚊(か)
の類(るい)にも必(かなら)ず越年(おつねん)するもあまたあるべし

【右丁・挿絵】
梨子
 氷室の雪
牽牛子花
 埋火


【左丁】
  氷室(ひむろ)
○養(やしな)へば老(おい)もたもつと人(ひと)よしれ六月(みなつき)かけてきへぬこほりに
  牽牛子花(あさかほのはな)
○朝皃(あさかほ)の短(みしか)き花(はな)の程(ほど)さへも日覆(ひおい)をすればゆふべ迄(まて)あり
  梨子(なし)
○手当(てあて)よくかこへば寒(さむ)き冬(ふゆ)もへて翌年(よくねん)迄(まて)もやはりありのみ
  埋火(うつみひ)
○すみの火も風(かせ)をいとへば炉(ろ)の中(うち)に久(ひさ)しくたもつことを知(しれ)れかし

【右丁・挿絵】
冬開牡丹(とうかいのぼたん)
寒中蟋蟀(かんちうのきり〳〵す)


【左丁】
○大清(いまのから)の都(みやこ)は遼東山(りやうとうさん)の下(した)にて極寒国(ごくかんこく)なり故(ゆへ)に冬月(たうげつ)は菜蔬(さいそ)
の類(るひ)をはしめ寒気(かんき)に中(あた)る物(もの)は貯(たくおほ)ること能(あたは)ず《振り仮名:依_レ之|よつて これ》大なる坑洞(ほらあな)を暖室(だんしつ)
にしつらい是(これ)を名付(なつけ)て南花園(なんくわゑん)といふ遠国(おんこく)ゟ(より)冬月(とうけつ)天子(てんし)へ名木(めいほく)名花(めいくわ)
を献(けんつ)るに途中(とちう)にて寒気(かんき)にいたみ皆(みな)枯凋(かれしぼ)む是(これ)を彼(かの)暖室(たんしつ)に納(いれ)て再(ふたゝ)
ひ生活(せいくわつ)して奉(たてまつ)る也 又(また)臘月(らうけつ)より牡丹(ぼたん)芍薬(しやくやく)を彼(かの)暖室(たんしつ)に養(やしな)ひ花(はな)発(ひらい)
て大内(おほうち)へ奉(たてまつ)る又(また)去年(きよねん)の秋(あき)より蟋蟀(きり〳〵す)を多(おほ)く集(あつ)め是(これ)も暖室(だんしつ)の内(うち)に
養(やしな)ひ置(おき)正月 上元(しやうげん)の夜(よ)天子(てんし)西山(せいさん)に御幸(みゆき)ありて花燈(くわとう)を見給ふ時(とき)
嶅山(がうさん)の花燈(くわとう)の中(うち)に彼(かの)きり〳〵すを納(おさ)め楽(がく)を奏(そう)す楽(がく)止(やめ)ば数万(すまん)の
虫声(むしのこゑ)秋月(しうげつ)の如(ごと)く《振り仮名:盈_レ耳|みゝにみつ》春秋(はるあき)の界(さかへ)を弁(べん)ぜず誠(まこと)に極楽(こくらく)
世界(せかい)の如(ごと)しと云々 是(これ)養生(やうしやう)の仕方(しかた)によつて也 右(みき)の外(ほか)暖国(だんこく)

【右丁・挿絵】
正月
上元(しやうけん)
の夜(よ)
大清(たいせい)
の西(せい)
山(さん)へ

御行(ごかう)
の図(づ)

【左丁・挿絵】

葛飾北秀【印 經正】

【右丁】
寒国(かんこく)の差別(さへつ)ありて寿命(しゆめう)の長短(ちやうたん)もあれとも一ッは手当(てあて)の
仕方(しかた)によりて貯方(たくわいかた)違(ちが)ふなり既(すて)に八丈島(はちしやうしま)琉球(りうきう)薩摩(さつま)紀伊国(きのくに)
抔(なと)蕙蘭(けいらん)蘇鉄(そてつ)等(とう)の地植(ぢうへ)生茂(しやうも)し茄子(なすび)の木(き)抔(なと)翌年(よくねん)又(また)実(み)を結(むす)
ひ蕃椒(とうからし)なと二三年も生育(せいいく)して七八尺になる所(ところ)もあり是(これ)
等(ら)の事(こと)を考(かんが)へ合(あわ)すれば土地(とち)の寒暖(かんだん)により又は養方(やしなひかた)も有(ある)なり
とかく養生は男女(なんによ)強弱(きやうじやく)によらず強(つよ)き人(ひと)はつよきやうに厭(いと)ひ
弱(よわ)き人(ひと)はよわきやうに厭(いと)ひて天地(てんち)の気候(きかう)にさからぬやうにする
が肝要(かんよう)なり草木(さうもく)も性強(せいつよき)ものは折(をれ)やすし柳(やなき)の枝(えた)に雪折(ゆきをれ)は
なしといふも養生にちかし
《割書:画|挿》養生(やうじやう)はなし下終

【左丁】
     須原屋茂兵衛
     和泉屋市兵衛
東京   和泉屋吉兵衛
     鴈金屋清 吉
     鴈金屋仙 蔵
     山城屋佐兵衛
書林   山城屋源 吉
     丸 屋善 七
     高 橋松之助

【本文はコマ73に同じ】


【左丁左下折返に書込みあり】
■■廿九■■千七百四十三
  ヤセ
  ソ

【裏表紙】

{

"ja":

"(無病長寿)養生手引草

]

}

【ケース表】
《割書:無病|長壽》養生手引草

【ケース】
【背】
《割書:無病|長壽》養生手引草
【表】
《割書:無病|長壽》養生手引草

【表紙】
【題箋】
《割書:無病|長壽》養生手引草上之巻

【右丁】
【中段】
無病(むびやう)   
  長寿(ちやうじゆ)    
 養生手引草(やうじやうてびきぐさ)
    上廼巻
【上段】
山東菴
 京山著
一立斎
 広重畫
【下段】
南傳馬弐
 錦橋堂
  蔵板

【左丁】
【印 干八】自叙(じじよ) 【朱印】 富士川游寄贈 
孟子(まうじ)曰(いはく)心を養(やしの)ふは慾(よく)を寡(すくな)くする
より善(よき)は莫(な)しと云(いへ)り白楽天(はくらくてん)が詩(し)
の句(く)に心平壽自長(こころたいらかなればじゆおのづかりながし)と謂(いへ)り是(これ)は
心の養生(やうじやう)なり又(また)東坡(とうば)曰(いはく)人生(じんせい)

【頭部欄外】
187277
大正7.3.31
【蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印

【欄外】
手引草 上     上ノ一
【右丁】
延寿皆在口(えんじゆみなくちにあり)といへり神医(しんい)張(ちやう)
氏(し)曰(いはく)万病自口入(まんびやうはくちよりいる)といへり然則(しかるときは)延(えん)
寿(じゆ)長命(ちやうめい)の養(やしなひ)は心(こゝろ)と食(しよく)との二ッに在(あり)
西土(もろこし)の太平御覧(たいへいぎよらん)といふ書(しよ)《割書:六百六十|四巻目》に
養生説(やうじやうのせつ)委(くは)しくあるにも心(こゝろ)と食(しよく)との
【左丁】
事(こと)を謂(いへ)りそも〳〵京山 半老(はんらう)たる
比(ころ)より古人(こじん)の示(しめし)たる養生(やうじやう)の説(せつ)を
信(しん)じ養生(やうじやう)したるゆゑにや平情(うかり〳〵)
と犬馬(けんば)の齢(よはひ)を保(たもち)今年(ことし)九十歳の
春に逢(あ)ふまで長生(ながらへ)つれど歳(とし)

【欄外】
手引草  上     上ノ二
【右丁】
程(ほど)には気根(きこん)も耗(へら)ざるかして燈(ともしび)の
下(もと)にもはかなきすさみの筆(ふで)を採(と)り
杖(つゑ)をこそ憑(たの)め月(つき)花(はな)にもうかれ
ありきて腰(こし)も不曲(まがらず)是(これ)も養生(やうじやう)の
効(しるし)かとおもへば普(あまね)く人にも養生
【左丁】
を勧(すゝめ)ばやと書冊(しよさつ)に残(のこし)たる古人(こじん)
の説(せつ)を集(あつめ)て此書(このしよ)を作(つく)れり蓋(けだし)
識達(ものしるひと)は養生の術(じゆつ)も弁(わきまへ)玉へば
雷門(らいもん)には布鼓(ふこ)をならさず唯(たゞ)
初老(はつおい)の阪(さか)に踏(ふみ)かけて養老(やうらう)の

【右丁】
滝(たき)をしらず酒池肉林(しゆちにくりん)のみ尋(たづぬ)る
人の為(ため)に文林(ふみのはやし)に枝折(しを)して暁(さと)し
易(やす)きやう俗文(ぞくぶん)に記(しる)し侍(はべ)る
 安政五年戊午仲春
  九十歳 京山人並書【印】
【左丁】
    ○上の巻目録
 ○人の老若(らうにやく)を一筆(ひとくし)にたとへたる事(こと)
 ○養生(やうじやう)により天寿(てんじゆ)を延(のぶ)る事
 ○目(め)口(くち)鼻(はな)耳(みゝ)の活用(はたらき)の事
 ○人体(ひとのからだ)の挙動(はたらきうご)く機関(からくり)の事
 ○五 臓(ざう)と六 府(ふ)との事
 ○婦人(ふじん)懐妊(くわいにん)する訳(わけ)の事

【欄外】  手引  上
【右丁】
 ○血筋(ちすぢ)御胤(おたね)といふ訳(わけ)の事
 ○母(はゝ)の胎内(たいない)にて小児(しやうに)人と成(な)る訳(わけ)の事
 ○双子(ふたこ)の訳(わけ)の事
 ○子の産(うま)るゝ時(とき)の事
    ○下の巻
 ○長寿(ちやうじゆ)養生(やうじやう)の弁(べん)
 ○養生(やうじやう)に十一 少(せう)といふ訳(わけ)ある事
【左丁】
 ○気病(きびやう)を治(じ)したる歌の事
 ○朝寝(あさね)は身(み)の毒(どく)なる事
 ○四 季(き)に順(したがひ)て養生(やうじやう)の心得(こゝろえ)の事
 ○食(しよく)養生の事
 ○蜆汁(しゞみしる)に命(いのち)とられし事
 ○小児(せうに)銭(ぜに)を吞(のみ)たるを治(ぢ)したる薬(くすり)の事
 ○食養生(しよくやうしやう)の品々(しな〳〵)の事

【欄外】手引  上
【右丁】
 ○吸霞(すゐが)の傳(でん)といふ事
 ○益気(えきき)の傳方(でんはう)
 ○長生壷(ちやうせいこ)と言(いふ)器(うつは)の事
 ○神代(じんだい)より伝来(でんらい)する魔除(まよけ)の禁厭(まじなひ)の事
 ○胎内(たいない)の男女(なんによ)を知(し)る傳(でん)の事
 ○変生(へんじやう)男子(なんし)のまじなひの事
    以上 目録(もくろく)終(をはる)
【左丁】
無病長寿養生手引草(むびやうちやうじゆやうじやうてびきぐさ)巻上
      九十歳 山東菴京山編作
老子(らうし)曰(いはく)一二を生(しやう)じ二三を生じ三 万物(ばんぶつ)を生ずといへ
り一とは天の陽(やう)なり二とは地の陰(いん)なり三を生(しやう)ずとは天地
和合(わかふ)して人を生(しやう)じたる也三 万物(ばんもつ)を生ずとは天人を養(やしなは)ん為(ため)に
万物(ばんもつ)を生(こしら)へ玉ひし也 貴(たつとき)も賤(いやしき)も一日もなくてかなはぬ米(こめ)も天
地の気和(きくわ)によりて生(しやう)じ日本国(につほんこく)中(ちう)半月もなくてかなはぬ通(つう)
宝(ほう)の金銭も其元(そのもと)は天地 気和(きくわ)する地中(ちちう)より出(いづ)る也 其(その)万物(ばんもつ)の
長(ちやう)たる人 父母(ふぼ)の陰陽(いんやう)和合(わがふ)して人躰(じんたい)をうけ生(うま)れ出(いで)てより天
地の気和(きくわ)を禀(うけ)て成長(せいちやう)なす其(その)一代を一年の時候(じこう)にたと
【欄外】 手引草

【右丁】
ゆれば正月より三月までは人 生(うま)れて廿歳(はたち)までのごとし初(はつ)
春(はる)の陽気(やうき)充満(みち〳〵)て万物(ばんもつ)発精(はつせい)するの時(とき)にて人の成長(せいちやう)も
学問(がくもん)に入り芸術(げいじゆつ)を学(まな)ぶもこの時に在(あ)り三月より五月
までは人の三十 歳(さい)なり身(み)を備(をさむる)も名を成(なす)も此頃(このころ)の修(しゆ)
行(ぎやう)にあり五月より七月までが四十歳なり七月は初秋(はつあき)
四十歳は初老(はつおい)なり初秋より草木(さうもく)も衰(おとろ)ふのはじめ
人も元気(げんき)の耗(へ)るの
始(はじめ)なりされば養(やう)
生(じやう)といふ事も
此頃(このころ)より心がくべしさて
【左丁】
七月より九月までが人の五十 歳(さい)也五 穀(こく)も九月までに実(み)のり人も
五十にして身(み)修(をさま)る時也ゆゑに聖人(せいじん)も四十五十にして聞(きこ)ゆることなき
はおそるゝにたらずといへり九月より霜(しも)月までが人の六十歳なり
六十年は天の一 周(めぐり)
人も六十歳が天 寿(じゆ)
   の一 代(だい)ゆゑに六十一
        を還暦(くわんれき)の賀(が)
              といふ

【欄外】 手引草 上     五
【右丁】
六十をめでたくこゑて七十に
いたるを古来(こらい)稀(まれ)なりとて
古稀(こぎ)の寿(じゆ)といふ四十の
初老(はつおい)より養生(やうじやう)すれば古稀にも
いたり八十八の米(べい)寿にも
いたり紅(べに)の寿(じゆ)の字(じ)のまん
ぢゆうを配(くば)るまで猶(なほ)百歳(もゝとせ)も長命(ちやうめい)
たらんこと九十歳の京山(きやうざん)がうけ合なり
○養生によりて天寿を延(のぶ)ることを近く
比喩(たとへ)ていはゞ植木(うゑき)屋から
【左丁】
歳暮(せいぼ)にもらひたる梅の鉢(はち)
植(うゑ)を床(とこ)の間におきて新年(しんねん)の
ながめとなし植木の中なひも心得たる人なれば水をも程(ほど)よく養(やしな)ひ
又は暖(あたゝか)なる日 向(むき)に出して養ふゆゑ梅(うめ)春(はる)の精気(せいき)を得て莟(つぼみ)のこ
らずひらき若葉(わかば)萌(きざす)ころ庭(には)に移(うつ)して猶(なほ)中なふゆゑに枝葉(えだは)
栄(さか)えて来(く)る春も花(はな)ひらき終(つひ)には軒(のき)すぐるまで生(おひ)のびて鶯(うぐひす)の
宿(やど)ともなるなり是(これ)梅(うめ)の天 性(せい)を養生(やうじやう)するゆゑなり養生せざ
れば莟も凋(しぼ)みてひらかず若葉も見えざれば塵塚(ちりつか)へ棄(すて)て
鉢(はち)のみ椽(えん)の下に残(のこ)るなり梅さへかくのごとしまして況(いはんや)天
精(せい)を禀(うけ)るの長(ちやう)たる人においてをや養生して 天 寿(じゆ)を延(のぶ)べし
【欄外】 手引草 上

【欄外】 手引草 上    六
【右丁】
○古人(むかしのひと)の板本(はんほん)にのこしたる養生(やうじやう)の書(しよ)あまたあれど腹(はら)
           の内の機関(からくり)を書 加(くは)へたる書一 部(ぶ)
           もなし京山(きやうざん)おもふに養生するにはまづ
          第(だい)一に腹の中のことを知らずんばある
           べからずたとへていはゞ親(おや)よりゆづり
           うけたる文庫蔵(ぶんこぐら)になにが有やら
            しらずして錠(ぢやう)をおろして置(おく)がごとし
            ゆゑに養生をしる人の心得(こころへ)の
             為(ため)に腹のなかのからくりをくは
             しく記(しる)すこと左(さ)のごとし
【左丁】
       ○そも〳〵人の體(からだ)の中にて万(よろつ)の用をなすは頭
        にあり○鼻(はな)は口の裏門(うらもん)にて表(おもて)門の口 閉(とち)て
         ありても鼻より呼吸(つくいきひくいき)を通(かよ)はせ又物を
           齅(かぐ)の用をなす○目は物を視(み)て万
           用をなし喜怒哀楽(きどあいらく)も目にあり
           ○口は命を保(たも)つ城廓(じやうかく)の表門にて昼
           夜に一万三千五百の息(いき)をかよはせ
          食物を入れて命をやしなひ言語(ものいひ)て用を
           なす口に在(あ)る歯(は)は食物を嚼砕(かみくだき)て
           消化(こなれ)やすきやうにして食道(しよくだう)の咽(のど)へ

【欄外】  手引草 上
【右丁】
おくる口にある舌(した)は歯(は)のかみたるをうけて五味(ごみ)をわかつしかのみならず
歯と舌とにて五音相通(ごいんさうつう)をめぐらすの用あり○耳(みみ)は言語(ものいひ)物音(ものおと)を
聞(きゝ)て万用をなし音曲(おんぎよく)のたのしみも耳にあり
○目○口○鼻(はな)○耳(みゝ)の四ッ片時(かたとき)もなくてかな
はぬも物みな頭にあり頭は人躰(じんた[い])の根本(こんほん)なれば
天の人を作り給ふ時頭は勝(すぐ)れた堅固(けんご)に
こしらへてありまづ俗(ぞく)にあたまと
いふ脳髄(のうずゐ)を膜(まく)といふて
皮(かは)のやうなる物にて二重(ふたゑ)に
包(つゝ)みそのうへを脳蓋(のうがい)とて二重に
【左丁】
かさなりたる骨(ほね)の厚(あつ)さ一寸よの
骨にて囲(かこ)み又その上を厚き皮に
つゝみ猶その上にも頭を色々囲ふ
ために髪(かみ)の毛を一ぱいに生(はや)しおく也
さるによりて素問(そもん)といふ医書(いしよ)に頭は
精明(せいめい)の府なりといひ本草備要(ほんざうびえふ)
には人の記性(ものおぼへ)は皆 頭脳(づのう)中に在といへり
小児(せうに)は脳(のう)いまだ満(みた)ざるゆゑ物を覚へず老人は脳精(のうせい)漸々(しだい)に耗(へる)ゆへ
健忘(ものわすれ)する也 盲人(まうじん)は見るに心 散(ちら)ざるゆえ神気(しんき)脳中に満(みつ)るゆへ
強記(ものおほへつよく)和漢(わかん)古今(こゝん)の書を耳にきゝて一字一句もわすれず天下に

【欄外】  手引草  上
【右丁】
名をなしたるも盲人(まうじん)もあるなりおよそ人 会席(くわいせき)にて詩歌(しいか)など考(かんがへ)る
には必(かならず)目(め)を閉(とづ)る是それと知らずして頭脳(づのう)へ神気を凝(こら)すの
自然(しぜん)なり○人の生(い)きてゐる根本(こんほん)は頭なるゆゑ魂(たましゐ)も頭にあり
魂(たましゐ)につきまとふ神気(しんき)も頭にあり故に善心も悪心(あくしん)も馬(ば)
鹿(か)も利口もおほかたは顔色(がんしよく)にしられ吉凶も人相にあらは
るゝなりこれ魂(たましゐ)のある所なるゆゑなり○頭脳(つのう)の神気
より神経(しんけい)といふ枝がさしてその大枝(おほえだ)から小筋(こすぢ)の
肢(えだ)が幾すぢもありて體(からだ)中(ぢう)に弥(ぐるぐる)綸(まとひ)て
血をめぐらし血(ち)より霊液(れいゑき)といふ沢(うるほひ)がいでゝ
惣身(そうみ)潤沢(じゆんたく)して皮肉(ひにく)補(をぎな)ひ肌(はだへ)をうるほし
【左丁】
身(み)に温(あたゝまり)ありて生(いき)てゐる也此 道理(だうり)を近(ちか)く知(し)らんとならばくさ木の
葉をとりて見るべし葉には大 筋(すぢ)ありてそのすじより小すじが
いくつもありてその小筋にも目に
       みへざるほどの
       枝(えだ)筋ありて
        大筋より地
        気を吸(すひ)あげて筋〳〵へ地気をめぐらし
       潤(うるほ)ひをなすゆゑ日に照(てら)されても凋(しぼ)ま
     ざる也人の気血(きけつ)のめぐるもかくのごとし是天 工(こう)の霊妙(れいめう)也
                         ○前にもいへるごとく

【欄外】 手引草 上   九
【右丁】
人の四十は初(はつ)秋の七月也初 秋(あき)より
天の陽気(ようき)衰(おとろへ)て菊(きく)も籬(まがき)に凋(しぼ)み
木の葉(は)もこがらしにさそはれて春
見し桜も枯木(かれき)とみゆ人も廿歳(はたち)の
顔(かほ)はいつかうせて初 霜(しも)を頭(かしら)におき
雪(ゆき)の夜に知る年のほどそろ〳〵寒(さむさ)も身に
しみて精神(せいしん)むかしの春にかへらず此時(このとき)にいた
りて養生(やうじやう)せざれば天 寿(じゆ)を補(おぎなひ)て長命(ちやうめい)は保(たも)ち
がたし○諸(もろ〳〵)の営(いとなみ)をなすは四體(からだぢう)に神気(しんき)
の霊液(れいえき)がめぐる故(ゆへ)に目口もはたらき力も出る也
【左丁】
さて夜(よ)に入て打臥(うちふす)は四ッ時を限(かぎ)りと
すること世間(せけん)大概(たいがい)の風(ならひ)なり
千年の昔(むかし)もかくありしとみへ
て万葉集(まんえうしふ)の歌(うた)に亥(ゐ)の刻(こく)を寝(ね)よとの
鐘(かね)とよめり亥の刻は夜の四ッ也
人 寝(ね)れば神気(しんき)頭脳(づのう)に溜(ひそま)り鎭(しづま)りて昼(ひる)の挙動(はたらき)につかひ減(へら)したる神
液(えき)が又 涌(わき)出(いだ)して元(もと)のごとく頭脳中に帰(かえ)るは夜(よ)の寅刻(とらのこく)《割書:七ッ|時》なりこの
ゆゑに人は子(ね)に臥(ふ)し寅に起(おき)よといふ子は九ッ時(どき)也おきて居(ゐ)るとも
九ッを過(すぐ)すなといふをしえなり是(これ)人も天の一 夜(や)に順(したが)ふゆゑなり
○さて万用(ばんよう)をなす○目○鼻(はな)○口○(みゝ)耳の経絡(みちすぢ)をいふべし

【欄外】 手引草  上    十
【右丁】
   目(め)は肝(かん)の臓(ざう)からつゞく肝の臓 精気(せいき)強(つよ)ければ眼力(がんりき)つよし【上部に両目の図】
   精気(せいき)衰(おとろ)へば眼力 弱(よは)し四十の初 老(おい)をこゆれば人の秋
   なるゆへ肝の臓の精気もやゝ衰ふゆへ細字(さいじ)などよみがたし
目には膜(まく)といふうすき皮(かは)三重(みへ)にかゝりてその内に水のやうなる
神液(しんえき)の純粋(ごくすみたる)がありて見るものこれにうつるなりその仕懸(しかけ)の
おほかたは魚(うを)の目をみて知(し)るべし○眉毛(まゆげ)は目の塵除(ちりよけ)そのうへ
にも睫(まつげ)ありてちりをふせぐ天の妙工(めうこう)を知るべし
───────────────────────────────
    人の胎内(たいない)に在(あ)る内(うち)鼻(はな)まづ形(かたち)を成(な)す故(ゆへ)に第(だい)一 番(ばん)の先(せん)【上部に鼻の図】
    祖(ぞ)を鼻祖(びそ)といふ鼻は肺(はい)の臓(ざう)につゞく肺(はい)気(き)和(わ)すれば鼻
    よく物(もの)を臭(かぎ)わける肺(はい)熱(ねつ)すれば洟(はなみべ[づヵ])出る風をひきて
【左丁】
しきりに鼻水(はなみづ)の出(いづ)るは邪熱(じやねつ)肺(はい)の臓(ざう)に在(ある)ゆゑ也
───────────────────────────────
   口(くち)は胃(ゐ)【月+胃】の腑(ふ)へつゞく胃(ゐ)の腑(ふ)は食物(しよくもつ)を入る袋(ふくろ)なり【上部に口の図】
   口の広(ひろ)さ二寸五分 喉(のど)まで三寸五 分(ぶ)を人の定尺(ぢやうしやく)とす
   いかほどの美味(びみ)をたべるとも咽(のど)三寸のあひだなり
───────────────────────────────
   歯(は)は骨(ほね)にしたがふ女(をんな)の子(こ)は七月(なゝつき)にして歯(は)生(はへ)はじめ七 歳(さい)【上部に歯の図】
   にして歯(は)齠(かはり)七八五十六にして歯力(はりき)衰(おとろ)ふ男(をとこ)の子(こ)は八月に
   して歯(は)生(はへ)はじめ八 歳(さい)にして歯かはり五八四十にして
   歯力(はりき)おとろふ上下の歯(は)は八 枚(まい)づゝあるを定数(ぢやうすう)とす
───────────────────────────────
    舌(した)は心(しん)の臓(ざう)につゞくゆゑに五味(ごみ)のあぢはひをしる又【上部に舌の図】
    釈名(しやくめう)といふ書(しよ)には食物(しよくもつ)をのせておとさぬ為(ため)といへり

【欄外】     手引草
【右丁】
心気(しんき)舌(した)に通(つう)づるゆゑ熱(ねつ)あれば舌(した)乾(かは)き又(また)は黒(くろ)きをあらはす
───────────────────────────────
     耳(みゝ)は腎(じん)の臓(ざう)へつゞく耳(みみ)は張(は)り出(いで)たる所(ところ)へ【上部に耳の図】
     物(もの)の響(ひゞき)をうけて穴(あな)のうちへ入(い)るゝを膜(まく)といふ薄(うすき)
皮(かは)ありてこれにひゞくなり是(これ)則(すなはち)耳(みゝ)より腎(じん)の臓(ざう)へ神経(しんけい)つゞく
ゆゑなり腎(じん)おとろへば神気(しんき)頭(かしら)に昇る(のぼ)ることすくなきゆゑ老(らう)
年(ねん)の人(ひと)大かたは耳(みゝ)遠(とほ)くなるなり老(おい)ては耳(みゝ)の鳴(なる)も腎(じん)の衰(おとろへ)たる也
 ○件(くだん)の事(こと)どもは皆(みな)頭(かしら)に係(かゝ)る所(ところ)のあらましなり
  是(これ)より腹中(ふくちう)の機関(からくり)をいふべし
───────────────────────────────
○およそ腹(はら)のうちのからくりは冠(かむり)めし給ふ御 方(かた)も手拭(てぬぐひ)かぶる
野郎(やらう)も更(さら)に変(かは)る所(ところ)なしこれ天(てん)の為(な)せる霊妙(れいめう)なりそも〳〵
【左丁】
腹中(ふくちう)の五臓六腑(ござうろくふ)といふは○心(しん)の臓(ざう)○腎(じん)の臓○肺(はい)の臓
○脾(ゐ)【ひの誤記ヵ】の臓これを五臓(ござう)といふ○六 腑(ふ)は○小腸(しやうちやう)《割書:心(しん)の臓(ざう)|につゞく》○胆(たん)の
腑(ふ)《割書:肺(はい)の臓|につゞく》○膀胱(はうくわう)の腑(ふ)《割書:腎(じん)のざう|につゞく》○大腸(たいちやう)《割書:肺(はい)のざう|につゞく》○胃(ゐ)の腑(ふ)
《割書:胃(ゐ)【月+胃・脾(ひ)の誤記ヵ】のさう|につゞく》○三焦(さんせう)これを六腑(ふ)といふ
臓(ざう)を陰(いん)とし腑(ふ)を陽(やう)とすこの外に心包絡(しんはうらく)とて糸(いと)をま
ろめたるやうなるもの心(しん)の臓(ざう)の下(した)にまとひてありといふ説(せつ)
もあり又は無といふ説(せつ)もありて多端(くだくし)ければ不弁(べんぜず)○さて此外に
腹(はら)の機関(からくり)の道具(だうぐ)なし在(あ)るものは血(ち)と筋のみなり
○骨(ほね)の大柱(おほばしら)は背筋(せすぢ)の骨(ほね)なり脳顖(あたま)に三節(みふし)の骨ありて夫(それ)
より背骨(せぼね)へつゞきて廿一 節(ふし)ありこの骨(ほね)より左右(さいう)へ枝骨(えだぼね)有を

【欄外】 手引草 上
【右丁】
肋骨(あばらぼね)といふが十二 枚(まい)づゝあり此(この)骨(ほね)は五 臓(ざう)六 腑(ふ)の囲(かこひ)なり
十二 枚(まい)のうち八枚を胸(むね)といふ痩(やせ)たる人は探(さぐ)り
てもよく知(し)るゝ也 此外(このほか)の骨(ほね)〴〵は小冊(せうさつ)に
尽(つく)しがたし
○口(くち)は飲食(いんしよく)腹(はら)に入(い)る関門(くわんもん)也
関守(せきもり)疎(おろそか)なれば悪僕(わるもの)まぎれ入(い)りて
国(くに)の災(わざはひ)なるがごとく人の食傷(しよくしやう)するは口(くち)の
関守(せきもり)がおろかにて酢章魚(すだこ)が通(とほ)りて間もなく
鰻(うなぎ)のかばやきを通(とほ)し夜中(よなか)に玄伯(げんはく)さまよびて
大騒(おほさはぎ)をするは口(くち)の関門(くわんもん)厳(げん)
【左丁】
ならざる故(ゆゑ)也○口より飲食(いんしよく)の腹(はら)に入(い)るに咽喉(いんこう)の二 道(みち)あり咽も喉
も のど(====)と訓(よむ)文字(もじ)なれ共○呼(つくいき)○吸(ひくいき)のかよふ のど(====)を喉といふ此 のど(====)は
肺(はい)の臓(ざう)へつゞく呼吸(こきう)するを一 息(いき)といふ息の数(かず)
昼夜(ちうや)に一万三千五百 息(いき)なり○咽といふ のど(====)は
胃(ゐ)の腑(ふ)へつゞく飲食を胃の
腑へおくりくだす道 筋(すぢ)なりこの
ゆゑに咽(いん)を食道(しよくだう)とも
食 管(くわん)ともいふ喉を気(き)
道(だう)とも気管ともいふ
息のかよふ道(みち)なり

【欄外】  手引草  上
【右丁】
【上部に肺の図と説明】
 ●咽(いん)の口
 ●のどに大 管(くだ)
  ふた節(ふし)あり
  このうちに
  食道と気
  道あり
 ●喉(こう)の口
●此管はなし
 といふせつも
 あり
【本文】
           ○肺(はい)の臓(ざう)図(づ)のごとし○咽喉(いんこう)を包(つゝ)む大 管(くだ)
            ありて此(この)管(くだ)の内(うち)に咽(いん)の食道(しよくだう)と喉(こう)の気(き)
            道と二 筋(すぢ)の管(くだ)あり食道の方は飲(いん)食の時
             ばかり口(くち)があいて物を下し常(つね)は息(いき)の
             かよふ喉(のど)の方へひつたりとついて居る也
             咽喉とは一ッ管の中にありて隣(となり)合せなる
             故(ゆゑ)物を給(たべ)ながら言(ものいへ)ば両(りやう)口が明(あい)てゐる故
飯(めし)一粒(ひとつぶ)たりとも気道(きだう)の喉(のど)へ入る時は噎(むせる)か咳(せき)をする也是じやからもの
給(たべ)る時はべら〳〵もの云(いふ)べからず孔子(こうし)も食する時は不語(ものいはず)といへり物
たべるに心(こころ)得あること食養生(しよくやうじやう)の条(くだり)にいふべし○息するのんどに会(ゑ)
【左丁】
厭(ど[え?]ん)といふ物まとふ是は五 音(いん)を分(わか)つ物也 笛(ふえ)に管(くだ)のあるに同(おな)じ
又 咽(のど)を探(さぐ)りてみれば瘤(こぶ)のやうなる物あり俗(ぞく)には咽 仏(ほどけ)といふ是を吭(ふえ)と
いふ音律(おんりつ)の調子(てうし)をなすは此吭にありゆゑに笛(ふえ)と訓(よみ)を同じくす
吭(ふえ)すこしにても疵(きず)つけば命(いのち)をはる○右の図(づ)にあらはしたる肺(はい)の臓(ざう)
は蓮花(れんげ)をさかさになしたるやうの形(かたち)にて八葉(やひら)ある内二ひらは少し
長(なか)し背骨(せぼね)の三椎目(みふしめ)に附着(つい)てあり辺は白瑩(すきとふり)て胸(むね)一はいにひろ
がりて下に在る臓腑(ざうふ)を覆(おほ)ふこと傘(からかさ)になるがごとし呼吸(つくいきはくいき)度々(たび〳〵)
に右の蓮花のはなびらのやうなるがふはり〳〵と動(うご)く也これが十
二の脉(みやく)にひゞく肺(はい)は人骵(じんたい)の橐籥(ふいご)也(なり)と医書(いしよ)にもいへり
○口に物たべて齧(かみ)くだきてあらこなしをなし咽(いん)の食道より胃の

