コレクション3の翻刻テキスト

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"(諸人必用)民家養生訓

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【帙表紙 題箋】
《割書:諸人|必用》民家養生訓 弐巻

【帙を開き伏せた状態】
【帙の背】
諸人必用 民家養生訓 弐巻 【資料整理ラベル】富士川本 ミ 59

【帙表紙部 題箋】
《割書:諸人|必用》民家養生訓 弐巻

【冊子表紙 題箋】
《割書:諸人|必用》民家養生訓 上

【資料整理ラベル】
富士川本
 ミ
 59

【右丁】
小川顕道先生述
《割書:諸人|必用》民家養生訓
    《割書:全二冊》
 京摂書林  二書房梓

【左丁】
民家(みんか)養生訓(やうじやうくん)
およそ億(おく)兆(てう)の人(ひと)。病(やまひ)せるのくさ〴〵多(をほ)かる
中(なか)に。黴瘡(ばいさう)てふ悩(なやめ)るや。そのはじめ閨房(げいぼう)の
みだりかはしきより発(をこ)り。父兄(ふけい)にはさら
なり。同(をな)じ家(いへ)なる人にも。深(ふか)く隠(かく)しつゝめる
より。終身(しうしん)の畸人(きじん)となり。果(はて)〳〵は魂(たま)の緒(お)の。
絶(たえ)ぬるに至(いた)るもはた鮮(すくな)しとせす。医(い)も亦(また)

【同右欄外朱印】富士川游寄贈
【同頭部欄外 蔵書印朱角印】
京都
帝国大学
図書之印
【同 黒印】
187074
大正7.3.31

【右丁】
愈(いゆ)事の道(みち)し。わいためぬにしもあらねど。
うたゝその功績(いさほし)の著明(じよめい)なるを見ず
こや労(らう)して功(こう)なしといはむ。さるを
小川(をがは)氏(うぢ)顕道(あきみち)のぬしなる。是(これ)を憐悃(れんこん)なせること
爰(こゝ)に年(とし)あり。その病(やまひ)のはじめに萌(きざす)す【語尾の重複】ところを。
誡(いましめ)の言(こと)実(げに)〳〵至(いたり)ふかう。且(かつ)庸医(やうい)の心肝(しんかん)に。砭(いしばり)するの
言(こと)の葉(は)。いと切(しきり)にして。こたび民家(みんか)養生訓(やうじやうくん)と号(なづ)けし

【左丁】
二 冊(さつ)を著(あら)はし桜木(さくらぎ)に寿(じゆ)したまへる世(よ)の永(なが)き
宝(たから)ともいふべし。此(この)小川(をがは)のぬしは。医員(いいん)何(なに)がしの
胤(ゐん)にて。家(いへ)の風(かぜ)ふきたえずして。御 施薬院(せやくいん)になん。
ふるく事(こと)業(わざ)つとめ怠(おこた)らで。齢(よはひ)古稀(こき)より余(あま)れること
四(よ)とせ。子孫(しそん)の数(かず)は廿(はたち)余(あま)り三(み)たり、いさゝかの悩(なや)めること
さへもあらでどれも〳〵さかんに公(おふやけ)につかえ給(たま)へるや。はた
世(よ)に稀(まれ)なりと云(いふ)べし。こたび此書(このしよ)を携(たつさへ)つ□。吾(われ)に序(じよ)せと

需(もとめ)切(せち)なれど己(をのれ)は医(い)の道(みち)迚(とて)は菽麦(しゆくばく)さへもしらねど
ひたふるに悩(なやめ)る事(こと)露(つゆ)あらで八十五とせの齢(よはひ)を保(たも)ち
ぬるも。僥倖(きやうかう)なりとて。いなひ参(まい)らすもゆるされ給ば
せんすへなみに固陋(ころう)寡聞(くわぶん)も厭(いと)はでかゝる老がことの
葉をはじめにくはへぬ事としかいふ

          礫川岱老士
             八十五翁高元如【花押】

【左丁】
民家養生訓上
                小川顕道述
今(いま)世間(よのなか)に医術(いじゆつ)を医道(いだう)とおもへる人おほし。道(みち)と
術(わざ)とは頗(すこぶ)る異(こと)なり医道(いだう)は養生(やうじやう)なり。医術(いじゆつ)は治療(ぢりやう)なり。
道(みち)は本(もと)なり。術(わさ)は末(すへ)なり。本はおもくして末はかろし。
されど其本は一体(いつたい)にして別〳〵の物にあらず。道は上古(いにしへ)の
聖神(せいじん)の人に教(おしへ)を定(さため)給ひし。万代(まんたい)かはらざるの道
なり。医道の経典(けいてん)は。素問(そもん)【注①】難経(なんきやう)【注②】を正(せい)□(そう)【宗ヵ】として。みな

【注① 書名。中国最古の医書。】
【注② 中国周の医学書。】

【右丁】
人民(にんみん)の疾病(やまひ)の興(おこ)る処を論(ろん)じ。夭(わか)□(じに)をすくひ。寿(なが)
域(いき)に躋(のぼす)の教を述(のべ)給ふ。大聖(たいせい)孔子(こうし)も。郷党(きやうとう)の篇(へん)に医
道を説(とき)をしへ給ふ。抑(そも〳〵)生養(せいやう)の道は天地に則(のつ)とり。飲食(のみくひ)
を節(せつ)【左ルビ:ホトヨク】にし精神(せいしん)を養(やしな)ふにあり。素問(そもん)に云。人は気交(きかう)
の中に生(しやう)ずと。人は天地 英霊(ゑいれい)の気を稟(うけ)【禀は俗字】て生(うま)れし
身にして。すなはち天地の子なり。天地の気は形(かたち)
なければ目にはみえざれども。片時(かたとき)も往来(わうらい)せずと
いふことなし。此一気の生理(せいり)にかなふ時は。極(きはめ)て息災(そくさい)に

【左丁】
して病患(やまひ)なく。長寿(ながいき)をたもつべし。且(さて)天地の間に生(いき)
としいけるもの。人の智(ち)あるにしくものなし。其智ある
がゆへに人欲(じんよく)の私(わたくし)おほし。此私に大害あり。俗にいふ
土左衛門(どざゑむ)は水上(みづのうへ)に浮(うか)み。活(いける)人(ひと)は水底(みづそこ)に沈(しづ)む。これ私智(しち)
あればなり。却而(かへつて)鳥(とり)獣(けたもの)は私智あらさるなれば。心(しん)体(たい)
無我(むが)なり。山野の鳥獣は山野を周旋(しうせん)【左ルビ:トビアルク】し。食料(くひもの)は
天賦(てんふ)の物(もの)をくらひ火食(くわしよく)【左ルビ:ニタキス】せず。牝鶏(ひんけい)【左ルビ:メトリ】の巣(す)に着(つく)ときは。
二三日に壱度も庭(にわ)に出て啄(ついはみ)くらふ。又 烏骨鶏(うこつけい)は。二十日

【右丁】
余(あま)りいさゝか巣をはなれず。卵(たまこ)をあ□【「た」ヵ】ゝめ居(ゐ)てつかれ
たる気色(けしき)なし。是皆天地の精気(せいき)を受(うけ)て生命(せいめい)を
養ふにより。風寒(ふうかん)暑湿(しよしつ)の外邪(ぐはいじや)にもをかされず。生老(せいろう)
病死(びやうし)の憂(うれへ)をまぬがれ命ながし。又人家に畜(かう)所(ところ)の牛(うし)
馬(むま)鷹(たか)などは火食(にたき)を用ひ。肉味(にくみ)を製造(せいぞう)し。病あれば
薬を用ひ。夏は蚊(か)をふせぎ。冬は衣(きぬ)を被(おほ)ひ。養育(やういく)残(のこ)る
ところもなきに。反(かへつ)て病もおこり死も速(すみやか)なり。是人の
私意をもて養ふの害(わざはひ)ある証(しやう)【證】となすべし。人も田家(いなか)の

【左丁】
民は。山野の鳥獣にひとしき身持もあり。医のなき里
もありて。薬といふ事をしらぬに似(に)たり。まして持薬(ぢやく)
などを用ることさらになし。故に医薬のわざはひをうけ
ず。をのづから修養(やしなひ)の道にかなひ。論(ろん)より証拠(しやうこ)疆壮(きやうさう)【左ルビ:スコヤカ】
長寿(ちやうじゆ)【左ルビ:ナカイキ】なる人おほし。或 草紙(さうし)に。医者どのゝ不自由(ふじゆう)な
里の賀(が)振舞(ふるまひ)といふ言葉(ことば)見えたり。医薬の害(わざはひ)を
よくいひかなへしなり。それ人は飲食をなして生命(せいめい)
を養ふなり。されど飲食するに飢(うえ)□助(たす)くるをもて

【右丁】
【右から横書き】
無(む)病(びやう)の規(すみかね)

【左丁 挿絵】
【陽刻落款】
枯?

【右丁】
主(おも)とし。楽(たのし)みの物とせざれば。飲食みな養ひとなりて
命(いのち)ながく息災(そくさい)なり。徐春甫(じよじゆんほ)といへる人の説(せつ)に。百病の
横夭(わかじに)はおほく飲食による。飲食の患(どく)は色欲(しきよく)に過(すき)たり
といへり。貴賎(たかきいやしき)ともに安楽にして。衣(きぬ)暖(あたか)に着(き)て滋味(うまきもの)
をくらひ。身の運動(はたらき)すくなき人は。病おほくして
短命(たんめい)なり。飲食は我をたすくるの門(もん)。吾をころすの
戸(こ)なり。命の長(なが)きも短(みぢか)きも。強(つよ)き者 弱(よわ)き者にはよらず。
おほく飲食よりをこれば。飲食をふかくつゝしむべし。

【左丁】
○医術といふは。治病(やまひをいやす)の法にして。時運(じうん)を考(かんか)へ。国の土宜(どぎ)と
人の強弱(つよきよわき)をはかりて。草(くさの)【艸】根(ね)木皮(きのかわ)の類(たぐ)ひを用ひ。病患(やまひ)
を治(よくす)るの活法(くわつほう)なり。それ疾病(やまひ)は千差(せんさ)万別(まんべつ)にして
更(さら)に際限(さいげん)なし。ゆへに医者(いは)意(い)也(なり)といふて。意(こゝろ)を以て
効(しるし)を取(とる)の術にして。たやすき業(わざ)ならず。凡庸(なみ〳〵のひと)のなし
がたき術なり。かるがゆへにをもき病人ありて。良医(じやうず)といふを
数人まねぎ。病因(やまひのもと)と方剤(くすり)とを問(とひ)たゞすに。其 案(いふこと)まち〳〵
にして。病因もおなじからず。方剤も黒白の相違(ちがひ)あり

【右丁】
聖賢の定規(ぢようぎ)ある術なれば。皆一同すべき。事なり。おもふ
にたゞ文字のみを便(たよ)りにして臆度(すいりやう)の治術(れうじ)なればなり。
たとへば博奕(ばくち)の勝負(かちまけ)のごとし。生死(いきしに)は病人の天運(てんうん)による
所なり。なげかはしきことにあらずや。されど死証(ししやう)に
至りては。みな同案(とうあん)にして符契(ふけい)【左ルビ:ワリフ】を合するがごとし。こゝに
いたり治術(れうぢ)一定(いちぢやう)して。かはる所のなきもおかしき事ぞかし。
もつとも医術は聖人の在(いま)せし時さへ慥かならざることゝ
見え。大聖人も貴人の饋(をくる)薬(くすり)を達(たつ)せずとおほせられて

【左丁】
嘗(のみ)給はず。神明(しんめい)不測(ふしき)の人にて。宇宙(あめがした)の事をよくしろし
めし。医道をもをしへ給へども。薬に違(たが)ふことあれば人を
そこなふををそれ給て。嘗(のみ)給はざる御こゝろざし。誰か
これをたつとびざらん。又古語に。有 ̄リテ_レ疾 ̄ヒ不 ̄レハ_レ治常 ̄ニ得(ウル)_二 中医 ̄ヲ_一
といへり。是古今の金(きん)言なり。此中医といふは今の世
の上医(じやうず)といふ程のことなり。かく聖賢の教もあるに。
大切の身を野巫医(やふい)に委(ゆた)ねまかするはいとあやうし。
反て寿命(いのち)を促(みぢか)くするの本なり。世には重病人(ちうびやうにん)の

【右丁】
薬を飲ずして全快(せんくわい)【左ルビ:コヽロヨクナル】するもまゝおほし。既に辺鄙(かたいなか)
には孕婦(はら▢▢▢な)【「はらみをんな」ヵ】の五月帯(はらをび)を結(むすば)ず。収生婆(とりあげばゝ)のなき里もあれど。
却て難産(なんざん)のうれひなし。又いにしへ戦場(せんぢやう)には金瘡に
医を待(また)ずして。たがひに療治をなせしよしなり。西洋(にしのくに)の
人もこれに相似たり。彼国の人は。面々(めい〳〵)各々(をの〳〵)医術のこゝ
ろへありて。身を養ひ治療もなし。みだりに医に
委(ゆた)ねずとかや。西洋の事末に記(しる)す。
○人の百骸(からだ)は奇妙(きめう)不思議(ふしぎ)の物なり。此 体中(たいちう)に飲食

【左丁】
を受(うく)る胃(い)の府(ふ)といふあり。人つねに食物(くいもの)を納(いれ)て元気(げんき)
を養ひ。命(いのち)をつなぐ生養(せいよう)の基本(もと)なり。其食物の腹(はらの)
中(なか)に入(いれ)るより早く。追々(をい〳〵)すみやかに腐爛(ふらん)【左ルビ:クサレタヽレ】して屎(くそ)と
なる。歯の脱(ぬけ)し人などは。噛(かま)ずして鵜呑(うのみ)にすれど腐(ふ)【左ルビ:クサレ】
爛(らん)【左ルビ:タヽレ】すること亦 異(こと)ならず。人身の大機関(おほがらくり)天地(あめつち)の人を
たすくるの理(ことは)りかぎりなし。凡(すべて)米穀(べいこく)菜蔬(さいそ)の類。鍋(なべ)
釜(かま)をもて数刻(すこく)烹(にる)とも屎(くそ)のことくには化(くわ)せず。人々
己(おのれ)が腹中のことなれど。誰(たれ)ありて此理を知るものなし。

【右丁】
又井の水のごときは。冬月の水は温(あたゝか)にして数月たく
はふるといへども。清水(せいすい)のことし。夏月の水は冷(ひやゝか)なれど
日あらずして腐水(くされみづ)となるなり。此水と火の二ッは。
即 寒熱(かんねつ)にして治療の道の柱(はしら)なるに。水火の理をわき
まへぬ医まゝあり。まして無量(かきりなき)の病きはめ尽(つく)し
がたきことなるに。世医が病人をみて。われは顔(がほ)して
目にも見えぬ腹中の事どもを。這入(はいり)てみしやうに
説(とく)ところ。左あることかと理あるがごとくに聞ゆれど。

【左丁】
おほく空言(そらごと)臆説(すいりやう)なり。猥(みだり)に信用することなかれ。
富貴の家に出入(ていり)し。名利に足をそら【注】にして夜(よる)昼(ひる)
かけ廻る輩(ともがら)。いかで腹中のあやつりを透明(とうめい)【左ルビ:ミスカス】することを
得べけんや。かゝるゆへに上にいふ所の治せされば中医
を得(うる)のをしへは。庸医がみだりに薬を用ひ人をそこ
なふにより。薬を飲ずして保養すべしといふ義なり。
此言を和漢(わかん)の名医も賞美(しやうび)せり。これにまされるよき
薬はあるべからず。今時の上医(じやうず)の薬より其益多しと

【注 足を空=足も地につかないくらいあちこち急ぎ歩くこと。】

【右丁】
しるべきなり。むかし松永弾正(まつながだんじやう)が松虫を飼(かひ)けるにさま〴〵
に養ひければ。三年までいきけりと語りつたふ。又予が
しれる人。子規(ほとゝぎす)を飼(かひ)けり。此鳥は夏ばかり出るもの
にて。飼鳥(かひとり)にはたへてならざるを。餌飼(ゑがひ)よくあつかひ
けるにより。二三年も籠(かごの)中(なか)に愛翫(あひくわん)するを見および
たり。いはんや万物の霊【霛は古字】たる人として。みづから養ひ
みづから護(まも)り。みだりに庸医に委任(いにん)【左ルビ:ユダネマカス】せず。元気(けんき)をそこ
なふことなければ。長命(なかいき)ならん事 疑(うたが)ひなかるべし

【左丁】
○小児には折ふし生冷(さんれい)【左ルビ:ニヤキセヌ】の物を喰(くわ)しむべし。嬰児(こども)を
芽児(けに)【左ルビ:メタチコ】ともいふて。其(その)質(かたち)稺若(ちじやく)【左ルビ:チイサクヨワシ】なれど。其気 強壮(つよくさかん)にて熱
つよければすこしも妨(さまた)げなし。人の至誠(まこと)をつくすとこ
ろ子(こ)に過(すぎ)たるはなけれど。世人 育児(こそだて)の道にくらくして。
天機(てんき)をふさぐ事のみおほし。わけて高貴の家富
有の家は。たゞ寒冷(さむくひへる)を毒とこゝろへ。飲食は温熱(あたゝかにあつき)の物
のみを喰しめ。夏月も絹綿(きぬわた)を着せしむ。故に頭(あたま)に
瘡(かさ)を生じ。《割書:俗に胎毒(たいどく)と|いふの類》又は聤耳(みみだれ)を患へ。或は齲(むしば)となり腐(かけ)

【右丁】
【右から横書き】養(やう)育(ゐく)の術(てだて)

【左丁 挿絵】
【落款】素山画

【右丁】
隕(をつ)る俗にみそ歯といふ。又 疥癬(ひぜんかさ)の類の病おほし。是
みな精気さかんに熱火(ねつくわ)たちのぼるがゆへなり。かゝる
ことをわきまへず。あまりに大事にかけて温(あたゝ)め過(すご)す時は。
元気をやぶり病を生じ。夭(はやく)傷(し)するも少なからず。張(ちやう)
子和(しくわ)といふ明医(めゐい)の云。小児の病の源(おこり)は。飽(くはせすき)と煖(あたゝめる)の二ッ
にありといましめ給ふ。又貝原先生も小児をそだつる
に衣(きもの)をうすくし。食をすくなくすれば病なしといへり。
是等の教を守りて。生冷(さんれい)の物を飣(さい)となし。おり〳〵

【左丁】
喰せしむる時は。上熱を解(さま)し気めぐりて。息災(そくさい)なる
事うたがひなし。小児のみにあらず。大人(をとな)も厚味(くひものずき)の
人は。時々(をり〳〵)生冷の物を喰(くら)ふによろし
○高貴(かうき)の人 富有(ふくゆう)の人。或は老人(ろうじん)又ははげしき職(やく)の
人。諸薬みな毒物(どくふつ)なることをしらずして。持薬(ぢやく)とて日々(ひゝ)
に服し。或は寒暑の節に薬を服する類(たくひ)おほし。是
病を除(のぞ)き長生(なかいき)を求めんとて。反て病なきの胃中(いちう)を
敗(やぶ)り。病を招(まね)ぐの本にして。はなはだあしきことなり。

【右丁】
薬をつね〴〵服(ふく)すれば。腸胃(はらのうち)と薬と知音(なじみ)になり。ま
ことの病のをこりし時。薬のきかざるものなり。二三日
も飲てきかざれば。医をかえ。薬相応せぬとては医を
かえる。かく医をかゆることたひ〳〵なれば。寒剤(ひやす)もあり。
瀉剤(くたす)もあり。熱剤(あたゝめる)補剤(おきなひ)さま〴〵にて。却て元気を薬
のために傷(やぶ)られ。いよ〳〵重(をも)き病(やまひ)難治(なんぢ)の症(しやう)となる。
すべて薬は邂逅(たまさか)に思ひかけぬやうにして。不図(ふと)のめば
きくものなり。鍼(はり)灸(きう)按摩(あんま)も常(つね)に仕(し)なれては。癖(くせ)に

【左丁】
なること医薬に異(こと)ならず。且(また)医経に。冬月は按摩(あんま)を
忌(いむ)とみえたり意得べきことなり。又病ありて薬を服
するとも。十の物七八 分(ぶ)こゝろよくは。壱弐分は残(のこ)す
べし。其病をのづから去(いゆる)なり。それ人の命は。是を
天にうくるなれば。草(くさの)【艸】根(ね)樹皮(きのかは)などのあづかる物にあらず。
世人此理をわきまへず。薬を用ひずして日を経(へ)ぬれば
愈(いゆ)る病に。庸医(やぶい)の薬を飲て。微病(かろきやまひ)もなをしおくれ
大煩(おほわづらひ)となり。又は死にいたるもおほし。痛むべき事に

【右丁】
あらずや
○今世の医者は。孔雀医(くじやくい)といふべし。見付(みつき)のうるはしき
のみにして床飾(とこかざり)の道具(どうぐ)のごとし。其 行跡(ありさま)をみれば。我 職(やく)
のつかさとる所をば仮令(けれう)にし。もつはらこと〳〵しき
模様(かざり)をなし。家屋(いへゐ)衣服(いふく)を美(び)にして。たゞ人目を
飾(かざ)り。医をあきなふを心とせり。飾りといふものは
女人町人の所作(しわざ)にて皆 偽(いつはり)なり。故に医道には心力
をつくさざれば。己(をのれ)が身を養ふことををばしらざるなり。

【左丁】もの
今の世 良医々々(じやうず〳〵)ともてはやさるゝものを見るに。小児(しやうに)
医(いし)といひながら。我身にもかへがたき孫子(まここ)をしば〳〵
失(うし)なふあり。みづから食傷(しよくしやう)するもあり。或は中風(ちうき)にて
年月を経ても形体(かたあし)かなはず。たゞ命のながらふる
までなるもあり。甚しきは己(おのれ)が今 頓死(とんし)するをしらぬ
もあり。此 党(ともがら)を素問(そもん)読(よみ)の素(そ)問よまずといふべし。
大学に。其本乱 ̄テ而 末(スヘ)治 ̄ル者 ̄ハ否(アラズ)矣と。本は吾なり。末は
他人なり。又老子も我命(わかいのち)は我にあり天にあらずと

【右丁】
宣(のたま)へり。医者はまつ己(おのれ)が身をよく保養し。疾病(やまひ)なく
して其天年をたもつことを知べし。我身(わがみ)我孫子(わがまここ)を捨(すて)
をきて。佗人(たにん)の病を療(れうぢ)するといふ理あるべからず。
○世中(よのなか)の盲人(もうしん)を見聞(みきゝ)するに。おほくは愚(おろか)にして目を
養ふことをしらぬゆへ。少しき目疾(めのやまひ)あれば。急速(きうそく)に目
薬(くすり)をあれやこれやと用ひ。反(かへつ)て是がために目をつぶ
せしがおほし。目は顔のうちの活物(いきもの)なり。目をつぶし
ては人の人たるのかひなし。仏(ほとけ)も眼(め)は六根(ろくこん)の最(さい)

【左丁】
たるにより。盲人(めしひ)は不具(かたわ)の中の第一の悪業(あくごあくごう)なりと説(とき)
給ふ。唐土(もろこし)の諺(ことわざ)に目 ̄ハ不_レ医(イ)【左ルビ:レウジ】不_レ瞎(カイセ)【左ルビ:ツブス】といへり。又東坡(とうば)の云。
眼 ̄ハ悪 ̄ミ_二剔択(テキタク) ̄ヲ【左ルビ:ナヅルアラフ】_一。歯 ̄ハ便(ヨシトス)_二漱潔(ソウケツ) ̄ヲ【左ルビ:クチスヽキキレイニス】_一。治 ̄ルハ_レ眼 ̄ヲ如 ̄ク_レ治 ̄ムルカ_レ民 ̄ヲ。治 ̄ルハ_レ歯 ̄ヲ如 ̄ス_レ治 ̄ムルカ_レ軍 ̄ヲ と。
此等の語を見て眼目(かんもく)の病に。みだりに洗薬(あらひくすり)さし薬
掛薬(かけくすり)むし薬 等(なと)を用ることなかれ。多くは損(そん)ありて益(ゑき)
なしつゝしむべし。晋王(しんのわう)武子(ぶし)。常に目病(めのやまひ)を患(うれ)ひ張湛(ちやうたん)に
其 方(くすり)を求む。湛が云。古哲【左ルビ:モノシリ】某々(それ〳〵)の数人(ひと〴〵)皆 目疾(めのやまひ)あり。
ともに六味治目方を得(もちひ)て愈(いゑ)たり








【右丁】
六味治目方 損 ̄シ_二読書 ̄ヲ_一【左ルビ:ホンヲミズ】【返点の誤記あり】 減 ̄シ_二【二点脱】思慮 ̄ヲ_一【左ルビ:コヽロツカヒヲヘラス】 専 ̄ニシ_二内視 ̄ヲ_一【左ルビ:コヽロテミル】 簡 ̄ニス_二
 外縁_一【左ルビ:ミルコトヲハブク】 旦(あさ)晩-起 ̄シ【左ルビ:ヲソクヲキ】 夜(よる)早-眠 ̄ス【左ルビ:ハヤクネル】 右六味 長(なかく)服(ふく)して
已(やめ)ざれば但(たゝ)目をあきらかにするのみにあらず。亦(また)年(とし)
を延(のぶ)ると教へけり。又 旧説(ふるきせつ)に。眠(ねふり)は目の食(しよく)といふ。眼(め)は
眠(ねふり)を得(え)されば養ふべきことなし。飲食の人を養ふ
に異ならず。又 冷水(ひやみづ)をもて面(かほ)目(め)を洗へば眼を損ず
と。又 寝(いぬる)とき枕もとに火を置べからず。眼(め)を損(そん)ずと
いへり。是みな明医(めいい)の説(せつ)にして。目をたもつの良法(よきほう)

【左丁】
にて其益おほし。目(めの)疾(やまひ)はいづれにも。をのづから愈る
を待(まつ)にまされることなし。もし止事得ざる時は。上
手の眼科(めいし)を択(ゑら)びにゑらんで委(ゆだ)ぬべし
○顕道(あきみち)廿四五歳の時。歯縫(しほう)【左ルビ:ハグキ】出膿(しゆつのう)【左ルビ:ウミイデ】歯牙(しげ)【左ルビ:マヘバヲクバ】動揺(とうよう)【左ルビ:ウコキユルグ】の病
あり。口科(こうくわ)津田親康(つたちかやす)其外江戸に名声(めいせい)ある医(い)に
治を請(たのみ)けるに。いづれも治法(れうじ)なし。年三十に余りたらば
歯壱牧【ママ】もあるまじといへり。或(ある)時(とき)両国橋辺にあ
そびしに。大木某(おゝぎそれ)といふ口科(こうくわ)あり。こゝろみに問ける


【右丁】
にこれも治術(れうし)なし。たゞ昼夜(ちうや)にかぎらず冷水(ひやみづ)にて口(くち)
嗽(すゝぐ)べしといふ。《割書:予》此 言(ことば)を頗(すこぶ)るおもしろく思ひ。此法を
行(をこ)なひ。且(また)紅螺(あかにし)の歯薬ををこたらず用ひけり。其しる
しにや年六十五の夏。はじめて歯壱牧かけ損(おち)けり
されど梅(むめの)核(たね)を齧砕(かみくだ)き炒豆(いりまめ)をくらふたり。もし口科の
薬を用ひしならば年三十の頃より歯壱牧もある
まじきに。幸(さいはい)に大木氏(おゝぎし)がをしへのごとくし。紅螺を用
ひしにより希古(きこ)【左ルビ:七十】に至るまで歯 堅固(けんご)にて

【左丁】
食(くひ)物の楽(たのし)みあり。世の中を見るに。四五十歳を超(こへ)ず
して歯の脱(ぬけ)し人多し。みづから養ふことをしらず
してそこなふことなり
○四谷(よつや)といふ所に。堀(ほり)の内(うち)の祖師(そし)とて近頃のはやり仏(ほとけ)
あり。都鄙(とひ)ともにたつとみまうづる人 夥(おひたゝ)し。此堂より
貼護符(おはりごふう)とて治病(じびやう)のふだまもりを出す。此 符(ふだ)を家に
貼(はる)の時は。医薬を用ることをきびしく禁(いま)しむ。非法(ひはう)
の至り論(ろん)なし。されど薬病に霊験(れいげん)ありと見えて

【右丁】
都下(ゑどぢう)たかきもくだれるも此ふだまもりをはる家
おほし。医薬を禁(きん)ずるの意(こゝろ)をあんずるに。たゞ食物
のみにて補養(ほよう)し。医薬の害(わさはひ)をうけす。故に利益(りやく)
著(いちじる)きなり。庸医(やぶい)の薬を用ひ身をそこなふが世にお
ほければ。こゝをよく考(かんがへ)て。医薬を禁ずること妙方(めうはう)
便(べん)といふべし。実(まこと)に日蓮(にちれん)上人の賜(たまも)のなり。喝仰(かつがう)に
たへず
○小児三四歳までは。病に罹(かゝ)り危殆(きたい)【左ルビ:アヤウシ】の症(しやう)にて。死を

【左丁】
まつやうなる時は。飲食を節(せつ)【左ルビ:ホドヨク】にするのみにて。さらに
治療を加(くは)へずしてよろしきこと多し。小児の病は見あや
まる事多くしてまちがひやすし。かれこれ薬を多く
用ひ。却て病なき腹中を損(そん)ずることあり。唐土(もろこし)の医(い)
書(しよ)日本にわたらざりし以前は。禁咒(まじない)祈祷(きとう)などにて
治(じ)せしとかや。これ医師のなす事にあらずといへど。
医経に移精(いせい)変気(へんき)の術(じゆつ)といふことあり。又 禁祝科(きんしゆくくわ)といふ
一派(いつは)もみえたり。皆 志(こゝろ)を養ふのたすけにしてすつ

【右丁】
まじき事なり。かゝる昔(むかし)のことを思ひ一通りやすら
かにあしらひ。天然(てんねん)しぜんに任(まか)すべし。却て医薬
より其益おほし。千金方に以_レ食 ̄ヲ治 ̄ス_レ之 ̄ヲ。食-療不 ̄レバ_レ愈。
然後 ̄ニ命(モチユ)_レ薬 ̄ヲ。薬性 ̄ノ剛烈【左ルビ:ツヨクツヨシ】猶 ̄ヲ【左ルビ:シ】_レ御 ̄スルカ_レ兵 ̄ヲ。兵 ̄ノ猛暴【左ルビ:キビシクアラシ】豈 ̄ニ容 ̄ンヤ_二妄 ̄リニ発(モチユ)_一と。
又 撃壌集(ゲキジヤウシフ)に。有 ̄レバ_レ命(イノチ)更 ̄ニ危 ̄モ亦不_レ死 ̄セ。無 ̄レハ_レ命 ̄チ極(ツクス) ̄トモ_レ医亦無_レ効(しるし)
といへり。是等の語をみて。医術に薬剤(くすり)を専(もつはら)一とせざる
ことを曉(さと)すべし。世人は平日(へいぜい)無事(ぶじ)の時に。介保(かいほう)をよく
して病をふせぐことをしらず。病なき時は庸医の言(ことば)

【左丁】
を頼(たのみ)にし。又は鍼(はり)灸(きう)をみだりに行(もち)ひ。或はわけもな
き陋習(しくせ)を用ひ。すは病といへば俄(にはか)にあはてふためき。
当否(よきあしき)のわきまへもなく。はやく治(じ)せんとして。医者を
ひたもの取替(とりかへ)ひきかへして。却て天然(てんねん)の生機(せいき)をうし
なひ。終には命期(いのち)もしゞめることなり。丹渓(たんけい)の云 死(しぬ)
まじき病人をみな医者がなぶり殺(ころし)にする程に。
深く哀憫(あんびん)【左ルビ:アハレム】すべしといへり。孟子ノ曰。殀(ワカジニ)寿(ナガイキ)不_レ弐(フタツ) ̄ナラ。修 ̄メ_レ身 ̄ヲ以 ̄テ
俟(マツ) ̄ヘシ_レ之 ̄ヲ。所 ̄ナリ_二以 ̄テ立(タモツ)_一命 ̄ヲ と宣(のたま)へり。これを俗に天道様(てんたうさま)次(し)

【右丁】
第(たい)といふ。定業(じやうがう)とおもひ手をつけざれば。医の害(わさわひ)なく
して胡乱(うろん)なる薬を用るより大にまされり。又小児
により薬を嫌(きら)ひ。湯薬(せんやく)は勿論丸薬も煉薬(ねりやく)も
たえて飲ざるあり。よろこふべきことなり。其児は
はたして病なくよく生立(をいたつ)ものぞかし。又こゝに述(のべ)たる
意(こゝろ)を用ゆべき病あり。金瘡(きりきず)打撲(うちみ)湯火傷(やけと)の類は。腹中
にいさゝか疾病(やまひ)なく皮肉(ひにく)の脳痛(なやみ)なれば。かれこれの治療
を用ひずたゞ慎(つゝし)むに益(ゑき)あり。畜類(ちくるい)の病を見て其故

【左丁】
をさとすべし
○世俗に総領(そうりよう)《割書:第一の子を|世に総領といふ》の子は。生育(そだてる)にむつかしといふ
父も同し父。母もおなじ母なるに。総領は虚弱(きよしやく)に生(うま)れ
次子(にばんめ)三子(さんばんめ)は実性(じつしやう)堅固(けんご)にうまるゝこと。理にをいて当(あた)り
がたし。すべて果蓏(くわら)【左ルビ:キノミクサノミ】なとは初(はじめ)にできしを元(もと)なりとて
種実(たねみ)にもなすことのよし。まつたく総領は子めづらしく
撫(なて)さすりて寵愛(てうあひ)し。家内のものも取はやし。飲食は
節(ほど)をうしなひ。且(また)病もなきに持薬(ぢやく)とて日々(ひゞ)に薬を

【右丁】
飲せ。或は月々(つき〳〵)に灸焫(きうじ)をなし。是を育児(こそたで)【ママ】の法とこゝ
ろえ。反(かへつ)て病をまねぐの根本(はしめ)なることを暁(さとさ)ざる人多
し。竹中氏が云。今(いま)世(よの)幼科(こともいしや)。謂(イフ) ̄ニ預(カネテ)為(ナシテ)_二治術(レウジ) ̄ヲ_一以 ̄テ禦 ̄クト_二其病 ̄ヲ_一
不_レ知其 ̄レ禦 ̄クカ_レ之 ̄ヲ乎。抑《割書:〱》招 ̄グカ_レ之 ̄ヲ乎といへり。次子三子に至り
ては。等閑(なをざり)にとりあつかひ。俗にいふなげやり養育(そだて)に
なり。をのづから筋骨(すじほね)もしまり。自然と病なく生(せい)
長(ちやう)するなり。貝原先生の云。小児のそだちかね病ある
は。大事にかけ過(すこ)すより起(おこ)れり。富貴の家とても田夫(てんぶ)の

【左丁】
そたつるがことくかろくすへしとなり。保嬰論(ほうゑいらん)に。小
児をやすからしむるには。三分の飢(うえ)と寒(ひへ)とをおふへし
といへり。これ育児(こそたて)に最(さい)第一なり。かく養ふ時はよはき
児(こ)もつよくなり。極(きはめ)て息災(そくさい)に生(せい)長する事。百に一ツも
失なし。又 司馬温公(しはおんこう)の教訓(おしへ)に。近世以来。人情最 ̄モ為【二点脱】
軽薄(ケイハク) ̄ニ_一。生(ウ) ̄ミ_レ子 ̄ヲ猶 ̄ヲ飲 ̄ムミ_レ【ママ】乳 ̄ヲ。已加 ̄フ_二巾帽(カフリモノ) ̄ヲ_一【二点は誤記】。有 ̄ル_レ官(ロク)者 ̄ハ。或 ̄ハ為 ̄メニ_レ之 ̄カ製(コシ▢▢▢ ヤ)_二公 ̄ノ
服(ソク) ̄ヲ_一而 弄(モテアソフ)_レ之 ̄ヲ といへり。親の子を育(そたつ)るに愛(あい)におほるれは
児をして形体(けいたい)もよはく種々(さま〳〵)の病も生し。其 害(わさはい)を

【「製」の振り仮名は「コシラエルヤ」ヵ】

【右丁】
なす事多し此条は庶人(しよしん)にあてゝ書つらぬ。富貴
の家は子とも数多(あまた)あるとても総領にかはらねば。
多分(たふん)虚弱(きよしやく)にあるものなり。
○小児に甘味(かんみ)【左ルビ:アマキモノ】の物は。毒(とく)なりと今医のよくいふことにて。
人口に膾炙(くちすさみ)せる所なり。《割書:予》も先にあやまりて養生(やうしやう)
嚢(ふくろ)に書載(かきのせ)たり。然るに《割書:予》が外孫(まこ)うまれて十八九
月の比より世にいふ乳ばなれにて。《割書:予》が家に引とり
養育(やういく)【左ルビ:ソタツル】す。よからぬ事とは思ひなから止事(やむこと)をえすして

【左丁】
日ごとに餅菓子(もちぐわし)乾菓子(ひぐわし)をあたへ。食物にはかならず
砂糖(さとう)をくはへ。心まかせに喰(くは)せ。たゞ黒砂糖は石灰(いしばい)を
もてかたむるよしなれば。遠慮(ゑんりよ)せしなり。庚申の年
十歳になれるに。いさゝか砂糖のとがめもなく病を生
ぜし事なし。此故に。其後は孫(まこ)どもに心のまゝに喰(くは)しむ
るに。どれ〳〵も病患(やまひ)もなくそく災(さい)に生長(せいちやう)す。こゝをもて
近比にいたり。はじめて砂糖の毒(どく)なき事を発明(はつめい)【左ルビ:ヲホヘシル】せり
世医が砂糖にかきらず。食忌(どくいみ)をいふを実(まこと)とこゝろえ

【右丁】
無益(むやく)の毒断(とくだて)すべからず。惑(まどは)さるゝ事なかれ。万事に根(はじ)
本(め)は無稽(とりしめなき)言(こと)をだん〳〵と付まして。世にいひ伝(つた)へ虚(うそ)
に虚(うそ)をかさねて実(まこと)となることおほし
○痘瘡(はうさう)は暴病(はうびやう)【左ルビ:ニハカヤマヒ】にして児童(こども)の一(ひとつの)大厄(だいやく)なり《割書:顕道(あきみち)》曽(かつ)て
試験(しげん)【左ルビ:コヽロミコヽロム】するに。医者などをそれのかれのと択(ゑら)ばんは無益(むやく)
のことぞかし。生涯(しやうがい)にたゞ一度の病にして。日期(ひのかぎり)もあり
痘瘡を聖瘡(せいさう)天瘡(てんさう)ともいふ。常理(じやうり)を以て測(はか)【側は誤記ヵ】るべからず
古人の説も区々(まち〳〵)にして帰一(きいつ)の論なし。然るを今医

【左丁】
は治療もあるやうに言(いひ)なせども。手のつけられぬ病
にて。医薬も憑(たのみ)に足(た)らずと意得べし。良医も口に
善悪(よしあし)をいふのみ。逆痘(きやくとう)いかほど薬を用ても百に一験(いつげん)
なし。順痘(じゆんとう)は薬にをよばず。薬を用ゆれば病に益なく
して薬に傷(やぶ)られ。悪痘(あくとう)に変(へん)ずることあり。逆痘と見
えても食物少しづゞもくらふ者。このんて冷水(ひやみつ)を
飲ものは。死をのがるゝものなり。すべて望(のそむ)ものは食物
はもちろん。何事も其 望(のそみ)にまかせ其気をなだめ

【右丁】
養ふべし。又世上にあらかじめ防(ふせ)ぐ薬おぶたゝしく
あり。必まどふべからず。久吾聶(きうごぜう)の曰。予が男女の子十人
あり。こゝろみにあらかじめ解(け)するの薬を用たるもの
六人。其痘却ておもし。薬を用ざる者四人。其痘 却(かへつ)
てかろし。是をもて知りぬ。あらかしめ解するの薬
はみな脾胃(ひい)をやぶる剤(くすり)にして。損(そん)ありて益(ゑき)なし
といへり。是等をみて痘瘡は医薬を頼みにすべ
からず。日期(ひかず)だに過(すき)ぬれば。をのづから愈(いゆ)るといふ訳(わけ)を

【左丁】
よく心得べし。数(かず)多(おほ)く取扱(とりあつかひ)し医者は。吉凶(よしあし)はこび
をいふに。其いふ所に少しも爽(たかは)ずとて。上手なりと
こと〴〵しく信ずべからず。村叟(いなかおやじ)野嫗(いなかばゝ)も痘瘡に馴(なれ)
たるものは。吉凶をしりて医者にまされることをいふ
ことあり。且(さて)近比ある痘科(はうさうい)が。三歳になる児の痘瘡
に朝鮮人参(てふせんにんじん)を一日に四五匁づゝ飲せしよし我聞
り。かくいとけなきものに人参はいふまてもなし。
諸薬とても一日に四五匁用る事はあるべきことゝも思

【右丁】
はれず。香月(かつき)先生の云。人参よく死する人を生(いか)
すにあらず。まさに生(いき)べきものをして。よく起(たゝ)しむる
のみといへり。すべて今医はおもき病と見る時は。人参
に限らず高価(かうか)【左ルビ:アタヒ タカシ】の薬(くすり)を。寒熱(かんねつ)虚実(きよじつ)の差別(しやべつ)なしに
用る事。世医のならはしとなれり。其 意(こゝろ)をうかゞふ
に。高価(かうか)の薬を用る時は。たとひ死ても治療(れうじ)に油断
のなきやうに聞するためなるべし。己(おのれ)が病症のわか
らぬ逃道(にけみち)を。人参に托(たく)【左ルビ:カコツケル】して智のたらざるを文(かざ)る

【左丁】
なり。病家は愚昧(おろか)なるものなれば。医者が身のがれに
用ることゝは曽(かつ)てしらず。高価(かうか)の薬は効験(しるし)も隔別(かくべつ)な
らんと思ひ。無益(むやく)の財(かね)を費(ついや)す事 歎(たん)すべし
 享和辛酉。或医家の女(むすめ)二歳なるが。痘瘡(はうさう)と見え
 けれど疑(うたがは)しく。名ある痘科(はうさうい)を招(まね)ぎけるに。医が
 いふに。わしが痘と鑑定(かんてい)【左ルビ:ミキハメ】したるに。再(にど)することはない
 はいと。鏡(かゞみ)にむかふがごとくにいひけり。然るに文化
 乙丑の冬。おもき痘を煩(わつら)ふたり。此病に通達(しやうず)の

【右丁】
 医にも放言(ではうだい)あり。すべて医の言(いふこと)たのみにはな
 りがたし
○西洋(せうやう)の人は。天地の理に通曉(つうきやう)し究理(きうり)を本とし。
たゞ人才を磨(みが)き。国家に有益(うゑき)の事のみに心を尽(つく)
し。無益(むゑき)の細行(さいこう)【左ルビ:チイサキコト】に精心(せいしん)を労(ろう)せずとかや。さればに
や医術(いじゆつ)もいまだ見(み)も聞(きゝ)もせざる術を施(ほとこ)し。人目(ひとめ)
を驚(おどろか)す事おほし。其術は唐土(もろこし)諸医の説に勝(まさ)
れり。日本の医は唐土ほど智恵(ちゑ)のまさりし。

【左丁】
国も人もなしと思ひ。華人(くわじん)の中華(ちうか)のと呼号(こがう)し。唐土
の書籍(しよもつ)にのみ眩惑(けんわく)し。唐土をはなれて別に医術は
なき事にこゝろへ。万事(ばんじ)万物(ばんぶつ)までも唐土とだにいへ
ば。理非(りひ)をたゞす事なくよしと思へり。世界(せかい)の窮(きはま)り
なく広大(おゝい)なるをしらずせばきの至りなり。我国の
外科(げくわ)。近比は西洋の医術を慕(した)ひ彼国の学に志(こゝろざす)も
のおほし。内科(ほんどう)にも精密(せいみつ)の術あらん。知れる人もあら
ば学ばんとねがふなり。彼土(かのくに)の事業(ことわざ)は易簡(いかん)【左ルビ:テカルシ】にして

【右丁 挿絵だけ】
【左丁 右から横書き】
窮(きう)理(り)の学(まなび)

【右丁】
たゝ実用(じつよう)を学(まな)び。文章(もんく)などを巧(たくみ)に書の飾(かさり)はなき国(なら)
風(ふう)のよし。故に文字(もじ)の数(かず)も二十六字。数字(すうじ)九字。合て三十
五字にして。古今の書籍(かきもの)をよむに。師家(せんせい)を便(たよ)りり【語尾の重複ヵ】に
せずして。万(よろづ)の道をわきまふるに事たりぬるよし。唐土
の書籍は数万の文字(もじ)をもてすれば。我国の人はかならず
師家に就(つい)て学(まなば)ざれば。さらに其理義に通ぜず。故に年
二三十までも師にしたがひ。字義の僉議(せんぎ)のみに年
月を費(ついや)し。一生の精力(せいりき)を文字の学にうち過(すぐ)るも

【左丁】
まゝおほし。唐土(もろこし)は聖賢(せいけん)の多く出給ふ国なるゆへ。
聖国(せいこく)と称し。又 文字(もんし)の国と美称(ひしやう)すれども文字辺(もんじへん)
に至りては。西洋(にしのくに)の諸国にをとりて迂遠(まはりとほし)といふべし。
唐土には項羽(こうう)の云。書 ̄ハ足 ̄ル_三以 ̄テ記 ̄スルニ_二名姓 ̄ヲ【一点脱】而(ノミ)已。剣 ̄ハ一人 ̄ノ敵 ̄ナリ
不_レ足_レ学 ̄ブニ。学 ̄バン_二万人 ̄ノ敵 ̄ヲ_一と。此 語意(ごゐ)西説(せいせつ)に略(ほゞ)似(に)たり。且(さて)西
洋の人は諸(もろ〳〵)の器財(うつわもの)。或は医術の器(うつわ)を製造(せいぞう)【左ルビ:コシラエル】す。其 精巧(たくみ)
日本唐土のをよばざる物おほし。誠に其智 凡慮(ぼんりよ)
の外にて。人の聞(きく)を驚(おどろ)かしぬ

【右丁】
○ハングヲルロジー  ○ヲクタント   ○タルモメイトル
○ヱレキテル     ○カテーテル   ○スポイト
○ナクトケイケル   ○リュクトホムフ ○ジスチル、レールト
○ゾンガラス     ○ステルクワートル薬水也 此外 種々(いろ〳〵)の奇(き)
器(き)おほし。みな其 地 升(のもり)降(くだり)の理を原(もと)とし。智巧(ちこう)を竭(つく)す
所なり。さればこそ世界万国に航(ふねわたり)し交易(こうゑき)を務(つとめ)とす。
日本の舶師(ふねのり)はわづかに百里弐百里の渡海(とかい)を駕(のり)そご
なひ。船を破(やぶ)り財(ざい)をうしなひ。時々(より〳〵)異国(いこく)へ漂流(ひやうりう)す。

【左丁】
これ天度(てんど)をしらずして。たゞ山嶽(まく)のみを標的(めあて)と
すればなり。故に大海(おほうみ)洋中(なか)に至りては。方角(はうがく)を失(うしな)
ひ。茫然(ぼうぜん)として手を下す所なくして。しらぬ国へ
到(いた)るなり。《割書:予》蘭学(らんかく)を学びず。聞にまかせて聊こゝに
記しぬ
○近歳(ちかころ)はひとり医者のみ己(おの)が職(やく)を忘(わす)れ。徒(いたづら)に生涯(しやうがい)を
くらすにあらず。武夫(ものゝふ)も柔弱(やはらか)になり。家職はをろ
そかにして医の類(たくひ)なるあり。それ日本は武国(ぶこく)にして

【右丁】
士(さふらひ)の武芸(ぶげい)をたしなむは。国家を守護(しゆご)する道具(だうぐ)なるに
今の士風の修行(しゆきやう)底(てい)を窺(うかゞ)ふに。たゞおも〳〵しくして
実用の吟味はうすく。本をすてゝ枝 葉(は)にかゝはれる体(てい)なり
兵書に。国 治(おさま)り過(すぎ)て武道(ぶだう)を取失(とりうしな)ふといへるものにや
武器(ぶき)の製(こしらへ)も其道具〳〵の肝要(かんよう)なるこしらへあらんに。
堂寺(どうてら)にて荘厳(しやうごん)とて。人見せの飾(かざり)をなすに似たること
まゝあり。且(さて)芸術けいこのしかた窮屈(きうくつ)にては分別(ふんべつ)も
▢一はいに出ることなし。人は易簡(いかん)【左ルビ:テガルニ】なる事により易(やす)ければ

【左丁】
識量(しきりよう)ある人 正直(しやうじき)真実(しんじつ)を本(もと)とし。時宜(しぎ)を考(かんが)へ実地(ぢつち)を
履(ふみ)て。いかにし人のよく其事になるゝ様に。易簡(いかん)の教(おしへ)を
建(たて)て導(みちび)▢ならば。至精(じやうづ)に至る人も多くあらんか。一向
宗の行(ありさ)▢凡俗(ほんぞく)に別(べつ)なる事なけれど。無造作(むざうざ)に法を
立たれ▢繁昌(▢んじやう)するを見てをしてしるべし。されば武
芸の中にも。水游(みづおよぎ)は不用の業(わざ)の様(やう)なれど。士のたし
なむべきの芸なり。かゝる安楽の
御代なれば。芸によりては習(ならふ)ても用にたらぬ事あり。

【右丁】
およぎのみはしらざれば。海川にて船中の働(はたらき)も自
由ならず。むさと身命(いのち)を捨(すづ)ることあれば知べき処
なり。且(さて)游(およき)にかぎり師範(せんせい)たるの人なければ。目録(もくろく)
の印可(いんか)のといふ規則(きそく)もなし。稽古(けいこ)はじめのいろは
より生死(いきしに)にかゝり。実地を履(ふみ)ての修行(けいこ)にして。
互(たがい)に語(かた)りあふのみにて。己(おのれ)が智恵(ちゑ)をひらき。我より
自得(じとく)して上手(じやうす)なる者の出来(できる)をみれば。易簡(いかん)を
あしゝといふべからず。此等の事医道にいらざる

【左丁】
論なれど。諸(もろ〳〵)の技芸(きげい)に至りては事業(ことわざ)は異(こと)なれども。
修行(けいこ)の意趣(いしゆ)はおなしければ。愚老が臆説(おくせつ)を今ついでに
出くはえぬ。見る人のわらひをとり侍らん。素(もと)より土団
子のつちくれは。大人の目をとゞむべきものにしもあらず。
一向に医をしらぬ人の。万が一の助(たすけ)にもならん事を思
ひ。拙(つたな)き筆をはゞからずしるし侍りぬ。

民家養生訓上終

【前コマに同じ 左丁折り返し部分】

 セ

【裏表紙】

【表紙題箋】
《題:《割書:諸人|必用》民家養生訓 下》

【資料整理ラベル】
富士川本
 ミ
 59

【右丁 白紙】
【左丁】
民家養生訓下
            小川顕道述
四海(しかい)波(なみ)静(しつか)に。元和(けんわ)このかたの泰平(たいへい)なる。
日本 開(ひら)けしよりの
御代(みよ)ににして。万(よろづ)ゆたかなることたうとふに
あまりあり。世人(ひと〳〵)かゝる未曾有(みぞう)のありがたき
世に鼓腹(こふく)【左ルビ:ハラツヾミ】して。なをたれりとせず。たかきも
いやしきも客気(うはき)にまかせ。飲食(いんしよく)女色(ぢよしよく)の二ッに

【同右側欄外朱印】富士川游寄贈
【同頭部蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印
【同頭部黒印】
187074
大正7.3.31

【右丁】
のみ心をうつすにより。遂(つい)には疾病(やまひ)おほく
して命(いのち)みじかし。それ人のおもんずる所は
命なり。命にまされる宝(たから)あらじ。命みじか
ければ財(たから)の山に入ても更(さら)にかひなし。親(おや)
もてる人。主人(しゆじん)もちし人は。ことに飲食(いんしよく)女色(ぢよしよく)に
陥溺(かんでき)【左ルビ:ヲボレル】せぬやうに。深(ふか)くをそれつゝしむべき
ことなり。それが中にも瘡毒(そうどく)ほど。世にいたましく
あさましきものはなし。此(この)病(やまひ)によりて

【左丁】
痼疾(ほね▢▢)となり。なかくくるしみ。うまれもつかぬ
廃人(かたわ)となり。終(つい)には死(し)にいたる人おびたゝし。
此病 高貴(かかうき)の人にあることすくなく。下士(かし)以下(いか)
卑賎(ひせん)のものにあり。質朴(りちぎ)なる者の患(うれへ)るはほと
むどまれなり。《割書:余(われ)》犬馬(けんば)の齢(とし)すでに七十三にして。
老廃(ろうはい)の身のうへ気力(きりよく)うすくなり。近きころは佗(た)の
治療(ぢれう)もほどこさず。されども世に此病の多(おほき)をみるに
なげ▢【かヵ】しく。今茲に瘡毒(そうどく)のみの薬(くすり)と病(やまひ)と医(いしや)と

【右丁 挿絵】
【落款】素山画

【左丁】
【右から横書き】守護(しゆご)の神(かみ)

【右丁】
三ッの意味(いみ)を述(のべ)。名医(めいい)のをしへを規矩(すみかね)とし。
さとし易(やす)からんやうにしるして。年若(としわか)き人えの。
こゝろえとなるべきことを示(しめ)すなり
○唐土(もろこし)の古(いに)しへは。此病を浸淫瘡(しんいんさう)となづけし
よし。元(げん)の世(よ)の初(はじめ)よりはじまり。明(みん)の世 万暦(ばんれき)の
頃(ころ)にいたりて。さかんに流布(るふ)す。袁了凡(ゑんりようはん)が。痘疹(とうしん)
全書(ぜんしよ)に。楊梅瘡(ようばいさう)は近世(ちかきよ)広東(くわんとう)より伝染(でんぜん)しきたる。
ゆへに広東瘡(くわんとうさう)となづくと見えたり。もろこしも

【左丁】
明(みん)の季(すへ)は泰平(たいへい)にて。繁華(はんくわ)にありけるにより。
都(みやこ)鄙(いなか)ともに。酒肆(いざかや)女閭(ぢよろや)の類(るい)みち〳〵たりとかや。
今 我(わか) 邦(くに)のごとく盛世(さかんなるよ)にて。人民(にんみん)飲食(いんしよく)女色(ぢよしよく)に
ふけりしにより。此病も多くありしなり。泰平(たいへい)
長久(ちやうきう)の世に時行(はやる)病(やまひ)なるべし。頗(すこぶ)るによりたる
ことなり。
○人は万物(ばんもつ)の霊長(れいちやう)にして。天地の間(あいた)に。人ほど
たつとく智恵(ちゑ)あるものはなし。故に一切(いつさい)の巧(たくみ)なる

【右丁】
わざは精妙(せいめう)をつくすなり。しかはあれど疾病(やまひ)の
事にいたりては。人ほど愚昧(をろか)なるものはなし。
禽獣(とりけだもの)のたぐひは。巣居(さうきよ)【左ルビ:スニスムトリ】知(かぜを)_レ風(しり)穴居(けつきよ)【左ルビ:アナニヰルケモノ】知(あめを)_レ雨(しる)といひ。
牛馬(ぎうば)に護胎(ごたい)【左ルビ:ハラミテツヽシム】といふことあり。鶏(とり)犬(いぬ)の類(るい)毒物(どくあるもの)はくらはず。
みな己(をのれ)が身命(しんめい)を守(まもる)ことをしれり。人として
大切(たいせつ)の身命をまもることをしらず。飲食女色
に溺(おぼ)れやまひを生(しやう)じ。其(その)うへに庸医(ようい)【左ルビ:ヤブイシヤ】にゆだね。
害(わざわい)をまねぎ。天年(てんねん)をたもたずして。夏(なつ)の虫(むし)の

【左丁】
ともし火に入ごとくに死するを見れば。万物(ばんもつ)の
霊長(れいちやう)にして。智恵(ちゑ)ありといふのしるしさらになし。
禽獣(きんじう)にはをとりて恥(はづ)べきものなり。天地の間。たゞ
一気の運行(うんかう)にて。万物をの〳〵其生(せい)を保(たもつ)ことなり。
此気は人の目に見えずして。いたらざる所なし。
故に天地の気(き)に相応(さうをう)する人は。無病(むびやう)長命(ちやうめい)なり。
天地の気にそむける人は。多病(たびやう)短命(たんめい)なり。是みな
人間(にんげん)みづから得失(とくしつ)をなすこととこゝろえべし。

【右丁】
とりわき小児を生育(をいそだて)するには。天理(てんり)の自然(しぜん)を以(もつ)て
やしなふ時は。医者(いしや)をたよりにせず。薬を用ひずして。
病(やまひ)すくなく身つよきなり。すこしも天然(てんねん)の
道(みち)にそむき。わたくしの才覚(さいかく)を以てそだつれば。
此気をそこなひ病おほくして。そだちがたし。
○此の病は飲食(いんしよく)女色(ぢよしよく)の二欲(によく)より発(おこる)といへども。根本(こんほん)は
娼妓(ぢようろ)と交接(かうせつ)するよりして。此病を受(うく)るなり。
それ娼妓は数千の人にまじはるにより。その汚精(をせい)を

【左丁】
うけて。下部(げぶ)に湿熱(しつねつ)鬱滞(うつたい)してきよからず。これに
交接すれば。その湿熱の気に触感(しよくかん)【左ルビ:フレテウツル】して。下疳(げかん)【左ルビ:ヲヤク】便毒(べんどく)【左ルビ:ヨコネ】を
はつし。それよりいろ〳〵の壊症(ゑしやう)と変(へん)じて。ながく
身をくるしめ。終(つい)に命(いのち)をうしなふなり。娼妓は
瘡毒(さうどく)の府(ふ)【左ルビ:イチグラ】といふべし。此病百人が百人大かた
娼妓よりつたふ。我身より発せしを見ることすくなし。
《割書:余》むかし女閭(ぢようろや)よりたのまれて。おほく此病を治療
せしことあり。いづれの家(いえ)も。娼妓十人あれば七八人は。

【右丁】
内々(ない〳〵)に此病あり。されども面(かほ)には紅粉(べにおしろい)を粧(よそほ)ひ。外貌(かほかたち)
にてはさらに病妓(かさかき)とみえず。まことにばけものと
いふべし。すでに妖(ばけもの)といふ字(じ)は。夭(わか)き女(おんな)の二字を。一字と
せしなり。豈(あに)おそるべきにあらずや
○此病の症候(わづらひやう)いくばくといふことなし。はじめは
みな下疳(げかん)便毒(べんどく)よりおこる。これこの病の苗芽(なへめだし)なり。
古語(こゞ)に苗芽(めうげ)にして去(さら)ざれば。ついには斧柯(おのまさかり)を用ひんと
すといへり。樹木(じゆもく)の類も苗(なへ)のときにはさりやすし。

【左丁】
大木(たいぼく)になりては去(さり)がたきをいふなり。されば下疳(らやく)
便毒(よこね)は痼疾(ほねがらみ)癈人(かたわ)となるの苗芽(なへめだし)なりとおそれて。
良医(よきいし)を聞(きゝ)たゞして療治をうけ。心(こゝろ)ながく服薬(ふくやく)
すべし。若人(わかうど)はとかくにはやくいやさんと速功(そくこう)のみを
いそげとも。此病にかぎり一朝(いつてふ)一夕(いつせき)にはいへず。てまどる
ものぞかし。豪家(あきびと)の倉廩(くら)を建(たて)るがごとくに。日数(ひかず)を
へずしては。いゑがたしと心得べし。
○此病の一名を恥瘡(はぢがさ)といふ。はじめ下疳便毒の

【右丁】
ときは。みづから其(その)悪瘡(あくそう)なるを恥(はぢ)て人にかたらず。ひそかに
同気(どうき)相求(あいもとむ)の友(とも)にのみ談(かた)り合(あい)。奇薬(きやく)妙方(めいはう)とさ【きヵ】けば
みだりに服(ふく)し。或は庸医(へたいしや)にゆだね。急迫(きうはく)【左ルビ:イソギマハル】にいやさん
ことをもとむ。医(いしや)も亦(また)眼前(がんぜん)の功(こう)を見せ利を求(もとめ)むと。
己(おのれ)が得(とく)とおぼえもなき峻(つよき)剤(くすり)をもちゆ。是すこしの
火災(てあやまち)を外(ほか)へしらせず。家内(かない)の者(もの)にて消止(けしとゞ)めんと
して。かへつて大火災(おふくわじ)となすにをなじ。をろか
なるのいたりなり。貝原(かいばら)先生(せんせい)の云。諸病の甚

【左丁】
しくなるは。おほくは初発(しよほつ)の時 薬(くすり)ちがへするに
よれり。病症(びやうしやう)にそむける薬を用ゆれば治(ぢ)しがたし。
ゆへに療治(れうじ)の要(かなめ)は初発にあり。病おこらばはやく
良医(よきいし)をまねぎて治(ぢ)すべし。病ふかくなりては治し
がたし。扁鵲(へんじやく)が斉候(せいかう)に告(つげ)たるが如(ごと)しといへり。
よろづの事も始(はじめ)につゝしまざれば。後悔(のちぐえ)おほし。
○最初(さいしよ)下疳(げかん)を生(しやう)じ。次に便毒(べんどく)となり。それより
いろ〳〵に変(へん)じ。軽(かろ)き時は。頭痛(づつう)。耳鳴(みゝなり)。筋骨(すじほね)疼痛(いたみ)。

【右丁】
頭髪(あたまのかみ)脱落(ぬけおち)。楊梅瘡(とうがさ)。重(おも)き時(とき)は。内障(そこひ)失明(めみえず)。耳聾(つんぼ)。
鼻中(はなより)濃汁(うみしるいづ)。鼻梁(はなばしら)崩隕(くづれおち)。痔疾(ちのやまい)漏瘡(しりばす)。嚢癰(きんたまくづれ)。陰茎(いんきやう)
潰蝕(くづれ)。喉癬(のどくづれ)。 臁瘡(すねがさ)。多骨疽(かたよりほねのごときものでる)。失音(こゑいです)声唖(こゑかれる)。水腫(ごたいはれる)
歯齦(はぐき)膿潰(うみくさる)。頭痛(づつう)如破(われるがごとし)。痿躄(こしぬけ)。吐血(ちをはく)。噎隔(はきつかえる)の諸(いろ〳〵の)症(やまひ)と
なり。或は面目(めかほ)腐(くづれ)爛(たゞれ)して。殆(ほとん)ど癩病(かつたい)のごときあり。
欝気(うつき)して労欬(ろうがい)に似(に)たるあり。鼓脹(こちやう)中風(ちうき)に類(るい)せる
あり。此外あぐるにいとまあらず。中にも耳聾(つんぼ)
喉癬(のどくさる)の二症は。難治(なんぢ)の中の難治にして。大抵(たいてい)の

【左丁】
医は手を下すことあたわざるの症(しやう)なり。偖(さて)
軽症(けいしやう)の時庸医は。托出(たくしゆつ)の剤(ざい)を用ること過度(くわど)【左ルビ:ホドニスギル】するに
より。或は眼目(がんもく)そんじ。或は耳聾(つんほ)となり。又は毛髪(けかみ)
脱落(ぬけをつ)。すべて薬(くすり)といふ物は。皆(みな)偏性(へんしやう)有毒(うどく)の物ゆへ
其病に応(をう)ぜざれば。かへつて其ほど〳〵の害(かい)をなす。
さればはじめより医をゑらびて。みだりなる
療治をうけじ。みだりなる売薬(ばいやく)などに迷(まよは)じと
用心すべし。

【右丁】
○此病に馬肉(ばにく)をくらふものあり。馬肉はもろ〳〵
の本草に毒(どく)ありとみえたり。いまだ医書の中(うち)に。
此病の薬(くすり)餌(くひ)に用ることを見ず。ことに馬は武用(ぶよう)に
そなへ民力(みんりよく)をたすけ国家の用をなすものなれば。
たとひ功験(こうげん)ありとても容易(ようい)にくらふべきにあらず。
そのうへ馬肉は湿熱(しつねつ)大過(たいくわ)のものにして。ます〳〵
毒気(どくき)をますものなれば。かならず。くらふまじきなり。
○下疳(けかん)に膏薬(かうやく)油薬(あふらぐすり)などみだりに敷(つく)るはよろしからず。

【左丁】
便毒(べんどく)には膏薬(かうやく)を敷(つけ)て。膿水(うみしる)をとらねばならず。
又此病 温泉(とうじ)に入べからず。湯治(とうじ)して瘡瘍(てきもの)
だん〳〵と腐(くす)るゝあり。或は早(はや)くいえすぎて痿躄(こしぬけ)と
なるもあり。其害(そのがい)あげていふべからず。常(つね)の
入湯(いりゆ)も熱(あつ)きはわろし。其外庸医の洗薬(あらひぐすり)と
称(しやう)するものに。害(がい)をのこすも往々(おり〳〵)あるなり。
○此病 夫(おつと)にあれば妻(つま)妾(てかけ)に伝(つた)へ。妻妾にあれば夫に
つたふ。又 遺毒(ゆいどく)【左ルビ:ヲヤユヅリノドク】とて子孫にも流伝(りうでん)【左ルビ:ウツシツタフ】す。父母の此病を

【右丁】
胎内(たいない)よりうけて出生(しゆつしやう)し。いとけなき時 頭(つむり)面(かほ)其外へ
瘡瘍(できもの)を発(はつ)し。鼻梁(はなばしら)崩隕(かけおつる)のたぐひもあり。世人は
小児の胎内(たいない)よりうけきたる瘡瘍(そうよう)ゆへ。胎毒(たいどく)〳〵と
一様(いちやう)称(せう)すれども。其中に瘡毒の胎毒おほき
なり。かく子孫(しそん)につたふる所は。まつたく癩病(らいびやう)の
血脈(ちすぢ)をひき伝(つた)ふにひとし。又瘡毒病人を看病(かんひやう)
して伝染(てんせん)【左ルビ:ウツリウツル】することあり。此病ほどうるさきものは
あらじ。実(まこと)におそろしき病なり。家に一人(ひとり)

【左丁】
疥癬(ひぜんがさ)を病(やむ)ものあれば。挙家(いへのうち)のこりなく伝住(てんぢう)
するにより。世人疥癬を忌(いみ)きらへども。此病の
傍(そばにいる)人(ひと)に伝染(でんせん)することをさとさず。すべて瘡汁(うみしる)の
ある病。臭気(わるきかほり)のある病は伝染することあり。これ気の
憑依(ひやうい)【左ルビ:トリツク】するところ。近づくべからず。
○此病を世医の療治(れうじ)するを見るに。表裏(へうり)虚実(きよじつ)を
分別(ふんべつ)せず。山帰来(さんきらい)を主薬(しゆやく)とし。補気(ほき)補血(ほけつ)の剤(くすり)を
用ることは。かりにもなきこととおもひ。此病といへば

【右丁】
【屋台の御品書き】
即席
御料理
 御吸物
 丼もの
 太平
 御取肴

【落款】素山戯画

【左丁】
万病(まんびやう)の基(もとい)

【右丁】
峻(つよき)剤(くすり)ならで。外に治法(ぢはふ)のなきやうにこゝろえ。標的(めあて)
なしに。一時(いつとき)に毒(どく)を一掃(いつそう)せんことのみを要領(かなめ)とし。
或は速(すみやか)【左ルビ:イソグ】にすべきことをゆるくし。緩(ゆる)くすべきことを
いそぎて終(はて)は沈痾(ちんあ)痼疾(こしつ)となるなり。峻剤を用ひ
当分(とうぶん)いゆるに似(に)たりといへども。毒気(どくき)内陥(ないかん)して骨髄(こつずい)に
沈(しみこ)み害(わざわひ)をなす。俗に仏(ほとけ)たのみて地獄(ぢごく)に堕(おつる)といふが
ごとし。都(すべ)てれやうじの法は。病ひ表(うへ)にあれば
表(うへ)を治(ぢ)し。裏(うち)にあれば裏(うち)を療(れう)し。上(かみ)にあれば上(かみ)

【左丁】
下(しも)にあれば下。病のある所にしたがひて薬を
ほどこす。これ医師の法則(すみかね)にして。其間に臨機(りんき)
応変(おうへん)あり。しかるを庸医は。病人の安逸(らくにくらす)労苦(くるしみくろう)。
資稟(うまれつき)の充実(つよき)虚弱(よはき)にもとんぢやくせず。便毒(よこね)に
此薬。楊梅瘡(とうがさ)に此薬と。わづかに四五方の薬剤(くすり)
のみを施(ほどこ)して其余(そのよ)をしらず。十人に一人(ひとり)二人(ふたり)
瘳(いゆ)ることをうれども。偶中(まぐれあたり)にして医の功(こう)に
あらず。病人の幸(しやはせ)にして瘳(いへ)たるなり。其外は

【右丁】
壊病(ゑびやう)となして。終身(みをおはるまで)人をなやまさしむ。
それ壊病といふは。誤治(くすりちがい)によりて毒気(どくき)百骸(からだうち)に
結伏(むすびかくれ)し。連綿(れんめん)といへざるなり。始(はしめ)より壊病と
なるの症(しやう)とてはさらになし。みな雑治(わるれうじ)のたゝりを
なして。人をそこなひなやますなり。壊病に
なりては。愈ることも遅(おそ)く死(しぬ)ることも速(すみやか)ならず。
年(とし)を積(つ)み月(つき)をかさねて。いかばかり苦(くる)しむ
ことなり。此ゆへに貧賎(ひんせん)の者は生業(いとなみ)をうし

【左丁】
なひ無告(むこく)【左ルビ:ヤドナシ】の者となり。果(はて)は道路(だうろ)にさまよひ
斃(たふ)れ死す。あはれなる事ならずや。
○峻剤(しゆんざい)といふは。生々乳(せい〳〵にう)。七宝丸(しつはうぐわん)。梅肉丸(はいにくぐわん)。熏薬(いぶしぐすり)。
胆礬(たんはん)。水銀(みづかね)。生漆(きうるし)。巴豆(はづ)。などの加入の薬。此外
いろ〳〵のけやけき薬をいふ。皆それ〳〵の効験(しるし)
あれど。其病に応(をう)ぜざれば。大(おほい)に元気を損傷(そんしやう)す。
実(じつ)に殺人剣(さつじんけん)【左ルビ:ヒトヲコロスツルギ】ともいふべし。世医の中には。此病を
一ヶ年に十人か二十人療治をなして。是等(これら)の

【右丁】
方剤(くすり)のみを。此病のくすりとこゝろえ。方意(はうい)に
通ずることもなければ。用(もちひ)かた混雑(ごたませに)して。角(つの)を
直す〳〵牛(うし)を殺(ころ)すたぐひあり。これ用ひまじき
時に峻剤をみだりに用ひ。元気を衰(おとろ)へしむるに
より。病を追去(おひさる)ことならず。難治の症となりゆく
なり。古人(こじん)も病(びやう)傷 《振り仮名:易_レ治|ぢしやすく》。薬(やく)傷 《振り仮名:難_レ療|れうししがたし》といへり。
すべて。諸薬は毒物(どくぶつ)なれば。人の身に用べき物に
あらす。故に薬をあてにして。かへつて病を

【左丁】
まうくる人世におほし。平和(やはらかなる)の薬たりとも。
ふくするは大切(たいせつ)の事なりとこゝろえべし。
古語(こゞ)に薬(くすり)と兵(へい)とは凶器(わるきだうぐ)なりといふ。つね〴〵医師を
よく〳〵えらび。正(たゞ)しき療治の薬をのむべし。
もつとも正道(しやうたう)なる医の療治かたは。迂遠(うゑん)【左ルビ:マハリドヲシ】のやう
にて速(すみやか)に薬(くすり)の効(しるし)も見えがたけれど。始終(しじう)は
かへつてはかどること。急(いそ)がばまはれといふがごとし。
かくいへばとてやはらかにけがのなきやう

【右丁】
にとばかりぐづゝき。虻(あぶ)もとらず。蜂(はち)もとらぬ医者
の薬はのむべからず。
○庸医(ようい)の薬をふくして後(のち)。口中たゞれ。歯牙(はきば)ゆるがば。
軽粉剤(けいふんざい)とこゝろえべし。軽粉は。毒烈(どくれつ)の物。肌表(はだへ)を
乾燥(かんそう)するものゆへ。血液(けつゑき)をかはかし。槁(かれ)たる木のうるほひ
なきがごとくにて。津液(しんゑき)の流通(るつう)とゞこほり。口(くち)へばかり
出るがゆへに痰嗽(たんそう)をうれへ。はなはだしきは昼夜(ちうや)
涎(よだれ)沫(あは)をはきつゞけ。唾壺(はいふき)を傍(そば)にはなさずくるしむ

【左丁】
なり。津液(しんゑき)は一身の潤(うるほ)ひにして。化(くわ)して精血(せいけつ)となる
大切のものなり。しかれば庸医にまかせ。かゝる峻劇(しゆんげき)の
薬剤(くすり)をのむべからず。もし軽粉入の薬をふくし
口中そんじ。其外いろ〳〵のたゝりをなさば。白梅(むめぼし)を
煎(せん)じてのむべし。或はそれに黒豆(くろまめ)を加入(くわへいる)もよろしき
なり
○庸医の中には。前銀(まへがね)とて諸病ともに。薬をあたへぬ
まへに。薬料(かひあわせ)となづけ。金銀をむさぼる悪習(わるきしわざ)あり。

わけて此病には此事おほし。これ医の医たるの
主意(しゆい)をしらざるの所為(しわざ)にして。医道のうへの
罪人(つみんど)なり。心のけがれたること言語(ごんご)にたえたり。
これがために財(ざい)を費(ついや)しうしなふ人おほくあり。
しかはいへど。医者のふとゞきのみきのみにもあらず。此病を
患(うれへ)るものは。みな無頼(はふしらず)放蕩(どうらく)もの。或は卑賎(ひせん)の者
なれば。医者の身心(しんじん)を労(ろう)せし事はこゝろづかず。
謝礼(やくれい)といふこともをろそかなるよりをこりし

【左丁】
ならん。それはともあれ是等(これら)につきても。医の良拙(よしあし)を
うかゞひゑらぶこと簡要(かんゑう)なり。今の世 平々(へい〳〵)【左ルビ:ナミ〳〵】たるの医は。
もつはら商人(あきびと)の心根(こゝろね)にして。みなわがために
利養(りやう)をもとめ。人のうれひを憂(うれい)とせず。不学(もんまう)無術(なにもしらず)の
うはべを飾(かざ)り。臆度(をくたく)【左ルビ:スイリヤウ】の療治をほどこすがおほし。
世人(ひと〴〵)の医をみる眼(まなこ)は。婦女(おんな)の刀(かたな)脇指(わきざし)の飾りを
見たるにおなじ。羊質虎皮(やうしつこひ)【左ルビ:ヒツジガトラノカワヲキル】の医なれば。こゝろ
賢(かしこ)き人も良拙をみわくることかたかるべし。偖(さて)時医(はやりい)を

【右丁】
みるに。家居(いへゐ)作事(さくじ)分際(ぶんざい)より華麗(りつは)にして。辞気(ものいひ)
容貌(なりかたち)は武家(ぶけ)の風体(ふうてい)をなし。衣服(いふく)腰物(こしのもの)等(とう)の
飾りを美(び)にし。肩輿(かご)を飛(とば)しはな〳〵敷 歩行(あるく)
あり。此(この)党(ともがら)の中にとりわき庸医あり。其うへ
これも分際より物入(ものいり)おほく。をのづから心むさく
利欲(りよく)に□しり。仁慈(じんじ)の心をうしなふことは。前銀(まへがね)とる
医に異(こと)なることなし。今大路家(いまおほじけ)にてもんじ門人(でし)への
制条(いましめ)の中に。《振り仮名:好_二華麗_一|くわれいをこのむ》則(ときは)欲心(よくしん)甚而(はなはだにして)。《振り仮名:失_二慈仁之道_一|じじんのみちをうしなふ》。

【左丁】
只(たゞ)《振り仮名:宜_レ守_二倹約_一|よろしくけんやくをまもるべし》との規則(きそく)あり。実(げ)にもつともなる
个条(かでう)なり。
○唐土(もろこし)□戴元礼(たいげんれい)といふ人。医学(いがく)修行(しゆぎやう)に出て。
楊州(やうじう)にいたる所。門前(もんぜん)に人の市(いち)をなす医あり。これぞ
たづぬる良医ならんと。うれしくおもひ寄宿(きしゆく)しけり。
此医病人に薬をわたすに。鉛(なまり)を入てせんずべしと
いふことあり。元礼ふしぎに思ひて何とまうす薬方(やくはう)
にやと問ければ。建中湯(けんちうとう)なりと答(こと)ふ。これ飴(あめ)の字(じ)を

【右丁】  
鉛の字と。とりちがへたる文盲(もんまう)さに。元礼も興(きよう)を
さまし。そう〳〵其家を立 去(さり)けるとぞ。飴は脾胃(ひい)を
やしなふもの鉛は脾胃をそこなふもの。雲泥(うんでい)の違(ちがひ)
なり唐土は文字の国(くに)なるにかゝることあり。まして
我(わが) 邦(くに)には。あさましき医者おほく。しらざる
ことを□□理(つけ)にいひまぎらかし。万病(まんびやう)しらざること
なき顔(かほ)をして。今日を渉(わたる)がおほし。又此病を
わづが十人二十人 治療(ぢれう)して。たゞ紙上(しじやう)のはしくれを

【左丁】
おぼへたるまゝ。鏡(かゞみ)にうつし見るがごとく広言(くわうげん)を
吐(はき)ちらし。いまだ経験(けいげん)もせざる薬を投(とう)ずるも
あり。或は家方(かはう)秘方(ひはう)などゝとなへ。奥(おく)ゆかしく
おもはせて。たぶらかすたぐひもあり。人民(にんみん)の為(ため)に
する薬なるに。何がゆへに秘方 秘伝(ひでん)といふことあらん。
此(この)党(ともがら)を小人医(せうじんい)となづけて医師の中(うち)の蛇蝎(どくむし)なり。
此外に見聞(みきく)に忍(しの)びざるのてだてをなして。
俗人をたらすあり。今の世天理を恐(おそ)れ。心力(しんりよく)を

【両丁挿絵】
【右丁 落款】素山戯画

【左丁 右から横書き】
瘡病(そうびやう)の府(くら)

【右丁】
尽(つく)して治療する医者は希(まれ)なり。病人の大なる
不幸(ぶしあはせ)にして。嘆(たん)ずべきことぞかし。因(ちなみ)に載(の)す。或人
時めく医者に。非消壺(ひけしつぼ)へ炭(すみ)の火を納(いれ)るに。たち
まちに消(きゆ)るはなにがゆへと問(とい)ければ。蓋(ふた)して火気(くわき)
をもらさぬにより消(きゆ)るといひけり。医として
これらの理にくらきは捧腹(ほうふく)【左ルビ:ヲヽワラヒ】すべきことなり。そも〳〵
人間(にんげん)は天地の正気をうけてうまうまれ。天地は父母に
してこれを生育(せいいく)す。故に水土によりて人の

【左丁】
気象(きしやう)もひとしからず。其 生(しやう)ずる物も差別(しやべつ)あり。
医の病を療するも。万物(ばんもつ)造化(ぞうくわ)の理(り)に殫思(たんし)【左ルビ:ヲモヒヲツクス】して
後(のち)。人の病を治療すべし。万(よろづ)の芸術(げいじゆつ)のごとくに。
容易(ようい)にあきらめがたき芸(しわざ)なり。しかるを世人は。たゞ
頭(あたま)が丸(まる)く竹篦(ちつへい)を挟(はさ)み。口弁(こうべん)【左ルビ:クチリコウ】よく阿順(あじゆん)【左ルビ:ヘツラヒ】なる者を。
良拙(じやうずへた)のわきまへもなく用(もちひ)るにより。形容(なりかたち)さへ
医体(いてい)をそなへて。人の気に入やうにすれば。今日を
おくるに渡世(とせい)ができるゆへに。家産(すぎわい)を破(やぶ)りし者。

【右丁】
剃髪(ていはつ)して医者と化(ばける)がおほし。さればこそ
世の中に。庸医みち〳〵て人をそこなふこと
甚大(はなはだおほい)なり。顕道(あきみち)弱冠(をさなき)より先考(ちゝ)家兄(あに)の膝下(しつか)に
侍りて。治療を傍観(ぼうくわん)【左ルビ:ソバニミル】すること久しく又みづ
から治療せし所も万を以てかぞふべし。
其あいだ此病を療することもつともおほし。
その聞えありてや。異(こと)なる術(じゆつ)もあらんかと。
遠方(ゑんほう)よりも訪(とい)きたりて。疹視(しんし)治療を乞(こい)もとむ。

【左丁】
それが中におり〳〵しるしを得たるもあれど。
大かたは偶中(まぐれあたり)にて。内にみづから顧(かへり)みれば。背中(せなか)に
汗(あせ)することおほし。その手近(てぢか)きにいたりては。附子(ぶし)
石膏(せきこう)の二症(にしやう)だにわかつこともあたはずして。
おほくの月日をすぐし侍りぬ。今や稀古(きこ)の
歳(とし)をこえて。拙(つたな)きむかしの問(と)はずがたりも
はづかしけれど。医業(いぎやう)はかたきことにして。凡庸(ぼんよふ)【左ルビ:ナミ〳〵ノヒト】の
なすべき芸(しわざ)にあらず。故に庸医は常(つね)に多し。

【右丁】
病よりこはきものは。医者なることを。若人(わかうど)の
こゝろえにもと書(かき)のす。此外 小児(みどりこ)の生育(をいそだて)の
法に。書しるしたき事もあれど。老(おい)の気根(きこん)の
ものうくて。筆をとゞむといふ。



民家養生訓下終

【左丁】
菅茶山翁随筆ー
《題:筆のすさひ》          全部四冊
 茶山(ささん)先生(せんせい)篤行(とくこう)の耆(き)【蓍は誤記】老(ろう)【注】その詩聖(しせい)と称(しやう)せられし
 は世(よ)の知(し)る所(ところ)なり此書(このしよ)は詩歌(しか)文 雅(が)の上(うへ)のみなら
 ず雅事(がじ)と俗事(ぞくじ)と両途(ふたつ)ならざる心得(こゝろえ)より毒井(どくせい)
 盗難(たうなん)を避(さ)け防(ふせ)ぐ要慎(えうしん)すべて人家(じんか)必用(ひつよう)の雑事(さつじ)
 経史(けいし)を議論(ぎろん)せし正説(せいせつ)また閭巷(りよこう)の奇話(きわ)怪談(くはいだん)の
 如(ごと)きもその実(じつ)を録(しる)し烈士(れつし)奇人(きじん)の行状(ぎやうぢやう)なんど
 種々(くさ〴〵)の佳話(かわ)多(おほ)かれども浮(うき)たる事(こと)なくして見(み)る人(ひと)に
 裨益(たすけ)あらしむ

【注 耆老=年老いて徳の高い人。蓍は音「シ」にして植物の名。】

             河内屋喜兵衛
大坂書肆                梓
             河内屋和 助
【左欄外】
 何方の本屋にても御座候御求御覧可被下候

【裏表紙】

{

"ja":

"日養食かゝみ"

]

}

【帙・表紙・題箋】

日養食かゞみ

【帙・背・題箋】
日養食かゞみ

【帙・表紙・題箋】
日養食かゞみ

【分類ラベル・ 富士川本/ニ/14】

【表紙】

【分類ラベル・ 富士川本/ニ/14】

【見返し・白紙】

【左丁・白紙】

【右丁】
為春石川先生輯述 [不許翻刻]【矩形で囲み】
《題:日養食かゞみ》
文政三庚辰春新鐫


【左丁】
日養食鑑例言

此書は日用 飲食(いんしよく)の能毒(のうどく)禁忌(きんき)等(とう)を平(ひら)かなを以(もつ)て
精(くはし)く記(しる)し食物の名はいろは分(わけ)にして一一 頭(かし)ら
字(じ)を挙(あげ)て捜(さが)し索(もと)め便(やす)からしむ此 冊子(ほん)を常(つね)に坐(かた)
右(わら)に置(をけ)ば医(い)に問(と)ふの煩(わづらい)なく飲食の能毒(のうどく)を知(しる)こ
と自(をのづか)ら分明(あきらか)なり
全書(ぜんしよ)平かなを以てこれを記(しる)し其 文理(ことば)の鄙(いやしき)をい
とはず専(もつぱ)ら俗(ぞく)に通(つう)し易(やす)からんことを主(しゆ)とす譬(たとへ)
は禁忌(きんき)と認(かく)べきを差合(さしあひ)と書し又めう。みやう。こ

【朱印・蔵書印・富士川游寄贈】
【朱印・蔵書印・京都帝国大学図書之印】
【黒印・蔵書印・186478 / 大正7.3.31】

【右丁】
う。かう。せう。しやう。等(とう)の如きは両声(りやうせい)相近(あ?ちか)きか故(ゆへ)
に二音(にいん)混雑(こんざつ)する者(もの)あり如此(かくのごとき)は一方(かた〳〵)に索て無と
きは両音(りやうほう)の内に索(もとむ)べし又 冬瓜(とうぐわ)。一 名(めい)かもうり。大(だい)
根一名からもの。生薑(せうが)。一名はじかみ。と称(せう)するの
類(るい)多(おほ)し是亦(これもまた)雅俗(がぞく)の両名(りやうめい)に因(よつ)て索(もとむ)べし其 他(た)は推(をし)
て知(しる)べし
 文政二年己卯十一月  石川元混
              【陰刻印】元混 【陽刻印】子進

【左丁】
日養食鑑
     東都  石川元混子進纂輯

[い]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
いゐ  《割書:又》めし  飯
 人間(にんげん)精命(せいめい)を化育(やしのう)する弟【第ヵ】一の食供(しよくもつ)なり
 ○なめし   ○あづきめし ○さゝげめし
 ○はすめし  ○くこめし  ○むぎめし
 ○わりめし  ○あわめし  ○ひゑめし
  此 類(るい)は病人 食(しよく)して妨(さまたげ)なし
 ○こわめし  ○まめめし  ○とうふめし

【右丁】
 ○ちやめし  ○のりめし  ○くりめし
 ○そばめし  ○ねぎめし  ○魚(ぎよ)はん
 ○鶏(にわとり)はん  ○雉(きじ)めし
  此 類(るい)は病人に宜(よろし)からず
いね  うるごめ。もちごめの総名(そうめう)也  稲
いりまめ  炒豆
 甘平(あまくたいらに)。毒(どく)なし病人 小児(せうに)に宜(よろし)からず
いんげんさゝげ  菜豆
 甘平。毒なし 又いんげんまめと云
いも  とうのいも  さといも  芋

【左丁】
 はすいも  やつがしらの総名(そうめう)なり
 薟冷滑(ゑごくれいくわつ)。小毒(せうどく)あり多く食(くら)へば気(き)を塞(ふさ)ぐ妊婦(にんふ)は
 忌(いむ)べし
いもから  又ずいき  芋茎
 辛冷滑(しんれいくわつ)。毒(どく)なし妊婦(にんふ)は忌(いむ)べし
いたどり  虎杖
 甘酸(かんさん)平。毒なし月水(けいすい)を通じ小 便(べん)を利(つう)す
いわたけ  石耳
 甘平。毒なし目(め)を明(あきらか)にす
いちご  苺の総名

【右丁】
 甘微酸平。毒(どく)なし肺(はい)を煖(あたゝ)め腎(じん)を益(ま)し陽(よう)を壮(さか)ん
 にす
いちじく  無花果
 甘平毒なし胃(い)を開(ひら)き酒毒(しゆどく)を解(げ)す
いさゝ
 甘平。毒なし
いわな  嘉魚
 甘(かん)温毒なし
いしもち  石首魚
 甘温毒なしを胃(い)を開(ひら)き食(しよく)を消(け)し淋疾(りんしつ)を治(ぢ)す

【左丁】
いとよりだい  金絲魚
 甘温。毒なし病人食として害(かい)なし
いな  䰵魚
 甘平。毒なし○此魚(このうを)次弟(しだい)【第】に成長(せいてう)するに随(したがつ)て名
 を異(こと)にす最初(さいしよ)小なるを いな(━━━━)又すばしり(━━━━━━━━)と云
 成長して大なるを ぼら(━━━━)又なよし(━━━━━━)と云小なる
 者は味(あじは)ひ薄(うす)し病人に妨(さまたげ)なし大なる者は味ひ
 厚(あつ)く妄(みだり)に病人に与(あたふ)べからず
いわし  海鰮
 鹹(しほはやく)温。毒なし気血(きけつ)を潤(うるほ)し筋骨(きんこつ)を強(つよ)くす多食(たしよく)す

【不鮮明部は、筑波大学附属図書館蔵本、東北大学附属図書館蔵本を参照。】

【右丁】
 れば瘡毒(さうどく)を発(はつ)し小児は虫積(ちうしやく)を動(うごか)す
 ○ひしこ ごまめ又たつくり。は いわしの
 小なる者なり気味(きみ)いわしと相似(あいに)たり
 ○たゝみいわし。はいわしの寸(すん)に足(たら)ざる者(もの)を
 連(つら)ね乾(かわか)して帖(いた)となすものなり
いぼぜ
 甘温。毒(どく)なし
いさき
 甘平。毒なし
いか  烏賊魚

【左丁】
 甘 酸(さん)平。毒なし婦人(ふじん)の月経(けいこう)を通(つう)し小 児(に)の雀目(とりめ)
 を治(ぢ)す
いりこ  海参
 甘平。毒なし気血(きけつ)を補(おぎな)ひ五臓(ごぞう)を益(ま)し肺虚(はいきよ)の咳(せ)
 嗽(き)を治(ぢ)し虚損諸疾(きよそんのやまひ)を療(ぢ)す
いせゑび  蝦魁
 甘平。小毒あり
いるか  海豚魚
 鹹 腥(なまぐさく)。小毒あり
いのしし  野猪

【右丁】
 甘平。毒なし肌膚(はだへ)を補(おぎな)ひ五臓(ごぞう)を益(まし)久痔(ふるきぢ)を治(ぢ)
 す多く食(くら)へば瘡癰(そうよう)を発(はつ)す▲巴豆(はづ)と差合(さしあい)
[ろ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
ろくのうを  むつなり
 甘平。毒なし 子(こ)も同(をな)じ病人は忌(いむ)へし
[は]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
はぜ  孛婁
 甘平。毒なし糯米(もちこめ)を炒(いり)て花を作(つく)る者(もの)なり病人
 小児に害(がい)なし
はすのね  蓮根

【左丁】
 甘平。毒なし胃(い)を開(ひら)き食(しよく)を消(け)し酒毒(しゆどく)を解(け)し産(さん)
 後(ご)の血分(けつぶん)の病(やまひ)又 吐血(とけつ)下血(げけつ)咳血(がいけつ)を治(ぢ)す
はすのみ   蓮肉
 甘平。毒なし中(うち)を補(おぎな)ひ気血(きけつ)を益(ま)す
はうれんそう  菠薐菜
 甘苦寒(かんくかん)。小毒(せうどく)あり胸膈(きやうかく)を開(ひら)き気(き)を下(くだ)し便閉(ふつうじ)痔(ぢ)
 漏(ろう)の人は宜く食すべし▲五倍子(ふしのこ)と差合(さしあい)
はまぼうふう
 甘平。毒なし魚膾(なます)に和(くわ)して食す
はつしやうまめ  黎豆

【右丁】
 甘微苦温。小毒(せうどく)あり
はこべ  繁縷
 甘酸平。毒(どく)なし積年(ふるき)の悪瘡(あくそう)痔疾(ぢしつ)を愈(いや)す又 乳汁(ちゝ)
 を通(いだ)す
はたけな  油菜
 甘辛温。毒なし気(き)を下(くだ)し食を消(け)し中を和(わ)し大
 小 便(べん)を通(つう)す
はせうが  紫姜
 気味(きみ)生薑(せうが)と同(をな)し
はすいも  白芋

【左丁】
 味(あぢはひ)薟(ゑぐ)からず生(なまにて)食して妨(さまたげ)なし病人は忌(いむ)べし
はだな大こん  水蘿蔔
 辛甘。毒なし虫積(ちうしやく)ある人と病人は忌べし
はたけぜり  旱芹
 甘平。毒なし病人に宜からず
はゝこぐさ  鼠麯草
 甘平。毒なし中を調(とゝの)へ気(き)を益(ま)し痰(たん)を治(ぢ)す
はゝきゞ  地膚
 甘苦寒。毒なし小便(せうべん)を通し淋疾(りんしつ)を治(ぢ)す
はゝきだけ  掃箒菰

【右丁】
 小毒あり
はつだけ  青頭菌
 苦甘涼(くかんれう)。毒なし多食すべからず
はりたけ  松毛菌
 毒なし病人に宜からず
はしばみ  榛
 甘平。毒なし
はゑ 《割書:又》はや  鰷魚
 甘温。毒なし小児の疳疾(かんしつ)を治(ぢ)す
はも  海鰻鱺

【左丁】
 甘平。毒(どく)なし遍身(へんしん)の浮腫(ふしゆ)を逐(を)ひ大小 便(べん)を通す
 妊婦(にんふ)はをり〳〵食(しよく)してよし
はたじろ
 甘平。毒なし藻魚(もうを)赤魚(あかう)と同く病人に害なし
はぜ  鰕虎魚
 甘温。毒なし
はまぐり  文蛤
 甘鹹冷。毒なし胃(い)を開(ひら)き渇(かつ)を止(や)め酒(さけ)を醒(さま)す多(た)
 食(しよく)すれば腹痛(ふくつう)を発(はつ)す小児病人に宜からず
 ▲菌(くさひら)と差合(さしあい)

【右丁】
ばかがひ  馬珂
 甘微温。毒(どく)なし胃(い)を開(ひら)き食(しよく)を進(すゝ)む多く食へば
 虫積(ちうしやく)を動(うごか)す
はくちやう  鵠
 甘大温。毒あり多く食へば諸(もろ〳〵)の血症(けつせう)及(およ)び眼疾(がんしつ)
 頭熱(づねつ)の病(やま)ひ或(あるい)は悪瘡(あくそう)癩風(らいびやう)を発(はつ)す
ばん  田鶏
 甘平。毒なし高貴(かうき)の食品(しよくひん)なり
はと  鳩 総名なり
 甘平。毒なし気(き)を益(ま)し腎(じん)を補(おぎな)ひ食の噎(いつ)するを

【左丁】
 治(ぢ)し目(め)を明(あきらか)にす○鳩(はと)の類(るい)品(しな)多(をゝ)し山林(やま)に棲(す)む
 もの味(あじは)ひ美(び)なり
[に]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
にら  韭 
 辛温。毒なし胃口(いこう)の瘀血(をけつ)を散(さん)し膈噎(かくいつ)を治(ぢ)す多
 く食へば目を暗(そん)す酒後(しゆご)尤(もつと)も忌(いむ)べし
にんにく  大蒜
 辛温。小毒あり▲蜜(みつ)と差合(さしあい)
にんぢん  胡蘿蔔
 甘辛微温。毒なし気(き)を下し中を補ひ胸膈(きやうかく)と腸(ちやう)

【右丁】
 胃(い)を滑(なめらか)にす病人に宜し
にわむめ  郁李
 酸平。毒なし小水(せうべん)を通す
にしん  青魚
 甘平。毒なし気力(きりよく)を益(ま)し陽(やう)を助(たす)け陰(いん)を補(おぎな)ふ
にとり
 甘平。毒なし鰹節(かつほふし)を造(つく)る時(とき)蒸(む)したる煎(せん)じ汁(しる)の
 底(そこ)に溜(たま)る垽(をり)を煎(せん)じつめたる者(もの)なり
にべ  石首魚
 甘平。毒なし

【左丁】
にし  蓼螺
 あかにしと同じ
にな  蝸螺
 甘平寒。毒なし
にわとり  鶏
 甘温。毒なし肝肺(かんはい)と脾腎(ひぢん)とを補(おぎな)ひ五労(ごろう)七傷(しちしやう)血(けつ)
 虚(きよ)の諸病(しよびやう)婦(ふ)人 産後(さんご)の病 幷(ならび)に諸(もろ〳〵)の瘡(かさ)久く瘥(い)へ
 ざるを治す▲鯉(こい)鯽(ふな)うなぎ餈(もち)と差合(さしあい)
にわとりの玉子  鶏卵
 甘平。毒なし心(しん)を鎮(しづ)め癇(かん)を収(をさ)め小児の疳疾(かんしつ)を

【右丁】
 治(ぢ)す大抵(たいてい)肉(にく)と同(をな)じ○ゆでたまご厚焼(あつやき)たまご
 の類(るい)は胃(はら)に入(いつ)て化(くわ)しがたし病人に宜(よろし)からす
 ○烏骨鶏(うこつけい)の肉(にく)甘温(かんうん)毒(どく)なし婦(ふ)人 一切(いつさい)の虚損(きよそん)及(をよび)
 久(ひさし)く子(こ)なき者(もの)に宜(よ)し又 男子(だんし)の遺精(いせい)陰痿(いんい)を□【治ヵ】
 す
にほ  又かいつぶり  鸊鷉
 甘冷。毒なし酒毒(しゆどく)を解(け)し痔瘡(ぢそう)を治す炙(あぶ)り食(しよく)す
 べし

[ほ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
ほしいゐ  糒

【左丁】
 甘温。毒なし脾胃(ひい)を養(やしな)ふ
ほしな  乾菜
 甘平。毒なし
ほしだいこん  仙人骨
 甘平。毒なし
ほうづき  酸漿子
 甘酸温。毒なし酒毒を消(け)す
ほうぶら  南瓜
 甘温。毒なし中を補ひ気(き)を益(ま)す多食すべから
 ず

【右丁】
ぼうふう
 はまぼうふうと同じ
ほだわら  馬尾藻
 甘鹹滑寒。毒(どく)なし酒毒を消(け)す
ほしかき  乾柿
 甘冷。毒なし宿血(しくけつ)を消(け)し下血(げけつ)を治す▲蟹(かに)と差(さし)
 合(あい)
ぼら  鯔魚
 甘平。毒なし胃(い)を開(ひら)き五臓(ごぞう)を利(り)す然(しかれ)ども味(あじは)ひ
 厚(あつ)く性(せい)重(をも)し病人に宜(よ)からず

【左丁】
ほうぼう  竹麥魚
 甘平。毒(どく)なし
ほや  石勃卒
 鹹冷。毒なし小 水(べん)を通し婦(ふ)人の帯下(こくけ)【注①】を治(ぢ)す
ほしあわび  决明乾
 くしかいと同じ
ほとゝぎす  杜鵑
 甘冷。毒なし痘瘡(ほうそう)【注②】の熱毒(ねつどく)を除(のぞ)き蟲(むし)を殺(ごろ)す
ほうぢろ
 甘平。毒なし

【注① 振り仮名「こくけ」は「こしけ」の誤ヵ】
【注② 「痘瘡」と「疱瘡」はどちらも「天然痘」。漢字又は振り仮名の誤か、或は「痘瘡」に「ほうそう」を当てたか。】

【右丁】
[へ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
へちま  絲瓜
 甘平。毒なし腫(はれ)を消(せう)し痰(たん)を化(くわ)し蟲(むし)を殺(ころ)す
べにばな  紅花苗
 甘温。毒なし血(ち)を活(めぐら)し痛(いたみ)を止(とゞ)む
べにたけ  胭脂菰
 春(はる)生(せう)するものは毒(どく)なし秋(あき)生(せう)するは毒(どく)あり
べにりんご
 りんごと同じ

[と]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】

【左丁】
とうほし  大唐米
 甘平。毒なし大風(ちうふう)を患(うれへ)る人 常(つね)に食(しよく)して益(ゑき)あり
 脾胃(ひい)虚弱(きよぢやく)の人と老人(ろうじん)并に病人に益(ゑき)なし
とうもろこし 《割書:又》なんばんきみ  玉蜀黍
 甘平。毒なし中(うち)を温(あたゝ)め腸胃(ちやうい)を渋(しぶ)らす霍乱(くわくらん)を止(や)
 む多く食へは化(くわ)し難(がた)し小児病人は忌(いむ)べし
とうふ  豆腐
 甘鹹寒。毒なし中を寛(ゆるふ)し気(き)を益(ま)し脾胃(ひい)を和(くわ)し
 酒毒(しゆどく)を解(け)す○とうふに中(あた)りたるには大根(だいこん)の
 しぼり汁(しる)を用(もち)ゆへし

【右丁】
 ○焼(やき)とうふ  ○いりとうふ ○でんかく
 ○凍(こほり)とうふ  ○唐(とう)とうふ  ○山掛(やまかけ)とうふ
 ○あぶらとうふ  ○あぶらあげ
 此類(このるい)は腹(はら)に入て化(くわ)し難(かた)し病人に宜からず
 ○ゆば  豆腐皮(とうふのかわ)なり毒(とく)なし
 ○きらず 《割書:又》うのはな 雪花菜
 毒(どく)なし諸(もろ〳〵)の物(もの)と和合(わがう)して食す酒(さけ)を醒(さま)す
とろゝじる
 仏掌薯(やまのいも)長芋(なかいも)自然生(ぢねんせう)の三種(さんしゆ)にて造(つく)る甘冷(かんれい)。毒(どく)な
 し病人に宜(よ)からず

【左丁】
とうからし  番椒
 辛大温(しんたいうん)。毒(どく)なし胸膈(きやうかく)を開(ひら)き宿食(しきしよく)を下(くだ)し胃(い)を開(ひら)
 き食(しよく)を進(すゝ)め邪風(ぢやき)を逐(を)ひ汗(あせ)を発(はつ)す多く食へば
 瘡癤(そうせつ)を発(はつ)す○西瓜(すいくわ)の毒(どく)を解(け)す
とうちさ  菾菜
 甘寒滑。毒なし胃(い)を開(ひら)き膈(かく)を通(つう)す▲胡椒(こしやう)と差(さし)
 合(あい)
とうな  菘
 甘平。毒なし諸病に妨(さまたげ)なし
ところ  萆薢

【右丁】
 苦甘(くかん)平。毒(どく)なし消渇(せうかつ)及 水腫(はれやまい)を治す
とうのいも  紫芋
 薟(ゑごく)平滑。小毒(せうどく)あり多食(たしよく)すれば気(き)を塞(ふさ)ぐ
とうなす  かぼちやと同し
とさかのり  鶏脚菜
 甘鹹(かんかん)寒。毒なし
ところてんぐさ  石花菜
 甘鹹大寒。毒(どく)なし胸膈(きやうかく)の煩熱(はんねつ)を去(さ)り消渇(せうかつ)を止(とゞ)
 め暑(しよ)を解(け)す
ところてん  瓊脂

【左丁】
 気味(きみ)前(まへ)に同(をな)じ多食すべからず
とうくわ 《割書:又》かもうり  冬瓜
 甘寒。毒(どく)なし消渇(せうかつ)を止(とゞ)め水腫(すいしゆ)を治(ぢ)し大小 便(べん)を
 通(つう)し酒毒(しゆどく)を解(け)す諸病(しよびやう)に害(がい)なし黒焼(くろやき)にすれば
 口中の諸疾(しよびやう)を治(ぢ)す
とちのみ  天師栗
 甘温。毒なし
とびうを  飛魚
 甘平。毒なし姙婦(にんふ)常(つね)にこれを食すれは産(さん)を安(やすく)
 すと云

【右丁】
とびゑい  鶏子魚
 甘鹹平。毒なし
どぜう  泥鰌
 甘温。毒なし中(うち)を温(あたゝ)め気(き)を益(ま)し腎(ぢん)を補(をぎな)ひ酒毒
 を消(け)す▲萆薢(ところ)と差合(さしあい)
どばと  鴿
 甘鹹平。毒なし気(き)を益(ま)し瘡疥(そうかい)を治(ぢ)し薬毒(やくどく)を解(け)
 す
とき  紅鶴
 甘微温(かんびうん)。毒(どく)なし婦(ふ)人の血証(けつせう)を調(とゝの)ふ

【左丁】
とび  鳶
 食品(しよくもつ)にあらず
[ち]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
ちまき  粽
 甘温平。毒なし
ちさ  萵苣
 苦寒。毒なし熱毒(ねつどく)を解(け)す
ちよろぎ  草石蠶
 甘平。毒なし
ちやうせんひじき  虎栖菜

【右丁】
 甘鹹。毒なし
ちや  茶
 甘苦微寒(かんくびかん)。毒(どく)なし気(き)を下(くだ)し食(しよく)を消(け)し煩渇(はんかつ)を除(のぞ)
 き頭目(づもく)を清(きよく)し昏睡(こんすい)を醒(さま)し酒毒(しゆどく)を消(け)し大小 便(べん)
 を通(つう)す多く飲(のめ)は腹痛(ふくつう)を発(はつ)し疝気(せんき)を動(うごか)す
 ○挽茶(ひきちや)は其(その)気味(きみ)強(つよ)し最(もつと)も疝積(せんしやく)を動(うごか)す病人に
 宜(よ)からず○山帰来(さんきらい)を服(ふく)する人 忌(いむ)べし
ちやうせんまつのみ  海松子
 甘小温。毒なし水気(すいき)を散(さん)す
ちやうせんくるみ  胡桃

【左丁】
 甘平温。毒なし
ちりめんざこ  鵞毛脡
 甘平。毒なし
ちどり  水喜鵲
 甘温。毒なし
[り]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
りうがんにく  龍眼肉
 甘平。毒なし心神(しんじん)を補(おぎな)ひ志(こゝろ)を安(やす)くし睡(ねむ)りかぬ
 るを睡(ねむ)らしむ人に益(ゑき)あり
りんご  林樆

【右丁】
 酸(さん)甘温。毒なし気(き)を下し痰(たん)を消(せう)す
[ぬ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
ぬか 《割書:又》こぬか  米粃
 甘平。毒なし
ぬかみそ  粃醤
 毒なし漬物(つけもの)は陳久(ふるく)なりたるは病人に妨(さまたけ)なし
 水に浸(ひた)し鹽気(しほけ)を薄(うす)くして食すべし
[を]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
をほむぎ  大麥
 甘涼。毒なし膈(かく)を寛(ゆかふ)し気(き)を下し食を進(すゝ)め大小

【左丁】
 便(べん)を通(つう)す脚気(かつけ)水腫(すいしゆ)黄疸(わうたん)を患(うれう)る人に宜し
をほあわ  梁【粱の誤】
 甘平。毒なし気(き)を益(ま)し中(うち)を和(くわ)し霍乱(くわくらん)下痢(げり)を止(とゞ)
 め小 便(べん)を通す
をこしごめ  粔籹
 糯(もち)米を煎(い)り飴(あめ)を和(まぜ)して作(つく)る甘温(かんうん)。毒(どく)なし多食(たしよく)
 すべからす
をらんだちさ  ちさと同し
をわり大こん  大蘆萉
 気味(きみ)大根(だいこん)に同し

【右丁】
をにばすのみ  芡実
 甘平 濇(しぶる)。毒(どく)なし中(うち)を補(おぎな)ひ精気(せいき)を益(ま)す
をご 《割書:又》をごのり  頭髪菜
 甘 鹹寒(かんかん)。毒(どく)なし多く食へは化(くわ)し難(かた)し腹痛(ふくつう)下痢(げり)
 を発(はつ)す
をきつだい
 甘平。毒なし
をぼこ  いなと同し
をこぜ  鰧
 甘温。小毒(せうどく)あり

【左丁】
をしどり  鴛鴦
 甘平。毒なし鴨(かも)と相似(あいに)たり
をながどり
 甘平。毒なし
をつとせい  膃肭臍
 鹹大熱(かんだいねつ)。毒(どく)なし中(うち)を補(おぎな)ひ腎(じん)を益(ま)し陰痿(いんい)精冷(せいれい)腰(やう)
 痛(つう)脚弱(きやくぢやく)を治(ぢ)す肉(にく)は虚労(きよろう)を治(ぢ)す
 ○登止(とど) ○水豹(あさらし) 膃肭臍(をつとせい)の類(るい)なり
をほかみ  狼
 鹹熱。毒なし中を補ひ気(き)を壮(さか)んにし寒疝(せんき)冷積(れいしやく)

【右丁】
  を治す
[わ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
わらび  蕨
 甘寒滑。毒(どく)なし水道(すいどう)を利(り)し脱肛(だつこう)を治(ぢ)す久食(きうしよく)す
 れば目(め)を損(そん)す
わらびもち
 前(まへ)に同し小児(せうに)多く食へば歩行(ほこう)すること遅(をそ)し
わけぎ  冬葱
 辛温。毒なし
わさび  蔊菜

【左丁】
 辛温。毒なし鬱(うつ)を散(さん)し気(き)を開(ひら)き汗(あせ)を発(はつ)し胸膈(きやうかく)
 を利(り)し疝積(せんしやく)を逐(を)ふ魚肉(ぎよにく)蕎麪(きやうめん)の毒(どく)を解(け)す又 齲(むし)
 歯痛(ばのいたみ)に生根(なまね)を磨(す)り牙疼(いたみしよ)に傅(つけ)れば即効あり
わかめ  裙帯菜
 甘平。毒なし水を利(り)し酒毒(しゆどく)を解(け)す
わかなご
 甘温。毒なし
[か]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
かゆ  粥
 脾胃(ひい)を補(おぎな)ひ元気(げんき)を益(ま)し五臓(ごぞう)を潤(うるを)す毎朝(まいてう)食す

【右丁】
 れは大に人に益(ゑき)あり老人(ろうじん)虚人(きよじん)病人小児に宜(よ)
 し
かうじ  麹
 甘温。毒なし胃気(いのき)を平(たいらか)にし中(うち)を調(とゝの)へ気(き)を下し
 小児の癇(かん)を治す
かす  糟
 甘温。毒なし血(ち)を活(めぐら)し経(けい)を行(めぐら)す故(ゆへ)によく跌撲(くじき)
 損傷(いたみ)を治(ぢ)す又 魚蔬(ぎよさい)の毒を解す
かうせん  香煎
 膈(かく)を開(ひら)き口舌(こうぜつ)を清(きよく)し湯水(とうすい)の毒を解す

【左丁】
かうのもの  香物
 甘鹹(かんかん)。毒(どく)なし一切(いつさい)の食毒(しよくどく)及 湯水(とうすい)の汚臭(どく)を解(け)す
 気味(きみ)は菜蔬(つけもの)の性(せう)に随(よつ)て好悪(ぜんあく)あり○香物(かうのもの)品類(しな)
 多(をゝ)しみそづけ ぬかづけ ならづけ たく
 あんづけ かくやづけの類(るい)は其品によりて
 病人に妨(さまたけ)なし
かぶら  蕪菁
 辛甘温(しんかんうん)。毒(どく)なし食を消(け)し気を下し痰(たん)を逐(を)ひ嗽(せき)
 を治(ぢ)す人家(じんか)平日(へいじつ)の食供(しよくもつ)なり
かわぢさ  水萵苣

【右丁】
 甘苦寒滑。毒なし咽喉(いんこう)腫(はれ)痛(いたむ)を治し癬(せにかさ)を治す
かりき  漢葱
 辛温。毒なし
かぼちや  番南瓜
 甘温。毒なし多食すべからず
からし  芥
 辛熱(しんねつ)。毒なし痰(たん)を去(さ)り留飲(りういん)の痛(いたみ)を除(のぞ)き喉痺(こうひ)を
 治し魚毒(きよどく)を解(け)す
かしういも  黄獨
 微苦。小毒(せうどく)あり痘毒(とうどく)瘡(そう)毒を解し熱嗽(たんのねつ)を去る

【左丁】
かしらいも  蹲鴟
 薟(ゑごく)冷滑。小毒(せうどく)あり多食すれば気(き)を塞(ふさ)ぐ
かもうり  冬瓜と同じ
かんひやう  瓠畜
 甘平滑。毒なし熱(ねつ)を消(け)し水を通す病人に害な
 し
かたくり
 甘平。毒なし
かうたけ  茅蕈
 毒なし生(なは)は苦(にが)し乾(かわけ)は甘(あま)し

【右丁】
かんてん  気味(きみ)ところてんに同じ
かせいた
 甘平。毒(どく)なし能(よ)く久嗽(きうそう)酒渇(しゆかつ)を治(ぢ)す榲桲(をんぼつ)に砂糖(さとう)
 を加(くは)へて造(つく)る糕果(もちくわし)なり
かやのみ  榧実
 甘平 濇(しふる)。毒なし寸白蟲(すんはくちう)を殺(ころ)し諸(もろ〳〵)の蟲積(ちうしやく)を治(ぢ)す
 老人(ろうじん)の小便(せうべん)頻数(かずをゝき)に良(よし)なり
かちぐり  乾栗
 甘鹹温。毒なし
からまつのみ  ちやうせんまつのみと同じ

【左丁】
かき  柿 
 甘寒渋(かんうんしぶる)。毒(どく)なし生柿(なまのかき)は多く食すべからず
 乾柿(ほしかき)及(をよひ)釣柿(つりかき)串柿(くしかき)は脾(ひ)を健(すこやか)にし腸(つうじ)を渋(しぶ)らし嗽(せき)
 を止(や)め反胃(ほんい)を定(さだ)む又 酒毒(しゆどく)を解す凡(をよ)そ柿(かき)の類(るい)
 品(しな)多(をゝ)しといへども気味(きみ)相 同(をな)じ
からかわ  椒樹皮
 辛温。毒なし山椒(さんせう)と同じ
かわむつ  石鮅魚
 甘平。小毒あり
かわます  《割書:又》ます 鱒魚

【右丁】
 甘温。小毒(せうどく)あり
かぢか  杜父魚
 甘温。毒なし▲荊芥(けいがい)と差合(さしあい)
かわゑび  蝦
 甘温。小毒あり又ゑびと見合(みあはす)べし
かます  梭魚
 微温。毒なし気血(きけつ)を調(とゝの)へ肌肉(はだへ)を潤(うるを)す蟲積(ちうしやく)ある
 人に宜(よろし)からず
かつほ  𩶾𩸫魚
 甘温。小毒あり中(うち)を温(あたゝ)め腸胃(てうい)を調(とゝの)へ食を進(すゝ)め

【左丁】
 精力(せいりよく)を益(ま)す多食すべからず
かつほぶし  木魚
 甘微温。毒なし気血(きけつ)を補(おぎな)ひ筋力(きんりよく)を壮(さか)んにす諸
 病に害(かい)なく大に人に益(ゑき)あり
かつほのたゝき  鰹醤
 甘温。小毒あり多く食へば痰咳(たんせき)を生(せう)す
かながしら  火魚
 微甘。毒なし病人に宜(よ)からず
かれい  比目魚
 甘平。毒なし虚(きよ)を補(おぎな)ひ気力(きりよく)を益(ま)す

【右丁】
かゝみうを
 甘平。毒なし
かさご
 甘平。毒なしもうをの一 種(しゆ)なり
かど  にしんと同し
かづのこ  青魚子
 甘平 渋(しぶる)。毒(どく)なし多食すべからず
かまぼこ  魚肉糕
 甘微温。毒なし好悪(せんあく)は魚の性(せう)に由(よる)へし病人に
 は擇(ゑら)々用べし

【左丁】
からすみ  鰿子
 甘鹹。毒なし産後(さんご)の腹痛(ふくつう)を治す○からすみに
 三種(みしな)ありぼらの子(こ)を野母(のも)と云(いふ)長崎(ながさき)より来(きた)る
 味ひ尤(もつとも)勝(すぐ)る其 他(た)は鱸魚(すゞき)と鰆(さわら)との子(こ)にて作(つく)る
 味ひ大に劣(をと)る
かぶらほね
 甘平。毒なし鯨魚中(くじらのうち)の一種(いつしゆ)の骨(ほね)なり
かに  蟹  総名なり
 鹹甘冷。毒あり能(よ)く酒毒(しゆどく)を解(け)す○漆瘡(うるしかさ)に生(なま)に
 て搗(つ)きたるを塗(ぬ)りて速効(そくこう)あり○蟹(かに)の毒(どく)に中(あたり)

【右丁】
 たるには冬瓜(とうくわ)の汁(しる)又 蘆根(よしのね)の汁(しる)を用てよし
 ▲柿(かき)及(と)荊芥(けいかい)と差合(さしあい)
かざみ  蝤蛑
 鹹寒。毒(どく)なし酒肴(さけのさかな)の佳物(よきもの)なり一 螯(はさみ)は大に一螯
 は小なるものなり
かき  牡蠣
 甘温。毒なし脾胃(ひい)の鬱熱(うつねつ)を去(さ)り汗(あせ)を止(とゞ)め渇(かつ)を
 治(ぢ)し酒毒(しゆどく)を消(け)し婦人(ふじん)の気血(きけつ)を収(をさ)め久(ひさし)く食す
 れば人の顔色(がんしよく)を美麗(びれい)にす
からすかひ  烏蛤

【左丁】
 甘平。毒なし
かうな 《割書:又》やどかり  寄居虫
 食品(しよくもつ)にあらず
かも  鳬 
 甘微温。毒なし中(うち)を補(をぎな)ひ気(き)を益(ま)し胃(い)を平(たいらか)にし
 久瘡(きうそう)及(と)悪瘡(あくそう)を癒(いや)す○こかも甘平 毒(どく)なし中を
 補ひ気を益(ま)し脾胃(ひい)を調(とゝの)ふ大かもより肉(にく)軟(やわらか)に
 して虚(きよ)人 老(ろう)人の食用(しよくやう)に宜(よろ)し○かもの類(るい)も種(しゆ)
 類(るい)多し気味(きみ)相 似(に)たり
がん 《割書:又》かりがね  鴈

【右丁】
 甘温。毒なし腎(ぢん)を補(おぎな)ひ胃(い)を益(ま)す多食すれば頭(づ)
 面(めん)の瘡癤(そうせつ)及(と)疔瘡(ていそう)を発(はつ)す○鴈(がん)も種類(しゆるい)多し気味(きみ)
 相同じ
かわせみ  魚狗
 甘鹹平。毒なし
かいつぶり  鸊鷉
 甘平。毒なし中を補ひ気を益す
かけす
 日光山中に多し土人(とちのひと)取(と)り食(くら)ふ害(がい)なし
かわからす

【左丁】
 甘平。毒なし膈噎(かくいつ)と小児の五疳(ごかん)を治す
かもめ  鷗
 甘平。毒なし
からす  慈鳥
 酸鹹平。毒なし
かわをそ  水獺
 甘鹹寒。毒なし熱毒(ねつどく)の病(やまい)風水(ふうすい)虚脹(きよしゆ)を治す今(いま)俗(ぞく)
 人(じん)久喘(ぜんそく)痰(たん)咳(せき)の者(もの)に宜(よろ)しと云
[よ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
よもぎ  艾

【右丁】
 苦温。毒(どく)なし吐血(とけつ)下血(げけつ)婦人の漏血(ながち)を止(と)め一切
 の風湿(ふうしつ)を去(さ)る
よめな  鶏児腸
 微苦芳。毒なし瘡腫牙痛(できものとはのいたみ)を治(ぢ)し小 便(べん)を通す
よくいにん  薏苡仁
 甘微寒。毒なし肺臓(はいぞう)の病并 乾湿(かんしつ)の脚気(かつけ)を治し
 脾(ひ)を健(すこやか)にし気を益し筋骨(すじほね)の屈伸(のべかゞみ)しがたきを
 治(ぢ)す
[た]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
だんご  餻子

【左丁】
 甘平。毒なし多食すれば気(き)を塞(ふさ)ぎ停滞(ていたい)す小児
 病人に宜からず
だいこん  萊菔
 根(ね)は辛甘(からくあまし)葉(は)は辛苦(からくにがく)温 共(とも)に。毒なし生(なまにて)食すれば
 気(き)を升(のぼ)す然(しか)れども能(よく)痰(たん)を去(さ)り飲(いん)を逐(を)ひ又 煙(けむり)
 に咽(むせ)び死(し)せんとするに絞汁(しぼりしる)を用れば速(すみやか)に効(こう)
 あり○熟(にて)食すれば気を下し能(よ)く穀(しよく)を消(け)し痰(たん)
 癖(へき)を去(さ)り麪毒(めんどく)魚毒酒毒 豆腐(とうふ)の毒を解(け)す○又
 大根の毒に中(あた)りたるには生姜(せうか)を用べし
たいとうごめ  秈米

【右丁】
 甘温。毒(どく)なし粉(こ)となし食すれば乳(ちゝ)を出す
たんほゝ  蒲公英
 苦平。毒なし婦人の乳(ちゝの)病によし
たで  蓼
 辛温。毒なし暑(しよ)を消(せう)し汗(あせ)を発(はつ)し気(き)を開(ひら)く多食
 すれば舌(した)を損(そん)す小児の頭瘡(づそう)を治す
たけのこ  竹筍
 苦甘寒。毒なし性(しやう)化(こな)れ難(かた)く脾胃(ひい)に益(ゑき)なし病人
 小児は食すべからず▲砂糖(さとう)と差合(さしあい)
 ○はちく 淡竹筍 甘微寒。毒なし痰(たん)を消(け)し熱(ねつ)

【左丁】
 を除(のぞ)く ○まだけ 苦竹筍 苦寒。毒(どく)なし気を
 下し胃(い)を爽(さわやか)にす ○まうそう 江南竹
 微寒。毒なし
たくあんづけ  香物と云
 甘鹹。毒なし一切の食物及 湯(ゆ)水の汚臭(にをい)を清(きよく)す
たばこ  煙草
 辛温。毒なし胸膈(きやうかく)を快(こゝろよく)し胃口(いこう)を開き鬱(うつ)を払(はら)ひ
 憂(うれへ)を散(さん)し饑(うへ)に堪(た)へ飽(あきたる)を消(け)し歯(は)牙を固(かたく)す凡(をよそ)一
 身(しん)の気(き)をして上下の昇降(めぐり)を進(すゝ)め運転(うんどう)を快(こゝろよく)す
たちばな  猴橘

【右丁】
 酸苦。毒(どく)なし
だい〳〵  回青橙
 酸甘辛。毒なし気(き)を下し積(しやく)を消(せう)し疝(せん)を逐(を)ひ蟲(むし)
 を殺(ころ)す○だい〳〵の醋(す)は疫熱(ゑきねつ)を治す尤(もつとも)効(こう)あり
たなご  鱮魚
 淡水の者甘温。毒なし
たい  棘鬣魚
 甘温。毒なし五臓(ごぞう)を補(おぎな)ひ気血(きけつ)を益(ま)す多食すれ
 ば瘡疥(ひぜん)を発(はつ)す又 痘瘡(ほうそう)落痂(かせ)の後(のち)に早(はや)く食へば
 余毒(よどく)眼(め)に入る

【左丁】
たちうを  帯魚
 甘温。毒なし痔漏(ぢろう)膈噎(かくいつ)を患(うれう)る人食すべし
だつ  《割書:又》をきさよりと云
 気味前に同じ
たつくり  《割書:又》ごまめと云
 甘温。毒なし
たこ  章魚
 甘鹹冷。毒なし血(ち)を養(やしな)ひ気(き)を益(ま)す肉(にくは)化(げ)し難(がた)し
 多食(をゝくくらふ)べからず
たいらぎ  江珧柱

【右丁】
 甘平。毒なし気(き)を下し中(うち)を調(とゝの)へ小便(せうべん)を通す多
 く食すれば疝積(せんしやく)を動(うごか)す
たにし  田螺
 甘寒。毒なし大小 便(べん)を通す▲蕎麦(そば)と差合(さしあい)
たまご  鶏(にわとり)の条(ところ)に見ゆ
たまごさけ  鶏子酒
 精(せい)を益(ま)し気を壮(さかん)にし脾胃(ひい)を調(とゝの)ふ
たまごゆ  鶏子煎
 精(せい)を益(ま)し気を壮(さかん)にし吐血(とけつ)下血(げけつ)婦人の漏血(ながち)并(ならひに)
 虚労(きよろう)腎虚(ぢんきよ)に宜(よろ)し久服(きうふく)に宜(よ)し

【左丁】
たうかん  鵞
 甘平。毒なし
たぬき  狸
 甘温。毒なし痔(ぢ)及(をよび)鼠瘻(そろう)を治(ぢ)し下焦(げせう)を煖(あたゝ)む▲蕎(そ)
 麦(ば)と差合(さしあい)
 ○狢 むぢな  ○貒 まみ  狸と同じ

[れ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
れんこん  蓮根
 はすのねと同し

[そ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】

【右丁】
そば  蕎麦
 甘微寒。毒(どく)なし腸胃(ちやうい)を寛(ゆるふ)し気(き)を降(くだ)す
そばきり  河漏
 気味(きみ)前(まへ)に同(をな)じ疝積(せんしやく)ある人多食すれば風気(ふうき)を
 動(うごか)し腹痛(ふくつう)を発(はつ)す○世俗(せぞく)の云(いふ)河漏(そはきり)を食して後(のち)
 に湯(ゆ)に浴(ゆあみ)すれば卒中風(そつちうふ)の病を発(はつ)すといふ余(よ)
 稀(まれ)に此 症(せう)を見(み)ることあり必(かなら)ず大食(たいしよく)する人に
 あり慎(つゝしむ)べし又小児多く食へば風気(ふうき)を動(うごか)して
 天吊(ひきつけ)を発(はつ)す○酔後(しゆご)二三 碗(わん)を食すれば胃(い)を開(ひら)
 き食を推(を)して大小 便(へん)を通(つう)し妨(さまたけ)なし▲くるみ

【左丁】
 西瓜(すいくわ)うなぎ餅(もち)と差合(さしあい)
そばかき  黒児
 甘温。毒なし性(せうは)寒(かん)なれども。そばかきに作(つく)れば
 腸胃(ちやうい)を温(あたゝ)め下利(げり)を止(とゞ)め風気(ふうき)を動(うごか)すことなし
 ○そばの毒(どく)に中(あた)りたるには大根(だいこん)の絞汁(しぼりしる)又は
 楊梅皮(やうばいひ)を煎(せん)し用れば速効(そくかう)あり
そうめん  索麪
 うどんと同し煮麪(にうめん)となせば病人に妨(さまたげ)なし
そらまめ  蠶豆
 甘微辛。毒なし病人は忌(いむ)べし

【右丁】
[つ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
つみいれ  小麦(こむぎ)の粉(こ)にて作(つく)る
 甘温。毒(どく)なし気(き)を閉(と)ぢ熱(ねつ)を生(せう)じ積(しやく)を動(うごか)し疝気(せんき)
 を発(はつ)す多食(たしよく)すべからず病人小児は忌(いむ)べし
 ○つみいれに中(あた)りたるに大根の絞汁(しぼりしる)を用べ
 し○魚(うを)のつみいれはかまぼこと同し
つまみな  鶏毛菜
 辛甘苦。どくなし
つばな  茅針
 甘平。毒なし水を下す小児に益(ゑき)あり

【左丁】
つくし  筆頭菜
 甘苦平。毒(どく)なし唯(たゞ)上気(ぜうき)積熱(しやくねつ)及(と)嘔吐(ゑづき)の人に宜か
 らず
つくねいも  佛掌薯
 気味(きみ)やまのいもと同し
づかに  毛蟹
 鹹甘冷 小毒(せうどく)あり酒毒を解(け)し筋骨(すじほね)を続(つ)ぐ
つる  鶴
 甘温。毒なし虚乏(きよぶん)を補ひ気力(きりよく)を益(ま)し腰(こし)膝(ひざ)を壮(さか)
 んにし筋骨(すじほね)を強(つよ)くす婦人(ふしんの)血暈(ちのみち)脱血(ぼうろう)及一切の

【不鮮明部は、東北大学附属図書館蔵本、筑波大学附属図書館蔵本を参照。「脱血(ぼうろう)」は「崩漏」ヵ】

【右丁】
 血症(けつせう)を治(ぢ)す○醤油(しやうゆ)或(あるい)は味噌汁(みそしる)に煮(に)て食(くら)へば
 五痔(ぢしつ)脱肛(だつこう)及(と)下血(げけつ)を治(ぢ)す○按(あんする)に血気(けつき)盛(さかん)なる者(もの)
 多く食へば衂血(はなち)下血(げけつ)を患(うれ)へ或は熱毒(ねつどく)の瘡腫(しゆもつ)
 を発(はつ)す年老(としより)虚人(きよじん)には益(ゑき)あり
 ○鶴血(つるのち)  痘瘡(ほうそう)の毒(どく)を解(け)し血暈(ちのみち)を収(をさ)む
つぐみ
 甘平。毒(どく)なし胃(い)を開(ひら)き食(しよく)を進(すゝ)む久病の人に宜
 し炙(あぶ)り食すれば味甚美(あじわひよし)なり
 ○黒つぐみ 前と同し
つばめ  燕

【左丁】
 毒(どく)あり食品(しよくもつ)にあらず
[ね]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
ねぎ  《割書:又》ひともじ 青葱
 辛温。毒なし中(うち)を温(あたゝ)め発散(はつさん)を主(つかさと)る一切(いつさい)魚肉(ぎよにく)の
 毒(どく)を解(け)し大小 便(べん)を通ず
ねづみ大こん
 辛甘。毒なし絞汁(しぼりしる)の味ひ尤(もつとも)辛烈(からみつよし)なり
ねづみたけ  はゝきたけと同し
ねづみ  鼠
 甘熱。毒なし小児の疳疾(かんしつ)雀目(とりめ)を治す

【不鮮明部は、東北大学附属図書館蔵本、筑波大学附属図書館蔵本を参照。】

【右丁】
[な]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
なすび  茄
 甘寒。毒(どく)なし瘧(ぎやく)を患(うれ)へて後(のち)に日(ひ)ならずして食
 すれば必(かなら)ず再発(さいほつ)す又秋の後(のち)に多く食すれば
 目(め)を損(そん)す
 ○なすびは人家日用の食供(しよくもつ)なり然(しか)れども
 ○しぎやき ○かめのこやき ○あげだし
 ○あぶらあげ ○すづけ ○からしづけ
 ○かうじづけ ○かうのもの類
 此類(このるい)は病人小児に宜(よろし)からず

【左丁】
 ○白茄子(しろなす) 毒(どく)なし味ひ宜からず
なたまめ  刀豆
 甘平。毒なし中(うち)を温(あたゝ)め気(き)を下し呃逆(しやくり)を止(とゞ)む
 ○莢(さや)の嫩(やわらか)なるを香(かう)の物(もの)となし食す毒(どく)なし肩(けん)
 背痛(ひきのいたみ)を治す病人は忌(いむ)べし
なんばんきみ  とうもろこしと同し
ながふくべ  瓠瓜
 甘平。毒なし水道(せうべん)を利(つう)し熱(ねつ)を消(け)す
なづな  薺
 甘温。毒なし肝(かん)を利し目(め)を明(あきらか)にす

【右丁】
な  《割書:又》たかな 菘
 甘辛温。毒(どく)なし気(き)を下し食(しよく)を消(け)す病人に宜(よろ)し
なつだいこん
 辛甘。毒なし病人は忌(いむ)べし
なつとう  豆黄
 甘鹹 微温(びうん)。毒なし気を下し中(うち)を調(とゝの)へ食を進(すゝ)め
 酒毒(しゆどく)を解(け)す ○なつとう汁(しる)多食(たしよく)すれば気を
 塞(ふさ)ぎ停滞(ていたい)す宿酔(ふつかゑひ)を醒(さま)す病人に宜からず
 ○寺納豆(てらなつとう) 浜名納豆(はまななつとう)。毒(どく)なし病人に妨(さまたげ)なし
なづけ  閉甕菜

【左丁】
 酸鹹。毒なし汁(しる)を飲(の)めば五痔(ぢしつ)膈噎(かくのやまい)を治(ぢ)すと云
なつめ  棗
 甘辛熱。毒なし
なし  《割書:又》ありのみ 梨
 甘微酸寒。毒なし心肺(しんはい)を潤(うるを)し渇(かはき)を止(や)め酒を醒(さま)
 し痰喘(ぜんそく)咳(たん)嗽(せき)を治(ぢ)す多食すれば寒冷(ひへ)の疾(やまい)を発(はつ)
 す
なまず  鮧魚
 甘温。毒なし小便を利(つう)し水腫(むくみ)を消(け)し乳汁(ちゝ)を通(いだ)
 す

【右丁】
なよし  ぼらと同し
なまこ  沙噀
 鹹寒。毒(とく)なし血(ち)を涼(すゞしく)し髪(かみ)を黒(くろく)し上焦(ぜうせう)の積熱(ねつ)を
 去(さ)り下焦(げせう)の邪火(じやくわ)を消(け)す又 頭上(つむり)の白禿(しらくも)及(と)凍瘡(しもやけ)
 を治(ぢ)す多食すれば下利(げり)を発(はつ)す○河豚(ふぐ)の毒(どく)を
 解(け)す
なまりぶし
 甘温。毒なし病人は忌(いむ)べし
なます  魚膾
 甘温。毒なし軒肉(さしみ)と同し胸膈(きやうかく)の鬱結(うつけつ)胃口(いこう)の積(ね)

【左丁】
 熱(つ)を消(さま)す病人は忌(いむ)べし

[ら]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
らつきやう  《割書:又》行者にんにく 薤
 辛温。毒なし胸痺(むねのつかへ)を開(ひら)き瘴気(あつき)を除(のぞ)く上昇(ぜうせう)し易(やす)
 き人は食べからず
[む]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
むぎ  大麦と同し
むぎめし  麦飯
 微温。毒なし水腫(はれやまい)脹満(てうまん)脚気(かつけ)を患(うれへ)る人は常(つね)に食
 すべし ○ひきわりめし前(まへ)と同し

【右丁】
むぎこがし 《割書:又》はつたい  炒大麦粉
 甘平。毒(どく)なし
むかご  零余子
 甘温。毒なし虚損(きよそん)を補(おぎな)ひ腰脚(こしあし)を強(つよく)し腎(ぢん)を益(ま)す
むらさきな  紫菘
 甘微苦温。毒なし気を下し食(しよく)を消(こな)す
むめ  梅子
 酸平。毒なし生(なま)にて食へば虫積(ちうしやく)を動(うごか)し腹痛(ふくつう)を
 発(はつ)す▲ぼけ うなぎと差合(さしあい)
むめぼし  塩梅

【左丁】
 酸鹹平。毒(どく)なし邪(じや)を去(さ)り熱(ねつ)を消(け)し鬱(ふさぎ)を開(ひら)き渇(かはき)
 を潤(うるを)し酒毒を解(け)す咽喉(のんど)の腫痛(はれいたみ)口中の瘡(かさ)を愈(いや)
 す又一切の食毒(しよくどく)を化(け)す○梅を食して歯(は)齼(ゆるぐ)【注】す
 る者は胡桃(くるみ)又は砂糖(さとう)を嚼(かめ)ば治(なを)る
むめびしほ
 酸鹹平。毒なし
むめかゝ
 甘平。毒なし
むべ  野木瓜
 甘平。毒なし渇(かわき)を止(と)め目(め)を明(あきらか)にす

【注 「ゆるぐ」は左ルビ】

【右丁】
むつ 《割書:又》かわむつ 石鮅魚
 甘平。小毒(せうどく)あり病人に宜からず
  むつの子(こ)肉(にく)と同し
むしかれい
 甘平。毒なしかれいと同し
むろあじ  室鯵
 甘温。毒なし生肉(なま)は味(あじ)佳(よ)からずひものに作り
 味ひ佳(よ)し
むくどり
 甘温。毒なし

【左丁】
むぢな  たぬきと同し
[う]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
うるごめ  粳
 生命(いのち)を養(やしな)ふ弟(だい)【第】一の食供(しよくもつ)なり
うるきみ  稷
 甘寒。毒なし気(き)を下し不足(ふそく)を補(おぎの)ふ多食すれば
 冷(ひへ)の病(やまひ)を発(はつ)す▲附子(ぶし)と差合(さしあい)
うるあわ  粟
 鹹微寒。毒なし腎気(ぢんき)を養(やしな)ひ脾胃(ひい)の熱(ねつ)を去(さ)る
うどんのこ  麦麺

【右丁】
 甘温。毒(どく)なし不足(ふそく)を補(おぎな)ひ五臓(ごぞう)を助(たす)く▲西瓜(すいくわ)と
 差合(さしあい)
うどん  湯餅
 甘温。毒なし中を温(あたゝ)め冷瀉(くだりはら)を止(とゞ)む多食(たしよく)すれば
 気(き)を塞(ふさ)ぎ熱(ねつ)を生(せう)ず▲西瓜(すいくわ)と差合(さしあい)
 ○ひやむぎ 毒(どく)なし多食すれば腹痛(ふくつう)下利(げり)を
 発(はつ)す病人は忌(いむ)べし
 ○ほしうどん 毒(どく)なし
 ○ひもかわ 毒なしうどんと同し
 ○つみいれ 毒なし多食すれば熱(ねつ)を生(せう)し疝(せん)

【左丁】
 を起(をこ)す小児病人に宜(よ)からず○麦麺(めんるい)の毒(どく)に中(あた)
 りたるには大根の絞汁(しぼりしる)を用べし
うど  土当帰
 甘辛微温。毒(どく)なし
うみにうめん
 甘鹹寒。毒なし
うこぎ  五加
 辛温。毒なし皮膚(はだへ)の風湿(ふうしつ)を去(さ)る
うなぎ  鰻鱺
 甘温。毒なし腰(こし)を暖(あたゝ)め陽(やうき)を起(をこ)し食(しよく)を進(すゝ)め肉(にく)を

【右丁】
 長(こや)し元気(げんき)を壮(さか)んにす又 痔疾(ぢしつ)悪瘡(あくそう)及小児の疳(かん)
 疾(しつ)を治(ぢ)す或(あるい)は味噌汁(みそしる)に煮(に)て食(くら)へば小児の雀(とり)
 目を治す▲西瓜(すいくわ) ぼけ 梅(むめ)す 諸(もろ〳〵)の酢(す)
 そばきり もち 此 類(るい)と差合(さしあい)
うぐゐ  ■【「魚+歳」鯎ヵ】
 甘平。毒(どく)なし暴痢(はやて)を止(とゞ)む○大なるを鰠(みこい)といふ
 其次を■(うぐい)と云又其次を赤腹(あかはら)と云小なる者を
 山女(やまめ)と云
うるめ
 甘温。毒なしいわしと同し

【左丁】
うみゑび  海蝦
 甘温。小毒(せうどく)あり
うきき
 甘温。毒なし癰疽(ゆうそ)瘰癧(るいれき)の病(やまい)に宜(よろ)し
うに  海膽醤
 甘渋冷。毒なし脾胃(ひい)を補て人に益(ゑき)あり又 火傷(やけど)
 に塗(ぬり)て痛(いたみ)を止(や)む
うづら  鶉
 甘平。毒なし五臓(ごぞう)を補ひ筋骨(すじほね)を強(つよく)し小児の疳(かん)
 痢(り)鼓脹(こてう)に効(こう)あり○四月以前には食(くろふ)べからず

【右丁】
う  鸕鷀
 酸鹹冷。毒(どく)あり水道(せうべん)を利(つう)し骨鯁(のんどにほねのたつ)を治す
うさぎ  兎
 甘冷。毒(どく)なし消渇(かわきやまい)反胃(ときやく)を治(ぢ)し熱(ねつ)を解(け)し血(ち)を涼(すゞしく)
 す小児の痘毒(とうどく)を解(け)す
うし  牛
 甘温。毒なし気血を補ひ筋骨(すじほね)を壮(さか)んにし腰(こし)脚(あし)
 を強(つよく)し人をして肥(こへ)健(すこやか)ならしむ諸虚(しよきよ)百損(ひやくそん)の症(せう)
 に用べし
 ○牛酪(ぎうらく) 甘酸寒。毒なし渇(かわき)を止(や)め燥(かわく)を潤(うるを)し腸(ちやう)

【左丁】
 を利(り)し血(ち)を生(せう)し諸(もろ〳〵)の虚(きよ)を補(おぎな)ひ顔色(がんしよく)を壮(さかん)にす
[の]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
のびる  山蒜
 辛温。毒なし気(き)を下し膈(かく)を開(ひら)き反胃(ほんい)を治す
のり  海苔総名なり
 あさくさのりに見ゆ
[く]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
くろまめ  黒大豆
 甘平。毒なし気(き)を下し水腫(はれやまい)を治し諸薬(しよやく)の毒(どく)を
 解(け)す

【右丁】
くさもち  艾餻
 甘温。毒(どく)なし
くず  葛粉
 甘淡。毒なし熱(ねつ)を除(のぞ)き渇(かわき)を止(や)め大小 便(へん)を通(つう)し
 酒毒(しゆどく)を解(け)し胃(い)を養(やしの)ふ
くずゆ
 甘淡。毒なし熱渇(ねつかつ)を止(や)め霍乱(くわくらん)嘔吐(ときやく)泄瀉(はらのくだり)を治す
 少く砂糖(さとう)を加(くわへ)れば膈(かく)を潤(うるを)し胃(い)の気(き)を和(わ)し病
 人に益(ゑき)あり
くずもち

【左丁】
 甘平。毒なし葛(くず)と同し
ぐうふん  藕粉
 甘平。毒なし禁口痢(きんこうり)を治す
くずたけ  葛花菜
 苦甘。毒なし酒積(しゆしやく)を治す
くわい  慈姑
 甘平。毒なし五淋(りんひやう)を治す多食すれば歯(は)を損(そん)し
 顔色(かほのいろ)を失(わるく)す
くろくわい  烏芋
 甘微寒。毒なし堅(かたき)を軟(やわらか)にし積(しやく)を削(けつり)し気(き)を益(ま)し

【右丁】
 心下(しんか)の痞(つかへ)を治す又 下血(げけつ)血崩(ぼうろう)血痢(けつり)咳血(がいけつ)を治す
くろごま  巨勝 ごまと同し
くわんそう  萱草
 甘涼。毒(どく)なし小水を通す
くさびら  菌の総名
 菌(くさびら)の類(るい)品多し○ちごたけ なめすゝき
 《割書:ゑのきたけの類なり》○いぐち つゆたけ
 べにたけ 《割書:皆大毒あり》○凡(をよ)そ菌(くさひら)の類(るい)色(いろ)赤(あか)く
 仰(あをむ)き生(せう)するもの皆(みな)大毒(たいどく)あり食べからず
 此類(このるい)の外(ほか)は本条(ほんでう)に出す

【左丁】
くこ  枸杞
 微苦涼。毒なし○実(み)は陰(いん)を補(おぎな)ひ陽(やう)を壮(さかん)にす
 ○葉(は)は上焦(ぜうせう)心肺(しんはい)の客熱(ねつ)を去(さ)り目(め)を明(あきらか)にし髪(かみ)
 を黒(くろく)す
くこめし
 毒なし気味(きみ)前(まへ)と同し
くねんぼ  香橙
 甘寒。毒なし肺(はい)を潤(うるを)し渇(かわき)を止(や)め咳嗽(たんせき)を治し胃(い)
 を徤(すこやか)にし酒毒を消(け)し疫熱(ゑきねつ)を醒(さま)す
くわりん  榠樝

【右丁】
 酸平。毒(どく)なし痰(たん)を去(さ)り渇(かわき)を止(や)め胃(い)を潤(うるを)し酒魚
 の毒を解(け)す
くり  栗
 甘鹹温。毒なし胃(い)を養(やしな)ひ饑(うへ)に耐(たへ)しむ
くるみ  胡桃
 甘平。毒なし肺(はい)を温(あたゝ)め腸(ちやう)を潤(うるを)し腎(ぢん)を補ひ血(ち)を
 養(やしな)ひ上(かみ)は喘咳(ぜんそく)を収(をさ)め下(しも)は腰脚(こしひざの)虚痛(きよつう)を治す
くわのみ  桑椹
 甘微酸平。毒なし関節(ふし〴〵)を利(つう)し痺痛(しびれいたむ)を止(や)め酒毒
 を解(け)し水腫(むくみ)を消(け)す

【左丁】
ぐみ  胡頽子
 甘酸。毒(どく)なし
くさぎのむし  臭梧桐蠧蟲
 小児の疳疾(かんしつ)を治す
くらげ  水母
 鹹平。毒なし婦人(ふじん)の失血(ながち)及(をよ)び帯下(こしけ)を患(うれへ)る人は
 食して良なり
くじら  海鰌
 甘酸大温。毒なし腎(ぢん)を補ひ脾(ひ)を益(ま)し胃(い)を調(とゝの)へ
 腸(ちやう)を厚(あつく)す多食すれば熱(ねつ)を生(せう)し瘡瘍(できもの)を発(はつ)す

【右丁】
くろだい  尨魚
 甘温。小毒(せうどく)あり病人 及(をよび)妊婦(にんふ)に宜(よろし)からず
ぐち  春来
 甘平。毒(どく)なし胃(い)を開(ひら)き食を消(け)す
くるまゑび  斑節
 甘平。小毒あり小便を利(つう)し淋疾(りんしつ)を治す
くろに  烏賊(いか)の黒煮(くろに)なり いかに見ゆ
くしこ  いりこと同し
くしかい  乾鰒 ほしあわびと同し
 甘鹹微温。毒なし力(ちから)を強(つよく)し筋(すじ)を壮(さかん)にす

【左丁】
くろづる  陽鳥
 味まなづるに勝(すぐ)る
くひな  秧鶏
 甘温。毒なし
くま  熊
 甘平微温。毒なし虚羸(やせ)を補ふ
[や]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
やきごめ  糄米
 甘平。毒なし病人 并(ならび)に脾胃(ひい)弱(よわ)き人 忌(いむ)べし
やゑなり  《割書:又》ぶんどう 緑豆

【右丁】
 甘平。毒なし腫脹(しゆまん)を治す又 痘瘡(とうそう)の毒及 草木(そうもく)金(きん)
 石(せき)の毒を解す又緑豆 一味(いちみ)を煎(せん)し食(しよく)すれば瘟(うん)
 疫(ゑき)の毒を去(さ)る▲鯉魚(こい)と差合
やまのいも  薯蕷
 甘涼。毒なし腎気(ぢんき)を益し脾胃(ひい)を健(すこやか)にし邪気(じやき)を
 除(のぞ)く久(ひさしく)食すれば耳目(みゝめ)を明(あきらか)にす
やつがしら
 気味(きみ)とうのいもと同し
やなぎたけ  柳耳
 苦辛平。毒なし胃(い)を補ひ気(き)を理(めぐら)す

【左丁】
やまもゝ  楊梅
 酸甘温。毒(どく)なし嘔(ゑつき)を止(や)め渇(かわき)を消(せう)す▲そばきり
 煮豆(いりまめ)の類(るい)と差合(さしあい)
やなぎのむし  柳蠧蟲
 小児の疳疾(かんしつ)を治す
やがら  火筩觜
 甘温。毒なし胸膈(むねのうち)を寛(ゆるく)し反(ほん)胃(い)噎膈(かくのやまい)を治(ぢ)す
やまめ  うぐひと同し
やつめうなぎ  鱓魚
 甘温。毒なし虫積(むしけ)の労証(ろうせう)を治し小児の疳眼(かんがん)雀(とり)

【右丁】
 目(め)を治す
やまどり  山鶏
 甘平。毒なし人をして肥(こへ)健(すこやかに)勇剛(ゆうかう)ならしむと云
やまから  山雀
 食用の品にあらず
やまばと  青■
 甘平。毒なし虚損(きよそん)を補ひ血を活(めぐら)す
[ま]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
まめ  大豆  総名なり
 甘温毒なし黄(き)白(しろ)青(あを)赤(あか)の四種(よいろ)あり又 此外(このほか)にも

【左丁】
 数品(いろ〳〵)あり
まめのこ  《割書:又》きなこ 大豆炒粉
 甘温。毒なし○豆(まめ)の粉(こ)新大豆(しんだいづ)は其色(そのいろ)青(あを)し去年(きよねん)
 の者(もの)は其色(そのいろ)黄(き)なり
まくわうり  甜瓜
 甘寒。小毒あり暑(しよき)を消(け)し水を逐(を)ひ酒毒を消(け)す
 多食すれば腹痛(ふくつう)を発(はつ)し眼(め)目を渋(しふ)らす▲麝香(じやかう)
 及 鹽湯(しほゆ)は瓜(うり)の毒(どく)を解(け)す▲油煠(あふらあけ)と差合(さしあい)
まるづけ  醤瓜
 甘平。毒なし


()

【右丁】
まつだけ  松蕈
 甘平。毒なし。小便 濁(にごり)て禁(こらへられ)ざるを治す
まひたけ  重菰
 甘平。毒なし痔(ち)を治す
まんぢう  饅頭
 甘平。毒なし
まつも  松藻
 甘鹹寒。毒なし
またゝび  天木蓼
 辛温。毒なし癥結(そうどく)積聚(しやくき)疝痛(せんき)を治す

【左丁】
まめかき  すゞかきと同し
まるめろ  榲桲
 酸甘微温。毒なし酒毒を解(け)し痰(たん)を去(さ)る
まるぶしゆかん  枸櫞
 辛甘温。毒なし気を下し痰嗽(たんせき)を治す
まなかつほ  鯧魚
 甘平。毒なし諸虚(しよきよ)百損(ひやくそん)を調(とゝの)へ諸病に妨(さまたげ)なし
まぐろ  金鎗魚
 甘温。小毒(せうどく)あり然(しかれ)ども虚(きよ)を補ひ人をして肥(こへ)健(すこやか)
 ならしめ筋骨(きんこつ)を強(つよ)くす多食すれば疥癬(ひせん)瘡癤(できもの)


【左丁】
 を生(せう)し下血(げけつ)痔漏(ぢろう)を発(はつ)す
 ○めぢか まぐろの□なる者(もの)なり
 甘平。毒なし多く食べからず
ます  鱒魚
 甘温。小毒(せうどく)あり中を温(あたゝ)め気(き)を壮(さかん)にす寸白蟲(すんばくちう)を
 生(せう)す多食すれば疥癬(ひぜんかさ)を発(はつ)す
まるた  
 甘温。毒なし水を利(つう)し湿(しつ)を去(さ)る
まて  竹蟶
 甘微温。毒なし

【左丁】
まなづる  鶬鶏
 甘温。毒なし蟲(むし)を殺(ころ)し蠱毒(こどく)を解(け)す
まめまわし  蝋嘴
 甘温。毒なし肌肉(きにく)を益(ま)す
まみ  貒 たぬきと見合べし

[け]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
けし  罌粟
 甘寒。毒なし瀉利(くだりはら)を止(や)め腸胃(ちやうい)を渋(しぶ)らす
けいとう  鶏冠
 甘涼。毒なし五痔(ぢしつ)下血(げけつ)を治し婦(ふ)人の滞下(こしけ)に尤(もつとも)


【右丁】
 効(こう)あり○茎(くき)葉(は)嫩(やわらか)なる時に湯(あつきゆ)に煠(ゆで)て食す
けんほなし  枳梖子
 甘(あまく)酸(すく)濇(しぶる)。毒(どく)なし渇(かわき)を止(や)め酒毒を解(け)す
けり
 甘微温。毒なし脾胃(ひい)を調(とゝの)へ膈噎(かくのやまひ)を治す又 俗方(ぞく)
 に黒焼(くろやき)にして用ふ

[ふ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
ふ  麪筋
 甘涼。毒なし熱(ねつ)を解(け)し中を寛(ゆるく)し食を消(け)し瀉(くだり)を
 止(や)む 按(あんする)に性(せう)柔靭(しな〳〵)にして胃(い)に入て化(け)し難(かた)し

【左丁】
 虚人病人に宜(よろし)からず
ふき  ■冬
 苦温。毒なし肺(はい)を温(あたゝ)め嗽(せき)を治し痰(たん)を消(け)し目(め)を
 明(あきらか)にす○ふきのとう同し
ふだんろう  とうちさと同し
ふでたけ  蘑菰蕈
 甘寒。毒あり
ぶしゆかん  まるぶしゆかんと同し
ぶどう  葡萄
 甘平。毒なし渇(かわき)を止(や)め胸肺(はい)を潤(うるを)し咳嗽(せき)を治す

【右丁】
 酒毒(しゆどく)を解(け)し小便を通す
ぶどう酒
 甘辛熱。毒(どく)なし腰(こし)腎(ぢん)を暖(あたゝ)め肺(はい)胃(い)を潤(うるを)す
ふし  をはぐろぶし 五倍子
 酸鹹寒。毒なし口熱(こうねつ)を除(のぞ)き歯痛(はのいたみ)を止(や)む
ふな  ■
 甘温。毒なし腸(はら)を温め水を利(つう)し癰疽(やうそ)の悪肉(あくにく)を
 去(さ)り頭瘡(づそう)を愈(いや)す
 ○ふななます 夏月(なつ)の熱痢(りびやう)又 胃虚(いきよ)の久瀉(きうしや)を
 治す

【左丁】
 ○ふなのこぶまき 甘平。毒なし
ぶたい  気味(きみ)たいと同し
ふか  ■魚
 甘大温。小毒(せうどく)あり少く食へば気力(きりよく)を益(ま)す
ふぐ  河豚
 甘温。大毒(だいどく)あり ▲荊芥(けいかい) 菊花(きくくわ) 桔梗(ききやう) 附子(ぶし)
 烏頭(うづ)と差合(さしあい) ○橄欖(かんらん)及(をよび)龍脳(りうのう)を水に浸(ひた)し用れ
 ば河豚(ふぐ)の毒(どく)を解(け)す
ぶり  海鰱魚
 甘酸。小毒(せうどく)あり少く食へば気血(きけつ)を潤(うるを)し人をし



【右丁】
 て肥(こへ)健(すこやか)ならしむ
ふくため  ■醤
 甘平。毒(どく)なし
ぶた  豕
 甘酸冷。毒なし虚(きよ)を補(おぎな)ひ肥満(ひまん)せしむ小児の疳(かん)
 渇(かつ)を治す

[こ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
こむぎ  小麦
 甘微寒。毒なし渇(かわき)を止(や)め汗(あせ)を収(をさ)め心気(しんき)を養(やしの)ふ
 新(あたらし)き者(もの)は性熱(ねつ)す陳(ふる)き者(もの)は平和(へいわ)なり


【左丁】
ごま  胡麻
 甘平。毒(どく)なし黒白赤の三 品(しな)あり○黒(くろ)き者は腎(ぢん)
 に入り気力(きりよく)を益(ま)し筋骨(きんこつ)を健(すこやかに)し耳目(みゝめ)を明(あきらか)にす
 ○白(しろ)き者は肺(はい)に入り五臓(ごぞう)を潤(うるを)し血脉(けつみやく)を通(つう)し
 大小 腸(べん)を利(つう)す黒白ともに益(ゑき)あり
ごまのあぶら  胡麻油
 甘温。毒なし大小 便(べん)を通(つう)し熱毒(ねつどく)虫毒(むしのどく)を解(け)す
 ○諸(もろ〳〵)の食物(しよくもつ)を煎熬(あぶらあけに)すれば火(ひ)を動(うごか)し痰(たん)を生(せう)す
 病人に宜(よろし)からず
こわめし  《割書:又》こわい井 強飯

【右丁】
 甘平。毒(どく)なし赤小豆(あづき)黒豆(くろまめ)梔子(くちなし)荷葉(はすのは)の四種(よいろ)あり
 小児病人に宜(よ)からず
こうじ  麴
 甘温。毒なし食を化(け)し魚菜(ぎよさい)の毒(どく)を解(け)す凡(をよ)そ麹(こうじ)
 は酒。醤油(せうゆ)。味噌(みそ)。香物(かうのもの)。漬(つけ)物。の類(るい)に由(よつ)て欠(かく)べから
 ざる品なり
こむぎたんご  ■■
 甘温。微毒あり気力(きりよく)を強(つよく)す小児病人に宜(よろし)から
 ず
ごぼう  牛蒡

【左丁】
 甘平。毒なし水を逐(を)ひ脹(はれ)を消(せう)し経脉(けいみやく)を通(つう)し歯(はの)
 痛(いたみ)を止(や)む
こびる  小蒜
 辛温。小毒(せうどく)あり胃口(いこう)を開(ひら)き気(き)を下す
こほりどうふ  豆腐乾
 甘渋。毒なし
こんにやく  蒟蒻
 甘冷。小毒あり人に益(ゑき)なし癲癇(てんかん)を病(や)む人食す
 れば立(たちところ)に発(はつ)す小児は忌(いむ)べし
こんぺいとう  餹纏 さとうと同し

【右丁】
こぬか  米粃(ぬか)なり
こんぶ  昆布
 甘鹹微滑。毒なし水腫(むくみ)を利(つう)し瘰癧癭瘤(るいれきこぶ)を消(せう)し
 虫(むし)を殺(ころ)し口中の諸病(しよびよう)を治す▲厚朴(こうぼく)と差合(さしあい)
こせう  胡椒
 辛大温。毒なし腹痛(ふくつう)疝積(せんしやく)を治し暑(しよき)を拂ひ水毒(すいどく)
 を解(け)す▲鯉(こい) 馬歯莧(すべりひゆ)と差合
こうじ   柑子 
 気味(きみ)みかんと同し
こい  鯉


【左丁】
 甘平。毒なし水腫(はれやまひ)を治し乳汁(ちゝ)を通(いだ)し胃(い)を養(やしな)ひ
 人をして肥(こへ)健(すこやか)ならしむ▲胡椒(こせう)と差合(さしあい)
ごり  石伏魚
 甘平。毒なし小水を通す
こまめ  《割書:又》たつくり
 甘温。毒なし
こだい  棘鬛魚兒
 たいと同し
こち  牛尾魚
 微温。小毒(せうどく)あり甚(はなは)だ大なる者(もの)は或(あるい)は人に中(あた)る


【右丁】
 胃(い)を開(ひら)き食を進(すゝ)め肌肉(きにく)を肥(こや)す
このしろ  鰶魚
 甘温。小毒(せうどく)あり腸胃(ちやうい)を煖(あたゝ)め筋力(きんりよく)を益す多く食
 へば瘡疥(ひぜん)を発(はつ)し気血(きけつ)を破(やぶ)る百病に忌(いむ)べし
こはだ  江鰶魚
 甘平。毒(どく)なし
このわた  海鼠腸
 鹹温。毒なし気血を養(やしな)ひ精力(せいりよく)を益し五臓(ごぞう)を渋(しぶ)
 らす多く食へば痰咳(たんせき)を発(はつ)し上昇(ぢやうせう)す
こうのとり  鸛

【左丁】
 甘酸。小毒あり中風(ちうふう)湿熱(しつねつ)脚弱(きやくちやく)久瘡(きうそう)を患(うれへ)る者(もの)食
 すべし婦(ふ)人の病に宜(よろ)し
ごいさぎ  鵁鶄
 甘鹹平。毒なし多食すべからず
こかも  鳬(かも)と同し
こむく  白頭翁
 甘温。毒なし
[え]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
 奥(をく)のゑにでる
[て]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】


【右丁】
てなかゑび  石拒
 甘鹹冷。小毒(せうどく)ありゑびと同し
てんぼかに  かざみと同し 擁剣
[あ]【欄外上部に見出しとして四角囲みで】
あわ  粟
 鹹微寒。毒(どく)なし痢(りびやう)を止(と)め小 便(べん)を通す
 ○あわもち 糯粟(もちあわ)にて造(つく)る虚(きよ)人 眠(ねむ)りかぬる
 者 并(ならび)に肺病(はいびやう)の人に宜(よ)し多食すべからず
 ○あわめし 粳粟(うるあわ)にて造(つく)る害(かい)なし
あづき  赤小豆

【左丁】
 甘酸平。毒なし気を通し湿(しつ)を除(のぞ)き水を利し腫(はれ)
 を消(せう)し一切の熱毒(ねつどく)廱腫(やうしゆ)を去(さ)り乳汁(ちゝ)を通(いだ)し魚(ぎよ)
 毒(どく)を解(け)し疫毒(ゑきどく)を除(のぞ)く
 ○やうかん 餡(あん) 毒なし
 ○あづきめし あづきかゆ 妨(さまたげ)なし
あめ  飴餹
 甘温。毒なし多食すれば蟲積(ちうしやく)を動(うごか)し中満(はらはり)𩞄雜(ぞうさつ)
 せしむ
 ○水あめ ぢるあめ 白あめ ぎやうせん
 あめ たんきり等(とう)の名(な)あり皆同し

経済をしへ草

【表紙】
【題箋】
《題:麁食教草  全》

【右丁】
かまどの賑(にぎはひ) 全一冊
同 壱枚摺
 此書はかゆならびにめしのたきかた種々
 あつめ候ものにて御徳用御心得方の書也

徳用食鏡(とくようしよくかゞみ)
 此書は麁食教艸ならびにかまどの賑等に
 漏(もれ)たる分をあつめたるもの也

【左丁】
【赤刻印 白井光】 【赤刻印 福田文庫】 【赤刻印 望月家蔵】 
【赤刻印 帝国図書館蔵】 【赤刻印 帝図 昭和十五・一一・二八・購入】
経済をしへ草叙
孟子(まうし)のいわく。人をやしなふ者(もの)は人にをさめられ。人ををさむる者(もの)は人に
やしなはるといへり。衣食住(いしよくぢう)の三ッは世(よ)に立(たつ)要用(えうよう)なれとも。三ッの第(だい)一は食(しよく)也。
金銀(きん〴〵)は世(よ)の宝(たから)なれども飢(うゑ)て食(くらふ)べからす。珠玉(しゆきよく)貴(たうと)けれとも凍(こゞへ)て着(き)べからず。
明君(めいくん)良相(りやうしやう)上(かみ)に在(まし〳〵)して。万民(ばんみん)を子(こ)のごとくをさめ給へ共。年(とし)に豊凶(ほうきよう)あり
親(おや)の心(こゝろ)子(こ)しらずといふ諺(ことはざ)のことく万民(ばんみん)は豊年(ほうねん)に遇(あふ)て分外(ぶんぐわい)の奢(おごり)をなし。
凶年(きようねん)に俄(にわか)に愕然(おどろい)て手足(しゆそく)を措(おく)処をしらす。三年(みとせ)に一年(ひとゝせ)の食(しよく)を貽(のこ)し。
九年(こゝのとせ)に三年(みとせ)の貯(たくはへ)を延(のば)して凶作(きようさく)の難(なん)を避(さく)る所為(すべ)を知(し)らす。其度毎(そのたびこと)に
都下(とか)の億兆民(をくてうみん)莫太(ばくたい)の御慈恵(ごじけい)を蒙(かうむ)ること有難(ありがたき)ことならずや夫(それ)に
つけても。われも人もおのれより覚悟(かくご)【注】して。物ごと減少(けんせう)の工夫(くふう)をつくし。

【注 「ご」の右上に「。」あり。衍字ヵ】

【右丁】
倹約(けんやく)第一(たいいち)を思(おも)ふべき也。日(ひ)に三 度(ど)づゝ米食(べいしよく)する内(うち)。一 度(ど)は粥(かゆ)をくらふべし。
商売(しやうばい)の品(しな)によりて五人七人其 余(よ)大 勢(せい)奉公人(ほうこうにん)を召仕(めしつか)ふ家(いへ)には。成(なる)たけ
人 少(すく)なにして間(ま)を合(あは)すべし質素(しつそ)倹約(けんやく)は人の為(ため)ならず。畢竟(ひつきやう)其身(そのみ)の
為(ため)也。農家(のうか)には麦(むぎ)を常食(じやうしよく)とし。其(その)土地(とち)に因(より)て。雑穀(さうこく)及(およ)び種々(しゆ〴〵)の糧(かて)を
交(まじ)へ用る内(うち)に人しらずして用(もち)ひざるものあり草木(さうもく)の食料(しよくれう)になるべき
ものを。さま〴〵の書(しよ)より抜翠(ばつすゐ)して。凶年(きようねん)の用に充(みて)しめんとて。書肆(しよし)経済(けいざい)
をしへ草の一 書(しよ)を寿梓(じゆし)せんとす。其 剏(はじめ)に一 筆(ふで)題(だい)せよと乞(こは)れて其ゆへ
よしを述(のふ)。
  天保四年癸巳季秋
        東武南郊隠士  高井蘭山叟誌

【左丁】
【赤刻印 帝国図書館蔵】
経済(けいさい)をしへ草(ぐさ)
     食之部
榛(はしはみ) 支那(から)にては飢(うゑ)を助(たすく)ること栗(くり)と同(おな)じきものといへり
椎実(しゐのみ) 山菓(さんくわ)の中(なか)にて其 味(あち)五穀(ごこく)に近(ちか)きこと栗(くり)に次(つげ)りされども
 性(しやう)は栗(くり)に劣(おと)れり病人(ひやうにん)は食(くら)ふべからず腗胃(ひゐ)の気(き)を傷(やぶる)老人(らうじん)小児(せうに)多(おほ)く
 食(くら)ふことなかれ
葛粉(くずのこ) 冬月(とうげつ)根(ね)を掘(ほり)搗(つき)くだき汁(しる)を取(とり)水飛(すゐひ)す十 余(よ)へんて餈糕(もち)
 とし飢(うゑ)を助(たすく)ること五穀(ごこく)につげり其(その)葉(は)も嫰(わかき)ときは煠(ゆひき)熟(じゆく)し
 食(しよく)とする也 老(おい)たるは干(ほし)して多(おほ)く収(をさ)め置(おき)馬(うま)に飼(か)ふべし又 野葛(のくず)は
 毒(どく)あり食(くら)へは狂気(きやうき)す是(これ)は和名(わみやう)うるしつた形状(けいじやう)異(こと)なれども葛(くす)と

【右丁】
 同字(とうじ)種類(しゆるゐ)なれば誤(あやまり)て食(しよく)せんことを恐(おそ)る能(よく)撰(えら)ひ用(もち)ゆべし
蕨粉(わらびのこ) 米(こめ)の粉(こ)か麦(むぎ)の粉(こ)を交(まじ)へ食(くら)へば害(がい)なし雑物(まぜもの)宜(よろし)からざれば
 甚(はなはだ)害(がい)あり又 蕨粉(わらびのこ)ばかりを久(ひさ)しく食(くら)へば目(め)暗(くらく)髪(かみ)落(おつ)る小児(せうに)久(ひさ)し
 く食(くら)へば脚(あし)弱(よわ)く行(ゆく)こと叶(かなは)ずもし毒(どく)にあたらば白米(はくまい)を挽(ひき)わり粥(かゆ)
 に煮て湯(ゆ)のごとくし塩(しほ)か焼(やき)みそを雑(まじ)へ度々(たび〳〵)吮(すは)せよ
瓜楼根(からすうりのね) 一 名(みやう)天花粉(てんくわふん)根(ね)を採(とり)て皮(かは)を削(けづり)至極(しごく)白(しろ)き所(ところ)を寸々(すん〳〵)に切(きり)水(みづ)に
 浸(ひた)すこと一日に一 度(ど)ツヽ水(みづ)を換(かへ)て浸(ひた)し四五日 経(へ)て取出(とりだ)し搗(つき)たゞらかし
 絹(きぬ)か布(ぬの)の袋(ふくろ)に盛(もり)て澄(すま)し濾(こし)極(きは)めて細(こまか)にし粉(こ)のごとくし或(あるひ)は根(ね)を採(とり)
 晒(さら)し搗(つき)麺(めん)となし水(みづ)に浸(ひた)しすましこすこと十 余(よ)へんおしろいのごとく
 ならしむべしかく水飛(すゐひ)せざれば害(がい)あり或(あるひ)は焼餅(やまもち)【ママ】とし或(あるひ)は煎餅(せんべい)に作(つく)り

【左丁】
 切(きり)細(こまか)にし麺(めん)にす皆(みな)食(しよく)すべし蕨(わらび)の粉(こ)と雑(まじへ)食(くらふ)べからずもし毒(どく)にあた
 らは前(まへ)に記(しる)せることくして解(げ)すべし
橡実(とちのみ) 倭俗(わぞく)とちのみとす米粉(こめのこ)に和(くわ)し糕(むしもち)となし食(くら)ふ小児(せうに)に尤(もつとも)よし
 水(みづ)を換(かへ)煑(にる)こと十五 次(たび)毒(どく)を淘去(ゆりさり)蒸(むし)熟(じゆく)して食ふ流(ながれ)水につけて
 一宿(ひとよ)置(おけ)ば一 度(ど)に煑(に)てもよしといへり能(よく)煑(に)て流(ながれ)水につけなは猶(なを)以(もつて)よかるべし
橡子樹(いちゐのみ) 本草(ほんざう)の橡実(しやうじつ)は檪木子(いちゐのきのみ)也 製法(せいはふ)前(まへ)のごとくして食(くら)ふべし
 とちのみと字(じ)同(おな)しく和漢(わかん)のたがひにて其(その)品(しな)ことなり
檞実(どんぐり) 虚(きよ)人 老(ろう)人 小児(せうに)は食(くら)ふことなかれ水(みづ)を換(かへ)浸(ひた)し煑(にる)こと十四五 度(たひ)渋味(しぶみ)
 を淘去(ゆりさり)蒸(むし)熟(じゆく)し米粉(こめのこ)に和(まじへ)糕(もち)として食(くら)ふ流(ながれ)水有所にては能(よく)煑(に)
 笊籠(ざる)へ入れ流(ながれ)水へ二三 宿(しゆく)も浸(ひた)し置(おけ)ば渋味(しぶみ)も毒(どく)も能(よく)去(さ)るといへり

【赤四角 特1 2555】

【右丁】
 解毒(げどく)の法(はふ)前(まへ)にも出るごとし
榧子(かやのみ) 人々 常(つね)に食(くら)ふものゆゑ製法(こしらへかた)を載(のす)るに及(およ)はず香煎(かうせん)にして食(くら)ふ
 法(はふ)ありそれへ麦(むき)の炒粉(いりこ)を合(あは)せ食(しよく)す本草(ほんざう)には榧子(かやのみ)の皮(かは)菉豆(やへなり)に
 反(はん)す能(よく)人(ひと)を殺(ころ)すとあれば良医(りやうい)に問(とふ)もよし
芰実(ひし) 嫰(わかき)は其 色(いろ)青(あを)く老(おい)ては黒(くろ)しわかきは剥(むい)て食す甘美(かんび)也 老(おい)ては蒸(む)し
 食(しよく)す野人(やじん)は暴(さら)し乾(かわか)し皮(かは)を去(さり)粉(こ)にして餌(だんご)餻(むしもち)に作(つく)り又は粥(かゆ)となす
 皆(みな)糧(かて)に代(かふ)べし其 茎(くき)も嫰(わかき)を採(とり)曝(さら)し収(をさめ)て米(こめ)麦(むぎ)に雑(まじ)へ飯(めし)に炊(かし)き
 食すべし性(しやう)蓮実(はすのみ)黄実(おにばす)に及(およば)ざれ共 凶年(きようねん)貧民(ひんみん)の飢(うゑ)を救(すく)ふに足(た)れり
 古人(こじん)これを用(もつ)て飢荒(きくはう)を救(すく)ひしこと多(おほ)し
蓮藕(はすのね) 煑(にる)に鉄器(てつなべ)を忌(いむ)銅器(あかゞねなべ)を用(もちふ)べし醋(す)を少(すこ)し加(くわ)へ煑(に)れば黒色(くろいろ)に変(へん)

【左丁】
 ぜす又 生藉(なまね)を搗(つき)くだき汁(しる)を取(とり)水飛(すゐひ)し陰乾(かげぼし)にし餌(だんご)餻(むしもち)とす葉(は)は
 煠(ゆびき)熟(じゆく)し粮(かて)とすべし又 生藕(なまね)を煑(にる)にわら灰(あく)汁にて煑(にる)をよしとす
 又けし炭(すみ)を入て煑(に)たるもよしといへり
藕蔤(はすのはへ) 五六月に取(とる)嫰根(わかね)なり陳根(ふるね)より細(ほそ)く幾筋(いくすぢ)も出るもの也 前(まへ)の
 ごとくして食(しよく)す性(しやう)味(み)同(おな)じ
蓮実(はすのみ) 蒸(むし)食(くら)ふて甚(はなはた)よし搗(つき)砕(くだき)て米(こめ)に和(くわ)し粥(かゆ)又は飯(めし)に雑(まじへ)食(しよく)すれば
 飢(うゑ)を助(たす)く又 米(こめ)の粉(こ)を和(まぜ)餻(もち)餌(だんご)として食(しよく)するもよし
黄実(みつふきのみ)  民間(みんかん)におにばすのみ葉(は)は三月 生(しやう)ず茎(くき)葉(は)みな剃(とげ)【刺ヵ】有 嫰(わかき)を取(とり)
 茎(くき)は皮(かは)を剥(むき)て食(しよく)すべし五六月に紫(むらさき)の花(はな)開(ひら)きて日(ひ)にむかふ莟(つぼみ)
 をむすぶ外(ほか)に青刺(せいし)栗毬(くりのいが)のごとし剥(むき)ひらけば内(うち)に班(まだら)【斑】なる軟肉(やはらかにく)あり

【右丁】
 みをつゝみ累(つらね)て珠のごとし殻(から)の内(うち)の白米(つぶ)は魚目(うをのめ)のごとし七八月 収(をさめ)とりて
 凶年(きようねん)の食(しよく)に備(そな)ふべし其 根(ね)は煑(に)て食(くら)ふふべし芋(いも)のごとし実(み)を粉(こ)に
 して蓮実(はすのみ)米粉(こめのこ)に和(まじへ)て餌(だんご)に作(つく)り食(しよく)すれば中(うち)を補(おきな)ひ甚(はなはた)益(えき)あり
 茎(くき)葉(は)は三四月 食(くら)ふべし其 後(のち)は刺(とき)こわくして食(しよく)しがたし刺(とき)やはらか
なる時(とき)灰湯(あくゆ)にてよく煠(ゆびき)熟(じゆくし)食(しよく)すべし毒(どく)なく性(しやう)もよし凶年(きようねん)
 飢(うゑ)を助(たす)く池塘(いけつゝみ)ある処には多(おほ)く植(うゑ)おくべし
琉球芋(りうきういも) さつまいも是(これ)也此もの琉球(りうきう)より薩州(さつしう)にわたり今(いま)は諸州(しよしう)に
 多(おほ)く作(つく)りて夫食(ふじき)の助(たすけ)となること甚(はなはた)大なりしかも作(つく)るにむづかし
 からず今は甚暑(じんしよ)の比(ころ)くされ多(おほ)きも能(よく)かこひて盆(ぼん)の比は又あらたなるを
 出し絶(たゆ)る間(ま)はわつか也

【左丁】
苦菜(くさい) にがなけしあざみ道(みち)ばたにも多(おほ)きもの也 茎葉(くきは)少しく引
 ちきれば白汁(はくじふ)を出し人家(じんか)の屋根(やね)にまで生(しやう)ず夏(なつ)秀(ひいで)て黄花(くはうくわ)をひらく
 風(かぜ)に吹飛(ふきとび)で絮(わた)のことし湯(ゆ)より出し水に浸(ひた)し苦(にが)みを去(さり)てひたし物(もの)にして
 青菜(あをな)のことし是(これ)も近来(きんらい)食料(しよくれう)にするものあり
鼓子花(ひるがほ) 民間(みんかん)にあめふりはな又からまりばな三才図会(さんさいづゑ)に根(ねを)蒸(むし)
 煑(にて)堪(たへたり)_レ噉(くらふに)甚(はなはだ)甘美(かんび)也(なり)とあり花は牽牛花(あさがほ)に似(に)て淡紅色(うすあかいろ)又 白色(しろいろ)あ
 り昼(ひる)しほまずゆゑにひるがほと云 救荒本草(きうくはうほんざう)に根(ね)を採(とり)蒸(むし)てこれ
 を食(くら)ふ或(あるひ)は晒(さらし)乾(ほし)杵(つき)砕(くだ)き飯(めし)に炊(かし)き食(くら)ふも亦(また)よし或(あるひ)は磨(すり)て麺(めん)につ
 くり焼餅(やきもち)に作(つくり)蒸(むし)て食(くら)ふ凶年(きようねん)には貧民(ひんみん)根(ね)を掘(ほり)塩(しほ)を和(まじ)へ煑(に)て食(くら)ふべし
 飢(うゑ)を助(たけ)く皮(かわ)を去(さり)剉(きさみ)能(よく)煑(に)てさわし麦(むき)に和(まじ)へ粥(かゆ)に煑(に)食(くら)ふもよし葉(は)
           四

【右丁】
       四
 亦 煠(ゆびき)熟(じゆく)し糧(かて)とすべし久しく食(しよく)すれば頭暈(めまひ)し腹(はら)にあたる間(まゝ)食(くら)ふ時は
 宜(よろ)しといへり
萆薢(ところ) 山野(さんや)近(ちか)き所の貧民(ひんみん)に益(えき)あり飢饉(ききん)を救(すく)ふには萆薢(ところゝ)を横(よこ)に
剉(きざみ)よく煑(に)て流(ながれ)水に一夜(ひとよ)浸(ひた)せは苦味(にかみ)よく去(さり)又 灰湯(あく)にて能(よく)煑熟(にじゆく)し
 水(みづ)を換(かへ)二 宿(しゆく)ほど浸(ひた)しさわして後(のち)麦米(むきくめ)の類へ合(あは)せ飯(めし)に炊(かし)き食(しよく)すれば
 飢(うゑ)をたすく然(しか)れとも性(しやう)冷利(れいり)なる物(もの)なれば病人(ひやうにん)虚(きよ)人は食(くら)ふべからずもし
 久しく食(しよく)して大便(たいべん)秘結(ひけつ)せば白米(はくまい)を挽(ひき)わり稀粥(おもゆ)に煑(に)て度々(たび〳〵)飲(のめ)は泄(はら)
 瀉(くだり)て其(その)毒(どく)解(げ)す愚 若軰(じやくはい)の時(とき)天明中 萆薢(ところ)の粉(こ)を製(せい)し江戸 浅艸(あさくさ)
 心月院(しんげつゐん)門前(もんぜん)の町(まち)にて鬻(ひさぐ)ものあり 公(おほやけ)に願(ねが)ひ奉り売場(うりば)御 府内(ふない)
 壱人に仰(あふせ)付(つけ)られたり黄粉(きなこ)に似(に)て甚(はなはた)淡黄色(うすきいろ)のもの也 紙袋(かみふくろ)に盛(もり)て

【左丁】
 売(うり)しを愚しかとみたれ共年 数(すう)たちては見かけず愚 老年(らうねん)に及(およ)び
 たれば五十年も以前の事也
百合(ゆり) 山丹(ひめゆり) 根(ね)を採(とり)煑熟(にじゆく)し塩(しほ)を加(くわ)へ食(しよく)すべし葉(は)も煠(ゆびき)熟(じゆく)し食(くら)ふ
 べし巻丹(おにゆり)は微(すこし)く苦(にがみ)あり酒(さけ)を加(くわ)へ煑(に)て食味(しよくみ)尤(もつとも)よし
慈姑(しろくわゐ) 灰湯(あくゆ)に煑(に)て熟(じゆく)し皮(かは)を去(さり)食(しよく)すれは麻渋(ゑごく)なく人の咽(のんど)を戟(さす)
 ことなし嫰茎(わかきくき)も熯(あぶり)て食(しよく)すべし此 物(もの)百 毒(どく)を主(つかさ)どる産後(さんご)血悶(ちのみちもだへ)死(し)せん
 とし産難(さんかたく)胞衣(えな)出(いで)ざるに搗(つき)しぼり汁(しる)を用(もちひ)てよしといへり
烏芋(くろくわゐ) 煑(に)て食(くら)ふべし
黄獨(かしゆう) 又けいも皮(かは)を去(さり)能(よく)煑(に)て苦味(にかみ)を去(さり)食(くら)ふべし
山薬(じねんしやう) 煑(に)て食(くら)ふべしやまいも自然生(しねんじやう)同(おな)じ事也

【赤丸印 帝国】
         五

右丁            五
蒼朮(をけら) 根(ね)を取(とり)黒皮(くろかは)を去(さり)薄(うす)く切(きり)二三 宿(しゆく)水(みづ)に浸(ひた)し苦味(にがみ)を去(さり)煑熟(にじゆく)し食(しよく)すべし
黄精苗(わうせいのわかなへ) 嫰葉(わかは)を採(とり)煠(ゆびき)水(みづ)を換(かへ)浸(ひた)し苦味(にがみ)を去(さり)淘(ゆり)洗浄(あらひ)塩(しほ)醤油(しやうゆ)にて
 調(とゝの)へ食(しよく)す根(ね)は九たび暴(さらし)極(きはめ)て熟(じゆく)せしむ熟(じゆく)せざれば人(ひと)の咽喉(のんと)を刺(さし)
 て食(しよく)しがたしといへり
菖蒲(しやうぶ) 根(ね)の肥(こえ)大(ふとり)節(ふし)稀(すくなき)を採(とり)水(みづ)に浸(ひた)し邪(あしき)味(あぢ)を去(さり)煑(に)て食(しよく)す鉄(てつ)を
 犯(おか)せば人をして吐逆(ときやく)せしむ鉄(てつ)の刀(ほうてう)にて切(きり)灰湯(あくゆ)にて煑熟(にじゆく)し水(みづ)
 を換(かへ)二三 宿(しゆく)浸(ひた)せば害(がい)なし
蒲筍(がまつの) かばのわかめ也 根(ね)に近(ちか)き白筍(しろつの)を採(とり)棟(ひねり)【陳ヵ】剥(はき)煠(ゆひき)熟(じゆく)し醤油(しやうゆ)
 味噌(みそ)にて調(とゝのへ)食(しよく)す蒸(むし)食(くら)ふもよし或(あるひは)根(ね)を採(とり)麁皴(そひ)を剥(はぎ)去(さり)晒(さらし)
 干麺(ほしめん)に磨(ひき)餅(もち)に打(まろ)め食(しよく)するも皆よし

【左丁】
【挿絵】
         六

【右丁】
【挿絵】

【左丁】
菰首(こもつの) がつごのめ也 菰筍(こじゆん)と云是也 菰(まこも)の根(ね)より生(しやう)ずる芽(め)也 採(より)て粮(かて)
とすべし煠(ゆびき)熟(じゆく)しみそ醤油(しやうゆ)に調(とゝの)へ食(しよく)す或(あるひ)は子(み)を採(とり)舂(つき)て米(つぶ)となし
 米(こめ)麦(むぎ)を合(あは)せ粥(かゆ)に煑(に)て食(しよく)す
蘆筍(あしのつの) よしのめ又よしのこ春(はる)土(つち)を掘(ほり)て取(とる)肉(にく)厚(あつ)くして柔(やわら)か也 他種(たしゆ)に
 すぐれたり露(あらはれ)出水に浮(うか)ぶは食(くら)ふに堪(たえ)ず嫰筍(わかつの)を採(とり)煠(ゆびき)熟(じゆく)し味噌(みそ)
 醤油(しやうゆ)にて調(とゝの)へ食(しよく)す其 根(ね)甘(あま)し生(なま)にて咂(かみ)て食(くら)ふもよし水中(すゐちう)より
 初(はじ)めて生(しやう)ずるものよし
欵冬(ふき) わたぶき又山のふき葉(は)及(およ)び茎(くき)花(はな)も粮(かて)とすべし花(はな)は苦(にが)く辛(から)し
 煠熟(ゆびき)て煑(に)水(みづ)に浸(ひたし)さわし置て後(のち)流(ながれ)水へ一宿(ひとよ)ひたせば苦味(にかみ)を去(さり)葉(は)
 茎(くき)は煠熟(ゆびき)食(しよく)すれば苦味(にがみ)なし解毒(げどく)の法(はふ)前(まへ)のごとし
             七

【右丁】
芣苢(おほばこ) かいるば車前子(しやぜんし)車輪菜(しやりんさい)同(おな)じ葉(は)及(およ)び根(ね)味(あぢ)甘(あまし)嫰葉(わかば)を取(とり)
 煠熟(ゆびき)水に浸(ひたし)一宿(ひとよ)さわし涎沫(ぬめり)をよく淘浄(ゆりあらひ)去(さり)みそ醤油(しやうゆ)の類(るゐ)にて
 調(とゝのへ)食(くら)ふ性(しやう)寒(かん)なるものゆゑ能(よく)煑(に)て後(のち)麦(むき)米(こめ)の類(るゐ)へ合(あは)せ炊(か)しき食(くら)ふ
 べし稷(あわ)又 蕨粉(わらびのこ)などへ雑(まじへ)食(くら)ふべからず両 品(しな)共に性(しよう)寒(かん)なる物(もの)ゆゑ脾(ひ)
 胃(ゐ)虚弱人(きよしやくにん)は食傷(しよくしやう)すべし流(ながれ)水ある地(ち)ならは煑(に)て流(ながれ)水へ一宿(ひとよ)浸(ひたせ)ば毒(どく)も
 涎沫(ぬめり)も能(よく)去(さる)といへり久(ひさ)しく食(しよく)し惣身(そうしん)うそはれ顔色(がんしよく)青(あを)く或(あるひ)は泄瀉(はらくだり)或は
 大便(たいべん)結(けつ)することあらば白米(はくまい)を稀粥(おもゆ)に煑(に)て焼塩(やきしほ)を加(くわ)へ度々(たび〳〵)吮(すは)せぬれ
 ば腫(はれ)ひき大便(たいべん)常(つね)のごとくになり治(ぢ)する也
蕨萁(わらび) 其 茎(くき)わかき時(とき)取(とり)細(こまか)に剉(きざ)み灰湯(あくゆ)にて能(よく)煑(に)て後(のち)水(みづ)を換(かへ)二三 宿(しゆく)浸(ひた)し
 淘浄(ゆりきよく)し涎滑(ぬめり)を去(さり)麦(むき)米(こめ)の類(るゐ)に合せ炊(かしき)て食(しよく)す又 流(ながれ)水 有(ある)地(ち)ならは二三 宿(しゆく)流(ながれ)

【左丁】
 水へ浸(ひた)せば食(しよく)しやすし此物を糧(かて)とする法(はふ)山野(さんや)近(ちか)き処の貧民(ひんみん)はよく知(し)る処也
紫萁(ぜんまい) 初生(しよせい)食(くら)ふべし前(まへ)にいふ蕨粉(わらひのこ)を取(とる)法(はふ)のごとく水飛(すゐひ)して粉(こ)を取(とり)て
 餅(もち)に作(つく)り粮(かて)とし食(くら)ふべし味(あぢ)蕨粉(わらびのこ)にまされりといへり
槖吾(つわ) 茎(くき)葉(は)款冬(ふき)に似(に)たり冬(ふゆ)も茎(くき)葉(は)ありて枯(かれ)す其 茎(くき)を食(しよく)するに
 味(あぢはひ)ふきのことし皮(かわ)を去(さり)款冬(ふき)を食(しよく)することくすべし又 煑乾(にほし)て収(をさめ)置 食(くら)ふ
 べし一 切(さい)の毒(どく)をけし功能(こうのう)すぐれたり就中(なかんづく)よく魚毒(ぎよどく)を解(げ)す河豚(ふぐ)の毒(どく)
 も解(げ)す凶年(きようねん)の粮(かて)とするには款冬(ふき)のことく調(とゝの)へ食(しよく)す
接続草(すぎな) 其(その)性(しやう)生(せい)発(はつ)を主(つかさど)る羗活(きやうくわつ)に同し瘡疥(さうがい)を患(うれふ)る人 食(くら)ふことなかれ
 病人(ひやうにん)には妨(さまたげ)なし煠熟(ゆびき)て淘浄(さわ)し麦(むき)米(こめ)に雑(まじ)へ炊(かし)き粮(かて)とすべし
艾葉(よもぎのは) 嫰艾餻(よもきもち)一 切(さい)悪鬼気(あくきき)を避(さく)久(ひさ)しく服(ふく)すれば冷痢(れいり)を止(やむ)灰湯(あくゆ)にて能(よく)

【右丁】
 煠熟(ゆびき)麦(むぎ)の類(るゐ)に合(あは)せ炊(かし)き粮(かて)とするもよし
水芹(せり) 血脈(けちみやく)を保(たも)ち精(せい)を養(やしな)ひ血(ち)を止(とめ)気(き)をまし人を肥(こえ)健(すくやか)ならしむ赤(あか)き
 芹(せり)は人を害(がい)す食(くら)ふべからずもろ〳〵の芹(せり)三月 以後(いご)蛭(ひる)の迷子(なしつけご)あるゆゑ人を
 害(がい)す能(よく)〳〵浄(あらひ)て後(のち)煑(にて)食(くら)ふべし
蜀漆(こくさぎのは) 即(すなはち)常山(じやうざん)也 其葉(そのは)臭梧(しうご)に似(に)たり味辛(あぢはひから)し甄権(しんけん)いわく苦(にか)く小毒(せうどく)
 あり腗胃(ひゐ)虚(きよ)の人 食(くら)ふことなかれ煑(に)て一宿(ひとよ)水(みづ)に浸(ひた)しさわし食(しよく)すべし
 流(ながれ)水に浸(ひた)せば猶(なを)よし蜀漆(しよくしつ)はこくさぎ茶(ちや)の葉(は)のことし臭梧桐(しうごとう)はくさぎ
 葉(は)大(おほ)ひなり二 物(ふつ)別(べつ)なり
大薊(おにあざみ) のみとりばな又やまあざみ風熱(ふうねつ)を除(のぞ)き女子の赤白沃(なかちしらち)によし
 安胎(あんたい)の功(こう)あり灰湯(あくゆ)にて煑熟(にじゆく)し水(みつ)を換(かへ)さわして後(のち)食(くら)ふべし

【左丁】
小薊(こあざみ) 前(まへ)のごとし調合(てうがふ)も同断(とうだん)也
苦芺(さわあざみ) 多(おほ)く水沢(すゐたく)に生(しやう)ず調食(てうしよく)すべて前(まへ)に同し
紅藍苗(くれなゐのなえ) 性(しやう)紅花(こうくわ)に同し煠熟(ゆびき)食(くら)ふ法(はふ)艾葉(よもぎ)のことし血(ち)を破(やぶ)るもの也
 妊婦(はらみをんな)産後(さんご)金瘡(きんさう)脾胃(ひゐ)虚(きよ)の人 食(くらふ)べからず
繁縷(はこべ) 菜(さい)となし人に益(えき)あり蔵器(ざうき)がいわく血(ち)を破(やふり)乳汁(にふじふ)をくだす
 産婦(さんふ)によし煠熟(ゆびき)て食(くら)ふべし
蒲公英(たんほゝ) 東垣(とうえん)のいわく婦人(ふしん)乳癰(ちのめ)水腫(しゆき)に煮(に)て汁(しる)を飲(のめ)ば立(たち)ところに消(ひく)
 丹渓(たんけい)のいわく食毒(しよくどく)を解(げ)し滞気(たいき)を散(ちら)し熱毒(ねつどく)を化(くわ)す煑(にて)食(くら)ふの法(はふ)前(まへ)の如(ごと)し
藜(あかざ)  向井 元升(けんしよう)庖厨倭名本草(ほうちうわみやうほんざう)に曰 補益(ほえき)調養(てうやう)の性(しやう)なし一本堂(いつほんだう)
 薬選(やくせん)には芎帰勺芐四物湯(きうきしやくしゆうちしもつたう)に勝(まさ)ること逈(はるか)なりといへりいづれか是(ぜ)

【右丁】
         九
 なるや各(おの〳〵)試(こゝろ)みて用ゆべし煠熟(ゆびき)て飯(めし)或(あるひ)は粥(かゆ)に雑(まじへ)煑(に)て食(くら)ふべし常(つね)に乾(ほし)て
 蓄置(たくわへおき)粮(かて)とすべし葉(は)大(おほひ)にして赤(あか)きを藜藿(あかあかざ)とし葉(は)小(ちさ)くして青(あを)きを灰條(あをあかざ)
 と名(な)づく野人(やしん)当年(そのかみ)飽(あく)_二黎藿(れいくわくに)_一凶歳(きようさい)得(えて)_レ此(これを)為(す)_二嘉殽(かかうと)【穀ヵ】_一唐(から)にては常(つね)に蓄(たくわへ)
 置(おき)貧民(ひんみん)の食(しよく)とすること見るべし救荒野譜(きうくはうやふ)に見えたり
莧菜(あをひゆ) 気(き)を補(おぎな)ひ熱(ねつ)を除(のぞく)煠熟(ゆびき)食(くら)ふべし麦禾(むきあわ)に合(あは)せ飯(めし)に炊(かし)き又 粥(かゆ)
 に雑(まじ)へ煑(に)ても食(くら)ふべし鼈(すつほん)と同(おなじ)く食(くら)ふべからず莧(ひゆ)の類品々有 白莧(しろひゆ)赤(あか)
 莧(ひゆ)斑莧(まだらひゆ)野莧(のひゆ)なりともに食(くら)ふべし
馬歯莧(すべりひゆ) 節葉(ふしは)の間(あいだ)水銀(すゐぎん)あり香月牛山翁(かげつぎうさんおう)いわく倭俗(わぞく)謂(いふ)水銀(すゐぎん)あり
 妊婦(にんふ)及(およ)ひ婦人(ふしん)小児(せうに)に禁制(きんせい)して用(もちひ)ず救荒野譜(きうくはうやふ)にいわく茎葉(くきは)を食(くら)ふ
 紅白(こうはく)二 種(しゆ)あり夏(なつ)に入 採(とり)沸湯(あつゆ)を瀹過(くゞらせ)曝(さらし)乾(ほし)冬(ふゆ)用(もつて)旋(やゝ)食(くら)ふも亦(また)可(よし)楚俗(そぞく)

【左丁】
 元旦(ぐわんたん)にこれを食(くら)ふ飢(うゑ)を救(すく)ふには煠熟(ゆびき)味噌(みそ)なくは塩(しほ)を加(くわ)へ食(くら)ふべし蕨(わらび)の
 粉(こ)と同食(とうしよく)すべからずこれをみれば水銀(すゐぎん)有 説(せつ)は皆(みな)迠(まで)信(しん)じがたし
萕(なづな) 五 蔵(ざう)【臓】を利(り)し根(ね)は目(め)の痛(いたみ)を治(ぢ)す春月(しゆんげつ)茎葉(くきは)を取(とり)生熟(せいじゆく)皆(みな)食(くら)ふ
 べし尤(もつとも)煠熟(ゆびき)食(くら)ふべし菥蓂(おになづな)は萕(なづな)に似(に)て毛(け)あり葶藶(ていれき)も薺(なづな)の類(るゐ)也共に
 食(くら)ふへしと貝原翁(かひはらおう)いへり江薺(いぬなづな)茎葉(くきは)を食(くら)ふ臘月(らふげつ)に生(しやう)す生熟(せいじゆく)皆(みな)用(もちゆ)へし花(はな)の
 時は宜(よろし)からず但(ただし)虀(つけもの)になすべしと救荒野譜(きうくはうやふ)に見えたり煠熟(ゆびき)食(くら)ふべし
独活(うど) 茎葉根(くきはね)ともに煠熟(ゆびき)食(くら)ふべし
稀薟苗(めなもみのなへ) 嫰苗(わかなへ)の葉(は)を採(とり)煠熟(ゆびき)水(みづ)に浸(ひた)し苦味(にがみ)を去(さり)淘淨(きわ)【さわヵ】し塩(しほ)醤油(しやうゆ)
 にて調(とゝのへ)食(しよく)す流(なかれ)水ある所ならば一宿(ひとよ)浸(ひた)せば苦味(にがみ)も毒(どく)もよく去(さる)といへり
茅芽根(つばなのね) 本草(ほんざう)に茅根(ぼうこん)と名(な)づく至極(しごく)潔白(けつはく)亦(また)甚(はなはた)甘美(うまし)茅針(つばな)嫰芽(わかめ)を

【右丁】
 採(とり)うわ皮(かわ)を剥取(へぎとり)て食(くら)ふ小児(せうに)に甚(はなはだ)益(えき)あり
《振り仮名:𦾰蒿|よめがはぎ》 煠熟(ゆびき)食(くら)ふべし
萱草(くわんさう) 苗(なへ)花(はな)ともに性(しやう)凉(りやう)無毒(どくなし)根(ね)も同(おな)し救荒本草(きうくはうほんさう)に俗川草(ぞくせんさう)と名(な)
 づく本草(ほんざう)に一 名(みやう)鹿蔥(ろくさう)山野(さんや)に生(しやう)ずるを宜男(ぎなん)と名(な)づく風土記(ふうどき)に云 懐(くわい)
 妊(にん)の婦人(ふじん)其花(そのはな)を佩(かぶ)れば男(をとこ)を生(うむ)故(ゆゑ)也《割書:一本 宣男(せんなん)に|作(つく)るは非(ひ)なり》飢(うゑ)を救(すく)ふには嫰苗(わかなへ)葉(は)を
 取(とり)煠熟(ゆびき)水に浸(ひた)し淘浄(さわし)塩(しほ)醤油(しやうゆ)にて調(とゝの)へ食(しよく)す玄扈先生(けんこせんせい)いわく花(はな)葉(は)
 芽(め)ともに嘉蔬(かそ)也かならず荒(きゝん)を救(すく)ふのみにあらず又 粉(こ)となすべし蕨(わらび)を
 治(をさむ)る法(はふ)のごとし近歳(きんさい)しきりに飢(うゑ)山民(さんみん)多(おほ)くこれに頼(よ)れりわらびの粉(こ)を取(とる)
 ごとくして餅(もち)に作(つく)り粮(かて)とし味(あぢ)よしといへり
野蜀葵(みつはぜり) 病(びやう)人にも忌(いむ)ことなし菜中(さいちう)の佳(よき)品(しな)也 葉(は)及(およ)び根(ね)も亦 煠熟(ゆびき)粮(かて)とすべし

【左丁】
【挿絵】

【右丁】
【挿絵】

【左丁】
防風(やまにんじん) 一名 屏風草(へいふうさう)又 叉頭(さとう)あるものは人をして狂(きやう)を発(はつ)せしむ叉尾(さび)のものは
 痼疾(こしつ)を発(はつ)す嫰苗(わかなへ)を採(とり)葉(は)ともに菜(さい)となす煠熟(ゆびき)きわめて口(くち)にかなふ
菊(きく)  葉(は)花(はな)ともに煠熟(ゆびき)食(くら)ふべし久(ひさ)しく食(くら)へは血気(けつき)を利(り)す
雞冠苗(けいとうのなへ) 時珎(じちん)がいわく痔(ぢ)及(およ)び血病(けつびやう)を治(ぢ)す煠熟(ゆびき)食(くら)ふべし
後庭花(はげいとう) 一名 雁来紅(がんらいこう)苗葉(なへは)を取(とり)煠熟(ゆびき)水に浸(ひた)し淘浄(さわし)醤油(しやうゆ)に調(とゝの)へ晒(さらし)
 乾(ほし)煠(ゆびき)食(くら)ふ尤(もつとも)佳(よし)すべて草類(くさるゐ)を食(しよく)とするは塩(しほ)をはなすべからず
紫蘇(しそ) 煠熟(ゆびき)食(しよく)す鯉魚(りぎよ)と同食(とうしよく)すべからず毒(どく)瘡(さう)を生(しやう)ず
鼠麹草(はゝこぐさ) 又 五行蒿(ごぎやうよもぎ)と名(な)づく茎葉(くきは)を採(とり)米粉(こめのこな)にまじへ餻(もち)として食(しよく)す
 艾(よもき)を製(せい)する法(はふ)のごとし
耳菜(みゝな) 貝原翁(かいばらおう)いわく葉(は)仏耳草(ぶつにさう)のごとし茎(くき)長(なが)く蔓草(つるくさ)のごとし地(ち)につき

【右丁】
        十二
 延生(のびはへ)る冬(ふゆ)春(はる)繁茂(はんも)す白花(はくくわ)をひらく俚民(りみん)蔬(そ)となして食(しよく)す絮縷(はこべ)のごとし
 漢名(かんみやう)をしらず煠熟(ゆびき)食(くら)ふて味(あぢ)よし飢(うゑ)をすくふべし
桔梗苗(ききやうなへ) 葉(は)を採(とり)煠熟(ゆびき)水を換(かへ)浸(ひた)し苦味(にかみ)を去(さり)淘浄(さわ)しみそ醤油(しやうゆ)にて
 調(とゝの)へ食(しよく)す一説(いつせつ)に味(あぢ)辛(からく)苦(にがし)性(しやう)微温(びうん)小毒(せうとく)なり一 説(せつ)味(あぢ)苦(にがく)性(しやう)平(へい也)毒(どく)なし
 毒(どく)の有無(うむ)をしらず良医(りやうい)に問(と)ふべし
夏枯草(うつぼくさ) 此 草(くさ)の苗(なへ)冬至(とうじ)に生(しやう)ず夏(なつ)諸草(しよさう)繁茂(はんも)する時かるるといふ嫰葉(わかば)
 を取(とり)煠熟(ゆびき)水を換(かへ)浸(ひた)し苦味(にがみ)をさわし去(さり)又 灰湯(あくゆ)にてよく煑(に)て二宿(ふたよ)
 ほど水につけ置(おき)て後(のち)食(くら)ふべし秋(あき)に至(いた)り枯葉(かれは)に成(なり)たるも粮(かて)とし食(しよく)するに
 よしと山居(さんきよ)貧民(ひんみん)の傳(でん)也 試(こゝろ)み用(もち)ゆべし惣(そう)して草根(さうこん)木葉(このは)木実(このみ)の類(るゐ)
 小毒(せうどく)有ものといへども灰湯(あくゆ)に煑(に)二三 宿(しゆく)水を換(かへ)浸(ひたし)さわして後(のち)食(しよく)すれば害(がい)

【左丁】
 なし灰湯(あくゆ)には雑木(ざふき)の堅木(かたき)を焼(やい)たる灰(はひ)よし松(まつ)杉(すぎ)を焼(やき)たる灰(はい)は功(こう)なしといへり
枸杞苗(くこのなへ) 煩を除(のぞき)気(き)を益(ます)もの也 煠熟(ゆびき)食(しよく)す
木通嫰芽(もくつうのわかもへ) 煠熟(ゆびき)食(しよく)す
皂莢樹嫰芽(さひかちのわかもへ) 煠熟(ゆびき)水を換(かへ)浸(ひたし)洗(あらひ)淘浄(さわし)塩(しほ)味噌(みそ)にて調(とゝのへ)食(くら)ふ
忍冬葉(すゐかづらのは) 嫰葉(わかは)花(はな)を採(とり)煠熟(ゆびき)水を換(かへ)ひたして邪気(じやき)を去(さり)淘浄(さわし)前(まへ)の如(ごと)く調食(てうしよく)す
木天蓼葉(またゝびのは) 小毒(せうどく)あり煠熟(ゆびき)食(しよく)す塩(しほ)にて毒(どく)を解(げ)す也 塩(しほ)なくは食(くら)ふべからず
藤嫰芽(ふじのわかめ) 灰湯(あくゆ)にて煑(に)水を換(かへ)二三 宿(しゆく)浸(ひた)し淘浄(さわ)して後(のち)食(くら)ふべし血(ち)を
 破(やぶ)るものゆゑ産婦(さんふ)には禁制(きんせい)して食(くら)ふべからず常人(じやうにん)は麦(むぎ)米(こめ)に合(あは)せ飯に
 炊(かし)き食(くら)ふもよし塩(しほ)よく其毒(そのどく)を解(げ)すみそか塩(しほ)なくは食(くらふ)べからず
五加苗(うこぎなへ) 煠熟(ゆびき)食(くら)ふべし此物(このもの)皮膚(ひふ)の風湿(ふうしつ)を去(さる)性(しやう)よきもの也 飢民(きみん)

【右丁】
        十三
 草根(さうこん)木葉(このは)を食(くら)ひ其(その)毒(どく)にあたり惣身(そうしん)浮腫(うそはれ)たるものは根(ね)を堀(ほり)《振り仮名:水𤋎|すいせん》
 して飲(のめ)ばはれ消(ひく)なり過(すぎ)し宝暦(はうりやく)六年 丙子(ひのえね)の春(はる)飢民(きみん)藤葉(ふじのは)車前草(おほばこ)
 を久(ひさ)しく食(くひ)たる者(もの)惣身(そうしん)青色(あをいろ)になり水腫(すいしゆ)のごとくはれたる者(もの)に救荒(きうくはう)
 解毒丹(げどくたん)を四五 貼(てふ)白湯(さゆ)にて飲(のま)しめければはれ消(ひき)て全快(ぜんくわい)せしよし也
竹筍(たけのこ) 塩(しほ)味噌(みそ)の類(るゐ)にてよく煑(に)て食(くら)ふべし熟(じゆく)せざれは化(くわ)しがたしもし
 毒(どく)にあたらは姜汁(きやうじふ)を飲(のみ)て解(げ)すべし
鳳仙花(ほうせんくわ) つまくれなゐ染指甲草(ぜんしこふさう)小桃紅(せうとうこう)共云 苗(なへ)葉(は)を取(とり)煠熟(ゆびき)水に
 一宿(ひとよ)ひたし菜(さい)となし醤油(しやうゆ)に調食(てうしよく)す本草(ほんざう)に小毒(せうどく)有ことしかれども能(よく)々
 煑(に)水を換(かへ)一宿(ひとよ)さわせば害(がい)なし子(み)は咽(のんど)の中(うち)に魚骨(うをのほね)たちたるに研(すり)
 末(こ)にし水(みづ)にて飲(のみ)竹筒(たけつゝ)に入(いれ)て吹入(ふきいる)れは即(すなはち)ぬくること妙(めう)なり

【左丁】
蘿摩(かゞいも) こがみとも云 嫰葉(わかば)を取(とり)ゆびき水を換(かへ)ひたし苦味(にかみ)邪気(じやき)を
 去(さり)淘浄(ゆりさわし)醤油(しやうゆ)に調(とゝのへ)て食(くら)ふ此(この)草葉(くさは)を煑(に)て食(しよく)す味(あぢはひ)よし園籬(そのゝまかき)に植(うゑ)て
 食品(しよくひん)とすべし虚(きよ)を補(おきな)ひ精気(せいき)をまし陰道(ゐんだう)を強(つよ)くす性(しやう)よし葉(は)は
 種毒(しゆどく)を消(け)し綿(わた)は金瘡(きんさう)の血(ち)をとむ汁(しる)は赤腫(はれもの)につけ蛇(へび)の咬(かみ)たるに敷(つく)
 民間(みんかん)には常々(つね〴〵)植置(うゑおく)べきもの也
澤蒜(のびる) 苗(なへ)と根(ね)を取(とり)煠熟(ゆびき)味噌(みそ)塩(しほ)にて調(とゝのへ)食(くらふ)べし小 毒(どく)有よしもあれ
 ども上 州(しう)の方言(はうけん)にうしびるとて凶年(きようねん)飢(うゑ)を救(すく)ふに甚(はなはだ)宜(よろしき)もの也上 州(しう)に
 ては凶年(きようねん)には邑長(むらおさ)支配(しはい)へふれ農夫(のうふ)に山野(さんや)に出て堀(ほり)煑(に)て食(くらは)しむ
雀麦(ちやひくぐさ) これ野麦(のむぎ)也 燕雀(えんじやく)食(くらふ)所ゆへ名(な)とす舂(つい)て皮(かは)を去(さり)搗(つい)て麺(めん)につ
 くり蒸(むし)食(くら)ひ又 餅(もち)に作(つく)り食(くら)ふもよし向井 元升(げんしよう)いわく二月 比(ころ)初生(しよせい)

【右丁】
 の青葉(あをは)を採(とり)汁(しる)を搗(つき)て米粉(こめのこ)に和(まじ)へ餅(もち)につくり蒸(むし)食(しよく)すれば香味(かうみ)よし
 本草(ほんざう)に女人(によにん)難産(なんざん)を治(ぢ)す煑(に)て汁(しる)をの飲(のむ)べし
鴨跖草(つゆくさ) 又 月草(つきくさ)と云 竹節菜(ちくせつさい)也 嫰苗(わかなへ)を採(とり)葉共に煠熟(ゆびき)醤油(しやうゆ)に
 調(とゝのへ)食(くら)ふ玄扈先生(けんこせんせい)云 南方(なんばう)には淡竹葉(たんちくえふ)と名(な)づけて賞(しやう)す本草(ほんさう)に気味(きみ)
 苦(にかく)大 寒(かん)毒(どく)なし蛇犬咬(じやけんのう)を治(ぢ)すとあり茎(くき)葉(は)ともに擂(すり)て瘡口(きずくち)の四辺(しへん)敷(しき)
 瘡口(きずくち)を厚朴(こうぼく)の葉(は)にて風(かぜ)入(いら)らざる様に掩(おほ)ひ置(おき)て瘡口より脂(あぶら)水ながれ
 出て痛(いたみ)去(さり)腫(はれ)ひかば厚朴(こうぼく)の葉(は)を去(さり)鴨跖草(つゆくさ)ばかり敷(しき)おほひ置ば治(ぢ)する也
 犬咬(けんのう)は油断(ゆだん)ならぬものにて必死(ひつし)の病(やまひ)と心得(こゝろえ)医(い)の良方(りやうはう)を乞(こふ)べし
酸醤(ほゝづき) 燈篭児(とうろうじ)又 掛金燈(くわきんとう)と云 葉(は)を取(とり)煠熟(ゆびき)水に浸(ひた)しさわし苦味(にがみ)を去(さり)
 醤油(しやうゆ)に調(とゝのへ)食(くら)ふ子(み)熟(じゆく)し摘取(つみとり)同(おな)じく製(せい)し食(しよく)す

【左丁】
黄瓜菜(たびらこ) 煠熟(ゆびき)食(くら)ふへし
虎杖(いたどり) 産後(さんご)悪血(おけつ)下(くだら)ざるを治(ぢ)す妊婦(はらみおんな)は食(くらふ)べからず右 数種(すしゆ)食(くら)ふには塩(しほ)をかくべからす
地膚(はゝきゞ) 苗葉(なへは)煠熟(ゆびき)さわし食(くら)ふべし
潟栗(かたくり) 漢字(かんじ)いまた詳(つまびらか)ならず奥州(あうしう)南部(なんぶ)上品(じやうひん)を出す稲若水(いねじやくすゐ)【注】いわく旱(かん)
 藕(ぐう)是(これ)なるべし其粉(そのこ)米(こめ)のごとし味(あぢ)甘(あま)く食(しよく)して人を補(おぎなひ)益(ま)すといへり製(せい)
 法(はふ)天花粉(てんくわふん)のごとし解毒(げどく)の法(はふ)前(まえ)に同(おな)じ
薏茨仁(づゝたま) 殻(から)あつく圓(まろき)ものにあらず其形(そのかたち)尖(とが)て殻(から)うすきもの也其 米(つふ)【粒ヵ】白色(はくしよく)
 にして糯米(もちごめ)のごとし粥(かゆ)にし飯(めし)にし又 麺(めん)にして食(しよく)すべし米(こめ)と同(おな)じく酒(さけ)に作(つく)る
 べし飯(めし)にし麺(めん)にし食(しよく)すれは飢(うゑ)をしらず然(しかれ)ども煑(に)くだけがたきものなれば
 粉(こ)にして餻(むしもち)餌(たんご)に作(つく)るをよしとす

【注 「稲若水」は「とうじゃくすい」、本名「稲生若水」は「いのうじゃくすい」】

【右丁】
           十五
商陸(やまごばう) たうごばう共云 味(あぢ)辛(からく)酸(す)性(しやう)平(へい)にて毒(どく)あり一に苦(にがく)性(しやう)冷(れい)也 白根(しろね)を
 取(とり)切(きつ)て片(へん)となし煠熟(ゆびき)水(みづ)を換(かへ)浸(ひた)し洗淨(あらひきよく)す此(この)ものを製(せい)するには薄(うす)く切(きり)
 流水(ながれ)に二宿(ふたよ)ひたし取出(とりだ)し豆(まめ)の葉(は)を甑(こしき)にして段々(だん〳〵)隔(へだて)に入れて蒸(むす)こと六 時(とき)
 程(ほど)にして取上(とりあげ)食(しよく)す豆(まめ)の葉(は)なくは豆を用てもよし荒政要覧(くはうせいえうらん)にみへたり
 又 灰湯(あくゆ)にて能(よく)煑(に)度々(たび〳〵)水を換(’かへ)二三 宿(しゆく)浸(ひた)しさわしたるもよしといへり
 葉(は)も又 灰湯(あくゆ)にて煑熟(にしゆく)し粮(かて)とすべし水種(すゐしゆ)あるも者(もの)つねに商陸(しやうりく)を用(もちゆ)る
 こと人(ひと)の知(し)る所也
野胡薩蔔(のにんしん) 荒野(くはうや)の中(うち)に生(しやう)じ苗葉(なへは)家胡薩蔔(にんじん)に似たりともに細小(さいせう)其(その)
 根(ね)味(あぢ)甘(あまし)生(なま)にて食(くら)ひ蒸(むし)て食(しよく)し皆(みな)宜(よろ)し洗浄(あらひきよ)にし皮(かは)を去(さり)生(なま)にて食(くら)ふも又 可(か)也
土圞児(ほど) 根(ね)をとり煑熟(にじゆく)しこれを食(くら)ふ塩(しほ)を加(くわ)へ害(かい)なし

【左丁】
羊蹄苗(しふくさのなへ) ぎし〳〵和(わ)の大黄(たいわう)支那(もろこし)の大黄(たいわう)の葉(は)に似(に)たれとも差(たが)へり
 薬種(やくしゆ)としては瀉薬(しややく)なれども大に異(こと)なり救荒本草(きうくはうほんさう)に嫰苗(わかなへ)葉(は)を取(とり)
 煠熟(ゆびき)水(みづ)に浸(ひた)し苦味(にかみ)を淘浄(さわ)し油塩(しやうゆ)に調(とゝのへ)て食(くら)ふ其(その)子(み)熟(じゆく)す
 る時(とき)子(こ)を打搗(うちつい)て米(こめ)となし滾湯(こんたう)を以(もつ)て三五 次(たび)淘浄(さわし)鍋(なべ)に
 下(くだ)し水飯(かゆ)となし食(くら)ふ微(やゝ)腹(はら)に破(さはる)とあり一 書(しよ)に今(いま)試(こゝろむ)るに葉(は)味(あぢはひ)微(やゝ)
 酸(すし)根(ね)味(あち)苦(にが)し何程(なにほど)さわしても食(しよく)しかたし葉(は)はゆびきたるばかり
 にてもよしといへり
棗(なつめ) 腹脹(はらはり)羸痩(るいさう)には食(くらふ)べからす又 葱(ねぎ)と同食(どうしよく)すべからず酸棗麪(さんさうめん)とて麺(めん)
 にも作(つく)る春(はる)は嫰葉(わかば)を採(とり)煠熟(ゆひきじゆく)し水に浸(ひた)し黄色(きいろ)になる時(とき)淘浄(さわしきよふ)し醤(しやう)
 油(ゆ)又は味噌(みそ)にて調(とゝのへ)食(くら)ふ又 飯(めし)に和(まじ)へ食(くら)ふもよし此(この)もの根(ね)はびこり地中(ちちう)より

【右丁】
         十六
 段々(だん〳〵)生出(はへいで)これを堀取(ほりとつ)て植(うゆ)れば忽(たちま)ちふへるもの也 地(ち)の四方(しはう)六七 間(けん)が間(あいた)は根(ね)
 の行先(ゆくさき)に生(しやう)ず凶年(きようねん)には青(あを)き紅(あか)きを嫌(きらは)ず蒸煑(むしに)て食(くら)ふべし
栗(くり)  夫食(ふじき)を助(たすく)るはかち栗(くり)にして貯(たくは)ふにしかずみのりあしくは下枝(したえだ)を多(おほ)く
 切(きり)すて梢(こすゑ)の枝(えだ)をとめ置(おけ)ばかならずみのると農業全書(のうげふぜんしよ)にあり
柹(かき)  種品(しゆひん)多(おほ)し民間(みんかん)凶年(きようねん)の糧(かて)には柹餅(かきもち)をよしとす糯米(もちこめ)の粉(こ)と同(おな)じく
 つき蒸(むし)食(くら)ふこれは極(ごく)上の製法(せいはふ)にて貧民(ひんみん)の食(しよく)には大麦(おほむき)を炒粉(いりこ)にして
 搗合(つきあはせ)たるかよし渋柹(しぶかき)を搗(つき)て粳米(うるち)大 麦(むき)の炒粉(いりこ)を入(いれ)たるも用(もちひ)らるゝ也又
 串柹(くしかき)はいろ付(つき)たる時(とき)柹(かき)の皮(かわ)を削(けつり)たるを集(あつ)め煑(に)て臼(うす)へ入(いれ)能(よく)つき粳米(うるち)
 大 麦(むき)の炒粉(いりこ)をつき合(あは)せたるも凶年(きようねん)の食(しよく)にはよしたゞし蟹(かに)と合(あは)せ食(しよく)
 すれば腹痛(ふくつう)泄瀉(せつしや)の患(うれへ)あり

【左丁】
桑椹(くわのみ) 五 臓(ざう)関節痛(くわんせつのいたみ)血気(けつき)を利(り)し神魂(しんこん)を安(やす)んずくろきを日(ひ)に晒(さら)し
 乾(かはか)し粉(こ)とし水にて三 合(がう)つゝ日々に三 度(ど)づゝ服(ふく)すれは飢(うゑ)ずと月令広義(ぐわつりやうくはうぎ)に出(いで)たり
 《割書:唐の三合は日本の|壱合五勺にあたる也》能(よく)熟(じゆく)し黒(くろ)きを好(よし)とすれ共 飢(うゑ)を助(たすく)るは赤(あかき)黒(くろき)をえらまず淘(ゆり)
 浄(きよくし)蒸熟(むししゆく)して飯(めし)にまじへ煑(に)て食(しよく)すべし虫付(むしつき)て有(ある)もの故(ゆゑ)度々(たび〳〵)浄(あら)ひて後(のち)蒸(むし)食(しよく)すべし
蘿蔔(だいこん)胡蘿蔔(にんじん)牛蒡(こばう)菘(な)芋(いも)の類(るゐ)常(つね)に食(しよく)するものはいふに及(およ)はざれはこと〴〵く
のせず其内(そのうち)大根(たいこん)芋(いも)薩摩芋(さつまいも)は夫食(ふじき)を助(たすく)ること大(おほひ)なることなり唯々(ただ〳〵)
公(おほやけ)の御 恵(めぐ)み厚(あつ)ければ是(これ)に感(かん)じても己(おのれ)〳〵が節倹(せつけん)を竭(つく)して弥(いや)が上(うへ)の御 厄介(やつかい)なく
御膝元(おんひさもと)の商賈(しやうこ)長久(ちやうきう)の相続(さうぞく)をなさんと希(ねがふ)のみなり衣食住(いしよくぢう)三ッの内 第(だい)一に重(おも)き
食(しよく)のことを述(のべ)たれば衣 服(ふく)の用(もち)ひ方(かた)家作(かさく)の建方(たてかた)唯々(ただ〳〵)日用(にちよう)を足(たす)の外(ほか)は万事(ばんじ)質素(しつそ)
節倹(せつけん)を守(まも)るの仕方(しかた)を嗣(つぎ)あらはして経済(けいざい)の肝要(かんえう)を補(おぎな)ふべしと云

【右丁】
 以上の種々(くさ〳〵)米(こめ)にまじへかてとなし食(しよく)して経済(けいざい)を助(たする)べし直(なを)又(また)世(よ)に有(あり)ふれ
 たる飯(めし)の名目(みやうもく)をこゝに出(いだ)す
麦飯(むぎめし) 湯取麦飯(ゆとりむきめし) 麦引割飯(むきひきわりめし) 菜飯(なめし)《割書:いもをさいに|切入て尤よし》 干葉飯(びはめし) 大根飯(だいこんめし)
芋(いも)飯 粟(あわ)飯 稗(ひえ)飯 栗(くり)飯 蕪(かぶら)飯 茄子(なす)飯 青大角豆(あをさゝげ)飯 実(み)さゝげ飯
小豆(あづき)飯 黒豆(くろまめ)飯 縁豆(えんどう)飯 刀豆(なたまめ)飯 椎(しゐ)の実(み)飯《割書:椎のかはをさり塩を加へ|たくなり常の飯のことし》
豆腐(とうふ)飯 枸杞(くこ)飯 五加木(うこぎ)飯 皂角(さいかち)飯
 已上は常々(つね〳〵)たく所の飯(めし)の名目(みやうもく)なり其外 本書(ほんしよ)の内 便利(べんり)を考(かんが)へみな〳〵
 飯(めし)にたき常(つね)の食料(しよくれう)にあつべし
終              ■■■■■■■■
【赤刻印】福田文庫

【左丁】
《題:《割書:御免|開版》太平国恩里談(たいへいこくおんりだん)《割書:加藤在止著》全十五冊合本五巻》
 此書(このしよ)は太平(たいへい)の御恩沢(ごおんたく)御 代々(だい〳〵)の御 仁政(じんせい)を四民(しみん)共 朝暮(てうぼ)忘(わす)るまじきことを述(のぶ)但(たゞ)し
 仏説(ぶつせつ)に天地(てんち)の恩(おん)帝王(ていわう)の恩(おん)父母(ふぼ)の恩(おん)師匠(しせう)の恩(おん)を四恩(しおん)と云て実語教(じつごきやう)にも
 見えたり然(しか)るに今(いま)清平(せいへい)の御 政道(せいたう)御 仁恵(じんけい)の深(ふか)きことは誰(たれ)にも弁(わきま)へ居(ゐ)れ共
 深切(しんせつ)信誠(しんせい)に肺腑(はいふ)に刻(きざ)む人(ひと)少(すくな)し然(しか)るを世間(せけん)活業(すきわひ)の雑話(ざつわ)に事託(ことよせ)或(あるひ)は問(もん)
 答(だふ)を儲(もう)け或は聖賢(せいけん)の書(しよ)を引(ひき)乱世(らんせい)に万民(ばんみん)艱難(かんなん)なる躰(てい)と御 治世(ちせい)に万民(ばんみん)
 快楽(けらく)し御 仁恵(じんけい)津々(つゝ)浦々(うら〳〵)至(いた)らぬ隅(くも)もなき姿(さま)とを示(しめ)し御 恩沢(おんたく)の有(あり)がたき
 ことを目前(もくぜん)明白(めいはく)に知(し)らしむ抑(そも〳〵)本朝(ほんてう)応仁(をうにん)の乱(らん)ほど久(ひさ)しき乱(みだ)れはなくこれも
 一 旦(たん)治(をさま)れ共又 乱(みだ)れ実(しつ)に元和(げんわ)年中 日光様の御 武徳(ぶとく)に始(はじめ)て四海(しかい)を伐治(きりをさめ)
 給ひしより今(いま)に至(いたつ)て二百 余(よ)年 御代々の御 仁政(じんせい)四 海(かい)に流(なが)れ 御 恩沢(おんたく)禽獣(きんじう)
 草木(さうもく)に及(およ)ぶ延喜(ゑんぎ)天暦(てんりやく)の治(ち)も支那(もろこし)二帝三王(じていさんわう)の治(ち)も今に曁(およふ)べからす此 書(しよ)に
 述(のぶ)る処を能々(よく〳〵)考(かんが)へ合(あは)せ四民(しみん) 内外(うちと)の皇大神(すめおほんかみ)に続(つゞい)て 日光様の御 仁惠(じんけい)を
 尊信(そんしん)渇仰(かつがう)し日(ひゞ)に夜(よゝ)に朝(あした)に夕(ゆふべ)に忘(わす)るべからず世(よ)に滑稽(こつけい)の書(しよ)は衆人(しうじん)の頤(おとかひ)を解(とく)

【右丁】
 といへとも身(み)に益(えき)あること聊(いさゝか)もなし此 書(しよ)は御 仁政(しんせい)を貴(たつと)ひ身(み)の分限(ぶんけん)を顧(かへり)み
 物(もの)に不足(ふそく)の心(こゝろ)を生(しやう)ぜす正直(しやうぢき)忠孝(ちうかう)の人物(じんぶつ)となるべきこと必定(ひつじやう)なれは有益(うえき)
 広大(くはうだい)なるものなり
《題:広恵済急方(くはうけいさいきうはう)《割書:多紀藍渓先生著》全三冊》
 此 書(しよ)は専(もつぱ)ら窮郷僻壌(かたいなか)或(あるひ)は旅中(たび)など医者(いしや)に乏(とも)しき所(ところ)にて急卒(にわか)の病(やまひ)
 あるときは坐(いながら)にて斃(たを)るゝことを憂(うれ)へ作(つく)られし書(しよ)にて平仮名(ひらかな)にてこれを出し
 一二 味(み)にて奇効(きこう)ある方(はう)をゑらひ尤(もつとも)手近(てぢか)なる草木虫魚(さうもくちうぎよ)の薬(くすり)を専(もつぱ)らとし
 其(その)形状(かたち)を図(づ)し又(また)縊死(くびれし)溺死(おほれしする)等は其(その)手術(てだて)をゑがき又 灸点(きうてん)の方(はう)も委(くわし)く
 其図(そのづ)を出(いだ)し大人(たいしん)小児(せうに)急(きふ)なる大病(たいひやう)は云(いふ)に及(およ)ばす諸(もろ〳〵)の毒(どく)にあてられ犬(いぬ)の咬(か)み
 虫(むし)のさしたるなと或(あるひ)は火焼(やけど)などまでも如何やう俗人(たゞのひと)にても此 書(しよ)をみるときは
 其 療治(れうぢ)かた一目(ひどめ)してしるべく誠(まこと)に医者(いしや)を待(また)ずして命(いのち)を救(すく)ひ苦(く)を免(まねか)るゝ事(こと)を
 得(う)る也 故(かるかゆゑ)に人々(ひと〳〵)不時(ふじ)の用意(ようい)に一部(いちぶ)つゝ所持(しよぢ)せずんはあるべからさる書也 而(しかふ)して其方(そのはう)は勿(もち)
 論(ろん)古今(ここん)の方書(はうしよ)より撰(ゑらひ)出して試験(しけん)の良法(りやうはふ)なれば医家(いか)といふ共 豈(あに)これを缺(かく)べけんや

【左丁】
【上段横書】
江戸書林
【下段】
通壱町目     須原屋茂兵衛
芝神明前     岡田屋嘉七
南伝馬町壱丁目  須原屋文助
馬喰町弐丁目   西村与八
浅草新寺町    和泉屋庄次郎
両国吉川町    山田佐助
市ヶ谷本村町   石井佐太郎
神田鍛冶町弐丁目 北島順四郎
麹町四丁目    角丸屋甚助
本石町十軒店   英大助
下谷御成道    同文蔵
同広徳寺前    同幸吉

【裏表紙】
【赤ラベル  18】

{

"ja":

"(産科)母子草

]

}

【帙表紙 題箋】
《割書:産|科》母子草【艸】《割書:三巻》

【帙を開いた状態】
【題箋】
《割書:産|科》母子草【艸】《割書:三巻》
【背表紙】
《割書:産|科》母子草【艸】《割書:三巻》
【資料整理ラベル】
富士川本
 ハ
 69

【表紙】
《割書:産|科》母子草【艸】  上

【資料整理ラベル】
富士川本
 ハ
 69


生産一事原是造化自然其有艱険
因閨閫之不慎也唐大中初白敏中
守成都其家有因免乳死者訪問名
医或以昝殷対敏中迎之殷作書以
献従此其後保産専書無慮数十部
先哲立論垂法可謂詳且尽矣奈何

【頭部欄外 蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印

186585
大正7.3.31

【右下印】
富士川家蔵本

富士川游寄贈

【右丁】
世人多不好読書医士亦不能悉
誡諭故昧乎妊毓之理乖乎時養【資料の文字は俗字】
之方動輒為倒為横譆々或夜叫烏【呌は俗字】
虖孰不矜痛哉播磨児島尚善常憫
之纂孴諸賢之精要而綴以国字釐
為三巻胎教産前催生護児産後衆
疾賅備無遺雖村媼里婦易読而暁

【左丁】
若其人家常学習是書於倉猝之秋
無所憂畏毎生如達必有詵々之歓
也浪華木世粛千里緘書為之徴予
言予大嘉其救俗之婆心与産宝之
行於世也遂不辞而序于其端以旌
尚善賛化之功云

【右丁】
寛政十一年歳在己未暮春之初
    東都侍医丹波元簡譔
【陰刻角印】 東都   丹波
        侍医   元簡

       浪速森世黄書
【陽刻角印】   世 黄

【左丁】

病危ふして後。薬して奇効をとるは。至れるの術
にあらす。たゝはしめよりやましめさるやうに教る
こそ。まことの良医なるへけれとは。古き文ともにも
みえたるを。今の世はたゝ己か衣食の資をのみ
貪り求る心より。猛きくすり異なるてたてなと。
目驚すことのみを競ひ行ひて。おのれもこれを
まされりとし。人もまたよしとし誉るより。かの

【右丁】
やましめさるやうにとの教は。湮れ没みて語り伝ふ
る人も稀〳〵なるを。播磨の国なる児島のぬし。
ふかく歎きて。産婦の患ひを預め救ふへき。
母子草てふ。かな文をあらはせり。これは他の病ふ
よりも。産は一しほに常の慎みあるへけれは。先此
文よりはしめしなるへし。けにや女は慮浅く
惑ひ深きものなれは。つねの慎みおこたりかち
にて。産に臨みて後に。はしめて驚き怖れて。

【左丁】
みたりに治療を求るより。測らさるわさはひにも
及ふそかし。まいて富る家貴きゝはゝ。道心得たるく
すしも馴親みかたけれは。つはらに説教ゆへきよす
かなし。かゝる時そ此文すゝめて。みつから目にも触
たまひ。心の守にし給んやうにせんこと。憚りも
有へからす。また傍なる人よりも。折〳〵はよみ聞え
まいらせは。おのつから其慎みも医の法にかなひて。
産難の患を免れ給ふへし。されは目驚す

【右丁】
しるしはあるましけれと。貴き賎しき。なへて産に
臨む人々の。利益を得んことは深かりぬへし
と。おもふものから。此文のひろく世に行れんこ
とを希ひて。拙き一言をはし書す。

 寛政九年丁巳の夏   伊勢   橘春暉

【左丁】
過しころ。はらみし女のやしなひの道をとふ
人あり。われわかゝりし時。賀川翁にきゝしことのかたは
しなと。のへ侍りしか。退きておもふに。このやしなひの
よろしきと。よろしからぬによりて。生れいつる子の。つよ
きもよはきも。その玉の緒のなかきも。なかゝらさるも
すてにさたまりぬといはんもむへなり。まいて母のやむ
もやまさるも。これにかゝれは。ふかくおそれつゝしみて
ゆるかせにすへからす。因てはらみしうちのやしなひ
を。くた〳〵しくさとし侍る。はた屋の下に屋をつく

【右丁】
るに似たれとも。赤子をまもりそたつることゝ。産
母のつゝしみやしなひをも。まめやかに告まほしくて。
遠くはふるき書のおもむきをかうかへ【注】。近くはわかつね〳〵
こゝろみし事ともをしるしぬ。なにはのうらのよしあしは
しらねと。男もししらぬ【為知らぬ】女。あるはわかことき田舎人のためには。
ひとつのたすけともなりなんやとおもふのみ
寛政八年ひのへたつむつきもちの日
 播磨加西郡の民児島恭尚善筆をとる

【注 かうがへ=「カムガヘ(勘へ)」の転。先例や文書を調べて事を定める。】

【左丁】
母子草
  目録(もくろく)
 上
  ○懐妊(くわいにん)之(の)総論(そうろん)
  ○懐妊中(くわいにんちう)之(の)心得(こゝろゑ)
   🈩夫婦(ふうふ)の交(まじは)りをいむ事《割書:六丁を》
   🈔みだりに臥(ふ)し久(ひさ)しく坐(ざ)するをいむ事《割書:九丁を》
   🈪寝(いぬ)る時(とき)つとめて脚(あし)をかゞむるをいむ事《割書:九丁を》
   四【四角で囲む】怒(いか)るをいむ事《割書:十丁を》

【右丁】
   五【四角で囲む】みたりに腹(はら)を按(をす)をいむ事《割書:十丁を》
   六【四角で囲む】腹帯(はらをび)をしむるをいむ事《割書:十一丁を》
    腹帯(はらをひ)の説(せつ)
   七【四角で囲む】月(つき)かさなりては浴(ゆあみ)するをいむ事《割書:十五丁う》
   八【四角で囲む】みだりに鍼(はり)灸(きう)するをいむ事《割書:十六丁う》
   九【四角で囲む】妊婦(にんふ)薬(くすり)を用(もち)ゆる事《割書:十六丁う》
    悪阻(つはりやみ)の事《割書:十八丁を》
    産月(うみづき)ちかづきては腹(はら)のいたみある事《割書:十九丁を》
    懐妊(くわいにん)諸病(しよびやう)の事《割書:十九丁う》

【左丁】
   十【四角で囲む】食(しよく)いみの事《割書:廿一丁を|    并ニ》
    見(み)るもの聞(きく)ものみな戒(いましめ)あるべき事《割書:廿一丁う》
   十一【四角で囲む】産婆(さんば)《割書:并ニ》侍婢(つかひをんな)をゑらぶ事《割書:廿ニ丁を》

  ○出産(しゆつさん)の時(とき)の心得(こゝろゑ)
   🈩産所(さんしよ)をしつらふ事《割書:一丁を》
   🈔侍(そば)なる人(ひと)心得の事《割書:二丁を》
   🈪産(さん)する時(とき)産婦(さんふ)心得の事《割書:四丁う》
   四【四角で囲む】胞衣(ゑな)下(くだ)らざる内(うち)心得の事《割書:六丁を》

【右丁】
   五【四角で囲む】産(さん)して後(のち)心得の事《割書:七丁を》
   六【四角で囲む】出産(しゆつさん)の時(とき)用(もち)ゆべき薬(くすり)の事《割書:九丁を》
   七【四角で囲む】出産(しゆつさん)の時(とき)食(しよく)をすゝむる事《割書:十一丁を并ニ》
    産後(さんご)食(しよく)する心得の事《割書:十一丁う》
  ○生児(うまれご)を護(まも)り育(そだつ)る心得(こゝろゑ)
   🈩生児(うまれご)をとりあぐる事《割書:十三丁を》
   🈔臍(ほそ)の帯(を)をたつ事《割書:十四丁を》
   🈪胞衣(ゑな)を蔵(おさむ)る事《割書:十六丁を》
   四【四角で囲む】産湯(うぶゆ)をなす事《割書:十七丁を》

【左丁】
   五【四角で囲む】生児(うまれご)にはじめて薬(くすり)を用(もち)ゆる事《割書:十八丁を》
   六【四角で囲む】生児(うまれご)にはじめて衣(きるもの)を着(きせ)る事《割書:十九丁を并ニ》
    生児(うまれご)をそだつる事《割書:廿丁う》
   七【四角で囲む】生児(うまれご)に初(はしめ)て乳(ち)をのましむる事《割書:廿一丁を并ニ》
    平生(へいぜい)乳(ち)をのましむる心得の事《割書:廿三丁う》
   八【四角で囲む】胎髪(うぶかみ)をそる事《割書:廿四丁う》
   九【四角で囲む】生児(うまれご)の口中(こうちう)に気(き)をつくべき事《割書:廿六丁を》

  ○産後(さんご)養生(やうじやう)之(の)心得(こゝろゑ)

【右丁】   
   🈩産後(さんご)はやく浴(ゆあみ)するをいむ事《割書:一丁を》
   🈔血暈(けつうん)【左ルビ:ちこゝろ】【注】の事《割書:四丁を》
   🈪寒戦(かんせん)【左ルビ:ふるひ】の事《割書:六丁う》
   四【四角で囲む】腹(はら)痛(いた)む事《割書:八丁を》
   五【四角で囲む】崩漏(ぼうろう)【左ルビ:おほをり】の事《割書:九丁を》
   六【四角で囲む】浮腫(ふしゆ)の事《割書:十一丁を》
   七【四角で囲む】前陰(ぜんいん)疵(きづ)つき痛(いた)む事《割書:十三丁を》
   八【四角で囲む】肛門(こうもん)脱(いづ)る事《割書:十四丁を》
   九【四角で囲む】蓐風(しよくふう)の事《割書:十四丁う》

【注 ちごころ(血心)=分娩後の産婦に見られる出血。人によって期間に長短があり、また量の多少も異なる。この語28コマにも出てきてそのルビによって解明。ちなみに『大漢和辞典』に「血暈」とは「ちぶるい」のことで「婦人が産後に血の道で身のふるふ病気」とあり、少し意味合いが違う。】


【左丁】
   十【四角で囲む】蓐労(しよくらう)【左ルビ:さんらう】の事《割書:十五丁う》
   十一【四角で囲む】産後(さんご)雑症(ざつしやう)の事《割書:十七丁を》
   十二【四角で囲む】産後(さんご)はやく交合(かうがふ)するをいむ事《割書:十八丁う》
     以上
 一この書(ふみ)はもと識者【左ルビ:ものしり】の目(め)にふるべきものにあらず。只(たゞ)お
  とこ文字(もし)にうとく。又 世(よ)のならはせに迷(まよ)へる人(ひと)をさ
  とすべく。言葉(ことば)の鄙(いやし)きをいとはず。産育(さんいく)【左ルビ:うみそだつ】のことを
  かきあつめ侍(はべ)りて。母子草(はゝこぐさ)とは名(な)つけぬ。もし予(われ)
  に与(くみ)【與】する人(ひと)ありて。この書(ふみ)のむねを講(とき)て。女(をんな)にきか

【右丁】
  しめ給はゞ。生々(せい〳〵)の一助(いちじよ)ともなりなんか
 一 産(さん)する時(とき)の備(そなへ)は急(きふ)なることゆへ。あはてさはぎて。誤(あやま)り
  やすきもの也。因(より)てくはしくその趣意(しゆゐ)をしめす。また
  生児(うまれこ)を護(まも)り育(そだつ)るも。ゆるかせにすべきことにあらねば。合(あは)
  せてこれを記(しる)しぬ。たとへば千歳(ちとせ)をたもつべき樹(き)も。二(ふた)
  葉(ば)なる萌芽(めだし)の時(とき)を養(やしな)ふが肝要(かんよう)なるがごとし
 一 医治(ゐぢ)の活法(はたらき)は。短(みじか)き筆(ふで)にはつくしかたきゆへ。常(つね)に
  こゝろみし手近(てちか)なる薬(くすり)。十の一二をしるす。これ寒郷(ひんぼむら)
  僻壌(かたいなか)の医師(ゐし)にとぼしきところ。又は火急(くわきふ)の心得と

【左丁】
  もならんものか。この書(ふみ)すべて薬(くすり)を委(くはし)くのせざるは。これ
  病(やん)で薬(くすり)をもとめんよりは。いましめを平生(へいぜい)にまもらんには。
  しかずとおもへばなり
 一この書(ふみ)難産(なんさん)の治術(ぢじゆつ)はのせ侍(はべ)らず。たゞ懐妊(くわいにん)のいまし
  めと。臨産(りんざん)の心得と。産後(さんこ)の保養(ほいやう)とのみしるしぬ。これ
  本(もと)をよく慎(つゝし)みなば。治術(ぢじゆつ)をたのむ末(すへ)の患(うれひ)はなかるべし。
  願(ねがは)くはこの筆(ふで)の跡(あと)をふみ給はゞ。安産(あんさん)のたよりともなら
  んかしとぞ。
 一この書(ふみ)。はじめ安産道志類辺(あんさんみちしるべ)と名(な)づけて。天明(てんめい)の

【右丁】
  初年(しよねん)。すでに世(よ)に広(ひろ)めしに。年(とし)へざるに。旧板(きうはん)こ
  と〴〵く焼失(やけうせ)ぬ。この比 母子草(はゝこくさ)と改(あらた)め。再(ふたゝ)び梓(あづさ)に
  ちりばむ。名(な)異(こと)に意(ゐ)同(おなし)きをもて。見る人の疑(うたが)ひも
  あらんかとこゝにいふ。

【左丁】
母子草上
          児島恭尚善 編
 ○懐妊(くわいにん)之(の)総論(そうろん)
それ女(をんな)の子(こ)をはらむは。天地自然(てんちしぜん)の常(つね)なれば。あめつ
ち開(ひら)けはじまりしより定(さだま)りたること也。易(ゑき)-経(きやうに)。天(てん)-地(ち)絪(いん)-
緼(うんとして)。万(ばん)-物(ぶつ)化(くわ)-醇(じゆんし)。男(なん)-女(によ)構(かまへて)_レ精(せいを)。万(ばん)-物(ぶつ)化(くわ)-生(せい)すると見えたり。
これ人(ひと)に男女(なんによ)あるは。天(てん)に陰陽(いんやう)あるがごとし。天(てん)は上(かみ)にあ
りて男(おとこ)のくらゐ也。地(ち)は下(しも)にありて女(をんな)のかたち也。天(てん)はほどこ
し。地(ち)は生(しやう)ずるの理(り)なれば。夫婦(ふうふ)和合(わがふ)して子(こ)を生(しやう)ずる

【右丁】
と同義(どうぎ)也。すべて生(しやう)あるもの。生々(せい〳〵)自然(しぜん)の理(り)にかなはざ
るはなし。ちか〳〵その理(り)をいはんに。草木(そうもく)に花(はな)のひらくも。
初(はじめ)てつぼみを結(むすぶ)より。日(ひ)にまし夜(よ)にふとりて。それ〳〵
にその形(かたち)をなす。またその核(たね)をうえて芽(め)を生(しやう)ずるも。
たとへ石田(いしぢ)塉地(やせぢ)といへども。自然(しぜん)にもえいづるものなり。
また野山(のやま)にすめる狐(きつね)狸(たぬき)鹿(しか)猿(さる)。人家(じんか)になれし牛馬(うしうま)
犬猫(いぬねこ)にてもしるべし。みな外(ほか)よりたすくることなく。いと
安々(やす〳〵)と産(さん)する也。諸鳥(しよてう)もまた同(おな)じ。しかるに人(ひと)は万物(ばんぶつ)の
霊長(れいちやう)にして。いけるものゝ中(なか)にて。いと尊(たふと)きものなるに。

【左丁】
かへりて自然(しぜん)の理(り)にそむきて。身持(みもち)不養生(ふやうじやう)に。はらめる
月(つき)より。うまるゝ日(ひ)にいたるまで。起居(たちゐ)つねのごとくならず。
心のうちゆたかならずして。難産(なんざん)のうれひをまねき。鳥(とり)獣(けもの)
にもおとれるは。はづべき事ならずや。世(よ)の人(ひと)よくこの理(り)
をわきまへて。安産(あんさん)をとぐるこそ専要(せんいやう)なるべけれ。
○詩(し)-経(きやうに)。誕(あゝ)弥(をへて)_二厥月(そのつきを)_一。先(はじめて)生(うましこと)如(ごとし)_一達(ひつしのこの)。不(ず)_レ坼(さけ)不(ず)_レ副(さけ)。無(なく)_レ菑(わざはひ)
無(なし)_レ害(そこなふこと)といへり。是(これ)詩(し)の意(こゝろ)は。子(こ)をはらみて十月(とつき)になれ
ば。その生(うま)るゝ事。羊(ひつじ)の子の産(うま)るゝが如(ごと)くやすくして。母(はゝ)
をそこなひ。いたむる事なしと也。されば出産(しゆつさん)はもと自(し)

【右丁】
然(ぜん)至妙(しめう)のことわりなれば。きはめてやすき筈(はづ)也。今(いま)の世(よ)にて

【左丁】
も僻地(かたいなか)の婦(ふ)は。多(おほ)くはものごと無為(ぶゐ)なれば。をのづから思慮(しりよ)の

【右丁】
なやみもなく。その日(ひ)のいとなみに心のいとまなければ。身(み)
の重(おも)きもわすれ。起居(たちゐ)も常(つね)とかはらずして。気血(きけつ)のめぐり
よろしきゆへ。出産(しゆつさん)もいと安(やす)し。わが播磨(はりま)なる塩(しほ)たく浦(うら)
のしづの女(め)は。はらみて月(つき)のかさなりても。何(なに)いとふことなく。
夏(なつ)の日(ひ)のあつき。冬(ふゆ)の日のこほれるをもおそれずして。男(おとこ)
とおなじさまにて。塩(しほ)よせといふものを持(もち)て。塩土(しほつち)をかき
ならし。かひ〴〵しくそのわざをつとむれども。出産(しゆつさん)も
やすく。しかもその子(こ)よはからずと。其(その)あたりなる。つねに
親(したし)く見(み)る人(ひと)のものがたり也。又 賀川(かがは)ぬし鴨川(かもがは)のほとりを

【左丁】
とほられしに柴(しば)をいたゞける婦人(ふじん)。年(とし)の頃(ころ)ほひ三十ばか
りにして。すこやかなりしが。はや産月(うみつき)ほどに見(み)えて。かし
この藪(やぶ)かげにゆきて。柴(しば)をおろし暫(しばらく)して安産(あんさん)せり。伴(ともな)ふ
女(をんな)一人は傍(そば)にて介抱(かいほう)せしが。二人はもとのごとく柴(しば)をい
たゞき。その場(ば)をさりしとなん。これらの二事(にじ)は。みな
珍(めづら)かなることにおもへども。左(さ)にはあらず。かけまくもかし
こけれど。むかし神功皇后(じんぐうくわうごう)は。御懐妊(ごくわいにん)の御時(おんとき)。新羅(しんら)百(はく)
済(さい)高麗(かうらい)を征(せい)したまふに。青海原(あほうなばら)の遠(とほ)きをもいとひた
まはず。御凱陣(ごかいぢん)ありて。筑前(ちくぜん)の国(くに)糟屋郡(かすやこほり)蚊田(かた)といふ

【右丁】
ところにて。皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あらせ給(たま)ひし御例(おんためし)あれば。
人(ひと)みな仰(あを)ぎかゞみて。産月(うみづき)のちかしといふとも。恐(おそ)れ気(き)づ
かふことなかれ。かならず難(かた)きことにはあらじと心得べし。
○近世(いまのよ)難産(なんざん)するものゝ多(おほ)きは。懐妊(くわいにん)のうち不養生(ふやうじやう)なる
ゆへなり。第一(だいいち)富(とめ)る家(いゑ)はその害(かい)ことに多(おほ)し。平生(へいぜい)めしつかふ
人(ひと)もおほければ。身(み)をうごかすことまれに。朝夕(あさゆふ)の膳(ぜん)にも。厚(こう)
味(み)のものをすゝむるゆへ。脾胃(ひゐ)の気(き)をのづから滞(とゞこほ)りて。胎(たい)のめ
ぐりあしゝ。もとより気分(きぶん)のまぎるゝ手(て)わざなければ。
思(おも)はでもすむべきことを心にかけ。あるひはものねたみふかく。

【左丁】
あるひは産(さん)の時(とき)はいかゞあらんと。心のあんじたえざるゆ
へ。おぼえず気(き)むすぼれ。血(ち)めくらずして。諸(もろ〳〵)のなやみを生(しやう)ず
るもの也。又あまり大切(たいせつ)になしすぎ。あらき風(かぜ)にもあてざれ
ば。屏風(ひやうぶ)紙張(しちやう)をひきまはし。却(かへり)て鬱滞(うつたい)をまねくもの
あり。又 病(やまひ)なきにも。胎をやすんずるためとて。つねに薬(くすり)を
服(ふく)し。種々(しゆ〴〵)のうれひを引(ひき)いだすものあり。産(さん)するにのぞ
んでは。侍婢(こしもと)穏婆(おんば)。その外(ほか)かしこぶる人(ひと)おほくあつまり居(ゐ)
て。子(こ)を産(うむ)は女(をんな)の大事(たいじ)なれば。青竹(あをたけ)をにぎりひしぐば
かりといひ。又あの世(よ)この世のさかひを見るといへば。妊婦(にんふ)

【右丁】
はいよ〳〵心ほそくして。おそれうれふるもの也。唐(たう)の王(わう)
燾(たう)といふ人(ひと)。ふかくこの事を嘆(なけき)て。われ産死(さんし)するもの
を見(み)るに。おほくは富貴(ふうき)の家(いゑ)也。出産(しゆつさん)の催(もよほ)しありて。腹(はら)の
いたみを覚(おぼ)ゆると。かのあつまり居(ゐ)る婦女(ふによ)のともがら。た
がひに告(つげ)つ報(こた)へつ。かたはら殊(こと)にさはがしくして。産婦(さんふ)を
おそれおどろかしめ。痛(いたみ)いよ〳〵強(つよ)きを見(み)ては。はや時(とき)のい
たるかと。髪(かみ)をくゝるものあり。あるひは腹(はら)をおすものあり。あ
るひは水(みつ)を面(おもて)にそゝぐものありて。この方(かた)よりしゐて努(いき)
力(ま)せ。やうやく児(ちご)うまれ出(いづ)れば。母(はゝ)いよ〳〵疲(つか)れて。たちまち

【左丁】
暈絶(めまひ)をいたす。さらに他(た)によるにあらすと。外台秘要(けだいひよう)
にしるせり。
 ○懐妊中之心得(くわいにんちうのこゝろへ)
🈩夫婦(ふうふ)の交(まじは)りをいむ事
経水(けいすい)たえて妊(はらめ)りとおぼへば。かたく夫婦(ふうふ)の交(まじは)りをいまし
むべし。保産心法(ほうさんしんはふ)といふ書(ふみ)に。胎(たい)をまもるの心得は。色欲(しきよく)【慾】
をたつをもて第一義(だいいちぎ)とす。色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】【慾】をたてば。心(こゝろ)をのつから静(しつか)
に。胎内(たいない)もゆたかにして。児(ちこ)の産(うま)るゝ事やすく。又 産(うま)れて
もそたちやすく。かつ病(やまひ)すくなくして寿(いのちなが)しといへり。され

【右丁】
ば牛馬(うしうま)のたぐひの交(まじは)るを見(み)るべし。みなその節(ほど)ありて
牝(め)はらみてのちは。牡(を)なるものその身(み)にちかづきよれば。
堅(かた)くにくみ蹴(け)てこれを遠(とほ)ざく。よりて交(まじは)りてはかならず
妊(はら)み。妊(はら)みてはかならず育(そだ)つ。これ交(まじは)るの節(ほど)あるゆへなり。人(ひと)
としてそのわきまへなく。獣(けもの)にもおとれるは。あさましき
事ならずや。婦人(ふじん)この理(り)をしらずとも。男子(だんし)たるもの
是(これ)をしらざるは。愚(おろか)なるのいたり也。広嗣紀要(くわうじきよう)といふ書(ふみ)
に。いま人家(じんか)子(こ)をもとむるの心(こゝろ)は切(せつ)なれども。胎(たい)をまもる
のはかりことははなはだ疎(うとし)といへり。世(よ)の人よく心得て。夫婦(ふうふ)た

【左丁】
がひにいましめて。おそれつゝしむべし。
○交(まじは)りをつゝしむは。まづ夫(おつと)と寝所(ねどころ)をへだてゝ。ちかつき寝(いぬ)
ることなきやうにすべし。聖(ひじり)のをしえにも。月辰【左ルビ:うみつき】におよびて
は。夫(おつと)いでゝ別(べつ)の室(へや)に居(ゐ)て。婦【左ルビ:つま】のかたへの消息(おとつれ)も。人をもて
すると礼記(らいき)に見(み)えたり。これ月(つき)かさなりては。寝所(ねどころ)をへ
だつるのみならず。室(へや)をも別(べつ)になして。堅(かた)く閨事【左ルビ:ねや】の情【左ルビ:おもひ】
を制(せい)せよと也。又 非時(ひじ)【左ルビ:はらめるとき】におゐて不応行(ふをうぎやう)【左ルビ:せまじきおこなひ】をおこなへば。胎(たい)を
そこなひ児(ちご)をそこなふと。釈氏(しやくし)の書(ふみ)にも見(み)えたり。しかる
に夫婦(ふうふ)の交(まじは)りは。もと嗣(つぎ)をもとむるためなるをさとら

【右丁】
ずして。たゞたはむれたのしむ事になん思(おも)ひて。妊(はら)み
ても色慾(しきよく)【左ルビ:いろ】をほしゐまゝになす人(ひと)あり。たとへ難産(なんざん)のう
れひはまぬかるとも。産(うま)るゝ子(こ)短命(たんめい)なるか。多病(たびやう)なるか。廃(かた)
人(は)なるか。癡(おろか)なるか。あるひは母(はゝ)蓐労(じよくらう)【左ルビ:さんろう】をやむか。その他(た)産後(さんご)
もろ〳〵の大病(たいびやう)を生(しやう)ず。これ等(ら)の例(ためし)世(よ)にすくなからず。
能々(よく〳〵)心得べき事也。
○夫(おつと)はよく心得て。ちかづき寝(いぬ)ることなからんとおもへど
も。妻(つま)のねたみふかきは。夫(おつと)もしや外(ほか)こゝろ出来(でき)て。われ
を疎(うとん)ずるゆへやと。面(おもて)にあらはれ心みだれて。いとあさま

【左丁】
しきさまをなすものあり。女(をんな)ふかくはづべき事也。たと
ひ夫(おつと)の妾(おもひもの)ありて。それにこゝろをかよはすとも。露(つゆ)うらむ
る心なくして。たゞ己(をの)が身(み)の養生(やうじやう)を肝要(かんよう)とすべし。
○妊婦(にんふ)はたゞ神仏(かみほとけ)のたすけをたのまんよりは。身(み)の養生(やうじやう)
を大切(たいせつ)と心得て。戒(いましめ)慎(つゝしむ)の二字(にじ)をかきて。居間(ゐま)の柱(はしら)にはり。そ
れを札守(ふだまもり)と思(おも)ひて朝夕(あさゆふ)拝(はい)し。神(かみ)に誓(ちか)ひて。忘(わす)れざるやう
にすべし。かならず安産(あんさん)する也。ある人(ひと)のうたに。
  羊(ひつじ)てふけものゝごとに生(おひ)いでん
   みとのわかれの道(みち)ししりなば

【右丁】
みとゝは夫婦(ふうふ)のこと也。妊婦(にんふ)つねにこの哥(うた)をとなへて。戒(いましめ)の
たねとすべし。
○再三(さいさん)子(こ)を産(うみ)ぬれども。その子(こ)そだゝざるものあり。後(のち)
また妊(はら)める時(とき)。はじめて予(よ)が教(をしえ)にしたがひ。かたく戒(いましめ)をま
もりて。産後(さんご)母子(ぼし)まつたく。しかも児(ちご)体(たい)【躰】つよくして。成長(せいちやう)
せしものあまたあり。指(ゆび)を折(おる)に。二十年にたらざるに。凡(およそ)
五十人にあまれり。返(かへ)す〴〵も産(うみ)し子(こ)の病(やまひ)なく。又その
身(み)も産後(さんご)悩(なや)みなからん事を思(おも)はゞ。上(かみ)に説(とく)ところを
かたく守(まも)るべし。

【左丁】
🈔みだりに臥(ふ)し久(ひさ)しく坐(ざ)するをいむ事
人の身(み)の気血(きけつ)のめぐることは。水(みづ)のながれて止(やま)ざるがごとし。懐(くわい)
妊(にん)はなをさら気血(きけつ)とゞこほりやすきもの也。されば妊(はら)める
子(こ)もまた母(はゝ)の気血(きけつ)にしたがふ。しかるをわが侭(まゝ)にもちなし
て。ひたすら身(み)を横(よこ)になし。近(ちか)きにも歩行(あゆむ)ことを好(この)ま
ず。手(て)にかなひぬる手業(てわさ)をもなさずして。身(み)をうごかす
ことなければ。胎気(たいき)も共(とも)にめぐらずして。難産(なんざん)のもとゐと
なる也。流水(りうすい)はくちずといふ諺(ことわざ)をよく思(おも)ひ合(あは)すべし。
🈪寝(いぬ)る時(とき)脚(あし)をかゞむべからざる事

【右丁】
近世(いまのよ)のならはせにて妊(はらみ)ては寝(いぬ)る時(とき)つとめて脚(あし)を屈(かゞ)む。
しかせざれば子(こ)の居(ゐ)ずまひ悪(あし)くなりて。難産(なんざん)するとい
ふ。これたえてなき事にて愚夫(ぐふ)愚婦(ぐふ)の説(せつ)也。人は起(たつ)と
きは脚(あし)をたて。行(ゆく)ときは脚(あし)をすゝめ。座(ざ)【坐】するときは脚(あし)を
かゞめ。寝(いぬ)るときは脚(あし)をのぶる。其(その)のぶるもかゞむるも。みな自(し)
然(ぜん)の理(り)也。されば子(こ)を妊(はらむ)も自然(しぜん)の理(り)なれば。起(たつ)も居(ゐる)も。行(ゆく)
も寝(いぬる)も。たゞ平生(へいぜい)の様(さま)にて宜(よろ)し。しかるを寝(いぬ)る時(とき)つとめて
脚(あし)をかゞむれば。気血(きけつ)のめぐり滞(とゞこほ)りて。難産(なんざん)のうれひを招(まね)
くなり。余(よ)が教(をしえ)にしたがふ妊婦(にんふ)は。寝(いぬ)るとき脚(あし)をのべたくば

【左丁】
のべさせ。かゞめたくばかゞめさせれども。外(ほか)のつゝしみよきは。難(なん)
産(ざん)せしものなし。
四【四角で囲む】怒(いか)るをいむ事
妊婦(にんふ)つねにいかることなく。たゞ心(こゝろ)をゆたかにするをよしとす。
もし短慮(たんりよ)にして。いかることを慎(つゝし)まざれば。気(き)のぼり血(ち)うごき
て。胎(たい)のやしなひ疎(うと)く。多(おほ)くはもろ〳〵の悩(なやみ)をなす也。もと
よりいかること多ければ。はらめる子(こ)もその気(き)をうけて。産(うま)
れてのち年(とし)たくるに至(いた)り。短慮(たんりよ)にして病(やまひ)おほからん。
五【四角で囲む】みだりに腹(はら)を按(をす)をいむ事

【右丁】
前(まへ)にいへる通(とふり)。懐妊(くわいにん)は自然(しぜん)の理(り)にして。十月(とつき)のあいだ
子(こ)のやどるには。子宮(しきう)【左ルビ:こぶくろ】といふてそなはりたる場所(ばしよ)あ
り。もとより気血(きけつ)のやしなひあれば。日(ひ)ををひ月(つき)を
かさねて。をのづから成長(せいちやう)する也。中々(なか〳〵)うごきかたよる
べきものにあらず。たゞ閨事(けいじ)【左ルビ:ねや】のいましめと。思慮(しりよ)を
すくなくすると。飲食(のみくひ)のつゝしみさへよければ。他(た)の
たすけをまたずして。安穏(あんをん)なるものと心得べし。
もしみだりに腹(はら)を按(をせ)ば。却(かへり)て胎(たい)気(き)をそこなふ。されど
病(やまひ)のためになやみて。胎(たい)気(き)やすからざるには。按腹(あんふく)の

【左丁】
法(はふ)あり。但(たゞし)これは功者(こうしや)をえらふべし。かならす未熟(みぢゆく)のとも
がらにゆだぬべからず。
六【四角で囲む】腹帯(はらをび)をしむるをいむ事《割書:并ニ》腹帯(はらをび)の説(せつ)
腹帯(はらをび)は胎(たい)をまもるためになせるものにあらず。懐妊(くわいにん)の
いはひごとと心得。ゆるく纏(まとふ)てよろし。されば十月(とつき)のあいだ。
母(はゝ)も子(こ)もそなはりたる自然(しせん)のやしなひあれば。帯(をび)のたすけ
をまたずして安産(あんさん)するもの也。かならず世(よ)のならはせに
迷(まよ)ひて。きびしく帯(をび)をしむべからず。たとへていはゞ。瓠(ゆふがほ)の
日(ひゞ)にふとるをば。縄(なわ)にてくゝるがごとし。上(かみ)をしむれば下(しも)

【右丁】
ふとり。下(しも)をしむれば上(かみ)ふとり。上下(かみしも)ともにしむれば。終(つゐ)
には太(ふと)る事なくしてくち落(おつ)べし。子(こ)の胎内(たいない)に在(ある)も。瓠(ゆふがほ)の

【挿絵右下 陽刻落款印】中和

【左丁】
蔓(つる)につけるがごとし。瓠(ゆふがほ)は天(てん)の雨露(うろ)を得(ゑ)。子(こ)は母(はゝ)の気血(きけつ)を得(ゑ)
て。太(ふと)るこそ自然(しぜん)のつねなれ。もし私(わたくし)の知恵(ちゑ)才覚(さいかく)にて。是(これ)
をくゝりて。その太(ふと)るを悪(にく)むは。これ自然(しぜん)を害(かい)するにあらず

【右丁】
や。ある人(ひと)の妻(つま)妊(はらみ)て七月(なゝつき)なりしが。朝夕(あさゆふ)のいとなみせはし
くして。起居(たちゐ)つねよりもうろけれども。あまり体(たい)を労(らう)する
ゆへ。心(こゝろ)つかれてやうやく腹(はら)のおもきを覚(おぼ)え。これは帯(をび)のゆるき
ゆへならんと。みづから帯(をび)をしむれば。その心地(こゝち)くるしきゆへ。如(い)
何(かゞ)せんと産婆(さんば)をよびて見(み)せしに。是(これ)はやく帯(をび)をしめず
して。子(こ)のふとるゆへなりと。又つよくしめぬれば。たちまち
腹(はら)いたみ目(め)まひしぬ。予(よ)これを診(しん)【左ルビ:みる】するに。他(た)のなやみなきゆ
へ。帯(をび)をゆるめ腹(はら)をなで。しづかにして寝(いね)しめしに。日(ひ)あらず
して愈(いへ)ぬ。はじめ診(しん)せしとき。帯(ををび)をしむるの害(かい)なること

【左丁】
を。ねんごろに喩(さと)せしかども。なをうたがふて在(あり)しか。その快(こゝろよ)
きにおよびて。始(はじめ)てわが言(こと)の虚語【左ルビ:うそ】ならざることを信(しん)ぜり。こ
れなべて世間(せけん)のならはせゆへ。帯(をび)の害(かい)には心のつかぬもの也。
○正保(しやうほう)の頃(ころ)にや。あるやんごとなき御(おん)かた。御懐妊(ごくわいにん)ましませ
しが。つねに御(おん)つゝしみ深(ふか)くして。聖(ひじり)の書(ふみ)などよみて。御(おん)
こゝろを正(たゞし)くし。寝食(しんしよく)起居(ききよ)をほしゐまゝにしたまはず。
御着帯(ごちやくたい)の式礼(しきれい)ありても。まことは腹帯(はらをび)を捨(すて)給ふ。侍女(じちよ)い
さめて。腹帯(はらをび)し給はずんば。御身(おんみ)の為(ため)あしかりなんといへば。
いやとよ唐土(もろこし)の書(ふみ)には。いまだ腹帯(はらをび)の事(こと)あるをきかず

【右丁】
元(もと)より鳥(とり)獣(けもの)は。腹帯(はらをび)せざれども。却(かへり)て産(さん)すること安(やす)
し。いかでか帯(をび)すべき理(り)あらん。ましてわが腹(はら)なる御子(おんこ)は。
双(そう)なき武将(ぶしやう)の御種(おんたね)なれば。腹帯(はらをび)をもて苦(くるし)め奉(たてまつ)るこ
とをせんやと。肯(あゑ)て聞入(きゝいれ)たまはず。されど御(おん)なやみもな
く。しかも才徳(さいとく)すぐれさせ給ふ若君(わかきみ)御誕生(ごたんしよう)ありしと
なん。難有(ありがたく)も世(よ)の人よく〳〵鑑(かゞみ)たてまつるべし。
    腹帯(はらをび)の説(せつ)
諺(ことわざ)にひとつの犬(いぬ)かたちに吠(ほゆ)れば。おほくの犬(いぬ)こゑに吠(ほゆ)る
といふは。これ万(よろづ)【萬】のこと。始(はじめ)は実(まこと)を見(み)てその通(とふり)をなせども。後(のち)に

【左丁】
は何(なに)のゆへなることをさとらずして。終(つゐ)にはあやまりをつた
ふるをいふ。されば懐妊(くわいにん)の婦人(ふじん)。五月(いつゝき)のころより帯(をび)すると
て。やはらかなる木綿布(もめんぬの)。あるひは絹(きぬ)をもて腹をまき。
帯(をひ)のいはひといふて。親族(しんぞく)うちより祝(しゆく)する事あり。是(これ)いつ
の代(よ)よりはじまりたることゝはしらねども。いひつたへて。神功皇(じんぐうくわう)
后(ごう)三韓(さんかん)を征(せい)し給ふ時(とき)。御妊娠(ごにんしん)にて。御鎧(おんよろひ)のひきあはせあ
はざるゆへ。帯(をび)をなさせ給ひ。終(つゐ)にかの国(くに)をしたがへ。御凱陣(ごかいぢん)の後(のち)。
皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あらせ給ふ。応神天皇(をうじんてんわう)これ也。その後(のち)はいは
た帯(をび)ととなへて。吉例(きつれい)となれりとなん。今(いま)の世(よ)やん事な

【右丁】
き御方々(おんかた〳〵)より。賎(しづ)の女(め)にいたるまで。これをせざるはなし。
しかるに誰(た)がいひはじめけん。妊婦(にんふ)の腹(はら)に帯(をび)するは。
妊(はらめ)る子(こ)の太(ふと)らざるためのそなへ也。又 帯(をび)せざれは。その
居(ゐ)ずまゐあしくなる。よりて強(つよ)く帯(をび)をしめて。胎(たい)を
まもるといふ。これ声(こへ)に吠(ほゆ)るとこそいふべけれ。よくこ
の理(り)を会得(ゑとく)して。妊婦(にんふ)をそこなはざるやうにすべし
唐土(もろこし)の書(ふみ)には。むかしより腹帯(はらをび)あるをきかず。奚嚢便(けいなうべん)
方(はう)。産家達生篇(さんかたつせいへん)。保産心法(ほうさんしんはふ)等(とう)の書(ふみ)に。似(に)たるものをの
せたれども。その製(せい)をかんがふるに。わが邦(くに)の腹帯(はらをび)とは異(こと)

【左丁】
にして。懐妊(くわいにん)の時(とき)ばかり用(もち)ゆるもの也。わが邦(くに)のならはせに
は。腹帯(はらをび)するは子(こ)のふとらざるため也といひ。又 産(さん)し
て後(のち)は。片時(かたとき)も腹帯(はらをび)なければ。そのまゝ死(し)するとい
ひて。昼夜(ちうや)帯(をび)をとかず。胞衣(ゑな)いまだ下(くだ)らざるにも。つ
よく帯(をび)をしむるゆへ。却(かへり)て気(き)とりのぼせ【注】。胞衣(ゑな)いよ〳〵
下(くだ)りかぬるものあり。又 悪露(あくろ)帯(をび)のためにせかれて下(くだ)
り尽(つき)ず。つゐには血塊(けつくわい)となるものあり。又すこし血暈(けつうん)【左ルビ:ちこゝろ】
あれば。帯(をび)のゆるきゆへ也と。其(その)まゝ帯(をび)をしめ。いよ〳〵
おこればいよ〳〵絞(しめ)て。害(かい)をそふるものあり。又 暑気(しよき)つ

【注 「とり」は接頭語。≪多く「気を取りのぼす」の形で≫分別を失わせる。】

【右丁】
よきときは。帯(をび)のあとに瘡(かさ)を生(しやう)じて。はからぬうれ
ひをのこすものあり。すべて産前(さんせん)産後(さんご)とも。帯のたす
けを待(また)ずして。安穏(あんをん)なるものと心得べし。先輩(せんはい)す
でに腹帯(はらをび)の害(かい)あるよしを唱(となへ)しは。天和(てんわ)に幡玄春(はたげんしゆん)。享(けう)
保(ほう)に後藤仲介(ごとうちうすけ)。明和(めいわ)に賀川玄悦(かがはげんゑつ)。みな著(あらは)せる書(ふみ)あれ
ども。かれに委(くは)しければこれを略(りやく)し。あるひは漢字(からもじ)に
て。すべて喩(さと)し見(み)するに便(たより)すくなきゆへ。今(いま)またかくは
記(しる)しぬ。
七【四角で囲む】月かさなりては浴(ゆあみ)するをいむ事

【左丁】
千金方(せんきんはう)。外台秘要(げだいひよう)などの書(ふみ)には。七月(なゝつき)よりゆあみす
ることなかれといへり。しかるに近世(いまのよ)の人。夜(よ)ごとに腰湯する
をこのむものあり。うまれつき強(つよ)き妊婦(にんふ)は。たま〳〵そ
の害(かい)をうけざれども。もし虚弱(きよじやく)にして食(しよく)すゝまず。あ
るひは腹(はら)くだり。あるひは身に腫(うき)あるもの。ひたすら腰湯(こしゆ)
する時は。当座(とうざ)はこゝろよく覚(おぼ)ゆれども。あとにては寒(ひえ)を
うくる事おほくして。害(かい)をそふるもの也。夏(なつ)の日(ひ)の熱(あつ)きに
も。ひたすら浴(ゆあみ)するときは。腠理(けあな)ひらけて。風(かぜ)に感(かん)じ
やすし。いはんや冬(ふゆ)の夜(よ)の寒気(かんき)つよき時(とき)をや。

【右丁】
八【四角で囲む】みだりに針(はり)灸(きう)するをいむ事
宿疾(ぢびやう)ありて。針(はり)あるひは灸(きう)にて。よく愈(いゆ)ることありとも。
堅(かた)くいむべし。もしその症(しやう)ありて。針(はり)灸(きう)をなすとも。功(こう)
者(しや)なる医師(ゐし)の指図(さしづ)にしたがふべし。余(よ)あまた妊婦(にんふ)を
こゝろむるに。灸(きう)の害(かい)をうくるはすくなく。針(はり)にてあや
まりしは甚(はなはだ)おほし。みだりにほどこすことなかれ。
九【四角で囲む】妊婦(にんふ)薬(くすり)を用(もち)ゆる事《割書:并ニ》
   悪阻(つはりやみ)の事
   産月(うみつき)ちかづきては腹(はら)のいたみある事

【左丁】
   懐妊(くわいにん)諸(もろ〳〵)病(やまひ)の事
懐妊(くわいにん)はもとより病(やまひ)にあらざるゆへ。悩(なや)みなければ。薬(くすり)する
にはおよばず。されど高貴(かうき)の人。富豪(ふごう)の家(いゑ)は。妊婦(にんふ)さし
て悩(なやみ)なきにも。たゞ胎(たい)をやすんずるため。あるひは胎(たい)ふ
とらざるためなりとて。ひたすら薬(くすり)をあたふるもの
あり。これ大(おほい)なる僻(ひが)事也。妊婦(にんふ)つねに色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】【慾】をつゝし
み。又 心(こゝろ)のやしなひよければ。薬(くすり)せずとも。胎内(たいない)をのづから
安(やす)かるべし。もとより胎気(たいき)ゆたかに盛(さかん)なれば。はらめる子(こ)
力(ちから)ありて。産(さん)することやすし。しかるを薬(くすり)をもて胎(たい)を安(やすん)

【右丁】
ぜんといひ。又 薬(くすり)をもて胎(たい)をちゞめなば。かへりて力(ちから)とぼし
くなり。その子(こ)も亦(また)気(き)よはかるべし。無益(むやく)に薬(くすり)を用(もち)ゆる
ことなかれ。されど時行病(はやりやまひ)にそみなば。かならず療治(りやうぢ)の
おくれなきやうに。急(きふ)に薬(くすり)を用(もち)ゆべし。薬(くすり)は病(やまひ)をいやすも
のなれば。この病(やまひ)にはこの薬(くすり)。かの病(やまひ)にはかの薬(くすり)を用(もち)ゆる
ものと心得べし。もし胎(たい)を害(かい)するとて。その薬(くすり)を服(ふく)せず
して。病(やまひ)久(ひさ)しく愈(いえ)ざれば。たとへ死(し)はまぬかるとも。胎気(たいき)
つかれて。終(つゐ)には堕胎(だたい)する也。近世(きんせい)民間(みんかん)の説(せつ)に。妊婦(にんふ)薬(くすり)
をのめば。産後(さんご)乳(ち)出(いで)ずといふ。これたえてなき事也。

【左丁】
必(かならず)おそれあやぶむ事なく。いそぎ医師(ゐし)をこふて。その指(さし)
図(づ)にしたがふべし。
○悪阻(つはりやみ)は。はらみてじきに病(やむ)もあれども。多(おほ)くは二(に)ヶ(か)月(つき)
三(さん)ヶ(か)月(つき)の比(ころ)よりおこる。これ経(けい)のめぐりとぢ。胎(たい)の座(ざ)どかし
て。腹(はら)のもやうかはるゆへなり。先(まづ)食(しよく)の気(き)をにくみ。平生(へいぜい)この
まざるものをこのみ。すべて菓(くだもの)のたぐひ。酸(す)きものをこのみ。
嘔気(ゑづき)ありて胸(むね)こゝろあしく。頭(かしら)ふらつきて。たゞ寝(いね)た
くおもひ。総(そう)【惣】身(み)だゆくして。手足(てあし)をうごかす事をきらひ。
はなはだしきは熱(ねつ)さして。食(しよく)いよ〳〵すゝまず。其(その)かたち

【右丁】
大病(たいびやう)に見ゆれども。月(つき)のかさなるに随(したが)ひ。胎気(たいき)しづまれ
ば。多(おほ)くは愈(いゆ)るもの也。
○年(とし)わかく体(たい)さかんなる女(をんな)は。妊(はらみ)ても経(けい)のめぐり猶(なを)やま
ざるものあり。また体(たい)よはき女は。つねに経(けい)のめぐりす
くなく。その境(さかい)もしらで妊(はら)めるものあり。これらの症(しやう)は。
もし悪阻(つはり)のわづらひつよければ。なにの症(しやう)ともわかちがた
く。療治(りやうぢ)をあやまる事 多(おほ)し。みだりに薬(くすり)を服(ふく)すること
なかれ。また壮実(そうじつ)なる婦人(ふじん)は。悪阻(つはり)をやまざるもあれど。
これはまれなる事にて。十人に八人はみなやむもの也。

【左丁】
○産月(うみつき)にいたりて腹(はら)いたむ事。二三日 乃至(なゐし)四五日もをり
〳〵いためども。他(た)のなやみなきは催(け)にあらず。また七月(なゝつき)
八月(やつき)の比(ころ)。にはかに腹(はら)いたみ。もはや産(うま)るゝやとおもふ事あれ
ども。をしすえて故(もと)のごとくなるあり。これまた催(け)にあらず。
さて胎水【左ルビ:みづ】の下(くだ)るあり。くだらざるあり。ともに妨(さまたげ)なし。たゞ心(こゝろ)
をゆたかにして。自然(しせん)の時(とき)をまつべし。その時(とき)いたれば。瓜(うり)の熟(じゆく)
して。蔕(へた)のおつるがごとし。かならずあはておどろくこと
なかれ。
○妊婦(にんふ)大便(だいべん)とぢ。腹中(ふくちう)に熱(ねつ)をおぼえ。何(なに)となく心地(こゝち)あし

【右丁】
きは。潤腸丸(じゆんちやうくわん)《割書:六分》ばかり湯(ゆ)にて用(もち)ゆべし。便(へん)通(つう)ぜば。ふた
たびあたふることなかれ。強(しゐ)て下(げ)をとるはあしゝ。産後(さんご)便(べん)
秘(ひ)をくるしむもの。また用(もち)ゆべし
 △潤腸丸(じゆんちやうぐわん) 家方
   当帰(たうき)      大黄(だいわう)
 右 等分(とうぶん)をの〳〵細末(さいまつ)となし。糊(のり)にて丸(ぐわん)ずべし
○懐妊中(くわいにんちう)の病(やまひ)おほくあれども。その大略(たいりやく)をしるす。にはかに
血(ち)のくだるを漏胎(ろうたい)といふ。総(そう)【惣】身(み)に腫(うき)あるを子腫(ししゆ)といひ。又
胎腫(たいしゆ)ともいふ。胎(たい)やすからずして。むねの心地(こゝち)あしくいたむ

【左丁】
を子懸(しけん)といふ。小便(しやうべん)しげくして。しぶりいたむを子淋(しりん)といふ。
咳(せき)つよくしてやまざるを子嗽(しそう)といふ。胸(むね)みち小便(しやうべん)通(つう)ぜざ
るを子満(しまん)といふ。胸(むね)のこゝちあしくして。いきれるを子煩(しはん)と
いふ。胸(むね)くるしきかたちにて正気(しやうき)なく。手足(てあし)ひきつり。口眼(くちめ)つ
りゆがみ。舌(した)すくみ。歯(は)をくひつめ。目(め)すはり。呼吸(こきう)すたくを
子癇(しかん)といふ。又 何(なに)とも名(な)づけがたきかたちにて。たゞ頭(かしら)おも
くして口眼(くちめ)ひきつり。舌(した)すくみ。半身(かたみ)しびれ。手足(てあし)ふるひ。
其(その)かたち中風(ちうぶう)のごとくにして。故(ゆへ)なくしてなきかなし
み。あるひは瘖(をし)のごとくにして。ものいふことあたはざるもの

【右丁】
あり。又七月(なゝつき)八月(やつき)の比(ころ)。他(た)のなやみなけれども。たゞ頸(くび)つり
て。つねに頭(かしら)を片方(かたはう)へかたむけ。肩(かた)へひきて痛(いた)むものあり。
みな試(こゝろ)みし治方(ぢはう)あれども。こゝにのせず。とかく懐妊(くわいにん)の
うち。色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】【慾】をつゝしみ。心(こゝろ)つねにゆたかなれば。胎(たい)のやしな
ひよきゆへ。多(おほ)くは右等(みぎとう)の病(やまひ)も生(しやう)ぜず。たとへ病(やまひ)のきざす
も。治(おさま)りやすし。又はらみてのちの病(やまひ)なれば。産(さん)すれば多(おほ)
くは愈(いゆ)るもの也。されど妊婦(にんふ)うまれつき虚(よは)く。その上(うへ)養(やう)
生(じやう)あしくして。色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】【慾】をつゝしまず。心(こゝろ)つねに寛(ゆたか)ならざ
るは。いかほど薬(くすり)を用(もち)ゆるとも。その験(しるし)なかるべし。

【左丁】
十【四角で囲む】食(しよく)いみの事《割書:并ニ》
    視(みる)もの聞(きく)もの皆(みな)いましめ有(ある)へき事
妊婦(にんふ)つねに口(くち)なれたる物(もの)は。さまでいむべきにはあらね
ど。時(とき)ならぬ物(もの)。常(つね)ならぬ邪味(ぢやみ)の物(もの)はいむべし。章魚(たこ)。烏(い)
賊魚(か)。鯖魚(さば)。鰶魚(このしろ)のたぐひ。わけて油(あぶら)こきものいむべし。
一切(いつさい)辛(から)きもの。蓼(たて)。胡椒(こせう)。芥子(からし)。その他(た)。葱(ねぶか)。韮(にら)。蒜(にんにく)のたぐひも
いむへし。その身に害(かい)あるのみならず。うまれたる子にまで。
種々(しゆ〴〵)のうれひを遺(のこ)す。巣元方(そうげんはう)の説(せつ)に。児(ちご)胎内(たいない)にあり
て。月(つき)いまだ満(みた)ざれば。臓腑(ぞうふ)骨節(こつせつ)も成足(せいそく)せず。ゆへに

【右丁】
妊(はらみ)てより産(さん)するにおよふまで。すべてみな禁戒(いみいましめ)ありと
いへり。さればいにしへには胎教(たいきやう)とて。妊(はら)める婦(ふ)は。目(め)に邪(じや)
色(しよく)を見ず。耳(みゝ)に婬声(いんせい)をきかず抔(など)の教(をしえ)あり。母(はゝ)のこゝろ
善(ぜん)にうつれば。腹(はら)なる子あやかりて善人(よきひと)となり。悪(あく)に
うつれば。あやかりて悪(あし)き人(ひと)となると也。しかるに近世(いまのよ)の
人。かくあやかる理(り)あることをしらずして。かしこの妊婦(にんふ)
は兔(うさぎ)の肉(にく)をくらへども。その子(こ)欠(す)【缺は旧字】唇(ぐち)【注】
にてもなし。こゝの妻(つま)
は火災(くわさい)を見ぬれども。うまれし子(こ)赤痣(あかあざ)なしと。諺(ことわざ)に
いふこれ杓子定規(しやくしてうぎ)にて。すへて忌(いむ)べきものをいまざるは誤(あやまり)

【注 みつくち】

【左丁】
なり。元禄(げんろく)の比(ころ)にや。碩儒(せきじゆ)浅見(あざみ)なにがし。江府(こうふ)に居(ゐ)られし
が。失火(しつくわ)にあへり。その家(いへ)に飼(かへ)る猫(ねこ)妊(はら)みて在(あり)しが。火(ひ)の急(きふ)な
れば。にぐるに度(ど)をうしなひ。火中(くわちう)にいりぬ。されど幸(さいはい)に
して命(いのち)をたすかりにげ出(いづ)。事(こと)しづまりて。かの猫(ねこ)を得(ゑ)たり。
総(そう)【惣】身(み)の毛(け)みなやけて。赤裸(あかはだか)となれり。のち子(こ)四ツをう
みしに。その子(こ)毛(け)やけて。毛(け)の末(すへ)こと〴〵くちゞめりとなん。
是(これ)をもて見(み)れば。胎教(たいきやう)廃(すつ)べからざる也。
十一【四角で囲む】産婆(さんば)《割書:并ニ》侍婢(つかひをんな)をえらぶ事
産婆(さんば)をえらぶは。生質(うまれつき)しづかにして多言(たげん)ならず。ものごとさ

【右丁】
わがしからず。気力(きりよく)丈夫(じやうぶ)にして。術(じゆつ)にくはしきものをえらぶべ
し。唐土(もろこし)の書(ふみ)にも。産婆(さんば)は老練(らうれん)のものをえらぶといへり。老練(らうれん)
とは。老功(らうこう)のものをいふ。されど年(とし)ばかり老(をい)たるものは。気力(きりよく)よ
はくして。万事(ばんじ)に心(こゝろ)おそれあやぶみて。産婦(さんふ)に気(き)づかひ
なる色(いろ)を見(み)せ。身(み)ふるふて役(やく)にたゝず。まして初産(うゐさん)の婦(ふ)
は。おどろきおそれやすきもの也。産婆(さんば)もし不功者(ぶこうしや)なれば。
はからぬ悩(なやみ)を生(しやう)ず。宝暦(ほうれき)の比(ころ)。浪速(なには)に采女(うねめ)とやらんいふ
産婆(さんば)あり。その誉(ほまれ)たかゝりしが。ある人 奥義(をうぎ)いかゞとしひてた
づねければ。かの産婆(さんば)こたへていふやう。みだりに伝(つた)へまじきこと

【左丁】
なれども。きかせ申べし。先(まづ)産家(さんか)にいたりては。第一かたはら
を静(しづか)にし。又 産婦(さんふ)に対(たい)しては。急(きふ)には産(うま)れまじ。心(こゝろ)をし
づめ。身(み)を自由(じゆう)になして眠(ねむ)りたまへといひ。我(われ)もしばらく
息(やすま)んと。佯(いつは)りそらいびきして寝(ね)て見(み)すれば。産婦(さんふ)は
安堵(あんど)して。そばなる人もしづまりぬ。われつねにこの術(しゆつ)
をほどこして。おほくは安産(あんさん)せしむる也。外(ほか)に秘(ひ)すべき奥(をう)
義(ぎ)はあらずとなん。げに産婆(さんば)はかくありたきもの也。
○傍(そば)にて介保(かいほう)せしむる婢(をんな)。壱両人えらびをくべし。これ
も生質(うまれつき)しづかにして。おどろきおそれず。ものごとに心(こゝろ)

【右丁】
つきて。しかも常々(つね〳〵)その婦(ふ)の心(こゝろ)にあふものをよしとす。但(たゞし)
身(み)不浄(ふしやう)のものあるひは忌服(いみぶく)あるもの。あるひは狐臭(わきが)ある
ものなどは忌(いむ)べし。



母子草上《割書:終》

【左丁 白紙】

【右丁 前コマに同じ】

【左丁 左肩の紙裏】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《割書:産|科》母子草【艸】   中

【資料整理ラベル】
富士川本
 ハ
 69

【右丁 白紙】

【左丁】
母子草中

 ○出産(しゆつさん)の時(とき)の心得(こゝろゑ)
🈩産所(さんじよ)をしつらふ事
産所(さんしよ)は。大家(たいけ)小家(しやうけ)にて差別(さべつ)あれば。各(をの〳〵)その分(ぶん)にしたが
ふてしつらふべし。寒気(かんき)はげしき時(とき)は。産婦(さんふ)の気血(きけつ)
とゞこほりやすきものなれば。座鋪(ざしき)の大小(だいしやう)にしたがひよき
ほどに火(ひ)を置(をき)。つねに温(あたゝか)ならしむべし。また背(せな)をも火(ひ)にちか
づかしむべし。されど熱(あつき)にすぐれば。かへりて火気(くわき)にあてら
れ。上気(じやうき)発熱(ほつねつ)などの患(うれひ)あり。また暑気(しよき)つよき時(とき)は。頭(かしら)

【頭部欄外 蔵書印】
京  都
帝国大学
図書之印

【同 整理番号】
186585
大正7.3.31

【右に】
富士川游寄贈
富士川家蔵本

【右丁】
いたみ面(おもて)あかく。気(き)のぼりて昏暈(めまひ)しやすし。また産屋(さんや)
に人おほければ。自然(しぜん)と熱気(ねつき)出来(いできた)り。産婦(さんふ)たえがたくし
て。はからぬ悩(なやみ)を生(しやう)ずるものなり。その場(ば)の見はからひに
て。戸(と)障子(しやうじ)窓(まど)などもひらきて。すゞしくすべし。唐土(もろこし)
にも。わが朝(ちやう)にも。産婦をして陽気(いやうき)の方(かた)にむかはしむ。
もしその方(かた)にむかはざれば。産(さん)しがたしといふ。これ一概(いちがい)
なる例(ためし)也。大家(たいけ)にして居間(ゐま)ひろきは。さもあるべきことな
れども。小家(しやうけ)の間数(まかづ)すくなきもの。暑熱(しよねつ)つよきにも。
涼(すゞし)き方(かた)にそむきて坐(ざ)し。寒気(かんき)はげしき□【「に」ヵ】も風(かぜ)ふ

【左丁】
くかたにむかふて。久(ひさ)しく居(ゐ)れば。神(こゝろ)なやみ力(ちから)つかれて寒(さむき)
にいたみ。はからぬうれひをまねくもの也。謝肇淛(しやちやうせつ)のいへ
る。富豪(ふがう)なる人ありけるが。その妻(つま)産(さん)にのぞめり。時(とき)吉(きつ)なら
ざるゆへに産(うむ)ことなかれと。夫(おつと)しゐていへば。妻(つま)うれひて。
心(こゝろ)やすからずや思(おも)ひけん。時うつりて終(つゐ)には産(さん)せすして
死(し)せり。これ笑(わら)ふべきことなりとなん。彼(かの)しゐて方(はう)の吉(よし)
凶(あし)にかゝはるも。その害(かい)この人(ひと)と同じからん。
🈔傍(そば)なる人(ひと)心得(こゝろゑ)の事
産(さん)の時(とき)は。たとへ高貴(かうき)富豪(ふがう)の家(いゑ)なりとも。介抱(かいはう)するも

【右丁】
の二三人にて足(たり)ぬべし。あまり人おほければ。産屋(さんや)の内(うち)
さわぎて。かへりて害(がい)あり。さて催(もよほし)なりと覚(おぼ)えば。児(ちご)にき
せる衣服(いふく)。綿絮(わた)。木綿(もめん)のたぐひ用意(やうゐ)すべし。みな古(ふる)き
をよしとす。臍蔕(ほそのを)をたつ剪刀(はさみ)。ふところにして温(あたゝむ)べし。
胞衣(ゑな)を入るもの。胞衣(ゑな)を埋(うづ)む場所(ばしよ)。心(こゝろ)しづかに用意(やうゐ)すべし。
第一 無益(むゑきの)人 往来(わうらい)して。産屋(さんや)を見うかゞふこと。かたくいまし
むべし。とかく産屋(さんや)はしづかなるやうにすべし。初産(うゐさん)の婦は。
なをさら心(こゝろ)ほそくして。もしや死(し)することもあらんと。
おそれうれふるものなれば。傍(そば)なる人よく心得て産(さん)は婦人(ふじん)

【左丁】
のつねなれば。きはめてやすき理(り)にして。あんずるより産(うむ)
がやすきといふ諺(ことわざ)をさとすべし。しかるに陣疼(しきり)つよけれ
ば。かたへの人みな口々(くち〴〵)に。大勢(おほぜい)の力(ちから)にてこそ産(うま)るべしと。
実(まこと)のしきりも来(こ)ぬに。努力(いきみ)給へいま一努力(ひといきみ)などいひて。
産婦(さんふ)に気(き)をせかせ。これを力(ちから)をそふると思(おも)ふは。大(おほゐ)なる
あやまり也。又たとへ仏神(ぶつじん)をたのむとも。平生(へいぜい)こゝろに
念(ねん)じたのむべし。その時(とき)にのぞんで。手(て)にもつものもおとし。
足(あし)も地(ち)につかず。たゞ神明(しんめい)にいのりて。さま〴〵惑(まど)ひおど
ろくは。おろかなる事也。むかし平(たいら)の清盛入道(きよもりにふどう)。御娘(おんむすめ)中(ちう)

【右丁】
宮(ぐう)。御産(ごさん)の御催(おんもよほし)ありて。ひまなくしきらせ給ふ時(とき)。たゞ胸(むね)に
手(て)をおきて。こはいかゞせんいかゞせんと。あきれ給ふばかりにて。
身(み)をふるはし。人のもの申すも。たゞともかくも。よきやうに
よきやうにとばかりの給へり。入道(にふどう)のごとき心(こゝろ)たけき人すら。平(へい)
生(ぜい)よりその心得(こゝろゑ)なけれは。かくは臆(をく)し給ふ。今(いま)の世(よ)にても。
娘(むすめ)妻(つま)の産(さん)せる時(とき)。その親(おや)夫(おつと)たる人。ものをも得いはずして。
おそれさわぎて。大(おほゐ)に産婦をそこなふものあり。能々(よく〳〵)心得
べきことなり。
○児(ちご)産(うま)れて不具(ふぐ)なる。欠唇(すぐち)。六指(むつゆび)。あるひは肛門(こうもん)とち。ある

【左丁】
ひは陰門(いんもん)とぢ。その外(ほか)種々(しゆ〴〵)の廃人(かたは)あり。双子(ふたご)品子(みつご)は勿論(もちろん)。たと
へ四子(よつご)といへども。決(けつ)してなきことともいひかたし。もしこれら
の異事(いじ)ありとも。産婦(さんふ)には何(なに)となりともいつはり。実(まこと)をしら
しむることなかれ。又 幾度(いくたび)も女子(によし)ばかりにて。今度(こんど)は男子(だんし)を
産(うま)んものをと。懐妊(くわいにん)のうちより。その願(ねが)ひ昼夜(ちうや)やむことなき
に。もし女子(によし)産(うま)るれば。産婦はなはだ力(ちから)を落(おと)し。人前(ひとまへ)も恥(はづ)る
おもひ推(をし)はかるへし。その時(とき)は傍(そば)なる人よく心得て。男子(だんし)なり
と産婦を欺(あざむ)き。しばらくにても。その心(こゝろ)を慰(なぐさ)むべし。また
産婦(さんふ)気力(きりよく)つねのごとくなるも。多くの人に対話(あいさつ)すれば。気(き)を

【右丁】
つかひ神(こゝろ)つかれて。はからぬ悩(なやみ)を生(しやう)ずるものなり。親戚(よしみ)故旧(なじみ)
つどひきたりて。安産(あんさん)を祝(しゆく)するものあらば。産屋(さんや)にいたる事を
とゞめ。よく喩(さと)してかへりさらしむべし。
🈪産(さん)する時(とき)産婦(さんふ)心得の事
催(け)とおぼゆるとも。腹(はら)すこしいたむまでにて。外(ほか)にかはり
たることなきは。二三日あるひは四五日すぎて出産(しゆつさん)するも
のあり。かならず心(こゝろ)せかずして。産(うま)るべき時(とき)いたらば。産るべし
とおもひ。急(きふ)に産支度(うみしたく)をせず。たゞ心をゆたかにして。食(しよく)
も口(くち)にかなふものを。よきほどに食(しよく)し。眼(め)をふさぎ。気(き)をしづ

【左丁】
めて眠(ねむ)るべし。腹(はら)のいたみ強(つよ)ければ。もはや産(うま)るゝかと思(おも)ふ
ことあれども。痛(いたみ)をこらえ。力(ちから)を用ひず。無益(むゑき)に努力(いきむ)ことなか
れ。もし実(まこと)のしきりもこぬに。用捨(やうしや)もなく精(せい)をもみ。気(き)を
はり。出産(しゆつさん)をいそげば。力つかれ気(き)よはりて。終(つゐ)には難産(なんざん)と
なりて。種々(しゆ〴〵)のうれひを招(まね)く。能々(よく〳〵)心得べき事なり。痛(いた)み
下腹(したはら)へ下(さか)り。前陰(ぜんいん)へつきはり。小便(しやうべん)しげくなりて。腰(こし)のあいだ
おもくいたみ。肛門(こうもん)へはり。大便(だいべん)もいづるかと思(おも)ふほどにて。大(おほ)
痛(いたみ)二三 度(ど)もつゞけて。胎水(とあけ)【注】ばつとくだれば。夢(ゆめ)のさむるが
ごとくにして産(うま)るゝもの也。とかく産(さん)のみちは。天理自然(てんりしぜん)のつ

【注 「戸明けの水」のこと。分娩の時、子宮から最初に出る液体。破水を俗にとあけの水と言う。】




【右丁】
ねなれば。うちより陣疼(しきり)のくるもの也。かならずこの方(かた)より
努力(いきむ)ことなくして。産(うま)るゝものとおもふべし。
○今(いま)こそ実(まこと)のしきりとおぼゆる時。草(くさ)の座(ざ)に直(なを)るべし。草(くさ)の
座(さ)とは。産(さん)する時(とき)に坐(ざ)するところをいふ。いまだ時のいたら
ぬに。いそぎその場(ば)に居直(ゐなを)れば。産婦(さんふ)の心(こゝろ)うみつかるゝもの也。
まして寒気(かんき)つよき時は。腰(こし)より下(しも)ひゆるゆへ。気(き)いよ〳〵逆(の)
上(ぼり)て隙(ひま)とるべし。稟賦(うまれつき)よはく。体気(たいき)つかれたるものは。寝(ね)な
がら産(さん)して。そのまゝ枕(まくら)をすこし高(たか)くして。寝(ね)て居(ゐ)るも害(かい)
なし。

【左丁】
四【四角で囲む】胞衣(ゑな)下(くだ)らざる内(うち)心得の事
胞衣(ゑな)のいづるは。児(ちご)産(うま)れて。つゞいて出(いづ)べきものなれども。時(とき)
おくれ。二三日四五日もすぎて出(いづ)るもあり。多(おほ)くは出産(しゆつさん)の時。努(いき)
力(む)ことつよくして。気(き)をもみ心(こゝろ)おどろきて。をのづと上(かみ)へ
とりのぼすゆへなり。世俗(せぞく)あやまりて。胞衣(ゑな)じきに下(くだ)らざ
れば。終(つゐ)には下(くだ)らざるものとおもふゆへ。ことになれざる人は。心(こゝろ)の
せけるまゝに。みだりに腹(はら)をもみ。腰(こし)をさすり。産婦(さんふ)の心や
すからずして。いよ〳〵隙(ひま)どるものあり。もと下(くだ)るべき筈(はづ)の
ものなれば。他(た)のたすけを用ひずとも。下るべしとおもひ。

【右丁】
産婦(さんふ)安堵(あんど)して。食(しよく)もよきほどに食(しよく)し。眠(ねむ)りたくば
眠(ねむ)りて。天(てん)の自然(しぜん)にまかせ。むねの動悸(どうき)をおさむべし。
しかる時(とき)は人手(ひとで)を用ひずして。をのづから下(くだ)るべし。
○胞衣(ゑな)下(くだ)ること遅(おそき)時は。いそぎ臍蔕(ほそのを)をたちて。児(ちご)をと
りあぐへし。しからざれば児(ちご)しきりに啼(なき)て。その気(き)母(はゝ)の腹(ふく)
中(ちう)に通(つう)ずれば。胞衣(ゑな)いよ〳〵下(くだ)りかね。母(はゝ)の気(き)やすからず
血暈(めまひ)おこるものあり。況(いはん)や冬(ふゆ)の日(ひ)の寒(さむ)きにも。久(ひさ)しく臍(ほそ)
蔕(のを)をたゝざれば。児(ちご)をそこなふこと多(おほ)く。又 産婦(さんふ)もなや
みを生(しやう)じ。危(あやう)きに至(いた)る。能々(よく〳〵)心得べし。

【左丁】
○胞衣(ゑな)くだらざるに。腹帯(はらをび)をしむることをいましむるは。腹帯(はらをび)
の説(せつ)にしるす。合せかんがふべし。又 胞衣(ゑな)くだることをそきに。用
ゆべき薬(くすり)あり。脱花煎(だつくはせん)といふ。後段(こうだん)に出(いだ)す見合(みあは)せ用ゆへし。
五【四角で囲む】産(うみ)おとして後(のち)こゝろ得の事
産おとしてのちは。産婦(さんふ)眼(め)をとぢ神(こゝろ)をしづむる事を専要(せんよう)
なりとす。しばらく有て。頭(かしら)のふらつきも止(やみ)。むねの動悸(とうき)もお
さまらば。心(こゝろ)しづかに奇麗(きれい)なる別(べつ)の床(とこ)へはひ行(ゆく)へし。たと
へ平産(へいさん)にて。気力(きりよく)つねのごとくなりとも。かならず立(たつ)ことをいま
しむべし。もしこの心得なければ。まゝ血暈(めまひ)おこるものなり

【右丁】
これ常々(つね〳〵)堅(かた)く制(せい)しをくべし。もとより産所(さんしよ)のけがれ。生(うまれ)
児(ご)のとりあつかひは。介抱(かいはう)するものにまかせて。心(こゝろ)を労(らう)することな
かれ。さて右(みぎ)のかたをしき。小高(こたか)きものによりかゝりて眠(ねむ)るへし。
同しくば蒲団(ふとん)をたゝみかさねて。なぞへに【注】高くするをよし
とす。食(しよく)もあかざるほどに食して。第一ものかずいふ事を
戒(いまし)むへし。
○わが邦(くに)の習(ならひ)にて。一七夜(ひとしちや)二七夜(ふたしちや)のあいだも正坐(せいざ)して。
足(あし)をのぶることを制(せい)すれども。唐土(もろこし)の書(ふみ)にはいまだ是(これ)を
見ず。たゞ高(たか)きによりかゝりて。膝(ひさ)をそろへたてゝ仰(あを)ぎ臥(ふ)す

【注 ななめに。】

【左丁】
べし。股(また)をひらき坐(ざ)すべからずと。陳自明(ちんじめい)の書(ふみ)に見
えたり。これ産後(さんご)には崩漏(ほうろう)とて。血(ち)のくだりてやまざる
事あるものなれば。両足(りやうあし)をひろげずして坐(ざ)し。あるひ
は膝(ひさ)をたてゝ仰(あを)ぎ臥(ふす)ときは。産門(さんもん)よくしまりて。ひら
かざるゆへ。崩漏(ぼうろう)のうれひをまぬかるゝと也。一概(いちがい)に足(あし)を
のぶれば。きはめて害(かい)ありといふにはあらす。両三日(りやうさんにち)
すぎば。あるひは伸(のべ)。あるひは屈(かゞ)めて。たゞ平生(へいぜい)のさ
まにて。気血(きけつ)のとゞこほらざるやうにすべし。
○世俗(せぞく)のならはせにて。都鄙(とひ)ともに産椅(いす)を用ゆれど

【右丁】
も。益(ゑき)なくしてかへりて害(かい)あり。又 産椅(いす)なき家(いゑ)は。櫃(ひつ)あ
るひは俵(たはら)などをもて三方(さんばう)をかこひ。産婦(さんふ)をその内に
坐(ざ)せしめ。足(あし)の伸(のび)ざるやうにと。又 前(まへ)の一方(いつはう)をかこひて。一(ひと)
七夜(しちや)のあいだはかたく制(せい)し。こゝろよく寝(いね)しめずして。
是を産後(さんご)の保養(ほやう)とおもふは。大(おほい)なるあやまり也。予(よ)お
もふに。近世(きんせい)産後(さんご)足(あし)かゞみて伸(のび)ざるもの。腰(こし)いたみて背(せな)
かゞむものあり。是多くは産後(さんご)ひさしく正坐(せいざ)して。
悪血(あくち)とゞこほり。新血(よきち)めぐらざるゆへなるべし。下の巻(まき)に
産婦を寝(いね)しめやうを図(づ)す。合(あはせ)見るべし。

【左丁】
六【四角で囲む】出産(しゆつさん)の時(とき)用ゆべき薬(くすり)の事
産するにのぞんで用ゆる薬を催生(はやめ)と名(な)づくるゆへ。薬(くすり)を用ゆ
れば。はやく産(うま)るへしと思ひ。ひたすら薬(くすり)を用ひて。出産(しゆつさん)をい
そぐ人あり。これ産(さん)は自然(しぜん)の理なるをしらざる故也。体(たい)つよく
して。他(た)のなやみ無(なき)ものは。薬(くすり)を用(もち)ひずとも害(かい)なし。もし体(たい)
よはきものは。薬を用ひてその気血(きけつ)をたすくべし。芎帰湯(きうきたう)をよ
しとす。
 △芎帰湯(きうきたう) 王燾(わうとう)の方(はう)
   川芎(せんきう)《割書:一匁三分》 当帰(たうき)《割書:一匁七分》

【右丁】
  右二味水二合を一合に煎ずべし
  方名(はうめい)なかりしが。和剤(わざい)局方(きよくはう)に。はじめて芎帰湯(きうきたう)と名(な)づ
  けて。産前(さんぜん)産後(さんご)の要薬(ようやく)とす。産月(うみつき)にいたらば。常(つね)にたく
  はへをくべし。陳復正(ちんふくせい)は。催生(はやめ)には桂枝(けいし)を加(くは)へて。加味芎帰湯(かみきうきたう)
  とよべり。予(よ)こゝろむるに。寒(かん)気つよき時は。この方(はう)もつとも験(しるし)
  あり。
 △脱花煎(だつくわせん) 陳復正(ちんふくせい)の方(はう) 胞衣(ゑな)くだること遅(をそ)きに。この薬よ
  ろし
   川芎(せんきう)《割書:五分》 当帰(たうき)《割書:五分》 桂枝(けいし)《割書:四分》

【左丁】
   牛膝(ごしつ)《割書:六分》 車前子(しやぜんし)《割書:一匁五分》
  右五味水二合を一合に煎ずべし
  体気(たいき)おとろへず。他(た)のなやみなきは。芒硝(ばうせう)四分を加(くは)ふ。体(たい)
  気つかれたるは。人参(にんじん)三分を加(くは)ふべし。
 △生化湯(せいくわたう) 上に同じ 産(うみ)おとしては。病(やまひ)の有 無(なき)をとはず。
  じきにこの薬(くすり)を用ゆべし。悪血(あくち)を去り(さり)。新血(よきち)を生(しやう)ずる也。
   川芎(せんきう)《割書:五分》  当帰(たうき)《割書:五分》 桃仁(たうにん)《割書:五分》
   黒炮姜(こくはうきやう)《割書:三分》 甘草(かんざう)《割書:少》
  右五味水二合を一合に煎ずべし。黒炮姜(こくはうきやう)は。乾姜(かんきやう)の

【右丁】
  黒(くろ)く炒(いり)たる也。悪露(あくろ)くだりかたきは。紅花(こうくわ)《割書:一分》牡丹皮(ぼたんひ)《割書:二分》
  を加(くわ)へてよろし。
  ○産後(さんご)の血暈(けつうん)【左ルビ:ちこゝろ】寒戦(ふるひ)。腹痛(はらのいたみ)。崩漏(ぼうろう)等(とう)の悩(なや)みは。みなこ
  の方(はう)に加減(かけん)して用ゆべし。下(げ)の巻(まき)に委(くはし)くしるす。
 △鎮神散(ちんしんさん) 家方
   合歓木【左ルビ:ねむのき】  鹿角【左ルビ:しかのつの】
  右をの〳〵黒焼(くろやき)となし。等分(とうぶん)に合す。常(つね)に製(せい)しを
  くべし。
  ○産後(さんご)血暈(めまひ)するもの。神(こゝろ)しづまらずしてねむらざるも

【左丁】
  の。心(むね)さはぎて頭(かしら)いたむもの。白湯(さゆ)または水にて。見合(みあは)せ用
  ゆべし
七【四角で囲む】出産(しゆつさん)の時(とき)食(しよく)をすゝむる事《割書:并ニ》
   産後(さんご)食(しよく)する心得の事
出産(しゆつさん)の時 食(しよく)をすゝむるは。すべて飽(あか)ざるやうにすべし。餻団(もちだん)
子(ご)ちまきの類(るい)。とゞこほりやすきものを忌(いむ)。もとより陣(し)
疼(きり)つよき時。強(しゐ)て食(しよく)をすゝむれば。かへりて吐逆(ときやく)【左ルビ:ゑづく】するもの也。
○産(さん)して後(のち)も。食を能(よき)程(ほど)にすべし。かならず過(すご)す事なか
れ。俗説(ぞくせつ)に産後(さんご)はあき腹(はら)なれば。しゐて食(しよく)すべしと。

【右丁】
傍(そば)なる人。をして食(しよく)をすゝむるゆへ。停食(ていしよく)のうれひを招(まね)く
ものあり。又 餻(もち)は腹(はら)わたになるとて。ひたすら是(これ)をすゝむ
脾胃(ひゐ)つよきものには害(かい)なけれども。虚弱(きよじやく)なる人には
あしく。尤(もつとも)心得べき事也。
○石天基(せきてんき)の説(せつ)に。産後(さんご)ははやく塩(しほ)からき物(もの)を食(しよく)する事
なかれ。塩(しほ)は血(ち)をしめるものなれば。乳(ち)をすくなくし。且(かつ)
咳(がい)を発(をこ)す。又 悪露(あくろ)つきざるに。はやく酸(すき)もの塩からきもの
を食(しよく)すれば。悪露(あくろ)とゞこほりて。熱(ねつ)いで。腹(はら)いたむものあり。
一七夜(ひとしちや)もたちて。なべて塩気(しほけ)をゆるすべしといへり。今も東(あつま)

【左丁】
の方(かた)は。産後(さんご)かたく塩(しほ)を忌(いむ)ところあれとも。予(よ)こゝろむるに。
極(きは)めて塩(しほ)を断(たつ)にもおよばず。たゞ味(あぢは)ひ淡(あはし)くして。塩 気(け)すぎ

【右丁】
ざるものをあたふべし。されど酸(す)きもの。白梅(むめぼし)のたぐひは。
二七夜(ふたしちや)のあいだも堅(かた)く忌(いむ)べし

【左丁】
 ○生児(うまれご)を護(まも)り育(そだつ)る心得
🈩生児(うまれこ)をとりあぐる事
児(ちこ)生(うま)れいづれば。産婆(さんば)心得て。絹(きぬ)を指(ゆび)にまき。手ばやに口(こう)
中(ちう)の悪血(あくち)をぬぐひ。咽(のんど)へくだらぬやうにすべし。又 綿絮(わた)あるひ
はやわらかなる絹(きぬ)をもて面(おもて)をぬぐひ。口中へ悪露(あくろ)のいらざる
やうにすべし。かくのごとくなせば。痘(いも)いづることすくなし。かつ
百病(ひやくひやう)を生(しやう)ぜずと。全嬰心法(せんゑいしんはふ)に見えたり。もとより生児(うまれこ)を
とりあぐるは。産婦の気色(きしよく)を見あはせて。心(こゝろ)しづかに用意(やうゐ)
すべし。まづ児(ちご)をそこなはざると。母(はゝ)をおどろかしめざる

【右丁】
との二ツの心得 専要(せんよう)なり。居間(ゐま)ひろき家(いへ)ならば。綳(むつき)につゝみ出
て。別(べつ)の間(ま)にて産湯(うふゆ)をなすべし。第一 戸(と)障子(しやうじ)屏風(びやうぶ)などを引(ひき)
まはして。寒(さむ)さをふせぐべし。もし虚弱(きよじやく)にして。初声(はつこゑ)もあ
げず。生育(せいいく)【左ルビ:そだつ】も心もとなく見ゆるは。即座(そくざ)【坐】に初湯(うぶゆ)をなさずし
て。急(きふ)に臍蔕(ほそのを)をきり。さてふるき綿絮(わた)にて。悪露(あくろ)のつきた
るをぬぐひ。綳(むつき)をはだにてあたゝめをき。それにてつゝみ。
懐(ふところ)にいだきいれ。寒(ひへ)ざるやうにして。乳(ち)にもはやくつくべし。
たとへば子の生(うま)れいづるは。蒔(うゑ)をさし木(こ)の実(み)の。土(つち)をわけて生(おひ)
いづるに同じ。この時(とき)に心をとゞめて。よく保護(ほうご)【左ルビ:まもり】をなさゞれば。

【左丁】
多(おほ)く成長(せいちやう)しがたし。
🈔臍蔕(ほそのを)をたつ事
全嬰心法(せんゑいしんはふ)の説(せつ)に。臍蔕(ほそのを)をたつは。先(まづ)剪刀(はさみ)をふところ
にして温(あたゝ)めをき。それを用ゆへし。かくのごとくなせば。冷(れい)
気(き)うちにいらざるゆへ。児(ちご)腹(はら)いたむことなしといへり。わか邦(くに)
のならはせには。竹箆(たけへら)を用ひて鉄(てつ)の刃(は)ものをいむ。是(これ)鉄(てつ)
の冷気(れいき)生児(うまれご)をそこなはん事をおそれて也。しかるを礼式(れいしき)
などのごとく思(おも)ひて。竹箆(たけへら)にてきるまねして。まことは鉄(てつ)
の刃(は)ものを用ゆるはひが事也。臍蔕(ほそのを)はもとねばりつよき

【右丁】
ものなれば。鈍刀(どんたう)【左ルビ:なまくら】にてこれをきれば。臍(ほそ)のうちひゞきうごき
て。児(ちご)をそこなふこと多し。予(よ)試(こゝろむ)るに児(ちご)の臍(ほそ)突出(とつしゆつ)【左ルビ:いづ】するもの
あるは。おほくは臍蔕(ほそのを)を断(たつ)とき。つよくひきいだすゆへなり。極(きは)
めて剪刀(はさみ)を用ゆるを良(よし)とす。
○臍蔕(ほそのを)を切(きり)し刀(たう)【左ルビ:きれもの】は穢(けがれ)あるゆへ。再(ふたゝ)び他(た)の事に用ひがたし
とて。役(やく)にたちがたき刀(たう)を用ゆる人あり。これ小利(しやうり)を見て大(だい)
害(かい)あることを知(しら)さるゆへ也。よし一(いつ)の刀(たう)をすつるとも。いかでか
児(ちご)を害(かい)せんや。志(こゝろざし)ある人 能々(よく〳〵)考(かんが)へて。よき剪刀(はさみ)をゑらび
用ゆへし。

【左丁】
○臍蔕(ほそのを)をたちてその後(のち)産湯(うぶゆ)をなすも。これわが邦(くに)の
ならはせ也。唐土(もろこし)にては。産湯のまへに臍蔕(ほそのを)を断(たつ)ことをかた
くいましむ。これ断口(たちくち)より水湿(みづけ)いりて。臍風(さいふう)臍瘡(さいさう)等(とう)の病(やまひ)
を生(しやう)ずるゆへなり。もしわが邦(くに)のならひにしたがひ。臍蔕(ほそのを)を
断てのち産湯(うぶゆ)をなさんと思(おも)はゞ。紙縷(こより)をもて臍のかたを
よき程(ほど)にくゝりをき。大概(たいがい)二寸(にすん)ばかりのこして切断(きりたち)。さて絹(きぬ)に
ても紙(かみ)にても。やわらかなるものにて包(つゝ)み。その上(うへ)をかた
くまきて。巧者(こうしや)なる人をしてこれを持(もた)しめ。臍蔕(ほそのを)のう
るほはざるやうにして。産湯(うぶゆ)をなすべし。かくのごとくすれ

【右丁】
ば。水湿(みづけ)いるのおそれなし。
○産湯(うぶゆ)をなして後(のち)。もみやはらげたる紙(かみ)をもて。臍蔕(ほそのを)に
水気(みづけ)なきやうによくぬぐひかはかすべし。又 寝(ね)さし起(おこ)し
するにも。随分(ずいぶん)気(き)をつけ。臍蔕(ほそのを)のうごかざるやうにすべし。
又 臍蔕(ほそのを)かはけば。児(ちご)の腹(はら)を刺(さし)ていたむことあり。【濁点「”」は、句点「。」の誤記ヵ】その啼(なく)時
よく気をつけ。香油(ごまのあぶら)をもて臍蔕を潤(うるほ)すべし。また解(とき)て
これを見るとも。寒(さむ)き時は障子(しやうじ)を閉(たて)。屏風(びやうぶ)をひき廻(まは)し。
或(あるひ)は火鉢(ひばち)を置(をき)て。その間(ま)を煖(あたゝ)かにすべし。又 暑気(しよき)つよき
比(ころ)は。臍蔕(ほそのを)に虫(むし)を生(しやう)ずることあり。よく気(き)をつけ。いそぎと

【左丁】
りさるべし。又つねに尿(いばり)にしめらざるやうにすべし。又 臍蔕(ほそのを)か
はかず。あるひは臍蔕(ほそのを)は落(をつ)れども。その跡(あと)かはらざるものあり。是(これ)
は左(さ)の薬を用ゆべし。
   綿繭霜(まはたのくろやき)   碾茶(ひきちや)
 右 細末(さいまつ)となし。いづれにても一味用ゆべし。尤(もつとも)ふりかくべし
🈪胞衣(ゑな)を蔵(おさ)むる事
全嬰心法(せんゑいしんはふ)に。胞衣(ゑな)をおさむるは。まづ清(きよ)き水(みづ)をもて胞衣を
あらひ。さてあらたなる瓶(つぼ)に納(おさ)め。口をよく包(つゝ)み。そのうへを
磚(かはら)にてすきまなく蓋(をほ)ひ。陽(やう)の方(かた)にむかひて。人のふまぬ

【右丁】
処(ところ)の。高(たか)くかはける地(ち)にふかく埋(うづ)むべし。かくのごとくすれば。
その児(ちご)長寿(ちやうじゆ)する也。もし容易(ようい)なる事におもひ。胞衣(ゑな)を
おさむることを大切にせされば。児 常(つね)におどろきやすし
といへり。本邦(ほんほふ)にても。高貴(かうき)富豪(ふごう)の家(いへ)は。胞衣桶(ゑなおけ)とて。しら木
をもて新(あらた)に是(これ)をつくり。鶴亀(つるかめ)松竹(まつたけ)梅(むめ)など絵(ゑ)かけるとぞ。
その例(ためし)にしたがふもよし。とかく大切(たいせつ)にすべきものとおもふ
べし。しかるを近世(きんせい)俗間(ぞくかん)の習(ならは)せにて。胞衣を疎略(そりやく)になし
て。門戸(もんこ)のうち。あるひは床(ゆか)の下(した)にうづみ。あまつさへ人の
ふむゆへ児(ちご)の頭(かしら)かたしといふは。これ大(おほい)なるあやまりなり。

【左丁】
胞衣(ゑな)は児(ちご)の体(たい)につきたるものなれば。疎略(そりやく)にすべき理(り)な
し。能々(よく〳〵)心得べき事也。
四【四角で囲む】産湯(うぶゆ)をなす事
児(ちご)産(うま)れてその穢(けがれ)をあらふ。これを産湯(うぶゆ)といふ。又ふたく
びあらふを二 番湯(ばんゆ)といふ。その後(のち)は日(ひゞ)にあらひ。あるひは一(いち)
日に二度もあらひて。ひたすらあらへば。児(ちご)成長(せいちやう)するといふ
は大なるあやまり也。全嬰心法(せんゑいしんはふ)に。生児(うまれご)は皮膚(はだゑ)うすく。体気(たいき)い
まだ満(みた)ざるものなれば。浴(ゆあみ)をなす事を堅(かた)くいましめて。
元気(げんき)を保固(はうご)【左ルビ:たもつ】すべし。北人(ほくじん)は児(ちご)生(うま)れ出(いづ)れば。たゞふるき綿(わた)を

【右丁】
もて穢(けがれ)をぬぐふばかりにて。すべて浴(ゆあみ)をなさゞるゆへ。南人(なんじん)にく
らぶれば。体気(たいき)壮実(そうじつ)なりといへり。しかれば生児(うまれこ)に浴(ゆあみ)をなすは。
およそまれなるをよしと心得べし。暑気(しよき)つよき時にも。
二日に一度(いちど)あるひは三日にして浴(ゆあみ)をなすべし。寒気(かんき)はげ
しきころは。その心得有て。四日五日をへだつへし。とかく生児(うまれご)に
浴(ゆあみ)をなすは。その穢(けがれ)をあらふためなれば。股(もゝ)のつけね。脇(わき)の下(した)。
腮(おとがい)の下(した)なとによく気をつけ。古(ふる)き綿(わた)を湯(ゆ)にひたし。そのたゞ
れたる穢臭【左ルビ:けがれ】をあらひさるべし。一概(いちがい)に顆体(あかはたか)になし。総身(そうみ)【惣】を
あらふにはをよばず。もし爛(たゞ)れて汁(しる)の出るは。あらひて後(のち)。左(さ)の

【左丁】
薬(くすり)を摻(ふりかく)べし。
   碾茶(ひきちや)  苦参末(くじんのこ)
 右いづれにても一味用ゆべし
五【四角で囲む】生児(うまれご)にはしめて薬(くすり)を用ゆる事
児(ちご)生(うま)れて直(じき)にあたふる薬を。俗(ぞく)に蜜(みつ)薬といふ。款冬根(ふきのね)【欵は俗字】
甘草(かんざう)を等分(とうぶん)にあはせ。蜜(みつ)少し加(くは)へて。絹(きぬ)につゝみ。沸湯(にへゆ)
にしぼり出し用ゆ。又 都(みやこ)にては甘(あま)ものとて。鷓鴣菜(しやこさい)甘(かん)
草(ざう)の二味(にみ)を等分(とうぶん)にあはせ。これも前(まへ)のごとくなして用ゆ
れども。いづれも効(しるし)すくなし。生児(うまれご)にはじめて薬を用

【右丁】
ゆるは。績穢(かにこゝ)【注】を下(くだ)さんがため也。全嬰心法(せんゑいしんはふ)に一方(いつはう)を載せ(のせ)たり。
左(さ)に記(しる)す。
   大黄(だいわう)《割書:二分》  桃仁(たうにん)《割書:三分》  当帰(たうき)《割書:三分》
   紅花(こうくわ)《割書:二分》  甘草(かんざう)《割書:二分》
 右五味水一合いれ五勺(ごしやく)に煎(せん)ずべし
是(これ)をのましめ。績穢(かにこゝ)のくろき漆(うるし)のごときものを下(くだ)すべし。
それも生(うま)れて六時(むとき)のうちに与(あた)ふるをよしとす。もし用ゆ
ることおそければ験(しるし)すくなし。さて績穢(かにこゝ)くたりつき。腹(はら)
やわらかなるをまちて乳(ち)をのましむべし。予(よ)すこし

【注 かにここ=新生児の胎便。】

【左丁】
くこゝろむるに。児(ちご)うまれし時。直(じき)にこの薬(くすり)を用ひて。績(かに)
穢(こゝ)よく下(く)だりたる児(ちご)は。痘(いも)いづることすくなし。又くさと
称(しやう)する小瘡(しやうさう)いつる事も稀(まれ)也。
六【四角で囲む】生児(うまれご)に初(はじめ)て衣(ゐ)【左ルビ:きるもの】を着(きせ)る事《割書:并ニ》
    生児(うまれご)をそだつる事
生児(うまれご)の衣服(ゐふく)も。大人(たいじん)とかはることなく。時節(じせつ)の寒暖(かんだん)にした
がふべし。かならず生児(うまれご)なりとおもひて。衣服(ゐふく)をあつくする
ことなかれ。生児(うまれご)はもと熱(ねつ)をたくはへやすきものなれ
ば。古人(こじん)も三 分(ぶ)の寒(かん)を守(まも)るべしといへり。しかるを俗説(ぞくせつ)

【右丁】
には。児(ちご)胎内(たいない)にありては。つねに母(はゝ)の暖気(だんき)をうくるゆへ。産(うま)れ出(いで)
ては寒(さむ)さにたへざること甚(はなはだ)しと。暑熱(しよねつ)つよき時にも。衣(ゐ)を
かさね綳(むつき)をつみて。大人(たいじん)よりも厚(あつ)くするは大(おほい)にあしく。千金(せんきん)
方(はう)に。生児(うまれこ)の衣(ゐ)は。厚(あつ)きにすぎざるやうにすべし。衣(ゐ)あつき
にすぐれば。皮膚(はだゑ)むせ血脈(けつみやく)めぐらずして。雑瘡(ざつさう)を生(しやう)じ。
且(かつ)筋骨(きんこつ)【左ルビ:すじほね】かたまらず。かるがゆへに生児(うまれご)の衣(ゐ)は。きはめて
厚熱(かうねつ)をいむ。かたく是(これ)をつゝしむべしといへり。又そのきせ
る衣類(ゐるい)。并ニ綿絮(わた)のたぐひ。みなふるきものを用ゆべし。
産(うめ)る児(こ)男子(だんし)ならば父(ちゝ)の古衣(ふるぎ)を用ひ。女子(によし)ならば母(はゝ)の古(ふる)

【左丁】
衣(ぎ)を用ゆべしといへり。されば今世(いまのよ)にては。家(いゑ)富(と)み位(くらゐ)貴(たつと)
き人は。児(ちご)を愛(あい)するのあまり。衣(ゐ)をかさね。綿絮(わた)をあ
つくし。あるひは綾(あや)錦(にしき)などをきせて。美(び)をきはめ
鉓(かざり)をつくし。是(これ)ぞ生児(うまれご)をまもるの大切(たいせつ)と思(おも)ふは
僻(ひが)事也。第(だい)一 生児(うまれご)の衣(ゐ)【左ルビ:きるもの】は。木綿(もめん)を用ゆるをよしとす。
たとへ絹(きぬ)を用ゆるとも。すべてふるきものを用ゆべし。
外台秘要(けだいひよう)には。児(ちご)生(うま)れて一歳(いつさい)に及(およ)びても。衣類(ゐるい)は
なをふるき木綿(もめん)を用ゆべし。きはめて厚熱(かうねつ)をいむ
といへり。

【右丁】
○厳寒(げんかん)の時にも。火気(くわき)つよき炬炉(こたつ)【爐】にてあたゝむるは
あしゝ。人の懐(ふところ)にしてあたゝむるをよしとす。又 頭巾(づきん)
をきせることいむべし。たとへきせるとも。綿(わた)をいれざる
を用ゆべし。
○生(うま)れ子(ご)をそだつる事。大切(たいせつ)になしすぐるは。つねに幃(い)
帳(ちやう)のうちにのみ育(やしな)ひ。あるひは人々(ひと〴〵)たがひに抱(いた)きあひ
て。しばしも下(した)におかざれば。かへりて気血(きけつ)めぐらずして。
はだゑやせて疾(やまひ)を生(しやう)ずる也。されば千金方(せんきんはう)には。天気(てんき)
あたゝかなる日(ひ)は。児(ちご)をいだき出(いで)て。風(かぜ)にもあて日(ひ)をも見せ

【左丁】
しむべし。しかすれば児(ちご)の気(き)みち血(ち)よくめぐり。肌肉(きにく)さかん
にして病(やまひ)を生(しやう)ぜず。もししからざれば。病をのづから生ずる
なり。是(これ)をたとふるに。陰地(いんち)【左ルビ:かげうら】の草木(くさき)は。つねに日(ひ)を見ざるゆ
へ。その性(せい)やわらかにして。風寒(ふうかん)にたえざるがごとしとい
へり。
七【四角で囲む】生児(うまれこ)に初(はじ)めて乳(ち)をのましむる事《割書:并ニ》
    平生(へいぜい)乳(ち)をのましむる心得の事
生児にはじめて乳をのましむるを。世俗(せぞく)是(これ)を乳(ち)つ
けといふ。生(うめ)る児(こ)男子(だんし)なれば。女子(によし)ある婦人(ふじん)の乳を

【右丁】
のましめ。女子(によし)なれば男子(だんし)ある婦人の乳(ち)をのましめ。その

【左丁】
のちは母(はゝ)の乳(ち)をのましむ。また乳つけの日も。児(ちご)生(うま)
れて三日(みつか)めをその期(ご)とさだむと也。これみなわが

【右丁】
邦(くに)のふるきならわせなれば。その例(れい)にしたがふもよし。全(せん)
嬰心法(ゑいしんはう)に。児(ちご)産(うま)れて大抵(たいてい)十三四 時(とき)をへて。績穢(かにこゝ)くだりつき。
腹(はら)やわらかならば。乳(ち)をのましむべしといふ。また千金方(せんきんはう)に
も。生児(うまれご)にはじめて乳をあたふるは。半日あるひは一日ばかり
過(すぎ)てのましむるといへり。さればはやく乳(ち)につくるはあし
けれども。あまり遅(をそ)くあたふるも亦(また)あしかるべし。生児(うまれご)
もしうえたるかたちにて。しきりに啼(なき)てやまざるもの。あ
るひは初生(うまれだち)よはく見ゆるもの。これみな三日をまたずし
て。いそぎ乳につくべし。往年(わうねん)わが同郷(どうきやう)なにがしの妻(つま)。三(み)

【左丁】
度(たび)はらめり。みな八月(やつき)にしてうまれしが。三度ながら二時(ふたとき)ばかり
して児(ちご)死(し)せり。一年(ひとゝせ)また妊(はらみ)しに。まへのごとく月みたずして
産(うま)れぬ。されど初声(はつこへ)もあけず。そのさまいと危(あやふ)くして。そだつ
べしと母見えず。ことに正月(むつき)余寒(よかん)の比(ころ)にて。児の身はや冷(ひやゝか)
なり。よりていそぎ臍蔕(ほそのを)をたち。先(まつ)児(ちご)をとりあげ。産湯(うぶゆ)もな
さずして。ふるき綿絮(わた)につゝみ。懐(ふところ)にいだきいれ。炉(ろ)【爐】にちかづ
きてあたゝめ。命(めい)は食(しよく)にありといふ世話(せわ)をおもひいだし。蜜薬(みつくすり)
もあたへずして。そのまゝ乳(ち)につけ。韓参(かんじん)の独煎(どくせん)をおり〳〵
あたへしが。つゐにそだち。今(いま)は成長(せいちやう)して。才量(さいりやう)も衆(しう)にまされ







【右丁】
り。是(これ)めづらかなる例(ためし)なれば。筆(ふで)のついでこゝにしるす。
○平生(へいぜい)乳(ち)をのましむるも節(ほど)あるべし。必(かならず)あかしむることなかれ。
つねに児(ちご)の飢(うゑ)をうかゞひてあたふへし。いろ〳〵やまひのおこるは。
多(おほ)くは乳のすくるゆへなり。保嬰論(ほうゑいろん)に。小児(しやうに)のやすからん事
を思(おも)はゞ。三分(さんぶ)はうへしむべしといへり。近世(いまのよ)の俗説(ぞくせつ)には。寝(ね)
乳(ちゝ)をのましむれば。児(ちご)はやく成長(せいちやう)するといひて。児をいだ
きながら寝(いね)て。終夜(よもすがら)乳をのましむるものあり。夜中(やちう)はなを
さらその節をさだむべし。もししからざれば。乳滞(にうたい)【左ルビ:ちなづみ】のうれ
ひをまねく。能々(よく〳〵)心得べきことなり。

【左丁】
○児(ちご)生(うま)れて百日にもみたざるに。寝(ね)ながら乳(ち)をのましめ。
母(はゝ)眠(ねむり)にたえずして。おぼへず乳房(ちぶさ)にて児の口(くち)鼻(はな)を圧(を)し。
児を損(そん)ずるものまゝある事也。眠りにたえずとも。乳 圧(をし)の
危(あやふ)きを思(おも)ひ。身(み)をこらし抱(いた)き起(をき)てのましむべし。かなら
す乳房にちかづけ臥(ふさ)しむることなかれ。
○乳(ち)をのましむるまへに。色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】【慾】をおかす事 堅(かた)く是(これ)を慎(つゝし)
むべし。千金方に。母(はゝ)あらたに房(ぼう)【左ルビ:いろ】して乳をのましむれば。
児(ちご)をしてやせしめ。後(のち)には児 交脛(かうけい)【左ルビ:あしもつれ】して。あゆむことあた
はずといへり。又 釈氏(しやくし)の書(ふみ)にも。児に乳をのましむる時母

【右丁】
淫(いん)【左ルビ:いろ】すれば。乳すなはち竭(つき)て。児(ちご)をやしなふことあたはず
といへり。いはんや児(ちご)病(やむ)ときは。いよ〳〵これを慎(つゝし)むべし。もし
その慎(つゝしみ)なくして。母(はゝ)の身(み)もちあしければ。精神(せいしん)よはり。乳(にう)
汁(じう)の気(き)もをのづからみたずして。児をやしなふ力なし。是
堅(かた)く戒(いまし)むべきことなり。
○つねに乳(ち)をあたふるにも。乳 房(ぶさ)つよく張(はり)たる時は。かなら
ず上(うは)乳をしぼりさるべし。夏月(かげつ)はなをさらその心得あるべ
し。宿熱(しゆくねつ)の害(かい)をまぬかるゝなり。
八【四角で囲む】胎髪(うぶかみ)を剃(そ)【刺は誤記】る事

【左丁】
胎髪(うぶかみ)をそるは。土地(とち)のならはせにて。児(ちご)生(うま)れて七八日。ある
ひは十 余(よ)日にしてそるものあり。あるひは三日め。五日めを
その期(ご)とさだめて。児(ちご)の虚実(きよじつ)をとはず。その習(ならひ)にしたがふ
ものあり。唐土(もろこし)にては。初(はじめ)て生児(うまれご)の髪(かみ)を剃(そる)こと。かならず日を
択(ゑら)ふべからず三十日の後(のち)にして剃(そる)べしと。集験方(しうけんはう)にみ
えたり。又 全嬰心法(せんゑいしんはう)には。胎髪(うぶかみ)を剃(そる)は。空(そら)晴(はれ)てあたゝかなる
日(ひ)をよしとす。もし風雨(ふうう)あらば。あらためて別(べつ)の日(ひ)を期(ご)
すべしといへり。まして稟賦(うまれつき)よはき児(ちご)は。日数(ひかず)にかゝはる
ことなかれ。俗説(ぞくせつ)に胎髪(うぶかみ)をそることをそければ。児(ちご)眼を

【右丁】
やむといふ。これ決(けつ)してなき事也。児(ちご)生(うま)れて三月(みつき)の末(すへ)にし
て髪(かみ)を剪(はさむ)事。礼記(らいき)にも見(み)えたれば。胎髪(うふかみ)をそるは。遅(をそ)き
をいとはざること知(しる)べし。されば近世(きんせい)児(ちご)生(うま)れて。七八日の比(ころ)
にはかに熱(ねつ)いで。呼吸(こきふ)すだき。声(こゑ)かれて死(し)するものあり。
人(ひと)みなその発(をこ)ること何(なに)のゆへなるもさとらずして。たゞくさ
け虫(むし)けなどいひて。医方(ゐはう)の治(ぢ)すべきなく。そのまゝにして
已(やむ)也。予(よ)おもふに。これ多(おほ)くは初髪(うぶかみ)をそること早(はや)く。あるひ
はひたすら湯(ゆ)あみさせて風邪(ふうじや)おそひ。あるひは臍蔕(ほそのを)
をたつの心得なきゆへ。切(きり)くちより水湿(みづけ)いり。終(つゐ)には熱(ねつ)いで。

【左丁】
救(すくは)れざるに至(いた)るなり。能々(よく〳〵)心を用ゆべし。
九【四角で囲む】生児(うまれご)の口中(こうちう)に気(き)をつくべき事
児(ちご)生(うま)れては。其(その)口中(こうちう)に気(き)をつくべし。もし上顎(うはあぎと)に白きふく
れあらば。鍼(はり)にてやぶり。胞(ふくれ)のうちなる白米(しろきこめ)に似(に)たるものをとりさ
るべし。やぶることをそければ。取(とれ)がたくして児(ちご)をそこなふこと
あり。あるひは齦(はぐき)に白(しろ)き点(つぶ)を生(しやう)ずるものあり。是(これ)を馬牙(ばげ)といふ。
多くは乳(ち)をのむことあたはず。急(きふ)にやぶりて血(ち)を出(いだ)すべし。ある
ひは重舌(ぢうぜつ)。俗(ぞく)にこじたといふて。石榴(ざくろ)子のごとく。舌(した)の下に赤(あか)き
肉(にく)を生(しやう)ずるものあり。急(きふ)に舌(した)の下(した)なる肉線(にくのつり)を刺(さし)て血(ち)を出(いだ)すへし。

【右丁】
もしやぶりてのち血(ち)やみがたきは。薄荷(はつか)の煎(せん)じ汁(しる)を用ひ
て。蒲黄粉(ほわうのこ)をねりて。これをぬるべし。又 甘連湯(かんれんたう)おり〳〵あたへ
て宜(よろ)し。あるひは鵞口瘡(がこうさう)。俗(ぞく)にしたしとぎ。【注】又あぐりともいふ。
口舌(くちした)みな白く。米粉(こめのこ)をつくるかごときものあり。甘連湯(かんれんたう)を本(ほん)
方(はう)にて用ひ。天南星(てんなんせう)の末(こ)を糊(のり)にてとき。足心(あしのうら)にぬるべし。
 △甘連湯(かんれんたう) 陳氏(ちんし)の方(はう)
   甘草(かんざう)《割書:四分》 黄連(わうれん)《割書:五分》 辰砂《割書:壱分》
 右に味水一合いれ六勺(ろくしやく)にせんじ用ゆべし。生児(うまれご)百日の前後(せんご)。
 ゆへなくして熱(ねつ)おこり。あるひは無名(むめう)の小瘡(しやうさう)を生(しやう)ずるもの

【注 舌粢=舌にできる白いできもの。】

【左丁】
 あり。すべてこの薬をあたふたゞ〳〵。辰砂(しんしや)を去(さる)べし。瘡(かさ)い
 づるには。紅花(こうくわ)二分ばかり加(くわ)ふべし。



母子草中終

【右丁 白紙】
【左丁 見返し 文字無し】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《割書:産|科》母子草【艸】   下

【資料整理ラベル】
富士川本
 ハ
 69

【右丁 見返し 文字無し】
【左丁】
母子草下

 ○産後(さんご)養生(やうしやう)の心得(こゝろゑ)
🈩産後(さんこ)はやく浴(ゆあみ)するをいむ事
産後(さんご)手足(てあし)をあらひ。あるひは腰湯(こしゆ)行水(きやうずい)するは。きはめて遅(おそ)
きをよしとす。礼記(らいき)に子(こ)産(うま)れては。三月(みつき)の末(すへ)にして母(はゝ)ゆあみす
べしと見(み)えたり。又陳自明(ちんじめい)は髪(かみ)をゆひ足(あし)をあらふことさへ。百日
をもて期(き)とするといへり。まして腰湯([こ]しゆ)行水(ぎやうずい)をや。日数(ひかず)たゝざるう
ち堅(かた)くいましむべし。近世(いまのよ)のならはせにて。産後(さんご)六日あるひは八
日 目(め)を。産屋(さんや)をきよむる日(ひ)とさだめて。産婦(さんふ)は塩(しほ)をかくなど

【右下】
富士川游寄贈
富士川家蔵本
【頭部欄外 蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印

186585
大正7.3.31

【右丁】
いひて。手(て)足(あし)肩(かた)までもあらひ。甚(はなはだ)しきは腰湯(こしゆ)行水(きやうずい)して。
髪(かみ)をゆひ身(み)をよそほふものあり。それより邪気(じやき)おそひ熱(ねつ)いで。
湯茶(ゆちや)をこのみ。小便(しやうべん)すくなくして。水腫(すいしゆ)【左ルビ:はれ】となるものあり。あるひは
熱(ねつ)つよく身(み)すくみ。蓐風(じよくふう)といふ病(やまひ)となり。終(つゐ)にはすくひがたき
にいたる。これ予(よ)がひたすら見(み)るところ。挙(あげ)てかぞへがたし。されば百
年にちかき。幡玄春(はたげんしゆん)の書(ふみ)にも。産後(さんご)はやく浴(ゆあみ)して死(し)したる
もの。いかほどゝいふ数(かず)をしらず。中(なか)にもあはれなりしは。江戸(ゑど)
深川(ふかがは)白羽(しらは)氏(うぢ)の妻(つま)。はじめて産(さん)せしが。臘月(らふげつ)のすゑにて。新玉(あらたま)
の春(はる)をむかへ。御年神(おんとしがみ)のおはしますころなれば。もしけがし奉(たてまつ)り