【右丁】
腑へおくる胃(ゐ)は心下(むなさき)のまん中(なか)鳩尾(きうび)といふ所にありて食道(しよくだう)より
つゞく口にありて咽(のど)より来(きた)りたるあらこなしの食をうけおきめ
胃袋(ゐぶくろ)彭(はり)【膨】張(ふくれ)右の隣(となり)にある肝(かん)の臓(ざう)胃のふくれに圧(おさ)れ又
肝(かん)に取つきてゐる膽(たん)の府(ふ)【腑】の鶏卵(たまご)ほどなるものも胃のふくれに
おされ肝と膽(たん)との管(くだ)の口より黄色(きいろ)にて苦(にが)くて烈(はげし)く火気(くわき)のある
汁が管よりつゞく胃の袋へ入り肝膽(かんたん)の苦汁(にがしる)にて食物をとら
かし消化(こな)し又 膵(すゐ)といふて牛(うし)の舌(した)のやうなるもの胃袋について
ゐるも胃のふくれにおされ胃にかよふ膵(すゐ)のくだより汁を入る是は
食をとらすのみならず濁(にご)る物を収斂(しめよせ)て清(すま)す物也○肝(かん)と膽(たん)と○
膵(すゐ)との液汁(ね?ばしる)の力(ちから)にて食物を消化し大腸(ひやくひろ)へおくり百ひろをぐる〳〵▲
【左丁】
【上段】
【胃の絵と説明】
食道(しよくだう)
胃(ゐ)【月+胃】袋(ぶくろ)
のびもし
ちゞみもする
  ものなり
●下の口
百ひろにつゞきすゑは肛(こう)門に
いたり大 便(べん)を出し岐(ふたまた)の管(くだ)ありて
小便をいたす●胃(ゐ)府(ぶくろ)【腑】は食(しよく)を受(いれ)
ること一 斗(と)五 升(せう)にて満(いつはい)なり胃(ゐ)は
六府(ふ)【腑】の大将(たいしやう)也と医書(ゐしよ)にいへり
此 胃(ゐ)袋を見て大 食(しよく)をなす
を慎(つゝし)むべし
【下段】
▲めぐる間に猶(なほ)又よく
こなれるは臼(うす)を
挽(ひく)やうな
から
くり
なり
○胃
にてこなしたる
精汁(せいじふ)は心(しん)の臓(ざう)へおくりて
骵(たい)を養(やしなひ)となし分(わけ)たる滓(かす)は
膀胱(はうくわう)《割書:ふく|ろ》へおとして大 便(べん)となし
【欄外】  手引草  上

【右丁】
【上段右に大小腸の図と説明】
●小腸(しやうちやう)  ●大腸(だいちやう)
上の口
胃(ゐ)

つゝく
下の口 肛(こう)門につゞく
●俗(ぞく)に百 尋(ひろ)といふ引のばせば
二丈一二尺ありと解骵(かいたい)の
        書(しよ)にあり
【下段】
            ■(こし)【𣶇灑ヵ】たる水は小便の管(くだ)より出す○胃(ゐ)
            にて食(しよく)こなれ小 腸(ちやう)の臼(うす)にかけて猶(なほ)
            よくこなし大 腸(ちやう)にいたりては屎(べん)とな
            りて肛(こう)門よりくだる也食をこなす肝(かん)
            と膽(たん)との汁(しる)黄(き)いろなるゆゑ屎(べん)も黄(き)
            色(いろ)なる也○此百ひろは臍(へそ)の脇(わき)より胃(ゐ)
            府(ぶくろ)【腑】の下へ廻りて又 左(ひだり)へ曲(まが)り背 骨(ほね)の
            方へよりて肛(こう)門へつゝきてあるなり
            ○婦人(ふじん)乳汁(ちゝのでる)は右のごとく食のこな
れる精汁(せいじう)が乳糜管(にうびくわん)といひて乳房(ちぶさ)へかよふ管道(くだみち)がありて精汁(せいじふ)
【左丁】
を乳(ちゝ)汁になして児(こ)を養(やしな)は
するなり是(これ)ゆゑに乳(ちゝ)に
なる食(たべ)物わろければ
小児の腹(はら)をそこなふ用心すべし
○婦人 腹(はら)に児(こ)をやどすこと胎内(たいない)にて児(こ)の
育(そだ)つことの訳(わけ)は末(すゑ)にしるす
○脾(ひ)の
臓(ざう)は背
骨(ぼね)の十二 椎(ふし)の
所に在(あり)胃(ゐ)の府(ふくろ)【腑】は
【上段左に脾の図と説明】
○脾(ひ)の臓(ざう)
長五寸
  ふとさ三寸

【右丁】
食のみを納(い)れ脾(ひ)の臓(ざう)は飲物(のむもの)ばかりを納(い)る脾(ひ)は胃袋(ゐぶくろ)より
ちいさしこれゆゑに大酒をすれば脾(ひ)の臓(ざう)に充満(みち)て彭(はら)【膨】張(ふくれ)宿(もち)
酒(こしさけ)脾(ひ)中に腐(くさり)て命をちゞむおそるべしおそるべし〳〵
【上部に心臓の図と説明】
           此 管(くだ)腎(じん)の臓(ざう)へかよふ
          このくだ肝(かん)のざうへかよふ
         この脾のざうへかよふ
  心(しん)の臓(ざう)   ○心(しん)の臓(ざう)は肺(はい)の脇より岐(ふたまた)にわかれてかゝる
        形(かたち)は蓮花(れんげ)の莟(つぼみ)をさかしまになしたるやうな物なり
大 管(くだ)に小枝 図(づ)のごとく在(あり)て○腎(じん)○肝(かん)○脾(ひ)の三 臓(ざう)にかよふ心(しん)の
臓(ざう)は血の袋(ふくろ)也 胃(ゐ)のざうより通(かよ)はす食物の精汁(せいじう)を心の臓
で血に化(な)し皮肉(ひにく)の筋(すぢ)〳〵へ周(めぐ)らして人躰(じんたい)を潤(うるほし)補(おきなふ)が心の臓
【左丁】
の役目(やくめ)也その循(めぐ)る仕懸(しかけ)は心(しん)の臓(ざう)の内(うち)に右室(うしつ)といふがあり動(どう)
血脉(けつみやく)静(せい)血脉といふ二筋(ふたすぢ)ありて肺(はい)の臓の引息(ひくいき)に天地の
気(き)を通(かよ)はす力(ちから)によりて心の臓が強(のび)たり縮(ちゞ)みたり
して動血(どうけつ)静(せい)血の二管(ふたくだ)より諸(しよ)筋へ
血(ち)をかよはし皮肉(ひにく)を潤(うるほ)し養(やしな)ふ
こと玉川上水(たまがはじやうすゐ)があまたの
井戸(ゐど)へ水(みづ)を通(かよは)すが
ごとし○此(この)心(しん)の臓は
胸先(むなさき)の所(ところ)にあり血は一身(いつしん)にかよは
ざる所なくその源(みなもと)は心(しん)の臓(ざう)なり

【右丁】
心(しん)の臓(ざう)から血(ち)のかよひ動(うごく)が脉(みやく)にもうつ也血のめぐる道(みち)は大枝(おほえだ)の
筋(すぢ)に小枝(こえだ)の筋がいくつもありて縦横(じうわう)緻密(こまか)に組合(くみあは)し織成(おりなし)たる
こと老緑瓜(へちま)の皮(かは)のごとし人のからだに筋あるは木草(きくさ)の根(ね)に筋(すじ)
あるがごとし同(おな)じく是 天(てん)の妙工(めうこう)也 病(やまひ)あれば喰(しよく)すゝまず喰すゝま
ざれば血 減(へ)りて痩(やせ)年がよりては血も衰(おとろ)ふゆゑに肉(にく)耗(へり)てやせる
から皮(かは)がたるみて皺(しわ)がよるなり
○腎(じん)の臓(ざう)   ○人の背骨(せぼね)頭(かしら)よりつゞく所三 節(ふし)ありそれは数(かず)
  十三ふし        に入(い)らずして腰(こし)まで廿一節あり【上部に背骨と腎臓の図と説明】
               腎の臓は十四節 目(め)の左右(さゆう)に
あること図(づ)のごとし形(かたち)は豇豆(さゝげ)に似(に)たり在(ある)所(ところ)は心窩(むなさき)と臍(へそ)との中程(なかほど)也
【左丁】
たては三寸 横(よこ)は一寸ばかりの物也 是(これ)に心(しん)の臓(ざう)の動静(どうせい)二血の管(くだ)が
つゞきありて血(ち)を腎(じん)の臓へかけ其血の中に含んである塩気(しほけ)の
渣(かす)を■(こし)分(わけ)て輸屎管(ゆしくわん)といふ管(くだ)におくりて小便(しやうべん)となし小便にこし分
たる純粋(しゆんすゐ)極(ごく)上の血(ち)を動血(とうけつ)静(せい)血の二 脉(みやく)道の管より睾丸(きんたま)袋の
内の二ッの玉(たま)へおくるを玉の内にて精 気(き)の力(ちから)によりて赤(あか)き血を
白(しろ)き淫汁(いんじう)となし精嚢(せいのう)へおくり納(いれ)るこの精嚢(せいのう)といふは淫汁を
入れおく皮袋(かはふくろ)也大さは一寸五六分ばかり太(ふと)さはおや指(ゆび)ほどなる物也
此袋(このふくろ)輸精管(ゆせいくわん)につゞき膀胱(ばうくわう)《割書:くそぶ|くろ》の後より陰茎(いんけう)へつゞき根(ね)もとは
一 筋(すぢ)すゑは二筋にわかれ一すぢは小便をつうじ一(ひと)筋は交接(まいはひ)の時
陰液(いんえき)を漏(もら)すなりこの仕懸(しかけ)女はすこしちがふ末にいふべし

【右丁】
【上部右に肝臓の図】
肝(かん)の臓(ざう)   ○肝の臓(ざう)は肚中(はらのなか)の主君(しゆくん)也と医(ゐ)書にも
       いへり係慮(はかりおもふ)これより出る形(かたち)は左り三ッ葉(は)
       右四ッ葉のたれあう内は彭張(ふくれ)て苦(にが)く黄(き)なる
      液(ねばり)水あり腎(じん)の臓(ざう)のまへ胃(ゐ)の臓にならびて
背骨(せほね)の節(ふし)の九ッ目につきてあり肝癪持(かんしやくもち)じや肝 症(しやう)じや
などゝいはるゝも肝(かん)の臓より出る心なりすこしのことをも怒(いか)り
丁稚(てつち)をぶちのめすも肝の火がたかぶるゆゑ也肝を きも(====)と
訓(よみ)思按(しあん)分別(ふんべつ)みな肝より出る也さるからに腹(ふく)中の主君(しゆくん)又は
将軍とも医書(ゐしよ)にみへたり肝の力強(ちからつよ)きは利口(りこう)弱(よは)きは馬鹿(ばか)也
○膽(たん)は六 腑(ふ)の一ッなり形(かたち)は瓠(ふくべ)を懸(かけ)たるやう也膽は和名(わみやう)を膵([す]ゐ)と
【左丁】
いふ きも(====)とは不訓(よまず)肝膽(かんたん)の二ッは人の心の出所(でどころ)也肝の臓(ざう)に
並(ならび)て在(あ)り膽(たん)の力強(ちからつよき)は潔白(きれい)をこのみ弱(よは)けれは
          穢悪(きたなき)をかまはず
【上部に膽の図】
○膽(たん)の腑(ふ)
【上部に膀胱の図と説明】
        ○背骨(せぼね)の十九
○膀胱(ばうくわう)の腑(ふ)  節(ふし)に在(あり)て大腸(ひやくひろ)に
  《割書:のびたり|ちゞみ》   隣(とな)る腎(じん)の臓(ざう)にて血(ち)を■(こし)分(わけ)
  《割書: たり|  する》    たる塩気(しほけ)のある渣(かす)を輸屎管(ゆしくわん)
といふ管(くだ)より膀胱(はうくわう)の腑(ふ)へおくり入るか溺(しやうべん)になるなり人躰(じんたい)の精(せい)気

【右丁】
【欄外】 手引草 上
強(つよ)ければ膀胱(ばうくわう)の閉実(しまり)よくて溺(しやうべん)のたもちよし精(せい)気 弱(よは)ければしまり弱(よは)く
小便の数(かす)多(おほ)し老(らう)人は精(せい)気よはきゆゑに小便ちかくなる也 病(やまひ)ありて気
不和(くわせざれ)ば膀胱(ばうくわう)の水をたもたず大腸(だいちやう)へおくりやるゆゑ泄瀉(はらくだる)也大 腸(ちやう)は屎袋(くそふくろ)也
老(らう)人大便 秘結(ひけつ)するは長寿のしるし也 志(みたり)【妄】に下剤(くだしぐすり)をもちゆべからず
○臍(へそ)より下を俗(ぞく)には下 腹(はら)といふ此所は気 海(かい)丹田(たんでん)又は神腑(しんふ)とも
いふ腹(ふく)中の神(しん)気をおさめおく所也ゆゑに気 海(かい)とも神腑(しんふ)共いふ
なりこの気海へ一身(いつしん)の神(しん)気を沈(おさめ)おくが長寿 養生(やうじやう)の第一也
猶(なほ)くわしくは養生の条(くだり)にいふべし
○右 腹(ふく)中の事どもは解骵(かいたい)とて人の骵(からだ)を解断(ときほどき)て腑分(ふわけ)をしたる
諸越(もろこし)の書物又は紅毛(おらんだ)の書にある説(せつ)を和解(わげ)したる書に在(ある)を
【左丁】
あつめていふ也 腹中(はらのなか)の機関(からくり)大概(たいがい)は右のごとし猶(なほ)又 記(しる)したき事共あれ
                 と小冊(しやうさつ)には尽(つく)しがたし但し腹(ふく)中は
                 男女(なんによ)かはることなけれども女は子(こ)を
                 妊(はらむ)ことあるゆゑに男とはちがふ仕(し)
                懸(かけ)あり其 訳(わけ)こゝにいふべし是も和(わ)
               漢(かん)の書(しよ)又は紅毛(おらんだ)人の説(せつ)を和解(わげ)し
                たる書(しよ)物にある事なり
                ○そも〳〵女男(めを)の交接(まじはり)をなして子を
               まうけたることは伊弉諾尊(いさなぎのみこと)伊弉諾冊尊(いさなみのみこと)
              より始(はじまり)て女はかならず子(こ)を産(うむ)べきやうに

【右丁】
天(てん)の作(つく)り為(なし)玉ひたること也 然(され)ばこそ日の照(てら)し給ふ所 夷(ゑびす)の国々まで人は
もとより獣(けだもの)までも女に乳(ちゝ)のあるは子を育(そだ)つる為(ため)也○さて男女(なんによ)交接(まじはり)を
なして子(こ)のてきる訳(わけ)は隠門(かくしどころ)の奥(おく)に子宮(しきう)といふ物あり《割書:ぞくに|子つぼ》大さは鶏(にはとり)
卵(のたまご)ほどにて形(かたち)は徳利(とくり)を逆(さかさ)にしたるやうにて口は窄(せま)く底(そこ)は濶(ひろ)く内
には精液(せいえき)とてねば〳〵してよだれのやうなるものが充満(いつはい)あり隠門(かくしどころ)へ
のぞんでをる口は常(つね)にはしつかりと閉(とぢ)てあり又 子宮(しきう)へまとひつきて
卵巣(らんそう)といふそら豆ほどなる小 袋(ぶくろ)がありて腎(じん)の臓(ざう)よりつゞきて
ある動血脉(だうけつみやく)と静血脉(せいけつみやく)とが子宮(しきう)へかよひ子宮(しきう)から小管(こくだ)がわか
れて卵巣(らんそう)のうちへもかの二脉の精液(せいえき)がかよひ弥淪(みち)てある也
婦人(ふじん)に此卵巣あるは男の睾丸(きんたま)
【左丁】
在(ある)に同(おな)じ此(この)仕懸(しかけ)が男(をとこ)と
かはりある所也○さて此 卵(らん)
巣(そう)の小袋(こぶくろ)のうちに大さ飯粒(めしつぶ)
ほどなるもの大抵(たいてい)十八九二十
ばかりあるもの也 是(これ)則(すなはち)天(てん)の
為(なせ)る霊物(れいぶつ)にて人になる卵(たまご)也
女としてこの卵巣(らんそう)のあること
乳房(ちぶさ)のあるがごとししかれば
女は子を妊(はら)むべきはづなるに
夫(おつと)ありても子なき訳(わけ)は次(つぎ)に記(しる)す

【右丁】
○懐妊(くわいにん)する訳(わけ)いかんとなれば阴阳(いんやう)和合(わがふ)感通(かんつう)するの時女の阴精(いんせい)
常(つね)よりも十分(じふぶん)にすゝむ勢(いきほひ)につれてかの子宮(しきう)張(はり)いだし卵巣(らんそう)もそれ
にひかれてすゝみ出(いで)感通(かんつう)至(いた)り極(きはま)る時子宮の口 朝皃(あさがほ)の花(はな)の開(ひら)
くがごとくなる時 男精(いんせい)もおなじく感通いたりきはまり淫汁(いんじふ)を子(し)
宮(きう)の口(くち)へ弾(はじ)き入る時すゝみいでたる卵巣(らんそう)の内(うち)の一卵を子宮(しきう)の
内へ淫汁(いんじふ)とともにはじき入るこゝで阴阳(いんやう)の精気(せいき)よはり一卵を入れ
たる子宮(しきう)の口もとのごとくしまりて子宮(しきう)も卵巣(らんそう)も常の所へしりぞく也
一 卵(らん)子宮に入りてより血(ち)をもつて子宮をとりかこみあたゝめて人になす▲
▲これゆゑに女には
月やくありたね     ○ここに一ッ大せつなる論(ろん)あり○およそ貴(たうとき)も
やどざれば月や      賤(いやしき)も血(ち)すぢじやの御家(おいへ)の胤(たね)じやのと
【左丁】

 もれいづる             いふことは男に在(ある)こと女にはあ
                    づからず但(ただ)し本妻(ほんさい)の産(うみ)
                    たると妾腹(せうふく)との差別(しやべつ)は
                    あれども家の血筋(ちすぢ)と言
             は男(おとこ)の血(ち)すぢを本(もと)とするには和漢(わかん)古今(ここん)の
              令格(れいかく)なりしかるに女に子種(こだね)ありて男に
              子種(こだね)なきを男の血すぢとは何(なに)ゆゑぞ
                と疑(うたが)ひ惑(まど)ふ人あるべし一 応(おう)は然ること
                 ながら然おもふは非(ひがこと)也いかんとなれば
                 女に子種(こだね)ありても其種はいまだ

【右丁】
地(ち)へ蒔(まつ)ざる阴物(いんぶつ)也
しかるに男の
阳精(やうせい)をもつに
右のごとく
子宮(しきう)の地へ蒔(まき)おろし人に
成る肥(こや)しの陽汁(やうじふ)をそゝぎ
かけたるゆゑ其月(そのつき)より月やく
とまり血(ち)をもつて子宮(しきう)をつゝみあたゝ
めて人骵(じんたい)をなし母(はゝ)の神経(しんけい)の管(くだ)子(こ)の
臍(へそ)にかよひ月々に人骵(じんたい)とゝのひ十月(とつき)めに
【左丁】
生(うま)るゝ其(その)始(はじめ)は男(をとこ)が蒔(まき)おろしたる種(たね)也此種にそゝぎそへたる男の陽
汁(じふ)は男の純膵(じゅんすゐ)【粋】なる物也此 陽汁(やうじふ)をそゝぎ入れされば子に成ず
これによりて男の血筋(ちすじ)といひ御 胤(たね)ともいふ也 胤(たね)とは家(いへ)を続(つぐ)の名
なりされば後胤(こういん)といふ○子(こ)をまうけること件(くだん)のごとくなれば妾(せう)を抱(かゝ)
へるには顔(かほ)よりは心(こゝろ)のうつくしきを擇(えら)むべし悪病(あくびやう)は猶更(なほさら)也
○さて人卵(こだね)子宮(しきう)へ入りてより子(こ)の骵(たい)に臍(へそ)まづいできて母の神経(しんけい)子(こ)
の臍(へそ)に通ひて人骵(じんたい)を為(なす)に頭いでき次(つぎ)に鼻(はな)できる此 故(ゆゑ)に第一の先
祖(ぞ)を鼻祖(びそ)といふ子宮(しきう)の胎内(たいない)にある子月〳〵に育(そだつ)に随(したが)ひ子宮(しきう)の
袋(ふくろ)大きくなり十月(とつき)にいたれば子の精気(せいき)十分(じふぶん)にとゝのひ満潮(みちしほ)の時に
随(したが)ひ子宮(しきう)の袋(ふくろ)おのづから破(やぶ)れて安産なし後産(のちざん)もおりて後 子宮(しきう)の

【欄外】 手引草
【右丁】
袋はちり〳〵とちゞみてもとのごとくの子宮(しきう)に成也 胞衣(しんな)のとれたる後(あと)が
臍(へそ)也臍は人になりたる源(みなもと)也○こゝに一ッの話(はなし)あり京山 北越雪譜(ほくえつせつふ)の
実地(じつち)を踏(ふま)ば猶おおもしろきこともあらんと越後(ゑちご)の塩沢宿(しほざはじゆく)の鈴木(すゞき)
牧之(ぼくし)が家に逗留(とうりう)の内 漁師(れうし)をよびて鮭(さけ)のことを問(とひ)し話(はなし)の中
に鮭(さけ)海(うみ)より川にのぼり子をおろす時 女魚(めな)尾(お)さきにてほどよき水(すゐ)
中(ちう)の砂(すな)をかきわけ子(こ)を産(うみ)つくれば一疋(いちひき)の女魚(めな)に二三疋の男魚(をな)つき
そひて女魚(めな)の産(うみ)つけたる子へ男魚 腹(はら)にある白子をひり付
尾(を)さきにて砂をかけて子を埋(うづめ)おく也 明年(あくるとし)の春三月頃にいたり
この子 小鮭(こさけ)となりて海(うみ)へくだる也魚に白子(しらこ)のあるはすべて男魚(おな)
なり白子は子にひり付て育(そだ)つる為の物也と漁師(れうし)いへりこれを
【左丁】
おもへば鮭(さけ)にかきらず何れの魚(うを)にも白子(しらこ)あるゆゑ子を育(そだ)つるは
鮭(さけ)のごとくなるべし魚も人も男の陽精(やうせい)をもつて子の骵(たい)をつくる事
その理(り)一なるは天(てん)の霊工(れいこう)不可思議(ふかしぎ)なりけり
○さて又 妙(めう)なることは魚(うを)はことさらに人の多く喰(たべ)る物ゆゑ一ッひきの
魚(うを)に数万(すまん)の子あり人を養(やしな)ふ五穀(ごこく)は一 粒(りう)の種(たね)より数千粒(すせんりう)を出(いだ)
すこれ又天の妙作(めうさく)なり人も一人より五人十人の子あるべきに嫁(か)
しても五年十年 腹帯(はらおび)しめざる婦人(ふじん)あり妊(はらま)ざる婦人を西土(もろこし)にて
石女(せきぢよ)といふ妊(はらま)ざるに五ッの訳(わけ)あり其一ッは婦人 天稟(うまれつき)て卵巣(らんそう)の袋(ふくろ)に
玉子(たまご)すくなく且又(かつまた)ありても粃(しいな)のみにて人の種(たね)にならず又二ッには夫(をつと)の
精気(せいき)弱(よは)くて玉子を子宮(しきう)へ弾(はじき)入(い)る力(ちから)なくて子をまうけず又三ッ

【右丁】
には陰陽(いんやう)和合(わがふ)感通(かんつう)いたり極(きはま)る時なく又四ッには天質(うまれつき)て子宮(しきう)の口
横(よこ)へゆがみて子種(こだね)を入らざる又五ッには婦人(ふじん)下焦(げせう)に病(やまひ)ありて
人卵(じんらん)子宮(しきう)に入りても腐(くさり)て人 骵(たい)を不成(なさず)婦人に子 無(なき)は大方(おほかた)此五ッに有(あり)
○江戸 京橋(きやうばし)銀座(ぎんざ)一丁目京傳 店(みせ)に男 大腎薬(だいじんやく)女 妊薬(はらみぐすり)懐妊(くわいにん)丹と
いふねり薬あり《割書:一廻り五匁|半才二匁五分》男は六十以上たりとも腎精(じんせい)を増補(ぞうぼ)して
若(わか)からしむ用ひとしるべし女は五十い上たりとも紅潮(つきやく)みる内なら
ば妊(はら)む事 必(かならず)験(しるし)あり能書(のうしよ)に妊(はらむ)しかた記しあり売薬(ばいやく)をこゝに
しるすは利慾(りよく)の為とおもひ給ふべけれど然(さ)にはあらず用ひ
玉ひて安産(あんざん)ありし人 近辺(きんべん)にも度々ありしゆゑ子なき御方用
ひ給ひてその症(しやう)に的中(てきちう)し平産(へいさん)あらば闇夜(あんや)に趙璧(たま)を拾(ひろ)ひ
【左丁】
たるごときの賀(よろこび)あるべしとて筆(ふで)のつひでしるしはべる
○双生(ふたご)といふは陽精(やうせい)人にまさりて強(つよ)く
人卵(じんらん)を二 粒(つぶ)子宮(しきう)へ弾(はじ)き入れ婦人(ふじん)も
神気(じんき)人にまさりて壮健(さうけん)なるゆへ
二粒ながら人になりたる也三ッ
子(ご)も又此ごとし○双子(ふたご)をふ祥(じやう)と
するは非(ひが)こと也 景行天皇(けいこうてんわう)も双生にまし〳〵けり又
双生(ふたご)は先(さき)に生(うま)れたるを弟(をとゝ)となし後(のち)に生れたるを
兄(あに)とすといふは俗説(ぞくせつ)にてその例(れい)物(もの)にみへず
先(さき)なるを兄とすること慥(たしか)なる例(ためし)神代巻(じんだいのまき)にありと静石屋(しづのいはや)といふ

【右丁】
書(しよ)にもいへり変生(へんじやう)男子(なんし)の禁厭(まじなひ)又は胎内(たいない)の子の男女(なんによ)を知(し)る目利(めきゝ)
のことなど末(すゑ)の附録(ふろく)にしるせり
○こゝに又 婦人(ふじん)の心得(こゝろえ)給ふべき事ありおよそ子が胎内(たいない)にあるうち
蹲居(うづくまりゐ)て生(うま)るゝ時子がへりをすると古(ふる)く医書(いしよ)にもありて世間(せけん)の普(あまね)き
説(せつ)なれども産療(さんれう)の名医(めいい)香(か)川 先生(せんせい)年来(ねんらい)数(す)百人の産婦(さんふ)をあつ
かひ経験(ためし)みたるに子 胎内(たいない)にあるは逆(さかさ)になりて居(を)り生(うま)るゝ時は其侭(そのまゝ)
頭(かしら)より生(うま)る子がへりといふはけしてなきこと也と自(みづか)らあらはしたる書(しよ)に
いへり此 説(せつ)蘭書(らんしよ)解骵(かいたい)の説に符合(ふがふ)して古今(こゝん)未発(みはつ)の妙(めう)説なり
と静(しづ)の石屋(いはや)にもみへたり○さておほかたの人おもはんにはよしや
名医(めいい)の説(せつ)なりとも人が逆(さかさ)に育(そだつ)ことがあるものかといはんもさること   
【左丁】
ながら人が人を生(うむ)は天地(てんち)の精(せい)なりおよそ草木(さうもく)の種(たね)を地に蒔(まき)
ばまづ根(ね)ができて二葉(ふたば)を生(しやう)ずるは松(まつ)も梅(うめ)もおなじことなり二葉 出(いで)
てより生(を)ひのびて枝(えだ)をなすこれ地の地の陰(いん)より天の陽(やう)にしたがふ
ゆゑ也人の頭(かしら)は根(ね)也頭いできて手足(てあし)の枝(えだ)を生(しやう)ず是(これ)は半産(はんさん)を
見てたしかなること也 胎中(たいちゆう)に子あるは蒔(まき)おろしたる草木(さうもく)のごとし
頭(かしら)の根(ね)を下にしてさかさま手 足(あし)のできるは天地の気(き)によるの故(ゆゑ)
なりうたがひまどふべからず○又一ッ婦人(ふじん)の心得(こゝろえ)あり懐妊(くわいにん)したる
後(のち)はすべて物(もの)の 怪(あやしき)を見るべからずわろくすると其(その)物 胎内(たいない)の子
に傳象(あやかる)ことあり我(わが)親(した)しき人の娘(むすめ)はら帯(おび)したるのち飼猫(かひねこ)ちい
さき蛇(へび)を咥(くわ)へて座(ざ)しきへ来(きた)りしをみておどろきしが産(うまれ)たる

【欄外】
手引草 上  をはり
【右丁】
男子(なんし)背中(せなか)に蚯蚓(みゝづ)のやうなる赤(あか)き筋(すぢ)ふくれあがりありけりこれ
蛇(へび)にあやかりたる也又一ッこゝろえべきははら帯(おび)をつよく〆(しめ)ざれば
胎内(たいない)にて子そだちすぎて産(さん)のときむづかしといふ説(せつ)あれども
子(こ)は天成(てんせい)にてうまれることゆゑはら帯(おび)しめずとも育(そだ)ちすぎる
ことなしほどよく〆(しめ)て心(こころ)を養(やしな)ふべしと産療(さんれう)要摘(えうてき)といふ書にみえたり
○さて腹中(ふくちう)の機関(からくり)おほかたは右 条々(でう〳〵)のごとし是(これ)みな書(しよ)物(もつ)に
あることにて古人(こじん)の説(せつ)なり養生(やうじやう)するにはまづはらの中のことを
しらずんばあるべからず然(しか)るに養生の書(しよ)あまたあれども
腹(はら)の中(なか)のことをいはざるゆゑ書(かき)加(くわ)へたるははらの中のことを知(し)ら
ずして不養生(ふやうじやう)をする人の為(ため)ぞかし

【左丁 六玉川の歌の扇絵】
【一段目】
山城玉川
駒とめて 猶水かはむ 山吹の 花の露とふ 井出の玉川【注①】
【二段目右】
紀伊(きい)玉川
わすれても くむやしつらん 旅(たび)人の 高野(かうや)のおくの 玉川の水
【二段目左】
武蔵(むさし)玉川
玉川の さらす調衣 さら〳〵に むかしの人の 恋しきやなそ【注②】
【三段目右】
摂津(せつつ)玉川
松風の 音だに秋は さびしきに 衣うつなり 玉川の里【注③】
【三段目左】
陸奥(むつ)玉川
夕(ゆふ)ざれば 汐(しほ)かぜこして みちのくの 野田(のだ)の玉川 ちどりなくなり
【四段目】
たづねこん 野路(のぢ)の玉川 萩うゑて 色なる波に 月やすむらん【注④】
近江(あふみ)玉川

【注① 別歌 蛙なく井手の山ぶきちりにけり花のさかりに逢はましものを】
【注② 別歌 玉川にさらす手作りさらさらになにぞこの児のここだかなしき】
【注③ 別歌 見渡せば波のしがらみかけてけり卯の花咲ける玉川の里】
【注④ 別歌 明日もこむ野路の玉川萩こえていろなる波に月やどりけり】

今井姓■■
  二冊之内

【裏表紙】
今日■■■【赤字】

大久保余丁甼
   一ッ目楧甼
      寺嶋徳三郎

【表紙】
富士川本 ヨ89
【題箋】
《割書:無病|長寿》養生手引草 下之巻

【右丁】
【中段】
無(む)びやう
  長寿(ちやうじゆ)
 やうじやう
  手(て)びき草(ぐさ)
    下の巻
【上段】
九十
  翁
 京山
   著
 一立斎
  広重画
【下段】
美南み
 傳馬弐
  山田
    屋
     梓
【左丁】
【赤印】京都帝国大学図書印   【赤印】富士川游寄贈
【黒丸印】187277 大正7.3.31

 ○長寿養生(ちやうじゆやうじやう)の事●巻下
人の命(いのち)を一年に比喩(たとへ)ていはば生(うま)れて
より廿歳(はたち)までの間(あひだ)は春(はる)也
廿より三十 歳(さい)までは
夏(なつ)なり夏(なつ)の日(ひ)の
長(なが)きあいだに身(み)を
勤(つと)めざれば芸道(げいだう)もならず
立身(りつしん)もならず三十より四十の
間(あひだ)は秋(あき)也 米(こめ)も此比(このころ)実(みの)り人も此
頃(ころ)に至(いた)り心(こころ)次第(しだい)にて家(いへ)を起(おこ)し
【欄外】
手引草

【右丁】
身(み)修(をさま)る聖人(せいじん)の教(をしへ)にも四十五十にして聞(きこ)ゆることなきは以(もつて)おそるゝにたら
ずといへり四十は初老(はつおい)とて精気(せいき)盛(さか)り極(きはま)りて次第(しだい)に元気(げんき)衰(おとろ)へ天地(てんち)の気(き)
候(こう)も陽(やう)おとろへ花(はな)も菊(きく)のみ残(のこ)る四十より五十 迄(まで)が冬(ふゆ)なり冬 深(ふか)くなれ
ば木(こ)の葉(は)落(おち)人も歯(は)がぬけ頭(あたま)に霜(しも)をいたゞく此時(このとき)にいたり霜除(しもよけ)の養生(やうじやう)
をせざれば天寿(てんじゆ)をちゞむ恐(おそ)るべし〳〵○此事 前(まへ)にも言(いひ)しがよく〳〵心(こころ)えべき
ことゆゑ又いふ○今(いま)より百三十 余年(よねん)のむかし世(よ)に名高(なたか)かりし和漢(わかん)博(はく)
達(たつ)の大儒(だいじゆ)貝原(かひばら)篤信(とくしん)先生(せんせい)の養生訓(やうじやうくん)に養生(やうじやう)の要訣(えうけつ)は十一 少(せう)に
在(あり)といへり十一 少(せう)に言一に食(しよく)を少(すくなく)し二に飲(のむもの)を少(すくなく)し三に五味(ごみ)の
飣(さい)を少(すくなく)し四に       ㊁悲(かなし)みを少(すくな)くし九に思(おも)ひをすくなくし
色慾(しきよく)を少し          十に臥(ふす)を少(すくな)くし十一に慾(よく)を少く
【左丁】
五に言(ものいふ)           すㇳとあり○一に食(しよく)を少(すくな)くすとは三 度(ど)の
語(こと)少し          飯(めし)十 分(ぶん)たべず今一ぱいとおもふを半(はん)ぶんにて
六に怒(いか)りを       怺(こら)ゆれば消化(こなれ)はやし○二に飲(のむもの)を少くすとは
少し七に          まづ第一が酒(さけ)也 百薬(ひやくやく)の長(ちやう)といひたるは
憂(うれい)を少(すくなく)し         少(すこ)しくのみて気(き)を養(やしな)ふをいひしなり
八に㊀            好(すき)にまかせて大飲(たいいん)をなせば寿命(じゆみやう)を耗(へらす)
               の大毒薬(だいどくやく)也 上酒(じやうしゆ)を顕微鏡(むしめがね)でみれば
               うへしたよりぐら〳〵わきかへること湯(ゆ)の
               熱(にえ)るがごとし是(これ)米(こめ)の極粋(ごくすゐ)なる熱物(ねつぶつ)
             なるゆゑなり其(その)気(き)猛烈(まうれつ)なるゆゑにのめば