【左丁】
て。そのばちのあたりなんも。おそろしと。なきかこちければ。
是非(ぜひ)なくゆるして。髪(かみ)ゆひ湯(ゆ)あみさせしが。にわかに呼吸(こきふ)すたき。
身(み)すくみ。心(むね)くるしく。目(め)を見(み)つめて死(し)せり。生血(うみち)のけがれと。死(し)
者(しや)のけがれと。いづれ重(おも)からんや。よくその理(り)をさとり。祝(いは)ひ
の日(ひ)ならば。猶(なを)さら養生(やうじやう)を大切(たいせつ)にすべしといへり。しかるに香月(かづき)
牛山(ぎうざん)翁(おう)は。名医(めいい)の誉(ほま)れある人なりしが。いかゞおもはれけん。産(さん)
婦(ふ)なやみなく。気力(きりよく)平日(へいじつ)のごとくにて。産後(さんご)四日もたちなば。
なべて腰湯(こしゆ)をなすべしといひ。又 夏日(かじつ)【左ルビ:なつ】は産婦(さんふ)あつきに苦(くるし)
みて。神(こゝろ)つかるゝものなれば。かならず七日の外(ほか)とかぎるべからず。

【右丁】
三四日の比(ころ)は腰湯(こしゆ)すべしと。腰湯(こしゆ)の法(はふ)くだ〳〵しく記(しる)せり。翁(おきな)
いまだ腰湯(こしゆ)の害(かい)あることを知(しら)ざるは甚(はなはだ)いぶかし。世(よ)の人よく心(こゝろ)
得(ゑ)て。翁(おきな)の書(ふみ)にまどふことなかれ。たとへ気力(きりよく)つねのごとく。又
夏日(かじつ)のあつき比(ころ)といふとも。ゆあみする事。大抵(たいてい)三七 夜(や)にも

【左丁】
およばずば。堅(かた)くいましむべし。
○ゆあみの事。ひたすら是を制(せい)すれども。かたいぢなる産婆(さんは)は。

【右丁】
たま〳〵ゆあみして。害(かい)をうけざる余所(よそ)の産婦(さんふ)を証拠(しやうこ)とな
して。医(ゐ)のいさめは打(うち)けして。かくれかくして。すゝめてゆあ
みをなさしむるものあり。必(かならず)〳〵産婆(さんば)の教(をしゑ)にまどふこと
なかれ
○産後(さんご)の禁戒(きんかい)は。凡(をよそ)ゆあみを第一とすべし。必かろく心得る
ことなかれ。しかるにそれは慎(つゝしま)ずして益(ゑき)なき戒(いまし)めを守(まも)り
て。寝(いね)るにも快(こゝろよ)く寝(いね)しめず。のべたき足(あし)ものばさずして。却(かへり)て
病(やまひ)を生(しやう)ずるものあり。筆(ふで)のついで。寝(いね)しめやうをこゝに図(づ)す。
中巻 産後(さんご)心得(こゝろゑ)の段(だん)あはせ見るべし。

【左丁】
🈔血暈(けつうん)【左ルビ:ちこゝろ】の事
血暈(けつうん)は。おほくは出産(しゆつさん)のとき催(け)ながく。努力(いきむ)ことつよくして。精(せい)
をもみ神(こゝろ)つかれてよりおこる。うまれつき虚弱(きよじやく)にして。物(もの)に
おどろきやすき婦人(ふじん)は。産(さん)はやすかりしも。また血暈(めまひ)おこる
ものあり。あるひは産(うみ)おとすと直(じき)に起(たち)て身(み)をうごかしおこる
もあり。あるひは産後(さんご)日(ひ)のたゝざるに。心(こゝろ)を労(らう)し怒(いか)ることあり
ておこるもあり。妊(はら)めるうちより。かねて心得べきことなり。
○血暈(めまひ)おこるとき脈伏(みやくふく)し。あるひは手足(てあし)ひゆるものあり。
傍(そば)なる人よく心得べし。もし他症(たしやう)に気(き)もつかでたゞ脈(みやく)の

【右丁】
伏(ふく)すると。手足(てあし)のひゆるとを見(み)て。あはてさわぎ。一概(いちがい)にあや
ふしとのみおもひ。みだりに人参(にんじん)附子(ぶし)の剤(ざい)を用ひ過(すご)し。
かへりて害(かい)をまねくことあり。薬(くすり)を用ゆるは。深(ふか)く心得あるへ
き事なり。かならず庸医(ようゐ)にゆだぬることなかれ
○京師(けいし)ある儒生(じゆせい)の妻(つま)。火災(くはさい)の後(ご)。簷(のき)あさき家(いゑ)にて。日(ひ)にむ
かふて産(さん)せしが。にはかに血暈(めまひ)おこれり。その勢(いきを)ひやすからざ
れば。手術(しゆじゆつ)もつき。人薓(にんじん)の独煎(どくせん)おほく用ゆれども験(しるし)なし。
元(もと)より胞衣(ゑな)いまだ下(くだ)らざれば。是 必死(ひつし)の症(しやう)なりと。医師(ゐし)
何(なに)がし。大(おほい)におそれて在(あり)しが。主(あるじ)心(こゝろ)つきて。産後(さんご)気(き)うみ。体(たい)

【左丁】
よはりしに。日(ひ)の光(ひかり)これを射(いる)るゆへ。この症(しやう)おこるならんと。
いそぎ戸(と)をもて日(ひ)をおほへば。しばらくして血暈(めまひ)おさ
まりしとなん。かゝる類(たぐひ)のことかねて心得べし
○夏日(かじつ)は産婦(さんふ)あつきに苦(くるし)むゆへ。汗(あせ)いで心(むね)いきれ。気(き)のぼるも
のなれば。血暈(めまひ)おこること多(おほ)し。まづ障子(しやうじ)をひらきて涼(すゞし)く
し。庭(には)にも水(みづ)をそゝぎ。傍(そば)なる人をすくなくして。居間(ゐま)の
むせぬやうにすべし
   血暈(めまひ)以下(ゐか)の四症(ししやう)は。産後(さんご)まゝ有(ある)ことなれば。かねて心を
   医(ゐ)によせて。会得(ゑとく)すべき事也。用ゆべき薬こゝにしるす。

【右丁】
   血暈(めまひ)には。すべて左(さ)の加味の方(はう)をよしとす
  △生化湯(せいくわたう)に。《割書:中巻に出す》荊芥穂(けいがいのほ)の炒(いり)たるを二分 加(くわ)へて宜(よろ)し。
   産後(さんご)の病(やまひ)は。すべて悪露(あくろ)の多少(たせう)をとふを肝要(かんよう)とす。
   ○悪露(あくろ)くだること少(すくな)く。血(ち)のぼり気(き)ふさぎて血暈(めまひ)発(をこ)るは。
   上(かみ)の方(はう)に又 牡丹皮(ぼたんひ)二分 紅花(こうくわ)一分を加(くは)ふべし
   ○悪露(あくろ)くだること多(おほ)くして。血(ち)おとろへ気(き)のぼりて発(をこ)るは。
   牡丹皮(ぼたんひ)紅花(こうくわ)を去(さり)。人参(にんじん)三分 黄茋(わうぎ)三分を加(くわ)ふべし。すべて
   鎮神散(ちんしんさん)おり〳〵用ゆべし
   ○人参(にんじん)を択(ゑらぶ)こと。常(つね)に心得あるべし。第一 朝鮮(ちようせん)の産(さん)を上(じやう)

【左丁】
   品(ひん)とす。横(よこ)にほそき紋(もん)ありて。堅(かた)く実(じつ)し。潤(うるほひ)ありて色(いろ)黄(き)
   に。味(あじは)ひ甘(あま)くして微(すこし)苦(にが)みあるものを良(よし)とす。肉折(にくおれ)人参(にんじん)。鬚(ひげ)
   人参(にんじん)。小(こ)人参などいふものあり。偽(いつは)りつくれるもの多し。誤(あやま)り
   用ゆることなかれ。幸(さいはい)に御種人参(おたねにんじん)あり。是は朝鮮種(ちようせんたね)を移(うつ)し
   植(うゑ)しものなれば。真(しん)の人参に紛(まぎれ)なし。すべて是を用ゆべし。
   又 広東(かんとう)人参と称(せう)するものあり。気味(きみ)は人参に似(に)たれど
   も。是は三七(さんしち)といふ物(もの)にて実(まこと)は人参にあらず。されど婦(ふ)
   人(じん)の血症(けつしやう)を治(ぢ)するは。三七(さんしち)に比(ならぶ)ものなしと。張受孔(ちやうじゆこう)が医(ゐ)
   便(べん)に載(のせ)たり。予(よ)もひたすら試(こゝろむ)るに。産後(さんご)の虚症(きよしやう)には。

【右丁】
   大(おほ)ひに験(しるし)あることを覚(おぼ)ふ。人参(にんじん)にかゑ用ゆるも宜(よろ)し
  △鎮神散(ちんしんさん)《割書:中巻に出す》
   この薬(くすり)は神(こゝろ)をしづめ。血(ち)をおさむるを主(しゆ)とする也
🈪寒戦(かんせん)【左ルビ:ふるひ】の事
さむけありて手足(てあし)ひえ。歯(は)をならしてふるふは。あとにて
熱(ねつ)発(さす)もの也。先(まづ)あつく着(きせ)。あるひは頭(かしら)まても覆(おほふ)て。後(うしろ)よりい
だきしづめて。ひたすら熱(あつ)きものを飲(のま)しむべし。熱(ねつ)さし汗(あせ)いで
て寒戦(ふるひ)やむ也。寒戦(ふるひ)ありて血暈(めまひ)おこるもあり。血暈(めまひ)して寒戦(ふるひ)
いづるもあり。されど懐妊(くわいにん)のあいだ。保養(ほいやう)よくして。体気(たいき)おとろ

【左丁】
へざるは。たとへ寒戦(ふるひ)つよくとも。さまで驚(おどろ)き気(き)づかふべからず。
たゞ傍(かたわら)をしづかにし。又 産婦(さんふ)も神(こゝろ)をおさめて。熱(ねつ)の発(さす)をまつ
べし
  △生化湯(せいくわたう)よろし。悪露(あくろ)くだること少(すくな)きは。腹(はら)いたみ。あるひ
   は腹(はら)はるもの也。本方(ほんはう)に桂枝(けいし)《割書:三分》芍薬(しやくやく)《割書:六分》を加(くわ)ふべし。
   ○悪露(あくろ)くだることおほきは。身(み)たゆくして力(ちから)なく。また
   ひたすら血暈(めまひ)おこるもあり。本方(ほんはう)の桃仁(たうにん)を去(さり)。人参(にんじん)
   《割書:三分》芍薬(しやくやく)《割書:六分》を加(くは)ふべし
   ○寒戦(ふるひ)やみて熱(ねつ)発(さし)。その後(のち)は日々(ひゞ)熱(ねつ)の往来(さしひき)ありて。頭(かしら)

【右丁】
   いたみ。心下(むなさき)つかへ。食(しよく)に味(あぢ)なく。あるひは口(くち)舌(した)かはきて湯(ゆ)
   水(みづ)をこのむは。本方(ほんはう)に。麦門冬(ばくもんどう)《割書:六分》柴胡(さいこ)《割書:三分》加(くは)ふべし。
   大便(だいべん)とぢて通(つう)ぜざるは。潤腸丸(じゆんちやうぐわん)《割書:上巻に出す》五六分用ゆ
   べし
   ○熱(ねつ)ゆるけれども。日(ひ)を引(ひき)て愈(いゑ)かね。何(なに)となく気色(きしよく)お
   もく。手足(てあし)だゆく。頭(かしら)ふらつき。汗(あせ)もれやすく。渇(かはき)あれ
   ども冷物(れいぶつ)をきらひ。あるひは大便(たいべん)ゆるみ。体(たい)つかれたる
   は。本方(ほんはう)に黄茋(わうぎ)《割書:三分》茯苓(ぶくりやう)《割書:七分》荷葉(かよふ)《割書:一分》を加(くは)ふべし
   ○産後(さんご)の熱(ねつ)は。虚実(きよじつ)をわかつを肝要(かんよう)とす。療治(りやうぢ)たがへば

【左丁】
   産婦(さんふ)をそこなふこと多し。深(ふか)く心(こゝろ)を用ゆべき事也
四【四角で囲む】腹(はら)いたむ事
少腹(したはら)にて痛(いた)むを児枕痛(にしんつう)【左ルビ:あとはら】といふ。多(おほ)くは悪露(あくろ)つきざるの所(しよ)
為(ゐ)也。かならず驚(おどろ)くことなかれ
  △生化湯(せいくわたう)に。延胡索(ゑんごさく)《割書:五分》牡丹皮(ぼたんひ)《割書:二分》芍薬(しやくやく)《割書:七分》を加(くは)へ
   てよろし
   ○悪露(あくろ)くだらず。大便(たいべん)通(つう)じなく。少腹(したはら)のこばみやはら
   がずして。刺(さす)が如(ごと)く痛(いた)むは。上(かみ)の方(はう)をあたへ。又 潤腸丸(しゆんちやうぐわん)
   五六分 相(あひ)用ゆべし

【右丁】
   ○悪露(あくろ)よく下(くだ)り。少腹(したはら)やはらげども。食(しよく)すゝまず。気力(きりよく)よ
   はくして痛(いた)みやまざるは。山樝子(さんざし)《割書:一匁五分》白砂糖(しろさたう)《割書:一匁》二
   味(み)の煎湯(せんたう)も宜(よろ)し
   ○悪露(あくろ)よく下(くだ)り。二 便(べん)つねのごとく。食(しよく)すゝみて他(た)のなや
   みなきは。たとへ少腹(したはら)はりて。塊(くわい)ともおぼしきものあり
   とも。必(かならず)はげしき薬をあたふることなかれ。是(これ)気(き)凝(こり)結(むすぼ)れ
   て脹(はり)をなす也。大抵(たいてい)七八日すぐれば。自然(しせん)と和(やわら)ぐべし
   ○腹(はら)いたむもの。後(のち)には腰(こし)背(せな)へひき。又 手足(てあし)へつりて痛(いた)み。
   起居(たちゐ)しがたきは。本方(ほんはう)に。没薬(もつやく)《割書:五分》五霊脂(ごれいし)《割書:四分》を加(くは)ふべし。

【左丁】
   婦人(ふじん)一 切(さい)の血痛(けつつう)。この方(はう)を丸子(ぐわんじ)と成(なし)。生姜湯(しやうがゆ)。あるひは酒(さけ)に
   て用ゆべし。されど産後(さんご)日数(ひかず)たゝざるには。酒(さけ)はかならず忌(いむ)べし
五【四角で囲む】崩漏(ぼうろう)【左ルビ:おほをり】の事
はからず亡血(おほをり)するを崩漏(ぼうろう)といふ。血(ち)下(くだ)りて支(さゝ)へがたきを崩(ぼう)と
いひ。じみ〳〵下(くだ)りてやまざるを漏(ろう)といふ。すべて容易(ようゐ)の症(しやう)にあ
らず。その発(をこ)る因(よし)をかんがふるに。みな保養(ほいやう)あしきゆへなり。産(さん)
後(こ)いまだ日数(ひかず)たゝざるに。はやく起(たち)て身(み)を労(らう)し。神(こゝろ)をいため。
あるひは髪(かみ)をゆひ。腰湯(こしゆ)をなして風(かぜ)にあたり。あるひは日(ひ)を
歴(へ)ざるに。みだりに交合(かうがふ)して精神(せいしん)をやぶり。終(つゐ)にはこの症(しやう)出

【右丁】
たるなり。産後の急症(きふしやう)は。崩漏(ぼうろう)より甚(はなはだし)きはなし。常(つね)によく心得。
保養(ほいやう)を怠(をこたら)ざるやうにすべし
○崩漏(ぼうろう)の症(しやう)おこらば。傍(そば)なる人よく心得。はやく産婦(さんふ)をして。
頭(かしら)のかたを高(たか)く成(なし)。横(よこ)に寝(いね)しめ。両股(りやうもゝ)をおしよせて。陰門(まへ)のとぢ
あふやうにすべし。されど血(ち)くだりて止(やみ)がたきは。又やはらかなる
木綿(もめん)。あるひは綿絮(わた)をもて。まろく成(なし)。陰門(まへ)にあて。つめとなす
も宜(よろ)し。血(ち)くだる事 自然(しぜん)とゆるくして大(おほい)に益(ゑき)あり。
 △生化湯(せいくわたう)の桃仁(たうにん)を去(さり)。伏龍肝(ぶくりうかん)《割書:一匁》地黄(ぢわう)《割書:五分》艾葉(がいよふ)
  《割書:一分》を加(くは)へて用ゆべし

【左丁】
  ○口(くち)舌(した)かはき。心(むね)いきれ。大便(だいべん)とぢ。あるひは大便ゆるめども。
  色(いろ)黄黒(きくろ)くして熱(ねつ)あるは。上(かみ)の方(はう)のうちへ。又 黄連(わうれん)《割書:二分》黄(わう)
  芩(ごん)《割書:二分》を加(くは)ふべし
  ○手足(てあし)ひえ易(やす)く。渇(かはき)なく。あるひは渇(かはき)あれども。熱(あつき)もの
  をこのみ。体(たい)おとろへ。気(き)つかれ。折(をり)には血暈(めまひ)おこるもあり。
  その他(た)虚症(きよしやう)みゆるは。黄連(わうれん)黄芩(わうごん)を去(さり)。人参(にんじん)《割書:三分》黄茋(わうぎ)
  《割書:三分》何首烏(かしゆう)《割書:五分》を加(くは)ふべし
○崩漏(ぼうろう)の症(しやう)は。一 旦(たん)血(ち)くだる事やみても。身(み)だゆくして力(ちから)なく。熱(ねつ)
気(け)ありて頭(かしら)眩(ふらつき)。あるひは心下(むなさき)ふさぎて動悸(どうき)つよく。あるひは神(こゝろ)

【右丁】
うみ。気(き)おとろへ。過(すぎ)しことを悔(くや)み。来(こ)ぬことを苦(く)にやみ。あるひは
神(こゝろ)よはり魂(こん)うすくして。ひたすらもの忘(わす)れし。あるひは手足(てあし)
しびれ。百節(ふし〴〵)いたみ。起居(たちゐ)つねの如(ごと)くならず。これ崩漏(ぼうろう)にあらざる
も。産後(さんご)は。右(みぎ)の症(しやう)おこること多(おほ)し。すべて気血(きけつ)のおとろふるより発(をこ)るも
のなれば。かならず大切(たいせつ)に保養(ほいやう)すべし。日(ひ)を追(を)ひ。月(つき)をかさねて。気血(きけつ)
よくとゝなふれば。自然(しぜん)と愈(いゆ)るもの也。用ゆべき薬(くすり)左(さ)にしるす。久しく
この薬を服(ふく)すべし
  △生化湯(せいくわたう)の桃仁(たうにん)を去(さり)。人参(にんじん)《割書:三分》小麦【左ルビ:こむぎ】《割書:五分》遠志(をんじ)《割書:二分》荷葉(かよふ)
   《割書:一分》を加(くは)へて宜(よろ)し。心(むね)いきれ口(くち)舌(した)かはくには。又 麦門冬(ばくもんどう)《割書:五分》

【左丁】
   を加(くは)ふ。熱(ねつ)あるには柴胡(さいこ)《割書:二分》を加(くは)ふ。汗(あせ)いづるには黄茋(わうぎ)《割書:二分》
   を加(くは)ふ。眠(ねむり)がたきには酸棗仁(さんそうにん)《割書:二分》を加(くは)ふ。大便(だいべん)秘(ひ)するには
   潤腸丸(じゆんちやうぐはん)五六分 相(あひ)用ゆべし
   ○以上(いじやう)の四症(ししやう)。すべて生化湯(せいくわたう)加味(かみ)の薬を挙(あげ)しは。予(よ)が
   したしく試(こゝろむ)るところ也。懐妊(くわいにん)のうちより。常(つね)に保養(ほいやう)よ
   ければ。産後(さんご)右(みぎ)等(とう)のなやみを生(しやう)ぜず。たとひ病(やむ)とも。大抵(たいてい)
   この薬にて治(ぢ)せざるはなし
六【四角で囲む】浮腫(ふしゆ)【左ルビ:うき】の事
産後(さんご)の浮腫(ふしゆ)【左ルビ:うき】は。まゝあること也。手足(てあし)面(かほ)に腫(うき)みゆるとも。腹(はら)に

【右丁】
脹(はり)なく。小便(しやうべん)よく通(つう)じ。大便(たいべん)つねの如(ごと)く。気色(きしよく)よく。熱(ねつ)の往(さし)
来(ひき)なく。食(しよく)相応(さうをう)にすゝみて。他(た)の悪症(あくしやう)なきは。二七夜(ふたしちや)ほど過(すぎ)。
気血(きけつ)とゝなふれば。自然(しぜん)と愈(いゆ)るもの也
○産後(さんご)足(あし)に腫(うき)みゆれば。母(はゝ)居(ゐ)ずまひあしくして。足(あし)をのぶ
るゆへなりと。世俗(せぞく)の習(なら)ひにて。堅(かた)くこれを制(せい)する人あり。さ
れど予(よ)ひたすら試(こゝろむ)るに。一七 夜(や)のあいだも。産椅(いす)のうちに坐(ざ)し。
昼夜(ちうや)足(あし)をかゞめしもの。かへりて足(あし)大(おほい)にはるものあり。これ久(ひさ)し
く坐(ざ)して。足(あし)のめぐりあしきゆへ腫(はる)る也。足をのばせば腫(はれ)いゆ
ることあり。能々(よく〳〵)気(き)をつくべし。産後(さんご)の腫(しゆ)は。すべて血(ち)へり。気(き)

【左丁】
めぐらずして発(おこ)るをしらざるゆへ也。懐妊(くわいにん)のうち。保養(ほいやう)よくして。
気血(きけつ)つねにみちぬるは。たとへ産後(さんご)浮腫(うき)みゆるとも。日(ひ)を追(をふ)て自(し)
然(ぜん)といゆべし
○産後(さんご)の腫(うき)は。第一 湯(ゆ)行水(ぎやうずい)をいましめ。神(こゝろ)をしづかにして保養(ほいやう)す
べし。俗説(ぞくせつ)に。産後(さんご)手足(てあし)に腫(うき)みゆるは。塩湯(しほゆ)をもてこれをあらへば。腫(うき)
よく愈(いゆ)るといふ。これ大(おほい)なる誤(あやまり)なり。体(たい)つよきものは。たま〳〵その害(かい)な
けれども。虚(よはき)ものは。それより風(かぜ)を感(ひき)て。腫(うき)いよ〳〵増(まし)。終(つゐ)には大病(たいびやう)にお
よぶ。夏日(かじつ)のあつきにも。かたく湯(ゆ)行水(ぎやうずい)をいましむべし
○懐妊(くわいにん)のあいだ。すべて保養(ほいやう)をつゝしまず。夏日(かじつ)のあつきには。生(しやう)

【右丁】
冷(れい)のものをむさぼり。冬夜(とうや)のさむき時(とき)は。長湯(ながゆ)することを
このみ。産前(さんぜん)よりひたすら風(かぜ)を感(ひき)。あるひは食物(しよくもつ)にやぶられ。
その後(のち)瀉下(しやけ)【左ルビ:くたり】の気味(きみ)やまず。日(ひ)をひきて惣身(そうみ)に腫(うき)見(み)へ。気色(きしよく)
おもく。手足(てあし)の心(うら)ほめき。身(み)だゆく口(くち)かはきて食味(しよくみ)をうしな
ふものあり。幸(さゐはひ)に産(さん)はやすかりしも。亡血(をりもの)おほきにつれて。体(たい)
気(き)つかれ。虚火(きよくは)いよ〳〵うごき。心(むね)いきれて湯水(ゆみづ)をこのみ。終(つゐ)
には腫(うき)まして大病(たいびやう)となり。もとより補(ほ)をうけずといふ場(ば)に
なりゆけば。薬の験(しるし)なし。この期(ご)にのぞんでおどろくとも詮(せん)な
し。たゞ懐妊中(くわいにんちう)の保養(ほいやう)を大切(たいせつ)と心得べし。薬方(やくはう)数多(あまた)あれ

【左丁】
とも爰(こゝ)にのせず
七【四角で囲む】前陰疵(ぜんいんきづ)つき痛(いた)む事
出産(しゆつさん)のとき。前陰(ぜんいん)損(そん)ずるは。初産(うゐざん)におほくあるもの也。されど気(き)よ
はき女(をんな)は。あらはにも得(ゑ)いはずして。己(をのれ)ひとり心(こゝろ)を労(らう)するもの也。
傍(そば)なる人(ひと)よく心得て。この方(かた)より気(き)をつけ。急(きふ)に薬を用ゆべし
  △洗陰湯(せんいんたう) 家方
   苦参(くじん)《割書:八分》 蛇床子(じやじやうし)《割書:六分》 芒硝(ばうせう)《割書:一匁》 枯礬(こはん)《割書:五分》
   金銀花(きん〴〵くわ)《割書:五分》
   右五味こまかに刻(きざ)み。水三号入壱合 半(はん)に煎(せん)じ。土器(つちなべ)

【右丁】
   に入置(いれをき)火(ひ)にてあたゝめ。昼夜(ちうや)三 度(ど)ばかり。絹(きぬ)にひたし
   洗(あら)ふべし。疵(きず)愈(いえ)がたきは。洗(あら)ふて後(のち)左(さ)の粉薬(こぐすり)を
   ふりかくべし
  △龍脳散(りうなうさん) 家方(かはう)
    赤石脂(しやくせきし)《割書:一匁》 竜脳(りうなう)《割書:一分》 乳香(にうかう)《割書:三分》 没薬(もつやく)《割書:三分》
    麒麟血(きりんけつ)《割書:三分》 軽粉(けいふん)《割書:一分》
   右六味 細末(さいまつ)となし。合(あは)せ用ゆべし。いか程(ほど)疵(きづ)つきた
   るも愈(いゑ)ざるはなし
   ○前陰(ぜんいん)の損(そん)ずるは。多(おほ)くは出産(しゆつさん)の時(とき)産婆(さんば)とりあつか

【左丁】
   ひあしきゆへなり。常(つね)によく心得 産婆(さんば)の工拙(こうせつ)をえらぶべし
八【四角で囲む】肛門(こうもん)脱(いづ)る事
肛門(こうもん)いでば。先(まづ)ふるき綿(わた)。あるひはやわらかなる木綿(もめん)をもて。茵陳(いんちん)
湯(たう)にひたして蒸(むし)洗(あら)ふべし。又 猪脂(まん▢いか)【注】をぬりて。心(こゝろ)しづかに掌(たなごゝろ)に
ておさめいるゝも宜(よろ)し。みな産婦(さんふ)の心置(こゝろをき)なき。才覚(さいまく)なる
人になさしむべし。もし一度にていらずとも。必(かならず)おどろくこと
なく。又 前(まへ)のごとく幾度(いくたび)も蒸(むし)洗(あら)ふべし。自然(しぜん)としぼみいら
さるはなし
○産後(さんご)肛門(こうもん)の脱(いつ)るは。多くは出産(しゆつさん)の時(とき)努力(いきむ)ことつよくして

【注 「猪脂」は漢和辞典では「ぶたのあぶら」。】

【右丁】
精(せい)をもみ気(き)をはり。覚(おほ)えず翻(ひるがへ)り出(いづ)る也。常々(つね〳〵)よく心得て。
産(さん)にのぞみ陣疼(しきり)つよくして。肛門(こうもん)もいづる心地(こゝち)に覚えば。
力(ちから)ある人をして。掌(たなこゝろ)をもて肛門(こうもん)をおさしむべし。然(しか)るときは
肛門(こうもん)いづることなく。又 前陰(まへ)への張(はり)も力(ちから)ありて出産(しゆつさん)しやすし
 △茵陳湯(いんちんたう) 家方(かはう)
   陳湯(いんちん)《割書:一匁》 五倍子(こはいし)《割書:一匁五分》 当帰(たうき)《割書:一匁五分》 苦参(くじん)《割書:一匁》
  右四味 水(みづ)三 合(かふ)いれ一合 半(はん)に煎(せん)じて用ゆべし
九【四角で囲む】蓐風(じよくふう)の事
この症(しやう)の発(おこ)るは。初(はじめ)は何(なに)となく気分(きぶん)おもく。寒(さむ)けありて熱(ねつ)

【左丁】
おこり。汗(あせ)出(いつ)るあり。汗(あせ)出(いで)ざるもあり。頭(かしら)いたみ。起居(たちゐ)やすからす。
熱(ねつ)去(さら)ずして身いたみ。心(むね)さわぎて得ねむらず。見るものに
おそれ。聞(きく)ことにおどろき。舌(した)すくみて言語(ものいひ)わかりがたく。
あるひは得ものいはず。あるひは人をも得見わかざるかたち
にて笑(わらひ)。あるひは哭(なき)。物怪(ものげ)のなせる事にやと見ゆるものあり。
又おもき症(しやう)は。総身(そうみ)【惣】熱(ねつ)つよく。口(くち)かはき。唇(くちびる)さけ。譫語(うはこと)おほ
く。喉(のんど)かはきて水(みづ)をこのみ。呼吸(こきふ)すだき。目を視(み)つめ。口(くち)噤(くひつめ)て
沫(あは)をはき。角弓(かくきう)反張(はんちやう)とて。つよき弓(ゆみ)のかへりたるがごとくにし
て。手足(てあし)をなげうち。身(み)強直(こはゞり)。煩乱(はんらん)【左ルビ:もたへ】して死(し)するものあり。又 病勢(びやうせい)ゆ






【右丁】
るくして。一旦(いつたん)死(し)をまぬかれたるも。日をひきて愈(いゑ)かね。終(つゐ)には
癇症(かんしやう)欝症(うつしやう)の病(やまひ)を生(しやう)じて。廃人(はいじん)となるものあり。是(これ)みな産後(さんこ)保(ほい)
養(やう)あしきゆへ也。薬方(やくはう)はこゝに載(のせ)ず。産後(さんこ)浴(ゆあ[み])をいましむの段(だん)。合(あは)
せ見るべし
十【四角で囲む】蓐労(じよくらう)【左ルビ:さんらう】の事
産蓐(さんじよく)に在(あり)てやめる労症(らうしやう)ゆへ。名(な)づけ蓐労(じよくらう)といふ。まづ頭(かしら)お
もくして眩暈(ふらつき)。耳鳴(みゝなり)。食(しよく)すゝまず。寒(さむけ)ありて熱(ねつ)おこり。折々(をり〳〵)
咳(がい)【左ルビ:たくり】し。口中(こうちう)かはき。あるひは大便(たいへん)ゆるみ。あるひは盗汗(ねあせ)いで。あるひ
は眠(ねむ)りこゝち悪(あしく)して。何(なに)となく気色(きしよく)おもく。あるひは血(ち)下(くだ)りて久(ひさ)

【左丁】
しく止(やま)ず。身(み)いよ〳〵痩(やせ)て。脈(みやく)も次第(しだい)に数(さゝ)なるもの。これ多くは
救(すく)ひかたき症(しやう)也。よく心得て保養(ほいやう)を大切にすべし
○産後(さんご)は気血(きけつ)おとろふるものなれば。すこし風(かせ)を感(かん)じても。
熱(ねつ)去(さり)かたくして次第に重(おも)り。この症(しやう)を引(ひき)おこす事はなは
だ多し。すべて産後(さんご)は。風寒(ふうかん)を恐(おそ)るゝこと。平生(へいぜい)に百倍(ひやくばい)すべし。
○懐妊(くわいにん)のうち色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】をたつと。心気(しんき)【左ルビ:こゝろ】をいためざるとの二ツを。大切(たいせつ)
につゝしみぬれば。蓐労(じよくらう)とおぼしき症(しやう)あらはるゝとも。真(しん)
元(げん)つねにみちぬるゆへ。日を歴(へ)てをのづから愈(いゆ)る也
○蓐労(じよくらう)のかたち大抵(たいてい)そなはりたるも。幸(さいはい)に快気(くわいき)のみちに

【右丁】
いたりなば。なを〳〵保養(ほいやう)を大切(たいせつ)にすべし。全体(ぜんたい)この症(しやう)は。気(き)
血(けつ)のおとろふるより発(をこ)るものなれば。二年三年の久(ひさ)しきも。
かたく色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】をつゝしむべし。たとへ滋味(じみ)補薬(ほやく)いかほど用ゆ
るとも。この慎(つゝし)みなければ。百人が百人。快気(くわいき)をとぐるものなし。
しかるを誤(あやま)りて。世俗(せぞく)の浮説(ふせつ)【左ルビ:うはさ】にのみまどひ。かしこの霊符(まじなひ)。こ
この妖祠(はやりかみ)と。四方(しはう)にさまよふばかり。まことに籠(かご)にて水をつ
るといふ諺(ことはざ)にひとしくして。善候(よきめ)の見ゆる理(り)あらじ。古人(こじん)
のこと葉(ば)にも。沸(にゑ)をやむるに泉(みづ)をもてせんよりは。まづ薪(たきゞ)を
去(さる)にはしかず。病をいやすに薬をもてせんよりは。まづ色(いろ)をた

【左丁】
つにはしかず。色(いろ)をたゝざれば。病(やまひ)ます〳〵甚(はなはだし)といへり。蓐労(しよくらう)の保(ほい)
養(やう)も。服薬(ふくやく)【左ルビ:のみくすり】餌食(じしよく)【左ルビ:くすりぐひ】を第二義(たいにき)と心得べし。とかく志(こゝろさし)ふかき医師(ゐし)を
ゑらびて。その教(をしゑ)にしたがふをよしとす
十一【四角で囲む】産後(さんご)雑症(さつしやう)の事
産後(さんご)は。時行(はやり)病(やまひ)。その外 瘡(でもの)腫(はれもの)といへども。かならず平時(へいじ)の人と同(おな)
じ事におもふことなかれ。たとへ病勢(ひやうせい)ゆるく見(み)ゆるとも。心(こゝろ)をとめ
て介抱(かいほう)すべし。産後(さんご)の当病(たうびやう)は前段(せんだん)にしるしぬれども。その遺漏(のこり)
をこゝに出(いだ)す。前陰(ぜんいん)ひらきて合(あは)ざるあり。前陰(ぜんいん)突出(いづる)ものあり。子宮(しきう)【左ルビ:こふくろ】
いでゝおさまらざるものあり。是みな出産(しゆつさん)の時(とき)。努力(いきむ)ことつよくし

【右丁】
てはり出(いだ)す也。各(をの〳〵)その治術(ぢじゆつ)あれども。こゝにのせず。たゞ産(さん)する時(とき)
の心得を専要(せんよう)とするゆへなり。また口(くち)舌(した)たゞれて痛(いたむ)ものあり。腹中(ふくちう)
には食(しよく)をおもへども。舌(した)いたみて咽(のんど)へとほりがたく。其(その)かたち大病(たいひやう)に
見(み)ゆれども。日(ひ)を歴(へ)て気血(きけつ)とゝなふれば。自然(しぜん)と愈(いゆ)るものなり。
されど懐妊(くわいにん)のうち身持(みもち)あしく。あるひは短慮(たんりよ)にして。心(むね)の火
のきゆる間(ま)なきは。産後(さんご)血(ち)おとろふるにしたがふて身(み)やせて熱(ねつ)
をこり。口(くち)舌(した)かはきて痛(いたみ)まし。終(つゐ)には命(いのち)をうしなふに至(いた)るも
のあり。すべて女は欝(うつ)怒(ど)おほくして。心(むね)の火(ひ)もえ易(やすき)ものゆへ。平生(へいせい)
にも口(くち)舌(した)あれ。歯牙(しげ)【左ルビ:は】いたむものおほし。況(いはん)や産後(さんご)は血(ち)へるもの

【左丁】
なれば。虚火(きよくわ)うごきて口(くち)舌(した)いたみ易(やす)し。とかく薬治(やくぢ)より。色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】
を慎(つゝし)むと。思慮(しりよ)【左ルビ:おもひ】をすくなくするを専要(せんよう)也と心得べし。産(さん)
後(ご)の薬方(やくはう)委(くはし)くは母子方鑑(ぼしはうかん)に出(いだ)す
○産後(さんご)脈(みやく)のすゝむもの。喘(ぜん)のごとくにして呼吸(こきふ)すたくもの。
胸(むね)いたむもの。この三ツの症(しよう)一ツにてもあらば。外(ほか)にあしきかた
ち見(み)えずとも。軽(かろ)く心得る事なかれ。いそぎ医師(ゐし)をこふ
て。診察(しんさつ)をうくべし。薬をのめば乳(ち)の出(いづ)るを害(かい)するとて。
かたく俗説(ぞくせつ)をまもるは大(おほひ)なる誤(あやま)り也。よき医者(ゐしや)の心得た
る薬(くすり)は。少しも乳(ち)に害(かい)は無(な)き也。病あらば急(きふ)に薬を用ゆべし。

【右丁】
もし薬(くすり)を用ひずして。その身(み)むなしく成(なり)ゆかば。詮(せん)なき
ことならずや
十二【四角で囲む】産後(さんご)はやく交合(かうがふ)するをいむ事
千金方(せんきんはう)に。産後(さんご)百日(ひやくにち)のあいだは。かたく交合(かうがふ)をいましむべし。し
からざれば。一生(いつしやう)身(み)やせて百 病(びやう)を生(しやう)ずるといへり。されば近世(きんせい)【左ルビ:いまのよ】産(さん)
婦(ふ)をこゝろみるに。産後(さんご)なにの悩(なやみ)なく。起居(たちゐ)つねの如(ごと)きもの。
三四十日すぐる比(ころ)。にはかに気色(きしよく)あしく。熱(ねつ)をこりて亡血(おほをり)するも
のあり。あるひはなにとなく気色(きしよく)おもく。その後(のち)次第(しだい)に身(み)や
せて。諸(もろ〳〵)の悪症(あくしやう)をこり。蓐労(じよくらう)となるものあり。あるひは急症(きふしやう)に

【左丁】
て蓐風(しよくふう)のかたちをあらはすものあり。是(これ)おほく産後(さんご)身持(みもち)あし
きゆへ也。よく〳〵慎(つゝし)むべし
○産後(さんこ)経(けい)のめぐるは。乳(ち)をのまざれば。はやくめぐるもあれども。
乳児(ちのみこ)ある婦人(ふじん)は。大抵(たいてい)一年も歴(へ)ざれば。めぐらざるものなり。
しかるに百日(ひやくにち)にもおよばずして。経(けい)の見(み)ゆるは。多くは身持(みもち)
あしくして血(ち)うごき。その期(き)をまたずしてめぐるなり。
母(はゝ)その身(み)のためあしきばかりか。血(ち)へり乳汁(にうじう)つねにみた
ざれば。育(やしな)へる児(ちご)まで。力(ちから)まさずしてそだちかたし。是ふ
かく心得べき也

【右丁】
○産後(さんこ)身持(みもち)をつゝしむこと。百日とかぎるも。大概(たいがい)をいふなり。
もし病(やまひ)あらば。日数(ひかず)にかゝはらずして。堅(かた)くいましめつゝしむ
へし。千金方(せんきんはう)に。婦人(ふじん)産(さん)するときを恐(おそ)るべからす。産(さん)して後(のち)は。
恐(おそ)れて保養(ほいやう)をつゝしむべし。しかるにたゞかりそめのこととお
もひ。保養(ほいやう)を犯(おか)し怠(おこた)りて。わづかに秋毫【左ルビ:うのけ(兎の毛)のさき】ほどのあやまりも。
病(やまひ)を生(しやう)ずるにいたりては。嵩岱【左ルビ:たかきやま】の如(ごと)し。いかんとなれば。産後(さんこ)
の病(やまひ)は。他(た)の病より愈(いゑ)かたければ也。大病(たいびやう)となり苦(くるし)み臥(ふ)して
は。告(つく)べきかたもなし。たとへおほくの財宝(ざいはう)をなげうち。四方(しはう)
に医師(ゐし)をもとむとも。詮(せん)なきこと也。志(こゝろざし)ある人これを精熟(せいじゆく)

【左丁】
すべしといへり
   果(はて)しなきくり言(こと)なれども。世(よ)の人つねに安産(あんさん)をいの
   る事は。高(たか)きも卑(ひき)【「ひく」の誤記ヵ】きもおなじ。されど出産(しゆつさん)は。もと自然(しぜん)
   の理(り)にして。その養(やしな)ひもまた自然(しぜん)の理(り)あることをわき
   まへず。おほけなくも。かの神功皇后(じんぐうくわうごう)の御安産(ごあんさん)まします
   は。懐妊(くわいにん)の養(やしな)ひ道(みち)にかなひ。金革(きんかく)をかふむり。風波(ふうは)を犯(おか)
   したまふ旅路(たびぢ)にも。無益(むゑき)に聖慮(せいりよ)【注】を苦(くるし)めたまふこと
   なく。寛厚(くわんかう)温柔(をんしう)にして。慎(つゝし)むべき事を慎(つゝし)みたまふ
   故(ゆへ)なるべし。古(いにしへ)も今(いま)も。火(ひ)はあつく水(みづ)は冷(ひやゝか)なるがごとく

【注 天子のおぼしめし。】

【右丁】
   天(てん)地(ち)間(かん)の道理(だうり)において。かはることなし。今の世(よ)の
   妊婦(にんふ)といへども。自然(しぜん)の道理(だうり)をわすれず。その養(やしな)ひ

【左丁】
   の道(みち)にそむかず。慎(つゝし)むべき事をよく慎(つゝし)みなば。朱門(しゅもん)のう
   ちに月日(つきひ)をおくる御身(おんみ)より。茅屋(ばうをく)の下(した)に雨露(うろ)をしの

【右丁】
   ぐ輩(ともがら)まで。安産(あんさん)うたがひなし。たゞ前(まへ)にしるしぬる。
   戒(いましめ)慎(つゝしむ)の二字(にじ)を忘(わす)れざるこそ専要(せんよう)なれ。


母子草下終

【左丁】
余(よ)が先子(せんし)艮山世(ごんさんよ)に在(いま)せし時(とき)つねに人に対(たい)し
て貴(たつとき)も賎(いやしき)も父母(ちゝは)につかへ妻子(つまこ)ある人は医(ゐ)の道(みち)
を学(まな)び心得ざればおもほえず不慈(ふじ)不孝(ふかう)になり
なんと唐土(もろこし)の書(ふみ)など引(ひき)て教訓(きやうくん)せられしとか
その治療(ぢりやう)のをしへもすべて簡易(かんゐ)にして用(よう)に
切(せつ)なるを本(もと)とすこのことわきてふかき心(こゝろ)ありと
いへどもたゞ人の弁(わきま)へやすく行(おこな)ひやすきを主(しゆ)と
せりさるに近(ちか)きころとなりては医(ゐ)の風義(ふうぎ)も

【右丁】
移(うつ)りかはりぬるを播磨(はりま)の頤斎(ゐさい)児島(こしま)ぬしひ
とり艮山(ごんさん)の人ごとに医(ゐ)をしらしめんの志(こゝろざし)を
慕(した)ひて母子草(はゝこくさ)てふ書(ふみ)を著(あらは)せりされば妊娠(にんしん)
は疾病(やまひ)にあらずもとより天地(てんち)生化(せいくは)の道(みち)なる
を世(よ)の人その理(り)に闇(くら)きゆゑに測(はから)ら【語尾の重複ヵ】ざる患(うれ)ひを
まねくぬし深(ふか)く嘆(なげ)きて摂養(せつやう)をあげ賎夫(しづのお)
賎婦(しつのめ)まで理会【左ルビ:がてん】しやすからしめんと国字【左ルビ:かなもじ】を
もてねもごろにさとしぬ妊娠(にんしん)の家(いへ)つねにこ

【左丁】
の書(ふみ)をもて戒(いましめ)慎(つゝしむ)の法(のり)とせば幾万(いくまん)の人の鴻益(こうゑき)な
らん幸(さひわひ)に長(なが)く世(よ)に伝(つた)へて艮山(ごんさん)のをしへと共(とも)に朽(くち)
ざらんこと作者(さくしや)のほゐならめ此ころ梓(あづさ)に繍(ちりば)めん
として我(われ)にはかるおもふにぬしの為人(ひとゝなり)や廉直(れんちよく)
温雅(をんが)にして常(つね)に心(こゝろ)を医(ゐ)にひそめ富貴(ふうき)利達(りたつ)
にかゝはらず只(たゞ)一すぢに世(よ)をすくふに切(せつ)に朝(あさ)な
夕(ゆふ)な倦(うむ)ことなしはたかしこくも余(よ)が先子(せんし)の
意(ゐ)を続(つげ)るを嘉(よみ)して我(われ)をわすれ数言(すげん)を題(だい)し

【右丁】
て巻(まき)の尾(を)に証(しやう)すといふ

 寛政八年丙辰の冬平安   後藤徽 識

【左丁】
播磨尚善児島先生編
     彫刻    丹羽庄兵衛
    《割書:江戸日本橋南一丁目》
           須原茂兵衛
    《割書:大坂心斎橋通南久太郎町》
           塩屋喜助
    《割書:京堀川通高辻上ル町》
           長村半兵衛
 書林 《割書:同寺町通松原下ル町》
           勝村治右衛門
    《割書:同寺町通二条下ル町》
           野田治兵衛
    《割書:同町》
           林 権兵衛
    《割書:同二条通柳馬場東ヘ入町》
           林 伊兵衛
    《割書:同二条通麩屋町東ヘ入町》
           林 宗兵衛【印】宋

【右丁 前コマの裏】
【左丁 見返し】

【裏表紙】

菜譜

菜譜序
むかし聖門にあそんて稼圃(カホ)をつくらん事
を学ひんとこへる人ありき是宝の山に
入て手をむなしくせむ事をはちて一 巻(ケン)
石をつかむかことし聖人かれをまなふが
小人なることをいましめ給ふかくのことき
小道も亦見つへき事あれとも君子は
泥(ナツ)まむ事をおそれて学はすしかはあれと

もわかともから無徳なるのみかは功(コウ)と言(コト)を
立つへきざえなし又 耕(タガへサ)すして食にあき
おらすして温(アタヽカ)にきて世の財(タカラ)をついやし天
地の間の一 蠧(ト)となりなす事なくて此世く
れなは鳥獣と同しくいき草木と共にく
ちなん事いとくやしけれは宝玉をすてゝ
土石をとるに同しき事ほいにあらされと
せめては又我 ̄カー力に及へるかうやうのいやしく

さゝやかなる文字をつくり老 圃(ホ)の教を
たすけて民生の業(コトワサ)の万一の小補となり
なん事をねかふのみこゝを 以世の道学
の諸君子のそしりをはちすと云事しか
り時に宝永始のとし春分の日
    築州益軒貝原篤信書す

【左丁】
    惣論
凡 諸(モロ〳〵)のうへ物先 種(タね)ゑらふを第一とす種あし
 けれは天の時地の利人の力大半すたる先
 たねをとるときゑらひてよきを用ひあし
 きをすつへし或 簸(ヒ)て其 秕(シイナ)を去或ゆりて
 去_レ之又水に入て其うかへるを去其中の最
 大にして円満なるを用へし秕をうふる事
 なかれ又わきはへ小枝に出来たるこまかなる
 実(ミ)は用ゆへからすはやく小枝ひこばへは切
 去へし

【右丁】
春月下_レ種 ̄ヲ法 日あてよき肥てやはらかなる
 地をゑらひてそのほとりに草木 菜蔬(サイソ)なき
 所を種をうふる地とすそのほとりに草木菜
 蔬あれは蟲生す冬月より沙地には田中-の
 土或黒土を半ませ赤土或黒土には沙土を
 半加へて耕し糞を多くしき又黒泥を多く
 乾(カハカ)して加へ正月より二三 遍(ヘン)耕し乾(カハカ)して其上に
 しは〳〵糞をうすくかけ乾して又耕し地を
 細に柔(ヤハラカ)にして後種をまくへし日かげ或 瘠(ヤセ)土
 堅土或熟耕せすして種をまけは苗生しか
【左丁】
 たく生すれとも長しかたくして甚おそしそ
 の細なる物は沙土或灰糞に和してまくへし
 不然はしけくして苗長せす凡種を下すに
 はうすきかよし
凡菜蔬を種るには畦(ケイ)種と漫(マン)-種との二種あり
 畦種はすちうへなり漫種はすちなく見たり
 に手にまかせてうふるなり先うへざる以前に
 地を数遍熟耕しうねのおもてを平らか
 にして塊(ツチクレ)をこまかにくたき或さり漫種する
 には糞をまきちらして乾(カハカ)し粗其上を浅く耕

 すが如にして種(タね)をうふすぢ種(ウヘ)するにはうふへ
 き所を地面より少ひきくして其 溝(ミゾ)に糞を
 しき乾かして後うふへし漫種溝種共に種(タね)に
 糞土を拌(カキマゼ)てうふ後に糞水をおくためには
 漫種はあしくすちうへにして若地せはき所にて
 地をおしまばすぢをせばくしけくまきて
 後に中のすちは菜少長してぬきとるへし
 大根 菘(ナ)にんしんはうれんけしちさからしか
 ふらいつれもすちうへよし糞水をそゝくによ
 しかねて糞を多くひろげたるはちらしまき
 もよし子(ミ)の大なる物はたねの上に少土をおほ
 ふ小なるたねはたなおほひすへからすけし
 なとはたゞはゝきにてはゝくへし風にちる
 物は其うえにわらなとおほふへし其物の宜
 きに可(ヘシ)_レ随 ̄フ又沙地を数度耕せは地気ぬけ
 て地力よはし地によるへし
夏月に屡(シハ〳〵)耕して和なる地に種をうふれは土(キリ)
 蠶(ムシ)多し堅土をに俄に耕し和らけて種れは
 蟲すくなし麦のあとはきり虫すくなし湿地
 泥土をはたかへしてよく日にほして後うふへ

 ししからされは虫生す
農政全書云凡菜子をまくに生しかたきものは
 皆水にひたして芽(メ)を生せしむへし如此す
 れは生せすといふ事なし〇今案するに
 はうれんにんしんなとは先水にひたして
 後うふへし夏日は久しくひたすへからす実(ミ)
 かたき物牡丹蓮子かきつはた美人蕉なと
 或かたからされとも生しかぬる物の実(ミ)はたね
 熟したる時そのまゝ地にまけは来春必生
 す実をとり置て来春うふれは生しかたし
 或日凡ものたねをうふるに先人のはたへに久し
 くつけてあたゝめ或鶏のかいこと同しく母鶏に
 あたゝめさせてよし
去年うへたる地に今年又同し菜をうふるを俗に
 いや地と云もろこしの書に底と云夏の菜はい
 や地をきらふ茄 豇豆(サヽケ)夕顔 刀(ナタ)豆 南(ボウ)-瓜(ブラ)冬(カモ)瓜 菜(ツケ)
 瓜(ウリ)甜-瓜 越(アサ)-瓜 烟草(タハコ)なと皆しかり去年うへたる
 物を又今年同地にうふれはさかへす必是を考
 て他地にうふへし若園せばくして同所に同物をう
 ふるには他所の土を用ひ土をかへてうふへし

 菊をうふるにも如此にす秋冬植る菜はいや地
 をいまず蘿蔔(タイコン)菘(ナ)蔓(カブ)-菁(ナ)萵苣(チサ)葱 蒜(ニンニク)菠薐(ハウレン)莙薘(フダンサヤ)
 罌(ケ)-栗(シ)蠶(ソラ)-豆(マメ)なと庭をきらはずうふへし大麦小麦
 なともいや地を嫌(キラ)はす大根菘の類はいや地に
 うへたるか殊によし
諸菜をうふるに地に糞と灰を置て其上に即
 うふるはあしくかねてより其地に糞をしきて
 ほし其糞すでに土と同しくなる時種を下す
 へし若かねて糞をしかずはたゞの土にうへての後
 苗長してやうやく糞水を以やしなふし又苗初
 て生して小なる時糞水をそゝくへからすかれや
 すし
凡蔬菜をうふるにははやきをよしとすはやくう
 ふれは長しやすく実(み)のりやすく陽気盛なる
 かゆへなり
月令広義曰春耕するはおよそきによろし冰(コホリ)と
 けて地あたゝかなる故なり秋耕すははやきに
 よろし天気いまたさむからさる時湯気を地
 中におほひとらんとするなり今案たねを
 うふるも又同し春はやくうふれは寒気いま

 たさらさるゆへ生しかたし秋おそくうふれは
 寒気すてに地に生してたね生しかたし生
 しても長しかたし
又日 種植(シユシヨク)第一のつとめは糞をあつむるにありと
 いへり糞をあつむるの法一ならす人の糞尿人
 のゆあみたる水 六畜(チク)の糞せゝなきの泥水
 かまとの灰かまとのやけ土 溝(ミソ)の泥河泥魚鳥を
 洗ひたる水魚鳥のわた又くさりたるわらかや
 及草木の葉皆是糞となる又朝夕糧米を
 洗ふ泔(シロミツ)を器を定めそれに入置て久しく
 くさらかし菜根ことにふきの根にそゝくへし半
 は溺(イバリ)を加(クハ)へてよし白水はかりそゝけは後に
 地かたまる故なり
暑熱の時草木に水をそゝくには朝夕よし日中
 をいむ晩に地気いまたさめざる時水をそゝ
 くへからす早朝そゝくをよしとす晩にも地
 気さめておそくそゝくへし
罌粟(ケシ)胡蘿蔔(ニンジン)萵苣(チサ)なと種子(タネ)をまきて後日に
 あたりかはきてうるほひなけれは生しかたし
 まきたる上に竹のたなをかまへむしろこもを

 おほひ時々水をそゝけは生しやすし萵苣(チサ)な
 とは北の屋かげ日のあたらさる所にうふるも
 よし生しやすし湿おほけれは苗生して後根
 虫生して枯る故に日おほひしたるは時々の
 けて日にあつへしかねて地をかへしてよくほし
 又土のそこに灰をおけは虫生せす胡蘿蔔(ニンジン)
 大葱ちさなと夏の頃うふる苗はきり虫くら
 ふ事多し又 蝸牛(カタツムリ)の小なるかくらふ事多し
 必虫おほしたひ〳〵すきかへして日にほして
 うふへし又生地には虫すくなし生地とは久しく
 かへさゞる地なり
月令広義曰 臘月(シハス)の雪水に菜穀のたねをひた
 してうふれは虫くはす旱(ヒテリ)にいたます〇たねを
 くしらの油にひたせはむしくはす
史記の貨殖(クハシヨク)伝に千樹の棗(ナツメ)栗 橘(ミカン)漆 桑(クハ)竹 梔(クチナシ)を
 うふれは其富千 戸(コ)侯(コウ)にひとしき事をいへり
 又桐 梓(アツサ)朴(ホヽノキ)杉桧柿梨 荏相(アフラギリ)棕櫚(シユロ)等をうふる
 も其益同しかるへし古語に十年之 計(ハカルコトハ)在_レ種(ウフルニ)_レ
 樹 ̄ヲといへり土こえたる山-中原-野乃空地を用
 ひて其土に宜しきをうふれは十年の後は必

 大に益あり
閑情 寓奇(クウキ) ̄ニ曰園につくる菜はいつれも不浄を
 用るゆへ甚けがらはし水にひたして根をいく
 さひもよくあらひ葉はわらばけにてうらおも
 てよりなでてあらひ用ゆへし是日用の物世
 人のつねに心を用ひていさきよくすへき事
 なり愚謂神前にそなふる饌(セン)に菜を用ひ
 は殊にいさきよくあらふへし山菜水菜は
 をのつからきよし
圃のかたさがりなるは土の性なかれて地やせ菜の
 出来あしゝ段を多くつけて地を平(タイラカ)にすへし
 或菜をうふる一段々々をろくにするもよし
万の菜蔬に水をそゝく事地やせ根土堅ま
 りてあしく糞水をそゝくへし糞一桶に水三桶
 加(クハ)へ大 瓶(カメ)に入三四日置て後是をませてそゝ
 くへし久不_レ雨 ̄フラは水を少そゝきてよし水多
 くそゝきて地を堅くすへからす但苗を初て
 うへていまたありつかざるには糞水をそゝ
 くへからす水をそゝくへし
高木の下にひきく菜をうふるはあしからすさ

 さけなとの高く生するものはあしゝ
諸菜類の名字と形状は別に大和本草にしる
 したれは此書に詳にせす

菜譜巻之上                 貝原篤信編録
  圃菜上
蘿蔔(タイコン)【左横に「オホね」】又莱菔(ライホク)と云和名おほね古歌にかゝ見
 草とよめり俗に大根と云をよそ菜の内に
 て尤益ある物なり諸菜の第一とすへし
 〇種(タね)を取法霜月に根を引て一所に埋(ウヅ)め置
 たるを正月に根ふとく本末同しきをゑらひ
 てひけを去地の間壱尺あまりつゝ置てう
 ふへし又霜月に根のひけを去一両日日にほ
 してうふるもよし大根は根高くあがるゆへ

にうへたるまゝにてほり出さすして置たねを
とれは見いりあしゝほりいたしたる根をふか
くうふへしうへて後やせ地には糞水をそ
そく長して後風にたをれさるやうにませか
きをすへし実のよく入たる時のきの下につ
りてほし皮を去 子(ミ)をとりて置へし一説に
大根牛蒡たねをとるに根の三分一より下を
切すてゝうふへし其せい下にゆかすして
上にのほる故見よくのる或云たねをとるに
は根の半より下小根のある所より下を切
すてゝうふへし三分一より下を切にかゝはらす
〇農政全書曰四時皆うふへし然とも秋初を
尤よしとすやわらかなる地よろし五月に
五六度すき六月六日うふ先地をしは〳〵すき
たるかよし又曰三月にまきて四月可_レ食五
月まきて六月可_レ食七月まきて八月可
_レ 食地は肥土によろし糞水をはしは〳〵そ
そくへしうすくふへし又曰地をゑらふ事
生地によろし生地とは去年か此春よりうへ
物ありていまたすきかへさる地を云うへもの

有し跡は地かたくして虫いまた生せす生地
よくすきかへしてよし先かねて地に熟糞を
しきうふるときは灰糞に子をませてまくへ
しまきて後しけきをぬきてうすくすへし
しけきはあしゝうすけれは根大にして味よし
尺地に二三本あるへし〇月令広義曰肥たる
土又沙地によろし露水をおびて地をすけは
虫を生す〇居家必用曰去年のふるたね立
夏を過てかねて熟耕したる地にうふれは五
月に根大なりおひ〳〵にまきて苗をとるへし
〇大根をうふるにかねてうなきのほね又かしら
を取おき黒やきにして大根たねにまぜて
うふれは虫くはす菘(ナ)蔓菁(カブラ)をうふるも同し
地をかねてより屡(シバ〳〵)ふかく熟耕し糞をしき
其地をよく日にほして其後に子をまくへし
如此なれは糞すくなくしても根大なり六月
にうふれは早く長して虫はます根も大なり
おそくとも七月上旬を過へからすおそけれは
虫多くしてさかへす根小し蠧(ムシ)を毎日取つく
すへしよしみ柴と云木の葉を煎してかく

れは虫死ぬ其後雨ふり柴の汁去て葉を
採(トル)へし苗こまかなる時小便をしは〳〵そゝけは
早く長してやはらかに味よし菘(ウキナ)蔓菁(カブラ)も同
しはしめよりうすくうへ苗生して後しけき
を多くぬき去てうすくすへししけゝれは
根小なりあづ土のやはらかにふかき地にう
ふれは根甚大なり山城の長池の辺尾州筑
後なとは地よきゆへに根大なり〇居家必用
に十二月に大根穴くらをほり其内に架(タナ)を作
りさかさまにかけ置穴の口をふさくへし心そ
こねす久に堪(タフ)〇大こんの類多し三月大根と
いふ物あり常の蘿蔔と同し時にうふ或少お
そくしても可也二三月にいたるまて根不_レ 老味
甚辛し又もち大根といふ物あり三月大根よ
り根大なりうふるとき三月大根に同し葉
は地につきて生す根は土中にかくる是三
月大根にまされり四月まて不_レ老長して後
移してもよし是ほりいりな也伊吹大根あり
其根ねすみの尾のことし守口大根あり長し
つくしには小(コ)大(ヲホ)根(ね)あり小也野に生す正二月に

 ほりて葅(ツケモノ)とす味からし又他方に尾張大根あり
 相州はだ野大根赤大根等あり
蔓菁(カブラナ) 農政全書曰うふるに多きを求めず只
 地よき所家のふるあとにあつまりたるほこり
 土をひろけて新土をもかねてより置て其
 上にうふへし若ふるあとの土なくは灰を厚
 さ一寸はかり敷てうふへしあつく多きはあ
 しゝ先下地をよくすきて七月の初めうふへし
 うるほへる地にうふへからす地かたまりてあ
 しゝ又曰蔓菁(カブラナ)は民食をたすけ凶年をわた
 り飢饉(キキン)をすくふ凡凶年に久しく菜をのみ食
 して穀をくらはされは顔色あしくなる只
 かふらと菘とを久しく食しては色あしから
 す其根と茎(クキ)にうるほひあるゆへなり苗はし
 めて生してより子をむすふ前まて食ふ
 へし根は冬月にいたりて味とし春は薹(クヽタチ)を生
 す菜中の上品とす四月に子を取て油とす
 又曰うなぎの汁に其子をひたし日にほして
 うふれは虫くはす又曰正月より八月まて月
 ことにうへてよし又曰春たう立たるをつめは

子を生する事おそし又日子をゑらひう
へ生(オヒ)出て小きものをぬき去食す毎本相
去事一尺許若うつしうへは長五六寸なる
とき其大なるをゑらひて移(ウツス)へし又曰うふ
る法先草をさり雨過て地を耕す雨ふ
らすは一日まへより水をかけ地をうるほし
明日よくすき作(ナシ)_レ畦(ウネヲ)或うねを切或 漫(ミタリ)にまく
上に土をおほふ事一指の厚 ̄サ ほとなるへし
五六日の内雨あらは水を不用雨なくは水
を少かくへしおほけれは地かたまる苗生し
て一寸より以上にならは糞水をそゝくへし又云
沙土にうふへし沙土ならさる所には多く草
灰を用て地を和くへし土かたけれは根大な
らす又曰かふらのみのる事おそし梅雨(ツユ)に
あへは多くはみのらすしいな多しうふる時
たねをひてしいなを去へし或ゆりてよし
子(ミ)の大にして円満なるを種へし若 秕(シイナ)を
うふれは根大ならすして葉は虫くふ八月に
種れは葉 美(ヨク)して根小なり唯七月初うふ
れは根葉共によし〇居家必用曰肥地を六

七遍耕し土を細にしてうふへし子はふるき
がよし乾うなきの汁に実をひたしてうふれは
生して後虫くはす子をとるをは茎を折取へか
らす〇蔓菁を一名に諸葛菜(シヨカツサイ)と云諸葛孔
明 止(トヾ)まる処の陣に兵 士(シ)に必 蔓菁(カフラナ)をうへし
む六の益ある事を劉(リウ)禹(ウ)錫(シヤクガ)嘉 話(ワ)録にしる
せり故に諸葛菜と云 蔓菁をうふるに先
かねてより地をふかく熟耕する事二度糞
を敷てほし雨を待て後又熟耕しうねを
切て子をうふるへしうふる時子を糞土に和し
てまくへし苗生してしけきを抜きやうや
く抜てうすからしめ虫あらは毎日とりつく
すへし苗長して後糞水をそゝき或 畦(ウね)を
切てうへたるには糞を其間に敷へし或曰宅
中は虫多し六月十日より前に早くまくへし
おそくまけは七八月湿熟の時虫生して
くひつくす且おそくまけは冬中には長せ
す只春に備ふるのみむ虫はをくひつくさは
そのまゝ置正月に至て薹(クヽタチ)生るを取へし
二月におはるかふらも菘もたねを取には

 茎立をとるへからす枝多きを去へし又宅
 中には十一月に郊(カウ)外にあるを買取てうふへ
 しうへて後糞水をそゝくへしやうやく葉を
 取茎をとり正二月には薹(クヽタチ)出るを折取へし
 是春中の嘉蔬(カソ)とすへし凡かふらを作るに
 糞をしは〳〵そゝくへし〇一種すはりかふあ
 り根大なりうすくまきてしけきを去て
 相さる事一尺余なるへし糞をそゝけは甚
 大なり根上にあらはれてすえおきたるか
 如し〇油菜(アフラナ)と云物あり一名 蕓薹(ウンタイ)と云菘
 にも蔓菁(カフラ)にも似て別なり葉茎は味おとる
 田野に多くうへて其実をとりて油をしほり
 とる西州に多くつくり畿内に上(ノホ)す三月に
 花さく花 黄(キ)にして満地(マンチ)金のことしうへやう
 かふらにおなし
菘(ウキナ)《割書:ミツナ|ハタケナ》本艸綱目農政全書其余諸書を考
 るに京都の水菜はたけな近江のうきな兵(ヒヤウ)
 主菜(スナ)鄙(イナカ)にて京菜白菜といへる皆菘なり
 ほりいりなと訓するは誤なりうへ時うへやう
 蔓菁に同し苗長してうつしうへてよし如此

 すれはさかへやすし種をまきたる所にその
 まゝ置しけきを早くはふき去もよし味
 よき事蔓菁にまされり又飢饉を救ふに
 よし根葉茎ともに食す但白朮蒼朮を
 服する人はいむへし又ほし物として其葉も
 根も大根にまされり正二月 薹(タウ)【左に「クヽタチ」】出つ味尤よ
 したねをとるには茎をおるへからす枝を去
 へし京都の水菜味すくれたり次に近江菜
 根大にして味よし天王寺菜江戸菜なとも
 よし江戸菜は根長くして蘿蔔(タイコン)ににたり又白
 菜あり味よし又一種おそなあり正二月まては
 さかへす三四月かふら菘なとつきて後長して
 栄茂す糞を多くかくへし葉の色こく青し
 味少おとれりされと他菘のすきて後久し
 く残りてよし〇近江の菜づけ賀茂の
 酸菜(スイナ)のつけ物名物なり味すくれたり
芥(カラシ) 月令広義曰八月たねをうへ九月に別に
 うねをおさめて分ちうへしきりに糞水
 をそゝくへし農政全書曰其種一ならす七
 八月うふへし苗長して移しうふへし厚

く土かひ草あれはほり去又日八月にちら
しまきし九月に畦を治め分ちてうふ糞
水をしきりに灌(ソヽ)くへし本艸時珍日白芥
は八九月にうふ最狂風をおそる大雪には
つゝしんてまもるへし〇冬おほひをすへし
不_レ然は風寒に葉枯る〇月令広義日芥
菜は末伏にうふへし末伏は七月の節に
入て初の庚の日なり〇白芥子は薬に入 実(ミ)
尤からく葉大に味よき事他の芥にまされ
り凡芥は蘿蔔(タイコン)より少おそくまくへし或日
苗長して十二月に移しうふへし芭蕉からし
と云あり其葉ひろしいらなといふものあり
葉の両 旁(ハウ)きれてきさみあり芥の類なり
菜となして食すつねの芥にまされり
本艸時珍曰花 ̄ノ芥葉多 ̄く_二缺刻(ケツコク)_一如_二蘿蔔英 ̄ノ_一と
あり是いらななるへし凡芥はつけものと
して味よしされとも性よからす一種実多
して葉のすくなきあり実がらしといふ春
不老(フラン)あり葉大にしておそく老(ヲ)ふ尤よし
とす

胡蘿蔔(セリニンシン) 菜中第一の美味なり性亦尤よし農
 政全書曰三伏の内にうねうへにし或こえ地に漫
 種ししきりにこえ水をそゝけは自然に肥大也
 三伏の内とは夏至の後第三庚より立秋の後
 初庚まてを云〇根の色黄なるをよしとす
 四月下旬五月初にふるたねを以うふ又六月に新
 たねをまくかねて沙多き肥地をふかく耕し
 て糞を多く其上にしきあつき日にほす如
 此する事二度地をやはらけ上をろくにし
 塊(クハイ)石を去種を二日水にひたし後沙土に拌(マゼ)
 てうねをなし二尺五寸ほとのうねに三すち
 にまく一所に五六粒まく後にぬき去へし間
 とおくまくへし上に又糞土をうすくおほふ
 厚けれは生せす生して後にしけきをやう
 やく多く抜去へし稀(マレ)に有ほとにして後
 よき比になる如此なれは根大なりかやうに
 ふるたねを四月にはやくまけは日にいたま
 すして生しやすく五月雨の内に長して
 六七月の暑にもいたます但暑月には時々
 水をそゝくへししけくまけは根小なり或日

ふるたねをまけははやく薹(タウ)たつ畦(ウね)うへに
すれは後に糞を敷によし又新きたねを
うふるには種を家に納むへからすかねて地を
こしらへて子をとる時にすくに早くまくへし
但暑月にはうへて後日をほひして時々水を
かくへし不然は日にいたみて生しかたし生し
て後もおほひして時々日にあてしは〳〵
水をかくへし如此すれは甚人力を費すたゝ
ふるたねを用ひて五月初にうへてよし不
然はことしのたねを六七月にはやくうふへし
八月にまけは日おほひせす水をそゝかすして
生す又虫を取の苦労なし又朔日まきとて
毎月朔日にまけは苗年中たへす小なるを
引てとるへし〇たねをゑらふには花開く時
細なる枝花をみな切去へし不然は秕多く
子小にして生して後其根肥大ならす二月
にはたうたち根老て味なし其内早く根
を取へし十二月正月の初め大こんをおさむる
法のことく早くほりてか乾土にうへおけは老
る事おそし園史曰潮の沙地に宜し

 六月にまきたるは七月其苗をわかちうふ
 七月にまきたるは八月にわかちうふ根はいと
 につらぬき風ふく処にかけてほして食す
 るもよし〇又野胡蘿蔔あり本艸綱目胡
 蘿蔔の条下に見えたり俗にやぶにんしんと
 うふ胡蘿蔔に似たり食ふへし味おとれり
 根は小なり生茂しやすし木かけにもよし
韮(ニラ) 埤雅曰韮者久也一たひうふれはいつまても
 ひさしくある故なり爾雅 翼(ヨク) ̄ニ云正月色黄に
 していまた土を出さる時味尤よし韮黄と名
 つく種樹書 ̄ニ曰韮をうふるにはみぞを深く
 してくぼき所にうふへし水をかけ糞をかけ
 んためなり李時珍か曰根をわかちうへ子を
 うふ 農政全書曰九月に子を取二月下旬に
 子をまき九月にわけてうふ十月にわら
 の灰を以てにらの上に三寸はかりおほひ
 其上に土をうすく置けは灰風にちらず
 立春の後灰の内より芽(メ)出るを取てくら
 ふへし又曰行をなしすちをたてゝうへ両う
 ねの根一所に付さるやうにすへし鶏糞を

 用てこえとす尤よし冬月は馬糞をおほふ
 へしうふるにうねを深くしねふかくうふへしし
 からされは根あがりてあしゝ一年の内五度ほと切
 取へしきる度毎にあとに糞水をかくへし〇
 月令広義曰根久しくしてましりむすへはしけ
 らすわかちて老(オヒ)根をつみさりてうふへし〇
 本艸に五月食すれは神をやふるきるには
 日中をいむ二月に食して尤よし蜜(ミツ)と牛肉
 に同食すへからす〇うへて後年久しくして
 地かたくなり根しけくむすぼれたるをはほり出し
 わけてうすく植へし上にわらあくたをかくれは
 きえやすし剪(キリ)口に灰を置へし間遠くうへ時
 々小便をかくれは一茎より二茎を生し葉大
 にして味よし又俗にがいと云にらあり冬は葉
 枯て見えす其他は皆にらと同し和にして
 味つねのにらよりよし薤にはあらす薤はらつ
 けうなり
蔥(キ)【左に「ヒトモシ」】和名きといふきは一字なる故に後世にはひ
 ともしと云わけぎかりぎなといふも本名を
 きと云ゆへなりうす青き色をあさぎと云

 
 

 

は浅葱とかくへし葱色のうすきなり浅黄と
書は非なり〇農政全書曰四種有冬春二種有
子をとりてうすくひろけて陰乾(カゲボシ)にす七月に
地を数遍耕してうふ四月に中をすきて後
かる高くきれは菜なく深(フカ)くきれは根をそこ
なふきるには早朝よし日中あつき時伐る剪(キル)事な
かれ不 ̄レ_レ剪は不_レ茂(シケラ)剪過(キリスコセ)は根あかる八月にして
やむへし十二月に枯葉と枯 袍(ハカマ)を去へし如此せ
されは春しげらす 又曰二月に葱を別ち六月
に大葱を別つ七月大小葱をうふへし夏葱を
小と云冬葱を大と云〇王 禎(テイ) ̄カ曰葱をうふるに
は時にかゝはらずひげをさり少日にほし間遠く
根をしけくうへて後あらぬかを糞にませて
根にをくへし園史曰葱は鶏糞を以てやし
なふへし〇葱二種あり一種冬春わかちと
るをわけぎと云冬葱なり一種五月に盛な
るあり俗に五月葱といふ夏葱なりつねに
かりて食する故にかりきと云わけきは十月
に苗を分てうへ正月三月にわかちとり五月
に根をおさむ又かりて用るにはそのまゝ置

てかるかぶ大になりたる時 分(ワカ)ちうふへし此冬葱
味尤よし葱を食するには先よく煮て悪臭
を去へし此二種の葱にも実あり葱の類はた
けにあるにわらあくたかゝるをいむいさぎよくす
へし松葉なともかゝるをいむひともしのたねをわら
につゝめはかるゝひともしの類いつれもわらをいむ〇大
葱四月に子を結ふ黒くてひらしかねて地を耕し
て日にほし糞を敷きほして又耕し地を細に
して子の熟したる時即種をくたし水をかく苗
生して日てりをおそる上に棚(タナ)を作て日をお
ほふへし時々日にあつへし湿すくれは虫生す七月
の頃長して移しうふへし〇大葱をうふる法両
間を広くし相去事二尺はかりにす溝をふか
くほりて溝中にうふ初一時に根を甚深くう
ふれはくさる長して後両間の土をやう〳〵に溝
の中に培(ツチカウ)へし一時に多く土うふへからすしは〳〵
培ひて根をふかくすへし如此すれは白根なか
し白根の長き味尤よし一所に五六茎あつめ
うふ大小各類を分つへし大小ましはれは小は大
にせかれて長せすうふる時葉を切へからす長

 して根を分ち取て食へし又四月子なりての
 ちその茎を切去宿根より新葉生するをも
 可_レ食又冬間かりて食す其あとより新葉生
 し春に至て肥大になる冬春ともにかりても
 よしかりて宿根をのこせは久しくありかり取へ
 しおよそ大小葱共にやはらかなる沙地に宜し
 糞水をしきりにそゝくへし小便尤よし又湿お
 ほけれはきりむし出来又かたつふり生し皆きり
 つくす事あり用心すへし
小葱(アサツキ) 八月に種をくたし五月に子を収(ヲサ)むうへやう
 ひともしに同し本艸に胡葱ありあさつきと同し
 からす
蒜(ニンニク)斉民要術曰やはらかによき地によろし三遍熟
 耕し九月初うふ種 ̄ル法 隴(ウね)をきりて手を以てうふ
 五寸に一かふうへてよし〇農政全書曰六七月に
 小蒜(ヒル)をうふ八月大蒜をうふへし又曰蒜をうふる
 にはすちを作りて糞水をかくすちうへにする
 かよし又曰うふるにかふことに先麦 糖(カス)少許を下
 すへし地は虚なるに宜し肥地を鋤(スキ)てうね溝を
 立て二寸へたてうふ糞水をかくへし〇大蒜に

 其実末に生せすして本の方根より三四寸上
 にみのるありつねの大蒜は末にみのる凡大蒜
 は甚臭あしくしてして常に食しかたしといへとも
 効能多し人家に必 貯(タクハヘ)置へし食毒をけし
 腫物にしき衂血(ハナチ)にすりくたきて足のうらに
 ぬり衂血やみて早く去へし去されはいたむ又
 灸治に用ひ痔瘡を治す又麪と肉を食する
 に用ゆへし本艸に夏月是をくらへは暑気を
 解(ケ)すといへり源氏物語帚木にこくねらのさう
 やくを服すとあるも蒜の事也暑を解する故
 なるへし此外猶其功多し
薤(ラツケウ) 本艸日からけれとくさからす斉民要術に軟(ヤハラカ)
 なるよき地を三さひ耕し二月三月にうふ秋
 うふるもよし葱をうふるには三を一 本(カブ)として 薤
 をうふるには四を一本(カブ)とす一尺に一 本(カブ)うふ葉生
 して攏(ウネノ)中をしは〳〵すくへし草を生せしむ
 へからす根を取には葉を剪(キル)へからす地をふかく
 し培(ツチカヒ)てよし白根長くなる農桑通訣に曰うふ
 る法韭と同し月令広義にうねみそを立て
 うへ牛馬の糞とぬかとを拌(カキマセ)て上におほふ八月

 にうへて来年五月に根を取〇時珍曰八月に根
 をうへて正月にわかちて肥地にうへ五月に根をとる
 〇 薤(ガイ)一名 ̄ハ藠(ケウ)子俗にらつけうと云は辣藠(ラツケウ)の字
  なるへし根はすみそにて食し煮て食す或糟
  につけ或醋一合醤油二合に二三十日許ひたして
  食す皆よし本艸を案するに薤の性よし曰三
  四月生なる者をくふ事なかれ
紫蘇 農政全書曰二三月下 ̄ス_レ種 ̄ヲ或宿子在 ̄テ_レ 地 ̄ニ自 ̄ヲ生
  又曰肥地にうふれはうらおもて皆紫なりやせ地に
  生するは背(ウラ)紫にして面青し居家必用 ̄ニ云肥地
  を熟耕し五穀を種るか如くす〇二月初まくへし
  陰地に宜からすこえてやはらかなる土を耕しう
  ふへし葉をは梅雨の前後早く取へし性よし久
  旱にあへは葉の色かはりて性あしく葉うらおもて
  紫なるをゑらひ取虫を去洗ひて半日日に
  ほして後かけほしにすへしかさなりたるはわかつ
  へしわかたざれはくさる〇朝鮮紫蘇はうらおもて
  紫なり味も性もよし〇紫蘇は長せんとする
  時梢をつみ折へしわきより枝出て葉多し
  糞をいむ

蓼 水辺又は湿地に宜し秋穂を生す小蓼春
 夏早く穂を生するあり又大蓼あり穂甚
 大なり豊前彦山に多しひこたてと云つけ
 物とすへし別に又大蓼あり又唐蓼とて葉つ
 ねのたてより大に色紫なるあり小蓼より味
 はけしからすしてよく凡たては魚毒をころし肝
 気をさる是又菜中のかくへからさる物也但おほ
 く食へは血をへらし津液をかはかす性よからす
 煮汁味甘し
胡 荽(スイ)夏月に子をとり八月にまくうすくうふへし
 冬春長す南 蛮(ハン)の語にこゑんとろと言その実
 も葉も生なるは臭甚あしゝされとも悪臭を
 よくさるおよそ臭あしき物を食してくさき
 とき胡荽の子(ミ)を少しくらへはたちまちきゆる生
 魚肉の腥き物猪肉鶏肉又かあしき物に少く
 はふれは腥気悪臭たちまち去る疱瘡を
 わつらふにかあしき物又はけかれにふれて色あ
 しくなるに胡荽子をせんしてかへにそゝくへ
 したちまちなをる子を末して小器に入
 置て時々魚肉なと腥きものにかけて食す

 へし今此物の益ある事をしれる人すくなし
 王禎 ̄カ曰宜_二湿地_一 ̄ニ衣以_レ灰 ̄ヲ覆_レ ̄フ之 ̄ヲ水 ̄ヲ澆 ̄ケハ則易_レ ̄シ長 ̄シ宜_二
 肥地 ̄ニ種_一 ̄ルニ之 ̄ヲ
薄荷(ハクカ) 時珍曰三月に宿(フル)根より苗を出す清明前
 後根をわかちうふへし〇日あてよき所にうす
 くうふれは甚茂る糞尿をいむ〇膾あつものす
 いものなとに入れは香気をたすけ腥気を去る
 きさみてくはふへし長せんとする時梢をつみお
 れはわき枝多く生して葉しげる四五月に早く
 葉をとる六月に又葉をとる葉をつみ取て日
 に一日ほし其翌日かげほしにしてよし茎小に
 して気かうはしきを薬に入と本草に見へた
 り倭俗是をりう薄荷と云是を用ゆへし一
 種ひはくかと云有気かうはしからす用ゆへからす
蒔蘿(ウイキマウ) 小 茴(ウイ)香ななり春日あてよき地をかへし細
 にして先水をそゝき子(ミ)は新しく香きを用てうふ
 或雨ふる時うふへし夏日のあつきにいたむには
 日おほひすへし旱(ヒテリ)には水を澆(ソヽ)く秋にいたり熟
 したる子を漸々に摘(ツミ)取へし十月にからをきり
 去て糞土にて根をおほひ三月に去へし又宿

 根(ね)より生す宿根は十月に土うふへしと月令広
 義に見えたり又 蛮(バン)語にいのんどゝ云物あり茴香
 と同類にして別なり年々子をまきて生す冬
 は根かれて宿根より生せす
山葵(ワサヒ) 辛き物の内味尤よし順和名抄に山葵山
 薑の字をわさびと訓すしかれとも漢名を別
 書におゐて未見す高山の上寒地に宜し平
 原の里に宜からす〇わさひなきとき作りわさ
 ひをする法からしをすりてしやうがを加ふるへし
番椒(タウガラシ) 近世 朝鮮(セン)より来れり故に高 麗(ライ)胡椒と称
 す其形代大小長短 尖(とが)れるあり円(マル)きあり上に向ふ
 ありしたに垂(タル)るあり肥 壌(ジアウ)の地に宜し一所に種を
 うへて苗生して後うつしうふへし或好 事(ズ)の人
 は盆にうへて鑑賞す其実よく乾きたるを
 細末し置て胡椒山椒の粉のことくに食品に
 加へ用ゆ李時珍食物本草註言無_レ毒宿食を
 けし胃口を開く

菜譜巻之中
  圃菜下
萵苣(チサ) 農桑通訳 ̄ニ曰先水を用て種をひたす事一
 日湿地の上に布を敷子を其上に置盆椀を以
 合 ̄セ_レ之 ̄ヲ芽(メ)生(ヲヒ)出る時うふへし秋社(シウシヤ)の前にも正二月に
 もうふ 本草曰正二月たねをうふ肥土によし紫
 ちしやは有_レ毒 月令広義曰八月たねをくたし
 十月に分ちうふしきりに糞水をそゝく〇ちさの
 類数種あり葉長きあり紫色なるは毒あり
 うふへからす只葉大にしてたうおそく出おそく

 老(ヲヒ)てさかり久しきあり是をよしとす五月ま
 て食すへし他の種は四月に老(ヲヒ)て薹(クヽタチ)早く生す
 うへやう沙土をよくかへし糞を敷て又かへしみ
 を水にひたし沙土糞土或灰にませてまくへし
 長して後移しうふへし後に糞水小便をしは〳〵
 澆(ソヽ)くへし七月に早くまくへし又時を追てやう
 やくまけは常にあり日かけにまけは早く生
 す寒きときは不_レ生子は六月にみのる薹(タウ)た
 ちて後おりかけ置てよしよくみのると云久旱
 すれは薹長せすして枯る又葉を多くとれ
 は薹生せす実を取をは三月以後葉を取へからす土を
 かひてよし雨久ふらすは水をそゝくへしくきは皮を
 はぎて膾とし梅づけに加へてよし南 京(キン)ちしやと云
 物あり葉大にして花黄なり味よからすおらんたち
 しや四五月青き花さく葉に光なしうるはしから
 す朝ひらき夕にしほむ冬はわらにて包むへし
 葉しけりて白く生にてもくらふ
蘘荷(ミヤウガ) 斉民要術 ̄ニ曰宜 ̄シ_レ在 ̄ニ_二樹陰 ̄ノ下 ̄ニ_一 二月 ̄ニ種_レ之一たひ種
 れは永 ̄ク生す亦不_レ須(モチヒ)_レ鋤(スクイ) ̄ヲ微(スコシ)須(ベ) ̄シ_レ加_レ糞 ̄ヲ以_レ土 ̄ヲ覆(ヲホフ)_二其上 ̄ニ_一 八
 月 ̄ノ初 踏(フンテ)_二其苗 ̄ヲ_一令 ̄ム_レ死(カシ)不 ̄レハ_レ踏(フマ)則根しけらす九月 ̄ノ中

取_二傍(カタハラ) ̄ニ根 ̄ヲ_一為(ナス)_レ葅(ツケモノ) ̄ト十月 ̄ノ終ぬかを以おほふへしおほはさ
 れは寒にいたみてかるゝ二月にはらひさるへし〇八
 月以後は上をふむへしふめは根しけりて来年花多
 しわかき時茎を食し夏秋花を食す花を生る
 に夏秋二種あり六月に花を生するあり七八月
 生するあり疑冬と一処に栽(ウフ)れは不_レ茂(シゲラ)疑冬根と
 たかひに相 妨(サマタ)くれはなり樹陰(コカゲ)にうへてよしこかけな
 くんは畦をなして他の菜のことくうへ夏は其上にこも
 をいおほふ或其西南に扁豆夕顔南瓜等をうへ高 棚(タナ)
 を作て蔓(ツル)をたなにはゝせ旱を避(サク)へし俗 ̄ニ曰蘘荷は
 甚鐡をいむ鉄器にてかるへからす鍬(クハ)にてほるへからす
 一処に久しくありて鋤(スキ)かへさゞれはしける雨しけき年
 長茂す春茎をきれは秋花を生せす
疑冬(フキ) 旱(ヒテリ)をおそる木かけにうふへし糞水糟汁或 泔(シロミツ)
 と小便と当分にまぜ合せてしは〳〵そゝけはしけり
 て味よくやはらかなり八九月にすきて根土をやは
 らかにして改うふへし京畿にははたけにうふ尤よし
 花は臘月より生す生にてすりてみそに加(クハ)へあたゝ
 めて食す味よし塩つけみそつけもよし本草
 綱目に疑冬の説詳ならさる故ふきを疑冬(クハントウ)にあ

 らすといふ人あり李時珍か食物本草を見る
 に疑冬なる事うたかひなしふき初て生し葉
 小なるを銭ふきとて葉どもに食す二月より四
 月まて茎を食す〇一種つはと云草ありその葉
 茎ふきに似て光あり秋黄花をひらく本草には
 見えすふきのことく皮をさりよく煮て久しく水に
 ひたし置て食す其味ふきのことし性寒なり
 諸毒をけす尤魚毒をころす河豚(フク)の毒にあたり
 たるにもみて汁を取て服せしむへし甚験あり
 すりて赤腫につくれは消すしるしあり蒸煮
 てほし物とするもよし此草も古書に出たり
莧(ヒユ) 農政全書二月に下_レ種 ̄ヲ三月下旬移 ̄シ_二ー栽 ̄フ干茄畦
 之旁(カタハラ) ̄ニ_一同澆(ソヽ) ̄キ_二-灌(ソヽケ) ̄ハ之 ̄ニ_一則茂 ̄ル時珍 ̄カ云三月散-種 ̄ス六月以後
 不_レ堪(タヘ)_レ食 ̄ニ〇莧 ̄ノ類多し白莧赤莧紫莧又またら
 有白莧尤よし唐莧と云近代唐より来れる故
 名つけしにや圃中にみたりに子(ミ)をまき置くへし ̄ヲ自
 生して茂盛す是亦夏月の佳蔬なり旱年尤
 よし〇莧のくき長くなる時はやくつみ折(ヲリ)てよしあ
 とよりわか葉しげく生するを取べし度々おりとる
 へし

馬歯莧(スヘリヒユ) 是莧の類にあらす其葉馬歯の如く其性
 滑にして莧に似たれは馬歯 莧(カン)と云又和名をすへり
 ひゆと云も同意なり本草に蘇頌か白其葉青
 く茎赤く花黄に根白く実黒きゆへに五行草
 と名つくすりて腫物につけ脛(ハギ)瘡にぬりて能治
 す夏月圃中に自生すすみそにてさしみとす
 又実を取てはたけにうふへし肥地に生したるはや
 はらかにして味よし性甚寒冷なり脾胃虚寒
 の人にはあしゝ
地膚(ハヽキヽ) 苗長して梢(コスエ)を早くつみおれは其枝しはし箒(ハヽキ)
 に用ひ菜として食するにも枝多くしげりたるが
 よしわかき葉をはあへ物あつものひたし物としむ
 してほし物とす性あしからす漫撒或しけくまき
 苗長して移しうふるもよしうつさゞるは甚長しや
 すし糞と土うふことを用ず陰地にも生長す老(ヲヒ)
 むとする時切て可_レ為_レ帚切 ̄ル事八月の節の比を
 可(ヨシ)とす南-蛮-帚とて細-枝繁-生する有しけりて
 うるはし食すへし帚にすれはよはし不可用
菠薐(ハウレン) 農政全書曰七八月の比水を以子をひたし
 皮やはらかなる時あげて灰をませまくへし糞水

 をそゝき生(ヲヒ)出て只水を澆き長して後糞水を澆
 けは盛になる也 農桑輯要曰うねを作り種をう
 ふる事蘿蔔をうふる法の如し正月二月にもうふへ
 し秋社の後二十日うへて乾-馬-糞を以てつちかふ十
 月に水を澆(ソヽク)へし農政全書曰春月出 ̄ス_レ薹(クヽタチ) ̄ヲ時取て
 沸湯をかけて日にほして春夏の間菜なき時食
 すへし時珍か曰菠薐八月九月種 ̄ル者可_レ備_二冬食 ̄ニ_一
 正月二月種 ̄ル者可_レ備_二春蔬 ̄ニ_一〇六月地を二三遍耕
 して糞をしき乾して又耕し七月初 子(ミ)を水に
 ひたしふくれたる時糞灰をまぜうねうへふす生長
 して後糞水を澆きしけきを去へし春月くきを
 生るをは折取へし然れは又あとより新葉生す種
 を取にはくきを折へからす葉をも多く取へからす
 又花さく茎あり是はたねなし折とるへし或説に
 上旬中旬にまけは生せす下旬にまくへし此説非也
莙薘(フタンサウ) 異名 甜菜 蓁菜 農政全書云たねを二月に
 まき四月にうつす又八月にまき十月にわかちう
 ふ糞水をしは〳〵そゝく時珍云ふる根も又生す
 〇毎月おひ〳〵にまけばつねにあり故に俗にふだん
 さうと云はうれんとりさかへやすくしてつくりよし

 ゆびきて茎も葉も酢醤油にひたし食す味
 はうれんにおとらず性はよからす虚冷の人はくらふへ
 からす
藜(アカザ)本草に云 嫩(ワカキ)-時可_レ食老 ̄タルハ則茎可_レ為_レ杖 ̄ト月令広
 義曰地をゑらはすして生す〇ゆひきてあつ物と
 しあへ物とし或醤油にひたし食すもろこしにて
 あかさのあつものは貧賤なる者の食とす
野蜀葵(ミツバゼリ) 本艸にのせす救荒本艸に見たり毒な
 し性は大抵芹に同しかるへしうゑやう芹におな同し
 樹下墻--下溝中日かけ湿地に宜しみのりたる時
 とりおさめ早くまくへしよく生す子おちて自能生
 す其茎味よしむかしは不_レ食近年食する事をし
 りて市にもうる春の間食す他月は食するに
 たらす
小薊(アザミ) 本艸綱目 ̄ニ蘓頌 ̄カ曰二-月 ̄ニ生_レ ̄スルヿ苗 ̄ヲ二三寸 ̄ノ時 併(アハセ)_レ根 ̄ヲ
 作_レ ̄シ菜 ̄ト茹 ̄トシ食 ̄フ甚-美(ウマシ)多_レ ̄シ刺(ハリ)心中出_レ花 ̄ヲ頭如_二紅花_一 ̄ノ而青-
 紫-色宗 奭(セキ) ̄カ曰 大薊(ヲニアサミ)葉 皺(シハミ)小-薊 ̄ハ葉不_レ皺(シハアラ)以_レ此為_レ異 ̄ト
 〇葉わかき時煮てあへ物として食す味よし性亦
 よし茎を日かけにさしてもつく大薊は鬼あさみ
 と云わかき時葉を食す大小ともに性よし

苦芺(サハアサミ) 小にしてはりなし味小あさみの如し沢辺に生
 す性あしからす食ふへし
苦菜(ニガナ) 一名茶と云けしあざみとも云その葉けしに似て
 両わきに刻(キザミ)ありてあざみの葉の如し冬月春-初苗
 生す茎の長さ二三尺にいたる其葉茎をおれは乳
 汁の如くなる白汁いづ其花黄なり花のかたちあ
 さみの花に似たり花の上に白毛あり風にしたかひて
 飛ふ其 子(ミ)おつる処に生す其葉味ちさの如し
 ゆひきてあつものあへ物ひたし物として食す性寒
 なり毒なし脾胃虚寒の人には宜しからすといへ共
 功能多し今の人是を食ふ事をしらす馬にもし飼へし
萱(クハン)草 居家必用云うすくうふ一年過てしけくなる
 春の初苗わかき時切て食ふへしきれは又生す夏
 秋にいたれは不_レ堪_レ食 ̄ニ
蒲(タン)公英(ホホ) 秋苗生す四月に花開く花ちりて絮(ジヨ)【左に「ワタ」】
 あり絮 ̄ノ中に子(ミ)あり落 ̄ル処に即生す葉をつみ取
 へし根より又生す甚磐茂しやすし葉をゆひ
 きて水に一夜ひたし翌日醤油にひたし或あへ
 物とす花白きあり黄なるあり腫物の薬

紅藍(クレナイ)【左に「ベニ」】花を紅花といふくすりに用ひ紅色を染
 む苗わかき時食す斉民要術曰よき地を熟
 耕し二三月雨後を待ちて速にうふ或みたりに
 まき或うねうへにす麻をうふるか如にすべし
 便民図纂 ̄ニ曰八月 ̄ノ中鋤 ̄テ成_二 ̄シ行-攏_一 ̄ヲ舂(ツキ)_レ ̄テ穴 ̄ヲ下_レ種 ̄ヲ灰
 或糞 蓋(オホフ)_レ之 ̄ヲ濃(コキ)糞 ̄ハ不_レ宜 ̄ラ花開 ̄ク時-晨(アシタ)をおかしてつみ
 取へし 本草綱目時珍 ̄ガ曰二月八月十二月皆可_二
 以下_一_レ ̄ス種_レ雨後布_レ ̄ヿ子 ̄ヲ如_二種_レ ̄ル麻 ̄ヲ法_一 ̄ノ初生_二 ̄ス嫩(ワカ)葉(ハ)_一 ̄ヲ苗 ̄モ亦可
 _レ食 ̄フ 農政全書にもうゆる法あり 本邦には皆
 八九月にうへて四月に花をとるうふる時糞土又は
 灰を以てうすくたなおほひすへしうへて後馬糞
 を用ゆ或小便をそゝく春月苗わかき時つみ
 てゆひき物として食す味よし花をつむに
 黄なるを取へからす赤くなりたるを早朝取
 へし
落葵(ツルムラサキ) 一名 蔠-葵 蔓【左に「ツル」】-草なり葉は杏に似てあ
 つし三月にうふへしわかき苗も葉もくらふへ
 し其実紫黒色なり女児用て紙をそむへ
 にの如し久けれは色かはる本草柔滑類の農
 政全書にのせたり

繁縷(ハコベ) 本草 ̄ニ云下湿の地に多し三月以後やう
 やく老(ヲヒ)て細-白-花をひたき小実をむすふ〇九
 月に生すあつ物として食す瘡腫をいやし秘結
 を通すうへざれとも圃中に自(ヲ)多く生すのきの
 下に生し陰地にあるは食すへからす
茼蒿(カウライキク)【左に「シユンキク」】 本草時珍云八九月にたねをうふ冬春と
 り食す茎肥て其味からく甘しよもきの香
 あり四月 薹(クヽタチ)生す花黄色なり花はひとへの菊
 に似たり花も食して性よし本艸綱目曰しか平 ̄ニシテ無毒
 主治安_二 ̄シ心-気_一 ̄ヲ脾養_二 ̄ヒ脾胃_一 ̄ヲ消_二 ̄シ痰飲_一 ̄ヲ利_一 ̄ス腸胃_一 ̄ヲ又千金方
 にも出たり倭俗春菊を毒ありと云は誤れり八月
 にうふへし花も又よし農桑通訣には二月にうふる
 といへり是は春の食にせんとなり時々うふれは
 常に苗あり故に俗に無尽草と云
艾 春葉をつみて飯にくはへ又羹にす三月三日
 に草 餅(モチ)とす煮てほしてたくはへ置用るとき
 むして餅につきくはへて食す皆よし
黄(タビ)花菜(ラコ) 本艸曰此草二月に苗を生す田中に
 多し薺(ナヅナ)の如くなる小草なり三月以後黄花を
 開く味来く少にかし微(ビ)寒無毒 結(ケツ)気を通(ツウ)し

 腸胃を利す野人とりてくらふ甚だ芳美なり時
 珍か曰其花黄に其気瓜の如し今日本にて
 野人飯の上にむして飯の内にませて食す香
 よく味よしほしても食すゆびきて醤油をか
 け食す
竹筍(タケノコ) 淡竹(ハチクノ)筍は早く生す味尤好し苦(クレ)竹の筍
 はおそし味はちくに不_レ及といへ共又 佳(ヨ)ししの竹 ̄ノ
 筍(コ)はにかし凡筍取たる新きを即日に食へし
 ひさしけるは味おとる風にあて水に入れは味あ
 しし皮ともに久しく煮るへし塩につけて数日
 ありても味よし筍を煮るに他物を加ふへからす
 一種にたるは味よし竹をうふるに水を用ゆへから
 す横根の長きをうふへし横根なきをうふれ
 は枯る梅雨の中うふへし五月十三日にうふれは
 必生く竹-酔日と云筍の初生の時根をうふへし
 胡麻かすを竹ゆふにすつれは竹うすくなる蕎
 麥からをおけは筍生せす
蘿藦(ガヽイモ) ちぐさとも云生葉をつめは乳汁の如くな
 る汁いづ蔓草也うへされ共自多く生す若葉を
 とり煮て食す味よし性甚だよし生葉をもみて

 悪-臭をさる又葉をほしておけは諸物の悪臭こ
 とに糞尿の悪臭を去る
牡丹 花白きとうす色なるをとりて熱湯につけ
 もみて醋塩酒或 豆油(シヤウユ)と醋をかけ食す又醋み
 そにて食す赤花は性味あし
芍薬 牡丹に同
鶏冠(ケイトウ)花(ゲ■)苗 四月に生すやはらかなる肥地によろしう
 つしうふへしありつきて小便をそゝくへし其花の
 種類多しもろこしより来るは花よし葉をとり
 てゆひき物とし醤油にひたし食す莧にまされ
 りあへ物としては莧におとれり又 青葙子(ノゲイトウ)ありう
 へて生長しやすし宅中にまけは年々生す葉を
 取食ふへし味よし
  蓏(ラ)菜  実(ミ)なる菜也
茄(ナスヒ) 農政全書曰九月に熟する時切 破(ワリ)て水に子を
 つけ沈むを取て日に干(ホ)し布ふくろにつゝみ
 置冬より陽所の沙地を耕し糞をしきて置
 春たねをまき四五葉の時 雨(アメフル)時に合_レ泥 ̄ニ移栽 ̄フ へし
 若雨なくは水を澆(ソヽ)き地をうるほして晩に栽
 はし白日には蓆(コモ)をおほふへし其性水に宜し常

にうるほすへし栽(ウフル)時根をかたく築(ツク)へし糞水を
屡(シハ〳〵)そゝくへし根上に硫黄(イワウ)を少加ふれは其実大
にして甘し茄二十本を栽て糞擁(コヤシツイカフコト)得_レ ̄レ所 ̄ヲ は一人の食
に供(ソナフ)へし 種樹書曰茄子開_レ花 ̄ヲ時葉を取て過路
に布 ̄キ以炭 ̄ヲ囲_レ ̄ム之 ̄ヲ結_レ ̄フコト子 ̄ヲ加-倍 ̄ス〇茄に数種ありたねの
よきをゑらふへし丸茄尤よし堅実にして味よし
長茄はあしく柔滑にして堅実ならす味おとり又
甚長きあり白茄あり又一房に七八みのるあり
茄の子(ミ)をおさむるにまかなから全く用ひ或二に
わりてかまとの上につり或土にうつみ置へし苗と
こに子をまく事日あて好地を十一月より地を少
高くして糞を多くしきまはりに土を置糞を雨
になかすへからす乾し二月中に子をまく時肥土を
入 ̄レ和し種あらくまき苗生して後又しけきをぬ
き去へし如此すれは苗大にして長しやすし虫
不_レ食〇沙地には泥土を加へ泥土には黒沙を加へ糞
を其上に散し曝(ホ)して又耕し数度如此にして或
河泥溝中の黒泥を加へて益可也能熟耕し
て和なる時子をまくへし地堅けれは生長しかたし
茄の種をまく所其四辺に草木のなき所よし

凡たねをまく時先水に二三日ひたして後に糞沙に
和して蒔へしまく事しけけれは苗長しかたし
あらくまくへし生して後時々生魚の汁或しろ
みつをそゝくへし移しうふるに畦(ウね)の間二尺五寸
人のとをる程有へし毎科の間一尺五寸はかりし
けれはさかへす実すくなし間遠きがよし苗を
うふる所は地面より卑(ヒキ)く【卑は一画目のはらいがない。京都園芸倶楽部叢書版 https://dl.ndl.go.jp/pid/1209338/1/23 も卑と解している】ふかくすへし水をそ
そき土をかひ糞を置によし高けれは日に
いたむ地高けれは糞水をそゝきてもかたわらに
流れてとゝまらすかねて地をほりて区(ク)処をな
しうふる時土を加(クハ)ふ又茄をうゆる法霜月より
地を一尺つゝへたてゝあなをふさ一尺方一尺はか
りにほり相去事又をの〳〵一尺余あなの内に
冬よりくさりわら馬糞其外何にてもこゑに
可成物を入又臘月の雪を其中に入置へし夏
にいたり茄なへを其内に二本つゝうゆへしかじ
けたるをはぬき去かやうにすれは大きに出来み
おほくなる茄の苗の長して後葉のうらに毛虫
あり有て葉を食すれはさかへす毎日是を去へし
旱をいむ毎晩泥水を澆くへし凡茄をう

梅雨の内に盛長する程に早くすへし苗に
なる時梅雨の後に早く暑に逢へは長しかたし
梅雨の前に二度糞をおくへし麥 ̄ノ底(ソコ)或堅地に
うつしうふれは蠧(キリムシ)なし但堅地を先耕へからす地
軟(ヤハラカ)になれは蠧生す先うへて苗長大になり
蠧の患なき時すくへし但如此すれは蠧の
うれへはなけれとも長する事おそし苗の本
を竹皮を二三寸に切てつゝめは蠧のうれへな
し又しらんの葉おもとの葉もよし苗とこに残
りたるはうへ付にして苗をうつさゝれは早く長し
みのる且土堅きゆへに切虫不食うへて後所を得
は小便を時々 澆(ソヽク)へし苗とこにあるは旱にもいたま
す盛長しやすし凡茄は陰地にうふへからす豇豆(サヽゲ)
のかげ或樹の陰なとにうふれは長せす又みのら
す本草に茄の性甚あしき事をいへり生茄
尤性よからすされとも皮をさり切て水に久し
くひたし黄汁を出すへし明朝の食には前夜
よりひたし晩食には朝よりひたしよく煮熟し
てやはらかなるは味変して毒なし久しく食し
ても害なし只瘧痢傷寒産婦にはいむへし

 つけ物にもゆひきてよし毒さるおしをかゝれ
 はかたくしてあしく凡茄子は夏菜の上品とすへし
 秋茄尤味よし秋にいたりて多くみのる夫木集
 の哥にも秋なすひのよき事をよめり
壺盧(ユウガホ) ■ノ瓜とも云長きありまるきありひさく
 にするありくびあるあり形によりて各漢-名あ
 り又長さ五六尺なるあり大さ一二斗を入るあり
 農政全書云九月に熟 ̄スル時子を取水に淘(ユリ)て洗_二 ̄ヒ
 去 ̄リ浮 ̄ク者_一 ̄ヲ日にほし二月に種(ウヘ)て四五葉高五寸ば
 かりの時土をおびて移し栽へし〇毎(マイ)区(ク)坑(アナ)を作
 事広さふかさ一尺相去事三尺先糞土を穴の
 中にみてゝ毎区二子をうへ長して梢をつみ去一
 茎に三子をとゝめ余子は皆つみ去へし又子 ̄ノ外
 の條(エタ)を去へし蔓(ツル)を長からしむへからす性泥水
 を好む初生の時より毎日泥水をそゝくへし
 移 ̄シ栽 ̄ル も亦可也しかれ共初より子をうへて移(ウツサ)さ
 るにはしかす棚(タナ)に蔓(ツル)を引或地に引は尤可
 なり■別にうふるは皆つるを地に引しむ鉄に
 て蔓を切る事なかれ又葉をきることなかれ
 不_レ栄 ̄へ其 液(エキ)汁もれて精気不_レ収(ヲサマラ)ゆへなり〇

 農政全書曰大葫蘆を種るには二月のは初 坑(アナ)を
 ほり広さ深さ共に三尺糞と土と等分に和
 し穴中に入足にてふみ堅め水をかけ十粒を
 うへ又糞を以おほひ生長して二尺余になる時
 十茎一処に合せ布にてまき泥にてつゝみ
 置は数日を不_レ過して剛合て一茎となるをその
 中のつよきを一留て余はみな切去へし二子を留
 て余は去へしあなのまはり小 渠(ミゾ)ふかさ四五
 寸にほり水を入へし坑中に水を入へからす如
 此すれば壱斗を入る者は一石を入ほとになる也今
 案此説いまたこゝろみすいふかし
菜瓜(ツケウリ) うへやう甜(アマ)瓜に同し用やう越瓜(アサウリ)に同し
越瓜(アサウリ) 菜瓜の類なりうへやうも同し菜瓜より大
 なり味菜瓜よりよし地よからされは多く実のら
 す京都に多し他邦にはまれなり生にてな
 ますにして食すあつものあゑもの塩つけ
 ほしうりかすつけによしすしにもつくる
甜瓜(アマウリ) 農政全書曰瓜子を収 ̄ル法本なりの瓜を取
 両頭をきり去中 央(ワタ)の子(ミ)を取る又曰瓜子を取に

細糠(コヌカ)にかきまぜ日にほししいらをひ去へし二
月上旬より四月上旬まてうふへし又曰うねを
作に両行は相近くし其間に通路なく又両行
は相遠くして其中間歩道を通 ̄ス へし次第に
皆如此すへし初花さく時にまはりを三四編遍
すきて草を去へし瓜 蔓(ツル)をふむ事なかれ
つるをくつかへすことなかれ 月令広義に塩
水に瓜子をひたしてうふ其塩水をうへたる上
にそゝくへし今案かやうにすれは苗かれす
又からの書に冬よりうふる法あり〇正月にかは
ける黒泥或肥土あつめくろを作る毎区(マイク)方
一尺高さ地面と斉(ヒト)しく畦(ウネ)の間相去事四尺
余毎区(マイク)相去事二尺余毎区上を平直にして
くろの上を打起して地をわけ其上に糞を
敷ほして打かへし地を和し其上に子をうへ其
上に土をよき比にあつくおふへし或上にわ
らを置く数日の後去も可也土をおほふ事
厚からされは不_レ生或虫鼠食す又俄にうふる
にはくろを作り土を和かにし瓜子をまき土を
おほふも可なり一区の内に中一すち六七子を

 うふ散(サン)種すへからす生して後一所に二三根をとゞね
 其余は抜去へし生して後区外に土をよせ畦(ウね)を
 成へし毎区其 侍(カタハラ)をほり糞を多く入てよし又
 瓜の根に糞土をおくへし蔓(ツル)長じてよき比につ
 るをくばり分て其節々に少つゝ土を置へし
 如此すれは節よりも根生してはびこり実多
 し蔓の長さ一尺ならは早く末を摘(ツミ)去へし末を
 摘(ツマ)されは実すくなしまい日 蠸(ウリムシ)を取へし蔓の
 歩-道にはふをは畦中に上(アグ)へしいや地をいむ地を
 かへてうふへし但新土を以 区(クロ)新に作りうふれ
 は毎年同所にうへてもよし清水を澆けは根か
 たまり地やせて長盛せす糞一桶に水三桶くは
 へ大瓶に入三四日置く後是をそゝくへし凡瓜
 は京都の東寺美濃の真桑村泉州境江戸に
 皆上品あり昔は山城のこまの瓜古哥にもよ
 めり今は其名なし
南瓜(ボウブラ) 時珍曰三月 ̄ニ下 ̄ス種 ̄ヲ すな土のこゑたる地に
 よし〇二月に日にあてよき和なる肥土にうふへ
 し少地をくぼくして実をうへ其上に灰をおほ
 ふへし長して糞を用ゆ陰地にうふれは実のら

 す秋後まて久しく長す故はたけにうふれは
 地を妨く小屋或 庇(ヒサシ) ̄ノ棚の上に蔓を引しむへし
 地上にはへは節々より根生して弥繁昌す実
 ならさるつるを切去へし其形まるきあり長
 き有能熟して色紅になりてとるへし長する
 時早く末をつみ去へし一本三四顆をとゞめ其
 余は去へし葉を多く切へからす液(エキ)汁もれて
 いたむ長崎に多し唐人 ■夷(ヲランタ)人好 ̄ン て食す冬
 かまとの上におけは二三月まてくされす寒風
 にあたれは早くくさる又きりて灰にかきませ
 生なからほしてたくはへ置食す時珍曰味如_二山菜_一同_二 ̄ク猪
 肉_一 ̄ト煮 ̄ハ更良おさめて春の末まてあり新なるか如し
 といへり慶長元和の比初て日本に来る京都には延
 宝年中はしめてうふ其前はなし青色なるをよしと
 す〇一種 南京(ナンキン)夕顔あり南瓜と一類別種也又 日向(ヒウガ)
 有夕かほとも云味よし南瓜より中高く丸しなますに
 くはへ用てよし是南瓜にことなり南瓜にはくびなし
 是にはくひあり
西瓜(スイクハ) 月令広義曰肥地に坑(アナ)を作り毎(コトニ)_レ坑 子(ミ)四を
 うふ苗長して後根に壅(ツチカフ)へし多 鋤(スケ) ̄ハ則子多しすか

 されは実なしみのらさる蔓(ツル)花はつみ去へし如此す
 れは瓜大也  又曰清明の時うふ先 焼酎(シヤウチウ)に子をひた
 ししばし置て取出し灰にませ一宿置てうへ後に
 うつしうふ此種昔日本になし寛永の末年にから
 より来れり京都には寛文の末うふつるの下わらを
 しくへしつるわらにまとひて風にひるがへらすして
 よし実の黒きあり赤きあり又鼠色ありはう
 すくして中子多く多く味よし
胡瓜(キウリ) 是瓜類の下品也味よからす且小毒あり性あ
 しく只ほし瓜とすへし京都にはあさうり多きゆ
 へ胡瓜を不用時珍云正二月下_レ種
冬瓜  農政全書曰先灰に細泥を和し地上にひ
 ろけ二月種を下す湿灰を上にかけ水をそゝ
 き又糞をおほふ乾けは水を澆(カケ)生して後根 ̄ノ旁(カタハラ)
 に壅(ツチ)うふうつしうふるには三月下旬毎穴四科を栽(ウヘ)
 相去事四尺計糞水をかくへし 又曰 毎(ゴトニ)_二分栽_一 ̄ル相
 去 ̄コト三尺許 時珍曰忘_二酒漆麝香及 糯(モチ)米_一 ̄ヲ触(フルレハ)_レ之
 必 爛(タダル) 斉民要術曰墻ぎはの陽地に穴をつくり
 広二尺深さ五寸熟糞と土と相和し正月晦日に
 うふ生して柴木をいかきによすへし一穴に只五

 六をとゝむ〇是も移さすして初よりうへ付て尤よし
苦瓜( ツルレイシ) 一名錦茘枝(キンレイシ)其実の形 茘枝(レイシ)に似たり色紅
 黄にしてうるはし中のさねに付たるあかき中子を
 小児くらふ味甘し春さねをまく肥土に宜し葉を
 食す蔓草なり実もわかき時くらふたなにても
 籬(マカキ)にても延(ハヽ)し無
絲瓜(ヘチマ) 二月初うふ一穴一科毎日糞水をかくへし其実
 老(ヲヒ)て河皮を去あみの如くなるを取て日にほし其
 後に水にひたしおけは皮肉くさるをもみ洗ひかはか
 し置く釜を洗ひ黒物とあらふへし引目つくす
 おのあかを取によし又湯あみする時身を洗ふに
 よし 嫩(ワカキ)時皮を去て食すへし此瓜病を治する
 其効能多し本草に見たり世人しる事まれ也

菜譜巻之下
  用_レ根 ̄ヲ菜 ̄ノ類
牛蒡  居家必用日肥良の地を正月に三五度熟
 耕し深く掘て地を軟(ヤハラ)け糞を敷て上を平にし二月
 の末に子 ̄ヲ しけくまくへしうすけれは根の心虚す苗
 生して後草を去へし旱には水を澆く又曰当年
 結(ムスフ)_レ子 ̄ヲ者は種 ̄ルトキ不_レ生ふる根にみのりたる子可_レ植月
 令広義曰種時乗_レすスレハ雨 ̄ニ即生す若雨なくんは水を
 用ゆへし又苗をきりて食ふる韮をきるか如
 くすへし◦〇秋冬春の間 蘿蔔(タイコン)と同しく上品

 の菜なり圃(ハタケ)にもはたけの外の閑地にもうふへ
 しと居家必用にいへり毎年いや地にうゑても
 よし七月ゟ正月まて食ふへし葉を切たるは正
 月にめたちを折へし根老かたし二月以後はこは
 したねをとるには根をきりてうふる事大根の
 条下にしるせり〇冬春の初大なる根を切へぎ
 煮てほしてたくはへ煮て食すやはらかにして甚
 よしもろこしの書にも見えたり
芋(イモ) 農政全書曰土こえやはらかにして水に近き
 処に二月雨ふる時糞に和してうふ相去事二尺
 生して後かたはらをすきて其土を和にして旱(ヒテリ)に
 は水をそゝき草あらはすき去へし 又一説
 に曰地は深く耕し相去事六七寸秋子葉を
 生 ̄ス時其根につちうふへし霜 ̄ノ後 収(ヲサム)_レ之 又云芋の
 種まるく長くして小白なるをゑらひ屋の南 簷(ノキ)
 の下にあなをほりぬかを底(ソコ)にしき其上に芋を
 置わらを上におほふ三月に取出し肥地に埋
 之苗生し三四葉の時五月に水に近き地に
 移しうふ或河泥或灰糞又くさりたる草を以
 培(ツチカ)ふ旱 ̄ニハ則 澆(ソヽキ)_レ之 ̄ヲ草あれは去_レ之日和る日白

地に宜し旱をおそる 又曰夫五穀は豊歉(ホウケン)皆
天時による芋は人力にかゝるうへ培(ツチカ)ふ事時に
及へは利を得たる事なし意以_レ之 ̄ヲ凶年を渡り飢
饉をすくひ穀食の不足を助く 又曰根の旁(カタハラ)
空虚なれは芋 ̄ノ子大 ̄ナリ月令広義晨 ̄タ露未乾 ̄カ
又は雨後に耘(クサキリ)鋤(スキ)て根の傍を虚にすれは芋大
にして子多し灰糞を以培へは茂(シゲ)る 居家必用
曰凡芋皆ほしものにすへし又蔵(ヲサ)めて夏に至
ても食ふへし是は茎をいへるなり根に有_レ毒は灰
汁に水を加へ煮る本草曰生薑と同しく煮て
水をかへ再煮れは味よく毒なし又 蒸(ムレ)て食_レ之魚に
和して煮食へは益あり野芋は大毒 ̄ニテ殺_レ 人圃にうふる
も三年不_レ収(トラ)即野芋とるる水辺に生するも野芋
也不可食又云芋は補_レ ̄ヒ中 ̄ヲ益_レ ̄ス気 ̄ヲ或曰 渠(ミソ)を深(フカ)くほって
芋をうへ其土に芥を漸々にかけ土をかふへし二三度
土をかふへし〇芋の類亦多しつねの芋はつるの
子(コ)あり青芋あり黒芋あり青芋味尤よし黒芋
はくき少黒し皆湿地をこのみ寒気をおそる冬は
ほり取て穴に納めおほひをよくすへし不然は寒
気にやふられてくさる一日も風寒に当れはあしく

或説 ̄ニ云霜の時上にあくたをあつくおほふへし不然は
くさる春うふる時土をふかくほりて人糞又は馬糞
にてもくさりたるわら煤(スヽ)わらなとをも埋め其
上に土を置てうふへし如此すれは繫昌す凡芋
は山中の人多くうへて粮(カテ)とし凶年にうへを助く
尤、民用に利あり其利益五穀につげり〇白芋あ
り茎を食す唐芋とも云茎長大にて白し生
にてもほしてよし毒なし魚■にかへ又生にて
すみそにても煮ても食ふへしほすにはね熱湯を
かけて後ほすへし老人虚人食して胛胃に害なし
味も股亦よし多くほし置へしい凡白菜は尤寒気を
おそる或云重陽以前は茎を取へし取やうあとに
茎を三本つゝ残すへし四も二もあらて重陽以後
は茎たとひ多く生すとも一もきるへからすきれ
は必寒にいたみ根くさる寒気のいまた甚し
からさる時枯たる茎のかくるゝ程にぬかを上に
あつくおほひ其上に土をうすくおくへし又茎長
きはわらすて包むへし上に土を多くおほふへから
す是亦湿をこのむ凡白芋の根冬くさるは
九月以後茎をきる故なり白芋根すくなくして

 食はず〇赤芋あり是も茎を食す茎長大
 なり煮てもほしても食す赤芋は根を食ふ
 味尤よし〇大芋あり法螺(ホラ)芋と云根大なり
 ほら貝に似たり味よし其茎も味よし〇くり
 いもは其葉まるくしてはすの葉に似たる故に
 はす芋とも云生にて食するに味栗のことく
 ゑぐからす毒なし煮て食すれは尤よし是又冬
 は穴におさめ置へし寒をおそる
黄独(ケイモ) 畿内にてあやまりて何首烏(カシュウ)と云根も葉も
 山芋にて大なり根に毛多し煮て食ふへし
 むしても食す毒なし何首烏は近年中 夏(カ)よ
 り来る是と不_レ同
番薯(アカイモ) 近年長崎に琉球(リウキウ)より来る故りうきう
 芋と云色赤き故に赤芋と云 閩(ミン)書に見え
 たりやせ地砂地にも宜し蔓(ツル)ありは甚寒をお
 そる煖地にうふへし味甘し根をかまとの前火
 にちかくうつむ春あたゝかになりて地にうふへし
 生薑 鬱金(ウコン)壇特(ダンドク)花紅蕉なと凡寒をおそる
 る物の根を冬春のおさめやう同し此物飢をた
 すくる功他物よりまされり貧民多くうふへ

 し寒土には生しかたし
甘 藷(シヨ) 近年琉球より渡る是亦番薯の類也
 根の形瓜蔞根の如し蔓草也煮ても蒸しても
 食す味甚美し性よし又飢を助く凶年に
 用ゆ蒸して乾て末したくはへ置へし煖地に
 生す寒土にはくさり石地にも瘠(ヤセ)土にもつく
 る甚繁昌す本草に見えたりつくねいもと訓
 するは非也冬は煖所におさめ置へし
甘露子(チヤウロギ) 草石蠺とも云国俗ちゆうろきといふ
 物の事也落荷葉に似て葉ちゝみ毛少あり
 茎は四角なり節々より根生して根にかいこ
 の如なる物多く生す其色白くきよし冬春
 其根を取て菜とし菓とすあへ物すい物に
 入るに煮過すへからすみそにつけてよし又煮
 て食すれは飢を救ふ味甘美なり甚繁昌
 す民家には是をうへて飢を助くへし本草
 綱目菜部農政全書三才図絵に見たり但
 本艸綱目には甘露子と地瓜児と一物とす農
 政全書三才図絵には地瓜児は甘露子に似て
 更長しといへり各別に図をもあらはせり陰地

 にもよし樹下にも日あてにもよし農政全書
 園の陰地に近き所に春時うふへし夏月麦ぬか
 を糞とすうるほへる地よし秋に至て収(ヲサ)む 又
 日肥地に宜し生熟可_レ食 ̄フ密につけ或醤に
 つけ化_レ ̄ス豉 ̄ト亦得
蒟蒻(コンニヤク) 日かけ木の下なとにうへてもよく根の
 内 芽(メ)の生する所をくりて取うへても生す其
 残る所の根は用てよし白こんにやくをこしらゆ
 る法根を洗ひ湯煮してにゑたる時わらしべを通
 しよく通る時ぬる湯につけ上の皮を手にて
 去りあたゝまりの内にはやくうすにてよくつきて
 後九根一升にぬる湯一升程入よくつきまぜかき
 はいを茶四五服ばかり湯茶碗一はいに入まぜ右
 つきたる根にかけなるほと手はやくませ合せ板
 の上におしひらめ器に入てこんにやくの形にひら
 く作りなしてさめてかたまりたる時きるへしか
 きはいを入る時て手ぬるくませてはかたまり出来
 て悪しこんにやくをかたくせんとおもはゝ湯をひか
 へゆるくせんと思はゝ湯を過すへし又黒こんにや
 くの法は別なりかきはいは蛤(ガウ)粉もよし

巻丹(ヒメユリ) 子を取て其まゝ地にまく年をへて根大
 になる冬春根大なるをほり取て煮て食す
 味よし性あしからす春をそくほれは根かれて食
 しかたし根のまはりを取て中をうふへし百(シロ)
 合(ユリ)は味苦し
薑(ハジカミ)  農政全書曰白すな地によし糞を少く
 はへ熟耕 ̄スルコト如_レ麻三月にうふ一尺に一かぶ土厚 ̄サ三寸 数(シバ〳〵)
 鋤 ̄ク_レ之 ̄ヲ六月作_二 ̄リ葦屋_一 ̄ヲ覆(ヲホフ)_レ之 ̄ヲ不_レ耐(たへ)_二寒熱_一 ̄ニ故也九月
 ほりて置_二 ̄ク屋中_一 ̄ニ歳もし温(アタヽカ)ならは待_二 ̄ツ十月_一 ̄ヲ又曰 芽(メ)
 出 ̄テ有_レ ̄ラハ草即さる漸々 ̄ニ加_レ土 ̄ヲ已後うね高くなる
 又曰土をおほひしば〳〵以_レ糞 ̄ヲ培_レ ̄カフ之 ̄ニ一 ̄ノ法用_二薦(コモ)草_一 ̄ヲ
 覆(オホフ)之 ̄ヲ勿令_一 ̄コト他草 ̄ヲメ生_一 ̄セ秋の



   穀類
豇豆(サヽゲ) さゝけを角豆とかくハ非也のう農政全書穀雨
の に《割書:三月|中|》月 廣義曰灰にて甕ふに  
豇豆はつる長して籬にはうさゝけ也白あり色あり
  赤きありいつれも味同し性よしさや長きハ
一尺四五寸二尺にいたる又みしかくして一ふさに多くな
 ありいつれもさやともに煮て食す性よし夏
菜の上品なり民用を   茄子に す三月の
前より六月の中ノ物まて 十日十五日程へたて
て斬ゝにうふべし甚早れけハ寒にいたミて早く 
ゆに追々におそくうふれハ七八月九月の物まて
実あり又六月におそくうへたるハ八九月に実なる

平地よりひきくふかくしてうへ漸々に糞土を へ
し  けれハ水を きくそを敷になかれて
としまらす後まて少くほめ  糞水たまりてよ
し灰糞水小便 宜し苗の時蠧好むて含す  
 ほり去へし

{

"ja":

"食鑑詹言"

]

}

【帙を開いて臥せた状態】
【帙の背】
食鍳詹言  一冊  【資料整理ラベル】富士川本
                    シ
                    198

【題箋】
《題:食鍳詹言》

【表紙 題箋】
《題:食鍳詹言》

【資料整理ラベル】
富士川本
 シ
 198

【右丁】
食鑑(しよくかん)の書世に多し今こゝに抄(しやう)
出(しゆつ)するは固(まことに)疣贅(ゆうぜい)にして人/誹笑(ひしよう)すへし
只/牧童(ほくとう)村婦(そんふ)のため聊(いさゝか)後(また)爾(しか)るのみ

嘉永二年己酉正月
  品物繁多返々録呈すへし

【左丁】
食鑑詹言《割書:しよしかん|せんげん》
  五味類

 痛(いたみ)等に忌(いむ)
砂糖(さとう) 和漢(わかん)とも上代はなし漢土(もろこし)は唐(とう)の代(よ)始めて外国(くわいこく)より貢(みつぎ)来(きたる)
 と云 本/朝(てう)は近世(ちかころ)まで舶来(わたり)の品はかりを珍重す享保年中
 琉球(りうきう)の甘蔗種(さとうきび)を薩州(さつしう)より伝れどもいまだ製法/悉(くわ)しからず後に
 宝暦の頃/稍(ゆうやく)精(くわし)くなり即今(いま)にては却(かえつ)て齎来(わたり)に賽過(まさる)よふに
 なれり・糖品/概略(あらまし) 甘蔗《割書:さとう|きび》蔗餳《割書:さとう|みつ》洋糖《割書:たい|はく》官
 糖《割書:ちう|はく》奮虎《割書:しみ|》紫糖《割書:くろ|さとう》石蜜《割書:こほり|ざとう》饗糖《割書:あるへ|いる》餹纏
 《割書:こんべ|いる》乳糖《割書:かるめ|いる》糖煎《割書:さとう|づけ》・気味甘寒冷利毒なし・心

 腹(はら)熱張(ねつはり)し口 乾(はしやき)咽渇(のどかはく)を治す目中の熱膜(ねつまけ)を治し心肺(しんはい)及ひ
 大小 腸(てう)の熱(ねつ)をさまし痰(たん)を消(け)し嗽(せき)を止(や)め酒/毒(どく)を解(け)し
 中(うち)を和(とゝのへ)脾(ひ)に力(ちから)をそへ肝気を緩(ゆる)やかにす・多食は心痛(むねのいたみ)を
 起(をこ)し長虫(すんばく)を生じ肌(はだ)肉を消(へら)し歯を損(そん)し疳䘌(かんのむし)を起
 す・白砂糖を黒/胡麻(ごま)にまじへ常々用れば五臓(ごぞう)をたすけ
 津(うるほひ)を生じ人に益あり
茶茗【左ルビ:ちや】 漢土(もろこし)は三国の時 本 朝(てう)は嵯峨帝(さがのみかど)の御寓(ぎょう)既(すで)にこれ
 ありと云中頃絶しにや彼邦(かしこ)も隋(ずい)唐(とう)より行はれ


【右丁】
 我邦(わがくに)もまた鎌倉(かまくら)の頃 宋朝(そうてう)より茶種(ちゃたね)をつたへしより今に
 至て滋(ますます)世上(せしよう)に盛(さかん)なり茶品茶式の事は人の知る所贅に
 及ばず・気味苦甘微寒毒なし・瘻瘡(るさう)【左ルビ:こぶがさ】を治し痰熱(たんねつ)
 をさる渇(かわき)をとどめ睡(ねむり)少く力ありて志(こころざし)を悦(よろこばし)しめ食(しょく)を消(こな)し
 熱(ねつ)を破(やぶ)り瘴気(しやうき)【左ルビ:やくびやう】をのぞき大小便を利し頭目(づもく)を清(すず)しむ
 中風(ちうぶ)眠睡(うつとりと)して醒(さめ)ざるを治し傷暑(あつさあたり)を消(け)す濃(こく)煎(せん)じ
 て風(ふう)熱(ねつ)疼(たん)【ママ】涎(せん)を吐(はきさる)・過多(すぐれ)は人身の脂肪(あぶら)を減(へら)し痩(やせ)しめ
 寝(いぬ)る事([こ]と)あたわず・熱飲(あつくしてのむ)に宜(よろ)しく冷飲(ひやしのめ)は痰をあつむ・茶

【左丁】
 毒には 砂糖 白梅(うめほし) 甘草  若(もし)腹張(はらはる)は醋(す)を飲(のみ)てよし
 ・姜茶(せうがちゃ)は痢病(りびやう)によし・塩茶(しほちゃ)は酒食の後または朝暮
 に口を漱(そゝ)ぎて熱(ねつ)をさり歯(は)を固む剔牙(やうじ)を須(つかは)ず穀肉(たべもの)
 のはさまるるもの皆 縮(ちぢみて)去(さ)る又眼を洗ひてよし但塩
 茶のむ事は禁ずべし

煙草【左ルビ:たばこ】 本朝は天正、慶長の頃《割書:或は元亀年中|或は慶長十年》蕃商(なんばんのあきひと)此
 種(たね)を齎来(もちきた)る漢土は明(みん)の季(すゑ)西洋人(ほるらんどのひと)はしめて伝(つた)ふと云西説に
 此物は原(もと)「亜墨利加(あめりか)州」の中「答跋鶴(たばこ)」と云う島(しま)より産(さん)ずる

【右丁】
 故其名となる島(しま)の方言(ことば)「百(ぺ)杜(と)模(む)」と云 草(くさ)なりと然れ共
 万国(はんこく)いつこにても「タバコ」と称し流行(はやり)の年月も少し
 の違(ちがひ)にて世界一同に好むもまた一奇(いっき)【左ルビ:ふしぎ】といふべしまた女人
 淡婆姑(たんばこ)及び丹波国より出たる粉など云は皆 傅会(ふくはい)の
 妄説(まうせつ)なり・気味辛温毒あり・頭目(づもく)を利し風 邪(じゃ)を
 解(げ)し悪気(あくき)を逐(を)ひ百病をさり身を健(すくやか)にす能(よ)く霜露(さうろ)
 風雨(ふうう)の寒を禦(ふせ)き山蠱鬼邪(さんこきじゃ)【左ルビ:いろいろのあしきはけもの】の気を避(さ)く食 滞(たい)湿痰(しつたん)等
 一切 寒凝不通(ひへとじこほり)の病をへず・小児の疳積(かんしゃく)婦人の癥(しやく)痞(つかへ)を

【左丁】
 消す大食を飢(すか)し大酒を醒(さま)す・一切 毒虫(どくむし)最(もつとも)蛇虺(へびの▢い)を殺(ころ)
 し蚤(のみ)蝨(しらみ)蚊(か)蝿(はい)蟫(しみ)等を避(さく)る・膿窠(うみのうろ)疥虫(ひぜんがさ)をあらふて妙
 ・蝕歯(むしば)に塡(つめ)て佳(よし)・金瘡(きりきず)を愈(いや)し出血(ちいづる)を收(おさ)む・頭痛(づつう)、撲傷(うちみ)、
 痛風(つうふう)、冬月踵腫(しもやけ)等に青葉を炙(あぶ)りて張るなくは乾葉を
 煎じ烝(むし)てもよし其 佗(ほか)効験(かうげん)多し・喫煙(たばこのむこと)度(ど)に過(すく)れば
 火気(くわき)薫灼(くんしゃく)【左ルビ:けふりこが】して血(ち)を耗(へら)し暗(ひそか)に害(がい)ありと云 陰虚(いんきよ)吐血(とけつ)
 肺(はい)かわき咳嗽労瘵(らうがい)等の人は禁すべし然れども好(このむ)と
 不好(このまざる)と慣(なるゝ)と不慣(なれざる)と一概(いちがい)に言(いゝ)がたし明人(みんひと)詳(つばら)に煙(たばこ)の






{

"ja":

"和歌食物本草

]

}

【帙表紙】
【題簽】
和歌食物本草

【帙背】
【題簽】
和歌食物本図  弐巻

【帙表紙】
【題簽】
和歌食物本草

【表紙】
【題簽】
和歌食物本草  上

【右丁】
御食汁《割書:たゝき■|とうふ》
  あさ
和歌食物本■に■付《割書:仁衛門|仁衛門》付
  江州《割書:江州|江州》■■井《割書:正泉寺|正泉寺》
【顔の絵】
あさましや
 百迠いきん身を物て

【左丁】
【上部赤印】京都帝国大学図書之印
【下部赤印】富士川游寄贈
【上部黒印】187450 大正7.3.31

 和歌食物本草巻之上
   い草之部(くさのぶ)
芋(いも)こそはあぢはひからく平(へい)のもの
  しよびやうのどくぞふかくつゝしめ
いもはたゝふゆばかりくへよの月は
  しよくすべからずやまひかこれり
いもをこそ久しくくへばきよらうして
  ちからもおつるものとしるべし
いもはたゝ腸胃(ちやうゐ)ゆるくし気をくだす
  きよををぎなひて血(ち)をやぶる也

【右丁】
いもはたゝ風をうごかす過(くは)しよくせば
  きのとゞこりて脾(ひ)をそくるしむ
いもをたゝおさなき人にいましめよ
  ゐのきとゞこりめぐらざるもの
いものくき冷(ひへ)ものなれどほしたるは
  くはひにんのはらうごくにそよき
虎杖(いたどり)はびうんのものぞどくはなし
  月(ぐはつ)すいくだしけつくはひによし
いたどりはさんごのふるちくだりかね
  ほづ【がヵ】みのはるにしよくすへき也
いたどりはちを下しぬるりんびやうに
  しよくすべき也はれものによし
【左丁】
いたどりはよくちをやぶるものなれは
  はらみをんなにきらふべき也
    菓子(くはし)之/部(ぶ)
覆盆子(いちご)平(へい)あまくどくなしひゐによし
  をんなしよくしてくはひにんとなる
いちごこそかみくろくなしきりよくます
  身をかろくしてじんををぎなふ
いちごこそ小べんしげくじんつきて
  かほのくろきにくすり也けり
いちごこそ血(ち)をあたゝむれ目にもよし
  木(き)になりたるをしよくすべき也

【右丁】
いちごこそいんのなゆるをつよくする
  せゐをうるほしきよをぞをぎなふ
    獣(けだもの)之 部(ぶ)
猪(いのしゝ)はひえにて手(て)おひ百びやうの
  どくとしるべし血(ち)をうかす也
いのしゝはすぢほねよはくなしにけり
  おこりにもどくたんをしやうずる
いのしゝとしやうがをくへば大かぜや
  又はらひさうおこるものなり
いのしゝとうしとどうしよくきらふ也
  すんばくむしのかづるなりけり
【左丁】
いのしゝをしよくしてさけをのみすごし
  火(ひ)にあたりてはちうぶおこれり
いのしゝはちすぢをふさぐものぞかし
  じんのざうをもくらくするなり
いのしゝとそばとどうしよくきらふもの
  かみひげまでもぬけやはてなん
狗(いぬ)はうん五ざうやはらげきりよくまし
  ちすぢおぎなひ腸胃(ちやうい)あつくす
いぬはよく下(げ)せうあたゝめせいをまし
  づふうにもよしおり〳〵はくへ
いぬのきも目をあきらかになすものそ
  こゝろへをなしつねにくふべし

【右丁】
いぬはたゝこしひざひゆる人によし
  又しもはらをよくとむるもの
いぬはたゝはらみをんなにきらふべし
  うまるゝその子(こ)かはきをぞやむ
いぬのなふじんのなゆるにもちゆべし
  をんなながらになをくすり也
いぬにたゝにんにくこそはきんもつよ
  かならず人をそんざしにけり
     魚(うを)之部(ぶ)
鰯(いはし)へいじんをおぎなひ目のくすり
  あかきいわしはちうぶにもよし
【左丁】
いはしたゝちをもうるほすものぞかし
  又はきりよくをますとしるべし
いはしをはおゝくしよくすなたんのどく
  むねのつかへてときやくするもの
江豚(いるか)へいおこりをおとすものぞかし
  むしをころしてかさいやすなり
いるかこそきよをおぎなひてきを下(くた)す
  いんのなゆるにくすりなりけり
いるかこそなめあかはらをとむる也
  せうべんつうじきりよくます物
煎鼠(いりこ)こんむしをころして気(き)をくだす
  じんをおぎなひたんをさる也

【右丁】
いりここそかんげのくすりやはらかに
  よくにて酒(さけ)やたまりにてくへ
いりこをはつねにくふべし百びやうに
  さのみたゝらずしやくじゆにもよし
烏賊(いか)こそはあましいはゆくへいのもの
  しよびやうにさしてたゝらさりけり
いかはたゝきをますものそ又はむし
  しやくじゆにもよし胃(い)をひらく也
いかこそはぐはつすひをよくくだす也
  又はとりめのくすりなりけり
    は草(くさ)之部(ぶ)
【左丁】
蘩蔞(はこべ)へいとしひさしくもいへさりし
  かさのくすりぞつねにくふべし
はこべこそちごのあかはらとむる也
  又はさんごのふるちやぶるぞ
はこべたゝかさはれものゝあくちさる
  又せうべんをとむるものなり
はこべたゝさのみどくなきものなれど
  ひさしくくふな血(ち)のへりやせん
薑(はじかみ)はかんですはぶきたんによし
  ときやくしやくりをとむるもの也
はじかみはしやうかんづつうからゑづき
  はなふさがるにくすり也けり

【右丁】
はしかみは肺(はい)のふうかんよくちらす
  胃(い)のふひらきてちをやぶる也
はしかみはじやうきをくだすすぎぬれは
  気(き)をやぶるなりちゑもへるもの
はしかみは目のわづらひにふかくいめ
  いきのくさきにくすり也けり
はしかみを八九月にはしよくするな
  かならすはるは目をそわづらふ
はしかみをむびやうの人も夜(よ)にいりて
  すこしもくふなきをそうごかす
蓮(はす)のねはあぢはあひあまくひえのもの
  ねつしてのどのかはくにそよき
【左丁】
はすのねは五ざうおぎなひむしによし
  おほくしよくしてきをふざくもの
はすのねはらうさひによしたんによし
  すはぶきのある人はいむべし
はすのねははなちたりつゝ上(じやう)きして
  ちをはきくちのねばるにそよき
鼠麹草(はうこくさ)あまく平(へい)なり気(き)をまして
  中をおぎなひたんをのぞくなり
はうこ草ねつのすはぶきとむる也
  もちにつくりてくへばはらとむ
     菓子之部(くはしのぶ)

【右丁】
榛子(はしばみ)はあまく平(へい)なりどくもなし
  中をとゝのへきりよくますなり
はしばみはあしにちからをますものそ
  たゝすこしつゝつねにくふべし
はしばみは腸胃(ちやうい)をつよくするぞかし
  おり〳〵はくへうゆる事なし
    鳥(とり)之 部(ぶ)
鳩(はと)は平(へい)あまくどくなしきりよくます
  いんやうともにたすけこそすれ
はとはたゝきよそんの人に用(もち)ゆべし
  ねふとやようのはれものによし
【左丁】
はとはたゝしよきよをおぎなふ物そかし
  めをあきらかにきをもますなり
はとこそは五ざうおぎなひもろ〳〵の
  かさはれものゝうみをひかする
はとはたゝそのしなおほきものなれと
  のふどくはまたさのみかはらす
    魚(うお)之 部(ぶ)
鮠(はへ)はへいひいをとゝのへきよのくすり
  かんげのむしにもちひてぞよき
はへはたゝじんをおぎなひきりよくます
  くひすごしてははらくたるなり

右丁
鱧(はも)あまくひえの物なりどくはなし小べんつうじしつけさるもの
はもはたたすひしゆやかほのはれたるによくこしらへてすこしつつくへ
はもはよくひいをおぎないしよくすすめかつけにもよしぢのくすり也
はもはたた大小べんをつうじつつしつきにてあししびるるによし
はもはたた百びやうによししよくすべしはらみおんなもかりかりはくへ
はもはたたむしにもさのみたたりなし又は風きをさるものとしれ
左丁
魬(はまち)へいひいをととのへきりよくます風をおこしてかさをうまする
はまちここそ身をこゆす也きよにもよしすぐれはむしけおこるものなり
    虫(むし)之部(ぶ)
蚌(はまくり)はあまくひえものむしのどくかはきのやまひねつどくによし
はまくりはきよらうぢによし目のくすりいんつよくなしじんをおぎなふ
はまくりをかかくしよくすなむねふくれむしをおこしてたんをしやうする

右丁
はまくりはさけのどくけし胃(い)をひらくかんねつをさりけつくいひによし
    に穀(こく)之部(ぶ)
濁酒(にごりさけ)二日よひしてむねつかへせうべんあかくしぶるにそよき
にごりさけ五ざううるほし気血(きけつ)をもよくめぐらしてこころいさむる
    草(くさ)之部
人参(にんじん)はあさゆふしよくしゑきぞある五ざうおぎなふものとしるべし
左丁
韮(にら)はたたあぢはひあまくうんのものしやうかんののちふかあくいむべし
にらはたたはる三月よしそのほかはしよくすべからずたましゐそへる
にらにうし蜜(みつ)をもきらふものぞかしくひあはすれはしやくじゆこそなる
にらはたたこしひざをよくあたたむるきをくだしつつ胃(い)ねつさるなり
にらはたた五ざうやはらげしよくすすめきよをおぎなひてやうをますもの
にらはたたさけのみてのちしよくするなゆめにせいもりきよするにそよき

右丁
にらこそはせうべんの血(ち)をすますものはらのくたりていたむにぞよき
にらはたた人をこやせるものなれと五月にはまたしよくすべからすにらをこそおおくしよくせはまなこをもくらくなしぬるものとしるへし
蒜(にんにく)はからくうんなり目のどくぞ
しよくをけすなりおこりにもよし
にんにくはくはくらんはらのいたみとめときやくやはらのくたるに
にぞよき
にんにくは脾(ひ)胃(い)すくやかにするものそようはれものやかさちらすなり
左丁
にんにくははなちをとむるものとむるものそかしくだきてあしのうらにぬるべし
にんにくはきをくだしつつ風をさるすごししよくせははくはつとなる
にんにくをひさしくこのみしよくするなはいかんやぶれたんをしやうする
    鳥(とり)之部(ぶ)
鶏(にはとり)はきよをおぎなひしものぞかしけのいろによりかはるのふどく
おかしははあぢはひあまくうんのものをんなのこしけよくなをす也

右丁
おかしはは中をあたためきりよくますきよをおぎなひてかさいやす也
おかしははちをよくとむるものなれやおこりのおちてのちにいむべし
めかしははあますまくかんへいのものかはきのやまひよくとむるなり
めかしははせうべんしげき人によし五ざうおきなひしぼりはらとむ
あぶらおとりびかんのものそきよのくすりむねはらともにいたむをそぢす
あぶらおとりたぢゐすじほねふみくじけいたみしびきてななまるにそよき
左丁
あぶらおとりせうべんしげき人によしみみきこえぬにくすりなりけり
あぶらめとりあまくうん也風寒(ふうかん)やしつけをうけてしびるるによし
ああぶらめとりさんごにふるちくだりすぎやせおとろへる人はしよくせよ
あぶらめとりはらのいたみをとむるものかしらしろきは人ころすなり
しろおとりあぢはひそそゆくびうんな也きをくだしつつきやうらんを治(ぢ)す
しろおとり五ざうをしつめかはきとめせうべんつうじ中をおぎなふ

右丁
    虫(むし)之部(ぶ)
螺(にし)は寒(ひへ)としひさしくも目のいたみやさるにくへくすり也けり
にしはたたむねむしによきくすり也菜(な)とこしらへてしよくすべき也
こにしをはからともによくすりくたきおおくしよくせよすんはくによし
蜷(にな)は冷(ひへ)さけをさましてちのみちによきくすりなりみみなるをぢす
になはたたじやうきをくだすものぞかしめをあきらかにいんつよくする
左丁
    ほ穀(こく)之部(ぶ)
法論(ほろ)味噌(みそ)はうんのものなりむしによし鬱(うつ)気(き)をひらきたんをさるをさるなり
ほろみそはひゐのくすりぞきりよく益(ます)こゑのかるるをいだすものなり
糒(ほしいひ)こそむねもつかゆるきもふさぐうる米はよしもち米はいめ
ほしいひをはおほくしよくすなはらくだるくはくらんおこり胃(い)のふそんする
    魚(うを)之部(ぶ)

右丁
?(ぼら)はたたあぢはひあまくへいのものゐのふをひらくものなりしるべしるべし
ぼらこそは五ざうゆたかにするものぞひさしくしよくし身をこやすなり
ぼらこsぼらこそはちをくるはするものなれやはらみをんなにつつしみてよし
    と穀(こく)之部(ぶ)
豆腐(とうふ)こそひえのものとしれかさのとくじんきのつふうおこるものなり
とうふこそきをもうごかすどくもありだいこんおなじれうりよきもの
左丁
    草(くさ)之部(ぶ)
野老寒(ところかん)しもはらのどくきをちらすぼうしよくをけしむしをやしなふ
ところこそさんごあとはらこらへかねひたひもいたむときにくふべし
ところこそききかぬるもの過(くは)食すな中虚(ちうきよ)の人にふかくいむべし
とろろしるきをめぐらしてしよくすすめすぎてははらぞふくれこはばる
とろろしるおりおり少しよくすれは脾(ひ)腎(じん)のくすり気きよをおぎなふ

右丁
雞冠(とつさか)は平にどくなしきをちらすせうべんつうじしよくをすすむる
とつさかはつねにしよくせよ目のくすりしんはいのざうおごなひにけり
とつさかはおおくしよくしてちをやぶる大べんつうじしやくをけすなり
    魚(うを)之部(ぶ)
鰩(とび)魚(うを)はうんのものなりじんやくぞなめしぼりはらむしによき也
とびうほはひゐをととのへしよくすすめいんつよくするつねにくふべし
左丁
とびうほはらうさひ疳(かん)のくたりはらとむるもの也にてもちゆべし
とびうほは百びやうによしどくもなし又はちうぶのくすりなりけり
とびうほははらみおんなにもちゆべしなんさんゑなのささはりもなし
とびうほはかつけのくすりつねにくへあしつよくしてはやみちとなる
とびうほは五ざうおぎなひ虫しやくじゆ五かんらうさひつかれやするに
とびうほをひさしくしよくし気りよく益(ます)身をかろくしていのちをものぶ

右丁
?(どぢやう)平(へい)さのみどくなし百びやうにたたらざるもの気りよくます也
    虫(むし)の部(ぶ)
とべた貝(かい)ひえものひゐをととのへてあかしぼりはらとむるもの也
とべた貝たんをけす也虫しやくじゆ目をあきらかにけつくいひをけす
    ち穀(こく)の部(ぶ)
粽(ちまき)平(へい)あまくどくなしむねいきれからゑづきする人にもちゆる
左丁
ちまきこそづつうにもちゆかほいきりくちのかはくにくすりなりけり
    草(くさ)之部(ぶ)
苣(ちさ)にがく寒(かん)なり又はへいのものさんごにきらふものとしるべし
ちさはたたすちほねかたくおぎなひてむねをひらきてきをくだすもの
ちさはたたちからをつよくなしにけり五ざうを利(り)して歯(はは)をかたくする
ちさはたたけいらくをよくつうじけりされともうちをひやしこそすれ

右丁
    木(き)之部(ぶ)
茶(ちや)こそたたすこしひえものせうべんをつうじてねむりさますもの也
ちやこそたたしよくをけす也きもくだすかはきをとめてたんねつをさる
ちやこそたたなめあかはらをとむる也づつうのみくすりねつさmすもの
ちやはつねにうすくあつきをこのむべしこくぬるきこそたんにささはる
ちやこそたたねつきをさますものなれやうさをもいやしじやうきさるなり
左丁
ちやはつねにやせたる人にいましめに身のうるほひをかはかしにけり
    行菓子(くはし)之部(ぶ)
林檎(りんご)うんあぢはひあまくしよくをけすねつをおこして気をもしぶらす
りんごこそくはくらん又はしほりはらせひのもるをそよくとむる也
りんごこそはらのいたみをとむるなれ又はかはきをとむるなりけり
りんごをはおおくしよくすなたん生(しやう)すちすぢをとぢてようそおこれる

右丁
りんごをはおほくしよくすなほつねつすよるひるわかでねむりこそあれ
    ぬ穀(こく)之部(ぶ)
糠味噌(ぬかみそ)はひえものなれどふくちうのくはつけいののちすこしくふべし
ぬかみそは目のわづらひにふかくいむかすみしぶりてのちくらくなる
ぬかみそはむししやくによし胃(い)を」ひらくむねをすかしてしよくすすむる
    を穀(ラ)之部(ぶ)
左丁
大麦(おふむき)はしははゆくうん又びかんかはきのやまひよくとむるなり
大むぎは中をととのへきをくだしきよらうおぎなひししよくをけす也
大むぎは五ざうつよくし気をもますちすぢさかんにはらはるによし
大むぎは胃(い)のふやはらげかほのいろうるほして又ねつきさるなり
大むぎをいりてしよくせはあしひざのよはくなりぬるもよはくなりぬるものこしるべし
大むぎをひさしく三よくしかみひけのしろくならざるくすり也けり

右丁
    わ穀(こく)之部(ぶ)
わりかゆをあさとく一度(ど)しよくすれは胃(い)のふうるほししんゑきをます
わりかゆをおほくしよくすなはらふくれせうべんしげくよるもねられす
    草(くさ)之部(ぶ)
蕨(わらび)こそあまく寒(ひへ)ものあしなどをよはくするものつつしみてよし
わらひこそ目のどく又はかみひげのおつるもの也おほくしよくすな
左丁
わらびたたおおさなき子にはふかくいめあしあしなへつつもありく事なし
わらびをはきよしてひえたる人にいめはらもはるなりじんのどくなり
わらびこそすじほねの中ふさぐ也ちうぶかつけにつつしみてよし
海帯(わかめ)こそひえものかさのどくそかし水気(すいき)をくだすものとしるべし
わかめこそはらみをんなのかぜをぢすくひすこしてはむしにたたらん
わかめこそ大きんをたたほそくすれすぎてははらのくだりもやせん

右丁
鰐(わに)のうをねつきをいだしきすかさのどくとしるべしちをへらす也
わにのうをゆにしてのちはどくかろしはじかみsはじかみすにてすこしきらふべし
わにはたたひゐをうかほしこやす也しんじんともにつよくなすもの
    加穀(こくこく)之部(ぶ)
かきもちはよろつふしよくの人によしやはらかににてまいるべき也
左丁
かきもちのふるきはちをもしづめけりさんご目まふによきくすり也
かきもちのふるきはどくをけしにけりなめしほりはらよくとむるもの
かゆは平(へい)ひえのもの也胃(い)をそそぐすぎてはじんにたたるもの也
    草(くさ)之部(ぶ)
蕪菁(かぶらな)はうんのものなりどくはなしきをまし又はしよくをけすもの
かぶらなは人をこやしてすくやかに五ざうを利(り)するものとしるべし

右丁
かぶらなのはにはさしたるどくもなしつねにくふべしねにはどくあり
唐瓜(からうり)はあまくひえものかはきとめ小べんつうじいきりさませり
からうりはこうはなのちうはなのかさいやすおほくしよくすなちのかはくもの
冬瓜(かもうり)はあまくひえもの気(き)をましてこしよりししものはれをひかする
かもうりはかはきのやまひよくとめて又小べんをつうじこそすれ
かもうりはかしらやかほのいきるにはすこしつつくへさますものなり
左丁
かもうりはひえたる人はしよくするなかならすのちにやするもの也
かもうりは霜(しも)ふりてのちしよくすべしさらすはのちにかくをわつらふ
干瓢(かんへう)はすこしひえものまたは平せうべんをよくつうじじこそすれ
かんへうはりんびやういたみとむる也よくととのへてまいるべきもの
川苣(かはちしや)はひえのものなりちのみちやむねのいきりをさますものなり
かはちさはらうさひによしきりよくますきよをおぎなひてかさいやす也

右丁
かはちさはむしくすりなりさけすぎてのち目のまふにすへき也
かはちさはしゆもつや又はくさくすりておひにもよしちをぞしずむる
かはちさはきをすずしむるさんののち乳(ち)のたらざるにもちひてそぞよき
    菓子(くはし)之部(ぶ)
?子(かうじ)すしあまく大かん過食(くはしよく)すなひゐをひやしてはら下る也
かうじよく小べんつうじかはきととむされどけんへきおこるものなり
左丁
かうじこそ腸(ちやう)胃(い)のねつをさますもののどのいたむにすこしくふべし
柿(かき)あまくひえものなれどどくはなしみみはなの気(き)をつうじこそすれ
かきはたたらうをおぎなひしんはゐをうるほして又かはきをぞとむ
かきはたたたんをけしつつ胃(い)をひらくちをはく人にあたへてそよき
かきとかにどうしよくすれは腹(はら)いたみかならずくだるものとしるべし
榧子(かや)あまくうんにどくなしぢのくすりすんばくのむし水となすもの

右丁
かやはよくしよくをけす也すぢほねをやはらげ目をもあきらかにする
かやこそは身をうろくするものなれや又はきけつをめぐらしにけり
かやのみをひさしくしよくし百びやうにたたらさるものむしくすりなり
?栗(かちくり)はあまく平にてどくもなしちをめぐらしてひゐをおぎなふぎ
かちくりをやはらかににて百びやうにすこしづつくへじんやくぞかし
かちくりをきずいへかねはしよくすべし又はこにしてつけよいゆるbいゆるべし
左丁
    獣(けだもの)之部(ぶ)
?(かのしし)はかんのものなりきりよくます中ををぎなひ五ざうつよくす
かのししはちをととのゆるものぞかしすじほねまでもつよくするなり
かのししはこしのいたみをよくなをすいんのよはきになをくすりなり
かのししはをんなのながちとむるなりしやくじゆや又はけつくはひによし
かのししはちうぶかつけのくすりなりおほくしよくせば歯(は)やそんじなん

右丁
獺(かはうそ)はあまく寒(かん)なり又はやいすいしゆちやうまんねつびやうによし
かはうそは目をあきらかにすはぶきのとしひさしくもとまらぬによし
かはうそのきもにはどくのあるなれどらうさひのむしころすもの也
亀(かめ)はたたあましはは申候平(へい)のもの身をかろくなし気(き)をぞます也
かめは又かんのものともいふぞかしちゑをたすけてしよくすすむる
かめはたたみみなるによしすはぶきのひさしくいへぬ人はしよくせよ
左丁
かめをたた十二月にしよくするなたちまち人をころすものなり
かめのこうおこりをおとすおさな子のこりのいづるにくすり也けり
かめのかうしやくじゆけつくはひやぶるものてあしおもくでかなはぬによし
かめのかうすぢほねをつぐ虚(きよ)のくすりむねのいたみやぢにもよきもの
龞(うみかめ)はきけつのねつをさますなりをんなのこしけやせたるによし
うみかめははらみおんなにきらふべし莧(ひう)とどうしよくきんもつとしれ

右丁
うみかめはあまく冷(ひへ)もの気(き)をぞますいんををきなひ中をととのゆ
うみかめのはらあかくして十の字(じ)や五の字(じ)王(わう)の字(じ)有は大どく
うみかうみかめのかうしはは申候平のものそののふどくはかめとおなじき
    鳥(とり)之部(ぶ)
鴎(かもめ)たたあまくどくなしかはきとめおもはすものにくるふにぞよき
鴨(かも)は冷(ひへ)中ををきなひきりよくますしよくをけしつつむしころす也
左丁
かもはたたこまかさいやしせうべんをつうじこそすれすはしゆにもよし
かもをこそきよしたる人に用(もち)ゆべしくるみ木くらげきんもつとしれ
かもこそは何をくびをたたもちゆべしくろかもは又かつけにぞいむ
かもの鳥しろきはねつをさましつつきよをおぎなひてかさいやす也
烏鴉(からす)平すいぶきをぢすらうによし目のわづらひになをくすりなり
からすをはしはすにとりてくろやきしおさなき人のてんかんにのめ

右丁
?(がん)はたたあちはひあまく平のものちうぶてあしのひきつるによし
かんこそは身をかろくするものなれや又気をめくらするくすり也けり
がんこそはちうぶかた身のなへたるにすこしつつたたつねにくふべし
がんこそはかみくろくなしながくするみみきこえぬにくすりなりけり
がんをたた六七月にしよくするな人の神(たましゐ)やぶるものなり
    魚(うを)之部(ぶ)
左丁
比目(かれは)平(へい)きよをおぎなひて気力(きりよく)ますくゐすごしては気をうかすなり
?(かます)かんあまくどくなしむししやくじゆしよびやうにさのみたたらさりけり
かますこそ五ざうおぎなひきりよくますじんをおぎなひはだへうるほす
かますこそ身をかろくするつねにくへかみひげくろくながくする也
からさけはあまく少しはかんのものきをおぎなひてちからます也
からさけはけつきよの人もしよくすべしすりほねつよくするとこそきけ

右丁
からさけをひえたるをんなしよくすれは月すいとまりくはひにくはひにんとなる
からさけはちうぶやじんによけれともかさのどくなもこころへをなせ
    虫(むし)之部(ぶ)
蟹(かに)は寒(ひえ)はらみおんなにふかくいめときならすしも子(こ)こそおりけれ
かにはたたむねのいきりをさます也じゆくし同食(どうしよく)血(ち)をぞはきぬる
かにはよくちのととこほりやぶるさんごにしよくし目こそまひぬれ
左丁
かにくひて又たちはるをしよくすればをもお?す気をもうごかす
かにくひてどくとたたらば大わうやしそかもうりのしるをのむべし
牡蛎(かき)貝(かい)はあぢしはは申候平(へい)びかんしやうかんのねつさますものなり
かきこそはおこりをおとすものなれやいかりおどろく気をそしつむる
かきこそは気虚(ききよ)ををぎのふものぞかしなめあかはらもとむるものなり
かきはたたようはれものやあせをとむしうひやむねのいたむにそよき

右丁
かきこそは大小ちやうをしぶらすれしやくじゆや又はせゐもるによし
かきこそはさけすぎてのちむねいたみいきりかはくにくすり也けり
    た穀(こく)之部(ぶ)
たまりかんあましはは申候どくもなしひゐをととのへ気りよくますなり
たまりこそしよびやうにさのみたたたたりなしすぎてはむしのおこるものなり
たれみそはひえのものなり脾(ひ)のざうのかはきをとむるはらくだるもの
左丁
    草(くさ)之部(ぶ)
羅蔔(だいこん)はあまからくうんきをくだすしよくをけしつつたんをさるなり
だいこんはとうふのどくをけしにけり又はすいぶきとむるものなり
だいこんを血(ち)をはく人にもちゆべし中をあたためふそくおぎなふ
だいこんは人をこやしてすくやかにはだへこまかにいろしろくする
だいこんをよくすりくだきしるをとりかはきやまひにこれをのませよ

右丁
だいこんのみをよくすりてしるをとりかみいたきときはなに入べし
蓼(たで)からくかんのもの也くはくらんのすぢひきつるをぢする也けり
たでこそは目をあきらかにかほなどのおもはれたるにくすりなりけり
たでこそは中をあたたむさてはまたようるいれきのはれものによし
たでをたたきさらぎの月しよくするなかならずじんをやふるもの也
たでをたたお?くしよくするなむねいたむ又すぢほねを?ざしやせん
左丁
蒲公(たんほほ)はあまく平なりどくもなしはれものを?らししよくのどくけす
たんほほはをんなのちふさはれたるににしるをつけよたちまちによし
たんほほはせうべんしげき人によしきのととこをりちらすものなり
笋(たけのこ)はあまく寒(かん)なりかはきとめ小べんつうじきをもますもの
たけのこは目をあきらかにねつきさりむねのいきりをさますものなりたけのこは酒毒(しゆどく)をさまし気をくだすよのねられぬにくすり也けり

右丁
たけのこはあせをもすこしいだすものづつうをとめてたんをけすなり
たけのこはくはひにんづつう目まひつつむねさはきせばすこしくふべし
たけのこはそのしなしなのおほけれといつれも過食(くはしよく)きらふべき也
    菓子(くはし)之部(ぶ)
橙子(だいだい)はにがくかん也くはしよくせば肝(かん)気(き)をやぶりかこるるいれき
だいだいはむしころす也しよくをけしかほのどくけす胃(い)のかぜをさる
左丁
    鳥(とり)之部(ぶ)
?(たう)の鳥(とり)あまく平(へい)なり気をふさぐすこしもちひてちのみちによし
たうの鳥おほくしよくすな目そかすむじんにはさのみゑきのなきもの
鶏卵(たまご)こそあまくびかんぞひともしやにんにくきらふかさをしやうずる
たまごこそしぶりはらとむさんののちゑなをくだして目のいたみとむ
    獣(けだもの)之部(ぶ)

右丁
狸(たぬき)かん手(て)おゐさんごにふかくいめちをくるはかし目こそまひけれ
たぬきをばおほくしよくすなちぞうこくようはれものやかさのどくなり
たぬきたたかしらのほねのくろやきはかくのくすりにならびなきもの
    魚(うを)之部(ぶ)
鯛(たい)は平(へい)五かんやしやくにたたりなしすいしゆのやまひじやうきをもじす
たいはたたひゐのげんきをととのゆるねつきあるにはつつしみてよし
左丁
たいはたたすじほねつよくなしにけりしんじんよはき人によきもの
鱈(たら)のうを大かんのものしもはらやひゐのひえつつくだるをそとむ
たらはたた風をうこかすしやうかんののちにくひてかさえかへり死す
    虫(むし)之部(ぶ)
田螺(たにし)こそ大かんのもの目のうちのねつしてあかくいたむにぞよき
たにしこそかはきのやまひとむるなれかつけのはれていたむにもよし

右丁
たにしたた大小べんをつうじけりふくちうのねつさますものなり
たにしをばくろやきにしてもろもろのかさにつくればよくいゆるもの
たにしはひ酒(さけ)すぎてくち舌(した)やふれゆ水のしむるにぬりていゆべし
蛸(たこ)ああまくへいのもの也どくいなし下(げ)けつや又はぢのくすり也
たここそはふくちうにある古血(ふるち)をばよくやふるなりちをうかす也
    に穀(こく)之部(ぶ)
左丁
蕎麦(そば)あまく平(へい)寒(かん)のものきりよくます大ちやう胃(い)のふこはくするもの
そばつねにおほくしよくすな風うごくま申けもひげもぬけて目ぞまふ
そばはたたちうぶかつけのどくとしれあをそばは又はらくだるもの
    つ草(くさ)鳥(とり)之部(ぶ)
つくづくしかんのもの也きずにどくもかさののちにくへば死(し)す也
つくつくしちをうごかして目ぞかすむしやくじゆやむしにきらふもの也

右丁
鶴(つる)はたたあぢしははゆく平のものらうををぎなひきりよくます也
つるこそは風をさるなれむしによし肺(はい)すくやかになすものとしれ
つるはたたしろきをこのみしよくすべし百びやうにたたくすりなりけり
鶫(つぐみ)平りんびやうによしじんつかれいんなへこしのいたむにぞよき
つぐみよくきよををぎなひてどくもなししよびやうに用ひてたたらず
    ね草(くさ)之部(ぶ)
左丁
鼠(ねず)茸(たけ)はあまく冷(れい)にてむししやくじゆふるひかたかひ百びやうのどく
ねずたけをおおくしよくすなしもはらやわづらふ人にふかくいましむ
    獣(けだもの)之部(ぶ)
猫(ねこ)はたたあますゆくして冷(ひへ)のものらうさひによきくすりなりけり
鼠(ねずみ)こそあぢはひすゆくどくもなしようそはれものかさくすりなり
ねずみこそはらみおんなにいましむるかならずはらみの子(こ)のおるるもの

右丁ねずみたたきもはつんぼのくすり也れうりよくしてまいるべき也
    な穀(こく)之部(ぶ)
なま米(こめ)はちのみちによしさんぜんごておひ目のまふときにくふべし
なm
なま米をおほくしよくすなひえのものひゐにもたたるむししやくとなる
納豆(なつとう)は大うんのものもろもろのやまひにどくぞふかくいむべし
なつとうはかさはれものやきずなどのいたむときには大どくのもの
左丁
    草(くさ)之部(ぶ)
なたまめはあぢはひあまく寒(かん)のものちのねつするをよくさますなり
なたまめをこくすりにし也水にたてにつしゆのかさにはやくのませよ
なたまめはようちやうかさのくすり也じんにはきらふものとしるべし
なたまめはりんびやうのとくふかくいめちもかれうせてはくはつとなる
茄子(なすび)こそあちはひあまく寒(かん)のものひえたる人はしよくすべからす

右丁
なすびこそ人をそんざすものなれやきをうごかしてかさのどくなり
なすびこそゐのふそんざすものぞかしねつする人はすこししよくせよ
なすびたたへたをきりつつはひにゆきくちのうちなるかさに付へし
薺(なづな)かんあまくどくなしかさにいむ気をもうごかす中をやはらぐ
なづなねは目のいたみをぞとむるものしるもみだしてなかへ入べし
なづなの実(み)目をあきらかにいたみとむ卯月八日にとりてをくべし
左丁
    菓子(くはし)之部
棗(なつめ)こそあぢはひあまくへゐのもの生(なま)にてしよくしはらぞはりける
なまなつめ寒熱(かんねつ)おこるものぞかしやせたる人はしよくすべからす
なつめたたむしてほしたはかんのもの百薬(やく)のどくやはらげにけり
なつめこそきよををぎなひてきりよく益(ます)はらいたみとめひゐをやしなふ
なつめこそしんはひのざううるほしてすはぶきをとめ身をかろくする

右丁
なつめをはおほくしよくすな歯(は)のどくぞ蜜(みつ)ひともじはきんもつとしれ
梨子(なし)こそはあますゆく寒(かん)かはきとめ大小べんをよくつうじけり
なしはたたひえものなれはきんさうやさんごにふかくこれをいむべし
なしこそはねつのすはぶきとむるなりみみのなるをもぢする也けり
なしはたたかみくろくなし上気(じやうき)さるむねのいきりや目のいたみとむ
なしをたたおほく食(しよく)すな中ひえてかならずのちにしぼりはらやむ
左丁
なしはたたしるをしぼりてほうさうの目に出(いで)たるにこれを入べし
なしはたた酒(さか)よひさましむねはらのいたみをとめてきをちらすなり
    魚(うを)之部(ぶ)
鮧魚(なまづ)こそあまく平(へい)なりどくもなし又ひえものにどくありといふ
なまつこそよく小べんをつうじつつすいしゆのやまひぢするもの也
なまづにはうしやいのししきじをいむ目のうちあらくひげなきはどく

右丁
なまづにはかのししもきらふものぞかしはらきいろなは人ころす也
なよし冷(れい)じやうきをくだしちからますしよくをすすめて歯(は)のいたみとむ
なよしこそ下(げ)けつのくすり脾(ひ)ねつさる胃(い)をひらくなり気きよををぎなふ
なよしをば夜(や)しよくにきらふものぞかしかたまりとなりきえかぬるなり
生海鼠(なまこ)冷(れい)しよびやうのどくそふかくいめされどもむしをころすものなり
なまここそじんのくすりときくなればすこししよくして精(せい)汁(じう)をます
左丁
なまここそたたんのどくなれすぎぬれは肺(はい)気(き)きよしつつこゑかるくなり
    む菓子(くはし)之部(ぶ)
零餘子(むかご)かんあまくどくなし腎(じん)薬(やく)ぞこしひざをよくつよくするなり
むかごたたききよををぎなひしものぞかし山のいもよりなをくすりなり
梅すゆく平(へい)のもの也どくもなしかはきはとむる歯(は)をばそんざす
むめはたたすぢほねやぶるものぞかし又はきよねつのさしいづる也

右丁
むめぼしはしいはゆくかんくはくらんのむねはらいたむときにしよくせよ
むめぼしはときやくをとめてたんをきるのどのいたむにふくみてぞよき
むめぼしはくちのかはきをとむる也しよくをばすすむおほくしよくすな
    う穀(こく)之部(ぶ)
粳米(うるこめ)はあまにがく平(へい)どくはなしいきりをさまし気をぞましける
うる米はすぢほねかたくをぎなひてゐの気をまして五ざうやはらく
左丁
餛飩(うんどん)は平(へい)のものなりひゐによししよくをけしけしつつあせとむrあせとむる也
うんどんはらうさひのねつさめかねて大べんけつしふしよくにぞよき
    草(くさ)之部(ぶ)
独活(うど)はたたあまからくしてうんのものはのいたみとむづつうにもよし
うどこそはきんさういたみとむるなり風をひきつつよふしいたむに
うどはたたちうぶかつけにたたりなししやうかんなとに少しよくせよ

右丁
    木(き)之部(ぶ)
五架(うこぎ)こそにがからくうんすこし寒(かん)中ををぎなひせゐをます也
うこぎこそちうぶかつけのあしなへやいんのな申るをすくやかにする
うこぎこそ小べんをよくつうしつつすじほねいたく気をそますもの
    鳥(とり)之部(ぶ)
鸕鷀(う)の鳥(とり)は冷(れい)のもの也しよくするなふんはわらべの淮(かん)のむし治(ぢ)す
左丁
うの鳥(とり)のあたまをやきてうをのほねのどにたちたるときにふくべし
鶉(うづら)こそあまく平(へい)なりすぢほねをかたくなしつつ中をつよくす
うづらこそ五ざうをぎなふものなれやきのこ同食(どうしよく)痔(ぢ)のおこるもの
うづらには小豆(あづき)しやうがをくはへつつ煑(に)てしよくすれはしぶりはらとむ
うづらをは春(はる)三月にしよくするな又いのししもてきたいのもの
    獣(けだもの)之部(ぶ)

右丁
兎(うさぎ)たたあぢからくへいまたは寒(かん)中ををぎなひ気をもます也
うさぎこそくはいにんのときしよくすれはくちびるかくる子をぞうみける
うさぎには川(かは)うそこそはきんもつよくひあはすれはとんしするなり
うさぎこそかはきのやまひとむるなれひさしくくへばげんきをそんする
うさぎにはからしはじかみにはとりやくるみやみかんどれもきんもつ
うさぎの毛(け)くろやきにしてやゐとうのいへかねぬるにつけよめうやく
左丁
牛はたた大ねつのものどくはなししつけをさりてきよそんをぎなふ
うしはたたこしひざひゆる人によしすぢほねつよめちをぞあたたむ
うしはたたやせたる人に用(もち)ゆへしちをましねあせとむるものなり
うしのきもきやうふうをよくぢする也ねつ痰(たん)をきり目のくすり也
うしの乳(ちち)はあまくひえのもの年(とし)久(ひさ)にかはきのやまひとまらぬにのめ
土竜(うぐらもり)しはは申候寒(かん)どくもなしようちやう又はこまかさによし

右丁
うぐろもちかたかひ又はかんのむしおこりをおとすこうひにもよし
うぐろもちくろやきにしてしやうかんのねつゆへ物にくるふにぞよき
    魚(うを)之部(ぶ)
鱓(うなぎ)たゝあまく大うん気りよくます中ををぎなひこしのおもきに
うなぎこそふくちうひえてなるによしむしをもころすらうさひも治(ぢ)す
うなぎこそしつけのかつけ治(ぢ)するものすぢほねつよくじんををぎなふ
左丁
うなぎこそ痔(ぢ)のくすりなれつねにくへもろ〳のかさいやすものなり
うなぎこそいんつよくするものなれやつねにしよくしてそのしるしあり
    の魚(うを)之部(ぶ)
熨斗(のし)は平しよびやうに用ゆどくもなしすくればたんとぜんそくにいむ
のしはよく目をあきらかにまけをさるきりよくをましてきよらう治(ぢ)す也
    く穀(こく)之部(ぶ)

右丁
黒豆(くろまめ)はあちはひあまく平のものひざのいたみやはらはるによし
くろまめはすひしゆにもよししよくをけすむねのいきるや胃(ゐ)ねつさるもの
くろまめをしほにてにしめつねにくへじんををぎなふくすり也けり
くろまめはちうぶにもよしさんののち風ひきたるをさるものぞかし
くろ豆は目をあきらかになしにけりちをすずしむるものとしるべし
くろまめはこゑのいでぬにくすりなりつねにしよくせよかみくろくなる
左丁
くろまめにいのしたをこそきらふなれ人にもかたれわれもしよくする
くろまめはれうりによりてのふどくもあまたかはるしる人にとへ
胡麻(くろごま)はあぢはひあまく微寒(びかん)なりさんごにゑなのかりざるによし
くろごまをおほくしよくすなこゑかるくあぶらはかさにつけていゆべし
ごまのあぶらをあしのうらにぬれはやみちとなりくたびれもせす
    草(くさ)之部(ぶ)

右丁
萓(くはん)草(さう)はあまく平也わうだんやりんびやうのどのかはくにぞよき
ぐはんさうはかはきのやまひはだへやせかじけたる身にくすり也けり
枸杞(くこ)はたたあぢはひにがくひえのもの気ををぎなひてせいをます也
くこのはは目をあきらかに風をさるすぢほねかたくちをもうるほす
くこのはをひさしくくへばながいきしかさようちやうにくすり也けり
くこはたたちやう胃(ゐ)のきよねつさます也きをめぐらしてしよくをけすもの
左丁
常山(くさき)うんあぢはひにがくむししやくじゆおこりふるひのおちざるによし
くさぎをはおほくしよくすな胃(ゐ)損(そん)ずる又は大べんくだりこそすれ
くさぎこそじんをけしつつ小べんをしげくつうじて歯(は)をぞそんざす
茨菰(くはひ)こそにがあまくして冷(れい)のものおほくしよくすなかつけ痔(じ)にどく
くはひこそ気をまし又はかはきとめようはれものをのぞくもの也
くはひたたさんごにこころみたれつつゑなのおりぬに煑(に)しるのませよ

右丁
くはゐをははらみおんなにいましめよくひすごしては歯(は)をもそんさす
くろくはひにがあまくして微寒(びかん)也かはきをとめて痺熱(ひねつ)さるもの
くろくはひすぎてはかつけおこるなりひえ人しよくしはらそはりける
くろくはひむねのいきりをさます也わうだんによし又は気をもます
葛(kくず)の粉(こ)はあまく大かんかはきとめ大小べんをつうじこそすれ
くずのこはようはれものに食(しよく)すべし酒よひねつをさますもの也
左丁
くずのこはわらべのきやうふてんかんや又はときやくをとむるもの也
菌(くさびら)はかん也すぢをふさぐなりかつけをおこす又はぢのどく
くさびらは百びやうのどく夜ひかると煑(に)てやはらがぬどくありとしれ
くさびらは胃(ゐ)をひらく也下りはらとむるもの也おほくしよくすな
くさびらは春(はる)冬(ふゆ)しよくしどくもなしなつあきは又どくありとしれ
    菓子(くはし)之部(ぶ)

九年母(くねんぼ)はあぢはひあまくれいのものきりよくましつつ脾(ひ)胃(ゐ)ををぎなふ
くねんほはさけをけすなりむねのうちいきるをさましたんにささはる
栗(くり)こそはあぢしははゆくかんのものじんををぎなひあしつよくなす
くりはたた胃(ゐ)のふあつくし気をもます生(なま)にてくへばほねいたみとむ
くりをたた日にほしさらししよくすれば気をくだすなり虚(きよ)をもをぎなふ
くりをこそおほくしよくすなきをふさぐじんきよのこしのいたみをもとむ
左丁
胡桃(くるみ)平(へへい)あぢはひあまく又はかん人をこやしてはだへうるほす
くるみこそかみくろくするものなれや痔(ぢ)のくすり也おりおりはくへ
くるみたたくひすごしてはまゆけぬけ風をうごかしたんをしやうずる
くるみをはねつのものともおもふべしすぎて小べんつうじこそすれ
茱萸(ぐみ)のあぢにがからく大ねつのもの中をあたため気をくだすなり
ぐみはたたしやくりをとむるものぞかししつきの風をおゐにがす也

右丁
ぐみはたたむねはらいたみよくとめてこうひのくすり痰(たん)をさるもの
ぐみはたたさつさとくだるはらをとめ五ざう利(り)してむしころす也
桒椹(くはのみ)はあまく寒(かん)なり五ざう利(り)しかはきのやまひよくとむるなり
くはのみをさらしかはかし粉(こ)にしつつ蜜(みつ)にて丸(ぐはん)しのめやめくすり
串柿(くしかき)はあぢはひあまく冷(れい)のものちやうゐあつくし中をしぶらす
くしかきは脾(ひ)をすくやかになしにけりこゑをうるほしむしころす也
左丁
くしかきは酒よひねつをさますなりかはきをとめて胃(ゐ)ねつさるもの
    魚(うを)之部(ぶ)
石首(くち)のうをあまくどくなしゐをひらく気をましまたはしよくをけす也
くちくちこそはよくしふりはらとむるものまたりんびやうを治(ぢ)するとぞきく
海月(くらげ)こそあぢはひからく平のものかはきをとめて気をくだすなり
くらげこそ中をととのへしよくすすめ五ざうを利(り)して小べんをとむ

右丁
くらげこそたんをけす也気をもますはじかみすにてしよくすへきなり
海㹠(くじら)こそしははゆく大かんのものおこりをおとしむしころすなり
くじらをはほしてしよくせよしもはらをよくとむる也おほくしよくすな

和歌食物本草巻之上   終
左丁
あさましや百迠いき
身を物てあすきの
あさましや
もちにちれられて
以下不明 津之累村 正泉寺
正泉寺

裏表紙

表紙
富士川本 ワ 2
和歌食物本草  下

右丁

三の本  ?のほし
津?仁右衛門
?十
左丁
赤印 早?帝国大学図書之印  富士川游寄贈
左上黒印 187450 大正7.3.31
和歌食物本草巻之下
? や穀(こく)之(の)部(ぶ)
糄米(やきこめ)はあまくびかんぞき虚(きよ)によしおほくしよくすなむししやくのどく
やき米はしよびやうのどくどくぞふかくいめ?じゆもつやかさの血(ち)をもうごかす
  ?草(くさ)之部(ぶ)
?蕷(やまのいも)あまくかんなり又は平(へい)じんををぎなひきりよくます也

右丁
やまのいもひじんきよするにくすりなりひさしくしよくし気をふさぐもの
やまのいもらうさひによし小べんのしきりにしげき人はしよくせよ
やまのいもものわすれする人によしやせたる人のはだへうるほす
    菓子(くはSくはし)之部(ぶ)
楊梅(やまもも)はあじはひすまくかんのものからゑづきとめたんをさる也
やまももは酒毒(しゆどく)をくだししよくをけすときやくをとめて五ざうやはらく
左丁
やまももをおほくしよくしてねつきさすしぼりはらをばとむるものなり
やまももはおほくしよくしてすぢほねや歯(は)をもそんざすものとしるべし
    鳥(とり)之部(ぶ)
山鳥(やまとり)はかんのもの也五ざう気のすだくを治(ぢ)するものとしるべし
やまとりをおほくしよくすな痔(ぢ)のどくぞそばと同(どう)しよくきらふともきく
    獣(けだもの)之部(ぶ)

右丁
山狗(やまいぬ)はあまく平なり又はかんしほからにしてまんびやうによし
やまいぬはちのみちによしすぢほねのいたみをとめてきりよくます也
    ま穀(こく)之部(ぶ)
豆(まめ)は平(へい)あまくどくなしすいしゆ治(ぢ)す煑(に)てしよくすべしじんををぎなふ
まめをたたおほくしよくすなさんごには目まひむしいでしぼりはらやむ
まめのこはちをうごかしてかさのどくむねもふくるるものとしるべし
左丁
    草(くさ)之部(ぶ)
松蕈(まつだけ)はあぢはひあまく平(へい)のものもかさはしかのはじめしよくせよ
まつだけは脾(ひ)胃(ゐ)ををぎなひ虚(きよ)の薬(くすり)又気をもくだすものとしるべし
まつだけはおほくしよくすなはらくだるむしにもたたるものとしるべし
天蓼(またたび)はからくかん也たんをさる風をもちらす気をもますもの
またたびはしやくじゆや又はむしによしおほくしよくすな血(ち)をやぶるなり

右丁
またたびはひゐをあたため手あしなとしびれいたむにすこしくふべし
    魚(うを)之部(ぶ)
鱒(ます)はかんあぢはひあまく気をぞますおほくしよくすな又上気する
ますつねにおほくしよくすなちをやぶるむししやくいでてかさぞうみける
ますこそはちごの五かんやかたかひや又はたんにも大どくとしれ
学鰹(まなかつほ)あまく平(へい)なりじんによしらうををぎなひ気りよくます也
左丁
まなかつほひゐをつよくししよくすすめむししやくじゆをも治(ぢ)するもの也
まなかつほしよびやうにさのみたたらねどしやうかんにこそ大どくのもの
    虫(むし)之部(ぶ)
蟶(まて)あまくかんのもの也さんののちきよそんをぎなひしぼりはらとむ
まてこそはひゐををぎなひむねのうち?さりもだゆる人はしよくせよ
まてこそはさのみどくなきものなれどしやうかんののちしよくすべからす

右丁  
    け草(くさ)之部(ぶ)
?子(けし)こそあぢはひあまく平のもの風をめぐらし邪(じや)熱(ねつ)さるなり
けしこそはよくしぼりはらとむる也しよくをくだしてたんをしりぞく
けしをたたおほくしよくすなばうくはうのきをもうごかすものとしるべし
   鳥(とり)之部(ぶ)
啄木鳥(けらつつき)へいのもの也どくはなし痔瘻(ぢろう)のくすりかさも治(ぢ)す也
左丁
けらつつきむしくひはにもくすり也くろやきにしてはのあなにぬれ
    ふ穀(こく)之部(ぶ)
陳米(ふるこめ)はあますゆく冷(れい)かはきとめ胃(ゐ)のふをぎなひくだりはらとむ
ふるこめはとしひさしくもとまらざるあかしもはらをとむるものなり
麩(ふ)はあまく寒(ひえ)ものとしれどくはなしはらのくだるをとむるもの也
ふこそやくいきりをさますものぞかし又はひゐをもととのへにけり

右丁
    草(くさ)之部(ぶ)
款冬(ふき)こそはあぢはひあまくかんのものたんをめぐらすものとしるべし
ふきのたうあまからくしてかんのものしんはひの気のすたくにぞよき
ふきのたうたんのねばるにしよくすべし目をあきらかにすはふきをとむ
ふきのたうたんにうみちのましりつつむなさはきする人はしよくせよ
ふきのたうすh
すはぶきのある人はたたほして火(ひ)をかけけむりすふべし
左丁
    菓子(くはし)之部(ぶ)
葡萄(ぶだう)こそあぢはひあまく平(へい)のもの小べんつうじきりよくます也
ぶだうこそすぢほねいたみしびるるにすこしづつくへくすりなりけり
ぶだうたたくはくらんときやくありてのちむねのわろきにくすり也けり
ぶだうたた二日よひこそさますなれおほくしよくすないきりもだゆる
ぶだうたたもかさはしかの出(いで)かねばすこししよくせよのこりなくいづ

右丁
    魚(うを)之部(ぶ)
鯽(ふな)あまくかんのものなりもろもろのかさくすりなり中をあたたむ
ふなはたた胃(ゐ)のふよはくしよくなどのむねにつかへてくだらぬによし
ふなこそはきよ気をををぎなふ物(もの)なれやなますにしては痔(じ)のくすりなり
ふななますなめにちまじるしぼりはらよくとむるなりすこししよくせよ
ふなにこそからしににんにくいのししやきじもさたうもきんもつとしれ
左丁
河魨(ふく)あまくかんのものなりどくぞあるよくこしらへてしよくすべきなり
ふくこそはきよををぎなひてむしころすこしひざつよくなすものぞかし
ふくはたた痔(ぢ)のくすり也しつけさるくひすごしてははらのはるもの
ふくにもしよひたるときは芦(あし)のねのしるをしぼりておほくののむべし
鰤(ぶり)はかんほしてもなまもくすりなりされどもかさにどくとしるべし
ぶりはたた気りよくをまして身をこやすちをもうるほす又やぶるもの

右丁 
    こ穀(こく)之部(ぶ)
小麦(’こむぎ)こそあまくびかんのものなれやかはきをとめてねつきさるもの
こむぎたた小べんをよくつうじけりつばきの中に血(ち)まじるによし
  ナ 草(くさ)之部(ぶ)    雲
牛蒡(ごばう)こそあまからくして平(へい)のものらうさひおこりふるふにぞよき
ごばうこそあしびさよはあしびさよはき人によしはのいたみをとむるものなり
左丁
ごばうたたようはれものやふうどくしゆせんきすいぶきいつれにもいつれにもよし
ごばうこそかほのいきりをさます也てあしかなはぬ人によきもの
ごばうをはつねにしよくせよくすり也身をかろくなしとしよらぬもの
ごばうたた十二けいみやくつうじつつ五ざう六ふのあくもつをさる
蒟蒻(こんにやく)はあぢからく寒(かん)どくぞある

右丁
昆布(こぶ)こそはあましはは申候寒(かん)のものかさはれものやすひしゆにぞよき
こぶはたたやはらかににてしよくすべしあぶらあげこそびやうにんにどく
    菓子(くはし)之部(ぶ)
胡椒(こせう)こそからく大かん気をくだし中をあたためうをのどくけす
こせうこそくはくらんはらのいたみとめ又くさびらのどくをけすなり
こせうをばおほくしよくすな肺(はい)そんずびやうにんにいむ気をちらすもの
左丁
こせうにてあざみをあへてくひぬれはあなことよりも血(ち)のいでて死(し)す
    鳥(とり)之部(ぶ)
鴻(こう)の鳥(とり)あまく平(へい)なりもろもろのやまひにさしてたたらざるもの
こうの鳥(とり)ちうぶかつけやしつねつのなめあかはらをとめて気をます
こうの鳥なにともかさのなもしれずいへかねぬるにしよくしてぞよき
    魚(うを)之部(ぶ)

右丁
鯉(こい)こそはあじはひあまく寒(かん)のものねつびやうののちふかくいむべし
こいのうをくろやきにしてすはぶきやぜんそくやみにゆにてのませよ
こいはよくきをくだすなりわうだんののどのかはくやすいしゆにもよし
こいこそはしやくじゆにきらふものぞかしはらみをんなのすいしゆにはよし
こいのはをくろやきにしてりんびやうの小べんつうじかぬるにぞよき
こいのうをあたまにどくの有なればわすれてもしよくすべからず
左丁
こいはたたひゐのよはきにしよくすへし又いのししはきんもつとしれ
鯔(こち)あまく平(へい)のものなり胃(ゐ)をひらく五ざうを利(り)して人こやす也
こちはたたくすりにも又さしあはす身をすくやかになすものとしれ
    江穀(こく)之部(ぶ)
豌豆(ゑんどう)はあまく平(へい)なりどくもなしきけつととのへめぐらするなり
ゑんどうは中をます也又は気をたゐらかになすおほくしよくすな

右丁
    魚(うを)之部(ぶ)
?(ゑい)はたたあぢはひあまく平(へい)のものほしたるはたた百びやうによし
ゑいはたたてんかんによしはらなどのくだるをとむる又むしによし
ゑいはたたかたかひ五かんらうさひやしゆくじゆけつくはひいつれにもよし
    虫(むし)之部(ぶ)
蝦(ゑび)あまく平(へい)のもの也きりよくますゆをうごかしかさをしやうずる
左丁
ゑびはたたかさなき人にきらふべしあしのかかみてありく事(こと)なし
ゑびをこそむししやくじゆにもいましめよとくおほくしてのふはすくなし
    あ穀(こく)之部(ぶ)
粟(あは)米(こめ)はあぢしはは申候すこしひえ脾(ひ)胃(ゐ)ねつをさりじんををぎなふ
あはこめはかはきのやまひむせやまひ又はときやくをとむるものなり
あはこそはめらゑづきとめしよくすすめせうへんつうじはだへうるほす

右丁
あはこそはかくのやまひにくすり也はらをもとむる気をもますもの
飴糖(あめ)あまくかんのもの也かはきとめ脾(ひ)胃(い)をやはらげ肺(はい)をうるをす
あめはたたきよををぎなひて悪血(あくち)さるときやくのあらばしよくすべからず
あめこそは五ざううるをすものなれやおほくしよくすな風をうごかす
あめこそはうをのほねなどのどにたちぬけざるときにおほくくふべし
赤小豆(あづき)こそあますゆく平(へい)どくはなし水をくだしてねつさますなり
左丁
あづきこそようはれもののうみをさる小べんつうじくだりはらとむ
あづきこそちやうまんによしかはきとめすはしゆにもよしすこしくふべし
    草(くさ)之部(ぶ)
櫨断(あざみ)冷(れい)にがからくしてちのみちやながち下血(げけつ)を治(ぢ)するもの也
あざみこそよろづのかさやきずくすりすぢほねをつぎこしいたみ治(ぢ)す
あざみたた大小べんにちのまじりせゐもりやする人はよくせよ

右丁
あざみこそらうさひによしむしくすり気をめくらするものとしるべし
あざみにはこせうきんもつくひあはせあなごとよりもちのいでて死(し)す
胡葱(あさつき)はからくかんなり又は平きをくだしつつしよくをけす也
あさつきは目をあきらかにむしころすくひすごしてはやまひおこれり
あさつきをおほくしよくすなたましゐのうせはて又はせゐをそんざす
陟釐(あをのり)はあまくかん也又はれい中をあたためしよくをけすもの
左丁
あをのりは胃(い)の気(き)をつよくなすものぞはらのくだるをとむるものなり
あをのりはかはきのやまひ治(ぢ)するなりしほのからきはきんもつとしれ
紫菜(あまのり)はあまく寒(かん)なり気(き)をくだすいきりをさますものとしるべし
あまのりははれものなどに少よしおほくしよくせははらいたみはる
藜(あかざ)こそあぢはひあまく寒(かん)のものしよびやうにしよくしさのみたたらず
あかざこそひゐにしやくじゆのある人のしよくのならぬにくすり也けり

右丁
あかざたたけつねつをよくさます也きすいへかねていたむにぞよき
あかざをばかさやきんさうはれものにつねにしよくせよちのみちによし
あかざをばくろやきにして手(て)おひ又さんご目まふにゆにてのむべし
    菓子(くはし)之部(ぶ)
杏子(あんず)こそあますゆくねつどくぞある過(くは)しよくはすぢやほねやぶるもの
あんずをばちごにすこしもくはするなかならすまなこあしくなるもの
左丁
    鳥(とり)之部(ぶ)
青鷺(あをさぎ)は冷(れい)なりあまく又は平(へい)なつしぼりはらよくとむるなり
あをさきは脾(ひ)腎(じん)のきよををぎなひて又もろもろのどくをけすもの
あをさぎの糞(ふん)をまろめてゆにてのめ五かんすんばくよくなをるもの
    魚(うを)之部(ぶ)
鯮(あゆ)は平ひゆをやはらげすちほねをつよくするなりつねにくふべし

右丁
あゆはたた五ざうをぎなふものぞかしおぼくくひてもやまひおこらず
鯵(あぢ)は平(へい)しよびやうにしよくしどくはなしすぎてはむしにたたりこそすれ
あぢこそはらうきさひ気(き)きよにしよくすべし五ざうをぎなひしよくすすむる
    虫(むし)之部(ぶ)
蛼(あかがひ)はかんのものなりしよくすすめむねはらひえていたむにぞよき
あかがひは胃(ゐ)をすくやかになしにけり中をあたためしよくをけすもの
左丁
あかかひはこしのひゆるをあたたむるいんのなゆるにくすりなりけり
石?明(あはび)こそあぢしは申候平のものめのわづらひにくすりなりけり
あはびをばひさしくしよくしせいをまし身をかろくするすはぶきによし
    さ穀(こく)之部(ぶ)
酒(さけ)はたたにがからくしてねつのもの百びやうのどくけすものとしれ
さけはたたきけつめぐらし露(つゆ)や霧(きり)風(ふう)寒(かん)などをさるものぞかし

右丁
さけこそはあさとくのみて胃(ゐ)をやぶりねさけこそ又脾(ひ)をやぶるなり
さけすぎてかならず痰(たん)ぞのぼりけるさむればじやうきおこり目ぞまふ
白豆(ささぎ)こそあまく平(へい)也気(き)をくだす五ざうをぎのひ中をますもの
ささぎこそ十二けいみやくたすけけりちやう胃(ゐ)あたためじんををぎなふ
ささぎをはつねにしよくせよじんによしちをめぐらするものとしるべし
砂糖(さたう)寒(かん)あまくどくなし酒毒(しゆどく)けすかはきをとめてひふをやはらぐ
左丁
さたうこそ胃(ゐ)の気たすくるものなれやおほくしよくして歯(は)こそそんずる
さたうこそ大ちやうのねつさますものときならずしてむしおこるなり
さたうにはふなとたけのこきらふなりかんのむしでてわきいたむもの
    菓子(くはし)之部(ぶ)
山椒(さんせう)はからくかん也むししやくじゆ目をあきらかに歯(は)をかたくなす
さんせうはあくしゆわうだんしよくむねつかゆるをぢし中をあたたむ

右丁
さんせうはすはぶきしやくりよくとむるむねはらひえていたむにぞよき
さんせうは気(き)をよくくだすものぞかしむしをもころす身をかろくなす
さんせうをとしひさしくもしよくするなのちはかならず気(き)りよくへるもの
    魚(うを)之部(ぶ)
鮫(さめ)のうを平(へい)のものなりむしによし五ざうをぎのひきやうきしづむる
さめのうを血(ち)をはく人はしよくすべししんきらうさひぢするものなり
左丁
鯖(さば)あまく平(へい)のものなりどくはなしかつけのあしのしびるるによし
さばはたた目をあきらかにむね腹(はら)のいたむにぞよききりよくをもます
さばこそはむねのいきるをさます也おけらにんにくきらふものそや
鮭(さけ)こそは大かんのものどくはなし身をあたためてきりよくます也
さけこそはひえたる人のしぼりはらとむるものなりすこしくふへし
さけをたたおほくしよくすなはれものやかさをしやうずるものとしるへし

右丁
鰆(さはら)こそあぢはひあまくねつのものきりよくをましてじんををぎのふ
さはらこそぢをうごかしてきずかさやむしやしやくしゆいづれにもどく
さはらこそちごのかたかひかんのむしいづれにもどくつつしみてよし
    虫(むし)之部(ぶ)
栄螺(さざい)かんさのみどくなし目のくすりむしにはたたるものとしるべし
さざいこそ胃(ゐ)のふをひらきしよくすすめさんごのふるちくだすものなり
左丁
    菓子(くはし)之部(ぶ)
石榴(さくろ)こそあます申候して冷(ひへ)のもののとのかはきをよくとむるなり
ざくろをはおほくしよくすな歯(は)のどくそあぢす申きのはしぼりはらとむ
ざくろこそせゐのもるをぞとむるものたんのどく也つつしみてよし
    き穀(こく)之部(ぶ)
粱(きび)こそはそのしなおほきものなればいろによりつつかはるのふどく

右丁
黄粱(ききび)こそあぢはひあまく平のもの中をやはらげ下りはらとむ
ききびこそしつけや風をさりにけりよくこしらへてまいるべきなり
白粱(しろきび)はあぢはひあまくびかん也むねのあひだのきよねつさるもの
しろきびはときやくをとめて気をそ益(ます)すぢほねをつぎ中をやはらぐ
くろきびもあぢはひあまくびかんなりひゐのねつさりかはきとめけり
くろきびは小べんつうじきりよくまししぼりはらとめ中ををぎなふ
左丁
くろきびは身をかろくしてくはくらんののどのかはきやときやくをそとむ
くろきびはいのちをのぶるものぞかしよくこしらへておりおりはくへ
    草(くさ)之部(ぶ)
黄瓜(きうり)こそあまくひえものとくおほしおこりをふるひたんをしやうずる
きうりこそ百びやうのどく胃(ゐ)をそんすかつけもおこるかさもうるほす
きうりをばかさなき人にかたくいめたちまちかんのむしいつるもの

右丁
きうりをばすにひたしつつしよくするなきんもつなりとかねてしるべし
木耳(きくらげ)はいろいろの木にありけれどくはやゑんじゆの木にあるぞよき
きくらげはあぢはひあまく平(へい)のものきりよくをまして身をかろくする
きくらげは五ざうやはらげはなちとめをんなこしけにくすりなりけり
きくらげは月すゐをよくととのゆる痔(ぢ)のくすり也すこしくふべし
きくらげはしやくじゆにもよきものとしれをんなのいんのいたむにもよし
左丁
きくらげはかずかずおほきものなれどかくばかりこそしるしをくなれ
    菓子(くはし)之部(ぶ)
きんかんはあまにがくしてかんのものさけをさましてしよくをすすむる
きんかんは皮(かは)ともにくへくすりなりきをめぐらしてたんをきるもの
銀杏(ぎんなん)はあまにがくして平(へい)のものきやうふうおこるものとしるべし
ぎんなんはたんをしやうするものぞかしちうぶてんかんおこるものなり

右丁
雉(きじ)こそはあますゆくしてかんのもの中ををぎのひくだりはらとむ
きじこそはきりよくをましてかはきとめひゐの気きよをぞをぎのひにける
きじとそばどうしよくすれはすんばのむしこそおこれつつしみてよし
きじにたたくるみ木くらげくさびらをどうしよくすれば下(げ)けつ痔(ぢ)をやむ
きじをたたふゆばかりくへよの月はしよくすべからずかさおこるもの
左丁
    獣(けだもの)之部(ぶ)
狐(きつね)こそあまく寒(ひえ)ものどくもありきよらふをぎのふかさをぢすもの
きつねたたきもをやきつつゆにてのめよく風をさるくすりなりけり
    ゆ穀(こく)之部(ぶ)
湯漬食(ゆつけめし)なつはしよくせよそのほ外(ほか)はむしけふしよくの人にどくなり
ゆつけめしちやう胃(ゐ)のねつさましつつくはくらんを治(ぢ)しどくをけす也

右丁
    菓子(くはし)之部(ぶ)
柚(ゆ)はすゆくかんのものなりしよくをけすはらみおんなのふしよくにぞよき
ゆのすこそ胃(い)中(ちう)の悪気(あくき)さりにけり又さけのどくけすものとしれ
    み草(くさ)之部(ぶ)
実(み)芥子(けし)はあぢはひからくかんのものきのとどこほりさんじこそすれ
みからしをつねにこのみてしよこのみてしよくするなきもへり目まひづつうおこれり
左丁
みからしはしんかんの邪(じや)気(き)よくさりてひゐをあたためしよくをすすむる
みからしをすりておこりのおちざるにひたゐにつけてかげふるひなし
みからしにふるをいむへしどうしよくはすひしゆのやまひおこるもの也
みか
みからしはちをこそやぶれかつけにもちうぶにもいむふかくつつしめ
蘘荷(みやうが)こそびかんのものぞもろもろのくすりせゐをけすものとしれ
みやうがこそどくにあたれる人によししるをばのみて葉(は)はゆうにしけ

右丁
みやうがこそおごりをおとす過(くは)しよくせばものわすれして気のほるるなり
みるはれいはらのいきりて気もつかへかつねつのある人はしよくせよ
みるこそは酒毒(しゆどく)をさまし胃(い)をひらきしよくをすすめむししやくによし
みるとほしいひどうしよくするな腹(はら)いたむぢびやうおこりてくるしむぞかし
    菓子(くはし)之部(ぶ)
蜜柑(みかん)かん大小べんをつうじけりたんをのぞけてすはぶきをとむ
左丁
みかんこそ気のとどこほりめぐらしてときやくくはくらん治(ぢ)するもの也
みかんこそすんばくによししよくすすめひゐをおさめて肺(はい)ねつをさる
みかんこそかはきをとむるものぞかし蟹(かに)とどうしよくきんもつとしれ
    し穀(こく)之部(ぶ)
白胡麻(しろごま)はあまく大かんようそはれいたみをとめてにくをしやうする
しろごまをなまにてすりておさな子のかしらのかさにつけてなをれり

右丁
しろごまははだへうるほしきよらう治(ぢ)し血(ち)すぢをつうじ風をさるなり
しろごまは諸薬(しよやくしよやく)にきらふものぞかしひゐのどくなりはこそそんずれ
醤油(しやうゆ)平(へい)あぢしはは申候ねつをさりかはきをとめてむしころすなり
しやうゆこそ口中(こうちう)のかさ治(ぢ)する也しばしはくちにふくみてぞよき
しやうゆこそすぎては胃(ゐ)ほふそんじけりはらのいたみてくだるものなり
    草(くさ)之部(ぶ)
左丁
香蕈(しゐたけ)はあまくかんなりむしのどくおほくしよくすな気をふふさぐ也
しゐたけのなまなるはどくむしてほしふるきはsさのみ人にたたらず
越瓜(しろうり)はあまくひえのものさけをけすおほくくひては気をぞうごかす
しろうりを虚冷(きよれい)の人にいましめよあしよはくなりありく事なし
しろうりは小べんつうじかはきとめねつきをさますものとしるべし
しろうりはかさなき人にいましめよいきりねつする人はくふべし

右丁
    菓子(くはし)之部(ぶ)
椎(しゐ)はかんよろづやまひにきらふなりきづかさなどのきんもつとしれ
しゐをたたかゆにこしらへしよくすべしゐのふひらきてしよくをすすむる
しゐこそは血(ち)をうごかしてやぶるなり又目のどくとかねてしるべし
    鳥(とり)之部(ぶ)
白鷺(しらさぎ)はかんのものなりきよのくすりしぼりはらをよくとむるもの
左丁
しらさぎはひゐをととのへきりよくます又はねあせをとむるものなり
鷸(しぎ)はかんきよををきのひてどくはなししよびやうにさのみたたらざるもの
    魚(うを)之部(ぶ)
白魚(しろうを)はあまく平(へい)にてひゐによし目をあきらかにしよくをけすなり
しろうをはたんにもわろしむしのどくすぎてははらのくだるものなり
しろうををおほくしよくすなかさのどく人をばこやすちをやぶるもの

右丁
    虫(むし)之部(ぶ)
蜆貝(しじめかい)冷(ひへ)のものねつをよくさます目をあきらかにさけのどくけす
しじめかい小べんつうじ胃(ゐ)をひらくしつけのかつけよく治(ぢ)するなり
しじめかいわうだんによし煑(に)しるをばぎやうずひにせよくすりなりけり
しじめかいおほくしよくすなすはふきのかならすおこるものとしるべし
    ひ穀(こく)之部(ぶ)
左丁
稗(ひへ)米(こめ)はあまく冷(ひへ)ものきりよくますひゐによろしきものとしるへし
ひへをたたおほくしよくすな身ぞいきる薬種(やくしゆ)のうちの附子(ぶし)にくむもの
    草(くさ)之部(ぶ)
葱白(ひともし)はからく平なりしやうかんのづつうにそよきあせいつるもの
ひともじはちうぶにかほのはれたると又はこうひのはれをひかする
ひともじはまなこのせいをますものぞ中ををきのひうをのどくけす

右丁
ひともじははものいたみや又かさのいたみをぢしてはなちとめけり
ひともじは小べんをよくつうじけり風ひきかしらいたむにぞよき
ひともじの実(み)こそは中ををぎのひて目をあきらかにするものそかし
ひともじはくはくはくらん手足(てあし)すぢつるとかつけや又は目のまふによし
ひともじを冬(ふゆ)の三月に過(くは)しよくすなまして蜜(みつ)こそきんもつとしれ
閃蕈(ひらたけ)はあまく平也むししやくじゆたんすいぶきやかたかひのどく
左丁
ひらたけの夜(よる)ひかるのはどくぞかしゆめゆめこれをしよくすべからす
?子(ひさご)こそあまにがく寒(かん)とくもありてあしやかほのはれたるによし
ひさごこそかはきをとめて小べんをつうじてむねのねつさます也
ひさこをはきよれいの人にきらふなりすぎてはときやくはらくだるもの
莧菜(ひゆ)あまくひえものなれどどくはなし目をあきらかにねつをさるなり
ひゆこそはむしをこやしてきりよくます大小べんをつうじこそすれ

右丁
ひゆこそは身をかろくするものなれや又なんさんのくすりなりけり
ひゆはたた気ををぎのひてせゐをますかめとどふしよくきらふもの也
ひゆをたたおほくしよくすな気そうごく中をひやしてまなこそんざす
芰実(ひし)あまく平のもの也又は冷(れい)中をひやしていんな申るもの
ひしこそは五ざうをきのふものなれとやうきそんざしはらのはるもの
ひしにたた蜜(みつ)をどうしよくきらふ也かならずはらにむしをしやうずる
左丁
    菓(くは)子之部(ぶ)
枇杷(びわ)あまく寒(ひえ)ものなれどどくはなし五ざうを利(り)して肺(はい)をうるほす
びわこそはきをくだしつつかはきとめ又からゑづきとむるものなり
びわをたたおほくしよくすなたんねつす小むぎのたぐひきんもつとしれ
    鳥(とり)之部(ぶ)
高雀(ひばり)こそあまくかんなりどくはなしきよををぎのいて気をもます也

右丁
ひばりたたてあしかなはぬ人によし又かさなどにさのみたたらず
    も穀(こく)之(の)部(ぶ)
糯米(もちこめ)はあまくかん也気ぞうごく風をもおこす中をあたたむ
もち米は身をかろくなしすぢゆるめくはくらんなどは治(ぢ)するものなり
もち米と又には鳥(とり)とどうしよくははらみ女にきらふものなり
もち米をおほくくひては気をふさぐ又はねむりのさしいづるもの
左丁
    菓(くはし)子之部(ぶ)
桃(もも)こそはあますゆくしてねつのものおほくしよくしてねつきさす也
ももくひて水(みづ)をあふればほともなくりんびやうこそはおこるものなれ
ももの木のまくらきどくのものぞかしものわすれする人にさすべし
    セ草(くさ)之部(ぶ)
芹(せり)はたたあまくどくなし血(ち)をとどめせゐをやしなひきりよくます也

右丁
せりこそはをんなこしけにくすりなり人をこやしてすくやかになす
せりこそはしよくをすすむるものなれや酒(さけ)のみはるのふさがるによし
せりはたたしやうゆさけにてしたためよすにつけくへば歯(は)こそそんずれ
せりこそは大小べんをつうじけれちからをもますわうだんによし
せりはたた神(たましゐ)をよくやしなふぞ三八月はしよくすべからず
    寸穀(こく)之部(ぶ)
醋(す)こそかんようはれものをちらす也又口中(こうちう)のかはきをもとむ
すこそたた水気(すいき)をちらしけつくはひやしやくじゆかたまりのぞくもの也
すこそたたおとこにさのみゑきもなしかほのいろをもそんざしにけり
すをばたたおほくしよくすなすぢほねや胃(ゐ)のふや又はをもそんざす
すこそたたむねのいたみをとむるなれ又気をくだすものとしるべし
    草(くさ)之部(ぶ)

右丁
馬歯莧(すべりひゆ)あますゆくしてひえのもの大小べんをつうじこそすれ
すべりひゆ目をあきらかにまけをさるなめあかはらをとむるものなり
すべりひゆかんねつをさりむしころすのどのかはきをとむるものなり
すべりひゆようはれものやかさくすりいのちをのべてとしよらぬもの
すべりひゆくろやきにしてすにてとき疔(ちやう)に灸(きう)してそのあとにぬれ
すべりひゆわらべのかんしほりはらとむるものなりすこしくふべし
左丁
すべりひゆとしひさしくもいへざりしあしに出(いで)たるかさに付くべし
すべりひゆなまにてすりておさなこのしらくぼにぬれいゆるものなり
    菓子(くはし)之部(ぶ)
李(すもも)こそにがすゆく平(へい)かんのもの中ををぎのひ気をぞましぬる
すももをばおほくしよくすなきよねつさすすずめや蜜(みつ)をきらふものなり
すももの木ねの皮(かは)こそはみやうやくよそののしやどくはいしやにたづねよ

右丁
    鳥(とり)之部(ぶ)
萑(すずめ)大かんのものどくはなしやうをおこしてせゐをますなり
すすめこそこしひざをよくあたたむれ子(こ)のなき人はしよくしはらめる
すすめこそふゆの三月にくすりなりいんやうともにをぎのひにけり
すずめにはあまたのふどくあるものぞふるきあとをばいしやにたつねよ
    魚(うを)之部(ぶ)
左丁
鱸(すずき)五ざうをぎのひすぢ  かたなしつつ腸(ちやう)胃(ゐ)やは
すずきこそ水気(すいき)を治(ぢ)するものなれやなますにつくりしよくすべきなり
すずきこそしよびやうにさのみたたりなし過(すぎ)てはしゆもつかさやいでなん
 和歌食物本山 巻之下終

右丁
寛永七歳 庚午
  十二月吉日  同板
   十二月吉日
左丁
京四条坊門遍
  敦賀屋久兵衛
   正泉寺本

裏表紙

{

"ja":

"(続)とりてくさ"

]

}

續砦草

續砦草 一冊【背】
富士川本 ソ 14【背ラベル】
續砦草【表紙】

【表紙 題箋】
続とりてくさ    全

【資料整理ラベル】
富士川本

14

續砦艸序
今兹癸丑。夷使渡来 ̄ス。頗 ̄ル開_二 ̄ク戰兆_一 ̄ヲ。是 ̄ヲ以田原 ̄ノ
藩毉萱生玄順輯_二 ̄メ軍門救急之藥方_一 ̄ヲ。著_二 ̄ス書
一巻_一 ̄ヲ。名 ̄テ曰_二續砦艸_一。頃。遠 ̄ク寄_二 ̄セ稿本_一 ̄ヲ。乞_二序 ̄ヲ于余_一 ̄ニ。
余閱_二 ̄スルニ其書_一 ̄ヲ。所_レ載皆夷方也。乃嘆曰。嗚呼。傷_二 ̄フ
武士卒_一 ̄ヲ者 ̄ハ。夷之虜賊也。救_二其傷_一 ̄ヲ者。夷之藥
方也。然 ̄ハ則其人雖_レ可_二 ̄ト甚惡_一。其言不_レ可_レ不_レ取
乎。嘗 ̄テ識 ̄ル玄順 ̄ハ漢家毉也。然而今輯_二夷方_一 ̄ヲ者 ̄ハ
何 ̄ソヤ也。葢非_二好 ̄テ而取_一レ ̄ルニ之 ̄ヲ因_二 ̄レハ今之時_一 ̄ニ。則其勢有
_レ所_レ不_レ ̄ル得_レ已 ̄コトヲ爾。何 ̄ントナレハ者。方今夷蠻之戰。不_レ尚_二 ̄ハ兵

【朱印・亰都帝國大學圖書之印】
【黒印・185871 大正7.3.31】
【朱印・富士川家藏本】
【朱印・富士川游寄贈】

刄_一 ̄ヲ。專用_二 ̄フ砲熕_一 ̄ヲ。是以軍門營牆之中。丸傷火
瘡之症多 ̄シ矣。療_レ此 ̄ヲ之方。漢籍所_レ不_レ盡。夷書
獨詳_レ ̄ニス之 ̄ヲ。且 ̄ツ陳若虛有_レ言曰。執_二古方_一 ̄ヲ而治_二今
症_一。是掺_二 ̄テ周冕殷哻_一 ̄ヲ。而斉_二越人 ̄ノ斷髪_一 ̄■也。

{

"ja":

"救急摘方

]

}

【帙表紙題箋】
救急摘方 一冊

【帙を広げ伏せた状態】
【帙の背】
救急摘方  一冊
【同 資料整理ラベル】
富士川本
 キ
 70
【帙の表紙 題箋】
救急摘方 一冊

【冊子の表紙 題箋】
軍陳備要救急摘方前後篇合装

【資料整理ラベル 1】
富士川本
 キ
 70

【同 2】
医 壱冊
第三十八号

【表紙に書付】
古宇田氏

【右丁】
《割書:軍陣|備要》救急摘方

【左丁】
自序
天日嗣の御世しろしめす我
大皇国は。いとあかりたる世より。
人のこゝろすなほにして。上を
敬ひまことをたふとひ。たまし
ひたかく力つよきこと。あたし

【頭部蔵書印】
京都
帝国
大学
図書

184289
大正7.3.31

【右側蔵書印】
富士川家蔵本
富士川游寄贈

【右丁】
国のたくひにあらす。その
かみ天押日命のことたて
に。うみゆかはみつく屍。山ゆ
かは草むすかはね。大君の
うえ【上  注】にこそしなめ。かへり見
はせし。のとには死なしとい

【左丁】
はれ。筑紫のさき守なるあつ
ま人か。額には箭はたつとも。
背には箭は負し。とちかひ
けむこときは。此国にあれいて
たる人の真心になん有ける。
しかはあれとも。今平けく安ら


【注 大伴家持の歌。『万葉集』四〇九四番。万葉仮名で「敝爾許曽(へにこそ)」と表記され「辺」と解釈されている。】

【右丁】
けき御世なる人々は。大かためゝ
しくかよわくして。古の手
ふりには。絶て似す成もて
行ぬるは。其時いたらすて。本
よりのさかのしはしあらはれ
ぬにこそはあめれ。譬は木草の

【左丁】
幹もしは根に。花実はおのつから
ふくみてあれと。時至らねは
さきなりいてぬかこと。此国に
生たつ人々のたましひちからの
いちはやき。其時至りては。必顕
れぬへきこと。彼花実の時至りて

【右丁】
顕るゝたくひなるへし。己早く
世をのかれ跡を隠して。医師の
わさに歳月を過し来ぬれは。鉾
とり太刀佩ことしらは。もとより知るへき
よしも有ねと。もしや夷等か図らむ
こともあらは。天押日命の言たて。筑

【左丁】
紫の防人か誓しこと。其真心を振
起さむ人々もなとかなからむ。と思
ふ随意。其海行山ゆき。額に箭
立む益荒たけをか。心おきて【注】にも
なれかしとて。此ふみをかいつ
けぬるも。また御世の恵あさ

【注 心掟=心がまえ。心得。】

【右丁】
からぬみたまのふゆ【注】にむくい奉
りて。のとには死なし。と思ふ真
心の片端になん有ける。
  嘉永癸丑のとし霜月
    芄蘭の舎の主守拙誌す

【注 「みたま」は御霊、あるいは御魂。「ふゆ」は「振(ふ)ゆ」、或は「殖(ふ)ゆ」の意という。神、または天皇の恩徳、加護、威力を敬っていう語。】

【左丁】
   目次
一書を著す主意の事
一火傷の手当の事
一鉄鉋の玉をとる事
一火弾にて火傷せし手当の事
一毒烟に中りたるを療ずる事
一金創手あてのこと
一血留の薬のこと
一金創の心得のこと
一 閃挫(クジキ)の手当の事

【右丁】
一打身にて即死したるを救ふこと
一骨を折たるときの手当の事
一暑気に中りて悶絶せんとせし時の手当の事
一 凍(コヾエ)死たるを救ふ心得の事
一 溺(オボレ)死たるを救ふこゝろえのこと
一気を養ふて敵を圧(オス)力を生する事
一薬方八首
    以上

【左丁】
救急摘方
文化甲子の頃(コロ)、水戸の原南陽が砦草といふ書を著(アラハシ)て
梓(アヅサ)に上せしは、医(イ)門の用意至て深切なるものなり、その
開巻に、事あるときの人気は、勢出て盛壮(セイサウ)の気はやる
ものなれば、大事の時に臨(ノゾミ)ては、其身を慎(ツヽシム)ことを、第一
の忠とすべしといへるは、最(モツトモ)至当の説(セツ)なりけり、げに
やこの身を慎(ツヽシ)むも、忠義を思ふ故なれば、其勢の出る
ことも、また時の宜きにかなひて、人に勝(スグレ)たる大功を
も立べきものなればなり、されば孫子にも、そのことを
論じて、勇と怯(ツタナキ)とは勢なり、強(ツヨキ)と弱(ヨワキ)とは形也といひて、

【右丁】
軍はたゞ其時の機会(ハヅミ)次第にて、強くも弱くもなるこ
とを論じたるなり、故如何となれば凡兵士の気の伸(ノブ)る
時には、弱きものも化して強くなり、屈(クツ)【左ルビ:カヾマル】するときには、
強きものも変じて弱くなる、この気の伸(ノビ)て進むもの
を勢といひ、張(ハリ)て敵を圧(オス)ものを形といふ、故に軍 術(ジユツ)の
要とするところは、唯(タヾ)この機会(ハヅミ)を失(ウシナ)はずして、よく此
形勢を得んこそ、最(モツトモ)第一のことなるべけれ、されば兵は
もと凶器なれば、止ことを得ずしてこれを用るが
ゆゑに、再(フタヽ)び軍術の本意を論じていはく、義を争(アラソ)ふて、
利を争はざるは、以て其義を明にせむとなり、故に人を

【左丁】
殺(コロシ)て人を安むぜば、これを殺て可なり、戦を以て戦を
止れば、戦て可也とは示せしなり、此義を守るを義兵
といひ、その利を貪(ムサボル)を貪(ドン)兵といふ、今義兵を以て貪兵
を破(ヤブラ)んことは、たとへば石を卵に擲(ナゲウツ)が如くなるべし、我
邦は太古より、国土自然の天 質(シツ)【左ルビ:ウマレツキ】にて、義勇の心の万国
に冠(カン)【左ルビ:スグレ】たることは、異域(イイキ)【左ルビ:タコク】にも之を称(シヨウ)して怖(オソル)るところなれ
ども、久き泰平の徳沢に驕(アマヘ)過(スギ)たる游惰(オコタリ)より、其義勇
の心も忘(ワスレ)失(ウシナ)ひたるが如くなりしも、激(ゲキ)せられては必
発(ハツ)すべきことなれば、かの孫子がいはゆる、勝 ̄ツ者の戦
は、積(タマリ)たる水を深(フカキ)谷へ決(サクリ)注(ソヽグ)がごとき軍の形も円き石

【右丁】
を高き山より転(マロバシ)堕(オトス)かごとき戦の勢も、おのづから勃(ボツ)
起(キ)して、大熕(オホヅヽ)火攻をものゝかずともせず、勇威を振ひ
て伸進まんものゝ多かるべきは、これ必然ることなる
べし、さらばその速男(ハヤリヲ)の若武者などの、鳥銃火攻に損(ソ)
害(コネ)を蒙(カフムリ)、奮撃(フンゲキ)突戦(トツセン)に創傷(キズ)を受(ウケ)、打撲(ウチミ)閃挫(クジキ)をいたすもの
などのあらんときに、將士 隊(タイ)長【左ルビ:クミガシラ】などまでも、これを治
する術(ジユツ)を知得て、速(スミヤカ)に患厄(クワンヤク)【左ルビ:ナヤミ】を救(スクヒ)得させむことこそ、人
を愛する志の一助ならめとおもひたちしより、には
かに原子が作意にならひて、さしあたる危急(キキフ)を療ず
べき方法を、素人にてもたゞちに会得せらるべきやう

【左丁】
に書記し、薬物の節約(ツヾマヤカ)にして製(セイ)し易(ヤス)かるものを撰(ヱラミ)
出して、一小冊となしぬるも、たゞこれ草野の微(ビ)忠に
して、いはゆる旱(ヒデリ)の雨具なるべし、
   火傷の事
火術には、榴炮【左ルビ:ハンドガウチトド】、火瓶【左ルビ:ヒユルボツト】、雷砲【左ルビ:ドンドロビユス】、雷筒【左ルビ:スゴロードカノン】、火櫃【左ルビ:ヒユルキユスト】、火船【左ルビ:ブランドル】、飛彪【左ルビ:ボンベン】鉋などの
敵を刧(オビヤカ)すものありといへり、至て軽(カロ)き火傷(ヤケド)にて
皮膚(ハダエ)も糜爛(タヾル)までにいたらぬものは、速(スミヤカ)にその傷(イタミシ)処(トコロ)に水
を多く𣹎(ソヽギ)かくれば、痛 忽(タチマチ)寛崧(クツログ)ものなれども、やゝ重
きものにて、その傷処、もし手足ならば、速に灯油の
中へしばらく差こみおくべし、惣身ならば酒樽の酒

【右丁】
を半分に分て、樽の中へ身を没入(イレ)て、良(ヤゝ)久く漬(ヒタリ)居(ヲル)べし、
されど酒は嚥(ノム)べからず、もし糜爛(タヾレ)甚くして、痛堪が
たきは、鶏蛋油を多く塗(ヌリ)て裂(サキ)木綿にて縛(マキ)おくへし、
《割書:薬方およひ裹(マキ)帘(モメン)の|ことは、おくに記す、》我邦の太古 細螺(□ラ)のキサゴといふものを
打 砕(クダキ)て、その生汁をとり、蛤の生汁 に合せて、火傷に塗
て治する神方あり、今も海辺の士人は、蛤の生汁のよ
く火傷を治することをいへり、一説に、古事記のキサ
貝は、蚶の赤貝と呼ものなりといへり、本文にキサ貝を
岐佐宜(キサゲ)とあるは、すりつぶすことのやうなれど、集の
字を焦の誤とすれば赤貝を焼て粉にしたるといふも

【左丁】
もまたその理なきにあらず、この物もまた火傷に効
あるべき品なればなり、いづれにもあれ、本文に人乳を加
ふることをいへるは、最(モツトモ)効あることなれば、人乳を得ら
るべくは、蛤の生汁にこれを和して塗こと最よし、《割書:一説に、|ねり》
《割書:合せてどろ〳〵になりたるを、人乳にたとへたるなりともいへど、|人乳にもこの効あれば、暫くかくは記しおくなり、》予 嘗(カツ)て馬の
火傷にて、毛こと〴〵くぬけ、膚(ハダエ)爛(タヾレ)て悩(ナヤム)ものに、蛤の生
汁に、蒲黄の末を和して塗せたりしに速に効を得た
ることありき、《割書:これも古事記より思ひ|得たる治法なり、》それは人の病を治す
る薬は、馬にもまた用ふべきことなればなり、海近きあ
たりにて、さしあたる薬なきときには、これらの

事も心得てよきことなれば、此に記しおきぬるなり、
   鉄鉋の玉をぬく事
或人の説に、鳥銃は中り遠く、存外に死傷少きもの也、
大鉋はなほさらのことなり、遠町は、象限規(シヨウゲンキ)四十五度を
高仰の限とす、町ごとに段々の高仰あれども、中りは
甚遠し、《割書:案ずるに、鳥炮は西蕃に始まるといへども、烽火(ノロシ)の製は、周漢|のむかしよりありて、司馬相如が伝に、烽挙 ̄ゲ燧(スイ)燔(ヤク)といふ漢》
《割書:書の注によれば、薪を用ひたるものとみゆ、然るに、続日本紀、元明天皇和|銅五年の紀に、河内国高安の烽(トブヒ)を廃(ヤメ)て、始て高見の烽、および大和国春日》
《割書:の烽を置て、以て平城(ナラ)に通ずとみえ、万葉集六の巻の長歌に、射駒山飛|火が嵬(ヲカ)に萩が枝を云々とよみ、古今集に、春日野の飛火の野守いでゝみよ》
《割書:などよめるものは、決して薪にはあらで、火薬を用ひたること明なり、詳なるこ|とは別に記したるをみるべし、今我邦にて製する硝石を以て、装(アハセ)たる火薬の距(ユク)》
《割書:度(ホド)は、西蕃(オランダ)にいふところに超(コユ)るをみれば、我邦に生ずる此物の性は、邈(ハルカ)に異邦に優(マサ)|れるもまた知ぬべし、その事は予が続て刊行する、硝石製煉法にこれを論ず》

【左丁】
《割書:るものを読|て心得べし》我邦にて、永禄天正の頃、鳥銃せり合の中へ、
騎馬の勇士の馬を乗入て、敵を追崩(オヒクヅ)せしことは、常に
して珍(メヅラシ)からす、指矢の中へは却(カヘツ)て入にくゝ、鳥銃の中へは
思ひの外に入よきものなりといへり、されどいかなる
鍛(キタエ)よき鎧兜にても、近く鳥銃の力強き丸を受て、徹(トホ)
らぬ名器はあるべしともおもはれねば、たゞ、誠忠より張
出して此身を衛護(マモル)、自然の楯(タテ)こそあらまほしけれ、さ
れど戎狄(エビスグニ)の剣首銃(ケンツキデツポウ)は、彼が性怯(ウマレツキヨワク)、且刀鎗の鋭利(スルド)なるも
のあらざるより、かゝる兵器をまでも造出せしなれ
ば、便利なるやうにみえて、実はいたつて拙(ツタナ)き兵器なり、

【右丁】
故に我邦人の深入 接(セツ)戦には、この剣首銃は忽切て両
断(ダン)となすべきものなるべし、然らばその深入接戦に
は、兜鎧こそ必用の具なることはいふまでもあらねど、
此気の張出したるものには、また他を圧倒(オシタヲス)べき不可思
議の力(ハタラキ)を生ずるを以て、矢鉋をも避(サケ)て、それが為に身
を害(ソコナウ)ことはなきものなり、《割書:此事は後にいふべし、この力あるを|観得(クワントク)したるより、予は私に之を衛気(エイキ)》
《割書:と名づけ|たり、》さるをもしこの気の虚隙(スキマ)ありて、敵の弾丸(タマ)を
受(ウク)ることあらば、頭面胸腹の急処は、いふまでもあらねど、
鳥銃の力弱くして肘(カヒナ)臂(ヒヂ)股(モヽ)脛(ハギ)などの骨にて丸の止り
たるは、後に図を出したる、了頭螺旋鑚(マタネヂ)【「タマネヂ」の誤記ヵ。次頁参照】、双鉤(タマ)【鈎は俗字】鈀子(カキ)、鵞觜(タマ)

【左丁】
【右の図の右側】
了頭螺旋鑚《割書:タマネヂ》
【同左側】
鉛丸の骨に中りて止るものを
   ねぢこみて引出すところのものなり、
【中央の図の右側】
双鉤鈀子《割書:タマカキ》【鈎は俗字】
【同左側】
炮丸の肉の中に止りて出がたきものを
    かき出すところの鈀子なり、
【左の図の右側】
鵞觜鑷子《割書:タマスクヒ》
【同左側】
丸の肉の中にありて、いかにすれども
  出かぬるときには、これをはさみ出すなり、
この三種は、紙上 狭隘(セマキ)ゆゑに、図するところ其真にかなはずと知べし、
【左丁左下の図の右側】
金創縫鍼
【同左側】
 状さま〴〵
 あり、急なる
 ときには、衣服
 をぬふもの
 を火に焼
たわめて
 用ひても
   よし、

【右丁】
鑚子(ハサミ)などの具を予(かね)て用意して、速にこれを挑(カヽゲ)出す
べし、《割書:諸侯の医師の軍に従はしむるものには、|必命してこれらの器を用意さすべし、》その創口は、灰汁ま
たは清水にてよく洗ひ、《割書:醋にて洗ふも|またよし、》愈創水を撒綿(ホツシモ)
絲(メン)に浸(ヒタシ)てこれを塡(ウヅ)め、魚膠膏または密陀僧膏を貼(ツケ)
て、後に木綿にてまくべし、もし血出て止がたきは、
海棉(ウミワタ)を湯もしくは水に浸(ヒタシ)たるをしぼりて後これを
以て血をよく拭(ノゴヒ)とり、槲耳(ハヽソダケ)を以て蓋(オホ)ひ、醋を木綿に浸(ヒタシ)
たるをあてゝ、まくがよし、内服剤に、松葉の黒焼を細
末して、酒にて用ふれば、妙に鏃(ヤジリ)の肉に入り、及ひ鉄丸(テツポウダ[マ])
の出がたきもの、鍼(ハリ)のたちたるも、竹木刺の類をも治

【左丁】
するもの也、《割書:これ一家|の秘方也、》これはあまりに平 穏(オン)なる品ゆゑに、
利(キク)まじとおもふものゝやうなれども、不思議の効あるこ
となり、《割書:その他、衛茅(ニシキヾ)の実、鳳僊花の実など効ありといへど、|いまだ試ず、いづれも酒にて用ふるなり、》
   火弾にて火傷せし手当の事
火 弾(ダン)【左ルビ:ウチコミビ】にて火傷を冒(カフム)【昌は誤記】り、火薬鉄瓦などの粉屑(クダケ)あらば、鍼
か竹 箆(ベラ)にてよく挑(カヽゲ)出し、水 疱(ブクレ)は鍼にて水をとりて後に、
海棉(ウミワタ)にて《割書:湯にひたしし|ぼりて用ゆ、》血を拭(ノゴ)ひとるべし、《割書:血出て止ずば、前の|ごとくに洗ふべし、》
後に鶏蛋油を木綿に浸てこれを蓋(オホ)ひ、その上をまき
木綿すべし、頭面の火傷、及金創にも、それ〳〵に繃縛(マキモメン)の
簡便なるを図に出したれば、予(カネ)て心得おくべし、

【右丁】
   毒煙にあたりたるを療ずる事
毒煙に中りたるは、もし神 識(シキ)【左ルビ:コヽロモチ】昏冒(コンボウ)【ウツトリナリ】、身体【左ルビ:カラダ】麻 𤺽(キン)【左ルビ:シビレル】したる
などは先 紙条(コヨリ)にて鼻孔(ハノナアナ)【ママ】をふかくさして嚏(クサメ)をとるべし、
《割書:これ煙は、必先鼻より入て、頭脳を犯(オカ)すを以て也、故に初より鼻に綿絮(ワタ)または|紙をもみて、鼻穴を塞(フサ)ぐときには、毒に中ることを免るべし、》
嚏薬には胡椒を細末して蓄(タクハヘ)おくべし、相州箱根 ̄ノ山に
土人の嚏草(クサメグサ)と呼(ヨブ)ものを生ず、これ一種の舌交薬(クサメグスリ)なり、
試(コヽロミ)に此物を内服すれば、或は吐を催(モヨフ)し、または身体(ミウチ)麻(シビ)
木(レ)を発(ハツ)す、いづれの病にか用ひて効(コウ)あるべきものとお
もはるれど、いまだ詳(ツマヒラカ)にせず、たゞ嚏(クサメ)をとるには他に勝
れたる能ある物なり、嚏をとりたる後、厳(キツキ)醋(ス)を口鼻

【左丁】
へ潠(ソヽギ)【𣹎は潠の本字】かけ、または内服さすべし、人乳汁尤効あり、胡麻
油を多く嚥(ノマ)しむるもよし、頭人桃仁よく毒烟を解(ゲ)するよ
しをいふも、油に毒を包摂(ハウセツ)【左ルビ:ツヽミコム】する効あるがゆゑなり、故
に杏仁を代用にしてもその効ほゞ同し、桃仁杏人を
用るには、泥(デイ)といふて、研(スリ)末して服しむるなり、《割書:医方に|杏仁を》
《割書:用ひて喘咳を治し、桃仁を用ひて蓄血を|治するも、其原意は類似せることなり、》又明礬の細末これを
解することをもいへり、人糞及人尿もまたよく毒
烟を解するものなり、毒烟には、青蜘蛛、砒(ヒ)霜、礜(ヨ)石の
類を用るといへり、その製法種々あれども、火瓶【左ルビ:ヒールホツト】中の
臭瓶【左ルビ:スラーインキポツト】には、安善那【左ルビ:アンチモニーム】、硫黄、馬蹄(ウマノツメノ)刮屑(ケヅリクヅ)、樟脳などを用るといへば、

【右丁】
その臭(クサ)きことは悪(ニクミ)厭(イトフ)べきものながら、さして怖(オソル)るにはた
らぬことなり、いづれにも毒烟とみたらば、速に地に伏て
土沙を口に含(フク)み、地気を吸ふて、毒気を避(サク)べし、すべて
煙は昇(ノボ)るものなれば、はやく地に伏て、口鼻に触(フレ)ぬやう
にすること、これを避(サク)るにもつともよしとすればなり、
昔武田信玄が、敵に射るところの鏃(ヤジリ)を、体(ミ)の中に残り止
るやうにしたるを自 負(フ)【左ルビ:ジマン】せしよしを、
東照神君きこしめして、それは武道の本意にあらず、
不仁の甚しきものなり、彼(カレ)はその主人の為に我に敵す
るからは、これその主人には忠臣なり、われはたゞこれを

【左丁】
防(フセガ)ん為に、射(イ)も突(ツキ)もするは、これ止ことを得ざるがゆ
ゑなり。然るを鏃の肉中に残りて、後の悩(ナヤミ)となるまで
にせむは、あまりに残忍(ムギドウ)なることぞと仰られしとなり、
然るを禽獣に均(ヒトシ)き戎狄が、この毒烟を製して、不 辜(コ)【左ルビ:ツミモナキモノ】
の衆人を悩(ナヤマ)すは、これ天の憎(ニク)みたまふところなれど、
彼がこれを用る毒に中りたるときの用意は、知ずんば
あるべからず、我邦人の好んて模(ナラフ)べきことにはあらず、
すべて戎狄の乖巧(クワイコウ)【左ルビ:ワルダクミ】悍(カン)悪なる、性 怯(ツタナク)して死を畏(オソル)るより、
百 慮(リヨ)千思【左ルビ:サマ〴〵ニクフウ】して、かくのごとき火攻の具をまでも製し
たるものなり、我邦人の苦戦毒遂【左ルビ:イノチカギリノタヽカヒ】、迅速(スミヤカ)に敵に迫(セマ)り、

【右丁】
これを殺して而後に止む、天稟【左ルビ:ウマレツキ】の勇威を余所(ヨソ)にして、
これらの事を学び、剣首銃(ケンツキデツパウ)、革(カハ)具足をよきことゝするは、
全く一時の迷惑(マヨヒ)なり、よく思慮(シリヨ)すべきことにこそ、
   金創の手当の事
金創(キリキズ)はすべて速に清水にて洗ふべし、灰汁もよし、石
灰を水にかきたてたるを絹にて濾(コシ)たるも用ふべし、
さる外科に、これを金創の水薬といふて、秘伝とした
りしが、その後西戎の発明により水を用ることに
なりしなり、往古は焼酎をのみ用ひたれども、焼酎は
痛強くして堪がたければ、代るに石灰汁を以てし、遂に

【左丁】
は水を用ることになりしなり、焼酎を用ひんよりは、
生醋を用ひたるもよければ、小さき疵ならば用ひてよし、
金創はすべて部位と浅深によりて、治不治を決(サダム)ること
ながら、いづれにもはやく血の多く出ぬやうにするが肝
要なり、もし血の迸(ホドハシリ)出て止ざるは、動脈を断(タチ)切たる
なれば、よく洗ひて後、血の迸(ホドバシ)る血管(ケツカン)【左ルビ:チノスヂ】を尋(タヅネ)て、その廻の
肉を切て、血管を曳(ヒキ)出し、《割書:曳出すには|鑷子(ケビキ)を用ふ、》糸にて紮(クヽリ)おくべし、
血管多くして紮がたきは、烙鏝(ヤキゴテ)子にて焼て管端を
塞(フサグ)べし、故に金創を治するには、必此等の器をも用意
すべきことなれども、それは医師の職(シヨク)にて煩(ワヅラハ)しければ、

【右丁】
あり合鉄器を火に焼赤くして当ることゝ心得てよし、
また金創を縫ことは、さしてむづかしきものには
あらず、世に名ある外科にても、これを行ふは希(マレ)なる
こと故、さして巧者に熟錬(ジユクレン)したる者とてもなく、その
巧拙(コウセツ)【左ルビ:ジヤウズヘタ】は、たゞ心の平【左ルビ:オチツク】不平【左ルビ:オチツカヌ】によることなり、ゆゑに武士
も嗜(タシナミ)ふかき人は金創鍼を七八本は、鎧櫃に入おきたる
がよし、糸は麻よりは木綿糸【絲】を用るがよし、これを縫(ヌフ)
にはあとさき中と次第して縫をよしとす、片々より
縫ときには、末になりて一面の皮にたるみが出来て、愈(イエ)
て後 看好(ミヨ)からねばなり、裁縫匠(シタテヤ)のかけ縫をする意に

【左丁】
なりて、心静に縫ときには、何の子細もなきものにて、
決して伝授秘 訣(ケツ)のあるにはあらず、よく縫たるあとへ
油を少し引き、《割書:緩和膏の片脳|なきを用ひてよし、》魚膠膏または鎹(カスガヒ)をはりて、
《割書:鎹といふは、鶏子白を木綿に浸したるなり、鶏子白をとるには、上下の尖へ|小孔を穿(ウガ)ち、かた〳〵より吹ときには、白先出るをとり分て用ふへし、》
その上へ醋木綿を蓋(オホ)ひ《割書:醋木綿とは、布を畳て|醋に浸したるなり、》褁帘(マキモメン)す
べし、夏月は膿(ウミ)易(ヤス)きものなれば、もし痛あらば、解(トキ)て
更(アラタム)べし、よく手当をすれば、不日に愈あふものゆゑ、そ
の間は食物の禁忌を厳(キビシク)し、粥(カユ)を食せ、壮実(タツシヤ)なる者には、
軽き下剤を与へて、大小便の滞なきやうにするがよし、
戎狄の鈍(ドン)刀にて抓破(カキヤブラ)れたるがごとき創傷を蒙(ウケ)しも

【右丁】
ものは水にて洗ひて後に、密陀膏を貼(ツケ)おくべし、魚膠膏
にてもよし、創処大なるは、鎹をあて、醋木綿を蓋ひ、
褁帘(マキモメン)すべし、血出ること多きには、槲耳(ハヽソダケ)をあてゝ木綿に
てまくもよし、手の動脈は肘(カヒナ)より指頭へ流れ、足の動
脈は股に下りて趺(アシ)に及ぶ、すべて金創の血出て止かぬる
は、その動脈の流れ来るかたを、布にて紮(クヽリ)て治を施
すなり、この事を忘るべからず、
   血留の薬の事
尋常(ヒトヽホリ)の血留には、生石灰を細末して、鶏子白【左ルビ:タマゴノシロミ】にて煉(ネリ)た
るを日に乾(ホ)し、再 ̄ビ極細末にして篩(フルヒ)たるを用ふべし、

【左丁】
よく血を止るものなれども、灰末 創(キズ)口に入たるときは、
膿(ウミ)を醸(カモス)ことまゝあれば、これを用るには、灰末の創口に
挟(ハサマ)らぬやうにすべし、炉(ヒバチノ)灰(ハヒ)もまたよく血を止るものなれ
ば、もし用んとならば、よく細末し、篩(フルヒ)て後に用ふべし、
馬勃(バボツ)俗にほこりだけといふ物も、よく血を止るによろし
き品なり、竹 藪(ヤブ)の中などに生ずるものにて薬【左ルビ:キクスリ】舗に
あり、これらをも貯(タクハヘ)おきて用ふべふべし、しかしながら槲耳(ハヽソダケ)
の血を止る効には及びがたし、槲耳(ハヽソダケ)は槲(ハヽソ)の樹(キ)に生ずる
蕈耳(クサビラ)なり、その質(ウマレ)柔(ヤハラカ)にして革(モミカハ)の如し、外に被(カブリ)たる硬(カタキ)
皮を去て、槌(ツチ)にてよく打て軟(ヤハラカ)にして貯(タクハヘ)おき、創(キズ)の大

【右丁】
小に応(オウ)じて截(キリ)て用ふ、これを採(トル)には夏月をよしとす、楡(ニレ)
の木に生ずるを楡(ユ)肉とも楡耳(ユジ)ともいふ、支那(モロコシノ)人はこれを
食ふといへり、これもまた代用すべし、また海綿(ウミワタ)を、火
に熔(トカ)したる蝋(ラウ)に投じ絞(シボリ)て、創口を覆(オホフ)、よく血を止るなり、
これもまた心得おくべし、
   金創の心得の事
自然に受得たる人身の機関(ハタラキ)は、奇妙不思議なるものにて、
一切の病はもと人の身体(カラダ)に固(モト)より無(ナキ)はづのものなれば、邪(ジヤ)
にあれ毒(ドク)にあれ、必これを排(ハラ)ひ除(ノゾカ)んがために、起すとこ
ろのものをさして病 証(シヨウ)【證】といひ、その証に応じその力を

【左丁】
扶(タスケ)て薬石を用るを、医術の本 旨(シ)とす、これ自然受用(ミニウケエタルトコロ)の
病を治する機関(ハタラキ)なり、今 金刃創傷(キリキズ)のごときも、速にその
皮肉を故(モト)のごとく合せて、血を多く出さねば、一時を過ぬ
まに、その損傷(ソコネ)たるところは、おのれと接続(ツヾキ)て、気血も循(ジユン)
環(クワン)し、切 断(タチ)たる血管(ケツカン)【左ルビ:ミヤクスヂ】筋膜(キンマク)【左ルビ:スヂカハ】も、おのづから相合て、自然に旧(モト)
に復(フク)すべき分(ハヅ)なれども、疵(キズ)大にして合がたきより、止こと
を得ずして術(ジユツ)をも施(ホドコス)なれば、この理をよく会得(ガテン)して、血
を多く出さぬやうにさへすれば、大 概(ガイ)の疵は縫までにおよ
ばず、繃帯(マキモメン)のみにて治すべければ、武士もよくこの事を心
得て、互(タガヒ)にその厄(ヤク)【左ルビ:サイナン】を救ふべきことは、これ忠臣の用心な

【右丁】
るべし《割書:伊勢平蔵が説に、生柿、熟柿、白柿ともに、産婦手負等に堅く禁ず|るは、血をくるはす物なればなり、この事を知ざる人は、鎧の小手、草摺、臑》
《割書:当などの裏に、柿渋を以て染たる布を用ふるは、軍事に疎きゆゑなり、金創ある|人柿渋布を身に近づくれば、血を吸出して、血止ことなし、されば武具には固く》
《割書:柿渋をいむべし、また柿渋を以て製したる器は、虫を生じてよろしからずと、|その著ところの舳艫訓といふ書に記したり、予はいまだ試たることならねど、》
《割書:因に此にかき載て|人々に示すものなり、》
   閃挫の手当の事
閃挫(クジキ)にて、骨(ホネ)節(フシ)の脱臼(ヌケ)たるを早速療治すれば、薬を貼(ツク)
るにも熨(ムス)【尉+灬(列火)】にもおよはず、速に旧(モト)に復して、運転(ウンテン)自在【左ルビ:モトノマヽノハタラキ】にな
るものなれば、此事は尤心得おくべきことなり、骨節を旧(モト)
に復(フク)する理を弁(ワキマヘ)知ときには、これを脱(ヌク)こともまた知らるゝ
がゆゑに、手にあまる敵を檎(トリコ)にせむには、心得おきて大に

【左丁】
益になることなり、骨節が脱臼(ヌケ)たりとて狼狽(ウロタエ)まわるう
ちに、やがてその部(トコロ)が腫あかりてくるゆゑに、これをかく
るにも、余計の苦痛をするなれば、骨節はいかなる状
にて接属(ツヾキタル)ものといふことを知ときには、旁(ソバ)にある人に
教(ヲシヘ)てさせても、即坐に成得べきことなり、すべて骨節の
機関(グアヒ)は、悉(コト〴〵ク)皆 臼(アナ)【左ルビ:ウチクボ】を以て接属(ハメコミ)たるものにて、大小形状に違(チガヒ)
はあれど、機関(グアヒ)の趣(オモムキ)は同一様なるものにて、閃挫は、それが脱(ヌケ)
出て、臼(アナ)の外(ソト)へ出たるを、筋(スヂ)はおのれとそのまゝに引よせて
緩(ユルメ)ぬゆゑに、外へ高く出たるまゝに、骨関は齟齬(クヒチガヒ)てある
なり、故にそれを順にこなたへ力を入て曳延(ヒキノバ)して、齟齬(クヒチガヒ)

【右丁】
たる処を脱(ハヅス)ときには、延(ノビ)たる筋がおのれと曳(ヒキ)つけて、もと
の臼(アナ)へ容(ハメ)て、旧(ツネ)に復(フク)するなり、決(ケツ)してこなたよりかくる
ものにはあらず、この事をよく会得すれば、接(ツギ)も脱(ハヅシ)しも
自在になるものにて、なにの労(ホネヲリ)も術もなきものなり、かく
あまりに為易きことゆゑ、正骨科にはこれを秘事にして、
妄(ミダリ)に人に伝へぬやうにするは、外に伎倆(シワザ)なきがゆゑなり、
然るを素人は骨を接(ツグ)といへば、必こなたより懸(カケ)て接(ツグ)もの
とおもへど、その実(ジツ)は人為【左ルビ:ヒトノワザニテ】の曳弛(ヱイシ)【左ルビ:ヒキユルメル】と自然の牽縮(ケンシユク)【左ルビ:ヒキヨセル】との二ッ
の外に、術も法もなければ、二三次も行ふてみれば、確(タシカ)に自
得せらるゝものなり、故に正骨科も接たるまゝに直に

【左丁】
愈ては、世渡りにならぬゆゑ、私に酒と糊とにて薬末を
和して、皮上に貼(ツクル)ときには、この二品にて腠理(ハダエ)の気を閉(トヂ)
て、腫(ハレ)の散(チル)こと遅(オソ)く、愈るまでにはよほどの日数を歴(フ)る
やうにして利を貪(ムサボ)る、至て拙陋(ツタナ)き所為(シワザ)のものなり、す
べて酒は血を凝結(コヾラ)せ、醋は血を融釈(ホドク)ものなれば、世の正骨
科の用る酒と糊(ノリ)とを以て和(アハセ)たる貼薬(ツケグスリ)、または酒 糟(カス)にて煉(ネリ)
たる鉄烙剤(コテグスリ)などは、皆相表裏したる所措(テアテ)なり、故に、打撲(ウチミ)
閃挫(クジキ)の腫(ハレ)あるものは、醋(ス)に片 脳(ノウ)少 許(バカリ)を投(イレ)、《割書:大概二三|匁許を用》火に
温め、布に蘸(ヒタシ)て熨(ムシ)【尉+灬(列火)】たるがよし、いかなる腫にても、二三日を
過(スグ)れば、散(ちり)て旧(モト)の如くになるなり、よくこの趣(オモムキ)を会得

【右丁】
すべし
   打撲(ウチミ)にて即死したるを救ふ事
頭 額(ヒタヒ)胸(ムネ)肋(アバラ)脊椎(セスヂ)腰髎(コシボネ)などを打たるは、部位によりて即死
することあれども、必 試(コヽロミ)に肩井【左ルビ:カタノマンナカ】の活法、脊椎【左ルビ:セホネ】の活法、臍
下の活法をつよく行ふてみるべし、《割書:さしあたり柔術家の中に、|死活券法を伝るものにさす》
《割書:るな|り、》まゝ甦(ソ)生するものあればなり、そのうちにも肩井の
活は、頭 脳(ノウ)【左ルビ:ツムリノウチ】へ近く徹(トホ)るゆゑに、効(コウ)速(スミヤカ)なり、息出ずとて、その
まゝに棄(ステ)おくべからず、いづれにも平常心がけて、死活
の術を伝る券(ケン)法【左ルビ:ヤハラトリ】家に学びて心得おくべきこと、武士は
いふまでもあらず、人の臣たる医師は、それらのことをも

【左丁】
心得て、不 虞(グ)【左ルビ:オモヒヨラヌ】の用に供んとおもふこそ、その職に合ふもの
ともいふべけれ、《割書:この券法のあらましは|後にいふべし、》
   骨を折たる手当の事
折 ̄レ易きは、肘(カヒナ)臂(ヒヂ)股(モヽ)脛(ハギ)の骨なり、これは痛むところを引
立させてみるときには、必 撓(タハミ)て幽(カスカ)に音がするゆゑ、折たる
処は慥に知らるゝなり、さてその処に腫あらば、熱き醋
にてよく熨【尉+灬(列火)】てのち、《割書:醋に片脳を多く|入たるがよし、》密陀膏を布にのべたる
にて纏(マキ)て、醋木綿にてその上を包み、図に出したる竹 簾(スダレ)
《割書:木の薄板の巾狭き|もまた代用ふべし、》を当(アテ)て、その上より裂(サキ)たる木綿にて堅
く縛(シバ)るべし、これも速に療治ずれば、二三日を過ぬまに

【右丁】
おのれと接続(ツギ)て素(モト)に復すこと、駭(オドロ)くべきほどのもの也、
されど、しかと愈合ことは、皮肉より遅(オソ)きものなれば、
半月乃至一ヶ月ほどは、折たる方の手足を使はぬやうに
意を用ふべし、且両三日間にはよく更(アラタメ)て、まき木綿を
も仕なほすべし、されど股(モヽ)脛(ハギ)の骨を折たるは、小便は
たび〳〵通するものゆゑ、士卒などの輩には、便当袋と
いふて、桐油にて造(コシラヘ)たる袋あり、それに瓢覃の底(ソコ)を切
たるを逆(サカサ)に紮(クヽリ)つけおきたるをわたしおけば、自身に
て小便はさるゝなり、それらもまにあはずば、竹筒の節
をとりたるを以て陣屋の外へ小便の出るやうにした

【左丁】
るをあてがひおくべし、また簾の代に黄蘗(ワウバク)の皮を熱
湯に漬(ツケ)おきたるを用れば、大によきものなれど、厚
き皮ならずば、二枚ほども重ねて用ふるがよし、
   暑にあたりて悶絶せんとせしの手当の事
暑に中りて悶絶(モンゼツ)せむとする者は、はやく山 蔭(カゲ)または
樹(キ)の下の風の通りて冷き処へ負(オヒ)ゆきて、先 ̄ツ生姜の絞(シボリ)
汁を多く嚥(ノマ)すべし、水など多く飲(ノマ)しむべからず、もと
暑気に中るといふは、壮実(タツシヤ)にして血 液(エキ)の粘稠(ネバリ)たる人か、
または虚弱なるか、いづれにもあれ平常不養生にて
病ある人に多きものなり、それが暑熱に堪(タエ)がたく、

【右丁】
上 衝(シヨウ)し、腹気が心下へ迫(セマリ)て、昏眩(コンケン)【左ルビ:メノクラム】するなれば、その腹気
か下降(オチツク)ときには、速に治するなり、かゝる患なく、よく
寒暑に堪らる身とならんには、平常に酒色に耽(フケル)こ
となく、食事を節(ホドヨク)して、日々 潅(クワン)水【左ルビ:ミヅアヒ】し、息を調ること
を心がけたるがよし、人の臣たるものゝ身体は、固より
その主人より預(アヅカリ)たるものなり、それを我物とおもふ
て、心のまゝに身を持(モツ)は、これ大なる不忠の人なれば、
よく己に顧(カヘリミ)て慎(ツヽシミ)を加ふべきことゞもなり、
暑熱(アツサ)に中りて、昏眩(メクラミ)悶乱(モンラン)する者に、熱土、焼(ヤケ)瓦を臍(ホゾ)に
あてゝ熨(ムス)【尉+灬(列火)】ところの法もあり、熱湯を布に蘸(ヒタシ)て臍(ホゾノ)中

【左丁】
少腹(シタハラ)を温(アタヽム)るなどもよし臍中及臍の両 旁(ワキ)の天 枢(スウ)に灸
するもまたよし、内服剤には、硫黄、消石 等(ナド)を良とすれ
ば、鉄鉋の玉薬を水か湯にかきたてゝ服(ノマ)すがよし、拊(フ)
水術とて、冷水を頭に拊(ウチ)つけるやうに多く潅(ソヽギタル)ことな
ど尤効あり、世間に中暑の薬とて香 薷(ジユ)散、五苓散な
どの類を用るは、後世医学の本旨を失ひたるより、かゝ
る薬を以て暑邪を治することゝおもひ過(アヤマリ)たるにて、こ
れらの薬はすべて陣中へ持ゆくは無益の事なり、とか
く陣中などの用意は、単(タン)方にて簡便なる剤をよし
とす、次に載(ノセ)たる建中散は一方にして、感冒(ヒキカセ)、中暑、食

【右丁】
傷、霍乱、痢病、および胸腹痛、疝気、積聚ともに用ふべ
きものなれば、これを用意したるがよし、
   凍死たるを救ふ心得の事
凍(コヾヘ)死たるものは、その身体(カラダ)に新汲水【左ルビ:クミタテノミヅ】を夥(オビタヾシ)く潅(ソヽギ)かけ
て、関節(クワンセツ)【左ルビ:フシブシ】を運転(ウンテン)【左ルビ:グル〳〵マワシ】し、総【惣】身を按摩(アンマ)して後、雪の中へ埋(ウヅ)め、
たゞ頭面ばかりを見はし、口を開きて息をつよく吹入る
時には、蘇(ソ)生するものあり、この息を吹入るゝには、壮実【左ルビ:タツシヤナル】
の者をしてかはる〴〵吹入さすべし、かくして息出たらば、
直に雪の中よりとり出し、醋を多く温めて、頭面と総【惣】
身へしたゝかに吹かけて、再(フタヽビ)身体を摩擦(マサツ)し後(ノチ)、衣 被(ヒ)を

【左丁】
厚くし、枕を高くして右を下にして、横に臥(ネカス)べし、敷(シキ)も
のには、よく打たる藁薦(ワラゴモ)を重(カサ)ね、その上へ臥しめ、風
の透(トホ)らぬやうにしたるがよし、と凍死の一日夜を歴(ヘ)たる
ものが蘇(ソ)生したるためしもあれば、死たりとのみい
ふて、うち棄(ステ)おくべからず、また地を深く堀て、その中
へ入おきて活るよしをもいへり、いづれにも心を尽(ツク)し
愛憐(アイレン)【左ルビ:カハユガリアハレム】の情【左ルビ:ナサケ】をいたすが、人を使ふものゝ用心なれば、この
事をよくおもふべし、《割書:この愛憐の情は、外寇防禦の最上第一|なることにて、大熕兵刃にも優(マサ)れる必勝》
《割書:のものなることを|よくおもふべし、》
   溺死たるを救ふ心得の事








【右丁】
水に溺(オホレ)て死たるものは、はやくその衣帯を解(ト)き、髁体(アカハダカ)に
して、両脚をとり、逆(サカサマ)に引起して、両 脚(アシ)を吾(ワカ)肩(カタ)にかけ、
溺たるたるものゝ腹を脊(セナカ)に当(アテ)て、身を前へ跼(カヾ)め、その腹を
吾 脊(セナカ)にて按(オス)やうにし、歩行(アユミ)ながら、水を吐出さすべし、
水を吐尽したる後に、脊よりおろし、新浄衣【左ルビ:キレイナルキルモノ】を襲(キ)せ、
帯をゆるく締(シメ)て、蒲団(フトン)の中へ臥させ、先口中を開きて、
土砂などの内にあるをよく洗ひとりて、鼻の中は
しごきたる紙を以て、奥までをもよく掃除(サウジ)し、さて
口を再開きて、鼻に嚏(クサメ)薬を多く吹入るへし、《割書:嚏薬は、胡|椒の粉、又は》
《割書:莒根の嚏草、あるひは皁【皂は俗字】莢、細辛|などの細末を用ふ、予(カネテ)用意あるべし、》それより肩の真中の肩井

【左丁】
といふところを、大指と次中の三指にてつよく掴て、筋
をぐるり〳〵と按(ヒネリ)転(カヘス)べし、《割書:拳法に肩の活と|いふはこれなり、》さて脊椎(セスヂ)の両 旁(ワキ)、
腰髖(コシボネ)、両脚なでをも尽(コト〴〵)く運(クル〳〵)転(マワ)し、揉(モミ)やはらげて、心下より
両脇腹中までをもよく按摩し、再び肩井をつよく撚(ヒネ)
り、脊(セ)の五七 椎(ズイ)の辺(アタリ)を券(コブシ)にてしたゝかに打(ウチ)、《割書:脊の活といふ|はこれなり、》
またもや鼻中を紙にて掃除(サウジ)し、嚏薬を多く吹入て
試むべし、もし嚏出るときは、忽(タチマチ)蘇生すればなり、もし
かくまでにしても、息出がたきものは、その地を溺た
る者の体を容(イレ)らるゝほどに堀、底(ソコ)の土を柔(ヤハラカ)にかき起
し、掘出したる土砂を、穴の四方へ築立(ツキタテ)、穴の中に薪を

【右丁】
つみ火を焼(タキ)て、地下まで火気の徹(トホ)るほどにして後
に、火をよく消(ケシ)、穴の中をかきならし、築立たる土砂
をも柔にして、さて溺者をその穴へ容(イ)れ、頭面ばかり
を出し、四方より築立て熱くなりたる土をかき入て、
しばらくおき、をり〳〵嚏薬を鼻中に入、又は口中に
醋を吹入などして試むべし、支那の昔、魏(ギ)の将に呉
起といへるが、士 卒(ソツ)の下なるものと衣食を同うし、士
卒の疽(デキモノ)を病しものゝ膿(ウミ)を吮(スヒ)しかば、《割書:上古に、瘡瘍の膿を|吮ところの治法あり》
《割書:しゆゑ|なり、》その母、其父も往歳(サキノトシ)疽を病しを、呉起が吮て治
せし恩に感(カン)じて、軍に死たりしかば、子もまた為(タメ)に

【左丁】
死んかとて大に哭泣(ナキカナシミ)しとなり、これ切要(タイセツ)なる心得にて、と
かく権威(ケンヰ)のみにては、心より人は服さぬものなり、肥後守
清正の息加藤忠広が、己(オノレ)は力あれかしとおもふなり、重き
鎧二 領(リヤウ)重(カサネ)襲(キ)て軍になぞ、怖(オソル)ことはあらじといひしを
飯田覚兵衛が聴(キヽ)て、先殿には鎧一領にて、数十度の戦に、
つひに手負をたまひしことなし、死生存亡は皆天命に
て、人力の及ぬことなり、国中の民を撫育(ブイク)し、諸士をよ
く懐(ナツカ)するときには、三軍の物の具は、皆大将の身に
襲(カサネ)着(キ)たると同しことにて、誰(タレ)か鉾(ホコ)先を争(アラソ)はむ、臣は力
を好ませたまふを、然べしとは存ぜぬといひて、先殿に

【右丁】
はいかてかくまでに劣(オトリ)たまふものかとて、大に嘆(ナゲキ)しとなり、
実(ゲ)に士卒までも中心より誠(マコト)に服(フク)するにあらねば、真(マコト)の勇
気は出ぬものなれば、諸士をよく懐(ナツク)る仁愛こそ、大切の心が
けなるべけれ、仁者は必勇ありといふ、古人の誡(イマシメ)を思ひ、敢(カン)【左ルビ:ウチ】
死【左ルビ:ジニ】の操(ミサヲ)を過(アヤマ)らざるならば、外 寇(コウ)も豈(アニ)畏(オソル)るに足(タル)ものな
らんや、
   気を養ふて敵を圧力を生する事
大気は、天地の間に充(ミチ)塞(フサガリ)たるものにて、昔にも。地は大
気の之を挙(アグ)るなりといひて、凡天地の日月星辰、人畜
草木、一切の物は、たゞこの大気の中に溶(デツチ)て、一ッの塊(カタマリ)とな
したるが如きものなり、然してこの気は、その間を往来
運転(ウンテン)【左ルビ:メクリマハリ】して止(トヾマル)ことなく、時としては、盈虧(ヱイキヨ)【左ルビ:ミチカケ】屈伸(クツシン)【左ルビ:カヽミノビ】あり、その盈
虧屈伸の間に、おのづからなる数理を具へたるもの
なるがゆゑに、その天地と同一体なる人身にも、また
同く盈虧屈伸ありて、天下にあるとあらゆる物にこと
ごとく此数理を具へたり、《割書:此事は、予が養生要略、養気説|等に予(アラカシメ)記しおきたり、》この
気の此身より張出して身を衛護(マモル)るものを衛気といふ、
《割書:天下国家には、天下国家の衛気|あることも、同書に論じたり、》この衛気は、張(ハル)ときは人を制(セイ)し、縮(チヾ)む
ときには、人に制せらる、その大に張出したる時にあたり
ては、刀剣もこれを斬(キル)こと能はず、矢鉋も之を害(ガイ)する

【右丁】
ことを得ず、鉄干【左ルビ:タテ】石城に邈(ハルカ)に優(マサリ)たる不思議の力用(ハタラキ)あ
るものなり、昔庫胡元の忽必烈が、十万の兵をさしこして、
筑紫(ツクシ)に仇(アタ)せし時、河野通有は、小船たゞ二 艘(ソウ)を以てそ
の中へ艚(コギ)【注】入り、帆(ホ)柱を倒(タフシ)て梯子(ハシゴ)となして、胡元の船へ
乗 移(ウツ)り、敵の大将を擒(トリコ)にせしも、壱岐、対馬等を攻取ら
れ、味方敗北せしを憤(イキトボ)り、この大気を張出したるより、
纔(ワヅカ)の小勢を以て大功を立しなり、朝鮮の役に、加藤清
正は、蔚(ウル)山より二百五十余町を隔(ヘダテ)て、西生海(セスカイ)に在城せ
しが、蔚山の落城近きにありときくとひとしく、七 端(タン)
帆(ボ)の小船に、従卒わづかに七十人を乗せて、明兵四十万

【左丁】
騎の陣どりたる間(マ)近く押行しに、敵より射出す矢鉋は、
雨 霰(アラレ)のごとくなるを事ともせず、易(ヤス)々と蔚山城へ
乗入しは、これ清正が義勇の大気が干城となりて四
方を衛護(マモリ)たるより、大敵も之を害すること能はず、
矢鉋も中ることなかりしなり、また藤堂和泉守高
虎は、三艘の船を以て朝鮮の大船数百艘の中へ乗
入て、敵の船十余艘を乗取たりしは、清正、行長などの
しば〳〵大功ありしに励(ハゲマ)まされたる憤(イキドホリ)より、此気を大
に張出して、大勝利を得たるなり、また有馬修理大夫
晴信は、波尓杜瓦尓(ホルトガル)の大鉋三十六挺だちの軍艦を、小船

【注 艚は「ふね。こぶね。」の意で「こぐ」の意は無し。「漕」の誤記か。】

【右丁】
三十七艘にてとり囲みたる時、敵より夥(オビタヾシ)く火鉋を打
出せしが、一ッも中ることなく、追々に船へ近づき、遂(ツヒ)に
鉄 鏁(グサリ)鈎縄(カギナハ)を以て船へ乗入て、三百余人を鏖(ミナゴロシ)にしたり
しときに、有馬の手には死傷 纔(ワヅカ)に十六なりしとぞ
聞えし、又 台湾(タイワン)の鄭森が麾下(ハタシタ)なる柯全斌(カゼンビン)は、小船を
以て、和蘭の軍艦十五艘を逐(オヒ)退けたる類も、皆この勇
猛の大気を張出して、敵を圧(オス)ところの力を発したる
より、大鉋火攻も避(サケ)て身に中ることなければ、これを
怖(オソレ)ぬ心になりしは、たゞその時に臨(ノゾミ)たる機会(ハヅミ)を得たる、
大将の果断(クワダン)によるものなり、すへて此気には不思議

【左丁】
の力用(ハタラキ)あるかゆゑに、遠しといへども、一気の感応あり
て、彼を此より圧(オス)ところの験(シルシ)あることを、手近く弁へ
知んには、鳥銃を打に、筒が丸を圧(オシ)て、向へ進むやう
になれば、放ちたる丸の中り必強く、筒が丸と別れて、
後(アト)へ引やうになれば、貫(ツラヌ)く力弱きがごとき、これ
より観得(クワントク)【左ルビ:カンカヘテミル】するときには、かの益が禹に、至 諴(カン)【左ルビ:コヽロノマコト】は神を
感ぜしむといひて、己が徳を修て、有苗(イウベウ)の夷を降
参させしも、たゞこの気の感応(カンオウ)の、邈(ハルカ)に数千里の外に
及ぼしたることをおもふべし、またたとひ創傷をか
ふむりたりとも、その身の衛気だにたしかなるう

【右丁】
ちには、死ぬものにあらず、文化の砦草に、血止の薬と
て出せる、茯苓、葛粉に、辰砂を少し入て、桃花色にし
たるを、舌の上へのせよといへど、此等の物がいかで血を
留る効あるべき、その効あるは、たゞ目を閉(トヂ)て気を鎮(シヅム)る
ときは止るといふ、この気をしづむるにのみあることなり、
すべて周身の気が上弔(ウハヅリ)になりては出血も止ず、いさゝ
かの創(キズ)をうけても、力 抜(ヌケ)て働(ハタラキ)は出来ぬものなれば、とか
くに大将士卒までも、この正気を養たつるより、勇威
も出、運命も保(タモツ)ものなることをよくおもふべし、《割書:調息の|術は事》
《割書:行よりこれを観得せしめんための法にして、予が|延寿帯の製ある所以のものなり、》室直清が説に、

【左丁】
武士が武芸を修行するは、いふまでもなきことなれ
ど、武運なければ、武芸も用にたゝずして、犬死をす
ることあれば、武士はひたすらに武運の稽古をする
がよし、その武運の稽古といふは、国家祖宗の大恩を
一日片時も怠るゝことなく、身を粉に砕(クダキ)ても厭(イトハ)ぬ
心を養ひたつれば、おのづから天理に合(カナヒ)て武運は盛
になるものなりと示せしは、これ即 ̄チ この気を養ふ
ところの根本にして、尤至当の確言(クワクゲン)【左ルビ:キツトシタイヒブン】なり、わきて方
今国土の勇威大に興(オコル)べき気運 変革(ヘンカク)【左ルビ:アラタマル】の時にあたり
ては、唯此武運の稽古こそ、炮術 操練【左ルビ:テウレン】にも大に優(マサリ)た

【右丁】
る切要【左ルビ:タイセツ】の事件(ジケン)なるべけれとおもふより、いらざる老の
啽囈(クリコト)ながら、聊此にその義を弁ぜしなり、
愈創水
 緑礬   明礬《割書:各百戔》
 右二味、細末、水五升を入て、火に上せ、よく烊解(トカ)して、
 火より下し、陶器(セトモノ)または樽に入て、陣中へ持ゆくべし、
 用るに臨(ノゾミ)て、布または撒(ホツシ)棉糸(モメン)に浸(ヒタシ)て創に貼る也、もし
 創浅きものは、水にて血をよく洗ひ取たるあとへ、
 手早く此薬を畳布に浸たるを貼て、まき木綿
をすれば、大概なる損傷(キズ)は速に愈るゆゑ、次の

【左丁】
 薬布などを用るにおよばず、故に此薬と前に
 いへる石灰末、槲耳(ハヽソダケ)、馬勃(ホコリダケ)等(ナド)は、陣中に多く用意し
 たるがよし、
鶏蛋油
 鶏卵《割書:五十個》 胡麻油《割書:二合》
 右鶏卵の皮を去、擂盆(スリバチ)にてよくすり、徐々【左ルビ:ダラ〳〵】に
 麻油を加へて相和し用ふ、《割書:鶏卵は、白を去て用ること尤よし、|時に臨て製するは殊に可とす》
密陀僧膏
 密陀僧(ミツダソウ)《割書:五十戔》 胆八油《割書:百戔 薬舗に「ほるとがる|   の油」といふものこれなり、》
 右密陀僧の細末を油にて煉(ネリ)合せて後、水二







【右丁】
 合を加へて文火【左ルビ:ヨワキヒ】上に上せ、手を止めず攪(カキマゼ)煮るこ
 と半時ばかり、少ばかりを水に滴(タラシ)てその程を
 こゝろみ、火より下して、蕃(オランダ)瀝青(チヤン)【注】の水飛したる
 もの三十戔を加へ、よく攪(カキマゼ)て、再ひ火に上せ、よく
 混和【左ルビ:イリマジリ】して粘稠(ネバリ)たるところを下し、温なるに乗
 じて、布に拡(ノベ)て後に、乾くを待て巻おくべし、
魚膠膏
 魚膠(ニベ)《割書:百戔》 密陀僧《割書:三十戔》
 右先焼酒五合を以て密陀僧の細末を浸おく
 こと二日ばかりにして、滓(カス)を漉(コシ)去り、さて魚膠に

【左丁】
 水一升許を入て、火に上せてよく融解(トカ)し、水気の
 減ずるに随(シタガヒ)て、密陀僧の焼酒を加へて、膠飴(ミヅアメ)の如
 くになりたるときに、火よりおろし布もしくは
 絹(キヌ)にのべて貯(タクハヘ)おくなり、俗に上 透膠(スキニカハ)といふものを
 水にて煮(ニ)たるを紙にのべて、即効紙と称して
 売ものは、この略方にて、これもまた用ふべし
緩和膏
 白蝋《割書:六十戔》 胡麻油《割書:二合、夏は一合を用ふ、》
 右白蝋を薄(ウス)く斲(ケツリ)て、麻油を火に上せて温め、油
 の上面の動くをみて、蝋を入、融解(トケ)たるときに火

【注 近世の和船や唐船の船体・綱具などに用いる濃褐色の防腐用塗料。】

【右丁】
 より下し、器に入て貯(タクハ)ふるなり、これに片脳三十
 匁を加て用ふるもよし、この膏よく胗(ヒヾ)胝(アカヾリ)を治
 す、故に水戦 不亀手(テノカヾマヌテアテ)の薬には、これを大に製して
 用ふべし、《割書:蒺蔾などの類にて、脚底を傷めたるには、この油薬を|煙管の火皿に一ツほど入て、火にとうして滴(タラ)し入るべし、》
 《割書:鶏蛋油を用|るもまたよし、》
建中散
 乾姜 良姜 桂皮《割書:薬舗に、東京厚皮と呼ものゝ、麁|皮の味 渋(シブ)くして辛味なきところ》
 《割書:を斲(ケヅリ)去(サリ)て、内の辛きところのみを用ふ、一斤にして|やうやく、五六十戔を得べし、》唐木香
 丁子 唐縮砂《割書:各等分》唐呉茱萸【茰は俗字】《割書:微炒、減_レ半、》
 右七味細末して、一貼二戔許より三戔にいたる、

【左丁】
 熱湯に点(カキタテ)服(モチフ)この薬、感冒(ヒキカゼ)、中暑、霍乱(クワクラン)、下利、疝積、一
 切に用ふべし、
緩下剤
 唐大黄《割書:百戔、光実にして色黒から|  ざるものをゑらふべし、》
 右水三升入て一升に煎じ、滓(カス)を濾(コ)し去て、上好の
 硝石五十戔、白蜜百戔を加へ、重湯上(ユセン)に煮て飴の
 ごとくならしめ、器に容て貯ふべし、夏月は費日を
 ふれば柔になるなり、蜜に代るに砂糖を以てす
 るもまた可なり、一度に一二戔を用ふ、
肉刺(マメノクスリ)薬

【右丁】
  赤螺(アカニシノ)殻(カラ)《割書:焼末し|たるもの》半夏
  右二味等分、細末し、先鍼か小刀にて刺(サシ)て水を
  出し、此末を米糊に和し、紙にのべて貼おくべし、」
  以上八方は、簡約にして、俗人にも卒(ニハカ)に製せらる
  べき効験(シルシ)ある方を撰(エラミ)載(ノセ)たるものなれば、平常
  に製しおきて、不 虞(グ)【左ルビ:ニハカノコト】の用に供ふべし、
馬の病を診察(シンサツ)するに、八 候【左ルビ:ウカヾヒ】といふことあり、八候とは尿、【「、」は衍ヵ】
屎、食、眠、眼、息、舌、毛、腹なり、その説予が梓行せる廏【厩は俗字】馬
新論中に見えたり、騎馬の士も常によく心得るとき
には、倉卒に馬の斃(タフル)ることもなければ、大に益となる

【左丁】
ことなり、その書は、いかなる薄禄困窮の士なりと
も、その費少くして、馬を飼得べきことを自試
みたる事件を、懇(ネンゴロ)に記したれば、志あらんものは、此
書によりて馬を養ふことを心がくべし、



救急摘方

【右丁】
木綿を
 裂には、かくのごとくして
        さくなり、
 両耳はのぞきおきて、
  骨を折たるときの
 簾、またあて板を
   あむに用ふべし、
 金創の裹(マキ)木綿に用る
  には、その部によりて
  広きと狭きと
 あれど、大かたは
  六ッ七ッに
      さく也、

 此図は、往年著すところの
  病家須知に出して、
   くはしく記しおき
      たるをみるべし、

【同下部】
この耳は、巻木綿には用ひず、
 後の接骨にあぐる
  簾をあむに
     つかふなり、

【左丁】
撒(ホツシ)棉糸(モメン)

 ほつしのかたち
   さま〴〵あれど、
  こゝにはそのうち
    五種の形を
      出す也、

 両巻

     片巻

すべて晒木綿といふ
  ものを用ふ、いづれも
 あらかじめ裂て、
  かくのごとくまきて、
   鎧櫃に入おくへし、

圧綿(アテモメン)

愈創水、
 または醋にて浸て、
  金創へあてる
   もめんなり、常の
      手拭をも用ふべ
            し、

火傷の
 面へ
 あてる
  布

【右丁】
頭部に、火傷、また
 金創を得たる
  ものを、まくかたち
  さま〴〵あり、
    こゝに三の状
     をいだして
        しめす、

繃縛(マキモメン)は、頭部を
  よくまくことを
 心得れば、外は皆
知らるゝことゆゑに、頭の
 真の繃縛は、病家須知
  六の巻に図を出して、
 詳に記しおきたりしを
  みるべし、こゝに出せるは
    皆その略法なり、

【左丁】
木綿は、かくの
 ごとくにさきて
  もちふべし、
 手拭にても
   まにあふなり、
  こゝには常の手のごひを
    以て、にはかなる
       まにあはする
         ことを
           示せし也、

イ(ー)の印の布を
 額へあてゝ、後に
       くゝり、
ニ(-)の印を
       前額へ廻して
 しばり、ハ(-)印を耳のうしろより
あごの下へしめ、ロ(-)印は耳の前より
        下て、あごの前へくゝる也、

あごの下には、
  かくのごとく
   別に木綿を
    たゝみてあてがはねば、
    飲食言語に
     たよりあしゝ、 

【右丁】
大指をいためたるは、
   かくのことし、

このゆびをまくには、
   前の六ッ七ッにさきたるを、
      また二ッにさきて
       巾せまきをまくべし、

人さしゆびをいためたるは、
  かくのごとく
    まく也、

臂(ヒヂ)をまくには
  かくのことくすること、

【左丁】
足をまきたる
 形もさま〴〵あれど、
   こゝには一図を
        出して
           示す        手甲に
            のみ、       いさゝか創を
                       うけたるは、
手のひら甲より、               かくのごとく
 五指ともに                   にも
  まくには、かくのごとくす、            まく
     ゆびは巾狭き                 なり、
        布にてまくべし、


すべて裹帘(マキモメン)は、定りたる法あるにもあらず、
 その人の作略にて、時にのぞみていかやうにも
  することなれば、こゝにはそのあらましを出して示すのみ、
 緊(キツ)く縛(シバ)れば、患者そのいたみに堪(タヘ)がたく、緩(ユル)けれは効(カヒ)なし、
  緩急その中を得るにあるのみにて、事なき時に
   しば〳〵まきてみればおのづから知らるゝなり、

【右丁】
脛のむかふずねへ創をうけたるを、さしかゝり
 手拭などにて自らまかんには、水にて
  血をあらひおとして、紙をもみて
   あてゝ、手拭をかくのごとく裂たるを
    うしろより前へとりてまき、そのうへより紮るべし、
     手拭の端を少しさきて、あてゝまくもよし、
           これは急卒のまにあはする
                 仕かたを示すなり、
                   外はそれに準じて
                     こゝろうべし、

    ありあふ
     手拭を
      さき
       たる
       かたち
      かくのこと      手拭二ッ三ッもあらば、
          し、      かさねてたがひちがひに
                   なるやうにまく
                    こと尤よし、

【左丁】
腹を竪(タテ)に切られて創浅きを、
  速にまくこと、この状のものを
   造へて、左右より創を圧て合する   かた〳〵のいとを
              やうにする   こゝへ紮るなり、
                 なり、
                          木綿を
                           かたく
                            よりたる
                    創には、魚膠膏   なり、
                        または
                         密陀膏を貼て、
                          あて
                           木綿を
                             する也、

                        この糸を以てくゝる
                           なり、
                            木綿の
                             さきたるを
                              用ひても
                                よし、

すべて腹上に創をうけたるをまくには、脛を縛(シバ)る布の如く、
 木綿は一布ツヽに両端を裂たるを、仰臥したる患者の背へ
  並べたる如くにして、左右よりとりて、たがひちがひに
    まきてよし、長き木綿を用ふれば背へ廻す
     たびごとに、患者の体うごきてあしければ、
       此旨をよくこゝろえべし、

【右丁】
本文に、金創の動脈を断(タチ)切て、血の迸(ホドバシリ)て止かぬる血管を、糸にて紮(クヽル)か、烙鏝(ヤキゴテ)にて
 焼きるべきよしをいへるものも、この繃縛(マキモメン)を用ひて血の四末に流れゆく路を
  断(タチ)止むれば、大氐の出血は漸(シダイ)に止るものなり、故に此に図を出してその法の
                             概略(アラマシ)を示す也、

            木綿を
             かたくよりて、
               かくのごとく圧
                  まくらにかふなり、
          上の手を
             まくものと同じく、
            木を用ひて丸くけづりて造る、
細き木を          これを螺旋縛といふなり、
 用ふ、箸などを折て
  時のまをあはするもよし、
   此木にてねぢて締(シムル)ときには、血管の流れゆくを圧(オシ)て止るなり、

【左丁】
  板籬           脛骨の折たるに、
                上の具をあてたるところ
                 かくのごとし、外は準じて
                        知べし、

 板の巾四五分厚さ二三分にて、あと
   さきを丸くして、四方の角をも丸く
    けづり、紙にてまき糊にてはる、裂木綿
          のみゝまたは麻を用ひてあむ、

  竹簾

        此二種は、
         折たる骨にあてゝ
          まくこと、
            本文に記し
               たるを
            あはせみるべし


 竹のあとさき四方を
   よくけつりて、あさにてあむ、なり、
  この二ッのうちあるにまかせてこしらふべし、

【右丁】
   項骨を閃挫たるは、かくの如く患者を
     横に臥させ、患者の肩へ両脚をかけ、
      項と腮へ手をかけて、左右へ粮両三ど
       迴転して後肩にあてたる脚底を
        以て肩をつよくおし、頭をすぐ
         にして曳ぱれば、旧に
          復するなり、もし
         患者気をうしなひ
          たらば、肩井をつよく
           掴て迴転し、水を
            顔に吹かくべし、
             忽に気が
              つくなり、

 以下図するところは、
   すべて
   本文に、人為の曳弛(ヒツハル)と、

【左丁】
   自然の率縮(ヒキシメル)との二ッのみにて、
    閃挫(クジキ)は治するものなることを
     いへる、その説を会得して、
      図に出せるものを、観(ミ)るときには、
       速にその術を得らるゝなり、
     往時難波に名を得たる
      正骨科、及予が弱冠(トシワカキ)時(トキ)学ひ
       たりし、長崎の吉原
        隆仙が術、今の世に
       名を得たりし
      或人の正骨の
     技も、其極旨はたゞ
      このこなたにひけば、
       何なたにかゝる
        自然の所為
         にまかする外に
          術はなきことなり、
           ゆゑに下の図にも
            こと〴〵く弁ぜず、読者よく
             この意を得て理解すべし、

【右丁】
肩の骨をかゝるは、
 前の項骨を
  なほすものゝ状に同じく、
  かくのごとく足踵(カヽト)を
  患者の腋下へあてゝ、
   手を下のかたへ引なり、
  足踵の腋下を上へおすものと、
   両手の手をひくものと、
    一 斉(ド)に力をいれて
        ひくのみなり、

【左丁】
前の肩の骨を、
 かくのごとくに
  して、胸の
 かたへ曲て
  ひきつけ
 てもかゝる
    なり、
 すべて仕方は
 さま〳〵
   あれど、
 大意は
  同し
  こと
   なり、

【右丁】
肘骨(カヒナ)の閃挫を、
 その患者の臂(ヒヂ)を、柱に
  布にてかたく縛(シバリ)つけ、

【左丁】
  患者の体を
   人にしかとこらへさせて、
    ありあふ棒を以て、
   その布を力を入て
     打ときには、筋伸て
      たちまち
         かゝる也、

    これも手法は
      前に同し
         ければ、

     こゝには
      この図を
       出して、
        曳ときは
     かゝるものなる
          ことを
        示すなり、

【右丁】
前の肘(カヒナ)を、
 かくのごとく
一手(カタ〳〵ノ)掌(テノヒラ)を胸(ムネ)に
     あてゝ
  曳も、また
      かゝるなり、

【左丁】
腕(テクビノ)骨(ホネ)は、
 患者の手と
  くみあはせ、力を入て
 両三次むかふへ迴転して
  後に、こなたへ曳ときには、
   かゝる、これも
  迴転せずして
   ひきても
    かゝる
      也、

【右丁】
髖(モヽノ)骨(ホネ)を脱臼(ヌキ)たるは、一手掌を
   腰にあてゝ。脛をとりて
    迴転して後に、
      あとへひくなり、

【左丁】
腫出たるものは、
 一人をして足(アシノ)趺(カフ)を
  持せて、膝(ヒザ)蓋骨(サラノホネ)へ
   手をあてゝ迴転して、
   扶るものと一同に、
    あとへ
       引たるも
         よし、

【右丁】
膝の骨は、
 一人に股をしかと持せて、
  手掌(テノヒラ)を膝(ヒザ)蓋骨(サラホネ)へあてゝ、
   そろ〳〵と迴転して
    後に、正中に
        曳ぱるなり、

【右丁】
     隣春【陰刻印】
  足踝(カヽト)の骨も、
   手腕を治する法に
    同じく、むかふへ
     まわしながら
       こなたへ引て
      伸すときには、
        忽もとのやうに
            なるなり、

 以上九図、骨の状は同じ
          からざれど、
  こと〴〵く皆臼の中くぼなる
   ところへはまりてあるものゝ、
   くひちがひたるを、たゞ曳
               のばして
    正直にするのみが、
      接骨(ホネツギ)の極旨なることを弁ふべし、

【左丁】
救急摘方続編自序
皇大御神のみはるかします四方の国
は。天の壁たつ極み。国のゝき立限。
青雲の棚引きはみ。白雲のおりゐ
むかふすかきり。青海原は。棹柁
ほさす。舟の櫨【艫の誤記ヵ】の至り留るきはみ。
大海に船みちつゝけ。狭国は広く。

【この序文の初頭は祝詞・祈年祭の中の一節。】

【右丁】
さかし国は平けく。遠つ国は。八十
綱うちかけて引よすることの如く。
皇大御神のよさし奉り給へりと。
延喜式祈年祭の祝詞にいひ伝
へたる如く。我日本は。天地四方を
照します。日神の御裔のしろし
めす大皇国にしあれは。日神の

【左丁】
御こゝろとして。其照し給へる遠つ
くに〳〵も。遂にはこと〳〵く我に順ひ
来る【ママ】むことは。神のおもひかね。定め
おかせ給へりしもしるく。人の世と
なりて。神日本盤余彦天皇。日
向の国より都を大和の橿原に
遷し給ひしより。千年余り

【右丁】
二百五十年の。天■【洲ヵ】の気の革り
ぬへき其かすの。運り来ぬる時
に当りて。西国の仏の教。我邦
に伝りこしより。神代の道は。い
つしか埋果て。世間大に移ひゆき。
ふたゝひまた千とせ余り二百五
十年なる此とし比。其西のはてなる

【左丁】
虜等かくさ〳〵の学を。何くれと世に
もてはやしぬるのみならす。其虜
等もおのれとよりきて。我日のもとを
覬ふことのあなる。彼等は。八十網打
かけて引よせらるゝ。神の御所為と
もしらて。きたなき心をつかふめ
れは。官家にも。御威稜をはつ給ひ。

【右丁】
其御備厳にして。聊も御心ゆ
るひ給ふことなく。其迄求ることた
にゆるし給はさるは。いともかし
こく。よろこはしき事に南【助詞「なむ」の代用】有ける。
かくても岬守にとらるへきにもあら
す。世を医に遁れたる身には有と。
枕を高くしてよそに見るへき事

【左丁】
にはあらしと。己か職のことにつ
きて。ますらたけをか心おきて
にも成へきことを思ひ出るまゝ
に書付て。とみに板に彫をたり
しも。後によくみれは。洩たること
の多かりしを。此春日のなかき
に。いさゝかの暇をゑたれは。其洩

【右丁】
たるふし〳〵を拾ひとりて。更に一
の書とはなしつる也。あはれむかし
韓国任那なとに。我邦の府をたて
司を遣して治めさせ給ひ賢時の
如く。彼所より東より寄来る虜等か
国々に。我邦の府を建司を遣して
治めさせ給ひ。谷くゝのさ渡る極み。潮

【左丁】
沫の至り留るかきり。尽く我にま
つろひきて。此書集たる書も。いたつ
■【てヵ】ことに成ぬるときに逢こと有は。
いかにうれしからましとおもふも。
そはいつのほとにか有む。己は世
にあらす成ぬとも 。みたまは必
あまかけりて。見るをりのなから

【右丁】
すやはと。あひなたのみ【注①】のせらる
まも。いとほけたるねきことに【注②】社々。獨
笑して筆をさし置ぬ。
 丙辰のとし夏卯月
   かゝみのや【注③】のあるし
           守拙記

【注① あいなだのみ=むだな頼み。あてにならない期待。】
【注② ねぎ事=願い事。祈願。】
【注③ コマ8に記載の筆者の名が「芄蘭の舎」とあります。「芄蘭」はつる性多年草の「ががいも」の表記の一つ。その「ががいも」の古名を「かがみ」ということから「かゝみのや」としるしていると思われる。】

【左丁】
   目次
一陣取べき地を択(ヱラビ)用べき水を撿(タヾシ)総て陣屋を構(カマフ)る心得の事
一在陣の隊長(モノガシラ)歩卒までの心得の事
一食傷霍乱及一切の毒に中(アタリ)たるを救(スクフ)心得の事
一傷寒時疫 瘧疾(オコリ)痢病(リビヤウ)すべて伝染(ウツル)べき病の心得のこと
一 凍死(コヾエシニ)を救(スクフ)心得の事《割書:拾遺》
一 溺(オボレ)死をすくふこゝろえのこと《割書:拾遺》
一 金創(キリキズ)を療(レウ)ずる心得の事《割書:拾遺》
一 銃丸(テツパウダマ)の創(キズ)を療ずる心得の事《割書:拾遺》
一勇気を長ずる必 験(ケン)の妙薬のこと

【右丁】
一薬方八首
    以上

【左丁】
救急摘方続篇
  陣取べき地を択(ヱラ)び用ふべき水を撿(ギンミ)し総て陣屋
  を構る心得のこと
砦を築(キヅキ)陣屋を営(イトナマ)んとおもふには、高(タカク)燥(カワキ)清浄(シヤウ〴〵)にして、進(スヽムモ)
退(シリゾクモ)自在(ジザイ)なる地(トコロ)を択(ヱラビ)、卑(ヒキク)湿(シメリ)隆窊(タカビク)ある、漸淤(ミヅダマリ)糞壌(ゴモクバ)などの地
は、一切用べからず、僅(ワヅカ)に地を穿(ホリ)て、水の出る地は、湿気(シツケ)
多くして、人に中(アタリ)易(ヤス)し、されどその湧出(ワキイヅ)る水(・)の清(スムト)濁(ニゴル)に
よりて、地の美(ヨシ)悪(アシ)は預(アラカジメ)察(サツ)し知らるべければ、これを撿(タヾ)
覈(ス)には、其 区別(シヤベツ)をよく留意(コヽロエ)て稽核(ギンミス)べし、且(カツ)陣屋にせん
とおもふ、近きところの村里の井、または港沢水(ノサバノミツ)、及 山(フモ)

【右丁】
阯(ト)の清水(シミヅ)をも汲(クマ)せ、熟(トク)と其色を覧(ミ)て後に、これを嘗(ナメ)て
其味を試(コゝロム)べし、毒なしとは知られながらも、港沢清水(ノザハシミヅ)
などの流て止ざるものゝ、泥土(ツチケ)、を交(マジヘ)て混濁(ニゴリ)たるは、こ
れを襲(カサネタル)布(ヌノ)にて再三 濾(コシ)過(スゴス)ときには、おほくは清(キヨキ)水とな
れども、《割書:陣中へは、虔(ヨキ)布(ヌノ)を湔(アラヒ)て後、三 幅(ハヾ)を以て二 重(ヘ)の帒|を製(コシラヘ)、それにさま〴〵の物を容(イレ)て持ゆきたるを、》
《割書:この濾帒(コシブクロ)に|もちふべし、》若(モシ)汚穢(ヨゴレ)たる物(モノ)の交(マジリ)て、水脚(オリ)の多きものは、
炭末(スミノコ)を入て攪(カキマゼ)て暫(シバラク)おき、その上清(ウハズミ)を濾(コシ)て用べし、或は、
泥菖(シヤウブ)の葉(ハ)もしくは根(ネ)を多く刈(カリ)とらせて、四五寸づゝ
に切か、または裂(サキ)たるかして、これを数(カズ)多く束(ツカネ)て、水中
へ入て、静(シツカ)なる処(トコロ)へ置(オク)ときには、汚濁(ミヅノオリ)は泥菖(シヤウブノ)葉(ハ)もしく

【左丁】
根に就(ツキ)て底(ソコ)に沈(シヅ)むものなり、泥菖は、油の水へ交(マジリ)たる
をも妙に取ものなれば、混堂(フロヤ)にはこの葉を畜(タクハヘ)おきて、
もし過(アヤマツ)て灯(トモシ)油を湯の中へ落(オトシ)たるときに、此物を以て
上面(ウハツラ)に浮(ウカミ)たる油を集(アツメ)て除去(ノゾキサル)といへり、またすべて腐(クサレ)
水には、人の眼(メ)にこそみえねども、夥(オビタヽシ)く虫(ムシ)を生ずるも
のなれば汲(クミ)て日 数(カズ)を歴(ヘ)たる水は、決して嚥(ノム)べからず、
大に人に害(ガイ)あり、予(オノレ)嘗(カツ)て夏月 闢泉戸井(ホリスキヰド)の水を汲(クマ)せて、
日のあたるところへ𥧑(オキ)て試(コヽロミ)たるに、一時を過(スギ)すして、
虫を多く生じたるをみたることあり、故に陣中の水
は、必(カナラズ)日 毎(コト)に新たなる水を汲せて用ふべし、また不潔(ヨカラヌ)

【右丁】
水(ミヅ)を卒(ニハカ)に清浄(シヤウ〴〵)にせむと欲(オモ)はゞ、醋(ス)を少(スコシ)許(バカリ)水中へ入、よ
く攪(カキマゼ)て後に、重布(カサネヌノ)に濾(コシ)て用ふべし、其(ソノ)量(ブンリヤウ)大略(アラマシ)水一斗に
醋(ス)二三合を加てよし、《割書:醋は敗壊(クサレ)易(ヤス)き物にて、虫(ムシ)の化生(ワク)|こと尤 速(スミヤカ)なれば、旧(フル)きは用べか》
《割書:ら|ず、》又、もし地を穿(ホル)こと深(フカ)からずして、清(キヨキ)水の沸(ワキ)出ると
ころならば、井を多く堀(ホラ)せて、礫(コイシ)に砂(スナ)を交(マゼ)て底(ソコ)へ入る
がよし、原子の砦草に、陣耴【取の誤記ヵ】たる処(トコロ)に古井あらば、汲(クミ)尽(ツクシ)
て後に湧(ワキ)出たる水を汲て用ふべし、用ふべき水を試(コヽロム)
るには、蝋燭をともし、井中へ下(オロシ)てみるに、消(キユ)るは毒(ドク)あ
り、それには新き水を外より汲来り、上より多く井の
中へ入て、欝気(コモリタルキ)を散(チラ)して後、火を下して試(コヽロム)べし、そ

【左丁】
れにて火の消(キエ)ざるはよし、流清き川の水は用ふべし
といへども、毒虫、毒草【艸】、或は砒石(ヒサウ)などの源にあるは、水
に必毒あること、古(イニシヘ)よりの戒(イマシメ)なり、天水 桶(ヲケ)の水も止(タマリ)水
に同ければ用ふべからずといへり、この井戸を試(コヽロム)る
法(ハフ)もまた用ふべし、地窖(アナグラ)などを卒(ニハカ)にあけて、忽(タチマチ)その欝(コモリタル)
気(キ)に中(アタリ)て斃(シヌ)ことあるも、この古井の毒と同ことに
て、もしこれに中りて昏冒(メクルメキ)失気(キヲウシナフ)ものあらば、巌(キノツヨキ)醋(ス)を面へ
吹かけ、口へも嚥(ノマ)しむれば、必(カナラズ)効(シルシ)あるものなり、すべて
陣屋を建(タツ)るには、陰欝(コモリ)て風の透(トホ)らぬ処(トコロ)、及 樹木(コダチ)なくし
て常に蹄涔(ミヅタマリ)ある地は、決(ケツ)して可(ヨロシ)からず、さればとてあ

【右丁】
まりに樹(コダチ)立 茂(シケ)りたるところもまた好ましからず、樹
立茂き地は、毒虫独蛇 住(スミ)て炊煮(カシキニル)ところの食(タベモノヽ)臭(カヲリ)を尋来
り、鍋釜(ナベカマ)の中へ陥(オチイリ)たるを知ずして食ひ、害(ガイ)となること
まゝあればなり、然(シカ)のみならず陰欝(コモリタルトコロ)の山 陰(カケ)などは、湿(シツ)
気(ケ)多く、風の洞徹(トホラ)ぬ地(トコロ)に、瘴気(シヤウキ)といふて、人に中(アタリ)て病と
なり、温疫(ウンエキ)瘧(オコリ)痢(リビヤウ)などゝなる厲(アシキ)気(キ)あれば、かゝる地には、
決(ケツ)して陣屋を建(タツ)べからず、すべて陣屋を建(タツ)るには、西
日のふかくさしいらぬ、南の方 広(ヒロ)く、後(ウシロ)に余地(ヨチ)ある処(トコロ)
をよしとす、また終日(イチニチ)日のあたらぬ処(トコロ)もよろしから
ず、すべて南北へ風の往来(カヨフ)やうにして、炎暑(アツサ)の凌(シノギ)に可(ヨキ)

【左丁】
やうにすれば、冬日も住居(スマヰ)易(ヤス)く衆多(アマタ)の軍勢の群居(ムレヰル)こ
となれば、務(ツトメ)て清爽(サワヤカ)にして、隅(スミ)〴〵までも風のよく透(トホル)や
うにせぬと、人を損(ソコナフ)こと多ければ、予(カネ)てよりこの意用(コヽロエ)
あるべきことなり、故に戸 障子(シヤウジ)はなるたけ明 ̄ケ おきて、
清(キヨキ)気(キ)を引入れ、汚穢(ケガレ)不浄(フジヤウ)の気のなきやうにすること
緊要(カンジン)なり、此(コノ)衆人(オホクノヒトノ)郡居(ムレヰ)て欝蒸気(ムシタツルキ)も、人に害(ガイ)あるものな
れば、将士(バンガシラ)隊長(モノガシラ)たる人は意(コヽロ)を注(ツケ)、務(ツトメ)て陣屋の掃除(サウジ)を催(サイ)
促(ソク)し、間(マ)ごとに清爽(サワヤカ)にして、気の欝敗(コモラ)ぬやうにするこ
とを下知すべし、厠(セツイン)及 芥窖(ハキダメ)などは、陣屋の北の方の樹(コ)
陰(カゲ)などへ造(ツクリ)て、日もさゝぬやうに、臭穢(クサミ)の気の風に乗(ツレ)

【右丁】
て陣屋の方へ来(コ)ぬやうにすべし、殊(トリワケ)炎暑(アツサ)の頃(コロ)は、敗壊(クサレタル)
物(モノ)糞尿(ダイセウベン)の臭気(クサキヽ)も、人の体(カラダ)に触(フレ)、呼吸(イキ)に従(ツレ)て、体中へ侵(オカシ)入
ときは、かならず病を醸(カモ)す原因(モトヰ)となるものなればこ
れまた思理(コヽロエ)おくべきことなり、《割書:砦草にいはく、不正の気を避(サク)|るは、火より勝(マサリ)たるものなし、》
《割書:霖雨(ナガアメ)の時は、断(タエ)ず火を焚へし、往古(ムカシ)燧袋([ヒ]ウチブクロ)を離(ハナ)たず持(モツ)は、もろ〳〵の|用意あること推察(オシハカル)べし、凡生類のうち人の霊(レイ)なるは、火を生ずる》
《割書:を第一の妙とすときけり、室屋(イヘヰ)園林(ソノハヤシ)、台榭(キアルウテナ)、池館(イケノキハノイヘ)【舘は俗字】廃寺(ヒトスマヌテラ)古搭(フルキタフ)、久く|開ざるところへ漫(ミダリ)に入べからず、況(イハン)や寝臥(ネフシ)するはもとよりなり、陰(コモリタル)》
《割書:欝(トコロ)の気人を害(ガイ)す、よく〳〵火を焚(タキ)烟(ケブリ)をたてゝ、悪気悪虫を去べし、また|古木 繁(シゲリ)たる下にて飲食(ノミクヒ)すべからず、況や烹餁(ニヤキ)すること は忌(イム)べきなり、》
《割書:虫は夏は樹陰(コカゲ)を尋るものなれば、梢(コズエ)のさまをみて心得べし、毒虫は|夏に多けれは、烟に畏(オソレ)て堕(オツ)ることあり、これを意外(オモヒノホカ)の毒といふ、古 洞(ボラ)》
《割書:巌窟(ガンクツ)に、雨露を避(ザケ)んとて、漫(ミダリ)に入べからず、先(マツ)火を焚(タキ)て後に入べし、|深洞(ホラアナ)に入ことあらば、常の松明(タイマツ)にては、烟こもりて入得ず、笹の松明を用》
《割書:べし、洞窟(ホラアナ)の毒は、古井の毒と同意なり野原にて火に包まれたる|とき、足元へ火を放(ハナ)ち、火の近づくかたを焼払(ヤキハラフ)べし、太古 日本武尊(ヤマトタケミコト)の草(クサ)》

【左丁】
《割書:薙(ナギ)の宝剣(ハウケン)に、燧袋(ヒウチフクロ)を添(ソヘ)て帯たまひしは即(スナハチ)是なり、燧袋に|用意の薬などを入て、刀脇差の栗形に結(ユヒ)付べし、》糧米(ヒヤウラウ)食
物の事は、大将より懇(ネンゴロ)に下知を隊長(クミカシラ)へつたへ、自身にも点(アラ)
撿(タメ)て、かならず炊煮(ニタキ)を慎(コヽロヅケ)麤悪者(アシキモノ)半熟者(ナマニエナルモノ)などをなるたけ
喫(クハ)せぬやうにすべし、往古(ムカシ)と違(チガ)ひ、脆弱(カヨワク)多病(タビヤウ)なる士人の
多き今の世なれば、往古の兵糧(ヒヤウラウ)の制(サダメ)の中にて、この裁量(サリヤク)
あるべきことゝおもはなくなり、もし腸胃(ハラ)に馴(ナレ)ざる食事
より、遂(ツヒ)には病死するもの多くなりぬるは、下知の惓切(ネンゴロ)な
らぬ主将(タイシヤウ)の過失(アヤマチ)なり、いかなる歩卒の賎(イヤシ)きものなりと
も、これを軽視(カロシメ)て虐(ムゴク)使(ツカヒ)、食物などの事までも、疎放(ヤリバナシ)にす
るは、不仁の至にて、鉾尖(ホコサキ)の鈍(ニブク)なる起本(モトイ)なり、愛憐(アハレミ)の

【右丁】
情(コヽロ)深(フカ)き人には、馬すらよく馴(ナレ)て自在(ジザイ)になるものなり、
況(マシ)【况は俗字】て人に対(タイ)して真実(シンジツ)仁愛(ジンアイ)の情(コヽロ)なきときには、一大事の
用にたつものにあらず、総ての事、上は下に佐(タスケ)られ、下は
上に恵(メグマ)れて、世の中の事は立ものなるを、よく己に顧(カヘリミ)
て深(フカ)く慮(オモヒハカル)べきことならずや、《割書:我邦往古の軍法のごときも、今の|世よりこれを観(ミ)るときには、皆こ》
《割書:れ昔の人の糟粕(シボリカス)なれば、採(トリ)用がたきこともまた多かるべし、されど能其 意(コヽロ)|を得て、これを学(マナブ)ときは、裨益(タスケ)なしといふべからす、また或人のいはく、》
《割書:西洋人の戦法には、迂回(マワリドホ)にして紙上の空談(クウタン)に近きもの甚多し、今その一|説(セツ)を挙(アグ)、曰、我陣 営(ヱイ)より撃(ウツ)て出て、敵(テキ)を誘(サソヒ)出して戦(タヽカハ)んとするには、そ》
《割書:の地形をよくみて、諸兵の性質(ウマレツキ)に適(カナヒ)、此(コヽ)にて十分の働(ハタラキ)を為べきと|おもふ地を撰(エラフ)べしと也、これ必勝を期(キ)するの策(ハカリコト)なるべけれど、如(イ)》
《割書:何(カン)ぞ敵地に上 陸(リク)して、諸兵の性質(セイシツ)に適(カナフ)べき地に因(ヨル)ことを得ん、笑(ワラフ)|べきの甚しきものならずや、予 慮(オモフ)に、彼(カレ)もし軍艦(フネ)を出て陸(クガ)に上り、》
《割書:擅(ホシイマヽ)に鉋礮(オヽツヽ)を用ること能(アタハ)ざらしめば、たとへば水虎(カツパ)の陸(クガ)へ|上りたるがごとく、必定我為に俘(トリコ)とせらるゝものなるへし、》

【左丁】
   在陣中 隊長(バンガシラ)士卒 等(ナド)の心得の事
隊長(バンガシラモノガシラ)はもとよりいふまでもあらず、たとひ歩卒(チウゲン)たりとも、
炎暑(アツサ)の頃(コロ)日 陰(カゲ)なき処(トコロ)に久く憩止(ヤスマ)すべからず、殊(トリワケ)仮(ウタヽ)
寐(ネ)などすることは厳(キビシク)戒(イマシム)べし、身 熱(ネツ)するとも、俄(ニハカ)に衣帯(キルモノ)
を解(ヌギ)て涼気(スヾミ)をとることなかれ、《割書:これは養生のためにならぬのみ|ならず、在陣中は、士卒の懈怠(オコタリ)》
《割書:をよく誡(イマシメ)て、厳密(ゲンミツ)ならねば、不慮(フリヨ)の敗(ヤブレ)をとる|ものなれば、この事を怠慢(オロソカ)にすべからず、》清(スミ)たりとも、觱沸(ワキデル)水(ミツ)など
を試(コヽロミ)ずして、妄(ミダリ)に嚥(ノム)べからず、恣(ホシイマヽ)に西瓜(スイクワ)甜瓜(マクワウリ)などを貪(ムサボリ)喫(クラフ)
べからす、名も知ぬ蕈(キノコ)を採(トリ)喫(クラフ)ことなかれ、毒に中て卒死(ソクシ)
したるを見聞(ミキク)ところなり、《割書:蕈毒を解(ゲ)することは、|後条に載(ノセ)たり》大酒は素(モト)よ
り厳禁(キビシクイマシム)べし、陣中はいつ何時(ナンドキ)事あらんも、預(アラガシメ)計(ハカリ)がたきこと

【右丁】
なれば、酒に沈䤄(ヨフ)て不覚(フカク)をとり、後のもの笑(ワラヒ)となること
あらんことを顧慮(オモヒ)て、在陣中は酒を飲(ノム)ことを誡(イマシム)べし、
水戸の義公も、この事をのたまひて、陣中にては、酒はかな
らず停止(テウジ)すべきことなり、武士たるものが、酒気を
用て勇気を励(ハゲマ)すは、本意にあらず、よつて自然(シゼン)の事あ
らば、酒は緊(キビシ)く停止(テウジ)すべしと戒(イマシメ)たまひしなり、況(イハン)や
酒の為に昏睡(ヱヒフシ)て覚(サメ)がたきか、または精神(コゝロ)錯乱(ミダレ)たると
きには、勇気もそれが為(タメ)に挫折(クジケ)て、遂(ツヒ)には不忠の人と
なることを顧(カヘリミ)怖(オソレ)て、常にこれを心に砭(イマシメ)て忘(ワスル)ることな
く、歩卒(チウゲン)の末(スヱ)にいたるまでも、この西山公の仰を堅(カタ)く

【左丁】
守(マモ)らすべしまた大将 隊長(モノガシラ)の陣迴 疎放(オロソカ)にして支揮(ゲチ)に
懈怠(オコタリ)あれば、士卒の心はそれに従(ツレ)て啙窳(タジヤク)になり、身体
もまた柔弱(ヨワク)なりて、刀刃は必 鍒(ナマル)ものなり、この事よく〳〵
心得べし、《割書:前篇に気を養て衛気を|生ずることをいへる段を参考(マジヘカンカフ)べし、》
在陣中は、務(ツトメ)て身を清浄にして、数(シバ〳〵)沐浴(カミユヒユアミ)し、浴後(ユアガリ)には必
水を潅(アビ)て、湯の温気(アタヽマリ)を速(ハヤク)去(サリ)、皮膚(ハダ)の清涼(スヾシク)なるやうにす
べし、かくすれば、陽気よく周身(シウシン)へ循環(シユンクワン)して、肌膚(ケアナ)固(シマリ)密(ヨク)
なるものなり、浴後(ユアガリ)ならずとも朝夕に水を潅(アビ)ること
尤よし、河流近きあたりは、河水に浴(イリ)て身を浸(ヒタリ)たるも
またよし且(カツ)衣服はをり〳〵汚垢(アカ)づかぬものを着更(キカユ)る

【右丁】
こと尤 佳(ヨ)けれど、陣中にてはそれまでにはなりがたき
ものなれば、朝夕に衣を脱(ヌギ)て、よく欝塞(コモリ)たる気(キ)を振去(フルヒサル)
べし、潅水(ミヅヲアビル)は、陣中に在(アル)あひだは、大将士卒ともに寒暑
の差別(シヤベツ)なく、勉(ツトメ)て水を多く浴(アビ)て、身体の振戦(フルヘル)ほどにす
ること尤 可(ヨシ)、かくして懈怠(オコタラ)ざれば、腠理(ハタエ)固密(カタク)なりて、よ
く寒暑に堪(タヘ)られ、深夜に雨雪を侵(オカシ)、雲 霧(キリ)を凌(シノギ)て往来
するとも、身体に妨害(サマタゲ)なきやうになるのみならず、感(ヒキ)
冒(カゼ)中暑(アツサアタリ)等の患(ウレヒ)も少く、起居(タチヰ)便捷(カロク)、精神(コヽロモチ)爽快(サハヤカ)になる、その
妙 挙(アゲ)ていふべからざるものあり、《割書:水の効あることは、素問(ソモン)を始、|として、日本紀持統天皇紀、続》
《割書:日本紀元正天皇紀、栄花物語朱雀院御潅水、大鏡三条院御 拊(フ)水、|徒然草(ツレ〳〵グサ)、続古事談、長秋記、蛉螂(カケロウ)日記、史紀大倉公伝、後漢書、お》

【左丁】
《割書:よび三国志に引ところ華陀別伝、潜確(センカク)居類書、儒門事親、瘟疫論、傷|寒総病論等、阿含(アゴン)経、俱舎論、十 誦律(ジユリツ)、その他(ホカ)多く見えたり、》
河水に侵(ヒタ)り、拍浮(オヨギ)などを習こと尤よし、あるひは海中
にも入、水を潜(クヾリ)などして、身を馴(ナラス)こと為がよし、軍人は水を
泳(オヨグ)ことを知ざれは、おもはぬ死をいたすことあれば也、平
常に気息(イキアヒ)よく調(トヽノヘ)ば、水 ̄ノ底(ソコ)に投(イリ)ても、しばらくは堪(コラヘ)らるゝも
のなり、又人の体(カラダ)を始(ハジメ)、すべて生あるものには、胸肋(ムネ)の間(ウチ)
に、肺臓(ハイノザウ)といふて、外気(キ)を吸(スヒ)入て呼(ハキ)出す《割書:内外ともに互(タガヒ)に圧(オス)と|みゆれども、吸(スヒ)入るは、》
《割書:気の外より張(ハル)なり、呼(ハキ)出すは、気の内より張(ハル)なり、故に張(ハル)と圧(オス)との二ッ|の運動(ハタラキ)は、その元は一ッにして、畢竟(ツマリ)はこの天地の間に充塞(ミナキリ)たる浩然(カウゼン)の》
《割書:気の往来する対(ツリ)|抗力(アヒ)に由(ヨル)ものなり、》膜嚢(ウキブクロ)の、呼吸(イキ)に従(ツレ)て縮(チヾミ)たり張(ハリ)たりする
こと、橐籥(フクロノフイゴ)の如く《割書:革(カハ)を以て造(ツクリ)たる橐籥(フイゴ)を|以て譬喩(タトヘ)たるなり》なるがありて、其

【右丁】
中 空虚(ウツロ)なれば、たとひ過(アヤマツ)て水に落たりとも、心識(コヽロモチ)顛倒(テンダウ)
せず、周章(アワテ)狼狽(ウロタエル)ことなければ、胸肋(ムネ)より上はそのまゝ水
上に浮出(ウカミイデ)て、溺死(オボレシヌル)ものにあらず、往歳(サキノトシ)墨水(スミダガハ)にて、いかなる
ものゝ捨(ステ)たりけむ、河流のうへに塵(チリ)芥(アクタ)に推(オサ)れて、赤子の
潮(シホ)に従(ツレ)て川上へ流(ナガレ)のぼりたるを拾い(ヒロヒ)とりて養育(ソダテ)たる
者ありしが、その赤子は衣服(キルモノ)を襲着(カサネキ)たるまゝ仰向(アヲムキ)て、
腹(ハラ)のかたは水中に浸(ヒタ)り、胸(ムネ)より上は水の上にありて、闇(ヤミノ)
夜(ヨ)ながら、唯(タヾ)《振り仮名:呱〳〵|オギア〳〵》と啼(ナク)声(コヱ)するを識方(シルベ)に採得(トリエ)て引 挙(アゲ)し
なり、また吾妻(アヅマ)橋の上より身を投(ナゲ)たる婦人が、中流を
漂(タヾヨヒ)ながら、両親の法名にやあらん、彌陀(ミダ)の名とを互(タガヒ)に

【左丁】
称(となへ)つゝ死んと、愚癡(オロカ)にも思念(オモヒコミ)たるものとみえ、これを称(トナフ)
るに隙(ヒマ)なければ、水 底(ソコ)へ没入(イル)ことならで流 ̄レ しを、大橋
にて偶(タマ々)漕(コキ)来る舟を呼(ヨビ)て助させしことありしなり、
かゝる類(ルヰ)によりても、人の体はおのづから水に浮(ウカブ)べき
やうに生成(デキ)たる、造化(ムスブノカミ)の巧妙(タクミ)を観(ミル)に足(タレ)り、鳥 獣(ケダモノ)の類(ルヰ)も、ま
たこの肺臓(ハイノサウ)あるがゆゑ、犬 猫(ネコ)などを水へ投(ナゲ)入ても、水
を游(オヨギ)て岸(キシ)へ還来(カヘリク)るなり、魚は腮(アギト)を以て肺(ハイ)に代(カヘ)て呼吸(イキ)す
るが故に、別に腹内に鰾(ヒヤウ)【左ルビ:ホハラ】と名づくる気胞(ウキブクロ)ありて、その浮(ウカマ)
んとするには、体(カラダ)とゝもに気胞(ウキブクロ)を張(ハリ)拡(ヒロ)げ、沈(シツマ)んとするには
体とゝもに気胞(ウキブクロ)を縮窄(ヒキチヾメ)て、自由自 在(ザイ)に水中に浮沈(ウキシヅミ)する

【右丁】
なり、ゆゑにこの気胞なき魚は、水底(ミナソコ)にのみ在て、水上へ
浮出ることなしといへり、《割書:石首魚(イシモチ)の気胞(ウキブクロ)を製(セイ)して膠となす|ものを、魚膠の最(サイ)上とするがゆゑに、》
《割書:この魚にニベ|の名あり、》虫(ムシ)には魚の如き腮(アギト)も気胞(ウキブクロ)なきゆゑに、別
に身(ミノ)旁(カタヘ)に管竅(クダ)ありてこれを肺(ハイ)に代て気息(イキ)を出納(スル)が
故に。《振り仮名:草【艸】虫|クサムラノムシ》の鳴(ナク)ごとに羽を揺(ウゴカ)し、その体(ナリ)に比(クラベ)ては、声(コヱ)の
大なるものあるはこのゆゑなり、馬は人に役使(ツカハル)べき獣(ケモノ)な
れば、肺臓(ハイノザウ)殊(トリワケ)大(オホヒ)にして、水に浮(ウカム)に便(タヨリ)よく、鬣(タテガミ)は雨 露(ツユ)日輝(ヒザシ)
を遮(サヘギル)べく、尾(ヲ)には尾筒(ヲヅヽ)といへる腱(スヂ)ありて、船(フネ)の柁(カヂ)ある
か如く、四足の蹄(ヒヅメ)大にして水を爬(カク)に力を用らるゝか故
に、半身はかならず水上に浮出(ウカミイヅ)るやうに、造化(サウクワ)の妙工(タクミ)を以

【左丁】
て生成(オヒタチ)たる獣(ケモノ)なれば、人は鞍(クラノ)上に跨(マタガリ)て水をも渉(ワタ)らる
べきものなり、然(シカル)を唯(タヾ)外貌(ミカケ)をのみ主(オモ)とする華靡(クワビ)なる
風 俗(ゾク)になりゆきたるより、此馬までを、その曠原(ノハラ)にあり
て、野草を生(ナマ)ながら喰(クヒ)、水を呑(ノミ)て生育(ソダチ)たる其 天賦(ウマレツキ)に任(マカ)
すれば、必 健(スコヤカ)【徤は誤記】にして、力も却(カヘツ)て勝(マサ)るべきものまでをも、其
体(カラダ)の肥(コエ)膩(アブラヅキ)て毛色の美(ミゴト)ならんことをのみ好(コノミ)て、糠(ヌカ)麦(ムギ)大
豆などを専(モツパラ)に喫(クハ)せ、日光雨雪を遮(サヘギル)べき鬣(タテガミ)も尾の脻(スヂ)ま
でをも切(キリ)、水を爬(カク)べき爪(ツメ)をも斲(ケヅリ)去(ステ)て、尽(コト〴〵)くその天賦(ウマレツキ)の
本性(モチマヘナルトコ▢)を殺(ソギステ)、残(ノコル)ところは唯(タヾ)肺臓(ハイザウ)の気胞(ウキブクロ)のみなれば、彼が意(オモフ)
まゝに水上を行(ユク)ことならずして、唯(タヾ)胸(ムネ)のかたのみ水上に浮(ウカミ)

【右丁】
出るが故に、乗(ノル)人も鞍(クラノ)上に跨(マタガリ)てこれを御(ツカフ)ことならねば、
止(ヤム)ことを得(エ)ず馬にとりつきて水を渉(ワタル)なり、もし甲冑(カツチウ)
具足(グソク)して、鏢鎗(ヤリ)、偃月刀(ナギナタ)、火鉋(テツパウ)などの己(オノ)が得物(エモノ)を携(タヅサヘ)たると
きには、いかにして水中に入べきものとおもふにや、昔(ムカシ)佐々木
高綱(タカツナ)と梶原景季(カヂハラカゲスヱ)が馬上にて宇治川の先陣を争(アラソヒ)しことも、
明智光俊(アケチミツトシ)が、大津(オホツ)にて囲(カコミ)し敵(テキ)を避(サケ)んが為(タメ)に、湖水(ミヅウミ)を馬
にて渉(ワタリ)て、唐崎(カラサキ)の松の汀(ミギハ)に着(ツキ)たることも、皆 旧話(ムカシモノガタリ)に聴(キヽ)な
し、それらもやはり馬にとりつきて渉(ワタリ)たるものとこゝろえ
て、これを顧慮(オモヒハカラ)ざるは、全(マツタ)く士の職(シヨク)に疎(ウトキ)がゆゑなり、今も
北海にては、農民(ヒヤクシヤウ)馬 丁(ゴ)の輩(トモガラ)までも、高波を馬上にて渉(ワタリ)

【左丁】
ゆくよしをきけり、然(シカ)らばこの馬の養法(カヒヤウ)の古昔(ムカシ)に背(ソムキ)、自
然に戻(モトル)より、馬の才能(サイノウ)を尽(ツクサ)しめざることを嘆(ナゲキ)、いかにもし
てこれを古に復(カヘ)さんことを庶幾(ネガフ)より、去寅歳の秋 廏(キウ)
馬新論(バシンロン)を刪補(カキアラタメ)、これが評(ヒヤウ)をさへ加(クハヘ)て刊行(カンコウ)し、専(モツパラ)此事を
弁論(ベンロン)せしなり、よく彼(カノ)書を読(ヨミ)て、その旨(ムネ)を自得(ガテン)し、馬上
にて険阻(ケンソ)を踰(コエ)、海河を渉(ワタ)らるゝやうにして、不虞(フリヨ)【ママ】の用に備(ソナフ)
べきこと、これ当世の急務(キウム)なるべし、
   食傷 霍乱(クワクラン)及一切の毒に中(アタリ)たる心得の事
食傷(シヨクシヤウ)は、切急(ニハカ)に発病(オコルヤマヒ)のやうなれど、その時に喫(クヒ)たる物が直(スグ)
に停滞(トヾコホル)のみにはあらで、その以前より腸胃(ハラ)の消化(コナレ)あしく、

【右丁】
漸次(シダイ)に佁凝(トヽコホリ)【注】たるが、その前日か、その日に喫(クヒ)たる物に牽(サソヒ)
罣(イダ)されて発(オコル)ものが十中の八九なり、此病は平常にその
小なるものを養(ヤシナヒ)て、大なるものを忘(ワスル)る、飲食を貪(ムサボル)る人に
のみある病なれば、武士たる人のこの苦悩(ナヤミ)に羅(カヽル)は、大に恥(ハヅ)
べきことなり、されど外 腠理(ハダエ)を寒冷(サムサ)の気の為に壅塞(トヂフサガ)
れ、内に逼迫(セマリ)拘急(ヒキツリ)て、腸胃(ハラ)の運輸(コナレ)を妨碍(サマタグル)より起(オコリ)、強(アナガチ)に過(クヒ)
食(スギ)に因(ヨラ)ぬものもあれど、それも平常 摂生(ヤウジヤウ)に意(コヽロ)を注(ツク)る
人にはなきことなれば、いづれにしてもこの病は慎(ツヽシミ)のよか
らぬ者にあることゝおもふべし、此証【證】胸中(ムネノウチ)実(ツマリ)て、息(イキ)もなら
ぬやうになり、心下(ミヅオチ)へ苦迫(サシコミ)て痛(イタミ)甚(ハナハダシ)きは、食物の胃府(ヰブクロ)に滞(トヾコホリ)

【注 「トヽロホリ)となっているは誤記】

【左丁】
て下降(サガラ)ぬゆゑなれば、一 次(ド)は吐剤(ハキグスリ)を用ねばならず、吐剤は
種々(サマ〴〵)あれど、尋常(ヒトヽホリ)の医師すら用意して畜(タクハヘ)たる者の
少ければ、況(マシ)て陣中などにては、倉卒(ニハカ)に得がたきことも
あらん、もし然(シカ)らば、暑熱の頃(コロ)なれば、青蠅(アヲバイ)の頭(カシラ)を二つ三つ
とり、擂刓(スリツブシ)て用れば、直(スグ)に吐(ハク)ものなり、その他(ホカ)、茶の実(ミ)、苦(ニカ)
瓢穣(フクベノタネ)、及 人糞汁(クソノシル)なども、吐(ト)を誘(サソフ)ものなり、《割書:異(コトナル)蕈(キノコ)を山に得て、|衆僧(ボウズ)の喫(クヒ)たるが、》
《割書:人糞(フン)のよくこれを解(ゲ)することを知たるものありて、俱(トモ)にこれによりて|苦悩(クルシミ)を免(ノガレ)しが、日本の僧ありて、吾は死ぬともかゝる不潔(キタナキ)物は食はず》
《割書:といふて、五 体(タイ)裂(サケ)て死たるよし、支那人(モロコシビト)の随筆(ズイヒツ)に記たり、この僧の意(コヽロ)|用(エ)は蠢愚(オロカ)なれども、勇気あることは、我邦自然の天稟(ウマレツキ)なれば、かの邦の》
《割書:人もこれを称(ホメ)て、|書に伝(ツタヘ)たるなり、》また蜀漆(シヨクシツ)は、山野に生(ハヘ)る物にて、根を常山(ジヤウザン)と
いひて、舶来(モチワタリ)もあり、この蜀漆の葉(ハ)を採(トリ)、生汁(ナマナルシル)を搾(シホリ)【榨】て服(モチフ)れ

【右丁】
ば吐(ト)を催(モヨフ)す、根(ネ)は殊(コト)に其 効(カウ)優(スグレ)たり、《割書:売薬の瘧(オコリ)の截(キリ)薬は、この茎葉を|丸じたるを、発日(オコリビ)の前夜に用ひ、》
《割書:根を丸じたるを翼(アクル)朝(アサ)用ひ、吐を|とりて治するものなりとみえたり、》また藜蘆(リロ)の根(ネ)も吐を催(モヨホ)すもの
なり、また蠹吾(ツハブキノ)茎葉(クキハ)の生汁(ナマシル)も、吐を誘(サソフ)ところの効(カウ)あるものなり、
瓜蒂(クワテイ)といふ吐薬は、甜瓜(マクハウリ)の蒂(ホソ)なれども、越前の物ならねば、効(カウ)
なきがゆゑに、薬鋪(キグスリヤ)【舗は略字】に越前瓜蒂とてこれを鬻(ウル)なり、此
物の茎を切 去(ステ)て、蒂(ホソ)ばかりを細末して、ニ三分も用れば直(スク)
に吐(ハク)なり、されど細末して久きを経(フ)れば、気味 脱(ヌケ)て効(カウ)薄(ウス)
ければ、もし在陣にこれを畜(タクハヘ)んとおもはゞ、蜂蜜(ミツ)を火に煮(ニ)た
るに和(アハセ)て煉薬(ネリヤク)の如くにして密器(キノモレヌモノ)に容(イレ)て持ゆくべし、用
るときにこれを沸湯(ニエユ)に融解(トカシ)て服(ノマ)すべし、和蘭より輸(モチワタル)と

【左丁】
ころの吐根(トコン)【左ルビ:イペカコアナ】も能(ヨク)吐を催(モヨフ)すものなれば、もし瓜蒂(クワテイ)なきとき
は代用してよし、分量(ブンリヤウ)は大かた同し程(ホド)に用てよし、されど
以前に吐血(トケツ)したる者には、吐剤を用ることを禁(イム)は、吐に由て
再(フタヽビ)血(チ)を吐(ハク)の怖(オソレ)あればなり、快(コロヨク)【ママ】吐したるあとにては、前編(ゼンペン)に
出したる緩下剤(クワンゲザイ)を用ひて一下(クダス)へし、劇(ハゲシ)きものには、巴豆の
入たる紫円(シヱン)備急円(ビキウヱン)の類(ルヰ)を用ることもあれど、すべて人
身には自然(オノヅカラ)なる生成(ウマレツキ)の機関(カネアヒ)に病毒を排(ハラヒ)洩(サル)べき作用(ハタラ)
力(キ)あるが故に、食傷して腹(ハラ)の痛(イタム)も吐(ト)を催(モヨフ)すも、瀉下(ハラノクダル)も、
悉(コト〴〵ク)皆(ミナ)この作用力(ハタラキ)の人身に妨害(サマタゲ)ある敗壊(クサレタル)宿物(トヾコホリモノ)を除去(ハラヒノゾカ)
んとするところのものなるを指(サシ)て病証(ビヤウシヨウ)【證】といふは、これを

【右丁】
証拠(シヨウコ)として治療(ヂレウ)を施(ホドコス)べき正鵠(メアテ)とするものにて、もし作用(オノヅカラナル)
力(ハタラキ)の須(モトム)るところに戻(モトリ)て薬を処(モチフ)れば、死を致(イタス)こともあるが故に、
妄意(メツタ)なることをせぬがよし、然(シカ)れども此(コヽ)に其 吐(ハカ)んと欲(オモヘ)ど
吐(ハク)ことならす、苦痛(クツウ)の甚(ハナハダシ)きものを救(スクヒ)得(エ)させんとて、その概(アラ)
略(マシ)を記(シルシ)たるなり、尋常(カロキトコロ)の食傷には、生熟湯(セイジユクタウ)とて、沸湯(ニヱユ)の
中へ水を各半(ハンブン)加(マゼ)て、塩(シホ)を少 許(バカリ)入て嚥(ノマ)せ、指(ユビ)にて咽(ノンド)をふかく
探(サグ)れば、吐を催(モヨフス)なり、これは嚥(ノマ)るゝ度(ホド)にせむとて水を加る
にはあらず、必(カナラズ)沸(ニ)たちたる湯に新汲(クミタテノ)水を等分(トウブン)に合(アハ)せたる
ところに、吐を誘(サソフ)効(コウ)あるなり、この食傷の苦悶(クツウ)甚(ハナハダシ)く、揮(テアシヲ)霍(フルハシ)【左ルビ:クワク】
撩乱(ミモダエスル)ものをさして霍乱(クワクラン)といへば、霍乱は食傷の病 証(シヨウ)【證】

【左丁】
にて、食傷の外に霍乱といふ病のあるにはあらず、食
傷、霍乱の軽(カロ)きものは、前 篇(ペン)に載(ノセ)たる健中散(ケンチウサン)にて可(ヨ)けれど、
もし霍乱して吐下甚く、亡陽(ツカレハテ)たるときには、脈(ミヤク)も微(カスカ)にな
りて絶(タエ)んとするが如く、腹中(ハラノスヂ)拘急(ヒキツリ)、四支(テアシ)厥冷(ヒヱ)て、卒(ニハカ)に死ぬ
る者あり、これ四逆湯(シギヤクタウ)といふ剤(クスリ)の正証(セイシヨウ)【證】なり、人参(ニンジン)を加た
るを、四逆加入参湯といひ、茯苓(ブクリヤウ)と人参を加たるを、茯
苓四逆湯といふ、吐逆(ハキケ)なほ止(ヤミ)かぬるには、唐 呉(ゴ)茱萸(シユユ)を加て
用ふるなり、証(シヨウ)【證】によりて甘草(カンザウ)乾姜湯(カンキヤウタウ)をもちひてよき
ことあり、急卒(ニハカ)にして薬(クスリ)を煎(セン)じる隙(マ)なきときは、速(スミヤカ)に
臍(ホソ)の両旁(リヤウワキ)の天 枢(スウ)といふところへ灸(キウ)すべし、これは両乳(チヽトチヽ)の

【右丁】
間(アヒダ)を紙条(コヨリ)にてとりたるを八つに折(ヲリ)て、中より二ッに切たる
正中(マンナカ)を臍(ホソ)へあて、紙条の左右の端(ハシ)に点す、これを天 枢(スウ)
といふ、又は予(オノレ)が八 華(クワ)の灸(キウ)など尤よし、《割書:末(スヱ)に図(ヅ)を出し|て示(シメ)すべし、》かく霍乱
には、吐下の有(アル)も無(ナキ)も、灸の効(シルシ)あるもの多ければ、必速に灸
すること尤よし、陣中にて暑熱(アツサ)の頃(コロ)は、この食傷、霍乱は
必多かるべければ、預(カネテ)記得(コヽロエ)て人を救(スクフ)べし、また烹飪(ニタルトコロ)の食物
の中へ、過(アヤマツ)て毒虫(ドクムシ)の入たるまゝを知ずして喰(クフ)て、毒に
中たるも、嗔魚(フグ)の毒に中たるも、または砒霜(ヒサウ)礜石(ヨセキ)などの
毒を飲(ノマ)せられたるに、種々(サマ〴〵)の毒を解(ゲ)する剤(クスリ)はあれども、
皆油を用るに優(マサリ)たることなし、予(オノレ)が試(コヽロミ)たる一人は、葛(マメ)

【左丁】
上亭長(ハンメウ)の細末(コ)二 戔(モンメ)許(バカリ)を一 次(ド)に服(ノミ)、一人は、蕃木鼈(マチン)子の細(コ)
末を四 戔(モンメ)まで服(ノミ)たるに、此油を嚥(ノマ)せて速(スミヤカ)に治したる
ことあり、前にいふ異(ナモシレヌ)蕈(キノコ)の毒も、これを用ひなば、必 解(ゲ)
すべきなり、また食物の胃管(オリルミチ)に滞(トヾコホリ)て、吐も下もならぬ
もの、小児の過(アヤマツ)て銭(ゼニ)を呑(ノミ)たるが、咽頭(ノンド)に挂(ヒツカヽリ)て出ざるも
の、粢(モチ)の咽(ノンド)に罣(カヽリ)て出がたきにも、これを用て出したる
ことあり、菘(ナタネノ)油(アブラ)荏(エノ)油(アブラ)麻(ゴマノ)油(アブラ)一切 拘(カヽハル)ところにあらず、一合 許(バカリ)
も服(ノマ)すれば、其毒を包摂(ツヽミ)て、害(ガイ)を為(ナサ)しめず、銭(ゼニ)粢(モチ)などの
挂(カヽリ)たるには、二三勺を用て足(タ)れり、予が用ひたる二人の発(キ)
狂人(チガヒ)の自死(ミヅカラシナ)んとおもひて服(ノミ)たる葛上亭長(マメハンメウ)は、仮令(タトヒ)病あ

【右丁】
りて些(ワヅカ)に一二 釐(リン)を用ても、瞑眩(メンケン)すれば必 尿血(ユバリニチガクダル)か、小便 淋瀝(デカネ)
るの悩(ナヤミ)あり、蕃木鼈(マチン)子は、周身(シウシン)麻(シビレ)木不仁(ミトモオボエヌ)証(シヨウ)【證】などを発(ハツ)する
ものなれど、何(イヅレ)もそれらの悩(ナヤミ)もなくして速(スミヤカ)に解(ゲ)したるは、
毒を包摂(ヒツツヽム)ところの効(コウ)あるに由(ヨレ)ばなり、されど程(ホド)歴(ヘ)て
用ては、その効(シルシ)なければ、よく得意(コヽロウ)べし、むかしある藩士(カチウ)が
蚰蜓(ゲジ〳〵)を烟管(キセル)の火皿(ヒザラ)にて打(ウチ)殺(コロシ)たるまゝ、その煙管(キセル)にて烟(タ)
草(バコ)を喫(ノミ)て、忽(タチマチ)に死(シニ)たるものありしときけり、また往歳(サキノトシ)
牛籠箪司(ウシゴミタンス)町にて、𩶾(カ)𩸫(ツ)魚(ヲ)の軒(サシミ)を胡椒(コセウ)豆油(ジヤウユ)に蘸(ツケ)てこれ
を喫(クヒ)、両人なから即死(ソクシ)したるものありしとなり、これ
らは其 物(モノ)が相合(アヒアフ)て猛厲至毒(ハゲシキドク)となるとみえたり、それ

【注 「𩶾」「𩸫」の字、『大漢和辞典』に見えず。】


【左丁】
らにも、この油を用たらば、必 解(ゲ)すべきことゝおもはるゝ
なり、故にこれらのことをも領知(コヽロエ)おくときには、慮(オモハ)ず人
を救(スクフ)こともあるものなれば、此(コヽ)に記(シルシ)て衆人(オホクノヒト)に示(シメス)なり、
   傷寒(シヤウカン)時(ジ)疫(エキ)瘧疾(オコリ)病すべて流行(ハヤリ)病心得の事
傷寒といふは、夏にても冬にても、外より寒冷(ヒイヤリ)の気(キ)に皮(ハ)
膚(ダエ)を触(フレ)冒(オカ)されて、最初(サイシヨ)に悪寒(サムケ)発熱(ネツ)などありて病(ヤム)もの
を、軽重(カロキオモキ)に拘(カヽハ)らず、呼(ヨン)で傷寒といふが、往古(ムカシ)の正名(タヾシキナ)にてあ
りしなり、また疫病(ヤクビヤウ)といふは、気候(キコウ)の変(カハリ)より、天地の間に一 種(シユ)
の戻気(アシキヽ)を生じ、それが人に中(アタリ)て病ものを、天行とも、時行
とも、温疫(ウンエキ)とも、時疫(ジエキ)とも、疫癘(エキレイ)とも別(ワケ)ていふは、全く後世(ノチノヨ)の称(ト)

【右丁】
呼(ナヘ)にて、往古(ムカシ)は此(コノ)差別(シヤベツ)なく、一 般(パン)に流行(リウコウ)するものをも、指(サシ)て
寒疾(カンシツ)とも、傷寒ともいひしなり、前にいふ風の洞徹(トホラ)ぬ卑湿(シツケ)
の気(キ)、山中の瘴気(アシキヽ)、衆人(ヒトオホク)群居(ムレヰルトコロ)の欝蒸気(ムシタツルキ)なども、皆人に中
て病となるものは、すべてその中の壅閼(トヂフサギ)粛殺(シボミカラス)ところの
寒気の、肌膚(ハダエヨリ)昇陽気(タチノボルキ)を擁(オサヘ)窒(フサギ)て起(オコル)に因(ヨル)ものなれば、天地
間の戻気(アシキヽ)にても、亦(マタ)人に中るものはこれより外ならず、故
に最初(サイシヨ)より熱(ネツ)劇(ハゲシ)く悪寒(サムケ)のなきものも、一時 仮寐(ウタヽネ)の感(ヒキ)
冒(カゼ)をも、綜(スベ)て呼(ヨン)で傷寒といふを正名とはすることなり、
これを風(カゼ)といふも、風と気とはもと一ッにて腠理(ハダエ)を侵(オカス)もの
は、風の中の寒冷(ヒイヤリ)の気なるを以てなり、《割書:おのれがさきに著(アラハ)せる、|歌傷寒論俗弁といふ》

【左丁】
《割書:書に詳に記たる|を見るべし》栄花物語に、風のこゝちとて湯ゆでたまふと
ある、腰(コシ)以下を湯に浸(ヒタリ)て汗をとる半浴法(ハンヨクハフ)は、近年 舶来(モチワタリ)
の気味も薄(ウス)き桂枝(ケイシ)、または土佐桂などを用て小剤(コブク)に
合せたる、葛根湯、麻黄(マワウ)湯などには邈(ハルカ)に優(マサリ)たる、我邦上
古の遺法(ノコリシハフ)なれば、在陣中に汗を発(トラ)んには、これを用て
おほかたは事(コト)足(タリ)ぬべし、痢病の最初(サイシヨ)下利(ハラクダリ)て、後重(シモヘハリ)努力(イケミ)あ
るものにも、この法を用れば、全(マツタク)愈(イエ)ずとも、その病勢を緩(クツログル)の
益あり、大盤(オホタライ)に塩(シホ)二三合 容(イレ)、その上へ稲苞(コメダハラ)をかけおき沸(ニ)た
ちたる湯を汲(クミ)いれたる、尤よし、その中にて腰(コシ)以下をよく
温(アタヽ)むる也、汗を発(トル)には、熱(アツク)稀(ウスキ)粥(カユ)またはなにゝても啜(スヽリ)て後、

【右丁】
温(トリ)覆(カフリ)てかろく汗を発(トル)なり、発汗(ハツカン)には、柚皮(ユヅノカハ)、香橙皮(クネンボノガハ)、回青橙(ダイ〴〵ノ)
皮(カハ)、蜜柑皮(ミカンノカハ)、橘皮(タチバナノカハ)、接骨木花(ニハトコノハナ)、浮萍(ウキクサ)などを煎じ用るか、沸湯(ニエユ)に
漬(ヒタシ)斯須(シバラク)ありて絞(シボリ)て用るもよし、傷寒の日を歴(ヘ)て病ものは、
医に薬を乞(コフ)べきことなれども、最初(サイシヨ)の治法を疎放(ヤリバナシ)にす、
れば、軽(カロ)きも重(オモ)くなるものなれば、表証(ヘウシヨウ)には、必 先(マヅ)汗(アセ)をと
ることを忘(ワスル)べからず、然(シカ)るを当世の和蘭(オランダ)医士(イシヤ)の治法は、
この傷寒 最初(サイシヨ)の熱(ネツ)甚きものを、熾盛熱(シセイネツ)と呼(ヨ▢)て、必 発汗(アセヲトル)
べき候(コウ)あるをも顧(カヘリミ)ず、有余(イウヨ)を損(ソン)するとかいひて、絡(ラク)を刺(サシ)
て大に血を瀉(トリ)、蜞(ヒル)に血を吸(スハ)せなどして妄意(ミタリ)に清涼 下(ゲ)
剤(ザイ)とて、硝石(シヨウセキ)、覇王塩(ハワウヱン)、孕礬酒石(ヨウバンシユセキ)、答末林度(タマリンド)酒石、瀉利塩(シヤリヱン)な