酔(ゑふ)なり酔(ゑふ)は酒毒(しゆどく)に瞑眩(めんけん)するの也しかれども元(もと)が米(こめ)なるゆゑ下戸(げこ)も
さむればもとのごとしかく猛烈(まうれつ)なる熱物(ねつぶつ)をいかに好(すけ)ばとて毎日(まいにち)飲(のめ)ては酒(しゆ)
毒(どく)腹(はら)につもりて命(いのち)をへらすにちがひなし古人(こじん)これを警(いましめ)て酒(さけ)に五損(ごそん)
ありといへり一に命(いのち)を損(そん)じ二に徳(とく)を損じ三に心(こころ)を損じ士四に勤(つとめ)を
損じ五に財(さい)を損ずといへり○さて本文(ほんもん)に飣(さい)を少(すくな)くすとは食好(しよくごのみ)を
するなといふこと也○四に色慾(しきよく)を少(すくな)くすとは房事(ばうじ)を慎(つゝし)めといふ事也
房事(ばうじ)の命(いのち)を削(けづ)ること酒(さけ)に十 倍(ばい)せり前(まへ)にいへるごとく腎(じん)の臓(ざう)は命(いのち)の
根元(こんけん)也 廿歳(はたち)より三十二三までは人の春夏(はるなつ)のはじめ也 井水(ゐすい)も満(みつ)るとき
腎水(じんすゐ)の泉(いづみ)汲(くめ)ばもとのごとく湧(わき)出(いづ)るゆゑ病後(びやうご)はしらず多房(たばう)なりとも
              さのみ命(いのち)は耗(へる)まじけれど四十の初老(はつおひ)の坂(さか)を
【絵の題目・矩形で囲む】
お目かけめみへ
【左丁】
【上部絵中の台詞】
《割書:●むすめ|  〽はい十七で》         のぼり五十 路(とうげ)をこへて少(すくな)くせよといふ色(しき)
《割書: ござりますと|  としを》          慾(よく)を恣(ほしいまゝ)にしひとりならず二人も三人も血(けつ)
《割書:   一ッ|    かくす》         気(き)盛(さか)んの楊貴妃(やうきひ)に精気(せいき)の衰(おとろ)へかゝりたる
     《割書:●おもてづかひの|  女中〽おまへ》  天寿(てんじゆ)の源(みなもと)たる水(みづ)をかはる〴〵汲(くみ)いださせ命(いのち)の池(いけ)
     《割書:     いつ じやへ|》 の枯(かる)るを知(し)らず楽(たのし)みとするは章魚(たこ)がおのれ
              が足(あし)を喰(くら)ふよりも愚(おろか)也 是(これ)を諫(いさ)むれば玄宗(げんさう)の
               御 心(こゝろ)に叶(かな)はず楊貴妃(やうきひ)もいさめる人を憎(にく)み口(くち)
               べにあかき舌(した)にかけていかなる讒言(ざんげん)かするな
               らんとそれもおそろしく千金(せんきん)方丸(はうまる)のみのお手(て)
               医師(いし)もあゝわろいがとおもひながら御酒(ごしゆ)の

【欄外】
手引草 下
【右丁】
お相手(あいて)する也 今(いま)は知(し)らず昔(むかし)は朱門(しゆもん)に此弊(このへい)ありしゆゑ朱(ゆ[ママ])門(もん)に八十九十の
長寿(ちやうじゆ)稀(まれ)也 豈(あに)朱門(しゆもん)のみならんや金家(きんか)にも此弊(このへい)あり命(いのち)惜(をし)くは慎(つゝし)
むべし○五に言語(ものいひ)を少々(すくな)しといふは用(よう)の外(ほか)雑言(むだこと)をべら〳〵ちやべる
なといふこと也 古云(こげん)にも詞(ことば)多(おほ)きは品(しな)すくなしといへり○六に怒(いか)りを
少(すくな)くしとは怒(いかり)は肝(かん)の臓(ざう)より出(いづ)る也 気(き)ちがひも肝火(かんくわ)もゆるゆゑ也 怒(いかり)
は気違(きちがひ)の軽(かろ)き也 少(すくな)しとはなりたけ堪忍(かんにん)せよと也○七に憂(うれひ)を少くし
○八に悲(かなしみ)を少くし○九に思(おも)ひを少くしとは心(こゝろ)のもちやう也たとへば
家(いへ)を烟(けぶり)になして憂(うれ)ひ又は子(こ)を先(さき)だてゝ悲(かなし)みかへらぬことをいつ
までも思(おも)ひなげくな是(これ)みな世(よ)にあるならひにて天命(てんめい)ぞとあき
らめよ気(き)をもみて元気(げんき)を減(へら)すな命(いのち)をちゞむなといふいましめ也
【左丁】
○こゝに一ッの物語(ものがたり)あり沢庵和尚(たくあんおしやう)世(よ)に在(あり)し寛永(くわんえい)の頃(ころ)ある御家(おいへ)の北(きた)
              の方(かた)御 腹(はら)にまうけ給ひたる若君(わかぎみ)七ッになり
              玉ひしに歳(とし)の秋(あき)十日はかりのなやみにて身(み)
             まがり給ひしを北(きた)の方(かた)憂(うれひ)悲(かなしみ)思ひわするゝ隙(ひま)
              なく終(つひ)に病(やまひ)の床(とこ)に臥(ふし)給ひけるに年頃(としごろ)
               帰依(きえ)ありし沢庵(たくあん)一首(いつしゆ)の歌(うた)をおくられ
                たる其(その)歌(うた)に「何事(なにごと)もそれにまかせて
                おく山に心(こゝろ)ばかりはすみ染(ぞめ)の袖(そで)」歌(うた)の
               意(こゝろ)は何事(なにごと)も天命(てんめい)ぞ神仏(かみほとけ)のなし給ふ
              約束(やくそく)ぞとあきらめ給ひ心(こゝろ)をさらりと入れ

【右丁】
加え悟(さと)り給へ心(こゝろ)は山(やま)に入(い)りたる墨染(すみぞめ)の袖(そで)になりしと思ひ給へとの暁(さとし)也
是(これ)所謂(いはゆる)仏法(ぶつほふ)の一第事(いちだいじ)捨心(しやしん)の悟(さと)りなり捨心(しやしん)とは心を捨(すて)ると
いふこと也 北(きた)の方(かた)此(この)短冊(たんざく)を枕(まくら)べの屏風(びやうぶ)に粘(は)りて朝夕(あさゆふ)見(み)給ひしに
歌(うた)に感(かん)じ迷(まよひ)を払(はら)ひ悟(さと)りをひらきて御 病(やまひ)癒(いえ)しと沢庵遺跡(たくあんゐせき)と
いふ書(しよ)にみへたり○十に臥(ふす)を少(すくな)くしとあるはまづ第一(だいゝち)に朝寝(あさね)をながく
するなといふ教(おしえ)也 朝(あさ)は日(ひ)の昇(のぼ)るに随(したが)ひ陽精(やうせい)の盛(さかんなる)時也人は日の陽気(やうき)
をうけて生(いき)てをるに其(その)陽気(やうき)の盛(さかり)なるをうけずして朝寝(あさね)する人を養(やしな)
はんとて照(てら)し給ふ日輪(にちりん)へ対(たい)してももつたいなく且(そのうへ)に陽精(やうせい)を躯(み)にうけ
ざるは大損(だいそん)也 是(これ)多(おほく)は若(わか)き人に在(あ)り明(みん)人(ひと)謝肈淛(しやてうせい)が五雑組(ごさつそ)に
「日午始興鶏鳴始寝(ひるすぎはしめておきにはとりないてはじめていね)《割書:中略》勤以治生者無之(つとめてやうじやうするものはこれなし)
【左丁】
驕奢淫佚反天地(おごりものみもちあしきものてんち)
之性背陰陽之(のせいにそむきいんやうの)                     【図の台詞】
宜莫大不祥焉(よろしきにそむくふしやうこれかのおゝいなるはなし)」                これおきぬか
といへり朝寝(あさね)のわろきを                  今にひる
西土(から)でもかくのごとくいましめたり            めしだは
又は酒宴(しゆえん)に夜(よ)をふかし臥(ふし)て房(ばう)
事(じ)を恣(ほしいまゝ)になし朝寝(あさね)をなし四方(しはう)から
せめつけて命(いのち)をへらすを楽(たのしみ)とするははかに
ぞやつゝしむべしつつしむべし〳〵○十一に慾(よく)を少(すくな)くすと
あり慾(よく)とは万事(ばんじ)にわたる文字(もじ)

【右丁】
にて道(みち)に反(そむ)きてことを望(のぞ)むはみな慾(よく)也 慾(よく)の根(ね)は我欲(わがよく)より起(おこ)る大きく
いへば国(くに)を奪(うばは)んとするも慾(よく)の我(わが)まゝ也 小(ちいさ)くいへばこれを追除(おひのけ)後役(あとやく)にな
らんとするも我侭(わがまま)の慾(ほしいまゝ)【恣ヵ】也よくをかはけば独(ひとり)心(こゝろ)をくるしむ元(げん)気をへらすの
大毒(たいどく)也 慾(よく)を少(すくな)くして命(いのち)を養(やしな)へとの教(をしへ)也此十一 少(せう)の養生(やうじやう)は神医(しんい)孫(そん)思
邈(はく)が千金方(せんきんはう)にも類説(るゐせつ)ありて貝原(かひばら)先生(せんせい)の私説(しせつ)にはあらず此十一 少(せう)を
守(まも)りだにすれば養生(やうじやう)の術(じゆつ)こゝに尽(つき)たれども猶(なほ)又(また)古人(こじん)の名 説(せつ)をいふべし○前(まへ)にも引(ひき)たる五雑組(ござつそ)に「五十の後(のち)妾(てかけ)を置(お[く])べからず六十のゝち
作官(くわんをなす)べからず七十のゝちは名根繋念尽勅断(めいこんけんねんこと〴〵ちよくだん)に与(あた)へて天年(てんねん)を
保(たもち)て可(か)なり」といへり五十になれば命(いのち)の源(みなもと)たる水(みづ)を汲(くみ)いだす妾(てかけ)
を置(おく)なと五雑組(こざつそ)にもいましめたり六十の後(のち)官(くわん)を作(なす)なとは隠(いん)
【左丁】
居せよといふこと也 然(しか)るにおとなしき息子(むすこ)によき娶(よめ)も在に眼鏡(めがね)
をかけて十露盤(そろばん)をとり厚き銭(ぜに)は二文かと爪(つめ)をかけるも風前(ふうぜん)の
燈火(ともしび)無常(むじやう)のおむかひはのがれがたしはやく隠居(いんきよ)して天寿を延(のば)せ
との教(をし)へなりし七十の後は名根繫念尽(めいこんけんねんこと〴〵)く勅断(ちよくだん)の天命にまかせ
与(あた)へて可(おけ)との教なり五十 以上(いじやう)の老人よい〳〵勘弁(かんべん)あるべししかし
仕官(しかん)の人は隠居(いんきよ)のならぬこともあるは論(ろん)のほか也○貴人(きにん)の妾(せう)あるは
好色(こうしよく)にはあらず御 血筋(ちすぢ)の多くあらんため也五十にして御血筋
の御 男子(なんし)あらば五雑組(ござつそ)の説にしたがひて妾をおかず長命をはかるべし
○古人の説(せつ)に養生(やうじやう)の要(かなめ)は自(みづから)欺(あざむ)くを忍ぶにありといへり欺とは真([し]ん)
実(じつ)ならざるをいふ我(わが)心にはわろいと知りつゝ真実(しんじつ)に悪(わろ)いと思(おも)はざるゆゑ
【欄外】
手引草 下  三十二

【右丁】
心で心を欺(あざむ)く也 忍(しの)ぶとは怺(こらえ)るをいふたとへば病 癒(いえ)て肥立(ひだつ)ころ医者(いしや)が房(ばう)
事(し)を禁(きん)じたるに真実(しんじつ)に忍(しの)び怺(こらへ)ざるゆゑ病(やまひ)ぶりかへし戒名(かいみやう)になるも
まゝあること也おそるべし慎(つゝし)むべし○忍(しの)ぶといふは堪忍(かんにん)なり養生(やうじやう)も堪(かん)
忍(にん)にあり飯(めし)の飣(さい)も二度の魚味(さかな)は一度でかんにんなし三合のむ
酒(さけ)も二合でかんにんなし女も月に二度(ど)か三度でかんにんすれば養生(やうじやう)と
なりて精気(せいき)を益(ま)すにちがひなし堪忍(かんにん)は養生(やうじやう)のみにあらず立身(りつしん)する
も金家(きんか)になるもかんにんにあるなり○書経(しよきやう)に曰(いう)「必有忍其乃(かならずしのぶことあればすなはち)
有済(なすことあり)」といへり又「大なる過(あやまち)は須更(ちとのま)の不忍起(しのばさるにおこる)」といへり
○養生(やうじやう)は老人(らうじん)の隠居(いんきよ)たりともすこしは身をはたら
かすべし食後([し]よくご)は猶(なほ)さらなり呂氏春秋(りよししゆんじう)と
【左丁】
いふ西土(もろこし)の古(ふる)き書(しよ)に「流水(りうすい)
不腐(くさらず)戸樞不螻(こすうむしはます)
動也(うこけばなり)形気亦然(けいきもまたしかり)」
といへり形気とは人の
からだのこと也いかさま毎日(まいにち)
あけたてする戸插(とぶくろ)は虫(むし)のくふ
ことなし是(これ)じやからちとは身(み)を
はたらかせ給へ食(しよ[く])よく消化(こなれ)て気(き)
血(けつ)を補(おぎな)ふ蓋(けだし)この教(おし)へは家来(けらい)をめし仕(つか)ふ
人のこと也 下賤(いやしきものは)めしつかひなきゆゑ老(おい)ても身(み)を
【欄外】
手引草  下   三十三

【右丁】
労動(はたらかす)ゆゑ此(この)をしへに及(およば)ず○さて戸の樞(くるゝ)は朝夕(あさゆふ)動(うごく)ゆへに不螻(むしばまず)
といふ説(せつ)につけて一ッの話(はなし)あり京山この書(しよ)の筆(ふで)を採(とり)てゐたるとき
或(ある)大封(たいふう)の君(きみ)に仕(つか)ふる儒官(じゆくわん)訪(たづね)きたり此(この)草稿(したかぎ)をみて謂(いひける)はわが
主人(しゆじん)在国(ざいこく)のとき八十 才(さい)以上(いじやう)の家来(けらい)又は百姓(ひやくしやう)へ物(もの)賜(たま)ひたる
ことありしに九十 以上(いじやう)百を越(こえ)しも百姓(ひやくしやう)にはありつれども家中(かちう)には
なかりけり農夫(のうふ)は常(つね)に美食(びしよく)をなさず身(み)をはたらかすゆへ気血(きけつ)
               めぐりて元気(げんき)を養(やしな)ひ戸樞(こすう)むし
               ばまぬゆゑ長寿(ちやうじゆ)ならんといへり
               とにかく身(み)を働(はたらか)すが養生(やうじやう)なり
              ○さて按(おもふ)に貴人(きにん)たりとも御男子(ごなんし)は
【左丁】
             武芸(ぶげい)はさら也 御身(おんみ)をはたらかせ給ふと
           あれども御婦人(こふじん)は物(もの)かき給ふにさへ人に
            墨(すみ)をすらせ給ふほどなれば御身(おんみ)をはた
             らかせ給ふことおさ〳〵なし夫(それ)ゆゑに御
              膳(ぜん)も御ゆとりにして米(こめ)のあぶらを
               ぬき御 飣(さい)も細(ほそ)くめし上るゆゑ御
                養生(やうじやう)にはなるべけれどなんぞかかつて
                 にて少(すこ)しは御 身(み)の立居(たちゐ)を遊(あそば)し
                気血(きけつ)の潤択(じゆんたく)を量(はかり)給はゞ御長(ごちやう)
               寿(じゆ)の基(もとゐ)たるべし古語(こご)にいはく

【欄外】
手引草  下   三十四
【右丁】
「日月不居人誰得安(じつけつをらずひとたれかやすきことをえん)」といへり
日(ひ)の光(ひか)りも月(つき)の光(ひか)りも休(やす)むことなく万物(ばんもつ)の
為(ため)にてらし玉ふ貴人(きにん)も是(これ)見玉ふべし
○春(はる)は陽気(やうき)発生(はつせい)し草木(さうもく)も若葉(わかば)
萌(もへ)出(いで)人(ひと)も肌膚(はだへ)和(わ)して表気(へうき)開(ひらく)の
時(とき)なり然(しか)るに餘寒(よかん)猶(なほ)烈(はげ)しくして
冬(ふゆ)よりは寒気(かんき)に感(かん)じやすし草木(さうもく)も
餘寒(よかん)にはいたみやすし早春(さうしゆん)にはべつして養生(やうじやう)し
身(み)をつゝしみて陽気(やうき)を助(たす)けめぐらすべし
○夏(なつ)は発生(はつせい)の気(き)いよ〳〵盛(さかり)にして肌膚(はだへ)大にひらき
【左丁】
汗(あせ)もれるゆゑ外邪(ぐわいじや)入(い)りやすし暑(あつ)しとて涼風(すゞかぜ)に久(ひさ)しく
              あたるべからず夏(なつ)は伏陰(ふくいん)とて陰気(いんき)
              かくれて人の腹中(ふくちう)も冷(ひやゝか)なるゆゑ食(しよく)
               物(もつ)消化(こなれ)おそし夏(なつ)腹中(ふくちう)の陽気(やうき)
               なるは掘井戸(ほりゐど)の水 夏(なつ)はひやゝかにて
                 冬(ふゆ)はあたゝかなり腹(はら)のなかも
                 さのごとし冷物(ひやゝかなもの)をたくさんたべる
                はわろし又 冷水(ひやみつ)を度々のむべ
              からず腹(はら)の中 冷(ひえ)るゆゑ温(あたゝかなる)ものを
      食(しよく)して脾胃(ひゐ)をあたゝむべし夏(なつ)ははだへも筋骨(すぢほね)も

【欄外】
手引草   下   三十五
【右丁】
ゆるむ時なれば房事(ばうじ)をつゝしむべし暑中(しよちう)の一度は冬(ふゆ)の三度に
あたる○霍乱(くわくらん)○中暑(ちうしよ)○食傷(しよくしやう)○痢病(りびやう)○瘧(おこり)みな夏(なつ)にあり
暑中(しよちう)は寒中(かんちう)よりも元気(げんき)へりやすし寝冷(ねびえ)といふも夏にあり腹(はら)
の中心ひやゝかなるに暑(あつさ)にまぎれて外よりも腹(はら)をひやすゆゑ臓(ざう)
府(ふ)ちゞみて腹(はら)いたむ也 小児(せうに)もねびへありはらのいたむとてむしと
思ひ苦(にが)き薬(くすり)のますべからず腹(はら)をあたゝめさへすれば臓府(ざうふ)元
のごとくのびて腹(はら)のいたみやむ也○六十を越(こえ)ては瓜(うり)西瓜(すいくわ)を多(おほ)
く食(しよく)すべからずいづれも消化(こなれ)あしき物(もの)也 西瓜(すいくわ)は小便(しやうべん)を通(つう)じ過(すご)し
して精気(せいき)をへらす物也 通(つう)じをつける物ゆゑ西瓜(すいくわ)は西瓜(すいくわ)を天性(てんせい)の白虎湯(ひやくことう)
といふ○秋(あき)の初めは残暑(ざんしよ)いまだ烈(はげ)しければ汗(あせ)いでて肌(はだへ)いまだ堅(かた)
【左丁】
【上部 歌】
 日あたりも        からざるに金気(きんき)たる秋風(あきかぜ)の涼(すずし)きを
  おさねて        心よしとて端居(はしい)をなし月下(げつか)の夜風(よかぜ)
 甘き            に身を冷(ひや)せば元気(げんき)を絶(へら)す大
  西             毒(どく)なり老人(らうじん)はことさらつゝしむ
   瓜             べし病身(びやうしん)の人は残暑(ざんしよ)しり
    哉            ぞきて八月 頃(ごろ)灸治(きうぢ)して陽気(やうき)を
     京水         助(たす)け防(ふせ)ぐべし八月は灸治(きうじ)よくきく
             月也 然(しか)し一度に数(かず)多(おほ)く灸(きう)すべからず
            一所へ廿ばかりを限(かぎ)りとして又すえべし是
           医書(いしよ)の教(をしへ)也○冬(ふゆ)は天地(てんち)の陽気(やうき)閉蔵(とぢかくれ)て
【欄外】
   三十六

【欄外】
   手引草  下   三十六
【右丁】
冬至(とうじ)までは極陰(ごくいん)の時(とき)也 老人(らうじん)の隠居(いんきよ)などは
陰(いん)を護(まも)りて一室(いつしつ)に冬(ふゆ)ごもりをなし身を温(あたゝ)めて寒(かん)
邪(じや)を防(ふせ)ぐべししかし終日(いちにち)衾炉(こたつ)にのみ在(あつ)て
身をあたゝめて過(すぐ)すべからず上気(じやうき)して元気(げんき)を
減(へら)すに至(いた)る酒このむ老人(らうじん)の
寝酒(ねざけ)飲(のむ)は格別(かくべつ)下戸の老人(らうじん)は
夜の四ッを待(また)ずして臥(ふす)べし寒
邪(じや)にいためらるゝは夜(よ)の寒(さむさ)にあり
○冬(ふゆ)は肌(はだへ)寒(さむ)くして腹内(ふくない)温(あたゝか)なること
夏とは反(うらはら)也こたつにあたりて眠(ねむ)るべからず
【左丁】
内外(うちそと)温(あたゝか)なれば五臓(ござう)乾(かは)きて気血(きけつ)を枯(から)し元気(けんき)を
へらす小児(しやうに)もね入(い)らすべからず
○冬至(とうじ)は陰(いん)極(きはま)りて一陽(いちやう)初(はじ)めて来復(らいふく)の時(とき)也 然(しか)れども寒気(かんき)猶(なほ)強(つよ)し寒(かん)
気(き)は来陽(らいやう)の発起(はつき)につれて寒邪(かんしや)人を侵(おか)しやすし用心(ようじん)すべしこの日は
よん処(どころ)なきことにあらずは他行(たぎやう)すべからず古書(こしよ)の教(をしへ)也又 冬至(とうじ)前(まへ)五日
後(のち)十日 房事(ばうじ)をつゝしむべし医書(いしよ)のいましめ也 蓋(けだし)女は多房(たばう)たりとも身(み)
にさはらず遊女(ゆうぢよ)にてしるべしこれには論(ろん)あれど事(こと)長(なが)ければもらしぬ
○十二月は急病(きうびやう)にあらずんば針(はり)も灸(きう)もすべからずこれも医書(いしよ)の戒(いまし)
めなり○中風(ちゆうふう)の病(やまひ)を俗(ぞく)によい〳〵といふ中風(ちゆうふう)は外(そと)の風毒(ふうとく)にあら
ず腹中(はらのなか)の風毒(ふうどく)なり四十を越(こえ)て酒食(しやしよく)房事(ばうじ)のやぶれによりて
【欄外】
手引草

【欄外】
手引草 下  三十七
【右丁】
此病(このやまひ)を生(な)すその根元(こんげん)は酒毒(しゆどく)房損(ばうそん)の為(ため)に元気(げんき)をへらし内熱(ないねつ)生(しやう)
ずるゆゑ内毒(ないどく)生(しやう)じて手足(てあし)ふるへしびれ筋骨(すぢほね)に血気(けつき)めぐらだ【ざヵ】る
ゆゑ立居(たちゐ)心(こころ)にまかせず言語(ものいふこと)も常(つね)のごとくならざるなり此病(このやま)ひ
大かたは四十 以上(いじやう)の男女(なんによ)にあり若(わか)きは必(かなら)ず肥満(ひまん)して虚弱(きよしやく)の人
なり酒毒(しゆどく)房損(ばうそん)にて腹中(ふくちう)乾(かは)き熱(ねつ)して腹中(ふくちう)に風(かぜ)生(しやう)ずる
病(やまひ)なるゆゑに中風(ちゆうふう)とも中気(ちゆうき)ともいふ也 腹(はら)のうち熱(ねつ)して風(ふう)
毒(どく)の生(しやう)ずるは残暑(ざんしよ)甚(はなはだ)しくて久(ひさ)しく雨(あめ)ふらざれば必(かなら)ず大風(たいふう)ふくが
ごとし中気(ちゆうき)は老人(らうじん)の難病(なんびやう)也 初老(はつおひ)の四十からはくれ〴〵も此書(このしよ)の
説(せつ)を守(まも)りて養生(やうじやう)なし百歳(ひやくさい)の寿(じゆ)をも保(たも)ち給ふべし此説(このせつ)は
京山がいふにはあらず皆(みな)古人(こじん)の教(をし)へなり
【左丁】
●此書(このしよ)一へん読(よみ)たるばかりにては心(こゝろ)にはとまらず
くりかへし読(よみ)て養生(ようじやう)の趣(おもむ)きを
弁(わきま)へて守(まも)れば天寿(てんじゆ)を延(のべ)
其(その)身(み)の徳(とく)となるべし
猶(なほ)も記(しる)したきことあれども
小 冊(さつ)なればもらし侍(はべ)る是(これ)より
食(しよく)養生(やうじやう)のあらましをいふべし
是(これ)も医書(いしよ)に見(み)へたる古人(こじん)の説(せつ)也
 ○食(しよく)養生(やうじやう)の事
人は元気(げんき)を天地(てんち)にうけて生(いき)てをれども飲食(のみくひ)

【右丁】
せざれば一日も命(いのち)は保(たも)ち難(がた)し命は元気(げんき)也 飲食(いんしよく)は元気の養(やしなひ)也 飯(めし)と
未醤汁(みそしる)をたべてさへをれば元気(げんき)をやなふにたる物(もの)なれど飲食(いんしよく)は
ひとの六 慾(よく)にて好色(こうしよく)よりも甚(はなはだ)しゆゑに美味(びみ)を恣(ほしいまゝ)になし脾胃(ひゐ)を
やぶりて寿命(じゆみやう)をちゞむ脾胃(ひゐ)は食(しよく)を消化(こな)し人を生(いか)しておく五 臓(ざう)
中の第一(だいゝち)なれば是(これ)を腹中(ふくちゆう)の将軍(しやうぐん)なりと医書(いしよ)にいへり脾胃(ひゐ)
をやぶるは飲食(いんしよく)にあり用心(ようじん)すべし養生(やうじやう)の第(だい)一なり
○むかしの食事(しよくじ)は一日に二 度(ど)なりしこと北条(ほうでう)五代 記(き)にみえたり然(しか)れば
三 度(ど)になりしは三百年いらいのことなるべし今も律宗(りつしう)の僧(そう)の二 食(しき)なるは
むかしの余風(よふう)にや○開巻(はじめ)にしるしたる養生(やうじやう)十一少のうちにも飲食(いんしよく)
を少(すくな)くせよとあり食(しよく)養生(やうじやう)は今一ぱいとおもふを忍(こら)へ少(すこ)し腹(はら)を
【左丁】
すかして置(おけ)ば脾胃(ひゐ)をやしなひ又 食事(しよくじ)するとき空腹(くうふく)にて食(しよく)も
うまく消化(こなれ)やすし老人(らうじん)と小児(こども)は脾胃(ひゐ)の力(ちから)弱(よは)きゆゑたべすぐ
せばこなれあしく寿命(じゆみやう)をへらすなりつゝしむべし
○聖人(せいじん)の教(をしへ)に「飲食為節(いんしよくをせつにせよ)」といへり節(せつ)とは程(ほど)よくといふ
こと也 酒(さけ)も程(ほど)よく飲(のめ)ば百薬(ひやくやく)の長(ちやう)也 花(はな)は半開(はんかい)を看(み)酒(さけ)は微酔(びすゐ)を
楽(たのし)むと古人(こしん)いへりひらき過(すぐ)れば花(はな)ちり飲(のみ)過(すぐ)れば命(いのち)縮(ちぢ)むの禁(いましめ)也
○老人(らうじん)食事(しよくじ)して歯(は)にあはず口(くち)に残(のこ)りたる物(もの)は呑(のむ)べからず吐(はき)いだす
べし強(しゐ)てのめばこなれあしく脾胃(ひゐ)を損(そん)ず又 客(きやく)になりてもいやと思ふ
物(もの)しひてたべべからずいやと思(おも)はゞはじめより箸(はし)を下(つけ)べからず老人
は失礼(しつれい)にあらず礼記(らいき)にも見へたり○老(おい)を養(やしな)ふ食物(しよくもつ)は鰻(うな)
【欄外】
手引草   三十九

【右丁】
鱣(ぎ)にしくはなし千年(せんねん)の昔(むかし)万葉集(まんえふしふ)の歌(うた)にも老(おひ)の薬(くすり)となる
よし賦(よめ)り老人(らうじん)はをり〳〵食(しよく)すべし小児(こども)は虫(むし)を殺(ころ)すの効(こう)あり
○前(まへ)にも図(づ)を出(いだ)していへるごとく物(もの)をたべる咽(のど)と息(いき)をする喉(のど)と
二道(ふたみち)ありて隣合(となりあはせ)の管(くだ)なり息(いき)をする管(くだ)といふこれも のど(====)と訓(よむ)
なり息(いき)をする喉(のど)は常(つね)に口(くち)があいてをり物(もの)をたべる咽(のど)の管(くだ)は食(たべ)
る時ばかり開(ひら)きてたべる時はその管(くだ)気道(きだう)の喉(のど)へひつついてをる
なりこれゆゑに餅(もち)など食道(しよくだう)の咽(のど)へつかゆればその彭張(ふくれ)にて気(き)
道(だう)の喉(のど)つまりて死(し)せし人まゝあり又 物(もの)を吸(すひ)てたべる息(いき)は気道(きだう)
の喉(のど)より出(いづ)るそれゆゑすふ息(いき)強(つよ)ければたべたる物(もの)を気道(きだう)へすひ
こむことあり飯(めし)一粒(ひとつぶ)たりとも気道(きだう)へ入(い)ればむせるか咳(せき)をして吐(はき)
【左丁】
出(いだ)すなり気道(きだう)へは天地(てんち)の気(き)より外(ほか)入(い)れる物(もの)なし
○こゝに一ッ心得(こゝろえ)おくべきことあり今(いま)より三十 年(ねん)ばかり以前(いぜん)京山が
識人(しるひと)某(なにがし)或(ある)御家(おいへ)の用人(ようにん)をつとめて半老(はんらう)の人なりしに蜆汁(しゞめじる)を
たべるとき蜆(しゞめ)の実(み)を吸(すひ)とらんとして引息(ひくいき)を強(つよ)くしたるゆゑにや
小(ちいさ)き蜆(しゞめ)の貝(かひ)の片(かた)われを気道(きだう)へ吸(すひ)いれ咳(せき)をしてもいでず息(いき)に
つれて蜆貝(しゞめかひ)上下(うへした)へうごくゆゑ気道(きだう)の管(くだ)を摺(すり)て気道(きだう)瘇(はれ)ふさがり
て息(いき)もたえ〴〵にて苦痛(くつう)に堪(たえ)ず飲食(いんしよく)不通(ふつう)百薬(ひやくやく)の医療(いれう)
効(しるし)なく十日ばかりくるしみて死(し)するときの遺言(ゆひごん)にこの御 家(いへ)
あらんかぎり上(うへ)〳〵の御 方(かた)〴〵に蜆汁(しゞめじる)上(まい)すときはかならず振(ふり)
蜆(しゞみ)にして奉るべし御 好(このみ)給ふとも売(うら)ごとは奉るべからず我(わが)遺言(ゆひごん)也と申上

【欄外】
手引草  下  四十
【右丁】
よと妻子(さいし)へいひしと其時(そのとき)聞(きけ)り武事(ぶじ)はさら也 文学(ぶんがく)もあり
篤実(とくじつ)なる好人物(よきじんぶつ)なりしに蜆(しゞめ)半貝(はんかい)の為(ため)に五十 年(ねん)の命(いのち)を
うしなひしは可惜(をしむべし)憐(あはれむ)べしと知音(ちいん)の人〴〵いへりけり
○息(いき)をする気道(きだう)の管(くだ)と物(もの)を食(たべ)て腹(はら)へ下(くだ)す管(くだ)と隣(となり)
あはせなるは前(まへ)の図(づ)にいだしたるごとくなれば飲物(のむもの)一露(ひとつゆ)食物(たべるもの)一ㇳ
粒(つぶ)たりとも吸(すひ)こむ息(いき)をつよくすれば深(ふか)く気道(きたう)へ入(い)るゆゑもとへ
かへらず命(いのち)にもかゝはる事(こと)蜆貝(しゞめかひ)のごとしされば何(なに)によらず吸(すひ)
こみてたべるものは必(かなら)ず用心(ようじん)すべし○こゝに又一ッ心得(こゝろえ)置(おく)べき
ことあり一年(ひとゝせ)我(わが)親族(しんぞく)の一子(いつし)七歳(しちさい)の男子(なんし)山王(さんわう)御祭禮(ごさいれい)見(けん)
物(ぶつ)のため前日(ぜんじつ)より母(はゝ)がつれてきたり一宿(いつしく)の夕暮(ゆふぐれ)此(この)童(わらべ)いか
【左丁】
          にやしたりけん銭(ぜに)を呑(のみ)て咽(のと)へつかへひい
          〳〵と啼(なく)わらべの母(はゝ)はさら也 人々(ひと〴〵)うち
          よりて立(たち)さはぎつれどせんすべなし京山
          鉄(てつ)と銅(あかゞね)との銭(せに)を見(み)せていづれをのみし
          やと尋(たづ)ねければ啼(なき)ながら銅(あかゞね)を指(ゆびさ)したる
          ゆゑまづよしとおもひ近所(きんじよ)にて入魂(じゆこん)なりし
          医者(いしや)のかたへはせゆきしか〴〵のよしを
          語(かた)りて療治(れうじ)をこひければ何(なに)やらん
          一種(いつしゆ)の薬(くすり)を袂にしてうち連(つれ)来(きた)り童(わらんべ)
          を仰(あをむか)せむゝろじほどに丸(まろ)めたるものを

【欄外】
手引草   し四十一
【右丁】
湯(ゆ)にてのませければその儘(まゝ)啼(なき)をとゞめ抱(いだき)居(ゐ)たる母(はゝ)をおしのけ立(たち)
たるさま常(つね)のごとく即座(そくざ)の効能(こうのう)奇(き)妙なるゆゑいかなる妙薬(めうやく)
なりやと問(とひ)ければ医師(いし)袂(たもと)より一 種(しや[ゆ?])をいだし妙薬(めうやく)はこれなりと言(いふ)
をみれは常(つね)の和布(わかめ)なり医師 謂(いふ)やう和布(わかめ)を丸(まろめ)て飲(のま)すれば腹(はら)の
熱(ねつ)にてゆでたるやうになやうになりてつかへたる物(もの)にまとひつき小腸(しやうちやう)をめぐり
大腸(たいちやう)にいたり膀胱(ばうくわう)にいたり屎(べん)にまじりて肛門(こうもん)より下(くだ)る也 咽(のど)へつか
へしもの大方(おほかた)かやうなりといへりしかれば和布は貯(たくは)へおくべき物(もの)也
人の心得(こころえ)の為(ため)に記(しる)しぬ○人の食物(しよくもつ)飯(めし)につゞくは酒(さけ)なり少(すこ)しのめ
は百薬(ひやくやく)の長(ちやう)多(おほ)くのめば寿(じゆ)を耗(へら)し身(み)をほろぼす食養生(しよくやうじやう)には
第一(だいいち)に論弁(ろんべん)すべけれどま前(まへ)にもいへば多端(くだ〳〵しく)いはず
【左丁】
 六十七十の人 食後(しよくご)浴(ゆに)いらば食(しよくを)おちつけて入(い)るべし又 食後(しよくご)すぐに
急(いそ)ぎ歩行(あるく)はあしし静(しづか)に身(み)を動(うご)かすは養生(やうじやう)の第一(だいいち)也
○およそ草木(さうもく)をやしなふに養培(こやし)を
すれども分量(ぶんりやう)にすぐれば枯(かれ)ることあり
老人(らうじん)の薬食(くすりぐひ)も又かくのかくのごとし其(その)ほど
らいをはかるべし人参(にんじん)は人の
命(いのち)をすくふ物(もの)なれど用(もち)うる
ぶんりやうに過(すぐ)れば人を殺(ころす)ことあり
○食養生(しよくやうじやう)は八 分(ぶ)に食(たべ)て二 分(ぶ)を
堪忍(かんにん)して腹(はら)に満(みた)すべからず酒(さけ)も十分(じふぶん)なるべからずこれ無病(むびやう)長(ちやう)

【右丁】
【上部図中の台詞】    【本文】
              寿(じゆ)の要(かなめ)なり○児童(こども)もそどくする
               詩経(しきやう)の洪範(こうはん)のへんに人に五ッのとく
《割書:〽われよくわが| こうぜんの》           ある中にて寿(じゆ)を上とするとあり
《割書:きをやしのふ| あへてとふなにをか》        しかれば聖人(せいじん)も長寿(ちやうじゆ)なるをたつとみ
《割書:こうぜんのきといふ| いはくいひがたし》        玉ひし也人は必(かならず)養生(やうじやう)して長寿(ちやうじゆ)を保(たもつ)べし
《割書:〽よし〳〵今日は》        ●是(これ)より末(すへ)には長寿(ちやうじゆ)養生(やうじやう)の秘伝(ひでん)胎内(たいない)
            の男女(なんによ)をしるでん又はへん生(じやう)男子(なんし)の奇術(きじゆつ)を記(しる)せり
              ○長寿養生秘伝(ちやうじゆやうじやうひでん)
《割書:それ| まで》          今より《割書:安政|五午》廿四五年いぜん常州(じやうしう)の人
《割書:  じや》         のうかのいんきよなりとてらくはつの翁(おきな)名


【左丁】
を覚斎(かくさい)といふがはじめて尋(たづね)来(きた)り書画帖(しよぐわでう)をたのみたるゆゑ即座(そくざ)
にしたゝめあたへたるを大に悦(よろこ)びかれ是(これ)物(もの)がたりする口(くち)ぶり少(すこ)しは
文字(もじ)もあるやうすなれば常陸(ひたち)の古跡(こせき)など問(とひ)たる話(はなし)のつひでに翁(おきな)
謂(いひ)けるは養生(やうじやう)するに吸霞(すゐが)の術(じゆつ)といふことありさやうのこと書物(しよもつ)には
みえ申さずやとたづねしゆゑ京山 浅学(せんがく)ゆゑさることは見当(みあた)ざれども
死気(しき)を吐(はい)て生気(せいき)をとり又は日(ひ)を嚥(くらひ)霞(かすみ)を飱(くらふ)といふこと仙家(せんか)の術(じゆつ)なりと
圓機活法(えんぎくわつほふ)の神仙(しんせん)の部(ぶ)にみえたり吸霞(すゐが)の術(じゆつ)とは霞(かすみ)を飱(くらふ)の術(じゆつ)な
らんといひければ翁(おきな)いかにもさやう也今より七 年(ねん)いぜん我(われ)七十一 歳(さい)の時
備前(びぜん)の国(くに)より出たりといふ行脚(あんぎや)の老僧(らうそう)を一宿(いつしゆく)させしにその夜(よ)
大雨(たいう)ふりてあくる日より川留(かはどめ)にて老僧(らうそう)を四日とゞめしうち徳僧(とくそう)なりし

【右丁】
ゆゑ篤(あつ)くもてなしたる礼(れい)とて吸霞(すゐが)の傳(でん)を    ㊁かやうなりしゆゑ
受(うけ)てより今年(ことし)七十八 歳(さい)まで無病(むびやう)にて      其(その)格(かく)に習(なら)ふなり
此度(このたび)も馬(うま)駕篭(かご)にものらず江戸(えど)へ来れり     といへるゆゑ習(なら)ひの
先生(せんせい)も古稀(こき)はえ玉ひしみゆ御 望(のぞみ)ならば           ごとくなし
伝授(でんじゆ)申べしいさゝかたりとも謝物(しやもつ)              ければ
など受(うけ)ん心はさらになし此術(このじゆつ)も              伝授(でんじゆ)は
医療(いれう)に似(に)たることなり医(い)は仁術(じんじゆつ)と           口(くち)にて
申せばいさゝか仁(しん)を施(ほどこ)すの心なりといふ        教(をし)へけり
其(その)人物(じんぶつ)篤実(とくじつ)にして謂(いふ)ところも理(ことはり)なれば其 術(じゆつ)も   謝物(しやもつ)を受(うけ)ず
効(しるし)あらんとおもひ懇望(こんもう)しければ            といへども

【左丁】
さらば明後日(めうごにち)ついでもあれば昼(ひる)の          うちも置(おか)れ
ころ参(まゐ)るべしと約(やく)して帰(かへ)りぬ           ず旅宿(りよしゆく)を
さてその日に聊(いさゝか)もてなしの             尋(たづ)ねて謝(しや)
まうけなどなして待(まち)けるに              礼(れい)をなし
はたして来(きた)りふところより一巻(いつくわん)を出して        さて受(うけ)たる
見よといふゆゑひらきみれば伝授(でんじゆ)を           吸霞(すゐか)の
妄(みだり)に他言(たごん)すまじといふ神文(しんもん)ありて            術(じゆつ)を
傳(でん)をうけたる人〳〵の住所(ぢゆうしよ)姓名(せいめい)をしるして        行(おこな)ひ
花押(かきはん)あり覚斎(かくさい)いはやくかやうにするはこと〴〵しき    見るに
やうなれどもかの旅僧(たびそう)より傳(でん)をうけたるも㊀   元気(げんき)を養(やしな)ふに

【右丁】
効(しるし)あること妙(めう)なりその後(のち)医書(いしよ)の素問(そもん)をみれば粗(ほぼ)此術(このじゆつ)に似(に)たる
ことあり按(あん)ずるに吸霞(すゐか)の術(じゆつ)の根元(こんげん)は素問(そもん)より出たるなるべし板本(はんほん)に
あるを元(もと)とすれば一家(いつか)の秘伝(ひでん)とはいひがたし覚斎(がくさい)世(よ)にあらば論弁(ろんべん)
すべけれど今は世(よ)になしおのれ今(いま)神文(しんもん)に叛(そむい)て此術(このじゆつ)を書(かき)あら
はす神罰(しんばつ)は我(われ)一人に帰(き)すべけれど此書(このしよ)をみて此 術(じゆつ)をおこなひ
養生(やうじやう)に効(しるし)ありて天寿(てんじゆ)を延(のば)す人(ひと)あらば覚斎(がくさい)がいひしごとく
仁(じん)をほどこす一端(いつたん)ともなりなんかしとて書(しよ)にあらはし侍る也けり
   ○吸霞(すゐか)の傳(でん)の循則(しかた)
天気(てんき)晴(はれ)て一点(いつてん)の雲(くも)なく風(かぜ)もなき日(ひ)旭(あさひ)のぼりて四ッ比(ごろ)までの
内(うち)口(くち)を清(きよ)め茶碗(ちやわん)か猪口(ちよく)なりとも清(きよ)めたるに水(みづ)を入(い)れ何(なに)なり
【左丁】
とも人の踏(ふま)ざりし台(だい)めくものへのせたるを身(み)のまへにおき顔(かほ)へ日輪(にちりん)の
光(ひかり)をうけて尻(しり)を居(すゑ)足(あし)をひらきてかの静坐(せいざ)に居(すは)りまづ日輪(にちりん)を
拝(はい)し指(ゆび)を組合(くみあは)せて膝(ひざ)におき目(め)をとぢ小腹(こはら)を張(はり)て気海(きかい)丹田(たんでん)へ
神気(しんき)をよく〳〵おちつけ頥(あご)をさげて息(いき)を細(ほそ)く吐(はき)出(いだ)す是(これ)仙術(せんじゆつ)に
所謂(いはゆる)死気(しき)を吐(はく)なり▲さて顔(かほ)をあげ口(くち)を開(ひら)き大陽(たいやう)のたちのぼる
朝日(あさひ)の光(ひか)りを吸(す)ひ気海(きかい)丹田(たんでん)へ呑(のみ)おさめる心(こころ)もちにして小腹(こはら)へ
力(ちから)を入(い)るべし是(これ)所謂(いはゆる)霞(かすみ)を嚥(くらふ)なりかやうにすること三十 遍(ぺん)以上(いじやう)
心(こころ)にまかすべし前(まへ)におきたる水(みづ)は一ㇳ口(くち)なりとも呑(のむ)べし日(ひ)の陽(やう)に
水(みづ)の陰(いん)を配偶(はいぐう)するゆゑなり天気(てんき)だによければ毎朝(まいてう)行(おこな)ふべし十
度(たび)ほどにいたらば元気(げんき)精健(せいけん)の増(まし)たる効(しるし)をしるべし度重(たびかさ)なれば
【欄外】
          四十五

【右丁】
食(しよく)の消化(こなれ)よくして食(しよく)すゝみ二三 里(り)の道(みち)にはくたびれをおぼへず
物(もの)にたいくつせず常(つね)よりは心(こころ)朗然(ほがらか)なること京山 経験(ためし)見(み)て申ㇲ也
▲右のごとく日(ひ)に水(みづ)を供(くう)ずるはまへにもいへるごとく日陽(にちやう)へ水陰(すゐいん)を
配供(はいきよう)するの心なれば貴人(きにん)はいかやうにもうや〳〵しくなし給ふべしさて
又 軽(かろ)き人(ひと)は住居(すまゐ)によりて日(ひ)の光(ひか)りの十分(じふぶん)に入(い)らざるもあるべし左(さ)
あらば日(ひ)のかげのちかき所(ところ)にて日(ひ)の方(かた)へ対(むか)ひて件(くだん)のことくなすべし
日陽(にちやう)はいづれのくま〴〵にもいたらざる所(ところ)なきゆゑ陽気(やうき)を吸(すふ)はおなじ
事(こと)なりされどたとへていはゞ薬(くすり)の一ばんせんじ二ばんせんじのごとし
    ○益気(えきき)の傳(でん)
これは西土(もろこし)の書物(しよもつ)の《割書:○》傳家宝(でんかほう)に見(み)へたる傳(でん)也 朝(あさ)起(おき)たる時 静(せい)
【左丁】
坐(ざ)し両手(りやうて)を摺(すり)あはしてあたゝめ目(め)を閉(とぢ)て面(かほ)を擦(さす)り目(め)のめぐり耳(みゝ)の
めぐり襟頥(えりあご)のめぐり剃髪(ていはつ)の人は頭(つむり)をもいくたびとなく撫擦(なでさすり)両(りやう)
腕(うで)をもなでおろしさて目(め)をひらけば精神(せいしん)清朗(はつきり)となること即効(そくこう)
あり是(これ)気(き)を益(ます)の良法(りやうほふ)なり朝(あさ)のみにはかぎらず眠気(ねむけ)いくか又は
物(もの)に退屈(たいくつ)して気(き)鬱(うつ)したる時(とき)かやうにすれば元気(げんき)を引(ひき)たつる事
妙(めう)なり此(この)書(しよ)を読(よみ)給ふ御 方(かた)も試(こゝろみ)に目(め)をとぢ目(め)をさすり目(め)をひらき
て見(み)給へ眼力(がんりき)をやしなふ即効(そくこう)をしるべし○又 目(め)のくたびれたる時
栂指(おやゆび)の爪(つめ)の甲(かう)を舌(した)にて舐(ねぶ)り目(め)のまはりを拭(ぬぐ)ふ事二三 度(ど)にいた
れば眼力(かんりき)を強(つよ)くすること妙(めう)なりこれは医書(いしよ)に見(み)へたり
    ○長生壷(ちやうせいこ)

【欄外】
手引草    四十六
【右丁】
六十 以上(いじよう)の老人(らうじん)の小便(しやうべん)ちかきは精気(せいき)衰(おとろ)へ膀胱(はうくわう)のしまり弱(よはく)なり
て久(ひさ)しく保(たもち)かたきゆゑ也 寒夜(かんや)にしば〳〵便(べん)にかよへば老躰(らうたい)に寒気(かんき)を
うけ春(はる)の暖気(だんき)にいたりて病(やまひ)を生(しやう)ずることあり私瓶(しびん)を用(もちゆ)るは底(そこ)
をあらふことならざるゆゑ臭気(しうき)つきてむさし用(もち)ゆべからず之に長生(ちやうせい)
壺(こ)といふは水(みづ)五六 合(がふ)いれても半分(はんぶん)ほどなるべき深(ふか)さの壷(つぼ)めく瀬戸(せと)
物(もの)の内(うち)にも薬(くすり)かゝりたるに蓋(ふた)をかけたるをおとしぶたの箱(はこ)に入(い)れ提(さげ)る
やうにくわんをうち手拭(てぬぐい)ほどのをくわんにとほし持(もち)ありくたよりとも又は
拭(ぬぐ)ふべきためともなし此箱(このはこ)を寝(ね)ながら手(て)のとゞく所(ところ)へおき夜中(やちう)便(べん)
気(き)の時 夜具(やぐ)の内(うち)へひき入(い)れ心よく便(べん)ずべし俗(ぞく)にいへばしみつたれ
なることなれど聖人(せいじん)の詞(ことば)に老(おい)ては筋骨(きんこつ)を以(もつて)礼(れい)と不慮(せず)といへば老(らう)
【左丁】               【長生壺の図と説明】
人(じん)長生壺(ちやうせいこ)を用(もち)うること愧(はづ)べからず人   長生壺(ちやうせいこ) 《割書:箱はかきあはせに| ぬりてきれいに》
笑(わら)ふべからず○因(ちなみに)云(いはく)しびんの雅名(がめい)を         《割書:なすべし》
虎口(ここう)といふ名義(なのよし)は獅子(しゝ)は死(しん)だ肉(にく)を喰(くら)はず
しかるゆゑ虎(とら)獅子(しし)に遇(あへ)ば臥(ふし)て口(くち)をひらき
死(しゝ)たるまねをする獅子(しし)これを見て
死虎(しこ)なりとおもひ開(ひら)きたる口(くち)へ
溺(ゆばり)をなすこれによりて私瓶(しびん)を
虎口(ここう)といふ也 白楽天(はくらくてん)が雪夜(せつや)の詩(し)に
「竹声知(ちくせいゆきを)_レ雪虎口寒(しりてここうさむし)」といふ句(く)
ありしかれば白楽天(はくらくてん)も虎口(ここう)の

【欄外】手引草 下
【右丁】
しびんを用(もち)ひたりと見ゆ老人(らうじん)の長生壺(ちやうせいこ)さらに耻(はづ)べき事
なし老人(らうじん)の父(ちゝ)をもちたる人は長生壺(ちやうせいこ)を作(つく)りて父(ちゝ)をやしなふべし
    ○魔除(まよけ)の禁厭(まじなひ)の呪文(じ[ゆ]もん)
僅(わづか)なることにてもまじなひのしるしあるは奇妙(きめう)不思議(ふしぎ)なる物にて
人知(じんち)をもつては測(はかり)しりがたしそも〳〵禁厭(まじなひ)といふこと神代(じんだい)よりありて
大穴牟遅少名彦名命(おほあなむちすくなひこなのみこと)その法(ほふ)をさだめ玉ひしなり昔(むかし)清輔(きよすけ)
朝臣(あそん)の撰(えら)みたる帒冊子(ふくろさうし)といふ書(しよ)に魔除(まよけ)の誦文(じゆもん)あり「加太(かた)
志也波(しやは)、津可世瀬久理尓(つかせせくりに)、久女流酒(くめるさけ)、手酔足酔(てゑひあしゑひ)、我(われ)
酔仁計理(ゑひにけり)【注】」といふ誦文(じゆもん)なり是(これ)は今(いま)八幡宮(はちまんぐう)とまつりたて
まつる応神天皇(おうじんてんわう)様(さま)須々許里(すすこり)といふ人のたてまつりたる
【左丁】
          御酒(みき)に酔(ゑ)ひ玉ひて坂(さか)を越(こえ)
            玉ふとき大石ありて道(みち)ふさ
           がりたりしを御杖(みつえ)にて大石を
         打玉ひければ其(その)石(いし)走(はし)り避(さけ)て道を
         ひらきたる故事(ふること)也されば此歌(このうた)を誦(たなふ)
          れば八幡宮(はちまんぐう)降臨(かうりん)まし〳〵て守(まも)り
              玉ふゆゑ悪魔(あくま)を払ひ
             途中(とちゆう)の災難(さいなん)はもとより諸(もろ〳〵)
【図中の台詞】      の禍(わざはひ)を遁(のが)ると国学(こくがく)に
  《割書:〽かたしやはつかせゝ|   ぐりにこめる酒》  名高(なだか)き伊勢人(いせのひと)本居大人(もとをりうじ)の


【注 「かたしやは」は「かたしはや」が正。又「つかせせ」は「えかせせ」「えかせに」「わがせせ」等の異文有り。因みに、京都大学附属図書館蔵の袋草紙巻四の「誦文哥」の項に「夜行途中哥 かたしはやつかせゝくりにくめるさけてゝゑひあしゑひわれゑひにけり」と有り】

【右丁】
説(せつ)なり京山 袋冊子(ふくろさうし)を読(よみ)てのち夜行(やかう)などにはかならず
この哥(うた)を誦(とな)へ神霊(しんれい)の加護(かご)ありて不思議(ふしぎ)に災難(さいなん)をのがれ
たるおぼへあり児曹(こども)などには件(くだん)の哥を書(かき)て守袋(まもりぶくろ)に入れ
おくべし是(これ)禁厭(まじなひ)の一ッなり
    ○胎内(たいない)の男女(なんによ)を知る事
男児(をとこのこ)は母(はゝ)の臍(へそ)のかたへ背(せなか)を向(むけ)て左の脇(わき)にあり女 児(こ)は顔(かほ)を母(はゝ)
の臍(へそ)の方へ向(むけ)て右の脇にあり又 男児(をとこのこ)は妊(はら)みてより三《割書:ン》が月たてば
動(うご)く陽(やう)の性(せい)蚤(はや)きゆゑなり女児は五か月にて動(うご)く陰(いん)の性(せい)遅(おそ)
きゆゑなり此うごきやうにても男女(なんによ)を知(し)るべし
    ○変生(へんじやう)男子(なんし)の禁厭(まじなひ)
【左丁】
懐妊(くわいにん)して三が月の間(うち)を始胎(したい)といふ此間(このあひだ)は男女の象形(かたち)いまだ
不定(さだまらず)変生(へんしやう)男子(なんし)の禁厭(まじなひ)又は神仏(しんぶつ)へ男子を祈(いの)るも此三が月の間(うち)
にあり○さてまじなひのしかたは妊婦(にんふ)にしらしめず斧(まさかり)を妊婦(にんふ)の寝(ね)る
所の牀底(ねだのした)に刃(は)を下へむけて浅(あさ)く埋(うづ)め置(おく)べし蓋(けだし)斧(まさかり)のみには限(かぎ)る
べからず大刃(おほば)なる刃(は)物にても可(よ)しこれ是(これ)剛(つよき)物に気類(きるゐ)潜(ひそか)に感通(かんつう)し
て陰(いん)の女を陽(やう)の男に変生(へんしやう)せしむる禁厭(まじなひ)なりかやうにして鶏(にはとり)を
                      《割書: |●火のとまりしより》
試(こゝろみ)しに皆(みな)雄鳥(をとり)となりしとぞ又 碓黄(いわう)を帒(ふくろ)に入(い)れて《割書:●》三が月
の間人にしらさず懐中(くわいちゆう)するも変生男子のまじなひなりと
医書(いしよ)の第一たる本蔵(ほんざう)といふ書(しよ)を作(つく)りたる唐土(もろこし)の人 時珎(じぢん)といふ
が説(せつ)なりとて良安(りやうあん)が三才図会(さんさいづゑ)にいへり

【欄外】
手引草
【右丁】
○右のまじない大 刃(ば)の物を埋(うづ)むは人のすること也 雄黄(いわう)を人にしら
さず懐中(くわいちゆう)するは妊婦(にんふ)みづからする事にてなしやすし御 寝間(ねま)の御奉(ごほう)
公(こう)する女中(ぢよちゆう)は此まじなひをなし給ふべし御男子(ごなんし)あらば其身(そのみ)ばかりに
あらず君(きみ)の御為なり
▲此条々(このでう〳〵)の外に●腹中(ふくちゆう)の事●気(き)養生(やうじやう)●食(しよく)養生(やうじやう)のこと●まじなひの
ことなど猶(なほ)書(かき)のすべき事あまたあれど小 冊(さつ)には尽(つく)しがたくて筆(ふで)を拭(ぬぐひ)ぬ
   ○猶養生の心を
  朝(あさ)な夕(ゆふ)な手ならしながら心してつかへば筆(ふで)も長(なが)き命毛(いのちげ)
   安政五戊午年弥生のはじめの日
      九十翁 山東庵京山 【印 凉仙】
【左丁】
【一列目上段】
○読書丸(どくしよぐわん)  代 百六十四銅
第一きこんの薬腎をとゝのへ眼力をつよくし物
覚をよくすものにくつたくしてしんきつかれたる時
一粒用ひても心さはやかになること用ひて知るべし
大人小児多病にて常によはき人これを用
ゆれば万病をのぞき長寿する仙薬にて五
十年来うりひろめたる寿方なり
【一列目下段】
○《割書:御くすり|おしろい》白牡丹(はくぼたん) 百二十四銅
この品は私みせにておしろいるゐをはじ
めてうり候ときより今に五十年来
ひろめ申候としまの御女中方つけ
給ふうすげせうのおしろいなり御顔のでき
もの又はすこしのきりきずはれ物にはびん
付にねりまぜはり給ふべし妙なり
【二列目上段】
○《割書:男大腎薬|女はらみくすり》懐妊丹(くわいにんたん)《割書:一ざい 五  匁|半ざい 二匁五分》
男はかしらに霜をいたゞくとも是を用ふれば
腎勢わかき人のごとし女は五十い上たり共月やく
見るうちははらむこと妙なり三十年来うり
ひろめ候ゆへ此くすりにてやゝさまもうけ玉ひし
よし御名もきゝたる女中あまたあり
【二列目下段】
○《割書:十三味|薬あらひ粉》水晶粉(すゐしやうふん)《割書:一つゝみ| 百三十二銅》
第一常に用ふればいろを白くし一度用ふればかん
ばせ玉のつやありいかほどのあれしやうにてもおし
ろいよくのりて御かほにつやをいだす・にきび・そば
かす・いぼ・ほくろ・でき物のあとおつる・やけど・切
きず・しもやけによし・近年はいと〳〵かしこき
御あたりにても御つかひ游ばさる所あまたあり
【三列目上段】
《割書:江戸京橋銀座一丁目|東中程》【印 巴山人】《割書:山東|正舗》京屋傳蔵
【三列目下段】
《割書:地本|錦絵》問屋《割書:南伝馬町二丁目西側| 山田屋庄次郎》

【右丁】
【一列目上段】
○《割書:あくぬき|えりおしろい》哥妓香(げいしやかう) 五十六銅
京の釜もとのぱつちりを水にひたしてあくをぬきたる
なりつねのばつちりとはちがひ候ゆへあくをぬくに
およばず・つけてはげず・半えりへうつらず
【一列目下段】
○《割書:大極上|おしろい》雲(くも)の上(うへ)《割書:  六十四銅|いろすりたとふ入》
おしろいは上中下品々ある中にて大極上品をえらみ
匂ひ入りにいたしたる此上なきおしろいなり
【二列目上段】
○《割書:こゑのよく|なる妙薬》初音丸(はつねぐわん) 六十四銅
常に用ふれば声よくなる声をつかふ人用ふれば
こゑのたつ事妙なり又こゑのかれることなし
【二列目下段】
○《割書:小児|薬王》長生丸(ちやうせいぐわん) 一包 百銅
 小児五かんの内いづれの虫気にてもさま〴〵くすり
用ひても治せざるに用ふべしやはらかにむしを
くだしつくして虫の根をたやし長生する妙薬也
【三列目上段】
 近頃(ちかごろ)私(わたくし)同店(どうたな)のやうなるまぎら
はしき名(な)まへあるよし聞(きゝ)つたへ
候へ共 出店(でたな)一切(いつせつ)御座なく候
【三列目下段】
○《割書:むし歯|一付薬》珊瑚砕(さんごさい) 一包 百銅
少しいたみ出したる時用ふれば一付にていたみを治す
度々用ふればむしばの根をたやすこと妙也
【三列目上段】
《割書:江戸京橋|銀座一丁目|東中程》 《割書:山東|正補》 《割書:京屋| 傳蔵| 》
【三列目下段】
《割書:ゑざうし|問屋》 《割書:南伝馬町| 二丁目西側|  山田屋庄次郎》   

【左丁】
【十干の図】
甲(きのへ ) 乙(きのと) 丙(ひのへ) 丁(ひのと ) 戊(つちのへ)
己(つちのと) 庚(かのへ) 辛(かのと) 壬(みづのへ) 癸(みづのと)
【十二支の図】
子(ね) 丑(うし) 寅(とら) 卯(う) 辰(たつ) 巳(み)
午(むま) 未(ひつじ) 申(さる) 酉(とり) 戌(いぬ) 亥(ゐ)
      南伝馬丁二丁目
東都地本錦絵問屋 山田屋庄次郎板 

【見返し】

【裏表紙】

{

"ja":

"(懐中備急)諸国古伝秘方"

]

}

【帙表紙 題箋】
諸国古伝秘方

【帙を開いて伏せた状態】
【帙の裏表紙 文字無し】
【帙の背】
諸国古伝秘方    一冊
【背の下部 資料整理ラベル】
富士川本
 シ
410
【帙の表紙 題箋】
諸国古伝秘方

【表紙 題箋】
《割書:懐中|備急》諸国古伝秘方 全

【資料整理ラベル】
富士川本
 シ
410


邪の人にあたるは。風雨よりもはやし。凡病を
治するは。先其因と証【證】とを明かにしり。因により。証【證】に
より。薬の性味新陳良否を審にして。其方剤を
おもひはかり。規則を因と証【證】とに照応して。薬を
遵用すること。医師の専務たり。されどおほ方の
病者は。かゝる良医に遭ことかたし。都会といへども。
窮子【注】は良医を招こと易からず。況や僻陋の地に
ては。医薬ともに乏し。さて和漢に救急の医書

【注 ぐうじ=困窮している人。】

【蔵書印 上部】
京都
帝国
大学
図書
【同 下部】
富士川游寄贈
【頭部欄外】
185423
大正7.3.31

【右丁】
あれど。或は巻帙おほく。或は漢辞にして。読がたく。
常人の用に不便なり。こゝに於て。可_レ起の病に死するも
おほかりけむ。陸奥国人衣関順庵。深くこれを
嘆し。嘗て四方に蔵たる。古伝遺方を輯。自経験し
其萃を鋟し序を予に問。乃流覧一過するに。
これを懐にせば。都会といへど。僻陋といへど。不虞
の一助たるべし。其済生の意けだし不_レ浅。因て
辞するによしなく。序して言爾。丁丑の小春曽槃

【左丁】
諸国古伝秘方
                  衣関順庵撰著
 ○第一命長く年老るまで目耳丈夫なる神方  出雲国古伝方
御法度を堅く守り毎朝早く起て冷水にてひたひ目のわき目ふた耳のうしろをあらひ
口すゝぎ△生涯守護御神を祭り天気を飲て臍下におさむる事を忘す我家業を
つをめ【注】て怠るべからす世の人々ひま多くあそひかちなれは幸ひ少く命も短し
 ○一切のえやみ《割書:やくびやう|の古名》はやり病をまぬかるゝには 肥後国民間伝方
△第一に、玉はゞき、をくわい中すべし○せつぶんの夜に、菊の枝、ををりたきてかをりをかぎ
あたるべし又、なすびの枝、もよし○正月元日の朝冷水にて、あさのみ、あづき、を十四つぶつゝ丸呑に
すれば一切のやく病を免る妙○はやる時はらんのはを門口にかけ置くべし此方をしらすして

【注 つおむ(強む)の変化した語。】

【右丁】
若やむ人あらば、するめ、をひ火にくべて病人にかますべし又病床の下に、にんにく、を入置べし
又せついんのつほの中にも入おくべしかんびやうする人もくわい中すれはうつることなし○
、えやみくさ《割書:りんどう|の古名》又くりの木の皮、桜の皮、を煎用〇又、ばせを、のね又、みやうが又、き
たきす、《割書:ごばう|の古名》のねのしぼり汁を五六はい用べし○むづかしきねつにはまつば手一そくに切、さ
かきのは年の数入右のせんじ汁にて、からもゝ、《割書:あんず|の古名》しほづけの黒焼を用ゆなき時は梅干
にても吉○夏の土用の内毎朝、はじかみ、《割書:しやうが|の古名》一 ̄ト へき【削ぎ】をちやに入てのめば下りはらをや
む事なし此方をしらずもしはやりやむ人あらば第一せついんを別にして其きをかぐべからす
ひきおこし、《割書:延命草|の事》又こまつなぎ《割書:狼牙草|の事》を煎用ふれはやく病並に下り腹ともならすいゆる事妙
  △小児達者に盛長する 神授古伝方並に△うみつりがさ《割書:はうさう|の古名》
  △のけくさ《割書:はしか|の古名》をかろく免るゝには 伯州米子田代氏一子相伝

【左丁】
小児出生せははやく乳をつくべからず《割書:十二時|過て》母のあらちゝをそのまゝのませて
妙也山中の小児の皆〳〵丈夫なるもこのゆゑなり母のあらちゝをいみきらふは
大きなるあやまりなり世の人々此辱き神授自然古伝方を用ず氏さへ
しれぬうばにちあけと呼て我身よりも、かあいがる小児を病身にしたてゝ
小児医者のすぎはひ【生業】とするはいともおろかならすや○正月元日の朝、あふちの
み《割書:せんだん|の古名》一斤をせんじ其汁を小児にあびせて、かろく免る妙○預防丸方、おほし、《割書:だいわり|の古名》
卅匁、やまひらぎ【山柊】《割書:わうごん|の古名》十五匁、あまき、《割書:かんざう|の古名》五分粉にし、そばのりに丸め当才の小
児三分二才三才は六ふん九分と倍増に用べし稀世の妙方△此等の方を信用せずして
もしめに入んとする時は、牛房、のみを粉にしそくひ【注①】におしませ頭のひよめき【注②】へはりおくべしすでに
目に入たるにも又いらぬ内にもはりおきて妙也又めに入てみえざる時はねずみ

【注① そくひ=ソクイヒ(続飯)の約。飯粒を練って作った糊。】
【注② 新生児の頭蓋の前頭骨と頭頂骨の間がまだ接合していないために、動脈の拍動のたびにひくひく動く頭頂の部分。】