【左丁】
との類(ルイ)を用ひ、自然(オノヅカラナル)作用力(ハタラキ)の須(モトメル)ところに背(ソムキ)て、後日(ゴニチ)の害(ガイ)と
なること多し、これはあまりに穿鑿(センサク)にすきて、遂(ツヒ)には此(コノ)
過失(アヤマチ)も起(オコル)ことにて、彼等(カレラ)が治術(ヂヂユツ)に此 弊(ツヒエ)多きをも顧(カヘリミ)ず、天
理(リ)に戻(モトル)ことのみなるを知ず、窮理(キウリ)〳〵と頻(シキリ)に称(トナフ)るは、いとも
可笑(ヲカシキ)ことゞもなり、左右(トカク)にこの和蘭(オランダ)の狐(キツネ)に魅惑(バカサ)るゝことの
多き世の中なれは、素人(シロウト)もよく回意(コヽロエ)て、彼等(カレラ)が為に治を
誤(アヤマ)らるゝことなかるべし、《割書:仮令(タトヒ)彼(カレ)が治法の為に、日ごとに百千|人を治し得たりとも、此 西戎(オランダ)の妖気(バケモノ)が》
《割書:蔓延(ハビコリ)ては、天下の孼(ワザハイ)【孽は俗字】となることなれは、予が医砭(イヘン)等(ナド)の書にも、力(ツトメ)て之を排(ハイ)す|るは遠(トホ)く国家の為に慮(オモンパカル)ところなり、然るを況(イハン)やかゝる治法の矛盾(マチガヒ)より人を》
《割書:損(ソコナフ)ことの夥(オヒタヽシ)きをおもへば、世に功少くして害|多きを、顧(カヘリミ)る人なきは豈(アニ)慨嘆(ナゲカハ)しきことならずや、》また傷寒、瘟疫(ウンエキ)すべて熱(ネツ)あ
る病者を、一室(ヒトツトコロ)に多く置(オク)ときには、その吐出すところの臭汚(ムレクサキ)

【右丁】
気と、身体より蒸(ムシ)発(タツル)ところの厲(アシキ)気が、室中(ザシキノウチ)に充満(ミチ)て、病者は
互(タガヒ)にこれを出納(ハキスヒ)するが故に、病の解(ゲ)すること遅(オソ)きのみな
らず、まゝ危険(アブナキコト)に赴(ナル)ものあれば、仮令(タトヒ)病人多くとも、二三人
を限(カギリ)として、別室に別て臥(フサ)しむべし、なるべくは、居所(ネドコロ)ををり〳〵
移(ウツス)を尤よしとす、看護(カンビヤウ)するものも、空腹(クウフク)にて旁(ソバ)に居(ヲル)べからず、
疲倦(ツカレ)たりとも、其所(ソコ)に寝(ネル)べからす、寒くとも、病者の衣(キルモノ)衾(ヤグ)を
着(キル)べからず、皆 毒(ドク)を伝て輸(ウツス)ことあればなり、をり〳〵巌(キツキ)醋(ス)
を室(イヘ)の四方へ𣹎(ソヽギ)かくるか、また文火(ユルキヒ)に醋(ス)を煮(ニ)て、その気を
以て汚悪(コモルトコロ)の気を払(ハラフ)べし、松 脂(ヤニ)、瀝青(チヤン)、または消石(シヨウセキ)、硫黄(イワウ)、鳥(テツ)
銃(ホウ)の火薬(タマグスリ)などを火に投(イレ)て薫(モヤス)もよし、此等の病は、人より

【左丁】
人に伝化(ウツリ)易(ヤス)きものなれば、傷寒、痢病などの病者多く有(アラ)
ば、大小便の臭気(クサミ)よりも、毒を伝へて患(ワヅラフ)ものなれば、厠(カハヤ)を別
に建(タツ)るか、または病者の大小便を土中へ埋(ウヅム)るか川へ捨(スツ)る
かすべし、かゝる病は、たとへば失火(テアヤマチ)の燃初(モエハジメ)は、火勢(ヒノイキホヒ)緩(ユルヤカ)なれ
ども、五六 軒(ケン)も一 時(ド)に燃(モエ)あかるやうになれば、俄(ニハカ)にうち消(ケシ)が
たきが如く、熱ある病者も、一両 輩(ハイ)のうちは、治し易(ヤス)けれ
ど、伝染(ウツリテ)六七人に及べば、病毒も随(ソレニツレ)て劇(ハゲシ)くなるのみならず、
そのうちには危険(ムヅカシキ)証(シヨウ)【證】に赴(オモム)くものもまた多し、故にかゝる
病者あらば、疎誕(ナゲヤリ)にすることなく、最初(サイシヨ)に意(コヽロ)を注(ツケ)て、こ
れが処分(テアテ)をなすべきなり、また瘧疾(オコリ)と痢(リ)病と、病 因(イン)は同

【右丁】
きやうなれども、病の在(アル)ところをいへば、痢病は腸(ハラワタ)の患(ワヅラヒ)にて
瘧疾は、脾蔵(ヒノサウ)の患(ワヅラヒ)なり、故に瘧疾は四五発の後、前にいふ吐(ハク)
剤(クスリ)を用ひて、速(スミヤカ)に治するものあり、また潅水(クワンスイ)にても愈(イユ)る
ことあり、瘧(オコリ)の病者に問(トヘ)ば、大 椎(ズイ)の辺(ヘン)より悪寒(サムケ)の発(オコル)と
いふもあり、六七 椎(ズイ)の辺(アタリ)より起(オコル)といふもあり、腰髎薦骨(コシノウシロノホネ)
の辺(アタリ)より発(オコル)と答(コタフ)るもあり、その悪寒(サムケ)の起ところが諾(シカ)と
知たらば、白芥子(カラシノ)末(コ)に飯糊(メシノリ)と醋(ス)を交(マゼ)て和調(ネリアハセ)、紙を径(ワタリ)四寸
許(バカリ)に丸く切たるに攤(ノベ)て、その悪寒の発(オコル)ところに貼(ハリ)おく
べし、さすれば、さむけのおこるなかばより、其処(ソコ)に熱(ネツ)を
おぼえて、刺痛(イタミ)を発(オコシ)、それより愈(イユル)ものあれば、陣中にては、

【左丁】
これもまた試用(モチフ)べし、瘧痢などの後に、水腫(ムクミ)となるものあ
り、もしさなくとも、陣中などにては、瘴湿(エノヤマヒ)の気に中るか、
また飲食の慎(ツヽシミ)あしきより、水腫(ムクミ)を発(ハツ)することあり、末(スヱ)
に記(シルシ)たる三 輪(ワ)神 庫(コ)の方を用、一切の膏梁(ウマキモノ)粳米(ウルチゴメ)をも断(タチ)、
塩(シホ)をも禁(イミ)て、単(ヒトヘ)に赤小豆のみを喫(クハ)すれば、不日(ヒカズヘヌウチ)に小便 快(ヨク)
利(ツウジ)て治するものなり、士人の此等(コレラ)の事にまで意(コヽロ)を注(ツクル)
も、亦忠孝の一 端(タン)なれば、よくこれを領知(コヽロエ)おくへきこと
なり、
   凍死(コヾエシニ)を救(スクヒ)并に寒地に在て寒を凌(シノグ)べき心得の事《割書:拾遺》
北地 蝦夷(エゾ)などの地境(サカヒ)へ踰(ユキ)、寒気に堪(タヘ)ず、凍死(コヾエシニ)たる者の治を

【右丁】
施(ホドコシ)て効(コウ)を得べきは、呼吸(イキ)絶(タエ)、耳目口 鼻(ハナ)の機転(ハタラキ)も絶(タエ)たるが
如くなれども、静(シヅカ)にこれを候(ウカヾフ)に、唇(クチビル)微(スコシ)く牽引(ヒキウゴク)もの、燭火(トモシビ)
を取(トリ)て、其(ソノ)面(カホ)を照(テラ)せば、瞳子(ヒトミ)収縮(チヾミ)、燭火(トモシビ)を遠(トホ)ざくれば、再(フタヽビ)濶(ヒロ)
大(ガリ)て元(モト)の如くなるもの、鳩尾(ミヅオチ)を診(ウカヾ)へば、指頭(ユビノサキ)に微温(スコシノアタ[ヽ]マリ)を覚(オボユ)る
もの、鳥(トリノ)羽(ハ)もしくは燭光(トモシビ)を以て口 鼻(ハナ)に近(チカ)づくれば、鳥羽も
しくは燭光の微(スコシ)く動(ウゴク)もの、口を耳に寄て其名を呼ば、面肉(カホノニク)
微(スコシ)く掣動(ウゴク)もの、眼(メ)の左(ヒダリ)にあれ右(ミギ)にあれ、一 眼(ガン)は開き一眼
は瞑(フサグ)もの、頬(ホウ)にをり〳〵微(イサヽカ)赤色(アカミ)を見(アラハ)すもの、眉(マユノ)上(ウヘ)の肉(ニク)を指(ユビ)
にて按(オセ)ば陥凹(クボク)なり、これを放(ハナツ)ときは、漸(シダイ)に故(モト)に復(カヘル)もの、此
八(ヤツノ)候(ウカヾヒ)の中一二の応(オウ)あらば、速(スミヤカ)に治を施(ホドコス)べし、凍死たる者

【左丁】
を歘(タチマチ)【焱+力は誤記】に温暖(アタヽメ)んとして火に近つけ、または温覆(トリカブセ)などする
と、復(カヘル)べき気息(イキ)も出ること能(ナラ)ずして、遂(ツヒ)に死ぬるものなり、
もと凍(コヾエ)て四肢(テアシ)の強直(ギゴハ)になり気息(イキ)の絶(タエ)たるは、酷寒収縮(ヒエカヾマル)
気(キ)の為(タメ)に呼吸(イキ)の往来(カヨヒ)を圧止(オサヘ)たるにて、内藏(ハラノウチ)【ママ】挂碍(サハリ)なき
が故に、水に溺死(オボレシニ)たるものよりも、却(カヘツ)て回復(イキカヘリ)易(ヤス)し、これ
を療(レウ)ずるには、前 編(ペン)にいへるごとく初に水を潅(アビセ)るか、また
は雪塊(ユキノカタマリ)もしくは氷を取て、手足より逆(サカシマ)に肩(カタ)背(セ)胸(ムネ)腹(ハラ)に至
るまでを、頻(シキリ)に摩擦(サスリ)て試(コヽロム)べし、地を堀(ホリ)て頭面のみを出て、
項(ウナジ)より頭後(アタマ)までを土に埋(ウヅム)べきことを前編にはいへど、北地 蝦(エ)
夷(ゾ)の雪ある処(トコロ)にては、深雪(ユキ)の中へ全身を埋(ウヅメ)て、唯(タヾ)面部(メンブ)のみ

【右丁】
を出し、よく築実(ツキタテ)、頃之(シバラク)そのまゝ置(オキ)て、身体の柔軟(ヤハラカ)になる
ものは、生気かならず回復(モドル)なり、これは体(カラダノ)中に些(イサヽカ)に存(ノコリ)たる陽
気か、周身を寒冽(ヒヤ)さるゝ圧力(オスチカラ)に対抗(ハリアヒ)て、皮肉の方へ張(ハリ)出ん
とする萌(キザシ)なれば、この柔軟(ヤハラカ)になる候(コウ)あるものは、必 甦生(ソセイ)すべ
しと定て、後の治法を施(ホドコス)なり、かく雪に埋(ウヅメ)んとする前に、先
四支(テアシ)より逆(サカシマ)に肩(カタ)背(セ)胸(ムネ)腹(ハラ)を手掌(テノヒラ)にて摩擦(コスリ)、関節(フシ〴〵)毎(ゴト)に揉(モミ)軟(ヤハラゲ)
て後に、かくすること尤よし、また氷の下の寒(ヒヤ)水を汲(クミ)て
頭上より身体へ多く濯(ソヽギ)かくるか、または盤(タラヒ)に寒水を汲入
て浸(ヒタス)もよし、坐(スハ)らせて浸(ヒタス)が可(ヨ)けれと、もし盤(タラヒ)浅(アサ)くして
肩(カタ)におよはずば、頭(カシラ)の方を高くして、頭面を水の上へ出さ

【左丁】
せ仰(アフ)に臥(フサ)せたるがよし、いづれにも頭上へは別に水ををり〳〵
潅(ソヽギ)かくべし、《割書:素問五常政大論に、気寒気涼 ̄ハ、治 ̄スルニ以 ̄ス_二【一点は誤記】寒涼 ̄ヲ_一、行 ̄シテ_レ水 ̄ヲ浸 ̄ス_レ之 ̄ヲ とある|ものにて、吾門これを浸(シン)水と称(イフ)て、傷寒病者、及平素》
《割書:体(カラダ)冷(ヒエ)、風を悪(ニクム)こと甚しきものなどに|用て、効を得たることまた多し、》かくして生気やゝ回復(カイフク)せんと
する候(コウ)あらば、雪中、若(モシ)くは盤(タラヒ)より曳(ヒキ)出し、坐(スハラ)せおきて、闢(ホリ)
泉戸(ヌキヰド)の水にても、巌頭(イハマ)より漲(ミナギリ)出(イヅ)る水にても、やゝ暖(アタヽカ)にして
水蒸気(ミヅケムリ)の発(タツ)ものを汲(クマ)せて、頭上(ツムリノウヘ)肩(カタ)背(セナカ)より、周(サウ)身へ多く潅(ソヽギ)
かけながら、関節(フシ〴〵)を揉(モミ)和(ヤハラ)げて後、よく湿気(シメリ)を拭(ノゴヒ)とりて
後、新浄衣(アタラシキヽルモノ)を厚(アツ)く着(キ)せ、稲藁(イネワラ)、もしくは藁薦(ワラゴモ)を厚(アツ)く累(カサネ)敷(シキ)
て、その上へ右を下にして臥(フサ)せ、上よりも柔(ヤハラカ)なる藁薦(ワラゴモ)か、綿(ワタ)
厚(アツ)き衣(キルモノ)衾(ヤグ)を多く被(キ)せ、頭上へも衣服(キルモノ)やうのものを覆(オホヒ)、唯(タヾ)

【右丁】
口 鼻(ハナ)のみを出させて臥(フサ)しむべし、《割書:初に氷の下の寒水をかけ、それ|より少し暖(アタヽカ)みある水を潅(カクル)は、漸(シダイ)》
《割書:に温(アタヽ)めん為なれば、闢泉戸(ホリヌキヰド)などのなき処(トコロ)|ならば、寒水へ些ばかり湯を加て用べし、》かくしてもなほ四支(テアシ)の
末(スヱ)より肩(カタ)背(セナカ)にいたるまでを、逆(サカシマ)に摩擦(コスリ)て後に、舌交薬(クサメグスリ)を
鼻へ吹こむへし、《割書:舌交薬(クサメクスリ)のことは前篇にいへり、皀莢(サウケウ)細辛(サイシン)の類も嚏(クサメ)薬|に用へし、胡椒(コシヤウノ)末(コ)一味を用るもよし、白芥子(カラシノ)末(コ)もまたよし、》
やゝ回復(クワイフク)するとみえても、呼吸(イキ)の往来(カヨヒ)微(カスカ)なるうちには、
かならず内服剤(ナイフクザイ)を用べからず、息(イキ)出て舌のやゝ動(ウゴク)を診(ミ)て
後に、四逆(シギヤク)湯を用るがよし、それも一 次(ド)に多く与(アタヘ)んより
頻々(タビ〴〵)に些少(スコシ)つゝ服(ノマ)するがよし、今 此(コヽ)に述(ノベ)たる療法を、前
篇に盤点(ヒキアハセ)て、これを行ところの旨(ムネ)を預(アラカジメ)了解(ガテンス)べし《割書:北越(ヱチゴ)の|地など》
《割書:にて、雪吹(フヾキ)に逢(アフ)て死ぬるものは必酒を喫(ノミ)、その酒気に乗(マカ)せて行んとする|ものにありといへり、これは寒気 烈(ハゲシ)きゆゑに、腠理(キノタツアナ)閉塞(フサガリ)て、酒気 発泄(モレ)ず》

【左丁】
《割書:して内藏(ウチ)【ママ】に迫(セマリ)て、精神(コヽロモチ)昏冒(ウットリナリ)、やがて気息(イキ)も絶(タユ)るやうになるなり、蝦夷(エゾ)地(アタ)【字面は「ア」にみえづらい】|方(リ)へゆきては、かゝることもまた多かるべければ、こゝにいふところの療術(テアテ)にて》
《割書:これを救(スクフ)|べきなり、》因(チナミ)にいふべきことあり、蝦夷(エゾ)などの寒地に在(アリ)て冬
を凌(シノガ)んとするには、先(マツ)村里にすべき地(トコロ)を撰(ヱラミ)南方をあけて、
東より北西へ廻(メグ)らして堤(ツヽミ)を築立(ツキタテ)、繁茂(シゲル)べき樹木(キ)を多
く植(ウヱ)て、寒風の往来(カヨヒ)を遮(サユ)べし、北地には、造化(ムスブノカミ)の妙巧(タクミ)にて、
質(ウマレツキ)軟(ヤハラカク)脆(モロク)して、よく火に堪(タユ)る石は必生ずるものなり、既(スデ)
に下毛(シモツケ)の鹿沼(カヌマ)宇都宮(ウツノミヤ)などにすら、多くありて、此石を以
て壁(カベ)に代(カヘ)て庫(クラ)を築(ツキ)家を造(ツクリ)、または瓦(カハラ)の代(カハリ)にも用る也、蝦(エ)
夷(ゾ)の地は、必これを生する処(トコロ)多くあるべし、もし之を
得(エ)ば、此石を以て床下(ユカシタ)を築立(ツキタテ)、その上へ材木を以て屋(イヘ)を

【右丁】
建(タツ)るか、または此石のみにて屋を造(ツケル)かして、床(ユカ)下の後面(ウシロノカタ)
か、または左右のうちに、気の往来(カヨウ)やうに小さき穴を穿(アケ)、
申の刻(コク)ごろよりこの床下の中へ薪(タキヾ)を多く入て火を燃(モヤシ)て
後、銅板(アカヾネノイタ)もしくは石 蓋(ブタ)を以て其口を覆(オホ)ひ、室中を温(アタヽカ)なら
しむれば、いかなる厳寒(ゲンカン)をも凌(シノグ)べきなり、浴(ユアミ)するには、
必 蒸桶湯(ムシフロ)を用ひ、浴後(ユアガリ)は必水を潅(アビ)て腠理(ハダエ)を固密(カタク)し、衣(キル)
服(モノ)には毛ある革(カハ)を以て外帔(ウハギ)を造(コシラヘ)て着(キル)べし、酒を多く嚥(ノム)
べからず、醒(サメ)たる後には、かへつて寒(サムサ)を増(マス)ゆゑに、なるたけ嚥(ノマ)
ぬかよし、寒を凌(シノガ)んとて、炭火(スミビ)を多く室中へ置(オク)ことは宜(ヨロシ)か
らず、炭蒸気(スミヨリタツキ)に中(アタリ)て、昏冒(ウツトリナリ)失気(キヲウシナフ)ことあり、それには速(スミヤカ)に

【左丁】
舌交薬(クサメグスリ)を用て、嚏(クサメ)をさすべし、甚きは、前にいふ吐剤(ハキグスリ)を用
て、黒色なる悪臭(アシキクサミ)ある汚物(タマリモノ)を吐しむれば、回復(クワイフク)するなり、
何の病にも、軽(カロ)く吐をとらんと欲(オモフ)には、鳥の羽に油を浸(ツケ)て、
咽(ノンドノ)中(ウチ)を探(サグレ)ば、それにても吐ものなり、また迅(ハゲシキ)雷(カミナリ)に撃(ウタ)れ
て即死(ソクシ)したるも、此(コヽ)にいふ凍溺死(コヾエジオボレジニ)の療法(レウヂカタ)の意(コヽロ)を用て
救(スク)はるゝなり、雷撃(ライシ)を土中に埋(ウヅメ)、三時を歴(ヘ)て蘇(ソ)生した
るものも、一夜おきて気息(イキ)の出たるものもありしなり、
又 乳児(チノミゴ)の母の為に圧死(オシコロサ)れしを、糞壌(ハキダメ)の中へ埋(ウヅメ)て蘇息(イキカヘリ)
たるものあり、また往歳(ムカシ)、傷寒病者の卒(ニハカ)に死たるを葬(ハカ)
地(シヨ)に埋(ウヅメ)たるものゝ夜中にいたりて甦生(イキガヘリ)、自(ミヅカラ)穴(アナ)を出て家に

【右丁】
帰(カヘリ)し者ありしときけり、或は葬穴(ハカシヨ)より声(コヱ)を揚(アゲ)て人を呼(ヨビ)、
堀(ホリ)出されたる者もありしよしをも聞(キケ)り、これらは土気
によりて、生気(セイキノ)回復(カヘリ)しなり、《割書:かゝれば人 死(シニ)て周時(イチニチヤ)をも過(スゴ)さずして|葬(ハフムル)るは博(ハク)【ママ】情(ジヤウ)の至極(シゴク)なるべし、》
この旨(ムネ)を能(ヨク)領解(ガテン)したらば、何(ナニ)の事故(シサイ)も知ず、卒死(ソクシ)した
る者を救(スクフ)ことあるべきなり、また卒死([ソ]クシノ)者(モノ)を温湯(フロノ)中(ウチ)に摩(モミ)
擦(サスリ)して甦生(イキカヘラ)せしむべき一 法(パフ)あり、それには患者(ビヤウニン)ともに
《振り仮名:裸【髁は誤記】体|ハダカ》になりて浴盤(フロノ)中(ウチ)に入、初は温暾湯(ヌルマユ)を用て、徐々(ダン〴〵)に湯
を熱(アツク)して、四支(テアシ)胸(ムネ)背(セナカ)を逆(サカシマ)に末(スエ)のかたより摩擦(ナデサスリ)て後、肩(カタノ)
井(ニク)【注】を指頭(ユビノサキ)に掴(ツカミ)かへすなり、尤頭上へも湯をかけさせなが
ら、項(ウナジ)を揉(モミ)和(ヤハラ)げて後に、肩の肉を捏(ヒネル)がよし、嘗(カツ)て小児の

【左丁】
楼上(ニカイ)より倒(サカシマ)に落(オチ)て、頭をしたゝかに打(ウチ)て即死(ソクシ)したるを
水にてその頭を拊(ウタ)せて後に、肩井(ケンセイ)を掴(ツカミ)て回復(ヨミガヘラ)しめたる
こともありしなり、《割書:これは、史記太倉公の伝より出て|予(オノレ)が門に拊(フ)水の術と称(イフ)ものなり》往時(サキニ)或
人小児の痙攣(ヒキツメ)て卒死(ソクシ)したるを、前の温暾湯(ヌルマユノ)中に摩擦(モミ)て
救(スクヒ)たるものありしときけり、偶(タマ〳〵)此(コノ)術(ワザ)を知て行ひしもの
とみえたり、
   溺死を救心得の事《割書:拾遺》
前編に溺死(オボレシニタル)者(モノ)を救(スクフ)には先水を吐すべきことをいへるは、
夥(オビタヽシ)く水を嚥(ノミ)て胸腹(ムネハラノ)膨張(ハレフクレ)たるものに行ふことにて、水を
嚥(ノム)こと少きものには、強(アナガチ)に為(スル)におよはず、また水を多く嚥(ノミ)

【注 肩井(ケンセイ)=人体の経穴の名。肩甲骨の前、一寸半のところにある。】

【右丁】
たるものに、その術(ジユツ)を行はんにも、卒暴(テアラ)にこれを牽扡(ヒキマハス)【扯は俗字】こと
なく、いかにも敬(ツヽシン)で細心(ネンゴロ)に所置(トリアツカヒ)、妄(ミダリ)に頭部(カシラノカタ)を倒(サカシマニ)下(サゲ)て擡挙(モミアグ)
ることなどすべからず、頭面 胸(ムネ)背(セナカ)を圧撞(オシツケ)、または物に触(フレ)地
に墜(オトシ)などして、損傷(ソコナヒキヅヽクル)ことなどありては、却(カヘツ)て自(オノレト)蘇生(ソセイ)すべき
ものも救(スクハ)れざるにいたらしむることあれば、よくこれを
慎(ツヽシム)べし、故に胸(ムネ)腹(ハラ)胃部(ミヅオチ)をよく診察(ウカヾヒ)て、さまで蓄水(タマリミヅ)なき
ものは、初より頭の方を高くし、右側(ミギヲシタニ)臥(ネ)させて、四支(テアシ)より遡(サカノボリ)
て、胸(ムネ)腹(ハラ)を摩擦(ナデサスリ)、手巾(テヌグヒ)二三 条(スヂ)を畳摺(カサネタヽミ)て、熱湯(アツキユ)に浸(ヒタシ)、かはる〳〵
身体(カラダノ)諸部(アチコチ)を摩擦(ナデサスリ)ながら温罨(ムス)もよし、いづれにも前編に
いへるごとく、口中の土砂を丁寧(テイネイ)に拭(ノゴヒ)取て後、強人(タツシヤナルモノ)をして

【左丁】
息(イキ)を吹入さするか、または《振り仮名:■籥|フイゴ》を以て、徐(シヅカ)に風気(イキ)を口内に
嘘容(フキイル)るがよし、《割書:陣中には鍛冶(カヂ)なければ、刀鎗の折損(ヲレソン)じたる物を錬釗(ヤキナホス)|ことならねば、軍勢の多少に従(シタガヒ)て剣匠(カタナカヂ)数輩(スハイ)を将(ツレ)》
《割書:ゆくものにて、《振り仮名:■籥|フイゴ》は陣中に必あるべければ、先(マツ)それを用てよし、されど|今の世の剣客(ケンジユツツカヒ)の如く、唯(タヾ)敵(テキ)の刀にのみ心を奪(ウバ)はれ、己(ヲノレ)を守(マモル)ことを忘(ワス▢)、剣(ケン)》
《割書:術(ジユツ)は必刀を以て刀を防(フセグ)ものぞとおもひ、相撃(アヒウチ)を以て膂力(チカラ)を競(キソヒ)、姦智邪(カンチジヤ)|謀(バウ)の詐騙(イツハリ)を以て勝(カチ)を求んする闘鶏(トリノケアヒ)に異(コトナル)ことなきが如くにては、いかなる》
《割書:名 剣(ケン)利刀なりとも、倏擂(タチマチ)【倐は俗字】盆箒(サヽラ)の如くなりて、敵(テキ)を刺斫(サシキル)ことは為(ナシ)がたかる|べし、これはいかなることより起(オコル)といふに、兵(ヘイ)は詭道(キダウ)也(ナリ)といふことを誤解(アヤマリトキ)たるよ》
《割書:り、剣術は必 詭(タバカリ)て勝ものとおもふ、小人の卑見(ヒクキコヽロ)にて、かゝる拙陋(ツタナキ)ことにはなりし|なるべしゆゑに夕雲(セキウン)の畜生(チクシヤウ)兵法と非謗(ソシリ)たりしも、実(ゲ)に其 理(コトハリ)あることゝ》
《割書:おもはるゝ|なり、》此 溺(オボレ)死者といへども、初より卒(ニハカ)に温(アタヽメ)過(スゴ)しては、却(カヘツ)て
救(スクヒ)がたければ、能その旨を思惟(オモフ)べし、服薬(フクヤシ)【「フクヤク」ヵ】は医士(イシ)の預(アツカル)ところ
なれども、前にいふ霍乱(クワクラン)の吐瀉(トシヤ)甚しく、亡陽(オトロヘテ)死(シナ)んするもの
も、此 凍溺死(コマエジニオボレジニ)【「コゴエジニ」ヵ】の陽気(ヤウキ)回復(クワイフクノ)遅鈍(オソキ)者(モノ)もこれを療ずるとこ

【右丁】
ろの趣(オモムキ)は同ことなれば内服剤は、四逆湯の輩(タグヒ)を用てよし且
呼吸(イキ)出るといへども、耳目 四肢(テアシ)も機転(ハタラキ)劣弱(カヨワク)して、生気の続(ツヾキ)
がたくみゆるものは、前にいふ天 枢(スウ)の灸及八花の灸など
を行(モチ)てよし、くれ〴〵も妄意(ミダリ)に火を多く室中(ザシキノウチ)に置(オキ)て、大気
の欝塞(コモラ)ぬやうにすることを忘失(ワスルヽ)ことなかれ、
   金刃傷を治する心得の事《割書:拾遺》
金刃傷(キリキズ)の大なるものにいたりては、外科(ゲクワ)の職(シヨク)にして、素(シロウ)
人(ト)の行がたきことなれば、士人はたゞ前編に記たることを留(コヽロ)
意(エ)て、大 慨(ガイ)は事(コト)足(タリ)ぬべし、金創を療(レウ)ずるうちは、忍耐(ナルタケ)飲食を
減(ヘラシ)、温熱(アツキモノ)膏梁物(アブラコキモノ)を喫(クハ)ず、酒を呑(ノム)ことを厳禁(キビシクイム)べし、焼酒(シヤウチウ)は、

【左丁】
大なる金創(キリキズ)を洗には、痛(イタミ)強(ツヨク)して堪(タヘ)がたけれど、血を止
る効なきにあらねば、軽(カロ)き創傷(キリキズ)には、綿布(モメン)を焼酒に蘸(ヒタシ)
て、これを蓋(オホヒ)、縛布(マキモメン)したるもまたよし、たとひ些少(スコシ)の疵(キズ)に
ても汚物(ヨゴレモノ)土砂などの類は細心(テイネイ)に意(コヽロ)を用て採去(トリステ)ねば、かな
らず膿(ウミ)を醸(カモシ)て愈(イユ)ること遅(オソ)ければ、必よく洗おとして、その
あとを乾巾(カワキタルヌノ)にてよく拭(ノゴヒ)て後に纏縛(マキモメン)すべし、武家 故実(コジツ)百
箇条(カデウ)に出せる、箭鏃(ヤジリ)抜(ヌキ)の方は名ある薬にてあれど、予
は試(コヽロミ)たることもなけれど、蟷螂(タウラウ)【左ルビ:カマキ[リ]】の箭鏃(ヤジリ)を出すことは、これ
を賞(シヤウ)する人 衆(オホ)ければ、末に記(シルシ)たるを看(ミル)べし、此方は銃丸(テツポウダマ)
を出すにも、また用べし、漢土(モロコシ)の箭鏃(ヤジリ)を出す方にも、この物

【右丁】
を用たれば、それをも其処(ソコ)に記(シルシ)たれば参考(マジヘカンガウ)べし、《割書:伊勢|平蔵》
《割書:云、ある弓術の書に、弓の煉(ネリ)といふことをいへり、煉(ネリ)とは、初学の時、わが力|に勝(カチ)たる弓をば引ず、吾力にて自由に引るゝほどの相応(サウオウ)の弓を引て、手》
《割書:前を正く射(イ)習ことをいふなり、吾力に勝(カチ)たる弓を引ときには、吾身は弓|を引ずして、弓に吾身を引るゝなり、剛(ツヨ)弓を吾は引んとおもへども、弓》
《割書:剛(ツヨ)きゆゑ、弓に引れ、歯(は)を噬(クヒ)しばり、胸(ムネ)より上へ蕩悍(ユリアゲ)つよくなり、腹部(ハラ)より|下 両脚(アシ)の関節(フシ〴〵)までが浮立て、腰(コシ)弱(ヨワ)く、左右の腕(ウデ)は屈(カヾミ)て伸(ノビ)ず、息を上へ喘(セリ)》
《割書:あげて、胸中(ムネノウチ)甚 苦(クルシ)く、腕(ウデ)振(フル)へて、吾は弓を引 持(タモタ)んとする間に、弓の方よりは離(ハナレ)|んとする故に、力及ず、心に任(マカ)せず放(ハナツ)ゆゑ、正鵠(マト)大に違(チガフ)ものなり、弓のもろ〳〵》
《割書:の癖(クセ)は剛(ツヨ)弓に引立られて、弓ひく手前 乱(ミタレ)て正からず調(トヽノハ)ざるによりてさま〴〵|の癖(クセ)出るなり、初学の人は、剛(ヨヨ)【ツヨの誤記】弓にては、矢のゆくこと捷利(スルドク)して遠(トホ)く飛べしと》
《割書:おもひて、剛(ツヨ)弓を好(コノム)とも、剛(ツヨ)弓にては、吾力弓に入ずして、唯(タヾ)弓の力ばかりにて離(ハナレ)|ゆくゆゑ、箭(ヤノ)勢 弱(ヨワク)して遠くへ届(イタラ)ず、中 途(ト)にて落るものなり、吾力に相応(サウオウ)して、》
《割書:自由に引るゝ弓にて射(イ)れば、我力と弓の力と相(アヒ)和合(ワカフ)して手前 乱(ミタレ)ず、よく調(ト[ヽ]ノフ)ゆゑ、|総身の力が弓に入て、箭(ヤ)の勢も鋭(スル[ド])く、遠きに届(トヾキ)て、射招(マト)も違(チガハ)ず、近世三十三間堂の》
《割書:通矢を目的(メアテ)にして、弟子に教(ヲシフ)る師匠は、皆弟子に剛(ツヨ)弓を引することを好むなり、|弓の力にて堂を達(トホサ)んと欲(オモフ)が故なり、常に剛(ツヨ)弓を好(コノメ)ば、一生が間手前 猖(クルフ)て調ら》
《割書:ず、射術(シヤシユツ)成就([ジ]ヤウジユ)することなし、また通矢は軍用にたゝず、矢数を射(イ)増たる名を|とるのこ【みヵ】にて、無益なる技(ワザ)にて聚観場(ミセモノ)の類(ルヰ)なり、この通矢は、三十三間の椽(エン)【「縁」とあるところか】》

【左丁】
《割書:を射徹(イトホス)なり、かの堂は二 間(ケン)を一 間(マ)として柱(ハシラ)を建(タテ)たれば、六十六間なり、戦場にて|六十六間射とほしたればとて其矢が甲冑(カツチウ)を貫(ツラヌク)ことは能(▢▢ワ)【アタワ】ず、戦場にては敵を》
《割書:七八間近づけて射る法なり、近ければ、甲冑を貫ざることなし、また通矢に用る|弓は、内の竹は、堅(カタ)く剛(コハ)き竹を厚(アツク)して、少 焼(ヤキ)て貼(ツケ)、外の竹は、柔(ヤハラカ)にして弱(ヨワ)き竹を薄(ウス)く》
《割書:して貼(ツク)るといへば巧機(シカケ)を為たる物なり、それに麻茎(アサカラ)の如くなる軽(カロ)き矢は、|戦場へは用られず、また一 昼(チウ)夜に一万 幾(イク)千といふ矢数も無用なり、戦場にて》
《割書:終(シウ)日終夜矢軍ばかりするものにあらず、また通矢の射者(イテ)は、布にて腹を紮(クヽリ)、|粥(カユ)を啜(スヽリ)薬を服(ノミ)て射るといふ、かゝる柔弱(ジウシヤク)なることにては、戦場の用にはたゝず、》
《割書:いかほど古人に矢数を射増て、天下一の名をとりたりとも、戦場の用にたゝ|ざることをするは、遊芸(イウゲイ)に同ことにて、看者(ミルモノ)の目を慰(ナクサメ)、きく人の耳を驚(オドロカ)すの》
《割書:み、畢竟(ヒツキヤウ)はたゞ名を売(ウリ)禄(ロク)を求るまでのことにて、実の武芸にあらず、よく|これを学(マナブ)ときには、鉄炮(テツハウ)よりも捷便(テバヤ)にして、軍用に利多きものなれば、真実》
《割書:の稽古をさせたきものなるを、近世は射術を教(ヲシフ)る人も学ものも、通矢を目的(メアテ)|にして修行することになり来れり、この通矢は射術の異端(イタン)なれば心あらん武》
《割書:士は、決(ケツ)して通矢を望(ノゾム)ことなかれ、予(オノレ)おもふに、弓箭(キウセン)は、我邦太古より用るところ|にして、しかもその大なることは、世界に比類(ヒルヰ)なく開祖神武天皇も、天(アメ)の羽々矢(ハヽヤ)【注】》
《割書:と歩(カチ)靫(ユギ)を以て天神(アマツガミ)の御子(ミコ)なることを示(シメシ)たまひしを観ても、世を治る武|用第一の物なることは知れたり、殊(コト)に兵刃([ヘ]イジン)相接(アヒマジハル)の時には、弓箭の利は鳥鋭(テツパウ)【銃の誤記ヵ】に》
《割書:優(マサル)ことあるべし、況(イハン)や剣首銃(ケンヅキデツパウ)の如き、鈍器(ニブキタウク)の、徼卒(アシカル)土兵(コヘ▢)【コヘイ(雇兵の意)ヵ】の為(スル)ところを学(マナフ)は、恐(オソラ)くは我(ワレ)|に裨益(ヱキ)少(スクナ)かるべし、且武士を称(シヨウ)して弓箭(キウセン)の家といふからは、この伊勢氏の説(セツ)》

【注 語義不詳。見事な矢羽の付いた神聖な矢の意か。】

【右丁】
《割書:のごとく、真実の射術を専(モツバラ)に研究(ケンキウ)したきものなり、また刀剣も、強(アナカチ)に長大|なるを好べからず、己(オノレ)が力に応(オウ)ぜざるものを用れば、力必 疲(ツカレ)て、おもはぬ敗(ヤブレ)を》
《割書:とることあり、また近頃世に行はる長竹刀(ナカジナヒ)の習演(ケイコ)も、|実用に疎(ウトキ)ものなれは是も試剣(ケンシユツ)の異端なるへし、》
   銃創(テツハウキス)を療ずる心得の事
前編に火傷(ヤケド)毒煙(ドクエン)等(ナド)の事より、鉄炮の丸(タマ)を出すことまで
を論(イヒ)て、銃創(テツパウキス)を療ずるの議(サタ)を詳(ツマヒラカ)に言ざるは、此(コヽ)にいたりては、顓(セン)
門(モン)の外科の預(アヅカル)べき事にて、士人のよく為(ナシ)得(ウ)べきものにあ
らざれはなり、されど軍を分て他方に向ひ、医士の従(シタガフ)ま
でにいたらぬこともあるべければ、再(フタヽビ)此にその梗概(アラマシ)を述(ノベ)て、
士人の意得(コヽロエ)と為んとす、それは、銃創(テツパウキス)の治法に、三等(ミトホリ)の異(コト)な
るあり、一は、丸(タマ)を出してその創(キズ)を洗(アラ)ひ、金創(キリキズ)の治法のごと
【左丁】
くにして、治すべきものと、一は、截開術(セツカイジユツ)とて、創(キズ)口を截開(キリヒラキ)て、
肉中を掃除(サウジ)するに便宜(タヨリ)を得せしむると、一は、切断術(セツダンシユツ)とて、創
を受(ウケ)たるところの、手にあれ足にあれ、利刀を以てこれを
切断(キリタチ)て、不具(フグ)の人となし、唯(タヾ)生命(イノチ)を保続(タモタ)しむるのみの、止(ヤム)こ
とを得ずして行ところの術となり、丸を出して後、金
創治法に従(シタガフ)ことは、前編 既(スデ)にほゞこれをいへり、此には
後の治術の概略(アラマシ)を合(アハセ)論(ロン)ずると雖(イヘトモ)、切断の技(ワザ)にいたりては、
血肉の敗壊(クサレ)より死を致(イタ)さんことを怖(オソ[レ])て行ところなれ
ども、治を施(ホドコス)者も、これを受(ウク)る者も、俱(トモ)に勇英(イウエイ)果断(クワダン)の識(シキ)
あるにあらざれば、行 難(ガタ)き術なれば、それまではいはず、

【右丁】
すべてかゝる術にいたりては、顓(セン)門の外科といへども、すぐれて
巧手(コウシヤ)にあらねば、能(ヨク)為(ナシ)得べからざることなり、頭(カシラ)額(ヒタヒ)及 胸(ムネ)
腹(ハラ)等(ナド)の内臓(ハラワタ)を銃丸(タマ)に貫(ツラヌカ)れたるものは、即死(ソクシ)するが故に、
治術の施(ホドコス)べきこともなけれど、胸部(ムネ)も幸(サイハヒ)にして心 肺(ハイ)二
蔵(ゾウ)に中らず、竪横(タテヨコ)の隔膜(カクマク)をも破(ヤブラ)ず、腹部(ハラ)も至要(シエウ)の部(ブ)に
中らざるものは、治術を施(ホドコシ)て愈(イユ)るものもあれども、それら
もまた俗人の容易(ヨウイ)に手を下(オロ)さるゝものにはあらず、故
にこゝには省(ハブキ)て言(イハ)ざるなり、此にはたゞ士人の領知(コヽロエ)て
自利(ワガタメ)《振り仮名:々他|ヒトノタメ》に洪益(タスケ)あることを簡易(テミジカ)に記(シルシ)おくまでなり、
鉄炮(テツパウ)には、震蕩(フルヒウゴカス)の余響(ヒヾキ)ありて、即死(ソクシ)せざる部分(フブン)に中と

【左丁】
雖(イヘトモ)、動(ヤヽモス)れば、頭眩(メクルメキ)、昏冒(ウツトリナリ)、振戦(ミフルヘ)、焮熱(ネツヽヨク)、嘔吐(ムカヒケ)、下利(ハラクダリ)などの証【證】を発(ハツ)し、
甚きは、精神(コヽロ)擾乱(ミダレ)、譫言妄語(ツマラヌウハコトヲイヒ)、または人事を省(カヘリミ)ざるに至(イタル)者
あれば、内科医もまた預(アヅカル)ことなきにあらず、すべて銃(テツパウ)
創(キズ)は、金刃傷(キリキズ)の如く、初は痛(イタミ)甚からず、また動脈(ドウミヤク)の大なる
ものを損傷(ソコナフ)ことなければ、金刃傷(キリキズ)の如く多く出血する
こともなし、たゞ憎(ニクム)べきは、戎狄(エビス)の砕鉄(テツノクダケ)破陶(セトモノヽコワレ)などを火薬に
混(マジヘ)て敵を悩(ナヤマ)しむる、火 瓶(ヘイ)【左ルビ:ヒーユルボット】、火 櫃(キ)【左ルビ:ヒユールチエスト】のごときは、その砕鉄破陶
などが肉中に入て害(ガイ)となるものと、吾 着(キ)たる鎧(ヨロヒ)の摧(クダケ)及(ト)、
衣服(キルモノ)の粉裂(コマカニサケ)たるなどが、鉄丸(タマ)とゝもに皮肉の中へ入たるは、
これを創口の狭小(セマキ)ところよりは出しがたければ、不得止(ゼヒナク)創

【右丁】
口を剖(サキ)て爬(カキ)出すにあらねば、治を施(ほホドコシ)がたき故に、截開術(セツカイジユツ)
を用るなり、もし近く創口にあるものは、これを剖(サク)にも
およばず、喞筩(ミヅハヂキ)を以て洗ても、衣服の裂(サケ)たるは出るなれば、
《振り仮名:破陶、砕鉄|セトモノテツノクダケ》《振り仮名:々丸|タマ》の類は、鑷子(ケヒキ)、鉄篦(テツベラ)、及前編に図(ヅ)を出したる
雙鉤鈀子(タマカキ)、【鈎は俗字】鵞嘴鑷子(タマスクヒ)などの類を以て出すべく、指頭(ユビサキ)を容(イレ)
らるべくば、指(ユビ)にて搔(カキ)出して後に、水、もしくは水に愈創水(ユサウスイ)
を加たるものを以てこれを洗て後、末に出したる防腐(バウフ)水、
又は愈創水の類を、棉撤糸(モツシモメン)【「ホツシモメン」の誤記 注】に蘸(ヒタシ)てこれを納(イレ)、その佗(ホカ)は金
創の治法に従(シタガフ)てよし、截開(キリヒラク)には、外科には種々(サマ〳〵)の器械(ダウグ)あ
れども、俗家にて倉卒(ニハカ)のときには、剃頭刀(カミソリ)又は小 柄(ヅカ)の類を

【注 ほっしもめん=糸をほぐした綿布。薬液に浸して傷口に当てる。めんざんし。ほどきもめん。】

【左丁】
用てもよし、また銃丸(タマ)幸(サイハヒ)にして骨に中らず、肉中を洞徹(トホリ)
て呑口(イリシクチ)と吐口(デタルクチ)と出入の両口あるものは、その呑(イリタル)口は小さく吐(デタル)
口は大なれば、その中の血の凝結(カタマリ)たるものを、吐口(デタルクチ)のかたへ
洗おとして後に、棉撤糸(ホツシ)を入、前後の口を、膏 若(モシ)くは鶏蛋(カスガ)
棉(ヒ)若(モシ)くは圧棉(スモメン)を充(アテ)て裹縛(マキモメン)すべし、《割書:すべて前編|に出せり、》その創口
の周囲(マワリ)は、冷水または水に醋(ス)と磠砂(ドウシヤ)少 許(バカリ)を加たるもの
を以て冷たるまゝを手巾(テヌグヒ)に浸(ヒタ)し、裹縛(マキモメン)したる後も、頻(シキリ)に
洗(アラヒ)て、皮肉の熱(ネツ)を去(サル)べし、或は摺布(タヽミモメン)に醋(ス)と磠砂(ドウシヤ)を加たる
水を蘸(ヒタシ)たるを創処(キズグチ)に罨(オホヒ)、をり〳〵とりかへたるもまたよし、
これはその劇熱(ハゲシキネツ)を発(ハツ)して、膿(ウミ)を催(モヨフサ)んとするを防(フセグ)が為

【右丁】
なり、かくすれども熱(ネツ)消(サメ)ず、焼(ヤク)が如くになるものは、既(スデ)に膿(ウミ)
を醸(カモサ)んとするものなれば、冷罨法(レイカウハフ)【左ルビ:サマスムシグスリ】はよろしからず、巻末
に載(ノセ)たる温罨法(ウンカウハフ)【左ルビ:アタヽムルムシグスリ】を頻(シキリ)に行て、その膿(ウミ)を催促(ウナガス)べし、身(ミノ)熱(ネツ)
劇(ハゲシ)く、食気少く、膿血多出て日を経(フ)るときには、血液(チシル)虚乏(フソク)し
て、遂(ツヒ)に救(スクヒ)がたきにいたるがゆゑに、かゝる証(シヨウ)【證】には、さま〴〵与(アタフ)る
剤(クスリ)はあれど、俗家の用るには、官製人参(オタネニンジン)【注】を初として、播(バン)
州(シウ)、奥州(オウシウ)、信州(シンシウ)又は朝鮮(テウセン)の広山(クワウサン)参、または清舶(モチワタリ)の広東(クワントウ)人参の
類(ルヰ)、いづれの産(サン)にても、一 貼(テウ)三匁ばかり、生薑(シヤウガ)を加へ、濃(コク)煎(セン)じ
て、日に二三 貼(テウ)を服(ノマ)しむべし、預(アラカジメ)之を蓄(タクハヘ)んと欲(オモフ)ときには、
錬膏(レンコウ)となして用ること尤よし、往古(ムカシ)高価(アタヒタツトキ)朝鮮(テウセン)人参のみ

【注 御種人参=八代将軍徳川吉宗(一説に三代将軍家光)が種子を朝鮮より取り寄せ試植させたところからいう薑朝鮮人参の異名。】

【左丁】
なりし頃(コロ)より、人参は必 些(チト)許(ハカリ)用ふべきものと思しは、もと
其 真(マコトノ)効(コウ)を知ぬより起(オコル)ことにて、此薬は性(セイ)至て緩慢(ユルヤカ)なる物
なれば、かゝる証(シヨウ)【證】には、必多く用ひねば、真(マコトノ)効(コウ)は見(アラハ)れがたし、
飯(メシ)は米粥(カユ)を用ひ、滋養(オギナヒ)には、棘鬣魚(タイ)、鯉魚(コヒ)、火魚(カナガシラ)、鰈魦(カレイ)、比目魚(ヒラメ)、
鱵魚(サヨリ)、雞魚(キス)、石首魚(イシモチ)、石鮅魚(ムツ)、鱸魚(スヾキ)、鰻鱺(ウナギ)、鮧魚(ナマズ)、鰌魚(ドヂヤウ)、鯽魚(フナ)、鶏蛋(ニハトリノタマゴ)
の類を撰(ヱラミ)て、食過(クヒスゴサ)ぬやうに喫(クハ)しむべし、この防腐水(バウフスイ)【左ルビ:クサレヲイムルミヅ】には、末
に又方と出せるを用べし、もし骨(ホネ)の裂(サケ)て離断(ハナレ)ぬものは、強(シヒ)
て取ことなく、本位(モトノトコロ)に復(カヘシ)おけば、大かたは自然(シゼン)の機関(ハタラキ)に
て、接続(ツゲル)ものなり、されど鉄丸(タマ)の骨を壊(ヤブリ)たるより、腐骨(フコツ)
疽(ソ)となるもあれば、左右(トカク)に最初(サイシヨ)の治法を邋遢(ナホザリ)にせぬ

【右丁】
やうに、巧手(コウシヤ)にして真実(シンジツ)なる医師(イシ)を撰(エラン)で委任(マカス)べし、また
鉄丸(タマ)の肉中に入ずして、鎧(ヨロヒノ)上などより唯(タヾ)その響動(ヒヾキ)の深(フカ)く
内に徹(トホリ)たるが、その処(トコロ)の皮肉大に膨張(ハレフクレ)、やがて内より破裂(ヤブルヽ)
ことあり、これは人の怪(アヤシ)み疑(ウタガフ)ことなれば、其 理(ワケ)を先(マヅ)明(アキラ)むべし、
凡(オヨソ)人の地上に生活(イキ)て掙扎(ハタラク)ことは、天地の間に充塞(ミチ▢キリ)て、毫(イサヽカ)
も虚隙(スキマ)なき大気の中に在(アリ)て、外なる気は、身体を内へ圧(オシ)、内な
る気は、身体を外へ圧(オス)、外より圧(オス)も、内より圧(オス)も、悉(コト〴〵ク)皆(ミナ)此気の
張力(ハルチカラ)より起(オコリ)り【送り仮名の重複】て、その根本(モト)は唯(タヾ)一ッなり、人の此気の中に在(アル)
を譬(タトヘ)ていはば、笊籬(ザル)をいくつも浮(ウカメ)たるものが、内も外も皆
水なるが如きものなり、我邦(ワガクニ)の古典(フルキフミ)に、その根本(モト)を天之(アメノ)

【左丁】
御中主神(ミナカヌシノカミ)といひ、張力(ハルチカラ)を高御産巣日神(タカミムスビノカミ)といひ、圧力(オスチカラ)を
神産巣日神(カンムスビノカミ)といふ、高(タカ)とは長張(タケリハル)の義(ギ)、神(カミ)とは、噛圧(カミオス)の義(ギ)、産(ム)
巣日(スビ)は、結成(ムスビナス)造化(ザウクワ)の義(ギ)、根本(オホモト)を、御中主(ミナカヌシ)といふは、所謂(イハユル)未(ミ)
発之(ハツノ)中と、其義(ソノギ)異(コト)なることなく、又 太極(タイキヨク)より陰陽(インヨウ)の両(リヤウ)
義(ギ)を生ずるといふものと同く、この大気の張(ハル)と圧(オス)との
対法(ツリアヒ)にて、自在(ジザイ)の運動(ハタラキ)を為(ナス)ものなり、《割書:これを竺典(テンヂク)には、妙法蓮(メウハフレン)、|華経(グエキヤウ)、釈迦(シヤカ)、多宝(タハウ)、および》
《割書:四 菩薩(ホサツ)といふ、其 極(ゴク)|旨(シ)は同くとなり、》然るを銃丸(テツパウダマ)の奔逬(ホドバシル)によりて、此外気に虚(ス)
隙(キマ)を生じ、《割書:鳥銃(テツパウ)の震動(シンドウ)を為(ナス)は、火薬(タマグスリ)の逬射(ホドバシル)と、|この外気の奪激(ウチアヒ)にて、音(オト)を為(ナス)なり》その平均(ヘイキン)を失(ウシナ)
はしむるより、内より卒(ニハカ)に膨張(ハリフクレ)て、遂(ツヒ)には破裂(ヤブレ)て刺創(サシキズ)
の如くになるなり、《割書:この内より膨張(フクレ)て、皮肉 破裂(サクル)にいたらず、唯(タヾ)|響動(ヒヾキ)の深(フカ)く内を侵(オカシ)たるまゝにては、即死(ソクシ)する》

【右丁】
《割書:もの|あり》もし又 銃丸(タマ)の肉中へ入ぬゆゑに、唯(タヾ)膨張(ハレフクレ)たるのみならば、
温罨法(アタヽメムシノハウ)を行ひ、前篇に出せる緩和膏(クワンカカウ)に、片脳(ヘンノウ)を加たる
ものを貼(ツケ)て治すべく、破裂(ヤブレサケ)たるものは、金創(キリキズ)治法に従(シタガヒ)て
よし、たゞその響動(ヒヾキ)深(フカ)く内を侵(オカシ)たる震蕩(ユルギ)により、即死
せずして、余証(ヨシヨウ)【證】を発(ハツ)したる者は、内科の預(アヅカル)ところなり、
その詳(ツマビラカ)なることは、専(セン)門の人に問(トヒ)て、それに委任(ユダヌ)べき
ことなり、
   勇気を長ずる必験の妙薬の事
我日本国は、世界の精華(キツスイノ)気(キ)の萃(アツマル)ところにして、土地 膏(コ)
腴(エ)、五 穀(コク)豊饒(ユタカニ)、金銀銅鉄を始として、一切 欠乏物(フソクノモノ)あるこ

【左丁】
となく、四方に海を環(メクラ)して、天然の険(ケハシキ)を具(ソナヘ)、且(ソノウヘ)暗礁(カクレイハ)浅(アサ)
砂(イソ)多くして、船を寄(ヨス)るに便宜(タヨリヨ)からず、国土の堅固(カタキ)ことは、
自(オノヅカラ)なる城 郭(カク)の如く、人民 衆多(オホク)軍器 備(ソナハリ)足(タ)るを以て、これを
浦安(ウラヤス)の国とも、細矛(クワシホコ)千足(チタリ)の国とも称(イヒ)て、其義勇の世界に
冠(スグレ)たることは、此 土(クニ)に生を稟(ウケ)たる、自然の神宇(ウマレ)によるも
のなり、坤輿(セカイノ)中に於て、此の如く独(ヒトリ)我邦のみ他国に秀(ヒ)
出(イデ)たる所以(ワケ)は、神代の太古(ムカシ)、高天(タカマ)が原なる《割書:高は、体言にて、高き|意とはいさゝか異(コト)なり、》
《割書:高光(タカヒカル)は天照(アマテラス)に同く、後世、天原ふりさけみれば|などうちみたるまゝをもよめりと、宣長がいへるがよき》   天照大御神(アマテラスオホミカミ)より、
八咫鏡(ヤタノカヾミ)及(ト)、草薙剣(クサナギノツルギ)の神宝(カンダカラ)を、   皇孫(ミマゴ)瓊々杵尊(ニニギノミコト)に付(サヅ)
属(ケ)て此土(コノクニ)に降臨(アマクダラ)しめたまひしより、八咫鏡(ヤタノカヾミ)を伊勢の

【右丁】
度会(ワタラヒ)に、宝剣(ハウケン)を尾張の熱田(アツタ)に斎(イツキ)祀(マツリ)たまひ、専(モツバラ)武を以て天
下を治(ヲサム)べきことを示(シメシ)たまひ、且(カツ)宝祚(アマツヒツギ)の隆(サカエ)は天壌(アメツチ)とゝもに窮(キハミ)
なからんものぞと、神勅(シンチヨク)まし〳〵て、世界万国は、尽(コト〴〵)く我(ワレ)に帰(マツロヒ)
順(キヌ)べきものぞと、神の預(アラカシメ)定おかせたまひたるを以て、祈年(トシゴヒ)
祭(マツリ)の祝詞(ノリト)にも専(モツパラ)に此事を言伝(イヒツタヘ)たるなり、《割書:かく天上より国の|基(モトイ)を建(タテ)て皇統(ミカド)の》
《割書:一系(ヒトスヂ)なるは、世界の中に唯(タヾ)我邦のみなれば、|日に本(モト)づくといふ意(コヽロ)にて日本国といふなり》故に我  人皇の開祖なる、
神武天皇は、日向国より東 征(セイ)して、乱(ラン)を平げ、世を鎮(シヅメ)たま
ひしより、聖主世々に継(ツヾキ)て出たまひ、事あるときには、天皇
御(ミ)自(ミツカラ)弓(ユミ)取(トリ)靫(ユキ)【靭は靫の誤用。】負(オヒ)たまひて、不庭(マツロハヌモノ)を征(ウチ)たまひしを以て、公(ク)
卿(ギヤウ)大臣を始(ハジメ)として、卑賎者(イヤシキモノ)にいたるまで、尽(コト〴〵)くその威稜(イヅ)に

【左丁】
効(ナラヒ)【效】奉(タテマツリ)て、仁義の心深く、勇悍(タケ)からざる者はなかりしなり、
其後 漢土(モロコシ)の経籍(シヨモツ)を伝しより、其道を明にして、益(マス〳〵)武を
以て乱(ラン)に戡(カチ)、文を以て政教(マツリゴト)を布(シキ)たまひ、文武 相輔(アイタスケ)て行
けるを、漢土(モロコシ)唐(タウ)の世に、専(モツパラ)詩文を以て人を取しより、い
つしか其風我に移(ウツリ)、人々詩を賦(ノベ)、文を作(ツクリ)、歌をも題(ダイ)を設(モフケ)
て詠(ヨミ)などすること起(オコリ)て、徒(イタヅラ)に文華(オモシロキコトバ)奇藻(ハナヤカナルフシ)を慕(シタヒ)ぬる世と
なりしより、上古の風はいつしか廃(スタレ)ゆき、これに加るに、
人の心を蕩(トラカシ)て、柔弱(ジウジヤク)にならしむる竺土(テンジク)の仏法を以てし、
儒教(ジユケウ)もまた地に堕(オチ)たるより、世運(セイウン)大に転変(ウツリカハリ)て、天下の
事(コト)は、大小となく、尽(コト〴〵)く武家の進退(シンタイ)となりしより、却(カヘツ)て古今

【右丁】
未曾有(ミゾウウ)の今の泰(タイ)平の御世となりぬるは、全く宝剣(ハウケン)の鎮
座(マス)ところの尾張の国土の霊威(クシビ)より起(オコル)ものにして、《割書:熱田(アツタ)大宮|司の娘の》
《割書:生たる頼朝卿の、日本総追捕使と為(ナリ)、内大臣信長公、豊国大神|の、此国より生出たまひたる等の事をいへるなり、》皇位(クワウイ)の隆(サカエ)の、天壌(アメツチ)
と共に窮(キハマリ)なき、神勅(シンチヨク)の応験(シルシ)の、此(コヽ)に至て発現(アラハレ)しも、是亦神
の幽籌(ミハカラヒ)なるべし、然ば往古(ムカシ)と当世(イマノヨ)とは大に異(コト)にして、我 官家(カンカ)
は、皇統(クワウトウ)より出たまひて、往古の天皇の御職事(ツカサドリタマフワザ)を承似(ウケツギ)たま
ひ、天皇に代て天下を治(ヲサメ)て、盤石(ハンジヤク)の堅(カタメ)となりたまふところ
の、至重(ウヘナキ)大任(オヒメ)に坐(マシ)ませば、其下に在ところの武士は、位の尊卑(タカキヒキヽ)
禄(ロク)の多寡(オホキスクナキ)に拘(カヽハ)らず、すべて士人(サムライ)と称(イハ)るゝ者は、いかに昇平(タイヘイ)の徳(トク)
沢(タク)に浴(ヒタリ)、鼓腹(ハラツヾミウツ)世(ヨ)に生得たればとて、其大 恩(オン)に報(ムクヒ)奉る心

【左丁】
もなく己(オノ)が職事(ツカサドルコト)を疎放(ナゲヤリ)にして、歓楽(タノシミ)を事(ワザ)とし、酒色に
耽(フケリ)、脆懾(フガヒナク)憊懶(ヤクニタヽズ)の身となり、寒を怖(オソレ)暑を厭(イトヒ)、風雨霜雪に中(アタリ)
易(ヤス)き怯弱(キヨジヤク)多病(タビヤウ)なることにては、いかほど弓馬鎗剣を修
行し、軍学 鉋(ハウ)術を研究(ケンキウ)したりとも、事あるときに至て、
之を用ること能(アタハ)ざるときには、無益の遊伎(イウゲイ)に均(ヒトシ)く、尽(コト〴〵)く
撒撥(イタヅラコト)になりぬべきことは、豈(アニ)虧心(クチオシキ)ことならずや然は諸
侯大身を始として、隊長(モノガシラ)歩卒(ブソツ)にいたるまでも、先其身
を壮健(スコヤカ)にして、寒暑風雨に堪(タヘ)らるべき体躯(カラダ)となり、足恭(ツイシヨウ)
閃揄(ケイハク)の行を為ことなく、真実(シンジツ)義勇の志を調煉(テウレン)せむこ
とを第一の急務(つとめ)とし、管(スガハラ)大臣の教誡(イマシメ)の如く、虚(キヨ)文を慕(シタヒ)、

【右丁】
無益の学問を為(セ)ずして、漢土(モロコシ)聖賢(セイケン)の書を読(ヨミ)て、専(モツパラ)道義(’ダウギ)
を講究(キハメ)、才智を増長(マシ)、天稟受用(アメヨリウケタルトコロ)の日本魂(ヤマドダマシヒ)を呼起(ヨビオコシ)て、人々
固有(モチマヘ)の性質(ウマレツキ)に復(カヘル)べき摂生(ヨウジヤウ)の道を修行せんことこそ、国
恩に報(ムクヒ)奉る忠義の最(モツトモ)先(サキ)んずべきところなるべけれ、且(カツ)
士は禄(ロク)の多少、身の高下に拘(カヽハラ)ず、必四民の上に在(アリ)て、下を治
るところの重(オモ)き職(ツカサ)を補翼(タスケ)奉るべきものなれば、其風俗の
良否(ヨキアシキ)は、国家の盛衰(セイスイ)の、大に関係(アヅカル)ところにして、天下 無量(カズシレヌ)
人民を誘導(イザナヒ)て、淳樸(スナホナル)忠実(マコト)の行とならしむるも、軽佻(ハクジヨウ)浮靡(ウハキ)
の風とならしむるも、悉(コト〴〵ク)皆士人の好尚(コノム)ところに従(ツレ)て、自(オノヅカラ)移(ウ)
転(ツリ)ゆくものなれば、君子の徳を風にたとへ、小人の徳を

【左丁】
草に比(タトヘ)て、草に風を上(クハフ)れば必 偃(フス)とは、孔子ものたまひし
なり、故に今子孫をして、永く昇平(タイヘイ)の仁沢を被(カフムリ)無事の
徳化を楽ましめんと欲(オモフ)摂生(ヨウジヤウ)には、一切 驕奢(オゴリ)の心を先(マヅ)一払(ハラヒステ)
て、淡薄(タンパク)の食を甘んじ、倹約(ケンヤク)質素(ヒツソ)の独(ヒトリ)按摩(アンマ)をして、懶惰(ブシヤウ)
の宿病(ヂビヤウ)を除(ノゾキ)去(サラ)んことを務(ツトメ)行(オコナフ)て止(ヤム)ことなければ、心はいつしか
剛毅(ツヨク)なり、智慧(チヱ)も明に、決断(ケツダン)もよく、且(カツ)愛憐(アハレミ)の情(コヽロ)深(フカ)くな
りぬるが故に、草にたとへたる農工商は、強(アナガチ)に令(レイ)せずといへ
ども、風に比(タトヘ)たる士の行を見慣(ミナラフ)て、自(オノレト)革(アラタマリ)ゆくこと必定な
り、よくかくの如くにして、始(ハジメ)て耕(タガヤサ)ずして食(クラヒ)、織(オラ)ずして
服(キ)、両刀を帯(タイ)し、鎗(ヤリ)を持(モタ)する職(シヨク)に合(カナヒ)、民の貢(ミツギ)を受(ウケ)、下の為

【右丁】
に養(ヤシナハ)るゝ恩(オン)に報(ムクフ)ることを得べきなり、然るを今の世にては、
辺鄙(カタイナカ)に住居(スマヰ)する農(ノウ)民には、却(カヘツ)て真実(シンジツ)にして剛毅(テヅヨ)なるが
あれども、城下に衣食する商家(アキウド)は、すべての風俗 薄情(ハクジヤウ)に
して、且(カツ)怯弱(キヨジヤク)偸懶(ブシヤウ)の徒(モノ)多きは、これいかなることぞといふに、
商家は平素(ヘイゼイ)士人と交(マジハリ)て、其 驕奢(オゴリ)懶隋(ナマケ)の行を見聞(ミキク)より、身
の分限(ブンゲン)を顧(カヘリミ)ず、衣服(キルモノ)器械(ダウグ)に華麗(クワレイ)をつくし、酒食遊楽に
財(タカラ)を費(ツヒヤ)し、その富有者(モノモチ)にいたりては、吾(ワガ)商家(アキビト)なることをも
忘失(ワスレハテ)、諸侯に均(ヒトシ)き奢侈(オゴリ)をなし、剰(アマツサヘ)士人までをも軽(カロシメ)慢(アナドル)も
のも亦多くなりゆきぬる、其初は武家の弊(アシヤ)風に化(クワ)せら
れ、且士人に見識(ケンシキ)なくして、財貨(タカラ)の為に、商家へ媚(コビ)諂(ヘツラフ)もの

【左丁】
のあるによりてなり、農民は士人と交(マジハル)ことも少ければ、其 驕(オゴ)
奢(リ)の風を視(み)るよしもなく、麁食(マヅキタベモノ)短褐(アラ々シキルモノ)に事(コト)足(タリ)て、心の外に
馳(ハス)ることもなく、物欲の為に志(コヽロザシ)を屈(カヾム)ることなくして、夭(ウマレ)
稟(ツキ)の良質(ヨキトコロ)を損害(ソコナフ)ことあらざれば、剛毅(ゴウキ)木訥(ボクトツ)の仁に近
き行は、却(カヘツ)て農民のかたに存(ノコリ)しにても、明かに知られたる
ことなり、又士人はたとひ家 貧(マヅシ)くとも、四民の上にある
からは、商家とは其 志(コヽロザス)べきところ、大に異(コトナル)ことをも顧慮(カヘリミ)ず、
頻(シキリ)に商家の豊饒(ユタカ)なるを羨(ウラヤミ)慕(シタフ)心(コヽロ)より、いつしか商家の風
に薫染(カブレ)、貪欲(ドンヨクノ)念(コヽロ)のみ進(ツノリ)ゆくを以て、平常(ヘイゼイ)の行も、おのづから
利を先(サキ)にして義(ギ)を後(ノチ)にし、遂(ツヒ)には、足奉(ツイシヨウ)伊優(ヘツラヒ)の人となる

【右丁】
を、大なる恥辱(ハヂ)とおもはぬやうになりしなり、故に繁花(ハンクワ)の
地ほど、士民ともに人 情(ジヨウ)の薄(ウス)くなりぬる、その根本(モト)を尋(タヅヌ)れ
ば、全く士人の行のあしきより起(オコル)ことなり、此を以て当世士  
人の病 証(シヨウ)【證】を熟察(ジユクサツ)すれば、偸懶(ブシヤウ)怯脆(ヒヨワ)にして、志 信(ノビ)ず気 屈(クツ)し
て、体躯(カラダ)憔悴(カジケ)、血液の將(マサ)に凋竭(ツキハテ)んとする者と、名聞利欲の
汚毒(アシキドク)の淹病(トヾコホリ)、廃疾(コヂレタルヤマヒ)にて、其 原因(ヤマヒノモト)は、俱(トモ)に利を先にし義を
後にし、恥(ハヂ)を思ざるより起(オコル)が故に、之を治することの
尤(モツトモ)難(カタ)きものなり、孔子も既(スデ)にこの病 因(イン)を論じて、棖也(タウヤ)
欲(ヨク)あり、焉(イヅクンゾ)剛(ゴウ)を得んと、士の剛毅(ゴウキ)ならざる病は、多欲(タヨク)より
起ことをいはれしなり、さればかゝる旧痾宿嬰(ムヅカシキヤマヒモチ)は尋常(ヨノツネ)の薬(クス)

【左丁】
剤(リ)にては、速(スミヤカ)に効(コウ)を奏(トリ)がたく、庸医(ナミ〳〵ノイシヤ)の所措(テアテ)に窘蹙(コマリハテル)所(トコロ)なり、
然るを今幸にしてよく此等(コレラ)の病を治し得べき不思(フシ)
議(ギ)の一方を伝授(デンジユ)せり、其薬方の名を四維踰(シイタウ)といふ、薬方
は、礼(レイ)、義(ギ)、廉(レン)、恥(チ)の四味なり、此 剤(ザイ)は、もと心下 否塞(ツカエ)て、上下の
気 交(マジハリ)通(ツウ)せざるより、胸(ムネ)腹(ハラ)四末(テアシ)に異状(サマ〴〵)の病苦災厄(ヤマヒノナヤミ)の常
に発(オコル)ものを主治(シユヂ)する奇方なり、其方は、礼を第一の主薬
とし、佐(タスク)るに、義、廉、恥の三品を以てし、天地の定理(スヂミチ)に循(シタガヒ)
て、古昔(ムカシ)の医聖(イセイ)の製(セイ)せし神方なり、故に今此剤を日々に
服(モチヒ)て止(ヤマ)ざるときには、士人 驕奢(オゴリ)の念(コヽロ)もいつしか蕩(クダリ)滌(ツクシ)去て、
心 広(ヒロク)体 胖(ユタカ)になり、仁心勇気も増長し、所謂(イハユル)日本魂(ヤマトダマシヒ)なる

【右丁】
もの自(オノレト)発現(アラハレ)て、情意(コヽロモチ)舒暢(ノビヤカ)になるがゆゑに、おのづから心
の真(マコトノ)楽(タノシミ)を得(エ)、其 功(コウ)を成(ナス)の極(キハマリ)に至ては、火にも焼(ヤカ)れず水に
も溺(オボレ)ず、刀 剣(ケン)鉋礮(ハウバク)も損傷(ソコナヒヤブル)こと能ざる身となりぬる、霊異(フシギ)
の功験(シルシ)あるもの也、且(カツ)この四品の薬物は、深谷(フカキタニ)海底(ウミノソコ)より捜(アザリ)
得たる物にもあらず、遠(トホ)く異域(イコク)より輸来(モチワタリ)たる物にもあら
ず、吾(ワレ)人(ヒト)の本性(ウ[マ]レツキ)の園中(ソノヽウチ)に生出(オヒイデ)、これを採(トレ)ば、益(マス〳〵)蘨茂(シゲリ)て、気味
漸(シダイ)に勝(マサ)るところの霊薬(レイヤク)にて、生涯(シヤウガイ)これを服(モチフ)るとも、尽(ツク)る
ことなき物なり、此中の主薬なる礼の性効(セイコウ)は、天地の法則(ハフソク)
人心の本 体(タイ)にて、喜(ヨロコビ)怒(イカリ)哀(カナシミ)楽(タノシミ)の未(イマダ)発(ハツ)せざる中(ー)も、已(スデ)に発(ハツ)して
節(セツ)に中(アタル)の和(クワ)も、悉(コト〴〵ク)此礼のうちに具(ソナハリ)て、万物 化育(クワイク)の原(モト)とな

【左丁】
るものなり、我邦の神代より皇統(クワウトウ)一系(ヒトスヂ)にして、君臣の名
分正きも、自(オノヅカラ)此礼に合(カナフ)て、天地の法則(ハフソク)に違(タガハ)ざるは、世界万
国に冠(スグレ)たる所以(ユヱン)にして、我邦の神典(カミヨノフミ)に、天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)
といふが、即(スナハチ)この礼の本 体(タイ)なり、故にこの礼を用て、吾身
の分限を守(マモリ)、私欲(ワタクシノヨク)嗜好(モノズキ)を省(ハブキ)去(サル)ときには、気血の運輸(メグリ)、飲食(タベモノ)
の消化(コナレ)も自(オノヅカラ)健(スコヤカ)になりて、進退(タチイ)周旋(フルマヒ)、ともに礼の法則(ノリ)に合
ことを得るやうになるなり、然れば此礼はよく驕(ワガマヽ)養(ソダチ)の行
を掃除(ハラヒノゾキ)、私欲の情(ジヨウ)を放捐(ハナチステ)、仁愛義勇の心も随(ソレニツレ)て発(オコ)る効(コウ)
用あるものなれば、孔子も、己(オノレ)に克(カツ)て礼に復(カヘル)は、仁を為(スル)なり、
一日 己(オノレ)に克(カチ)て礼に復(カヘ)れば、天下仁に帰(キ)すと、其功の速(スミヤカ)なる

【右丁】
ことを称(シヨウ)したまひしなり、故にこれを服(モチヒ)て怠(オコタラ)ざれば、富貴
に素(アリ)ては、富貴を行ひ、艱難(カンナン)に素ては、艱難を行ふ、従容(シヨウヨウ)自在(ジザイ)
の身となるを以て、礼の用は、和(クワ)を貴(タツトシ)と為(ス)と、和解(ワゲ)の効を
専(モツパラ)に称(シヨウ)せしなり、義は、心の制(セイ)、事の宜(ヨロシ)きなりといふて、此義
を服(モチヒ)て心の制度(セイド)を正(スヾシ)うすれは、機(キ)に臨(ノゾミ)変(ヘン)に応(オウ)ずるも、事(コト)
々(々)その宜(ヨロシキ)に合(カナヒ)、精神(コヽロモチ)を爽(サハヤカ)にし、真勇(シンユウ)を長(チヤウ)じ、私闘(ワタクシノタヽカヒ)に怯(ツタナク)して、
公戦(オホヤケノタヽカヒ)に勇(イサミ)、火に入り水を渉(ワタル)ことも自在(ジザイ)なる身となるのみ
ならず、挺(ツヱ)を制(ツクリ)て堅甲(ケンコウ)利兵(リヘイ)を撻(ウツ)、不思議(フシギ)の力用(ハタラキ)を得る
にいたるなり、廉(レン)は、心志(コヽロ)を清潔(キヨク)し、汚(アシキ)行(オコナヒ)を疎滌(クダス)ところの効(コウ)
用あるを以て、財(ザイ)に臨(ノゾミ)て苟(イヤシク)も得ることなく、受(ウク)べからざる

【左丁】
を受(ウケ)ず、取べからざるを取ず、能(ヨク)己(オノレ)が分(ブン)を守(マモル)を以て、礼、
義と恥とに隊伍(クミアハセ)てこれを用るなり、恥(チ)は、怯弱(キヨジヤク)多病(タビヤウ)の士
人、及 佞(オモネリ)【侫は誤字】諛(ヘツラヒ)郷原(ヨキヒトメカシ)の病ある類(ルヰ)には、功用の最(モツトモ)優(スグレ)たるものにて
かの険悍(キノツヨク)傑黠(ワルガシコキ)兇徒(アシキヤカラ)などに対(ムカフ)ときには、魂(タマシヒ)褫(ウバヽ)れ気(キ)懾(ヲクレ)て、歘(タチマチ)
に平素(ヘイゼイ)の守操(マモリ)を遺失(ウシナヒ)て、毛起(ミノケタチ)股栗(オノヽキ)を発(ハツ)する者には必用
べきところの薬物なるが故に、古人も恥(ハヂ)の人に於る大
なりと、其功用の大なることを称(シヨウ)せしなり、此物は速効(ソクコウ)
あるものにて、頓服(スコシノミ)て、怯者(コヽロヨハキモノ)の、歘(タチマチ)勇気を発(ハツ)し、愚者(オロカナルモノ)の、遽(ニハカ)に
真智(シンチ)を生ずる効(コウ)あるは、己(オノレ)に克(カツ)て礼に復(カヘ)る、仁の本体も、
自己(オノレ)が人に如ざることを恥(ハヂ)、身を殺(コロシ)て仁を為(ナス)ところの

【右丁】
義勇も、これより起る奇品なるが故に、その功用の大な
ること、挙(アゲ)て言(イフ)べからざるものあればなり、然るときには、
此物を単(ヒトヘ)に用て止(ヤマ)ざるときには、人の人たる道は、これに
よつて知ことを得て、彼(カノ)東郭(トウクワイ)墦間(ハンカン)の祭者(サイシヤ)に、其(ソノ)余(アマリ)を乞(コフ)
ところの醜態(キタナキワザ)は、自(オノヅカラ)放遣(ウチヤリ)て、艶羨(シタヒウラヤム)の心思(コヽロ)を尽(コト〴〵ク)銷燼(ケシツク)す、必効
あることも、試(コヽロミ)て自得(ジトク)すべきものなり、此(カク)のごとき霊験(クシビノシルシ)
ある四品を合和(クミアハセ)、相互(アヒタガヒ)に佐(タスケ)て効(コウ)用を見(アラハ)すべきものな
れば、挙(アラユル)天下(ヨノナカ)の士人をして、此四 維(イ)湯を服(モチヒ)て懈怠(オコタル)ことなか
らしむれば、此邦 天稟(ウマレツキニ)受用(ウケモタルトコロ)の義勇おのづから発現(アラハレイデ)て、我
一を以て他(ホカ)の百千に当(アタル)ことを得るより、国家の衛気(マモリノキ)おのづ

【左丁】
から張(ハリ)拡(ヒロガリ)て、虚隙(スキマ)なきにいたれば、外虜(ヱビス)の覬覦(ウカヾフ)べき釁竅(スキマ)
こそなく、宝祚(ハウソ)を磐石(バンジヤク)の安(ヤスキ)に置(オキ)、天壌(アメツチ)とくそに窮(キハマリ)なき、我
日本国の威稜(イヅ)を、万国の外までも炫燿(カヾヤカサ)んこと、豈(アニ)適悦(ヨロコバシキ)
ことならずや、
四逆湯
  附子《割書:一戔二分より、|二戔にいたる、》乾薑《割書:八分より、一戔|二分許にいたる、》
  甘草《割書:五分より、七|八分にいたる、》
  右三味、水一合五勺、文火を以て煎じて、六勺にいたる也、
  すべて附子の多く入たる剤は、漫(ユルキ)火にて濃(コク)煎じるをよ
  しとす、《割書:もし人参を加るときには、一貼に、一戔以上より、二戔許に|いたり、水は二合を八勺に煎してよし、》

【右丁】
甘草乾薑湯
  甘草《割書:二戔》乾薑《割書:一戔》
  右二味、水一合二勺を六勺に煎、《割書:我邦人は、甘草の味を嫌(キラフ)もの多|ければ、此方の甘草は、主薬なれ》
  《割書:ども、分量(ブンリヤウ)を減(ヘラシ)て、乾薑と等分に|して、一戔を用るもよし、》
  此二方のことは、本文に其 説(セツ)あれば、此に載(ノセ)たるなり、
三輪神 庫(コ)の水腫(スイシユ)を治する方
  赤小豆《割書:二戔四分》大麦《割書:一戔二分》地膚子(ハヽキノミ)《割書:六分》
  右三味、各(オノ〳〵)別に炒(イリ)て後に合(アハセ)て、水二合を八勺に煎じ、日
  に三貼づゝ用、乾姜、縮砂(シユクシヤ)などを加たるもよし、これを用るう
  ちは、塩(シホ)を緊(キビシ)く断(タチ)て、唯(タヾ)赤小豆ばかりを煮(ニ)て、飯(メシ)にかへて

【左丁】
  喫(クハ)すなり、林一烏が水腫(ハレヤマヒ)を治する方といへるはこれなり、
箭鏃(ヤシリ)および銃丸(テツパウダマ)を出す方
  蟷螂(カマギリ)《割書:三 箇(ツ)、生活(イキ)たるまゝを、紙袋を三重にして入おくこと、二十日ほど|も過(スグ)れば、死ぬるなり、一ッに袋へ入るれば、互(タガヒ)に噛(カミ)あふがゆゑ》
   《割書:に、かならず一 箇(ツ)つゝ別(ワケ)て袋に入たるを、陰干(カゲホシ)にするなり、此物江|戸などにては、生(イキ)たるを得がたければ、薬鋪(キグスリヤ)【舗】に畜(タクハフ)るところの新鮮(アタラシキモノ)》
   《割書:もの【「もの」の重複】を撰(ヱラミ)、分量を増て|四五 箇(ツ)以上も用べし、》
  蝸牛(カタツブリ)《割書:一 箇(ツ)皮を去て陰干(カゲホシ)にす、》
  牛虱(ウシノハイ)【蝨】《割書:三箇、陰干にす、》
  右三味、細末して灯油(トモシアブラ)を用て、飯糊(メシノリ)に和調(ネリアハセ)て、創(キズノ)上に貼(ツク)
  るなり、武門故実百箇条に曰、鏃(ヤジリ)は射(イ)こみたるものゆゑ、
  過(アヤマツ)てたてたる鍼(ハリ)釘(クギ)などゝは違(チガフ)て、抜(ヌケ)がたきものなり、

【右丁】
  軍士は常に鎧(ヨロヒ)の引あはせに用意すべきは、この箭鏃(ヤジリ)ぬき
  の薬なり、これを貼(ツク)れは、いかほど深(フカ)く射(イ)こみたる鏃(ヤジリ)に
  ても、出ずといふことなし、ことに矢の篦(ノ)の折(ヲレ)たるは、此
  薬にあらざれば、抜(ヌケ)がたし、盛長日記、その外の古書にも、
  此薬の効あることをいへり、神君にも、殊の外御秘蔵あ
  りしよしいひ伝たり、試(コヽロミ)に釘(クギ)を柱などへ打こみて、此薬
  を貼(ツケ)おけば、翌(アクル)日には釘の頭すこし出るなり、鉄を吸(スフ)
  ところの力 磁石(ジシヤク)に優(マサ)れりといふべし、
同箭鏃を出す方
  蟷螂《割書:一箇》巴豆《割書:半箇》

【左丁】
  右二味同く研(スリ)て、傷処(キズ)に伝(ツタ)【ツクの誤記ヵ】れば、やがて微(スコシ)痒(カユ)み出る
  を忍(コラヘ)て、極(キハメテ)痒(カユ)くして堪(タヘ)がたきにいたれば、撼(ウゴカシ)てこれを
  抜、そのあとを、黄連、貫衆(クワンジユ)の二味を湯に煎じて
  洗たる後、よく拭とりて、石灰の極細末を伝(ツケ)、布を以
  て縛(クヽリ)おくべし、
  此方は、漢土の医書に出たる一方なり、前の牛虱な
  どの得がたきときには、此方もまた試用(モチフ)べし、
防腐水
  蘆薈(ロカイ)  乳香  没(モツ)薬《割書:各等分、薬鋪【舗】に煉(ネリ)没薬|と称(イフ)ものを用ふ、此物は蛮(バン)》
  《割書:国より出る。一種の樹脂(キノヤニ)なり、華(ハナ)没薬と呼(ヨブ)ものはもと、紫鑛(シクワウ)【𨥥は「鑛」の古字】といふ物|にて、天竺、暹羅(シヤムロ)【注】、錫蘭(セイロン)などより出る、これも樹脂(キノヤニ)なれども、性効の殊(コト)》

【注 シャム(タイ)の古称。】

【右丁】
  《割書:異(ナル)ものなれば、代用にはなりがたし、誤(アヤマリ)混(コン)ずることなかれ煉没薬は、凝(コ)|結(リ)を釈(トキ)諸 ̄ノ痛を止、乳香と同く、腐蝕(クサレ)を防(フセグ)の効ある物なり、蘆薈も、》
  《割書:また血液の凝滞(トヾコホリ)を溶解(トカス)効ある物なれども|傷処痛 劇(ハゲシキ)ときには、去て用ることあり、》
  右三味、各別に細末にして、性烈(キノツヨキ)焼酎(セウチウ)に浸(ヒタス)こと三日三夜
  薬多くして焼酎少ければ、溶解(トケ)ずして、砂土とゝに底(ソコ)に残(ノコル)
  ものありとみば、上清を紙にて濾過(コシスコ)し《割書:美濃紙二葉を竪(タテ)|横に重て濾(コス)なり、》
  再 濾(コシ)て、紙に残(ノコリ)たる滓(カス)とゝもに、焼酎をよき程に入て、一
  二日を歴(ヘ)て、再紙にて濾(コシ)て聴用(モチフ)、
又方
  硇砂(ドウシヤ)《割書:五戔》 生石灰《割書:十戔》
  右二味、焼酎の性烈(キノツヨキ)もの五十戔に浸(ヒタシ)て、暫(シバラ)くおきて

【左丁】
  上清を紙にて濾(コシ)て、撒綿糸(ホツシモメン)、若(モシク)は布に蘸(ヒタシ)て、傷処(キズグチ)に
  深(フカ)く挟(ハサミ)入るか、またこれを用て創処(キズグチ)を洗たるもよし、
  これは銃創(テウパウキズ)【「テウパウ」はテツパウ」の誤記ヵ】の膿(ウミ)を醸(カモシ)て、腐蝕(クサレノ)甚く、壊疽(エソ)にならんかと
  恐(オソル)るものを防(フセグ)に用るなり、《割書:生石灰は、よく血を止る効あること、|前編にも既(スデ)にいへるがごとくなれば、》
  《割書:軍中には必多く|蓄(タクハヘ)おくべし》
温罨剤(アタヽメムシノクスリ)
  苦薏花   当帰   小茴香
  右三味、木綿の袋に入、熱湯中に浸(ヒタシ)たるを絞(シボリ)て、患(イタミ)
  処(シヨ)を熨(ムス)此薬は凝結(コリ)を散(チラシ)また膿(ウミ)をも促(モヨホス)なり、
  若(モシ)熱(ネツ)劇(ハゲシ)く、疲倦(ツカレ)甚(ハナハダシ)く、脱疽状(ダツソノカタヂ)にならんとするものは、此(コノ)

【右丁】
 温罨剤(ムシグスリ)は用がたし、それには、盧會(ロカイ)、没薬(モツヤク)、龍脳(リウナウ)《割書:薬鋪(キグスリヤ)【舗】に白手(シロデ)|といふ物を用》
 《割書:てよ|し、》三味、各二 戔(モンメ)を、各(オノ〳〵)別(ベツ)に細末(サイマツ)にして、酒二合、巌酢(キツキス)五
 勺に浸(ヒタ)し、微温(スコシアタヽメ)てこれを洗べし、またこの剤(クスリ)を用て、
創中(キズノウチ)を洗(アラ)ふもまたよし、それには冷(ヒエ)たるまゝをもち
 ふるなり、
 此他(コノホカ)は、前編に載(ノセ)たれば、参考(マジヘカンガヘ)て用べし、



救急摘方続編

【左丁】
八華の灸所の図
禾稈(ワラシヘ)もしくは紙撚(コヨリ)にて、口吻(クチワキ)の角(カド)より角の寸
を下 脣(クチビル)の赤 ̄キ白 ̄ハ【ノヵ】際にそひてとり、それを二ッに折(ヲリ)、
その折目を臍(ホソ)へあて、両 端(ハシ)左右
二所に点(テン)し、また紙撚(コヨリ)を
竪(タテ)に折目を
臍(ホソ)へ当(アテ)て、
上下二所の
端(ハシ)に点(テン)し、
その上下の
点(テン)へ撚子(コヨリ)をあてゝ
左右四 ̄カ所に点(テン)す、上下
左右合せて八所、これを八 花(クワ)の
灸(キウ)といふ、痢病(リビヤウ)、霍乱(クワクラン)の吐(ハキ)下(クダシ)甚(ハナハタシ)きもの、
及 疝(センキ)癥(シヤクレ)、留飲(リウイン)などに灸してよし、
傷寒(シヨウカン)の陰証(インシヨウ)の、灸に可(ヨロシ)きものも、
此処(コノトコロ)に灸して効を得ること多し






【右丁】
 藜蘆(リロ)
  和名
   日光らん
    しゆろさう

【同左下】
    別に伊吹藜蘆といふは、
   江州に産(サン)す、これは蘇頌(ソシヨウ)の
  説(セツ)に、水藜蘆といふ一種なり、
 また勢州 経(キヤウ)が峰(タケ)野州日光山
  湯本のあたりより生ず、春早く
芽(メ)を生ずるが故に、雪わり草の
   名あり、また一種葉 狭(セマ)く

【左丁右下】
 して、花 緑(ミドリ)色の物あり、尾州方言、
青柳草といふ、また木藜蘆と呼(ヨブ)
 ものは、和名うじぐさといふ、蛆(ウジ)を殺(▢[コ]ロ)
  すものゆゑに、味醤(ミソ)に蛆(ウジ)の生(ワキ)た
   るに、この草【艸】を入れば、味 原(モト)の如
    くになるを以てみそなほ
     しともいへり、この物殺
      虫の効はあれども、吐剤
       とはいひがたく、おのづから
         別種なるべし、

 江州伊吹山に多し、佐州野州日光山よりも多く出す、ゆゑに日光らんの
 名あり、春 宿根(フルネ)より苗(ナヘ)を生ず、葉(ハ)の闊(ヒロサ)【濶は俗字】五六分長一尺ばかり、深緑色(アヲミコク)、竪(タテ)に皺(シハ)
 多く、椶秧(シユロノナヘ)に似(ニ)たり、根の年を経(ヘ)たるものは、葉の闊(ヒロ)【濶は俗字】さ三四寸にいたる、夏月
 一 茎(クキ)を抽(ヌキン)で長二三尺、小葉 互(タガヒニ)生じ、枝毎に紫黒色の小花を開く、大
 さ三四分六 弁(ヒラ)、臭気(クサミ)あり、後に短(ミシカク)扁(ヒラタキ)莢(サヤ)を結(ムス)ぶ、中に実(ミ)あり、根の味辛く
 薟(シブ)し、蘇頌の説に葱白藜蘆といふは、根の葱根(ネギノネ)に似たればなり、この根
 を薬用とす、生(ナマ)なるは吐の効 殊(コト)に優(マサ)れり、

【右丁 上部】
常山蜀漆     一種《割書:和名くさぎ|  たうのき》
 《割書:和名こくさぎ、のぐさ|やまうつぎのは蜀漆葉》  海州常山
 《割書:せんずい紀州方言|へみのちや越州方言》
常山は根(ネ)、蜀漆は苗(ナヘ)、一物に
して両名、此物は灌(クワン)木に
して、草本にあらず、長じ
て六七尺に及 ̄ブ ものあり、
諸州深山に多し、人家の
藩籬(カキ)となす、枝 幹(ミキ)青
白色、葉は辛夷(コフシ)に似(ニ)て
やゝ小さく光あり、臭気(クサミ)
甚し、二三月の頃(コロ)穂(ホ)を出
し、小さき緑(ミトリ)色花を開く、
大さ三四分はかり、四 弁(ヒラ)なりまた
淡黄色のものあり、蘇頌の
説に、葉以_レ茗(チヤニ)而 狭(セマシ)といへる、
茶葉の常山にして、真物也、
【同 下部】
人家に多くある灌木なり、
 葉は白桐に似て小さく、
  臭気あるを以て、
   臭梧桐の名あり、
  此樹の虫よく疳疾を
  治すといひて
  くさきのむしとよふもの
   これなり

【左丁 上部】
常山は
舶来を
可(ヨシ)とすれども、
近世は偽雑多く、
海州常山の根を
黄色に染(ソメ)て売もの
あり、吐の効なきに
あらねど、薬用には必
このこうざきの根を
用ふべし、
【同 下部】
薬鋪【舗は俗字】に舶来(ワタリモノ)の常山あり、同物
にして、即(スナハチ)雞骨(ケイコツ)常山なり、形細
きを雞骨常山といふ、世に
瘧(オコリ)の截(キリ)薬とて鬻(ウル)ものは、この
        苗と根を各別に
        丸じ、夕に苗を用ひ、
         発(オコリ)日の暁(アカツキ)に根を
              用ひ、吐を
              とりて治
               するものと
               みえたり

一種土常山と呼ものあり絞股(ツルアマ)
藍(チヤ)に対(タイ)して木あまちやといふ、花
の形 胡蝶(ガク)花に似たり、灌仏(シヤカノタンジヤウ)に用る
もの是なり、常山の類にあらず、

【右丁】
苦瓠 《割書:和名にがひさご》
壺盧(ユウガホ)、和名なりひさごの類にて、味苦く、毒ありて、喫(クラフ)べから
ざるものをいふ、故に苦壺盧(クコロ)ともいへり、俗に瓢覃(ヒヤウタン)と呼(ヨブ)もの
是(コレ)なり、この子穣(ミ)を日に乾(ホシ)たるを細末して、
四五分より一戔 許(バカリ)を用れば、よく吐を催(モヨフ)す、
瓜蒂(クワテイ)なきときは、代用すべし、此物を丸薬にして
用れば、水を寫(クダ)す効(コウ)あり、故に本草にも、大水、
面目 浮腫(ウキハレ)、及 黄疸(ワウダン)、腫満(シユマン)等(ナド)に用て、よく水を瀉(クダス)
ことをいへり、また蚘虫(クワイチウ)を逐(オフ)効をも
いへは試(コヽロム)べし、壺盧(コロ)、苦瓠(ククワ)もと一物なる
が故に、壺盧を多く苑(ソノク)中に植(ウヱ)
たる近旁(アタリ)に、苦瓠わづかに
一 茎(ポン)ありとも、壺盧 尽(コト〳〵)く変(ヘン)
じて苦瓠となること、予も
嘗(カツ)てこれを自験(コヽロン)たりし
ことあり、無毒淡味にして、
喫(クラフ)べき壺盧の、

【左丁】
苦味毒ありて、穣子は吐下すべき
劇性(ハケシキシヤウ)の物と変(ヘン)ずる、人の悪に化(クワ)し
易(ヤス)き、独の薛居州
宋王を如何せんと、
孟子の嘆(ナゲキ)しは、実(ゲ)に
 然(サ)ることなるべし、

【右丁】
廏【厩は俗字】馬新論《割書:此書は、今の世の乗馬の仕立かたにては、軍中に用ひがたき|ことを論じ、且費少くして馬を飼はるゝことを詳に》
 《割書:一冊既刻           記し、馬の病を察することまでをも書載たるものなり、》

硝石製煉法《割書:我邦に産する硝石の、万国に勝れたることを弁じ、|江戸にて自身に硝石を製造せらるゝ法を詳に記し、》
 《割書:一冊嗣刻  合薬の秘事までをも書著したるもの也、》
日本海闢由来記《割書: 絵入平かな読本 七冊|       一夢道人著》
  《割書:日本の太古、国を開くことの、世界に比類なく、万国に冠たるべき国土なることを、古|書によりて詳に記し、蒙古襲来、神風の船を覆せしことまでを述て、や|まと魂を引起さしむるところの書なり、》


安政三丙辰歳稟準【凖は俗字】刊行

【左丁】
       此主
         古宇田氏

【前コマ左丁(裏表紙見返し)の紙裏】
【三文字を墨で消し、「入スヤ」を見せ消ち】
入ワテ
  ミ【以下二字を墨消し】
  ヘウメ
【朱の印】
文淵甲五号六百七十六番

いヤ

【裏表紙】
古宇田氏

広益秘事大全

【表紙】
【題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全四.巻中ノ二

【扉】
【題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全 四

【見返し】

【左丁頭書】
【赤角印 帝国図書館藏】
○冬南風ふけば二三日の間に
かならず雪(ゆき)ふる風西南より転(てん)じ
て西北風になれば弥(いよ〳〵)大なり
○大風ふかんとては衆鳥(しゆてう)空(そら)に
鳴てひるがへり飛(とび)て群魚(ぐんぎよ)水面(すいめん)
にをどり星うこき月日に暈(かさ)
有て雲きれ〴〵にしてとぶ其
色白く黄(き)にしてあつまり散(ち)る
ことさだまらず雲日をめぐり
雲のあし黄(き)にしてゆく事はやし
○正二月に北風ふけばかならず
雨そふものなり
○七月十五日の前後はかならず
北風久しく吹くこれを俗(そく)に盆(ほん)
北といふ
○夏秋のころ東風(こち)久しくふく
是をひかたごちといふ数(す)十日吹く
【左丁本文】
【赤角印 白井光】
【赤丸印 帝国・昭和十五・一一・二八・購入】
 ○瘧疾(おこり)の截(きり)薬
一家伝 斬鬼(ざんき)丹方
  黄(わう)丹《割書:よくすりて三|度水飛する》  独頭(どくとう)大 蒜(ひる)【左に「ク」と傍記・注】《割書:すりて泥(とろ)|のごとくす》
右 等分(とうぶん)の内黄丹を少しまし加(くは)へ五月五日の午刻
に調合し幾人(いくたり)もかゝり丸じおこり日の五 更(かう)【左に「ヨルナゝツ」と傍記】に流水(りうすい)【左に「カハミヅ」と傍記】
を汲(くみ)て東向に座(ざ)してのむべし
 ○右の代(かはり)に用る方
一大蒜三ツ 一 胡桝(こしやう)《割書:七粒|》 一 百草霜(なべすみ)《割書:三分|》
右 搗(つき)合せ一丸とし男は左女は右の手の曲沢穴(きよくたくのけつ)
に付て縛(しば)りおくべし
 曲沢図 【腕の絵】曲沢  《割書:尺沢(しやくたく)と少海(せうかい)との真(まん)中|大 筋(すじ)の間 脈(みやく)のうつ処也》
又方
おこり日の朝(あさ)東に向ひ百 会穴(ゑのけつ)《割書:頭上(つしやう)鼻(はな)のすちにて|髪際(はえぎは)より入こと五寸》に

【注 左ルビは「ニヽク」ヵ】

【右丁頭書】
事あり
○西風久しければ火 災(さい)あり
物をかわかすゆゑなり西北風
もつとも火災の憂(うれへ)あり
○五 更(かう)に雨ふれば明る日必ず晴
五更とは夜(よる)の七ッ時なり暮(くれ)の雨
ははれがたし
○久雨(きうう)の後くれがたに雨 止(や)みて
明らかに晴(はる)るはかならず又雨なり
雨と雪とまじるは晴がたし
○雨水に泡(あわ)あるははれやすからず
○久雨くもりてはれず午時前(ひるまへ)
にいたりて少しやむは午時の後
大雨午の正時(せいじ)に少やむはよし
○久雨くらきはよし天(そら)忽(たちまち)明ら
かになるは必ずまた雨ふる
雨中に日てるは天気よからず

【左丁頭書】
又雨やみて後 軒(のき)のあまだり
未やまずして日 照(て)るは又雨と
なるなり
○雪ふりて消(きえ)ざるを名づけ
て友を俟(まつ)といふかならず再(ふたゝ)び
雪ふるべし
○雪ふりて久しくきえず雪
の後雨なきは来年 霖(なが)雨ふる
○冬雪 多(おほ)くふるは豊(ほう)年の
しるしなり冬しば〳〵雪 降(ふり)て
寒気烈しければ来年虫少し
冬雪なければ来年五 穀(こく)み
のらずして民(たみ)に災(わざはひ)多しと云
但(たゞ)しこれは国所によりてちがひ
あるべしあながちに拘(かゝは)るべからず
又春の雪はその用なし
○冬雪なきは麦(むぎ)実(みの)らず

【右丁本文】
【挿絵】
朱にて上天下都城隍在と七字を畳(たゝ)みかく
べしおつる事 甚(はなはだ)妙(めう)なり《割書:城隍は産土神(うぢかみ)のことなり|信心してかくへし》
 ○魘死(えんし)【左に「オソハレシニ」と傍記】の治(ぢ)方
一 急(きふ)に半 夏(げ)皂(さう)角の粉を鼻(はな)へ吹入れ痰(たん)を出し
次に蘇香(そかう)丸をあたふべし但(たゞ)し身 静(しづか)に眼(め)陥(おちい)り
たる者又 面色(かほいろ)青黒(あをくろ)き者は治せず

【左丁本文】
又方 皂(さう)角一 味(み)を末(まつ)し豆の大さほどにして鼻(はな)の
中へ吹(ふき)入れ嚔(はなひ)れば気 通(つう)ずる也又 雄黄(をわう)を粉(こ)に
して管(くだ)にて鼻へ吹入るもよし
 ○驚(おどろ)きて物 云(いは)ざるを治する方
一 兵乱(ひやうらん)火難(くわなん)盗賊(とうぞく)或(あるひ)は猛獣(まうじう)などに逢(あひ)て大に
驚(おどろ)きものいふこと能(あたは)ざるものあり密陀僧(みつだそう)を
細(さい)末にし一 度(ど)に五分ほど好(よき)茶にて与(あた)ふべし
久からずして必 言語(ものいふ)べし
 ○労咳(らうがい)の薬
一 黒胡麻(くろごま)《割書:壱合|》 一 蒜(にゝく)の実(み)《割書:壱合|》 一花 鰹(がつを)《割書:壱合|》
一 味噌《割書:壱合|》 右火にてとろ〳〵と次第に
ねりつめ常(つね)に菜(さい)味噌にして喰(くら)ふべし治する
こと妙なり

【右丁頭書】
○雲東へゆけば晴(はる)西へゆけば雨
東南へゆけばはる是西北風なる
故なり京都にては雲清水の
かたへゆけば必晴るなり
○乾(いぬゐ)の方雲赤くしてやう〳〵
きゆるは晴あかくして又色 変(へん)
ずるときは風雨なり
○魚の鱗(うろこ)のごとくなる雲あるは
雨又は風又ところ〳〵に虎ふの
ごとくこまかに横(よこ)にすぢある
雲たつはこれを水まさといひ
て見(あらは)るゝ時はかならず一両日に雨
ふるなりまた潟(かた)雲といふ有
汐(しほ)のひかたのごとく満(まん)天に大
なる横すぢありこれもやがて
雨ふる也
○雲気みだれとぶは大風ふかん

【左丁頭書】
とするなり雲の来る方より
烈風(れつふう)吹来(ふききた)るべし其方の防(ふせぎ)を
心がくべし
○日の上下(かみしも)に雲気(うんき)ありて竜(りやう)の
ごとく見ゆるはかならず風雨有
久しく日てりて赤雲(あかきくも)天を過(すぎ)
て山谷(さんこく)をかゝやかすは明る日雨
○秋(あき)の空(そら)には雲ありても風
なければ雨なし又 東(ひがし)のかたに
雲を生(しやう)ずる時は雨あり
○雨やみ雲はるゝとも山頭(さんとう)【「ミネ」左ルビ】を
雲(くも)おほひかくす時は又雨ふる
○朝日の上に黒雲(くろくも)有て霧(きり)の
如く日を覆(おほ)ひ日の光(ひかり)かたはら
に射(い)てうすく黄白 色(いろ)なるは
その日風雨あり暮(くれ)つかた日
入るときにかくのごとくなれば

【右丁本文】
 ○蒲萄疔(ぶどうてう)の薬
一蒲萄疔とて蒲萄のごとき物一夜の内にも
出来るを療(れう)治の方を知らざれば一日がほどに
死(し)するものなり灸(きう)をすゑ生(なま)の大豆を食
しめて試(こゝろ)むべし灸もあつからず大豆もなま
くさからずしていかにも香(かうば)しくおぼゆるは蒲萄
疔(てう)なりこれを治するには蒜を黒 焼(やき)にして付
べし速(すみやか)に癒(いえ)て命を助(たす)かるべし糊(のり)におしまぜ
付るがよし此薬の外はいかなる名 医(い)の方にて
も治せざるなり
 ○やみ眼(め)の薬
一 胡 粉(ふん) 一白 礬(ばん)《割書:焼て》二味 等(とう)分一 竜脳(りうのう)《割書:少シ》
右を貝(かひ)に一はいほど絹にてこし一日に五六度もさ

【左丁本文】
すべし奇妙(きめう)によし
 ○眼(め)に物の入たるを治(ぢ)する方
一 目(め)に何(なに)にても入たるにははこべの実(み)を少(すこ)し紙索(こより)
のさきにつけて目の中へ入ればくる〳〵とまはり
少(すこ)しも痛(いたみ)なく少しの間(あひだ)に出るなり眼(め)をあきてゐ
れども少しも痛(いた)まず甚(はなはだ)奇妙(きめう)なり目の白膜(はくまく)
虚血(きよけつ)怒肉(どにく)にても右の実(み)に付て出るをぬぐひて
とれば跡(あと)にてあきらかになるなり
 ○目を廻(まは)したる時の方
一目をまはしたる人其名を呼(よび)ても気付(きつき)かぬる時
其家(そのいへ)の屋根(やね)の上へあがり瓦(かはら)をまくり其人の
名(な)を呼(よぶ)べし早速(さつそく)気(き)つく事妙なり
 ○耳(みゝ)の中(なか)へ物入たるを治する法

【折目、虫損の箇所は「国立公文書館デジタルアーカイブ」の資料を参照】

【右丁頭書】
【挿絵】
その夜(よ)風雨あり
○朝(あさ)東南(とうなん)に雲ありても西北(さいぼく)【注】に
雲なければ雨なし暮(くれ)にも又西
北を見て雲なければ雨なし
上(うへ)に風(かぜ)吹(ふき)て雲ひらくとも下に
風雲あらば又雨
○朝夕(あさゆふ)ともに雲ありても段々(きれ〴〵)
になりて分明(ふんみやう)なるは晴

【注:「国立公文書館デジタルアーカイブ」の資料(https://www.digital.archives.go.jp/img/4368660/5)で校合】

【左丁頭書】
○朝(あさ)西(にし)にむらさきの雲たつは
やがて晴るなり
○梅雨(つゆ)の後(のち)白雲たかくして
峰(みね)のごとく綿(わた)の如くにわき出
るは雨 止(やみ)たるしるしなり
○西より東へ高(たか)くゆく雲の
白くして綿(わた)のごとくなるをす
がいといふ四時(しじ)共に晴天(せいてん)に有
此雲(このくも)は天気(てんき)の考(かんがへ)にはくはへ
ざるがよし秋(あき)西風(にしかぜ)にては雨ふ
るといへども此雲にはかゝはらず
○日入て後 赤(あか)き雲(くも)四方(しはう)に
ありて天をてらすは旱(ひでり)なり
○天色(てんのいろ)黄(き)なるは風白くうすき
は風雨 天気(てんき)卑(ひき)く下りてくら
きは三日の内に雨ふる
○西北 赤(あか)くして気(き)清(きよ)きは明日

【右丁本文】
一 耳(みゝ)の中(なか)へものゝ入たる時は唐弓(たうゆみ)の弦(つる)をきり
小口(こぐち)へ膠(にかは)を付てさしいれて出すべし若(もし)弓弦(ゆづる)
なきときは観世(くわんぜ)よりにても切口(きりくち)へ膠(にかは)をつけて
いだすなり又 竹(たけ)の管(くだ)にて強(つよ)く吹てもよし
 ○耳(みゝ)より膿(うみ)出(いづ)る薬
一 枯凡(こはん)《割書:壱匁|》 一 黄丹(わうたん)《割書:五分|》末(まつ)にして耳の中へふき
入るべし腫(はれ)痛(いた)むにもよし血(ち)の出るには竜骨(りうこつ)を
粉として吹入るべし
 ○湯火傷(やけど)の薬
一 柏真(びやくしん)を生(なま)にてすりつぶして其 汁(しる)を付べし
妙なり又 南天蜀(なんてんしよく)の葉(は)をすり菱(ひし)の汁にて
つけてよし又方
白砂糖(しろざたう)を水にてとき火傷(やけど)の上へ一面(いちめん)につけ置(おき)て

【左丁本文】
布(ぬの)ぎれか紙(かみ)にてよく包(つゝ)みおけば一夜のうちに
なほるなり又方
生渋(きしぶ)を墨(すみ)にすりて付べし忽(たちま)ちぴりづきを
やめ瘢(あと)つかず癒(いゆ)るなり又 蓼(たで)の葉(は)を黒焼(くろやき)に
して墨(すみ)にてもしぶにてもとき付て妙なり
又 熱湯(にえゆ)或(あるひ)は油(あぶら)などにて灼(やき)傷(やぶ)り痛(いたみ)甚しきには
石膏(せきかう)を末(まつ)して酢(す)にねりて付べし汁(しる)出るには
そのまゝふりかけてよし
又 火傷(やけど)瘡(かさ)のごとくなりて汁出るには柳(やなぎ)の皮(かは)を焼(やき)
灰(はひ)にして付てよし竹(たけ)の中の虫(むし)くそもよし又
大豆(まめ)の煮汁(にしる)を飲(のむ)べしはやくいえて瘢(あと)つかず
 ○痢病(りびやう)の薬
一 煮(に)たる鶏卵(たまご)の黄(き)なる所をとり生姜(しやうが)三分入

【右丁頭書】
大晴 朝(あさ)白気(はくき)あるひは黒気(こくき)雲
のごとくしてうるほひあるは雨也
天 高(たか)く気(き)白(しろ)きは風雨すくなし
天 低(ひき)く気(き)くらきは三日雨なり
○霜(しも)はやく消(きゆ)るはかならず雨
ふるおそくきゆるは晴 大霜(おほしも)はか
ならず雨
○京畿内(きやうきない)は霜(しも)あればかならず
天気よし坂東(ばんとう)も同し西国は
霜おそく消(きえ)ても明日(あす)は雨ふる
○雨ふらずして雷(かみなり)なるは雨なし
雷の声(こゑ)はげしく雨しきりに
ふる時ははやく晴雷の音(おと)幽(かすか)に
ひゞくは晴がたし
○雷(らい)の中に雷(らい)なるは雨久しく
ふりてやみがたし
○雷(らい)夜(よる)おこるは三日雨つゞく

【左丁頭書】
卯(う)の時より前(まへ)の雷は天気あし
○秋(あき)晴天(せいてん)に電(いなづま)あるはよし陰(くも)り
て電あるは其方よりかならず
風(かぜ)来(きた)り雨ふる事ありこれを
俗(ぞく)に火(ひ)をうつといふ
○夏秋のあひだ夜(よる)はれて遠(とほ)く
いなづま南に見ゆるは久しく
晴る兆(きざし)なり北にひかるはやがて
雨ふる
○電西南に見ゆるは明日晴る
西北に見ゆるはやがて雨
○夏の風は電の下より来り
秋の風はいなつまに向(むか)ひておこる
○霞(あかね)は朝夕(あさゆふ)日のほとりの赤(あか)き
をいふ俗にあさやけ夕やけと
いへりかすみとは別なり毎日(まいにち)
朝(あした)には東 夕(ゆふべ)には西あかきは旱(ひでり)

【右丁本文】
素湯(さゆ)にて飲(のむ)べし又方
葱(ねぎ)の白根(しらね)をきざみ米(こめ)にかきまぜ粥(かゆ)に煮(に)て毎日
食(しよく)すべし又 艾葉(もぐさ)を酢(す)にて煮(に)てのむもよし或は
生姜(しやうが)をいれ同じくせんじ用ゆ腹(はら)のいたみ強(つよ)き
には尤(もつとも)よし又方
一 黄連(わうれん)《割書:十匁|》 一 木香(もくかう)《割書:一匁|》 一 呉茱萸(ごしゆゆ)《割書:五匁|》
右三味同じく炒(いり)粉(こ)にしてかけめ一二匁づゝ酒(さけ)また
飯(めし)のとり湯(ゆ)にて用ゆべし
血痢(けつり)とて血(ち)を下(くだ)すには楮木皮(かうぞのかは)と荊芥(けいがい)と等分(とうぶん)
にあはせ粉にして一匁醋にて用ゆ又 山梔子(くちなし)を
焙(あぶ)り粉(こ)にして壱匁 汲(くみ)だての水にて用ゆ鮮血(せんけつ)
を下すには此方(このはう)よろし又 蓮葉(はすのは)の蔕(ほぞ)を水にせん
じて用ゆべし

【左丁本文】
 ○痢病(りびやう)を除(よけ)る方
一 蛇薦(へびいちご)をとり端午(たんご)の日 朝露(あさつゆ)にあて水にて
ひとつ呑(のむ)べしその年はいかほど痢病はやりても
うつらぬこと妙なり
又 柘榴(じやくろ)を黒焼(くろやき)にして五月五日 早天(さうてん)に人の汲(くま)ざる
水にて呑べし一生(いつしやう)痢病をやまざるなり
【挿絵】

【右丁頭書】
なり夕やけ火焔(くわえん)のごときは
大日でりなり
○夕やけはやく変(へん)じて紫(むらさき)と
なり黒(くろ)くなるは雨ふるしるし也
或(あるひ)は風ふく事もあり後(のち)まで
同じ色(いろ)にてやう〳〵うすくなる
は晴天(せいてん)になると知るべし
○毎月(まいげつ)季節(きせつ)のかはる日 早朝(さうてう)
東(ひがし)の方あかきは其(その)節(せつ)の内 風(ふう)
雨(う)順(じゆん)なり
○朝東の方あかきは晴 茶(ちや)色
なるは雨也
○虹(にじ)の下雨ふるは晴るなり
○霧(きり)はれがたきは雨となる但(たゞ)し
山谷(さんこく)の霧(きり)は朝(あさ)久(ひさ)しくはれねば
天気よし
○霧(きり)の内は風なしきりはるゝ時

【左丁頭書】
風ふく
○雲(くも)北斗(ほくと)をおほふは大雨 黒雲(くろくも)
さへぎりて北斗見えざるは三日
のうちに雨黒雲あつく北斗
をおほふはその夜雨 黄(き)なる雲
北斗をおほふは明る日雨ふる
白気(はくき)北斗をおほふは三日の
内に雨 青(せい)気北斗をおほふは
五日のうちに雨ふる
○天に雲なくして北斗の上下
に雲あるは五日の中に大雨有
日入て後 白光(はくくわう)ありて地中(ちちう)
より北斗につきのぼり其間
の星(ほし)にひかりなきは其夜 必(かなら)ず
大風ふく北斗の魁星(くわいせい)【左に「サキノホシ」と傍記】の間
黒気(こくき)うるほひ有て其ほとり
に雲あればその夜(よ)雨ふる

【右丁本文】
 ○寸白(すんはく)の薬
一 疝気(せんき)陰嚢(いんのう)【左に「キンタマ」と傍記】へさし込(こみ)大くなりたるは諸薬(しよやく)験(しるし)
なきものなり辛(からし)菜を酢(す)にてとき陰嚢にぬる
べし二時(ふたとき)ばかりつよくしむをたへ忍(しの)ぶべし
一代(いちだい)根(ね)をきるなり《割書:しむをこらへたるは少しも|害(がい)にはならぬなり》
 ○疝気(せんき)の薬
一 接骨木(にはとこ)【左に「カンボク」と傍記】 一 甘草(かんざう)《割書:少|》
右二味つねのごとく煎(せん)じ用れば何ほどつよき
疝気にてもいたみ早速(さつそく)なほるなり又方
一 ゆづり葉(は)《割書:十匁|》 一 さはら木《割書:五匁|》 一 木香(もくかう)《割書:五匁|》
一 檳榔子(びんらうじ)《割書:五匁|》 一 甘草《割書:二匁|》
右五味 常(つね)のごとくせんじ服(ふく)してよし効能(かうのう)は疝
気 腹(はら)のいたみ虫症(むししやう)に用ゐて甚(はなはだ)よし又

【左丁本文】
一 干蓼(ほしたで)《割書:大|》 一 甘草(かんざう)《割書:少|》 此二味 細末(さいまつ)にして
白湯(さゆ)にてふり出しあとを常(つね)のごとくせんじ
のみてよし又方
一 胡椒(こしやう)《割書:一両半|》 一 塩(しほ)《割書:一合五勺|》 此二味をぬる湯
にしてたらひに入れ腰(こし)湯してよし但(たゞ)しゆかた
にてもたらひの上へかぶせ陰嚢(いんのう)【左に「キンタマ」と傍記】陰茎(いんきよう)【左に「ヘノコ」と傍記】ともよく
木綿(もめん)にても絹(きぬ)にても包(つゝ)みおきて腰(こし)を湯にて
あたゝめてよしゆかたは胡桝(こしやう)にむせぬ為(ため)なり
 ○疝気(せんき)の呪法(まじなひ)
一 七月十五日の朝 天井水(てんせゐすい)《割書:未(いまだ)人のくまざる|さきの水を云》をくみて
温飩(うどん)の粉(こ)むくろうじほどに丸じて呑べし
 ○臁瘡(はゞきがさ)の薬
一 山梔子(くちなし)を水にて摺(すり)臁瘡をよくあらひて付べし

【右丁頭書】
○北斗(ほくと)の前(まへ)に黄気(くわうき)あるは明日
風ふくもしうるほひおほふたる
気あるは夜中(よなか)か明日か大雨
○夜(よる)は北斗を見て明日(あす)の天(てん)
気(き)をしるべし北斗の上下 五(ご)
色(しき)の雲気(うんき)あるはその一日の内に
雨ふる一日にてはやみがたし
雲気北斗をおほひて黄白(きしろ)
色(いろ)なるは風ふく赤色(あかいろ)は旱(ひでり)青き
は大雨 黒(くろ)きは風
○北斗の間あかき雲気おほふ
は明る日 大熱(だいねつ)白気(はくき)有て北斗の
杓の間をさへぎりおほふは三日の
うちに大風 悪雨(あくう)あり
○北斗(ほくと)の上下黄気ありてうる
ほひ魚龍(ぎよりよう)のかたちの如く或(あるひ)は
うろこのごとくあるは其日(そのひ)かその

【左丁頭書】
夜(よ)か大雨
○春(はる)あたゝかなるべきに寒(さふ)きは
雨おほし夏(なつ)さむきは水出 夏(なつ)俄(にはか)
にあつきは雨ふる冬(ふゆ)俄(にはか)に暖(あたゝか)に
なるは必(かなら)【注】ず雪(ゆき)ふる秋はやく寒(さふ)
ければ冬かならずあたゝかなり
春おほく雨ふれば夏(なつ)かなら
ず日でりす
【挿絵】
【注:振り仮名は「国立公文書館デジタルアーカイブ」の資料(https://www.digital.archives.go.jp/img/4368660/8)にて確認】

【右丁本文】
つよくしむべししかれども一付にて治すること
妙なり又方
一 阿仙薬(あせんやく)《割書:一匁|》 一 軽粉(けいふん)《割書:三分|》
右 細末(さいまつ)にし胡麻油(ごまのあぶら)にてぬり付べし大に験(しるし)あり
 ○疝気(せんき)偏墜(へんつゐ)根(ね)を断(た)つ薬
一 蒼朮(さうじゆつ)《割書:一斤|》壱分は童便(どうべん)にひたし一分は上酒(じやうさけ)に
浸(ひた)し一分は塩水(しほみづ)にひたし一分は乳汁(ちゝしる)にひたし
各(おの〳〵)浸すこと三日にしていり乾(かわ)かし橘核(きつがい)【左に「タチハナノサネ」と傍記】同じく
末となし酒(さけ)のりにて梧桐子(きりのみ)の大きさに丸(ぐわん)じ
百 粒(りう)づゝ空腹(すきはら)に酒にてふくす
 ○衝目(つきめ)の薬
一 目をつきて星(ほし)など俄(にはか)に生(しやう)ずるにも蝿(はひ)の頭(かしら)を
和らかなる飯粒(めしつぶ)と女の乳汁とにてねり合せ

【左丁本文】
とろりとして目(め)にさすべし速効(そくこう)あり
 ○底(そこ)まめを治する薬
一 鯨(くじら)のひげを粉にしてそくひに押(おし)まぜて付
紙(かみ)をふたにして置べし癒(いゆ)るなり
 ○胡臭(わきが)の薬
一 白緑青(びやくろくしやう) 一味(いちみ)粉(こ)にして付べし奇妙(きめう)に根(ね)を
きるなり疑(うたが)ふべからず又方
一 青木香(しやうもくかう)を厚(あつ)く片(へ)ぎ好(よき)醋(す)に一夜(いちや)浸(ひた)し腋(わき)の
下に夾(はさ)むべし度々(たび〳〵)かくのごとくして愈(い)ゆ又
蜜陀僧(みつだそう)を末(まつ)し生姜(しやうが)皮(かは)ともにおろしてとき
合(あは)せ頻(しきり)に掖下(わきのした)にぬるべし又方
一 軽粉(けいふん)《割書:一匁|》 一 胆礬(たんはん)《割書:一匁|》 一 肥松(こえまつ)の燃燼(ともしがら)《割書:一匁|》
一 守宮(いもり)《割書:黒焼|一匁》

【右丁頭書】
○朔日(ついたち)に晴(はる)ればその月のうち
は晴(はれ)おほし朔日雨ふれば月の
うちくもりがちに雨ふる朔日の
前より雨つゞきたるはかろし
毎月 初(はじめの)三日 晴(はる)れば久しく
はるゝ十五日晴ればひさしく
雨ふらず三日月の下に黒雲(くろくも)
ありて横(よこ)にきるればあくる日
雨ふる晦日(つごもり)に雨なければ来
月のはじめかならず風雨有
○八専(はつせん)に入たる明日は多くは
雨ふる俗(ぞく)に八専(はつせん)の丑ふりといふ
十方ぐれのうちはかならず天(てん)
気(き)くもりてわろし
○海上(かいしやう)おきの方(かた)鳴(な)るはかならず
北風ふくおき鳴て天気(てんき)よく
なる事あり雨ふりて後(のち)なるは

【左丁頭書】
晴る晴(はれ)て後なるは雨
○知風草(ちふうさう)といふ草(くさ)あり和名(わみやう)
をちから草(ぐさ)とも風ぐさとも云
かやに似(に)たり其ふしの有無(あるなし)を
見てそのとし大風の有無を
知る節(ふし)一ッあれば其年(そのとし)一度
大風ふく二ッあれば二度ふく
三ッあれば三度(みたび)ふく本(もと)にあれば
春(はる)ふく中にあれば夏秋ふく
末(すゑ)にある時は冬(ふゆ)大風あり
○鶏(にはとり)おそくとまるは雨 狗(いぬ)地(ち)をかき
て灰(はひ)の上にねふるは雨 狗(いぬ)青草(あをくさ)を
かむは晴 猫(ねこ)青草(あをくさ)をくらふは
雨 蜻蛉(とんぼう)忽(たちま)ちみたれとぶは雨
鸛(こう)の鳥めぐりとべは風雨 蛇(へび)木(き)
にのぼれば洪水(こうずい)出(い)づ万(よろづ)の物みな
其(その)兆(きざし)ある事なれど繁(しげ)けれは略_レ之

【右丁本文】
右 細末(さいまつ)し下をよく洗(あら)ひ又 湯(ゆ)に白粉(おしろい)を入て
よくすりあらひて後付べし
 ○煙(けふり)にむせびて死したる人を甦(よみがへ)らす方
一 人 煙(けふり)にむせびて死したるには蘿蔔(だいこん)の汁を口
に入るべし蘇生(そせい)するなり
 ○乳(ちゝ)の出(いづ)る薬
一 蜂房(はちのす)を黒焼(くろやき)にして醴(あまざけ)に和(くわ)し食後(しよくご)に用ゆ
又 伊予牛旁(いよごばう)の種子(たね)一合 白砂糖(しろざたう)二合あは
せて香色(かういろ)に炒(いり)細末(さいまつ)にして素湯(さゆ)にて食後
に用ゆべし
 ○癰疔(ようてう)《割書:幷(ならびに)|》万(よろづ)の腫物(しゆもつ)を治する薬
一 生(なま)の午膝(ごしつ)の葉 一 柊(ひいらぎ)の葉
右二味 等分(とうぶん)雷盆(すりばち)にてよくすり酢(す)にてとき

【左丁本文】
付べし実(まこと)に奇妙(きめう)なり案(あんずる)に此方(このはう)諸(もろ〳〵)の膏薬(かうやく)に
まさる事 万々(まん〳〵)なり得易(えやす)き薬なるをもて
疎略(そりやく)におもふべからず
 ○切疵(きりきず)ふすべ薬
一 白胡麻(しろごま) 壱味 雷盆(すりばち)にてよくすり雷丸(らいぐわん)の
油(あぶら)を以て煉(ね)るなりこれを絹(きぬ)に包(つゝ)み火(ひ)の上に
おき此上へ紙袋(かみぶくろ)に穴(あな)のあきたる物をきせ此
穴より出る煙(けふり)に疵(きず)の所をさしあて薫(ふす)ぶる
なり痛(いた)み立処(たちどころ)にやみて速(すみやか)に愈(い)ゆ極秘(ごくひ)の
奇方(きはう)なり
 ○切疵(きりきず)の薬
一 五月五日に韮(にら)をとりその絞汁(しぼりしる)にふるき
石灰(いしばひ)を粉(こ)にしてこね合せ餅(もち)のごとくにして

【右丁頭書】
万(よろづ)禁圧呪術(まじなひ)の法(ほう)
○鼻血(はなち)をとむるまじなひ
紙(かみ)を八 枚(まい)にをり汲(くみ)たての水に
ひたし頭(かしら)のいたゞきにおきて
早速(さつそく)血(ち)とまるなり
○蝿(はひ)をよけるまじなひ
端午(たんご)の日の午(むま)の刻(こく)に白(はく)の字(し)を
かき家(いへ)の四方の柱(はしら)にさかしまに
はり付てよし端午(たんご)は五月五日也
○蜂(はち)のさゝぬまじなひ
呼無所住二所五(をんむしよぢうにしよご)シム呼(をん)シヨと【注①】
数遍(すへん)となふれば蜂のさゝぬこと
妙なり
○蛇(へび)のさゝぬまじなひ
常(つね)に枇杷(びは)のたねを懐中(くわいちう)すれ
ばさゝぬ事 奇妙(きめう)なり

【左丁頭書】
○疱瘡(はうさう)のまじなひ
枇杷(びは)の葉(は)曲尺(かねざし)一寸 四方(しはう)にきり
一 枚(まい)大豆(だいつ)一 粒(りう)にても二粒にても
其子の年(とし)の数(かず)ほど入(いれ)常(つね)のごとく
せんじ用ゆるなり但し世間(せけん)に
疱瘡(はうさう)はゆる節はいつにても右の
年数(としのかず)ほど大豆(だいづ)を入れ葉(は)一寸
四方にてせんじ小児にのますれば
かるきこと妙なり
○小児(せうに)夜啼(よなき)をとむる方
天南星(てんなんしやう)一味小児の掌(て)のうらへ
薄(うす)のりにてはりつけおくべし
○同まじなひ
小児(せうに)の臍(へそ)の上へ■【注②】かくのごとく
朱(しゆ)にてかきおけば夜(よ)なきとま
ること妙なり又丙寅の二字(にじ)を
紙(かみ)に朱(しゆ)にてかき小児の枕(まくら)もとに

【右丁本文】
【挿絵】
風(かぜ)のすく所へ久(ひさ)しく置て細末(さいまつ)とし一切(いつさい)の金(きり)
瘡(きず)に付(つく)ればよく血(ち)をとめはやく愈(い)ゆ年(とし)を
経(へ)たるほどよし又

【左丁本文】
一 黒さゝげ 一 藜(あかざ)
右二味 等分(とうぶん)黒焼(くろやき)にしてねりつけてよし
 ○同 即座(そくざ)の血留(ちとめ)薬
一 茶(ちや)の葉(は)をかみて付れば妙なりまた桐(きり)の
葉を陰干(かげぼし)にしたくはへ置て粉(こ)となしふり
かくるもよし奇効(きかう)あり大なる疵(きず)は暖酒(あたゝめざけ)に
て洗(あら)ふべし焼酎(しやうちう)もよし
 ○河豚(ふぐ)の毒(どく)にあたりたる薬
一 生脳(しやうのう)を粉(こ)にして白湯(さゆ)にて飲(のむ)べしまた藍(あゐ)
の汁(しる)を呑(のむ)もよし急(きふ)なる時は糞汁(ふんじう)をのみて
吐(はき)出(いだ)すもよし何(いづ)れも奇験(きげん)ある事也
 ○水(みづ)に溺(おぼ)れ死(し)したるを活(いか)す方
一 水におぼれ死(し)したるには急(きふ)に死人(しにん)の衣帯(いたい)

【注① 「金剛経」の一節「応無所住而生其心(おうむしょじゅうにしょうごしん)の転ヵ】
【注② 「畾」の字のように、四角の中に十を記した印が三角の形に並べられている】

【右丁頭書】
【挿絵】

【左丁頭書】
おけば啼(なき)やむるなり
○銭瘡(せにがさ)のまじなひ
ぜに瘡(がさ)の上へ其大さほどに墨(すみ)
にて南(みなみ)といふ字を六ッかき上
を墨(すみ)にて真黒(まつくろ)にぬり其上へ
南の字を一字かくべしなほる
こと妙なり又なほりたる上へ
北(きた)といふ字(じ)をかけばもとの如く
なるなり奇妙(きめう)なり
○不時(ふじ)の難(なん)をのがるゝ呪(まじな)ひ
わが寝(ね)る処の天井(てんじやう)にねる前(まへ)に
✡かくのごとく指(ゆび)にてかくまね
をして中へ戌(いぬ)といふ字をかき此
字の点(てん)を打ずして左(さ)の歌を
三べんとなふべし
 誰(たれ)かきて我(われ)に知(しら)せぬものあらば
 ひきやちぎれや内の神々(かみ〴〵)

【右丁本文】
を解(とき)さり臍(へそ)の中へ灸(きう)をすべし又 山雀(やまがら)の黒
焼を水(みづ)にて口(くち)へ流(なが)し入べし一時より内ならば
かならず甦(よみがへ)るなり又
一 溺(おぼ)れたる人を水中より倒(さかしま)に引あげ平地(へいち)に
おき背後(うしろ)より抱(いだ)き留(と)め前(まへ)にて藁(わら)をたき
火気を腹へあて烟(けふり)を面(かほ)にあたるやうにす
べし水を吐出(はきいだ)すものなり若(もし)水(みづ)出ざる時は
抱(いだ)きたる人其手にて臍(へそ)のあたりを上(うへ)の方へ
おしあぐべし水出るものなり
一 水(みづ)を吐(はき)つくして老薑(ふるしやうが)を擦(すり)て牙歯(げし)にぬり白(みやう)
礬(ばん)を末(まつ)にして管(くだ)を以て鼻孔(はなのあな)に吹入(ふきいる)べき也
白礬(みやうばん)なきときは醋(す)を多(おほ)く鼻孔に濯(そゝ)ぎ入
てよし甦(よみがへり)て後に臍中(へそのうち)に灸(きう)すべし

【左丁本文】
一 又方 水死(すいし)人を両足(りやうそく)を高(たか)く臥(ふさ)さしめ塩(しほ)を
臍(へそ)の中にぬれば水(みづ)自然(しぜん)にいでゝ甦(よみがへ)る也もし
倒(さかしま)に引(ひつ)さげなどして水を振出(ふりいだ)すはわろし
 ○縊(くび)【左に「クビクヽリ」と傍記】れたる人を救(すく)ふ法
一 縊(くび)れたる人を救(すく)はんとて縄(なは)を截断(きりたつ)べからず
妄(みだり)にきればかならず死す背後(うしろ)へまはり両(りやう)の手
臂(ひぢ)のうへよりしかと抱(だき)とめて縊人(くびれにん)の身を
少し高くする心持(こゝろもち)にて別(べつ)の人何にても持来
り足(あし)の下へ踏留(ふみとめ)になるやうにして抱(いだ)きたる
人も共にその台(だい)の上にのぼるへし如此(かくのごとく)して
後(のち)縄(なは)を截断(きりた)ち抱(いだ)きたる人 縊(くびれ)人の臍(へそ)のあたり
をかゝへて縄(なは)をたつ時もろともにウンと声(こゑ)
かけながら腹(はら)を引しめ按(おし)あぐへしかやうにして

【右丁頭書】
さて起(おき)たる時右の点(てん)をうつべし
旅中(りよちう)には出立(しゆつたつ)の時うつべし
これは印文(いんもん)をとく意なり
 ○呃逆(しやくり)のまじなひ
其人(そのひと)のしらぬやうに半紙(はんし)一枚
男ならば始(はじめ)より左のかたへ段々(だん〳〵)
とをりかさねて左の膝(ひざ)の下へ
しきしかと踏(ふま)へて居(を)るべし
女ならば右のかたへ折(をり)て右の膝(ひざ)
にしく也其人に向(むか)ひ合せて
おこなふべし
わがしやくりを止(とむ)るには冷水(ひやみづ)の
中へ寺(てら)といふ字を三べんかき
て其水を三口に飲(のむ)べし直(なほ)る
こと妙なり
○大小便(だいせうべん)をこらへるまじなひ
大便(たいべん)に立がたき所にては殊(こと)の外

【左丁頭書】
めいわくなるものなり此時に
大便(だいへん)ならば男(をとこ)は左 女(をんな)は右の手の
中に指(ゆび)にて大の字をかき舌(した)に
て三度なめてよし又 小便(せうべん)なら
ば右のごとくに小の字を書て
なむべし奇妙にこらへらるゝ也
○寝小便(ねせうべん)をなほす方
半紙(はんし)一折ねござの下の小便の
したる所にしきて寝(ね)させこれを
黒やきにして甘草(かんざう)五分入のむ
べし其夜より止(とま)る事妙
○旅中(りよちう)まめの出ぬまじなひ
節分(せつふん)の時 炒(いり)たる豆(まめ)をとり置
道中へ出る時 年(とし)の数(かず)など食(くひ)て
ゆくべしまめいでず無難也
○ともし火に虫(むし)の入ぬ方
卯(う)月八日に薺(なづな)の穂(ほ)をとりて

【右丁本文】
取(とり)おろし両足(りやうそく)を踏(ふみ)伸(のば)させてよし
一 縄(なは)をときおろして後 死人(しにん)の両耳(りやうみゝ)をきびしく
塞(ふさ)ぎ竹筒(たけのつゝ)を口中(こうちう)へ入れ幾人(いくたり)もかはり〴〵強(つよ)く
吹(ふく)べし尤(もつとも)口(くち)のかたはらをもふさぎ少しも気(き)の
もれざるやうにすべし半日(はんじつ)ばかりにて死人
噫(あくび)出たる時ふくことを止べし
一 正気(しやうき)付たる時 肉桂(にくけい)を濃(こ)く煎(せん)じ含(ふく)み与(あた)へ
見はからひて粥(かゆ)のうは湯(ゆ)を与(あた)へ喉(のど)をうるほし
てよし又方
一 鶏(にはとり)の冠(とさか)の血(ち)を口中(こうちう)へ灌(そゝ)ぎ入るもよし又 喉(のど)のあ
たりに塗(ぬり)付るもよし又 鶏屎(にはとりのふん)の乾(かわ)きたるを棗(なつめ)
の大きさほど酒にかきまぜ口(くち)鼻孔(はなのあな)へそゝぎ
入るもよし

【左丁本文】
 ○達者(たつしや)の薬
一 旅(たび)にゆくには必(かならず)半夏(はんげ)をたしなみ持(もつ)べし
草鞋(わらじ)くひ鼻緒(はなを)ずれまめなど出来て傷(やぶ)れ
いたむに半夏(はんげ)の生(しやう)の丸粒(まるつぶ)を削(けづ)り其(その)粉(こ)を
付れば奇妙になほるなり
 ○白髪(しらが)を黒くする薬
一 黒大豆(くろまめ)を酢(す)にてせんじ常(つね)に鬢水(びんみづ)に
つかふべし又 柘榴(じやくろ)の皮(かは)を煎(せん)じたるもよし
 ○髪(かみ)の抜(ぬけ)る時ぬけざる薬
一 榧(かや) 一 胡桃(くるみ) 一 側柏葉(そくはくやう)
右三味水にひたし鬢水(びんみづ)につかふべし
 ○髪(かみ)の薄(うす)き所又 禿(はげ)たるに付る薬
一 初生髪(うぶかみ) 軽粉(けいふん) 松脂(まつやに) 鼠糞(ねずみのふん) 臍帯(へそのを)

【右丁頭書】
行灯(あんどう)の内に釣(つり)ておくべし妙に
虫(むし)きたらず《割書:なづなの穂は俗に三味|せん草といふ》
○飛蟻(はあり)の出るをとむる法
今日四ッ時大風 かくのごとく
紙(かみ)にかきて出る所に張(は)るべし
○道のあるきやうにて狐(きつね)狸(たぬき)の類
 を近(ちか)よせざる方
両(りやう)の手(て)を握(にぎ)り爪(つめ)をかくしさて
足(あし)もかくのごとく何にてなりとも
爪(つめ)を包(つゝ)みて歩行(ほかう)すべしいかなる
所にても難(なん)をさくること妙也
○桐(きり)の下駄(げた)のかけぬはきやう
桐(きり)は不浄(ふじよう)をいむもの故に雪隠(せつちん)
などへははくべからずそのまゝ歯(は)
のかくるもの也
○迷(まよ)ひ子(ご)をもとむるまじなひ
男(をとこ)ならば左 女(をんな)ならば右の帯(おび)に

【左丁頭書】
尋ねにいづる人くぢらざしを指(さし)
てゆくべし不思議(ふしぎ)に手がゝり出
来るなり
○産(さん)をのぶるまじなひ
ひらめなる石をよく塩(しほ)にてあら
ひさて
     かくのごとく書付(かきつけ)
■【注】其(その)婦人(ふじん)の居間(ゐま)の
     下の東方(とうばう)の地に
     うつむきに埋(うづ)むべし
其後(そのゝち)産(さん)をさせんとおもふ時に
この石(いし)をほり出し血(ち)といふ字
をぬぐひとるべし其儘(そのまゝ)安産(あんざん)す
る事 疑(うたが)ひなし秘事(ひじ)なり
○木を植(うゑ)て枯(かれ)ざるまじなひ
卯月八日 かくのごとく紙(かみ)に
かき短冊(たんさく)にしてつけ植(うゝ)へし

【右丁本文】
【挿絵】
右 粉(こ)にして胡麻油(ごまのあぶら)にてつくる也
 ○髪かれて沢(うるほ)ひなきを治(ぢ)する薬
一 桑白皮(さうはくひ) 側柏葉(そくはくえう)
右二味せんじて沐(かみあら)ふべしぬけやみて潤(うるほ)ひ出る也

【左丁本文】
 ○手負(ておひ)の生死(しやうし)を知(し)る法
一 白馬(はくば)【左に「アシゲムマ」と傍記】糞(ふん) 一 蓮肉(れんにく)
右二味等分 香色(かういろ)に炙(あぶ)りよくかきまぜ粉(こ)にして
茶(ちや)一ふくほどなまぬるの湯(ゆ)にて用ひ試(こゝろ)むべし
快気(くわいき)する人はうけ本服(ほんぶく)せざる人は吐逆(とぎやく)する也
 ○痘瘡(はうさう)をやすくする法
一 南天(なんてん)の木 同 葉(は) 同 実(み)此三色をせんじ
浴(あび)さすべし数百(すひやく)人に用ひて何れも安(やす)し
又方
一 十二月八日に鶏卵(にはとりのたまご)をとり其(その)卵(たまこ)の中へ蚯蚓(みゝず)
を一ッよく洗(あら)ひて入れ其 卵(たまご)を米(こめ)の中へ入て
飯(めし)に炊(たき)玉子を取出し皮(かは)をむき蚯蚓(みゝず)を捨(すて)
て其 飯(めし)を少し卵(たまご)を少し合せ添(そへ)ていまだ

【注 ○の真ん中に「血」、その上下左右に「賦」の字】

【右丁頭書】
はえつかずといふ事なし
○芝(しば)つなぎの事 《割書:芝つなぎとは|馬を縄なく》
 《割書:してつなぐ事にて|馬術の秘事也》
繋(つな)ぎたき時は此 歌(うた)をとなふべし
 西東北や南にませぬきて
 なかに立たる駒ぞとゞまる
はなたんと思ふ時は
 西東北や南のませぬきて
 なかにたちたる駒ぞはなるゝ
かくの如くとなふべし奇妙也
○勝負事(しようぶごと)にまけぬ呪(まじな)ひ
枕飯(まくらめし)の箸(はし)を人のしらぬやうに
とりて四角(しかく)にけづりて
  トンロクモンフハ
かくの如く書(かき)しるし常(つね)に懐中(くわいちう)
すべし諸(もろ〳〵)のしようぶにかつこと
妙なり

【左丁頭書】
○詞のなまりを直す方
ほとゝきすの黒やき一味さゆ
にて用ゆべし
○もろ〳〵の邪祟(たゝり)を除(のぞ)く方
桃(もゝ)の木の枝(えだ)東南へさしたるを
きりて釘(くぎ)に作(つく)り家(いへ)の四方の
地にうつべし又 桃(もゝ)の枝にても
板(いた)にても門口(かどぐち)にかけおくべし
一切の鬼怪(きくわい)をのがるゝなり又
桃(もゝ)の実(み)の十一月まで落(おち)ず
して木にのこりたるを取て
家の内にかけおくもよし
○祟(たゝり)をはらひ妖術(ようじゆつ)をくじく
 まじなひ
犬(いぬ)の白(しろ)きを血(ち)をとりて四方(しはう)
の入口につくれば妖物(ようぶつ)をはらふ
なり又 妖術(ようじゆつ)ある者にそゝげば

【右丁本文】
疱瘡(はうさう)せざる人に喰(くは)しむべし大にやすし
 ○同く痕(あと)つかぬ方
一 疱瘡(はうさう)の山こと〴〵く上をはりて後 家鴨(あひる)
の卵(たまご)の白みをとり顔(かほ)にのこらずぬり置べし
乾(かわ)くにしたがひほろ〳〵と落(おち)て痕(あと)少しも
つかず日を経て顔(かんば)せ玉のごとし
 ○同く草気(くさけ)まじり出かぬるを出す法
一 松茸(まつたけ)の石づき壱ッ刻(きざ)み焙(ほいろ)に少しかけて
粉(こ)にし是を湯(ゆ)にふり出し用ゆべしその儘(まゝ)【侭】
出ること奇妙なり
 ○痘痕(みつちや)を愈(いや)す方
一 土白粉(おしろい)《割書:十匁|》 一 蛇骨(じやこつ)《割書:三匁|》 一はらや《割書:二匁|》 一 葛粉(くずのこ)【「粉」の左に「一分」と傍記】
右 細末(さいまつ)にして大根(たいこん)のしぼり汁にてとき夏毛(なつげ)

【左丁本文】
の筆(ふで)にて窪(くぼ)き所に付べし癒(いゆ)る事妙也
 ○面皰(にきび)を治する薬
一 密陀僧(みつだそう)を粉(こ)にし女の乳汁(ちしる)にてとき
寝(ね)さま〳〵に面(かほ)にぬり明る日 洗(あら)ひ落(おと)す
べし三四五度すれば必ずいゆる也
 ○人の身(み)の朽(くち)入たるを治す薬
一 螽(いなご)《割書:黒やき|》軽粉(けいふん)《割書:少|》おし合せ穴(あな)のふかさほどに
丸(ぐわん)じて朽(くち)たる所へ入れ紙(かみ)にて張(は)り其上に
灸(きう)を三ッ四ッするなり
 ○鮫肌(さめはだ)をなほす方
一 行水(ぎやうずい)の湯(ゆ)の中へ酒一升入れ廿一日 続(つゞ)け
て洗(あら)ふべし肌目(きめ)よくなり鮫肌(さめはだ)悉(こと〴〵)く愈(いゆ)
 ○酒(さけ)の酔(ゑひ)を醒(さま)す薬

【右丁頭書】
その法をおこなふ事あたはず
○夜おそはるゝまじなひ
赤(あか)き毛氈(もうせん)一尺をまくらにし
て寝(いぬ)べし又 犀角(さいかく)を枕(まくら)にする
もよし
○夫婦(ふうふ)中よくする方
五月五日に鳴鳩(めいきう)【左に「ハト」と傍記】の脚脞骨(あしぼね)を
とりて紅(べに)の袋(ふくろ)にいれ男は左
【挿絵】

【左丁頭書】
女は右の手にかけおくべし
つねに袂(たもと)に入るもよし忽(たちま)ち中
よくなる也
○嫉妬(りんき)をやむるまじなひ
黄鳥(うぐひす)を煮(に)て食(くは)しむべし
其女ねたみを忘(わする)る也
又 赤黍(あかきび)と薏苡仁(ぐすだま)と等分の
丸薬(ぐわんやく)とし常に女に呑(のま)しむべし
悋気(りんき)やむ事妙なり
○女の外心(ほかごゝろ)あるを知る方
東のかたへゆく馬(むま)の蹄(ひづめ)の下(した)
の土をとりて女の衣服(きもの)にかく
し入おくべしその情詞(じやうことば)に
あらはるゝもの也
○雷(かみなり)よけのまじなひ
梓(あづさ)の木を庭(には)へうゑおくべし
雷(かみなり)おつることなし又此木を家(いへ)の

【右丁本文】
一 水梨子(みづなし)の大なるを皮(かは)をむき山葵擦(わさびおろし)に
ておろし汁(しる)をしぼり出し其 糟(かす)をよく干(ほ)し
干(ひ)あがりて後又汁に浸(ひた)し又 取上(とりあけ)ては干(ほ)し
毎々 如此(かくのごとく)にして汁の皆(みな)尽(つき)たるを猶よく
日に干し粉(こ)にして置酒に酔(ゑひ)たる時 茶(ちや)一服(いつふく)
ほどづゝたてゝ呑(のむ)べしさむる事 神(しん)のごとし
尤(もつとも)井花水(くみだてのみづ)よろし又方
一 桜(さくら)の皮(かは)を黒焼(くろやき)にして糊(のり)を以て丸(ぐわん)じ
酔て堪(たへ)がたき時三 粒(りう)ほど飲(のむ)べし妙なり
 ○船(ふね)に酔(えは)ざる法
一 半夏(はんげ)を湯煮(ゆに)して臍(へそ)へいれ紙(かみ)にて上を
はりておくべし船(ふね)に酔ふ事なしまた
梅干(むめぼし)を喰(くら)ふもよし

【左丁本文】
 ○中風(ちうぶ)の薬
一 桑(くは)の木の南(みなみ)の方へ出たる根(ね)をとりよく
あらひ日に干(ほ)し刻(きさ)みせんじさんしや《割書:一味|》細(さい)
末(まつ)して散薬(さんやく)となし右の桑(くは)の根(ね)をせんじ
汁として度々(たび〳〵)用ゆる時は中風(ちうぶ)一切(いつさい)の煩(わづら)ひに
妙なり尤(もつとも)調合(てうがふ)の節(せつ)不浄(ふぢよう)をいむ
 ○乳(ちゝ)の腫物(しゆもつ)を治する薬
一 韮(にら)を以て熨(の)すべし李(すもゝ)の汁を付るもよし
又 牛膝(ごしつ)を用ひて水に入せんじて膏薬(かうやく)の
ごとくにして布(ぬの)ぎれを以てのべてつくれば
忽(たちまち)に効(かう)あり
 ○淋病(りんびやう)の薬
一 甘草(かんざう)《割書:一分|》 一 木通(もくつう)《割書:一分|》 一 紅花(こうくわ)《割書:一分|》

【右丁頭書】
材木(ざいもく)に用れば雷おちず俗(ぞく)に
かはらひさ木といふ木なり
又方
五月五日午の刻(こく)に艾葉(よもぎ)と
浮萍(うきくさ)とをとり陰乾(かげほし)にして
雷のなる時たくべし
○人を富貴(ふうき)ならしむる方
十二月 豬(ぶた)の耳(みゝ)をとりて梁(うつばり)の上
に懸(か)けおくべしその家かなら
ず富貴(ふうき)になるなり
○物わすれせぬまじなひ
五月五日に鼈(すつほん)の爪(つめ)を衣類(きもの)
の領(えり)の中に入おくべしおぼえ
よくなるなり
○よく眠(ねむ)る人をねふらせぬ方
馬(むま)のかしらの骨(ほね)を焼(やき)て灰(はひ)と
なし一匕(ひとさじ)つゝ日に三度のむ時は

【左丁頭書】
ねむる事なし夜も一度吞
てよし又馬の頭骨(かしらぼね)を枕(まくら)と
すればねすぎる事なし
○夜(よる)寝(ね)られる人をねさし
むる方
阿蘭陀(おらんだ)より来るムスカアテ
の油といふものを酒(さけ)にいれて
寝(ね)しなに飲(のむ)べし快(こゝろよ)くねふら
るゝなり
○時疫(じえき)瘟病(うんびやう)をはらふ方
正月朔日又は十五日に赤小豆(あづき)
二十 粒(つぶ)麻子(あさのみ)七粒を井(ゐ)の中に
投(なげ)いれおくべし此水(このみづ)をのむ
人ははやり病をわづらふこと
なし又方
銅(あかゞね)を懐(ふところ)にして身につけをれば
はやり病うつらず又 酢(す)を沸(わか)

【右丁本文】
右三味つねの如くせんじ用ゆ又方
一 螻(けら)を生(なま)にて吞酒を以て送(おく)り下(くだ)すまた
螻(けら)をすり爛(たゞ)らし臍(へそ)へいれおくも妙なり
 ○筋気(すぢけ)の薬
一 山椒(さんしやう)の黒(くろ)き実(み)を細末(さいまつ)にしていたむ所へ
つけてよし旅中(りよちう)などに甚(はなはだ)重宝(てうほう)なりまた
白湯(さゆ)にてのむもよし
 ○膈(かく)の薬
紺屋(こんや)の染藍(そめあゐ)を陰干(かげほし)にし粉にして用ゆ又
鳳仙花(ほうせんくわ)の実(み)三合をとりて黄(き)になるまで
いりて粉となし三匁づゝ能酒(よきさけ)にて飲べし
食(しよく)のすゝむ事妙也又方
一 山生魚(さんしやううを)の陰干(かげぼし)を末(まつ)とし味噌汁(みそしる)に入て

【左丁本文】
食(しよく)する時は飯(めし)もおのづから通(とほ)る也
 ○雷(かみなり)に驚(おどろ)き死したるを活(いか)す方
一 蚯蚓(みゝず)を多く集(あつ)めてすりつぶし足のうらへ
すりつけおけばよく甦(よみがへ)るなりまた
一 鮒(ふな)を生(なま)にてすりつぶし火気(くわき)のあたり
たる処(ところ)へぬり付るもよし奇薬(きやく)也
【挿絵】

【右丁頭書】
して身にそゝぎ病人(びやうにん)にもそゝ
ぎおけば近(ちか)よりてもうつらぬ
事妙なり又
赤(あか)き袋(ふくろ)に馬(むま)のほねをいれて
男(をとこ)は左女は右の手にもつべし
はやり病の気(き)にあたらず
○痢病(りびやう)をはらふまじなひ
七月 立秋(りつしう)の日 西(にし)にむかひて
くみだての水をもつて赤小豆(あづき)
七粒をのむべし又
七月十三日に厠舎(せついん)をあらひて
清(きよ)むれば痢(り)を煩ふ事なし
又 木槿(むくげ)の花をみそ汁にして
食(くら)ふべしこれは少しかけたる
をもはらひ除(のぞ)くべし又
無花果(いちじく)【左に「タウガキ」と傍記】の枝を出口(でくち)〳〵に釣(つり)
おくべし妙なり

【左丁頭書】
○疱瘡(はうさう)目にいらぬまじなひ
緑豆(りよくづ)七ッをその児(こ)にもたせて
井(ゐ)の中へ投入(なげいら)しむべしその後
この井戸(ゐど)を七へん祈(いのら)しめて
かへるべしいかやうなる疱瘡(はうさう)に
ても目に入ることなし
○小児(せうに)夜なきのまじなひ一方
犬(いぬ)の毛(け)をあかき袋(ふくろ)にいれて
背(せ)の上にかけておくべし又
牛(うし)の糞(くそ)一塊(ひとかたまり)をとりて席(むしろ)の
下へ入おくべし母にも乳母(うば)にも
共に知せぬやうにする也また
猪(ゐのしゝ)のふしどの中に生(はえ)たる草(くさ)を
ひそかにしくもよし
○小児 夜(よる)寝(ね)かぬるまじなひ
うぐろもちの頭(かしら)の骨(ほね)を枕(まくら)
のほ[と]りにおくべしよくねいる也

【右丁本文】
 ○木舌(もくぜつ)の薬
一 舌(した)こはり腫(はれ)て木(き)のごとくなり口中にみち
たるには芍薬(しやくやく)甘草(かんざう)つねのごとくせんじ
含(ふく)みてよし又 砂糖(さたう)に醋(す)をまぜふくみても
よし
 ○金(かね)を吞(のみ)たるを治する方
一 誤(あやまつ)て金銀(きん〴〵)銅錫(どうしやく)の類(るい)を吞たるをそのまゝに
すておけば竟(つひ)に病となるもの也そのときは
生鴨(なまがも)の血(ち)を盃(さかづき)に一はいのみてよし
一 小児(せうに)の銭(ぜに)を吞たるには生(なま)の薺(なづな)をおほく
食すべし忽(たちま)ち化(くわ)して下り出る也
 ○腫(しゆ)【左に「ハレ」と傍記】気(き)の薬
一 林檎(りんご)一味 黒焼(くろやき)にして用ゆ甚だ効(しるし)あり又

【左丁本文】
冬瓜(かもうり)の皮(かは)の所の中の白みを干物(かんぶつ)にして用ひ
てよし又
一 商陸(しやうりく)《割書:大|》 一 芒根(ばうこん)《割書:中|》 一 菟糸子(としゝ )《割書:中|》
右三味 常(つね)のごとくせんじ用ゆ甚妙なり
 ○上戸(じやうご)を下戸(げこ)にする方
一 酒(さけ)を飲(のむ)ごとに酔狂(すいきやう)し踊(をど)り狂(くる)ひて喧嘩(けんくわ)口(こう)
論(ろん)などする人あり醒(さめ)てはみづからも悔(くや)めども
又しては起(おこ)るものなりこれを治するには
酒の飲(のめ)ぬやうにせんより外にすべなし其方
五月五日の朝(あさ)笹(さゝ)の葉(は)の露(つゆ)を取(とり)盃(さかづき)にいれ
酒にまぜて其人のしらぬやうにして飲(のま)す
べし治(ぢ)すること妙なり又 白狗(しろいぬ)の乳(ちゝ)鵜(う)の
糞(ふん)などいづれも験(しるし)あり先祖(せんぞ)の石塔(せきたふ)に手向(たむけ)

【右丁頭書】
又 焼尸場(やきば)の土(つち)をまくらもとに
おくもよし
○女人(をんな)の邪祟(たゝり)ありて物に見
 いれられたる時の方
一 真(しん)の雄黄(をわう)《割書:壱両細末|》松脂(まつやに)《割書:四両|》
右 松脂(まつやに)を鍋(なべ)にいれてせんじ
とらかして雄黄(をわう)をいれて虎(とら)
の爪(つめ)にてかきまぜ鉄炮玉(てつはうたま)ほどに
丸じ夜(よる)籠(かご)の中にてこれを
たき女人(をんな)をその上に坐(ざ)せしめ
衾(ふすま)をもつて上をおそひ頭(かしら)
ばかりを外へ出さしおくべし
かくの如くする事 三剤(さんざい)に過(すぎ)
ずしておのづから邪気(じやき)絶(たゆ)る也
その後
 雄黄(をわう) 人参(にんじん) 防風(ばうふう)
 五味子(ごみし) 《割書:おの〳〵等分|》

【左丁頭書】
右四味 細末(さいまつ)にし井水(ゐのみづ)にて服(ふく)
する事 壱匕(ひとさぢ)にして全(まつた)くいゆ
るなり
○山中(やまなか)野原(のばら)にて道に迷(まよ)はず
 狐(きつね)狸(たぬき)に迷(まよ)はされぬ方
山亀(やまがめ)の足(あし)の骨(ほね)をとりて男は
左女は右の手に佩(おぶ)べしまよふ
ことなし
○剣難(けんなん)よけのまじなひ
朱鼈(しゆべつ)とて大さ銭(ぜに)ほどあり
て腹(はら)赤(あか)きこと血(ち)のことき鼈(すつほん)
ありこれをおぶれば刃物(はもの)身
を傷(そこな)ふことなく女人は愛敬(あいきやう)あ
りて人にすかるゝなり
○願(ねが)ふ事 成就(じやうじゆ)する方
雄鶏(をにはとり)の毛(け)をやきて酒の中に
ひたして飲(のむ)べし又五月五日

【右丁本文】
たる水を酒に和(ませ)て用ゆるもよし
 ○霜(しも)やけの薬
一 茄子(なすび)のへた《割書:干物|》 一 葱(ねぎ)の白根(しらね)《割書:十本|》
右二味水 一盃半(いつはいはん)を八分目(はちぶんめ)にせんじ洗(あら)ふべし
又 油(あぶら)の土器(かはらけ)を黒焼にして付るもよし
 ○前陰(まへ)に蝨(しらみ)【虱】わきたるを治する方
一 あくけつよき煙草(たばこ)を湯(ゆ)にぬらし摺付(すりつけ)る
ときは蝨(しらみ)赤(あか)くなりて死するなり
 ○小児(せうに)の睪丸(きんだま)【「睪」は「睾」の誤字ヵ】腫(はれ)たる薬
一 天瓜粉(てんくわふん)《割書:一匁|》 一 甘草(かんざう)《割書:一匁五分|》
右二味よく〳〵煎(せん)じのみてよし
 ○毛(け)はえ薬
一 半夏(はんげ)一味 細末(さいまつ)にして付れば速(すみやか)にはゆる也

【左丁本文】
又方 枳穀(きこく)を丸(まる)ながら黒焼(くろやき)にし真菰(まこも)の灰(はひ)と
等分(とうぶん)に合せ髪(かみ)の油にてときてぬるべしまた
さんだい草(さう)といふくさを黒焼(くろやき)にして油にて
ねりて付るもよし又方
 秦椒(さんしやう) 白芷(びやくし) 蔓荊子(まんけいし) 零陵香(りやう〳〵かう)
 附子(ぶし) 川芎(せんきう)《割書:各十匁|》
右六味 生(しやう)にて細(こまか)にきざみ絹(きぬ)に包(つゝ)み白(しら)しぼ
りの油に廿一日 浸(ひた)しおき一日に三度づゝ禿(はげ)
たる処に付べし
 ○髪(かみ)の赤(あか)きをなほし光沢(つや)を出す方
一 桐木(きりのき)をせんじ髪(かみ)をあらへば赤(あか)き色も
黒(くろ)くなること妙なりまた麻(あさ)の葉(は)桑(くは)の葉を
等分(とうふん)にして煎(せん)じあらふもよしつねに灯(とも)す

【右丁頭書】
戊辰の日 猪頭(ゐのしゝのかしら)を以て竈(かまど)に祀(まつ)
るべし求(もとむ)る所心のまゝなり
○狐(きつね)を穴(あな)へかへさゝる方
犀角(さいかく)をきつねの穴に入おく
べしその穴(あな)へ二度かへることなし
又 害(がい)をなす事もなし
○猪(ゐ)のしゝ田畠(たはた)を荒(あら)さゞる
【挿絵】

【左丁頭書】
 まじなひ
夜々(よる〳〵)女の機(はた)おる道具(だうぐ)を猪(しゝ)
の来る処におくべし
○狐(きつね)狸(たぬき)猫鬼(ねこまた)など人につきて
 何物ともしれぬを知る方
鹿角屑(しかのつのゝこ)を搗(つき)て末(まつ)とし水に
てひとさぢ吞(のま)しむべしつき
たる物かならず実(じつ)をいふべし
○五穀(ごこく)を食(くは)ずして餓(うゑ)ざる法
白茅根(はくばうこん)をとりて洗(あら)ひて咀嚼(かみくら)
ふべし又は石の上にてさらし
乾(かわか)し搗(つき)て末となし一匕(ひとさぢ)づゝ
のむべし餓(うゆ)ることなし
○悪瘡(あくさう)凍瘡(あかぎれ)をふせぐ方
五月五日に独蒜(にんにく)をとりて搗(つき)
たゞらかし手足(てあし)身(み)にも面(かほ)にも
ひたとぬるべし一年中(いちねんぢう)諸種(しよしゆ)

【右丁本文】
菜種(なたね)の油(あぶら)を髪(かみ)につくれば髪(かみ)長(なが)くなりて
光沢(つや)出るなり
 ○黄疸(わうたん)の薬
一 鶏卵(たまご)一ッ殻(から)ともに黒焼(くろやき)にし酢(す)一合にて
あたゝめ服(ふく)すべし鼻(はな)より虫(むし)出て愈(い)ゆまた
甜瓜(まくは)の蔕(ほぞ)四十九を六月にとり丁子(ちやうじ)四十九
と合せ鍋(なべ)にて煙(けふり)の立やむまで焼(やき)て末(まつ)とし
大人に壱匙(ひとさぢ)小児(せうに)に半匙(はんさぢ)づゝ鼻(はな)の内にたび
〳〵吹(ふき)入るべし忽(たちまち)にいゆる也
 ○ねぶとの薬
一 青木(あをき)の葉を火にあふれば音(おと)ありては
ねる也其時とりて二まゐにへぎねぶとの上に
張付(はりつく)ればよく膿(うみ)を吸(すひ)てはやくいゆるなり

【左丁本文】
また石蕗(つはぶき)の葉を右のごとくしてねぶとの
上につくべしねぶとのみならず諸(もろ〳〵)の腫物(しゆもつ)に
つけていづれもよし
 ○諸(もろ〳〵)腫物(はれもの)の妙薬
一 何の腫物(はれもの)にてもうみて痛(いたみ)甚(はなはだ)しきに唐大黄(たうだいわう)
の粉(こ)を大楓子(だいふうし)の油(あぶら)にときてはれたる上に
ぬり付おけば一夜(いちや)のうちに口あきて膿(うみ)血(ち)多(おほ)
く出てたちまちに愈(いゆ)べし
 ○痰(たん)の薬
一 竹葉(たけのは)《割書:大|》黒豆(くろまめ)《割書:中|》甘草(かんざう)《割書:小|》 三味水にせんじ
用ふべし即効(そくかう)あり又方
飴(あめ)を豆腐(とうふ)の湯(ゆ)にてせんじ頻(しきり)にのむべし
また藕(はすね)の汁(しる)梨子(なし)の汁 等分(とうぶん)に合せ用ゆべし

【右丁頭書】
物 悪瘡(あくさう)生(しやう)ずることなし冬
あかぎれ切るゝことなし妙也
○子をまうくる方
二月 丁亥(ひのとゐ)の日 杏花(きやうくわ)と桃花(とうくわ)と
をとりて陰干(かげぼし)にし末(こ)にして
戊子(つちのえね)の日 井美水(くみたてのみづ)にて一匕
ふくすべし日に三度のむ也
かならず孕(はら)むこと妙
○男子(なんし)をまうくる方
虎(とら)の鼻(はな)を以て居間(ゐま)の戸(と)の
うへに懸(かけ)おくべし生るゝ子
かならず男子也
○難産(なんざん)を生(うま)するまじなひ
蓮花(れんげ)一ひらに人といふ字を
かきて吞すべし安(やす)く産(さん)す
ること妙也又
桃仁(とうにん)壱 粒(りう)を二ッにさきて一片(いつへん)

【左丁頭書】
には可(か)の字(じ)をかき一片(いつへん)には出(しゆつ)
の字をかき又あはせてこれを
吞べし即時(そくじ)に出生(しゆつしやう)す又
牛屎(うしぐそ)の中にまりじて出たる
大豆(まめ)一粒をとりてわりて
両片(りやうへん)とし一方(いつはう)に父(ちゝ)といふ字
をかき一方に子(こ)といふ字をかき
又合せて紙(かみ)につゝみて水にて
母にのますべし忽(たちま)ちに産(さん)する也
又 大豆(まめ)一粒をわりて一方には
伊(い)の字をかき一方には勢(せ)の字
をかき合せつゝみて水にて吞(のま)す
べし男子(なんし)は左女子は右の手に
この大豆(まめ)を持(もち)て生(うま)るゝなり
疑(うたが)ふべからず
○樹(き)に毛虫(けむし)を生ぜぬ方
木の根(ね)に蚕蛾(さんが)をうづむべし

【右丁本文】
またせき入て気(き)を失(うしな)ふほどなるには竹瀝(ちくれき)
《割書:竹をあぶりて|とりたる汁也》を用ゆべし白(しら)しめの油にてもよし
たちまちに治(ぢ)する也また大根(だいこん)の実(み)をせんじ
用ゆるもよく菜(な)の根(ね)をせんじてもよし
いづれも皆(みな)奇効(きかう)あり
 ○脱肛(だつこう)を治する薬
一 肛門(しりのあな)ふくれて長くいづるを脱肛(だつこう)といふ
鮒(ふな)のかしらを黒焼(くろやき)にして酒(さけ)にて飲(のむ)べし
また油(あぶら)にまぜてぬり付るもよし又方
黄連(わうれん)一味水にてときぬりつけてよし
 ○癩風(かつたい)の妙薬
一 松脂(まつやに)をねり水に入れ煉(ね)る事二十度して
蜜(みつ)にて胡桝(こせう)【椒】ほどに丸(ぐわん)し二十 粒(りう)づゝ空腹(すきはら)に

【左丁本文】
白湯(さゆ)にて用ゆべし久しくして効(しるし)あり一切(いつさい)
塩気(しほけ)の物をいむべし又方
石灰(いしばひ)二升五合 水(みづ)にかきまぜすまして其水に
て蓮葉(はすのは)三十 枚(まい)をせんじ五六日に一度づゝ半(はん)
【挿絵】

【右丁頭書】
また魚(うを)のあらひ汁をそゝぐ
もよろし
○炭火(すみひ)のはねぬまじなひ
塩(しほ)を少しばかり火の中へ
つまみ入(いる)ればその火はぬること
なし
○蓮池(はすいけ)の用心(ようじん)
蓮池に桐油(とうゆ)を入るゝ時は荷(はす)
こと〴〵く枯(かる)るなり
○漆(うるし)にまけぬ用心
川椒(せんしやう)【左に「さんしやう」と傍記】をかみて鼻(はな)の上にぬれ
ばうるしにかぶれず
○疣(いぼ)をぬくまじなひ
七月七日 大豆(たいつ)を以て疣(いぼ)の上
を拭(ぬぐ)ふこと三度此 豆(まめ)をその
人に南むきの屋(いへ)の東(ひがし)より
第二番目(だいにばんめ)の溜(みぞ)の中に種(うゑ)おかす

【左丁頭書】
べしその豆(まめ)葉(は)を生(しやう)ずるとき
熱湯(にえゆ)を沃(そゝ)ぎてからすなり疣(いほ)
たちまちおつる
○かん強(つよ)き馬を驚(おどろか)さぬ方
狼(おほかみ)の尾(を)を馬のむねの前に
かくべし物におとろかずして且(かつ)
邪気(じやき)をもさくる也
○虱(しらみ)わかぬ方
木瓜(もくくわ)を切へぎて席(むしろ)の下にし
くべし虱(しらみ)わく事なし妙
○人の臥(ふし)たるを起(おこ)さぬまじ
 なひ
東(ひがし)へゆく馬(むま)のひづめの下の土を
とりて三家(さんか)の井の内の泥(どろ)に
合せねたる人の臍(へそ)のしたに
おく時はその人 臥(ふ)して起(おき)る
ことなし

【右丁本文】
日ばかり浴(よく)すべし又方 荊芥(けいがい)薄荷(はくか)二味水に
てせんじ馬鞭草(ばべんさう)の粉(こ)をその汁にて用ゆべし
又方 大黄(だいわう)をあつ灰(ばひ)にうづみ焼(やき)にして十匁 皀(さい)
莢刺(かちのとげ)十匁同じく粉にして一匁ツヽすき腹(はら)に温(あたゝめ)
酒(ざけ)にて用ゆ大便(たいべん)より悪物(あくぶつ)下りていゆべし
又 白癩(しろかつたい)には苦参(くらゝ)をきざみてかけめ八百目を
上酒(じやうざけ)八升にひたし絶(たえ)ず飲てよし幷(ならび)に苦参(くらゝ)の
根(ね)と皮(かは)とを粉(こ)にし右の酒にてのみてよし
 ○疿子(あせも)の薬
一  胡瓜(きうり)をきりてその切口(きりくち)にてあせもを
すりてよしまた升麻(しやうま)を水にてせんじて
たび〳〵あらひてよし
 ○脚気(かつけ)の薬

【左丁本文】
一 商陸(やまごばう)の生(なま)の根(ね)をせんじ其汁(そのしる)にて赤小(あづ)
豆(き)を煮(に)て食(くら)ふべし尤(もつとも)塩気(しほけ)を止(やめ)飯(めし)を減(げん)じ
一切(いつさい)あぶらづよき魚類(うをるい)を禁(きん)ずべし又方
冬瓜(かもうり)の小口(こぐち)を切(きり)中の実(み)を出して其あとへ
赤豆(あづき)をつめ黒焼(くろやき)にして寒中(かんちう)三十日がほど
白湯(さゆ)にてのむべし其 翌年(よくねん)よりかつけ
起(おこ)ることなし奇妙(きめう)なり又方
脚気(かつけ)心(むね)を衝(つき)てくるしむに白礬(はくばん)二十匁水四
升ほどに入れ煎(せん)じ三五度 沸(わか)したてゝ脚(あし)を
いれて浸(ひた)してよしまた西瓜(すいくわ)を多く喰(くら)へば
小便(せうへん)おほく出て心(むね)ゆるむなり西瓜(すいくわ)のたねを
せんじ用るもよし皮(かは)もよし
 ○そげの立(たち)たるぬき薬

【右丁頭書】
【挿絵】
○いかほど寝(ね)ても〳〵ねむたき
 をなほす方
鼠(ねずみ)の目(め)を一ッとりて焼(やき)て魚(うを)の
あぶらにて丸薬(ぐわんやく)としその人の
目眥(まじり)にいれおくべし又 絳嚢(あかきふくろ)
に二ッ入ておぶべし
○小児(せうに)の寐小便(ねせうべん)せぬまじなひ
紅紙(あかがみ)にて馬のかたちを四疋(しひき)

【左丁頭書】
剪(きり)造(つく)りて小児(せうに)のねる床(ゆか)の
下にしくべし尤(もつとも)七夜(なゝよ)つゞけて
如斯(かくのごとく)してなほる事妙なり
○息(いき)の臭(くさ)きを治(ぢ)するまじなひ
毎月 朔日(ついたち)日(ひ)の出(いで)ざる前(まへ)に口
中に水をふくみ東(ひがし)の方より
あるくこと七足(なゝあし)にしてうしろへ
向(む)き東(ひがし)の方の壁(かべ)にむかひ
立ながら含(ふく)みたる水を七度
はくべし口(くち)のくさみさる事
妙(めう)なり
○雀目(とりめ)を治(ぢ)するまじなひ
とり目(め)の人を暮(くれ)がたに雀(すゞめ)の
やどる所へつれ行 雀(すゞめ)を見せ
さて雀(すゞめ)を竹竿(たけざを)にて打おどろ
かし雀(すゞめ)のとぶ時 此文(このもん)をとなふ
べし

【右丁本文】
一 竹木(ちくぼく)のそげたちたるに甘草(かんざう)をかみて
つけておけば抜出(ぬけいづ)るなり深(ふか)く入たるには
度々つけてよしまた蟷螂(かまきり)をとり陰(かげ)
干(ぼし)にしておき麦飯(むぎめし)のそくひにおしまぜて
つくべし抜出(ぬけいづ)ること奇妙(きめう)なり
 ○そら手を直(なほ)す方
一そら手《割書:何といふことなく手いたみて物をとる時など大に|ひゞくを俗にそら手といふ又小うでのさがり》
《割書:たるなど|もいふ》には古綿(ふるわた)を火にくべその煙(けふり)にて薫(ふすむ)
ればすなはちやむくぢきたがひたるにもよし
 ○血(ち)とめの一方
一五月五日に韮(にら)のしぼり汁をとり石灰(いしばひ)の
粉(こ)にこね合せ餅(もち)のごとくして風のすく処に
つりおくべし細末(さいまつ)にして一切(いつさい)の斬瘡(きりきす)に付(つく)るに

【左丁本文】
血(ち)をとめてはやく愈(いゆ)ること妙々なり年(とし)を
経(へ)て久(ひさ)しきほど其功(そのこう)ありたくはへおくべし
 ○魚骨(うをのほね)喉(のど)にたちたる薬
一 魚骨(うをのほね)喉(のど)にたちてぬけがたきに鳳仙花(ほうせんくわ)の
実(み)を舌(した)のさきにおけばそのまゝぬける事
妙なり或(あるひ)は粉(こ)にして吞(のみ)てもよし又 橄欖(かんらん)
子(し)の末(まつ)を飲(のむ)もよしまた鵜(う)の吭(のど)をとり干(ほし)
おきてその中より水をのみてよし速(すみや)かに
ぬけるなり《割書:鵜(う)の吭(のど)とてきり〳〵と巻(まき)たるごとき物をいふは|のどにはあらずよく〳〵たづねて貯(たくは)へおくべし》
 ○霍乱(くわくらん)の急方(きふはう)
炎暑(えんしよ)の時気(じき)に中られて腹痛(ふくつう)吐瀉(としや)甚(はなはだ)しく
悶(もだ)へ苦(くる)しむを霍乱(くわくらん)といふ急(きふ)に救(すくは)ざれば死(し)に
至る諸薬(しよやく)の内 尤(もつとも)簡便(かんべん)【左に「ヤスキ」と傍記】なるをこゝに記(しる)す

【右丁頭書】
紫公紫公(しこう  〳〵 )我還汝(がげんぢよ)盲汝還明(もうぢよげんみやう)
我(が)と毎日(まいにち)かくのごとくすればなほ
ること妙なり
○魚(うを)のほね喉(のど)に立(たち)たるまじなひ
骨(ほね)を喉(のど)に立たる人の頭(かしら)より
投網(たうあみ)をかけおほふべし忽(たちま)ちに
ぬけること奇妙(きめう)なり又 砂糖(さたう)
水をのむもよし
又方 新(あたら)しき茶碗(ちやわん)に汲立(くみたて)の
水をいれ此文をとなふべし
謹上(きんじやう)太上(だじやう)東流(とうりう)順水(じゆんすい)如(によ)南方(なんばう)
火帝(くわてい)律令(りつりやう)勅(ちよく)
この文を一息(ひといき)に七へんとなへ
右茶わんの中へ唱(とな)へたる気(き)を吹(ふき)
入ること七へんしてその水を呑(のむ)
べし骨(ほね)のぬける事 奇々妙(きゝめう)
妙(〳〵)なり

【左丁頭書】
【挿絵】

【右丁本文】
惣(そう)じて蒜(にゝく)の根(ね)をつきたゞらして水(みづ)にたてゝ用
るをよしとす吐(はき)て止(やま)ざるに糯米(もちごめ)を水にいれすりて
其 汁(しる)を飲(のむ)べし咽(のど)渇(かわ)くに芦(あし)の葉(は)をせんじて用
ゆべし又 米泔水(しろみづ)もよし泄瀉(くだり)やまざるに艾葉(もぐさ)を
水にて濃(こ)くせんじて用ゆべし又 芥子(からし)を水にて
ねり臍(へそ)につくるもよし又 蓼葉(たでのは)をすりて其汁
をのむも妙(めう)なり此外(このほか)蓮藕(はすのね)梅干(むめぼし)桃葉(もゝのは)乾姜(かんきやう)
塩(しほ)などいづれも奇効(きかう)あり又 毎日(まいにち)蒜(にゝく)一ッか或(あるひ)は
胡椒(こしやう)一粒かを服(ふく)する時は霍乱(くわくらん)の憂(うれへ)さらに
なし疑(うたが)ふべからず

【左丁本文】
経験灸治類第三【項目を▢で囲む】
人(ひと)の生(せい)を保(たも)つは気血(きけつ)の二ッあるを以(もつ)てなり
然(しか)れば常(つね)の養生(やうじやう)には陽気(やうき)を助(たす)け気血(きけつ)を
順にめぐらすを以て第一(だいゝち)とすべし気(き)塞(ふさ)がり
血(ち)滞(とゞこほ)れば陽気(やうき)不足(ふそく)し血(ち)もしたがつて生(しやう)
ぜず竟(つひ)に疾病(やまひ)となるなり是(これ)をめぐらする
には灸治(きうぢ)にまされることなしされば疾病(やまひ)な
き人なりともをり〳〵灸治(きうぢ)して怠(おこた)らず気(き)
血(けつ)を順(じゆん)にする時は食物(しよくもつ)消化(せうくわ)して血液(けつえき)滞(とゞこほ)ら
ず故(ゆゑ)に疾病(やまひ)なくして気(き)常(つね)に満足(まんぞく)すべし
これ第一の養生法(やうじやうほう)なれば必(かならず)灸治(きうぢ)をすべき

【右丁頭書】
暦(こよみ)中段(ちうだん)下段(げだん)の略解(りやくげ)
○中段(ちうだん)十二 客(かく)の事
建除満平定取破危( たつ のぞく みつ たひら さだん とる やぶる あやふ)
成収開閉( なる をさん ひらく とづ )これを十二 客(かく)と
いふおの〳〵吉凶(きつきよう)のことわり有
あらまし下にいふが如(ごと)し客(かく)とは
其日(そのひ)にあたりて外(ほか)より来(きた)りて
やどる心なり
○建(たつ)は天(てん)のなりはじまる日也
種(たね)をまき神(かみ)を祭(まつ)り柱(はしら)をた
て家(いへ)を造(つく)り婚礼(こんれい)をなし
旅(たび)に出たつなど物事(ものごと)を始(はじむ)るに
大吉(だいきち)なり但(たゞ)し土(つち)を動(うごか)さず
○除(のぞく)は土(つち)の成(なり)はじまる日なり
井(ゐ)をほり道(みち)をゆくによし
寺(てら)をたて土をうごかし夫妻(ふさい)に

【左丁頭書】
逢(あひ)はじむればかならず死(し)する也
○満(みつ)は人のなりはしまる日也
神(かみ)をまつり家(いへ)を造(つく)り移住(わたまし)又
夫妻(ふさい)に逢初(あひそむ)るによし土を動(うご)かし
種(たね)をまくにもよし
○平(たひら)は四天王(してんわう)の成初(なりはしま)る日なり
神(かみ)を祭(まつ)るにはよし仏事(ぶつじ)には
悪(あし)し種(たね)まき旅行(りよかう)婚礼(こんれい)等には
よし
○定(さだん)とは五穀のなりはじまる日也
神(かみ)を祭(まつ)り家(いへ)を造(つく)るにはわろし
種(たね)をまき婚礼(こんれい)旅行(りよかう)土(つち)をうご
かし井(ゐ)を掘(ほる)には大吉日なり
○取(とる)とは天福(てんふく)の成(なり)はじまる日也
神を祭(まつ)りたねをまき婚礼(こんれい)に
用ひて福徳(ふくとく)来り百三十年 保(たも)
ち安全(あんせん)なり家造(いへづくり)井掘(ゐほり)大によし

【右丁本文】
なり仍(よつ)て其(その)灸穴(きうけつ)の験(しるし)あるものゝ素人(しろうと)にて
も点(おろ)しやすきを左に挙(あげ)て民家(みんか)救患(ぐくわん)の一助(いちじよ)
とす
 ○四花(しくわ)の灸(きう)おろしやう
この灸(きう)気(き)をひらき痰(たん)を治(をさ)め虚(きよ)を補(をぎな)ひ腎(じん)を
益(ま)す故(ゆゑ)に伝尸(でんし)労咳(らうがい)気鬱(きうつ)虚症(きよしやう)に神効(しんかう)あり
おろしやうは藁(わら)しべにても紙索(こより)にてもつぎて
大椎(たいずゐ)の骨(ほね)《割書:脊(せ)すぢ第一の大ほね|にて頸(くび)のつけねなり》の上より引かけて前(まへ)
へおろし鳩尾(きうひ)【左に「ミヅオチ」と傍記】《割書:むねの下のくぼ|まりたる処也》にて両端(りやうはし)をきり
さて其しべの正中(まんなか)を結喉(けつこう)《割書:のどの下の二ッある|骨(ほね)のまん中なり》へあて
後(うしろ)へまはししべの尽(つく)る所の背(せな)の正中(まんなか)に仮(かり)に
墨(すみ)をつけ別(べつ)に又 口(くち)の広(ひろ)さの寸(すん)を唇(くちびる)のなりに
とりて其(その)正中(まんなか)を前(まへ)の仮点(かりてん)の処へ横(よこ)に当(あて)

【左丁本文】
【挿絵】

【右丁頭書】
○破(やぶる)とは星(ほし)の成初る日なり
神(かみ)をまつり旅(たび)だちしてはかなら
ず死(し)す土をうごかし婚礼(こんれい)等(とう)大
にわろし
○危(あやふ)とは風(かぜ)のなり初る日なり
酒(さけ)を造(つく)るに大によし種(たね)をまき
神を祭(まつ)り家をつくるなと一切(いつさい)
よろしからず
○成(なる)は人の成(なり)はじまる日なり
神(かみ)を祀(まつ)り土を動(うご)かし木(き)を植(うゑ)
家をつくり夫妻(ふさい)あひはじめ種(たね)
をまくなと大によろしその外
万(よろづ)もちひて成就(じやうじゆ)する也
○収(をさん)とは水(みづ)のなり初る日なり
神をまつり婚礼(こんれい)等(とう)は死(し)す酒(さけ)を
造(つく)れば三人 死(し)す家造(やつくり)旅行(りよかう)
土をうごかして大によし

【左丁頭書】
○開(ひらく)は地福(ちふく)のなり初る日なり
寺(てら)をたて竈(かまど)をぬり土を動かし
門(かど)をたて井(ゐ)をほり旅(たび)だち種(たね)
まき神(かみ)をまつり婚礼(こんれい)等に用ひ
て三日の内に宝(たから)をまうくると
いへり
【挿絵】

【右丁本文】
両(りやう)の端(はし)に点(てん)し又そのしべを竪(たて)にして正中(まんなか)を仮(かり)
点(てん)にあて上下の端(はし)に点(おろ)すべし是(これ)四花(しくわ)の灸(きう)
穴(けつ)なり仮点(かりてん)は後(のち)に拭(ぬぐ)ひとるべし
 ○患門(くわんもん)の灸(きう)おろしやう
この灸(きう)四花(しくわ)と共(とも)にすうべし虚労(きよらう)手足(てあし)の
うら熱(ねつ)し盗汗(ねあせ)出て精神(せいしん)倦(う)みくるしみ
骨(ほね)節(ふし)いたみ寒(ひ)え肌(はだへ)痩(やせ)面(おもて)黄(き)ばみ食(しよく)少(すくな)く力(ちから)
乏(とも)しきを治(ぢ)すおろしやう男(をとこ)は左(ひだり)女(をんな)は右(みぎ)の
足(あし)の大指(おほゆび)の爪頭(つまがしら)より足(あし)のうらを跟(きびす)の下に引(ひき)
それより膕(ひつかゞみ)のうしろの横文(よこすぢ)まての寸(すん)をとり
其しべを鼻(はな)のさきより頭(かしら)に引(ひき)のぼせ項(くびすぢ)の後(うしろ)
にくだししべの尽(つく)る処に正中(まんなか)に仮(かり)に点(てん)を付(つけ)
又 鼻(はな)の下より両(りやう)の吻(くちわき)までの寸をとりて

【左丁本文】
其しべの正中(まんなか)を仮点(かりてん)にあて両(りやう)の端(はし)におろす
是 患門(くわんもん)の穴(けつ)なり仮点(かりてん)はぬぐひおとすべし
但し膕(ひゆかゝみ)【注】の筋(すぢ)立(たて)ばあまた見えて正(たゝ)しからず
初(はじめ)まづ坐(ざ)して横文(よこすぢ)のかしらにかりに墨(すみ)を付
それを見て文(すぢ)の正中(まんなか)までの寸をとるべし
灸数(きうかず)は病人(ひやうにん)の歳(とし)の数(かず)に一壮(いつさう)ましてすうべし
また患門(くわんもん)の二穴(にけつ)と四花(しくわ)の横(よこ)の二穴とを一時(いちじ)に
すゑ一穴に廿一 壮(さう)づゝ灸(きう)して毎日(まいにち)すうるに一穴に
百五十二百にいたる時 四花(しくわ)の竪(たて)に灸すべし一穴
に七 壮(さう)つゝ毎日すゑて一穴に五十百にいたる後(のち)
三里(さんり)に灸して気(き)を下(くた)すべしすべて上部(じやうぶ)の
灸をすゑたる後(あと)にては三里(さんり)に灸して気(き)を下す
こといづれもよろしきなり心得(こゝろえ)おくへし

【注 「ひゆかゝみ」は「ひつかゝみ」の誤ヵ】

【右丁頭書】
○閉(とづ)とは病(やまひ)の成初る日なり
墓(はか)をたつるによし家(いへ)を造(つく)り
穀(こく)をまくなど大にわろし
 ○天一天上の事
天一神(てんいちじん)の天(てん)へ上(のぼ)り給ふ日を天一
天上といふ天一 神(じん)は帝釈天(たいしやくでん)の有(いう)
司(し)として三界(さんがい)をめぐり人間(にんげん)の
善悪(よしあし)を記(しる)して帝釈(たいしやく)に申す神
なり又 天一神(てんいちじん)の有司(いうし)に日遊神(にちゆうじん)
あり天一神天上し給ふ時は日遊(にちゆう)
神 下界(げかい)にくだりて人の家(いへ)をわが
家(いへ)とする神なりこの神 不浄(ふじよう)を
嫌(きら)ふゆゑに天一天一十六日の内
万事(ばんじ)清浄(しやう〴〵)にすべし不浄(ふじよう)なれ
ば日遊神(にちゆうじん)祟(たゝり)をなす也わけて
心をいさぎよくもつべし又 家(いへ)を
くづし造作(ざうさく)することをいむべし

【左丁頭書】
癸巳(みづのとみ)の日より天一神天上し
十六日をへて下界(けかい)に帰(かへ)り日遊(にちゆう)
神(じん)天上するなり此十六日の内
鹿猟(しゝがり)鷹狩(たかかり)川狩(かはかり)などをいむべし
癸巳(みつのとみ)の日より天にのぼり戊申(つちのへさる)の
日下り給ふなり此十六日の間(あひだ)を
天一天上とはいふなり
 ○犯土(つち)の事
庚午(かのへむま)の日より七日が間大づち也
中の一日 丁丑(ひのとうし)を間日(まび)とす戊寅(つちのへとら)
の日より七日が間小づちなり以
上十五日なり此事(このこと)中段(ちうだん)には見え
ざれども人の知(し)る所なればこゝに
出すなり
 ○彼岸(ひがん)の事
ひがんの語(ご)仏説(ふつせつ)より出たり邪摩(やま)
天(てん)と都卒(とそつ)天との間に中陽院(ちうやうゐん)と

【右丁本文】
 ○亥眼(ゐのめ)
人を立(たゝ)しめて腰(こし)を見れは両旁(りやうはう)にすこし陥(くぼ)み
ありて両眼(りやうがん)のごとしこれを腰眼(ようかん)の穴(けつ)といふうつむ
きに臥(ふし)て七 壮(さう)十四壮などすうべし労瘵(らうさい)腰痛(こしいた)み
大便(だいべん)不通(ふつう)などすべて下部(げぶ)の諸症(しよしやう)によし癸亥(みつのとゐ)の
日の亥時(ゐのとき)に灸(きう)すればよくきく也 故(ゆゑ)に俗(ぞく)亥眼(ゐのめ)と云
 ○風市(ふじ)
股(もゝ)の外(そと)の正中(まんなか)膝(ひざ)の上七寸 両筋(りやうすぢ)の間(あひ)也 立(たち)て身(み)を
正(たゞし)くし両手をおろして中指(なかゆび)のかしらの尽(つく)る処
に点(おろ)すべし腰(こし)股(もゝ)しびれ疼(いた)み脚気(かつけ)中風(ちうぶ)によし
 ○騎竹馬(きちくば)
男(をとこ)は左(ひだり)女は右の手(て)の肘(ひぢ)のうちの横紋(よこすぢ)の中より
中指(なかゆび)のはづれまでの寸(すん)をとり病人(びやうにん)を丸竹(まるだけ)の

【左丁本文】
上にまたがらせ二人して其竹(そのたけ)をもちあげ病人(びやうにん)の
足(あし)畳(たゝみ)よりはなるゝ時 背(せな)を直(すぐ)にして右のしべを
亀尾(かめのを)《割書:尻(しり)の穴(あな)の上に|ほねある処也》の所にあて背(せ)すぢを上(かみ)へのぼせ
しべの尽(つく)る処に仮点(かりてん)しそれより左右(さいう)へ一寸づゝ
の処 灸穴(きうけつ)なり十四 壮(さう)廿一壮づゝすうべし一切(いつさい)の悪(あく)
瘡(さう)中風(ちうふ)痛風(つうふう)癰疽(ようそ)に妙(めう)なり
【挿絵】

【右丁頭書】
いふ処(ところ)にて二月八月おの〳〵七日
の間 摩醯首羅(まけいしゆら)上首(じやうしゆ)として冥官(みやうくわん)
みやうじゆ聚(あつま)り一切(いつさい)の善悪(ぜんあく)を記(しる)す
といへり又 無数(むすう)万億(まんをく)の仏(ぶつ)菩薩(ぼさつ)此
七日が間 法(ほう)をときて衆生(しゆじやう)に楽(たの)
しみをつげ煩悩(ぼんのう)をはらひて彼岸(かのきし)
にいたらしめ給ふとなりこれらの
事より此名(このな)出たる也 春(はる)は二月の
節(せつ)より十一日め秋(あき)は八月の節
より十五日めなり時候(じこう)金気(きんき)の
中正(ちうせい)和暖(わだん)の時節(じせつ)なれば時正(じしやう)と
名(なづ)けて善(ぜん)を修(しゆ)するの時とし
俗中(ぞくちう)陰徳(いんとく)を行(おこな)ふを第一とす
また此ころ諸菜(しよさい)の種(たね)をまき
てよき時候(じこう)とするなり
 ○八専(はつせん)の事
八専(はつせん)とは十二日 比和(ひわ)する日八日

【左丁頭書】
【挿絵】
ありて八(はち)を専(もつは)らにする心にて
八専(はつせん)とはいふなり比和(ひわ)するとは
壬(みづのへ)の水(みづ)と子(ね)の水と比和(ひわ)する類に
て干支(かんし)の五行(こぎやう)の比(なら)び和(わ)する意(い)也
その中に比和(ひわ)せぬもの四日あり
これを間日(まび)というたとへば癸(みづのと)《割書:水|》丑(うし)《割書:土|》
これ土剋水(どこくすゐ)にて和(わ)せず十二日に
比和(ひわ)するもの八日あり陰陽(いんやう)交泰(かうたい)

【右丁本文】
 ○斜差(すぢかひ)
背(せ)の九(く)の椎(ずゐ)《割書:椎(ずゐ)とは脊骨(せぼね)の節(ふし)をいふ|第一より九ばんめのふし也》の下 左(ひだり)へ一寸五分
十一の椎(ずゐ)の下右へ一寸五分にすぢかひに点(てん)する也
これは小児(せうに)飲食(いんしよく)に傷(やぶ)られざる為(ため)に肝(かん)と脾(ひ)と
の兪(ゆ)に灸(きう)するを気力(きりよく)をはかりて左右一穴づゝ
略(りやく)したるもの也
 ○鬼哭(きこく)
鬼祟(ものつき)狐魅(きつねつき)をおとし驚風(きやうふう)てんかんを治(ぢ)す凡(すべ)て
狂疾(きやうしつ)に効(しるし)ありおろしやう両手(りやうて)を合せ大指(おほゆび)
を紙索(こより)にて縛(しば)り合(あわ)せならべて両(りやう)の爪(つめ)と肉(にく)と
の角(かど)四処(よところ)へかけて一壮(いつさう)にて灸(きう)するなり灸の
大さは艾(もぐさ)を四分(しぶ)ばかりにして四処へよくかゝる
ほどにすべし数(かず)は七 壮(さう)または十四壮にてよし

【左丁本文】
 ○章門(しやうもん)
臍(へそ)の上二寸 両方(りやうはう)へ九寸づゝ横(よこ)に臥(ふし)て上の足(あし)を
屈(かゞ)め下の足を伸(のべ)て肘(ひぢ)の尖(とがり)のあたる所(ところ)の肋(あばら)の
端(はし)なりさて肋骨(あばらぼね)の末(すゑ)の小肋骨(ちひさきほね)の端(はし)に仮点(かりてん)
し此点(このてん)より前(まへ)の方へ一寸五分を章門(しやうもん)の穴と
す腹(はら)鳴(なり)食(しよく)化(くわ)せず煩熱(はんねつ)ありて口(くち)乾(かわ)き喘息(ぜんそく)心痛(しんつう)
食傷(しよくしやう)嘔吐(ゑづき)腰(こし)膝(ひざ)ひえいたみ白濁(びやくだく)疝気(せんき)《振り仮名:𤹠聚|しやくじゆ》【注】腹(はら)
はれ脊(せ)こはり肩(かた)肘(ひぢ)あがらず四支(てあし)だるく身(み)黄(き)にして
痩衰(やせおとろ)ふるなどの症(しやう)によし
 ○三里(さんり)
膝(ひざ)のうしろ膕(ひつかゞみ)の横文(よこすぢ)のとまりより外踝(そとくるぶし)の尖(とがり)の
真上(まうへ)まで寸をとりこれを十六にをり一尺六寸
と定(さだ)めさて膝頭(ひざかしら)の外(そと)の側(わき)にくぼみたる処あり

【注 「𤹠」(音セキ、ジャク)の漢字としての意味は「やせる」で「瘠」の譌字とされていますが、我が国では「シャク」と読み「胸部が急に痛んで痙攣を起こす病。さしこみ。癪」の意。『大漢和辞典』より】

【右丁頭書】
するゆゑに多(おほ)くは雨天(うてん)がち也
一年(いちねん)に六 度(ど)七十二日あり諺(ことわざ)に
照入八専(てりいるはつせん)降(ふる)八専などいふ事あり
て八専に入る日 雨(あめ)あれば八専(はつせん)
中 多分(たぶん)日和(ひより)よし八専に入る日
天気(てんき)よければ八専中(はつせんちう)雨(あめ)ふる
なり又八専は二日めに雨(あめ)ふれ
ば極(きは)めて霖雨(ながあめ)となるなり
 ○土用(どよう)
土用(とよう)は四季(しき)にあり三月六月
九月十二月の節(せつ)より十三日め
土用(どよう)の入にて十八日にて終(をは)る也
一年に都合(つがふ)七十二日也 土用(どよう)の
翌日(よくじつ)四季(しき)の立(たち)はじまる日なり
間日(まび)あり春(はる)は巳午酉 夏(なつ)は卯
辰申 秋(あき)は未酉亥 冬(ふゆ)は寅卯巳
これ也土を動(うご)かす事をいむへし

【左丁頭書】
但(たゞし)間日(まび)はくるしからす
  ○十方暮(しつはうぐれ)
十方ぐれは十 干(かん)と十二 支(し)と相(あひ)
剋(こく)するにて八専(はつせん)のうら也たとへば
甲申(きのへさる)に入るは甲(きのへ)は木(き)申(さる)は金(かね)にて
金剋木(きんこくもく)なり余(よ)は准(じゆん)して知べし
十日が間 曇(くも)る事をつかさどる
  ○三伏(さんふく)
五月 中(ちう)の後(のち)第三の庚(かのへ)の日を初(しよ)
伏(ふく)といふ第四の庚(かのへ)を中伏(ちうふく)といひ
立秋(りつしう)のはじめの庚(かのへ)を末伏(まつふく)と云
大暑(たいしよ)の火(ひ)より庚(かのへ)の金(かね)を火剋(くわこく)
金(きん)と剋(こく)する故に伏(ふく)といふ此日
旅(たび)にたつ事大にわろし万事(ばんじ)
この日を用ゆべからず
  ○八十八 夜(や)
立春(りつしゆん)より八十八日め也 大体(たいてい)此(この)

【右丁本文】
《割書:これを膝|眼(がん)といふ》此処の正中(まんなか)に仮(かり)に点(てん)しそれより下へ
右の寸をあて三寸の所へおろすべし是 三里(さんり)の
穴なり此灸(このきう)の功(こう)よく人の知る処なりすべて
上衝(じやうしよう)の病(やまひ)足脚(あし)の病 万病(まんびやう)によし
 《割書:俗説に三里の灸は膝頭(ひさかしら)に手の大指のまたをかけて下中指の|あたる所なりといひ或は膝をたてゝ向脛(むかずね)の骨(ほね)をきせるなど|にて上へこきあぐるにそのとまる所の骨の外すなはち三里|の穴なりといふこれ遠からぬ説なりしかれどもかやうにては|はなはだ大やうなる事にてたしかに知れがたければかならず|右の法を以ておろすべし折角すゑたる灸の穴ちがひては|労して功なき事也さて足の指をそらして見れば足くび|にくぼむ所ありそこに脈のうつ所あり三里をきびしくおさへ|て試るに此処に脈うたぬは三里の正穴なりとしるべし》
 ○絶骨(ぜつこつ)
右のごとく膝(ひざ)の膕(ひつかゞみ)の紋(すぢ)より外踝(そとくるぶし)のとがりまで
の寸をとり踝(くるぶし)をのぞき踝の上際(うへぎは)より上の方へ
三寸 骨(ほね)のわれめある其前(そのまへ)におろすべし心腹(むねはら)張(はり)

【左丁本文】
【挿絵】
みち胃熱(ゐねつ)不食(ふしよく)し脚気(かつけ)筋骨(きんこつ)つりいたみ虚労(きよらう)𠲪(しや)【注】
逆(くり)うなじこはり痔(ぢ)下血(げけつ)大小 便(べん)しぶり中風(ちうぶ)手足(てあし)
なへてかなはざる等によし
 ○中脘(ちうくわん)
鳩尾(みつおち)の中間(なか)に𠆢かくの如(ごと)き骨(ほね)あり岐骨(ぎこつ)と云
それより臍中(へそのなか)までの寸をとりこれを八ッに

【注 「𠲪」は「呝」と同じ意。「呝逆」で音が「アクギャク」で義は「しゃっくり」と『大漢和辞典』に記載有り。】

【右丁頭書】
前後(ぜんご)暖気(だんき)になりて霜(しも)止(や)む故
に俗(ぞく)に八十八夜の名残(なごり)の霜(しも)と
いふ種(たね)をまく候(ころ)とする也
  ○二百十日
立春(りつしゆん)より二百十日め也この頃は
秋(あき)の暴風(ぼうふう)ふく時分(じぶん)なる故に稲(いね)を
損(そこな)はれん事を恐(おそ)れて防(ふせ)ぎの
目的(めあて)とする事也二百廿日といふ
事をもいへりされど此日(このひ)に限(かぎ)りて
風(かぜ)ふくといふにはあらず前後(ぜんご)大
やう同じ事也
  ○半夏生(はんけしやう)
此日(このひ)房事(ばうじ)をたち韮(にら)薤(らつけう)の類を
食(くら)はず獣肉(じうにく)をくらはず何にても
汚(けがら)はしき事を忌(いむ)といへり畿内(きない)に
ては農民(のうみん)餅(もち)をつきて賀儀(かぎ)をな
す稲苗(なへ)を植(うゑ)たるいはひ也とぞ五

【左丁頭書】
月中より十一日めなり此ごろ半(はん)
夏(け)生(しやう)ずる故にかくいふとぞ
  ○社日(しやにち)
社日(しやにち)は二月中の前(まへ)の戊(つちのへ)の日八月中
のまへの戊(つちのへ)の日なり一年に二日也
田(た)の神(かみ)と五穀(ごこく)をまきそめし神を
唐土(もろこし)にて祀(まつ)りいはふ也 社稷(しやしよく)の神
を祭(まつ)る意(い)にて社日(しやにち)といふ也 吾国(わがくに)
にては社日講(しやにちかう)春休(はるやすみ)秋休などいひ
てうぶすなの神(かみ)を祭(まつ)り土(つち)を動(うご)
かさずして民(たみ)おの〳〵いはふ事也
○下段(げたん)日並(ひなみ)吉凶(よしあし)の事
正月三日のうちの下段に歯固(はがた)め
倉開(くらびら)き云々(しか〴〵)といふ事あり歯固(はがため)とは
雑煮(ざふに)をくひていはふ事也御 歯固(はがため)と
いふ事 古書(こしよ)にあり歯(は)をかたむると
いふ義にてくひ初(ぞめ)の事也但し歯字(はのじ)

【右丁本文】
折(をり)て八寸と定めたる正中(まんなか)の処に点(てん)すべし膈(かく)
噎(いつ)翻胃(ほんゐ)不食(ふしよく)積聚(しやくじゆ)すべて心下(しんげ)の疾(やまひ)によろし霍(くわく)
乱(らん)などの急症(きふしやう)にすゑて妙なり
 ○水分(すゐぶん)
右の寸(すん)にて臍(へそ)の上一寸の所なり水腫(すゐしゆ)脹満(ちやうまん)小
便 不通(ふつう)筋(すぢ)をひき不食(ふしよく)し腰脊(こしかた)こはるによし
脚気(かつけ)の心(むね)にせまるなどによし
 ○天枢(てんすう)
両乳(りやうちゝ)の間(あひ)の寸(すん)をとり八ッに折(をり)て八寸とさだめ
この寸を臍(へそ)にあて左右(さいう)へ二寸づゝの処を天枢(てんすう)
といふ也 痢病(りびやう)水腫(すゐしゆ)気逆(きぎやく)腹痛(ふくつう)女の血塊(けつくわい)漏下(ろうげ)
帯下(こしけ)月水(くわつすゐ)とゝのはぬによし
右 乳(ちゝ)の間 婦人(ふじん)は乳房(ちぶさ)大く垂(たれ)て準則(しゆんそく)なし仍(よつ)て

【左丁本文】
腰(こし)の囲(かこみ)にてとるなり其法(そのほう)前(まへ)は臍(へそ)側(わき)は監骨(さふらひぼね)
のうへ背(せなか)は十四 椎(すゐ)より十六椎までの間にてよく
平直(へいちよく)なる処を見て縄(なは)をぐるりと廻してきり
この縄(なは)を四尺二寸と定(さだ)めてその一寸を一寸と
さたむべし男子(なんし)に用(もち)ひてもよろし若(もし)又(また)腰(こし)の
かこみ見かたくば手(て)の中指(なかゆび)のさきより腕(うで)の約文(よこすぢ)
までを一尺として用ゆべし
 ○承筋(しようきん) 承山(しようざん)
この二穴(にけつ)足(あし)の腨腸(こぶら)の真中(まんなか)と其下(そのしも)とにあり
とりやうは足(あし)の膕(ひつかゞみ)の中に約文(よこすぢ)ある最中(まんなか)より
内踝(うちくるぶし)外踝(そとくるぶし)との尖(とがり)の上より横(よこ)になる処の足(あし)の
後(うしろ)へ点(てん)じそこまでの寸(すん)をとりその藁(わら)しべを
十六にをり壱尺六寸とさだめ踝(くるぶし)の下際(したぎは)へあて

【右丁頭書】
【挿絵】
よはひともよめば歯(よはひ)をかたむるの
義をとれりといふ説(せつ)もよしある歟(か)
きそはじめは衣服(きもの)を着初(きそむ)る事也
衣(ころも)をそといふは古言(こげん)也ひめはじめは
《振り仮名:糄𥻨|ひめ》とて米(こめ)の粥(かゆ)をくひそむる事
なり《振り仮名:糄𥻨|ひめ》は米(こめ)の名(な)にて今もひめ糊(のり)
といふ詞ありこれにて知(し)るべしこれ

【左丁頭書】
を姫(ひめ)はじめと書たる故に女(をんな)を犯(おか)す
ことゝ心得(こゝろえ)たるは笑(わら)ふべしさやうの
事を暦(こよみ)にかくべき事かは此外は
いつれも聞(きこ)えたればこゝに注(ちう)せず
  ○きしく
鬼宿(きしゆく)とかく廿八 宿(しゆく)の鬼星(きせい)にあ
たる日にて大吉日也 毎月(まいげつ)あり
正《割書:十一日|》二《割書:九日|》三《割書:七日|》四《割書:五日|》五《割書:三日|》
六《割書:朔日|》七《割書:廿五日|》八《割書:廿二日|》九《割書:廿日|》十
《割書:十八日|》十一《割書:十五日|》十二《割書:十三日|》
  ○天おん
天恩(てんおん)とかく七箇吉日(しちかのきちにち)の一なり
甲子(きのへね)より五日が間(あひだ)己卯(つちのとう)より五日
が間 己酉(つちのととり)より五日か間つゞく也
婚礼(こんれい)祝言(しうげん)官(くわん)に昇(のほ)り家督(かとく)を
譲(ゆづ)り元服(けんふく)し其外 諸祝儀(しよしうぎ)事
にきはめて大吉(だいきち)日とす

【右丁本文】
七寸上に当(あた)る処 承山(しようざん)なり踝(くるぶし)の上際(うへぎは)より七寸
上にあたる処は承筋(しようきん)なりこの処 下(しも)の方より撫(なで)
あぐれば掌(てのひら)おのつから停(とゞま)る也そこに縦(たて)に筋(すぢ)あり
その筋(すぢ)の上におろすなり第一 霍乱(くわくらん)転筋(てんきん)不食(ふしよく)
痙痺(はぎしびれ)腨(こぶら)いたみ傷寒(しやうかん)の結滞(けつたい)を治(ぢ)す
 ○犢鼻(とくび)
膝頭(ひざかしら)の外側(そとがは)膝蓋骨(ひざさらぼね)の下際(したきは)の通(とほり)の外側(そとかは)なり
指(ゆび)のさきにて押(おし)てみれば両旁(りやうはう)骨(ほね)にてわれたる
やうなる形(かたち)■【注】かくのごとき処(ところ)の真中(まんなか)に点(おろ)す也
脚気(かつけ)一切(いつさい)膝(ひざ)腫(はれ)たるによし
 ○膝眼(しつがん)
膝(ひざ)の蓋骨(さらぼね)の下(した)両旁(りようはう)にくぼみたる処あり其中
に点(おろ)すべし俗(ぞく)に鼻(はな)ぐりと云 脚気(かつけ)一切に妙なり

【注 「八」の字の一画目・二画目の真ん中を凹ませて左右右対称としたような絵が記されている】

【左丁本文】
 ○上廉(じやうれん) 下廉(げれん)
膝眼(しつがん)の穴より其人(そのひと)の手(て)の指(ゆび)四本(しほん)節(ふし)をそろへ
てのべふせたる下のはづれ三里(さんり)の穴なり三里より
又四本ふせたるはづれ上廉(じやうれん)の穴なり上廉より又
ふせたるはづれ下廉(げれん)なりいづれも骨(ほね)の外側(そとがは)へ点(おろ)
すべし脚気(かつけ)一切(いつさい)によし上逆(のぼせ)をもしづむる也
 ○聴会(ちやうゑ)
耳(みゝ)の前(まへ)に高(たか)く起(おこ)りたる肉(にく)あり俗(ぞく)に小耳(こみゝ)と
いふ此(この)小耳(こみゝ)の少(すこ)し前の下に口(くち)を開(ひら)けば
穴ある処 聴会(ちやうゑ)の穴なり此(この)灸(きう)中風(ちうふ)など
暴(にはか)に倒(たふ)れたる類(たくひ)におろしてすうべし
 ○合谷(がふこく)
手(て)の大指(おほゆび)と人差指(ひとさしゆび)との間(あひだ)またに成たる

【右丁頭書】
 ○月とく
月徳(ぐはつとく)とかくこれも七ヶ吉日(きちにち)の内
なり万(よろづ)よし
正《割書:きのへひのへ|つちのへかのと》二《割書:同| 》三《割書:きのとひのと|かのへみつのと》
四《割書:みつのへひのと|かのへきのへ》五《割書:きのへつちのと|ひのへかのと》六《割書:ひのへ|かのと》
《割書:きのへ|つちのへ》七《割書:かのへきのと|みつのへひのと》八《割書:みつのへひのと|かのへきのへ》
九《割書:きのへつちのへ|ひのへかのと》十《割書:ひのへかのと|きのへつちのへ》十一
《割書:かのへきのと|みつのへひのと》十二《割書:みつのへひのと|かのへきのへ》
右の干(えと)にあたる日なり
 ○母倉(ほさう)
天(てん)より万の物を恵(めぐ)み給ふ事
母(はゝ)の子(こ)をいつくしむことき日なれば
とて母倉(ほさう)とはいふなり別(べつ)しての
大吉日なり万事(ばんじ)妨(さまたげ)なし
春は《割書:亥子|》 夏は《割書:寅卯|》
秋は《割書:辰丑|戌》 冬は《割書:申酉|巳午》
右の日どもなり

【左丁頭書】
 ○神よし
神吉(かみよし)上吉(かみよし)などかけり神事(しんじ)祭礼(さいれい)
遷宮(せんぐう)祈祷(きとう)立願(りうぐわん)寺社造営(じしやざうえい)なと
に別(べつ)してよし其外 万事(ばんじ)よし但(たゝし)
不浄(ふしよう)をいむべし
 ○てんしや
天赦(てんしや)とかく万(よろづ)よしと記(しる)したる日に
て大上吉日なり天(てん)より万の物(もの)を
養ひて其罪(そのつみ)を赦(ゆる)す日なりとぞ
故に他(た)の悪日(あくにち)にめぐりあふとも皆(みな)
吉日となる事なり
 春 巳【戊の誤】寅の日 夏 甲午
 秋 戊申   冬 甲子
 ○五む日
五墓(ごむ)とかく此日は十二 運(うん)のうちの
墓(む)の運(うん)にあたる日也万事 慎(つゝし)むべし
戊辰 壬辰 丙戌 辛丑 乙未

【右丁本文】
【挿絵】
骨(ほね)のまん中にあり両指(りやうゆび)のまたより腕(うでくび)の横(よこ)
紋(すぢ)の処までをわらしべにて寸(すん)をとりこの
しべを二ッに折(をり)たるまん中におろすべし是(これ)合谷(がふこく)
の穴なりこれも中風(ちうぶ)にて倒(たふ)れたるにすゑ
てよし其外 手(て)肩(かた)の疾(やまひ)によろし
 ○隠白(いんはく)

【左丁本文】
足(あし)の大指(おほゆび)の爪(つめ)のはえ際(ぎは)内(うち)の方のかどより
曲尺(かね)の一分ばかり放(はな)しておろすべしこれ隠(いん)
谷(こく)の穴(けつ)なりこれも中風(ちうぶ)麻痺(しびれ)の類によし
 ○百会(ひやくゑ)
大椎(たいずゐ)の骨(ほね)《割書:背骨(せほね)と頂(うなぢ)との間|の大なる骨(ほね)の事也》より眉毛(まゆげ)の正中(まんなか)
までの寸(すん)をとりこれを十八に折(をり)て壱尺
八寸と定(さだ)め眉(まゆ)の中(なか)より三寸を前(まへ)の髪際(はえぎは)
として仮点(かりてん)をつけ此(この)仮点(かりてん)より五寸五分の
処(ところ)百会(ひやくゑ)の穴なり頭(かしら)を正直(まつすぐ)にして寸(すん)を取
べし中風(ちうぶ)にて言語(ものいひ)わからず或は風癇(ふうかん)心(むね)もだへ
なと急症(きふしやう)によし又 健忘(ものわすれ)脱肛(だつかう)頭痛(づつう)等(とう)によし
五 壮(さう)七壮にてよろし
 ○大陵(たいりやう) 間使(かんし)

【右丁頭書】
  ○ふく日
復(ふく)日は跡(あと)もどりのする意(い)也故に吉(きち)
事(じ)には大によく悪事(あくし)には大にわろし
よき事にても縁談(えんだん)などにはわろし
葬礼(そうれい)は殊(こと)にいむべし
  ○ちう日
重(ぢう)日とかくかさなる意(い)なれば是も
よめ取 葬礼(そうれ[い])など大にいむべし
【挿絵】

【左丁頭書】
  ○きこ
帰己(きこ)は天亡星(てんばうせい)地(ち)に降(くだ)りて人の門(もん)
戸(こ)をふさぐ日なれば旅(たび)より帰(かへ)り或(あるひ)
はよめ取 国入(くにいり)など皆(みな)わろし
  ○ちいみ
血忌(ちいみ)は殺忌(さつき)の日なり血(ち)を出す事に
いむ事人の知(し)るがごとし
  ○くゑ日
凶会(くゑ)日とかく万(よろづ)わろき日なり
何事にも用(もち)ゆべからず
  ○天火(てんくわ)地火(ちくわ)
天火は高(たか)き所の事に用るをいむ
地火は地(ち)の事を動(うご)かすをいむ共(とも)
に悪(あく)日なり慎(つゝし)みて用ゆべからず
  ○十し
十死(じつし)とかく也 大殺(たいさつ)日とて大悪(だいあく)日
なり何事をも忌(いみ)さけてよし

【右丁本文】
俱(とも)に掌(てのひら)の下(した)にあり掌後(てくひ)と腕(うで)との間 横紋(よこすち)の
正中(まんなか)に縦(たて)に二筋(ふたすぢ)の筋(すぢ)ある其間に点(おろ)すべし
これ大陵(たいりやう)の穴(けつ)なり間使(かんし)は大陵(たいりやう)の下三寸に
点すべし此寸(このすん)をとるは先(まづ)大陵(たいりやう)の処(ところ)より肘(ひぢ)
の横文(よこすぢ)までを寸を量(はか)り十二 半(はん)に折(をり)壱尺
二寸五分と定(さだ)めたるその三寸の処 縦筋(たてすぢ)の中
におろすなり霍乱(くわくらん)熱病(ねつひやう)汗(あせ)出(いで)ず乾嘔(からゑつき)止(やま)ずして
心(むね)悶(もだ)へ肘(ひち)攣(ひきつ)り目(め)赤(あか)く口(くち)乾(かわ)き胸腋(むねわき)腫痛(はれいた)みな
どの症(しやう)によろし
  ○鬲兪(かくゆ) 肝兪(かんゆ) 脾兪(ひゆ)
俗(ぞく)にいふ七九十一の灸(きう)なり大椎(たいずゐ)の骨(ほね)よりかぞ
へて第(だい)七にあたる骨(ほね)の下 両旁(りやうはう)へひらくこと一
寸五分《割書:この寸は其人(そのひと)の中指(なかゆび)の中のふしの間を外(そと)のかた|にてとりて一寸と定むる也中指と大指とさきを合(あは)》

【左丁本文】
《割書:せてと|るべし》の処を鬲兪(かくのゆ)とす心痛(しんつう)周痺(しびれ)吐食(としよく)鬲胃(むね)
ひえ痰(たん)いで脇腹(わきはら)みち手足(てあし)たるき等によし同(おなじく)
九椎(くのずゐ)の下 両旁(りやうはう)へ一寸五分の処を肝兪(かんのゆ)とす怒(ど)
気(き)多(おほ)く目(め)くらく涙(なみだ)いで気(き)短(みじか)く欬逆(しやくり)いで口(くち)乾(かわ)
き疝気(せんき)積聚(しやくじゆ)等(とう)によし同十一 椎(ずゐ)の下両旁へ一
寸五分の処を脾兪(ひのゆ)とす身(み)痩(やせ)脇腹(わきはら)はり痰(たん)
瘧(をこり)寒熱(かんねつ)水腫(すゐしゆ)気脹(きちやう)黄疸(わうだん)不食(ふしよく)等によろし

【挿絵】

  ○黒日(くろび)
暦(こよみ)に●かくのごとく記(しる)したるをもて
俗(ぞく)に黒日(くろひ)と言 受死(じゆし)日とて大悪(だいあく)日
なり人命(にんめい)の事 病(やまひ)などに別(べつし)てわろし
  ○わうもう
往亡(わうもう)日とかく旅行(りよかう)わたまし祝言(しうげん)等(とう)
大にわろし
  ○さいげじき
歳下食(さいげじき)は俵物(ひやうもつ)を開(ひら)き初(そ)め種(たね)まき草木(さうもく)を植(うゑ)などにいむ少しの悪日なり時(とき)の下食(けじき)といふ事あり
正《割書:未の日|亥の時》二《割書:戌の日|子の時》三《割書:辰|丑》四《割書:寅|同》五《割書:午|卯》六《割書:子|辰》七《割書:申|巳》八《割書:酉|午》九《割書:巳|未》十《割書:亥|申》十一《割書:丑|酉》十二《割書:卯|戌》右の日時 一時(いつとき)をいむべし
  ○めつ日もつ日
滅(めつ)日 没(もつ)日とかく此 両(りやう)日は天(てん)と日(ひ)と月(つき)とのめくりによりて出たる悪(あく)日なり万事いみさくべし此両日
のつもり竟(つひ)に閏月となるともいへり
  ○めつもん大くわらうしやく
滅門(めつもん)大過(たいくわ)狼藉(らうしやく)これ三ヶの大悪日なり貧窮(ひんきう)飢渇(きかつ)障碍(しやうげ)の三 悪神(あくじん)にて禍(わざはひ)の根本(こんほん)とすよろづに
わろし用ふべからず
  ○ちし日 地子(ちし)とかく事によりてよき事もありわろき事もある日なり先(まづ)はつゝしむべし

【見返し】

【裏表紙】

{

"ja":

"温泉小説"

]

}

平活齋撰
 温泉小説

温泉小説   平活齋撰

平活齋撰
 温泉小説

温泉小説
一 湯のいはれの説
一 湯吟味すへきの説
一 湯治宜き症不宜症の説
一 湯治品々の吟味ある説
一 湯へ入へしの説
一 とり湯の説
一 五木湯の説并薬方
一 八草湯の説并薬方

 目録
一 湯治の間心持養生の説
一 湯治より家へ帰る心得の説
一 灸治の説

温泉小説
夫 温(いで)-泉(ゆ)は日-本諸-州多し其湯ある
山-下 硫(い)-黄(をう)あり即ち水を熱せしめ湯
となり故に皆温-湯黄-臭あるは此-故
なる故に能く諸瘡 疥(ひぜん)-癬(たむし)の類表に有
病を愈す然るに今俗-人内-症虚-労気-
血虚-損婦-人 不孕(うまず)等の者温泉よしと
言事全く温泉の温泉たる理を知ざる
故に病を愈さんとして死する者多し

且温-泉一ならず能考て浴すへし硫(い)-
黄(をう)-泉あり雄(を)-黄(をう)-泉あり砒(ひ)-石(せき)-泉あり硃(しん)-
砂(しや)-泉あり日-本硃-砂-泉まれなりといへ
ども本草 時(じ)-珍(ぢん)が説を見れは雄-黄-泉
とひとしく論ず又硫-黄-泉はあつし雄-
黄-泉はぬるし砒-石-泉は極熱湯にして
毒あり又火-井と云あり温泉ある地往-
々あるものなり常に熱-湯沸きあがり或
時は鳴ることあり故に俗-人地獄といふ越-
中の立-山肥-前の島-原日-向の霧-島豊-
後の鶴-見原なとにあり相-州湯-本-山の
近-所にも鍛(かぢ)-冶(や)地(ぢ)-獄(ごく)紺(こう)-屋(や)地獄なと云は此
火井の類なり唐(もろ)-土(こし)にも蜀(しよく)-都(と)有_二火-井_一 中
常に自から出_レ火といふ張-華が博(はく)-物(ふつ)-志(し)にも
火-井あることをいひ浴すれば人を殺すと
此砒-石-泉の類なり硫-黄-泉は上-州の伊(い)-香(か)
保(を)信-州の草-津予-州の道(だう)-後(ご)相-州の熱(あた)-海(み)
此-等硫-黄-泉なり其-内草-津黄-気強し

故に虚-弱の人浴すへからす草-津にて金
銀色黒く成るも硫-黄の気甚しき故也
独孤滔曰硫-黄能乾_レ汞(みつかねを)見_二 五-金_一而黒すと
いふ又和-州の十(と)-津(づ)-川摂-州の有-馬同く硫-
黄-泉なれと塩気(しほけ)あり凡 地(ち)-脉(すじ)海-中へ通
する所は山-中にも塩-気あり地-脉山-中へ通
せさる所は海-辺にても塩-気なし今常の堀
井戸にて知るへし地-脉による者なり相-
州の湯-本豆-州の吉(よし)-奈(な)は硫-黄気あれとも
をなし雄-黄-泉なり故に外の湯よりもや
はらかにして湯もまたぬるし本-邦処-々温-
湯多しとりはけ相-州箱-根山尤も多し尽
くのべがたし夫硫黄は純-陽被火-石の精故に
其山-中湯あり雄-黄は山の陽に生し雌黄は
山の陰に生するものなり大-概山の陽に全き
地温-泉あれは熱し山の陰に温-泉あれはぬるし
又温-泉天-気清-明なればぬるく陰-天なれば熱
し此天陰-晦なる時は地-気のびざるゆへに

沸(ふつ)-鬱(うつ)して熱し天清-明なれば地-気通す
故に沸-熱せず此素-問に所-謂因_二ル於露-風_一ニの
生_二スル寒-熱_一之意なり凡深-山幽-谷の人いまた
試ざる温-泉に入べからず毒ある温泉ある
者なり
〇温-泉によつて人にあしきあり能々知べし
但-馬の国 城(きの)-崎(さき)郡山-中温泉あり鳥の病を
愈す常に病-鳥多くきたりて浴す故に鳥
の湯といふ鳥だも浴するにおひて其好-悪

善悪をしる人を以て鳥にしかざるべけんや
〇湯-治の法今-人其理をしらず医者も拙
きものはその理を知らず薬-効見へがたき
病人に温泉をすゝむる事あり故に俗人百-
病温泉よしと思ふ甚誤なり或は気ば
らしと謂て入浴する者甚悪きこと
なり陳-蔵-器日非_二有_レ病人_一に不_レ宜_二軽しく-入_一と
いふを以て見るべし
〇湯治よろしき症諸-風筋-骨いたみ伸

ひ屈之ならす手足麻木金瘡(かゆしびれこはばりしびれきりきず)いへんと
して不_レ愈定杖(たゝ)-瘡(かれ)楊(しつ)-梅(やみ)瘡-毒下(ら)-疳(やく)腐-爛
疥(ひぜん)-癬(たむし)紅白(なまつ)癜-風眉髪落 打撲(うちみ)くぢき
身 脚(かつ)-気(け)頑(たるく)痺(しびれ)臑瘡(すねかさ)鳫瘡(がんかさ)年来の悪瘡
痼(こ)-冷(ひへ)諸-痔《割書:いぼぢきれぢ|でぢむしりぢ》漏(あなぢ)寒疝(ひへせんき)の類その外
温熱皮膚にあるもの浴湯すへし婦人
子なきもの生質(うまれつき)ひえ多きもの帯下(こしけ)
によりて経-行不-順のものなとは浴
すへし
〇湯-治不_レ宜の類気-血虚-損労-倦心-腎不-
足遺-精白-濁下-元虚-弱外-面無-病た
りとも生-質虚-弱の人婦-人血少或虚熱
の者経水過多の者浴すべからす
〇湯治に行とする前何れの湯何れの病
に効あるといふをよく尋問て行へし湯-
本にいたりては湯 主(ぬし)我湯にとめん事を思
ひ他の湯をそしり様-々我湯の効をいふ
なり旅人如_レ此の病ありといへは其や病に大

効ありと云したがつて詞を作て人を惑
すたとへ如何様にいふとも二三日浴し様
子をよく試て浴すへし又 迎(むか)-湯(ひゆ)といふ事
甚その理なし病愈はかさねて浴する
は無用なり
〇湯治に三つの等(しな)あり浴して病愈と浴
しても愈ざると浴して害あるとなり入湯
ニ三日の中によく考へて浴せよたとひ浴
して宜き病にても一日七八 次(ど)或十二三 次(ど)な
と浴すれは血乾ひて他の病生する者なり
或は一夜湯にひたり居なとして多きを主
とするは此貨を出したるを惜みて命を軽す
るは大俗なり凡病勢つよく気力も盛なる
者一日 三次(さんど)に過べからず生質弱き者
い一日一次に過へからす
〇浴湯して汗出る事を甚忌事なり汗の
出たる様に浴すへし然れとも明の汪穎曰患_二
疥-癬風-癩楊-梅-瘡_一者飽_レ食入_レ池久浴得_二汗




出_一の止旬-日自-愈也如_レ此大-風-瘡者汗
して表の湿-熱を出さん為なり汗出た
るとき風にあたるへからす風寒表を閉れ
は瘡裏に入 腫気(うき)に変すること多し湿熱
疥瘡の人にても虚弱の人多く浴すべから
す腫気と成て死する者多し我身の虚
実をよく知る事肝要なり
〇湯坪の内へ妄に入べからず外にてかゝる
べし又熱湯に入べからず但し病によるべし
凡湯近き所 洞(ほら)穴なとへ妄に入へからす沸(わく)
水妄りに飲へからす毒ある事多し所の
者に尋問て飲へし
〇温泉の湯のむへからす時-俗云諸病垢
ある湯よし又垢ある湯を飲者腹中の
病を治すといふ甚た誤なり諸医書に
如此の説なし況や人者万-物乃-霊にして
日に新日々に新に心の垢を去とす
るこそ本意なれ好て人の垢を浴し

又飲事あらんや温泉たとひ垢気な
くとも飲へからす硫黄の気腹中に入れ
は害あり熱湯口を嗽けは歯をそこ
なふ目をやましむとあり飲ことは宜し
からさる事なり
〇陳蔵器曰入テ-浴シ浴シ-訖当_二大ニ虚-憊_一ス可_二
隨_レヒ病与_レ薬ヲ及飲-食補-養ス_一と此肝-要の
言なり
〇今世俗とり湯と称して遠境より
樽に入とりよせ浴す医者も善哉(よし〳〵)と
唱てゆるす事なり甚誤なり近くいは
ば昨-日汲おく水-日新に汲水と
水の性ちがう況や遠-境より熱湯を
樽に入れ日数歴ては湯の気はいふに
及はず腐り水になる此を浴せば毒あり
十人が八九人まで汲湯にて効ある事
を見ず汲湯に浴せんより五木湯八
草湯はるかにまされり又碧海水と云

あり本-草時-珍曰碧海水煮(にて)-浴れは去_二風■
癬_一ヲとあり碧海水は即海-水なり此等
は汲湯のくされ水に百倍の効あり又
常の湯に浴すること本草に載たり爰
に論するは大-概を挙るのみ夏月は毎
日一 次(ど)浴す桃葉を入て身を摩る
甚た効あり他の月は五日に一次浴す
へし何にても風にあたり又長-湯熱-
湯に浴するはあしく浴湯は新たに汲
たる水を桑の木の薪にて至極わかし
湯玉の揚る湯を百-沸-湯といふ新に
汲たる水を水杓(ひしやく)にて汲み揚け汲み揚
け数千遍したる水を甘-爛-水といふ
右の百-沸-湯を深き盥(たらひ)に汲み甘-爛-水
を入てかきまはし熱くもぬるくもなき
よきかげんになりたる湯を陰陽湯と
いふ此に坐して臍のかゝるゝほとにして
浴すへし本草曰四-時暴-泄-痢四-肢-冷

臍-腹-痛坐_一浸シ深-湯ノ中ニ_一至_二腹-上_一生_レ陽諸
薬無_レ速_二於此_一ヨリといふ時俗 浴桶(すいふろ)にて薬
湯をたき入るもよけれとも毎日同湯
を煮かえし〳〵五日も六日も入れは
此もニ三日してよりは腐れ水を浴す
とおなし心得ありへき事なり又浴-
間薬湯とて浴室(ふろ)の内に甘-松白-芷な
と入れて人にてろう俗人香気を好み
浴す誤なり瘡癬尤も禁す香気表を
閉れは腫気(うき)となる凡湯は内虚の人悪
し空腹(すきはら)にも悪し身冷て直に浴するも
悪し身の程をよく知へきこと肝要なり
  五木湯
 槐木(ゑんしゆ)桑木(くは)桃木(もゝ)楮木(かうぞ)桺木(やなき)
右五木東を指す枝をもちゆ木-草五-枝
湯といふ是なり
  八草湯
 忍冬(すいかつら)麻葉(あさ)五加葉(うこぎ)蓮葉(はす)

  馬鞭(むまつゝら)草 艾葉(もぐさ) 蘇葉(しそ) 薄荷(めくさ)葉
右は草 茎葉(くきは)ともにもちゆ手足のいたみ
しひれ或ひきつりなとするには五木湯に
浴し寒湿のいたみもろ〳〵の瘡の類には
八草湯に浴すへし甘松白芷なんとの
湯に浴するよりはるかに勝れり八草湯も
貝-原-翁の大-和本-草にある八草は菖蒲
《割書:からぜきせらあやめ|かきつはたせらぶの類》艾-葉芣(おゝ)-苡(はこ)荷(はす)-葉(のは)蒼(おな)-耳(もみ)忍-冬
蘩(はこ)-蔞(べ)馬鞭草なり《割書:馬鞭草野に多し葉は麻に似たり|茎は馬のむちに似たり》
〇湯治中 禁忌(いみきらひ)多し慎むへし浴-中酒多く
飲へからすよい酔て浴すへからす浴-後即時に
飲へからす空腹(すきはら)に浴すべからず腹満ちて
浴すへからす
〇第一房事をはなはた忌慾む湯治前-後一-
月-余慎むへし今湯-中色-慾をこゝろかけ
好-者あり此-等命を不_レ知の愚-人論するに
たらす能々戒むへし
〇浴湯の際 昼(ひる)-寝(ね)すへからす怒へからす草

臥さるほとに時々歩行し気を緩くし
浴すへし大食すへからす熱-性の魚鳥の肉
生(な)-冷(ま)なる物五辛の類その外性熱性寒なる
もの食すへからす生姜味噌を辛すぎざる
程にして用ゆへし去りなから多食へからす胡-
麻少し入も可なり生姜は水毒を解し
山-嵐瘴-気を除くものなり今人梅干を
多喰此は収-歛の気あるゆへに嗜て喰は悪
し又湯ある所の里人食とて平世見なれ喰
なれたる(や)-菜(さい)魚-物鳥-肉喰へからす又霧
ふかき時は家に居家も蒼木或は乳香なと
たくへし
〇浴湯の湯熱きは気味よきものなれとも
不_レ覚損_二ス元-気_一ヲよくかきさまし浴すへし
湯の中に座して和かなる手巾(てぬくい)にて胸より
下へなて気を下しあたゝまり湯を出へし
長湯又湯の中に眠り又は垢をすり病処
を強くもむなと悪し静に坐して浴せよ

湯は坐して胸に至をよしとす出入に
風を忌むへし
〇浴湯の間灸治すへからす帰りても一月
余忌へし湯治訖て帰とする時風雨
あたは見合せて晴天に帰へし水を渡
り風雨にあたるときは湯治したるかいなき
事なり能々慎むへきことなり
温泉小説 終
        鶴州先生先撰
温泉通考
              嗣出
        同   考定
小易賦
        宮川町
         泉屋文介梓

繪本不盡泉

【表紙】
【題箋】
《割書:絵|本》つきぬ泉□

【右丁・白紙】


【左丁】
絵本(ゑほん)不尽泉(つきぬいづみ)序(じよ)
味酒(あぢさけ)の三輪(みわ)とよびて神(かみ)に奉(たてまつ)り
元三(ぐはんさん)に屠蘇(とそ)を浸(ひた)し曲水(きよくすい)に
杯(さかづき)をうかめ菖蒲酒(しやうぶざけ)に病(やまふ)を除(のぞ)き
菊(きく)の水(みづ)に齢(よはひ)を重(かさぬ)るは誠(まこと)に
百薬(ひやくやく)の長(てう)たりあるは花(はな)のもと
月(つき)のゆふべ雪(ゆき)のあした友(とも)を

【右丁】
まちて雅情(がじやう)の言(こと)の葉(は)数々(かず〳〵)を
吟(ぎん)ずれば李白(りはく)が斗百返(とひやつへん)にも
いかでおとらざめや是(これ)のみならず
婚姻(こんゐん)の式(しき)年賀(ねんが)の寿(ことぶ)きいづれ
酒(さけ)ならぬはなし酔(ゑひ)に乗(ぜう)じて
媚(こび)をうしなひ本心(ほんしん)にもどり思(おも)ふ
まゝに行(おこな)ふときは聖賢(せいけん)の名(な)あるも

【左丁】
むべなるやかく四時(しいし)隙(ひま)なく楽(たの)しみて
裳(も)ひき裾(すそ)ひく酒(さか)どのゝ賑(にきは)ひ
めでたき御代(みよ)の慰(なぐさめ)に書肆(しよし)某(なにがし)
其酒(そのさけ)をもてあそぶ中(なか)に品(しな)ある
をわかち是(これ)を画図(ぐはづ)にして
不尽泉(つきぬいづみ)と題(だい)しすき人(びと)の
目(め)をよろこばしめんとて予(やつかれ)に此(この)

【右丁】
ことわりを述(のべ)よとあなるをいなむ
にかたくみだりに筆(ふで)をとるのみ
時に
  ゆるやかなるまつりごと八つ
  たつてふとし 菊見月
         蝙蝠軒魚麿呂
             【印】

【左丁】
絵本(ゑほん)不尽(つきぬ)泉(いづみ)上之 巻(まき)
   目録(もくろく)
一 務(つとめ)上戸(じやうこ)  一 呑殺(のみころし)上戸
一 居(ゐ)浸(びたれ)上戸 一 理屈(りくつ)上戸
一 管巻(くだまき)上戸 一 笑(わらひ)上戸
一 泣(なき)上戸  一 呼出(よびだし)上戸
一 大気(たいき)上戸 一 犬悦(けんゑつ)上戸

【右丁】
   勤上戸(つとめじやうご)【勒は誤記ヵ】
勤(つと)めさけといふ上戸(じやうご)は常(つね)におのれより
高(たか)き人(ひと)にまじわり酒席(しゆせき)につくなり
興(きやう)によりては大呑(おゝのみ)をもすれど悪口(あつかう)
失礼(しつれい)不行儀(ふきやうき)などの尾籠(ひらう)なる振舞(ふるまひ)
なく元来(もとより)飲食(ゐんしよく)の欲(よく)をはなれて呑(のむ)
さけなれば厚味(かうみ)のものといへども猥(みだり)
にとり喰(くら)ふことなく呑心(のみこゝろ)よきとても
しひて酒をむさぼらず気をはり
つめて呑(のむ)ゆへに終(つい)に
形(かたち)をみだし酔(よひ)つぶ
るるといふことなし席(せき)により
興(きやう)に乗(じやう)してはあるひは舞(まひ)
またはおどり浄(ぢやう)るり物真似(ものまね)
小歌(こうた)三弦(さんけん)おの〳〵其(その)修(しゆ)し
得(へ)たるかくし芸(げい)ありて

【左丁】
実(しつ)に一 座(ざ)の興(きやう)をそへしかも
幇間(ほうかん)の座を持(もつ)とことかわり
首尾(しゆび)礼義(れいき)正(たゞ)しくて
いか成(な)る強飲(ごうゐん)に出会(であい)ても
上手を以(もつ)てやり
付(つけ)る手段(しゆだん)中(なか)〳〵
一朝一夕(いってう  せき)の修行(しゆぎやう)にては
なりがたし是(これ)つとめ
酒の名(な)はあれども作(つくり)
拵(こしらへ)てはなり難(がた)しいつと
なく癖となりて
我(わか)同輩(とうはい)朋達(ともだち)と
呑(のみ)合てもこの心得(こゝろへ)
をはなるゝことなし
是(これ)一種(いつしゆ)の妙上戸(めうじやうこ)
      といふべし

【右丁】
  呑殺(のみころし)上戸(じやうこ)
呑(のむ)ことは長鯨(ちやうげい)の百川(ひやくせん)を吸(す)ふが
ごとく喰(くふ)ことは在所(さいしよ)の一家(いつけ)の
下作(したさく)の万七(まんしち)といふ男が
爰(こゝ)の祭(まつ)りに水瓜(すいくわ)壱ツもつて
来(き)て時刻(じこく)は八ツ少(すこ)し下(さが)り朝(あさ)の麦飯(むきめし)
ばらへはもの皮(かわ)の出るまにあじのやき物
米(こめ)の御飯(おめし)を手もりにして喰(くらふ)にひとしき
大強傑(たいかうけつ)なんぼのんでも酔(よひ)めも見えす
口渋(くちしぶ)りて物かずいわずおかしき事も
あつて笑(わ)らわす身ふり
惣真似(ものまね)勿論(もちろん)出来(でき)ず
まれにいふ
   おとし
    噺(ばな)し
      も

【左丁】
   かんじんの
  はねを忘(わす)れ
何(なん)の事(こと)やら
わけのしれぬさけ
呑(のみ)あり是(これ)を呑
ころしと号(なつけ)余(よ)の
さけのみ
怒(いかつ)て南無(なむ)
地蔵(ぢぞう)と呼(よ)ぶ
生(いき)ながら
酒と肴(さかな)を
渕(ふち)へ
 捨(すて)しと
  いふ
   心(こゝろ)なるべし

  居(い)びたれ上戸(じやうご)
盃(はい)ばんらうぜき
として肴核(かうがい)既(すで)につき
網塩(あみしほ)から備前(ひぜん)くらけまで

残(のこ)るかたなきもてなしいざ
盃(さかづき)も御納(おさ)めと主客(しうかく)一同(いつとう)にとり
したくの段(たんに)なりこれからが
さけじやぞやと酌人(しやくにん)の寝(ね)
むりこけるも気(き)がつかずべら
り〳〵とくだを巻(まく)は
扨(さて)〳〵勝手(かつて)かたの大(おゝ)こまり
いつとてもはきものに
生灸(なまきう)のたえる間(ま)はなし
是(これ)を居(ゐ)びたれざけといふて下戸(けこ)
達(たち)のきつふにくむものなれど
実(じつ)は酒(さけ)を好(この)むの一 事(じ)なり
呑(のむ)たけのんで仕舞(しまふ)たら
其席(そのせき)にゐるもめんどひといふ
        酒呑(さけのみ)はあまり
             あひなし

  理窟(りくつ)上戸(じやうご)
りくつじやうご世(よ)におゝきものなり
理窟(りくつ)に数品(すひん)ありおのれ其(その)こぼし
た水(みづ)が油(あぶら)で今(いま)が師走(しわす)なら
なんとするぞといふようような
こぢつけた理窟(りくつ)も
ありまたは
酔(よひ)に乗(しやう)して孝(かう)を
説(とき)忠(ちう)をすゝめ
それより已下(いげ)は其人(そのひと)の
行(おこな)ひに順(したが)ひりんきまぜり
にむかひの娘(むすめ)をふづくつたが
すまぬのあのじんさいめは
たまがかへつてあるぞ□
なんどゝとかく人(ひと)のこゝろに
むつとする理(り)くつをいふ故(ゆへ)尤(もつとも)なる

こともあれど酒(さけ)の
酔(よひ)のくだ巻(まく)
のじやとて
さらに
きゝいれる
  人(ひと)なし

  管巻(くだまき)上戸(じやうご)
管(くだ)とは物(もの)をくだ〳〵敷(しく)いふ故(ゆへ)に名号(なつけ)
たるやまたは婦人(ふじん)の糸(いと)を
管(くだ)に巻(まく)はいくたびもおなし
ことをこゝろながくまく
ゆへに名(な)とせしや
いづれ酒呑(さけのみ)に
管巻(くたまか)ぬ
ものは
なし
酔(よふ)ては居(い)ぬぞと
いふはかならず
酔(よふ)たるなり管(くだ)はまかぬといふが
くたなりさる人のはなしに
我(われ)酒(さけ)に酔(よへ)ばいふことも
する事(こと)もくどふなる夕辺(ゆふべ)も

久(ひさ)しぶりでさけに
よふて娼(おやま)こふ
たが夜(よ)か
よつひと
したことは
仕(し)ひ
 〳〵

  笑(わら)ひ
   上戸(しやうこ)
わらひ上戸は世(よ)に希(まれ)
なるものにて予(よ)
数年(すねん)酒中(しゆちう)の仙人(せんにん)と
なりて諸方(しよはう)に遊宴(ゆうゑん)す
れどもいまだ然(しか)るべき笑(わ)らひ
上戸(しやうこ)を見(み)ず人(ひと)々酒(さけ)を呑(のん)で笑(わらひ)
談(たん)ずる是 常(つね)のことにて酒の癖(へき)
といふべからず実(じつ)のわらひ上戸は
おかしくもあらぬことを腹(はら)を
よらして笑(わら)ひ入(いり)ほとんど
わらひ中風(ちうふう)といふ病(やまひ)の如(こと)く
自(みづから)留所(とまるところ)なきをいふなりたま〳〵
わらひ上戸ともいふべきさけ
呑(のみ)と同席(どうせき)にて呑しに熊(くま)の皮(かわ)

のふとんを手(て)にて撫(なて)まわしけし
からす笑(わら)ふ傍(かたはら)の人(ひと)はやくさとりて
妻(さい)もよろしく申 上(あけ)ますといふ古(ふるき)
噺(はなし)しにやといへはかの人 頭(かしら)をふり
いやさにはあらす拙者(せつしや)が
せかれ七ッ蔵(ぞう)めががつ
そうあたまによく似(に)たる
かおかしきとて腹(はら)を
かゝへて笑ひぬかゝる
おかしからぬことを
 わらふ人も
    あり
     がた
      し

  泣上戸(なきじやうご)
泣上戸とて酒(さけ)さへのめば其侭(そのまゝ)
直(すぐ)になくものにあらず抑(そも〳〵)酒は
人(ひと)の本性(ほんしやう)を顕(あら)わす物(もの)なれば
つね〳〵こゝろに不平を
懐(いだく)かまたは人を恨(うらむ)るか
内心(ないしん)にくや〳〵と
おもふ折節(おりふし)おもしろ
おかしふこゝろの合(あふ)た
友達(ともたち)に口々(くち〳〵)あふた
呑(のめ)る肴(さかな)吸(すい)ものの
加減(かけん)もよくくつと
呑るといふ段(だん)に
なつて常(つね)よりは
ひとしほよひも
廻(まは)りうき世(よ)の

雑談(さうたん)人(ひと)のとり
ざたかうふつ
と我(わが)おもふ恨(うら)みのつぼゑ
おつるやいなや心(こゝろ)に
おもふありたけを
たくりかけ〳〵玉(たま)を
あさむくあらなみだ
人(ひと)の見る目(め)も
外聞(ぐわいぶん)も
わすれはてゝ
泣事(なくこと)なり
 是(これ)全体(せんたい)正直(せうじき)
   なる生(うま)れ附(つき)きに
肝積(かんしやく)とへんくつを調合(てうかう)し
しかも大酒(おうさけ)する人ならでは
        泣場処(なくはしよ)には至(いた)らぬ也

  呼出(よひだ)し上戸(じやうご)
扨(さて)ゆふべはけしからぬ酩酊(めいてい)貴公様(きこうさま)に途中(とちう)て
御別(おわかれ)申てかの一杯(いつはい)きげんでさる人(ひと)の妾宅(しやうたく)へ
立寄(たちより)むりにこひ出(た)して初(しよ)夜 過(すき)るまで吞(のみ)
扨ぶら〳〵と鍋島(なべしま)の浜(はま)のすゞみへ参(まい)り
どしやう汁(じる)のけふりくさひやつて
ひとり吞(の)んでゐるをうしろの机(しやう)ぎから
拙者(せつしや)を呼(よふ)故(ゆへ)ふりかへり見たれば
となりのむすこが京(きやう)の客(きやく)つれて
すゞみに来(き)て居(ゐ)るをむりに引(ひつ)ぱつて
北(きた)の新地(しんち)へ出(て)かけ花善(はなせん)でゑら吞
二人(ふたり)ながら妓(おやま)かふて寝(ね)てしまふ
扨いのふといふたれば竹輿(かご)に
のれとさわぐを酒(さけ)に酔(よふ)たはお
もしろいが竹輿によふては
うけにくいとあるひてひよろ〳〵

もどりかゝつた所(ところ)か虎久(とらきう)の舟(ふね)が
仕舞(しまひ)かけてゐるをむりやりににじり
こみうなき一種(いつしゆ)て呑(のみ)しめ鉢(はち)に残(のこつ)た
うなぎを包(つゝ)ませ懐中(くわいちう)して内(うち)へ帰(かへ)り
嚊(かゝ)へのついせうにかのうなきを見 【かかあへの追従ヵ】
しらせなすびのあさづけはじかみのす
づけといふ所(ところ)て小(ちい)サイちよくで十五六
やつたれば嚊めが盃(さかづき)ひつたくつて
またよび出し酒(さけ)かおゐてもらをと
にらみつけたおそろしさに酒の酔(ゑひ)はさ
らつとさめとこそで一盃(いつはい)やり直(なを)したひ
とおもふて何時(なんとき)じやと問(とう)たれは
今(いま)明(あけ)六ッ打(うつ)てゐますといふたには
我(われ)ながら肝(きも)かつぶれたとの噺(はなし)
      強(こう)ゐんは
        たれも此体(このてい)多(おゝ)し

【鍋島の浜・鍋島藩蔵屋敷前の堂島川沿いを鍋島浜と呼び、夕涼みや月の名所として有名だったらしい。現在の大阪北区の高等裁判所辺り。】

  大気(たいき)上戸(じやうこ)
予(よ)が智人(しるひと)にさる強飲(かうゐん)あり
此人(このひと)はなはだまつしくて
月〳〵の晦日(つもごり)をこゝろ
よく越(こ)したる事(こと)なし
ある月の廿九日その妻(つま)親里(おやさと)に
ゆきて衣類(いるい)調度(てうど)など
十品(としな)ばかりかり出(いだ)し
夫(おつと)にあたへて
質物(しちもつ)となし
金子(きんす)を調(とゝの)へ
しむ夫
諾(たく)して質家(しちや)にゆき
金子 二片(にへん)を得(ゑ)て帰(かへ)る道(みち)にて
さけ吞(のみ)の朋友(ともたち)にあひて青楼(ちやや)に


酒(さけ)を酌(く)むこの人(ひと)乱酔(らんすい)してかの二片(にへん)の
金(かね)を出(いだ)し歌妓(けいこ)幇間(たいこ)に
分(わか)ちあたへわづかに南鐐(なんりやう)
壱片(いつへん)を残(のこ)してそこに
酔臥(よひふ)す翌朝(よくてう)千悔(せんくわい)
すれどもかひなし
此(この)二朱一片
何(なん)の用(よう)をか
なさんとて
錦出(にしきで)の《振り仮名:茶■|ちやづけ》【漬ヵ】
茶碗(ちやわん)弐人前
調(とゝのへ)家(いへ)に帰(かへ)り《振り仮名:一ッ|ひとつ》を
妻(つま)の用(やう)とし一ッを
我器(わかき)とす是(これ)を
 大気(たいき)上戸(しやうご)と
     いふべし

【南鐐 : 江戸時代の通貨のひとつで、額面が固定されている銀貨。 南鐐二朱銀】

  犬悦(けんゑつ)上戸(しやうご)
つゐんしのもとにてゑもいえぬ事
ともしちらしとつれ〳〵草(くさ)に
かけるは今(いま)の謂所(いわゆる)
犬悦(けんへつ)なり夫(それ)嘔吐(へど)は
酒徒(しゆと)のいきおひきはまる
ところにして武夫(ぶし)の
討死(うちし)にをなしまた
一種(いつしゆ)多(おゝ)く呑(のま)ん
ために指(ゆび)にて
咽喉(のど)を弄(ろう)し
強(しき)りに嘔吐(へど)を
なし扨(さて)
飲(のみ)に着(つく)ものあり
是(これ)は剛飲(かうゐん)とは
いふべからず


腹中(ふくちう)をしばらく
酒食(しゆしよく)の宿(やと)となし
やがて追出(おいだ)すに同(おな)し
かるへし全体(ぜんたい)嘔(ゑづきを)なすも
酒客(しゆかく)の一 興(きやう)といへども
尾籠(ひらう)のふるまひ強飲(かうゐん)の
あるましき
   仕業(しわざ)なり

【つれ〳〵草に書ける : 徒然草175段。酒飲みってひどすぎると書き連ねているうちのひとつ。「築地・門の下などに向きて、えもいはぬ事どもしちらし」】

絵本(ゑほん)不尽(つきぬ)泉(いづみ)下之 巻(まき)
   目録(もくろく)
一 為強(つよがり)上戸(じやうご) 一 慇懃(ゐんぎん)上戸
一 雲介(くもすけ)上戸 一 慎怒(おこり)上戸【慎は憤の誤記ヵ】
一 爽晴(ざつぱつ)上戸 一 睡眠(ねむり)上戸
一 多言(たごん)上戸 一 自惚(うぬぼれ)上戸
一 淫乱(ゐんらん)上戸 一 宿酒(ふつかゑひ)

  強(つよ)がり上戸(じやうご)
つよがりの上戸(しやうこ)世(よ)に
おゝきものなり
五月雨(さみたれ)の打続(うちつゞき)たる
しめりがち
なる折節(おりふし)合方(あいかた)の
女郎(じよろう)がならぬ返事(へんじ)
にくつとふさいで
げい子(こ)たいこが座(ざ)を
もちかぬるを
発才(はつさい)中居(なかい)が
彼(かの)強(つよ)がりを
のみこんで
ちよつとさわつては
ころりとこけゆきあ
たつてはとつとたをれ

手(て)かいたいからだが
しびれる何(な)んとしてその
よふに力(ちから)つよふむまれなました
透(すか)さぬ手(て)だれにたいこもちが
合点(がてん)して旦那(たんな)一番(いちはん)枕(まくら)引(ひき)居(ゐ)
すまふいつそ身(み)うちが砕(くだける)
げゐこどもも間(ま)に合(あわ)せかぎ
ひきでゆびがいたひと
よつてかゝつてのせかくるに
宝岩(ほうぐわん)大(おゝき)に気色(きしよく)をなをし扨(さて)
夫(それ)からの強(つよ)がり自慢(しまん)和藤内(わとうない)か
タイハンをせめしよりもつと
   すざましき鉄炮(てつほう)の
     あたり処(ところ)はやみの夜(よ)に
       はなし次第(したい)云次第(いゝしだい)
         さて勤(つとめ)よき客人(きやくじん)なり

  慇勤(ゐんぎん)上戸(じやうご)
ゐんぎん上戸(じやうご)といふは酒癖(さけのくせ)の一(ひと)ツ(つ)なり
かの過(すぎ)たるは及(およは)ざるにしかじと
やらん喧嘩(けんくわ)上戸(じやうご)おこり上戸(じやうご)よりは
少(すこ)しましなれども酒(さけ)に酔(よひ)てのゐん
ぎんはこと〴〵く馬鹿(ばか)ゐんぎんにて人(ひと)を
こまらする事(こと)甚(はなはだ)し少(すこ)し酔(よひ)が
まわるにしたがひ割(わり)ひざの膝(ひざ)
かしらをあらわしまわらぬ
舌(した)にて慇勤(いんぎん)を演(のべ)ることべん
べんとしてあたかも薬(くすり)地黄(ちおう)
せんをひつはるにひとしく我前に
呑(のみ)さしてある盃(さかづき)を打(うち)わすれ一座(いちざ)
の酒客(しゆかく)に退窟(たいくつ)をおこさせ肴(さかな)
はさむ度事(たびこと)に箸(はと)をいた
だき人(ひと)の咄(はな)しはひとつも耳(みゝ)へ

入らず合客(あ きやく)も大躰(だいてい)は
付合(つきあ)ふて見れと
後(のち)にはおもひ〳〵の
上気(うわき)はなしかの慇(ゐん)
勤(ぎん)を合手(あひて)にせねどゐん勤(ぎん)
さけの得(とく)には気(き)にもさわらず酌(しやく)に
出(て)て居(い)るにめろでつちを合手(あいて)に
何(なに)やらゐんぎんに聞(きこ)■【へヵ】ぬ噺(はな)ししら
るるは扨(さて)も〳〵
きのどくなと思(おもへ)
ども品(しな)■【こそヵ】かわれ
酒(さけ)の癖(くせ)はわれ人(ひと)
のがれがたきもの
なれば下戸(げこ)の馬鹿(ばか)
  ゐんぎんしたるよりは
  かわいらし也

  雲助(くもすけ)上戸(じやうこ)
九夏三伏(きうかさんふく)の暑(あつ)き日(ひ)厳冬素雪(けんとうそうせつ)の寒(さむ)き夜(よ)も破(やふ)れ地(ち)はんたつた一枚(いちまい)の
竹(たけ)の負木(おふこ)にになひもち長町(なかまち)を宿(やと)とさため気(き)さんじなる暮(くら)し是(これ)を
雲助(くもすけ)と号(なつ)く上戸(じやうご)に雲助(くもすけ)上戸(しやうこ)と異名(いみやう)せるは
酒(さけ)の座席(ざせき)野鄙(やひ)にしてゐんぎんの
座(ざ)に居(ゐ)る事(こと)かな
わず先(まつ)呑(のみ)かけるに
今(いま)流行の利休形(りきうかた)の小き
盃(さかづき)をまどろし
かりはじめ
より石(いし)にて
やりかけ取肴(とりさかな)
のあわびかまほこ
あるひは鉄炮(てつほう)あへ
やつことふふの
醤油(しやうゆ)に青(あを)とふ

がらしのまぜり
たるもひとつ器(うつは)
打(うち)こみかたはしより
まわし喰(くら)ひなど
とかく貴人(きにん)のせぬ
事(こと)ばかりしかも
酒(さけ)にははやく酔(よひ)
料理場(りやうりば)から鯛(たい)めん
の出(て)る時分(しぶん)にはゆすつ
てもおこしても一向(いつかう)に
たわひなくたま〳〵むりに
引(ひき)おこされては酒(さけ)は見るのもいやになり
一座(いちざ)の女中(じよちう)あるひはげい子(こ)中居(なかい)をとらへ
ひんだかへたりこかしたり三味(さみ)せんをふみ
おり鉢水(はちみづ)をこぼすやら興(きやう)も酔(よひ)も醒(さめ)はてゝ仕舞(しまひ)は
いつも言分(いゝぶん)出来(てき)さん〴〵の事(こと)にて終(おわ)るなり是等(これら)を酒徒(しゆと)の下品(けひん)と
             さだむべき■【也ヵ】

  怒(おこ)り上戸(じやうこ)
おこり上戸(じやうご)は酒(さけ)の癖(へき)なりさけこのむ人
つとめてつゝしみ  このへ
           きを
愈(なを)すべし先(まづ)其(その)初(はじめ)は
酔(よふ)たにかこつけさも
なき事(こと)を仰山(ぎやうさん)に
罵(のゝし)り手廻(てまは)りにある
皿(さら)鉢(はち)を取(とり)てなげ落花(らくくは)
みぢんにくだく事(こと)なり
それも少(すこ)し胸(むな)さん用(よう)ありて
肴鉢(さかなはち)も赤絵(あかへ)の古渡(こわた)り宗哲(そうてつ)
好(このみ)の吸物椀(すいものわん)五人 前(まへ)揃(そろ)ひたる是
いかな〳〵かた脇(わき)へよせておき
はぎやきの茶(ちや)のみ茶(ちや)わんを
打砕(うちくだ)きて腹(はら)をゐることなり次第(しだい)〳〵にこの癖(へき)
つのり後(のち)には酒(さけ)さへ吞(のめ)ばいかることく自得(しとく)して

珍客(きんきやく)をまねくたひまたしても吸物(すいもの)の
ふ加減(かけん)を云立(いゝたて)女房(にやうほう)をしかりつけ下女(けしよ)の
小女郎(こめろ)があくびかみ〳〵酌(しやく)したが気(き)に
いらぬと横(よこ)づらをはりまわし客(きやく)への
不敬(ふけい)家内(かない)のぶ首尾(しゆひ)この上(うへ)もなきふ興(きやう)なり
されども此癖(このへき)は人(ひと)に対(たい)して喧嘩(けんくわ)し釼(けん)げきを
振(ふる)ふほどの大事(だいじ)にはおよばす
たとひ人(ひと)にむかつて
悪口(あつかう)失言(しつげん)をはくといへども
さきよりつよく
きめつくれば
忽(たちまち)底頭(ていとう)
平身(へいしん)して謝(しや)する事(こと)
根本(こんほん)こゝろに損得(そんとく)のさん用(よう)
    あるによれり下戸(げこ)是(これ)を号(なづけ)て
         わるひ酒(さけ)じや
            といふ

【赤絵の古渡 : 中国明時代頃作られた彩色の磁器】
【宗哲好み : 京の塗師の中村宗哲風】

  殺罰(さつはつ)上戸(じやうご)
殺罰(さつばつ)は侠者(きやうしや)の業(わざ)にて
おそるべきの甚(はなはだ)しき
物(もの)なり酔(よひ)に乗(じやう)しては
釼刀(けんとう)を振(ふつ)て人(ひと)と
閙(あらそ)ひこぶしを揚(あけ)て互(たがい)に
打合(うちあ)ひ或(ある)は傷(きず)を
かふふり命(いのち)を
うしなふかゝる上戸(じやうご)
あるをもつていたづらに
酒(さけ)の名(な)をけがす凡(およそ)酒(さけ)は
百薬(ひやくやく)の長(ちやう)にて愁(うれ)ひを
わすれ思慮(しりよ)を少(すく)なから
しめ不 老長寿(らうちやうじゆ)のものなれば
聖人(せいじん)も量(はかり)なけれども乱(らん)に
及(およは)ずとの玉(たま)ひて和漢(わかん)ともに

尊(たつと)び用(もち)ひ来(きた)る事(こと)年久(としひさ)し
さるたふとき徳(とく)ある酒(さけ)を
おのれが侠(きやう)にまかせ悪名(あくみやう)を
冠(かうむら)じむるは実(しつ)にさけの
罪人(ざいにん)なり酒好人(さけこのむひと)
風流(ふうりう)を
  心(こゝろ)にたしなみ
    慎(つゝ)しみて
      酔(よひ)狂(くるひ)の
     行(おこな)ひ
       あるべからず

  垂眠(ねむり)上戸(じやうご)
春(はる)の日のどやかなるに
弁当(べんとう)小竹筒(さゝゑ)とりもたせ
野辺(のべ)の若草(わかくさ)ふみしだき
ひばりの高(たか)く啼渡(なきわた)るに
毛氈(もうせん)打(うち)しき呑(のみ)かけた
るは下戸(けこ)の人(ひと)さえうら
やみぬべし扨(さて)は夏(なつ)の夕(ゆふ)
つかた川舟(かわふね)に棹(さほ)さし
流水(ながるゝみつ)にさかづきを浮(うか)め
花火(はなひ)の空(そら)にひらめき
たるいわんかたなし秋(あき)は北山(きたやま)の
茸狩(たけかり)萩(はき)紅葉(もみぢ)なんどに呑暮(のみくら)し
冬(ふゆ)のいと寒(さむ)き頃(ころ)は炉(ろ)の元(もと)に
まどゐして心(こゝろ)ある友(とも)どち打寄(うちより)
酒(さけ)をあたゝめ出(いだ)したるぞまた

よのたのしひを究(きわむ)といふ
べしその外(ほか)青桜(せいらう)【楼ヵ】戯場(げきじやう)
雪月花(せつけつくは)祝儀(しうぎ)不 祝義(しうぎ)或(あるひ)は
喧嘩(けんくは)の中直(なかなを)り何事(なにごと)も唯(たゝ)
酒(さけ)のみてこそおもしろ
けれ扨(さて)すこし酔心地(よひこゝち)に
なり互(たがい)に打解(うちとけ)常(つね)いわぬ
こときかぬことおもしろ
おかしき最中(さいちう)にいびきの
声(こへ)いと高(たか)く打(うち)たをれて
寝(ね)る上戸(じやうご)あり是(これ)ものに
害(かい)なしといへども酒(さけ)の興(きやう)
至(いたつ)て薄(うす)し
  上戸(じやうご)中間(なかま)是(これ)を号(なつけ)て
     正躰(しやうたい)もなき
       御有様(おんありさま)と称(しやう)す

  多言(たごん)上戸(じやうご)
酒気(さかけ)のなひ生(す)めの
ときは人(ひと)もこゝろを
奥(おく)の間(ま)に打(うち)しめり
て渋(しぶ)吸(す)ふた顔付(かほつき)
も《割書:サア》五六 杯(はい)きこし
めせば何(なに)となく口(くち)か
ろく次第(したい〳〵)にさけの
過(すき)るほど問(とわ)ずがたりの
身(み)のうへばなし人(ひと)のかげ
言(こと)世(よ)の雑談(ざうたん)つゞきつんぼに
聞(きか)すよふな大声(おゝこへ)さりとは酒(さけ)
気(き)のあるときと常(つね)の
くすみよふ天地(てんち)雲泥(うんでい)
下駄(けた)と焼味噌(やきみそ)の大ちがひと
山(やま)の神(かみ)の内儀(ないぎ)か方から

酒(さけ)のかんつけてもつて
来(く)る事なりかゝる多(た)
言(げん)の上戸(じやうこ)にもかならす
きんもつのはなしありて
あるひは学問(がくもん)咄(はな)し
になれは何(なに)となく
しめりか来(き)てそれ
からはつや〳〵物(もの)も
の玉(たま)はずそこに手枕(てまくら)して
ねてしまふもあり其外(そのほか)
茶(ちや)の湯(ゆ)はなし書画(しよぐわ)の
うわさ何(なに)にもあれ我(わが)
しらぬ道(みち)の少(すこ)し高(ほう)
上(じやう)なる事(こと)の咄(はな)しに
なれはさしもの多(た)
言(げん)もくつとふさく
はお定(さたま)りなり

【下駄と焼味噌 : 板につけて焼いた味噌の形は下駄に似ているが、実際は違うところから、形は似ていても内容はまったく違っていることのたとえ。 デジタル大辞泉より】

  自惚(うぬほれ)上戸(じやうご)
うぬぼれとは東都(あつま)の
方言(はうげん)にて浪華(らうくわ)のいわゆる味噌(みそ)を
あげると同日(とうじつ)の談(だん)なり世(よ)の中(なか)に
自惚(うぬほれ)れのなき人(ひと)こそすくなけれ或(あるい)は才智(さいち)を
慢(まん)じ芸能(げいのう)をほこり色情(いろごと)に通(つう)じたる容色(よふしよく)のすぐれたる
おのれ〳〵がほどにつけて我(われ)と我身(わがみ)にほれたれどさすがに
不酔(すめ)のときは慎(つゝ)しみて言外(ことは )に出(いた)さねども酔(よひ)に乗(せう)じては本性(ほんしやう)
あらわれ彼(かの)情妓(いろ)めをまわし自慢(しまん)
其(その)花街(さと)にて倡(おやま)にきけばなんの事(こと)なき
   つねの客(きやく)にてさりとはきつい自惚(うぬぼれ)じやと
     そしる人(ひと)もうぬ惚(ほれ)なり来(く)る者(もの)もうぬ往者(ゆくもの)も
  我(うぬ)うぬ沢山(たくさん)の世界(せかひ)なれば
          この作者(さくしや)のうぬもまた智(し)るべし

【味噌を上げる : 自慢する。手前味噌を並べる。 デジタル大辞泉より】

  淫乱(ゐんらん)上戸(じやうご)
九月の出(て)かわりは御停止(ごてうじ)にて
三月ばかりとおもへば
一入(ひとしほ)奉公人(ほうこうにん)におもひ入(いれ)深(ふか)く
此季(このき)奉公(ほうこう)はしめの
うしろ帯(おび)十七か八は
まだ破(われ)まいとしり
付(つき)のむつちりに
おもひつきしが親元(おやもと)は
下原(したばら)にて二(ふた)ッ名(な)はつけど一(ひと)すじ
縄(なは)てはゆかぬつらかまへにおそれて
ほんに〳〵手(て)さえにぎつたこともなく
とく実(じつ)堅固(けんご)に親方(おやかた)を勤(つと)めしが西照庵(さいせうあん)
にてたのもしの貌(かほ)よせ講元(かうもと)がもて
なしにたわひもなく
酔(よひ)つぶれ戻(もど)りは坂町(さかまち)か

道頓(とうとん)堀へ落着(おちつく)はづを
同席(とうせき)の下戸達(げこたち)に引(ひ)き
づられなんなく我内(わがうち)
戻(もと)りしが家内(かない)は
寝入(ねいり)て件(くだん)の下女(けじよ)
紙燭(しそく)かた手(て)に門(かど)の戸(と)
あくるを酔眼(すいがん)にちらと
見て前後(ぜんこ)跡(あと)さきのとん着(ぢやく)も
なくおしつけて
たつた一度(いちど)が附入(つけいり)りに
なりて青梅(あをむめ)が喰(くい)ひ
たひのからゑづき
が出(て)るのとこんりん
ざいゆすりぬかれ母(はゝ)
親(おや)の手前(てまへ)女房(にやうぼう)の
おもはくさりとは酒は心(こゝろ)の
       外(ほか)じやなァ

【右丁】
  宿酒(しゆくしゆ)
宿酒(ふつかよひ)の腹心地(はらこゝち)ほど世(よ)に
おかしきものはなし食(しよく)を
欲(ほつ)すれども喰(くろ)ふことあた
わず強(つよ)く食(しよく)すればかならず
嘔(へど)をなす先(まづ)おさだまりの
朝風呂(あさふろ)扨(さて)午時前(ひるまへ)に湯(ゆ)
やつこの熱酒(あつかん)すこし
呑(のみ)たる尤よしあつきの
煮(に)しる呑たるも
よし又(また)最上柿(さいしやうかき)をせんじ
用(もち)ひてよしまたすつ
ぽんを喰(くろ)ふもよし又
三里(さんり)に灸(きう)したるもよし
また上手(しやうす)の導引(とうゐん)に
按腹(あんふく)させたるも心(こゝろ)よし

【左丁】
宿酒(ふつかよひ)のときあしき
事(こと)は飯(めし)を喰(くろ)ふこと
物(もの)をかく事(こと)寝(ね)る事(こと)
男女(なんによ)の
  ましわ梨(り)
    塩茶(しほちや)飲事(のむこと)
   こたつに
      あたる
        事(こと)
    これらの
       事
     すべて
       みな
      わろし

【右丁】

画工   法橋玉山 【印 玉山】【印 尚友】

寛政九《割書:丁| 巳》初陽吉辰

         心斎橋通
    浪花書林  大塚屋惣兵衛


【左丁・白紙】

【蔵書印・国文学研究資料館/150805/平成18年3月9日】

【裏表紙】

うそなるべし

【表紙 題箋】
□□なるへし【「うそなるへし」】   上下

【左丁 頭部欄外 右から横書き】
天保甲午盛秋鐫
【本文】
《割書:江|戸》木屑庵著
うそなるへし 《割書:全|二|冊》
東都  向栄堂蔵

【左丁】

余(よ)が相識(ちかつき)に言(ことば)咎(とがめ)する老人(らうじん)ありしち
むづかしいといへは此(この)一条(いちでう)こそむづかし
からめ跡(あと)の六(むつ)は何(なん)でござるといふ
面倒臭(めんどうくさ)いといへば我(われ)此年(このとし)まで(まで)未(いまだ)め【右肩に「弐」と傍記】む【右に「るゝ」と傍記 注】
とうの匂(にほ)ひを嗅(かゝ)【嚊は俗字或は譌字と思われる】ずときめつけいや
はや手(て)におへぬ老爺(おやぢ)にて言(ことば)咎(とがめ)の種(たね)を

【注 「未」の右下に「弐」とあり、「るゝ」の右横、つまり前行の「い」を借り「いる」と読ませ「弐いるゝ」、つまり「未に」と表記したいのかも。】

【右丁】
ほじりに草庵(そうあん)を訪(とむら)ふ事(こと)屡々(しば〳〵)なり一日(あるひ)
来(きた)りて彼是(かれこれ)するうち不図(ふと)此冊子(このさつし)を見付(みつけ)
出(いだ)し二三 枚(まい)読(よむ)や否(いな)膝(ひざ)を拍(たゝき)胆(きも)【膽】を消(け)し
奇(き)々 妙(みやう)々 此(この)こと〳〵斯(かふ)もいへはいはるゝものか
一言(いちごん)もなし〳〵貸(かし)て下(くた)され写(うつし)したい
直(すぐ)に写(うつ)して手間(てま)はとらぬといふ故(ゆへ)爰(こゝ)そ
黙(だまつ)て居(い)る所(ところ)てなと写(うつす)には隙(ひま)はかゝぬ

【左丁】
といふべきを手間(てま)はとらぬとは
何(なに)職人(しよくにん)の手間(てま)取(とり)にやといはれつい
口(くち)がすべつたと答(こと)ふ扨(さて)は貴所(きしよ)の口中(こうちう)に
ぬかり道(みち)ありやと押(おし)かへされ弘法(かうほう)にも
筆(ふで)の謬(あやま)りでござると少々(せう〳〵)ふくれた
様子(やうす)なり書物(かきもの)なれは筆(ふで)のあやまり
ならん云(いひ)損(そこな)ひは口(くち)の謬(あやま)りなりいかに〳〵

【右丁】
とせりつめられつん〳〵として
帰(かへ)りしを直(すぐ)に序(じよ)として作者(さくしや)に
贈(おく)りぬ
       市中在【扗は在の本字】多
        覚蓮房識
        愛花道人書

【左丁】
     自序
若(わか)い時(とき)の気強(きづよ)に己(おのれ)やれと思(おも)ふ
た細工(さいく)も老武者(らうむしや)のかなしさは
息子(むすこ)に及(およは)ず浮世(うきよ)を裏(うら)の三 畳(じやう)に
避(しりぞい)て正風(しやうふう)の俳偕(はいかい)を楽(たの)しめ
ども根(ね)が職人(しよくにん)の文盲(もんもう)だけこそけれ

【右丁】
が咽(のど)につかへらんらめらしもらつし
こくたいされとも人間(にんげん)活物(かつぶつ)にて
心(こゝろ)を使(つか)ふか手足(てあし)をつかふか
じつとしては居(い)られぬならひ
醤(ひしほ)で茶漬(ちやづけ)をしてやりながら
思(おも)ひ付(つい)たる物類(ぶつるい)名義(めいぎ)年(とし)久(ひさ)しく

【左丁】
住(す)む馬食町(ばくらうてう)の食(く)ふといふから始(はじま)
りて先(まづ)食物(しよくもつ)の故事付(こじつけ)案事(あんじ)仮(か)
名(な)違(ちが)ひやら何て字(じ)やら訛(なまり)片言(かたこと)
あたりまへめつたやたらに書(かき)つ
づれは其数(そのかず)凡(すべ)て何十条(なんぢうでう)是(これ)より
次第(しだい)に嘘(うそ)が上(あが)り天門(てんもん)地理(ちり)と

【右丁】
門部(もんぶ)をわけ追々(おい〳〵)嘘(うそ)をつきなら
はゞ嘘八百(うそはつひやく)にも満(みち)ぬべし然(しか)るを
近処(きんじよ)の書林(しよりん)何某(なにがし)これ ̄モ同(おな)じ
く嘘(うそ)つき弥次郎(やぢろう)藪(やぶ)の中(なか)で
屁(へ)をひりあふ交(まじは)り浅(あさ)からず
我嘘(わがうそ)を梓(あづさ)に鏤(ちりは)め己(おのれ)歟(が)嘘(うそ)の

【左丁】
元手(もとで)にせんとす春(はる)の日(ひ)秋(あき)の夜長(よなが)
の頃(ころ)心(こゝろ)を潜(しづ)め香(こう)を焚(た)き翫味(くわんみ)
熟読(じくどく)した所(ところ)が全篇(ぜんへん)凡(すべ)て水乕(かつぱ)の
屁(へ)何(なん)の御茶湯(おちやとう)にもならずといへども
御臍(おへそ)が沸(わかす)茶(ちや)子(こ)にも充(あて)たまはゞ
作者(さくしや)の幸甚(こうじん)しからんと云(いふ)

【右丁】
 時于天保甲午秋之日

    木屑庵
     成貨【印】

【左丁】
虚(うそ)南留別志(なるべし)巻之上     江戸木屑庵述
  飯(めし)。めし。いい。はん。まんま
▲命司(めいし)【左ルビ:いのちつかさ】《割書:めいしをつめてめしいのちをつかさどるの宝(たから)なるゆへ|めしなるべし》
まんまはまゝなるべしすべて物(もの)をつぐをまゝといふいのちを
つぐまた母(はゝ)の無(な)き子(こ)後(のち)の母(はゝ)をたのみ育(そだつ)をまゝ母(はゝ)といふ
も子(こ)の命(いのち)をつぐゆへにまゝはゝなるべし
▲意根(いね) 世根(よね) 何れも米(こめ)の名(な)いのちの根(ね)なり
▲汁(しる) しるはつけなるべしめしのかたはらに付(つけ)て食(くら)ふ

【右丁】
ゆへつけおの字(じ)をそへておつけか又
けの字(じ)しるなり
▲菜(さい) さいはそへて食(くら)ふゆへにさへなるべしそとさと通(つう)ず
▲香物(かうのもの)は にほふ故(ゆへ)にかふ〳〵なるべし
▲爰(こゝ)に膳(ぜん)にならぶ所(ところ)の具(ぐ)によりて食類(しよくるい)の惣名(そうめう)とする
 ものなり  平(ひら) 坪(つぼ) 猪口(ちよく) 鱠(なます)
是(これ)は家具(かぐ)の考(かんがへ)にいふなれども食(しよく)にならぶ故(ゆへ)先考(せんかう)を
こゝに解(とく)

【左丁】
▲開(ひらく) ひらくの略(りやく)ひらなるべし
▲莟(つぼみ) つぼむの略つぼなるべし
有来(ありきた)り用(もち)ゆる文字(もんじ)の坪(つぼ)は地坪(ぢつぼ)の預(あづか)る所(ところ)ゆへ土(ど)へん也
膳部(ぜんぶ)にはあやまりなるか
▲しばらく食類(しよくるい)をさし置(おい)て家具(かぐ)の考(かんがへ)をとく
 むかし大和国(やまとのくに)に和気(わけ)の棟春(むねはる)といふ人(ひと)あり何(いづ)れの事にも
 才能(さいのう)ある者(もの)にて土(つち)にて挽物(ひきもの)器(うつは)作(つく)るより考(かんがへ)付(つき)て挽台(ひきだい)を
 よこに用(もち)ひ色々(いろ〳〵)の堅木(かたぎ)をもつてうつわを挽出(ひきいだ)す工夫(くふう)を

【右丁】
 なせり大(だい)となく小(しやう)となく或(あるひ)は浅(あさ)く深(ふか)くさま〳〵の器(うつは)を挽(ひき)
 出(いだ)せり近郷(きんごう)の貴賎(きせん)はなはだ調法(てうほう)して悦(よろこ)び日々(ひゞ)繁栄(はんゑい)せり
 後々(のち〳〵)はやごとなき御方(おんかた)へもさし上(あぐ)るやうになりける爰(こゝ)において
 名(な)あるべくと人々(ひと〴〵)の問(と)ふに名(な)はいまだ考(かんが)へずと申けり其(その)ころ或(ある)
 先生(せんせい)和気(わけ)が宅(たく)へ朝暮(てうぼ)あそびに来(きた)り給ふゆへ棟春(むねはる)この
 人(ひと)にいつて曰(いわく)我(われ)が工夫(くふう)にて製(せい)し来(きた)る所(ところ)の器(うつは)いまだ名(な)これ
 なし衆人(しゆうじん)名(な)あつてこそ然(しか)るべけれと望(のぞ)む先生(せんせい)是(これ)に名(な)を
 ほどこし給へと頼(たの)みければ先生(せんせい)考(かんが)へて箇(か)やうの品(しな)に名(な)を

【左丁】
 付(つけ)る事よふいならず是(これ)は天地(てんち)自然(しぜん)の数(すう)をもつて付(つけ)
 宜(よろ)しきと申きあるじこたへて数(すう)とはいかにとも申ければ小(しやう)の数(すう)
 を三といゝ大(だい)の数(すう)を八といふ故(ゆへ)に大(おゝい)なるを八ととなへ小(しやう)成(なる)を
 三と申ていかにとぞ申ける是(これ)奇(き)なりとて大(だい)をはちと小(しやう)を三
 といひなせりすべて大成(おゝいなる)を餅(もち)など入(いれ)て木(き)ばち火(ひ)を入(いれ)
 て火(ひ)ばち余(よ)はこれになぞらへてしるべし又(また)小(しやう)の
 具(ぐ)三のすうへらの文字(もじ)を添(そへ)てさんらあさきうつわ
 をおさんなどゝいひならはし今(いま)もさかづきにこの名(な)







【右丁】
 あり
▲又(また)是(これ)よりめししるを食(くら)ふべき器(うつは)を案(あ)んじ挽(ひき)
 出(いだ)せり尤(もつとも)いにしへは土器(かはらけ)にてすみしものなり又(また)五(ご)
 器(き)といふものあり右(みぎ)は天竺(てんぢく)仏(ぶつ)在世(ざいせ)のとき鉄(てつ)にて
 製(せい)し五(いつ)ツ組(ぐみ)に作(つく)りしてつぱつ【鉄鉢】ともいふこれは
 直(ぢき)に下(した)より火(ひ)をたき鍋(なべ)かれこれに用(もち)ひ五(いつ)ツ組(ぐみ)もの
 ゆへに五(ご)きといふかあるじの工夫(くふう)は四(よ)ツ組(ぐみ)にてきせ
 ふたをかねたり是(これ)にも名(な)を付(つけ)んと例(れい)の先生(せんせい)へ

【右丁】
 問(とひ)ければ先生(せんせい)まうされけるは此たびいろ〳〵の
 うつわものを工夫(くふう)なし給(たま)ふて後世(こうせい)に残(のこ)し用(もち)
 ゆるゆへ右(みぎ)の具(ぐ)へは足下(ごへん)の名(な)をすぐさまつけて
 のちの世(よ)にのこす事 宜(よろ)しと和気(わけ)の棟春(むねはる)を頭字(かしらじ)
 において
▲わむ 今(いま)もつて用(もち)ひ来(きた)るなるべし
▲猪口(ちよく) いのしゝの口(くち)といひならはせりいかゞちい
 さき壺(つぼ)やうなる物(もち)【「もの」の誤記ヵ】ゆへちよこなるべし

【右丁】
▲膾(なます)【鱠】は 生魚(なまうを) 生青物(なまあをもの)へ酢(す)をかけ用(もち)ゆるゆへこれは
 此(この)まゝになますなるべし
▲箸(はし) はしはすべてかけわたすゆへめしを口(くち)へ
 わたすゆへにやはりはし成(なる)べし
▲餅(もち) もちは腹(はら)にたもつもの故(ゆへ)もちなるべし
   豆腐類(とうふるい)変名(へんめう)
▲とふふは 豊臣秀吉公(とよとみひでよしこう)朝鮮(ちやうせん)御陣(ごぢん)のとき兵(へう)
 粮(らう)下奉行(したぶぎやう)に岡部(おかべ)治部衛門(ぢぶゑもん)といふ人(ひと)あり 後(のち)

【左丁】
 御かいぢんのとき豆腐(とうふ)の製(せい)しかたを箇(か)のくに
 より覚(おぼ)へ来(きた)り日本(にほん)にてはじめて是(これ)を作(つく)り給(たま)へ
 此(この)ゆへに豆腐(とうふ)をおかべといひ又(また)じぶどうふ
 などゝもいふ歟 其後(そのこ)町方(まちかた)にて製(せい)し売初(うりはじ)めぬ
 とうふに紅葉(もみぢ)を付(つけ)るも人(ひと)のおふくかうよふ【左に「紅葉」と傍記】に
 との事と聞及(きゝおよ)びし
▲八へ 豆腐(とうふ)   有行脚(あるあんぎや) 奥州(おうしう)南部(なんぶ)の
 八のへといふ宿(しゆく)に泊(とま)りけるとうふをいと細(ほそ)く

【右丁】
 打(うち)あじよくあつものにして平(ひら)につけ出(いだ)しぬ甚(はなはだ)
 軽(かろ)くして美味(びみ)なりそのゝち宿(やど)にかへり酒食(しゆしよく)
 のそへにして友人(ゆうじん)などに製(せい)しふるまひぬ
 名(な)も南部(なんぶ)八のへにて食(しよく)せしゆへ其(その)まゝ
   はちへどうふなるべし
 八はゐとうふといふはいかゞなるにや
▲野狐豆腐(やこどうふ)
 都(みやこ)にとふき片田舎(かたいなか)には易占(ゑきうらなひ)といふ事もなけ

【左丁】
 れば狐(きつね)に吉凶(きつけう)を問(と)ふその術(じゆつ)は住所(ぢうしよ)の穴(あな)の口(くち)へ
 生(なま)なる所(ところ)のとうふをそなふ食(くら)ふとくらはざる
 にて善悪(ぜんあく)を定(さだ)むる事なりそれゆへに生(なま)にて
 食(しよく)するを
  やことうふなるべし
 奴豆腐(やつこどうふ)とはいつの時(とき)よりかまちがひなり
 けんちん豆腐(とうふ)
▲備前(びぜん)の国(くに)刀鍛冶(かたなかぢ)おふきうちに水由軒(すいゆうけん)と

【右丁】
 いふ人(ひと)殊(こと)に剣(けん)の名人(めいじん)なりしかれども容易(ようい)に
 細工(さいく)出来(でき)あがる事なし或男(あるをとこ)この人(ひと)に刀(かたな)を
 頼(たの)みけるとき能(よき)時分(じぶん)やら早速(さつそく)に出来(しゆつたい)せ
 りことの外(ほか)よろこび彼(かの)鍛冶(かぢ)をまねき馳(ち)そう
 すべきと其友(そのとも)なる人(ひと)に好(この)めるたべ物(もの)をきゝ
 あはせけるに彼人(かのひと)とかく何事(なにごと)も油(あぶら)にて製(せい)し
 たる物(もの)をこのめりといひけるにそれより豆(とう)
 腐(ふ)をしぼりさま〴〵の青物(あをもの)かんぶつもの等

【左丁】
 種々(しゆ〴〵)いれて油(あぶら)にて美味(びみ)に料理(りやうり)し酒(さけ)飯(めし)を
 とゝのへかの鍛冶(かぢ)をもてなしける客(きやく)ことの外(ほか)
 よろこびて是(これ)まで己(おの)れも知(し)らざる所(ところ)の菜(さい)也
 これは此(この)ほどの剣(けん)【剱は古字】のちんかとほめしより
 剣賃豆腐(けんちんとうふ)なるべし
 ちなみにいふむかし天下(てんか)おふいにかんぱつ
 のせつ  天子(てんし)より或(ある)僧(そう)に雨(あま)ごひの和謌(わか)
 よみ候やう仰(おほ)せ付(つけ)らるゝ其哥(そのうた)の徳(とく)にて雨(あめ)たゞ

【右丁】
 ちに降(ふり)ければ御よろこびに哥人(うたびと)へ餅(もち)をたま
 はりける哥(うた)ぬし是(これ)は哥(うた)のちんなるかといひし
 より  餅(もち)を哥(か)ちんとよび習(なら)はせり
▲でんがく
 摂津(つ)の国(くに)四天王寺(してんわうじ)の楽人(がくにん)なにとかいへる老翁(らうおう)
 あり楽笛(がくぶえ)に妙(みやう)をきわめ得(え)たり其(その)門人(もんじん)おふく
 ありける其内(そのうち)にひとりこと〴〵く笛(ふえ)に妙(みやう)を
 きわめたれども還城楽(げんじやうらく)は伝授(でんじゆ)ものなりとて

【左丁】
 翁(おきな)ゆるし給(たま)はずある春(はる)の日 箇(か)の老翁(おきな)門人(もんじん)の
 宅(いへ)に来(きた)りあそび給ふ門人(もんじん)なる男(をとこ)いろ〳〵と
 もてなし其(その)うへ山海(さんかい)のちん味(み)をつくし終(をは)り
 に老人(らうじん)の事なれば豆腐(とうふ)を二寸(にすん)ほどづゝに切(きり)串(くし)
 にさし焼(やい)て木(き)のめ味噌(みそ)をつけ出(いだ)し老(おい)に酒(しゆ)
 食(しよく)をすゝめけり翁師(おうし)うまし〳〵と手(て)をうちて
 悦(よろこ)びのあまり還城楽(げんじやうらく)の笛(ふえ)の伝(でん)をこの門人(もんじん)に
 免(ゆる)し給ふ是(これ)よりしてとふふ焼(やい)て味噌(みそ)をつけ

【右丁】
 しを代(よ)に伝楽(でんがく)とよび習(なら)ひけり予(よ)が禿髪(こども)の
 ころまで伝楽(でんがく)と所々(しよ〳〵)のあんどうにもしたゝめ
 ありしがいつしか田楽(でんがく)と書直(かきなを)しけり此(この)ゆへに
 でんがくなるべし
 一節(いつせつ)に田楽法師(でんがくほうし)よいふ猿楽(さるがく)あり此(この)すがた
 に似(に)たるといふせつあれとも非(ひ)なるか
▲湯婆(ゆば)
 出羽(では)の国(くに)田河郡(たかはこほり)湯殿山(ゆどのさん)は日本(にほん)の霊山(れいさん)なり

【左丁】
 参詣(さんけい)の人(ひと)おふく尤(もつとも)登山(とうさん)は精進(せうじん)けつさいにて
 四季(しき)ともにとうべる【意味不明】物(もの)なし山中(さんちう)なれば麓(ふもと)
 泊(とま)りやにても料理草(りやうりぐさ)【艸】にはこまりける其中(そのなか)に
 金糸屋(かないとや)といふ旅人屋(はたごや)老女(らうぢよ)豆(まめ)を引(ひき)製(せい)して
 さま〴〵に工(たく)み油(あぶら)にても揚(あげ)などして向(むかふ)づけ
 ひらなどに用(もち)ひ食(しよく)させけるその味(あぢ)上ひん
 にてよろしく心(こゝろ)あるものは其(その)製(せい)しかたきゝて
 所々(しよ〳〵)にてあるひは角(かく)につゝみ又(また)袋(ふくろ)のさまにして

【右丁】
 都方(みやこがた)にても精進(せうじん)のりやうりにも用(もち)ひける元よ
 り何(なに)と名(な)もなきものゆへ湯殿(ゆどの)山下(さんか)の婆々(ばゝ)が製(せい)
 しはじめければ自然(しぜん)と
 湯婆(ゆば)と謂(いふ)なるべし
▲ふろふき大根(だいこん)
 漆細工(うるしさいく)をなすものを塗師(ぬし)職(しよく)といふこゝに冬(ふゆ)
 寒気(かんき)つよき節(せつ)はうるしぬりの物(もの)何品(なにしな)にても一(いつ)
 向(かう)にかわきひることなしこれによつて彼(かの)むろ共

【左丁】
 ふろともいふ戸棚(とだな)のさまに作(つく)りたる内(うち)へ水(みづ)を吹(ふき)
 酒(さけ)をふき火気(くはき)にてあたゝめてもかわかず難渋(なんぢふ)する
 物(もの)なり然(しか)るにある僧(そう)の申にはよき大根(だいこん)に塩(しほ)を
 いれよく〳〵煮(に)てその湯(ゆ)をむろへ吹(ふき)ぬりものを
 入(いれ)て宜(よろし)とまうされぬ右(みぎ)職人(しよくにん)僧(そう)のをしえの如(ごと)く
 せしかばひし〳〵とかわくゆへきびしき寒(さむ)さのうち
 にて大根(だいこん)の湯(ゆ)にてかわかしぬさてゆでたる大(たい)
 根(こん)日々(ひゞ)たまりけるに捨(すて)るにもあらざれば隣家(りんか)など

【右丁】
 へも頼(たの)みつかはししよくしてもろふなりこの謂(いゝ)に
 味噌(みそ)なんど付(つけ)てあたゝめくらその侭(まゝ)に名(な)に呼(よん)で
 ふろふき大根(だいこん)なるべし
▲千六本(せんろくほん)大(だい)こん
 むかし子(こ)を産(うま)れて乳(ちゝ)なき女(をんな)千手観世音(せんじゆくはんぜおん)并(ならび)に
 地蔵菩薩(ぢぞうぼさつ)へ大根(だいこん)を清浄(せいじやう)にして糸(いと)ほそく
 打(うち)一心(いつしん)祈念(きねん)して是(これ)を供(くう)じさげて汁(しる)に焚(た)きて
 食(しよく)すきわめて乳汁(ちゝ)出(いづ)ると申 来(きた)りける右(みぎ)千本(せんぼん)

【左丁】
 は観世音(くはんぜおん)へ供(くう)じ六本(ろくほん)は六地蔵尊(ろくぢぞうそん)へ供(くう)し奉(たてま)つる
 その汁(しる)世間(せけん)に流行(りうかう)しておの〳〵願(ぐはん)なくとも
 汁(しる)になしぬ
 又(また)大根(だいこん)を蘿葍(らふ)といふ是(これ)をこまやかに打つ(うつ)ゆへせん
 らふと謂(いふ)とも此節(このせつ)いかゞなるにや
▲たくあん漬(づけ)
 大根(だいこん)をとしの内(うち)より糠(ぬか)塩(しほ)を加減(かげん)して漬(つけ)おき
 よく年内(としうち)香(こう)のものにて大商人(おほあきんど)大職人(おほしよくにん)たいぜい

【右丁】
 人(ひと)をつかふ所(ところ)の常食(じやうしよく)とするなり
 月々(つき〳〵)を越(こ)し夏秋(なつあき)におよべば塩(しほ)のからきのみにて
 高味(かうみ)なく数々(かず〳〵)は食(しよく)せず甚(はなはだ)徳用(とくよう)の品(しな)ゆゑ多(た)
 くわん漬(づけ)なるべし
▲沢庵禅師(たくあんぜんじ)のつけはじめ給ふとも又(また)年(とし)より年(とし)へ
 たくわへ漬(つけ)ともいふいづれか
▲雷ぼし
 浅瓜(あさうり)丸漬瓜(まるづけうり)塩(しほ)にあて土用(どよう)の照(て)る日中(につちう)一日 干(ほ)し

【左丁】
 あぐるくる〳〵と巻(まい)て稲(いな)づまの形(なり)のごとしこれを
 くらへば音(おと)かしましく歯(は)にこたへ音(おと)する故(ゆへ)に
 かみなりほしなるべし
▲もり口(ぐち)
 摂州(せつしう)池田(いけだ)伊丹(いたみ)の酒問屋(さかどんや)にてはだな【注】のごとき
 大根(だいこん)を酒樽(さかだる)のふしのぬけたるへさしおき江戸(えど)諸(しよ)
 国(こく)へつみ出(だ)しのとき右(みぎ)の節(ふし)へ杉(すぎ)のせんをさし
 かへ筵包(むしろつゝみ)にして出(だ)すその口(くち)へ差(さ)したる大根(だいこん)を

【注 「はだなだいこん」の略で「はだの(秦野)だいこん(大根)の変化した語。モリグチダイコンによく似ており、神奈川県秦野(はだの)地方に産する。根は細く食用とする。】





【右丁】
 器(うつは)に取(と)り茶漬(ちやづけ)などのそへ物(もち)に用(もち)ゆ酒(さけ)の気(き)にて
 甚(はなはだ)高味(かうみ)なりもりへ差(さし)おきしゆへ
 もり口(ぐち)なるべし
▲天麩羅(てんふら)
 魚(うを)類(るい)を油(あぶら)にて揚(あげ)たるを名(な)とすはじめは天(あ)
 麩羅阿希(ぶらあげ)と万葉(まんえう)の仮名(かな)にてかんばんに
 書(かい)てうりしものなりいつしか揚(あげ)の字(じ)をぬき
 て天麩羅(てんふら)と計(ばか)りかきしゆへ都(すべ)ててんぷらと総(そう)【惣】

【左丁】
 名(めう)になりけり天(てん)といふ文字(もんじ)をあめのかなにて
 あとよませたるあぶらあげの略(りやく)
 てんぷらなるべし
▲さしみ
 鰹(かつを)鯛(たい)平目(ひらめ)まぐろすべて角(かく)どりて薄(うす)くきり
 酢(す)みそ大根(だいこ)おろしにくらふ是(これ)をさしみと
 いふ其名(そのな)のおこりは九州(きうしう)の海辺(かいへん)にて鯨(くじら)大(たい)
 漁(りよう)ありければ物差(ものさし)にて何尺(なんじやく)〳〵と差(さ)して

【右丁】
 売買(うりかい)を定(さだ)めしものなり則(すなはち)魚(うを)を角(かく)どりて
 さすゆへに鯨(くじら)さしの名(な)今(いま)も残(のこ)れり其(その)のちは
 量(はか)りにてまた〳〵うりかいをなし目方(めかた)がへなり
 右(みぎ)の鯨(くじら)にならひ何魚(なにうを)にても角(かく)どり並(なら)ぶを差(さし)
 身(み)といひならはせりこのゆゑに
 さし身(み)なるべし

虚(うそ)南留別志(なるべし)巻之上《割書:終》

【左丁】
虚(うそ)南留別志(なるべし)巻之下
             江戸木屑庵述
▲すし
 海上(かいしやう)に雎鳩(みさご)といふ鳥(とり)よく魚(うを)をとり得(え)て岩(いわ)の
 間(あいだ)に隠(かく)す船(ふね)のもの是(これ)をしりてわるさに取(とつ)て
 くらふ美味(うまく)して自然(しぜん)に酢(す)しゆゑに
 すしなるべし
▲寛永(くはんゑい)のころは只今(たゞいま)のほど江戸町(えどまち)にも料理茶(りやうりぢや)屋と

【右丁】
 いふものも沢山(たくさん)はなかりしとぞ日本橋(にほんばし)に桜屋(さくらや)京(きやう)
 橋(ばし)ふくろやと謂(い)ふうち此(この)二軒(にけん)名高(なたか)く其内(そのうち)に
 桜屋(さくらや)にては蛸(たこ)を煮(に)る名代(なだい)なり袋屋(ふくろや)にては
 蚫(あはび)を煮(に)るが名物(めいぶつ)なり二軒(にけん)ともに其味(そのあぢ)に妙(みやう)を
 得(え)たりそのゆへか
 蛸(たこ)の桜屋煮(さくらやに)  蚫(あはび)の袋屋煮(ふくろやに)
 是(これ)をたこのさくらにあわびのふくら煮(に)といひならは
 せりむかしのおごらざるしつそを知(し)るべし

【左丁】
▲かまぼこはんへい
 寿永(じゆゑい)年中(ねんぢう)平家(へいけ)追討(ついとう)として八(や)しま壇(だん)のうらへ
 鎌倉将軍(かまくらせうぐん)代官(だいくはん)として判官殿(はんぐはんどの)蒲殿(かばどの)御出馬(ごしゆつば)
 ありこゝに源氏方(げんじがた)のうちより鮫(さめ)ヶ(が)谷半兵衛(やはんべゑ)といふ
 もの平家(へいけ)へ裏切(うらぎり)をなしあまつさへ御道(おんみち)のほと
 りへ陣(ぢん)をとり御先(おさき)をさゝへたり源家(げんけ)のつわもの
 にくき鮫(さめ)ヶ(が)谷(や)のふるまひかなと我(われ)さきにと鉾先(ほこさき)
 を揃(そろ)ひ弓馬(きうば)をかけたて一時(いちじ)に半兵衛(はんべゑ)をうち

【右丁】
 とり筋骨(すじほね)をぬきかち時(どき)をあげ軍陣(ぐんぢん)血祭(ちまつり)よし
 とすぐさま八島(やしま)へおもむきけり先(まづ)総(そう)【惣】兵(べい)をやすめ
 兵粮(へうろう)かた〴〵所(ところ)の漁師(りやうし)どもに申つけて魚(うを)をとら
 せ軍兵(ぐんべう)どもへ大将(たいせう)蒲殿(かばどの)より給(たま)はりける荒海(あらうみ)の
 事なれば鮫(さめ)の魚(うを)のみ沢山(たくさん)にとれたりけり下々(した〴〵)軍(ぐん)
 兵(べう)より上(かみ)へこれを申あげ此(この)まゝ差上(さしあげ)べくやと伺(うかゞひ)ければ
 上(かみ)の御意(きよゐ)は鮫(さめ)ヶ(が)谷(や)もすぢ骨(ほね)をぬきければその如(こと)く
 なし其魚(そのうを)も骨(ほね)をさりたゝき摺(す)りて湯(ゆ)がき然(しか)るべし

【左丁】
とおふせにより右(みぎ)に仕上(しあげ)ヶ【語尾の重複ヵ】煮(に)もし焼(やき)もして皆々(みな〳〵)
 食(しよく)しける誠(まこと)に蒲殿(かばどの)の鉾(ほこ)さきつよきによりさめ
 がやも一時(いちじ)にほろびことにとられた魚(うを)も鮫(さめ)な
 ればせいほうの名(な)をしゆくして蒲鉾(かまぼこ)と名(な)づけ
 しもおかし
 はんぺいの名(な)も半兵衛(はんべゑ)の略(りやく)かまた源氏方(げんじがた)に
 ありながら半分(はんぶん)平家(へいけ)へ味方(みかた)せしゆへ
 半平(はんへい)なるべし

ゝ右丁】
 つみいれ【注】はつまみいれなるべし
▲しゆんかん
 暑中(しよちう)のせつ膳(ぜん)の向(むか)ふ付(づけ)に煮(に)ざましの内(うち)に
 竹(たけ)の子(こ)を入(いれ)たるをしゆんかんと謂(い)ふ
 筍(たけのこ)の文字(もじ)をしゆんとよむゆへそれをつめたく
 煮(に)ざましたれば寒(かん)也そのゆゑ
 しゆんかんなるべし
▲糸粉煮(いとこに)

【料理の一種。「摘みい入れはんぺん。】

【左丁】
 唐(から)より雄略帝(ゆうりやくてい)のとき呉織(くれは)漢織(あやは)といふ者(もの)きたり
 錦(にしき)その外(ほか)の紋(もん)あるもの色々(いろ〳〵)をおり出(いた)せし女なり
 それより日本(にほん)にこれを伝(つた)ふ九月十八日に彼等(かれら)
 を祭(まつ)るにさま〴〵の物(もの)を汁(しる)にたきそなへ家内(かない)に
 てもくらふ右(みぎ)は色々(いろ〳〵)の色(いろ)いとをこま〴〵にきり
 て煮(に)る形(かたち)なりそれゆへ
 糸(いと)くずを略(りやく)して
 いとこ煮(に)なるべし

【右丁】
▲梅(うめ)が枝(え)でんぶ
 京(きやう)の片辺(かたほと)りに何某(なにがし)といへる人(ひと)少々(せう〳〵)の風(かぜ)のこゝち
 より病(やまひ)おもり食事(しよくじ)さらに進(すゝ)まず妻(つま)なるもの
 これをうれゐ神仏(しんぶつ)に昼夜(ちうや)きせいをかけて祈(いの)り
 ければうぶ神(がみ)ある夜(よ)の夢(ゆめ)になんじ貞心(ていしん)により
 庭(には)の梅(うめ)の枝(えだ)に一《割書:ツ》紙(し)の苻(ふ)をさづくるなり此(この)ごとく
 せばとみに食(しよく)づき病(やまひ)早々(さう〳〵)平癒(へいゆ)うたがひなしと
 の御つげに朝(あさ)とく起出(おきいで)梅(うめ)のゑだを尋(たづ)ねるに

【左丁】
 そうゐなく一《割書:ツ》紙(し)の苻(ふ)あり取(とり)もどり開(ひら)き見れば
 上々(じやう〳〵)の土佐(とさ)鰹節(かつをぶし)をこまかにして上酒(じやうしゆ)しやう油(ゆ)
 にてよく〳〵製(せい)し食(しよく)をすゝめよとあるに早(さつ)そく
 右(みぎ)のごとく仕立(したて)すゝめけれは日(ひ)をへずして快(くわい)
 気(き)なしけりそれより此品(このしな)をせいしおのれも食(くら)
 ひ人々(ひと〴〵)にもつかはせし世(よ)の人(ひと)みな高味(かうみ)なりとて
 世間(せけん)にもて弘(ひろ)まりし物(もの)とはなんぬ名(な)も其(その)まゝ
 梅(うめ)が枝(え)伝夫(でんぶ)なるべし

【右丁】
梅(うめ)のゑだに婦人(ふじん)へつたへ謂(いゝ)なるか
▲しづぽく
 周(しう)の御代(みよ)に鬼神(きしん)を祭(まつ)るにその器(うつは)かならず七宝(しつほう)
 の具(ぐ)をもつてすと尤(もつとも)神(かみ)に供(くう)ずるものこと〴〵く
 油(あぶら)をもつて揚(あげ)その外(ほか)青物(あをもの)肉(にく)種々(しゆ〴〵)品(しな)ありこの
 祭祀(さいし)すみてより右(みぎ)の供物(くもつ)をさげ皆(みな)いちどうに
 鍋(なべ)に入(いれ)のこらず焚(たい)てくらふと申事也 其(その)ゆゑに
 七宝(しつほう)のうつはにて供(くう)ずるゆへ

【左丁】
 しつぽくうなるべし
 我(わが)日(ひ)の本(もと)にてもあぶらあげまたは一同(いちどう)にいれて
 焚(に)てくらふ物(もの)に此名(このな)のこりける
▲洗馬煮(せんばに)
 木曽(きそ)かい道(どう)に洗馬宿(せばじゆく)といふ所(ところ)あり尤(もつとも)山中(さんちう)の事
 なれば海(うみ)へ遠(とう)く生魚(なまうを)まれ〳〵なり其故(そのゆへ)に塩(しほ)
 魚(うを)かつほ鮭(さけ)のるい何(なん)によらず塩魚(しほうを)をよく〳〵湯(ゆ)
 にてゆでこぼし塩気(しほけ)をさりてそれより松魚節(かつをぶし)

【右丁】
 の出(だ)しをくわへ煮(に)あげ酒食(しゆしよく)になす俗(ぞく)に云(いふ)うし
 ほ煮(に)のごとしせば宿(じゆく)にて製(せい)すゆへ
 せんばなるべし
▲なんばん煮(に)
 大坂(おゝさか)難波(なには)に油問屋(あぶらとひや)何某(なにがし)といひける主人(しゆじん)何(なに)
 事(ごと)も煮(に)るにも手(て)まへ物(もの)ゆへ油(あぶら)をいれて製(せい)す
 たとはゞ葱(ねぎ)大根(だいこん)魚(うを)鳥(とり)の肉(にく)もろ〳〵なり少々(せう〳〵)
 紅毛(おらんだ)めけども甚(はなはだ)高味(かうみ)なり右(みぎ)をまなびて製(せい)す

【左丁】
 ものをなんばにといへり
 なんばんなるべし
▲くらま午房(ごぼう)
 ごぼうのかわを残(のこ)し中(なか)を小刀(こがたな)にてくり捨(すて)
 かわ計(ばか)りあんかけなどに用(もち)ゆ合(あい)をくり捨(すつ)るゆへ
 くり間(ま)ごぼうなるべし
▲のつぺい
 是(これ)は大(おほ)きなるひらなどへさいしよ仕立(したて)出(いだ)せし薄(うす)

【右丁】
 葛(くづ)ものなり平(ひら)のうちぬらつくゆへ
 ぬつ【右肩に「。」】平(へい)なるべし
▲かくや香(こう)の物(もの)
 すべてがくやは物(もの)をさま〴〵しこうする隠所(かくしどころ)の
 名(な)也 香(こう)の物(もの)も古(ふる)くなりて味(あぢは)ひあしくなるを色(いろ)
 〳〵として酒(さけ)しやう油(ゆ)などにつけて出(いだ)せば又(また)ひと
 しほうまみもつくものゆへ
 がくやなるべし

【左丁】
 又 中村(なかむら)かくやといふ女形(をんながた)の役者(やくしや)ありて是(これ)は茶(ちや)を
 よくし元祖(ぐはんそ)柏筵(はくえん)に茶(ちや)を出(いだ)せしとき此(この)かう〳〵
 をはしめてしこうしたる甚(はなはだ)客(きやく)ほめて亭主(ていしゆ)の名(な)
 をすぐに香々(こう〳〵)の名(な)とすとむかしの人(びと)の語(かた)りき
 いかなるや
▲菓子(くはし)の考(かんがへ)果子(くはし)なりすべての果物(くだもの)をくわしと
 謂(いゝ)なるかたとはゞ梅(うめ)桃(もゝ)の実(み)梨子(なし)枇杷(びは)かぞふ
 るにいとまなし是(これ)を水菓子(みづぐはし)とよぶ米(こめ)にて製(せい)

【右丁】
 すもの干(ひ)ぐわしといふ
▲まんぢう  又(また)饅頭(まんぢう)
 いづれの御代(みよ)の御事(おんこと)なりしか止事(やむこと)なき御かた
 米(よね)の御ことぶきを祝(しゆく)し奉(たてまつ)るとてあふらげを
 せいしあぐへきよしを仰(おほ)せ出(いだ)されけりいかゞ致(いた)し
 申べくと伺(うかゞ)ひける所(ところ)八十八才のうへまでも御寿(おんことぶき)
 をいわゐまし然(しか)るべくとにより一ツ百(はく)の数(かず)を
 かたどり種々(しゆ〴〵)工夫(くふう)をめぐらしける所(ところ)一ツ白(はく)のはく

【左丁】
 は麦(ばく)にかよひ又(また)上(かみ)への一(いち)はちいさくとあんじ則(すなはち)
 小麦(こむぎ)にてせいしうちに餡(あん)を包(つゝみ)て餅(もち)に仕立(したて)
 よろしくと申 窺(うかゞ)ひける所(ところ)しかるべしとにより
 是(これ)を献(けん)じけるよつて
 満寿(まんじゆ)なるべし
▲よねまんぢう
 是(これ)はかわを米(こめ)にてせいすゆへ米(よね)まんぢうなり
▲あん

【右丁】
 餅(もち)何事(なにごと)も中(なか)に包(つゝ)むをあんといふ外(そと)より見(み)へず
 いまだ乾坤(けんこん)わかたざるゆへ闇(あん)あんはやみなり
 くらきなりゆへに
 あんなるべし
▲今坂餅(いまさかもち)
 今川何某(いまがはなにがし)といふ賢人(けんじん)ありて子息(しそく)につね〴〵しめ
 して曰(いわく)兔(と)【兔は異体字】かく人(ひと)たるものは仁(じん)義(ぎ)礼(れい)智(ち)信(しん)の五常(ごじやう)を
 まもりかり初(そめ)にも酒(さけ)はあしき物(もの)なりと今川状(いまがはじやう)の

【左丁】
 教(をし)へしごとくまうされければ其外(そのほか)あまたの門(もん)
 弟中(ていぢう)までこれをよくつゝしみかりにも酒(さけ)は飲(のま)
 ざりけるある門人(もんじん)より五色(ごしき)のあんのいりたる
 餅(もち)を献(けん)じける先生(せんせい)これは見事(みごと)なる餅(もち)なり
 とおふせられければ則(すなはち)五色(ごしき)は仁(じん)義(ぎ)礼(れい)智(ち)信(しん)また
 青(しよう)黄(わう)赤(しやく)白(びやく)黒(こく)と先生(せんせい)つね〳〵仰(おふ)せらるゝゆへ
 仕立(したて)申とおん答(こたへ)申あげければ甚(はなはだ)御よろこび召(めさ)
 せける其(その)せつ此(この)五色(ごしき)の餅(もち)めづらしとこと〴〵

【右丁】
 く流行(りうかう)なしける爰(こゝ)かしこのさかり場(ば)にてもさか
 つて製(せい)しあきなひける今(いま)盛(さか)るを略(りやく)して
 今(いま)さか餅(もち)なるべし
 今川焼(いまがはやき)といへるもやはり此(この)たぐひなるか
▲紅毛(おらんだ)にていらめいらといへる二人(ふたり)の兄弟(きやうだい)ありける
 よし此(この)ものども中(なか)睦(むつま)しく二人(ふたり)申あはせ菓子(くわし)
 家業(かぎやう)をおもひつきけるあにのていらはいかにも
 売先(うりさき)を手広(てひろ)くか貸出(かしだ)しせんと申せば弟(おとゝ)もしか

【左丁】
 りと申す左様(さやう)ならば砂糖(さとう)その外(ほか)も問屋(とひや)を借(かり)
 てこそ然(しか)るべしと申 兄(あに)はかすにかゝり弟(おとゝ)はかる
 にかゝりけるゆへしぜんと時(とき)の人(ひと)よんで兄(あに)を
 かすていら 弟(おとゝ)を かるめいら
 とよび菓子(くはし)の名(な)となるもおかしき
▲ようかん
 何(いづ)れの国主(こくしゆ)にか殊(こと)のほか御心(おんこゝろ)たけ〴〵敷(しく)公(きみ)のお
 わしましけり御家人(ごけにん)御そば付(づき)【附】の者(もの)御心(おんこゝろ)にそむけ

【右丁】
 ば御前(ごぜん)をとほざけらるゝ者(もの)数(かず)をしらずそのうへ御
 我侭(わがまゝ)短慮(たんりよ)にてみな〳〵薄氷(はくひやう)をふむ心地(こゝち)こそい
 たしける折(おり)から京都(きやうと)よりある典薬(てんやく)の頭(かみ)くだられ
 けるに用役(ようやく)のもの早(さう)〳〵御目通(おんめどふ)りねがひ主人(しゆじん)の
 短慮(たんりよ)も御病気(ごびやうき)にてはあるまじやと伺(うかゞ)ひければ御
 医師(ゐし)の仰(おゝせ)にまつたく御疳症(ごかんせう)のなす所(ところ)也おん薬(くすり)
 召上(めしあげ)なば早(さう)〳〵御全快(ごぜんくわい)にも相なるべしと申され
 けるに用役(ようやく)のものさて其薬(そのくすり)第一(だいゝち)御きらひにて

【左丁】
 召上(めしあがら)させられずこまり入(い)ると噺(はな)されければしばらく
 かんがへさよふなれば御菓子(おんくはし)に仕立(したて)御茶(おちや)のせつ上て
 はいかゞと申あげければそれは一段の御事(おんこと)さやう
 なればめし上(あが)らるゝもしれずと申 願(ねが)ひけりそれ
 より御薬(おんくすり)を極(ごく)細末(さいまつ)にいたし米(こめ)の粉(こ)あづき蜜(みつ)
 氷(こほり)おろし辰砂(しんしや)等くわへむし物(もの)にして何(なに)となく
 上(あげ)ければ殊(こと)之 外(ほか)御こゝろに叶(かな)ひめし上(あが)りけるに
 御心(おんこゝろ)もやすらぎ疳気(かんき)薄(うす)らぎける是(これ)より世間(せけん)に

【右丁】
 此製(このせい)きこえ小児(しやうに)そのほか疳(かん)の病(やま)ひのもの専(もつぱ)ら
 用(もち)ゆる事とはなりぬ疳(かん)を養(やしな)ふ所(ところ)の菓子(くはし)なれば
 養疳(ようかん)なるべし
 ひつじのあつものと何(なに)ものか唐(から)めかしき名(な)を
 付(つけ)しもよふ孝(かんがへ)たる物(もの)なり
▲落雁(らくがん)
 やんごとなき御方(おんかた)年久(としひさ)しく御奉公(ごほうこう)を勤(つとめ)老人(らうじん)
 あり公(きみ)常々(つね〴〵)汝(なんぢ)はわが家(いへ)にある事 久(ひさ)し何(なん)ぞのぞみ

【左丁】
 はなきやと仰(おゝせ)られければ箇(か)の爺(ぢゝ)が曰(いわ)く誠(まこと)に
 年久(としひさ)しく御厚恩(ごかうおん)にあづかりて何(なん)の望(のぞみ)か候べ
 き只(たゞ)しやうがいを楽(らく)にねがひたき故 朝(あさ)ゆふに
 申き公(きみ)の御じやうに河内(かはち)の国(くに)道明寺(どうめうじ)といふ
 寺(てら)あり是(これ)なん此(この)ほど明(あき)おれば右(みぎ)へ参(まい)り老(おい)を
 しづかにやしなひ申べしとありければ則(すなはち)此寺(このてら)へ
 うつりくらしける此寺(このてら)に昔(むかし)よりいかゞのゑん
 あるにや仙台(せんだい)産物(さんぶつ)のほしいをとりあつかひけり

【右丁】
 右(みぎ)寺号(じごう)をよびて世(よ)に道明寺(どうめうじ)〳〵とほしいをいひ
 習(ならは)しけり右(みぎ)のほしいに砂糖(さとう)をくわへかの爺(ぢゝ)がひ
 まにあかして菊(きく)梅(うめ)いろ〳〵の形(かた)をおこし是(これ)
 にいれてぬき右(みぎ)の干飯(ほしいひ)をひぐわしにこしらへ
 先(まづ)菅神(くはんしん)へも備(そな)へ先(せん)の旦那(だんな)へも献(けん)じけりこれは
 爺(ぢゝ)が細工(さいく)には妙(めう)なりと御ほめに□【与ヵ】りやんごとなき
 雲(くも)の上々(うへ〳〵)方(がた)へもあげられけり偖(さて)めづらの菓子(くわし)
 なりと名(な)を御尋(おんたづね)に及(およ)びけるに名(な)は何(なん)とも

【左丁】
 なく只(たゝ)楽(らく)をねがひ候へば公(きみ)より箇(か)の所(ところ)につか
 はされひまの余(あま)りに製(せい)し只々(たゞ〳〵)朝暮(てうぼ)楽(らく)を
 願(ねが)ふより思ひ付(つく)事(こと)ゆへに
 楽願(らくぐはん)と申なるべし
▲花(はな)ぼふる
 むかし白拍子(しらびやうし)に名護や花(くは)ほるといひしもの
 あり何事(なにごと)もきよふにて舞(まひ)の手(て)その外(ほか)所作(しよさ)
 事(ごと)に妙(めう)を得(え)て天下(てんか)おしなべて彼(かれ)をひゐきせ

【右丁】
 しものおほくなりければ浴衣(ゆかた)のもやう扇(あふぎ)その外(ほか)
 何(なに)くれ彼(かれ)が定紋(ぢやうもん)を作(つく)り出(いだ)し染出(そめだ)し天下(てんか)の
 流行(りうかう)ものとはなりけらしその紋所(もんどころ)
 【紋所の図】かくのごとき紋(もん)なり世(よ)うつりかわりて干菓(ひぐは)
 子(し)にのみこの紋所(もんどころ)今(いま)に残(のこ)れりかほるの文字(もじ)を
 花(はな)とよみかへて
 花(はな)ぼるなるべし
▲せんべい

【左丁】
 天正(てんしやう)年中(ねんぢう)のころ堺(さかい)に納屋(なや)の与四郎(よしらう)といふ
 人あり茶(ちや)の湯(ゆ)に名(な)を得(え)てやごとなき御方(おんかた)
 まで召(めし)よせられ茶(ちや)の湯(ゆ)日々(ひゞ)ありけるこの業(わざ)に
 よつて千乃利休(せんのりきう)としやうじける門人(もんじん)数多(あまた)あり
 その中(なか)に幸兵衛(こうべゑ)といふ人(ひと)これも茶(ちや)の道(みち)をよくし
 殊(こと)にさま〴〵の事に才能(さいのう)あつて菓子(くはし)なんど能(よく)
 製(せい)しけりその頃(ころ)は大(おほ)ひに天下(てんか)乱(みだ)れ菓子屋(くはしや)
 などゝいふもなく口取(くちとり)その外(ほか)にも事(こと)をかきけるに

【右丁】
 此人(このひと)小麦(こむぎ)に砂糖(さとう)をあわせ焼出(やきだ)し程(ほど)よくさま
 しもちひけりよつて貴人(きにん)のもてあそびとなり
 この者(もの)へも千之利休(せんのりきう)に申つけ千(せん)の一字(いちじ)をゆるし
 則(すなはち)菓子(くはし)の名(ま)も千(せん)の幸(こう)べい〳〵と謂(いひ)ならはし
 けるいつしか幸(こう)の字(じ)をはぶきて
 せんべい〳〵といふなるべし
 此(この)ほどは昔(むかし)にかへり香(こう)べいと口取(くちとり)もまた〳〵
 出来(でき)たり

【左丁】
▲あるへい糖(とう)
 今(いま)はむかしの事なりける二色島(にしきじま)有平(うへい)といふ力士(りきし)
 あり角力(すまふ)の手知(てし)りにて古今(ここん)強(つよ)く大関(おほぜき)にすゝみ
 其上(そのうへ)横綱(よこづな)免許(めんきよ)の大力(だいりき)なり右(みぎ)も目出(めで)たく勝(かち)
 通(とう)し隠居(いんきよ)して年寄(としより)かぶになりけるが元来(ぐはんらい)
 酒(さけ)をこのまずあまき物(もの)のみ食(しよく)して朝夕(あさゆふ)おり
 ける其頃(そのころ)肥前(ひぜん)崎陽(ながさき)より紅毛(おらんだ)やしきを勤(つと)めし
 もの此居(このうち)に食客(しよくかく)となりけるが関取(せきとり)の朝夕(あさゆふ)砂(さ)

【右丁】
 糖(とう)のみを食(くら)ふを見てその砂糖(さとう)を製(せい)して食(しよく)し
 給ひ一段(いちだん)美味(びみ)なりと申きいづれにして宜(よろしき)やと
 申ければ先(まづ)さとうのあくを抜(ぬき)銅(あかゞね)の鍋(なべ)にてねり
 つめ曳(ひき)てさましあたへけり是(これ)よりだん〳〵是(これ)に
 紅(べに)みどりの島(しま)をつけ菓子(くはし)になし人々(ひと〴〵)にも遣(つか)は
 しけりたゞ有平糖(うへいとう)〳〵とよびけるがいつしか
 是(これ)もうをあるとよびかへ
 あるへい糖(とう)なるべし

【左丁】
 二色(にしき)の島(しま)をつけるも名(な)の縁(えん)かとし寄(より)になり腰(こし)
 まがりたるを大(おほ)こしまげ又むすび横(よこ)つなの
 しゆめ【左に「七五三」と傍記】になぞらへてねじりたるなどてしりと
 いふも此(この)有平(うへい)の名(な)に残(のこ)しぬ
▲飴(あめ)
 春(はる)の雨(あめ)は膏雨(こうう)といふてねばり夏(なつ)の雨(あめ)は白雨(はくう)
 とてしらたまの如(ごと)し秋雨(あきあめ)は万菓(ばんくは)に甘(あま)みを付(つけ)
 冬(ふゆ)の雨(あめ)は氷(こほり)てたん切(きり)の如(ごと)しけづりて雪(ゆき)をあざ

【右丁】
 むくゆゑ
 あめは雨(あめ)の名(な)に元(もと)づくなるべし
▲おこし
 奈良(なら)の国(くに)は朝(あさ)とくよりおき出(いづ)る国(くに)のならひ
 にて小児(しやうに)といへども朝寝(あさね)をさせず短夜(みじかよ)の
 ころ朝(あさ)おきかぬるに米(こめ)をいりて朝(あさ)のたべ
 物(もの)にあたへぼんよおきよ〳〵と起(おこ)しては此(この)いり
 米(ごめ)をくわせけるこれが常(つね)になりてねだる時(とき)は

【左丁】
 おこし米(ごめ)くれいと申 習(なら)はしけりそれゆへ世(よ)に
 おこしなるべし




虚南留別志巻之下《割書:終》

【右丁】
虚南留別志後篇  近刻
【縦線あり】
天保五甲午仲夏発行
       《割書:小伝馬町三丁目》
          丁子屋平兵衛
東都     《割書:両国吉川町》
          山 田佐 助
書林     《割書:馬食町三丁目》
          宮 屋源兵衛

【左丁 白紙】

【両丁白紙】

【裏表紙】

物覺秘傳

【表紙 資料整理ラベル】
141
3
H

【右丁】
【蔵書印】
姫路高等学校
24275
図書登録番号
【下部落款】
《割書:内|田》本清
【左手書】
本清

ものおぼへ本

【左丁 右上に右丁と同じ落款】
物覚秘伝序
善(よく)忘(わす)るゝ者は。家(いへ)を移(うつ)して妻(つま)を忘(わすれ)。
馬(むま)を下(くだ)りて矢(や)をあやしむ。世(よ)に
かゝる人もありけるにや。その身を
わすれ。国家(こくか)を忘(わす)るゝは。忘(わす)る事の
至(いたつ)て大なる者と謂(いふ)べし。四 書(しよ)六 経(けい)
其(その)記臆(きおく)の書(しよ)とやいわむ。かの酒家(さかやの)

【右丁】
薄(ちやう)をそらんじ。庭上(ていしやう)の棗(なつめ)を記(き)し。
眼(まなこ)月の如(ごと)く。八 行共(ぎやうともに)下(くた)り。日(ひゞ)に万言(まんげん)を
試(こゝろ)むるは。天賦(てんふ)なるへし。子産(しさん)張華(ちやうくわ)
も。記臆(きおく)なくして。奚(いつくん)ぞ博物(はくぶつ)の名(な)を
得(ゑ)んや。此 冊子(さつし)は極(きわ)めて卑近(ひきん)の術(しゆつ)也。
しかれ共。蒭蕘(すうじやう)の言(ことは)をも癈(すつ)べからす。
雑劇(きやうげん)《割書:萩大名|》伝奇(じやうるり)《割書:物くさ|太郎》も。意(こゝろ)を留(とむ)れは。
【左丁】
記臆(きおく)有益(ゆうゑき)の具(ぐ)となる。意(こゝろ)を留(とめ)ざれは。
四 書(しよ)六 経(けい)も。長物(ちやうぶつ)たらん。それ道(みち)は
邇(ちかき)にあり。若(もし)人此 冊子(さつし)にこゝろを留(とゝめ)。
日就月将(につしうげつしやう)の功(かう)あらは。揚門(やうもん)に酒(さけ)を
不(す)_レ載(のせ)して。恵子(けいし)が五車(ごしや)を傾(かたむ)くへし
辛卯冬日      三璧外史撰
【落款二つ】

【右丁】
頭角崢嶸神化弁謄鰲龍上

筆花絢彩光芒冝射斗牛間

【右丁】

四十年前。予(よ)が髫齢(てうれい)のころ。師(し)に従(したかつ)て
読書(とくしよ)を日課(につくわ)す。生質(むまれつき)魯訥(ろどつ)にして。朝(あした)に
よめるは夕(ゆふべ)に忘(わす)る。たゞ氷(こほり)に鏤(ちりば)め。水に
画(ゑがく)がことし。老師(らうし)教(おしへ)に倦(うみ)て。終(つゐ)に此 記臆(きおく)
の法を口授(くじゆ)せられぬ。是より漸(やうや)くに進(すゝ)みて。
或は一 句半章(くはんしやう)を。暗誦(あんしやう)する事を得(ゑ)たり。
此法。今を以て観(み)るに。老師(らうし)より始(はしま)るに

【右丁】
あらず。其後 往々(ところ〳〵)に聞伝(きゝつた)ふ。その来(きた)る
事 久(ひさ)し。しかれ共。その法あるひは同(おな)じく。
或は異(こと)なり。をの〳〵其(その)区別(くへつ)ありといへ共。
記臆(きおく)するの徳(とく)に至(いたつ)ては。同(おな)じく一本に
帰(き)す。一日門人来りて曰(いわく)。頃日(このころ)此法を
秘(ひ)して。 口授(くじゆ)する人ありと云。これを
学(まな)ぶ人。裨益(ひゑき)なきにあらず。しかれども。
遠境辺鄙(ゑんきやうへんひ)の人。あるひは老人(らうじん)婦人(ふじん)など。
【左丁】
往(ゆき)て学(まな)ぶ事を得(ゑ)ず。ねがはくは。師の
伝ふる所の術(しゆつ)を。世(よ)に公(おほやけ)にして。千 里(り)の
遠(とほ)きに及(およ)ぼし。あまねく童蒙(どうもう)に示教(じけう)
して。読書(とくしよ)の一 助(じよ)ともなさば。其功(そのかう)あに
鮮(すくな)からんやと。是を請(こ)ふ事 再四(さいし)に
及べり。予こゝにおゐて。黙止(もくし)にたえず。
先師(せんし)の口授(くじゆ)せるまゝ。一小 冊子(さつし)となし。
これをあたふ。但(たゝ)し。言(こと)は意(こゝろ)を尽(つく)さずと

【右丁】
いえり。此 冊子(さつし)を読(よみ)たまふとて。俄(にはか)に
記臆(きをく)つよく成(なる)にはあらず。たゞ師(し)に従(したかつ)て
修行(しゆぎやう)するにはしかず。一日は一日の功(かう)あり。
一月は一月の験(しるし)あり。なを奥(おく)ふかき事
もありぬべし。其くわしき事は。この
書(しよ)に本(もと)づきて。此 道(みち)にかしこき。明師(めいし)
に往(ゆき)て。問(とひ)給ふべしと。云爾(しかいふ)。
明和辛卯冬十月天台山叟【落款二つ】
【左丁】
物覚秘伝(ものおほへのひでん)
 青水先生口授    藤逸章 較
ある童子(どうし)。論語(ろんご)の学而第一(かくじていゝち)といふ。学而(かくじ)の
二 字(じ)をおぼえず。師(し)のおしえにしたがつて。
一旦は読(よむ)といへども。師(し)をはなれては。又 忘(わす)る。
その時 師(し)の曰(いわ)く。かくじとは。字(じ)をかくと
心得よと。おしえられたり。是よりふたゝび。
わするゝ事なし。たゞ忘(わす)れやすく。おぼえ

【右丁】
かたきは読書(とくしよ)なり。年来(としころ)小児(せうに)に読書(とくしよ)を
日課(につくわ)せしむるに。かたのごとく魯鈍(ろどん)の小児と
いへども。此 法(ほう)を用(もちゆ)る時は。おぼへずといふ事
なし。たゞ童子(どうじ)の耳(みゝ)にも入(いり)よく。さとしやすき
たとへをとりて。おしゆる時は。再三(さいさん)熟読(しゆくとく)
するに及ばす。しかも終身(しうしん)記臆(きおく)して。わす
るゝ事なし。是等(これら)の事は。しれたる道(みち)なれ共。
その術(しゆつ)甚(はなは)だ卑近(ひきん)【左ルビ「いやし」】なるを以て。学者(がくしや)の
【左丁】
口(くち)より。発(はつ)する事を恥(はづ)。此書(このしよ)に示教(じけう)する
ところは。少(すこし)も高遠(かうゑん)【左ルビ「むつかしき」】の術(しゆつ)にあらず。もし
高遠(かうゑん)【左ルビ「むつかしき」】ならば。いかんぞ幼蒙(ようもう)に達(たつ)せんや。故(かるがゆへ)に。
その卑近(ひきん)【左ルビ「こゝろやすき」】なるを主(しゆ)として。教(おし)へたるもの也。
しかれば。いやしき俗話(ぞくわ)俗諺(ぞくげん)【俗諺左ルビ「たとへ」】。及(およ)び。小児(せうに)の
訛言(かたこと)までも。取拾(とりひろい)て。此術の助(たすけ)となす
ときは。無用(むやう)の用(やう)あり。此術を。ゆるかせに
せずして。久(ひさ)しく修行(しゆぎやう)せば。其 功益(かうゑき)。大(おほひ)なる

【右丁】
べし。しかれば。独(ひと)り小児(せうに)読書(とくしよ)の。一助(いちじよ)
のみならず。或(あるひ)は。途中(とちう)馬(むま)駕籠(かご)にて。筆紙(ふでかみ)
の備(そなへ)なく。或はその場(ば)に臨(のぞ)んで。記臆(きおく)せざれば。
成(なり)がたき時。皆(みな)此 法(ほう)を用(もち)ゆべし
   依託(ゑたく)  種子(たね)
此 法に。依託(ゑたく)あり。種子あり。たとへば。学而(かくじ)の
縁(ゑん)を借(か)りて。字(じ)を書(かく)といふに取(と)る。是を依託(ゑたく)
といふ。詩(し)の賦(ふ)比(ひ)興(きやう)のこゝろなり。又依託のうちに
【左丁】
一二三四 等(とう)の次第(しだい)あり。是を種(たね)といふ。依託(ゑたく)
すといへども。種子(たね)なくしては。繁文(はんぶん)を臆(おく)す
べからず。次第(しだい)を知(しる)べからす。然れば依託(ゑたく)せんと
欲(ほつ)せば。あらかじめ。種子(たね)を記臆(きおく)すべし。
種子(たね)といふは。体(てい)なり。依託(ゑたく)は用(よう)なり。種子(たね)の
体(てい)は静(しつ)かにして動(うご)く事なし。依託(ゑたく)の用(よう)は。
千変万化(せんへんばんくわ)して。はたらくものと知(しる)べし
種子(たね)とは。たとへば。人身(じんしん)の正面(しやうめん)にかたどりて。頂(いたゞき)を

【右丁】
第一とし。額(ひたい)を第二とし。眼(め)を第三とし。鼻(はな)を
第四。口(くち)を第五。喉(のど)を第六。乳(ち)を第七。胸(むね)を第八。
腹(はら)を第九。臍(へそ)を第十とす。又 人体(にんたい)の右辺(うへん)【左ルビ「みぎ」】に
とりて。右の鬢(びん)を第一とし。右の耳(みゝ)を第二とし。
右の肩(かた)を第三とし。右の臂(ひじ)を第四。右の手(て)を
第五。右の腋(わきのした)を第六。右の脇(わきばら)を第七。右の股(もゝ)
を第八。右の膝頭(ひざがしら)を第九。右の足(あし)を第十とす。
又 人体(にんたい)の左辺(さへん)【左ルビ「ひたり」】にとりて。左の鬢(びん)より。左の足(あし)に
【左丁】
至(いた)る事。右辺(うへん)におなじ。以上正面十。右辺
十。左辺十。すべて三十 則(そく)を。よく覚(おほ)え居(ゐ)て。是を
依託の種子(たね)とするなり
    依託(ゑたく)の法
たとへば。何によらず。暗誦(そらおぼへに)すべき事。品々(しな〳〵)十
ヶ條(でう)もあるとき。人身(じんしん)正面(しやうめん)にていはゞ。第一の
種(たね)は頂(いたゞき)なり。此 頂(いたゝき)へ。何(なに)にても。第一條の品(しな)に。
縁(ゑん)あるべき事を思慮(しりよ)して。たとふる也。さて

【右丁】
第二の種(たね)は。額(ひたい)なり。此ひたいへ。何(なに)にても。第二條
の品(しな)に。縁(ゑん)あるべき事を思慮(しりよ)して。たとふる也。
第三の種(たね)は眼(め)なり。此まなこへたとふる事。
前に同(おな)じ。かくのごとく。第四。第五。第六。第七。
第八。第九。第十の臍(へそ)までにて。十ヶ條の品々(しな〳〵)を。
こと〳〵く。たとへ終(おは)れり。其たとふる事は。凡(およ)そ
世間(せけん)にあらゆる事を観念(くわんねん)し。或(あるひ)は俚諺(ことはざ)。
写白字(あてじ)。うたひ。浄留利(しやうるり)。はやり辞(ことば)。なにゝ
【左丁】
よらず卑俗(ひぞく)なる事をも論(ろん)ぜす。或は
心中にて絵様(ゑやう)をつくり。或は眼中(がんちう)に
土地(とち)の景色(けいしき)を観(くわん)じ。その品々の縁(ゑん)を
とる也。これ自身(じしん)の。心裏(しんり)に含(ふく)める
合符(あいもん)にして。他人(たにん)に言聞(いひきか)すべき事に
あらねば。人々の才智(さいち)才覚(さいかく)にて。千変(せんべん)
万化(ばんくわ)。かずも限(かぎ)りも。なき事なるべし

【右丁】
人身正面種子図【囲みあり】
項(うなじ)一   口(くち)五   腹(はら)九
   眼(め)三   乳(ち)七
【図】
   鼻(はな)四   胸(むね)八
額(ひたい)二   喉(のんど)六   臍(へそ)十

【左丁】
人身左辺種子図【囲みあり】右辺の図は左辺に準ず

左 鬢(びん)一   左 臂(ひじ)四    左 膝頭(ひさかしら)九
   左 肩(かた)三    左 手(て)五
【図】
    左 腋(わきの下)六   左 股(もも)八
左 耳(みゝ)二   左 脇(よこはら)七   左足十【横書】

【右丁】
   器物験證
こゝに老人(らうじん)あり。器物(うつわもの)の名目(めやうもく)を人の語(かた)れる
まゝ。たゞ一度 聞(きゝ)て。よく暗誦(そらん)ぜり。その器物(うつわもの)とは。
 手拭(てのごひ) 火鉢(ひばち) 毛氈(もうせん) 硯箱(すゝりばこ)
 琴(こと)  末広(すへひろ) 文箱(ふみばこ) 鏡(かゞみ)
 鍋(なへ)  茶椀(ちやわん)
以上十 種(しゆ)。いかゞして記臆(きおく)せりやと問(と)ふ。答(こたゑ)て曰。
第一の頂(いたゝき)に。手拭(てのこひ)を置(をく)とたとへ第二の額(ひたい)に。火鉢(ひばち)の
【左丁】
火をたとへ。第三の眼(め)に物見せる。もうせんとたとへ。
第四の鼻(はな)に。すゝばな。すゞりとたとへ。第五の口に。
ことばの琴(こと)をたとへ。第六 喉(のんど)に。のどを通(とほ)れば。末(すへ)は
ひろしとたとへ。第七の乳(ち)に。文箱(ふみばこ)にふさあり。乳(ち)
ぶさとたとへ。第八の胸(むね)に。むねの鏡(かゞみ)とたとえ。
第九の腹(はら)に。鍋(なへ)一 盃(はい)の食(しよく)は。腹(はら)ふくるゝとたとへ。
第十の臍(へそ)が茶(ちや)わかすとたとへ。
 《割書:第一いたゝき  第二ひたい  第三目    第四はな》
  手拭   火鉢   毛氈   硯箱

【右丁】
 《割書:第五口   第六のど     第七乳    第八むね》
  琴   末広扇   文箱   かゞみ
 《割書:第九はら   第十へそ》
  なべ   茶椀
右のごとくにして記臆(きおく)せりといふ。皆々(みな〳〵)大に絶倒(せつとふ)す。
これ。一二三の次第は。頂(いたゝき)の次は額(ひたい)。ひたいの次(つき)は目。
目の次は鼻(はな)といふ。ならびを以て知なり。其ならび
を。下よりかぞふれば。へそに茶椀(ちやわん)は十番目。腹(はら)に
鍋(なべ)は九番目などゝ。さるさまにも知るなり。およそ
箇条(かでう)の次第あるものは。いづれも是に準(なそらへ)知(しる)すべし。
【左丁】
又物数おほく。二十品もあらば。左辺のたねを
用(もち)ひて。左(ひたり)の鬢(びん)を。第一とすべし。卅品ならば。
右辺の種(たね)を用ゆべし。又 手拭(てのこひ)を頂(いたゝき)に置と
たとへ。火鉢(ひはち)に額(ひたい)とたとふる類は。その人々の
心中にての臆符(おくふ)なれば。たゞ。いかやう成とも。
おぼへよき様に。たとふるを肝要(かんやう)とす
   心法
その箇條(かてう)の。色々(いろ〳〵)品々(しな〳〵)を。他(た)の人に言(い)はせ。我(われ)は

【右丁】
その言葉を聞居て記臆(きおく)す。もつとも一條一種
を聞とても。眼(め)をとぢ雑念(ぞうねん)を生(しやう)せず。心胸(しんけう)【左ルビ「むね」】の
間(あいだ)を晴朗(せいらう)【左ルビ「きよくほからか」】にして。安静(あんしやく)【左ルビ「やすくしつか」】ならしむべし。是を
覚心(かくしん)といふ。さて其種へ其 品(しな)をたとへ終(おは)る
までは。次(つき)の品を聞(きく)べからず或は其 種(たね)に。一 向(かう)
たとへの工夫(くふう)つかぬもあり。然れ共。能々(よく〳〵)臆度(おくど)
すれば。つゐにたとへの縁(ゑん)いづる也。其時 次(つぎ)の
品を聞べし。幾品(いくしな)ありとも。末迄(すへまて)かくのごとし。
【左丁】
又第一の種は頂(いたゝき)なり。此種に。その品の縁(ゑん)を設(もう)
けて。既(すで)に頂(いたゝき)へあづけたれば。是にて。第一の
種の役(やく)はすむなり。たとへば。器物(うつわもの)に物入て。錠(じやう)を
おろし。あづけ置たる心もち也。若(もし)おぼつかなく
思(おも)ひ。半場(なかば)に及(およ)び。跡(あと)へかえし見る事あしく。
惣じて。記臆せんと欲せば。始終(ししう)両眼(りやうがん)を閉(とぢ)て
心を丹田(たんでん)におとし。臆念(をくねん)する事 肝要(かんやう)なり
  形有(かたちにあり)_二有無(ゆふむ)_一