【右丁】
のふんをそくひにまぜ一寸四方の紙にぬりひたひのかみはえぎはをそりてはるべし
又丹しろもの、《割書:はらや|の古名》各等分を粉にしてはこべ、のしほり汁にてねりこよりの先に付
て耳にさし入るべしはこべのなき時はこばかりくだにて鼻へ吹入るべし又、おほかめ、のふん三
匁、きはだ一匁粉にしのりにおしまぜ右の目ならば左の足のひらにはる左ならば右にはるべし
○はしかにはところ【注①】、一升を釜に入十分の水にてたき行水すべし 祖父経験方
  ○婦人なん産を免れ並になんざん産後の治方備中和気氏伝
妊身りん月の初に直にたゝせてこしの辺を見れば、くぼむ処ありそれへ両方十五
壮【注②】づゝ灸すべし此方を用ずに難産にて横ざん【注③】逆産【注④】とも、かまどのやけ土をさけ、にて用
又、きらいし、《割書:うんも|の古名》二匁、かんざけ、にかきたて用又あしの小ゆびの先に灸すべし、へびのぬけが
ら一ツ七月用たる、はすのは、一匁あさの袋に入煎用夫を人にしらすればしるしなし武州

【左丁】
忍領大福寺の安産ぐすりはこれなり○のちざん下らざるには、鼠のふん、を人のしらぬ
やうにそくひに丸めのますべし其侭下る妙又血のぼせのくせ有るものはまへのごとくにして
ひたひにはり置べし○あとはらの痛には、そば、のこをいりさゆにて用○さんごのはれ
には、桃、の花一匁せんじ用○乳汁少き時は、はちのす、黒くなる迄あぶり二匁さけにて用
  △うつなひやみ《割書:ちうぶう|の古名》よい〳〵を免るゝには 雲州松江秦氏伝
毎月の初に男女ともこよりを以て頭のまはりの寸をとり其寸をのどへかけてうしろへま
はしまはしのつくる処の左右のせぼねをはさんで両方二穴に数十壮灸をすべし此方をしら
すもし卒中風とならばはなの下と足のひらに灸をする事数十壮、
とふす、《割書:めうばん|の古名》の粉を
さゆにかきたて用ひ正気になりても半身かなはずは、へびいちご、三匁端午前にとり陰干(かげほし)
、せうが、五分、かんざう、三分せんじ用泉州流木邑民家方又、鳶、の黒やきかんざけ、にて用


【注① ヤマノイモ科の蔓草。薬用。】
【注② 灸をすえる回数、または艾(もぐさ)の分量を数えるのに用いる。】
【注③ 横産(よこざん)=胎児が横位(おうい)の出産。よこご。】
【注④ ぎゃくざん=さかご。】

【右丁】
、しゆろのは、一つかみを一寸に切、かんざう、少し、水一升入五合にせんじ用江州尼寺方○宮田氏
のよい〳〵を、しかの角、黒焼一匁、をけら、きはだ、酒にて炒各二匁、あをかづら、《割書:防巳|の事》【注①】一分をこにしさゆにて用
  △のつかりやまひ《割書:らうがい|の古名》伝尸病を免るゝには大坂梅田常沢氏秘伝
その血脈ありて心にかゝる人はあらかじめやまざるまへに伝尸虫【注②】を退治すべし此方は辱 ̄キ
神方なれば信心して用べし東方をさす、桃の枝、南方をさす、かやの枝、西方をさす、椿
の枝、北方をさすむめの枝、水かげのうつらぬ、くりの枝、日かげの、杉、の枝、さかきの枝、を切
一同に火ばちにくべたき其人を火ばちにまたがせてけぶりをもつてくすぶべし
汗の出るまでくすべて△生涯守護の御神を祭る奇妙の神労なり世の人々
此辱神方を信用せずしてもしらうがいの症とならば医薬針灸の力のみにては
中〳〵しるしなきものなれば第一に蟇目(ひきめ)唯一の神道を祈り行ふ事肝要也○らうがいの

【左丁】
ねあせやまざるに、すつぽん、のはらの黄をはなし酒に一夜ひたしくろやきにし酒にて
用○、青神鳥、《割書:あをぢ|とり》つめ嘴をさりくろやき五分づゝ用○、うなぎ、くろやき十匁、よ
くいにん、炒二匁こにして一匁づゝさゆにて用○からざけ【干鮭】、のかしら一ツに、にんにく、数十を入て
黒やき粉にしてさゆにて用何 ̄レ も妙以上三方は武州葛飾田熊氏秘方
  みだりがさ《割書:らいびやう|の古名》を免れ並に療方 備中玉島江東氏伝
此血すぢあればのがれがたきものなればはやくきざゝざるまへに、せぼね、をはさんて両方
くびすぢ元より一ふしづゝに十九ヶ所に其秋のひがんの中の日に灸する事数百壮
世の人此灸をおこたりてぜん〳〵に顔いろわるくならば、鶴、をくらふへし田熊氏の深秘
なれども誓約をやぶりてしるす酒樽に古酒を一升入て、まむし、のある所におけば
、まむし、酒にゑふてしするものをとりすてゝ、とふしん、と病人のおやゆびと人

【注① 漢名は「防己(ぼうき)。「巳」は誤記ヵ。】
【注② しちゅう=道教で、人の体内に住んでいると説く三匹の虫のことを三尸虫(さんしちゅう)と言い、三虫、ともいう。絶えず人の行動を監視していて、庚申の日の夜には、睡眠中の人の体から抜け出て、その人の罪過の一々を天帝に告げるという。】

【右丁】
さしゆびとにて一そくにきりちやわんに水五はい入三盃にせんじ一日一夜にの
みつくしてのち、まむし、の入るさけをかんをして用べし妙
  △下かん【下疳】さうどく【瘡毒=梅毒】よこね【注①】を免るゝ方並に治方大坂中島平埜氏伝
世に恐るべく止かたき病なれば年若き人々遊女にまじはりて其侭自分の、小便、
にてまめやかもの【注②】をあらふべし生涯さうどくを免るゝ也しかし此方をたのんで数々遊
にふけらば身命を失んなるたけは慎むべし此方を信用せずしてすでに下かんさうどく
よこねとならば、まむし、しかの角、づがに【注③】、各等分黒やき粉にして酒にて用古伝
妙方也男女ともかくれ所の疵は自分の小便にてよく〳〵あらひ、なすび、のへたくろ
やき粉にてつくる妙、生なすび、なき時は、漬茄子、にてもよし以上の方は男女通用名方也
  △あたふれやみ《割書:てんかん|の古名》くるひやまひ《割書:きちがい|の古名》の治方 因州鳥取氏伝

【注① 横根=鼠蹊部のリンパ腺炎。】
【注② 男根。】
【注③ 足に毛の生えている蟹。】

【左丁】
てんかんには、丹、五匁、かんざう、五分こにしのりに丸めさゆにて用又方からす、寒中に
とり爪嘴をさり黒やきを用妙○きちがひには食事をたゝせて五六日もおけばおほ
かたは正気になるもの也第一の妙方也○かまどのやけ土、いかにもふるき程吉百草【艸】
霜【注④】、各等分水にてせんじ其うはずみをのますべし○、人ふん、をひそかに黒焼さけにて用妙
  △はらふくりやみ《割書:ちやうまん|の古名》の治方には 芸州広島民間方
、ひさご、の青きをとり土をぬり黒焼みばかりこにしさゆにて用○、くれのおも、《割書:ういきやう|の古名》五
匁、だい〳〵の皮三匁こにして用○、かつらこ、《割書:かるいし|の古名》こにして用ゆれば、おなら多く出ていゆる妙
  △しりがさ【注⑤】《割書:ぢばす|の古名》並にだつこうの療方には 伊勢山田足代家伝
、あをき、のは卅枚、しきみ、のは同どくだみ、のは六十枚水二升入五勺にせんじつめわたにひ
たし一切の痔病に付て妙 江州膳所山田氏秘方、さしさば、の黒焼さゆにて用

【注④ 薬種を黒焼にしたもの。】
【注⑤ 尻瘡=尻にできた腫物。】

【右丁】
又付ても吉だつこうには、なめくじ、ごま油にひたし土中に埋め置ば水になるを付る妙一切の痔
によし此△印のある病は世にむづかしくいえかぬるが故に僕之更心を用ひ広く執
行して発明の治方あれども筆にのべがたければ古伝信用の人は私宅へ御出可被成候
  ○一切の邪祟たゝり狐狸の類を放しいやす古伝並に灸方豊後香月氏伝
△第一に、玉はゝき、をたきかますべし一切の邪祟り狐狸の類か何れともしれぬ病ならば
者、の枝に年久しく落ずにある、くろもゝ、をとりこにし酒にて用黒桃、のなき時は病人の手
足のおやゆびの爪のはえぎはとにくとをはさむ図のごとしよくいとを以ておやゆびをしばり一同に
     手足八ヶ所に七壮づゝ灸すべし一ヶ所にてもさきにしては効なし一同に灸すれば狐
     狸死りやういきりやうの類なれば其名をなのりて立去也狐狸の類なれば大指を
かくして誤るもの也其外邪祟かまいたち犬神の類は、すひばな、《割書:すひかづら|の古名》、けいとう、の花せんじ用

【左丁】
  ○わる酒をやめさせて下戸にする名方  奥州仙台石川氏伝
いきたる、うなぎ、を酒の中に入てふたをしておけば、うなぎ、ゑふてたわいなし其
、うなぎ、をすてゝあとの酒をのますべし○馬のあせをとり酒の中へ入のませてよし
  ○かみなりにうたれ死したるをすくふには 長崎松尾氏伝
かみなりにうたれて死したるものは其人の足のひらに、みゝず、をすりつぶし
厚くぬり又へそのまはりへもぬりて高声に其人の名を呼べし又いきたる、ふな、を
とらへて胸のみづおちにをどらすべし世の人此方をしらず捨置くはなげかはしき事也
  ○一切のとんしそつたう第一気付の名方 筑前博多松本氏伝
第一病人の手の中指をまげて其さきのあたる所に灸すべし又足の大ゆびの爪
ぎはに灸すべし○松のみどり、を手にてよく〳〵もみ冷水に入其油ぎつたる所を口中に

【右丁】
入べし何もなき途中ならばくだにていきを口に吹入るべし○つよく歯をくひしばる
ものはおくばの方よりくすりをつぎ入てよしと兼て心得べし◯はやうちかた【注①】には
するめをせんじのませ又あらふべし又、つしたま、《割書:よくいにん|の古名》を丸ながらのむべし
  ○やまいぬにかまれたるには     羽州米沢米屋伝
あづき、をかみくだき疵口に付冷水にても用べし○ひきがへる、の黒焼さゆにて用
○人ふんをぬりて灸すべし○鼠のふんの丸く大きなるを、黒砂糖、にてとき疵口に付て妙
  ○ねずみねこにかまれたるには    石州津和埜山口氏伝
ねずみには猫の毛、を黒焼にしてむり付べし又、みそはぎ、のはをせんじあらふもよし
、なまぶな、をすりつぶし付てよし又、南天、のはをもみ付てよし○ねこには、ぎん
なん、をつきくだきてつくべし又、薄か【ハッカ】、をせんじあらふもよし

【注① 早打肩=急に肩が充血して激しい痛みを感じ、動悸が高まって卒倒・気絶する病気。】

【左丁】
  馬牛猪狼の類にかまれたるには      若州山家伝
猪の牙にかけられたるには、あゆ、のすしをかみくだき疵口に入て妙○馬にはなま
くり、をかみ付べし○牛には、いぬしり草【艸】、をすり付べし○狼には、白ゆりのね、黒焼七匁五分
、松栗、五匁、極上いわう、三匁こにしごまの油にてねり疵口の廻りに付る妙一切獣虫毒に吉
  ○まむしはちむかでの類のさしたるには    或侯の御伝
まむしのさしたるには、はみくさ、《割書:つゆくさ|の古名》をもみ付てよし又くもをすりつぶし付てよし
又、くし柿、を付てよし又、あかざ、をもみ付て妙○はちのさしたるには、なるはじかみ【注②】、
《割書:さんしやう|の古名》の実と皮を付てよし、又、しほ、又、たでのは、も付てよし○むかでのさしたるには
鶏のたまごをつぶし付てよし○さしたるむかでをすぐにころし付てよし
  ○一切の食傷ものあたり医者倒しの神方 丹波神戸民間方

【注② 朝倉山椒の異名。】

【右丁】
第一に何にても食傷したると思ふものを其侭黒焼にしのむべしあたる物を吐瀉して
いゆる妙又何ともしれずくるしむものは、あつゆに塩を入て五六はい用れば其侭吐ていゆる
くすしのこぬ間にいゆる故に民家にていしやだふしといふ古伝妙方○地にある、ひるも【蛭藻】、を
陰干煎用○、桜の古き皮、黒焼さゆにて用○そばにあたらば、あらめ、を煎用べし
  一切のきのこたけのこ類にあたりたるには   山城宇治伴氏伝
、竹の皮、をざは〳〵とせんじ用○、紺屋のあゐ汁、をのむべし○、明ばん、茶、各等分煎用妙
  ○一切の魚毒にあたりたるには       奥州岩沼石川氏伝
しいたけ、又、かやのみ、をあつゆにふり出し用○、くちなし、又、ちんぴ、ふり出し用○、ふく、ならば
、南天の葉、もみしぼり汁を茶わんに一はい用又しやうなうをあつゆにて用又紺
屋の、あゐ汁、もよし○たこするめにあたらば、生くり、を五ツくはすべし妙

【左丁】
  ○酒毒にあたり並に二日ゑひには      摂州池田民間方
藤の花○茄子の花○くずの花根もよし○黒まめ○けんぽなし【玄圃梨】何も煎用○生大根の汁も妙
  ○うるしにかぶれたるには         奥州会津里人伝
さはがに、すりつぶし付てよし又、やまじほ、《割書:えんせう|の古名》あつゆに入て度々あらひてよし○うるし
にまけやすき人はさんせうのせんじ汁にて面手胸をあらひ【ママ】
ばうつることなし
  ○一切の薬毒にあたりくるしむには     肥前島原村中氏伝
、黒まめ、やへなり【注①】、かんざう、何も等分せんじ用○、すきとうさ、《割書:白ばん|の古名》一匁茶にて用○、けい
ふん、なげこみ、を用て後其毒惣身にのこりて何ともしれがたくわづらふには炒たる
、黒豆三合、を酒一升の中に入れ気のもれぬやうに器をよくふうじて二日二夜にて取出し
、さけ、と、豆、とを分て、酒、を用る時、さんせう、三粒を丸のみにすべし豆はくらふべし少しゑふほど

【注① 緑豆、ぶんどうともいう。】

【右丁】
よし其後の小便をとりて見るに、けいふん、毒あれは、けいふん、其侭小便よりいづる妙方也
  ○寒中こゞえ死ぬるをすくふ神方      越之山中古伝方
すみ火をおこしきんをあたゝむるにやはらかにのびたるものはすくふべし、そばの粉、をあつ
湯にかきたてうすがゆの如くして、少しづゝのますべし寒中冬旅には、そばこ、をくわい中すべし
  ○くわくらん並に暑気あたりには      播州明石農家方
かべ土、の上をけづりすてゝ中の処をとりあつゆに入すましてうはずみを用て妙○丹波
の人、ほうづき、をくわい中すればくわくらんを防て暑邪にあたらずといふ○桃のは、
たでのは、しほ、を入せんじぎやうずゐすべし○小むぎから、をせんじ用○大同類聚
方に、すべりびゆ、をのきの下につるしおけば暑邪の入る事なしと見えたり
  ○こひ【注①】《割書:のどけ【注②】|の古名》の水薬口に入らず危きには            長州下関殿峰伝

【注① 喉痺。「こうひ」・「こうひい」とも言う。喉が腫れて痛む病気。】
【注② 喉気=のどの内部が腫れて、飲食や呼吸のときにひどく痛み苦しむ病気。】

【左丁】
、さいかち、のとげ又、ちさの根、又、ふるわらび、梅ぼし、何れも黒焼こにしくたにてのどへ吹
入るべし○、三里【注③】、に灸するもよし○手の大ゆびの爪ぎはより血をとりてよし
  ○咽に魚の骨の立さしてくるしむには    播州兵庫木又伝
、つめ、をけづり冷水にてのむべし○、南天、の葉をせんじ用○、みかん、の青きを丸ながら黒
焼にしくだにて吹入るべし何にても咽にふさがるに吹入て妙《割書:、みかん、なき所ならばから|たちの青きもよし》一子相伝秘方
  ○銭金碁石並にもちの類咽に塞りくるしむには村中氏極秘方
、あめ、を多くくはせて、妙也又、ふのり、を呑てよし又、油、と、醋、とを呑てよし○、青みかん、の
なき時は、みかん、又、ちんぴ、にても黒やき吹入るべし○、餅、の類ならば、醋、か、大こん、の絞汁呑てよし
  ○一切のとげふみぬきの類には      尾州中村民間方
、ばせを、の葉を黒焼にして酒にてゑふ程用一夜の内にぬける奇妙一切のとげ抜に吉

【注③ 灸・鍼のつぼの一。膝頭の下の少しくぼんだ所。】







【右丁】
○、はい、をすりつぶし付てよし、蠅、なければ、やき塩、をそくひにおしまぜつくべし○、甘草【艸】、
、かつをぶし、ねり付べし○鉄矢の根の類ならば、鼠のふん大、はらや【注①】少、そくひにねり付て妙
  ○金瘡血どめのはやわざには      信玄公伝杉本氏家伝
第一に疵口に、小便、をしかけて紙をもみ付置べし破傷風になる事なし◯又、山吹、
の葉又花もみ付てよし○あさりを焼付て吉○、きはだ、のこも吉○、青木、の葉の
すりつぶし其汁を奉書の紙にひたす事三べんほしてくわい中すべし○大きず
にて血とまらずは、酒、か、しやうちう、にて洗ひ黒気付をもち
ゆべし《割書:方は跡に|出す》
  ○打身くぢきふみかへしの類には      米沢竹股家伝方
、かうほね、一斤、赤さゝき、半斤、あかざ、五匁粉にしかん酒にて用是を竹のまたのあ
いすといふ此薬もなき時は、水仙、の根の玉をすりつぶし紙をもみてぬり痛所にはる妙

【注① はらや=水銀粉に明礬塩を和して製した白紛(おしろい)。】

【左丁】
○、柳、のはをすりつぶし、うとんこ、醋、少し入ねり痛む所に付る妙○、いかのかう、石灰、くすのこ、
各等分のりに丸め一匁を酒にて用年久しき打身によし瘀血小便より下る妙
  ○一切のやけどのけがには        肥後専念寺家方
、きはだのこ、大、おしろい、三分一、たまご、の白みにてとき付るにあとなくいゆる妙○、ねぎ、
の白根又、たまご、何もすり付てよし○、わら、をにてあつゆをしきりにつけて妙
  ○一切のうち目つき目並にはやり目には   芸州沼田里人伝
、からもゝ、《割書:あんず|の古名》のさね○、めうが、の根○、水仙、の根何もすりつぶし乳にてときさ
すべし○はやり目には三才ならざる小児の小便にて洗ふべし最上の妙方也
  ○水におぼれて死たるをすくふ方    駿州大井川民間秘方
、にはとりのとさか、の血をとりて水にて用其侭よみがへる妙○又きせるのらうの

【右丁】
長きものにてがんくびを口にくはへてすひ口をしりの穴にさし、たばこ、のけぶりを
吹入る事口より煙の出る迄入るべし○とんしの灸もすべし此方は前に出せり
  ○くびれて死たるをすくふには       武州埼玉里民伝
くびれたる縄を切るべからず縄をきればよみがへらざるものなれば其侭そろり
とおろし足の土ふまずに灸する事数十壮又、うつばり、のちりをさゆにて用
  ○頭の痛み並に耳の痛み又耳に虫の入るには 大和郡山羽栗氏伝
、やまもゝ、のかはを粉にしてくだにてはなへ吹入るべし○、大根の絞り汁、をはなへ入るべし
片頭つうにもよし○耳の痛には、ごまめ、の黒焼のりにおしまぜ耳のうしろへはるべし
○虫の入るには、ごまの油、又、ねぎ、の絞り汁を入れば出る妙虫すでに耳の内にて死したるには
、桃、の、やに、をこよりの先へ付て耳の中へ入れば虫こよりに付けて出ると大同類聚方に見えたり

【左丁】
  ○一切の目のいたみたへがたく風眼【注①】ともに  家伝経験方
、せいたい、《割書:青黛【注②】|の事》、やましほ、《割書:えんせう|の古名》各大、めくさ、《割書:薄荷|の古名》、ひきのひたひ、《割書:細辛|の古名》各中、粉にし
病人に水をふくませてはなへ吹入るべし一切の頭痛によし○二の腕に虫歯の張り薬をつくべし
痛むめは大切なりさし薬はわるし早く痛をさらざればつぶるゝもの也△世に盲人の多きは風眼
痘病疳虫の療治あしき故なればたとへとし久しく共よく療治さへすれば再ひ明(あきら)かに成るもの也
  ○むしくひ歯のいたみには        野州壬生勾坂氏伝
、にんにく、をすり、はらや、少入ねり二腕につくれば其処ふくれ水出ていゆる妙○はれ痛む
者には、ふしの粉、大、やきしほ、少、さんせう、少きれに包ていたむ歯にてかみしむれば虫出て
痛やむ妙○、せうちう、にて口すゝぎ又ふくみてもよし○かみなりのおちたる処の木を
とりいたむ歯にかみしめて妙 箱根山中輿夫伝なり

【注① ふうがん=淋菌が目に入って起る膿漏性結膜炎の俗称。】
【注② 青黒色の眉墨。】

【右丁】
  ○一切の舌病舌疽の痛には        奥州会津安田氏伝
、ひろめ、《割書:こんぶ|の古名》、ふゆとち、《割書:わうれん|の古名》各一匁、川ちさ、二匁各黒やきにして舌上につくる古伝、妙方
  ○一切の手足の指の痛並にへうそ【注】には 備前岡山小田氏伝
、どぢやう、の黒やき、ごまの油、にてときつく妙○、ほたる、すりつくる夏の中にとりおくべし
  ○一切の腫物並によう【癰】てう【疔】外科ころしの古伝方 長崎斎藤氏伝
、いぬさんせうのみ、なき時は葉をすりつぶし醋にてときぬる○、すひかづら、の黒焼そくひに
おしまぜ付る○、あづき、のこをはこべのしぼり汁にてとき付る○、あかめがしはのは、三匁、すひか
づら、一匁、あけびかづら、一匁を煎用ひ、白なたまめ、の黒焼こまの油にてときつけて妙
  ○惣身のいたみ並に痛風には        米沢某氏家伝
つうふうにてたへがたく痛には、牛の歯、と、もち、とを黒焼にして用妙○惣身何処にても

【注 瘭疽】

【左丁】
痛みはれねつするものは、きはだのこ、小麦、のこ各一匁、くちなし、皮をさり実はかり五ツ、たまご、
一ツすりつぶしねりていたむ処に付て妙岩間氏家方名高し○もろ〳〵のいたみ或はうち
身かつけともに、あかまつ、のしんなければ、松ば、にてもよしすり、酒、と、のり、を入付て妙
  ○はゞきがさ《割書:がんがさ|の古名》のいえかぬるには      駿府民間伝
、なうぜんかづら、をせんじ其汁にてあらふ妙○、小麦から、あかにし、各黒やきとうぶんごま
の油にてとき付て妙○、しほ、にてよく〳〵あらひ、すひかづら、こにし、はらや、少入付て妙
  ○はたけがさ《割書:しつひぜん|の古名》にうつらぬ方並に治方   仙台真幡氏伝
、さんせう、のせんじ汁にて手をあらへばうつらず又わんの糸尻を糸にてむすんで常に
つかへはうつる事なし◯早くいやせばわるしなるたけつけぐすりをせぬがよし外へおひ
出していやすには、ねずみ、又、きつね、をくらふべし内へおひこんでくるしむには、ふきの

【右丁】
根、又、うしのふん、もよし○、むぎもやし、大、あづき、中、よもぎ、少せんじ茶のごとく用ゆべし
  ○男女一切むししやく胸虫の痛には    武州栗橋太田氏伝
、いぼた、の木細にきざみ大、くらゝ、《割書:苦辛|の事》、ひきおこし、《割書:延命草|の事》せんじ用れば五積六聚とも妙也
○、きはだ、又、おもと、黒やき炒其侭三色を粉にして用妙○胸虫には、南天のは、かげ
ぼし、す、さけ、各半にして一日に四五匁用○おもとのねを粉にしのりに丸め一二粒ツゝのむ妙
  ○こひけやみ《割書:うつけ|の古名》のくるしみには      京都和田氏伝
、はまあかな【注①】、《割書:柴胡|の古名》十匁、はりすひ【針吸】石、《割書:磁石|の事》一匁やき丸め用○せなかの十四に灸すべし
くるしむには、くはのしろね、《割書:桑 白皮|の古名》、からはじかみ、《割書:呉茱萸|の古名》各等分にせんじ用○、牛ふん、も吉
  ○あたはらやまひ【注②】《割書:疝気|の古名》寸白【注③】の痛には  京都柚木氏伝
、おとぎりさう、のは土用にとりきざみ八分ツゝ用○、だい〳〵、又、かやのみ、せんし用○、たばこ、の

【注① 浜赤菜=三島柴胡の古名。】
【注② あたばらやまひ=発作的に起こる腹痛。】
【注③ すんぱく。或はすんばく。条虫などの寄生虫。またその虫によって起こる下腹部の痛む病気。】

【左丁】
黒やき、たまこ、のしろみ、醋、少のりにてねり痛処へ付て妙一切の疝気寸白の痛に付てよし
  ○えちやまひ《割書:ぎやく|おこりの古名》のきりくすりには    豆州三島伝方
、からし、をすりなべずみ少入頭のをどりへはるべし○、くさぎのあまはだ、一匁、さんせう、十
二つぶせんじ用○をもと、のねをすりのりにまぜて足のひらにはる妙
  ○はなぢやまざるに一切諸出血の治方     或侯之御伝
はな血の出る方のきんをつよくにぎるへし○、にんにく、を出る方の足のひらにはるべし○、まつ
ほど、【注④】《割書:茯苓|の古名》一匁にすな《割書:辰砂|の古名》五分、くづのこ、三匁粉にし少許を舌上におけばやむ妙○一切の
出血金瘡産後多く出て落いらんとするに、鹿の角、黒焼さゆにて用黒気付と云名方也
  ○引かぜ早さましの方並下血吐血の名方   三州烏栄山人伝
、柳の皮、きざみ、しやうが、少入せんじ用又、桜の皮、もよし早ざましの妙方わるねつとなる事

【注④ 松の根に寄生する菌類の名。漢方薬として用いられる。】

【右丁】
なし○、梅ぼし、の黒焼をさゆにて用汗出てさむる妙下血吐血にもよし
  ○しばゆばりやみ《割書:りんびやう|の古名》せうかちには   賀州金沢安達氏伝
、はすのは、かげぼしの黒焼五分をかん酒にて用妙○、しゆろ、の皮黒焼かん酒にて酔程用妙
  △小児かたかひ《割書:五かん|の古名》すくもたひ《割書:驚風|の古名》を防並治方  古伝経験方
小児乳ばかりのむ内に大便の色青くならば虫のきざしなれば後方を用て妙いろ〳〵あま
きものをくわすれば虫のわき出る事 菓(くだもの)の中に虫のある外よりしれざるが如しされど
よくねいりたる時に手指にてしづかにはらをおさへさぐり見るにすぢばり又へそのまはりに
ごろつきあらば虫の出るしるしなれば早くやまざるまへに、海人草【艸】、《割書:まくり|の古名》二匁、蒲黄、三分
、大黄、五分、甘草【艸】、一分をせんじ用れば一切の病患を免る此方を怠り用ずもし五かん驚風
になりたるにも用て妙○、水仙、のねの玉をすり又、燕のふん、を生と炒、と各等分のりに

【左丁】
まぜ何も足のひらにはるべしひきつける事なし妙○、積雪草【艸】《割書:かきどうし|の事》蕺菜《割書:どくだみ|の事》等分せんじ用
  ○あかほうしくさ《割書:はしりくさ|の古名》並に舌しとき夜啼には  相州民間古伝方
、あつき、を粉にしたまごの白味にてねりつく妙○〽朝日さすかふかの森のさしもぐさねを
かりければうらはちり〳〵と三べんよんでいきをふきかくべし○舌しときには、楓、《割書:もみぢ|の事》の
はを黒やきつける妙又天南星【注①】、を酢にてねり足のひらにはる妙○夜啼には〽よなき
すと只もり立よ末の世に清くさかふる事もこそあれと書紙に包て上に寿字をかきはる
  ○婦人産前後血の道血かた【注②】並に長血白血の治方  大坂中条氏伝
、あかざ、又、めはじき、又、ねぶたの木【注③】、何も黒やき、かんざらしのこ【注④】、少入さゆにて用○長血白血には
いかにも古、き、しゆろばき、の黒焼一匁さゆにて用○、けしの花、かげぼし一匁くさやにて用何れも妙  
  ○くだりはら久しくやまず並禁口痢の治方  丹州宮津藩某伝

【注① てんなんしょう=サトイモ科の植物。漢方では、鎮痙・袪痰・発汗・健胃剤などとする。】
【注② ちかた=婦人の病気。血の道。ヒステリー。また、ヒステリー症の人。】
【注③ ねむ(合歓)の木のこと。】
【注④ もち米を寒晒しにしてひいた粉。白玉粉。】

【右丁】
、けしもち、みそ汁にて用しぼりはらにもよし○禁口痢の水薬口にいらず危きものは
、酢、をせんじかますべし又釜にゆをわかし、烏梅【注①】、一斤入てこしゆすれば食気出る妙方
  ○小便つまりくるしむには       肥後藩竹原勘十郎伝
、地膚子【注②】、《割書:はゝき|のみの事》十匁をせんじ用て妙○、たにし、をすりつぶし、五八霜【注③】、少入れてへその下に
はるべし○ねぎをにてこし湯すればそのまゝつうず妙
  ○あへぎやまひ《割書:ぜんそく|の古名》並にしやくりの治方    長崎彦七伝
、ゆずりは、かげぼし粉にしてさゆにて用妙○、鯉、の黒焼又なめくじ、ほし粉にしさゆにて用てよし
しやくりには、しやうが、のしぼり汁を背【脊】中にぬるべし○、白なたまめ、の粉を舌の上におけば止む何も妙
  △婦人乳くさ並乳岩の治方          豊前彦山下伝
、地膚子、《割書:はゝき|のみの事》実も葉も炒黒くし酢にてときぬり付内にもかんざけにてゑふほと用べし

【注① うばい=梅の実を干していぶしたもの。】
【注② ぢふし=掃帚(はわきぎ)の果実の漢方名。煎じて強壮剤、利尿薬などに用いる。】
【注③ 「ごはちしも」或は「ごはっそう」とも言う。マムシを黒焼にして粉末にしたもの。横根(よこね=鼠径リンパ節の炎症性腫脹をいう。性病の時のリンパ節腫脹をさしていうことが多い。)の治療薬。】

【左丁】
乳一切のくさの初発に此方を用れば乳岩と成る事なし名方也○乳岩には、蜥蜴、《割書:とかげ|の事》すり
つぶしつく妙○、竹の皮、なすびのへた土用にとり各黒やき等分、しほ、少入ごまの油にてねり付妙
  ○しもやけひゞあかぎれには        奥州仙台民間方
しもやけには、しやうが、のしぼり汁つけて妙やぶれるものはなまこ付てよし○あかがり【注④】には
、あかぎり草【艸】《割書:山らん【注⑤】|のこと》、ねをほどむし【注⑥】にしてねり付る○、くし柿の種、黒やきそくひにねりあかゞりに付け妙
  ○うかみやまひ《割書:はれやまひ|の古名》には        井上交泰院伝
、椒目、《割書:さんせう|のみの事》を炒てせん薬一ふく程加入てのむ妙○、にんにく、いほすき、《割書:やまごばう|の古名》、あけびかづら【注⑦】、
、しやうが、冬瓜、の実各十匁袋に入あづき一升【舛】に水二升入たきて薬をさり、あづき、をくらふべし
妙○、あづき、炒二匁大むぎ、炒、地膚子、《割書:はゝき|のみの事》各一匁しやうが入 煎(せんじ)用へし○はせを、
のねをせんじ用て一切のはれに妙○酢にて、そは、粉をねりはれへつくる日に二度奇方也

ゝ【注④ 「あかぎれ」のこと。】
【注⑤ やまらん=春蘭。】
【注⑥ 火床蒸し=ぬれ紙に包んだりしていろりの熱灰の中に埋め、蒸し焼きにすること。】
【注⑦ あけびの異名。】

【右丁】
  ○一切の痰りういんには          京都真田氏伝
たん症の人は常に、くるみ、と、しやうが、を粉にして用○、へちま、の黒やき、なつめ、のにくにて丸め
さゆにて用○、青梅、を沢山にすりしほり汁を天日にほしかき立ねりやゝの如くなる時に、甘
草【艸】、五分一を入てねる也一切のたんりういん並にくわくらん気付くすり也ねつ病にもよしたんにも
痛むと思ふ所へはりていたみさる事妙けんへき【注①】のはりいたむにもつけてよし
  ○すはぶきやまひ《割書:せきの|古名》の治方       阿州津久井氏伝
、南天、の実をかげぼし黒やき、白ざとう、にてねりさゆにて用妙○、黒まめ、水にひたし皮を去
粉にし、玉子、にてねり○丸め廿粒宛用○、枇杷、の葉の毛を去り水にてせんじ用あめを加れば弥妙
  ○むなかへりやまひ《割書:かく【注②】の|古名》並に噎反胃の治方   甲州郡内民間伝
、野蒜《割書:のひる|の事》の黒焼粉にし一匁早朝さゆにて用○四十年以上の家の東向のかべ土を極細末

【注① けんぺき(痃癖)=頸から肩にかけて筋のひきつり痛むこと。】
【注② 膈=今日の胃癌にあたるという。】

【左丁】
さゆにて用四十年以下にては効なし○老人のむせやみには、うしのよだれ、をひそかにさゆに入のますべし
  ○はや疔日はれの急症には         土州刈谷氏伝
はや疔には、五八霜、桜の皮黒焼各等分こまの油にてとき付て妙○日ばれの青筋い
でゝ苦(くるし)むものは其あらはれたる筋をはねきつて血をいだせばよし名方なり
  ○無子婦人の子をまうくる名灸並に治方     淡海氏家方
婦人の口の寸をとり三ツに折三角にしてその角をへその真中にあてゝ【△図の上角に「へ」と書き、下辺両端に●を付ける】両角に毎月頭
に五十壮づつ灸すべしこしけづき虫にも妙○牛の、陰茎(たけり)、を味噌汁にて寒三十日用べし妙
  ○産後そりやみ並に破傷風の急症には      総州津田氏伝
産門より風入てそりやみ苦(くるし)むには、のゝゐ、《割書:荊芥|の古名》の穂を粉にし五匁さけにて用○金瘡【注③】
ならば疵口に川えび《割書:白く小き|ものよし》を水少入てすり疵口のまはりにぬり付べし妙方也