【右丁】
惣じて。万種(まんしゆ)の無形(むきやう)のものを記臆するには。有形(うきやう)
のものにてたとへ。又 有形(うきやう)の物(もの)を記臆するには。
無形(むきやう)のものにてたとふる也。是(これ)此 道(みち)の一大
緊要(きんやう)の秘策(ひさく)なり。有形(うきやう)の物とは。人倫(じんりん)。鳥獣(てうしゆ)。
器財(きざい)。草木(さうもく)。衣食(ゐしよく)。宮室(きうしつ)の類。しかと眼(め)に見る
ものを言。無形(むきやう)の物とは。言語(けんぎよ)。数量(すりやう)。時候(じかう)。虚態(きよたい)
門の類の。目に見へざるをいふ
   繁文(はんぶん)
【左丁】
繁文(はんぶん)とは。箇條(かでう)数多(あまた)あるをいふ。王代(わうだい)及(およひ)年号(ねんかう)の
列名(れつみやう)。あるひは人数(にんじゆ)の列名(れつみやう)。或は源氏六十四 帖(でう)の
外題(けだい)。あるひは蒙求評題(もうぎうのひやうだい)。及び六十四 卦(くわ)の名(な)
などは。無形(むきやう)のものにして。しかも前後の次第
あり。是等(これら)を記臆(きおく)せんとならば。人体(にんたい)にては。種(たね)
すくなし。故(かるかゆへ)に種(たね)を広(ひろ)くとる事 肝要(かんやう)なり。
人家(じんか)の屋造(やつく)り等を。用(もち)ひて可(か)なり
   人家種子

【右丁】
  惣廓(そうくわい)一  門(もん)二  中間部屋(ちうげんへや)三 玄関(けんくわ)四 襖(ふすま)五
 使者間(ししやのま)六 広間(ひろま)七 大座敷(をほざしき)八  床(とこ)九  違棚(ちがひたな)十
  右第一節

 障子(とうじ)一  椽側(ゑんがわ)二 廊下(らうか)三 茶室(ちやしつ)四 坪内(つほのうち)五
 手水鉢(てうつはち)六 飛石(とひいし)七 柴垣(しばがき)八 樹木(じゆもく)九 雪隠(せつゐん)十
  右第二節

右の類。其 餘(よ)はこれに準知(じゆんち)すべし。惣(そう)じて自己(じこ)の
居住(きよぢう)。先(さき)に見る所を第一の種(たね)とし。その次(つぎ)に見(み)る
【左丁】
所を第二とし。其次を第三第四とす。かくのごとく
平生(へいせい)居室(きよしつ)の具(ぐ)を用ひて。記臆(きおく)の種(たね)とせば。
幾品(いくしな)幾 色(いろ)もあるべし。但(たゝ)し動(うご)かざる道具(どうく)を
用ゆ。こゝかしこへ持(もち)あるく道具(どうぐ)などを。とりて
種(たね)とせば。次第(しだい)みだれて。悪(あ)しきなり
   源氏(けんじ)験證(けんしやう)
たとへば。源氏(けんじ)六十四 帖(でう)の名目(みやうもく)を暗記(あんき)【左ルビ「そらおほへ」】せんとせば
先第一は惣廓(そうくるは)なり。その廓(くるは)の傍(そば)に。壺(つほ)に桐(きり)の

【右丁】
木を植(うへ)たりとたとへ。第二は門也。門に内に箒木
有よと覚へ。第三は中間 部屋(べや)也。此部屋に人なし。
蝉(せみ)のぬけがらとたとへ。第四は玄関(げんくわ)なり。これへは
使者(ししや)の顔(かほ)の出る所とおぼゆ。其餘は是に準知(しゆんち)
すべし。しかれば。第一にきりつぼ。第二にはゝきゞ。
第三にうつせみ。第四に夕顔(ゆふがほ)と知(し)る。是は我(わか)居住(きよぢう)
の第一には惣廓(そうくるは)あり。其次には。わが屋敷(やしき)の門有り。
その次には。中元部屋あり。そのむかひは玄関(げんくわ)也と。
【左丁】
素(もと)より覚(おほ)へて居(ゐ)る所へ。今の名目(みやう[もく])の縁(ゑん)を
とりて。心覚(こゝろおほ)へして。それ〳〵へ。あづけたる故。
おのづから。一二三の次第。みだるゝ事なく。逆(さかさま)に
成共。又は一(ひと)つはざめに成とも。自由自在(しゆうじだい)に。記臆(きおく)
せらるゝなり
   種 ̄ニ有_二多少【一点脱】
種に取べきものは。我(わが)面部(めんぶ)手足(てあし)の親(した)しきに
しくはなし。是にても不足(ふそく)ならば。自分(しぶん)の居住(きよじう)

【右丁】
を用ゆ。商家(しやうか)【左ルビ「あきんと」】などは。一を入口(いりくち)。二を敷居(しきゐ)。三を中庭(なかには)
四を中戸(なかど)。五をあがり口などゝ取也。その箇條
あまた有とも。十 種(しゆ)を一 節(せつ)とし。又その次の
十 種を二 節(せつ)とし。三節四節と。十 種づゝに
限(かぎ)るべし。自分(じふん)の家(いへ)にて不足(ふそく)せば。よく〳〵
案内(あんない)を知(しり)たる。他(た)の家(いへ)をも目付(めつけ)として。不足(ふそく)を
補(おぎな)ふ也。あるひは。町々 竪横(たてよこ)の名(な)。或は壱町の内
にて売(ばい)人の隣(となり)ならび。米屋酒屋等。又はその
【左丁】
土地(とち)の名所(めいしよ)旧跡(きうせき)寺社(じしや)等。東西南北のならび。
又は江戸(ゑと)海道(かいどう)五十三 駅(ゑき)の次第等を。よく覚へ
たる人ならば。それを目付(めつけ)の種(たね)に用べし
   総論(そうろん) 《割書:ツ ロ レ|■ ニ 山》女■■■
惣じて物事書付にして記臆し。又は書籍(しよぢやく)
などにあづけ置(をき)。それを暗誦(ちんしやう)【ママ】せんとする事。
却(かへつ)て遅(をそ)し。たゞ他人の誦(しやう)するを自身(じふん)聞居(きゝゐ)て。
眼(まなこ)を閉(とぢ)。心を沖寞(ちうばく)にして。此 教(おしへ)のごとくなす

【右丁】
ときは。早々 暗誦(あんしやう)すといえり
附録
   物見知(ものみしり)の秘伝(ひでん)
たとへば。広間(ひろま)に客(きやく)十人 列座(れつざ)す。ある人一 見(けん)して。
次の間(ま)に入。屏風(びやうぶ)を隔(へだ)てゝ。その人数(にんしゆ)の。座(ざ)
並(ならひ)又その人の紋(もん)衣服(ゐふく)の色(いろ)をいふ。或は。上座(かみさ)
より下(しも)へ五 番目(ばんめ)の客(きやく)は。桐(きり)の紋(もん)に花色(はないろ)の衣(ゐ)服。
下 座(ざ)より上へ三 番目(ばんめ)は。柊(ひらぎ)の紋(もん)に萌黄(もへぎ)の衣服(ゐふく)。
【左丁】
などゝいふ。是(これ)を見(み)るに。果(はた)して違(たか)ふる事なし。
人々。不思議(ふしぎ)に思(おも)ひしと也
 此法は。前(まへ)の器物(うつわもの)。十 種(しゆ)の記臆(きおく)のことし。
 第一の客(きやく)。紋(もん)と色(いろ)とを頂(いたゝき)とし。第二 座(さ)の
 紋(もん)と色(いろ)を。額(ひたい)とし。三 座(さ)は眼(め)四座は鼻(はな)と。
 人身(しんしん)の種子(たね)にたとへ託(たく)して。第十 座(さ)臍(へそ)に
 終(おわ)る。但(たゝ)し。記臆(きおく)の術(しゆつ)は。眼(め)を閉(とち)て黙観(もくくわん)する
 のみ也。此 物(もの)見しりは。目(め)を開(ひら)き。見るうちに。

【右丁】
  一 物(もつ)二 種(しゆ)といふ簡法(かんほう)あり。是 物(もの)を見しる
 秘伝(ひでん)なり
   一 物(もつ)二 種(しゆ)
それ。諸物(しよふつ)の数々(かず〳〵)あるを一覧(いちらん)して。逐一(ちくいち)つま
びらかに。見認(みとめ)んとする事。よろしからず。たとへ
見 認(とめ)たりとも。やがて紛(まき)るゝなり。こゝを以て。見
しるべき物を。二色(ふたいろ)に極(きわ)むべし。もはや三四色に
及べば必(かなら)ず忘(わす)れやすし。其 物数(ものかす)は幾品(いくしな)有とも
【左丁】
たゞ二色(ふたいろ)を目印(めしるし)とす。是を一 物(もつ)二 種(しゆ)と云。
その二色(ふたいろ)は。大(おほ)じるし。小(こ)じるし也。たとへば海上(かいしやう)に。
同(おな)じ(やう)なる船(ふね)あまたあり。陸(くが)には。同(おな)しやうなる
騎馬(きば)。あまたあり。但(たゝ)し。船(ふね)には船(ふな)じるし馬(むま)には
馬じるしあり。是 大(おほ)じるし也。其 大(おほ)じるしの
うちにて。自分(じふん)の心覚(こゝろおほ)へなれば。舟(ふね)にては。幕(まく)
のぼりの類(るい)。馬(むま)にては。手綱(たつな)鞍(くら)鐙(あふみ)の類(るい)にて。
いづれ成とも。一色(ひといろ)に見しりを付(つく)る。是を小(こ)じるし

【右丁】
といふ。その小印(こじるし)は。舟(ふね)は幾艘(いくそう)ありとも。或は幕と
極(きわ)め。馬(むま)は何疋(なんひき)ありとも。或は手綱(たつな)と極(きはむ)る類を
いふ也。此一色づゝは。甚(はなは)だ見覚(みおほ)へやすき事なり。
是を人家(しんか)の種子(たね)なとにたとふる也。右の客(きやく)十人
列座(れつさ)するには。大じるしなし。ケ(か)様(やう)なるは。何(なに)にても。
二色づゝのしるしを見て。人身の種(たね)にたとふる也。
これ大印(おほじるし)なき時の法なり。扨又。紋(もん)と色(いろ)とに
限(かぎ)らず。あるひは紋(もん)に柄糸(つかいと)。又は柄糸(つかいと)に帯の類。
【左丁】
何(なに)にても心に任(まか)すべし。たとひ。紋(もん)も色(いろ)も相(あい)
同(おな)じき人ありとも。種子(たね)のたとへ所(どころ)。ちがひ
あるゆへ。紛(まぎ)るゝ事なし。其 餘(よ)は。なを口決(くけつ)
多(おほ)し。凡(およ)そ一 切(さい)目(め)に見る物。此 心得(こゝろへ)を用(もち)ゆる
時は。能(よく)物(もの)を見 知(しる)といえり。
            種徳堂  《割書:倘無此印|者係偽本》

物覚秘伝終

【右丁】
明和八年辛卯十二月
        西堀川高辻下ル町
          八尾 清兵衛
 京都書肆

【囲み内二列】
《割書:後|編》物覚秘伝《割書:詩歌并に銭|銀目等の覚様》
物見知秘伝 全一冊
【囲み下】
嗣出
【左下朱印】
原符第24275号
購入【横書き】
昭和13年5月16日
【左丁】
      進次殿
       善五郎
    三■■
      善五郎 善六
    申正月廿三日
      進次殿
       善五郎
      長四郎【見消ち】
      進次殿
       善五郎

【裏表紙】

救荒孫の杖

{

"ja":

"身心養生記"

]

}

【収蔵用外箱・表紙】
身心養生記

【収蔵用外箱・背表紙】
身心養生記   一冊

【背表紙下部 整理ラベルあり】
【ラベル外枠】
京【書誌情報および他書より推測】 大 図 書
【ラベル内側】
冨士川本【次のコマのラベルの記載より推測】

574

【収蔵用外箱・表紙】
身心養生記

【表紙】

【整理ラベル】
冨士川本

574


【外題】
身心養生記   全

  身心養生記
夫(それ)万物は天地の病也凡無物に物生し無事に事の
おこる事は天にあつては天の病地にあつては地の病国
に有ては国の病人に有ては人の病草木に有ては草木
の病/鳥獣(てうしう)にあつては鳥獣の病なりおしこめていはく
天地の病也/青(せい)天白日の時無物無事にして天も無
病の時なり忽(たちまち)に雲/起(おこり)電(いかつち)なりいなびかりするはこれ無
物に物生し無事に事をこる則天の病なり忽に雲/起(おこ)
るは人の俄(にはか)に痰(たん)胸(むね)にあつまるがことしいかつちのなる事
は人の腹(ふく)中に火うこき腸(はらはた)のなるがことし雲は水也/雷(らい)
のひゞく事は水雲火気をつゝんて火内にうごきはしり

【朱印・京都帝国大学図書之印】

【朱印・富士川游寄贈】

【黒印・185585 大正7.3.31】

【右丁】
て外になる物なり人の腸(わた)のなるも火なり痰(たん)は水也くも
も又水なり天に雲なき事あたはす人に痰なき事あた
わす人によりて多少のかはりはあれどかつてなきといふ
人はあらさるなり雲は我/頭(かしら)の上にうかぶを見てくも
ありといひ痰はむねにあつまるをもつて痰ありと思へ
とも痰は常(つね)に惣身のうち爰かしこにある物なり雲も
爰かしこにありて風に随(したかつ)てあつまり痰(たん)は気ののほるに
よりて胸(むね)にあつまる物也天気はくたり地気はのほるその
のほる事/偏(へん)なる時は水あつまりて雲となる人の気ふさ
かりとゝこほれは水こつて痰となる雲は天中の病痰は
人身の病也痰を見る事雲のことく雲を見る事痰の

【左丁】
ことし病といつは陰陽(いんよう)雑(ましはり)清濁(せいたく)混(こん)して気ふさかりとちた
る所より生る物なり気(き)純(しゆん)一/無雑(むさう)なるときは病なし人気
順(しゆん)なる時は其気/全(まつたく)身にわたり気したかわさる時は処
ところにその気とゝこほる中/部(ぶ)下部の間にとゞこほれは其
所に熱(ねつ)気生しその勢(せい)上につきのほつて頭痛(づつう)し腰(こし)せな
かほねふしに熱気さし入て痛(いたみ)をなす喘咳(せんがい)嘔吐(おうと)さん〳〵の
病生す是無事に事おこる物也又身のうちに虫/積(しやく)様々
の形(かたち)のあるいける物生して人をなやます是無物に物生
るなり事とは万事也身のなやむ事一ならす又物とは万
物なり蚘虫積等の物是又一ならすよろつといへはもるゝこと
なくもるる物なしはしめは無事也はしめは無物也しかるに

【右丁】
その無事に事のおこる事無物に物の生る事は陰陽/雑(ましはり)清
濁(たく)混(こん)してしかふして後其間に物のかたち生して事おこる
物也一身のもつてひろく天地を見れは天地の間に生る万物
もその生る所の子細をきはむれは一身と同ししかれは天地
に生る物は天地病也草くちて蛍(ほたる)となり魚(うを)くされてむしの
生るも陰陽混して寒温(かんうん)相うつて物そんじて後生る
物也天地もと清浄(しやう〳〵)なり雑(ましはり)り混して後不浄となる清浄
の所には物生せす不浄の地には蚯蚓(??いん)【きうヵ】の目みす蝦蟇(がまく)のかへる
てふ物生る清(せい)■(けつ)【潔の旁が契の誤ヵ】なる水もそんすれは一/点(てん)の濁(にこり)出来て清濁混
して久しくして鱗(うを)生す池水はしめは鏡(かゝみ)をみがけるかことし風/塵(ぢん)
折々にうかへて水なめらかになりてまかなくに何を種(たね)とて萍(うきくさ)の

【左丁】
波のうね〳〵生(お)ひしける事となり野水はしめは鱗(うろくす)なし池水始
萍(も)なしみなこれ病なりさるひとの頭(かしら)に久敷いたみ有て後/膿(うみ)
てやう〳〵ついゑんとするころあるゆふへ灯(ともしひ)くらふして居たりし
にしきりにかゆくしてこらへずかきやぶりぬれは何やらんいぶ
せき物前へおちたりくらき中にいろいて見ればうごく物也
灯(ともしひ)をよむてくはしくみれはうみ血にまろひて蛙(かへる)一ツいきてあり
しなり証拠(せうこ)せざる事は人にかたるもおこがましき事也これは
まのあたりに見聞ししたる事也其外口より小/亀(かめ)をふと吐(はき)
出したる人もあり身の毛はへたるこがめを腹(はら)をやぶり取
いたしたる人もありいつくにてもまゝある事也亀や蛙の
類(ろい)【るいの誤ヵ】も陰陽ましはり清濁(せいたく)混(こん)して不/浄(しやう)なれは人の身の

【右丁】
中にも生す爰(こゝ)を以て見れは万物は天地の病なり土に
木生す木は土の病なりかるがゆへに土は木に殺(ころ)さる木に
虫生すその木必かれぬ野には草多く生じて野あ
れ草にはむし多く生して葉(は)これにむしはまれ林に
獣(けたもの)生じて木の根(ね)これにうがたる身にのみしらみてふ
物生して是に血をあへさる物にあつてはその物の病天
地に有ては天地の病水に有ては水の病石木に有ては
石木の病我をも内にこめて万物はこと〳〵く天地の病也
むかし季桓子(きくわんし)井を堀(ほり)て羊(ひつじ)のこときの物を得たり皆
狗(いぬ)なりとす孔子に是をとへは羊なりといへり孔子その類(るい)を
引て木石のばけ物は魍魎(まうりやう)といふ注文(ちうふん)にはあし一ツある物

【左丁】
なりといへり水より生するあやしみは罔象(かうさう)といふ目口も
なき物也といへり土より生するをは墳羊(ふんやう)といふといへり
桓子(くわんし)のほり出せるは土より生するばけ物なり紫野(むらさきの)に
大徳寺/早創(さうそう)ありし時/庭(にわ)の池をほりしに官(くわん)人
達(たち)開山(かいさん)と値遇(ちぐう)のゑんを結(むすひ)給ふとておの〳〵錦(にしき)のもつ
こにてつちをはこばれしゆへに是を官池(くわんち)といふ今に方
丈の前にある池なり此池をほるときつちの下より手も
足も目も口もなくしてむぐ〳〵としたる物出たり人みな
是をあやしむ開山是を家仏と名付法堂のしたにう
づみて当山のまもりとなれとて其日をもつてすゑ〳〵まても
供養(くやう)【羪は養の異体字】をする是を宗仏忌(しうふつき)と云と筆にも残り人のくち

【右丁】
にもつたへぬ水土もまじはりて欝(うつ)すれは其水土やめり
やめる事久しけれは水土の変(へん)する所には異形(いぎやう)の物共
も生す人常に見る物をば心にもかけすめつらしき事
はあるましき物のやうに思ふはおろかなり常に見る蚯蛙の
生するもとびからすの生るもその生する子細をきはめ
その本(もと)をしれはめつらしき物とてもつねにある物とて
も同し道理なり若くさひらてふ物も陰陽のつるみ水
土の変(へん)也みな天地専ならさる所より出る病なり男女の
ましはりは陰陽なり上下にわかては天地なり乾坤(けんこん)の二/卦(けい)也
乾を父とし坤を母とす男はすめる気女はにこれる血也
その二の物ましはれは清濁混して気ふさかり女の血そま

【左丁】
りてなかれす女十月やめりその月見て々子/胎(たい)を出るといへ
とも女の一生 実(まこと)に子を病とす火は木が子也木は子の火
にこがれて果(はた)してつくる物成也しかれは木より出る火は木
の病なり土は火が子なり火/終(つい)にきえて土灰となる火
より出る土は火が病死の跡なり金は土か子なり金生
ぬれば土は性もなき物になりぬされは金も土の為
には病なり水は金が子なり子の水むまるれはう
るほひを子にとられて金かわく時は金の性つくる
是又金より出る水は金の病なり木は水の子也木は
水のうるほひをとつて枝葉(えたは)花実さかふこのゆへに
水より生る木は水の病なり爰をもつて母/虚(きよ)すると

【右丁】
きんはその子を補(おきなふ)とやらんいへり子うえて母の食をう
ばふことはりなるへし五行如此なれは五行より生る万
物みなこの本意にたかふ事なし陰陽のつるみによりて
物の生る事 有情(うしやう)非(ひ)情ともに道理は同し気専なる時
は病なし独陽(とくよう)不生独陰不 成(しやう)はなれてひとりとものゝ
生る事なしましわりてなかれさるによりて万の病は生す
只無病といつは気の順(しゆん)する名なり病といつは気の順せ
ざることはなりと心得たらんは養(やう)【羪】生(しやう)の本(もと)たるへし喜(よろこひ)も過
れは正気ちつて虚耗(きよろう)の病をなす怒(いかり)驚(おとろく)いつれも此三
は七 情(しやう)の内にては正気をちらして虚の病をなす喜
といへるは気あそんて血中にゆき血うるほひてかほのいろを

【左丁】
ます怒は気急にして血所々はしり眼にかとたち俄《割書:ニ|》いきあ
らく驚と云は物の俄に見聞にあたりたる時肝気うごいて
魂(たましひ)散す故にかほの色をうしなふ気急なる故に血 変(へん)
す肝は血の府なり血 変《割書:ス|》故に顔色(かんしよく)青白なりおとろく
事又肝にあり喜(よろこふ)と怒(いかり)とは違順(ゐしゆん)の二 境(きやう)に依て我に
したかふ時は喜ひ我にたかふ時はいかる喜と怒は常のこと
しひるかへせは表裡(ひやうり)別なれとも気と血とのさはく事は
同也物うれし物おもひしかなしみおそる此四つはいつれも
気むすほれ血とちて欝(うつ)の病をなす欝にかす〳〵あれ
ともその本は気ひとつなり気はさんするにへるものなれ共
欝するにも又へる物也うつせすちらす只気をとゝ

【右丁】
のふという事養【羪】 生の専用なりうつして気のへると云
事はたとへは火は炭(すみ)なり炭は火なり炭をは欝気にた
とへ火をは正気にたとふ炭多して火少あれは炭に欝
せられて火きゆる是気欝して正気のつくるたとへなり
又うつをひらけば気生すと云てひらき過れはかへつて
正気又へる物なり炭の欝によつて火きゆるとて少有
火をかきちらせはかへつて火きゆるがことし只気をとゝ
のへて順する心持専用の物也一年は五季なり七十二
日つゝ五つ合て一年とす春七十二日夏同秋同冬
同又春夏の間と夏秋の間と秋冬の間と冬春の
間とに十八日つゝ土用なり此四土用を合て又七十二日

【左丁】
合て是五季なり五季を合て三百六十日也しかれは
五季は木火土金水の五行をの〳〵七十二日つゝ王を持
時なれは土用なりとて土の七十二日王をもつときはかり人に
たゝるべき道理なししかるに無病の者も土用にはこゝろ
あしく病人はなをたゝりをうくる事は夏の火気と秋の
金気うつりかはるその間にある十八日なる故に両気ま
しはりて気のさはぐ時なれは天地と人の身と同きゆへ
に外さわけは身の天地もさはく故也土用のたゝりをなす
にはあらす二季の交る所に気さはひて病をはつする道
理なりましわらされは事なし水穀 交(ましはり)て酢(す)酒の味成か

【右丁】
一 虫積(むししやく)の出ると云ことばは実にあたりたる事なり凡虫
積なと云ものも人の家に居り鳥獣の巣(す)にをり穴(あな)に
すむことく人の臓腑(さうふ)の間にをのれ〳〵の巣をかまへ引
籠(こもり)て常(つね)はある物なり美食(ひしよく)大酒なとすれは常よりも
気まして気あぶれて虫積の巣へ気かこみ入故に虫をの
れか巣にありにくくして外へ出る物也然は虫出るといへ
り熱(ねつ)気をやむときも必虫積さし出気節のかはり土用
八専なとにさし出るも皆気のうこきます故也 腸胃(ちやうい)はな
はたしく熱し又きはめてひゆるにも虫むねへ出のほつて
くちへ出又は下へくたる事あり熱により寒によりてむし
巣にあられすして出る物也寒によりて出る虫はその色

【左丁】
しろし熱によりて口へ出或は下へくたる虫はその色あかし虫
死て出るは寒熱ともにつよしいきて出るは寒熱ともにかるし
美食(ひしよく)好酒(こうしゆ)をひかへ麁(そ)食なれは虫積持たる人も一生くるし
からすして終る物也故に虫積の薬は気をくたしへらす
薬味なり気へるときんは虫をのれか巣にいやすくして
ある物也必薬にて虫をころすにはあらす虫をころさんと
せば人あやうかるへしたゝ気をおさめてむしを巣へかへす
心持也又気のほつてむなさきをつく事ありていたむをも
人つねにむしかふるなとゝ云むしにてはなけれとも薬は虫
薬をのみてたかはす又火むねにつきのほつていたむ事
是又虫なりと常に人の云事也常のむし薬にては

【右丁】
心持少かはりあり降火(かうくわ)【左に「くたす」と傍記】の薬よし
一 八専はみつのへ子に入てみつのとの亥にあく八つ専と書
事はみつのへの水と子の水とめくりあひ甲乙の木と刁【寅】
卯の木とめくりあひかやうに十干の五行と十二支の五
行と一つにめくりあふ日八日ある故に八専と云専は
専一の儀なり二の物一つになる故也八専十二日のうち
四日は支干の五行のめくりにはつるゝ故に間日といへり
丑辰戌午なり八専は五行一所にめくりあふ故に気さかん
にして病気うこく又八専のあく次の日甲子也六十一日
つゝにて六気のかはる時なれはましはる気さはくゆへに
病人たゝりをうく

【左丁】
一 甲子は六十一日にめくる冬至(とうし)は十一月の中なり冬至の
後の甲子の日に陰きはまりて一陽はしめて生すこれ
を初の気と云第二の甲子第三の甲子是を二
の気三の気と云又 夏至(けし)は五月の中なり夏至の
後の甲子に一陰はしめて生して陰陽爰にましはる
是を四の気といふ第五六の甲子を五の気六の気
と云六十日つゝにて六々三百六十日にて又前年
のことくにかへりめくる甲子の人の身にあたる事は
陰陽のかはる時なれは人の国所を入かはるにこゝをさ
る者こゝにきたるもの相交てつといさはくがことし
かやうの心を得て其前後をつゝしみぬれはたゝり

【右丁】
もかるしかはりめの前後につゝしみなくして外は風
寒にかんし内は食傷 房(はう)事なとおかせは時節の
たゝりと相合て病殊外おもくなる此心持養生
の為に入る也
一右の六気に又そのとしめくる支干(しかん)によりて客気の
六かそふてめくる也そのとしの民病をかねてしりその
としに入へき薬種なと覚悟する事医のしる所
なり
一五行といふ事めつらしからねとも五は木火土金水の
五也行は陣(ちん)の字の意なりつらぬるとよむ五つの数
を陣る故に五行と云又此五行めくりてやまぬゆへ

【左丁】
五行と云行はめくる意なり春は木夏は火土用は土秋は
金冬は水なり五行をの〳〵其時々の王なり春は
木の王するときなり脾胃(ひい)木の克(こく)をうけて死の
位なり酸(すき)物をは用捨(ようしや)の心あるへし一むきにおもふへ
からす少からき物をもつて肝気をおさへ肺に力を
そへ脾胃を補てよし肺(はい)は脾(ひ)か子なり子をまして母
を補なるへし夏は火の王するとき也 肺臓(はいのさう)火の克
をうけて死の位なり苦(にかき)物には用捨の心あるへし一
むきにおもふへからす少 鹹(しははゆき)物を用て心気をおさへ
腎に力をそへ肺を補てよし腎は肺か子也子をまし
て母を補なるへし土用は四季にありといへとも夏

【右丁】
秋の間にあるを本とす秋は金にて肺の臓王をもつ
ときなり木は金の克をうけて肝の臓死の位なり
少苦物を用て心の力をそへ肝の臓をたすけてよし
肝か子をますは母を補なるへし冬は水にて腎の
臓王位なり水の克をうけて心の臓死の位なり
少甘物を用て腎をおさへ脾胃に力をそへ心の
腑を補土は火か子なり也子をますなり
一五臓の本味(ほんみ)は少用則 補(おきな)ひ多用則瀉になる実(ま事)に天
理なり脾胃は水穀の海にして食府なれとも小食
はよく五臓をやしなふ大食すれはあふれて必 瀉(しや)
下す是を世事にあてゝみれは多欲は身をやふり

【左丁】
小欲は身をたすく
一すき物を少くへば肝の臓にちからをそふおゝき
はとがあり脾胃にあしくあまき物少くへは脾(ひ)
胃をやしなふ多は胃に食をとゝこほらす砂糖(さたう)の
胃火を長するがことし苦物少くへは心に補有す
くれは心を瀉(しや)す又肺にたゝるにがきは火の化なり
砂糖甘草といへともこがるゝときは皆にがし焦(こか)れ
たる物は肺金をこかすへきか音声を出すに甘物
はよし金を生する故なり苦物はあしく火克(くわこく)金の
ゆへか辛(からき)物多食すれは肺をそんす山椒(さんせう)の真気を
ちらして健忘(けんほう)するかことし又肝の臓の克味なる

【右丁】
ゆへに山椒□【多ヵ】食すれは眩暈(けんうん)す鹹を少用るは腎
をやしなふ多は腎のどく也しほをこのんて多食す
るは腎よはきゆへなり同類の力をからんとする
物なり然とも力のよはき人が人の手をとらへて
我力にせんとするがことしおのれ力よはふして
大力のものに取つけはかへつて引たをさるゝかことし
世の諺(ことわさ)によはき家につよきかうはりとやらん
一大かた内より外へしらする物也食をおもふは胃中に
食つきたる事を内よりしらする也此時食するは
病に薬をのむかことし欲(よく)にて多食するゆへにとく
となる水ののみたきと思ふは内の熱する事を外へ

【左丁】
しらするなり少のむは薬のことし欲(よく)にて多のみて冷
にあてらるゝものなりあつき物をこのむは内ひゆる故
なりゆめに河水なと見るは内 熱(ねつ)するゆへなりねか
ふ心ありてゆめに見ゆる火を見るは内ひゆる故也
火をねかふ道理なり高き所へのほるとゆめに見
るは上気なり高きよりおつると見るは気のしつむ
ゆへなり大小便なとのこゝかしこにありてむさき事を
ゆめに見或は又とりけたものなとのくされてはらわ
たなとのぐや〳〵とあるやうなる事ゆめに見るは心
気つきて上達せすして我はらわたの間にわか心
がおちいりてあるゆへなり鳥けた物のはらわたと

【右丁】
思ふは即をのれか腹わた也我心かはらはたの間に
あるをはわきまへすしてゆめに外にあるを見る〳〵
と思ふなり
一心腎つきたる時は死たる久しき人をゆめに見る
物なり年よりのいまの事をはわすれて五十年
三十年のさきの事をよく覚ゆるかことし只今
現在(げんさい)の人をは見すして昔の人を見るは真気(しんき)
絶(たえ)して当分の事をは忘却(ほうきやく)して正気のたゝし
かりし時の覚が残て死せるむかし人を見る也 精(せい)
神つきたるゆへなり
一薬をも不 断(たん)にのめはきかぬ物也 毒(とく)になる物もく

【左丁】
ひつくれは腹と毒(どく)とが知音してさまでたゝらぬかこと
し薬をつねにのめは大事の急(きう)なる病のときちやく
ときかざるなり数服(すふく)かさなれはきけとも急なる病
の時は一服二服にてきかされは薬 相応(さうおふ)せぬとてその
薬をかゆる故に療治(りやうぢ)さたまらすして病もとをれて
あやしき事あり薬の腹になじまぬやうにしたるがよし人
に異見するになれなしみたる人をは心やすくおもひて
きかぬもの也つねになしまぬ隔心(きやくしん)なる人をははちて
同心する物也灸なとも年中たえすすれは後は
きかぬ物なり春秋にしてよし又その間にも程をゝき
ておもひもかけぬやうにしてふとしたる灸はよくきく

【右丁】
物なり人をせつかんけうけするも日々にかまひすしく
いへはきかぬ物なり折々時分をもつてはきといふて常
にいはぬかよきなり
一山城のある山寺に長命丸と云薬ありよそのくに
さとへ取て行てのめは不 思(し)儀のしるしありその寺の
あたりの里の者にはきかぬなり近所(きんしよ)のものゝ腹中と
は薬か知音して早速(さうそく)には相応せす
一万の初(はつ)ものをは先少つゝ食してれん〳〵には多食し
てもたゝらぬ物なり梨(なし)にても柿(かき)にても去年おはり
てより当年はつに食する故に腹中にとをのきた
るによつてあたる物なりどくのきくも薬のきくも灸

【左丁】
のきくも同ほとへだゝりてはとくも薬もはたとしかし
あり人もひさしくとをのけはたがいに隔心(きやくしん)あるがことし
三日不相見莫為旧時看【注】といへり
一膳 部(ふ)にむかひさま〳〵の食味をつらねたる中にても
はしめはやきもしにもしたるやはらかあたゝかなる物
を食て次ゝにさしみなますなとをは食してよし酸(すき)
物ははらわたちゞみてのびずのびぬ所にはかならす
気あつまりていたみを生すあたゝかにやはらかなる
物を食てよく胃へ食をうけしめて後酸ものを
食するは胃をおさむる心ありてよし酸物はおさむ
る道理あり渋㪘(しうけん)【収斂(しうれん)ヵ】の味なり過るは又あしく

【注 三日相見えざれば旧時の看を為すことなかれ:「三日人に会わずにいたら、前に会った時と同じだと思ってはいけない。人間はわずかの間にも進歩するものである」の意。江戸時代の往来物「金言童子教」より】

【右丁】
一朝には辛(から)く苦(にが)き味少用てよし多はあたる朝には
気のほつて肺にあつまる五臓の気肺に朝(てう)すれは
なりからきにてむねをひらき食を胃へおさむ晩に
かゝりては甘く酸物を少用てよし過るは何もあしく
甘は胃をやしなひ酸はおさむる味なれは胃をおさ
め肝腎(かんじん)に精をとちて明朝生 発(はつ)の気を期すべ
きか
一五味はいつれも過ればよくしるゝ物なり然に塩は終
日食する物ことにいらずといふ事なししかれとも過て
わさはひなしたゝこれ水と相応する故なり終日食
する物水をもつてとゝのふるゆへに水をふくますと

【左丁】
云事なし又一日の中のむ水多し其水と相応す
るゆへにたゝりなし一ひねりのしほを直(じき)に舌(した)に置
ときは甚(はなはた)しはゝゆしといへとも一 盞(はひ)【盃の誤ヵ】の水に投しての
めは塩口にも覚えざるにて得心(とくしん)する事也又ひとに
すくれて用るはとがあるへし
一気をとゝのふると云事 簡要(かんよう)の事也気平 和(くわ)にして
心のゆふ〳〵とある事也ひとへに気を補(おきのふ)にもあらすひと
へにさんずるにもあらす薬をもつてとゝのふ事は医
の工(たくみ)にあり気をもつて気を調(とゝのふる)事はわれにあり然共
我と怒(いかり)をとき胸(むね)の鬱をひらく事難成物也是
をはらはんと思はゝ気を物にうつしてその物に我怒

【右丁】
をうばはせ我鬱をひらかすべし花を折てかめに
入てははなにうばはせ香一 炮(しゆ)たきては香に気をうば
わすべしいたく腹の立事あらばふりあけて月をも
見るへし鳥けたものにも心をうつすへしむかふもの
に気をうばわすればとかふする内にいかりとけむす
ほをれる気ちりてをのつからとゝのほる物なりそ
のいかりにふみとまり鬱にとぢらるれは気ののひん根
なし祖師も随縁(すいゑん)消旧業(せうきうこう)【注】といへり随縁とはむかふ物
に気をうつす道理也消旧業とは前のいかりたる
事むねに鬱したる事のむかふゑんにしたかつて転(てん)す
る道理也わかむねの内の鬱気をむかふ物にうつして

【左丁】
それにうばひとらせてむねをなにもなきやうにすべし罪
業と云もむねに残りてさらぬが着と成たるをいへり
我こゝろが物につきてその物が我をなやます事あり
かれ我なやますにあらす我われをなやます道理也
はなれ馬をとらへんと思ふ心が馬につくゆへに或は
ふみ或はくひつく是は我とくひつかれたる道理なり
とらへんと思ふこゝろをむかふはなの梢に成ともうはわ
せてむねを空虚(くうきよ)になしてとらへんには馬やすくとらゆ
へし犬ある門に入にたゝ門のいらか軒の瓦(くわら)をうち詠
てわか気をそれにうばはせてする〳〵と門に入にいぬ
かつておかさす口に陀羅尼(たらに)をよみ呪(しゆ)をとなへて

【注 縁に随いて旧業を消す:『臨済録』に見える言葉】

【右丁】
難をのかるゝ事も散乱の気を呪陀羅尼にうば
はするの道理なりよろつのましなひ事なともいる
事なり
一さる女 胸(むね)に気ありてみやう〳〵と久しく煩て諸医手
をつくしてもならすさるいしやのいわく此女人の病は恋
路のおもひあり他配(たはひ)の人なりと云此女これを聞て
以外いかり我ゆめ〳〵さやうの心なしいかなれば此いしや
我にあらぬ難(なん)をいひつくるとて黒雲のさしおこる
ことくにいかりて後右の病薬をのますして平 愈(ゆう)
すいしやの一言にて胸の鬱をうばひとれるはかり
ことなり

【左丁】
一気さかんに脾胃もよのつねの人は一日に両度心にた
るほと食して間々に物をくわぬやうに腹中を仕
付たるかよきなりさあるとて一度に飽食(はうしよく)するは
あしゝ
一気もよはく脾胃もたくましからぬ人は少つゝ細々
食て胃の気を引あくるがやうしやうなり気虚の人
は何成とも口に入或は湯をのみても気をたすくるが
よきなり一 粒(りう)米にても口に入て口をうごかせは則
胃の気のほる也うるほひをとるあふり物にても口へ入
これをかむに即口にうるほひ生す口うこけは胃
の気其食気をうけてそのまゝのぼる物也たゝもの云

【右丁】
にも口はうこけとも其時はうるほひなくして食にうこけは
うるほひ生す是食に胃の気ののほるしるし也胃の
気といつは穀気(ごくき)なり同気相 求(もとめん)とて上に穀気うごけ
は胃より又穀気がのほるなり
一気は上 達(たつ)すればめくりて病なし上気にてはなし下
陥(かん)して下部にあればさま〳〵の病をなす
一気のやむといふ事はなし血はやむ物なり気はかたち
なしやむへきやうなし血はかたちある故にやむ血を病
する物は気なり血気より病をうく血といへばにく
ほねすしかわ皆こもれり血ばかりの事を云にあらす
一百病気にこゆることなし風寒の病といへとも風に

【左丁】
より寒によりて表(おもて)の気内へせまり気のあつまる所に
熱気生して升(のほ)りては頭痛(づつう)し腰 脇(わき)に気せまりて
そこ〳〵のいたみとなる是を風のいたみといへとも風は
病因(ひやうゐん)にして風寒によつて気いたみをなす物也夏
中 暑(ちよ)の病といへとも暑は病因にして暑によつてか
へつて冷(れい)痛をやめり風寒によつて気病をやめる也
冷食をして食傷をやむといへとも食の冷によりて
腸胃の気 滞(とゝこふり)て気の為に腸胃いたむ物也食 傷(しやう)の
薬は滞気をのぶる薬剤(やくさい)なり悉みな気の病なり
一人の身のうちへ風のいる事戸の口 窓(まと)の隙より風の
吹入様の子細にはあらす人の皮はたゑはいかにも密(みつ)

【右丁】
密にしてすき間なき物なり邪気虚乗て入とはいへ
と人のはたへいかに虚して密ならされとも窓にもぢさ
よみのうすき布をはりて内空なる家へ風の吹入る
ことくなる物にはあらす風はたへをふけはひへていよ〳〵
はたへはちゝみふさがる物なりしかれば猶もつてかぜの
吹入べきやうなしたゝ風寒にあたれは表の陽気内
にいつて表いよ〳〵ひゆるいよ〳〵ひゆれはいよ〳〵内にせ
まり気内に薫蒸(くんせう)する故に内是によりて熱気し
其熱頭にあがりて頭いたみ肺をせめて咳嗽(かいそう)しはな
に清涕(せいてい)を引也すゝはなはうち熱(ねつ)してわくゆへにいげ
肺にあがりてはなに出る物也湯のいきのことし外風

【左丁】
寒にして内は気の熱なり故に是を外へ発散(ほつさん)するに
風気と同性なる薬のむは内に風をふかせ内に有気
を外へふき出す道理なり此気の内へ入たるは風寒
が外よりふき入たれば又そのことく内より風薬を以
ておし出す道理也風か内にあるをはらふにはあらす風
によりて内へ気せまりたるを風をもつて気をはらい
出すの道理なり独活(とつくわつ)羌(きやう)活はすてに無風 独揺草(とくひようさう)【「ひ」は衍字ヵ】【左に「ひとりうこく」と傍記】と
いへば風をのそく薬にはあらす即此薬風の性なり
防風(はうふう)蘇葉(そよう)皆よくうごいて自内にかせふひて気を外
へ出す者也気表へかへつてはたへあたゝかにあせ出れ
は本 復(ふく)す余熱(よねつ)あるは気のあつまりたる所のあと

【右丁】
熱すたとへは火をはらひすてゝもそのあとあつきが
ことし余熱を退(しりそく)るには寒薬ありすゝしめて治す
藿香(くわつかう)正気散 諸(もろ〳〵)風寒に用ゆ此薬を点撿(てんれん)すれは
導気の薬なり人蘇飲も大体同し風病といへとも気
をみち引て治する者也
一よろつの事をしはたさんと思ふに気つくる物なり
たとへは十の事を九半して残る所の半なりともうち
置て気を先やすめぬれは残所の半を仕立事は
やすくして又かさねて十の事をするともしなす物
なりいま半にして是ほとの事をと思ひてしはた
せは殊外気つきてあとの事はならざる物なりと延(ゑん)

【左丁】
寿(しゆ)法印のかたられしは道理尤 屈(くつ)せり
一病者は食のあてがひ簡要(かんよう)の事也 鷹(たか)はしゝのあて
狼(かひ)【粮羪(養)ヵ】によりてよく鳥をとると云事げにもなり病は
口より入といへり凡我はなにほと食してよき比なりと
思ふ分量(ふんりやう)をさたむべし座敷にあまるほと人を
請すれはあまる人は廊下(らうか)にたゝすむかことし口より
胃の腑(ふ)まての間は廊下のことく食の胃へ入道なり
さきへ入たる食胃にみちたれはあとよりくふ食むね
にありて心あしく脾胃も損(そん)ずる也人にわさをあて
かふにも先二ツ三ツあてがひその事しおふせたらは又
あとより二ツ三ツつゝあてがひぬれはくるしますし

【右丁】
て十の事十をなから成物也一度に多くあたへぬれはわ
ざをせざるさきにくたひれてとけさる物也少なれとも
胃へ食が行とゝけはそれにてひもしさはやむ物なり尤
其食少なれはやかて消(せう)して又食を思ふ心生す其
時また少胃へ食入ぬれはひもしさやむ物也かやうに
あれは胃くたびれすしてよく五臓をやしなふ
一 道にかなふたる人とて寿命なからむにはあらす大
聖釈迦如来なかくて八十入滅なり孔子も七十三にし
て終焉せらるたゝ天命をうけたるに多少の不同
ありそのさたまりたるより内にてはつるも又定たる
より延(のふ)るも有それは少の不同なり大体はうけたる程の

【左丁】
血気つきぬれは終る也身持心持よくしてのぶるも
ありあしくしてつゝまるもありつゝまると云は七十八十まて
もあるへきを食事 婬事(いんし)よろつの行跡(かうせき)あしけれはつゝ
はたちにてもはてぬる物なり又よくやしなひぬれば六
十まていくへきが七十八十まてもある物也又身持道に
かなふたる故に命みちかきもあり又みちにかなわぬによ
りて命なかきもある物也道にかなふてみしかきは何と
したる事なれは為_レ道身心をくるしむる故に命つゝ
まる物也人の為に身心をくるしむるは仁 愛(あい)なり故に
身をころしても仁をする事ありと孔子もいへり身
心をくるしめても義をかくましと思ひ礼をかくまし

【右丁】
きと思へは身心くるしむ也一言の約をちかへぬれは
信なき者也と思へはいくましき所へもゆき久しく
をるましき所にもおり長座 窮屈(きうくつ)にくるしみ風雨雪
霜をもかへりみす信の為に身心をくるしましむ是
皆道にたかふましきと思ふ故也かくのことくならはみち
しるゆへに寿はみちかき物也土民百姓の道とも何
ともしらぬ者に長命の者多し是は心にかゝること
なくて命のはゆる者也又道にかなはぬ故に命の延(のふ)る
とは道はしりなから道をひすめて仁にも心をくるし
めす義にも礼にもくるしめすたゝ心のまゝにして人の
くるしみをも思はす我さへくるしからすはとおもひ人の

【左丁】
いそくにもいそかす心のむかふ様(やう)に身を持人は一切道
にはかまひなくたゝ身心のやすきをそれとおもふ
ゆへに命のつゝまるべき様なし是によりて我う
けたる血気のつくるまてはいくる物也 顔回(かんくわい)は亜聖(あせい)
の才とて聖人についたる者なれとも不幸 短命(たんめい)と
てわかくてはてし也大方は天命の血気ほとの者也
養生の道をよく得たらんには少はのばふべし又養【羪】生の
道理をは得たれ共心のまゝならぬ身は得たる道理を
もなりかたし心にまかせぬ身は思ひなからにはてぬる
者也
一 気有 余(あまる)の人の鬱(うつ)病は気をはたらかして気のへ

【右丁】
る時は鬱気 散(さん)してよしすくるは虚(きよ)にかへる也
一気不足の人の鬱病は気をはたらかすともそのう
こきをちやくとやめ遠見(ゑんけん)して気をはらすとも
あさくしてやかてやむべし
一気はすくなき時は下へおちいりて上達せすしてめく
らぬ故に気 朦々(もう〳〵)として鬱の病あるやうに覚ゆる物
なり真気(しんき)不足にして短少(たんせう)なれは悶(もたゆる)こゝろあり必鬱
にはあらすしかるを鬱なりと心得て気をはたらかし
うこきはしる事をよしとして是をやうしやうなりと
あやまる事あり当座は少ある気なれとも引立る故
に一段と気よき物なりしかれ共大体気すくなけれ

【左丁】
は気一度〳〵に少つゝなれ共へりて後は引立れとも
たゝぬやうに成物なりかやうの人をは気を引立るにも
引立やうあるべしあさ〳〵とかるき事にて引立るがよし
一 旦(あしたに)戸障子(としやうじ)をさらりとあけ花なとに水をそゝき又
香なとたきあさ夕立てある屏風なりとも立かへて
座をあらためなとするにて気生る物なり
一我は生れつき気たくさんにして丈夫(しやうぶ)なりとて生れ
つきをたのむべからす気はつかいやうにてへるもの也
かけひきする事専也鬱をはらすとてあやまつ□【てヵ】
気のへりある物也
一 実鬱(しつうつ)は気むねにあつまりてもだ〳〵として心あしき物

【右丁】
なり気つよくしてよくめくれ共七 情(しやう)に引とめられて
鬱するもの也
一 虚(きよ)して鬱するは気下部 小腹(ほがみ)にあつまり三 焦(せう)の気(き)
ふさがり気上 達(たつ)せすして是もむねつかゆるやうにし
てためいきをつく物也 虚証(きよせう)にして気下部にあらは
むねにつかへいきたうしき事はあるましき儀なれ共
むねのしたまては気のほれ共のほり達せすして
むねの下につかへてあるゆへにいきたう敷事は同やう
なれ度も共実証とのかはりあるなり実証(しつしやう)の鬱は気は順
共何成共其思ふ事かなしむ事 憂(うれう)る事に引とめ
られて鬱すると気のぼりめくる事ならすしてむね

【左丁】
にとうりうするとのかはりなりたとへは三町の道を得
ゆきつかすして二町めまて来てそこにてあへき
居心なり是はちから不及して如此なり気はすこや
かなれ共七情にとめられて上へ達せす下へめくり
かへらすして中 途(と)に逗留(とうりう)してむねにつかゆる
とのかはりなり
一気と体をわけて養生(やうしやう)の心持あるへし体をうごか
しつかふを養生とすすくる時は体つかる気はつ
かはすしてしつかなるをもつてやしなふ是も又すく
れは気しつみ一所にとゝこほつて鬱の病をなす
一気は全体にわたりてある物也体をつかふ時はすな

【右丁】
はち気をつかふなりしかるに気をつかはぬをやしな
ひとし体をはつかふをやしなひとすと云事難_二心得【返点の「一」抜けヵ】
しかなり気をつかふと云は思 惟(ゆ)分別ありて気のつか
れとなる故につかはぬをやうしやうとすといへり気を
つかふと云は心をかねていふなり心はむかふ物ことにおも
むはかりあり気は非情(ひしやう)の物にて水火金土の気と
おなしおもんばかる事なくしてめくるはかりなり故に
体をつかへばおもんはかる事なくしてめくるはかり也
体をつかへば気めくるゆへにとゝこほる病なし爰を
もつて体はつかふを養生とす
一心は気をのり物として気にのりてはたらく心はたら

【左丁】
き過ぬれはつくる物也おもんはかり多則は心つかる気
はうこき過れはちりてへる物也心は智虚(ちきよ)に減(けん)し気
は動転(どうてん)にへる物なり気より心をおしみ心より気を
しつめてたかひにやうしやうすべきか
一 元気(けんき)をやしなふ事は何とすべきそや元気といふは
いかやうの事をいふそしかなり元気とは胎内(たいない)にありて
母より我につたへたる気也 臍(へそ)のをよりつたへたる物也
故に臍下にあり血にもあらす水にもあらすして動(うこく)物
是也気は動を体とする故に動事すくれは気へり
又かつてうこかされは気とゝこほる物なりそのうこく事
中を得てよし元気を日夜にうこきはたらひてつ

【右丁】
かへ共つきぬは穀気(こくき)をもつてやしなふゆへなりごく気
たへぬれは元気も消する物也元気はともしひのことし
穀気はあふらのことしあふらたゆれはともしひきゆるか
ことし
一中気とは脾(ひ)気なり脾気はごく気なり脾気を中気
と云事は脾は土なり中土の官(くわん)にて土は中央(ちうわう)に居て
四方の事をつかさとれり臓より四臓へ気をくばる
事なれは脾胃やふれぬれは四臓共にやしなひなき
ゆへに五臓共につきぬれは元気の立へき所なしその
本は元気なからその元気をつ□【ぐヵ】物は脾胃なり一大
事の物也脾胃は中を得る物なれは食過れはあしく

【左丁】
又とほしきも力よはし中を得て養生とすへし
一脾胃には物のとゝまりふさがる事をきらふ通利(つうり)し
てあらため〳〵してさきの食はさきへつたへ〳〵しての
こらさるやうにするがよし下地の食つきぬに又 追(おい)
かけ〳〵物をくふ事はなはたあしゝ
一脾胃 嫌(きらふ)_二臭穢(しうゑ)【返点の「一」抜けヵ】とて何にてもそこねたる物あしゝ
一胃へ食をおさめても胃中にてとゝこほれは胃
中にて食物そこぬるほとにそこねたる物を食し
たると同事也胃中にてもそこねぬやうに心得べき
事なり胃中にてそこぬるとは前の食も消(せう)せざるに
又追かけて食すれはかさなりてとゝこほるによりて

【右丁】
食物内にてそこぬる物也すきおくびのいつるは食内
にそこねたる気あぶれて口へいつる物なり呑酸(どんさん)と云



                《割書:通本石町三丁目|》
                 山形屋吉兵衛

【左丁】










                 【朱印 ロ一三七】
             【朱印 □□】 

【右丁】












【左丁】



                 【前原氏ヵ】
                  【□□】









【裏表紙】

{

"ja":

"瀑布効能記"

]

}

【表表紙】
瀑布功能記《割書:三部|三冊》

【背表紙】
瀑布功能記 三部 三冊

【背表紙ラベル】
富士川本 ハ 46 47 48 49

【表表紙】
瀑布功能記《割書:三部|三冊》

【資料整理ラベル】
富士川本

46

■■効能記 全

【両丁白紙 文字なし】

【右頁】
天保三年壬辰夏仲新鐫
瀑布効能記
  研修齊【斎】蔵
      【印】富士川游寄贈
【左頁】
余嚮読史、至華陀徐嗣伯灌水之術、
未嘗不嗟歎也、曰、何其術之奇異也、
既而以謂、二子去古不遠、矧其人、世
以神僊稍焉、則其術或至乎此、固不
為怪也、独如何後世医、以一二局方
為甲令者、何得獲其髣髴、今読橘君

【蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印

【右頁】
灌水法、知世猶有其術矣、君吾稽古
先生門下之士、余久與之遊、其行事
頗奇異、辟穀断塩、今既数十年、可以
知其人之一端矣、而於灌水之法、広
攷之古、又自試之十余季、確知其効、
法始施人間、是以毎施得奇験、乞其
【左頁】
術者日衆矣、君亦一一授其法各得
其効而去、君於茲乎以謂、今此術、有
功于人如此、而與特施之一邦、不若
広之天下、遂作此書以公于世、嗚乎
自今以往、此術之行也、世間莫復難
治之病、雖沈疴痼疾、亦当不日而治

【右頁】
矣、是此冊子、雖不過瑣瑣数頁、其流
澤所泒及、更不可有慨量、而遂言橘
君為今華徐、亦不為過也、
天保三年壬辰七月石塚尹汶上識
【左頁】
滝の効能記
瀑布(たき)又は機滝(しかけたき)又は水を潅(あび)て諸病(しよびやう)難(なん)
病(びやう)を癒(いや)すこと諸書(しよしよ)に載しは挙(あげ)て数(かぞ)へ
がたしといへども尚(なほ)諸人(しよにん)のために広(ひろ)く
世上(せじやう)に伝(つた)へざるも本意(ほい)なければ予(よ)か嘗(かつて)
潅水法(みづりやうぢ)数年(すねん)諸人(しよにん)にすゝめてこゝろみ

【右頁】
功験(こうけん)ある其(その)主治(しゅち)の概略(あらまし)をひらかな
をもて左に記すことしかり
○きちがひ   ○てんかん    ○かんしやう
○ちうき    ○しびれ     ○《割書:いたさ|かゆさ》をしらず
○かたみきかず ○ちやうめいつう ○そらで
○うちみくじき ○ひきかぜ    ○おこり
【左頁】
○かつけ    ○らうしやう   ○せんき
○りういん   ○しやく     ○つかへ
○づつう    ○かたせなかいたみ○かたはり
○のぼせ    ○づさう     ○ふうがん
○たゝれめ   ○やみめ     ○しよがんびやう
○はのいたみ  ○むしば     ○みゝなり

【右頁】
○みゝとをく   ○ふじんちのみち  ○ながちしらち
○つきやくみず  ○だいべんふつう  ○しもひえ
○だつこう    ○はすぢ      ○しよぢしつ
○さうどく    ○ほねがらみ    ○りびやう
○ひぜん
○年来(としころ)振慄(さむけ)悪寒(ふるひ)して夏(なつ)といへとも
【左頁】
綈袍(わたいれ)【注】にあらされば土用(とよう)の内を凌(しのく)こと
あたはざる病人(ひやうにん)数人(すにん)を予/潅水(みづりやうぢ)にて平(へい)
復(ふく)せしめその外(ほか)潅水(みづりやうぢ)の経験(しるし)多(おほ)し
且(かつ)寒熱注病(かんねつちうひやう)とて古人(こじん)の著(いちじる)しき法(はう)
歴史(れきし)に見(み)えたり委(くは)しき事(こと)は潅水(くわんすい)
編(へん)に載(のせ)たれば今こゝに略(りやく)す右功能(みぎこうのう)の

【注 綈の扁が「衣」なのは誤記】

【右頁】
内(うち)医者(いしや)病家(びやうか)ともに信用(しんよう)せず疑念(うたがひ)を
起(おこ)す条(じやう)あれども予/数手(すねん)諸人(しよにん)に試(こゝろみ)て
一(いち)々(〳〵)経験(しるし)あるを記(しる)す請(こふ)努(ゆめ)々(〳〵)疑(うたが)ふ事(こと)
なかれ尤(もつとも)おもき病症(びやうしやう)存疑(うたがひ)
ある効能(こうのう)
等(たう)にも潅水(みつりやうぢ)にそれ〳〵の法(はう)あり症(しやう)に
より禁(きん)ずる時あり施(ほどこ)すときあれども
【左頁】
煩(はつら)はしきを省(はぶ)きて今こゝにはその常法(しやうはう)
のみをしるすくはしき事は潅水(くわんすい)編(へん)を
見(み)て知(しる)べし
   滝をうくる法
滝(たき)を受(うく)るは寒中(かんちう)氷雪(ひやうせつ)のころ暁(あかつき)時分(じふん)別(わけ)
てよしとす是(これ)は寒(かん)を以(もつ)て熱(ねつ)を発(はつ)する

【右頁】
の謂(いひ)なり抑(そも〳〵)潅水(みづりやうぢ)は虚弱(きよじやく)の人(ひと)に利有(りあり)
て充実(じうじつ)の人(ひと)に利(り)あらす
○虚人(きよじん)は滝(たき)をうくる前(まへ)に予か施薬(せやく)家(か)
方(はう)の養老散(やうろうさん)一包(ひとつゝみ)を服(ふく)し瀑布(たきのみづ)を一口(ひとくち)
飲(のみ)て滝をうくへし
○先ツ尻居(しりゐ)になり両足(りやうあし)を展(のば)し足の甲(かふ)を
【左頁】
うかせ膝(ひざ)のまはりもゝの所(ところ)まで段(だん)ゝ(〳〵)と
下より上のかたをうたすべしそれより
安座(あんざ)して目をふさぎ口をとぢ神佛(かみほとけ)
を拝(はい)するが如(ごと)く左右(さゆう)のゆびをくみ
正(たゝ)しく胸(むね)にあて臍下(へそのした)をはりなるたけ
息(いき)をこめて肩(かた)より頭項(づゑり)をうたす

【右頁】
べし重(おも)き病(やまひ)は明(あけ)六時(むつとき)より線香(せんかう)一本(いつほん)
軽(かろ)きは半本(はんほん)朝昼夕(あさひるゆう)と日(にち)ゝ(〳〵)三度(さんど)瀧(たき)を
受(うく)べし尤(もつとも)重(おも)き症(しやう)は瀧(たき)にかゝりて最初(さいしよ)
は寒戦交呀(さむけふるひはぎしり)し甚(はなはた)しきは目(め)を引(ひき)つけ
絶倒(ぜつとう)する事(こと)あり更(さら)に驚(おどろ)くことなかれ
やはり瀧(たき)にかゝりゐればほどなく気(き)
【左頁】
もつき体(たい)も自由(しゆう)にはたらき惣身発熱(そうみはつねつ)
発/汗(かん)するなり是(これ)瀑(たき)布の効験(かうけん)をあら
はす兆(きざし)なり
禁忌
○過食(くわしよく)を禁(きん)ず平生(へいぜい)三椀(さんわん)の人(ひと)は二椀(にわん)
二椀の人は一椀(いちわん)と次第(しだい)をもつて減(げん)し空(くう)

【右頁】
腹(ふく)を待(まち)て食(くふ)べし猶(なほ)一食(いちじき)も除(ぬい)て食(くふ)を
よしとす瀧(たき)にかゝれば食(しよく)すゝむものなり
このとき猶(なほ)厳重(げんじう)に守(まも)るべし
○精進(しやうじん)潔齊(けつさい)し房事(ばうじ)肉食(にくじき)酒類(さけるい)一切(いつさい)
禁すべし
天保三年壬辰夏仲 日本橋駿河町 橘 尚賢識
【左頁】
瀑布効能記附載
   乾浴(かんよく)法
新汲水(くみたてのみづ)にて手水(てうづ)をつかひ手巾(てぬぐひ)を
水に浸(ひた)し水を絞(しぼ)り上部(かうべ)より下部(あし)
まで垢(あか)をするごとくこするなり但
手巾(てぬぐひ)あたゝまれば又水へひたしいく

【右頁】
度(たび)もかゆる事なり此法は態態(ひとり)
罷技(あんま)の如(こと)く気血(きけつ)をめぐらし且(かつ)
瘀滞【左ルビ:とゞこほり】する陽気(やうき)を引(ひき)おこすとあん
まに万ゝ(まん〳〵)まされる良法(りやうはう)なり
右は潅水の治に允当(あたる)といへども虚弱(きよじやく)
の人大病人または平生(へいぜい)水にて盥嗽(くわんそう)【左ルビ:てあらひくちそゝく】
【左頁】
せしことなく水に押さる手あつく
生育(そだち)たる人潅水の施(ほどこ)しかたきは
先(まづ)此法より漸(そろ)々(〳〵)入へし

■【仙府ヵ 注】 佐藤秋齊 著

【注 「仙府」は「仙人の住む所」という意だが、「佐藤秋齊」なる人物は裏表紙(コマ16)の記載から仙台に住している人のようなので、懸けているのでは。また次の15コマに「遷府」と記載あり、「センプ」にこだわっているよう。】

【右頁】
遷府佐藤秋齊
【左頁】
佐藤良逸
蔵書

【裏表紙】 
奥州仙台住ノ佐藤秋齊

広益秘事大全

【表紙】
【題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全三.巻中ノ一

《割書:民家|日用》広益秘事大全 三

【右丁 白紙】

【左丁頭書】
【挿絵】

【左丁本文】
《題:《割書:民家(みんか)|日用(にちよう)》広益秘事大全(くわうえきひじだいぜん)巻中(まきのちゅう)》
即効妙薬類第二
 ○難産(なんざん)せざる方(はう)
一 婦人(をんな)の子(こ)を産(うむ)は天地(てんち)自然(しぜん)の常道(じやうだう)なれば
養生(やうじやう)の方(みち)を知(し)る時は絶(たえ)て難産(なんざん)といふ事は
あるまじき理(ことわり)なりされば今(いま)これを薬方(やくはう)の
部(ぶ)に入るべきにはあらねど世間(せけん)たま〳〵難産(なんざん)
の人あるに依(よつ)て医家(いか)にも亦(また)産科(さんくわ)を別(べつ)に論(ろん)
ずる故に其 意得(こゝろえ)を二ッ三ッ書記(かきしる)して辺土(へんど)
医(い)に乏(とも)しき民家(みんか)の一助(いちぢよ)とす凡(およそ)世(よ)に難産(なんざん)あ

【枠外】
広益秘事大全    五十一   中の上

【角印】帝国図書館蔵
【角印】白井光
【丸印】帝国 昭和十五・一一・二八・購入

【右丁頭書】
萬染物之法(よろづそめもののほう)
古(いにしへ)の代(よ)には紺屋(こんや)といふもの乏(とぼ)
しかりしかば常(つね)に着(き)る衣服(いふく)な
どをも皆(みな)銘々(めいめい)の家(いへ)にて手染(てぞめ)
にしたりし也今かく太平(たいへい)久(ひさし)く
して有難(ありがた)く辱(かたしけな)き世(よ)に生(むま)れた
る人はさやうの事を心得(こゝろえ)ん物
ともおもはねど片田舎(かたいなか)の婦人(ふじん)
などは心得(こゝろえ)おきて益(えき)ある事
多(おほ)かるべし依(よつ)てそのあらまし
を左(さ)に記(しる)す
○黒染(くろぞめ)は下地(したぢ)を楊梅皮(やまもゝのかは)に
て七八へんほど返(かへ)しそめ其上
に泥(どろ)をぬりて日にほすべし
下地(したぢ)の濃(こ)きほど色(いろ)くろし
布(ぬの)壱反(いつたん)に山もゝの皮(かは)一斤半(いつきんはん)ば

【左丁頭書】
かり用ひてよし
又方 下地(したぢ)を紺色(こんいろ)によくそめ
乾(かわか)し好(よき)墨(すみ)をほどよく薄(うす)く
すりてたらひに入れ布(ぬの)をひたし
巻染(まきぞめ)にししいしを以(もつ)てよく
張(は)り日にほしてかねて濃(こ)く摺(すり)
置たる好(よき)墨(すみ)に葛(くず)のりをよき
ほどに煉(ね)りかたまりのなきやう
にして墨(すみ)にまぜ刷毛(はけ)にて
布(ぬの)のおもてにひきかわきたる時
その上に酌(しやく)にて水を多(おほ)くそゝ
ぐべし色(いろ)甚(はなは)だうるはしく
黒(くろ)くなりて他(た)の物へ墨(すみ)うつら
ず是いにしへの墨染(すみぞめ)の法なり
墨(すみ)よからねば色わろし惣(すべ)て
くろき物の糊(のり)は葛(くず)を用ゆべし
のりのあと少(すこ)しも見えず

【右丁本文】
るは世(よ)の難産(なんざん)の沙汰(さた)を聞て産婦(さんふ)みづから
心遺(こゝろづか)ひして惑(まど)へると其(その)父母(ちゝはゝ)夫(をつと)なども殊(こと)なる
一大事(いちだいじ)ぞと思ひてさま〳〵のわざくれをして
いよ〳〵産婦(さんふ)を恐(おそ)れしむるが第一(だいいち)にて次(つぎ)には
産(さん)する時 看病(かんびやう)に付たる人 或(あるひ)はとりあげ婆々(ばゝ)
などの不功者(ふこうしや)なる誤(あやまり)より難産(なんざん)にいたる事 多(おほ)し
よく〳〵意得(こゝろえ)おきて少(すこ)しも驚(おどろ)くべからずまた
少しも驚(おどろ)かすべからず懐妊(くわいにん)せし最初(はじめ)より
聊(いさゝか)もその事を心にかけず平生(へいせい)のなすべき業(わざ)
をつとめて身(み)をはたらかし心を屈(くつ)せずして臨(りん)
月(げつ)にいたるべし仮令(たとひ)一月二月 延(のぶ)る事ありとも
更(さら)に心にかけず自然(しぜん)にまかせて捨(すて)おくべし
かくのごとくする時は決(けつ)して難産(なんさん)はあるまじき也

【左丁本文】
【挿絵】

【欄外】
特1 206
【枠外】
広益秘事大全

【枠外】広益秘事大全
【右丁頭書】
○檳榔子染(びんらうじぞめ)はどろ染(ぞめ)に粗(ほゞ)同
じくしてどろ染よりはつよく
久しくやぶれず其方
檳榔子(びんらうじ)《割書:六匁》石榴皮(ざくろがは)《割書:六匁五分》
五倍子(ふし)《割書:十八匁》
下地(したぢ)を藍(あゐ)にて空色(そらいろ)にそめ右の
三 種(しゆ)をきざみ水七升五合ほど
入れ五六升ばかりにせんじ四五
へんそめて染あげを砥水(とみづ)に一
夜ひたし明朝(あけのあさ)取(とり)あげよく〳〵
すゝきてほす也
○黒茶染(くろちやぞめ)は下地(したぢ)を藍(あゐ)にて
こくそめ其上をあたらしき山
もゝの皮をせんじて六七へんそめ
その上に泥(どろ)を水にてとき右の
染物(そめもの)を小半時ほど浸(ひた)しおき取
あげほして又 泥水(どろみづ)にひたすべし

【左丁頭書】
【挿絵】
二へんひたせば色(いろ)濃(こ)くなるなり
泥(どろ)につけ巻(まき)てそむべし或は楊梅(やまもゝもの)
皮(かは)を用ひずなしの木のかうを
用ゆるはまされり寒(さむ)き時は泥(どろ)を
熱湯(あつゆ)にてときてそむべし
 世(よ)に大師染(だいしぞめ)などいひて地を
 ほりて其 泥水(どろみづ)にて布(ぬの)を染るに

【右丁本文】
その証拠(しやうこ)は犬(いぬ)猫(ねこ)鶏(にはとり)鼠(ねずみ)の類(るい)つひに難産(なんさん)して
死(しに)たる事なきは無智(むち)なる故に死(し)を畏(おそ)れず唯(ただ)
天然(てんねん)にまかせて気遣(きづか)ひせぬが故(ゆゑ)なりさればと
て見持(みもち)も心持(こゝろもち)も放埓(はうらつ)にして禁忌(きんき)の食物(しよくもつ)をも
いとはず分(ぶん)に過(すぎ)たる力業(ちからわざ)をし手のとゞかぬ物
を及(およ)びごしに強(しひ)てとるなどは態(わざ)と難産(なんざん)を
もとむるが如き物なれば尤(もつとも)慎(つゝし)むべし中にも
懐妊(くわいにん)の後(のち)は夫婦(ふうふ)交合(まじはり)をもかたく戒(いまし)むべし
五月(いつつき)を越(こえ)ては殊更(ことさら)に慎(つゝし)むべしこれに背(そむ)きて
難産(なんさん)となる事 世間(せけん)十にして七八なるべし
そのうへに懐妊(くわいにん)をば病(やまひ)のごとく心得て養生(やうじやう)と
号(がう)して身(み)をつかはず安逸(あんいつ)にして居(を)るゆゑに
食物(しよくもつ)こなれず且(かつ)何ともなきに薬(くすり)をもとめて

【左丁本文】
飲(のみ)などするより胎(たい)をさまたげて却(かへつ)て病(やまひ)を
おこす事あり薬(くすり)は加病(かびやう)なければ決(けつ)してのむ
べからず如此(かくのごとく)してあらば世(よ)に難産(なんざん)といふ事は
あるまじき理(り)を能々(よく〳〵)考(かんが)へおくべきなり
 ○産(さん)をする時の心得(こゝろえ)
一 産(さん)すべき時に臨(のぞ)みて腹(はら)つよくいたむとも
少しも驚(おどろ)くべからず又 立騒(たちさわ)ぎて驚(おどろ)かすばか
らず只(たゞ)生(うま)るべき時に生(うま)るべしと心を安(やす)らかに
もちてあるべきなり時(とき)に至(いた)らざる内はいか程
急(いそ)ぎても生(うま)るゝ物にあらず時(とき)至(いた)らざる内に
しひていきむ故に横子(よこご)逆子(さかご)などの難産(なんざん)と
なる事 多(おほ)し慎(つゝし)むべし生るべき時 来(きた)れば内
よりおのづからいきみを催(もよほ)すもの也その時(とき)みづ

【右丁頭書】
 下地(したぢ)を花色(はないろ)にしてそむれば
 黒(くろ)くなる是(これ)鉄気水(かなけみづ)の泥(どろ)に
 しむものにて珍(めづ)らしき事なし
 これを弘法大師(こうぼうだいし)の利益(りやく)など
 いひふらしておろかなる民(たみ)を
 まどはす類 度々(たび〳〵)見聞せり決(けつ)
 してだまさるべからず
○江戸茶染(えどちやぞめ)はやまもゝの皮と
はいの木の葉(は)とをせんじ五六
へんほど染(そめ)てあげさまに布(ぬの)一反(いつたん)に
明礬(みやうばん)の粉(こ)を茶一ふくほどかき
まぜ染るときは茶(ちや)の色少し
黄(き)ばみこげ色となる
○こび茶染(ちやぞめ)は下地は右に同じ
染あぐる時 緑礬(ろくばん)を茶一ふく
ほど入るゝ也又 泥(どろ)にひたしても
同じ事なれど少しよわし

【左丁頭書】
○兼房染(けんばうぞめ)はした地を濃(こ)きは
ないろにしてその上を山もゝの皮
にて三べんそめ又 藍(あゐ)にて一へん
そめ又山もゝにてそむるなり
○びろうど染は下地をこき花(はな)
いろにそめ其上をかりやすを
せんじてそむべし藍(あゐ)びろうど
ともいふ色なり
○梔子(くちなし)ぞめはくちなしの皮(かは)も
実(み)もこまかにきざみ一夜(ひとよ)水に
ひたしよくもみて後 布袋(ぬのぶくろ)に
てこし滓(かす)をさりてそめ物を
つけ一夜おきてあくる日 絞(しぼ)り
あげ糊(のり)をつけきぬのうらを日
おもてにしてほす也日によく〳〵
ほさゞれば梅雨(つゆ)のうちに色(いろ)変(へん)
じてあしくなるもの也

【右丁本分】
からもいきみて力(ちから)を添(そふ)べし介抱(かいはう)する人も
日比(ひごろ)よく〳〵心得おきて次第(しだい)を誤(あやま)るべからず
たとひ横子(よこご)逆子(さかご)等(とう)の難産に及(およ)ぶともその
法(ほう)を以(もつ)て心(こゝろ)静(しづか)に直(なほ)すときは事(こと)もなきもの
なり然るを笑止(しやうし)がほに驚(おどろ)き騒(さわ)ぎて産婦(さんふ)
をおどろかせば竟(つひ)に大事となること多(おほ)し
たゞ世上(せじやう)のいさぎよき物語(ものがたり)などして産婦(さんふ)の心
を引たて勇(いさ)め励(はげま)し其 療法(れうほう)を盡(つく)すときは
死(し)すべき命(いのち)も全(まつた)かるべし是(これ)産(さん)は病(やまひ)にあらざる
ものなれば生(いき)る方(かた)が常道(つねのみち)にして死(しす)るは変(へん)なり
この理(り)をよく〳〵思ふべしされども産(さん)の時水
まづ下(くだ)り子がへりしても隙(ひま)どるは気 血(けつ)の弱(よわ)き
ゆゑなればさやうの時は薬(くすり)を用(もちひ)て気血(きけつ)を助(たす)く

【左丁本文】
べしまた平生(へいぜい)気力(きりよく)よわき人は産(さん)の前後(ぜんご)共々
獨参湯(どくじんたう)の類を少し用ひて補(おぎな)ひ助(たす)くるもよし
生質(うまれつき)つよき人は薬(くすり)をのむべからず若(もし)医者(いしや)
を招(まね)かばかねて良医(りやうい)を撰(えら)びて特(たの)みおくべし
拙(つたな)き医者(いしや)は妄(みだり)に無益(むやく)の薬(くすり)を與(あた)へて害(がい)を
なす事などもあるべし
 ○難産(なんざん)にて久しく生(うま)れざる時の薬
一 難産(なんざん)にて久しく子の生れぬ時は雲母(うんも)の
粉を温酒(あたゝめざけ)にときまぜて口に入るべし忽(たちま)ちに
生(うま)るゝ事妙なり又方(またはう)
 当帰(たうき)《割書:三匁》 川芎(せんきう)《割書:一匁》煎(せん)じ用ゆ胞衣(ゑな)おり
ざるには冬葵子(とうきし)をくはへあと腹(はら)痛(いた)むには延(えん)
胡索(ごさく)を加(くは)へ気(き)のぼりふる血(ち)下(おり)ず気(き)を失(うしな)ふには

【右丁頭書】
○七りやう染 赤(あか)きい色なり
木綿(もめん)壱反そむるに蘓枋(すはう)五十匁
黄蘗(きわだ)十五匁山もゝの皮十五匁
こえ松十五匁くれ竹(たけ)の葉(は)十三匁
明礬(みやうばん)七匁右六色を飯椀(めしわん)に水
六はい入れ三ばいにせんじさて
二 番(ばん)せんじには七はい入れ三 盃(ばい)
にせんじ三 番(ばん)には水八はい入れ
三はいにせんじさて一番二番三
ばんともひとつにあはせ明(みやう)ばんを
粉(こ)にして入れ三へんそむる也
○かしは染(ぞめ)は黒色(くろいろ)也久しく
なりても色(いろ)変(へん)ぜず又よわくも
あらず其方 柏(かしは)の葉(は)を多(おほ)く
とりて濃(こ)くせんじ布帛(ぬのきぬ)を簇(しい)
子(し)にてはりて右のせんじ汁を
数十 遍(へん)はけにて引 其後(そのゝち)泥(どろ)にて

【左丁頭書】
一時(ひとゝき)あまりひたしおきてあらひ
おとすなり
○正平(しやうへい)小紋(こもん)ぞめの法
荏油(えのあぶら)壱升 密陀僧(みつだそう)十匁
滑石(くわつせき)一匁 明礬(みやうばん)一匁《割書:各粉|にして》
軽粉(けいふん)一匁 右 荏(え)の油にいれ
かきまぜいかにもぬるき火にて
一日も煎ずへし若(もし)火(ひ)つよければ
こげつくゆゑ油断(ゆだん)なく底(そこ)を
かきまぜてねるべしよき時分(じぶん)に
藁(わら)のくきを油(あぶら)の中にたてゝ
見しばらく立(たち)てあるほどの時を
よき時とす又 泡(あわ)きえて後(のち)油
を紙(かみ)に付てこゝろみるに多く
ちらぬほどをよしとすさて此油(このあぶら)
をせんじて後 陶(とくり)にいれおきて
入用の時出しつかふべし久しく

【右丁本文】
益母草(やくもさう)を加(くは)ふべし又 胞衣(ゑな)おりざるには萆麻(ひま)
子(し)の皮(かは)を去(さり)すりくだきて足(あし)のうらに付べし
下(くだ)れば洗(あら)ひ去(さる)なり
 ○同 横逆産(よこゞさかご)手足(てあし)先(まづ)出るまじなひ
一 横逆産(よこゞさかご)にて児(こ)の手足(てあし)先(まづ)出る時は其 父(ちゝ)の名(な)
を出したる手足(てあし)にかくべし忽(たちまち)順(じゆん)に生(うま)るゝ也
【挿絵】

【左丁本文】
 ○懐妊(くわいにん)したるを試(こゝろむ)る法
一 芥(もぐさ)を酢(す)にひたし火にかけてかわかし服(ふく)す
べし腹(はら)いためば孕(はら)みたるなりいたまざるは
懐妊(くわいにん)にはあらず
 ○子(こ)腹中(ふくちう)にて死(し)したる時の薬
一 竈(かまど)の下の灰(はひ)のしたのやけ土(つち)を粉(こ)にして三
匁 酒(さけ)にて飲(のむ)べし此方 横子(よこゞ)逆子(さかご)にもよろし
また大豆(まめ)を酢(す)にてせんじてのむもよし
 ○産後(さんご)血上(ちあが)り眩(めまひ)する時の方
一 黒漆(くろうるし)にてぬりたる物を何にても火(ひ)に焼(やき)て
産婦(さんふ)の鼻(はな)へそのけふりを入るべし又 竈(かまど)の下
の土を酒にてのむもよろし
 ○産後(さんご)陰門(いんもん)のひろがりて閉(とぢ)ざる方

【枠外】
広益秘事大全         五十五

【右丁頭書】
【挿絵】
もつもの也この油に絵(ゑ)の具(ぐ)を
まぜて衣服(いふく)にかたをつけて染る
なりかたをつけ絵具(ゑのぐ)をぬる
には小き刷毛(はけ)にてかたによく押(おし)
こみてよし
○同 絵具(ゑのぐ)の用ひやう
赤(あか)は辰砂(しんしや) 黄(き)は雌黄(しわう)

【左丁頭書】
黒(くろ)は油煙墨(ゆえんずみ) 紫(むらさき)は臙脂(ゑんじ)
かきは丹土(につち)青黛(せいたい) 紺(こん)はせいたい
花色(はないろ)はあゐらう桃色(もゝいろ)は白粉(おしろい)辰砂(しんしや)
萌黄(もえぎ)はしわうあゐらう
右いづれも件(くだん)の油(あぶら)にてときて
用ゆ絵具(ゑのぐ)を久しくこしらへ
おくはわろし又 衣服(いふく)の紋(もん)を付る
にもよし洗(あら)ひてもおつる事なし
○梅染(むめぞめ)は梅の木をこまかに
打わりて水にせんじ早稲藁(わせわら)を
黒焼(くろやき)にして右のせんじ汁を
三四へんそゝぎ其 灰汁(あく)にて三
へんそむる也 布(ぬの)一反(いつたん)に水三升
ほど入れ二升二 合(がふ)ほどにせんず
もし渋染(しぶそめ)にする時は右のあく
にて数(す)へんそめて色よくなりし
時うすしぶにて二三べんそむべし

【右丁本文】
一 石灰(いしばひ)壱匁 黄色(きいろ)にいり常(つね)のごとくせんじて
その湯気(ゆげ)にてむしてよし
 ○乳(ちゝ)のやぶれて痛(いた)む方
一 茄子(なすび)のひねたるを焼(やき)てたび〳〵ぬるべし
又 丁子(てうじ)を粉(こ)にして水にて呑(のむ)へし
 ○小児(せうに)乳(ちゝ)を呑(のま)ざる時の妙方
一 小児(せうに)舌(した)をいためて乳(ちゝ)を飲(のま)ざるには天南星(てんなんしやう)
の粉を酢(す)にてとき足(あし)の土ふまずにつけ其上を
紙(かみ)にてはりおくべし忽(たちまち)にのみつくものなり
 ○乳(ちゝ)足(たら)ざる時の方
一 赤小豆(あづき)を水にせんじてのみ又くひてもよし
また胡麻(ごま)に炒塩(いりしほ)少しいれ五七日 食(しよく)すれば
乳(ちゝ)の出る事 泉(いづみ)のごとし

【左丁本文】
 ○小児(せうに)乳(ちゝ)を吐(は)く薬
一 地骨皮(ぢこつひ)一味(いちみ)水にせんじ用ゆべし
 ○孕婦(はらみをんな)の胎(たい)動(うご)きてたへがたき薬
一 懐妊(くわいにん)の婦人(をんな)誤(あやま)ちて交合(かう〴〵)などしたる時
腹(はら)の内うごきて絶入(たえいら)んとする事あり
急(きふ)に砂糖(さたう)を白湯(さゆ)にかきたてゝ飲(のま)すべし
又 葱(ねぎ)の白根(しろね)を濃(こ)く煎(せん)じ汁(しる)をのむべし
また竹瀝(ちくれき)《割書:竹のあ|ぶら也》もよろし
 ○胎漏(たいろう)の薬
一 懐妊(くわいにん)の婦人 産門(さんもん)より血(ち)の下る事あり
房事(ばうじ)をおかして血(ち)下(くだ)るを真(しん)の胎漏(たいろう)と名(な)づく
腹(はら)に痛(いたみ)なけれど捨(すて)おけば堕胎(だたい)にいたるなり
生地黄(しやうぢわう)一味 粉(こ)にして一匁ほど酒(さけ)にて用ゆ

【枠外】
広益秘事大全           五十六

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
○桑(くは)ぞめは桑(くは)の木(き)をよき
ほどに濃(こ)くせんじその汁に
きぬをつけまきてしぼらず
そのまゝに干すべし
○野胡桃染(のくるみぞめ)は野くるみの葉(は)
楢(なら)の木の毬(いが)等分にしあるひは
多少(たせう)あるも又よし野くるみを
加(くは)ふれば色よし楢(なら)ばかりにて
は色(いろ)赤(あか)ばしる也何べんも引
て後 泥(どろ)に二へんつけるなり
但(たゞ)し泥(どろ)一へん付ておとし
又右の汁を引て後どろを
付るもよし下地(したぢ)を藍(あゐ)にて
染るをよしとす
○鼠色(ねずみいろ)にそむるには胡桃(くるみ)の
霜(しも)を用ひてそむるをよし
とす霜(しも)は黒(くろ)やきの粉(こ)也

【左丁頭書】
又方/茄子(なすび)の木をやきて炭(すみ)と
なしよくすりて水にてのべ
色あひは切 ̄レにつけこゝろみて染
べし但(たゞし)酢(す)にてとき染ればつや
ありていろよし
○うこん染はうこんの粉を絹(きぬ)
一反(いつたん)に八両ほど水にいれ茶碗(ちやわん)
に酢(す)を半分ほど入れそむる也
但し二時ばかりつけ置たるが
よし冬(ふゆ)は湯(ゆ)にてそむる
○すす竹(たけ)色は黄土(わうど)をやきて
火になるをうかゞひよくすりて
大豆(まめ)をすりその汁にあはせ石(いし)
灰(ばひ)少し加へ刷毛(はけ)にてひきて
そむべし黒(くろ)みをかくるは墨(すみ)を
少し加ふべし又 阿仙薬(あせんやく)を大豆(まめ)
の汁に合せそむるもよし

【右丁本文】
【挿絵】
また蒲黄(ほわう)を白湯(さゆ)にて飲もよし
○孕婦(はらみをんな)の腹痛(ふくつう)する時の薬
一 塩(しほ)一つまみ紙(かみ)につゝみぬらして炭火(すみび)の中
に入れ焼(やき)て赤(あか)くなりたるを酒(さけ)にかきまぜ
用ゆ黄(き)なる汁(しる)を下すには黄芪(わうぎ)六匁 粳米(うるごめ)五
合水にせんじ用ゆべしまた腰(こし)いたみ引つけ

【左丁本文】
てくるしむ時は艾(よもぎ)を酒(さけ)又は水にてせんじ用ゆ
べし又方
百草霜(ひやくさう〳〵)《割書:なべの|すみ》二匁 椶櫚灰(しゆろのはひ)《割書:箒(はうき)に作(つく)り|たるをやく》伏龍肝(ふくりうかん)
《割書:竈(かまど)の下の|やけ土也》三匁づゝ粉(こ)となし一二匁づゝ白湯(さゆ)に酒
と童便(どうべん)《割書:小供(こども)のせう|べんなり》をさして薬(くすり)をかきたて飲す
べし此方 産前(さんぜん)諸証(しよしやう)に妙なり
 ○はやめ薬
一 滑石(くわつせき)《割書:一匁》 枳穀(きこく)《割書:一匁五分》 甘草(かんざう)《割書:五分》
右三味水にてせんじ用ゆ
 ○崩漏(ほうろう)の薬
一婦人の陰門(まへ)より血(ち)多(おほ)く出るを崩漏(ほうろう)と云
産後(さんご)にまゝある事也 陰門(まへ)をきびしく
閉(とぢ)させおきて騏驎血(きりんけつ)《割書:茶の名|なり》の黒焼(くろやき)をさゆ

【枠外】
         五十七

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
○かはらけ色は右すゝたけ染
をうすくしてそむる也
○柳(やなぎ)すゝ竹は下地を薄浅黄(うすあさぎ)
にそめ其上をかりやすのせんじ
汁にて一へんそめその上を同
し汁に明(みやう)ばん少し加へてとむる
○蘓枋(すはう)染はよきすはうを能(よく)
せんじ唐(から)の明礬(みやうばん)を合せそむ
べし染しるのさめざる内にそめ
よき天気(てんき)にほせば色よし若(もし)
冷(ひえ)たる時は銅鍋(あかゞねなべ)又は土鍋(つちなべ)にて
あたゝめてそむべし鉄鍋(てつなべ)にては
色わろし
○黒とび色は蘓木(すはう)の煎汁(せんじしる)
にて二へんそめその上を楊梅皮(やまもゝかは)
の汁にて二へんそめ又すはう
にて三へんそめ椿(つばき)の灰汁(あく)にて

【左丁頭書】
とめ鉄漿(かね)をかくる也ろうはを
かくるもよろし
○黄茶(きちや)は山もゝの皮にて二返(にへん)
そめその上を椿(つばき)のあくにて
とむるなり
○からちやは下地をすはうの
汁にて一へんそめ其上を山もゝ
の皮にて二へんそめ椿(つばき)の灰汁(あく)
【挿絵】

【右丁本文】
にて飲(のま)すべし又 髪毛(かみのけ)の油(あぶら)をおとして一にぎり
火(ひ)に焼(やき)て灰(はい)とし百草霜(なべずみ)一匁 木綿(きわた)一匁 焼(やき)て灰(はい)
とし酒(さけ)にて飲(のむ)べし
 ○赤子(あかご)の生(うま)れてやがて死(し)するを救(すく)ふ薬
一 初生子(むまれご)速(すぐ)に死(し)するものあり急(きふ)に小児(せうに)の口(こう)
中(ちう)を見るべしひこの前(まへ)上(うは)あごにふくれたる物
石榴子(ざくろのみ)の如きあらば指(ゆび)にてつまみ破(やぶ)り悪(わる)
血(ち)を出し布(ぬの)を以てぬぐひ其後(そのあと)へ髪毛(かみのけ)の
黒焼(くろやき)をふりかくべしわる血(ち)小児(せうに)の喉(のど)へ入れば
たちまち死(し)する也
 ○陰門(まへ)はれたる時の薬
一 唯(ただ)何(なに)となく陰門(まへ)のはれたるには馬鞭(ばべん)桃仁(とうにん)
等分(とうぶん)にしてすりあはせ付べし奇妙(きめう)に治(ぢ)す

【左丁本文】
 ○陰門(まへ)かゆき時の薬
一 陰門(いんもん)のうちしきりにかゆきことあるは虫(むし)の
くらふなりこれをあ洗(あら)ふ薬は
 防風(ばうふう)《割書:三分》 大戟(だいげき)《割書:二分》 艾葉(よもぎのは)《割書:五分》 蓮房(れんばう)《割書:三分》
右せんじてあらふべし若(もし)中(なか)やぶるゝ事あらば
 杏仁(きやうにん) 硫黄(いわう) 麝香(じやかう) 三味等分にして綿(わた)に
つゝみ陰門(いんもん)の中へいれおくべし又たゞかゆき
には蒜(にゝく)一味 水(みづ)にてせんじ度々(たび〳〵)あらふべしまた
胡麻(ごま)一味かみたゞらして付るも妙なり
 ○男(をとこ)にあふごとに陰門(まへ)より血(ち)の出る薬
一 婦人(をんな)によりて交合(かうがふ)するごとに血(ち)出るあり
五倍子(ふしのこ)一味つけてよし又 陰門(まへ)しまりなく
中 冷(ひゆ)るは硫黄(いわう)をせんじて洗(あら)ふべし

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
にてとむるなり
○紅染(べにそめ)の法は湯(ゆ)をよきほど
にとりて紅(べに)をときその中へつ
けおくべし少しばかり間(ま)を置
酢(す)を少しくはへ又しばらくつけ
ておけばよくそまる也
○渋染(しぶぞめ)の法 生渋(きしぶ)一升に水九
升いれたらひにてよくまぜ
生布(きぬの)にてもさらしにても水にて
粘気(のりけ)をおとし右の渋水(しぶみづ)へつけ
よくもみ合せ棹(さを)にかけその下
に渋水(しぶみづ)の入たるたらひをおきて
布(ぬの)をしぼらず干して幾度(いくたび)も
渋水の盡(つく)るまでそめてほす
べし渋色(しぶいろ)むらなくよくそ
まるなり
○藍(あゐ)ぞめは辛灰(からはひ)に蜆殻(しゞみから)の灰(はひ)

【左丁頭書】
少しくはへて灰汁(あく)にたれて
用ゆれば色 至(いた)つてよろし
辛灰(からはひ)とは橿(かし)柞(はゝそ)などの生枝(なまえだ)を
やきたる灰(はひ)の事也
○まがひ紅(もみ)は蘓木(すはう)一■【百ヵ】匁 黄(き)
蘗(わだ)二両 松脂(まつやに)二両ひとつにして
せんじ用ゆれば本も■【みヵ】の色(いろ)に
なるなり其汁四十匁にかりやす
十匁ずみ四十匁みやうばん三匁
をあはせて水二升いれよく〳〵
せんじ幾度(いくたび)もよくそめほして
後こしきにいれてむすときは
本もみのことく染(そめ)あがる也
○紺屋糊(こんやのり)を作(つく)る法 糯米(もちごめ)を
よくしらげて一升少しも滓(かす)の
なきやうに細末(さいまつ)にし蠣(かき)のはひ
二匁二分入れよくまぜて後

【右丁本文】
 ○月水(ぐわつすい)【「つきおもの」左ルビ】のめぐりわろき薬
一 茗荷(みやうが)の根(ね)をきざみて水にてせんじ酒
少しいれて空腹(すきはら)にのむべしまた阿膠(あきやう)の
末(こ)を一匁酒にてのむもよし
 ○同久しく通(つう)ぜず腹(はら)はりたる時の薬
一 白碁(はくばん)蛇床子(じやしやうし)細末(さいまつ)にして醋(す)にて糊(のり)をとき
むくろうじの大さに丸(まる)め紅(べに)を衣(ころも)にかけ絹(きぬ)に
包(つゝ)みて陰門(いんもん)の中へ入べしあつきやうに覚(おぼゆ)る
時取かへてよし又方
唐胡麻(たうごま)一味 細末(さいまつ)にして足(あし)のうらにはりおく
時は早速(さつそく)くだる事妙なり
 ○同月水をのばす方
一 婦人(をんな)は時によりて月水(ぐわつすゐ)を延(のば)さねばならぬ

【左丁本文】
事あるものなり其時は唐胡麻(からごま)を細末(さいまつ)にし
て頭(かしら)の百会(ひやくゑ)《割書:あたまの|まん中也》にはりおく時はいつまでも
月水のびること妙なりいつにても取捨(とりすつ)る時は
直(すぐ)に月水くだるなり但(たゞ)し房事(はうじ)【「カノコト」左ルビ】をいむべし
 ○月水したゞりて止(やま)ざるを治(ぢ)する薬
一月水 多(おほ)く出て止(やま)ざるには阿膠(あきやう)の黒(くろ)やきを
壱匁づゝ酒(さけ)にてのむべし又 乱髪(おちがみ)の黒焼(くろやき)も
よし又 多(おほ)く出 過(すぐ)るを崩血(ほうけつ)といふ熟(じゆく)したる
糸瓜(へちま)としゆろの皮(かは)と等分(とうぶん)黒焼にして酒また
塩湯(しほゆ)にて用ゆべし血(ち)の塊(かたまり)の出るには貫衆(きじのを)
炒(いり)て粉(こ)となし酢(す)にてのみてよし
 ○つはり病の薬
一 妊娠(にんしん)二三ヶ月のころ気色(きしよく)わろく不食(ふしよく)し

【枠外】
広益秘事大全        五十九

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
常(つね)のだんごよりは少しかたく
こね鍋(なべ)にいれなるほどよく煮(に)
ていぼの出来る時火を焼捨(たきすて)に
にしてよくむしおき後に取上(とりあげ)
て何にても器(うつは)にいれさめざる内
にまた蠣灰(かきのはひ)二匁二分 湯(ゆ)少し
ばかりにてとき右の糊(のり)にいれ
よくまぜて用ゆべし但(ただ)し糊(のり)少
き時はさめやすき故のりを先(まづ)
器(うつは)にいれ別(べつ)の器に湯(ゆ)をいれ
右の糊(のり)をいれたる器(うつは)をつけて
まぜてよし
○紋所(もんところ)をつくるには右の紺屋糊(こんやのり)
をかたくして紋(もん)のうへにひき
その上に手水(てうづ)ぬかをふりかけて
ほし其後 布(ぬの)をそむるなり小(こ)
紋(もん)はかたの上より右の糊(のり)を付る也

【左丁頭書】
【挿絵】

【右丁本文】
【挿絵】
嘔吐(ゑづき)し或(あるひ)はさま〴〵の物をくひなどするを俗(ぞく)に
つはりと云その時に用る薬
 香附子(かうぶし) 藿香(くわくかう) 甘草(かんざう) 三味 等分(とうぶん)に
合せ細末(さいまつ)とし二匁ヅヽ熱湯(あつゆ)にいれて塩(しほ)少し
入れかきまぜてのむべし忽(たちまち)快(こゝろよ)くなる也

【左丁本文】
 ○血(ち)の道(みち)黒(くろ)薬
一 川芎(せんきう) 当帰(たうき) 益母草(やくもさう)
右三味 黒焼(くろやき)にして時々 白湯(さゆ)にて用ゆ婦人(ふじん)
血証(けつしやう)の諸病(しよびやう)に神験(しんげん)あり
 ○婦人(ふじん)帯下(こしけ)しら血(ち)なが血の薬
一 香附子(かうぶし) 阿膠(あきやう) 反鼻(はんび) 三味 黒焼(くろやき)にして
大黄(だいわう)の粉(こ)にあはせ酒(さけ)にて用ゆ又方
香附子(かうふし)《割書:大》 芍薬(しやくやく)《割書:中》 阿膠(あきやう)《割書:中》 乾姜(かんきやう)《割書:小》
甘草(かんざう)《割書:小》  右五味水にてせんじ用ゆ
 ○痔(ぢ)の薬
一 蕎麦粉(そばのこ)を日に三度水をかへ寒(かん)ざらしに
したるを鳥(とり)もちにて丸(ぐわん)じそばの粉を衣(ころも)
として乾(かわ)かし置 服(ふく)すべし又方

【枠外】
広益秘事大全

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
萬(よろづ)しみ物(もの)おとしの方(はう)
○梅雨(つゆ)のうちなどに衣服(いふく)かび
て色の付たるは冬瓜(かもうり)の汁に浸(ひた)
し洗(あら)ふべし跡(あと)なくおつる也また
枇杷(びは)の核(さね)をくだき粉(こ)にして
あらへばかびおのづからさるなり
又 梅(むめ)の葉(は)をせんじあらふも
よし
○衣服(いふく)に墨(すみ)のつきたるには
こくねりたる膠(にかは)をぬりて乾(かわ)き
たる時其にかはをとれば墨(すみ)は
膠(にかは)につきておつるなり又 白朮(びやくじゆつ)
のせんじ汁或は半夏(はんげ)の煎汁(せんじしる)
米酢(こめす)をせんじてあらふもよし
又方 口中(こうちう)に塩(しほ)少し入水をふく
みて黒(くろ)みたる処をふくみあらふ

【左丁頭書】
また杏仁(きやうにん)をかみくだきて洗(あら)ふ
もよし又 棗(なつめ)をかみてすり付
冷水(ひやみづ)を以て洗(あら)ふ或は飯(めし)をすり
つけてあらふ尤(もつとも)妙(めう)なり又方
杏仁(きやうにん)茶子(ちやのみ)等分(とうぶん)細末(さいまつ)にし汚(けが)れ
たる處にふりかけ熱湯(にえゆ)を以て
洗(あら)ひおとしてよしまた天南星(てんなんしやう)
の新(しん)に取たるをもつて墨(すみ)の上
をしきりにすれば墨(すみ)じねんと
おつるなり
○衣(きぬ)に油(あぶら)のつきたるには若竹(またけ)の
虫(むし)くそをひねりかけ紙(かみ)をへだ
てゝ火のしをかくべし火つよき
はよろしからず又 石膏(せきかう)を焼(やき)て
くだき粉(こ)にしてふるひかけ重(おも)き
物をおしにかけ一夜(いちや)おくときは
油気(あぶらけ)なくなる也 新石灰(しんいしばひ)もよし

【右丁本文】
一 木龞子(もくべつし) 五倍子(ごばいし)《割書:各等分》粉(こ)にしてひねり
かけてよし痛(いた)み堪(たへ)がたきときは梓(あづさ)桐(きり)の枝(えだ)
葉(は)ともに煎湯(せんたう)にして洗(あら)ひてよし又方
稀薟草(きれんさう) 蓮根(れんこん)を煎(せん)じてよく〳〵あらへば
いゆること妙なり又方
一 蓮(はす)の花(はな)のしべをとりて陰干(かげぼし)にして貯(たくは)へ置
日に三度ほど呑(のむ)べし年(とし)久(ひさ)しき痔疾(じしつ)にても
愈(いゆ)ること奇妙(きめう)なり又 鶏(にはとり)の糞(ふん)を水にて
せんじ用るもよし
 ○疥癬(ひぜん)の薬
一 雷丸(らいぐわん)《割書:十五匁》生脳(しやうのう)《割書:四匁》明礬(みやうばん)《割書:四匁》水銀《割書:一匁》
 胡桃(くるみ)《割書:五ッ》朝倉山椒(あさくらさんしやう)《割書:廿五粒》
右いづれもよく合(あは)せつぎにつゝみひぜんに摺(すり)

【左丁本文】
【挿絵】
つくるなり七日のうちにいゆる事妙なり又
苦参(くしん)一両せんぶり少しをよくせんじひぜん
を洗(あら)ひて湯(ゆ)の花《割書:温泉(いでゆ)より|いづるもの也》をすり付 布(ぬの)ぎれに
て包(つゝ)みおきむしてよし鍋(なべ)をあたゝめ置て
さめぬやうにしてよろし又 何首烏(かしゆう)艾(よもき)
葉(のは)等分(とうぶん)水(みづ)にてせんじあらふべし又 青蒿(かはらよもぎ)

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
又/海蘿(ふのり)をときてみそ汁にて
せんじあらふ又/蕎麦粉(そばのこ)を上
下にしき紙(かみ)をへだてゝのすべし
或はにえ湯(ゆ)に紫蘇(しそ)をいれて
あらひ又は小麦粉(こむぎのこ)を水にとき
てぬればおつるなり
何にても水に入がたき物に油(あぶら)
の付たるは滑石(くわつせき)の粉(こ)をその上に
ふりかけ又其上に紙(かみ)を敷(しき)て
火のしにて幾度(いくたび)ものすべし
木綿(もめん)に油付たるは小麦(こむぎ)の粉に
て右のごとくすべし又/滑石(くわつせき)と
天花粉(てんくわふん)との細末(さいまつ)を汚(けが)れたる
処をあぶりてかけふるひおとし
てもよし度々(たび〳〵)すればあとなく
おつるなり
○蝋(らう)のつきたるには熱灰(あつはひ)を紙(かみ)に

【左丁頭書】
つゝみてのすべし少しばかりの
事ならばやけ火箸(ひばし)にてあぶりて
ふきとるべし
○衣類(いるい)に黄泥(あかどろ)のつきたるには
生姜(しやうが)をおろししぼり汁を取(とり)
あらふべし
○同/絵具(ゑのぐ)のつきたるは杏仁(きやうにん)を
かみくだきてぬりつけ水(みづ)を(もつ)以て
【挿絵】

【右丁本文】
の実(み)をせんじて洗ふもよし又/胡麻(ごま)をかみ
たゞらしてすり付るもよしまた硫黄(いわう)の末(まつ)
を玉子(たまご)にまぜせんじつめ胡麻油(ごまあぶら)にてとき
つけてよし
 ○薬湯(くすりゆ)の方
一/艾葉(よもぎのは)《割書:十匁》 肝木(かんぼく)《割書:十匁》 二味/袋(ふくろ)にいれよく
せんじ居風呂(すゑふろ)にして洗(あら)ふべし男の疝気(せんき)
女の帯下(こしけ)腰(こし)膝(ひざ)のいたみ打身(うちみ)等によし
 ○雀薬(すゝめくすり)の方
一/寒雀(かんすゞめ)《割書:二十羽》 氷砂糖(こほりざたう)《割書:一斤》 古酒(こしゆ)《割書:一升》 右三味
炭火(すみび)にかけとろ〳〵とせんじつめ飴(あめ)のごとく
なりし時上おきて少しづゝ服用(ふくよう)すべし第一
腎精(じんせい)をまし気力(きりよく)をつよくす

【左丁本文】
 ○疥癬湯(ひぜんゆ)薬
一/大黄(だいわう) 當皈(たうき)《割書:各十銭》  前胡(ぜんこ) 蒼朮(さうしゆつ) 厚朴(ろうぼく)
 羗活(きやうくわつ) 山皈来(さんきらい)《割書:各五銭》 桂枝(けいし)《割書:四銭》 忍冬(にんどう)《割書:廿五銭》
 湯花(たうくわ)《割書:六十銭》 紫蘇(しそ)《割書:十五銭》 芍薬(しやくやく)《割書:四十銭》
右こまかに剉(きざ)み二ッに分/布袋(ぬのふくろ)にいれ居風呂(すゑふろ)
にいれあつき時もみ出し第(だい)四る【日ヵ】めに薬(くすり)を入かへ
七日/浴(よく)すべしひせんをおひ出してさつそく
直るなりすべて疥癬(ひぜん)は附薬(つけぐすり)にてはおひ込
ことありよく出して後に薬湯(くすりゆ)に入べし
又/鼠(ねずみ)の黒焼(くろやき)を服(ふく)すれば大に腫物(しゆもつ)をおひ
出して早くなほる也鼠(ねずみ)をやきて喰(くら)ふはいよ〳〵
よろし
 ○陰癬(いんきん)の妙薬

【枠外】
広益秘事大全      六十二

【枠外】
 広益秘事大全
【右丁頭書】
あらふべし又 膠(にかは)をせんじ絹(きぬ)に
ひたしおきて半日(はんにち)ほどして湯(ゆ)
にてあらへばよくおつるなり
○たばこのやにの付たるには
西瓜(すいくわ)の汁にてあらふべしもし
すいくわなき時は冬瓜(かもうり)にてもよし
又 西瓜(すいくわ)のさねをかみくだきて洗
ふもよし又みそ汁にてあらふ
もよし
○鉄漿(おはぐろ)のつきたるには米醋(こめのす)を
せんじてあらふべし又 茶(ちや)にて
あらふもよし
○血(ち)の付たるは生姜(しやうが)をうすく
へぎて上におけば血(ち)うつりて
おつるなり又 白(しろ)き物に付たるは
燈心(とうしん)を唾(つばき)にてぬらしてすれば
おつる又 冷水(ひやみづ)にて直(ぢき)にあらふもよし

【左丁頭書】
又 生半夏(しやうはんげ)をすりて付 洗(あら)ふ
もよし瘡(かさ)の膿血(うみち)の付たるには
此法もつともよし魚(うほ)鳥(とり)の血(ち)
のつきたるは蕪(かぶら)の汁にてあらふ
べし
○灸瘡(きうあと)のうみ血(ち)のつきたるには
膠(にかは)の汁にてあらへばおつるなり
○衣服(いふく)に漆(うるし)のつきたるには
杏仁(きやうにん)山椒(さんしやう)等分(とうぶん)にしてくだきて
ぬりつけあらふべし又ごまの油
にてあらひ次に皂角(さうかく)にてあらふべし
又みそ汁にてあらふもよし
又方 蟹(かに)をすりつぶしてあらふ
べし其あとを杏仁(きやうにん)にてあらへば
跡なくおつる也
○魚(うを)鳥(とり)のあぶら付たるは栗(くり)と
米(こめ)とをかみくだきぬり付て水に

【右丁本文】
一 大楓子(だいふうし) 大黄(だいわう) 雷丸(らいぐわん)三味粉にして酢(す)に
てとき付ること二三 度(と)にして治(ぢ)す又方
荊芥(けいがい)《割書:一匁五分》大黄(だいわう) 硫黄(いわう) 槐花(くわいくわ)《割書:一匁ツヽ》
当皈(たうき)《割書:二匁》 丹礬(たんはん)《割書:五分》
右六味水にてせんじ度々(たび〳〵)洗(あら)ふべし但(ただ)し
陰癬(いんきん)もおひこめば害(がい)をなすものなれば附薬(つけくすり)
などせば必(かならず)発表(はつへう)の剤(くすり)を飲(のむ)べし
 ○発泡(はつほう)の薬
一 豆斑猫(まめはんみやう)一味 粉(こ)にして和(やは)らかなる油薬(あぶらくすり)に
まぜ或(あるひ)は梅干(むめぼし)にすりまぜてたむし瘡(がさ)銭瘡(ぜにかさ)
ひぜんのよりなどに張付(はりつく)べし一夜ほどすれば
水ぶくれにふくれる也其時 鍼(はり)にてやぶり
水(みづ)をいだし上皮(うへかは)をとればあとなく愈(いゆ)るなり

【左丁本文】
もし甚(はなはだ)しきは二度三度もはりかへてよし
此方(このはう)近来(ちかごろ)おらんだ流(りう)の医者(いしや)多(おほ)く用ゆる法
なりもろ〳〵の痛處(いたみしよ)の上にすれば気(き)を漏(もら)
し痛(いたみ)を和(やは)らげ治(ぢ)する事妙なり
 ○小児(せうに)五疳(ごかん)の薬
一 合歓皮(ねむりぎのかは) 車前子(おほばこのみ) 二味酒にひたして
【挿絵】

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書」】
てあらふべしまた石灰(いしばひ)のあく
もよろし
○紅染(べにそめ)のきぬちりめんに油の付
たるはつねのごとく洗へば色さめ
てあしくなる也 酸漿草(かたばみ)と皂角(さうかく)
のせんじ汁にてあらふべしこれへ
少し油を加(くは)ふればます〳〵よく
おつるなり色かはることなし
○酢(す)酒(さけ)醤油(しやうゆ)の衣服(いふく)に付たる
は蓮(はす)の根(ね)をすりつけて洗(あら)へば
跡(あと)なくおつるなり
○渋(しぶ)のつきたるは燈心(とうしん)の煎汁(せんじしる)
にてあらふ又かつをぶしのせんじ
汁にてあらふもよしまた麻(あさ)の
茎葉(くきは)を灰汁(あく)にたれてすゝぐべし
○黐(とりもち)のつきたるは早稲藁(わせわら)の灰(あ)
汁(く)にてあらふべし

【左丁頭書】
○糞(ふん)に汚(よご)れたるをあらふに
は衣服(いふく)を土中(どちう)にうづみおき
一日 過(すぎ)てとり出しあらへば少し
も穢(けが)らはしき事なし
○天鵞絨(びらうど)の垢(あか)をおとすには
餅(もち)にてすりておとすべし此方
墨(すみ)をおとすにもちらずしてよし
○紋所(もんどころ)のしみ物をおとすには
紋のところを竹(たけ)の筒(つゝ)などに
はりて水中にいれおき柚(ゆ)の皮(かは)
にても実(み)のふくろにても持(もち)て
ひたものすればおつるなり惣(さう)じて
外(ほか)の処へ水気(すゐき)のちらぬやうに
あらふにはみなかくのごとく竹筒(たけのつゝ)か
酌(しやく)のがわなどにはりてあらふべし
○白むくはよき天気(てんき)に日にほし
てすぐに日向(ひなた)にて天鵞絨(びろうど)の切(きれ)

【右丁本文】
後 黒焼(くろやき)にし鰻鱺(うなぎ)のやきたるにぬりつけて
あたふべし大に効(こう)あり
 ○蚘虫(くわいちう)のくだし薬
一 海人草(まくり)《割書:大》 大黄(だいわう)《割書:中》 蒲黄(ふわう) 甘草(かんざう) 山椒(さんしやう)《割書:小》
右五味水にてせんじ用ゆ蚘虫(むし)下りて即効(そくこう)
あり海人草(まくり)大黄(だいわう)二味粉にして丸薬(ぐわんやく)とし
用るも又よろし
 ○諸(もろ〳〵)の毒(どく)に中(あた)りたる時(とき)の薬(くすり)品々(しな〴〵)
一うどんを喰過(くひすぎ)て中(あた)りたるには大根(だいこん)の絞汁(しぼりしる)
を多(おほ)く飲べし又 山椒(さんせう)もよし
一 餅(もち)を多く食(くら)ひたるにも大根(だいこん)のしぼり汁
よろし大根(だいこん)は諸(もろ〳〵)の飽満(はうまん)にいづれもよろし
一 蕎麦(そば)の毒(どく)にあたりたるは楊梅皮(やまもゝのかは)を末(まつ)と

【左丁本文】
して白湯(さゆ)にてのむべし又 萩葉(はぎのは)をせんじ
用ゆるもよし九年母(くねんぽ)の皮(かわ)もよろし
一 豆腐(とうふ)に中(あた)りたるにも大根(だいこん)の汁よしまた
杏仁(きやうにん)を搗(つき)て服(ふく)すべし
一 諸(もろ〳〵)野菜(やさい)の毒(どく)に中りたるには葛(くず)の根(ね)を掘(ほり)
とりて水に煮(に)て汁(しる)をのむべし又 胡麻油(ごまのあぶら)人乳(ひとのちゝ)
童便(こどものせうべん)いづれもよろし
一 茶(ちや)にあたりたるは砂糖(さとう)甘草(かんざう)など宜(よろ)し梅(むめ)も
よし酢(す)もよし
一 竹(たけ)の子(こ)の毒(どく)に中りたるは蕎麦(そば)の殻(から)を煮(に)て
其汁を多(おほ)くのむべし生姜(しやうが)胡麻(ごま)もよし
一 木実(きのみ)瓜(うり)の類の毒(どく)にあたりたるには肉桂(にくけい)一味
濃(こ)く煎(せん)じてのむべし

【枠外】
広益秘事大全     六十四

【枠外】
  広益秘事大全
【右丁頭書】
にてすりてふくべし
○すべて染物類(そめものるい)鹿子(かのこ)等(とう)に物
のしみたるは流(なが)れ川にてあらふ
べし白きものは木槿(むくげ)の葉(は)をも
みつけてあらへばしみものよく
おちて葉(は)の青(あを)みはつかぬ也
○漆紋(うるしもん)をおとすには海蘿(ふのり)を
ときてあらふべし久しくふりても
よくおつる也
○紋所(もんどころ)のうるみたるは橙実(だい〳〵)の
汁をしぼり紋所(もんどころ)にぬりてぬれ
たるうちにうどん粉(こ)をふりかけ
干(ほし)てはらひおとすべししみ物
あかの類(るい)こと〴〵くおつるなり
○藍染(あゐぞめ)の色をぬくには石灰(いしばひ)を
あくにたれ絹(きぬ)をいれて煮(に)れば
白絹(しらきぬ)となるなり

【左丁頭書】
○茶染(ちやぞめ)の色をぬくには酒(さけ)に
水少しさして煮(に)ればぬけて
もとの白地(しらぢ)となる也
○黒(くろ)き絹(きぬ)を洗(あら)ふには濃(こ)く煎(せん)
じたるくちなしの汁にてあらふ
べし色よくなる也又 風(かぜ)ふく日に
黒糸(くろいと)のぬひ物すれば糸(いと)のつや
おつるなり心得おくべし
○茶色(ちやいろ)の衣に白(しろ)きほし出たる
は烏梅(うばい)をこくせんじて筆(ふで)にて
ほしのうへをぬればもとのごとく
に色(いろ)なほる也
○羅(ら)せいたの垢(あか)をおとすは新(あたら)し
き草履(ざうり)のうら又はわらづのう
らの毛(け)にてそろ〳〵とすれはよく
おつるなり
○衣(きぬ)の垢(あか)を灰汁(あく)にてあらふは

【右丁本文】
一 西瓜(すいくわ)に中(あた)りたるは番椒(たうがらし)を水にひたしてその
汁を飲てよし甜瓜(まくはうり)に中りたるは塩(しほ)を湯(ゆ)に
かきたてゝ吞(のむ)べし酒もよし
一 菌蕈(くさびら)【「タケ」左ルビ】の毒(どく)にあたりたるには地(ぢ)を掘(ほり)て水を
そゝぎ入れかきまぜ其水の澄(すむ)をまちて多(おほ)く
飲(のむ)べし又 古壁(ふるかべ)の土(つち)を湯(ゆ)にたてゝすまして飲
もよろし又ごまの油(あぶら)もよし山梔子(くちなし)を剉(きざ)
みて水にて飲もよろし又 茶(ちや)の芽(め)を粉となし
水にてのむもよし甚(はなはだ)しきに至(いた)らば人(ひと)の糞(ふん)
汁(じう)を飲べし此方(このはう)一切(いつさい)の毒(どく)に中りたるに大に
妙なり又 松茸(まつたけ)にあたりたるは豆腐(とうふ)を食(くひ)て
よろし又 茄子(なすび)もよく毒を解(げ)する也
一 酒(さけ)の毒(どく)にあたりたるには菉豆(やへなり)また赤小豆(あづき)

【左丁本文】
などよろし菘菜(あをな)の煮汁(にしる)生藕(なまばすのね)の汁もよし
葛(くず)の花 九年母(くねんほ)の皮(かは)桑椹(くはのみ)沙糖(さとう)いづれもよろし
また眼子菜(がんしさい)【「ヒルモ」左ルビ】を焼(やき)て灰(はひ)となして服(ふく)すせんじて
用るも妙なり
一 焼酎(しやうちう)に中りたる人に冷水(ひやみづ)を飲(のま)しむべからず
のめば忽(たちまち)に死(しす)るもの也 温湯(あたゝかなるゆ)の中へいれて体(からだ)を
あたゝむれば毒(どく)おのづから解(げ)す又 赤躶(はだか)になり
てころ〳〵ところげ廻(まは)れば吐却(ときやく)して愈(いゆ)る也
又方 好錯(よきす)を二三 盃(はい)のむもよし大根の汁 胡瓜(きうり)
甜瓜(まくは)の搗汁(つきしる)葛湯(くずゆ)甘草(かんざう)の粉などいづれも妙也
一 油(あぶら)あげものに中りたるは九年母(くねんほ)の皮(かは)せんじ用ゆ
一 諸(もろ〳〵)の魚毒(ぎよどく)に中りたるには干鮝(ひずるめ)を水に煎(せん)し
て服すべし又 冬瓜(かもうり)をすりて汁をのむもよし

【枠外】
広益秘事大全          六十五

【右丁枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
常(つね)の事ながら物によりては悪(あし)
くなる事あり皂角(さうかく)のせんじ汁
又は合歓木(ねふりぎ)の葉(は)をせんじてあら
ふべしまた芋(いも)の煎汁(せんししる)にて洗へは
白くなる事 玉(たま)のごとしまた
茶実(ちやのみ)をつきくだきてあらへば
油気(あぶらけ)をさるなり
○頭巾(づきん)をあらふは沸湯(にゑゆ)に塩(しほ)を
いれてもみあらふべし又あつき
うどんの湯(ゆ)にてあらふもよし
○紅莧(あかひゆ)にて生麻布(きぬの)をにれば
色(いろ)雪(ゆき)のごとくなる
○色の黄(き)なる絹(きぬ)は鶏(にはとり)の糞(ふん)に
て煮(に)れば白くなる也又 唐鳩(たうはと)
のふんもよろし
○畳(たゝみ)に墨(すみ)のこぼれたるを
水にてふけば墨(すみ)畳(たゝみ)の目(め)へしみ

【左丁頭書】
こみて見ぐるしくなる也 其侭(そのまゝ)
捨(すて)おきてかわきたる後 新(あたら)しき
草履(ざうり)にてこすればよくおつる也
○畳(たゝみ)に油(あぶら)のこぼれたるは即坐(そくざ)
に水を多くかくれば油 水(みづ)に浮(うき)
てあがるを拭(のご)ひとるべしされども
少し間(ま)あればおちず其時(そのとき)はそく
ひ粘(のり)をぬり紙(かみ)をふたにして
はりおくべし翌日(よくじつ)紙(かみ)をとれば
畳(たゝみ)に油のあとなし
○衣服(いふく)に酒(さけ)のしみたるに藤(ふじ)の
花(はな)を陰乾(かげほし)にしてたくはへおき
これを其かゝりたる上下にしき
紙(かみ)をあてつよく重石をかけ置
べし藤(ふじ)の花 酒(さけ)の気(き)を吸(すひ)て
すこしも残(のこ)らずおつる事 妙(めう)なり
たゞし多(おほ)く時を過(すぎ)てはわろし

【右丁本文】
また黒大豆(くろまめ)の汁 紫蘇葉(しそのは)のせんじ汁などよし
一 蛸魚(たこ)にあたりたるは海羅(ふのり)を湯(ゆ)にいれてのむべし
たこのみならず何魚(なにうを)にもきく也
一 鰹魚(かつを)の毒(どく)にあたりたるには冷水(ひやみづ)をのむべから
ず炒(いり)たる豆(まめ)の粉(こ)を湯(ゆ)にたてゝ多(おほ)く飲すべし
また《振り仮名:■吾|つはぶき》【注】の葉(は)をせんじ汁をのむもよし又
【挿絵】
【注 「槖(橐)吾」の誤】

【左丁本文】
桜(さくら)の葉(は)をせんじて用ゆ実(み)を喰(くら)ふもよしまた
鉄漿(おはぐろ)をのむもよし
一 河豚(ふぐ)の毒(どく)に中りたるには急(きふ)に鮝(するめ)をくふべし
また青砥(あをと)の磨水(とぎみづ)を多くのむもよしまた藍(あゐ)
の汁をのむもよし絵具(ゑのぐ)の藍蝋(あゐらう)にてもよろし
また白礬(みやうばん)人糞(にんふん)茗荷(みやうが)の根(ね)の汁 木患子(むくろうじ)の
黒焼(くろやき)砂糖(さたう)いづれもよしまた文字(もじ)がはりの
古銭(こせん)を口にふくみて汁を飲(のみ)こむもよし凡(およそ)
河豚(ふぐ)に中(あて)られたるには香(にほ)ひたかき薬などは
用ゆべからず大に害(がい)をなす也
一 蟹(かに)にあたりたるには蓮根(れんこん)の汁 冬瓜(かもうり)の汁
黒豆(くろまめ)の煮汁(にしる)など皆妙也また蒜(にゝく)を水にせんじ
て多(おほ)くのむもよろし

【枠外】
広益秘事大全       六十六

【枠外】
  広益秘事大全
【右丁頭書】
【挿絵】

【左丁頭書】
居宅営作(きよたくえいさく)の概略(おほむね)
家(いへ)は天日(てんじつ)雨露(うろ)をさけて常(つね)に
身(み)を安(やす)んずる與(ため)まてなれば分(ぶん)を
過て美麗(びれい)を好(この)むべからず仮令(たとひ)
金銀(きん〴〵)に富(とみ)たればとて凡人(ぼんにん)として
貴人(きにん)の居室(きよしつ)のごとき事を似(に)す
るは僭上(せんじやう)奢侈(しやし)といふものなれば
慎(つゝし)むべし但(たゞし)掃除(さうぢ)等(とう)はいかにも
念(ねん)をいれて清浄(しやう〴〵)潔白(けつはく)にす
べし是(これ)気(き)を養(やしな)ひ穢気(ゑき)を払(はら)
ふ養生(やうじやう)の方(みち)なれば也又その作(つく)
りかたによりては甚(はなはだ)不勝手(ふかつて)なる
事ともあれば造営(ざうえい)の初(はじめ)より
能々(よく〳〵)考(かんが)へてつくるべしその心得
になるべき事ともを抄出(せうしゆつ)して
こゝに挙(あ)ぐ

【右丁本文】
一 鼈(すつほん)の毒(どく)にあたりたるは胡椒(こせう)よし藍(あゐ)もよし
一 禽獣(きんじう)【「トリケモノ」左ルビ】おのづから死(しに)たる肉(にく)は果(はた)して毒あり若(もし)
これを喰(くら)へばかならず中る也 急(きふ)に胡葱(あさつき)を剉(きざ)
みて煮汁(にしる)をとりひやし冷(ひや)して多く飲べし生韮(なまにら)の汁
蒜(にゝく)の汁皆よく肉毒(にくどく)を解(げ)す又 古壁(ふるかべ)の土(つち)を水
にて服するもよしその外 蘆根(よしのね)の汁 黒豆(くろまめ)の
せんじ汁 眼子菜(ひるも)の汁などいづれも妙なり
一 犬馬(けんば)の肉(にく)は毒ありこれに中(あた)りたる時には
杏仁(きやうにん)一二合 皮(かは)を去(さり)すりつぶし水に入て滓(かす)を
すて汁を飲べし血(ち)下(くだ)りてかならず愈(いゆ)る也
山査子(さんさし)を加(くは)へて煎服(せんふく)するもよろし甘草(かんざう)
もよろしく人乳(ひとのちゝ)もよし
一 蜈蚣(むかで)蜘蛛(くも)の類(るい)誤(あやまつ)て吞(のみ)たるには鶏(にはとり)の冠(さか)の血(ち)

【左丁本文】
をとり吞(のみ)てよし又 猫(ねこ)の涎(よだれ)を取(とり)て解毒(げどく)
の薬(くすり)を送下(おくりくだ)すべし吐(はき)出して解(げ)すべし猫(ねこ)
の涎(よだれ)は山椒(さんしやう)蕃椒(とうがらし)の類からきものを鼻(はな)にぬ
れば涎(よだれ)をおほく吐出(はきいだ)すなり此涎(このよだれ)よろづ
の虫毒(ちうどく)を解(げ)するものなり
一 諸(もろ〳〵)の毒(どく)を解(げ)する薬は犀角粉(さいかくのこ)藍(あゐ)の汁(しる)
ごまの油(あぶら)人糞(にんふん)黒豆(くろまめ)の汁(しる)地(ち)を掘(ほり)て入(いれ)たる
水 臘月(しはす)の雪水(ゆきみづ)杏仁(きやうにん)韮(にら)蒜(にゝく)五倍子(ふしのこ)を酒(さけ)に
たてゝ呑(のむ)細茶(ちやのこ)白礬(みやうばん)を水にて吞(のむ)などいづれも
諸(もろ〳〵)の毒(どく)を解(げ)す
 ○諸(もろ〳〵)金瘡(きんさう)の薬《割書:并》介抱(かいはう)の心得(こゝろえ)
一 凡(およそ)金瘡(きんさう)は血(ち)多(おほ)く出るをいむ小なるは指(ゆび)に
ておさへて血(ち)を出すべからず大なるは燈心(とうしん)を

【枠外】
広益秘事大全        六十七

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
○家(いへ)のひろさは常(つね)を本(もと)とし
客(きやく)ある時は少しせばきほどなるが
よし但(たゞ)し分限(ぶんけん)によりて礼式(れいしき)の
欠(かぐ)るなどはよろしからず器物(うつはもの)を
おく處は随分(ずいぶん)と広(ひろ)きがよし
又少し無用(むよう)の所あるもよし
是(これ)は無用(むよう)の用にて思ひのほか
用(よう)にたつ事あり又 風流(ふうりう)にも見
えておくゆかしきもの也
○家(いへ)はあまりに高(たか)く作(つく)るべからず
風(かぜ)あて強(つよ)くして破損(はそん)おほし又
床(ゆか)は高きがよし湿気(しつけ)をさけ
て病(やまひ)をふせぐ也
○家(いへ)は陽(やう)にむかひ陰(いん)に背(そむ)くべし
是 自然(しぜん)の理(り)なるうへにたがへば
かならず作廻(さくまひ)わろし南(みなみ)は陽(やう)也
北は陰(いん)なり南を表(おもて)にして北を

【左丁頭書】
裏(うら)とすべし家(いへ)の内 明(あき)らかにして
日あたりよく月(つき)にむかひて風(ふう)
景(けい)よしそのうへ夏(なつ)涼(すゞ)しく冬(ふゆ)暖(あたゝ)
かなるものなりその次は東(ひがし)を表(おもて)
とし西(にし)をうらとすべし東は
陽(やう)なり西は陰(いん)なりもし東を
ふさぎて西を明(あく)るときは夏(なつ)は
夕日(ゆふひ)さし入て東風(こちかぜ)入ず冬(ふゆ)は
西風(にしかぜ)吹(ふき)入て朝日(あさひ)ああたらずもし若(もし)
止事(やむこと)を得ずば広間(ひろま)座敷(ざしき)は
西北むきに作(つく)るとも居間(ゐま)は必(かならず)
東南むきにつくるべしこの理(り)
にたがへばかならず勝手(かつて)あしき
ものとしるべし
○山岸(やまぎし)にそへて家(いへ)を作(つく)るべ
からず湿気(しつけ)人の身(み)を犯(おか)して
毒(どく)となる也三四 間(けん)ほども放(はな)ちて

【右丁本文】
【挿絵】
瘡口(きずぐち)にあてておさへ上を布(ぬの)にてまくべし猶(なほ)
も大なるは焼酎(しやうちう)暖酒(あたゝめざけ)にて洗ふべしもし酒(さけ)
類(たぐひ)なき所ならば早(はや)く小便(せうべん)をしかけてよし
又 人糞(にんふん)をつくるもよし但(たゞ)し人によりては

【左丁本文】
さやうにもなりがたき事あるべしその時は
何にても金(かね)を火(ひ)に焼(やき)て赤(あか)くなりたるにて
瘡口(きずぐち)へ直(ぢき)にチヨイ〳〵とあつべし是にて血(ち)
のとまらぬ事はなきもの也 小創(こきず)は灸(やいと)をす
ゑるもよろし血(ち)とまりたる後は鶏卵(たまご)の
しろみ黄身(きみ)ともにませて布(ぬの)にひたし瘡(きず)を
まき其上を乾(かわ)きたる布(ぬの)にてまきて外科(げくわ)
医者(いしや)の来(きた)るを待(まつ)べし
一 手足(てあし)などの動脈(どうみやく)を切たる時は血(ち)糸(いと)のごとく
はしりいでゝいかにしても止(とま)らぬもの也其時は
腋(わき)の下(した)と股(もも)の付根(つけね)に動脈(どうみやく)ある處を強(つよ)く押(おさ)
ふれば脈(みやく)とまりて血(ち)はしらずその隙(ひま)に血(ち)を
止(とむ)る術(じゆつ)を尽(つく)して瘡(きず)をまきたてゝよし

【枠外】
広益秘事大全

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
【挿絵】
たつべし又あたらしき壁(かべ)の未(いまだ)
乾(かわ)かざるにその壁(かべ)ちかく居臥(きよぐわ)す
べからず中湿(ちうしつ)の憂(うきへ)あるべきなり
ふかくつゝしむべし寝所(しんじよ)居室(きよしつ)
に近(ちか)く池(いけ)みぞをほるべからず
湿気(しつけ)人身(ひとのみ)に入りて毒(どく)となり
家(いへ)もはやく腐(くさ)るなり石灰(いしばひ)の
小池(こいけ)などは水湿(すいしつ)もれざるゆゑに

【左丁頭書】
近(ちか)くともさしたる害(がい)なし
○居間(ゐま)座敷(ざしき)は晴(はれ)やかにして
心(こゝろ)の伸(のぶ)るやうにすべし学問所(がくもんじよ)
茶室(ちやしつ)などは木を植(うゑ)てこもり
やうなるがよし広(ひろ)き間(ま)は折廻(をりまは)し
の板椽(いたえん)つきにして戸内(とうち)の障子(しやうし)
ある処は柱(はしら)なしにすべし雨戸(あまど)を
障子にそへて付(つく)るはわろし必(かならず)
椽(えん)のはしに付べし
○大和天井(やまとてんじやう)といふは篠竹(しのたけ)をよ
くあらひしげく並(なら)べかづらにて
編(あ)みつけ上に筵(むしろ)をしき其上
を土(つち)にてぬりたる也いにしへは
大和の国中(こくちう)皆(みな)かくのことくなり
しとぞ家(いへ)つよくしてほこり
なく鼠(ねずみ)のうれひなく虫(むし)おちず
たとひ屋根(やね)に火事(ひごと)ありとても

【右丁本文】
一 腹(はら)を切損(きりそん)じたる者 腸(はらわた)出て猶(なほ)生(いき)たるあり
これを救(すく)ふには冷水(ひやみず)を多(おほ)く面(かほ)へ吹(ふき)かくべし
おびえてぶる〳〵とする時 腸(はらわた)おのづから入るなり
もし時を過(すき)て風(かぜ)にあたりたるは乾(かわ)きて入 難(がた)き
もの也 是(これ)はあたゝめざれば入がたし医者(いしや)にまかす
べし又 喉(のど)を刺損(さしそん)じたるは其人を仰向(あふむき)にし
頭(かしら)に枕(まくら)を高(たか)くかひて瘡口(きずぐち)の開(ひら)かぬやうにし
風(かぜ)を防(ふせ)ぎ煖(あたゝ)かにして血(ち)を止(と)め医(い)をまつべし
一 金瘡(きりきず)にて身(み)冷(ひえ)ふるひ気絶(きぜつ)せんとするには
熱(あつ)き小便(せうべん)を吞(のま)しむべしあしげ馬(うま)の糞(ふん)をあつ
き湯(ゆ)にかきたてゝ與(あた)ふるもよし
一 諸(もろもろ)の瘡(きず)半夏(はんげ)をすり末(まつ)となしいたむ所へふり
かけてよし又 烏賊(いか)の甲(かう)の粉(こ)石灰(いしばひ)の粉なども

【左丁本文】
よろし又 麒麟血(きりんけつ)蒲黄(ふわう)竜骨(りうこつ)なども血(ち)を止
るによし青蒿(かはらよもぎ)紫蘇葉(しそのは)生(なま)にて付るもよし
一 鉄炮(てつはう)にうたれ丸(たま)肉中(にくちう)に止(とゞま)りたるは煖酒(あたゝめざけ)に蜂(はち)
蜜(みつ)を入れて多(おほ)く飲べし又 蓼穂(たでのほ)をすりて
末(まつ)とし苦参(くらゝ)黄柏(わうばく)【「キワダ」左ルビ】の粉をまぜぬり付てよし
 ○打撲(うちみ)落馬(らくば)の薬《割書:并》介抱(かいはう)の心得
【挿絵】

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書
下なる器物(うつはもの)を取出しやすし
○家は二階作(にかいづくり)ならば高(たか)くたつ
べし低(ひく)きは鬱陶(うつとう)しくてよから
ずまた楼(にかい)は見はらしをむねと
して何方(いづかた)にても広(ひろ)く見とほ
すやうにすべし二かいの窓(まど)のふ
ちなどかまち高(たか)きはよからず
坐(ゐ)ながら眺望(ながめ)のあるやうに
すべきなり
○屋敷(やしき)の地面(ちめん)は水上(みなかみ)を高(たか)く
して水はけのよきやうにす
べし悪水(あくすゐ)所々にたまればおの
づから湿気(しつけ)の害(がい)ありて病(やまひ)の
もとゝなり且(かつ)柱(はしら)などもはやく
腐(くさ)るなり
○こけらぶきの屋根(やね)は大抵(たいてい)
十年にてはくさるものなり膠(にかは)に

【左丁頭書】
明礬(みやうばん)少し加(くは)へて絵(ゑ)のどうさの
ことくせんじやねの上にぬり
おけば水をはぢきて二十年は
くさらず
○茅屋(かやや)をふくに秋刈(あきがり)のかやの
長きをえらびてよく〳〵そろへ
なるほど厚(あつ)く念(ねん)をいれてふ
かすれば二三十年はこたゆる也
度々 心(こゝろ)をつけてつくろへば五
十年ばかりも持(もづ)ものなり
○茅屋(かやゝ)わら屋 改(あらた)めふかずして
久しくそこねざるふきやうは新(あらた)
にふきて四五年の後くさりて
ひきくなる所をわらにてもかや
にてもさきをまげてさすべし
ひきゝ所ばかりさしてはわろし
ひきゝ所の下より入てさすべし

【右丁本文】
一 打撲(うちみ)にて気絶(きぜつ)したるは其人を仰向(あふむけ)に臥(ふさ)せ
両耳(りやうみみ)の孔(あな)を力(ちから)にまかせてはたと打 其手(そのて)を
直(すぐ)に押付(おしつけ)てゆるめず眼(め)を開(ひら)くをまちて手(て)
を放(はな)つべし又其人の上に跨(またが)りて左右(さいう)の手
にて腹上(はらのうへを)しかと数遍(すへん)なでおろし掌(たなそこ)【「テノヒラ」左ルビ】を臍下(へそのした)に
あてウンと息(いき)をつめて一息(ひといき)に上(うへ)へつよくおし
上(あぐ)べし必(かならず)目(め)をひらくもの也其時引おこし項後(えりあと)
を強(つよ)く捺(もみ)て背骨(せぼね)をなでおろすべし或は声(こゑ)を
たてて呼(よび)いけ背(せな)をつよく打(うつ)もよし必 甦(よみがへ)る也
さて急(きふ)ならば小便(せうべん)を多(おほ)く飲(のま)しむべしされども
さやうにもしがたき人には温酒(かんざけ)に飴(あめ)をまぜて
のまするもよし瘀血(おけつ)小便(せうべん)に下るなり
一 打身(うちみ)肉ごもりになりたるは接骨木(たづ)【「二ハトコ」左ルビ】蒴藋(にはたづ)【「ソクヅ」左ルビ】

【左丁本文】
いづれにても水にせんじ二三 椀(わん)をのみ且(かつ)痛処(いたみしよ)
をたでゝよし又あし毛馬(げむま)の糞(ふん)を熱湯(あつゆ)にた
てゝあらふもよし又 蘩縷(はこべ)【「ヒイヅル」左ルビ】の茎葉(くきは)ともにもみ
て紺屋(こんや)のりにまぜぬるも妙也 水仙(すゐせん)の根(ね)もよろし
一 打撲(うちみ)痛(いたみ)つよく堪(たへ)がたきは鶏(にはとり)の血(ち)を酒にまぜ
てのむべしま又 童便(どうべん)もよろし
 ○口中(こうちう)ふくみ薬
一口中はれいたみできものある時は
藜(あかざ)《割書:秋の頃 実(み)と木(き)とひとつに|くろやきにしたる物一匁》桔梗(ききやう)《割書:五分》甘草(かんさう)《割書:同》
右三味粉にしてふくみてよし又方
滑石(くわつせき)甘草(かんさう)二味 末(まつ)にしてさゆにて用ゆ又方
辰砂(しんしや)《割書:中》滑石(くわつせき)《割書:大》甘草(かんさう)《割書:小》三味末して白湯(さゆ)にて用
ゆれば効(こう)あり口中すゞしくなる也

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
かやうにしてしば〳〵つくろへば
数(す)十年もちこたゆる也おほく
腐(くさ)らぬうちにはやくつくろふが
よしわらかやの屋根(やね)は葺換(ふきかふ)れ
ば黒(くろ)きすゝ庭中(ていちう)にちらぼひて
見苦(みぐる)しく小半年(こはんとし)も過ざれば
もとのごとくならぬ物なればなり
たけ初(はじめ)に念(ねん)をいれおきて度々
ふきかへぬやうにするがよし
さて棟(むね)つまなどには竹(たけ)を編(あみ)て
きびしく覆(おほ)ひ風(かぜ)吹(ふ)くをりの
用心(ようじん)をすべし烏(からす)鳩(はと)などのとまらぬ
やうに竹(たけ)の枝(えだ)つきをあげおくも
よし棟(むね)の口(くち)には瓦(かはら)をおほひたる
がよし風にいたまずしてよく持(もち)
こたゆるなり
○柱(はしら)は大木(たいぼく)をひき割(わり)たる角柱(かくばしら)

【左丁頭書】
【挿絵】
を用(もち)ゆべし小木の丸柱(まるはしら)は甚だ
はやく腐(くさ)るもの也されども坐敷(ざしき)
などは丸柱(まるはしら)を風流(ふうりう)として用るが
今世(いまのよ)のさまなればそれに随(したが)ふも
宜しからんか勝手(かつて)まはり土蔵(どさう)
などはかならず角柱(かくはしら)にして幾(いく)
年もくさらずもつをよしとすべし

【右丁本文】
 ○気歯(きは)のいたみを治(ぢ)する薬
一 気(き)つかへにて歯牙(おくば)のいたむには五倍子(ふし)《割書:六分》ひ
はつ《割書:同》干山椒(ひさんしやう)《割書:同》三味常のごとくせんじふくみ
てよし又 五倍子(ふしのこ)一味きぬにつゝみ痛(いた)き歯(は)に
あてゝ嚼(かみ)しむるも妙なり又方
蒲黄(ほわう)香附子(かうぶし)塩(しほ)《割書:少シ加》つねのごとくせんじ
ふくみてよし又方
枯礬(こはん)蜂房(はちのす)おの〳〵等分せんじふくむ又方
石菖蒲(せきしやうぶ)の根(ね)をかみたゞらし虫歯(むしば)の孔(あな)へ入てよし
また牛蒡(ごばう)の実(み)を水煎(すいせん)しふくむ又
黒豆(くろまめ)を酒にてせんじふくみてよし石灰(いしばひ)砂(さ)
糖(たう)等分にして歯(は)の穴(あな)へ入るもよし
 ○喉痺(こうひ)の薬
【左丁本文】
一 俄(にはか)に喉(のど)ふさがるを喉痺(こうひ)といふ酒に塩少し
加(くは)へ口中にふくみ少しづゝ吞(のめ)ば破(やぶ)れずして
腫(はれ)次第(しだい)にへりてはやくいゆる也又方
赤蜻蛉(あかとんぼう)の黒焼(くろやき)を管(くだ)にて吹(ふき)こむべし奇妙(きめう)に
しるしあり又 鳳仙花(ほうせんくわ)の実(み)をのむもよし
 ○喉(のど)に食(しよく)つまりたるを治(ぢ)する方
一 飯(めし)を食(しよく)する時 喉(のど)につまり難義(なんぎ)する時は
塩(しほ)を少し箸(はし)につけなめてよろしまた
茶漬(ちやづけ)のつまるは湯水(ゆみづ)にては下(くだ)らぬものなり
酢(す)を飲(のみ)てよろし妙なり
 ○湿気(しつけ)の妙薬
一大なる蝦蟇(ひきがへる)【左ルビ「ガマ」】を土(つち)につゝみ黒焼(くろやき)にして七日
が間 朝夕(あさゆふ)酒にて用ゆべし大に奇効(きこう)あり

【枠外】
広益秘事大全        七十一

【枠外】
 広益秘事大全
【右丁頭書】
○材木(ざいもく)は檜木(ひのき)を上とすうつく
しくして腐(くさ)ること遅(おそ)し杉(すぎ)これに
次(つ)ぐ然(しか)れども木(き)柔(やはらか)にしてきず
つきやすし松(まつ)は下等(げとう)也こえたる
松を用ゆればいたつて強(つよ)しされど
脂(やに)出て堪(たへ)がたしこえざるは大に
よわし湿気(しつけ)のつよき所には
栗木(くりのき)を用ゆべし大につよくして
腐(くさ)ることなし櫪(くぬぎ)は虫(むし)はみて早
く用にたゝぬなり
○/𤇆(けふり)出(だ)しの穴(あな)は竈(かまど)の真上(まうへ)にあ
くべしわきへよれば煙(けむり)滞(とゞこほ)りて
速(すみやか)に出がたし
○土蔵(どざう)を造(つく)るにはいかにも土(つち)を
厚(あつ)くつけて火のとほらぬを第一
とすべし屋根(やね)をも壁(かべ)と等(ひとし)く
ぬりふさぎて別(べつ)にこけら屋根(やね)を

【左丁頭書】
かりにおほひたるもよし火事の
時 投(なげ)おとして土屋根(つちやね)ばかりにすれ
ば火(ひ)のとほる事なし戸窓(とまど)は
中にも土を手あつくつけて念(ねん)
を入るべしわづかの事にて戸窓(とまど)
よりは火の入やすきものなり
又つねに家(いへ)にちかき方(かた)に物を多(おほ)
くおくべからす火内に入ざれ共【共に濁点】
むせてこがるゝもの也又 土蔵(どざう)は
石垣(いしがき)を高(たか)く築(つく)べからず恰好(かつこう)は
よけれども鼠(ねずみ)蟻(あり)などの穴(あな)より
火を引(ひく)ことはやし若(もし)高(たか)くする
とも石垣(いしがき)の上をも土(つち)にてぬりて
おくべし石垣(いしがき)より火の入たるを
度々(たび〳〵)見たる事ありさてまた
坐(ざ)の下に小き穴(あな)をあけおく時は
風(かぜ)とほりて木柱(きはしら)のくさる事なし

【右丁本文】
【挿絵】
 ○深山(しんざん)瘴気(しやうき)をはらふ方
一 深山(みやま)に入る人は大蒜(おほひる)【左ルビ「ニヽク」】搗(つき)くだきて雄黄(をわう)を
加へ餅(もち)のことく丸(まる)めて身(み)につくべし一切(いつさい)の
瘴気(あしきき)をはらひ毒虫(どくむし)悪獣(あくしう)を避(さ)く若(もし)傷(きずつ)く事
あらばその瘡(きず)につけて即効(そくこう)ありすべて此方
流疫行(はやりやまひ)また寒暑(かんしよ)のあしき気(き)をさくる事妙也

【左丁本文】
 ○蝮蛇(まむし)【左ルビ「ハミ」】に囓(かま)れたる薬
一 蝮蛇(まむし)にさゝれたるには柿渋(かきしぶ)を塗付(ぬりつけ)てよし
串柿(くしがき)をかみくだき醋(す)にて付ても妙なり又方
野猪(ゐのしゝ)の心(きも)を乾(かわか)しおき粉(こ)にして付(つけ)或はせんじて
あらふもよし又一方 咬(かま)れたる時 急(きふ)に烟管(きせる)の
厂首(がんくび)にてきびしく疵口(きずぐち)をおほひ力(ちから)をきはめて
おし付て放(はなた)ざればしはしの間に肉(にく)腫(はれ)あがりて
厂首(がんくび)の内一はいになる其時 小刀(こがたな)にて截割(きりさき)て
悪血(わるち)を多くしぼり出すべし又 鉄炮(てつはう)の薬(くすり)を
咬(かみ)たる處(ところ)の大さほともり置(おき)て火(ひ)をつくるもよし
其後(そのゝち)小便(せうべん)にて疵口(きずぐち)をあらひ又は糞(くそ)をつけて
上をまき家(いへ)にかへりて酒(さけ)にてあらひおとして後
熱湯(にえゆ)に灰(はひ)の塊(かたまり)をいれ傷處(いたみしよ)を漬(ひた)すべし初(はじめ)はあつ

【枠外】
広益秘事大全       七十二

【枠外】
 広益秘事大全
【右丁頭書】
されども火事(くわじ)の時 此穴(このあな)をぬる
ことを忘(わす)るべからず
○火事(くわじ)の用心(ようじん)に常(つね)に泥(どろ)をた
くはへおくべし瓶(かめ)入ればよけれ
ども俄(にはか)なる時にもちあつかひにく
し又 費(つひえ)も多(おほ)くかゝるなれば酒樽(さかだる)
の四斗桶(しとおけ)に入おくもよし口(くち)まで
つめおけば長(なが)くもつもの也さて
【挿絵】

【左丁頭書】
事(こと)に臨(のぞ)みて輪(わ)を切(きり)はなせば桶(をけ)
くだけて泥(どろ)早(はや)くいづる也これにす
さを合せて少しかたきほどにして
ひたもの土蔵(とざう)の戸窓(とまど)をぬるべし
かたきほどならねば土(つち)すべり落(おち)て
ぬり付がたきもの也此土 寒(さふ)き国(くに)
にては冬(ふゆ)は氷(こう)りて用(よう)に立(たち)がたし
土をふかくほり水ぬきをつけて
かり屋根(やね)をこしらへ貯(たくは)へおくべし
○蔵(くら)はねりへい蔵を第一(だいゝち)とす
べし見くるしけれど火の入ると
いふ事さらになし柱(はしら)なしに土ばか
りにて築上(つきあげ)たる物にて灰小屋(はひこや)
のごとき物なり下(した)に一尺ほど石(いし)
瓦(かはら)の類(たぐひ)にて台(だひ)をつきあげそれ
より段々(だん〳〵)上(うへ)へ築上(つきあぐ)るなり一段
づゝにて上に苫(とま)をおほひおきよく

【右丁本文】
きを覚(おほ)えざるべし熱(あつ)きを覚(おぼ)ゆれば毒(どく)浅(あさ)くなり
たる也ひたものひたして堪(たへ)がたきほどにして止(やむ)
べし其後に雄黄(はわう)五霊脂(ごれいし)を粉(こ)となし馬歯莧(すべりひゆ)
のしぼり汁にてとき瘡口(きずぐち)をよけてまはりにぬり
上をつゝみおくべし又右の二味を酒(さけ)にて酔(ゑふ)ほどに
内服(ないふく)すべしいつれの薬(くすり)を用ひたる後にても
酒(さけ)を酔(ゑふ)ほどにのみてよし
又 急(きふ)なる時は烟管(きせる)を火にて焼(やき)やにのわき流(なが)るゝ
を直(すぐ)にきずの上にそゝぎかけて熱(あつ)きを忍(しの)ぶべし
多(おほ)くかくるほどよし
 ○蜂(はち)に螫(さゝ)れたる薬
一 蜂(はち)にさゝれたるは明礬(みやうばん)を生(なま)の天南星(てんなんしやう)の汁
へいれてあらふべし又 葱(ねぎ)の白根(しろね)を敷(しき)て灸(きう)を

【左丁本文】
するもよし又 朝貌(あさがほ)の葉(は)蒼茸(をなもみ)の葉(は)蓼(たで)の葉
薄荷(はくか)の葉 山椒(さんしやう)の葉などすり付るみな妙なり
塩(しほ)をぬり熱湯(あつゆ)にひたすなどもよし
 ○毛虫(けむし)にさゝれたる薬
一 伏龍肝(ふくりうかん)《割書:竈(かま)の下(した)の|やけ土なり》を水にてつけてよし馬歯莧(すべりひゆ)
をつきて付るもよしその外 藍(あゐ)の汁(しる)雪(ゆき)の下草(したぐさ)
の葉(は)の汁 呉茱茰(こしゆゆ)【左ルビ「グミ」】の葉など諸虫(しよちう)のさしたるに
つけて妙なり
 ○蜈蚣(むかで)にさゝれたる薬
一むかでのさしたるには鶏卵(たまご)をぬりてよしまた
蛞蝓(なめくじり)蝸牛(てゝむし)などをつぶしてぬるも妙なりまた
蒜(にゝく)蓼(たで)の葉 塩(しほ)などいづれもよろし又 蜘蛛(くも)を
とらへて瘡(きず)の處におけば蜘蛛(くも)おのづからその毒(どく)

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
乾(かわ)きて又 築(つ)くなり若(もし)急(きふ)なる
時は二三段づゝも築(つか)るゝ物なれど
さやうにしては湿気(しつけ)去(さり)がたくして
よわしさて築上(つきあげ)て湿(しめり)よく〳〵
かわくを見てやねを葺(ふく)べし
やねも五寸ばかりのあつきに土を
つけて其上に瓦(かはら)をふく也 屋根(やね)
下は厚板(あついた)を用ゆべしこれを内(うち)
外(そと)より上塗(うはぬり)をし戸窓(とまど)のすき
間(ま)なきやうにしておけばいかなる
大火(たいくわ)たりとも火の入る事 絶(たえ)て
なし大暑(たいしよ)と大寒(たいかん)の時には
つくべからず春(はる)は三月より梅雨(つゆ)
の前(まへ)秋(あき)は七月 末(すゑ)より十月末ま
でにつくべし
○諸(もろ〳〵)の材木(ざいもく)は切(きり)てそのまま皮(かは)を
むき久しく水(みづ)に漬(ひた)しおきて用

【左丁頭書】
ゆるをよしとす皆(みな)虫(むし)をさくるの
術(じゆつ)なり又六月 土用中(どようちう)に伐(きり)たる
木には虫(むし)入らず
○狭(せば)き家(いへ)にて椽(えん)近(ちか)く小便所(せうべんじよ)を
造(つく)らば瓶(かめ)をほりすゑ上戸(じやうご)の穴(あな)
より細(ほそ)き箱(はこ)か竹にてもとほし
瓶(かめ)の中へおろし其外をば瓶(かめ)に
蓋(ふた)をして臭気(しうき)のもれぬやう
に作(つく)り構(かま)ふべし上戸(じやうご)の口には
杉(すぎ)の葉(は)を入れたび〳〵取かへて
よろし坐敷(ざしき)ちかき厠(かはや)小便(せうべん)所
などは殊(こと)に心をこめて清浄(しやう〴〵)
にすべき事也 厠(かはや)にも蓋(ふた)をして
すき間(ま)をよくふさきおくべし
臭気(しうき)もれずしていさぎよし
○居間(ゐま)の内(うち)は風雅(ふうが)にして飾(かざり)なく
いさぎよきをむねとすべし飾(かざ)り

【右丁本文】
を吸(すひ)出して痛(いたみ)やむなり
○牛(うし)馬(うま)に噛(かま)れたる薬
一 牛馬(ぎうば)にかまれたるは急(きふ)に灰(はひ)を熱(あつ)き湯(ゆ)の中へ
いれ湯(ゆ)のさめぬやうにしてひたもの漬(ひた)すべし
若(もし)腫(はれ)あらば石を炙(あぶり)あつくして熨(の)すべしまた
白砂糖(しろざたう)鶏冠(にはとりのさか)の血(ち)なとぬるもよろし
【挿絵】

【左丁本文】
 ○鼠(ねずみ)に咬(かま)れたる薬
一 鼠(ねずみ)の中に一種(いつしゆ)の毒鼠(どくそ)あり若(もし)これに咬(かま)
るゝ時は傷(きず)は愈(いゆ)れども毒気(どくき)惣身(さうしん)にまはりて
後(のち)竟(つひ)に大熱(だいねつ)を発(はつ)し狂(くる)ひまはりて死に至る
ものまゝあり恐(おそ)るべしこれを療(りやう)ずるにはまづ
急(きふ)に鉄砲薬(てつはうぐすり)を傷(きず)の上におきて火(ひ)をつくれば
毒(どく)散(ち)るなり其後に麝香(じやかう)をぬりつけて白(しろ)
つゝじの花(はな)又は千屈菜(みそはぎ)をせんじて服(ふく)すべし
もし急(きふ)に焔硝類(えんしやうるい)なき時はよく血(ち)をしぼり出
し又は熱湯(ねつたう)にひたして後 牽牛(あさがほ)の葉(は)または
桐木(きりのき)の黒焼(くろやき)なべすみなどなどをつけてよし黏(とりもち)
におしまぜて付(つく)るをよしとすまた黄栢(わうばく)石灰(いしばひ)
蛎(かき)の粉(こ)三味 蘩縷(はこべ)【左ルビ「ヒイヅル」】の汁にてつくるもよし

【枠外】
広益秘事大全      七十四

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
【挿絵】
彩(いろど)りて花麗(くわれい)なるは常(つね)にこれを
見て欲心(よくしん)ふかくなり災(わさはひ)となると
居家(きよか)必用(ひつよう)にいへりさもあるべし
○畳(たゝみ)は廻(まは)り敷(じき)にすべし床(とこ)の前(まへ)
は横(よこ)にしくべし横畳/四畳(よでう)は並(なら)
ぶべからず
○居間(ゐま)と閨(ねや)との庭(には)にはいやしき
雑木(ざふぼく)を植(うへ)べからずよき木を

【左丁頭書】
少しうゑて文石(ぶんせき)を以て友(とも)とす
べし
○居間(ゐま)の軒(のき)ちかく草木(さうもく)を多
く植(うゝ)れば陰気(いんき)ふかく夏秋(なつあき)の
ころ豹脚(やふか)おほく昼(ひる)もいでゝ
人の肌(はだへ)を食(くら)ひて堪(たへ)がたし
○家の北の境(さかひ)には竹をうゝべし
北風をふせぎて冬(ふゆ)暖(あたゝか)なるに
火災(くわさい)の用心(ようじん)ともなるなり西に
植(うゝ)るも又よし夏(なつ)は日をふせぎ
冬(ふゆ)は風をふせぐなり
○宅地(たくち)広(ひろ)くば棟(むね)を二ッ三ッに
もわけて廊下(らうか)をかくべし風流(ふうりう)
にして見處(みどころ)あり又/明(あか)りの為(ため)に
よろしく煩雑(はんざつ)の音(おと)聞えず
して都合(つがう)よしもし廊下(らうか)を
費(つひえ)なりとおもはゞそのうらの方(かた)

【右丁本文】
 ○病狗(やまいぬ)にかまれたる薬
一/狗(いぬ)にかまれたるも大事(だいじ)にいたる事あるもの也
急(きふ)に瘡口(きずぐち)より血(ち)をしぼり出し或は鍼(はり)にてその
囲(まはり)の血(ち)をさして出し人に小便(せうべん)を多(おほ)くしかけ
さすべし大勢(おほぜい)立代(たちかは)りてかくるほどよし其後
胡桃(くるみ)の殻(から)を二ッにわりて人糞(にんふん)をつめ傷(きず)の上へ
おほひふせて其上に大なる灸(きう)百ばかりすう
べし胡桃(くるみ)なき時は何(なに)にてもがわになる物をおき
て糞(ふん)をつめ其上に灸(きう)する也其後/杏仁(きやうにん)をすり
て泥(どろ)のごとくし厚(あつ)くつけてぬり封(ふう)じ木綿(もめん)にて
しかとつゝみ巻(ま)くべし血(ち)は流(なか)れ出るほどよし
さて翌日(よくじつ)杏仁(きやうにん)を去(さり)て又前のごとく灸(きう)をし
膽礬(たんはん)を末(まつ)とし瘡口(きずぐち)へふりかけつゝみおき其後(そのゝち)

【左丁本文】
は毎日(まいにち)膽礬(たんはん)を酒(さけ)にてあらひおとして灸(きう)し
灸しては又/膽礬(たんはん)をかけ血水(ちみづ)出る間(あひだ)はいつまでも
如是(かのごとく)すべし血水(ちみづ)止(やみ)たらば再(ふたゝび)前(まへ)のごとく杏仁(きやうにん)
をぬりておくべし《割書:膽礬のいたみにたへがたき人は杏仁ばかり|にてもよし又/葱(ねぎ)の白根(しらね)もよし》
内薬(ないやく)は杏仁(きやうにん)一匁/馬銭(まちん)五分水/二盃(にはい)を一盃にせんじ
少しづゝ度々(たび〳〵)のむべしさて韮(にら)をつきしぼりて
その汁を一/盃(はい)ヅヽ五六日に一度のむべし
又方/防風(ばうふう)升麻(しやうま)葛根(かつこん)甘草(かんざう)《割書:各三分》杏仁(きやうにん)《割書:壱匁五分》右
のごとくせんじて服(ふく)す尤(もつとも)効(こう)ありまた蝦蟇(ひきがへる)【左ルビ「ガマ」】を生(なま)
にて皮(かは)を去(さり)膾(なます)として柚橘(ゆみかん)の類(るい)をあしらひ多(おほ)く
くらふもよし
 ○同禁忌(おなじくきんき)の心得
一/病狗(やまいぬ)にかまれたる人はきびしく養生(やうじやう)すべし

【枠外】
広益秘事大全      七十五

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
の庇(ひさし)を長くして湯殿(ゆどの)雪隠(せついん)又
少しづゝの物置(ものおき)處にすべし
○居風呂(すゑふろ)の木はむろの木また
槙(まき)榧(かや)くさまきを用ゆべし香(かう)
気(き)ありて水につよし又 湯風呂(ゆぶろ)
はかた隅(すみ)へよせたるはくさりはやし
四方(しはう)ともに風のとほるをよし
とすべし
○生垣(いけがき)は杉(すぎ)の生(いけ)がきよろし
小冬青樹(かもみのき)の生垣(いけがき)亦(また)よしいづ
れも茂(しけ)くうゑてきびしく
ゆひ梢(こずゑ)を伐(きり)そろゆればさかえ
茂(しげ)りて枝葉(えだは)おほく壁(かべ)のごと
くになるものなり山梔子(くちなし)の
生(いけ)がき又よろし萩(はぎ)寒竹(かんちく)など
此余(このよ)も葉(は)のしげき物を植(うゝ)べし
外に池堀(いけほり)などある處 尤(もつとも)よし

【左丁頭書】
天気(てんき)の善悪(よしあし)を見様(みやう)
天気(てんき)のよしあしを見る法 昔(むかし)より
おほしといへどもおほかたは無用(むよう)
の事(こと)のみにして中(あた)ること少し
今(いま)こゝに挙(あぐ)るところはその験(しるし)
あるかぎりの事どもを和漢(わかん)の
書(ふみ)より引出(ひきいて)て考(かんが)へ記(しる)したるなれ
ば第一(だいゝち)船(ふね)にのり道(みち)を行(ゆ)く時の
こゝろ得あるひは農業(のうげう)漁猟(ぎよれう)など
の事に知(しり)おきて益(えき)を得(う)ること
多(おほ)かるべし
○雨(あめ)と晴(はれ)とを知(し)るには其(その)日(ひ)
暁(あかつき)の天気(てんき)と日(ひ)の出る時を伺(うかゞ)ふ
べし日の出る時 赤(あか)きは風(かぜ)黒(くろ)
きは雨 青(あを)く白(しろ)きは風雨(ふうう)と
しるべし又日のいづる時はれて

【右丁本文】
第一(だいゝち)毎日(まいにち)灸(きう)する時 風(かぜ)をさくべし風 瘡(きず)口より入れば
変(へん)しで【じてヵ】急症(きふしやう)となり死(し)に至(いた)る或は犬(いぬ)の如(ごと)く吼(ほえ)た
けりて狂(くる)ひ死(し)するあり慎(つゝし)むべし食物(しよくもつ)は
犬肉(いぬのみ)《割書:一生喰ふ|べからず》 赤小豆(あづき) 蕎麦(そば)《割書:三年の間|食ふべからず》 酒(さけ)《割書:一年のむ|べからず》
胡麻(ごま) 麻子(をのみ) 索麺(そうめん) 芋(いも) 油揚(あふらあげ)の類(るい)一切(いつさい)醋(す)のもの
魚類(うをるい) 梅(むめ)《割書:百日の間この品々|くらふべからず》 右の物(もの)食(くら)へば忽(たちまち)死(し)すべし
【挿絵】

【左丁本文】
ゆめ〳〵慎(つゝし)みて妄(みだり)にすべからず若(もし)再発(さいほつ)する時は
いかなる名医(めいい)たりとも救(すく)ふべきやうなき物也
 ○瘤(こぶ)ぬき薬
一 白蛇(はくじや)《割書:一両 黒焼(くろやき)|にして》 一 檜木(ひのき)の皮《割書:一両》
右(みぎ)二色(ふたいろ)合(あは)せ天南星(てんなんしやう)を粉(こ)にし少(すこし)づゝ加(くは)へて漆(うるし)にて
付(つく)べし
○鼻血(はなち)を止(とむ)る法
一 鼻血(はなち)多(おほ)く出るとも椶梠箒(しゆろはうき)のさきを切(きり)出る方
の鼻穴(はなのあな)へさし込(こむ)べし左右(さいう)共に出るならば左右へ
さし込べし頓(とみ)に止(とま)る事 神(しん)のごとし
 ○腫物(しゆもつ)の出来所(できどころ)あしきは他所(たしよ)へのくる法
一 萆麻子(ひまし)の油(あぶら)  一 甘草(かんざう)の粉(こ)
右二 味(み)ねり合せ腫物(しゆもつ)には押薬(おしぐすり)を付(つけ)よせんと思ふ

【枠外】
広益秘事大全      七十六

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
やがて陰(くも)りて晴(はれ)ざるは風雨
となるべし
○数日(すじつ)雨ふりて後(のち)日出て
はやく晴(はる)るはかへつて雨ふる
朝(あさ)くもりてやう〳〵遅(おそ)く晴
るはよし
○明日(あす)の日和(ひより)は今晩(こんばん)の日の
入る時に見るべし日の入る時
よく照(て)るは晴(はれ)雲(くも)の中(うち)に日
入るは夜半(よなか)の後(のち)に雨となる
然(しか)らずは明日(あす)かならずふる也
日入て後やうやく紅粉(べに)の
ごとくにしてやがて色(いろ)かはるは
風ふきもしくは雨ふる日の入る
時 雲(くも)赤(あか)けれども其色(そのいろ)か
はらず漸(やう〳〵)うすくなりて消(きゆ)る
はよし黒雲(くろくも)日の入につゞくは

【左丁頭書】
明日 天気(てんき)よからず西に黒雲(くろくも)
あれども日の入る時雲なく
日のかたち見えて入れば明日
も雲はれて天気よし
○赤(あか)き雲気(うんき)日の上下にある
時は大風ふく但(たゞ)し色(いろ)変(へん)ぜず
してやうやく薄(うす)くなるときは
晴てまた風もふかず日の色
黄(き)に見ゆるは風なり
○白気(はくき)日月の上下にひろく
しくは三日の内に悪風(あくふう)雨あり
○日に耳(みゝ)あるに南にあるは
晴(はれ)北にあるは雨 両方(りやうはう)に耳あ
るときは雨なし又耳ながく
して下へたるゝは久しく晴と
知るべし
○月(つき)に暈(かさ)あるは風かならず

【右丁本文】
所(ところ)に鍼(はり)を浅(あさ)くたて鍼(はり)の口(くち)に右の葉を付ておけ
ば其所(そのところ)へよるなり但(たゞ)し色(いろ)のつかぬ中(うち)にのくる也
 ○腫物(しゆもつ)押(おし)薬
一 犬山椒(いぬさんしやう)の若葉(わかば)を陰干(かげぼし)にして粉となし天南(てんなん)
星(しやう)三分一入て梅酢(むめず)か米(こめ)の酢(す)にて付べし
 ○疵(きず)癒(いや)し薬
一 水仙(すいせん)の根(ね)を摺(すり)て付べし忽(たちま)ちいゆる事 妙(めう)なり
 ○瘤(こぶ)落(おと)し薬
一 丹礬(たんはん)をこよりにより込(こみ)瘤(こぶ)を結(むす)びおくべし
自然(しぜん)にだん〳〵としめよせ終(つひ)に落(おつ)るなり
 ○餅(もち)の咽喉(のど)につまりたるを治(ぢ)する方法
一 土龍(うころもち)を黒焼(くろやき)にして吞(のま)すべし頓(とみ)に下るなり
又ぢわうせんをくふべし通(とほ)るなり

【左丁本文】
 ○打撲(うちみ)の薬
一 温飩(うんどん)の粉(こ) 一 楊梅皮(やうばいひ)【「ヤマモヽノカハ」左ルビ】 一 石灰(いしばひ)
右三味 等分(とうぶん)に合せそくひにてねり丸(ぐわん)し吞(のむ)べし
もし急(きふ)なる時は右の散薬(さんやく)【「コクスリ」左ルビ】 を水(みづ)にて用(もち)ゆ
 ○手足(てあし)を折(くじ)きたる薬
一 水仙(すいせん)を根(ね)葉(は)ともに黒焼(くろやき)にして梅干(むめぼし)とそくひ
におし合(あは)せ付べし又 芭蕉(ばせを)を根(ね)葉(は)ともに粉(こ)にし
そくひにおしまぜ付るもよし
 ○同 骨(ほね)砕(くだ)けたるには
一 楊梅皮(やうばいひ)を煎(せん)じてよくたで洗(あら)ひ其(その)滓(かす)を
よくすりて違(ちが)ひたる所に付て置べし一時(ひとゝき)ばかり
ありて砕(くだ)けたる骨(ほね)もなほりちかひたる所も速(すみやか)
に癒(いゆ)るなり《割書:石菖蒲(せきしやうぶ)を根葉ともにせんじて|あらふもよし》

【枠外】
広益秘事大全     七十七

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
暈(かさ)のかげたる方(かた)より来る
○月初(つきはじめ)二日三日まで月見え
ざればその月風雨しげし
○新月(しんげつ)下へそりてかけたる弓
のごとく上にたまりなきは其
月雨すくなくかぜ風(かぜ)多(おほ)し仰(あふ)のき
て上にたまりあるは其月(そのつき)雨多
し新月(しんげつ)の下に黒雲(くろくも)横(よこた)はるは
明日雨ふる
○月はじめて生(しやう)じ形(かたち)小にして
はゞ大なるは水のわざはひ有
かたち大にしてはゞ小なるは
三日のうちに雨ふる
○白気(はくき)月をつらぬくは夏(なつ)は
大水(おほみつ)秋は風ふく黒気(こくき)月を
つらぬくは夏(なつ)は大水春秋も水
又は陰(くも)ると知べし

【左丁頭書】
○月の傍(そは)に黒雲(くろくも)おこるは大
水月の上下 黄(き)なる雲くらく
覆(おほ)ふはお大風
○日の色(いろ)白(しろ)く夜(よる)月の色(いろ)赤(あか)き
は旱(ひでり)せんとする兆(きざし)なり日の色
あかく夜(よる)月の色白きは雨の兆(きざし)
なり又日の色 青(あを)く夜月の色
青きは寒(かん)の兆(きざし)なり
【挿絵】

【右丁本文】
 ○痣(あざ)ぬき薬
一六月に藜(あかざ)をとり黒焼(くろやき)にして石灰(いしばひ)と砥(と)石と
三色合せ壷(つぼ)に入れ水を浸々(ひた〳〵)に入れ其内(そのうち)へ
餅米(もちごめ)をいれ夏(なつ)は日に干(ほ)し冬(ふゆ)は竈(かまど)の際(きは)に置(おき)
米とろけたる時 竹箆(たけべら)にて痣(あざ)をこそげ血(ち)を出し
其上に右の薬をぬり紙(かみ)を蓋(ふた)にして付おくべし
落(おつ)ること妙(めう)なり《割書:疣(いぼ)ほくろ共に此方にてみなおつる也》
 ○癜(なまず)を治(ぢ)する薬
一 蛇脱(へびのきぬ)を焼(やき)酢(す)にてつけてよし紫癜(くろなまず)は硫黄(いわう)を
酢(す)にて煮(に)て茄子(なすび)のへたに浸(ひた)して頻(しきり)に付べし
蛇脱を水にてせんじ洗(あら)ひてもよし白癜(しろなます)は肉(にく)
桂(けい)を末(まつ)として唾(つば)にて付てよし
 ○虫喰歯(むしくひば)を治する薬

【左丁本文】
一むしくひ歯(ば)にて難義(なんぎ)なる時は天南星(てんなんしやう)を粉(こ)に
して大根(だいこん)のしぼり汁(しる)にて一滴(ひとしづく)のべていたむ方
の耳(みゝ)へ入(いる)れば忽(たちま)ちに痛(いたみ)やむ若(もし)両方(りやうはう)ながら
いたむときは両方(りやうはう)の耳(みゝ)へ入るなり
 ○同まじなひの法
一 芹(せり)《割書:白根(しらね)を去(さり)て|一にぎり》  一 甘草(かんざう)《割書:少(すこし)》
右(みぎ)常(つね)のごとく一盃半(いつはいはん)を一盃(いつはい)にせんじあげ口(こう)
中(ちう)にふくみてよし又 伊勢白粉(いせおしろい) 蒜(にゝく)二味を
蜆貝(しゞみかひ)一はいに入 手(て)の大指(おほゆび)手くびの間(あひだ)の陷中(くぼみ)
【手の絵】此(この)●点(てん)の處(ところ)《割書:指(ゆひ)をそらせば|くぼみできる也》へ右の貝(かひ)をおし
つけおき上をよくくゝりおけば治(なほ)ること妙なり
但(たゞ)し虫(むし)くひ歯(は)左(ひたり)ならば右(みぎ)右ならば左 両方(りやうはう)な
らば両方どもくゝり付てよし
【枠外】
広益秘事大全         七十八

【枠外】
広益秘事大全
【右丁頭書】
○雨後(うご)に天くもりてもたゞ
一星(いつせい)見ゆればその夜かならず
はれて明日も天気(てんき)よし
又 星(ほし)の光(ひかり)きら〳〵として定(さだ)
まらざるは風又は雨也 夏夜(なつのよ)
星おほきは明日あつし
○久雨(きうう)の時 暮(くれ)かた俄(にはか)に雨 止(やみ)
雲ひらき満天(まんてん)星(ほし)みゆるは
其夜(そのよ)に天気あしくなり明日
はかならず雨ふる星(ほし)つねよ
り大に見ゆるは雨なり
○日の暈(かさ)は雨ふる兆(きざし)なり但(たゞ)し
朝日(あさひ)にかさありてやうやくに
さゆるときは晴なり
○日の暈(かさ)青(あを)く赤(あか)きは大風
赤きは旱(ひでり)白きは風雨 黒(くろ)きは
大水 紫(むらさき)は大旱なり

【左丁頭書】
○月の暈(かさ)は雨 黒気(こくき)あるも雨
しかれども春霞(はるがすみ)花曇(はなくもり)など
いふことのあればたとひ暈(かさ)あり
ても雨ふらざる事あり
○月のかさは必(かなら)ず中天(なかぞら)にある
時なり十五日の前後(ぜんご)七八日よ
り廿ニ三日の間に有て月の
はじめをはりにはなし月のか
さ一方かけたるは風なり忽(たちま)ち
に消去(きえさ)るは晴なりおよそ暈(かさ)は
其所によりてこれあり世上(せじやう)一
時にはなきものなり
○七八月の比(ころ)大風(おほかぜ)ふかんとては
かならず虹(にじ)のごとくにして切(きれ)たる
雲たつこれを颶母(ばいも)といふ
○冬(ふゆ)日くれて風 和(やは)らかになる時は
明朝(みやうてう)又風はげしくなる

【右丁本文】
 ○魚毒(ぎよどく)を消(け)す法
一 橄欖(かんらん)といふ木を用(もち)ひて即効(そくこう)あり唐(から)にて
舟(ふね)の梶(かぢ)につくる木なり渡海(とかい)する時 毒魚(どくぎよ)の類
もしこれにかゝり触(ふる)るときは魚(うを)消失(きえうす)るといへり
又 魚鳥(ぎよてう)の骨(ほね)肉(にく)にたちたるには梅干(むめぼし)を煮(に)たゞ
らし其汁(そのしる)にて象牙(ざうげ)の粉(こ)をねりてあつく
付てよし
 ○喉(のど)に物のたちたるを治する法
一 宿砂(しゆくしや)《割書:大》  一 甘草(かんさう)《割書:小》  此(この)二味(にみ)を煎じ
用れば何のとげにてもぬける事妙なり
一 喉(のど)腫(はれ)痛(いた)むには糸瓜(へちま)の黒焼(くろやき)を酒にて用ゐ
てよし若(もし)酒(さけ)きらひの人は白湯(さゆ)にてもよし
又 喉(のど)に物(もの)出来(でき)たるにはほうせん花(くは)の実(み)を吞(のみ)て

【左丁本文】
よし治(ち)する事妙なり
 ○瘧(おこり)の呪術(まじなひ)
瘧(おこり)は呪術(まじなひ)の尤(もつとも)験(しるし)あるものなり疑(うたが)ふべからず
一方 【鬼の字3個】かくのごとく紙(かみ)に書(かき)つけ早天(さうてん)に井(ゐ)
の水(みづ)を汲上(くみあ)げアビラウンケンソハカと三遍(さんべん)唱(とな)
へその水にて吞(のみ)てよし又方
  一葉(いちえう)のおつるは舟(ふね)のおこりかな
といふ事を何遍(なんべん)もかきその上へかき〳〵して符と
なし朝(あさ)人(ひと)のいまだ汲(くま)ざる井水(ゐのみづ)にていたゞか
すればおつる事妙也
 ○同妙薬
一 巴旦杏(はだんきやう)【「アメンドウス」左ルビ】《割書:壱匁》  一 甘草(かんざう)《割書:壱分》
右二味を刻(きざ)みおこり日の朝 早天(さうてん)に人の汲(くま)ざる水

【枠外】
広益秘事大全       七十九

【右丁頭書】
○日のうちに風(かぜ)おこるはよし
夜(よる)変(おこ)るはわろし日のうちに風
やむはよし夜半(やはん)にやむはわろし
これは寒天(かんてん)のときの事なり
○東風(こち)急(きふ)なるは蓑(みの)笠(かさ)を備(そな)ふ
べし東北風も雨 南(みなみ)風はその日
たちまちに降(ふら)ず明る日かその
暮(くれ)にか必(かなら)す雨ふる西風北風は
おほくは晴也北風は西風より
いよ〳〵よし但(たゞし)春(はる)北風ふけば
時雨(しぐれ)おほし秋は西風にて雨ふる
南風は四時(しじ)ともに雨ふる南に
海(うみ)ある所は南風にも雨ふらず
といふ所あり東に海(うみ)をうけ
たる所も同じ乾(いぬゐ)風はかならず
はるゝゆゑにいぬゐ風を日吉(ひよし)
といふとぞ

【右丁本文】
を食椀(めしわん)に一はい入れ半分(はんぶん)にせんじたとへば日(につ)
中(ちう)におこるならば其前(そのまえ)までに残(のこ)らず用ゆべし
又方 一 辰砂(しんしや)  一 阿魏(あぎ)《割書:各等分》
右 糊(のり)にて大豆(だいづ)ほどに丸(ぐわん)じ一粒(いちりう)づゝおこる日の朝
用ゆべし又方
一 檳榔子(びんらうじ) 一 草菓(さうくわ) 一 川芎(せんきう) 一 百芷(びやくし)
一 青皮(しやうひ)  一 紫蘇(しそ) 一 半夏(はんげ) 一 良姜(りやうきやう)
右 常(つね)のごとく煎(せん)じ用ゆ《割書:熱(ねつ)つよきは|姜(きよう)を除(のぞ)く》又方
一 牛膝(ごしつ)  一 蕺薬(ぢうやく)
右二味をすり丸(ぐわん)じ早天(さうてん)に五粒用ゆ千日になる
瘧(おこり)たりとも落(おつ)べし又 落(おち)かぬるに
一 馬鞭草(ばべんさう)《割書:中》一 木香(もくかう)《割書:中》《割書:落兼る時は|大にくはふ》一 甘草(かんざう)《割書:少》
右つねのごとく煎(せん)じ用ゆ

【左丁 白紙】

【右丁白紙】

【見返】
特1 206

【裏表紙】

{

"ja":

"養生法"

]

}

【帙 表紙 題箋】
養生法 全

【帙を開いて伏せた状態】
【帙の背】
養生法  全  
【同 資料整理ラベル】
富士川本
 ヨ
 99
【同ラベルの四角左上から、と左下から】
京大図書

【帙表紙(左) 題箋】
養生法 全

【冊子表紙 題箋】
養生法 全

【資料整理ラベル】
富士川本
 ヨ
 99

【右丁】
侍医法眼松本良順誌
隠士山内豊城校補注

   養 生 法

      作楽戸蔵【印】

【左丁】
養生法
      侍医々学教頭蘭疇松本良順誌
      隠士 楽斎山内豊城校閲補註
凡例
此書は西洋各国医書中養生法の其国其所により
山海野谷の地勢寒暖の風土に応して異なるをそ
我くにの風土に応したる事を翻訳【飜譯】せしむ漢文の意に
あたりたると又其あたり難きは西洋語の侭なると有
されは西洋医院のかたはしをも聞しり又病名等の訳し
来れるをしる人は一わたり心得へけれと漢字にもくらく

【右側印】
富士川游寄贈
【頭部欄外蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印

1872287
大正7.3.31

【右丁】
西洋医書をもきゝしらぬ輩は其まゝにてはわかちかたからん
と豊城本人の意をよく聞得て今時の人によくをしへ
さとさんかため我国の語雅俗をましへて俗情に通しや
すからしむすへての事みな此国の詞に引直さんと思へと
さては中々に廻り遠くわかちかたしよりて今の人の耳に
馴れたる漢文洋語は其まゝおけり○病名また分離の説
なと翻訳【飜譯】語の漢医の言来る所にたかひたるか多し又
其意味の違ふもあれはすゑにいさゝか書ぬきてしらしむ
猶うたかはしきは西洋医のよく心得たる人に尋ぬへし今世
西洋医術のひらけ行につれて漢医のさまてなき輩

【左丁】
みな兼学ふかことくさしあたりたる洋語を覚え心得顔に
説さとす輩多し心して尋ぬへし○洋語の侭なるは其意を
尋ねて説明すといへともこれ又其実は洋書の意味をよく
得されは弁へかたきも有へし其道に入て其語脈を能弁へ
されは言たらすをしへたらぬ事有これは此みちのみにあらす
何のみちにもある事なれはその事にのそみてよく
熟したる人に尋ぬへし
付言世に貝原益軒か養生訓と言書有人々能く知る所也
よく深切に説さとしたるものにて養生の大要はかなへるに似た
れとをしむへし天地間の究理又医術に人身究理の説なと

【右丁】
さらに開けざる程にして只漢土聖賢の語又漢医許多の
書により己か身に覚えたる養生法を以て説るなれは今日
の目に見てはいと幼く聞えかたくうけかたき事多しされと
大かたの説は主用すへき事有捨へきにあらす其あたれ
ると違たるとは其所にいふへし又此書中のケ条の外にも
種々の説あれとそを一々論判すれは只其書の非を挙る
に似れはいつれにても障なきは其侭おけりよむ人其書を
見て参考して善をとるへし惣て養生法は病の不発先
にあらかしめ防くへき為にて人々うけ得たる天寿を
自然にまかせて健にをはりを全うすへきをしへなり

【左丁】
  ○住所家室
○夫住所は高くして能く乾き汚穢不浄ならさる所をえらひ
 普く空気の達するを要とす故に居室を作るにはこゝに
 心を用うへし今荒増【あらまし】に其要をしめす
○床下はつとめて高きをよしとす但床下に湿気なからむ
 事を欲す故に風の通路を開きおくへし但床下のつらを
 堀のそき厚さ二尺はかり乾きたる砂を容れは殊に良なり
 其外雨水なと溜らさるやうに心付へし《割書:◦レウマチス◦風疾◦𤻗瘡|◦脚気のこときもの湿気》
 《割書:より生る事|多し》
○居間寝所は殊に高くすへし空気と明りを通し東南は

【右丁】
 開闊【濶は俗字】にし大気をはよく通し風をはな?【吹ヵ】ぬかさぬをよしとす
  ○たとへは空気と風とは水と波といふかことく風は空気のうこ
   きて波の立か如きもの也風なくとも室の口よく開けは
   空気よく入かはるものなり外の気は入口の下のかたより入
   内の気は上の方より出る故に風なき時蝋燭に火をとも
   して入口の上下におき試れは其焔気上なるは外になひき
   下なるは内に靡く是其空気の出入のしるしなり
○戸障子は密にして隙なきをよしとす透間より入風ははな
 はた害あり
  ○温き時戸障子を開くに少しく開くは甚悪し風なき

【左丁】
   方を広く開くへし少しの間より入風はたとへは大器に水
   を入僅に孔を穿かことくそのちる勢ひするとくして
   人の体にさはる事甚し《割書:◦冒感◦発熱等の患これより|おこる事もつとも多し》
○鴨居の上天井まての所に別に窓を開き障子を入て開閉
 自在にすへし室の中すへて晴やかにして入くみたる隈なき
 をよしとす且上下四方白くして清きを第一とすへし
 畳はなるへくは無きをよしとす
  ○室中白けれはよこれ垢つく事早くしるゝ也しかのみ
   ならす光明の反射よき故に昼夜とも明りよし空気
   と明りは人の為に殊に必用のものなり暗室に住ものは

【右丁】
   血色あしゝ欝閉し易し《割書:◦萎黄病◦神経病等を生し又眼気おとろへ|内障を発しやすし人の死るも生るゝも大凡夜中》
   《割書:に多し蓋日光の|所為にあるか》畳は第一塵芥を蔵し其下不浄なる
   事多くともしは〳〵掃除しかたし蚤虱を生し
   もろ〳〵のよこれものを吸ひ込他日にこれを蒸発し人
   の呼吸に入れ大に諸病の根原となるもの也故に板の間に
   して敷物を用ゐ毎坐列に円座を設けおくを良とす
○寝所は板張にして臥床を作り其上に臥すへし足にふむ
 所に臥すは甚忌むへき事也しかのみならす畳の上に臥すは
 よこれたる芥の上に臥にことならす殊に病人は万病皆清浄
 なるをよしとするを以ていかやうにも臥床を作りて臥さし

【左丁】
 むへきなり
○厠は我国と西洋の制造いたく異なれはいふへくもあらす只
 嗅気のもれさるをむねとし殊に清浄ならしめたひ〳〵掃
 除して尿屎の溜らさるを要とすへし糞屎は最不浄な
 れとも人の毒となる事少し農家には軒下に屎桶を
 おき稼作の肥とするに嗅気の堪へかたきも害となら
 す田家の人民壮健にて其為に病を生する事をきかす
  只尿は日を経て腐敗すれは種々の悪気を蒸散しこれか
 為に疫病を発し金瘡なと膿潰さる事多し尿器
 の不浄は側近くおくへからす

【右丁】
  ○西洋養生法にいふ所の厠の制造は先二三尺四方の
   箱のことくにして上の拭板に丸く少し長き穴を穿ち
   これに尻をかけて其穴に肛門陰茎共に入やうにし
   さて其下に中段有爰に半出して壺のことき器を居
   其壺の底漸く細りて下に貫る穴有こゝに蓋有て
   開鎖しはちきにて留る此壺の廻りに水を湛へ壺
   の上端四方に穴有てすちかひに口を付これにも開鎖
   の蓋はちきにて留る此底と上端との開鎖は上の
   拭板に捻るへき環を付て自在ならしむ便事を
   はれは下の蓋を開き壺の上端の蓋を開けは四方の口

【左丁】
   よりすちかひに水走り出て壺の中を洗ふあらひ畢て
   蓋をとつれは嗅気の上に洩る事なし又此壺のした
   尿屎溜りたる上に横に出して上にぬく煙出しの
   こときもの有これよりつねに中の嗅気は高く外にぬ
   け出す【別本による】如此のみならす下に溜りたる不浄ものはしは〳〵
   さらへ除くと云中段に入水は持運ひ入るも有又外より
   懸樋にて入るも有とそ委く絵かゝまほしけれと入
   くみて図しかたく且我国に用なき事なれはその
   大よそをいふのみ
 ○豊城云居家の制造をみるに大かた我国人の欲る所に

【右丁】
  おなしされと此国の家作の事古書に伝ふるものなし
  只古き絵まき物なとにて見てしるも七八百年このかた
  のもの多く其前はしりかたしおのれ年わかきより
  国学家に就て其事を問ふに人家の高低は上にいふ
  かことしたま〳〵神祇の官社の制は伊勢両宮儀式
  帳また造殿式等に記さるゝ所をみるに正殿の高さ一丈
  一尺に過す其低きは終に八尺とみゆれは甚ひくし
  伊勢神宮の式に階の長さ六尺とあるにて床の高
  からぬ事はかりしるへし今伊勢の両宮のさま又大嘗会
  悠紀主基殿なと古代のさまなるへけれとみな神代に

【左丁】
  ちかき全く質素朴実なるのみにして神社は世の人の
  すまへる家の証にはしかたし今世の賀茂をはしめ所々の
  古き宮居また絵巻物にみゆる辻社今時仕入れに
  造りおける稲荷の宮なとみな床下の高くあるなと
  後に制の改りたるものとみゆ此外古き寺なと床下
  に石をしき石灰のたゝきにしたるなとみな床下の
  湿気をはらふ為なるへし我国の盛なる時つくられ
  たる大内裏はおほけなき事なから善を尽し美
  をつくしたるものなるへけれと今書物にのする所
  図と宮殿楼閣の名のみにて其制造のくはしきは知

【右丁】
  よしなしされと今の内裏其遺風なるへし是又おのれ
  らかしらさる所なから板敷にしてしき物を用ゐしるゝ所も有よし
  上け畳といふも敷物にひとし○貴人の寝所のさまは
  類聚雑要抄にあるをみるに床を別に建て四方に戸
  帳をかけたりとみゆ大かた摂家親王方を始寝殿と
  いふ所に別に建られたるものと覚ゆ武家のさま三百年
  前のさまとも替りて各畳は敷込たれと下段中段上段
  と上りて帳台は上段よりつゝきて高き所なり四五百
  年のむかしのさま残りたるは京の北山の金閣東山の銀
  閣なりこれ足利義満公金閣をいとなまれ同義政公

【左丁】
  銀閣を造られて共に数寄者の遊楼也これらみな板しき
  にて二階なり武家には紀州若山に水野殿の屋敷大和
  大納言殿の殿舎を賜りて引移したる家作なりと云
  今の武家の玄関書院とはいさゝか異なりみな板敷
  にて上け畳なり外の作り方はこゝに用なけれは不言
  或人言今の家作に床の間といふもの仕来により
  て家毎に有通例かまち有て平畳より上りたり
  古くは敷板といひて畳の上に板をしき三具足を
  立たるを後には床飾といひて三幅対の掛物中は必
  仏像左右も脇侍なるへきを風流に草木花鳥山水

【右丁】
  なとにし多く香花をかさり仏檀のことくするはいかなる故
  かしらす後に床の間といふ名によりておもへは夜臥すへき
  床の間にはあらすやと云此説みたりなりといへともさも有
  へく覚ゆ又帳台と言むかしのさま今現存するは京の
  東山高台寺に太閤秀吉公の政所高台院殿の御帳
  台を其まゝ納められたりとて山上に建られたり先年
  こゝに行見し事有さるは一間の内に境有てこゝに今
  時俗家に中障子といふことく下より二尺はかり上り三尺
  はかりの中窓のことく襖障子有て其頃の堂上方の書
  れたる色紙かたおして有上下廻りは張つけなり中に

【左丁】
  入れは後にまた出口あり中の広さは覚えすそのころは
  何の心付もなく色紙かたなとをめてゝ帰れり今思へは
  其中に床をおきて臥所成事いちしるし○鴨居の上に
  らんまを明て障子を建るは常なり平人の家にこの
  らんまを板にはり物のかたちをすかしなとしたるは
  風流に過たるよりのすき成へし○又下さまの事はむ
  かしもいかゝなりしや今の江戸の町々のこときは元来
  人多く住込て止事を得さるものゝうら借家に至り
  ては風の吹きぬかぬはさる事なから床も低く表の
  かよひちせまく総雪隠の臭気はき溜の汚物鼻を

【右丁】
  貫き向隣に病人あれは熱のにほひもさけかたしよくすみ
  なれて過すよとおもはる西洋人聞しらはいたく恐るへし
  此等の事は今改るによしなし一構の屋敷をもちて
  心のまゝに家作する人はおのつから東南をあけ北
  よりも風入よくせんとするはかの夏をむねとせよと
  いへることく炎暑に堪へかたけれはなりけりいま
  よりのち家作らん人は此養生法にならひてよく
  心を用うへし民間はむかしよりおのかまに〳〵家作
  すれは必東南を明て作るは自然の理なり山家には
  たま〳〵六七百年前の家作のまゝなるもあれとみな

【左丁】
  争戦の時世にて其時も今もさかりにさかえたると言家は
  少しされは古代の十分なる家作といふものとみにたつね
  しりかたし貝原か養生訓にも床高く湿気なき
  をよしとすと言り○厠は西洋の制造はいたく異なれは
  今当て言かたしされと川屋といへる名を思へは川に
  造りかけて不浄を流し捨るにや大内裏の裏の図中に
  厠といふものなしいにしへは箱にて取捨たるものと
  みゆひすましみかはや人【注】と言名は其事に預りたる人
  にて川やといへるも有しにや古絵巻にも川やはみえね
  と何れの家にも遣水引入たるさまみゆれは其ため

【樋洗御厠人(ひすましみかわやうど)=樋(大小便を受ける箱)を掃除などを受け持った身分の低い女。】

【右丁】
  なるへし今も高野山の坊中はみな流れの上に作り
  かけて不浄ものは山川に流し落すなり世継物語に
  か某か恋たる女房のあまりつれなけれは其屎をみて
  たにおもひ絶んと樋箱をぬすみてみれは香水をそゝ
  きおきたるにていよ〳〵思ひ増りたりといふ事有
  されは其度々器物にとりて捨たる事いちしるし
  これを捨る所川に作りかけたりしを後は其所に行て
  みつからする事となりたるにてもあるへからんか今時も
  物忘【思の誤記ヵ】ひのくせある人はさま〳〵に扱ふも有ときけと押
  なへてはさもあらす実に不浄の気充満せるさまいと

【左丁】
  はしき事なり○すへて如此西洋の家作二階三階なるのみ
  彼国人究理に委しけれは空気の交代なとを専らと
  すれはなり我国にはいまた聞しらすといへともむかしより
  自然に好む所同しさまなり城廓の天守矢倉なとは
  近世彼国の風移り来りしにて我国の古風にはあらす

  ○衣服衾蓐の類
 衣服は人身に生る温気を空気にちらささるためなり
 空気は温気を去り人身をさますもの也故に人多き所は
 温に人少けれは冷なり寒き時衣服を厚くするは身の温

【右丁】
 気を囲ひ空気に奪れさるためなり
○木綿は其質よく温気を引又よく此温気を放つ事はや
 し絹は温気をひく事遅くしてまたこれを去る事か
 たしゆゑに肌にふるゝ襦袢の類は木綿を最上とすこれ
 其あたゝか成といへとも久しく体中より駆りさる旧気を
 保つ事なき故也すへて肌につくる衣類はしは〳〵洗ひ
 て清らかなるをよしとす清からされは汗膩脂垢なと布
 目に留りて体気の発散をとめ再ひ其不浄の気を
 体中に吸ひ入て人身を病ましむ故に襯衣垢つけは
 逆上頭痛等の病を生る事多し殊に夏は汗出る事

【左丁】
 多き故朝夕屡々肌衣を替るをよしとすよこれあつく
 ほとにすへからす
○上衣の類は養生に関る事少き故各寒暖の度に従ふ
 て其欲るに任すへし胸領はよく閉て風の当らさるやう
 心付へし冬日東北の風に向て領下胸上を冷せは咳嗽
 肺病の恐れあり
○帯紐の類はなるへくたけゆるやかにして数少きをよし
 とす総て衣帯究屈なるは血の循環を妨て不宜
○衾蓐もまた木綿をよしとす其中に入るには綿花を
 良とすといへとも年月をへてよこれ垢つけは其害多し

【右丁】
 殊に小児の遺尿なと綿花にしみまた病人の汗膩病毒
 分利の蒸気なと吸ひ込あるを自然に蒸散して体を
 害する事多し故に旧き綿を用うる事なかれこれを
 用ゐて種々の悪病を発る事しは〳〵有又馬毛少
 藁海草《割書:あらめひしき|の類》なと用うる事あり其内わらはよく打て
 用うれはやはらかにして頗る暖なり殊に不浄となれは
 捨てかふるもやすし我国ことに多き品なれは用ゐて
 良なり鳥毛は佳なれとも余り暖に過て悪しきぬ
 わたもまたしかり

【左丁】
  ○飲食
○人の百体発育して止ますこれを養ふものは皆血気
 有か故なり而て血はもと飲食より生す人身齢を全う
 する事を得るは血気を以て也其血を作るもの皆飲食
 の物による故に食を絶すれは衰へ疲るゝは血の減する
 にあり血少けれは体弱く体弱けれは筋力衰へ精神
 才智発る事を得す故に人各其体を壮健にし其才
 力を逞うせんと欲せは必飲食の物をよきして気充?
 を補ふ事を務むへし然れとも五臓府の中飲食を
 消化し血液を製する機関其力に際り有依て妄に

【右丁】
 食して其度を失へは必百子の病を生す故に養生の法其
 飲食の度を以て最関要とする也
○肉食
 鳥獣魚鼈皆人の食に供すへし何れも消化しやすく
 してよく良血を生す中にも嫩鳥獣の肉養分を含む
 事多し《割書:鶏雁鴨家鴨其外小鳥|猪豕牛羊鹿麋の類》煮てこれを食すれは最良也
 肉は蔬菜にくらふれは消化しやすくして𥻮【矛+曹】【糟の誤記ヵ】少く
 化して血となるもの多く糞尿の分少し食後の屍を
 剖解して其胃の中を視るに肉類消化の余り腸中
 に残るものなしこれを以てよくこなれ易きを知るへし

【左丁】
  ○西洋各国中英国は其食最良也殊に軍卒は牛肉を
   食する事一週日の内二廻より少きはなしと云故に
   英卒は戦場に臨みて疲羸する事少く戦の勝
   敗を以て士卒勇怯を異にせすよく艱苦を凌く
   事他国に優れり是食の善にして英の盛なる
   ゆゑんなり諸芸の発明の甚難きもの英の発明
   最多し惣て精神を労し筋骨を使役するもの
   必肉食して其体を養はされは終に疳欝不眠
   の患を生し虚衰して物事に動し易く過敏
   にして纔に浮薄の才智あるも遠謀深慮のかた

【右丁】
   きに堪る事を遂るの力を得る事能はす
○魚肉もよく鳥獣の肉に次て滋養の分多しといへとも
 其質水気多き故に強康の血気を作る事鳥獣の
 肉にしかす且消化悪し
○五穀
 五穀は皆 穀粉(セツトメール)を含む事多く体【體】中に入て脂肪を
 生し血質を補ふ事頗多しといへとも赤血に化る分少し
 故に五穀を食すれは能く其性を全し平生の養生に
 おいて足らさる所なきか如しといへとも滓垽【埑は誤記】多[く]して
 糞尿に化するもの多し五穀を食ふものはよく肥満す

【左丁】
 れとも脂肪多くして其体【體】柔弱なり精力強壮なる事を
 得す難に堪へ苦を忍ふ力少し
○菜蔬
 生菜の類消化よろしからさるもあれとまたよく血中の
 諸生分を補ひ血質を清淡ならしむゆゑに毎食に闕
 へからさるもの也就中菜葉緑色の物をよしとす諸菜
 根中にんしん芋の類消化もよくして且養分を含む
 事穀類に同し皆食すへし然れとも菜蔬の類みな
 質に筋有は木の質也故にかたきものは消化することなく
 烹煮不熟なるものもまたしかりよく心を用うへし

【右丁】
  ○我邦人菜蔬の根葉菓瓜の類を塩につけて平食とす
   《割書:香のもの》皆不消化にして養分を含む事少く害多く
   能なしたゝ飯を食ふ時其鹹味を添るのみ務て
   食ふへきものにあらす若止事を得されは無毒の
   ものをえらふへし中にも瓜の類の漬物夏日の食用
   とするは尤悪しこれか為に下利を発し痢病コレラ
   の類となる恐るへき事なり
○食物の成分大略左に掲示す
  ○肉類諸品大同小異ありといへとも人身諸部の成分
   と相同し付録に考著すへし

【左丁】
  ○鶏卵《割書:百分を以て算》
   白中に水分《割書:八十五分》蛋質【左ルビ:エイヰツト】《割書:十二分》エキス物【左ルビ:エキスタラクチーストフ】《割書:二分半》鹵物【左ルビ:ソウテン】《割書:半分》
   黄中に水分《割書:五十四分》蛋黄油《割書:廿五分》蛋質油《割書:十七分》
  ○穀類
   植物性蛋質 膠質【左ルビ:レーム】 圏素【左ルビ:セルローセ】 脂油【左ルビ:フエツト】 蝋 粉質【左ルビ:セウトメール】
   水分
    其鹵物は即剝多亜私加児基、曹達、麻倔涅失亜、
    鉄、又テキストリネ 植物のフロテイネヤ也 砂糖
  ○菓実
   傑列乙(ゲレイ) 圏素 蛋質 テキストリネ 香素 鹵物

【右丁】
  ○菜蔬根葉《割書:芋菜の類》
   繊総【左ルビ:ヘーセル】 蛋白 粉質 護謨 脂油 ハルス 圏質
   ヱキス物 鹵物 水分 アスパラニィ《割書:窒素保含ノモノ也》
○餅菓子干菓子
 菓子は無用の食物にして敢て身を養ふ為にあらす
 みな穀類と砂糖にて製し毒なきかことくなれとも
 甘味の類は胃腸の裏面をゆるめ軟弱にして食物消
 化のちからを失はしむ故に身を養ふ本原其用を盛に
 する事能はすしかのみならす糖の質は血中に入て
 血の流利を衰へしめ体【體】中諸部みな力を失ひ胃腸衰弱し

【左丁】
 終に腺病を発る原をなす也。《割書:○頭瘡○瘰癧○肺労○眼病○梅毒○膿瘍|の類みな腺病のつねなり》
 小児に在ては脾疳《割書:腸の腺病也》𤻗瘡の本となる大人は肥
 胖病眼病等を誘ひ生するにいたる我国人生来常に
 菓子を食する故腺病家多く肺労眼病等においては
 西洋諸国にくらふれは大凡二倍余なるへし殊に小児は
 追々生長し身体【體】を造営発育すへき時なるをみたりに
 甘きものをあたふるは求めて壮健の天質を軟弱なら
 しめ生涯無用の人に陥らしむる也今時も下賎の小児
 綿服にてよく外気中に遊走し甘味もなき菓子を食
 するものと貴人の子の深窓に絹布を着し外気にあたらす

【右丁】
 みたりに甘味の菓子を食するものと其強福いかはかりの
 たかひなるやくらへ見てしるへし
○水
 水は天授の飲液にして他百般の汁液ことに人造になる
 もの一も其右に出るものなし腸胃の裏面を清洗し固
 性の食物胃中に在もの水を得て溶解し容易く血中
 に入てよく体【體】中を流利す而して其功を終るものふたゝひ
 汗尿蒸気となりて体【體】中残滓鹵物を 掃し表皮
 腎肺より泌別し体【體】外に辞し去らしむ○水の中
 最井水を良とす其良好なるものは清浄透明無色

【左丁】
にして晶子のことく久しく空中におきても少しも其色を
変する事なし○今時の人水を恐れて喫せさるは其
冷なる故也大凡人腹中諸臓の裏面口中と同く
その皮軟かにして薄し妄に熱物を食ひ熱湯を呑
めは是か為に収縮力を疲らし馳【弛の誤記ヵ】縦解軟し消化の
用に堪さるに至る也惣て堅きものを湯に煮れは化し
て軟となり軟きものを水に冷せはしまりて堅く成を以て
しるへし然れともいまた曽て冷水を用ゐし事なき
もの一時に水を呑めは其つねに馴さるか故に時として腹痛
を起し下痢を発る事有漸々によく冷水を呑習いして

【右丁】
 終に湯茶の熱物を禁すへし
○水中に含む所の成分大略  
  ○炭酸 氛囲【圍】諸瓦期 炭酸塩 燐酸塩 硫酸塩
   アンモニア 食塩 硝酸塩等の類也此他諸鉱物等を含
   事有といへとも皆不時の集会物にして水源の土
   質に因て同しからす右に記す諸分各少許を含む
   もの尤飲水に良とす而して水分の中人身に益
   あるもの酸素なり然るに湯は炭火上に煮るに
   よりて水中の酸素蒸発し減して却て炭水素
   を増す故に妙ならすとす試に魚を冷湯中に放ては

【左丁】
   はしめは活発なるも少許呿々して終に斃るこれを
   以て煮水の動物に善ならさる事をしるへし
○茶
 茶は尋常習慣に因て世界万国の人民みなこれを用ゐ
 よく精神を鼓舞し消化機を補ふ然れとも其量に過
 れは害有却て消化機を傷ふ且熱に過れは尤良なら
 す茶の原質をテイネといふ其性人の精神を鞭ち鋭
 く且盛ならしむ故に茶に酔る人酒に酔るかことく前
 後を失ひ昏迷せしむる事なし然れとももと鞭撻
 刺戟の質あれは精製の茶を多く用うるは害なしと

【右丁】
 いひかたし茶色濃く味ひ志ふく且苦きは其中に含
 む単寧【左ルビ:タンニン】といふものにして収斂強壮の能あれは功もまた
 なきにあらす
○酒
 酒類の味有はみな其中に含むアルコリネによる酒醸の
 醇烈なるものはアルコホルをふくむ事多し故に酒と焼酒と
 同物也少しくこれを呑めは精神を鼓舞し血行を旺
 盛せしめ一時快心なりといへとも漸久しくして身心
 倦怠精力沈抑すこれによつて酔客は始騒くして
 後に睡眠を催す者多し故に他日其愉快を求めん

【左丁】
 と欲るもの次第に其酒量を増されは前日の楽をうる事
 不能終に血中に其毒を遺し精力沈衰筋場肉潤顛
 狂不治の廃疾を作すに至る若其害しからさるものも消
 化機を傷ふを以て酒客多く不食にして身体痩枯す
 るもの多し時として酒客に脂多く肥大なるもの有是
 只アルコホル中の炭水質化生して脂肪を生し皮肉
 間に充満するのみ所謂脂肥病といふ一種の悪病にして
 決て壮健にして筋肉肥堅なるにあらす故に酒は康
 平の人に在て独大害有のみ少も用をなす事なししか
 のみならす其毒を以て子孫に伝ふれは酒客の子多

【右丁】
 く肺病痔疾等の患有近頃英吉利の新聞紙を見る
 に多く発狂の患者を冤するに其原父祖二世の酒毒
 に発るもの多しと《割書:云々》人の万物に長たるは只精神才
 智の殊に優なるを以て也若酔醒昏迷発狂の如きに
 おいては人の禽獣に異なるゆゑん又いくはくそや
 戒めさるへからす
  ○酒害右の如しといへとも若流行悪病ある所
   其土地湿沼瘴【注】■【雰の誤記ヵ】甚しくやゝもすれは虐病等
   流行するところは朝夕に其度を定めて純良の焼
   酒少つゝ服し適好に精神を鼓舞せしめ

【左丁】
   神経力をして悪病気に勝しむへし故に航海の
   人は少つゝ是を喫するを要とすけたし諸国の軍
   船みな政府の費を以て醇酎を備へ其水主軍卒
   の飲料に給するは此理あるゆゑなり
  ○上好純良の焼酒は透明水の如く舌に触て悪む
   へき辛辣の味少し百分にしてアルコホルを含
   む事三十分より五十分にいたる
  ○純アルコリネは炭素《割書:四分》水素《割書:十二分》酸素《割書:二分》をふく
   めり其他見る所の成分は其製のあしきにより
   て混するものなり

【注 「ショウ」=山川の毒気にあたっておこる熱病。】

【右丁】
○口は実に百病の門にして飲食の過不及食物の善悪に
 よりて諸病を導く総【惣】て良き滋養のものを択ひ已に
 其腹に飽かは則止むへし一時に多種を交へ食ふ事
 なかれ人々其体【體】の強弱と労働の多少にしたかひ
 且空腹の時節に応し一日分其宜に適せしむへし
 先朝食は其味単簡にして軽きものを良とし昼は
 専ら滋味にして養ひ多きものをよしとし哺食は
 また簡なるへし夏日暖地に住む人は多く野菜を
 食ひ冬日寒地は肉食を多くすへしすへからく能其
 時刻【剋】をさためおくへし夜間に遅く食すへからす食

【左丁】
 後速かに寐につくへからす熱物は胃腸を傷り消化の機
 をさまたく務て冷物を食すへし就中水は飲液中
 最第一の天造物にして血の流利を調へ腸胃を清
 淨にし能く消化の機を助く但甚しく過飲する事
 なかるへし○人食時に臨みて其色味をえらひ或は酒
 醸を貪り痛飲止す又放食多餐恒なく妄に甘味
 を嗜み湯茶を喫し体【體】躯を養ふ霊物を以て却て
 其身をそこなひ終に是か為に病を求め其身を亡
 す賎むへく笑ふへきの甚しきにあらすや魚の餌に
 よりて釣られ鳥獣も食を求めて陥阱におち入るみな
 

【右丁】
 智なき故也人は万物の霊として自ら口腹のためにその
 身を殺すは他の魚介鳥獣に及はさるかことし可慎
 事ならすや
 ○豊城云肉食の事今時我国に四足の物を食すれは
  穢るゝよしに忌むはいつよりの事なるか仏法の盛
  になりて戒をたもつなと言事よりして神前にも
  いむ事と成しなるへし日本紀をはしめ古語拾遺
  なとにも肉食の事見え又延喜式に三ケ日歯かた
  めの供御に鹿肉【宍は肉の譌字】猪肉あり類聚雑要抄には鹿肉
  代用水鳥猪肉代用雉と有其ころは改りたる成へし

【左丁】
  今も春日若宮の祭には狸百疋兔百疋雉百羽を掛備へ
  諏訪の神事にも獣頭を数々贄とす釈奠の祭料
  にくさ〳〵の獣類用ゐられたるなと今もかはらぬにや
  火串さして鹿を射しも食用のためなり兔は今
  将軍家の御吉例に奉るなと三百年前まてさのみ
  禁しられたりとも思はれす太平うちつゝき料理も又
  さま〳〵たくみを尽し魚鳥も多く成行にしたかひ
  人も麁食して力を労するもの少く安座して滋味
  を好むよりおのつから四足はいむ心もおこり仏法因果
  の説なとになつみ勇気のおとろへこし治世の一癖

【右丁】
  なるへし○養生訓に中華朝鮮の人は脾胃強く飯を
  多食し六畜【注】の肉を多く食て害なし日本の人は是に
  異なり穀肉を多食すれはやふられ易し日本人の異
  国の人より体【體】気弱きゆゑなり《割書:云々》此説うけかたし人
  性何そ和漢[こ]とならんや此頃より早く太平の癖生し
  かゝり獣肉なと食ふもの稀に成行腹に馴さるもの肉
  の善悪新陳をえらはす多食して却て害有しを
  見たるなるへし今時とても肉の日を経たるもの病獣の
  肉なとみな害有西洋人は各人の強弱運動の多少に
  よりて節に応して食す猥に飽食するにはあらす

【左丁】
 ○穀類称用せされと米は我国の常食にして今改るに至る
  へからすしかのみならす我国の米にはフェット多しと西洋人も云り
  しとかヘット(━━━━━━)とは脂肪を言とそ糠の油多きなとさる物
  なるへしむかし隠元禅師渡来して米の飯をあたへたれ
  は獣類の油入たりとて不食さるものにあらすといへときゝ
  入すよりて眼前にて白米を取出しかしきて直に焚
  てみせけれは初て安堵して食しけるとか隠元ことき
  智識に至りてはフェット(━━━━━━━━)多しとしれるにやされは我国人
  常食に脂肪有米にて養へる所も有へししかはあれと
  粉にて作りたるもの多く食すれはこなれ悪し胃中に

【注 馬・牛・羊・豕(いのこ)・犬・鳥の六種の家畜。】

【右丁】
  停滞して害をなす事眼前也外の穀物もみなしかり
 ○菜蔬木の質有ものあしかるへきは勿論也香の物も説の
  如しといへとも今これに代るものなししはらく多食を
  禁すへし夏日の新漬もの亦心を用ゐて食へし
 ○味噌汁といふもの家毎に常食なりかの国になけれは
  こゝに説なしといへとも押て考るに麦豆を用て麹を
  加へ塩にこめて造り貯れは必胃中にして疾くこなれ
  されは腹持よしと称誉すれと麹はもと米をむし花を
  咲するとてにびのことき物を出し甘くする故腐れ易し今
  これに代るものなけれはいかむともしかたし心をつけて

【左丁】
  其害にならさる程をはかるへし又麹納豆甘酒なとみな同
  物也としるへし○養生訓に味噌は性和にして腸胃を
  補ふ《割書:云々》此説うけかたし其性質を委しくせすして常
  食に馴たるを以てかくいへるなるへし
 ○餅菓子干菓子共に今時の如きはいにしへに在事を不
  聞全く三百年来太平の贅物也追々高尚になり行
  此頃製るものは其味も淡薄にしてさのみ胃中 ̄ニ もた
  るゝにもあらねは上製なるは少しはゆるく【或は「し」ヵ】もすへしすへて
  甘味のものを過食すれは胃腸の収縮力を弱くして必
  大成害をなし蚘虫【注】其外諸難病を発る事有とか可恐事也

【注 かいちゅう=腹中に寄生する長い虫。回虫。】

【右丁】
 ○菓実の類酸味有もの清涼の功有もあれと熟菓に至
  りては甘味多く成行害をなすも有一般には言かたし
  栗なとは粉類にして停滞物也又柿の渋多きを酒
  樽に込て渋をぬき甘くして食ふ是等直に酸敗し
  たるものなり食ふへからす
 ○水の事爰に挙るは清浄の井水を言也今江戸の市
  中に用うる井水は川水を引たるにて澄るときはよし
  といへともやゝもすれは濁り又水上に汚物も流れ来る也
  又所によりて堀立る井水も水近きは井戸側の外に腐
  たる水なと流れこむも有これらもよしとして多くのまは

【左丁】
  害有へし呑水は井をえらひ用うへし養生訓にも此事は言り
 ○茶もまた一般によしとはいひかたし宇治の茶製を見るに末
  茶はいふもさらにて折物なとの上茶はいかにも清浄にして
  深切に精製するもの也下茶の晩茶といふに至りては飼葉に
  ひとしく道端の土間にならへ出して馬のいはりも散かゝ
  るさまなりこれらの下茶は心すへし又最上の茶は芽出
  し葉のみにしてテイネ(━━━━━━)の質多しといふへしこれか為に
  精神を衝動しいぬる事あたはすされと茶には酒の
  如き精神を狂迷する害なしといへは不寐にして精
  神のつかるゝのみなりよりて又余り最上の茶は害あり

【右丁】
  とすへし○養生訓に茶は冷物なりとて上けたる説有害
  有と言は同意なから茶の性質の論はあたらす
 ○酒の事よしといはむ所なしされと禁しかたけれは上酒は
  いさゝかゆるすへし成たけ冷酒をのみ習ふへし熱酒は
  ことに害有といふ今時通例の酒は灰汁を以てなほし
  たるか多しこれらは心してのむへからす中汲【注】なと尤害有
 ○養生訓に冷酒は痰を集め胃を損ふといへるは非なり
  丹渓か冷酒をよしといへるそあたれるなり

【左丁】
  ○煙草
 煙草は其質を委しく論すれは害のみにして良とすへき
 所なしされと今世界中追々盛に成て貴賎に限らす好
 嗜し馴たるもの其害なきかことくなれと馴さるものは眼前
 に瞑眩し咳嗽を発し口舌を焦し又胃の気を弱くす
 る事著し煙草に種々有嗅きたはことて粉末にして
 嗅くもの有嗔【噛の誤記ヵ】み煙草とて口に入て直ちに其葉を喫るもの
 あり又煙管もて只其煙を吸ふもの有則我国の刻煙
 草西洋人の巻煙草なと此類也西洋人の煙草をふく
 をみるに皆只煙りを口に入て是を吹出すのみ我国人

【注 なかくみ=濁り酒(どぶろく)の一種。上澄みと沈殿(よどみ)との中間を汲み取った下等の酒。】

【右丁】
 の習はしは気息に深く引てはらの中に入これを吐くに
 鼻より出すされは西洋人にくらふれは其害尤多しといへ
 とも年来のならはしにて幸に其毒にあたる事なし
 煙草は一二吹してつれ〳〵をなくさめつかれを忘るゝなと
 其煙の口に入て一種の佳味を覚え精神を鼓舞せ
 しむるか故也吸ひ入るとすひ入さるにはよらすされと弱き
 葉は吸ひ込されは功なきか如くなれは強き葉を口中
 のみにて吹去る事とすへし今俄に禁すれは又これか
 為に害あり年若き人はつとめて呑ならはさるうちに
 禁すへし

【左丁】
 ○豊城《割書:言》煙草はもとより害多く益なき事皆人のしる
  所にして既にむかし制禁せられしとかきけと今は大や
  けにして制するものなしされと旅行する人道にいこふ
  程煙草一ふくに遠足の労を忘れあるひは閑居の
  つれ〳〵をなくさめ深窓に書見する人なと是をもて
  欝を散し浩然の気を養ふ又きぬ〳〵のわかれに
  臨みては此一ふくに其情を残すなと其なす所によ
  りては害有とのみもいひかたかるへし今時の人さのみ
  好まさるも煙管の一具不揃は事闕たることくおもふ
  よりつひに呑習ひて側をはなたすされは若年より

【右丁】
  よくいましめて呑ささらしむへし○養生訓にも性毒也
  といましめおけり

  ○浴湯
 温湯浴寒水浴共にみな肌の垢を去りよく蒸気の発
 せしむるをむねとす人身垢つけは腠理《割書:毛穴》を塞き血
 中の糟滓体外に放し去る事能はす体中に留りて
 終に悪寒発熱冒感の症を発せしむるなり
  ○世人冒感の症を風邪と云是多くは寒風にあひて
   肌膚の気孔収縮し血行裡に走りて悪寒を発る

【左丁】
   なり寒風肌を収縮せしむると垢の腠裡を塞くといつれ
   も害をなす事同し故に風邪の時入湯してよく垢を
   去りあたゝまりて寒さにあたらされは大かたかるき風邪は
   即時に治るなり
○浴湯熱に廻れは表部をゆるめ力を失ひ少しの寒さにも
 容易に冒感すつとめてぬるき湯に入てよく垢を落し
 直に衣装を着し運動して再ひ発汗すへし熱湯に浴
 して後単衣にて久しく涼む等に至ては其害又甚し加之
 熱湯に入るもの漸くに体力を弱くし癇症を発しまた
 中風を生す江戸の人中風多きは熱湯の害也近世西洋人

【右丁】
 の湯温華氏寒暖計六十五度を過る事なし願くは冷水
 欲を善とす○壮健にて日々運動するものは日々入湯するも害
 なし虚弱の人は月に五六度くらゐにすへし但つとめて体に
 垢のつかさるやうにすへし
 ○豊城言浴湯の事養生訓に熱湯を用うへからす温り
  過すへからすといへるはよし又初発の病には薬に増りたる
  事有といふも風邪の初発ならんにはよくあたれり寒月
  には湯あみて垢を洗はす只下部を洗ひて早く止むへ
  しといへるは聞えかたし垢を落す為の浴湯なるをあた
  たむる事にのみ思へるは非也○又温泉の事さま〳〵いへと

【左丁】
  温泉は病を治る為に入湯なれは其病により其湯により
  て性質をえらふへけれは養生法にいふへきにあらす

  ○睡眠
 睡眠の間は五官《割書:視聴味|嗅覚》の用全く休止し精神を発動せ
 しむるものなし睡中四体の不便あれは其人これを覚ゆ
 る事なきも寐かへりし又枕を直しおのつから安逸を
 求むるは精神少しく作用するを以て也然れとも大凡
 皆鎮静なる故に日中の労費を補ひ神力体気を
 復する事多し是を考るに日中労するをもつて

【右丁】
 夜間睡眠を得るか又は睡眠あるか故に日中の労動を得る
 かいまた甚明らかならさるか如しといへとも人若睡眠に
 足らされは精神疲労をおほえ身肢だるくおほえす
 あくびのびをする也若久しく眠らす神思を労する
 事多けれは病気増して神力敏に過き些のことにも
 驚き五官霊敏にして事物目にふれやすく耳鳴て
 蝉の鳴か如く四肢震へて筋力弱り身体枯瘦し勇胆
 おとろへ遠謀深慮を遂る事不能世にいふ癇症なるも
 のこれなり○人の物事に不感喜怒哀懼の妄に起らさ
 るは精神強くして事物に動せさる故也是を以て不

【左丁】
 眠は人の為に害有事多し少くも昼夜平分の時にして三分
 の一は安眠すへし夏日長晷の時は午後期限を定めて午
 睡し夜中の不足を補ひ精神才力を増益すへし
 ○精神を休止するは必要なりといへとも多く寐て用ゐ
 る事少けれは精力安逸に過て毎事倦易く才力
 発動しかたく運血も遅滞し易く筋骨軟弱怠
 懦にして機会に応する事能はす又是か為に諸種
 の病痾を生す大凡書生学問を事とするものゝ如
 きは爽明に早起して新鮮発動の精神を以て
 書をよみ才智を煉り午時前後倦怠を生せは断

【右丁】
 然として文事を止めて庭外に動労し筋骨を堅く
 し然して後更に緩解して神思を養ひ点灯のゝち
 復ひ案【つくえ】につき精力を労使し二更【注①】の頃蓐に入て安
 眠すへし人各精神に限りあれは昼夜勉強して
 鞭策するもあなかち其益を得る事尟【尠は俗字】し
 ○豊城《割書:云》睡眠の事養生訓に飲食の欲色情の欲
  睡眠の欲是を古人三欲といふ《割書:云々》いぬる事少くする
  は養生の道なる事人しらす眠少けれは無病になるは
  元気めくりやすき故なり《割書:云々》又千金方 ̄ニ曰養生のみち
  久しく行久しく坐し久しく臥久しく視る事なかれ

【左丁】
  《割書:云々》と有又世俗蛍雪者の昼夜の間二時の眠にて足るなと
  妄に説くは何れも人身の事を不知故也如此人多く色
  蒼く色沢【注②】なく少事におとろき易く物の用に不立
  もの多し能心して養生法度を用うへし

  ○房事
 房事は康健の人各其体力に応して疲れさる程に
 すれは却て養生に適せり是人間自然の本性にして
 止事を得さる所也但房事の後は静に安眠すへし殊に
 子夜《割書:夜九ツ時|を云》前をよしとす然れとも若年のうち成長

【注① にこう=今の午後十時前後。】
【注② しょくたく或はしきたく=いろつや】

【右丁】
 するの間は害あり其身いまた全からさるに其後を造るの
 理なし老人もまたしかり其身日々消耗するものこれに
 かふるに房事を以てすれは精力を失ふ事必多し中
 年壮健の人といへとも其度に過て多けれは神力を耗
 し思慮を薄くし体もまた衰へて動作する事か
 たししかのみならすこれか為に人倫の大義をうしな
 ひ家を破り身を亡すにいたる
  ○房事に就て一事有楳毒の原はみな房事
   よりおこる下賎のもの百人の中九十五人は楳毒
   にかゝらさるものなし是其原花街売色に制な

【左丁】
   き故也西洋諸国楳毒を恐れて花街を破却せる事
   あり其時却て楳毒の病人増れり是房事は天性
   の人欲なる故花街なけれは窃に売色するもの多く
   其もとしるへからさるゆゑなり依て其後公に花街を
   まし毎所厳重に守衛を設け法を立て楳毒病
   院を建て毎一週匿官をして総【惣】売女を密に改め
   少も毒に感する婦人は直に病院に入て治療を加
   へ治して後出して元に帰らしむ其故に楳毒いまた
   劇毒に至らすして速に治し花街毒原を掃除
   する事を得て大 ̄ニ楳毒の患者減せりと《割書:云々》○楳毒は

【右丁】
   人より人に伝り追々其毒を増し是か為に生命を損
   し又其子に伝へて種々さま〳〵の悪病を生す実に楳
   毒女壱人を以て其毒を散して幾千人におよほす
   事をしらす花街に此制なきは人を毒池に陥ら
   するに異ならす此制はあらまほしき事也
 ○豊城云房事の事貝原か養生訓に交接の期を千
  金方によりて人年廿の者四日に一泄す三十の者八日に
  一泄四十の者十六日に一泄五十の者廿目【日の誤記ヵ】に一泄六十は
  精をたもちて不泄若体力盛ならは一月に一度もらす
  気力盛なる人欲念を押へこらへて不泄は腫物を□□

【左丁】
  性弱き人は此期にかゝはらす慎て泄すへからす以前は血気
  生発して未堅固ならす此時しは〳〵泄せは発生の気
  を損し一生の根本をよわくすへし《割書:云々》此説いはれたる
  ことくなれと人各天質にしたかひてみつから取捨す
  へしあなかちに年齢を以て定めかたし若年血気
  未全の者は甚不可也却て老人より其害甚し又千
  金方に房中補益の説有とて年四十に至ては房
  中の術を行ふへし《割書:云々》其説に曰四十以上血気漸く衰
  ふる故精気を不泄して只しは〳〵交接すへし如此
  すれは元気へらす血気めくりて補益と成と《割書:云々》この

【右丁】
  説尤用ゐかたし情欲盛なるものゝかゝる術を行んと
  せは却て害有へし又情欲もおとろへてかゝる術をこな
  はるゝ人はさしても有へき事なりされと此法を用
  うる人もありときけはこれもまた人によるへし

  ○運動操作
 人身諸部の制たる皮肉骨神経に至るまて皆各その
 主る所有体の動静に応して其用に給し日々の飲食を
 以て其費す所を補ひ旧物去て新品代り来り毎に
 過不及ある事なし故に費す所多くとも補ふに

【左丁】
 不足なけれは其体常に生新にして交代の機弥盛なり
 而て其退謝を補給する毎に少く其前より増加す故に
 人目をつかふ事多けれは其目自然に大きくしてよく
 説とく手足を労し力をつかふものは必其手足壮太
 にして旦力を増加し前日の非力も終に有力となる
 如し精神を労するもの其才智自然敏鋭なるといへとも
 百体の血気運為盛ならされは身体疲痟虚弱と
 成故に終に精神を養ふ事能はす智有といへとも
 精力たらすして事をなし得ること能はさるにいたる
 ○身躯の運動其百体を使役するか故に体中千万の

【右丁】
 機みなよく奮起し臓府餌養の輸送も従てさかんに
 汗尿去滓の作用又いよ〳〵多か故滞留の汚物なく
 諸器皆新鮮良好を得筋肉肥堅骨格長大よく百害に
 堪へ少しの病原も病ましむる事能はさるに至る運動
 の人身に益有事かくのことしすへて座して事を操
 り業を為すものといへとも殊に早暁の間外気中行走
 労作すれは新鮮清涼の空気を以て血液を清浄に
 し百体を補理すへし故に体中の機みなよく盛に活
 発し飲食消化尿屎の通利等各其所を得る也実に
 養生法中に運動を以て最至要の事とすへし

【左丁】
 ○豊城云運動の事は本文の説の如く今時力士とも角力とり
  土俵をつりて胸をうたせ頭耳をうちかたむ手足は
  いふもさらなりさてやらかくにして力士の並に入る
  すへて武芸に心さす人身をかため息をたもつも皆
  ならひによるひとり文事にかゝる人とかく机上をはな
  れす運動かひなきゆゑ病身なるか多しいかにも
  運動は心かくへし近世蝦夷の国々ひらけ行て空
  太島にも越年する事に至るこゝに越年する人大
  やけより建給りて越年家と云は魯西亜国なとの如く
  防寒を助る家造り也こゝに火を貯て在といへとも

【右丁】
  極寒の頃は寒度無度より廿余度下る事もありと言
  る寒さなりときけは中々おろかならす火酒等にて
  寒を凌きぬれは春になりて腫病を煩ふといへり
  運動を聞くに武芸角力力押なとをし或は雪中
  犬に引せて雪舟【注】に乗百里外の野山を巡見し山
  中木陰に野宿し明れは又雪舟に乗て運動し
  ぬれは汗して寒を忘ると云かく運動して凌く
  ものは春に成ても無病壮健也とまのあたり試ていふ
  なりされは人体運動にましたる養生は有へからす
  武芸角力のこときを実動と云駕輿舟の如きを

【左丁】
  虚動といふ虚動は筋骨を強くするにいたらす実動
  をまことの運動養生の専務とすへし
  或人云此書衣食住共に尽したり可惜は婦人運動の
  法又所せき上たる人閉居文学の人等行住坐臥の体の
  心得かたなとも有たしと云りいかにも婦人つねの心かけ
  妊娠中出産のゝち小児の養ひかたまた上たる人
  閉居の人の気皃の調かたのをしへもあるへかりしを養
  生訓にならひて其大かたをとかれたれはこれらの説は
  もれたり追日付録に委しくしらへてをしふへけれは
  そを待給へとこたへおけり

【注 ゆきぶね=雪上で用いる舟型をした橇(そり)。】

【右丁】
  ○病名

○《振り仮名:僂【偻】麻質私|レウマチス》  風疾の一種にて諸々いたむ病也又傷冷毒とも云

○風疾        ふし〳〵いたみなやむ人々俗よくしる所也

○湿瘡        ひぜん也しつとも云

○脚気        人々よくしる所也

【左丁】
○感冒        俗に風を引と云蒸発気の閉塞したる也

○発熱        諸病にかねて発す人々しる所也

○萎黄病       《割書:血のあしく成たるより発る病にて色あしく黄色をおひ息切|しておりかたきなとの症也》

○神経病       《割書:精神にかゝりたる病にて癇症なといふ類物事気にかゝり|又ふさきなとして心配多く無益に心労する病也》

○痢病        下利病の一種にて血なと下し流行する病也

【右丁】

○コレラ       近年しは〳〵流行す俗にコロリと云吐下甚しく暫時に斃る
           もの多し

○瘧病        おこり俗中よくしる所也

○肺病        肺の臓に毒付て終に肺瘍労症となる病也

○痔疾        俗中よくしる所肛門にかゝる病也

○腺病        一種の血毒によりて発る病にて腫物頭瘡等を発し且肺
           病なと発る性質あるもの也

【左丁】

○肺労        肺臓に毒付ていえす長引疲労する也

○瘰癧        頸首の廻りにぐり〳〵多くいでき終にうみて頑固難症の
           膿腫と成もの也

○頭瘡        頭のてき物人々しる所也

○眼病        眼の病くさ〳〵有人々しる所也

○楳毒        かさと云さま〳〵種類有人々よくしる所也

【右丁】

○膿瘍       うみの出るできもの是はくさ〳〵有人々しる所也

○脾疳       小児吐乳なとよりして驚風ひかんなと煩ふ人々よくしる所也

○肥胖       脂肥病と同しく平人ふとる事の過たる病也
            《割書:但角力取なとの如く筋骨つよくふとるとは異也》

○顛狂       世にいふ気ちかひ也人々しる所也

○咳嗽       せきの病也

【左丁】

○癇症       かんきにて欝しふさく病也

○不眠       かんきにてねふりかたき病也

○蚘虫       腹にわく虫也くさ〳〵有

  ○分離説

○鶏卵       白中《割書:白みを云》黄中《割書:きみを云》水分《割書:水の所といふか如し》

【右丁】

○蛋白質(エイヰット)       《割書:蛋とは玉子の白みのことくねばくしてにかはの薄きこときもの也|人の体中血の本也此ものによりて生す》

○エキス《割書:エキスタラクチーストフ》 《割書:諸々の香の元又は苦辛の味の元々【にヵ】成もの也たとへは辛子のからき|所○麝香のにほひの質等これなり》

○鹵物(リーテレ)        塩類土類餹類灰類のもろ〳〵の元素と合せしもの

○蛋黄油        玉子のきみに含む油

○植物性蛋白質(プランテンエイウイツト)    草木に含む蛋白質といふ事

【左丁】

○膠質(レームヘーヘンデストフ)《割書:○コンテリネ》 骨或は筋に多しにかはの如きものゝ元を生る質のものをいふ

○圏素(セリユローセ)       丸き池の如く総【惣】て諸体の原始なり

○脂油(フエットヲヽリ)      《割書:脂は生物のあふらにて凝て白く或黄成物油は多く草木の実より|出る水油也○脂油は其二ツを合せし如く魚の油のことき是也》

○蝋(ワス)         蝋也火にあたゝむれはとくるもの也

○粉質(セツトメール)       穀物のうちに含むものにて粉なの精物也

【右丁】

○テイネ       茶の内に含む精気にて茶の能は即此テイネの功也

○単寧(タンニン)       《割書:草木のうちに含む元物にて其性しぶくして人体諸部のゆる|めるをよくかたくする功あり》

○アルコホル     《割書:酒焼酎の精気にて人を酔はしむるもの也焼酎に火を付れは|もゆるはアルコホルのもゆるなり》

○炭素        《割書:炭素は尤炭に含む事多し空気にも此もの多くすへて|草木鳥獣の此元物を含まさるものなし》

○水素        《割書:水素は水の元にて此ものに酸素を合すれは水とな
ゝ【「る」の誤記ヵ】なり|気に成て多く空中にましり有なり》

【左丁】

○酸素        《割書:酸素は水素と合て水と成もの也此気人を養ふの大元となり|多く空気中に有て人の呼吸に入尤入用のものなり》

○剥多亜私(ホツトアス)      《割書:灰に含む塩の如きものよく水に溶化す世上にいふ所のあく水は|此ものゝ水にとけてましはる也》

○加児基(カルキ)       石灰の類也

○曹達(ソーダー)        塩のもとなり

○麻倔涅失亜(マグネシア)     土質のものにて一種の元素也

【右丁】

○テキストリネ   草木の養衛の元也

○傑列乙(ケレイ)     かんてんの類

○香素       匂ひの元也

○炭酸       炭素と酸素の合せるもの也

○炭酸塩      炭酸と他の諸物と合せるものにて其品甚多し

【左丁】

○燐酸塩      《割書:燐は夏日空中に飛ふ人魂或は狐火なとの元也酸素と合してよく|他の元物と交る事炭酸塩なとゝ同し》

○硫酸塩      これは硫黄の元也酸と合し塩に交る事前に同し

○ゴム       木のやにの一種也水にとけるをゴムと云

○ハルス      《割書:草木にふくむやにの一種なり火或は焼酎にとけるを|ハルスといふ》

○アスパラニイ   動物の一種の元素也

【右丁】

○アンモニア    一種の元物也人獣共にこれを含む事多し

○食塩       平日食する塩也

○硝酸塩      《割書:硝酸といふものよりなり立たるものにて硝石ホツタアス|マクネシアの類》

○窒素【左ルビ:スチッキストフ】  元素の一種也

○氛囲諸瓦斯(フンヰ カス )【左ルビ:ダンプキリンク】  《割書:氛囲とは大空中の気の総【惣】名也瓦斯はそのうちにある|もろ〳〵の気の事也》

【左丁】

○繊絲【左ルビ:ヘーセレン】   繊維の事也諸部を織なしたる糸也

○蛋白【左ルビ:エイヰット】   玉子の白みとおなしやうのもの也

○圏質【左ルビ:セル】      圏素同物也

○鉱物       金石の類也

追加
豊城云食料の事につきて或人問云我国人米を尊み五穀と
いへとも其外は次とするは平生の習はしにてさても有へけれと
軍陣に出立兵粮には運送もたやすからす外国人の平日の
食料又軍陣の兵粮なと一人の分量等はいかならんといはるゝに
よりて今神奈川横浜に在留せる播磨の国人彦蔵と
いへるか亜米利加国に漂流してかの国人になりたるか
あるに此事を尋ねしに則しらへて通弁したる趣左に記
一食料は人々の常習生質にしたかひ又産業による故に
 予め定めかたしといへとも西洋各国ともに昼食を重とし

【左丁】
 て凡七度に五品七品を用うるを常とし朝夕は蒸餅又は粉の
 類に昼食に調理したるものを残しおきてこれをくはへ
 食し又鶏卵一二箇或は野菜の塩漬或は醋漬なとを
 食ふ軍陣船中において用うる量は凡定り有今こゝに
 いはん但し大勢に用ゐて後一人宛割て云所と知るへし
一英吉利軍艦食料一人に総【惣】掛目三十八℥(オンス)《割書:一℥日本|八匁也》《割書:○総目三百四匁に|あたる》
 米小麦粉《割書:団子のことく製しスーフ(______)に入又は|砂糖ボートル(________)等をともに食す》《割書:○スー(____)フとは鳥獣の類肉骨共に煮た|る汁日本にだし汁のこときもの也》
 《割書:ボート(______)ルは|牛酪也》大豆牛豚野菜此外時に応して種々也これ等総
 掛目三百四匁也此外に飲料茶コーヒー(________)《割書:豆のことき木の実をくたき|たるもの日本香せんの類也》
 酒《割書:火酒なれは五勺其外の酒[は]|強弱により三合五合にもいたる》醋も一人に五勺程つく食料の内に算入す

【右丁】
 右の食料は戦争の時或は動作劇しき時の量也平日
 安静の時は凡食料の三分一を減す
一亜米利加軍艦食料
 一周を三つに分ち○初三日の間は一人に塩豚十六℥大豆
 いんけん豆七℥小麦粉 ヒスコイト(__________)《割書:乾パンの|如きもの》十四℥胡瓜の類《割書:醋漬塩|つけ》
 一℥砂糖二℥茶一℥半《割書:総掛目四十一℥【半脱】日本目方|三百三十二匁にあたる》○中二日の間は
 塩牛十六℥小麦粉八℥干菓物《割書:なしぶとう|扁桃仁の類》四℥ヒスコイト(__________)
 十四℥茶砂糖各二℥半醋塩漬の野菜一℥《割書:総目四十五℥半【四十八℥ヵ】|日本目三百六十四【三百八十四ヵ】匁》
 ○後二日の間は塩牛十六℥米八℥ホートル(________)《割書:牛酪也》二℥チーズ(______)《割書:乾牛酪也》
 二℥小麦粉ヒスコイト(__________)十四℥茶砂糖各二℥半漬物一℥《割書:総目方|同前》

【左丁】
 右は大洋中に在間の食料也着岸して港内滞泊中は総【惣】て
 塩漬の肉を食さしめす醋酒五勺は英国に同し時として
 獣肉を得かたき事あり然る時は魚肉を獣肉の倍量に
 用うれは身体補給する力同等のものとす小麦粉の団
 子米の類は多く昼食事に用ゐ朝夕はパン(____)ヒスコイト(__________)を用う
  但し魚肉を以て獣肉に代るはさる事なから又近年の発明に魚肉も
  海川によりて区別ある事也と蘭疇先生の説有付録に云へし
 亜国人に養生をよく守る人有一日の食料十二℥酒一合つゝ
 と定めて五十八年の間無病康健にて八十有余年存命
 せしを見しと亜医ヘイト氏の物語なり

【右丁】
一食物は夏は淡薄の品よろしく冬は脂油質の物をよしとす
一食物に筋肉を養ふ性の物有又力を増神気を助るもの有
 砂糖と脂油多き物と唐もろこしさつまいもの類は肉をまし身
 体を熅煖にす脂少き肉類乳汁小麦粉の類は力を増神
 気を助く酒は用量によりて両様の効を致す過酒は大害のみ
一食料に米を主とする国人と小麦を主とし肉食する国人とくらへ
 みれは米を主する国人は肉少骨細きもの也と亜医の物語也
かく言り今我国大やけより給る扶持米一人に一日玄米五合
《割書:凡玄米五合|掛目二百目》宛しらけて【注】は一割も其余も減すへし家僕なとはこれを
三度に食す朝はみそ汁に漬物昼は一菜に漬物夕は漬物のみ

【左丁】
添ふる事通例なりされと一家の主人はいふもさらにて所業の
強弱所作の動静によりてかくのみも定めかたし只軍陣の時
兵粮の料むかしはいかゝ有しやしらす海軍の事はきかねと此頃
常州に悪者徒党したるを征伐に出立し人々にきくに白米
の握り飯を三度とも給りたるよし菜といふものは梅干味噌つ
け物なとなれと人々望み好むものは食したりと言さるは今時
の人平食に馴たる飯たにあれはかくても事足るべしされと
其実に山中に在る時は肉を重とし海辺にあらは魚鳥をも
くらひ五穀のうちはいふ迄もなく野菜にも木草の類にも
餌食になるものは備へおかまほしき事也かの肉食をいむ

【注 しらげる=玄米をつき糠を除いて白くする。精米する。】

【右丁】
事今人の常となりて軍陣に出立兵士といへとも心よしとせ
さるもあるへしよりて再ひまたさとさむ孟子に鶏豚狗彘
の畜その時を失ふ事なくは七十者可以食肉とある事は
童子も知る所にて唐には尊み用うる事いふ迄もなし我国
にも前にいつることく古語拾遺に御年の神の御子田人の
牛肉【注】を食ふをみそなはしてうらやみ給へるより御年の神
いかり給て蝗を其田に放ち給へは苗葉忽枯損したるを
謝し奉りて肉を備へて祭りしにより年ゆたかにさかえぬ今
神祇官に白猪白馬白鶏を以て御年の神を祭るゆゑむ也
としるされたり日本紀には佐伯氏か仁徳天皇に奉らんと

【左丁】
て兎我野の鹿を射しをみかとの此ころ夜毎に御物おもひ
ありけるをとかのゝ鹿のねになくさめ給へるには鹿なかすと
て御心にかゝりしをりなれは此事をあはれみ給ひて佐伯氏
を遠さけ給へると云り後に火串さして鹿を射るもみな食
料の為なる事明らか也といへれは又或人云ある雑書に
天武天皇四年令天下始禁獣食自非餌病不許輒【輙は俗字】噉世
因謂曰薬食と引書したるを見たりさる事ありやとなり
そは何によりて書しか正しき書には見えすよししからん
にもせよ既に薬食としてゆるすと云其後いくほとなき延喜
式に御歯かための供御に奉る事をしるされたるをみれはさる

【注 字面は「完」だが肉の意は無し。おそらく「宍」の誤字と思われる。また「宍」は「肉」の譌字、俗字であるので「肉」とす。】

【右丁】
ことはあるへくもあらす今時将軍家に兔の御吉例は云もさらなり
小金か原の御狩に各獲物の猪鹿を賜り乾牛は御薬に上り御
膳部の御さし合しるされたる中に牛肉に云々なと定められ野馬
方にて白牛酪を製させられて諸人の助けとし給ひ牛の乳汁も
こひ奉れは下し給るなと肉食をいむへきいはれ更になき事也されは
外国を学ふにはあらねと肉食を用ゐ夜打先かけ追討なと
せんにはパンなとをも貯へ弁利にして軍卒の養ひを重とし
勇気をはけまさんこそ肝要ならめと答へけれはいかにもさある
へき事也願くは此書にも書加えよとありけれは再ひこゝにしるす

【左丁】
我国のくすしの道は大己貴命少彦名命のをしへさせ
給へる事は世人のよくしる所なれと別に医師と立
たるをしへもなかりしにやその名も聞えす大同類所御
方に某国の薬なとしるしたるを見れは其〳〵に其所に
生出るものをもて教へおかれたるかそれ〳〵験有て
病も直りしをつたへきゝて書るなるへし今も田舎人は名も
しらぬ草の葉なとつみとりてそれの薬なとたゝへまた
みちのくのえそのくに〳〵はいふもさらにてかた山つける
あたりには其所々に用ゐ来れる薬なともありとかきく
さて欽明天皇の十年二月に百済国より医博士を

【右丁】
奉りしより続て漢家【注①】の法の伝り来て後は和気丹波
の両氏此みちのはかせと成もてきて白河のみかとの頃
丹波雅忠を我国の扁鵲【注②】といはれて名高かりけれは
高麗の王病の重きによりてはる〳〵雅忠の治療を
請れしに群臣衆議して匡房卿に仰せて返牒【注➂】かゝ
せてつひにやらす成にしとか語りつたへたるかく医術の
漸々盛になりしもみな漢家のつたへのみにてたま〳〵
このくにゝしるしある薬術も捨るか如く成行ぬるそ
うれたき事になんさるを此ころ西洋の医術ひらけきて
漢家の医術に異なる伝へも多く人身究理の説なと

【左丁】
よりしてすへて薬術共にあらたまりたるか如し水蛭
もて血をとる術なと西洋家に始ることくにいへれと
聖武天皇の天平四年五月廿四日権医博士和気相秀
御蛭喰の吉日を勘申と朝野群載にのせ東鑑には
将軍家の用ゐられし事明らかにしるしおかれ簾中抄
にはにんしんにひるかひ【注④】やいとう【注⑤】なとをそこにせぬなりと
見えたりかくむかしはつねに用ゐしことなりしかのみ
ならす古き薬法のこゝに絶しを西洋法に用うる
こと多しこれ則人身究理の法よりして和異共に身
体諸部の同しきゆゑなれはあへてめつらしとするに

【注① かんか=中国から伝わった医術による医者。漢方医。】
【注② へんじゃく=中国古代の伝説的名医。】
【注➂ 返事の手紙。返書。】
【注④ 蛭飼=蛭に腫物の悪血を吸い取らせて治療すること。またその治療法。】
【注⑤ やいと(灸)に同じ。】

【右丁】
たらさるなりそも〳〵西洋の医術は外科にはしめて
西吉兵衛といへるもの南蛮人の外科をまなひ蛮人
禁止せられてより和蘭陀人に学ひ両流と唱しを世々
西流とて長崎に名高くのち玄甫と改め寛文の比
杉本忠恵なとゝともに侍医にめされて法眼になされぬ
また栗崎流と唱しは道有といふものあり南蛮人の
種なりとそ南蛮人平戸長崎に雑居のころ妻をもち
子もありしか蛮人放流せられしとき共に彼の地に
行て生長しぬれと邪宗門にいらすして医術を
学ひしにより御ゆるしをえて帰朝して其術大に

【左丁】
行れしなり今官医の栗崎氏の祖なるやしるへからす
桂川氏はそのかみ平戸の嵐山甫安にしたかひ長さき
にて蘭人の外科を学はれあらし山の流をくむとて
かつら川と名のられしを始て桜田の御館に召出され
ぬとか楢林豊重は長崎に弘めて楢林流とてさかえ
たりまたカスパル流といふ外科もありしとそこれは
寛永のころ南部山田の浦に漂着したる蘭船に
乗来しカスパルといふ外科にて江戸にもめされて
滞留せしとかいへと其後は今詳ならすかの国の書
籍よむ事は享保五年にみゆるしありて始りぬるより

【右丁】
大やけの仰事ありて野呂玄丈青木昆陽なと此学を
心かけられのち昆陽を長崎にゆかしめてくさ〳〵の書
をも習はせられしとかされと内科の医術はそのころ
いまたことたらすやありけむ原書によりて内科の法の
ひらけそめしは明和の比杉田懿【鷧の誤記ヵ】斎前野良沢なと
よりして飜訳にくるしみ年月を経て杉田の解
体新書なりぬさて宇田川槐園の内科撰要同氏
榛斎の医範提綱なと次々に多くなり行医療の上
手も出来て今の御世になりて伊東戸塚の両法印
より上の御薬も上らるゝ事となり和蘭の医師を

【右丁】
長崎に呼せられて官医共に其道をならはさしめ給ひ
またはる〳〵かの国に侍医の子供をゆかしめてならひまな
はせられこゝにも西洋医学の学校を建られていわく
其みちをおこさるゝはすへての事のよきか上にこそよきを
挙させらるゝ四方の海広く筑波山のかけたけき御恵み
ともいふへくなん此養生法は人々病と名付る事のおこら
さるさきにあらかしめ其身をかため守るへきをしへなり
はやく醍醐のみかとの御とき源輔仁か養生法えらはれ
しときけと今其書も伝らす近く貝原益軒か養生
訓もあれと今世のことく漢家西洋家共にひらけたる

【右丁】
医法にくらふれはまたしき事もみゆれは西洋諸国の
養生法を見て我くにの風土にかなへるをえらひ広く
人民にさとして常に養生法をつとめて無病康健な
らしめ我国人の外国にまさりたる勇気を一しほはけ
まさしめむとおもひつきぬるより松本法眼にはかりて
かくはものしつるになんときは元治といふとしのはしめ
のとし五月薬日山内豊城しるす

【左丁 上段】
  英蘭堂発兌書目録

《割書:大学中典医洞海林先生訳補》
窊篤児薬性論       全部十八冊

《割書:侍医法眼信良坪井先生訳》
侃斯達篤氏内科書     全一百八巻

《割書:大学大博士佐藤先生訳》
斯篤魯黙児砲痍論     全二冊

《割書:越中三良佐渡先生著》
和蘭薬性歌        全二冊

《割書:佐倉元意倉次先生訳》
眼科摘要         全九冊

【同 下段】

《割書:大学中典医洞海林先生訳》
泰西医方二十四脈表    一枚摺

《割書:侍医法眼信良坪井先生訳》
新薬百品考《割書:初編二冊|二編同》     全四冊

《割書:大学大博士佐藤先生訳》
外科医法《割書:内編十五冊|外編廿ニ冊》     全三十七冊

《割書:大学中博士坪井先生訳》
医療新書        全三十冊

《割書:侍医法眼松本先生蔵版》
解䚯羅甸語加類多《割書:骨部》 箱入









【右丁 上段】
《割書:西洋風画入 山内氏蔵版|》
    英語可留多   箱入
《割書:漢字和訳付》

《割書:玄端【墨で消す】杉田先生訳  上中下》
健 全 学       全六冊

《割書:大学東校恒太郎石黒先生訳》
贋 薬 鑑 法     全一冊

《割書:大学東校恒太郎石黒先生訳》
薬 品 溶 解 表   一枚摺

《割書:百太郎佐藤先生訳》
大平海新報       冊数不定

《割書:横井先生訳》
繃 帯 式       全二冊

【同 下段】
《割書:侍医々学教頭蘭疇松本良順誌|隠士 楽斎山内豊城校閲補註》
養 生 法       全二冊

《割書:痴鴬作楽戸先生訳編》
西洋英傑伝       全六冊
《割書:孫四郎河津先生校正》

《割書:大学東校衡平桑田先生訳補》
袖 珍 薬 説     全三冊

《割書:大学東校田代先生訳》 
切 断 要 法     全一冊

《割書:基五十川先生訳》
林 戦 要 録     全三冊

《割書:箕作少博士訳》
英語手引草      【三文字分墨消し】

【左丁 上段】
《割書:田代先生閲|岡田先生訳》
看病心得草       全一冊

《割書:大学東校石黒先生釈述》
《割書:官|版》化 学 訓 蒙    全十冊

《割書:大学東校》
《割書:官|版》日 講 記 聞    冊数不定

《割書:大学東校久我克明先生述》
《割書:官|版》種 痘 亀 鑑    全一冊

《割書:大学東校石黒先生訳》
《割書:官|版》痢 病 論      全一冊

《割書:足立先生訳》
《割書:官|版》検 尿 要 訣    全一冊

【同 下段】
《割書:土岐先生纂輯》
 啓蒙養生訓後篇    全二冊

《割書:大坂医学校抱独英氏》
《割書:官|版》日 講 記 聞    冊数不定

《割書:満斯歇児篤氏口授》
《割書:官|版》病 理 略 論    全二冊
《割書:大学東校学舎開鐫》

《割書:石黒忠悳先生訳述》
《割書:官|版》虎 列 刺 論    全一冊

《割書:石黒先生訳》
《割書:官|版》リュンドルベスト説  全一冊

《割書:東|校》医院治験録      冊数不定

【右丁 上段】
《割書:文部東校》
《割書:官|版》解体学語箋      全一冊

《割書:頼徳土岐先生訳》
啓蒙養生訓       全五冊

《割書:頼徳土岐先生訳》
 化 学 闡 要    全廿四冊

《割書:杉田先生訳》
瘍 疽 治 範     全一冊

《割書:徳田代先生訳》
外 科 手 術     全二冊

《割書:忠悳石黒先生訳》
外 科 説 約     全八冊

【同 下段】
《割書:大坂医学校           骨論》
《割書:官|版》解 剖 訓 蒙    四冊

《割書:衡平桑田先生訳》
 化 学 要 論    全四冊

《割書:衡平桑田先生訳》
 内 科 摘 要    全十冊

《割書:達太郎小林先生訳》
 産 科 摘 要    全三冊

《割書:忠悳石黒先生撰》
 新量瓦■【蘭ヵ】表 一枚摺

《割書:八椙先生輯          健体部》
医 事 表       一冊

【左丁 上段】
《割書:大学校片山先生訳        方珍》
《割書:英|国》軍 陣 方 彙    全一冊

《割書:新撰早割|江戸相場》二 一 天 作  全一冊

《割書:石黒先生訳》
医 事 鈔       冊数不定

《割書:海軍病院》
《割書:官|版》講 筵 筆 記    冊数不定

《割書:忠悳石黒先生訳》
 増訂化学訓蒙     全八冊

《割書:小林先生訳           薄用》
 理礼氏薬物学     全二冊

【同 下段】
《割書:銅|鐫》万 国 地 図    一枚摺

広完塵功記       全一冊

《割書:山田顕義》
建 白 書       全一冊

《割書:石黒先生訳》
《割書:官|版》日用局方       冊数不定

《割書:百太郎佐藤先生作》
 商家日用新語     全一冊

《割書:林石川石黒三先生訳》
 内 科 簡 明    全二十冊

【右丁 上段】
《割書:達太郎小林先生訳》
 薬 物 学      全十五冊

《割書:石黒先生訳》
外 科 説 略     近刻

《割書:静岡中村先生訳》
 自 由 之 里    全五冊

《割書:杉田先生著》
諸 骨 表       一枚摺

《割書:東洋佐々木先生訳         同図八巻》
 解体生理図説     全八冊

《割書:渡邊先生著|イロハ分》
貿易物品出処表     一枚摺

【同 下段】
《割書:静岡中村先生訳》
西国立志編       全十一冊

《割書:文部省小山内先生訳》
眼 科 約 説     全三冊

《割書:丸山滕高遺稿》
筆 算 知 方     全三冊
《割書:藤田正方増訂》

《割書:佐々木東洋先生訳》
診 法 要 略     全四冊

《割書:軍医部官版》
軍陣衛生論       全三冊

《割書:森鼻宗次先生訳》
華氏日用新方      全三冊

【左丁 上段】
《割書:同先生》
日用薬剤分量考     全一冊

《割書:横山深介訳》
《割書:西|洋》厚 生 一 覧    全四冊

《割書:室町温興先生訳》
製 剤 備 考     全二冊

《割書:森鼻宗次先生訳》
薬 剤 新 書     全四冊

《割書:小林恒先生訳》
 新 薬 編      全二冊

《割書:杉田玄端先生訳》
幼童手引草       全十六冊

【同 下段】
《割書:島村鼎甫先生著》
外 科 通 術     【冊数を墨で黒塗り】

《割書:中欽哉先生訳           図付》
布列私氏解剖図譜    一冊

《割書:高橋先生訳》
経 験 方 符     全三冊

《割書:文部省官版》
タンネル薬剤書     全一冊

《割書:田代先生訳》
文 園 雑 誌     冊数不定

《割書:大阪府病院》
日講記聞薬物学     冊数不定

【右丁 上段】
《割書:杉田先生訳述》
製 薬 式       全三冊

《割書:竹内先生編輯》
外 科 摘 要     全八冊

《割書:軍医部官版》
軍 医 須 知     全三冊

《割書:軍医部官版》
野 営 医 典     全一冊

《割書:坪井信良編輯》
医 事 雑 誌     冊数不定

《割書:大坂森鼻宗次訳述》
独徠氏外科新説     全十冊

【同 下段】
《割書:岩佐先生纂著》
急性病類集       全四冊

《割書:啓蒙義舎蔵板》
虞列伊氏解剖訓蒙図   全二冊

《割書:ヘポン先生著》
袖珍和英対訳字書    全一冊

《割書:大坂横井先生訳》
七 薬 新 書     全二冊

《割書:大坂啓蒙義舎蔵版》
生 理 新 論   【冊数部墨で黒塗り】

《割書:西京新宮氏重訳》
項 髄 疫 説     全一冊

【左丁 上段】
《割書:《割書:坪井先生|内田先生》合刻》
西 薬 略 釈     全二冊

《割書:同》
付録薬名解       全一冊

《割書:同》
郵 便 税《割書:府下|諸県》     【冊数部墨で黒塗り】

《割書:松本先生閲|石黒先生述》
 長 生 法      全一冊

《割書:同》
付録急救法       全一冊

《割書:西京新宮氏重訳》
仁墨児内科則      冊数不定

【同 下段】
《割書:伊藤謙撰》
薬 品 名 景     全一冊

《割書:柏原先生訳》
流行牛病予防説     全一冊

《割書:柏原先生訳》
牛 病 新 書     全三冊

《割書:近藤先生撰》
一君一民弁       全一冊

《割書:三浦先生訳述》
肉 餌 弁 要     全一冊

《割書:大野先生訳》
仮名付人身究理書   全三冊壱図
 《割書:一名人の命学のかけはし》

【右丁 上段】
《割書:高木熊三郎訳》
全体新論訳解      全四冊

《割書:森鼻宗次著述》
新 薬 摘 要     全四冊

《割書:正明社蔵版》
法 理 雑 誌 毎月二三号出板

《割書:坪井信良訳》
内 科 闡 微     全一冊

《割書:大坂森鼻宗次訳》
越里斯薬方全書     冊数不定

《割書:和蘭【口扁+菩】喥英【注】氏口授》
【口+菩】氏生理記聞  全三冊

【同 下段】
《割書:森鼻宗次著述》
皮下注射要略      全

《割書:森鼻宗次著述》
薬 物 新 論     全三冊

《割書:杉田玄端先生纂述         折本》
西洋年代略記      全一冊

《割書:東京医学校官版》
薬 物 学       冊数不定

《割書:名倉知文先生訳述》
整 骨 説 略     全一冊

《割書:田代基徳先生閲田中則敏先生著》
 保 寿 新 論    全一冊

【左丁 上段】
《割書:深谷周三先生著》
馬【馬+纍】栄養法  一枚摺

《割書:陸軍官版》
三角繃帯図解      全一冊

《割書:長谷川泰先生訳》
肺 掀 衝 論     全二冊

《割書:池上三郎先生抄訳|梅田馨先生校正》
西洋童蒙訓       全三冊

《割書:新宮先生著》
北 邪 新 論     全二冊

《割書:陸軍官版》
撰 兵 論       全一冊

【同 下段】
《割書:深谷周三先生著》
療 馬 方 府     全一冊

《割書:長谷川泰訳述》
脚 気 新 説     全一冊

《割書:林董先生訳》
《割書:訓|蒙》天 文 略 論    全一冊

《割書:石坂篤保先生著》
中 毒 瑣 言     全一冊

《割書:柏原学而先生輯訳》
《割書:箋|註》格 致 蒙 求    全二冊

 《割書:官版》
《割書:陸|軍》医 事 雑 誌    冊数不定

【注 早稲田大学図書館の資料(ttps://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ya03/ya03_01364/index.html)他、この書籍のタイトルを『[ボー]氏生理記聞』とし、著者・作者の欄に「Bauduin, Anthonius Franciscus, 1822-1885」としていることから和蘭医「ボルドイン」氏と表記したのではと思われる。「口+菩」は辞書にないことから造字(作字)ヵ。57コマ左丁下段の「大坂医学校抱独英氏」は同一人物と思われる。タイトルには文字が無いことから「ボー氏」と表記されている。】

【右丁 上段】
《割書:堤雲山内先生抄訳》
北京道之記       全一冊
    《割書:図付》

《割書:星子長先生述》
三 毒 弁       全一冊

《割書:若山義一先生訳述》
万国通私法       全三冊

《割書:三宅氏蔵版》
内 科 新 説     全三冊

《割書:三宅氏蔵版》
西 医 略 論     全四冊

《割書:森鼻宗次先生纂輯》
 全 体 新 論    全五冊

【同 下段】
《割書:小山内建先生訳》
丹氏察病学       全二冊

《割書:緒方惟準先生訳》
薬局秤量新古比較表   一枚摺

《割書:小林義直先生訳》
《割書:四民|須知》解剖生理浅説    全三冊

《割書:三宅氏蔵版》
婦 嬰 新 説     全二冊

《割書:佐々木東洋先生訳》
 解剖動脈篇      全二冊

《割書:森鼻宗次先生訳補》
 撿 脈 新 法    全一冊

【左丁 上段】
《割書:北川良雪先生著述         折本》
 伍薬禁忌表      全一帙

《割書:林紀先生訳》
 処 方 学      全三冊

《割書:足立寛先生訳》
 掌 中 医 宝    全三冊

《割書:伊藤本支先生訳》
詐 病 弁    全一冊 八戔

《割書:陸軍文庫》
養 馬 新 論  全一冊《割書:卅七戔五厘》

《割書:坪井為春先生訳》
新 撰 方 鑑 《割書:三冊|刻成》  金壱円

【同 下段】
《割書:林 董 先生|河津祐之先生|作楽戸痴鴬先生》目 耕 余 録《割書:冊数| 不定》

《割書:足立寛先生訳》
 敏氏薬性論      全十冊

《割書:長谷川泰先生訳》
病 理 摘 要 全五冊《割書:一円五十戔》

《割書:陸軍文庫》
馬 療 新 法 全二冊《割書:金三分二朱》

《割書:小林義直先生訳》
養 生 浅 説 全二冊 四十銭

《割書:陸軍文庫》
軍 医 略 論 全一冊 五拾戔

【右丁 上段】
《割書:島村鼎先生訳》
生 理 発 蒙 《割書:図 一冊|合巻六冊》 金三円

《割書:平川良輔先生訳》
痘 瘡 略 説  全  十五戔
《割書:松山棟庵先生閲?》

《割書:何礼之先生重訳》
 万 法 精 理 《割書:三巻|刻成》 《割書:金五拾五戔》

【同 下段】
《割書:東京医学会社蔵板》
医 学 雑 誌 冊数不定《割書:一冊|  五戔》

《割書:佐藤玄信先生纂輯》
 腸窒扶斯論   全一冊 【価格欄黒塗り】
《割書:緒方惟準先生 閲》

【左丁】
陸軍医部
海軍病院 官版御用所
医学校
【線引き有り】
  拙舗累世書籍ヲ鬻キ近年医書及ヒ飜訳書ヲ専
  ニス都鄙一般医学大家著述シ玉フ所アレバ多
  クハ拙舗ニ発兌ヲ命セラル故ニ海内新刻ノ医
  書ハ必ス備エテ以テ漏スコトナカラントス仰願
  クハ書ヲ求メ玉フノ諸君子高顧アランコトヲ□
         東京馬喰町二丁目
      書肆      英蘭堂 島村利助

【同 頭部欄外】
持主
 岩田
  糸蔵■■

【左丁 見返しの紙裏〇の中に】
シマリ

【裏表紙】
岩本■■

{

"ja":

"灌水伊呂波歌"

]

}

【帙表紙 題箋】
潅水伊呂波歌  一冊

【帙を開き伏せた状態】
【右側文字無し】
【背】
潅水伊呂波歌      一冊 
【同下部貼付ラベル】
富士川本
 カ
256

【左側 題箋】
潅水伊呂波歌  一冊

【冊子表紙 題箋 上部欠損】
□□伊呂波歌  全

【資料整理ラベル】
富士川本
 カ
 256

【右丁】
天保八丁酉春日
潅水伊呂波歌
   研修斎蔵刻

【右下の印】
雑司谷
片山賢

【左丁】
潅水伊呂波歌(くわんすゐいろはうた)
     常陽   古宇田伯明著
いち〳〵にをしへさとすはむづかしや
       いろはの哥(うた)に水療(すゐりやう)をせよ
ろんをしてやまひのおこる源(みなも)とを
       たづねてみれば入りゆなりけり
はかどらぬやまひはすべてゆをばいむ
       みづをそゝぐがはや道(みち)ぞかし
にくむへきゆをすく人のおろかさよ
       耳(みゝ)にさかふる忠言(ちうげん)はなほ

【頭部蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印

184178
大正7.3.31

【右下印】
富士川游寄贈

富士川家[蔵本]






【右丁】
ほんゐとははらのいたみてはく病(やま)ひ
      水(みづ)のみそゝぎかくいつもよし
へだてねば天地人(てんちじん)とみつなるを
      ゆにあたゝめて身(み)をはむろざき
としごとにりびやうとおこりやむ人は
      みづをそゝぎてあとかたもなし
ちはやふる神(かみ)のみそぎのみづそゝぎ
      よろづの病(やま)ひみなつきるなり
りういんは朝水(あさみづ)のまぬゆゑなるぞ
      のみてそゝぎてむねをもやすな

【左丁】
ぬしよりもさむさにまけぬやつこ見よ
      からげる尻(しり)を水(みづ)にそゝぎて
るゐを引(ひく)らうせう中風(ちうふ)ゆの咎(とが)を
      水(みづ)にそゝぎてようじんをせよ
をんせんは土用中(どようちう)なりくわん水(すゐ)は
      かん中(ちう)なりとかねて知(し)るべし
わかさかりいろとさけとにあさゆすき
      みをもちくづし末(すへ)はよひ〳〵
かほ手(て)あしひゞとあきれのきれるのは
      ゆにあたゝむるゆゑと しら ず や

【右丁】
よにおほきせんきすばくにかつけやみ
      朝夕(てうせき)そゝぎ水(みづ)に 根(ね) を きる
たんせきとむねやせなかにこしいたみ
      痔(ぢ)もりん病(びやう)も いゆる 潅水(くわんすゐ)
れい水(すゐ)の能(のう)ある事をちかくしれ
      いしやと薬(くす)りを遠(とを)く 求(もと)むな
そむかれぬもんじをとくに味(あじは)へよ
      垢離(こり)行水(ぎやうずゐ)とかくにあらずや
つう風とひぜんさうどくほねがらみ
      しらちながちも皆(みな)水(みづ)ですむ

【左丁】
ねまなこは水にてさませ寝(ね)【寐】あせかき
      づゝうめまいにきめうなり けり
なつはみづ遣(つか)ふはよしとさとれども
      冬(ふゆ)はいりゆにまよひ ぬる かな
らくになるこゝろをしれやみづごりは
      いのらずとても神(かみ)やまもらん
むしけあるこどもはおやのそだてがら
      みづをそゝぎてやり ばなし よき
うしとらや北風(きたかぜ)みんな身(み)にしむに
      みづをそゝぎて東西(とうざい)も なし

【右丁】
ゐ【左注:井】のでばな【左注:華水】のみてそゝぎてゆをいまば
      はれる病(やま)ひも中風(ちうふう)も なし
のみすごしかしらもおもくさむけせば
      みづをそゝぎて 酔(ゑひ) ざまし せよ
おそろしきものはこたつといりゆなり
      人をまるのみすると おも へば
くだりはら又はひけつにこまる人
      朝(あさ)水(みづ)のみてそゝぎ てぞ よき
やかましく耳(みゝ)なりのぼせかたいたみ
     風(かぜ)まめ ならば 水(みづ)が なに より

【左丁】
まのあたりゆあたりきぜつみきゝても
      こりずに入(い)るは余(あま)り をろ かさ
けがすればまづとりあへず水(みづ)そゝぎ
      くすり たりともゆのけ 大(だい) どく
ふゆのうちさむさにこまる人(ひと)ならば
      水(みづ)をそゝぎて春(はる)はきに けり
こごえなばにはかにあつきものくふな
      すぐにいりゆは猶(なを)さら の事
えてふ得(え)てのみ喰(く)ふものはそのまゝに
      まづせん一にゆ をば つゝしめ

【右丁】
てんきやみ火事(くはじ)を内(ない)しやう火(ひ)の車(くるま)
      水(みづ)より外(ほか)にふせぐもの なし
あしや手(て)のしびれくたびれいたみなば
      水(みづ)をそゝぎて ゆ を 忌(いむ)ぞ よき
さんぜんごらちあくりやうじ何(なに)にても
      きう病(ひやう)きつけ かほに みづ ふけ
きちがいと癲(てん)かんきやう風(ふう)かんしやくは
      水よりほかにめう やくはなし
ゆずきても長(なが)いきなりとのたまふな
      みづにすまさば 限(かぎ)り しら れず

【左丁】
めの病(やま)ひうちみくじきに湯(ゆ)をいみて
      水(みづ)をそゝぐが第(だい)一によし
みづ子とは 水にてあらふ故(ゆゑ)なるぞ
      はうそうはしかかろくする ため
しきともに 朝(あさ)水(みづ)のみて身(み)をそゝぎ
      はやり病(やま)ひはうけぬみやう 方(はう)
ゑしやくして主人(しゆじん)や親(おや)に湯(ゆ)をすゝむ
      不忠(ふちう)不孝(ふこう)のはじめ なり けり
ひやく病(びやう)の長(ちやう)たる風(かぜ)のふせぎには
      みづよりほかの みやうやくはなし

【右丁】
もろこしの聖(ひぢ)りのをしへ見きゝても
      ゆをつかふみの などか しらなむ
せめてゆのどくなる事を知(し)らせばや
      水(みづ)遣(つか)ふ のは とにも かくにも
すめる代(よ)につきせぬみづを身(み)にそゝぎ
      なべて無病(むびやう)に くらせ よ の 人
 長命(ちやうめい)と無病(むびやう)は人(ひと)のねがへども
      湯(ゆ)にいる害(がい)をしらぬ かなし さ
 いさぎよく朝(あさ)夕(ゆふ)水(みづ)に身(み)をそゝげ
      ねがはず とても 無病(むびやう)  長(ちやう)  命(めい)

【左丁】
 湯(ゆ)にいるは大毒(だいどく)なりと世(よ)の人(ひと)の
      しりつゝ水(みづ)の のう を 知(し)ら ずや

 よしあしの其名(そのな)に迷(まよ)ふ愚(おろか)さよ
      呑(のみ)てそゝぎてみづからに ゑ よ
 五十 迄(まで)みづをにくみてそしる身(み)の
      今(いま)とふとみて潅(そゝ)ぐおかし さ
 無事(ぶじ)な身(み)を朝(あさ)夕(ゆふ)水(みづ)にそゝぐのは
      ころばぬ先(さき)のつゑで 社(こそ) あれ
 もろ〳〵の病(やま)ひの数(かず)はおゝけれど

【右丁】
      水(みづ)呑(のみ)そゝぎ根(ね)きり はつ きり
 朝(あさ)夕(ゆふ)に水(みづ)のみそゝぐ人(ひと)ならば
      四百(しひやく)四病(しびやう)のわづらひはなし
 つゝしみはもとより人(ひと)の生(うま)れつき
      朝(あさ)夕(ゆふ)そゝぎ水(みづ)で つゝし め
 万病(まんびやう)とこゝろのあるをそゝぐには
      水(みづ)をのめ人(ひと)水(みづ)に なれ ひ と
我(われ)としごろ多病(たびやう)にして医療(いりやう)に手(て)を尽(つくす)といへども
更(さら)にいゆることなかりしにはからずも右(みぎ)のうたを
得(え)て夫(か)の後漢書(ごかんしよ)に華陀(くわだ)が婦人(ふじん)の寒熱(かんねつ)注病(ちうびやう)を

【左丁】
治(ぢ)する南史(なんし)に徐嗣伯(じよしはく)が将軍(しやうぐん)房伯玉(ぼうはくぎよく)が冷疾(れいしつ)を
治(ぢ)する潅水(くわんすゐ)の法(ほふ)とよく符合(ふごう)するをもつて日々(ひゞ)
潅水(くわんすゐ)しこれを試(こゝろみる)にはたして其(その)験(しるし)を得(え)たり
しかしよりこのかた家内(かない)はさらにもいはず 識(しる)
人々(ひと〴〵)にすゝめて試(こゝろみ)るに諸病(しよびやう)悉(こと〴〵)く治(ぢ)せずといふ
事(こと)なし功能(こうのう)あることを世々(よゝ)広(ひろ)く伝(つた)へざるも 本(ほ)
意(い)なければ こたび おもひおこして印施(いんし)せしむ
されどもことなる療養(りやうよう)なればそしれる人(ひと)多(おほ)かる
べけれとそは管中(くわんちう)天(てん)を窺(うかゞ)ふたぐひなればかゝつ
らふべきにあらず我(われ)も前(さき)にはその水(みづ)を悪(にく)みて

【右丁】
一滴(いつてき)だにのまず まして潅水(くわんすゐ)なぞとおもひも
よらざりしかば人(ひと)にもいたくとゞめしを 今(いま)
無病(むひやう)の身(み)となりて 其功(そのこう)うたがふ と ころ
なければ四方(よも)の人々(ひと〴〵)試(こゝろ)みてわが あざ むか
ざるを知(しり)給ふべしさてまた潅水(くわんすゐ)の効(こう)を発明(はつめい)
すといへどもそのことなるをあやぶみ て すみ
やかに潅水(くわんすゐ)することを はゞかり又は服薬(ふくやく)せずんば
いかゞとあやぶむ人(ひと)もあれば予(よ)養老散(ようらうさん)といふ
こぐすりを施薬(せやく)すれば人々(ひと〴〵)心(こゝろ)おきなく
是(これ)を服(ふく)して潅水(くわんすゐ)すればいさゝか動(とう)ずる事

【左丁】
なふして効能(こうのう)もまたすみやかなり な ほ くさ
ぐさの主治(しゆぢ)はわが前(さき)にあらわす瀑布(ばくふ)功能(こうのう)
記(き)にくわし 時に
天保八酉の春 駿河町(するがてう)の寓居(ぐふきよ)にしるす
             橘 尚 賢

【印】
雑司谷
片山賢



潅水伊呂波《割書:終》

【右丁】
研修斎蔵刻

【左丁】
滝【瀧】の効能記  【朱書き】《割書:刊本》瀑布又は機滝【瀧】又は水を潅て
当山滝【瀧】の川不動明王御滝【瀧】の功力によつて【行頭からここ迄の文字に朱の傍点】諸病難
病を愈す事あけてかそへ難しといへども尚諸人
のためにひろく世上に伝えさるも本意なければ
予か嘗て潅水法数年諸人にすゝめてこゝろみ
功験あるも主治の概略を左にしるす事しかり
 きちがひ    てんかん     かんしやう【注①す】
 ちうき【注②】しひれ      いたさかゆさをしらず
 かたみきかず  ちやうめいつう  そらで【注③】
 うちみくじき  ひきかぜ     おこり【注④】

【注① 癇症=気のいら立つ症状。】
【注② 中気=中風に同じ。】
【注③ 空手=神経痛などで痛む手。】
【注④ 瘧=熱病の一つ。一,二日の間をおいて間歇的に発熱が起こるのでいう。】

【右丁】
 かつけ         らうしやう【注①】 せんき【疝気】
 りういん【溜飲】    しやく       つかへ
 づゝう         かたせなかいたみ  かたはり
 のぼせ         づさう【注②】   ふうがん【注③】
 たゞれめ        やみめ       しよがんびやう【諸眼病】
 はのいたみ       むしば       みゝなり
 みゝとをく       ふじんちの道    ながちしらち【注④】
 つきやく【注⑤】みず だいべんふつう   しもひえ
 だつこう【脱肛】   はすぢ【注⑥】   しよぢしつ【諸痔疾】
 さうどく【注⑦】    ほねがらみ【注⑧】 りびやう【注⑨】



【注① 労症=労咳(ろうがい)に同じ。】
【注② 頭瘡=頭にできるおでき。】
【注③ 風眼=淋病に感染して起こる急性の結膜炎。】
【注④ 長血白血=長血は子宮からの長期間の不規則な出血。白血は膣から分泌される白色の液体が増えて排出されるようになった状態をいう。こしけ。】
【注⑤ 月経のこと。】
【注⑥ 蓮痔=痔瘻(じろう)に同じ。】
【注⑦ 瘡毒=性病の一つ。梅毒。】
【注⑧ 骨絡み=梅毒が全身に広がり、骨髄までも侵す事。またその症。】
【注⑨ 痢病=今日の赤痢の類。】

【左丁】
 ひぜん
年来振慄悪寒して夏といへども綈【衣偏に弟は誤記ヵ】袍にあらざれば
土用の内を凌く事あたはざる病人数人を予潅水
にて平復せしめ其外潅水の経験多し且寒
熱注病とて古人の著しき法歴史にみえたり
くはしき事は潅水編にのせたれは今こゝに略す右
功能の内医家病家ともに信用せず疑念を起す
条あれども予数年諸人に試みて一々経験ある
をしるす請ふ努々疑ふ事なかれ尤重き病症
うたがひある効能等にも潅水にそれ〳〵の法あり

【右丁】
症により禁する時あり施す時あれとも煩はし
きを省きて今こゝにはその常法のみをしるすくは
しき事は潅水編をみてしるへし
  滝【瀧を】うくる法
滝【瀧】を受るには寒中少雪の頃暁時分別てよし
とす是は寒を以て熱を発するの謂也抑潅水は
虚弱の人に利有て充実の人に利あらす虚人
は滝【瀧】をうくる前に予か施薬家法の養老散一包を
服し滝【瀧】の水を一口吹て滝【瀧】をうくへしまづ尻居【注】
になり両足を展し足の甲をうたせ膝のまはりもゝの

【左丁】
所までだん〳〵と下より上のかたをうたすへしそれより
安座して目をふさき口をとぢ神仏を拝する
がごとく左右のゆびをくみ正しく胸にあて臍の下を
はりなるたけ息をこめて肩より頭頂をう
たすべし重き病は明け六時より線香一本軽きは
半本朝昼夕と日々三度滝【瀧】を受べし尤重き
症は滝【瀧】にかゝりて最初は寒戦交呀し甚しきは
目を引つけ絶倒する事あり更に驚く事
なかれやはり滝【瀧】にかゝり居ればほどなく気も
つき体【體】も自由にはたらき惣身発熱発汗

【注 しりゐ=尻もちをつくこと。】

【右丁】
 する也是瀑布の効験をあらはす兆なり
  禁忌
過食を禁す平生三椀の人は二椀二椀の人は一椀と
次第を以て減し空腹を待て食へし猶一食も
除て食ふをよしとす滝【瀧】にかゝれば食すゝむも
の也此時猶厳重に守るべし
精を潔斎し房事肉食酒類一切禁すへし
 天保三年壬辰夏仲
     日本橋駿河町  橘 尚賢識

【左丁】
瀑布効能記附載
新汲水にて手水をつかひ手巾を水に浸し水を
絞り上部より下部まて垢をすることくこするなり
但手巾あたゝまれば又水へひたしいく度もかゆる事也
此法は態態(ヒトリ)罷技(アンマ)の如く気血をめぐらし且 瘀滞(トヾコホル)
する陽気を引おこすことあんまに万々まされる
良法なり
右は潅水の治に充当(アタル)といへとも虚弱の人大病人また
は平生水に盥嗽せしことなく水に狎さる手あつく
生育(ソダチ)たる人潅水の施しかたきは先氏法より漸々

【右丁】
【文中の文字の右に点を打ったものあり。その点を「•」にて付記す。】
刊本序【朱書き】
 余嚮読 史(•)至華陀徐嗣伯潅水之 術(•)未嘗不嗟歎 也(•)曰(•)何其
 術之奇異 也(•)既而以 謂(•)二子去古不 遠(•)矧其 人(•)世以神僊称
 焉(•)則其術或至乎 此(•)固不為怪 也(•)独如何後世 医(•)以一二
 局方為甲令 者(•)何得獲其髣 髴(•)今読橘君潅水 法(•)
 知世猶有其術 矣(•)君吾稽古先生門下之 士(•)余久与之 遊(•)
 其行事頗奇 異(•)辟穀断 塩(•)今既数十 年(•)可以知其人之一
 端 矣(•)而於潅水之 法(•)広考【攷は考の古字】之 古(•)又自試之十余 季(•)確知其 効(•)法
 始施人 間(•)是以毎施得奇 験(•)乞其術者日衆 矣(•)君亦一一授
 其法各得其効而 去(•)君於茲乎以 謂(•)今此 術(•)有功于人如
 此(•)而与特施之一 邦(•)不若広之天 下(•)遂作此書以公于 世(•)
 嗚乎自今以 往(•)此術之行 也(•)世間莫復難治之 病(•)雖沈疴

【左丁】
 痼 疾(•)亦当不日而治 矣(•)是此冊 子(•)雖不過瑣瑣数 頁(•)其
 流沢所派 及(•)更不可有慨 量(•)而遂言橘君為今華 徐(•)
 亦不為過 也(•)
 天保三年壬辰七月      石塚尹汶上識

【右丁 下部】
■ 文渕丗三年 千〇五十三

【左丁 見返し 文字無し】

【裏表紙】

竹斎狂歌物語

【表紙 題箋】
《割書:絵|入》竹斎狂歌物語  全

【資料整理ラベル】

1
50
【小判型朱印】特別
【朱印】合

【表紙の押圧文字】
帝国図書館蔵

【右丁 見返し 白紙】
【左丁 表紙 題箋】
《割書:絵|入》竹斎狂歌物語 《割書:上》

【資料整理ラベル】

3
50
【小判型朱印】特別

【右丁 白紙】

【左丁】
竹斎狂歌物語上
 第一竹斎にらみをめし身体(しんだい)評定(ひやうちやう)の事
やぶぐすしの天下一と聞(きこ)えし。竹斎ねざし【注①】
いやしからねど。やせ小 僧(そう)の時(とき)にあはねは世
のうきふしのみしけく。先年(せんねん)みやこの春(はる)
をうちすてゝ。すみ所(ところ)もとむとて。あつまの
かたにまかりしか、なをいつくもおなし秋風(あきかせ)
は。かみこの袖(そで)にすさましく。三 界(かい)無安(むあん)【要は誤記】猶(ゆ)如(によ)
火宅(くわたく)【注②】のけふりは。やせたるむねをこがすあば
ら屋のうちたにも。借(しやく)家のすま居(ゐ)。らうがは

【注① 根差し=家筋。生れ。】
【注② 法華経 譬喩品の中の仏語。「三界無安 猶如火宅」(三界は安きこと無し。猶火宅の如し)】

【蔵書印】
帝国
図書
館蔵

【右欄外】
【朱丸印】明治三八・一一・二・購求・
【朱長方形印】中井文庫

【右丁】
しく。くすりのまんといふ人は、【注①】まさ木のか
つら【注②】くる事まれに。あをつゝら【注➂】おひもの【注④】ゝみ
春秋にかさなれは。在(さい)江 戸(と)のすまゐかなふま
じとて。心しりのにらみの介ちかつけ。われ
そのほうがしることく。身のうへかせがんために
大樹(をゝぎ)のかけに立より。あなたこなた徘廻(はいくわい)す
るといへとも、猶(なを)心にもまかさゝれば、ふたゝび
ふるさとへ立かへり。こけの衣(ころも)に身をやつし
いかなる、山のおくの、おくへもわけ入。世をの
かれんと思ふなり。なんぢはしはし此ところに

【左丁】
やすらひ。いかなる人をもたのみ。立身(りつしん)す
へし。主従(しう〴〵)のちぎりこれまでと。とちほと【注⑤】
なるな■【ミ】たをなかしかたりけれは。木 男(おとこ)【注⑥】と聞(きこえ)し
にらみの介も。岩(いは)木ならねは。此事をきゝ侍り。
おとこなきにぞなきにける。やゝありてなみ
だををさへ、こは口おしき仰(おほせ)事なり。貞女(ていじよ)両(りやう)
夫(ふ)にまみえすとも聞(きこ)えたり。我(われ)忠臣(ちうしん)に
あらずとも。いかてか二人のおやかた。取まいら
せんと。みさほたゝしく申すれは、竹斎よろこ
ばしげなるこは作(つく)りして。さやうに道(みち)を守(まも)る

【注① 「•」は読点「。」は句点と解釈す。】
【注② 「テイカカズラ」又は「ツルマサキ」の異名。蔓が糸のように繰ることができるので、「くる」に掛かる枕詞として用いられている。】
【注➂ 青葛籠(あおつづらこ)の略。衣服などを入れる、「ツヅラフジ」で編んだかぶせ蓋の箱。後の柳行李のようなもの。ここでは「負い」を導く序詞として用いられている。】
【注④ 負物=借金】
【注⑤ 栃程の涙=大粒の涙】
【注⑥ 無骨な男。不粋な男。】

     竹斎上            二
こそかへす〳〵も神妙(しんべう)の至(いた)りなれ。われ〳〵たれば
なんぢもなんぢたりいそきみやこへのぼるへし
旅(たひ)の用意(ようい)をせよとある、にらみ聞(きゝ)て心に思(おも)
へらく。かやうのときならでは。人にいけんもなら
ぬものなれは、此たひきみを心よくいさめはや
と思ひいひ侍しは。其事にて候。都(みやこ)へ御のぼり
あらんよし仰(おほせ)らるれども。名にしおふおはし
まさされは何(なに)をかきんちやくのあるじとしまい
らせん。此ふんにてはのほるべきたよりなく候

【左丁】
かくなりはつるといへる。我君(わかきみ)のかくご。あしく
ものことに。へつらはぬかほにて。人ましりも
うすきゆへなり、今まての御 思案(しあん)をはらり
と引(ひき)かへ。たのしき人によりそひ、猶も御ひげ
のちりの世にとり〳〵の。才覚(さいかく)をめくらし
給(たまひ)ひ。【語尾の重複】たとひあたなる、しのひありきなりとも
しる人にあひたるときは、只(たゝ)今(いま)はそんしやう【存生】
そこへ朝(あさ)みやくにまかる。又は急病人(きうびやうにん)あれは
とりあへすなと仰(おほせ)らるゝ物ならは。しりたる
人は、今こそ竹斎 老(らう)のりやうぢ、専(もつはら)にて。つゆ

【右丁】
のひ□なく見ゆれ、いしやはたゞ上 手(す)もへた
もなしとかくはやりぐすしの。手にかゝらんと
しるもしらぬも、みやくをう[か]ゞひ、灸(きう)ををろし
て給(たま)はれと、門前(もんぜん)に市(いち)をなし、たてる車(くるま)も多(をゝ)か
らんに。いかてしぶとき。貧乏(びんぼ)神なりとも。やはか
しりをもとゞめ得んと。こと葉をたくみに、申け
れば。竹斎うちうなつき。なんぢかいへる状しる也
さりなからつたへきく。名僧(めいそう)貴(き)僧の無しつのつみ
にしつみ、あたらみ【注①】をはかなくせさせ給ふも多(をゝ)
し、いかんぞ其なんをひらくに。うとからんや。こ

【左丁】
れみな、前世(ぜんぜ)のくわほうによる事也。我(われ)もむも
れ木の人しれず。立身(りつしん)のわさ、おもはぬにしも
あらねと。とかく貧乏(ひんほ)神、此やせ法師(ほうし)を氏子(うぢこ)
にせまほしくやおほしめしけん。玉(たま)ゆら【注②】もはな
れ給はされは。我もめいわく千万(せんばん)也我此つ
らき神(かみ)を題(たい)にして。一しゆよみ侍らん聞(きゝ)て少
心をもなくさめよとてとりあへす
 遠(とを)のけはいぢにかゝれるちかつくと
  ねんころふりのつらきこの神
にらみも此おかしさに談合(だんかう)のしなも忘れて

【注① 「あたらみ(惜身)=死なせたり落ちぶれさせたりするには惜しい、すぐれた身。】
【注② ちょっとの間】

【右丁】
  ひんほうのかみのくろやきえてしかな
   四百四ひやう【注①】のめうやくにせん

かくいひつゝくるうちに。日もにしにかたふ
けは。上洛(しやうらく)の才覚(さいかく)せんといとま給り。にらみ
の介も宿所(しゆくしよ)にこそはかへりけり
  第二にらみ長者の門外にたゝすむ事
にらみの介はねられぬまゝに。ほし〳〵【注②】と四(よ)
方(も)山の事を思ひめくらすにも。猶(なを)たのみた
る人の宿世(すくせ)こそかなしけれ。いかにもしてよ
きさいかくをめくらし。みやこへのほさはやと

【注① 四百四病=人間のかかる病気の総称。】
【注② ほしほし=しみじみと思い廻らすさま。】

【左丁 挿絵】

【右丁】
案(あん)しゐたるおりから大(おほ)屋のあるし。をと
つれたり。にらみ待(まち)とりて右(みき)のあらまし
かたれは。あるじのいはく、通(とを)り町の何かし
こそ大 福(ふく)長者(ちやうじや)にて。しかも此ころ京うち
参りあるへきよし。承(うけたまは)るとかたれは。にらみ
よろしき事に思(おもひ)ひ。【語尾の重複】あけなはかの所(ところ)にまか
り。をして出(いで)入申し侍らはやと思ひ。ねよつ【子四ツ】う
しみつ【丑三ツ】のほとも過(すき)行(ゆけ)はひかししらみのはい
出て。かの長者の門外(もんくわい)にたゝすみたり。其(その)
日はたいめんする事もなくかへりけり

【左丁】
またあくる日も。さう〳〵門外(もんくわい)につめかけた
り。門 守(しゆ)あやしやととかむれとも。少もきゝ
いれはこそ。其後(そののち)あるしは。あんだ【注】のりもの
にのり。うへ野のかたへ遊山(ゆさん)に出給はんとするに
門外(もんくわい)にやう有けなる。おとこすご〳〵と立(たち)
たり。長者(ちやうしや)のりものゝうちより。あやしや
たそとたつねしかはにらみの介やかてかしこ
まり。これはやぶぐすしの竹斎 老(らう)のうちに
にらみの介と申すものにて侍なり。ない〳〵
御 前(まへ)に申上たき事。あるといへともたれ【誰】し

【注 箯輿(あんだ)=左右に畳表を垂れた粗末な駕籠。町駕籠として用いた。】

【右丁】。
て申入へきたよりもあらねは。御出を。う
かゞひきのふよりこれに。つめかけ侍る也
とあれば。長者きこしめし。なににらみとの
かや。われらも竹斎 老(らう)の事は。内(ない)々 聞及(きゝをよ)ひ
侍(はんへ)る也かたりたき事あらは、こなたへ来(きた)り
給(たま)へやとて。ともにひろまに入しかは。にらみ
の介まづかたりていはく、こゝにひんなる女(をんな)
有。ひるはよのいとなみにひまなく。ゆふへに
をよひて紡績(はうせき)のわさつとめんとすれと■【もヵ】
てらすへきあふらなし。其となりにうとく成(なる)

【左丁】
もの有。ひるはひねもそ。【注】しゆゑんに長(ちやう)し。夜(よ)
になれは。ともしひあかくかゝけ。いたつらにを
る。此 貧女(ひんによ)福(ふく)人にかたりていはく。我(われ)其方(そのはう)の
火(ひ)のかけをかうふり。夜るのわさつとめ侍(さふらは)ん
とこふ。これ長者(ちやうしや)のともし火(ひ)に。さまたくる
事なくて。貧女(ひんによ)はいとなみをつとむ長者
も我(われ)にともし火(ひ)をかし給はれといふ。長者
聞てしかり。我にらみとのに。ともし火をか
さん。実義(しつぎ)をあかし給へといふ。其 時(とき)にらみの
すけ。我たのみたる人。今度(こんど)みやこへのほるに

【注 「みねもす」の変化した語。】

【右丁】
道(みち)の事(こと)たらぬ事をかたり長者に伝馬(てんま)な
とをこへは。長者ゆるし侍(はんへ)りてさらは竹斎
老(らう)にしる人になり。みやこへの道(みち)しるへ頼(たの)
まんなとあれは。にらにはまきりなくよろこ
ひいとまこひし。我(わか)屋にこそはかへりけれ
  第三竹斎じさんの狂哥(きやうか)の事
其ころ江戸には。事のほかくはくらん【注①】はやり
侍りて。こゝのてんやくもしそこなひ。かしこ
の大医(たいい)もけりまくりし折(をり)ふし。竹斎かの
をはりにてぐをうちし事をや。思(おもひ)ひ【語尾の重複】出(いて)

【注① 撹乱=暑気あたりによって起きる諸病の総称。】

【左丁】
けん。また火(ひ)にこりぬ心(こゝろ)にて。ひとりか二人か
なをしたりけん。大きなるかんばんにものゝ
見事に朱(しゆ)をもつて。やふにかうのものあり
くわくらんの名医(めいい)ちくさいとほり入其かたは
らに一しゆをそかきそへける
  くわくらんに長刀(なぎなた)かうしゆ【注②】ふりたてゝ
   てからはをゝしほねきりのいしや
とかきつけたりける

【注② 長刀香薷=解熱・利尿に用いられる薬草】

【右丁の看板も文字】
天下一
やふくすし
    竹斎
くわくらんになきなた
   かうしゆふりたてゝ
たからはをゝし
  ほねきりのいしや
やふくすしちくさい事にあはぬみの
てからをいふもわやくはいさい

【左丁】
其ころ何(なに)人とはしらす又一しゆをそ書(かき)
そへける
  やふくすし血(ち)くさい事にあはぬ身(み)の
   手(て)からをいふも和薬(わやく)はいさい【配剤】
ちくさいは去(さる)かたへ朝(あさ)みやくにゆき。かへるさ
に我(わか)門前(もんせん)のがくにかきそへたる。狂哥(きやうか)をみて
とむねをつき【注】て立(たち)やすらふ折(をり)ふしにら
みの介かへりて右(みぎ)の次第(しだい)をかたり侍れは。竹
斎なのめならす思ひ。それよりにらみをめし
つれ。いきもつきあへす。長者(ちやうしや)のもとへまかり

【注 と胸を衝く=びっくりする】

【右丁】
ものまう【注】はふてうちへいれは。長者はおり
ふし、ゆあみしてありけるか。其事(そのこと)をはり。
立出(たちいて)たいめんあるに。にらみの介か引(ひき)あはせ
竹斎か。弁舌(べんぜつ)ふるなもかくやと覚(おほえ)たり。かゝ
りける所に。長者とふていはく。なとそれほと
よきさいかくを以(もつ)て。療治(りやうぢ)もつはらにはなき
ととへは竹斎こたへていはく。我(われ)りやうぢをせ
さるにあらす。たゝ果報(くわほう)のほとこそつたな
けれ其ゆへは。はしめて大 病人(ひやうにん)にあひ。やう〳〵
くすりもまはり時分(しぶん)には。かの病人の一 門(もん)

【左丁】
我ふるかみ子に。もめんはおりのよそほひ
を見ては。くすりのまはるか。又さもな
きといへるは。きんみもなくあの。やぶ
くすしか何(なに)をしなしてんや。たうとい寺(てら)
は。門(もん)から見ゆるとこそいひならはせり
へたなればこそ。あのていなりとて。かの
けんのはおりに。あんだのりものをのま
するのみならす、今まてのやふくすしの薬(くすり)
ちかひせぬこそ。うれしけれなといふうちに
大かた我なをしてをきたる病(やまい)なれは一二ふく

【注 「物申す」の略。他家を訪問する時に使う挨拶の言葉。ごめんください。】

【右丁】
にて、けんあるとき。それこそは。大医(たいい)は大い程(ほと)
あるなともてはやし侍(はんへ)る也。またはからの大(やま)
和(と)のいじゆつにもれ。万(ばん)死一 生(しやう)の病人(ひやうにん)を捨(すて)
ものにして我等(われら)に見すれは。いかんぞわれら
もくすし得(ゑ)ん。我(わか)くすりのつたなきにあらす
すくせのあしきといひけれは、長者(ちやうしや)又いはく
其方(そのはう)の才智(さいち)を以(もつ)て。たとひいしやをし給(たま)はす
とも、又よの事のかせぎもあるへきに。いかん
そかくまて貧苦(ひんく)にしつみ給そと。有(あり)ける時(とき)
竹斎も口をつぐみてゐたりしか。にらみの介

【左丁】
まかり出申けるは君はしらすやかの宋(そう)の
元君(げんくん)ゆめ見る所(ところ)の神霊(しんれい)のかめをむかし宋(そう)
の元君一 夜(よ)のゆめに髪(はつ)をかうふれる人の
阿門(あもん)をうかゞひていはく我(われ)はこれ宰路(さいろ)の
淵(ふち)より清江(せいこう)のために河伯(かはく)の所(ところ)につかひたり
漁者(きよしや)余(よ)旦といへるものわれを得(え)たりと見
たり元君(けんくん)ゆめさめてのち人をしてうらな
はしめ給(たま)へはこれ神亀(しんき)ならんといへり君(きみ)の
いはく漁者に余旦といへるもの有やと尋(たづね)
給へは左右ありとこたへ奉(たてまつ)る君かの漁者(ぎよしや)

【右丁 挿絵 文字無し】
【左丁】
をめし給(たま)ひてとひ給(たま)はくなんぢいつれをか。あ
みに得(ゑ)たる。こたへていはく。我あみに白亀(はくき)を
得たり、其まろき事五 尺(しやく)也君此かめを召(めし)
給て。ひとたひはころしてうらかたせんと
思ひ。またはたすけまく。思しめし給ひて。ひと
かたならす侍りて後(のち)うらなひ給ふに。此かめ
をころし卜(ほく)し給はゝ、くにもとみさかへんと
ありしによりかめをころし給へば。七十二 鑚(さん)
して遺筴(いさく)なかりき。孔子(こうし)これを聞(きゝ)てのたま
はく。神亀(しんき)よく元君(げんくん)にゆめに見ゆれとも

【右丁】
余(よ)旦(たん)か網(あみ)をのかる事あたはず。智 能(のふ)七十二
讃(さん)して。遺筴(いさく)なけれとも腹(はら)をさかるゝうれへ
をまぬかるゝ事あたはずといへり。今(いま)我(わか)た
のみたる竹斎も。名(な)天(あめ)か下にふりけれども妻(つま)
はこりたりとなきくすり。四百四 病(ひやう)をなを
すといへとも。それよりつらき貧苦(ひんく)をまぬか
るゝ事なし。これ人のわさか。天のわさかといへ
れは。長者もかたちわするゝばかり聞(きゝ)居(ゐ)た
り。とやかくせるうちに時刻(しこく)もうつり侍れは
主従(しう〴〵)の人々も。いとま申てかへり

【見返し 資料整理ラベル】

3
50

【ラベルの上に小判型朱印】特別

【角印】浅野

【右丁 上巻の裏表紙】
【左丁 中巻の表紙 題箋】
《割書:絵|入》竹斎狂哥物語  《割書:中》

【資料整理ラベル】

3
50
【ラベルの上に小判型朱印】特別

【右丁 白紙】
【左丁】
竹斎狂哥物語中
  第四竹斎目かけに暇乞(いとまこい)《割書:并 ̄ニ竹 若(わか)九藤兵衛か|養子になる事》
しらかはよぶねもつきぬれは。猶(なを)うらめし
き朝(あさ)ぼらけに。竹斎はつくゑにかゝり。つら
づえつき。生老病死(しやうらうびやうし)の世(よ)の中を。観念(くわんねん)半(なかは)
に有けるか。猶五 濁(ちよく)のちりをはなれぬ
うき身(み)とて。としころ通(かよひ)し。をんなのかたへ
今度(こんと)の上洛(しやうらく)のあらましをもかたり。あかぬ
わかれに心よく。いとまこひをも仕(つかまつ)らんと
思(おもひ)ひ【語尾の重複】立(たち)。あしののり物【注】にうちのり。をんなの。

【注 足の乗り物=馬や車の乗り物がなくて、足で歩くこと。】


【右側朱印 丸印外周】明治三八・一一・二・購求・【内円】図
【頭部蔵書印】
帝国
図書
館藏

【右丁】
    竹斎中         一
かたへそおもむきける。折(をり)ふしをんなは
いたはる事ありて。おもやせてありけるか
竹斎を見まいらせ。実(げに)心よろしくおほえん
もにくからぬ風情(ふぜい)にや。竹斎はいつにちかひ
てものあんじすがたなるを。をんないかゝや
おもひけんなと竹(ちく)さまは此ほと少(すこし)見まいら
せぬうちに。かくまてはやつれ給ふそや。さだ
めてよそくるひ【注①】にやせいつき給らんとくね
れは【注②】

【注① よそぐるい(余所狂い)=夫が妻以外の女に夢中になること。】
【注② すねれば。】

【左丁 挿絵】

【右丁】
   竹斎中       二
竹斎は我むねのうちなにおふ竹(たけ)なれは。わり
ても見すへきものを。あまの事とや思ひ
けん。さん候【注①】みつからも。今(いま)はよそにたはるゝ
かたあれは其方(そなた)もまたおもひかけたらん
おのこし給へといへは其ときをんないへるやう
きさまはとのゝ事(こと)なれは、ひく手(て)あまたにも
渡(わた)り給へかし、みつからはきさまならては、なとつ
ふやくかほつきもめん〳〵楊貴妃(やうきひ)【注②】なれは、竹斎
か心にしてはくひつかまほし【注③】そ覚(おほへ)るらん。すへて
此みちのならひにて。今(いま)一度〳〵といひながら

【左丁】
もはてしなきものなるに。あかぬわかれ【注④】の
いとまごひせるこそ思ひやるも。袖(そで)しほる
るわさなりや竹斎はとかくの事もえ
いひ出すして。おとこなきせるこそ無下(むけ)
なる人にみせは。わらはめ心ある人たれか思ひ
しらさらん。をんなもやゝありていへるやう
いかなる御事にや。かくなみたくませ給そ
ととへは。竹斎なみたをおさへ。四方山(よもやま)のちかひ事
し上洛(しやうらく)の事を又かたり出れは。をんなもかね
てより。一 度(たび)わかるゝは生(しやう)あるものゝ習(ならひ)なれはと

【注① さんぞうろう=そうでございます。応答の言葉。】
【注② 「面々の楊貴妃」=人はおのおの自分の妻を美人と思い込むたとえ。】
【注③ 食い付かまほし=くいつきたい。】
【注④ 飽かぬ別れ=嫌になったわけではないのに別れること。別れたくもないのに別れる不本意な別れ。】

【右丁】
思ひしりなから。猶(なを)きのふけふとはおもはさり
けりなと。くときあへるも。にくからぬものから
むねつぶるゝわざにこそ。ひとりもあらは
こそ。としころなれぬるあいたに。壱人のお
の子ありし。其 名(な)を竹 若(わか)と申けるか。ふう
ふのなけきあへる。其(その)けしきを見て。いかな
れは。二所(ふたところ)はかくなけき給るそなといひて
たはこの具(く)に火(ひ)いれるなどして。おさなき心(こゝろ)
にも。ちゝかきけんをとるをみるにもたは
こより猶けふりあへるむねのうちなりや。女(をんな)

【左丁】
はとてもはや。そひはつ【添い果つ】へきちきりにも
あらし。かしらをろし仏(ほとけ)につかへ侍(はんへ)らんとて
すてにもとゝりはらはんとするを。竹斎
きもたましゐもきえはつる心ちして。とん
てかゝりしゐてとゝむるを。おさな心にはふう
ふいさかふとやおもひけん。たれ〳〵はおはせぬ
かあれとりさへ【注】給へなと。なけきあへるこそ一
かたならぬ事とも也。やう〳〵竹斎此事を
せいし。大いきつきてあるあいたに。にらみの介は
我屋に有けるか。上洛(しやうらく)の談合(たんかう)をもせはやと

【注 取り支え=仲裁する。】

【右丁】
おもひ竹斎の宿所(しゆくしよ)に見まひ侍しに。竹斎は
今朝(けさ)より他行(たきやう)したるよしをいへは。にらみ■【見せ消ちヵ】
仏(ほとけ)なき堂(だう)へまいりたる心ちして。こゝやかし
こ人をまはして尋(たつ)ねさせ侍れとも。其有
所しるくしれざれは。にらみ心におもふやう。
またれいのよからぬしのひあるきにや
とやせましくやあらましと思ひ。とかく其
当日(たうにち)も近くなりゆけは。我々たつね出(いた)し
ものかたりもせはやと。内(ない)々 聞(きゝ)ふれたる。こ
あみ町のあたり。さがし出し門外(もんくわい)に立より。あ

【左丁 挿絵】

【右丁】
ないさせ此 内(うち)にやぶくすしの。竹斎やおはしま
すととへは。下部(しもへ)かくとはしれど。たのみたる人の
心もしりかたけれは。われは何をも存(そんせ)ぬ身(み)也
うちに其やうなる人やおはしますか。とひ
侍るへし。さてきさまは。いつくよりの御つかひ
にやととかむれは。にらみいへるやう。いやくる
しうもなき身也。とかく我たのみたる人に
あはせ給へなといへは、下部(しもべ)うちに入。此 者(もの)か男(おとこ)
つき【注】ものいひなと。つぶさにかたれは。竹斎や
かてにらみかたつね来(きた)るとしりて出てあふ

【左丁】
へきや。又心むつかしけれは。こゝにはゐ侍らぬ
なといつはらんと。かなたこなたあんしわつらふ
心をしりて。をんないへるかの内々物かたりの
むつかしやの。にらみとのにて渡(わた)り給ふや。とかく
出てあい給へそれこそ我(われ)らかゆくすゑにも竹
若(わか)かなかき世のためにもしかるへからんなと。か
きくとくも。我ためおもふにやといとほしき
ものから。我か手をきりてまたこと人に
あつらへんもつみつくらるゝ。わさにやと思
ひしれは。せましきものは此 道(みち)なるへし。我

【注 男付き=男ぶり。】

【右丁】
みやこへかへりて後。いかなる人とか。ちきりを
こめん。とみさかへなは。つたへきゝたりとも
うれしくあるへきなと。思ひしれと。また
其にきはしきかたに。ひかれて我事 忘(わす)れ
給はんなと。あらまし事【注①】思へるもわりなき
や。さて立出物こしより。にらみの介にあひ
侍るもいとはつかしき。にらみ竹斎をいさめ
奉(たてまつ)るはむかしより。此 道(みち)にまよふはつねの事
なれと。あるひは其 家(いゑ)とめる人か。または其
身のやんことなきつかさくらゐに。のほれ

【左丁】
る人こそかゝる。あた〳〵敷(しき)には。かゝつらへなと
からのやまとの文(ふみ)のことを引(ひき)て。とやかく。う
しろみいふは。はしはたゝすといへとも。猶(なを)さし
あたりたるやうにて。むねつふるゝわさ也
竹斎もにらみは。つよくいさむる。又 今度(こんど)
云(いひ)をきたる事あれは。せんかたなく。たゞ今(いま)
こゝに鼻(はな)かみをわすれ侍れは。とりてまかり
帰(かへ)らんなとかつけ事【注②】いふを。にらみもそれと。す
い【推】しなから岩木(いはき)ならねはだまさるゝかほせる
もゝのなれたるわざにや。竹斎はうちへ入 今日(こんにち)は

【注① 前もってこうありたいと願っていること。】
【注② かづけごと=他の事を口実にすること。】

【右丁】
急用(きうよう)あれは上(のほ)りまへにまたこそ来(きたり)候へし
といひすてゝ。にらみとつれ立。旅宿(りよしゆく)へこそ帰(かへり)
けれ。道(みち)すから竹斎よろつのはかなきもの
かたりの次(つゐで)に今(いま)ははや。竹わかといへるみとり
子さへありて。ひとかたならぬ。中なるなといひ
出れは。にらみの介さ様(やう)とは今(いま)まてゆめにも
しり侍らす。其御子のできさせ給ふこそ
よろこはしきわさなり。まことにはらはかり
ものたねこそといへるすぢも。世中におほけ
れは。随分(ずいふん)竹わかとのゝ事を。心にかけ頼み

【左丁】
たる人の末(すへ)の。たよりともなし。またわかとの
のさかへゆき給はん。後(のち)の事をいそかしく事
たらぬ中にも思ひ過(すこ)しせるこそ誠(まこと)に竹斎か
忠節(ちうせつ)の郎等(らうとう)にやと伝(つた)へ聞(きく)も殊勝(しゆせう)なり。それ
より。にらみいろ〳〵思ひめぐらすにも。今(いま)此
中(うち)にみやこへおさなひをぐし侍らんも
いかゝなれは。にらみか年(とし)ころ水魚(すいきよ)のまし
はりをなし候。ともの九 藤(とう)兵衛といふものに
藪若(やぶわか)をあつけける。また竹斎の思ひ人をはに
らみ理不尽(りふじん)に中をきらせ侍しにより。互(たかひ)

【左丁】
にあかぬわかれせしか。はしめはあなたこなた
みやつかへせしとぞ。後(のち)にはさまをかへ竹斎
のゆくゑたつねんとてみやこのかたへ上(のほ)りし
か。竹斎世をはやうせし【注①】と聞(きゝ)て。さかのおくに
取(とり)こもりおこなひすまし往生(わうしやう)の素懐(そくわい)【注②】
をとけけるこそ。あはれにいとおしきわさに
や。竹 若(わか)も其 後(のち)家(いへ)とみさかへ。父母(ちゝはゝ)のゆくゑ
たつねに都(みやこ)に上り。此事ともを聞(きゝ)て父母(ちゝはゝ)の
菩提(ぼだい)のためとて。新黒(しんくろ)たにゝていかめしき。と
ふらひせるとこそ。誠(まこと)に恩愛(おんあい)の道(みち)ほとあは

【左丁】
れなるものはなきとて、聞(きく)人袖をぬらさぬ
はなかりけり
  第五十がかゝよく心(しん)をかまゆる事
竹斎は猶(なを)ひつはくせるうちにもかたぎ
ぬ夜(よ)きのせんたく、にんとも、たのみをかけし
思ひものは。にらみの介に手をきらるゝ我(わか)
身(み)ひとつの、秋かせに。花(はな)にたいしてねふるお
もひにふしてありけるよしを。此おもひものを
きもいりし。十がかゝといへる。伝(つた)へ聞(きく)。かの女(をんな)の
所(ところ)へゆき。いれじやうね【注➂】せるこそ冷(すさま)じ【「す」の濁点は不要】けれ。のふい

【注① 世を早うする=若死にする。夭逝する。】
【注② 日頃の望み。】
【注➂ 入性根=入れ知恵】

【右丁 挿絵】
【左丁】
かに其方(そのはう)は竹斎 老(らう)の御手きれたると聞
侍るはまことかうそか。をんなこたへていはく。
さん候【注①】竹斎さまは万事(ばんじ)心に物をもまかせえ
ぬとて。此たひ上洛(しやうらく)なされ侍る也其 上(のほ)りの日も
明日(みやうにち)にてこそ候へなとなく〳〵かたり侍しかは
かのかゝ申やうさためて其方も金銀(きんぎん)をゝく
もらい給ふへし。我等(われら)も右(みき)に其方をきもいり
侍れは。ちとすそわけにあつからはやなとかまかけ
たり。女こたへていふやう。いやとよ【注②】みつからは唯(たゝ)
かの人にわかれ侍るこそ身にあまりて。か

【注① さんぞうろう=応答の語。さようでございます。そうです。】
【注② いやいや違う。いやとんでもない。】

【右丁】
なしうもうたてくも有。さやうのさもしき
事は思ひともよりさふらはす【注①】なといへは。かゝ
いふやう。今(いま)こそ其方(そのはう)もわかれのかなしき侭(まゝ)
にさやうにのたまふとも。一日も此 世(よ)にたゝすみ
侍るうちは。あるそてはふるもふらるれなき
袖のなみたにしつむ身のとりをきかねて
もかくごし給はぬこそはかなけれなと。色(いろ)々
に申けれとも本(もと)より竹斎を湯(ゆ)のそこ水(みつ)の
そこまてもと思ひこみたる。女なれはいかて
心のうつるべき。一じゆのかけ【注②】にやどるも。一世なら

【左丁】
ぬえにしと聞(きけ)はまして。年(とし)月そひまいらせし事
なれはためあしかれとや思ふへき、其 後(のち)はさし
うづふき、【注③】念仏(ねんぶつ)のみ申し。しか〳〵のこたへもせさ
りしかはかゝ心に思ふやう。とかく此人とかたら
ひあはせたる分(ぶん)にては。いつがいつまてもぜに
になる事あるまし。しよせんそれかしばかり
竹斎 老(らう)の宿所(しゆくしよ)へ参(まい)り。此人のいへるなとかこ
つけ”事して。一分にてもねだれとらはやと思(おもふ)
心をしるへとして。はる〳〵の道(みち)をこへ。竹斎の
宿所につきものまうさんと申しける、竹斎 折(をり)

【注① 「思ひとも寄らず」の丁寧な言い方。思いもよらず。】
【注② 「一樹の陰」=仏教のたとえで、見知らぬ旅人同士がたまたま同じ木の陰に宿るというような、現世におけるかりそめの間柄。】
【注③ さしうつぶし=「さし」は接頭語。うつぶしはうつむくに同じ。濁点の位置がずれている。】

【右丁】
ふし下(くた)りまへの事なれは其よういいそかは
しきに。またものまう【注】の音(をと)するは。たれなる
らんと思ふ所(ところ)に。くたんの十かかゝなり。竹斎お
とろき其方(そのはう)はなにのやう有てにや
たゝいま来(きた)るといへは十かかゝいふやう。いやさ
れは其 事(こと)なり、其方さまのおもひ人の所(ところ)
よりつかひに来り侍る也

【注 「物申す」の略。他家を訪問する使う挨拶の言葉。ごめんください。】

【左丁 挿絵】

【右丁】
つかひといつは【注①】よの義【注②】にあらす。久(ひさ)々かの御
かたを、かゝへをき給ひて只今(たゝいま)何の。風情(ふせい)もな
く其方の御心まかせに。都(みやこ)へ下(くた)られ給ふ事。
かへす〳〵もとゞき侍らぬ次第(しだい)也。其ゆへは
たかきもいやしきも。をんなといへるものは。さ
かりあるものなれは。其 時節(じせつ)すきては、何の
花香(はなか)もなし、されはにやかの人 今(いま)三十に余(あまり)
給へはそれかしをたのみ、使(つかひ)として一 生(しやう)身命(しんめい)
をつなくほとの金(きん)銀を其方様(そのはうさま)に請取(うけとり)申そ
そのゝちみやこへ御 上(のほ)りあらふとも。いかなる淵河(ふちかは)

【左丁】
へ身をなけ給ふとも。すかたをかへさせ給ふとも
貴様(きさま)次第(しだい)也、此事とゝのほり侍らぬうちは、都(みやこ)へ
のほり給へるもがてんまいらぬよしをそれがしに
よく〳〵申きかせとの義也とけになさけなふ
のゝしりけり、竹斎も此事をきゝて、いかなりとも
此人 我等(われら)かありさまをも、心ねよく〳〵しりたれは
いかなりとはおもへともうつろひやすき人の心
の花なれは、いつしか秋風(あきかせ)のふきあへるにやとむ
ねつふるゝはかり也かく思へとも、猶(なを)りんなし【注➂】
の竹斎なれは、進退(しんたい)こゝにきはまりたゝばう

【注① 「いっぱ」=「言うは」の転。「…といっぱ」という形で使われる。…(と)言うのは。】
【注② 「余の義」=ほかの事】
【注➂ 「厘無し」=銭一厘さえ所持していないこと。無一文なこと。】

【右丁】
ぜんとあきれゐたり。此よしをにらみきく
より、もとより物(もの)なれたるものなれは、いかに
もして此十かかゝかいへるのいつはりなるかまこ
となるかをしらんと思ひしはしあんしてゐた
りしか。実(けに)今(いま)おもひ出(いた)したりと、かの十かかゝに
近付(ちかつき)さきほとより仰(おほせら)るゝだん、一(いち)々 以(もつ)てたうり
にて候と内(ない)々わたくしも存(そんし)候へとも、てまへいそ
かはしきにとりまきれ失念(しつねん)仕(つかまつり)候、追付(おつつけ)わた
くし持参(ぢさん)仕 相渡(あいわたし)申さん、こなたは御かへりなされ
此 通([と]をり)御 心得(こ[ゝ]ろえ)給(たまは)れといふ、十がかゝこんほんいつはり

【左丁】
の事なればすぐにわたさせてはわがほねお
りたるかひなきとおもひ、もつともさやう
にては侍らんづれとも、こなたにはたひこしらへ
にて御てすきも有まじければ、わたくしに
給はれ慥(たしか) ̄ニ とゞけ参せんといふ。にらみの介此ふ
ぜいをやがてさとり、大のまなこをみひらき
をのれめは。かの方よりの使(つかひ)にてはなし。この
竹斎をたぶらかし、金銀をとらんとたくみし
なり、なんぢ女(をんな)の身ならずはきつと【注①】申つく【注②】
べけれと此 度(たひ)はゆるしをくといへれば。此かゝあ

【注① 必ず。是が非でも。】
【注② お上へ申し付ける。】





【右丁】
らはれたるとやおもひけん、へんとうにも及(をよ)はす
こそ〳〵と帰(かへ)りける、竹斎夢のさめたる心ちに
て、にらみに打(うち)むかひなんぢ是(これ)にあり合(あは)せず
は、我(われ)は何(なに)と成(なる)へきなといふ所(ところ)へ、れいの長者(ちやうしや)の
方より人 来(きた)り、明日(みやうにち)早天(さうてん)に罷立(まかりたゝ)んとおもふ、こ
なたのこしらへはなりたるかといふ竹斎承り
たとひ拵(こしらへ)ならずとも、御 供(とも)申さでかなはぬ身
の、ましてよういすへき物とてもあらされは
いつよりなりとも御供申さんとにらみの介をとも
なひ、かの使(つかひ)と打(うち)つれ長者の宿(や)にそ行(ゆき)ける

【左丁 白紙】
【資料整理ラベル】

3
50
【ラベルに押印された小判型の印】特別

【冊子を開けて伏せた状態】

【右側 文字無し】
【背表紙 整理ラベル貼付】

3
50
【ラベルに押印された小判型の印】特別

【左側 題箋】
《割書:絵|入》竹斎狂歌物語 《割書:下》

【右丁 白紙】

【左丁】
竹斎狂歌物語下
  竹斎都へ上る事 付道中紀行
かくて長者はとりがなくあづまの空(そら)を立出(たちいて)。
とも人あまた引ぐし。綾羅錦繍(れうらきんしう)のよそほ
ひまことに此世のほかに見えにける。竹斎はに
らみ介壱人をたづさへおもきかは衣(ころも)をき
やせたる馬(むま)にうちのり。あとにつゝきて
出にける。実(げに)聖代のしるしとて。なみもしづまる
【五字の虫食いか墨消し】もちがりとふみならし。かうべを
めぐらしなかむれば。大【二字の虫食いか墨消し】まします御本(ごほん)まか【或は「る」ヵ】。【このあたり意味不明】

【右側朱印】
【丸印 外円】明治三八・▢・三。購求  【同 内円】図

【長方形印】中井文庫

【上部蔵書印】
帝国
図書
館蔵

【右丁】
と□□□□んに、れいがんしま。実(げに)たぐひなき。ふ
しのねやむねのけふりは手きさみの。たはこと
ともに吹く風に。はや中橋(なかはし)の中々(なか〳〵)に。名残(なこり)も
おしきかの人にあはぬさきこそしのはるれ
札(ふた)の辻(つじ)にやすらへは。政道(せいたう)しるき鳥(とり)のあと国(くに)
に入てはまづ其 法(ほう)をきくといへる。律(りつ)のを
しへのくらからぬ。しなかば【濁点の位置が違う】過ぐれはかはさきや
むれゐることりのかず〳〵に。つるのはしを打(うち)
わたり

【左丁 挿絵】

【右丁】
すぎこしかたを見かへれは。こ高(たか)き山に堂(だう)
搭(た[う])の見ゆるは。いづれと打(うち)とへば。にらみの介は
承(うけたまは)り。しやうこは寺(てら)のかいさん所。いけがみ也と
こたゆるも妙(めう)な事にそきこえける。後世(ごせ)の
事をもしらぬ身はかなしきかなかは打わ
たり。主(しう)にをくれるにらみの介。里(さと)の名(な)に
あふとつかはとはしりまはれど。くたびれに
あとにだたりと下(さが)りぬる。ふちさはこはた
ひらづかや。大いその松風に心なき身にも
あはれはしられけるしぎたつさはの夕(ゆふ)ぐれに

【左丁】
さがみのふちうほどちかき。をとに聞(きゝ)ぬるい
にしへのとらがしるしのはか”所。遊女(ゆふぢよ)なれどもやさ
しくて。そがとのになさけ有。かのすけなり
もすりきれるふるきじゆずをはとり出し。
我等(われら)と同(おな)じ身のうへと狂念仏(きやうねんぶつ)になみだぐみ
をだはらになりぬれと。やく代(だい)とてもとらざ
れはくすりときくもういらうや。ほのかに月
もさしいづるはこねのごんげんふしおがみ此
おんてらのたから物に。かのときむねすけつ
ねをうちたりししやくどうつくりときく

【右丁】
なれは。かのしやくとうには金けまじはらね
ばならぬといふなるに。ときむねはそがとの
といへどもよくそや。金けの有たるやなと
ふしんがれば。にらみ一しゆ
  すりきり【注①】もしやくとうつくりせましやは
   われらも金け二つぶら〳〵
其 外(ほか)の宝(たから)には。夜光(やくはう)の玉に。こまのつの九穴(きうけつ)
の貝(かい)あまのは”衣なと。かずしらす。見るがうち
に長者のうちにつかはれし。六 蔵(ざう)といへるも
の。竹斎 老(らう)にいふやう。さきほと其方に。かし侍

【左丁】
しあま道(たう)ぶく【注②】かへし給へといへは。心得たりと
てぬぎてかへしかくなん
  かりものゝあまのは”衣まれにきて
   やがてかへせはあとはすがみ子【注➂】
なと。いひ〳〵て足(あし)にまかするうちに。みしま
にこそはいたりげ【ママ】れ。かの明神(みやうじん)に参(まい)りつゝ。南
無や三島(みしま)の大明神(だいみやうじん)。ねかはくみやこにのこせし
老母(らうぼ)。または江戸にあづけをきし竹若(たけわか)か。行すゑ
守(まも)り給へといふうちにもま□人の事こそは
神(かみ)やうけずもなりにけんと。心はづかしうこそ

【注① 金銭などを使い果たして貧乏になる。財産をすっかりなくして素寒貧となる。】
【注② 雨道服=雨羽織に同じ。雨の時に着るラシャ・木綿などの羽織。】
【注➂ 素紙子=柿渋をひかないで作った白い地の紙子。安価なところから貧乏人が用いた。】

【右丁】
覚(おほえ)けん。にらみ立(たち)よりいふやうは。此 明神(みやうじん)[と]
申すは別而(へつして)霊験(れいけん)あらたにて。むかし伊豆守(いつのかみ)
実綱(さねつな)ひでりをうれへ給しを。能因法師(のういんほうし)と
いへるなん一しゆよみ聞(きこ)えし。和哥(わか)の徳(とく)によ
りにはかに雨(あめ)ふり下(くだ)りつ■。草木(さうもく)色(いろ)をなを
し。また能筆(のうひつ)の佐理(さり)といへるなん。にしのうみ
より伊予(いよ)のくにゝいたり侍し折(おり)ふし。なみ風(かぜ)
あらく吹(ふき)。たてゝふね出すべきたよりもなかり
しに。其夜(そのよ)此明神ゆめの御ちかひに。神前(しんぜん)の額(かく)
をみづからかき佐理(さり)にかくべきよし。御 告(つげ)まし

【左丁】
ませは。佐理 奇異(きい)のおもひをなし給ひ。その
まゝかきてかけ給へは。やがてなみかぜしづまり
はやともづなときものし。風のまに〳〵こぎ
出てけるとかやその額(がく) ̄ニ曰(いはく)
  日本総鎮守三島大明神
かゝるためしもくらからぬ。宮(みや)井なれとも。能(のう)
因(いん)法師は古今(ここん)独歩(とつほ)のうたの作者(さくしや)。佐理(さりは) ̄ハ本朝(ほんてう)
無双(ぶさう)の能書(のうしよ)なれば。我等が今 手向(たむく)る言(こと)の
葉(は)□□□□のまねのからすなるべけれども
其心ざしは同じきとて。御代(みよ)太平(たいへい)のすみをす

【右丁】
り□□手をもはぢらはずこしをれの
たはふれ事をぞ申しける
  ねがはくは守(まも)り給へや主従(しう〴〵)を
   みしまうなぎのぬめりすぎにも
志や。まことに世にある人ならば。千金万金
をのそみ侍るか。まだものほりて論(ろん)せは。五つ
のかなへにもはむべきとねかはましを。か
のまめがにのかうににせて。ほりたつるあな
はづかしの心ざまや

【左丁 挿絵】

【右丁】
さりながら□おもひいれには。まげてひ
ちりこをにごらすとも。思ふ心(こゝろ)のえにしある
ぬまづの宿(しゆく)に立(たち)やすらひ。ひま行(ゆく)馬(こま)のあ
しはやみ。かなたを過(すぐ)れはこなたにあたり
て。名におふふちあり。所(ところ)の人にたつぬれは。是(これ)は
むかし山王(さんわう)の住物(ぢうもつ)なるを盗(ぬす)みとりてかへり
しが。道(みち)すがらあまりおもきにたえずして
すてをき侍れは。しらなみのなにたちてかま
がふちといへるになり今 ̄ニ ふちのぬしとも
なり侍るとかたるにこそ。孔子(こうし)は盗泉(たうせん)の水(みづ)に

【左丁】
かはきをしのぎ曽子(そうし)は勝母(せうぼ)の里(さと)にいり給は
ぬとなんいへる事。ふと思ひ出され侍ればとて
もとをらでかなはぬ道(みち)なりとも。ちよこ
〳〵ばしりもせまほしきあたりになん有
それよりも。はらをすぎ。よし原(はら)といへるこ
そ。かのむさしのゝわかくさのつまもこもれる
町(まち)の名(な)を思ひ出(いた)すも。かりの世の猶ほんなう
の雲(くも)をこり。法性(ほうしやう)の月かけは。どこがとちや
ら見えわかぬ。やみのうつゝのうかい川。おもひ
わたるもかなしけれ。風ふきあ【濁点の位置がずれている。】げのはまより

【右丁】
も田子(たご)のうらなみ見わたせば。をきには□
けきうらなみの。こぎゆくあとのしらな□【みヵ】
は。けに世の中のたとへにも。引てかへれる夕し
ほのしほたれ衣 袖(そて)さむく。かんばらすぐれは
ゆいのはま。むかし此所にてしゆめのもり久(ひさ)と
聞(きこえ)しさふらひ。今はの秋の小(こ)からしに。露(つゆ)の命(いのち)
もきゆるを。年(とし)ころたのみし清水(きよみつ)のをとはの
瀧(たき)のしら糸(いと)のなかれてふかき御ちかひの。臨(りん)
刑(きやう)欲(よく)寿終(じゆ〳〵)【注】念彼(ねんぴ)観音(くわんをん)の力(ちから)のほとのあらはれ給
ひ。其なんをのがれつゝ。すゑは山路(やまぢ)のきく酒(さけ)

【左丁】
に千とせのよはひをうけもち。一さしまひの
手も。一 天(てん)四 海(かい)のうちのみか。もろこしがはら
も此ところなる。さつたとうけをうちすき
けにこゝろうや此さかは。おやしらす子(こ)
しらずにわかれのみやうじんかへりみる
きよみかせきのせき守(もり)も。戸さゝぬ事はさて
をきぬ。今は戸さへもなかりける。それより
も宿(やど)をかり。里(さと)の名におふねつおきつもの
おもふ身(み)は秋の夜(よ)を。百ばい長(なが)く覚(おぼ)えつゝ
にらみの介と竹斎と。主従(しう〴〵)二人 断頭話(だんずわ)にはら

【注 観音経の一説と思われる。絶は誤記ヵ】

【右丁】
をよらぬはなかりけり。かゝりけるところに
あるしのおきな。年(とし)よりのくせとして。ねもせて
あかす折節(おりふし)きぬたの音(をと)にゆめさめて。これもまた
物おもふ袖の露(つゆ)。ちゝにくたくるはかり也あるし
二人のね物かたりを聞(きゝ)。我もむかしは男(おとこ)山男
といはれし身なりしか。いかなる宿世(しゆくせ)のむくひや
らん今こそかやうになりぬもの。いで此まれ
人をなぐさめんと。同じ比なるをんなをいざ
なひてうしさかづきたづさへ。ついまつ【注①】に火
をともし。竹斎かとのゐせし。おくのでい【注②】

【左丁】
へぞいりにける。にらみの介こはふしぎ成(なる)
事どもなり。つたへきく此宿(このしゆく)は。盗(ぬす)人 多(をゝ)き
所(ところ)なりと思ひねたる所をずんどたち。し
りざし【注➂】かたくさしかため。壱尺三寸【注④】をくつ
ろげ。【注⑤】声(こゑ)あららかにとがめたり。ちくさいは
すこしもさばくけしきもなく。有為転(うゐてん)
変(べん)のゆめの世(よ)に。たれあつて百年を過(すご)さん
せばき心よりして見れは。我と人とにへだて
有。さとれは人家(にんか)へだてなし。よしぬす人
にてもあらばあれ来りたがる人をとゞめんもよ


【注① 続松=たいまつ(松明)のこと。ツギマツの音便形という。】
【注② 出居=寝殿造りに設けられた居間兼来客接待用の部屋。のちには座敷の意。】
【注③ 遣り戸、戸障子などを閉めたあと、開かない様にはすかいに差しておく棒。つっかい棒。】
【注④ ⦅刃渡りが一尺三寸(約四〇㎝)あるところから⦆懐剣の異称。】
【注⑤ かたくしまっているものをゆるめる。】

【右丁】
しなし【注①】こなたへ来り給へや。さりながらその
方も仕合(しあわせ)あしき人成。とてもまさなき【注②】わざ
するならば。たのしき人をこそ□【うヵ】ちとりもし
給はで。いかなれはこのするすみ【注➂】なる身に。心
をかけ給ふそやといへはあるじはいやさやうの
ものにては候はず。あけさせ給へといふを。に
らみの介猶も心ゆかすかたなかりしを
竹斎またいふやう。いやふるき語(ことば)にもうら
むるものは其(その)声(こゑ)かなしといへる事あり
唯(たゞ)今(いま)の物こし。盗(ぬす)人にてもよもあらしとて

【左丁】
みつからたちて戸をひらけは。ぬす人にて
はあらずして。あるしふうふのものてう
しにさかづきとりそへ。竹斎がたびのつかれ
をなくさめける。竹斎なのめならず【注④】よろ
こひ。有しむかしの事どもかたり侍れは。ある
じものこす心なく。それがしもいにしへは此
所(ところ)にて名(な)あるものにて候か。をさなき時(とき)より
父母(ふも)にをくれそれより後(のち)。あはれともいふへき
人はおもほえて。身もいたつらになりはて
て。少ものゝ心をしれりしより。いかなる事

【注① よしなし=方法がない。】
【注② 正無き=正常でない】
【注➂ 体一つしかないこと。裸一貫で、他に何も持たないこと。】
【注④ 普通でない。格別である。】

【右丁】
にて有やらん。五こくをつくれはじゆくせず。
市(いち)にあきなへば。心のまゝならず。物ごとにげほ
うの下(くだ)りさかのやうになりゆき。今またのぼ
るもつらき老(をひ)のさか。つえにすかりてこれ
まてまいるも御客達(おきやくたち)の。御すがたもよしある
人のなれのはてと。たゞ一目にみまいらせ候
へは。我も此世の事にうみがき【注①】のじゆくし
をとふらふ【注②】。ふぜい也とうはもろともにな
み【「こ」に見える】たにしづみ【注➂】給へは。にらみも此事どもを
聞居(きゝゐ)てさめ〴〵とこそなきゐたり。やゝあ

【左丁】
りてなみだをおさへ。いやとよ【注④】あるじの人々
よ。昔(むかし)大 唐(たう)の一 行(きやう)阿闍梨(あしやり)といへる名僧(めいそう)は。む
しつのとがにをかされ。日月もおかまぬ道(みち)にな
がされ給ふを。諸 天(てん)【注⑤】これをあはれみ給ひて
九ようのほしのひかりを現(けん)し給ふ。阿闍梨
よろこびのあまりに右(みき)のゆびをくひきり
ひだり衣(ころも)の袖(そて)にうつし給ふて、末世(まつせ)の衆生(しゆじやう)に
しらし給ふとかや。これみなせんぜ【注⑥】のかいきやう【戒行】
のする所(ところ)なりとかたれは。をんな聞(きゝ)ていふやう
こよひの雨(あめ)のさびしさに。われらかむかし

【注① 熟柿=熟した柿の実。】
【注② うみがきの熟柿を弔う=似た境遇のものが相手を慰めることのたとえ。】
【注➂ 泣き臥し。】
【注④ いや、とんでもない。】
【注⑤ 天上界の神仏たち。】
【注⑥ 先世。前世に同じ。】

【右丁】
もかたりいて。うきをなぐさめ侍べし
我もそのか□は此 里(さと)のならびなる。何がしと
いへるにものゝふかきねやに。やしなはれ。あ
したにはあづまを引。ゆふべにはつくば山
のもとに立(たち)。なにはのうらなみをくみ日
をくらし夜(よ)をあかせしに。所(ところ)の人 多(おほ)くよばひ
わたり侍りけれども。時雨(しぐれ)にそまぬみねの
松(まつ)。心つれなく侍りて。はたちの春秋(はるあき)を独(ひとり)
をくり侍しに。あのをきながふゑのねに思ひ
うかるゝ事ありて。くれたけのをきふし

【左丁】
をもおなじしとねにまくらをならべ其 後(のち)
ひとりの子にをくれ。四十(よそし)あまりの月年を
くらし。今 百(もゝ)とせにひとゝせたらぬつくも
がみ【注①】。かゝるすがたもはづかしのもりてや他(た)
人(にん)にしられんと。めもくれなゐにそふし
しつむ神のなみたももる月に。此世のほか
のあはれなり。ふうふはまれ”人をなぐさめん
と。身のうへをかたりだし。にらみはふうふを
いさめんと。我事をいひ出し。かたる人もきく
人も。なみだにつきはなかりけりやゝあり

【注① 九十九髪=老人の白髪。】

【右丁】
て竹斎、なにとよあるじは。あつまの名あり
とや。とてもの事にむかしをおもひ出。一 曲(ひよく)た
むじ【弾じ】我等(われら)に聞(きか)せ給へてとあれは。あるじい
へるやうは。さん候我等も其むかしは。そら
ゆくかりのねをきゝては二十五絃をた
むずれは。をきなも龍(れう)の吟(ぎん)をふきすさみ
春風(しゆんふう)桃李(たうり)花開日(はなのひらくるひ) 秋雨(しうう)梧桐(ごとう)葉落時(はのおつるとき)しも
あかすちきりしかよひよりかたることく
今ははや。黄金(をうごん)用(もちひ)尽(つくして)歌舞(かふを)止(やむ)身となりて
さふらへば。ゆるし給へとかたりける

【左丁 挿絵】

【右丁】
にらみきゝて。もつともおほせはさる事なれ
どもさりなから名馬(めいば)はたらいの間にふせ
とも。つねに千 里(り)の心ざしありといふなれ
ば。ひたすらとこそのそみける。をんなも
さすが岩木(いはき)ならねば。一 間(ま)所に立かへり。かざり
もあらぬ一おもてとり出し。みねの春風かよふ
らし。いづれの尾(お)よりとすががけば。空ゆく
かりもかへるべし。其 後(のち)かるくひねりて。ゆる
くをさへはしめは霓裳(けいしやう)。後(のち)は六 幺(よう) 大 絃(けんは)
嘈々(さう〳〵として)如(ことし)_二急雨(むらさめの)_一 小 絃(けんは)切々(せつ〳〵として)如(ことし)_二私語(さゝめことの)_一かのこゑなきと

【左丁】
きは。なをなさけありとや。かくときうつ
るまに。鶏鳴(けいめい)あかつきをときなへば。いつも
名こりはつきせねどなをかきりあるた
ひのそら。あけゆくよはともろともに。みや
このかたへおもむくにも。心はあとにとまり
ぬる。もしまたみやこがたへものほり。もの
したまはゞ。かならず御たづねにも。あづかり
まほしけれなど。ねもころにちぎらんと。立
かへらんとしたりけれは。人の家(いゑ)にてはなかり
けり露(つゆ)をきまがふくさむらにぞおはしける

【右丁】
主従(しう〴〵)はゆめのうちに、ゆめのさめたる心ちし
て。幽霊(ゆうれい)出離(しゆつり)【注①】生死(しやうじ)頓証(とんせう)【證】【注②】菩提(ぼだい)と打づして。
あしにまかすかならひとて。江じりのさとに
つきにけり。此 里(さと)のかたはら。田の中 ̄ニ すこし
き池(いけ)あり。このいけのはたに人あまたあつ
まるを立よりたづぬれは。これは即(すなはち)むかし
文禄(ぶんろく)の比(ころ)かとよ。里(さと)人の女(をんな)あまり ̄ニ しつとの
ふかきゆへ下(しも)につかへるをんなにも。つらく
あたり。おつとにもつねにむかひ火(ひ)。作(つく)り
ふすべものしなどせし。しうねさ【注➂】にやしゝて

【左丁】
のちも此ほりに。たましゐとゞまり。猶 執着(しうじやく)
のなみにしづみ。うかみ【浮かみ】もやらぬ身となり
今がいまにも。うば〳〵とよぶ人あれは。かきり
もなく。あはだつとこそかたりけれ。よした【吉田】
なかぬままりこの宿(しゆく)。ひもしさやあたま
もなのめうつの山。つゝのほそ道(みち)心ほそ。
我いらんとする道(みち)はうそぐらさ【注④】よ。むかし
在原(ありはら)の中将(ちうじやう)このところにいたりて。ゆめにも
人にあはぬなりけりとよみ給へば。実(げに)用心(ようじん)あ
しき所とおほえたり、にらみの介 相(あひ)かまへ

【注① 世俗のわずらいを離れて雑念を断つこと。】
【注② たちどころに悟りに達すること。】
【注➂ 執念さ=形容詞しゅうねし(執念し)の語幹に接尾語「さ」の付いたもの。執着すること。】
【注④ うすぐらさ(薄暗さ)に同じ。】

【右丁】
てぬかりばしするなとあれは。にらみ承(うけたまは)り
きみはかの□聖(せい)老子(らうし)の言葉(ことは)をしろしめさ
れずや。得がたきたからをたうとみざれは
民(たみ)をしてぬす人なからしめ。またたから
をゝきときは身をまい【「も」の誤記か 注】るにうとしこそ。よし
たの何がしものたまへり我 主従(しう〴〵)の中に
ありとらるべきものありてようしんせんと
て。かのなりひらの哥をほんあんせり
 すりやあるうつの山べのうつゝにも
  ゆめにもすりにあはぬすりきり

【左丁 挿絵】

【注 吉田兼好の『徒然草』第三十八段に「財多ければ身を守るにまどし」(財産が多いとそれに心を使うことが多くて自分を守り保つことがおろそかになる。)とあり、その文意の引用と思われる。】

【右丁】
みかへるあとはふちうなる。げにこのところは
をとにきく。あべ川かみ子【紙子】といへるなんあれば
我等(われら)が。ごふく所(しよ)の多(をゝき)所なりとふくかせも身
にします。おかべふぢえだしまだ過(すき)。うたて
きかなや。長たひのつかれいかにとせんかたな【注①】
つかひぜに【注②】ゝもさやづまる。さやの中(なか)山中〳〵
にきえぬいのちぞうらめしき。小川さかにこ
そ付(つき)にけれ。此ほとりにくにゝ聞えしわらび
もちやなんありしばし立より。こまをを
さへておもひ出る実(げに)やもろこしの伯夷(はくい)叔斉(しゆくせい)は

【左丁】
けがれたる世の粟(あは)をはまじとて首陽(しゆやう)の
おくにわらびをとり千(せん)さいにひじりの名
をのこせしがこのところにもかゝる人やは
あるへきかのあたりを見わたせば八十のお
きなもみとせのわらはべも馬子(まご)も飛脚(ひきやく)も
をしなへて名(な)あるもちをそたへにける主(しう)
従(じう)もじゆんのこぶし【注➂】のことはさにわり”子【ご】【注④】やう
のものとりいて□【たヵ】ひのくたびれなぐさみけ
る        竹斎
  首陽山(しゆやうさん)にとりしわらびのもちならば

【注① なすべき手段・方法がない。】
【注② 小遣い銭。】
【注➂ 順の拳に外(はず)るな=仲間はずれにならない様にせよとの意。】
【注④ 破籠=食物を容れる器。】

【右丁】
   もろこしかはらへくはんとぞ思ふ
        にらみの介
  しやくそんやねりはじめけんわらひ餅(もち)
   老少(らうせう)不定くうとこそみれ

【左丁 挿絵】

【右丁】
ぞうやく馬(むま)【注①】にのりぬれば。うてとすゝま
ぬくらぼね【注②】や。ながはしゆくもとけしなく【注➂】
おかざき。ちりう。過(すき)ゆき。いかになる身の
はてぞとも。みやはとがめぬわたしもり。く
はな。四日 市(いち)これかとよ。此ところに。石(いし)やくし
といへるなんあり。これこそ我たのむ。本(ほん)
尊(そん)なり。さりながら。不 足(そく)ありつめたき
身も三 年(ねん)ゐれはあたゝまる。石(いし)やくしと
いふならは。二十 余年(よねん)のくすしの功(こう)をへしに
いかにふつき【富貴】になし給はぬやにらみ聞

【左丁】
ていやそれはひが事なり。主従(しう〴〵)のもの
ともに、やくしのまもり目(め)あればこそ、今
にこじきとへたてあり、もしさもなく
は。おとこの小町(こまち)のなれのはてとなるべ
きを。たる事しらぬ竹斎 老(らう)。老子(らうし)の道(みち)に
たがへりといさめをなしつゝ。せうの【庄野】かめ山
はやを過、せきにきこえし。地蔵(ちそう)あり里
人のかたれるはむかしこのところに。ゑや
み【注④】こよなうはやり侍りしに。この地蔵に
いのりしその作善(させん)に堂(たう)を。つくりなをせし

【注① 雑役馬=乗用には使わないでいろいろな雑用に使う牝馬。】
【注② 鞍骨=馬の背に身体を固定させる装置。一般に鞍ともいう。】
【注➂ とけしなし=じれったい。もどかしい。】
【注④ えやみ=疫病。】

【右丁】
にくやうをたのむ僧(そう)なかりしを地蔵(ちざう)に
またいのり侍しときいくかといへるあけが
たに、あつまのかたより来(きた)る沙門(しやもん)に。たのみ
きこえよと遊女のつげありしときに
つげにまかせほの〳〵あけに待(まち)たるに東(ひがし)よ
り一人の僧(そう)来り、かの僧をまちとり供養(くやう)
をたのみ侍りしに、この僧くやうとて、とくび
こん【注①】をとき地蔵のかほをなてしに里(さと)人
きもたましゐもきゆるはかりにあきれは
て地蔵を清水(しみつ)にてあらひものせしに

【左丁】
またもとのことくたゝりありしとき。いかなる
事ぞとて七日こもり【注②】なとせしつけに、かの
とくびこんにて供養せしは。紫野(むらさきの)の一 休(きう)とて
名僧(めいそう)なり。いかなればそのくやうをけがれ
たりとて、きよめけるそ、いそきみやこ
にのぼり、たつね来れとありしときまた
ものごとく供養(くやう)をたのみ侍しとなり。
されどもこれは、頓語(とんご)【注➂】の工夫(くふう)猶(なを)向(かう)上の一 路(ろ)
あるところにて凡人(ほんにん)のあしぶみもすまじき
ところなりとなをつゝしんてふしおがみ

【注① 犢鼻褌=ふんどし。】
【注② 七日籠り=七日間行う参籠。】
【注➂ 機転のきいたことば。】

【右丁】
さかの下(した)つち山や。日もみな口になりしかば
石部(いしべ)どまりと聞えける。にらみ一しゆ
 くだ【濁点の位置は誤記と思われる。】り〳〵あしにまかせてふみまよふ
  けふからうすの石部(いしへ)とまりに
これはちくさいはとはになりとものれるに
にらみはかちよりまうする、述懐(しゆつくはい)なるべし
長旅(なかたび)のやつれのうへに、さかやきもそりあ
へぬ、やせ法(ほう)し、やせ男(おとこ)、むさくさつにそつ
きにける、それよりやはせにかゝり、柴舟(しはふね)に
たよりして、湖水(こすい)のなみたゝよえる。越王(ゑつわう)辞(じ)

【左丁】
せしはんれいは【注①】、勾践(こうせん)【賎は誤記】【注②】の代(よ)となり、西施(せいし)【注➂】を我
ものとして世をのがれ、功(こう)なり名(な)とげみ【身】しり
ぞきしに、われはいまだとけぬ名に身をしり
ぞくこそ口おしけれ、せた長橋(なかはし)見わたせは
石山寺(いしやまてら)のしもく音(をと)に我耳(わがみゝ)かねのひゝ
きまて。諸行無常(しよきやうむじやう)の心地(こゝち)して。観念(くわんねん)せる
うちにこそふねは大津のうらに付つき侍
るはやみやこのそらもちかしとて、ひとり
わらひに【注④】。道(みち)のはかも行やうにこそ思はる
れ相さかをうちこえ音(をと)にきゝつゝいへ

【注① 范蠡=中国春秋時代の越王勾践の父の代より仕えた功臣。】
【注② 紀元前五世紀の初めの越の王。】
【注③ 春秋時代の越の美女で、越王勾践は呉王夫差の色好みを知って西施を献上した。呉王はその色香に迷って政治を怠り,越に滅ぼされた。】
【注④ 思い出したり、想像したりしてひとりで笑うこと。】

【右丁】
るなる音羽(をとは)の山 越(こえ)打て。粟田口(あはたくち)辺(へん)にこそ
我むかしかよへるかたも有つるか。いまは
いかにやなりぬらん。其あたりに一 木(き)の松
ありもとより千年(ちとせ)の物なれは、いまも
むかし同し色(いろ)なるにそ、人ほともろきも
のはなし。すへて恋ちのならひとて。おしき
にもはなれ思はぬにもそひ。うらみるも
うれしかこつもはらたゝす思へるもう
れしからず、我身といへどわが物にならぬ
曲(まけ)ものよとつふやくうちに三 条(てう)の大 橋(はし)

【左丁】
うちわたりもとのすみかにかへりつゝまたやふ
くすしのふし〳〵にかめのよはひををくりける
とかやこれを思へは一升いるふくろの大かい道
いりても

 正徳三中夏吉旦

   浪華書林 安井弥兵衛

【資料整理ラベル】

3
50
【小判型朱印】特別

【両丁 見返し 文字無し】

【裏表紙】

{

"ja":

"幼学食物能毒"

]

}

幼学食物能毒 全

《幼学食物能毒全》  



《幼学食物能毒全》

《幼学食物能毒全》

東照大神君様報恩之記
 いにしへ乱世の時は民の苦たとふべきなしいかにとなれば精国みたれ
 立たる中にそ西国に毛利 大友中国に尼子の一族五畿内に三好細川
 甲州に武田駿州に今川尾州に織田北国に浅井朝食相州
 に北条越後に謙信等の猛将勇士威道ふし勢を事
 ひ四民動乱せし事いかはかりとおもはる然るに忝くも
東照大神君様広大無迄下等一味大慈大悲正御意路抜苦の窓願
 御発起◻︎し故神仏◻︎◻︎の◻︎をたれ給ひ御一生百廿人余いて
 御合戦に御鎧も脱せたまはす御苦労被遊し故彼の猛将の勇士と
 呼れし方〻もみな自滅同様に成行斬る太平て御代と治り日本は
 おろか四弟は蛮日月之照す所御神位の輝かる所なし誠二神仏
 附属の天下御万代勅かぬ御代となりし事たとふるに又おなし斬
 難水〻御代に生れ無極の御厚恩を学りなからせめて御恩の万部一も報る
 気の付ぬといふは余りなる冥加をしらずおそろしき事也人は万物の霊といへば
日光様の御恩片時も忘れては人でなし〻

        幼学(ようかく)食物(しよくもつ)能毒(のうとく)序言(しよげん)
それ食(しよく)に 薬(くすり)有(あり)て一生(いつしやう)のやまひをさり又(また)色(しよく)に毒(どく)有て一生のやまへに萌(きざ)す薬(くすり)の人に薬なるをし
しりて食(しよく)の人に薬■るをしらず愚といふべし
やまひのもとをたゞ■色(しよく)迄も一天りやうぢす
と母いえさると■薬をもつていやすべしふるき
医書(いしよ)にみえたり人長寿(ちやうじゆ)を保(たも)たんをおもはく
先(まづ)第一(だいゝち)食事(しよくじ)をつつしむに有古人(こしんの)曰(いわく)食益(しよくえき)有(あり)
美食(びしよく)損(そん)有やまひは口(くち)より入るとおもひ朝(あさ)夕(ゆふ)の
食物(しよくもつ)能毒(のうどく)を弁(わきまふ)べし食/療(りやう)の尊(たつと)き事知らず
んば有べからす此書は神(しん)農(のう)本学(ほんざう)時珍(じちん)本草

{

"ja":

"養気説

]

}

【帙表紙】
【題箋】
養気説 全

【帙背】
【題箋】
養気説 四巻

【帙表紙】
【題箋】
養気説 全

【表紙】
【題箋】
養気説  □【一】

【白紙】

養気説
      綜凡(オホムネ)
一此-書は。孟-子に謂(イフ)ところの《振り仮名:浩-然|カウ ゼン》の気(キ)を養(ヤシナ)ふの術(ジユツ)を説(トク)こと
 を以て、その《振り仮名:主-意|シユイ》とすれども。《振り仮名:事-理|ジリ》《振り仮名:相-混|アヒコン》じ。論-弁(ベン)頗(スコブル)《振り仮名:多-岐|タギ》【左ルビ「サマ〴〵」】に
 亘(ワタル)【左ルビ「ナル」】がゆゑに。前-後 《振り仮名:終-篇|シウヘン》【左ルビ「ノコラズ」】を《振り仮名:反-復|ハンフク》【左ルビ「クリカヘシ」】《振り仮名:参-互|サンゴ》【左ルビ「ヒキアハセ」】して、《振り仮名:講-究|コウキウ》【左ルビ「ヨミキハムル」】するにあら
 ざれば。其《振り仮名:意-旨|ムネ》を《振り仮名:領-解|ガテンシ》がたきことの多からんは。全く文-辞(ジ)【左ルビ「コトバ」】
 に疎(ウト)き、一-時の《振り仮名:編-述|へンジユツ》に出て。思(オモヒ)いづるに任(マカセ)て記(シルシ)たるもの
 にして。一-條(スジ)の文-理(リ)【左ルビ「コトバノスヂ」】、《振り仮名:脈-絡貫-通|ミヤクラククワンツウ》【左ルビ「マウススヂノトホル」】するまでにいたらざれば。

【句読点 真円は「。」水滴形は「、」と翻刻】
【八行目「脉は俗字】

 なり。
一孟-子の心を動(ウゴカ)さざる《振り仮名:工-夫|クフー》は。全(マツタ)くこの気を養(ヤシナ)ふにより
 て得(エ)たるところなれども。歳(トシ)四-十にいたりて、その心を
 動(ウゴカ)さゞることの《振り仮名:成-就|ジヤウジユ》せしよしをいへるは。凡(スベ)て人四-十-歳
 頃(コロ)にいたり。事(コト)を歴(フ)ること多ければ。其-《振り仮名:志煉-熟|ココロザシレンジュク》【左ルビ「キガネレル」】し。《振り仮名:道-明|ミチアキラカ》に徳(トク)-
 峻(タカク)。《振り仮名:生-涯|シヤウガイ》の《振り仮名:趣-向|シユカウ》も定(サダマ)る《振り仮名:時-節|ジセツ》なれば。孔-子の大-聖(セイ)なるも。四-
 十 而(ニシテ)不_レ惑(マドハ)、とはのたまひしなり。これはいかなる《振り仮名:聦-明|ソウメイ》【左ルビ「ミヽサトクメサトク」】有-
 徳の人にても。《振り仮名:少-壮|トシワカ》の間(アヒダ)は、その《振り仮名:血-気|ケツキ》の《振り仮名:満-盈|ミチ》《振り仮名:旺-盛|サカリ》なるに

 任(マカ)せて。動(ヤヽモスレ)ば《振り仮名:過-失|シソコナヒ》《振り仮名:謬-慮|コヽロエチガヒ》あるがゆゑに。古の聖-人も、四-十 曰(イフ)
 _レ強(キヤウ) ̄ト。仕(ツカフ)、といふて。《振り仮名:仕-官|シクワン》すべき歳(トシ)と定(サダメ)たるなり。四-十にいた
 れは。《振り仮名:思-慮|シリヨ》も自(オノヅカラ)《振り仮名:精-密|コマカ》になるころなれば。其《振り仮名:見-識|ケンシキ》の定(サダマ)りて
 動(ウゴカ)ざるより。四-十にして心を動さずと、孟子も言(イヘ)るなれ
 ども。此(コヽ)に至(イタリ)て心を動さゞることの成就せしも。全くその
 《振り仮名:少-壮|トシワカ》の時(トキ)の《振り仮名:学-問|ガクモン》《振り仮名:修-行|シユギヤウ》の力に由(ヨル)ものにて。四-十歳以-前に
 は心のさま〴〵に動(ウゴキ)たるが。四-十にいたりて始(ハジメ)て動かぬ
 やうになりしといふにはあらず。孔-子の、四-十にして惑(マドハ)

 ずといふも°これにおなじく°大-聖-人は生(セイ)知(チ)安(アン)行(カウ)の徳(トク)を
 具(ソナヘ)たまへば°少(トシ)-壮(ワカ)の時なりとも惑(マドヒ)はなけれども°凡(スベ)て人
 の理(リ)を析(ワカ)つこと精(アキ)-明(ラカ)になりて°通(ユキ)-徹(ワタリ)遺(ノコル)ところなきは。四-十-
 歳の頃をその期(ゴ)とするものなることを示(シメ)せしなり°故に
 少-壮(サウ)【左横に「ハタチコヘミソジゴロ」】の、志学(シガク)、而立(ジリフ)の時より°此(コヽ)に心を潜(ヒソメ)°懈(オコタリ)なく修(シュ)-行(ギヤウ)して。
 この成-就の期にいたりぬれば°古-今の治(チ)-乱(ラン)【オサマリミダレ】興(コウ)亡(ハウ)【左横に「オコリホロブル」】蹤(アト)より。
 世に在(アル)ところの人の、善悪【左横に「ヨシアシ」】邪(ジヤ)正°【左横に「ヨコシマタヾシキ」】賢愚(ケング)【左横に「カシコキオロカ」】得失(トクシツ)【左に「ウルウシナフ」】°および一-切の伎(ワザ)-藝(ゴト)
 の奥(アウ)-旨(シ)【左横に「ユルシ」】までも、おのづから明(アキラ)め察(サツ)せらるべき°至(シ)-誠(セイ)【左横に「マコト」】一 貫(クワン)【左横に「ヒトスジ」】の
 大-道なることは°本-篇(ペン)各(アチ)-所(コチ)に論(ロン)ずるがごとしされども孟-
 子すら難(ガタシ)_レ言(イヒ)といひて°言(ゲン)-語(ギヨ)【左横に「コトバ」】形(ケイ)-容(ヨウ)【左横に「アリサマ」】を以て解(トキ)-暁(サト)しがたきこと
とするを°短(ミジカ)き筆(フデノ)-端(ハシ)に尽(コト〴〵)く述(ノヘ)-誌(シルサ)らるべきことにもあらざ
 れば°辞(コトバ)の湮(イン)-晦(クワイ)【左横に「ハツキリセヌ」】にして°義(ギ)【左横に「ワケ」】の明-白ならざるところもまた
 多かるべし°
一 附(フ)-録(ロク)するところの養生要略も°また同く此気を養(ヤシナフ)ことを
 論じて°淡海(アフミ)の僻(カタイ)-地(ナカ)より遠(トホ)く来(キタリ)-訪(トヒ)し者(モノ)の乞(コヒ)に応(オウ)ぜし書
 なるが°これには卑(ヒ)-浅(セン)【左横に「テヂカ」】の事(コト)をも述(ノベ)て°近く譬(タトヘ)を取(トリ)て諭(サト)し°

 且(カツ)彼(カシコ)に記(□□□[シルシヵ])て此(コヽ)に省(ハブ)き。此(コヽ)には演(ノブ)れとも彼(カシコ)には解(トカ)ず。其(ソノ)旨(ムネ)-
 同くして説(セツ)-異(コトナル)がごとくなるところもありて。詳(シヤウ)-略(リヤク)【左横に「ツマビラカ アラマシ」】相(アヒ)-因(ヨリ)。
 浅(セン)-深(シン)【左横に「アサキ フカキ」】相(アヒ)-参(マジヘ)て。互(タガヒ)に発(ハツ)-明(メイ)すべきこともあれば。編(ヘン)に次(ツイデ)、副(フ)-記(キ)【左横に「ソエ シルス」】せ
 るなり。
一孟-子に、此浩-然の気の体(タイ)【左横に「スガタ」】を説(トキ)て。天-地の間に充(ミチ)-塞(フサガ)るもの
 といへるは°唯(タヾ)其天-人合-一の理を談(ダン)ずるのみにて。後-世
 之を釈(シヤク)【左横に「トク」】するものも、茫(バ)-洋(ウ)として其本-旨【左横に「コヽロイキ」】に徹(ソコ)-底(ズメ)するに至(イタ)
 らざること多し。故に今 此(コノ)-編(ヘン)は。事(ジ)【横に「ワザ」】の上にてこれを言(イフ)が故(ユヱ)
 に。先(マヅ)その気の本(ホン)-原(ゲン)の性(セイ)-質(シツ)【左横に「ウマレツキ」】を論(ロン)じ。力-用【左横に「ハタラキ」】を弁(ベン)じて至大至-
 剛(ガウ)【左横に「ツヨク」】の実(ジツ)-測(ソク)なる証(シヨウ)-左(コ)を並(ナラベ)-挙(アゲ)て。而後に、道-義を合せ、直(ナホキ)を以
 て養ふところの説(セツ)に及(オヨ)ぼして。孟-子浩-然の章(クダリ)の説(セツ)を解(トキ)-
 釈(ホドキ)て。以て其 空(クウ)-論(ロン)【左横に「ムダコトヲ」】虚(キヨ)-説(セツ)【左横に「カリニモウケタル」】にあらざることを明(アキラカ)にするなり。
一試(シ)-剣(ケン)【左横に「ケンジュツ」】に気を養ふことをいへる説(セツ)は。白井 義謙(ヨシノリ)が伝(ツタフ)るとこ
 ろにして。其-説、白-隠(イン)禅師(ゼンジ)に淵(エン)-源(ゲン)【左横に「ハジマリ」】し。真(シン)-空(クウ)【左横に「クウキ」】赫(カク)-機(キ)【左横に「ノビ」】といふことを
 唱(トナフ)るは。其‐師寺-田宗‐有に学(マナビ)たる術(ジユツ)を、《振り仮名:陶-錬|キタヒテ》自(ジ)-得(トク)せしもの
 にはあれど。豊-臣太-閤の時に。上-泉伊-勢といへる剣(ケン)-術(ジユツ)-者(シヤ)

 の弟(デ)-子(シ)小-笠-原玄-信、大-明(ミン)に往(ユキ)て。己が建(タテ)たる神陰流(シンカゲリウ)の剣(ケン)-
 法(ハフ)を明(ミン)-人に教(オシヘ)たるに°《割書:神陰流(シンカゲリウ)の目(モク)ー録(ロク)を、明の|武(ブ)-備(ヒ)-志(シ)の中に載(ノセ)たり。》弟-子のうち
 に、張ー良か裔(エイ)-孫(ソン)なりとて、八ー寸の戈(ホコ)の影(ノビ)-度(ガネ)といふことを伝(ツタフ)
 るものあり。玄ー信これを学(マナビ)-得(エ)て。其剣-術に加へたるは。義
 謙が唱(トナフ)るところの赫(ノ)-機(ビ)の權(ハジ)-輿(マリ)にして。浩-然の気のやゝ
 一-斑(パン)を覘(ミツケ)たるものなり。此玄ー信が弟-子、鍼谷(ハリガヤ)夕(セキ)-雲(ウン)にいたり。
 東ー福ー寺の虎(コ)ー白(ハク)和(オ)ー尚(シヤウ)に参(サン)-禅(ゼン)し。自(ジ)ー性(シヤウ)本然(ホンネン)【左「ウケエタルオノヅカラナル」】受(ジユ)ー用【左に「ハタラキ」】の中(ウチ)に。勝(シヨウ)-【左に「カツベキ」】
 理(リ)【左に「スヂ」】あることを発(ハツ)-明(メイ)し。世-間の比(シ)-較(アヒ)競(タヽキ)-争(アヒ)を、畜(チク)-生(シヤウ)兵(ベウ)ー法(ハフ)といひて
 これを破(ソシリ)しこと。其弟-子小-田-切一-雲これを記(シル)した□《割書:夕-雲|が流》
 《割書:を、無(ム)-住(ヂウ)-心(シン)剣(ケン)-術(ジユツ)といふは。|虎-白名づけし所なり。》此(コノ)夕-雲、一-雲 等(ナド)は頗(スコブル)浩-然の気の運(ハタ)-
 用(ラキ)を自(ジ)-得(トク)せしものにして。義謙が説(セツ)と同く。たゞ精(セイ)-粗(ソ)【左に「クハシキトアラキト」】あ
 るのみなり。第(ダイ)三-巻 ̄ノ中に。試(ケン)-剣(ジュツ)の養気を述(ノベ)たるところに
 これを検(タヾ)すべし。
一 昇(タイ)-平(ヘイ)年-久く。人-情 自(シ)-然(ゼン)に浮(フ)ー華(クワ)【左に「ウハキ」】に流(ナガ)れ。文武の学もこれを
 講(コウ)せざるにはあらざれども。近-世の学(ガク)-問(モン)は。専(モツパラ)文-辞(ジ)詞(シ)-章(シヨウ)
 の事をのみ論じて。道-義を講(コウ)-究(キウ)することは。第(ダイ)二-義の沙(サ)-汰(タ)

【右丁】
 とし。弓馬鎗剣 等(など)の術(ジユツ)も。其 真(シン)-実(ジツ)の勇(ユウ)-威(ヰ)を養ふことを務(ツトメ)ず。
 唯(タヾ)便(ハヤ)-捷(ワザ)競(イドミ)-争(アヒ)をのみ事となし。滔(タウ)-々(〳〵)たる天-下 皆是(ミナコレ)なるは。
 すべてその道に有(イウ)-徳(トク)の師(シ)なく。見(ケン)-識(シキ)あるものゝ少(スクナ)きに
 よるがゆゑなり。すべての事(ジ)-件(ゲン)【左に「コトワザ」】。その自(シ)-然(ゼン)の道-義の上よ
 り求(モトメ)。実(ジツ)-地(チ)より講(コウ)-究(キウ)せざることは。多くは是(コレ)皮(ウハ)-表(カハ)の空(クウ)-論(ロン)に
 して。妄(ミダリ)にこれを学(マナブ)ときには。却(カヘツ)て手足(テアシ)を纏(マト)ふ葛(カツ)-藤(トウ)【左に「ジヤマホダシ」「アシテガラミ」】とな
 るものなり。故に詳(ツマビラカ)にこれを弁(ワキマヘ)-知(シラ)ずむばあるべかざ
 ることなり。

【左丁】
一浩-然の気を養ひて。心を動さざるの地(トコ)-位(ロ)に到(イタラ)んとする
 には。勇(ユウ)-猛(マウ)にして撓(タハマ)ざる志(コヽロザシ)あるにあらざれば。よく成(ナシ)-得(エ)
 がたければ。孟-子が此気を説(トカ)んと欲(ホツ)するにも。先(マツ)北-宮-黝(イウ)、
 孟-施(シ)-舎(シヤ)などの、唯(タヾ)血-気に任(マカ)する勇-気を論じて。後(ノチ)に、曽-子
 の道-義より生ずる大-勇を挙(アゲ)たるにても知(シ)られたり。故
 に此(コノ)-篇(ヘン)にも。専(モツパラ)此大-勇を以て浩-然の気を養ふべきことを
 論じ。和漢(ワカン)古-今の例(レイ)を挙(アゲ)。孟-子のいまだ嘗(カツ)て言(イハ)ざる気の
 功(ハタ)-用(ラキ)の実(ジツ)-事(ジ)に渉(ワタリ)て大-益(エキ)ある。自-得の発(ハツ)-明(メイ)を述(ノベ)。篇(ヘン)-末(マツ)に調(テウ)

息(ソク)の術(ジユツ)に由(ヨリ)て務(ツトメ)て得(エ)らるべきことまでに及ぼし。更(サラ)に互(タガヒ)
に演(イン)-繹(エキ)【左に「ノヘタツネ」】して。此-片篇を作(ツクリ)たるも。仰(アツキ)-希(ねガハ)くは。これによりて
自-然の大道を発(ハツ)-悟(ゴ)し。継(ケイ)-明(メイ)の盛(セイ)-徳(トク)の万-一を補(オギナ)ふこともあ
らんかと思(オモヒ)ぬるは。唯(タヾ)是(コレ)草野の微(ビ)-忠にして。献芹(ケンキン)の寸-志
を致(イタス)のみ。然(シカリ)といへども。辞(コトバ)に修(カ)-錺(ザリ)を用れば。事(コト)を論(ロン)ずる
に意(コヽロモチ)を尽(ツク)しがたきことあるを以て。唯(タダ)これを衆(シウ)-人【左に「ナミ ノヒト」】に示(シメス)が
ごとくに記(シルシテ)。敢(アエ)て文(コトバノ)-縐(アヤ)を加ず。こゝを以て不-遜(ソン)【左に「イヒタイマヽ」】の放(ハウ)-言(ゲン)【左に「タハコト」】
をも憚(ハヾカ)ること能(アタハ)ざるは。其 僭(セン)-踰(ユ)【左に「ミノホドヲシラス」】の罪(ツミ)豈(アニ)また迯(ノガル)るところ
なからんかとたゞこれを恐(オソ)-懼(ル)るのみ。
   時
 嘉永四辛亥歳春三月二十一日稿成の夜
                平野《割書:重誠| 》元亮謹誌

【右丁 白紙】
【左丁】
養気説
      目次
 巻一
  気(キ)の質(シツ)を論(ロン)ず。
   天-地の間はたゞ一-気を以て貫(ツラヌ)きたること。
   気を浩(カウ)-然(ゼン)といふこと。
   視聴(シテイ)言動(ゲンドウ)【左に「ミルキクモノイフウゴク」】は。皆(ミナ)気の力(ハタ)-用(ラキ)によること。
   律呂(リツリヨ)に定(サダマ)りたる度(ド)-数(スウ)【左に「スンパフ」】あるも。気-中より起(オコ)ること。

【右丁】
  五七は自(シ)-然(ゼン)の数。二三四は律(リツ)の起(オコル)-原(モト)なること。
  色音同-源(ゲン)【左に「モト」】のこと。
巻二
 気の感(カン)-応(オウ)【左に「ノウ」】を論す
  嬰(コド)-兒(モ)の感-応の敏(ハヤキ)こと。
  鳥(トリ)獣(ケダモノ)虫(ムシ)魚(ウヲ)の感-応は。嬰-兒にまさること。
  草木の感-応は。鳥獣虫魚にまさること。
  人は万-物に異(コト)なる感-応あること。

【左丁】
  夏(カ)の禹(ウ)-王が有(イウ)-苗(ベウ)の夷(エビス)を攻(セメ)ずして服(シタガハ)しめたること。
  亀山帝の至-仁の感-応より。元(ゲン)の船(フネ)を覆(クツガヘ)し。軍-兵を鏖(ミナゴロシ)
   にせしこと。
  歌の人の心を感-動せしめしこと。
  上-杉 輝(テル)-虎(トラ)が平-家を聞(キヽ)て感じたること。《割書:附》佐-野天-徳-寺
   のこと
  神-明の感-動のこと。
  人の心の感ずるところより。その行を察(サツ)すること。

浩-然の気を養ふことを論ず。
 東照神君の至-仁の大-気を養たまひしより。遂(ツヒ)には
  四-海を掌(シヤウ)-握(アク)したまふこと。
 智仁勇三徳のこと。
 漢(カン)の張-良が客(カク)-気(キ)【左に「ハヤリギ」】の勇を去(ステ)【厺は去の本字】て真(シン)【左に「マコトノ」】-勇に帰(キ)すること。
 阿部忠秋が鶉(ウズラ)を放(はな)したること。
 伊達政宗が名-物の茶(チヤ)-盌(ワン)を碎(クダ)きたること
 厳廟御仁-慈【左に「イツクシミ】玄-猪【左に「イノコ」】の粢(モチ)のこと。
 台廟 寛(クワン)-仁の御 政(セイ)-務(ム)のこと。
 鈴木久三郎 直(チヨク)-言(ゲン)のこと。
 会津小 櫃(ヒツ)与五右衛門が直-言より。保-科中-将学-問を
  励(ハゲミ)て名将(メイシヤウ)となりしこと。
君-臣の義を論ず。
 君-臣貴(キ)-賎(セン)は相(アヒ)-持(モチ)なること。
 上-古に君-臣と分れたる最(サイ)-初(シヨ)のこと
 一条天皇御仁-徳ましませども。世の衰(オトロフ)ること。

  大内 義(ヨシ)-隆(タカ)が妻(ツマ)貞子(サダコ)忠 恕(シヨ)【忠恕の左に「マコトノオモヒヤリ」】の心に妾(セフ)【左に「メカケ」】を感ぜしむること。
巻三
 剣(ケン)-術(シユツ)に気を養ふことを論ず。
  乱(タヽキ)-撃(アヒノ)競(アラ)-争(ソヒ)は。匹(ヒツ)-夫(プ)下(ゲ)-劣(レツ)【匹夫下劣の左に「イヤシキコモノ」】の小-勇(イウ)なること。
  柳-生 宗(ムね)-矩(ノリ)を尊(ソン)-敬(キヤウ)したまひしは剣-術。御 師(シ)-範(ハン)の為(タメ)の
   みならぬこと
  白-隠 禅(ゼン)-師(ジ)が練(レン)-丹(タン)【練丹の左「キヲネル」】自(ジ)-強(キヤウ)【自強の左に「コヽロノキタヒ」】より出し勇-気のこと。
  面-山和-尚が坐-禅 修(シユ)-行(ギヤウ)より発(ハツ)せし真(シン)【左に「マコト」】-勇のこと。
  沢-庵和-尚が柳-生宗-矩に応無(オウム)所住(シヨジユウ)の義(ワケ)を示(シメ)せしこと。
  敬(ケイ)を守り(マモリ)たるまゝにて。無心にならるゝこと。
 兵(ヘイ)は詭(キ)-道(ダウ)といふことを論ず。
  剣は身を護(マモ)る具(グ)【左に「ソナヘ」】なるを。剣-術を詭-道といふは誤(アヤマリ)な
   ること
  軍に仁を忘(ワス)るれば。その国 忽(タチマチ)-亡(ホロブ)ること
  豊-臣太-閤 朝(テウ)-鮮(セン)を攻(セメ)んとするに。滅(メツ)-亡(バウ)の兆(キザシ)を見(アラハ)され
   しこと

 気の身を護(マモ)り敵(テキ)を圧(オス)-力(ハタラキ)あることを論ず。
  孔ー子の桓(クワン)-魋(タイ)を畏(オソレ)たまはざりしこと。
  楚(ソ)の項(コウ)-羽(ウ)が楼(ラウ)-煩(ハン)及ひ赤-泉-侯(コウ)を叱(シカリ)て退(シリゾ)けたりしこと。
  豊-臣太-閤が鉄(テツ)-炮(パウ)の筒先(ツヽサキ)へむかいひて大-言(ゲン)せしこと。
  豊-臣太-閤が浩-然の気の力を以て。伊達(ダテ)政宗(マサムネ)を圧(オサヘ)て。
   肝(キモ)を拉(トリヒシギ)しこと
  東-照神-君と。台-廟。矢(シ)-炮(バウ)の中を厭(イトヒ)たまはず。軍を巡(ジュン)-
   見(ケン)したまひしこと
  加-藤清-正が身(ミ)より発(ハツ)する気が干城(タテシロ)となりて。易(ヤス)〳〵
   と蔚(ウル)-山(サン)へ乗(ノリ)-入しこと。并に。子 忠(タヾ)-広(ヒロ)が気(キ)の餒(ウエ)-悴(カシケ)しこと。
 養気より人の心を察(サツ)し知(シ)らるゝことを論ず。 
  孫子四-機(キ)のこと。
  孟子の知(シル)_レ言(コトヲ)。四-辞(ジ)のこと。
巻四
 調(テウ)-息(ソク)の術によりて気を養うことを論ず。
  坐-禅の止観(シクワン)。儒(ジユ)-家(カ)の静(セイ)-坐(ザ)。その旨(ムネ)同く。浩-然の気を養

【右丁】
   ひ。智慧(チエ)を啓(ヒラキ)-発(ハツ)する要(エウ)-務(ム)なること。
  腹(ハラ)を紮(クヽリ)。息(イキ)を調(トヽノフ)るの功(コウ)は。坐-禅、静-坐に優(マサ)り動(ドウ)-中の工(ク)-
   夫(フ-)に裨益(タスケ)を得(ウ)ること。
  白-幽(イウ)が、白-隠(イン)へ伝(ツタヘ)たる錬(レン)-丹(タン)の訣(オキテ)のこと。
  泰(タイ)、否(ヒ)二-卦(クワ)の象(カタチ)に。正邪通塞(タヾシキトヨコシマナルトトヲルトフサガルト)の理(コトハリ)を尽(ツク)したること。
 馬-術に気を養ふことを論ず。
  鞍(クラノ)-上に人なく。鞍(クラノ)-下に馬なしといふこと。
  東照宮の、細橋を馬より下て渉(ワタ)りたまひしこと。

【左丁】
  紀伊頼宣卿人の諫(カン)-言(ゲン)【左に「イサメ」】を悦(ヨロコビ)たまふ大-智(チ)ありしこと。
  馬-術-者の危(アヤフ)きを好(コノマ)ざりしこと。
  随の卦(クワ)に馬をいふこと。
  磨鍼嶺(スリハリタフゲ)の馬(ウマ)-奴(カタ)のこと。
 弓を観(クワン)-徳(トク)の器(キ)【左に「ウツハモノ」】といふことを論ず。
  我(ワガ)-邦(クニ)のむかし学(ガク)-校(カウ)に郷(キヤウ)-射(シヤ)の礼(レイ)ありしこと。
  楚(ソ)の熊(イウ)-渠(キヨ)-子(シ)が石を虎(トラ)とおもひて射(イ)たりしこと。并
   に。後(ゴ)-漢(カン)の李(リ)-広(クワウ)がこと。

   気の流-行を間(ヘダ)-隔(ツ)るものを除(ノゾキ)-去(サラ)ざれば。よく養 ̄ヒ-得 ̄ル こと能(アタハ)
    ざる事を論ず。
   易(イ)-簡(カン)の大-道を論ず。
       以上十三篇。
  附録
   養生要略一巻。
    都(スベ)-計(テ)合て五巻

 養気説巻之一

    気の質(シツ)【左に「カタチ」】を論(ロン)ず
 気とは。天地の間に充(ミチ)-塞(フサガル)ところの大気にして。万-物の資(トツ)て
 以て生(セイ)-成(セイ)化(クワ)-育(イク)【左に「ウマレタテヤシナヒソダツ」】するところの本(ホン)-源(ゲン)【左に「オホモト」】なり。
  張(チヤウ)-横(クワウ)-渠(キヨ)が曰(イハ)く。天-地 ̄ノ-塞(ソクハ)【左に「ミチフサガルモノハ」】。吾(ワガ)其 ̄ノ体(テイ)【左に「カラダ」】。天-地 ̄ノ帥(スイハ)【左に「ツカサドルモノハ」】。吾其-性(セイ)【左に「ウマレツキ」】。民 ̄ハ吾同-胞(バウ)【左に「ヒトツハラノモノ」】。物 ̄ハ【左に「サマ〴〵ノモノハ」】
  吾 与(ヨ)【左に「ナカマ」】也とある此(コノ)語(ゴ)【左に「コトバ」】は。たゞ纔(ワズカ)に六-句(ク)の間(ウチニ)。天-地の理(コトハリ)を言(イヒ)-
  尽(ツクシ)たるものなり。この天-地の塞(ソク)とあるは。天-地の間に充(ミチ)-

【右丁】
  塞(フサガリ)【左に「ツマリ」】て。微(スコシ)も隙(スキ)-間(マ)なき、この大-気の裏(ウチ)に。一-切万-物を包(ツヽ)-裹(ミ)た
  るをいふ。是(コレ)即(スナハチ)人の《振り仮名:身-体|シンタイ》【左に「カラダ」】を生(シヤウ)ずる本(ホン)-源(ゲン)なり。天-地の帥(スイ)と
  ある帥は。ヒキユルと訓(ヨミ)て。大-将(シヤウ)の軍(グン)-兵(ビヤウ)【左に「イクサノツハモノ」】を帥(ヒキヒ)【左に「アヅカリ」】て下(ゲ)-知(ヂ)を為(ナス)
  がごとく。人は此天-命(メイ)の性(セイ)【左に「ウマレツキ」】を受(ウケ)て生(オヒ)-出(イデ)たるをものなれば。
  其(ソノ)天-性【左に「ウマレツキ」】のまゝにするを、性に率(シタガフ)の道(ミチ)とすればなり。同-胞(バウ)
  とは。同-腹(フク)【左に「ヒトツハラ」】の兄(キヤウ)-弟(ダイ)のこと。天-下の民はすべて皆(ミナ)吾(わが)この身(ミ)と
  おなじ天-地のひとつ腹(ハラ)より生(ウマレ)-出(イデ)たるものなれば。これ
  を憐(アハレム)が、人たるものゝ道(ミチ)なり。物(モノ)とは。天-地の間に有(アラ)ゆる、

【左丁】
  五-穀(コク)。草(サウ)-木。禽(キン)【左に「トリ」】-獣(ジウ)【左に「ケモノ」】。虫(チウ)【左に「ムシ」】-魚(ギヨ)【左に「イヲ」】。金-石。器(キ)-物(ブツ)【左に「ウツハモノ」】。一-切(サイ)【左に「サマ〴〵」】の物(モノ)は。与(ヨ)といふて。皆(ミナ)
  吾(ワレ)と同(ドウ)-類(ル井)党(タウ)-与(ヨ)【左に「クミアヒ ナカマ」】にて。吾(ワレ)一-人の有(モノ)なりと定(サダメ)ていふべき物
  はひとつもなければ。無(ム)-益(ヤク)の事(コト)に妄り(ミダリ)に費(ツヒヤ)し用(モチフ)べきもの
  にあらず。世(ヨ)はすべて相(アヒ)-待(モチ)のものなれば。上は下に施(ホドコシ)-恵(メグ)
  み。下は上の恩(オン)を忘(ワスレ)ず。上-下 真(シン)-実(ジツ)を尽(ツクシ)て和(ワ)-合(ガフ)するを。天-地
  の心を以て心とするものにて。よくかくのごとくなる
  は。唯(タヾ)これ上一-人の心より出(イヅ)るものなれば。この気を養(ヤシナウ)
  ことを論(ロン)するの主(シユ)-意(イ)とするところ。専(モツパラ)こゝにあるなり。《割書:此(コノ)|義(ワケ)》

【右丁】
  《割書:は。後(ノチノ)-条(クダリ)にいたりて。反(ハン)-復(プク)【左に「クリカエシ」】|してこれを《振り仮名:論‐弁|ロンベン》せり。》
 日-月はこれに由(ヨツ)て昼(チウ)-夜(ヤ)をなし。国(コク)-土(ド)はこれを以て維(イ)-持(ヂ)【左に「ツナギタモツ」】す。
 人 畜(チク)。草木。金石。器(キ)-物(ブツ)の微(ビ)-細(サイ)の孔(ア)-竅(ナ)の中までも。《振り仮名:往-来|カヨヒ》《振り仮名:透-徹|トホリ》て。
 止(トヾマル)ことなく。其(ソノ)象(カタチ)を成(ナシ)、用(ヨウ)を為(ナス)も。悉(コト〴〵ク)皆(ミナ)この気(キ)の《振り仮名:運-輸|ハコブ》にあらざ
 るもの一-切(サイ)あることなし。《割書:養生要略に載(ノセ)たる、排気(ハイキ)鐘(シヨウ)、銓気(センキ)管(クワン)|等(ナド)の器(ウツハ)に之を験(コヽロム)事も。この気の実(マコトニ)-》
  《割書:有(アル)ことを知(シル)、一(ヒトツ)の|証(シヨウ)と為(ス)べし。》
  万-物の体(カタチ)は。極(ゴク)-微(ミ)といふて。《割書:極(ゴク)-微(ミ)といふ字(ジ)は。唯(ユイ)-識(シキ)-論(ロン)。倶(ク)-舎(シヤ)-論(ロン)等(ナド)|の仏-典(テン)。金(コン)-七-十-論 等(ナド)の外(ゲ)-道(ダウ)の書》
  《割書:などに出て至(シ)-極(ゴク)の微(ビ)-細(サイ) と いふこと にて。|肉(ニク)-眼(ゲン)【左ルビ:ガン】を以て視(ミ)るべからざるものなり》微(ビ)-細(サイ)なる物(モノ)の相(アヒ)-集(アツマリ)

【左丁】
  て。それ〳〵の象(カタチ)を成(ナス)ものにて。気の往(ワウ)-来(ライ)【左ルビ:カヨフ】する気-孔(コウ)【左ルビ:アナ】はあれ
  ども。肉(ニク)-眼(ガン)にては視(ミ)えがたし。試(コヽロミ)に其一を挙(アゲ)ていはゞ。金
  銀のごときは。すべて鍼(ハリ)を束(ツカネ)たるがごとくにて。其 間(アヒダ)に
  緻(チ)-密(ミツ)【左ルビ:スキマナキ】の気(キ)-孔(コウ)【左ルビ:アナ】あること。たとへば篩(フルヒ)の眼(メ)を視(ミ)るが如(ゴト)くなる
  ものなり。《割書:今《振り仮名:銀-釵|ギンノカンザシ》を研(ミガキ)て。その《振り仮名:膏-油|アブラ》を去(トリ)。その頭(カシラ)に水(ミヅ)-銀(カネ)を|多(オホ)く摩(スリ)-著(ツケ)たるを。力を究(イレ)て脚(アシ)の方へ《振り仮名:擯-搭|シゴク》とき》
  《割書:は。《振り仮名:脚-尖|アシノサキ》より水-銀 転(コロゲ)-出(イヅ)るを視(み)て。水-銀の|極-微の透(トホル)るべき《振り仮名:気-孔|アナ》あることを証(シヨウ)すべし。》其(ソノ)間(アヒダ)を此気(コノキ)が往(ワウ)-
  来(ライ)して止(ヤム)ことなきを以て。万-物の相(アヒ)-引(ヒキ)相(アヒ)-集(アツマ)る本(ホン)-質(シツ)【左ルビ:モチマヘノウマレツキ】を分(ブン)-排(パイ)【左ルビ:ワケヒロゲ】 ̄シ
  て。各(オノ〳〵)その性(セイ)を遂(トゲ)しむるなり。其之を《振り仮名:分-排|ヒキワクル》は。気-中に《振り仮名:具-有|アル》【左ルビ:コモル】

{

"ja":

"広恵済急方

]

}

【帙背】
広恵済急方  三冊

【帙表紙】
広恵済急方  三冊

【表紙】

例言
卒倒之類

広恵済急方   上巻

【見返し】

【左丁】
 序
 済-急方刻-成 ̄ル。安-元謂 ̄フ【テヵ】_レ余 ̄ニ曰。此 ̄ハ-是 ̄レ
先大君仁-民 ̄ノ之一-事。独 ̄リ序 ̄セン_二此 ̄ノ書 ̄ニ_一者 ̄ハ非 ̄レハ_二足
 下 ̄ニ_一不-可 ̄ヘ【也ヵ】ト【?】。余駭 ̄テ而問 ̄フ_レ故 ̄ヲ。乃徐 ̄カニ語_レ余曰。距 ̄ルヿ
 _レ今 ̄ニ十-数-年矣_一。
先大君一-日召 ̄シテ_レ臣 ̄ヲ而問 ̄テノ【?】曰。仄 ̄ニ-聞民-間疾

【右丁】
 疫。方 ̄テ_二其 ̄ノ急-遽 ̄ノ之際 ̄ニ【一点脱ヵ】。無 ̄ク_レ遑_レ請_レ医 ̄ニ。或僻-遠 ̄ニシテ
 乏 ̄ク_レ医 ̄ニ。雖_レ請-途-遥 ̄ク。或 ̄ハ夜-間若 ̄クハ阻 ̄メ_レ事 ̄ニ而不
 _レ来。遂 ̄ニ至 ̄ル_レ不_レ可_レ救 ̄フ者 ̄ノ往-往而有 ̄リト。是 ̄レ可_レ憫 ̄ム
 矣。豈 ̄ニ無 ̄キカト_レ有 ̄ルヿ_下救-急 ̄ノ之-方。可 ̄キ_三以 ̄テ備_二不-虞 ̄ニ_一者_上
 歟。臣不_二敢 ̄テ妄 ̄リニ対_一。退 ̄テ而思 ̄フ_レ之 ̄ヲ。蓋救-済 ̄ノ方-
 法。非_レ無 ̄キニ_二其-書_一。但《割書:〱》山-野 ̄ノ小-民 ̄モ。亦-能 ̄ク可 ̄ク_レ蓄 ̄フ

【左丁】
 可 ̄ク_レ弁 ̄ス。其 ̄ノ可 ̄キ_三以 ̄テ当 ̄ル_二
 上-旨 ̄ニ_一者 ̄ハ。未《割書:ル也》_二之有_一也。於 ̄テ_レ是 ̄ニ。日-夜渉_二-猟 ̄シ諸《割書:〱ノ》
 方-書 ̄ヲ_一。随 ̄テ_レ得 ̄ニ而抄-録 ̄シ。夷-蛮 ̄ノ之奇 ̄ト。与_二夫 ̄ノ俗-
 間 ̄ノ所_一レ伝 ̄フル。亦-皆采-択 ̄シテ不_レ遺 ̄サ。裒 ̄シテ而成 ̄ス_レ巻 ̄ヲ。因 ̄テ
 施 ̄シ_二諸 ̄ヲ行-事 ̄ニ_一。而 ̄シテ歴_二-試 ̄スル其 ̄ノ功-験 ̄ヲ_一。亦有 ̄リ_二年-所_一。
 已 ̄ニ五 ̄タヒ更 ̄ヘテ_二其 ̄ノ稿 ̄ヲ_一。而 ̄シテ未(ス) ̄タ_レ成_レ書 ̄ヲ。爾-後

【他のコマで擡頭が有るため、1文字字下げ】

【右丁】
先大君。燕-間時《割書:〱》召 ̄シテ_二侍-医 ̄ヲ_一。而問《割書:セ玉フ》_二民-間 ̄ノ疾-疫 ̄ヲ_一。
 元-悳 ̄モ亦在 ̄レハ_レ末 ̄ニ。則五-内爲 ̄ニ_レ之 ̄カ如 ̄シ_レ燬 ̄カ。痛 ̄ク思 ̄ヒ_下
 奉-職 ̄ノ無状 ̄ニシテ。而無 ̄ヲ_上レ副 ̄フヿ_二仁-民 ̄ノ之
 台慮 ̄ニ_一。憤悶将 ̄ント疾 ̄メリ利矣。既 ̄ニシテ而
先大君溘 ̄トシテ捐 ̄ツ_二万-民 ̄ヲ_一。元-悳慟-哭 ̄シテ。不 ̄ル_レ能 ̄ハ_レ起 ̄ヿ者 ̄ノ
 数-日矣。然 ̄トモ日-夜督 ̄シテ_二児元-簡等 ̄ヲ_一就 ̄キ_レ事 ̄ニ。竟 ̄ニ

【左丁】
 至 ̄テ_二今-春 ̄ニ_一而 ̄シテ書始 ̄テ脱 ̄ス_レ稿 ̄ヲ焉。足-下久 ̄ク陪_二-侍 ̄シテ
 帷-幄 ̄ニ。而与 ̄リ_二-聞 ̄ケリ其
 明命 ̄ヲ_一矣。是 ̄ノ故 ̄ニ敢 ̄テ需 ̄ムルノミト_二 一-言 ̄ヲ_一焉爾。義行受 ̄テ
 而 未(ルニ) ̄タ_レ開 ̄カ_レ巻 ̄ヲ。愀-然 ̄トシテ酸-鼻 ̄シ_一。亦 将(ス) ̄ニ_レ慟 ̄セント矣。於-乎。
先大君深-仁広-徳。無 ̄キカナ_二得 ̄テ而称 ̄スル_一哉。安-元能 ̄ク
 体 ̄シテ_二

【再読の振り仮名を右に表示】

【右丁】
 上旨 ̄ニ_一。而 ̄シテ尽 ̄シ_二力 ̄ヲ其 ̄ノ職 ̄ニ_一。永 ̄ク輔 ̄ク_二其 ̄ノ仁 ̄ヲ於下 ̄ニ_一焉。
 誰 ̄カ不 ̄ンヤ_二嘉-賞 ̄セ_一乎。余雖_二不-敏 ̄ト_一。豈 ̄ニ可 ̄ンヤ_三不-文 ̄ヲ為 ̄ンニ
 _レ解 ̄ト蔽 ̄フ_二其 ̄ノ忠-誠 ̄ヲ_一哉。乃録 ̄シテ_二其 ̄ノ語 ̄ヲ_一以 ̄テ為_二之 ̄レカ序 ̄ト_一。
 若 ̄シ夫 ̄レ其 ̄ノ書 ̄ノ之精-選 ̄ハ。何 ̄ソ竢 ̄ンヤ_二余 ̄カ言 ̄ヲ_一。四-海 ̄ノ之
 民。得 ̄レハ_レ之 ̄ヲ則 ̄チ安 ̄ク。不 ̄レハ_レ得即 ̄チ苦 ̄ム。譬 ̄ルニ_レ之 ̄ヲ非 ̄レハ_二大-旱 ̄ノ
 之膏-雨 ̄ニ_一。則中-流 ̄ノ一-壺《割書:也》。雖_レ欲 ̄ト_レ不 ̄ント_レ貴 ̄ヒ得 ̄ンヤ乎。

【左丁】
 欲 ̄ス_レ使 ̄ント_二山-野 ̄ノ小-民 ̄ヲシテ常 ̄ニ読 ̄ミテ而熟-知 ̄セ_一。故 ̄ニ俚-語
 以 ̄スト_二国字 ̄ヲ_一云 ̄フ。安-元。其 ̄ノ氏 ̄ハ多-紀。令-嗣字 ̄ハ安-
 長。亦為 ̄ルコト_二通家_一久 ̄シ矣。
 寛政紀元歳次己酉十一月冬至日
  肥前守従五位下佐野義行撰

【右丁】
 【落款 「朝散大夫印」「藤原義行」】

【左丁】
それひとの世にあるおりにふれてやま
ひなきことあたはすされはわか神代より
して医療のみち今につたはりもろこし
のひしりも百草をなめてそのうれへを
のそくのをしへかたみによゝにたえすみな
生育のことはりにして人主仁愛の体
とはなしたまふなるへしそも安永の比
東の御めくみひろくもらし給はぬあま

【右丁】
り民のやまひあらんことをうれへ給ひて
それをのそきえさせんことのおほし
をきてにつねに侍医をめしてはやめる
ものゝ多少よにをこなはるゝことのある
なきをとはせ給ふそのひのとのとりの
春多紀元悳に 仰下されしはをよそ世
に急症のあつしきにのそみて医を
こふまなく遠きさかひにくすしの
【左丁】
まれなるあたりはさらなりまして窮
巷なとにはほとこすへき術をもしらす
いたつらにいのちをおとすたくひもす
くなからしさる時にいたりそれに用ひ
すくふへき経験の方を筆しひろく
さつくへきよしうち〳〵ことよさし
たまふ元のりつゝしみてうけたまはる
されとそのことのやすからぬをおもひ

【右丁】
めくらしつゝかゝるかしこさをあまねく
世にしらしめんはもとよりねかふところ
なれはなへてわか邦の家々につたふる
ところをよひもろこしはたえひすの
国まてをも遠くもとめひろくあつめ
すくれたるをあけ萃れるをぬきて
書なりぬ実に天明七年の春になん
名つけて済急方といふさるかしこき
【左丁】
御めくみをもてかく世のたからとなり
ぬへきはもとのりかいさほしなり
かなしいかな天台に雲かくれたまひて
此まきを 御覧にそなへさりしことゝ
泣血帙にそゝく然るに今あらたに
御世つかせおはしましてかゝることゝも
うちをかせ給はすかの
おほん徳を世にあらはしかつはたみの

【注 「いさおし(正しい歴史的仮名遣いは「いさをし」)」=功績。】

【右丁】
生育をおほしめして此書を世に
しめすへきよし 命下れりけに慈
民の御まつりことをいやつきにあふき
奉りぬこれかはしめ 仰ことうけ給はり
つたへたるは三島但馬守政喜なり清翰
そのはしめ終を聞しれはあらましを
しるすへく元のりかこふにまかせて
つかみしかき筆をとることしかなりと
【左丁】
いふ
 寛政元年秋八月
     中埜監物藤原清翰謹識

【右頁 文なし】

【左頁】
  例言
一凡人 疾病(やまひ)あらば医師(ゐし)に療理(りやうぢ)を請(こふ)こと
 古今(ここん)の法(ほふ)にして病(やまひ)を慎(つゝしむ)の道(みち)なり然(しか)れ
 ども暴病(にはかのやまひ)あるに臨(のぞみ)ては海隅山陬(かたいなか)の民(たみ)は
 勿論(もちろん)通邑大都(つうゆうたいと)【左ルビ:ひといへおゝきところ】といへども折(おり)あしければ
 医(ゐ)を邀(むかえ)て来(きた)らず他医(たゐ)を引(ひく)とも至(いた)らず
 此(この)時(とき)に当(あた)りては智者(ちしや)も謀(はかりこと)を設(もをく)べき地(ち)
 なく勇者(ゆうしや)も断(だんす)べき処(ところ)なく白刃(はくじん)【左ルビ:やへば】も踏(ふみ)て

【右頁】
 爵(しやく)【左ルビ:かくしき】禄(ろく)【左ルビ:あてがひ】は辞(じ)するとも此(この)一 事(じ)においては
 胸中(きやうちう)惑乱(わくらん)【左ルビ:まよいみだれ】して収拾(しうしふ)【左ルビ:とりしまり】する処(ところ)なく人世(じんせい)
 中(ちう)あるまじき事(こと)の俄(にはか)に起(おこり)りしがことく
 婦人(おなご)女子(わらべ)と一般(いちやう)に狼狽(あはて)周章(ふためき)忠肝(ちうかん)孝心(かうしん)
 の士(し)も亦(また)祈請(きせい)誠(まこと)を尽(つく)し身(み)を以(も)て代(かは)り
 てん程(ほど)に思(おも)ふ迄(まで)にて病(やまひ)の虚実(きよじつ)をしらず
 薬剤(やくざい)の避就(ひしう)【左ルビ:よしあし】を弁(べん)ぜず妄(みだ)りに円丸(ぐわんやく)艾灸(きうち)を
 施(ほどこ)し虚(きよ)なるを瀉(しや)し実(じつ)なるを補(おぎな)ひ遂(つい)に

【左頁】
 活(いく)べき人をして異物(いふつ)とならしむるに
 至(いた)る療理法(りやうぢはふ)のことくして死(しぬる)は命(めい)なり誤(こ)【左ルビ:あやまりたる】
 薬(やく)【左ルビ:くすり】にて殺(ころす)は横夭(わうやう)なり実(じつ)に可嘆(なげくべし)〳〵故(ゆへ)に
 一 服(ふく)の薬(くすり)一 壮(そう)の灸(きう)も大(おほひ)なる誤(あやまり)なく生(せい)を
 万一(まんいち)に望(のぞま)しめんとす是(これ)此(この)篇(へん)の撰(せん)ある
 所以(ゆゑん)なり
一 経伝子史(けいでんしし)の宝典(ほうてん)といへども読(よま)ざれば其(その)
 用(よう)瓦(かはら)礫(こいし)に劣(をと)れり本編(ほんへん)旧(もと)綴(つゞる)るに漢文(かんぶん)を

【右頁】
 以(もつて)す今(いま)改(あらため)て国字(こくじ)とするは病家(びやうか)の人(ひと)を
 して読(よん)で其(その)義(ぎ)を暁(さとさ)しめんが為(ため)なり済(さい)
 生(せい)に志(こゝろざし)あらん人(ひと)は預(あらかじめ)熟読(じゆくとく)して其 大意(たいゐ)
 を解釈(げしやく)し更(さらに)日常(つね〳〵)一通(ひととをり)を座右(ざゆう)にして
 急(きふ)に臨(のぞみ)て遺忘(いばう)に備(そなふ)べし豫(あらかじめ)熟読(しゆくとく)して
 其 大意(たいゐ)を得(ゑ)ざれば事(こと)に臨(のぞみ)必(かなら)ず誤(あやま)ること
 多(おゝ)く彼(かの)渇(かつ)して井(い)を穿(ほ)るが如(こと)くなるべし
一 凡(おほよそ)人(ひと)疾病(しつへい)ありて療理(りやうぢ)を施(ほどこ)さんとせば先(まづ)

【左頁】
 其 病證(びやうせう)を視(み)定(さだむ)べし病證(びやうせう)を認(みとめ)たるうへに
 て鍼(はり)灸(きう)薬(くすり)等(とう)の相対(あいたい)すべき理法(ぢほふ)を施(ほどこ)す
 事(こと)にして古人(こじん)も百方(ひやくほう)の薬(くすり)を探索(たんさく)するは
 一 病證(びやうせう)を認(とむる)にしかずといへり総(すべて)人(ひと)の病(やまひ)に
 病因(びやういん)病證(びやうせう)といふことあり病因(びやういん)とは病(やまひ)の根(こん)
 本(ほん)なり草木(そうもく)の根(ね)あるがことし病證(びやうせう)とは病(やまひ)
 の状(かたち)外(ほか)にあらはれたるをいふ草木(さうもく)の枝葉(ゑだは)
 あるがことし病(やまひ)内(うち)にありといへども其(その)證(せう)外(ほか)

【右頁】
 にあらはれざれば何(いつ)れの病(やまひ)たるを知(しる)るべ
 からず猶(なを)草木(さうもく)の秋(あき)冬(ふゆ)に枯(かれ)凋(しぼみ)て枝葉(ゑたは)なき
 ときは何(いづ)れの草木(くさき)たるをしるべからざる
 がことし春夏(しゆんか)枝葉(しやう)生(せうずる)に依(より)て其 物(もの)を識(しり)得(うる)と
 一般(いちやう)にして人の病(やまひ)も其 證(せう)外(ほか)に見(あらはる)る故(ゆへ)何(いづ)れ
 の病(やまひ)たるを弁別(べんべつ)すべきなり此(この)故(ゆへ)に斯(この)編(へん)各(かく)
 門(もん)の首(はじめ)に病證(びやうせう)を載(のせ)て其(その)大略(たいりやく)を見(あらは)し後(のち)
 に方術(ほうじゆつ)を挙(あげ)たり毫髪(こうはつ)の見(み)誤(あやまり)は人(ひと)を瞬息(しゆんそく)

【左頁】
 の間に斃(たを)すことあれば最(もつとも)戦兢(せんきやう)を加(くは)へて忽緒(ゆるかせ)
 にすべからず
一 通編(つうへん)の緒論(しよろん)皆(みな)古人(こしん)の成説中(せいせつちう)に於(をいて)最(なかんづく)精覈(せいかく)に
 して今(いま)に試(こゝろみ)て符合(ふごう)する者(もの)を撰採(ゑりとり)て毫(がう)
 釐(り)も無稽(むけい)の億説(おくせつ)をまじへず方薬(ほうやく)は古今(ここん)
 華夷(くはい)を論(ろん)ぜず藪澤中(そうたくちう)の方(ほう)といへども尽(こと〴〵く)
 緒家(しよか)の方書(ほうじよ)并に本草(ほんざう)に照(てら)し考(かんが)へ数(しば〳〵)試(こゝろみ)て
 数(しば〳〵)騐(しるし)を奏(そう)する者(もの)にして病家(びやうか)倉卒(そうそつ)の用(やう)

【右頁】
 に便(べん)なる者(もの)を撰(ゑらひ)たり故(ゆへ)に其(その)方(ほう)二三 味(み)
 に過(すぎ)ず採索(とりもとむ)るに易(やすき)に取(と)れるなり
一 病名(びやうめい)古今(ここん)同(おな)じからず且(かつ)正名(せいめい)あり謬名(びうめい)あり
 大抵(たいてい)古名(こめい)を穏当(おんたう)とす仮令(たとへば)卒(にはかに)倒(たをれ)人事(にんじ)を不(かへり)
 省(みざる)の證(せう)を後世(こうせい)卒中風(そつちうぶう)と称(せう)す素問(そもん)と云る
 古(ふる)き書物(しよもつ)には撃仆(げきふ)と謂(いふ)七 情(ぜう)鬱結(うつけつ)して《割書:七|情(ぜう)》
 《割書:とは憂(うれひ)思(おもひ)喜(よろこひ)怒(いかり)|悲(かなしみ)驚(をどろき)恐(をそる)を云》昏(き)冒(とほく)なるを素問(そもん)に気厥(きけつ)とい
 へり後世(こうせい)これを中気(ちうき)《割書:許叔微(きよしゆくび)と言(いへ)る人(ひと)の本(ほん)|事方(じほう)と云 書(しよ)に始(はじ)めて》

【左頁】
 《割書:此(この)名(な)|出す》と名(な)づく中(ちう)とは外来(くわいらい)の邪物(じやぶつ)に中(あたる)を
 いふ中風(ちうふう)中毒(ちうどく)の類(るい)是なり内(うち)七 情(ぜう)の過(すき)極(きはまり)
 たるより発(おこり)たる病(やまひ)を中(ちう)と称(せう)するは謬(あやま)り
 なるべし卒(にはかに)倒(たをるゝ)の證(せう)原(もと)一 様(やう)ならず然(しか)るを
 一 概(がい)に卒中風(そつちうぶう)といへるも名(な)と実(じつ)と当(あた)ら
 ざるに似(に)たり撃仆(げきふ)気厥(きけつ)の正名(せいめい)にして
 穏当(おんたう)なるにしかざるなり然(しか)れども本(ほん)
 編(へん)各門(かくもん)の病名(びやうめい)は皆(みな)古今(ここん)正謬(せいびう)を論(ろん)ぜず沿(ゑん)

【右頁】
 習(しふ)久(ひさ)しくして世人(よのひと)の聞(きゝ)覚(おぼへ)たる者(もの)に従(したが)
 へり亦(また)唯(たゞ)俗便(ぞくべん)に取(と)るなり
一 其(その)用(やう)を識(しら)ざれば奇薬(きやく)霊剤(れいざい)も病(やまひ)を治(ぢ)す
 るに益(ゑき)なし獲難(えがたき)の薬(くすり)も亦(また)其(その)時(とき)に用(やう)
 をなさず其(その)能(のう)を識(しる)ときは眼前(かんぜん)物(もの)とし
 て良薬(りやうやく)ならざるなし且(かつ)急(きふ)に臨(のぞみ)て最(もつとも)
 其 用(やう)をなすに足(たる)今(いま)編中(へんちう)用所の薬品(やくひん)
 は病家(びやうか)倉猝(そうそつ)の際(きは)探索(たんさく)【左ルビ:さくりもとむる】 に便(べん)なる物(もの)を択(ゑらみ)

【左頁】
 て獲(え)がたきの品(しな)を載(の)せず大抵(たいてい)味噌(みそ)塩(しほ)
 酢(す)酒(さけ)或は蔬菜(やさい)魚類(うをるい)其(その)他(た)人家(しんか)日用(にちやう)の品(しな)に
 て有合(ありあわ)すべき物(もの)を撰(ゑらみ)用(もちひ)たり已(やむ)ことを
 得(え)ざるに至(いた)りて薬鋪(くすりや)鬻所(うるところ)の物(もの)を用(もち)ゆ必(かならず)
 細書(さいしよ)して薬店(やくてん)にありと註(ちう)し置(おき)たり生(せい)【左ルビ:なまの】
 草木(そうもく)【左ルビ:くさき】も亦(また)人家(じんか)園庭(ゑんてい)【左ルビ:せとには】中(ちう)に栽(うへ)ある物(もの)或は道(どう)
 傍(ほう)原野(はらの)に在所(あるところ)の品(しな)を撰(ゑらび)用(もちひ)て採(とり)摘(つむ)こと
 易(やすき)に取(と)れり且(かつ)地方(ちほう)異(こと)なれば産物(さんぶつ)殊(こと)なり

【右頁】
 時(とき)移(うつれ)ば物(もの)亦(また)易(かわる)此(こゝ)に有(あり)て彼(かれ)に無物(なきもの)あり若(もし)
 木(き)に縁(より)て魚(うを)を求(もと)め海(うみ)に入(いり)て玉(たま)を索(もとめ)ば
 獲(う)べからざるに極(きはま)る此(この)故(ゆへ)に本編中(ほんへんちう)一
 病證(びやうせう)にして数方(すほう)を臚列(ろれつ)するは其(その)地方(ちほう)
 に就(つい)て用(よう)をなさしめんか為(ため)なり敢(あへ)て
 博(ひろき)に騖(はす)るにはあらず
一凡 生草木(せいそうもく)の形状(けいぜう)を本草(ほんぞう)といへる書(しよ)に説(とく)
 ところは皆(みな)他(た)の艸木(さうもく)の枝(ゑた)葉(は)花(はな)実(み)の能(よく)相(あい)

【左頁】
 似(に)たる物(もの)を以て比(くらべ)諭(さと)すもの多(をほ)し此(この)編(へん)は
 医家(いか)の設(もふけ)ならず此(この)学(がく)に心会(こゝろえ)なき人(ひと)に
 指示(さししめさん)とするなれば其(その)比(くらぶ)べき草木(そうもく)も亦(また)
 識(しら)ざる人(ひと)多(をゝ)く地方(ちほふ)異(こと)なれば名(な)も殊(こと)なる
 故(ゆへ)今(いま)直(たゝち)に其(その)形像(かたち)を図(づ)して略(はゞ)【ほゞの誤ヵ】其(その)説(せつ)を載(の)せ
 たり図(つ)は春(はる)夏(なつ)秋(あき)三 時(じ)の形状(けいぜう)を写(うつ)して其
 態度(たいど)をしらしむ然れども土地(とち)に沃土(こへたるつち)
 瘠土(やせたるつち)山(やま)陵(おか)◼(ひくゝ)【卑ヵ】湿(うるほふ)の同(をな)じからざるあり又 陽(ひあたりの)

【右頁】
 地(ち)陰地(ひかけのち)の別(べつ)あり其 産(さん)する所(ところ)の地(ち)に因(より)て
 形状(けいせう)色相(いろあい)頗(よほど)異同(たがい)あるものあれば亦必 如(かくの)
 此(ことく)と言(いゝ)がたし此(こゝ)に写(うつす)所(ところ)は東都(とうと)の人家(しんか)
 園庭(ゑんてい)に栽(うゆる)物(もの)或は近郊(ちかきのへん)に産(さん)する所の物(もの)
 を採(とり)て真写(せううつし)にせしなれば恐(をそ)らくは関(くはん)
 西(せい)或は南北(なんぼく)方土(ほうど)の地(ち)に産(さん)する物(もの)と違(たが)へるも
 あらんなれば観者(みるもの)心(こゝろ)を用(もちひ)て仔細(しさい)に弁(わきまへ)
 最(もつとも)疑(うたがは)しきは預(あらかしめ)其(その)師(し)に就(つき)て研究(けんきう)すべし

【左頁】
一 凡(おほよそ)薬物(やくふつ)は其(その)證(せう)に依(より)て効験(こうけん)を奏(そう)すること
 にして有毒(どくある)の故(ゆへ)にあしきにあらず無毒(どくなき)
 の故(ゆへ)によきにもあらず證(せう)と対(たい)すれば皆(みな)効(しるし)
 あり対(たい)せざれば倶(ともに)害(がい)あり仮令(たとへは)磁石(じしやく)よく鍼(はり)
 を引(ひけ)ども芥(あくた)を拾(ひらふ)ことあたはず琥珀(こはく)よく芥(あくた)
 を拾(ひらへ)ども鍼(はり)を引(ひく)ことあたはず是等(これら)の
 事(こと)を見(み)て解釈(がてん)すべし物類(ぶつるい)の相(あい)感(かん)ずるな
 れば誣(しゆ)べからざる所(ところ)なり然(しか)れども其 病(やまひ)

【右頁】
 を認(とむ)ることは老医(ろうい)といへども誤(あやま)るまじと
 言難(いゝがた)し古人(こじん)の詩(し)にも老医(ろうい)迷旧疾(ふるきやまひにまよふ)と言(いふ)
 句(く)あり况(まして)病家(びやうか)の人の視定(みさだむ)べきにあら
 ざれば此(この)編(へん)毎用(まいよう)の薬品(やくひん)可成 丈(たけ)は緩剤(ゆるきくすり)を
 用て峻剤(するどのざい)撃剤(あらきくすり)を用ず仮令(たとはゞ)吐剤(はきくすり)の如(ごとき)も
 塩湯(しほゆ)虀汁(つけなのしる)の類(るい)を用て瓜蒂(くはてい)藜蘆(りろ)の類(るい)を
 用ず如何(いかゞと)なれば若(もし)誤(あやまり)用たらんにも緩剤(ゆるきくすり)
 は害(がい)をなすも亦 緩(ゆる)やかなれば遅(をそ)しとも

【左頁】
 医師(いし)来(きた)らば手段(しゆだん)もあるべし峻烈(すると)の薬(くすり)に
 して誤(あやまり)用ば害(がい)も亦はげしければ手(て)を
 下(くだ)すべきの地(ち)なきに至(いた)る凡(をほよそ)峻剤(はげしきくすり)を用(もちゆる)と
 不用(もちいざる)とは医師(いし)の手眼(しゆがん)にあることなるを手(しゆ)
 眼(がん)なき郷鄙(いなか)の人(ひと)に峻薬(するどきくすり)を授(さづけ)用(もちひ)しむるは
 暗室(あんしつ)中(ちう)に集会(しうくはい)して一人 劔(けん)を抜(ぬき)て舞(まふ)が
 ことく人(ひと)を傷(やぶら)ざるもの幾(ほとんど)希(まれ)なるべし
一 凡(およそ)病(やまひ)の見(あらはれ)たる證(せう)ちよと見受(みうけ)たる所は同様(どうやう)

【右頁】
 なるに似(に)て虚実(きよじつ)の同(おな)じからざるあり寒(かん)
 熱(ねつ)の逓(はるか)に違(たがへ)る者(もの)あり若(もし)混殽(こんこう)するときは
 利害(りがい)掌(たなごゝろ)を翻(ひるかへす)の間(あいだ)にあり仔細(しさい)に弁別(べんべつ)せずん
 ばあるべからず此(この)故(ゆへ)に医家(ゐか)には診法(しんほふ)多端(たたん)
 なることなり其 法(ほふ)病人(びやうにん)の顔色(かんしよく)眼中(かんちう)の精彩(せいさい)
 を望(のぞみ)声音(せいいん)を聞(きゝ)病情(びやうぜう)を問(とひ)脈(みやく)の至数(しすう)動静(どうぜう)
 を切(おし)且(かつ)胸(むね)腹(はら)背脊(せなか)より四末(てあし)を模(さぐり)索(もと)めて邪(じや)
 物(ぶつ)の有無(うむ)を責(もとめ)其他(そのた)種々(しゆ〴〵)の診法(しんほふ)を以(もつ)て彼(かれ)

【左頁】
 此(これ)参伍(つきあはせ)て異同(いどう)互(たがい)に證(せう)し其 隠(かくれ)微(かすか)なるを
 捜(さぐり)て何(いづ)れの病(やまひ)と決断(けつだん)することなり矧(まして)病(びやう)
 症(せう)の中(うち)に真寒(しんかん)仮熱(かねつ)仮寒(かかん)真熱(しんねつ)とて似(に)て
 非(ひ)なるものありて良医(りやうゐ)も失診(しつしん)【左ルビ:みちがう】すること
 あり然(しか)るに今(いま)医事(ゐじ)をしらざる人(ひと)をして
 紙上(かみのうへ)の説(せつ)に依(より)其(その)證(せう)を弁(べん)ぜしめんことを望(のぞむ)
 は最(もつとも)得(う)べからざるに必(ひつ)せり本編(ほんへん)聊(いさゝか)医事(ゐじ)の
 大体(たいてい)を失(うしなは)ざるに似(に)たれども其 診法(しんほふ)を悉(こと〴〵く)

【右頁】
 尽(つくす)こと能(あた)はず是(この)故(ゆへ)に医師(ゐし)来(きたり)なば速(すみやか)に
 委(ゆだね)付(つけ)て此(この)編(へん)の論説(ろんせつ)に拘(かゝはり)泥(なづむ)べからず
一 脈(みやく)は医家(ゐか)四診(ししん)の一にして病(やまひ)を視定(みさだむ)るに
 は闕(かく)べからざる所(ところ)なり然(しか)るに晋(しん)の王(わう)叔(しゆく)
 和(くは)と言(いふ)人 心中(しんちう)明(あきらか)にし易(やす)く指下(しか)【左ルビ:ゆびのした】は了(あきらか)にし
 難(かた)しと言(いへ)り心(こゝろ)を潜(ひそめ)思(おもひ)を覃(ふかく)して習(ならひ)熟(じゆく)
 せざれば得難(えがたき)わざなればなり唐(たう)の孫(そん)
 思邈(しばく)と言人も脈(みやく)は医(ゐ)の大業(たいぎやう)也(なり)と言るも

【左頁】
 ことはりなり然(しか)るを今(いま)病家(びやうか)の人(ひと)に暁(さとら)し
 めんとするは絶(たえ)てならざる事に極(きはま)れり
 故(ゆへ)に編中(へんちう)脈法(みやくほふ)を言(いゝ)及(およぼ)さず
一 凡(およそ)灸穴(きうけつ)を取(とる)の法(ほふ)諸書(もろ〳〵のしよ)載(のす)る所の説(せつ)を参(まじへ)考(かんがへ)
 て古(いにしへ)を準(のり)とし今(いま)を酌(くみ)て正穴(せいけつ)を得(え)せし
 め且(かつ)捷径(ちかみち)にして病家(びやうか)の人(ひと)の極(きわめ)て暁(さと)し
 易(やす)き法(ほふ)を採(とり)て挙(あけん)とすれども二ながら
 全(まつた)く得(え)がたし故(ゆへ)に今(いま)紙上(かみのうへ)の文字(もんじ)に就(つき)て

【右頁】
 正穴(せいけつ)を得(ゑ)べき法(ほふ)を取(とり)て捷法(てみしかのほふ)といへども
 口授(くじゆ)なくしては当(あた)らざるの法(ほふ)を載(のせ)ず
一 凡(およそ)孔穴(かふけつ)を点(てん)して灸(きう)するの法(ほふ)其(その)人(ひと)立(たち)て点(てん)
 したるは立(たち)て灸(きう)し坐(さ)して点(てん)したるは坐(ざ)し
 て灸(きう)すべし卧(ふし)て点(てん)したるも同(おな)じ総(すべ)て人(ひと)
 の皮(かは)膚(はだ)筋(すじ)骨(ほね)ともに坐卧(ざぐは)に随(したか)ひ申縮(のびちゞみ)ある
 者(もの)なれば坐卧(ざぐは)に依(より)て体(たい)たがひ穴所(けつしよ)も亦(また)
 たがふゆへなりこれに由(より)て旧(ふるき)灸(きう)の痕(あと)あり

【左頁】
 とも若(もし)卒倒(そつたう)して側(よこに)卧(ふし)或(あるひ)は偃(あをに)卧(ふ)さば灸痕(きうのあと)自(おのつから)
 たがふ事(こと)あらんなれば改(あらため)て正穴(せいけつ)に点(てん)して
 灸(きう)すべし編中(へんちう)灸穴(きうけつ)の図説(づせつ)を載(のす)といへども
 言(こと)は意(ゐ)を尽(つく)さざれば少(すこし)く齟齬(そご)するに似(に)た
 るもあらんなれど此 意(こゝろ)を以て斟酌(しんしやく)して其(その)
 穴(けつ)を取(とら)んには大(をゝい)なる誤(あやまり)なきに庶幾(ちか)か
 るべし
一 凡(およそ)医方(ゐほふ)の原(みなもと)を考(かんがへ)究(きは)むるも亦(また)一 大業(だいぎやう)と言(いふ)

【右頁】
 へし近来(きんらい)諸家(しよか)編集(へんしう)の方書(ほふじよ)を閲(けみ)するに
 往々(をふ〳〵)謬誤(あやまり)あり況(いはんや)管見蠡識(くはんけんれいしき)にして倉卒(そうそつ)に
 論定(ろんてい)すべきにあらず且(かつ)此(この)編(へん)撰(ゑらび)用(もち)ゆる所の
 者(もの)は一 方(ほう)といへども必(かならず)諸家(しよか)の方書(ほうしよ)に参(まじへ)て
 同異(どうい)を攷(かんがへ)最(もつとも)歴試(れきし)の方中(ほうちう)に於(おひ)て病家(びやうか)所用(もちゆるところ)
 に便(かつて)宜(よろしき)ものを採(と)れり故(ゆへ)に姑(しばら)く救急(きうきふ)易方(ゐほう)
 危證(きせう)簡便(かんべん)験方(げんはう)等(とう)の例(れい)に従(したがひ)て方(ほう)の出所(しゆつしよ)を
 附(つけ)載(の)せず              例言畢

【左頁】
広恵済急方上巻目録
  卒倒(そつたう)之(の)類(るい)《割書:人 俄(にはか)にたをるゝ病(やまひ)|の類(るい)を茲(こゝ)に集(あつ)む》
中風(ちうふう)一丁【一丁は白抜き文字】《割書:気(き)をうしなひ半身(かたみ)手(て)脚(あし)きかず|目(め)くちゆがむ證(せう)なり》
脱陽(だつやう)十五丁【十五丁は白抜き文字】《割書:元気(げんき)俄(にはか)に脱(ぬけ)て気(き)をうしなふなり又 大(おゝひ)に|下(くだ)し大(おゝひ)に吐(はき)て後(のち)昏憒(むちう)になる證(せう)を附録(ふろく)す》
交接(こうせつ)昏迷(こんべい)二十一丁【二十一丁は白抜き文字】《割書:男子(なんし)交合時(さいわいのとき)気(き)をうしなふなり走(そう)陽(いふう)とて|男子(なんし)交合(さいわい)のとき精(いんすい)もれてやまざるを附(ふ)す》
中気(ちうき)二十三丁【二十三丁は白抜き文字】《割書:にはかに気(き)ふさぎ|たをるゝなり》
痰厥(たんけつ)二十五丁【二十五丁は白抜き文字】《割書:痰(たん)胸膈(むね)に壅(ふさかり)て気(き)を|うしなふなり》
中暑(ちうしよ)二十六丁【二十六丁は白抜き文字】《割書:暑(しよ)に中(あた)り倒(たを)れ|死(し)するなり》

【右頁】
入井(にうせい)悶冒(もんぼう)二十九丁【二十九丁は白抜き文字】《割書:眢井(ふるゐ)窖中(むろ)の内(うち)に入(いり)て悪(わるき)気(き)|に中(あたり)てたをるゝなり》
食厥(しよくけつ)三十一丁【三十一丁は白抜き文字】《割書:食(しよく)とゞこほりて|倒(たを)るゝなり》
驚怖(きやうふ)卒死(そつし)三十三丁【三十三丁は白抜き文字】《割書:ものおどろきにて|めをまはすなり》
霍乱(くはくらん)三十五丁【三十五丁は白抜き文字】《割書:卒(にはか)に心(むね)腹(はら)甚く 疼痛(いたみ)大(おほ)に苦(くるしむ)病(やまひ)なり此(この)證(せう)二ッあり|吐瀉(はきくだ)して苦(くるしむ)と吐瀉(はきくだり)なくて苦(くるしむ)となり詳(つまびらか)に本条(ほんぜう)に載ㇲ》
疔毒(てうどく)昏憒(こんくはひ)四十九丁【四十九丁は白抜き文字】《割書:疔(てう)の出来(でき)る初(はじめ)に何ともしらず俄(にはか)に気(き)を失(うしのふ)|を云并 疔(てう)の理法(ぢほふ)すし疔(てう)の理法(ちほふ)を附(つけ)たり》
脚気(かつけ)衝心(せうしん)六十丁【六十丁は白抜き文字】《割書:脚気(かつけ)の毒(どく)脚(あし)より腹(はら)に入(いり)|むなさきへつきあぐるを言》
積気(しやくき)暈倒(うんとう)六十七丁【六十七丁は白抜き文字】《割書:積気(しやくき)上(かみ)へつきあげ気(き)をうしなふなり|疝気(せんき)にて衝逆(さしこみ)あるのも茲(こゝ)に附(ふ)ㇲ》
癲癇(てんかん)七十一丁【七十一丁は白抜き文字】《割書:てんかんにて卒(にはか)に|こをるゝなり》

【左頁】
血厥(けつけつ)七十三丁【七十三丁は白抜き文字】《割書:人 卒(にはか)に死人(しにん)のことくになるなり|婦人(ふじん)におほし》
波(は)也(や)宇(う)知(ち)加(か)太(た)七十四丁【七十四丁は白抜き文字】
鍼暈(しんうん)七十六丁【七十六丁は白抜き文字】《割書:はりして目を|まはすなり》
入浴(にうよく)暈倒(うんたふ)七十七丁【七十七丁は白抜き文字】《割書:湯気(ゆけ)に中(あた)る|なり》
酔舩(すいせん)七十八丁【七十八丁は白抜き文字】《割書:ふねにゑふなり|かこにゑひ山にゑひしを附(ふ)す》

【右頁】
【文字なし】


【左頁】
広恵済急方上巻
     法眼侍医多紀安元丹波元悳編輯
            男安長元簡 校
  卒倒(そつたう)之 類(るい)《割書:人 卒(にはか)にたをるゝ病(やまひ)の|類(るい)をこゝに載(のす)》
   中風(ちうふう)《割書:閉(へい)脱(だつ)の二 証(せう)あり閉(へい)は実(じつ)|証(せう)なり脱(だつ)は虚証(きよせう)なり》
〖閉證(へいせう)病状(びやうぜう)〗人 卒(にはか)に倒(たをれ)奄忽(きをうしなひ)人をしらず歯(は)をくひし
 め拳(こぶし)を握(にぎ)り痰(たん)潮(わくが)ごとく喘息(ぜんそく)し眼(め)口(くち)ゆがみ半身(はんしん)
 かなわず眼(め)を見(み)つめ或(あるいは)上竄(うわめつかひ)するは中風(ちうふう)の閉證(へいせう)

【〖 〗は隅付き括弧】

【右頁】
 なる者(もの)是(これ)也
  凡(をほよそ)卒(にはかに)倒(たを)れて口(くち)ひらき手(て)撒(ひらき)眼(め)を合(ねむり)大便(だいべん)又は小(せう)
  便(べん)をもらし鼻声(はないき)鼾(いびき)の如くなるは脱證(だつせう)にて虚(きよ)
  候(こう)とす別(べつ)に療法(りやうぢのほふ)あり後条(のちぜう)に載(のせ)たり実証(じつせう)にも
  目瞑(めをねむり)大小便(たいせうべん)をもらす者(もの)ありといへども其口
  噤(つぐみ)手(て)を握(にぎ)るを以て実候(じつこう)とす虚候(きよこう)は口(くち)も手(て)も
  ともに開(ひら)く是(これ)其(その)証候(せうこう)おのづから同(おな)じからざ
  る所なり若(もし)視(み)あやまつときは療法(りやうほふ)も亦(また)大(をゝひ)に

【左頁】
  誤(あやま)る心を用ひて診(しん)【左ルビ:しらべふ】すべし
〖療法(りやうほふ)〗卒然(にはかに)昏倒(むちうにたを)れば先(まづ)扶(かいほう)して煖(あたゝか)なる室(ところ)に入(いれ)て噴(くさ)
 嚏(め)を出(いだ)す法(ほふ)を用(もち)ゆ可(べ)し其 方(ほう)は皂莢(そうきやう)細辛(さいしん)等分(とうぶん)末(まつ)【左ルビ:こ】
 となし又は天南星(てんなんせう)半夏(はんげ)《割書:四味 共(とも)に薬舗(くすりや)|に有(あり)購(とゝのふ)べし》の末(こ)を鼻(はな)
 の孔(あな)の内(うち)へ吹(ふき)入る可し右之 薬(くすり)なきときは胡椒(こしやう)
 の粉(こ)を吹入(ふきいれ)てよし急(きう)に胡椒(こしやう)もなくは煙艸(たばこ)の粉(こ)
 を吹入(ふきいれ)てもよし尤(もつとも)薬末(くすりのこ)鼻(はな)の内(うち)へ吹(ふき)入て直(じき)に頭(かみの)【左ルビ:つぶ】
 髪(け)【左ルビ:り】を提(ひつさ)げてひき起(おこ)す可し其(その)時(とき)嚏(くさめ)出(いづ)るもよきし

【〖 〗は隅付き括弧】

【右頁】
 るしなり《割書:奥州(おふしう)辺(へん)にあくしよぼくと言木あり此|木の葉(は)を揉(もみ)て嗅(かげ)ばよく嚏(くさめ)出す其地方》
 《割書:の人は此|を可用(もちゆべし)》
  右の薬(くすり)は筆(ふで)の管(ぢく)様(やう)の竹(たけ)六七寸 許(ばかり)に切り其 端(はし)
  をはすに削(けづ)り薬末(くすりのこ)を抄(すくひ)て病人(びやうにん)の鼻孔(はなのあな)の中程(なかほど)
  へ吹込(ふきこむ)べし余(あま)り奥(おく)へ吹(ふき)入るれは却(かへつ)て嚏(くさめ)出 兼(かぬ)
  るあり又 紙(かみ)を引裂(ひきさき)紙撚(こより)を作(つく)り此(この)端(はし)へ右(みぎ)の末(こ)
  を傅(つけ)て鼻孔(はなのあな)へよき程(ほど)に入(いる)るも亦(また)よし
 次(つぎ)に手(て)の大指(おほゆび)の爪(つめ)にて病人の人中(にんちう)の穴(けつ)をしか

【左頁】
 と搯付(おしつけ)爪(つめ)あとの付(つく)程(ほど)にしてよし《割書:人中(にんちう)の穴(けつ)後(のち)に|図(づ)あり考(かんがふ)べし》 
 又 急(きう)に病人(ひやうにん)の両手(りやうのて)両足(りやうのあし)を上(かみ)より先(さき)の方(かた)までな
 でおろす可(べ)し尤(もつとも)しつかりと撫(なで)おろすをよしと
 す痰気(たんき)を散(ちら)す一 助(じよ)なり○又(また)火(ひ)のよくおこり
 たる火盆(ひばち)の中ヘ醋(す)一 杯(はい)を傾(かたむけ)入 醋(す)の気(き)を病人(ひやうにん)の
 鼻(はな)の中(うち)へ入る様(やう)にして嗅(かゞ)すべし良(やゝ)久(ひさしう)して醒(さむ)《割書:此(この)|法(ほふ)》
 《割書:中風(ちうふう)に限(かぎ)らず一 切(さい)卒倒(そつとう)の|閉証(へいせう)に用(もちゐ)てよし》
〖痰壅不省(たんふさかりせうきのつかざる)は慰薬(むしぐすり)〗をよしとす葱白(ねぎのしろね)細(こまか)に切(きり)たるを

【〖 〗は隅付き括弧】

【右頁】
 三 合(ごう)小麦麩(こむぎのふすま)三 合(ごう)《割書:糠(ぬか)を用ゆ|るもよし》塩(しほ)二 合(ごう)よく和匂(まぜ)貳包(ふたつゝみ)
 にわけ炒(いり)熱(あつく)して絹(きぬ)にても木綿(もめん)にても包(つゝ)み病人(びやうにん)
 の臍(ほそ)のうへを熨(のす)べし
〖痰壅不省(たんつよくしようきつかぬ)服薬(ふくやく)【左ルビ:のみくすり】〗生姜汁(せうがしぼりしる)を白湯(さゆ)に撹(かきたて)用ゆべし白礬(はくはん)
 《割書:薬店(くすりや)に|あり》加(くわ)へ服(ふく)【左ルビ:のませ】さしめて最(もつとも)良(よし)○又方 童便(どうべん)【左ルビ:小どものせうべん】と生姜(せうがの)
 汁(しぼりしる)を等分(とうぶん)よくませ服(ふくさ)【左ルビ:のませ】しめてよし○又方 竹瀝(ちくれき)《割書:淡(は)|竹(ちく)》
 《割書:を長(なが)サ一尺 許(ほど)に截(きり)二つに割(わり)火(ひ) の上(うへ)に架(かけ)炙(あぶれ)ば截(きり)口(くち)|より汁(しる)出(いづ)るものなり其 汁(しる)を茶碗(ちやわん)様(やう)の物(もの)に承(うけ)取(と)》
 《割書:り用(もち)ゆ是(これ)を竹瀝(ちくれき)といふ淡竹(はちく)なき|ときは呉竹(またけ)にてもかへ用ゆべし》を多(おほ)く灌(そゝ)ぎの

【左頁】
 ませて良(よし)○又方 香油(ごまのあぶら)に姜汁(せうがしる)を冲(さし)撹(かきたて)用(もち)ゆ又よし
 ○又方 天南星(てんなんせう)木香(もくかう)《割書:二味共に薬|店にあり》剉(きざみ)て等分(とうぶん)水(みづ)に
 煎(せん)し用ゆべし○又方 皂莢(そうきやう)【左ルビ:さいかちのさや】《割書:薬店にあり|図説後に出》蘿菔子(らふし)【左ルビ:おほねのたね】等(とう)
 分(ぶん)剉(きざみ)て煎(せん)じ服(ふく)せば痰(たん)を吐(はく)
〖口(くち)噤(ひらかざる)を開(ひらき)薬(くすり)を灌(のます)法(ほふ)〗凡(おほよそ)人(ひと)の牙歯(は)おほくは上歯(うわば)と
 下歯(したば)くひちがひたる所ある者(もの)なり其くひちが
 ひたる所へ新(あたら)しき烟管(きせる)の吹口(すいくち)《割書:若(もし)新しき烟管な|きときは烟管の》
 《割書:吹口の様なる|物を用ゆ》をさし込(こみ)介保人(かいほうにん)の口(くち)ゑ薬(くすり)をふく

【〖 〗は隅付き括弧】

【右頁】
みて其 吹口(すいくち)の管(くだ)よりふき込(こみ)飲(のま)しむべし○又法
病人(びやうにん)の鼻(はな)の孔(あな)ゑ竹(たけ)の管(くだ)をさし込(こみ)此(この)管(くだ)《割書:筆(ふで)のぢく|様の物よ》
《割書:し|》より薬(くすり)を吹込(ふきこむ)べし○又法 鼻(はな)をしかと撮(つま)めば
息(いき)止(とま)りて口(くち)自(おのづか)らひらくものあり《割書:軽(かろ)き症(しやう)には|此法よし》
又(また)法(ほふ)《割書:介保人(かいほうにん)壱人にて|口噤(はくいしめ)たる病人(びやうにん)の》
《割書:口(くち)開(ひら)かせ薬(くすり)をのません|とならば介保人(かいほうにん)の左(ひだり)の》
《割書:大指(おほゆび)と中指(なかゆび)との頭(さき)にて|病人(ひやうにん)の歯(は)のはへとまりの》
《割書:所(ところ)の歯(は)なく空(くう)なる所(ところ)を|しかと按定(おせ)ば歯(は)自(おのづか)らひ》
《割書:らく此(この)時(とき)右(みぎ)の手(て)にて薬(くすり)|を灌(そゝぎ)のますべし凡(およそ)人(ひと)の》
《割書:歯(は)のはへとまりの所(ところ)は両方(りやうはう)|ともに歯(は)一 枚(まい)許(ほど)あきて空(くう)あり其(その)空(くう)》
【図の説明】
   大指(おほゆび)
                手(て)は介(かい)
                保人(ほうにん)の
                手(て)なり
【顔の図】
             後(のち)の法と違(ちがひ)あれ
             ども此(この)処(ところ)の手法(しよう)
   中指(なかゆび)       皆(みな)同(おな)じ

【左頁】
《割書:なる処(ところ)ゑ大指(おゝゆび)と中指(なかゆび)の頭(さき)を入(いれ)てつよく按(おせ)ば自(おのづか)ら開(ひら)くものなり|》
又(また)法(ほふ)《割書:先(まつ)病人(びやうにん)を扶(たすけ)起(おこ)|し背後(うしろ)へまはり》 
《割書:両手(りやうて)四本(しほん)の指(ゆび)をのべ|病人(びやうにん)の頤(あご)をしかと押へ》
《割書:人摉(ひとさし)指(ゆび)を下唇(したくちびる)の承漿(せうせう)|の処(ところ)へあて押(おし)さげな》
《割書:がら両手(りやうて)の大指(おゝゆび)にて|病人(ひやうにん)の歯(は)のはへ止(とま)りの》
《割書:空(くう)なる処(ところ)を力(ちから)を極(きわめ)て|緊(きび)しくおすべし歯(は)自(おのづか)ら》
《割書:開(ひら)く病人(ひやうにん)の頭(かしら)は後(うしろ)の|所(ところ)にしかとしたる物(もの)》
《割書:或は介保人(かいほうにん)の胸(むね)か膝(ひざ)|頭(がしら)をあてうごかぬ様(やう)》
《割書:にして置(おく)べし|》
【図の説明】
    面(おもて)は仰(あふぎ)たるが
    よしうつむき
     てはよろし
      からず
【顔の図】
     此(この)手(ての)指(ゆび)にては
      あこを下へ
       おしさぐ
       べし
    口(くち)也【口の図】○此処
            承漿(せうせう)の穴(けつ)
            なり別(べつ)に
            図(づ)あり

【右頁】
〖又 開口噤揩歯方(くひしめたるはをひらくになすりつくるはう)〗白梅(はくばい)【左ルビ:うめぼし】の肉(にく)を以て牙関(はのね)を揩(する)こと
 数遍(すへん)すべし白礬(はくはん)を加(くわへ)よく和(ませ)て擦付(なすりつけ)てよし○又
 方 天南星(てんなんせう)の末五合 龍脳(りうのう)《割書:薬店に|あり》少し入 研(すり)和(まぜ)中指(なかゆび)
 の頭(さき)へ蘸(つけ)噤(つぐみ)たる歯(は)を揩(する)こと数次(すたび)して口(くち)自(をのづと)ひら
 くものなり
〖又 開口噤薫方(くいしめたるはをひらくふすべくすり)〗巴豆(はづ)を研爛紙(すりもみたるかみ)に包(つゝみ)圧(おしつけ)て油(あぶら)を其 紙(かみ)
 にうつし取(とり)て此(この)紙(かみ)にて撚(こより)を作(つく)り火(ひ)を点(ともし)て吹滅(ふきけし)
 し其 烟(けむり)病人(ひやうにん)の鼻(はな)の中(なか)又は口中(くちのうち)へ入(いれ)薫(くすべ)て涎(よだれ)を多(おほく)

【左頁】
 出(いだ)すべし《割書:凡 口(くち)ひらきて薬(くすり)を灌(そゝき)のませたらば病人の|喉(のんど)より胸(むね)を摩(なで)おろすべし》
〖灸法〗病人(びやうにん)の咽中(のんどのうち)痰声(たんのこゑ)ありて鋸(のこぎり)を曳(ひく)がごとくな
 るは湯(ゆ)も薬(くすり)もおさまらざるものなり気海(きかい)関元(くわんげん)
 に灸(きう)すべし多(おほ)く灸(きう)するをよしとす○口(くち)噤(つぐみ)て不(ひらか)
 開(ざる)は聴会(てうゑ)頬車(きやうしや)に灸(きう)すべし又 人中(にんちう)頬車(きやうしや)百会(ひやくゑ)承漿(しやう〳〵)
 合谷(がふこく)翳風(ゑいふう)最(もつとも)よし○凡(おほよそ)卒中(そつちう)涎(たん)塞(ふさがり)不省(せうきなき)は隠白(いんはく)百会(ひやくゑ)
 人中(にんちう)絶骨(せつこつ)章門(せうもん)風市(ふうじ)気海(きかい)三里(さんり)地倉(ちさう)大椎(だいずい)皆(みな)灸(きう)すべ
 し《割書:緒穴(しよけつ)後(のち)に図(づ)あり風市(ふうじ)|の穴(けつ)は脚気(きやくけ)に出ㇲ》○又何れにても臍中(ほそのうち)へ

【〖 〗は隅付き括弧】

【右頁】
 塩(しほ)を填(つめ)其うへに灸(きう)する事(こと)三百 壮(さう)許なるべし或(あるひ)
 は炒(いり)たる塩(しほ)を臍(ほそ)の中(うち)へ実(みた)【左ルビ:つめ】しめ置(をき)其うへに生姜(なませうが)
 一へぎ厚(あつ)く片(へぎ)たるを置(をき)て灸(きう)するもよし又 山椒(さんしやう)
 を臍内(ほそのうち)へ填(みた)【左ルビ:つめ】しめ置て其うへに灸(きう)するもよしい
 づれも百 壮(そう)以上灸してよし
〖百会(ひやくゑ)〗《割書:の穴(けつ)は頭上(つむりのうへ)にあり此(この)穴(けつ)を挨(とる)には先(まづ)髪(かみ)の際(はへぎは)|を定(さだむ)べし其法(そのほふ)稲稈(わらみご)にて大椎(だいすい)より《割書:大椎(だいずい)は脊(せ)|骨(ぼね)と頂(うなじ)【項ヵ】の》》
  《割書:《割書:きわの大(おゝい)な|る骨(ほね)なり》眉(まゆ)の心(まんなか)までの間を量(はかり)此(この)稲稈(わらみご)を十|八に折(をり)壱尺八寸と定(さだめ)此(この)稲稈(わらみご)の端(はし)を眉心(まゆのまんなか)に当(あて)》
  《割書:夫(それ)より後(うしろ)の方へまはし眉心(まゆのまんなか)より三寸を前(まへ)の|髪(かみ)の際(はへぎは)として仮点(かりてん)を付(つけ)此点より五寸五分に》

【左頁】
  《割書:点(てん)すべし是(これ)百会(ひやくゑ)の穴(けつ)也|《割書:此処 豆(まめ)許(ほと)の|凹(くぼみ)あり》此(この)穴(けつ)を取(とる)には面(かほ)を》
  《割書:正直(まつすぐ)にしてとるべし|項頸(ゑり)は屈(くつ)【左ルビ:かゞみ】伸(しん)【左ルビ:のび】のある》 
  《割書:処なれば若(もし)うつ|むくときは頂(ゑり)【項ヵ】の》
  《割書:びて寸尺もまた|修(ながく)なる故 正穴(せうけつ)》
  《割書:を求(もとめ)がたし且(かつ)|稲稈(わらみご)を肉(にく)に貼(すりつけ)》
  《割書:て取(と)るべし|》

【図の説明】
【眉心の説明】
眉心(まゆのなか)より前髪(まへのかみの)
際(はへぎは)迄(まで)三寸 後(うしろの)髪(かみの)際(はへぎは) 
より大椎(たいすい)まで  【眉と目の図】
三寸也六寸に前(まへ)     眉心
後髪(うしろかみの)際(はへぎは)の間(あいだ)
壱尺二寸あはせて
一尺八寸なり

【横顔の説明】
【頭頂部の説明(左から右へ横書き)】
此処より後(うしろ)の髪(かみ)のはへ際(ぎは)までを十二に折るなり

          此 骨(ほね)は頭(かしら)を  大椎(たいずい)骨(こつ)是也
          動(うごか)してもうごかず
百会穴是也
                          肩
          【横顔の図】


此処に                       大椎は如此かたを
仮点を                       平(たいらか)にしてかたの高(たかさ)
すべし                       と平直(たいらかにすぐ)なり此
                          骨のうへのとま
                          りに点して量(はか)
                          るなり

      眉心(びしん)とは此処なり両眉(りやうび)
      の最中(まんなか)を云此処又仮点
      すべし

【〖 〗は隅付き括弧】

【右頁】
〖人中(にんちう)〗《割書:の穴(けつ)は鼻(はな)の下(した)に在(あり)鼻柱(はなはしら)と唇(くちびる)の尖(とかり)たる処(ところ)との最中(まんなか)に|点(てん)すべし此所に竪(たて)に溝(みぞ)あり此(この)中(うち)に付(つく)べきなり図(づ)を》
    《割書:考(かんごう)べし》

【図の説明】

  唇(くちびる)の尖とは是也
【正面の顔】
  人(にん)中の穴是也
  鼻柱(はなはしら)のとまりとは是也

側面(よこがほ)より見たる図(づ)也
【横顔の図】
     是 人中(にんちう)の穴也

  人中(にんちう)の穴(けつ)人(ひと)の質(うまれ)にて凹(たか)
  き人あり凹(くぼみ)たる人あり
  何(いづ)れにても鼻柱(はなばしら)と唇(くちびる)
  尖(とがり)との最中(まんなか)に点(てん)すべし

【左頁】
〖承漿(じやうしやう)〗《割書:の穴(けつ)は下唇(したくちびる)の稜(かど)の下(した)に在(あり)下唇(したくちびる)の最中(まんなか)の通(とおり)おれめの|処(ところ)是なり図(づ)を考(かんがふ)べし》

【図の説明】

    此処 承漿(ぜうしやう)の穴(けつ)也
【正面の顔】此 通(とおり)也

  側面(よこがほ)より見(み)たる図(づ)也
【横顔の図】
       おれめとは是也
       是 承漿(しやうしやう)の穴(けつ)也

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖頬車(きやうしや)〗《割書:の穴(けつ)は耳(みゝ)のつけねと其 下曲(したのまがり)たる骨(ほね)の角(かど)の尖(とか)りとの|最中(まんなか)にてニ 分(ぶ)許(ばかり)前(まへ)の方(かた)へよせて点(てん)すべし是(これ)穴(けつ)なり》
   《割書:口(くち)を開(ひらけ)ば此処に穴(あな)あり口(くち)を閉(とづれ)はなし口(くち)を開(ひらき)て取(とる)べし|自(みづから)試(こゝろみ)て自得(じとく)すべし病人(ひやうにん)も其(その)心(こゝろ)を以て正穴(せいけつ)を取(とり)得(う)べき|なり》

【図の説明】
       耳のつけねとは此処也
【横顔の図】  頬車の穴是也
          曲たる角とは是也

【左頁】
〖聴会(てうゑ)〗《割書:の穴(けつ)は耳前(みゝのまへ)に在(あり)耳(みゝ)の前(まへ)に高(たか)く起(おこり)たる肉(にく)ありこれを|耳珠(にしゆ)といふ此 耳珠(にしゆ)の下(した)の闕(かけ)たる処(ところ)の前(まへ)に指頭(ゆびさき)にて》
    《割書:按(おし)て口(くち)を開(ひらけ)ば空(あな)ある処(ところ)是(これ)なり図(づ)を考(かんがふ)べし|》

【図の説明】
 耳(みゝ)也
  【耳の図】
       此処 聴会(てうゑ)の穴(けつ)なり按(をし)て試(こゝろ)むべし
     此 高(たか)く起(おこり)たる肉(にく)の下(した)のかた闕(かけ)たる処の前(まへ)
     なり此 肉(にく)を俗(ぞく)に小(こ)みゝといふ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖翳風(ゑいふう)〗《割書:の穴(けつ)は耳(みゝ)の後(うしろ)に在(あり)耳朶(みゝたぶ)の止(とまり)の通(とをり)横(よこ)に後(うしろ)の方(かた)髪(かみ)のは|へ際(ぎは)にて耳(みゝ)の後(うしろ)に円(まる)き骨(ほね)の下(した)廉(かど)の陥(くぼみ)なる処 是(これ)なり》
   《割書:指(ゆび)頭(さき)を以て按(をせ)ば耳中(みゝのうち)ゑ引(ひき)て痛(いたむ)是(これ)正穴(せいけつ)なり|》

【図の説明】

        如是(かくのことく)髪(かみ)の際(はへぎは)に在(あり)

【横顔の図】 翳風(ゑいふう)の穴是也
    
        此 耳朶(みゝたぶ)の下(した)際(きわ)と平直(たいら)也

【左頁】
〖地倉(ちさう)〗《割書:の穴(けつ)は口吻(くちびる)の傍(かたはら)に在(あり)此(この)穴(けつ)口吻(くちびる)を去(さる)こと四 分(ぶ)許(ばかり)に点(てん)|すべし是(これ)穴(けつ)なり扨(さて)手(て)の人摉指(ひとさしゆび)と大指(おゝゆび)とを以て内(うち)外(そと)》
   《割書:より撮(つまみ)見れば脈(みやく)ある処(ところ)正穴(せいけつ)なり寸法は面(かほ)の両顴骨(りやうけんこつ)の|尖(とがり)と尖(とがり)との間(あいだ)を藁(わら)にて量(はかり)七ッに折(おり)七寸と定(さだめ)たる内(うち)の|四分也》

【図の説明】

【口の図】
        地倉(ちさう)之穴是也
 此間四分許
        地倉の穴(けつ)の処(ところ)
        口をひらけば
  【図】  ひくし口をと
口也      づれば少し
        たかし

 此間四分許
       地倉之穴是也

【顔の図】

      此ほう骨(ほね)のかどの処
      を顴骨(けんこつ)と云
【図】

          顴(けん)骨也此処を指(ゆび)
          頭(さき)にて按(を)し見(みれ)ば
          少(すこし)陥(くぼみ)なる処あり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖隠白(いんはく)〗《割書:の穴(けつ)は足(あし)の大指(おゝゆび)の内(うち)の方(かた)爪(つめ)のはへぎはの角(かど)に在(あり)|其 角(かど)を一分 許(ばかり)はなして点(てん)すべし》

【図の説明】

【上の図】

足の内かたとは
図のこときを云

【足の図】

 隠白の穴是也

【下の図】

     【指の図】
大拇趾(おやゆび)【左ルビ:おゝゆび】

 内の方(かた)    隠白(いんはく)の穴(けつ)如此(かくのことく)
        爪(つめ)の角(かど)より一
         分 許(ばかり)はなし
         て点(てん)すべし

【左頁】
〖合谷(がふこく)〗《割書:の穴(けつ)は手(て)の大拇指(おほゆび)と人摉指(ひとさしゆび)との間(あいた)岐(また)に成(なり)たる骨(ほね)の|中央(まんなか)に在(あり)此(この)穴(けつ)を取(とる)には両指(りやうゆび)の岐(また)より腕(うで)の横絞(よこすじ)の処》
   《割書:までを藁(わら)にて量(はかり)此わらを二ッに折(をり)たる最中(まんなか)に点(てん)す是(これ)|穴(けつ)なり》

【図の説明】

【上の図】
           合谷(がふこく)是也
               此処に横(よこ)に
               紋(もん)あり此 紋(もん)
               を限(かぎり)とす
【手の図】
赤白の
分とは是也

【下の図】

円竹(まるきたけ)を握(にぎり)たる形状(かたち)になせば
此 穴所(けつしよ)ひきくなるを目的(めあて)
とす
           此処ひきくなるとは
           是なり
【手の図】
         此処の肉は高く
         なるなり

【本文の続き】

凡 人々(ひと〳〵)皮(かは)膚(はだ)の色(いろ)相(あひ)内(うち)外(そと)同(おなじ)からず此(この)処(ところ)も
内(うち)外(そと)の際(きは)故(ゆへ)赤(あかき)と白(しろき)との分(わかち)あり此(こゝ)より量(はかる)べし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖気海(きかい)〗
  《割書:此穴 臍(ほそ)の下(した)に在(あり)|是(これ)を挨(とる)の法は臍(ほそ)》
  《割書:の最中(まんなか)より下 横(あう)|骨(こつ)の上際(うはきは)までを》
  《割書:藁(わら)にて度(はか)り此 藁(わら)|を五に折(をり)五寸と》
  《割書:定(さだめ)て臍(ほそ)より下一|寸五分に点(てん)すべ》
  《割書:し横骨(あうこつ)とは陰毛(いんもう)【左ルビ:まえのけ】|の中(うち)指頭(ゆびさき)にて按(おせ)ば》
  《割書:横(よこ)たはりたる骨(ほね)|あり此 骨(ほね)の上際(うわぎは)|よりはかるなり》

【図の説明】

此処を指頭(ゆびさき)にて按(おし)視(みれ)ば
横(よこ)たはりたる骨あり此
を横骨(あうこつ)と云

   臍 一寸五分    陰
    【下半身の図】
   中         毛

   気海(きかい)の穴
   是なり

【左頁】
〖大椎(だいずい)〗《割書:の穴(けつ)は脊(せなか)の第(だい)一 上(うへ)の脊骨(せほね)の上(うへ)に在(あり)此 穴(けつ)を挨(とる)には此|骨(ほね)の上に小(ちいさく)円(まるき)骨(ほね)あり是を項骨(こうこつ)と言三ッ見ゆる者(もの)あ》
   《割書:り二ッ見ゆる者あり一ッ見ゆる者あり一ッも見へざ|る者あり扨(さて)此(この)骨(ほね)三ッある人にても頭(かしら)を動(うごか)せば項骨(ゑりほね)は》
   《割書:随(したがつ)て動(うごく)といへども大椎(だいすい)の骨(ほね)は何様(いかやう)に首(くび)を動(うごか)しても|うごかず是(これ)大椎骨(だいずいこつ)の證据(せうこ)なり》

【図の説明】

大椎の穴なり
                         大 椎骨(ずいこつ)は脊骨(せぼね)
    項 此 骨(ほね)は大 椎骨(ずいこつ)なり          の最上(まうへ)のとまり
【背中の図】                  にして下(した)の脊(せ)
    骨                    骨(ほね)より大なり
                         と認(とむ)べし
【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖章門(しやうもん)〗《割書:は脇肋(わきのあばら)の季(すへ)の小(ちいさき)肋骨(あばらほね)の端(はし)に在(あり)此 穴(けつ)を挨(とる)には其人 側(よこに)|卧(ね)たるまゝにて下(した)になりたる足(あし)を伸(のべ)上(うへ)になりし》
  《割書:足(あし)を屈(かゞむ)れば肋骨(あばらぼね)あらはれて見易(みえやすし)し扨(さて)肋骨(あばらほね)の季(すへ)の小肋(ちいさき)|骨(ほね)の端(はし)に仮(かり)りに点(てん)すべし此(この)点(てん)より前(まへ)の方(かた)へ一寸五分》
  《割書:に点(てん)す是(これ)章門(しやうもん)の穴(けつ)なり○分(ふん)寸(すん)を定(さだむ)るには腰(こし)の囲(かこみ)四尺|弐寸の寸にて挨(と)るべし寸法 図説(づせつ)天枢(てんすう)の條(でう)にあり》

【図の説明】
            此点は仮点(かりてん)なり小肋骨端(ちいさきほねのはし)の下際へ点べし
              此間一寸五分也
     【横卧した図】
            章門の穴是也

横(よこ)に卧(ふし)たる態(てい)此如(かくのごとし)

【左頁】
〖三里(さんり)〗《割書:此 穴(けつ)を挨(とる)には先(まづ)膝(ひざ)の後(うしろ)膕(ひつかゞみ)の横(よこの)紋(すじ)の頭(とまり)より外(そと)踝(くるぶし)の|尖(とがり)の最上(まうへ)までを藁(わら)にて量(はかり)此 藁(わら)を十六に折(をり)壱尺六寸|》
    《割書: と定(さだ)む》
【図の説明】
                 外(そと)踝(くるぶし)の尖(とがり)の
                 最中(まんなか)迄とは
                 この処なり
      【足の図】
              三里の穴(けつ)是也
            此処くぼし是より下(した)三寸に点(てん)す

                    此処 脈(みやく)あり三 里(り)の穴
                    を按ば脈(みやく)たえうたず
                    按(をし)ても脈(みやく)動(うつ)は三 里(り)の
                    正穴(せいけつ)にあらず

【本文の続き】
  《割書:扨(さて)膝(ひざ)頭(さら)の外(そと)の方(かた)の側(わき)に凹(くぼみ)たる処(ところ)を|膝眼(しつがん)と言此所の最中(まんなか)に仮(かり)に点(てん)を》
  《割書:付(つけ)置(をき)其 仮点(かりてん)より下(した)ゑ右(みぎ)の寸にて|三寸に点(てん)す是(これ)穴(けつ)なり》

【〖  〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖絶骨(ぜつこつ)〗《割書:此(この)穴(けつ)を取(とる)には膝(ひさの)膕(ひつかゞみの)横(よこの)紋(すじの)頭(とまり)より外(そと)踝(くろぶし)の|尖上(とがりのうへ)までを量(はかり)壱尺六寸として此寸に》
  《割書:て踝(くろぶし)を除(のぞき)踝(くろぶし)の上際(うわきは)より上(うへ)の方(かた)へ三寸に|点(てん)すべし是穴なり》
  《割書:此 処(ところ)を按(おし)摸(さぐり)て視(み)れば図(づ)のことく骨(ほね)の|解(われ)めあり其 前(まへ)に在(あり)》

【図の説明】

     【足の図】
          絶骨(ぜつこつ)の穴(けつ)是也

 右 灸穴(きうけつ)済生(さいせい)に志(こゝろさし)あらん人は常に取(とり)覚(おぼへ)急卒(きうその)【きうそつヵ】の
 用(やふ)に備(そなふ)べし以下(いか)諸穴(しよけつ)皆(みな)しかり

【左頁】
〖皂莢(さうけふ)〗《割書:和名さいかち|又 さいかし》

【図の説明】
            刺(はり)の図(づ)
                【刺の図】
    実(み)の色(いろ)黒紫(くろむらさき)なり
       【実の図】
                 【葉の図】
                  葉(は)の図(づ)
         【猪牙皂莢の図】
            猪牙皂莢(ちよげそうけふ)の図(づ)

【本文の続き】
  《割書:此 樹(き)極(きはめて)高(たかく)大(おほい)なり枝間(ゑたのあいだ)に|刺(はり)おほし葉(は)は槐(ゑんじゆ)のことく》
  《割書:夏(なつ)黄(きいろ)の花(はな)を開(ひら)き実(み)を結(むすび)|莢(さや)をなす状(かたち)図(づ)のことし莢(さや)を》
  《割書:薬(くすり)とす|又 猪牙皂莢(ちよげそうけふ)といふあり状(かたち)》
  《割書:猪(しゝ)の牙(きば)の如(ごとく)にして小(せう)なり|気味(きみ)最(もつとも)厚(あつ)し此(この)邦(くに)になし唐(たう)より渡(わた)る薬店(くすりや)にあり》

【〖  〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖脱證(だつせう)病状(びやうぜう)〗凡(おゝよそ)人(ひと)卒(にはか)に倒(たを)れ奄忽(せうきなく)人をしらず痰(たん)潮(わくがことく)喘(ぜん)
息(そくし)眼(め)口(くち)ゆがみ半身(はんしん)かなはず其 上(うへ)前(まへ)の閉證(へいせう)に比(くらぶ)
れば口(くち)開(ひらき)眼(め)合(とぢ)手(て)撒(ひらく)等(とう)の証(せう)あるを中風(ちうふう)の脱證(だつせう)と
する也(なり)
〖療法(りやうほう)〗後(のち)の脱陽(だつやう)の條(ぜう)に出す


【左頁】
  脱陽(だつやう)《割書:大ニ吐(はき)大ニ瀉(くだし)たる後(のち)の陽脱を附ㇲ|》
〖病状(びやうぜう)〗卒(にはか)に倒(たを)れ無性(むせう)になり口(くち)を開(ひらき)手(て)をひろげ大(だい)
便(べん)又は小便(せうへん)をもらし或(あるひ)は汗(あせ)出て流(ながる)るがごとく
或(あるひ)は汗(あせ)いでず惣身(そうみ)手足(てあし)ともに温(あたゝか)に目(め)を合(ふさぎ)鼻息(はないき)
麁(あらく)鼾(いびき)の如(ごと)く或(あるひ)は痰(たん)咽(のんど)にぜり〳〵といへる音(こゑ)あ
り或は痰(たん)の音(こゑ)なく或は面(おもて)赤(あかく)又はうす黒(くろ)く又は
顔色(がんしよく)粧(よそほふ)がごとき是(これ)脱陽(だつやう)也(なり)
○凡(おゝよそ)霍乱(くはくらん)等(とう)にて吐瀉(としや)やまず又は夥(おびたゝ)しく吐瀉(としや)し

【〖  〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
たる後(のち)元気(げんき)ともしく手足(てあし)冷(ひへ)あがりひや汗(あせ)出
て陰(ゐん)【左ルビ:きん】嚢(のう)しゞみ上り手足(てあし)搐(びく〳〵)し面(おもて)くろく息(いき)づかひ
せはしく或は手足(てあし)の筋(すじ)引(ひき)つまり漸(ぜん)々に無性(むせう)に
成ㇽ者(もの)あり皆(みな)陽脱(やうだつ)の候(こう)とす
○或は常々(つね〳〵)喘息(ぜんそく)もちとて短気(いきゞれ)つよく左の乳(ち)の
下(した)の動気(とうき)つよき人 遽(にはか)に脱陽(だつやう)することおほし又
暴(にはかに)瀉(はらくだりし)後(のち)或は厠(かはや)の内或は厠(かはや)より出て卒(にはか)に倒(たをる)るゝ
あり是(これ)等(ら)皆 脱陽(だつやう)なれば療法(りやうほふ)皆(みな)同じ

【左頁】
〖療法(りやうほふ)〗早速(さつそく)に神闕(しんけつ)気海(きかい)開元(くはんげん)に灸(きう)すること二三百 壮(そう)
すべし大剤(だいさい)にして独参湯(どくしんとう)を用ゆべし《割書:人参(にんじん)弐匁|水 中茶椀(ちうちやわん)》
《割書:に弐 杯(はい)入一杯|半に煎(せん)じ用ゆ》又 膻中(だんちう)の穴(けつ)に灸(きう)すべし扨 隠白(ゐんはく)百(ひやく)
会(ゑ)人中(にんちう)絶骨(ぜつこつ)章門(せうもん)風市(ふうし)等(とう)の諸穴(しよけつ)《割書:六穴共図説|中風に出ㇲ》に灸(きう)
すべし痰(たん)強(つよ)きは参姜湯(しんきやうとう)《割書:人参(にんしん)壱匁 生姜(せうきやう)壱匁 也(なり)|煎(せん)じ様(やう)は独参湯(どくじんとう)ニ同(おな)じ》四支(てあし)
厥冷(ひへつよき)には参附湯(じんふとう)《割書:人参(にんしん)一銭|附子(ぶし)一銭》煎(せんじ)服(ふくす)汗(あせ)多(おほく)出(いで)ば人参(にんしん)黄(わう)
芪(ぎ)《割書:各壱|匁》煎服(せんふく)す或は芪附湯《割書:附子黄芪|各一匁》【注】煎し服す○
又方 桂枝(けいし)《割書:薬店にあり|買求べし》壱両 剉(きざ)み 好(よき)酒(さけ)にてせんじ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】
【注 「茋」は誤記】

【右頁】
飲(のま)しむ可(べ)し若(もし)桂枝(けいし)も無(な)きときは葱(ねき)の白根(しろね)其 侭(まゝ)
廿本 許(ばかり)を剉(きざみ)み好(よき)酒(さけ)にて濃(こく)せんじ飲(のま)しめてよし
或は生姜(せうが)を擦(すり)て一 両(りやう)其 侭(まゝ)酒(さけ)にて煎(せん)じ用ゆ又
効(しるし)あり
〖吐瀉(としや)の後(のち)〗脱陽(たつやう)の証(しやう)嘔気(はきけ)やまず薬(くすり)も受(うけ)ざる者(もの)あ
り此(この)証(しやう)にて半夏(はんげ)壱匁 附子(ぶし)壱匁 煎(せん)じ服(ふく)すべし嘔
気やみて後(のち)参附湯(じんふとう)又 汗(あせ)おほきは芪附湯(きふとう)【注】の類(るい)を
用(もち)ゆべし且(かつ)気海(きかい)天枢(てんすう)中脘(ちうくはん)に多(おほ)く灸(きう)して其(その)上(うへ)に

【左頁】
塩(しほ)を炒(い)り紙(かみ)に幾重(いくへ)も褁(つゝみ)み病人(びやうにん)の胸(むね)腹(はら)背中(せなか)を絶(たえ)
間(ま)なく熨(のす)べし扨て炒(いり)たる塩(しほ)に呉茱萸(ごしゆゆ)《割書:薬店(くすりや)にあり|買(かい)求(もとむ)可(べ)し》
を剉(きざみ)等分(とうぶん)にして撹(かきまぜ)て臍下(へそのした)気海(きか[い])陰交(いんこう)の次(あたり)を是(これ)又
絶(たへ)ずのすべし或は葱(ねぎ)の白根(しろね)を一 握(にきり)ほど索(なは)にて
しかとくゝり根(ね)と葉(は)とを切捨(きりす)て其(その)切(きり)口を烈火(つよきひ)
にて燃(もや)し熱(あつくなり)たる所を病(びやう)人の臍下(ほそのした)に着置(つけを)き其上
より火熨(ひのし)に火を盛(も)り熨(の)すべし
〖神闕(しんけつ)〗の穴(けつ)は臍(ほ[そ])の最中(まんなか)に在(あり)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】
【注 「茋」は「芪」の誤記】

【右頁】
〖気海(きかい)〗〖陰交(ゐんこう)〗〖関元(くはんげん)〗《割書:の三 穴(けつ)は臍(ほそ)の下(した)小腹(したはら)の中(なか)行(とほり)に在(あり)|是(これ)を挨(とる)の法(ほふ)は先(まづ)寸(すん)を定(さだむ)べし其 法(ほふ)》
   《割書:陰毛(ゐんもう)の中(うち)陰器(ゐんき)の上(うへ)に横(よこ)たはりたる骨(ほね)あり此|骨(ほね)の上際(うへきは)より臍(ほそ)の最中(まんなか)までを藁(わら)にて量(はかり)取(とり)此》
   《割書:藁(わら)を五ッに折(をり)て五寸と定(さだめ)此寸にて臍(ほそ)の最中(まんなか)|より下へ一寸を陰交(ゐんこう)の穴(けつ)とす亦一寸五分を》
   《割書:気海(きかい)の穴とす亦 臍(ほそ)より三寸 下(した)を関元(くはんげん)の穴(けつ)と|す左(さ)に図(づ)するがことし》
【図の説明】
           神闕是也臍の最中(まんなか)
              横骨とは是也
  【人体の図】
           此間を
           五寸とす

【左頁】
《割書:藁(わら)|にて》
《割書:度(はかり)|たる|図(づ)也》  【藁にて測った図】

【藁にて測った図の説明】
 神闕(しんけつ) 陰交(ゐんかう) 気海(きかい)    関元(くはんげん)
                      陰毛(ゐんもう)の中(ちう)
 一寸   二寸   三寸  四寸  五寸 横骨(あうこつ)是也
臍(ほそ)

〖膻中(だんちう)〗《割書:此 穴処(けつしよ)は両(りやう)の乳(ち)の最中(まんなか)に在(あり)図(づ)のことし|男子(なんし)は知(しり)易(やす)し》
   《割書:女子(によし)は乳房(ちぶさ)大(をゝき)く垂(たれ)て分別(わかち)|がたし図説(つせつ)》
   《割書:を後(のち)に|載(の)す考(かんがへ)》  【男子上半身の図】
   《割書:挨(とり)て灸(きう)|すべし》

【男子上半身の図の説明】
        乳(ちゝ)也
        膻中(だんちう)の穴(けつ)是也
        乳(ちゝ)也

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
《割書:婦人(ふじん)の膻中(だんちう)の穴(けつ)を挨(とる)には嗌(のんと)の結喉(けつこう)《割書:俗(ぞく)に云|ほとけ也》の下(しも)胸(むね)の上(うへ)の|最中(まんなか)に ) 此如(かくのことき)状(かたち)の骨(ほね)ありて其 骨(ほね)の上(うへ)に凹(くぼき)処あり此処よ》
《割書:り下(しも)臍(ほそ)の最中(まんなか)までを藁(わら)にて量(はか)り此 藁(わら)を十七に折(をり)壱尺七|寸として此寸を用(もちひ)て右(みぎ)嗌(のん[と])と胸(むね)との間(あいだ)凹(くぼか)なる処より下(しも)え》
《割書:六寸八分に点(てん)すべし是 膻中(たんちう)の穴(けつ)なり|》

【図の説明】

    【女性の上半身の図】
           
             膻中の穴是也

【左頁】
〖中脘(ちうくはん)〗《割書:の穴は臆前(むねのまへ)岐骨(ぎこつ)の下(しも)四寸 臍上(ほそのうへ)よりも|四寸に在り岐骨(ぎこつ)と臍中(ほそのなか)との間(あい)だを》
   《割書:藁(わら)にて量(はか)り八ッに折(お)りて八寸と定たる|寸法の中間(まんなか)に点(てん)す是穴也 岐骨(ぎこつ)とは|臆(むね)の水おちの処》

【図の説明】

                  中脘の穴是也
     【男性上半身の図】

〈 此如(かくのことく)なる骨(ほね)の
事なり              岐骨(きこつ)是也
                是(これ)臍(ほそ)なり臍(ほそ)の孔(あな)の最(まん)
                中(なか)より量(はか)り取(とる)べし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖天枢(てんすう)〗《割書:此 穴(けつ)は臍(ほそ)の両傍(りやうはう)に在(あり)|此 穴(けつ)を取(とる)には先(まづ)両(りやう)の乳(ち)の開(ひらき)を藁(わら)にて量(はか)り八に折て》
   《割書:八寸と定(さだ)め此寸を用(もちひ)て臍(ほそ)の両方(りやうはう)へ開(ひらく)こと二寸づゝに|点(てん)すべし》

【図の説明】
                        天枢(てんすう)
                  此間二寸
      【男性の上半身の図】
                  此間二寸
                        天枢(てんすう)
【本文の続き】
   《割書:婦人(ふじん)は乳房(ちぶさ)大(おほき)く垂(たれ)て準(ぜうぎ)となし|がたし別(べつ)に挨(とる)法(ほふ)あり左(さ)に出(いだ)せり》

【左頁】
《割書:婦人(ふじん)の天枢(てんすう)の穴(けつ)を挨(とる)には腰(こし)の囲(かこみ)にて取(とる)べし其 法(ほふ)前(まへ)は臍(ほそ)|側(わき)は監骨(さむらいほね)のうへ背(せなか)は十四 椎(ずい)より十六 椎(ずい)までの間(あいだ)にてよ》
《割書:く平直(たいらにすぐ)なる処(ところ)にて縄(なは)をぐるりと引繞(ひきまと)ひて剪断(きり)此(この)縄(なは)を四|尺弐寸と定(さだめ)此寸にて臍(ほそ)の最中(まんなか)より両方(りやうほう)へ二寸ッヽ開(ひらき)て点(てん)》
《割書:すべし是 天枢(てんすう)の穴(けつ)なり|》
《割書:若 婦人(ふじん)腰(こし)を見難(みがた)き|ときは中指(なかゆび)の頭(さき)より》
《割書:腕(うで)の約紋(すじ)までを|一尺として此》     【婦人側面からの図】
《割書:寸を用(もちゆ)べし|尤(もつとも)病人手(びやうにんのて)に|て量(はか)るべし》

【図の説明】

【婦人側面からの図】
          背(せなか)は十四 椎(すい)より
          十六 椎(ずい)迄の
          間也
    【婦人側面図】
                    此 監骨(さむらいほね)也
                         此間二寸
                             天枢(てんすう)の穴(けつ)是也
          腹(はら)は臍(ほそ)の処にて量(はか)るべし
【掌の図】
  一  尺

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】


【左頁】
  交接(こうせつ)昏迷(こんべい)《割書:男子(なんし)交合(さいわい)の時(とき)気(き)をうしのふなり又 走(そう)|陽(やう)とて交合の時 精(いんすい)もれやまざるを附す》
〖病状(びやうじやう)〗男子(なんし)媾合(さいわいの)過度(どかずおほく)婦人(ふじん)の身(み)の上(うへ)にて気(き)をうし
のふことありて往々(まゝ)死(し)する者(もの)あり
〖療法(りやうほふ)〗婦人(ふじん)其侭(そのまゝ)緊(しつか)と抱住(いだき)て息(いき)を男子(なんし)の口中(こうちう)ゑ嘘(ふき)
込(こみ)てやめざるときは少頃(しばらく)して自省(しやうきになる)《割書:若(もし)其(その)婦人(ふじん)驚(おとろき)|て身(み)を開(ひら)き》
《割書:手(て)を放(はな)せば必(かならず)|死(し)す不可救(すくうべからず)》省後(しやうきつきてのち)食塩(しほ)を炒(いり)熱(あつく)し布(ぬの)か紙(かみ)に包(つゝみ)先(まつ)
気海(きかい)《割書:臍下(ほそのした)一寸五|分 図(づ)前(まへ) ̄ニ あり》を熨(うつ)【左ルビ:あたゝめ】し参附湯(じんふとう)《割書:人参(にんじん)附子(ふし)壱匁|づゝ煎(せん)じ用》を
煎(せん)じ灌(そゝぎ)き服(のま)しむべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖走陽(そうやう)〗久曠(きうくわう)【左ルビ:ひさしくふいん】の男子(なんし)又は縦慾(しやうよく)の人(ひと)女子(によし)と交合(さいわい)し精(ゐんすい)
泄(もれ)出(いで)て止(やま)ざるなり救(すくは)ざればかならず死す早(はや)く
理法(ぢほふ)を施(ほどこ)すへし
〖療法(りやうほふ)〗其(その)婦人(ふじん)緊(しつか)と抱定(いたき)て其(その)陰茎(ゐんきやう)【左ルビ:おとこのまへ】を陰戸(いんもん)【左ルビ:おなごのまへ】より出さ
ず動(うご)かさず其侭(そのまゝ)にて婦人(ふじん)の息(いき)を男子(おとこ)の口中(こうちう)へ
呵入(ふきいれ)てやめず且(そのうへ)会陰(ゑいん)《割書:陰嚢(きん)と肛門(いしきのあな)との|間の最中(まんなか)なり》を指(ゆび)にて
緊(しか)と捻住(おしつけ)て放(はな)すべからず精(ゐんすい)自止(おのつからやむ)其(その)以後(いご)丞(すみやか)にな
を又 童女(とうによ)【左ルビ:小おんな】に命(おしへ)て息(いき)を口中(こうちう)へ断(たへ)ず呵込(ふきこま)せ扨(さ)て独(どく)

【ここに注記を書きます】
参湯(じんとう)《割書:人参(にんじん)弐匁水を茶碗(ちやわん)に二|杯(はい)入(いれ)一 杯半(はいはん)に煎(せん)じ用ゆ》を灌(そゝき)のませてよし
《割書:○婦人(ふじん)気(いき)を吹(ふひ)て男子(おとこ)の口中(こうちう)へ吹込(ふきこむ)には口(くち)をす|ぼめて吹(ふけ)ば冷(すゞ)しき気(いき)出(いで)てあしく口(くち)をすぼめず》
《割書:に吹込(ふきこむ)べし仮令(たとへは)冬月(ふゆ)寒気(かんき)つよき節(せつ)凍(こゝへ)たる手(て)に|気(いき)吹(ふき)かけてあたゝむるがごとく呵々(ほう〳〵)と吹(ふく)べし》
 《割書:○此法方をしらずして婦人 驚愕(おどろき)て身(み)を離(はな)れ|手(て)を放(はなし)或は心つかで療理(りやうぢ)おくれて死(し)を遂(とぐ)る》
 《割書:人あり凡人の妻(つま)妾(めかけ)には此 法方(ほふ〳〵)ある事を説(とき)話(はなし)|聞せてしらせ置(おく)べきことなり多慾(たよく)ならぬ人》
 《割書:にもあるまじとはいゝがたければなり○右|交接(こうせつ)昏迷(こんめい)と走陽(そうやう)の二 証(せう)は倶(とも)に原(もと)脱陽(だつやう)に属(ぞく)す》
 《割書:然(しかれ)れども理法(ぢほふ)不仝(おなじからず)|故(ゆへ)別(べつ)に表章(ひやうしやう)す》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  中気(ちうき)
〖病状(びやうじやう)〗卒(にはか)に気(き)をうしなひ歯(は)をくひしばり目(め)をに
らみつめ且(かつ)其 身(み)冷(ひえ)て咽(のんど)に痰(たん)の声(こえ)なし
 此 証(せう)大抵(たいてい)中風(ちうふう)の閉證(へいせう)と同しければ前(まへ)の中風(ちうぶう)
 の所と合(あは)せ見るべし然(しかし)ながら中風(ちうふう)は身(み)温(あたゝか)也(なり)
 中気(ちうき)は身(み)冷(すゞ)し脈(みやく)も又(また)中風(ちうふう)は浮(うかふ)也(なり)中気(ちうき)は沈(しつむ)也(なり)
 大抵(たいてい)此(この)證(せう)の起(おこ)る前(まへ)に心気(しんき)を労(ろう)し又は大(おゝ)きに
 怒(いかる)事(こと)あり或(あるひ)は怒(いかり)をこらへ又は思案(しあん)すること

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 ありて気(き)の鬱(こう)し時(とき)に発(はつ)する証(せう)なり元(もと)皆(みな)七 情(ぜう)
 の過(すぎ)極(きわま)りたるより起(おこ)る世(よ)に中気(ちうき)中風(ちうふう)を一ッ
 に心会(こゝろゑ)たる人多し初(はじめ)は大抵(たいてい)理法(ぢほふ)も似(に)たる様
 なれども後(のち)に至(いた)りては大(おゝひ)に同(おな)じからず
〖療法(りやうほふ)〗先(まづ)初(はじめ)に鼻(はな)に胡椒(こせう)の末(こ)又は烟草(たばこ)の粉(こ)を吹込(ふきこみ)
嚏(くさめ)をさせ後(のち)に酢(す)を火盆(ひばち)の内へ傾(かたむ)け入(い)れて酢(す)の
気(き)を病人(びやうにん)に嗅(かゞ)せ且(かつ)隠白(いんはく)《割書:図 説(せつ)中風|にあり》湧泉(ゆせん)《割書:図説(つせつ)霍乱(くわくらん)|にあり》 
の次(あたり)に灸(きう)してよし生姜(せうが)の絞(しぼ)り汁(しる)を湯(ゆ)にて拌(かきまぜ)

【左頁】
飲(のませ)てよし○又方 木香(もつかう)《割書:薬店に|あり》壱匁 煎(せん)じて飲(のま)し
むべし○又方 香附子(かうふし)の末(こ)壱匁 辰砂(しんしや)《割書:薬店にあり|水飛(すいひ)は雑物(ませもの)》 
《割書:あり薬店にて砂利(しやり)又は大々(だい〳〵)と云ものを|新(あら)たに研(すり)細末(こ)となして用をよしとす》五分 白湯(さゆ)に
て服(ふく)すべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】


【左頁】
  痰厥(たんけつ)《割書:此 條(せう)は中風(ちうふう)痰壅(たんやう)の証と参(まじ)へ|考(かんかふ)べし理法(ぢほふ)も略(ほゞ)同じ》
〖病状(びやうぜう)〗此 病(やまい)は中気(ちうき)と同じ惟(たゞ)初(はしめ)に眩暈(めまひ)ありて卒(にはかに)倒(たを)
れ声(こゑ)いてず咽(のんど)に痰(たん)の声ありて潮(しほ)の湧(わく)かごとく
咽(のんど)につまり歯(は)をくひしめ目(め)を見つめ息(いき)麁(あら)し
《割書:此 證(せう)と中風には痰(たん)の声(こえ)あり|中気の證には痰の声なし》
〖療法(りやうほふ)〗先(まづ)搐鼻(はなにかぐ)薬(くすり)《割書:方は中風に|見へたり》を用て嚏(くさめ)を取(とる)べし
其次に塩湯(しほゆ)に生姜(せうが)のしぼり汁を入れて用ゆ尤
よろし竹瀝(ちくれき)を加(くはふ)るもよろし《割書:竹瀝取様|中風 ̄ニ出 ̄ス》又 甘草(かんそう)一

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
味(み)剉(きざみ)て濃(こく)煎(せん)じ多(おふ)く飲(のま)しむべし痰(たん)を吐(はき)て愈(いゆる)なり
○又方 半夏(はんげ)茯苓(ふくりやう)《割書:二味薬店|にあり》等分(とうぶん)煎(せん)し服(ふく)す○又
方 白礬(みやうばん)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし生姜(せうが)の自然(しぼり)汁(しる)にて調(とゝの)へ
服(ふく)すべし○又方 大(おほい)なる半夏(はんげ)《割書:薬店に|あり》十四 粒(つふ)皂莢(そうきやう)【左ルビ:さいかちのさや】
《割書:薬店にもあり図|説中風に出 ̄ス》一 條(すし)剉(きさみ)て水二 鍾(はい)入て一 鍾(はい)に煎(せん)し
生姜汁(せうがのしる)を入 温(あたゝ)め服すべし○又方 香油(ごまのあぶら)一 盞(はい)を喉(のんど)
中(のうち)へ灌(そゝぎ)入(いる)へし須更(しばらくのあいだ)【須臾ヵ】に痰(たん)涎(せん)を逐出(をひいだ)して愈

【左頁】
  中暑(ちうしよ)《割書:暑に中り昏(きとふく)|倒(たを)るゝなり》
〖病状(びやうぜう)〗頭痛(づつう)大熱(だいねつ)惣身(そうしん)を捫(な)て見るに肌膚(はだへ)烙(やく)がことく
大(おほき)に渇(かは)き水(みつ)を飲(のまん)とし汗(あせ)甚しく泄(もれ)出(い)て漸(ぜん)々に
無性(むせう)に成るに至る尤 喘(いき)満(だはしく)熱(あつき)をいやかるなり
 凡(おほよそ)暑気中(しよきあたり)と称(いへ)る病(やまひ)に二 ̄ツの分(わかち)あり人 暑(しよ)を避(さけん)
 として涼処(すゝしきところ)に《振り仮名:■坐|すゞみ》【露坐ヵ】又は夜(よる)臥(いねて)失覆(ふみぬき)して陰(ひへ)寒(かんき)を
 うけ惣身(そうみ)の陽気(やうき)暢越(もるゝ)ことなくして病を得(う)
 るあり古の人是を中暑(ちうしよ)と云其 証(せう)大抵(たいてい)頭痛(づつう)悪(さむ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 寒(け)肢節(てあしのふし)痠痛(だるく)心(こゝろ)煩(くるしく)汗(あせ)出(いづ)ることなし若此 證(せう)にし
 て吐瀉(はきくだし)腹痛(ふくつう)甚(はなはだ)しきは即(すなはち)霍乱(くはくらん)なり各(をの〳〵)療法(りやうほふ)同し
 からず此 條(せう)に記(しる)す所は炎天(ゑんてん)を侵(おか)して往来(をうらい)し
 又は農夫(のうふ)等(とう)日中に労役(ほねをりわざ)して天熱(てんねつ)に中(あた)り気(き)を
 閉(とぢ)塞(ふさき)たるを救(すくふ)方(ほう)を載(のせ)たり前に言る中暑(ちうしよ)とは
 病因(びやういん)療法(りやうほふ)逈(はるか)に異(こと)なり混合(ひとまぜに)すべからす《割書:暑を避(さけ)|んとて》
 《割書:得さるは固(もとよ)り緩病(くわんびやう)なり故に此に載(のせ)ず霍乱(くはくらん)は|急証(きうせう)なりくわしく別條に記しをけり》
〖療法(りやうほふ)〗凡(おゝよそ)天(てん)の炎熱(ゑんねつ)に傷(やぶら)れたる人に冷気(れいき)をあて冷

【左頁】
水(すい)等をあたふべからずあたふれば必ず死す炎(ゑん)
熱(ねつ)の毒(どく)外(ほか)へ漏(もれ)出(いづ)る事あたはざるゆへなり急(きうに)日(ひ)
陰(かげ)の所へ臥(ふさ)しめ途中(とちう)道傍(みちばた)の熱(あつき)土塊(つちくれ)を堀(ほ)り取(とり)く
だき病人(びやうにん)のむね又は臍(ほそ)の上に積(つ)み置(を)き最中(まんなか)に
窩(あな)を作り其中へ他人(たにん)をして多(おほ)く小便(せうべん)をさせ
て熱気(ねつき)を透(とをさ)しむ可し○又 衣類(いるい)或は手拭(てぬぐひ)等(とう)の
物(もの)を熱湯(あつきゆ)の内へ蘸(ひた)し臍(ほそ)或は気海(きかい)の辺(へん)を熨(の)し追(おひ)
追(おひ)熱湯(ねつたう)を其上に淋(そゝぎ)かけて漸々(ぜん〳〵)に醒(さむ)べし若 湯(ゆ)な

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
きときは道傍(みちばた)の熱(あつき)土(つち)を掬(すく)ひ臍(ほそ)の上(うへ)に積置き冷(ひゆ)
れば取換(とりかへ)へて幾度(いくたび)も熨(のす)すべし○又方 既(すて)に死(しなん)と
するは新汲水(くみたてのみつ)少(すこ)し鼻(はな)の孔(あな)へ入て扇(あふぎ)にてあふく
べし至極(しごく)重(をも)き病人(ひやうにん)ならば日(ひ)にあたらざる地(つち)
を一尺あまりほりて其(その)中(なか)へ水(みづ)を入て撹(かきまは)し其(その)水(みづ)
を鼻(はな)の孔(あな)へ入べし少にても惟(たゞ)水(みづ)ばかりはのま
しむべからず
〖服薬(ふくやく)〗大蒜(にんにく)一大瓣(ひとへら)を嚼(か)み水(みず)に送(をく)り下(くた)す若(もし)嚼(かむ)こと

【左頁】
ならすんば水にて研(すり)汁(しる)を灌(そゝ)ぎ飲(のま)しめてよし○
又方 急(きう)に生姜(せうが)一 大塊(かたまり)を嚼(かみ)爛(こまか)にし冷水(ひやみつ)にて送(おくり)下(くたす)
べし○又方 食蓼(たで)《割書:食料にする|ものなり》茎(くき)葉(は)共に其 侭(まゝ)煮(に)て其
汁(しる)を灌(そゝぎ)飲(のま)しむべし○又方 大蒜(にんにく)多少(たせう)にかゝはらず
研(すり)砕(くだき)道傍(みちばた)の熱土(やけつち)を取り一所に水にかきたて置(をき)
上(うへ)のすみたる水(みつ)を灌(そゝぎ)飲(のま)しむべし○又方 或(あるひ)は肚(はら)
痛(いたみ)忍(しのび)がたく或は行人(たひのひと)倒(たをれ)臥(ふし)て道上(みちのほとり)にあるに藕(はすのね)を
搗(つき)汁(しる)を取(とり)灌(そゝぎ)下(のま)すべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  入井(にうせい)悶冒(もんぼう)《割書:井に入て悪(あし)き気(き)に|中(あたり)昏(むちうに)なり倒(たを)るゝなり》
春(はる)夏(なつ)の際(あいだ)或は夏(なつ)秋(あき)の間(あいだ)窖中(むろ)昝井(ふるゐ)の中皆 陰毒(ゐんどく)の
気(き)あり又山中 深谷(ふかきたに)の間或は金(きん)銀(ぎん)銅(どうの)坑(あな)の中 徃(ま)々
震気(わるいき)蒸(むし)騰(のぼ)す若(もし)人 此(この)気(き)に中(あた)るときは悶絶(もんぜつ)する事(こと)
あり久(ひさしく)不省(さめたる)を救(すく)はざれば死(し)す
 凡(おほよそ)春(はる)夏(なつ)々 秋(あき)の際(あいだ)窖中(むろのうち)昝井(ふるゐ)久しく蓋(ふた)仕込(しこめ)たる
 井戸(ゐど)に入らんとする時(とき)は燈火(ともしび)を入(いれ)見(み)るべし
 火(ひ)消(きえ)ば毒(どく)あり入べからず又 鳥(とり)の毛(け)を其 内(うち)え

【右頁】
 投(なげ)いれ見るに直(じき)に下(しも)へ落(をつ)るは毒気(どくき)なし若(もし)其
 毛(け)旋(めぐり)舞(まひ)て降(くだ)らざるは毒気(どくき)あり入べからず若
 入ねばならぬ事あらば酒(さけ)或は醋(す)数升(すせう)を井(ゐ)に
 ても窖(むろ)にても四辺(しほう)の畔(かは)へそゝぎかけて少し
 停(みあはせ)て入るべし又 醋(す)を熱(あつ)く沸(わかし)て右のことく灑(そゝ)
 ぎ入るもよしとす
〖療法(りやうほふ)〗若(も)し其(その)気(き)に中(あた)らば速(すみやか)に其 井中(ゐのうち)の水を汲(く)み
て其 面(おもて)に洒(そゝぎ)かけ且(かつ)其(その)水を飲(のま)しめ亦(また)頭(づ)及(およ)ひ惣身(そうみ)

【左頁】
へ灌(そゝき)かけてよし○又方(またほう)他(ほか)の井(ゐ)の水を汲(く)み惣身(そうみ)
へ洒(そゝぎ)かけ置(おく)事しばらくにして醒(さむ)るなり○又法
急(きう)に病(びやう)人の衣類(いるい)を解(とき)裸体(はだか)にし扶(かゝへたすけ)て湿気(しめりけ)ある地(じ)
面(めん)の土間(どま)に偃(うつむけ)臥(ふさ)せしめ釅(つよき)醋(す)或は冷水(ひやみず)を其 面(をもて)に
噴(ふきか)け湿気(しめりけ)ある草薦(むしろ)を厚(あつ)く覆(おほ)ひかけ置事 半(はん)
時(とき)許(ばかり)にして甦(よみかへ)るなり○又法 先(まつ)冷水(ひやみづ)を取(とり)て其 面(おもて)
に噀(ふき)かけ次(つき)に雄黄(をわう)《割書:薬店にあり鶏冠石(けいくわんせき)は雄黄(をわう)の|上品なり用てもつともよし》
末(こ)を一二匁 冷(ひや)水に匂(かきませ)【匀ヵ】のませてよし此 證(せう)轉筋(すじひきつ)め

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
其上 腹(はら)痛(いたみ)甚(はなはだ)しき者あり男子(おとこ)四(よ)人を揃(そろ)え病(びやう)人の
手足(てあし)を壱人(ひとり) ̄ツヽして捉(しかと)住(とらへ)動(うごか)ぬ様にして天枢(てんすう)の穴(けつ)
《割書:図説中風|にあり》の左(ひだり)の方ばかりに灸(きう)し生姜(せうが)を壱両 剉(きさみ)
酒(さけ)にて濃(こく)く煎(せん)じ頓(いちがい)にのましむべし又 衣類(いるい)にて
も綿絮(わた)にても醋(す)にてよく煮(に)て熱(あつ)くなりたると
き手にても足(あし)にても轉筋(ひきつまる)所を湿(うるほ)し褁(つゝみ)扨又 濃(こ)き
塩湯(しほゆ)に病人(びやうにん)の手足(てあし)を浸(ひた)し胸(むね)と脇(わき)との辺(へん)を薫(たで)
洗(あらひ)てよし

【左頁】
  食厥(しよくけつ)《割書:食(しよく)滞(たい)【左ルビ:とゝこおり】して卒(にはか)に|倒(たを)るゝなり》
〖病状(びやうぜう)〗卒(にはか)に眩瘒(めまひ)して仆(たをれ)口(くち)噤(つぐみ)て手足(てあし)動(うご)かす或は
手足(てあし)躁擾(もがき)滿悶(むなぐるし)く漸(ぜん〳〵)に昏冒(うつとりと)して無性(むせう)となる全(まつた)
く中風(ちうふう)の閉証(へいせう)のごとく見ゆれども口(くち)目(め)ゆがむ
事なく痰(たん)の声(こゑ)なし扨(さて)腹(はら)を按(を)しみるに心下(むなさき)は
りて下腹(したはら)空輭(やはらか)にして右の天枢(てんすう)の辺(へん)或は中脘(ちうくはん)の
次(あたり)に塊(かたまり)あり是を按(おせ)ば顔(かほ)を顰(しかめ)いたみある様子
に見えて兎角(とかく)に胸(むね)の中(うち)を苦(くるし)むていあり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 凡(をゝよそ)中風(ちうふう)中気(ちうき)等(とう)の証(せう)にも心下(むなさき)痞(つかへ)滿(はり)て邪物(ぢやぶつ)ある
 証(せう)あり故(ゆへ)に古方(こほう)に多く吐方(はきぐすり)を用ひたり此(この)證(せう)
 尤(もつとも)心下(むなさき)痞(つかへ)滿(はる)ゆへ吐(はき)あればよしとす皆(みな)閉證(へいせう)な
 れはなり虚證(きよせう)にも又 卒(にはかに)倒(たをれ)たる初(はじめ)に心下(むなさき)痞(つかへ)滿(はる)
 者(もの)あれども漸々(ぜん〳〵)に空輭(やはらか)になり空輭(やはらかに)なるに随(したが)
 ひてます〳〵昏冒(せうたいなく)なる也 閉證(へいせう)の痞(つかへ)滿(はり)は吐(はか)ざる
 内は輭(やわらか)ならず物(もの)を吐(は)きて後(のち)漸(ぜん)〳〵に輭(やわらか)に成(なり)
 空輭(やはらか)になるに随(したがひ)て稍(そろ)〳〵と気(き)もたしかに成

【左頁】
 べし若(もし)此(この)分別(ぶんべつ)をしらず妄(めつた)に食厥(しよくけつ)として理法(ぢほふ)
 を施(ほどこ)さば其(その)害(わざはひ)甚(はなはだ)しきなり故(ゆへ)に卒倒(そつたう)の病者(びやうじや)
 あらば食前(しよくぜん)食後(しよくご)の時刻(じこく)を考(かんがへ)尚(なを)知(しり)得(え)がたく
 は傍人(かたはらのひと)にも問(とひ)求(もと)めて食後(しよくご)間(ま)もなきか又は前(ぜん)
 日(じつ)にも大食(たいしよく)せしことありや否(いなや)を聞(きゝ)心下(むなさき)并に
 中脘(ちうくはん)天枢(てんすう)《割書:二穴ともに|脱陽(だつやう)に出 ̄ス》の次(あたり)をおして見るに痞(つかへ)
滞(とゞこほり)塊積(かたまり)あらば食厥(しよくけつ)と知るべし
〖療法(りやうほふ)〗急(きう)に開噤法(くひしめたるはをひらくほふ)《割書:中風の條|に出す》をもつてくちを

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
開(ひら)き濃(こく)せんじたる塩湯(しほゆ)に生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)を入ぬる
ま湯(ゆ)にして多(おほ)くのませなをそのうへに鳥(とり)の毛(はね)
又は紙撚(こより)にて咽(のんど)を探(さぐ)り吐(はか)すべし○又方 虀汁(なづけのうはみつ)か糠(ぬか)
味噌(みそ)のうは水(みづ)をぬるまに沸(わか)して飲(のま)しむべし吐(は)
くものなり○吐(はき)て後 紫蘇葉(しそのは)煎(せん)じ服す生姜(せうが)を入
煎(せん)し服(ふく)す亦(また)可(よし)○又方 霍香(くはくかう)《割書:薬店に|あり》陳皮(ちんひ)《割書:蜜柑(みかん)の皮(かわ)|を用(もちゆ)べし》
《割書:九年母(くねんぼ)の皮(かわ)亦よし|二味薬店にもあり》等分(とうぶん)煎(せんじ)服(ふく)す最(もつとも)よし
○此(この)證(せう)最(もつとも)鍼(はり)刺(たつる)をよしとす

【左頁】
  驚怖(きやうふ)卒死(そつし)《割書:ものにをどろきて|めをまはすなり》
凡(おほよそ)人 夕暮(ゆふぐれ)又は夜中(よなか)溷(かはや)【左ルビ:せつちん】に登(ゆき)或は郊野(のへん)へいで或は
空冷屋室(ひとすまはざるいへ)に遊(あそ)ひ又はしらざる所の地(ち)に行 忽(ふと)異(い)
形(ぎやう)の物(もの)を見て口(くち)鼻(はな)の内(うち)へ邪悪(じやあく)の気(き)を吸入(すいいれ)驀然(たちまち)
地(ち)に倒(たを)れ手足(てあし)厥冷(ひえあがり)両手(りやうのて)を握(にぎ)り面色(をもてのいろ)青黒(あをくろく)或は口(くち)
鼻(はな)より清血(いろよきち)を流(なが)す事あり
 凡(おほよそ)卒(にはか)に倒(たを)れて無性(むせう)に成(なり)し病人(びやうにん)は声(こゑ)を立ること
 なき者なり惟(たゞ)小児(せうに)の驚風(きやうふう)並に大人(たいじん)の癲癇(てんかん)驚(ものお)

【右頁】
 怖(どろき)して気絶(きぜつ)するとの三證(さんせう)は叫(わつと)声(こゑ)をあぐる也
 是(これ)を其(その)證拠(しやうこ)とす
〖療法(りやうほふ)〗病人(びやうにん)を外(ほか)へ移(うつ)し動(うご)かすべからず其所に置(をき)
て親戚(しんるい)衆人(おほせい)囲繞(うちより)て火(ひ)を焚(た)き安息香(あんそくかう)麝香(じやかう)《割書:薬店に|あり》
の類(るい)香(にほひ)ある薬を焼(た)き人(ひと)の覚(おぼえ)少々出るを待(まち)て動(うごか)
すべし先 急(きう)に半夏(はんげ)の末(こ)を鼻孔(はなのあなの)中(うち)へ管(くだ)にて吹込(ふきこみ)
或は皂莢(そうけふ)《割書:猪牙皂莢よし薬店にあり無きときは|常の皂莢にてもよし図説中風にあり》
の末(こ)両(りやうの)鼻(はなの)中(うち)に吹(ふき)入るよし

【左頁】
〖服薬(ふくやく)〗雄黄(をわう)《割書:薬店に|あり》を姜汁(せうがのしぼりしる)醇酒(こきさけ)等分(とうぶん)に撹(かきませ)ぜ煎(せん)じ沸(わかす)
こと数度(すど)にして飲(のま)しむべし○又(また)方(ほう)麝香(じやかう)五分 研(すり)
て醋(す)一合に和匀(よくまぜ)てのませてよし○又方 韮汁(にらのつきしる)を
取(と)りて口(くち)鼻(はな)へ灌(そゝぎ)入る○又方 菖蒲(しやうぶ)《割書:石菖(せきせう)の根(ね)也 人(じん)|家(か)多(おほく)栽(うゆる)もの也》 
搗(つき)て汁(しる)を取(と)りそゝき飲(のま)しむ○又方 温酒(かんざけ)を灌(そゝぎ)入
てよし○又方 醋(す)少(すこし)許(ばかり)を病人(びやうにん)の鼻(はなの)中(うち)へ吹(ふき)入その
うへに水分(すいぶん)の穴(けつ)《割書:図(づ)霍乱(くはくらん)に|いだす》に灸(きう)する事七 壮(そう)陰交(ゐんかう)
の穴(けつ)《割書:図(づ)脱陽(たつやう)|にあり》に灸(きう)する事三 壮(そう)なるべし○又方 辰(しん)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
砂(しや)の末(こ)《割書:薬店に|あり》熊膽(くまのゐ)《割書:監定(めきゝ)の法(ほふ)積気(しやくき)|暈倒(うんたう)に出 ̄ス》五分 ̄ツヽ白湯(さゆ)に
解(と)きまぜ用ゆ辰砂(しんしや)一 味(み)にてもよし


【左頁】
  霍乱(くはくらん)《割書:此(この)病(やまい)乹(かん)湿(しつ)二 ̄ツあり湿(しつ)霍乱(くわくらん)は吐瀉(はきくだし)し|て腹(はら)痛(いたみ)甚しきなり乹(かん)霍乱(くはくらん)は吐(はき)もせず》 
   《割書:瀉(くだし)もせず惟(たゞ)心(むね)腹(はら)纏繞(しぼることくいたみ)大に苦悶(くるしむ)を言(いふ)なり|何(いづ)れも危(あやふく)急(きう)なる證(せう)にて種々(いろ〳〵)の変化(へんくは)一 條(ぜう)》
   《割書:に載(のせ)がたし療法(りやうほふ)も亦(また)変化(へんくは)あり|今(いま)十 中(ちう)の二三を記(しる)すのみ》
〖湿(しつ)霍乱(くはくらん)病状(びやうぜう)〗病発(びやうほつ)に頭痛(づつう)痃瘒(めまひ)ある者(もの)あり又 頭痛(づつう)
痃瘒(めまひ)なく初(はじめ)より先(まづ)吐(と)して後に瀉(くだす)者あり先 瀉(しや)し
て後(のち)に吐(と)するあり吐瀉(としや)の前より腹痛(ふくつう)甚しきあ
り吐瀉(としや)ありて後に腹痛(ふくつう)甚しきあり何れも腹中(はらのうち)
㽲(ひさしめ)痛(いた)まざるはなし扨 吐(と)して吐(と)やまず瀉(しや)して瀉(しや)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
やまず或は吐瀉(としや)ともにやまず湯(ゆ)も薬(くすり)も口(くち)に入
らず或は口(くち)乾(かはき)て水を飲(のま)んとし或は悪寒(さむけ)甚しく
或は熱(ねつ)を発(はつ)し喘(いきづかひ)急(せは)しく手足(てあし)共(とも)に厥冷(ひえあがり)戦掉(ふるへ)軽(かる)き
は両脚(りやうあしの)轉筋(すじひきつめ)重(おも)きは惣身(そうみの)轉筋(すじひきつめ)冷汗(ひやあせ)出(いで)脣(くちびる)舌(した)動(うご)かず
漸々(ぜん〳〵)に昏(つかれ)倦(むちうに)なるなり
〖療法(りやうほふ)〗忽然(たちまち)心(むね)腹(はら)㽲(ひさしめ)痛(いたみ)て吐瀉(としや)【左ルビ:はきくだし】するは先 塩(しほ)を炒(いり)熱(あつく)し
或は熱(あつき)灰(はい)又は糠(こぬか)或は塩(しほ)を炒(いり)紙(かみ)に褁(つゝみ)心(むね)腹(はら)并に臍(さい)【左ルビ:ほその】
下(か)【左ルビ:した】気海(きかい)脊(せ)の十一 椎(ずい)十二 椎(ずい)の次(あたり)と腰(こし)を熨(のし)あたゝ

【左頁】
めてよし又は生姜(せうが)を擦(す)り汁(しる)を絞(しぼ)り去(す)て滓(かす)を炒(いり)
熱(あつく)し紙(かみ)に褁(つゝ)み右の所を熨(の)すべし又は食蓼(たで)《割書:食料(しよくりやう)|にす》
《割書:るもの|なり》を多(おほ)くあつき湯(ゆ)の中(うち)へ揉(もみ)入て腰湯(こしゆ)をす
るをよしとす
〖服薬(ふくやく)〗胡椒(こせう)十四五 粒(りう)嚼(かみ)て白湯(さゆ)にて飲(の)み下(くだ)す又は
研(すり)て菉豆(やへなり)【左ルビ:ぶんどう】等分(とうぶん)に加(くわ)へ煎(せん)じ服(ふく)す○又方 呉茱莄(ごしゆゆ)乾(かん)【左ルビ:ほしたる】
姜(きやう)【左ルビ:せうか】二 味(み)等分(とうぶん)に煎(せん)じ服(ふく)さしむ《割書:二味共に薬|店にあり》○又方
扁豆(へんづ)【左ルビ:いんげんまめ】香薷(かうじゆ)《割書:二味薬店|にあり》各壱匁水に煎(せん)じ服(ふく)すべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖嘔(はき)【左ルビ:と】吐【左ルビ:きやく】并 ̄ニ乾(から)嘔(ゑたき)不已(やまざるは)〗は半夏(はんげ)《割書:薬店に|あり》一 味(み)煎(せん)じ生姜(せうが)
の絞(しぼ)り汁(しる)を入 服(ふく)す前(まへ)の呉茱萸(ごしゆゆ)乾姜(かんきやう)の二 味(み)もよ
し且(そのうへ)中脘(ちうくはん)に灸(きう)すべし《割書:中脘(ちうくはん)の穴(けつ)図(づ)|中風(ちうふう)にあり》間使(かんし)の穴(けつ)《割書:図説(づせつ)|後(のち)に》
《割書:あり|》に灸(きう)するもよろし○又方 小蒜(せうざん)《割書:図説下巻緒|物入耳 ̄ニあり》
煮(に)て汁(しる)を服(ふく)し臍中(さゐちう)【左ルビ:ほそのなか】に七 壮(そう)灸(きう)す○又方 手足(てあし)冷(ひへ)る
は生半夏(せうはんげ)一匁 生附子(せうぶし)一匁《割書:二味薬店|にあり》生姜(せうが)三片(みへぎ)水(みつ)
二 杯(はい)を一 杯(はい)半(はん)に煎じ用ゆ○又方 芥子(からし)擣(つき)て末(こ)と
なし糊(のり)にまぜ紙(かみ)に攤(のべ)臍中(ほそのうち)に貼(はる)べし吐(はき)不已(やまさる)は巨(こ)

【左頁】
闕(けつ)の穴(けつ)に灸(きう)すべし啘(しやくり)やまざるは大陵(たいりやう)の穴(けつ)に灸(きう)
すべし《割書:二 穴(けつ)共(とも)に図(づ)|下(しも)にあり》熨薬(のしくすり)の方(まう)【「ほう」の誤ヵ】は前(まへ)におなじ
〖下利(はらくだり)不已(やまざる)〗は天枢(てんすう)并 ̄ニ大都(たいと)に灸(きう)すべし《割書:二 穴(けつ)とも|に図(づ)後(のち)に》
《割書:あり|》吐下(はきくだし)やまず手足(てあし)厥冷(ひえあかり)元気(げんき)つゞかず冷汗(ひやあせ)出(いで)
て煩悶(もんらん)してもの言(いふ)事ならず無性(むせう)にならんと
するは参附湯(じんぶとう)《割書:人参(にんじん)一匁 附子(ふし)一匁|等分(とうぶん)煎(せん)じ服(ふく)す》姜附湯(きやうぶとう)《割書:乾姜(かんきやう)壱|匁 附子(ぶし)》
《割書:壱匁 煎(せん)|じ服す》又は附子(ぶし)を煎じ塩(しほ)一 撮(つまみ)を入れ撹(かきまぜ)て服(ふく)す
べし○又方 桂枝(けいし)《割書:薬店に|あり》壱両(いちりやう)剉(きざみ)て好酒(よきさけ)に煎(せんじ)服(ふく)す

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
○又方 連鬚葱白(ねぎのしろねひげともに)七 莖(ほん)酒(さけ)にて濃(こく)煎(せん)じ服(ふく)す或は白(みやう)
凡(ばん)《割書:薬店に|あり》一匁 沸湯(わきたるゆ)に拌(かきまぜ)用ゆ○気(き)海《割書:図説(つせつ)中風(ちうふう)|の條(せう)に出》 
に灸(きう)する事 数十壮(すじうそう)其外 熨薬(のしぐすり)の【みヵ】な前(まへの)法(ほふ)によろし
〖吐利(はきくだし)不已(やまざる)〗は建里(けんり)の穴 水分(すいぶん)の穴 承筋(しやうきん)の穴 承山(しやうざん)の
穴に灸(きう)すべし《割書:四穴 図(づ)後(のち)|にあり》○臍(ほそ)を遶(めぐり)て痛は関元(くはんげん)の
穴(けつ)に灸(きう)すべし《割書:図(づ)中風(ちうふう)の|部(ぶ)に出 ̄ス》服薬(ふくやく)は前(まへ)の姜附湯(きやうぶとう)
参附湯(じんぶとう)の類(るい)を用てよし
〖已死腹中猶有暖気(すでにしゝたるともはらのうちにあたゝまりあら)〗ば臍中(ほそのうち)に塩(しほ)を填(つめ)て其上に灸(きう)

【左頁】
す或は気海(きかい)の穴倶に数百壮(すひやくそう)又 効(しるし)なきは先 大椎(だいづい)
《割書:中風に|図あり》に灸し尚又 承筋(しやうきん)に灸(きう)すべし《割書:又灸穴あり|下に図す》
〖手足(てあしの)轉筋(すじひきつむる)〗は塩(しほ)を臍中(ほそのうち)に填(つめ)て其上に灸すべし○
轉筋(てんきん)する所(ところ)は王瓜(からすうり)《割書:後に図|説あり》の実(み)を搗(つき)砕(くだき)又は食蓼(たで)
《割書:食料(しよくりやう)にする|ものなり》を木綿(もめん)に包(つゝ)み湯(ゆ)にひたして痛(いた)む所
をむし又すりつけてあらひてよし○又方 大蒜(にんにく)
を研(すり)泥(どろ)の様になして足(あし)のうら土(つち)ふまずに貼(はり)付
べし○服薬(ふくやく)は前(まへ)に同じ湧泉(ゆせん)の穴(けつ)又は外踝(そとくろぶし)の尖(とがり)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
の上七 壮(そう)又は大指(おゝゆび)の爪甲(つめ)際(ぎは)又は大指の本節([も]とふし)の
上に灸(きう)すべし《割書:何れも詳(つまびらか)に後|に図を出(いた)せり》
〖吐(はき)下(くだしの)後(ゝち)渇(かはき)〗湯水(ゆみづ)を飲(のま)んとするは粳米(うるごめ)を水を入れ
研(すり)て其 汁(しる)を温(あたゝ)め中(うち)へ竹瀝(ちくれき)《割書:竹瀝を取(と)る法(ほふ)|中風(ちうぶん)にあり》と姜汁(せうがのしる)
を入 撹(かきまぜ)てのませてよし粟(あわ)黍(きび)の類(るい)何(いづれ)も水(みつ)に煮(に)て
汁を取(とり)服(ふく)さしむべし又 糯米(もちごめの)泔(ときみづ)温(あたゝめ)服(ふく)すべし
〖吐(はき)瀉(くだしの)後(ゝち)〗凡 癨乱(くわくらん)吐瀉(としや)ともに止(やみ)たる時(とき)早(はや)く粒(つぶめしを)食(くらふ)ふ
べからす仮令(たとへ)稀(うすき)粥(かゆ)と云(いふ)とも一 呷(すい)も咽(のんど)に入(い)れば

【左頁】
立(たち)どころに死(し)す吐(はき)瀉(くだし)やみて半日 許(ばかり)過(すぎ)て饑(うへ)甚し
きとき粥清(おもゆ)を飲(のま)しめ後(のち)に稀(うすき)粥(かゆ)を少々 与(あた)へ漸々(ぜん〳〵)
に消息(みはからい)て輭(やわらかなる)飯(めし)を与ふべし熱湯(あつきゆ)熱酒(あつきさけ)を飲(のむ)こと堅(かた)
く無用(むよう)なり病家(びやうか)の人は病人(びやうにん)に飲食(いんしよく)を勧(すゝめ)度(たき)もの
なれども病(やまひ)にもよるべし霍乱(くはくらん)後(ご)早(はや)く飲食を勧(すゝめ)
て大成(おほひなる)害(がい)ありし者おほし慎(つゝしむ)べし
〖大陵(たいりやう)〗〖間使(かんし)〗《割書:倶(とも)に掌(てのひらの)後(のち)に在(あり)大陵(たいりやう)は掌(てのひらの)後(のち)と腕(うで)との間(あいだ)約紋(すじ)の|最中(まんなか)にて此処に縦(たて)に二 筋(すじ)のすじあり其間に》
 《割書:点(てん)すべし間使(かんし)は大陵(たいりやう)の後(のち)三寸に点すべし両 筋(すじ)の最(まん)|中(なか)に取(とる)べし扨(さて)此寸は直に大陵の次(ところ)より肘(ひぢ)の約文(すじ)までを》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 《割書:量(はか)り十二半に折(おり)て壱尺二寸五分|と定(さだめ)たる三寸を用(もち)ゆべし》
【図の説明】
                      肘(ひぢ)の約紋(すじ)とは
                      此処のすじ
                      を云
        此 筋(すじ)を目(め)じるしに量(はかる)べし
        掌後約紋とは是なり

         腕《割書:うで|くび》
【掌と腕の図】
  掌《割書:てのひら|》   一 二 三 四  五 六 七 八 九 十 十一 十二 半
         此問【間ヵ】三寸

        大陵の穴也 間使の穴なり

〖外(そと)踝(くろぶしの)尖(とがりの)上(うへ)〗《割書:の穴(けつ)は外(そと)踝(くろぶし)の最中(まんなか)尖(とがり)たる|処に点(てん)してよし》
〖足(あしの)大趾(をゝゆび)爪甲(つめのかうの)際(きは)〗《割書:の穴(けつ)は足(あし)の大指(をゝゆび)の爪甲(つめのかう)と肉(にく)との|間(あいだ)に点(てん)すべし《割書:肉(にく)とは爪のはへ|ぎはの肉なり》》

【左頁】
〖足(あし)の大指(をゝゆび)の本節(もとふし)〗《割書:の穴(けつ)は足(あし)の大指(をゝゆび)のつけきはのふしの|処に太(ふと)き筋(すじ)あり此処に点(てん)すべし》

【図の説明】
【上の図】
此処に点すべし

【下の図】
   本節の穴とは
    是なり

爪(つめ)の甲(かう)の際(きは)の穴(けつ)如此(かくのことく)
に点(てん)すべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖大都(たいと)〗《割書:の穴(けつ)は足(あし)の大指(おゝゆび)の内(うち)の方(かた)拇(ゆび)のつけね指(ゆび)を局(かゝむ)れば|約紋(すじ)はきと見ゆる其 約紋(すじ)の止(とま)りに点(てん)すべし此処》
   《割書:骨(ほね)と骨との間(あいだ)なり|》

【図の説明】
【上の図】

【足の図】
    此処如此骨あり骨(ほね)と骨の
    縫(ぬひ)めなり約文(すじ)の止(とまり)に点(てん)すべし

【下の図】

指(ゆび)を
局(かゝめ)たる
図(づ)
       【足の図】
           大指(おゝゆび)を少し局(かゝむ)れば
           すじの止(とま)りよく見
           ゆるなり

【左頁】
〖湧泉(ゆせん)〗《割書:の穴は足(あしの)心(うら)に在(あり)此穴を取(とる)には足(あし)の大指(おほゆび)の次(つぎの)指(ゆび)の際(きは)より|踵(かゝと)の端(はし)まてを藁(わら)にて量(はかり)此わらを三に折(をり)て中指(なかゆび)の》
  《割書:方(かた)上(うへ)より一 折(をり)めに点(てん)すべし此処 凹(くぼか)にして見(み)へ易(やす)き処也|》
   《割書:足(あし)の指(ゆび)を巻(かゞむ)れば此 穴(けつ)のくぼみよくあらはれ見(み)ゆ凹(くぼみ)の|正中(まんなか)の所是なり》
   
【図の説明】
               此折めに点すべし
         
大指(おほゆび)の次指(つぎのゆび)  【足の図】       踵(きびす)【左ルビ:かゝと】
   大指(おほゆび)【左ルビ:おやゆび】
  
               湧泉(ゆせん)の穴是なり
        大指(おほゆび)の次(つぎ)の指(ゆび)の際(きは)とは此 所(ところ)なり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖承筋(しやうきん)〗〖承山(しやうざん)〗《割書:の穴(けつ)は足(あし)の腨腸(ふくらはぎ)の中と其下とにあり此穴を|取(とる)には足の膕(ひつかゞみ)の中に約紋(よこすじ)あり此 最中(まんなか)より内(うち)》
  《割書:踝(くろぶし)と外踝(そとくろぶし)との尖(とがり)の位(ば)までを稲稈(わらみご)にて量(はかり)此わらを十六|に折(をり)壱尺六寸と定(さだめ)踝(くろぶし)の下際(したぎは)より七寸 上(かみ)に当(あた)るは承山(しやうざん)|なり踝(くろぶし)の上際(うへぎは)より七寸上に当(あた)るは承筋(しやうきん)なり》

【図の説明】

         此 横筋(よこすじ)の最中(まんなか)より量(はかる)べし 
此 図(づ)は脚(あし)                      内くろぶし
を後(うしろ)より                        内外(うちそと)の踝(くろぶし)
見た状(かたち)    【足の図】               の尖(とがり)の処
なり      膕《割書:一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五 十六》 までをは
                             かるべし
                           
                           外くろぶし
         此筋は膕の中にあり


【左頁】
  《割書:此 図(づ)は脚(あし)の側(かたはら)より承筋(しやうきん)承山(しやうざん)の二 穴(けつ)の|肉相(にくあい)の様子(やうす)を記(しるし)たり扨此処は下(しも)の跟(かゝと)》
  《割書:の方(かた)より撫(なで)揚(あぐ)れば自(をのずと)掌(てのひら)の停(とゝまる)ところ|なり》

【図の説明】

                  踝(くろぶし)の上際(うはぎは)とは是也
                     踝(くろぶし)の下際(したぎは)とは是也

    【足の図】
            《割書:七 六 五 四 三 二 一》
             承山也
           《割書:七 六 五 四 三 二》
            承筋也
      此処 縦(たて)に筋(すじ)あり此 筋(すじ)の
      上に一 穴(けつ)を点(てん)すべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖巨闕(こけつ)〗《割書:の穴(けつ)は臆前(むねのまへ)岐骨(ぎこつ)の下(した)一寸五分 臍上(ほそのうへ)より六寸五分の所に|在り岐骨(ぎこつ)と臍中(ほそのなか)との間(あいだ)を藁(わら)にて量(はか)り八 ̄ツに折りて》
   《割書:八寸と定たる寸法にて臍中(ほそのなか)より上六寸五分に点(てん)す是穴也|岐骨(ぎこつ)とは臆(むね)の水おちの処》
   《割書:【山形の図】如此なる骨の事なり|此骨の最中(まんなか)よりはかる》
   《割書:べし○岐骨(ぎこつ)の|間(あいだ)巨闕(こけつ)の上(うへ)に》
   《割書:【山形にUの図】此(かく)の如(ごと)くなる|小骨(こほね)あり鳩(きう)》
   《割書:尾(ひ)と云 長(ちやう)【左ルビ:なか】短(たん)【左ルビ:みじか】|人々同(おなし)じからず》
   《割書:又 全(まつた)くなきもの|あり脆(もろ)き骨(ほね)なれば漫(みたり)に》
   《割書:重(つよく)按(おす)べからず岐骨(ぎこつ)を摸索(なでもとむる)とき|此 心会(こゝろへ)あるべし》

【図の説明】

            岐骨(ぎこつ)とは是なり
   【上半身の図】
            《割書:八 七 六 五 四 三 二 一》
                      臍中(ほそのなか)
             巨闕(こけつ)の穴是なり


【左頁】
〖水分(すいぶん)〗〖建里(けんり)〗《割書:此二 穴(けつ)は臍(ほそ)の上(うへ)に在(あり)|前(まへ)の巨闕(こけつ)を取(とる)如(ごと)く》
   《割書:岐骨(ぎこつ)と臍(ほそ)との間(あいだ)を藁(わら)|にて量(はか)り八 ̄ツに折(おり)》
   《割書:八寸と定(さだめ)たる|寸を用ひ臍(ほその)》
   《割書:上(うへ)一寸を水(すい)|分(ぶん)の穴(けつ)とす》
   《割書:又 臍(ほその)上(うへ)三寸|を建里(けんり)の穴(けつ)とす》
   《割書:図(づ)とあわせ見べし|》

【図の説明】

             水分(すいぶんの)穴(けつ)是也
   【上半身の図】    臍
           建里(けんり)の穴
           是也

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
已(すで)に死(しゝ)たるといへども腹中(ふくちう)に猶(なを)煖気(だんき)ある者は左
の処(ところ)に灸(きう)すべし

 《割書:其人を覆(うつむけ)に臥(ふさ)しめ両(りやう)の|手(て)を伸(のへ)両(りやう)の肘(ひじ)の尖(とかり)と》
 《割書:尖(とがり)との間(あいだ)へ縄(なは)を引(ひき)|其 縄(なは)の下(した)に当(あたり)たる》    【後から見た上半身の図】
 《割書:脊骨(せほね)の最中(まんなか)より|両方(りやうはう)へひくき脊骨(せほね)の》
 《割書:両傍(りやうほう)のきはへすり付(つけ)て|二穴を点(てん)し灸(きう)数百壮(すひやくそう)》
 《割書:すべし|》

【図の説明】
             肘尖(ひしのとがり)とは此処なり
             縄を此処にて切(きる)べし
  此処灸穴
  なり
【後から見た上半身の図】
  此処灸穴
  なり
             同断

【左頁】
【図の説明】

【王瓜の図 】    人家(にんか)垣墻(くねかき)の間(あいだ)或は原野(のはら)処々に在
            三月 苗(なへ)を生じ蔓(つる)に鬚(ひげ)多し葉(は)
             の状(かたち)図(づ)のことくにて面(おもて)の色 深(ふかく)【こくヵ】
              緑(あをく)背(うら)は淡緑(うすあを)し濇(しぶり)て光(ひかり)沢(つや)なく
                   毛(け)あり六七月
                   花を開(ひら)き実(み)を
                   結(むすぶ)其状上 円(まるく)下
                  尖(とがり)て長(なが)し霜(しも)を
                 経(へ)て熟(じゆく)して赤(あか)し
                殻中(からのうち)に子(み)あり形(かた)ち
                蟷螂(とうらう)の頭(かしら)のごとく又
                     玉づさを
〖王瓜(はうくは)〗
和名《割書:玉づさ|からすふり》
 《割書:ちうちこぶ|きつねのまくら》
               結(むす)びたるがことし故(ゆへ)に玉づさと云

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖乾霍乱(かんくはくらん)病状(びやうぜう)〗忽然(たちまち)心下(むなさき)痞(つかへ)鞕(かたく)腹肚(はら)満(はり)𤶀(しぼるやうに)痛(いたみ)堪(たえ)がたく
漸々(ぜん〳〵)に煩躁(もがき)擾乱(さはぎ)吐(はか)んとして吐ず瀉(くだ)さんとして
瀉さず手足(てあし)逆冷(ひへあがり)冷汗(ひえあせ)出(いで)胸膈(むね)かたく起(をこ)りふさが
り頃刻(しばらくのうち)に命(いのち)危(あやうき)證(せう)なり
 凡(おほよそ)霍乱(くはくらん)は腹中(ふくちう)に宿食(しゆくしよく)留飲(りういん)等(とう)の邪物(ぢやぶつ)あるゆへ
 なれば吐(はき)瀉(くだし)すべき筈(はづ)なるを乾霍乱(かんくわくらん)は吐瀉せ
 ざるに因(より)て擾乱(もだへさはくこと)益(ます〳〵)劇(はけしき)なり吐(はく)か瀉(くたる)かせざれば
 遂(つい)に死(し)に到(いた)る扨(さ)て此(この)證(せう)は吐瀉(としや)せしむる薬(くすり)を

【左頁】
 用ゆべき事なれども其 邪物(じやぶつ)の所在(ありどころ)を知らざ
 れば理法(ぢほふ)を誤(あやまり)【左ルビ:しそこない】て害(がい)少(すくな)からず故に其(その)大意(たいゐ)を載(のせ)
 たり此 證(せう)中脘(ちうくはん)に邪物(ぢやぶつ)閉(とぢ)塞(ふさぎ)てある故に吐瀉(としや)な
 し其 邪物(じやぶつ)上 脘(くはん)のかたに多く聚(あつまり)たるあり又下
 脘(くはん)に多(おほ)く聚(あつまり)たるあり是を看(みる)る法は先(まづ)手(て)を
 以て病人(びやうにん)の腹(はら)を摸(なで)索(さぐり)按(を)すに中脘(ちうくはん)より上(かみ)
 のかた格別(かくべつ)に緊(きびしく)満(はり)あるか又は堅(かた)き聚塊(かたまり)あり
 て按(おす)ときは痛(いたみ)甚しく手を近(ちか)よせざるは邪物(ぢやぶつ)

【右頁】
 上のかたに多(おほ)しとす若(もし)中脘(ちうくはん)より下のかたに
 堅(かた)き塊(かたまり)ありて按(を)せば痛(いたみ)甚しく手(て)を近(ちか)づけ
 ざるは邪物(ぢやぶつ)下の方に多しとす邪物(ぢやぶつ)の所在(ありところ)
 を見定(みさだ)めんとならは先(まづ)人(ひと)の腹(ふく)【左ルビ:はら】部(ぶ)の分界(ばしよ)を弁(わきまへ)
 知(しる)べし胸前(むねのまへ)脇骨(あばらぼね)の正中(まんなか)に【山形の図】如此(かくのごとき)骨(ほね)あり岐骨(きこつ)
 といふ此(この)骨(ほね)臍(ほそ)との最中(まんなか)を中脘(ちうくわん)とす図(づ)の如
 し《割書:中脘(ちうくはん)は前(まへ)の中風(ちうふう)の條(ぜう)に詳(つまびらか)なり岐骨(ぎこつ)|は此(この)條(ぜう)の前(まへ)巨闕(こけつ)の所に詳(つまびら)かなり》
〖腹部(ふくぶ)分界図(ぶんかいづ)〗《割書:病(やまひ)初(はじめ)の時(とき)は塊物(くはいもつ)の形(かたち)有無(うむ)在所(ありどころ)も|見わけらるゝものなり故に早(はや)く》

【左頁】
  《割書:心を用て見るべし|後(のち)には腹内(ふくない)一 円(ゑん)》
  《割書:膨(はれ)張(はり)|ゆへ》
  《割書:塊物(くわいもつ)|の在(あり)》  【上半身の図】
  《割書:処(どころ)知|ざる者なり》

【図の説明】
          左
         岐        天枢
【上半身の図】   上脘 中脘 下脘
         骨        天枢
          右
          此骨を《振り仮名:𩩲骬|かつう》といふつよく按(おす)べからず俗に子もち骨といふ
         岐骨とは是なり臍迄の間三段なり

 扨(さて)右(みぎ)邪物(じやぶつ)の所在(ありどころ)を能(よく)々 見定(みさだめ)たる上にて上に
 在(あれ)ば吐方(はきぐすり)を用(もち)ひ下にあらば下剤(くだしくすり)を用(もちゆ)べし
 吐(はき)を発(はつ)すれば瀉(くだり)も付(つき)瀉(くだ)せば吐(はき)も発(はつ)するも

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 のなり又 瀉(くだ)して吐(は)かず吐(はい)て瀉(くだ)さゞるものあ
 り別(べつ)に療法(りやうほふ)あり右(みぎ)療法(りやうほふ)如是(かくのごとし)然(しか)るに若(もし)中脘(ちうくわん)以
 下に邪物(ぢやぶつ)ある者に誤(あやまり)て駿烈(すると)の吐剤(はきぐすり)を用れば
 徒(いたづら)に其気(そのき)ばかり升提(つりあげ)て但(たゝ)乾嘔(からゑたき)甚しく漸々(ぜん〳〵)
 に肚腹(はら)膨脹(はりつめ)水漿(のみもの)咽(のんど)に下(くだ)らず冷汗(ひやあせ)出(いで)悶(もかき)乱(くるし)みて
 死(し)す中脘(ちうくわん)以上にある者を誤(あやまり)て下剤(くだしくすり)を施(ほどこ)せば
 上達(うえへのほる)元気(げんき)を壅(とぢ)遏(ふさ)ぐ故又 悶乱(もんらん)し遂(つい)に元気(げんき)接(とり)
 続(つゞ)かずして死(し)す懼(おそ)るべし此 證(せう)危急(ききう)なる事(こと)

【左頁】
 風前(かせのまへ)の燭(ともしび)の如し病発(びやうほつ)に理(ぢ)を失(とりうしな)へば後(のち)に適当(てきとう)
 の薬(くすり)ありとも効(しるし)なし
〖療法(りやうほふ)〗先(まづ)心下(むなさき)いたみ悪心(むねわるく)或は乾嘔(からゑたき)などし心下(むなさき)に
邪物(じやぶつ)ありて按(おし)て痛(いた)むは頓(はやく)至極(しごく)鹹(しほから)き塩湯(しほゆ)一 茶鍾(ちやわん)
を飲(のま)しめ指(ゆび)を咽(のんど)に挿(さしこみ)て或は紙撚(こより)又は鳥(とり)の羽(はね)を
咽(のんど)に入(い)れ探(さぐ)りて邪物(しやぶつ)を吐(はき)出(いだ)してよし若(もし)夫(それ)にて
も吐(はか)ざるは再(ふたゝ)び一 杯(はい)を飲(のま)しめ前のごとく探(さぐ)り
吐(はか)せてよし○又方 濃(こき)塩湯(しほゆ)の中(なか)へ童子(こども)の小便(せうべん)と

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)を加(くわ)へて頓(いちがい)に服(ふく)するもよし○又方
釅(つよき)酢(す)を微(すこし)温(あたゝ)めて飲(のみ)咽(のんど)を探(さくり)り吐(はき)てよし炒(いり)塩(しほ)熱灰(あつばい)
を紙(かみ)に裹(つゝみ)胸(むね)腹(はら)を熨(のす)べし《割書:前(まへ)の食厥(しよくけつ)の條(ぜう)と|参(まじ)へ看(み)るべし》 
心(むね)腹(はら)共に痛(いたみ)これを按(をせ)ば心下(むなさき)中脘(ちうくはん)の辺(へん)共(ともに)塊(かたまり)ある
は先(まつ)塩湯(しほゆ)ぬるくして飲(のみ)て咽(のんど)を探(さぐり)吐(はか)すべし吐(はけ)ば
後(のち)必(かならず)大便(だいべん)も通(つうず)べし若(もし)大便(たいべん)せざるは檳榔子(びんろうじ)《割書:薬店(やくてん)|にあり》
二 匁(もんめ)童便(どうべん)【左ルビ:こどものしやうべん】茶甌(ちやわん)に半分(はんぶん)水(みづ)茶歐(ちやわん)に一 杯(はい)入(いれ)八 分目(ぶんめ)に
煎(せんじ)て服(ふく)さしむべし○脹(はらはり)満(みち)吐(はき)下(くだし)せざるは生(なまの)紫蘇(しそ)

【左頁】
を搗(つき)汁(しる)を取(とり)飲(のま)しむべし乾(かはきたる)紫蘇(しそ)は煮(に)汁(しる)を飲(のま)し
めてよし○臍中(ほそのなか)へ塩(しほ)を填(つめ)て多(おほく)灸(きう)すべし
中脘(ちうくはん)以下(いか)小腹(したはら)えかけ絞(しぼ)るが如(ことく)痛(いたみ)甚(はなはだしく)是(これ)を按(おせ)は中(ちう)
脘(くわん)より下(した)腹の方(かた)に塊(かたまり)物ある者(もの)は厚朴(こうぼく)《割書:薬店に|あり》を
生姜(せうが)の汁(しる)を付(つけ)炙(あぶり)研(すり)末(こ)となし白湯(さゆ)にて二 匁(もんめ)許(ばかり)を
用ゆ或は厚朴(こうぼく)剉(きざみ)炙(あぶり)煎(せんじ)姜(せうがの)汁(しる)を入(いれ)拌(かきませ)用(もち)ゆ或は肉桂(にくけい)
枳実(きしつ)《割書:二味薬店|にあり》をくはふ○右(みき)の諸方(しよはう)を用(もちひ)て後(のち)檳(びん)
榔子(ろうじ)童便(どうべん)少(すこし)加(くは)へ水(みつ)に煎(せん)じ用べし○痛(いたみ)強(つよ)く死(し)な

【右頁】
んとするは巴豆(はづ)《割書:薬店に|あり》皮(かわ)を去(すて)少(すこし)く炒(いり)研(すり)爛(つぶし)唐大(とうたい)
黄(はう)乾姜(かんきやう)《割書:ニ味共に薬|店にあり》の末(こ)各(おの〳〵)一匁 蜜(みつ)にまぜ大豆(くろまめ)許(ばかり)
を三 ̄ツ四 ̄ツ程(ほど)煖水(さゆ)にて用ゆべし暫(しばらく)して吐(はき)下(くだし)
ありて愈(いゆ)





【左頁】
  疔毒(てうどく)昏憒(こんくわい)《割書:疔(てう)の毒(どく)にて気(き)をとり失(うしのふ)なり| 附 疔瘡(てうさう) 紅絲疔(かうしてう)》
〖病状(びやうぜう)〗凡(おほよそ)人(ひと)平居(へいきよ)無事(ぶじ)にして暴(にはか)に死(しす)る者(もの)あり何故(なにゆへ)
なる事をしるべからざるは撚紙(こより)に火(ひ)を点(とぼ)し死(し)
人(にん)の遍身(そうみ)を見るべし若(もし)小(ちいさき)瘡(できもの)あらば是 疔毒(てうどく)内(うち)に
入(いり)たるなり《割書:疔瘡(てうそう)の状(かたち)委(くは)し|く下(しも)に記(しる)す》面(かほ)部等の顕(あらはれ)たる所に
生(でき)たるは見易(みやす)き故(ゆへ)に知易(しりやす)し身體(からだ)手脚(てあし)の隠(かくれ)たる
所に生(せう)じたるは見えがたきゆへ知かたし故に
往々(まゝ)見誤(みあやま)る事あり又は其 初発(しよはつ)に憎寒(さむけ)壮(つよく)熱(ねつ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
ありて傷寒(しようかん)と会(こゝろえ)て療理(りやうぢ)し救(すく)はざるに至(いた)る者(もの)
あり此(この)證(せう)急(きふ)に救はざれば半日に死す死て後其
屍(しかばね)に紫黒(くろむらさき)の点(てん)あるべし疔毒(てうどく)なり故に此(この)證(せう)緩(ゆるやか)
にすべからず
〖療法(りやうはふ)〗先 小瘡(ちいさきできもの)の上(うへ)に灸(きう)すべし《割書:疔瘡(てうそう)妄(みだり)に灸(きう)すべから|す然(しか)れども昏憒(きをうしなひ)》 
《割書:たるものは灸(きう)|するを良(よし)とす》甦(きつき)て後(のち)に雄黄(おわう)《割書:薬店に|あり》一 味(み)末(こ)とな
し酒(さけ)にて服(ふく)すべし麝香(ぢやかう)《割書:薬店に|あり》少(すこし)許(ばかり)を入(いる)る最(もつとも)
よしとす○又方 甘草(かんぞう)《割書:薬店に|あり》菉豆(やへなりの)【左ルビ:ぶんどう】粉(こ)辰砂(しんしや)《割書:薬店に|あり》

【左頁】
各(いつれも)等分(とうぶん)細末(こぐすり)にして白湯(さゆ)にて二三匁を用ゆべし
○又方 蒼耳(そうに)《割書:図説下|にあり》一 握(にぎり)生姜(せうが)三匁一 ̄ツに搗(つき)爛(つぶし)て
泥(どろ)のことくし生頭(きざけ)酒一 椀(わん)を入 和匀(よくまぜ)て絞(しぼり)り渣(かす)を
去(さり)て熱酒(かんざけ)にて服(ふく)し汗(あせ)大(おほい)に出(いづ)るをよしとす○
又方 菉豆(やへなり)【左ルビ:ぶんどう】と野菊花(のぎくのはな)《割書:図説下|にあり》を搗(つき)和(ませ)て熱酒(かんざけ)に入
酔(ゑふ)ほど飲(のむ)べし疔瘡(てうそう)へは蒼耳(そうに)の根(ね)苗(なへ)茎(くき)葉(は)共(とも)に
焼(やき)灰(はい)となし醋(す)或(あるひ)は米泔(こめのとぎみづ)或は靛(あいのしる)《割書:染家(こんや)にある藍(あい)|甕(かめ)の濃(こき)水(みづ)なり》に
調(まぜ)疔(てう)の上(うへ)に塗(ぬる)べし毒根(とくのね)出(いで)て愈(いゆ)《割書:此外 塗薬(ぬりくすり)附薬(つけくすり)下(しも)|の條(せう)と考(かんかへ)べし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖疔瘡(てうそう)〗の状(かたち)初発(しよはつ)は僅(わつか)に粟粒(あはつぶ)許(ばかり)の小瘡(こがさ)にして痛(いた)み
なし或は衣類(いるい)其外 何物(なにもの)にても物(もの)に触(ふれ)て忽(たちまち)疼痛(いたみ)
を発(はつ)するあり或は惟(たゞ)微(すこし)痒(かゆみ)を覚(おほえ)るに就(つき)て抓(かき)破(やふる)と
ひとしく忽(たちまち)疼痛(いたみ)を発(はつ)するあり然しなから尋(よの)
常(つね)の小瘡(こがさ)に比(くらぶ)れば四畔(ぐるり)の堆核(しこり)強(つよ)し紫色(むらさきいろ)を帯(をび)其
辺(へん)麻(しび)れ痛(いたみ)も常(つね)の小瘡(こがさ)と自(おのづから)異(こと)なり其上 悪寒(さむけ)発熱(ねついで)
四肢(てあし)沈重(だるく)心(むね)悸(わくつき)頭疼(づつう)頭眩(めまひ)等(とう)の証(せう)あり此 證(せう)種々(しゆ〳〵)の
変態(へんたい)定(さたま)りなし疔(てう)の生する所も亦(また)定(さたまり)なし頭(つむり)面(かほ)耳(みゝ)

【左頁】
鼻(はな)口(くち)目(め)の辺(へん)并に手足(てあしの)骨節(ふし〳〵)の間(あいだ)惣而 肉(にく)薄(うす)き所(ところに)
生ずるものなり急(きふ)に理療(ぢりやう)せざれば毒気(どくき)内攻(ないこう)し
て死(し)に至るなり
〖療法(りやうほふ)〗急(きふ)に針(はり)にて疔(てう)の頭(かしら)の処を刺(さ)し悪血(わるち)を擠(お)し
出(いだ)し又は人をして吸(すい)出(いだ)さしむる尤よし疔(てう)の処
は肉(にく)強(こわ)く針(はり)しても痛(いたま)ざるものなり《割書:針(はり)は三稜針(さんりやうしん)|をよしとす》
《割書:無(なき)ときは物縫(ものぬひ)|針(はり)にてもよし》針(はり)したる跡(あと)へ後(のち)の傅薬(つげぐすり)并に服(ふく)
薬(やく)を用ゆべし然(しか)し針(はり)は手練(しゆれん)なくては事(こと)を誤(あやま)る

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
事あるものなれば成へき丈(たけ)は外科(げくは)を邀(むかへ)て任(まか)
すべし○拳螺(けんら)【左ルビ:さゝゑ】《割書:図説(づせつ)後に|あり》の厴(ふた)を焼(やき)灰(はい)にして末(こ)と
なし醋(す)に和(まぜ)て疔(てう)の囲(ぐるり)二三分 四方(よほう)を除(のそき)あけて
四畔(ぐるり)の堆核(しこり)ある処へ塗(ぬり)乾(かはけ)ば疔(てう)の頭(かしら)より黄(きなる)水(みづ)出(いて)
て愈(いゆ)若(もし)疔(てう)の頭(かしら)まで塗(ぬれ)ば毒(どく)を擁(ふさぎ)て大(おほひなる)害(がい)あり○
針(はり)を刺(さし)たる鍼孔(はりあな)内(うち)へは蝸牛(かたつむり)《割書:図説(づせつ)後に|あり》殻(から)共(とも)に
搗(つき)爛(くずし)泥(どろ)のごとくして貼敷(ぬりつけ)てよし○又方 園庭(せどには)
に栽(うへ)ある菊花(きくのはな)若(もし)花(はな)なき時(とき)は茎(くき)葉(は)又は根(ね)にても

【左頁】
搗(つき)絞汁(しぼりしる)を温酒(かんさけ)に和(まぜ)て飲(のむ)べし其 渣(かす)を鍼孔(はりぐち)の辺(へん)
に貼(つけ)てよし○又方 益母草(やくもそう)《割書:図説(づせつ)下に|あり》の葉(は)搗(つき)て
塗(ぬる)べし○又方 明礬(みやうばん)《割書:薬店に|あり》三匁 葱白(ねきのしろね)七 本(ほん)搗(つき)爛(くづし)
七 塊(かため)に分(わけ)一 塊(かため)を服(ふくす)る毎(ごと)に酒(さけ)一 杯(はい)にて送(おくり)下(くだ)し衣(い)
被(るい)を厚(あつ)く盖(おゝ)ひ汗(あせ)をとるべし若(もし)汗(あせ)出(いで)ざるは再(ふたゝび)葱(ねぎの)
白(しろねの)煎汁(せんじしる)を一 鍾(ちよく)を服(ふく)し少頃(しばらく)して汗(あせ)出(いで)ば従容(そろ〳〵)と葢(き)た
る衣類(いるい)を減(へら)すべし○又方 豨薟草(きれんさう)五葉草(ごえうさう)大薊(たいけい) 《割書:三|種(しゆ)》
《割書:共下に図(づ)|あり》大蒜(だいざん)《割書:和名にん|にく》分(わけ)擂(すり)爛(くだき)て熱酒(かんざけ)一 椀(わん)を入(いれ)

【右頁】
絞(しぼり)て汁(しる)を取り服(ふく)す汗(あせ)出て効(しるし)あり豨薟(きれん)一 味(み)熱(かん)
酒(ざけ)に調(とゝのへ)服(ふくす)亦(また)よし○又方 蕺菜(じうさい)《割書:図説(づせつ)下に|あり》搗(つき)爛(くづし)付(つけ)
てよし痛(いたみ)甚(はなはたしき)に最(もつとも)よし付たる当分(とうぶん)甚 痛(いたむ)とも取(とり)去(すて)
べからず○又方 蒲公英(ほかうゑひ)《割書:図説(つせつ)下に|あり》の白汁(しろきしる)を取(とり)多(おほく)
塗(ぬり)てよし《割書:此(この)外(ほか)前(まへ)の疔毒(てうどく)昏憒(こんくわい)の服(ふく)|薬(やく)互(たがひ)に用(もちひ)てよし》
〖紅絲疔(こうしてう)〗疔瘡(てうそう)脚(あし)に生(いでき)たるは必(かならず)紅絲(こうし)【左ルビ:あかきすじ】を引(ひい)て臍(ほそ)に至
る手(て)に生(いでき)たるは紅絲(こうし)【左ルビ:あかきすじ】を引(ひい)て胸(むね)に至り唇(くちびる)面(かほ)口(くちの)内(うち)
に生(いでき)たるは紅絲(こうし)【左ルビ:あかきすじ】を引(ひい)て喉(のんど)に入る臍(ほそ)に至り心(むね)に

【左頁】
至り喉(のんど)に至る者(もの)は嘔(はきけ)逆(つよく)迷悶(もだへむちう)になりて死(し)す故(ゆへ)に
速(すみやか)に療法(りやうほふ)を用(もち)ゆべし
〖療法(りやうほふ)〗凡(おほよそ)手足(てあし)面部(かほ)等に黄(きいろの)泡(できもの)或は紫黒色(くろむらさきいろ)の泡(てきもの)を生(せう)
じ夫(それ)より紅線(あかきいと)一條(ひとすじ)引(ひき)上(のぼ)らば其(その)線(いと)至(いた)り盡(つくる)処(ところ)より
三分ほどのこし紅線(あかきいと)の上(うへ)深(ふかさ)二三分ほど鍼(はり)を以
て刺(さし)線(いと)の両方より指頭(ゆびさき)にて悪血(わるち)を擠(おし)出すべし
其 跡(あと)へ前(まへ)の疔瘡(てうそう)の傅薬(つけぐすり)を塗(ぬり)てよし服薬(ふくやく)の方(はう)
も前(まへの)方(ほう)を用べし  【図】

【図の説明】
           此さきの方よりはすじの本かたへおしもどすべし
             はりくち
            ●
すじのさき也【上下逆の文字を下から上向きに記載】 
        いだすべし【上下逆の文字を下から上向きに記載】  すしの本
  此方よりはすじのさきのかたへおし【上下逆の文字を下から上向きに記載】

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 凡(おほよそ)疔瘡(てうそう)に限(かぎ)らず手指(てのゆび)の小瘡(こがさ)疥瘡(ひぜん)の類(るい)にても
 生(せう)じたる時(とき)手(て)を振(ふり)て歩行(ほこう)すれば其 腫物(しゆもつ)より
 して紅絲(あかきいと)を引(ひき)て上(のぼ)るものなり疔瘡(てうそう)にあらず
 とも右(みぎ)の法(ほふ)を以て針(はり)して悪血(わるち)を出(いだ)すべし
〖蒼耳(そうに)〗《割書:和名をなもみ|》    《割書:地方(ちはう)によりて|めなもみと言》

《割書:此 草(くさ)春(はる)初(はじめ)て|苗(なへ)を生(せう)じ》  【蒼耳の図】
《割書:夏(なつ)に至て髙(たか)さ|四五 尺(しやく)許(ほど)になる》               《割書: 茎(くき)円(まる)く| して黒(くろ)|き班点(ほし)あり》


【左頁】
《割書:七八月のころ|葉(は)の間(あいだ)の枝(ゑだ)に》
《割書:又(また)を生(せう)じ梢(さき)|に実(み)を結(むす)ぶ》           実(み)の図(づ)
《割書:其(その)実(み)|桑椹(くわのみ)》     【蒼耳の図】
《割書:にくら|ふれば短(みじかく)小(ちいさく)》
《割書:して刺(はり)あり|人の衣類(いるい)に》
《割書:粘(つき)てとれざる|ものなり》      葉(は)の図(づ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖豨薟(きれん)〗
 和名めなもみ         
 《割書:地方(ちはう)により|てをなもみ|と言》
                  茎(くき)に毛(け)あり

  【豨薟の図】

《割書:此 草(くさ)春(はる)の初(はじめ)に|苗(なへ)を生(せう)じ夏(なつ)に》
《割書:至て髙(たか)さ四五尺に至る|》


【左頁】
             花(はな)の図(づ)
《割書:葉(は)相対(あいたい)し其|状(かたち)は蒼耳(そうに)に》
《割書:類(るい)す槎牙(きれこみ)深(ふかく)|して薄(うすく)輭(やわらか)》
《割書:なり秋(あき)に至て|葉(は)の間(あいだ)より枝(ゑだ)》
《割書:を生(せう)じ花(はな)|攅簇(あつまり)いでゝ》  【豨薟の図】
《割書:黄色(きいろ)なり|》

       葉(は)の図(づ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖御葉草(ごえふさう)〗 花(はな)の図(づ)    《割書:茎(くき)円(まる)くして|赤紫(あかむらさき)なり》
 和名 《割書:やひとはな|きじむしろ》
  《割書:やぶからし|びんぼうづる|ひさごづる》
《割書:春(はる)の初(はじめ)苗(なへ)を生(せう)じ|夏(なつ)に至(いた)り蔓延(はびこり)て原(の)》
《割書:野(はら)或(あるひは)人家(じんか)籬援(かきね)の|間(あいだ)に多(おほ)し藤(つる)は柔(やはらか)に》
《割書:て紫赤色(あかむらさきいろ)に直(たてに)稜(かと)|あり葉(は)は疎(あらく)歯(きさみ)あり》    【五葉草の図】
《割書:て五葉(いつは)づゝ茎端(くきのさき)に|あり七八月 淡黄(うすきいろの)》
《割書:花(はな)簇(あつま)り開(ひらく)大(おほい)さ粟(あは)|》

【左頁】
《割書:粒(つぶ)のことし四出(しべん)なり|》
  《割書:秋(あき)の末(すへ)実(み)を結(むす)ぶ|生(はじめ)は青(あを)く熟(しゆく)すれば|紫黒色(くろむさきいろ)なり根(ね)は》
     《割書:白(しろ)く大(おほひ)さ指(ゆび)の|   ことくなるあり》
        【五葉草の図】

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖益母(やくも)〗
《割書:和名|  めはじき》         《割書:此 図(づ)は春(はる)初(はじめ)苗(なへ)を|生(せう)じたる状(かたち)なり》
《割書:俗(ぞく)に|  にがよもぎ|   と言》
        【益母の図】
《割書:春(はる)の初(はじめ)苗(なへ)を生(せう)|じ夏(なつ)に入て髙(たか)》
《割書:さ三四尺其 葉(は)|艾(よもぎ)に似(に)て葉(は)の》       《割書:此 図(づ)は夏の|初の状なり》
《割書:背(うら)青(あを)し茎(くき)は|方(しかく)にして稜(かど)|あり》

【左頁】

        【益母の図】

《割書:此草 茎(くき)に一寸 許(ばかり)間(あいだ)ありて節(ふし)あり|節(ふし)に相 対(たい)して葉(は)を生(せう)す四五月の》
《割書:頃(ころ)毎節(ふしごと)に穂(ほ)を生(せう)じ紅色(もゝいろ)の花(はな)を生ず|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖蕺菜(じうさい)〗《割書:和名 どくだみ 十薬(じうやく) ぢごくそは|   入道(にふだう)ぐさ ぼうずくさ》

【蕺菜の図】
       《割書:黄(き)也》
《割書:山陰(やまかけ)山谷(たにあい)湿地(しつち)に在|春(はる)苗(なへ)を生(せう)ず茎(くき)》  
《割書:赤紫(あかむらさき)にて葉(は)の|形(かたち)蕎麦(そば)の》    《割書:花(はな)の色(いろ)白(しろ)し》
《割書:葉(は)に似(に)|て厚(あつ)く面(おもて)》
《割書:青(あを)く背(うら)紫(むらさき)なり茎(くき)葉(は)ともに|甚(はなはた)臭(くさき)気(き)あり多(をゝ)く陰地(ひかけ)に生(せうじ)て蘩茂(はんも)するものなり》

【左頁】
〖拳螺(けんら)〗《割書:和名 さゞゑ|又  さゞい》   《割書:又 厴(ふた)に毛(け)なき|あり佐州(さしう)にて|めくらさゞいと云》  《割書:厴(ふた)の状(かたち)如是(かくのことし)薬に|用処也》

《割書:状(かたち)辛螺(にし)に似(に)て円(まどか)に|殻(から)青白(あをじろ)にて尾(を)盤(まき)起(おこ)り》  【拳螺の図】       厴(ふたの)
《割書:殻(から)に尖(とがり)たる角(つの)数本(すほん)|あり厴(ふた)は亦(また)甚 厚(あつ)く》          【拳螺の厴の表図】
《割書:堅(かた)くして円(まどか)なり髙(たか)|く起(おこり)て凹(くぼめ)に其 肌(はだ)は鮫(さめの)》               面(おもて)
《割書:皮(かは)のごとく色白し|亦 旋紋(まきめ)あり肉(にく)は一》             《割書:色は白して淡(うす)|緑(あを)き処あり》
《割書:端(たん)は黒(くろ)く一 端(たん)は黄(き)|なり四国(しこく)九州(きうしう)海中(かいちう)に産(さん)するは》              厴(ふたの )
《割書:状(かたち)まるくして角(つの)なし然(しか)れ|ども功用(かうよう)はおなし用(もち)ゆべし》        【拳螺の厴の裏図】
                        背(うら)
                   《割書:色は茶褐(ちやいろ)なり|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖野菊花(やきくくは)〗 《割書:和名| のぎく》
《割書:状形(かたち)芬芳(にをい)全(まつた)く|菊(きく)のことし惟(たゞ)花(はな)》     《割書:常(つね)の菊(きく)より葉(は)の色 浅(うす)青(あをき)なり|》
《割書:葉(は)共(とも)に小細(こまか)なり|秋(あき)の末(すへ)に花(はな)を》  【野菊花の図】
《割書:開(ひら)く亦 菊(きく)に似(に)|て小(せう)なり心(しん)も》
《割書:弁(べん)も皆(みな)黄色(きいろ)なり|処(しよ)々 野辺(のへん)に生(せう)ず》
《割書:○ 雞腸児花(よめなのはな)も又和に| 野菊(のぎく)と呼(よぶ)花の色(いろ)》     《割書: |此 外(ほか)野菊(のぎく)と称(せう)するもの二》
《割書: 淡紫(うすむらさき)に碧(あをき)花(はな)にし| て絶(たへ)て菊(きく)の気(かほり)なし》    《割書:三品あり皆(みな)菊(きく)の香(にほい)なし名|に依(より)て採(とり)誤(あやま)るべからず》


【左頁】
【上段】
〖蝸牛(くはぎう)〗 《割書:和名|かたつむり》
《割書:竹林(たけやぶ)池(いけ)沼(ぬま)の岸(きし)に生ず|雨(あめ)の後(のち)最(もつとも)多(おほ)し大小(だいせう)あり》
《割書:大(おほい)なるを用へし殻(から)あるは|かたつむり也 殻(から)なきはな》
《割書:めくじり也|かたつむり》
《割書:なき節(せつ)|は代(かへ)用(もちい)》
《割書:てよし|又和名てんこぼう》
《割書:たいり|》
  【蝸牛の図】
《割書:てうし|たい〳〵むし|あい〳〵 わのだむし》

【下段】
《割書:和名くちな| たんぽゝ》    《割書:くぢな  くち〳〵な|  きゞな》 
〖蒲公英(ほかうゑい)〗

【蒲公英の図】
               《割書: |又 大葉(おほば)の》
《割書:田(た)野(の)園中(ゑんちう)共に有り苗(なへ)髙(たか) ̄サ|三四寸 春(はる)二三月の頃一 茎(くき)に》      《割書:者(もの)あり髙(たかさ)|七八寸より》
《割書:黄(きなる)花(はな)を開(ひら)く小(ちいさ)き菊(きく)の花(はな)の|ことし又白き花のものあり》      《割書:一尺 許(ばかり)に|至(いた)る功(こう)》
《割書:白たんぽと言 葉(は)小(ちい)さき萵(ち)|苣(さ)のことくなるあり又は 状(かたち)図(づ)せる》     《割書:能(のう)小なる|ものに》
《割書:ことくなるあり茎(くき)葉(は)とも折(をれ)ば白(しろ)き|汁(しる)出(いづ)菜(さい)となして食(くらふ)もの是なり》     《割書:同(をな)じ| 》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖大薊(たいけい)〗《割書:和名 やまあざみ|又  をにあざみ》    《割書:其 小(せう)なるは髙さ尺(しやく)余(よ)にして葉(は)に|刺(はり)あれども皺(しは)なし》
《割書:苗(なへ)髙(たか)さ三四尺 秋(あき)かれて|冬(ふゆ)生(せう)じ春(はる)栄(さかへ)て花(はな)を開(ひらく)》      《割書:大薊(たいけい)なき|ときは代(かへ)》
《割書:花の状(かたち)女子(によし)の眉払(まゆはき)のごとく|にして淡(うす)紫(むらさき)色也 茎(くき)に》     《割書:用(もち)ゆべし| 》
《割書:五(いつゝ)稜(かと)あり葉(は)は縮(ちゞみ)皺(しは)あり|て刺(はり)多し此 草(くさ)大小(たいせう)》  【大薊の図】
《割書:二 種(しゆ)あり爰(こゝ)に|用(もち)ゆる処は》
《割書:大(だい)なる者|なり》

【左頁】
  脚気(かつけ)衝心(せうしん)《割書:脚気(かつけ)足(あし)より腹(はら)に入りむな|もとへつき上るなり》
〖病状(ひやうでう)〗凡(おほよそ)此(この)證(せう)最初(さいしよ)に脚(あし)膝(ひざ)弱(よはく)【左ルビ:がくつき】或は頑麻(しびれ)或は痠(だるく)痛(いたみ)或
は轉筋抅急(すじひきつめ)或は踵跟(きびす)【左ルビ:かゝと】足心(あしのうら)等(とう)隠隠(どこともなく)痛(いたみ)或は脛(はぎ)脚(すね)に
胕腫(むくみ)ある等(とう)の証(せう)ありて或は小腹(したはら)麻痺(しびれ)卒(にはか)に嘔吐(はきけ)
を発(はつ)し上衝(つきあげ)【左ルビ:さしこみ】強(つよ)く肩(かた)にて息(いき)をなし喘息(ぜう〳〵と)して白(あ)
汗(せ)出(いで)乍(たちまち)寒(さむく)乍(たちまち)熱(あつく)煩(くるしみ)悶(もがき)やまず或は精神(せいしん)【左ルビ:たましゐ】漸々(ぜん〳〵)に恍惚(うつとり)
となり或は詭語(たはこと)を発(はつ)し遂(つい)に無性(むせう)となる是 脚気(かつけ)
の衝心(せうしん)にて九死(きうし)一生(いつせう)なり急(きふ)に理法(ぢほふ)を施(ほどこ)すべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
又其 初(はじめ)憎寒(さむけ)壮(つよく)熱(ねつ)いで全(まつた)く傷寒(せうかん)のごとくなる有(あり)
見(み)誤(あやま)るべからず
 衝心(せうしん)の節(せつ)に至(いた)りて病発(びやうはつ)に右の如く脚(あし)に疾(やまひ)あ
 る事を知(しら)ざれば理療(ぢりやう)に違(たが)ひあり病人(ひやうにん)も心(こゝろ)付(つか)
 ず別(べつ)の事と思(おも)ひ告(つげ)語(いた)らず事を誤(あやま)ることあり
 よく〳〵心を用(もちひ)て問(とう)べし
〖療法(りやうほふ)〗檳榔子(びんろうじ)《割書:薬店に|あり》末(こ)にして二匁 童子(こども)の小便(せうべん)に
て用ゆべし生姜(せうかの)汁(しぼりしる)を加(くはふ)るも亦よし○又方 呉茱(ごしゆ)

【左頁】
萸(ゆ)一匁 木瓜(もくくは)一匁《割書:唐木瓜(とうもくくは)を用ゆへし味(あしはむ)酔(す)き|ものよし二味共薬店にあり》水にて煎(せん)
じ服(ふく)すべし犀角(さいかく)《割書:薬店に|あり》屑(すりくず)《割書:鎊(やすり)又は鮫(さめ)の皮(かわ)に|おろすべし》五六
分右 煎薬(せんやく)の内(うち)へ入 撹(かきまぜ)飲(のむ)最(もつとも)よし○又方 半夏(はんげ)《割書:薬|店》
《割書:にあ|り》二匁 水(みづに)煎(せん)じ生姜(せうかの)汁(しぼりしる)多く入(いれ)服(ふく)すべし○又方
黒豆(くろまめ)一合水三合を一合五勺に煎(せん)じて飲べし甘(かん)
草(ざう)を加(くは)へ煎て服(ふく)す最よし○又方 鉄粉(てつふん)【左ルビ:てつのこ】《割書:刀(かたな)鍛冶(かじ)|の削(けつり)く》
《割書:づ針(はり)の鎊(すり)くづ何も用ゆへし|銹(さひ)なきものをよしとす》六七 匁(もんめ)水(みつ)茶碗(ちやわん)に
二 杯(はい)入一 杯(はい)に煎(せん)し飲(のむ)べし○又方 鹿角(しかのつの)《割書:地方(ちはう)に|よりて》

【上部欄外付箋】
■矣。

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
又其 初(はじめ)憎寒(さむけ)壮(つよく)熱(ねつ)いで全(まつた)く傷寒(せうかん)のごとくなる有(あり)
見(み)誤(あやま)るべからず
 衝心(せうしん)の節(せつ)に至(いた)りて病発(びやうはつ)に右の如く脚(あし)に疾(やまひ)あ
 る事を知(しら)ざれば理療(ぢりやう)に違(たが)ひあり病人(ひやうにん)も心(こゝろ)付(つか)
 ず別(べつ)の事と思(おも)ひ告(つげ)語(いた)らず事を誤(あやま)ることあり
 よく〳〵心を用(もちひ)て問(とう)べし
〖療法(りやうほふ)〗檳榔子(びんろうじ)《割書:薬店に|あり》末(こ)にして二匁 童子(こども)の小便(せうべん)に
て用ゆべし生姜(せうかの)汁(しぼりしる)を加(くはふ)るも亦よし○又方 呉茱(ごしゆ)

【左頁】
萸(ゆ)一匁 木瓜(もくくは)一匁《割書:唐木瓜(とうもくくは)を用ゆへし味(あしはむ)酔(す)き|ものよし二味共薬店にあり》水にて煎(せん)
じ服(ふく)すべし犀角(さいかく)《割書:薬店に|あり》屑(すりくず)《割書:鎊(やすり)又は鮫(さめ)の皮(かわ)に|おろすべし》五六
分右 煎薬(せんやく)の内(うち)へ入 撹(かきまぜ)飲(のむ)最(もつとも)よし○又方 半夏(はんげ)《割書:薬|店》
《割書:にあ|り》二匁 水(みづに)煎(せん)じ生姜(せうかの)汁(しぼりしる)多く入(いれ)服(ふく)すべし○又方
黒豆(くろまめ)一合水三合を一合五勺に煎(せん)じて飲べし甘(かん)
草(ざう)を加(くは)へ煎て服(ふく)す最よし○又方 鉄粉(てつふん)【左ルビ:てつのこ】《割書:刀(かたな)鍛冶(かじ)|の削(けつり)く》
《割書:づ針(はり)の鎊(すり)くづ何も用ゆへし|銹(さひ)なきものをよしとす》六七 匁(もんめ)水(みつ)茶碗(ちやわん)に
二 杯(はい)入一 杯(はい)に煎(せん)し飲(のむ)べし○又方 鹿角(しかのつの)《割書:地方(ちはう)に|よりて》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】
【上部欄外付箋が無い以外は、前コマと同じ】

【右頁】
《割書:かのしゝといふ|又しゝといふ》末(こ)となし多く白湯(さゆ)にて服(ふく)すべ
し象牙(ぞうげ)もよし又 牛角(うしのつの)鯨牙(くじらのは)皆 用(もちゐ)てよし《割書:何も鎊(やすり)|又は鮫(さめ)》
《割書:の皮(かは)にて屑(こ)|にすべし》○又方 枇杷葉(びはのは)又は蜜 柑(かん)の葉(は)水(みづ)にて
煎(せん)じ用ゆ又 牛旁(ごぼう)の根(ね)《割書:野菜(やさゐ)の|品(しな)なり》酒(さけ)に浸(ひた)し飲(のむ)又 忍冬(にんどう)
《割書:下に図説(つせつ)|あり》の葉(は)或は花(はな)末(こ)となし酒(さけ)にて飲(のむ)べし
 凡(おほよそ)人 大抵(たいてい)気力(きりよく)等は常(つね)のごとくなれば心付(こゝろづか)ね
 ども卒爾(ふと)起(たて)ば脚(あし)膝(ひざ)がくつきてよはく蹶(つまつき)倒(たをれ)
 或は脚(ひざ)膝(あし)【ママ】足跟(かゝと)より小腹(したはら)抔(など)へかけて頑麻(しびれ)を覚(おぼ)

【左頁】
 へば早(はや)く医師(ゐし)に理(ぢ)を請(こう)て預(あらかじ)め衝心(せうしん)の患(うれひ)を
 防(ふせ)ぐべし何(いづ)れにも前(まへ)に云 脚疾(あしのやまひ)を覚(おぼ)へば急(きふ)
 に風市(ふし)三里(さんり)の穴(けつ)に灸(きう)すべし或は先 風市(ふし)に灸(きう)
 し次(つき)に伏兎(ふくと)次(つぎ)に犢鼻(とくび)次に三里(さんり)次に上廉(ぜうれん)次に
 下廉(げれん)次に絶骨(ぜつこつ)の穴(けつ)に灸(きう)すべし三日の間(あいだ)に灸(きう)
 すること都合(つごう)百 壮(そう)づゝすべし皆 能(よく)毒気(どくき)を
 瀉(しや)す《割書:以上八 処(しよ)の灸(きう)穴(けつ)図|説(せつ)下に附(つ)け出 ̄ス》

【右頁】
〖忍冬(にんどう)〗《割書:和名|  すいかづら》
     《割書: 又ぼさつかづら| 》  《割書:冬(ふゆ)より春(はる)の初(はじめ)頃(ころ)までの間|葉(は)の形(かたち)如此(かくのことし)》
《割書:此 草(くさ)園庭(せどには)原野(のはら)共にあり|凡(おほよそ)諸(もろ〳〵)のかづらは右(みぎ)にまとふ》
《割書:只(たゞ)此(この)忍冬(にんどう)は左(ひたり)にまとふ故(ゆへ)に|左纏藤(さてんとう)と言四月の頃(ころ)花(はな)を開(ひら)く》       《割書:花(はな)の状(かたち)図(づ)| のことし》
《割書:色 白(しろ)し開(ひらき)て二三日も経(ふれ)ば黄色(きいろ)になり|黄(き)と白(しろ)と雜(まじり)て開(ひら)く故(ゆへ)に金銀花(きんぎんくは)と》
《割書:言 一蔕(ひとへた)に両花(りやうくは)二 瓣(べん)一は大(おほきく)一は小(ちいさく)半辺(はんへん)|のことし長蕋(しべながし)芬芳(にほひ)愛(あいす)べし》
    【忍冬の図】

【左頁】
             《割書:夏(なつ)秋(あき)の際(あいだ)は葉(は)の|状(かたち)如此(かくのことし)》
   【忍冬の図】
《割書:茎(くき)は微(すこし)紫(むらさき)に節(ふし)に|対(たい)して葉(は)を生(せう)ず》      《割書:左(ひたり)にまとふとは|如此なるを》
《割書:葉(は)は図(づ)のことく毛(け)あり|て渋(しぶ)る冬(ふゆ)を経て凋(しぼ)》      《割書:いへり| 》
《割書:まず樹(き)に繞(まとひ)て蔓延(はび)こるなり|一 種(しゆ)花(はな)莟(つぼみ)のとき紅(くれない)にて》
《割書:開(ひらけ)は白(しろく)なるあり是また|日を経(ふ)れば黄色(きいろ)になる》
《割書:されどもぢくの処あかし|西国(さいこく)におほし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 八処灸穴(はつしよきうけつ)《割書:此 灸穴(きうけつ)の法(ほふ)は千金方(せんきんはう)といへる書(しよ)に載(のせ)たるにて一 家(か)|の法(ほふ)なり殊更(ことさら)伏兎(ふくと)の穴(けつ)抔(など)は常(つね)の法(ほふ)とは違(たがへ)り其外》
  《割書:の穴法(けつほう)も皆々(みな〳〵)少々の違(たが)ひあれば必 脚気(かつけ)にのみ此 法(ほふ)を用ゆ|べし風市(ふじ)の一 穴(けつ)何れの病(やまひ)にも此 法(ほふ)にて取(とり)てよし》
〖風市(ふじ)〗《割書:此(この)穴(けつ)を取(とる)には病人(びやうにん)を起(たゝ)せ身(み)を平(たいら)にして両臂(りやうのて)を|垂(たれ)手(て)の十(とうの)指(ゆび)を舒(のべ)両(りやう)の髀(もゝ)に掩(おほい)着(つけ)て手の中指(なかゆひ)の|》
    《割書:頭(とまり)に当(あたり)髀(もゝ)の大筋(おほすじ)の上(うへ)に点(てんす)是 穴(けつ)なり|》
【図の説明】

                 《割書:風市(ふじ)の穴是也|》
 【横から見た人の図】

    《割書:此 肩(かた)を平にして穴処を取るべし|若 肩(かた)たかければ穴所も髙くなりひくければ|穴処もひくゝなる故正穴をのがたし》

【左頁】
〖伏兎(ふくと)〗《割書:此 穴(けつ)を取(とる)には先(まづ)其 人(ひと)の趺(あしのかう)を|累(かさね)て端坐(たゞしくざ)せしめ病人(びやうにん)の一手(かたて)》
《割書:の指(ゆび)四 本(ほん)を伸(のべ)節(ふし)をそろへて膝(ひざ)の上(うへ)に|置(おき)小指(ゆび)の側(わき)を曲(かゞめ)たる膝頭(ひざかしら)とひとしくし》
《割書:上(うへ)の人指(ひとさしゆび)の側(わき)の中央(まんなか)に点(てん)す是(これ)穴(けつ)なり|》
【図の説明】
            《割書:膝頭(ひざがしら)と小指(こゆび)の側(わき)|と斉(ひと)くすとは如此(かくのごとき)|を言なり》

            《割書:伏兎(ふくと)の穴(けつ)|此処に点(てん)す》
【座った人の図】

《割書:是(これ)は一家の伏兎(ふくと)にて|脚気(かつけ)にのみ用ゆべし| 》    《割書:趺(あしのかう)を累(かさね)てとは|如此するを言|なり》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖犢鼻(とくび)〗《割書:の穴は膝頭(ひざかしら)の外側(そとのかた)に在(あり)膝盖骨(ひざさらぼね)の下際(したぎは)の通(とをり)の外側(そとのかた)也|見(み)たる所は平(たいら)なる様にて指頭(ゆびさき)にて按(おし)視(み)れば両傍(りやうほう)骨(ほね)》
    《割書:にて俠解(われ)たる様(やう)なる形(かたち)【八のような形の図】如是(かくのことき)処の最中(まんなか)に点(てん)すべし|》
      【足の図】
             《割書: 犢鼻(とくび)の穴是なり|膝盖骨(ひざさらのほね)の下際(したきは)とは此処を言》

【左頁】
〖膝眼(しつがん)〗《割書:此 穴(けつ)は膝盖骨(ひざさらほね)の下(した)両傍(りやうほう)に陥(くぼか)なる処あり其 最中(まんなか)に|点(てん)すべし是 穴(けつ)なり二 穴(けつ)づゝ両脚(りやうあし)にて四 穴(けつ)なり》

          《割書:膝眼(しつがん)の穴是也|》
    【足の図】
          《割書:膝眼(しつがん)の穴是也|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖三里(さんり)〗《割書:此 穴(けつ)は手指(てのゆび)四 本(ほん)を節(ふし)をそろへて伸(のべ)膝頭(ひざかしら)の骨(ほね)の下際(したぎは)|外(そと)の方(かた)の膝眼(しつがん)の穴より下へ置(をき)其 下(しも)になりたる小指(こゆび)の》
    《割書:傍(わき)に点(てん)すべし是 穴(けつ)なり|》

       《割書:膝眼(しつかん)是也|》
             《割書:三 里(り)是也|》
       《割書:人摉指(ひとさしゆび)|》【左から右に横書】
         《割書:小指|》【左から右に横書】
    【足の図】
        【手の図】《割書:病人の手なり|》

【左頁】
〖上廉(しやうれん)〗〖下廉(げれん)〗《割書:の二穴は三里(さんり)の下(した)にあり挨(とる)法(ほふ)は手(て)の指(ゆび)四 本(ほん)を|伸(のべ)て三 里(り)の穴より下(した)の方(かた)にならべ掩(おほひ)て下(した)に》
     《割書:なりたる指(ゆび)の傍(そば)に点(てん)すべし是(これ)上 廉(れん)の穴なり又上|廉(れん)の穴より下の方へ又四本の指をならべ布(しき)て下》
     《割書:になりたる指(ゆび)の傍(そば)へ点(てん)す是下 廉(れん)の穴なり|》
             【手の図】《割書:病人の手なり|》
           【足の図】
                《割書:   下廉(げれん)の穴也|上廉》
    【手の図】
 【足の図】
      《割書:   上廉(ぜうれん)の穴也|三 里(り)》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖絶骨(ぜつこつ)〗《割書:此 穴(けつ)は手指(てのゆび)四 本(ほん)を節(ふし)を|そろへて伸(のばし)脚(あし)の外踝(そとくろぶし)の》
   《割書:上際(うわぎは)に置(をき)て上(うへ)の方(はう)の指(ゆび)の側(わき)|外踝(そとくろぶし)の直(じき)上(うへ)に点(てん)す是穴なり》
                  《割書:是(これ)も病人(びやうにん)の手(て)なり|》
               【手の図】
        【足の図】
               《割書:絶骨(ぜつこつ)の穴(けつ)|是なり》

【左頁】
  積気(しやくき)暈倒(うんとう)《割書:しやくおこりてめをまはす|疝気(せんき)衝逆(つきあぐる)冷気(れいき)入嚢(ゐんのうにいる)を附す》 
〖病状(びやうぜう)〗此(この)證(せう)初発(しよほつ)に頭痛(づつう)身(み)熱(ねつし)或は憎悪(さむけして)後(のち)に大に熱(ねつ)
を発(はつ)し小腹(したはら)痛(いたみ)を作(なし)て胸(むね)と脇肋(わきはら)に引疼(ひきいたみ)甚し
きは咬牙(きばをかみ)ふるへて反張(そりかへり)冷汗(ひやあせ)出(いで)て流(なが)るゝがことく
にして死(し)なんとするあり又 咬牙(きはをかみ)反張(そりかへること)なくして
卒然(にはかに)に暈倒(めくるめきたをるゝ)ものあり或は大小便(たいせうべん)閉(とず)るあり又 積(しやく)
気(き)厥逆(つきあげ)て心(むね)腹(はら)共に膨張(はりつめ)て背(せ)膂(かた)に引痛(ひきいたみ)嘔吐(はきけ)乾(ゑた)
嘔(き)或は痰(たん)沫(あは)を吐(は)き或は心胸(むなさき)に湊(つきつめ)或は脇肋(わきはら)へ筑(さしこみ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
て腹(はらの)中(うち)刺(さす)がことく痛(いたみ)或は遂(つい)に厥逆(てあしひえ)あがり死(し)せん
とするものあり
〖療法(りやうほふ)〗木香(もくかう)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし熱酒(あつきさけ)にて調(まぜ)服(ふく)す○
又方 赤小豆(あづき)煮汁(にしる)多く服す○又方 香附子(かうぶし)《割書:薬店に|あり》
末(こ)となし白湯(さゆ)にて服(ふく)す或は縮砂(しゆくしや)の末(こ)甘艸(かんざう)《割書:二品|共に》
《割書:薬店に|あり》の末(こ)少し加(くは)へ服す○又方 紫蘇(しそ)の葉(は)水
にて煎(せん)じ服(ふく)す急(きふ)なる時は熱湯(あつきゆ)にて擺(ふり)出(いだ)し
用ゆ木香末(もくかうのこ)少許を入て良(よし)○又方 熊膽(くまのゐ)少許(すこしばかり)温(ゆ)

【左頁】
水にてとき灌(そゝぎ)のましむべし《割書:熊膽(ゆうたん)偽物(にせもの)多きもの|なり白盞(しらやきのちやわん)中に浄水(きれいなるみづ)》
《割書:を汲(くみ)熊膽(くまのゐ)胡麻(ごま)の大(おほきさ)ほどを入るゝに飛旋(とびめくる)こと迅疾(はやき)|もの真(しん)なり遅(をそ)きものは偽(にせ)なり又 堅炭(かたずみ)にて火(ひ)を》
《割書:能(よく)をこし其上ゑ罌粟粒(けしつぶ)許(ばかり)を載(のせ)て見(み)るべし火(ひ)の|上(うへ)にて湧上(わきあが)り漸(ぜん)〳〵に炭(すみ)の内(うち)へ滲込(しみこみ)て跡(あと)なく硫(い)》
《割書:黄(おう)の香(か)をりする物 真(まこと)なり湧揚(わきあかり)泡(ふくれ)たるまゝにて|灰(はい)となり唯(たゞ)焦臭(こげくさ)きは偽物(にせもの)なり又 少(すこし)許(ばかり)を舌(した)の上(うへ)》
《割書:へ置(おく)に苦(にが)き味(あしはひ)舌(した)の心(しん)へ透(とを)るもの真(まこと)なり苦味(にがみ)薄(うす)|きは偽物(にせもの)なり大抵(たいてい)是 等(ら)にて弁(わきまへ)【辨】知(しる)るべし》
○又方 半夏(はんけ)一 味(み)煎(せん)じ服(ふく)さしめてよし乾嘔(からゑたき)ある
に最(なかんづく)よし○衝逆(つきあげ)むちうに成しは火盆(ひばち)に醋(す)を
灌(そゝき)入(いれ)て其 気(き)を嗅(かゞ)しむへし○又方辰砂《割書:薬店に|あり》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
二三 分(ふん)水(みつ)にて用べし或は熊膽(くまのゐ)のとき汁(しる)にて用
ゆるも最(もつとも)よしとす
〖疝気(せんき)衝逆(つきあぐる)〗素(もと)より陰嚢(いんのう)腫(はれ)痛(いたむ)事有か又 腰(こし)少腹(したはら)な
ど拘急(ひきはる)もの此(この)證(せう)あり又左もなくして忽然(たちまち)起(をこ)る
者あり其 證(せう)少腹(したはら)より胸膈(むなさき)まで衝上(つきあげ)引疼(ひきいたみ)て前(まへ)
の積気(しやくき)と同(おなし)證(せう)を見(あらは)すなり
〖療法(りやうほふ)〗韭(にら)を擣(つき)て汁(しる)を取(とり)て飲(のむ)○又方 檳榔子(びんろうじ)《割書:薬店に|あり》
末(こ)を温(あたゝか)なる酒(さけ)にて服(ふく)す○又方 唐木瓜(からもくくは)《割書:薬店に|あり》の

【左頁】
末(こ)酒(さけ)にて服(ふく)す○又方 呉茱萸(ごしゆゆ)《割書:薬店に|あり》の末(こ)を温酒(かんざけ)
にて服(ふく)す○又方 小蘹香(せうかいきやう)杏仁(きやうにん)《割書:二味薬店|にあり》末(こ)にし
葱白(ねきのしろね)【左ルビ:ねぶかのしろね】少々 入(いれ)温酒(かんざけ)にて服(ふく)す○又方 甘草(かんさうの)末(こ)白湯(さゆ)に
て服(ふく)す○又方 衝逆(つきあげ)強(つよ)く痰(たん)嗌(のんど)に塞(ふさかる)は香附子(かうぶし)の末(こ)
《割書:薬店に|あり》浮石(かるいし)《割書:海(うみ)より出る者用ゆべし山より出る|は焼石(やけいし)なり薬に入べからず薬店に》
《割書:あり甞(なめ)て見るに塩(しほ)|けある者(もの)を用ゆ》の末(こ)等分(とうぶん)にして白湯(さゆ)に生(せう)
薑(が)の絞(しぼり)り汁(しる)を拌(かきまぜ)て服(ふく)す○又方 衝心(つきあげ)さし込ある
に杉(すぎ)の木(き)の節(ふし)を煎(せん)じ用(もち)ゆ小木(せうぼく)はよろしから

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
ず一尺まはり程(ほど)より以上のものよし若(もし)節(ふし)なく
ば根(ね)に近(ちか)き所の木(き)の中心(しん)の赤(あかき)き所を用べし
〖冷気(れいき)入嚢(ゐんのうにいり)〗て痛(いたみ)強(つよ)く陰嚢(ゐんのう)縮(ちゝみ)入(いり)て腹(はら)急(ひきはり)痛(いたみ)絶(たえ)入(いらん)と
するあり甚しきは死に至るなり
〖療法(りやうほふ)〗山椒(さんせう)を木綿(もめん)の袋(ふくろ)に入て陰嚢(ゐんのふ)を包(つゝむ)むべし
○又方 葱(ねぎ)の白根(しろね)を剉(きさみ)て炒(い)り熱(あつ)き所を木綿(もめん)切(ぎれ)に
包(つゝみ)み陰嚢(ゐんのふ)を蒸(む)すべし乳香(にうかう)《割書:薬店に|あり》の末(こ)加(くは)る最(もつとも)
よし又 茴香(ういきやう)《割書:薬店に|あり》を炒(いり)て用るもよし○又

【左頁】
方 白(しろき)花(はなの)山茶(つばきの)実(み)《割書:和に椿の字用|ゆるものなり》或(あるひ)は生(なま)にて嚼(かみ)食(くら)ひ
又は干(かは)きたるは煎(せん)じ服(ふくし)てよし○又方 地膚子(ほうきゞのみ)
《割書:草箒(くさぼうき)にするもの|の実なり》炒(いり)て末(こ)となし酒(さけ)にて服(ふく)すべし
《割書:此 外(ほか)服薬(ふくやく)方は前(まへ)の疝気(せんき)衝逆(せうきやく)|の方(ほう)と同し参(ましへ)考(かんが)へ用ゆべし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
   癲癇(てんかん)卒倒(そつたう)《割書:てんかんの病(やまひ)にて|俄(にはか)にたおれたる也》
〖病状(びやうぜう)〗今 迄(まで)無事(ぶし)なるに似(に)て忽(たちまち)わつと声(こゑ)を発(はつ)して
仆者(たをるゝもの)多(おほ)し又 声(こゑ)なくして倒(たを)るゝ者(もの)あり何(いづ)れも瞪(めを)
目(すへ)直視(みつめ)或(あるひ)は上竄(めだまかみづり)て白(しろき)沫(あは)を吐(はき)手足(てあし)搐搦(びくつき)目(めぶた)瞤動(びくつき)或
は偏引(かた〳〵へひきつり)揺頭(かしらうごき)振身(みふるへ)咬牙(きばをかむ)或は息(いき)絶(たえ)脈(みやく)も絶(たえ)たるがご
とく口(くち)開(ひらき)身(み)輭(やはらか)にして死人(しにん)の如(ことく)なる者(もの)あり然れ
どもながきは一 時(とき)又は半時(はんとき)短(みじかき)は暫時(しはらく)にして旧(もと)
のごとし醒(さむ)れば夢(ゆめ)のことし是(これ)癲癇(てんかん)の證候(せふこう)なり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖療法(りやうほふ)〗先(まづ)皂莢(そうきやう)《割書:図説中風の|條にあり》煎(せんじ)たる汁(しる)を鼻孔(はなのあな)の
内へ灌(そゝぎ)入るべし涕(はな)唾(つは)おほく出て甦(よみがへる)若(もし)
皂莢(そうきやう)なき時は冷水(ひやみづ)をおほく鼻(はな)へ灌(そゝぎ)入べし
〖或(あるひ)は〗先(まづ)取嚏(くさめをとる)法(ほふ)を用(もちゆ)べし《割書:取嚏(くさめをとる)法(ほふ)は前(まへ)の中(ちう)|風(ふう)の條(ぜう)にあり》或は石(いし)
を焼(やき)醋(す)の中(うち)へ焠(にらき)て其 気(き)を嗅(かゞ)しむべし勿論(もちろん)頭髪(かみのけ)
を掣(ひきはり)嚏(くさめ)を出さすべし○服薬(ふくやく)は熊膽(くまのゐ)小豆(せうづ)許(ばかり)を
白湯(さゆ)にてとき灌(そゝき)下(くだ)さしむべし○又方 釣藤鈎(てうとうかふ)《割書:薬|店》
《割書:にあ|り》甘草(かんぞう)一匁つゝ水(みづ)に煎(せん)じ服(ふく)さしむべし○又

【左頁】
方 白礬(はくはん)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし壱匁 挽茶(ひきちや)五分 煎(せん)じたる
茶(ちや)にて服(ふく)すべし○又方 辰砂(しんしや)《割書:薬店に|あり》二三分 水(みづ)に
て灌(そゝぎ)下(くだ)す或は熊膽(ゆうたん)【左ルビ:くまのゐ】のとき汁(しる)にて用るも亦(また)最(もつとも)よし
○百会(ひやくゑ)《割書:図説中風|にあり》に灸(きう)すべし壮数(そうすう)に拘(かゝ)は
らず甦(せうきづき)て止(とゝむ)べし
 《割書:皂莢(そうきやうの)汁(しる)を灌(そゝぎ)入て甦(せうきつき)て後(のち)涕(はな)唾(つは)出てやまざるは|塩湯(しほゆ)をおほくのみてよし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  血厥(けつけつ)《割書:又(また)鬱冒(うつほう)といふ|》
〖病状(ひやうぜう)〗人 平居(へいきよ)疾(やまひ)なし忽(たちまち)死人(しにん)のごとくにて動揺(はたら)か
ず黙々(だまりて)人(ひと)をしらず婦人(ふじん)に尤(もつとも)此(この)證(せう)多し
〖療法(りやうほふ)〗半夏(はんげ)の末(こ)或は皂莢(そうけふ)《割書:薬店にあり猪牙(ちよげ)皂莢(そうけう)と|いふを用ゆべし常 皂(さいかち)の》
《割書:莢(さや)乾(ほし)たるもよし図(づ)|説(せつ)中風(ちうふう)の條(せう)に出 ̄ス》の末(こ)を鼻(はな)に吹込(ふきこみ)嚏(くさめ)を取(とり)醋(す)を
火盆(ひばち)に傾(かたむ)け入れて烟(けむり)を鼻(はなの)中(うち)に冲(つき)入(いら)しめてよし
○梅(むめ)の実(み)の熟(じゆく)したる肉(にく)を口中(こうちう)へすり入るべし
梅実(むめのみ)のなき時(とき)は塩梅(むめぼし)の肉(にく)にてもよし○辰砂(しんしや)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
の末(こ)湯(ゆ)にて五六分用てよし○又方 川芎(せんきう)香附(かうぶ)
子(し)の末(こ)《割書:二味薬店|にあり》等分(とうぶん)白湯(さゆ)にて用ゆべし







【左頁】
  波也宇知加太(はやうちかた)《割書:先輩(せんはい)青筋(せいきん)と云 病(やまひ)のよし言(いへる)説(せつ)|あれ共 穏(をだやか)ならず故(ゆへ)に俗称(ぞくせう)を挙(あく)》 
〖病状(びやうぜう)〗平居(へいきよ)無事(ぶじ)にして初(はじめ)は肩(かた)背(せなか)微(すこ)し痛(いたみ)悶を覚(おぼ)へ
後(のち)俄(にはか)に肩(かた)張(はり)痛(いたみ)堅(かたく)満(みち)て面色(めんしよく)青惨(あをざめ)唇(くちびる)黒(くろく)手足(てあし)厥冷(ひへあかり)
或は悶乱(もんらん)し或は嘿々(もく〳〵)【左ルビ:だまり】として精神(せいしん)恍惚(うつとり)となる速(すみやか)
に救(すくは)ざれば死(し)す
〖療法(りやうほふ)〗急(きう)に肩(かた)背(せ)の堅(かた)く凝(こり)たる所を小刀(こかたな)様の刃(は)物
にて割(さ)き破(やぶり)り悪血(わるち)を出(いだ)すべし血(ち)多く出(いで)人心付(ひとごゝちつき)
たる後(のち)に刺(さし)たる痏(きづくち)へ馬(むまの)糞(ふんの)汁(しる)を塗(ぬり)ておくべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖服薬〗青松葉(あをまつば)を煎(せん)じ用べし急(きふ)なる時は青(あを)
松葉(まつば)を嚼(かみ)て病人(びやふにん)の口(くち)をあけて其 汁(しる)を吹(ふき)込(こみ)
のましむべし○又方 刀豆(なたまめ)の実(み)を末(こ)にして
白湯(さゆ)にて灌(そゝ)ぎのますべし急(きふ)なる時は刮(けづり)て
用ゆ○又方 胡椒(こせう)の末(こ)温酒(かんざけ)にて服(ふく)す
○又一 證(せう)あり人(ひと)俄(にはか)に腹(はら)㽲(ひきしめ)痛(いたみ)漸々(ぜん〳〵)に胸膈(むねのうち)へ攻(つきつめ)て
煩躁(みをあがき)悶乱(もんらん)し顔色(かんしよく)青惨(あをさめ)或は黯黒(うすくろく)唇(くちひる)の色(いろ)黒(くろく)なり
昏憒(うつとりと)して死(し)す

【左頁】
〖療法(りやうほふ)〗速(すみやか)に下唇(したくちびる)を反(かへ)して鍼(はり)にて刺(さ)し又は小刀(こかたな)様(やう)の
物(もの)を以て割(さき)て黒血(くろち)を出すべし血(ち)一 合(ごう)余(あまり)も出れ
ば忽(たちまち)に愈(いゆ)るなり若(もし)一ヶ処 割(さき)て血(ち)出(いで)ざる者は二ヶ
所も割(さき)て血(ち)を出すをよしとす
 此病 海浜(うみべ)の漁人(りやうし)舟子(せんどう)なと往々(まゝ)患(うりやう)るものあり
 山(やま)陵(をか)に居(すまいす)る人(ひと)此(これ)を患たるを聞ず北国(ほくこく)海浜(うみべ)にて
 は此 病(やまひ)を波伊(ばい)と名(な)づけ能(よく)其(その)療法(りやうほふ)を知者(しるもの)多(おほ)し
 他邦(たほう)には知ざる処もありて死(しせ)る人もあるよし聞(きゝ)及

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 ぬ異国(いこく)の方書(ほうしよ)に言(いへ)る沙病(さびやう)の中(うち)の絞腸沙(かうちやうさ)なるべし


【左頁】
  鍼暈(しんうん)《割書:はりして目をまはす事なり|》
凡(おほよそ)人(ひと)鍼(はり)して暈倒(きとをくなりたをるゝ)ものあり鍼(はり)の上工(ぜうず)にもある
ことなれども其 法(ほふ)ありて再(ふたゝび)鍼(はり)して速(すみやか)に甦(よみがへる)者(もの)也
至(いたつ)て初心(しよしん)のときは驚愕(をどろ)きて処置(とりさばき)を失(うしの)ふもの
なれば聊(いさゝ)か救法(すくほふ)の大意(たいゐ)を載(のする)のみ
〖療法(りやうほふ)〗袖(そで)を以て病人(びやうにん)の口(くち)鼻(はな)を掩(おほ)へば息気(いき)をふき
回(かへ)すものなり其時(そのとき)あつき湯(ゆ)を与(あたへ)飲(のま)しむべし
前法(まへのほふ)の如(ごとく)して気(いきを)回(ふきかへ)さゞるは手(て)の三里(さんり)に鍼(はりす)べし

【〖 〗は隅付き四角囲み線

【右頁】
○若(もし)肩井(けんせい)等(とう)上部(ぜうぶ)に鍼(はり)して暈倒(きとをくたを)れば足(あし)の三 里(り)
に鍼(はり)してよし《割書:足の三里図説|前の中風 ̄ニあり》
〖手(ての)三里(さんり)〗《割書:此(この)穴(けつ)は肘(ひじ)の約(よこの)文(すじ)の止(とまり)より手(て)さきの方(かた)へ二寸に点(てん)すべし|是(これ)穴(けつ)なり此所を指頭(ゆびさき)にて按(おせ)ば肉(にく)高(たか)く起(をこる)》
                  《割書:三里の穴|》
       《割書:腕(てくび)の約(よこ)文(すじ)是(これ)也|》
     【手・腕の図】
                    《割書:肘(ひじ)の約(よこ)|文(すじ)止(とまり)是也》
         《割書:此間を十二半に折(をり)取(とる)べし|》

《割書:此(この)穴(けつ)を挨(とる)には腕(てくび)の約(よこ)文(すじ)より肘(ひぢ)の約(よこの)文(すじ)までの間を藁(わら)にて度(はか)り|十二半に折(をり)一 尺(しやく)二 寸(すん)半(はん)と定(さだめ)て此(この)寸(すん)にて取(とる)べし》

【左頁】
  入浴(にうよく)暈倒(うんどう)《割書:湯気(ゆげ)にあたるなり|》
人 湯(ゆ)を浴(あび)て時(とき)を移(うつ)し又は熱(あつ)き湯(ゆ)に入て湯気(ゆげ)
に中(あたり)遂(つい)に眩暈(めまひ)して倒(たをれ)仆(ふ)し人事(じんじ)をわきまへず
或は衂血(はなぢ)やまざるあり
〖療法(りやうほふ)〗先 冷水(ひやみず)を其 面(かほ)に噴(ふきか)くべし或は惣身(そうみ)に水を
澆(そゝぎ)かけてもよし其上にて塩水(しほみづ)を飲(のま)しむべし又
酢(す)を一 杯(さかづき)程(ほど)のましめてよし《割書:中巻 衂血(はなぢ)の|条(ぜう)考(かんがう)べし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】



【左頁】
  酔船(すいせん)《割書:船(ふね)に酔(ゑふ)なり|○轎(かご)に酔(ゑひ)山(やま)に酔(ゑひし)を附(ふす)》
人 船(ふね)に乗(のり)て眩暈(めまひ)或(あるひ)は嘔吐(はき)或は瀉(くだし)頭痛(づつう)煩(もがき)悶(もた)へ
る事(こと)あり
 凡(おほよそ)船(ふね)に注(よひ)たる人 渇(かはき)ありとも水(みづ)を与(あたへ)飲(のま)しむ
 べからずのましむれば死(し)に至(いた)ることあり
〖療法(りやうほふ)〗急(きふ)に童子(どうじ)【左ルビ:こども】の小便(せうべん)を飲(のま)しめてよし若(もし)童便(どうべん)
なき時(とき)は自己(じぶん)の尿(いばり)を飲(のむ)べし○又方 厳(つよき)醋(す)を一
口(くち)飲(のみ)てよし○嘔吐(はきけ)止(やま)ざるは半夏(はんげ)陳皮(ちんひ)茯苓(ぶくりやう)の

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
《振り仮名:三味| み》等分(とうぶん)せんじ飲(のみ)てよし○又方 生蘿菔(なまだいこん)を擦(すり)
喫(くら)ふべし○又方 梅肉(むめぼし)を含(ふくみ)てよし○又方 硫(い)
黄(わう)《割書:発燭(つけぎ)に用ゆる|ものなり》を嗅(かぐ)べし
○人(ひと)轎(かご)に乗(のり)漸々(せん〳〵)に風(かせ)雲(くもの)中(うち)に坐(ざ)するがことく頭痛(づつう)
甚(はなはだ)しく悪心(むねはる)くなり最甚(もつともはなはたしき)は暈倒(めまひたをるゝ)に至(いた)る
〖療法(りやうほふ)〗速(すみやか)に熱湯(あつきゆ)の中(うち)に生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)を入 拌(かきまぜ)飲(のま)しめ
てよし又 半夏(はんけ)《振り仮名:一味| み》煎(せん)じ服(ふく)す○又方 辰砂(しんしや)《割書:薬店に|あり》
少(すこし)許(ばかり)舌上(したのうへ)に置(おき)白湯(さゆ)にて送下(のみくだす)《割書:凡此證 冷水(ひやみつ)を|飲べからす》

【左頁】
○人 終日(しうじつ)嶮岨(けんそ)なる山中(やまなか)を経歴(けいれき)するとき忽(たちまち)恍惚(うつとり)
として眩暈(めまひ)し顔色(かんしよく)青惨(あをざめ)人心地(ひとこゝち)なく遂(つい)に倒(たを)
れて人事(じんじ)を知(しら)ず無性(むせう)となる俗人(ぞくじん)《振り仮名:山の神|やま  かみ》の譴(とがめ)
など言もの是(これ)なり
〖療法(りやうほふ)〗速(すみやか)に酒(さけ)を燖(かん)して酔(えふ)ほど喫(のみ)て平地(へいち)に卧(ふ)す事
《振り仮名:一時|  とき》許(ばかり)にして精神(こゝろもち)旧(もと)に復(ふく)す○又方 酢(す)を飲(のみ)て
安卧(をちつけふさ)しめてよし
○人の斬(きら)れたるか又は怪我(けが)して血(ち)など大に出(いで)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
たるを傍(そば)より見て面色(かほのいろ)青(あを)くなり暈倒(きぜつ)するも
あり前の方(はう)を用て甦(よみがへ)るなり





公恵済急方上巻

【見返し】

【裏表紙】

卒暴諸證
外傷之類

《題:広恵済急方   中巻》

広恵済急方中巻目録
  卒暴諸證(そつぼうしよせう)《割書:人 平居(へいきよ)無事(ぶじ)にして忽(たちまち)に|発(おこ)る病(やまひ)の類(るい)を茲(こゝ)に集(あつ)む》
吐血(とけつ)〖一丁〗《割書:人(ひと)忽(たちまち)血(ち)を吐(はく)なり○此(この)證(せう)一 様(やう)ならず|故(ゆへ)に七ヶ條(ぜう)に分(わけ)たり》
衂血(じくけつ)〖十四丁〗《割書:鼻(はな)の孔(あな)より|血(ち)出(いつ)るなり》
歯衂(しじく)舌衂(ぜつじく)〖二十丁〗《割書:はより血(ち)出(いつ)るなり|したより血(ち)出(いづ)るなり》
小便血(せうべんけつ)〖二十三丁〗《割書:小便(せうべん)より血(ち)|出(いづ)るなり》
諸(しよ)失血(しつけつ)眩暈(けんうん)〖二十四丁〗《割書:衂血(じくけつ)吐血(とけつ)下血(げけつ)金瘡(きんそう)等(とう)総(すべ)て血(ち)多(おゝく)出(いづ)る|病(やまひ)皆(みな)めまひしてむちうになるを載(のす)》
急喉痺(きふこうひ)〖二十五丁〗《割書:のんと俄(にはか)にはれふさがるなり|○肺絶(はいぜつ)を附(ふ)す》

【〖 〗内は白抜き文字】

搶食風(そうしよくふう)〖三十丁〗《割書:口中(かうちう)にはかに黒(くろき)色(いろ)の|物(もの)腫(はれ)起(をこ)るなり》
眞頭痛(しんづつう)〖三十一丁〗《割書:頭(かしら)大(おゝひ)にいたみ手足(てあし)|ひえあがるなり》
心腹卒痛(しんふくそつつう)〖三十二丁〗《割書:むねはら俄(にはか)に|いたむなり》
急黄(きうわう)〖三十七丁〗《割書:俄(にはか)に総身(そうみ)黄色(きいろ)に|なる病(やまひ)なり》
卒瘂(そつあ)〖三十八丁〗《割書:俄(にはか)にものいふこと|ならぬなり》
懸壅垂長(けんいようすいてう)〖三十九丁〗《割書:咽(のんど)のひこ俄(にはか)に|腫(は)るゝなり》
指頭卒痛(しとうそつつう)〖四十丁〗《割書:指(ゆび)さき俄(にはか)に|いたむなり》
無名腫毒(むみやうしゆどく)〖四十一丁〗《割書:名(な)もしれざる腫物(はれもの)|出来(でき)たるなり》

卒聾(そつろう)〖四十三丁〗《割書:耳(みゝ)にはかにきこへ|ざるなり》
耳中卒痛(にちうそつつう)〖四十四丁〗《割書:俄(にはか)に耳(みゝ)痛(いたむ)|なり》
舌(した)卒(そつに)腫大(しゆだい)〖四十五丁〗《割書:舌(した)にはかに腫(はれ)大(おゝひ)|になるなり》
小便急閉(せうべんきうへい)〖四十六丁〗《割書:小便(せうべん)俄(にはか)に通(つう)せず|小(あと)腹(はら)満(みつ)るなり》
脱頷(だつがん)〖四十八丁〗《割書:あごのはづれ|たるなり》
卒然(そつぜん)牙関(げくはん)緊急(きんきふ)〖五十丁〗《割書:俄(にはか)に口(くち)ひらか|ざるなり》
脱肛不収(だつこうふしう)〖五十一丁〗《割書:だつこう出て|入ざるなり》
長蟲下出(てうちうかしゆつ)〖五十二丁〗《割書:肛門(かうもん)より長(なが)き蟲(むし)|出てつきざるなり》

【〖 〗内は白抜き文字】

  外傷(くはいしやう)之 類(るい)《割書:怪我(けが)の類(るい)を|茲(こゝ)に集(あつ)む》
金創(きんそう)〖五十三丁〗《割書:刃(やへば)にて怪我(けが)|せしなり》
舌断(ぜつだん)〖五十九丁〗《割書:舌(した)をきり|たるなり》
擦壊(さつくはい)〖六十丁〗《割書:すりこはし|なり》
攧撲(てんぼく)〖六十一丁〗《割書:うたれ|たる也》 墮落(だらく)《割書:高(たか)きより|おちたる也》 圧倒(あつとう)《割書:おしにうた|れたるなり》
 閃挫(せんざ)《割書:ひきくじき|たるなり》 落馬(らくば)《割書:むまよりおち|たるなり》
眼(まなこ)為物傷(ものにやぶらる)〖六十七丁〗《割書:つき目(め)うち|目(め)なり》 
眼晴(がんせい)突出(とつしゆつ)〖六十八丁〗《割書:目(め)の玉(たま)とび|出るなり》

湯盪(たうたう)火焼(くはせう)〖六十九丁〗《割書:湯(ゆ)にてのやけど|火(ひ)にてのやけど》
凍指(とうし)欲墮(おちんとほつす)〖七十二丁〗《割書:冬月(とうげつ)指(ゆび)こゝへて|おちんとするなり》
人咬傷(じんかうしやう)〖七十三丁〗《割書:ひとにかま|るゝなり》
緒虫(しよちう)咬傷(かうしやう)〖七十四丁〗《割書:緒(もろ〳〵)の虫(むし)にかみやぶらるゝなり虫(むし)ざしの|類(るい)を載(のす)○蛇(へび)人(ひと)の身(み)に纏(まとふ)を附(ふ) ̄ス》
緒獣(しよじう)囓傷(さくしやう)〖八十四丁〗《割書:毛(け)ものにかみやぶら|るゝなり》

【〖 〗内は白抜き文字】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
広恵済急方中巻
    法眼侍医多紀安元丹波元悳編輯
            男安長元簡 校
 卒暴諸證(そつぼふしよせう)《割書:人 平居(へいきよ)無事(ぶじ)にして忽(にはか)に|発(をこ)る病(やまひ)をこゝに載(の)す》
  吐血(とけつ)《割書:此 證(せう)一 様(やう)ならされば療法(りやうほふ)亦 同(おな)じから|ず故(ゆへ)に七 條(ぜう)に分て大略(たいりやく)を知(し)らしむ》
〖吐瘀血(とをけつ)〗人 忽(にはかに)血(ち)を吐(はき)其(その)血(ち)の色(いろ)或(あるひ)は黯黒(くろずみ)或は紫黒(くろむらさき)
色(いろ)にして或(あるひ)は凝(こり)て《振り仮名:切■|とりのきも》【䘓ヵ】のごとく或は豆羹汁(まめのにしる)の
ごとくなる者(もの)あり此時に当(あたり)ては或は煩悶(もだへくるしみ)或は

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
身體(みうち)清涼(すゞし)くして気息(いきづかひ)微(かすか)に面(をもて)白(しろ)きはかねて停(とゞこ)
積(ほり)結聚(あつまり)し瘀血(わるち)を吐(はき)出(いだ)せるなり此 證(せう)は血(ち)多(おほ)く
出(いで)たりとも妨(さまたげ)なし然(しか)れども一時(いちとき)に多(おほ)く出(いづ)れば
元気(げんき)接(つゞか)ざる者(もの)なれば療法(りやうほふ)を施(ほどこ)すべし
〖療法(りやうほふ)〗山漆(さんしち)《割書:根(ね)葉(は)ともに用ゆ|図説(づせつ)後に在り》を自(みづから)嚼(かみ)飯(めし)の取湯(とりゆ)にて
送(おくり)下(くだ)すべし○又方 香附子(こうぶし)《割書:薬店(やくしゆや)に|あり》末(こ)となし二匁
許(はかり)童子(こども)の小便(せうべん)にて送(おくり)下(くだす)を良(よし)とす○又方 茯苓(ぶくりやう)《割書:薬|店》
《割書:にあ|り》の末(こ)に香附子(こうぶし)の末(こ)一匁 許(はかり)宛(づゝ)を米(めしの)飲(とりゆ)にて

【左頁】
用ゆべし○又方 花蕋石(くはすいせき)《割書:薬店に|あり》末(こ)にして白湯(さゆ)に
て服(ふく)す○又方 生(なまの)藕(はすのね)擦(す)り絞(しほ)りて汁(しる)を取(とり)童便(こどものせうべん)に和(まぜ)
て服(ふく)すべし○又方 韭(にら)を搗(つき)て汁(しる)を取(と)り三四 盞(さん)【左ルビ:さかづき】を
服(ふく)すべし胸中(むねのうち)悶(くるしく)といへども後(のち)に必す愈(ゆ)○又方
黒豆(くろまめ)一 合(がうに)紫蘇(しそのは)一匁 水(みづに)煎(せんじ)服(ふく)すべし
〖虚損吐血(きよそんとけつ)〗其(その)人(ひと)いつとなく気(き)怯(つかれ)形色(けしき)憔悴(やつれ)或は胸(こゝろ)
懐(もち)欝然(おもしろからす)飲食(いんしよく)ともに風味(ふうみ)なく腹(はら)は饑(へり)ながら食(しよく)す
ることは不欲(いや)にて且(そのうへ)物(もの)に驚(をとろ)き易(やす)く夜(よる)快(こゝろよく)寐(いね)ざる

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
等(とう)の證(せう)其以 前(ぜん)にありて後(のち)に忽(たちまち)吐血(ちをはく)者(もの)あり又は
其以前に数度(すど)嘔吐(はきけ)【左ルビ:ものをはく】の證或は度々(どゝ)泄瀉(はらをくたす)の證(せう)有た
る後(のち)に卒然(ふと)吐血(ちをはき)或は下血(ちをくたす)事(こと)有(ある)者(もの)あり是を虚(きよ)
損(そん)吐 血(けつ)とす血(ち)の色(いろ)鮮(いろよく)紅(あか)かるべし
〖療法(りやうほふ)〗伏龍肝(ふくりやうかん)《割書:竃(かまど)の下(したの)正中(まんなか)の焼土(やけつち)なり|極(きわめ)て古(ふる)きをよしとす》末(こ)となし
新汲水(くみたてのみつ)の中(なか)へ入(いれ)拌(かきまぜ)淘汰(ゆすり)て後(のち)よく澄(すまし)【左ルビ:おとめ】て其 上水(うはみつ)に
蜜(みつ)を加(くはへ)和匂(よくまぜ)あわせ服(ふく)して後(のち)粥(かゆ)を啜(すゝる)をよしとす
○又方 百草霜(ひやくそうそう)《割書:釜(かま)の臍(ほそ)に着(つき)たる墨(すみ)なり農家(のうか)|雑草(ざつそう)を焚(たき)たる墨(すみ)よし》末(こ)と

【左頁】
なし糯米(もちこめ)を煮(に)たる取湯(とりゆ)にて二匁 許(ばかり)を服(ふく)して
良(よき)なり○又方 飛羅麪(うどんのとびこ)《割書:羅(ふるい)の盖(ふた)に飛(とひ)て|著(つき)たる麪(うどんのこ)なり》京墨(よきすみ)《割書:唐墨(とうすみ)の|上品(ぜうひん)を》
《割書:用ゆべし無(なき)ときは和墨(わすみ)|のよきを用ゆべし》の磨汁(すりしる)にて二匁 許(ばかり)を服(ふく)
すべし○又方 人参(にんじん)焙(あふり)側栢葉(そくばくえふ)焙(あふり)《割書:図説後に|あり》荊芥穂(けいがいずい)
《割書:薬店に|あり》黒焼(くろやき)にして等分(とうぶん)何(いづ)れも末(こ)となし飛(うん)
羅麪(どんのとひこ)少(すこし)許(ばかり)を入 新汲水(くみたてのみつ)にて和匂(よくませ)て稀糊(うすのり)の如(ごとく)して
服(ふく)す
〖虚熱吐血(きよねつとけつ)〗患人(びやうにん)面(かほ)赤(あかく)滑(つや〳〵)澤(うるほひ)甚(はなはた)しく或は躁悶(もたへさはき)或は喘(ぜん)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
息(そく)して手足(てあし)厥冷(ひえあかり)或は小 便(べん)清澄(すみ)大便もやはらか
に通(つう)し又は泄瀉(せつしや)【左ルビ:はらをくだ】し遂(つい)に吐血(ちをはき)て不正(やまざる)は虚陽(きよいよう)の浮(う)
泛(かみあかり)たるなり血色(ちのいろ)鮮(いろよく)紅(あかき)なり尤(もつとも)大切(たいせつ)の證(せう)なり
〖療法(りやうほふ)〗乾姜(かんきやう)《割書:薬店に|あり》黒(くろ)く炒(いり)末(こ)となし童子(こともの)小便に
調(とゝのへ)服(ふく)す○又方 肉桂(にくけい)《割書:薬店に|あり》一 味(み)末(こ)となし方寸匕(ひとさじ)
許(ばかり)を服(ふく)す○又方 人尿(せうべん)に生姜(せうが)の絞(しぼ)り汁(しる)を入(いれ)和匂(よくまぜ)
て服(ふく)す○又方 独参湯(どくじんとう)《割書:方は上巻脱|腸(いよう)の条(ぜう)にあり》にて辰砂(しんしや)《割書:薬|店》
《割書:にあ|り》末(こ)五六分を送(おくり)下(くだす)べし○又方 人参(にんしん)黄茋(わうぎ)《割書:薬|店》

【左頁】
《割書:に|あり》各(おの〳〵)一 匁(もんめ)水(みつ)に煎(せんじ)童子(こどもの)小便(せうべん)を加(くわへ)て頻々(ひたもの)服(ふく)し
てよし○又方 手足(てあし)厥逆(ひゆる事)強(つよ)きは参附湯(じんふとう)《割書:方は|中風》
《割書:に出|せり》に伏龍肝(ふくりやうかん)《割書:前に|見ゆ》末(こ)となし服する時(とき)点(くわへいれ)撹(かきたて)用
ゆ最(もつとも)良(よし)
〖実熱吐血(じつねつとけつ)〗吐血(とけつ)口(くち)渇(かはき)て水を飲(のむ)事を好(この)み或は
咽(のんど)痛(いたみ)躁(もかき)煩(さはき)大便(たいべん)䩕(かたく)或は閉(とぢ)て通(つう)ぜず小便の色(いろ)赤(あか)
くして熱(あつ)く或は頭痛(づつう)する者は実熱(じつねつ)吐血(とけつ)と
するなり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖療法(りやうほふ)〗黄連(わうれん)《割書:薬店に|あり》一匁水一 杯(はい)を半分(はんぶん)に煎(せんし)服(ふく)す
或(あるひ)は豉(し)《割書:納豆なり塩の入|たるは用へからず》を二十 粒(りう)許(ばかり)加(くはへ)入(いれ)煎(せんじ)用又よし
○又方 黄芩(わうごん)《割書:薬店に|あり》一匁 剉(きさみ)水(みつ)一 杯(はい)を半分に煎(せん)
じ服(ふく)す○又方 鬱金(うこん)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし白湯(さゆ)にて
六分 許(ほと)用ゆ○又方 山茶花(さんさくは)【左ルビ:つばきのはな】《割書:庭園にあるつ|ばきなり》末(こ)とな
し白湯(さゆ)にて服(ふく)す《割書:其まゝ煎(せんし)|服(ふくす)又よし》○又方 青黛(せいたい)《割書:薬店にあ|り絵(ゑ)の具(ぐ)》
《割書:に用ゆるあいろう|を用てよし》二銭 新汲水(くみたてのみす)にて服すべし
○又方 黄丹(わうたん)《割書:絵(ゑ)の具(く)に用る品(しな)なり薬店にてたん|といふ光明(かうめう)たん長吉たんみなよし》

【左頁】
一 味(み)新汲水(くみたてのみす)にて一 銭(もんめ)を服(ふく)す○又方 馬勃(ばほつ)《割書:後に図(つ)|説(せつ)あり》
末(こ)となし砂糖(さたう)にて枇杷(びわの)核(たねの)大に丸し冷水(ひやみつ)にて化(とき)
て服(ふく)す○又方 黄栢子(わうばくのみ)《割書:倭名しこのへい|薬店にあり》一両水に煎
し服(ふく)す○又方大黄《割書:薬店に|あり》一匁 末(こ)となし生(なまの)地黄(ぢはう)
の絞(しぼり)り汁(しる)一 合(こう)許(ほと)《割書:大和筑前の辺(へん)にては多く作(つく)る|ゆへ汁(しる)を用ゆへし若 生(なま)の根 無処(なきところ)》
《割書:にては薬店にて生乾(ほしたる)地(ち)|黄(わう)を求(もと)め一匁入べし》水を五 勺(しやく)許(ばかり)《割書:若 乾(ほしたる)地黄(ちわう)を|用は水壱合》
《割書:五勺入|べし》沸(わかし)煮汁(にしる)を服(ふく)す○辡茄(たうからし)などの類 辛(からき)熱(ねつ)の
物を多(おほ)く食(くら)ひ吐血(とけつ)するは紅棗(なつめ)核(たね)ともにむし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
焼(やき)に黒(くろ)く焼き阿煎薬(あせんやく)《割書:薬店にあり和|名さるぼう》煆過(やきすこ)【左ルビ:よくやき】し米飲(めしとりゆ)
にて服す
〖大怒吐血(たいどとけつ)〗人大に怒(いか)る事ありて後(のち)煩熱(ねつ)を発(はつし)
吐血(とけつ)する者あり或は胸(むね)脇(わき)の次(あたり)痛(いたみ)満(みち)悶(はる)あり
〖療法(りやうはふ)〗南京(なんきんの)《振り仮名:瓷器|やきもの》を砕(くだ)き末(こ)にして皂莢子仁(そうきやうしにん)【左ルビ:さいかちのみ】《割書:薬|店》
《割書:にあり図説|中風に見ゆ》の煎湯(せんじしる)にて二 銭(もんめ)許(ばかり)を服す○又方 青(せい)
黛(たい)《割書:説まへ|にあり》二 匁(もんめ)新汲水(くみたてのみす)に調(ませ)服すべし○又方 童子(どうじ)
小便(せうべん)にて香附子(こうぶし)《割書:薬店にも|あり》の末(こ)を調(まぜ)て服す○又

【左頁】
方 栢葉(このてかしはのは)《割書:薬店にあり|図後にあり》末(こ)となし米飲(めしのとりゆ)にて服(ふく)す
憂(うれへ)恚(いきどうり)煩(もたへ)満(くるしみ)胸中(むねのうち)疼痛(いたみ)ある者に最(もつとも)よし
〖傷酒吐血(せうしゆとけつ)〗酒(さけ)を常(つね)に好(この)む人或は連日(うちつゞき)大飲(おほのみ)をなし
或は甚 酩酊(めいてい)【左ルビ:つよくゑい】して後(のち)大に吐血(とけつ)する者あり
〖療法〗生(なまの)葛根(くづのね)《割書:図説後|にあり》搗(つき)て汁(しる)を取(とり)頓(いちがい)に服(ふく)す立(たちところ)に効(しるし)
あり○又方 天南星(てんなんせう)《割書:薬店に|あり》一 両(りやう)剉(きさみ)て豆(まめ)の大(おほい)さの
ごとくし爐(いろりの)灰汁(はいのしる)に浸(ひた)し洗(あらひ)焙(あふり)て研末(すりこ)となし毎服(ふくするたひ)
に一 銭(もんめ)自然銅(じねんどう)《割書:薬店に|あり》を酒(さけ)にて磨(す)り調(ませ)て服(ふく)す

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
○又方 萊服(たいこん)自然(しぼり)汁(しる)に塩(しほ)少(すこし)許(ばかり)を入(いれ)て服す尤よし
○又方 赤小豆(あづきの)花(はな)せんじ服す最(もつとも)妙(よし)
〖中暑吐血(ちうしよとけつ)〗夏(なつ)炎熱(ゑんねつ)の節(せつ)旅行(たび)などして終(つい)に暑毒(しよき)
に中(あた)りて吐血(とけつ)する者あり其 証(せう)気(き)怯(よはく)體(からだ)倦(つかれ)息(いき)微(かすか)に
或は熱(ねつ)し渇(かはき)つよく煩(いきれ)悶(もたへ)て吐血するあり
〖療法(りやうほふ)〗鍋(なべの)底(そこの)墨(すみ)を研(すり)細(こまか)にして井蕐水(くみたてのみつ)にて服(ふく)す連(つゞけて)進(すゝめ)
二三 度(ど)飲(のみ)て良(よし)○又方 生(せうの)麦門冬(ばくもんどう)【左ルビ:りうがひげ】《割書:図説下|にあり》一 両(りやう)許(ばかり)搗(つき)
て汁(しる)を取(と)り蜜(みつ)一 合(ごう)を入(いれ)拌(かきまぜ)て二度(にど)に服(ふく)すべし○

【左頁】
又方 蘆(よし)荻(をぎ)《割書:水辺(すいへん)に|生(せうずる)もの也》外(そと)の皮(かわ)を焼(やき)灰(はい)にし白(しろ)くならざ
る様に焼(やき)て末(こ)にし蚌粉(ばうふん)少 許(ばかり)《割書:蚌は田貝(たかい)なり焼て|粉とす図(づ)後(のち)に出す》
を入れ研(すり)匂(まぜ)麦門冬(ばくもんどう)《割書:薬店にもあり|図説後にあり》煎(せんじ)湯(しる)にて一二
匁を服(ふく)す○又方 黄連(はうれん)香薷(こうじゆ)《割書:二味共に薬|店にあり》一匁 宛(づゝ)水(みづ)
に煎(せん)じ服す
凡 何(いづ)れの吐血(とけつ)にても暴(にはか)に血(ち)を吐(はき)て湧(わく)が如(こと)くな
る者(もの)或は一 口(くち)二口よりして一二 合(ごう)漸(ぜん〳〵)に一 升(せう)
より数斗(すと)に至り気血(きけつ)脱(ぬけ)て危(あやうき)こと頃刻(しばしのま)にあり此

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
際(さい)に至りては何れの證(せう)にても下(しも)に載(のす)る所(ところ)の通(つう)
理(ぢ)の方(ほう)を用ゆべし
〖通理法(つうぢのほう)〗急(きう)に人参(にんじん)一二 匁(もんめ)細末(こまかなるこ)となし飛羅麪(うどんのとびこ)一 分(ふん)
温水(さゆ)或は井蕐水(くみたてのみづ)其 病人(びやうにん)の好(このむ)処(ところ)に随(したが)ひて和(よく〳〵)匂(かきまぜ)て
稀糊(うすのり)のことくして徐々(そろ〳〵)と服(ふく)すべし或は人参二
匁を濃(こく)煎(せん)じて用ゆ○又方 何(いづ)れの吐血(とけつ)にても
乱髪(かみのけ)よく〳〵油(あぶら)を洗(あらい)去(すて)て焼(やき)灰(はいに)し醋(す)にて服す
べし温水(さゆ)にてもよしとす○又方 緒薬(しよやく)【左ルビ:いろ〳〵のくすり】用ひて

【左頁】
効(しるし)なきは其 病人(びやうにん)吐(はき)出(いだ)したる血(ち)の凝(こりたる)を《割書:何れの吐(と)|血(けつ)にても》
《割書:多く吐(はき)しばらく|すれば凝(こる)ものなり》火(ひ)にて焙(あぶり)乾(かはかし)再(ふたゝび)炒(いり)黒(くろく)し末(こ)となし
三 分(ふん)許(はかり)を麦門冬(はくもんどう)に煎(せんじ)し汁(しる)にて服(ふく)すべし○又
方 烏賊骨(いかのほね)《割書:図説 金(きん)|瘡(そう)に出》を末(こ)となし飯(めし)の取(と)り湯(ゆ)にて
服(ふく)すべし○又方 茜草(せんさう)《割書:図説後|に出す》の根(ね)干(ほし)たる も(おふ)の
は末(こ)にして二匁を服(ふく)す生(なま)なるは水(みつに)煎(せんし)服(ふくす)○又
方 柿漆(かきしぶ)をのみてよし百草霜(ひやくさうそし)【左ルビ:いなかのなべずみ】を柿漆(かきしぶ)に撹(かきたて)用ゆ
亦よし○又方 洎夫藍(さふらん)《割書:薬店に|あり》一二匁 沸湯(あつきゆ)に擺(ふり)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
出(いだ)し用(もちゆ)最(もつとも)良(よし)○又方 白芨(ひやくぎう)《割書:和名しらんと云 乾(かわき)たる|もの薬店にあり》末(こ)
として二三分 童子(とうじ)の小便(せうべん)にて用ゆ
〖馬勃(ばぼつ)〗《割書:和名みゝつぶれ 又 けむだし|又 山だま   又 てんぐのへだま|又 けむりたけ》
              【馬勃の図】
 《割書:大さ鞠(まり)のことくにして甚 軽(かろ)く|やわらかなるみ綿(わた)にすぎ》
 《割書:たりたゝけばほこり出 ̄ツ|初生(しよせい)の時(とき)はしろし後に》
 《割書:内(うち)外(そと)ともに黄褐(こげいろ)になる林(はやし)|の中(うち)又は山の崖(がけ)なと湿(しめり)ある》
 《割書:所に生ず古人(こじん)苔(こけ)の類(るい)とも|菌(きのこ)の類(るい)なりとも言り》

【左頁】
〖側柏(そくはく)〗《割書:和名このてがしは|》

《割書:此 樹(き)ひの木に似(にて)枝(ゑた)側(そはだち)|生(せう)ず人家(じんか)園庭(せどには)に多(おほく)》
《割書:栽(うゆ)るものなり去(さり)ながら|其 枝(ゑだ)根(ね)の本(もと)より四(し)》
《割書:方(ほう)に叢(あつまり)生(せう)して其|木振(きふり)は側(そはたゝ)ず真(まこと)の》     【側柏の図】
《割書:側柏(そくはく)は一 体(たい)の樹振(きぶり)|偏(かたへらに)側(そはだつ)なり和(わ)に真(まこと)》
《割書:の側柏(そくはく)稀(まれ)なれば|このてがしわを》
《割書:以て代(かへ)用(もち)ゆ功能(こうのふ)|は同(おな)じ》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖山漆(さんしち)〗《割書:和名も| さんしちと言》  《割書:広(かう)三七とは別 種(しゆ)なり|》

《割書:葉(は)のかたち|かくのことし》
 【山漆の葉の図】

《割書:葉(は)は艾(よもぎ)のことくして大(おほひ)に|夏(なつ)秋(あき)の間(あいだ)花(はな)を開(ひら)き其 色(いろ)黄(き)なり茎(くき)の高 ̄サ壱二尺に及(およ)べり》

【左頁】
《割書:今 人家(じんか)多く栽(うゆ)る所の物なり|》

【山漆の花の図】
《割書:花の状かくの|ことし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖葛花(かつくは)〗《割書:俗名くずの花(はな)|》
《割書:家園(いえせど)に|あり山野(さんや)》
《割書:にも多(おほ)し|其 藤(つる)蔓(はび)》  【葛花の図】
《割書:延(こり)長(なが)きこと|五六 丈(ぜう)に》
《割書:して淡紫色(うすむらさきいろ)|なり取(とり)収(おさめ)て》
《割書:布(ぬの)袴(はかま)と|なす者(もの)》
《割書:是(これ)なり葉(は)は|大豆(だいつ)又は楸(あかめがしは)の葉(は)に》
《割書:似(に)て青し背(うら)淡青(うすあを)|》

【左頁】
《割書:色なり初秋(しよしう)穂(ほ)を|なして莟(つぼみ)累々(かさなり)綴(つゞり)て粉紫色(うすむらさき)の》
《割書:花(はな)を開(ひら)く状(かたち)豌豆(のらまめ)花に似(に)たり|又 淡黄色(うすきいろ)のものあり此 花(はな)》
 《割書:薬(くすり)に用ゆ|》
【葛花の図】
             《割書:秋(あき)の末(すへ)莢(さや)をなし実(み)|を結(むすぶ)皂莢(さいかちのさや)の如(ごとく)にして》
            《割書: 其 子(み)緑(みどり)にて扁(ひらた)なり|嚼(かめ)ば腥気(なまくさきか)あり其 根(ね)外(そと)》
          《割書:紫(むらさき)にして内(うち)白(しろく)長(ながき)者(もの)は八九|尺に至(いた)る冬月 掘採(ほりとり)て搗(つき)爛(くづし)》
         《割書:葛根(かつふん)【左ルビ:くづのこ】を造(つくる)者(もの)是なり|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖蚌(ぼう)〗《割書:和名 からす貝(かい)|   どぶ貝(かい)》
《割書:処々(しよ〳〵)溝(みそ)渠(ほり)水田(みづた)の内(うち)|に生(せう)ず大さ図(づ)の》
《割書:ことくなるより|七八寸に至る》
《割書:色 黒(くろ)し海(うみ)には|絶(たへ)てなし》
     【蚌の図】
《割書:真珠母(あつがひ)又 蚌(ぼう)と言|此と同じからず》

【左頁】
              《割書:根(ね)に玉(たま)あり|是を用ゆ》
《割書:此 草(くさ)大葉(たいやふ)|小葉(せうやふ)の二 種(しゆ)あり》
《割書:四 時(し)ともに|》
【麦門冬の図】
《割書:枯(かれ)ず林(はやし)の|下(した)又は人(じん)》
《割書:家(か)霤(あまだれ)墜(おち)|に》
  《割書:植置(うへおく)もの|なり》
             《割書:五月花を開く色|浅紫なり実(み)は》
             《割書:秋(あき)熟(じゆく)す色 紫黒(くろむらさき)なり|》

〖麦門冬(ばくもんどう)〗《割書:和名| りうがひげ》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖茜艸(せんさう)〗《割書:和名| あかねづる》

   《割書:根(ね)の図也 皆(みな)赤(あか)し|》
【茜艸の根の図】
               【茜艸の図】


【左頁】
《割書:此 草(くさ)原野(のへん)に生ず状(かたち)|図(づ)のことく茎(くき)葉(は)ともに》
《割書:糙澀(ごそつき)七八月 小(ちいさき)白(しろき)花(はな)を|開(ひらく)根(ね)の色(いろ)くろ赤(あか)く》
《割書:其(その)根(ね)を取(とり)て絳(あかね)を|染(そむ)るものなり》
   【茜艸の図】

            《割書:茎(くき)方(しかく)にして|苗(なへ)延(はびこり)蔓(つる)となる》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  衂血(じくけつ)《割書:はなぢなり|》
〖病状(びやうぜう)〗人 卒(にはか)に鼻(はなの)孔(あなの)中(うち)より血(ち)出て数升(すせう)に至(いた)る者(もの)あ
り或は湧が如く出るあり或は点滴(ほた〳〵と)出るあり或
は鮮血(いろよきち)或は敗絮(ふるわたの)如(こと)くかたまりたるあり
〖療法(りやうほふ)〗石榴花(せきりうくは)【左ルビ:ざくろのはな】《割書:図説後|にあり》の弁(はなびら)を鼻(はな)の孔(あな)に塞(ふさぐ)べし
○又方 蘿菔(だいこん)の絞汁(しぼりしる)を鼻(はなの)孔(あな)の中(うち)に滴(したゝり)入(いれ)てよし
○又方 藕(はすのね)を搗(つき)砕(くだき)汁(しる)を絞(しぼ)り取(とり)て鼻(はなの)孔(あなの)中(うち)へ滴(したゞり)入
べし○又方 墻頭(どべいの)苔蘚(こけ)を採(とり)鼻(はなの)孔(あなの)中(うち)に塞(ふさぎ)て良(よし)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
○又方 車前草(をゝばこ)《割書:図説後に|あり》の葉(は)を揉(もみ)汁(しる)を絞(しぼ)り取(と)り
鼻(はなの)孔(あな)の中(うち)へ滴(したゝり)入(い)るゝをよしとす○又方 燈心艸(とうしみ)
を鼻孔の中(うち)へ填(つめ)塞(ふさぎ)てよし○又方 蓮房(はすのみのから)《割書:図説後|にあり》
を火(ひ)に焼(やき)末(こ)にして鼻(はなの)孔(あな)の中(うち)へ管(くだ)にて吹(ふき)込(こむ)べし
○又方 大蒜(にんにく)一 枚(つ)細(こまか)に研(すり)餅(もち)の如(ことく)くならしめ銭(せに)の
大のことくにして右(みぎ)の鼻(はな)より出るは右の足心(あしのうら)
に貼(はり)左の鼻(はな)より出るは左の足心(あしのうら)に貼(はりつく)べし両(りやふ)の
鼻より出るは両の足心(あしのうら)に貼(はる)べし血(ち)止(やま)ば水にて

【左頁】
洗(あらい)去(すつ)べし○又方 何(いつ)れの紙(かみ)にても火(ひ)にやきて其
にほひを鼻(はな)へ入るやうにしてかきてよしむせ
てもかまはずにかぐへし○軽證(つよからぬはなぢ)は足のさきを
冷水(ひやみづ)にてひやすべし左(ひたり)の鼻(はな)より出るは左の足(あし)
のさきを冷水をかけ右より出るは右の足をひ
やす○又方 百薬(ひやくやく)効(しるし)なき者(もの)は病人(びやうにん)の手(て)の中指(なかゆび)の
節(ふし)の処を線(いと)を用て緊(きびしく)紮(くゝ)るべし若左の鼻孔より
血(ち)出(いづ)るは右の手指(てのゆひ)を札(くゝり)右の鼻孔より血出るは

【右頁】
左(ひたり)の手(ての)中指(なかゆび)を札(くゝる)若(もし)左(ひたり)右(みき)共(とも)に出るは左右(さゆう)の手(て)
の中指(なかゆひ)を札(くゝ)るべし
【掌の図】       【足の裏の図】
    《割書:此処を紮(くゝる)べし|》   《割書:足心湧泉の穴也詳に霍乱の条に見へたり|        此所に貼べし》
《割書:中指|》

○又方 茅花(ぼうくは)《割書:俗につばなのほと|云図説後にあり》を煎(せん)じて多く服(ふくし)
てよし○又方 山梔子(くちなしのみ)《割書:薬店にあり図|説後にあり》炒(いり)黒(くろく)して末(こ)と
なし管(くだ)にて鼻(はなの)孔(あな)の中(うち)へ吹(ふき)込(こみ)置 外(そと)よりは紙(かみ)を

【左頁】
水(みつ)に濡(ぬらし)て鼻(はなの)上(うへ)に搭(をしあて)てよし○又方 鍋煤(なべすみ)を水に
調(まぜ)飲(のみ)てよし○又方 鼻衂(はなぢ)多(をほ)く出(いで)て湧(わく)が如くに
して止(やま)ざる者(もの)は何(なに)にても大(おほばんの)白紙(しらかみ)一 張(まい)或は二張
いくへにも摺(たゝみ)て十 余(よ)層(かさね)となし厚(あつ)くして井蕐(くみたての)水
にて湿(しめ)して其 紙(かみ)能(よ)く湿(しめ)り透(とうり)たるを病人(びやうにん)の髪(かみ)を分(わけ)
て頂心中(つむりのまんなか)【左ルビ:つむりのてへん】に貼置(はりつけをき)其 上(うへ)より熨斗(ひのし)に火(ひを)盛(いれ)て当(あ)て熨(のす)
べし熨斗(ひのし)なくんば温石(をんしやく)にて熨(のす)べし暫(しばら)くして衂(はなち)
止(やむ)なり○又方 山梔子(くちなし)一味せんじ服す○又方 荊(けい)

【右頁】
芥(がい)煎(せん)じ服(ふく)すべし○又方 代赫石(たいしやせき)《割書:薬店に|あり》 末(こ)となし
少(すこし)許(ばかり)を舌(したの)上(うへ)に置(をく)べし○又方 《振り仮名:柹渋|かきしぶ》【柿】をのみてよし
○又方 衂血(はなぢ)過多(をびたゝしく)出て昏迷(心うつとりとし)気(き)つかれたるは生(せう)【左ルビ:なま】地(ぢ)
黄(わう)搗(つき)て汁(しる)を取(とり)連(つゞけて)飲(のむ)べし若汁を取て遅(をそく)ば其(その)侭(まゝ)
喫(くら)ひ汁(しる)を呷(すひ)且(そのうへ)其(その)滓(かす)を鼻(はなの)内(うち)へ填(つめ)塞(ふさ)くべし若(もし)生(なまの)地(ぢ)
黄(わう)無(な)き所(ところ)にては薬舗(やくしゆや)の生地黄(せうちわう)を用べし《割書:薬舗に|ある生(せう)》
《割書:地黄(ぢわう)は干(ほし)たる物にてなま|の地黄にはあらず》○衂血(はなじ)多出て元気 脱(たつ)
して危(あやう)きは前(まへ)の吐血(とけつ)通理(つうじ)の服(ふく)薬を用ゆべし

【左頁】
○衂血(はなぢ)多(おほ)く出る(いて)止(やま)ざるは項(つむじの)後(うしろ)髪(かみの)際(はへきは)に灸(きう)すること三 壮(そう)
すべし又 上星(じやうせい)に灸(きう)すること七 壮(そう)すべし《割書:二穴下に|図あり》
〖酒後衂血(しゆごじくけつ)【左ルビ:さけののちはなぢ】〗出(いで)て止(やま)ざるは胡椒(こせう)の末(こ)少(すこし)許(ばかり)温酒(かんざけ)に入
撹(かきませ)服(ふく)すべし此 外(ほか)前(まへ)の傷酒吐血(しやうしゆとけつ)の薬用べし
〖入浴衂血(にうよくじくけつ)【左ルビ:ゆにいりはなぢ】〗出(いて)る事あり辰砂(しんしや)《割書:薬店に|あり》の末(こ)一二分 白湯(さゆ)
にて服(ふく)すべし紫蘇子(しそのみ)煎(せん)じ服す亦(また)良(よし)
〖撲堕(うちみ)落馬(らくばの)後(のち)衂血(はなち)〗出るは瘀血(わるち)上(かみ)に衝上(つきあくる)故(ゆへ)なり明礬(みやうばん)
一 塊(かたまり)其 侭(まゝ)病人(びやうにん)に嚼(かみ)て飲(のま)すべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
   《割書:楊(やなき)より薄(うすく)して色(いろ)も亦 淡緑(うすみどり)なり|五月の頃(ころ)より花(はな)を開(ひら)く》
    《割書:色 赤(あか)し夏(なつ)秋(あき)に| 至り》
 【石榴の葉・花の図】 《割書: 不絶(たへず)|花あり》
              《割書:秋|実(み)を》
《割書:処々(しよ〳〵)庭(には)|園(せど)にあり》          《割書:結(むすぶ)実 綻(ほころび)|て亦(また)花(はな)》  【石榴の実の図】
《割書:木(き)高(たかく)大(おほひ)なる|ものなし》         《割書:開き| 》
《割書:又 数種(すしゆ)あり|大 抵(てい)地(ち)より》              《割書:花(はな)実(み)並(ならひ)て|生(せう)す実(み)霜(しも)を》
《割書:叢(あつまり)生(せうし)て小枝(こゑた)|甚多し葉(は)は楊(やなぎ)に似(に)て短(みじか)く》        《割書:経(へ)て折(われ)裂(さけ)中(うち)に| 数子(すし)あり味 酸(すき)もの》
〖石榴(せきりう)〗《割書:和名| じやくろ》  《割書:花(はな)に千弁(やへ)のものあり|又単弁(ひとへ)のものあり》   《割書:薬に入れ用ゆ| 》

【左頁】
〖車前草(しやぜんそう)〗   《割書:和名 をばこ| 又 をんばこ》
《割書:此(この)草(くさ)人家(じんか)并に|路辺(みちのほとり)に春(はるの)初(はじめ)より》
《割書:生(せう)ず葉(は)は匙(さじ)のことく|三四寸より尺 余(よ)に至(いた)るもの|あり》
【車前草の図】
 《割書:実(み)の図|》 《割書:花(はな)の図|》
《割書:茎(くき)数本(すほん)出で図(づ)のことく|なる花(はな)を開(ひら)き八九月》
《割書:実(み)を結(むすぶ)路辺(みちのほとり)に地(ぢ)に|附(つい)て生(せう)ずるなり》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖山梔子(さんしし)〗《割書:和名| くちなし》
           《割書:実の状かくのことし|》
           【山梔子の実の図】
《割書:山中(さんちう)に多(おほ)し人家(じんか)園(せど)庭(には)|にも亦(また)多(おほ)し樹(き)大(おほい)なるは》
《割書:高(たかさ)一 丈(ぜう)許(ばかり)葉(は)の状(かたち)恒山(こくさき)【「こ」は衍ヵ】に|似(に)て厚(あつ)く両々(ふたつづゝ)相対(あいたい)す》
《割書:四五月の頃 枝頭(ゑだのさき)に|白(しろ)き花(はな)を開(ひらく)弁(はなひら)》【山梔子の花・葉の図】
《割書:厚(あつ)し六出(ろくべん)なり|花(はな)衰(おとろへ)て黄色(きいろ)に》    《割書:秋(あき)に至(いたり)て実(み)熟(じゆく◼[す?])状(かたち)図(づ)のことし| 黄(きに)丹色(あかきいろ)なり五(いつゝ)六(むつ)稜(かど)のある》
《割書:変(へん)ず芬芳(におひ)あり|状(かたち)図(づ)のことし》       《割書:ものあり又 七(なゝつ)八(やつ)稜(かど)のある|ものあり染家(◼[こ?]んや)にて》
              《割書:黄色(きいろ)をそめなす|ものなり》

【左頁】
〖白茅(はくぼう)〗《割書:  ちかや|和名》
   【白茅の図】
       《割書:  花を|つばなと言》
《割書:春(はる)芽(め)を出(いだ)す針(はり)のことし|つはなといふ後(のち)に白(しろ)き花(はな)を》
《割書:生(せう)ず葉(は)は薄(すゝき)に似(に)て|小(せう)なり根(ね)花(はな)共(とも)に》
《割書:薬(くすり)に用ゆ処々(しよ〳〵)原(はら)|野(の)に多(おほ)し小児(せうに)》
《割書:好(このん)で玩(もてあそ)ぶもの是(これ)|なり》

〖蓮房(れんぼう)〗   《割書:|はすのみのからなり》
           《割書:軸(ぢく)付(つき)より茎(くき)を去(すて)房(から)ばかりを|用(もち)ゆ》
    【蓮房の図】

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖項後(うなじのうしろ)髪際(かみのはへきはの)穴(けつ)〗
《割書:此穴は項(うなじ)の後(うしろ)髪(かみ)の|はへ際(きわ)両筋(りやうのすじ)の正中(まんなか)》
《割書:陥(ぐほき)【まゝ】所(ところ)にあり後(うしろ)の|髪(かみ)の際(はへぎは)を定(さだ)むる法(ほふ)》
《割書:前(まへの)巻(まき)中風(ちうふう)百会(ひやくゑ)の|條(ぜう)に出(いづ)》
〖上星(じやうせい)〗
《割書:此穴は前(まへの)髪(かみの)際(はへぎは)の上|一 寸(すん)にあり此寸を》
《割書:定(さだむ)る法(ほふ)并に前(まへ)の|髪(かみの)際(はへぎは)を定(さだむる)法 皆(みな)中(ちう)》
《割書:風(ふう)百会(ひやくゑ)の穴の処(ところ)に|委(くはしく)記(しる)せり》
【横顔の図】
                《割書:項後(うなじのうしろ)髪際(かみのはへきはの)穴|是なり》
            【横顔の図】
           《割書:前髪(まへのかみの)際(はへぎは)是也|》
          《割書:上星の穴是なり|》
         【頭に沿って前から後ろにかけて】
          一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二

【左頁】
  歯衂(しじく)舌衂(ぜつしく)《割書:はよりちいづるなり|したよりちいづるなり》
〖歯衂(しじく)〗歯(はの)縫(すき)齦(はぐき)との間(あいだ)より血(ち)出るなり
〖療法(りやうほふ)〗付薬(つけくすり)は蒲黄(ほをう)《割書:池(いけ)沼(ぬま)に生(せう)ずる蒲(かま)の穂(ほ)に有(あ)る黄色(きいろ)な|る粉なり薬店にもあり図説》
《割書:後の金創(きんそう)の|條(ぜう)にあり》炒(いり)焦(こがし)末(こ)となし付(つく)べし○又方 槐花(くわいくは)《割書:図|説》
《割書:下にあり薬|店にもあり》炒(いり)末(こ)にし付(つく)べし○又方 香附子(かうぶし)《割書:薬店に|あり》炒
黒(くろく)し末(こ)にして揩(すりつく)べし○又方 萊菔汁(だいこんのしぼりしる)に塩(しほ)を鹹(しほはゆ)きほ
ど入て漱(くちそゝぐ)【左ルビ:うがひ】べし嚥(のみこみ)てもよし○又方 髪(かみ)の毛(け)を焼(やき)灰(はい)と
なし一 銭(もんめ)許(ばかり)醋(す)に調(とゝのへ)て服(ふく)し且(そのうへ)付(つけ)てよし○又方

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
蟾酥(せんそ)《割書:薬店に|あり》末(こ)にして紙撚(よりかみ)【左ルビ:こよりかみ】の端(はし)に少(すこし)許(ばかり)を傅(つけ)て
血(ち)出(いづ)る処(ところ)を見定(みさため)按(おし)付(つく)べし立(たちところに)止(やむ)《割書:蟾酥(せんそ)は咽(のんど)に|入(いる)へからず》
 凡人 口(くち)より血(ち)出(いで)て吐血(とけつ)か歯衂(しじく)か分(わか)ち難(がたき)は涼水(ひやみづ)
 に漱(くちそゝぐ)べし血(ち)頃(しはしのま)止(やむ)は歯衂(しじく)也(なり)止(やま)ざるは吐血(とけつ)也(なり)
〖舌衂(ぜつしく)〗舌(した)より血(ち)出て縷(いとすじ)のことくなるなり
〖療法(りやうほふ)〗大抵(たいてい)前(まへ)に同(おな)じ○又 巴豆(はづ)《割書:薬店に|あり》を研(すり)爛(たゝらし)て
紙(かみ)に圧(をし)碾(きし)り油(あぶら)を取(とり)其 紙(かみ)にて撚子(こより)を作(つく)り燈(ともしひ)を
付(つけ)て吹滅(ふきけし)其 煙(けむり)にて舌(した)の上下(うへした)を熏(ふす)ぶへし自(じ)

【左頁】
然(ねん)と止(やむ)なり
〖歯(は)を抜(ぬ)て血(ち)出(いで)て不止(やまず)〗療法(りやうほふ)歯衂(しじく)に同(をな)じ
〖槐花(くわいくわ)〗《割書:和名ゑにす 今の俗(そく)ゑんじゆと云|大葉(おほば)小葉(こば)の二 種(しゆ)あり葉(は)は皂(さいかち)の葉(は)のことくに|して深緑色(いろこくあおし)木は甚 高(たか)く大(おほい)なるものあり》
《割書:夏(なつ)淡黄色(うすきいろ)の花(はな)を開(ひら)く花の|状(かたち)紅豆(さゝげ)に似(に)て細(こまか)く簇(あつまり)》
《割書:開(ひら)く事 図(づ)のことし此花|を取(とり)て用(もち)ゆべし》
【槐の図の説明】
                《割書:花(はな)の図(づ)|》
         【槐花の図】
【槐の実の図】
    《割書:実(み)の図(づ)|》
         《割書:木(き)は器(うつはもの)に作(つくり)て用(やう)をなす者(もの)是(これ)なり|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  小便血(せうべんけつ)《割書:小(せう)へんにち|くだるなり》
〖病状(びやうせう)〗小便(せうべん)忽(たちまち)に鮮血(いろよきち)出(いづ)る事あり
〖療法(りやうほふ)〗螺厴草(らあんそう)《割書:図説(つせつ)下|に出 ̄ス》汁(しる)を取(とり)少(すこし)蜜(みつ)を加へて水(みづ)
にて飲(のみ)下(くだ)すべし○又方 益母草(やくもそう)《割書:図説(づせつ)は前巻|疔毒(てうどく)にあり》
搗(つき)て汁(しる)を取(とり)一 合(ごふ)許(ばかり)を服すべし○又方 欝金(うこん)
末(こ)《割書:薬店に|あり》一匁 葱白(ねぎのしろね)三 茎(ほん)水二 杯(はい)を一杯半に煎し
用ゆべし○又方 車前草(しやぜんそう)《割書:図説前の衂(じく)|血(けつ)にあり》搗(つき)汁(しる)一合
を服すべし○又方 琥珀(こはく)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし燈心(とうしん)【左ルビ:とうしみ】

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
の煎(せんじ)汁(しる)にて二匁を飲(のむ)べし○又方 髪(はつ)灰(くわい)《割書:頭髪(かみのけ)を|焼(やき)て灰(はい)》
《割書:となしたるなり|油気(あぶらけ)無(なき)様(やうに)洗(あらふ)べし》二匁 白湯(さゆ)に醋(す)少(すこし)許(ばかり)を入て送(おくり)
下(くだ)すべし○又方 皮膠(にかわ)【左ルビ:みかは】《割書:薬店にありすき透(とう)る物(もの)|を用べし櫛手(くしで)と云もの》 
《割書:最(もつと)も|よし》炙(あぶり)て水(みつ)に煎(せん)じ服(ふく)すべし
〖螺厴艸(らあんそう)〗《割書:和名まめつる|又 まめこけ》
《割書:処々(しよ〳〵)陰(ひかげ)の石上(いしのうへ)又(また)は樹上(きのうへ)に附(つい)て生(せう)ずる|蔓草(つるくさ)なり葉(は)は貝(かひ)の厴(ふた)のことく》 【螺厴艸の図】
《割書:大豆(まめ)を二ッに割(わり)たる状(かたち)に似(に)て|其(その)色(いろ)も青豆(あをまめ)の色(いろ)の如(ごと)く|にして滑澤(つや)あり》

【左頁】
  緒失血(しよしつけつ)眩暈(けんうん)
吐血(とけつ)下血(げけつ)鼻衂(はなぢ)舌衂(ぜつじく)歯(はをぬきて)損(そんじ)血(ち)出(い)で金創(きんそう)など血(ち)
出(いづ)ること過多(おびたゝし)ければ皆(みな)眩暈(めまひ)して昏迷(むちう)にな
る事(こと)あり
〖療法(りやうほふ)〗茅根(ちがやのね)《割書:前(まへ)にある白(はく)|茅(ぼう)の根(ね)なり》を焼(やき)烟(けむり)の中(うち)へ醋(す)を灑(そゝぎ)て
其(その)臭(にほい)を病人(びやうにん)の鼻(はな)に嗅(かゞ)すべし且(そのうへ)冷水(ひやみづ)を病人の
面(かほ)に噀(ふきかけ)て驚(をどろか)しむべし○又方 辰砂(しんしや)の末(こ)《割書:薬店に|あり》
二三分 白湯(さゆ)にて用ゆべし○又方 石(いし)を焼(や)き

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
赤(あか)くして酢(す)を盆内(ぼんのうち)に盛(いれ)置(をき)其 中(なか)へ右(みき)の石(いし)を
入(いれ)焠(にら)き其 気(き)を嗅(かゞ)せてよし○又方 好(よき)墨(すみ)の濃(こ)
く麿(すり)たるを口(くち)に灌(なかしいれ)のませてよし○又方 荊(けい)
芥(がい)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし白湯(さゆ)にて送(おくり)下(くた)す○醒来(ひとこゝちつきて)後(のち)
速(すみやか)に伏龍肝(ふくりやうかん)《割書:竃(かまど)の下(した)の|焼土(やけつち)なり》末(こ)となし湯(ゆ)に拌(かきませ)て飲(の)む
べし○当帰(とうき)川芎(せんきう)二 味(み)各(おの〳〵)一匁《割書:二品共に薬|店にあり》水(みつ)に煎(せん)
じて飲(の)むべし○出血殊(ちいづること)過多(おびたゝしく)命(いのち)危(あやふき)は急(きう)に人(にん)
参(じん)一 味(み)濃(こく)煎(せん)じ用ゆべし或は人参一二匁 細(こま)か

【左頁】
なる末(こ)となし飛羅麪(うとんのとびこ)一 銭(もんめ)温水(さゆ)に和匂(かきませ)稀(うす)糊(のり)の
ことくならしめ徐々(そろ〳〵)飲(のま)しむべし○洎夫藍(さふらん)
《割書:薬店に|あり》一 味(み)煎(せん)じ服(ふく)す急(いそ)ぐときは擺(ふり)出(いだ)し用(もちひ)
てよし凡(おほよそ)失血(ちいづる)の證(せう)通用(つうやうし)て良(よし)此(この)外(ほか)前(まへ)の吐血(とけつ)
通理(つうぢ)の條(ぜう)と参(まじへ)考(かんがふ)べし

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  急喉痺(きうこうひ) 《割書:肺絶(はいぜつ)を附(ふ)す|》
〖病状(びやうでう)〗暴(にはか)に咽喉(のんど)腫(はれ)痛(いたみ)て閉(とぢ)塞(ふさかり)水漿(のみもの)通(とを)らず言語(ものいふこと)
ならず或(あるひ)は牙(はを)関(くひつめ)噤急(ひらかざる)是(これ)なり早(はや)く理療(ちりやう)せざれは死(しす)
〖療法(りやうほふ)〗微(すこ)しく咽喉(のんど)腫(はれ)痛(いたむ)事をおぼへば急(はや)く釅醋(つよきす)
を口中に含(ふくみ)て後(のち)通口(こつくりと)嚥(のみ)下(くだす)べし或は数(ひたもの)含(ふくみ)嗽(うがひ)
するときは痰(たん)涎(よたれ)を吐(はき)出(いだし)て愈(いゆ)るなり酢(す)なき
節(せつ)は冷(ひや)水にて含(ふくみ)嗽(うがひ)するもよし○又方 啇(やま)
陸(ごぼう)《割書:図説後|にあり》多少(たせう)にかゝはらず剉(きざみ)酢(す)にて濃(こく)煎(せん)し

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
つめて喉(のんと)の外(そと)へ塗(ぬり)傅(つく)べし○又方 萊菔(たいこん)の絞
汁(しる)を徐々(そろ〳〵)と嚥(のみ)下(くだし)て良(よき)也(なり)○又方 枯礬(やきみやうばん)《割書:薬店に|あり》を
末(こ)となし鶏子清(たまこのしろみ)に調匂(よくまぜ)喉(のんとの)中(うち)へ灌(そゝき)入(いれ)て妙(よき)なり
○又方 萆麻子(とうごまのみ)《割書:図説下|にあり》の殻(から)を搥(つき)砕(くたき)殻(から)を去(す)て
中の仁(み)ばかりを取(とり)研(すり)て末(こ)となし紙(かみ)に捲(まき)て筒(つゝ)
のことくし焼て烟(けむり)を病人(びやうにんの)鼻孔(はなのあな)より吸(すい)入しむ
べし○又方 巴豆(はづ)《割書:薬店に|あり》の油《割書:中(なか)のみをとり|圧(おし)砕(くたけ)ば油出 ̄ス》の附(つき)
たる撚子紙(こよりかみ)に火(ひ)を付(つけ)吹(ふき)滅(けし)て其(その)烟(けむり)にて病人(ひやうにん)の

【左頁】
鼻(はな)を薫(ふすぶ)ること一時許にして口(くち)鼻(はな)より涎(よだれ)を流(なが)
し牙関(つくみたるきば)自(おのづから)ひらくべし○又方 甘草(かんぞう)の末(こ)一 匁(もんめ)許(ばかり)
管(くた)にて咽(のんと)に吹(ふき)入てよし○又方 芒硝(ぼうせう)《割書:薬店に|あり》の
末(こ)少々つゝ吹(ふき)入もよし○又方 姫万両(ひめまんりやう)《割書:下に図|説あり》の
根を水に煎(せん)じ服(ふく)すべし○又方 喉(のんと)俄(にはか)に腫(はれ)塞(ふさか)りて
危殆(あやうき)に至(いたる)は巴豆(はづ)一粒(ひとつふ)皮(かわ)殻(から)を砕(くだき)去(す)て針(はり)を以て糸(いと)
を右(みき)の巴豆(はづ)につけ病人に呑(まるのみ)にせしむへし巴豆(はづ)
咽(のんと)に入を覚(おほへ)は急(きう)に糸を牽(ひき)て出す如是する時

【右頁】
は塞(ふさがり)腫(はるゝ)といへども咽(のんど)通(とおら)ざるには至(いた)らざるべし
○鍼(はり)薬(くすり)共に効(しるし)なきは乾漆(かはきたるうるし)を焼(やき)て烟(けむり)を管(くた)にて
鼻(はな)より吸(すゐ)入しむべし乾漆(かわきたるうるし)なきときは何にて
も髹器物(うるしぬりのうつはもの)を焼(やく)べし
〖商陸(せうりく)〗
《割書:和名|  いをすぎ》  【商陸の図】  《割書:実(み)の|図》
《割書:俗(ぞく)に|  山ごほう》
《割書:苗(なへ)の高(たか)さ三四尺 簳(くき)|麁(ふとく)して線楞(たてすじ)ありて微(すこ)し》

【左頁】
《割書:赤(あかく)紫(むらさき)なり葉(は)は青(あを)く|烟艸(たばこ)のことくにして》
      【商陸の図】
《割書:小(ちいさ)く|光沢(つや)あり花は黄(き)》
《割書:赤(あか)白(しろ)の三 種(しゆ)あり|花赤は根(ね)赤|花白は》

《割書:根も白し赤は毒(どく)|あり食(しよく)すべからず|喉痺(のどけ)の薬(くすり)に外(そと)に塗(ぬる)|には赤(あか)黄(き)共(とも)に用べし》   《割書:食料(しよくりやう)には花白を|用ゆ花 謝(おはり)て実(み)を結(むす)ぶ|茎(くき)葉(は)状(かたち)ともに図(づ)のことし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖蓖麻子(ひまし)〗《割書:和名| とうごま》 《割書:此(この)邦(ほう)此(この)仁(み)を搾(しぼり)て印肉(いんにく)の油(あふら)とする物なり|人家多く裁(うへ)置(をく)所のものなり》

《割書:此 草(くさ)春(はる)の末(すへ)苗(なへ)を生(せう)じ茎(くき)赤(あかく)葉(は)は麻(あさ)のことくにして|大(おほき)し茎(くき)より枝(ゑだ)を生(せう)じ黄色(きいろ)の花(はな)を開(ひら)き》
《割書:実(み)は図(づ)のことく刺(はり)あり此(この)実(み)を|劈(さき)開(ひら)けばいくつも大豆(くろまめ)》      《割書:状(かたち)かくの|ことし》
《割書:ほどの子(み)あり子(み)は班(まだら)【斑】に|して牛蜱(うしのたに)に似(に)たり》
【蓖麻子の図】

【左頁】
《割書:葉の状如此|》
【蓖麻子の図】
《割書:高さ五六尺に|至(いた)る実(み)土用(どよう)》
《割書:中に取(とる)へし|若(もし)土用 過(すくれ)は》
《割書:殻(から)の中 空(くう)に|して物な|し》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖姫萬両(ひめまんりやう)〗《割書:百両金の一 種(しゆ)倭小(ひきくこふり)【矮の誤ヵ】なるものなり故(ゆへ)に芸家(うへきや)ひめ万両(まんりやう)と呼(よひ)て|盆玩(はちうへ)とす木の状(かたち)全(まつた)く万両のことくにして高さ僅(わづか)に尺にみたす》
《割書:夏(なつ)枝(ゑた)の頭(さき)に小(こまかく)白(しろき)花(はな)|を開き実(み)を結(むすひ)》
《割書:平地木(やぶこふじ)の|実のことく》
《割書:色(いろ)赤(あか)し|四時(しいし)落(おつ)る》  【姫萬両の図】
《割書:ことなし|実を結(むすべ)ば》
《割書:其(その)枝(ゑた)の葉(は)|皆(みな)落(おち)て》
《割書:実(み)ばかり|残(のこ)る此(この)》
《割書:根(ね)を取用ゆ|へし》

【左頁】
〖肺絶(はいぜつ)〗急(きう)に咽喉(のんど)腫(はれ)塞(ふさがり)痰(たん)喉(のんど)に在(あり)て響(ひゞ)き声(こゑ)鼾(いびき)の
ことく面色(おもてのいろ)青惨(あおざめ)たるは肺絶(はいぜつ)なり至(いたつ)て危篤(あやうき)なり
〖療法(りやうほふ)〗急(きう)に独参湯(どくじんたう)を濃(こく)煎(せん)じ生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)と竹瀝(ちくれき)
少つゝ加(くはへ)て頻(しきり)に服(ふく)さしむべし若(もし)遅(おそ)きときは
十人(じうにん)に一人(いちにん)も活(いか)すべからず《割書:竹瀝を取る法上|巻中風に出 ̄ス》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  搶食風(そうしよくふう)
〖病状(びやうせう)〗人(ひと)飲(のみもの)食(くひもの)するとき忽然(たちまち)口中(こうちう)に大拇頭(をゝゆびのかしら)或、【はヵ】
小指(こゆび)の大(おほきさ)或は大豆(くろまめ)小豆(あづき)の大(おほき)さに腫(はれ)起(をこ)り其 色(いろ)黒(くろ)
くして物(もの)を呑(のむ)事ならず搶食風(そうしよくふう)と云
〖療法(りやうほふ)〗急(きう)に指(ゆび)の頭(さき)にて黒色(くろいろ)に腫(はれ)起(をこり)たる所(ところ)を抓(かき)
破(やぶり)りて血(ち)を出(いだ)すべし黒血(くろち)出(いで)ば生地黄(せうぢわう)《割書:薬店に|あり》一
味(み)多少(たせう)に拘(かゝわら)ず濃(こく)煎(せん)じて服(ふく)すべし何(なに)にても
鳥(とり)の羽(は)の翮(くき)の端(はし)を削(けづ)りて尖(とがり)たる処にて刺(さし)破(やふ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

る最(もつとも)よし○又方 紫蘇葉(しそのは)生(なま)にても干(かは)きたる
にても細(こまか)に嚼(かみ)て白湯(さゆ)にて嚥(のみ)こむこと数度(すたび)
すべし





【左頁】
  真頭痛(しんづつう)
〖病状(びやうしやう)〗頭痛(づつう)甚(はなはだし)く脳(のふ)尽(こと〳〵)く沈痛(しづみいたみ)【左ルビ:ふかくいたむ】或(あるい)は連歯(はまで)痛(いたみ)つよ
く手足(てあし)厥冷(ひえあがり)爪甲(つめのかふ)の色(いろ)青(あを)く若(もし)其(その)冷(ひえ)手(て)は肘(ひじ)より
上(うへ)までのぼり足(あし)は膝(ひざ)の上(うへ)まで冷(ひえ)のぼる者(もの)は
理(ぢ)しがたし然(しかれ)ども理法(ぢほふ)あり可施(ほどこすべし)
〖理法(ぢほふ)〗速(すみやか)に百会(ひやくゑ)《割書:図説(づせつ)中風(ちうふう)の|条(ぜう)にあり》の穴(けつ)に灸(きう)すること数(す)
十 壮(そう)且(かつ)大剤(だいざい)の参附湯(じんぶとう)《割書:人参(にんじん)附子(ぶし)|等分(とうぶん)なり》を煎(せん)じ猛(いちかいに)服(ふく)
して死(し)を免(まぬかる)る者(もの)あり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  心腹卒痛(しんふくそつつう)《割書:むねはらにはかにいたむなり○|心(むね)腹(はら)の痛(いたみ)一 様(やう)ならず其 大抵(たいてい)を左(さ)》
   《割書:に記(しる)して各々(それ〳〵)の証(せう)をしらしむ|寒(かん)熱(ねつ)虫(むし)瘀(わるち)痰(たん)食(しよく)六に分(わけ)載(のせ)たり》
〖虫痛(むしのいたみ)〗心(むね)腹(はら)痛(いたみ)時(とき〳〵)作(おこ)り時(とき〳〵)止(やみ)痛(いたみ)止(やみ)たるときには
能(よく)食(しよく)し痛(いたみ)発(おこり)たるときは口中(こうちう)に冷(つめたき)唾(つは)たまり
或は清水(すみたるみづ)を吐(は)き或は涎(よたれ)沫(あは)を吐(はき)て面(おもて)青(あをく)黄(きに)或は
白(しろく)して口唇(くちびる)紅(あかき)は虫痛(むしのいたみ)なり
〖療法(りやうほふ)〗烏梅(うばい)《割書:薬店に|あり》多少(たせう)に拘(かゝはら)ず煎(せんじ)汁(しる)を服(ふく)すべ
し○又方 蜀椒(さんせう)《割書:朝倉山椒(あさくらさんせう)を|用ゆべし》を炒(いり)て酒(さけ)に浸(ひた)し其

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
酒(さけ)を飲(のみ)てよし○又方 艾葉(よもぎのは)生(なま)なる者を搗(つき)て
汁(しる)を服(ふく)すべし生(なま)なくば乾(かはき)たるを水(みづ)に煎(せん)し服(ふく)
すべし○又方 使君子(しくんし)《割書:薬店に|あり》皮(かわ)を去(さ)り内(うち)の仁(み)
ばかり四つ五っ食(くらひ)てよし又 榧子(かや)を食(くらふ)もよし
○又方 五霊脂(ごれいし)と梹榔子(ひんろうじ)《割書:二味共に薬|店にあり》等分(とうぶん)末(こ)と
なし白湯(さゆ)にて送(をくり)下(くだす)○又方 熊膽(くまのゐ)小豆(あつきの)大(おほきさ)許(ほど)温(さ)
水(ゆ)に解(とき)服(ふく)す
〖寒痛(かんつう)〗綿々(だら〳〵)といつまでも断間(たへま)なく痛(いた)み胸(むね)す

【左頁】
きて飢(うゆる)がごとく按(をし)て快(こゝろよ)く大便(だいべん)泄瀉(くたり)或は下(いけ)
重(み)あるは寒痛(かんつう)なり俗(ぞく)に冷蟲(ひへむし)と言
〖療法(りやうほふ)〗木香(もつこう)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし温水(さゆ)に送(をく)り下(くだ)すべ
し○又方 艾葉(よもぎのは)生(なま)のものは搗(つき)て汁(しる)を絞(しぼり)服(ふく)す
乾(かはきし)ものは煎(せん)じ服(ふく)す○又方 焼酒(せうちう)に塩(しほ)少(すこし)許(ばかり)を
入服す○又方 温酒(かんしゆ)に生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)を入れ服す
べし○又方 干姜(かんきやう)末(こ)となし白湯(さゆ)にて服す
べし○又方 胡椒(こせう)十四五 粒(つぶ)酒(さけ)にて呑(うのみ)にすべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
○又方 呉茱萸(ごしゆゆ)《割書:薬店に|あり》一 味(み)煎(せん)じ服す○又方
葱白(ねきのしろね)を濃(こく)煎(せん)じ服す○又方肉桂《割書:薬店に|あり》を一 味(み)
煎(せん)じ服す或(あるひ)は末にして白湯(さゆ)にて服(ふく)す此(この)證(せう)最(もつとも)
灸(きう)して良(よし)中脘(ちうくわん)天枢(てんすう)気海(きかい)《割書:三穴図説|脱陽に出》見計(みはから)ひ灸すべし
〖熱痛(ねつつう)〗暴(にはか)に痛(いたみ)暴(にはかに)止(やみ)て復(また)作(をこ)り痛(いた)む所へ手を近(ちかく)く
ことを嫌(きらひ)或は面(おもて)赤(あかく)掌(てのひらの)中(うち)熱(あつ)く或は身(み)に熱(ねつ)あり
或は大便 鞕(かた)く或は不通(つうぜす)或は瀉(くだる)者あり瀉様は
先 痛(いたみ)一陣(ひとしきり)ありて瀉(くだる)こと又 一陣(ひとしきり)大便(たいべん)臭(くさ)きは是

【左頁】
熱(ねつ)の痛(いたみ)なり
〖療法(りやうほふ)〗黄連(わうれん)《割書:薬店に|あり》一 味(み)剉(きざみ)て水(みづ)に煎(せん)じ服(ふく)す○
又方 苦参(くじん)《割書:薬店に|あり》剉(きざみ)煎(せん)じ醋(す)を加(くわ)へて服(ふく)す○
又方 黄芩(わうごん)厚朴(かうぼく)《割書:二味共に薬|店にあり》と同く煎(せん)じふくす
○又方 山梔子(さんしゝ)【左ルビ:くちなしのみ】炒(いり)焦(こが)して煎(せん)じ服(ふく)す○又方 蜂(はち)
蜜(みつ)を多少(たせう)に拘(かぎら)ず喫(くらひ)てよし○又方 芒消(ばうせう)黄(わう)
連(れん)二味 煎(せん)服(ふく)す
〖瘀血痛(おけつつう)〗心(むね)痛(いたみ)湯水(ゆみつ)を飲(のみ)て嚥下(のみくだせ)ば必 吃逆(しやくり)をなす

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
は瘀血(はるち)とす腹(はら)痛(いたみ)一処(ひとところ)にて他所(ほかのところ)へいつまでも
移(うつら)ず動(うご)かざるは瘀血(はるち)なり
〖療法(りやうほふ)〗芍薬(しやくやく)甘草(かんそう)《割書:二味共に|薬店にあり》を等分(とうぶん)にして煎(せんじ)服(ふく)
す○又方 紅花(こうくは)《割書:薬店にあり|べに花なり》を研(すり)て温酒(かんさけ)にて服(ふく)す
○又方 五霊脂(ごれいし)《割書:薬店に|あり》を酒(さけ)或(あるひ)は酢(す)にて服(ふく)す○又方
桃仁(たうにん)《割書:薬店に|あり》二匁 許(ばかり)煎(せん)じ服(ふく)す○又方 桃花(たうくは)【左ルビ:もゝのはな】《割書:干(ほし)たる|もの薬》
《割書:店にあり新しき|を用ゆべし》煎(せん)じ服す次(つぎ)の痰痛(たんつうに)用るも亦(また)よし
〖痰痛(たんつう)〗心(むね)腹(はら)痛(いたみ)て腹(はら)の中(うち)漉々(ぐたら〳〵)【ぐわらヵ】といへる声(こへ)ありて

【左頁】
手(て)脚(あし)寒(ひえ)て痛(いたみ)或は腰(こし)膝(ひさ)背(せなか)脇(わきはら)抽掣(ひきつり)て痛(いたみ)をなす
は痰飲(たんいん)にて痛(いたむ)なり
〖療法(りやうほふ)〗礬石(みやうはん)を酢(す)にて煎(せん)じ服(ふく)す○又方 五倍子(ごばいし)
《割書:おはぐろぶしなり|図説 中毒(ちうどく)にあり》炒(いり)焦(こがし)して温酒(かんしゆ)にて服(ふく)す○
又方 蛤殻(はまくりのから)《割書:図説下に|あり》を煆(やき)て研(すり)末(こ)となし香附子(かうぶし)の
末(こ)を入同く和(まぜ)白湯(さゆ)にて服(ふく)す○又方 白螺殻(はくらかく)《割書:図説|下に》
《割書:あり|》を焼(やき)研(すり)末(こ)となし温酒(かんざけ)にて服(ふく)す
〖食痛(しよくつう)〗飽食(たいしよく)せし其 当日(とうじつ)或は翌日(よくじつ)又二三日 以後(いご)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
に腹痛(ふくつう)して其 證(せう)乾霍乱(かんくわくらん)と同(おなじ)きは食痛(しよくつう)と知(し)る
べし療法(りやうほふ)大抵(たいてい)乾霍乱(かんくわくらん)に同じければ此(こゝ)に略(りやく)す
〖蒸法(むすほふ)〗以上(いぜう)五條(ごせう)の心(むね)腹(はら)疼痛(いたみ)何(いつれ)も蒸薬(むしくすり)をよしと
す惟 熱痛(ねつのいたみ)には忌(い)むなり其 法(ほふ)塩(しほ)を炒(いり)熱(あつく)して
紙(かみ)又は棉(もめん)に裹(つゝ)み腹(はら)と臍下(ほそのした)とを熨(むす)べし○
又方 葱白(ねきのしろね)を剉(きざみ)て炒(いり)熱(あつく)し紙(かみ)或は棉(もめん)に裹(つゝ)みて
熨(むす)べし
〖真心痛(しんしんつう)〗手(て)足(あし)冷(ひえ)あがりて青(あを)くなり心中(むねのうち)痛(いたみ)強(つよ)く

【左頁】
背(せなか)へ徹(とを)り堪(たへ)難(かたき)なり死證(しせう)とす然(しかれ)ども理法(ぢはう)なり
〖療法(りやうほふ)〗芭蕉(ばせを)《割書:人家(しんか)庭(には)園(せど)に栽(うゆ)|るものなり》の葉(は)を搗(つき)て汁(しる)を取(とり)て
生酒(きさけ)に調和(ませあは)せて服(ふく)すべし

【上の図】
〖蛤(かふ)〗《割書:  はまぐり|和名》
《割書:江(ゑ)海(うみ)処々(しよ〳〵)に|あり大(たい)あり》  【蛤の図】
《割書:小(せう)あり状(かたち)図(づ)の|ことし殻(から)に紫(むらさき)赤(あか)》
《割書:の花班(もやう)雑色 種々(いろ〳〵)の紋(もん)あり|其 肉(にく)を煮(に)て食し或は炙(あぶり)食(くろふ)》
《割書:又 海(うみの)浜(はま)沙上(すなば)にある貝(かい)の雨露(あめつゆ)に|晒(さら)され波濤(なみ)にうたれて砕(くだけ)たる者》
《割書:を拾(ひろい)あつめ焼(やき)用ゆ又よし是を海蛤(かいごう)と云|》

【下の図】
〖白螺(はくら)〗《割書:田螺(でんら)の殻(から)の久しく|雨露(あめつゆ)に曝(さら)されて》
《割書:白(しろ)くなりたるを用(もち)ゆ|田螺(でんら)は和名たにし又》  【白螺の図】
《割書:田(た)ぬし水田(みづた)小川(こがは)池(いけ)|瀆(みぞ)の中(うち)に生(せう)ず大さ》
《割書:大抵(たいてい)図(づ)のことし其|殻(から)の状(かたち)図(づ)のことし》
《割書:色(いろ)蒼黒(あをくろ)なり三四|月の頃(ころ)腹内(ふくない)に子(こ)》    《割書:海辺(かいへん)にては赤(せき)|螺(ら)長螺(ちやうら)用べし》
《割書:を抱(いだく)一に三五 子(し)あり|細小(こまか)なり》  《割書:次(つぎ)に図(づ)す| 》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
《割書:赤螺(せきら)和名あかにし状(かたち)拳螺(さゞゑ)に|似(に)て尖角(つの)なし紫黒(くろむらさき)なり口(くち)》  赤螺(せきら)
《割書:円(まどか)にして一 方(ほふ)の端(はし)尖(とがり)内(うち)の色(いろ)|赤(あか)し厴(ふた)の色 黒(くろく)して薄(うす)し》
《割書:肉(にく)の頭(かしら)外(そと)黒(くろ)く中(うち)白(しろ)し|尾(お)も拳螺(さゞゑ)に似(にて)蒼黒(あをくろく)》
《割書:腸(はらわた)の味(あじ)辛(から)し四国(しこく)|西国(さいこく)辺(へん)に産(さん)する物は》   【赤螺の図】【長螺の図】
《割書:尖(とがり)し角(つの)あり功用(こうやう)は同し|長螺(てうら)和名ながにし》
《割書:赤螺(せきら)に似(に)て長(なが)く小|なり口(くち)赤(あか)からず状(かたち)図(づ)》
《割書:のことし肉(にく)の味(あし)赤螺(せきら)に|優(まさ)る》            長螺(てうら)

【左頁】
   急黄(きふわう)
〖病状(ひやうぜう)〗人 卒然(にはか)に渾身(そうみ)黄色(きいろ)になり心(むね)腹(はら)満(みち)悶(もたへ)て気(いき)
急(つまり)喘息(ぜんそく)する者あり命(いのち)頃刻(しばらく)の間(あいだ)に在(あ)り危殆(あやうき)
病(やまひ)なり
〖療法(りやうほふ)〗瓜蔕(くはてい)《割書:薬店にあり真桑瓜(まくはふり)の蔕(へた)なり|越前(ゑちぜん)より出る味(あぢはひ)苦(にがき)ものよし》末(こ)となし
鼻(はなの)中(うち)へ搐入(ひねりいれ)て黄(きいろの)水出るをよしとす或は丁子(てうじ)
《割書:薬店に|あり》少(すこし)許(ばかり)を加(くはふ)○又方 煖醋(あたゝめたるす)にて瓜蔕末(くはていのこな)四
五分を服すべし即(じきに)吐却(ときやく)すべし吐(と)するをよし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
とすもし吐(はか)ざるは沙糖(さとう)一 塊(かたまり)を含(ふくみ)嚥込(のみこむ)べし
若又 吐(はき)てやまざるは麝香(じやかう)を湯(ゆ)にて少々(せう〳〵)飲(の)む
べし《割書:此方を用て吐やまさるは|後の中毒の条に見へたり》○又方 蔓菁(かぶらなの)【左ルビ:かぶな】子(み)
《割書:野菜(やさい)之 品(しな)|なり》を擣(つき)て汁(しる)を取(と)り水(みづ)に和(まぜ)て喫(くろ)ふべし
○又方 苦瓠(にがふくべ)《割書:状(かたち)夕(ゆふ)がほのことく長(なが)くして|本(もと)細(ほそ)く末(すへ)大(ふとく)味(あじ)苦(にがき)ものなり》一 枚(つ)孔(あな)を開(ひらき)
水(みづ)にて煮(に)て汁(しる)を鼻(はな)の中(うち)へ滴(したゝり)入(い)れ鼻(はな)より黄(きいろの)
水(みづ)出(いで)てよし○又方 雄雀屎(おすゞめのふん)《割書:糞(ふん)の頭(さき)尖(とがり)たるは|雄雀(おすゞめ)の屎(ふん)なり》湯(ゆ)
に化(にだて)多(おほ)く飲(のむ)べし

【左頁】
   卒瘂(そつあ)
〖病状(ひやうぜう)〗人 俄(にはか)に言語(ものいふこと)ならず声(こゑ)いでざるなり
〖療法(りやうほふ)〗萊菔(だいこんのね)の絞汁(しぼりしる)に生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)を和(まぜ)徐々(そろ〳〵)と
服(ふく)すべし○又方 橘皮(ちんひ)半夏(はんげ)《割書:二味薬店|にあり》水(みづにて)煎(せん)し服(ふくす)
○又方 杏仁(きやうにん)三分 皮(かは)を去(すて)熬(いり)桂枝(けいし)一分 《割書:二味薬店|にあり》
末(こ)にし和(ませ)泥(どろ)のことくし無患子(むくろじ)程(ほど)を綿(わた)に裹(つゝ)み
口中(くちのうち)に含(ふく)み徐々(そろ〳〵)嚥(のみ)下(くだす)べし○又方 生姜汁(せうがのしぼりしる)をの
むべし又 嚼(かみ)食(くろふ)もよし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
   懸壅垂長(けんいようすいちやう)《割書:のんどのひこはれ|さがるをいふ》
〖病状(びやうぜう)〗凡(おほよそ)人(ひと)喉咽(のんと)の前(まへ)上腭(うはあご)より垂(たれ)たる肉(にく)あり俗(ぞく)
にひこと云 此(この)ひこ暴(にはか)に腫(はれ)垂(たれ)長(ながく)なりて咽喉(のんど)に
妨悶(さしさはり)をなす事あり是(これを)懸壅垂長(けんいようすいてう)と云なり
懸壅(けんいよう)とはひこのことなり
〖療法(りやうほふ)〗鍼(はり)にて破(やぶ)るべからず大(をほい)に害(がい)あり枯礬(やきみやうばん)に
塩(しほ)少し許(ばかり)を入れ碾(きしり)て末(こ)となし筋頭(はしのさき)に紙(かみ)
を捲(まき)薬(くすり)を蘸(ひたし)て腫(はれたる)処(ところ)に塗(ぬる)べし○又方 芒消(ぼうせう)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
《割書:薬店に|あり》濃(こ)くせんじぬるよし○又方 乾姜(かんきやう)半(はん)
夏(げ)《割書:薬店に|あり》二 味(み)末(こ)となし舌(した)に着(つけ)て嚥(のみこみ)てよし

【左頁】
   指頭(ゆびさき)卒(にはかに)痛(いたむ)
    《割書:此(この)證(せう)軽(かろき)と重(をも)きとの二ッあり大抵(たいてい)内(うち)に薀(つみたる)|毒(どく)ありて痛(いたみ)外(ほか)に発(はつ)するなれば速(すみやか)に理(ぢ)す》
    《割書:べきにあらず帷(くれ)一時(いつとき)の痛(いたみ)を凌(しのぎ)て害(さはり)なく|急卒(きふそつ)の苦(く)を緩(ゆる)むる薬(くすり)一二を載(のせ)たるなり》
〖病状(びやうじやう)〗卒(にはか)に指(ゆび)痛(いたみ)忍(こらゆ)べからず丈夫(ぢやうふ)【左ルビ:おとこ】といへども
叫(さけび)喚(よば)はるに至(いた)るべし
〖療法(りやうほふ)〗木粘(もくねん)【左ルビ:とりもち】《割書:鳥を捕(とる)に用|るもちなり》を痛(いたむ)所(ところ)へ貼(つけ)てよし○又
方 活(いきたる)鯽魚(ふな)を搗(つき)爛(たゞらし)て泥(どろ)のことくして痛(いたむ)処(ところ)に貼(つけ)て
よし○又方 芒消(ぼうせう)《割書:薬店に|あり》五六分 白梅肉(うめぼしのにく)にすりまぜ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
痛(いたむ)所(ところ)に塗(ぬる)べし○又方上々のひき茶(ちや)をめし糊(のり)に
てまぜてぬりてよし○右の方にて痛(いた)みさだ
まらざるは活(いきたる)雀(すゞめ)を捕(とらへ)て腿(もゝ)の付際(つけね)より小刀(こがたな)を以
て断(たち)其 切口(きりくち)より痛(いたむ)処(ところ)     《割書:如是 截断(きりたち)て切(きり)|口(くち)へ指(ゆび)をさす|べし》
の指(ゆび)を腸(はらはた)の中(うち)へ挿入(さしいれ)
てよし雀(すゝめ)死(し)して冷(ひへ)ば     【雀の図】
換(とりかへ)て痛(いたみ)定(さたまる)を待(まち)て停(とゞむ)
べし鴿(はと)を用(もちゆる)もよし

【左頁】
  無名(むめう)腫毒(しゆどく)
何(なに)とも心得(こゝろえ)がたく名(な)も知(しれ)ざる腫物(はれもの)を生(せう)ずる
事あり早(はや)く傅薬(つけぐすり)等(とう)せされば恐(おそら)くは害(かい)を
なすこと甚(はなはだ)しきものあらん
〖療法(りやうほふ)〗紫葛(しかつ)《割書:後に図(づ)|あり》の根(ね)皮(かは)を擣(つき)て醋(す)に和(まぜ)て封(ぬる)べ
し或は根(ね)を搗(つき)糯米(もちこめ)の粉(こ)と等分(とうぶん)にして温(あたゝかなる)
湯(ゆ)にて調(とき)和(まぜて)患(はれたる)処(ところ)に貼(つく)べし其 腫(はれ)に熱気(ねつき)あ
らば用(もちゆ)べからず○又方 三七(さんしち)《割書:前之 吐血(とけつ)の|条に図説あり》磨(すり)醋(す)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
に調(まぜ)て塗(ぬる)べし○又方 商陸(せうりく)《割書:やまごぼうなり前|の急喉痺(きうこうひ)に図あり》 
塩(しほ)少(すこし)許(ばかり)入て搗(つき)和(まぜ)て傅(つく)べし○又方 蔓菁根(まんせんこん)《割書:かぶ|ら菜(な)》
《割書:の根(ね)|なり》搗(つき)て塩(しほ)少(すこし)許(ばかり)を入(いれ)和(まぜ)て封(ぬる)べし○又方 金銀(きんぎん)
花(くは)《割書:忍冬(にんどう)の花(はな)なり前巻|脚気(かつけ)の条(でう)に図(づ)あり》茎(くき)葉(は)ともに擣(つき)て汁(しる)を絞(しぼり)
取(とり)て温(あたゝめ)服(ふく)すべし其 渣(かす)を患(はれたる)処(ところ)に傅(つく)べし
〖紫葛(しかつ)〗《割書:和名| かねぶ》  【紫葛の図】
 《割書:蔓草(つるくさ)なり山野(のやま)に|あり春(はる)生し夏(なつ)花(はな)を》
 《割書:ひらき秋(あき)子(み)を結(むす)び冬(ふゆ)枯(かる)|茎(くき)紫色(むらさきいろ)を帯(おび)て堅(かたく)葡萄(ぶどう)に似たり》

【左頁】
    《割書:かねぶは葉(は)背(うら)紫色(むらさきいろ)にて毛(け)なし|ゑびぶとうは葉(は)背(うら)白(しろ)くして毛(け)あり》
【紫葛の葉の図】
   《割書:葉(は)の形(かたち)かくのことし|又 華缺(きれこみ)浅(あさ)きもの|       あり》  【紫葛の図】