【注③ 切り傷。刀傷。】




【右丁】
  ○おとがひはづれてかゝらぬには      大坂天満穂積氏伝
楊梅皮、《割書:やまもゝ|の皮》を粉にしはなへ吹入て妙○、天南星、の粉を、しやうが、の汁にねり両のおとがひぬる一夜にかゝる
  ○きはむやまひ《割書:黄疸|の古名》並に黄胖病《割書:ふく病|坂の下》には    豊前小倉伝
、田にしを塩なしに煮て食ふべしかはらよもぎをせんじ、用○坂の下には鉄のこ《割書:酢に|入いる》十匁大黄九匁のりに丸め用
  ○舟又は馬並駕篭にゑふには          遠州掛川某伝
、いわうの付【附】木、一枚をしたにしきてのるべし妙○つよくゑふたるはへそのうへに灸すべし
  ○乳なき小児を育て養ふには      京都渡辺【邉】氏伝
、うる、と、餅、のかんざらし粉各一斤、水飴、一斤《割書:なき時は醴|の汁にてよし》右ねり乳汁の如くにして呑せて妙
  ○他国にて水土にあはざれば病となるを防ぎ兼て水毒にあたらぬ方 池田氏家秘
、田にし、を持て油にて炒ほし行先にてくらへば水土にあたらず田にしの水毒をけす事辱き神授古伝方也

【左丁】
  ○凶年をすくふわらもちの神方     肥後藩大塚氏秘伝
生わらを水に半日ひたしあくを出し砂をあらひほをきりねもとより細かにきざみ炒てうす
にてひき粉にしたるもの一升に米の粉又くつわらび又小むきの粉の類を二合入て水にてねる
もちの如くむしつきしほかみそかきな粉を付てくらふべし又ゆでゝつけば弥よし済世の名方也
  ○日用第一食物くひ合せの禁忌      古写本抜粋
なまごめ ̄ニ《割書:松茸》あは ̄ニ《割書:すもゝ|あんず》ごま ̄ニ《割書:たにし|そば》もろこし ̄ニ《割書:おは|ぐろ》やへなり ̄ニ《割書:こひ、かやのみ|わらびもち》こんにやく ̄ニ《割書:きうり| 》
もち ̄ニ《割書:なつめ|そば》さけ ̄ニ《割書:くるみ|じゆくしがき》せうちう ̄ニ《割書:やきみそ、あつゆ|ひや水》すし ̄ニ《割書:みつ、あづき|きじやうゆ》なます ̄ニ《割書:とうなす|かぼちや》
そはきり ̄ニ《割書:くるみ、もち、なつとう、すいくわ、たぬき、なつめ|ちさ、きじ、やまどり、たにし、うなぎ、やまもゝ》めんるゐ ̄ニ《割書:なつめ|すいくわ》からし ̄ニ《割書:うさぎ|くるみ》
《割書:、きくらげ[、]ふな|、なつとう》ちさ ̄ニ《割書:そば|こしやう》せり ̄ニ《割書:やまごばう》しそ ̄ニ《割書:こひ》ちよろぎ ̄ニ《割書:うを|の類》ほうれん草 ̄ニ《割書:ふしのこ|うなぎ》
ひゆ ̄ニ《割書:すつぽん|かめ》しやうが ̄ニ《割書:にんにく、うさき|せうちう、名酒はよろし》ひともじにんにく ̄ニ《割書:やまもゝ、みつ|なつめ、きじ》

右丁】
にら ̄ニ《割書:み?つ|うし》一切のくさひら《割書:きのこ|たけ》の類 ̄ニ《割書:、きじ、いか、やまどり、かも、たまご|、はまぐり、うづら、いわし》竹のこ ̄ニ《割書:さたう、しぎ|、菊の花、ふな》
さたう《割書:すもゝ、ふな、たけのこ|、ゑび、つはぶき》みつ ̄ニ《割書:、ちさ、ねぎ、すし|、えひ、うし》さつまいも ̄ニ《割書:、きんかん、しんしや|、くまのい》まくはうり ̄ニ
《割書:、大こん、かゞいも|、あぶらあけるゐ》すいくわ ̄ニ《割書:、そはきり、かうじ|、あぶらあげのるゐ》みかん ̄ニ《割書:うさぎ| 》ぼけ ̄ニ《割書:うめ| 》柿 ̄ニ《割書:かに| 》なつめ ̄ニ《割書:、ねぎ、にんにく|、うをの類》
やまもゝ ̄ニ《割書:、ねぎ、にんにく、そば|、いりまめのるゐ》ひは ̄ニ《割書:あづき うんとん あつむぎ|四足のあふりもの》むめ ̄ニ《割書:、ぼけ、うなぎ|、たこ》こせう ̄ニ《割書:、こひ、もゝ|、あをうめ》
《割書:、ちさのるゐ|、すもゝ、やまもゝ》くろたひ ̄ニ《割書:しぶかき| 》こひ ̄ニ《割書:、あづき、こせう、なつとう、しそ|、きじ、すべりひゆ、てんもんどう、ねぎ》ふな ̄ニ《割書:、からし、さたう、きじ|、にはとり、にんにく》
《割書:、しか、ばく|もんどう》うなき ̄ニ《割書:、すのるゐ、ぎんなん、そば、もち|、にはとり、すいくわ、ぼけ》はえ ̄ニ《割書:、きじ、やまどり|、しか、ゐのしゝ》えび ̄ニ《割書:、さたう、みつ、ろく|しやうをなむべからず》
どぢやう ̄ニ《割書:ところ| 》なまさば ̄ニ《割書:あをのり| 》かに ̄ニ《割書:なまぶ| 》うづら ̄ニ《割書:、きのこ|たけのるゐ》きじやまどり ̄ニ《割書:、きのこたけ|のるゐ》
《割書:、ひともじ、くるみ、ふな、はえ|、木くらげ、なつとう、そば、にんにく》かも ̄ニ《割書:、くるみ、きくらげ|、なつとう》にはとり ̄ニ《割書:、こひ、すもゝ、うなぎ、うさぎ|、もちごめ、からし、ふな、ねぎ、にんにく》
たまご ̄ニ《割書:、むめ、あづき、あゆ、くるみ、ねぎ|、にんにく、うさぎ、きのこたけのるゐ》あひるのたまご ̄ニ《割書:、すつぽん、すもゝ|、くはのみ》うさぎ ̄ニ《割書:、かも|、きじ》
《割書:、みかん、にはとり|、しやうが、からし》ぶた ̄ニ《割書:、そば、ふな|、たまご》ゐのしゝ ̄ニ《割書:、からし、なまこ|、そば、めんるゐ》しか ̄ニ《割書:、きじ|、えび》うし ̄ニ《割書:、ねぎ、しやうが|、にらのるゐ》

【左丁】
都会ノ人ハ医者ノ多キヲ頼ムト雖トモ動モスレバ急病ノ間ニ合ズ辺鄙ノ
民ハ医師ノ少キヲ以テ其治療ニ後レ遂ニ不治ノ症トナルコトアリ此故ニ時トシテハ二ツ
ナカラ非命ニ陥ルコトハ親ク見聞スル所ニシテ必竟ハ辱キ我 国医道古伝
神方自然ノ簡易ナルアルモ深ク秘メ世ニ拡ルコト無レバナリ是以《割書:僕》陸奥一ノ関ニ生レ
神国自然ノ医道復古ニ宿志ヲ抱クコト多年大ニ憤悱シテ諸国ヲ歴遊シ千
辛万苦シテ 神国古伝ノ経験数百方ヲ伝授セリ今其中ノ純粋ナルヲ
采リ伝家ノ姓名ヲ顕ハシ《割書:秘訣ヲ受テ世ニ出ス|万人ノ為ヲ思バナリ》普ク四方ニ告テ救民ノ一助ニ備ントス
今日ヨリ都鄙ノ人民百歳ヲ保テ 神国医道復古ノ寿域ニ躋ンコトヲ希而已
  𡷚文化十四《割書:丁| 丑》歳八月 東都  衣関順庵謹識 【印】
榊園藏?【刊ヵ】
晋為救民
換筆研労






【本文は前コマに同じ】
【左丁紙面下】
テネ

【裏表紙 文字の記載あるも消したあとあり。】

腹内窺機関

《割書:妙薬|功験》腹内窺機関

【右丁 白紙】

【左丁】
《振り仮名:妙薬功験|□□□やくかうけん》
  英笑画
腹内窺機関(はらのうちのぞきからくり)
丙戌

新販

り【朱書・千】四百六拾弐
西與板

文政九丙戌
春新板冊

南仙笑楚満人挍
腹内窺(はらのうちのぞき)
機関(からくり)《割書:全二冊|合巻》
春齋英笑画 永寿堂版

大凡治病先正_二其名_一
不_レ正_二其名_一者猶_二縁_レ木
而求_一レ魚也疝癥俗曰_二
下風_一内經馬玄台注
土積高大者謂_レ山疝
者漸積之謂也病源
疝通也疝有_二 七疝_一厥
疝癥疝寒疝気疝盤
疝腑疝狼疝也是巣
氏叙_レ之亦曰寒疝水
疝気疝血疝狐疝㿗
疝筋疝是張子和所
_レ叙也各雖_レ分_レ名其元
水気之変病也 

医(い)は三世(さんせい)にあらずんば薬(くすり)を服(ふく)すること勿(なか)れ
といへど又(また)三世(さんせい)の書(しよ)を読(よま)んには三世(さんせ)の医(い)に
異(こと)ならねば其家(そのいへ)は勿論(もちろん)素人(しろうと)にても心(こゝろ)
懸(がく)べきは医道(いとう)なりされは兼好(けんかう)が
つれ〴〵草(ぐさ)にも第三ばんめには医(い)を
学(まな)ぶべきよしをいへり此書(このしよ)もとより
児戯(じげ)といへども東山堂(とうさんだう)の疝積湯(せんしやくとう)
は古今(こゝん)無類(むるい)の名方(めいはう)なればそれをあま
ねく四方(しはう)へ伝(つた)へ知(し)らさんとの仁心(じんしん)より
おこれば戯虐(けげき)といへとも思(おも)ひより出(い)づ
因(より)てその理(ことわり)を述(のぶ)るになん
 文政九年戌春 南仙笑楚満人誌■【花押ヵ】

昔(むかし)唐山(もろこし)張(ちやう)の
国(くに)に文中子(ぶんちうし)と
いふ名医(めいい)あり或時(あるとき)
応声虫(おうせいちう)を病者(やむもの)あり
この病(やまひ)は其(その)病人(やむひと)のいふ
程(ほど)の事(こと)を腹中(ふくちう)にて答(こた)ふる也
文中子(ぶんちうし)爰(こゝ)に
おいて
本(ほん)
草(ざう)を
開(ひら)き
病人(びやうにん)をして薬(くすり)の

名(な)を読(よま)しむ果(はた)して
藍(あい)と雷丸(らいぐわん)にいたつて口(くち)に
いへど腹中(ふくちう)にてこたふることなし
文中子(ぶんちうし)藍(あい)と雷丸(らいぐわん)を
 服(ふく)さしめて其病(そのやまひ)
     遂(つい)に
      治(ぢ)す

【紙面左上 丸額】
医者
意也

【紙面中央下部】
肉桂
大黄

流行(はやり)
医者(いしや)を
題(だい)して
よめる
医師(いしや)
 の/身(み)は
匕(さじ)がまはれば
 まはるほど
病家(びやうか)へ
 まはる
ことぞ
 おそけれ
驛亭
 駒人

【紙面左上】
はやりいしや
〽ヲヽいそがしい〳〵
けふも十四五けんも
あるいてきたが今から
又五六十けんも見ま
はずはなるまいあしたは
かごにせうすすそがきれてつゞかぬ

【下】
はやりげいしや
〽コレサきのふはまことに
よつてしまつたが
けふはおやしき
だからちつと
まじめにならふ
あしたも
あさつても
やく
そくが
ある
から
モウ〳〵
こと
わりを
いふに
こまる
のう

[本文よみはじめ]頃はあしかゞ将軍の御代と
きこへしが信州みのぢ郡くめぢばしを
うちこへて新町のしゆくとてゐなかに
まれなるはんくわのちありそこを
さることとほからずして竹房村といふ
所に代々/医(い)をぎやうとしてほそき
けむりをたてゝあるやぶ/竹庵(ちくあん)といふ
ものありうまれつき正直りちぎに
してよくかげうにせいをいだしびやうかより
むかふるときはくひかけたるめしをもすてて
かけゆきけるゆゑに人みなちくあんさま〳〵と
もてはやしぬ此ちくあんあまりのはやあし
にてかけまはりけるゆへ人みなとび
あしのやぶいしや〳〵とあだ名なせし
かばしらぬ人はそのわざをつたなし
とおもひけるぞぜひもなしこれかの
つれ〴〵ぐさにかけるゑの木のそうじやう
のたぐひにしていかんともせんすべなし
竹あんもとよりかゝる正直なるこゝろ
なればわが家げうのいどうはこほう
こうせいはいふにおよばずがくもんも大かたは
つとめまなびけるがとかくにそのわざのつた
なきをなげき
とにかく病人のはらの
うちへ入りて見とゞけ
ざればそのびやうこんを
しりがたしさればとて
いきたる人のはらの中へ
入らんこと小野のたか
むらがいきながらぢごくへ
ゆきかひしたるよりもむづ
かしき事なりたやすくは
かなふまじたゞおん神のちからを
かるよりほかなしとところのうぢがみ
なればくまのごんげんへきせいをかけ
しやうじんけつさいして一七日いのりけるに
七日まんずる夜ゆめのうちにひとりの
らうおうこつぜんとあらはれいで
〽よきかな〳〵われはこれくまのごん
げんの神使なんぢがこゝろざしの
しんびやうなるによつで今こゝに
あらはれいでたりなんぢもつはら
じんじゆつをむねとしてにんげんの
はらのうちへ入りびやうこんを
さくりこれをりやうぢせん事を
ねがふこともつともなりかるがゆへに
このまくらをあたふるなり[つぎへ]

【右丁下】
〽アヽ
わしは
けさ
あさ
めしも
くはずに
きた
から
はらが
へこ〳〵
して
ならぬ

【左丁下】
くすりとり曰
〽そのくすりも
きゝがよいが
くすりおしろいの
仙女香もよく
きくといふことだ
同いはく
〽しよどくを
けして
さけの
ゑひを
さます
には
西村の
かんろ
ゑんが
きめうに
いゝよ

【[ ]内の文字を矩形で囲む】

[つゞき]そも此まくらはかの
もろこしの呂義といふ
仙人がろせいといふものに
あたへて五十年のゑい
ぐわのゆめをみせし
かんたんの▲

▲まくら
にもあらず
さればとて菊じどうが
五百さいのじゆをたもちし
まくらにもあらずふうがでも
なくしやれでもなくせうことなしの
くゝりまくらはぼうずさうおうのものなれば
なんぢにあたふるなりもしびやうにんのはらの
うちへ入らんとするときはまづあんふくをなし
びやうにんねむりにつかばなんぢも此まくらを
してともにねむるべししかるときはしぜんと
ふくちうへ入りてそのびやうこんをさぐらん事
こゝろのまゝなるべしゆめ〳〵うたがふことなかれと
大どろ〳〵にてもんきりかたのとほりかき
けすごとくにうせ給へはゆめはさめにけり
ちくあんこゝろつきておきあがり見れは
ふしぎやまくらもとに一ッのまくらあり
ちくあんよろこぶこと大かたならす御しん
たくなればうたがふことはあるまじ何にも
せよありがたしととこのまにかざり
おみきをそなへしん〳〵してゐるかどぐちを
とん〳〵〳〵とけはしくうちたゝくをたれじや
いづかたよりきたられしととへばむらの
あるきのこゑとしてちくあんさま〳〵
せう屋さまが御ぢびやうのせんきで
こしがひきつりますから今きて
くださりませはやく〳〵と
せきたちけり

【下】
〽この
まくらを
あた
ゆるぞ
ゆめ〳〵
うたがふ
ことな
かれ

〽あり
がたう
ござり
ます
しかし
くさぞう
しの
しゆかうに
ゆめといふやつは
ふるいがどうも
しかたがない

【[ ]内の文字を矩形で囲む】

ちくあんきゝて大きによろこびまことに女の大ひやうかしやく
男の大びやうがせんきにしてせんきは七せんとてなゝとほりありて
むつかしきものゝだいいちなりいざやまくらをもつてふくちうに入り
せんきのねだやしして
くれんとあるきと
ともにいでゆきけり
かくてちくあんは
あるきもろとも
せう屋なる杢六
兵へかもとに
いたりかどぐち
にてづきんを
とりながら
ごめんなされ
ちくあんでござる
といとおうへいに
はいるにぞ下女
があないにおく
のまへうちとを
れはあるじもくろ
兵へこれは〳〵よう
こそ夜中にまア〳〵
こちらへそれおたばこ
ほんおちやもてこいとあいさつのうち女房
おはたおくよりいでこれは〳〵御くろうさま
さゝ一ッめしあがりませぬかとあいさうの
よさうつくしさもとより女すきのちく
あんらう大のまなこをほそくしてこれは〳〵
ありがた山のほとゝきすあんまり
おまへさまの御ちそうがすぎます
ゆへだんなのおこしがいたみもろはく
の御ちそうよりわたくしへはあなたの
はだの白ざけがたつたひとくち
いたゞきたいとたはむれながら
あんふくしてやれば
もくろ
兵へは
よき
こゝろ
もちに
なりしと
見へて
すや〳〵と
ねいり
けり

【下】
〽わん〳〵〳〵
わはんの
わん

〽おたのみ
申し
ます
〳〵

〽どうで
ごさるの
あんまり
きさまの
うちの
かゝしゆが
うつく
しい
から
それで
びやう
きが
なを
らぬ
のじや

ちくあんは病人のねるを見てわれらも
夕部【ゆうべ】のびやうにんにてすこしもふせり
ませぬゆへだんなのおそばでおせう
ばんにひとねいりいたしませうといへば
ないぎかそんならおまくらをあげませう
といふになにさ〳〵おこゝろづかひ御むよう
ぼうずのことなればいつかたへまゐつてもとかく
まくらにことをかきますれはくゝりまくらを
ぢさんいたしましたとふところよりかの
くまのごんげんよりさづかりしまくらをとり
いだしそばへころりとねたりしがげにしん
とくのしるしにやぜんごもしらずねいりける
ゆめのうちにむかふよりだいの男大口を
あいてひやうばん〳〵大酒くだりはらの
からくりこれより入つてごらうじろ
代はおもどり〳〵といふに
竹あんこれを見てさて
こそむかしもろこしの
ひちやうぼうといふ人
ちいさきつぼのうちに
入りて天地の大がら
くりを▲


しかけて
おきしといふことじやが
このをとこもそのひちやうぼうの
たぐひならんとちかくすゝめばかの男は大ごゑ
あげだいがかはればせんしやくのわづらひあるひは
さしこみくだりはらこしのひきつりせんきの
つりいと百ひろみちのめい
しよきうせきこうもんの
ぬけあなおめとまりますれば
へがとぼつてまゐると口にまか
せてしやべるにぞちくあんは
えたりかしこしこしとしりひつからげはをりわきざし
とりすてゝぬつとはいればはぐきのつゝみのんどのせきを
うちこへて右は気道左りは食道(じきどう)しよくどうのほうを
ゆくにしかじとあゆみゆきはいひゐいの中へさしかゝれば
ぬまやらかはやらどろたぼうよう〳〵とたどりつきて[次へ]

【右丁下】
〽こゝは
なんと
いふ
ところ
であらふ

[つゝき]
ほつと
いきをつきて
ちくあんおもふやうむかし
ばなしのうはばみにのま
れし人はかういふもので
あらふかと思ひながら
たどりゆくにひとつ
のひろのへ出たり
と見ればかたはらにほうじくいありて
右はぼうこうの池左り疝(せん)しやくいたみの介りやうぶん
としるせりちくあんこれを見て左りの道へ坂をくだり
見ればいたみの介がやしきと見へてりつはなる門がまへあり
やう〳〵たどりゆきもんのそばへたちよりもんばんにむかひ
わたくしは信しう水田のものでござりますがめづらしき
からくりのいとにひかれこれまでまゐり
ましたが道がしれいでなんぎいたし
ますどうぞいちやのやどりを
おかしなされてくださりませと
いへばもんばんとつくとあらため
さて〳〵ふしぎな事だ
人でもうをでもあをもの
でもほうてうめは
もちろんいづれ
はのあとがあるはづ
なんぼあたまが
まるいとて
そのみそのまゝ
まるのみとは
うはばみりやう
ではあるまいし
よつほどめづらしい
事だそしてまア
手めへは何しやうばいじやと
たづぬればこゝぞとちくあん
せきばらひしてぐろう事は
もろこしぎばへんじやくがおとしだね▼▲

【右丁下】
▼▲はるか此日のもとへわたりし丹波の
雅志(まさたゞ)がこういんにやぶ竹庵といふ
いきやくしなりといへはばんにん
大きにおどろきイヤ此
せかいにてはいしやや
やくしは大きんもつ
なりさすればひと
ばんの事は
おろかはんとき
なりともおく
ことならず
[次へ]

〽がつてん
ならねへ
〳〵

〽どうも
わりい
さけだ
かんろ
ゑん
でも
くれば
いゝ

【左丁下】
〽おれが
かん
にん
しても

▲むしが
せうち
しねへ

[つゞき]さア〳〵はやくかへらしやれと
おひたつればちくあんきいてこれは
ちかごろぶてうほうせんばん
あたまが丸いゆゑについ口から
でほうだいに今のやうには
申したものゝまことはいしや
ではござり
ませぬ
むら〳〵の
日まち月まち
などにやとはれて
じやうるり長うた
又はおどり
などを▲

▼おとりて
酒のきやうをそへ
世をわたりまするたいこもちと
いふものでござりますがそのやうな
しやうばいじやと申したらふらち
ものとおしかりもあらんかと
それゆへいしやと申し
たれどまことはかくの
通りてござります
どうぞおとめなされて
くださりませともん
ばんのたもとへ
こだまぎんの
つゝみやくれいに
もらひしを
そつと
なげこめば
門ばん
さつそく
のみこみて
それはてうど
よいさいはひこの
せつごしんるいさま方の
かんしやくさまがたもみな
御とうりうなれは[次へ]

【右丁上から】
いたみの介
〽のどもと
つば吉
ちうしん
とは
きづかは
しい
おほかた
ろくな
ことではあるまい
はやくいへ
なんと〳〵

竹あん
〽もしおくさまやおこしもとがた
江戸で今一ばんのかほの
くすりは京ばしの
いなりじん道の
仙女香につゞくのは
ござりませんこんど
まゐるときもとめて
きてあげませう

【左丁上】
〽ほんに
その
仙女香は
此せかいでも
きゝ
およ


とう
から
もと

たかつた

【右丁下】
〽ご
ちう
しん
〳〵

[つゞき]
その
よし
おかみへ
申しあげんと
にこ〳〵ものきて
おくの方へ入れば
竹庵は心の内に
さて〳〵ぢごく
のさたも金
しだいといふが
はらのうちでも
やつぱりおなじ事だと
かんしんならむ
かくてもんばんはうはやくの
むなさきつてもんをもつて
とのさまへ申しあげしに
たいこもちとあらば御方へ
よびよせいとのぎよい
さつそくちくあんをやしき
のうちへともなひける
ころしもあらんうふり
つゞきたるしせろとき
ならぬふじゆんのじこうに
せんしやくあらやうは時こそ
きたれともんばんながや
さむらひべやけんくわとう
ろんおびたゝしくのゝしり
さわぐを見てちくあん
ふくちうかくのごとく
なればいかさま人〴〵
せんしやく
にて〼
なんぎするも
ことわりなれと
心にうなづき
おく人いたり
とのさまの
あひてになり
おどりはねて酒をのみ
ゐたるところへごちそうしん〳〵と
よばはつて
うけ来るは
ここうのふくしん
のど元つば呑いき
つぎあへずごぜんに
ひれふしこの
ごろせんしやく殿の


八ツ目鱣因縁物語

【表紙】
【題箋】
合本草双紙《割書:リ三而拾五| ㊁大惣かし本》

【左丁】
【上段・表題】
京山作
八ッめ
うなぎ
因(いん)
縁(えん)
譚(ものがたり)
春亭画

【下段円内】
庚午
春梓


全三
 冊
 泉市
  版

国立国会図書館  八ツ目鱣因縁物語3巻 207-1284

【右丁】
【印 ○に合】
《割書:関川(せきかわ)| 名物(めいぶつ)》《割書:      全部三冊|《題:《振り仮名:八ッ目鱣因縁物語|やつめうなぎいんえんものがたり》》|      泉市発行》《割書:山東京山作|勝川春亭画》
文化
七年
午春
新版

小雁斜侵
眉柳去
   媚霞横
    楼眼波来
     京山

【左丁】
【赤印 帝國圖書館】 【赤印 圖 明治三二・五・一九・購求】

【上段】
京山
〽あいかわらず
 御作が
  できます
 そうでござります
  はやくはいけん
   いたしたい

〽いやもふ
  つまらぬ事ばかり
   かいておきました
  おはづかしう
     ござります
【右の人の着物 京山  東山の模様】
【左の人の着物 ミヤウ】

【下段】
[京山]これは〳〵伝笑さんよくお出なさり
ましたサア〳〵こちらへ〳〵[伝せう]《割書:つくえのわきにすはり|たばこきらひなれば》
《割書:あふぎをばち〳〵|いはせながら》せんせい此あいだはあれからどちらへぞ
おいでなさりましたか[京山]亥(い)の日だから聖天(せうでん)へ
まゐるつもりで道ではからずほうゆうにあひ
まして夕ぐれになりきやうにじやうじて花柳(くはりう)
の街(ちまた)へまゐり思はぬほとゝとぎすをきゝました
[伝]それはおたのしみでござりましたらう
時にお作はちとかた付ましたかね[京]イヤモウ 何も
かもふるくなつて趣向(しゆかう)にもこまりますのさほんに
それ〳〵《割書:トといひながら竹ざいくのしよだなから|くさぞうしのたねほんをとりおろし》此あいだ
てんま丁の大わだでおはかれ■【申ヵ】てうなぎから思ひついた
三さつ物おまへもおなじみのせん市へやるつもりでゆふべ
までにかきあげておきました四人のたちやくが
かたきやくにころされて八ッ目うなぎにげんぢやく
するといふすぢさどうだらう見ておくんなせへ
[伝]八ッ目うなぎはまだだれもつかひませぬ三さつ
ものにはおしいしゆかうでござりますどれはいけんと
ひらき見ればさのごとし

【[  ]は話者の名を矩形で囲むを表わす】

【右丁】
【上段枠内】
《題:孝》
みさほが
   兄
  孝(かう)太郎
【下段枠内】
  兵作つま小いそ

よこしま
 悪五郎

【左丁】
【上段枠内】
《題:貞》
氏井(うぢゐ)
 仁内(じんない)娘(むすめ)
  みさほ
【下段枠内】
越後国(ゑちごのくに)関川(せきがは)の
 八ッ目(め)鱣(うなぎ)
  孝子(かうし)を助(たすけ)て
   悪人(あくにん)に
    わざ
     はひ
      す

    氏井兵作

【右丁】
【上段枠内】
為千金不倍穢行【横書】
【下段枠内】
○播州(ばんしう)月輪(つきのわ)
 家(け)の浪人(らうにん)
 氏井(うぢゐ)
  仁内(じんない)
   兵衛(ひやうゑ)

○轟坂(とゞろきざか)の悪僧(あくそう)がまん坊(ぼう)

【左丁】
【上段枠内】
擁一恩有盡公道【横書】
【下段枠内】
○回国(くわいこく)の修行者(しゆぎやうじや)
 《振り仮名:鷲の峯|わし  みね》
    鉄丸(てつぐわん)

○ゑちごの国 羽根井(はねゐ)の里人(さとひと)
   絹(きぬ)あき人 正直(しやうじき)正作(しやうさく)
    元(もと)はばんしう松くら家のらうにん
    花村文吾といふものなり

命の親【絵の中の文字】

【右丁】
【上】
今はむかし長ろくのころか
とよゑちごのくにせき川の
ほとりに氏井仁内と
いふらうにんありけり
わかかりしころはばんしう
つき月のわのいへにつかえ
三百石のちぎやうとり
なりしが三たびいさめて
身しりぞきたる
今のらうにんつまの
をり江が女筆(によひつ)のしなん
わづかのふでの命げに
おつとをすぐし
一子孝太郎廿一才
娘みさほ十八さい
ふたりともに
いたつてのかう〳〵もの
所がらとてちゞみのいとを
つむぎてわづかのあたへにかへ
おやこ四人まづしきなかにも
さまでくらうもなくくらしけり
仁内ある日せがれ孝太郎にむかひ
わればんしうをたちのきしはなんぢ
わづかに十才のとき今さらいふも
くりことながらごしゆじんゆりの助さま
わかげとはいひながらいんしゆにふけり
くにのおきてもおろそかゆへごけらいの
身としてよそめに見るはふちうの第一
たび〳〵おいさめ申たがかへつて此身の
      おちどゝなりねいかんじやちの
【左下】
〽ヲヽ
 よう
 おぼへ
   てじや
〽見事の
 おんさ
  もじ
 をくり
   下され

【図中】
【妻をり江の着物】を
【手習い本の文字】
下され

【左丁】
【中】
くせものにざんげんされ
  なにごとなしに
   ながのいとま
  なんぢと
  むすめ
  み
   さほが
  てを
   ひいて
 はる〳〵この
  ゑちごのくにへ
   くだりしも
    わづかのしるべを
    一つのはしらゆびを
    をりてかぞふれば
    ことしでちやうど十一ねん
    いぜんの事わがみはぶうんに
     つきのわのらうにんで
        くらすともなんぢは
         なあるおいへに
          ほうこうして
            ふたゝび
             氏井の
             かめいを
             たてゝ
             くれい
            「つぎへ
             つゞく」【二行矩形で囲む】
【左上】
〽わたしは
これから
今川を
さらい
ます
  よ

【右下】
〽おさ
  がりを
  すると
 ぶんごの
 おしせう
 さまへ
 ゆかねば
 ならぬ

【下図中】
花明五嶺
春 十二才は■


九才
 よし

【左下看板中】
女筆指【南ヵ】

【右丁枠外】
 八ッ目
【右丁左丁上部】
寺(てら)
子(こ)


子ども
花見





【右丁】
「まへのつゞき」【矩形で囲む】人にすぐれしせがれと娘
子だから二人もちながら見るかげもなき
やせらうにんゑちごちゞみの
をくうますあしきすくせに
あふくまがはうもれ木を
見るくちおしさよ
女房どもおりや
はらがにへかへると
うるむなみだを
たもちかね
しばたゝきたる
まぶたより
はら〳〵おつる
つゆしぐれことはり
せめてあはれなり
孝太郎も
みさほも
ともに
さし
うつ



なつ
ゐたりしが
母のをり江かたはらより
〽これはしたりこちの人
けふにかぎつてかへらぬ
くりこと子どもまでに
あのなみだいふてかへらぬ
むかしばなし今なつたは
おてらのいりあひ
夕まゝにしましやうと
【左丁中段へ】

【中段】
〽すぐに
つけ入て
小てを
はらへ
ヲヽ
見ごと
〳〵

【下段】
▲これはふしぎと
たちながらやうすを
きけばこれもほうばいの
ざんげんにて月のわの
おいへよりいとまの
みのうへおじ仁内を
たより女房小いそを
つれてくだりしとの事
なにはともあれ
内かたへゆきたまへ
おしつけかへりて
ゆる〳〵あはんと
此所をわかれけり
兵介【兵作ヵ】ふうふこれより
仁内がいへに
かゝり人と
なりて
くらしけり

【絵の男】仁  【絵の女】み

【左丁】
【上段】
【女】をりへ  【男】兵作  【女】小いそ

【中段】
まぎらず人の
むなさきへ
つつはる
しやくを
まぎ
らせ

おやこ
四人

ぜん
だて

ばんじに
ことをかけぢやわん
わかいへらくのかまのした
をりたくしばのけふりさへ
わびしきくらしとしられけり
○かくてつぎの日仁内が
つまのをり江がてし子ども
やくそくの花見なれば
子どものつむりへ梅のをりえだの
つくりばなをさゝせつけたるたんざくへめい〳〵の
名をしるし花ぞのさしてたちいでけるに
をり江はしせうの事なれば子どものけいご
かた〴〵あとをまもりて花ぞのちかく
きたりしにむかふよりくるたびすがた
さてにた人もあるものと思ふうち
ちかより見ればばんしうにのこりたる
仁内がいとこの兵作ふうふ▲

【下段】

○孝太郎(こうたらう)
みさほ
けんじゆつ
けいこ
する

【絵の男】考【孝ヵ】

【右丁】
【枠内】
《振り仮名:横嶋悪五郎が傳|よこしまあく      でん》
【右上 本文】
それはさておきこゝに又よこしま悪五郎ときこへしは氏井仁内と
おなじくばんしう月のわゆりの助どのにつかへしものなりしが
こゝろざしあくまできやうあくにしていんしゆにふけり
さとがよひのかねにつまり月のわどのゝ軍用金をひそかにかすめとりさとの
あそびにまきちらし軍用金 紛失(ふんじつ)とのとりさたも
よそふく風(かぜ)としらぬふりひと月あまりも
すごせしがてんとういかにゆるすべき
悪五郎にうたがひかゝりすでに
とらへらるべきをいちみのものゝ
しらせければどくくはゞ
さらまでととのゝひそう
せさせ給ふちどり丸といふ
つるぎを
うばひ▲