               《割書: 又一 種(しゆ)此 草(くさ)に似(に)て|ゑびぶどうといふ草(くさ)》
             《割書: ありよく葡萄(ぶどう)に似(に)て|子色(みのいろ)黒(くろ)く大豆(だいづ)の大きさの》
            《割書:ことし小児(せうに)好(このん)て食(しよく)すかねぶは|子(み)豌豆(ゑんどう)のことく俗(ぞく)に馬(むま)の目(め)》
        《割書:     玉(だま)と呼(よぶ)食(しよく)すべきものにあらず|且(かつ)かねぶは根(ね)に粉(こ)ありゑひぶどうは根(ね)に粉(こ)|                   なし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  卒聾(そつろう)
〖病状(びやうぜう)〗人(ひと)平(へい)居(よき)【きよヵ】無事(ぶじ)にして卒然(ふつ)と耳(みゝ)きこへざるなり
〖療法(りやうほふ)〗香附子(かうぶし)《割書:薬店に|あり》瓦(ほうろく)にて炒(いり)研(すり)て末(こ)となし萊(たい)
服(こんの)【菔カ】子(み)の煎湯(せんじしる)にて服(ふく)すべし○又方 蚯蚓(みゝず)塩(しほ)を
入 搗(つき)たる葱(ねぎ)の内(うち)に置(をけ)ば化(くはし)て水([み]づ)となる取(とり)て耳(みゝ)
の中(うち)に滴(そゝき)入(いる)べし○又方 全蜴(ぜんかつ)《割書:薬店にあり塩(しほ)づけ|なり塩(しほ)を出し用ゆ》
末(こ)となし酒(さけ)に調(まぜ)て耳(みゝ)の内(うち)へ滴(したゝり)入べし耳(みゝ)の内(うち)
さは〳〵鳴(なり)て愈(いゆ)るなり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  耳中(みゝのなか)卒(にはかに)痛(いたむ)
〖病状(びやうでう)〗膿(うみ)汁(しる)は不出(いでず)耳中(みゝのうち)俄(にはか)に惟(たゞ)痛(いたみ)つよき證(せう)なり
〖療法(りやうほふ)〗椀架下汚水(ながしのしたのわんあらふたるみづ)を一滴(ひとしづく)計(ばかり)耳中に灌(そゝき)入(いれ)てよし
○又方 椎茸(しいたけ)《割書:食料(しよくりやう)の物|なり》を湯(ゆ)にひたしよく〳〵も
み出し其 汁(しる)を少々耳のうちへ入れてよし
○又方 唐大黄(とうだいわう)辰砂(しんしや)《割書:二味共に薬|店にあり》二味 等分(とうふん)末(こ)
にして湯(ゆ)にてうすくとき少々耳の内(うち)へ入
れて治(じ)す○又方 熊胆(ゆふたん)【左ルビ:くまのゐ】《割書:上巻 積家(しやくき)暈倒(うんとうの)|条(ぜう)に説(せつ)あり》一分 許(ばかり)龍(りう)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
脳(のう)《割書:薬店に|あり》少(すこし)許(ばかり)凉水(ひやみづ)によく化(とき)て其水を耳(みゝ)の内(うち)
へ滴(したゞり)入(いる)ること二三度すべし痛(いたみ)止(やみ)て後(のち)頭(こうべ)を傾(かたむけ)て
出(いだ)すべし○又方 萊服(だいこん)【萊菔カ】の葉(は)を揉(もみ)て汁(しる)を取(と)り
耳(みゝの)中(うち)へ入べし

【左頁】
  舌(した)卒(にはかに)腫(はれ)大(ふくる)
〖病状(びやうでう)〗人 舌(した)卒(にはか)に腫(はれ)大(おほひ)になりて口中(こうちう)に満(みつる)者あり
〖療法(りやうほふ)〗雄(をんの)鶏(にはとり)の冠(とさか)を刺(さし)て血(ち)を取(とり)撚紙(こよりがみ)に浸(ひたし)再(ふたゝび)萆(とう)
麻子(ごまのみ)《割書:薬店にあり図説|急喉痺にあり》の油(あぶら)に蘸(ひたし)燃(もし)薫(ふんぶ)べし○又
方 生(せうの)蒲黄(ほわう)《割書:薬店にもあり図説|金創の条下にあり》を塗(ぬる)べし少(すこし)許(ばかり)乾(かん)
姜(きやう)の末(こ)を加(くは)へ最(もつとも)よし○又方 硼砂(ほふしや)《割書:薬店に|あり》細(こまかに)末(こ)
にして切(きり)たる生薑(せうが)につけ舌(した)を徐々(そろ〳〵)揩(する)べし○
又方 釜底煤(ふていばい)《割書:なべ墨|なり》に塩(しほ)少 許(ばかり)ませ舌(した)に傅(つく)べし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
脱(たれ)【とれヵ】去(さる)ときは又 傅(つく)べし○又方 龍脳(りうのふ)《割書:薬店に|あり》末(こ)に
して傅(つけ)て妙なり

【左頁】
  小便(せうべん)急閉(きふへい)
〖病状(びやうでう)〗小便(せうへん)俄(にはか)に閉(とぢ)て通(つうぜ)ず小腹(したはら)堅満(かたくはりみち)悶(もだへ)乱(さはぐ)者(もの)あり
〖療法(りやうほふ)〗白菊根(しらぎくのねの)搗(つき)汁(しる)を生酒(きざけ)に冲(さし)【たしヵ】て和(まぜ)温(あたゝめ)服(ふく)す○又方
急(きふ)に諸魚(しよぎよ)の頭(かしら)に在(あ)る石(いし)を取り末(こ)となし一二分
白湯(さゆ)にて送(をくり)下(くだ)すべし《割書:諸魚(しよぎよ)の中(うち)いしもち|きす最(もつと)もよし》○又
方 蝸牛(かたつむり)《割書:図説 疔(てう)の条下(せうか)|に詳(つまひみか)【つまひらかヵ】なり》を搗(つき)爛(こはし)紙(かみ)にのべ臍下(ほそのした)に
貼(は)り手(て)にて其 上(うへ)を徐々(そろ〳〵)摩(なで)をろすべし《割書:田(た)|螺(にし)》
《割書:を用も|よし》○又方 象牙(ぞうげ)煎(せんじ)用ゆ○小腹(したはら)脹急(はりつめ)堪(たへ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
がたきは蓖麻子(ひまし)【左ルビ:たふごまのみ】《割書:図説急喉痺|の条にあり》三 粒(つぶ)殻(から)を去(すて)研(すり)細(こまか)にし
紙撚(こより)に右の末(こ)を塗(ぬり)て欵々(そろ〳〵)と陰茎(いんきやう)の孔(あな)の内へ
入べし三四寸 程(ほど)も入て又そろ〳〵と出す
べし琥珀油(こはくのあぶら)《割書:阿蘭陀(おらんだ)渡(わた)りの物|なり薬店にあり》を紙撚(こより)に付入る
最(もつとも)よし○又方 皂莢(そうきやう)《割書:図説中風|にあり》の末(こ)鼻(はな)に入 嚏(くさめ)を
出(いだ)して良(よし)○又方 小便(せうべん)不通(つうぜず)死(し)せんとするは蚯蚓(みゝず)を
よく〳〵研(すり)冷水(ひやみずの)中(うち)に入(いれ)滓(かす)を濾(こし)去(すて)て其水を半 碗(わん)飲(のむ)べし
立(たち)ところに通(つうず)○又方 髪灰(はつくはひ)《割書:頭(かみ)の毛(け)の|くろ焼也》冷水(ひやみづ)にて飲(のむ)べし

【左頁】
〖石首魚(せきしゆぎよ)〗《割書:和名 石持(いしもち)又くちと呼(よぶ)西国(さいこく)にてははくちといふ海魚(うみうを)也小なるは|五六寸大なるは四五尺 許(ばかり)なる者あり頭中(づちう)に石あり二 ̄ツヽあり》
                《割書:此石を用べし魚(うを)の形(かたち)図(づ)のことし|》
  【石首魚の図】
《割書:色は淡黄(うすきに)白(しろ)きなり鮮(あたら)しきは青(あを)く光(ひか)るなり|少し微紅なる所あり》 《割書:此 魚(うを)に似(に)て一 種(しゆ)鮸(にべ)と呼(よぶ)者あり|頭中(づちう)に石(いし)なし》


〖きすご〗《割書:又きすと言 海(うみ)ぎす河(かわ)ぎすの二 品(しな)あり状(かたち)大 抵(てい)同じ|いづれも首(かしら)に石あり取(とり)用(もち)ゆべし》
  【きすごの図】

 《割書:此外 棘鬛(たい)夻魚(たら)皆(みな)頭(かしらの)中(うち)に石(いし)あり代(かへ)用(もち)ゆべし|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  脱頷(だつがん)《割書:あごはづれなり|》
〖病状(びやうでう)〗人 口(くち)を大(おほき)に開(ひらい)て笑(わらひ)或(あるひ)は欠(あくび)をしそこなひ
て頷(あご)のかけがねはづれて口(くち)を合(あは)すこと
ならざるなり
〖療法(りやうほふ)〗其(その)人(ひと)に酒(さけ)を酔(よふ)ほどに飲(のませ)て睡(ねむり)たる中(うち)に
皂莢(そうけふ)《割書:図説中風|にあり》の末(こ)を鼻(はなの)孔(あな)の中(うち)へ吹入(ふきいれ)嚏(くさめ)を
させて自然(しぜん)に復(なをる)○患人(びやうにん)の体(たい)を柱(はしら)に凭(より)かゝ
らせ頭(かしら)をおしかけて動(うご)かぬ様(やう)にし身(み)を

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
平(たいら)にして安坐(あんざ)せしめ外(ほか)の人(ひと)正面(せうめん)に向(むか)ひ両(りやう)
の手(て)の大指(おほゆび)を口(くち)の内(うち)へ入れ槽牙(おくば)の上端(かしら)を捺(おさへ)
下頦(したあご)を托(しかと)住(とらへ)て一先(ひとまづ)手前(てまへ)の方(かた)へ引(ひき)下(さげ)却(かへつ)て急(きふ)に
持挙(もちあけ)向(むかふ)の方(かた)へ一拍子(ひとひやうし)に送(おくり)上(あげ)てさし込み関竅(つがひ)
の処(ところ)へ投(かけ)べし扨其 以後(いご)に絹(きぬ)木綿(もめん)の類(るい)にて
頦(あご)と顚(てへん)【左ルビ:いたゞき】とへ兜(まき)置(をく)こと半時(はんとき)許(ばかり)にしてよし一拍(ひとひやう)
子(し)にかきがねもとへかゝるとき口(くち)の内(うち)へ入れ
たる大指(おゝゆび)をはやく引出(ひきいだ)すべし其(その)引(ひき)やう

【左頁】
の拍子(ひようし)少(すこ)しのちがひにてかきがねかゝるとき
に指(ゆび)をくひ切(き)る程(ほど)のことあるなり工者(こうしや)な
らではなしがたし凡(おほよそ)脱頷(あごはづれ)肩骨(かたほね)脱(かろく)■(ぬけ)【骨+臼】の類(るい)速(すみやかに) 
に療理(りやうぢ)せざれば復(なをり)かぬる者(もの)なりはやく痬医(げくは)
を迎(むかふ)べし《割書:右(みぎ)の法(ほふ)古人(こじん)伝(つたふ)る所にして最(もつとも)良方(りやうはう)也|然ども是は術(ぢゆつ)なれば手(て)に覚(おぼへ)ずして》
《割書:漫(みだり)に施(ほどこ)し却(かへつ)てさはりあらんもはかりかたし医(ゐ)|者(しや)を迎(むかへ)て理(ぢ)せしむるに如(しく)はなかるべし》
《割書:○一 度(ど)脱頷ことあれば其 後(のち)大に笑(わらひ)又は欠(あくび)するとき|幾度(いくたび)も脱(はつるゝ)ことあり面を側方(わきのかた)へ向てわらひ或は欠す》
《割書:れば脱ことなし心会(こゝろへ)の|為(ため)茲(こゝ)に記す》

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  卒然(にはかに)牙(はを)関緊急(くいつむる)
〖病状(びやうぜう)〗人 外(ほか)は無病(むびやう)にして惟(たゞ)卒(にはか)に口(くち)をひらく事(こと)
ならざるあり
〖療法(りやうほふ)〗塩梅(うめぼし)一二箇(ひとつふたつ)核(たね)を取(とり)去(すて)肉(にく)を取(と)り牙歯(きば)に
擦塗(すりぬり)て口(くち)開(ひらく)べし若 開(ひらひ)て閉(とぢ)ざるは再(ふたゝび)塩梅(うめほし)を
牙(きば)に擦(すり)て口(くち)の開(ひらき)合(あふ)の様子(やうす)を候(うかゞひ)て塗(ぬ)ることを
停(とゞむ)むべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  《振り仮名:脱■|だつこう》【疒+工】不収(をさまらず)《割書:だつこう出て|入さるなり》 
〖療法(りやうほふ)〗《振り仮名:脱■|だつこう》【疒+工】おさまらざるは生(なま)なる柿(かき)の葉(は)又は青(あを)
木(き)《割書:青木(あをき)は擦傷(すりこはし)の所|に図(つ)を出(いだ)せり》の葉(は)をとふ火(ひ)にて炙(あぶり)あた
たかにして脱肛(だつこう)へおしあてゝ徐々(そろ〳〵)と按入(おしいる)べし
○又方 蛤(はまぐり)《割書:心腹痛(しんふくつう)の条(せう)|に図説あり》一二升水をいれずにむし
て売(から)【壳】をさり蛤(はまぐり)の肉(にく)ばかりを絹(きぬ)きれにつゝみ少
しあつきほどなるをおしあてゝそろ〳〵と
をし入(い)るべし包(つゝ)みたるきれより汁(しる)の多く出る

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
やうにすへし○又方 青海苔(あをのり)《割書:色 青(あを)く細(ほそ)き海苔(うみのり)也|伊勢(いせ)のりといふもの》
《割書:是な|り》をあつきほどの湯(ゆ)に入れやき塩(しほ)を一 撮(つまみ)
ほど加(くはへ)入(いる)ればいよ〳〵よし○又方 阿煎薬(あせんやく)《割書:薬店|にあ》
《割書:り唐を用ゆべし和 名(みやう)|さるぼうといふもの是なり》蜜(みつ)に和(まぜ)て塗(ぬる)べし○又方
五倍子(ごはいし)【左ルビ:おはぐろふし】《割書:薬店にあり図|説中毒にあり》明礬(みやうばん)等分(とうぶん)湯(ゆ)にて煎(せん)じ
洗(あらひ)絹切(きぬぎれ)又は芭蕉(ばせを)の葉(は)又は荷(はす)の葉(は)にてそろ〳〵
托入(をしいる)べし

【左頁】
  長蟲(ながきむし)下出(しもよりいづる)
〖病状(ひやうせう)〗人(ひと)偶(たま〳〵)肛門(こうもん)【左ルビ:いしき】より長(なが)き虫(むし)出(いづ)る事(こと)あり其(その)長(ながさ)
七八 尺(しやく)より丈(ぜう)余(よ)に及(およ)び半日(はんにち)一日(いちにち)にても其(その)侭(まゝ)
にあり強(つよ)く牽(ひき)出(いだ)せば断(きれ)て出(いで)ず全(まつた)く出(いづ)るをよ
しとす《割書:虫(むし)の形(かたち)匾(ひらたく)して節(ふし)あり真田紐(さなだひも)|のごとくなり色(いろ)白(しろ)し》
〖療法(りやうほふ)〗出(いづ)る所の虫(むし)の端(はし)を筋(すじ)様(やう)の物(もの)に尽(こと〳〵ぐ)纏(まとめ)て熱(あつ)
き湯(ゆ)を器物(うつはもの)に盛(いれ)をき其(その)中(うち)へ浸(ひた)せば虫(むし)乍(たちまち)に
出(いで)尽(つく)るなり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
 外傷之類(ぐはいしやうのるい)《割書:怪我(けが)并に蟲(むし)獣(けたもの)に咬(かま)るゝ等(とう)外(ほか)|より傷(やぶら)るゝものをこゝに載(のす)》
  金瘡(きんそう)《割書:刀(かたな)脇差(わきざし)等(とう)の類(るい)惣(そうじ)て刃物(はもの)|にて怪我(けが)せしを言》
 凡(おほよそ)刀傷(きんそう)には水(みづ)を与(あた)へ飲(のま)しむべからず且(そのうへ)風(かぜ)
 に吹(ふか)るゝ事(こと)を忌(いむ)若(もし)此(この)禁(きん)を犯(おか)せば大害(おほいなるがい)あり
凡(おほよそ)金創(きんそう)血(ち)多(をほ)く出(いづ)るを忌(いむ)速(すみやか)に燈心草(とうしんそう)《割書:毎夜(まいや)燈火(ともしび)|に用(もち)ゆる》
《割書:所のとう|しみなり》を其 疵口(きづくち)の大小(だいせう)程(ほど)にかためてしかと
押付(おしつけ)其うへを木綿(もめん)にても絹布(きぬぎれ)にても抹(まき)て
置(をく)べし血(ち)自(をのづと)止(やむ)如是(かくのことく)して医(ゐ)の来(きた)るを待(まつ)べし

【右頁】
○又 前方(まへのはう)にて血(ち)やまざるは葱(ねぎ)の白根(しろね)并(ならひに)葉(は)共(とも)
に搗(つき)爛(たゝらかし)て紙(かみ)に包(つゝみ)熱(あつき)灰(はい)の中(なか)ヘ埋置(うづめをき)熱(あたゝかに)なりたる
を取出(とりいだ)し傷(きづの)処(ところ)へ敷(しく)【左ルビ:つける也】べし若(もし)冷(ひえ)ば幾度(いくたび)も換(とりかへ)敷(つく)
べし○又方 熱(あつき)小便(せうべん)にて刀口(きづくち)を洗(あらふ)べし洗(あらふ)に
は燈心草(とうしんそう)を瘢(きづ)の大小(だいせう)に従(したがひ)て或は一握(ひとにぎり)或は二握(ふたにぎり)
許(ばかり)を線(いと)にて紮(くゝり)端(はし)をそろへて断(きり)小便(せうべん)を浸(ひたし)て
洗(あらふ)てよし血(ち)自(をのずと)止(やむ)○右(みぎ)の方(はう)にても止(やま)ざるは先(まづ)
何(なに)にても銅鉄物(かなもの)【左ルビ:あかゝねかてつにても】を焼(やき)て刀口(きりくち)の血(ち)の出(いづ)る処(とこ)ろへ

【左頁】
ちよつと当(あ)て急(きう)に去(とる)べし血(ち)自(をのづと)止(やむ)凡(おほよそ)刀口(きづくちの)処(ところ)の
肉(にくの)中(うち)に血(ち)の出る口(くち)あり其 沸(わき)出る口(くち)を能(よく)看(み)定(さだめ)
て当(あて)ざれば血(ち)止(やま)ず銅鉄物(あかゞねてつのもの)火中(ひのうち)に内(いれ)赤(あか)くなる
ほど焼(やき)て直(じき)に用(もち)ゆべし○右(みぎ)の諸物(しよぶつ)無(なき)ときは
人(ひと)の糞(ふん)を傷(きづの)処(ところ)に封(ぬりつけ)てよし血(ち)自(をのつと)止(やむ)○手(て)足(あし)の内(うち)
にて搶(つき)きづにても斫疵(きりきづ)にても一 処(ところ)血(ち)走(はしり)■(いと)【糸+系 絲ヵ】の細(ほそ)
さに出て如何様(いかやう)にしても止(やま)ず遂(つい)に死(し)に至(いた)る
あり是を止(と)むるには凡(おほよそ)人の股(もゝ)の付根(つけね)陰毛(ゐんもう)【左ルビ:まへのけ】の際(きは)

【右頁】
と腋(わき)の下(した)の真中(まんなか)に動(うごく)脈(みやく)あり自(みづから)試(こゝろみ)て知(し)るべし
手(て)の疵(きづ)なれば何(いづれの)処(ところ)にても腋(わき)の下(した)の動(うごく)脈(みやく)の
上(うへ)へ掛物(かけもの)の軸(ぢく)様(やう)に木(き)を削(けづり)りて右の木(き)を押当(をしあて)
強(つよ)く捩付(ねぢつけ)其 上(うへ)より木綿切(もめんきれ)にても絹布切(きぬぎれ)にて
も緊(きびし)く肩(かた)へ掛(かけ)幾重(いくへ)も纏(まとひ)付(つけ)て脈(みやく)の通(かよひ)の留(とま)る程(ほど)
強(つよ)く結(むすぶ)べし暫(しばら)くして血(ち)自(おのつと)止(とまる)なり又 脚(あし)は腿(もゝ)の
付根(つけね)の動(うごく)脈(みやく)の上(うへ)を右の通(ふ)りにすべし是にて血(ち)
の止(やま)ざるはなし

【左頁】
〖血(ち)止(やみ)たる後(のち)〗生(なま)の鶏卵(たまご)を破(やぶり)て清(しろみ)黄(きみ)ともに和匂(まぜ)
あはせ布(ぬの)を漬(ひたし)て其 布(ぬの)を傷(きづの)処(ところ)に当置(あておき)其 上(うへ)
を木綿(もめん)にてしかと抹(まき)て瘍医(げくはいし)の来(きたる)を待(まつ)べし
或は鶏卵(たまご)の清(しろみ)を疵口(きづくち)へぬるもよし血(ち)止(とま)りたる
後(のち)医(いしや)来(きた)ること遅(をそく)又は疵口(きづくち)至(いたつ)て大(おほき)なるは活(いきたる)鶏(にはとり)を
剖(さき)て熱(あつ)き皮(かは)肉(にく)を取(とり)急(きう)に刀口(きづくち)に扯下(をしつけ)置(おく)べし
冷(ひへ)ば幾度(いぐたび)も換(とりかへ)て冷(ひえ)ざる様(やう)にすべし凡(おほよそ)金瘡(きんそう)
刀口(きづくち)大(おほひ)に開(ひらき)たるは皆(みな)此(この)法(ほふ)を用(もちい)て医(いしや)の来(きたる)を

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
待(まつ)べし
〖腹(はら)を斫(きり)て腸(はらはた)出(いで)〗たるは急(きふ)に新汲水(くみたてのみづ)を口(くち)に含(ふくみ)
て其人(そのひと)の面(おもて)に噴(ふきかけ)て其 身(み)を噤慄(ぶる〳〵と)せしむべし
腸(はらはた)自(おのづと)入(い)る若(もし)一両度(いちりやうど)噴(ふきかけ)て収(をさま)らざるは幾度(いくたび)も噴(ふきかく)
べし腸(はらはた)収(をさまる)を見(み)て止(やむ)べし
〖金瘡(きんそう)身(み)戦(ふるへ)暈絶(きとをくなり)〗人事(にんじ)を知(しら)ざるは熱(あつ)き小便(せうへん)を灌(そゝき)
のませてよし童子(どうじ)の小便(せうべん)最(なかんづく)よし○又方 馬(うま)
糞(ふん)の汁(しる)を絞(しぼ)り熱湯(あつきゆ)に和(くは)【左ルビ:まぜ】し用てよし独参湯(どくじんとう)に

【左頁】
和(くは)【左ルビ:まぜ】し用ゆ最(もつとも)よし
〖喉(のんど)を刎(はねきり)たる人(ひと)〗は先(まづ)其人(そのひと)を仰(あほに)臥(ねか)して枕(まくら)を高(たかく)
し頭(かしら)面(かほ)まへかぶりにして刀口(きづくち)開(ひら)かざる様(やう)にす
べし扨(さて)風(かせ)を避(よけ)衣被(いるい)を葢(おほひ)て煖(あたゝか)にすべし若(もし)呼(いき)
吸(づかひ)に別条(べつぜう)なきは白米(はくまい)一 合(がふ)人参(にんじん)一 銭(もんめ)生姜(せうが)三 片(へぎ)
入(いれ)て粥(かゆ)を焚(たき)其(その)粥(かゆ)の清(うはゆ)を啜(すゝらせ)て元気(けんき)を接(つゞかせ)補(おきなひ)て
医(い)の来(きたる)を竢(まつ)べし
〖刀割(かたなにてきり)斧斫(をのにてきり)夾剪(はさみてきり)鎗(やり)箭(や)一 切(さい)諸(もろ〳〵の)傷瘢(きづ)〗小なるは生半(せうはん)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
夏(げ)《割書:薬店に|あり》を研(すり)末(こ)となし帯血(ちのまゝ)【注】傷(きづの)処(ところ)に敷(つけ)てよし
血(ち)自(をのづと)止(やむ)○蘿摩(らまの)実内(みのうちの)綿(わた)《割書:後に図|あり》採(とり)て貼(つく)べし血(ち)を
止(とむ)るなり○又方 烏賊魚骨(いかのこう)《割書:図説後|にあり》研(すり)末(こ)となし傷(きづの)
処(ところ)に摻(ふりかけ)てよし○又方 龍骨(りやうこつ)《割書:薬店にあり唇(くちひる)に付(つけ)|て吸付(すいつく)ものを用ゆ》
《割書:べし|》末(こ)となし傅(つく)べし○又方 石灰(いしばい)の末(こ)傅(つけ)て
よし○又方 唐大黄(とうのだいわう)《割書:薬店に|あり》炒(いり)黒(くろく)し細末(さいまつ)【左ルビ:こまかきこ】となし
傷(きづの)処(ところ)に摻(ふりかけ)てよし○又方 雲母(きら)引(ひき)たる扇子(せんす)《割書:萬歳(まんざい)|扇(あふぎ)と》
《割書:江戸(ゑど)人(ひと)云|ものよし》焼(やき)灰(はい)にして傅(つく)べし○又方 麒麟血(きりんけつ)《割書:薬|肆》

【左頁】
《割書:にあ|り》細末(さいまつ)【左ルビ:こまかきこ】となし摻(ふりかけ)てよし○又方 蒲黄(ほわう)《割書:薬肆に|あり図(づ)》
《割書:説(せつ)後に|出す》傅(つけ)てよし○又方 青蒿(せいかう)《割書:図説後の蟲|咬にあり》生(なま)に
て揉(もみ)傅(つけ)てよし血(ち)を止(とゞむ)○紫蘇(しそ)の葉(は)生(なま)にて揉(もみ)
傅(つけ)てよし
〖鳥銃子(てつぽうだま)人(ひと)の肉(にく)の中(うち)へ打込(うちこみ)たるは〗滾酒(あつかんのさけ)の中(うち)へ蜂(はち)
蜜(みつ)を冲(さし)て多(おほく)飲(のむ)べし○又方 天南星(てんなんせう)《割書:薬店に|あり》末(こ)と
なし甘草(かんぞうの)煎汁(せんじしる)に和(まぜ)傅(つく)べし○又方 食蓼穂(たでのほ)研(すり)
末(こ)にして苦参(くじん)黄栢(わうばく)《割書:二味薬店|にあり》の末(こ)を和(まぜ)頻(ひたもの)貼(つけ)てよし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【注 振り仮名は「そのまゝ」ヵ】

【右頁】
〖蒲黄(ほわう)〗《割書:和名| がま|  又がば》   《割書:茎(くき)葉(は)共に三四尺|に至(いた)る実(み)の長さ|五六寸なり》
《割書:蒲(がま)は水(みず)澤(さわ)の中(うち)に|生(せう)す葉(は)は莞(ふとい)に似(に)|て扁(ひら)し》
   【蒲黄の図】
《割書:背(うら)面(おもて)ありて|柔(やわらか)なり状(かたち)図(づ)》
《割書:のことし夏(なつ)茎(くき)|を生(せう)じ穂(ほ)をなす》
《割書:茶褐色(こげちやいろ)にて状(かたち)蝋燭(ろうそく)のことし|此に付(つき)たる黄色(きいろ)なる粉(こ)あり》
《割書:即(すなはち)此(この)草(くさ)の花(はな)なり是(これを)採(とり)用ゆ是 蒲黄(ほわう)なり|》

【左頁】
〖烏賊魚(うぞくぎよ)〗《割書:和名|  いか》
《割書:此物 大抵(たいてい)五種(ごしゆ)あり|こぶいか はりいか》
《割書:あをりいか 水いか|するめいか》  【烏賊の図】
《割書:右の内するめいかは|五 島(とう)いかと言 皆(みな)乾(かはかし)》
《割書:て鮝(するめ)となす此(こゝ)に|用(もちゆる)ゆる所(ところ)は骨(ほね)なり》
《割書:骨(ほね)はこぶいか江戸(ゑど)にてまいかと|言 針(はり)いかは頭上(づのうへ)に鍼(はり)あり故名づく》
《割書:此二品共に骨あり用べし其 余(よ)の|三 種(しゆ)骨(ほね)甚 薄(うすく)柔軟(やわらか)にして薬に入す》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖蘿摩(らま)〗《割書:和名|  がゝいも》 《割書:香とり艸|とんぼのち》 《割書:蔓草(つるくさ)なり葉(は)図(づ)のことし大(おほい)なるは|柿(かき)の葉(は)ほどなるものあり相対(あいたい)》
《割書:して生(せう)ず断(きれ)ば白乳(しろきちゝ)出 ̄ス六七月 葉(は)の間(あいだ)に小花(ちいさきはな)を開(ひら)く淡紫色(うすむらさきいろ)なり|十 余(よ)花(くは) ̄ツヽ攅(あつまり)て小(ちいさ)き穂(ほ)をなす別(べつ)に茎(くき)を出(いだし)て実(み)を結(むすふ)長 ̄サ三四寸》
《割書:あり其 殻(から)青紫色(あをむらさきいろ)にて鬆軟(やはらか)にして|痱瘰(いぼ)あり》
  【蘿摩の図】
      《割書:実(み)の状(かたち)かくのことし|》

     《割書:殻(から)の中(うち)に白(しろ)き絨(いと)| あり長 ̄サ一寸》
      《割書:許(ばかり)色(いろ)至て| 白(しろ)し》

【左頁】
  舌断(ぜつだん)《割書:したをきり|たるなり》
大人(たいじん)小児(せうに)偶(ふと)小刀(こがたな)を含(ふくみ)誤(あやまり)て舌頭(したのさき)を割断(きりたち)己(やがて)【已ヵ】垂(さがり)落(をち)
たりともいまだ断(きれ)きらざるは急(きう)に雞子(たまご)の白(しろ)
皮(かわ)を取(とり)舌頭(したのさき)を袋了(つゝみ)乱髪(かみのけ)を燈火(ともしび)のうへにて焼(やき)
灰(はい)となし細(こまかに)研(すり)て末(こ)となし蜂蜜(はちみつ)《割書:薬店に|あり》に和(まぜ)
て舌根(したのね)に塗(ぬる)べし如斯(かくのことく)して大抵(たいてい)三日 許(はかり)にし
て断口(きれくち)接(つゝくあふ)【つきあふヵ】ものなり
跌(つまつき)仆(たを)れて舌(した)を穿断(きりたち)て血(ち)出(い)で或は不覚(おぼへず)自(みづから)咬(かみ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
傷(やぶり)て血(ち)不止(やまざる)は倶(とも)に鵝翎(とりのはね)を米酢(す)に醮(ひた)【蘸】し頻(ひたもの)に傷処(きづのところ)
を刷(はらふ)べし血(ち)自(をのづと)止(やむ)仍(よつて)蒲黄(ほわう)《割書:前に見え|たり》を蜜(みつ)に和(まぜ)て噙(ふく)
化(み)てよし

【左頁】
  擦壊(すりこわし)
踢傷(けやぶり)或(あるい)は手足(てあし)或は面(おもて)の皮(かは)肉(にく)を擦壊(すりこはし)たるは青(あを)
木(き)《割書:後に図|あり》の葉(は)を醋(す)にて煮(に)数(すど)沸(わか)し麻油(ごまのあぶら)少(すこし)許(ばかり)を
滴(したゝり)入(いれ)て其(その)葉(は)を取出(とりいだ)し傷(きづの)処(ところ)に貼(はりつ)くべし○又方
皮膠(にかは)《割書:薬店に|あり》を水(みづ)に煮(に)て熔化(とらか)し傷(きづの)処(ところ)に塗(ぬ)る最(もつとも)
妙(みやう)なり婦人(ふじん)嫁(よめいりしまへ)痛(いたむ)に最(もつとも)よし
女子(をなご)誤(あやまり)て陰門(まへ)を擦(すり)て痛(いたま)ば急(きう)に烏賊骨(うぞくこつ)【左ルビ:いかのかう】《割書:図説前|にあり》
を研(すり)細(こまか)にして鶏子(にはとりのたまごの)黄(きみ)にてとき塗(ぬり)てよし

【右頁】
〖青木(あをき)〗
《割書:人家(じんか)園(せど)庭(には)に多(おゝく)植(うゆ)其(その)葉(は)|大(おほい)なり樹色(きのいろ)青(あをく)高(たかさ)四五尺》
《割書:一 丈(ぜう)に満(みた)ず枝(ゑだ)多(おほ)く生(せう)ず|実(み)の大(おほい)さ棗(なつめ)のことく冬(ふゆ)》
《割書:熟(じゆく)して紅(くれなゐ)なりひよ鳥(どり)|好(このん)で食(くらふ)》
   【青木の図】

【左頁】
  攧撲(うちうたれ)墮落(たかき所よりをち)圧倒(をしたをされ)閃挫(くじき)落馬(らくば)
凡(おほよそ)圧(をしに)打(うたれ)て気絶(きぜつ)したるは其(その)人(ひと)をして僧(ぜんそう)の坐禅(ざぜん)す
るが如(ごと)くに坐(すは)らしめ一人(ひとり)は其(その)頭髪(かみのけ)を将(もち)て控(ひき)
張(はり)て半夏(はんげ)《割書:薬店に|あり》の末(こ)を鼻孔(はなのあな)の中(うち)に吹入(ふきい)るべし
猪牙皂莢(ちよげそうきやう)《割書:図説中風|にあり》の末(こ)或は胡椒(こせう)の末(こ)を吹入(ふきいるゝ)も
亦(また)よし嚏(くさめ)をして活却(いきふきかへ)さば生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)に香油(ごまのあぶら)
を拌匂(かきまぜ)て灌(のましむ)べし○又方 堕(をち)圧(おさ)れて気絶(きぜつ)せば其
人(ひと)を仰(あをに)臥(ふさ)せ置(をき)此方(このほう)の両(りやう)の手掌(てのひら)を以(もつ)て患人(けがにん)の

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
両(りやう)の耳(みゝ)の孔(あな)をちからを極(きはめ)て同時(どうじ)にはたと打(うち)
其手(そのて)を直(すぐ)に聢(しか)と押付(をしつけ)て放(はな)たず置(をき)ながら徐(そろ〳〵)と
手(て)を動(うご)かし其人(そのひと)眼(め)を開(ひらく)を待(まち)て手(て)を放(はな)すべ
し其後(そののち)湯薬(せんじぐすり)を与(あた)へ飲(の)ましむべし左(さ)に図(づ)す
〖救打撲而昏冒人図(うちみにてきをうしなひたるひとをすくふづ)〗
 《割書:如此(かくのことく)に病人(びやうにん)の両(りやう)の耳(みゝ)を両(りやう)|の手(て)にてはたと打(うち)て其》 【救う人の図】
 《割書:手(て)をはなさずおしつけ|置(をき)ながら向(むかふ)の方と手前(てまへ)の方へ其 手(て)を》
 《割書:そろ〳〵とうごかすべし病人 正気(せうき)|になりたるを見て手をはなすべし》

【左頁】
○又方 死人(しにん)を仰(あを)に臥(ふさ)しめ救人(すくふひと)其 上(うへ)に跨(またがり)立(たち)て
左右(さいう)の手(て)にて腹(はら)を上(かみ)より下(しも)の方(かた)へしかと数遍(すへん)
摩(なで)其 上(うへ)にて左右(さいう)の掌(たなごゝろ)【左ルビ:てのひら】を死人(しにん)の臍(ほそ)の下(した)に当(あて)嗢(うつ)
と息(いき)をつめながら一 息(いき)に上(うへ)の方(かた)へ強(つよ)く推(おし)上(あぐ)べ
し必(かならず)眼(め)を開(ひらく)なり其 時(とき)引起(ひきおこし)項後(うなじ)を強(つよ)く捺(もみ)て
後(のち)脊骨(せほね)の左右(さいう)を強(つよ)く下(しも)の方(かた)へ按摩(おしなず)ること数遍(すへん)
にして声(こゑ)を揚(あげ)て叫(さけび)ながら掌(てのひら)にて二つ程(ほど)脊(せなか)
の七八 椎(ずい)の辺(へん)を強(つよく)打(うつ)べし必 蘇(よみかへる)なり左(さ)に図(づ)せり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖又救打撲昏冒図(またうちみにてきをうしないたるをすくふづ)〗 《割書:腰(こし)をかくるにあらず|立(たち)ながら腰(こし)をかゞめ|て摩(さすり)按(お)すべし》
 《割書:臍(ほそ)の下(した)は気海(きかい)の辺(へん)なり|気海(きかい)の穴(けつ)は前(めへ)の陽脱(にやうだつ)【注】の|条(ぜう)に図説(づせつ)あり》  【救う人の図】
   【手の図】 《割書:左右(さいう)の手(て)共(とも)に|此(この)所(ところ)に力(ちから)を入(いれ)|て按(おし)あぐべし》
    
           《割書:此 左右(さいう)の手(て)にて胸(むね)|の方へ推上(おしあぐ)べし》
〖《振り仮名:服薬|のみぐすり》〗堕(をち)撲(うち)て乍(たちまち)気絶(きぜつ)するは右の法(ほふ)を施(ほどこ)し活却(いきふきかへ)
して後(のち)熱(あつき)小便(せうべん)を多(おほ)く飲(のます)べし瘀血(をけつ)小便(せうべん)より下(くだ)
るなり或(あるひ)は飴糖(あめ)【左ルビ:みつあめ】を熬(せんじつめ)て温酒(かんざけ)に和(まぜ)のませてよし

【左頁】
又よく瘀血(をけつ)を小便(せうべん)より下(くだ)すなり
〖諸(もろ〳〵)閃肭(ひきくじき)閃腰(こしちがへ)打傷(うちみ)并 手足(てあし)損傷(そんざし)〗血(ち)出(いで)ずして痛(いたみ)惟(たゞ)
其(その)処(ところ)の色(いろ)或(あるひ)は青(あをく)或は紫(むらさき)なるは先(まづ)葱(ねぎ)の白根(しろね)を剉(きざみ)
細(こまか)にして炒(いり)熱(あつく)くして其 痛(いたむ)処(ところ)を擦(すり)熨(のし)あたゝめて
急(きふ)に大黄(たいわう)の末(こ)を生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)に調(とゝの)へて敷(つけ)て其人
の酒量(しゆりやう)に随(したがひ)酔(ゑふ)ほど好酒(よきさけ)を飲(のま)しむべし○又方
朔藋(さくてき)又は接骨木(せつこつぼく)《割書:二品ともに|後に図あり》何(いづ)れにても水(みづ)に煎(せん)
じ二三 椀(わん)をのみ且(かつ)痛処(いたむところ)を薫洗(たで)てよし○又方

【〖 〗は隅付き四角囲み線】
【注 振り仮名「にやうだつ」の「に」は衍ヵ。40コマ目では「やうだつ」とあり】

【右頁】
驄馬(あしげむま)の糞(ふん)《割書:驄馬(あしげむま)は地皮(ぢかわ)黒(くろ)くして毛(け)白(しろ)し|月毛(つきげ)とまがふものなり》を温(あつき)湯(ゆ)に
和(まぜ)て痛所(いたむところ)を浸(ひた)し洗(あらふ)べし○又方 蘩縷(はんる)【左ルビ:はこべ】《割書:図説下|にあり》
茎(くき)葉(は)ともに搗(つき)て染屋糊(こんやのり)に和(まぜ)て痛所(いたみしよ)にぬるべし
○又方 楊梅皮(やうばいひ)【左ルビ:やまもゝのかは】《割書:薬店にあり図説|中毒(ちうどく)にあり》末(こ)となし紺屋糊(こんやのり)
におしませ痛処(いたみしよ)に塗(ぬりて)てよし○又方 水仙(すいせん)の
根(ね)《割書:人家(じんか)栽(うへ)又は生花(いけはな)にする|冬(ふゆ)花(はな)開(ひら)く草(くさ)なり》擂(すり)て痛所(いたむところ)に塗(ぬる)べし又
せんじ服(ふく)するもよし○又方 老茄子(たねのなすび)の黄(き)
色(いろ)に大(おゝき)なるものを薄(うすく)く切(きり)瓦盆(ほふろく)にて焙(あぶり)細末(さいまつ)

【左頁】
にして二匁 許(ばかり)づゝ酒(さけ)にて服(ふく)す○又方 大豆(たいづ)を
末(こ)にして酒(さけ)にてとき貼(つけ)てよし
〖血(ち)出(いで)ず傷所(いたみしよ)紫色(むらさき)〗なるは瘀血(わるち)心(しん)を衝(つ)き煩(もだへ)悶(くるし)む
ことあり先(まづ)童子(こともの)小便(せうべん)を灌(そゝき)与(あた)へ飲(のま)しめ豆腐(とうふ)を
煮(にて)熱(あつ)からしめ其処を熨(むし)て冷(ひえ)ば換(とりかへ)べし紫色(むらさきいろ)
漸(ぜん〴〵)にさめて淡紅(もゝいろ)に変(かはる)を好(よし)とす
〖筋(すじ)骨(ほね)折傷(くぢき)痛(いたみ)甚(つよき)〗は急(きふ)に雄鶏(おんのにはとり)一 隻(は)を捕(とらへ)刀(かたな)を以て刺(さし)
て血(ち)を取(とり)酒(さけ)に和(まぜ)て飲(のみて)痛(いたみ)立(たちどころ)に止(やむ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖蘩縷(はんる)〗和名《割書: はこべ  あさしらけ びんづる ひづる| へんづり ひづり   へんづる》
 《割書:此 草(くさ)所々 湿地(しつち)に多(おほ)し正月 苗(なへ)を|生(せう)じ地(ち)に布(つい)て蘩衍(はびこる)ものなり》
 《割書:此 草(くさ)に似(に)たるものあり此草は茎(くき)|葉(は)ともに青(あを)く茎(くき)を断(きれ)は空(うつろ)にして》
 《割書:中(うち)に縷(いと)あり|》

   【蘩縷の図】  《割書:三月以後 白花(しろきはな)を|開(ひらく)形(かたち)図(づ)のことし|実(み)を結(むす)ぶ》


【左頁】
   【蘩縷の図】 

 《割書:又此 草(くさ)に似(に)て微(すこし)く赤色(あかきいろ)を帯(おび)て|茎(くき)を断(きれ)ば縷(いと)なく味苦(あじわひにが)きものは唐(から)にて》
 《割書:鷄腸(けいてう)といふ別物(べつぶつ)なり此二 種(しゆ)ともに和名(わみやう)|はこべといふ名(な)に依(より)て誤(あやま)るべからず》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖接骨木(せつごつぼく)〗和名 《割書:木(き)たづ しやくおし木|こもかつぎ にはとこ》
 《割書:此木 田野(でんや)人家(じんか)庭(には)園(その)に|生(せう)ず高(たか) ̄サ五六尺より一》
 《割書:丈 許(ばか)りに至(いた)る春(はる)葉(は)を|生(せう)じ花(はな)を開(ひら)く色(いろ)黒紫(くろむらさき)》    【接骨木の図】
 《割書:にして至(いたつ)て細(こまか)なり又|白(しろ)き花(はな)のものあり花》
 《割書:落(おつる)にしたがつて実(み)を結(むす)ぶ|》


【左頁】
             《割書:実(み)形状(かたち)|かくのことし》
    【接骨木の図】 【接骨木の実の図】
《割書:春(はる)の間(あいだ)は葉(は)の裏(うら)|少(すこ)し紫色(むらさきいろ)を帯(おぶ)》
《割書:枝(ゑだ)の節(ふし)きは亦(また)紫(むらさき)|の班(まだら)【斑ヵ】あり》
〖蒴藋(さくてき)〗《割書:和名| にはさづ》
  《割書:そくづ さいき|つちひとかた》    《割書:此 草(くさ)田野(でんや)園(せど)庭(には)に生(せう)ず接骨木(せつこつぼく)にして|草(くさ)だちなり花(はな)葉(は)の形状(かたち)同(おな)じければ|別(べつ)に図(づ)せず》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  眼(め)為物傷(ものにやぶらる) 《割書:つき目(め)うち|目(め)なり》
軽(かろ)きものは人(ひとの)乳(ちゝ)を多く滴(したゝり)入(いる)べし沙糖水(さとうみづ)も
よし○又方 水仙(すいせん)の根(ね)《割書:人家 園(には)庭(せど)に栽(うへ)又は生花(いけばな)|にするものゝ根(ね)なり》
研(すり)て沙糖(さたう)にまぜ合(あわせ)点(さす)べし○睛(ひとみ)を傷(やぶり)たるもの
は蝿(はい)の頭(かしら)《割書:夏月(なつ)人の家内(やうち)に|飛(とび)集(あつま)る虫(むし)なり》を取(とり)よく〳〵研爛(すりつぶし)沙(さ)
糖(たう)又は人(ひと)の乳(ちゝ)に調(ませ)て数度(たび〳〵)目(め)に点(さす)べし○又方
鹿茸(ろくじよう)《割書:鹿(しか)の袋角(ふくろつの)なり薬店(やくてん)に|あり新(あたらしき)を用ゆべし》至極(しごく)細末(こまか)にし人の乳(ちゝ)
に調(まぜ)度々(たび〳〵)目(め)の内に滴(そゝぎ)入べし重傷(おもききづ)といへども

【右頁】
愈(いゆ)るなり

【左頁】
  目睛突出(もくせいとつしゆつ)《割書:めのたまとびいづるなり|》 
人 極(きはめ)て重(おも)き物(もの)を拏力(むりじから)いだして提挈(ひきさげ)又は他人(た◻[に]ん)
につよく敺(うた)れて一 眼(がん)或は雙眼(りやうがん)ともに突出(とびいづ)
ることあり急(きう)に手巾(てぬぐひ)様(やう)の物(もの)を水(みづ)又つばきに
て湿(うるほ)し《割書:若(も[し])うるほさゞれば眼睛(めだま)粘着(ねばりつき)て|はなれぬものなればなり》其 眼睛(めだま)を盛(うけ)
旋転(ころがし)目系(めのつりいと)の乱(こゝら)ぬ様(やう)にして《割書:眼睛(めだまに)附て糸筋(いとすじ)あり|目系(もくけい)といふ此 系(いと)の》
《割書:入 乱(みたれ)れこゝらぬ様によく|なをして入べきをいふ也》納(おさめ)入(い)るべし扨(さて)猶(なを)又(また)
湿巾(ぬれてぬぐひ)にて其 上(うへ)を裹(つゝみ)住(とゞめ)て三日の間(あいだ)開(ひらく)べからす

【右頁】
ず若(も)し早(はや)く裹(つゝみ)たる巾(てぬぐひ)を觧(とけ)ば眼(め)は旧(もと)の如(ごと)く成(なり)
ても風(かぜ)寒(かんき)に遇(あへ)ば常(つね)に痛(いたみ)を発(おこす)ことある者なり
○又方 急(きふ)に手掌(てのひら)に唾(つは)を多(おほ)く吐込(はきこみ)其手にて
眼睛(めだま)をうけそろ〳〵とおし込(こ)み手拭(てぬぐひ)様(やう)の物(もの)
にて包(つゝみ)置(をく)事三日にして解(とく)へし強(つよ)く鼻(はな)を
掀(かみ)目睛(めだま)飛出(とびいづ)ることあり心得(こゝろえ)あるべきことなり
○又方 生(なま)の地黄(ぢわう)を搗(つき)て綿(わた)に裹(つゝみ)目睛(めだま)のうへに
つけ萬能膏(まんのうこう)を紙(かみ)にのべ其上(そのうへ)に張(はり)つけ置(おく)べし

【左頁】
  湯盪(たうたう)火焼(くはしやう)《割書:湯火(ゆひ)にて焼(やけ)|どせるなり》
湯火傷(ゆひのやけど)生(せう)の胡麻(ごま)を杵(つき)細(こまか)にして厚(あつ)く封(つけ)てよし
○又方 稲稿(わら)を焼(やき)灰(はい)となし湯(ゆ)の中(うち)に入れ其 湯(ゆ)
冷(ひゆる)を待(まち)て急(きふ)に痛処(いたみしよ)を漬(ひた)すべし疼痛(いたみ)頓(やか)て止(やむ)
なり或は冷灰(ひえたるはい)を水(みづ)に調(まぜ)塗(ぬり)てよし○又方 蜂(はち)
蜜(みつ)を傷所(いたみしよ)に塗(ぬり)てよし○又方 冷飯(ひやめし)を其 侭(まゝ)封(ぬりつけ)
てよし○又方 淳酒(こきさけ)の内(うち)へ傷(きづ)を浸(ひたす)べし傷処(きづのところ)大(おほひ)
なるは布(ぬの)綿(わた)衣物(きもの)の類(るい)を酒(さけ)の中(うち)にひたし傷処(きつのところ)

【右頁】
に当(あて)其 衣物(きもの)あたゝかになるときは幾度(いくど)も浸(ひた)
しなをして当(あつ)べし酒(さけ)は三年以上の濃(こき)を用
てよし○又 軽(かろ)きものは水(みづ)に蜜(みつ)を入(いれ)和(まぜ)服(ふく)して
よし○又方 少(すこし)の湯火傷(ゆひやけど)は炭火(すみびの)上(うへ)にかざして
痛(いたみ)を忍(しの)ぶ事 暫時(しばらく)すべし早(はや)く愈(いゆ)るなり○又
方 蛇苺草(しやもさう)《割書:図説下|にあり》搗爛(つきつぶし)て塗(ぬり)てよし○又方 蜜(みつ)
柑(かん)の汁(しる)を絞(しぼり)塗(ぬり)てよし○又方 側栢葉(そくはくやふ)《割書:図説 吐血(とけつ)|にあり》
搗爛(つきつぶし)傅(つけ)てよし○又方 鶏卵(たまご)のしろみぬりてよし

【左頁】
○又方 伏龍肝(ふくりやうかん)《割書:竃(かまど)の下(した)の古(ふる)|き焼土(やけつち)なり》を水(みづ)に和(まぜ)て傅(つく)へし○又
方 石决明(あはびかひ)《割書:鮑(ほう)の字(じ)を用る|ものなり》へ水(みづ)を入れて小刀(こがたな)にて
数遍(すへん)かきまはして其水を痛所(いたみしよ)へぬりつけ
る石决明(あはびがひ)はあたらしきほどよし年(とし)をへたる
はあしく鮑(あわび)の肉(にく)は不用(もちいず)其(その)貝(かい)がらへ水(みづ)を入るなり
此(この)方(ほふ)甚(はな[は]だ)たよろし○遍身(そうみ)焼灼(やけど)したるは急(きふ)に
萊菔(だいこん)の絞汁(しぼりしる)或は童子(こどもの)小便(せうべん)を服(のま)しめて後(のち)好酒(よきさけ)
を甕(かめ)にても桶(をけ)にても多(おほ)く盛(もり)【左ルビ:いれ】置(をき)其中へ病人(びやうにん)

【右頁】
を裸體(はだか)にして浸入(ひたしいれ)てよし重(をもし)と言とも死(し)に
至らず○凡 湯火傷(ゆひやけど)童便(ことものせうべん)を飲(のむ)べし火毒(くはどく)内攻(ないこう)
せず大人(をとな)の小便(せうべん)も童便(こどもせうべん)なきときは用てよし
○失火(しつくは)にて圊(かわや)焼(やけ)たるあとの糞缸(ふんのかめ)へ人(ひと)誤(あやま)り踏(ふみ)
こみやけどせしは生菘(なまのな)を擂(すり)多(おほ)く汁(しる)を取(とり)傷(きづ)
の所(ところ)に塗(ぬり)て良(よし)○又方 山蕷(やまのいも)【左ルビ:じねんぜう】を擦(すり)塗(ぬり)てよし
 凡(おほよそ)湯火傷(ゆひやけど)冷水(ひやみづ)を淋(そゝぐ)べからず一 旦(たん)は痛(いたみ)止(やむ)に似(に)
 れども火毒(くはどく)内攻(ないこう)して大(おほい)に害(がい)あり

【左頁】
〖蛇苺(じやも)〗《割書:和名| へびゐちご》
  《割書:みつばいちご|からすのやまもゝ》  【蛇苺の図】
《割書:此 草地(くさち)に付(つき)て|細(ほそ)き蔓(つる)を引(ひき)節(ふし)の》
《割書:下(した)に根(ね)を生(せう)ず葉(は)三づゝ|出(いづ)るものあり又》
《割書:五ッ七ッ出(いづ)るもの|あり四五月の|比(ごろ)黄花(きいろのはな)をひらく|形(かたち)図(づ)のことく五 弁(べん)》        《割書:実(み)の形(かたち)かく|のことくに|して至(いたつ)て|紅(あか)し》
《割書:なり実(み)の形(かたち)図(づ)の|ことくにして紅(あか)し茎(くき)葉(は)ともに用ゆ べし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  凍(こゝへて)指(ゆび)《振り仮名:欲_レ堕|をちんとほつす》
人(ひと)霜(しも)雪(ゆき)を侵(をか)し手足(てあし)の指(ゆび)凍(こゝへ)痛(いたみ)或は不仁(おぼへなく)痛(いたみ)痒(かゆい)を
しらず已(やがて)堕(をちん)とするあり
〖療(りやう)法〗馬糞(ばふん)を煮(に)て其 汁(しる)の中(うち)へ指(ゆび)を漬(ひた)す事 半(はん)
日(にち)許(ばかり)にして愈(いゆ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  人(ひと)咬(かみ)傷(やぶる)
人(ひと)の為(ため)に咬(かまれ)て疼痛(とうつう)【左ルビ:いたみ】をなすは亀(かめ)の甲(かふ)を焼(やき)て
灰(はい)となし香油(こまのあぶら)に匂(まぜ)て付(つけ)てよし亀(かめ)の代(かはり)に鼈(すつぽんの)
甲(かふ)もよし○又方 鶏(にはとり)の溏屎(じるきふん)を咬(かみ)たる処(ところ)へ塗(ぬる)べ
し○又方 熱(あつき)人尿(ひとのせうべん)にてよく〳〵傷処(きづのところ)を洗(あら)ひ其(その)
あとへ生栗子(なまぐり)を嚼(かみ)て咬処(かみたるところ)に敷貼(ぬりつけ)てよし痛(いたみ)強(つよ)
きは麻油(ごまのあぶら)を紙撚(こより)に塗(ぬり)て火(ひ)を点(つけ)焔(ほのふ)にて薫(ふすべ)てよし
又は人(ひと)の乾糞(かはきたるふん)を胡桃殻(くるみのから)を割(わり)て半(はん)片(へん)【左ルビ:へら】につめて

【右頁】
咬(かまれたる)処に覆(おほひ)置(おき)て殻(から)の上(うへ)より艾(もぐさ)にて灸(きう)すへし痛(いたま)
ざるに至て止(やむ)○痛(いたみ)強(つよき)は童便(こどものせうべん)に洗(あらひ)て前(まへの)薬(くすり)を用(もちゆ)
 凡(おほよそ)人(ひと)に咬(かまれ)たるも亦(また)大(おほい)に害(かい)をなすものなり
 病人(びやうにん)は殊(こと)に害(かい)甚(はなはだ)し若(もし)咬(かみ)傷(やふら)れなば速(すみやか)に薬(やく)
 理(ぢ)すべし

【左頁】
  諸虫咬傷(しよちうかうせう)《割書:もろ〳〵むしにさゝれたるなり|蛇(くちなは)に人(ひと)纏(まとわれ)たるを附(つけ)たり》
〖蜈蚣(むかで)咬傷(かみやぶる)〗鶏蛋(にはとりのたまご)を塗(ぬり)てよし黄(きみ)白(しろみ)共に用(もち)ゆ○
又方 食蓼葉(りやうりたでのは)を揉(もみ)て汁(しる)を咬処(かみたるところ)に塗(ぬり)てよし○又
方 毒(どく)甚(はなはだ)しく痛(いたみ)腫(はれ)つよきは人(ひと)の糞(ふん)を咬傷(かみやぶり)たる
所へ塗(ぬる)べし○又方 蛞蝓(なめくじ)《割書:図説後|にあり》を取(とり)て傷処(きづのところ)に
貼(つけ)てよし蝸牛(かたつむり)《割書:図説 疔(てう)の|条(ぜう)にあり》を取(とり)て汁(しる)を咬処(かみたるところ)に滴(そゝぎ)
入るゝも亦(また)よし○又方 大蒜(にんにく)を嚼(かみ)て傷処(きづのところ)に塗(ぬる)
小蒜(のびる)《割書:図下巻諸|物入耳に出》亦(また)可(よし)○又方 塩(しほ)を傷処(きつのところ)に傅(つけ)て愈(いゆ)○

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
又方 蜘蛛(くも)を取(とり)て咬処(かみたるところ)に置(をく)ときは蜘蛛(くも)自(おのづと)其(その)毒(どく)
を吮(すい)て痛(いたみ)立(たち所に)止(やむ)
〖螻蛄(けら)咬人(ひとをかむ)〗石灰(いしばい)を醋(す)にてとき封(ぬる)べし
〖蜘蛛(くも)咬傷(かみやふる)〗人(ひと)の小便(せうべん)を傅(つけ)てよし○又方 油淀(あぶらのをどみ)を
塗(ぬる)べし○又方 塩(しほ)と油(あぶら)とを和(ませ)て敷(つけ)べし○又方
炮生姜(あふりたるせうが)を貼(つけ)てよし○又方 蘿摩(らま)【左ルビ:がゞいも】《割書:図説 金瘡(きんそう)|にあり》挼(もみ)
て汁(しる)を咬(かみ)たる処に附(つけ)てよし
〖《振り仮名:蚝虫|けむし》刺人(ひとをさす)〗伏龍肝(ふくりやうかん)《割書:竃(かまど)の下(した)の|焼土(やけつち)なり》を水(みづ)にてとき貼(つけ)て

【左頁】
よし○赤(あかく)なりて痛(いたむ)には馬歯莧(ばしけん)【左ルビ:すべりひう】《割書:図説後|にあり》よく
よく搗(つき)て封(ぬりつけ)べし
〖蜂(はち)蠆(さそりに)螫(さし)傷(やぶられ)〗蒼耳(をなもみ)《割書:図説 疔毒(てうとく)|にあり》を揉(もみ)て貼(つく)べし○又方
食蓼(りやうりたで)の葉(は)を揉(もみ)て傷処(きづのところ)に貼(つけ)てよし○又方 生(なま)
の芋(さといも)を擦(すり)て封(ぬりつけ)てよし芋梗(いものくき)も用べし○又方
歯垽(はかす)《割書:人(ひと)の歯(は)の|あかなり》螫(さし)たる所(ところ)に塗(ぬり)てよし○又方 蝋(らふ)
蠋(そく)【燭の誤】の蝋(らふ)を咬(かみ)たる処(ところ)に附(つけ)てよし○又方 傷処(きづのところ)
を熱(あつ)き湯(ゆ)に浸(ひたす)べし冷(ひえ)ば数度(すど)取(とり)かへ浸(ひたす)べし○又

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
方 生蜀椒(なまのさんしよう)を嚼(かみ)て螫(さし)たる処(ところ)に封(つけ)て妙(みやう)なり生(なま)な
きときは乾(かはき)たるもよし若(もし)実(み)なきときは葉(は)に
ても用ゆ○又方 青蒿(せいがう)《割書:下に図説|あり》の葉(は)を挼(もみ)て螫(さし)
たる処(ところ)に貼(つけ)べし○又方 塩(しを)を嚼(かみ)て封(ぬる)べし○又
方 薄荷(はつか)《割書:図説(づせつ)下巻 小児(せうに)|撮口(さつこう)に出 ̄ス》葉(は)挼(もみ)て封(つく)べし○又方 釅醋(つよきす)
を地上(ぢのうへ)に沃(そゝい)で其(その)泥(どろ)をつけてよし
〖蝮蛇(まむし)囓(かみ)傷(やぶる)〗急(きう)に柿漆(かきしぶ)《割書:渋柿(しぶかき)を搗(つき)て|汁(しる)を取(とる)を言》を塗(ぬる)べし若(もし)無(なき)
ときは乾柿(ほしがき)《割書:串柿(くしがき)枝(ゑだ)|柿(かき)の類(るい)》の肉(にく)剉(きざみ)醋(す)に煮(に)て塗(ぬる)べし《割書:或は|柿の》

【左頁】
《割書:蔕(へた)を末(こ)となしそくひ|糊(のり)に和(まぜ)て塗(ぬる)もよし》○又方 千屈菜(みそはぎ)《割書:図説(づせつ)獣(けもの)咬(かむ)|にあり》桔(き)
梗葉(きやうのは)《割書:図説(づせつ)下|にあり》右二品共 等分(とうぶん)擂爛(すりくづし)胡椒(こせう)《割書:薬店に|あり》の末(こ)
一 撮(つまみ)入(いれ)て傅(つけ)てよし○又方 急(きふ)に烟管(きせる)の鴈頭(がんくび)
《割書:小(ちいさ)き竹(たけ)の截口(きりくち)|にてもよし》をうつむけに傷処(きづのところ)へ掩(をほい)覆(ふせ)力極(ちからをきはめ)撘(おし)
定(つけ)て放(はな)さず暫時(しばらく)すれば肉(にく)腫(はれ)起(をこり)て鴈頭(がんくび)の内(うち)
一 杯(はい)になるものなり其(その)処(ところ)を小刀(こがたな)にて断割(たちはり)て
悪血(わるち)を多(おほく)絞(しほり)出(いだ)すべし又は急(きう)に鳥銃(てつぽう)の火薬(くちくすり)を
囓(かみ)たる処(ところ)の大(おほき)さ程(ほど)に盛置(もりおき)て火(ひ)を点(つけ)て火(ひ)を発(はつ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
すべし右(みき)の方(ほう)便宜(かつて)に任(まか)せ用(もちい)たる後(のち)に人(ひと)の熱(あつ)き
小便(せうべん)をしかけて瘡口(きづくち)を洗(あらい)其あとへ人屎(ひとのふん)を傅(つけ)て
うへを布木綿(ぬのもめん)にて巻(ま)き家(いへ)に至りて酒(さけ)にて人(ひとの)
屎(ふん)を洗(あらい)をとし左(さ)の方(ほう)を用(もちゆ)べし○爐中(いろりのうち)或(あるい)は
竃(かまど)の中(うち)の灰塊(はいのかたまり)を熱湯(あつきゆ)の内(うち)に入(い)れ和匂(まぜあはせ)再(ふたゝび)火(ひ)の
上(うへ)にかけて三四 度(と)沸(わかし)其(その)湯(ゆ)の内(うち)へ傷(きづ)の処(ところ)を漬(ひた)す
べし初(はじめ)は熱(あつ)きを覚(おぼへ)ざるべし漸(やうやく)に熱(あつ)きを覚(おぼ)へば
最早(もはや)毒(どく)浅(あさ)くなりたる也(なり)何(いづ)れにも堪(たえ)かぬるに至(いたり)

【左頁】
て止(やむ)べし次(つぎ)に雄黄(をわう)五霊脂(ごれいし)《割書:二味共に薬|店にあり》を末(こ)とな
し馬歯莧(ばしけん)【左ルビ:すべりひう】《割書:図説下|にあり》の絞汁(しぼりしる)にてとき瘡口(きづくち)の処(ところ)を
除(よけ)て四囲(ぐるり)に塗(ぬり)て上(うへ)を裹(つゝみ)置(おく)べし○服薬(ふくやく)は五霊(ごれい)
脂(し)雄黄(をわう)等分(とうぶん)末(こ)となし温湯(あたゝかなるゆ)又は酒(さけ)にて服(ふく)すべし
総(そうじ)て何(いづ)れの薬(くすり)を用(もち)ひたるにも後(あと)にて酒(さけ)を酔(よふ)
ほど飲(のむ)べし凡(おほよそ)山野(さんや)を経歴(けいれき)する人(ひと)は右の薬(くすり)を
購(とゝのへ)て帯行(もちゆく)べし若(もし)右(みき)の二薬(ふたつのくすり)なくは馬歯莧(すべりひゆ)を茎(くき)
葉(は)共(とも)に搗(つき)て絞汁(しぼりしる)を三 盃(ばい)【濁点誤】ほど飲(のむ)べし亦 妙(みやう)也

【右頁】
〖蛇咬(くちなはにかまる)〗常(つね)の蛇(くちなは)に咬(かまれ)たるは塩(しほ)を嚼(かみ)て傷処(きづのところ)に敷(しき)其
上(うへ)へ艾(もぐさ)にて灸(きう)を廿一 壮(さう)すべし訖(しまひ)て復(また)塩(しほ)を嚼(かみ)
傷(きづ)の処(ところ)へ塗(ぬる)べし若(もし)山野(さんや)に塩(しほ)も艾(もぐさ)も無(なき)ときは火(ひ)
縄(なは)の火(ひ)にても烟草(たばこ)の火(ひ)にても傷(きづ)の処(ところ)へ押付(をしつけ)て
熱(あつ)きを堪(こらゆ)べし○又方 明礬(みやうばん)《割書:薬店にあり生(せう)|を用ゆべし》火(ひ)にて
溶(とろかし)咬たる処に流(ながし)かくべし熱(あつき)を忍(こらゆ)れば立(たちどころ)に愈(いゆ)
○又 烟管(きせる)を火(ひ)の上(うへ)にて炙(あぶれ)ば垽(やに)湧(わき)流(なが)るゝものな
り其 垽(やに)の流(ながるゝ)を直(すぐ)に傷処(きづのところ)へ滴(そゝき)掛(かぐ)べし其 熱(あつ)きを

【左頁】
忍(こらへ)て多(おほく)灌(そゝぎ)かくべし此方 蝮蛇(まむし)咬(かみ)にも用てよし
○又方 蘿摩(らま)【左ルビ:がゞいも】《割書:図説(づせつ)金瘡(きんそう)|にあり》搗(つき)て汁(しる)を取(とり)咬処(かみたるところ)に傅(つけ)て
よし○又方 蒲公英(ほこうゑい)【左ルビ:たんほゝ】《割書:図説疔の条|下にあり》搗(つき)て傷処(きづのところ)に貼(つけ)
べし○又方 扛板帰(こうはんき)【左ルビ:いしみかわ】《割書:図説後に|あり》藤(つる)葉(は)ともに搗(つき)汁(しる)
をとり酒(さけ)にて服(ふく)し渣(かす)を傷所(いたみしよ)に搭(つけ)て良(よし)○又方
蒜(にんにく)を食(しよく)して酒(さけ)を飲(のみ)且(かつ)蒜(にんにく)を杵(つき)爛(たゞらし)て患処(いたみしよ)に塗(ぬり)て
其 上(うへ)へ灸(きう)すべし○又方 金糸荷葉草(きんしかやうそう)【左ルビ:ゆきのした】《割書:図説下に|あり》搗(つき)
て汁(しる)を取(と)り咬(かみ)たる処(ところ)に附(つく)べし○又方 小便(せうべん)にて

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
よく〳〵血(ち)を洗(あら)ひ其(その)あとへ歯垽(はかす)を塗(ぬり)てよし○
咬(かみ)たるあと瘡(かさ)となりたるは熱(あつき)酒(さけ)にて頻(しきりに)洗(あらふ)べし
 凡 蛇(くちなは)に咬(かまれ)たる人 水(みづ)にて手足(てあし)を洗(あらひ)或は川(かは)を渡(わた)
 るべからず一 切(さい)醋物(すきもの)を食(くろふ)べからす若(もし)是(これ)を
 犯(おか)せば瘥(いへ)ても復(また)発(はつ)す
〖蛇(くちなは)纏人身(ひとのみにまとひつき)不解(とけざる)〗は身(み)を以(もつ)て側(よこ)に臥(ふし)左右(さゆう)に滾(ころ)げ
転(まろべ)ば解(とく)るなり○又 衆人(おほぜいのひと)一同(いちどう)に尿(いばり)【左ルビ:せうべん】をしかくれば
釋(とし)【注】るなり熱湯(あつきゆ)を淋(そゝぎ)かくるもよし

【左頁】
〖蠼螋(はさみむし)に咬(かまれ)〗たるは烏鶏(くろきにはとり)の翎(ゑりのけ)を焼(やき)て灰(はい)となし鶏子(たまごの)
清(しろみ)に和匂(かきまぜ)て敷(つけ)てよし
〖蚊(か)豹脚(やぶか)《振り仮名:𠾱|さす》〗 《割書:蚊(か)は夜(よる)出(い)て人(ひと)を𠾱(さす)豹(やぶ)|脚(か)は昼(ひる)出(いで)脚(あし)班(まだら)【斑ヵ】なり》には刀豆(なたまめ)《割書:人家(じんか)園(せと)|圃(はたけ)に栽(うへ)》
《割書:て食料(しよくりやう)とな|すものなり》の葉(は)を揉(もみ)て其 処(ところ)に貼(はる)べし又 樟脳(せうのう)
焔消(ゑんせう)《割書:二味ともに|薬店にあり》を香油(ごまのあぶら)に和(まぜ)て傷所(きずのところ)に塗(ぬる)べし又
熱湯(あつきゆ)に漬(ひたす)べし痛(いたみ)痒(かゆみ)即止(じきにやむ)
〖蟆子(ぬかこ)に《振り仮名:𠾱|さゝれ》〗たるは蚊(か)より毒(どく)つよし療法(りやうほう)大抵(たいてい)蚊(か)
と同(おな)じ痛(いたみ)痒(かゆみ)止(やま)ざるは海蝦(いせゑひ)を鮓(すし)となし食(くらふ)て瘡(そう)【左ルビ:できもの】

【〖 〗は隅付き四角囲み線】
【注 「釋」の振り仮名は「とく」ヵ】

【右頁】
を発(はつ)して愈(いゆ)
〖蚋(ぶと)に螫(さゝ)〗《割書:蚊(か)に似(に)たる|虫(むし)なり》れて痛(いたみ)痒(かゆみ)忍(こらへ)がたきは手(て)にて掻(かけ)
ば皮(かは)肉(にく)破(やぶれ)てあしく【ゝヵ】塩(しほ)を上(うへ)に布(しき)て物(もの)に包(つゝ)み置(をく)
べし即(じきに)愈(いゆ)又 螫(さし)たる時(とき)直(じき)に熱湯(あつきゆ)に洗(あらへ)ば立(たちどころに)愈(いゆ)龍(りう)
脳(のう)樟脳(せうのう)《割書:二 味(み)共(とも)に薬(やくしゆ)|肆(や)にあり》能(よく)此(この)毒(どく)を解(げす)何(なに)によらず此(この)物(もの)
の入(いり)たる煉薬(ねりやく)類(るい)又は目薬(めぐすり)様の物(もの)を塗(ぬり)てよし
〖蛭(ひる)に吮(すは)〗るゝに塩(しほ)を擦(すりつけ)べし又 田(た)沢(さは)を渉(かちわたり)する人は
勿論(もちろん)山中(さんちう)にて梅雨(つゆ)の頃抔(ころなど)蛭(ひる)樹上(きのうへ)より落(おち)て人

【左頁】
を叮(さす)事あり油(あぶら)に塩(しほ)を和て手足(てあし)頸(ゑり)に塗(ぬる)べし
蛭(ひる) 𠾱(すは)ず
〖虫(むし)咬(さし)何(なに)の虫(むし)と言(い)ふをしらず〗腫(はれ)痛(いたむ)は姜汁(せうかのしほりしる)にて其 処(ところ)
を洗(あらひ)後(のち)に明礬(みやうばん)雄黄(おわう)《割書:何れも薬|店にあり》の末(こ)を貼(つけ)てよし○
又方 青黛(せいたい)【左ルビ:あいろう】雄黄(おわう)《割書:二味薬店|にあり》の末(こ)水(みづ)に調(ませ)塗(ぬり)てよし又
藍(あい)艾(よもぎ)の葉(は)を搗(つき)て汁(しる)を取(とり)塗(ぬり)てよし○又方ル
ウタ草(そう)《割書:図説下|にあり》の葉(は)を揉(もみ)て封(つく)べし最(もつとも)よし○又方 欵冬(ふき)
の葉(は)《割書:菜(さい)となし食(しよく)|するものなり》揉(もみ)て傅(つけ)べし○又方 蛇蛻皮(くちなはのきぬ)《割書:野辺(のへん)|に多(おほ)》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
《割書:くある物|なり》二三匁 水(みづ)に煮(に)て咬処(かみたるところ)を度々(たび〳〵)洗(あらふ)べし
〖桔梗(きつきやう)〗《割書:和名|  きちかう きゝやう》
 《割書:山野(のやま)にあり|春(はる)宿根(ふるね)より》 【桔梗の図】
 《割書:苗(なへ)を生(せう)ず高 ̄サ|一二尺 秋(あき)碧花(みどりのはな)》
 《割書:を開(ひら)く又 白花(しろきはな)の|ものあり》
 《割書:単弁(ひとへ)千弁(やへ)|の別(わかち)あり》
 《割書:蛇(くちなは)咬(さし)たる|に用るは    何(いづ)れにてもよし》

【左頁】
〖馬歯莧(はしけん)〗
 《割書:和名 すべりひゆ| 又 むまひゆ》  【馬歯莧の図】
 《割書:此 草(くさ)園(その)野(の)ともにあり|春(はる)苗(なへ)を生(せう)し地に附(つい)て生(せう)ず》
 《割書:葉(は)青(あおく)茎(くき)微赤(すこしあかし)惣躰(そうたい)柔(やわらか)にし|て滑(なめらか)に澤(つや)あり六七月 細(こまか)》
 《割書:なる花(はな)を開(ひら)き尖(とがり)たる小(ちいさき)|実(み)を結ぶ》
〖蛞蝓〗《割書:和名|  なめくぢり》
 《割書:湿地(しつち)に生(せう)ずる虫(むし)なり蝸牛(かたつむり)に|似(に)て殻(から)なく行(ゆく)ときは角(つの)を》      【蛞蝓の図】
 《割書:出(いた)す人家(じんか)水甕(みつがめ)の辺(へん)に最(もつとも)多し|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖青蒿(せいかう)〗    《割書:青蒿(せいかう)は茎(くき)痩(やせ)て堅(かた)し|》
《割書:春(はる)苗(なへ)を生(せう)じ|冬 枯(かる)葉(は)極(きはめ)て》
《割書:細小(こまか)なり|六七月》 【青蒿の図】
《割書:淡黄(うすき)の|細(こまか)なる花を》
《割書:開(ひら)き粟粒(あわつぶ)の|様(やう)なる実(み)を結(むすふ)》
《割書:其 葉(は)茎(くき)花(はな)実(み)ともに|其 気(にほひ)甚(はなはた)芬(たかし)此 草(くさ)能(よく)黄花蒿(わうくはかう)に》
《割書:似(に)たり黄花蒿(わうくはかう)は青蒿(せいかう)より|葉(は)麁(あら)く胡蘿蔔(やさゐのにんしん)に似て深秋(あきのすへ)に》
《割書:至(いた)らすして色 黄色(きいろ)になり青蒿は|深秋(あきのすへ)まて葉の色青し》  《割書:黄花蒿(わうくはかう)は茎(くき)肥(こへ)て柔(やはらか)なり|》

【左頁】
〖扛板帰(かうはんき)〗《割書:和名   まゝこのしりぬくひ|  いしみかは》   《割書:葉の背(うしろ)茨(とけ)あり図の|ことし》
《割書:此 草(くさ)原野(のはら)庭(には)園(せと)共(とも)にあり四五月に|生じ九月 霜(しも)を見るときは枯る》
《割書:葉(は)の形(かたち)犂(すきの)|頭(かしら)のことく》
《割書:藤(つる)に小茨(こまかきとけ)|あり子(み)は》
【杠板帰の図】
《割書:円(まる)く黒(くろ)し睛(めのひとみ)のことし味(あぢはひ)|酸(す)し又 細(ほそ)葉の物あり》
《割書:茎(くき)葉(は)微(すこし)く赤色(あかきいろ)を帯(おふる)もの  あり皆(みな)同物(とうふつ)なれは通(つう)し用へし|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖金糸荷葉草(きんしかやふさう)〗《割書:和名|  ゆきのした》  《割書:葉の背(うら)滑(なめら)かにして紅し|茎(くき)に毛(け)あり》
 《割書:此 草(くさ)多くは石罅(いしのすきま)に生(せう)し|冬(ふゆ)に堪(たへ)春(はる)の初より》
 《割書:苗(なへ)長(のび)三四月に|茎(くき)を出(いた)し》 【金糸荷葉草の図】
 《割書:小白花(こまかくしろきはな)を|開(ひら)く花(はな)葉(は)》
 《割書:ともに状(かたち)|図(づ)のことし》
 《割書:紅糸(あかきいと)を引(ひき)|蔓(はびこり)て糸(いと)の末(すへ)より苗(なへ)を生(せう)ず》
 《割書:人家(しんか)にも盆(はち)に栽(うへ)て玩(もてあそ)ぶものなり|》

【左頁】
〖ルウダ草(さう)〗
 《割書:此 草(くさ)葉(は)図(づ)のことく|左右(さいふ)に刻(きざみ)あり》
 《割書:秋の初(はじめ)に花さ|き色(いろ)白(しろ)くして》
 《割書:細(こまか)なり秋(あき)の末|に細なる実(み)》
 《割書:を結(むす)び|》
  【ルウダ草の図】
 《割書:冬(ふゆ)枯(かれ)て復(また)宿根(ふるね)より春(はる)に|至て苗(なへ)を生(せう)ず俗(ぞく)に耆婆(ぎば)三 礼草(らいそう)》
 《割書:と言 時疫(はやりやまひ)行(おこなは)るゝとき門(かと)に掛(かけ)|置(をけ)ば其 災(わざはひ)を免(まぬか)ると言》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  諸獣囓傷(しよじうさくせう)《割書:毛ものにかみやぶ|らるゝなり》
〖牛(うし)馬(むま)囓(かみ)傷(やぶる)〗は灰(はい)を熱湯中(あつきゆのうち)に入(いれ)て傷処(きづのところ)を漬(ひた)
すべし灰汁(はいのしる)を盛(いれ)置(をき)たる磁器(いれもの)を爐火(いろりび)の上(うへ)に
かけ置(おき)冷(ひえ)ざる様にすべし傷処(きづのところ)爛(たゞれ)たるは三
日 許(ばかり)漬(ひた)すべし若(もし)腫(はれ)あらば石(いし)を炙(あぶり)熱(あつくし)て熨(の)す
べし毎日(まいにち)両度(りやうど)にして腫(はれ)消(きえ)て止(やむ)○又方 独顆(いがにひとつある)
栗(くり)焼(やき)研(すり)て傅(つ)くべし○又方 鶏冠血(にはとりのとさかのち)をおほく
傅(つけ)てよし○又方 白砂糖(しろさたう)を封(ぬり)てよし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖馬(むま)人(ひと)の陰卵(きんたま)を囓(かん)て脱(ぬけん)とする〗は急(きふ)に推入(おしいれ)烏鶏(くろにはとり)
の肝(かん)《割書:図説後に|あり》を取(とり)細(こまか)に剉(きざみ)て傷処(きづのところ)に封(かぶ)せ包(つゝみ)置(おき)
外科(げくは)に請(こゐ)て縫合(ぬいあい)すべし
〖家猪(ぶた)野猪(ゐのしゝ)に囓(かまれ)〗たるは松脂(まつやに)を火(ひ)にて煉(ねり)餅(もち)
のごとくして傷処(きづのところ)に貼(はりつけ)べし
〖熊(くま)羆(しくま)爪(つめ)牙(きば)にて傷(やぶ)〗られ毒(どくにて)痛(いたみ)甚(はなはだ)しきは青(あをき)布(ぬの)
を焼(やき)て傷処(やぶれたるところ)を薫(ふすぶ)べし毒(どく)自然(じねん)と出(いづ)仍(よつ)而 葛根(くずのね)
《割書:図説吐血の|条にあり》を濃(こく)煮(に)て其 汁(しる)にて洗(あらい)且(そのうへ)乾葛(ほしたるくずの)

【左頁】
根(ね)を末(こ)となし葛根(くすのね)の煮汁(にしる)にて服(ふく)すべし
毎日(まいにち)五次(いつたび)程(ほど)服(ふく)し夜(よる)は一 次(ど)服(ふく)すべし○又方
蔓青(かぶなの)【左ルビ:かぶらな】根(ね)の絞汁(しぼりしる)を多(おほく)服(ふく)してよし○又方 独(いがにひとつ)
顆栗(あるくり)焼(やき)研(すり)て傅(つく)べし○又方 朔藋(ぞくづ)《割書:図説前の攧(うち)|撲(み)に出 ̄ス》
一大把(ひとにぎり)許(ほど)剉(きざみ)て水(みづ)一 升(せう)に漬(ひた)し置(おき)須臾(しばらく)して汁(しる)を
飲(のみ)且(そのうへ)其(その)滓(かす)を傷処(きつのところ)に傅(つく)べし
〖鼠(ねづみ)に咬(かまれ)たる〗は先(まづ)急(きふ)に焔消(ゑんせう)を傷処(きづのところ)に封(ぬり)付(つけ)置
て火(ひ)を点(つくる)ときは火(ひ)を発(はつ)す毒(どく)火(ひ)に隨(つれ)て散(ち)る

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
なり其 後(のち)に麝香(じやこう)《割書:薬店に|あり》を傅(つけ)て内(うち)に白躑(しろつゝ)
躅(じ)の花(はな)或は千屈菜(みそはぎ)《割書:二種共に図説|後にあり》を煎(せん)じ服(ふく)す
べし多(おほく)服(ふくす)るをよしとす若(もし)焔消(ゑんせう)なきと
きは血(ち)を絞(しぼ)り出(いだ)し或は熱(あつ)き湯(ゆ)の中(うち)へ傷処(きづのところ)
を浸(ひた)し或は牽牛葉(あさかほのは)《割書:人家(じんか)園(せど)庭(には)に|栽(うゆ)る蔓草(つるくさ)なり》を揉(もみ)て咬処(かみたるところ)
に傅(のけ)【注】て後(のち)に右(みぎ)の服薬(ふくやく)を用べし○又方 黏(もち)
《割書:鳥(とり)を挿(さ)す|ものなり》に釜臍墨(なべすみ)をおしまぜて貼(つけ)てよし
○又方 桐(きり)の木(き)《割書:木屐(げた)に用る|桐(きり)なり》を焼(やき)細末(こ)となし糊(そくいのり)

【左頁】
におしまぜ封(ぬり)てよし○又方 牡蠣(ぼれい)《割書:蛎殻(かきから)の末(こ)|なり薬店》
《割書:にも|あり》石灰(いしばい)黄栢(はうばく)【左ルビ:きわだ】の末(こ)三 味(み)等(とう)分にして蘩縷(はこべ)
の汁(しる)《割書:図説前の攧(てん)|撲(ぼく)にあり》によく〳〵和(まぜ)てぬるへし
 《割書:鼠に数品(すひん)あり其 中(うち)に毒(どく)最(もつとも)甚(はなはだ)しきあり人 若(もし)此|鼠(ねづみ)に咬(かまれ)たる時は傷処(きづのところ)速(すみやか)に愈(いえ)て当 分(ぶん)無事なる》
 《割書:に似(に)たれども数日(すじつ)を経(へ)て俄(にはか)に大熱を発(はつ)し赤(あかき)|疹(こがさ)多(おほく)出(いで)傷寒(せうかん)のことく煩(いきれ)渇(かわき)て甚(はなはだしき)は體中(そうみ)に紫黒(くろむらさき)の》
 《割書:班(まだらの)【斑ヵ】紋(もん)を見し狂(くるい)躁(さはき)極(きはまり)て死するあり又は日々 午(ひる)|後(すぎ)寒熱(かんねつ)を発(はつ)し労証(ろうせう)のことくなるものあり又は》
 《割書:何故(なにゆへ)となく時の寒 暖(だん)により或は赤豆(あづき)蕎麦(そば)等(とう)|の物(もの)を食(しよく)したる後(のち)に寒(さむけ)熱(ねつ)瘧(をこり)のことくなる事 数(す)》
 《割書:年(ねん)やまず其(その)外 種(いろ)々名 状(しやう)し難(かた)き証を見(あらは)すもの|なり是 鼠毒(そどく)内攻(ないこう)又は皮肉(ひにく)の間に在(あり)て患(うれひ)をな》

【注 「傅」の振り仮名「のけ」は「つけ」の誤ヵ】

【右頁】
 《割書:す者(もの)にして皆(みな)咬(かま)れたる初に療法(じほう)を誤しより|起(おこ)る大抵(たいてい)膏薬(かうやく)に鉛粉(とうのつち)等(とう)の品入たるは貼(はる)べか》
 《割書:らず傷処(きづのところ)速(すみやか)に愈れども毒(どく)外(ほか)へ泄(もれ)ざるゆへ後(のち)|に内攻(ないこう)して右 様(やう)の大 害(がい)をなす事あり愈(いえ)たり》
 《割書:とも禁忌(きんき)を守ざれば必 再発(さいほつ)して|救(すくい)がたし恐(おそる)べく慎(つゝしむ)べし》
〖猫(ねこ)に咬(かまれ)〗たるは薄荷(はつか)《割書:図説小児の|条にあり》を搗(つき)て汁(しる)を取(とり)
て傷処(きづのところ)に塗(ぬる)べし○又方 蜀椒(さんせう)を剉(きざん)で水に浸(ひた)
し置(おき)き莽草葉(しきみのは)《割書:下に図説|あり》を末(こ)となし右(みぎ)の
蜀椒(さんせう)の水(みづ)にて調(とゝのへ)て咬処(かみたるところ)へ付べし○又方 鶏(けい)
冠雄黄(くわんおはう)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし水にとき服(ふく)し其 上(うへ)

【左頁】
に咬(かみ)たる処へ塗(ぬる)べし○白躑躅(しろつゝじ)《割書:図説後に|あり》の
花(はな)煎(せん)じ服す亦よし○白果(ぎんなん)《割書:食 料(りやう)になすも|のなりいちやう》
《割書:の木の実|なり》を搗(つき)爛(くづ)して傷処(きつのところ)に封(ぬる)べし
〖常犬(つねのいぬ)に咬(かまれ)〗たるは砂糖(さとう)を咬(かみ)たる処(ところ)へ塗(ぬり)てよし
○又方 急(きふ)に風(かぜ)なき処(ところ)にて傷処(きづのところ)の血(ち)を嗍(すい)去(すて)
小便にて洗(あらい)浄(きよくし)熱(あつき)牛(うし)の屎(ふん)を付(つけ)てよし○萆(たう)
麻子(ごまのみ)《割書:図説急喉痺|の条にあり》五十 粒(つぶ)殻(から)を去(すて)水(みづ)に研(すり)膏(あぶら)の
ことくし先 塩水(しほみづ)にて咬(かみ)たる処を洗(あらひ)次(つぎ)に右

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
の薬(くすり)を敷貼(ぬりつけ)てよし○又方 白礬(みやうはん)《割書:薬店に|あり》を末
となし咬たる処に摻(ふりかけ)て布(ぬの)にて裹(つゝむ)べし○
又方 青柚子(あをきゆず)の青き所を擦(すり)て咬(かみ)たる処に貼(つけ)
べし猧兒(ちん)の咬たるに最(もつとも)よし
〖旧(ふるき)瘡(できもの)ある人 狗涎(いぬのよだれ)瘡口(てきものゝくち)に入る〗ときは昏悶(きをうし)なふ
に至(いた)る者あり急(きふ)に蜀椒(さんしよ)を浸(ひた)したる水にて
莽草(もふさう)《割書:図説後|にあり》葉(は)の末を調(ませ)て塗てよし
〖瘈狗(やまひいぬ)に囓(かまれ)〗たるは急(きふ)に瘡口(きづくち)より血(ち)を絞(しぼ)り出(いづ)

【左頁】
ること少きは瘡(きつ)口の四囲(ぐるり)を鍼(はり)にて刺(さし)血(ち)を多(おほ)
く絞出(しぼりいだ)し次(つぎ)に手(て)のさきならば肘(ひじ)の辺(へん)脚(あし)さき
ならば膝頭(ひざがしら)より人に小便をしかけさすべし
かはり〳〵多(おほ)くしかくるをよしとす最(もつとも)其小
便(べん)瘡口(きづくち)の処(ところ)へ流(ながれ)かゝる様にして洗(あらふ)べし
其あとへ胡桃殻(くるみのから)を二ッに割(わり)肉(にく)を去(すて)て半(はん)
片(へら)の内(うち)へ《割書:胡桃(くるみ)の殻(から)なきときは竹(たけ)を輪(わ)に截(きり)其 中(うち)へ|人(ひと)の糞(ふん)を填(つめ)て其上へ灸すへし》
人(ひと)の糞(ふん)を填満(つめ)て傷所(きづのところ)へうつむけに掩(おほひ)ふせ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
置(をき)其 上(うへ)へ艾葉(もぐさ)を大(おゝき)く撚(ひねり)かためて灸(きう)すべし
其日(そのひ)百壮(ひやくそう)灸(きう)してよし艾炷(もぐさ)大(おゝひ)なる故 胡桃殻(くるみのから)
は焼(やけ)て焦(こが)れ人糞(ひとのふん)は乾(かはく)べし左(さ)あらば幾度(いくたび)も
取換(とりかへ)て灸すべし灸の後(のち)杏仁(きやうにん)《割書:あんすの実中(みのなか)の|仁(さなこ)なり薬店に》
《割書:あり|》を擂(すり)て泥(どろ)のことくしべつたりと厚(あつく)塗(ぬり)
封(ふうし)其 表(そと)を布(ぬの)か木綿(もめん)の類(るい)にて厚(あつく)くつゝみ置
べし扨(さて)瘡口(きづくち)より血(ち)水(みづ)など流(なが)れ出るをよし
とす翌日(よくじつ)杏仁(きやうにん)を去(す)て又 前(まへ)のことく灸して

【左頁】
後(のち)に膽礬(たんぱん)《割書:薬店にあり金物を腐(くさら)|かすに用るものなり》を末(こ)となし瘡(きづ)
口へ乾摻(ふりかけ)てつゝみ置(おく)べし其後は毎日 膽礬(たんぱん)
を酒にて洗(あら)ひおとして灸(きう)し灸して後(のち)又膽
礬を傅(つけ)置(おく)事六七日にして血(ち)水 出(いづ)る間は灸
すること毎日 百壮(ひやくそう)宛(づゝ)すべし血水 出(いで)止(やみ)たる時
灸を停(やめ)て膽礬を洗(あらひ)去(すて)再(ふたゝび)最前(さいぜん)のことく杏仁(きやうにん)
を塗(ぬり)て置(おく)べし《割書:婦人(ふじん)小児(せうに)膽礬(たんはん)しみて堪(たえ)がたくは|始末(しまつ)ともに杏仁(きやうにん)を傅(つけ)てよし葱(ねぎ)》
《割書:の白根(しろね)搗(つき)爛(くづ)して|傅(つくる)もよしとす》○内薬(ないやく)は急(きう)に杏仁(きやうにん)壱匁 馬銭(まちん)

【右頁】
五分《割書:二 味(み)共に薬(やく)|肆(しゆや)にあり》水二 碗(わん)入一椀に煎(せん)じて頻(ひたもの)少(すこ)
しづゝ飲(のま)しむべし《割書:多く服すれば煩(もかき)|悶(くる)しむものなり》扨(さて)韭(にら)を搗(つき)
絞(しぼり)て汁(しる)を取(とり)一 杯(はい)づゝ五六日に一 度(ど)づゝ服す
べし○又方 防風(ほうふう)升麻(せうま)葛根(かつこん)甘草(かんぞう)《割書:各三|分》杏仁(きやうにん)《割書:壱|匁》
《割書:五|分》《割書:○五味ともに| 薬店にあり》水 茶碗(ちやわん)に二 杯(はい)を一杯に煎(せんじ)服す最(もつとも)
よし豺(やまいぬ)狼(おゝかみ)に囓(かまれ)たるも此方よし○又方 馬銭(まちん)壱匁
水一 茶鍾(ちやわん)の内へ浸(ひた)し置(おく)こと一時 許(ばかり)して其 浸(ひたし)
たる水を少々 宛(づゝ)飲(のみ)一日に飲 尽(つく)すべし○又

【左頁】
方 生姜汁(せうがのしぼりしる)鉄漿(をはぐろ)右二 味(み)等分(とうぶん)にして冷たる
まゝにて一 合(ごう)許(ばかり)づゝを飲(のむ)べし○又方 蝦蟆(ひきかへる)《割書:図|説》
《割書:下 巻(くはん)呑針(はりをのむ)|条(ぜう)に見ゆ》生(なま)にて両股(りやうもゝ)を切(きり)皮(かわ)を去(すて)洗浄(あらいきよめ)膾(なます)とな
して柚橘(ゆずみかん)の類(るい)あしらふて多く喫(くふ)べし○
又方 羊躑躅(やうてきちよく)【左ルビ:れんけつゝじ】《割書:図説後|にあり》の花(はな)煎(せん)じ服(ふく)す花なき時
は葉(は)を用てよし
○山(やま)野(の)の中(うち)にて右に用たる薬(くすり)も人もなき時
は先(まづ)自分(じぶん)の尿(せうべん)をしかけ紙にて拭置(ぬぐひおき)小刀(こがたな)にて

【右頁】
も衝(つき)傷(やぶり)て血(ち)を絞(しぼり)いだし扨(さて)鉄炮(てつほう)の口薬(くちくすり)を
囓傷(かみやぶれ)たる創(きづ)口の大(おほきさ)に置(おき)て火縄(ひなは)にて火を点(つけ)
べし火(ひ)発(はつ)すれば毒(どく)も亦(また)発(はつ)す家(いへ)に帰(かへり)て
前方(まへのほう)を用べし
 総(すべ)て瘈狗(やまひいぬ)に囓(かまれ)たる人 厳(きびし)く禁忌(きんき)を守(まもる)べし
 其 法(はふ)毎日 灸(きう)する時風を避(さく)べし風 瘡(きづ)口
 より入れば変(へん)じて急症(きふせう)となる慎(つゝしむ)べし扨左
 の食品(しよくひん)を謹(つゝしみ)て喫(くふ)べからず

【左頁】
 赤小豆(あづき) 蕎麦(そば)《割書:此二 品(しな)は三年の間(あいだ)|食(しよく)すべからず》 胡麻(ごま)
 麻人(あさのみ) 索麪(さうめん) 芋(さといも) 魚類(うをるい)川魚(かわうを)最(もつとも)忌(いむ)べし
 油煠(あぶらあげ)の類(るい) 一 切(さい)酢(す)の物(もの) 青梅(あをむめ)わけて
 あしゝ《割書:右は百日の内(うち)|食(くら)ふべからず》 酒(さけ)《割書:一 年(ねん)飲(のむ)|べからず》 犬肉(いぬのにく)
 《割書:終身(いつせう)食(しよく)す|べからず》
 右(みぎ)法方(はふはう)何(いづれ)もよし凡(およそ)此(この)瘈狗(やまひいぬに)傷(かまるゝ)は初(はじめ)に理療(ちりやう)
 を誤(あやまれ)ば毒(どく)ぬけすして遂(つい)に死(し)するに至(いた)る
 良医(りやうゐ)も療(りやう)を施(ほどこし)がたし又 初(はじめ)の法(ほふ)は適(かのふ)と

【右頁】
  いへども後(のち)に禁忌(きんき)を守(まもら)ざれば再発(さいほつ)して救(すく)ふ
 べからず恐(おそる)べく慎(つゝしむ)べし僻邑(かたいなか)山家(やまが)など急(きう)に
 良医(よきいし)の来らさる時(とき)の為(ため)に理法始末(ぢほふしまつ)の心(こゝろ)
 会(えへ)を識(しる)せるなり
 瘈狗(やまひいぬ)に囓傷(かみやぶられ)たる人(ひと)大(おほい)に憎寒(さむけ)をなし大熱(だいねつ)
 を発(はつ)し或(あるい)は傷寒(せうかん)のことく口(くち)噤(つぐみ)牙(きば)を咬(かみ)角弓(ゆみのことく)
 反張(そりかへり)口(くち)涎(よだれ)沫(あは)を吐(ながし)汗(あせ)出(いで)睾丸(きんたま)縮(ちゞみ)大小 便(べん)不通(つうぜず)
 舌(した)巻(まき)食(しょく)下(くだ)らず或(あるい)は狂犬(やまひいぬ)の吠(ほゆる)が如(こと)く声(こえ)を発(はつし)

【左頁】
 死(し)するものなり故(ゆへ)に理療(ぢりやう)を忽(ゆるかせ)にすべからす
 《割書:狂犬(やまひいぬ)の形状(かたち)は尾(を)を垂下(たれさげ)眼(め)赤(あかく)舌(した)黒(くろく)涎(よだれ)を流(なかし)し舌(した)|を出(いたし)喘(あへき)おほくは頭(かしら)をかたむけ走(はし)るは狂犬(やまひいぬ)也》
 《割書:塗中(とちう)【途中ヵ】にて此(これ)に遇(あは)ば速(すみやか)に避(さく)べし若(もし)避難(さけかた)き時(とき)は|急(きう)に棒(ぼう)を操(とり)て犬(いぬ)の前脚(まへあし)を横(よこ)に払(はらひ)撃(うつ)べし犬(いぬ)倒(たを)》
 《割書:るゝ間(ま)に逃(にげ)去(さる)べし或は犬(いぬ)の両眼(りやうがん)の間(あいだ)を見(み)す|まして力(ちから)を極(きはめ)て打(うつ)べし犬(いぬ)立(たちところ)に死(し)す此(これ)を知(しら)ず》
 《割書:漫(めつた)に打(うて)ば却(かへつ)て犬(いぬ)手元(てもと)に迴(まは)り咬(かま)るゝなり○凡|常犬(つねのいぬ)も亦 夏月(かげつ)炎天(ゑんてん)の節(せつ)は口 開(ひらき)て喘(あへぐ)ものなれ》
 《割書:とも舌(した)の色 黒(くろ)からず且 眼中(かんちう)も赤からず是を|異(こく)なりとす》
〖諸獣(もろ〳〵のけもの)諸虫(もろ〳〵のむし)に咬傷(かみやぶら)れ痛(いたみ)極(つよく)〗勢(いきをい)危(あやうき)ものは皆(みな)艾(もぐさ)を
以て咬傷(かみやぶり)たる処(ところ)に灸(きう)すべし毒気(どくき)を抜(ぬき)散(ちら)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
して安(やす)し或は大蒜(にんにく)一 片(へぎ)を其 処(ところ)に布(しき)其 上(うへ)に
大(おほきく)艾炷(ひねりたるもぐさ)にて二三 壮(そう)灸(きう)してよし蒜(にんにく)爛(たゞれ)ば取換(とりかへ)
て灸(きう)すべし毒(とく)甚(はなはだ)しきは五十 壮(そう)に至(いた)るべし
〖水虎(かわたろう)《割書:又かつぱ|とも言》と相撲(すまふをとり)て人 正気(せうき)を失(うしない)〗て煩(わづらふ)もの
あり莽草(しきみ)の木(き)《割書:図説後|にあり》の皮(かわ)を剥(はぎ)て末(こ)となし
水(みづ)に拌(かきまぜ)呑(のま)しむべし《割書:仏前(ふつぜん)に供(そのふ)る抹香(まつかう)|を用(もち)ひてよし》忽(たちまち)正気(せうき)に成て
本復(ほんぶく)す

【左頁】
〖鶏肝(けいかん)〗鶏(にはとり)のきもなり
             《割書:きもとは是なり腹(はら)を割(わ)り開(ひらけ)は直(ぢき)に|見(み)ゆ色 黒紫(くろむらさき)にて状(かたち)図(づ)のことし》

         【鶏肝の図】

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖莽草(もうそう)〗《割書:和名 しきみ 四時(しいし)ともに葉(は)あり葉(は)に光(ひかり)ありて| 厚(あつ)し木(き)の高(たか)さ六七尺より一 丈(ぜう)許(ばかり)に至(いた)る花(はな)は》
 《割書:紅(もゝいろ)にして杏(あんず)の花の大(おゝき)さほどにて六出(ろくべん)なり|此(この)邦(ほう)の人(ひと)抹香(まつかう)となし仏前(ぶつぜん)に》
 《割書:焚(たく)ものなり|》
               《割書:実(み)の状(かたち)かくのことし|》
      【莽草の図】

【左頁】
〖千屈菜(せんくつさゐ)〗《割書:和名| みそはぎ》
《割書:此草 世俗(せぞく)七月 中元(ちうげん)に|先霊(せんれへ)に水(みづ)を祭(まつ)るものなり》
《割書:本邦(ほんほう)古人(こじん)鼠尾草(そびそう)と言もの|是なり田(た)野(の)水傍(みづばた)に生ず》
《割書:高二三尺 茎(くき)|四 角(かく)に》 【千屈菜の図】
《割書:して|四稜(よつかど)あり葉(は)》
《割書:柳(やなぎ)の葉(は)に似(に)て|短(みじかく)小(ちいさ)なるも》
《割書:のなり六月 末(すへ)|より七月の》
《割書:末まて梢(こづへ)|の間(あいだ)に紅紫花(あかむらさきのはな)を開(ひら)く》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
   【白躑躅の図】
《割書:花(はな)図(づ)のことし|三月 開(ひら)く色》
《割書:白(しろ)き者 採(とり)用ゆ|べし葉(は)は桃(もゝ)に》
《割書:似(に)て四時 凋(しぼ)まず|小木なり多く人家(じんか)》
《割書:園(せど)庭(には)に栽(みゆ)|》
〖白躑躅(はくてきしよく)〗《割書:和名|   しろつゝじ俗(ぞく)にりうきうと言》

【左頁】
〖羊躑躅(やうてきちよく)〗《割書:和名 もちつゝじ むまつじ|   まんげつゝじきつねつゝじ》
   【羊躑躅の図】
《割書:前(まへ)の躑躅(てきちよく)と|同(おなじ)種類(しゆるい)にて》
《割書:たゞ花(はな)の|色(いろ)黄(き)なり》
《割書:葉(は)常(つね)の躑(てき)|躅(ちよく)に比(くれ)ぶれ》
《割書:ば本(もど)細(ほそ)く|末(すへ)濶(ひろ)し》
《割書:つや無(な)く|して薄(うす)くし》
《割書:又 花(はな)赤(あか)きものあり|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】

広恵済急法中巻

【見返し】

【裏表紙】

【表紙】
【付箋】
 横死之類
 諸物入竅
 中毒之類
 婦人急証
 小児急証
【題箋】
 広恵済急方  下巻

【見返し】

【左頁】
広恵済急方下巻目録
  横死之類(はうしのるい)《割書:病(やまひ)にあらずして死(し)|する類(るい)を茲(こゝ)に集(あつむ)》
煙薫死(ゑんくんし)〖一丁〗《割書:けむりにまかれ|死するなり》
餓死(がし)〖三丁〗《割書:食(しよく)をくはずして|死(し)するなり》
縊死(ゑいし)〖四丁〗《割書:くびをくゝり|死するなり》
溺死(できし)〖九丁〗《割書:水(みづ)にはまりて|死(し)するなり》
凍死(とうし)〖十三丁〗《割書:寒気(かんき)にてこゞへ|死(し)するなり》
雷震死(らいしんし)〖十六丁〗《割書:いかづちにうたれ|しするなり》

【〖 〗内は白抜き文字】

【右頁】
  諸物入九覈(しよぶつきうきやうにゐる) 《割書:目(め)鼻(はな)口(くち)耳(みゝ)肛門(かふもん)陰門(いんもん)にもろ〳〵の|物(もの)入(いり)たる類(るい)を茲(こゝ)に集(あつ)む》
諸物入目(しよぶつめにいる)〖十七丁〗《割書:目(め)に物(もの)の入(いり)|たるなり》
諸物入耳(しよぶつみゝにいる)〖二十丁〗《割書:みゝに物(もの)の入(いり)たるなり|○鼻(はな)に物(もの)の入(いり)たるを附(ふ)す》
誤呑胴鉄物(あやまつてどうてつぶつをのむ)〖二十三丁〗《割書:とりはづしてかな物(もの)|をのみたるなり》
諸物哽烟(しよぶつのんどにかふす)〖二十七丁〗《割書:もろ〳〵の物のんどに|たつなり》
卒食噎(そつしよくいつ)〖三十一丁〗《割書:食物(しよくもつ)のんどに|つまるなり》
蛇入人耳口鼻肛門(くちなはひとのみゝくちはなかふもんにいる)《割書:并》婦人陰門(ふじんのいんもんにいる)〖三十二丁〗
諸物入肉(しよぶつにくにいる)〖三十三丁〗《割書:とげをたて|たるなり》

【左頁】
  諸物中毒(しよぶつちうどく) 《割書:もろ〳〵どくに|あたりたるなり》
中諸薬毒(もろ〳〵やくどくにあたる)〖三十八丁〗《割書:もろ〳〵薬(くすり)の毒(どく)に|あたりたるなり》
中諸穀菜毒(もろ〳〵こくさいるいのどくにあたる)〖四十四丁〗《割書:蓏(うり)菓(くだもの)菌(たけ)蕈(きのこ)の毒(どく)に|あたるを附(ふ) ̄ス》
中酒毒(さけのどくにあたる)〖五十二丁〗《割書:油(あぶら)并 ̄ニ塩(しほ)の毒(どく)に|あたるを附(ふ) ̄ス》
中魚介禽獣肉毒(うをかいとりけだものゝにくのどくにあたる)〖五十五丁〗《割書:虫(むし)の毒(どく)に中(あたり)たるを附す|諸毒(しよどく)通療(つうりやう)する方(はう)を附す》
  婦人産前急證(ふじんさんぜんきふせう) 《割書:おなごのさんまへの急(きふ)なる|病(やまい)を茲(こゝ)に集(あつむ)》
胎動(たいどう)〖六十二丁〗《割書:くわいにんのおなごはらの内(うち)の|子(こ)しきりにうごくなり》
胎漏(たいろう)〖六十四丁〗《割書:姙婦(にんふ)卒(にはか)に産門(さんもん)より|血(ち)下(くだ)るなり》

【〖 〗内は白抜き文字】

【右頁】
《振り仮名:子癎|しかん》【癇】〖六十五丁〗《割書:くわいにんのおなご胎内(たいない)の子(こ)むなもとへ|つきあげ歯(は)をくひしめむせうになるなり》
姙婦腹痛腰痛(にんふふくつうやうつう)〖六十八丁〗《割書:くわひにんのおなごはら|いたみこしいたむなり》
子鳴(しめい)〖六十九丁〗《割書:子(こ)母(はゝ)の胎内(たいない)にて|鳴(なく)なり》
  臨産急證(りんざんきふせう) 《割書:さんにかゝりての|急病(きふびやう)をこゝに載(の) ̄ス》
難産(なんざん)〖七十丁〗《割書:胞衣(のちざん)下(おり)ざるを|附(ふ)す》
  産後急證(さんこきふせう)
血暈(けつうん)〖七十五丁〗《割書:ちのみちなり|》
崩漏(ぼうろふ)〖七十八丁〗《割書:産(さん)して後(のち)俄(にはか)におびたゝしく血(ち)おりるなりくわい|にんならずして血(ち)おほく下(くた)るも此 法(ほふ)よし》

【左頁】
  小児急證(せうにきふせう) 《割書:こどもの急(きふ)なる|病(やまひ)を茲(こゝ)に集(あつ)む》
初生卒死(しよせいそつし)〖八十一丁〗《割書:うまれおちの子(こ)すぐに|死(し)するをいふ》
撮口(さつこう)〖八十二丁〗《割書:うまれたちの子(こ)ほうづき|むし出(いづ)るを云》
臍風(さいふう)〖八十五丁〗《割書:うまれだちの子(こ)喘息(ぜんそく)して腹(はら)脹(はり)|啼声(なきこへ)出(いで)ざるを言》
初生便閉(しよせいべんへい)〖八十六丁〗《割書:うまれだちの子(こ)大小便(だいせうべん)|出(いて)ざるなり》
初生丹毒(しよせいたんどく)〖八十七丁〗《割書:うまれだちの子(こ)惣身(そうみ)むら〳〵と赤(あか)くまだち【らヵ】|になるなり俗(ぞく)にはやくさと言 是(これ)なり》
初生口噤不開(しよせいこうきんひらかず)〖八十八丁〗《割書:うまれたちの子(こ)口(くち)をつぐみ|ひらかざるなり》
驚風(きやうふう)〖八十九丁〗《割書:こども手(て)あしびくつき|ひきつくるなり》

【〖 〗内は白抜き文字】

【右頁】
走馬牙疳(そうばけかん)〖九十三丁〗《割書:はくさなりはぐきくされ|はおちてしするなり》

【右頁の〖 〗内は白抜き文字】

【左頁】
広恵済急方下巻
     法眼侍医多紀安元丹波元悳編輯
            男安長元簡 校
 横死之類(わうしのるい)
  煙薫死(ゑんくんし)《割書:けむりにふすほり|しするなり》
凡(およそ)火災(くはさい)等(とう)の節(せつ)人(ひと)烟(けむり)に薫(ふすぼり)【左ルビ:いぶされ】頭痛(づつう)嘔吐(ときやく)し遂(つい)に
迷(くるひ)悶(もだ)えて死(し)なんとするなり
〖療法(りやうほふ)〗生(なまの)萊菔根(だいこんのね)を嚼(かみ)て其 汁(しる)を飲下(のみくだ)して

【左頁の〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
よし生(なま)なる者(もの)なきときは萊菔子(だいこんのみ)を水(みづ)に研(すり)
て其 汁(しる)を飲(のん)でよし凡 失火(しつくは)等(とう)の節(せつ)は速(すみやか)に萊(だい)
菔(こん)根一 切(きり)を口(くち)に含(ふくめ)ば烟中(けむりのうち)を奔走(かけはしり)ても死(し)を免(のがる)
○又方 葡萄(ぶどう)を多(おほ)く喫(くらひ)て死(し)を免(まぬかる)べし《割書:秋末(あきのすへ)葡(ぶ)|萄(どう)を多(おほ)》
《割書:く採(とり)て皮(かは)子(たね)を去(さり)火(ひ)にかけ煉(ねり)て砂糖(さとう)又は蜜(みつ)少(すこ)し|加(くは)へ膏(かう)となし貯(たくはへ)置(おく)べし又 甲州(かうしう)には葡萄膏(ぶどうかう)又 干(ほし)》
《割書:葡萄(ぶどう)あり預(あらかじめ)求(もとめ)|貯(たくはへ)をきてよし》○又方 蒿雀(こふじやく)【左ルビ:あをじ】《割書:小鳥(ことり)なり図説(つせつ)|後に出(いだ)せり》の
黒焼(くろやき)たくはへあらば萊菔汁(だいこんのしぼりしる)に飲(のみ)て最(もつとも)よし
○出火(しゆつくは)の節(せつ)烟(けむり)来(きたり)又は烟(けむり)の中(うち)へ行(ゆき)かゝり忽難(こらへかた)きは

【左頁】
急(きう)に地上(ちのうへ)に匍(はひ)伏(うつむ)きて自己(おのれ)が口(くち)を以(もて)土地上(つちひた)へ
呵(いきふき)かくること極寒(こくかん)の節(せつ)凍(こゝへたる)手(て)を温(あたゝむる)がことくすべし
〖蒿雀(こうじやく)〗《割書:和名 あをじ|又 あをしとゝ》
《割書:大 ̄サ雀(すゞめ)のことし嘴(はし)短(みぢかく)尾(お)長(なが)し|形(かたち)ほそく長(なが)し頭(かしら)と尾(お)の付(つけ)》
《割書:ぎは淡青茶色(うすあをちやいろ)にて羽(は)黒(くろ)く|うすあかく雀(すゝめ)の背色(せのいろ)に似(に)たり》 【蒿雀の図】
《割書:尾(お)も黒(くろ)く腹(はら)は淡黄色(うすきいろ)なり|此 鳥(とり)はしとゝの類(るい)にして青(あを)み》
《割書:あるゆへ青(あを)しとゝ ̄ト名(なづ)くしゝと【しとゝヵ】の類(たぐひ)多(おゝ)し|皆(みな)頭(かしら)にかざしあり此(この)鳥(とり)はかざしなし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  餓死(かし)《割書:うへてしするなり|》
人(ひと)累日(ひをかさね)絶食(ぜつしよくし)饑(うへ)困(つかれ)て死(しなん)とするは先(まづ)飯(めし)を与(あたへ)喫(くは)
すべからず若(もし)喫(くは)すれば立(たちところ)に死(し)す且(かつ)妄(めつた)に
服薬(ふくやく)を用(もちゆ)べからず
〖療法(りやうほふ)〗手拭(てぬくひ)様(やう)の物(もの)を熱湯(あつきゆ)に浸(ひた)し臍(ほそ)腹(はら)を熨(むせ)ば
自然(じねん)と回生(いきかへ)るべし其時(そのとき)白湯(さゆ)の中(うち)へ味噌汁(みそしる)又
は米飯(めしのとりゆ)少しを冲(さし)て撹(かきまぜ)嚥(のま)しめ腸(はらはた)を滋潤(うるほ)し其(その)
後(のち)に熟(よくにへ)たる稀(うすき)粥(かゆ)を喫(くはせ)て両三日の間(あいだ)に段々(たん〳〵)其(その)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
粥(かゆ)を濃(こく)して食(くは)せ数日(すにち)の後(のち)に軟飯(やわらかなるめし)を与(あたへ)喫(くは)せて
よし
 凡 飢人(うへびと)白菓(ぎんなん)を食(くらは)しむれば死(し)す慎(つゝしむ)べし
《割書:往歳(さきごろ)或国(あるくに)凶年(きやうねん)にて饑人(うへひと)杖(つへ)にすがりて男女(なんによ)老幼(ろうよう)|数人(すにん)街頭(まちのほとり)に徘徊(はいくわい)して後(のち)には飢(うへ)困(つかれ)或(あるい)は倒(たを)れ或は》
《割書:匍匐(よつばいにはい)徒(たゞ)に呼吸(こきう)あるまでなりしを行客(たびゝとの)中(うち)富商(おほあきうど)な|ど見(みる)に忍(しのび)ず食物(しよくもつ)を与(あたふ)るに食物(しよくもつ)は大抵(たいてい)摶飯(にぎりめし)なり》
《割書:し其 飯(めし)を喫(くらい)たる人(ひと)食(しよく)しおわると頓(にはか)に斃(たをれ)或は未(いまた)|半(なかば)も食(しよく)せず手(て)に持(もち)ながら死(し)せしとなり是(これ)其 与(あたふ)》
《割書:る人(ひと)々 右(みぎ)の法(ほふ)をしらざる故(ゆへ)なり惜(をしむ)べく哀(かなしむ)べき|の至(いた)りならずや慈仁(じじん)の心(こゝろ)あれども其 術(じゆつ)をしら》
《割書:ざればおもはず人を害(がい)する事あり|茲(こゝ)に記(しる)して後人の鑑戒(いましめ)とす》

【左頁】
  縊死(ゑいし)《割書:くびれしするなり|くびくゝりしするなり》
凡(おほよそ)自(みづから)縊人(くびれたるひと)を救(すくはん)には必 驟(あわて)て先(まづ)縄(なは)を截断(たちきる)べからず
若(もし)妄(みだり)に縄(なは)を截(きれ)ば死(し)す《割書:妄(みだり)に縄(なは)を截断(きりたつ)ときはくゝりし|所(ところ)なを〳〵しまるゆへなり此》 
《割書:理(り)をよく合(が)|点(てん)すべし》先(まづ)救人(すくふひと)はやく縊人(くびれたるひと)の背後(うしろ)へまわり
縊人(くびれたひと)の垂(たれ)たる両(りやう)の手(て)臂(ひち)のうへより聢(しか)と抱住(だきとめ)て
縊人(くびれたるひと)の身(み)少(すこ)し高(たか)くする心持(こゝろもち)に抱(だ)き別(べつ)の人 何(なに)
にても在合(ありあい)の物(もの)《割書:筥(はこ)の類(るい)又は舂様(うすやう)|の物(もの)抔(なと)をよしとす》を縊(くびれたる)人の足(あし)の
下(した)へ入(いれ)踏留(ふみとめ)になる様(やう)に置(おき)て抱(だき)たる人(ひと)も倶(とも)に其(その)

【右頁】
台(だい)のうへに登(のぼ)りいるべし如斯(かくのことく)して後(のち)縊(くびれたる)人の足(あし)
の踏留(ふみとめ)の様子(やうす)を看定(みさだめ)たるうへにて別人(べつのひと)縄(なは)を截断(きりたつ)
《割書:よくきれる利(は)|刀(もの)にて切(きる)べし》べし扨(さて)此(この)縄(なわ)を截(きり)たるとき抱(いだき)たる
人 縊人(くひれたるひと)の臍(ほそ)の次(あたり)に両手(りやうて)を当(あて)かゝへて聢(しか)と抱住(いだきとめ)い
て縄(なは)を截断(きりたつ)と一 時(とき)に嗢(うつ)と声(こへ)かけながら腹(はら)を引(ひき)
しめ上(うへ)の方(かた)へ抱(かゝへ)たる手(て)にて按挙(おしあぐ)べし《割書:縄(なは)を截(きる)と|腹(はら)を按(おし)あ》
《割書:ぐると一 拍子(ひやうし)にすべし二 段(だん)になりては|あしゝ按挙(おしあぐ)る様(やう)は下の図(づ)を考(かんが)ふべし》此 時(とき)縊人(くびれたるひと)初(はじめ)
て息(いき)吹(ふき)かへすものなり此(この)拍子(ひやうし)をはづさぬ様(やう)に

【左頁】
すること専要(せんやう)なり扨(さて)息(いき)吹(ふき)かへしても抱(いだき)たる手(て)をゆる
めずやはり聢(しか)と抱住(いだきとめ)ながら縊人(くびれしひと)と倶(とも)に抱人(いだきたるひと)も
そつと下(した)に坐(ざ)【左ルビ:すわる】すべし縊人(くひれたるひと)は両足(りやうあし)を踏伸(ふみのば)させてよし
此時 別人(べつのひと)手(て)を添(そへ)て倒(たを)れぬ様に扶(かゝへ)抱(いたき)て代(かは)り合(あい)
初(はじめ)抱(いたき)たる人(ひと)左(ひだり)の手(て)にて縊人(くびれたるひと)の襟(ゑり)をとらへ右(みぎ)の手(て)
にて縊人(くびれたるひと)の身柱(ちりけもとの)次(あたり)より七椎(しちのずい)の次(あたり)までを撫(なで)おろ
すこと六七 遍(へん)して後(のち)項後(くびすじ)を按捺(ひねりもむ)こと二三 遍(べん)して次(つぎ)
に瘂門(ぼんのくぼ)の両傍(りやうはふ)の太筋(ふときすじ)と頭(かしら)の枕骨(まくらぼね)との着(つけ)ぎはの

【右頁】
処(ところ)をじつと捉定(つかみ)ゐること暫(しばらく)して後背(せなか)の六七 椎(ずい)の
次(あたり)を手掌(てのひら)にてはたと打(うつ)べし《割書:打法(うつほふ)は打(うち)ながら手(て)を|下(しも)の方(かた)へ打(うち)おろすべ》
《割書:し此 意味(ゐみ)なく|打留(うちとめ)てはあしゝ》此時 初(はじめ)て正気(せうき)になる者(もの)なり右
の救法(すくふほふ)五ッの次第(しだい)あり左(さ)に図(づ)あり考(かんがふ)べし○
正気(せうき)付(つき)たる時 肉桂(にくけい)《割書:薬店にあり東(とん)|京(きん)を用ゆべし》を濃(こく)煎(せんじ)含(ふくみ)与(あた)へ
消息(みはからひ)ひて粥清(かゆのうはゆ)【左ルビ:おもゆ】を与(あたへ)飲(のま)しめ喉(のんど)腸(はらはた)を濡(うるをし)てよし
〖縊人(くびれたるひと)を救法(すくふほふの)図(づ)〗㊀《割書:縄(なは)を截(きら)んとせば先ッ下の縊人(くひれたるひと)の足(あし)の下(した)へ|台(だい)をすへたるを見て抱(いたき)きたる人と心を》
《割書:合せ一 拍子(ひやうし)に截(きる)べし○縄(なは)を截(きり)て後(のち)は其(その)まゝ抱(いたき)ながら縊人と共|にすわるべし其(その)次(つき)は左(さ)に図(づ)す》

【左頁】
         《割書:此人は縊人(くびれしひと)のうしろへまはりしかと抱(いた)き縄(なは)を|きるとき縊人(くびれしひと)の腹(はら)を引(ひき)しめながら上(うへ)のかたへ|         按(おし)あげてよし》
  【縊人を救法の図】
                    《割書:縊人(くびれしひと)の足(あし)の|下(した)へ如此(かくのことく)台(たい)し|て踏留(ふみとめ)にす|べし》
             《割書:抱(いだき)し人の手(て)縊人(くびれしひと)|の臍(ほそ)の上(うへ)に置(おき)て|押(おし)あぐるをよし|とす》
 《割書:大抵(たいてい)縊(くびれ)死(し)したる人(ひと)足(あしの)跗(かふ)垂下(たれさが)ら|ざるものは救法(きふほふ)を用て活(いき)るもの|なり垂(たれ)さがりたるものは活(いき)ず|》
           《割書:肛門(こうもん)より糞(ふん)もれ出し者亦 活(いき)がたし|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
《割書:㋥下にすわりたる時(とき)別(べつ)の人| 手(て)を添(そ)へ扶(たすけ)て足(あし)を伸(のばし)| 坐(ざ)せしめて此 法(ほふ)を施(ほとこ)| すべし》
              《割書:縊人(くひれしひと)足(あし)をふみ|のばすこと如此(かくのことし)》
         《割書:左(ひたり)の手(て)にて|縊人(くひれしひと)の襟(ゑり)【左ルビ:ゑもん】を|捉(とら)へゐること|かくのことし》
      【救人の図】
  《割書:右の手(て)にて|縊人(くひれしひと)の背(せ)を|撫(なで)おろすべし》
       《割書:ちりけもととは|是なり此へん|より下へなで|おろすべし》
            《割書:七のへんとは此所のへんまて上|よりなでおろすこと六七へんすべし》

【左頁】
【上部】
《割書:㊂縊人(くひれしひと)の頭項(ゑり)を救人(すくふひと)の左の| 指頭(ゆびさき)にてひねること図(づ)の| ことくすること二三 遍(べん)すへし| 其次に》
  《割書:救人(すくふひと)の|手法(しゆほふ)|如斯(かくのことし)》
       《割書:此処に二すぢ|ぶとき筋(すぢ)あり|此 筋(すぢ)を揉(もむ)べし》
     【救人の手法の図】
 《割書:㊃|此ぼんのくぼ|の両傍(りやうわき)の|点(てん)ある所(ところ)を大(おゝ)|指(ゆび)と中指(なかゆひ)の頭(かしら)にてきびしく|按(おし)つけていること暫(しはら)くして|》
【下部】
《割書:㊄此 所(ところ)は大体(たいてい)七の椎(ずい)のへんなり| 此ところをひら手(て)にて打(うつ)べし》

《割書:此 時(とき)精神(こゝろもち)|しかとする|もの也》
       《割書:衽(ゑり)はやはり|捉(とらへ)いるべし》
    【七の椎のへんの図】
《割書:此ひら手(て)にて|声掛(こへかけ)ながら|打(うち)て下(しも)の方(かた)へ|引(ひく)べし》
       《割書:下の方(かた)へ打(うち)|ながら引(ひき)|下べし》

【右頁】
又 自(おのれと)縊人(くびれたるひと)他(た)の人(ひと)早(はや)く見(み)つけ未(いまだ)気(き)絶(たえ)いらず已(すて)
に昏迷(きをうしな)はんとするは速(すみやか)に扶(たすけ)て葱(ねぎ)の心(しん)を採(とり)其
人の耳孔(みゝのあな)と鼻孔(はなのあな)の中(うち)へ深(ふかく)刺(さし)こみ血(ち)出て甦(よみがへる)○又
方 梁上塵(はりのうへのちり)を採(とり)大豆(くろまめ)の大許(おほきさほど)竹管(たけくだ)に入れ四人 同時(どうじ)
に力(ちから)を極(きはめ)て両(りやう)の耳(みゝ)と両(りやう)の鼻孔(はなのあなの)内(うち)へ吹(ふき)こむべし
○灸法(きうはふ)急(きふ)に人中(にんちう)の穴(けつ)《割書:図説中風|にあり》に灸(きう)すべし且(そのうへ)両(りやう)
足(あし)の大指(おほゆび)の内(うち)の爪(つめ)之 甲(かふ)の角(かど)を離(はな)るゝ事二 分(ふ)許(ばかり)
の所に灸(きう)す《割書:是(これ)隠白(ゐんはく)の穴(けつ)也|図中風に出す》各(おの〳〵)二十一 壮(てう)【注】づゝして

【左頁】
よし○又法 縊人(くひれたるひと)の身を抱(いたき)定(さだめ)稍(すこし)高(たか)からしむれば
縊(くひり)たる所も稍(すこし)寛(ゆるく)なるなり仍(よつ)て衣被(やぐ)を覆(おゝひ)て安(おちつけ)
臥(ふさ)しめ先(まづ)一人 手(て)を衣物(いるい)にて裹(つゝみ)其 手(て)にて
縊人(くびれしひと)の肛門(こうもん)【左ルビ:ゐしきのあな】をしかと按(おし)《割書:女子(おなご)は陰門(いんもん)|も按すなり》又一人は両(りやうの)
脚(あし)にて縊人(くびれしひと)の両肩(りやうのかた)を踏(ふみ)手(て)にて縊人(くびれしひと)の髪(かみのけ)を挽(ひき)
はりゆるまぬ様(やう)にして居(ゐ)べし又一人は手(て)にて
縊人(くびれしひと)の喉嚨(のどぶへ)を正(なを)し且(そのうへ)胸(むね)を按揉(おしもみ)又一人は縊人(くびれしひと)
の臂(うで)と脛(はぎ)とを摩(なで)揉(もみ)伸(のべ)たり屈(かゝめ)たりし已(やめ)ず《割書:若(もし)|僵(まがり)》

【右頁】
《割書:たらばそろ〳〵強(むり)に伸(のばし)|屈(かゞ)めすべし》其上(そのうへ)にて縊人(くびれしひと)の腹(はら)を按摩(おしなづ)べし
如此(かくのことく)する事 小半時(こはんとき)にして縊人(くびれしひと)眼(まなこ)を開(ひら)き呼吸(ゐきづかい)す
べし然(しか)れども引(ひき)たり按(おし)たりすることを已(やめ)
ず少(すこ)しく薬(くすり)又は粥清(おもゆ)を与(あた)へのましめ稍(そろ〳〵)嚥(のむ)
様(やう)になりたる時(とき)両人(りやうにん)にて一 時(とき)に縊人(くびれしひと)の両(りやう)の
耳孔(みゝのあな)を竹管(たけくだ)にて吹(ふく)べし此(この)法(ほふ)亦(また)よしとす

【左頁】
  溺死(できし)
人(ひと)誤(あやまつ)て水中(すいちう)に堕(おち)たる者(もの)あらば急(きふ)に竹篙(たけのさほ)或(あるひ)は
木(き)版(いた)等(とう)の物(もの)を投(なげ)こみ与(あたふ)べし溺人(おぼれしひと)執(とらへ)べき物(もの)
あれば浮(うく)故(ゆへ)水(みづ)を呑(のむ)こと少(すくなく)して救易(すくひやす)し竹篙(たけのさほ)木(い)
版(た)にかゝはらず水(みづ)によく浮物(うくもの)を投(なげ)与(あたへ)てよし
《割書:凡 水(みづ)に泅(およぐ)心会(こゝろへ)なき人 誤(あやま)りて溺(おほれ)たるとき竹(たけ)木(き)の|類(るい)の浮物(うくもの)ありて捉(とら)ゆるとき力(ちから)にせんとしてし》
《割書:かと抱付(いだきつき)なんどすれば我身(わがみ)の重(おもり)にて其 物(もの)と共(とも)|に沈(しづ)み溺(おぼ)るゝ者(もの)なり此(この)故(ゆへ)に惟(たゞ)かるくそつと手(て)》
《割書:をかけてはなれぬ様(やう)にとらへ|いるときは沈(しづ)む事(こと)なし》

【右頁】
已(すでに)溺水(おぼれ)たる人(ひと)を救(すくはん)とせば急(きふ)に水中(すいちう)より倒(さかさま)に
提(ひきさげ)出(いだ)し牛(うし)の背上(せのうへ)に横(よこ)に臥(ふさせ)て死(し)人の腹(はら)を牛背(うしのせ)に
合(あわせ)牛(うし)を索(ひい)て徐々(そろ〳〵)行(あゆ)めば腹中(ふくちう)の水(みづ)自(おのづと)吐(はき)出(いだ)す
○又方 溺(おぼれ)死(し)したるを救(すくふ)に白礬(みやうばん)の末(こ)を鼻孔中(はなのあなのうち)に
吹入(ふきいれ)熬塩(いりしほ)を臍中(ほそのうち)に擦(すりつけ)猪牙皂莢(ちよげそうけふ)《割書:薬店に|あり》末(こ)にして
綿(わた)に裹(つゝみ)穀道(ゐしきのあな)の中(うち)へ納置(いれをき)釜(かま)或(あるひ)は鍋(なべ)の類(るい)を地上(ぢのうへ)に
覆置(ふせおき)其(その)上(うへ)へ溺人(おぼれにん)を俯(うつむけ)に臥(ねかし)溺人(おぼれにん)の臍(ほそ)と釜(かま)の臍(ほそ)と
を相(あい)合(あはせ)て脚後(あしのかた)を稍(すこし)高(たかく)し手を以て溺人(おぼれにん)の頭(かしら)を

【左頁】
托(かゝゆれ)ば口中(こうちう)より自(おのづ)から水(みづ)出(い)で活(いきふきかへ)すべし若(もし)口(くち)噤(つぐみ)て
開(ひらか)ざるは筯(はし)を横(よこ)に銜(ふくませ)てよし図(づ)と合(あは)せ見(み)るべし
○又 法(ほふ)溺人(おほれしひと)を水中(みづのうち)より倒(さかしま)に引(ひき)あげ平地(へいち)に置(お)き
溺人(おほれしひと)の背後(うしろ)より抱住(いだきとめ)前(まへ)にて藁(わら)を焚(たき)て火(ひ)の気(き)を
腹(はら)へあて烟(けむり)を面(おもて)にあたる様にすべし水(みづ)を吐(はき)出す
者(もの)なり若(もし)水(みづ)出さる時は抱(いだき)たる人 直(すぐ)に其(その)手(て)にて
嗢(うつ)と声(こへ)掛(かけ)ながら溺人(おほれしひと)の臍(ほそ)の次(あたり)をうへの方へ
按(おし)あぐべし水(みづ)出(いづる)ものなり此(この)法(ほふ)簡便(かんべん)なり何(いづ)れ

【右頁】
火(ひ)を多(おゝ)く焚(たき)て煖(あたゝめ)薫(ふすへ)るをよしとす
○又方一人 徤(すこやか)なる者(もの)を選(ゑらひ)び溺人(おぼれしひと)を仰(あを)にして
倒(さかしま)に背(せ)に屓(おほひ)両(りやう)の足(あし)を肩(かた)にかけ十五六 間(けん)も走(はしれ)ば
水(みづ)自然(おのづ)と口中(かうちう)より出(いづ)るなり《割書:下に図|あり》
水(みづ)を吐尽(はきつく)して老薑(ふるねせうが)を擦(すり)て牙歯(きばは)に塗(ぬ)り白礬(みやうばん)を
末(こ)にして管(くだ)を以て鼻孔中(はなのあなのうち)へ吹入(ふきいる)べきなり
白礬(みやうばん)なきときは醋(す)を多(おほ)く鼻孔(はなのあな)に灌(そゝぎ)入(いれ)てよし
甦(よみかへり)て後(のち)臍中(ほそのうち)に二三百 壮(そう)【左ルビ:てう】灸(きう)すべし

【左頁】
 凡 水死(みつにしする)の人(ひと)烈(つよき)火(ひに)烘(あふる)を忌(ゐむ)寒気(かんき)内(うち)に入(いり)て死(し)す
 救(すくふ)べからず
○能泅者(よくをよく)【左ルビ:すいれんのたつしや】と言(いふ)とも水(みづ)の中(うち)にて転筋(こむらがへり)する時(とき)
は多分(たぶん)死(し)するものなり早(はや)く自身(じしん)にて手(て)を以
て足(あし)の大趾(おほゆび)を力(ちから)を極(きはめ)て痛(いたき)程(ほど)に屈(かゞ)むべし
緒筋(もろ〳〵のすじ)舒(のび)て死(し)に至らず
以上の諸方(しよほふ)を用(もち)ひ水(みづ)を吐(はき)たる後(のち)は凍死(こゝへしに)の所(ところ)
を見合(みあはせ)て治法(ぢほふ)を施(ほどこ)すべし

【右頁】
【上部の図】
〖救溺死人図(おぼれしにんをすくふづ)〗【右から左へ横書】
      《割書:脚後(あしのかた)は藁(わら)|などを》
      《割書:しきて|稍(やゝ)高(たか)く》
      《割書:すべし|》
【救溺死人図】
      《割書:壱人は溺人(おぼれにん)の|  頭(かしら)を両(りやう)》
       《割書:手(て)にて|挙(あけ)水を》
       《割書:吐(はか)せ|しむ》
【下部の図】
〖同上〗【右から左へ横書】
    《割書:如是(かくのことく)乗(のせ)置(をき)左右(さゆう)に|壱人 ̄ヅヽ付添(つきそひ)》
    《割書:扶(たすけ)て|》
《割書:そろ〳〵と|牛(うし)の綱(つな)》
《割書:を索(ひき)|》
【救溺死人図】
《割書:行(あゆ)ま|しむ》
《割書:べし|》

【左頁】
〖又溺死救法(またおほほれしひとすくふほふ)〗
     【救溺死人図】
       《割書:此 手(て)にて此 侭(まゝ)|按(おし)あぐる也やわ》
       《割書:らかに按(おす)べし|むつくりと按(おす)を》
       《割書:よしとす|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖同上〗
 《割書:如是(かくのことく)背(せ)に負(おほひ)て小足(こあし)に|走(はしる)ときは口(くち)より自然(じねん)》 
 《割書:と水(みづ)出(いづ)るなり|》  【救溺死人図】


【左頁】
  凍死(とうし)《割書:冬月(とうけつ)雪中(せつちう)抔(など)にこゞえ|死(し)せるなり》
〖病状(びやうでう)〗初(はじめ)は顔色(かほのいろ)青惨(あほざめ)或(あるひ)は目運(めまひ)し後(のち)には惣身(そうみ)す
くみ手足(てあし)ふるへ漸々(ぜん〳〵)に冷(ひへ)あがり殭(こはゝり)直(すぐ)になり脣(くちびる)
の色(いろ)青黒(あをくろく)脈(みやく)至て沈(しづみ)伏(かくれ)或は脉(みやく)なきに至り口(くち)も
の言(いふ)ことならず遂(つい)に倒(たを)れ無性(むせう)になる也
〖療法(りやうほふ)〗先 扶(かいほうし)て煖(あたゝか)なる室(いへ)に入 凍人(こゝへたるひと)の衣(きるもの)を去(ぬが)せ傍(かいほう)
人(にん)の着(ちやく)せし熱(あたゝかき)衣(きもの)に包(つゝ)み米(こめ)を炒(いり)熱(あつく)し或(あるひ)は竃下(かまどのした)
の灰(はい)を熱(あつ)く炒(いり)袋(ふくろ)の内(うち)へ入れ病人(ひやうにん)の胸(むね)を熨(の)し

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
あたゝむべし冷(ひゆ)れば換(とりかへ)て幾度(いくたび)もむすべし扨て
酒(さけ)と生姜(せうが)の絞(しぼ)り汁(しる)等分(とうぶん)に和匂(まぜ)熱(あつ)く燖(かん)して飲(のま)
しむべし○冷(ひえ)極(きはま)りて唇(くちびる)青(あを)く脈(みやく)なく陰嚢(ゐんのう)
縮上(ちゞみあが)りたる者 同(おなじ)法(ほふ)にて心頭(むなさき)を先 熨法(のすほふ)《割書:方後に|あり》
を以て温(あたゝ)め臍(ほそ)の中(なか)気海(きかい)関元(くわんげん)《割書:二穴中風の|條図説あり》の穴(けつ)
に十五 壮(そう)灸(きう)すべし右の法(ほふ)を用て口中(かうちう)気(いき)出(いで)て
後(のち)に稀粥清(かゆのとりゆ)を稍々(そろ〳〵)と灌(そゝぎ)のませ又は生姜湯(せうがゆ)を
其 間(あいだ)にまじへのましめて漸(やうや)くに醒(さむ)べし

【左頁】
〖熨法〗釅醋(つよきす)に麩皮(ふすま)《割書:麦(むぎ)のあま|皮(かは)なり》を拌(かきまぜ)て炒(いり)布袋(ふくろ)に納(をさ)め
入(いれ)て心頭(むなさき)臍(ほそ)の辺(へん)を熨(のす)べし○又法 大葱白(おほねぎのしろね)一 把(つかみ)
線(いと)にて紮(くゝり)上(うへ)と下(した)を切(き)りてひらくし【絵】如是(かくのことく)
ならしめ麝香(じやこう)二分五 厘(りん)硫黄(いわう)二分五 厘(りん)《割書:二品|共に》
《割書:薬店に|あり》此二色を臍(ほそ)の内へ納(をさめ)置(お)き其上へ右の札(くゝり)【紮】
たる葱白(ねぎ)を安(をき)其上を熨斗(ひのし)様の物(もの)へ火を盛(もり)て
熨(の)すべし葱(ねぎ)たゞるゝとき換(とりかへ)〳〵のすべし病人(びやうにん)
手足(てあし)温(あたゝか)に汗(あせ)発(はつし)て愈(いゆ)るなり若(もし)火(ひ)もなき処(ところ)なら

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
ば凍人(こゞへたるひと)を毛氈(もうせん)或は藁薦(むしろ)抔(など)に裹(つゝみ)て索(なは)にて繋(しかと)
定(くゝり)平穏(たいら)なる処(ところ)に放(おき)傍人(かいほうにん)両人(ふたり)にて相対(むかいあい)て裹(つゝみ)
置(おき)たる凍人(こゞへびと)を数次(いくたび)も軽々(そろ〳〵)往来(あちこち)へ滾転(ころばす)べし
四肢(てあし)自(おのづと)温和(あたゝか)になり活(よみがへる)べし○水(みつ)の中(うち)へ落(おち)て
凍(こゞへ)たるは先(まづ)湿(しめり)たる衣(きるもの)を脱(ぬき)かへさせ水(みづ)を吐(はか)せ
て急(きふ)に右(みぎ)の法(ほふ)を便(かつて)に任(まかせ)て用べし《割書:遽(あはて)て火(ひ)に|て烘(あぶり)又は》
《割書:熱湯(あつきゆ)にて一 概(がへ)にあたゝむべからず若|一がいにあたゝむればかならず死(し)す》○又 凍(こゝへ)死(しゝ)
たるに藁(わら)の籜(はかま)を採(とり)て夥(おびたゝし)く積(つみ)其人を裸軆(はだか)

【左頁】
になし其 内(うち)へ安臥(ねかさ)せしめ其 上(うへ)にも藁(わら)の籜(はかま)を
多くかけ覆(おほひ)て面(おもて)ばかり出(いだ)すこと暫(しばらく)して漸(やう〳〵)
に温(あたゝか)になりて蘇生(よみがへる)べし其 後(のち)は温(あたゝか)なる稀粥(うすきかゆ)な
どを飲(のま)しめてよし○又 寒気(かんき)に中(あた)りたるに
湯(ゆ)にて芥子(からしのこ)をねり臍(ほそ)の内(うち)に填(つめ)衣類(いるい)をかけ
置(おき)手帨(てぬぐひ)を熱湯(あつきゆ)に浸(ひたし)絞(しぼ)りて其 芥(からし)の上(うへ)をしかと
押(おさへ)温(あたゝむ)べし冷(ひへ)ば取(とり)かへ〳〵温(あたゝめ)てよし○又方
黒豆(くろまめ)一 合(ごう)炒焦(いりこがし)熱(あつき)を早(はや)く篩(ふるひ)様(やう)の物(もの)へ入(いれ)其上(そのうへ)より

【右頁】
酒(さけ)三合 許(ほど)沃(そゝぎ)かけ其 漓(したゝり)し酒を飲(のみ)てよし
 《割書:雪中(せつちう)遠路(ゑんろ)を歩行(ほこう)する人は藁(わら)の蘀(はかま)を多く槌(うち)て|軟(やわらか)にして陰嚢(いんのう)を厚(あつ)く包(つゝみ)其上(そのうへ)に褌(したをび)をしかとしめ》
 《割書:尚(なを)又(また)窮袴(もゝひき)等(とう)を着(ちやく)すべし凍死(こゞへし)にを免(まぬか)るべし○|山中(さんちう)抔 雪吹(ふゞき)に遭(あひ)死(し)することあり是を防(ふせぐ)には藁(わら)》
 《割書:を以て鼻孔(はなのあな)と口(くち)とへ厚(あつ)く当(あて)て其上へ覆面(ふくめん)頭(づ)|巾(きん)を着(ちやく)すべし雪吹(ふゞき)にて吸呼(いきづかい)に障(さわり)なきゆへ死(し)》
 《割書:するに至らず凡 雪吹(ふゞき)に遭(あい)て死(し)するは雪(ゆき)風(かぜ)鼻(はなの)|孔(あな)と口(くち)とへ吹(ふき)こみ息(いき)をとむる故(ゆへ)なればなり》
 《割書:○熱(あつ)き粥(かゆ)多(おほ)く食(しよく)し又は味噌汁(みそしる)熱(あつく)して多(おほ)く飲(のみ)|てよし糍糕(もち)又よし酒(さけ)は一 旦(たん)酔(ゑい)たる内(うち)はよし》
 《割書:醒(さむ)るとき寒気(かんき)一 陪(はい)つよく傷(やふ)るゆへあしゝ○|雪中(せつちう)ならずとも冱(つよき)寒(かんき)の節(せつ)遠(とを)く歩(あゆみ)て寒気(かんき)襲(うちにいり)た》
 《割書:るを覚(おぼ)へば頓(はやく)く陰嚢(ゐんのう)を|温(あたゝむ)べし焚火(たきび)尤よし》

【左頁】
  雷震死(らいしんし)《割書:いかづちにうたれ|死(し)するなり》
雷(いかづち)に撃(うた)るゝこと軽(かろ)きものは気絶(きぜつ)したりとも
理療(ぢりやう)を加(くは)へて蘇(よみがへ)ることあり
〖療法(りやうほふ)〗其人(そのひと)を仰(あを)に臥(ねか)し胸(むね)腹(はら)の上(うへ)へ活鮒(いきたるふな)をおき
其(その)鮒(ふな)動揺(うごけ)ば忽(たちまち)に蘇(よみがへ)るなり服薬(ふくやく)は附子(ぶし)《割書:薬店に|あり》
一 味(み)水(みづ)に煎(せん)じ用(もち)ゆべし《割書:雷(いかづち)近隣(きんりん)近地(きんち)に震(ふる)いて|響(ひゞ)きに驚(おどろ)き昏倒(きをうしなひ)たる》
《割書:は中巻 驚怖卒死(きやうふそつし)の|條(ぜう)の理療(ちりやう)を用へし》○雷火(らいくは)のために皮(かは)肉(にく)を傷(やぶ)
られ焦(こけ)爛(たゞれ)腫(はれ)痛(いたむ)には降真香(ごうしんかう)《割書:薬店にあり香(にほひ)|よき木(き)なり》を

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
焼(たき)その煙(けむり)にて薫(ふすぶ)れば多は汁(しる)出(いで)て愈(いゆ)ゆなり
○又方 玉蜀黍(なんばんきび)《割書:又 唐(とう)もろこし|ともいふ》穂苞(ほのかわ)茎(くき)葉(は)ともに
煮(に)て汁(しる)を取(と)り焦(こけし)処(ところ)を頻(ひたもの)薫洗(あらいむし)てよし


【左頁】
  諸物入九竅(もろ〳〵のものきうきやうにいる)《割書:九 竅(きやう)は目(め)二つ耳(みゝ)二つ鼻(はな)二つ|口(くち)一つ両陰(りやういん)と并(あわせ)て九 竅(きやう)と言》
   諸物入目(もろ〳〵のものめにいる)
  《割書:目(め)の内(うち)へ諸物(もろ〳〵のもの)の入たるは碜(いらつき)痛(いたむ)とも手(て)にて|いらふべからず摩(なで)などすれば大に害(がい)あり》
稲(いね)或(あるひ)は麦(むぎ)の芒(のげ)目(め)の内(うち)に入(いり)たるは大麦(おほむぎ)を煮(に)て汁(しる)
を取(とり)徐々(そろ〳〵)と洗(あら)ふべし《割書:洗法(あらいやう)は後に出(いた)|せり見合すべし》○沙(すな)塵(ちり)の
目(め)に入(いり)たるは面(かほ)を温水(ぬるまゆ)の内(うち)に浸置(ひたしおき)眼(め)を開(ひらき)面(かほ)を
数々(たび〳〵)振(ふる)べし沙(すな)塵(ちり)自(おのづか)ら出(い)ず○又方 大藕根(おほいなるはすのね)擣(つき)爛(くずし)
絹(きぬぎれ)につゝみ眼(め)の内(うち)に絞(しぼり)て汁(しる)を滴(そゝぎ)入(いる)べし○偶(ふと)

【右頁】
颶風(つちかぜ)のとき野蠶(やまゝい)蜘蛛(くものす)の絲(いと)入目(めにいり)て瞇(いらつき)澀(しは〳〵)痛(いたみ)て開(ひら)
かず両(りやう)の鼻(はな)より清涕(みづはな)を流(なが)すは上好(よき)金墨(すゞりずみ)を濃(こく)
研(すり)て新(あたらし)き筆(ふで)に点(つけ)て目(め)の中(うち)へ塗(ぬり)て目(め)を閉(とづる)こと
少時(しばらく)にして手(て)を以て目(め)を開(ひら)かしめて看(み)る
ときは其 絲(いと)一つ所へ聚(あつまり)て白眼(しろめ)の上(うへ)に在(あ)るべし
新(あたらし)き筆(ふで)にて内眥(まかしら)の方(かた)へ軽々(そろ〳〵)摺(すり)よせて置(おき)無名(くすり)
指(ゆび)の頭(さき)にて鼻(はな)の方(かた)へ拭(ぬぐひ)出(いだ)すときは愈(いゆ)若(もし)いで
ざるときは再(ふたゝび)塗(ぬる)べし○沙(すな)塵(ちり)草(くさ)木(き)石(いし)目中(めのうち)に入(いり)

【左頁】
たるは人(ひと)の乳汁(ちのしる)を多(おほ)く注(そゝぎ)入てよし○又方 書(しよ)
物(もつ)等(など)の間(あいだ)に生(せう)ずる所の白魚(しみ)《割書:図説下|にあり》を研(すり)つぶし
乳汁(ちゝのしる)に和(まぜ)て目中(めのうち)に注入(そゝぎいる)るべし最良(もつともよし)○凡 沙(すな)塵(ちり)
等(など)の眼中(めのうち)に入(いり)たるは柔(やはらか)なる紙(かみ)を引裂(ひきさき)て燃子(こより)【注】
となし其(その)人(ひと)を仰臥(あをにふさ)しめ軽々(そろ〳〵)と外眥(まじり)より拭(ぬぐひ)
よせて無名指(くすりゆび)にて内眥(まがしら)の方にて鼻(はな)の方へ
払(はらひ)出(いだ)すべし○烟渣(たはこのやに)目(め)に入(いり)たるは湯(ゆ)などに洗(あらふ)
とも愈(いよ〳〵)痛(いたみ)ますものなり新筆(あたらしきふで)或(あるひ)は乱髪(こゝりたるかみのけ)にて

【注 「燃」は「撚」の誤】

【右頁】
緩々(ゆる〳〵)と払(はらい)出(いだ)すべし○石屑(いしのこ)眼中(めのうち)へ入(いり)たるは髪(かみ)
の毛(け)を一二 本(ほん)抜取(ぬきとり)小(ちいさ)く輪(わ)にして目(め)の内(うち)を
払(はらひ)て去(さる)べし○又方 沙(すな)塵(ちり)眼(め)に入(いり)たるを覚(おぼへ)ば
急(きう)に上睚(うはまぶた)を撮(つまみ)あげて頓(じき)に放(はな)しまた撮(つまみ)あ
げて放(はなす)こと数度(すど)すれば沙(すな)塵(ちり)一ッ処(ところ)へあつま
るものなり其時 内眥(まがしら)にて名指(くすりゆび)【注】を以て鼻(はな)の
方(かた)へ拭(ぬぐひ)てとるべし○又方 塵(ちり)埃(ほこり)右(みぎ)の眼(め)へ入(い)り
たるは其人を左(ひだり)を下(した)にし左(ひだり)の眼(め)に入(いり)たるは

【左頁】
右(みぎ)を下にして側(よこに)臥(ねか)さしめて塵(ちり)の入(いり)たる目(め)の
上胞(うはまぶた)を撮(つまみ)あげ置(おき)て外眥(まじり)の方(かた)より新(あたら)しき
筆(ふで)《割書:しんなき筆|を用べし》水(みづ)をふくませ其水を滴(おとし)かくべし
断間(たえま)なく数度(すど)流(ながし)かくれば沙(すな)塵(ちり)皆(みな)内眥(まかしら)へあつ
まる此(この)時(とき)に薬指(くすりゆび)の頭(かしら)にて鼻(はな)の方(かた)へ拭(ぬくひ)去(さる)
【上段の図】
  《割書:外眥(まじり)とは茲(こゝ)也|》
【内眥外眥の図】
  《割書:内眥(まがしら)とは茲(こゝ)也|》
〖内眥(まがしら)外眥(まじりの)図(づ)〗

【下段の図】
〖白魚〗《割書:和名(わめう)しみ| 江戸 俗間(ぞくかん)に》
《割書:       すむしと言|衣類(いるい)書物(しよもつ)の間(あいだ)に生(せうず)る虫(むし)》 【白魚の図】
《割書:なり形(かたち)は小(ちいさ)き魚(うを)に似(に)たり|尾(を)に二岐(ふたまた)あり色(いろ)白(しろ)く銀(ぎん)》
《割書:の粉(こ)を塗(ぬる)がことし夏(なつ)秋(あき)の|間(あいだ)多(おほ)し》

【注 「無名指」】
【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  諸物入耳中(もろ〳〵のものみゝのうちにいる)《割書:諸物(もろ〳〵のもの)鼻(はな)に入(いり)たるを附(つけ)たり|》
百虫(いろ〳〵のむし)耳(みゝ)に入たるは蜀椒(さんしよ)を末(こ)となし酢(す)に和(まぜ)て
耳中(みゝのうち)へ灌(そゝぎ)入て虫(むし)自(をのずか)ら出す○又方 葱(ねぎ)の涕(ぬめり)を
耳中(みゝのうち)に灌(そゝぎ)入て虫(むし)自(おのずか)ら出す○又方 鶏冠血(にはとりのとさかのち)を取(とり)
耳中(みゝのうち)に潅(そゝぎ)入て虫(むし)出ず○又方 好酒(よきさけ)を耳中(みゝのうち)に
滴(おとし)入も亦(また)よし○又方 猫(ねこの)尿(せうべん)【左ルビ:いばり】《割書:無(なき)ときは生姜(せうが)を切(きり)|て切口(きりくち)にて猫(ねこ)の鼻(はな)》
《割書:を擦(すれ)ば乍(たちまち)尿(いばり)する|ものなり》耳(みゝ)の中ヘ滴(したゞり)入るれば虫(むし)出なり
○蚰蜒(げじ〳〵)蜈蚣(むかで)耳(みゝ)に入たるは胡麻(ごま)を熬(いり)て葛嚢(ちやぶくろ)の

【右頁】
中(うち)に貯(いれ)て枕(まくら)となすときは虫(むし)其(その)香(にほひ)を聞(きい)て自ら
出○又方 諸(もろ〳〵の)【左ルビ:なにゝても】鳥(とり)獣(けもの)の肉(にく)を炙(あぶり)て耳を掩(おほ)て虫自
出○蟻(あり)耳中に入たるは一 切(さい)香物(にほひのもの)沙糖(さとう)の類(るい)耳孔(みゝのあな)
の辺(へん)におくべし自ら出す○百節(やすで)蚰蜒(げじ〳〵)并 蟻(あり)耳(みゝの)
孔中(あなのうち)に入たるは醋(す)を潅(そゝぎ)入(いれ)てよし諸(もろ〳〵の)虫(むし)皆此方
を用てよし○又方 小蒜(せうざん)【左ルビ:のびる】《割書:図説下|にあり》洗(あらひ)浄(きよく)し擣(つき)て
絞(しぼり)汁(しる)を取(とり)耳(みゝ)の中(うち)に灌(そゝき)て虫自出○又方 蚯蚓(みゝず)を
取(とり)葱(ねぎ)の葉(は)の中(うち)へ納(いれ)て置(をけ)ば化(くはし)て水(みづ)となる此(この)水(みづ)

【左頁】
を耳中(みゝのうち)に滴(をとし)入(いるゝ)ときは虫(むし)亦(また)水(みづ)と化(なる)○又方 黄蝋(わうろう)を
軟(やわらか)にして筯(はし)のことく細長(ほそながく)して耳(みゝ)の中ヘ挿(さし)こ
み徐々(そろ〳〵)索(ひき)出(いだ)せば虫(むし)其 端(はし)に著(つき)て出(い)ず鬢(ひん)つけ油(あぶら)
を筯(はし)のことくして挿込(さしこむ)もよし○又方 麻縄(をなは)の
端(はし)を揉(もみ)て散(ちらし)【図】如此(かくのごとく)にし膠(にかは)を濃(こく)烊(とかし)て其(その)
端(さき)に傅(つけ)て徐々(そろ〳〵)耳中(みゝのうち)に入るれば虫(むし)粘着(ねばりつき)て出(いづ)此(この)
方(ほう)虫(むし)のみならず諸物(もろ〳〵のもの)耳中(みゝのうち)に入たるに皆(みな)用(もち)ゆ
べし○又方 仮令(たとはゞ)虫(むし)左(ひだり)の耳(みゝ)へ入たるは片手(かたて)

【右頁】
にて右(みぎ)の耳(みゝ)を緊(きび)しく閉(とぢ)片手(かたて)にては両(りやう)の鼻(はな)
の孔(あな)を撮(つまみ)て緊(きびし)く塞(ふさ)ぎ扨(さて)口(くち)を閉(とぢ)て嗢(うつ)と■(いけむ)べし
左耳の虫(むし)自(おのつと)出(いず)右(みぎ)の耳(みゝ)へ入(いり)たるは左の耳を塞(ふさぎ)
て■(いけむ)こと前法(まへのほふ)のことし○又方 夜中(やちう)なれば紙(こ)
撚(より)に火(ひ)を点(とほ)し耳(みゝ)の辺(へん)にさしよすべし明(あかり)を
見れば虫(むし)出るものなり○耳中ヘ大豆(まめ)の類(るい)入
しは若(も)し左(ひだり)の耳(みゝ)に入(いる)ならば右(みぎ)の耳(みゝ)と両(りやう)の
鼻孔(はなのあな)を自身(じしん)にて塞(ふさ)き別(べつ)の人(ひと)中指(なかゆび)にて患(びやう)

【左頁】
人(にん)の耳(みゝ)のわき下(した)の根(ね)の凹(くほり)なる所(ところ)を按(おし)ながら
耳朶(みゝたふ)を撮(つまみ)て下(しも)のかたへ引(ひき)さぐべし此(この)とき
一(ひと)ひやうしに患人(ひやうにん)嗢(うつ)と■(いけめ)ば大豆 自(おのづか)ら出(い)ず
右(みき)の耳(みゝ)入しは左(ひたり)の耳(みゝ)を塞(ふさ)ぐべし其(その)外(ほか)
は同(おなし)法(ほふ)なり
〖諸物(もろ〳〵のもの)鼻孔(はなのなか)に入(いり)〗て出(いで)ざるは一 方(ほう)の鼻(はな)の孔(あな)へ紙撚(こより)
を挿込(さしこみ)嚏(くさめ)を取(とる)べし其 拍子(ひやうし)に飛出(とびいづ)るものなり
一 度(ど)にて出(いで)ざるは度(たび)々 嚏(くさめ)を取(とる)べし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】
【■(いけむ)は身+匚+晏 「躽」ヵ】

【右頁】
〖小蒜(せうざん)〗《割書:和名 のびる|》
 《割書:此(この)草(くさ)野辺(のへん)に生(せう)ず葉(は)は葱(ねぎ)【左ルビ:ひともじ】に似(に)て細(ほそ)く|夏(なつ)茎(くき)を抽(いだし)て端(はし)に花(はな)を開(ひらく)形(かたち)図(づ)のことく》
 《割書:にて薄紫(うすむらさき)なり秋(あき)に至(いたり)て実(み)を生(せう)ず|葉(は)根(ね)ともに臭(にほひ)葱(ねぎ)に似(に)たり》
    【のびるの図】
            《割書:根(ね)は深(ふか)く土(つち)に入(い)る|図(づ)のことき玉(たま)あり》
            《割書:食料(しよくりやう)とするもの|なり》
          【のびるの実の図】
            《割書:実(み)の形(かたち)かくのことく紫黒(くろむらさき)なり|》

【左頁】
  誤呑銅鉄物(あやまつてあかゞねてつのものをのむ)
〖誤呑銭(あやまちてぜに)《割書:并(ならびに)|》銅鉄物(あかゞねてつのものをのみ)〗たるは艾蒿(よもぎ)一 把(にぎり)水(みづ)五 合(かふ)入(いれ)半(はんぶん)に
煎(せん)じ頓(いちがい)に服(ふく)すべし○又方 韮(にら)の葉(は)を羹(にもの)となし
多(おほ)く喫(くらふ)べし韮葉(にらのは)銅物(かなもの)を纏繞(まとひ)て肛門(こうもん)より下(くだ)
るなり○又方 葧臍(くろくわい)《割書:図説(づせつ)下|にあり》蠶豆(そらまめ)《割書:四五月の頃 実(みの)|る食料の品なり》
と同(おなじ)く煮(に)食(くらひて)よし又 生(なま)にて擦(すり)多(おほく)食(くらふ)べし香油(ごまのあぶら)
に調(まぜ)服(のみ)最(もつとも)よし○又方 堅炭(かたすみ)を末(こ)となし飯(めし)の
取湯(とりゆ)にて服(ふく)すれば大便(だいべん)より下(くだる)○又方 胡桃(くるみ)《割書:木(き)|の》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
《割書:実(み)なり食料(しよくりやう)と|なすものなり》を多(おほく)食(しよく)すべし○又方 飴糖(みづあめ)を多(おほく)
食(しよく)すべし○又方 冬葵(とうき)《割書:図説下|にあり》の絞汁(しぼりしる)を其侭(そのまゝ)
多(おほく)飲(のみ)てよし
〖誤呑金銀(あやまつてきんぎんをのみ)〗たるは硫黄(りうわう)【左ルビ:いわう】《割書:発燭(つけぎ)に付(つく)るものなり薬店|にありうの目たかの目といふ》
《割書:物(もの)上品(ぜうひん)なり|用ゆべし》石灰(いしばい)二 味(み)各(おの〳〵)黒豆粒(くろまめつぶ)ほどよく〳〵末(こ)に
して酒(さけ)に調(まぜ)て服(ふく)すべし○又方 艾(もぐさ)を水にて煎(せん)
し飲(のむ)べし○又方 金(きん)銀(ぎん)銅(あかゞね)鉄(てつ)等(とう)化(こな)れざるものは
縮砂(しゆくしや)《割書:薬店に|あり》せんじおほく服(ふく)して自(おのづずと)下(くだ)る

【左頁】
〖誤呑釣(あやまつてつりばりをのみ)〗《割書:魚(うを)をつる|はりなり》たるは糸(いと)の付(つき)たる鈎(はり)を呑(のみ)たら
ば必(かならず)其 糸(いと)を引(ひく)べからず急(きふ)に水晶(すいせう)の珠子(じゆず)の
珠(たま)又は《振り仮名:粳𥽇|じゆずこのみ》《割書:小児(せうに)弄(もてあそぶ)|草実(くさのみ)也》を幾(いく)つにても咽(のど)より出(いで)た
る所(ところ)の糸(いと)にとをし漸々(そろ〳〵)と咽(のど)の奥(おく)の方(かた)へ其 珠(たま)を
墜(おとし)下(くだ)すときは自然(じねん)と鈎(はり)のかぎはづれて出る者(もの)
なり尤 仰(あをい)で此 法(ほふ)を行(おこのふ)べし鈎(はり)の方(かた)重(をも)くなる
ゆへ自(おのづか)ら秡(ぬけ)出(いづ)るなり此(この)理(り)を考(かんがふ)べし○又方 先(まづ)
筆管(ふでのじく)を二ッに割(わり)一ッは捨(すて)て不用(もちいず)一ッを細(こまか)に割(わり)りて

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
一端(もと)の方(かた)はのこし置(を)き此(この)残(のこ)し置(をき)し所(ところ)を
紙撚(こより)にて結(ゆひ)図(づ)のことくす
筆管(ふでのぢく)
    《割書:さき》     《割書:此所をこよりにてゆふべし|》  《割書:此処をわり|のこし》
 《割書:此 処(ところ)を|細(こまか)に|わる》 【筆管の図】        《割書: | |もと》
右(みぎ)のことく割(わり)たる所(ところ)を喉(のんど)へ入(いれ)鈎(つりばり)を割(わり)たる筆管(ふでのじく)
の簓(さゝら)の間(あいだ)へ挿込(さしこ)み細(ほそ)き筯(はし)を用(もちひ)て紙撚(こより)の結(ゆひ)たる
を向(むかふ)の方(かた)喉(のんど)の方(かた)へつき送(おく)れば簓(さゝら)の開(ひら)きし所(ところ)
しまる故 鈎(つりはり)しかと留(とまり)て動(うご)かず此とき手前(てまへ)の方(かた)

【左頁】
へ引て取(とる)べし取とき少(すこ)しひねりて取へし鈎(つりばり)の
鬚(あご)【左ルビ:かゝり】はづれ筆管(ふでのじく)の簓(さゝら)の間(あひだ)へはさまりて出(いつる)もの也
〖誤呑鍼(あやまつてはりをのみ)〗たるは磁石(じしやく)《割書:薬店にあり針|を吸(すふ)石なり》を棗(なつめ)の核(さね)許(ほど)
【図】《割書:此大さ|なり》なるを一 塊(かたまり)歯(は)の前に附 息(いき)を呵(はき)出(いだ)す
《割書:寒気(かんき)のせつ凍(こゞへ)たる手に息(いき)を|吹(ふき)かくることくするなり》こと数度(たび〳〵)すれば鍼
自(おのづと)出(いづ)○又方 癩蝦蟆(ひきかへる)《割書:図説後|にあり》数個(三ッ四ッ)を捕(とらへ)て頭(かしら)を刴(きり)
て倒(さかさ)にし血(ち)垂(たれ)出(いづる)を盌(わん)様(やう)の物に接(つけ)【うけヵ】一 杯(はい)許(ばかり)を取(とり)
て喉中(のんどのうち)に灌入(そゝぎいれ)て時(とき)を移(うつ)せば鍼(はり)自(おのづと)輭(やはら)になりて

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
吐(はき)出(いだす)○又方 飴糖(みづあめ)を多(おほ)く食(しよく)して即(すなはち)出(いづ)○又方
紫糖(くろざとう)を丸(まるめ)て呑(のむ)べし○又方 蠶豆(そらまめ)を煮(に)韭(にら)と同(おなじ)
く食(くら)へば大便(だいべん)より出(いづ)
〖誤呑頭髪(あやまつてかみのけをのみ)〗咽(のんど)に繞(からまり)て出(いで)ざるは乱髪(かみのけ)焼灰(やきはい)となし
水(みづ)に調(とゝの)へ服(すく)すべし
〖坏墣(すやき)【左ルビ:かわらけたらひ】の物(もの)を誤(あやまつ)て呑(のみ)〗て咽(のんど)に梗(つまる)は欵冬(ふ[き])《割書:茎葉并に花|共に食料にな》
《割書:すもの|なり》の根(ね)を焼(やき)て灰(はい)となし舌(した)の上(うへ)に点(てんす)【左ルビ:おく】べし
〖誤(あやまり)て硝子(びゐどろ)の砕(くだけ)【左ルビ:かけ】を呑(のみ)〗たるは欵冬(ふき)の黒焼(くろやき)を白湯(さゆ)にて

【左頁】
服(ふく)すべし○又方 赤土(あかつち)《割書:山(やま)の厓(がけ)など草木(そうもく)の生(せう)ぜ|ざる所(ところ)の肥(こへ)たる土(つち)なり》水(みづ)に
撹(かきまぜ)て多(おほ)く飲(のみ)てよし
〖冬葵(とうき)〗和名《割書:ふゆあふひ|かんあふひ》
《割書:此(この)草(くさ)冬(ふゆ)を|経(へ)て凋(しぼま)ず》
《割書:其(その)状(かたち)は|図(づ)のことし》 【冬葵の図】
《割書:高(たかさ)一二尺に|至(いた)る冬(ふゆ)は》
《割書:脚葉(したば)のみ|地(ち)に付(つき)て茎(くき)を》
《割書:出(いだ)さず花(はな)葉(は)の|間(あいだ)に叢(あつまり)開(ひら)く色(いろ)白(しろ)し》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【上段】
〖葧臍(ぼつさゐ)〗《割書:和名|  くろくわひ》
《割書:此(この)物(もの)浅(あさ)き水(みづ)の中(うち)に生(せう)ず|三四月のころ葉(は)を》
《割書:生(せう)ず枝(ゑだ)なく|燈心草(とうしんそう)【左ルビ:いくさ】のことし》
《割書:秋(あき)の後(すへ)に至(いたつ)て|泥(どろ)の中(うち)に》 【葧臍の図】
《割書:根(ね)を生(せう)ず形(かたち)|図(づ)のことくにて》
《割書:鬚根(ひげね)あり|丸(まる)き玉(たま)色(いろ)黒(くろ)く》
《割書:内(うち)白(しろ)し食(しよく)|料(りやう)とすべし》
【下段】
〖癩蝦蟆(らいがま)〗《割書:和名| ひきがへる》
 《割書:湿地(しつち)に生(せう)じ卵(たまご)は|水中(すいちう)に産(さん)す》
《割書:眉(まゆ)の辺(へん)に嚢(ふくろ)の如(こと)く|なるもの二つあり》
《割書:通身(そうみ)顆磊(いざ〳〵)あり|行(ゆく)こと極(きはめ)て遅(をそ)し》
《割書:跳躍(をどる)ことならず|亦(また)鳴(なく)こと稀(まれ)也 背(せなか)》
《割書:茶褐色(こげちやいろ)或は黒色(くろいろ)|を帯(をぶる)ものあり》 【癩蝦蟆の図】
《割書:腹(はら)は白(しろく)して黒(くろ)き|班紋(まだらのもん)あり夏(なつ)秋(あき)の》
《割書:頃(ころ)薄暮(ゆふぐれ)又は夕立(ゆふだち)の後(のち)|抔(など)に人家(じんか)園(せど)庭(には)に出(いで)て小虫(こむし)を食(くらふ)もの是(これ)なり》

【左頁】
  諸物哽咽(もろ〳〵のもののんどにたつ)
〖諸魚骨哽咽(なににてもうをのほねのんどにたち)〗たるは飴糖(みづあめ)を鶏子黄(たまごのきみ)許(ほど)の大(おほき)さ通(ひと)
口(くち)に呑(うのみ)にすべし若(それにても)出(いで)ざるは再三(いくたびも)呑(のむ)べし後(のち)ほど
大(おほき)くして呑(のみ)てよし○又方 欵冬花(ふきのとう)《割書:食料(しよくりやう)にする|物(もの)なり》の
末(こ)を吹入(ふきい)れ又其まゝ煎(せん)じて用ゆ花(はな)なき時(とき)は
根(ね)を濃(こ)くせんじて用ゆべし○又方 好(よき)蜜(みつ)を含(ふくみ)
稍々(そろ〳〵)と咽(のんど)に入べし○又方 象牙(ぞうげ)を削(けづり)水にて服
すべし○又方 鯉(こい)の鱗(こけ)或(あるひ)芭蕉(ばせう)の巻葉(まきば)何(いつれ)も

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
焼(やき)て末(こ)となし水にて服し出ざるときは再三(さいさん)【左ルビ:にどもさんども】
服すべし○又方 細銅線(ほそきはりがね)を火(ひ)に焼(やき)軟(やわらか)にして其
頭(さき)へ黄蝋(わうろう)《割書:薬店に|あり》を無槵子(むくろうじ)の大(おほき)さ程(ほど)附(つけ)て綿(わた)にて
褁(くるみ)絲(いと)にてよく〳〵結付(むすひつけ)咽(のんどの)内(うち)へ徐々(そろ〳〵)と推(おし)入(いる)べし
哽(たち)たる骨(ほね)自然(しぜん)と下(さが)るなり若(もし)下(さがら)ざるときは再(ふたゝ)び
推(おし)入べし○又方 新綿(あたらしきまわた)に白糖(しろくかたきあめ)を裹(つゝみ)梅(むめ)の大(おゝき)さほ
どにして其 人(ひと)に呑(のま)せ喉(のんど)に入(いり)たる時分(しぶん)其 綿(わた)の端(はし)
をそろ〳〵と牽(ひけ)ば骨(ほね)綿(わた)に粘(つき)て出(いづ)るなり○又方

【左頁】
白梅核(うめぼしのさね)を去(すて)肉(にく)をおしつぶし大指(おゝゆび)の頂(さき)ほどに
丸(まる)め綿(わた)につゝみ線(いと)を結付(ゆひつけ)冷(ひえたる)煎茶(せんじちや)にて呑下(うのみに)す
べし線(いと)の頭(さき)は手(て)に持(も)ち梅肉(むめぼし)を嘔出(むりにはきいだ)すべし骨(ほね)
附(つき)出(いづ)るなり
〖魚骨入腹刺痛(うをのほねはらにいりしく〳〵といたむ)〗は呉茱萸(ごしゆゆ)《割書:薬店|にあり》煎服(せんじめふく)すれば其(その)骨(ほね)輭(やわらか)
になりて出(いづ)若(もし)出ざれば再三(さいさん)【左ルビ:にどもさんども】服(ふく)す○又方 縮砂(ししゆくしや)【注】
《割書:薬店(やくしゆや)に|あり》沙糖(さとう)等分(とうぶん)煎(せん)じ服(ふく)す鳥骨(とりのほね)咽(のんど)に哽(たつ)にも宜(よろし)
〖鶏骨哽咽(にはとりのほねのんどにたつ)〗五棓子(ごばいし)《割書:薬店にあり婦人(ふじん)の用る|歯(は)ぐろぶしなり》末(こ)となし

【注 「縮砂」の振り仮名「ししゆくしや」は「し」一個衍】
【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
服(ふく)す此(この)物(もの)咽(のんど)に入(いる)ときは化(く[は])して下る
〖鯗魚(するめ)咽(のんど)に梗(つまる)〗は直(すぐ)に鯗魚(するめ)を漫火(ゆるきひ)に炙(あぶり)薫(こが)して
食(しよく)すれば即(ぢきに)吐(はき)出(いだ)す
〖竹木刺咽(たけきのとげくいのんど)に刺(たち)〗たるは榎(へのき)の実(み)《割書:図説(づせつ)下|にあり》二三 粒(りう)【左ルビ:つぶ】を呑(のむ)
べし○又方 陳皮(ちんひ)《割書:薬店に|あり》一匁 煎(せん)じ服(ふく)してよし
○又方 貫衆(くはんじゆ)《割書:薬店に|あり》濃(こく)煎(せんじ)服(ふく)すべし
〖稲(いね)の芒(のげ)を呑(のみ)〗たるは《振り仮名:白𩛿|しろきかたきあめ》を頻(ひたもの)に食(しよく)してよし
 稲芒(いねののげ)粘咽(のんどにつき)て出(いで)ざるは〗箭頭草(せんとうそう)《割書:図説(づせつ)後|にあり》を嚼(かみ)て嚥(のみ)

【左頁】
下すべし
〖箭頭草(せんとうそう)〗《割書:和名|  すみれ》
《割書:此(この)草(くさ)野辺(のへん)に生(せう)ず|春(はる)の初(はじめ)苗(なへ)を生(せう)じ》
《割書:二三月 頃(ごろ)花(はな)を開(ひら)く|色(いろ)紫(むらさき)にして形(かたち)図(づ)の》  【箭頭草の図】
《割書:ことし花(はな)の色(いろ)白(しろき)ものは|用ゆべからず又 花(はな)は》
《割書:同(おな)じことにて葉(は)丸(まる)き|ものあり又 朝鮮(てうせん)》
《割書:すみれとて葉(は)に刻缺(きれこみ)|あるものあり皆(みな)用ゆ》
《割書:べからず|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖榎(ゑ)の木(き)〗《割書:此(この)樹(き)大木(たいぼく)に至(いた)る二月の頃(ころ)芽(め)を出(いだ)し|葉(は)の形(かたち)図(づ)のことし》

   【榎の図】

【左頁】
   【榎の図】
【上部】
《割書:三月の頃(ころ)細花(こまかきはな)を|開(ひら)き秋(あき)の初(はじめ)実(み)熟(じゆく)》
《割書:して色(いろ)黄(き)なり味(あぢはひ)|甘(あま)し小児(せうに)好(このん)で食(くら)ふ》

【下部】
         《割書:秋(あき)の末(すへ)に実(み)黒(くろ)くなりて|胡椒(こせう)のことく冬(ふゆ)の初(はじ)め葉(は)》
         《割書:黄(きばみ)落(をつ)るなり|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
   卒食噎(にはかにしよくつまる)
人 卒(にはかに)に食物(しよくもつ)噎(つまり)て咽(のんど)に塞(つかへ)下(くだら)ざる事(こと)あり
〖療法(りやうほふ)〗蜜(みつ)少(すこし)許(ばかり)を取(とり)て口(くち)に含(ふくみ)て呑(のみ)下(くだ)すべし
〖《振り仮名:𩝐餻|もち》咽(のんど)に噎(つまり)〗て下(くだ)らざるは厳(つよき)醋(す)を多(おほ)く鼻(はな)の孔(あな)
の内(うち)へ灌(そゝぎ)こむべし酸気(すきき)に噴(むせ)て吐(はき)出すもの
なり○又方 鉄漿(はぐろ)《割書:女の歯(は)につける|おはぐろなり》少(すこし)許(ばかり)口中(こうちう)へそゝ
ぎ入(い)れてよし○又方先 扇子(おふき)の両方(りやふほふ)のお
やぼねを取(と)り捨(すて)幅(はゞ)ひろきは両側(りやうわき)を削(けづり)せま

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
くして上を紙(かみ)にてゆるく巻(まき)此(この)端(はし)を咽(のんど)へ入れ餅(もち)
を奥(をく)の方(かた)へ突込(つきこみ)てよし又 牛蒡(ごぼう)の根(ね)を
一尺 許(ばかり)に切(きり)て咽(のんど)に入れ餅(もち)を奥(おく)の方(かた)へ
突込(つきこみ)てよし

   《割書:此両方はゞひろきはけづりて|せまくすべし》
                  《割書:おや骨|》
  【図】
  《割書:此如(このこと)くかみにて巻(まく)べし|》
 《割書:茲(こゝ)にて咽(のど)の餅(もち)を奥(おく)へおし込(こむ)へし|》
                   《割書:同|》

【左頁】
  蛇(くちなは)【左ルビ:へび】入(ひとの)人 耳(みゝ)口(くち)鼻(はな)肛門(こうもん)【左ルビ:いしきのあな】《割書:并|》 婦人(ふじんの)【左ルビ:おなごの】陰門(ゐんもんにいる)【左ルビ:まへ】
   《割書:凡 蛇(くちなは)の竅(あな)に入(いり)たるを挽(ひき)出(いたさ)んとて挽(ひく)とき|はなを深(ふか)く入る又は中より断(き)れるもの》
   《割書:なり挽(ひく)べ|からず》
蛇(くちなは)の竅(あな)に入たるは尾(を)を捉(とらへ)て蛇(へび)のはらを竹木(たけき)
のきれにて逆(さかさ)になづれば自(おのづか)ら出(いづ)る者なり
竹木(たけき)の無(な)き所(ところ)ならば指(ゆび)にて撫(なづ)べし楊枝(やうじ)抔(など)
にてなづるよし○又方 蛇(へび)の尾(を)を執(とり)て小刀(こがたな)
にて其 尾(を)を縦(たて)に割(わりて)傷(きづゝけ)烟草脂(たばこのやに)多(をほ)く蛇尾(へびのを)の傷(きづ)

【右頁】
口(くち)へ納(いれ)其うへを紙(かみ)にても布(ぬの)にても裹(つゝみ)て札(くゝり)【紮ヵ】置(おく)
ときは蛇(へび)自(おのづと)出(い)づ或は山椒(さんせう)又は胡椒(こせう)嚼(かみ)くだきて
納(いるゝ)もよし○又方 蛇尾(へびのを)を握(にぎり)定(さだめ)て其 尾(を)に艾(もぐさ)に
て灸(きう)すべし○若(もし)辛物(からきもの)も火(ひ)もなきときは蛇(へび)の
尾(を)を捉(とらへ)定(さだめ)て小刀(こがたな)を以て尾端(をのはし)の処(ところ)を周匝(ぐるり)と
小刀(こがたな)めを入(いれ)て皮(かは)を倒(さかさ)に剥(はき)脱(むく)ときは蛇(へび)自(をのづと)出(いず)
○蛇(へび)出(いで)て後(のち)雄黄末(をわうのこ)を人参(にんじん)の煎汁(せんじしる)にて服(ふくす)べし
又 雄黄(おわう)の末(こ)酒(さけ)にて服(ふく)するもよし《割書:鶏冠(けいくわん)雄黄(おわう)と言|よし薬店ニあり》

【左頁】
  諸物入肉(しよぶつにくにいる)《割書:とけをたて|たるなり》
〖物(もの)縫鍼(ぬいばり)にかぎらず鍼(はり)を刺(たて)〗てぬけざるは括楼(くはろう)
《割書:図説(づせつ)下(しも)|にあり》の根(ね)を搗(つき)て泥(どろ)のことくし其 上(うへ)に傅(つく)べ
し一日に三 次(ど)ばかりとり易(かへ)べし○又方 杏仁(きやうにん)
《割書:薬店に|あり》搗(つき)爛(くづ)し車(くるま)の脂(あぶら)に調(とゝのへ)て其上(そのうへ)に貼(はりつく)べし
鍼(はり)自(おのづと)出(いづ)○又方 蓖麻子(ひまし)《割書:図説(づせつ)前(まへ)の急喉(きふかう)|痺(ひ)の條(でう)にあり》殻(から)を去(すて)て
壱箇(ひとつ)研(すり)つぶし先(まづ)帛(ぬのぎれ)を以(もつ)て傷処(きづのところ)に襯(しき)て其 上(うへ)へ
傅(つけ)頻(ひたもの)看(み)て若(もし)刺鍼(たちたるはり)の頭(かしら)少(すこ)しも出(いで)ば即(ぢき)に抜(ぬき)とる

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
べし或(あるひ)は白梅(うめぼし)の肉(にく)を入(いれ)同(おなじ)く研(すり)て貼(はる)も最(もつとも)よし
抜去(ぬきさる)事 遅(をそ)きときは好肉(よきにく)を吸出(すいいだ)すことあり○
又方 菅笠(すげがさ)に用たる菅(すげ)にて針(はり)の入(いり)たる前後(ぜんこ)を
一寸 許(ばかり)離(はな)して紮(くゝ)り又 菅(すけ)を黒焼(くろやき)にして水(みづ)に
とき針(はり)入たる傷口(きづくち)に附(つく)べし必ず出(いづ)る者なり
○又方 螳螂(たうろう)【左ルビ:かまきり】《割書:下に図(づ)|説あり》の頭(かしら)を研(すり)て糊(のり)におしまぜ
紙(かみ)を銭(ぜに)の大(おゝきさ)許(ほど)に剪(きり)て件(くだん)の糊(のり)を攤(ひろげ)て傷処(きづのところ)
に貼(はる)べし○又方 烏翎(からすのはね)十五 枚(すじ)火(ひ)にて炙(あぶり)焦(こがし)末(こ)と

【左頁】
なし醋(す)にて調(とき)針(はり)の入たる所(ところ)へぬり其上(そのうへ)を紙(かみ)
にて盖(おほふ)べし一 両度(りやうど)にて針(はり)自(おのづか)ら出(いづ)○鍼(はり)の腹(はら)
に入たるは檪炭(かたずみ)《割書:くの木(き)のかた|ずみなり》末(こ)にして一二匁
汲(くみ)たての水(みづ)にて服(ふく)すべし○又方 鼠糞(ねづみのふん)を糊(そくいのり)
に和(まぜ)て貼(はり)てよし○又 縮砂(しゆくしや)《割書:薬店ニ|あり》水に煎(せんじ)服(ふくす)
〖竹(たけ)又(また)は木(き)の刺(とげ)〗たちたるは鹿(しか)の瞳子(めだま)を取(とり)て乾(かはか)
し末(こ)となし糊(のり)におしまぜ銭(ぜにの)大(おゝきさ)ほどに剪(きり)た
る紙(かみ)に攤(のべ)て傷処(きづのところ)に貼(はる)べし其 刺(とげ)自(おのづか)ら出(いづ)最(もつとも)妙(みやう)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
なり○又方 鹿角(しかのつの)を焼(やき)末(こ)となし水(みづ)に和(まぜ)て其
上(うへ)に塗(ぬる)べし○又方 生地黄(せうちわう)《割書:薬店に|あり》嚼(かみ)爛(たゞらか)して
罨(つく)べし○又方 豉(し)《割書:納豆(なつとう)なり塩(しほ)の入|ざるを用ゆ》嚼(かみ)て傅(つけ)て
よし○又方 甘草(かんぞう)を嚼(かみ)て津(つは)に和(まぜ)て傅(つけて)妙(みやう)なり
○又方 頭(かしら)の垢(あか)を取(とり)て塗(ぬる)べし即(すなはち)出(いづ)○刺(とげ)肉(にく)の
中(うち)に在(ある)は温(あたゝか)なる小便(せうべん)の内(うち)へ漬(ひた)すべし良(やゝ)暫(しはらく)し
て出(いづ)○鍼(はり)にて撥(ま◼)【まいヵ】ても尽(つき)ざるは人(ひと)の歯垢(はかす)を取(とり)
て封ずべし即(ぢきに)爛(たゞるゝ)なり○又方 螻蛄(ろうこ)【左ルビ:けら】《割書:図説下|にあり》搗(つい)て

【左頁】
塗(ぬる)べし○又方 螽(いなご)《割書:稲葉(いねのは)に生(せう)ずる虫(むし)|なり図(づ)後にあり 》其(その)■(まゝ)【言+尽 侭ヵ】おしつぶ
し糊(のり)におしまぜ刺(とげ)のうへに貼(つく)るべし黒焼(くろやき)にし
たるもよし
〖水中(すいちう)にて貝(かい)の砕(かけ)〗など足(あし)の肉中(にくのうち)に入(い)り痛(いたみ)強(つよ)く
出(いで)ざるは雨蛤(うごふ)【左ルビ:あまかいる】《割書:後に図|あり》活(いき)ながら擘(ひきさ)き傷処(きづくち)に傅(つけ)
置(おき)てよし
〖海鷂魚(ゑい)【左ルビ:あかゑい】尾(を)に刺(はり)〗あり此(この)刺(はり)甚(はなはた)するどし若(もし)人(ひと)誤(あやまり)
触(ふれ)て肉(にく)を傷(やぶら)ば大(おゝき)に腫(はれ)痛(いたみ)忍(しのぶ)べからず甚(はなはだしき)は死(し)に

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
至(いた)る恐(おそる)べし若(もし)此(この)毒(どく)を被(こふむら)ば樟脳(せうのふ)《割書:薬店に|あり》又は
樟木(くすのき)の枝葉(ゑだは)《割書:図説(づせつ)下|にあり》共に焚(ひにたいて)薫(いぶし)てよし○又方き
すご《割書:魚(うを)なり又きすといふ図説|中巻小便急閉に出す》の肉を擦(すり)塗(ぬり)て妙(みやう)なり
〖硝子(びいどろ)の砕(かけ)肉(にく)に入(いり)たるは〗赤土(あかつち)《割書:山(やま)の厓(がけ)など草木(そうもく)の生(せう)ぜ|ざる所(ところ)の肥(こへ)たる土(つち)なり》を
水(みづ)に調(とき)て数々(たび〳〵)塗(ぬる)べし
【括樓の図】

【左頁】
【括樓の図】
      《割書:此 草(くさ)に似(に)たる者一 種(しゆ)あり| 和(わ)に玉章(たまづさ)といゝ漢(かん)にて》
        《割書:王瓜(わうくは)といふ又牛ごふりと| いふありよく誤り》
         《割書:易(やす)し然れども葉(は)| 皆(みな)澀(たぶ)りて光沢(つや)》
           《割書:なし実(み)も|亦(また)異(こと)なり》
           《割書:詳(つまびらか)にすべし|》
〖括樓(くわろう)〗
《割書:蔓草(つるくさ)なり葉(は)は|瓜(うり)に似(に)て岐(また)なし》
《割書:毛(け)もなし色(いろ)緑(みどり)にて|光沢(つや)あり実(み)は小き瓜(うり)の》
《割書:ことし又 長(ながき)もあり色(いろ)黄(き)に|瓤(わた)も黄(き)にして青(あを)し仁(さね)を》

      《割書:瓜蔞仁(くはろうにん)と云 根(ね)は|甚大なるもの》
      《割書:あり皮の色 黄(き)に|して中(うち)白(しろ)し》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【上段】
〖螻蛄(ろうこ)〗《割書:和名 けら すむし| 此(この)虫(むし)土中(とちう)に居(ゐ)て》
 《割書:土(つち)を掘(ほり)走(はし)ること捷(はや)し状(かたち)図(づ)の|ことくにして茶褐(こげ)いろなり》 【螻蛄の図】
 《割書:秋(あき)翅(つばさ)長(のび)て飛(とび)夜(よる)|燈火(ともしび)に近(ちかづ)くもの也》
 《割書:大(おゝ)いさ大抵(たいてい)図(づ)のことし|》
〖螳螂(とうろう)〗《割書:和名|かまきり》
 《割書:此(この)虫(むし)図(づ)の大(おゝいさ)の如(こと)く|にて色(いろ)は淡(うす)》   【螳螂の図】
 《割書:緑色(あをいろ)首(くび)を|驤(あげ)臂(て)を奮(ふるい)頸(くび)》
 《割書:修(ながく)腹(はら)大(おゝきに)手(て)二ッ|状(かたち)鐮(かま)のことし》
 《割書:足(あし)四ッあり|草(くさ)木(き)枝(ゑだ)》
 《割書:葉(は)の|間(あいだ)をはしること甚 捷(はや)し》
【下段】
〖 螽(しう)〗和名 《割書:いなむし|又 いなご》
 《割書:此(この)虫(むし)状(かたち)図(づ)のことく翅(つばさ)足(あし)|ともに青(あを)し夏(なつ)秋(あき)の》 【 螽の図】
 《割書:間(あいだ)多(おほ)く稲葉(いねのは)に集(あつまり)居(ゐ)る|ものなり大(おゝ)いさ大抵(たいてい)》
 《割書:図(づ)のことし|》
〖雨蛤(うごふ)〗《割書:和名| あまがいる》
 《割書:此(この)虫(むし)状(かたち)図(づ)のことく背(せ)の|色(いろ)青(あを)く腹(はら)白(しろ)し草木(そうもく)の》
 《割書:枝(ゑだ)に居(ゐ)て雨(あめ)降(ふら)ん時(とき)は|声(こへ)高(たか)くして鳴(なく)もの》 【雨蛤の図】
 《割書:是(これ)なり又 背(せ)色(いろ)も|白(しろ)きものあり》

【左頁】
〖樟(せう)〗和名 《割書:くす|くすのき》
  《割書:俗(ぞく)に楠の字を|用るものなり》
 《割書:此 木(き)葉(は)の形(かたち)図(づ)|のことく大木(たいほく)多(おゝ)き》
 《割書:ものなり葉(は)枝(ゑた)|ともに香(にをほい)あり》 【樟の図】
 《割書:木を斫(きり)てみるに|心(しん)の黒(くろく)赤(あかき)もの是(これ)なり》
 《割書:もし香気(かうき)薄(うす)く木(き)|の心(しん)黒赤(くろあかく)なきものは》
 《割書:犬(いぬ)くすと言(いふ)ものにて|薬(くすり)に用ゆべからす》
  《割書:此 木(き)を煎(せん)じて樟脳(せうのふ)を作(つく)るゆへやはり樟脳(せうのふ)の香(かほ)りあり|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  中毒之類(ちうどくのるい)《割書:ものあたりどくにあたり|たるをこゝにのせたり》
   中諸薬毒(もろ〳〵くすりのどくにあたるなり)
〖中諸薬毒(もろ〳〵くすりのどくにあたり)〗煩(もがき)悶(くるしみ)て死せんとするは急(きう)に藍(あゐ)《割書:図説後|にあり》
の葉(は)を擣(つき)て絞(しぼ)り汁(しる)を多(をゝ)く服(ふく)す数椀(すわん)に至(いた)る
をよしとす生藍草(なまのあゐ)なきときは青布(あをきぬの)青絹(あをききぬ)を水
に洗(あらふ)て汁(しる)を取(とり)服すべし画家(ゑをかく)に用る青黛(あいろう)《割書:薬店|にあり》
《割書:画具肆(ゑのぐや)にもあり粉(こ)にしたるものあり|玉あいろう棒(ぼう)あいろう何も用てよし》染家(こんや)【左ルビ:そめものや】の藍(あゐ)
皆(みな)用てよし○又方 鶏子(たまご)の黄(きみ)を取(とり)て多飲(をゝくのむ)へし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
瘥(いえ)ざれば再三(さいさん)に至(いた)るべし○又方人 小便(せうべん)を新(あらた)
にして人の糞(ふん)に和匂(まぜあはせ)絞(しぼり)て汁(しる)を取(とり)服す多(をほく)服
するをよしとす○又方 甘草(かんぞう)壱匁 黒豆(くろまめ)弐匁
煎(せん)じ服す一 切(さい)の薬毒(くすりのとく)に玅(みやう)なり○又方 生葛(なまのくす)《割書:図|説》
《割書:吐血の條|にあり》を掘採(ほりとり)壔(つき)砕(くだき)て絞(しほり)汁(しる)を服す乾(かはき)たるは
煮汁(にしる)を取(とり)て服す此 汁(しる)を飲(のん)で後(のち)大 便(べん)下利(くだり)て
止(やま)ざるは龍骨(りうこつ)《割書:唐(とう)より渡(わた)たるものよし又は此方の|讃州(さんしう)小豆島(せうづしま)より出(いで)たるものよし》
《割書:何も薬店|にあり》を末(こ)となし服す末(こ)となしかたく其

【左頁】
侭(まゝ)なるは煮(に)て汁(しる)を飲(のむ)も亦(また)得(よし)○又 甘草(かんぞう)三匁水
三 椀(わん)を一 椀半(わんはん)に煎(せんじ)て滓(かす)を去(す)て後(のち)菉豆(やへなりの)【左ルビ:ふんとう】粉(こ)を入(いれ)
再(ふたゝび)煎(せん)じ数(たび〳〵)沸(わきた)て蜜(みつ)半両(はんりやう)入(いれ)て服(ふく)す○諸解毒薬(もろ〳〵げどくのくすり)
を服するには猫(ねこ)の涎(よだれ)を用(もつ)て飲下(のみくだ)すべし《割書:猫の|涎を》
《割書:取(とる)には辛辣(からき)薬(くすり)胡椒(こせう)番椒(とうがらし)の類(るい)を|其(その)鼻(はな)に塗(ぬる)べし即(すなはち)涎(よだれ)出ず》
〖附子烏頭(ぶしうづ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは始(はじめ)の諸薬毒(もろ〳〵のくすりのどく)を解(け)【左ルビ:けす】する
薬(くすり)何(いづれ)もよし若(もし)吐(はき)て止(やま)ざるは香油(ごまのあぶら)少許(すこしばかり)を灌(そゝぎ)飲(のま)
しめてよし○又方 多年(としへし)陳壁土(ふるかべのつち)水(みづ)に調(まぜ)て服す

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
○又方多く《振り仮名:𩛿糖|あめ》を食(くらひ)てよし
〖阿片(あへん)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは始(はじ)めは酒に酔(ゑひ)たる心地(こゝち)に
て後(のち)には気(き)をうしなひ昏憒(むちう)になるものなり釅(つよき)
醋(す)を温(あたゝ)め熱(あつく)して砂糖(さたう)を入一二 碗(わん)を飲しめ
鳥羽(とりのはね)にて咽(のんど)を探(さぐり)吐却(ときやく)せしむれば醒(せうき)になる
ものなり
〖巴豆(はづ)の毒(どく)に中(あたり)〗て大 便(べん)下利(くだり)て止(やま)ざるは冷(ひや)水を
飲(のん)でよし冷飯(ひやめし)冷粥(ひやかゆ)新汲(くみたての)水に漬(ひたし)喫(くらふも)亦(また)得(よし)○又

【左頁】
赤豆煮汁(あづきのにしる)藿(まめのは)の煮汁(にしる)黒豆(くろまめ)の煮汁(にしる)皆(みな)よく其(その)毒(どく)
を解(げす)多(をゝく)服(ふくす)をよしとす又方 黄連(わうれん)と黄柏(わうばく)《割書:二味薬|店にあり》
を等分(とうぶん)にして煎(せん)じ冷(ひやし)て服(ふく)す熱湯(あつきゆ)熱飯(あつきめし)一 切(さい)
の熱物(ねつのもの)を服食(ふくしよく)すべからず
〖苦匏(にがふくべ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは吐(はき)利(くだし)して止(やま)ず頓(はやく)黍(きびの)穰(から)を
焼(やき)灰(はい)となし水(みつ)に浸(ひた)して汁(しる)を取(とり)て多(おゝく)飲(のみて)よし
〖班蝥(はんみやう)并(ならび)に元青(げんせい)の毒(どく)に中(あたり)〗《割書:班蝥(はんみやう)は甲(こう)のある虫(むし)なり|長(おゝき)さ五六分 背(せ)に黄(きいろ)と黒(くろ)》
《割書:との畫(すし)ありて見事(みごと)なり嘴(くちはし)尖(とかり)て壱(ひとつ)の赤(あか)き点(てん)あり|多(おほ)く豆(まめ)の葉(は)に集(たか)るものなり芫青(げんせい)は班蝥(はんみやう)に似(に)て》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
《割書:青(あを)く光(ひか)るものなり|二種(にしゆ)共(とも)に大毒(だいどく)あり》たるは菉豆(やへなり)又は黒豆(くろまめ)又は糯(もち)
米(こめ)を水(みづ)に和(ませ)て研(すり)汁(しる)を取(とり)服(ふく)す○又 藍(あい)の絞汁(しぼりしる)
多(をゝく)服(ふくし)てよし
〖鉛粉(とうのつち)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは麻油(ごまのあふら)に蜂蜜(はちみつ)を和(まぜ)飴糖(みづあめ)を
加(くはへ)て服(ふく)す毒(どく)即(ぢきに)解(げす)
〖砒霜(ひそう)の毒(どく)に中(あたり)〗《割書:此 毒(どく)に中(あたり)たる人(ひと)には湯茶(ゆちや)を|与(あたふ)べからず仰(あをに)臥(ねか)すべからず》胸(むね)腹(はら)
絞(きり〳〵)痛(いたみ)吐(と)して吐(とせ)ず面(かほ)青(あをく)手(て)脚(あし)冷厥(ひへあがる)もの也(なり)楊梅皮(やうばいひ)【左ルビ:やまもゝのかは】
《割書:図(づ)後(のち)にあり薬(やく)|店(てん)にもあり》多少(たせう)に抅(かゝはら)ず水煎(みづにせんじ)服(ふくす)べし○又方 急(きふ)

【左頁】
に人(ひとの)尿(いばり)或は人 糞汁(ふんのしる)を多(をゝ)く服(ふくし)てよし○又方 菉(やへ)
豆粉(なりのこ)十匁 黄泥(きいろなるどろ)十匁 鶏子清(にはとりのたまごのしろみ)九 箇(つ)黒豆(くろまめ)の煮(に)汁に和(まぜ)
て服すべし○又方 膽礬(たんはん)《割書:薬店にあり金物を|腐(くさら)すものなり》三分
研(すり)細(こまかに)し冷水(ひやみづ)にて潅(そゝぎ)飲(のま)しむべし○又方 鬱金(うこん)の
末(こ)《割書:薬店に|あり》蜜(みつ)少許(すこしばかり)を入水に和 服(ふく)す○又方 白芷(びやくし)
《割書:薬店に|あり》の末(こ)を井蕐(くみたての)水に調(とゝのへ)服(ふく)す○又方 生螺(なまのたにし)を
取(とり)研(すり)て冷水にて服す○又方 藍(あいの)汁多服して
よし○又方 香油(ごまのあぶら)を其 侭(まゝ)飲(のみ)吐(と)してよし○又方

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
砒石(ひせき)を服(ふく)し遍身(そうみ)赤色(あかきいろ)をなし昏憤(きとをく)なり或は吐(と)
瀉(しや)する者(もの)は急(きふ)に釅醋(つよきす)一 碗(わん)許(ばかり)を飲(のま)しむべし
《割書:以上(いぜう)の薬(くすり)にて吐(はき)又 瀉(くだり)|あれば毒(どく)解(げ)するなり》
〖野葛(やかつ)の毒(どく)〗《割書:山(やま)野(の)に有(あ)り和名(わみやう)つたうるし蔓草(つるくさ)なり|其 藤(つる)色(いろ)赤(あかく)節(ふし)高(たか)く節(ふし)の所ごとに葉(は)三(みつ)づゝ》
《割書:付て葛(くず)の葉(は)に似(に)て厚(あつく)光(ひかり)あり節(ふし)の間(あいだ)に花(はな)を開(ひら)く|細(こまか)にして黄(き)なり蔓(つる)を切(きれ)ば汁(しる)出(い)ず人の身(み)に付(つけ)ば》
《割書:體(からだ)かぶれ痛(いたみ)痒(かゆみ)をなし誤(あやまつ)|て食(くら)へば人(ひと)を殺(ころ)す》に中(あたり)たるは急(きう)に鶏子(たまご)三
枚(つ)黄(きみ)も白(しろみ)も一ッに和(まぜ)て呑(うのみに)下(くだす)べし○又方 野葛(やかつ)
の毒(どく)に中(あた)り口(くち)開(ひら)かざる者(もの)は一尺 囲(まわり)程(ほど)の大竹(おほだけ)を

【左頁】
二尺 許(はかり)に截(きり)節(ふし)を洞(ぬゐ)て其人の両(りやう)の脇(わきはら)と臍(ほそ)の
上(うへ)へ右(みき)の竹筒(たけづゝ)の切口(きりくち)をしかと当置(あておき)上(かみ)の方(かた)の
切口(きりくち)より冷水(ひやみづ)を潅(そゝ)ぎて筒(つゝ)の内(うち)へ入(いる)べし数度(たび〳〵)
水(みづ)を易(とりか)ゆれば口(くち)自(おのづと)開(ひらく)なり○又方 甘草(かんぞう)一 味(み) 水(みつ)
にて濃(こく)煎(せん)じ多(おゝく)飲(のみ)て良(よし)○又方 香油(ごまのあふら)に人糞(ひとのふん)を
和(まぜ)て飲(のむ)へし○又方 葱涕(ねぎのぬまり)【左ルビ:ねきのつきしる】を飲(のみ)てよし
〖瓜蔕(くはてい)【左ルビ:ふりのへた】を服(ふく)し吐(はいて)不止(やます)〗煩(くるしみ)悶(もがく)ものは麝香(じやかう)《割書:薬店に|あり》
湯(ゆ)にて服(ふく)すべし○又方 白梅(むめぼしの)肉(にく)を喫(くらひて)良(よし)○

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
又方 患人(びやうにん)腰(こし)をかけ桶(おけ)に冷水(つめたきみづ)を盛(いれ)其(その)水(みづ)の中(なか)ヘ
脚(あし)を三里(さんり)の次(あたり)まで浸(ひた)し居(い)て味噌汁(みそしる)を飲(のむ)
へし《割書:諸薬(しよやく)効(しるし)なきは|此方 最(もつとも)よし》
〖藍葉(らんやう)〗《割書:和名目|  あいたで》
 《割書:三四月 苗(なへ)|を生(せう)ず》
 《割書:葉(は)は|》
【藍葉の図】
 《割書:蓼(たで)に似(に)て短(みじか)く花(はなは)紅(くれない)にして亦|蓼(たで)のことし茎(くき)の高(たか)さ一二尺に》
 《割書:至(いた)る秋実を結又 蓼(たて)の如(こと)し|》

               《割書:染家(こんや)に用(もちゆ)る|藍玉(あいたま)を製(せいす)》
               《割書:る草(くさ)なり|》

      《割書:此 草(くさ)柳葉(やなきは)まる葉ちゞれ葉の三 種(しゆ)あり|功能(かうのふ)はみな同じければ何(いつ)れも用てよし》

【左頁】
〖楊梅(やうばい)〗《割書:和名(わみやう)|  山(やま)もゝ》
  【楊梅の図】
 《割書:樹(き)数丈(すぜう)|に至(いた)り》
 《割書:枝(ゑだ)を多(をゝ)く|生(せう)ず葉(は)》
 《割書:図(づ)のことく|冬(ふゆ)を経(へ)て凋(しぼ)まず》

      《割書:春(はる)の末(すへ)| 如是(かくのことく)の花(はな)》
      《割書:  を発(はつ)す|》

          《割書:五六月|の間(あいだ)如是(かくのことく)》
          《割書:なる実(み)を結(むすぶ)|食(くらふ)べし又 実(み)の》
         《割書: 色(いろ)白(しろ)きものあり|中国(ちうごく)の物(もの)は龍眼肉(りうがんにく)》
         《割書:の大(おゝ)きさなるあり|》

      《割書:葉(は)の状(かたち)如是(かくのこと)きものあり同種(とうしゆ)なり|》
         【葉の図】

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  中諸穀菜毒(もろ〳〵こくさいるいのどくにあたる)《割書:蓏(ふり)菓(くだもの)菌(たけ)蕈(きのこ)の毒(どく)に中(あた)るを附(ふ)ス|》
〖大麦(をゝむぎ)麦飯(むぎめし)或(あるひ)は大麦麪條(をゝむぎきり)を喫(くらひ)て毒(どく)に中(あたり)〗たるは
腹(はら)脹(はり)煩(もがく)べし煖酒(かんざけ)に生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)を和(まぜ)て両三(りやうさん)
盃(はい)飲(のみ)てよし
〖小麦(こむぎ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは萊服(だいこん)【萊菔】の絞汁(しぼりしる)を多(おほく)飲(のみて)よし
○又方 赤豆(あづき)の煮汁(にしる)を多(おほく)飲(のみ)てよし○又方 粟(あ)
米(は)随意(こゝろまかせ)に喫(くらひ)てよし《割書:温飩(うんどん)索麪(さうめん)総(すべ)て小麦(こむぎ)にて|製(せいし)【左ルビ:こしらへ】たるものに食傷(しよくせう)した》
《割書:るは皆(みな)此(この)方(ほう)に|宜(よろ)し》○山椒(さんせう)杏仁(きやうにん)【左ルビ:あんずのさなご】《割書:薬店に|あり》皆 麪毒(めんどく)を解(けす)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖糒(ほしいゝ)を乾(かわき)たる侭(まゝ)にて多(おゝく)食(しよく)〗し腹内(ふくない)にてふへ腹(はら)脹(はり)
絶入(たへいら)んとするは醤油(せうゆ)を其 侭(まゝ)飲(のみ)てよし
〖《振り仮名:𩝐餻|もち》多(おゝく)食(しよく)〗して中焦停滞(はらにとゞこほり)しは生(なま)の萊菔汁(だいこんのしぼりしる)
多く飲(のみ)てよし凡(おほよそ)飲(のみもの)食(くひもの)過多(ほどにすぎ)肚腹(はらのうち)飽満(つかへはり)たるは
皆(みな)生萊菔(なまだいこん)の絞汁(しほりしる)おほく飲(のみ)てよし
〖蕎麦(そば)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは楊梅皮(やうばいひ)【左ルビ:やまもゝのかわ】《割書:図説(づせつ)前(まへ)にあり|薬店にもあり》を
末(こ)となし白湯(さゆ)にて服(ふく)すべし○又方 蘿蔔(だいこん)の
絞汁(しぼりしる)多(おほ)く服(ふくし)てよし○又方 過食(をほくしよく)して腹(はら)飽(はり)

【左頁】
満(みち)たるには杏仁(きやうにん)【左ルビ:あんずのさなこ】を啖(くらへ)ば即(ちきに)消(へる)なり○又方 隨軍(はぎ)
茶《割書:秋(あき)花(はな)さく|萩(はぎ)なり》茎(くき)葉(は)ともに剉(きざみ)水(みづ)にて煎(せん)じ用(もち)ゆ
べし○又方 九年母(くねんぼ)《割書:蜜柑(みかん)の類(るい)の|菓(くた)ものなり》皮(かは)を搗(つき)て汁(しる)
を絞取(しぼりと)り飲(のみ)てよし乾(かはき)たる皮(かは)《割書:薬店に|あり》は煎(せん)じ
て用(もち)ゆべし○又方 海帯(あらめ)《割書:海(うみ)より出(いつ)る品(しな)菜(さい)と|なし食(くらふ)ものなり》を
煎(せん)じ用ゆべし
〖豆腐(とうふ)を食(しよく)し毒(どく)に中(あたり)〗たるは腹(はら)脹(はり)気(き)塞(ふさぎ)て甚(はなはだ)し
きは死(し)せんとす急(きふ)に萊服(だいこん)【萊菔】の煎汁(せんじしる)を多(おほく)服(ふく)す

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
べし何薬(なにくすり)にても此(この)煎汁(せんじしる)にて用ゆ○又方 萊(だい)
菔(こん)なきときは急(きふ)に新汲水(くみたてのみづ)を多(おほ)く飲(のみ)てよし
○又方 杏仁(きやうにん)【左ルビ:あんすのさなこ】を搗(つき)て服(ふく)すべし
〖諸(もろ〳〵)野菜毒(やさいのどく)に中(あたり)〗たるは葛(くず)《割書:図説(つせつ)中巻(ちうくはん)吐血(とけつ)|の條(ぜう)にあり》の根(ね)を
掘採(ほりとり)て切(きり)て水(みづ)に煮(にて)汁(しる)を多(おほく)服(ふく)して良(よし)或(あるい)は生(なま)な
るを擦(すり)て絞汁(しぼりじる)を服(ふく)す亦(また)よし○又方 香油(ごまのあぶら)を
多(おほく)飲(のみ)てよし○又方 人乳(ひとのちゝ)を飲(のみ)てよし○又方
童子(こども)の小便(せうべん)多(おほ)く飲(のみ)てよし○又方 苦参(くじん)《割書:薬店|にあり》

【左頁】
《割書:山(やま)野(の)にも生(せう)ず図(づ)|説(せつ)後に出す》酢(す)に煎(せん)じ飲(のめ)ば吐(はき)て愈(いゆ)
〖菘菜(な)を多(おほく)食(しよくし)毒(どく)に中(あたり)〗たるは生姜(せうが)を多(おほく)喫(くらひ)て良(よし)
〖茶(ちや)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは砂糖(さたう)を喫(くらひ)てよし○又方
甘草(かんざう)一 味(み)煎(せん)じ服(ふく)す○又方 白梅(むめぼし)を喫(くらひ)てよし
○多(おほく)茶(ちや)を飲(のみ)て腹(はら)脹(はり)たるは醋(す)少許(すこしばかり)を飲(のみ)てよし
〖煙草(たばこ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは沙糖(さたう)を水(みづ)に調(まぜ)て飲(のむ)べし
地漿(ちせう)《割書:造(つくる)法(ほふ)後(のち)|に見ゆ》を飲(のむ)もよし○又方 檳榔子(びんろうじ)《割書:薬店|に》
《割書:あり|》末(こ)になし白湯(さゆ)にて服(ふく)す○又方 味噌汁(みそしる)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
を啜(すゝる)亦(また)よし
〖竹筍(たけのこ)の毒(どく)に中(あた)〗れば腹(はら)大(おほひ)に緊満(きびしくはり)て手(て)を近(ちか)つ
くべからず急(きふ)に蕎麦(そば)の殻(から)を煮(にて)汁(しる)を取(とり)多(おほく)
飲(のむ)べし生姜(せうが)胡麻(ごま)亦(また)よく毒(どく)を解(げ)す
〖芋(さといも)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは地漿(ちせう)《割書:造(つくる)法(ほう)後|に見ゆ》を多 服(ふく)すべし
○又方 生姜汁(せうかのしる)を飲(のみ)てよし
〖野芋(やう)の毒(どく)に中(あたり)〗《割書:野芋(やう)は野(の)に自然(しねん)に生(せう)ずる芋(さといも)なり|常(つね)に食(しよく)する芋(さといも)も畑(はた)に作(つく)らず捨置(すておく)》
《割書:事(こと)三 年(ねん)なるは野芋(やう)と同(おなじ)く大毒(だいどく)あり|食(しよく)すれば煩(もがき)悶(くるしみ)て死(し)に至(いた)るなり》たるは土漿(とせう)

【左頁】
《割書:後に説|あり》糞汁(ふんじう)《割書:人(ひと)の糞(ふん)の|汁(しる)なり》大豆汁(くろまめのにしる)右の内(うち)何れも便(かつて)
に任(まかせ)早(はや)く飲(のみ)て毒(どく)を解(げす)べし
〖慈姑(くわい)を食(しよく)して気(き)閉(とじ)〗たるは生姜(せうが)其 毒(どく)を解(げす)
〖胡椒(こせう)の(し)毒(どく)に中(あたり)〗たるは菉豆(やへなり)【左ルビ:ぶんどう】末(こ)となし服(ふく)すべし
○嗆(むせ)て気(き)絶(たえ)んとするは香油(ごまのあぶら)を口中(こうちう)へ灌(そゝぎ)入(いる)べし
〖蕃椒(とうからし)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは療法(りやうほふ)胡椒(こせう)に同(おなじ)《割書:吐血(とけつ)するは吐(と)|血(けつ)の條(ぜう)にあり》
〖山椒(さんせう)の毒(どく)に中(あたり)〗咽(のんど)戟(いらつき)むせ気(いき)閉(とぢ)或は白沫(しろきあは)を下(くだ)し
身体(からだ)冷(ひへ)痺(しびれ)絶(たえ)入んとするは急(きふ)に温湯(あつきゆ)に灰(はい)一

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
撮(つまみ)を入 撹(かきませ)飲(のみ)てよし《割書:爐中(ろのうち)竃下(かまどのした)に|在所(あるところ)の灰(はい)なり》○又方 冬葵(かんあおひ)
《割書:図説前の銅鉄を誤|て呑の條に出す》の根(ね)を掘採(ほりとり)洗浄(あらひきよめ)て嚼(かみ)下(くだし)て
良(よし)○又方 濃(こく)磨(すり)たる墨(すみ)の汁(しる)を多(おほく)飲(のみ)てよし
○又方 大棗(なつめ)三 枚(つ)許(ほど)喫(くらい)てよし○又方 急(きふ)に新(くみ)
汲水(たてのみづ)を多(おほく)飲(のみ)てよし○又方甚しきは人尿(ひとのせうべん)を
飲(のみ)てよし○又方 菜油(ともしあぶら)【左ルビ:なたねのあぶら】一滴(ひとしづく)を飲(のむ)べし
〖諸(もろ〳〵)海菜(かいさう)昆布(こんぶ)海帯(あらめ)紫菜(のり)の類(るい)を多(おほく)食(しよく)〗すれば腹(はら)
痛(いたみ)発熱(ねつはつし)白沫(しろきあは)を吐(はく)べし急(きふ)に厳醋(つよきす)を飲(のみ)てよし

【左頁】
〖木(き)の実(み)又は瓜(ふり)の類(るい)を食(くらひ)て毒(どく)に中(あたり)〗たるは肉桂(にくけい)
《割書:薬店に|あり》を一 味(み)水(みづ)にて濃(こく)煎(せん)じ服(ふく)すべし○又方
石首魚(せきしゆぎよ)【左ルビ:いしもち】《割書:図説(づせつ)中巻 小便(せうべん)急(きふ)|閉の條(ぜう)に出す》を煮(に)て汁(しる)を取(とり)多(おゝく)服(ふく)す
〖銀杏(ぎんなん)【左ルビ:いてうのみ】を多(おほく)食(しよく)〗すれば小便(せうべん)閉(とぢ)て身(み)腫(はる)香油(ごまのあぶら)を多
飲(のみ)てよし○又方 地漿(ちせう)《割書:造(つくる)法(ほふ)後|にあり》○又方 藍汁(あいのしる)飲(のみ)
てよし
〖桃(もゝ)を食(しよく)し毒(どく)に中(あたり)〗たるは桃梟(もゝのきまもり)を取(とり)焼(やき)て末(こ)と
なし服(ふく)すべし《割書:桃梟(きまもり)とは桃子(もゝのみ)の一ッ二ッ樹(き)に残(のこ)りて|枝(ゑだ)に附(つき)て黒(くろ)くなりたるをいふ》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖西瓜(すいくは)を食(しよく)し毒(どく)に中(あたり)〗たるは番椒(とうがらし)を剉(きざみ)水(みづ)に浸(ひたし)
濃汁(こきしる)を飲(のみ)てよし
〖甜瓜(まくはふり)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは麝香(しやかう)《割書:薬店に|あり》少(すこし)許(ばかり)白湯(さゆ)に
て服(ふくす)べし○又方 塩(しほ)を白湯(さゆ)に撹(かきまぜ)服(ふく)す最(もつとも)よし
○又方 酒(さけ)を酔(ゑう)ほど飲(のみ)てよし
〖菌蕈(きのこ)【左ルビ:くさびら】の類(たぐひ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは地漿(ちせう)を多く飲(のみ)て
よし《割書:地漿(ちせう)を製(こしら)ゆる法(ほふ)地(ち)上を掘(ほり)て坑(あな)となし新汲(くみたて)|の水を澆(そゝき)入(いれ)て撹(かきまぜ)水(みつ)の澄(すめ)るを候(まち)て其(その)水(みづ)を用(もちゆ)》
《割書:是(これ)を地漿(ちせう)|と言なり》○又方 人(ひとの)頭(かしらの)垢(あか)を取(とり)て水(みづ)に和(まぜ)て服(ふくす)

【左頁】
れば必 吐却(ときやく)す吐(はき)尽(つくさ)ば服(ふくす)べからず○又方 香油(こまのあぶら)を
多(おほく)飲(のみ)てよし○又方 陳(ふるき)壁土(かべつち)熱湯(あつきゆ)の内(うち)に入 澄(すまし)冷(ひや)
して飲(のむ)べし○又方 甘草(かんぞう)《割書:薬店に|あり》を麻油(ごまのあぶら)に煎(せん)じ
服(ふく)すべし○又方 茄子(なすび)能(よく)毒(どく)を解(け)す何(なに)にして
なりとも用ゆべし○又方 忍冬(にんどう)生草(せいそう)《割書:図説 脚気(かつけ)|にあり》
ならば其 侭(まゝ)啖(くら)ひ乾(かはき)たるは煎(せん)じ服(ふく)すべし○
又方 鯵魚(あじ)の硬鱗(ぜご)《割書:図説下|にあり》を取(とり)乾(かはか)し末(こ)となし
水(みづ)にて用(もち)ゆ○又方 生(なまの)荷葉(はすのは)搗(つき)爛(くづし)水(みづ)に和(まぜ)用(もち)ゆ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
乾(かはき)たるは煎(せん)じ服(ふく)す○又方 人(ひと)の屎汁(ふんのしる)服(ふく)して一
切(さい)毒(どく)ある菌(きのこ)に中(あたり)たるに妙(みやう)也(なり)○又方 吐(はき)下(くだ)し
て止(やま)ざるは茶(ちや)の芽(め)を末(こ)となし新汲水(くみたてのみづ)に服(ふく)
す好(よき)梚茶(ひきちや)あらば用へし○又方 薬(くすり)無(なき)ときは
冷水(れいすい)【左ルビ:ひやみづ】を多(おほ)く飲(のむ)べし○又方 山梔子(さんしゝ)【左ルビ:くちなし】《割書:図説衂血|にあり》剉(きざみ)
水煎(みづにせん)じ服(ふく)す
〖笑菌(わらひたけ)を食(しよく)したるは〗熱(ねつ)を発(はつし)面(おもて)赤(あかく)眩暈(めまひ)し口(くち)砥(と)
水(みづ)の如(こと)くなる唾(つは)出(い)で笑(わらひ)てやまず極(きはま)れば悲(かなしみ)哭(なき)

【左頁】
或は血(ち)を吐(はき)て死(し)す急(きふ)に地漿(ちせう)《割書:造(つくる)法(ほふ)前(まへ)|に見ゆ》を多(おゝ)く飲(のむ)
べし○又方 人(ひと)の糞汁(ふんのしる)を多(おゝく)飲(のみ)てよし
〖松蕈(まつだけ)に酔(ゑひ)〗たるは豆腐(とうふ)を食(しよく)すべし凡(おゝよそ)先(まづ)豆腐(とうふ)
を食(しよく)し後(のち)に松蕈(まつだけ)を食(しよく)すれば不酔(よはず)
〖凡(おほよそ)菌(きのこ)久(ひさ)しきを経(へ)たる者(もの)皆(みな)毒(どく)あり〗若(もし)毒(どく)に中(あたり)
たるは茄子(なすび)を煮(に)て食(しよく)し且(かつ)其(その)汁(しる)を飲(のむ)べし
 《割書:凡(おほよそ)菌(きのこ)の類(るい)笠(かさ)の上(うへ)に毛(け)ある者(もの)笠(かさ)の裏(うら)に■(きさみ)【襽襉襇ヵ】なき|者(もの)笠(かさ)と茎(くき)と脆(もろ)く落者(おつるもの)夜(よる)見(み)て光(ひかり)ある者(もの)腐(くち)爛(たゞ)れ》
 《割書:かゝりて虫(むし)ある者(もの)采(とり)帰(かへり)て色(いろ)変(かはる)者(もの)木耳(きくらげ)の類(るい)赤(あかく)|して仰(あをぎ)巻(まい)て生(せう)ずる者(もの)菌(きのこ)を煮(に)て姜屑(すりせうが)飯粒(めしつぶ)を投(いれ)》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 《割書:其 色(いろ)黒者(くろきもの)煮汁(にしる)人 影(かげ)|移(うつら)ざる者(もの)皆(みな)毒(どく)あり》
  〖苦参(くじん)〗和名くらゝ 又まひりぐさ
          《割書:葉(は)は槐(ゑんじゆ)の葉(は)に似(に)たり図(づ)の| ことし根(ね)の状(かたち)図(づ)のことく》
          《割書:  にして黄色(きいろ)なり|    至(いたつ)て苦(にが)し》
  【苦参の図】  【苦参の根の図】

【左頁】
《割書:此 草(くさ)処々(しよ〳〵)山(やま)谷(たに)野(の)|原(はら)或は田(た)の畔(うね)抔(など)に》
《割書:生(せう)ず春(はる)生(せう)じ冬(ふゆ)|凋(しぼみ)夏(なつ)黄白(うすきいろ)の花(はな)》  【苦参の花の図】
《割書:を開(ひら)く秋(あき)七八月|の頃(ころ)実(み)を結(むす)び》
《割書:莢(さや)をなす莢(さや)|の内(うち)に子(み)あり》
《割書:小豆(あづき)のことし|》

     【苦参の花の図】《割書:花(はな)の状(かたち)かく|のことし》

          【苦参の莢の図】《割書:莢(さや)の状(かたち)如是(かくのこと)|し内(うち)に三》
                   《割書:四 粒(つぶ)ツヽ子(み)|    あり》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖鯵(あじ)〗    《割書:海魚(うみうを)なり三 種(しゆ)ありしまあじもろあじまあじ|まあじ長さサ二三寸より壱尺 余(よ)に至(いた)るものあり》

               《割書:状(かたち)図(づ)のことし|》
     【鯵の図】
             《割書:両 辺(へん)に一 道(すじ)の硬(かたき)鱗(うろこ)あり魚肆(さかなや)に是(これ)を|ぜごと言此を削取(けづりとり)て用ゆ》



【左頁】
  中酒毒(さけのどくにあたる) 《割書:油(あふら)并ニ塩(しほ)の毒(どく)に|中(あた)るを附(ふ)す》
〖酒(さけ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは彔豆(やへなり)を粉(こ)となし水(みづ)に調(まぜ)て
服(ふく)す○又方 赤豆(あづきの)煮汁(にしる)を飲(のみ)てよし○又方 菘(な)
菜(の)煮汁(にしる)を飲(のみ)てよし○又方 生藕(なまのはすのね)を搗(つき)て汁(しる)を
取(とり)服(ふくす)○又方 沙糖(さたう)を温湯(あたゝかなるゆ)に拌(かきまぜ)て服(ふく)す○又方
九年母皮(くねんぼのかは)を煮(に)て汁(しる)を取(とり)多(おほく)服(ふくし)てよし○又方
葛(くず)の花《割書:図説吐血|に出す》を水(みづに)煎(せん)じ服(ふく)す○又方 桑椹(くはのみ)
を喫(くらひ)てよし○又方 蔓青菜(かぶらな)と米(こめ)を煮(に)熟(じゆく)し

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
て滓(かす)を去(す)て汁(しる)を取(とり)冷(ひゆる)を待(まち)て飲(のむ)べし○又
方 眼子菜(がんしさい)《割書:図説(づせつ)下|にあり》を焼(やき)て灰(はい)となし服(ふく)す其
侭(まゝ)煎(せん)じ服(ふく)す亦 良(よき)なり
〖酒(さけ)に酔(ゑひ)気絶(きたえ)〗たるは小便桶(せうへんたご)の小便(せうべん)を去(す)て其(その)内(うち)
へ徐々(そろ〳〵)と水(みづ)を入(いれ)浮(うき)たる垢(あか)を取(とり)急(きふ)に熱湯(あつきゆ)を
茶碗(ちやわん)に入(いれ)右(みぎ)の垢(あか)を湯(ゆ)の中(うち)に入(いれ)其(その)清(すみ)たるうは
湯(ゆ)を口中(こうちう)に灌(そゝぎ)入(いる)れば鼻(はな)の中(うち)より気息(いき)出(いで)て
醒(さむ)るなり

【左頁】
〖焼酒(せうちう)の毒(どく)に中(あたり)〗面(おもて)青(あをく)口(くち)噤(つぐみ)昏迷(きとをく)なり甚(はなはだしき)は遍身(そうみ)
色(いろ)青黒(あをくろく)或は血(ち)を吐(はき)或は血(ち)を下(くだし)死(しなん)とするは冷(れい)
水(すい)を飲(のま)しむれば立(たちどころに)死(しす)堅(かた)く禁(きん)ずべし若(もし)此(この)毒(どく)
に中(あたり)たる事を覚(おぼえ)ば急(きふ)に衣(ころも)を脱(ぬぎ)横臥(よこにふし)てころ
ころと袞転(ころげ)まわること数回(ひたもの)すれば悪心(むねわるく)なり
吐却(ときやく)して愈(いゆ)○又方 其人(そのひと)を裸體(はだか)にして温湯(あたゝかなるゆ)
の内(うち)へ浸漬(ひた)して熅煖(あたゝか)ならしむれば其(その)毒(どく)お
のずから解(げす)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖焼酒(せうちう)に酔(ゑひ)て醒(さめ)ざる〗は彔豆(やへなり)の粉(こ)を煖水(ぬるまゆ)に撹(かきませ)
灌(そゝぎ)飲(のま)しむべし即(すなわち)醒(さむ)○又方 好醋(よきす)を二三 盃(ばい)
飲(のむ)べし○又方 甜瓜(まくはふりの)蔓(つる)ともに搗(つき)て汁(しる)を取(とり)口(こう)
中(ちう)に灌(そゝぎ)入(いれ)飲(のま)しめて愈(いゆ)○又方 蘿蔔(だいこんの)絞汁(しぼりしる)を多(おほ)
く飲(のみ)てよし○又方 熱(あつ)き小便(せうべん)を多(おほく)飲(のみ)てよし
○又方 胡瓜(きうり)搗(つき)汁(しる)を取(とり)服(ふくす)蔓(つる)も亦用べし○又
方 葛(くず)の根(ね)《割書:図説吐血|にあり》を採(とり)搗(つき)て汁(しる)を取(とり)口中(こうちう)へ
灌(そゝぎ)入(いれ)飲(のま)しむべし葛粉(くずのこ)を煖水(ぬるまゆ)にて灌(そゝぎ)入(い)れ飲(のま)

【左頁】
しむるもよし○又方 甘草(かんぞう)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし煖(ぬるま)
水(ゆ)に服(ふく)す○豆腐(とうふ)を擂(すり)面(おもて)胸(むね)腹(はら)に塗(ぬり)置ば醒(さむ)るなり
〖阿蘭陀酒(ちんたしゆ)の毒(どく)に中(あた)〗り死(し)なんとするは塩(しほ)を水(みづ)
に煎(せん)じ五六 椀(わん)服(ふくし)てよし
〖油煠物(あぶらにあげたるもの)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは九年母(くねんぼ)の皮(かは)を煎(せんじ)服(ふくす)べし
〖桐油(とうゆ)【左ルビ:きりのあぶら】の毒(どく)に中(あたり)〗たるは吐瀉(はきくだし)止(やま)す熱酒(あつきさけ)を飲(のむ)べし
〖鹽滷(しほ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは豆腐(とうふ)を絞(しぼり)て漿(しる)を取(とり)服(ふくす)べし
吐却(ときやく)して愈(いゆ)《割書:豆腐(とうふ)なき時は黄豆(みそまめ)を水(みづ)に浸(ひた)し搗(つき)爛(くづし)|汁(しる)を取(とり)潅(そゝぎ)下(くたし)てよし凡(およそ)熱(あつきもの)飲(のま)すべからず》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖眼子菜(がんしさい)〗《割書:和名|  ひるも》
 《割書:水(みづ)田(たの)中(うち)に生(せう)ず葉(は)|の面(をも)て青(あをく)背(うら)紫(むらさき)其(その)》
 《割書:状(かたち)竹葉(たけのは)に似り|六七月 蔓延(はびこる)秋(あき)の》
 《割書:末(すへ)より冬(ふゆ)は勿論(もちろん)|春(はる)迄(まで)は茎(くき)葉(は)なし》  【眼子菜の図】
 《割書:根(ね)を掘取(ほりとり)用(もちゆ)べし|》

 《割書:根(ね)の状(かたち)|如是(かくのこと)し》
 【眼子菜の根の図】

【左頁】
  中魚介獣肉毒(うをかひけものゝにくのどくにあたる) 《割書:虫(むし)の毒(どく)にあたりたるを附(ふ)す|諸(もろ〳〵の)毒(どく)通(おしなへて)療(りやう)ずる方(ほう)を附(ふ)す》
諸(もろ〳〵)魚毒(うをのどく)に中(あたり)たるは鮝魚(するめ)《割書:烏賊(いか)の干(ほし)|たるなり》を水(みづ)に煎(せん)じ
服(ふく)す○又方 冬瓜(とうくは)を研(すり)て汁(しる)を取(とり)多(おほく)飲(のむ)べし
○又方 鮫皮(さめのかわ)《割書:鮫(さめ)種類(しゆるい)多(おほ)し物(もの)を|研(する)に用(もちゆ)る皮(かわ)用(もちい)て良(よし)》焼灰(やきはい)となし水に撹(かきまぜ)
服(ふく)すべし○又方 苦参(くじん)《割書:図説(づせつ)前(まへ)|にあり》三匁 許(ばかり)醋(す)に煮(にて)
汁(しる)を取(とり)服(ふく)し吐却(ときやく)してよし○又方 紫蘇葉(しそのは)《割書:薬|店》
《割書:にあ|り》煎(せん)じ服(ふく)す○又方 黒大豆(くろまめ)を煮(に)て汁(しる)を取(とり)多(おほ)
く飲(のむ)べし○又方 酸摸(さんも)《割書:図(づ)下(しも)に|見ゆ》の葉(は)を絞(しぼり)て汁(しる)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
を取(と)り服(ふく)す○又方 接骨木(せつ[こ]つぼく)《割書:図説(づせつ)中巻|攧撲(てんぼく)に出(いつ)》の葉(は)を
揉(もみ)て汁(しる)を絞(しぼ)り取(とり)て服(ふく)す○又方 山査子(さんざし)《割書:薬店|に》
《割書:あ|り》剉(きざみ)水(みつ)に煎(せん)じ服(ふく)すべし
〖鱠(なます)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは生姜(せうが)の絞汁(しぼりしる)を飲(のみ)てよし
〖鱸魚(すゞき)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは蘆根(よしのね)《割書:池(いけ)沼(ぬま)に生(せう)ず|るものなり》を煮(に)て汁(しる)を
取(とり)多(おほ)く服(ふく)すべし生(せう)なるは搗(つき)て汁(しる)を取(とり)服(ふくす)べし
〖鮹魚(たこ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは海羅(ふのり)《割書:水にとかし糊(のり)に|用ゆる海草(うみくさ)なり》湯(ゆ)に
入 烊(とかし)飲(のむ)べし又 能(よく)諸(もろ〳〵)魚(うを)の毒(どく)を解(げ)す

【左頁】
〖鰹魚(かつほ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは炒(いり)たる豆(まめ)を末(こ)となし湯(ゆ)
に撹(かきませ)多(おほ)く飲(のみ)てよし○又方 唐大黄(からのだいわう)《割書:薬店に|あり》末(こ)と
なし五六分 白湯(さゆ)にて服(ふく)すべし○又方 《振り仮名:■吾|つはぶき》【注】
《割書:図説後|にあり》の葉(は)を煎(せん)じ汁(しる)を取(とり)服(ふく)すべし○又方
桜(さくら)の葉(は)又は桜(さくら)の子(み)煎(せん)じ服(ふく)す子(み)は其侭(そのまゝ)嚼(かみ)て良(よし)
○又方 鉄漿(おはぐろ)《割書:女子(おなご)の歯(は)を|染(そむ)るもの也》を飲(のみ)てよし○又方
橄欖(かんらん)《割書:薬店にあり塩(しほ)に漬(つけ)あるは|塩(しほ)だしして用ゆべし》煎(せん)じ服(ふく)すべし
一 切(さい)の魚毒(うをのどく)を解(け)す事(こと)妙(めう)なり○又方 椎茸(しいたけ)煎(せんじ)

【注 ■「士+冖+石」は「槖(橐)の誤ヵ】
【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
服(ふく)して妙(みやう)なり○又方 眼子菜(ひるもそう)《割書:図説前の中|酒毒にあり》水(みづ)
に煮(に)て汁(しる)を多(おほ)く飲(のみ)てよし此 外(ほか)一 切(さい)禽(とり)獣(けもの)の
毒(どく)を解(け)す事 妙(みやう)なり
 凡(およそ)鰹(かつを)の毒(どく)に中(あたり)たるは冷水(ひやみつ)を服(ふく)すべからず
〖河魨(ふぐ)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは急(きふ)に鯗魚(するめ)《割書:烏賊(いか)の乾(ほし)|たるなり》を剉(きざみ)
水(みづ)にて煎(せん)じ服(ふく)すべし炙(あぶり)食(くらふ)もよし○又方
青砥(あをと)の磨水(とぎみづ)を多(おほ)く飲(のみ)てよし○又方 白礬(みやうばん)
《割書:薬店に|あり》を末(こ)となし水(みづ)に調(まぜ)服(ふく)すべし○又方 人(ひと)

【左頁】
の糞汁(ふんのしる)を服(ふく)すべし○又方 無患子(むくろじ)《割書:黒(くろ)く丸(まる)き木(き)|の実なり小(せう)》
《割書:児(に)弄(もてあそ)ぶ|物(もの)なり》黒(くろく)焼(やき)て水(みづ)にて服(ふく)すべし○又方 藍蝋(あいろう)
《割書:詳(つまひらか)に前(まへ)の薬毒(やくどく)|の注(ちう)にあり》水(みづ)に解(とき)服(ふく)すべし○又方 茗荷(みやうが)
の根(ね)《割書:菜(さい)となし食(くら)ふ茗荷筍(みやうがたけ)茗(みやう)|荷(が)の子(こ)出(いづ)るものゝ根(ね)なり》を取(と)り汁(しる)を絞(しぼり)服(ふく)
す○又方 沙糖(さたう)を服(ふく)す○又方 古銭(こせん)《割書:古(ふる)き銭(ぜに)な|りかはり銭(ぜに)》
《割書:な|り》一 文(もん)口中(くちのうち)に含(ふく)み唾(つは)を頻(ひたもの)飲(のみ)こむべし
 凡 河豚(ふぐ)の毒(どく)に中(あたり)たるは辛(からく)熱(ねつする)香竄(にをひ)ある丹(くわん)
 剤(やく)等(とう)を服(ふく)すべからず服(ふく)すれば害(がい)あり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖蟹(かに)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは生藕(なまのはすのね)【左ルビ:れんこん】の汁(しる)を取(とり)服(ふく)す多(おほく)飲(のみ)
てよし○又方 生冬瓜(なまのとうぐは)の汁(しる)多(おほ)く服(ふくし)てよし
○又方 蒜(にんにく)を水(みづ)に煮(に)て汁(しる)を取(とり)飲(のみ)てよし○又
方 黒豆(くろまめ)の煮汁(にしる)多(おほく)服(ふく)してよし○又方 紫蘇葉(しそのは)
煎(せんじ)服(ふく)す○又方 丁子(てうじ)《割書:薬店に|あり》一 味(み)煎(せんじ)服(ふく)す
〖鱉(すつほん)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは胡椒(こせう)を喫(くらひ)てよし或は煎(せんじ)
服す○又方 藍汁(あいのしる)を数杯(すはい)飲(のみ)てよし
〖指甲螺(めくはじや)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは紅花(べにのはな)一 味(み)煎(せん)じ服(ふくし)てよし

【左頁】
〖諸(もろ〳〵)禽(とり)獣(けもの)の肉(にく)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは黒豆(くろまめ)を濃(こく)煎(せん)じ多(おほく)
飲(のむ)べし○又方 蘆根(よしのね)を搗(つき)て汁(しる)を絞(しぼ)り或は
煮(に)て汁(しる)を取(とり)多(おほく)服(ふく)す○又方 眼子菜(がんしさい)【左ルビ:ひるも】《割書:図説前條|に出す》
多少(たせう)【左ルビ:おほくともすくなくとも】にかゝはらず水(みづに)煎(せんじ)服(ふく)すべし
〖諸(もろ〳〵)禽(とり)獣(けもの)の臓(はらわた)を食(くらひ)て毒(どく)に中(あたり)〗たるは人の頭(あたまの)垢(あか)
を取(とり)熱湯(あつきゆ)に壱(いち)匁 許(ばかり)を撹(かきまぜ)服(ふく)すべし
〖禽(とり)獣(けもの)自死物(じねんにしゝたるもの)は皆(みな)毒(どく)〗あり人 食(くらふ)て毒(どく)に中(あたり)たる
は急(きふ)に胡葱(あさつき)《割書:葱(ねぎ)に似(に)て細(ほそ)き|野菜(やさい)なり》を剉(きさみ)て煮(にて)汁(しる)を取(と)り

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
冷(ひゆる)を待(まち)て多く飲(のみ)てよし○又方 生韭(なまのにら)を搗(つき)て
汁(しる)を取(とり)服(ふくし)てよし○又方 人頭垢(ひとのかしらのあか)前(まへの)條(せう)のことく
して用ゆ○又方 白頸(しろきゑりの)蚯蚓(みゝず)八九 條(すし)擂爛(すりつぶし)酒(さけに)和(まぜ)
て其 汁(しる)を多(おほく)服(ふくし)てよし○又方 壁(かべの)黄土(きいろなるつち)二 銭(もんめ)
水(みづに)調(とゝのへ)服(ふくす)
〖鶏卵(たまご)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは醋(す)を飲(のみ)てよし
〖鴨(かも)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは糯米(もちごめ)の泔(ときみづ)を多(おほく)飲(のみ)て良(よし)○
又方 温酒(かんさけ)を酔(よふ)ほど飲(のみ)てよし

【左頁】
〖雉肉(きじのにく)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは犀角(さいかく)《割書:薬店(くすりや)にあり色(いろ)黒(くろ)|きもの最(もつとも)よし》を末(こ)
にして水(みづ)に和(まぜ)て一 銭(もんめ)を服(ふくし)てよし
〖狗肉(いぬのにく)の毒(どく)に中(あたり)〗たるは急(きふ)に杏人(きやうにん)【仁】《割書:薬店に|あり》一二 合(かふ)皮(かは)
を去(す)て研(すり)つぶし水(みづ)を入(いれ)和匂(まぜ)て滓(かす)を去(す)て汁(しる)
を服(ふく)すべし血片(こりたるち)下(くだり)て愈(いゆ)或は山査子(さんざし)《割書:薬店に|あり》
を加(くはへ)て煎(せんじ)服(ふく)す亦(また)よし或は杏仁(きやうにん)一 味(み)煎(せんじ)服(ふく)し
てよし
〖馬肉(むまのにく)の毒(どく)〗療法(りやうほう)犬肉(いぬのにく)と同じ○又方 甘草(かんぞう)を濃(こく)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
煎(せんじ)て多(おほく)飲(のみ)てよし○又方 人乳(ひとのちゝ)を一 盞(さかづき)のみて良(よし)
〖諸(もろ〳〵)の虫(むし)を誤(あやまり)食(しよくし)〗たるは山椒(さんせう)を服(ふくし)てよし
〖蜈蚣(むかでを)誤(あやまり)て食(しよく)し毒(どく)に中(あたり)〗たるは舌(した)脹(はれ)て口(くち)に出ず
雄鶏(おんのにはとり)の冠(とさか)の血(ち)を取(とり)舌(した)を浸(ひたし)且(そのうへ)咽(のみ)てよし
〖蜘蛛(くも)を誤(あやまり)て食(しよく)し暴(にはか)に死(しゝ)たるは〗猫(ねこ)の涎(よだれ)を取(とり)て
《割書:前(まへ)の茶毒の條に|取様(とりやう)を出せり》解毒(どくけし)の薬(くすり)《割書:後の通療(つうりやう)の薬|いつれもよし》を送(をくり)
下(くだ)すべし即(じきに)吐(はき)出(いだす)なり
〖小(ちいさき)蝦蟆(かいる)誤(あやまり)食(しよく)〗すれば小便(せうべん)通(つう)ぜず臍下(へそのした)悶(くるしく)痛(いたみ)て

【左頁】
死(し)する者(もの)あり生豉(なつとう)《割書:豆(まめ)を蒸(むし)腐(くさたら)熟したるなり江戸(ゑど)|にいふ寺納豆(てらなつとう)にはあらず》
一 合(ごう)新汲水(くみたてのみづ)に投(いれ)煎(せんじ)濃汁(こきしる)を頻(ひたもの)飲(のみ)てよし
〖中毒通療(ものあたりをしなへぢす)〗細茶(よきちや)白礬(みやうばん)等分(とうぶん)末(こ)にして新汲水(くみたてのみづ)に
て服(ふく)す○又方 五倍子(こばいし)【左ルビ:おはぐろぶし】《割書:薬店にあり女子(おなご)|の鉄漿(はぐろ)に入(いる)物(もの)也(なり)》の末(こ)を好(よき)
酒(さけ)にて服(ふく)す吐(はき)下(くだ)して良(よし)○又方 臘月雪水(しわすのゆきみつ)諸(もろ〳〵の)
毒(どく)を解(げ)す貯(たくはへ)置(をく)べし○又方 犀角(さいかく)《割書:薬店に有(あり)|烏(くろ)きを良(よし)》
《割書:とす|》鎊(やすり)にすりたるを水(みづ)にて服(ふく)す○又方 藍葉(あいのは)
《割書:図説前の茶|毒にあり》挼(もみ)汁(しる)を服(ふくし)てよし青黛(あいろう)《割書:薬店に|あり》も

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
亦よし○又方 人糞汁(ひとのふんのしる)能(よく)諸(もろ〳〵の)毒(どく)を解(けす)○又方 地(ち)
漿(せう)を服(ふく)すべし○又方 香油(ごまのあぶら)多(おほく)飲(のみ)てよし○又
方 黒豆(くろまめ)を煮(に)て汁(しる)を取(とり)多(おほく)服(ふくす)甘草(かんざう)を加(くはへ)て煎(せんじ)服(ふくす)
極(きわめ)てよし此方(このほう)最(なかんつく)効(しるし)あり或は升麻(せうま)《割書:薬店に|あり》を
加(くは)ふ亦よし
〖《振り仮名:■吾|たくご》【注】〗和名 《割書:つはぶき 又 山(やま)ぶき| 又 つは》
 《割書:此 草(くさ)多(おほ)く人家(じんか)庭(には)の中(うち)に栽(う)ゆ葉(は)は欵冬(ふき)に似(に)て厚(あつく)深(こく)緑色(あをいろ)にて光沢(ひかり)|あり欵冬(ふき)は葉(は)薄(うす)く浅(うすき)緑色(あをいろ)にて光(つや)なし此 草(くさ)は冬(ふゆ)も葉(は)枯(かれ)ず茎(くき)に■(いと)【糸+系】あり》
      【つわぶきの図】

【左頁】
【つわぶきの図】
 《割書:秋(あき)黄色(きいろ)なる菊(きく)に似(に)たる花(はな)を開(ひら)き|冬(ふゆ)は其(その)実(み)房(ふさ)をなし一茎(ひとくき)に数顆(いくつぶ)もあり》  《割書:一 切(さい)の魚(うを)の毒(どく)を解(げす)|鰹(かつほ)河豚(ふく)の毒(どく)に中(あた)り|たるに最(もつとも)良(よき)なり》

【注 ■「士+冖+石」は「槖(橐)の誤ヵ】
【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
     《割書:此 草(くさ)は茎(くき)を抱(いだひ)て葉(は)を生(せう)ず羊(やう)|蹄(てい)は枝(ゑだ)の端(はし)に葉(は)を出(いだ)す》

  【酸模の図】

〖酸模(さんも)〗和名 《割書:すかんぼ|すいは すいこんぼ あかぎし〳〵》
 《割書:此 草(くさ)正月 頃(ころ)苗(なへ)を生(せう)じ茎(くき)を抽(ぬき)三月 頃(ころ)花(はな)を開(ひら)く状(かたち)図(づ)のことくにして色(いろ)赤(あか)し|六月頃 実(み)赤(あか)くなりて枯(かる)るなり此草に似(に)て大(おゝき)く花 薄青(うすあをく)秋(あき)枯(かる)る物(もの)を羊蹄大黄(やうていたいわう)と》
 《割書:いふ此 草(くさ)は葉(は)も花(はな)も味(あぢはひ)酸(す)し羊蹄大黄(やうていだいわうは)酸(す)からず二 色(いろ)ともに野(の)にも水中(すいちう)にも生(せうす)るなり|》

【左頁】
 産前急證(さんぜんきふせう)
   胎動(たいどう)
〖病状(びやうぜう)〗妊娠(にんしん)の婦人(ふじん)胎気(たいのき)和(くは)せず或は夫(をつと)の為(ため)に困(くるしめ)
られ胎(たい)動(どう)【左ルビ:うごき】して腹(はら)痛(いたみ)絶入(たえい)らんとするは胎動(たいどう)と
名(な)づく其(その)證(せう)腰(こし)より小腹(したはら)へかけ痛(いたみ)て心(むね)へ搶(つき)あけ
急(きふ)に救(すくは)ざれば堕胎(たいをおと)【左ルビ:はんさん】す或は産門(さんもん)より血(ち)下(くだ)る
〖療法(りやうほふ)〗砂糖(さたう)を白湯(さゆ)に拌(かきませ)服(ふく)す○又方 糯米(もちごめ)二合
煮(に)て熟(ぢゆく)する時分(じぶん)葱(ねぎ)の白根(しろね)十四五 茎(すじ)を入(い)れ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
再(ふたゝび)煮(に)て食(しよく)すべし○又方 辰砂(しんしや)《割書:薬店に|あり》五分 鶏(にはとりの)
子白(たまごのしろみ)三 枚(つ)よく〳〵調(まぜ)あはせて服(ふく)すべし○又
方 当帰(たうき)二匁 川芎(せんきう)一匁 水(みづ)一杯 酒(さけ)一 盃(はい)煎(せん)じて一
杯半(はいはん)となし用ゆ○又方 葱白(ねきのしろね)を濃(こく)煎(せん)じて
汁(しる)を取(とり)飲(のむ)べし○又方 竹瀝(ちくれき)《割書:中風の條|に詳なり》を取(と)り
多(おほく)飲(のま)しむべし○又方 蔔萄(ぶどう)の根(ね)を採(とり)濃(こく)煎(せんじ)
多(おほく)飲(のみ)て胎(たい)安(やすし)
○妊婦(みもちおんな)八九 个(こ)月(げつ)の頃(ころ)腹内(はらのうち)動(うごい)て子(こ)生(うまれん)とするは

【左頁】
〖療法(りやうほふ)〗梁上塵(りやうぜうぢん)《割書:やねの桁(けた)はり等(とう)の|上(うへ)のほこりなり》釜底墨(ふていぼく)《割書:釜(かま)の底(そこ)|のすみ》
《割書:なり即(すなはち)なべ|ずみなり》右二 品(しな)末(こ)となし酒(さけ)にて飲(のむ)べし○
又 蒲黄(ほわう)《割書:図説(づせつ)中巻(ちうくわん)金瘡(きんそう)|の條(ぜう)に出(いだ)す》二匁 新汲水(くみたてのみづ)にて服(ふく)すべし
○跌(つまづき)撲(うち)或は重(をも)き物(もの)を持挙(もちあげ)胎(たい)安(おちつか)ず或は子(こ)腹(ふく)
中(ちう)に死(し)する事(こと)あり
〖療法(りやうほふ)〗急(きふ)に沙糖湯(さたうゆ)を飲(のむ)べし扨(さて)当帰(たうき)二匁 川(せん)
芎(きう)一匁《割書:二品共に薬|店にあり》剉(きざみ)水(みづ)に煎(せん)じ酒(さけ)少許(すこしばかり)入用ゆ
べし総(すべ)て胎動(たいどう)に用てよし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
 胎漏(たいろう)
〖病状(びやうぜう)〗懐妊(くわひにん)の《振り仮名:媍人|ふじん》卒(にはか)に産門(さんもん)より血(ち)下(くだ)る事あり
若(もし)房事(ぼうをじ)を犯(おかし)て血(ち)下(くだ)るを真胎漏(しんのたいろう)と名(な)づく総(すべ)
て此(この)證(せう)は腹(はら)痛(いたみ)なし急(きふ)に理(ぢ)せざれば胎(たい)を堕(をとす)に
至(いたる)べし尿孔(にようこう)【左ルビ:せうべんいづる処】より血(ち)下(くだ)るは又 別(べつ)なり
〖療法(りやうほふ)〗生(なまの)艾(よもぎ)を搗(つき)て汁(しる)を取(と)り一匁《割書:生(なま)なるものな|くば乾(かわく)ものを》
《割書:用ゆ|べし》阿膠(あきやう)《割書:薬店にあり櫛手(くしで)といふ|透明(すきとうる)もの上品なり用ゆべし》一匁 白礬(みやうばん)五分水
一 杯(はい)半入一杯に煎(せんじ)服(ふく)す○又方 生地黄(せうぢわう)《割書:薬店に|あり》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
末(こ)にして一匁 酒(さけ)にて用ゆへし○又方 蒲黄(ほわう)
《割書:図説 金瘡(きんそう)の|條(ぜう)にあり》一匁 白湯(さゆ)にて用べし○又方 鹿角(しかのつの)
屑(こ)にし《割書:鎊(やすり)又は鮫皮(さめかわ)に|てするべし》当帰(とうき)《割書:薬店に|あり》二味各二匁
水(みづ)三 杯(はい)を一 杯半(はいはん)に煎(せん)じ用べし

【左頁】
  《振り仮名:子癎|しかん》【癇】
〖病状(びやうぜう)〗妊娠(にんしん)の媍人(ふじん)卒(にはか)に項(ゑり)背(せなか)共(とも)に強(こはり)真(すくみ)て筋脈(すじ)攣(ひき)
急(つめ)口(くち)噤(つぐみ)て痰(たん)盛(さかん)にして昏迷(きとをく)或は手足(てあし)搐搦(びく〳〵)し
角弓(ゆみのことく)反張(そりかへり)心下(むなさき)気上衝(さしこみつよく)舌(した)を長(なが)く出(いだ)し人事(にんじ)を
しらず暫(しばら)くして醒(さめ)復(また)作(おこる)を《振り仮名:子癎|しかん》【癇】と云 此(この)症(せう)救(すくひ)
がたし若(もし)口(くち)より糞汁(ふんのしる)出(いづ)るものあり必(かならず)死(し)す
〖療法(りやうほふ)〗先(まづ)介保(かいほう)する人(ひと)左(さ)に認(したゝめ)たる法(ほふ)にて心下(むなさき)の逆(さしこむ)
気(き)をおさへ且(そのうへ)服薬(ふくやく)を用(もち)ひ足心(あしのうら)へ張薬(はりぐすり)をすべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

〖子(し)癎(かんの)病(びやう)婦(ふ)を介(かい)保(ほう)する法(ほふ)〗
     【この部分は左右の頁の上部に跨り右から左への横書】

【右頁】
〖介保人(かいほうにん)前面状(まへのかたち)〗 【介抱人の前面の図】
   《割書:○先(まづ)婦人(ふじん)を起(おこ)し介保(かいほう)をする人(ひと)は| 婦人(ふじん)の背へまはり右(みぎ)の脚(あし)を直(すぐ)に| のべてふみはり左(ひだり)の脚(あし)はすこし| 屈(かゝめ)膝頭(ひざかしら)にて婦人(ふじん)の背の七 椎(すい)の| へんをおしつけ左の臂(かいな)の二のうで| と肘(ひじ)の間(あいだ)にて婦人(ふじん)のかしらを| うけてかゝへ向(むかふ)のかたへおしつける| 心持(こゝろもち)にすべし其手(そのて)の腕後にて| 婦人(ふじん)の肩(かた)をおさへること図(づ)のことく|【右頁から左頁へ続く】| 考(かんがふ)べし| 右のことくして右の手(て)臂(ひぢ)をのべ握(にきり)| 挙(こふし)にて婦人(ふじん)の心下(しんか)少(すこ)し右の方(かた)へ| よせて按(おし)つけ下(しも)のかたへ按(おし)下(さぐ)る| 心持(こゝろもち)にすべし左(ひだり)の手(て)は向(むかふ)へおし右| の挙(こぶし)はおしおろすつり合(あい)よく心(こゝろ)| 会(え)べき| なり|》

【右頁:介抱人の前面の図と説明文】
      【左手の説明】
      《割書:○此 腕(うで)にて婦人の肩(かた)| をおさへ》
   《割書:○此二のうでと肘(ひじ)の間| にて婦人の頭をかゝへ| 前の方へおしつけ| べし》
               【左足の説明】
               《割書:○此 膝(ひざ)がしら|にて婦人(ふじん)の|背の七椎の|へんを向(むかふ)の|方へおしつけ|て動(うごか)かすべ|からず》
       【右手の説明】
       《割書:○此 挙(こぶし)にて|婦人(ふじん)の心下(しんか)右(みぎ)|のかたへ少(すこ)し依(より)|たる所(ところ)をおし|ながら下(しも)のかたへおし|おろす心持(こゝろもち)にすべし》
               【左の介抱人の説明】
               《割書:○此人は婦人(ふじん)の|あしさきを|おさへて|【右頁から左頁へ続く】|動(うご)かす|べからず》

【左頁】
〖介保人(かいほうにん)背面状(うしろのかたち)〗 【介抱人の背面の図】
《割書:○婦人(ふじん)の心下(しんか)とは乳(ちゝ)の| 下(した)の通(とう)りにてあばら| 骨(ほね)のきはの少し右の| かたへ依たる所を按| て下よりつきあくる| をおしふせぐべし》

【左頁:介抱人の背面の図と説明文】
       【右手の説明】
       《割書:○此 挙(こぶし)婦人(ふじん)|の心下(しんか)をおす|前(まへ)の図(づ)と|考(かんがへ)合(あわ)す|べし》
           【右足の説明】
           《割書:○此あしはふみはり動(うご)かす|べからず此(この)図(づ)の|ことくの形(かた)ち|にてよし》
   【左手の説明】
   《割書:○此 左手(ひだりのて)は前(まへ)の図(づ)の| ことく婦人(ふじん)かしら| をかゝへ》
           【左足の説明】
           《割書:○此 膝頭(ひざがしら)にて婦人(ふじん)の| 背(せ)の七椎のへんを| おしつけてよし前(まへ)| の図(づ)と考(かんがへ)合(あはす)べし》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖服薬(のみくすり)〗車蝦(くるまゑび)《割書:図説|後ニあり》煮(に)皮(かは)を去(すて)肉(にく)を取(とり)先(まづ)手(てを)以(もつ)て婦人(ふじん)
の唇(くちびる)を開(ひらき)噤(つぐみ)たる歯(は)を蝦肉(ゑひのにく)を以て擦(する)こと二三
度(ど)にして其 煮汁(にしる)を口中(こうちう)に潅入(そゝぎいれ)て飲(のまし)むべし
口(くち)自(おのづと)開(ひらく)を俟(まち)て其(その)肉(にく)を啖(くは)しむべし即(すなはち)効(しるし)あり
○又方 淡竹(はちく)を伐(きり)火(ひ)に焙(あぶり)て汁(しる)を取(とり)多(おほく)飲(のま)しむべ
し○又方 艾葉(よもぎのは)を鶏子(にはとりのたまごの)大半(おほきさのはんぶん)許(ばかり)を醋(す)二 椀(わん)入
一 椀(わん)に煎(せん)じ服(ふく)すべし○又方 蔔萄(ぶどう)を水(みづ)に煎(せん)
じ汁(しる)を灌(そゝぎ)飲(のま)しむべし○又方 熊膽(くまのゐ)五 分(ふん)白湯(さゆ)

【左頁】
にて濃(こく)とき辰砂(しんしや)《割書:薬店に|あり》五分を送下(おくりくだ)すべし
〖貼薬法(はりくすりのほふ)〗蓖麻子(ひまし)《割書:薬店にも|あり》皮(かわ)を去(すて)研(すり)砕(くだき)て糊(のり)に
おしまぜ紙(かみ)にのべて足(あし)の心(うら)湧泉(ゆせん)の穴(けつ)に貼(はる)
べし紙(かみ)は径(わた)り一寸四 方(ほう)許(ばかり)円(まるく)剪(きり)てよし湧泉(ゆせん)
の穴(けつ)
         【湧泉の図】此所へ薬を貼べし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖くるま蝦(ゑび)〗《割書:海中(かいちう)に生(せう)ず大さ七八寸より大ならず形(かたち)図(づ)の|ことし龍蝦(いせゑび)に比(くらぶれ)ば細長(ほそながく)して背(せなか)に硬刺(とげ)なし》
  【くるま蝦の図】


    《割書:殻(から)薄(うす)くして灰白(うすじろく)班(まだら)の紋(もん)あり煮(にる)ときは色(いろ)淡紅(うすあか)く|変(へん)ず環(まるく)曲(まがり)て車(くるま)の輪(わ)のことし故(ゆへ)に車蝦(くるまゑび)と言又 此(これ)に》
    《割書:似(に)て小く三四寸のものを芝蝦(しばゑび)と言 代(かへ)用(もち)ゆべし|》

【左頁】
  妊娠(はらみおんな)膓痛(はらいたみ)腰痛(こしいたむ)
懐妊(みおもの)中(うち)何故(なにゆへ)となく膓(はら)痛(いたむ)事(こと)あり
〖療法(りやうほふ)〗塩(しほ)一 撮(つまみ)濡紙(ぬれがみ)にくるみ炭火(すみひ)の内(うち)に入(い)れ焼(やき)て
赤(あかく)なりたるを酒(さけ)或は白湯(さゆ)の内(うち)へ入(い)れ撹(かきまぜ)飲(のみ)て
よし○又方 急(きふ)に黄(きいろなる)汁(しも)【「しる」の誤りヵ】を下(くだ)すは黄茋(わうぎ)《割書:薬店に|あり》
剉(きざみ)六匁 粳米(うるごめ)五合 水(みづ)に煎(せん)じ服(ふく)すべし
○妊婦(はらみおんな)腰痛(こしいたみ)又 下血(ちをくだして)不止(やまざる)事(こと)あり《割書:前(まへの)條(ぜう)に載(のせ)たるは|痛(いたみ)なし茲(こゝ)に載(のせ)》
《割書:たるは腰痛(ようつう)あり|て別(べつ)なり》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖療法(りやうほふ)〗艾(よもぎ)を酒(さけ)或は水(みつ)にて煎(せんじ)飲(のむ)べし○又方 百(ひやく)
草霜(そうそう)《割書:釜底(なべのそこ)の|墨(すみ)なり》二匁 椶櫚灰(しゆろのけのはい)《割書:箒(ほうき)に作(つくり)たるを|用るもよし》伏龍肝(ふくりやうかん)
《割書:竃(かまど)の下(した)の|焦土(やけつち)なり》三匁 末(こ)となし一二匁づゝ白湯(さゆ)に酒(さけ)と
童便(わらべのいばり)【左ルビ:こどものせうべん】を冲(さし)て右(みぎ)の薬(くすり)を入(いれ)撹(かきませ)服(ふく)さしむべし○
腰痛(こしいたむ)ばかりならば大豆(くろまめ)一 合(ごう)酒(さけ)三 合(ごう)煮(に)て汁(しる)を
飲(のむ)べし○又 鹿(しか)の角(つの)の尖(とかり)五寸 火(ひ)の内(うち)へ入(い)れ
赤(あか)く焼(やき)酒(さけ)の中(うち)に入(いれ)又(また)焼(やき)て酒(さけ)の内(うち)に入(い)れ如此(かくのことく)
すること数度(すど)にして右(みき)の酒(さけ)を飲(のむ)べし

【左頁】
  子鳴(しめい)《割書:子(こ)母(はゝ)の胎内(たいない)に|ゐて啼(なく)なり》
妊身(にんしん)の婦人(ふじん)傾跌(つまづき)或は強(むり)に手(て)を伸(のべ)て高(たか)き処(ところ)
の物(もの)を取(と)ることあれば腹中(はらのうち)鳴(なる)ことあり胎(たい)気(き)
安(やす)からざる故(ゆへ)なり
〖療法(りやうほふ)〗其 妊婦(にんふ)片時(かたとき)許(ばかり)の間(あいだ)鞠躬(こゞみ)て居(ゐ)るべし自(おのづから)
安(やす)し又は豆(まめ)にても何(なに)にても席上(たゝみのうへ)へまきちら
し其 婦人(ふじん)にひらはせてよし尤 片時(かたとき)の間(ま)
ひらはしめべし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
 臨産急證(りんさんきふせう)
   《割書:凡 催生(さんのもようし)の際(とき)用力(いけむこと)太早(はやき)を戒(いましむ)惟(たゞ)忍痛(いたみをこらへ)てほどよ|く飲食(のみくひ)を進(すゝめ)自然(しぜん)に任(まかせ)て催 迫(とする)の時(とき)を俟(まつ)べし》
   《割書:一二日又は四五日に至(いた)るとも妨(さまたけ)なし然(しかる)に|逼迫(うまるゝ)の候(しるし)をまたず妄(みだり)りに離身(うみおと)さんとして》
   《割書:用力(いけみ)はやきゆへ難産(なんざん)に至者(いたるもの)おほければなり|○凡 分娩逼迫(うみおとさんとする)の候(しるし)は産母(さんするはゝ)必(かならず)臍(ほそ)腹(はら)急(ひきつり)腰間(こしのへん)重(おもく)》
   《割書:痛(いたみ)糞門(ゐしきのかた)逆急(はりつよく)一身(いつしん)尽(こと〳〵)くあつくなり眼中(めのうち)火(ひ)の|如(ことく)になり胞水(みづしも)或は血(うぶしも)倶(とも)に下(くだ)るとき母(はゝ)用力(ちからをいれ)》
   《割書:て努力(いけむ)べし児(こ)已(やがて)生(うま)る是(これ)|其時(そのとき)いたれるなり》
  難産(なんざん) 《割書:胞衣(のちざん)不下(おりざる)を附す|》
〖證候(せうかう)〗正産(せいさん)《割書:児(こ)の頭(かしら)正直(すぐ)|に出(いづ)るなり》にして生下(うむれ)かぬるを碍(がい)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
産(ざん)といふ又 児(こ)先(まづ)足(あし)を露(あらはす)を逆産(ぎやくざん)とす又 児(こ)先(まづ)
手(て)を露(あらはす)を横産(わうさん)といふ又 児(こ)母(はゝ)の後(ゐしき)のかたへ挂(かゝり)
しを棖後(とうご)といふ又 児(こ)母(はゝ)の左(ひだり)か右(みぎ)の方(かた)へ偏(かたより)児(こ)
の額角(こびんさき)を露(あらはす)を偏産(へんさん)といふ《割書:右 数(す)證(しやう)総(すべ)て難産(なんざん)|とす服薬(ふくやく)の方(ほう)又》
《割書:大抵(たいてい)通用(つうよう)す故(ゆへ)に|今(いま)茲(こゝ)に一條(いちでう)とす》
〖服薬(ふくやく)〗麝香(じやかう)《割書:薬店に|あり》一 銭(もんめ)水(みづ)にて服(ふく)すべし或は塩(ゑん)
豉(し)《割書:納豆(なつとう)|なり》一 両(りやう)旧(ふるき)青布(あをぬの)【左ルビ:あいそめのぬの】に裹(つゝみ)火(ひ)に焼(やき)赤(あか)くなりしを
研(すりて)末(こ)となし二味 和匂(よくまぜ)て一匁 許(ほど)を秤錘(はかりのふんどう)を焼(やき)て

【左頁】
酒(さけ)の中(うち)ヘ入れ淬(にらき)て其(その)酒(さけ)にて服(ふく)さしむ亦(また)良(よし)
○又方 雲母(うんも)【左ルビ:きらゝ】《割書:薬店に|あり》末(こ)にして一 匁(もんめ)温酒(かんしゆ)にて
服(ふく)す麝香(しやかう)少(すこし)許(ばかり)入(いれ)最(もつとも)よし○又方 鶏子(にはとりのたまご)三 枚(つ)
黄(きみ)ばかり酢(す)を少(すこ)し加(くは)へ酒(さけ)にて服(ふく)す○又方
清油(ごまのあぶら)と蜜(みつ)《割書:薬店に|あり》と等分(とうぶん)湯(ゆ)を少(すこ)し冲(さし)てよく
調(まぜ)服(ふく)してよし○又方 古銭(こせん)を火(ひ)に焼(やき)赤(あかく)して
酒(さけ)の中(うち)へ入(い)れ其(その)酒(さけ)を服(ふく)すべし○又方 人参(にんじんの)
末(こ)乳香末(にうこうのこ) (おの〳〵)一匁 辰砂(しんしや)五分 《割書:何(いづれ)も薬店|にあり》鶏子白(にはとりのたまこのしろみ)一 枚(つ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
生姜汁(せうがのしぼりしる)少入 撹(かきまぜ)て服(ふく)すべし○又方 益母草(やくもそう)《割書:図説(づせつ)|疔毒(てうどく)》
《割書:にあ|り》搗(つき)汁(しる)を煮(に)て服(ふく)す
〖手法(しゆほふ)〗《割書:古(いにしへ)より難産(なんざん)の諸證(しよしやう)倶(とも)に手法(しゆほふ)あり然(しか)れども|歴練諳事(ことになれたる)人にあらざれば軽易(かろ〳〵しく)施(ほどこ)しがたし》
《割書:且(かつ)筆(ふで)には其 意(こゝろ)を尽(つく)しがたければ唯(たゞ)其 大略(たいりやく)を載(のせ)|て看生人(かんせいじん)【左ルビ:かいほふのひと】をして心会(こゝろえ)しめ大謬(おほきなるあやまち)なからんことを欲(ほつす)るのみ》
○児(こ)母(はゝ)の産門(さんもん)【左ルビ:まへ】の左(ひだり)か右(みぎ)のかたへ偏(かたより)て生(うまれ)かぬる
は産母(はゝ)を仰臥(あをきねかさ)せしめ軽々(そろ〳〵)推(おし)て児(こ)を上(うへ)の方(かた)
へ推(おし)あぐる心持(こゝろもち)にして児(こ)の頭頂(かしら)を正(たゞ)しく
なをし置(おき)て後(のち)に産母(はゝ)努力(いけみ)ぬれば児(こ)生下(うまる)

【左頁】
○児(こ)産母(はゝ)の後(いしき)のかたへ挂(かゝ)りたるは看生人(かいほふにん)綿(ふくさ)
衣(もの)の類(るい)にて手(て)を裹(つゝみ)み殻道(ゐしきのあな)の外傍(うしろのかた)より軽々(そろ〳〵)
と児(こ)の頭(かしら)を推(おし)て正(たゞ)しくなをし置(おき)て用力(ちからをもちゆ)
べし即(すなわち)生(うま)る
〖盤腸産(ばんてうさん)〗臨産(さんせんとして)先(まづ)子腸(はらわた)出(い)で児(こ)生(うまれ)下て後(のち)其(その)腸(わた)
収(おさま)らず
〖療法(りやうほふ)〗酢(す)半盞(はんさん)【左ルビ:さかつきにはんぶん】新汲水(くみたてのみづ)茶碗(ちやわん)に七分目(しちぶんめ)入(いれ)調停(よくまぜ)て
産婦(さんふ)の面(かほ)に噀(ふきかけ)べし両三度(りやうさんど)吹(ふき)かけて尽(こと〴〵)く縮収(おさまる)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁す】
○又方 半夏(はんげ)《割書:薬店に|あり》末(こ)となし産母(さんするはゝ)の鼻孔(はなのあな)へ
管(くだ)にて吹入(ふきいる)べし嚏(くさめ)出(いで)て収(おさま)る○又方 太(ふとき)紙撚(こより)
を麻油(ごまのあぶら)に浸(ひた)し潤(うるほし)て燈(ひ)を点(つけ)て吹滅(ふきけし)其(その)烟(けむり)に
て産母(さんふ)の鼻(はな)の孔(あな)を薫(いぶす)べし即(すなわち)収(おさま)る○又方 萆(ひ)
麻子(まし)《割書:薬店にあり図説|は急喉痺に出す》十 四枚(よつぶ)殻(から)を去(さ)り仁(にん)【左ルビ:なかのにく】ばかり
研(すり)て膏(こうやく)のことくし産母(さんふ)の頭項中(かしらのいたゞき)《割書:髪(かみ)をわけ剃(そ)|りて貼(はる)べし》
へ貼(つけ)べし腸(はらわた)収(おさ)まらば急(はやく)拭去(ぬぐひとる)べし
〖胞衣不下(ゑなおりざる)〗児(こ)生下(うまるゝ)時(とき)看生人(かいほふにん)産母(はゝ)の胸前(むねさき)をしかと

【左頁】
抱(いだき)産婦(はゝ)も亦(また)自分(しぶん)にて肚腹(はら)を緊(きびしく)抱(いだく)べし胞衣(ゑな)
下(おり)る○又右方にても不下(くだらざる)は紙撚(こより)に火(ひ)を点(つけ)て
吹滅(ふきけし)其 烟(けふり)にて産母(はゝ)の鼻(はな)の孔(あな)を薫(いぶ)してよし
○右法にても下(くだら)ざるは看生人(かいほふにん)左(ひだり)の手(て)にて臍(ほその)
帯(お)をとらへ右(みぎ)の手(て)の指頭(ゆびさき)にて胞衣(ゑな)の帯(を)の
着(つけ)ぎはの所(ところ)を探(さぐ)りしかと撮(つまみ)て緩々(ゆる〳〵)と引出(ひきいだ)す
べし帯(ほそのを)は極(ことのほか)脆(もろ)し手(て)あらくすべからず手法(しゆほふ)
左(ひだり)の図(つ)と参考(かんがへあはす)べし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
      【看生人右手の図】
          《割書:看生人(かいはうにん)の右(みぎ)の|手(て)なり》
               【看生人左手の図】
                《割書:看生人(かいほうにん)の|左(ひだり)の手(て)|なり》
                《割書:息(いき)をつめ下(しも)|の方(かた)へ引(ひき)出ス》
                  《割書:べし強(つよ)く|引(ひく)べからす》
    胞衣(ゑな)【胞衣の図】 
      【胞衣の説明】
          《割書:臍帯(ほそのを)と胞衣(ゑな)|との着(つけ)きは是》
          《割書:なり此所を|よくつまみて》
          《割書:引出(ひきいだ)すべし|》


〖服薬(ふくやく)〗海蘿(ふのり)《割書:薬店にあり海草(うみくさ)にて|粘(ねばり)あり人家(じんか)日用(にちやう)する物なり》を湯(ゆ)にひやして
とき或は煮(に)て服(ふく)すべし○又方 五霊脂(これいし)《割書:薬店に|あり》

【左頁】
《割書:鼠糞手(そふんで)といふ|もの用ゆべし》一二匁 末(こ)にして温酒(かんさけ)にて用
ゆべし○産婦(さんふ)自(みづか)ら髪(かみ)の毛(け)を口(くち)に含(ふく)めば嘔(おう)
吐(と)の心付(こゝろもち)ありて胞衣(ゑな)自(おのづか)ら下(くた)るものなり○
又方 荷葉(はすのは)炒(いり)て末(こ)にし童子(こどもの)小便(せうべん)にて送(おく)り下(くだ)
すべし○又方 牛膝(こしつ)二匁 冬葵子(とうきし)【左ルビ:かんあふひのみ】一匁《割書:二味薬店|にあり》
《割書:冬葵図説は諸|物哽咽にあり》水(みづ)に煎(せん)じ服(ふく)す○又方 紅花(かうくは)【左ルビ:べにはな】《割書:干(ほし)た|る物(もの)》
《割書:薬店に|あり》酒(さけ)に煮(に)て汁(しる)を飲(のみ)てよし○又方 鹿角(ろくかく)【左ルビ:しかのつの】
末(こ)にして生姜湯(せうがゆ)にて一二匁を用ゆ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
 産後急證(さんごきふせう)
  《振り仮名:血-暈|ちのみち》《割書:産後(さんご)忽然(たちまち)眼(め)黒(くら)み頭痃(めまひ)して遂(つい)に神昏(うつとり)|となるを病家(びやうか)に混(すべ)て血暈(ちのみち)と会(こゝろ)え血(ち)》
  《割書:があがりし抔(など)いふことなれども此 證(せう)二ッあり|一ッは産後(さんご)下(を)り物(もの)少(すくなく)して悪血(わるち)上(かみ)に攻(せめ)て右件(みぎのとをり)》
  《割書:の證(せう)を見(あらは)すなり一ッは産後(さんご)去血(をりもの)過多(をほすき)たる故(ゆへ)|気(も)【「き」の誤記ヵ】も又(また)倶(とも)に脱(ぬけ)て神気(たましい)昏迷(うつとりと)する者あり二證》
  《割書:原(もと)如此 逈(はるか)に違(ちかへ)ば理法(ちはふ)も亦(また)大(おゝひ)に懸隔(はるかへた)つ誤(あやま)る|ときは死生(しせい)掌(たなごゝろ)を反(かへ)す混同(こんどう)すべからす其 證(せう)》
  《割書:左(さ)の如(こと)|し》
〖血脱昏暈(ちぬけてきをうしのふ)〗産(さん)の時(とき)血(ち)脱下(をりくだる)こと既(すで)に過多(おびたゝしく)気(き)も就(つく)
所(ところ)を失(うしな)ひ気血(きとち)倶(とも)に乏(ともしく)昏暈(むちう)になり人事(にんじ)を不(わき)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
省(まへず)其(その)面(かほ)の色(いろ)白(しろ)く眼(め)黒(くらみ)閉(とぢ)て開(ひら)かず口(くち)を開(ひらき)手足(てあし)
冷(ひえ)頭(かしら)傾(うなだれ)呼吸(いきづかい)寂然(かすか)なるは血脱昏暈(けつだつこんうん)なり
〖療法(りやうほふ)〗急(きふ)に人参(にんじん)一二匁を濃(こく)煎(せん)じ徐々(そろ〳〵)と灌(そゝ)ぎ
飲(のま)しむべし《割書:此 證(せう)人参(にんじん)を用れば大(おゝい)に害(かい)ありと|心得(こゝろへ)るは誤(あやま)りなり頓(にはか)に虚(きよ)したる》
《割書:證(せう)人参(にんじん)にあらざれ|ば救(すく)ひがたし》此 故(ゆへ)に臨産(りんざん)の婦人(ふじん)あらば
預(まへびろに)独参湯(どくじんとう)を煎(せん)じ置て急(きふ)に備(そな)ふべし御【卸の誤ヵ】し
掛(かゝり)ては間(ま)に合(あひ)がたし○若(もし)手足(てあし)冷(ひえ)ば附子(ぶし)《割書:薬|店》
《割書:に|あり》一匁を加(くはへ)てよし○其 症(せう)軽(かろ)きものは人(にん)

【左頁】
参(じん)当帰(とうき)川芎(せんきう)各(おの〳〵)一匁水に濃(こく)煎(せん)じ童便(こどものせうべん)を加
て用ゆべし鹿角(しかのつの)の黒焼(くろやき)あらば兼(かね)用てよし
○又方 人参(にんじん)茯苓(ぶくりやう)一匁づゝ辰砂(しんしや)五分入て末(こ)
にし白湯(さゆ)にて用ゆべし
〖血逆昏暈(わるちあがりてきをうしなふ)〗産後(さんご)悪露(おりもの)下(くだ)ること少(すくなく)して胸(むね)腹(はら)脹(はり)
痛(いた)み或は一時(ふと)昏(くらみ)暈(めまひ)血(ち)壅(ふさがり)痰(たん)盛(さかん)に悪血(わるち)心(むね)に上(つき)
衝(あげ)或は面(おもて)赤(あかく)色沢(いろつや)あり口(くち)噤(つぐみ)頭(かしら)仰(あをき)頸(ゑり)直(すぐ)に人事(にんじ)
を知(しら)ざるは血逆昏暈(けつぎやくこんうん)なり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖療法(りやうほふ)〗急(きふ)に婦人(ふじん)の頭髪(かみのけ)を提(ひつさげ)起(をこ)し火盆(ひばち)に醋(す)
を沸(わかし)て醋気(すのき)を婦人(ふじん)の鼻中(はなのうち)に冲入(つきいら)しめて
よし或は小石(こいし)鉄器(かなもの)の類(たぐい)を赤(あか)く焼(やき)て醋(す)の内(うち)
に投入(なげいれ)其(その)気(き)を嗅(かゞ)しむれば醒(さ)む扨其 醋(す)を産(さん)
媍(ふ)の口(くち)と鼻(はな)とに塗(ぬる)べし○又方 旧漆器(ふるきうるしぬりもの)《割書:旧(ふる)|椀(わん)》
《割書:などの類(るい)何にても漆(うるし)|に塗(ぬり)たる旧物(ふるもの)よし》或は乾漆(かわけるうるし)を焼(やき)て其 烟(けむり)を
以て鼻(はな)を薫(ふすべ)て其 気(き)を吸(すは)しむべし○又方 微(すこし)
醒(さむる)を覚(おぼへ)ば急(きふ)に生(なまの)鶏卵(たまご)壱枚(ひとつ)打破(うちわり)呑(のみ)下(くだ)さしめ

【左頁】
てよし若(もし)効(しるし)なきは童子(こども)の小便(せうべん)を多(おゝ)くのみ
てよし尚(なを)治(ぢ)せずんば竹瀝(ちくれき)を多(おほ)く飲(のま)しむ
べし又 半夏(はんげ)を末(こ)となし管(くだ)を以(も)て鼻孔(はなのあな)へ
吹入(ふきいれ)嚏(くさめ)を取(とり)てよし○又方 麒麟血(きりんけつ)《割書:薬店にあり|ちまき手(で)》
《割書:と云(いふ)ものよし色(いろ)|至(いたつ)て赤(あかき)を用べし》没薬(もつやく)《割書:薬店にあり煉役薬(ねりもつやく)|と云を用ゆべし》二 味(み)一
匁づゝ末(こ)となし童便(こどものせうべん)と酒(さけ)と半分(はんぶん)まぜにして温(あたゝ)め
右の末薬(こくすり)を用ゆべし紅花(こうくは)《割書:薬店に|あり》の末(こ)又は蘇(そ)
木(ぼく)《割書:薬店にあり赤(あか)き色(いろ)を|染(そむ)る蘇方(すほう)なり》の末(こ)前(まへ)のことくして飲(のみ)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
てよし○又方 欝金(うこん)の末(こ)《割書:薬店にあり黄色(きいろ)を染(そむ)|るに用ゆるものなり》
炒(いり)黒(くろく)して酢(す)にて用ゆべし○又方 荊芥(けいがい)《割書:薬(やく)|店》
《割書:に|あり》末(こ)となし白湯(さゆ)にて用 煎服(せんふく)亦よし
 《割書:此 證(せう)は前(まへ)の脱證(どつせう)【ママ】とは違(ちがい)て人参(にんしん)を用ゆ|ればいよ〳〵あしゝ用ゆべからず》


【左頁】
  崩漏(ぼうろう) 《割書:血(ち)卒(にはか)に大(おほい)に下(くだ)るを云|》
〖病状(びやうでう)〗婦人(ふじん)俄(にはか)に陰門(まへ)より血(ち)多(おほく)出(いづ)ることあり脱(ちおりる)
血(こと)過多(おびたゝし)ければ元気(げんき)接続(とりつゝぎ)がたく死(し)に至(いた)る
急(きふ)に救(すくふ)べし産後(さんご)腹中(はらのうち)鳴(なる)もの崩漏(ぼうろう)すること
あるものなり油断(ゆだん)すべからず
〖療法(りやうほふ)〗先(まづ)急(きふ)に其(その)病婦(びやうにん)を側(よこ)に臥(ねかし)傍人(かいほうにん)其(その)背後(せなかのかた)に
坐(すはり)て病婦(びやうにん)上(うへ)にしたる脚(あし)は長(なが)く伸(のば)させ下(した)にし
たる脚(あし)は膝(ひざ)を屈(かゞめ)て伸(のば)したる上(うへ)の脚(あし)の上へ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
載(のせ)て屈(かゞめ)たる下(した)の脚(あし)の膝頭(ひざがしら)を捉(とらへ)て傍人(かいほうにん)の手(て)
前(まへ)の方(かた)へ拉(ひき)よせ上(うへ)へ向(むき)たる病婦(びやうにん)の尻臋(ゐしき)を
向(むかふ)の方(かた)へ押付(おしつけ)べし如此(かくのことく)するときは陰門(ゐんもん)緊(きびし)く
閉(とづる)ゆへ血(ち)自(おのづ)から停(とまり)て出(いで)ず扨(さて)左(さ)の薬(くすり)を頻(しきり)に
用(もちゆ)べし薬(くすり)を用(もちひ)て聢(たしか)に血(ち)止(とまる)を見て手(て)を放(はなつ)
べし左に図(づ)あり考(かんがふ)べし
【図の説明】
【下になる足の説明】
《割書:此 足(あし)は下(した)になりたる足(あし)を|上(うへ)になりたる足(あし)の股(もゝ)の》
《割書:うへにのせたるなり|》

【上になる足の説明】
《割書:此 足(あし)は上(うへ)になりたる|足なりかくのことく》
《割書:のばして置(おく)べし|》

【左頁】
【図の説明】
【傍人の左手の説明】
《割書:此 手(て)は女子の膝(ひざ)がしらを|とらへて自分(じぶん)の方へ》
《割書:ひきつけるなり|》
     【傍人と病婦の図】
【傍人の右手の説明】
《割書:此 手(て)は女子のしりを向(むかふ)の|かたへおしつけるときは両(りやう)》
《割書:の手にてたがひに引(ひき)|しむるゆへおのづから血(ち)》
《割書:止(とま)るなり|》

〖服薬(ふくやく)〗騏驎血(きりんけつ)《割書:薬店に|あり》焼(やき)て黒(くろ)くし温水(さゆ)にて服(ふくす)
べし元気(げんき)乏(とぼし)くは独参湯(どくじんとう)《割書:方(ほう)は上巻(ぜうくわん)の中(ちう)|風(ふう)の條(ぜう)に出す》を用ゆ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
べし○又方 木乃伊(みいら)《割書:薬店にあり布目(ぬのめ)ありて|香(にほひ)高(たか)きものよし》
五分 末(こ)にして酒(さけ)にて用ゆべし○又方 荊芥(けいがい)
の穂(ずい)【左ルビ:ほ】《割書:薬店に|あり》焼(やき)て黒(くろく)し細(こまかに)末(こ)となし童子(わらべ)【左ルビ:こども】の小(せう)
便(べん)にて服(ふくす)べし○又方 槐花(くわいくは)【左ルビ:ゑんじゆのはな】《割書:図(づ)は中巻(ちうくわん)吐血(とけつ)|の條(ぜう)にあり》一
両(りやう)百草霜(ひやくそうそう)《割書:釜(かま)の墨(すみ)なり農(ひやくせう)|家(や)の物(もの)よし》半 両(りやう)末(こ)となし秤錘(はかりのふんとう)
を焼(やき)赤(あか)くして酒(さけ)の中(うち)へ焠(にらき)て其(その)酒(さけ)にて一二
匁を服(ふく)すべし○又方 蒲黄(ほわう)《割書:図(づ)は中巻(ちうくはん)金瘡(きんそう)|の條に出す》二
両 水(みづ)に煎(せん)じ服(ふく)す○又方 乱髪(かみのけ)《割書:かみのおち洗(あらい)て|油気(あふらけ)を去(さ)るべし》

【左頁】
鶏子(たまご)の大(おほきさ)火(ひ)に焼(やき)て灰(はい)とす百草霜(ひやくそうそう)一匁 綿(わた)
《割書:もめんわたほふ|れいわたなり》一匁 焼(やき)て灰(はい)にし末(こ)となして
温酒(かんざけ)又は白湯(さゆ)にて服(ふく)すべし○又方 大薊(たいけい)《割書:図(づ)|は》
《割書:上巻(ぜうくわん)疔毒(てうどく)の|條(はう)に出す》の根(ね)を採(とり)搗(つき)て汁(しる)を温(あたゝめ)て服(ふくす)べし
○又方 棕櫚(しゆろ)の皮(かは)黒焼(くろやき)にして末(こ)となし米飲(めしのとりゆ)
にて用べし

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
 小児急證(せうにきふせう)
  初生卒死(うまれおちてにはかにしす)
小児(せうに)初生(うまれおち)て即(じき)に死(し)する者(もの)あり急(きふ)に小児(せうに)の
口中(くちのうち)を視(みる)べし懸壅(ひこ)の前(まへ)上腭(うはあご)に泡(ふくれ)ありて
石榴子(ざくろのみ)のことくなるものあり急(きふ)に指(ゆび)を以
て摘(つまみ)破(やぶ)り悪血(わるち)を出し布(ぬの)を以(もつ)て拭去(ぬぐひす)て其(その)
あとへ髪毛(かみのけ)を焼(やき)灰(はい)となし摻(ふりかけ)べし甦者(よみかへるもの)あり
若(もし)悪血(わるち)児(せうに)の咽(のんど)に入(いれ)ば即死(じきにしす)

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  撮口(さつこう)《割書:ほふづきむしなり|》
〖病状(びやうぜう)〗其(その)初(はじめ)何事なく啼(なき)て漸々(せん〳〵)【左ルビ:そろ〳〵】面色(めんしよく)黄(きばみ)赤(あかく)気促(いきあらく)啼(なき)
声(こゑ)出(いて)ず舌(した)強(こはり)て唇(くちびる)青(あをく)口(くち)を撮(つくみ)て嚢(ふくろ)の口(くち)をよせ
たるが如(こと)く乳(ちゝ)を吮(すは)ず或は白(しろ)き沫(あは)を吐(はき)手足(てあし)
冷(ひゆる)は最(なかんづく)悪證(あくせよう)【ママ】なり凡(おほよそ)此(この)證(せう)一臘(ひとしちや)の内(うち)に見(あらは)るれ
ば十(ぢう)に一 生(せう)なし
〖療法(りやうほふ)〗小児(せうに)の歯齦(はぐきの)上(うへ)を看(みる)べし小(ちいさく)泡子(ふくれたるできもの)ありて
其 状(かたち)粟米(あはつぶ)のことくなるべし急(きふ)に鍼(はり)を以て

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
挑(かゝけ)て悪血(わるち)を出すべし其あとへ薄荷(はくか)《割書:図説(づせつ)|下に》
《割書:あり乾(かわき)たるは|薬店にあり》生(なま)ならば搗(つき)絞(しぼ)りて汁(しる)を取(とり)乾(かわ)き
たるは煎(せん)じたる汁(しる)にて好(よき)墨(すゞりすみ)を磨(すり)其(その)児(こ)の
母(はゝ)の頭髪(かみのけ)少許(すこしばかり)取(とり)て手(て)の指(ゆび)を裹(つゝみ)て件(くだん)の墨(すみ)
に蘸(ひたし)口内(くちのうち)に擦(すりつけ)べし後(のち)一時(ひととき)程(ほど)の間(あいだ)乳(ちゝ)をのま
しむべからず○又方 先(まづ)歯齦(はくき)に生(せうじ)たる所(ところ)の
小(ちいさき)泡子(ふくれ)を針(はり)にても指(ゆび)の爪(つめ)にても掻破(かきやぶ)り其
あとへ生蜜(せうのみつ)を点(つけ)て効(しるし)あり○又方 熊膽(くまのゐ)を

【左頁】
湯(ゆ)にときて灌(そゝき)のませてよし○又方 牛黄(ごわう)
《割書:薬店にあり爪(つめ)の甲(かう)にすり|付(つけ)て落(おち)ざるもの真(まこと)なり》五六分 末(こ)となし竹瀝(ちくれき)
《割書:取法(とるほふ)中風の|條にあり》にて調(とき)潅(そゝぎ)入へし○又方 蝸牛(くはぎう)【左ルビ:かたつむり】《割書:図|説》
《割書:上巻 疔毒(てうどく)の|條にあり》研爛(すりつぶし)口(くち)の内(うち)へ塗(ぬる)べし
〖灸法(きうのほふ)〗小児(せうに)の両(りやう)の乳(ちゝ)より臍(ほそ)へ斜対(よこすじかい)に線(いと)を張(はり)
て断截(きりたち)其 線(いと)を二ッに折(をり)て其 正中(まんなか)に墨記(すみのしるし)を
なすべし是(これ)灸穴(きうけつ)なり左右(さゆふ)供(とも)に二 穴(けつ)となる
扨(さて)此二 穴(けつ)の最中(まんなか)に又(また)墨(すみ)にて記(しるし)を付《割書:是(これ)は灸穴(き[うけつ])|にあらず》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
此 記(しるし)の大許(おほいさほど)一層(ひとつかさね)て其 上(うへ)に一 穴(けつ)を点(てん)す是(これ)灸(きう)
穴(けつ)なり都合(つごう)三 穴(けつ)となる一ヶ処(しよ)に三壮(さんそう)或は七
壮(そう)灸(きう)すべし左(さ)に図(づ)せり参考(まじへかんがへ)べし
〖撮口臍風灸穴之図(さつこうさいふうきうけつのづ)〗【この〖 〗は右から左へ横書き】 
  【裸の子供の図】
     《割書:ちゝなり| | | |ちゝなり》  《割書: ・|・◦| ・》   《割書:・此は灸穴の印(しるし)也|◦此は仮点の記(しるし)也》

【左頁】
〖薄荷(はくか)〗《割書:人家(じんか)にも栽(うへ)|置(おく)又 野辺(のへん)》
     《割書:にもあり|》
          《割書:二月の季(すへ)宿根(ふるね)より苗(なへ)を出(いだ)す| 葉(は)対生(むかいせうじ)茎(くき)方(しかく)淡紫(うすむらさき)の小(ちいさき)》
          《割書: 花(はな)を開(ひらく)葉(は)を採(とり)揉(もみ)| て嗅(かげ)は凉(すゝし)く辛(から)き》
          《割書:  香(にほひ)あるもの是(これ)なり|》
  【用いる薄荷の図】

  【用いない薄荷の図】
              《割書:香気(にほひ)なきものあり茎(くき)|葉(は)花(はな)実(み)同しと言(いへ)ども》
              《割書:用(もち)ゆべからず|》

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  臍風(さいふう)
〖病状(びやうぜう)〗面(おもて)赤(あかく)喘急(ぜんそく)啼声(なきこゑ)出ず臍(へそ)脹(はり)て突起(たかくいで)腹(はら)脹満(はりみち)
て日夜(よるひる)啼(なき)て乳(ちゝ)を吮(すふ)ことあたわず或は搐搦(てあしひくつき)口(くち)
噤(つぐみ)て撮(とが)り凡(おほよそ)臍(ほそ)の辺(へん)青黒(あをくろき)は理(ぢ)すべからず
〖療法(りやうほふ)〗臍(ほそ)腫(はれ)たるは荊芥(けいがい)《割書:薬店に|あり》を煎(せん)じ汁(しる)を取(とり)て
洗浄(あらいきよめ)葱(ねぎ)の葉(は)を火(ひ)の上(うへ)によく炙(あぶり)冷(ひゆる)を候(まち)て指(ゆびの)
甲(こう)にて刮(けづり)薄(うすく)して腫(はれ)たる処(ところ)へ貼(はりつけ)べし○又方
田螺(たにし)三 箇(つ)に麝香(じやこう)《割書:薬店に|あり》少許(すこしばかり)を入(いれ)搗(つき)爛(たゞらかし)て臍(ほその)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
上に搭(をき)須臾(しばらく)して再(ふたゝび)ぬり易(かへ)て腫(はれ)消(せう)す○此外
治法并に灸理前(きうぢまへ)の撮口(さつこう)に同じ○又方 大蒜(にんにく)
薄切(うすくきり)臍上(ほそのうへ)に灸(きう)七 壮(そう)程(ほど)すべし


【左頁】
  初生便閉(うまれをちてべんとづ)
初生(うまれをち)の児(こ)大便(だいべん)小便(せうべん)ともに不通(つうぜず)腹(はら)脹(はり)絶(たえ)いらん
とするは忽(ゆるかせ)にすべからす
〖療法(りやうほふ)〗婦人(ふじん)をして温水(ゆ)にて口(くち)を漱(そゝき)小児(せうに)の前(むね)
後(せなかの)心(まんなか)並(ならび)に臍下(ほそのした)と手足(てあし)の心(ひら)と七ヶ処を《振り仮名:吸咂|すふ》こと
頻(しきり)にすべし凡(をゝよそ)咂(すふ)こと三五 次(ど)にして再(ふたゝび)口(くちを)漱(そゝき)
て更(そのうへ)右(みぎ)の七ヶ処を赤(あかく)くなる程(ほど)口(くち)にて咂(すふ)べし両(りやう)
便(べん)自(をのずと)通(つう)ず○又方 生葱(なまのねぎ)の白根(しろね)を搗(つき)て汁(しる)を取(とり)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
乳汁(ちゝのしる)を等分(とうぶん)に調(まぜ)小児(せうに)の口中(こうちう)に抹(ぬり)て乳(ちゝ)をあ
たへ吮(すい)下(くださ)しむれば即(すなわち)通(つう)ず


【左頁】
  初生丹毒(うまれたちのたんどく)《割書:はやくさなり|》
初生(うまれたちの)小児(せうに)遍身(そうみ)むら〳〵と赤(あか)くなることあり
是(これ)を丹毒(たんどく)と言《割書:俗(ぞく)にはや|くさと言》此(この)毒(どく)腹(はら)に入(いれ)ば死(し)す
〖療法(りやうほふ)〗赤(あかく)暈(むら〳〵)せし周匝(ぐるり)を鍼(はり)にて刺(さし)て悪血(わるち)を出(いだ)
し其 跡(あと)へ芭蕉(ばせう)《割書:人家(じんか)園(せど)庭(には)に栽(うゆ)る|もの是なり》の葉(は)にても
茎(くき)にても搗(つき)汁(しる)を塗(ぬる)べし或(あるい)は赤豆(あづき)の末(こ)鶏(たま)
卵(ごの)清(しろみ)にて和(まぜ)塗(ぬる)もよし○又 菉豆(やへなりの)末(こ)二匁半
大黄(だいわう)一匁 生(せうの)薄荷(はつかの)汁(しる)蜜(みつ)少許(すこしばかり)に匂(まぜあはせ)て塗(ぬる)べし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
○又方 麻油(ごまのあぶら)を塗(ぬり)てよし○又方 馬歯莧(ばしけん)【左ルビ:すべりひゆ】《割書:図説|中巻》
《割書:咬傷に|出す》搗(つき)て汁(しる)をぬりてよし

【左頁】
  初生口噤不開(うまれをちてくちつぐみてひらかず)
〖療法(りやうほふ)〗天南星(てんなんせう)《割書:薬店に|あり》末一 銭(もんめ)許(ばかり)に龍脳(りうのう)《割書:薬店に|あり》少(すこし)
許(ばかり)を入 研(すり)匂(とゝのへ)生姜(せうが)の絞汁(しほりしる)に調(とゝのへ)て指先(ゆびさき)にて
児(そのこ)の牙齦(はぐき)に擦(すりつけ)べし立(たちどころ)に開(ひら)くなり○又方
牛黄(ごわう)《割書:薬店に|あり》の末(こ)五六分 竹瀝(ちくれき)《割書:取法(とるほふ)上巻|中風に見ゆ》にて
用てよし

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  驚風(きやうふう) 《割書:急驚(きふきやう)漫驚(まんきやう)の二 證(せう)あり又 疱瘡(ほうそう)の|初(はじめ)に昏悶(ひきつけ)あるを附(ふし)たり》
〖急驚風(きふきやうふう)〗牙(きば)歯(は)をくひしめ竄視(うへをみつめ)手足(てあし)搐搦(びくつき)或は
反張(そりかへり)或は壮熱(ねつつよく)或は熱(ねつ)なくて此(この)證(せう)を発(はつ)する者(もの)
あり且(かつ)大抵(たいてい)此(この)證(せう)を発(はつ)するときはわつと叫(さけぶ)
声(こへ)をあげて目(め)を引(ひき)つくる者あり併(しかし)ながら
初(はじめ)より壮熱(ねつつよく)ありてうと〳〵昏睡(ねむり)声(こゑ)をあげ
ずに惟(たゞ)手足(てあし)を搐搦(びく〳〵)して後(のち)に引(ひき)つくるも
あり此を急驚風(きふきやうふう)と云なり

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
〖療法〗凡(をゝよそ)驚風(きやうふう)昏悶(うつとうとして)【うつとりヵ】不醒(さめざるは)は急(きふ)に熊膽(くまのゐ)を湯(ゆ)にて
とき児(に)の口(くち)を開(ひら)き多(をゝ)く潅(そゝぎ)飲(のま)しむべし○
又方 辰砂(しんしや)《割書:薬店に|あり》一 味(み)温(ゆ)水に和(まぜ)て用ゆべし
鶏冠雄黄(けいくはんおわう)《割書:薬店にあり俗(ぞく)に|鶏冠石(けいくはんせき)といふ》等分(とうぶん)を加(くは)ふ亦(また)良(よし)○又方
青礞石(せいもうせき)《割書:薬店に|あり》を水(みづ)に磨(とき)て汁(しる)を灌(そゝ)ぎ飲(のみ)て
よし○又方 涎(たんぜう)潮(つき)甚(はなはだ)しきは鉄粉(てつのこ)《割書:やすり|こなり》辰砂(しんしや)
《割書:薬店に|あり》よくませて薄荷(はくか)の煎汁(せんじしる)にて潅(そゝぎ)のま
せてよし○又方 蝸牛(かたつむり)を研(すり)細(こまか)にして何(なに)にて

【左頁】
も服薬(ふくやく)の中(うち)に入(い)れ用ゆ○灸(きう)は章門(せうもん)或は湧(ゆ)
泉(せん)《割書:二 穴(けつ)ともに図説(づせつ)上|巻 中風(ちうふう)に出(い)す》の穴(けつ)七八 壮(そう)より十五 壮(そう)に至(いた)
るべし若(もし)声(こえ)の出(いで)ざるは声(こえ)の出(いづ)るまで灸(きう)
してよし
 右の證候(せうこう)并に理法(ぢほふ)は驚風(きやうふう)実證(じつせう)に施(ほど)こす
 べきなり実證(しづせう)【ママ】とは固(もとより)無病(むびやう)なる小児(せうに)の風(ふう)
 寒(かん)に感(かん)じ気化(きのめぐり)よろしからす或は乳食(にうしよく)
 停滞(とゞこほり)て此 證(せう)を発(はつ)す又は生人(みしらぬひと)異物(かはりたるもの)を見(み)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 驚怖(おどろきをづ)るに因(よつ)て亦 此(この)證(せう)を発(はつす)るなり慢驚(まんきやう)
 風(ふう)は此(これ)に似(に)たれども虚證(きよせう)なり別(べつ)に證理(せうぢ)を
 左(さ)に載(の)す
〖慢驚風(まんきやうふう)〗大抵(たいてい)大病(たいびやう)の後(のち)或は大便(だいべん)瀉利(くだり)或は吐(ちゝ)
乳食(くいものをはく)こと数日(すにち)の後(のち)に俄(にはか)に昏悶(うつとりとなり)【注】驚搐(びくつき)竄視(うへをみつめる)
等(とう)の證(せう)あり
〖療法(りやうほふ)〗先 大抵(たいてい)艾灸(きう)をよしとす神闕気海(しんけつきかい)《割書:図(づ)|説(せつ)》
《割書:脱陽(だついよう)の條(ぜう)|にあり》章門(せうもん)《割書:図説 中風(ちうぶう)の|條にあり》天枢(てんすう)《割書:図説(づせつ)脱陽(だついよう)の|條(ぜう)にあり》の

【左頁】
諸穴(しよけつ)に灸(きう)すること数壮(すそう)なるべし扨(さて)熊膽(くまのゐ)を
独参湯(どくじんとう)にてとき口(くち)へ潅(そゝぐ)べし或は手足(てあし)
冷(ひえ)ば参附湯(じんふたう)《割書:上巻 中風(ちうぶう)の|條(せう)に出す》灌(そゝき)与(あたふ)べし醒(さめ)て後(のち)
も右の方を用(もち)ひ医(い)の来(きたる)を待(まつ)べし○或は痰(たん)
盛(さかん)なるは甘草(かんざう)一 味(み)多少(たせう)にかゝはらず煎(せん)じ
飲(のま)しむべし
〖疱瘡初発昏冒(ほうそうのしよはつにひきつくる)【注】〗状(かたち)驚風(きやうふう)のことくなるあり混淆(いちがい)
にすべからず其 初(はしめ)の證(せう)は呵欠(あくび)いで噴嚏(くさめ)し

【〖 〗は隅付き四角囲み線】
【注 「昏」は「くらむ」、「悶」は「もだえる」、「冒」は「おかす(おかされる)」の意。「昏冒」は「意識不明」の意。「ひきつけ(癇)」は「痙攣」。以上を勘案すると、「うっとり」は「昏冒」が、「ひきつけ」は「昏悶」が相応しい漢字。よって、6行目の「昏悶(うつとりとなり)」及び前コマ2行目の「昏悶(うつとりとして)」は「昏冒」の誤ヵ。また18行目の「昏冒(ひきつくる)」は「昏悶」の誤ヵ。尚、300コマ目5行目に「昏悶(ひきつけ)」とあり。但し、「昏」と「悶」が熟語と成すのには違和感が残る。】

【右頁】
て耳(みゝ)の尖(とがり)冷(ひゆる)ものなり扨(さて)昏睡(うと〳〵ねむり)面(おもて)赤(あかく)顋(ほう)頰(あご)亦(また)赤(あか)
し乍(たちまち)凉(ひへ)乍(たちまち)熱(ねつ)を発(はつ)するあり如斯(かくのことく)にして俄(にはか)
に驚風(きやうふう)のことく驚搐(をどろきびくつく)は痘瘡(ほうそう)【注①】の初候(はじめのしるし)なり
〖療法(りやうほふ)〗漫(めつた)に灸(きう)すべからず鍼(はり)をよしとす○
蝉(せみ)の脱殻(ぬけがら)を細末(こまかにこ)となし飯(めし)のとり湯(ゆ)或は
白湯(さゆ)に匀(とゝのへ)灌(そゝぎ)のましむべし其 侭(まゝ)水(みづ)に煎(せん)じ
用(もちゆ)るもよし○又方 青黛(あいろう)水(みづ)に調(まぜ)服(ふくさ)しむ
〖搐鼻法(はなにひねりこむほふ)〗半夏(はんげ)《割書:薬店に|あり》の末(こ)鼻(はな)に㗜(ひねりこみ)【注②】てよし皂(そう)

【左頁】
莢(きやう)《割書:薬店にあり詳(つまひらか)に上|巻 中風(ちうふう)に図説(づせつ)あり》の末(こ)を等分(とうぶん)に加(くわへ)搐(ひねり)て
よし嚏(くさめ)いづるをよしとす

【〖 〗は隅付き四角囲み線】
【注① 「疱瘡」の誤記ヵ。又は振り仮名が「ほうそう」の誤記ヵ。又は「痘瘡」と「疱瘡」は同じであることから、意図的に当てたヵ】
【注② このコマ中に「搐」を「ひねる」の用例があることから「㗜」は「搐」の誤ヵ、又は「㗜」は「嗅(かぐ)」の異体字であることから振り仮名が「かがせ」の誤ヵ。】

【右頁】
【文字なし】

【左頁】
  走馬牙疳(そうばげかん)《割書:はくさなり|》
〖病状(びやうでう)〗歯齦(はぐき)損(くづれ)爛(たゞれ)或は腫(はれ)紫黒色(くろむらさきいろ)に成(なり)歯縫(はのはへぎは)より
鮮血(いろよきち)出(いで)口内(くちのうち)臭気(くさきにほひ)あり毒(どく)深(つよき)は臭気(あしきにほひ)も亦(また)つよし
身(み)に熱(ねつ)あり甚(はなはだ)しきは歯(は)落(おち)唇(くちびる)鼻(はな)顋頬(ほふ)までも
攻(かけ)蝕(とれ)て脱去(おつる)に至(いた)る遅(おそき)ときは死(し)に至(いた)る
 凡 疱瘡(ほうそう)麻疹(はしか)或 熱病時(ねつびやうじ)毒(どく)等(とう)患(わづらい)たる後(のち)息(いき)
 臭(くさく)口中(こうちう)臭気(わるきにほひ)あるは其(その)毒(どく)清鮮(さつはりと)せさるなれば
 早(はや)く良医(よきいしや)を迎(よび)て療理(りやうじ)を請(うく)べし延握(のび〳〵に)すれ

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 は此(この)病(やまひ)となる可恐(おそるべし)
〖療理〗先(まつ)河蚌(かぼう)《割書:和名どぶがひ又かた貝(かい)|衂血(しくけつ)の條(せう)に図説(つせつ)あり》を煮(に)て汁(しる)を
取(と)り患処(あしきところ)を洗(あら)ふべし又 淡(うすき)塩湯(しほゆ)或は米泔水(こめのときみづ)
にて洗ふもよし洗(あらい)漱(うがひ)したるあとへ後(のち)の薬(くすり)
を搽塗(ぬる)べし○尿桶中(しやうべんおけのなか)の白(しろき)垽(かす)を刮(けづり)とり火(ひ)
にて焙(あぶり)乾(かわかし)末(こ)となし麝香(じやこう)《割書:薬店に|あり》少許(すこしはかり)入(い)れ研(すり)
あわせ患処(あしきところ)へ塗(ぬる)べし龍脳(りうのふ)少許(すこし)加(くわ)へ用(もち)ゆるも
よし右の方中(ほうのなか)へ五倍子(ごばいし)《割書:はぐろぶしなり|薬店にあり》炒(いり)黒(くろく)し

【左頁】
銅青(とうせい)【左ルビ:ろくせう】《割書:あかがねのあをきさび|なり薬店にあり》等分(とうぶん)末(こ)となし加(くは)へ
用ゆ最(もつとも)よし○又方 蜣蜋(きやうろう)【左ルビ:うなごじ】《割書:糞缸中(ふんかめのうち)に生来(できる)くそ|むしなり尾(を)のなが》
《割書:き虫(むし)を|用(もちゆ)べし》数箇(おほく)取(と)りて焼(やき)灰(はい)となし麝香(しやかう)少許(すこし)
入て牙齦(はぐき)に擦(ぬる)又よし○又方 白姜蚕(ひやくきやうざん)《割書:かひこ|のかた》
《割書:くなりておのれと死(しゝ)|たるなり薬店にあり》或は蠶脱紙(さんだつし)《割書:蚕(かひこ)のかへりたる|あとのかみなり》
を焼(やき)て末(こ)となし麝香(じやかう)少許(すこし)入(い)れて研(すり)まぜて
患処(あしきところ)に擦(ぬる)べし○又方 麝香(しやかう)黄檗(わうばく)青黛(せいたい)雄黄(おわう)
末(こ)となし乾摻(ふりかく)べし若(もし)患処(そのところ)既(もはや)蝕損(かけ)死肌(くされしにく)有(あらば)

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
綿(わた)を筯様(はしやう)の物(もの)の端(さき)へ纏(まとひ)薬(くすり)を蘸(ひた)して蝕損(かけ)
たる死肉(しにく)へ擦却(すりつけ)て且(そのうへ)軟帛(やわらかなるわた)にて悪血(わるち)を拭(のちひ)ひ【注】
去(さ)りて右(みぎ)の薬を摻(ふりかけ)べし此薬を用て効(しるし)
なきは定粉(ていふん)《割書:女子の用るおしろひなり|薬店にては唐土(とうのつち)と云》半両を
加へ同く研(すり)て用(もち)ゆべし用様は前の方と同じ
〖服薬(ふくやく)〗大黄 青黛(せいたい)乾地黄(かんぢわう)《割書:三味 倶(とも)に薬|店にあり》剉(きざみ)て煎(せん)じ
服或は末(こ)となし白湯(さゆ)にて調(とゝの)へ服(ふく)す又よし
広恵済急方巻下      植田文敬通央寫字

【注 「拭」の振り仮名中の「ち」は「こ(古)」の欠損又は誤ヵ。送り仮名「ひ」は重複】

【左頁】
 広恵済急全方三巻凡一十■【類ヵ】八十六門門
 発以證證繋以方而草卉之形状與灼艾之
 孔穴指示以絵図凡暴疹卒痾呼吸存亾之
 際医不及延方薬至簡至便而扶危顚於逡
 巡拯苦楚于揮霍者蒐羅殆尽焉乃是家厳
 数十稔間潭心研精博訪広捜歴試経騐之
 所得非趙季敷欧士海胡其重等書徒収採
 前人成方之比也俾此書周布寓内城市邨
 野家講戸明備旦夕不測之急則免夫夭枉

【〖 〗は隅付き四角囲み線】

【右頁】
 咸遂生生之楽矣耳小子《割書:元簡|》受家厳之命
 反覆校訂以授剞氏竊喜家厳壽衆之誠心
 永賛
 国家好生之至仁以弗泯乎無極因書筴尾
 爾若夫撰輯顚末佐野中野二序悉之《割書:元簡|》
 又何言焉
 寛政二年仲秋前一日
           不肖男《割書:元簡|》百拝書

【左頁】
          須原屋茂兵衛
 東部書肆     須原屋伊 八 発行
          須原屋善五郎
          須原屋嘉 助

【右頁】

【左頁】
【見返し】

【裏表紙】

きゝん年の食物

【表紙】
【題箋】
飢饉年乃食物

【見返し】

【左丁】
飢饉年乃食物

【左丁】
                          □□□
   ◯きゝん年(とし)の食物(しよくもつ)
 くず《割書:根(ね)をつきくだきしるをとりすいひしだんごにす|わか葉(は)はあぶりてくふふる葉は馬(うま)にくはす》
 わらび◦ぜんまい《割書:根(ね)のこしらへ様(やう)右(みぎ)に同しわらび|ばかりくへばやまひをうく》
 からすうり◦かたかこ《割書:いつれもかはをけづりこまかに切(きり)四五日水にひたしつきくだき|袋(ふくろ)にいれ水にふり出(だ)しすいひし焼(やき)もちなとにす》
◯とちのみ◦いちいのみ◦でんぐり◦ほうすのみ《割書:いつれも|かはを》
  《割書:けづりあくにてゆで水にひたしほしてこにし何にてもまぜて|たんこにす又なかれにつけて一夜(ひとよ)おき煮(に)てもくふ》
 すゝだま《割書:めしかゆにす又こにしてたんごにす|💧【注①】此なりのすゝ玉よし》◦はす《割書:わかばはゆでる実(み)はつきくだき|かゆにもだんごにもす》
 おにばす《割書:くきも葉(は)もあくにてゆでるくきはかはをとる|ねはにる実(み)はかはを取めしにももちにもす》◦ひし《割書:かはをむきむしにる又|ほしてこにしもち》
  《割書:かゆにすくきもほして|米などませてにる》◦ひるがほ《割書:ねは塩をまぜてむしにる又さらしほしつきくだき|飯(めし)にまぜる又うすにてひきやきもちにす》
 ところ《割書:横(よこ)にきざみ煮(に)て一日ながれにさらし又あくにて煮(に)|水をかへ二日ほどおき何にてもまぜてくふ》◯おにゆりのね
 ひめゆりの根(ね)《割書:葉(は)はゆ|でる》◦ほどのね◦くろくはい◦山のいも
 はこべ◦たんぽ゜ゝ【注②】《割書:ちゝのはれたるに|煮てしるをのむ》◦いたどり《割書:さんごによし|はらみ人にどく》◦なづな◦かしう

【注① 水玉の図】
【注② 「ゝ」に半濁点「゜」有り】

【右丁】
ほうきゞ◦へうな《割書:亀(かめ)とくひ|あはせ》◦すべりひゆ《割書:わらびとくひ合|はらみ人子供にどく》◦おになづな
うど《割書:くきも|葉も》◦よめがはざ《割書:今いふ|のぎく》◦やまにんにく◦けいとう《割書:痔(じ)に|よし》
しそ《割書:鯉(こひ)と|くひ合》◦みゝな◦しろよもぎ◦くこ◦あけびのわかめ
さいかちのわか葉(ば)◦またゝびの葉◦すいかづら《割書:花|共》◦かまのつの《割書:皮を|とる》
すぎな◦はゝこ草《割書:五行蒿(ごぎやうよもぎ)|とも云》◦べにのなへ《割書:はらみ女と|じんきよにどく》◦よもさの葉
つるむらさき◦こうほね 右いづれも塩(しほ)をませゆてゝくふ
しろくはい《割書:根(ね)はあくにて煮(に)皮(かは)をとれはゑごみ|なしわかきくきはあぶりてくふ》◯山ごぼう《割書:根も|葉も》◦しようぶ
おけらの根《割書:くろかはを|とる》 《割書:いつれもきざみてあくにて煮(に)|両三日水にひたしてのちくふ》
なるこゆりのわかめ《割書:根も|》◦ねぶのきのわか葉◦くはの葉
もゝの葉◦まる葉(ば)やなきの葉《割書:ほそながき葉は|わるし》◦りやうぶ
ゑんじゆ《割書:花も葉も|落(おち)葉も》◦はりぎり《割書:はりのある|木なり》◦くぬぎ《割書:うすかはほうすの木と■|実(み)もわか葉も》
藤(ふぢ)のわか葉《割書:さん婦(ふ)には|どく》《割書:右いづれもゆでゝ水にひたしあくをとり|塩(しほ)をいれてくふ》
【左丁】
米のさやぬか《割書:二三日水にひたしてかきまはし水をかへあくをとり日にほしいりて|こにす米のこなどにまぜだんごにし又/湯茶(ゆちや)にかきたてゝくふ》
わら《割書:根本(ねもと)四五寸 末(すゑ)五六寸 切(きり)すて二三 分(ぶ)ツヽにきざみ二三日水にひたし日にほしほうろく|にていりうすにてひきふるひにかけ其(その)粉(こ)に何(なに)にてもまぜたんごにす》
松のかは《割書:老木(おいき)ほとよし内(うち)うらのあまかはゝにがし外(そと)のあらかはをうすにてつき|ふるひにかけかまへいれ粉(こ)一升に水二升ほど入にえたてゝ一夜(ひとよ)》
    《割書:ふたとらずおきて上水をなかし布(ぬの)にてしぼしり何|にてもまぜてだんごにす又日にほしてこうせんにもす》
ぼうし花◦ほうづき◦ほうせんか◦がゞいも◦はげいとう
うこぎ◦ゆきのした◦のにんじん◦かんぞう◦しの葉(は)
 《割書:右いづれも水にひたして|あふら塩(しほ)をいれてくふ》◦うつほ草《割書:あくにて煮(に)二日ほど水にひたす|秋のかれ葉(は)もくふ》
まこものめ《割書:ゆてゝ塩(しほ)をいれる又実(み)を|つきて米なとにまぜてかゆにす》◦よしのめ《割書:いまだ土中(どちう)にあるものよしこしらへやう|右におなし根(ね)はなまにてもくふ》
おほばこ◦めなもみ◦こくさき《割書:じんきよの|人はどく》◦のひる《割書:根(ね)|共》◦けたで
すみれ《割書:すもとり|ぐさなり》 《割書:右いづれもわか葉をゆでゝ一夜水にひたし|あくぬめりをとりてくふ》
わたふき《割書:山ふき共|のふき共》◦つわ《割書:葉(は)もくきも花もゆでゝくへ|つわのくきはほしても用ゆ》◦どくたみ《割書:根(ね)をむしてめしに|ませる塩(しほ)をいれる》
おにあざみ◦こあざみ◦さはあざみ《割書:いづれもあくにてゆで水にひたす|二三寸のときはねもくふ》

【右丁】
かやひきくさ《割書:野(の)むきともからすむき共いふつきて皮(かは)をとり|だんごにす又葉もつきて米にまぜだんごにす》せり《割書:ひる子(こ)をひりつくるは|どく赤(あか)せりはどく》
 右いづれも塩(しほ)をまぜるがよし水にひたすものはいく度(たび)も
 水をかへる也/草(くさ)の根(ね)木(こ)の葉(は)の類(るゐ)に油(あぶら)を入れはやはらかになる也
  天保八年《割書:酉》三月
 本居氏印施翻刻
      米を一倍(いちばい)に用ふる法
黒米(くろまい)を煎(いり)てよくあらひ。まへ日より水につけおき。米壱升に水二升五合
ほどいれてたけば。大にふえて。是をくへば腹持(はらもち)よく。多くくはず共
飢(うゑ)をしのぐ。かへつて多くくへば胸(むね)つかゆるなり。
      米壱一合にて五人一度の食になる法
あかみそ廿五匁ほどよくすりて。米のあらひ汁(しる)弐升にてたてゝ。此中(このなか)へ。
米壱合大こん三四本/里(さと)いも小半升。こまかにきりていれ。よく煮(に)て。なべを
おろす時に。小麦粉(こむぎのこ)を半合いれてかきまぜ。ちとの間(ま)うませてくふ
      赤(あか)みそを多分(だぶん)に増(ま)す法
赤(あか)みそ一貫目の中(なか)へ。豆腐(とうふ)のから六升塩六合いれ。よくかきまぜよく
押(おし)つけ。日数(ひかず)三四十日たくはへおけば。味(あちは)ひよきみそとなる
【左丁】
    ◯じゑきのくすり《割書:昔公義より|御触あり》
◦黒大豆(くろまめ)をいりて壱合 かんぞう壱匁せんじ時々のむ
◦又めうがの根と葉をつきくだき汁(しる)を取多くのむ
◦又ごぼうをつきくだき汁をしぼり茶(ちや)わんに半分ツヽ
 二度のみて其上/桑(くは)の葉(は)を一(ひと)にぎり火(ひ)にてよくあぶり黄色(きいろ)
 になりたる時/茶(ちや)わんに水四はい入二はいにせんじ一度(いちど)に
 のみてあせをしてよしもし桑(くは)の葉(は)なくは枝(えだ)にてもよし
 ねつつよくきちがひの如くくるしむには芭蕉(ばしやう)の根(ね)をつき
 くだき汁をしぼりてのむ
    ◯じゑきをふせぐ法 医学館印施翻刻
◦呉茱萸(ごしゆゆ)と云物一両井/戸(と)の中へいれ其水をのめば
うつらず

【右丁】
◦雄黄(をわう)と云粉を鼻の穴にぬればうつらず
◦あづきを袋に入井戸の中へ二日ほどいれおきて
 壱人二十一粒ツヽのめばうつらず
◦蒼朮(そうじゆつ)と皂莢(そうきやう)といふ物を庭にてたけば悪気をさる
◦十五日に東にむかひたる桃の枝をきざみてせんじて
 ゆをつかふ悪気をうけず

【左丁】
    ◯一さいどくけし
◦一切(いつさい)の食物(しよくもつ)のどくにあたりたるには塩(しほ)をなめ又はぬるき湯(ゆ)に
 かきたてゝのみてよし草木(くさき)の葉(は)にあたりたるには弥(いよ〳〵)よし
◦又かゆを湯(ゆ)のごとくに煮(に)て塩(しほ)かやき味噌(みそ)をかきまぜて
 度々(たび〳〵)すゝるべし
◦草木(くさき)の葉(は)をくひはれたるには。うこぎの根(ね)をせんじてのむ。
◦竹(たけ)のこにあたりたるには。せうがの汁(しる)をのむ。
◦喰物(しよくもつ)のどくにあたりて。腹(はら)はりいたむには。苦参(くじん)をせんじ
 のめば。喰(しよく)をはき出(いだ)してよし。又/大豆(まめ)の粉(こ)をいりて。さゆにて
 たび〴〵のむ。又/口鼻(くちはな)より血(ち)いでゝくるしむには。ねぎを
 きざみ。水にて能(よく)せんじ。ひやしおきて。幾(いく)たびも

【右丁】
 のめば血(ち)とまる。
◦茸(たけ)るゐのとくにあたりたるには。忍冬(にんどう)の茎葉(くきは)共。
 生(なま)にてかみて汁(しる)をのめ。
◦芭蕉(ばしやう)の根(ね)をつきくだき。其(その)汁(しる)をのむ。一切(いつさい)のどくあたりに
 よし。

【左丁】
天下之善一也千里翻刻作者之喜如何
     飢饉(ききん)せざる心得書(こゝろえがき)《割書:但シ》《割書:麦米一/粒(つぶ)用(もち)ひずして餓死(がし)せず|金銭ついやさずして長寿(ちやうじゆ)する良法(りようほう)也》
一 去年来(きよねんらい)麦米(むぎこめ)の価(あたひ)高直(かうじき)にて難義(なんぎ)する人おほしさればわづかの物(もの)にて飢(うへ)を凌(しの)ぎかつえ死(しに)せぬ妙法(ひでん)
 あるを広(ひろ)く世上に告(つげ)知(しら)す也/但(たゞし)一日に四度/食(しよく)して一人/前(まへ)拾六文より廿四文ぐらいにて済(すむ)事(こと)
 なれば一日も早(はや)く此(この)法(ほう)を用(もち)ひて父母妻子(ふぼさいし)を安心させ家内(かない)睦敷(むつまじく)世渡(よわたり)し給ふべし
◯米泔(しろみづ)の中(なか)へ蕪菜(かぶらな)又は大根(だいこん)の根(ね)も葉(は)も入(いれ)よく煮(たき)て塩(しほ)少(すこ)し入(いれ)て食(しよく)すれば一/年(ねん)の間(あいだ)にても顔(かほ)いろ
 かはらず力(ちから)落(おち)ざる事(こと)妙(めう)也又ねぶかもよし芋類(いもるい)芋の葉(は)大根/干葉(ほしば)もよし又/葛(くず)粉わらび粉(こ)小麦粉(こむぎこ)抔(など)
 少シ入(いるゝ)時(とき)はねばりて腹(はら)よくたもつ也
◯御/屋敷方(やしきがた) 御/寺方(てらがた) 大/店(だな)方 造酒屋(つくりさかや) 餅(もち)屋 あめ屋など世間(せけん)飢饉(ききん)の時(とき)は米泔(しろみづ)を溜置(ためおき)日々(にち〳〵)
 施(ほどこ)し給ふべし常々(つね〴〵)も溜置(ためおき)給へ日々/利益(りゑき)あり又/志(こゝろざし)ある人は豆腐(とうふ)を食(しよく)し給へきらずは貧家(ひんか)の食(しよく)に妙(めう)也

【右丁】
◯冥加(みやうが)を思(おも)はゞ茶漬(ちやづけ)を慎(つゝしん)で白粥(しらかゆ)又は雑炊(ざうすい)を用(もち)ひ昼(ひる)は麦飯(むぎめし)を食(しよく)し給へば七の徳(とく)あり第一/天慮(てんりよ)を休(やす)め
 第二/人(ひと)を助(たすけ)第三/麦米(むきこめ)を助(たすけ)第四/財(ざい)を助第五/徳(とく)を助第六/身(み)を助第七/子孫(しそん)を助る理(ことはり)あるゆゑ
 無上(むじよう)の大/陰徳(ゐんとく)なれば貴賤(きせん)共(とも)不/作(さく)をおそれひたすら米穀(べいこく)を食(くひ)のばし給へ
   ◯雑炊(ざうすい)之/仕方(しかた) 但シ此法にて三人前の食分(くいぶん)あるべし
一/白米(はくまい)二合 小麦粉(こむぎこ)一合 米泔(しろみづ)四升 味噌(みそ)五拾匁 塩(しほ)見合(みあはせ) 此/中(なか)へ蕪菜(かぶらな)
 大/根(こん) ねぎ菜(な) 豆(まめ)あづき 芋類(いもるい) 干葉(ほしば) 其外(そのほか)何(なに)なり共/沢山(たくさん)入(いれ)よくたきて一時(ひとゝき)
 うまし置(おき)て食(しよく)すれば米寿(ますかけ)を保(たもつ)べしかへす〴〵も米麦(こめむぎ)を喰(くひ)のばして三/度(と)とも
 粥(かゆ)雑炊(ざうすい)を用(もち)ひ無病(やまひなく)長生(ながいき)を得(え)給ふべし不/足(そく)なき身(み)もこの通(とほ)りをよく心得(こゝろえ)つゝしみ
 うち捨(すて)おかず佗(ひと)にもすゝめ弘(ひろ)め給はゞ開運(かいうん)出世(しゆつせ)うたかひなく功徳(くどく)この上なかるべし
天保八年丁酉三月        平安鳩居堂印施摹抄彫之妙在言外主人

【左丁空白】

【見返し】

【裏表紙】

広益秘事大全

【表紙】
【題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全五.巻下

【右丁 見返し 文字無し】
【左丁 題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全 五

【右丁・見返】


【左丁頭書】
【赤角印 帝国図書館藏】

雑菜(ざふざい)料理(れうり)の仕(し)やう【四角囲み】

飲食(いんしよく)は性命(せいめい)を養(やしな)ふの原(もと)なれば
その料理(れうり)の仕(し)やうをも必(かならず)くはしく
するにはしかず中(なか)にも老人(らうじん)病者(びやうしや)
などは殊(こと)に心を用(もち)ひて調(とゝの)へす
すむべき事さしあたる孝行(かうこう)の一
端(たん)ともなるべきなれば人の嫁婦(よめ)
などになる人は心得(こゝろえ)おくべき事也
さればとて又/無用(むよう)の事をすご
して飲食(いんしよく)の事のみを論(ろん)ずるは
甚(はなはだ)いやしき驕奢(おごり)にて心(こゝろ)ある人の
にくむ所なればふかくこれを戒(いまし)む
べしこゝに挙るものは山民(さんみん)の日(にち)
用(よう)の一助(いちじよ)にもとて唯(たゞ)何国(いづく)にも多(おほ)
くありふれたる魚菜(ぎよさい)日用(にちよう)の物(もの)
をのみあげて都会(とくわい)珍奇(ちんき)の味(あぢ)を

【左丁本文】
【赤角印 白井光】
【赤丸印 帝国・昭和十五・一一・二八・購入】

《題:《割書:民家(みんか)|日用(にちよう)》広益秘事大全(くわうえきひじだいぜん)巻下(まきのげ)》
 草木種植類第四 【四角囲み】

 ○種(たね)をまく法
凡(あよそ)種子(たね)を蒔(ま)くには白日(はくじつ)晴天(せいてん)を用ゆべし土(つち)の肥(こやし)
強過(つよすぎ)たるは却(かへつ)てよからずよく肥(こえ)たる地(ぢ)を度々(たび〳〵)
耕(たがへ)し和(やは)らかに細(こまか)くしてまくべし又/細(こまか)なる種(たね)は
細(こまか)き土とませてまき或(あるひ)は物(もの)によりては上より
灰(はひ)をかくるもよし風雨(あめかぜ)に動(うご)かぬ為なりまたいか
にも軽(かろ)き種(たね)は生出(はえいづ)るまで藁(わら)にて雨(あめ)おほひを
したるもよし種(たね)を下して直(ぢき)に水(みづ)をうつは
【枠外丁数】百十一

【右丁頭書】
【挿絵】
【左丁頭書】
【挿絵】
【右丁本文】
よろしからず水草(みづくさ)の類(るい)杜若(かきつばた)などは初(はじめ)より水(みづ)には
まかず先(まづ)陸(くが)にまきて後(のち)に水へ移(うつ)すべし蓮(はちす)慈姑(くわゐ)
などは始(はじめ)より水中にまく也/木実(きのみ)は上皮(うはかは)をさり
中の核(さね)ばかりをまくかた早(はや)く生(はえ)て宜(よろ)しまた
至(いたつ)て生(はえ)がたき物は蒔置(まきおき)て冬は霜(しも)おほひなどして
よく護(まも)る時は春(はる)になりて生出(はえいづ)る事あり但(たゞ)し実(み)の
おのづから落(おつ)る比(ころ)に取(とり)て直(ぢき)に地(ち)にまくべしまた
とり蒔(まき)にするあり大根(だいこん)芥子(からし)などの如く春(はる)生(はえ)て
秋/実(みの)る類(たぐひ)は実(み)をとり置て春(はる)まく也/種子(たね)を
能々(よく〳〵)収(をさ)めおかざれば生(はえ)のわろきもの也/心(こゝろ)をつく
べし此外/種々(しゆ〴〵)の心得(こゝろえ)あれど委(くはし)くは通(つう)じて
しるべきなり
 ○こやしの事
【左丁本文】
肥土(こえつち)をこしらゆるには畑(はた)の土(つち)へ人糞(にんふん)をかけ寒(かん)に
ゐてさせて乾(かわか)し又 糞(ふん)をそゞきて乾し三四度して
一処(いつしよ)によせ雨(あめ)にあてぬやうに屋根(やね)をして貯(たくは)へおき
春(はる)に至(いた)りて日にさらしよく砕(くだ)き虫(むし)の類(るい)木根(きのね)の
類をさりて物(もの)をまき植(うゝ)る時ませ合(あは)せて用ゆべし
又/畑土(はたつち)三斗/赤土(あかつち)《割書:赤色の|ねば土也》一斗/真土(まつち)一斗《割書:砂(すな)のまじ|らぬ土也》よく
まぜ合せ人糞(にんふん)一斗ねり合せ五六十日ねさせて
おき用る時わら灰(ばひ)糠(ぬか)など切まぜたるよし湿気(しつけ)
つよき土地(とち)に多(おほ)くいれてよし人糞(にんふん)をたゞに用
るは糞(ふん)一桶(ひとをけ)に水二桶ほど入五十日ほどおきて色(いろ)の
青(あを)みたる時用ひてよしかけごえは雨(あめ)の前(まへ)に用
るがよきなり小便(せうべん)もよくねさせたるがよし物に
よりては水をまぜて用ゆべし蚯蚓(みゝず)をさるには小(せう)
【枠外丁数】百十二

【右丁頭書】
省(はぶ)けるは質朴(しつぼく)の風(ふう)を変(へん)せずして
倹素(けんそ)長久(ちやうきう)ならしめんとてなり
然(しか)れども又/便利(べんり)につきては当世(たうせい)
にしては止(やむ)べからざる物をも出して
市(いち)に買(か)ひ遠(とほ)きに求(もと)むる費(つひえ)を略(はぶ)
かんとす
 ◦野菜(やさい)の類
○若菜(わかな) からしを吸口(すひくち)にして
汁(しる)にし或(あるひ)は塩鯨(しほくじら)油(あぶら)あげなどに合せ
て平(ひら)にして用ゆ雑煮(ざふに)の上(あは)おきに
殊(こと)によろしゆでゝからしあへにし
又はごまをふりてひたし物にもよし
○水菜(みづな) 汁にしてからし柚(ゆ)など
吸口(すひくち)に入てよしかつをゝかけ身鯨(みぐじら)
を入て平(ひら)に用ゆ油(あぶら)あけもよし
ひたし物にはごまからしなどかけてよし
又/浅漬(あさづけ)にしてはぎれよく上品(じやうひん)なり
【左丁頭書】
○嫁菜( よめな) ひたし物にしてよし
汁(しる)は芽(め)うどの吸口(すひくち)なとにてよろし
上品なる味(あぢは)ひあり
○蒲公英(たんほゝ) ゆでゝあくを出し
ひたし物にしてよし干大根(ほしだいこん)の薄(うす)く
へぎたるを入て酢醬油(すしやうゆ)をかけて
用ゆ土筆(つく〴〵し)を入たるもよし
○とう菜(な) 花(はな)の咲(さき)かけたる
菜(な)の事なり当分漬(たうぶんづけ)にしてよし
からしあへにしてもよろし但(たゞ)し積気(しやくき)
ある人/多(おほ)くくらへば殊外にあたる
なり用捨(ようしや)すべし
○ちさ 此(この)菜(さい)殊(こと)に長(なが)くありて
大に重宝(ちやうほう)なる物なりからし唐(たう)がら
しなど吸口(すひくち)にして汁(しる)にするよし又
ゆでゝひたし物にし或は魚肉(ぎににく)【注】にまぜ
てなますにも用ゆ煮(に)て平(ひら)にし
【注 振り仮名は「ぎよにく」の誤ヵ】
【右丁本文】
便(べん)よろし干鰯(ほしか)は砕(くだ)き粉(こ)にして水にいれくさ
らして用るよしいたむ草木(さうもく)に用て大によろし
魚(うを)の料理(れうり)のあらひ汁(しる)を五六日ため置てかくる
もよし乾(かわ)きたる地には米泔水(しろみづ)あらひ汁/水肥(みづごえ)な
ど殊(こと)によろし干鰯(ほしか)油糟(あふらかす)等のつよき肥(こやし)は石砂(いしすな)
多(おほ)く乾(かわ)きたるには悪(わろ)し植物(うゑもの)もえて枯(かる)る事
ありすべて肥(こえ)たる地(ち)には多く肥(こやし)を入ては却(かへつ)て
わろし能々(よく〳〵)心得(こゝろえ)おくべし灰(はひ)は人糞(にんふん)にあはせ
ねさせ置て瓜(うり)茄子(なすび)麦(むぎ)粟(あは)黍(きび)稗(ひえ)等(とう)のこやしに
用ゆ酒糟(さけのかす)は籾糠(もみぬか)に切(きり)まぜ丸(まる)めて貯(たくは)へ置水にとき
て人糞(にんふん)にあはせ水田(みづた)に入てよし蔓草(つるくさ)などに用ひ
てよく繁茂(はんも)す油糟(あぶらかす)は草木の葉(は)の光沢(つや)を出し
てよろし秋冬(あきふゆ)用ゆべし馬糞(ばふん)は寒(かん)にいたむ物に
【左丁本文】
よろし暑気(しよき)を厭(いと)ふ物にも根廻(ねまは)りに入べし馬(むまの)
尿(せうべん)は少(すこ)しづ ゝ諸草(しよさう)に用ゆよくきく物なり獣(けものゝ)
肉(にく)の類は菓物(なるもの)の根廻(ねまは)りに用ひてよし此外/鳥(とりの)
類の糞(ふん)諸穀(しよこく)の粃糠(ぬか)などいづれも少しづゝ差別(しやべつ)
あり心して用ふべし
 ○接木(つぎき)の事
接砧(つぎだい)の木は三四/歳(さい)より六七/歳(さい)までの木よろし
勢(いきほ)ひよくこせぬ木を撰(えら)びて接(つぐ)べし大木へつぐ
時は枝(えだ)の勢(いきほ)ひよき所を残(のこ)し外の枝(えだ)は皆(みな)截(きり)すて
その残したる枝へつぐ也又/砧樹(たいき)を抜(ぬき)てつぐときは
長(なが)き根(ね)を切( きる)がよし接梢(つぎほ)は去年(きよねん)のびたるを今年(ことし)
つぐ也勢ひよくのびたるを切べしよわき木は
接梢(つぎほ)の枯(かれ)ぬやうに藁(わら)にてかこひ風(かぜ)のあたらぬ様(やう)に
【枠外丁数】百十三

【右丁頭書】
たるは白色(しろいろ)なる魚肉(うをのみ)と取合よし
いづれもゆでゝあくを出し用ゆ
○蕗(ふき) 汁はからしなど入てよし
もろこ【みヵ】の汁に殊によろし又/煮〆(にしめ)
て焼豆腐(やきとうふ)竹子(たけのこ)などゝ同しく用ゆ
ひたしものあへものにもよし葉(は)を
すらぬ焼(やき)みそにてあへるをほろあへ
といひて面白(おもしろ)きもの也
○わけ葱(ぎ) ゆでゝ酢(す)みそあへに
にし貝(かひ)のむき身(み)飯(いひ)だこ鯨(くじら)のせんじ
がらなど用ゆる常(つね)のことなり
精進(しやうじん)は油(あぶら)あげを入てよし
○蕨(わらび) 汁からし吸口(すひくち)油あげと
煮(に)てよろし又あぶらづよき魚(うを)
と同しく煮(に)たるもよしひたしもの
にしても用ゆべし
○若牛蒡(わかごばう) にしめて用ゆ或(あるひ)は
【左丁頭書】
ゆでゝ酢(す)しやうゆをかけ用ゆ
又/葉(は)のぢくをにしめてもよし
○葉(は)にんじん ひたし物/胡麻(ごま)けし
などかけてよし上品(じやうひん)なり
○かいわり菜(な) 大根(だいこん)のかいわり
殊(こと)によろし汁にして唐(たう)からしの
吸口(すひくち)よしあさき魚(うを)ととり合せて
大によし油上(あぶらあげ)かつをなどにて平(ひら)に
用るも上品なりひたし物にも
少々は用ゆまびき菜(な)も同じ但(たゞし)
のび過(すぎ)るほど下品となる也
○平豆(ひらまめ) 胡麻(ごま)あへ白(しら)あへ共(とも)に
よろしにしめにもすべし平(ひら)の取
あはせにも上品なり実(み)の入/過(すぎ)た
るはうまけれども品(しな)おとれり
○さや豆 そら豆(まめ)をさやなりに
煮(に)て用ゆあへものにしめなどによし
【右丁本文】
すべし又つぎたる砧(だい)の切口(きりくち)に蠟(らう)をぬりておくべし
水をはぢきて朽(くち)ぬため也/墨(すみ)をぬるもよし扨
接(つぎ)やうは梢(ほ)は大根(だいこん)の切口(きりくち)にさし《割書:此法/遠(とほ)き所へほを|持ちかへるに甚よし》或は
水にいけ置/砧樹(だいき)を切その切口の鋸目(のこぎりめ)を小刀(こがたな)にて
よくけづり暫(しばら)くしてつぐべし《割書:これは木口(こぐち)の水気(みづけ)を|さりてつぐ也木によるべし》さて
砧(たい)の木口(こぐち)を心(しん)と皮(かは)との間を小刀(こがたな)にて竪(たて)に一寸ほど
けづる様にへぐ也/加減(かげん)尤(もつとも)大事也/心(しん)へふかく削(けづ)りこめば
つかぬもの也其時は又/他(た)の所(ところ)を削(けづ)り直(なほ)すべし
さて梢(ほ)さきを二寸余に切/片々(かた〳〵)の皮(かは)を心(しん)にかゝらぬ
やうに竪(たて)にけづり其まゝ口に含(ふく)む也/砧(だい)のけづりめ
と同し寸にけづる也/外(そと)の方をはすに切すてゝけづりめ
の方を砧(だい)の心(しん)にあてゝ挿(さしはさ)みその上を打わらか麻(を)
にてほの動(うご)かぬやうにまくべし柿(かき)梅(むめ)などかたき木は
【左丁本文】
【挿絵】
【枠外丁数】百十四

【右丁頭書】
上方(かみがた)にてははしりを賞(しやう)して價(あたひ)
甚(はなはだ )貴(たつと)しその比(ころ)はものゝあしらひ
に少しづ ゝ用る事也また皮(かは)をむ
きたるを上方の詞(ことば)にはぢき豆(まめ)と
いふ品(しな)少しおとれり蕗(ふき)焼(やき)どうふ
などゝ同じくにしめ又汁にもすべし
実(み)の入/過(すぎ)たるは下品とす
○えんどう 白(しろ)き花(はな)のさくものは
さやにすぢなし味(あぢ)甘(あま)くして上品
なり竹子(たけのこ)ふきなど取合(とりあは)せてにしめ
にすべし実(み)のいらぬほどは酒(さけ)の肴(さかな)
にも用ゆあへものにしてもよし
○竹子(たけのこ) 孟宗竹(まうそうちく)の子(こ)を近(ちか)き
ころ殊(こと)に賞(しやう)くわんせり油にて
いためにしめにし又ゆで ゝからし
あへにし或(あるひ)は葛(くず)をつりて平(ひら)にも用
ゆ汁にして木のめはさんしやうなど
【左丁頭書】
吸口(すひくち)にすべし此外さま〴〵用(もち)ひ様(やう)
ありこんぶと煮(に)しめたるは品おとれり
○菠䔖草(はうれんさう)【注】 和(やは)らかにして甘(あま)く
上品なる菜(さい)なり汁にして柚(ゆ)木芽(きのめ)
などあしらひたるよししたしものに
用る事/通例(つうれい)なりけしをかけて見
るなり煮(に)ものゝあしらひに遣(つか)ふも
上品なり
【挿絵】
【注 「菠薐草」の誤ヵ】
【右丁本文】
かたく巻(ま)くべし和(やは)らかなるは余(あま)りにしめぬがよし多く
まかぬかた肉(にく)のあがりよろしき物也さて砧(だい)の木口(こぐち)より
つぎめの処を打わらにて包(つゝ)み其上を竹皮(たけのかは)にて
ほにさはらぬやうに雨覆(あまおほ)ひをすべしさてほは
砧(だい)太(ふと)ければ二三/本(ほん)もつぐべしもし枯(かる)ることのある
時の用心(ようじん)なり残(のこ)らずつきたる時は勢(いきほ)ひのよきを
一本(いつほん)残してあとをば切棄(きりすつ)るなり又/砧(だい)より芽(め)を
生(しやう)ずれば皆(みな)かぎ取べし芽(め)多(おほ)く出(いづ)れば砧(だい)の
勢ひわろくなる也一二丈も上の枝へつぐを高接(たかつぎ)
といふ接様(つぎやう)かはる事なし但(たゞ)し竹(たけ)の皮(かは)の内(うち)接(つぎ)た
る砧(だい)の処を土(つち)を入て草(くさ)を植(うゑ)おくべしほの少し
出るほどに入る也/日(ひ)をよけうるほひを持(もた)する為(ため)也
又/呼接(よびつぎ)とて枝(えだ)をよびてほを切はなさずして
【左丁本文】
つぐ事ありこの法にてはいかなる木もつくる【事ヵ】也
これは先(まづ)接(つぐ)べき親(おや)木を横(よこ)にふせて植(うゑ)枝(えだ)の地に
近(ちか)き所に砧樹(だいき)をうゑそへ砧樹(だいき)の皮(かは)をけづり捨(すて)
ほの皮(かは)を其寸ほどにうすく削(けづ)りて合(あは)せつぐ也
又/水接(みづつぎ)といふは生花(いけばな)のごとくほの元(もと)を水にいけて
よび接(つぎ)にする也水は度々(たび〳〵)かへてよし又さし接(つぎ)
といふは地にさしてよび接(つぎ)のごとくする也また
身(はら)接といふは砧(だい)の切口より一二寸も接口(つぎくち)を下(さげ)
てつぐ也/是(これ)は夏(なつ)の比など木の勢(せい)かれくだる
ゆゑに如是(かくのごとく)するなり其外よせ接(つぎ)といふ有
これば【濁点衍ヵ】おやの木を其まゝおきて砧(だい)を鉢(はち)にうゑ
或は根(ね)を土(つち)ながら藁(わら)づとのごとくして接(つぐ)べき
枝(えだ)を引たわめ木をうちてしかとゆひつけて接(つぎ)
【枠外丁数】百十五

【右丁頭書】
○春菊(しゆんきく) 香気(かうき)ありて上品也
汁は吸口(すひくち)なくてもよしひたしもの
ごま醬油(しやうゆ)通例(つうれい)なり冬(ふゆ)のころ鳥(てう)
獣(じう)の肉(にく)にあしらひて悪臭(あしきか)をけし
はなはだ雅味(がみ)あり平(ひら)にしてもよし
○夏葱(なつねぶか) 冬(ふゆ)の葱(ねぶか)と同しけれども
夏はいさゝか風味(ふうみ)劣(おと)りて下品也
汁に入てよし酢(す)みそにて酒の肴(さかな)
にするもよし
○茄子(なすび) あつく切て赤(あか)えひに
あはせ赤(あか)みその汁にするよし或は鴫(しぎ)
やきとて油(あぶら)を引て砂糖(さたう)みそのでん
がくにするも通例(つうれい)なり汁にしては
からし唐(たう)がらしごまなどの吸口(すひくち)よし
風呂(ふろ)ふきあんかけもよし油煮(あぶらに)は
大根(だいこん)おろしをかけてくふなり又
ゆでゝ白(しら)あへごまあへにしても酢(す)みそ
【左丁頭書】
あへにしたるもよし又きざみて
ざつとゆでひたし物にするもよし
灰(はひ)にほり埋(うづ)みて焼(やき)たるは此物(このもの)第一
の味(あぢ)なれども客前(きやくまへ)へは出しがたき
か此外/色々(いろ〳〵)つかひ方/多(おほ)く殊(こと)に
香物(かうもの)にして風韻(ふうゐん)あるもの也
○胡瓜(きうり) はもの皮(かは)鱠(なます)にして
大によし紫蘇漬(しそづけ)もみうり
などもよし油(あぶら)にて揚(あげ)たるも随(ずゐ)
分(ぶん)珍(めづら)ら【「ら」ふりがなと重複】しはしりの内は殊(こと)に
賞翫(しやうくわん)してものゝあしらひにつかふ也
○越瓜(しろうり) なます胡瓜(きうり)に同じ
煮(に)て平(ひら)にすれども冬瓜(かもうり)には劣(おと)れり
奈良漬(ならづけ)の香物(かうもの)を第一とすべし
○冬瓜(かもうり) うすく細(ほそ)く切(きり)て汁(しる)とし
すりごまからしなどの吸口(すひくち)よし平(ひら)には
風呂(ふろ)ふきうす葛(くず)いりのつぺいよし
【右丁本文】
または砧木(だいき)を上へつりて動(うご)かぬやうに結付(ゆひつけ)置
てもつぐ也/包(つゝ)みたる根(ね)には毎日(まいにち)水(みづ)をそゝぎて
枯(かれ)ぬやうにすべし右いづれも梢(ほ)を切(きり)はなすは
親木(おやき)の枝(えだ)へ砧(だい)より勢気(せいき)かよひてよく生(おひ)つき
たるをうかゞひて先(まづ)ほの元(もと)を半分(はんぶん)ほど切又/数日(すじつ)
たちて後/残(のこ)る半分(はんぶん)を切はなすべしされども
物(もの)によりてよく付たるは一度に切はなしても
よしまた松(まつ)桃(もゝ)の類(るい)和(やは)らかにて脂(やに)ある木をば
劈接(わりつぎ)にすべしこれは梢(ほ)も砧(だい)と同じほどの太(ふと)さ
にてもよし砧(だい)の切口の正中(まんなか)を少し割(わり)て両方
をけづり【図 上部がM形の切口】かくのごとくにしてほの方をば
【図 下部がV形の切口】かくのごとく両方(りやうはう)をそぎ砧(だい)へはさみて
巻付(まきつく)るなり牡丹(ぼたん)などはそぎ接(つぎ)とて砧(だい)もほも
【左丁本文】
同(おな)じくはすにそぎ合せてまき其上へ割竹(わりたけ)を
竪(たて)にそへ其をを又うごかぬやうに巻(まき)接(つぎ)めまで
土をかけて植(うゝ)るなり又/根(ね)を砧(だい)としてつぐ法あ
りこれは植木屋(うゑきや)などに鉢植(はちうゑ)をこしらゆる術(じゆつ)也
砧(だい)にする木根(きのね)を掘(ほり)其根(そのね)の勢(いきほ)ひよく皮(かは)のきれい
なる所より切取(きりとり)てこれを砧(だい)のごとくにして
土中(とちう)の水気(すゐき)を暫(しばら)く乾(かわか)してつぐべし大木(たいぼく)一株(ひとかぶ)
をほれば砧(だい)数(す)十本を得る故に此法(このほう)尤(もつとも)多(おほ)く
接出(つぎいだ)すによろし
 ○剌木(さしき)の仕やう
扦挿(さしき)は木によりて二三月さすものあり九十月
さすものあり其中(そのうち)梅雨(つゆ)のうちにさす物おほし
雨の中にはよく生(はえ)つく物なれば也それも朝(あさ)の内に
【「剌木」は「刺木」の誤ヵ】
【枠外丁数】百十六丁

【右丁頭書】
暑中(しよちう)のふろふきは冷(ひや)して味噌(みそ)
をかくべし煮(に)てくふは常(つね)の事也
○南瓜(なんきん)【左ルビ ぼうふら】 汁とうがらしの吸口(すひくち)
にてよし煮(に)しめには実(み)をよく〳〵
とりて入べし下品(げひん)なる物なり
あんかけふろふきにもするなり
○青大角豆(あをさゝげ) ゆでゝ山椒醬油(さんしやう〳〵ゆ)
のひたし物にする通例(つうれい)也みそあへ
にし又/煮(に)てもよし
○隠元豆(いんげんまめ) 江戸に藤豆(ふじまめ)といひ
西国に垣豆(かきまめ)といふ白(しら)あへごまあへ
共に上品なり煮(に)しめに入て尤(もつとも)
よし実(み)の入過たるは品(しな)くだれり
○さつま芋(いも) 煮(に)たるは下/品(ひん)なり
すりてうす葛(くず)のかはりに物をい
りたるよしさいの目(め)に切て煮込(にごみ)
へいれたるはよし油(あぶら)あげにし又
【左丁頭書】
風呂(ふろ)ふき茶(ちや)わんむしにもす
べしあへものにしても用ゆ女中(ぢよちう)
むきの物にて人により用捨(ようしや)ある
べし
○さと芋(いも) 大坂(おほさか)には芋蛸汁(いもたこじる)
とて蛸(たこ)にいれて汁にする事有
煮(に)て牛蒡(ごばう)ねぶかなどゝ同じく
平にもつかふにしめのつべいなど
いろ〳〵あり
○唐(たう)の芋(いも) 茎(くき)の赤(あか)き芋なり
茎(くき)をほしてずいきとす生(なま)にて
酢醬油(すしやうゆ)のひたし物にしごまをか
けてよし芋(いも)は里(さと)いもの如(ごと)くに
してゑぐからず子すくなし用
ひかたはさといもに同じ又ずいき
を汁にして柚(ゆ)からしなど吸口(すひくち)にして
よし油(あぶら)あけと一所に煮(に)るもよし
【右丁本文】
【挿絵】
さすがよし今年(ことし)の新枝(わかえ)をさすには葉(は)のくきか
たまりてさすべし長(なが)さは二三寸/位(ぐらゐ)にきり葉(は)をば
二三/枚(まい)残(のこ)して跡(あと)ははさみ捨(すて)もとの方に赤土(あかつち)のね
ばきを団子(だんご)の如(ごと)くしてさして植(うゝ)る也/是(これ)通例(つうれい)也
堅(かた)き木はもとを割(わり)て中に小石(こいし)をはさみてさす
また山椒(さんしやう)の実(み)をはさむもよし切口(きりくち)の四五/歩(ぶ)も
【左丁本文】
ある枝は一枝(ひとえだ)おきて跡(あと)は残(のこ)らず切すてゝさす也
切口は小刀(こがたな)にてよく削(けづ)りてよしさす地は赤土(あかつち)の
しめりたる日陰(ひかげ)の所よし鉢(はち)へさすにも赤土(あかつち)を入て
さす何(いづ)れも度々(たび〳〵)水(みづ)をそゝぐべしよく生付(はえつき)て
後に植(うゑ)かへてよろし又とり木とて枝(えだ)を引たわ
めて其枝(そのえだ)に疵(きず)をつけ糞(こやし)《割書:牛馬鳥の|糞よし》に土をまぜて
土をほり其枝に右の土ごえをつけて埋(うづ)めおき土(つち)乾(かわ)
けば水或はうすごえをそゝぎて乾(かわ)かぬやうにし
よくつきて後(のち)に枝(えだ)をきる也/高(たか)き枝をは疵(きず)をつ
けて竹(たけ)を一節(ひとふし)筒(つゝ)にきりて二ッにわり疵(きず)の処へ
土をつけて竹(たけ)にてあはせ其上を縄(なは)にてまき土の
かわかぬやうに苔(こけ)をつけて度々水をそゝぐべし
根(ね)の生(しやう)じたる比(ころ)を考(かんが)へて半分(はんぶん)づゝ切(きり)て二度に切(きり)
【枠外丁数】百十七丁

【右丁頭書】
【挿絵】
芋魁(いもがしら)はふろ吹(ふき)あんかけのつぺいな
どにして上品なり
○松茸(まつたけ) 醬油(しやうゆ)汁にして吸口(すひくち)は
柚豆腐(ゆとうふ)と取合すなど通例(つうれい)なり
葛(くず)つりあんかけもよし紙(かみ)につゝみ
うづみ焼(やき)にして柚醬油(ゆしやうゆ)をかくるは
風味(ふうみ)至てよしせんにさきて吸(すひ)
物にもすべしこれは珍(めづ)らしき間の
【左丁頭書】
事なり梅(むめ)あへ茶わんむしいつれ
もよし土瓶(どひん)やきとてどひんにて
むし焼(やき)にする事あり味ひよし
○大根(だいこん) つかひ方/誰(たれ)も知るが如し
煮るには真土地(まつちぢ)の物/味(あぢは)ひよし漬(つげ)物
には砂地(すなぢ)のものもつくしてよし此物
用(よう)多(おほ)くして実(まこと)に日用(にちよう)重宝(てうほう)の
第一たる物なり葉(は)をも煮て
つかふべし但(たゞ)し大坂辺の物は茎(くき)かた 
くしてわろし
○蕪菁(かぶら) 汁にして柚(ゆ)のすひ口上
品なりつみ入えびなとの汁によろし
油(あぶら)あげしきがつをにて平にもすべし
あんかけふろ吹いつれもよし風呂(ふろ)
ふきのみそは蒜(にゝく)みそしやうがみそ
など取合よろし葉(は)も和(やは)らかにて
汁にすべし油(あぶら)と取合せ煮(に)るもよし
【右丁本文】
はなすべし其後(そのゝち)に相応(さうおう)の地へうつすべし又土を
つけたる上を藁(わら)にて包(つゝ)むもよしされど早(はや)く乾(かわ)く故
に度々(たび〳〵)水をかけざればつかぬなり
 ○草木(さうもく)の虫(むし)を除(のぞ)くべき事
凡(およそ)草木(さうもく)其地(そのち)を得(え)て培養(はいやう)の法を尽(つく)すといへども
これを喰損(くひそこな)ふ虫(むし)を除(のぞか)ざれば労(らう)して功(こう)なき事
となるべければ常々(つね〴〵)心(こゝろ)にかけて其防(そのふせぎ)をなすべき也
蚯蚓(みゝず)をさくるには衣服(いふく)の洗濯(せんたく)の汁(しる)をそゝぐべし
また小便(せうべん)もよしむくろうじの皮(かは)の洗汁(せんじしる)尤(もつとも)よし
土龍(うごろもち)を除(のぞ)くには海参(なまこ)を切(きり)てかよひ路(みち)にうづみ置
ば遠(とほ)く逃去(にげさる)もの也/干海鼠(ほしこ)にてもよしまた桶(をけ)のふ
ちを朸(あふこ)にてすればキイ〳〵といふ音(おと)高(たか)くする物也
これ土龍(うころもち)を除(のぞ)く壓術(まじなひ)なり蛇(へび)の類(るい)を除(のぞ)くには
【左丁本文】
ハブ草(さう)を多く植(うゝ)べし《割書:此草の漢名(カラナ)蛇滅門草(ジヤメツモンサウ)|又/望江南(バウカウナン)ともいふ》蛇(じや)の類
遠(とほ)く逃去(にげさる)也此草を陰干(かげほし)にして蛇毒(じやどく)の薬(くすり)とする
に大に功あり又/蒜(にゝく)の玉(たま)をその辺に埋(うづ)めおけば諸虫(しよちう)を
防(ふせ)ぐ烟草(たばこ)の茎粉(くきこ)などもよく虫(むし)を除(のぞ)く也/切虫(きりうじ)《割書:所|に》
《割書:よりて根(ネ)きり虫/芽(メ)きり虫とも|いふ後に蝉(せみ)になるむしなり》は石灰(いしばひ)の灰汁(あく)を澆(そゝ)ぐべし
皆(みな)死(し)するなり柑子類(かうじるい)の葉のうらに砂(すな)のごとく
小(ちひさ)き虫のつく事あり早(はや)く水を以て洗(あら)ひさるべし
捨(すて)おけば害(がい)をなす也又ひらめなる虫を生(しやう)ずる事有
蒜(にゝく)の汁/魚(うを)の洗(あらひ)汁/硫黄(いわう)石灰(いしはひ)の類/皆(みな)よく除(のぞ)くべし
菘大根(なだいこん)の虫は毎朝(まいてう)取尽(とりつく)してよし甚(はなはだ)しき時は硫黄(いわう)
を少し葉(は)にふりかけて除(のぞ)くべし木蝨(あぶらむし)の集(あつま)り毛虫(けむし)
のつきたるは大に害(がい)をなすもの也/卵(たまご)のうちに冬(ふゆ)の頃
取棄(とりすつ)べし又除く時は鉄炮(てつはう)の薬(くすり)を集(あつま)りたる所に
【枠外丁数】百十八丁

【右丁頭書】
但し品おとれりごま醬油のひ
たし物みそあへなどにもするなり
ちひさき時からし漬にして風味よし
大なるをへぎて三ばい酢につけた
るもよしへぎて少しほしひたし物に
するも風味あり唐がらしを入べし
○胡蘿蔔(にんじん) かす汁に入てよし
にしめて用るは通例(つうれい)也せんに切て
水菜(みづな)と煮たるもよしふと煮(に)とて
酒(さか)しほにてゆる〳〵と煮たるは客(きやく)
用(よう)にもすべし白あへふろ吹にもす
べし上方(かみがた)にてはいやしき物のやうに
すれども尤(もつとも)上品(じやうひん)なるもの也せんに
切て鳥獣(とりけもの)の肉(み)にあしらへば悪臭(あしきか)を
さけて甚よしざつとゆでゝひたし
物にしたるもよし
○牛蒡(ごばう) けづりて川魚(かはいを)の汁に入て
【左丁頭書】
あしき臭(か)をさるせんにて油(あぶら)にいため
からりと煮ていりけしをふりかけ
たるもよしふとなりに切て酒(さけ)にて
煮つめたるは上品なり胡麻煮(ごまに)にも
すべし山椒(さんしやう)に出合よろしき物也
○くわゐ たゝきぐわゐとてひし
きひらめて用ゆおもしろき物なり
雷(かみなり)どうふの具(ぐ)或(あるひ)は茶(ちや)わんむしなど
に入てよし煮ごみへも入べし少
し味(あぢ)をつけて糸切(いときり)にしたるはもり
合せにつかふべし風味(ふうみ)あるものにて
いやしからす
○葱(ねぶか) ばん菜(さい)には第一の物なり
川魚(かはいを)の汁/鳥獣(とりけもの)の肉(み)などになくて
かなはぬ物なりつみ切て吸口(すひくち)にし
うどんそばの具(ぐ)に用ひなど重宝(ちやうほう)な
るもの也なんば煮/酢(す)あへなどにも
【右丁本文】
おきて火(ひ)を指(さす)べし火気(くわき)と共(とも)にちりうせて再(ふたゝ)び集(あつま)
らず又うなぎを焼(やき)てその煙(けふり)をあつれば皆(みな)死(し)する也
煙草(たばこ)の茎(くき)をせんじて澆(そゝ)ぐもよし蠐螬(いもむし)は蝶(てふ)来り
てうみ付る卵(たまご)より生ず早(はや)く取(とり)すてゝよしすべて
毛虫(けむし)の類(るい)の卵(たまご)をとるには油(あぶら)をひたしたる紙(かみ)にて
【挿絵】
【左丁本文】
ぬぐひ去(さる)べし毛虫(けむし)には種々(しゆ〴〵)あるものなるが皆(みな)
大に害(がい)をなす物なればよく〳〵心をつけて早(はや)く
取(とり)すつべし木の根(ね)もと板屏(いたべい)壁(かべ)垣(かき)の竹(たけ)などに
長(なが)く綿(わた)のごとくなる物あるも毛虫(けむし)の卵(たまご)なり早く
とり棄(すつ)べし菊虎(きくすひ)といふものありて螢(ほたる)に似(に)たり
菊蓬(きくよもぎ)の類(るい)を吸(すひ)からす虫也吸たる跡(あと)に卵あり早
く捨(すて)ざれば秋(あき)のころ生出(おひいで)て枯(か)らす事あり此外
蛞蝓(なめくじり)蝸牛(でゝむし)みな草木(くさき)を喰(くら)ふ也/取(とり)すてゝよろし
すべて蝶(てふ)の類は皆毛虫の類より化(なり)たる物なるが又
飛(とび)来りて卵(たまご)をうみ付るものなれば用心(ようじん)すべし
 ○穀類(こくるい)《割書:稲麦(イネムギ)の類さま〴〵の種子(タネ)ありて異同(イドウ)おほく|且/水(スイ)利によりても異(コト)なる事あれば詳にせんには》
  《割書:甚長くなるべきうへにいづれの国にも其地のさまにしたがひて|力を尽(ツク)すことなればこゝにはたゞ其百分が一の事を記》
  《割書:す猶後篇に委(クハ)しき事をば論ずべき也|凡(スベ)て二十種をこゝに挙(ア)ぐ》
【枠外丁数】百十九丁

【右丁頭書】
用ゆべしかまぼこと煮合(にあは)せて平に
したるもよし
○芹(せり) 芹やきとて醬油(しやうゆ)汁に
ていりたるよろし豆腐(とうふ)汁に刻(きざ)み
て入たるもよし煮かげんの大事
なる物なり香(か)をうしなはぬほどに
すべき也/鳥獣(とりけもの)の肉(み)に入てあしき
香をさる塩くじらと煮あはせ
たるはばん菜によろし生魚(なまうを)にいれ
たるは下品なり根芹とて横(よこ)に
はひたる小(ちひさ)きが味(あぢ)よしひたし物も
上品なるもの也
 ◦生魚(なまうを)の類
   海川の魚種類甚多けれど
   こゝに挙るものは唯その價賎
   くして日用に得易き物ばかり
   を出す故に鯛鰆魲の類を
   ばはぶく又国々にて魚の類も
   大にかはりあるものなれば一概
   にはいひがたし
【左丁頭書】
○鮪(しび) 東国にて真黒といひ
西国にて大魚といひ上方にては
はつの身といふ下品なり作り身に
してはおろし大根の醬油にさし
又塩やきにしておろし醬油をかく
るもよし塩をしたるは糟いりにして
よし江戸にては葱に合せ煮て
ねぎまぐといふ下等也作り身を
酢にひたし引上てきらずのいり
たるにまぶすも江戸風也いさゝか
よし此魚尤下等なる物なれども
味ひよき故はん菜には妙なり
○赤えひ 上方にはえとのみいふ
下品の魚也汁はねぶか茄子など入
てよし吸口柚山椒など香気つよき
ものよしいり付は山しやう醤油に
かぎりたり生身はからし酢みそ也
【右丁本文】
一/稲(いね) 稲は百穀(ひやくこく)の長(ちやう)として人命(にんめい)の繋(かゝ)る処此上
 の宝(たから)なき事皆人のよく知(し)る所なれば今更(いまさら)にいふべき
 にもあらず古(いにしへ)は神明(しんめい)【左ルビ:カミ】を祭(まつ)りて忌慎(いみつゝし)みて種子(たね)を
 下(くだ)し苅(かり)たる初穂(はつほ)をも先(まづ)神明に奉りて其/恩恵(めぐみ)を
 歓(よろこ)びたるさま古書(こしよ)に詳(つまびらか)なり近世(ちかきよ)此事/漸(やう〳〵)粗(そ)なるは
 歎(なげか)しき事なり作(つく)りやうの事はこゝに略(りやく)す
一/畠稲(はたけいね) 又/旱稲(ひてりいね)ともいふ湿地(しつち)の畠にうゑてよく
 熟(じゆく)す粳米(うるしね)糯米(もちこめ)ともにあり土地(とち)によりて植(うゑ)て
 甚/利潤(りじゆん)あるべき物也作りやうは大かた麦(むぎ)の如く
 すべし冬(ふゆ)より地をよく和(やは)らげおきて二月半よ
 り後に籾(もみ)を水に浸(ひた)して三日の後(のち)取あげ日にあて
 少し口(くち)のひらく比に灰(はひ)ごえを用ひ横筋(よこすぢ)を深(ふか)く
 きりて麦のごとくまく也地かわきたらは薄(うす)き水
【左丁本文】
【挿絵】
 こえをそゝぎて土(つち)をおほふべし苗(なへ)七八寸なる時
 こまかに耕(たがへ)したる地(ち)にがんぎをふかくきり灰ごえ
 にて三四本づゝ植(うゆ)べし強(しひ)てつよき肥(こやし)などはよ
 ろしからず却(かへつ)て虫気(むしけ)つくもの也
一/麦(むぎ) 米につぎて人命(にんめい)を司(つかさど)るものなれば尤(もつとも )尊(たつと)
 むべし作(つく)りやうはこゝに略(りやく)す
【枠外丁数】百二十丁

【右丁頭書】
油(あぶら)にていため葱(ねぎ)など多(おほ)く具(ぐ)を
入て醬油汁(しやうゆしる)にしすり生姜(しやうが)の吸(すひ)
口(くち)にするをすつぽんもどきといふ
近来(きんらい)流行(りうかう)する故に客(きやく)にも出す
べし但(たゞ)し酒(さか)しほを多くいれてよ
く煮(に)あとよりしやうゆをさす也
○堅魚(かつを) 生(なま)がつを江戸(えど)にて
甚(はなはだ )賞翫(しやうくわん)する物なれど上方より中(ちう)
国辺(ごくへん)には甚/少(すくな)し作(つく)り身(み)は山葵(わさび)の
醬油よろしからし酢(す)みそもよし
生(なま)ぶしとてむしたるまゝの物上方に
おほしこれは其まゝ切(きり)ておろし
じやうゆにて用ゆ又とうふ竹子(たけのこ)
など具(ぐ)を取合せ平(ひら)にもすべし
いりつけたるは甚/下品(げひん)也おろし
大根(だいこ)のなますにするもよし
○鰤(ぶり) いりつけて大根おろしを
【左丁頭書】
【挿絵】
取合せむかふ付(つけ)にすべし作り身は
わさび大根の醬油(しやうゆ)よし塩(しほ)ぶりは
かへつて上品なり正月の頃/雑煮(ざふに)に
いれまたかす汁にもし或は焼(やき)て
おろし醬油をかくるなど色々也
塩(しほ)のから過たるは用(よう)少(すくな)し
○烏賊(いか) うすくあぢをつけて
あへものにし竹子(たけのこ)とゝもにからしあへ
【右丁本文】
一/小麦(こむぎ) 小麦は尤(もつとも)種子(たね)をえらぶべし種子あし
 ければ生(おひ)かぬるもの也/肥(こやし)は灰(はひ)ごえよろし少し
 湿気(しつけ)のある地よろし其外は大麦のごとし
一/蕎麦(そば) 立秋(りつしう)の前後(ぜんご)に種を下し厚(あつ)くまくべし
 大かたはちらしまきよし灰ごえ又/牛馬(ぎうば)の糞(ふん)よし
 塩竈(しほがま)のこげ灰など大によろし地は大にかわきたる
 がよし山畠(やまばた)焼野(やけの)などにも蒔(まく)べし
一/粟(あは) 種子に類おほし撰(えら)びて蒔(まく)べし地は肥(こえ)た
 る地よろし肥は灰ごえよろし夏(なつ)粟は三月より
 五月まで秋(あき)粟は六月/下旬(げじゆん)までにまくべし少し
 しめりけのある時まくべし
一/黍(きび) 黄白(わうはく)の二種(にしゆ)あり粘(ねば)るをもちとし黄(き)にして
 粘らざるをうるとす四月中にまくべし灰ごえ人(にん)
【左丁本文】
 糞(ふん)を肌(はだ)ごえにして薄(うす)くまく也
一/蜀黍(たうきび) 瘠(やせ)たる地には宜(よろ)しからず二月/種子(たね)を
 うすくまき七八寸の時/移(うつ)し植(うゝ)べし少し湿(しめり)ある地
 を好(この)むもの也/一種(いつしゆ)たけひきく穂(ほ)の下より茎(くき)の
 かゞむあり実(み)多(おほ)く早(はや)く熟(じゆく)す上品也
一/稗(ひえ) ひゑに水陸(すゐりく)の二/種(しゆ)あり尤(もつとも)穀(こく)の中(なか)にて卑(いや)
 しきものなれどもいかなる地にも生(おひ)たつものなれば
 山谷(さんこく)のさかしき所/新開(しんがい)の潮(しほ)けある田また焼畑(やきはた)洪(こう)
 水(すい)の跡(あと)の田(た)などに蒔(まき)て益(えき)ある事多し
一/大豆(まめ) 黒(くろ)白(しろ)緑(みどり)黄(き)の四種あり三月上/旬(じゆん)より四月
 上旬までを蒔時(まきどき)とす肥地(こえぢ)は却(かへつ)てよからず田(た)の畦(あぜ)
 などに泥(どろ)をおきて深(ふか)くさし蒔(まく)べし灰(はひ)もよろし
 一尺ばかりの時/梢(さき)をつみてのびぬやうにすべし
【枠外丁数】百廿一

【右丁頭書】
にするもよし作りて二はい酢(す)を
かけみつ葉(ば)ちさなどあしらひ或は
ちさをもみて鱠(なます)にするもよしまた
大根/茄子(なすび)など取合せ煮付(につく)るも
よろし但(たゞ)ししやうゆのしまぬ物な
れば烏賊(いか)は別(べつ)にさきへいるべし
○蛸(たこ) 夏(なつ)の頃(ころ)大なるを塩(しほ)ゆでに
して生姜酢(しやうがず)にて作り身にするよし
さくら煮(に)は醬油にて煮(に)てしやうが
おろしを入る也/酒(さか)しほにていりつけ
たるもよし大坂のいもたこ汁といふ
物下品なりされど味(あぢ)はよし焼(やき)どうふ
などいれて柚(ゆ)の吸口(すひくち)なり又ほそく
切て瓜(うり)なますにしたるもよし
○生海鼠(なまこ) つくりて二はい酢(す)へひたし
おろし生姜(しやうが)大根など入るは通例(つうれい)也
ふくら煮とてすまし汁にもする也
【左丁頭書】
藁(わら)を少し入れば和(やは)らかになる也
にえ湯(ゆ)をかけて和らかになりたる
を二はい酢へいれおけばいつまでも
味かはらず歯(は)のわろき人もくふべし
きくらげしやうがうどなどの類とり
合せて具(ぐ)とすべし
○太刀魚(たちうを) 煮付(につけ)たるは下品なり
近来(ちかごろ)みそづけにして焼(やき)てしきりに
用ゆる也少し上品なりほね切をして
塩やきにもする也此物/至(いたつ)て下品(げひん)
なれどはやるにつけて客(きやく)にも出すべし
○のうそうふか これも近来(ちかごろ)より
はやる物也/大和国(やまとのくに)にて尤(もつとも )賞翫(しやうくわん)す
つくりてあつき湯(ゆ)をとほしからし
酢みそにてくふ也かまぼこにも入る
なり煮(に)焼(やき)などしては臭気(しうき)ありて
大にわろし
【右丁本文】
一/赤小豆(あづき) 赤(あか)白(しろ)緑(みどり)の三色(さんしよく)あり麦の跡(あと)に植(うゑ)てよし
 夏(なつ)赤小豆(あづき)は少しはやく蒔なり焼地(やけぢ)には灰糞(はひごえ)少し
 入るべし薄(うす)くまきて葉(は)のつき合ぬやうにすべし
一/菉豆(ぶんどう) 民家(みんか)多く粥(かゆ)に入て食(しよく)とするものなり
 肥過(こえすぎ)たる地はよからず糞(こえ)をも用ゆべからず四月に
 まきて六月に収(をさ)め又蒔て八月に収(をさ)む故(よゑ)に二
 なり豆(まめ)とも早(さ)なり豆ともいふ味(あぢ)尤よろし
一/蚕豆(そらまめ) 肥(こや)しなくしてよく実(みの)るもの也/湿気(しつけ)ある
 こえ地よろし潮気(しほけ)ある新開地(しんがいち)などもよし
 但(たゞ)しいや地(ち)をきらふ也/早(はや)く梢(さき)をきりて低(ひき)く
 すべし花(はな)多(おほ)くして実(み)よく熟(じゆく)す
一/豌豆(えんどう) 二三月/植(うゑ)てもよろしけれど八月に蒔(まき)
 て春(はる)になり早く賞翫(しわうくわん)するかたよしこの苗(なへ)は
【左丁本文】
 苗代(なはしろ)のこやしに無類(むるい)の物なりこれに白赤(しろあか)の花(はな)
 の差別(しやべつ)あり白(しろ)きはさやながら煮(に)て菜(さい)とすべし
 赤きかたは実(み)おほけれどさやは食(しよく)しがたし
一/豇豆(さゝげ) これに色々の種類(しゆるい)あれど赤(あか)き物を貯(たくは)
 へて飯(めし)にまぜ用ゆ其外は煮(に)て菜(さい)に用ゆる也
【挿絵】
【枠外丁数】百廿二

【右丁頭書】
○蜆(しゞみ) みそ汁によしきのめの
吸口よしからし青山枡(あをさんしやう)もよしぬ
き身にはかつをゝ入て煮(に)るなり
酒しほをさすべし
○蜊(あさり) これも汁にしてよし蛤(はまぐり)
よりは下品なれども風味(ふうみ)あり
○蛤(はまぐり) すましの汁/吸口(すひくち)こしやう
木のめよしみそ汁はきのめふきも
よしぬき身にしてみりん醬油(しやうゆ)に
煮しめたるよし桑名(くはな)の名物(めいぶつ)なり
○田螺(たにし) 上方にはやるもの也
味(あぢは)ひなく下品也木のめあへにして
よし
○鮒(ふな) 汁にしてよし大なるは
作りてからし酢(す)みそによし近江(あふみ)の
源(げん)五郎/鮒(ふな)は名産(めいさん)にて他(た)に類(るい)なし
常(つね)の川なるも大川はよし小川の物は
【左丁頭書】
臭気(しうき)ありてわろし焼て煮付(につけ)
にし又こぶ巻にもする也/山査子(さんさし)の
粉(こ)を入て煮れば骨(ほね)和(やは)らかに
してなきがごとくなる也
○鮠(はえ) 上品なり汁にしてよし
吸口は山(さん)しやうねぶかなどよし焼て
煮付或はてんがくにしてたうからし
の粉(こ)をつけたるよし汁には大根(だいこん)
ねぶか牛旁(ごばう)などあしらふべし
○もろこ これも大てい右の同じ
上方すぢの名物(めいふつ)なり焼て大こん
なすびやき豆(とう)ふなどゝにひたしに
するもよしねぶかを入るもよし
○鯰(なまづ) 塩(しほ)にてねばりをとり
をはきて汁にするよし茄子(なすび)ねふか
などあしらふべしひらき焼(やき)にして
せうが山しやうの醬油をつけやき
【右丁本文】
 三月の初(はじめ)灰(はひ)ごえを少し用ひてうゝべし六月/実(みの)る
 を収(をさ)めおくべし
一/扁豆(あぢまめ) たう豆/隠元(いんげん)さゝげ垣豆(かきまめ)などいふ皆(みな)この
 類なり白(しろ)きは白扁豆(はくへんづ)とて薬(くすり)に用ゆ秋の末冬
 の初までもなりて莢(さや)ながら煮(に)て菜(さい)とすべし
 根(ね)を肥地(こえぢ)にうゑてよく蔓(はびこ)ればつるは屋(や)のうへ
 又/蘺(かき)などにまとはせ置て風(かぜ)のあたるをよしとす
 三月の節(せつ)/種(たね)を下し少し土(つち)をかけ灰(はひ)にておほふ
 べし三四寸の時(とき)わけてもよし
一/刀豆(なたまめ) 三月初うゑ灰(はひ)にて覆(おほ)ひ古(ふる)き菰(こも)の類(るい)を
 おほひ置べし肥地(こえぢ)にこやしを用ひてよし
一/胡麻(ごま) 白(しろ)黒(くろ)赤(あか)の三色あり黒(くろ)きを薬(くすり)とす三
 四月/雨後(うご)にまく砂地(すなぢ)の肥(こえ)たるによしまき糞(ごえ)
【左丁本文】
 を多く入るべし
一/薏苡(よくい)【左ルビ ツシダマ】 二種あり粒(つぶ)の細長(ほそなが)きをよしとす地は
 湿気(しめり)ある処よし尤/肥(こや)しを多く好(この)むもの也五六
 寸に一本(いつほん)づゝうゑ厚(あつ)く土をかくべし四月にまく
 べし川のはたなどによく実(みの)るなり皮(かは)を去(さり)
 て喰(くら)ふに麦(むぎ)のごとし四国麦(しこくむぎ)ともいふ
一/罌子粟(けし) 八月/種(たね)を下し灰(はひ)人糞(にんふん)を薄(うす)くして
 度々そゝぐへし灰(はひ)ごえもよろし
 ○菜類(さいるい)
一/大根(だいこん) 四季(しき)共(とも)にあれども七八月/蒔(まき)て冬(ふゆ)用るを
 第一の美味(びみ)とす其/種(たね)も国(くに)によりてさま〳〵異(こと)也
 諸国(しよこく)に名産(めいさん)多し其(その)種(たね)を移(うつ)し植(うゆ)れば一二年は
 そのさまに生(おひ)たつもの也/大方(おほかた)砂地(すなぢ)の物もろくして
【枠外丁数】百廿三

【右丁頭書】
【挿絵】
にしてよし
○鰯(いわし) 塩やき酢(す)いりなど常(つね)の
ことなり酢にひたしてきらす
にたゝむもよし山椒(さんしやう)生姜(しやうが)など
香気(かうき)あるものをいれてあしき臭(にほひ)
をさるべし此外めづらしき事も
あるべけれどいづれ下品(げひん)なり。
はかりいわしとて小(ちいさ)き内にはぬた又
【左丁頭書】
酢(す)いりなどにしてよしあぶりて
から汁にいれたるもよし
○つなし 早(はや)ずしにわりて漬(つけ)る
を第一の味(あぢ)とす生姜(しやうが)木(き)くらげ
炒(いり)をの実(み)などいれてよしやきて醬(しやう)
油(ゆ)をかけ或はねぎとなんば煮(に)に
するなどは下品なり骨(ほね)ともに
さく〳〵と細(ほそ)くつくりからし酢(す)の
ぬたにしたるもよし田楽(でんがく)もよし
○このしろ つなしの大なるなり
つかひかた大かた同じ
○ざこの類 雑喉(ざこ)は大かたいり
つけてむかふ付にする也/油(あぶら)つよき
魚(うを)は酢いりよしえびざこなどは
中に上品なり又/菜(な)のるいと煮合(にあは)せ
或(あるひ)は汁にもする也かますごといふ
物はいかなごともいふ生(なま)なるはあぶら
【右丁本文】
 太(ふと)くなり香物(かうもの)にして味(あぢ)よし煮(に)てくふには赤土(あかつち)
 の和(やわ)らかなる処(ところ)のもの味甘くして和(やわ)らか也いかほど
 も深(ふか)くうち返し濃(こき)糞(こえ)を多くうちほしつけ置
 て蒔(まく)べし六月にまけば早(はや)く太(ふと)くなれど虫(むし)生(しやう)じ
 安(やす)し所によりて差別(しやべつ)あるべし油糟(あぶらかす)干鰯(ほしか)人糞(にんふん)
 いづれも多(おほ)く用ゆるほどよし夏大根(なつだいこん)は別(べつ)に一種(いつしゆ)
 なり春(はる)の彼岸(ひがん)過にまく也此外/種類(しゆるい)おほし
一/蕪菁(かぶらな) 大根(だいこん)より廿日(はつか)もおそくまく也/赤(あか)かぶ
 らといふ一種(いつしゆ)ありふるき家跡(いへあと)などによく蔓(はびこ)る也
 灰糞(はひごえ)にてまくべし蒔(まき)たる上を少(すこ)しふみたるが
 よし雨後(うご)は其まゝにてもよし中うちはせぬ
 方よし上(うへ)に根(ね)をあらはしたるがよし民家(みんか)の
 食物(しよくもつ)に無類(むるい)の物なり
【左丁本文】
一/菘(な) 菘(すう)の類に種々(しゆ〴〵)あれと水菜(みづな)これにあた
 れり作(つく)りやうは蕪菁(かぶら)のごとし上品なり
一/油菜(あぶらな) 八月にまき冬中(ふゆぢう)の菜(さい)とし香物(かうのもの)にす
 味(あぢ)尤(もつとも)よし十月/或(あるひ)は正月の比/移(うつ)し植(うゑ)て三月
 の比/花(はな)さき実(みの)るを収(をさ)めて油(あぶら)にしぼる大に利益(りえき)
 あり麦作(ばくさく)に換(かふ)る所もあり
一/芥(からし) 八月/苗地(なへぢ)を打かへし能(よく)こやしうすく蒔(まき)
 苗(なへ)四五寸の時/肥地(こえち)を畦(うね)つくりし一尺はかりに一本
 づゝうゑ濃(こき)糞(ふん)灰(はひ)ごえ水ごえとも多(おほ)くそゝぐべし
 冬(ふゆ)春(はる)葉(は)をかぎ洗(あら)ひて水気を乾(かわか)し少々色づき
 たる時/塩漬(しほづけ)にして食(くら)ふべし実(み)を搗(つき)て料理(れうり)に
 つかふ事人の知るがごとし
一/胡蘿蔔(にんじん) うゑやう大根(だいこん)にかはる事なし
【枠外丁数】百廿四

【右丁頭書】
つよきに過て臭気(しうき)あり塩(しほ)いりに
して売るもの味(あちは)ひよろしく上品
なり二はい酢(す)又/酢(す)みそなどにて
向へ付るちさの葉(は)三葉(みつば)などあし
らひてよしみそ汁に入てもよし
西国(さいこく)にてはいかなご醬油(しやうゆ)とて塩(しほ)を
あはせて貯(たくは)へ置其汁をものゝ煮出
にすることありめづらしきもの也
○さいら 江戸(えど)にてさんまといふ
いりつけて向(むかふ)へつける也/酢(す)いりのかた
よろしこれも下品なり
 ◦塩魚(しほうを)の類
○塩鯛(しほだひ) 昆布(こんぶ)を入てすまし
汁にしこせうの吸口(すひくち)よし大根(だいこん)と
せんば煮(に)にしてもよし其外/菜(な)の
類と煮合(にあは)せてもよし
○塩ぶり 酒煮(さかに)にして味ひよし
【左丁頭書】
なますにしたるもよし其外は
上にもいへり
○鯨(くじら) 塩くじらは牛蒡(ごばう)のさ
さがき大こんなど取みそ汁にし
たるもよしすましにて柚(ゆ)山(さん)しやう
の粉など吸(すひくち)にするもよし水菜(みづな)に
取合せて平(ひら)にも付るなり若菜(わかな)
ねぶかにんじんなとも入べし
皮(かは)くじらは夏までも用る物なり
牛蒡(ごばう)なすびなどいれて汁にもし
大根(だいこん)ねぎなどをも取合(とりあは)すべし
吸口/唐(たう)がらし干さんしやうよろし
煮付(につけ)ても用ゆ茄子(なすび)かもうりなど
取合(とりあは)せてこしやうをかけ平(ひら)にすべし
又/細(ほそ)くつくりからし酢(す)みそにてあへ
又ねぶかなと取合せてさし身にも
する也さし身は湯(ゆ)をかけてよし
【右丁本文】
【挿絵】
一/茄子(なすび) 種子(たね)は二番(にばん)なりのうるはしきがよく熟(じゆく)し
 たる時わりて子(み)をあらひてよく乾(かわか)し収(をさ)めおくべし
 苗地(なへち)はよく糞(こえ)をしおきて細(こま)かにうち二月の中(ちう)
 過(すぎ)て蒔(まく)べし二三寸の時うつし植(うゑ)て水ごえなど
 よろし肥(こやし)多ければよく栄(さか)えて実(み)おほくとれる也
 地(ぢ)に焼(やき)ごえしたるもよろし
【左丁本文】
一/菠䔖(ほうれんさう)【䔖は薐】 秋のひがんに実(み)を蒔(ま)き人糞(にんふん)小便(せうべん)など
 そゝぐべし畑(はた)にうゑ付(つけ)にしたるがよし
一/萵苣(ちさ) ちさに色々ありきぬぢさといふ一種
 和(やわ)らかにして長(なが)く葉(は)の盛(さかん)なるあり植(うゑ)て益(えき)有(あり)
 八月早くまき肥地(こえぢ)にうね作してうつし植(うゝ)べし
 春(はる)になりて植(うゑ)かへたるは早く用にたちがたし
 泔水(しろみづ)に小便を合せてそゝぐべし
一/莙薘(たうぢさ) 二月/蒔(まき)て四月にうゑかふべし秋まきたる
 もよし灰(はひ)に小便をそゝぎてよし
一/茼蒿(しゆんきく) 秋のひがんに種(たね)をまき肥(こやし)は灰(はひ)小便(せうべん)など
 そゝぎてよし香気(かうき)ありて風味(ふうみ)よし
一/百合(ゆり) 根(ね)を食(くら)ふべし根をとる時少し取残(とりのこ)しおき
 てそれを植(うゝ)れば子(み)まきよりよく栄(さかゆ)る也/灰(はひ)ごえよし
【枠外丁数】百廿五

【右丁頭書】
○塩いわし 生(なま)よりは上品なり
やきて茶漬(ちやづけ)の菜(さい)にする妙なり
麦飯(むぎめし)に菜汁(なじる)などの向(むかふ)へつくべし
○さば 塩の甘(あま)きはつくりても
よろし早(はや)ずしにつけたるもよし
よく〳〵塩出(しほだ)しをすべし水だきに
してこしやうの吸口あるひはやきて
たで酢(す)をかくるもよし但(たゞし)からきはわろし
【挿絵】
【左丁頭書】
又/焼(やき)て若狭辺(わかさへん)より出すあり
京大坂にて殊(こと)にはやるものなり
風味(ふうみ)大によろし煮(に)びたしなどに
してよし又さしさばとて盆(ぼん)の頃
諸国(しよこく)へ出すものあり塩(しほ)からくして
下品(げひん)なり塩(しほ)を出したで酢(ず)に花(はな)
がつをなどあしらひて用ゆ
○塩鰆(しほさはら) 水だきにしてよし
塩のすくなきはあんかけにしてもよし
いよ〳〵あまきは作(つく)りても用ゆまた
干(ひ)ざはらありむしり身(み)にして酒(さけ)を
かけて用ゆべし
○しいら さはらに大かた同じ
少(すこ)し品(しな)おとれり
○小鮎(こあゆ)ざこ 所によりていりぼし
といふもの也これにいわしごかます
ごまゝかりごなどの差別(しやべつ)あり小鮎(こあゆ)と
【右丁本文】
一/葱(ねぎ)【左ルビ ひともじ】 十月種をまき灰(はひ)ごえを根廻(ねまは)りへ入根もとへ
 わらごみをおくべし湿気(しつけ)ある細沙地(こすなぢ)によし春(はる)夏(なつ)
 うゑて菜(さい)とする物/同種(どうしゆ)なれど味(あぢ)異(こと)なり苅葱(かりぎ)と
 いふありうゑ付(つけ)にして年中(ねんぢう)かりて用ゆべしすべて
 葱(き)の類は次第(しだい)に根(ね)に培(つちか)ひて白根(しろね)の長(なが)きを賞(しやう)
 すべしわけ葱(ぎ)といふ又/一種(いつしゆ)なり春(はる)になりて分(わけ)て
 うゝる故の名(な)なれど秋うゑて春(はる)早(はや)く食(くら)ふを賞(しやう)
 翫(くわん)する事也/小葱(あさつき)は葱(ねぎ)の小(ちひさ)きもの也八月に
 種(たね)を下し三月/初(はじめ)にかりて食す
一/韮(にら) 九十月種をまき二月分うゑて魚洗汁(うをのあらひしる)
 人糞(にんふん)少し用ゆ但しこれも根(ね)を分(わか)ち秋うゑ置て
 春早く賞(しやう)する方よろし
一/蒜(にゝく)【左ルビ ひる】 よくこえて軟(やわら)かなる地に浅(あさ)く植(うゝ)べし
【左丁本文】
 湿気(しめりけ)ある処はわろし種(たね)は大なる方よろし大に臭(くさ)
 きものなれども色々(いろ〳〵)薬(くすり)となりて益(えき)あるものなり
 暑中(しよちう)これを食(くら)へば霍乱(くわくらん)を病(やむ)ことなしこやしは牛(ぎう)
 馬(ば)の糞(ふん)芥(あくた)などいれ水ごえをそゝぐべし六月よ
 り八月までに蒔(まく)べし小蒜(のびる)は臭気(しうき)甚(はなはだ )少(すくな)し早く
 うゑてよし
一/薤(らつきやう) 白砂(しらすな)の和(やわ)らかなる肥地(こえち)によし二三月/分(わけ)て
 四五本づゝ植べし湿気(しつけ)をにくむ物也/根(ね)を三盃(さんはい)
 酢(ず)に漬(つけ)て食(くら)ふ味(あぢはひ)よろし
一/薑(しやうが)【左ルビ はじかみ】 少(すこ)し木陰(こかげ)ある地よろし細沙(こまずな)の肥(こえ)たる所に
 うゝべし馬糞(ばふん)芥(あくた)を根廻(ねまは)りへ入れ水ごえをそゝぐ
 又/人糞(にんふん)油糟(あぶらかす)を入るもよし日でりにいたみ湿気(しつけ)
 にもいたむものなればよく地を撰(えら)ぶべし
【枠外丁数】百廿六

【右丁頭書】
といふは中に白(しろ)き一種(いつしゆ)にて大坂の
川口(かはぐち)へんにてとる物也/氷魚(ひを)の類(るい)也
ちひさきはちりめんざこといふ此等(これら)
の物/日用(にちよう)に益(えき)あり煮出(にだ)しにいれ
汁にいれ或(あるひ)はそのまゝにて酢醬油(すしやうゆ)
をかけおろし大根(だいこん)たでなど入るなり
なますにしてもよし
○ごまめ たつくりといふ物なり
引さきてなますとするは古風(こふう)なり
いりつけにして唐(たう)がらしをかけ向付(むかふづけ)
にするもよし但しほうろくにて炒(いり)て
後(のち)醬油にて煮(に)ればもろくなる也
○ぼう鱈(だら) 松前(まつまへ)より出るもの京
大坂に多(おほ)し水にかしおきて大根(だいこん)白(しろ)
まめこんぶなとに取合せて煮(に)る也
大根とみそ汁【かけヵ】にするもよしよく
〳〵酒(さけ)にて煮(に)れば和(やは)らかになりて
【左丁頭書】
味(あぢは)ひよしかしたる内/度々(たび〳〵)水をか
へてよし川にかすは大によし
○いりがら かはべくじらとも云
わけぎに取合せ酢(す)みそあへに
してよし汁に入てねぶかとた
き合せたるもよし菜(な)と煮(に)たるは
大に下品なり
○鯡(にしん) 昆布(こぶ)まきにしまた平
こんぶと煮(に)てむかふへ付るいかにも
下品なる物なり白水(しろみづ)にひたし置
砂糖(さたう)あめなど入て煮(に)ればし
ぶみぬけて味ひよし
○するめ かつをぶしのかはりに
煮出(にだ)しに遣(つか)ふ引さきてなますに
しまたつけ焼にして酒(さけ)の肴(さかな)にす
る事あり又でんぶとてけづり
たるありいつれも上品なり
【右丁本文】
一/款冬(ふき) 木陰(こかげ)にうゑて肥(こやし)を用(もち)ひず細(こまか)き塵(ちり)を
 根(ね)もとへ入おけばよくはびこる也
一/独活(うど) 山地(やまぢ)などの荒(あれ)たる地を二三尺もほり中を
 平(ひら)にして低(ひく)き所へうゑつけ細(こまか)き塵(ちり)芥(あくた)を段々(だん〳〵)に
 厚(あつ)く覆(おほ)ひ芽(め)の出る時/芥(あくた)を取(とり)のけ芽(め)を切べし
 跡(あと)をもとのごとくすれば又/芽(め)を生(しやう)ずる也
【挿絵】
【左丁本文】
一/紫蘇(しそ) 正月/熟地(じゆくち)に苗床(なへどこ)を作りて灰砂(はひすな)に
 合(あは)せうすく蒔(まき)て土(つち)をおほひおくべし三月うね
 つくりし間を遠(とほ)くうゝべし大方(おほかた)は肥地(こえぢ)の畑(はた)の
 端(はし)々に少しづゝまきおけばおのづから栄(さか)えて一(いつ)
 家(か)の用にはたつものなり
一/芋(いも) 芋に種々(しゆ〴〵)あれど青芋(ゑぐいも)殊(こと)に根(ね)の多く出
 来るもの也/紫芋(たうのいも)又/味(あぢは)ひよし池(いけ)川(かは)の辺(ほとり)など
 水気(すゐき)ありて湿気(しつけ)のもれやすき所の軟(やはら)かなる所
 よし深(ふか)さ二三寸にうゑて牛馬糞(ぎうばふん)のあくた枯(かれ)
 草(くさ)の類を根廻(ねまは)りに入れ追々(おひ〳〵)に土(つち)をかくれば
 子(こ)おほく出来るもの也十月に掘出(ほりいた)し日あたり
 よき地(ち)を深(ふか)くほりて埋(うづ)めおけば冬春までも
 よくもつなり茄蓮(はすいも)は茎(くき)葉(は)を生(なま)にて食(くら)ふべし
【枠外丁数】百廿七

【右丁頭書】
右にあぐるものは誰(たれ)も知たる事
にて珍(めづ)らしからぬ事なれども
片山里(かたやまざと)などにては時として日々(にち〳〵)
のばん菜(ざい)にも思ひ付のなきこと
あるものなればとてあら〳〵
その仕方(しかた)を挙(あげ)たる也されど又
臨時(りんじ)の客(きやく)などあらんをりの心
得にもとて一汁(いちじう)一菜(いつさい)の料理(れうり)
年中(ねんぢう)の事どもを左(さ)に出すさ
れど是またあながちに拘(かゝは)り
なづむべからず是を見て思(おも)
ひ付(つき)有合(ありあは)せたる物にて手がろく
気転(きてん)よくして早(はや)く間(ま)にあふ
を専(もは)らとすべしすべて素人(しろうと)の
料理(れうり)献立(こんだて)は念(ねん)の入/過(すぎ)て手
もとのおそきはわろきもの也/早(はや)く
間(ま)にあひてきれいなるをよしとすべし
【左丁頭書】
【項目枠】
正月       同        同
煮物(にもの)       なます皿(さら)    汁(しる)
【一列目枠】
白うを      鯛うす      小かぶら
 うど       づくり      つみ入
  たんざく   きくらげ
玉子とぢ       せん
  にして    大こん      赤がひも
浅草のり      くり       よし
           せうが
【二列目枠】
鴨(かも)        なまこ      ねいも
 ねぎ       おろし      うど
みさん椒(せう)        大根
或は       茗荷(みやうが)       又
千/牛蒡(ごばう)        たけ      かまぼこ
 もよし      生姜(しやうが)
【三列目枠】
まてがひ     きすご      白うを
  くわゐ     赤がひ      わかな
 つく〴〵し   めうど      又あゆご
或は        ばうふう     ほうれん
 あはび     せうが          草
  わかな
 こしやう
【四列目枠】
はんぺい     いかせん     やきどうふ
 みつば      大根たん     さいのめ
に椎たけ         ざく
 おとし玉子   木くらげ     はらゝご
木のめ        うど      或は
又        せうが        ほしこ
 かまほこにても   しそ

【右丁本文】
 仏掌藷(つぐいも)は四月比切て灰をつけ山地(やまぢ)の畑(はた)を四五
 寸(すん)ほり土をよくこなし竹(たけ)の葉(は)を多くまぜてうゑ
 おき蔓(つる)出て後/人糞(にんふん)を入べし
一/甘藷(さつまいも) 砂地(すなぢ)にて作るもの味(あぢ)よし多くは海島(かいたう)よ
 り出すなり暖地(だんち)ならざれば生(はえ)がたし四月うゑて
 後/蔓(つる)一二尺になればまげて地(ち)へふせ土をかくれば
 節(ふし)より根(ね)を生ずる也かくのごとく度々してよし
 此物/肥(こやし)を用ひずして尤/得益(とくえき)あるもの也
一/瓜(うり) 白瓜(しろうり)胡瓜(きうり)甘瓜(あまうり)【左ルビ まくは】醬瓜(まるづけ)など種々(しゆ〳〵)あり大抵(たいてい)
 三四月/種(たね)をまき一寸ほどの時/畑(はた)へうゑ垣(かき)を結(ゆひ)て
 はひかゝらする也/甘瓜(あまうり)などは麦(むき)わらを敷(しき)てははせ
 おくよしどふの泥(とろ)に人糞(にんふん)をまぜそゝぐべし一尺
 ほどになり蔓(つる)出ればしんのさきをとめてよし
【左丁本文】
 又/干鰮(ほしか)を粉(こ)にして砂(すな)にまぜ根廻(ねまは)りに入るもよし
 種(たね)をたくはへおくには冬より熱(あつ)き牛糞(うしのふん)にまぜ
 置き凍(こほ)らせて後少しめりある日陰(ひかげ)におけば蒔
 て後(のち)大に栄(さか)ゆるものなり
一/冬瓜(とうくわ)【左ルビ かもうり】 灰(はい)に小便(せうべん)をうちて泥(どろ)にかきまぜ地に厚(あつ)く
【挿絵】
【枠外丁数】百廿八

【右丁頭書】
【一列目枠】
岩(いは)たけ     塩さけ      わかめ
 くるみ      おごのり
ごはう      つく〴〵し
  山せう       くり    たんざく
又わかめ       わさび     うど
  などよし   わかめもよし
【項目枠】
二月       同        同
煮物       鱠皿       汁
【二列目枠】
白むめ      いせ海老     鯛さいのめ
 ぼし       くらげ     みつば
きざみ      めうど
 あらめ      たで      又
大黒         せうが     きのめ
  まめ                 にても
【三列目枠】
白魚       さより      はまぐり
 赤がひ       ほそ作り    ほしな
みつば      うど
 玉子       つく〴〵し   ゆば
  とぢ     しそ        つく〴〵し
          せうが
【四列目枠】
山のいも     大こん      おこぜ
 かんひやう    にんじん     かはをむき
 しいたけ    わりご         うど
  花がつを     まめ      たんざく
          せうが
【左丁頭書】
【挿絵】
【五列目枠】
生        ふな       ちさ
 わらび      大こん       のは
やき       木くらげ
 どうふ      うど      つみ
           九ねんぼ    いれ
            せうが
【六列目枠】
焼ふな      赤がひ      しゞみ
 わらび      さゞい      木のめ
塩        大こん      又
 まつたけ      せん      まてがひ
         たうがらし
           たで
【右丁本文】
 しき三四尺も間(あひだ)をおきて一粒(いちりう)づゝ種(たね)をまくべし
 根(ね)つきて後/人糞(にんふん)をわら塵(ごみ)に合せ根廻(ねまは)りに置
 魚洗汁(うをあらひしる)水ごえなどそゝぎてよし
 番南瓜(ぼうぶら)【左ルビ なんきん】 作る法大かた瓜類(うりるい)に同じ
一/壷盧(ゆふがほ) 四月初/種(たね)をまき灰(はひ)ごえを入てまくべし
 海辺(かいへん)南向(みなみむき)の砂地(すなぢ)によろし鳥糞(てうふん)など入てよし
一/糸瓜(へちま) 四月初まき竹(たけ)にまとはし人糞/魚洗汁(うをあらひしる)
 などかけてよし小きうちに味噌(みそ)をつけ焼(やき)てくらふ
 又つけ物にもよし蔓(つる)を裁(たち)て切口(きりくち)を陶(とくり)などにさし
 おけば水多く出るこれ痰(たん)の妙薬(めうやく)なり婦人(ふじん)の化粧(けしやう)
 水に用ること近来(きんらい)流行(りうかう)せり
一/西瓜(すいくわ) うゑやう瓜のごとし海藻(うみのも)を多く入たるよし
 地は砂地(すなぢ)にて暖(あたゝか)なる所よし瓜(うり)よりはこやしを多く入べし
【左丁本文】
 さきをとめずして無用(むよう)の蔓(つる)を切すつべし
一/瓢(ひさご)【左ルビ ふくべ】 此類(このるい)多くあり甘(あま)きは胡盧(ゆふがほ)とて干瓢(かんひよう)にする也
 上に出す苦(にが)きは酒器(しゆき)にし酌(しやく)に作(つく)る大なるあり小き有
 長(なか)きあり円(まろ)きあり各々(おの〳〵)好(この)むところの種(たね)をえらひて
 植(うゝ)べし肥地(こえぢ)をふかく耕(たがへ)し底(そこ)の土をつきかためて
 其中に肥土(こえつち)をいれ鳥(とり)の糞(ふん)などを多くいれおし
 つけ水にてこね種(たね)を四/粒(りう)づゝ入/灰(はひ)ごえをおほひお
 くべし生出(おひいで)て後/糞水(ふんすゐ)を度々そゝぎ花(はな)を見て
 さきをとむべし
一/筍(たけのこ) 五月十三日を竹酔日(ちくすゐじつ)といひて此日/竹(たけ)を植(うゝ)
 れば必(かならず)よく生(おひ)つくといへり冬(ふゆ)根(ね)もとへ籾糠(もみぬか)をいれ
 馬糞(ばふん)を多くいるれば竹子(たけのこ)ふとくして数本出る也
一/薯蕷(やまのいも) 山芋(わまのいも)を作(つく)る法/細砂(こずな)の地いかにも軟(やはら)かなる
【枠外丁数】百廿九

【右丁頭書】
【項目枠】
三月       同        同
煮物       なます      しる
【一列目枠】
水ぶき      さき鮎(あゆ)     小しひ
 干いか      くり       たけ
 きのめ      しそ
          たで      つみいれ
           せうが     豆腐(とうふ)
【二列目枠】
あげ       たひ       ふき
 どうふ      さいのめ     こぐち
 但本ごま    せんうど       きり
ほし大根      きくらげ
 せうが       せうが    やき
                   どうふ
【三列目枠】
小がも      大根       大
つみ        たんざく     はまぐり
 こんにやく   はまぐり       むきみ
新          むきみ    わらび
 ごぼう     たうがらし      のほ
            みそ    又あさりも
【四列目枠】
するめせん    さはら      塩かも
ごまめ       ゆの皮
小えび        うど     いてう
 に早こんぶ    はせうが     大こん
 はり        からしず    こせう
  ごぼう
【左丁頭書】
【五列目枠】
焼(やき)もろこ    鳥貝(とりがひ)       ほし
 ねぶか     うど        大こん
粉山椒(こさんしやう)       しらが     うす切
         たうからし    もみのり
          みそあへ    或は
                   わかめ
【項目枠】
四月       同        同
煮もの      なます      汁
【六列目枠】
やき鮎(あゆ)     あぢ       えび
 竹の子      白うり     いんげん
         めうが        まめ
         とうがらし
【七列目枠】
茄子(なすび)       松魚       なすび
 あぶらに     きうり      小口切
 又さかに    三ばいず     赤えひ
からし       せうが      さいのめ
 又はせうが
【八列目枠】
ほしこ      かれひ      新
 山の芋      夏大根      そら豆
あんかけ      葉せうが    かま
         二はいず       ぼこ
【右丁本文】
 地(ち)を深(ふか)くすきて畠(はたけ)に長(なが)く溝(みぞ)をほり深さも
 広(ひろ)さも二尺ばかりにして牛馬糞(ぎうばふん)と土とあはせ
 半分(はんぶん)ほど入(いれ)芋(いも)の長きを撰(えら)び三四寸に折(をり)五六寸
 をおきて横(よこ)にねさせ其上より又/糞土(ふんど)を三四寸の
 ほどおほひ置/乾(かわ)けば水をそゝぐべし多(おほ)く水の過るは
 よからず油糟(あぶらかす)干鰯(ほしか)の類は遠(とほ)く掘(ほり)て入るべしこやし
 多ければよく出来る也/霜(しも)ふりて掘(ほり)出すべし蔓(つる)
 は竹をたてゝはひまとはすべし
一/甘蔗(さとう) 海辺(かいへん)の砂(すな)真土地(まつちぢ)に植(うゝ)べし去年(きよねん)かこひ置
 たる茎(くき)を二節(ふたふし)こめて切/芽(め)の所を横(よこ)にして一足(ひとあし)
 ほどの間に一本(いつほん)うゑはえて後/魚(うを)の洗汁(あらひしる)をそゝぎ
 傍(かたはら)に生(しやう)ずるひこばえを切取べし秋(あき)にいたりて茎(くき)に
 汁(しる)の満(みち)たる時切とりてしめ木にかけて汁(しる)を取(とり)
【左丁本文】
【挿絵】
 煎(せん)じ蛤粉(がふふん)を入さましおけば黒砂糖(くろさたう)となる是を
 また素焼(すやき)の瓶(かめ)に入二たびせんじて下に溜(たま)るもの
 白砂糖(しろさたう)なりさて秋(あき)切とる時あまり太(ふと)からずして
 実(みの)りたる茎(くき)を撰(えら)み来年(らいねん)の種(たね)にたくはふべし
 其(その)茎(くき)を砂(すな)に入日あたりよき高(たか)き地(ち)をほりてうめ
【枠外丁数】百三十

【右丁頭書】
【一列目枠】
やきどうふ    鮭(さけ)        小あゆ
 わらびほ    たで
 つまみ麩(ふ)     葉せうが    ほう
  こせう    花ゆ        れん草
【二列目枠】
鯛切身      さはら      新ごぼう
 はつなすひ    初うり      葉とも
  さや豆    又/冬瓜(かもうり)      ざく〳〵
はせうが     むして      青
          葛あん      さんせう
【項目枠】
五月       同        同
煮物       なます皿     しる
【三列目枠】
鳩(はと)ほねとも    小だひ      青
 たゝき      ほそ       さぎ
ねぜり        さゝげ    ごばう
 きはつ      くり        せん
  たけ       はせうが
【四列目枠】
いんげん豆    さより      竹の子
 なすび      糸づくり     のさき
なまぶし     白うり      すり身
          みやうが     つみて
            しそ
【左丁頭書】
【五列目枠】
こゞり      なまぶし     ほねぬき
 こんにやく    むしりて     どじやう
みりん仕立    きうり      ふき
こせう       しそ       すり山椒
   かけて     たで     あかみそ
【六列目枠】
雲雀(ひばり)       まゝ       かつを
 たゝきて     かり
けづり      やきて      長刀なす
 ごばう     おろし       こせう
さんせう       大こん
          せうゆ
【七列目枠】 
あらひ      えび       ひふぐ
  鱸(すゞき)       塩ゆで     そら
ぼう         さきて      まめ
  ふう     大こんせん     ふき
わさび        せうが
  醬油     二はいず
【項目枠】
六月       同        同
煮物       鱠皿       汁
【八列目枠】
はも       えび       かは
 ほねきり     くらげ      くじら
すり       たで         ふき
  せうが      しそ     さんしやう
 あんかけ       ゆ
         だい〴〵ず
【右丁本文】
 おき春(はる)になりて掘(ほり)いだし植(うゝ)べし
   右に挙(あぐ)る所の諸菜類(しよさいるい)は人民(じんみん)日用(にちよう)の物に
   して何方(いづかた)にも作(つく)りおぼえたる事なれば今更(いまさら)
   にこと〴〵しく出すべきにはあらざれども聊(いさゝか)
   心を用れば大に益(えき)あるべき事なれば大概(おほかた)
   を示(しめ)したる也/此余(このよ)にも猶多く且(かつ)薬種(やくしゆ)の
   作(つく)りやう製(せい)しやうなどの事も大に益(えき)あ
   る物なれどそは又/後篇(こうへん)に委(くはし)くすべし
   次(つぎ)の菓木(くわほく)の条(でう)もこれに同じ
  ○果木類(くわぼくるい)
一/梅(むめ) 冬(ふゆ)の内/根廻(ねまは)りを掘(ほり)人糞(にんふん)を入れば来年(らいねん)
 実(み)多(おほ)し二月初/桃砧(もゝだい)へ接(つげ)ば早くなる也/梅砧(むめだい)は
 却(かへつ)てわろしさて根(ね)へ土を高(たか)くかけておけば
【左丁本文】
 自然(しぜん)に梅(むめ)より根(ね)を生(しやう)じ桃砧(もゝだい)は朽(くつ)るものなり
 梅の類/種々(しゆ〴〵)あれど実(み)をとるは花(はな)の遅(おそ)き実(み)の
 大なるがよし
一/桃(もゝ) 桃(もゝ)も種類(しゆるい)多(おほ)し若木(わかき)の内/実(み)うるはしくて
 やに少し十年の後(のち)は老(おい)て実(み)すくなく脂(やに)多
 し故(ゆゑ)に実(み)蒔(まき)にすべし秋(あき)まけば春(はる)生(しやう)ず真土(まつち)に
 植(うゑ)たるは早く栄(さか)ゆる也/赤土(あかつち)は虫(むし)生(しやう)ず湿地(しつち)又わろ
 し脂(やに)多(おほ)くなる也日あたりのよき乾(かわ)き地(ち)に植(うゝ)べし
 二月/初(はじめ)桃砧(もゝだい)へ接(つぎ)たるがよし若(もし)実(み)にやに多くば
 幹(みき)を疵(きず)つけ削(けづ)りなどして脂(やに)を多く出すべし
 さすれば実(み)にやに出ず冬/糞(こえ)を入てよし
一/杏(あんず) 杏砧(あんずたい)桃砧(もゝだい)に接(つぎ)てよし植(うゑ)やう梅に同じ
一/李(すもゝ) これも梅(むめ)桃(もゝ)に同じ実(み)は秋(あき)まきてよし冬(ふゆ)
【枠外丁数】百卅一

【右丁頭書】
【一列目枠】
豆腐(とうふ)やつこ    あぢ       小あぢ
 しそたで     やきて      なすび
青たうがらし   たでず      たで
  やきて    しそせうが

【二列目枠】
茄子(なすび)       すぐき      ひばり
 松もどき     竹の子      たゝき
あふらあげ    はせうが     はり
  ほそ切      たで酢      ごぼう
         はなゆ        山せう
【挿絵】
【左丁頭書】
【三列目枠】
なんきん     石がれひ     干だら
 なすび      赤がひ      やきどうふ
うまに        きうり     水ぶき
           せうが
【四列目枠】
たまご      いわし      つみ
 そうめん     さきて      いれ
しひたけ     たうがらし
  せん       みそ
 せうが     大こん      めうが
          たんざく      たけ
【項目枠】
七月       同        同
煮物       なます      しる
【五列目枠】
かしら芋      せいご      いもまき
          うす作り     いんげん
あぶら      大根せん       さゝげ
 あげ       きくらげ    青のり
           せうが
【六列目枠】
新はす根     いな       えび
 牛ばう      はすいも     うどんご
いもずいき     たう        つみいれ
 はぢき       がらし    なすび
  えだ豆    めうが
          たで
           しそ
【右丁本文】
 人糞(にんふん)獣肉(じうにく)などいれてよし
一/梨(なし) 砂(すな)まじりの真土(まつち)によろし根(ね)の土はしまり
 たる方よし寒中(かんちう)人糞(にんふん)酒糟(さけのかす)油糟(あぶらかす)獣肉(じうにく)など
 根廻(ねまは)りをほりて入れば実(み)多(おほ)し高(たか)さ五六尺に
 棚(たな)をゆひかき付てよし花(はな)の咲(さき)たる時/一房(ひとふさ)の内
 大なるを一ッ二ッ残してあとを摘(つみ)すてゝよし又
 実(み)になりたる時あたり合(あは)ぬ様(やう)に間引(まびき)てよし
 これも種類(しゆるい)多(おほ)し水気(すゐき)おほく味(あぢ)よきを撰(えら)びて
 植(うゝ)べし接(つぎ)たるは早く実(みの)る也春までも貯(たくは)へおくに
 は木梨(きなし)とてかたきがよし
一/柿(かき) 種類(しゆるい)甚(はなは)だ多し種(たね)を植(うゑ)たるは多くは
 渋柿(しぶかき)となる物なれば接木(つぎき)にすべし彼岸(ひがん)より
 廿日ばかりして渋柿(しぶかき)へ接(つぎ)てよしみづきたる苧(を)
【左丁本文】
 にてかたく巻(まく)べし冬中(ふゆぢう)に糞肉(ふんにく)を入る事
 諸木(しよぼく)と同じ六月/土用中(どようちう)に一度/肥(こやし)を用れば
 秋に至(いた)りて実(み)落(おつ)ることなし柿(かき)を植(うゝ)るは
 九十月の比(ころ)よろし渋柿(しぶかき)は土用/前(まへ)にとりたるが
 つよくてよし
一/蜜柑(みかん) 紀伊国(きのくに)より出るを名産(めいさん)とす暖国(だんこく)の赤(あか)
 土(つち)によろし柚(ゆ)又/枸棘(からたち)へ接(つぎ)てよし冬/人糞(にんふん)獣肉(じうにく)
 など根廻(ねまは)りへ入てよししろ水をそゝげは実(み)落(おち)
 ずといへり七月には肥(こやし)を忌(いむ)べし
一/香橙(くねんぽ) これも暖地(だんち)によろし冬/人糞(にんふん)に灰(はひ)を
 まぜて多く入べし夏(なつ)の比(ころ)心をつけて虫(むし)を去(さる)
 べし二月/比(ごろ)枸棘砧(からたちだい)によび接(つぎ)切接(きりつぎ)にするなり
一/金柑(きんかん) 山の赤土(あかつち)野土(のつち)によし其外は蜜柑(みかん)に同じ
【枠外丁数】百卅二

【右丁頭書】
【一列目枠】
焼はぜ      醋蛸(すだこ)        ぼら
 ぜんまい              とうふ
山のいも      すり      わかさんしよ
           せうが          う
【二列目枠】
あげふ      こちつゝ切    やきはせ
 かんひやう   さといも
しひ茸       いりつけ     なすび
 くわゐ     千せうが
【三列目枠】
あはび      はも       しめぢ
 ふくらに     ほね切       たけ
  わた共
やき豆腐     みそせうゆ    さき
 新ごばう              えび
【項目枠】
八月       同        同
煮物       鱠さら      汁
【四列目枠】
から       ずいき      厂【雁】
 はまぐり
          青えだ
            まめ
塩からむし      はぢき    さき
              て     松たけ
からし      《割書:めうが|せうが》あま酢
【左丁頭書】
【五列目枠】
ちぬ鯛      きすご      はらゝご
 やきびたし    大こん      むかご
 もみ大根      おろし
 すひしたぢ   くり       きらず
           せうが      じる
【六列目枠】
こち       なまこ      はつたけ
 たら       赤がひ      とうふ
  もどき    おろし
青こぶ       大こん     柚のかは
 こせう     せうが
          はらゝご
【七列目枠】
はらゝご     ふか       小いも
 むかご芋      ゆでゝ     ちくわ
赤がひ       めうが
            のこ
         たうがらし    ゆ
           すみそ
【八列目枠】
うなぎ      たいらぎ     おとし
 つぶ〳〵切    さき        玉子
牛ばう        松たけ
 小口切     たでほ      めうが
いりつけ      せうが       たけ
          ゆ
【項目枠】
九月       同        同
にもの      なます皿      汁
【右丁本文】
【挿絵】
一/柚(ゆ) 赤土(あかつち)野土(のつち)等(とう)によし砧(だい)は枸棘(からたち)へ接(つぐ)べし肥(こやし)
 の入やうなど蜜柑(みかん)に同じ
一/石榴(ざくろ) 花(はな)に数種(すしゆ)あり実(み)は酸(す)きと甘(あま)きと有
 さし木にしてよく活(つく)もの也又/春(はる)の彼岸(ひがん)によび
 接(つぎ)にしてよし冬(ふゆ)根廻(ねまは)りに人糞(にんふん)を入べし
【左丁本文】
一/葡萄(ふどう) 紫(むらさき)なるあり青緑(あを)きあり三月のころ
 枝(えだ)を切(きり)て挿(させ)ばよくつくなり又/鉢(はち)の穴(あな)より蔓(つる)
 を引とほし鉢(はち)へ土をいれおき秋に至りて鉢(はち)の
 下(した)の処より切とれば実(み)を結(むす)びたるまゝにて
 鉢植(はちうゑ)となる常(つね)に棚(たな)をこしらへて蔓(つる)をのす
 べし人糞(にんふん)に酒粕(さけかす)などまぜ冬の内/根廻(ねまは)りへ入
 べし水辺(すゐへん)を好(この)むもの也
一/林檎(りんご) 根廻(ねまは)りを少(すこ)し高(たか)く植(うゑ)て湿気(しつけ)を漏(もら)
 すべし山(やま)の赤土(あかつち)野土(のつち)皆わろし春(はる)のひがんに
 海紅(かいこう)の砧(だい)へ接(つぐ)べし切つぎよび接(つぎ)よし又/海棠(かいたう)
 の根(ね)へつぐもよし九十月に植(うゑ)替(かふ)べし十一月頃
 より根廻(ねまは)りを掘(ほり)根(ね)さきの細(ほそ)き所は切(きり)てよし
 冬/腐(くさり)たる人糞(にんふん)をそゝぐべし三四月の比/多(おほ)く
【枠外丁数】百卅三

【右丁頭書】
【挿絵】
【一列目枠】
やき栗(くり)       くらげ      かも
 青枝豆(あをえだまめ)      大根千      しめぢ
氷こんにやく   わさび         たけ
 いりつけ       酢     いてう
                    大こん
【二列目枠】
つるしがき    蓮根(はすね)      一口茄子(ひとくちなす)
にんじん      せんに
 ごまみそ    みはま
   あへ      ぐり      やき
          せうが       はえ
            みそ
【左丁頭書】
【三列目枠】
松たけ      さより      あんかう
 とうふ      大こん
  玉子       せん      昆布
   ゆ     くらげ        たんざく
           たで      小いも
            しそ
【四列目枠】
たひらぎ     いか       いもがら
          はす芋
 平茸                あぶら上
          たで酢       こまかに
  ゆ皮        しそ        して
【五列目枠】
小茄子      いせえび     干葉(ひば)
 やきぐり      むして
  赤がひ     せうが      はも
          柚         の皮
【項目枠】
十月       同        同
煮もの      鱠皿        汁
【六列目枠】
鴨(かも)たゝき       あま鯛      たひ切身
 ねぶか      つけ松茸     とうふ
  ゆ        さきて
          くり         ゆ
           わさび
【右丁本文】
 虫(むし)を生(しやう)ず早く取捨(とりすつ)べし
一/栗(くり) 荒地(あれち)或は道(みち)の傍(かたへ)などに植(うゝ)べし栗(くり)の下(した)
 には諸(もろ〳〵)の作物(さくもの)生(おひ)たらぬもの也十年/余(あまり)になれば
 木(き)老(おひ)て実(み)小(ちさ)くしいな多し伐(きり)て砧(だい)とし接(つぎ)て
 よし又/実(み)を蒔(まく)もよし早く生長(せいちやう)する物也
一/楊梅(やまもゝ) 山の暖地(だんち)にうゑてよく生長す冬中(ふゆぢう)
 根廻(ねまは)りへ灰(はひ)人糞(にんふん)をそゝぐべし
一/無花果(いちじく) 度々(たび〳〵)古枝(ふるえ)を伐(きり)すかし寒中(かんちう)人糞を
 そゝぐべし三月比/枝(えだ)を切(きり)地(ち)にさし水を度々
 灌(そゝ)ぎ後(のち)人糞(にんふん)をそゝげば其年/実(み)を結(むす)ぶ也
一/蜀椒(さんしやう) 朝倉(あさくら)山桝(さんしやう)といふ山土(やまつち)によろし冬(ふゆ)実(み)を
 まきて春(はる)生(しやう)ず干鰯(ほしか)どぶの泥(どろ)など入てよし
 人糞(にんふん)は忌(いむ)べし又/刺(とげ)のなき山椒(さんしやう)あり又/実(み)を
【左丁本文】
 結(むす)ばぬありこれは春(はる)木(き)の半分(はんぶん)皮(かは)を竪(たて)に剥(はぎ)て
 半分(はんぶん)は残(のこ)しおくべしこれを辛皮(からかは)と云
一/枇杷(びは) 砂地(すなぢ)に宜(よろ)しからず甘(あま)きと酸(す)きとあり
 甘(あま)きを植べし老樹(おいき)は水すくなし糞(ふん)を遠(とほ)く
 入れば実(み)多し
一/桜桃(ゆすら) 生垣(いけがき)にして弁利(べんり)なり木(き)小(ちひさ)く実(み)珍(めづ)らし
 く殊(こと)に早く熟(じゆく)して奇麗(きれい)なり紅紫(こうし)の二ッあり
 蜜(みつ)にせんじて収(をさ)め置(おけ)ば久しく用ゆべし
  ○日用草木類
一/茶(ちや) 山城(やましろ)の宇治(うぢ)名産(めいさん)なり野土(のつち)赤土(あかつち)に砂(すな)のまじ
 りたる所よし湿地(しつち)はわろし油糟(あぶらかす)人糞(にんふん)酒(さけ)の粕(かす)を
 をり〳〵根廻りへおくべし肥(こやし)過(すぎ)たるは却(かへつ)てわろし
 宇治(うぢ)にては葭簾(よしず)或は麻布(あさぬの)などにて囲(かこ)ふといふ是は
【枠外丁数】百卅四

【右丁頭書】
【一列目枠】
あんかう     すり芋      やききす
  ふくろ    なまのり
ひらたけ     せうが      くしがた
 ぎんなん      せん       大こん
【二列目枠】
にんじん     赤にし      厂【雁】もどき
 たんざく     よめ
いり豆ふ        菜
 きくらげ    せうが      なま
 をのみ        ゆ      しひ茸
【三列目枠】
さゞゐ      小えび      雁
 むきみ      ねぎ白ね     かぶら
牛ばう      おろし
唐がらし       大根     柚皮
【四列目枠】
かまぼこ     川はぜ      塩だひ
 とう菜       やきて
  柚かは     大こん
           うま      ねぶか
             に      しろね
【項目枠】
十一月      同        同
煮もの      なます      しる
【左丁頭書】
【五列目枠】
ひじき      やき鮒(ふな)       やきとうふ
 あさり      大こん      さいのめ
  むき     くり       たゝきな
   身      せう        からし
            が
【六列目枠】
するめ      生海鼠(なまこ)      かき
 きざみ      鯛うす身      くづし
牛蒡(ごばう)        せうが       玉子
 せん       せり         つり
          きくらげ
【七列目枠】
湯豆腐(ゆどうふ)      ぶり       あはび
 はながつを    ほそ作り     ふきの
  のり       ねぎ        とう
おろし       たう       きらず
 ぜうゆ      がらし       にて
【八列目枠】
かぶら      おろし      なつ豆(とう)
 ふろふき     大こん       たゝき
ごまみそ     赤がひ       やきどうふ
 唐がらし     せうが       さいのめ
                   たゝき菜
                     からし
【九列目枠】
きんこ      真黒       からひの【?】
 たんざく     みそづけ     なんきん
【右丁本文】
 上品(じやうひん)の茶(ちや)なり摘(つみ)やう製(せい)しやうさま〴〵あり
 後篇(こうへん)に載(のす)べし
一/楮(かうぞ) 楮(かうぞ)に種々(しゆ〴〵)あり今/専(もつは)ら植(うゝ)るは葉(は)に切(きれ)め有て
 皮(かは)のはだ厚(あつ)く和(やは)らかなるを植る也/暖地(だんち)のこえたる
 赤土地(あかつちぢ)よろし黒土(くろつち)にてもねばりけあるはよし
 所(ところ)によりてさし木にしても活(つく)もの也又/根(ね)を切(きり)て
【挿絵】
【左丁本文】
 分ちうゑて上をふみつけ糞(こえ)をかけ日おほひ
 のために芥(あくた)をかけおけば芽(め)出(いづ)る也二三月ごろに
 うゑてよし紙(かみ)をすく法も後篇(こうへん)に記(しる)すべし
 又/皮(かは)を剥(はぎ)て綱(つな)とし船(ふね)の具(ぐ)に用ゆ其外/用(よう)多(おほ)き
 木なりよく生(おひ)たてば甚(はなはだ)益(えき)ある物也
一/漆(うるし) 秋/実(み)をとり置て俵(たはら)にいれ水気(すゐき)ある
 所におきて泔水(しろみづ)をかけむしろをおほひおけば
 春(はる)になりて芽立(めだち)みゆる也其時冬よりこ
 なし置たる地(ぢ)に糞(こえ)を多くうちさらし菜園(さいえん)の
 ごとくうね作りしてむらなく種(たね)をまき肥土(こえつち)
 を三四/歩(ぶ)ほどおほひ水をそゝぎ草(くさ)ごめにその
 まゝおき一年(いちねん)過て土ながら堀(ほり)とりうつし植(うゝ)る
 なり漆(うるし)のかきやう後篇(こうへん)に記すべし
【枠外丁数】百卅五

【右丁頭書】
【前丁九列目枠の続】
氷こんにやく    やきて     
 にしひ茸    すりせうが     いも
  せうが
【項目枠】
十二月      同        同
煮物       鱠皿        汁
【一列目枠】
がん       鳥かひ      いも
 つみ       大こん      こんにやく
  こんにやく  わさび酢       あづき
さゝがし      なまのり       を入
 大こん
【挿絵】
【左丁頭書】
【二列目枠】
ゆで       のし       くづし
  あらめ      こんぶ     どうふ
 たいらぎ    ほだはら      小はま
          せうが       ぐり
  青まめ        す
【三列目枠】
菜(な)        大根(だいこん)      かぶら
 水なにても    にんじん     はつき
あふらあげ       せん    つみ
 いりな      わかごまめ     いれ
           くしがき
【四列目枠】
にんじん     鮒(ふな)        いてう
 ごばう      ほそ作り      大根
  ふとに     にゝく       ぶり
あんかけ     せうが       さいのめ
 すり        わさび
  せうが
【五列目枠】
干蛸(ひだこ)       こひ       つみいれ
 大こん      大作り      にしひ茸
  わぎり    大こん
こさん        せん     
  しやう     せうが     とうふ
          わさび
         みそ

 右はあながちに其月とかぎりたる
 にはあらず時によりて遅速ある
 べき事なれば見はからひにすべし
【右丁本文】
一/桑(くは) 蚕養(こがひ)するに第一の物なればかならず
 多く植(うゑ)て得(とく)多し木綿(もめん)の生(おひ)たちがたき所にても
 桑(くは)は生(おひ)たつ物なればさやうの所には植置(うゑおき)て産業(さんげう)
 とすべし椹(くはのみ)の黒(くろ)き時取てもみ潰(つぶ)し水にてゆり
 乾(かわか)しおき苗地(なへぢ)を細(こま)かにこなし糞(こえ)をうちさらし
 置て種(たね)に蚕(かひこ)の糞(ふん)灰(はひ)など合せてむらなく
 まき少し踏(ふみ)つけておくべし乾(かわ)けば泔水(しろみづ)を澆(そゝ)ぎ
 手入して正二月の頃/移(うつ)し植べし畑(はた)或は田(た)の畦(くろ)
 川べりなと無用(むよう)の処に多く植べき也又/地桑(ぢくは)と
 て土際(つちぎは)より切て枝(えだ)を多く出さする事あり是は
 摘取(つみとる)に便利(べんり)よし所にしたがひて用ゆべし
一/木綿(きわた) 肥(こえ)たる地にうゑて甚(はなはだ)利(り)あり此物(このもの)古(いにしへ)は
 なかりしを近(ちか)き比/異国(いこく)より渡(わた)り来て下民(かみん)の
【左丁本文】
 服(きもの)となり老人(らうしん)の寒気(かんき)をふせぐ最上(さいじやう)の物とな
 れり種(たね)に色々あり撰(えら)みてうゝべし時は八十八
 夜(や)過(すぎ)をころとす地(ぢ)は肥(こえ)たる処にて栄(さか)え過れば
 もゝ付ぬもの也少し砂(すな)の雑(まじ)りて湿気(しつけ)なき所(ところ)よし
 これは近年(きんねん)は何方(いづかた)にも多(おほ)く作(つく)ることなれば強(しひ)て
 詳(つまびらか)にせず
一/麻(あさ) 良田(よきた)を深(ふか)く耕(たがへ)しよく〳〵こなし一段(いつたん)に
 七八升ほどまくべし厚過(あつすぎ)たるは宜(よろ)しからず種(たね)は
 雨水(あまみづ)に漬(つけ)引上てむしろに置/上(うへ)に又むしろを覆(おほ)
 へば一夜(いちや)の間(ま)に芽(め)出(いづ)る也二月下/旬(じゆん)より三月上旬
 雨(あめ)を見かけてまくべし
一/藍(あゐ) 蕪大根(かぶらだいこん)のあと稲田(いなだ)にもよし節分(せつふん)より
 五十日/前(まへ)に種(たね)を下し其上に濃(こ)き糞(こえ)をうち
【枠外丁数】百卅六

【右丁頭書】
 ◦料理珍味集といふもの
 ありあらゆる珍味(ちんみ)を挙たる
 書(しよ)なり其中よりたやすく
 出来べき事をぬき出して
 いさゝかこゝに書つく
○桔梗(きゝやう)玉子 玉子を煮(に)ぬき
皮をさつて又/湯煮(ゆに)をしきゝやう
にして又/湯煮(ゆに)をすれば内の黄身(きみ)
ともに花(はな)のかたちになるなり
○白田楽(しろでんがく) 豆腐(とうふ)を常(つね)のごとく
田楽(でんがく)にして味噌(みそ)をごまあぶら
にてときやかぬとうふにぬりて
焼(やく)なりみそこげずして内(うち)へ火
よくとほるなり
○とろゝ汁 つぐね芋(いも)をすり
生栗(なまぐり)を一ッすり入れ和(やは)らかに仕(し)
たて鍋(なべ)へうつし煖(あたゝ)むるに切(きる)る事
【左丁頭書】
なしつよくたけばねばりつよし
そろ〳〵たくべし又/伊万里焼(いまりやき)の茶(ちや)
わんを入てあたゝむるもよし
○みかん鱠(なます) みかんの袋(ふくろ)をう
らがへして十五六ばかり皿(さら)にもり
砂糖(さたう)をかける也
○兵庫煮(ひやうごに) 小きはもの腸(わた)を
さりこぐちより骨(ほね)ともに薄(うす)く
切うす醬油(しやうゆ)にて煮(に)る也
○芹(せり)づけ 根(ね)ぜりを菜(な)のごと
く塩づけにして酢(す)しやうゆをかくる
○苺子汁(いちごじる) 車海老(くるまえび)の皮(かは)を去(さり)
身(み)ばかりたゝきすりて丸(まろ)く小く
して汁へ入れば色(いろ)赤(あか)くなる也
○雲掛豆腐(くもかけとうふ) とうふをよき
ほどに切/米(こめ)の粉(こ)にまぶしてむし
わさび味/噌(そ)をかくる
【右丁本文】
 灰(はひ)を以て覆(おほ)ふべし六十日ばかりして畦作(うねつく)り
 し一株(ひとかぶ)に二三本づゝ植(うゝ)べし植(うゑ)て十五日ほどして
 水と人糞(にんふん)と合せてそゝぐべし其後(そのゝち)はこき糞(こえ)
 よし干鰯(ほしか)なともよしさて虫(むし)をはらふ事第
 一/念(ねん)を入べし虫(むし)つけば栄(さかえ)ぬものなり
一/紅花(こうくわ) 植(うゝ)る地こえたれば花(はな)の色も甚(はなはだ)よし赤(あか)
 黒土(くろつち)の肥(こえ)たるに作るべし霜月(しもつき)/初申(はつさる)の日/種(たね)をまく
 べしといへり種(たね)は酒(さけ)に一夜(いちや)浸(ひた)し灰(はひ)ごえに合せて
 うすく蒔(まく)べし苗(なへ)二三寸の時/葉(は)にかゝらぬやうに
 水糞(みづごえ)を入べし後(のち)にはかゝりても厭(いと)はずさて四五月
 ごろ花(はな)のわきに垂(たる)るを見てつむべし
一/煙草(たばこ) 地を冬(ふゆ)より二三度も耕(たがへ)し糞(こえ)を打
 さらしおきて正月に焼草(やきくさ)を多(おほ)く入てこえをかけ
【左丁本文】
【挿絵】
 正月/末(すゑ)うね作りしうすくちらし蒔(まき)にすべし
 雨のふる日少しづゝ水糞(みづごえ)をそゝき茎(くき)のよわきを
 抜(ぬき)すつべし赤土(あかつち)に小石(こいし)小砂(こすな)まじりたる如き地(ち)
 尤(もつとも)よし山里(やまざと)の霧(きり)深(ふか)き所はあく少くして
 名葉(めいは)を出すなり
【枠外丁数】百卅七

【右丁頭書】
○春駒(はるこま)どうふ 豆腐(とうふ)一丁/布(ぬの)
目(め)をさり四ッにきり生醬油(きしやうゆ)にて
にしめさまして油にあげいり酒(ざけ)
わざひにてくふべし
○串貝(くしがひ)早煮(はやに) かひをぬかずに
竹を引きり煮て一ふきして
そのまゝ湯(ゆ)をすてず鍋(なべ)にさまし
おく也/宵(よひ)にこしらへて翌朝(よくてう)和(やは)らぎ
【挿絵】
【左丁頭書】
用(もち)ひらく也水は沢山(たくさん)にすべし
貝(かひ)水(みづ)のうへに出たるはかたし
○牡蛎飯(かきめし) かきを鰹(かつを)の出し
うす醬油にて煮/茶(ちや)わんへ入
汁をしたみ飯(めし)を釜(かま)より直(すぐ)に
もりふたをして出すべし
○小倉田楽(をぐらでんがく) 油あげ一方(いつはう)を切
うらがへし煮たる粒小豆(つぶあづき)を詰(つめ)
串(くし)にさし醬油をつけあぶる也
○茄子(なすび)おろし汁 なすびの皮(かは)
をさり二ッに割(わり)水につけあくを
出しおろしてしぼりみそ汁に
入からしを加へ用ゆ茄子(なすび)沢山(たくさん)なる
がよし
○早烏賊(はやいか) 玉子をにぬきにして
白身(しろみ)ばかりをよきほどにきりて
青(あを)あへにする也
【右丁本文】
  畜蔵菜果類第五【四角で囲み】
 ○青梅(あをむめ)を収(をさ)めおく法
一いまだ熟(じゆく)せざる梅(むめ)をえらびとり青竹(あをたけ)を
二ッにわりその中へ梅(むめ)をいれわり口をよく
合せて藁(わら)にてくゝり山土(やまつち)にてよくぬりこめ
土中(どちう)に埋(うづ)み置(おく)べし入用の時/取出(とりいだ)し用るに
少しも損(そん)ぜずよきほど出して跡(あと)はもとの如く
封(ふう)じて埋(うつ)めおくべし
 ○瓜茄子(うりなすび)を貯(たくは)ふる方
一/寒中(かんちう)の潮(うしほ)を壺(つぼ)にいれてたくはへ置/瓜茄(うりなす)
子(び)を漬(ひた)しおけば久しく色(いろ)かはらず又方
【左丁本文】
豆腐滓(きらず)五升/塩(しほ)二升右/二色(ふたいろ)もみ合せ瓜(うり)
茄(なすび)さゝげの類(るい)を漬(つけ)おくべし青(あを)くしていつ
までも生(しやう)のごとし風のいらぬやうにすべし
 ○山椒(さんしやう)を漬(つく)る法
一/半熟(なかばじゆく)したる山枡(さんしやう)一升に塩(しほ)三合水二升入
て壺(つぼ)につけ壺(つぼ)の中へ入るほどのおし蓋(ふた)をして
小石(こいし)をおもしにおくべしいつまでも色かはらず但(たゞし)
手をいれて取出(とりいだ)すべからず又/米泔汁(しろみづ)に塩(しほ)を
合(あは)せてつけおくもよろし
 ○蜜柑(みかん)を夏(なつ)まで貯(たくはふ)る法
一/杉箱(すぎはこ)の中に竹(たけ)をわたし蜜柑(みかん)を糸(いと)にて
つり蓋(ふた)【葢は蓋の本字】をよくして穴蔵(あなぐら)など下屋(したや)に入おけ
ば損(そん)ぜずしてよくもつなり又/金柑(きんかん)は菉豆(ぶんとう)の
【枠外丁数】百卅八

【右丁頭書】
○干大根(ほしだいこん)和物(あへもの) ほし大根を薄(うす)
くきざみ湯(ゆ)につけてすこし
もみかたく絞(しぼ)りからし胡麻(ごま)あへ
○若狭(わかさ)鯡鮓(にしんずし) にしん五六日も
水に漬(つけ)皮(かは)骨(ほね)をよくあらひさり
にしん五十本に糀(かうじ)三合入/押(おし)を
かけおく也水上るをすてゝ糀(かうじ)
ともに切用ゆ大根せり三葉(みつば)の
類(るい)をつけ込てよし
○隠(かく)れ里(ざと)吸物(すひもの) 葛(くず)を湯(ゆ)にて
かたくこねまんぢうの形(なり)にして
餡(あん)に赤みそをすりて包(つゝ)み湯(ゆ)に
して後ずいふんあつき湯(ゆ)にいれ
吸物(すひもの)にすまんぢうの形(なり)をくづ
せばみそ汁になるなり
○松茸(まつたけ)早鮓(はやすし) 醬油よき加減(かげん)
にしてにえ立(たち)たる所へ松(まつ)たけを
【左丁頭書】
切て入れさつと煮上(にあげ)かやくを
いれ飯(めし)にて早ずしに漬(つけ)るその
煮汁(にしる)にて塩(しほ)をもたす
○温飩鮑(うどんあはび) あはびの耳(みゝ)を去
うどんのごとく随分(ずいぶん)ほそく切
すいのうに入てにえ湯(ゆ)へいれて
直(すぐ)に引あげうどんの汁にて用
ゆ少しも煮(に)るはわろし
○焼鮑(やきあはび) あはびの貝(かひ)を放(はな)さず
洗ひて肌(はだ)へ赤(あか)みそをぬりまた
貝(かひ)を合(あは)せて針(はり)がねにてくゝり
藻(も)のほし乾(かわか)したるをあつめ中
へいれてやく也/針(はり)がねをとり
貝(かひ)をはなして小口切(こぐちきり)にする
○大原苞(おはらづと) ねぶか一寸/余(よ)に
きりくづし魚身(うをのみ)など入つゝみて
白昆布(しろこんぶ)にてくゝりみそ汁にする
【右丁本文】
中にいれおけばいつまでもかはらず
 ○梨子(なし)を貯る方
一/間々(あひ〳〵)へ大根(だいこん)をへだてにいれてはだのあたり
合ぬやうにすれば年(とし)を越(こし)てかはらず又/麦門冬(じやうがひげ)
の根(ね)もとをわけて深(ふか)くをさめ上より/麦門冬(しやうがひげ)の
葉(は)を引よせてくゝりおけばよくもつ物なり
又方/厚紙(あつがみ)につゝみはりて上を藁(わら)づとにし
湿気(しつけ)なき家(いへ)の内(うち)の地(ぢ)をほりて砂(すな)をいれ其
中に埋(うつ)めおくべし久しくして味(あち)かはらず
 ○柿子(かき)をたくはふる法
一/新(あたら)しき柿(かき)をえらみ鑵子(くわんす)の中へいれすれ合
ぬやうにして蓋(ふた)をなし箱(はこ)の中へ鑵子(くわんす)をいれ
箱(はこ)のふたをして紙(かみ)にてよく張(はり)ておけば久しく
【左丁本文】
【挿絵】
損(そん)ずることなしまた蔕(へた)のまはりを漆(うるし)にて
ぬり或(あるひ)は紙(かみ)にてきびしくはりおけば久しく
もつ也/但(たゞ)し気(き)のもれぬ壺(つぼ)に入ておくべし
 ○松茸(まつたけ)のたくはへやう
【枠外丁数】百卅九

【右丁頭書】
○豆(まめ)の葉 そら豆(まめ)の葉(は)を洗(あら)ひ
て渋紙(しぶかみ)の上にほし乾(かわか)しよくもみ
すいのうにてふるひておき入用の
節(せつ)すいのうへ入れにえ湯(ゆ)へつけ
蓋(ふた)をせずしてゆで飯(めし)和物(あへもの)などに入
○蒜汁(にゝくしる) にゝくに生姜(しやうが)をいれ
ゆでゝさましおきて汁にもちゆ
臭気(しうき)なし
○えびあへ いせ海老(えび)をゆでゝ
身ばかりをさきえびの子にて
あへものにする也
○煎松茸(いりまつたけ) 松たけ笠(かさ)ぢく
よきほどにうすく切から鍋(なべ)に
入れいるあくけ出るをすてゝ
しやうゆをさしいりて柚酢(ゆず)をか
けるなり
○塩釜(しほがま)やき 大鍋(おほなべ)に塩(しほ)を入
【左丁頭書】
生鯛(なまだひ)のうろこをふきわたをつ
ぼぬきにして右の塩(しほ)にまぶして
蒸(むし)いりにしてしやうゆをかける也
 本法は浜(はま)にて塩(しほ)をやく時右
 のごとくしてわらづとにし塩釜(しほかま)
 にて煮(に)る塩かげんよくして
 少しも辛き事なし案(あんずる)に
 鯛(たひ)の料理(れうり)は此上に出るものなし
 但し鱗(うろこ)をふかずそのまゝに苞(つと)
 にする也/色(いろ)赤(あか)き事/紅(べに)のごとし
 生姜(しやうが)じやうゆにて用ゆ鍋(なべ)に
 てにる時は水(みづ)をはなしてむして
 よし塩(しほ)のいる事少くして
 身(み)に水(みづ)けなく妙なり
○酒飯(さかめし) 酒(さけ)茶(ちや)わんに七分目
しやうゆ同しほど米(こめ)壱升の飯(めし)
にいれ常(つね)のごとくたくなり
【右丁本文】
一/寒中(かんちう)雪(ゆき)の降(ふり)たる時/雪(ゆき)一升に塩(しほ)三合あはせ
せんじて壺(つぼ)にたくはへ置/松茸(まつたけ)を漬(つく)べしいつまで
も味(あぢ)かはらず《割書:此法瓜茄子竹子|青梅何れにもよし》又方/松茸(まつたけ)をざつと湯(ゆ)
にたきて水にひたし取あげ水気(みづけ)なきやうに
して桶(をけ)に塩(しほ)をいれ松茸(まつたけ)をならべすしの如く
漬(つけ)ておもしをおくべし又方水一斗に塩一斗二升
いれせんじてよく冷(ひや)し置/桶(をけ)の底(そこ)へ青松葉(あをまつば)を
敷(しき)其上に茸(たけ)をならべ段々(だん〳〵)にかくのごとくして
塩水(しほみづ)を入/蓋(ふた)をしておもしをかくべし
 ○青柚(あをゆ)のたくはへやう
一/柚(ゆ)の小(ちひさ)きを枝葉(えだは)ごめに取/器(うつは)にいれ塩(しほ)にて
埋(うづ)め銅(あかがね)のきれ又はやすり粉(こ)にても少し入て風(かぜ)
のいらぬやうに蓋(ふた)をしておけばいつまでも青(あを)し
【左丁本文】
また綿実(わたざね)の中にすれざるやうに入おくもよし
又方/青柚(あをゆ)十きざみて水一升/塩(しほ)六合と共(とも)に能(よく)
せんじ其汁をさまし置て新(あたら)しき青/柚(ゆ)を漬(つけ)
壺(つぼ)に入て口(くち)をかたく封(ふう)ずべし
 ○塩辛(しほから)の味(あぢ)かはらざる法
一/塩辛(しほから)少しになりても砂糖(さたう)をすこしいれ
おけば味(あぢ)はひいつまで置てもかはらぬもの
なり
 ○筍(たけのこ)を貯(たくは)ふる法
一/竹子(たけのこ)を桶(をけ)にいれ蓋(ふた)をして河(かは)の瀬(せ)の早き
所にうづめおくべし但(たゞ)し上に石(いし)をおくべし
また塩湯(しほゆ)にて少し湯(ゆ)びきよく〳〵干(ほ)して
壺(つぼ)に入おくべし八九月の頃(ころ)取出し又ほすべし
【枠外丁数】百四十

【右丁頭書】
○富士(ふじ)あへ ねふか白根(しろね)ばかり
さつとゆでゝ胡麻(ごま)みそを入/豆(とう)ふ
の白あへにすもやし芋(いも)もよし
○蛸(たこ)なます たこのあしを薄(うす)
くきりにえ湯(ゆ)に入てすぐに
あげ大根(だいこん)をきざみ塩(しほ)にてもみ
しぼりごま酢(す)にてあへものにす
ごま多きがよし
【挿絵】
【左丁頭書】
○なのりそ ほんだはらの塩気(しほけ)
を出し湯煮(ゆに)をして唐(たう)がらし
みそにあへるほんだはらは青(あを)きが
よし黒(くろ)きはこはし
○たつくりあへ こまめを焼(やき)
直(すぐ)にあつき湯に漬(つけ)おき暫(しばら)く
して三枚にへぎ骨(ほね)と頭(かしら)を去(さり)
ごばうを煮(に)てたゝきこまか
にさき山椒(さんしやう)しやうゆにて二色(ふたいろ)
ともにあへる一日ほど置て用ゆ
べし醬油(しやうゆ)よくしむ也
○交趾(かうち)みそ 赤(あか)みそ五十匁
肉桂(にくけい)丁子(てうじ)の細末(さいまつ)半両(はんりやう)づゝまぜ茄(なす)
子(び)生姜(しやうが)の類を漬(つけ)る也/漬(つけ)るとき
白(しろ)ざたう五六匁入る七日めに用ゆ
○芋豆腐(いもどうふ) 湯(ゆ)どうふにして
ゆをしたみとろゝをかけるなり
【右丁本文】
また皮(かは)ごめに蒸(むし)て切(きり)いり塩(しほ)に漬(つけ)るもよし又
竹子(たけのこ)を根(ね)もとより切/箆(の)をぬき米糠(こめぬか)のよくふる
ひたるを内へつめ口を紙(かみ)にてはり三/本(ぼん)づゝ菰(こも)にま
き常(つね)に煙(けふり)のかゝる竈(かまど)のうへに釣(つり)おくべし色(いろ)かはら
ずして新(あらた)なるが如し
 ○鳥肉(とりのみ)を久しく貯る法
一/鳥肉(とりのみ)をおろしきらず一升に塩三合まぜて
鮓桶(すしをけ)にすしをつけるやうにしてきらずと
鳥肉(とりのみ)と段々(だん〳〵)につめ竹皮(たけのかは)をおほひ蓋(ぶた)にして
おとしぶたをしおしをかくべし久しくしても
味(あぢ)生肉(せいにく)にかはることなし
 ○林檎(りんご)をたくはふる方
一りんご百/顆(くわ)の内十/顆(くわ)をとりたゝき砕(くた)【「だ」濁点かすれにも見える】きて
【左丁本文】
水(みづ)を入れつぼの内に浸(ひた)し満(みつ)るをうかゞひよく
口を封(ふう)じおくべし
 ○冬瓜(かもうり)をたくはふる方
一/冬瓜(かもうり)は棚(たな)の上/或(あるひ)は煤(すゝ)のゆく処に収(をさむ)れば翌夏(よくなつ)
まで損(そん)ぜず但(たゞ)し疵(きず)なきをえらぶべし
 ○牛旁(ごばう)山葵(わさび)土筆(つく〴〵し)など貯る法
一/河原(かはら)のじやり小石(こいし)なきやうに能(よく)をふるひて
水道(すいだう)の溝砂(みぞすな)を日(ひ)に乾(ほ)しもみくだきわら灰(ばひ)
等分(とうぶん)にまじへ地(ち)に穴(あな)を掘(ほり)右の砂(すな)をいれ牛旁(ごばう)
わさび土筆(つく〳〵し)蕗(ふき)のとういも栗(くり)生姜(しやうが)の類(るい)を
いけおけばしをれずして久しくもつものなり
但(たゞ)し蕗(ふき)のとうは一二日/陰干(かげぼし)にしていけるなり
土筆(つく〴〵し)は根付(ねつき)を五ッほどづゝ根(ね)をまきてまひ込(こみ)の
【枠外丁数】百四十一

【右丁頭書】
とろゝは上しやうゆに鰹(かつを)の出(だ)しを
用ひ甘(あま)くからく仕かけ上おきは
こせう青(あを)のりの類(るい)よし
○いせどうふ 鯛(たひ)にてもはも
にても身ばかりよくこなし取かつ
をの出しにてのべとろりと和らか
にして鉢(はち)にいれむしすくひて
葛(くず)あんかけからしあしらふ
○えび敲(たゝき) いせえびゆでゝ身
ばかりこまかにたゝき醬油(しやうゆ)ひ
たひたに入れ酒(さけ)少(すこ)しくはへにる也
○奈良菜飯(ならなめし) 菜(な)をすりて
其汁にて飯(めし)をたきやき栗(ぐり)を割(わり)
ていれ塩と【をヵ】も入/常(つね)のごとくたく也
○すゝり団子(だんご) 小豆(あづき)白砂糖(しろさたう)にて
あんをこしらへ松露をいれ後(ご)
段(だん)なとによろし
【左丁頭書】
○芋蒲鉾(いもかまぼこ) 山のいも皮(かは)を去(さり)
しやうゆにてにしめ臼(うす)にてつき
うどんのこ少し入れ杉板(すぎいた)にて
かたちをこしらへ唐(たう)がらしみそを
うすくしてぬり少し焼(やき)てきる也
○赤貝(あかゞひ)にんじん 赤貝(あかがひ)のわたを
きりざつとゆでゝにんじんの如く
切にんじん葉(は)をゆでゝあへもの
にすひたし物にもすべし
○酢大根(すだいこん) 三月/大根(だいこん)を短冊(たんざく)
にきざみざつとゆでこまみそに
あへるなり
○溝(みぞ)しりむし 生(なま)いはしを三/枚(まい)
におろしてむし葛(くず)かけすり生(しやう)
姜(が)あしらふ
○焼出(やきだ)し とうふ田楽(でんがく)の形(なり)
にきりて横(よこ)に三ッに切/串(くし)に三さし
【右丁本文】
砂(すな)にいけおくべし
 ○蓴菜(じゆんさい)海松(みる)などたくはへやう
一ざつと湯(ゆ)をとほし寒水(かんのみづ)一升に塩(しほ)一合あはせ
漬(つけ)おくべし色(いろ)かはらずしてよくたもつ也
 ○葡萄(ぶどう)のたくはへやう
一/新(あらた)に熟(じゅく)したるをとりて湿気(しつけ)をぬぐひ桶(をけ)の
蓋(ふた)の内になる方(かた)につなぎて下へたるゝやうにし
桶(をけ)のうちへ静(しづか)にいれすれ合(あは)ぬやうに蓋(ふた)をよく
して風湿(ふうしつ)の入ざるやうにし縄(なは)にてくゝり高(たか)
き処(ところ)へかけおくべし
 ○甜瓜(まくはうり)を貯ふる法
一/土用(どよう)の中/甜瓜(まくは)をとり打綿(うちわた)を箱(はこ)に入その
綿(わた)の中へ瓜(うり)をつゝみ蓋をよく〳〵して貯(たくはふ)れば
【左丁本文】
百日ばかりはたもつべし
 ○蕨(わらび)をたくはふる法
一いかにもよき蕨(わらび)を麦飯(むぎめし)にて鮓(すし)のごとく漬(つけ)
おき入用の時取出し銅鍋(あかゞねなべ)にて煮(に)てつかふべし
色(いろ)かはらず風味(ふうみ)生(なま)のごとし
【挿絵】
【枠外丁数】百四十二

【右丁頭書】
でんがくにして狐色(きつねいろ)になるほど
にやき直(すぐ)に皿(さら)へ入れ酢(す)みそ懸(かく)る
○黒豆汁(くろまめしる) 黒豆(くろまめ)を水につけて
まけば早く生(はえ)る也/芽(め)をとりて
汁に用ゆ
○白和(しらあへ) 魚類(うをるい)を大さいに切
塩(しほ)ゆでにして水気(みづけ)をさりみ
そとうふを入/白(しら)あへごまを入る
○油(あぶら)ぬき とうふを油にて
あげ鍋(なべ)よりすぐに水へいれ
油(あぶら)けをさり又/水煮(みづに)してみそ
をかけるなり
○縮蚫(ちゞみあはび) あはびの耳(みゝ)をさり
うすくへぎてにえ湯(ゆ)をかくる也
○花茗荷(はなみやうが) めうがのこの花(はな)
ばかりをゆびきて葛(くず)を引あを
のりをかくる
【左丁頭書】
○ちゞみ芋(いも) 長いも一寸に三分
ばかりたんざくにうすく切へぎ
網(あみ)に竹(たけ)ぐしをならべ其上へ并(なら)へ
遠火(とほび)にかけやき塩(しほ)をふりこげ
ざるやうにやき水気(みづけ)をさりほいろ
にかくるなり
○おろし鮑(あはび) あはびをおろし
にて摺(すり)おろし味噌汁(みそしる)にいれ
鱒(ます)など切入てよし玉みせなど
もよし
○鳴門煮(なるとに) 鍋(なべ)に塩(しほ)をふり
鯛(たひ)を三まいにおろし切て入れ
古酒(こしゆ)に白水(しろみづ)を加(くは)へ魚(うを)ひた〳〵に
なるやうにして酒気(しゆき)なきまで
煮(に)て■(めし)【飯ヵ】の上かゆをさし木(き)の
こねぎなどいれてよし
○春(はる)の雪(ゆき) きらずに油(あぶら)少し
【右丁本文】
 ○瓜(うり)のたくはへやう
一/青瓜(あをうり)越瓜(あさうり)の類四ッに割(わり)塩(しほ)をぬり一日/干(ほし)て
後/新酒(しんしゆ)の樽(たる)につめはりておけば年中(ねんぢう)かは
らず生(なま)のごとく也またきらずと塩とあはせ
つけおくもよし
 ○梅(むめ)柚(ゆ)柿(かき)梨(なし)のたくはへ様一方
一/青(あを)梅は枝葉(えだは)ともに藁(わら)にてくる〳〵とまき寒(かん)
の水一升に梅酢(むめず)七合あはせ其まゝつけおくべし
さて入用の時水にひたして遣ふ也/柚(ゆ)は別(べつ)に青柚(あをゆ)
をすりつぶし梅酢(むめず)にてとろ〳〵となるやうに
とき青柚(あをゆ)にまぶし大竹筒(おほたけのつゝ)の中へつけおく
べし風味(ふうみ)少しもかはらず柿(かき)梨(なし)林檎(りんご)の類
諸(もろ〳〵)の果(くだもの)は生渋(きしぶ)にて漬(つけ)おくがよし渋(しぶ)少しも果(くだもの)
【左丁本文】
の中へしむ事なく味ひよろし
 ○青小角豆(あをさゝげ)漬(つけ)やう
一/青小角豆(あをさゝげ)少し湯(ゆ)をとほし水気(みづけ)を乾(かわ)かし
粳米(うるごめ)の粃(ぬか)一升に塩三合あはせ桶(をけ)にぬか一遍(いつへん)お
き小角豆(さゝげ)をならべ又/粃(ぬか)をおき段々につけ
竹皮(たけのかは)を蓋(ふた)にして其上に板(いた)のおとしふたをし
強(つよ)からぬ重石(おもし)をおく也入用の時ゆでゝ遣ふべし
 ○金柑(きんかん)たくはふる法
一/麁粃(あらぬか)にまぜて壺(つぼ)にいれ口をはりおく也
入用の節(せつ)取出し跡(あと)をもとの如くすべし
 ○茄子(なすび)梨(なし)を貯(たくはふ)る一方
一/秋茄子(あきなすび)を枝(えだ)少(すこ)しつけて切/其枝(そのえだ)に糸(いと)を付
内庭(うちには)の雨(あめ)のかゝらぬ所をふかく堀(ほり)て竹(たけ)をわ
【枠外丁数】百四十三

【右丁頭書】
入れ醬油(しやうゆ)常(つね)のごとくにして
煮(に)から壱升にかつをぶしの粉(こ)一升
山しやうの粉(こ)少し入/椎茸(しひたけ)銀杏(ぎんなん)
麩(ふ)栗(くり)の類/別(べつ)に味(あぢ)をつけて入
形(かた)にておしいだす
○白蓮根(しろれんこん) れんこんを一番(いちばん)の
白水(しろみづ)にてゆでる時/上(うへ)へ木(き)を張(はり)て
蓮(はす)のうかぬやうにすべしもし
水より上へ出れば出たる処/黒(くろ)く
なるなり塩(しほ)を入べからず
○玉子餅(たまごもち) 玉子の煮(に)ぬき
丸ながら餅(もち)につゝみ雑煮(ざふに)にす
取合は時節(じせつ)に応(おう)ずべし
○茄子団子(なすびだんご) 一口(ひとくち)なすびの
揃(そろ)ひたるをへたを去て五ッ
くしにさし油(あぶら)を引やきみそを
つけて又やくなり
【左丁頭書】
【挿絵】
○浪よせ たゞ芋(いも)のずいき
細(ほそ)く白(しろ)きを皮(かは)をとりて一寸
五分ほどに切/明日(あす)用るをけふ
より水煮(みづに)する也にえたちて
も鍋(なべ)のふたをとらず翌日(よくじつ)し
ぼるに手を入る事なかれ杓子(しやくし)
にてしぼるべしごまみそにやき
豆腐(とうふ)を摺(すり)こみてあへる也
【右丁本文】
たし右の茄子(なすび)をすれ合ぬやうにつるし
上におほひをかけ気(き)のすかぬやうにぬり置
べし翌年(よくねん)までもたもつ也又/青梨(あをなし)を霜(しも)の
かゝらぬ前(まへ)にとり赤土(あかつち)にて厚(あつ)くぬり日に干(ほし)
て雨(あめ)のかゝらざる様に庭(には)の内(うち)の砂(すな)に埋(うづ)みおく
べしこれも翌年(よくねん)までたもつ也
 ○干瓜(ほしうり)の仕やう
一/青(あを)き瓜(うり)を細(こま)かにきざみよき天気(てんき)にほし
その後/酒(さけ)をもみつけ壺(つぼ)にいれ風(かぜ)のあたら
ざるやうに口をはりおくべし春(はる)になりても
取出し水(みづ)にひたし置(おき)て用るに青(あを)くして
生瓜(なまうり)のごとし
 ○青柚(あをゆ)のたくはへ様一方
【左丁本文】
一/青柚(あをゆ)の葉(は)つきを生(はえ)たる竹(たけ)をそぎ切(ぎり)にして
其中へ入れそぎたる竹の末(すゑ)をもとのごとく
つぎ合せ竹(たけ)の皮(かは)にてよく巻(まき)ておけば一年を
経(へ)ても取たての如し但(たゞ)し竹は切はなさぬ様
にすればます〳〵よし
 ○鰹節(かつをぶし)のたくはへやう
一/酒(さけ)をぬりておけば夏(なつ)も虫(むし)の入ることなし
 ○暑中(しよちう)魚肉(うをのみ)をたくはふる法
一/蜜柑(みかん)の花(はな)をとり陰干(かげぼし)にして粉(こ)にした
るを夏の比/魚肉(うをのみ)を煮(に)る時/一匕(ひとさじ)ほど入るれば
半月(はんつき)おきても損(そん)ずる事なし又/白礬(めうばん)の
やきかへしを少(すこ)しばかり入て煮(に)るもよし
 ○桃(もゝ)をたくはふる法
【枠外丁数】百四十四

【右丁頭書】
○焼蛸(やきだこ) たこの足(あし)つぶ切にし
てしやうゆをつけ焼(やき)にす
○ふくさ芋(いも) 小(ちひさ)きつぶ芋(いも)を
ざつとゆにをし湯(ゆ)をすて酒(さけ)醬(しやう)
油(ゆ)等分(とうぶん)にして一にえ【ゑヵ】して火
を引/炭火(すみび)を入おき半時(はんとき)ばかり
して出す時/葛(くず)をひきわさび
○琉球(りうきう)みかん りうきう芋(いも)
ゆでゝ皮(かは)をさりすりつぶし
みかんの形(なり)につぐね青(あを)のりの
粉(こ)にまぶす軸(ぢく)はみかんの葉を
つくるなり
○浜(はま)みやげ 小き鱧(はも)のひれ
をとり尾(を)のかたばかり随分(ずいふん)薄(うす)
くこぐち切にしてざつと湯(ゆ)を
とほし味噌酢(みそず)にすればほね
やはらぐ也/向付(むかふづけ)によろし
【左丁頭書】
○甘(あま)まひ 冬大根(ふゆだいこん)のふときを
二寸ばかりに切/炭火(すみび)にて酒煮(さかに)
にし出す時/味(あぢ)をつけみそかけ
○ふくさあへ 牛房(ごばう)をあらひ
よきほどに切よくゆでゝ鍋(なべ)に
そのまゝゆで湯(ゆ)につけおき半(はん)
日ばかりもして湯(ゆ)をすてごま
みそにてあへる也
○きせ綿(わた) 生鮑(なまあはび)のわた大
なるをしほ少し入ゆでゝさまし
糟(かす)に塩(しほ)をしてつけおく也
○精進鮑(しやうじんあはび) 松(まつ)たけのぢく太(ふと)
きをあはびのかたちにきり
生(き)しやうゆにて煮(に)たてに薄(うす)く
切しやうが酢(す)にて用ゆ
○早青豆(はやあをまめ) そら豆の実(み)のいらざる
を弾(はぢ)き■【て】ゆ■■■【にさし】のつべいに用ゆ

【判読不能分の補足は早稲田大学図書館公開本による】

【右丁本文】
一/麦麩(しやうふ)を粥(かゆ)のごとく煮(に)て塩少し入/冷(ひや)し
おき新(あたら)しき瓶(かめ)に入/桃(もゝ)のかたく新(あたら)しきをとり
右の中へいれ口をよく〳〵封(ふう)じおくべし冬
の比(ころ)取出すに新(あたら)しき桃(もゝ)のごとし
 ○大根(だいこん)を貯(たくはふ)る方
一/大根(だいこん)のふときを洗(あら)はずして青頭(あをがしら)を切すて
鉄火箸(かなひばし)を赤(あか)く焼(やき)てその切口(きりくち)をすりてやき
【挿絵】
【左丁本文】
壺(つぼ)の内へいれ別(べつ)に茶碗(ちやわん)に水を盛(もり)て壺(つぼ)の
口におき蓋(ふた)にして若(もし)水(みづ)もれ減(へ)る事あらば
心を用ひて入たすべしいつ迄もたもつ也
 ○栗(くり)を貯(たくはふ)る法
一/栗(くり)はいかやうにたくはへても芽(め)の出るもの也
然(しか)れども一方(いつはう)あり能(よき)栗(くり)を大なる壺(つぼ)の口
細(ほそ)きに一ッづゝ入て口にかたく切(きり)わらをこみ
此(この)壺(つぼ)をさかしまに砂地(すなぢ)におくべし何時(いつ)まで
も損(そん)ぜず用ゆる時取出し跡(あと)をもとのごとく
にして風(かぜ)のすかぬやうにすべし
 ○餅(もち)を久しく貯ふる法
一/寒水(かんのみづ)一斗に塩(しほ)八合入れ釜(かま)にてせんじ
さまして餅(もち)の乾(かわ)きたるを上に付(つき)たる粉(こ)を
【枠外丁数】百四十五

【右丁頭書】
 菓子(くわし)の製(こしら)へやう【枠囲】
  飲食(いんしよく)の事のついでに菓子(くわし)
  の製法(せいほう)をいさゝかこゝに抄出(せうしゆつ)
  すこれ亦(また)近来(きんらい)はさま〳〵の新(しん)
  製(せい)いできて価(あたひ)貴(たつと)き物もあ
  れど畢竟(ひつきよう)は奢侈(おごり)のたねと
  なるべき事なれば強(しひ)ても出
  さず唯(たゞ)昔(むかし)より有来(ありきた)りたる
  やうの物ばかりを挙(あぐ)るなり
○かすていら 玉子(たまご)丸(まる)にて百目
皮をさり麦(むぎ)の粉(こ)百目入すり鉢(ばち)
にてよくすり白砂糖(しろさたう)を竹(たけ)の
とほしにてふるひて百十五匁入れ
よくすりて火鉢(ひばち)に火をして
四隅(よすみ)に火をいけさて焼(やき)なべに
よきほどの板篗(いたわく)をつくりて其(その)
【左丁頭書】
内へ厚紙(あつがみ)を箱(はこ)にして敷(しき)右の
玉子をながし右の火にかけ上に
渋紙(しぶかみ)のふたをしてしばらく置
ばなべの内へあたゝまり入る其時
火蓋(ひぶた)にかろき火をして真中(まんなか)を
すかしぐるりに火を置(おき)火ぶた
をしてやく右の火気(くわき)まはれば
段々かすていら浮上(うきあが)り色(いろ)づく
時竹をほそくわり所々(ところ〴〵)へさし
こみかげんを見やけとほりたる時
は右の竹にあぶらけなくなる其時(そのとき)
鍋ともにさまし勝手(かつて)に切る也
火かげん上下共に和(やは)らかなるよし
○みそ松風(まつかぜ) うる米(ごめ)の粉(こ)一升
餅米(もちごめ)の粉(こ)四合/白砂糖(しろさたう)三百目
ふるひ入れ山椒(さんしやう)の粉(こ)二拾匁/味噌(みそ)
のたまり百目いれ団子(だんご)のかたさ
【右丁本文】
水にてあらひ落(おと)しよく乾(かわか)して後右の寒水(かんのみづ)
につけおくべし但(たゞし)壺(つぼ)に入てよし如此(かくのごとく)すれば
水を替(かふ)る事なくして久しく味(あぢ)損(そん)ぜず
 ○霜柿(つるしがき)を貯ふる法
一/美濃(みの)つるしを久しく貯ふるには葉茶壺(はちやつぼ)
の底(そこ)に柿(かき)を並(なら)べ其上に葉茶(はぢや)をいれ置べし
其(その)茶(ちや)も又久しく味(あぢ)かはらぬ也
 ○万年浅漬(まんねんあさづけ)の方
一/大根(だいこん)《割書:百本|》塩(しほ)《割書:三升|》麹(かうじ)《割書:二升|》砂(すな)《割書:一升|》砂(すな)は川
砂の清(きよ)き米粒(こめつぶ)ほどなるがよし常(つね)のごとくに
漬(つけ)ておもしを置べし四月より夏(なつ)の中(うち)用
ひて味(あぢ)かはらず
 ○栗子(くりのみ)のたくはへ様一方
【左丁本文】
一/寒水(かんのみづ)にひたし置いつまでも水をかへず
漬(つけ)おき入用次第つかふべし芽(め)を出さずまた
腐(くさ)ることなし又方/赤銅(あかゞね)の薬鑵(やくわん)にいれ蓋(ふた)
をよく〳〵してつりおくべし
 ○蕃椒(たうがらし)のたくはへやう
一たうがらしを塩漬(しほづけ)にしてたくはへおけば
いつまでも生(しやう)にてたもち生(なま)のごとく風味(ふうみ)も
かはらず但(たゞし)青(あを)きうちに漬(つく)べし
 ○紅生姜(べにはじかみ)のつけやう
一はじかみをあらひて水気(みづけ)をさりて後
梅酢(むめず)に漬(つく)る也其時/芥子(からし)を少し絹(きぬ)につゝみ
て底(そこ)に入おくべし年(とし)を越(こえ)てもかびずして
色(いろ)よし又方/米醋(こめす)一合/黒豆(くろまめ)半合をせんじ
【枠外丁数】百四十六

【右丁頭書】
ほどにこね合せ布を水に浸(ひた)し
大がいにしぼり上下にしき麺棒(めんぼう)
にてよろしき厚さにのばし焼(やき)
鍋(なべ)にうつし火ぶたのぐるりに火
をならべてやく尤( もつとも)上(うへ)の火ばかり
なりよきほどに色(いろ)つかばかへして
又やく也やきはてゝ蓋(ふた)のある器(うつは)
物に入おけばむされてかげんよし
○葛饅頭(くずまんぢう) 葛(くず)の粉(こ)一升/餅(もち)
の粉(こ)五合右にえ湯(ゆ)にて和(やは)らかに
こねあんをつゝみむしやはらかに蒸(むさ)
れたる時/胡麻(ごま)をいり薬研(やげん)にて
おろしすいのうにてふるひ白砂(しろさ)
糖(たう)等分(とうぶん)に合せてかけ出す
○水蟾(すゐせん)まんぢう 葛粉(くずのこ)おろし
一升/砂糖蜜(さたうみつ)一升五合水一升二合
いれ右のうち三分一/残(のこ)しのこる
【左丁頭書】
二分を鍋(なべ)にいれゆるき火にかけ
ねりかたまりたる時なべを挙(あげ)て
残(のこ)りの一分をいれ火にかけずし
てねりかたまる時/箆(へら)にて取(とり)わけ
手を水にてぬらし餡(あん)をつゝみ蒸(せい)
篭(ろう)にならべむしつや出る時あげて
水に冷(ひや)し用ゆ
○同/葛切(くずきり) 葛粉(くずのこ)一升水二升
五合水せんなべゆるりとつかるほ
どの大鍋(おほなべ)に湯(ゆ)をたゝし水せんなべ
をかけ葛(くず)をのばしまんべんにして
上少し乾(かわ)きたる時/湯(ゆ)の中へつ
けしばしの内に色(いろ)かはりたる時水
につけ右の水せんをおこし温飩(うどん)
ほどに切さたう蜜(みつ)にて用ゆ又
精進( しやうじん)のさしみにもつかふなり
○薯蕷饅頭(じよよまんぢう) 上々の山(やま)の芋(いも)
【右丁本文】
汁を醋(す)にさし塩(しほ)一つまみ入はじかみを漬(つく)べ
し梅(むめ)醋より風味(ふうみ)よく色(いろ)もよし
 ○柑子(かうじ)をたくはふる法
一/桶(をけ)に乾(かわ)きたる潮砂(うしほすな)をいれおほひ置べし
 ○初茸(はつたけ)の漬(つけ)やう
一/水(みづ)一升に塩(しほ)四合いれてせんじざわ〴〵と
【挿絵】
【左丁本文】
にえたゝして初茸(はつたけ)を入れ其まゝ桶(をけ)にいれ
蓋(ふた)をして置べし料理(れうり)につかふ時/一夜(いちや)塩(しほ)
を出して用ゆべし漬加減(つけかげん)はひた〳〵にすべし
 ○塩(しほ)ぬきの方
一/魚(うを)鳥(とり)の塩(しほ)をぬくには土中(どちう)に一夜/埋(うづ)み置
べし奇妙(きめう)に塩ぬける也又/出(だ)し置たる水に
椿(つばき)の葉(は)を入るもよし又方ひたしたる水の
中へ土器(かはらけ)をやきて二三/度(ど)入べし塩残らず
出るなり又/菜果類(さいくわるい)の塩をぬくには出し水
に柿渋(かきしぶ)を少し入るべし忽( たちまち)塩ぬける也もし
渋(しぶ)なき時は柿葉(かきのは)を入べし
 ○梅干(むめぼし)の法
一/梅(むめ)一升に塩(しほ)三合のつもりにして漬(つけ)るなり
【枠外丁数】百四十七

【右丁頭書】
【挿絵】
皮(かは)をさりて百目/粳米(うるごめ)の粉(こ)二合
白砂糖(しろさたう)百目いれ雷盆(すりばち)にてよく
すり手を水にひたしあんを包(つゝ)み
布(ぬの)を水にひたし敷/蒸籠(せいろう)に並(なら)
べむしてふうわりと浮(うき)ねばりさる
時あげる也
○匕羊羹(すくひようかん) 小豆(あづき)のこし粉(こ)水
気(け)をよくしぼりて百目/葛粉(くすのこ)
【左丁頭書】
二十匁うどん粉(ご)二十匁白ざたう
二百目/塩(しほ)見合(みあはせ)水五合いれせんじ
塵(ちり)と砂(すな)をこし引ばちにてもみ
合せ右のせんじ少しづゝ入れもみ
合せて外(ほか)に水二合いれ右の水合
せて七合をよくかきまぜこしきの
内に四角(しかく)なる箱(はこ)の底(そこ)なきわくを
おき木綿(もめん)の敷布(しきぬの)水にひたし
わくの内へしきむし釜(かま)のうへに
かけやうかんを流(なが)し入れかたまる
までつよく火をたきてむす也
ふき上る時しばらくさまし金杓(かなしやく)
子(し)を水(みづ)にぬらしよそひて出す也
○羊羹(ようかん) 上のごとくにこしらへ
葛(くず)三匁引うどん粉(こ)五匁引水八
合にしてつめたくなるまでさま
してよし
【右丁本文】
梅(むめ)はよくあらひて水気(みづけ)をかわかし塩を合せ
て廿一日/漬(つけ)おき三日/天日(てんひ)にほし一夜(いちや)露(つゆ)にあ
てゝ又一日/干(ほ)し貯(たくは)へおくべし長(なが)くほせばいよ〳〵
久しくもつ物なれど肉(にく)減(げん)じてわろしまた紫(し)
蘓漬(そづけ)【蘇】にするは紫蘓葉(しそのは)をもみて水気(みづけ)を去(さり)
梅を漬(つけ)たる醋(す)に右の梅と同じく入ておくべし
さて後/酒(さけ)を入れば味(あぢ)甘(あま)くなるなり又/紫蘓(しそ)
葉にてたゝむ時/酒斗(さけばかり)にて漬れば大に甘(あま)し
されどもねばりてわろし
 ○梅(むめ)びしほの方
一/梅干(むめぼし)をあらひ塩をさり核(たね)をよくすり
つぶし白砂糖(しろざたう)を入れ酒(さけ)を加(くは)へてねるなり
 ○煎梅(にむめ)の方
【左丁本文】
大なる梅(むめ)の熟(じゆく)せざるを塩につけよく熟(じゆく)し
たる時/潰(つぶ)れざるを取(とり)のけつぶれかゝりたるを
摺(すり)つぶし梅醋(むめず)をたぎるほどに沸(わか)してさまし
右の潰(つぶ)したるをどろ〳〵にあはせ取(とり)のけたる
よき梅(むめ)をその汁にまぶし壺(つぼ)へ漬(つけ)こみておく
べしよくなるれば次第(しだい)に梅(むめ)の香(か)よく味(あぢは)ひも
よくしてかびることなし
 ○あちやら漬(づけ)の方《割書:已下/畜蔵(たくはへ)にあらさる類も|漬(つけ)ものゝ因にこゝに載(の)す》
一/醬油(しやうゆ)《割書:一合|》酒(さけ)《割書:一合|》醋(す)《割書:一合|》
 右せんじてさまし干大根(ほしだいこん)梅干(むめぼし)昆布(こんぶ)の類何
 にても漬(つけ)おきて其まゝに食(しよく)すべし《割書:砂糖を入る|もよし》
 ○南蛮(なんばん)漬の方
一/醬油(しやうゆ)《割書:一升|》醋(す)《割書:三升|》酒(さけ)《割書:五升|》塩(しほ)《割書:一升|》
【枠外丁数】百四十八

【右丁頭書】
○求肥飴(ぎうひあめ) 葛(くず)の粉(こ)百目/蕨(わらび)
の粉五十匁/餅米(もちこめ)の粉(こ)五合/白(しろ)
砂糖(さたう)七百目/煎(せん)じ水壱升入れ内
五合はさたうのせんじ水/残(のこり)五合は
葛(くず)わらびをときいづれも水嚢(すゐのう)
にてこし炭火(すみび)よきかげんにし
てねり中ほどにてしる飴(あめ)四百五
拾目入れ初よりねり上るまで手
をひかずねる也火のかげん第一
なりよきほどにつまりたる時
箱(はこ)にうどん粉(こ)を敷(しき)ながして
二日ばかりさまして切る也
○南京飴(なんきんあめ) 右ぎうひをぬれ
ぶきんにて粉をふき青豆(あをまめ)の粉(こ)
を付るなり胡麻(ごま)を付るもよし
○小倉野(をぐらの) 餅(もち)の粉(こ)壱升
白砂糖(しろざたう)六百目水壱升/入(い)れ垢(あか)を
【左丁頭書】
とり蜜(みつ)にてせんじ地黄煎(ぢわうせん)五百
目入れ求肥(ぎうひ)のごとく少しかたく
ねりつめて箱(はこ)にうどんのこしき
ながし置二日ばかりもおきて切り
あんをつゝみ上へさたう煮(に)のつぶ
小豆(あづき)をつける此あづきこしらへ様
は上/小豆(あづき)をたきよく煮(に)てつぶれ
たるを択去(えりすて)て砂糖蜜(さたうみつ)にて又
煮(に)塩(しほ)見合せに入る右さたう
に煮(に)てとほしにあげ滴(しづく)を
たらしさめてかわく時上のきぬに
つくるなり
○養命餹(やうめいたう) 寒(かん)ざらしの餅(もち)
の粉五合/葛(くず)の粉五十匁/白砂(じろさ)
糖(たう)五百匁/先(まづ)さたうに水三百匁
いれせんじて垢(あか)を去(さり)粉(こ)に水百目
入れよくときて右の砂糖(さたう)を入れ
【右丁本文】
【挿絵】
 右せんじてさまし魚肉(ぎよにく)を漬(つけ)置べし
 ○金山寺味噌(きんざんじみそ)の法
一/大麦(おほむぎ)《割書:黒くならぬほどに|いりて一斗》大豆(まめ)《割書:黒くならぬほどに|いりて一斗》
 右一所にまぜせいろうにて蒸(む)し糀(かうじ)にねさ
せ花(はな)つく時分(じぶん)塩二升あはせ茄子(なすび)五十いれすし
のごとくしておもしをかけ七日めづゝに上下(うへした)へま
【左丁本文】
ぜかへし四十日めに山桝(さんしやう)【山椒】の辛皮(からかは)を入れ又
七日ほど過(すぐ)れば上へ水あがるもの也/和(やは)らかな
らば水を外(ほか)へとりておくべし乾(かわ)く時は右の水を
入てかきまはすなり或(あるひ)は瓜(うり)の水気(みづけ)をさりて
も入べし多(おほ)く入ればしるくなる也
 ○柚(ゆ)びしほの方
一/柚(ゆ)《割書:実(み)をさり皮(かは)ばかり|にして六ッ》葛粉(くずのこ)《割書:一合|》砂糖(さたう)《割書:四十匁|》
 たまり《割書:少|》胡桃(くるみ)《割書:十五|》
右/砂糖(さたう)たまり柚(ゆ)一所に煮(に)る也さて最後(さいご)に
くるみ葛粉(くずのこ)を入べし
 ○ひしほの方
一/小麦(こむぎ)《割書:壱斗水につけよくむし手にて握(にぎ)りて|かたまる時分豆の粉と合すべし》大豆(まめ)
 《割書:五升わりて皮をさり|引わりて用ゆべし》塩《割書:二升五合|》水《割書:八升五合|》
【枠外丁数】百四十九

【右丁頭書】
炭火(すみび)にてねりつめ中ほどにて
しる飴(あめ)三百八拾匁入れてねり
つまりて上る時/芡実(けんじつ)十五匁/蓮肉(れんにく)
十五匁/薏苡仁(よくいにん)二十匁/山薬(さんやく)二十五匁
四/味(み)粉(こ)にして入れ又ねりあはせ
求肥(きうひ)のごとく箱(はこ)へうつしてさまし
五六日も過て右の粉(こ)をふきん
にてふき取て湿(しめり)のある所へ砂糖(さたう)
をつけてよきほどに切て風(かぜ)を
ひかぬやうに箱(はこ)へいれおけばいつ
までももつ也
○餡(あん)の製法(せいほう) 極上(ごくじやう)の小豆(あづき)を
煮(に)て雷盆(すりばち)にてすりこまかなる
篩(ふるひ)にて漉(こ)し少しゐさせおき木綿(もめん)
の布(ぬの)へ少しづゝいれかたくしぼり
餡(あん)のしぼり粉(こ)百目に白砂糖(しろさたう)百匁
水五十匁何ほどにても右の割(わり)にて
【左丁頭書】
せんず砂糖(さたう)のあかのさりやうは
よき山(やま)の芋(いも)の皮(かは)をさりて少し
ばかり砂糖(さたう)へおろし入れよく掻(かき)
合せ水をいれせんじにえ立て
しばしおけば砂糖(さたう)のあか残(のこ)らず
かたまりて上にうく其時あみ
杓子(しやくし)にてすくひさればきれいに
とれるなりそれを布(ぬの)にてこし
せんじつめ塩(しほ)を合せこし粉(こ)を
入れよきほどの堅(かた)さに煉(ねり)つめ
てたくはへ置也これ極製(ごくせい)なり
○砂糖蜜(さたうみつ)の製法(せいほう)
大白(たいはく)のさたう壱貫目山の芋(いも)
皮(かは)をさりて二百目おろし砂糖(さたう)に
よくまぜ合(あは)せ水四百五拾匁を
少しづゝ入れ砂糖(さたう)をときせんじ
にえ立て火(ひ)を引(ひき)しばしおけば
【右丁本文】
右塩と水とを合(あは)せ煎(せん)じさまし置さて
小麦(こむぎ)と大豆(まめ)とをあはせ日影(ひかげ)におき毎日(まいにち)〳〵
かきまはすべし
 ○柚(ゆ)べしの方
一/柚(ゆ)《割書:皮をさり実|ばかり十》胡麻(ごま)《割書:二合|》味噌(みそ)《割書:五合|》餅米(もちごめ)
の粉《割書:二合但し乾飯(ほしいひ)なれば|  いよ〳〵よし》番椒(たうがらし)《割書:少|》
右一所にすり合せ柚(ゆ)の皮(かは)へつめてよくむし
其後(そのゝち)その中に胡桃(くるみ)かやの類をも入るべし
但し柚(ゆ)の裏(うち)の皮(かは)をさるべし
 ○越瓜(しろうり)を青(あを)きながら貯ふる法
一/赤土(あかつち)一斗に塩(しほ)六升五合あはせ越瓜(しろうり)を二ッ
にわりて中をよくさらへ右の土(つち)にてつけ
おくべし翌年(よくねん)まで色(いろ)かはる事なし
【左丁本文】
 ○奈良漬(ならづけ)の方
一/白瓜(しろうり)を二ッにわりて実(み)をさり能(よく)ふきて
瓜(うり)の中へ塩(しほ)半分(はんぶん)もりその上に粕(かす)をぬり
つけ桶(をけ)へ入れおく也/但(たゞし)あたり合ぬくらゐに
すべし
 ○丸山(まるやま)ひしほの方
一/小麦(こむぎ)《割書:四合|》黒大豆(くろまめ)《割書:六合|》いづれも炒(いり)て引わり
むして糀(かうじ)むろへ入れ花(はな)をつけ三合/塩(しほ)に
あはせ常(つね)のかうじを水にて洗(あら)ひそのあらひ汁
にてかたくこねてねさすべし急(きふ)に味(あぢ)を付る
にはしこみたる桶(をけ)に蒲団(ふとん)をかけ昼(ひる)は日あたり
へ出ししば〳〵かきまぜれは五六日の中に能(よき)
味(あぢは)ひとなる也又/大豆(まめ)の粉(こ)を右の大豆(まめ)にふり
【枠外丁数】百五十終

【右丁頭書】
垢(あか)の分(ぶん)かたまりて上に浮(うく)なり
其時/金(かね)の網(あみ)じやくしにてすくひ
取又一たきすれば残(のこ)らず垢(あか)上へ
うく所を取つくし布漉(ぬのごし)にして
壺(つぼ)にたくはへ置つかふ氷砂糖(こほりさたう)も
同様にてよろし
○寒晒(かんざらし)の粉(こ)製法(せいほう) 米(こめ)を炊(かし)て
二日に一度づゝ水をかへ七日/漬置(つけおき)
石臼(いしうす)にて挽(ひ)き糟(かす)をこしさり又/桶(をけ)へ
入れ二日ばかり淪(ゐ)させ水を去(さ)り
麹(かうじ)ぶたに紙(かみ)を敷(しき)上(あげ)て干(ほし)かため
おくなり幾年(いくとし)おきても虫(むし)つく
事なし餅米(もちごめ)粳米(うるごめ)同事なり

頭書終

【右丁本文】
かけ室(むろ)へ入れば花(はな)よくつきて味(あぢは)ひ一しほよし
 ○白柿(つるしがき)の貯(たくは)へやう《割書:并(ならびに)|》あはせ柿(がき)の法
一/常(つね)のごとく皮(かは)を剥(むき)て干(ほし)たる後/蕎麦稭(そばがら)にて
つゝみおけば霜(しも)ふきて白(しろ)くなる也又あはせ柿(がき)は
柿(かき)の黄(き)にならんとする時(とき)とりて石灰(いしばひ)あるひは
蕎麦稭(そはから)の灰汁(あく)にひたし二三日して取出(とりいだ)し
乾(かわか)すれば青色(あをいろ)変(へん)じて黄赤(きあか)くなり渋味(しぶみ)転(てん)じ
て甘(あま)みとなる也

広益秘事大全終



【左丁】
嘉永六年丑五月新刊
        河内屋喜兵衛
 京摂     河内屋茂兵衛
     浪華 河内屋新次郎
 書肆     藤 屋善 七
        藤 屋禹三郎
     皇都 越後屋治兵衛

【右丁 内裏表紙】


【左丁 見返し】

【裏表紙】

広益秘事大全

【表紙】
【題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全一.目録・巻上ノ一

【扉】
【題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全 一

【右丁】
《題:広益秘事大全》【四角囲み】
【赤角印 帝國圖書館】 【赤丸印 帝圖 昭和十五・一一・二八・購入】
予(よ)諸国(しよこく)を遊歴(ゆうれき)して見聞(けんもん)するに海浜(かいひん)に属(つき)たる所(ところ)は魚(ぎよ)
塩(えん)の利(り)廻船(くわいせん)の交易(かうえき)などを業(げふ)として万(よろづ)便利(べんり)なる故(ゆゑ)に自(おのづ)
から富饒(ふによう)にて貧民(ひんみん)といへども大概(おほかた)衣食(いしよく)に乏(とぼ)しからず
此(これ)に反(はん)して山村(さんそん)の僻地(へきち)には産出(なりいづ)る物(もの)も少(すくな)く且(かつ)運送(うんそう)の便(たより)
わろきまゝに何事(なにごと)も困乏(こんぼう)にして甚(はなはだ)しきは飢寒(きかん)に堪(たへ)ざる類(たぐひ)
多(おほ)しそのうへ人家(じんか)間遠(まどほ)にて比隣(ひりん)相救(あひすく)ふべき由(よし)もなき所(ところ)
【左丁】
【上余白印 特1 206】           【赤角印 白井光】
などには古来(むかし)より世間(せけん)に流行(りうかう)せる事などをも曽(かつ)て
知(しら)ず質朴愚昧(しつぼくぐまい)にして憐(あはれ)むべき事(こと)どもあり海島(かいとう)僻遠(へきえん)
の地(ち)も亦(また)これに准(なぞら)ふべしさる所々(ところ〴〵)にては偶(たま〳〵)大益(たいえき)ある物あれども
製(せい)すべき法(ほう)を知(しら)ず食(くら)ふべき物も調理(てうり)の術(じゆつ)を知(しら)ずして徒(いたづら)に
過(すぐ)る事/多(おほ)く又(また)医師(いし)なども拙陋(せつろう)なる上に甚(はなはだ)稀(まれ)にて急患(きふくわん)を
救(すく)ふに便(たより)なく或(あるひ)は養生(やうじやう)の術(じゆつ)踈略(そりやく)にて非命(ひめい)に死(し)する類(たぐひ)も有(あり)
またさる愚蒙(ぐもう)を誑(たぶら)かして奸僧(かんそう)妖巫(ようぶ)の徒(と)漫(みだり)に奇怪(きくわい)を唱(とな)へ
て物(もの)を貧(むさぼ)る習俗(ならはし)などもあり惣(すべ)て慨嘆(がいたん)すべき光景(ありさま)なるに
つきていかでさるべき事どもを教(をし)へて日用(にちよう)の急(きふ)を救(すく)ふ事(こと)も
がなと思(おも)ふ折節(おりふし)墨香居(ぼくかうきよ)の主人(あるじ)云々(しか〴〵)の雑書(ざつしよ)を編(あみ)て刊行(かんかう)
せんと相議(あひはか)る其趣(そのおもむき)予(よ)が予考(あらかしめかんがふ)る所に同(おな)じければ門人(もんじん)等(ら)に筆(ふで)を把(とら)

【右丁】
しめて先(まづ)其(その)用(よう)ある事を諸書(しよ〳〵)の中(うち)より抄出(せうしゆつ)せしめてかく乱雑(みだりがは)
しき冊(ふみ)となしぬ抑(そも〳〵)雑書(ざつしよ)と称(しやう)する物/世(よ)に多(おほ)しといへども大抵(たいてい)無(む)
益(えき)の事を記(しる)して多(おほ)くは成得(なしえ)がたく却(かへつ)て民俗(みんぞく)の害(がい)となりて
迷(まよ)ひを層(かさ)ぬること尟(すくな)【尠は俗字】からず予(よ)既(すで)に此(この)弊(へい)を識(しる)が故(ゆゑ)に清(きよ)く其(その)
害(がい)を改(あらた)めて有益(うえき)の事ならぬをば記(しる)さず奢侈(おごり)を略(はぶ)き惑(まどひ)を
醒(さま)し農工(のうこう)の職業(しよくげふ)貧家(ひんか)の女工(ちよこう)に用(よう)あらん事をのみ考(かんが)へて記(しる)
したれば聊(いさゝか)済生救民(さいせいきうみん)の一端(かたはし)ともなるべき歟(か)希(こひねがは)くは
四方(しはう)の君子(くんし)予(よ)が拙陋(せつろう)を笑(わら)ふこと勿(なか)れと云(いふ)
 嘉永四年辛亥秋九月      浪華市隠三松館主人識
【左丁】
【上段 挿絵】
【下段】
民家日用(みんかにちよう)公益秘事大全(くわうえきひじだいぜん)総目録(さうもくろく)
 ○奇巧妙術類(きこうめうじゆつるい)第一(だいいち)
一/書物(しよもつ)を虫(むし)のはまざる法(はふ)       一丁
一/書物(しよもつ)の潮(しほ)につかりたるを直(なほ)す法
一/水草(みづくさ)を久しく活(いけ)おく法        二丁
一/銀箔(ぎんはく)の色(いろ)かはらぬ押(おし)やう
一/毛(け)の類(るい)を染(そむ)る法
一/銅器(どうき)のさびたるを洗(あら)はずして落(おと)す法
一/暑中(しよちう)食物(しよくもつ)の貯(たくは)へやう        三丁
一/新(あたら)しき刃物(はもの)を古(ふる)びさする法
一/錫(すゞ)の器(うつは)くもりたるを磨(みが)く法
一/器物(うつはもの)のわれたるを跡(あと)なくつぐ法
一/瓦石(ぐわせき)の類(るい)継(つぎ)てはなれざる法

【右丁頭書】
頭書(かしらがき)惣目録(そうもくろく)
○心易(しんえき)星宿(せいしゆく)占卜(うらなひ)類(るい)   《割書:二丁|ヨリ》
一 八卦(はつけ)のくりやう    三丁
一 同/所属(しよぞく)判断(はんだん)      四丁
一 九曜星(くようせい)のくりやう   十三丁
一 六曜星(ろくようせい)のくりやう   十七丁
一 十二/運(うん)のくりやう   廿丁
一 二十八/宿(しゆく)吉凶(きつきよう)の事    廿六丁
○紙細工(かみざいく)のしやう    《割書:卅八丁|ヨリ》
一 屏風(べうぶ)の張(はり)やう     同丁
一 粉地(ふんち)の方       卅九丁
一 蝶(てふ)つかひの寸法
一 緑(へり)のつけやう
一 緑(へり)の寸法(すんはう)
一 屏風(べうぶ)押絵(おしゑ)の事     四十丁
一 色紙(しきし)短冊絵(たんさくゑ)おしやう
一 表具(へうぐ)の仕(し)やう
【左丁頭書】
一 腐粘(くされのり)のつくりやう   四十一丁
一 軸物(ぢくもの)巻切(まききり)の法     四十二丁
一 唐紙(たうし)うら打の法
一 にかは水(みづ)の方     四十三丁
一 仮張(かりばり)の法       四十四丁
一 煤(すゝ)のぬきやう
一 書画(しよぐわ)の破(やぶれ)をつくらふ法
一 渋紙(しぶかみ)の仕やう     四十五丁
一 焼(やき)ふのりの法     四十六丁
一 合羽(かつは)の法
一 青漆(せいしつ)の法       四十七丁
一 あかり障子(しやうじ)をはる事
一 雨障子(あましやうじ)の事
一 腰(こし)ばりの法      四十八丁
一 瓦器(ぐわき)をはる法
一 紙帳(しちやう)を造(つく)る法
一 折本(をりほん)のをりやう
【右丁本文】
一 漆(うるし)ぬり物かけたるを繕(つくろ)ふ法      四丁
一 青梅(あをむめ)を久しく貯(たくは)ふる法
一 鹿角(しかのつの)を和(やは)らかにする法
一 煎酒(いりざけ)を俄(にはか)にこしらへる法
一 悪水(あくすゐ)を清水(せいすゐ)とする法         五丁
一 餅(もち)にかびのわかぬ搗(つき)やう
一 すき油(あぶら)の方
一 花(はな)の露(つゆ)方              六丁
一 茶色(ちやいろ)の無地(むぢ)に紋所(もんどころ)つくる法
一 角類(つのるい)を染(そむ)る法
一 紙(かみ)に金砂子(きんすなご)をまく法
一 取直(とりなほ)しがたき物に砂子(すなご)をおく法
一 雨障子(あましやうじ)に油(あぶら)を用(もち)ひざる法      七丁
【左丁本文】
一 雨障子(あましやうじ)をつくらふ法
一 革(かは)を洗(あら)ふ法
一 庖丁(はうちやう)のなまぐさきを去(さ)る法
一 糊(のり)にて張(はり)たる物を鼠(ねずみ)の喰(くは)ざる法   八丁
一 衣服(いふく)あぶら垢(あか)のおとしやう
一 旅中(りよちう)などにて用(もちふ)る蒲団(ふとん)の法
一 玳瑁(たいまい)の類(るい)油(あぶら)をぬく法
一 焼物(やきもの)に穴(あな)のあけやう
一 箪笥(たんす)【司は誤記ヵ】挟箱(はさんばこ)などの脂(やに)出(いづ)るをとむる法
一 早ねた刃(ば)の合(あは)せやう         九丁
一 百里一足(ひやくりいつそく)の草鞋(わらづ)の法
一 雨風(あめかぜ)に消(きえ)ぬ炬火(たいまつ)の法
一 同(おなじく)蝋燭(らうそく)の法             十丁
 【枠外丁数】目二

【右丁頭書】
一 唐本(たうほん)にうら打する法   四十九丁
一 唐紙(たうし)をうつ法      五十丁
一 地(ぢ)をしたる紙(かみ)をのす法
【挿絵】
【左丁頭書】
【挿絵】
○万(よろづ)染物(そめもの)之(の)法(ほう)      《割書:五十一丁|ヨ  リ》
一 黒染(くろぞめ)          同丁
一 梹榔子染(びんらうじぞめ)        五十二丁
【右丁本文】
一 一寸(いつすん)八里(はちり)炬火(たいまつ)の法
一 幾夜(いくよ)寝(ね)ずしても気力(きりよく)衰(おとろ)へぬ法
一 鍋釜(なべかま)の鉄気(かなけ)をぬく法
一 油(あぶら)に水気(みづけ)あるをぬく法     十一丁
一 白鑞(びやくらう)を製(せい)する法
一 真鍮(しんちう)を色(いろ)白(しろ)くする法
一 真鍮(しんちう)金銀(きん〴〵)の類の器物(うつはもの)を洗(あら)ふ法
一 洗(あら)ひ粉(こ)の方
一 鉄醤(おはぐろ)を即座(そくざ)におとす法
一 伽羅(きやら)を久しく貯(たくは)ふる法     十二丁
一 伽羅(きやら)の香(か)をます炷(たき)やう
一 火(ひ)久(ひさ)しくたもつ灰(はひ)の法
一 酒中花(しゆちうくわ)の方
【左丁本文】
一 油(あぶら)に鼠(ねずみ)の付たるをとむる法   十三丁
一 旅(たび)にて火を絶(たえ)ず持(もち)ゆく法
一 渋(しぶ)のやけざる法
一 蒜(にら)葱(ねぶか)を食(しよく)して口中(こうちう)臭(くさ)からぬ法
一 鯉(こひ)の死(しな)んとするを活(いか)す法
一 練珊瑚珠(ねりさんごじゆ)の製(せい)法
一 小鮒(こぶな)の鱗(うろこ)をとる法       十四丁
一 小池(こいけ)の魚(うを)に鼬(いたち)の付たるを避(さく)る法
一 道(みち)に迷(まよ)ひたる時/方角(はうがく)を知(し)る法
一 井(ゐ)を掘(ほ)る時水ある地(ち)を知(し)る法
一 小鳥(ことり)の病(やまひ)を治(ぢ)する法     十五丁
一 雀(すゝめ)を飼(かひ)て白(しろ)くする法
一 金魚(きんぎよ)の死(し)を活(いか)す法
【枠外丁数】目三

【右丁頭書】
一 黒茶(くろちや)ぞめ
一 江戸(えど)茶(ちや)       五十三丁
一 こび茶
一 兼房染(けんばうぞめ)       五十四丁
一 びろうど染
一 梔子(くちなし)ぞめ
一 七りやう染
一 かしは染(ぞめ)
一 正平(しやうへい)小紋(こもん)染     五十五丁
一 同/絵具(ゑのぐ)の用(もち)ひやう
一 梅(むめ)ぞめ       五十六丁
一 桑(くは)ぞめ
一 野胡桃(のくるみ)染
一 ねずみ
一 うこんぞめ     五十七丁
一 すゝ竹(たけ)
一 柳(やなぎ)すゝ竹
【左丁頭書】
一 蘇枋(すはう)【蘓は異体字】ぞめ
一 黒(くろ)とび色(いろ)
一 黄茶(きちや)        五十八丁
一 から茶
一 べに染
一 渋(しぶ)ぞめ
一 あゐ染(ぞめ)
一 まがひ紅(もみ)      五十九丁
一 紺屋糊(こんやのり)の法
一 紋所(もんどころ)を付(つく)る法
○万(よろづ)しみ物(もの)おとし  《割書:六十丁|ヨリ》
一 衣服(いふく)のかびをおとす法
一 墨(すみ)のつきたるを落(おと)す
一 油(あぶら)のつきたる    六十一丁
一 蠟(らう)のつきたる
一 赤泥(あかどろ)のつきたる   六十二丁
一 絵具(ゑのぐ)のつきたる
【右丁本文】
一 藍染(あゐぞめ)のおとしやう
一 衣服(いふく)の穢(けが)れて久(ひさ)しきをおとす法
一 衣服(いふく)油(あぶら)おとしの法《割書:并|》渋(しぶ)おとし
一 絹布(けんふ)あらひ張(はり)の糊(のり)の方
一 黐(とりもち)また鉄醤(おはぐろ)の衣服(いふく)に付たるを落(おと)す法 十六丁
一 味噌(みそ)の損(そん)じたるを直(なほ)す法
一 飯(めし)の片熟(かたにえ)したるを直す法
一 同(おなじく)こげくさきを直(なほ)す法
一 姜(はじかみ)をかびぬやうに漬(つけ)る法
一 紅染(べにそめ)のぬきやう
一 青昆布(あをこんぶ)こしらへやう          十七丁
一 乾松蕈(ほしまつたけ)香(か)のうせぬ法
一 碓米(からうすこめ)のくだけざるすゑやう
【左丁本文】
一 魚(うを)を養(やしな)ふ塗土池(ぬりつちいけ)のつくり様(やう)
一 鼠(ねずみ)をさる法
一 あぶら虫(むし)をさる法
一 蚤(のみ)をさる法
一 蝨(しらみ)をさる法              十九丁
一 頭(かしら)の蝨(しらみ)をさる法
一 虫(むし)を生(しやう)ぜぬ物(もの)だねの収(をさ)めやう
一 果樹(くわじゆ)に実(み)おほくする法
一 白紙(はくし)にて文通(ぶんつう)する法          二十丁
一 寒中(かんちう)河(かは)を渡(わた)りて凍(こゞ)えざる法
一 小(ちひさ)き蜜柑(みかん)を大にする法
一 竹(たけの)根(ね)のはびこるを防(ふせ)ぐ法
一 足(あし)のつかれたるを軽(かろ)くする法
 【枠外丁数】目四

【右丁頭書】
一 煙草(たばこ)のやにの付たる
一 鉄漿(おはくろ)のつきたる
一 血(ち)のつきたる
一 灸(きう)のうみ血(ち)の付たる    六十三丁
一 漆(うるし)のつきたる
一 魚(うを)鳥(とり)のあぶらの付たる
一 紅(べに)ぞめに油(あぶら)の付たる
一 酢(す)酒(さけ)醬油(しやうゆ)のつきたる
一 渋(しぶ)のつきたる
一 鳥(とり)もちのつきたる
一 糞(ふん)によごれたるを洗(あら)ふ   六十四丁
一 びらうどの垢(あか)をおとす
一 紋所(もんどころ)のしみ物をおとす
一 白(しろ)むくの垢(あか)をおとす
一 鹿子類(かのこるい)をあらふ法
一 うるし紋(もん)をおとす
一 藍染(あゐぞめ)をぬく法
【左丁頭書】
一 茶染(ちやぞめ)をぬく法        六十五丁
一 黒(くろ)き絹(きぬ)をあらふ
一 茶色(ちやいろ)に星(ほし)出たる
一 らせいたの垢(あか)をおとす
【挿絵】
【右丁本文】
一 薫物(たきもの)の方(ほう)品々(しな〴〵)       廿一丁
一 渋糊(しぶのり)の方          廿二丁
一 渋紙(しぶかみ)のこしらへやう
一 柿(かき)のたくはへやう
一 柿(かき)の年切(としぎり)するを実(みの)らする法 廿三丁
一 白(しら)ねり酒(ざけ)の方
一 塩魚(しほうを)の塩(しほ)をぬく法
一 金箔(きんはく)のすゝけたるを洗(あら)ふ法
一 塗物(ぬりもの)のすゝけとりやう    廿四丁
一 油(あぶら)一/合(がふ)にて一月(ひとつき)ともす法
一 一寸(いつすん)にて一夜(ひとよ)ともる蠟燭(らうそく)の法
一 石(いし)に墨(すみ)の付たるをおとす法
一 しくい土(つち)の法
【左丁本文】
一 砂糖漬(さたうづけ)の方         廿五丁
一 饑(うゑ)たる時/早速(さつそく)しのぐ法
一 鏡(かゞみ)にかきたる画(ゑ)久しくおちざる法
一 鏡(かゞみ)とぎ薬(くすり)の方
一 正面(しやうめん)石摺(いしずり)の法        廿六丁
一 十日廿日/饑(うゑ)ざる法
一 鋸(のこぎり)の切口(きりくち)をきれいにする法 廿七丁
一 薄板(うすいた)に穴(あな)をあける法
一 砥石(といし)の直(なほ)しやう
一 漆(うるし)にて物(もの)書(か)く法
一 生蠟(きらう)にてものかく法
一 硝子(びいどろ)に物(もの)を彫(ほ)る法
一 池田炭(いけだずみ)の引(ひき)きりやう
【枠外丁数】目五

【右丁頭書】
一 灰汁(あく)にかふる洗汁(せんじう)の方
一 頭巾(づきん)をあらふ
一 布(ぬの)を白(しろ)くする法二条
一 畳(たゝみ)に墨(すみ)の付たる
一 同/油(あぶら)のこぼれたる     六十六丁
一 衣服(いふく)に酒(さけ)のしみたる
○居宅(きよたく)営作(えいさく)の大略(おほむね)     《割書:六十七丁|ヨリ》
一 居宅(きよたく)の大むね
一 家(いへ)を高(たか)くすまじき事
一 陽(やう)に向(むか)ふべき事
一 湿(しつ)をさくべき事      六十八丁
一 居間(ゐま)と茶室(ちやしつ)の別(べつ)     六十九丁
一 天井(てんじやう)の事
一 二階(にかい)づくりの事
一 屋敷地(やしきぢ)の事
一 こけら屋根(わね)の事
一 茅(かや)やねの事        七十丁
【左丁頭書】
一 屋根(やね)の久(ひさ)しくもつ法
一 柱(はしら)の事
一 材木(ざいもく)の事         七十一丁
一 煙出(けふりだ)しの穴(あな)の事
一 土蔵(どざう)の造(つく)りやう
一 同/用心土(ようじんつち)の事       七十二丁
一 ねり土(つち)の蔵(くら)の事     七十三丁
一 材木(ざいもく)虫(むし)はまぬ法
一 便所(べんじよ)の事         七十四丁
一 居間(ゐま)の事
一 畳(たゝみ)の敷(しき)やう
一 庭(には)の事
一 居間(ゐま)の庭(には)の事       七十五丁
一 竹(たけ)を植(うゝ)る事
一 棟(むね)を分(わか)つ事
一 居風呂(すゑふろ)の事
一 生垣(いけがき)の事
【右丁本文】
一 土瓶(どひん)のもるをとむる法     廿八丁
一 金焼付(きんやきつけ)滅金(めつき)のやきやう
一 赤銅(しやくどう)のやきやう
一 色付(いろつけ)四分一(しぶいち)のやきやう     廿九丁
一 胎内(たいない)の子(こ)男女(なんによ)を知(し)る法
一 書(かき)たる文字(もんじ)夜(よる)光(ひかり)をはなつ法
一 不浄(ふじよう)の香(か)の座敷(ざしき)へ来(きた)らぬ法
一 大酒(たいしゆ)して酔(ゑは)ざる法
一 酒(さけ)にあてられたる時の法    三十丁
一 硯(すゞり)のねばりを取(と)る法
一 蕎麦麺(そばきり)を大食(たいしよく)して満腹(まんふく)せぬ法
一 小児(せうに)の陰茎(いんきやう)はれたる時のまじなひ
一 あらひ粉(こ)の一方(いつはう)       卅一丁
【左丁本文】
一 歯磨(はみがき)の方
一 傘(からかさ)にものかく法
一 金箔(きんはく)の上に物(もの)かく法
一 墨(すみ)ぬきの方
一 咽唯(のど)のかわきを止(とむ)る法     卅二丁
一 醬油(しやうゆ)のよしあしを見分(みわく)る法
一 新(あたら)しき道具(だうぐ)を早(はや)くふきいるゝ法
一 紅(べに)を用ひずして紅染(べにぞめ)する法
一 漆(うるし)を用ひずして塗物(ぬりもの)する法   卅三丁
一 庭石(にはいし)に苔(こけ)を付る法
一 蚫(あはび)がらに生(うま)れのごとく物かく法
一 旅中(りよちう)病(やまひ)をうけぬ方
一 船(ふね)に酔(ゑは)ざる法         卅四丁
【枠外丁数】目六

【右丁頭書】
【挿絵】
○天気(てんき)の善悪(よしあし)見やう 《割書:七十六丁|ヨリ》
一 暁(あかつき)より日出(ひので)の事
一 雨(あめ)の晴(はる)る時の事
一 雨のうかゞひやう
一 雲気(うんき)の事     七十七丁
一 白気(はくき)の事
一 日(ひ)に耳(みゝ)ある事
【左丁頭書】
一 月(つき)の暈(かさ)
一 新月(しんげつ)の事《割書:二条|》
一 気(き)月(つき)をつらぬく
一 月に黒雲(くろくも)おほふ事 七十八丁
一 寒暑(かんしよ)のきざし
一 星(ほし)の見やう《割書:二条|》
一 日(ひ)の暈(かさ)《割書:二条|》
一 又/月(つき)の暈(かさ)《割書:二条|》   七十九丁
一 大風(たいふう)の兆(きざし)
一 冬(ふゆ)の風の事    八十丁
一 昼夜(ちうや)の風の事
一 東西(とうざい)風の事
一 南風(みなみ)の事
一 鳥魚(うをとり)のきざし
一 季候(きこう)の風の事《割書:三条|》
一 火災(くわさい)の事
一 雨(あめ)の見やう《割書:五条|》
【右丁本文】
一 寒風(かんふう)の肌(はだ)をとほさぬ法
一 旅(たび)にて饑(うゑ)を凌(しの)ぎ并(ならびに)まめ出ざる法
一 蛙(かはづ)のなくを止(とむ)る法      卅五丁
一 香具(かうぐ)のたくはへやう
一 膏薬(かうやく)かぶれを愈(いや)す方
一 油(あぶら)なし燈火(ともしび)の法
一 早(はや)にべの方
一 冬(ふゆ)茄子(なすび)をならする法
一 炭(すみ)一ッにて終日(しうじつ)きえぬ煙草(たばこ)の火 卅六丁
一 紙(かみ)に血(ち)の付たるをおとす法
一 沈金彫(ちんきんぼり)の法
一 金(きん)しづめやう         卅七丁
一 鼈甲(べつかふ)をつぐ法
【左丁本文】
一 同/和(やは)らかにする法
一 目鏡(めがね)の水晶(すゐしやう)と硝子(びいどろ)とを知(し)る法
一 漆(うるし)の善悪(よしあし)を知る法
一 長命酒(ちやうめいしゆ)の方         卅八丁
一 湯香煎(ゆがうせん)の方
一 胎内(たいない)の子(こ)男女(なんによ)を知る法
一 子(こ)をまうくる法        卅九丁
一 煤(すゝ)をとく法
一 蛇(へび)のまとひたるを落(おと)す法
一 寒中(かんちう)さむからざる法
一 夏(なつ)綿入(わたいれ)を着(き)て暑(あつ)からぬ法
一 泥鰌(どぢやう)を袋(ふくろ)に入て一日死なぬ法
一 水(みづ)に溺(おぼ)れたる人を抱(いだ)き上る法 四十丁
【枠外丁数】目七

【右丁頭書】
一 雪(ゆき)の見やう《割書:二条|》 八十一丁
一 雪(ゆき)は豊年(ほうねん)の兆(きざし)
一 雲(くも)の事《割書:七条|》
一 朝(あさ)の雲色(くもいろ)の事 八十二丁
一 雲(くも)の見やう《割書:六条|》
一 天色(てんしよく)の事   八十三丁
一 気(き)の事
一 霜(しも)の事《割書:二条|》
一 雷(かみなり)の事《割書:二条|》
一 電(いなつま)の事《割書:四条|》  八十四丁
一 霞(あかね)の事
一 夕(ゆふ)やけの事
一 気節(きせつ)の日の事
一 虹(にじ)の事
一 霧(きり)の事《割書:二条|》
一 北斗(ほくと)の事《割書:六条|》  八十五丁
一 四季(しき)の事
【左丁頭書】
一 毎月(まいげつ)日(ひ)がらの晴雨(せいう)の事
一 八専(はつせん)の事
一 海上(かいしやう)の晴雨(せいう)
一 知風草(ちふうさう)の事  八十七丁
一 畜物(かひもの)のきざしの事
○万(よろつ)禁壓呪(まじなひの)術法(ほう) 《割書:八十七丁|ヨリ》
一 鼻血(はなち)を止(とむ)るまじなひ
一 蠅(はひ)をよけるまじなひ
一 蜂(はち)のさらぬ
一 蛇(へび)のさらぬ
一 疱瘡(はうさう)のまじなひ 八十八丁
一 小児(せうに)の夜啼(よなき)を止(とむ)るまじなひ《割書:二|条》
一 銭瘡(ぜにがさ)のまじなひ 八十九丁
一 不時(ふじ)の難(なん)をのがるゝ
一 しやくりのまじなひ
一 大小便(だいせうべん)をこらへる
一 寝小便(ねせうべん)をなほす 九十丁
【右丁本文】
一 水(みづ)のかはりにあたらぬ法
一 水(みづ)のよきを知る法
一 織物(おりもの)の金(きん)の真偽(しんぎ)を知る法
一 生花(いけばな)を久しく持(もた)する法     四十一丁
一 花(はな)いけの水/凍(こほ)らざる法
一 井水(ゐのみづ)の濁(にご)るをすます法
一 汲(くみ)置(おき)たる水をすます法
一 湯茶(ゆちや)なくして渇(かわき)を止(とむ)る法
一 炎暑(あつさ)の時/煮(に)たる物を貯(たくは)ふる法 四十二丁
一 急用醋(きふようす)の方
一 果物(くだもの)を久(ひさ)しく貯(たくは)ふる法
一 西瓜(すいくわ)甜瓜(まくは)を水なくして冷(ひや)す法 四十三丁
一 瓜(うり)茄子(なすび)の粕漬(かすづけ)青(あを)くして貯(たくは)ふる法
【左丁本文】
一 茶(ちや)を久しく貯(たくは)ふる法      四十四丁
一 蜜漬(みつづけ)の菓子(くわし)の味(あぢ)を直(なほ)す法
一 破(わら)ずして玉子(たまご)の善悪(よしあし)を知る法
一 汗(あせ)臭(くさ)きをさる匂袋(にほひぶくろ)の方    四十五丁
一 闇夜(やみよ)に人足(ひとあし)を聞(き)く法
一 早糊(はやのり)の方
一 箱(はこ)の類(るい)見事(みごと)に色(いろ)付(つく)る法
一 黒柿(くろがき)のこしらへやう
一 屋根(やね)に毛虫(けむし)のわくを除(のぞ)く法
一 湯風呂(ゆふろ)水船(みづふね)等(とう)のもるを止(とむ)る法 四十六丁
一 紙(かみ)をつぎて永代(えいたい)離(はな)れぬ法
一 膠(にかは)つぎの物永代はなれぬ法
一 鉄針(てつばり)のさびざる法
【枠外丁数】目八

【右丁頭書】
一 旅中(りよちう)まめの出ぬまじなひ
一 ともし火(び)に虫(むし)の入ぬ
一 飛蟻(はあり)の出るをとむる
一 狐狸(きつねたぬき)を近(ちか)よらせぬ
一 桐下駄(きりげた)のかけぬはきやう
一 迷(まよ)ひ子(ご)をもとむるまじなひ
一 産(さん)をのぶるまじなひ   九十一丁
一 木を植(うゑ)て枯(かれ)ざる
一 芝(しば)つなぎの事
一 勝負(しようぶ)事にまけぬ
一 詞(ことは)のなまりをなほす   九十二丁
一 もろ〳〵の祟(たゝり)を除(のぞ)く
一 祟(たゝり)をはらひ妖術(ようじゆつ)をくじく
一 夜(よる)おそはるゝ
一 夫婦中(ふうふなか)よくする
一 悋気(りんき)を止(やむ)る      九十三丁
一 女(をんな)の外心(ほかごゝろ)あるを知(し)る
【左丁頭書】
【挿絵】
【右丁本文】
一 鼠(ねずみ)のあれぬ法           四十七丁
一 刀(かたな)脇差(わきざし)柄糸(つかいと)のつもりやう
一 鏡(かゞみ)のとぎやう
一 釘貫(くぎぬき)なくして釘(くぎ)をぬく法
一 ちやんの方
一 絵絹(ゑぎぬ)に物かき損(そん)じたるをぬく法   四十八丁
一 どうさせぬ物に墨(すみ)のちらぬ法
一 藁筆(わらふで)のこしらへやう
一 青竹(あをだけ)を白くする法
一 盆山(ぼんさん)庭石(にはいし)等のわれたるを継(つぎ)補(をぎな)ふ法 四十九丁
一 磁器類(やきものるい)に穴(あな)をあくる法
一 鉄(てつ)かな物に錆色(さびいろ)を付る法
一 書物(しよもつ)の表紙(へうし)にひくどうさの方
【左丁本文】
一 模様紙子(もやうがみこ)の法           五十丁
一 うら打紙(うちかみ)を水に入ずして離(はな)す法
一 ○即効(そくかう)妙薬類(めうやくるい)第(だい)二(に)
一 難産(なんざん)せざる方           五十一丁
一 産(さん)をする時の心得(こゝろえ)        五十三丁
一 難産(なんざん)にて久しく産(むま)れざる時の薬  五十四丁
一 同(おなじく)横逆産(よこゞさかご)手足(てあし)先(まづ)出(いづ)るまじなひ
一 懐妊(くわいにん)したるを試(こゝろみ)る法      五十五丁
一 子(こ)腹中(ふくちう)にて死(し)したる時の薬
一 産後(さんご)血(ち)上(あが)りめまひする薬
一 産後(さんご)陰門(いんもん)ひろがりて閉(とぢ)ざる薬
一 乳(ちゝ)のやぶれて痛(いた)む方
一 小児(せうに)乳(ち)を呑(のま)ざる時の妙方(めうはう)
【枠外丁数】目九

【右丁頭書】
一 雷(かみなり)よけ
一 人を富貴(ふうき)ならしむ
一 物忘(ものわす)れせぬ
一 よく眠(ねむ)る人を眠らせぬ
一 夜(よる)ねられぬ人を寝(ね)さする   九十四丁
一 時疫(じえき)瘟病(うんびやう)をはらふ
一 痢病をはらふ
一 疱瘡目にいらぬ        九十五丁
一 小児(せうに)夜啼(よなき)のまじなひ
一 小児/寝(ね)らぬ事
一 物(もの)に見入られたる
一 道(みち)に迷(まよ)はず狐狸(こり)に迷(まよは)されぬ 九十六丁
一 剱難(けんなん)よけ
一 願(ねが)ふ事/成就(じやうじゆ)する
一 狐(きつね)を穴(あな)へかへさゞる
一 猪(ゐのしゝ)田畠(たはた)を荒(あら)さゞる
一 つき物の知(し)れぬをしる    九十七丁
【左丁頭書】
一 五穀(ごこく)を食(しよく)せずして饑(うゑ)ざる
一 悪瘡(あくさう)凍瘡(あかぎれ)をふせぐ
一 子(こ)をまうくる
一 男子(なんし)をまうくる
一 難産(なんざん)をうまする
一 樹(き)に毛虫(けむし)を生ぜぬ      九十八丁
一 炭火(すみび)のはねぬ
一 蓮池(はすいけ)の用心
一 漆(うるし)にまけぬ
一 疣(いぼ)をぬくまじなひ
一 かん強(つよ)き馬(むま)を驚(おどろ)かさぬ   九十九丁
一 虱(しらみ)のわかぬ
一 人の臥(ふし)たるを起(おこ)さぬ
一 ねても〳〵ねむたきを直(なほ)す
一 小児の寝小便(ねせうべん)せぬ
一 息(いき)の臭(くさ)きをなほす      百丁
一 雀目(とりめ)を治(ぢ)する
【右丁本文】
一 乳(ちゝ)足(たら)ざる時の方
一 小児(せうに)乳(ちゝ)をはく薬 五十六丁
一 孕婦(はらみをんな)の胎(たい)動(うご)きて堪(たへ)がたき薬
一 胎漏(たいろう)の薬
一 孕婦(はらみをんな)腹痛(ふくつう)する時の薬
一 はやめ茶             五十七丁
一 崩漏(ほうろう)の薬
一 赤子(あかご)生(むま)れてやがて死(し)するを救ふ方
一 陰門(まへ)腫(はれ)たる時の薬
一 陰門(まへ)かゆき薬           五十八丁
一 男(をとこ)にあふごとに陰門(まへ)より血(ち)の出る薬
一 月水(ぐわつすゐ)のめぐりわろき薬
一 同/久(ひさ)しく通(つう)ぜず腹(はら)はりたる薬
【左丁本文】
一 同/月水(ぐわつすゐ)をのばす法
一 月水(ぐわつすゐ)したゝりて止(やま)さるを治する方 五十九丁
一 つはりの薬
一 血(ち)の道(みち)黒(くろ)薬           六十丁
一 婦人(ふじん)こしけしら血(ち)なが血の薬
一 痔(ぢ)の薬
一 疥癬(ひぜん)の薬
一 薬湯(くすりゆ)の方             六十一丁
一 雀薬(すゝめぐすり)の方
一 疥癬(ひぜん)湯薬(ゆぐすり)の方           六十二丁
一 陰癬(いんきん)の薬
一 発泡(はつはう)の薬
一 小児(せうに)五疳(ごりん)の薬           六十三丁
【枠外丁数】目十

【右丁頭書】
一 魚(うを)の骨(ほね)喉(のど)へ立たる
○暦(こよみ)中段(ちうだん)下段(げだん)の略解(りやくげ)  《割書:百一丁|ヨリ》
一 中段(ちうだん)十二/客(かく)の事
一 天一天上の事     百三丁
一 つちの事       百四丁
一 彼岸(ひがん)の事
一 八専(はつせん)の事
一 土用(どよう)         百五丁
一 十方暮(じつはうぐれ)        百六丁
一 三伏(さんふく)
一 八十八/夜(や)
一 二百十日
一 半夏生(はんげしやう)
一 社日(しやにち)         百七丁
一 下段/日並(ひなみ)吉凶(よしあし)の事
一 鬼宿(きしく)         百八丁
一 天恩(てんおん)
【左丁頭書】
一 月徳(ぐわつとく)
一 母倉(ぼさう)
一 神吉(かみよし)         百九丁
一 天赦(てんしや)
【挿絵】
【右丁本文】
一 蚘虫(くわいちう)くだし薬
一 諸(もろ〳〵)の毒(どく)に中(あた)りたる時の薬/品々(しな〴〵)
一 諸(もろ〳〵)金瘡(きんさう)の薬《割書:并|》介抱(かいはう)の心得   六十七丁
一 打撲(うちみ)落馬(らくば)の薬         六十九丁
一 口中(こうちう)ふくみ薬         七十丁
一 気歯(きは)の痛(いたみ)を治(ち)する薬
一 喉痺(こうひ)の薬
一 喉(のど)に食(しよく)つまりたる薬      七十一丁
一 湿気(しつけ)の薬
一 深山(しんざん)の瘴気(しやうき)をはらふ方
一 蝮蛇(まむし)にかまれたる薬      七十二丁
一 蜂(はち)に螫(さゝ)れたる薬
一 毛虫(けむし)にさゝれたる薬      七十三丁
【左丁本文】
一 蜈蚣(むかで)にさゝれたる薬
一 牛馬(うしむま)に囓(かま)れたる薬
一 鼠(ねずみ)にかまれたる薬       七十四丁
一 病狗(やまいぬ)にかまれたる薬
一 同(おなじく)禁忌(きんき)の心得(こゝろえ)        七十五丁
一 瘤(こぶ)ぬき薬           七十六丁
一 鼻血(はなち)をとむる法
一 腫物(しゆもつ)を他所(たしよ)へうつす法
一 腫物(しゆもつ)おし薬
一 疵(きす)いやし薬
一 瘤落(こぶおと)し薬
一 餅(もち)の咽喉(のど)につまりたる時の方
一 打撲(うちみ)の薬           七十七丁
【枠外丁数】目十一

【右丁頭書】
一 五墓日(ごむにち)
一 復(ふく)日
一 重(ぢう)日
一 帰巳(きこ)【己】      百十丁
一 血忌(ちいみ)
一 凶会(くゑ)日
一 天火(てんくわ)地火(ちくわ)
一 十死(じつし)
一 受死(じゆし)日
一 往亡(わうもう)
一 歳下食(さいげじき)
一 滅(めつ)日/没(もつ)日
一 滅門(めつもん)大過(たいくわ)狼藉(らうしやく)
一 地子(ちし)日
○雑菜(ざふさい)料理(れうり)の仕(し)やう《割書:百十一丁|ヨリ》
一 若菜(わかな)       同丁
一 水菜(みづな)
【左丁頭書】
一 よめ菜(な)     百十三丁
一 蒲公英(たんほゝ)
一 とう菜(な)
一 ちさ
一 蕗(ふき)
一 わけ葱(ぎ)
一 わらび
一 若牛蒡(わかごばう)
一 葉にんじん    百十四丁
一 かいわり菜
一 平豆(ひらまめ)
一 さや豆(まめ)
一 えんどう
一 竹(たけ)の子(子)
一 菠䔖草(はうきんさう)      百十五丁
一 しゆんきく
一 夏ねぶか
【右丁本文】
一 手足(てあし)を折(くぢ)きたる薬
一 同/骨(ほね)砕(くだ)けたる薬
一 痣(あざ)ぬき薬
一 癜(なまづ)の薬
一 虫(むし)くひ歯(ば)の薬
一 同/禁厭(まじなひ)の法          七十八丁
一 魚毒(うをのどく)を消(け)す方
一 喉(のど)に物(もの)の立(たち)たるを治(ぢ)する方
一 瘧(おこり)のまじなひ         七十九丁
一 同/妙(めう)薬
一 同/截(きり)薬            八十丁
一 魘(おそ)はれて死(し)したるを活(いか)す方
一 驚(おどろ)きて物(もの)言(いは)ざるを治する方  八十一丁
【左丁本文】
一 労咳(らうがい)の薬
一 蒲萄疔(ふとうてう)の薬
一 やみ眼(め)の薬
一 眼(め)に物(もの)の入たるを治(ぢ)する方   八十二丁
一 目(め)をまはしたる時の方
一 耳(みゝ)に物入たる時の方
一 耳(みゝ)より膿(うみ)出(いづ)る薬
一 湯火傷(やけど)の薬
一 痢病(りびやう)の薬           八十三丁
一 同/除(よけ)る方           八十四丁
一 寸白(すんばく)の薬
一 疝気(せんき)の薬
一 同まじなひ          八十五丁
【枠外丁数】目十二

【右丁頭書】
一 茄子(なすひ)
一 胡瓜(きうり)    百十六丁
一 しろ瓜
一 冬瓜(かもうり)
一 南瓜(なんきん)
一 青大角豆(あをさゝげ)
一 隠元(いんげん)豆
一 さつま芋(いも)
一 さと芋   百十七丁
一 唐(たう)のいも
一 松茸(まつたけ)
一 大こん   百十八丁
一 蕪菁(かぶら)
一 胡蘿蔔(にんじん)
一 牛蒡(ごばう)
一 くわゐ   百十九丁
一 葱(ねぶか)
【左丁頭書】
一 芹(せり)
一 鮪(しび)     百二十丁
一 赤(あか)えひ
一 堅魚(かつを)
一 ぶり
一 烏賊(いか)    百廿一丁
一 蛸(たこ)
一 生海鼠(なまこ)
一 太刀魚(たちうを)   百廿二丁
一 のうそうぶか
一 蜆(しゞみ)
一 蜊(あさり)
一 はまぐり
一 田螺(たにし)
一 鮒(ふな)
一 鮠(はえ)     百廿三丁
一 もろこ
【右丁本文】
一 臁瘡(はぐきがさ)の薬
一 疝気(せんき)偏墜根(へんつゐね)をたつ薬
一 衝目(つきめ)の薬
一 底(そこ)まめを治する薬         八十六丁
一 胡臭(わきが)の薬
一 烟(けふり)にむせびて死(し)したる人を甦(よみがへ)らす法
一 乳(ちゝ)の出る薬
一 癰疔(ようちやう)腫物(しゆもつ)の薬
一 切疵(きりきず)ふすべ薬           八十七丁
一 切疵(きりきず)の薬
一 同/即座(そくざ)の血止(ちとめ)薬         八十八丁
一 河豚(ふぐ)の毒(どく)にあたりたる時の薬
一 水(みづ)に溺(おぼ)れたるを救(すく)ふ方
【左丁本文】
一 縊(くび)れたる人を救(すく)ふ法        八十九丁
一 達者(たつしや)薬              九十丁
一 白髪(しらが)を黒(くろ)くする薬
一 髪(かみ)の抜(ぬけ)る時ぬけざる薬
一 髪(かみ)のうすき所/禿(はげ)たる所に付る薬
一 髪(かみ)かれて澤(うるほ)ひなきを治(ぢ)する薬
一 手負(ておひ)の生死(しやうじ)を知(し)る法       九十一丁
一 疱瘡(はうさう)をやすくする法
一 同(おなじく)痕(あと)つかぬ方
一 同/草気(くさけ)まじり出かぬるを出す法
一 痘痕(みつちや)を愈(いや)す方
一 面皰(にきび)を治(ぢ)する薬          九十二丁
一 人身(ひとのみ)の朽入(くちいり)たるを治する薬
【枠外丁数】目十三

【右丁頭書】
【挿絵】
【左丁頭書】
一 なまづ
一 鰯(いはし)
一 つなし      百廿四丁
一 このしろ
一 ざこの類(るい)
一 さいら
一 塩鯛(しほだひ)
一 塩(しほ)ぶり
一 鯨(くじら)       百廿五丁
一 塩(しほ)いはし
一 さば
一 塩鰆(しほさはら)      百廿六丁
一 しいら
一 小あゆざこ
一 ごまめ
一 ぼう鱈(たら)
一 いりがら     百廿七丁
【右丁本文】
一 鮫肌(さめはだ)をなほす薬
一 酒(さけ)の酔(ゑひ)をさます薬
一 船(ふね)に酔(ゑは)ざる法
一 中風(ちうぶ)の薬           九十三丁
一 乳(ちゝ)の腫物(しゆもつ)を治する薬
一 淋病(りんびやう)の薬
一 筋気(すぢけ)の薬
一 膈(かく)の薬
一 雷(かみなり)に驚(おどろ)き死したるを活(いか)す方  九十四丁
一 木舌(もくぜつ)の薬
一 金(かね)を呑(のみ)たる時の方
一 腫気(はれけ)の薬
一 上戸(じやうご)を下戸(げこ)にする方      九十五丁
【左丁本文】
一 霜(しも)やけの薬
一 前陰(まへ)に虱(しらみ)わきたるを治する方
一 小児(せうに)の陰嚢(きんたま)腫(はれ)たる薬
一 毛(け)はえ薬
一 髪(かみ)の赤(あか)きを直(なほ)し光澤(つや)を出す方 九十六丁
一 黄疸(わうだん)の薬
一 ねぶとの薬
一 諸(もろ〳〵)腫物(はれもの)の薬          九十七丁
一 痰(たん)の薬
一 脱肛(だつこう)を治する薬
一 癩風(かつたい)の薬
一 あせもの薬           九十八丁
一 脚気(かつけ)の薬
【枠外丁数】目十四

【右丁頭書】
一 鯡(にしん)
一 するめ
一 十二/月(つき)雑料理(ざふれうり)献立(こんだて)  百廿八丁
○調味(てうみ)こしらへやう  《割書:百卅六丁|ヨリ》
一 桔梗玉子(ききやうたまご)
一 白(しろ)でんがく
一 とろゝ汁(じる)
一 みかん膾(なます)      百卅七丁
一 兵庫煮(ひやうごに)
一 芹(せり)づけ
一 いちご汁
一 雲懸(くもかけ)豆腐(とうふ)
一 春駒(はるこま)どうふ
一 串貝(くしがひ)はや煮(に)
一 牡蠣飯(かきめし)        百卅八丁
一 小倉(をくら)田楽(でんがく)
一 茄子(なすび)おろし汁
【左丁頭書】
一 早烏賊(はやいか)
一 干大根(ほしだいこん)あへ物
一 若狭(わかさ)にしん鮓(すし)
一 隠里(かくれざと)吸(すひ)もの
一 松茸(まつたけ)早(はや)ずし
一 うどん鮑(あはび)       百卅九丁
一 焼(やき)あはび
一 大原苞(おはらづと)
一 豆(まめ)の葉(は)
一 蒜汁(にゝくじる)
一 えびあへ
一 煎(いり)松(まつ)たけ
一 塩釜(しほがま)やき
一 酒(さか)めし        百四十丁
一 富士(ふじ)あへ
一 蛸(たこ)なます
一 なのりそ       百四十一丁
【右丁本文】
一 そげぬき薬        九十九丁
一 そら手(て)を直(なほ)す方
一 血(ち)とめの一方
一 魚骨(うをのほね)喉(のど)にたちたる薬    百丁
一 霍乱(くわくらん)の急方(きふはう)
 ○経験灸治類(けいげんきうじるい)第三(だいさん)
一 四花(しくわ)           百一丁
一 患門(くわんもん)           百二丁
一 亥眼(ゐのめ)           百三丁
一 風市(ふじ)
一 騎竹馬(きちくば)
一 斜差(すぢかひ)           百四丁
一 鬼哭(きこく)
【左丁本文】
一 章門(しやうもん)           百五丁
一 三里(さんり)
一 絶骨(ぜつこつ)
一 中脘(ちうくわん)           百六丁
一 水分(すゐぶん)
一 天樞(てんすう)
一 承筋(しようきん) 承山(しようざん)       百七丁
一 犢鼻(どくび)
一 膝眼(しつがん)
一 上廉(じやうれん) 下廉(げれん)         百八丁
一 聴会(ちやうゑ)
一 合谷(がふこく)
一 隠白(いんはく)
【枠外丁数】目十五

【右丁頭書】
一 たつくりあへ
一 交趾(かうち)みそ
一 芋豆腐(いもとうふ)
一 いせどうふ
一 えびたゝき
一 奈良菜飯(ならなめし)
一 すゝり団子(だんご)
【挿絵】
【左丁頭書】
一 芋蒲鉾(いもかまぼこ)     百四十二丁
一 赤貝(あかがひ)にんじん
一 酢(す)大こん
一 溝(みそ)しりむし
一 焼出(やきだ)し
一 黒豆汁(くろまめしる)
一 しらあへ
一 油(あぶら)ぬき
一 縮鮑(ちゞみあはび)
一 花茗荷(はなみやうが)
一 ちゞみ芋(いも)    百四十三丁
一 おろし鮑(あはひ)
一 鳴門煮(なるとに)
一 春(はる)の雪(ゆき)
一 白蓮根(しろれんこん)
一 玉子餅(たまごもち)
一 茄子(なすび)だんご
【右丁本文】
一 百会(ひやくゑ)              百九丁
一 大陵(たいりやう) 間使(かんし)
一 鬲兪(かくゆ) 肝兪(かんゆ) 脾兪(ひゆ)
 ○草木種植類(さうもくしゆしよくるい)第四(だいし)
一 種(たね)をまく法           百十一丁
一 こやしの事
一 接木(つぎき)の事            百十三丁
一 剌木(さしき)の仕(し)やう         百十六丁
一 草木(さうもく)の虫(むし)を除(のぞ)く事       百十七丁
一 稲(いね)   百十九丁  一 畠稲(はたけいね)
一 麦(むぎ)   百二十丁  一 小麦(こむき)
一 蕎麦(そば)        一 粟(あは)
一 黍(きび)         一 蜀黍(たうきび)  百廿一丁
【左丁本文】
一 稗(ひえ)         一 大豆(だいづ)
一 赤小豆(あづき)       一 菉豆(ぶんどう)
一 蚕豆(そらまめ)        一 豌豆(えんどう)
一 豇豆(さゝげ)  百廿二丁  一 扁豆(あぢまめ)
一 刀豆(なたまめ)        一 胡麻(ごま)
一 薏苡(つすだま)  百廿三丁  一 罌子粟(けし)
一 大根(だいこん)        一 蕪菁(かぶらな)
一 菘(な)   百廿四丁  一 油菜(あぶらな)
一 芥子(からし)        一 胡蘿蔔(にんじん)
一 茄子(なすび)        一 菠䔖(はうれんさう)  百廿五丁
一 萵苣(ちさ)        一 莙薘(たうぢさ)
一 茼蒿(しゆんきく)       一 百合(ゆり)
一 葱(ねぎ)         一 韮(にら)
【枠外丁数】目十六

【「剌木」は「刺木」の誤ヵ】
【「菠䔖」は「菠薐」の誤ヵ】

【右丁頭書】
一 浪(なみ)よせ          百四十四丁
一 焼(やき)だこ
一 ふくさ芋(いも)
一 琉球(りうきう)みかん
一 浜(はま)みやげ
一 甘(あま)まひ          百四十五丁
一 ふくさあへ
一 きせ綿(わた)
一 精進(しやうじん)あはび
一 早青豆(はやあをまめ)
○菓子(くわし)のこしらへやう    《割書:百四十五丁|ヨリ》
一 かすていら
一 みそ松風(まつかぜ)
一 葛(くず)まんぢう
一 水蟾饅頭(すゐせんまんぢう)
一 同(おなじく)葛切(くずきり)         百四十六丁
一 薯蕷(じよよ)まんぢう
【左丁頭書】
一 すくひ羊羹(ようかん)
一 ようかん         百四十八丁
一 求肥飴(ぎうひあめ)
一 南京(なんきん)あめ
一 小倉野(をくらの)
一 養命糖(やうめいたう)          百四十九丁
一 餡(あん)の製法(せいほう)
一 砂糖蜜(さたうみつ)の製法(せいほう)      百五十丁
一 寒晒(かんさらし)の粉(こ)製法(せいほう)
   已上目録畢

食療(しよくれう)の概略(あらまし)【四角で囲み】

飲食(いんしよく)は人の生命(せいめい)を保(たも)つもの
にして一日も欠(かぐ)べからず至(いたつ)て
大切(たいせつ)の物ながらその性(せい)を審(つまびらか)にし
その量(りよう)をはかりて用ひざれば
【右丁本文】
一 蒜(にゝく)         一 薤(らつけう)
一 薑(しやうが)        一 款冬(ふき)
一 独活(うど)        一 紫蘇(しそ)
一 芋(いも)         一 甘藷(さつまいも)
一 瓜(うり)         一 冬瓜(かもうり)  百廿八丁
一 番南瓜(ぼうぶら)       一 壷盧(ゆふがほ)
一 糸瓜(へちま)        一 西瓜(すゐくわ)
一 瓢(ふくべ)   百廿九丁  一 筍(たけのこ)
一 薯蕷(やまのいも)        一 甘蔗(さたう)
一 梅(むめ)   百三十丁  一 桃(もゝ)   百卅一丁
一 杏(あんず)         一 李(すもゝ)
一 梨(なし)         一 柿(かき)
一 蜜柑(みかん)  百卅二丁  一 香橙(くねんぽ)
【左丁本文】
一 金柑(きんかん)        一 柚(ゆ)
一 石榴(ざくろ)        一 葡萄(ぶどう)  百卅三丁
一 林檎(りんご)        一 栗(くり)
一 楊梅(やまもゝ)        一 無花果(いちじく)
一 蜀椒(さんしやう)        一 枇杷(びは)  百卅四丁
一 桜桃(ゆすら)        一 茶(ちや)
一 楮(かうぞ)         一 漆(うるし)
一 桑(くは)         一 木綿(もめん)
一 麻(あさ)   百卅六丁  一 藍(あゐ)
一 紅花(こうくわ)        一 烟草(たばこ)

 ○畜蔵菜果類(ちくざうさいくわるい)第五(だいご)
一 青梅(あをむめ)を収(をさ)めおく法        百卅八丁
一 瓜(うり)茄子(なすひ)を貯(たくは)ふる法
【枠外丁数】目十七

【右丁頭書】
却(かへつ)て害(がい)となる事多し此(この)巻(まき)の
末(すゑ)に飲食(いんしよく)の事を出すが故に
聊(いさゝか)そのあらましを余紙(よし)に記(しる)し
て老人(らうじん)小児(せうに)などの為(ため)にす
○凡(およそ)常(つね)の飲食(いんしよく)は淡味(たんみ)なる野(や)
菜(さい)の類(るい)を用ひて養(やしな)ふべし貴(き)
賤(せん)となく老少(らうせう)となく唯(たゞ)身命(しんめい)
を養(やしな)ふものぞといふ事を忘(わす)れ
ず飢(うゑ)ざるを限(かぎり)として止(やむ)べし美味(びみ)
を好(この)み魚鳥(ぎよてう)酒餅(しゆへい)を大食(たいしよく)し
手足(てあし)をはたらかざれば病(やまひ)多く
して必(かならす)短命(たんめい)なりされども脾胃(ひゐ)
よわき人はをり〳〵魚鳥(ぎよてう)を用ひて
そのよわきを助(たす)くべし一度(いちど)に多
く食(しよく)すべからず
○血気(けつき)盛(さかん)なる人/魚鳥(きよてう)酒餅(しゆへい)を
飽(あく)まで食(くら)ひ酒(さけ)を過飲(くわいん)すれば
【左丁頭書】
脾胃(ひゐ)を充満(じうまん)せしめ皮肉(ひにく)もこえ
ふとるをよき事のやうに思へども
養生(やうじやう)の道(みち)には大にわろしたとへば
肥(こえ)たる地(ぢ)に糞汁(ふんじう)を沃(そゝ)ぎ過(すぐ)れば
草木(さうもく)のたけのび枝葉(えだは)盛(さかん)なれ
ども却(かへつ)て根入(ねいり)あさく風雨(ふうう)に
堪(たへ)ず実(み)を結(むす)ぶ事も少(すくな)きが如し
魚(うを)鳥(とり)酒(さけ)の精(せい)にてこやし過(すぐ)れば
【挿絵】
【右丁本文】
一 山椒(さんしやう)を漬(つけ)る法        百卅八丁
一 蜜柑(みかん)を夏まで貯(たくは)ふる法
一 梨子(なし)をたくはふる法
一 柿子(かき)をたくはふる法
一 松茸(まつたけ)のたくはへやう      百卅九丁
一 青柚(あをゆ)のたくはへやう
一 塩辛(しほから)の味(あぢ)かはらざる法     百四十丁
一 筍(たけのこ)を貯(たくは)ふる法
一 鳥肉(とりのみ)を久(ひさ)しく貯(たくはふ)る法
一 林檎(りんご)をたくはふる法
一 冬瓜(かもうり)をたくはふる法      百四十一丁
一 牛蒡(ごばう)山葵(わさび)土筆(つく〴〵し)など貯る法
一 蓴菜(じゆんさい)海松(みる)をたくはふる法
【左丁本文】
一 葡萄(ぶどう)のたくはへやう
一 甜瓜(まぐはうり)を貯(たくは)ふる法
一 蕨(わらび)をたくはふる法       百四十二丁
一 瓜(うり)のたくはへやう
一 梅(むめ)柚(ゆ)柿(かき)梨(なし)のたくはへ様一方
一 青小角豆(あをさゝげ)の漬(つけ)やう       百四十三丁
一 金柑(きんかん)をたくはふる法
一 茄子(なすび)梨子(なし)を貯ふる法
一 干瓜(ほしうり)の仕やう
一 青柚(あをゆ)のたくはへ様一方
一 鰹節(かつをぶし)のたくはへやう      百四十四丁
一 暑中(しよちう)魚肉(うをのみ)をたくはふる法
一 桃(もゝ)をたくはふる法
【枠外丁数】目十八

【右丁頭書】
痰火(たんくわ)逆上(ぎやくじやう)し中風(ちうぶ)癰疽(ようそ)下血(げけつ)
痔漏(ぢろう)等の難症(なんしやう)となる事/必(ひつ)せり
さればとて又/性(せい)虚弱(きよじやく)なる人は
さやうにばかりもなりがたしたとへば
痩地(やせち)にこやしなくては草木(さうもく)も
おひたゝずちゞみて枯(かれ)ゆくが如く
なればほど〳〵に魚鳥(きよてう)を食(しよく)して
その弱(よわ)きを補(をきな)ふべし俗人(ぞくじん)は養生(やうじやう)
とさへいへばたゞ魚(うを)鳥(とり)の類(るい)を食(くは)
ぬことゝのみ覚(おほ)えたるはさる事な
がら又/一偏(いつへん)なる事也
○人々/好物(こうぶつ)【「う」不鮮明】とて愛(あい)する物あり
その一種をのみ朝夕(あさゆふ)にくらひて
数日(すじつ)止(やむ)る事なきは末(すゑ)に至りて
病(やまひ)を生ずべし菜(さい)肉(にく)ともに偏食(へんしよく)
なきをよしとす
○味噌(みそ)醬油(しやうゆ)酢(す)酒(さけ)の類(るい)は古(ふる)きを
【左丁頭書】
用ゆべし新(あたら)【「ら」重複に気付き止めたヵ】らしきは湿熱(しつねつ)生じやす
く痰飲(たんいん)犯(おか)し易(やす)し
○諸書(しよ〳〵)に能(のう)をいへる食物(しよくもつ)も生冷(せいれい)
の物は毒(どく)となる事/多(おほ)しさればとて
余(あま)りに熱(ねつ)せしめて食(くら)ふもよからず
よく熟(じゆく)したるを少しさまして食(くら)ふ
べし鮓(すし)鱠(なます)の類は病人(びやうにん)には用捨(ようしや)
あるべし
○甚(はなはだ)飢渴(きかつ)するを堪忍(たへしの)ぶべからず
脾胃(ひゐ)虚(きよ)して気(き)を損(そん)ず寒暑(かんしよ)の
時は殊更(ことさら)に用心すべし旅中(りよちう)など
は殊に心をつけて飢渇(きかつ)すまじ
きなりすべて寒中(かんちう)土用中(どようちう)など
は食物(しよくもつ)をえらびよきほとに食(くら)ひて
身(み)を養(やしな)ふをよしとす老人(らうじん)小児(せうに)
病人(びやうにん)などは別(べつ)して心(こゝろ)を尽(つく)して氷(こほ)り
たる物/臭(くさ)れたる物を食(くら)ふべからず
【右丁本文】
一 大根(だいこん)をたくはふる法
一 栗(くり)を貯(たくは)ふる法         百四十五丁
一 餅(もち)を久(ひさ)しく貯ふる法
一 霜柿(つるしがき)をたくはふる法
一 万年浅漬(まんねんあさつけ)の方
一 栗(くり)のたくはへやう一方
一 蕃椒(たうからし)のたくはへやう     百四十六丁
一 紅生姜(べにしやうが)のつけやう
一 柑子(かうじ)をたくはふる法
一 初茸(はつたけ)の漬(つけ)やう
一 塩(しほ)ぬきの法          百四十七丁
一 梅干(むめぼし)の法
一 梅(むめ)びしほの方
【左丁本文】
一 煎梅(いりむめ)の方
一 あちやら漬(づけ)の方        百四十八丁
一 南蛮漬(なんばんづけ)の方
一 金山寺味噌(きんざんじみそ)の方
一 柚(ゆ)びしほの方         百四十九丁
一 ひしほの方
一 柚(ゆ)べしの方
一 越瓜(しろうり)を青(あを)きながら貯(たくはふ)る法
一 奈良漬(ならづけ)の方          百五十丁
一 丸山(まるやま)びしほの方
一 白柿(つるしがき)の貯(たくは)へやう《割書:|并(ならびに)》あはせ柿(がき)の法
【枠外丁数】一

【右丁頭書】
 【挿絵】
 【赤角印 帝國圖書館蔵】
【左丁頭書】
 【挿絵】
【右丁本文】
《題:《割書:民家(みんか)|日用(にちよう)》広益秘事大全(くわうえきひじだいぜん)巻上(まきのじやう)》
 奇巧妙術類第一【四角囲み】
 ○書物(しよもつ)を虫(むし)のはまざる法 
一 書物(しよもつ)の間々(あひ〳〵)へ朝㒵(あさがほ)の葉(は)または実(み)を紙(かみ)に
つゝみて入(い)れおくべし此方(このはう)すぐれてよし
 ○書物(しよもつ)の潮(しほ)につかりたるを直(なほ)す法
一大なる桶類(をけるい)に水をいれ塩(しほ)を少し加(くは)へて
書物(しよもつ)の表紙(ひやうし)をはづして水に浸(ひた)ししづかに
潮(うしほ)をあらひ出して板(いた)にて上下(うへした)よりつよく
はさみ押(おし)をかけおき其後(そのゝち)にほすべし干(ひ)
【左丁本文】
たる時/打盤(うちばん)にてむらなくうてば皺(しは)おのづから
のびてもとのごとし
 ○水草(みづくさ)を久しく活(いけ)おく法
一/蓮(はちす)河骨(かうほね)沢桔梗(さはぎきやう)などの水草(みづくさ)を活(いけ)んと
おもはゞ先(まづ)糸(いと)にて根(ね)をくゝり其下より
切るべし水をふくみて久しくしをれず
二三日にしてしぼむ花(はな)も十余日(じうよじつ)はたもつ
べきなり
 ○銀箔(ぎんはく)の色(いろ)かはらぬ押(おし)やう
一/銀箔(ぎんはく)をおしたる上に礬水(どうさ)をうすく引
べし久しくさびず
 ○毛(け)の類(るい)を染(そむ)る法
一/馬(むま)の毛(け)を早稲藁(わせわら)の灰汁(あく)にてよくあらひ
 【枠外丁数】二

【右丁頭書】
 心易(しんえき)星宿(せいしゆく)占卜(うらなひ)類(るい) 【四角囲み】
凡(およそ)卜占(うらなひ)は事(こと)を行(おこな)はんとする
時に疑(うたがは)しき事ありて決断(けつだん)
しがたきを吉凶(きつきよう)を考(かんが)へて
決断(けつだん)する時に用ゆる事なり
されば身(み)を清(きよ)め心(こゝろ)を浄(きよ)め
て慎(つゝし)みて天地(てんち)の神明(しんめい)を拝(はい)
し奉り又おの〳〵信(しん)ずる処の
神仏(かみほとけ)などへ深(ふか)く祈誓(きせい)して
其/神託(しんたく)を承(うけたまは)り奉るやうに
すべき事なりされば一時(いちじ)の
慰(なぐさ)みなどにするものには非(あら)ず
また悪(わろ)き事のあればとて
幾度(いくたび)も占(うらな)ひ直(なほ)しなどする
ときは倍(ます〳〵)疑(うたが)ひをかさねて
【左丁頭書】
惑(まど)ふべきなればたゞ一度に
てさてやむべしさて占筮者(うらなひじや)の
専(もつは)ら用るは周易(しうえき)の六十四/卦(くは)にて
する事なれどそれは甚(はなはだ)大造(たいそう)
なる事にてよく小冊(せうさつ)に尽す
事にあらずされば唯(たゞ)昔(むかし)より
有来りたる簡易(かんい)【左ルビ ヤスイ】なる法を
こゝに挙(あげ)て民家(みんか)日用の一助(いちじよ)
とす簡易(かんい)なればとてその
占文(うらかた)のあたらぬといふ事はなき
ものなればよく〳〵其身(そのみ)の上其
事に引あてゝ考(かんが)へ見るべし
さて又/卜(うらな)ひたる処に大小わろき
事ありともさのみおどろくへから
ずよき事ばかりありとも又さ
のみ喜(よろこ)ぶべからず畢意(ひつきよう)は銘(めい)々
善悪(ぜんあく)のおこなひに仍(より)て善(よき)も
【右丁本文】
米泔汁(しろみづ)に三日ほど漬(つけ)おき水にてよく洗(あら)ひ
日にほして後/染(そむ)べし染汁(そめしる)は蘇木(すはう)百目/肥松(こえまつ)
十匁/熊笹(くまざゝ)の葉(は)十/枚(まい)入(いれ)よく煎(せん)じ塩(しほ)十匁/醋(す)
少くはへぬる湯(ゆ)かげんにして染(そむ)べし熱(あつ)きは悪(わろ)し
但(たゞし)二日ほどつけ置/取出(とりいだ)し色(いろ)あひを見日に
よくほし三日ほど過(すぎ)て水にてさら〳〵と洗(あら)
ふべし青(あを)く染るには緑青(ろくしやう)を醋(す)にてとき少し
せんじ底(そこ)にゐつかざるやうにかきまはし少し
さまして染(そむ)べし牛(うし)の毛(け)尤(もつとも)よくそまる
 ○銅器(どうき)のさびたるを洗(あら)はずして落す法
一 唐金(からかね)銅(あかゞね)の道具(だうぐ)器物(うつはもの)の金物(かなもの)さびたるはその
さびたる処へ米粘(こめのり)のつよきをつけ紙(かみ)にてはり
日にほして乾(かわ)かし置そのゝち紙(かみ)をとるべしさび
【左丁本文】
粘(のり)にうつりて残(のこ)らずおつる也
 ○暑中(しよちう)食物(しよくもの)の貯(たくは)へやう
一 夏(なつ)の比(ころ)煮(に)たる物をたくはふるには番椒(たうがらし)をそ
の食物(しよくもつ)の上におくべし臭気(しうき)【左ルビ クサミ】つかず
【挿絵】
 【枠外丁数】三

【右丁頭書】
悪(あし)きとなり凶(あし)きもよくなる
事あれば唯(たゞ)ふかく慎(つゝし)みて信心(しん〴〵)
して怠(おこた)るべからず然(しか)らばたとひ
凶(あし)き卦(け)に中りたるも吉くなる
べき事/疑(うたが)ひなし
 ○八卦(はつけ)のくりやう
八卦のくりやう色々ありといへ
ども道具(たうぐ)のなき所にては心易(しんえき)の
法をよしとすその見やうは先(まづ)
占(うらな)はんとする時の年月(としつき)日時(ひとき)の
すべての数(かす)を合せて八にて払(はら)ひ
その残(のこ)る数を卦(け)の数にあてゝ
見るなりたとへば子(ね)の年二月
十五日六ッ時に占(うらな)ふならば子の
年一ッ《割書:年はえとの数にて|子一ッ丑二ッと定むべし》二月二ッ
十五日十五六ッ時六ッ合せて廿
【左丁頭書】
四あるを三八(さんはち)二十四とする時は一ッ
あまる是/乾(けん)の卦(け)なりとしるべし
八の数に余(あまり)なきは坤(こん)の卦(け)なり扨
その卦(け)の下にて其(その)占(うらな)ふ事をくり
出して見るべし八卦(はつけ)の名は次(つぎ)にいふが
               ごとし
【挿絵】
【右丁本文】
 ○新(あたら)しき刃物(はもの)を古(ふる)びさする法
一 新(あたら)しき小刀(こがたな)の表(おもて)に鼠(ねずみ)の糞(ふん)をぬり醋(す)を入
たる桶(をけ)のうへにわたし一夜(いちや)醋(す)の気(き)をうけし
めて後/削(けづ)りされば古刀(こたう)のごとし
 ○錫(すゞ)の器(うつは)くもりたるを磨(みが)く法
一 錫(すゞ)の道具(だうぐ)くもりたるは砥(と)の粉(こ)又/石灰(いしばひ)にて
みがくべし又/古(ふる)き木綿(もめん)ぎれにてみがくもよし
 ○器物(うつはもの)のわれたるを跡(あと)なくつぐ法
一 塗物(ぬりもの)の木具(きぐ)又は磁器(やきもの)にてもわれたるをつ
ぐには汞粉(はらや)を小麦(こむぎ)の粉(こ)にくはへ鶏卵(たまご)の白(しろ)み
にてねり合せてつぐべし跡(あと)なくして永(なが)く
はなれず
 ○瓦石(ぐわせき)の類(るい)継(つぎ)てはなれざる法
【左丁本文】
一 楡(にれ)の木の白皮(しらかは)をとり湿(しめ)し搗(つき)て糊(のり)の如く
なし石瓦(いしかはら)のたぐひをつげばきはめて強(つよ)く
してはなれず硯石(すゞりいし)石灯籠(いしどうろ)などをつぐ
にも甚(はなはゞ)よろし
 ○漆(うるし)ぬり物かけたるを繕(つくろ)ふ法 
一 古(ふる)き布(ぬの)ぎれを細(こま)かに剉(きざ)み漆(うるし)によくまぜ合
せたるを以てつぎ合せよく乾(かわ)きたる時/継(つぎ)
目(め)より出たる漆(うるし)を小刀にてこそげ取こくそを
かひ又/乾(かわか)して木賊(とくさ)にてみがきその上を漆(うるし)に
てぬるべし色(いろ)は好(このみ)にしたがひ漆にあはせて
ぬるなり
 ○青梅(あをむめ)を久しく貯(たくは)ふる法
一 青梅(あをむめ)の枝(えだ)を折(をり)葉(は)も実(み)も藁(わら)にてぐる〳〵
 【枠外丁数】四

【右丁頭書】
 ㊀ 乾(けん)
○見物は尊(たつと)き物。剛(こは)き物。果(このみ)。骨(ほね)。
四足あるもの。天(てん)。光り物。足なへ。
○聞事は実(まこと)にあらず。主(しゆ)親方(おやかた)
師匠(ししやう)の前を人の支(さゝ)へたるかたち。
ぬす人のさた。いつはり事○得(え)
物は惜(をし)むくひ物。武具(ぶぐ)。丸き
もの。辛(から)き物○待人(まちひと)は。定
まらず。戌亥の日来るべし。
北西より来るべし○怪事は
光り物。烏(からす)。犬。狐のわざ。
物おきか。厠(かはや)にての事なるべし。
○失物(うせもの)は なし。盗人(ぬすびと)取也。
金物。食物。衣類。鏡(かゞみ)。丸き物。
刃(やいば)。冠(かんふり)の類。○願事は 成就(しやうじゆ)
しがたし。身上(しんしやう)の望(のぞみ)ありて日天(につてん)
に願をかくれども凶(わろ)し○出行は
【左丁頭書】
【挿絵】
あきなひはわろし。口舌(くぜつ)。ぬす人に
あふ。人に逢にゆくにもわろし。
西北へゆくはよし。○沙汰(さた)詫言(わびごと)は
そら事をいふ。けしきすさましき
人なるべし。○病人は頭面(づめん)の病
熱気(ねつき)おこりさめて有。足なゆる
事あり。 丙(ひのへ) 丁(ひのと)巳(み)午(むま)の日を慎(つゝし)む
【右丁本文】
巻(まき)にし別(べつ)に梅(むめ)をむきて水につけ醋(す)を出し
その醋(す)一升に寒(かん)の水(みづ)一升五合まぜて漬(つけ)おく
べし入用の時とり出し水に生(いけ)かゆへし葉(は)も
実(み)も落(おち)ずしてよくたもつ也
 ○鹿角(しかのつの)を和(やは)らかにする法
一 鹿角(ろくかく)を細工(さいく)につかふ時/鯔(ぼら)の骨(ほね)にても肉(にく)にて
も少し入て煮(に)るに和(やは)らぐ事妙なり好(この)みに
したがひて形(かたち)を作るべし
 ○煎酒(いりさけ)を俄(にはか)にこしらへる法
一 生酒(きざけ)五合に白大豆(しろまめ)一合半/白柿(つるしがき)七ッ八ッ茄(なす)
子(ひ)香物(がうもの)一ッ入/急(きふ)なる時は焼火(たきび)にて煎(せん)じ出すに
鰹(かつを)ぶしをいれて煎(せん)じたるよりは一段(いちだん)風味(ふうみ)
よろし
【左丁本文】
 ○悪水(あくすい)を清水(せいすい)となす法
一もし上水なき所(ところ)にては悪水(あくすい)をとりしば〳〵
煮沸(にわか)してすまし置/冷(ひゆ)るにしたがひ泥滓(どろかす)を去(さり)
また是を煮(に)れば清水となる也
 ○餅(もち)にかびのわかぬ搗(つき)やう
一 餅米(もちごめ)壱斗の中へ氷砂糖(こほりざたう)壱両とり水の
中へいるればいつまでもかび出ず
 ○すき油の方
一 胡麻油(ごまあぶら)一合に生蠟(きらう)六匁入てねるべし但(たゝ)し
これは十月より正月までの方也四月より八月
までは蠟(らう)を二匁ましてねる也又方
一 石膏(せきかう)二斤/薩摩蠟(さつまらう)五斤/種白(たねしろ)しぼり《割書:一ばい|》
但し油(あぶら)壱升のかけめ四百五十目のつもりの割(わり)
 【枠外丁数】五

【右丁頭書】
べし。日天あみだ八幡のと
がめ。四足(しそく)のたゝり。女の生(いき)れう
○夢見(ゆめみ)は水へん。老人。盗人。
大郡。高き処。こはゝすみやか
なる者也。四足の物。おそろしき
体なるべし
 ㊁ 兌(だ)
○見物は金物。かけたる器(うつは)物。
小女。魚。鳥。穴虫(けつちう)のるい也○聞
事は実なる事。喜悦(きえつ)なる事。
口舌。兄弟。下人。女の事也。
○得物はあり。金物。書物。器
物。欠(かげ)たる物。色白きもの○
待人は酉の日か二四九の日来る。
にしより来る。○怪事(けじ)は鶏(にはとり)
のよひ鳴。鳥(とり)家内(いへのうち)へとび入か。
【左丁頭書】
虫のわく事。○失物はなし。
然れども丑寅の方の女が取ば
半分は有べし。印判。書物。
脇ざし。小刀。衣物。つかひ道具。
○願事は半吉なり。兄弟か。
妻かさては口(くち)の芸(げい)。手をかく
事か。三ヶ月/不動(ふどう)に立願(りうぐわん)して吉
○出行は病事あり。商(あきな)ひは悪し。
西のかたへゆくはよし○病事は
大病なり。長びくべし。鼻(はな)を
すゝりしはぶきして息(いき)急(きう)にむね
くるしき病。三ヶ月/不動(ふどう)の咎(とがめ)。
欲(よく)とくに付て出家山伏下人
の死りやうつるぎの霊ありと
しるべし○夢事は本尊。
山伏。水辺。沢辺。鳥。さては
人のかたより物をもらひて悦ぶ
【右丁本文】
【挿絵】
合にねる也/油(あふら)は胡麻(ごま)より白絞(しらしぼ)りのかた光沢(つや)を
出してよろし石膏(せきかう)は細(こま)かなるをよしとす唐(から)のは
いよ〳〵よしこれは油のかたまりよきゆゑなり
ねり様(やう)は石膏(せきかう)を鉢(はち)にいれ蠟(らう)と油(あぶら)とをよく
たき其中へ少し入かきまはしおきかたまる時分(じぶん)は
鉢(はち)のふち目(め)はなれする時あとより又/蠟(らう)と油の
【左丁本文】
たきたるをいれよくさましおく也
 ○花(はな)の露(つゆ)方
一にほひ油(あぶら)一合に生蠟(きらう)五匁/竜脳(りうのう)一分入て
ねる也/蠟(らう)に時候(じこう)の加減(かげん)あるべし
 ○褐色(ちやいろ)の無地(むぢ)に紋所(もんどころ)付る法
一 褐色(ちやいろ)の衣服(いふく)紋(もん)なきに紋(もん)を付んとおもはゞ
その紋所(もんどころ)たけ橙実(だい〳〵)のしぼり汁をつけて
乾(かわか)すればその所たけ白地(しらぢ)となるをよく〳〵
つくろひて上絵(うはゑ)をかくべし
 ○角類(つのるい)を染(そむ)る法
一 磁器(やきもの)にて小むぎの醋(す)にて紅(べに)をとき紅(べに)一匁
に生塩硝(しやうえんせう)五分入れ炭火(すみび)にかけ紅(べに)烹(にえ)あがり
たる時/象牙(ざうげ)或は鹿角(ろくかく)馬骨(ばこつ)鯨(くぢら)の白骨(しらほね)の類
 【枠外丁数】六

【右丁頭書】
【挿絵】
体(てい)なり
㊂ 離(り)
○見物は中女。牛馬。狐(きつね)。雉子(きじ)。
亀(かめ)。蟹(かに)。蜂(はち)。火事(くわじ)。葬礼(さうれい)の類
○聞事は生きたる物をころす
沙汰か。高位の人のわざはひか。
【左丁頭書】
いづれにても口舌事也。○得物
はなし。金物。食物。うつはもの。
牛馬。木竹の類也。○待人は
午の日か三二七の日来るべし。
南よりきたる○怪事は電(いなづま)
血刀(ちがたな)。鳴物。炉(ろ)に物のはえたるか。
釜の鳴。○失物はなし。西方の
男取去るなりつよくせんさく
すれば半分はかへる。文書。金物。
武具(ぶぐ)。色あらきもの。○願事は
廿三夜の月。稲荷(いなり)を信心(しん〴〵)して
よし深(ふか)く念(ねん)ずれば何事も成(じやう)
就(じゆ)することもあるべし○出行は
ゆくべし。南へゆくによろし。船は
行べからず。ゆきたるさきにて
火事口舌ぬす人を慎(つゝし)むべし
○沙汰(さた)詫言(わびごと)ははやく埓(らち)あく也
【右丁本文】
を染(そむ)るに色(いろ)大に紅(くれなゐ)になるなり
 ○紙(かみ)に金砂子(きんすなご)をまく方
一 先(まづ)箔(はく)を切て箔(はく)篩(ふるひ)にいれ置/砂子(すなご)蒔(まく)べき
紙(かみ)に海蘿(ふのり)を引(ひき)篩(ふるひ)の切箔(きりはく)をふりかけさて
紙をあてゝそつとなでつけ乾(かわか)すべしかわき
たる時/羽箒(はばうき)にてはくなり
 ○取直(とりなほ)しがたき物に砂子(すなご)をおく法
一 張付床(はりつけどこ)などの取(とり)なほしがたき物に砂子(すなご)を
まくには別(べつ)の紙(かみ)を油気(あぶらけ)ある綿(わた)を一重(ひとへ)紙(かみ)
にてつゝみたるにてかろくなで切箔(きりはく)にても
もみ箔(はく)にてもその紙(かみ)にまけば油気(あぶらけ)ある故
に箔(はく)の紙につくを砂子(すなご)まくべき所を常(つね)の
ごとく糊(のり)を引右の砂子まきたる紙(かみ)を持行(もちゆき)
【左丁本文】
おしあてそとなでゝ紙をとるべし
 ○雨障子(あましやうじ)に油(あぶら)を用ひざる法
一 蘿蔔(だいこん)あるひはかぶらの絞汁(しぼりしる)を用ひて紙(かみ)に
引ときは色つかずして雨水(あまみづ)を防(ふせ)ぐなり蠟(らう)を
ひくは三四年も損(そん)せずされど点(てん)じたる跡(あと)あ
りてよき所には用ひがたし
 ○雨障子(あましやうじ)を繕(つくろ)ふに粘(のり)つかざるを付る法
一 雨障子(あましやうじ)の類ふるきには粘(のり)つかぬ物なり
其時は粘(のり)の中へ生姜(しやうが)のしぼり汁を加ふべし
粘よくつきてはなれず
 ○革(かは)のよごれたるを洗(あら)ふ法
一 革(かは)の類(るい)垢(あか)つきたるをあらふには糯糠(もちぬか)にて
もみあらひ糠(ぬか)を去(さら)らずして干(ほし)てもむべし和(やは)
 【枠外丁数】七

【右丁頭書】
明らかなるうつたへなるべし○
病事は目のやまひ。心の病ひ。
上焦(じやうせう)ねつ病。舌。口びる。夏の
卜(うらな)ひならば伏暑(ふくしよ)といふべし。壬
癸又亥子の日をつゝしむべし。
観音(くわんおん)廿三夜の月を信心す
べし○夢は中女。火事。
血の類。葬礼(さうれい)。牛馬。けんくわ
口論。旅の心かさては狐(きつね)など
の住やしろへ参詣(さんけい)のこゝろか。
苦(にが)きものを食ふ類
㊃ 震(しん)
○見物は長男(ちやうなん)。児(ちご)。医者(いしや)出家
堂寺(だうじ)。茶酒。小鳥。蛇(へび)。いそ
がしき市○得物はあり。半吉。
書。けさ衣。米。草木の類。
【左丁頭書】
○待人は二人か四人か八人か三
人かなり。東より来る。卯(う)の日
きたる。○怪事は竜蛇(りうじや)。光(ひかり)物。
諸鳥。いづれも鳴物なり。雷(かみなり)
木(き)折(をる)事か○失物はなし。人の
ぬすみし也つよくせんさくすれば
出るなり。東(ひがし)の方木の下をみる
べし。書物。丸きもの。衣類。
茶酒の道具也。○願事は吉。
身上かへたき心か。出家は堂塔(たうとう)
を建立(こんりう)の望みか○出行はあき
なひにゆくは半吉也。当(あて)にして
ゆく事のかはる心あり○沙汰詫
言は半吉也。あつかひ人の心
かはりて驚く事あれども吉
なり。公事(くじ)は健(すくやか)なり○病は
肝(かん)の臓(ざう)の病。足のやまひ。
【右丁本文】
らぎて垢(よごれ)落(おつ)る也又/革類(かはるい)水につかりてこはく
なりたるには酒(さけ)を革(かは)のしめりわたるほど
吹(ふき)かけ畳(たゝみ)の下に敷(しき)つけおき乾(かわ)きたるとき
取出しよくもむべし和(やは)らかになるなり
 ○庖丁(はうてう)のなまぐさきを去(さ)る法
【挿絵】
【左丁本文】
一 庖丁(はうてう)のなまぐさきは生姜(しやうが)の葉にてよく
するべし腥気(なまくさけ)さつそくに去る
 ○糊(のり)にて張(はり)たる物を鼠(ねずみ)の喰(くは)ざる法
一 粘(のり)の中へこんにやく玉を少し加(くは)へてはれば
鼠(ねずみ)くはず又/竈(かま)の灰(はひ)をまぜるもよし
 ○衣服(いふく)あぶら垢(あか)おとしやう
一 衣服(きもの)のあぶらあかは飯(めし)を包(つゝ)み水にてもみ
つけあらふべし其後(そのゝち)清水(せいすい)にてあらひおとせ
ばよくおつる事妙也
 ○旅中(りよちう)などにて寒気(かんき)をふせぐふとん
  のこしらへやう
一 藁(わら)のはかまをよくやはらげて蒲団(ふとん)の中へ
入おけば一枚(いちまい)にても寒気(かんき)をふせぐへし又/白鳥(はくちやう)
 【枠外丁数】八

【右丁頭書】
庚辛の日をつゝしむべし。出
家女のおもひ也。東のかたに住
もの也○夢は雷竹林山木
しげり栄ゆる所。楼閣かなり。
又/酸(す)きものを喰ふか
㊄ 巽(そん)
○見物は長女。出家。びくに。
【挿絵】
【左丁頭書】
【挿絵】
鶏(にはとり)海川也○聞事は海川。
船。商売(しやうばい)。旅行(りよかう)のさた也○得物
は半吉なり。食(しよく)物。薬物。縄(なは)。
すぐなる物。竹木の器(うつは)物。袋(ふくろ)に
入たる物なるべし○怪物は飛(とぶ)物か。
には鳥。虫鳥の類也○失物は有。
東南のすみ又山をたつぬべし
○願事はよし。田地(でんぢ)。商ひ。
【右丁本文】
の腹毛(はらけ)をも入べし甚(はなはだ)和(やは)らかにて寒を防(ふせ)
ぐなり衣服(いふく)脚半(きやはん)などに入てもよし
 ○玳瑁(たいまい)の類の油をぬく法
一たいまいの類(たくひ)櫛(くし)笄(かうがい)をあらふにあつき湯(ゆ)
にて洗(あら)ふべからず肥皁(ひさう)【皂は俗字】を冷水(ひやみづ)にて挼(もみ)て洗(あら)ふ
べし次(つぎ)に水ばかりにてあらひ又水に塩(しほ)を入て
ふたゝびあらふべし如此(かくのごとく)すれば色を出して
光沢(つや)をおとさず新(あたら)しくなる也
 ○焼物(やきもの)に穴(あな)のあけやう
一 磁器(やきもの)に穴をあくるには金剛砂(こんがうしや)を一つまみ
其所におきて杉木(すぎのき)のきりにてもむべし
ひたともめばあなあくなり
 ○箪司(たんす)【笥】挟箱(はさんばこ)などに脂(やに)出るをとむる法
【左丁本文】
一 檜(ひのき)にて作(つく)りたる道具(だうぐ)類/新(あたら)しきうちは脂(やに)
いづるもの也用ひざる内に藁(わら)をいれおきその
わらに脂(やに)つきたるを取さりて後(のち)物を入るべし
しゆんけい塗(ぬり)などにも出ることあり綿(わた)に油(あぶら)を
つけ火にてあつくあぶりて拭(のご)ふべし外のもの
にてはおちぬなり
 ○早根刃(はやねたば)のあはせやう
一 刀(かたな)の刃(は)を此方(こなた)へ向(むけ)ておし立左の手に鋒(きつさき)を
もちなるほどよき剃刀砥(かみそりど)を厚(あつ)さ二分ばかりにし
て右の手に持(もち)唾(つば)を用ひて剣背(みね)の方(かた)へおすべし
猶予(ためら)ひて手のうちなづむときは刃(は)つかず
刀(かたな)のために砥(と)の削(けづ)れるほどに急(きふ)に刃(は)を付べし
さて指面(さしおもて)に刃(は)付たる時/指裏(さしうら)は刀(かたな)を倒(さかしま)に鋒(きつさき)を
 【枠外丁数】九

【右丁頭書】
婚姻(こんいん)也○出行はよし。商ひ。
旅の懸(かけ)。海川吉也/殊(こと)に東南へ
ゆきてよろし但(たゞし)秋はわろし○
沙汰詫言は半吉なり尼出家
をたのみてよし。訟(うつたへ)はやはらぐる
によし。他人のせめに逢ふを慎
むべし○病は長びくべし。腫(しゆ)
物。疱瘡(はうさう)。股(もゝ)肱(ひぢ)のやまひ。風の
やまひ。中風(ちうぶ)。寒(かん)を感(かん)ずる病。
水神/荒神(くわうじん)のたゝり。出家女の
一念など也。辰巳のかたに住て
をるなり○夢は諸鳥か。旅の
てい。富貴(ふうき)の体。青きものか。
すき物を食ふか也
㊅ 坎(かん)
○見物は雪。霜。露。水辺。
【左丁頭書】
井 泉(いづみ) 魚 出家 舎利(しやり)なり
○聞事は身上の事。妻子(さいし)の
事。出家の事也○得物は有。
すこしおそし。酒のうつは物。水
の道具。衣類/米(こめ)○待人は
来れども中途(ちうと)にとゞまる事
あり。子の日か北方よりならば
来るべし○怪事は寝所(ねどころ)に
血(ち)の骨(ほね)かある也。又は生れ子を
四足の物かくはゆるか○うせ物は
あり。水辺(すいへん)か穴の中に有。足に
はく物か。食物。四ッ足。○願事
は吉。身上の望みなるべし。観(くわん)
音(おん)をいのりてよし○出行は遠(とほ)
くゆくはわろし。北へゆくはよし。
舟にてゆく所もよし。行たる先
にて盗(ぬす)人を用心すべし○病は
【右丁本文】
下になし物(もの)に押立(おしたて)て右のごとく一拍子(ひとひやうし)に
ずい〳〵と刃(は)を付べし鈍刀(どんたう)にても一旦(いつたん)は切(きれ)ず
といふ事なし
 ○百里(ひやくり)一足(いつそく)の草鞋(わらづ)の法
一 鯨(くじら)のひれを冬ならば五十日/夏(なつ)ならば三十日
泥(どろ)の中へつけ置て後取出し槌(つち)にてよく打
くだきて苧のごとくやはらかにしこれにて草(わら)
鞋(づ)をつくれば百里(ひやくり)はゆくべし但(たゞし)木綿(もめん)のさし
たるをあてゝはく也
 ○雨風(あめかぜ)に消(きえ)ぬ炬火(たいまつ)の法
一 桜(さくら)の皮(かは)を厚(あつ)くへぎ硫黄(いわう)を焼酎(しやうちう)にてとき
二遍(にへん)ほどぬりて日にほしつけ松明(たいまつ)につくれば
風雨あらき時も消(きゆ)ることなし又/葭(よし)四五/本(ほん)に
【左丁本文】
木綿(もめん)をまき松脂(まつやに)をぬりほしつけ束(つが)ねて
炬松(たいまつ)とすれば雨にも消(きゆ)る事なし
 ○同/蠟燭(らうそく)の法 
一 膽礬(たんはん)《割書:八匁|》樟脳(しやうのう)《割書:五匁|》松脂(まつやに)《割書:十匁|》硫黄(いわう)《割書:三匁|》
 焰硝(えんしやう)《割書:五分|》
右/蠟燭(ろうそく)のごとくかためて先(さき)に口薬(くちぐすり)を少し
【挿絵】
 【枠外丁数】十

【右丁頭書】
心の病。腹の下り。耳(みゝ)のなる。腰(こし)
のいたみ。寒のとがめ。腎(じん)をもら
す久しき持(ぢ)病。やまひ下部(げぶ)に有。
又はつらくあたりし人女の念(ねん)と
しるべし。観音いなりを信すべし
○夢は岸よりおつる体。きつね。
いたち。蛇 生れ子。水辺に死た
るを見たるゆめ也
㊆ 艮(ごん)
○見物は少男。霧(きり)。島(しま)。山。家(いへ)。
石城。墳墓(はか)○聞事は婚姻(こんいん)
のなりがたき噂か。山伏。女。祢宜(ねぎ)
金物のさた○得物はあり。
金物。衣類。雑穀(ざこく)。瓜(うり)。果(このみ)。石。
土。土中の物なるべし○待人は
はやく来る。又丑寅の月日七
【左丁頭書】
五十の数の月日来る。東北よ
りきたるべし○怪事は鼠(ねずみ)。猫(ねこ)。
家の柱(はしら)鳴(な)るか。棟木(むなぎ)折るか也。○
失物はなし。女の手に有。土の器
【挿絵】
【右丁本文】
入れともすべし水をかけても消(きえ)ず
 ○一寸(いつすん)八里(はちり)炬火(たいまつ)の法
一くぬぎの木を百目ほど池水(いけみづ)にひたし置て
後こまかにたゝき砕(くだ)き炬火(たいまつ)にすれば一寸にて
八里は行べし但(たゞし)四寸廻りの積(つも)りなり
 ○幾夜(いくよ)寝(ね)ずしても気力(きりよく)衰(おとろ)へざる方
一 昼夜(ちうや)寝(ね)ざる事/連日(れんじつ)なれば気力(きりよく)つかれて
事をつとめがたし此時/牡蠣(かき)の殻(から)を粉(こ)にし
てのむべし疲(つか)るゝ事少しもなし
 ○鍋釜(なべかま)の鉄気(かなけ)をぬく法
一 鍋(なべ)の中にて藁(わら)をたき灰(はひ)となしさまし
置て後/灰(はひ)を取去(とりさ)り鍋(なべ)の内へ油(あぶら)をぬり竈(かまど)
の下にぬる火を置て油気(あぶらけ)を乾(かわ)かすべし
【左丁本文】
かくの如くして即時(そくじ)に用るに鉄気(かなけ)少しも出
る事なし
 ○油(あぶら)に水気(みづけ)あるを防(ふせ)ぐ法
一 燈油(ともしあふら)に水気まじりはぢけて火(ひ)消(きえ)んとする
時ともし口の燈心(とうしん)に塩(しほ)を少しおけば忽(たちまち)に止(やむ)也
 ○白鑞(しろめ)を製(せい)する方
一 鉛(なまり)《割書:壱斤|》唐錫(たうすゞ)《割書:十両|》をふきわりて和すれば
しろめとなる
 ○真鍮(しんちう)を色(いろ)白(しろ)くする法
一 米醋(こめず)梅醋(むめす)拓榴醋(じやくろす)柚醋(ゆず)四味ひとつに和(まぜ)て
砥(と)の粉(こ)をときてみがけば真鍮(しんちう)銀(ぎん)のごとくなる
 ○真鍮(しんちう)金銀(きん〴〵)の類の器物(うつはもの)をあらふ法 
一 真鍮(しんちう)金銀(きんぎん)鍍(めつき)などの器(うつは)久しくよごれたるは
 【枠外丁数】十一

【右丁頭書】
物の類なり。ぬすみ手は初めは
しれず後にしるゝ也○願事は
よし。家やしき。土石。金物。瓜。
木の実(み)の類。○出行は遠方へ
ゆくはよろしからず阻(へだて)あり。山か
陸(りく)をゆくにはよろし。南は吉と
しるべし○沙汰詫言はよし。
しかし貴人へだつる事有。引連(ひきつゞき)
て二度めほどに埓(らち)あく也○病
事は手指(てゆび)の病。脾肺(ひはい)の病。唇(くちびる)
かわきて不食す。女は産後(さんご)のわ
づらひ也。女の念あるべし。年徳(としとく)
神 山の神のとがめもあるべし。
信心すべし○夢は雲。山。丘(をか)。
墓(はか)。少男。大/虎(とら)の類也。また
甘(あま)きものを食(くら)ふ事もあり。又
山に登(のぼ)る事のたぐひなるべし
【左丁頭書】
㊇ 坤(こん)
○見物は霧(きり)。田野。老女。農(のう)人
肥(こえ)たる人。布綿。五穀。輿(こし)。釜。
○聞事は田地(でんぢ)。土橋。倉(くら)。母の
便宜(べんぎ)をきくか。公事(くじ)沙汰か。人の
腹立るをきく也○得物はあり。
金物。糸類。笋(たけのこ)。山の芋(いも)。五穀
のたぐひなるべし○怪事は牛。
狐。からす。百獣(ひやくじう)。衣に血(ち)かゝる也
○うせ物は有。日の中に尋(たづ)ぬべし
品あしくなるとも半分は出べし。
古着(ふるぎ)。金物。食物。四角(しかく)なる物。
やはらかなるもの。袋(ふくろ)に入たる物也
○願事よし。知行(ちぎやう)。倉。田畠(たはた)。
牛馬の望なるべし○出行は
西南へはよし。里(さと)に利あり。陸(くが)
【右丁本文】
たやすく落(おち)ぬもの也/醋(す)を熱(あつ)くわかして
洗(あら)ふべし疵(きず)付(つか)ずしてよくおつる也又すいも
草にてみがくもよし
 ○洗(あら)ひ粉(こ)の方
一 豆腐(とうふ)の滓(かす)を二三日/天気(てんき)つゞきに陰干(かげぼし)とし
よく乾(かわ)きて後/貯(たくは)へ置/朝夕(あさゆふ)湯(ゆ)をつかふ時の
あらひ粉(こ)とすべし油垢(あぶらあか)をおとし艶(つや)を出す
事よのつねにあらず天気(てんき)つゞかぬ時は臭(くさ)み
つきて用にたへず
 ○鉄醤(おはぐろ)を即座(そくざ)におとす法
一 笹(さゝ)の葉(は)をくろくやきて灰(はひ)とならざるを
指(ゆび)につけて歯(は)を摺(す)ればおはぐろ忽(たちま)ち落(おち)て
白歯(しらは)となるなり
【左丁本文】
【挿絵】
 ○伽羅(きやら)を久しく貯(たくは)ふる法
一 黒砂糖(くろさたう)を水にてこね竹(たけ)の皮(かは)を入れ能(よく)
せんじその竹(たけ)の皮(かは)にて伽羅(きやら)をよく包(つゝ)み
壺(つぼ)に入(い)れ蓋(ふた)をよくしてたくはふればいつま
でも朽(くち)しをれず
 【枠外丁数】十二

【右丁頭書】
をゆくにもよし。春はわろし
ゆきたるさきにて喧嘩(けんくわ)するか口舌
にあふか也慎むべし○沙汰詫言
は吉。理順(りじゆん)なり。大勢の情(なさけ)を
を【重複ヵ】得る也。二度めにかなふなり
○病は大事。久病也。腹の病
脾胃(ひゐ)。飲食とゞこほりつむ。
老女の死霊(しりやう)。日天/庚申(かうしん)土公(どこう)神
のとがめ有信心すべし○夢は
雲。郷里(さと)。平地(ひらち)。老母。大勢。釜(かま)。
おもきもの。又は黄色(きいろ)黒色の
物。甘(あま)きものを喰(くら)ふ類なり
 ○右/八卦(はつけ)に属(ぞく)する所のものは
 たゞその概略(あらまし)のみなり天地(てんち)の
 間の万物(ばんぶつ)これにかぎるべからねど
 悉(こと〴〵)くあぐるに遑(いとま)あらずおの〳〵
 その類をおして発明(はつめい)して断(ことわ)るべし
【左丁頭書】
 ○九曜の星くりやう

【掌の中の図】 
  木  羅 【小指】
 月   土 【薬指】
計    水 【中指】
 火 日 金 【人指指】
         【親指】

九曜星(くようせい)のうらなひ古(いにしへ)よりある
こと也これは当年(たうねん)のよしあしを
見ること也/図(づ)のことく掌(て)の中(うち)に
羅(ら)土(ど)水(すい)金(きん)日(につ)火(くわ)計(けい)月(げつ)木(もく)と
指(ゆび)のふしにておぼえおきてさて
男(をとこ)は羅星(らせい)より女(をん[な])は金星(きんせい)より
一ッ二ッと順(じゆん)にくりて当年(たうねん)何(なん)十
才(さい)になるといふにあたる星(ほし)をその
【右丁本文】
 ○伽羅(きやら)の香(か)をます炷(たき)やう
一 香敷(かうしき)の下へ竹(たけ)の引粉(ひきこ)をくべてたけばす
がりもよく五壮(ごさう)も十さうにますべし
 ○火久しくたもつ灰(はひ)の法
一 池(いけ)に生(はえ)たる菱(ひし)の蔓(つる)と葉(は)を干(ほし)て焼(やき)たる
灰(はひ)を用れば火久しくこたゆる也/香炉(かうろ)に
用ひてよろし
 ○酒中花(しゆちうくわ)の方
一 たらうの木の心(しん)に人形(にんぎやう)にても花鳥(くわちやう)にても
画(ゑが)き剃刀(かみそり)にて絵(ゑ)なりに切(きり)まはしすかす所は
小刀(こがたな)にてほりてふちを絵具にて彩色(さいしき)しむら
なきやうに薄(うす)くきりたゝみつけるひらかせ様
の跡先(あとさき)は跡にひらかする方に糊(のり)を付るなり
【左丁本文】
 ○油(あぶら)に鼠(ねずみ)の付たるをとむる法
一 萆麻子(ひまし)の油(あぶら)を少し加(くは)ふれば鼠/再(ふたゝ)び来ず
 ○旅(たび)にて火を絶(たえ)ず持ゆく法
一 杉原紙(すぎはらがみ)を黒焼(くろやき)にしふのりにてねりかため
火をつけ板にてはさみ懐中(くわいちう)するに火(ひ)消(きえ)ず
して久しくたもつなり
 ○渋(しぶ)のやけざる法
一 渋(しぶ)は夏(なつ)焦枯(こげかれ)て貯(たくは)へがたきものなり茄子(なすび)を
切片(きりへぎ)て入おけばやけず
 ○蒜(にゝく)葱(ひともじ)を食(しよく)して口中(こうちう)臭(くさ)からぬ法
一 紙(かみ)をかむべし臭気(しうき)やがて去る又/砂糖(さたう)を
なめるもよし又/酢(す)をわかして口中を洗(あら)へば
臭(くさ)きことなし
 【枠外丁数】十三

【右丁頭書】
【挿絵】
年(とし)と見て下に記(しる)すところの
星(ほし)の下(した)に引合せて見るべし
●第一/羅睺星(らこうせい)
この星(ほし)にあたる年は大にわろし
万事(ばんじ)信心(しん〴〵)すべし信心とはたゞ
神仏(かみほとけ)にいのる事のみならず心(こゝろ)に
信(まこと)ありて嘘(うそ)をつかず物を貪(むさぼ)らず
【左丁頭書】
よろづ慎(つゝし)みて上(かみ)をうやまひ
下(しも)をあはれみさて神仏(かみほとけ)を尊(たふと)み
て災難(さいなん)を遁(のが)れさせ給へといのる也
信(しん)あれば万(よろつ)の難(なん)をのかるべしもし
不信心(ふしん〴〵)なれば正四五月に病有
病(やまひ)なければ損(そん)をするか口舌(くぜつ)ごと有
六七月に盗(ぬす)人に逢(あ)ふ十一月に
出行(しゆつかう)すれば口舌(くぜつ)ありて金銀(きん〴〵)田(でん)
宅(たく)を失ふ事ありつゝしむべし
羅(ら)計(けい)火(くわ)の三星(さんせい)とて九曜(くよう)中
にての悪(あく)星なり来年(らいねん)羅睺(らこう)に
あたればはや今年(ことし)よりあしき
ほど也/故(ゆへ)に羅睺(らこう)の前年(ぜんねん)とも
いふ事ありつゝしむべし
  星(ほし)の黒(くろ)きは皆(みな)あしきしるし也
  白(しろ)きは吉(きち)なり半黒(はんこく)半白(はんはく)は
  半吉也なぞらへてしるべし
【右丁本文】
 ○鯉(こひ)の死(しな)んとするを活(いか)す法
一 生(いき)たる鯉(こひ)を遠方(えんはう)へ贈(おく)る時もし死(しな)んとせば
蒜(にゝく)のしぼり汁(しる)を口にそゝぐへし忽(たちま)ち活る也
また鯉(こひ)のあがりたるに挽茶(ひきちや)をかけておけば損(そん)
ずる事なし
 ○練珊瑚珠(ねりさんごしゆ)の製(せい)法
一 象牙(ざうげ)の粉(こ)を羽二重(はぶたへ)の絹(きぬ)ぶるひにてふるひた
るを三匁/天草砥(あまくさと)の粉(こ)を壱匁/光明朱(くわうめうしゆ)三匁
辰砂(しんしや)三匁いづれもよく和合(まぜあは)せ極(ごく)上の晶膠(すきにかは)を
うすくたき海蘿(ふのり)のたきたると等分(とうふん)にあはせ
右の篩(ふるひ)にてこし其/汁(しる)にて粉を練(ねり)合せ緒〆(をじめ)
によきほとに丸(まる)め柳(やなぎの)木(き)を細く紐とほしの太(ふと)
さに丸く削(けづ)り胡桃(くるみ)の油をつけ右の練玉(ねりたま)を
【左丁本文】
突(つき)さし五十日ほど乾(かわか)し置て後(のち)しめしたる
木賊(とくさ)にて磨(みが)きその上を椋(むく)の葉(は)にてみがき
掌(て)の中(うち)にてまろめるやうにしてみがけは透(すき)と
ほるやうに艶(つや)よくなる阿媽港(あまかは)薄色(うすいろ)本珊瑚(ほんさんご)に
まがふ尤(もつとも)秘伝(ひでん)なり
 ○小鮒(こぶな)の鱗(うろこ)をとる法
一小鮒をいかほでにても雷盆(すりばち)へいれその中へ
篠(さゝ)の葉(は)を入てもめば悉(こと〴〵)く落る也
 ○小池(こいけ)の魚(うを)に鼬(いたち)の付たるを避(さく)る方
一 瓢簞(ひやうたん)を釣(つり)おくべし再(ふたゝ)び来らず
 ○道(みち)に迷(まよ)ひたる時/方角(はうがく)を知(し)る法
一 旅(たび)にて山路(やまみち)にまよひたる時は水(みづ)の流(ながれ)に随(したが)ひ
て下(くだ)るべし必(かなら)ず道に出る也/野径(のみち)に迷(まよ)ひたる時は
 【枠外丁数】十四

【右丁頭書】
◑第二/土曜星(どようせい)
この星にあたる年は吉にして
売買に利得(りとく)おほしもし不信心
なれば正四五六七月に住所(ぢうしよ)屋(や)
敷(しき)にはなるゝ事あるか病損の
憂(うれへ)来るなり公事(くじ)沙汰(さた)すれば
宝(たから)をうしなふ又/父母(ふぼ)妻子(さいし)に
気(き)づかひあり奉公人は牢々(らう〳〵)
する事有べし又川をわたりて
災難(さいなん)あり中にも三六九月を
つゝしむべし
◑第三/水曜星(すいようせい)
此星にあたる年は信心すれば
宝(たから)を得(う)人のすゝめに依(よつ)て悦(よろこ)び
にあふ百姓(ひやくしやう)は田地(でんち)を得(う)るかその
年の耕作(こうさく)に利(り)あるか也/商人(あきんど)は
売買(ばい〳〵)に利あり遠(とほ)くゆきては
【左丁頭書】
富貴(ふうき)になる不信心なれば淫(いん)
乱(らん)によりて口舌(くせつ)あり秋冬を
つゝしむべし又/海川(うみかは)を慎(つゝし)むべし
水損(すいそん)にあふ年なり
◐第四/金曜(きんよう)星
このほしに当る年は信心(しん〴〵)なれば
万事/成就(じやうじゆ)して売買(ばい〳〵)にも耕作(かうさく)
にも利ありて福(ふく)来る也もし
不信心なる人はわざはひありて
口舌おこる金物(かなもの)にて命(いのち)を失ふ
事あり七八九十月に金物の損(そん)
あるか病か口舌かありて夫妻(ふさい)子(こ)
にたゝること有又/父母(ふぼ)主(しう)にはな
るゝか目をわづらふか也よく〳〵
つゝしむべし
〇第五/日曜(にちよう)星
此星にあたる年は福徳(ふくとく)をおこし
【右丁本文】
【挿絵】
沢瀉(おもだか)をもとめて葉(は)の向(むき)たる方をさして行(ゆく)べし
沢瀉(おもだか)は人ぢかき方へむかふ物なり
 ○井(ゐ)を掘(ほる)とき水ある地を知る法
一井をほらんと思ふ時は夜気(やき)晴明(せいめい)なる時/桶(をけ)盥(たらひ)
の類に水をいくつも入て井(ゐ)を掘(ほら)んと思ふ辺(あたり)に
【左丁本文】
ならべおきいづれの水に星(ほし)の光(ひかり)大に明(あき)らかに
うつるぞと見てその所をほれば必(かなら)ずよき水
出(いづ)るものなり
 ○小鳥(ことり)の病(やまひ)を治する法
一 小鳥(ことり)のわづらふときは螻蛄(けら)を取て餌(ゑ)とすれ
ばすなはち活る又/番椒水(とうがらしみづ)もよろし
 ○雀(すゞめ)を飼(かひ)て白くする法
一 雀(すゞめ)の子(こ)殻(から)を出ていまだ羽(はね)あがらざる時/蜜(みつ)を
飯(めし)に交(まじ)へて飼(かへ)ば白雀(しろすゞめ)となる
 ○金魚(きんぎよ)の死を活(いか)す法
一三七のしぼり汁を飲(のま)しむべし活(いく)ること妙也
 ○藍染(あゐぞめ)のおとしやう
一 衣服(いふく)の藍(あゐ)を落(おと)すには豆腐(とうふ)からを釜(かま)へ入
 【枠外丁数】十五

【右丁頭書】
人のすゝめによりて財宝(ざいほう)を得る
凶(あし)き事も変(へん)じて吉事となる
殊(こと)さら五六七月に宝を得よろ
こび来る旅(たび)へ出てます〳〵よし
商人(あきんど)は売買に十分の利あり
但し不信心の人は妻子(さいし)に付て
口舌(くぜつ)ありつゝしむべし
●第六/火曜(くわよう)星
この星にあたる年はわろし
とりわけ火事を慎(つゝし)むべし此星
信心の人は万の難(なん)をのがる不信(ふしん)
心なれば二三五七九十一月/住所(ぢうしよ)に
はなるゝか煩(わづら)ふか也又/主(しう)おやかたに
つきて憂(うれへ)あり又/妻子(さいし)につきて
苦労(くらう)あり諸事(しよじ)おもひ事/絶(たえ)ぬ
星なりつゝしむべし
●第七/計都(けいと)星
【左丁頭書】
【挿絵】
此星にあたるとしは大に悪し
信心すれば難(なん)をのがるもし不信
心なれば正二三六月/住所(ぢうしよ)に付
おもひ事ありさては病あるべし
八月南へ行てわろし九月/田(でん)
地(ぢ)にたゝる春三月女と口舌(くぜつ)あるか
また病か損失(そんしつ)か公事(くじ)にあふか
【右丁本文】
その中にて煮(に)れば藍(あゐ)こと〴〵く落る也
 ○衣服(いふく)の穢(よご)れて久しきをおとす法
一 酸醬(かたばみ)の汁(しる)にてあらへば速(すみやか)に脱(おつ)るなりその
酸醬(かたばみ)汁の色/消(きえ)ざる時は木槵子(むくろうじ)或は赤小豆(あづき)
の粉にてふたゝびそゝぎ洗(あら)へばおつる也
 ○衣服(いふく)油(あぶら)おとしの法《割書:并|》渋(しぶ)おとし
一油の付たるは大根(だいこん)のおろしたるをもみ付
おき熱湯(にえゆ)にて洗(あら)へば奇妙におつる也/渋(しぶ)の
つきたるは白砂糖(しろさたう)をもみ付てあらふべし
 ○絹布(けんふ)あらひ張(はり)の糊(のり)の方
一 羽二重(はぶたへ)加賀(かゞ)日野紬(ひのつむぎ)の類は葛(くず)と粘(のり)と等分(とうぶん)に
してとき刷毛(はけ)にて引べし緞子(どんす)紗綾(さや)は端(たん)に
粘(のり)一文がほどに大白(たいはく)砂糖(さたう)五分/海蘿(ふのり)三分ほど入て
【左丁本文】
よくときて布(ぬの)にて漉(こ)しはけにて引へし縮(ちり)
緬(めん)は粘(のり)を少し減(げん)ししやうふ五分入てとき刷(は)
毛(け)にて引べし
 ○黐(とりもち)また鉄醬(おはぐろ)の衣服(いふく)に付たるをおとす
一とりもちの付たるは鰌(とじやう)のぬめりにてあらひ
鉄醬の付たるは醋(す)にてあらふいつれも速(すみやか)に落る
なり
 ○味噌(みそ)の損(そん)じたるを直す法 
一みその味(あぢ)そんじたるには生松(なまゝつ)の皮(かは)をむきさり
大小によりて二ッにも三ッにもわり味噌の中へ幾(いく)
箇(つ)も打こみ七八日ほどおくべしかならず味よく
なるすべて味噌/桶(をけ)は肥(こえ)たる松を底葢(そこふた)にすべし
がわにもしたるはいよ〳〵よし
 【枠外丁数】十六

【右丁頭書】
とかく春夏わざはひ来る三六
月を殊(こと)につゝしみ信心してよし
○第八月/曜(よう)星
この星(ほし)にあたる年は吉なり
さりながら月のとがめ有/慎(つゝし)む
べし信心あれば竜(りやう)の水を得た
るがごとく運(うん)をひらき貴(き)人に
引立られ悦(よろこ)び両三度までかさ
なり四十月は主(しゆ)人より宝(たから)を
得る不信心なれば二五月金
物につきて損(そん)あり百姓は牛馬
にたゝる六九月/土公(どくう)神のたゝり
あり冬三月の内に住所をは
なるゝか牢(らう)人するかなるべし
また水神のたゝりにて下部(けぶ)の
煩(わづら)ひあるべし
○第九/木曜(もくよう)星
【左丁頭書】
この星にあたる年は万事吉
なりさりながら正二八月木を
きらば口舌の田地牛馬にたゝる
信心なる人は男女をえらばず
枯(かれ)木の春(はる)にあひて花ひらく
がごとく運(うん)をひらきよろこび
重(かさ)なる不信心なる人はよろづ
たゝりてわづらふ百姓は田畑(たはた)牛
馬にたゝる冬三月のうち病か
損(そん)かあり遠く行て悪し或
寺の造作(さうさく)にたゝる也慎みて信
心すべし

 ○六/曜星(ようせい)のくりやう
これは毎日の吉凶を判断(はんだん)す
るうらなひ也くりやうはわが年
の数(かず)と月と日の数とを合せて
【右丁本文】
 ○飯(めし)の片熟(かたにえ)したるを直す法
一飯のかたにえしたる時は酒を少しうちて
葢(ふた)をし火気(くわき)を通(とほ)すべしよきめしとなる也
 ○同こげくさきを直す法
一なはどうしを洗(あら)ひてめしの上におき葢(ふた)をして
しばらくおけばこげくさき香(か)失(うす)ること妙也
 ○薑(はじかみ)をかびぬやうに漬(つけ)る法
一はじかみ水気をよくさりて梅醋(むめず)に漬んと
する時からしを少し絹(きぬ)につゝみて底(そこ)にいれ置
べしかやうにすれば一年を経(へ)てもかびず
 ○紅染(べにぞめ)のぬきやう
一染たる衣服(いふく)の紅をぬくには早稲藁(わせわら)の灰汁(あく)
にてもみあらふべしよくおちる也
【左丁本文】
 ○青昆布(あをこんふ)のこしらへやう
昆布を銅鍋(あかゞねなべ)にて煮(に)れば青緑色(みどりいろ)となる也
海蘊(もづく)蕨(わらび)狗脊(ぜんまい)も同じ
 ○乾松蕈(ほしまつたけ)香(か)のうせぬ法
一 新(あたら)しき松たけの茎(くき)を去(さ)り二三日よき天/気(き)
に乾(ほし)て後(のち)陰干(かげほし)にしてとりをさむべし翌(よく)春夏
【挿絵】
 【枠外丁数】十七

【右丁頭書】
六にてはらひ残る数を第一よ
りかぞへ合せて其事のよしあし
を考ふべし
◐第一/先勝(せんしよう)
○【中に┣】第二/友引(いういん)
◑第三/先負(せんふ)
●第四/仏滅(ぶつめつ)
○第五/大安(だいあん)
●【中央❚白抜き】第六/赤口(しやくこう)

○第一先勝の星にあたる日は
何事も急(きう)にしてよし昼(ひる)を過
てはわろし取わけ公事(くじ)訴訟(そしよう)を
し諸勝負事など此方より仕(し)
【左丁頭書】
懸(かけ)るに利(り)あり又/婿取(むことり)よめ
取の相談(さうだん)他国(たこく)へゆく門出(かどで)によし
待人はおそければ来らず此星
酉卯にあたるゆゑよろつその方
へゆくかその時にあたりてよかる
べし男は勇猛(ゆうまう)にして殊(こと)に吉事
あり晩(ばん)には何事をも慎(つゝし)むべし
【挿絵】
【右丁本文】
にいたりても損(そん)せずこれを煮(に)るに香(か)はなはだ
よし茎(くき)は硬(かた)くして食するにたへず
 ○碓米(からうすこめ)のくだけざるすゑやう
一 碓は棹(さを)の長きがよし石はおもく付るは
わろし棹(さを)おもきは石を付ぬがよし重(おも)き
棹にては米/砕(くだ)けやすし先のさげやうは凡(およそ)
棹(さを)八尺あらば六寸四分さぐる也/石臼(いしうす)のかた
むきも此かねにて見はからふべし《割書:案に近来|京大坂の》
《割書:米屋に用るからうす棹をかろくして|踏むとき棹の直(すぐ)になるほどあぐる也》
 ○魚(うを)を養(やしな)ふ塗土池(ぬりつちいけ)のつくりやう
一魚を養ふ小池をたゝき土をもてつくるは
水を入ざる前(まへ)に藁(わら)をたくべし久しく損(そん)ぜ
ず魚を入るは五十日或は七十日ほとの間(あひだ)水
【左丁本文】
をたゝへ三四日めに水をかゆべし油(あぶら)塩(しほ)の気(き)
さりて魚(うを)よく生(いく)る也水をたゝへて青み
たる苔(こけ)出る頃をよしとすはやく魚を入れば
魚/活(いき)がたし但(たゞし)魚(うを)を養ふには地中(ちちう)に瓶(かめ)を
いけておくべし
 ○鼠(ねずみ)をさる法
一 坐敷(ざしき)の下の土をとりて泥(どろ)とし鼠(ねずみ)の穴(あな)を
ふさげは百日が間に鼠こと〴〵くさりて復(また)
来ることなし又方
正月/始(はじめ)の辰(たつ)の日/并(ならび)に毎(まい)月/庚寅(かのへとら)の日/壬辰(みづのへたつ)の
日/暦(こよみ)の上段の満(みつ)の日に鼠の穴をふさぐべし
又三月/庚午(かのへむま)の日鼠をとり尾(を)をきりて
その血(ち)を屋(いへ)の梁(うつばり)にぬれば鼠来らず
 【枠外丁数】十八

【右丁頭書】
○第二/友引(いういん)の星にあたる日は
朝夕よし午(むま)の刻(こく)はわろし公(く)
事(じ)諸勝負(しよしようぶ)事は格別(かくべつ)勝負な
かるべしあつかひ和談に及ひて
よし出家(しゆつけ)神主(かんぬし)医者(いしや)山伏(やまぶし)な
どの類長袖にて人あつめする
人にはよろしむことり嫁取(よめどり)に
尤(もつとも)よし待人は来る辰戌にあ
たる方よしその方へゆきては利
あるべし女は此日/懐胎(くわいたい)すべし商(しやう)
売(ばい)は人と共(とも)にして利あり出行は
同道の人あるはよしひとりゆくは
よからず
○第三/先負(せんふ)の星(ほし)にあたる日は
よろづひかへめにしてよし午時
過ては吉なりよろづの事此方
より手ざしすればかならずわろし
【右丁本文】
 ○あぶら虫をさる法
一 青蒿(かはらよもぎ)の茎(くき)葉(は)をかまどの間におくときは
油むしたゆる事妙なり
 ○蝿(はひ)をさる法
一 陳茶(ふるきちや)の末(まつ)を煙(けふり)にたけば蝿(はひ)即時(そくじ)にさる
 ○蚤(のみ)をさる法
一 三月三日/楝樹(せんだん)の葉(は)をたゝみの下にしき
ておけば蚤(のみ)蝨(しらみ)出る事なし又方
芸香(うんかう)の葉(は)を席(たゝみ)の下におけばよし又/砂(すな)に
て築(きづき)たる新宅(しんたく)には蚤(のみ)多(おほ)きもの也/塩(しほ)のにが
りを床(ゆか)の下にうてば蚤(のみ)を生ぜず又/小児(せうに)の
肌着(はだぎ)を当薬(たうやく)をせんじて染(そむ)れば蚤(のみ)蝨(しらみ)を
防(ふせ)ぐなり又/席(たゝみ)の下に苦参(くらゝ)をしくもよし

【見返し】

【裏表紙】

日ごとの心得

【表紙】
【題箋】
《題:日吾土乃古固呂得  完》

【見返し】

【左丁】
 平亭救飢方書題辞
主人閑素坐平亭問客憂
饑敲戸扄一書伝授無他
説此方時用必安寧
天保癸巳初冬平松屋老漁
         星塢書【秦鐘印】【伯美印】

【右丁】
    祝来歳登穀詩歌連誹
清世尭時温飽足一堂歓笑賀豊年                鷲山
米貴如珠争問年世間近況太驕然誰知無事安心          柳涯
法却在平生省約辺
米貴人皆愁勿愁太平時自今経一暦禾稷満田疇          瑶池
自今吟客應多時欲賦太平鼓腹詩                董斎
日来餐飯曷求精麦穱好炊足癒飢                䥫鶏
秋旱窮氓似暁鴉出尋菰米飽隣爺嬾婦合手舂無          成裕
力時羨豪門貴客家
今歳世人生計辛来春予識熨眉皴稲田六十余州          高嶺
秀更見太平鼓腹民
みつのとにうきみ御【さヵ】抜て明ぬれは常磐のきのえさかへますらん  羪民
【左丁】
経術与々青秧葉莠稂不害独為叢枚成雖属三時          南窓
務豊耗当因造化工
敲釜唯示倹斗米二千銭始識皆辛苦䓁閑勿下咽          玄釣
塞翁かむまのとしからよかるへしうきみの年を後のさいわひ   了阿
八束穂の秋を心のたのみにて浅【民では】くさきるやあつき此日に    善一
弓は袋【注】米は俵におさまりのつかぬはかりに御代の出来秋     雪麿
ゆたかなる年とこそしれ八つか穂【八束穂】をかりておさむる大□の里    魯庵
家毎につみおくよねの数〳〵に君か恵みの高きをそしる     上嘉
晴てして稲実【實】いる夜路かな              江山
むら立つた雲の崩れや青田つら               はるき
豊年穂開穂庄屋祝繁昌新米三千俵積来満土蔵          方外
耘耕能竭力風雨亦称情禾稼収蔵後楽従辛苦成          琴台

【注 太平な世のたとえ。】

【右丁】
おこたらす
みのほと〳〵に
つとめなは
ゆたけき
年の春に
あひなん
  政徳
【左丁】
   目録
飢饉(きゝん)の総論(さうろん)
昔(むかし)よりきゝん度々 有(あり)し年数(ねんすう)
霊薬(れいやく)延命丸(えんめい  )の方
食を減(げん)して腹(はら)へらぬこゝろえ
白水(しろみづ)より葛(くず)をとる法
糟団子(ぬかたんご)の製法(せい  )
糟湯(ぬかゆ)の製法
大根飯の炊(たき)やう
小米餅(こゝめもち)の製しかた
雪醤油のこしらへやう
《振り仮名:さつま芋粥|        がゆ》の炊(たき)やう
年中 貯(たくは)へおくべき食物
食物くひあはせのこゝろえ
解毒(け[ど]く)の方

【右丁】
    引書
本草綱目    本草備要
救荒本草    食物本草
荒政要覧    荒政輯要
農業全書    農業余話
農術鑑正記   農稼録
農喩      珍術万宝全書
食量正要    源平盛衰記
老人物語    穂立手引草
山海名産図絵  翁草
玄治薬方口解  名家方選
和方集     万病回春
人参考     文六料理草
文六手渡集   漫遊雑記
眼科新書    金鶏雑記
家方解毒集
【左丁】
日(ひ)ごとの心得(こゝろえ)
        江戸   銀鶏平時倚著【印 銀鶏】
    飢饉総論(ききんそうろん)
史記(しき)の天官書(てんくわんしよ)に天運(てんうん)三十歳にして小変(  へん)し百年(ひやくねん)にして中変(ちゆうへん)し五百歳(    さい)
にして大変すといへり夫人たるもの一生のあひだに憂(うれ)ひとすべきこといと
おほしといへ共 饑饉(ききん)に越(こ)したる大難(  なん)はあるべからず然れどもかゝる大平の
御代(みよ)にうまれ御恩沢(  おんたく)を蒙(かうむ)り何不足なく今日を暮(くら)す人は此処に
心つたなくそれはむかしありしことにて今はあるまじきことのやうにお
もひ何ひとつ貯(たくは)へる用心もせでうか〳〵と年月をすごすことおほひなる
誤(あやま)りなるべしききんの大なんはいつ来(く)るともはかるべからず近くは三十年

【右丁】
遠(とほ)くは五十年をばすぎじ実(まこと)にこれ人間(にんげん)一生 涯(がい)の患苦にして此時にな
りては 死生(しせい)の二ッは食物の手あてのあるとなきとによる事なりされば
常に食する処の三度の飯(めし)も空腹(くうふく)になきまでに食し飽(あく)までに食せ
ずして少しづゝもくひ延(のば)すやうにこゝろがくることこれ天道(てんたう)への御奉公に
して国恩(こくおん)を報(はう)ずるの壱つなり 公(おほやけ)よりは米穀(べいこく)高直(かうぢき)なれば都下(とか)困民(こんみん)
の難渋(なんぢう)あらんことをおぼし召(めさ)れ御救(  すく)ひ米(まい)をくだしおかれ命(いのち)をつながせ
給ふありがたさを各 骨身(ほねみ)にこたへて忘るべからずたとへばいさゝかの食物
たり共えゑう【注】がましきくひものはかたくつゝしみ只々家業
お情おこたらざるやうに心がくること肝要なり
    昔より飢饉(ききん)たび〳〵ありし年数
寛永十九年 壬午(みつのえむま) 飢饉(ききん)      天保四年 癸巳(みつのとのみ)迄百九十二年
延宝三年 乙卯(きのとのう)  きゝん      同 四年癸巳迄百五十九年
【左丁】
享保十七年 壬子(みつのえね) きゝん      同 四年癸巳迄百二年
宝暦五年 乙亥(きのとのい)  きゝん      同 四年癸巳迄七十九年
天明三年 癸卯(みつのとのう)  きゝん      同 四年癸巳迄五十一年
 寛永十九年より延宝三年迄の間三十三年
 延宝三年より享保十七年迄の間五十七年
 享保十七年より宝暦五年迄の間二十四年
 宝暦五年より天明三年迄の間二十九年
右 挙(あぐる)る所 《振り仮名:飢きん|き  》の難(なん)かくの如し又 安徳天皇(あんとくてんわう)の養和(やうわ)の頃きゝんうち
つゞきて人民おほいに苦しみし事長明が方丈記(はうぢやうき)にしるせり其時のありさま
天明三年のきゝんのやうすによく似たりと穂立手引草(ほたててびきくさ)にいへりさて天
明のきゝんのことは鈴木之徳が農喩(のうゆ)にくはしく載(の)せてあれは今其一二を
えらんでこゝにいはん上州新田郡の人に高山彦九郎といひしあり奧

【注 正しい表記は、「ええう(エヨウ)」=栄耀】

【右丁】
州一見のためこゝかしことあるきしに道にふみまよひてゆくべきかたを
うしなひなんぎのあまりたかき峯(みね)によぢのぼりて山の麓(ふもと)を見渡
しければ山間に人家の屋根(やね)のかすかに見ゆるに心よろこび草木(くさき)をお
し分けやう〳〵とふもとにくだり其村里にいたり見るに人とては
ひとりもなしこはいかなる事にやと見まはせば田畑のあとはばう〳〵
たるくさむらとなり家々は皆たふれかたふき軒端(のきば)には葎(むぐら)など
はひまとばれりあやしくおもひながら家に入りて見るに篠(しの)だけ
など椽(ゑん)をつらぬき其間〳〵には人の白骨(はつこつ)みだれありしを見て
目もあてられずおほいにおどろきいと物すごくおぼえければ身の
毛よだちて恐れをなし早々その所をはしりいでやうやくにして
人里(ひとさと)にはせつき始めて人 心地(こゝち)つきしとなり奧州のかたのき
きん餓死(がし)のやうすは関東(くわんとう)へきこえしよりもあはれなることなり
【左丁】
とぞ然るにきん国関東のうちはいまだ大きゝんといふにいたらず其ゆゑ
は秋作の実(み)のりもかなりにでき御領主( りやうしゆ)よりは御救ひの米穀(べいこく)および友
救ひの雑穀とうもありしゆゑうゑ死(じに)せしといふほどの事はなけれど
奥羽(あうう)とうの諸国にては米穀 一粒(  りう)もなければやむ事をえず牛馬の肉
はいふもさらなり犬猫までもくひつくすといへども遂に命をたもち
かねうゑ死せし者其かずあげく【てヵ】かぞへかたしとなん○又奧州の
中にてもきゝんの甚しき村々のもの共くふべき手あてのなきは家
内皆つれだちてこじきに出しが原(もと)より金銭のたくわへなければ途
中にてうゑ死(し)にせしもの夥(おびたゝ)しきことなれどもいづくの誰(たれ)といふとも
しれずたづねとうべき人々もなければつひには鳥けだものゝゑじき
となるこそぜひなけれ又家をさらずしてありしものゝ中は
うゑにたへかね自([み]つから)首(くび)をくゝり井戸川へ身をなげ親(おや)にわかれ

【右丁】
子をすてゝ死せしものこれまたおびたゝしなかにもあはれ
なるは乳(ち)のみ子のなきさけびて乳房(ちぶさ)をくはへれども母も食事に遠(とう)
ざかりし身なればちゝは露(つゆ)ばかりもいでず子はうゑにせまりてちぶ
さをくひきりまたは父の膝(ひざ)にくひつきて病犬(やまいぬ)【注】のどくにくるひしかば
せんかたなくひつや長もちの類におしいれ死するをまちてとり
すてしと也かゝるあはれにひきかへて若者どものうゑにせまり
しは常の心を変(へん)じ徒党(とたう)をなし村々の大家に押(お)しいり乱妨狼(らんばうらう)
藉(ぜき)いはんかたなくみだりに諸色をうばひとり甚しきに至りては
領主の城下 地頭(ぢとう)の居(ゐ)所までたせいにておしきたりおほごゑあげて
あばれ入 穀(こく)屋〳〵を始として物持の家くらとうをうちやぶり
昼夜(ちうや)の騒動(さうどう)たとへんに物なく其中には盗賊(とうぞく)もまじりしこと
なれば心うかりし世のさまなり里々町々だにかくあればまして
【左丁】
いはんや道はしにては辻切 追剥(おひはぎ)などありて旅(たび)人を殺し衣類
をはぎとり金銭をうばひしかば往来(ゆきゝ)の人々いかばかりのなん
ぎにかあらん大平無事の世中も飢渇(きかつ)にせまれば無法非道の人
情とかはり言語(ごんご)にたえしことどもなりさればこそ恒の産なき
ときは恒の心なしといひ又小人 窮(きう)すれば斯(こゝ)に濫(らん)すとは聖賢の至(しひ)
言(けん)にて実(け)にありがたき示(しめ)しとしるべし○右の如くなれば人々の生
涯に此きゝんのなんのあらんことをわするべからず毎日食にむかふとき
はつゝしみて食し美食(びしよく)菜好(さいこの)み抔(など)は深くもつゝしむべきことなり
銀鶏若年の頃萩原大麓先生の門にいりて素読(そどく)をうけしに或
時先生 美食(びしよく)菜好(さいこのみ)をいましむるの説(せつ)を友人何がしにとかれしを
おのれ側(かたはら)にありてきゝ侍りしがいともありがたきことなりと
心に深く感(かん)ぜしゆゑ夫より四十年来の今にいたるまで朝飯に

【注 「やまいいぬ」の意。病気の犬。】

【右丁】
魚類を食することなく膳にむかひて美食菜好をすることかつて
なし只おのれが質強(しつこはき)飯をこのむゆゑ時により和(やは)らかきめし
できる時はおもはず小言(こゞと)をいひちらすこと我ながら冥理(みやう )にそむ
きし事なりと心づき後悔(こうくわい)することたび〳〵なり○天明三年
凶作にてきゝんたりしこと天災地変(  さいちへん)といふべし其ゆゑは前年の寅の冬より
気候(きこう)いつもとはおほいに相違し冬甚あたゝかにて極月に菜種の花さ
き笋(たけのこ)を生し陽気春三月頃の如し時ならざるに雷雨たび〳〵ありし
こと前代 未聞(みもん)の天 災(さい)たりと人々おそれをのゝきけり扨其年もくれて
明れは卯の年となりぬ此春はなほあたゝかならんとおもひしに寒気は
なはだしく其上雨のふる日おほくして晴天はまれ也五月田植の時
に綿入をきて火にあたるほどなれは作物不熟たらんと察(さつ)し米穀の直
段諸国一同おほきに上れり此時信濃国浅間山焼出し人おほく死する上
【左丁】
にきゝんの大 変実(へんげ)にこれ古今 未曽有(みぞう)の地変(ちへん)とこそいふべけれ○浅間
焼の前より雨ふり出しながしけとなり晴天といふは一日もなくて毎
日〳〵しけぬれば作物成長することあたはず一切の野菜(やさい)の類もくされ
かじけ木のみ草(くさ)のみに及迄も熟せざりしかば秋の収納(しうなふ)はいかゞあらんと皆
々うれひて日をおくりしほどに二百十日になりしかば艮(うしとら)の風大におこりて
雨ふりやます六月の始より九月の末まで四ヶ月におよびけるこそうたて
けれこゝにいたりて諸作物のいろます〳〵かはりて米穀野菜のた
ぐひこと〴〵く不熟にして皆無(かいむ)同然(どうぜん)のこととはなりぬ爰(こゝ)におひて飢(うゑ)をし
のぐの手あてなければ蕨(わらび)の根 葛(くず)の根又は萆薢(ところ)の類をほりとりつゝ
扶食(ぶじき)とせり其求るありさまは山にのぼり谷に下り辛労たとへんに物
なく其 上(うへ)製(せい)しこなすこともたやすからず一日のかせぎにて一日の食に
あたりかねけるこそあはれなれかく千辛万苦して力を労すと

【右丁】
いへ共うゑをしのぐにたらざれは食物をからんとすれどもきゝんは
世間一同のことなればいづかたにても借(かす)人なし金銭とても不通用
たれば借貸(かりかし)の道こゝにたえて一粒一銭も不自由の世間となり人の命
実(まこと)にあやうくぞ見へたりける此時にあたりて諸国の御/領主(りやうしゆ)御/地頭(ぢとう)方
各領分の民をたやさゞらむがために穀(こく)止といへる作法をきびしく設(まうけ)
て他領へとては穀物をいださせられず只領分〳〵の売買(うりかひ)のみになり
しかば何ほど金銭を持ちし者とても他領よりしては穀物をかひとる
こと少しもならずたとへば隣村(となりむら)に親類縁者ありといへ共他の領分なれ
ば穀物のとりやりは少しもならず其不通用のほど此一条にても
知るべし扨御領主にては町方の穀屋共が貯(たくは)へたりしこくもつのありだか
をかねて御しらべありしに日をおひて減少(けんせう)すればおほくの人の命を
あやうくおぼしめされ売買に法をおんたてありて買人共多分
【左丁】
のこくもつを一度にかひとる事を禁(きん)じ又米 買人(かひゞ)として紛(まぎ)れ者の来(きた)ら
むためにとて其村々の名主役人より其買人の家内の人高を糺(たゞ)し分(ぶん)に
応(おう)じ升数(ますかず)をかきつけて切手にしたゝめそれを証拠(しようこ)として買とるべしと
の御下知なりされは其切手を穀屋共見/届(とゞ)けたる上にて穀もつをうり
あたゆる作法(さほう)となれりそれも買(かふ)者共一人分につき銭高三百文を
限りとすべしとの御定なりしかば金銭をおほくもちしものたり
とも此節のこくもつを多分に購(あがなひ)求る事はなかざりけりかくありし
かば買人ども村役人の切手を以て穀屋〳〵にくんじゆして毎日〳〵市の
如し其中には家内の年寄(としより)子供(こども)又は病人などのなんぎをつげ様々の
かなしみをいひたてし其ありさまのいたはしさあはれにたえざり
しときこえしこれは白川.三春.仙台.南部.津軽.会津.米沢.越後.下
野.常陸.すべて関東八ヶ国かくのごとしといへり此時諸国米穀の直段きゝ

【右丁】
及びし分荒増を記す左の通り
金壱分に付 奥州 三春 仙台 南部 津軽  米弐升八合
同     同  会津 出羽 米沢     同四升八合
同     水戸御領馬頭あたり       同四升五合
同     奥州 白川           同六升
同     越後              同七升
同     《割書:野州那須郡黒羽領同郡|大田原領同断》         同七升五合
同     同所及近辺           粟ひへ六升五合
同     同               つき麦九升八合
同     同               から麦壱斗四升
同     同               大豆壱斗弐升五合
同     同               小豆八升四合
【左丁】
銭百文に付                 生麩《割書:小麦の|かす》弐升八合
同八百文に付                ひへぬか壱俵
同拾六文以上                大根壱本
同五拾文以上                大根ひば壱連
 此外わらびの粉くずの粉木のみ草の実(み)および野菜の類凡食物にな
 るほどのものはうりかひありしかども略せり○金壱分に米弍升
 八合かへの所にては壱升に付代銀五匁三分五厘余にあたり又黒羽あ
 たり七升五合がへの所にては壱升に付銭百七拾文にあたれり後には弍百
 文余になれり此時銭相場金壱両に五貫弍百文がへなり《割書:以上農喩に出す|処を略文して》
 《割書:爰にしるすきゝんの事浅間やけの事くはしく記したる書なれは各もとめて見|□□【給ふ】べしこゝろえ【元ヵ】居て益になる書なり殊にわづか一冊の書物なるゆゑ價も》
 《割書:壱匁五六分にて|は購なふべし》
銀鶏いふ此直段付を見るに黒羽にては壱升百七拾文より弐百文までに

【虫損部は、東京大学総合図書館蔵本を参照し注記】

【右丁】
なりしとあり今天保四年癸巳の七月ごろより当十月迄の直段は百文
に付六合なれば一升百六十四文にあたれりしかあるときは天明のきゝんのせつ
黒羽□【辺】の相場に格外の相違もなければ人々よく〳〵つゝしみて壱文た
り共 無益(むやく)の銭をつひやすことをやめ少々づゝも貯へものを心がくるやう
に工夫すべし此こと昔よりいろ〳〵と世話やかれし人もあれども兎角
貯へのことを守るものなしそれといふもおのれをはじめ太平の御
代にうまれいで御恩沢(こおんたく)を蒙(かふむ)るありがたさ食にとぼしきほどの
くらしは誰かれもしたことなければ米はいつできるものやら麦はいつ頃
まくものやらそんなことは夢中にて飢饉(ききん)の事ははなしにきくのみ
にて昔はありて今はなきやうにおもふ人もあるべけれどきゝんは天
地の病にして人にとりては此上もなき大病なりされば今年豊作
なればとて来年凶作なるまじとはいふべからず爰において貯へものゝ
【左丁】
てあて大一肝要也末に精(くは)しくいだせり此貯へのことは田舎にてはさもある
べけれど江戸にてはできぬこと也といへる人あれど以の外の心えちがひと
いふべしいかにも麦.粟.ひえ゛大豆.小豆.の類を俵にてかこひおくことは田舎
にあらざればできぬことなるべけれどそは田舎にても俵にて沢山にかこひ
おくことは中以上の農家ならでは出来(でき)ぬこと也食物を貯へおきてきゝんの
備にせんにはさほどにむづかしきわけにはあらじ大家は大家小家は小家
にて身分相応にできる事なり先二三人 暮(くら)しのとぼしき家なら
ば一日に拾六文弐拾四文と法を立(たて)て其銭にて荒布(あらめ).ひじき.昆布.大豆.
小豆.するめ.麦.割(わり).のたぐひ何にても心におもひつきし虫にならざるやう
の食物をかんがへ日〴〵調へ貯ふるときはいつとなく自然にいろ〳〵なる
食類たまりて飢渇(きかつ)をしのぐの手あてとなるべしさはあれ人情(にんじやう)と
して鮥(まぐろ)の指身(さしみ)で酒を一合のみ鰻(うなぎ)の蒲焼(かばやき)で茶漬飯をくふをば何とも

【虫損部は、東京大学総合図書館蔵本を参照し注記】

【右丁】
おもふまじけれ共 僅(わづか)のあたひて荒布(あらめ)やひじきをかふをばむだのやう
に思ふやからもあらんがそれは昔の大 飢(き)きんのはなしもきかず其
書をも見ぬやからなれば左もあるべき事也享保十七年のきゝんには百
両の金をば首にかけて居(ゐ)ながらくひものなければ詮(せん)かたなくして途(と)
中にて飢死(うゑじに)せし人もあり又こゝろがけよきは毎年秋の末に里芋
をかりとる節 茎(くき)をば皆 干(ほし)あげて貯へ又きりすてし芋の葉を
ものこさずとりあつめおき青天に庭へひろげほしあげ家内中かゝり
てもみこなし其葉を紙袋にいれてしまひしをところの人々袖ひ
きおふて笑ひしが其翌年大きゝんにて人々 飢(うゑ)をしのぎかねしに
此農家ばかりは右の芋の葉へ雑穀とうをまぜて食せしゆゑきゝん
の大患(だんくわん)をものがれ其上笑ひし人々の家へも此芋の葉をおくりければ
皆手を合してをがみしとなり同じ人のうちにもこゝろがけよきはか
【左丁】
くの如し今さしみで酒をのみうなぎでめしをくひたればとて
一日の飢(うゑ)をしのぐたしにもならず只わずかの中の口中を喜(よろこば)す迄の
ことにしてそれは常のことなり今 非常(ひぜう)のときにあたり米穀(へいこく)高直な
るを知りながら其こゝろえをせぬは冥理(みやうり)を知らぬといふもの也何ほどの
豪傑(がうけつ)勇士(ゆうし)たりとも食類なきときは一日もかなはず韓信は漂母がにぎ
りめしに飢をしのぎて命をつなぎ最明寺(さいみやうじ)は常世(つねよ)が粟めしに空腹(すきはら)の
難(なん)をのがれしときけり僅一 飯(はん)を乞ふて命をもすてんといへる人さへ
あるに其命をつなぐ手あてのできぬといふはおのれ〳〵のこゝろがけ
のあしきゆゑなり相応(さうおう)にたちまはる家にては一日に百や弐百の銭はむ
えきのことにもつかへり其 無益(むえき)をはぶき其 價(あたひ)にて何にても貯へおきなば
たとひ大きゝんにあふとも飢死(うゑじに)するほどのことにはあるまじ又いろ〳〵貯
へおきて其うれひなく年々豊作うちつゞかば此上もなき幸ひ其

【右丁】
 節はまづきものをくふ迄のことにて少しも損毛(そんまふ)にかゝはりたることは
 なし迚(とて)も豊年にも貯へものを心がけ非常のときの備へにせんとする
 ことこそ一ㇳ通りの暮しにては出来ねど今眼前米直段高きを
 しりつゝ其かてになるべき品を貯へざるは一向に心を用ひぬといふもの也
 一日に豆壱合つゝ貯へても一ヶ月には三升一年には三斗六升なり豆壱
 合の直段拾弐文と見て一ヶ月に三百七拾弐文なり何ほどとぼしき
 くらしにても一日に拾弐文つゝのたくはへのできぬことはあるまじ
 ければよく〳〵工夫して飢(うゑ)をたすくる品をこゝろがくべきことなり
○助気延命丸(じよきゑんめいくわん)《割書:家|方》此くすりは余が先祖 隠軒(いんけん)の製する処にしてこ
 れ迄人の危急(ききふ)を救(すく)ひしこと其かずあげてかぞへがたし効能の経験末に
 精(くは)しく記しぬれば用ひ見て其 霊薬(れうやく)たるを知るべし隠軒(いんけん)は元禄十七
 年甲申の正月廿五日卒す今天保四年をさること百三十年の昔也医
【左丁】
 を業(げふ)とすること余に至りて七世 豚児(せがれ)時習(ときかつ)にいたる迄八世 往々(わう  )人の知る処也
  崴甤(ゐずゐ)大棗(たいさう)《割書:各四|銭》茯苓(ぶくりやう)《割書:六銭|》参葉(じんえふ)《割書:十五銭|》 右四味製法口伝たりと
 いへども世のため人のためなれば精(くはし)くしるす先参葉十五匁へ水壱升入弐
 合にせんじつめかすをさり其中へ崴甤.大棗.茯苓.の三味を極末にして
 入れ又別に大麦二合 黒胡麻(くろごま)壱合をいりあげ細末となしよきほどに
 いれてこねること世俗団子を製するに同し此麦と黒胡麻には分量なし
 いかにもかたくこねあげて其中へ米の粉を糊(のり)に煎(に)てほどよくいれよく
 〳〵煉(ね)りて無槵子(むくろじ)のおほいさに丸しそれを押つぶして碁石の如くし
 て日にほしかはきたるときとりあげて貯ふべし
 銀雞云此延命丸の原方(げんはう)は朝鮮人参(てうせん    )の入たる方なれ共朝鮮参は價(あたひ)高
 料にしてなか〳〵施薬(せやく)には用ひがたしよりて安永年中に余が祖父玄宿参
 葉にかへて用ふることを工夫して家に貯へ多くの人にほとこし旅薬と名

【右丁】
づけて施薬(せやく)せりさはあれ其頃は山坂野原にかゝりて水なき節または
息切(いききれ)などの危急(ききう)を救ふを専とせり空腹(くうふく)の飢(うゑ)をしのぐの経験(けいけん)は天明
年中の飢饉(きゝん)のせつに人を救ひしこと百を以てかぞふときけり○因にいふ
朝鮮人参の種を日本へ植はじめしは余が友 阿部櫟斎(    れきさい)の先祖将翁とい
へる人延享元年九月朝鮮人参のみ百五十五粒を 官(くわん)より給はり神田
紺屋町の御預り地へうゑつけ其後諸国へうゑ弘めたりされば延享より前
吾邦朝鮮種の人参あることなし延享元年は天保四年をさること九十
年の昔也○延命丸効能第一此薬は遠路をするとき懐中し山坂に
かゝりて息切れしまたは人里とほき野原にて咽(のと)かはき湯水ほしき
せつ此薬を一ッ口中に含(ふく)みて歩行するときは自口中に津液(しんえき)を生し
て湯水をもとむるのうれひなし薬はうるほひたるときにのみくだすべし
○人家なき路にて空腹(くうふく)にたへかねたるときは二粒ほどのむべししば
【左丁】
らくは空腹【「スキハラ」左ルビ】のなんをしのぐ○留飲(りういん).食積(しよくしやく).心下痞満.の人日に二粒づゝ用ふる時
はおのづから病根ゆるまる○虫症にて黄水を吐し又は腹痛を発するを
治○噯気(あいき)【「ムカ〳〵」左ルビ】呑酸(どんさん)【「オクビ」左ルビ】嘈囃(さうざつ)【「ムネヤケル」左ルビ】によし○虚弱の人 遺精(いせい)する○熱病後食すゝ
まざる○小便不通を患る○大便微利する○面うそばれ手足むくむ
○常に口中潤ひなくかはく○産後脱血してめまひする○虚弱の感【「カゼ」左ルビ】
冒【「ヒキ」左ルビ】熱発しかねる○ 痳病年をへていえず痛甚しき○寒気にあたり
大腹痛する○金瘡発熱する○霍乱吐下の後腹内微痛する○右あ
ぐるところの諸症に三【一二ヵ】粒づゝさゆにて用ふべし速に治する症まゝあるべし
さはあれこれらの病ひは此薬の外にも治する薬方いくらもあるへければ
今さら爰(こゝ)にいだすにおよばねど只此方の奇なることは飢(うゑ)をたすくるの手
当になることたび〳〵経験する処なれば万一 米穀(べいこく)高直にて飢饉(ききん)の憂(うれひ)も
あらんときは速に此薬を製方(せいほう)して貯(たくは)へおき食のたすけとなし

【右丁】
人をも救(すく)ひおのれも用ふべし格別(かくべつ)荒仕事(あらしごと)をせぬ人は昼(ひる)めしのかはり
に此丸薬を二粒ほど用ひて見べし半日位のうゑをしのぐことは
心安きこと也常に旅行する人などは未明に一粒用ひていづる時は朝
めしを食せずともしばらくは腹へらぬことうたがひなし然れ共
これは畢竟(ひつきやう)飢饉(ききん)のせつの非常(ひじやう)の手当(てあて)なれば五穀(ここく)豊作(ほうさく)にて万(ばん)
民(みん)ゆたかなる御代にわざ〳〵此方を製するにはおよばす今年(ことし)天保
四年七月上旬頃より米穀しだい〳〵にあがり此九月下旬には白米両
に四斗より四斗四升の價(あたひ)ときけり都下の諸人おほいに難渋に見
えければ 公(おほやけ)より御救ひ米をくだしおかれ窮民(きうみん)をすくはせ
給ふありがたさ申も中〳〵恐れありさればをのれが如きやからも
国恩(こくおん)を報ずるのひとつと心づきしゆゑ家伝の方を記して人の
たすけとはなしぬ天明三年の飢饉(ききん)に此方を製(せい)しておほくの
【左丁】
人を救(すく)ひしよしおのれが祖母(そぼ)なるものゝ噺(はなし)にたび〳〵きけりおのれ
此方を試(こゝろ)みしは文化四年八月十九日永代橋おちて人おほく死(し)せし
ときおのれがのがれがたきもの其日に深川八幡の祭禮(さいれい)見にゆきし
ことゆゑいかゞあらんと案事わずらひければ懇意(こんい)の者三人たのみてうち
つれ是をはかりに永代迄かけつけけるに橋は深川のかたへよりたる処お
ちければ死骸(しがい)はこと〴〵く向の岸(きし)へあげてあるよしにて小網町のかた
よりゆきてはかなはずよつて大橋へ廻りけるにおびたゝしき人なれば棒(ぼう)
つきいでゝ橋をとほさず其内に渡し舟いでしがいとこみ合しこと
ゆゑやむことをえず両国橋へまはり漸(やうやく)にして永代向へゆきて見るに
おびたゝしき死骸(しがい)目(め)もあてられぬありさまなりひとり〳〵に見る
に心あたりの者はなければ少しく安心して其処をいでけるがいかにせん
おの〳〵空腹(くうふく)になりて歩行もたへがたけれど家をいづるときいと

【右丁】
あはてゝかけ出(いだ)しければ小遣銭(こつかひぜに)の手あてもなくいかゞはせんと皆々かほ
を見合(みあはせ)しがふと此薬の懐中にあるをおもひいだし四人して二ッ三ッづゝ
用ひながら歩(あゆ)みける其内くさ〴〵のはなしに時をうつしおもはずも
夜九ッごろに宿(やど)へかへりぬるが途中(とちゆう)にて腹へりたるも今は格別のことにも
あらずして各ふしどにいりてうちふしぬ此ころはおのれ杉浦請馬
先生の塾にありて駿河台(するがだい)鈴木町にぞ居(をり)ける翌日(よく  )めさめてみな〳〵いへる
はさても夕のくすりは実(まこと)に奇薬也よほど空腹(くうふく)にて苦(くる)しかりけるがあの
くすりを服してより何となく気力いでしこゝちにて腹へりたるをもわ
すれし也とて各其 霊薬(れいやく)なるを感心せり是はこれ文化四年八月廿日
のことにしておのれ廿一歳のときなり天保四年を去ること廿七年前也
これよりして此くすりの飢(うゑ)をたすくることを深(ふか)くえとくし遠(ゑん)
路(ろ)へゆく人または常に旅行する人などにあたへて試(こゝろ)むるにいかにもその
【左丁】
しるしあるよしおひ〳〵きゝ及べりさはあれ太平(たいへい)の御代(みよ)のありがた
さは豊作(ほうさく)年々うちつゞきて民のかまどはにぎはひければ薬力をかり
て飢(うゑ)を凌(しの)ぐのうれひはなし今年(ことし)たま〳〵米穀(べいこく)高直なるはいはゆる
天地のわづらひにして人にとりては大病なればいかにも身をつゝしみおごり
をはぶきておのれ〳〵が職分(しよくぶん)を大切に守り出精すべきことなり常に美(び)
食にふける人などは速に心をあらため麁食(そしよく)を用ふべきこと也中以上のく
らしの人は米穀少々あがりしぐらひは何共おもふまじけれどそれにて
は天の道にたがひて行末(ゆくすゑ)ならずあしかるべしおのれがえゝうの食をも
とむるのあまりあらば夫にて困民(こんみん)を救はゞいかばかりの陰徳(いんとく)ならんかお
のれが知れる人に相応に文字もよめていと怜悧(れいり)なる人なるが殊の
外に美食をこのみ朝めしより菜好(さいこのみ)をして年中くふことのみ苦(くる)
しむ人あり酒は一滴(  てき)ものまずなりにもふりにもかまはず家もかなり

【右丁】
の住居(すまゐ)なれどたゝみが切れても平気にて表(おもて)がへをなさんといふこゝろ
もつかず只々くひさへすればよしと見えて茶の口とりにも煉羊(ねりよう)
羮を調へおき日には三四本づゝも食するよし一日用事ありておのれ
が家に来たりしとき折節心ざしのことありて家内うちより牡丹餅(ぼたもち)
をこしらへてゐけるゆゑ己(おのれ)さしづして菓子盆に四ッ五ッのせていだ
させけるにちよつとみたばかりにてくはず噺(はなし)も用談(ようだん)の事にて思ひの
外手間どり夕かたにもなりける故 八盃(はちはい)豆腐に香(かう)のものをつけ出(いだ)し
幸ひ貰(もら)ひし鮑(あわび)のありけるゆゑそれをもそへて膳(ぜん)をすゑけるが飯は一膳(いちせん)のみ
にて平も香(かう)の物も手をつけずして鮑(あわひ)のみくひしまへりかへりてのちお
のれつく〴〵おもひけるはさて〳〵方外なるものゝくひやうかな此人 生涯(しやうがい)
を全(まつた)ふすることおぼつかなしとこゝろのうちにおもひしがあんにた
がはずそれより二年すぎて遂(つひ)に美(び)食のために身上をくひつぶ□【し】
【左丁】
家内もちり〴〵になり其身は裏店(うらだな)へはひりあはれなる暮しをして
居たりしが其冬より脚気種(かつけしゆ)を煩(わづら)ひ翌春(よくはる)二月の末に衝心(しよう )して空(むな)しく
なりたりこれらは食毒のために命(いのち)を失(うしな)ひ美(び)食のために家をほろぼ
せり頑につゝしむべきはおごりの所にて保元(はうげん)に春の花とさかへし平家も
寿永(じゆゑい)に秋の木(こ)の葉と散(ちり)りはつるも皆これおごるものは久しからざるた
めしなればたとへいさゝかなる食物たりとも美食のために金銭をつひ
やすことはよく〳〵たしなむべきことなりさて此丸薬 壱剤(いちざい)を製(せい)するには何程
も物のいらぬことなればこゝろざしある人は製しおきて人にもあたへて其効
のうをしめすべし壱剤にては粒数(りうすう)もよほど出来(でき)れは貯へおきて急用に
備ふること陰徳(いんとく)の所にして万民を救ふの一助ならずや
    ○食を減じて腹へらぬこころえ
この後にももし米穀(べいこく)高直(かふじき)にて飢饉(きゝん)なりし時あらば.あらしごとをせぬ

【虫損部は東京大学総合図書館蔵本を参照し注記】

【右丁】
人.家内をはたらく位の商売か.又は隠居(いんきよ)ひま人などは.朝めしを一ぜん食し.
昼めしを二ぜん.夜食を三ぜん.ときめて食すべしかくするときは一日の食
六ぜんにて.命をつなぐには十分の手あて也其間に糟団子を三ッ四ッづゝ茶
うけに用ふべし又うまれ虚弱なる人か式【或の誤記ヵ】は老人などへ団子のかはりに延
命丸を壱粒づゝ一日に三度用ふるときは脾胃(ひゐ)を補ひ気血を壮にし両便
の通じをよくする効あれば飢をたすくるのみならずおほいに其益あり
としるべし○平日の食量一度に三ぜんと見て.三度にて九ぜんなり.これを
三ばい減するときは十日にて三十ぱい.三十日には九十盃.となる九十ぱいの米は
ざつと見て三升也.十人ぐらしの家にては一ヶ月に三斗くひのばせり.中以下の者
は別段に米の延しやうもなく.又たとひ米ありとてかひおくといふほどには手
のまはらぬものなれば此仕法を守るにしくことなし.おのれが知れる人にきゝんの
せつのよういといふにもあらねど.常に壱升の米をとぐときには.ひと□【つ】
【左丁】
かみづゝつかみて.それを樽(たる)のうちへうちこみ.弐升のときはふたつかみと升の
かずによりて日〳〵にかくせし人あり六ヶ月めにはこれを払(はら)ひて其代にて年
中の勝手道具を調ひなどするにおほかたはこれにて事 足(た)れりとはなしゝ
人ありしがいかにも冥理をしりし心がけにて感心せる事にあらずや殊に
其仕法を考るに壱升のうちひとつかみの米をとりたらんには食量
のさまたげにもなるまじければいかにもおもしろき工夫なり人々こゝろがくべき事なり
    ○白水(しろみづ)より葛(くず)をとる法
常(つね)のやうに米をとぎて一番とぎ二番とぎをよく〳〵念(ねん)をいれてとぎ.その
白水を桶(おけ)へいれて一日おけば桶の底(そこ)へ糊(のり)の如きものかたまる.其ときうは水を
こぼし.笊(ざる)のうちへみのがみか西の内をしき.其上へあけておけば自然と水は
こけて.糊の如きものゝこる.それを日に出して干(ほし)かたむるときは葛となる.しかれ
ども風味は少し酢(す)いきみありて悪甘(わるあま)し.大抵三升よりは壱合余もとれる.□【尤】

【虫損部は東京大学総合図書館蔵本を参照し注記】

【右丁】
ほしかためたるを粉にしたる升目也.日に三升 炊(た)く家にては一ヶ月に三升ほどとれる
此粉を貯へおきて用ひやういろ〳〵あり末にいたず.迚もきゝんの節のこゝろがけ
なればどのやうにしても美味なるものにあらねど松の皮を食し藤の若葉(わかば)を
食するよりは遥(はるか)にくひよきのみならす胃(ゐ)にいりて消化もよく人命をつなぐの
第一なり人々こゝろがけたくはへおくべきことなり
    ○糟団子(ぬかだんこ)の製法【注】
糟【注】弐合へ白水 葛(くず)壱合小米の粉壱合三品合して極細末となし.湯にてこね
常の如くにまるめ.ふかして食する也.甚くひにくきものなれどもきゝんとな
りてはせひなきこと也又此団子を.こしらへたてに平たくして干(ほし)かため.焼(や)き
て食するときは中々香ばしくしてくひよく出来(でき)たてよりは甚たまされり
これまたこゝろがけおくべし
    ○同 糟湯(ぬかゆ)の製法【注】
【左丁】
小米をとりたる小ぬかを狐(きつね)いろになる迄いりあげ木綿(もめん)の袋にいれて土瓶(どびん)に
て煎(せん)じ湯茶(ゆちや)の代りに用ふべし麦湯(むぎゆ)よりはかへつて香(にほ)ひよく至極よきもの
也これ又うゑをたすくるの手あてにして大(おほ)いに人身に益(えき)ありたとへいつたんの
うゑを凌(しの)げばとてからだに毒(どく)なるものを食してはくはぬにはおとれりされば
きゝんのせつはいかなるものを食しなばよからんと常に工夫をめぐらさば何か
よき品もありぬべし足元(あしもと)から鳥の立(たち)たる了簡にてはきゝんにかぎらずなに
事にてもまごつくこととこゝろえべし
    ○大根飯(だいこめし)のたきやう
大根(だいこん)を千六本に切(き)りざつとゆであげ飯(めし)の水のひけぎはへちらすべし水
かげんは常の如くにてよし人により大根を釜底(かまそこ)へしく人あれ共こげつきて
風味わろく惣じて干葉(ひば)芋飯(いもめし)の類(たぐ)ひもうへにおきたるがよしされ共田舎にて
たくいもめしは芋をゆでずにたく事ゆゑ釜そこへしかざればにえとほ

【注 「糟(かす)」は「糠(ぬか)」の誤記ヵ 「糟糠」から勘違いか】
【虫損部は東京大学総合図書館蔵本を参照し注記】

【右丁】
らず干葉(ひば)めしは割麦(わりむぎ)壱升の中へ大根干葉きざみたるを三合ばかりも
いれてよし同じく上にちらすべしいづれも水のうちよりしほをいれて
たくべし跡にてしほをふるは風味よろしかがず【注】としるべし
    ○小米餅(ここめもち)の製しかた
小米の砂をえりてよく〳〵とぎ日にほして臼(うす)にてひき粉となし煎湯(にえゆ)
にてこね.蒸篭(せいろう)にてふかし.のしもちの如くにして一夜おきて切(きり)餅のやう
にきり.沢山ならば酒樽のあきたるを調(とゝの)へ.上の方へ手の自由(じゆふ)に出入するた
けの穴(あな)をあけ.それよりいれてたくはへおけばしばらくはかびず餅を
だしたるあとをいち〳〵ふたをせざれば風入りて直(ぢき)にかびるなればよく〳〵
心づくべし.暮の餅も此(この)如にしておけば三月頃迄は一向に殕(かび)ることなし
    ○雪醤油(ゆきしやうゆ)の製法
雪水弐升のうちへ胡蘿蔔(にんじん)拾本 木口切(こ  )にし荒布(あらめ)十五匁 黒豆(くろまめ)壱合 塩(しほ)
【左丁】
五合右四品 入(い)れて壱升にせんじ糟(かす)をさりさめたる処を徳利(とつくり)へいれて貯(たくは)ふ
これ飢(き)きんにて醤油なき節のこゝろがけなれば原(もと)より美味(びみ)にはあらねど
此法松露菴雨汁といへる誹諧師(はい    )の伝なり雪のなきときは新汲水(くみたてのみつ)にてよし
    ○甘藷粥(さつまいもかゆ)の炊(たき)やう
さつま芋を輪(わ)ぎりにしてよく〳〵ゆで煎(に)えたるときつきつぶし其中へ
米をいれて粥(かゆ)とするなり世俗する処を見るに《振り仮名:さいの目|════════》にきりまたは
輪切(════)のまゝにてたくゆゑ芋と米とべつ〳〵になりて.甚くひにくし此法
の如くするときはいもの甘味米に合して風味至てよし然れ共 甘藷(さつまいも)の
質(しつ)は至て粘稠(ねんちう)【「ねばり」左ルビ】にして里芋(さといも).薯蕷(やまのいも).番南瓜(たうなす).土芋(かしう)などゝ同物なれば人
身に益(えき)ある品にはあらざれ共今米にかてゝ食するはやむことをえざれば
也 左(さ)はあれ本草(ほんざう)には甘 平(へい)無毒(むどく)とありて米穀にかへて用ひ又海中の
人 寿(ことふき)おほきは五穀(ごこく)を食せずこれをくらふがゆゑ也とはあれどねばり

【注 「よろしかがず」「よろしからず」の誤記ヵ】
【虫損部は東京大学総合図書館 国文学研究資料館の『日ごとの心得』https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/en/assets/cf970409-291b-850e-5155-4c0591391105#?pos=24 を参照】

【右丁】
つよきものは惣じて人身に害(がい)あること少からす既に上州 辺(へん)に癩病(らい  ).中気(ちゆうき).
脚気(かつけ).麻痺(まひ).等の病ひのおほきは全(まつた)く芋(いも)を常食するがゆゑ也とさる大医
の説なるがいとおもしろき考なり.今江戸にて子供に.さつまいもを
たえずくはするは甚よろしからず.ことを解(げ)さゞるにいたりては.これは子供
には虫のくすりなどいひて.少し不食するか風ひきたるにもそばから
すゝめてくはするやうなるは《振り仮名:苦々|にが〳〵》しきこと也.子供を丈夫にそだてんとお
もはゞ.何にても芋類(いもるゐ)を一切あたへず.砂糖のいりたるあまみつよき菓子
を深く禁じて八九歳迄こゝろづくるときは疳疾のうれひなく.大丈夫に成長
するとこゝろえべし.これ親たるものゝ子をはごくむ第一のこゝろえなり○里
いも.山のいも.かしり.とうなす.いづれも其効のうを記せる書あまた
あれども.みな益(えき)なき品也.常食とはすべからず飢きんにはぜひなき
こと■【とヵ】思ふべし
【左丁】
    ○年中貯へおきて飢(き)きんの節 憂(うれ)ひをたすくべき食物 予(あらかじめ)をしるす
蘿蔔(だいこん) 切ぼしとなしてたくはへおくべし平日は干物屋にあれ共きゝんのとき
 は誰しもこゝろがくるゆゑすべてのものなしとしるべし夏になれば色赤くなり
 臭気(くさみ)つく故天気には度々ほしてかこひおくべし[主治]胸をすかし咳をや
 め痰をさり気を下し二便を利する常に食して大に効あり
蕪菁(かぶら) これも同じく切干となし又 菜(な)はひばとなしてたくはふべし
 田舎にては菜干葉(なひば)とて蕪(かぶ)の菜(な)をほすなり大根ひばよりはその味ひ好(よ)し
 [主治]食を消し熱をさり消渇を治し脾胃(ひゐ)を健(すこやか)にす
蕨(わらひ)  根を切てきり口へ灰(はい)をつけて一把づゝしかとたばねひばをほ
 すやうに軒下(のき  )へかけてほしおくべし食せんとするときはゆでゝつかふに其
 味ひ生(なま)におとらず少(すこし)こはし
茄子(なすび) 皮をむきてこぐちより三分位のあつさにきり日あたりにいだして

【[ ]は矩形で囲む】
【虫損部は東京大学総合図書館蔵本を参照し注記】

【右丁】
 ほすべし用ふるときはざつとゆでゝつかふ汁の実.松もどき.煎染(にしめ).とうにして
 よし上州辺にては年毎にかくする所あり[主治]瘀血(ふるち)を散(さん)じ痛を治
 し腫を消し腸(てう)を寛(ゆるふ)す
甘藷(さつまいも) こぐち切にし日にほしてたくはふるときは幾年も虫つかずし
 かれ共をり〳〵ほすにしくことなしほし芋は生(なま)より粘稠(ねんてう)【「ネバル」左ルビ】の気うすくし
 て害(がい)なし[主治]気力を益(ま)し脾胃(ひゐ)を健(すこやか)にすしかれ共多く食すれば害あり
黄独(かしういも) これも上に同じくこぐち切にし日にほしたくはふべし用ふるとき
 ゆでゝ粥(かゆ)にいれてよし[主治]諸の薬毒(やくどく)を解(げ)し熱嗽をさる
羊栖菜(ひじき) 一種(いつしゆ)長ひじきといふありたくはへおくにはやはり干物屋にある
 常の鹿茸草(ひじき)のかたよしこれもをり〳〵日あたりに出して干すべしあら
 めよりは質(しつ)腐敗(くされ)やすし[主治]食をすゝめ胃(ゐ)を健にす
挨辣迷(あらめ) 生(しやう)にてたくはへおき用ふべし干物屋にあるきざみ荒布(あらめ)は製
【左丁】
 よろしからず[主治]婦人諸疾.及血症.水を利し.痰種を消す.
裙帯菜(わかめ) 加賀よりいづるを上品とすしかれ共 稀(まれ)也干物屋にびしやもん
 和布(わかめ)と称するものをとゝのへたくはふべしひじきよりは又くされ早し度々
 日にほし常に火辺におくべし[主治]婦人 赤白帯下(ながち).男子 遺精(いせい).虚弱なるによし
昆布(こぶ) 白こぶのかたよしこは大坂には多かれど江戸にはまれなれば矢張(やはり)葉(は)
 昆布(こぶ)を貯ふべし松前よりいづるを上品とすえがたければやむことをえずき
 ざみ昆布をとゝのへおくべし[主治]積聚を治し.水腫を消し.口中の
 ふき出ものを治す
海藻(ほんだはら) 暮(くれ)の市より初春へかけて調へおくべし用ふるには三盃酢にて食
 すべし風味よき物也夏日たび〳〵ほさゞれは虫いづる[主治] 癭瘤(こぶ)結核(けつかく)
 を治す余が家の伝来に瘰癧(るいれき)を治するに奇方あり左に記す
 海藻《割書:大|》 忍冬 荊芥 川芎 仙屈菜【「みそはぎ」左ルビ】《割書:各|中》 大黄 営実《割書:各|小》 甘艸《割書:少|》

【右丁】
 右八味水二合入れ一合にせんじ用ふ其効更奇なり
乾苔(あをのり) 極月より春の月【内ヵ】に求めざれば品すくなし上品下品とあれど
 もたくはへおくには下品にてよし壺のうちへいれておかざれは香ひ散じて
 風味わろし貯ふるにはあぶりてばさ〳〵になりたるをよしとす浅草苔(    のり)
 も同じ惣じて物をたくはふるに泡盛壺(あわもりつぼ)へいれおくべし小ぶりなるは弐三
 匁にてはとゝなふべければ至て利かたなるもの也豆.赤小豆.麦.または干物
 るゐ.かきもち.とうを入おくに虫いづることなし土の性 緻密(こまか)にして湿気(しつけ)
 をうけざるがゆゑなり[主治]渇をやめ湿毒を解す松岡玄達の説に
 痔痛を患ふる者これを食して其痛み速にさるといへり
乾章魚(ひだこ) おほぶりなるを求め用ふるとき水にひたしゆでゝつかふ風味
 至てよきもの也[主治]血を養(やしな)ひ気を益(ま)し筋(すじ)を強ふし骨(ほね)を
 壮(さかん)にし痔漏.脱肛.を療す
【左丁】
螟脯乾(するめ) 種類おほしいづれにてもたくはへおくべし[主治]気(き)を益(ま)
 し志を強ふし月経を通ず○ 銀雞いふ余が家に水虫(みつむし)を治する奇
 方あり其方 鯣(するめ)苦参(くじん)右二味を煎じて洗へば速に治ること奇々妙々也
此外五穀の類ひはいふにおよばす五穀とは稲(いね).黍(きび).稷(もちきび)【注】.麦.菽(まめ).なり又一説に禾(いね)
麻(あさ).粟(あわ).麦(むき).豆.ともいへり○小麦(こむき).蕎麦(そば).赤小豆(あづき).豇豆(さゝげ).緑豆(やえなり).豌豆(ゑんどう).刀豆(なたまめ)そら豆.
いんげん豆.むかご.氷ごんにやく.かんへう.椎茸.銀杏(ぎんなん).かやかちぐり.椎の実.串柿(くしがき)
胡桃(くるみ).黄菊.干鰒(くしこ).青魚(にしん).ごまめ.田にし.赤にし.ばひ.貝の柱.惣じて貝るゐは
ほして貯ふべし又田舎にては《振り仮名:常山の葉|くさぎ  は》.《振り仮名:芋の茎|いも  くき》并に葉(は).杉菜.萱草(くわん ).《振り仮名:藜の葉|あかざ   》.
繁縷(はこべ).莧(ひゆ).鼠麹草(はゝこぐさ).萆薢(ところ).藤の若葉.五加葉(うこぎ).枸杞の葉.《振り仮名:皂莢の芽|さいかちのめ》.おほばこ
の葉.《振り仮名:天師の実|とち み》.菱(ひし).《振り仮名:蘇鉄の実|そてつ  み》.《割書:一説に一日に二ッ食すれば|うゑをしのぐといへり》《振り仮名:蕨の葉|わらび   》.薏苡仁(ずゝたま).《割書:皮のまゝたく|はふべし米》
《割書:の代り|となる》 猶この外にも飢(うゑ)をしのぐ品まゝあるべければ心掛(  がけ)貯へおくべきこと也
葉の類はゆでゝ日にほしたくはふべし


【注 「稷(もちきび)」の振り仮名は「うるちきび」の誤。「もちきび」は「黍」】

【右丁】
    合食禁(くひあはせをきんず)
蕎麦(そば)に西瓜(すいくわ)    鯉魚(こひ)に赤小豆(あづき)     金(きん)柑にさつま芋
田(た)にしに番桝(とうがらし)   鰻(うなぎ)に梅酢       甜瓜(まくはうり)にいもるゐ
緑豆(やえなり)に榧(かや)     あま酒をのみて湯に入る そばを食して湯に入る
辰砂にさつまいも  泥鰌(とぜう)にいも類     番南瓜(とうなす)にどぜう
銀雞文政の末上毛へ遊歴せしとき。或 農家(のうか)にてとうなすとどぜうを汁(しる)
にてたきたるを食して。一夜のうちに渾身(からだ)へ斑(はん)を発(はつ)し髪(かみ)の毛こと〳〵くぬけたる人を
みたり深くつゝしむべきことなり。どぜうにかぎらずすべてとうなすには魚類よろしからず。
さればこそ江戸にてもとうなすと魚をひとつににたることなきにて知るべし。これ天の
自然にしからしむる処也。いつたいとうなすといふものは粘稠(ねんてう)の甚しきものにて人身
には害ある品也。芸州にては唐(とう)なすをつくるをかたく禁じ給ふよし。文政八九年
の頃鉄【銕は古字】砲町に住居せし。中川為仁翁のはなし也。

【左丁】
     解毒方(どくにあたりたるを治する)
○解魚毒方(うをのどくを治する)         山査子 白砂糖 右二味等分煎服
○茸(きのこ)にあたりたるには    黒豆を煎じて用ふべし速に治する
○河豚(ふぐ)にあたりたるには   白砂糖八匁を湯にて用ひて妙也
○犬にかまれたるには     黒砂糖をつけてよし又糞汁も妙也
○魚の骨咽にたちたるには   益智一味末となし管を以ふきいるゝ
○蕎麦(そば)にあたりたるには   杏仁一味を煎じ用ふ
○蟹(かに)えびにあたりたるには  紫蘇一味煎じ用ふべし
○漆にかせたるには      山桝の葉をもみて其汁をつける
○眼に塵(ちり)の入たるには    たらひに水を入れ目をひたし洗ふべし
○鼠にかまれたるには     陳皮一味水煎して用ふべし
○毒虫のかみたるには     雄黄一味すりぬるべし

【右丁】
○酒にあたりたるは         葛花《割書:一㦮》大黄 甘草《割書:各五|分》右煎用
○諸の毒にあたりからだかゆきには  牛膝一味煎用すべし速に治す
○泡盛にあたりたるには       総身へなま豆腐をぬる尤妙なり
○湯火傷(やけど)を治するには        黒砂糖《割書:一匁》辰砂《割書:一分》右二味患所にぬる
○温飩にあたりたるには       梅干をかみて妙なり
○油の類にあたりたるは       九年母の皮を煎じ用ひて妙なり
○餅咽につまりたるには       酢一味をのむべし速に下る
○百虫耳にいりたるには       生蜜すこし耳中にさすべし
○蝮蛇(まむし)にかまれたるには      白芷一味末となしてぬるべし
○蜂にさゝれたるには        芋葉つきたゞらかしてぬるべし痛去
○馬にかまれたるには        金星草(ひとつば)一味末となしつけて妙なり
○蜈蚣(むかで)にさゝれたるには      鶏糞一味をつけて妙なり
【左丁】
此出来とひとすしみする
    稲穂かな  筑波国
豊年になれと積るや江戸の雪
        《割書:甲斐|》 ■国ける【樹之国才馬ヵ】
豊なる年のしるしと
  み雪ふるたつらの里の
   にきはひそする
         掃朝亭
五風物【将ヵ】十雨事【年ヵ】穀荐穠々
此際多■【娯ヵ】楽研田■■■【沼罨のヵ】  ■■【庸彦ヵ】

【裏表紙】
日の恩や伏稲は
 皆穂の重哉

産婦元気

さん婦げんき  石山人 著全

天明六年午年印行
 さん婦げんき 全五丁
      石山人作
【左頁上段】
ねん〳〵さい〳〵相か■■す八百よろつの
神〳〵たち九月丗日にほつそくして
いつもの大やしろへ神あつめに
あつまり給ひ神はかり
にはかり給ふはゑんむす
ひの事にして
しれし御事
なり扨かみ〳〵
たちもいまは
御■んやく
にてめい〳〵に
さかきのかみを
もちきたり
 ゑんむすひの
 かみに
 もちい
   給ふ

 おはなは半七
  おしゆんは
    伝兵へと
   むすぶか
    よろしふ

【左頁中段】
こより寄ふと
やくそく
 あれは

【左頁下段】
天神さまは
てがよいと
いつてか

 し給ふ

【右頁上段】
あるか中に■■■おは■はことし四十
九になりけるか三庄大夫といふひけお
やちか所へゑんをむすひつけ給へは
吉日をゑらみゆひのふかすむと
ぢきによめ入のしたく
三庄大夫はかくしや
くとしていつ
かなわかいもの
はそつちの
けてはな
むこのきとり
になつてくろ
あふらをつけて
しらかをかくしせい
たいをぬつてはけあたま
をかくすとはほんにあきれはてると
女とものひやうばん
けふこんれのさかつき事かすみ七つ
めのさとひらき■おめてたい事か
かさなつてはやその
つきとりおなかゝほ
てれんとなり茶の
みともたちのなかま
はずれとうき
なたちいま
時のちいさま
とと袋にゆ
たんかならぬと
はいつのむかしの
たとへやらほんに
おどけはらわた事たと
村や庄やとが大そい
■めてたいはし
 とそなりに■■

【右頁下段】
四かいなみしつか
      にて

【左頁上段】
三庄太夫かはなよめくわいたい
して初の月はふどう
そんの御うけとり
なり子を
こし
らへ給ふ事そのかたち
しやくぜうのことしとは
どうかうそらしい
よふなれとそこか
神仏のほうべん
にて不動そんこんから
せいたかをあいこにして
しやくしやうのかたちを
こしらへ給ふ花火はおてまへ
ものなれはふいこやすみの
おせわもなくおあつらへの
とをり丗日迄きつとてき
上りますなんとそこか
    きめうてうらいの
       ばなり

       もちつとしんぼうしろ
       御しるかできると
         おめしに
            するわ

【左頁下段】
ならしの 音がこんから〳〵と
いふぜちつとこんからかわらねへか
おらアさつきつから
うてか
おれる
やふだ

【右頁上段】
扨二月めはしやか
如来の御うけ
とりにてふどう尊
しやくぜうをこし
らへあけとゝこほり
なくしやか如来へわた
しにき給ふ

はあ
 いかい事
  なくきな
    もちを
     しよつ
       てる

しやくぜうはとかくまちかい
たかりますからよくあら
ためてつかはされ
このぢうもとなり
のほういんか
とんだものと
とりちかへ
  まして
 大わらいを
  いたし
   ました

【右頁下段】
大きくなつても
たつしやなやふ
にとちかねにすい
ぶんきんみいた
しました
   御
   うけ
   とり
   くた
   さゑ

【左項上段】
三月めはもんしゆほさつの御うけとり
なれと外のほとけたちとはちかい
かくへつのちへしやにててまへ
 こしらへるといふやふな
へんちきな事てなく
中条流の月水なかし
の所へ来り三月めて
なかれる所をかねを出し
てうけたまへはちつとも
ほねおらすにさんこの
かたちをてに入給ふ

元利ともに■五
 十五匁で
 こさります

【右頁上段】
五月めはちそうほさ
つの御うけとりな■と
くつとてかるくおもひつい
て壱升はかりのこめの粉
をゆにててつちこともの形
をこしらへ給ひこりんこたいを
そなへけりしよてほねを折て
しやくせうにこしらへたふとう
そんの事なとはくつとさけすんて
いたまいさててつはらいをは
ほまちにしてやり給ふ

【右頁下段】
これからみれはおれかはく
しろのこんりうはらちの
   あかねへ事たそ

【左頁上段】
扨六月みろくほさつ
七月めやくし如来
としゆ■にうけ
とり
給へとい■た
女をわかたす
やくし

 来は
あとし
 さ

    そう
   そくの
ためとおほしや
      し
ちんぼうをつまみ
出し給ふ

たん〳〵たいないのこほと
けたちのおほね折にて
てきあかりけれどちゝか
なくてはそたちかたしと
そこはきしぼしんの御やく
めに□□□ぐしま町の
はくそつかうをすりつぶし
ちゝをこしらへ給ふ
みかけはこわらしいかほな■
とすんといたいけな人とみへ
           たり

【左頁下段】
このやふにきお
つけてもし
まいには
とりあけ
は■■に
おちをとら
れかやつさ
これさい〳〵
ちんほう
 く■から

【右頁】
はや九
月めに
なりけれ
はせい


 さつ
の御■
けとり
にしてりん月もちかよること
なれとまたひとり
  ならねはせんまいからくりの
しかけにこしらへこかへりのあん
はいをみ給ふ

   かさり置ましたる人形ことんば
   にしたかいましてそりかへります
   やふにこさいとゝんカラ〳〵〳〵
   ■ういふあんはいにいけはあんさんの
   お守りはいらねへいよ竹田とこすへで
   ほめるもてへふいゝ■

【左頁上段】
とつきになれはあみだはりん月に
なつたり〳〵とてをうちたまたまいほ
どなくびやうぶのうちにてなんし
出生おめでてへんじやァごさりや
せんかとの大悦さどうりてけし
蔵かびやうぶをたてまはして
さゝのはをどじやうにしやす
こんなにてづながじやうずなら
おく山へでもでなさればいゝよ

このこをとる
なら子を
とりあける
もんだ
なんの事だ

こぞうか
しりにあざか
あるからはやくめくりを
のまうといふだろう

【左頁下段】
おぎやァ
かれ
そんな

とりあけ
にもちまい
のは
 どうた



神仏のおかけにて十月か
間なに事もなくやす〳〵との
安産さん婦
もけんきよく
日たちけれは
神〳〵たちこ
いつはいつはい
のめるとおほし
めしの外とこ
のしうきにたつた
十二

かおみ
きほとけたちへは
かなわんへいつはいの
もりきりをふるまい
けれはとつこいもたりす
神仏を
たち出しあいにし給ひ七
やのしうきをわつたりと
いわひ給ふそれでもおはらの
たつ事なくすへはんせうと
ぞまもり給ふ御めくみのほと
こそありかふはとはいふものゝよく〳〵のせんせうかわきなり

物申上■■礼改
    石山人

目さまし草

【表紙】
【題箋】
目さまし草

【題箋】
めさまし草 完

【33コマ目から】
こゝに出し示す
  煙葉《割書:濶(ひろく)大色 青緑(あをく)|膩気(あぶらけ)あるもの》   九拾六銭
葉ごとに布巾(ぬの)を以て汚(けが)れつきたる砂土等を拭ひ浄うし木臼
の内にて杵(つ)きたゞらかし水を加へずして其青汁を取り右 量目(はかりめ)
程の内に 家豬脂(まんていか)《割書:交り混する筋膜(すぢかは)等の|者を去り清潔(きよらか)にして》四拾八銭を和しよく拌(かきま)ぜ
これを銅鍋に入れ微火(こび)にて煎煉(せんれん)し水気尽き宜きを得る
硬(かた)さになれるを度(ど)とすべし
 《割書:此方は主治金瘡或は潰瘍(くわいやう)岩痔(がんぢ)癰疽(ようそ)等 諸般(もろ〳〵)の悪瘡に貼して能|汚を清くし急を緩(ゆる)うし痛を和らげ肌(はだへ)を生ず又他の膏薬|方中に合す》
    溺死(できし)を救(すく)ふ法

近頃 溺死(できし)【左ルビ「おぼれしに」】をす救ふ簡便方(てやすきしかた)を得たり此患ともすれば救ひがたし此
術開けて後死を免るもの多しといふ其法は即 大頭(おほひさら)の長煙管(ながきせる)
を用ひ縷煙(きざみたばこ)を盛(も)り火を点し其 火頭(ひざら)を口に含(ふくみ)て其煙を肛門(こうもん)
より腸中(はらわたのなか)に吹入るなり再三これを吹こみ第四五度に至て口一ぱい
に含める煙を一気(ひといき)に吹入るかくのごとくすれば腸中(はらのうち)雷鳴(がう〳〵なり)をなし
程なく口より水を吐出す但其水は僅(わづか)にして腹張(はらのはり)乍ち減消(げんせう)し
て回生(よみがへる)なりもとこれ溺死(すいし)の人のめる水はわづかに食道胃口(のんどよりゐのふまで)の間に
あるものなり然れども呼吸(こきふ)の常道(じやうだう)を壅閉(ふさぎとづ)るを以 吸気(すふいき)下に推(おし)
送(おく)る事なきゆゑに気息(いき)をとゞめ胃(ゐ)と腸(ちやう)の間にもとより含める
空気(くうき)升降(しようがう)の度を失ひ次第に鬱滞(うつたい)して胞張(はれふくる)ものにして
【34コマ目へ】

【左丁白紙】

目さまし艸序
たはこてふ草は近き頃にあらはれたるものにはあれ
とも今の世の人々常に用ふるものとなりにたることは
やまとももろこしも同し事となむかく世にひろまれり
けれはこゝに急国々にうつし植しより其品もあまたに
なりて商ふものゝひとつにはかすまはれぬこゝにおのか家は
五代の祖より此大江戸に住て国々のたはこをあつめ世の
わたらひとなせしをかく盛なるにしたかひてこを商ふ人の
家々もいやましにたりされは近き年其輩より公に

こひ奉りて貢物をさけとひまろの数をも定めさせ給ひて
よときことえ上けるよしいひ伝へぬしかるに今の世にいたりて
天 ̄ノ下の五のたなつものゝ外にとりては此くさ程益あるはなし
とかけにいつれの国にても是を用ひぬ人はなくわきて北東の
いとも遥に遠き島々はいたくさえこほりぬれはこれを
すひて其身を養へるくのうおほしとなん又こゝの国の人々の
腹にもあひ労れをも忘れ憂をもなくさむる徳あれはつひに
やむへくもあらす年々此なりはひの栄行事にこそさて
おのか世になりて公に貢物をさゝけたきよしこひ奉りしに頓に

御許ありてやかてとひまろの数をも定めさせたまひつ今は
いはゆるかぶの主といへるものになりたるはいとも有かたき
御恵になんありたるしかれともおのれらこの物のかけに
かくろひてめこをもやすくやしなひなからかく伝へひろこれる
よしとまた其功と害との有事はつはらにしらさりしを
磐水大人のえんろくといふ書には其故よしをいとねもこ
ろに記されたりおのれよみておもへらくあはれ是をかな
文字にして世のわらはべをみち■【注】にも知らせてしかりと
思はれしに又それにもとつきて大人にものまれへるともからのつく

【8コマ目の「わらはべ(幼童)をみなご(女子)」と推測】

れる目さまし草といへる草紙有けるをこきひ乞ひ得て
桜木にゑらせつるなりされはこれをよまん人々はしめて
此艸の本性をわきまへ又此葉生なるもほしつるも
べちにくさ〳〵の功能有事を知りなば吸ひかならす
楽のみかは世の大なる益ならましとてなりまいておのか家
代々あきなひつる草にしあればいさゝか其徳にむくいん
とてかくはものすることゝはなりぬ文化十二年三月
のとけき日清中亭の主叔親しるす

   目録
発端(ほつたん)
古今形勢(こゝんのありさま)
伝来諸説(でんらいのしよせつ)
考証雑話(かうしようのざつわ)
本朝食鑑(ほんてうしよくかん)煙艸(えんそう)の主治(しゆうぢ)抄録(せうろく)
和蘭(おらんだ)煙艸(えんそう)の功能(こうのう)《割書:溺死(できし)を救(すく)ふ法(はう)《割書:并》図(づ)》
唐土(もろこし)吃煙(すひたばこ)主功(しゆこう)
和漢(わかん)煙毒(えんどく)を解(け)す方
禁忌(きんき)《割書:唐土(もろこし)和蘭(おらんだ)》

吃煙(たばこをすふ)古式(こしき)の図(づ)
清朝人(せいてうじん)吃煙図(たばこをすふづ)《割書:同(おなじく)阿片(あへん)たばこを吸(す)ふ図(づ)》
和蘭人(おらんだじん)食煙図(たばこをすふづ)
印度人(てんぢくじん)巻(まき)たばこを吸(す)ふ図(づ)
奴婢(しもべ)に長煙管(ながききせる)を持(もた)せたる寛永中(くわんえいちゆう)の図(づ)
出羽(では)の民間(みんかん)に得(え)たる鉄煙管(てつのきせる)の図(づ)
浮世(うきよ)又兵衛か画(ゑか)ける煙筒(きせる)の図(づ)《割書:《割書:并》寛永(くわんえい)の頃(ころ)の煙盆(たばこぼん)の図(づ)》
和漢(わかん)煙店(たばこや)招牌(かんばん)の図(づ)
古今利焼(ふるいまりやき)ほつかの図(づ)
大高子葉(おほたかしえふ)竹(たけ)きせるつゝの図(づ)

目さまし草
   発端(ほつたん)
蔫録(えんろく)は我師(わがし)磐水大人(ばんすいうし)未だ若かりし時 和蘭(おらんだ)の書(ふみ)にたばこの始て生(おひ)出し国(くに)
所(ところ)を見出したばこは即ち産地(さんち)の名にして草も地名(ちめい)を以て世に通称(つうしよう)となり
かく世界(せかい)に弘(ひろまり)し濫觴(らんしやう)の的証(たゞしきあかし)を得給ひてより和漢(わかん)伝来(でんらい)の事をもくはしく
集(あつめ)んと志し給ひて多くの書籍(ふみ)どものなかに此草の事をいへるものをは
こと〴〵く抄録(ぬきかき)して編集(へんしふ)し給へるなりことさらに此草 功(こう)もあり又 害(がい)もある
事をしるし給へれば人々心得おきて益(えき)ある書(ふみ)なりとて往年(いにしとし)其門に遊
べる輩(ともがら)桜木にゑりて其家に蔵(ざう)せしなりかくてこれを見つる人はいたく
めでゝこれよまではえあるまじきものといへるも少(すくな)からずたゞし其