【中央】
〽かう
ゑすがたで
さがされては
たかぶけりを
せにやあならねへ
はへ

【下】
▲やかたを
たちのき
こゝ
ろしこ

身を
かくし
けるが
月のわどの
より六はらへ
うつたへ
中ごく
すじへ
悪五郎が
ゑすがたを
たてゝせんぎ
きびしければ
いづくのうらにも
すまかひ
ならず
ゑちごのくにゝは
悪五郎がおぢ
大八といふもの
あればこれを
たよりてかのちへ
さしてにげ
のびけり

【左丁】
【上部絵中】
〽どつ
こい

あく五郎

 千百拾■【箱に】

正さく
〽そふは
ゆか
ぬは
【下 本文】

さてもよこしまあく五郎は中国のか
すまひならずきそかいどうをしのび
くだりてゑちごぢへさしかゝり
のもせといふしゆくはづれの茶やに
やすみてゐたりしにふろしきづゝみを
せおひたるちゞみかいだしのあき人
正じき正作と名をとりしりちぎもの
としわかきひとり身にてたれにも
かわゆがられるあいきやう男あく五郎が
かたはらにこしをかけ〽やれ〳〵けふは
くたびれたあねさんもふなんどきで
あらうなとこしさげのきせる
だしながらたづぬれば茶屋の女
今七ッがなりましたときいては正作
そりやうか〳〵としてはゐられぬかへ
おほかみとうげの山ごし日のあるうち
せねばならぬと茶やもそこ〳〵
又 荷(に)をせおひたちいでけり悪五郎は
さいぜんより正作がていたらく
ちゞみの仲がいたしかにかねがと
心づき正作におひつきて道づれとなる
入相のころなにあふおほかみとうげに
さしかゝりぬころしもあきのなかばにて
むしのねすたく松は中あく五郎
じぶんよしとわらじのひもをなをす
ふりしてあとにのこり正作をやりすごし
ものをもいはずうしろげさあはやと
見ゆるに正作はこゝろへたりと身をひらき
せおひしつゝみをうしろへなげすて用心にさす
一こしをすらりとぬいて身をかため
〽かねてかくあらんと思ひしゆへここつちもかくご
われもむかしはぶしのはて「つぎへつゞく」【矩形で囲む】

【右丁】
【上段】
「まへのつゞき」【矩形で囲む】そううまくはめへるめへいかにもこゝにしまのさいふ
金も丁ど二百両ほしくばおのれがくびとひきかへへい〳〵〳〵〳〵
めつたにとられてよいものかと見かけにも
にぬだいたんふてきいかさまむかしは
ものゝふのやそ氏すじやうも
ある人とてなみのほどにて
しられたりさすがの
あく五郎もあんに
そういしこいつは
なか〳〵ほねかある
しかし見こんだ
そのふところ
うぬが命は
ねくさつたと
又きりつくる
つるぎのいなづま
所へかけくるておひぐま
あく五郎にとびかゝる
こなたはそれと見るよりも
つゝみをせおひいつさんに
あとをも見すして
のがれけり
○それはさておき
こゝに又かの氏井
仁内はこの日
一のみや明神へ
さんけいの
かへりがけ
おほかみ
とうげの
ふもとを
とほりけるが
【左丁中段へ】

【中段】
○月をたよりにぬ
のさらすしづのめ

〽まさしくこれこそ
ちどりまる

【下段】
▼▲そのまゝにいひければ
仁内いかにもちがひごさらぬが
金ばかりてほかにしなも
ごさらぬかといはれて
らうにんうぢつく
ことば〽いやほかには
なにも〽ないとの
ことかいや
こくな
大がたり
めが
金子の
ほかに
いんばん
ひとつ
わりふがちがふは
かたりのせうこ
〽なにそれがしを
かたりとは
〽ヲヽさ
かたりも
かたり
大かたり

よく〳〵
見かはす
かほと
かほ
〽ヤア
そな
たは
【左丁右下へ】
【縞の着物の武士】仁

【左丁】
【上段】
▲いんばん
ひとつ
これはたじかに
みちゆく人のおとせしに
ちかひなしたいまいの
二百両さぞかしなんき
なるべししばしがあひだ
此所にてまちあはさば
たづねにきたるは
ひつぢやうならんと
かたはらのつぢどうに
こしをかけまつまも
あらせずかけきる
らうにんすかた
仁内がまへに
こしをかゞめいま
あれなる百しやうやにて
さいぜんこゝをとほりし
村のあるきにうけ給はれば
さいふに入し金子おひろひ
ありしとのうはさいそぎのたびに
心せきとりおとせし金子なればなにとぞ
おもどしくだされよといふに仁内小くひをかたむけ
たびすがたとも見へぬらうにんこゝろへずと
思ひながらして又金子のたかはいかほど
さいふのもやうわりふがあはゞいかにも
おわたし申さんといふにらうにん
いかさまこれはごもつともさいふは
しまのてをりもめん金子は内に
二百両なんとちがひはござるまいと
さいぜん正さくがいふこと▼▲

【中央】
月のひかりに見つけたる
あやしきひとしな
とりあげ見れば
しまのさいふ
内には金が
二百両
と▲

【下段】
■〽そふ
おいやるは
よこしま
あく五郎
いぜんにかはる
そのすがたは
うはさにきこへた
しやじんの
用金
「次へつゞく」【矩形で囲む】

【中央】
〽なにが
なん


【右下】
氏井
仁内【■脱】

【黒の着物の浪人】悪

【右丁】
【高札】開帳
【編み笠の人】仁
ならびにちとり丸を
うはいとり
こく
ゑん
なせしと
あくじ
千りの
その
とり
さた

こゝで
あひしを
さい
はひ
お身

なは
かけ
やかた

ひき
それを
ひとつの
こうとして
きさんの
ねがひと
思へ
ども




りや
あし
がる
ふぜ
いの
する
こと

【左丁】
此仁内は
まことの
ぶし
しゆ人の
目をぬく
のみならず
こゝら
あたりを
うろついて
ひらうた
うはさを
かたりのてだて二百両に
目をかけるにんひにん
ことばかはすもけがらはしいと
そでをはらつて立さるを
あく五郎たまりかね刀の
つかに手をかけてぬきかくるこほりのやいば
ふしぎやそらにむらがるちどり〽さては
たしかにちどり丸といはれてきのつく
あく五郎刀をさやにおもてをやはらげ
むねんをこらへ此ばはそのまゝ立さりけり
○かくて仁内もわがやへ立かへらんと
あをやぎばしをとほりかゝり見れば
男の身なげのやうすもしや二百両の
かねゆへかとおびをとらへてひきとゞめ
やうすをきけば正じき正作くせものに
いであひ立のく道にてとりおとせし
二百両よんところないわけある金
せつはつまつて此ありさまと
きいて仁内さてはとおもひ
わりふもあひしさいふと
いんばん金のたか「次へつゞく」【矩形で囲む】

【橋の上の男】正

【欄外】
  八ッ目
【右丁】
おとしては
此人にうたがひなし
とかねをかへしあたへければ
正じき正作おしいたゞき
まことにあなたは命のおや
今此金子てにいらねばとても
いきてはゐられぬ此身だん〳〵
ふかいわけのある金もとへもどるは
あなたのおかげせめておれいにまゐりたし
おやどはいづくおなはなんとゝとひければ
仁内につことうちわらひれはゞ
うけたいとて金はかへさぬ見らるゝ
とほりのやせらうにんされども心まで
らうにんはいたし申さぬなに事にも
おまへのうんがつよいさて〳〵
あやうき事かなと所も名をも
あかしていはず金をわたしていへぢの
かたへわかれけり正じき正作は仁内が
かげ見おくりてふしおがみ〳〵
わがための神仏とも命のおやとも
ごおんはわすれぬかたじけないとつゝみを
せおひさいふをゑりにいそ〳〵よろこび
とまりをいそぎて立さりけり
○さるほどによこしまあく五郎は
仁内にわかれいちみのものをかたらひで
そのよ仁内がいへにしのびいり二百両を
【中央】
○此所
やみ
しあい
おの〳〵
むごんにて
ことば
がき
なし

【黒い着物】悪
【縞の着物】仁

【左丁】
うばひ
とらんと
よふけて
かどに
しの

より
戸を
こぢはなし
内に入しに
このよ
仁内が
せがれ

太郎
むす

みさ
ほは
村おさ
かたへ
ひまち

てつだいに
よばれて
をりあはさず
おいの善作ふうふ
つまのをり江とも〴〵 に
ぬす人ありとたちさはぐ
ともしびきへてしんのやみ▲

▲そのありさまは
こゝにゑがきし
づのごと


【右下】
○仁内が
つまをり江
めいの
小いそと
あいうち
する

【女】を
【女】小
【男】兵

【右丁】
【上段】
かくて
あく
五郎は
四人の
ものに
きり
たてられ
こは
かなはじと
にげいたす
仁内
つゞいて
おひ
ゆきしに
仁内が
おいの
兵作を
はじめとし
おつとの
みのうへ
こゝろ
もとなく
あと
より
つゞ


おひ
ゆき
しに
【左丁へ】

【中段】
▲あく五郎がいちみのものどもかたへの
しげみにまちぶせなしそれと見るより
はせよつてきるやらつくやらめつたうち
仁内はもとより兵作もなみ〳〵ならぬ
てしやなれどもたせいにぶせいそのうへ
おとしあなにおち入てはたらきならず
あはれむべし仁内は四十二を
いちごとしさいの目にきりころされ
ひめいのやいばに
ししうせぬ
兵作も
うち
とられ
をり

小いその
二人の女は
がんぜんに
おつとの
かたき
のがしはせじとたゝかひしが
女のうでのかいなくて二人のものも
あく五郎がさしづにて手した

もの
ども
なさけ
げも
なくなぶりきり
目もあてられぬ
しだい也

【下段】
〽はて
おそ
ろし

しう
ねん
じや
ナア

【男】悪

【左丁】





わる
だくみ
かねて
もうけし
おとしあな
さきへ
すゝみし
仁内兵作
あし
ふみ
はづして
おち入
しに

【右丁】
【枠外】  八ッ目
【上段】
あく五郎はおとしあなのはかりことにて
てもなく仁内兵作をりへ小いそ四人の
ものをうちとりてしがいはそのまゝ
かたへなるせき川へざんぶりいはせ
此うへは仁内がいへに立かへり
かの二百両をやさがしなし
わいらにもわけくち
やると身づくろひする
をりしもあれ
あたりのじゆもく
めいどうし
なまくさきかぜ
ふききたりせき川へ
うち入し四人がしがい
うらみのこんばくとしふるうなぎに
のりうつりわきばらにつらなりし八ッか
まなこを見ひらきてうづまくなみより
うかみいであく五郎をはつたとにらみし
そのありさまたとへていはんものもなし
あく五郎がいちみのものどもこれを見て
おそれおのゝきあとをも見ずして
にげさりけりあく五郎せゝらわらひ
ちどり丸にてきりはらへば刀の
いとくにおそれてや八ッめのうなぎは
もとのなみへぞかくれけるあく五郎ひとりごと
今のおばけで手したのやつらにげゆきしは
もつけのさいはひこれよりすぐさま
仁内がやさがしして二百両はおれひとり
うまい〳〵とはせいだし仁内がいへに
かけいりこゝやかしこをさがせども▲
【中段右】
〽したくは
よし
〳〵
【中段中】
〽わすれた
ものは
こざんせぬ
かへ
【下段】
▲かの二百両は正作がてに
もどりしゆへやさがししても
あらばこそたくはへおきし
わづかのかねひろひ
あつめて
くわいちうなし
ゆくへもしれす
おちうせけり
かくとはしらず
孝太郎
みさほらは
むらおさの
日まちの
ふるまひ
ことをはりて
やどへかへり
やうすをみれば
ぬす人の
入してい
仁内はじめ
四人とも
をらざれば
こはそもいかにと
おどろきけり
「作者曰」【矩形で囲む】これより
次の日四人のしがい
せき川よりあがり
孝太郎みさほが
なげきのべに
おくりてついふくを
いとなみかたき打に
いづる事いつもかはらず
お子さまたごぞんじゆへ
こゝにりやくす
【男】孝
【女】み

【左丁】
【右本文】
正じき正作が家の所蔵のたから命のいちゞく
【軸内一段目】
  覚
一金二百両也
  但文字小判
右は此度貴殿を
相頼み娘両人
寺どまりのくるわへ
あそびに売申候
身のしろ金慥に
請取申候所実正也
 長禄二年  又太夫
  八月三日
  正作殿
【軸内二段目】
一ふで申あけまいらせ候
さては御もとさま昨日
道中とゝこをりなく


かく






あきらめまいらせ候
むすめお杉おたま
事も親のため
とてはる〳〵
【軸内三段目】
三国のはてへ身を
うりうきつとめ
いたし事
よく〳〵の
すくせあしき
ものと不便に存
まいらせ候
あのかたあるしも
心たてよろ
しき
人のよし
御申こし
【軸内四段目】
すこしは
うきを
わすれまいらせ候
二百両の
うけとり
夫かた
より
さし
あけ
まいらせ候
くは
しくは
御めも

にて


申上へく候
めてたく
かしく
【掛け軸本紙】
  【刻印】  巳仲秋十一日
  《題:命の親》
  剛斉官大臣書【刻印】
【左本文】
丈ヶ三尺六寸よこはゞ二尺二寸ふうたい十もんじたからづくしの小きんらんそうげばちぢく
てんちは手紙のほぐにてひやうぐしたるなり○此かけものゝわけ次にくはしくしるせり
【枠外】
八ッ目

【右丁】
【本文】
こゝに又正じき正作は仁内がために
二百両をひろはれすでに身を
なげんとしたりしにをりよく仁内に
見つけられて二百両の金をうけ取
あやうき命をたすかりて
ちゞみの仲がひかれこれの
用をたしはね井の里に
立かへりつく〴〵思ふに
二百両のかねをおとし
あをやぎばしにて
身をなげんとしたる時
たすけてくれたる
らうにんものはわが
ためにいのちのおや
名も所もいはざれば
れいをいふへきよすかも
なしたいまいの二百両
よくをはなれてかへして
くれたはまことに人の
かゞみなりわがための
まもり神せめて
あさばんちやのはつほ
そなゆるが身のみやうがと
たつときちしきに
命のおやといふもんじを
かゝせかけものにして
とこへかけおきわが
しなふとしたその日を
かけものゝえん日と
さだめその日は
【絵の下台詞】
〽けふは
命の
おやの
えん日
ほう
しやの
ために
さいぜん

ろくぶ
どのを
とめて
おいた
それゆへ
やしよく

したく

あれば
二人の
しゆも
とめて
やり
ましよ
【男】丸に正

【左丁】
【本文】
みきとうみやうなど
そなへてれいはいし
なほみのうへをいのりしは
まことに正じき
正作がこゝろの
ほどこそ
しゆしやうなれ
「それはさておき
こゝにまた」【二行矩形で囲む】
仁内がせがれ
孝太郎いもと
みさほは
ふたりのおや
ならびに
おじおばを
うたれてむねん
くちをしく
ぶしのいへに
うまれし身の
ないてゐる
所でなしと
百か日までのついふくを
てらへたのみいもとをつれて
かたきうちとは思へども
これぞとたしかなせうこはなし
とやせんかくやとなげきの
うちてんしるちしるの
どうりにて
「つぎへつづく」【矩形で囲む】
【絵の下台詞】
〽をりも
をり
とて
此とりめ
はて
ふうん
にも
つき
はて
たか
〽たのみに
おもふは
おまへ
ばかり
これは
ナア
あに
さんい
のう
【男】丸に 孝
【女】丸に み

【右丁】
【上段】
「まえのつづき」【矩形で囲む】
たれいふとなく
ばんしうゟ
きたりたる
あく五郎といふ
わるものゝ
しわざ
なりと
うはさをきゝ
さてはおや人
つね〴〵おんものがたり
ありしちどりまるを
ぬすみとりこくゑん
なしたるよこしま
あく五郎こそおやの
かたきにうたがひなし
かれがおぢ大八と
いふもの當国
かしは木に
ありと
きゝしがかれ
ばんしうを立のき
おぢ大八かたへ
【左丁上段へ】
【下段】
▲此やの
あるじ
立出つ
二人が
なんぎの
やうすを
見て
いたはし
くや
思ひ
けん
いち
やの
やどり

かす
べき

内へ
とも
なひ
けり
此人はこれ正じき
正作なりけり
正作ふたりを
いたはりつゝ
いろりの
たき火に
あたら
せて
【上部男】悪
【下部女】み
【下部男】孝

【左丁】
【上段】
おもむかんとして此せき川へんに
さまよひしにうたがひなしとにかく
かしは木へたちこへかたきのやうす
うかゞはんときやうだいは打つれ
たびだちけり○かくてふたりの
きやうだいがたびたちしはあきの
すへなれどもゑちごはゆきのふりき所
心もそらもはれやらずかう〳〵ものゝ
孝太郎此ほどなげきのあまりにや
とり目となりくれ六つよりは
めくらどうぜんその身はもとより
いもとみさほがいちばいくらう
ゆき道のはかどらずはや入あひの
くれ六つどき目かいの見へぬ兄がてを
ひいてたどりしよるのみち
ゆきはます〳〵
まくしかけ
かんきはだへに
ひえとほりあし手こゞへてあゆまれず
人ののきばにたゝずみてしばしやすらひ
あにはいもとをいたはりいもとはあにを
かいほうのつらいはなしのきこへてや▲
【中段右】
▼▲見れば
おわかいに
きのどくな
目のやまひ
とうぢにでも
おいでにや又は
しなのゝ
ぜんくわうじ◼
【中段左】
◼ぐわん
がけの
もの

ゐりか
この
大ゆき
にたび
のそら
いづく
いかなる
お人にやと
たづねければ
「つぎへつゞく」【矩形で囲む】
【下段】
しぶちやを
くんで
のませ
などし
▼▲
【男】正
【掛軸】命の親
【台】㊣

【右丁】
【枠外】
  八ッ目
【上段】
かたきもつ身はほんみやうをそれとあか
さすせき川へんのらうにんといふをきいて
正作さてはわが命をたすけられしかの
せき川の人ときゝひとしほいたはる
心のみやうがとかくするうち孝太郎が
かつぱをとればちやのうはぎもん所は
丸に仁のじ命をたすけしその人も
たしかもんは丸に仁のじもしやと
思ひねどひはとひにせんかたなく
孝太郎あるじにむかひわれ〳〵きやう
だいかゝるたびぢにおもむくも
ふしぎな事父仁内といふひと
せんげつ十五日おほかみとうげの
おりくちにて二百両の金子を
ひろひその金ゆへわけありてわれ〳〵が
此なんぎときいて正作むねに
ぎつくりさてはと思ひ金をおとせし
こと仁内にたすけられたること
おとせし二百両は此所のがうし
又太夫といふものよんところなき
したいあつて二人のむすめをたのまれ
寺とまりへ身をうらせてそのかねを
あづかりかへり道にておとせし
ぎりからめの二百両いひわけ
なさにいのちをすてんとしたる事
くはしくかたりければ孝太郎みさほも
ともにふしぎなえんと思ふにつけ
さきだつものはなみだなり正作は
いさいのわけかたきうちときゝ
われもむかしはばんしうまつくらの

【下段枠内】
○作者曰正じき
正作おゝかみ
とうげにて
悪五郎に
であひそれ
ともしらず
こよひ
わがやへ
とめしは
すがたかはりし
ゆへ見わすれ
たるにや
正作がそこつ
作者もろとも
いひ
わけ
なし

〽みれ

みる
ほど
うつくしい
久しい物だが
心に
した
がへ
〽きくも
なか〳〵
けがらは
しい
ころさばはやく
ころしやい
〽まゝ
くち
をしや
〳〵

丸に悪
丸に孝

【左丁】
らうにんはな村文吾といひしもの
しさいあつて今の身のうへ命のおやの
仁内どの命にかけてすけたちせんと
きやうだいにちからをつけなにはとも
あれこゝろざしのさけひとつと二人を
のこしとくりをさげてゆきあかり
となり村へといそぎけりほどなく
ごやのかねのこゑかすかにひゞく一つやの
のきにひきこむ風さむくゆきをれ竹の
ひゞきさへいともさひしきわびすまゐ
きやうだいふたりろにさしより
正作がしんじつをかたりあひてゐたりしに
思ひがけなきにうしろのふすまさらりと
あけて立いづるくわいこくのしゆぎやうじや
ふたりがわきをのさ〳〵とあゆみゆき
戸口のかけがねしつかとしめにつこり
わらひにうなづきみさほはそれと
こゝろづき〽ヲヽさいぜんあるじのはなしに
きいたわたしらよりさきへこゝへとまつた
おしゆぎやうじやわたしらがはなしごへに
お目がさめたでござんしやうたびは
道づれ世はなさけひとつうちに
とまるといふもいはゞえんづく
いろりのはたでおちやひとつとあいそういふもその身のかき孝太郎みゝかたむけ〽ハヽアおあいやどの
ろくぶどのかさゝこれへ〳〵あいさつすればいろりのはたに大あぐら〽コレ仁内のせがれの孝太郎よい所へ
あつたナア見ればとり目のどう目くらはていゝざまだとけたふすよこがほ孝太郎さぐり手に刀を
とつてひざまへなをし〽それがしが名をしつて今のりよぐわいなくなにものじやとたつぬればしゆぎやうじやは
あざわらひ〽びつくりするないつてきかすぞくわいこくのしゆぎやうじやとはよをしのぶかりのすがたまことは
おのれが父仁内おぢ兵作をりへ小いそ四人のものをてにかけしよこしまあく五郎だはときいて二人はびつくりし
孝太郎はおどりあがつて身をかためいもとぬかるなかつてんでござんすと「つぎへつゞく」【矩形で囲む】

丸に正

【右丁】
【上部】
○四人の
えん
こん
かたき
うち

てい



よろ


「小いそ」【矩形で囲む】
「兵さく」【矩形で囲む】
「をり江」【矩形で囲む】
「仁内」【矩形で囲む】

【本文】
【上段】
「まへのつゞき」【矩形で囲む】よういのひとこしつばもとくつろげ〽ヤアめづらしや悪五郎
とゝさんはゝさんをはじめとしてふたりのおかたをてにかけし
うらみをはらす女のねんりき岩もとほれと
きりつくる
あく五郎
身をひらき
しやじやう
とりのべ
刀を
はつしと
うち
おとす
こゑを
あて
どに

太郎
目くら
うち

きりつくる
あく五郎
ひらりと
とひのき
又切つくる
刀をくゞり
うしろへ
まはつて
かたさき
ひとたち
みさほは
おさへて
まき
ばこの
あらなはにてはしらへ
くゝりこなたとさいなみ
【左丁上段へ】

【中段】
○正作
助だち
○孝太郎
八ッ目うなぎの
きどくによりて
とり目立ところに
なをりおやの
かたきをうち
ちどり丸の
つるぎを
ぶんどり
する

【下段】
▼▲川風
さつと
ふき
きたり
水中
より
かの
八ッ目
うなぎ
おどり
いて
とび
かゝる
その
いき
ほひ
また
にげ
かへる
うしろ
より
正作
さき

すゝみ
つゝ
三人
づれの
かたき
うち
孝太郎
こゝろは
やたけに
【左丁下段へ】

【右の男】丸に正
【左の男】丸に孝

【左丁】
【上段】
かなたをさいなみ
がうあくひだうの
ふるまひは
あはれと
いふも
おろか
なり
かゝる
所へ
ある


正作
とく


さげて
たちもどり
おせどしやくれど
あかざる戸に内には二人が
さけぶこゑこはそも
いかにと戸をけはなし
見れば二人あやうき
ありさま▲

【中段】
▲今は
町人
むかしは
武士
正作みさほが
うちおとされし
刀をてばやく
ひらめかしうむをいわずに
きりつくるはげしき太刀風
あく五郎きりたてられてたぢ〳〵〳〵
こはかなはじとにはづたひゆきをけたてゝにげてゆく
正作みさほがいましめをときながらやうすをきけば今のは
かたきのあく五郎さてはと正作しりひつからげうすでなれば孝太郎を
たすけつゝひとすじみちをおふてゆく○さてあく五郎は正作がいへをにげいたし
村はづれのどばしのうへをわたらんとするにあしすくむこはいかにと思ふうち▼▲

【中央】

みさほ
ほん



ぐる
○四人のものゝ
のりうつりたる
八ッ目うなぎあく五郎を
なやましきやうだいに
かたきを
うた
する

【下段】
はやれ
ども
とり
目の
かな


くち



時に
ふし
ぎや
八ッ目
うなぎ
孝太郎が
かほへいきを
かくると
見へたるに
たちまち
なをる
とり目の
やまひ
ゑち
ごの
くにの
せき川の
八ッ目うなぎの
こうのうを
のちのよ
までも
つたへ
けり

【女】丸にみ

【右丁】
【上段】
山東京山作 【刻印】丸に京山【矩形で囲む】
勝川春亭画 【壷印】勝【矩形で囲む】
○京傳店れいの口上
とくしよ丸《割書:一つゝみ| 壱匁五分》
第一きこんのくすり
物覚をよくす
○きおう丸ごく上々の
やくしゆをもつてせいし
のりをいれずくまのいにて
丸ずこうのうかくべつなり
○しんがたきせるたばこ入
京でん京山自画さん
あふぎしな〴〵
○京山篆刻水晶印銅印
古ていをてい御好次第
ろう石は白字五分朱字七分
ゑんごくよりは印さいへ刻價
御そへ可被下より御いそぎの
しなは日げんをかぎり
被出来可申候
京傳店にて取次

【下段枠内】
孝太郎あく五郎を打とり
ちどりまるのつるぎを
うばひかへしばんしうへ
たちこへむかししゆじん
月のわどのへさしあげ
ければおんよろこびなゝめ
ならずきさんをゆるし
かぞうをたまはり
ふたゝび花さく
氏井のいへ
めでたき
はるを
むかへ
けり
「月のわ判官」【矩形で囲む】
「孝太郎」【矩形で囲む】

【下段左】
孝太郎が
かたき
うちのこと
ばんしう
まつくら
けへも
きこへ
けるゆへ
正作が
義心の助だち
ぶしのかゞみ
なりとておなじくきさんかなひ
みさほをむかへてつまとなし
これもかはらず
めてたし〳〵〳〵
「みさほ」【矩形で囲む】
「正作」【矩形で囲む】

【左丁】
【上部枠内横書】
文化七年 【紋】入山形に本 庚午新板

【上段】
《割書:小いな|半兵衛(はんべい)》《割書:山東京傳作 全部|《題:夜之鶴親父形気(よるのつるおやぢかたぎ)》|歌川豊国画 八冊》

《割書:禿池(かふろがいけの)|昔語(むかしがたり)》《割書:山東京傳作 全部|《題:梅於由女丹前(うめかおよしをんなたんぜん)》|勝川春扇画 六冊》

《割書:そろばんのお百|かけざんの一八》《割書:山東京山作 全部|《題:継子立身替音頭(ままこだてみかはりおんど)》|勝川春扇画 六冊》

《割書:    関亭傳笑作 全部|《題:新撰生姜市草創(しんせんしやうがいちのはじめ)》|    歌川豊広画 六冊》

《割書:刀屋半七(かたなやはんしち)|浮名仇討(うきなのあだうち)》《割書:曲亭馬琴作 全部|《題:梥月新刀明鑑(まつにつきしんとうめいかん)》|勝川春亭画 六冊》

《割書:末野珠名(すゑのたまな)|今様物語(いまやうものがたり)》《割書:曲亭馬琴作 全部|《題:打也敵野寺鼓草(うてやかたきのでらのたんほゝ)》|勝川春扇画 三冊》

【下段】
《割書:   十返舎一九作|《題:青嵐宗源物語(あをあらしそうげんものがたり)》|   近日出板》 《割書:全部|八冊》

《割書:      山東京山作|《題:《振り仮名:八ッ目鱣因縁物語|や   めうなぎいんえんものがたり》》|      勝川春亭画》 《割書:全部|三冊》

《割書:放駒(はなれこまの)長吉|濡髪(ぬれがみの)長五郎》《割書:山東京山作|《題:《振り仮名:二ッ蝶後日勝負附|ふた  てふ〳〵ごにちのしやうふづけ》》|草稿出来》 《割書:全部|八冊》

《割書:おちよ|半兵衛(はんべい)》《割書:東西菴南北作|《題:初夢(はつゆめ)ばなし》|勝川春扇画》 《割書:全部|三冊》

《割書:   東西菴南北作|《題:《振り仮名:筆初日の出の松|ふではじめひ  で   まつ》》|   歌川金蔵画》 《割書:全部|三冊》

《割書:    東西菴南北作|《題:鏡山後日俤(かゞみやまごにちのおもかげ)》|    勝川春扇画》 《割書:全部|六冊》

右不残出板売出し申候 芝神明前 《割書:甘泉堂》 和泉屋市兵衛版

【中扉】

【右丁】
《割書:《題:鶉権兵衛(うづらごんべゑ)》|《題:侠客話(たていればなし)》》
𠎣鶴堂【印】寉【印】喜
絵師菊川英山筆【横書き】

【左丁】
文化七年庚午春新鐫 江戸通油町 鶴屋喜右衛門梓
【枠内】
游君亀御前(いうくんかめごぜん)【横書き】
篠目娘(さゝめのむすめ)お雪(ゆき)【横書き】
頼光組仁侠四天王(らいくわうぐみをとこだてしてんわう)【横書き】
頼光源治左衛門(よりみつげんじさゑもん)秀虎(ひでとら)
◦わたなべのつな五郎
◦きんとき金左衛門
◦さだみつ定八郎
◦すゑたけ末九郎
▲ひとりむしや
 保昌(ほうしやう)やす兵衛
【枠外】
春興《割書:赤本のをはりと春のはじまりは|いつもかはらすめてたし〳〵》三馬作【印】丸に式亭

【右丁】
化粧(けわひ)
坂(さか)の
花街(くるわ)
【女】丸に亀
【男】丸に五
出口柳
【本文】
今はむかしかまくらはんえいのころ世の中だてといふものおこなはれし
中にうづら権兵衛とて無類のはやわざ大力のものありけりかんにん
つよくなさけふかきうまれつきゆゑぎりをみがきはぢをしる男気を
かんじて人みなほめざるはなかりきこゝに又よりとも公ばつかの侍臣(じしん)に
大場(おほば)の三郎がおいの殿ときこえし頼光源治(よりみつげんぢ)左衛門 秀虎(ひでとら)と
いふものありかれも男達とせうして別にひとくみをあづかり頼光(らいくわう)
ぐみとよべり此組にかしららだちしものを四人すぐりて四天王になぞらへ
その名を金時(きんとき)金左衛門 渡辺綱(わたなべつな)五郎 末武季(すへたけすへ)九郎 貞光定(さだみつさだ)八郎
ひとりむしや保昌やす兵衛なんどつねにまち〳〵を
わうぎやうしてさま〴〵のわづ【がヵ】ままをふる
まいぬそのころ扇がやつのぢうにん篠目(さゝめ)
の八郎がちやくし同五郎 有国(ありくに)といふわか
ものけはひ坂のいうくん亀ごぜんにふかく
なれむつみてよるひるとなくかよひつめたがい
に水もらさじとぞ
ちぎりけるしかる
に此かめごぜんに
はよりみつ源治
左衛門ふかく▲

▲れんぼしておなじくくるわ
へかよへども心にしたが
はざりければあるよひそ
かに四天王のもの
どもをまちぶせ
さしめ篠目(ささめ)の
五郎が
もどり
みちを
さへぎり
てやみうちに
せんとたくみ
しをはやく
もかめ
ごぜんが●

〽うづら権兵へ
ちゝつくわいちつと
こうくわいひろぐで
あんべい

【左丁】
〽なぶれ〳〵
あのやらうを
なぶれ

「マアい〳〵
よわい金時
赤夲のあか
はぢかいた
ざまを見ろ
よわむし〳〵
〽がきめら
おぼえて
うせろ此
金時が
どうするか
見をれ

●もとへしらする
ものありければさゝめ
の五郎大きにおどろきいま
此所にて身をすつるはやすけれどもばしよ
あしければいへだんぜつせんことをふかく
なげき思ひしをかのうづら権兵へ
きくよりもかねてゐこんある
らいくわうぐみのやつばらひと
こぶしあてゝくれんわれにまかせ給へ
とてさゝ目の八郎があみがさを
かりてわがすがたをやつし出口の
やなぎにちかよる所をかくとは
しらで五人のわかもの前後より
とりかこみ五郎やらじときりつくる
をさしつたりと身をかはし五人を
あいてに無刀(むとう)のはたらきかたなを
うばひてむねうちにたゝきふせさては
なんぢららいくわうぐみのほねなし
どもよなうづら権兵へに何ゐしゆ
ありてかくらうぜきひろぐぞと大
おんによばゝれば五人此こゑにおどろきて
うづら権兵へとはしらざりし人ちがへ「つぎにつゞく」

〽なむさん
きんとき
ゆでさら■
しほが■だ
たでるらい
め見たか
ヱゝ
むねんな

【中央の人物】丸に権
【左下の人物】丸に金
【左上の人物】丸に金

【右丁】
【欄外】 うづら権兵へ
【男】丸に八
【女】丸に雪
【上段】
「つづき」ゆるされよとほえづらしてにげちつたり金時金左衛門は
大兵ひまんのからだゆえ身おもくして一人あとにをくれしを
うしろよりかいつかんであたりのどろ田へ三げんばかりなげこんで
はなうたうたふてあゆみゆく権兵へがはたらき天ぐに
ひとしきふるまひと見る人したをふるひけりかくて
金時金左衛門は五たいをどろにうづまれてやう〳〵にはひ
あがり惣身くろんぼうのごとくにてよろ〳〵とゐざり
ゆくを見て日ごろのにくしみふるければわうらいの
人つぶてをうちつけさん〴〵にはやしたてければ金時
はふくにげかへるめんぼくもなきありさまなり
これよりのちらいくわう組のものどもうづら
権兵へをかたきとなしてにくみけり
○こゝにさゝ目の八郎 有秀(ありひで)はちやく子(し)五郎
有国にいへをゆづりいんきよしてありしが娘
お雪といふものよわ〳〵しきうまれつきにて
つねに多病(たひやう)なりければ八郎がおいの心に
くらうたえず湯治(とうじ)などさせたらば
又こゝろよき事もやとすでにようい
して伊豆の国へと心ざしぬ八郎
いんきよの身とはいへども他こく
するには物がしらへねがふべきはづ
なるがさありてはかれこれ事むづかしき
ゆゑ娘一人をつれてしのびの道中
つひえをいとひまづ湯宿を
とりてひとまはりの日をおくりぬ
しかるに此となりの部(へ)やに
てよしゆくするわかもの六人
いづれも武士と見えたるがはなはだ
さつばつなるものどもにてちうやわが
まゝをふるまひぼうぢやくぶじんのあり
さまなりかの武士お雪があてやかなる
すがたをかいまみてよりわれしたがへん
【左丁上段に続く】

【中段左】
〽せんばんきのどくに
ぞんじまする

▼▲しんきをつからし娘がうつき
をはらさんため湯治へともなひ
かへつてわづらひのたねとなりしを
くやみて今はさて
【左丁中段へ】

【下段】
▲おどし
つすかしつ
さま〴〵らう
ぜきにおよびし
が此事父につぐる
ときはおいのいつ
てつにいかりをおとし
かの武士どもとけん
くわにおよばゝ大
事也とあけくれ
心むすぼれて
ひごろのやまひ
なほいやまさる
おもひなり
八郎もひそ
かに此ていを見て▼▲

【左丁】
【上段】
われなびけんとたがひにいろをあらそひて
八郎がへやへ心やすく入来りなにがなして
お雪を手にいれんとはからひしが八郎
もとより心をゆるさずお雪もあら
くれし武士をおそれてひたすらにとほ
ざからんことを思ひ
はかりいかやうに
すゝむるともかれらが
へやにはゆかざりけり
○さればわかものども
さま〴〵にてだてをつく
せども八郎おや子
うちとけざれば湯の
わうらいにお雪を
とらへてむたいを
いひかけ▲

【中段】
すこしもはやく帰こく
せんとぞ思ひ立ける

〽しからば
いかていに
申ても金
子しやく用は
ならぬじやまで
ハテどういた
さう
ぜひがござらぬ

【男】丸に濵

【右丁】
さてかの六人の武士はお雪をさま〴〵にくど
けどもしたがはずかへつて此ごろは道すぢを
かへて湯治するやうすつらにくししやつめ
をめいはくさするはかりことありとて
一人の武士八郎が方へゆきていふ
やううけ給はる所そこもとは
さゝめの八郎どのと申てより
とも公御ばつかの武士御しのび
にて御入湯のよしかねてうけ給
いりおよべりわれらは頼光
源次左衛門がけらい四天
王の下にくはゝるもの
どもにて候御らんのごとく
入湯の内金銀をつかひ
はたしたゞ今はたとなんぎにおよぶ何
とぞ金二十両はいしやく申たし帰国の
上はさつそく御やしきまでへんさいに及ふ
べし武士のなさけはあひたがひのこと
なればたゞ今御かし給はるべしとぞのべ
にける八郎これをきゝてはなはだ
めいわくし御らんのことくしのびの
入湯にて下人一人をめしつるゝほどの
じぎなればかようの金もはづか
のしよぢにて御用だつほどは手
まはり申さずべつしてより光
源次左衛門どのゝ御けらいとあれ
ば何とていなみ申すべき有 あはせざるはぜひも
なく御ことわり申すよしこたへければかの武士大きに
いかりてその御あいさつ武士のいきぢにかけたりわれ〳〵は
こしごえの太郎小ゆるぎの磯六龍の口の龍太夫ゆひ
の浜九郎江のしま岩助星の井水右衛門とおの〳〵
せいめいをなのりてはづかしきことを申いだすも

【台詞】
〽此かたなをすりかへれは又二ばん
めのきやうげんがかけるこまい〳〵
〽ちよつと一ト口
つけざしといふ所
どうだ〳〵
〽コレおむすさやう
にやぼをの給ふな
 君よ〳〵
   君さまめ
〽わたくしはおゆる
しなされませ
〽あねさんすぐに
あんとおあきな
ハテまあおたべよ

【人物名右より】
水 太 雪 岩

【左丁】
よりとも公御ばつかをれき〳〵の八郎どのゆゑ
それをみこみて御たのみ申すなりはづか廿両
ばかりの目くさりがねををしみ給ふはより光
源次左衛門がいへを見くびりてのうたがひか
よりとも公御ばつかの御れき〳〵廿両ばか
りの金御しよぢなくてはばいしんの
われ〳〵にははるかおとりしびんぼう
にんなりさやうなひけうをいはず
ともはやく御かしなされよとあく
こうざうごんにおよべども八郎は
しのびの入湯といひ一ッには
むすめがふびんさにいかりを
しのびいよ〳〵金子はしよぢ
なきむねをのべてはぢをも
いとはずことはりければさても〳〵
見そこなひのおいぼれかなそのてい
にてはよりとも公すは御大事と
いふときに馬ものゝ具もきうの
間にはあひ申すまじこのうへは
むしんも
いはずかま
くらへ
帰国の上きつとお礼にまゐるべしとて
座をあら〳〵とふみ立てとなりのへや
にぞかへりける八郎おや子むねんいやま
さりてくちをしなみだにくれけるがしのび
の道中にてきよじあらばせがれ五郎が
なんぎせんことをかんべんしてやう〳〵
むねをさすりゐたり

【台詞】
〽げこでござれ
ばごめんくだ
されこれは
したり
〽せつしやが刀の
まへにたいしても
このいつぱいは
つがねばならぬ
はこねのはこわう
ヲットげさんは
ならぬぞ
〽さて〳〵
むたいな

【人物名】
磯 八 龍 濱

【右丁】
さゝめの八郎つく〴〵思ふにしよ
せんながゐせばあくじのもとひ
也すこしもはやく帰国せんと娘
お雪にさゝやきてすでに
たひにもつとりかたづけ出たつの
あさにいたりて又思ひけるは
となりの武士どもはおとに
きこえしらいくわう組のあふ
れものなればあいさつなしに
打たゝばかへつて事を仕出
さんとたびよそほひして
娘引つれとなりのへやの
入口にてわかれをつげけれ
ば武士六人おの〳〵■
をそろへて今日御帰
国とうけ給はりせつ
かく御なじみ申せし
ことなればせめて
わかれのいつこんを
くまんとぞんじ此
やどへ申つけて
御まちうけの
酒さかな此
とほりにとゝ
のへあり
いざ〳〵めで
たく御さかづき
仕らんとありけれ
ばおやこはな
はだめいわくし
もとより御酒
はふえてなればせつかくの御こゝろざし御さかづき

【台詞】
〽何事か
おとつと子〽いたはしい
ことだの
〽そのおやぢを
ひきずれ
〳〵
〽娘がそひぶし
きらつたゆゑあわび
のかひのかた思ひとこ
ぶしならぬいなかぶし
なまくらぶし
のなまりぶし
めその
いしゆ
がへしにうでぶしをかうつかん
だらふし〴〵がちと
【左丁右下へ】

【人物名右から】
太 水 濵ヵ
【看板】
御とまりや

【左丁】
【上段】
ばかりこれにていたゞき申さんといふいや〳〵それにてよろし
からずこれへ御入候へたゞし御れき〳〵の方と申よりとも
公御ぢきさんの八郎どのへばいしんのわれ〳〵ふぜいがさかづき
りよぐわいなれどもたびはしつれいをあらためずとおや
子をむたいに引入ければ八郎ぜひなく刀を入り口に
おきて座になほりお雪もつゞいて入る所を又
二三人にて上座へすゝめ扨ていねいのりやうりにて
さかづきをめぐらしぬされどもおや子はげこなるゆゑ
すこしもはやくこゝをのがれんとすれども六人にて
むたいにさけをすゝめ大さかづきにてしいつめたり
このうち一人の武士ひまをうかゞひて座を
しりぞき八郎が刀を入り口に
さしおきしをとりあげておのれが
刀とすりかへおきつかぶくろを
さしかへてしらぬふりして
ゐたりけり八郎かく
とはつゆしらず
やう〳〵にわかれを
つげてむすめを
ともなひ座を
たちさりかのひと
こしをこしにたいして
たち出ければ六人の武士
五六町がほど見おくりて
りやうほうへたちわかれしかば
おや子ははじめていきを
つぎ虎口(ここう)をのがれし
おもひなり

【左丁右下】
いとこぶしであんべいがな

【台詞】
〽そのかごをいそげ〳〵
〽思ひがけない
そさうでござる
たゞ今それ
へまゐらう
とぞんじた所
まづわけを
おきゝ下され
〽とゝさま申
かならず〳〵
おはやまり
あそばすな
かなしや
〳〵
〽わけもひやうたんもいらねへ
大どろぼうのかす ざむらひ

もとの所へ
うしやアがれ
〽だかむくれのへげ
たれおやぢめかくご
してうせをれ

【人物名】
八 磯 岩 龍 雪

右丁
さてありて八郎はみちのほど三里もすぎてたてばの茶やにやすらひ娘をのりものより出してきうそくさせありけるがふと心付たるにわがたいせしかたなとつかぶくろはにたれどもひとこしはわがしよぢの品にあらずさてはせんこく出立をいそぎて心あはてしゆゑかの武士の刀ととりちがへし物ならめ武士の身としておのれがさしりやうをとりちがへそこつともうろたへものいはんかたなきおちどなりすれども此ままにてはありがたしはぢをしのびてとりかへ来たんとおもへどもせつかく三里もすぎしことなり娘をつれてゆかば又又いかなるなんぎもはかられずとしもべにいひつけかの茶屋にのこしおき門口へ立んとせし所へ六人の武士いきを切てかけ来りやにはに八郎をひつとらへ刀のぬす人にぐるとてのがさんやちう代の刀をすりかへしはわうどうものよりとも公の御ばつかささめの八郎ともいはるるものがわが刀をとりちがへんどうりなし湯宿ににておこりしことなればのりものともにもとの所へ引かへせと八郎が▲
▲わぶるをもかまはず大ぜいにてちうに引たてもとの湯宿へつれかへりさんざんにあくこうし此ぶんにさしおかれずとさうどうしければ湯宿をはじめしゆくろうむらおさ中に入りてさまざまなだめすかせどもさらにかけひくていもなし
左丁
かくて六人の武士口口にののしりけるは八郎をかまくらへ引つりゆきぬす人なりとごん上しそのうへねがひをもたつせずしてにう湯にたび
だちしつみをかぞへてわれわれがいきどほりをはらすべし又それをなげかしくおもはばむすめおゆきをわれわれろくにんのうち一人へくれるか又さもなくはわれわれ六人と此ところにてうちはたすかいづれなりとも一條をかなへたらば此ばはあひすまさんとなり八郎此三が條をききてむたいのあるでういきどほれどもそこつのつみのがれがたくはじをすてすててわびことしいへのため子のためを思ひやり武士ににあはぬみれんながら手をすりてあやまりけり六人はいよいよかつにのりてののののしりやまず八郎いまはぜひなししよせんぜつたいぜつめい
なりもとよりむすめをかれらが方へおくらんことをおもひもよらず子上はいさぎよく六人のやづばらとはたしあひうんめいを天にまかさんとおもひきはめしかじかのよし六人がもとへ申こみければをどりあをどりあがりてあざけりわらひなになによぼくれおやじめが此六人とはたし合んとやおもしろしおもしろししかしながらとうろうがおのをもつてりうしやにむかふがごとくただひとうちにてややいばのさびとなるべきにとしよりのひや水こそふびんなれさてさて手にもたらぬおいぼれにてちからづいえとちやうらうしいよいよ明あさ五ッ時このうみべにてはたしあはんとやくしけり
〇かかりしかば明あさ五ッ時はまことにぜつたいぜつめいなりとておゆきにこまごまときやうくんしおや子がわかれの水さかづきしてたがひになみだせきあへずわきてお雪はあるにもあられず父八郎にとりつきてほつにしあんはなきことかと天にめくがれ地にふしてなきくづれしぞどうりなる八郎思ひけるはわれおぼへあれどもしぜんうちぢにせしあとにてむすめをかまくらへつれかへらんこと下人にてはおぼつかなし「つきへ」
「どうぞしかたはござりませぬ か かなしやかなしや
「おんみも武士のむすめではないかみれんのなみだ見ぐるしいたしなみめされ
人物  雪  八

右丁
欄外
なんてもめづらしいことだ十六になる娘と七十になるぢいさまとはたし合だとさ
上枠内
「いそげいそげ  「はしれはしれ  「かけろかけろ
[つづき」
たれをたのみて娘があんどをはからんとしばらくしあんする所にさいはひなるかな此ほどむかひなる湯宿にはうづら権兵へ入湯してとうりうするよし此人はかまくらになたかき男だてにてよわきをすくふときくからに権兵へにたのみ入らば娘が身のうへあんどなりとまづ湯宿におゆきをあづけおき権兵へがりよしゆくへ出ゆきけり湯宿にてもおゆきがなげきをおしはかりさまさまとかいほうしてともになみだのそでをしぼりぬさて八郎は権兵へにたいめんしてしまつをくはしくものがたりしうへおゆきがことをたのみければ権兵へさつそくとくしんし何か扨おれきれきの御たのみ町人の権兵へめうがにかなひしことなればいとやすき御事也少しも御気づかひし給ふなしかし御おぼえありとは申ながらあひてはくつきやうのわかもの六人此方は御ろうたいの御一人まづはあやふし又はたしあひには助太刀かなはずたとひかなふとも助太刀を御たのみともぞんぜねは身ふせうながらうづら権兵衛ごづめして御あとをまもるべしいさぎよく御はたらきあそばされよとありければ八郎なみだをながしてよろこびいかにもおぼしめしかたじけなしここに今一ッの御たのみありそれがしじやくねんよりいつしん流
のたうじゆつをたんれんしたればたとへむかふものがうてきなりともやりをとつて立合ふときは十人までは心におぼえありされどもしのびのたびなればもちやりもなくなんぎいたせりたちうちにてはろうたいのはなはだ心ぼそければおんみ何とぞこよひの内にやり一トすぢ御さいかく下さるべしこれ第二の御たのみなりとあるにぞ権兵へこころえ候ごこく御りよしゆくまでじさん仕るべしと心よくうけあひければ八郎が心中ぜんごにとうわくせしところたちまちくもはれて月のあらはれしごとくかたじけなみだをうち
「権兵衛こづめいたすうへはなほせいしんをはげまされものの見ごとにうちひしいでつかはされませ
人物名  権
左丁
欄外
「せいのたかさ一丈六尺の大男だといふことた
上部枠内
「さてもさても 「あれあれあれ  「おやおやおやあれあれあれめつさうだめつさうだ 「サアサアはたしあひがはじまつたはじまつた
本文
はらひりよしゆくにかへりまづおゆきをまねきさて権兵へがをとこぎありてしかじかのしんせつをかたりければおゆきはなほさらよろこびてぢごくにほとけをえたるごとくこころのうちすこしはあんどのおもひをなせり
かかるところへやりひとすぢをとつてうづら権兵衛入り来たり
おゆきにもたいめんしたがひに一れいをはりてのちすこしもゆだんなく御したくあるべしとて権兵衛もよういととのひ六人のかたへもあんないして夜のあけるをぞまちにける

右丁
「うづら権兵へこれにこれにてけんぶんごづめでござるぞ
本文
あくれば伊豆のはまべにおいて六十余の老人とけつきさかんのわかものら六人とのはたしあひありとてきんりんろうにやくくんじふせりほとなくあさ五ッどきのかねとともに惣方はまべに立むかふらいくわう組男だてのわかざむらひにはこしごえの太郎こやなぎのいそ六龍の口龍太夫?ひの浜九郎江のしま岩助星の井水右衛門以上六人しらめやのはちまきにはかまのそばたかくとりたまだすきして身がるにいでたちおのおのだんびら物をぬきもちておやぢひとうひとうちといはぬばか
りにはないからしてひかへたり
「ふりよのことにてはたしあふもさだまるいんぐわいざまいらういかにいかに
○こなたよりは篠目(ささめ)の八郎有秀(ありひで)生年六十五さいしろもめんのはちまきしてはくはつをふりみだしおなじたすきにももだちたかく大身のやりをとつてりうりうと二三べん引しごき六人をむかふに見てつつ立しそのこつがらろうすいしてこぼくのこどく見ゆれどもきのふまでのやうすにことかはり壮士(さうし)もおよばぬばかりいふうりんりんといさましし
人物名  権   八
左丁
○しかして双方なのりあひすきをうかがふをりからうしろの小だかき所よりうづら権兵へ身がるにいでたちてむづと座し男だてうづら権兵へ八郎がこづめとよばはりきんぜんとひかえければ六人にいかにがんしよくへんじてあんにさうゐのありさまなり
「ただひとうちだぞかくごしやれ
「はいやいさよはいやいさよでござい
「おひぼれのよまいごとくどいくどいいざいざしやうぶ
「ななかなかさよでございはみがきはんごんたんごようなら此めひだにおもとめなさい
「こひぐちのはなれそぶ?ぶのかねあひ
人物名  水  名無し  龍  濱   岩  太 

右丁
そのとき六人のわかもの権兵へを見ておどろきたるすきまにつけいりさきに立たるこしごえ太郎がどうばらをぐさとつつつかれて太郎はどうとふすなむさんぼうゆだんせりとのこる五人が一手になりてとうまちくいのこどくとりかこむをささめの八郎すこしもひるまず大身やりをとりのべてろうごのおもひでなんじらをでんがくざしにしてくれんとやりさきするどくひらめかし上をはらひすそをからみ左右へはねのけたたきのけかすり手あまたをおはせて手しげくはたらきければ
「うづら権兵へひかへゐる
「ありやありやありや
「てなみにこりぬうんざいめらかたつはしからみなごろしだぞ
「どつこいな
人物名  権  八  浜
左丁
小ゆるぎいそ六たつの口龍太夫ほしの井水右衛門あるひはまつかうかたせをえらばず四人まではつきころされここかしこにたふれふす此すきをうかがふてゆひのはま九郎江のはま岩助ただ二人のこりのものどもよこあひより切かけしが何とかしけんささめの八郎濱九郎がうつた刀をうけそんじてかたさきよりのんどへかけて切さげられたふるる所をごづめの権兵へなむさんぼうといひさま八郎をすくふて二人めがけて切むすぶ
「なむさんつかれたかさうつつかけてきてお手になに
「これでしんだらばけものにでもなつてくらついてやらうしかしきんねんのくさざうしのやうにじきさまゆうれいにはなられまいまづ?者にきいて見ようか
人物名  太  岩  龍  ?

右丁
けんぶつ大ぜぜいくんじふする
「すさまじいはたらきのちいさまじや
「わかい大きな男がでたぞや
○うづら権兵へ大きにいかりていかづちのおちかくるごときいきほひをなしゆひのはま九郎がうつ壱刀をはらつてからたけわりに切はなしかへすかたなに江のしま岩助をこしぐるまにきりはなす此ひまにさいぜん手おひし小ゆるぎいそ六よろよろとおき上りておちたる刀をひろひとり八郎がうしろへゐざりよりてひとかたな切つくるをうづら権兵衛ふりかへりさまこれを見るよりまつふたつと切
「なむさん出しぬかれたか
「おぼえたかくそおやぢめ
人物名  八  岩  磯
左丁
われば小ゆるぎいそ六ふたつになつてぞうせにける権兵へ三尺一寸の大わざもの鉄のぼうのごとくなるを打ふつて六人がとどめをさしてさて八郎を引おとしさてさて御はたらき見ごとにて候四人を手の下につきおとしたる大じやうぶにてこれほどのてきずにひるみゐふはいかに八郎どの御心たしかに候かときつけをのましめ扨六人はとどめをさし候といひければ八郎ほそきこわねにて御しんせつかたじけなしもはやほんもうとばかりにてつひにむなしくなりにけり
「ちよこさいなやつ名ひしらせん
「むかふからこつてくるひらりとあたまでうけるなんときつからう
人物名 権  濱

右丁
欄外 宇津ら権兵へ     十
本文
さるほどにおゆきは父八郎がうせしとききてきやうきのごとくとりみだしなきかなしむぞどうりなるかくてあるべきことならねば六人のしがいはその所にてとりおさめさつそくかまつらなる篠目(ささめ)の五郎をよびのぼせかたのごとくはうぶりぬ
五郎はいつにはじめぬ権兵衛がなさけをかんしんしさきだつては五郎がために金時にからきめ見せ此たびは父八郎がためにごづめとなりてちからをそへくれしことかさねがさねのおんふかしこれも又らいくわう組のけんぞくのしわざなりかれもとより其地御?がいろをあらそふこころよりわれわれをかたきのごとくおもひてかくのごとくあたをなすゐこん置くにふかしかつ此たび父のあたをそくざにうちゐひし大おんひとへにいもとが命のおやなれば御こころにはかなふまじけれどやどのつまとなしゐけらばかたじけなしとありければ権兵へかぎりなくよろこびてこれよりお雪をよびむかへけり
「何事もすくせのいんぐわとあきらめて此のち権兵へどのの大おんをわすれずをつととあがめたいせつにしやれ
「ここへくるまでおたつしやなととさまわたしゆへにひがうの御さいごあそばしてゆきとかへりはことかはりおこつをかごのみちづれとはあんまりつらいなさけない
「おもはぬさいなん吉事とかわるもハテおもはぬえんぐみてごんす
人物名 五   権   雪
左丁
ここによりみつ源次左衛門は四天王の内金時金左衛門をてうちやくされそのうへ此たび入湯のばしよにてけらい六人はたしあひのせつこれ又うづら権兵へにけちをつけられもつての外いきどほりけれどもゆうのうがうけつのうづら権兵へなればうかつのことをしいだしてはかへつてはじのもとひ也とてだてをつくされけるがあるときわたなべの惣五郎をもつて権兵へが方へししやをぞ立られけるつな五郎かみしもをちやくしてうはぎは禁札(きんさつ)と鬼のうでくろくもいなづまをそめいだせしだていしやうか用つばの大小金ごしらへをおびて権兵へが方へあんないしおにひげ左右にかきなでてへいふくして申けるは主人源次左衛門ことかねてよりき公のゆうもうをしやうびいたされいてより御ちかづきになりたきぞんじよりのところ一日一日とおそなはりやうやう今日ししやをもつて申入候なにとぞみやう日御酒いつこんさし上たくぞんずるゆへおちかづきのためこの方やしきへ御いでくだされたく御むづかしながらたのみぞんずるむねのべければ権兵へいちもつありとさとれども心よくうけひきていねいにへんとうしければ惣五郎よろこびて立かへりぬ
「これはこれはおししやごくっらういづれみやうにちぎよいえませう
「さつそくに御ききすみ下されつかひにまゐつた惣五郎めが身のめんぼめんぼくかたじけなうぞんじまするしからば権兵衛どのには明日ごくわうらいを御まちまうすでござらう
人物名  権  金

右丁
あくれは権兵へは組のわかものどもをまねきて今日かやうの事にらいくわうくみへまねかるゝ也さつする所われにちかづきにならんといふはいつはりにてさいつこめのゐしゆをはらさんたくみなるべしよつて今日おの〳〵とわかれのさかづきしてゆく也とありければわかものどもこれをきゝていや〳〵おやかた一人にてはおぼつかなしわれ〳〵もともにゆくべしといふを権兵へおしとゞめ男を立る権兵へが大ぜいをおそれて手下のものを/具(ぐ)したりといはれなばいきてかへるともせんなし今日ぜつたいせつめいとかくごして大じやうぶのはらはたを見せしめわれ一人にてゆく也とてとゞむるをもかまはず一人よりみつがやしきへゆきまづおとづるゝに四天王のめん〳〵おの〳〵このみのだてもやうこゝをはれときかざりて権兵へにたいめんし手をとりて一と間の内へともなふそのぎやうぎはなはだていねいなり上段にはよりみつ源次左衛門すりばくしたるいなつまの大もやうついの大ひろそでにむらさきのはおりのひもはいかりづなのごのごとく四方かみにあつもとゆひにてまきたてたる大たぶさくわん〳〵と座しゐたるありさまはゑんま大王此世かいへゆるきいでたるかとあやまたるやがて権兵衛にむかひ一れいをはりていざ〳〵おくの間へ来られよ何はなくともいつこんくまんとて金ばりつけのふすま戸をおしひらきてともなひぬ
「いやしき町人のうつら権兵へおれき〳〵さまのおめどほりといひことにはごちさうの御酒をくださるとの事ありがたうぞんじまする御たがひにいらいは御こんいをおたのみ申ます
「いやはや金時どのには大きにおりよぐわい申たそのごあいさつでは権兵へめいたみ入ますハヽハヽヽヽ
「さきだつてのぶれいはうづらせんせいごめん下され
人物名  権  金
左丁
「かまくらに名たかい男ほどあつてうづら権兵へどのとやらハテさていさましいこつがら身どもはよりみつ源次左衛門と申てよりとも公ぢつきんの武士いごはおみしりくだされサア〳〵これへ〳〵
「わたなべつな五郎でござるうづら先生ようこそおいで下されたとのにもせんこくよりおまちかねでござつた
「さたみつ定八郎すゑたけ季九郎でござるおめをかけられてくだされ
人物名  頼 金  定  季

右丁
欄外 うづら権兵へ
本文
さておくの間へ入てみればたたみはとりはなせし板間にてここかしこくされおちたるくち木のはしらじうわうによこたはりくさおひしげりてくものす一めんにかけわたしそのけがらはしけがらはしきこといはんかたなし権兵へおくせずむむずと座せばおのおの此ところにゐならびいざいざ酒をすすめよとことはのしたよりたるのかごみをひらきてひしやくをそへおきまづ源次左衛門さけをこころみんとて大さかづきになみなみと
「おさかながふそくならばしろかね町の東林(とうりん)へ申つけませう
人物名  頼  金  綱
左丁
ひきうけてさかなをといふとき金時かたはらにすすみ出はっしをとりていかにへびのながやきにいたさんかとかげのいりつけいもりのほうろくむしいづれに仕らんといへばよりみつかふりをふりていやいやみけねこのさし身こそよかよからめとてうけてほし扨さかづきを権兵へにゐはる権兵衛大さかつきをいただきてりやうてにひかゆるときつな五郎しやくをとる又かのさかなをはさむにぞ権兵へこれをうけていふやう御れきれきのかたがたは御さかなもちんぶつなりこの権兵へいやしき町人なれどもさやうのむさきものはのどをとほさずも申さばひつぶのゆうとやらにてをとなげなきわざながらこれをくはずはひけうみれんの名をうけんもざんねんなりろくろくびのぬたなりとも見こしにうどうのうまになりともばけ物なりまのちんぶつをゐはるべしといひさま何かはしらずくちにいるるにつねのさかなにてべつにあぢはひかはらざればおのおのがたは子どもだましのおどしを御ちさうとや権兵へまづいつぱいくふたりといふてかの大さかづきをへんぱいす
「もうひとつおあひいたさう権兵へこんにやくではござらぬさけの事さけの事
人物名   季  権  保   定

右丁
枠外  うづら権兵へ        十三
それよりさかづきは四天王にまはりて一はいづつのみてhのみてはまはしまはしするほどにさすがの権兵へも二升も入らんと思ふさかづき十ぺんばかりまはりければ大きにめいていする所へひとりむしやほうしやうやす兵へおちかづきなり申さんとて又一ぱいうけさするお手もとおあいとしいければ権兵へもはやたべゑひたればのましのませんと四五人がたちかかりおしあふひまにしやくに立たる金とき金左衛門大てうしをとりなほして権兵へがみけんをめあてにうちつくる▲
「ふたりいつしよにやるなやるな
「うめごぜんかこひのあたくものすやらうめかくごしろ
「さやであしらふとはおいらをえだ先のやうにしをつた
「えんの下からつんでたは九太夫ならぬささめの五郎おかしらのこひのゐしゆうぬもいのちがねくさつたはエ
人物名  金札 金  金札  金札  保 季 定
左丁
▲大りきの金左衛門がちからにまかせてうちつけたるにあつがんの酒目に入りてまなこをひらくことかなはずよろめきてしりゐに座すを保昌やすすけすかさずとびこんみだんびらぬきてまつぷたつと切かくるこころえたりとめくらながらに身をひらけばちからまけにうつむけにのめる所にのこる四人ぬきつれてうちかかるさすがのがうけつ権兵へもかんつぶしによわりてただひとうちと見えにけりかかる所へいつのひまよりしのびけんささめの五郎えんの下よりめりめりとねだ板をさしあげてまてまてまてと大おんによばはりよばはりすつくと立たるいきほひに上にのりゐし両人はまつさかさまにたふれたふれけり
「ささめの五郎がきた上は権兵へどのに手もつけるな
「権兵へがんつぶしのふいをうたれてたふるる
人物名 五  権  金

右丁
此ときささめの五郎は四天王をあひてにしてぬき身をもちゐずさやながらにたたかひてやにはに二人をあてたる所へうづら権兵へまなこをひらきておきあがりおなじくさやながらにあしらひてじわうむげにはたらきければ四天王もひとりむしやもみなかたはしよりたたきふせられ半死半生のていたらくなりよりみつ源次左衛門これを見ていふかひなきものどもかなわれたちむかひてひとひしぎにしてくれんと大ひろそでのはをりをぬぎすてまけいしゆらわうのあれたるごとくいかれるとらひげ左右にみだし三尺五寸の大わざものこふりのごときをひらめかして両人にきりかかる
「いつのひまにかえんの下にしのびゐてわがいのちをすくはれしはかたじけなし五郎どのごたいぎごたいぎ
人物名  雪  権  頼  綱  金
左丁
権兵へ五郎二人ともにためしまれなるはやわざのゆうしやなればなんなく▲
▲源次左衛門をとつてふせおさへてなはをぞかけにけrかけにける七人のらいくわう組はぎりしていかれどもはたらくものは目ばかりにて五たいはかなはずうごめくを両人うちながめてしばらくやすらひさて権兵へがいふやうしやつらはよりとも公のばつかなれば▼▲
右丁下段へ
▼▲こうなんのおそれあり此のち町町をわうぎやうしてわがままをせざらんためいちいちにはなをそぎておひはなちいのちばかりはたすけてくれんとありければささめの五郎げにもつともととくしんしかれらがふたこしをふみくだきおしゆがめそののち一一にはなをそぎてぞ立かへりける
左丁
「今日ただ一人にてこの所来ゐひしときくよりもかねてしのびのささめの五郎いのちのおんある権兵へどのあやふきいのちをすくひしもこれすなはこれすなはちいのちのほうおんまづは御ぶじでめでたいめでたい
「むかしの四天王はつちぐもを此やうにおさへたが今はまたおさへられるこれもなんぞのいんえんかアアぜひもなきせいすいじやよなア
人物名  亀  五  保  委  定

欄外 うづら権兵へ
本文上
そののちうづら権兵衛がたていれにてけいひ坂のいうくいうくん亀御前をみうけしてささめの五郎がやどのつまとなしければかさねがさねのえんふかく権兵へが男気をかんじてすゑながくまじはりをあつうしふうふむつましくさかへけさかへけりめでたしめでたし
本文下         三馬作  刻印 三馬
うづら権兵衛はお雪とふうふ中よく一男二女をまうけてすゑながくはんじやうしけりとりわき男だてのその名たかく今の世までもきこえしはめでたかりけるためしなりめでたしめでたし
人物名 上  五  亀  下  権  雪
菊川英山 筆 ?
左丁
醒醒?山東翁著
骨董集(こつとうしふ)
   近刻
二百年以後(いご)聞人(ぶんじん)の傳(でん)並に肖像(せうざう)珍?(ちんしよ)奇画(きぐわ)古制(こせい)のたぐひ諸(もろもろ)好事家(かうずか)の秘篋(ひきやう)にもとめ数(す)十
部(ぶ)の珍書(ちんしよ)を引(ひき)自己(じこ)の考(かんがへ)を加(くは)へ事(こと)を記(しる)し物(もの)を図(づ)したる漫録(まんろく)尚古(しやうこ)の書(しよ)なり
文化七歳新版稗史目
上段枠
契情(けいせいは)瓢象(ひさかた)侠客(おとこだては)荒金(あらかね)
冠(かむり)辞(ことば)筑紫(つくしの)不知火(しらぬひ)
o一名 ふじ身太郎
式亭三馬作   全八冊
次枠
善悪両面
於竹(おたけ)大日(だいにち)忠孝鏡(ちうかうかがみ)
式亭三馬作   全七冊
下段枠
鶉(うづら)権兵衛(ごんべえゑ)俠膽話(たていればなし)
式亭三馬作   全三冊
次枠
小幡(こばた)小平次(こへいじ)前座之(ぜんざの)講釈(こうしやく)
鱇(このしろ)頓兵衛(とんべえ)幻草紙(まぼろしざうし)
式亭三馬作   前六冊
右のこらず出板うり出し申候此外別紙もくろくに諸先生作相しるし有之候よろしく御評ばん被遊御もとめ可下置く様奉?候
江戸通あぶら町  佳?屋 喜右衛門板

右丁
文化七歳庚午新版稗史
上段枠内
敵討(かたきうち)善知鳥(うとふ)乃俤(おもかけ)全六冊
       山東京伝作
平野屋(ひらのや)徳兵衛(とくべゑ)天満屋(てんまんや)おな川
三世(さんぜ)相婦女(さうをんな)手鑑(てかがみ)全六冊
        十返舎一九作
清水(きよみづ)観音(かんおん)
利釼(りけん)之(の)勲功(いさをし)      全三冊
        十返舎一九作
姥桜(うばざくら)女清玄(おんなせいげん)    全六冊
        曲亭馬琴作
下段枠内
浮世絵師名目
歌川豊国
歌川国貞
歌川国満
勝川春亭
菊川英山
のこらず出板売出申候此外別紙にもくろく有之候よろしく御評判遊され御もとめ御読被下置候様ひとへに奉希上候
午乃はつ春
江戸通油町書林 地本問屋 ?鶴堂 鶴や屋喜右衛門版
左丁
文字なし

裏表紙