書(ふみ)の真名書(まながき)なればよまんとはすれども幼童(わらはべ)女子(をみなご)又男も漢文(からふみ)読(よみ)な
れぬ人にはえよみときかたきをうれへてさるめでたき書(ふみ)をたれ〳〵
にもよみやすからんやうな仮名文(かなふみ)にかきかへてよと乞(こ)ふもの多きまゝに
こたび大人(うし)に申て彼書(かのふみ)のなかなる草の来由(らいゆ)よりはじめ功能(こうのう)禁忌(きんき)な
どのわきて簡要(かんえう)なる事を抜萃(ぬきいだ)し又 正編(えんろく)を木にゑりし後にもも
とめ得られしをひろひあつめおき給へる巻(まき)のなかよりも其 要(えう)なる事
どもを択(えらみ)とりかれこれを綴合(つゞりあはせ)て此かな書(かき)の草紙(さうし)となしてかりに目
さまし草とは名つけつるなりめさまし艸はいかなるものともしらねど万(まん)
葉集(えふしふ)を始として又 俊頼朝臣(としよりあそん)の ねふりの森の下にこそめさまし艸は
うゝべかりけれとよまれし歌などによればねふりをさますものにこそあるらめ

此(この)たばこてふもの人々(ひと〳〵)つねにすいながらもそのことのもとをしらざれば誠(まこと)に
ねふりゐて物(もの)をわきまへぬに似(に)たりさるを此 説(せつ)をきかんには始(はじ)めて夢(ゆめ)のさめた
らん心地(こゝち)やすらん又(また)悶(もだえ)をとき憂(うれひ)をひらく効(しるし)あることは目(め)さまし艸(くさ)といは
んもにげなからじとて此 巻(まき)の名(な)におほせつるになん
   古今形勢(むかしいまのありさま)
たばこといふもの異国(いこく)よりこゝへ伝来(つたへこ)せしより二百年(にひやくねん)にあまりて
久(ひさ)しきならはしとなりぬれば世(よ)の人 貴賤(たかきいやしき)ともに其謂(そのいはれ)をも知(し)らずよる
ひるとなくけふらすることゝなりて今(いま)はひとひもこのきみなくてはともいふべく
まことに酒(さけ)にも茶(ちや)にもまさるものになんされば手(て)と口(くち)とに離(はな)さずし
ばしもかたはらにおかねは事(こと)かくるかことしげにも飽(あけ)ばうゑしめ飢(う)ればあか

しめ醒(さむ)ればゑはしめ酔(ゑへ)ばさますとぞ世(よ)の人なべて此(この)功徳(くどく)を知(し)り世界(せかい)の
かぎり所(ところ)として此草(このくさ)を植(うゑ)ぬもなく人として此葉(このは)を嗜(たしま)ぬもなく世(よ)に行(おこなは)れて
年暦(このかた)百年(ひやくねん)にも及(をよ)びしころほひより詩(し)にも賦(ふ)し歌(うた)にも詠(えい)しこれを
称美(しようび)して止(やま)す其(その)くさ〳〵の徳(とく)をいはんにはあつさをも忘(わす)れ寒(さむ)さをも
しのぎ夏(なつ)の日永(ひなが)の眠(ねふり)かちなるをさまし春(はる)の曉(あかつき)の覚(さめ)がたき夢(ゆめ)をも
やぶりあるは秋冬(あきふゆ)の夜(よ)ながき老(おい)が身(み)のねふりかたきには従者(ずさ)女(めの)童(わらは)
などたばこ吸(す)ふ火(ひ)はありやなしやと問(と)ひてわびしきを助(たす)くる
心(こゝろ)しらひを喜(よろこ)び又(また)何(なに)くれと物(もの)かなしきうきをもわすれあるは
すまのうらさびしきひとり住(すみ)の身(み)のうへにはよきしほかまのけふり
草(くさ)とも知(し)らるゝなりある人の口(くち)ずさめるに

 昔(むか)し誰(た)が寝覚(ねざめ)の床(とこ)のさびしさを忘(わす)るゝ草(くさ)の種(たね)はまきけんと
あるもさることなり又 貞柳(ていりう)とかいへるものゝ狂歌(きやうか)とて 雲(くも)と見(み)る芳野(よしの)
たばこのうすけふりはなのあたりを立のぼるかなと戯(たは)むれしも
おかし又(また)親(した)しき友(とも)とちよりつとひて旧(ふる)きをかたらひつるにも
これなくては其(その)しほなきにも似(に)たりたとひ山海(さんかい)の珍味(ちんみ)をつく
せる酒宴(しゆゑん)のむしろにも時々(とき〳〵)これを吸(すは)ざれば物(もの)たらぬ心地(こゝち)す又(また)
野辺(のべ)の遊(あそ)び川(かは)せうえう月(つき)の前(まへ)。花(はな)のもと。酒(さけ)の後(のち)。茶(ちや)のさきにも
この煙(けふり)をかをらし雨(あめ)に対(たい)し雪(ゆき)を賞(せう)し閑窓(しづかなるまど)のうちにひとりつ
くゑによりて物(もの)かうがへる折(をり)ふし又 旅(たび)ゆく朝戸出(あさとで)にたばこ吸(すひ)な
からにあゆめる趣(おもむき)又(また)家(いへ)のうちにありてもあやにくに事(こと)しげき

ころたゞひとひきすひたるはいはんかたなくぞおぼゆる憂(うき)に
つけ楽(たの)しきにつけてもこれを伴(ともな)はざれば悶(もだゆ)る気(き)もひらかず
嬉(うれ)しき心(こヽろ)ものびざるがごとし近(ちか)き世(よ)の人(ひと)のはいかいのほくとて
 西行(さいぎやう)の秋(あき)はたばこもなき世(よ)かなといひしもさることぞ
かしすでに此物(このもの)世(よ)にあまねくひろまり人ごと家(いへ)ごとに
用(もち)ふることになりては客人(まらうど)をもてなすにもまつ前(さき)に是(これ)を
進(すゝ)むるを常(つね)のならはしとすることになむなりけるいはむもかしこ
けれどそれのみかどの御製(ぎよせい)とて
 もくづたくあまならねどもけふりくさなみよる人のしほとこそなれ
とよませ給(たま)へりとかまた妙法院(めうはういん)の宮(みや)の御言葉(おんことは)とてたばこに

七(なゝつ)の徳(とく)ありとの給ひしものも見(み)えたり又(また)もろこし人は一名(いちみやう)を
相思草(さうしさう)といひて人ひとたびこれを吸(す)ふときは朝夕(あさゆふ)思(おも)ひこがれ
て止(やむ)ときなしとなんとにもかくにもあやしきまで人のめつる
草(くさ)にこそありけれ
   伝来(でんらい)の諸説(しよせつ)
当時(そのかみ)慶長(けいちやう)のあひだ異国(いこく)人のこゝに往来(ゆきゝ)ありし頃(ころ)はじめて其(その)
種子(たね)をうゑしとぞ又 乾(かわ)ける葉(は)を巻(まき)て管(くだ)のことくにし一頭(かた〳〵)に
火(ひ)を点(てん)じ一頭(かた〳〵)よりこれを吹て薫服(かをら)することは猶(なほ)それより以前(さき)の
事(こと)なるべしさてもろこしに伝(つた)へし始(はじ)めは明(みん)の万暦(ばんれき)の頃(ころ)偶(たま〳〵)これ
を服(ふく)する者(もの)あり崇禎(そうてい)になりては頗(すこぶる)すふ者(もの)もおほかりしとなん

又 韓人(こまひと)の著(あらは)せる書(しよ)には近歳(きんさい)始(はじめ)て倭国(わこく)に出(いづ)と説(と)き張氏(ちやうし)が書(しよ)には
朝鮮志(てうせんし)にはじめて見(み)つと載(のす)るを以(もつ)て考(かうがへ)ればこゝより朝鮮(こま)に伝(つた)へ
かれよりもろこしへはひろめしやうにも聞(きこ)ゆ又 明(みん)の末(すゑ)初(はじめ)て
西洋(にしのはて)なる人 其種(そのたね)を中国(からくに)に帯(お)び来(き)つるといへる説(せつ)もあれば
彼(かれ)より直(たゞち)に受伝(うけつた)へ又(また)彼(かれ)より我(わが)東方(みくに)に伝(つた)へし物(もの)又(また)西(にし)に転(てん)
じてこゝより朝鮮(こま)唐土(もろこし)へも伝(つた)へたるか和漢(わかん)大抵(おほよそ)其(その)時世(じせい)を
同(おなじ)うして都(すべ)て我国(わがくに)は唐土(もろこし)に先(さき)たてる歟(か)ともおもはる何(なに)にまれ
弐百余年来(にひやくよねんらい)の事(こと)なりたばこといへる名(な)は世界(せかい)のかぎり
何(いづ)れの地(ぢ)までも通称(おなじな)となりたれども伝来(でんらい)のはじめは
くさ〳〵の異名(いみやう)をよび延命草(えんめいさう)長命草(ちやうめいさう)の類(たぐひ)あるひは丹波粉(たんばこ)

吃煙古式(たばこをすふこしき)の図(づ)《割書:万治寛文の頃の物語にて|作り設(まう)けたる図(づ)なり》
       《割書:雑話中に本文を|出す》

                《割書:鍔(つば)をはづし|鼻紙(はなかみ)の上(うへ)に|置(をき)たる所(ところ)》

               《割書:煙管(きせる)の吸口につばを|はめたるは畳(たゝみ)に吸|口のつかざるためなる|べしと或人いへり》

《割書:万治年|間印本》誹諧毛吹草に
呑ぬさへ
 興あるはなの
  たはこ哉
     忠爺

清朝人吃煙図(せいてうじんたばこをすふづ)
  《割書:竹煙管(たけきせる)を把(とる)は下官(げくわん)なり》

 《割書:左(さ)の図(づ)は清商(あきなひたうじん)阿片煙(あへんたばこ)を吸(す)ふ状(やうす)なり阿片(あへん)を交(まじ)へたるたぼこを短炮(みちかきき)|管(せる)に盛(も)り灯火(あぶらひ)にて吸(すひ)つけ臥床(とこ)に臥(ふ)して心(こゝろ)を鎮(しづ)め吃(す)ひ服(ふく)すること|一炷香(せんかういつほんたつ)の間(あいだ)尤(もつとも)其(その)廻(まわ)りを囲(かこ)ひ人を払(はら)ひ閑(ものしづか)にして二三ふくも吸(す)ふなりそれ|より起(を)き出(いづ)れば睡眠(ねむけ)を催(もよほ)すことなく徹夜(よもすがら)の作業(てわざ)も出来(でき)るとなりこれは|夥長(ホイヂヤン)とて船中(せんちゆう)案針(ほうばり)の役(やく)を勤(つと)め昼夜(ちうや)風侯(かざあひ)方位(はうがく)等(たう)を弁(べん)することを主(つかさと)る|人のなす所(ところ)なり但(たゞ)一度(ひとたび)此法(このはう)を用(もち)ひ卒(にはか)に止(とゞむ)るときは其身(そのみ)に害(かい)ありとて上陸(しやうりく)の|後(のち)旅館(りよくわん)に在(ある)の間(あいだ)も折(をり)〳〵これを薫(かをらし)服(ふく)することなり長崎(ながさき)の荒木氏(あらきうぢ)目(ま)のあたり|見(み)しを図(づ)して贈(おく)れり》
  《割書:按(あん)するに印度(てんぢく)地方(ちはう)にては阿片(あへん)一味(いちみ)を薫服(くんふく)する風習(ならはし)あり吸(す)ひて後(のち)暫(しば)|時(し)昏憒(くら〳〵)すといへども服(のみし)後(あと)は精神(きぶん)快爽(はつきりとなり)通夜(つうや)眠(ねふり)を催(もよほ)すことなくこゝろ|もちよく遠行(とほみち)なども随意(きまゝ)にして其輩(そのともがら)楽(たの)しむこと限(かぎ)りなしとぞ|大人(うし)の紀聞(きゝがき)せるものあり瓜哇(ジヤワノ)人俗-好 ̄テ啖(クラフ)_二阿片 ̄ヲ_一不 ̄レハ_レ至_二昏酔 ̄ニ_一則 ̄チ不_レ已(ヤマ)と|白石先生の著書(ちよしよ)に見えしもこれなるべし此 阿片煙(あへんたばこ)も彼(かれ)より伝(つた)へし|転法(てんはう)なるべし《割書:毘婆沙律(びばさりづ)に陀婆闍(たばしや)は煙薬(えんやく)也 陸地(りくち)に生す四分律(しぶんりつ)に比丘(びく)風を患(うれ)ふ煙筒(えんとう)を作(つくり)て煙(えん)を用ふ其ほか煙(えん)を嗅(かぎ)て|疾(やまひ)を治すること見ゆこは今の煙草(たばこ)とはことなるべし若(もし)阿片(あへん)の類にはあらすや但(たゞし)外の薫薬(くんやく)にや後の考(かうがへ)をまつ》》

阿片(あへん)たばこを吸(す)ふ図(づ)

和蘭人食煙図(おらんだじんたばこをすふづ)
 《割書:奴隷烏鬼(めしつかひのくろばう)銀盆(ぎんぼん)に唾壺(はひふき)と手爐(ひいれ)|とを載(のせ)て側(かたはら)にたてり》

崑崙奴(てんぢくじん)象(ざう)を御(つかひ)ながら
巻(まき)たばこを吸(す)ふ図(づ)
 《割書:これは文化癸酉の夏|長崎へ舶来(もちわたり)牝象(めざう)の|写真(しやううつし)なり》

    《割書:|長崎荒如元画》

多葉古(たばこ)等(たう)のあて字(じ)もて通用(つうよう)し又 誤(あやま)りて莨菪(らうたう)を以(もつ)てこれ
にあてしたぐひおほし煙草(えんさう)の名(な)は始(はじめ)て姚旅(ようりよ)が露書(ろしよ)といふ
ものに見(み)ゆといへり扨(さて)錦里先生(きんりせんせい)の考(かうがへ)に此名(このな)は李太白(りたいはく)の想(さう)
思草(しくさ)如煙(けふりのごとし)といへる句(く)より出(いで)たるべしとなり医書(いしよ)には本草洞(ほんざうとう)
詮(せん)といふ書(しよ)に始(はじめ)て煙艸(えんさう)の名(な)を出(いだ)せり其書(そのしよ)こゝに渡(わた)りて後(のち)は
雅俗(がぞく)ともに皆(みな)此(この)文字(もじ)を通用(つうよう)する事(こと)となれり扨(さて)其書(そのしよ)には能(よ)く
功(こう)と害(がい)とを弁(べん)せり猶(なほ)其(その)前後(ぜんご)の諸書(しよしよ)にも詳(つまびらか)にこれを説(と)き示(しめ)せし
も亦(また)少(すく)なからず
李氏(りし)の食物本草綱目(しよくもつほんざうかうもく)に伝来(でんらい)の説(せつ)を載(の)せていはく彼(かれ)より南(みなみ)に
あたれる海外(かいぐわい)に鬼国(きこく)といふあやしの国(くに)あり其地(そのち)にては病者(びやうじや)

ありてあつしくなりゆく時(とき)はのりものにかきのせて深山(みやま)に捨(すつ)るなら
はしなりとぞ昔(むかし)其国(そのくに)に一人(ひとり)の婦女(をんな)ありて重(おも)き病(やま)ひをわづらひ
しを例(れい)のごとく山(やま)の奥(おく)にかきすてゝ人々(ひと〳〵)立帰(たちかへ)りぬ其(その)婦女(をんな)夢(ゆめ)うつ
のごとくありしうちえならぬ香(か)のしけるまゝに忽(たちま)ちめをひらきて
あたりを見(み)つるにいまだ見(み)なれぬ草(くさ)生(お)ひしげれりはひよりて
これを嗅(かぐ)にすなはち身(み)のうち清(きよ)くすゞやかに覚(おぼ)え今(いま)まで
病(やまひ)にをかされ居(ゐ)たりしに夢(ゆめ)の覚(さ)めたるごとく一身(いつしん)まめやかに
こゝろよくなりにければ己(おのれ)なやめる中(なか)にこゝに捨(すて)られし事(こと)をはじ
めてさとり扨(さて)そこをいそぎ下(くだ)りて我家(わがいへ)に帰(かへ)りぬ家(いへ)なる人々
しか〳〵の物語(ものかたり)をきゝてそはいとあやしき薬(くすり)なりとてやがて

其草(そのくさ)を得て世(よ)に伝(つた)へしが即(すなはち)これなりといへりこれ仮(かり)に作(つく)れる
説(せつ)にて取(とる)にたらず又 同(おな)じき別説(べつせつ)に南蛮国(なんばんこく)に一人(ひとり)の婦女(をなご)あり
名(な)を淡婆姑(たんばこ)といふ数年(すねん)痰(たん)の疾(やまひ)を患(うれ)へしを此草(このくさ)を服(ふく)して
全(まつた)く瘳(いゆ)る事(こと)を得(え)たりそれより此草(このくさ)を淡婆姑(たんばこ)と呼(よべ)りといへり
思(おも)ふにこれたばこの字音(じをん)を填(うづめ)し字面(もじ)女(をんな)に従(したがひ)し婆姑(ばこ)といへる二字(にじ)
あるによりて女(をんな)の名(な)なりと附会(ふくわい)し設(まう)けたる妄説(もうせつ)なり
和蘭(おらんだ)の書(しよ)によりて万国(ばんこく)の事(こと)をかんがふるに此(この)もの北(きた)のあめりか
洲(しう)といふ世界(せかい)に「タバゴ」といふ小島(こしま)あり其地(そのち)に生出(おひいで)し草(くさ)なりしを
弐百十余年(にひやくじふよねん)の昔(むかし)ゑうろつぱといふ世界(せかい)なる某(それ)の州(くに)に「ニコツト」と
いへる人(ひと)其島(そのしま)の産(さん)をとり出し携(たづさへ)て其国(そのくに)に帰(かへ)り移(うつ)しうゑしに始(はじま)りて

夫(それ)より其(その)世界(せかい)に伝(つた)へこれよりして東(ひがし)の方(かた)。あじあ。といへる世界(せかい)にも
伝(つた)へつひに其内(そのうち)に属(ぞく)せる東(ひがし)の又(また)ひんがしこの国(くに)ともろこしへも
伝(つた)はり数年(すねん)ならずして今(いま)は世界(せかい)のかぎり西(にし)に東(ひがし)に南北(みなみきた)のすみ〳〵迠(まで)
にひろごり国(くに)の内地(だいち)はさらなりそれに属(ぞく)せる遠近(ゑんきん)大小(だいせう)の島々(しま〳〵)と
いへどもこれを用(もち)ひざるものもなく名(な)は皆(みな)たばこと称(しよう)せりとぞ
これぞ此もの伝来(でんらい)の的証(たゞしきあかし)なりける
扨(さて)おらんだ近(ちか)くの国々(くに〳〵)にても煙(けふり)を吹(ふき)て楽(たのし)みとなせる習(なら)はしは同(おな)じさま
なれども漸(やうやく)に草(くさ)の性味(しやうあひ)を考(かうが)へ其(その)医書(いしよ)の中(なか)には内(うち)より服(ふく)し外(ほか)より
用(もち)ひて種々(くさ〳〵)の経験(しるし)を取(と)れる諸方法(みやうはう)どもおほし其(その)方法(しかた)或(あるひ)は青汁(あをしる)を
しぼり取(と)り或(あるひ)は油(あぶら)をとり灰(はい)をとり或(あるひ)は塩精(しほ)を取(とり)て用(もち)ひ或(あるひ)は鼻煙(かぎたばこ)

とて一味(いちみ)粗末(こな)となして鼻(はな)より嗅(かぎ)て頭脳(かしらのうち)なる病(やまひ)を除(のぞ)き又 諸方(くさ〳〵の)
剤(くすり)に配合(いれあは)せ諸病(しよびやう)に充(あて)て用(もち)ふるもの少(すく)なからず今(いま)これを知(し)れるは
此書(このしよ)編集(へんしふ)の功(こう)と新訳(しんやく)の成(な)りしとに因(よれ)るなり今(いま)始(はじ)めて薬功(やくこう)
ある事(こと)もひらけて世(よ)に遍(あまね)く蔓延(ひろまり)常用(じやうよう)のものとなりし上(うへ)は又(また)別(べつ)に
それ〳〵の製法(せいはう)を施(ほどこ)して医療(れうぢ)にも広(ひろ)く用(もち)ひたき事(こと)ぞかし
   考証雑話(かうしようのざつわ)
此邦(このくに)に此物(このもの)の種(たね)を伝(つた)へしは慶長(けいちやう)十年 乙巳(きのとのみ)にして肥前(ひぜん)長崎(ながさき)桜(さくら)の
馬場(ばゝ)に始(はじめ)て植(うゑ)つけしといへり扨(さて)医官(いくわん)坂上池院の家(いへ)に慶長 年間(ねんかん)の
私記(しき)数巻(すくわん)ありて今(いま)に伝来(でんらい)す其慶長十二年の条(くだり)に云々(しか〳〵)此頃(このころ)た
ばこといふものはやるこれは南蛮(なんばん)より渡(わた)るといふひろき葉(は)をきざみ

火(ひ)をつけけむりをのむ云々(しか〳〵)又十三年十二月の条(くだり)に云二三ヶ年 以来(いらい)
たばこといふもの南蛮(なんばん)より渡(わた)る日本の上下(じやうげ)専(もつは)らこれを翫(もてあそ)ぶ
諸病(しよびやう)を愈(いや)すといふ然(しか)れども此頃(このころ)これを吸(す)ふもの病(やまひ)を発(はつ)する
ことありといへども医書(いしよ)に此 療法(れうぢかた)なし故(ゆゑ)に薬(くすり)はあたへがたし云々(しか〳〵)と
いへり此 両条(ふたくだり)の説(せつ)によれば貝原氏(かひはらうぢ)の書(しよ)に慶長十年に種(たね)を植付(うゑつけ)
しとあるものあたれり又(また)東野山人(とうやさんじん)の著書(ちよしよ)巻(まき)の廿一(にじういち)に慶長十年 今(こん)
年(ねん)蛮人(ばんじん)の船(ふね)に煙草(たばこ)を載(の)せて来(きた)る其子(そのみ)を種(うゑ)けるゆゑに京師(けいし)の
人 争(あらそ)ひ吸(す)ひて遂(つひ)に天下(てんか)に満(みち)けり云々(しか〳〵)いへるにもあへり此説(このせつ)に拠(よれ)ば
巻たばこのみならずきさみたばこも最初(さいしよ)よりのめりと見(み)ゆ巻(まき)
たばこは元亀(げんき)天正(てんしやう)の頃(ころ)よりも専(もはら)用(もち)ひきざみたるも其(その)前後(ぜんご)遠

からず用(もち)ひたるかとおもはる近頃(ちかころ)ある人の話(ものがたり)に越後(ゑちご)出雲崎(いづもさき)天正(てんしやう)十七八
年の頃(ころ)の検地帳(けんちちやう)を見(み)つるにたばこや何某(なにがし)といへる名(な)を載(のせ)たりされば
古(ふる)き事(こと)なりといひきこれは巻(まき)たばこか刻(きざみ)たばこかしりかたけれど
なにゝまれ彼舶(かのふね)より持渡(もちわた)りし物(もの)にこそあらめ
何(いづ)れの世界(せかい)にても漸(やゝ)盛(さかり)になりし後(のち)は木石(ぼくせき)の類(たぐひ)を陥(くぼ)めて刻(きざ)めるたばこ
を盛(も)りこれに管(らう)を施(ほどこ)して吸(す)ひけふらすことゝなり後々(のち〳〵)は磁器(やきもの)金銀(きん〴〵)
銅鉄(どうてつ)等(たう)にても作(つく)れり名(な)は国々(くに〳〵)によりておのがさま〳〵なり唐土(もろこし)に
ては煙管(えんくわん)煙筒(えんとう)と名(な)つく此邦(にほん)にては昔(むかし)よりこれをきせると呼(よ)べり
此(この)ことば先輩(せんはい)の考(かんがへ)に蛮語(ばんご)なるべしといへり草其(そのくさ)も吸(すひ)やうも蛮国(ばんこく)よ
り伝(つた)へしものなればさもあるべし但(たゞ)何(なに)といへる国(くに)の語(ことば)ならんと海外(かいくわい)諸国(しよこく)の

書(しよ)どもを捜(さがし)て此名(このな)を索(もとめ)しにこれに似(に)たる語(ことば)なし和蘭人(おらんだじん)の用(もち)ふる
磁器(やきものゝ)の長管(ながらう)を名(な)つけて「たばこすぺいぷ」といふ其名(そのな)似(に)もつうず又いはゆる
南蛮(なんばん)と称(しよう)せる国々(くに〳〵)にてはぴいぱといふよし然(しか)れば昔(むかし)これを伝(つた)へし
頃(ころ)他(ほか)の蛮語(ばんご)を誤(あやま)り聞(きゝ)て此物(このもの)に転(てん)じ唱(とな)へ来(きた)れる事(こと)にもやあるらん又
大人(うし)後々(のち〳〵)に至(いた)り妄(みだり)に臆説(おくせつ)をなせるは和蘭語(おらんだことば)の転声(よこなまり)なる歟(か)といへる
考(かうがへ)なり然(しか)れども蘭船(おらんだふね)渡来(わたりき)しより以前(さき)の名(な)とおぼゆれば今さら此(こゝ)に
挙(あぐ)るにも及(およ)ばず又 大人(うし)さにはあらざる一証(ひとつのあかし)を得(え)たりとの給(たま)へり
一両年(いちりやうねん)已前(いぜん)一種(いつしゆ)長大(ちやうだい)の鉄煙管(てつきせる)を得給(えたま)ふこれは羽州(うしう)山形(やまかた)の豪(とめる)
民(ひと)某(それ)の家(いへ)に二百年ばかり伝(つた)へたる物(もの)なりとぞそれを見(み)るに其(その)鉄(てつ)の
すぐれたる形状(かたち)実(げ)にもさる年来(ねんらい)の古色(こしよく)ありこは異国(いこく)伝来(でんらい)のものか

和製(わせい)の物(もの)か詳(つまびらか)にしりがたしことに二百年の前(さき)は煙管(きせる)未(いま)だあるまじ
と常々(つね〳〵)思(おも)ひしにたがへば更(さら)に理会(あきらめ)がたし然(しか)れども此器(このうつは)今(いま)に存(そん)して世(よ)に
顕(あら)はるゝときは煙草(えんさう)伝(つた)へし初より其管(そのくだ)もすてにありし事(こと)にや扨(さて)此(この)
器(うつは)至(いたつ)て厚(あつ)く太(ふと)くして重(おも)く又(また)吸口(すひくち)の上(うへ)五寸ばかりの所(ところ)に鍔(つば)ありこれは
手(て)に握(にぎ)るかゝりにも似(に)たり今(いま)の世(よ)のごとく日夜(よるひる)煙(けふ)らする事(こと)ならんには
甚(はなはだ)不便(ふべん)のもなり若(も)し形(かたち)は煙管(きせる)なれども鉄棍(ぢつて)などの用(よう)をなす
ものにやと思(おも)ひしに其後(そのゝち)右(みぎ)にいへる坂上池院 慶長私録(けいちやうしろく)の中(なか)に
亦(また)一証(ひとつのあかし)を得(え)たり
十四年 己酉(つちのゑとり)の条(くだり)に云《割書:文化十二年乙亥まで|二百七年なり》此頃(このころ)荊組(いばらくみ)皮袴組(かははかまくみ)とて徒者(いたづらもの)
京都(きやうと)に充満(じうまん)す五月中《振り仮名:搦_二取|からめとる》之(これを)_一 七十人 余(よ)なり行(おこなひ)_二篭者(ろうしやに)_一令(せしむ)_二糺明(きうめい)_一此者(このもの)

共(とも)人(ひと)に普(あまね)く喧嘩(けんくわ)をかけ後(のち)被(られ)_レ改(あらため)_レ之(これを)組頭(くみかしら)四五人 成敗(せいばい)残(のこ)る者(もの)は指(さ)して
科(とが)にあらず一旦(いつたん)の知音(ちいむ)までの儀(ぎ)たる間(あいだ)被(さる)_レ寛(ゆる)_レ之(これを)組頭(くみかしら)名は◼◼【注①】と
いふ者(もの)なり荊組(いばらくみ)とは人々(ひと〳〵)に喧嘩をかくるに依(より)てなり《割書:荊組(いばらくみ)は室町殿(むろまちとの)|日記(につき)天正(てんしやう)の条(くたり)》
《割書:にも見(み)ゆと|或人(あるひと)いへり》皮袴組(かははかまくみ)とは荊(いばら)にも劣(おとら)ざるとの儀(ぎ)なり依(よつて)_二此儀(このぎに)_一たばこを
とゞめらる右の徒者(いたづらもの)もたばこより組(くみ)になると云(いふ)きせる大(おほひ)にして腰(こし)に
さし下人(げにん)にも《振り仮名:為_レ持|もたせ》侯(そろ)云々(しか〳〵)
  《割書:西鶴(さいくわく)がかける物(もの)の本(ほん)《割書:天和二年|印本》に云 小塩山(をしほやま)の名木(めいぼく)落花(らくくわ)らうぜき今ひとしほとをしまるく|けんぼうといふ男達(をとこたて)其 頃(ころ)は捕手(とりて)居合(ゐあひ)云々《割書:西鶴は寛永十九年の生れなり其頃と|いへるは慶長元和の頃をさしていへり》鳥部山(とりべやま)の|煙(けふり)とは五ふくつきの吸啜管(きせるつゝ)小者(こもの)にぺうたん毛巾着(けきんちやく)。ひなびたることにぞありける云々|又 寛永(くわんえい)正保(しやうはう)時代(じたい)銭湯風呂(せんたうふろ)の古図(こづ)を見るに其頃(そのころ)は常(つね)には煙管(きせる)をたづさへず|たま〳〵遊行(ゆふかう)の折はたづさふる事(こと)あれどもみづから懐中(くわいちゆう)せず奴僕(しもべ)にもたせたる|故(ゆへ)に丈(たけ)いと長(なが)しきせるの頭(かしら)雁(がん)の首(くひ)に似(に)たる故(ゆへ)に雁首(がんくび)の名目(みやうもく)残(のこ)れり火皿(ひさら)|いと大きし右に抄出(ぬきいた)せし西鶴(さいくわく)がかける書(しよ)の中に五ふくつぎのきせるとあるは|これなるべしとある者いへり又右の長管(ながらう)【注②】に巾着のごときたばこ入を結び付て》

  《割書:ありさて山形(やまかた)の鉄管(てつくわん)に鍔(つば)のごときものあるはたばこ入を結(むす)びつくる料(れう)にはあらず|やと或人(あるひと)いへり》
此(この)実記(じつき)にてはじめてさとれり此頃(このころ)よりきせるもあり其名(そのな)はき
せると呼(よ)びしもたしかにして又 近頃(ちかころ)山形(やまかた)より出(いで)たる鉄管(てつくわん)も其頃(そのころ)
の物(もの)にて当時(そのかみ)悪少年(きほひもの)の玩物(もてあそび)にして闘争(いさかひ)の為(ため)に設(まう)けたることを
しれり
  《割書:図(づ)下(しも)にあり山形(やまかた)より出(い)でしものをはじめ見(み)たる時 専(もつは)ら吸煙(けふりをすふ)ものにはある|まじく或(あるひ)は鉄棍(ちつて)の用をなせるものにやと思(おも)ひし愚考(ぐかう)には果(はた)してあた|れり又たばこをとゞめ給ふは此時(このとき)其(その)最初(さいしよ)たるべし但(たゝ)しこれは鉄煙管(かなきせる)|を以(も)て喧嘩(けんくわ)をかける具(だうく)となせし故(ゆゑ)と聞(きこ)ゆるなりきせるの鍔(つは)は必(かなら)ず|ありしものにや新見老人(にいみらうじん)の説(せつ)を見(み)るべし》

又これにつきてきせるの名義(めいぎ)の愚考(ぐかう)ありそは長崎詞(ながさきことば)にて人を
打事(うつこと)をきせるといふよしきせてやる。きせてやれ。きせかける。などいふ

【注① 「◼◼」は2字分の墨消し】
【注② 「長」の振り仮名「なが」は「な」に濁点】

右 旧記(きうき)のごとく当時(そのかみ)鉄煙管(かなきせる)は人を打(う)つ為(ため)に設(まう)け置(おき)しもの
なれば却(かへつ)て人をきせるものといふ和語(わこ)にてもあるべきか但(たゞ)し
これも亦(また)的証(よきあかし)とはなしがたし
  《割書:関東(くわんとう)にて恩(おむ)にきせるといふことばありきせるはかけるこゝろ負(お)はせるの|義(こゝろ)あれば他(ひと)に物を あつ(━━━━)る かけ(━━━━)る おほす(━━━━━━)るの意(こゝろ)もあり長崎(ながさき)の詞(ことば)打(うつ)|こゝろなるべきか醒々(せい〳〵)の考(かうがへ)に羅山文集(らさんぶんしふ)に曰(いはく)当時(そのかみ)は葉(は)を刻(きざみ)て紙(かみ)に貼(てう)|しこれを捲(まき)て火(ひ)を吹(ふ)き其煙(そのけふり)を吸(す)ひ其後(そのゝち)はきせるを用(もち)ひて紙(かみ)に貼(でう)せず|きせるの製(せい)は或(あるひ)は鍮(しんちう)を用(もち)ひ或(あるひ)は竹(たけ)を用(もち)ひたばこを盛(も)るものは鍮(しんちう)を以て|作(つく)る牛翠花(あさかほはな)の形(かたち)のごとし云々(しか〳〵)と見えしによりて考(かんが)ふればらう竹に鍮(しんちう)の|類(るい)をきせてつくれるゆゑきせらうといひしがきせると呼(よ)べる事(こと)になりし|なるべしといへりらう竹の事(こと)正編(せいへん)に詳(つまひらか)なり其頃(そのころ)のべつけの鉄管(てつくわん)もあり又|巻(まき)たばこ等(たう)もあればそれとかわりし形(かたち)なれば時(とき)の詞(ことば)にてきせらうとも|いひしにやされども今のごとききせるはもと唐土(もろこし)より渡(わた)せるものに傚(なら)ひし|様(やう)にもきけばいかゞなるべきかこれ又 一考(ひとつのかうがへ)となすべし》
又 煙管(きせる)を野作(えみし)の詞(ことば)にてせれんぼうといふよし木(き)のつくりつけの長(なが)き

ものにてきせるの形(かたち)をなし上下(うへした)孔(あな)を貫(つらぬ)く其(その)名義(なのわけは)詳(つまびらか)にすべからず
扨(さて)奥州(あうしう)民間(みんかん)にて煙脂(やに)をせゝると呼(よ)ぶ是(これ)亦(また)何(なに)の謂(いは)れあるこ
とをしらばもしせゝはせゝりせゝるといふ義(こゝろ)にて鑿(さが)は探(さく)るの意(こゝろ)ある
歟(か)然(しか)れば煙脂(やに)の筒(らう)中に溜(たまる)をせゝり出すものゆゑにせゝるともいふ
なるべし夷言(えみしことば)のせれんぼうもあるひはせゝりぼうのこゝろかぼうは
和語(わご)の棒杖(ぼうでう)なるにや
正編中(ゑんろくちゆう)煙草(えんさう)にあづかれる事(こと)尽々(こと〴〵)く載(の)せて遺漏(もるゝこと)なきがごとし唯(たゞ)古来(こらい)
通称(つうしよう)のきせるの名義(めいぎ)未(いま)だ正(たゞ)しき証(あかし)を得(え)さるを恨(うらみ)とす後(のち)の識者(しきしや)を待(まつ)のみなり
扨(さて)きせるは織田信雄(おたのぶお)の時分(じぶん)にはやく今(いま)の世(よ)の製(せい)の如(ごと)きものありし
と見ゆこのころ一友人(あるともとち)の方(かた)より示(しめ)せし者(もの)ありこれはう浮世又兵衛(うきよまたびやうゑ)が

画(えがき)たる六枚屏風(ろくまいびやうぶ)の人物(じんぶつ)の傍(わき)にある煙管(きせる)の図(づ)なりと《割書:摸図(うつし)下|に出す》
  《割書:此(この)浮世又兵衛(うきよまたびやうへ)が父(ちゝ)は荒木(あらき)某(それ)といひて云々(しか〳〵)本名(ほんみやう)を改(あらた)めて母方(はゝかた)の苗字(みやうじ)を|名乗(なのり)岩佐(いはさ)と称(しよう)す成長(せいぢやう)の後(のち)信雄(のぶを)に仕(つか)へ浮世絵(うきよゑ)を画(ゑが)き出(いだ)し遂(つひ)に|妙手(みやうしう)となり名誉(めいよ)を得(ゑ)たり故(ゆゑ)に世上(せじやう)に浮世(うきよ)又兵衛とは呼(よ)べるとなり|但(たゞし)後(のち)の人(ひと)又兵衛が名(な)をみだりにあつるものありともきけば右の屏風(びやうぶ)の|絵(ゑ)の鑑定(めきゝ)にあるべし人の贈(おく)りしまゝを出(いだ)せり》
落穂集(おちほしふ)に曰(いはく)《割書:大道寺友山(だいだうじいうさん)寛(くわん)|文(ふん)のころの作(さく)なり》我等(われら)若年(じやくねん)の頃(ころ)或(ある)老人(らうじん)の物語(ものかたり)仕 侯(そろ)は
たばこと申(まうす)ものは古来(こらい)《振り仮名:無_レ之|これなく》侯(そろ)処(ところ)天正年中(てんしやうねんちやう)南蛮人(なんはんじん)の入来(いりきた)りし
頃(ころ)より世(よ)に広(ひろ)まり初(はじ)まりしと申(まうす)なり然(しか)れば元来(ぐわんらい)南蛮国(なんばんこく)の土産(とさん)の
草抔(くさなど)にても《振り仮名:可_レ有_レ之|これあるべく》侯(そろ)哉(や)以前(いぜん)の儀(ぎ)は煙管抔(きせるなど)張(は)る細工人(さいくにん)もまれに
侯(そろ)故(ゆゑ)か直段等(ねだんたう)もむつかしく末(すへ)〳〵の者(もの)は求(もと)め申(まうす)儀(ぎ)も成兼(なりかね)侯(そろ)に付(つき)竹(たけ)
の筒(つゝ)のあと先(さき)にふしをこめ大(おほい)に穴(あな)をあけ先(さき)の方(かた)を火皿(ひさら)に用(もち)ひてたばこを

つぎ吸申(すひまうし)侯(そろ)となり其(その)もとは西国(さいこく)よりはやり出(いだ)し中国(ちゆうこく)五畿内(ごきない)まで
も専(もは)らもてはやし侯得(そふらえ)共(とも)関東筋(くわんとうすぢ)に於(をい)ては煙草(たばこ)を給(たべ)侯(そろ)と申(まうす)義(ぎ)をば
誰(たれ)も存(ぞん)せす侯(そろ)所(ところ)にいつの程(ほど)にか段々(だん〳〵)とはやり出(だし)きせるを仕(つかまつ)る細工(さいく)
人なども多(おほ)く成(なり)侯(そろ)を以(もつ)て竹(たけ)の筒煙管(つゝきせる)など申物(まうすもの)もすたり侯(そろ)よし
件(くだん)の老人(らうじん)物語(ものかたり)仕(つかまつ)りたる事(こと)に侯(そろ)然(しか)ればたばこのはやり初めと申(まうす)は
さのみ久敷(ひさしき)事(こと)の様(やう)には《振り仮名:不_レ被_レ存|ぞんじられず》侯(そろ)云云(しか〳〵)
静盧(せいろ)が蔵本(ざうほん)百物語(ひやくものかたり)巻之下(まきのげ)《割書:廿|九》ある人たばこをすけり此人のいはく
たばこには十損(じふそん)ありとて十首(しふしう)の歌(うた)をよみながらひたのみにのまれける
其(その)歌(うた)にいはく云々《割書:一二三の字(じ)をかしらに取(と)りて|よみし歌(うた)なりこゝに略(りやく)す》其(その)第十首(だいしふしう)の歌(うた)に
 十そんのありとはしりてのむからはたばこにまさるなぐさみはなし

《割書:寛永(くわんえい)の頃(ころ)土佐(とさ)|光益(みつます)が画(えが)きたる
おとこせ。きり|かむろに長(なが)|煙管(きせる)を持(もた)せ|たる図(づ)》

《割書:寛永(くわんゑい)の頃(ころ)は人々(ひと〳〵)長煙管(ながきせる)を|用(もち)ひ外出(ぐわいしゆつ)の時(とき)は奴僕(しもべ)に|持(もた)せたり其頃(そのころ)の人 銭湯(せんたう)|風呂(ふろ)に入りて帰(かへ)るときのさまを|画(えが)きたるものに此図(このづ)あり其 僕従(しもべ)|のみを抜(ぬき)てこゝに摸(うつ)す但(たゞ)し髪(かみ)のみだれたるは|其頃(そのころ)入湯(いりゆ)の時(とき)はかみをあらふが故(ゆゑ)なりとぞ》

《割書:浮世又兵衛 画中(ゑのなか)に在(あ)る所(ところ)の煙管図(きせるのづ)| 按に寛永正保の図ならんか》

《割書:寛永の末(すゑ)用(もち)ふる煙盆(たばこぼん)の|摸図(もづ)|  按(あんずる)に香盆(かうぼん)なるべし》

《割書:羽州(うしう)山形(やまかた)民間(みんかん)に得(う)る所(ところ)二百 余年前(よねんまへ)の鉄煙管(てつきせる)| 長(ながさ)《割書:曲尺(かね)》壱尺(いつしやく)一寸八分 重(おもさ)五十目》

《割書:按(あんする)に慶長(けいちやう)私記(しき)西鶴本(さいくわくほん)に出る皮袴組等(かははかまくみたう)の|男達(をとこたて)下部(しもべ)に持(もた)せたるといふも斯(かく)のごとき|煙管(きせる)なるべし》

《割書:此處(このところ)は煙包(たばこいれ)を附(つけ)たる孔(あな)のかけしにや》

 《割書:末に于_レ時万治二暦初夏上旬松長◼◼【注】板とあり上之巻を見(み)ざれば作者(さくしや)の|名(な)知(し)るべからず大人(うし)八害(やつのいましめ)の論(ろん)に先(さき)たつて此歌(このうた)あり暗(あん)に合(がつ)するものならし》
芬盤(たばこぼん)といふものは《割書:ある説(せつ)に志野家(しのけ)の人 某(それ)の矦(こう)と|謀(はかり)て香具(かうぐ)をとりあはせたりといへり》香具(かうぐ)を取(とり)あはせて用(もち)ひし
となり盆(ぼん)は即(すなは)ち香盆(かうぼん)火入(ひいれ)は香炉(かうろ)唾壺(はひふき)は炷燼壺(たきからいれ)煙包(たばこいれ)は銀葉匣(ぎんえふいれ)盆(ぼん)の前(まへ)
に煙管(きせる)を二本おくは香箸(かうばし)のかはりなりとぞ後々(のち〳〵)にいたり今(いま)の
書院(しよゐむ)たばこ盆(ぼん)といふ様(いやう)の物(もの)出来(いできた)ると也 大人(うし)往年(むかし)長崎(ながさき)に遊学(ものまなび)給(たま)
ひし時(とき)土俗(ところのものども)たばこ盆(ぼん)の事(こと)をかうぼんといひ老婦女(らうふぢよ)などは客(きやく)
来(きた)ればかうぼん持(もち)てわたいといふわたいとは渡(わた)れといふ事(こと)にて
持(も)て来(こい)のこゝろと聞(きこ)ゆかうぼんはたばこ盆(ぼん)を促呼(ちゞめよぶ)と覚(おぼ)ゆと
冷笑(あざわらひ)せしにかうぼんは即(すなは)ち香盆(かうぼん)にして昔(むかし)の辞(ことば)の西鄙(にしのかこゐなり)には今に
残(のこ)りしことゝ思 ̄ヒ知たり《割書:香盆(かうぼん)の事(こと)往年(むかし)間氏(はざまうぢ)に聞(きゝ)しも本説(ほんせつ)のごとし但 ̄シ煙包(たばこいれ)は香盒(かうぼん)或(あるひ)は香包(かうつゝみ)也外に長き|竹二本。先(さき)をそきたるを添(そ)ふこは香箸(かうはし)を転(てん)せしにてそぎたる所(ところ)へ煙(たばこ)をつぎて用ひしと也》

新見老人(しんみらうじん)むかし〳〵物語(ものかたり)に曰《割書:老人は享保年中八十歳|にて万治寛文の頃の事を記す》むかしは懐中(くわいちゆう)た
ばこといふ事(こと)かつてなくてよしともあしきともていしゆの多葉粉(たばこ)
盆(ぼん)にあるたばこをのむなりのみやうも今とは違(ちが)ひて亭主(ていしゆう)坐敷(ざしき)へ
出(いづ)るまでのまず亭主(ていしゆう)物語(ものかたり)してたばこまいれとすゝむる客(きやく)はまづ
亭主(ていしゆう)よりまいれと盃茶(さかづきちや)のぢきのごとく二三 度(ど)いふ其時(そのとき)亭主(ていしゆう)
はな紙(かみ)をへぎてきせるを取(とり)つばをはつしきせるを紙(かみ)にて
拭(のご)ひ是(これ)にて参(まゐ)れときせるをさし出す客(きやく)取(とり)ていたゞきのんで
たばこよくはほむる一ふくも二ふくも吸(す)へば拭(のごひ)て我前(わがまへ)に置(おく)
帰(かへ)る時分(じぶん)はな紙にて拭(のこ)ひたばこ盆(ぼん)へ入れ暇乞(いとまこひ)してたつ拭(のご)ふ
時(とき)亭主(ていしゆう)其まゝさし置(をか)れよといふ近年(きんねん)たはこの吸(すひ)やう中々(なか〳〵)左様(さいやう)に

【注 「◼◼」は2字分の墨消し】

あらずぶさほう千万(せんばん)なり若(も)し亭主(ていしゆう)頭役(かしらやく)か老人(らうじん)かおや方(かた)なれば
たばこのめと有てもたべずとてのまず其頃(そのころ)かくれなきやつこと
いはるゝ人も六ほう。うでだてがいをつくす人もいんぎんのざしき
又はおやかた老人(らうじん)の前(まへ)にてたばこのむ人なしたばこ入をもし取(とり)
おとしても私(わたくし)のにては無_レ之といふてかくす事なりし其頃(そのころ)のたばこ
入はあるひは青(あを)しぶに紙をいため又 吹(ふ)き画(ゑ)墨流(すみなが)しなどしたる
随分(ずゐぶん)麁相(そさう)なるたばこ入なりしに今は金入(きんいり)の切(き)れ。どんす。しゆちん。
色々(いろ〳〵)のさらさ黒塗(くろぬり)高蒔絵(こうまきゑ)。梨地(なしぢ)などにして自慢(じまん)げに指出(さしいだ)す
夫(それ)故(ゆゑ)たばこ入 売(う)れる事(こと)夥(おびたゝ)し
近頃(ちかころ)輪池屋代氏(りんちやしろうぢ)より自(みづか)ら䕊菼小言(せんえんせうげん)と題(だい)せる写本(しやほん)一冊(いつさつ)を借(か)し

与(あた)へたり其(その)書中(しよちゆう)に説(と)く所(ところ)を見(み)れは延宝(えんはう)天和(てんわ)貞享(じやうきやう)の頃(ころ)の随筆(ずゐひつ)
にて尽(こと〳〵)く流行(はやり)出(いだ)せし煙草(たばこ)を憎(にく)める諸説(しよせつ)なり堅(かた)くこれを廃(はい)す
べきの憤激(いきどほり)の雑論(ものがたり)数十葉(かづ〳〵のかみ)に綴(つゞ)り成(な)せるものなりこれは
是迠(これまで)なくてすみし品(しな)のひろまりて云々(しか〳〵)且(かつ)始(はじめ)てのみ習(なら)ふ人 又(また)
其性(そのしやう)にあはざるものゝ酔(ゑ)ひ仆(たほ)れしなどを見(み)て甚(はなは)だにくみ
遠(とほ)ざけしなり
又 南畝太田氏(なんほおほたうぢ)の蔵書(ざうしよ)印本(はんほん)愛煙草詩歌(あいえんさうしいか)と題(だい)せる一書(いつしよ)を見(み)
るに元禄(げんろく)四年 宮本氏(みやもとうぢ)某(それ)の撰(えらみ)なり前書(ぜんしよ)に反(はん)して煙草は閑居(かんきよ)
茅窓(ぼうそう)に伴(ともな)ひ風雅(ふうが)の遊情(いうじやう)をたすくるものとてこれを愛翫(あいくわん)し
自(みづか)ら楽(たのし)める詩歌(しいか)なり何(なに)としてかく愛憎(このみにくむ)の相反(あいはん)するか其(その)好(この)める

ものは深(ふか)く愛(めで)賞(しやう)し又 其性(そのしやう)にあはずして憎(にく)めるものはいたくこれを
遠(とほ)ざくる事(こと)甚(はなはた)し
千種日記(ちくさにつき)《割書:天和三年あらはす所(ところ)作者(さくしや)|詳(つまひらか)ならす十二巻の紀行(きかう)の書也》大坂のしる人の許(もと)より人をこせて
服部(はつとり)たばことかや名(な)のりてすこ〳〵しうはこに入てをくれり人め
してきざませてすふにいとすとなる物(もの)には有(あり)けるあるしもすいて
此国(このくに)の名(な)をえたる物(もの)なりといふおほよそ此たばこといふ物(もの)百(もゝ)と
せこのかたあきつしまにわたりて《割書:中略|》しくはあれと今(いま)世中(よのなか)に
ひろこりて京(きやう)江戸(えと)のあつまるたばこのしな〳〵数(かず)しられぬ
ことゝなれりける中(なか)にも上野国(かみつけのくに)にたかさきいはさきいしはら
とて名物(めいぶつ)有(あり)かひの国(くに)に小松(こまつ)。くすりふくろ。信濃国(しなのゝくに)にけんこ。井上(ゐのうへ)。

いくさか。ほしな。さかき。などゝて有(あり)みちのくにゝ田代たばこ。仙東(せんとう)しろいし。
とて有(あり)ひたちの国(くに)にあかつちたはこ。大和国(やまとのくに)によしのたばこ丹波(たんば)にさゝ山。
ふくちやま。伊予国(いよのくに)にたんばらたばこ。阿波(あは)の国にのたのゐん。からさと。ゝて
名物(めいぶつ)あり越中国(ゑつちゆうのくに)にへつくそたばこ。長崎(ながさき)には青(あを)たばこ。白たばこ。とて
有このほか国々になを名を得たる多かるべし《割書:今の世 甲斐(かうしう)よりみなゐたばこてふ品(しな)を|出(いだ)すとなん文字(もじ)は薬袋(くすりふくろ)と書(かく)と也【注】》
 《割書:これは往年(いにしとし)保己一検校(ほきいちけんぎやう)より抄録(ぬきかき)して大人(うし)へ贈(おく)れるなり按(あんする)に此天和三年 癸(みづのとの)酉|より今文化の十一年まては百三十二年となる此時すでに諸国(しよこく)にたばこの|名物(めいぶつ)有(あり)書中(しよちゆう)におほよそ此たばこといふ物(もの)百(もゝ)とせこのかた云々とあれば世(よ)に専(もつは)ら|ひろこりし時なり今の世に最上(さいぢやう)の品(しな)と呼(よべ)る薩摩(さつまの)国分(こくぶ)と称(しよう)せるものゝ名(な)は|見(み)えず向井氏(むかゐうぢ)の煙艸考(えんさうかう)には其名も出て又 他(た)の国々(くに〳〵)の名産(めいさん)の名も出せり近き|世(よ)にいたりては此等(これら)のたくひのみならずその国産(こくさん)の数(かず)〳〵種類(しうるい)夥(おびたゝ)しき事(こと)は|数百(すひやく)をもつて数(かぞ)にべきにや》
二百年このかた異朝(もろこし)にも盛(さかん)になりしことは諸書(しよしよ)に見(み)え真仮(しんか)。

【注 「と也」の左から下に「L」形の線あり 】

蓋露(かいろ)。頭黄(とうくわう)。二黄(にくわう)等の名有蓋露はとめ葉(は)のことゝ聞(きこ)ゆ。刻(きざみ)たばこ
を糸煙(しえん)。縷煙(ろうえん)。乾糸煙(かんしえん)。又 金糸煙(きんしえん)など呼(よ)べり閩(みん)の地(ち)に植(うゑ)しを始(はじめ)
として其後(そのゝち)四方(しはう)に遍(あまね)く尤(もつとも)これを佳品(かひん)とす燕産(えんさん)これに次(つ)ぎ
浙江(せつこう)石門(せきもん)を下(げ)とす又 浦城建煙(ほじやうけんえん)清寧(せいねい)余塘(よたう)石馬(せきば)などいへるは
其 名産(めいさん)と見(み)えて長崎へ持渡(もちわた)りし糸煙(きざみたばこ)の包紙(つゝみかみ)にも見えたり
大人(うし)の親(した)しく見られしは【図】かくのごとくつゝみたり此方の
壱斤(いつきん)角包(かくつゝみ)にしたるものゝ如(ごと)し味(あぢはひ)は強(つよ)しと又ある書の中に煙舗(たばこや)
の招牌(かんばん)も名産(めいさん)の名(な)を記(しる)せり

    和漢(わかん)煙舗(たばこや)招牌(かんばん)の図(づ)

《割書:一》済寧乾糸煙
《割書:二》発兌名煙
《割書:三》高煙
《割書:四》余塘高煙
《割書:五》石馬名煙

 おろし
刻《割書:は|こ》
 いろ〳〵

たばこ

 此二 種(しゆ)の招牌(かんばん)は元禄 前(ぜん)
 後(ご)の絵(ゑ)におほく見ゆ今も
 京大坂にはあるよし江戸にも
 まれにはある歟これ唐土(もろこし)の物
 にほゞ似たりとて醒々(せい〳〵)が摸(うつ)し
 て見せたるをこゝにいだす

異国(いこく)に一種(いつしう)たばこのけふりを吸(す)ふの具(ぐ)にほつかといふもの有(あり)正編(せいへん)に
其図(そのづ)を載(のせ)たり此具(このたうぐ)は世(よ)に珍(めつ)らかなる物(もの)なりと思(おも)ひしにこれも
百有余年(ひやくいうよねん)のさきすでに此方(こなた)に渡(わた)り其(その)用(もち)ひかたをも伝(つたへ)しにや磁(やき)
器(もの)にて此図(このつ)のごとく作(つく)れるもの有これ全(まつた)くほつかなりやきは
今の世(よ)に古今利(ふるいまり)と呼(よべ)る品(しな)にて絵 様(いやう)も
其頃(そのころ)のさまなれば二百年のむかし
にはこれも用ひしと見(み)えたりこは
浪速(なには)の骨董舗(ふるだうぐや)に何(なに)とも知(し)らで
持(もち)古(ふ)りしを大浪(たいらう)石川君(いしかはくん)見(み)
あたれりとて求(もと)め来(きた)りて大人(うし)に贈(おく)りしなり

尾花(をはな)がもとに曰《割書:本居宣長(もとをりのりなが)がたばこの|ことをかけるもの也》おもひ草(くさ)は秋(あき)の野(の)の尾花がもとに
おふるとかや《割書:中略|》末条(すゑのくだり)にかくのみいみじくいひなすを云々 猶(なほ)おきかたき
ものにやあしたにおきたるにもまして物(もの)くひたるにも大かたはなるゝをり
こそなけれかう常(つね)にけぢかくしたしきものはなにかはあるさるをいみ
しき願(ぐわん)たてものいみなどして七日もしは十日などたちゐたらむほど
にぞ常(つね)はさしもおもはぬ此君(このきみ)の一日もなくてはあらぬことをばしるらむかしと記(しる)せり
○山東軒(さんとうけん)が所蔵(しよざう)《割書:赤穂義士(あかほぎし)大高源吾忠雄(おほたかげんごたゞを)俳名(はいみやう)子葉(しえふ)がごま竹のきせる|筒(つゝ)有(あり)元禄(げんろく)の昔(むかし)の物(もの)と知(し)れば其図(そのづ)をこゝに摸(うつ)し出す》
      《割書:フシ》  《割書:シンチウ》
          若竹も
《割書:フタ|クロガキ》         さゝた ■さひを     子葉
                    残哉
   《割書:ワレメアリトウヲ|モツテマク》 《割書:長八寸五分》 《割書:フシ》 《割書:廻 ̄リ三寸五分》

静盧北氏(せいろきたうぢ)の蔵書(ざうしよ)閑話随筆(かんわずゐひつ)に載(の)する妙法院宮(みやうはうゐんのみや)たばこの徳(とく)に
七(なゝ)ふしぎありとの給(たま)ひし御言葉(おんことば)を煙葉(たばこのは)に象(かたど)り書(かき)ならへたる図(づ)

妙法院尭延
たは粉といふ草のたねは誰か開初やまと唐にひろまり
足なくして旅行の友とす
水なふして口中を清めり
かやくなくして
気うつを
散す
宮御言葉声なくしてねふりをさますなり
物いはずして客の
挨拶す
芸なくして月花の
興を催す
笑ずして
衆人に
愛敬す
上中下の人あまねくもてあそへり其徳といふに七ふしぎあり

  按(あんずる)に本書(ほんしよ)何人(なにひと)の作(さく)なる事(こと)をしらず

我(わが)磐水大人(ばんすいうし)の蔫録(えんろく)を編集(へんしふ)し給(たま)ふは此草(このくさ)の濫觴(らんしやう)と主治(しゆぢ)功害(こうかい)を詳(つばら)に
皇朝(みくに)の人 異国(ことくに)の人にも示(しめ)し給(たまは)んとの素意厚情(あつきこゝろざし)なり然(しか)るに編中(へんちゆう)に雅(が)
賞(しやう)詩文(しぶん)煙具(えんぐ)の諸図(しよづ)等(たう)に至(いた)るまでを雑集(ざつしふ)し給へる故(ゆゑ)に全編(ぜんへん)を熟(よく)
読(よま)ざるものはたゞ其(その)諸図ある巻(まき)を見(み)てこれ偏(ひとへ)に好事者(かうずのもの)流の雑(さつ)
著(ちよ)の如(こと)く見(み)ながす輩(ともがら)もありとか然(しか)れどももとさるたぐひにはあらぬ
なり抑(そも〳〵)我(わが)大人(うし)其(その)本志(もとのこゝろざし)の大いなる趣意(しうい)といふものはかゝる太平(たいへい)に
生(むま)れあへる人々 空(むな)しく其(その)天年(てんねん)を損(そん)する事(こと)あらんを患(うれ)ひ全部(ぜんぶ)
三巻(さんぐわん)の通編(つうへん)を総括(すべくゝり)其常(そのつね)に思(おも)ふ所(ところ)を以(もつ)て巻尾(まきのおはり)に於(おい)て懇(ねもころ)に説(と)き
給へるは附考(ふかう)又 余考(よかう)といふものにあり然(しか)れどもこれ又から文字(もじ)
に綴(つゞ)りて通俗(つうぞく)のものにあらざればこれを読(よ)み暁解(さとりとく)もの少(すくな)き歟(か)

こゝに於て大人(うし)の不学(ふがく)文盲(もんもう)なる愚夫愚婦(おろかなるおとこをんな)までも諭(さと)し示(しめ)さんとせし
深情(しんじやう)の本意(ほんい)を知(し)るもの稀(まれ)なるも亦(また)遺憾(いかん)といふべし夫(それ)此物(このもの)は其(その)
功(こう)と害(がい)の相半(あいなかば)する物(もの)なるを以て世(よ)の人々をして貴賤(きせん)を分(わか)たず心(こゝろ)を
用(もち)ひ過服(のみすぐ)さしめざる様(やう)にそれ〳〵の的証(しやうこ)を引(ひ)きて新(あらた)に八害(はちがい)の
説(せつ)を立(た)て痛(いた)く戒(いましめ)給(たま)ひしなりされども年々かく盛(さかん)に行(おこなは)れて皆(みな)
人(ひと)の口腹(くちはら)にもよく馴(な)れ染(そ)みたる事(こと)故(ゆゑ)今(いま)は昔(むかし)のさまにも似(に)ず古人(こじん)の
深(ふか)く戒(いまし)め且(かつ)悪(にく)みぬる程(ほど)にもあらぬにや扨(さて)味噌(みそ)ほど煙毒(えんどく)を解(け)す
ものはなしと先輩(せんはい)もいへるごとく今(いま)も試(こゝろ)みて知(し)る所(ところ)なり幸(さひは)ひに我国(わがくに)
の人は朝夕(あさゆふ)に此物(このもの)を飯食(めし)に添(そ)へ食(く)へる故(ゆゑ)に覚(おぼ)えずこれを解毒(げどく)す
る事(こと)なるべしすべて西北(にしきた)によりたる島(しま)の人々は殊(こと)さらにこれを

好(この)み愛(あい)すとかこはあながちに楽(たのし)みもてあそぶとにはあらず其(その)わた
りにてはこれなければ寒湿(かんしつ)の気(き)を避(さ)けふせぎがたき故(ゆゑ)なりされば
雨風(あめかぜ)をも浸(をか)しあらき浪(なみ)をもしのぎて漁(すなどり)たる魚(うを)をもて此 乾葉(かはけるは)と
かふる事(こと)とぞかの長城(ちやうじやう)を越(こ)えて西(にし)にあたれる韃靼(だつたん)蒙古(もうこ)の境(さかひ)
にて志那(しな)より送(おく)る交易(かうえき)の品々(しな〳〵)の中(なか)にも此(この)煙草(えんさう)第一(だいいち)の物(もの)也(なり)又(また)東(ひがし)
北(きた)の野作人(えみし)などは煙草を喜(よろこ)ぶこと甚(はなはだ)し珍(めづら)しき品(しな)を贈(おく)らるゝよりは
少(すこ)しの煙草葉(たばこのは)を与(あた)へらるゝを殊(こと)に喜(よろこ)びて米穀(べいこく)にひとしともきけり
然(しか)れば今は余考中(よかうちゆう)に深(ふか)く戒(いまし)め論(ろん)し置(おか)れしのみにもあるまじく
又 卒(には)かに改(あらた)めがたきはもとよりなりたゞ人々よく其 源(みなもと)を弁(わきま)へ知(し)り
頻(しき)りに用(もち)ひ過(すご)す事を用心し又 短管(みぢかきらう)を用ふるがごときも時々(とき〳〵)

これをさしかへ改(あらた)めて新(あら)たになし煙脂(やに)多きものは用ひざる
やうにも心かけよ尤(もつとも)我家(あがや)に在(あ)るときは長(なが)き管(らう)なるを用ひよと
の戒(いましめ)を守(まも)るべしこれ皆(みな)吸(すひ)たばこのうへの論(はなし)なりこれにつきて
図(はか)らずも詳(つばら)に開(ひら)け出しは生乾草(せいかんさう)の薬功(こうのう)ある事なり世(よ)に
これをよまん人それ〳〵の製法(せいはう)を加(くは)へ新(あらた)に病(やまひ)に施(ほどこ)し用ひなば
これ古(いにしは)になき所(ところ)の一 箇(こ)の薬草(くすり)起(おこ)れりとぞいふべき
本朝食鑑(ほんてうしよくかん)に曰(いはく)胸膈(むね)を通(すか)し胃口(ゐこう)を開(ひら)き鬱(うつ)を払(はら)ひ悶(もだえ)を破(やぶ)り
憂(うれへ)を消(け)し飽(あけ)るを解(と)き歯牙(しげ)を固(かた)くし二便(にべん)を通(つう)じ能(よく)一身(いつしん)の
気(き)をしてこれを上下(じやうげ)しこれを運転(うんてん)しこれを発散(はつさん)せしむ
煙気(たばこのき)は聚(あつま)れば薫灼(くんしやく)の毒(どく)あり散(さん)ずれは又 発達(はつだつ)して其痕(そのあと)な

し今世の人々けふりを吸ひて煙を吐く漸く咽喉(のんど)の間にいたり
胃口までは至らずして出つ若し遺(のこ)れる薫(くすぼ)りあるときは湯
水か味噌汁をのめば悉く下に降(くだ)りて去り尽すこれ故に気
と火との負(ま)け勝(か)ちの害を受ずとぞ
   和蘭煙草(おらんだたばこ)の主治(しゆうぢ)
粘液(ねんえき)濁飲(だくいん)を疏(すかし)利(つう)する事を主(つかさど)る薬局中(やくきよくちう)にてはおほくの製法
を施して諸病に用ふるものありその伝来の始はしからず唯
歩卒(あしがる)役夫(しもべ)の輩 労疲(はたらきつかれ)飢渇(うゑかつへたる)の時にあたりて一吸(ひとすひ)ひきて暫時(しばし)
快きことを取れるものなりとぞ
 《割書:按に東方の諸国にては今もいたづらに朝夕けふらす事のみなれども|彼国は此草の本性(ほんせい)を考へて薬治(れうじ)に専ら用ふること左のごとく也》

煙草は性 酷烈(はげしく)油気(あぶらけ)と塩気(しほけ)ありすなはち吐下(はきくだす)の峻剤(きびしきくすり)なり痱(ひ)【左ルビ「ちうき」】
及 癱瘓(なんくわん)【左ルビ「なへしびれ」】不仁(ふじん)或は暈倒昏冐(めまひたちぐらみ)或は上気(のほせ)或は呼吸急迫(こきふきうはく)等の症を
主治す又 水銃方(すゐじうはう)薬中【左ルビ「こうもんよりくすりをつぐしかた」】にもこれを入れ用ふ又 嗅(か)ぐときは嚔(くさめ)を
止む一切の創傷(きりきず)浸淫(しんいん)悪瘡(あくさう)等凡此物 外科方中(げくわのやくはうのうち)に配合(あはせもちふ)る
ものは急(きう)を緩(ゆる)め瘀腐(おふ)を除く等の事わきて効(しるし)あり
此物の功をなすは全く製法の塩と油にあり一体 胸膈(けうかく)の痰滞(たんたい)を疏(す)
通(か)す惣て諸(しよ)悪液(あくえき)内(うち)に蓄(とゞこほり)て諸症を生する者これを服して
甚効あり
葉の味 苛(から)く嘗(なむ)れば舌頭(したさき)にしみてさすが如き辛(からく)烈(はげし)きものを
択(えら)ひ取りて薬用(やくよう)となすべし其(その)主治(しゆうじ)は急(きう)を緩(ゆる)め瘀(お)を除(のぞ)く

能く金瘡(きんさう)を愈(いや)す或は其 瘡(かさ)久しく愈(い)えず変(へん)じて翻花(ほんくわ)をな
す者或は墜堕撲(うちみ)傷或は虫獣螫傷(むしけだものにさゝれ)たるもの又は上気面赤(のぼせてかほあかく)
眼目(め)翳膜(かゝりもの)ある諸症又 殺虫(むしをころす)功もあり
風寒に属(ぞく)する頭痛或は手足 疼痛(いたむ)症には葉を取り炙(あぶ)りて
其痛所に一二遍も置ば甚効あり 歯痛(はのいたむ)には青汁(あをしる)を取り
布巾(ぬの)に浸(ひた)し其 蝕痛(むしばみいたむ)の所に置き或は細末(こな)となし傅(つ)けても亦
よし 金創諸部(いづれのところなりともきりきず)に被(かうふ)るものによし久しく治しがたきものに
わきて効ありこれをつけんとする前に先(まづ)酒か小便を以て患(いたむ)
処(ところ)を洗ひ細布(ぢほそのきれ)を以て血(ち)を拭(のご)ひ浄(きよ)くしてこれをつくべし
胃(ひゐ)虚(きよ)して水穀(くひもの)消化(こなれ)がたき者又 生稟(むまれつき)胃気(ゐのき)弱き者此物一二

葉を取り火にあぶり阿礼襪油(ほるとがるのあぶら)を和し能 研(すり)合せ腹(はら)の上 胃(ゐ)の
部位(ぶゐ)に置ば大いに功あり又 解毒剤(げどくざい)ともなすあるひは毒箭(どくや)に
中り血(ち)迸(ほとばし)り出て止ざるものによし斯(かく)のごとき功ある故に軍(いくさ)
陣(ば)に出る時は此 青汁(あをしる)を器物(うつは)に貯(たくは)へて持行き其 不慮(ふりよ)の備と
なすもし青汁なければ乾葉(かはけるは)を用るも亦可なり
葉厚き物を択ひ取り石臼に入れ杵(つ)きて其汁を取り腹の
上 脾(ひ)の臓(ざう)の部位(あるとほり)に按(おけ)ば脾(ひ)の固結(かたまりむすぼふ)る諸症を融解(とか)す或は
細末(こな)となしつくるもよし或は膏(こうやく)となしこれを貼(は)るも亦 佳(よき)也
胃痛(ひゐいたみ)疝瘕(せんき)其余寒に属(ぞく)する者或は風気を帯(おぶ)る者此葉を
温(あたゝ)めて其 患(いたむ)上におけば諸痛 速(すみやか)に退くなりこれは屡(しば〳〵)試て

しるしを取れり 関節(ふし〳〵)疼痛(いたむ)諸症毎朝 食前(めしまへ)に一二葉を
嚙(か)めば粘唾(ねばきつは)を吐(はき)て其患即ち除く 大飲(のみすごし)飽食(ばうしよく)腹脹満(はらはりみち)たる
者二葉を取り熱灰(あつはひ)を其内に包み暫く其気を透徹(とほら)し
め是を腹の上におけば其 脹(はり)即ち解(と)く 葉を石臼にて
杵(つ)き巾(きれ)にて漉(こ)し過(すご)し乳汁(ちしる)と砂糖とを加へ水銃注(みづてつはう)【左ルビ「すぽいと」】肛方(くすり)に用ゆ
冬月小児 踵(きびす)はれ蠶蝕(くひこむ)ものにつけて極めて効あり刀創(きりきず)骨(ほね)に透(とほ)る
者これを施し数日にして能 肌(はだへ)を生しきず口を歛(おさ)む
諸潰瘍(すべてのしゆもつ)虫(むし)を生する者此汁を塗れば速に去るなり 金創
未だ日を経(へ)ず其毒も深からざるもの此汁と渣(かす)とを取り患処に
塗れば忽ち愈ゆ若し其毒深きものは先(まづ) 酒を以て其内に

注(つ)ぎ入れ此汁を棉(きれ)布に浸(ひた)して創(きず)を覆(をほ)へば日ならずして
全く治す尤創の内外を浄(きよ)らかにすべし
乾葉(かはけるは)も亦其功用少からず留飲(りういん)の諸症には其よく乾きたる
物を取りて細末となし香炉(かうろ)の内に於て焚(た)き其上に転注(じやうご)の
ごときものを掩(おほ)ひ其 管(くだ)の所を病者のくちにつけて其けふりを
受く此のごとくすれば夥しく粘痰(ねんたん)宿水(しゆくすい)を吐出(はきいだ)して即ち愈ゆ
又水 腫(しゆ)を療するには前法の如くにして唯じやうごのごときものを
覆(おほは)ず病者口を開きて直に其煙を呑めば水気よく消(せう)するなり
子癇(しかん)の症此草を以て両 股(もゝ)横骨(わうこつ)の辺を薫(くすぶら)すれば其苦みを止む
乾葉(ほしは)を粗末(こな)となし火を点(てん)し鼻より嗅(か)ぐものを鼻煙(かぎたばこ)と名く

其功甚多し殊に能く脳髄(なうみそ)閉塞(とぢふさがる)を開き嚏(くさめ)を発して其
蓄(たくはふ)る所の瘀物(おぶつ)を瀉出(もら)すこれ故に感冒(ひきかぜ)頭風(づつう)等常に用ひ
て速功(そくこう)を得るなり人々 盒子(ふたもの)に貯(たくは)へて常に備ふべし
又頭痛を治するには此草を嚙み一箇(いちぷく)の煙を吸ふ間にして其痛
を除く葉を杵き爛(たゞ)らし諸(もろ〳〵)腫瘍(はれもの)に貼(は)れば則よく膿熟(うま)す
緑葉(あをは)を取り蒸露缶(らんびき)にて蒸して其 露水(つゆ)をとりこれを
硝子罎(ふらすこ)の内に貯へ置金瘡或は腫瘍(はれもの)あるひは冬月 跟(かゝと)腫(はれ)爪(つま)
甲指(きし)腫(はれ)るものに此油を棉布(きれ)に浸し患処を覆へば忽ち
愈ゆるなり又此物を取りて膏薬に製すれば其功前に
説く所の生汁一味を用るものよりははるかに勝(まさ)れり今

全く腹内に水の充満(みちみつ)るにはあらずこの吹煙(けふりをふく)法は煙草の辛辣(からき)
気(き)を以て其膓中を刺戟(さ)し從(したがつ)て能く収斂(しうれん)し且其気 下腹(したはら)
の諸筋(すぢ)及 胃腑(ゐのふ)鬲膜(かくまく)に連り及んで膓中自然の動機(はたらき)を促(うなが)し
催(もよほ)さしむるによつて胸隔(けうかく)を寛豁(くつろが)し呼吸(いき)を復(ふく)せしむるなり
 《割書:此療法近ころ一良書より新訳せるものなり扨 注肛水銃導法(こうもんよりつぎこむれうぢかた)の|一法に直腸吹煙(けふりをふきこむ)の器ありこれを便秘(ひけつ)の症に施す法なり其方術も器具|もへいすてるといふ人の書中に出せり常の煙管を用ひんよりはかねて此器|を作りて其用を待たば尚便利なるべし》 
   肛門(こうもん)より煙を吹きこむ図
此図は他の療法(れうぢかた)にて煙草(たばこ)の煙(けふ)りを肛門(こうもん)より吹こむ器なり
阿蘭陀にても常用の磁器長煙管(やきものながきせる)を用ひしは急卒(にわか)の

間(ま)に合(あひ)なるべし此邦(こちら)のきせるにては
火頭(ひさら)小さく管(らう)も短かく且あつき
にもたへざるべし常に此器を造(つく)り
備へ置かば便りよかるべしとすな
はち亦こゝに摸(うつ)せり時に臨で
此器を用ふれば貴人婦人と
いへども其 下体(しもはだ)を全く露(あら)はさしめ
ずしてその術を施すも便利なり
   △造法ならびに用ひかた

    ろ
      に

 い
  は

 「い」印は鉄或は銅にて阿蘭陀 煙管(きせる)の大火頭(おほがんくび)のごとくつくる
 其内に刻たばこを盛(も)り火を点す《割書:辛(からく)して強き|たばこをよしとす》「に」印はその
 火皿の底に接(せつ)する革(かは)にて作れるたわむべき長筒なり「ろ」印
 の象牙(ぞうげ)の小管(こくだ)に接(せつ)す即此 牙管(ぞうげのくだ)を肛門にさし入れ上の
 「は」印の火さらにつけし小管より煙を吹こむなり其吹
 かたは先一ぺん吹入れ二度目はけふりを多く含み一いき
 に強く吹こむなりしばしありても腹鳴(はらなり)吐水(みづをはく)の容子なき
 時は又右のごとく吹こみ其効を見るに至るべし
又 喘息病(ぜんそくびやう)に煙草青葉 修合(あはせかた)の一良法あり毎にこれを試るに
極めて効ありこゝには略せり

 《割書:此等の訳説皆生草或は乾葉を取りて内服外用して功を試みたるの方法なり|これは常用の薫煙(すひたばこ)の外の事にして和漢のいまだ試み知らざる所なり今此 新試(はじめてこゝろむる)の|訳説(わげ)を見るときは人々日夜の薫灼(くんしやく)をなすは尤心を用ふべきことなりさて此草本来の|主療(こうのう)を詳に弁し医俗を論せず自ら試みて其功用を逞(たくまし)うせば無益の異艸とも|云べからず殊に今に至りては世に夥しく有触るゝものにて諸国の村里にありては得や|すく且なしやすき便法(べんはう)なり又前法の外にも彼国嗣出の薬局(やくきよく)方書中に数々の|方法も見ゆれば志ある人は尋求てよ》
   唐土吃煙(もろこしすひたばこ)の功能
煙草の味は辛く気は温にして性は毒ありこれを吃(のめ)は寒と温と
より発(おこ)る痺(しびれ)を治し胸中の痞隔(つかえ)と痰の塞(ふさが)りを消(せう)し経絡(けいらく)の結(けつ)
滞(たい)をひらく其専らなる功は四ッあり一ッには醒(さむ)れば能これを酔しむ
これはその火気 薫蒸(くんしよう)して表裏(へうり)皆 通徹(つうてつ)し酒をのめる如くなれば
なり二ッには酔はよく是を醒すこれは酒後に啜(すへ)ば気を寛(ゆるく)し痰を

【「 」は、▢で囲まれた字。前コマ図中にあり】

下し余酔(さかけ)頓(たちまち)に解(げ)す三ッには飢(うゆ)れば能くこれを飽(あか)しめ四ッには
飽くときはこれを飢ゑしめ又空腹の時これをのめば充然(じうぜん)気(き)
盛(さかん)にして飽くがごとし飽て後これをのめば則飲食も快く消
しやすし
又これを吸へば頭目を利し風邪を解し悪気を逐ひ百病を
去り身を強く健(すこやか)にす △煙脂(やに) 能蛇毒を解す
 《割書:按に試みに煙脂少許を取り蛇口に入るれば其脂の気其身にまはり|次第に肉の色変じつひにすくみあがりて死するなり又 蛭(ひる)の人の身につき|たるにこれをぬれば忽ちはなれて死す農夫 泥田(どろた)に入る者蛭の取りつくをさけん|とするものは脛に二三ヶ所脂をぬりて入れば必とりつく事なしと云》
門吉士(もんきつし)のいへるは此物の功あるわけは気の甚 辛烈(からくつよき)故に火を得て
燃(もや)し其煙気を吸ひ其気 喉中(のんど)に入れば大に能く霜露風雨

の寒を禦(ふせ)ぎ山蠱(さんこ)鬼邪(きじや)の気を避(さ)く小児これをのめば疳積(かんしやく)を
殺し婦人此をのめば能く癥(しやく)痞(つかえ)を消す気滞(きたい)痰滞(たんたい)一切 寒(かん)
凝(ぎよう)不通(ふつう)の病あるもの此を吸へば即ち通ず
又一書に能く瘴気(しやうき)を解し最 霧湿(むしつ)を消す其霧湿の毒
といふものは海に起り山瘴の気は山に盛なり其盛に行るゝ所に
ては此煙草の薬勢火の力を借(かつ)て行(めぐ)らす事なり《振り仮名:如_レ斯|かくのごとき》辛き
味のものは先(まつ)肺臓(はいのざう)に入り遍く経絡(けいらく)に走る故に微風暴寒は
立ところに吹き散すべし又能強て栄衛(ゑいゑい)を行らし驟(にはか)に閉(ふさ)
塞(ぎ)を開く寒なる者は暫く熱せしめ飢るものはこれをして
暫く飽(あか)しめ倦(う)める者はこれをして暫く健(すこやか)ならしむ車に

のり馬に騎(の)り行く人風雨霜雪の中を往来するものは少し
用ひても其功は至て速(すみやか)なるものにしてこれより便なるはなし
故にこれを喜(この)むもの至て多くなりたり凡病あるものに
用ふればかく熱毒あるものとはいへども能病に当たるなり
膿窠疥虫(むしをいたすはれもの)を洗ひて妙なり此物世人 終身(いつしやう)用ふることを厭(いと)はず
いとへばかへつて病来る嗜(この)めば病 愈(いゆ)といふ
明(みん)の時(とき)滇(てん)といふ地を征伐(せいばつ)し深入りして瘴地に入りしに
軍士皆病に染みたり其中にて一ッの陣営(ぢんや)中のみ其患な
かりきこれは絶えず煙を吸ひし故なりこれをきゝて扨は
此物 瘴気(しやうき)を免るゝものなりとて徧く遠近に伝へて人毎に

これを服する事になれりおもふにこれは寒湿陰邪と穢気(ゑき)
を避(さ)け虫を殺す功あればなり又汁に搗(つ)き用ふれば頭虱(かしらのしらみ)を除
くべし其性純陽なるものにて能 行(めぐ)らし能 散(ちら)す功あり
 《割書:右漢人の主治諸説は皆 験(こゝろ)み知る所にして疑ひなし寒国 瘴地(しやうち)の人|又其地に行(ゆく)役人尤 航海(ふなわたり)の人等は闕くべからざる要品なるべし》
   和漢煙毒を解す方
梹榔 煙毒を解す 又 泥漿(どろみづ)を用て薬に和し用るも可なり
砂糖 此毒を解す 又麦門冬 知母 山枝 花粉 黄芩
蘇木 甘草 爪蔞仁 枇杷葉
右九味煎して渣(かす)を去り沙糖一両を和し服す
向井震軒曰煙草を多服して眩暈(けんうん)頭痛 悪心(むねわるく)するものは味噌汁を

飲んで即愈ゆ急に汁なきときは焼味噌を食ふも亦よし煙管(らう)に脂の
塞(ふさが)るものは味噌汁を以てとほせば能通ずこれらにても其解毒たる
事を知るべし又脂の衣服を汚すも味噌の熱汁(あつしる)をそゝげば即ち浄し
此余の諸方法のあること正編に詳なれども我邦にては味噌汁を飲んで
これを解すること極めて妙法なれば他これにまされるものあるまじきなり
   禁忌《割書:以下の漢説皆 薫煙(すひたばこ)の |習俗(ならはし)をいましめしなり》
陰虚(いんきよ)吐血(とけつ)肺燥(はいさう)労瘵(らうさい)の人みだりに用ることなれ偶(たま〳〵)これをのむこと
あれば其気 閉悶(へいもん)昏憒(こんくわい)死せるものゝごとし善物(よきもの)にあらざる事
知るべきなり陰虚(いんきよ)不足(ふそく)の人には宜しからざる所以(ゆゑ)なり
 《割書:按するにこれはのみて其性に合はずといふ人にして右にいふ陰虚不足等の|人にやあらん扨後には甚だ嗜む人にてものみ習ひのはじめは昏憒(くら〳〵)するもの》

 《割書:甚多し又初め右の変を覚えたるも一体其性にあへばつひにのみ馴れて|口に絶(たゝ)さるにも至るしかれば其性にあへば各別の害もなき事にや各好んで|のむといへども人々によりて多少はあるなりしかるときは専ら内に得ると得ざるとの|差別あるべし又婦女子は男子より多服せぬなりされども田舎の婦女はこれと異なり》
医意商(いいしやう)といふ書には平人にして酷(はなは)だこれを好ことを深く戒
めて尽せり但しこれを用ること既に少くして功(こう)微(び)なり毒も
又微なり云云其教深切なりといふべし
 《割書:此余和漢の諸書皆 過服(のみすご)して人に益なき事を説けり其説大同小|異なれば正編にゆつりてこゝには其簡要なる事のみを載つ》
和蘭諸書(おらんだのしよしよに)曰 煙(たばこ)を吸へば或は酔て睡眠(ねふり)をなすなり又 頭脳(かしら)を
攪動(さわかし)てこれが為(ため)に精神 錯乱(さくらん)すこれは此草の熱性(ねつせい)甚しき
故なり又多くこれを服すれば気力を減耗(へら)す
又口より吸ひ鼻より薫するも多きに過れば頭脳を攪擾(さわか)し

必ず気力を耗(へ)らし知覚(きおく)を失ふといへり
一書此物 過服(のみすご)せば必す害あり記臆(きおく)意識(いしき)を損し或は昏憒(こんくわい)眩(けん)
暈(うん)を発すこれは他の故にはあらず能く神経(しんけい)に透徹(たうてつ)して真
気を耗消(へら)すを以てなり世人これを省(さとら)ずして常用のものと
なし暫くも手と口とを離さず余を以て思ふに恐くは強壮
なる者をして怯弱(きようじやく)ならしめ遂には其天年をしゞむる
ならん摂生(ようじやう)の人よく〳〵省(かへり)み思ふべしとぞ
 《割書:此余和蘭の諸説大同小異正編に尽せりこれらは薫煙の過|服を戒めしなり漢説と相似て又実理の精を加ふるものあり|よく〳〵考ふべし》

目さまし草終

清中亭主人観予■【門以ヵ】下所記蔫録
附余一本請上梓名以是有正編之
羽翼而拡家翁諄々之心者也然文
理未貫考証猶疎不可助出以■【尓ヵ】人
■【享ヵ】亭主固請不已因謀御同志校
正免筆乃経家翁検見■■【以授ヵ】■■【厚善ヵ】
亭主以粥蔫為産本■【気言会ヵ】弁蔫之
功害以及人歟嗚乎蔫之書現也

高及須弥■【蒙ヵ】徧十方■【而ヵ】■【今ヵ】刊此上
以■【尓ヵ】世間則不亦世尊所謂功徳
之一端哉是予之所以不散峻把梓
行之請也
     磐里拙者題【角印「茂」「楨」】

      友人宝唐窟主
        書【印「菅」「良」】

【白紙】

【裏表紙】

{

"ja":

"救民妙薬"

]

}

【帙・表・題箋】
救民妙薬

【帙・背・題箋】
救民妙薬

【帙・表・題箋】
救民妙薬

【表紙】

【右丁】
不許翻刻
千里必究【2行矩形で囲む】
《題:救民》《題:妙薬》
書坊柳枝軒《割書:蔵|版》【印 方道】

【左丁】
《振り仮名:救民|きうみん|【左ルビ:すくうたみ】》妙薬(みやうやく)【瓢印 彰考館】

大君(たいくん)《割書:予(よ)》に命(めい)すらく山野
貧賎(ひんせん)の地(ち)には医(い)もなく
薬(くすり)もなし下民(かみん)病(やん)て臥(ふす)
時(とき)は自(をのづから)治(ぢ)するを待(まち)不(さる)_レ治(ぢせ)者(ものは)或(あるいは)
死(しゝ)或(あるいは)廃人(はいじん)となる是(これ)皆(みな)非(ひ)
命(めい)なり求(もとめ)やすき単方(たんほう)
を集(あつめ)て是(これ)にあたへ是(これ)を

【左ルビは、左記の書式で表記する。】
《振り仮名:親文字|右ルビ文字|【左ルビ:左ルビ文字】》

【黒印・184343 / 大正7.3.31】
【朱印・京都帝国大学図書】
【朱印・富士川游寄贈】

【右丁】
すくへと《割書:予》謹(つゝしんて)承(うけたまはつて)_レ命(めいを)其(その)病(やまひ)
其(その)処(ところ)に求(もと)め易(やす)き薬方(やくほう)
三百九十七方 編集(へんしう)して
救民妙薬(きうみんみやうやく)と名(な)つけて
深山(しんざん)野居(やきよ)の者(もの)に与(あたふ)_レ之(これを)
庶幾(こいねかはくは)済民(さいみん)の一 助(じよ)ならんか
元禄癸酉歳
常陽水戸府医士
  穂積氏甫庵宗與撰

【左丁】
  目録
[一]中風(ちうぶ)       [二]疫癘(ゑきれい)
[三]食傷(しよくしやう)《割書:并》諸毒消(しよどくけし)  [四]鰹酔(かつをにゑい)たるに
[五]河豚酔(ふくにゑい)たるに   [六]諸魚毒解(もろ〳〵のうをのどくけし)
[七]菌魚毒中(くさびらきよどくにあたる)に  [八]諸毒解(しよどくけし)
[九]水蛭(ひる)を飲(のみ)たるに  [十]酒毒(しゆどく)に
[十一]生肉食(なまにくしよくし)て毒(どく)に [十二]蟹(かに)の毒(どく)に
[十三]蛇咬(へびくい)の薬(くすり)    [十四]蜈蚣咬(むかでくい)の薬(くすり)
[十五]蜂(はち)に螫(さゝれ)たるに  [十六]毒魚刺(どくぎよさし)たるに

【[ ]は、隅付▢の中の文字】

【右丁】
[十七]鼠咬(ねずみくい)       [十八]鼠小便目(ねずみのせうべんめ)に入(いるに)
[十九]簽刺(どけふみぬき)の薬(くすり)    [二十]矢根其外鉄立(やのねそのほかてつのたちたる)薬
[廾一]喉(のどに)どけの立(たち)たる薬 [廾二]脱肛(だつこう)の薬(くすり)
[廾三]痔(ぢ)の薬       [廾四]癇之薬(てんがうやみのくすり)
[廾五]《振り仮名:白禿瘡|しらくもの|【左ルビ:はくとくさう】》薬(くすり)     [廾六]頭瘡緒瘡(かみかさもろ〳〵のかさ)
[廾七]狐臭(わきが)の薬(くすり)     [廾八]鼠瘻(ねずみかさ)の薬
[廾九]瘰癧(るいれき)の薬      [三十]魚目(うをのめ)
[卅一]水腫(すいしゆ)の薬      [卅二]小便閉(せうべんへい)の薬
[卅三]大小便(だいせうべん)《振り仮名:閉|へいの|【左ルビ:とぢたる】》薬    [卅四]小便頻数(せうべんしげき)

【左丁】
[卅五]大便閉(だいべんへい)       [卅六]淋病薬(りんびやうくすり)
[卅七]小児淋病(せうにりんびやう)      [卅八]諸淋薬(しよりんくすり)
[卅九]疔薬(てうのくすり)        [四十]癰疽薬(ようそのくすり)
[四十一]諸腫物薬(もろ〳〵しゆもつくすり)    [四十二]諸腫物小瘡内薬(しよしゆもつせうさうのないやく)
[四十三]ねぶとの薬     [四十四]肥前瘡(ひぜんがさの)薬
[四十五]くさかさの薬    [四十六]すねくさの薬
[四十七]風疹薬(かざぼろしのくすり)     [四十八]《振り仮名:諸瘡|しよさう|【左ルビ:もろ〳〵のかさ】》薬
[四十九]《振り仮名:灸瘡|きうさう|【左ルビ:やいとがさ】》薬      [五十]《振り仮名:漆毒|しつどくの|【左ルビ:うるしにかせたる】》薬
[五十一]霜焼(しもやけの)薬      [五十二]痰(たん)の薬

【左ルビは、左記の書式で表記する。】
《振り仮名:親文字|右ルビ文字|【左ルビ:左ルビ文字】》

【右丁】
[五十三]治 霍乱(くはくらん)   [五十四]手足痛(しゆそくいたむ)薬
[五十五]ひやうそ   [五十六]《振り仮名:聤耳|ていじ|【左ルビ:みゝだれ】》
[五十七]耳中(みゝのうち)へ虫入(むしいり)たる時(とき)の薬
[五十八]耳聾(みゝつぶれ)の薬  [五十九]寸白(すんばく)の薬
[六十]胸虫(むねむし)の薬    [六十一]疝気寸白(せんきすばくの)薬
[六十二]疝気(せんき)《振り仮名:陰嚢|いんのう|【左ルビ:へのこ】》腫(はれ)薬
[六十三]疝気(せんき)の薬   [六十四]積寸白(しやくすばくの)薬
[六十五]喉痺(こうひ)の薬   [六十六]《振り仮名:咽喉|のど|【左ルビ:いんこう】》腫痛(はれいたむに)
[六十七]歯(は)くさの薬  [六十八]歯痛齦(はいたみはぐき)たゞれ

【左丁】
[六十九]歯動痛(はうごきいたむ)薬   [七十]歯いたむ薬
[七十一]虫歯(むしば)の薬    [七十二]気詰歯動痛(きをつめはうごきいたむ)
[七十三]小児舌胎(せうにしたしとぎ)   [七十四]口中(こうちう)たゞれ
[七十五]頭痛(づつう)     [七十六]《振り仮名:眩暈|けんうん|【左ルビ:めまひ】》
[七十七]《振り仮名:翻胃|ほんゐの|【左ルビ:しよくをはくやまひ】》薬    [七十八]乾嘔(からゑづき)の薬
[七十九]《振り仮名:吐酸|とさん|【左ルビ:すいみづをはくやまひ】》     [八十]《振り仮名:五膈|ごかくの|【左ルビ:はきやまひ】》薬
[八十一]呃逆(しやくり)      [八十二]打身(うちみの)薬
[八十三]《振り仮名:接骨|ほねつぎ|【左ルビ:せつこつ】》     [八十四]小児五疳(せうにごかんの)薬
[八十五]小児瘧(せうにおこりの)薬   [八十六]小児疱瘡(せうにはうさう)

【右丁】
[八十七]痘瘡目入(とうさうめにいる)に [八十八]雀目(とりめ)の薬
[八十九]つき目の薬  [九十]つき目うはひそこひ
[九十一]やみめの薬  [九十二]目の諸病(しよびやう)に
[九十三]風眼(ふうがん)の薬  [九十四]脚気(かつけ)の薬
[九十五]瘧(おこり)の截(きり)薬  [九十六]おこりの薬
[九十七]衂血(はなぢ)の薬  [九十八]血(ち)とめ
[九十九]吐血(とけつ)の薬  [一百]下血(げけつ)の薬
[百一]《振り仮名:湯火傷|やけど|【左ルビ:とうくはしやう】》    [百二]《振り仮名:乳癰|ちのめ|【左ルビ:にうよう】》
[百三]《振り仮名:痢病|あかなめ|【左ルビ:りびやう】》     [百四]《振り仮名:腰痛|こしいたみ|【左ルビ:ようつう】》《振り仮名:帯下|こしけ|【左ルビ:たいげ】》

【左丁】
[百五]難産(なんざん)の薬    [百六]胎死腹中痛(たいしふくちういたむ)
[百七]《振り仮名:胞衣|のちのもの|【左ルビ:ゑな】》《振り仮名:不_レ 下|おりざるに》  [百八]下疳妙薬(げかんのめうやく)
[百九]《振り仮名:腹痛|ふくつう|【左ルビ:はらのいたみ】》     [百十]たむしの薬
[百十一]くさたむしの薬 [百十二]《振り仮名:補薬|おぎなひくすり|【左ルビ:ほやく】》
[百十三]無病延命術(むびやうゑんめいのじゆつ)  [百十四]《振り仮名:救_二卒死_一方|そつしをすくふはう》
[百十五]旅立(たびだち)する者(もの)胡椒(こせう)持(もつ)事
[百十六]他国(たこく)へゆく者(もの)田螺(たにし)を持(もつ)事
[百十七]寒(かん)の内(うち)に水を服(ふく)する事(こと)
[百十八]食傷(しよくしやう)に食事(しよくじ)用(もちゆ)る事

【右丁】
[百十九]痢病(りびやう)に食事(しよくじ)用(もちゆ)る事
[百二十]瘧(おこり)病後(やんでのち)の事 [百廾一]熱病後(ねつびやうののちの)事
[百廾二]酒(さけ)《割書:并(ならびに)》焼酎(せうちう)を呑(のみ)ての事
[百廾三]《振り仮名:鹿|しか|【左ルビ:ろく】》を食(しよく)する人の事
[百廾四]鳳仙花(ほうせんくはの)事 [百廾五]《振り仮名:玉簪|うない|【左ルビ:ぎほうし】》の事
[百廾六]初生(しよせい)の小児(せうに)歯(は)のはへる事
[百廾七]小児(せうに)乳汁(にうじう)許(ばかりの)事 [百廾八]《振り仮名:堕胎|だたい|【左ルビ:こをおろす】》の事
[百廾九]食物(しよくもつに)《振り仮名:有_レ過|あやまちある》事 [百卅]くい合(あはせ)の事
救民妙薬目録終

【左丁】
 ○中風(ちうぶ)
[一]諸(もろ〳〵)の中風(ちうふ)に吉【欄外上部に▲】
晩蚕砂(ばんさんしや) 《割書:かいこのふんなり》
右 好酒(よきさけ)に一 夜(や)ひたしほし。
粉(こ)にして湯(ゆ)或(あるひ)は酒(さけ)にて用(もち)ゆ。
虚證(きよせう)なるには晩蚕(ばんさん)の蝶(てふ)に
なりたるを加(くは)へてもちゆ
[又]桑葉(くはのは) 《割書:五十目 湯(ゆ)をかけほし》 
黒胡麻(くろごま) 《割書:百目 すこしいりて皮(かは)をさる》
右二 色(いろ)粉薬(こぐすり)に成共(なりとも)。或(あるひは)蜜練(みつねり)に
して成共。又 丸薬(ぐはんやく)に成共して。

【右丁】
湯(ゆ)あるひは酒(さけ)にて用(もち)ゆ
[又]無実稲葉(みなしいねのは) 《割書:みのらざるしいないね也》
右せんじもちゆ
[二]疫癘(ゑきれい) 《割書:俗(ぞく)に云やくびやうの事》【欄外上部に▲】
疫癘(ゑきれい)に蘭葉(らんのは)を干(ほし)てきざみ。
二匁ばかりつねのごとくせんじ
用(もち)ひ吉(よし)。葉(は)を門戸(もんこ)にかけをけば。
疫病(やくびやう)その家(いへ)にいらぬものなり。
[又]《振り仮名:艾葉|もぐさのは|【左ルビ:よもぎ】》 《割書:一匁 五月 ̄ニ取(とり)て干(ほし)きざみ》 
甘草(かんざう)《割書:五分 上皮(うはかは)をけづり去(さり)きさみて》
右二 色(いろ)合(あは)せつねのごとく煎用(せんじもちゆ)

【左丁】
[又]熱(ねつ)さめかぬるに
《振り仮名:鼹鼠|あんそ|【左ルビ:うぐろもち】》 《割書:爪(つめ)足(あし)腸(わた)をとりてくろやき》
右 粉(こ)にして水にてなりとも
湯(ゆ)にて成共 望(のぞみ)にもちひよし
[又]《振り仮名:蚯蚓|きういん|【左ルビ:みゝず】》をよくすり水にたて。
上水(うはみづ)を用ひ妙也(めうなり)。ほしてをき
きざみ。せんじ用ひたるもよし
 ○食傷(しよくしやう)
[三]食傷(しよくしやう)并 毒解(どくけし)【上部欄外に▲】
羅石草(らせきさう) 《割書:川 ̄ニあるひるもの事なり》
右 陰乾(かげぼし)にして粉(こ)にして用(もち)ゆ

【右丁】
鉄(てつ)をいむ。石臼(いしうす)にてひくべし
[又]升麻(せうま)《割書:十匁》 梹榔子(びんらうじ)《割書:一匁》
右 粉(こ)にしてゆにてもちゆ
[四]鰹(かつほ)に酔(ゑい)たるによし【上部欄外に▲】
するめせんじもちゆ
[五]河豚(ふぐ)に酔(ゑい)たるによし【上部欄外に▲】
桜木(さくらのき)皮(かは)せんじ用(もち)ゆ
[又]つわ《割書:ふきのはによく|にたるものなり》葉(は)をとり。
もみしぼり其汁(そのしる)を用(もち)ひよし
[又]紺屋(こんや)の染物藍(そめものあい)を呑(のみ)吉(よし)。菌(きのこ)に
酔(ゑい)たるにもよし。大 毒解(どくけし)なり

【左丁】
[又]青鵐(あをしとゝ)觜(くちばし)爪(つめ)翼(は)尾(お)腸(はらわた)をさり。
くろやき粉(こ)にして。さゆにて用ゆ
[又]鉄砲薬(てつはうぐすり)ゆにて用ひよし
[又]南天(なんてん)の葉(は)もみしぼりて。
其 汁(しる)ちやわんに一ツ用ひて吉
[又]芦根(よしのね)きざみせんじ用(もち)ゆ
[六]諸魚(もろ〳〵のうを)の毒解(どくけし)【上部欄外に▲】
瓢核(ふくべのさね)ほし粉(こ)にして三 分(ふん)ほど
さゆにて用(もち)ひ吉(よし)。或(あるひは)山梔子(さんしし)剉(きざみ)
湯(ゆ)にふり出(いだ)し用(もち)ゆ。陳皮(ちんひ)もよし
[又]椎栗茸(しいたけ)ゆにてふり出(いだ)し用(もちひ)

【右丁】
吉(よし)。榧実(かやのみ)を剉(きざ)みふり出(いだ)し用(もち)ひ吉
[七]菌(くさびら)《割書:きのこ|の事》魚毒(ぎよどく) ̄ニあたるに吉【上部欄外に▲】
桜実(さくらのみ)陰干(かげぼし)にして。粉(こ)にしてさゆ
にて用(もちゆ)。木(き)の皮(かは)をせんじ用(もちゆる)又 吉(よし)
[八]諸毒解(しよどくけし)【上部欄外に▲】
山梔子(さんしし) 萵苣(ちしや) 右 等分(とうぶん)に 
合(あわせ)て酒(さけ)又はさゆにて用(もち)ひ。又 藍(あいの)
葉(は)くろやきにして加(くは)へて用吉。
[又]硫黄(ゆわう)すり粉(こ)にして。ゆにて
もちひよし
[又]蒼鷺(あをさぎ)くろやきにして。湯(ゆ)

【左丁】
にてもちひてよし
[又]葛根(くずのね)せんし用ひてよし
[九]水蛭(ひる)を呑(のみ)たる ̄ニ泥(どろ)を用(もちひ)て吉【上部欄外に▲】
[又]蓼(たで)汁をのみてよし。又は
馬歯莧(すべりひゆ)もみ汁(しる)をのみてよし
[又]野猪油(ゐのしゝのあぶら)。塩(しほ)すこし入。温(あたゝ)め
醋(す)にてもちゆ
[又]海鼠(なまこ)を服(ふく)し吉(よし)。或(あるひ)は串鼠(くしこ)を
粉(こ)にして。湯水(ゆみづ)にて用ひよし
[十]酒毒(しゆどく)には。葛花(くずのはな)かげぼし。【上部欄外に▲】
粉(こ)にしてゆにて用ひて吉

【右丁】
[又]瓠苗花(ゆふがほのはな)かげ干(ぼし)。粉(こ)にして用吉
[又]茄子花(なすびのはな)陰(かげ)ぼし粉(こ)にして用吉
[十一]生肉(なまにく)食(しよく)して毒(どく)に中(あたり)たる【上部欄外に▲】
には。土(つち)を三 尺(じやく)ほり。其下(そのした)の土(つち)を
取(とり)煎(せん)じて澄(すま)し。上水(うわみづ)を飲(のみ)てよし。
[十二]蟹(かに)の毒(どく)にあたるに。紫蘇(しそ)【上部欄外に▲】
又《振り仮名: 冬瓜|とうぐは|【左ルビ:かもうり】》をせんじもちひよし
[十三]蛇咬(へびくい)の薬(くすり)【上部欄外に▲】
露草(つゆくさ)《割書:はながら|の事也》花(はな)も葉(は)も。ひとつ
にもみ。さしたる口(くち)にすりつくる
[又]牛(うし)のひたい《割書:水草也》
【左丁】
瓠苗(ゆふがほ)の蔓(つる)《割書:うらのやはらか|なる所をもちゆ》
二 色(いろ)酒(さけ)にてすりのべ。酒(さけ)にて
酔(ゑふ)ほど度々(たび〳〵)のみてよし
[又]瓠苗(ゆふがほ)の切口(きりくち)にてさし口(くち)を
するべし
[又]のゑん《割書:あはたち草(ぐさ)ともいふ》
もみてさし口(くち)をするべし
[又]蚯蚓(きういん)の首(かしら)に。白節(しらふし)ある所(ところ)。五
六 分(ぶ)切(きり)。すりたゞらかし。さし口
につけ吉
[又]枇杷核(びはさね)《割書:但(たゞし)一ッ核(さね)吉》せんじ用(もちゆ)

【右丁】
又さし口をあらひよし
[又]藜(あかざ)をもみすりぬりて吉。
又たばこの葉(は)付(つけ)てよし
[又]紫花地丁(こまひきぐさ)茎根(くきね)共(とも)に研(すり)たゞ
らかし付(つく)る。煎(せん)じ服(ふく)しても吉
[又]青鵐(あをしとゝ)黒(くろ)やき粉(こ)にして付(つけ)て吉
[又]黒大豆葉(くろまめのは)。塩(しほ)少(すこし)加(くは)へて付て吉
[又]胡椒粉(こせうのこ)醋(す)にてとき付て吉
[又]蝦蟇(ひきがへる)黒(くろ)やき。瓠苗(ゆふがほ)の葉(は)の汁(しる)か。
又はごまの油(あふら)にてとき付て吉
[又]石灰(いしばい)。水にたて。さい〳〵洗(あら)ひ
【左丁】
よし。又は鉄砲薬(てつはうぐすり)さし口にをき
火(ひ)を付たるも吉
[又]《振り仮名:仙人草|ふづくさ|【左ルビ:せんにん】》もみ汁を付てよし
[又]煤塩(すゝしほ)を合(あは)せ付てよし
[又]田柳(ひきおこし) 《割書:又キバセンイ草とも云》
右すりたゞらかし付てよし
[又]石見川(いしみかは)《割書:さはふた|とも云》もみて付て吉
[十四]蜈蚣咬薬(むかでくいのくすり)【欄外上部に▲】
鶏卵(にはとりのたまご)つぶし。さい〳〵付て吉。
屎(くそ)を水(みづ)にてとき付るもよし
[又]桑根汁(くはのねのしる)に塩(しほ)を入(いれ)付てよし

【右丁】
[又]蓼(たで)を揉(もみ)しぼり汁(しる)を付て吉
[又]蕨花(わらびのはな)陰(かげ)ぼし粉(こ)にして水
にてとき付てよし
[十五]蜂螫吉(はちにさゝれたるによし) 蒼耳葉(なもみのは)もみ【欄外上部に▲】
付よし。又は蓼(たで)のしる付てよし
[又]生里芋(なまさといも)を付てよし。茎(くき)にて
さし口をすりてもよし
[十六]毒魚刺(どくぎよさしたる)に【上部欄外に▲】
甘草(かんざう)《割書:大》 胡椒(こせう)《割書:中》 粉(こ)にして。口
にてかみしめし付てよし
[十七]鼠咬(ねずみくい)

【左丁】
閫閾(としきみ)の内(うち)のほこりを付るよし
[又]鼠尾草(そびさう)《割書:みそは|ぎの事》煎(せんし)洗(あら)ひて吉
[又]木綿核(きわたさね)をやき。けふりにて
むしふすべてよし。
[又]萩(はぎ)の茎(くき)の古(ふる)くなり。くち
たるをほし。粉(こ)にして付よし
[又]梅仁(ばいにん)醋(す)にて研(すり)和(やはら)げ付て吉
[又]猫屎(ねこのくそ)糊(のり)にてやはらげ付る吉
[又]猫(ねこ)のくろやき酒(さけ)にて用(もちひ)吉
又 大豆葉(まめのは)もみ付てもよし
[又]壁(かべ)にある鼠(ねずみ)の穴(あな)の鼠(ねずみ)の

【右丁】
つねに出入(いでいり)する所(ところ)を吟味(ぎんみ)し
て。其土(そのつち)を取(とり)。醋(す)あるひは鶏腸(はこ)
草(べ)の汁(しる)にて。ときて付るよし
[又]黒猫(くろねこ)の肉(にく)を味噌汁(みそしる)にて
煮(に)もちひよし
[又]鮒(ふな)の肉(にく)をすり付吉《割書:鮒(ふな)生(なま)なる|肉(にく)よし》
[十八]鼠(ねずみ)の小便(せうべん)目(め)に入(いり)たるに【欄外上部に▲】
猫(ねこ)のよだれをさし吉
[十九]簽刺(さんし)の薬(くすり)《割書:とげふみぬきの|      事也》【欄外上部に▲】
甘草(かんざう) 鰹(かつほ)ぶし二色(ふたいろ)。粉(こ)にし。
糊(のり)におしまぜ付てよし

【左丁】
[又]黄牛角(あめうじつの)粉(こ)にして。のりに合(あわせ)付
[又]蟷螂(かまきり)腸(わた)をとり研(すり)て付る吉。
又 黒焼(くろやき)にして。甘草(かんざう)加(くはへ)て付る吉
[又]蠅(はい)をすりたゞらかし付て吉
[又]猪鼻(ゐのしゝのはな)乾(ほし)。粉(こ)にして。付る吉
[又]胡瓜皮(きうりのかは)付て吉。又 螻蝈(けら)を
すりたて付るよし
[又]苦棟樹(せんだんのき)皮(かは)を付てよし
[又]甘草(かんざう) 干鮭頭皮(ほしさけのうをかしらかは)
右 粉(こ)にして付吉《割書:但しほ引のかしらの|皮(かは)もくるしからず》
[又]蓖麻子(ひまし)《割書:はらゑ【注】とも。とうごま|ともいふ》

【注 「はらゑ」は「からゑ」ヵ】

【右丁】
焼(やき)けふりにてむして吉
[又]国木(くぬぎ)の皮(かは)くろやき粉(こ)に
しておし合(あは)せ付る
[二十]矢根(やのね)其外(そのほか)鉄(てつ)の立(たち)たる薬(くすり)【上部欄外に▲】
《振り仮名:鼠|そ|【左ルビ:ねずみ】》糞(ふん)《割書:大》 巴豆(はづ)《割書:小》 のりにて
ひらく丸(ぐわん)じてさし入
[廿一]喉(のんど)にとけのたちたる薬(くすり)【上部欄外に▲】
鏡草(かゞみぐさ)粉(こ)にしてふくべし
[又]人の爪(つめ)一匁せんじもちゆ
[又]榎実(ゑのきのみ)粉(こ)にしてふくべし
[又]鴉(からす)の黒焼(くろやき)水にて用(もちひ)て吉

【左丁】
又 南天(なんてん)の葉(は)せんじ用ひよし
[又]赤松(あかまつ)の心(しん)焼(やき)。粉(こ)にしてふくべし
[又]鳳仙花(ほうせんくは)の実(み)。粉(こ)にして芦(よし)の
管(くだ)にて吹(ふく)《割書:但 歯(は)にあてべからず|はのどくなり》
[又]紙(かみ)を弐寸四方ばかりに切(きり)。
四方(しはう)の端(はし)にのりを付(つけ)て喉(のんど)に
はり。其中(そのなか)へ袋蜘蛛(ふくろぐも)を生(いき)なが
ら入れ。中(なか)にて動(うご)くやうにし
て。二時(ふたとき)ばかりをけば骨(ほね)ぬくる也
[廿二]脱肛薬(だつこうのくすり) 文蛤貝(はまぐりかい)せんし【上部欄外に▲】
その汁(しる)にてあらひてよし

【右丁】
[又]《振り仮名:蚯蚓|きういん|【左ルビ:みゝず】》土気(つちけ)をよくとり味(み)
噌汁(そしる)にて煮(に)て。汁(しる)ばかり二
夜(や)もちひてよし
[又]鼈甲(べつかう)《割書:川(かは)がめの|こう吉》醋(す)に浸(ひたし)て干(ほし)。
粉(こ)にして付吉。又 田螺(たにし)黒焼(くろやき)
粉(こ)にして。ごまの油(あぶら)にて付て吉
[又]古草履(ふるざうり)。火(ひ)にてあたゝめ。
いたむ所(ところ)にあて。痛(いたみ)やむなり
[廿三]痔(ぢ)のくすり【上部欄外に▲】
蜆(しゞみ)のせんし汁にて洗てよし
[又]五倍子(こくふし)。粉(こ)にして付るよし

【左丁】
[又]小鷺(こさぎ)くろやき粉(こ)にして湯(ゆ)
にて用ゆ。下血(げけつ)にもよし
[又]藍花(あゐばな)陰干(かげぼし)にして煎(せん)じ洗(あら)ふ
[又]鼹鼠(うぐろもち)黒(くろ)やき粉(こ)にして付吉
[又]川萵苣(かはぢしや)揉(もみ)しぼり。汁(しる)を付て吉。
或(あるひは)黒焼(くろやき)にして。胡麻油(ごまのあぶら)にて用て吉
[又]無花果(いちぢく)。葉(は)をせんじ洗(あらひ)て吉
[又]川亀(かはかめ)みそ汁(しる)にて煮(に)服(ふく)し吉
[又]蝸牛(くはぎう) 《割書:まい〳〵つふろの事なり》
くろやきにし。粉(こ)にして付吉
[又]鯖頭(さばのかしら)くろやきにして付て吉

【右丁】
[又]梓木皮(あづさのきかは)くろやきにして
酒(さけ)にてもちひてよし
[又]青苔(あをのり)粉(こ)にして。胡麻油(ごまのあぶら)にて付
[廿四]癇(かん)の薬(くすり) 《割書:俗てんとうやみといふ事》【上部欄外に▲】
烏鴉(ふとがらす)寒中(かんぢう)にとり。觜爪(はしつめ)を去(さり)。
くろやき粉(こ)にして用ひ吉
[又]蟾蜍(せんそ)《割書:ひき|がへる》黒焼(くろやき)粉(こ)にして用吉
[又]藜蘆(りろ)《割書:おもと|のね也》白水(しろみづ)に浸(ひたし)干(ほし)。粉(こ)に
して丸(ぐわん)じ。毎日(まいにち)三 度(ど)づゝ七七日(なゝなぬか)用
[又]羅石草(ひるも)。葉(は)をとり干(ほし)。粉(こ)に
して湯(ゆ)にてもちゆ

【左丁】
[又]人を焼(やき)。かまの内(うち)に。けふり
かたまりたるをとり丸(ぐわん)じ。金箔(きんばく)を
衣(ころも)にし。十 粒(りう)づゝ湯(ゆ)にて用吉
[又]白蛇(はくじや)生(なま)にて用ひてよし
[廿五]白禿瘡(はくどくさう)《割書:しらくもの事》【上部欄外に▲】
茵陳(いんちん)《割書:ごぎやうの事|からよもぎ共云》黒(くろ)やき粉(こ)に
して。ごまのあぶらにてとき付
[又]鶏卵(にはとりたまご)にごまの油(あぶら)を合せ付
[又]金鈴子(きんれいし)《割書:せんだんの|みの事》くろやきに
し。粉(こ)にしてかみのあぶらにて付
[又]土器粉(かはらけのこ)松脂(まつやに)等分(とうぶん)。粉(こ)にして

【右丁】
かみのあぶらにて。とき付る
[又]黄牛屎(あめうじのくそ)。黒焼(くろやき)粉(こ)にして付て吉
[又]干蕪(ほしかぶら)黒焼(くろやき)胡麻油(ごまあぶら)にて付て吉
[又]石蒜花(しびとばな)《割書:ぢごくばなの事なり》
根(ね)をとり切口(きりくち)にてすりて吉
[廿六]頭瘡諸瘡薬(かみかさもろ〳〵のかさぐすり)【上部欄外に▲】
牛膝(ごしつ)《割書:こまのひざ|といふ草なり》くろやきにして。
かみのあぶらにてとき付て吉
[又]蓖麻子(ひまし) 糊(のり)におし合(あは)せ。足(あし)の
ひらにはりてよし
[廿七]狐臭薬(わきがのくすり) 《振り仮名:古銭|こせん|【左ルビ:ふるきぜに】》砥(と)にて【上部欄外に▲】

【左丁】
おろし。ゐさせて砥(と)くそをとり付
[又]墨(すみ)をすり腋下(わきのした)にぬる ̄ニ。穴(あな)
あるところは。かはかぬなり。其/所(ところ)
に灸(きう)をしてよし
[又]明礬(みやうばん)粉(こ)にして。毎朝(まいてう)すり
ぬりてよし
[又]五味子(ごみし)を粉にして。水 ̄ニて
とき付てよし
[又]石灰(いしばい)七日 酒(さけ)にひたし付て吉
[又]巴豆(はづ)田螺(たにし)二色(ふたいろ)すりたゞら
かし。脇毛(わきげ)をよくぬきすりぬる。

【右丁】
又/田螺(たにし)のから。粉(こ)にして付て吉
[廿八]鼠瘻(ねずみがさ)の薬(くすり)【上部欄外に▲】
山百合(やまゆり)の根(ね)をすり。蜈蚣(むかで)の黒(くろ)
やき半分(はんぶん)合(あは)せ。ねり付けてよし
[又]猫(ねこ)の糞(ふん)。《振り仮名:雨露|うろ|【左ルビ:あめつゆ】》に晒(され)たるを取(とり)。粉(こ)にして。ごまの油にてとき付吉。
[廿九]瘰癧薬(るいれきのくすり) 鼈(かめ)をみそ【上部欄外に▲】
しるにてせんじ服(ふく)して吉
[三十]魚目(うをのめ) 《割書:千日瘡(せんにちかさ)ともいふ》【上部欄外に▲】
白米(はくまい)一/粒(りう)。うをのめにおしあて。小(こ)
刀(がたな)のさきにて米(こめ)の上(うへ)に。十の字(じ)
【左丁】
をかき。溝(みぞ)の中(なか)へすつれば。米(こめ)
くちたる時(とき)。うをのめぬくるなり。
[又]塩漬茄子切片(しほづけのなすびきりへぎ)。魚目(うをのめ)を摺(すり)て吉
[又]蜂(はち)の子(こ)かへらぬとき。すり
たゞらかし付るよし
[又]秋(あき)ぐみ葉莖(はくき)ともに刻(きざ)み。
せんじあらひてよし
[卅一]水腫薬(すいしゆのくすり)【上部欄外に▲】
冬瓜黒焼(とうぐはくろやき) 狸皮黒焼(むじなかはくろやき)
二色(ふたいろ)等分(とうぶん)合(あは)せ粉(こ)にして。小豆(あづき)
の大(おほきさ)に丸(ぐはんじ)。一日に三十 粒(りう)。酒(さけ)にて用

【右丁】
[卅二]小便閉薬(せうべんへいのくすり)【上部欄外に▲】
菅(すげ)をせんじ腰湯(こしゆ)をしてよし
[又]田(た)にし肉(にく)をすり。ほそに
はりて。せうべん通(つう)じてよし
[又]沈香(ぢんかう)《割書:四匁》 甘草(かんざう)《割書:二匁》 煎(せんじ)用(もちひ)て吉
[又]枇杷葉(びはのは)をせんじ用ひてよし
[又]文蛤貝(はまぐりがい)よくされたるを粉(こ)
にして《振り仮名:陰茎|いんきやう|【左ルビ:へのこ】》の口(くち)に入(いれ)てよし。
女には紙(かみ)につけはりてよし
[又]鱵魚(さより)《割書:俗にさいれんと云》
目(め)をとり。ほして置(をき)せんじ用

【左丁】
[卅三]大小便閉(だいせうべんへいの)薬【上部欄外に▲】
明礬(みやうばん)の粉(こ)のりにて丸(ぐはん)じ。臍(ほそ)の
中(うち)に入。かみにてふたをして置(をき)吉
[又]滑(くはつせき)の粉のりにて臍(ほそ)の下(した)
一寸にはり吉
[卅四]小便頻数(せうべんひんさく)《割書:せうべんしげく|する事なり》【上部欄外に▲】
鼬(いたち)くろやき粉(こ)にし。さゆにて用
[卅五]大便閉(だいへんへいの)薬【上部欄外に▲】
青苦葉(あをきば)黒焼(くろやき)《割書:三匁》 葛粉(くずのこ)《割書:一匁》
粉(こ)にしてさけにて用
[又]牽牛子(けんごし) 大黄(だいわう) 桃仁(とうにん)

【右丁】
右粉にして赤飴餹(あかきあめ)をのべ包(つゝ)み
長(なが)く丸(ぐわん)じ。肛門(こうもん)にさして吉
[又]《振り仮名:白桃花|はくとうくは|【左ルビ:しろもゝ】》ほし粉にして白砂(しろさ)
糖(たう)水(みづ)にてねり丸(ぐはんじ)吉
[卅六]淋病薬(りんびやうのくすり)【上部欄外に▲】
葛粉(くずのこ) 川蜷(かはにな)《割書:俗にかはつ■|といふ》等分(とうぶん)合(あはせ)
粉にして。一匁づゝ葛水(くずみづ)にて用
[又]大麦炒(おほむぎいり)《割書:三合》 甘草(かんざう)《割書:二匁》
せんじ用ひてよし
[又]燕(つばめ)觜(はし)足(あし)を取(とり)黒焼(くろやき)粉(こ)にして用
[又]車前子(しやぜんし)の葉(は)根(ね)実(み)ともに。

【左丁】
生(なま)にてすりたて酒(さけ)にて用
[又]白鶏冠子(しろけいとうのみ)。又は葉(は)煎(せん)じ用(もちひ)
吉。或(あるひ)はみそ汁(しる)にて煎服(せんふく)して吉
[又]早稲秧(さなへ)かげぼしせんじ用
[又]古壁(ふるかべ)のすさを取(とり)水(みづ)にて洗(あらひ)
煎(せん)じ用。小便(せうべん)しぶり。腫気(しゆき)に吉
[又]夏枯草(うこさう)《割書:うつほ草ともいふ》
花(はな)茎(くき)ともにせんじもちゆ
[又]蜂巣(はちのす)《割書:八匁》 干姜(かんきやう)《割書:二匁》 煎(せん)じ用
[卅七]小児淋病(せうにりんびやう)薬【上部欄外に▲】
浮石(かるいし)粉(こ)にして用ひてよし

【右丁】
[卅八]諸淋(しよりんの)薬【上部欄外に▲】
多賀良草(たからさう)の根(ね)あらひせんじ用
[又] 鮒(ふな)腸(わた)共(ともに)黒焼(くろやき)粉(こ)にして酒(さけ)にて用
[又]《振り仮名:乱髪|らんはつ|【左ルビ:かみのけ】》黒焼(くろやき)粉(こ)にして。毎日(まいにち)二
三 度(ど)つゝ酒(さけ)にて用《割書:男子(ナンシ)には女ノ乱髪|女子(ニヨシ)には男子ノ乱髪》
[又] 荷葉(はすのは)黒焼(くろやき)粉(こ)にして酒(さけ)にて用。
又 白玉(しらたま)椿花(つはきのはな)かげぼしせんじ用
[又] 象牙粉(ざうげのこ)うすぢや半服(はんぶく)程(ほど)
ゆにて用ひてよし
[又]鹿茸(ろくじやう)《割書:しかのふくろづのなり》
五 分許(ぶばかり)。みそしるにてせんじ用

【左丁】
[又]滑石(くはつせき) 巴豆(はづ) 粉(こ)にして合せ
臍(ほそ)にはりてよし
[卅九]疔薬(ちやうのくすり) 枯礬(こはん)《割書:みやうばんの|やきかへし》【上部欄外に▲】
桃仁(とうにん)《割書:もゝのさねの|内にあるみなり》右 等分(とうぶん)粉(こ)に
して。乳(ち)にてとき付よし
[又 ]熊胆(くまのゐ) 水にてとき。烏(からす)の
羽(は)にて。さい〳〵ひくべし
[又] 木瓜(ぼけ)黒焼(くろやき)にして胡麻油(ごまのあぶら)にて
とき付吉。又につしゆの大妙薬(だいめうやく)也
[四十]癰疽薬(ようそのくすり) 青苦葉(あをきば)粉(こ)に【上部欄外に▲】
して飯(めし)のとりゆにてときつけ。

【右丁】
あをきの葉(は)を。ふたにして吉
[又]鮒魚(ふな)古綿(ふるわた)よくあらひ。等(とう)
分(ぶん)粉(こ)にして。水にてとき付て吉
[又]大黄(だいわう)をあつ湯(ゆ)にてふり出(いだ)
して。かすをさり。さい〳〵引(ひき)て吉
[又]糸瓜(へちま)のくろやきを。白湯(さゆ)に
て。一日に三 度(ど)もちゆ
[四十一]諸腫物(もろ〳〵しゆもつの)薬 芝切(しばきり)の葉根(はね)共(とも)【上部欄外に▲】
に陰干(かげぼし)粉(こ)にして。水にてとき付吉
[又]百合(ゆり)生(なま)にてすりたゞらかし。
塩(しほ)すこし入。いたむ所(ところ)に付

【左丁】
[又]葉紫花(はむらさき) 油(あぶら)を取(とり)て引(ひき)て吉
[又]河原(かはら)ひさけの実(み)。陰干(かげぼし)煎(せんじ)用(もちゆ)
[又]犬山枡実(いぬさんせうのみ)。あをき時(とき)すり
たゞらかし付。又 葉(は)をかげぼし
にして。粉(こ)にして酢(す)にてとき。
引(ひき)てよし。ちらし薬(ぐすり)なり
[又]鮒魚(ふな)薯蕷(やまのいも)等分(とうぶん)すりたゞ
らかし腫物(しゆもつ)にはりて吉。はり
やうは腫物(しゆもつ)のかしらの所(ところ)を残(のこし)
てはり付る也。薬(くすり)の上(うへ)へ。杉原(すぎはら)
紙(がみ)を引(ひき)さき。ふたにする也

【右丁】
[四十二]諸腫物(しよしゆもつ)小瘡(せうさう)之(の)内薬(のみぐすり)【欄外上部に▲】
国皮(こくひ)《割書:国木(くぬき)の事。上(うへ)の皮(かは)を|けづりさりて内皮(うちかは)よし》忍冬(すいかづら)《割書:葉(は)茎(くき)|ともに》
右きざみ等分(とうぶん)に合せ。一服(いつふく)二匁/許(ばかり)。
つねのごとくせんじ用て吉
[四十三]ねぶとの薬 杉脂(すぎやに) 胡椒(こせう)【欄外上部に▲】
等分(とうぶん)すり合て付。ふたをする
[又]醤油(しやうゆ)《割書:なるほどこきを》烏羽(からすは)にて
さい〳〵ひきてよし
[四十四]肥前瘡(ひぜんがさの)薬【欄外上部に▲】
米泔(しろみづ)の滓(をり)をとり。付てよし
[又]皂角葉(さいかちのは)。水にて煎(せん)じ洗(あらひ)吉
【左丁】
[又]藜蘆葉(おもとのは)。根(ね)ともに煎(せんじ)て洗(あらひ)吉
[四十五]くさかさの薬 田螺(たにし)黒焼(くろやき)【欄外上部に▲】
粉(こ)にして。かみの油にてとき付
[又]竹(たけ)の虫(むし)くそ。粉(こ)にして付て吉
[又]乱髪(かみのけ)焼(やき)粉(こ)にして。かみの油
にてとき付て吉
[又]列当(つちあけび)くろやき粉にして。
かみのあぶらにてとき付て吉
[又]浮萍(ふへい)《割書:うきくさ|の事》すりて付て吉
[又]山梔子(さんしし)くろやき。粉(こ)にして。
かみの油にてとき付てよし

【右丁】
[又]鮒(ふな)一ッ腸(わた)をさり。女子(をんな)の乱髪(かみのけ)
にてつゝみ。土器(かはらけ)に入/黒焼(くろやき)にし。
粉(こ)にしてかみの油にてとき付吉
[又]古傘紙(ふるからかさかみ)焼(やき)。胡麻油(ごまのあぶら)にてとき付
[四十六]すねくさの葉 雁屎(がんのくそ)焼(やき)【欄外上部に▲】
ごまの油(あぶら)にてとき付てよし
[又]藍花(あゐばな)《割書:大 》《振り仮名:軽粉|けいふん|【左ルビ:はらや】》《割書:少》 すり合
塩湯(しほゆ)にて。瘡(かさ)をあらひ付て吉
[又]《振り仮名:蕎麦粉|きようばくこ|【左ルビ:そばのこ】》ゆにてとき付て吉
[又]真竹葉(まだけのは)黒焼(くろやき)《割書:一匁》 《振り仮名:軽粉|けいふん|【左ルビ:はらや】》《割書:一分》
ごまのあぶらにてとき付て吉
【左丁】
[又]土茯苓(どぶくりやう) 《割書:山帰来(さんきらい)の事》
黒焼(くろやき)かみの油(あぶら)にてとき付て吉
[又]仙人草(ふつくさ) 青汁(あおしる) 松脂(まつやに)を煉(ねり)
あはせ付てよし
[又]つわの葉(は)。火(ひ)にてあたゝめ
てもみ。ふたにして置(をけ)ば。水ながれ
出(いで)て愈(いゆ)。大/妙薬(めうやく)なり
[四十七]風疹(かざぼろし)の薬 榎葉(ゑのきは)を醋(す)【欄外上部に▲】
にてせんじ。上(うへ)にひきてよし
[又]五加樹(うこぎ)花せんじて服(ふく)し吉
[四十八]《振り仮名:諸瘡|しよさうの|【左ルビ:もろ〳〵かさ】》薬 赤小豆(あかあづき)《割書:香色(かういろ)に炒(いり)|四十粒》【欄外上部に▲】

【右丁】
同《割書:くろやきに|して四十粒》粉(こ)にして。ひよどり
じやうごのもみ汁(しる)にてとき付吉
[四十九]灸瘡薬(きうさうのくすり) 《割書:やいひのかさになりたる也》【欄外上部に▲】
枯礬(こはん)《割書:みやうばんの|やきたる》水にてとき付(つけて)吉
[又]栝樓(からすふり)根(ね)ほし粉(こ)にして付て
吉。ゆにてのみてもよし
[又]馬糞(ばふん)のよく乾(ひ)たるを。ひ
ねりかけてよし
[五十]漆毒(しつどく) 《割書:うるしにかせたる事》【欄外上部に▲】
鰹(かつほ)を食してよし。生(なま)なき時は。
かつほぶしをせんじ。服して吉
【左丁】
[又]紫蘇(しそ) 陳皮(ちんひ) 香附子(かうぶし)
各(をの〳〵)等分(とうぶん)合(あは)せ。一匁ほど。つねの
ごとくせんじ用(もち)ひてよし
[五十一]霜焼薬(しもやけのくすり) 牡蛎(かきがら)白焼(しらやき)にし。【欄外上部に▲】
粉(こ)にしてかみの油(あぶら)にてとき付(つけ)て吉
[又]里芋(さといも)土(つち)を洗(あら)はず。黒焼(くろやき)粉(こ)にし
て。かみの油にてとき付てよし
[五十二]痰(たん)の薬(くすり) 干姜(かんきやう) 胡桃(くるみ)【欄外上部に▲】
粉(こ)にしてもちひてよし
[又]梨子(なし)一ッ胡椒(こせう)五十 粒(りう)合(あは)せ。黒(くろ)
やき粉(こ)にしてさゆにて用

【右丁】
[又]くるみすりたゞらかし蜜(みつ)に
てねり。一匁づゝ毎日(まいにち)さゆにて用
[又]半夏(はんげ) 陳皮(ちんひ) 白/茯苓(ぶくりやう)
桔梗(ききやう) 右/等分(とうぶん)粉(こ)にして用ゆ
[五十三]治 霍乱(くはくらん) 胡椒(こせう)二三/粒(りう)毎朝(まいてう)【欄外上部に▲】
用ゆ。その日は霍乱(くはくらん)せぬものなり
[又]益知(やくち) 木香(もつかう) 藿香(くはつかう)
三 味(み)等分(とうぶん)合(あはせ)。あつきゆにてふり
出([い]だ)し用ゆ。粉(こ)にして湯(ゆ)にて用(もちひ)ても
よし。夏(なつ)の中(うち)は何にても用(もちひ)て吉
[又]葛粉(くずのこ)《割書:十匁》黄柏(きわだ)《割書:六匁》 胡椒(こせう)《割書:四匁》
【左丁】
右/粉(こ)にしてもちゆ。くはくらん又は
むし。しよくしやう。くだり腹(はら)何(いつれ)にも吉
[五十四]手足(しゆそく)痛(いたむ)薬 榎(ゑのき) 桑(くはのき) 忍冬(すいかづら)【欄外上部に▲】
三色(みいろ)せんじあたゝめ洗(あら)ひてよし
[五十五]ひやうそ 《割書:俗にゆびすゝきといふ事也》【欄外上部に▲】
こゑむしの皮(かは)をまき付てよし
[又]みゝずをつぶし付てよし
[又]ひきがへるの皮(かは)まき付よし。
青(あを)がへるにてもよし
[又]山べといふ魚(うを)の皮(かは)をまき付
よし。又くろやき粉(こ)にして。ごま

【右丁】
のあぶらにてとき付よし
[又]泥鰌(どぢやう)をくろざたうにて
せんじつめて付てよし
[又]小麦藁(こむぎわら)黒焼(くろやき)《割書:一匁》《振り仮名:軽粉|けいふん|【左ルビ:はらや】》《割書:五分》
粉にして酢(す)にてとき付て吉
[又]むめぼしすり付てよし
[又]茄子花(なすびのはな)くろやき。ごまの
あぶらにて付てよし
[又]杉緑(すぎのみどり)黒焼(くろやき) 軽粉(けいふん)少(すこし)加(くは)へ。粉(こ)に
してごまの油(あぶら)にてとき付て吉
[又]大黄(だいわう)根(ね)葉(は)ともにくろやき。
【左丁】
かみの油にてとき付てよし
[又]鱸(すゞき)の頭(かしら)くろやき。ごまの
あぶらにてとき付る
[又]米粃(こめぬか)【糠ヵ】くろやき。はこべの
汁(しる)にてとき付てよし
[五十六]聤耳(ていじ)《割書:みゝだれ|の事》大根(だいこん)のしぼり【欄外上部に▲】
しるを。こよりのさきに付て入吉
[又]くまのゐを水にてとき少(すこし)入吉
[又]《割書:からみゝ|によし》天南星(てんなんじやう)《割書:俗にをゝへ|ぶすと云》の根(ね)を
つきしぼり汁(しる)をすこし入吉
[又]蝉脱(せみのぬけがら)くろやき。ごまの油にて

【右丁】
とき入。生(なま)にて粉(こ)にして。こより
のさきに付(つけ)入るも又よし
[又]蜂窠(はちのす) 蝉脱(せみのぬけがら) 荷葉(はすのは) 三色(みいろ)等(とう)
分(ふん)黒焼(くろやき)ごまの油にてとき入吉
[又]地(ぢ)しばりといふ草(くさ)をしぼり
て。其汁(そのしる)を入(いれ)よし。或(あるひ)はかげぼし
にして。水にてとき入もよし
[又]尾長蛆(おながうぢ)黒焼(くろやき)胡麻油(ごまのあぶら)にてとき入
[又]茄子漬(なすびづけ)なるほど古(ふる)きをよく
あらひかはかし。其汁(そのしる)をしぼりて
すこし耳(みゝ)の内(うち)に入てよし
【左丁】
[又]兔(うさぎ)の糞(ふん)火(ひ)にやき。其(その)けふり
を耳(みゝ)のうちへ入てよし
[又]石亀尾(いしがめのお)かげぼし粉(こ)にして
耳(みゝ)のうちへすこし入よし
[五十七]耳中(みゝのうち)へむし入たる時は【欄外上部に▲】
胡麻油(ごまのあぶら)其虫(そのむし)入方に一盃(いつはい)入よし
[五十八]耳聾(みゝつぶれの)薬 蚯蚓(みゝず)黒(くろ)やき【欄外上部に▲】
粉(こ)にし。胡麻油(ごまのあぶら)にてとき耳中(みゝのうち)に入吉
[五十九]寸白(すんばく)のくすり【欄外上部に▲】
《振り仮名:蛮椒|ばんせう|【左ルビ:たうがらし】》をすりいたむ所に付て吉
[又]阿膠(にかは) 梅酸(むめず)にてとき。いたむ

【右丁】
ところに付てよし
[又]真竹筍皮(まだけのこのかは)。黒焼(くろやき)粉(こ)にして
毎日(まいにち)一匁づゝ酢(す)をあたゝめ湯(ゆ)にて
用(もち)ゆ。又は茭(まこも)のせんじ汁(しる)にて用
[又]毛蓼(けたで) 薏苡仁(よくいにん) 葉茎(はくき)ともに 
二/色(いろ)等分(とうぶん)合(あは)せせんじもちゆ
[又]木綿(きわた)核(さね)せんじて用よし
[又]烏(からす)黒焼(くろやき) 芥子(けし)《割書:百目》
粉(こ)にし。酢(す)にてときいたむによし
[六十]胸虫(むねむしの)葉 牛蒡(ごばう)の葉(は)すり【欄外上部に▲】
とろまして塩(しほ)少(すこし)入。ゆにて用
【左丁】
[又]《振り仮名:藜蘆|りろ|【左ルビ:おもとのね】》 粉(こ)にし糊(のり)にて丸(ぐわん)じ丹(たん)
を衣にして毎日(まいにち)一/粒(りう)さゆにて用
[又]薏苡仁(よくいにん) 粉(こ)にして。毎日(まいにち)少(すこし)
づゝ酢(す)にてもちゆ
[又]硫黄(ゆわう)粉(こ)にして丸(ぐはん)じ。味噌(みそ)を
衣(ころも)にかけ。毎日さゆにて用
[又]上野砥(かうづけのと) 茶(ちゃ) 等分(とうぶん)合(あはせ)。毎日
一匁づゝ。しほゆにてもちゆ
[又]松緑(まつのみどり) 三四月にとり陰干(かげぼし)に
してきざみ。古酒(こしゆ)盃(さかづき)に二はい入。
一盃(いつはい)にせんじ用。又/生松葉(なままつば)も吉

【右丁】
[又]童子(どうじ)の大便(たいべん)ほし。粉(こ)にして
丸(ぐわん)じ生姜汁(しやうがしる)にて用(もちひ)よし
[六十一]疝気(せんき)寸白(すばく)の葉【欄外上部に▲】
山茶花葉(さざんくはのは)《割書:廿枚》 硫黄(ゆわう)《割書:三匁》 煎(せんじ)用(もちゆ)
[六十二]疝気(せんき)《振り仮名:陰嚢|ゐんのう|【左ルビ:へのこ】》腫(はれ)薬【欄外上部に▲】
南天(なんてん)の葉(は)うすくせんじて
あたゝめ。さい〳〵たでゝよし
[六十三]疝気(せんき)薬 益母草(やくもさう) 忍冬(にんどう)【欄外上部に▲】
等分(とうぶん)水にて煎(せんじ)用(もちゆ)。又とりもち一
味(み)丸(ぐわん)じて。金箔(きんばく)衣(ころも)にして用吉
[六十四]積(しやく)寸白(すばくの)薬【欄外上部に▲】
【左丁】
あをさぎのかしら羽(は)足(あし)をさり。
黒焼(くろやき)粉(こ)にして。湯(ゆ)又は酒(さけ)にて用
[六十五]治(ぢす)_二喉痺(こうひを)_一《割書:のとけ|の事》 刀豆(なたまめ)黒(くろ)【欄外上部に▲】
やき粉(こ)にして。管(くだ)にて吹入(ふきいれ)妙(めう)なり
[又]赤蜻蛉(あかとんぼう)干(ほし)粉(こ)にして吹入(ふきいれ)よし
[又]蜜柑(みかん)の黒焼(くろやき)吹入よし。喉(のど)腫(はれ)ふさ
がる時は。牛房(ごばう)にても大根(だいこん)にても
急(きう)に喉(のど)へつきこみ。血(ち)を取(とり)て吉
[六十六]咽喉(いんこう)腫(はれ)痛(いたむ)には【欄外上部に▲】
山繭(やままゆ)の黒焼(くろやき)。絹(きぬ)に包(つゝみ)ふくみて吉
[又]山梔子(さんしし)一/味(み)せんじ用よし

【右丁】
[又]耳(みゝ)のあかとりふきこみ吉
[又]薏苡仁(よくいにん)の粉(こ)ふき入よし
食(めし)にしてもよし
[六十七]歯(は)くさのくすり【欄外上部に▲】
尾長蛆(おながうじ)黒焼(くろやき)に枯礬(こはん)《割書:みやうばんの|やきかへし也》
すこし加(くは)へ。粉(こ)にして付よし
[六十八]歯(は)痛(いたみ)はぐきたゞれの薬【欄外上部に▲】
蓮葉(はすのは)黒焼(くろやき) 国木皮(くのぎかは)黒焼(くろやき)
等分(とうぶん)合(あは)せ粉(こ)にして付よし
[又]古茄子漬(ふるなすびづけ)黒焼(くろやき)明礬(みやうばん)等分(とうぶん)
合せ。粉(こ)にしてすりぬる
【左丁】
[六十九]歯(は)動(ゆるぎ)いたむに吉【欄外上部に▲】
𬂼(いほた)【注】をせんじ毎日(まいにち)ふくみよし
[七十]歯(は)痛(いたむ)薬 藜(あかざ) 昆布(こんぶ)二色(ふたいろ)【欄外上部に▲】
くろやき等分(とうぶん)合(あは)せ。粉(こ)にして付吉
[又]松葉(まつば)手一束(ていつそく) 柚木皮(ゆすのきかは)上皮(うはかは)を
とり。うすく剉(きざみ)。茶(ちや)三 服(ぶく)程(ほど)。水(みづ)一
盃半(はいはん)入。一盃(いつはい)に煎(せんじ)。滓(かす)を去(さり)ふくみ吉
[又]茘枝(れいし)くろやき粉(こ)にしてぬる
[又]車前草(しやぜんさう)酒(さけ)にて煎(せん)じふくみ吉
[七十一]虫歯(むしは)の薬【欄外上部に▲】
焼酎(せうちう)にて口(くち)をすゝぎ又ふくみ吉

【注 「𬂼」不明】

【右丁】
[又]杉脂(すぎやに)又は桧脂(ひのきやに)丸(ぐはん)じて。むし
歯(は)のあなに入よし
[又]螻蛄(けら)。焼(やき)粉(こ)にして絹(きぬ)に包(つゝみ)。大豆(だいづ)
の大さにし。いたむ所にあてゝ吉
[又]胡椒(こせう)一/粒(りう)。あつき湯(ゆ)にひたし
て。上皮(うはかは)を取(とり)。きれにつゝみふくみ吉
[又]亀尾(いしがめのお)をとり。一/寸(すん)ばかりに切(きり)。
ほし皮(かは)をさり。いたむにくはへ吉
[又]馬歯(むまのは)を粉(こ)にして。きぬに
つゝみ。ふくみてよし
[又]松心(まつのしん)或(あるいは)節(ふし)を。黒焼(くろやき)粉(こ)にして。
【左丁】
松(まつ)やうじにて歯(は)の間(あいだ)にさし入吉
[又]犬山椒根(いぬざんせうのね)。せんじふくみて吉
[又]啄木(きつゝき)《割書:けらつゝき|とも云》觜(はし)をとり痛(いた)む
所にさして吉。又 葱白根(ねぎのしらね)を。ごま
の油(あぶら)にて煮(に)【注①】あたゝめふくみて吉
[又]髪剃砥(かみそりど)粉(こ)にして。ごまの油
にてとき。右(みぎ)痛(いた)むには左(ひだり)。左(ひだり)痛(いたむ)には
右(みぎ)の方(かた)の耳(みゝ)の内(うち)に入てよし
[又]芹(せり)の葉(は)をもみ汁(しる)をとり。
少(すこし)みゝに入てよし
[又]蜣螂(くそむし)【注②】やき虫歯(むしば)の穴(あな)に入よし

【注① 「に」の終画が消えていると思われる。】
【注② 辞書に「螂は蜋と同じ」とあり。俗字や譌字・略字ではない。】

【右丁】
[七十二]気(き)をつめ歯(は)動(うご)き痛(いたむ)には【欄外上部に▲】
南天(なんてん)の葉(は)をふくみてよし
[七十三]小児(せうに)舌胎(ぜつたい)《割書:わらんべしたにでき物し|したしろくなるをいふ》【欄外上部に▲】
天南星(てんなんじやう)粉(こ)にしてのりにて押合(おしあはせ)。
あしのひらにはりてよし
[又]尾長蛆(おながうぢ)陰干(かげぼし)粉(こ)にし。糊(のり)にて
足(あし)のひらにはりてよし
[七十四]口中(こうちう)たゞれに吉【欄外上部に▲】
黄柏(わうはく) 甘草(かんざう) 等分(とうぶん)粉(こ)にして
蜜(みつ)にてときふくみよし
[七十五]頭痛(づつう) 海白菜(わかめ)せんじ【欄外上部に▲】
【左丁】
かみをあらひよし
[七十六]眩暈(けんうん) 《割書:めまひの事》【欄外上部に▲】
山梔子(さんしし)くろやきにして酒(さけ)にて用
[七十七]翻胃薬(ほんゐのくすり) 《割書:食(しよく)をはくやまひ也》【欄外上部に▲】
南京(なんきん)そめ付皿(つけさら)粉(こ)にして薄茶(うすちや)
一服(いつふく)ばかり塩湯(しおゆ)にて用ひてよし
[七十八]乾嘔薬(からゑづきのくすり) 桜木皮(さくらのかは)黒焼(くろやき)【欄外上部に▲】
粉(こ)にしてさゆにて用ひてよし
[又]陳皮(ちんひ)檳榔子(びんらうじ)等分(とうぶん)粉(こ)にして
すこしづゝせんじ用ひてもよし
[七十九]吐酸(とさん) 《割書:すい水をはく病》【欄外上部に▲】

【右丁】
赤螺(あかにし)しらやき粉(こ)にしてもちゆ
[八十]五膈(ごかくの)薬 《割書:はきやまひ》【欄外上部に▲】
野蒜根(のひるのね)土用(どよう)の中(うち)とりほして
粉(こ)にしさけにてもちゆ
[又]塩鰹(しほかつほ)《割書:まいかつほ》 頭(かしら)あらひ。水
にてせんじ。少(すこし)づゝ用(もちゆ)妙(めう)なり
[又]やからといふ魚(うを)。煮(に)て食(しよく)し
て妙(めう)なり
[八十一]呃逆(いつぎやぐ)《割書:しやくりの事》 柿蔕(かきのへた)粉(こ)【欄外上部に▲】
にして用ゆ。せんじ用ゆもよし
[八十二]打身(うちみの)薬【欄外上部に▲】
【左丁】
苧麻(からむし)葉(は)茎(くき)ともによくほして。
くろやきにし。酒(さけ)にて酔(ゑふ)ほど用
[又]唐芋(たうのいも)を食(しよく)してよし
[又]《割書:くちきによし》 うどんの粉(こ)
焼酎(せうちう)にてとき付る
[又]膠(にかは)をとき付てよし
[又]しふき 紺屋糊(こうやのり) 梅干(むめぼし)三色(みいろ)
をおし合(あは)せ付てよし
[又]《振り仮名:蓖麻子|ひまし|【左ルビ:たうごま】》くろやき五分づゝ
毎(まい)日もちひてよし
[又]生姜(しやうが)牟粉(むぎこ)。水にてねり付吉

【右丁】
[又]牟粉(むぎこ) 山梔子(さんしし) 等分(とうぶん)粉(こ)にして
生姜(しやうが)のしるにてとき付て吉
[又]鮒(ふな)又は鰌(どぢやう)すりたゞらかし付吉
[又]梅干(むめぼし)黒焼(くろやき)粉(こ)にして毎日(まいにち)
ゆにて一二/度(ど)つゝ用ひてよし
[又]桜木皮(さくらのかは)せんじ用ひてよし
[八十三]接骨(せつこつの)薬 《割書:ほねつぎ》【欄外上部に▲】
山繭(やままゆ)くろやき末(まつ)して。山芋(やまのいも)生(なま)
にてすり合(あはせ)付(つけ)。柳皮(やなぎかは)にて巻(まき)て吉
[又]肉桂粉(につけいこ)を膠(にかは)にてとき。痛(いたむ)
所(ところ)にあつくぬり。其上(そのうへ)を樕柳(ゆやなぎ)
【左丁】
にて簀(す)をあみ包(つゝ)みをく也
[又]桧木皮(ひのきかは)《振り仮名:麁皮|そひ|【左ルビ:あらかは】》を去(さり)。酒(さけ)に浸(ひたし)炙(あぶり)。
又酒にひたし。さい〳〵して後(のち)。土器(かはらけ)に
入/黒焼(くろやき)粉(こ)にして。酒にて用(もち)ひ吉
[八十四]小児(せうに)五疳薬(ごかんのくすり)【欄外上部に▲】
黄柏(わうばく) 漆渣(うるしかす) 等分(とうぶん)粉(こ)にして。
のりにて丸(くわん)じ用ゆ
[又]車前草(しやぜんそう)根(ね)葉(は)実(み)ともに黒(くろ)
焼(やき)。うなぎをかば焼(やき)にし。味噌(みそ)
の内(うち)に。右の黒焼(くろやき)少(すこし)づゝ入やき用(もちゆ)
[又]疳(かん)にて目(め)見えざるに。蝦蟇(ひきがへる)

【右丁】
くろやきにし。粉(こ)にして少(すこし)づゝ
ゆにて用ひてよし
[八十五]小児(せうに)瘧(おこり)薬 牛膝根(こしつね)《割書:こまの|ひさ》【欄外上部に▲】
粉(こ)にして丸(ぐわん)じ。さゆにて用
[八十六]小児(せうに)疱瘡(はうさう)薬【欄外上部に▲】
赤牛(あかうし)の歯(は)粉(こ)にしてもちゆ
[八十七]痘瘡(とうさう)《割書:ほうさう|の事》目(め)に入に【欄外上部に▲】
ぬるでの脂(やに)を乳(ちゝ)にてとき。目(め)
の中(うち)に少(すこし)さしてよし
すゞめのおごけをとりて。からを
さり。内(うち)にある虫(むし)ばかりを。すり
【左丁】
たゞらかし。つゆをさしてよし
[八十八]雀目薬(とりめのくすり)【欄外上部に▲】
鯛(たい)のしほから用よし。又八ッ目(め)
うなぎ食(しよく)してよし。又/赤(あか)ゑいの
あぶらわた煮(に)て食(しよく)し吉《割書:うなぎ|のわたも|よし》
[八十九]つき目(め)の薬【欄外上部に▲】
さゞいのふた雨(あめ)にされたるを。
しらやきにして。みやうばんの
やきかへし少(すこし)加(くは)へて粉(こ)にして。
少(すこし)づゝ管(くだ)にてふきいれよし
[九十]又つき目(め)うはひそこひ目(め)【欄外上部に▲】

【右丁】
とげ立(たち)たるに
茭草(まこも)黒焼(くろやき) 上野砥(かうづけと)
右/等分(とうぶん)よくすり 合(あは)せさすべし
[九十一]やみ目薬 黄連(わうれん)煎(せん)じて【欄外上部に▲】
渣(かす)を去(さり)。上水(うはみづ)にてさい〳〵洗(あら)ひ吉
[九十二]目(め)の諸病(しよびやう)によき薬【欄外上部に▲】
大しだの葉(は)せんじ。辰砂(しんしや)すこし
くはへさい〳〵あらふ
[九十三]風眼(ふうがんの)薬《割書:さし薬すべからず|のみぐすりよし》【欄外上部に▲】
黄芩(わうごん)《割書:一匁|》 黄蓮(わうれん)《割書:二匁|》 大黄(だいわう)《割書:三匁|》
右 粉(こ)にしてのりにて丸(ぐはん)じ用(もちゆ)。
【左丁】
せんじ用ひてもよし
[九十四]脚気([か]つけ)のくすり【欄外上部に▲】
牛(うし)の糞(ふん)あたゝかなる内(うち)。とりて
いたむ所にぬり。上(うへ)をつゝみをく也
○こむらがへりにぼけの木(き)にて
さすりてやむ
ひさつくらの薬(くすり)
防已(ばうい)を粉(こ)にしてゆにて用吉
[九十五]瘧(おこり)の截薬(きりぐすり)【欄外上部に▲】
酒(さけ)一盃(いつはい)一夜(いちや)星(ほし)の影(かげ)をうつし。
明日(あくるひ)夜(よ)あけに鼈甲(かめのかう)の粉(こ)《割書:一匁|》

【右丁】
右の酒にてのむ。かめのかうは
よくさらしたるを用
[九十六]瘧(おこり)の薬 益母草(やくもさう)陰干(かげぼし)。【欄外上部に▲】
水に酒(さけ)合せ。一服(いつふく)《割書:一匁五分|》許(ばかり)つね
のごとくせんじ用(もちひ)妙(めう)なり
[又]河原紫胡(かはらさいこ)三匁。つねのごと
くせんしもちひてよし
[又]何首烏(かしゆう)《割書:せんふ|とも云》きざみ二匁
ほどつねのごとくせんし用
[又]山椒(さんせう)《割書:五分|》 《振り仮名:艾草|かいよう|【左ルビ:もぐさ】》《割書:一匁|》合せ
水にてつねのことくせんじ用
【左丁】
[又]久瘧(きうぎやく)には鼈(かめ)を煮(に)食(しよく)してよし
[九十七]鼻血(はなぢ)の薬 山梔子(さんしし)黒焼(くろやき)【欄外上部に▲】
はなの中へふき入よし
[又]奉書(ほうしよ)紙(かみ)を水にてぬらして
百会(ひやくゑ)にあて火(ひ)のし少(すこし)かける
[又]髪毛(かみのけ)やき。けふりにて鼻(はな)の
中をふすぶべし。又/焼(やき)粉(こ)にして
ふきいれてもよし
[九十八]血(ち)とめ あをしとゝ黒焼(くろやき)【欄外上部に▲】
粉(こ)にしてひねりかけ吉。飲(のみ)ても吉
[又]時鳥(ほとゝぎす)黒焼(くろやき)。粉(こ)にして付て吉

【右丁】
[又]くじらの髭(ひげ)粉(こ)にして付て吉
[又]松葉(まつば)を粉(こ)にし。ひねりかけて吉
[又]狐(きつね)ふくろ。ひきさき付て吉
[又]杉原紙(すぎはらがみ)香色(かういろ)に焙(あぶり)付て吉
[又]奉書紙(ほうしよかみ)寒(かん)卅日 水(みづ)に入て晒(さらし)
ほして置(をき)。ひきさき付てよし
[九十九]吐血薬(とけつのくすり) 串梯(くしがき)黒(くろ)やき【欄外上部に▲】
粉(こ)にして湯(ゆ)にて用てよし
[又]烏鴉(ふとがらす)くろやき粉(こ)にして
湯(ゆ)にて用てよし
[又]無花果(いちぢく)生(なま)にて食(しよく)しよし
【左丁】
下血(げけつ)衂血(はなぢ)にもよし
[一百]下血(げけつ)のくすり【欄外上部に▲】
指鯖(さしさば)の頭(かしら)くろやき湯(ゆ)にて用
[又]黒猫(くろねこ)くろやき湯(ゆ)にて用
[又]《振り仮名:木槿|もくきん|【左ルビ:むくげ】》の葉(は)かげぼし粉(こ)にし
て湯(ゆ)にて用ひてよし
[又]梅干(むめぼし)くろやき粉(こ)にして
ゆにて用ひてよし。又しもはら
加ふるに妙(めう)なり
[又]松緑(まつのみどり)四月八日にとり。酒に一 夜(や)
浸(ひたし)ほし。くろやきにして酒(さけ)にて用

救荒事冝

《題:増補救荒事宜 完》













自序
おの連古記婦みを見る尓。近具盤三十年。と越具盤五十年の
うちと尓。加奈ら須いひうゑ能事ありき。古能としご路。
たなつものゝみ乃里。何とな具をとりゆく越見るまゝ尓。天明
よ里このかた能歳月をかぞふ連ば。はやよそじ能う扁耳
なんなりけり。さ連ばいひうゑ能め具里来んこともありなん
か登覚束なし。い尓し扁能かしこき人乃言尓。事あらか
しめ須連ばつまづか須との給へ盤。い亭その心がま扁せん
もの越と思ひたち亭。うゑを春くふ扁きわざを。何らへ連
と奈く。と里つど扁かいつ希れば。ひ登まき能婦み登盤

なりぬ。も登より民乃司尓あらぬ身能。楚の事尓さへら登
介連ば。えうな記事こそ多かんめ連。さ連どその時尓?ん亭。
民を思ふせちなる君尓見せ参らせば。ひとつ能たより
登もなりなんかし。
天保二年といふとし葉月
         ?藤正謙識







救荒事冝目録
〇基金乃/萌(きざし)越早具知る事
〇凶災能署初/毛(け)替(かへ)春扁き事
〇/蝗(いなむし)越遂ふ事
〇飢饉能/兆(きざし)ある時村民へ申/諭(さと)春べき事
〇飢饉越救ふ事盤速尓春べき事
〇米刻穀越/融通(ゆづう)亭救ひの手当とする事
〇富人共尓施行米越勧る事
〇御救ひ普請の事
〇家々能貧富を調べ亭救ひを行ふ事

〇流民を指差置幷に疫邪を拂ふ事
〇行倒連もの越片付病人越介抱する事
〇粥施行の事
〇草木越と亭食登須る事
補 常平義倉社倉貯穀の事
   以上







救荒事冝
   〇飢饉乃きざしを早く知る事
/凡(およそ)飢饉の出たること盤。/俄(にわか)尓其年能内尓始まる尓あら須。二三年若
し具盤四五年も前かたよ里。米穀何となくとりおと里。その
上水早稲虫など能/災(わざわひ)国々よ里聞へありて。終尓盤大きゝん登
なることな連は。/牧民(ぼくみん)の官たるものはいふ尓及須。その外と亭もその
心かま扁春へきことなり。/禮紀(らいき)乃/王制篇(おうせいへん)尓と三十年能通といふ
ことありて。其内尓九年の貯をな須こと越いへば。近具盤三十年の
内外。遠具盤四五十年能内尓盤飛とたびうゆることあるものな連ば。
王制尓い扁る如く。三年能たくは扁なくて盤。国楚能く尓ゝあら須

といふべきなり。故尓国天下能阿るじたらん人盤。常尓その用意
あり度ことなり。〇/黒羽(くろは)能鈴木武介といふ人。物せし/農喩(のうゆ)
尓曰。大平以来。寛永十九年壬午きゝん。さて三十三年を/経(ゑ)て。
延寶三年乙夘きゝん。古連よ里五十七年を過ぎ。享保十七
年壬子きゝん。このゝち五十一年ありて。天明三年癸夘きゝん。
是にあひし人盤今尓多し。此凶年能難度々ありし事
かくのごとし。扨その年数を計しに。近希連ば三四十年の間
あり。遠具とも五六十年能内尓は来る事と心得。今尓も
来まじき事にあら須と思ひ。強く恐連。此事をつねに
わ春連須。農業を一途尓はけみ勉て。穀物を余し/貯(たくわへ)る



ゆう尓心掛。少しも怠るべから須。このきゝんは人間世界の大変
なり。此時尓当り亭人能死須ると活る登盤。唯手あ亭の
なきとあるとによるのみ。手当能貯なきとき盤。じつ尓あや
うき事也。〇農喩尓。延寶三年より五十七年を扁て。享保
十七年能きゝんと阿連ど。元禄十四年より享保六年迄
能間。/米価(べいか)能高かりしこと。/太宰(だざい)純(じゅん)が/経済録(けいざいろく)尓と見へ。享保
より天明ま亭能間尓も。寶歴五年乙亥東国北国大飢
饉尓亭。餓死能ものも多かりしこと。/建部(たてべ)清菴が民間
備荒録尓見へたり。かくのごと具まる亭四五十年豊作つゞき
亭。きゝんのことなしといふ事はなしと思ふべし。さ連ば

上たる人盤。平日尓その御心得ありて。事尓/臨(のぞ)ん亭早くその
/備(そな)へありたきこと也。〇貝原氏の農業全書尓いはく。凡飢饉
年の/兆(きざし)をば。智ある人盤夏の中尓もはや見及ふべし。尤
七月末八月初尓盤/慥(たしか)尓見ゆる物なり。さ連ども民盤/愚(おろか)なる
もの尓て。其年なみ五穀の色を見て飢饉を/悟(さと)り。早く身
持越引可へて勤る事を志ら須。先秋の/実(み)のり出来ぬ連ば
悦びいさみて。春のきゝん餓死すべき事をも/弁(わきま)へ須。心尓
まかせ飲み食ひ。萬能物を用尓志たがひ求る故。春乃/畜(たくは)へ
たら須して。年明連は/頓(やが)て飢る者おほし。志かれば秋尓至り
凶年の/兆(きざし)見へば。農能惣/司(つかさ)たる人。心越用ひて詳尓/察(さつ)し


民をよく〳〵さとし/導(みちび)きて。春能/餓死(がし)を救ふ心遣/肝(かん)要
なり」。又ある所尓。/領主(りょうしゅ)より飢人一日一人尓付て。米一合或盤
一合余も救米を與へら連しが。夫尓て餓死のものなし。
是を以て思へば。飢饉の兆見へたらば。民の惣司たらん人。其
下能役人尓/懇(ねんごろ)尓いひ含め。春乃きゝん餓死尓及はん事越。小児尓
物をしゆるごとく。細か尓民尓云きかすへし。扨秋一日能食物を。
きゝん難義の時盤。五六日尓も食ふへし。小民徒く〳〵登先乃
きゝん年の難義越思ひあはせたらば秋の食物一日の分を三日
尓用るとも。少も苦労阿るまじ。されば秋一日尓食ふ食越。春の
なんき越/遁(のが)るゝた免尓。二日半程尓食ひ合須べし。是は菜大根

萬の/摘(つみ)菜を加へて此のごとくすべし。遠国盤所尓より。農人
一日の/粮(かて)尓白米一升余も食ふ所あ連と。七合宛の徒も里尓
す連ば二ケ月尓盤はや弐斗余の/粮米(らうまい)のみれり。十一月までも
かくのごとくせば三斗余の米越得べし。古連越右尓いふ。一日尓
一合余の/飢米(うへまい)尓春連ば。二百日/秤(ばかリ)の飯米いてくるものなり。若又
初秋の徒のりちがひ。さまてのきゝんならすは。此分が倹約となり。
家内五人も七人もある家尓て/畜(たくは)へたらは。大分能穀物を
得る事なる扁し。凡きゝん能覚悟盤農尓近き役人よく
/納得(なつとく)し。貧しき民を祢んごろ尓さとさしめ。農人をの〳〵
得心し。はや早田の時よりかたく慎み。食物尓菜や/芹(せり)なづな


ごとき物越加へて。春の飢を恐るゝ事深くは。いか程凶年なり
とも。夏のまへ尓餓死するものあるべから須。只是末の役人此事を
よく/会得(えとく)し。/偏(ひとへ)尓妻子をさと春ことく。真実尓心越用て。いひ
聞する尓あるのみ。
補  按天明三年癸夘よ里五十四年尓して。去る天保七年
丙申大飢饉なり。
  〇/凶災(きやうさい)能初/毛替(けがへ)須べき事
凶災丹て田畑とも植付おくるゝ時盤。はやく地利を考へて。
毛替須べし。水尓て作物をそこなはゞ。はやく水尓加満はぬ
《割書:増補 天明三天保|七の後も。とかく》   《割書:より飢饉に及|しものあり。我》
《割書:豊年はまれ尓て。|去る万円庚申》   《割書:藩城下は。三ケ所|/粥廠(かゆこや)を/造(つく)り。極》
《割書:の歳も/頗(すこぶ)る/凶(きゃう)|歎尓して。国尓》   《割書:/貧民(ひんみん)尓施行|ありき》

もの越/植(う)へ/旱(ひでり)尓て作物越そこなはば。はやく旱尓かまはぬも
の越植へば。彼を失ふとも此を得て。半作尓盤なるへし。是は
いか尓も時尓先だちてはやくな須をよしと須〇/宋(そう)の/真宋(しんそう)
の時。/江淮(こうわい)/両浙(りやうせつ)の地ひてり徒ゞきた連ば。/詔(みことのり)して/福建(ふくけん)能/占(ちやん)
/城稲(ばんいね)を取て植させ希連ば。/飢饉(ききん)を/免(まぬ)かれし登なり〇宋
の江/翺(かう)といふ人。/汝州魯(じよ志うろ)山の/令(だいくわん)堂里し尓。年々旱しけ連ば。
建安より/旱稲(ひでりいね)の/種(たね)を取て植させける。此稲は旱尓かまはず
して実のり多く。久しく/蓄(たくは)ふべきものなりけ連ば。/高原(たかば)尓
植て年々食尓乏から須といへり〇宋の陳/珦(きやう)といふ人。/徐(じよ)州
/沛(はい)/懸(けん)尓/知(ぶぎゃう)たりし時。久しく雨ふりて。平原まで水清きて/穀(こく)


/登(みの)ら須。/晩稲(おくて)までも取得須。民ども/卒歳(そのとし)の/具(そなへ)なかりける。/珦(きやう)
おも扁らく。水/退(しりぞい)て後/耕(たがへ)し/種(たね)ま可ば時尓おく連たり。そこで
きつ登/思案(しあん)し。富人のたくはへたる/豆(まめ)数千石越徒のり得て。
民ともに貸しわたし。水中尓布しむ。色いまだ/事(こと)〳〵/涸(か連)
ざる内尓。豆の/甲(めばへ)はや/露(あらわ連)出て。是年食/艱(とぼ)しから須となん
〇/明季(みんのすゑ)/河南(かなん)大尓旱しける尓。/知登封(ちとうふう)の/令(だいくわん)/梅傳(ばいでん)。/麦(むぎ)のな
/枯(か)るゝを見て。/蕎麦(そば)植べしとて。民とも尓すゝめて種越用意
せし免。神の告尓よつて。又多く/菜子(なたね)をとりて。蕎麦耳
取まぜてうへしむる尓。/潦雨(ながあめ)ふり出て止ざりけ連ば。蕎は一つも
生せ須。されど菜盤/勃然(ぼつぜん)として/透発(はへあがり)。常の年より数倍

とりけ連ば。民ども/頼(さいわい)尓死な須とぞ〇/陸曽禹(りくそうう)曰。蝗の食はぬもの
は。/豌豆(ゑんどう)/芠豆(ぶんどう)/豇豆(さゝげ)/大麻(おうあさ)蕑麻/芝麻(ごま)薯芋桑と水中乃
/菱蕡(ひしおにばす)は蝗食は須。/王禎(わうてい)が/農書呉遵路(のうしょごじゅんろ)が諸事考えへ見る
べし〇貝原氏の農業全書尓いはく。/畠稲(はたけいね)又/旱稲(ひでりいね)とも
云。又ゐなか尓て盤野稲とも云。/粳(うる)あり。/糯(もち)なり。其中尓/占城(ちやんはん)
稲と云盤/糯(もち)なり。何連の村里尓も。田尓は水乏しく。畠耳
して盤/湿気(しつけ)ありて。思ふゆう尓耕作のなりがたき所尓作り
試べき事也。思ひの外相應して。水稲の利分尓おとらざる
事もあるなり。惣じて其所尓前々より作り来る物ばかりと
思ひ入。ふるきならはしにまかせ。更尓廣き才覚工夫をば用ひ


春して。/偏(ひとへ)耳/管(くだ)の穴より天をうかがひたるふぜい。又盤/怠(をこた)り
/無精(ぶせい)尓して。他の作り物盤此地尓盤阿はぬとはかりおもふ盤。
/無鍛錬(むたんれん)の至り口おしき事なり」又曰。/稗(ひへ)尓水陸の二種あり。
年なみ阿しく。稲の苗をさして後。相/續(つゞ)きて旱し。苗悉く
枯たる時か。又五月洪水にて苗流連。或盤/水底(みずそこ)尓なりて
/腐(くさ)里たる時も。稗盤出くるものなれは。かねてたねを/蓄(たくは)へ
をき。又は苗越もうへ置。うへつぎて難をのがるべし」。又曰。飢饉
能兆盤。初秋尓は必志るゝ物なり。農能惣司より。其下なる
役人尓/委(くは)しく云志めし。農民の食物を倹約せしむべし。
扨/蕪菁(かぶな)を多く種さすべし。畠の地古しらへ段々念を入連。

少延引すとも。/糞(こゑ)も加連地もされたるよし。凶年尓は虫多
き事あり。其ゆへ殊尓地古しらへよくすべし。若/圃(はたけ)のなき所
ならば。早田中田能跡を委しく古しらへ用ゆべし。必力越
徒くし。人々相應尓多く/蒔(まく)へし。《割書:こゑを農人志ふん尓もとめかぬる事|あらは。役人より借銀才覚して遣すべし。》
尤後能手入連古やしに心越用ゆべし。次尓大根をも多く
蒔べし。地古しらへ右尓いふごとし。/蕪(かぶ)と大古ん盤小きより。まび
きて汁尓もし。長する尓志たがひ食物尓加へて穀物の助と
すべし。よく農人をさとし。秋初より覚悟し。蕪大こんを
多くうへなば。たとひ領主能めぐみ薄しといふとも。貧民まで
も餓死のう連へなりかるべし」又凶年尓盤そら豆をも多く種


べし。麦より少はゆくいできぬ連ば。麦尓取徒く時の助と成べし」
農人つ年〴〵蕪大根のた年を余分尓畜置べし。なみ能年尓
ても必お保く作り立。農人これを用ひて冬春麦尓取徒々く
まて能穀食の助とす扁し〇津の国の老農。中村篤好が
農業夜話尓。物の水尓入たる越救ふ事を云へり。大水の時の
心得尓も成るべきかと思ひて。こゝ尓附録春。曰享和二年戌七月
朔日。関東筋も大風雨尓亭出水ありしか。摂河の所々洪水
四方尓溢連。米穀器財等尓至るまて。水亡せる事夥し。
其頃水尓入連る米穀を救はむ術を考へて。人々尓語りける
尓。信用春る考も有さ連ば。押亭云むもいかゞしく。殊尓余は

山里尓住る身な連ば。水邊へ遠く。かれこれ/徒(むなし)く打過ぬ。/翌(よく)年
夏能頃。此理越試み見む登。態と俵尓米麦小豆の三品を
入亭。池の濁たる水中尓。七日/漬(ひた)し置て試みたる尓。思ひの
如く違はざ連ば。此尓其術を記春。洪水いまだ落ざるうち。
夜中或は暁方尓。水深き池の渕へ況免置き。晴天越待て。
朝五ツ頃尓取上け。急き干須べし。夏盤盛陽な連ば。乾くこと
/速(はや)し。夕方或盤曇りたる日尓。水よ里出須べから須。/焮(ほめ)きて
/爛(くさ)るもの也。晴日尓/干(ほ)したるを/蓄(たくは)へ置て。挽米となし食ふべし。
少し盤/臭(にほ)ふ物也。/苗代籾(なわしろもみ)の/焼米(やきごめ)能/臭(か)尓ひとし。味さして
/変(かわ)らざる也。


補 常陸の地盤。稗尓よろしけ連ば。水戸殿よりの御規定ありて。
例救荒の手当尓。年々米尓取まぜ上納せし免らる。誠尓御尤の
事なり。其ゆへは米尓てたくわへば。直段よきまゝに。諸役人とも
一時の便利を見て。う里拂ふこともあるべし。稗盤元より直
ゆ春きものな連ばうるまじ。よつて終尓手当と成べし。

   〇/蝗(いなむし)を逐ふ事
蝗能害盤水旱より甚し。志かるに蝗を逐ふ尓盤。大勢/松(たい)
/明(まつ)をもやし。/鐘大皷(かねたいこ)を鳴して逐ふのみ也。羽ある虫盤火越
近て去るべけ連ど。その余の虫盤志るしなし。近来油越もて
《割書:増補 去る天保|丙申のとし盤》
《割書:三度/蕎麦(そば)/弘(こう)|/法芋(ぼういも)を。多く植》
《割書:ゑて/凌(しの)ぎし所|もあり》

去ること阿り。西国尓ては大尓功ありしといへり。火越以て去る
とても。表向の/形斗(かたばかり)尓て。祭礼などのごとく。さわぎちらして。
道の真中を通るばか里尓て盤。志るし少き/筈(はづ)なり。是も細か尓
心越用ひて取行せは。全く志るしなしともいふべから須
〇祷の小/雅(が)/大田(だいてん)の/篇(へん)尓。/去(さり)_二其/螟螣(めいとく)及其/蟊賊(ぼうぞく)を_一無_レ/害(そこなふ)_二我/田穉(てんちを)_一。
田/祖(そ)有_レ/神(しん)/秉(とつて)/畀(あたふ)_二/炎火(えんくわに)_一とあり。火越もて虫越焼殺春こと盤。
ふるくよりすること也。唐宋以後盤。銭穀を民尓あたへて。蝗を/捕(とら)
へしむることあり。朱子も民を募て。蝗の大なる越得るもの尓は。
一斗尓て銭百文を取らせ。蝗の小なるものを得連ば。一升尓て
銭五百文を取ら須といへり。/陸曽禹(りくそうう)曰。/稗草灰(わらばい)と石灰と越。等


分尓細末丹尓して。稲の上へ/灑(そゝ)きかけ又盤/篩(ふる)ひかけば。蝗食ま
須といへり。是盤虫を去る一方なり。試むへし。石灰盤もとより
虫越除くものな連ば。さもあるべし。さて徒いで尓いはん。近来田
の/肥(こゑ)尓多く石灰越用ふ。古よりなきことな連は。田地を
又盤その米越食へば/毒(どく)也などいふものあるゆへ。役人もあや婦みて
禁するものあ連とも。い川たい盤/干鰯(ほしか)よ里下直尓て。稲も
よくみのるゆへ。民ともひそか尓用ひ。今盤大分廣まりて。近も
ゆるみ堂り。余西土の書を見る尓。彼土尓盤此邦よりは。久しく
用ひ来連り。/廣東新(くわんとうしん)語越見る尓。/嶺南(連いなん)尓て盤石/糞(ふん)と名つ
けて専ら用ること也。田尓石多き地ゆへ。すく尓その石越焼亭はむし)

螟螣…はむし  蟊賊…ねむし  田穉…おえ

/肥(こゑ)とする尓。火の気あるものゆへ。田地陽気を得て。苗長し/易(や春)
く。穀多く出来て。/䵷蛤(かいる)の類を/醃死(ころす)といへ里。」かく石灰盤
利あるもの尓て。此方尓ても。田の/瘠(や)せ人尓毒なることは。いまだ
たしか尓見当らさ連ば。用ひて気遣ひあるましきなり。石灰の
/肥(こゑ)尓て蝗を/除(のぞ)く事はならね共。/蛭蛙(ひるかいる)の類は死するといへり。畑尓て盤。
/土龍(をごろもち)も去るといふ。〇或人の/抄書(せうしよ)を見し尓。稲尓虫付たる時。
田一段尓/燈油(とぼしあぶら)三升ばかりを流し。よく〳〵/竹箒(たけはうき)抔尓てかきまぜ。
一面尓行わたる様尓す連ば。虫さるもの也。/榎(ゑ)の油は尚さら
よし。すぐ丹尓/糞(こゑ)尓なる也。こ連は河内邊尓て/験(志るし)有しこと也とぞ」
《割書:美濃邊尓て。もみ/種(た年)を寒中の水尓/貯(たくは)へ置てまくゆへ。蝗付須といへり。こ連は前以|いた須べきこと尓て。さしあたり為須べき仕方尓盤あらざる故。古々耳附録須》古連は久


しく言ひ傳へたること也。九州尓て盤専ら/鯨(くしら)乃油越用ひて。その
功大なりといへり。近頃大蔵氏の/除蝗録(ぢょくわうろく)を見し尓。文政乙酉の年
は。畿内より関東の間蝗多生し。東海道筋盤猶多か里し。
時尓予遠州尓阿りて。此田災を見るといへども。いか尓せん。鯨油の
正真なきこと越嘆息し亭ありしか。先/菜子(なた年)油尓て蝗を去
べき仕方を人尓かた里て用ひさせけ連ども。その功鯨油より
/劣(をと)里ぬ連ば。速尓はさりかたかりき。茲尓大井川の辺なる。上新田村
三右衛門なるもの。その苗の衰たる越見て。早くも蝗生したる
をさとり。その苗を三ツ尓わけ。その内蝗の多き田盤菜種油
多く五度尓い入。蝗のう須き田へは。油半越三度尓入。蝗の少き

田盤。少しもい連須して試ける尓。蝗多く亭油多くい連たる
田は。七八分の作となり。蝗のうすく油半入る田盤。四分の作となり。
蝗すくなくて油い連さる田盤。稲悉く/枯穂(か連ほ)となりける。此時尓
あたへて。鯨油の備あらば。いかでかかゝる蝗のう連ひ有べきぞと。嘆息
春連ども。甲斐なし。わ連きく。先年豊後尾形氏なる農夫。肥
後国尓至り。鯨油越もて。蝗を去ること越傳へしより。その術
肥後一国尓ひろごり。地頭より/備(そなへ)油と/號(がう)し。年々四斗入乃
樽尓て。五島平戸より。正真の鯨油貳千挺ツゝ買入となり。村々
田高尓應して割渡し。蝗生須と見る時盤。直尓その油越そゝ起。
蝗のひろがらざるうち尓用ふる故。油少し尓て蝗去り為せは。そ乃


患なしとなり。もつとも九州の御諸家かた盤。大躰その
備へありき。東北のうち尓ても。羽州秋田ばかりは。此備ありと
承りぬ。実尓ありがた起事也といへり。その書。気候の論。油
の善悪。油の用ひゆう。委しく載せた連と。既尓上木して。
世尓行る連ば。古々尓盤出さ須。志ある人盤本書を求めて
見るべし
補 再按。其後石灰尓て作連る米越食春る尓。味う春く。
秤耳かくる尓目方も軽る希連ば。米の性盤悪し具成
と見えたり但し人尓毒なる古登盤なき也。また石灰の
肥盤。山方草作りの田尓利多くして。平地の田耳盤

《割書:増補 大倉徳兵衛|が。豊稼録耳。》
《割書:/鯨(くじら)油の利越|/委(くわ)しくいへり。僉》
《割書:先年秋後尓|むしのつきたる尓。》
《割書:田へ流し古むべ|き時尓あらねば。》

利なく。或盤害もあると也。そのゆゑ盤/草作(くさづく)りの田盤。/石(いし)
/灰(はい)越入る連ば。草はやく/腐(くさ)りて地味よくなり。草地の田盤
はじめは。十/芭(びやう)越入連てよ希連登。来年盤十一芭。その次は十二
芭登。年々増さゞ連はきかず。そのうへ。地志まりて。甚/害(がい)登
なるよし老農いへり
   〇飢饉のきざし有る時。村民共へ申諭春べき事
大水大旱。また盤虫付て。田畑不作。米穀高直尓て。
飢饉のきざし見ゆる時盤。人気あらくさわがしく。
種々流害な登お古り。あしくせば/変(へん)越ノ生ノ須
扁し。奉行代官など。はや具その/機(き)をさとり。/布(ふ)


/令(連)越出して。/申諭(もうしさと)して百姓とも心落付て。一/揆(き)などおこさぬ
様尓すべし〇宋の哲家能元/祐(いう)年中尓。/耀(よう)州大旱尓て。野尓
/青苗(あおなへ)なか里しかば。/畢仲游(ひつちういう)いへらく。/向来郡懸(いまゝでくに〴〵)の/賑済(春くひ)。いつも
手後連尓なる故。労しても民たすからずとて。その民/餓(うへ)尓
及ばぬ内。郡より賑ひ。且/若干(おほく)能米を/平糶(ならしうる)べしと。/搒(ふだ)示越/掲(かけ)
ていひけ連ば。民ともみな/歓(よろこ)び/安堵(あんど)して。/境(さかい)を出るものなりき。

   〇飢饉を救ふこと盤急尓すべき事
飢饉を救ふ尓盤むかしの/諺(ことわざ)尓も。/焚(やかるゝ)を救ふがごとく。/溺(をぼるゝ)を救ふ
がごとくせよといふて。一/刻(こく)も棄置べから須。食物盤一日も/欠(かゝ)連取
《割書:さゝ葉尓??|ふりかけさせた》    《割書:増補 小民をすく|はんとする尓/府司(御ふにん)》
《割書:る尓。速尓死し|たり。凡?位の》    《割書:共盤とかく。抱泥|する故。殊遅な》
《割書:村も・油半樽盤|よりきくいへり。》    《割書:りきる古と。番の|?るなり。夫は夫尓》
《割書:さ連ば徳兵衛の?|長く。備油たく》    《割書:してをき。とも|かくも。救ひ遣す》
《割書:わへときこと也》    《割書:べき由を。早く地|下へ達しあるべし》

者なれば。救ふとても間尓合ざ連ば。詮なかるべし。且又早く
救へば。費すくなうして功多く。おそけ連ば。費多くして功少き
よし。荒政要覧など尓も論し置け里。其仕方は種々り。
下の條々尓て考ふべし〇/漢(かん)能/武帝(ぶてい)の時。/河内(かだい)の地尓。大耳
失火阿りければ。汲黯(きうあん)といふ人をやりて。/視(み)せし望る尓。/黯(あん)かへり
ていへる盤。火災はさのみ/憂(きづかひ)とするに足ら須。/臣(わたくし)盤河南能地を/過(よぎり)
し尓。貧人とも水旱尓そこなは連たる者。萬餘家尓及ひ。食物
なくして。父子相食ふ尓至連るを見及け連ば。/仰(おふせ)なりと申て。
河南の御倉の/粟(もみ)を出さしめ。貧民ともを/賑(春く)へり。志かしながら。
行といつはりたる罪尓行は連候様尓といひければ。武帝感し


亭ゆるしける〇/後漢(ごかん)の/韓韶嬴(かんしやうゑい)の長たりし時。飢饉尓て
他領の流民。萬餘家徒どひ来りければ。/韶(しやう)倉を開て/賑(すく)ひ
ける尓。倉役人是は御上の物なりといひける尓。たとひ罪せら
るゝ共。/笑(ゑみ)を含んて死すべしといひて承引せざりき。大守も
平生韶の名徳を知りし故。とがめもなかりける。〇宋の/環(くわん)
/慶路(けいろ)大尓餓し時。/范純仁(はんじゅんじん)その/帥(そうつかさ)となりて来里ける尓。/餓(ゆき)
/殍(だをれ)路尓みちけ里。外尓米なかりけ連ば。/常平倉(志ようへいさう)をひらいて。すく
はん登いひし尓。/州懸官(ところのやくにん)ひしひまゝ尓倉越開かば大罪阿るべしと
いひし尓。純仁いへらく。環慶一路の/生霊(たみくさ)を。某尓御任せあるからは。
ゐながら其死をみて。すくはざる扁けんやといひてきか須。みな〳〵

左様ならば。/奏(うかゞい)のうへ仰を待扁しといへど。人盤七日食は年は死春
べし。いづ連もはかゝ里あひゐふな。某ひとり罪越受くべしといひて。
粟を出して賑ひけ連ば。一路能飢民。悉く/全活(たすかる)こと越得たり。此/類(るい)
/歴代(連きだい)尓多し。/悉(こと〴〵)くは/載(の)せ須。みな仁者その身罪を得る事越いと
は須。多くの人の餓死を助けんとて。上の命を待須して行ひし
こと尓て。誠尓やむこと越得ぬこと也。是は上より格別の思召をもて。
かねてかゝる時盤。救ひの儀。心尓まかすべき旨。御ゆるし阿りたき
もの也。〇/唐(とう)の/玄(げん)宗/開元(かいげん)二十九年の/制尓(みことのり)。/承前(まへ〳〵より)饑饉尓は。み那
/奏報(うかゞひおさしづ)を扁て。倉を/開(ひら)きしことなれど。道路/悠遠(はるか)尓て。救ひの儀
/懸経(かけへだゝり)たることな連ば。今より盤/州懸官(ところのやくにん)。及び/採鈁使(志ゆんけんやく)尓/委(まか)すべき


間。米を/給(わた)して後。/奏聞(そうもん)せよと阿り。玄宗盤格別明君ともいひ
がた希連ど。此事は千古尓すぐ連しこと也。〇備前の芳烈公。寛永の
餓饉尓逢ひ至ひ。救ひの儀を老臣と相続致され候處。評議
まち〳〵尓て一決せ須。熊沢/蕃山(はんさん)先生。《割書:助右|衛門》末座よ里進み出て。
かやう能せつ/長僉議(ながせんぎ)盤無用尓御座候。早く御救ひを下ざるべき
旨申希連盤。芳烈公/実(げ)尓もと思召。早速評議一決して。多く能
銀子越出して。窮民九萬人江厚く下され。尚もれたるものも
あらんか登思召。御自身又盤家老分のもの尓ても。くよ〳〵ま多
御/巡見(志ゆんけん)あるべき。仰なれども。夫も差支あらんとて。やは里蕃山
先生尓仰せ付ら連。国中をあぐり行き。御救ひ尓も連たるものあらば

直く尓賜はるべきよし尓て。銀子十〆目渡さ連。尚又郡奉行
抔へ。御自筆尓て御救ひ之儀仰渡さ連。銀子入用あらば。何不ど
尓ても出し遣須べ具。たとへ御手道具尓亭。御う里拂被成候ても。
御調達可被成間。百姓壱人尓ても餓死致させ候はゝ。其方共/越度(をちど)
たるべき旨被仰渡候事。君則烈公違事などにくはし具見へ
たり。人君能仁政。か具阿りた紀ものな里。

   〇米穀を/融通(ゆづう)して救ひの手当とする事
大飢饉のせつ。上へ申立/積(つ)み米を出し。又盤銀銭を借り受て。
米を買入て。支配所能民を救ふ盤。/勿論(もちろん)のことなり。又折節その


地より差出すべき年/貢米(ぐまい)か。又盤他所より来合せたる米穀な
ど阿らば。志ばらく留め置て救ひ米として。あと尓て言上尓及び
折越以て/償(つぐな)ひ/収(をさ)むべし。上尓在て数月の間。/収納遅(しゆなふをそな)はるといふ
まで尓て。百姓の上尓ては数萬人の/露命(ろめい)を徒なぐことな連ば。/縦(たと)
ひ御/咎(とがめ)を/蒙(こうむ)るとも。/牧民(ほくみん)の官たるものゝ本意なるべし。〇宋
の/乾(けん)道七年。/饒(志やう)/州(しう)旱尓て/傷(そこ)ねけ連ば。/賑濟(すくひ)を/?(とり)/書(はかり)希る尓。
/知州(ぐんだい)王/秬(きよ)申立て。/會子(ぎんさつ)五萬/貫(ぐわん)を借りて。米麦の数を/販(かひ)
/糴(い連)て。民尓安く売りあたへ。その/價(あたひ)尓て又買入て。江州乃
旱傷尓依りて。ま須〳〵本州の/義倉米(ぎそうまい)四萬四千餘石越
/指置(さりゆく)し。また/上供米(ごねんぐまい)六千五百餘石越/截留(きりとめ)おきて。/本手(もとで)
《割書:増補  去る丙申|のとし。三州の一》  《割書:銭をたまはりし|古とあり。阿り》
《割書:小廣。/自(みづか)ら村野|を/巡(めぐ)り行き。飢》  《割書:がたき用心と|いふべし》
《割書:民を見かく連ば。|その場尓て米》

として/賑(すく)ひ米を/糴(かひい連)希る〇明の/顔茂猷(かんもいう)いへらく。/州懸(志ついしよ)尓/上?(ごねん)
/糧米(ぐのこめ)あらば。事尓先ち/奏聞(そうもん)して。/裁留(きりとめ)おくことを/請(ねか)ひ。う里
/與(あた)へし/料(連う)越もて。/朝廷(こうぎ)へかへし奉らば。/米價(べいか)盤/自落(おのづからさが)り。/国(ご)
/賦(ねんぐ)も/虧(か)希ざらん。

   〇富人ども尓/施行(せぎやう)米を勧(すゝむ)る事
救ひ筋を勧る尓盤。役人信実をもて。富民尓申/諭(さと)し。或盤
米價をさげて売り出さし免。又盤價を取らず。施行をな
きしむべし。是盤/上司(うはづかさ)より。第一番尓義を/唱(とな)へて/済(春くひ)を行
はゞ。布令なくとも申付をきく扁し。扨冨民ども。多分米穀


を出したるもの尓盤。上へ申立て重く/褒美(ほうび)を取行ふべし。
〇漢能/趙?(てうき)。/平原(へいげん)の/守(ぐんだい)たりし時。/青(せい)州尓大尓/蝗(いなむし)ありて。平
原尓も及て甚しく/荒(きゝん)なりけ連ば。自分の/俸(ふち)を出して。冨民
尓勧めて。穀を出して銭を/済(春く)はしむる尓。萬人以上を/活(いか)せり。
其功耳よりて。/大傅(たいふ)の官となり。/侯(こう)尓/封(ほう)ぜら連。代々/繁昌(はんじゆう)せり。
〇/後魏(こうぎ)の/樊子鵠(はんしこく)。/殷州(いんしう)の/
?史(ぶぎゆう)たりし時。旱尓亭不作なりし
かば。民の/流込(るらう)せんこと越/恐(おそ)連て。粟もてる者尓勧めて。貧者尓
/貸(かさ)しめ。人や牛まで借し遣して。/二麦(尓ばく)を植させけ連ば。/州内(くにうち)
安かりしと也。〇宋の/向経(しゆうけい)。/河陽(かいゆう)尓/知(ぐんだい)たりし尓。大尓早し/蝗(むし)
つきて。民ども食尓乏しく。/官?(かくら)尓も米なかりしかば。己が
《割書:贈補 本文いふ|と古ろ。有司拘》
《割書:泥の/見(けん)尓て盤?|?か須。/命(いのち)をさし》
《割書:出して。なすべき|古となり》

/主田(もちだ)《割書:主田盤先祖の廊所|付置たる田なり》の/祖(ねんぐ)をもて賑ひける。冨人どもこ連を見/倣(なら)ふ
て。/争(あらそふ)て粟越出しけ連ば。/全活(たすかる)るとの/衆(おほ)しと也。〇宋の仁家
の時。/扈称梓(こしよう志)州の/轉運使(そうぶぎやう)たり。歳大尓飢て。道尓/殍(うへ志ぬる)もの多
かりけ連ば。先その/禄米(ちぎやう)越出して。民を賑ひける尓。/冨家(か年もち)/大族(ぶがん)
ども。みな米越差上んこと越願ひ出て。/全活(たすかる)もの数萬人なり
しかば。仁家/勅(ちよく)を/降(くだ)して/奬諭(ほうび)ありき。〇又富人の力をかる尓。
一ツの仕方あり。宋の/杜絋(とくわう)。永平の令たりし尓。民とも他へうつり
行んとせしかば。/父老(としより)どもを/召(め)して。/諭(さと)していへらく。この方/汝(なんぢ)
/等(ら)が在所を立さらぬ様尓致春手立盤なかれど。もし/留(とゞま)り
居ば汝等を/餓(うや)しはせじと申け連ば。みな命尓従ひぬ。そこ尓


て多く/券(志やうもん)をかき。/印(いんぎやう)をす扁く。めい〳〵尓/繕(わた)し。所の/豪家(ごうか)尓て
/称貸(かりとゝのへ)志む。/豊熟(できよく)は/督償(とりたてつくなは)ん登/約(やく)しけ連は。豪家とも/畏(かしこま)り
ける。民みな食越得て/徙(うつる)るものなし。明年/稔(てきよか)りしかば。間違
なく/償(つくな)はせける。民ども甚だ徳とせし也。

   〇御春くひ/普請(ふしん)の事
大饑の節。窮民ども渡世のわざをすること阿多は須。此時こそ
やむを得ぬ普請を取り行ふべし。さす連は/窮民(きうみん)どもは。/力作(ひよう)
をもて渡世し。上尓も利を/興(おこ)須事な連ば。/一挙両得(いっきょりやうとく)といふ
扁し。但城郭屋敷などの/修復(しやふく)盤。材木な登多く入のみ尓て。
《割書:贈補 丙申のとし|尓盤府下の冨民》   《割書:夫々すくひあり|け連ば。/一揆囂(いつきがう)》
《割書:ども。天明尓古り|し尓や。おびたゞ》   《割書:/訴(そ)盤か川てなか|里き》
《割書:しく。救をいだし。|国々尓も見習ひ。》

人夫/遣(つか)ひ少け連ば。川さゝへ路作り。堤普請等の。多く人夫を遣ふ
尓は志かざるべき也。さ連ど品尓より。一/概(がい)尓いふべから須。豪家/抔(など)
をもすゝめて。普請をさすべし。豪家を思ひ徒かする尓。三ツの
利を以てすべし。一尓盤めい〳〵注文の年を心や春く成就する
といふことなり。一尓盤此をもて貧民を救はゞ。/大陰徳(だいいんとく)となりて。
/果報(くわほう)よろしといふこと也。一尓盤貧民渡世のわざを得ば。富
人をうらみ。一揆/徒党(とたう)して家屋敷を打こは須ことな登
なかるべしといふこと也。此三ツをもて勧むべし。〇/斉(せい)の/累公(るいこう)
の時。/餓(うへ)しかば。/妟子(あんし)/粟(もみ)を/發(いだ)して。民をすくはんと/請(ねが)へども。
公/許(ゆる)さ須。折節/路寝(おもてごてん)の/臺(うてな)を作ることありしかば。/晏子(あんし)/吏(やく尓ん)尓


命じて。やとひ/賃(ちん)を/重(おほ)くして。/日限(尓ちげん)を/徐(ゆるやか)尓せし尓。三年たちて
/臺(うてな)成就し。民も食尓不足なし〇宋の/趙抃(てうへん)。/越州(ゑつ志う)尓/知(ぐんだひ)たりし
時。歳大尓餓しかば。いろ〳〵/賑(春く)へる上尓。小民ども四千百人を
/傭(やと)ふて。城越修復し。三萬八千工の料を厚くして給へしかば。
民ともたすかりしと也。〇宋の/皇祐(くわういう)二年。/呉中(ごちう)大餓なりし
時尓。/范文正公仲淹(はんぶんせいこうちうゑん)。/浙西(せつせい)越/領(連う)せら連たりける。粟を/發(いた)しなど
して。賑ひ筋甚/備(そな)はりたる上。/呉人恐競渡(ごひとかいtかいと)をこのみ。又仏事越
このみしかば。民ども尓競渡をゆるし。/太守(ぶぎやう)尓も。自身出て
湖上尓宴游な登し。/居民(ところのたみ)春より夏まて。/巷(ちまた)を/空(から)尓して出て
遊びき。太守また/諸(もろ〳〵)の仏寺をよび出して。かゝる/歳柄(としがら)尓盤。/工(やとひ)

/價(ちん)至て/䬻(やす)け連盤。大尓/土木(ふしん)を興(おこ)須べしとさとしけ連ば。諸寺皆々
/工作(ふしん)を始しむ。又/新(あらた)尓/倉厫吏舎(どざうやくにんべや)を作りて。日々/千夫(せんぶ)を/役(つか)ひ
け連ば。/監司(おめつけ)その/荒政(きゝんのまつりごと)尓/恤(かまは)ざること越/劾奏(さつと)しける尓。公古連盤
有餘能財を/發(いだ)して。民を/恵(めぐ)む/所以(ゆゑん)尓て。/傭力(ひよう)のものとも食
尓阿りつきて。/溝壑轉従(みぞかいまろしたみ)て死春る尓いたるを/免(まぬ)かるべしと/奏(そう)し
ける。是の歳/杭(かう)州ばかりは。餓た連ども/害(がい)尓盤ならざりき。〇宋
能/歐陽修(おういようしう)。/潁(えい)州尓/知(ぶぎやう)たりし時。歳大尓餓し尓。/幾黄河(くわうが)の/夫役(ぶやく)
を/免(ゆる)して。萬餘家も/全(た須)かりき。その上民尓/工食(ちんせん)を/給(あたへ)て。/諸(もろ〳〵)乃
/陂(つゝみ)を修復し亭。民の田地尓/漑(そゝ)ぎしかば。悉くその利を/頼(かふむ)れり
〇宋の/汪綱(わうかう)。/蘭谿(らんけい)尓/知(ぶぎやう)たり。歳旱しけ連ば。冨民尓すゝ免て。


/塘堰(つゝみせき)を/漉治(ふしん)し亭。大尓水利を興せしかば。飢たるもの其力尓
食んて。民ささいわひ尓/蘇(よみがへ)連り〇宋の邵霊甫(せう連いほ)といふ人。/宜興(ぎこう)登
いへる所の豪家尓て。穀数千石越/儲(たくはへ)たり。歳大尓餓し時。ある
ひと時尓乗して/糴(たる)へしと/請(すゝ)むる尓。利をもとむる也とてきか須。
また/値(あたは)を/損(さけ)てら連と/請(春ゝ)む連ど。名越も登むる也とてきか須。
さらば家内尓つみおくやといへば。/成画(か年てのつもり)阿りとて。悉くたくは扁
たる穀を/發(いだ)して。/傭(ひよう)を/雇(やと)ひ。その/懸(こほり)より/湖鎮(こちん)尓いたるまで。
四十里。の間の道を徒くり。/蟸湖損塘(連いこくわうたう)などの水道を/浚(さら)へたること
八十餘里/罨画渓(あふくわけい)の水を通して。/震澤(しんたく)尓入連しかば。/邑人争(ところのものあらそふ)て
役を受て。皆/全活(たすかる)う扁尓。/水陸(すゐりく)もまた/利(かつて)よくなりき。この陰徳

尓て子孫/及第(志ゆつせ)して/繁昌(はんせう)せり。人みな/積善(せきぜん)の/報(むくい)といへり。〇宋の/莆(ほ)
/陽(いやう)の寺尓て。/大塔(たいたう)を/建立(こんりう)せんと須。ある人奉行/陳正仲(ちんせいちう)尓。加々る
/荒歳(きゝんどし)尓あるまじきこと也。と免よ加しも行へば。正仲笑ふては道
らく寺僧どもよも自身尓塔を作る尓盤あらじ。此国の人越
傭ふへき也。さ連ば冨家より歛(とり)たてゝ/窶輩(びんぼうにん)尓/散(まきちら)須なり。是盤
小民とも食にあり徒きたるうへ尓。一塔を/嬴?(と?ぶん)尓するな連ば。かゝる
/荒歳(きゝんどし)尓盤。僧の塔を作らぬこと越恐るゝのみとて止めざりき。〇/明(みん)
の/英宗(えいそう)の/正統(しやうたう)五年。/畿内(きない)尓/災(わざわい)ありて。/民食贍(たみのしよくたら)ざりけ連は。/右僉(いうせん)
/都(と)御史(ぎょし)張純(てうじゆん)と。/大理(だいり)少卿(せうけい)李畛(りしん)と。勅をうけて。/京城(みやこ)の飢民尓。
三月のあひだ/飯(めし)を/給(あた)へ。そのうへ/奉天華蓋謹身(ほうてんくわかいきんしん)の三/殿(でん)と。/乾(けん)



/清坤寧(せいこんねい)の二宮を/造(つく)り。/畿内(きない)能民二年の間/歩役(ぶやく)をゆるし。父母
あるもの尓盤。人ごと尓米二石つゝ越賜へり。〇明の孝宗の/弘治(こうぢ)元
年尓。/張敷華(ちやうふくわ)。/湖(こ)廣(くわう)の/布(ぶ)政(ぎやう)使とな連里。歳餓しかは。/粟(もみ)を/給(あた)へ
/粥(かゆ)を/散(くば)りたるなどせしかへ。官銭を出して。/学宮(かくかう)を修復し。
/傭(ひよう)の/値(ちん)をやりて。/餓(うえ)たる者を/業(たは)くるとなん。〇明の/萬歴(ばん連き)の/頃(ころ)。
御史/鐘化(志ようくわ)。民荒を救ひし尓。/各府州懸(くに〳〵)尓。学校城郭を
修復し。河を/濬(さら)へ。/堤(つゝみ)を/築(きづ)かしめ。/工役(にんぶ)を/募(つの)り。人ごと尓日尓米三升
を/給(あた)へけ連ば。/公私(かみしも)とも利となりき〇/落穂集(をちほしう)尓。天正年中
尓。五畿内大尓不作米穀の直段高直尓成候故。軽き者盤
飢尓及ひ。新/乞食(こじき)抔も餘多出来候得共。米拂底の時節

故。人の救ひ施しも無之尓付。道路尓例連相果る者無限義
を。豊臣秀吉公聞及び。殊之外苦労尓被成。/俄(尓はか)尓加茂川
/桂(かつら)川等の/提(つゝみ)普請を被申付。/土砂(つちすな)を持運候程の輩尓盤。鳥
目越あたへ被申候越も川て。飢饉の難越/遁(のが)連候登なり」和漢
古今仁人智者の/所為(志わざ)。/符(わりふ)を合せたるごとし登いふべし〇飢饉
の時盤。第一尓一揆の起る憂あり。夫尓盤普請作事を/興(おこ)せ
ば。民とも食尓あり徒くのみなら須。仕事尓氣越取ら連て。他
事思ひ付ざる故。奸民ども/誘(さそ)ふとも。/徒党(とたう)はすまじき也。すべて
天下尓/変(へん)ありて。民心/穏(をだやか)ならざる時盤。加々ること越取行ふべき也。
/天草陣(あまくさぢん)能とき。/討手(うつて)の/大将(たいしやう)板倉内膳正殿。軍中尓て討死あり


希連ば。江戸も騒動して。民心さはがしく。種々流言おこり。変をも
生須べき勢なりける尓。加賀の/利常(としつ年)郷尓かありけん。公儀へ願ひて。
屋敷地越申受。大普請を始しめ。町中のものを雇ふて。多
く賃銭を取らせ。材木引地徒き尓盤。/音頭(をんどう)を取りきやりなど
うたひ。美くしく出立せけ連ば。平生日雇尓出るものは勿論。身
上相應のものも。きそふてやとは連行き。見物人盤ちまた尓
満ち。江戸中加賀/邸(やしき)普請の話のみ尓て。天草の沙汰盤/薄(うす)
らぎゆ紀。その内/静謐(せいひつ)尓な連りとかや。との事何連の書尓てか
見当りしが。久しくなりてわす連ぬ。
補  古の事後尓志ら扁し尓。加賀利常郷夜話登いふ書尓
《割書:増補 凶歳尓盤|とかく。いづかたも》    《割書:貧民ま春〳〵|たづきなし。范》
《割書:/倹約(けんやく)の/觸(ふ連)いづ連|ど。/無益(むえき)の古と也。》    《割書:文正の事を思ひ|て。/変通(へんつう)の考|道べし。》
《割書:貧民共盤倹|約盤いふまでも》
《割書:なく。冨民かく|べつ取締りなば。》

見へたり

   〇家々能貧富を志らべて救筋を行ふ事
救米を遣須尓。下役又盤村長共。/依恰(えこ)贔屓(ひいき)ありて。さまで困
窮尓及はぬ者など。多く米越得て。今日を送り兼る貧民
ども。却てきつと米越得ぬこともあるなり。さ連ば貧民の内
尓ても。三四段尓分て。次第を立て。依恰なき様尓救ふべし。
且施行場へ徒どひ来て/混雑(こんざつ)尓及はゝ。怪我人もある扁く。
老弱婦女の類盤。存分尓救ひ尓あづからぬこともあるべけ連ば。
是も次第を立て渡すべし。〇宋の/蘇次参(そしさん)。/澧(連い)州の餓を


/賑(すく)ひし尓。/抄剳(かきいだし)かた/公(おほや希)ならざること越う連ひ。紙/半幅(はんまい)つゝ越わたし。
民ども銘々の口数/若干(いく尓ん)。大人/若干(いく尓ん)小児/若干(いく尓ん)。米/若干(いくら)。入用登
/書(かく)しめ。/印形(いんぎやう)をすへて。おの〳〵の/門首(かどぐち)の/壁(かべ)尓/貼(はら)しむ。もし/虚偽(いつはり)
あらば人尓/告首(そ尓ん)さしめ。曲事尓申付く。また米受る時。/冗雑(こんさつ)せん
こと越おもんぱかり。/一隊(ひとくみ)幾人登/定(さだ)めて。/旗(のぼり)をわたし。夘の一刻
耳盤/第一隊(いちばんぐみ)尓渡し。二刻尓盤/第二隊(尓ばんぐみ)尓渡し。だん段々次第
をもて。/辰巳(たつみ)の時尓至りしかば。自ら/冗雑(こんさつ)なくして。老幼婦女
悉く免ぐみ尓進連ざりしと也〇また/澧陽(連いいやう)の/司戸(やく尓ん)たりし
と紀。かり尓/安郷懸(あんきやうけん)を阿づかりける尓。/大滂(おほみづ)尓あひしかば。/典押(てだい)尓
いひつ希て。/懸(こほり)の/図(ゑづ)越取出して。/郷(ぐう)ごと尓/損耗(そんもう)の多少を分ち。

/色墨(いろすみ)尓て/抹出(そめいだ)し。/全潰(まるつぶ連)のところ盤/緑(こんじやう)を用ひ。/半潰(はんつぶ連)の處盤
/青(あい)を用ひ。一向水の出ぬ/郷(ごう)盤黄を用ひ。その/図(ゑづ)を/隠(かく)し置
きて。/郷司(しやうや)尓命して。右の/振合(ふりあひ)尓/郷(ごう)ごと尓図を作り。古連も
青緑黄の三色尓て/抹出(そめいだし)てもち来らしめ。此方の図と/参(あはせ)
/給(こゝろみ)け連ば。/潰(みづ)を/検(じゆんけん)せ須して。/分数(ふりわけ)を知りて。/償科(ねんぐ)を申付。/賑(すく)
/濟(い)を取斗ひけること。甚/簡要(かんやう)也とぞ〇宋能李/理(かく)。/毘陵(びりよう)尓/守(ぶぎやう)
たる時。民飢け連ば。/災傷(そんもう)を仁義禮智の/四等(よだん)尓分て/抄剳(かきいだし)
し。仁の字盤/産税物業(かぶかとく)ある家也。義の字盤/中下戸(ちういかのたみ)尓て。/産税(かとく)
あ連ど/災傷(そんもう)尓て/収(とりみ)なき家なり。禮の字盤/等(ごだんめ)の/下戸(こびやくせう)と。
人の田を/佃(あてづくり)して。/薄(すこ)しく/藝業(なりわい)ありて。/餓荒(きゝん)尓あふて/求趂(もとめあるき)


がたきものなり。智の字盤。/孤寡貧弱疾廃乞焉(みなしごやもめひんぼう尓んやまひものものもらひ)なり。仁の字は
/賑救(春くひ)なく。義の字盤。米をや春く/糶(うり)あたへて/賑(すく)ひ。禮の字盤。
半分済ひ遣し。半分盤/糶(うり)あたへ。智の字盤/全(まる)で/濟(すく)ひ。何連
も/票(きつて)を/給(わた)し。/口数(くちかず)越/計(かぞふ)ること常法のごとし。但濟ひ米盤/願榜(まへもつてふだ)
を/掛(かけ)て。十日尓/一次(いちど)つゝ/官(やくにん)尓/委(まかせ)て/散給(くばりわたし)ける。民どもその法を後
の世まで/称(ほめ)しとかや〇丁夘のとし。/鄱陽(はんいやう)/旱暵(ひでり)なりし尓。
又/義倉米(ぎさうまい)をもて。毎日城中尓て多く場所を/置(もふ)け。/價(ねだん)越
/減(げん)じて出し/糶(う)り。まづ城の内外の民を救ひ。そこでその銭を
米の/價(ねだん)尓/准(じゆん)し。口越/計(かそへ)て/逐月(まいげつ)/一頓(いちど)/支給(わりわた)して。/村落(ざいご)の民越
濟ひしかば。/深山究谷(しんざんきうこく)の民まで実の/恵(めぐみ)尓/沾(うるほ)ひ。/偸竊(ぬすまれ)/拌扣(すたり)の

弊もなく。一物を両用して其利おほひなりしとぞ〇宋の/余童(よどう)。
/蘄(き)州の/賑濟(春くひ)尓。/悉(こと〴〵)く/戸口(ここう)の/数(かず)を/括(志ら)べ/第(志だい)して/三等(さんだん)と須。/孤(すてご)
/獨(ひとりもの)の自分/存(すだ須)ことならぬもの盤/専(まる)で/賑濟(すくひ)。/下戸(こびやくせう)食尓/乏(とぼ)しきもの
盤/賑糶(やすくうり)あたへ。/田地(でんぢ)盤有ながら/耕(たがへ)す/力(ちから)なきものは/賑貸(かしわた)し。
/郷村(がうそん)の遠近尓/随(したが)ひ。/粟(もみ)を/均(なら)して/場(ばしよ)越/置(もふ)希。場ごと尓/総首(かしら)阿
つて。/出納(だしい連)を/主(つかさど)り。十場尓/一官吏(ひとりのやく尓ん)あつて。専ら/伺察(ぎんみ)須。〇宋の
/袁爕(ゑんせう)/江陰(えいん)の/尉(ぶきやう)たり。/浙西(せつさい)大尓餓しかば。/常平(じやうへい)/使者(ししや)/羅(ら)/點(てん)。
/賑恤(すくひ)の/任(尓ん)越うく。/爕(しやう)命して。/保(ひとくみ)こと尓/図(ゑづ)一枚を/畫(か)き。/田畴(たくろ)山水
道路/悉(ことごと)く載せ。/居民(ひやくせうのいへ)をその間尓/分布(まくばり)。/名数(あざなかず)/治業(かとく)までのこら須
書付。この通徒みあげて。ひと/懸(とほり)としけ連ば。/征發追胥(とりたてよびだし)のたび


ごと尓。/図(ゑづ)を/披(ひら)希ば立どこ路尓/決(わかり)け里。此をもつて/荒政(きゝんのまつりこと)の/首(いちばん)となり
けり。此外/歴代(れきだい)/賑施(春くひ)の法/数多(あまた)あ連ど。悉く盤志るさ須〇以上
みな/有司(やく尓ん)能上尓て/欺(あざむ)か連ざる様尓取斗ふ法なり。人
君の思召盤。たゞ民の/難渋(なんじう)を/憫(あは)連むをもて第一として。民の
/欺(あざむき)を受さる用意盤次とすべし。宋の時呉中大尓餓しかば。/賑恤(春くひ)
の/評議(へうぎ)あり。民どもとかく/欺泄(いつはる)をもて/本部(そのゆくすじ)尓/勅(ちよく)して。/家(か)/別(べつ)尓
/料(ぎん)/撿(み)せしむ。/左(さ)/諫(かん)/議(ぎ)/大夫(たいふ)/鄭雍(ていいよう)い扁しく。この/令(おほせ)ひとたび/布(ふれながさ)ば
/吏(やくにん)専ら民を/料(ぎんみ)して。/災(なんじう)をば救はじ。さらば民ども/餓死(うゑじ尓)いた須べし。
/冨(と)之/四海(しかい)をたもてる御/身上(しんしやう)尓て。/重撮(すこし)の/温(ついへ)尓氣を徒希て。/比屋(いえ〳〵)
の死尓いたる事を。かまひゐはぬやと/奏(そう)しけ連ば。天子尤也登て

右の/勅(ちよく)を止めら連ける。人君の救ひを行ふこと盤。/実(じつ)尓/鄭雍(ていいよう)の言
のごとく阿りたきもの也。〇さ連ど又/真(まこと)の餓たる者はかりを見
分て救ふ/一方(ひとつの志かた)あり。宋の/鄭剛中(ていかうちゆう)。/温(をん)州の/判(ぐんだい)たり。歳餓て/流(りう)
/民(みん)ども道尓みちけ連ば。/太守(ぶぎやう)尓勧て/倉(くら)を/發(ひらひ)て賑はしむ。/太守(ぶぎやう)
恐らく盤/実(じつ)の/恵(むぐみ)餓たるもの尓及ばしといひしかば。/答(こたへ)ていは具。
/指置(しかた)あるとて。萬銭を取里出して。一文ごと尓一字を/押(か)き。夜
持出て/坊巷(まち〳〵)を阿るきて。餓て/臥(ふ)せるものを見連ば。一銭つゝ/給(あた)へ。
/押字(かけるじ)を/拭(ぬぐ)ひ去ることなか連といひ付て帰り。明朝右の銭越
持来るもの越/憑(しようと)尓して。米越給へけ連ば。銭たるものもるゝ
ことなし。/太守(ぶぎやう)も殊の外/歎服(たんぷく)しけるとなん。


補 審戸といふこと。救荒の書尓見えて。家々の貧冨を志らべ。次
第越つく扁し。此盤村役人の骨折次第尓て。大尓為尓なる扁き
なり。

   〇/流民(たしよもの)を差置幷尓/疫邪(ゑきじや)を拂ふ事
大飢饉の時盤。他領よりも流民食尓就て多く立入ることあり。
凶年といひ人阿し多く立入ば。疫邪流行することあり。/街道(かいだう)
筋の/塵芥(ぢんがい)積りて穢らわしけ連ば。別して/瘟(うん)氣を招くゆへ。先
掃除を申付。くま〳〵迄清潔尓して。その/萌(きざし)を/防(ふせ)く扁し。又盤
寺社などの廣所を見立て。小屋掛して差置き。いか尓も込み
《割書:増補 従前の救|ひ方は。村高耳》     《割書:もるゝなり。右審|戸の法をも?》
《割書:/應(おう)じて救米を|/与(あた)ふる古とあり。》    《割書:抜救尓春連ば|貧民/恵(めぐみ)を?》
《割書:夫尓ては。高持の|勝手よき物。救》    《割書:/露命(ろめい)を。つなく|べき也》
《割書:をうけ。佃戸など|の難渋者。救ひ?》

合はぬ様尓すべし。又/頭分(かしらぶん)を立て。法をもて正須扁し。/臥(ふ)し
/所(どころ)幷尓出入の時を定め。毎日食物を受取時も。/右王往左往(うおうざわう)乱妨せ
ざる様尓申付。若命尓/違(たが)ふものあらば。志ばらく食物を渡さ須。再
ひ違ふことあらば。即時尓境外へ遂出須扁し。流民の/健(すこやか)なるものは。
夫々の仕事を試さしめ。又盤民間の日雇尓も出させ。/座食(ゐぐひ)す
ること越評須べから須〇宋の/韓魏(かんぎ)/公琦(こうき)。/益州(ゑきしう)尓/知(ぶぎやう)たりし時。
歳餓て流民道尓満ちしかば。/琦(き)人尓すゝめて/粟(こめ)を入連しめて。
/粥(かゆ)を設て/濟(すく)ひ。明年/糧(かて)を/給(あたへ)亭帰し遣春。又/壮者(わかもの)を/招(ま年)き/募(つの)
里て。/等第(志だい)を付て/禁軍(きんりづきあがる)とし。一人/軍(くみ)尓/完(い)連ば。その扶持尓て
数口能家/全活(た須かり)ける。凡流亡の民。一百九十萬を/活(いか)しけるとなん。


その後/陝西(せんせい)餓し時も往て/賑(すく)ひ。流民一百五十人/活(いか)し
ける。その/陰徳(いんとく)尓や。その身/宰相(さいしやう)となりて。/魏郡王(ぎぐんわう)尓/封(ほう)ぜら連。
五人の子皆/貴(たつと)く。/家督(かとく)の/忠彦(ちうげん)盤父尓/継(つい)て宰相となりしと也
〇宋の/富鄭考公弼(ふていこうひつ)。/青州(せいしう)尓/知(ぶぎやう)たり。をりふし/河(か)/朔(さく)大水尓て。その
民ども青洲へ徒どひ入りしかば。公/部内(志はいぐ尓のうち)尓て/豊稔(できよかりし)五州を見
立て。その民尓/勧(すゝめ)亭/粟(こめ)十五萬石を出し。/官庫(おくら)の米越加へて
在々へ/貯(たく)はへ置。/公私(かみしも)の/盧舎(ながや)。十餘萬間越見立て。流民を/散(くばり)
/處(おき)。官吏の/闕(おき)を待て。役付んとする者尓禄越/給(あた)へて。その役掛り
とし。民の/聚(あつま)る所へゆきて。老弱/病瘦(やみやせ)たるもの尓食を與へ
しむ。官吏尓骨折次第尓て。申立て責越行ふべしと約し。五日

目尓盤人越やりて。酒肉をもて/労(ねぎら)ひけ連ば。人々力越/尽(つく)してつと
めける。流民の死するものは。/叢塚(おほはか)へ/葬(はふむ)り徒かはしける。明年麥
大尓熟しけ連ば。流民どもへ/糧(かて)をあたへて帰しける。す扁て
五十餘萬人を/活(いか)し。/募(つのり)て兵とせしもの萬餘人也登楚。
まへ〳〵より流民を救ふ尓。城郭の内へ/聚(あつ)めて。/粥(かゆ)を/煮(尓)亭
/食(くらい)しめけ連ば。疾疫なども起里。またおし合ひ/踏籍(ふみあふ)て死
するものあり。また次第を待て粥をもらふ尓。数日の間食せ須。
尓はか耳粥を得て。皆/僵仆(たおれ志ぬ)尓至る。名盤救ふといへども実は殺須
こと也。志かる尓公。法を立てること/簡便(かんべん)尓/周至(ゆきわた)りた連ば。天下傳
へて/式(しき)とせりといへり〇宋の/滕達道(とうたつだう)。/鄆州(うんしう)尓/知(ぶぎやう)たり。歳餓耳


のぞみけ連ば。/淮南(わいなん)の米二十萬石越/乞(こ)ひ/備(そなへ)としける。後淮南東
京皆大尓餓し尓。達道ばかりは。乞ひし米阿りけ連は。城中の冨
民どもを召して。いひ聞せける盤。流民ども追付来るべし。その
まゝ差置ば疾疫起りて。汝等迄難義すべし。この城外耳
/廃営田(あ連たるでんぢ)ある尓よつて。/席屋(むしろごや)を作りて待受扁しといひける耳。
民ども/諾(うけたま)はり/屋(こや)二千五百間越作る尓。一夕尓成就したり。/鍋炊(なべかま)
/器用(しよだうぐ)みな/具(そなは)る。流民ども追々参りける尓。次第尓小屋を渡し。
/兵法(へいはう)尓て/部勤(とりしめ)。婦女盤/炊(うか)しめ。少者盤/汲(みつくま)しめ。壮者盤/樵(たきゞ)とら
しめ。民ども家尓居るがごとし。天子より使者を下して見せし
むる尓。/盧舎(ながや)/道路縄(みちすぢなわ)を引渡し。/碁(ご)を/布(志ひ)たるがごとく。/粛然(しつとり)として樵

/営陳(ぢんや)のやうなりしかば。使者大尓驚き。その通絵図尓して上覧
尓入連し尓。天子/詔(みことのり)を下して褒美せら連ける。此たひ/活(いかせ)しもの
数萬人也とぞ〇流民尓仕事をさせしは。唐の/王方翼(わうはうよく)。/粛(志ゆく)
州の/刺史(ぶぎやう)たる時。蝗多きとしなれと。その境尓盤なかりけ連ば。
鄱郡の民ともみな入込ける。/方翼(はうよく)/私銭(じぶんぜに)を出して。/水磑(みづうす)を作
らしめ。その/直(あたひ)をもて銭を/濟(すく)ひ。数十百/楹(けん)の/舎(こや)越作りてさし
居き。/全活(たすかる)ものおびたゞしと也〇宋の/董?(とうい)いへらく。流民来
らば法をたてゝさし置く扁し。/富(ふ)/弼撨採打魚(ひつたきゞとりかはがり)をせしむる
などの類也。さ連登/修堤濬河(つゝみぶしんかはさらへ)などの公私両便なる尓盤志か須。
さもなくば官司より銭越出して。民のもてる/芦場(よしあしおゝくあるところ)。又/柴(たきゞ)/篠(志のだけ)


ある山をかりて。流民耳/樵採(きこり)せしめ。官より銭を遣して。その取り
来りし物を/買(かひ)上げは。流民どもその力尓て食するうへ。雪ふりて
寒記時尓いたりて。/價(ねだん)を/平(なら)して売り出さば。また小民ども
乃勝手尓なるべし。

   〇/餓茡(ゆきだを連)ものを取片付病人を/介抱(かいはう)する事
凶年尓盤/疫癘(ゑき連い)流行する者也。/餓茡(ゆきだをれ)もの路頭尓みつ連ば。
癘氣越生する故。その時々取片付さ須べし。是生者の為
のみならす。仁者能死者/憫(あはれ)むことかくあるべきことなり。また
病みて死尓至らぬもの盤。醫業越與へて救ひを遣る須盤。申迄も
《割書:贈補 /鳥(とり)も/獣(けもの)|も。/終日(しうじつ)。あさり》      《割書:/業(わざ)をして食尓|ありつくべきはづ》
《割書:あるかねば。食を|うる古とあたはず。》      《割書:なり。夫尓心得|違ひの者あらば。》
《割書:流民も足手|あ連ば。/相應(さうおう)の》       《割書:きびしく/取締(とりしむ)|るべし》

なく。病人小屋を立て。専らその/介抱(かいほう)を申付たきもの也〇死
者越葬ること盤。後巻の/周暢(志うちやう)河南の/尹(ぶぎやう)たる時。大旱尓て久し
く/祷(いの)連登雨無か里し尓。/暢雒城(ちやうらくじやう)の/傍(かたはら)尓。/客死骸(たしよものしがい)萬餘越
葬り遣しけ連ば。即時尓雨ふり。その歳は/稔(ほうさく)なりとぞ〇後
周の/賀蘭祥(がらんしやう)。/荊州(けいしう)の/刺史(ぶきやう)たる時。/盛夏(しよちう)/亢陽(ひでり)せしかば。自身
境内を/巡見(じゆんけん)して。政の/得失(よしあし)を/観(み)し處。/古冢(ふるつか)を/發掘(ほりおこ)して。
/骸骨(がいこつ)を/暴(さら)し/露(いだ)してあ里しかば。その所の/守令(だいくわん)尓い屋らく。
仁者の政はかく阿るまじといふて。/収葬(とりはふむら)しめけ連ば。/即日(そのひ)雨ふり
て。その年盤/大有(ほうさく)なりとぞ。是みな/災(わざわい)をやむるのみなら須。/感(かん)
/應(おう)も/速(すみやか)なること也〇病人を/憫(めぐ)むこと盤。漢の/鍾離意(志ようりい)。/會稽(くわいけい)の


/?郵(したやへ)たりし時。疫大尓行連。死するもの萬越もて/数(かぞ)へけ連ば。
意/獨身(ひとりみ)みつから/隠親(いんしん)《割書:隠親は謂_三親|自隠_二恤するを之を_一》し。醫業乃こと越/経給(せわ)せしかば。/所部(志はいしよ)
のもの多く/全濟(た春かり)しとぞ〇/随(ずい)能/辛公義(しんこうぎ)。/岷州(みん志う)の刺史たり。所之乃
風俗尓て。一人疫を病めば。/闔戸(かるいのもの)すておきて/避(さ)け出け連ば。病者いつ
もた春から須。/公義(こうぎ)その/習(なら)はしを改たく思ひ。病人をば/輿(かご)尓入て。
自分の/?中(しよゐん)尓持参らしめ。/親身(じしん)尓/拊摩(ゐでさ須)り。病者/愈(いゆ)連ばその
家内共越召して引渡しけ連ば。その子孫ども。/感泣(かんきう)して徒連
帰り。/敞風(へいふう)遂尓/革(あらた)まり。/合境(志はいしよのもの)公義を親しみ/戴(いたゞい)て/慈母(じほ)といひ
ける〇宋の/趙抃(てうへん)。/越(ゑつ)州尓知たり。/呉越(ごえつ)大尓餓しかば。/多方(いろ〳〵)救ひ。
春耳なりて。疫を病むもの多かりけ連ば。/坊(こや)越作りてこ連を/處(を)き。

/誠実(じつてい)なる/僧人(ばうず)を/募(つのり)て。/看病人(かんひやう尓ん)とし。/各坊(こや〳〵)へ/分数(くばりおき)て。/早晩(あさゆふ)病人の
醫薬飲食を世話し。/麁(そ)/略(りやく)なき様尓せしめけ連は。人みな/活(たすか)ること
を得たりとなん〇人君尓て病人越/憫(あは)連みしは。/歴代(連きだい)尓多き
うち尓。宋の仁宗のこと盤格別なりける。/至和(しくわ)元年正月。京師疫
行連け連ば。/内(きんちう)より/犀角(さいかく)二ツ越出しゐひ。/太醫(おゐしや)尓遣し。/薬(くすり)耳
/和(ま)ぜて民の疾を療治せしめよと仰ける。その一ツ盤/通天犀(つうてんさい)と
いふて。得難きものなりしかは。左右のものども留置て。/服御(おめし)尓
いたさんといへと。帝の仰尓。各あ尓/異物(いぶつ)を/貴(たつと)んで。百姓越/賤(いやしん)せん
やとて。御前尓て/打碎(うちくだか)しめたりとぞ〇武将感状記尓。/北條(ほうぜう)
/氏綱(うぢつな)伊豆へ攻入時。或る里の家ごと尓。二人三人病臥しける。その


故を問せらるゝに。/壮(としわか)なる者盤。皆/乱(らん)を/避(さけ)て山林尓/逃竄(尓けかく)連候。我らは
/疫痢(ゑきり)を病候尓よつて。起ることも叶は須して。敵の手尓死ぬる
をもかへり見須候と云。氏綱/憫(あは連)みて。その里を/侵(をか)さ須。一物をも/掠(かすめ)
とら須。薬を/給(あた)へ食越/與(あた)へら連ぬ。民大尓悦ぶ。是より衆人聞傳
へて志越/帰(き)須。氏綱伊豆を得るの/基(もとい)とな連り。《割書:謙按尓。北條氏伊豆|を取りたるは長氏なり。》
《割書:こゝ尓氏綱といふ誤なり。長氏盤伊勢新九郎と號し。後尓姓越|北條と改め。年寄りて早雲といふ人なり。氏綱盤早雲の子なり》
補 都盤いふまでもなく。国々の城下尓ても。医生は多くあるもの也。
さ連登醫書生尓盤豚をとらさす。郷中の醫師少き所尓盤。若
輩醫尓ても應届春連は。手分して遣すへし。右尓て村民どもゝ
たすかり。醫生も一生懸命尓心を悉して。修業かた〴〵治療をす
《割書:増補 丙申の翌|年はたして。/疫(えき)》     《割書:出し。医者/乏(とぼ)|しき。村里へ。》
《割書:/癘(れい)大尓。行は連|け連ば。大府より》     《割書:ふれなふ古と|ありき》
《割書:医師尓命ぜら|連。薬法を抄》

連ば。双方の救合となるべし。此事盤余も誠みて益となりし事
ありき。

   〇/粥(かゆ)/施(せ)/行(ぎやう)之事
大飢饉尓及び。飢民尓粥小屋を立て養尓盤。心得ある扁き
こと也。久し具うゑたるもの尓。あつき粥を食はしむ連ば。忽死
することゆへ。/粥厰(かゆごや)能/傍(かたはら)尓死人多きよし。/藁菴間話(かうあんかんわ)などいふ
書尓いへり。また施行の時こみあへば。婦人小児な登/怪我(けが)有
べし。元来うゑたる上な連ば。少し能怪我尓亭も。死尓至るべし。
/荒政要覧(くわうせいえうらん)尓。宋能江東の/運判(ぶきやう)。/愈享宗(ゆかうそう)といふ者。/賑濟(すくひ)の時。婦人


一百六十二人を/踏(ふみ)殺したること越/挙(あげ)て戒とせり。夫尓盤/場所(ばしよ)を幾
つ尓も分希。/隊(くみ)を幾つ尓も分ち。/旗(のぼり)を立て進退須べし。大抵
百人以上尓な連ば。こみあひ怪我あるもの也。此等能々役人尓申付。
下役まても。/精細(せいさい)なる人越/擇(ゑ)らひ用ゆべし。〇/南楚新聞(なんそしんぶん)と
いふ書尓。宋能時/孫儒(そんじゆ)といふもの/乱(らん)を作せし時。米一斗四十千
尓う里しかば。金玉などのたからをもて。はづか尓一/撮(さい)一合をかひ
得て。/通腸(つうちやう)米と名希て食ひしよし。飢人他物を食ふて盤
冝しからざるゆへ。右少し能米尓て。/米飲(こめしる)越/煎(せん)じとり。/腸(ちやう)/胃(ゐ)越
/通(やわら)希亭助かりしと也。/橘(たちばな)南濱が東遊記尓。天明きゝんの時。/津(つ)
/輕(がる)尓て人越食ひし尓。あるもの其甥尓いへる尓。人を食ふこと盤

よからざることな連ば。決して春まじき也といひて。日々米壱合づゝ
與扁希連ば。甥なるもの草木の葉尓まぜ。かゆ尓して食ひし尓。
家内五六人のもの命つきしといへり。貝原氏か農業全書尓。いつの
きゝんの時尓や。ある所能/領(連う)主より。飢人一日一人尓付て。米壱合
づゝ救ひあた扁ら連しかば。夫尓て餓死能ものなかりしよしいへり。
此等尓よつて考る尓。久しくかゑたる人を救ふ尓盤。米壱合又盤
五六勺尓ても露命盤つなぐ事也。壱合と/積(つも)り。一萬人百日の食
/僅(わづか)尓現米十石也。十萬人百日能食萬石也。多くとも百五六十日
養ひ遣せば。冬よ里は春作尓取つき。夏よ里盤秋のみの里尓とりつく
べし。大国の上尓ては。/貯(たくは)へさえあらば/容易(やうい)なること尓て。多くの人


命を救ひ。大なる仁政尓なり。はて盤其国も/戸口(ここう)婦扁て。とみさ
うゆべき也。国家の阿るじたらん御方盤。常尓こゝ尓心を用ひ玉ひ。
節倹越専とし亭。米穀越多く貯へ置度もの也。論語の千
乗能国を治る尓。節メ_レ用ヲ而愛ス_レ 人ヲと盤。是等の處第一/簡要(かんえう)の
事なり。

   〇草木をもて食とする事
大饑饉久しく打/續(つゞ)き。/粥(かゆ)さへも/施(ほどこ)すべき手立尽るとき
盤。草木の根葉食ふへき者越おしへて。食/料(連う)登すべし。是
まこと尓せんかた徒きて。やむこと越得ぬ/術(しゆつ)なり。〇荒政要覧尓曰。
《割書:増補 粥施行|を受る位の者は。》     《割書:の事尓て。/汝等(なんじら)|平日督課/撫(ぶ)》
《割書:多くは/惰民(だみん)尓て。|古々尓いたれば。格》     《割書:/育(いく)たら須して|今日尓いたり。/見(み)》
《割書:萬世話春る尓及ば|さるよし。さる里正》    《割書:/殺(ごろし)尓春るかと|いひしかば。一言》
《割書:いひしかば。余いへ|らく。夫は平日》    《割書:なくしてやまぬ| 》

/生松柏葉(なまゝつひのきのは)を食する尓は。/茯苓冑砕補杏仁甘草(ふく連うこうさいほきやう尓んかんさう)を用ひ。/搗(つ)き
/羅(ふる)ふて/米(こ)とし。右の/生葉(なまば)を水尓/蘸(ひた)し。薬の米尓/交(まじ)へてほふず
連ば。/香(かふば)しく/美(うま)しとぞ。」/建部清菴(たてべせいあん)の/民間備荒録(みんかんびくわうろく)尓。古連越
/挙(あげ)ていへらく。今年西国尓て/松皮(まつかは)を食せし事越聞傳へ。飢民
とも/製(せい)して食しける尓。/制法(せいはう)よからざるか。又松の木西国とち
がひたるか。/吐瀉腹痛(としやふくつう)して。死するもの多きよし。この生松葉越
食する法。我いまだ/試(こゝろみ)さ連は。もしその/毒(どく)尓阿たりて。死するもの
あらんこと越恐る能試て後用ゆべし〇松皮を食して/毒(どく)耳
中りしこと越。備荒録尓いへと。天明の/凶年(きやうねん)の事を知りし人尓
尋る尓。上方筋尓て盤毒に尓中りしこと盤かつて聞須といへり。奥羽


辺尓て盤。その製法越得ざりし尓や。或人の/鈔録(せうろく)を見し尓。松越
食ふ法と。/藁(わら)を食ふ法と越載せたり。松を食ふ法。松盤何尓よら
須といへども。/雄松老木(をまつおひき)の皮を/最上(さいじやう)と須。/甘(あま)はたは/苦(尓が)み阿り。
そ連ゆへ上/壱皮(ひとかは)を扁ぎとり。/碓(からう須)尓て/𣇃(つき)て。/磨(ひきうす)尓てひき。/糊(のり)とし
す以のう尓て/篩(ふる)ひ。/細末(さいまつ)尓する不どよし。是を/蓋(ふた)のよく合ふ
釜か鍋尓。水多く入連たる尓かきまぜて。/煮(尓)へ立て/蓋(ふた)を取ら須。
明る朝迄そ連なり尓おけば。/若木(わかき)尓ても/渋苦(しぶ尓が)み盤/固(もと)より。/匂(にほ)ひも
なくなる也。あく気越流す時。/粉(こ)のこぼ連ぬ様尓し。/味噌(みそ)/漉(こし)乃
内へ/敷布(志きぬの)をひろげ。その上へ打ちあくべし。砂あらばゆりて其/布(ぬの)
尓て/直(すぐ)尓志ぼり。/餅団子(もちだんご)尓入るならば。/干(ほ須)尓及須。/餅(もち)盤常の通

米越こしき尓入連。其上へ松の/粉(こ)をひろけおき。米の/蒸(む)せる越
期とし。/臼(うす)尓入て徒く也。尤/手水(てみづ)をひかゆべし。/香煎(かうせん)尓する尓盤。
あくを/抜(ぬき)たる粉を日尓/乾(かわか)して/炒(いる)也。/老木(おひき)盤/灰汁(あく)ぬきせずして
/可(か)也。《割書:以上盤享保十八丑年五月。大坂井上某こ連越貧家尓つぐ。|寛保三年亥二月江戸本舩町大倉氏。この事越貧家尓つぐ。」》/藁(わら)を食ふ法盤。
/藁(わら)の/根元(ねもと)四五寸。/末(春ゑ)五六寸を切すて。二三分つゝ尓/刻(きざ)み。二三日水耳
/浸(ひた)し。よく/干(かわか)し/炮烙(はうろく)尓ていり/臼(う須)尓てひき。/粉(こ)尓して/糊(のり)こし尓て。
よくふるひ。何尓ても二三分まぜ尓して。/蒸篭(せいろう)の類尓てむし。
/臼(うす)尓て徒きてもすり/鉢(ばち)尓て摺りてもよし。/餅団子(もちたんご)尓/製(せい)し
食する也。《割書:大坂舩場の人|何某の法》〇/農政全書(のうせいせんしよ)。/救荒本草(きうくわうほんざう)など尓。草木乃
食ふべきものを/悉(こと〴〵)く/挙(あげ)たり。多きことなれば古々尓盤/載(の)せ須。本


書を見るべし。およそ/田畝(たはた)尓生へたるもの盤。もとより人の食ふ
べきはづな連ば毒少なけ連と。/人気(ひとげ)遠き山野尓ひと里生へ
たるもの盤。毒なるもの多し。食ふべきものとても。/田畝(たはた)尓/生(は)へたる
ものゝ類尓あらざ連ば。その心して食ひべき也。〇荒政要覧耳
いはく。/嘗(かつ)て/苦行(くぎやう)の/僧人(ぼうず)。山尓入りて/耽静(ざせん)する越見し尓。必塩を
/炒(い)りて。/竹筒(たけづゝ)尓入連。/携(たづさ)へ/往(ゆ)希り。/草葉(くさのは)の毒阿るものを食へは。/唯(たゞ)
/塩(しほ)尓て/解(げ)須べしといへり。〇民間備荒録尓曰。/荒歳(きゝんとし)第一乃
/解毒(げどく)盤塩尓志く盤なし。飢民の死する盤。塩の/貯(たく)はへ/尽(つき)て
のち。/毒草(どくさう)越食する故死するよし。今こゝろむる尓皆志かり。塩尓て
/解(げ)せざる盤。/救荒解毒丹(きうくわうげどくたん)を用ふべし。もし毒つよくして。/解(げ)せずんば

/辟穢(ひえ)/廣濟(くわうせい)/丹(たん)をか年用ふ扁し。此業盤四五十ケ村へ/施薬(せやく)志たる
なり。もしつよく毒尓あたりたるもの盤求め用ふべし。」又惣身
/浮腫水種(うきは連春ゐしゆ)のごとくなるのみ尓て。/餘症(よせう)なきもの盤。/五加木(うこぎ)の根を
/煎(せん)し飲(のめ)ば。/種(は連)ひくものなり」惣して草根木実のる以。小
毒あるものといへども。/灰湯(あく)尓て/煮(に)。二三宿水越/換浸(かへひたし)。さわして
のち食す連ば/害(がい)なし。/灰湯(あく)尓盤雑木の/堅木(かたぎ)越/焼(やき)たる/灰(はい)よし。
/松杉(まつ春ぎ)を/薬焼(やき)たる灰盤/功(しるし)なしといへり」宝暦六年の春。飢民
/藤葉(ふぢのは)/車前草(おほばこ)を久しく食たるもの。惣身青色尓なり。水/種(しゆ)
のことくはれたるもの尓。救荒解毒丹を四五/貼(ふく)/白湯(さゆ)尓て飲
しめけ連ば。/腫消(はれひき)全快したり。〇備荒録。草木能葉を食ふ


法越挙て。大抵本草など尓いへるもの也。但/季(くわ)しく/能毒制法(のうどくせいはう)を
いひ。又盤彼能方尓なきものをば左尓/抄出(かきいだ)須。」/蕨粉(わらひのこ)は。米の粉か
麦の粉。又/米粃(ぬか)を/雑(ましへ)食す連ば害なし。雑へ食ふ物宜しから
ざる盤甚/害(がい)あり。又蕨粉ばかり久しく食へは。目/暗(く)らみ髪
/落(を)つ。小児多く食す連ば。/脚弱(あしよはく)して/行(ある)くことあたは須。もし
毒尓あたらば。白米を/挽(ひき)わり。/粥(かゆ)尓/煮(に)て/湯(ゆ)のごとくし。塩か/焼(やき)
味噌をまじへ度々/吮(春は)須べし。」/止知乃箕美(とちのみ)。/香月牛山(かづきぎうざん)いはく。
倭俗/橡実(志やうじつ)をもてとちと須る盤/非(ひ)なり。山野の民。この/実(み)を米
粉に/和(まぜ)て。/糕(もち)として。食ふ。蛔蟲(くわいちう)を殺し。小児食ふ尓よろしと
いへり。/性大寒(せいだいかん)也。水越/換(かへ)て/煮(尓る)こと。/十五次(しうごたび)して。毒越/淘(さはし)去り。

/蒸(む)し/熟(じゆく)して食ふ。流水尓徒希て/一宿(ひとよ)おけは。一度/煮(に)てもよし
といへり。/能煮(よくに)て流水尓徒希ば猶以よかるべし」/夏枯草(うこさう)。民
間尓うばのちといふ。/灰湯(あく)尓て能く煮。/二宿(ふたよ)不ど水尓/漬(つけ)置て
後食ふべし。秋になり/枯葉(か連は)尓なりたるも。/粮(かて)とし食する耳
よし登いへり。/山居貧(さんきよひん)民の傳なり。/試(こゝろみ)用ふべし」/萑麦(ちやむぎ)。/向井(むかい)
/元升(がんせう)いはく。二月頃初生の青葉を採り。/汁(しる)を/搗(つ)きて。/米粉(こめのこ)
尓/和(ま)ぜて。/餅(もち)尓/蒸(む)し食春連ば。香味甚よし」/山蒜(のびる)。上州七日
市の人語りける盤。上州の/方言(く尓ことば)尓うしひるといふ。/凶年飢(きゝんどしうへ)を
救ふ尓甚宜しきもの也。我国尓て/邑長(むらやくにん)。年ごとに豊凶越
考へ。凶年に盤各我/支配(しはい)へ/絇(婦)れて。農夫貧冨とも尓。山野尓


出うしひるを堀。煮て食はしむ。もし冨民うしひるを食せ須。
堀尓出さる者あ連ば。/邑長(むらやくにん)その者をさとしおしへ。今汝幸に食餘り
阿連と。/頻年(とし〴〵)飢饉ならば。汝とても餓死越のがるべから須。今より
食物越倹約し。麦熟するまて盤。山野尓出うしひるを堀り
食せよとて。惣村一同尓出てうしひるを堀り。釜尓入連煮る
な里。冨民盤一人つゝの手前尓て煮。貧民盤薪の/貯(たくは)へ少き
故。二人三人或盤五六人寄合て大釜尓て/煮(尓る)なり。此物久しく
煮さ連ば。/麻渋咽(ゑごくしてのど)を/戟(さ)須。六時不ど煮連ば食しや春し登
いへり〇薩藩の成形図説尓曰。長路軍行等尓。食せ須して
飢ざる法。串柿を糊のごとくして。蕎麦粉を等分尓雑合て。

 右ページ二行目左ルビー 「夏枯草 うつぼぐさ」

大さ/白梅(うめぼし)乃大なる程尓丸し。朝出る時二三丸を飲とき盤。其竟日
は飢る古登なし。蕎麦なけ連ば糯米を用う扁し。又三種取合
調てもよし〇救荒本艸な登を見るに。山野食ふべき草木甚
多して。/数挙(かそへあぐ)べから須。是をもて見連ば。/荒年(きゝんどし)食の乏しき時盤。
大抵の草木盤みな食ふ扁し。さ連登もとより毒ありといへる
もの盤。知り/辨(わきま)へて用心須へし。この頃尾張の人。清原重巨の
/有毒草木図説(いうどくさうもくづせつ)を見たり。志ばらくその名越左尓あ希て。荒歳の
心得と須。」/烏頭(うづ)《割書:大毒あり。二種あり。山中/自生(じねんばえ)のものを/草烏頭(やまどりかぶと)といふ。|毒甚深し。人家裁るものは。/川烏頭(かぶとさう)と云。毒/稍(ちと)浅し》/天南星(やまごん尓やく)《割書:大|毒》
《割書:あ|り》むさしあふみ《割書:天南星の一種。|大毒あり。》ゆきもちさう《割書:天南星の一種。|大毒あり。》/虎掌(うらしゆさう)《割書:大毒|あり》/斑杖(まむしさう)
《割書:大毒|あり》/曼陀羅花(てうせんあさがほ)《割書:毒あり》/蔓生鉤吻(つたうるし)《割書:大毒|あり》/草本黄精葉(さはな春び)鉤吻《割書:大毒|あり》/芹(おほ)葉



/鉤(せり)吻《割書:大毒|あり》/大戟(たかとうだい)《割書:大毒|あり》/甘遂(なつとうだい)《割書:毒あ|り》/續随子(ふるとさう)《割書:毒あ|り》/蘭茄(やまあざみ)《割書:小毒|あり》/草蘭茄(さわうるし)
《割書:毒あ|り》/澤漆(とうだいぐさ)《割書:小毒|あり》/半夏(から須びしやく)《割書:毒あり。又/斎州半夏(だいはんげ)たり|はんげあり。その一種なり》/商陸(やまごぼう)《割書:毒あり。水芹と同食すべ|から須。又紫花を開く者越。》
《割書:赤昌といふ。毒甚深し。|かなら須食須べから須》/大蓼(せん尓んさう)《割書:毒あ|り》/鳳仙(つたくれなゐ)《割書:小毒あり。?と同しく|食す連ば。甚だ毒あり。》/射干(ひあふぎ)《割書:毒あ|り》/女青(やひとばな)
《割書:小毒あり。草生|蔓生の二種あり。》/石蒜(てんかいばな)《割書:小毒あり。こ連を食春連ば。言語拙し。故尓志たまがりの|名あり。/鐵色箭(きつねの??り)。宮人艸(なつ春ゐせん)盤その一種なり。》大黄《割書:毒あ|り》/槖(つわ)
/吾(ぶき)《割書:毒あり。砂糖と同じく|食べから須。大尓毒あり》/及巳(ふたり志つか)《割書:毒あ|り》/紫蔵(のうせんかつら)《割書:毒あ|り》/毛莨(きんはうけ)《割書:毒あ|り》/水胡(かはみ川ば)《割書:毒あ|り》
/石龍芮(たづらし)《割書:毒あ|り》/蕺菜(どくだみ)《割書:小毒|あり》/野芋(いしいも)《割書:大毒あり。どくいも。|くは須いもともいふ》/山慈姑(むさくわゐ)《割書:小毒|あり》/大麻(あさ)
《割書:大麻は総名也。/牡麻苴麻(をあさめあさ)の別あり。葉耳毒あり。/麻仁(あさのみ)は|食用尓須。毒あり。其土中尓入るもの大毒人越殺須。》/蓖麻(たうごま)《割書:小毒|あり》/蕁麻(いらくさ)《割書:大毒|あり》/牽牛(あさがほの)
/子(み)《割書:毒あ|り》きぬがささう《割書:毒あ|り》/博落廻(たけ尓ぐさ)《割書:大毒|あり》/狼牙(らうげ)《割書:毒あ|り》/藁耳(をなみみ)《割書:小毒あり。/米沮(しろみつ)|と同食へは。大》
《割書:毒あ|り》/豨薟(めなもみ)《割書:小毒|あり》/三白草(はんげしやう)《割書:小毒|あり》やへくわんざう《割書:毒あ|里》/萌藋(尓はだつ)《割書:毒あ|り》/貫衆(ふそばきじのを)
《割書:毒あり。くさそてつといふ|ものは。その一種なり。》/赤車使者(くちなは志やうこ)《割書:毒あ|り》/鳶尾(いちはつ)《割書:毒あ|り》/牛扁(連いじんさう)《割書:毒あ|り》/仙茅(きんばいだし)《割書:毒あ|り》

/白屈菜(くさのわう)《割書:毒あ|り》/馬蓼(いぬたで)《割書:毒あ|り》/防葵(ぼたんばうふう)《割書:毒あ|り》/紫菫(むらさきけまん)《割書:微毒|あり》きけまん《割書:毒あ|り》/虎(いた)
/杖(どり)《割書:毒あ|り》一瓣蓮(みつはせう)《割書:毒あ|里》/地湧金蓮(ざぜんさう)《割書:毒あ|里》/馬兜鈴(つんぼぐさ)《割書:毒あ|り》/玉簪(たうぎぼふし)《割書:毒あり。/紫(き)|/蕚(ばうし)。/小紫(さしぎばうし)。と》
《割書:くだま。壱満のかん|さし等は。その一種也》/莨宕(おめきくさ)《割書:大毒あり。誤て古連を食へは。狂気|して奔走須。故尓はし里ところの名あり》/苦瓠(尓がひさご)《割書:毒あ|り》/藜蘆(里ろ)《割書:大毒|あり。》
《割書:二種あり。一種盤荵菅藜芦(しゆろさう)|なり。一種盤/蒜藜芦(ばいれいさう)なり。》水仙《割書:毒あ|り》/狗舌草(さはをくるま)《割書:小毒|あり》/紫藤(ふち)《割書:小毒|あり》/雲実(さるとりいばら)《割書:毒あ|里》
/芝花(志げんじ)《割書:大毒|あり》/莞花(きとがんひ)《割書:毒あ|り》/醉魚草(ふじうつぎ)《割書:小毒|あり》/木本黄精葉(どくのき)鈎吻《割書:大毒|あり》古せうのき
《割書:毒あ|り》/常山(古くさぎ)《割書:毒あり》/茵芋(みやましき)《割書:毒あ|り》/石南(志やくなんげ)《割書:毒あ|り》/夾竹桃(けふちくたう)《割書:毒あ|り》/木藜蘆(はなひりのき)《割書:毒あ|り》
/莽草(志きみのき)《割書:毒あ|り》/羊躑躅(てうせんつゝじ)《割書:大毒|あり》/頳桐(たうぎり)《割書:毒あ|り》/衛矛(尓しきゞ)《割書:小毒あり。この実毒深し。|小児おそるべし》/金剛纂(やつで)
《割書:毒あ|り》/摠木(たらのき)《割書:小毒あり。めだらと|いふあり。一種なり。》/楊櫨(た尓ゝつき)《割書:毒あ|り》/蝋梅(なんきんうめ)《割書:毒あ|り》/椶櫚(しゆろ)《割書:毒あ|り》婦な能き
《割書:毒あ|り》/?木(あせびのき)《割書:毒あ|り》/無患子(むくろじ)《割書:小毒|あり》/漆(うるし)《割書:毒あ|里》らふのき《割書:毒あ|り》/棟(せんだん)《割書:小毒|あり》/烏臼木(なんきんはぜ)
《割書:毒あ|り》/罌子桐(あぶらぎり)《割書:大毒|あり》」右かき出せる内。救荒本艸尓出たるものもあり。


凶歳尓食乏しく。/諸(もろ〳〵)の草木を/食尽(くひつく)せる時盤。やむことを得須。こ連
等越食とすることありとも。大抵盤よかるべし。さ連と大毒のものは
慎んで食ふべから須。〇水府の佐藤平三郎ちといふ人。物産耳
精しき名あり。先達而/出會(てあひ)し時。救荒の事を證ぜし尓。佐藤
いへらく。草根なと掘り食ふても。人の腹尓たまるもの盤少し。
天明の凶年。余/會津(あひづ)尓て民とも尓於しへて。山林尓ゆきて。あら
ゆる木葉越/鎌(かま)尓て/芟(か)り来り。/湯引(ゆびい)て食料とせしむ。そ連のみ
尓て盤やはり腹のもちあしき故。/猪鹿(ゐしか)の類を打取り。その/肉(尓く)を/鰹(かつほ)
/節(ふし)のごとく切りて/乾(かはか)し置き。右の木葉の内尓けづり込て食は
しめて。飢を救ひしとまかしき。いかゝあらん試むべし〇豊後

能大蔵徳兵衛といへる。各高き老圃あり。豊稼録再種方な登
いへる農書を多く作り。世尓問ひし者なり。先達而余江戸尓て
出合し事あ里し時。救荒の事尋ねし尓。凶年の食物盤。葛尓
志くものなしと亭。その著述の製葛録といふ書を出して見
せり。その書葛の採り様より。制法尓至るまで。精しく挙たり。
尤葛布を造ること越第一登いへど。食物尓することもあり。既尓刊
行の書な連はこゝ尓盤挙須。〇/橘南谿(きつなんけい)が西遊記續篇尓曰。近年
打徒々き五穀凶作なりし上。天明二年寅の秋盤。四国九州の島
境。飢饉して。人民の難渋いふはかりなし。余などか旅行も。道路
盗賊の恐連ありて。冬深き頃なと盤。所々逗留して用心せり。さて


春尓なりても。諸国とも米穀ま須〳〵高直尓なり。余なと途中白
米一升を大かた百四十文ばかりを出して求たり。国々城下までも。
多くは麦飯粟飯琉球芋大根飯の類を食し取つゞき重り。村々
在々盤かず年といひて。葛の根を山尓入りて堀食ひしか。是も暫くの
間尓皆不りつくし。金槌といふものを不りて食せり。是も春くな
く成りぬ連ば。すみらといふもの越不りて。其根越食せり。葛の根
金槌の類盤。其根をつきくだき。水尓さらし。夫越だんご尓作り
て。塩煮尓して食せり。春のころ尓いたりて盤。塩もけしから須
高直尓成しかは。これをも求めら年て。海辺尓出て潮を汲来り
て、其潮尓て右の金槌団子を煮て食須。すみらといふもの盤。

水仙尓似たる草なり。其根越多くとりあつめ。鍋尓入。三日三夜不ど
水越替煮て食須。久しく煮されば。ゑくみありて食しがたく。
三日ほど煮連ば至極柔らか尓成。少し甘味も有様なれど。其
中尓ゑくみ残連り。余も食しみる尓。初め一ツ盤よく。二ツめ尓は口
中一は以尓なりて。咽尓下りがたく。はや三ツとは食しがたきもの也。
さ連登食尽ぬ連盤。皆々やう〳〵尓是を食して命をつなぐ。
哀連成事筆尓書尽須べき尓非須。余一日行労連て。中尓も
大尓寄廉なる百姓の家尓入て。志ばらく休息せし尓。年老
たる婆と一人なり。いかゞして人のすくれきやと尋ぬ連は。父子
嫁娘皆今朝七ツ時より。春くら堀り尓まゐ連りといふ。夫盤


はやき行やう也登いへば。此所より八里山奥尓入らさ連ば春みら
なし。浅き山盤既尓皆不り津くして。食すべき草盤一本も
さむらは須。八里余も極難所の山越分入り。すみら越不りて。此所へ
帰連ば。都合十六里の山道なり。帰りも夜農四ツならで盤得帰り
着須。朝七ツも猶遅し。其上近き頃盤。皆々空腹かちな連ば。
力もなくて道もあゆみ得須といふ。其すみら盤いか不ど取来る
といへば。家内二日の食尓足ら須といふさても朝の夜るより暮の世
夜まで。十六里の難所越通ひ。三日三夜煮て漸く尓咽尓下り
かぬるもの越不り来りて。露の命越つなく事。哀れといふも更也。
中尓も大なる家た尓斯のごとし。ましていはんや。貧民の志可も

老人小児。又盤後家やもめなどは。いかゞして食越徒なく事やらんと
思ひや連ば。む年ふさがる。又或時一人の六十六部尓行つ連し尓。此六部
残越流して余尓語連る尓は。此間山中尓行暮て。とある民家尓
入て宿り越求めし尓。老人娘登二人居たりしが。宿をゆるさ須。
強て乞しかば。食物なしといふ。米盤こなた尓貯へたりといふて。
續て内尓入たる尓。二人とも尓いとちから那く久敷病るやうな連ば。
いかゞし給ふやととふ尓。二人とも涙を流し。近きなど盤一かう尓
食せ須。女房盤十日ばかり以前既尓餓死せり。忰も四五日前にうへ尓
つか連死せり。親なりといふ我等盤少しつゝ食越あたへく連しゆへ
今まて盤生のひぬといふ尓。興さめて驚き。さても哀連なる事


を承はるか那。嘸かし苦しく候はん。先此焼たる食越志よくし給へと
出せる尓。老人と娘互尓譲り合ふて食せ須。いか那る故尓此場尓いた
りてゆつり合給ふや。こ連尓てたら須は。猶此袋尓一升はかり盤貯へも
候へば。二人とも尓心置須食し給へと強たりし尓。老人のいふやう盤。
御志盤忘連かたく忝く候へとも。今宵此飯をたべ候ひても。明日より
の食物なし。さす連ばなましい尓食して。苦しみを永くする道理
なり。たゞ一日もはやく死行ん事こそ今日の望なり。娘盤また年
若き身な連ば。明日尓もせよ。万々一殿様より御恵の年尓ても
あらば。命たすかる事もや有べき。少し尓ても食し。一日尓ても活の
びよかし。老人ははや思ひ残須事もなし。女房忰のはや死行

し事こそ羨ましう候へとて。更尓両人とも尓食する気色も見へ
須。見る尓聞尓哀連まさり。飯くふべくもおぼへ須。強ていひなくさ
め。むすめ尓飯少し喰せ。猶袋尓残り有し用意の米越與へて
立出たり。多年廻国修行いたし候へど。つい尓斯まで哀連なる事
尓盤ゆき逢ひ申さゝ里しと語連り。誠尓甚敷事どもなり。こ連
らのこと越於もへば。常尓白米越飽まで尓食して。猶汁菜の事
尓奢りを極むる盤。冥加越も志らさるものといふべし。夘の年斯
のことく。猶京への不りて後。辰の年春夏殊更きゝん甚敷。東国
なと別して哀連なる事多しといへり。余盤西国尓て目の阿
たり見及ひし事な連は。一入尓歎かしく思やひ連り。夫尓付て


も一国乃君。少し慈悲乃心おわしまさば。其恩沢忽ち下す
うる不ひて。哀連なる/際(きは)尓盤及ばざるべきや。」又鈴木氏農喩尓。
て明能災越載ていわく。凡民盤貧しく貯なきが多き者なれば。
蕨能根葛の根又盤/野老(ところ)の類を堀とりつゝ/扶食(ふじき)とせり。其求
る有様盤。山江登り谷尓下り。其辛労限なし其上製しこな
春年もたや春から須。一日のかせぎ尓て。一日能食尓当り加年けり。
又栗柿志だみ樫のくぬぎ能実越拾。其外木の葉草の葉越
つみなとして。凡人能口へ入るといふものとだ尓きけば。何尓よら須食ひ
つゝ。只命越つなぐ事のみ也。かく千辛万苦して。心越労し力を尽し
け連ども。尚其飢を凌くに足ら須とありし。こ連を見連ば。荒歳

民の食尓/艱(なや)めるを知りて/憫(あは連)むへし。東游記尓盤。津軽辺尓て盤
人を食ひ。はて盤我か子越も食ひしものありしことなと載たれど。
事長希連はこゝ尓盤もらしつ。
補 去る天保丙申の歳は。まだ天明より甚しき飢饉尓て《割書:天明尓盤江戸の|小賣百文尓三合》
《割書:五勺天保尓は|二合に及べり》諸国流民多く。/餓莩(いきだをれ)道尓横たわれるを。余海道の往来。また
江府の市町尓ても。多く見及べり。そのありさま。誠尓目もあてら連ぬ次第
なり。奥羽はわけて《割書:奥羽尓ては。平生の米價五升饒全年寄?なる所。|天保の度は。全三両尓およぶ。江戸より?なし。》甚しくあり
ける由也出羽地方尓て盤山尓て白亞を堀り来り食とせしといへり
捕   〇常平義倉社倉貯穀之事
常平倉は。/魏(き)の/李悝(りかい)尓始り。/漢(かん)の/耿壽昌(かうじゆしやう)尓な連り。穀/賤(やす)き時尓。買ひ


古みて。相場を下落せしめず。/貴(たか)き時尓う里出して/騰貴(たうき)せしめ須。
士農の為尓も。工商の為尓もよろしき法也。義倉盤。六朝尓始り。冨人
倉といひけるを。随の世尓至りて。義倉と改む。冨人とも尓義をすゝめ。
穀を積しめおき。凶年尓。貧民を救ふ法なり。社倉は。/宋(そう)の/朱文公(しゆぶんかう)
尓定る。百姓とし。/社(なゐま)をたてゝ。年貢の外尓。分米少々づゝ出さしめ役人
預りをき。凶年尓至りて出し救ふ法なり《割書:按する尓後世/租税(そせい)重くして。|当納米の外尓。少し尓ても。》
《割書:出さ春る古とはむつかしき古と也。夫も種々仕法ありて。小民尓ても出来る法あるべし。既尓。|朱子の社倉も。/糴本(てき不ん)は上供米を拝借し。そ連を民へ借し渡し。少々の利米を出させ。》
《割書:後尓盤糴本を上納し。下の積米年々ふへて。|多分尓な連る古と本書尓/詳(つまぶらか)なり》右いづ連も良法なり。仕方は所尓より。
時尓より。種々あるべし。余もひそか尓。考へし古とあり。義倉社倉を。
ひとつ尓して。冨人尓糴本を出さ春古となれど。いまだつくさゞる

處あ連ば。古々尓はもらしぬ。さて右三法とも。かゝる凶年いひ出し
ても。/俄(尓はか)尓間尓合ふ事ならざれば。/聞(きく)人/江河(かうが)の道を引て。/急火(きうくわ)を
救ふ様尓いひなし。/迁遠(うゑん)也と思ふも。あるべけれど。左尓あらず。
かゝる手柄のせ川盤。人々平生のたくわへ。なかりしを/悔(くや)み。是後
はと思ふ者もあれば。/却(かへつ)て/行(おこなは)るべき也。既尓文化文政の頃。米至て
賤しき時。此/策(さく)を行ふはづな連ど。その時盤い川も。かゝるもの登
心得。こま〳〵いひ出るものありとも。とりあふ人なくてつ以尓その
/機會(きくわい)を失へり。今尓もせよ米價常尓もと連ば。此頃の事は忘連
はて。是等の事は。/急務(きうむ)尓あらずとおもふべし。さりながら。三四十年
のうち尓は。い川も定まりて。ひとたび来る飢饉なれば。今よりその


心置きなくば。いはゆる遠き/慮(おもんばかり)なくて。近き/憂(うれひ)尓あふ事あるべし。
町人百姓は。古今を志らずともよかるべ希連ど。士たるもの古今の
/治乱興廃(ちらんかうはい)尓/暗(くら)くては。士と春る尓たらず。わづか尓三四十年尓来る。
飢饉の事さへわきまへず其手当を/忽(おろそか)尓する位尓ては。百年も
二百年も。遠ざか連る。/兵革(へいかく)尓出合なば。如何/處置(しよち)するやらん/覚束(おぼつか)
なし。さて此積米は。数万人/性命(せいめい)の。かゝると古ろなれば。たとひ/勝手(かつて)
ふ如意の諸侯尓ても。思ひ立せられざれば。人の君といひ。民の父母
と。いふべから須。いかほど不如意といへど。大凶年尓逢ひ。其領下の
もの。餓死するを見ては。春て置君なく。その時は重代の/宝器(ほうき)を。
賣拂ひてなりとも。救ふ氣尓なりゐふ事尓て。近頃もそのためし

多くあり。もし豊年尓其心尓なりて。後々の事を考へ。やむ古と越
得春してな春事を。やむことを得る内尓。/決断(けつだん)して行なへば。/利沢(りたく)多して
後のう連ひなかるべし〇三倉とも尓。穀尓て貯ふべし。金尓て盤。
まさかの時の。間尓合春。常平のみなら須。其餘も皆/倉(そう)といへり。倉とは
/米蔵(古めぐら)の事なり。金銭を入る處尓あら須。金銭山のごとしといへりとも。
飢を救ふ事を得春。且又/籾(もみ)尓ていつまでもたくわへをくを/国史(古くし)尓
不動穀といへり。是/皇国(くわうこく)の古法也。志可し籾尓てたくわへば。年久し
きうち尓。減少して。つい尓は餘程の損耗となるゆゑ。金尓てたくわへ
置。入用の時米を買ふ尓志か須といふ説あ連ど。まさかの時米を買んと
春連ど。何国も/拂底(ふつてい)の節ゆゑ。買得る古と出来ても。たつとくして


/容易(いようい)なら春。其上たつとき盤。いとは春とも。国々/津留(つどめ)尓な連ば。多分の
金をいだ須とも。とんと。手尓入らぬ古ともあるべけ連ば。穀尓てたくはへ
ざ連ば。安心盤なるべから須。さてまた。籾の減るといふ事もあ連ど。浅草
大倉尓。/承応(しやうおう)年中の籾ある古とをきけり。凡籾米をか古へは。初は少々
減るとも。後尓は其侭なるよし。尤米の性尓もよる古とな連ば。
減らぬ性の米をゑらみ。五六年目尓婦るひたてゝ。俵尓つめかふ連ば。
其後は減せ須といへり《割書:再按籾をば倉の内へちらし置。俵尓つめざるを古法と須。|減らぬ為尓盤よけ連ど。俵数をもて算用春る為尓盤。本文の》
《割書:通りなるが/便(べん)|/利(り)なるべし》五六年の間尓。壱割不ど減るよしな連ど。古米は飯尓/焚(たき)て。
ふへ連ば。さし引て。かくべつの損耗とはなるべから須。たとひ。損耗ありとも。
籾をたくはへざ連ば。衆人を救ふ事を得春。いわんや。格別損耗なきをや。

とかく国をたも川ものは。人命を貴び。人心を得るを先と須。民ありて
国あり。民の為尓は損なる事をしても。/終(つい)尓は/得(とく)となるべし〇社倉
義倉尓貯へ置べきもの。米尓かきら春。麦尓てもよし。麦は米より
/價(あたひ)賤しきのみなら春。壱俵の食不とんど。弐俵の用をもゐ春べけ連ば。
利沢多かるべし。其他/粟黍稗秈菰(あわきびひへとぼしまこも)米など。土地尓宜しき物を
作りて。貯とせば。ま春〳〵價少くして。利沢多かるべし。いか尓といへば。米
麦とちがひ。食ふて味あしく/鬻(ひさ)ぎて價よからざるゆゑ奸吏も盜
事なく。国用不足の時尓至りて。利をいふ役人も。倉を開て拂ふ古と
□つるべし。されど稗の類は。味なくして。直も賤しきものゆゑ。
百姓も作る事を好ま須。ひと通りのいひ付尓ては。作らざるべし/水府
(春いふ)


尓ては。御年貢の内尓。米の代り尓少々づゝ。稗を納しめゐふゆゑ。百姓もやむ事を
得春多くつくるときけり。善法といふべし。民は遠き/慮(おもんばかり)なきものゆゑ。救荒
の為などいふては。心付ましけ連ば。かゝる法を用ひゐひしなるべし。定て/黄門(くわうもん)
義公などの御考なるべし〇穀尓ついて。救荒の備と須べきもの。海草尓志く
はなし。其類多しといへど。價至て賤しく志て。数十年置て。/朽腐(くちくさ)連須。食
して毒なく。飯尓/?(まぜ)て大尓助となるもの。荒和布尓。志く盤なし。我藩尓も
百餘万把も。畜へゐひしかば。此度大尓救荒の助とな連り。/大抵(たいてい)弐十万把尓て。
米壱万俵の用をなせば。海国第一の物たるべし。其土尓生ぜ須。外より買入ても
平生ならば。至て賤價なるべし。其外/昆布(こんぶ)以下土地尓多き物を。貯ふ
へし〇/薩摩芋(さつまいも)多く出来る所尓ては。干して/粉(古)尓しおけは。何年尓ても

貯ふへし。西諸侯の内尓右の芋倉二三ケ所も持てるありときけり。古の
芋は水旱尓も。志ひてかまは須。土地の/肥瘠(ひせき)をも論せ春して出来るゆゑ。大尓
救荒の助となるべし。西国尓ては。平常とても。百姓の/扶食(ぶじき)と須るゆゑ。
薩藩の/成形図説(せいけいづせつ)尓は。穀の部に/収(おさ)め置り〇豊年尓は。/粒米狼戻(りうべいらうれい)して。
穀類尓ても/麁末(そまつ)尓/扱(あつ)かへば。まして海藻野菜の類は。棄たり費ゆること
多き也。志ある人かゝる時後手の事を慮んはかり。/久(ひさしき)尓たゆるものを
ゑらみて。たくわへば。費少くして。/恵(めぐ)み廣かるべし。豊年の時尓は大根
など作るものも。持あるく尓荷重くして。/直(あたひ)少きゆゑ出来あしき
ものを。/抜弃(ぬきすつ)る尓いたる。二十年以前の事なりし尓《割書:今の文久より五十|餘年前の古となり》大根
いたつて能出来て。價賤し。余。王子邊尓行し尓。彼邊尓ては。大根/夥敷(おひたゞしく)


ぬき春て。山の如く路傍尓つみし處所々尓ありき。加様の時尓少し尓ても
銭をとらせて買ひとらば。誰も春つまじ。干して畜へおき。貴く成て春くひ
/与(あた)へ。又はう里与へても。大なるめぐみとなるべし。芋大根も。穀尓ついて。人を
養ふ大なるもの尓て。その/干葉(不しば)も。穀を助べけ連ど。芋大根さへも。右之通
/麁末(そまつ)尓すれば。まして其葉などは。猶更の古と也。民は事繁くして。遠き
慮りなきゆゑ。穀物さへよく出来ば。他事尓及ぶいとまなく。手のまはらぬ
まゝ尓。春つるな連ば。後をおもんはかる。役人庄屋など盤春たらぬ様尓いひ
付べし。志かしいひ付るまて尓ては。やはり春つるゆゑ。少々づゝ銭をやりて
買ひとり。村々の郷倉の内尓積置べし。穀物も豊穣の時は。麁末尓
思へど。いたづら尓は。春つるものなかるへし。畢竟酒など多く作るといふまで

なり。芋葉大根葉などは。実尓春たりついゆるな連ば。別して/惜(おし)むべし。
余此十年以前《割書:文政の末|のあと也》飢饉のめぐり来ん古とを思ひ。芋葉は救荒の。
助となるゆゑ。春てましきよしを。知連る百姓尓いへど。あへて用ひざる
ゆゑ。誠尓/後園(かうえん)一二畝の間尓作る。芋葉をとらせ。きざみて。/蔭干(かげぼ)し尓
致春様尓命春れど。/婢僕(ひぼく)など。面倒がるゆゑ。年々尓其内三分一種
づゝ。自らきざみ貯へ見し尓。去る巳年尓いたつて。米價頗る貴とく。
小民やゝ難渋尓及びしかば。出入の難渋ものへ。米数升つゝ尓。右の葉を
古と〴〵〳〵付てやりしかば。/糅(まじ)へ食ひて数日の食とせり。かく食の助と
なり。多分出来るものな連ば。在々の心ある/有徳(うとく)のものは。右尓いふごとく。
春たる時尓。少しづゝ。銭をいだしてかい入れば。百姓共も銭尓さへなれば。めん


どうなりとも取収めて春つまじ。但大根葉は干葉尓しても三四年
たてば。朽ちるといへば。三年目尓は困窮者へ与へて入替ふべし《割書:大根葉は作物の|肥尓なるべし》
《割書:蓮根尓盤|尤よろし》芋葉は数十年たちても。少しもかわらぬものなれば。大凶年の
備とな春べし。但いそかしくて。/細(古まか)尓切る古とあたわずば。其/侭縄(まゝなわ)尓/貫(つらぬ)
きて。乾し置/揉(も)んで粉尓し。貯へばよし。是は/民間(みんかん)尓て能知る古登
な連ば。委しくはいふ尓及ばず。志かし。此凶年の当座尓は皆々用心し。
此等の干葉尓て。一旦命をつぎしものもあ連ば。たや春くすてまじ。
是も十年前後/豊熟(不うじゆく)の節尓至り。米両尓一石以上尓もならば。春つる
様尓なるべけ連ば前方より其心組して。時尓当りて。はづさぬ様尓/處(志よ)
/置(ち)あるべき古と尓こそ〇全国は貴しといへども。荒年の備と春べ

からず。兎角穀類ならざ連ば。まさかの時人の命をつなぐべからず。されど
/計吏(けいり)抔は穀尓て積み置を。むだ事の様尓思ひ。金尓していつ尓ても/利(り)
倍春るを。良計とす連は。俄尓荒年尓出/遇(あ)ひて。人民を救ふ古とを得ず。
其上積金尓てあ連ば。いつしか。国用不足の時。遣ひ古みて。つ以尓むなしく
なる也。されば義倉社倉などある国もあ連ど。有名無実となりてせん
なき事とな連り。又せんなきのみならず。無き尓おとる古ともあり。いかんと
なれば。社倉義倉盤。いつ連。下の財を積むものなる尓。上の用尓遣へば
今迄取立て積しは。全く運上の外の運上となり。年貢の外の年貢と
なり。名は民の飢餓を救ふといひて。実盤民の膏血を/脧(志ぼ)りとる也。凡国用は
入を/量(はかつ)て出るをな春べき尓。加様の外物尓て国用を足せば。はては外物


なくては事弁せぬ様尓なり。つい尓は出るを量て入るを制する様尓なり。
種々工夫して。民よりとりて間尓合さんと春べし。且其国用といふものも。
実の国用尓あらず。/鹵簿(ぎやう連つ)の/儀物(だろぐ)を/美(うつくし)くして。/市童(しどう)の/誉(不ま連)を求るか。
/閨門(けいもん)の/奢侈(しやし)を増して。婦女の目を悦ば春か。皆/人欲(じんよく)の私を/盛(さかん)尓して。
入らさる事尓費春古と也。国の本たる民を/削(けづ)りて。枝葉尓もならぬ。/歓重(かとう)
/舞妓(ぶき)。/珍禽(ちんきん)。/奇獣(きじう)抔の物を/肥(古や)春尓至る。是根本の病なり。痛く古らし
正春べし。此本を正さずして。末を論じ。専ら国用を足春といふ。計
吏は。いわゆる仕送り方の心得尓て。後日人民の飢餓尓及ぶ事をも思はず
して。備荒の物も引出し間尓合せんとすべし。さ春連ば義倉社倉は。民を救ふ
良法なれど。かゝる計吏出て。是を用ひば。民を/傷(そ古な)ふ/大害(たいがい)となるべし。是ぞ

/荀郷(じゆんけい)がいへる。有_二治人_一而無_二治法_一といふ古と尓て。其人なくばその法行は連ず。
さ連ば第一尓人をゑらみ。其職尓任春べし。志かし害のあらん事を恐連て
為さゝれば。いつの時尓か民を救ふ仁政を行ふべき。最初尓法を立るもの
阿らかじめ後日の弊を見抜き。既尓糴本出来る上盤。歳尓て貯へ。一切
金尓て取扱ず。尚米尓ても危しと思はゞ。彼稗秈海草野菜などをも
過半まじへなば。上尓/媚(こび)て下を/憫(あわ)連まぬ役人出来るとも。拂ひても。せん
なき古とゆゑ手をつくまじき也。たとひ海草野菜尓ても。まさかの
急を救ふ事は。/巨万(きよまん)の金玉尓まさる古と。いわても志るべし。其上よく〳〵
/掟(おきて)を立て置なば。倉を空しく春る古とはあらじ。くれ〴〵も社倉義倉は
下の為尓春るもの尓て。上の為尓春るもの尓あらず。志かしながら下の為尓


利益なる古と盤。終尓は上の為尓利益となるべし。/有子(いうし)の百姓足らば
若たれと/与(とも)尓か足らさらんといひしは/萬世不易(ばんせふゑき)の道理ぞかし
 天保丁酉夘月          津藩齋藤正謙又識

余古の後五年を扁て辛丑の歳。郡宰となりけるに。その頃盤穀物は
相応尓出来。民食尓乏しからねと。先手凶荒の時より。末迄借金
/嵩(かさ)み。下の困窮更尓甚し。其故は。凶年尓は賑救もあり。用捨筋も
ありて。なにかなしにたちゆ希と。却て豊年尓なり。借財の古りて
困窮せる也。かゝる時よくせずは。唐山尓いへる/豊逃(不うとう)といへる事となり。
離散逃亡多かるへき尓。幸尓上よ里民境を察しゐひ。有司の
□の如く。数万の積欠を消除しゐひしかば。民とも業を安し。
不どなく𦾔尓復せり。ありかたき事也き。
 文久辛酉の秋          正謙又識





昔者禹招洪水而民安其居后稷教之
稼穡る樹藝培養之道皆行其宜
故官失其政?庶民被害書云歳月日
時易百穀用不成君人者可不鋈干
此哉去歳五月我濃洪水高灾下民昏

公憫然傷之大行賑恤急修堤防民乃定

公猶有患之也遂梓行此書而領諸有司
其用意右深?夫濃之為洲卑湿之地也
毎夏月僚潦水至轍齧崖呑堤防禦之
術雖無不盡其理而往、不免決潰之患也
是以一逢暴風遥雨堤防ふ足堤防
既不足恃易救荒之術可不預溝哉是
公之所以有此拳也而此書自有司救荒
之術以至庶民播種之法無不具載ニ而



有司者能知此旨以莫怠其職則
公家之昌庶民之安?無求之而?徴
之来自有ふ山者無然則此出謂之
公家一洪範誰田不然也
文久に年酉三月  目野邦 ?謹識

















 大垣書肆   平流軒利兵衛

裏表紙

翻草盲目

【表紙 題箋】
翻草【艸】盲目  全

【資料整理ラベル】
特1
2869

【見返し 右丁 文字無し】
【同 左丁】
翻草【艸】盲目  全
【資料整理ラベル】
特1
2869

【右丁 白紙】

【左丁】

翻草(ほんそう)【艸】盲目(もふもく)は。尾上 梅幸(はいかう)が名残(なごり)の。
蔵(くら)の中の遺書(ゆひしよ)にして。加古川(かこかわ)
本草(ほんぞう)の種類(しゆるい)なりしを。大道(だいどう)津川
つゝ坐頭(ざつと)の坊(ほふ)。琵琶(ひは)箱(はこ)のうちに
しめ置て。門人のめく〳〵めくらに
せゝづく。元(もと)より闇(やみ)のつぶて文字(もじ)に□

【蔵書印】
帝国
図書
館蔵

【右丁】
わからぬ事のみ多(おふ)かりしを。韓田(かんだ)の
辺(ほとり)に目の一つある男。此一巻を
うかゝひ見て。あまねく世上の
目明(めあき)千人へ。ひろむる事とは
                なりぬ
             淡水述
  【印陰刻と陽刻各一つ】  淡 淼

【左丁】
翻草盲目(ほんそうもうもく)

李(り)氏の母(はゝ)或(ある)る【ママ】夜(よ)の夢(ゆめ)に。大 白星(はくせい)懐(ふところ)に入と
見て。李白を産(うみ)。金銀(きんぎん)星が出ると。大星(あふぼし)
由良(ゆら)之助が当ること。世 上(ぜう)万人の知る所也。
火吹竹(ひふきたけ)を見て。放屁(へつひり)漢(おとこ)を産(うむ)とは。風来(ふうらい)
山 人(じん)の。放屁論(はふひろん)に見へたり。爰(こゝ)に腹(はら)が
蛮内(ばんない)といふものあり。母ある夜の夢に

【頭部蔵書印】
帝国
図書
館蔵

【右丁】
千里鏡(とふめがね)を呑と見て。蛮内(ばんない)を産(うめ)り此もの
生長(ひとゝなり)して。和漢(わかん)の書(しよ)を読(よみ)元と遠(とふ)目鏡の
生(うま)れ替(がわ)り成や。遠き紅夷(おらんだ)の本 草(そふ)まて
せぐり。【注①】世間の医師(いしや)を小児の様に罵(のゝし)り。己れが
才に任ての我 意(まゝ)者 成(なり)しが。此世を早仕舞
と出かけ。遠き冥途(めいどゑ)の旅(たび)立し地獄にては。
かねて見る目 嗅(かぐ)鼻(はな)がかぎ出し。今日蛮内
といふもの来(きた)るべしとのこと。閻魔王(ゑんまおふ)へ奏(そう)

【注① さぐり。さぐりを入れる。】

【左丁】
すれば。閻(ゑん)王兼て蛮(はん)内めは何によらずけな
す奴なれば。皆々かれが弁舌に言ゝまかされぬ 
やふにと。十王供生 獄卒(ごくそつ)【注③】共。冥官(めうくわん)悪鬼に至る
まて。かたづを呑て待(まつ)所へ。蛮内(はんない)は糸瓜(へちま)とも
思はず。獄卒に誘(いざなわれ)れ【語尾の重複】大王の前に坐せば。
閻王は何でも知恵を抭(さぐら)【注②】れまいと。出もせぬ
咳ばらひを二ツ三ツし。《割書:ヤア》いかに蛮内 娑婆(しやば)
にて名もなきものに漢(かん)名を付 偽(いつわり)り。【語尾の重複】万人 ̄ン

【注② 「抭」に「さぐる」の意は無いので「探」の誤記か。「柼」ヵ。意は「引きずり出す」】
【注③ 「十王 倶生 獄卒」ヵ。字形は「倶」ではない。同音の「供」を当てたか?】

【両丁挿絵 文字無し】

【右丁】
を小児([こ]ども)の如く思ひ。何によらす大 言(けん)をぬかす
其罪(そのつみ)大(おゝ)ゐ也。《割書:サア〳〵》夫にも言訳有也と。高坐(かふさ)を
たゝきたて。弱(よわ)身を見せぬ有 様(さま)に。蛮(はん)内
少しも騒(さわ)がす。呵(から)〱(〳〵)と笑ひ《割書:我》娑婆(しやば)にて。
万人を小児の如く思ひしも。万人我おらが
才に及ひなき故也(ゆゑなり)。又名もなき物 漢名(かんみよう)
蛮名(はんめい)を付しも。未(いまた)世 俗(そく)知らざる故(ゆへ)われ其
名を改め。本 草(そう)諸書(しよしよ)に引 当(あて)号(なづけ)し也。

【左丁】
是世 界(かい)俗(ぞく)多き故也。万人 周(あまね)く我をそし
る者。喬木(きやうぼく)は風に悪ると言ふに同じ。我より
も大王が分らず。人を治んと欲(ほつす)る者は。善(よく)先
己を治む。預弥国(あみこく)【注】を司(つかさ)どり一世界の外に
地獄と言ふ別世界を預る身にて。漢(から)風の
九罭(きうこく)衮衣(こんい)を着(ちやく)し。十王俱生に至まで。皆□【々ヵ】
唐風(からふう)の衣を着し。其身は釈迦(しやかに)如来の
支 配(はい)を爰。天 竺(ぢく)の蛮服をも着すならば

【注「預弥国(よみこく)」=よみ(黄泉)も国。人の死後、その魂の行く所という。あの世。振りがな「あ」は誤記ヵ】

【右丁】
またしものこと。冠(かんむり)は十王と間違(まちがわ)ぬやふに。
大王の二字を前(まい)立に付。余(あま)り文盲で根(ね)から
わからねへ。しかつべらし【注】く椅子(いす)に寄かゝり。
前には高坐(こうざ)に打しきを懸 ̄ケ。仏者(ぶつしや)かと
思へは珊瑚(さんご)の飾(かざり)ものを並べ。硯(けん)屏(ひう)筆(ひつ)壺(こ)の
類(るい)を置は。天竺仏道にあらず。宗旨 違(ちが) ̄イ の
儒(しゆ)道の弄(ろふ)物なり。何れに寄る也いづれに随
也。何がどふやらねからつまらん。預弥国(あみこく)【前コマの注参照】の

【注 もっともらしい。】

【左丁】
大王が。世界の内の罪(ざい)人善人を糺(だゝ)【ルビ:ママ】す身分
で。わからぬ形状は是如何。韓退之が服を支しも
尤愚智文盲の夷狄どもが寄合て。己 ̄レ が勝手
のよきやうに法式を定め。《割書:イヤ》地獄の法に
背のと。夫 ̄レ〳〵の罪に落(おと)すは。是蛮夷の
法式也。人間はそれ〳〵の生れし。国法に
随(したか)ふものなれは。中華にては先王の道に
随ひ。日本にては

【右丁】
天照太神(あまてらすをゝんかみ)の道を守り。世界皆〳〵其国法に。
 随ふこそ人間の道也。天 竺(じく)こそ釈迦如来。
 出現(しゆつげん)の国なれば。仏法に随ふが道成。天竺
 ばかりの罪人を糺(たゝ)し。中 華(くわ)日本其外の
 蛮国の者を。構(かまは)ぬならばよけれども。いけ
 もせぬ理屈を言ゝちらし。地獄の法式だて
 をする故に。当世皆〳〵が利口になり。近年
 善光寺如来。出開帳の時。百ツヽで。御印文

【左丁】
 を受其外六十四文あひのは五十。三十弐文位で。出し
 合の川 施餓鬼(せがき)に。先祖を供養(くよふ)し。当世とか
 く銭安で揚(あげ)る。世智辛(せちから)ひ世間(せけん)故(ゆへ)。不気点(ふきてん)【注①】に
 地獄に落(おちら)ることの。たゞの壱人 ̄リ もなし。夫れに
 大王の脇(わき)には。天地世界中を照(てらす)ず。【注②】常(じやう)
 玻璃(はり)の鏡(かゝみ)を置。見 ̄ル目 嗅(かぐ)鼻(はな)と言ふ。細(しのび)作(もの)【細作、さいさく=間者と同義】
 感者(かんじや)を遣ひながら。世界(せかい)の内一ツとして
 分明(ふんみやう)成ぬは。是何の用にもたらぬ。大 呆(たわけ)也。

【注① 不気転の誤記と思われる。気転がきかないこと。また、そのさま。】
【注② よくある語尾の重複と思われますが、それにしても濁点は不要。】

【右丁】
ちと是からは大王にも。気点(きてん)をきかせ
給(たま)へと。蛮内(ばんない)に言ゝ結【詰の誤記ヵ】られ。閻王(ゑんおふ)も大きに
こまり。是〳〵そのやふに。重(かさ)ねかけていわ
れては。挨拶(あいさつ)にこまる得て中華(ちうくわ)と。日本は
やゝともすると。腐儒(ふじゆ)の高論(かふろん)を言ふ
ゆへに。朕(おれ)をこまらせる。是から又 朕(おれ)が返
答(たふ)をすると。ことが長くなり仕舞(しまい)かつか
ぬ。閻魔(ゑんま)大王も。鼻(はな)の下の建立(こんりう)が勘甚。

【左丁】
理屈(りくつ)をはやめにして何も相談(そふだん)兎角(とかく)地獄(ちごく)
の賑(にきや)やかゞ第一。御存の通り不景気(ふけいき)な。地
獄の有様。ちと銭もふけの有様に。先生
を御頼申との事。蛮内(はんない)も余(あま)りに言うも
如小児(おとなけなく)。そふ大王の打解(うちとけ)ての事ならは。最早(もはや)
即座をはさつばりと。三津川におん流し。
我等も極楽へ行て。蓮上(れんじやう)に畏(かしこま)り。数(かづ)の菩薩(ぼさつ)
付合も六ヵ鋪。精進物(せうじんもの)では酒も呑まれず。

【右丁】
東夷(やろう)の一粒金丹見るやふな。体中(からだぢう)【體】か金箔
でもあるまいし。やはり我侭(わがまゝ)な我等(われら)なれは。
地獄の内が心易と。打解(うちとけ)た蛮内(はんない)が様子(ようす)。大王も
大きに安堵(あんど)し。是からは先生にも少しも
心遣ひなく。万事 地獄(ぢこく)の繁昌(はんぢやう)と。欲(よく)【慾】で堅(かため)た
仏世界(ぶつせかい)。《割書:コレ〳〵》皆々よろしく御頼申せと。大王の
差図に。くやしさをこらへし。十王(ちうわう)俱生(ぐせう)獄卒(ごくそつ)
ども。《割書:ハイ〳〵》なんにも知らぬ不調法者(ぶてうほふもの)と。どふやら

【左丁】
姫(ひめ)小松の三段目のよふで。蛮内も笑をこらへ。
兎角(とかく)是から地獄の銭【右に付け足し「もふけ」】万する様に。我等も
何でももふけ事を按じてみん。しかし大王
にもなんぞ。よき了簡(りやうけん)あらは我等に延慮(ゑんりよ)はい
らず。知恵(ちへ)の有たけ打 明(あけ)給(たま)へと。蛮内に
とわれて。大王も大きにこまり。五文でかつた
紅花膏(かたへに)何とも知恵はなし。少しの了簡を
いつても。突(つき)こまれるは知れた事。言ふもうし

【右丁】
いわぬもつらき。武蔵(むさし)𠷕(あくひ)をいくらしても。工夫
は出 ̄ス思ひ切てと。大棗(なつめ)のやふな皃を真白にして。
何 ̄ンと先生今世 界(かい)にて。急(たちまち)に死 ̄ヌ者は。まだ傷寒(せうかん)
疫癘(ゑきれい)の類也。亦 痘瘡(ほふそふ)はよく死ども皆子供故。
幾人来ても一文の才 覚(かく)もなく。其上残す済(さい)の
河原(かわら)へ行。美味(うまみ)は地蔵にしてやられる。傷
寒 疫癘(ゑきれい)の類を悪鬼(あつき)に申付。世界へ時花(はやら)せる
はどふてあろふと。一生の智恵をふるつて噺(はなせ)は。

【左丁】
蛮内大きに笑(わら)ひ。それが世間知らすの鼹鼠(むぐらもち)。【注①】
当世は古法(こはふ)家をこなわれ。石膏(せつかふ)附子(ふし)甘(かん)■(すい)【蕤ヵ 注②】
大 戟(けき)。芫花(けんくわ)商陸(せうりく)大 黄(わう)芒消(ほふせう)【硝の誤記ヵ】芭豆(はづ)を。恐(おそ)れす
用ひ。ことに傷寒の類は。古法家の得手物也。
後世(かふせい)家も表向は。素人(しろふと)へ古法を誹(そしり)。薬毒が
有の下すのといへども。ない〳〵は皆古法家を
やるゆへ。十人に壱人助ものあり。既(すで)に紫 円(ゑん)は
千金(せんきん)法の薬(やく)法にて。小児に用る薬也。近世(ちかごろ)

【注① モグラの異名。】
【注② 薬種としては「甘遂(かんすい)」と思われる。】

【右丁】
古法家にて見出し用るを。あれは古法の下し
薬也と間違を言ゝ。かな付の衆方規矩(しはふきく)で。
療治をする大 医(いゝ)も有り。いつれ当世は
文筆ひらけ。古法 行(おこなわ)れる世間なれは。めつた
に人はしなず。又死ぬとても善光寺の印文(いんもん)
を俗人は受。すこし読(よめる)る【語尾の重複】者は地獄へ来ると
も。某がごとき者にて。大王の殿(でん)下には随(したがわ)ず。只
今のは余り小児の論(ろん)也。昔より地獄へは

【左丁】
愚智(ぐち)無智の。罪(ざい)人計来る故に。山川に生る
産(さん)物。一ツもわからす。たゝ国鬼(こくき)其俗名を
呼(よん)て。漢名(かんめい)倭(わ)名切能をしらす。我此国の
山水を見るに。世界万物に。替ることなし。少し
其品(そのみ)。かわるといへども。皆 物類(ふつるい)也。先此国の
大山(たいさん)。国鬼 剣山(つるきのやま)といふは。山中一面に。剣を並へ
たるがことし。俗(そく)鬼剣也と言ふは。大きなる
誤(あやまり)【説・誤記ヵ】也。山に剣刀(けんとふ)の生ること。和(わ)漢の書に聞 ̄ス。

【右丁】
抱(ほう)-朴子(ほくしに) ̄ニ曰(いわく)扶(ふ)-南(なんに)出(こんごうを)_レ金(い)-剛(だす)生(せき)_レ石(しやうに)-上(しやうす)似(し)_二紫(せき)-石(ゑいに)-英(にたり)_一
可(もつて)_二以刻(たまをわる)_一_レ玉(べし)雖(てつ)_二鉄(つい)-椎撃(これうつと)_一レ之(いへとも)亦(また) ̄タ不(よく)_レ能(やふれ)-傷(ず)惟(たゞ)羚(れい)-
羊(よう)-角(かく)扣(これを)_レ之(くわうれば)則漼然氷如(すなはちほつせんとこうりを)_レ泮(くだくがごとし)しかりといへども。
山中一面に。生せず。まれに渓谷(けいこく)にあり。甚
微(び)也此国 剣(つるぎ)山に生ずる所の物は皆剣に
あらず是れ本草に言ふ石英(せきゑい)に似(にた)る
物也石英に三ツあり白(はく)石英 紫(し)石英 黒(こく)石
英 倭名(わみやう)源氏やりとも亦は甲水精(かぶとすいせう)とも

【左丁】
言ふ。しかし水精(すいせう)にあらず。四角六角に
尖(とか)り。鑓の如し。水精の物類(ふつるい)也。俗鬼(そくき)誤(あやまつ)て。
いふ所の剣(つるき)の山は。石英(せきゑい)の類にして。おれす。
石英はおれやすし。水精と蛮語(はんこ)にいふ所の。
ぎやまんとの。同品(とふひん)にて。獄英(ごくゑい)と金剛(こんがふ)石なり。
此(この)故に罪(ざい)人 乗(のぼ)る時は。足さけ血流れて。登る
ことかたし是(これ)慥(たしか)に金剛石也と。偽(うそ)やら信(まこと)や
ら。蛮内か弁舌に。いゝまわされ。和漢(わかん)の

【参考】
《振り仮名:抱-朴子 ̄ニ曰|ほうほくしにいわく》《振り仮名:扶-南出_レ金-剛|ふなんにこんごうをいだす》《振り仮名:生_レ石-上|せきしやうにしやうす》《振り仮名:似_二紫-石-英_一|しせきゑいににたり》
《振り仮名:可_二以刻_一レ玉|もつてたまをわるべし》《振り仮名:雖_二鉄-椎撃_一レ之|てつついこれうつといへとも》《振り仮名:亦 ̄タ不_レ能-傷|またよくやふれず》《振り仮名:惟羚-|たゞれい》
《振り仮名:羊-角扣_レ之|ようかくこれをくわうれば》《振り仮名:則漼然氷如_レ泮|すなはちほつせんとこうりをくだくがごとし》しかりといへども。

【右丁】
書(しよ)に引当てゝの。尤ごかし。元より愚智(くち)
の閻魔王。扨も音に聞ゝしよりも。先生
の明論(めうろん)恐(おそれ)れ【語尾の重複】入る。地獄始りてより。先生の
如き人来らす今地獄にて。昔よりこじ
つけの。理屈(りくつ)あつて漢名(かんめう)和名(わめう)を知らす。
剣の山の。北の方に当て。血の池あり。これ
八寒(はつかん)地獄の内にて。女の罪人を責(せめ)る処也。
此血の池の水。何れの色とも知れす代赭(あかとび)

【左丁】
色也。是(これ)何(なん)とも分らず。又夫より南方に当
りて。八大 地獄(ちこく)有り。これは又甚 烈火(れつくわ)燃(もへ)いで。
大 集熱(せうねつ)【注】。集熱地獄に。わかる。此火山中より
出る是昔よりいまた何のゆへに。出るやら
知れす。先生の明論(めいろん)を。きゝたしと。あれは。
蛮内は地獄へ来りし時。山よりの産物(さんふつ)を。
見て置し事なれば。さらは悉(こと)〳〵(〳〵)し語り
聞(き)かせん。某(それか)し剣の山に来りし時。甚 丹砂(たんしや)

【「集」は「焦」の誤記ヵ】

【右丁】
多し。是(これ)血(ち)の池に流れ出るもの也。丹砂(たんしや)は
世 俗(ぞく)に言ふ処の辰砂也。中華辰列より出 ̄ル物
を。上品とす。是を辰砂といふ。然(しか)るを俗人
都(すべ)て。丹砂を辰砂といふ。丹砂の上品なる
もの辰砂也。日本にて越(ゑつ)中の立山。出羽国(ではのくに)
湯殿山(ゆとのさん) ̄ニ血(ち)の池有り。水血の如し。ある無漸(やんごとなき)
御方。此池の水を汲(くみ)こし。底(そこ)の泥をとり。
試(こゝろみ)るに。丹砂(たんしや)の甚下品にして。若。これ

【左丁】
山中より。おのれと流(なか)れ出。水中に溜(たま)り
たるもの也。是を以て見る時(とき)は。日本のは
下品。剣の山より自然(しぜん)と出て。血の池に溜る
ものは甚上品。中 華(くわ)辰列より出るものと同物
なり。又は大地獄 烈(れつ)火 燃(もへ)出るは。是皆〳〵
硫黄([い]おふ)の精華也。奇とするにたらす。温泉(おんせん)
も皆硫黄の精華也。日本 越後(ゑちこの)の国(くに)蒲原(かんはら)
郡(こふり)。如法寺村 土(ど)中より。出る陰火皆同物也。

【右丁】
此上とも何によらず。分らぬ事あらは一ツと
して滞(とゝこふ)るましと。例(れい)の大 言(げん)を吐(は)きちら
せば。閻魔十王俱生神。獄卒悪鬼に至る
まで。めつたむせうに。肝(きも)をつぶし。さつて
も委(くわ)しき大先生。今日此地へ来り給わず
ば。ゐつまでも知れずに仕 舞(もふ)也。是からは
此国を打まかせ。とふぞ如何様とも宜敷(ヨロシキ)
やうに。御頼申と閻王 椅子(いす)よりおり。段々(たん〳〵)

【左丁】
の頼み。流石(さすか)鬼人(きじん)に横道(あふどふ)なしとは。此事を言ふ
やらん。蛮内はしすまし㒵。しかし大王
には。大千世界(たいせんせかい)の罪人(ざいにん)の善悪を吟味する。
地獄の棟梁(とうりう)が。分らぬ身分あまりつまらす。
是からは少し。公(こう)の形状おも直すかよい。髭(ひけ)
むしや〳〵の周冕(とをかんむり)は。なひと■ろ唐人の様て。少
罪人へ落かきませぬ。世界のうち諸事万物
に通達(つうだつ)せんと思ひ給はゝ。今日本にて大通と

【右丁】
いふ道有り。此大通の名 古来(むかし)は通者と言う。
近世 風流家(ふうりうけ)。通 者(もの)を略し通といふ。通の
上 品(ひん)成(な)る者を大通といふ。京都にて方言(ほうごん)に。
粋(すい)【砕は誤記】といふ。又 釈名(しやくめう)に。わけしりといふ。此道通神
を祖(そ)となし。諸(しよ)事 万物(ばんぶつ)に通る道也。大王若し
万物に。通ぜんとおもひ給(たま)はゝ。此神の道を守り
給へ譬(たとへ)は如来の道に入て。僧と成ることく。頭を
東夷(やくら)に剃(そ)り。髪を本多【注】に結。白銀にて拵へ

【左丁】
たる。重(おも)く太(ふと)きくわへにくき煙管(きせる)をもち。
万人とのやうに誹(そしる)とも。随分(ずいぶん)大頬(あふづら)竦し。何事に
よらす。ものことを流し。毎朝起ること九時分。
歯を磨(みかく)く【語尾の重複】こと半時位ひ。飯(めし)一椀(いつはん)にして大酒(たいしゆ)
一日に三度。右(みぎ)法(ほふ)を行(おこのふ)時は。此神守り給ふ。
此行(このぎやう)三年 勤(つとめ)る時は。大通となること疑(うたかい)なし。
若(もし)大王(たいおふ)万物(はんぶつ)に。通(つう)ぜんと思ひ給はゝ。よく〳〵
此道を行(おこな)ひ給へ。大王少し是にこまり。

【注 本多髷のこと。江戸中期以降に流行した男子の髪型。中ぞりを大きく、まげは高く結び、鬢(びん)には油をつけないでくしの目を通し後の方に油をつけたもの。通人、遊び人が好んだ。】

【右丁】
それは余り迷惑(めいわく)な行(おこな)ひやふ。外に仕様(しやう)は有
まいかと尻込(しりこみ)も尤。蛮内は奴にさへすかれは。和唐(わとふ)内
此かたの当(あたり)と。是大王それは余りきたなきこゝろ
幾(いく)万人の善悪(ぜんあく)を糺(たゝ)す。地獄の親玉(おやたま)が不適では
すまず。夫とも是悲(ぜひ)にいやならは。我等しかた
なし。此上とも地獄 不繁昌(ふはんせう)もかまい申まい御 思召(おほしめし)
次第とひんと【注】すねられこれさ先生とふ
いへはかふ言ふと足下(そつか)の教(おしへ)なれは我は少しも

【左丁】
いとわぬが。十王達(じうわうたち)はいがゝ【濁点の位置違い】の了簡(りうけん)と。閻王(ゑんわう)か言ゝ
出せは。固(もと)より糞(ふん)はあれとも。別のなき十王
獄卒(こくそつ)。大王の承知の上へからはと。大勢が
一同(いちとふ)に。何がさて〳〵との挨拶(あいさつ)。蛮内は矢口の
狐場(きつねは)を思ひ出し笑(おかし)し【語尾の重複】さをこらへ。そふ
皆々の心が。一決(いつけつ)するからは。今度の狂言も
当りませうと。つひ作者言葉をいゝ出す
もおかし。扨 某(それかし)銭 万(もふけ)といふは。釼(つるき)の山は。

【注 ぴんと=取り澄まして愛想のない態度をとるさまを表す語。つんと。】

【右丁】
是金山(きんさん)なり。松柏(せうはく)石上(せきせう)に生(せう)じ又水精石英
の類 生(せうず)る時は。金礦(きんかふ)有り。日本奥州金花山
は周く人の知る金山也。是 水精(すいせう)多(おゝ)し。いま
釼(つるき)の山に。獄英金剛石(こくゑいこんこうせき)多(おゝ)し。山粧(さんせう)慥(たしか) ̄ニ金山
也今金堀をいれて掘る時は金礦(きんかう)出ること
疑(うたかい)なし。若大王釼の山を堀 給(たま)ふ気は
なし。《割書:コレサ〳〵》有とも〳〵。何んても先生呑込て
金にさへ成ることならは我等少しも異変(いへん)なし

【左丁】
兎角(とかく)先生にまかすと。閻王の承知。扨夫より
も。一(いつ)百三十六地獄の鍛冶(かじ)金掘を呼出し。
夫〳〵に申付。閻王は深殿(しんでん)にて。御元服の御祝
儀有り。其外十王 俱生神(くせうしん)。冥官(めうくわん)悪鬼(あつき)に
至(いた)るまて。本多があれは糸髭(いとひん)あり。おかし
きは視目嗅鼻(みるめかくはな)。あたまばかりで体(からだ)【體】はなし。
しかしきらにつらぬは。当世也。扨大王には
打鋪(うちしき)をかけた。高座(かうざ)も。沈金堀(ちんきんほり)り【語尾の重複】の

【右丁】
唐机(とふつくへ)と替り。金札(きんさつ)も鉄札(てつさつ)も。あられ砂子の
懐紙(くわいし)になり。孔雀(くじやく)の尾に十錦(ぢつきん)での水壺(みづいれ)
虎の皮の敷ものも。唐染布(とふさらさ)の敷 蒲団(ふとん)
と変(へん)し。大王か大通やら。十王か中通(ちうつう)だか。
人々地獄へ来る者。不通(ふつう)ではいかぬとの評判
夫より段々釼の山を堀。やう〳〵礦(やまいろ)に堀り
当り。吹拵た所か。金にはあらす。皆 赤銅(あかがね)
なり。固(もと)よりない金礦(きんかう)なれは。出る筈(はつ)も

【左丁】
なし。金堀もあぐみはて。物入は日〳〵に
つのり。モウ例(れい)の欠落(かけおち)と出る所なれど。
地獄より外へ行事ならず。蛮内も一生の
智恵をはたき出し。是からは信(まこと)の事では
ゆかず。大(おゝ)いかさまと出かけ。大王ぐるみ
一 杯(はい)かゝねはならずと。拵た赤銅(あかがね)亜鉛(とたん)を
交(まぜ)。真鍮(しんちう)を拵へ。箔にうたせ。生竹(なまだけ)の葉を
以ていぶし。焦金(こげきん)也と偽(いつわ)り。閻王に差上

【右丁】
れは。皆〳〵胆を潰し。今まで釼の山より
金の出ことを知らす。先生なくてはなか〳〵
地こくの。銭 万(もふけ)はならずと。むせうによろこひ。
一杯かゝれた事は知らす。地こくちうが大評判。
蛮内はしすまし皃。是からは此箔を。極楽へ
売出すと。。銭万は知れた事。昔よりも極楽 国(こく)。
安仏【注①】多く。なか〳〵金箔竹とゝかす。新仏
は体(からた)【體】まではつうく【痛苦】たと。手足斗に箔を塗(ぬり)。

【左丁】
体(からだ)【體】は衣て隠し。高金(かふきん)を”出して。払底(ふつてい)な
箔を買(かう)仏なし。今此 金箔(きんはく)を。一割安く
売出すならば。極楽中(こくらくぢう)の銭金を。引 揚(あけ)る
はしれたことと。口に出(て)次第(しだい)いゝまわされ。何が
爪長(つめなか)【注②】の地獄中(ちこくちう)。《割書:サア》善は急くが世(よ)の習いと。
極楽へ売だせは。菩薩達(ほさつたち)が悦ひ。今度地獄
から。金箔の大安売かある。こゝへも壱歩
おれにも南鐐と。日〳〵の銭もふけ。若(もし)

【注① やすぼとけ=やすっぽい仏。尊く見えない死人。】
【注② ケチなこと。けちんぼう。】

【右丁】
余り安いから。盗物てはないかと。感(かん)を付る
仏も有り。地獄からは追々 荷物(にもつ)か来り。
近年にない下直たと。売る程に〳〵。地獄へ
銭かねを引上け獄卒(こくそつ)悪鬼(あつき)に至(いた)るまで
銭をもたぬ、はなく。段々 満宝(おごり)が来て。ちと
晒落(しやれ)かけて見たき。気はあれど。昔より釈迦(しやか)
牟尼仏(むにふつ)の禁(いましめ)にて。遊女(ゆふちよ)の類 決(けつ)してならず。
なぞ仕形(しかた)は有まいかと。よふ〳〵苑【葬とあるところ】頭(そうづ)川岸の。

【左丁】
水茶やの女房を頼(たのみ)。こわ〴〵言ゝ出せは。何かどふしや
したとのうけ。《割書:コレサ》そふした事ではない。これが
出来(でき)まいかと。耳へ口を付ての頼(たのみ)。《割書:アイ》夫は仕方がご
ざりませふ。そんならどふぞ早(はや)くとせつく
ほど。てもせわしないがゑんとなり。闇(くらい)二階へ
交張(ませばり)の屏風(びうぶ)。足のうらへ付て。壱尺ほども
上(あか)るやふな。蒲団(ふとん)に。寒(さむさ)を凌(しの)くといへども。
何が女不自由な。地獄(ちこく)なれは仕方(しかた)なく。是て

【右丁】
楽(たのし)みを極(きわ)め。日本にて楽みを極めし事を。
日本一ぢやと悦(よろこ)ひいふを。通言(つうごん)に日本だ〳〵と。
言ふことく。地獄(ぢこく)にても其通り。面白(おもしろき)事をは
地獄一ぢやといふを。通鬼(つうき)ども此茶やへ来り。
楽みに乗(ぜう)し。地獄だ〳〵といふを。いつとなく。
此事を。地獄とぞいゝなしけり。夫(それ)より段々
に奢(おご)りか来て。酒もおれころしは呑ぬ。
【酒の銘柄のマーク】(なゝつむめ)か【酒の銘柄のマーク】(けんびし)でなければ。いかぬとむせうに。

【左丁】
晒落(しやれ)。末はどふなる事とやら。一寸先は黒闇(くらやみ)
地獄。罪人をせめるてもねへ。呵責(かしやく)より夜食(やしよく)
にしよふと。通りものをするもあり。地獄中が
大(だい)のふく〳〵。夫に引かへ極楽にては数万(すまん)の
菩薩(ほさつ)。安箔を買ひ込。わづか一 ̄ト月か二 ̄タ月
たゝぬうち。贋物(にせもの)の箔(はく)なれは。たん〳〵元の
銅(あかゝね)となり。赤錆(あかさひ)のぼさつ。幾万となく
出来けれは。これは奇妙な新しい時は金箔で

【右丁】
あつたが。どふした事て此様に。色か替る
とは。是には定めて訳の有事。是は不思議(ふしき)
〳〵と。一 ̄ト人ふたり言ゝ出すと。皆々が騒(さわ)き
出し。極楽中か大 騒動(そうとう)。夫よりも如来(によらい)の
かたへ聞(きこ)へ。是安からざる事也。定めて是
には地獄にて。悪(わる)者の業(わざ)なるべし。早々 地獄(ちこく)
を糺(たゞ)すへしとの事。夫より観音(くはんおん)御使と成。
早々地獄へ立越へ給(たも)ふ。閻王(ゑんわう)は此頃の。銭

【左丁】
もふけで。官女(くわんちよ)を集(あつめ)酒もだん〳〵。たけなわ ̄ニ
及(およ)びし時。只今(たゞいま)観音(くわんおん)入仏(にうぶつ)と。俱生(ぐせう)来り
申上れは。閻王(ゑんわう)は肝(きも)を潰(つふ)し。夜中(やちう)と言ゝ
観音の御使(おんつかい)。是(これ)唯(たゞ)ことならずと待所(まつところ)へ。
大千世界(だいせんせかい)の番頭職(ばんとうしよく)。観世音(くわんぜおん)入給(いりたま)へは。閻王
は月代(さかやき)天窓(あたま)。其外(そのほか)皆〳〵 奴(やつこ)あたま。出(で)るも〳〵
皆 本田(ほんだ)。観音はびつくりし。自分(しぶん)の
頭(かしら)をいじつて見るも尤。扨も〳〵閻王には

【右丁】
乱心(らんしん)いたされしか。其 有様(ありさま)は何事と。余(あま)りの
事にものをもいわず。あきれ果(はて)給(たま)へは。
閻王(ゑんわう)はぬからぬ皃にて。貴仏(きふつ)抔(なと)の知らざる
所(ところ)。此 頭(あたま)形状(かたち)は是(これ)日本(につほん)の。通(かよ)ふ神(かみ)の行法(ぎやうほふ)
也。この神(かみ)の法(ほふ)を行(おこな)ふ時(とき)は。万物(はんふつ)に通(つう[し])る
なり。某(それ)かしも地獄を治(おさめ)る身なれは。万物
に通ぜんかため。かよふ神の法(ほふ)を行ふ
といへとも。未(いまた)其道(そのみち)にいらすと。さも細明(つまひらか)に

【左丁】
答(こたゆ)れば。観音(くわんおん)はあきれ果(はて)その通(かよ)ふ神と
いふは我出店。浅草の観音の後(うしろ)に当り。
青楼(せいろう)【注】有り。夫れを守る神なり。此神は
穢(けが)れたる。遊女(ゆうじよ)を守神なれば。日本の
神たちの付合なし。夫はそれにもせ
よ。今度 釈尊(しやくそん)の仰(おふせ)をも聞ず猥(みだり)に
釼の山を堀(ほり)。似(に)せ箔を拵(こしら)へ万仏(はんぶつ)を侮(あなどり)
一二ヶ月を過ぬ内。こと〴〵く赤錆(あかさび)の仏と

【注 女郎屋。】

【右丁】
なれり是 如何成(いかなる)事ぞと。いち〳〵観音
に問(とひ)つめられ。閻王(ゑんわう)もはじめてあきれ。
そふ言ふ事はないはづ。是には段々(だん〳〵)謂(いわれ) ̄レ【語尾の重複】
あり。早(はや)〳〵(〳〵)蛮内を呼寄よと有ければ。
冥官(みやうくわん)罷出。最前(さいぜん)観音御入と聞より蛮内
何方へか遁去(にげさり)申候といへは閻王は是はと明た
口を閉(ふさがぬ)ぬ【語尾の重複】程(ほど)肝(きも)を潰(つぶ)し名もなき奴に
たらされ【注】誠(まこと)の箔なりと思ひしにさては

【左丁】
皆 似真物(にせもの)也。頭(あたま)は此ごとく剃(そり)。形状(なり)も替り皆
是蛮内にかゝれたのか。あら口おしやと力身(りきん)
でみても。狐(きつね)にばかされた跡で。腹をたてる
やうに。わがみで我身があいそがつき。
初て夢のさめたるこゝち。此うへは観(くわん)世音。
よろしく如来へ仰あが【げヵ】られ。我等が身分の
たつやうにと。東夷(やらう)天窓(あたま)を振(ふり)り【語尾の重複】たてゝの
頼(たのみ)。流石(さすが)慈悲(じひ)第一の観世音。如来へは

【注 ごまかされ】

【右丁】
某(それかし)宜鋪(よろしく)申あげん。先夫まては髪(かみ)髭(ひげ)の
生(はへ)るまて。逼塞(ひつそく)致(いた)され。蛮内をば早々(そう〳〵)尋(たづね)
出し。罪人(さいにん)に申付へしと。仰(をゝせ)をもまたず。
獄卒(ごくそつ)ども。今まではうぬひとり。智恵の有
やうなこと斗ぬかし。そのうへ親(おや)玉をば。
あのやふに。通(つう)とやらに仕立。みんな蛮内に
あそばれたやうな者。是からは地獄あらん
かきり。こ吟味せよと。はら立まぎれの。獄卒

【左丁】
ともに詮義(せんき)され。蛮内はせんかたなく。済河原を
うろつく所を。東夷(やろふ)天窓の獄卒(こくそつ)とも。高手こて【注①】に
禁(いましめ)。先なら苦の底へぶちこめと。三万弐千由膳那【注②】。ある。
下へ突落ど。蛮内兼て水銀蝋。雄黄。蛍火丸を。懐中
すれは。身体(しんたい)少も崩(くすれ)す。鬼ともはあきれはて。是から
は中〳〵。一通りの責ではいかぬ。大集熱の火の車にしろ
と。牛頭馬頭の悪鬼。猛火(もうくわ)烈(れつ)〳〵と燃(もへ)あかる。火車
を牽(ひき)来(く)れは。蛮内は莞爾(くわんじ)として。乗移る有様。

【注① 高手小手=人を後ろ手にして肘を曲げ、首から縄を掛けて厳重に縛り上げること。】
【注② ゆぜんな。踰繕那、由繕那とも表記。由旬(ゆじゅん)に同じ。古代インドで用いた距離の単位の一つ。約七マイル(約一一・二キロメートル)あるいは九マイルという。】

【右丁】
獄卒はせゝら笑ひ。なんほ孔明(こふめい)のやうな蛮内でも
四輪車(しりんしや)は乗れやうが。火の車はうつだろふと。きうな
所でしやれるも蛮内か仕廻。扨 烈火(れつくわ)は燃あかれとも。
蛮内はやけす。牛頭馬頭も肝(きも)を潰(つふ)し。是は又とふ
した事と。車より引おろせば。蛮内は火浣布(くわくはんふ)【注】を
着(ちやく)し居たり。《割書:サア》此上は最早(もはや)大概(たいかい)な責ではいかぬ。
八寒(はつかん)地獄の飛切。氷の地獄と一決(いつけつ)し。《割書:オア》此 貧望(ひんぼう)
神めなんぼ内へは火がふつても此地獄ではこりるだ

【左丁】
ろふと。四五日も置た所かちつとも寒(こゝへ)ず。是は又どふ
した事と。あんまりで腹もたゝず。なんぞ訳がなく
ては。済ずと詮義(せんき)すれは。蛮内は自分つくる所の。
ヘレキテエルを以て。体(からだ)より火を出し。寒を凌居り。
鬼ともはついに見たこともなし。是はもしなんといふ
物でござりやすと聞も尤。十王 冥官(めうくわん)もあきれ
はて。つひに此様な虫のいゝ。あつかましい奴か。来た
事かない。此うへは焦熱(せうねつ)の大釜へぶちこみ煮殺(にころせ)と。

【注 かかんぷ=昔、中国で石綿のことを南方の火山に棲むねずみの毛で織った布として名づけたもの。火に焼けないという。】

【右丁】
十王も暑なつての下知。獄卒ともも供〳〵に。今迄
我等をは。鈍漢(へらほふ)の馬鹿のと。つがむねへ大頬(おふつら)をした替 ̄ニ。
大釜へ引ずり込と。大勢にて打込所に。忽(たちまち)大雨(たいう)降来(ふりきたり)。
熱湯(ねつとふ)たち所に。文湯(ぬるまゆ)となれり。蛮内は此頃よりの
垢(あか)を浴湯(ぎやうずい)し。少もこまらぬ有様。十王獄卒も
せんかたなく。こんな面(つら)の皮(かわ)の厚ひ。せめ力(ぢから)のなゐ
奴が。またと有ものではない。定て是にもまた訳が
なくては叶ぬと。釜中(ふち〳〵)を尋(たつぬ)れは。蛮内 所持(しよじ)

【左丁】
する所の鮓答(さくとふ)。【注】蛮語(はんこ)にて。ヘイサラバサラと言ふ
ものあり。此者天竺にて。雨を祈(いの)る時。此石を水中
に入る時は。雨降事奇也。若水中にてふらぬ時は。
又 熱湯(ねつとふ)にいれゝは。忽(たちまち)雨(あめ)降事(ふること)神(しん)の如(こと)し。蛮内釜
に入時我より先に。鮓答(さくとふ)をいれたり。故(かるかいへ)に大雨(たいう)
降来れり。地獄でもどふもかふも□【仕ヵ】方なく。十王
冥官(めうくわん)俱生神(くせうしん)。地獄中 総(そふ)【惣】奇合(よりやい)にて。皆〳〵智恵
をふるつての相談。はるか末のかたより。黒鬼罷

【注 鮓荅(さとう)に同じ。馬、牛、羊、豚などの胆石。また腸内に生じた結石。解毒剤として珍重され、また雨乞いのまじないとして用いられた。】

【右丁】
出。最早只今迄。いろ〳〵の責道具【せめどうぐ】にて責れとも
さつはり平気也。しかしなから余り今迄。我〳〵
を鬼のやうには思わす。大呆(おふたわけ)の愚通(ぐつう)のと。信(まこと)の名(な)は
いわす。余り口かにくし。かれか口のきかれぬやうに。
舌を抜ならは。一生口をきく事ならす。是にて
当分の腹をいる【注①】かよし。何れもいかゝと。黒鬼かくろ
汗たら〴〵申にぞ。一座も是に一決(いつけつ)せり。泰山王(たいさんわう)
分別らしくいわるゝには。いや〳〵娑婆(しやば)にては。舌を

【左丁】
二枚遣うと云事有。定て蛮内もたいてひのやつでは
ないから。あふかた是もこまるまい。此上は彼(かれ)めか罪(つみ)
かれめを責(せめ)る。是道也。きやつか思ひ付の釼(つるき)の山へ。
追登(おいのほ)せと。皆〳〵も騒(さわ)き立。蛮内を引立。釼の山へ
おひ登せば。蛮内は少も騒(さわ)かす。兼て釼の山は
ギヤマン獄英(こくゑい)なれば。羚羊(れいやう)【注②】角(かく)をもつて打砕(うちくた)き
何のくもなく。頂上(てうでう)に登り。煙草(たはこ)ばく〳〵の大安座(あふあくら)。
十王獄卒ども。茶にされ【注➂】たいほど。茶にされ。あれ〳〵

【注① 腹を居る=怒りをしずめる。鬱憤を晴らす。】
【注② カモシカのこと。】
【注➂ 「茶にする」は馬鹿にする意。】

【右丁】
とふ事。登(のほ)る事はならず。空見(あをむい)た皃は節用(せつやう)
にある。甘露(かんろ)降(ふる)といふ皃でもすまず。是は〳〵と
斗(ばかり)花(はな)のよしなき。腐儒(ふじゆ)にたら□【さヵ】れ。地獄中が
大騒動(おふそふどう)。蛮内は暫(しはら)く山上に休し。此上はもし
黒鬼がいふ通り。舌を抜れた時は。えもこも
失うやふなもの。もふ地獄にはいられず。是
から直(すぐ)に山越に。極楽への抜道を尋。若も今
までの。腹が蛮内ではすまず。空来山人と。

【左丁】
自分(しぶん)に名のり。ちと極楽でしやれませふ。
しかし今迄はちつと古(ふる)ひが。例(れい)の大(おふ)きに
お世話と《割書:云| 云》

              腐脱散人誌

【右丁 左欄外】佐埜兵 【小判印】平林
【左丁 右欄外 小判印】平林
【同 頭部欄外ラベル】
特1

2869

【右丁】
本■飯塚熊吉

【左丁 白紙】

【裏表紙】

広益秘事大全

【表紙】
【題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全二.巻上ノ二

【扉】
【題箋】
《割書:民家|日用》広益秘事大全 二

【左丁頭書】
【赤角印 帝国図書館藏】
女人はよろしよろづ慎(つゝし)みてみだ
りにうごくべからず待人はおそく
来るべし間(あひだ)にてひまどる事有
他国(たこく)へ出る門出にわろし但し
さきにて久しく居(を)るたぐひには
よし方角(はうがく)時刻は寅卯なり
町人(ちやうにん)はよろし何事も辛抱(しんばう)して
大利あり武士(ぶし)はわろし海川を
わたるに忌(いむ)べしもしわたる事
あらば昼より後にわたるべし
○第四/仏滅(ぶつめつ)の星にあたる日は
何事にも凶(あし)し慎みてみだりに
事をなすべからす但し物をうり
財(たから)を出しすべて損(そん)じて益(えき)ある
事にはよろし他国(たこく)遠行(えんかう)の首(かど)
途(で)男女の縁談(えんだん)公事(くじ)沙汰(ざた)いづ
れもみなわろし待人はさたも
【左丁本文】
【赤角印 白井光】
【赤丸印 帝国・昭和十五・一一・二八・購入】
 ○蝨(しらみ)をさる法
一 白鳥(はくちやう)の羽(は)の茎(くき)に水銀(すゐぎん)をいれて下帯(したおび)に
ゆひつけ置ば蝨(しらみ)こと〳〵く死す又/衣服(いふく)を
一夜(いちや)外(そと)へ出し地上(つちのうへ)に直(じき)に肌着(はだぎ)下帯をひろ
けておくべし悉(こと〴〵)く死す甚しきは土中(どちう)へ
埋(うづ)めておくべし又方
牽牛子(あさかほのみ)を肌着(はだぎ)の袖(そで)にいれおけば蝨(しらみ)うつらず
うつりても早(はや)くさる也又
百部(ひやくぶ)。秦艽(しんげう)。二味/粉(こ)にし焼(やき)て衣を燻(ふす)ふれば
蝨こと〴〵くさる湯(ゆ)に煎(せん)じて洗ふもよし
 ○頭(かしら)の蝨をさる法
一 藜蘆(りろ)を粉(こ)にし髪(かみ)の中にすりつけて一夜
おけば蝨(しらみ)こと〴〵く死す
 【枠外丁数】十九

【右丁頭書】
なく来らぬ也/女人(をんな)など人に順(したが)
ひてあるものはよし子午の時に
は少く動(うご)きてもよし海川(うみかは)を渡(わた)
るに甚(はなはだ)わろし万事/信心(しん〴〵)して
無難(ふなん)なり怠(おこた)るべからず
○第五/大安(だいあん)の星にあたる日は
万事心のまゝにて大に吉なり
物を仕(し)そめ縁(えん)をくみもろ〳〵
の勝負ごと公事(くじ)の類いづれも
利運(りうん)を得べし商(あきな)ひは買(か)ふかた
よろし売物(うりもの)はよろしからず巳亥
の方角(はうがく)殊(こと)に吉事あり待人は
早く来る又思ひの外なる幸(さいはひ)の
出来るかたちあり大にすゝみて
何事をもなすべし恐(おそ)れ憚(はゞか)り
てはかへりて凶なり最上(さいじやう)の吉日
とすべし首途(かどで)尤よし
【左丁頭書】
【挿絵】
○第六/赤口(しやくこう)の星にあたる日は
あしき事多し唯(たゞ)日中(につちう)には吉
事あり事をなすは此時なるべし
武士(ぶし)出家(しゆつけ)医者(いしや)などは財宝(ざいほう)をば
失(うしな)ふとも誉(ほまれ)をとり名をあぐる
類(たぐひ)にはよき事あり平人(たゞのひと)は大にわ
ろし動(うご)かば損(そん)をする事あるべし
方角(はうがく)は丑未よし待人は来らず
【右丁本文】
【挿絵】
 ○虫(むし)を生ぜぬ物だねの収めやう
一 臘月(しはす)の雪水(ゆきみづ)を壺(つぼ)に入れ陰所(ひかげ)にうづみ
貯(たくは)へ置/五穀(ごこく)のたねを浸(ひた)し植(うへ)ればよく旱(ひでり)に
たへ虫(むし)を生ぜずしてみのりよし
 ○菓樹(くだものゝき)に実(み)おほくする法
一 果樹(くわじゆ)の皮(かは)をうがちて鍾乳(しようにう)の粉少ばかり
【左丁本文】
入るれば実(み)おほく味もまた美(び)なり樹木(じゆもく)の
老(おい)たるも鍾乳(しようにう)をぬりつくればまた繁(しげ)りて
さかんになる尤(もつとも)根(ね)の上に泥(どろ)をぬりおくべし
 ○白紙(はくし)にて文通(ぶんつう)する法
一 白紙(しらかみ)に酒(さけ)にて文字をかき乾(かわか)してのち
火(ひ)に炙(あぶ)れば文字(もじ)こげて顕(あらは)るゝ也水に入
てもよし又/鉄醬(かね)にて書(かき)て水に入るゝも
よし白くあらはるゝ也/此法(このほう)は先方(せんはう)の人と
かねていひ合せおきてする事也
 ○寒中(かんちう)河(かは)を渡(わた)りて凍(こゞ)へざる法
一 寒気(かんき)の時川をわたるには手足(てあし)に古酒(こしゆ)
をぬり胡椒(こしやう)をのみて渡るべし凍(こゞ)ゆる事
なしすべて水を遣ふに用ゆべし
【枠外丁数】二十

【右丁頭書】
物事長びきて埒のあかぬ事有
ば此日より事をはじむべからす
たゞ人と共にせず自分ばかり
する事は行ひてもよし万づに
ひかへめにして信心すべし
 ○右にいへるは概略(あらまし)なり星(ほし)の
 黒白(くろしろ)に心をつけて其事を
 考(かんが)へ判断(はんだん)して行ふべし

 ○十二/運(うん)くりやう
【よこ十三・たて六の升目の図】
   金性  木性  水性  火性  土性
長(ちやう)  四月  十月  七月  正月  七月
沐(もく)  五   十一  八   二   八
官(くわん)  六   十二  九   三   九
臨(りん)  七   正   十   四   十
【左丁頭書】
帝(てい)  八   二   十一  五   十一
衰(すゐ)  九   三   十二  六   十二
病(びやう)  十   四   正   七   正
死(し)  十一  五   二   八   二
墓(ぼ)  十二  六   三   九   三
絶(ぜつ)  正   七   四   十   四
胎(たい)  二   八   五   十一  五
養(やう)  三月  九月  六月  十二月 六月

右十二/運(うん)の図(づ)は産(うま)れ月にて
善悪(ぜんあく)を考(かんがふ)る事なりくりやうは
たとへば金性(かねしやう)の人にて四月の産(うまれ)
ならば金(かね)の処(ところ)を緯(よこ)に見て四月の
所を見それより経(たて)に見て長(ちやう)の
運(うん)と知(し)りさて下(しも)の長(ちやう)の所を読むべし
【右丁本文】
 ○小き蜜柑(みかん)を大にする法
一 蜜柑(みかん)のはじめ実(みの)る時/半分(はんぶん)ほど取て半
分を木(き)にのこしおけば残(のこ)りたる蜜柑(みかん)大に
なり色(いろ)紅(くれなゐ)にして味(あぢ)きはめてよし
 ○竹(たけ)の根(ね)のはびこるを防(ふせ)ぐ法
一 皁莢刺(さうけうし)【「サイカチノハリ」左ルビ】をあつめて土中(どちう)に埋(うづ)むべしよく
竹根(たけのね)をさへぎり留(とむ)る也又/油麻梗(ごまがら)をうづむ
るもよし
 ○足(あし)の疲(つか)れたるをかろくする法
一 旅(たび)にて足つかれたる時は塩(しほ)を口にてかみ足の
うらにぬり火にてあぶるべし又/細(ほそ)き物にて
両(りやう)の股(もゝ)をかたくむすぶべし足/軽(かろ)くなる但(たゞ)し
洗足(せんそく)して後も塩(しほ)をぬりてあぶるべし足つかれず
【左丁本文】
 ○薫物(たきもの)の方(ほう)品々(しな〴〵)
一 梅花(ばいくわ)《割書:春|》    沈香(ぢんかう)《割書:四両|》  丁香(てうかう)《割書:二両|》
 甲香(かいかう)《割書:二分|》 甘松(かんしよう)《割書:二朱|》 麝香(じやかう)《割書:|二朱》
一 荷葉(かえう)《割書:|夏》   沈(ぢん)香《割書:七両|》   甘松(かんしよう)《割書:一分|》
 丁(てう)香《割書:二両|》 藿(くわく)香《割書:一分二朱|》 白檀(びやくだん)《割書:一分三朱|》
【枠外丁数】廿一

【右丁頭書】
【○の中に「長」】《割書:ちやう|》
この運(うん)にあたる月の産(うま)れの人は
長寿(ながいき)して夫婦(ふうふ)むつまじく家業(かげふ)
大に繁昌(はんじやう)しよろづよし子孫(しそん)も
無病(むびやう)にていのち長し東西(とうざい)にかけ
まはり家業(かげふ)に精(せい)を出していと
なむべし怠(おこた)らば貧(ひん)なるべし
○この運(うん)にあたれば兄弟(きやうだい)ともによし
其内/他所(たしよ)へ別々(べつ〳〵)になりてよろし
兄弟同しいとなみは宜(よろ)しからず
商買(しやうばい)をかへて世(よ)わたりすれば
かならず繁栄(はんえい)するなり但し
奢(おごり)をつゝしむべし
【○の中に「沐」】《割書:もく|》
この運(うん)にあたる月の生(うま)れは夫婦(ふうふ)
の縁(えん)はじめはかはるべし男女(なんによ)共に
二度めの縁(えん)にて定(さだ)まるべしさすれ
【左丁頭書】
【挿絵】
ば家業(かげふ)繁昌(はんじやう)して富(とみ)さかえ何事
も成就(じやうじゆ)し子孫もそくさいなり但(たゞ)し
兄弟(きやうだい)むつましからぬ事あるべし
○此運(このうん)武家(ぶけ)ならば兄弟いよ〳〵
むつまじからず互(たがひ)に威(ゐ)をあらそふ
心/絶(たえ)ずよく〳〵慎(つゝし)みてよし此運(このうん)
【右丁本文】 
一 菊花(きくくわ)《割書:秋|》  沈(ぢん)香《割書:二両|》 丁(てう)香《割書:一両|》 甲(かい)香《割書:三分|》 
 薫陸(くんろく)《割書:三朱|》 甘松(かんしよう)《割書:三朱|》 射香(じやかう)《割書:|二分》
一 侍従(じじう)《割書:冬|》  沈香《割書:四両|》 丁香《割書:二両|》 鬱金(うこん)【欝は俗字】《割書:二分一|朱》
  甘松《割書:一分一朱|》
一 黒方(くろはう)   沈香《割書:五両|》  丁香《割書:二分|》 白柤(びやくだん)《割書:一両|》
  甲香《割書:一両|》 薫陸(くんろく)《割書:一両|》 射香《割書:|二分》
右各/粗末(あらこ)にして蜜(みつ)にてねるべし当分(たうぶん)は
蜜(みつ)の気(き)ありて香(か)よろしからず蜜香(みつかう)をとる
事口伝なり
一 懸香(かけかう)の方/梅花(ばいくわ)《割書:名|》
  梅花《割書:三匁|》丁子(てうじ)《割書:三匁|》 甘松《割書:二匁|》 竜脳(りうのう)《割書:五分|》
  射香《割書:七分|》白柤《割書:七分|》
一 花橘(はなたちばな)《割書:名|》 丁子《割書:四匁|》 射香《割書:|一匁》 竜脳《割書:六分|》
【左丁本文】
 蜜をそゝぎて袋に入べし
一 蘭(らん)《割書:名|》  丁子《割書:三匁|》 藿香《割書:一匁|》 白柤《割書:一匁|》
  甘松《割書:一匁五分|》 竜脳《割書:五分|》 射香《割書:|五分》
一 忍草(しのぶぐさ)《割書:名|》 射香 竜脳 梅花《割書:各二匁|》
  丁子 茴香(ういきょう)《割書:各一匁|》
一 勅方(ちよくはう)《割書:名|》 射香 竜脳 片脳(へんのう)《割書:各五分|》 丁子
  白柤 藿香《割書:各一匁五分|》 甘松《割書:二匁|》 青木香(しやうもくかう)《割書:六分|》
  右紙につゝみて袋に入るべし
一 鬢洗香水(びんせんかうすい)【「鬂」は俗字】《割書:髪のあらひ水也蜜丸にしおきてぬる湯に|ときて用ゆ》
  丁子《割書:三両|》 射香《割書:少|》 甘松《割書:二両|》 白柤《割書:少|》
 皁莢(さうけう)《割書:八両|》 枸杞(くこ)《割書:一両|》
一 鬚洗香水(しゆせんかうすい)《割書:月代鬚などそる時湯にときて用ゆふ|ふのりにて平たくかためおくなり》
 丁子《割書:一匁|》 皁莢《割書:二匁|》  射香 竜脳《割書:各二分|》
【枠外丁数】廿二

【右丁頭書】
の人は芸術(げいじゆつ)秀(ひいで)たるか或は威勢(ゐせい)あ
りて人の首領(かしら)となるべし
【○の中に「官」】《割書:くわん|》
此運にあたる月の生れは夫婦(ふうふ)中
天理(てんり)にかなひむつましくいのち長し
威勢(ゐせい)つよくよき子をまうけ
方々より縁(えん)を求(もとむ)る人多かるべし
しかれども重縁(ぢうえん)の親類(しんるい)にあらざ
れば縁談(えんだん)すべからず
○この運(うん)の人は兄弟/国(くに)をへだ
つるか又/海川(うみかは)をへだてゝ住居(ぢうきよ)す
れば中むつましかるべしさなければ
不和(ふわ)にしてわざはひ多し又/火災(くわさい)
の難(なん)あり神仏(かみほとけ)に信心(しんじん)すべし
【○の中に「臨」】《割書:りん|》
この運の月のうまれは夫婦中(ふうふなか)
むつまじしかれどもたがひに疑(うたが)ひ
【左丁頭書】
隔(へだ)つる心あるべし万(よろづ)をつゝしみて
うたがひの心なく夫婦(ふうふ)和合(わがふ)す
れば家業(かげふ)さかえ子孫(しそん)繁昌(はんじやう)す
べし
○この運(うん)の人は兄弟運つよく
同し家(いへ)に住居(ぢうきよ)し又は近隣(きんりん)に住(すみ)て
徳行(とくかう)をなさば大にさかゆべし
兄弟あらそひねたむ心あるか遠(とほ)
くへだてゝすまばわざはひ多(おほ)かる
べし
【○の中に「帝」】《割書:てい|》
此運にあたる月のうまれは男(なん)
女(によ)ともに半吉なり男は入壻(いりむこ)など
にゆきてよし然れどもやゝもす
れば災難(さいなん)きたりて身(み)の害(がい)を
なす事おほし心(こゝろ)正(たゞ)しく家業(かげふ)怠(おこたり)
なくば末(すへ)繁昌(はんじやう)すべし
【右丁本文】
 ○渋糊(しぶのり)の方
一 蕨(かね)の粉(こ)一升/渋(しぶ)八合水六升ばかり入てよし
此(この)渋(しぶ)のりにて物を張(は)ればつよくしてふたゝび
取はなるゝ事なし
 ○渋紙(しぶかみ)のこしらへやう
一 右のしぶのりにてこはき刷毛(はけ)にてむらなき
やうにして紙を合すべしさて日陰(ひかげ)にて乾(かわか)す
がよし日にあつればこはくなりてしなへず能(よく)
乾(かわ)きたる時/二番渋(にばんしぶ)に水を少しくはへて
裏表(うらおもて)よりひくべしかねの粉は食物(しよくもつ)にする
さらし粉はわろし
 ○柿(かき)のたくはへやう
一 新(あたら)しき柿(かき)の蔕(へた)のまはりを漆(うるし)にてよく
【左丁本文】
【挿絵】
ぬり壺(つぼ)にいれ葢(ふた)をよくしておくべし
 ○柿(かき)の年切(としぎり)するを実(みの)らする法
一正月に大なる錐(きり)にて木をもみ鰹節(かつをぶし)を打
こみおくべし年切せずして実をむすぶ
こと多し又/渋(しぶ)き柿は灰汁(あく)を根(ね)にそゝげは
翌年(よくねん)より甘(あま)くなる也
【枠外丁数】廿三

【右丁頭書】
○この運(うん)の人は兄弟/運(うん)つよし
幼少(ようせう)のうちは中よからず十二三才
より十五六までの内に病(やまひ)あり兄
弟とも養子(やうし)にゆき人の家督(かとく)を
つげばことの外/繁昌(はんじやう)する也
【○の中に「衰」】《割書:すゐ|》
この運にあたる月の生れは夫婦(ふうふ)
の縁うすく縁(えん)ありても初(はじめ)のえんは
死別(しにわかれ)するか離別(りべつ)するか二三度も
かはりて後に定(さだ)まるとかく病(びやう)
身(しん)がちなるべしよく〳〵養生(やうじやう)す
べし
○このうんの人は兄弟中よけれ共
とかく仕合(しあはせ)よろしからず浮沈(うきしづみ)たび
たびあり物言(ものごと)辛抱(しんぼう)つよく一心(いつしん)に
かせがば後々(のち〳〵)は仕合なほるべし
信心(しん〴〵)してよし
【左丁頭書】
【挿絵】
【○の中に「病」】《割書:びやう|》
この運にあたる月の生れは夫婦
の縁(えん)おもはしからず無常気(むじやうき)ざして
発心(ほつしん)出家(しゆつけ)の望(のぞみ)たえず又/妻(さい)を
うとみ妻にも疎(うと)まるゝ運なり
たがひにむつましくせば末(すゑ)にては
よき事あり
○此運の人は男女(なんによ)とも兄弟中
【右丁本文】
 ○白ねり酒の方
一 上諸白(じやうもろはく)《割書:壱斗|》餅米(もちごめ)《割書:壱斗|よくむして》
右二品/壺(つぼ)へ入れよく封(ふう)じ置第七日めに
石臼(いしうす)にて挽(ひ)き又七日やすめおけば風味(ふうみ)よし
 ○ 塩魚(しほうを)の塩気(しほけ)をぬく法
塩肴(しほさかな)の塩をぬくには木槿(むくげ)の葉(は)とともに
水にひたし半日ほどおけばよくぬけるなり
又上を藁(わら)にて包(つゝ)みて一夜土中にうづみ
ておけば塩ぬけて生身(なまみ)のごとし
 ○金箔(きんばく)のすゝけたるをあらふ法
一 綿実(わたざね)がらの灰汁(あく)を熱(あつ)くわかして火に
かけおきさめざるやうにして刷毛(はけ)にて度々
すり洗(あら)ふべし新(あたら)しくなる事妙なり案(あんず)るに
【左丁本文】
この灰汁(あく)ねあかを洗ふに甚(はなはだ)佳(よ)し布(ぬの)など
あらへば雪(ゆき)のごとくなる晒布(さらしぬの)に用ゆべし
 ○塗物(ぬりもの)の煤気(すゝけ)とりやう 
一 餅米(もちごめ)の藁(わら)の灰汁(あく)を布ぎれにひたし
あらへばよく落る水気(すいき)乾(かわ)きたる時油にて
ぬぐふべし新(あらた)なるが如し
 ○油(あぶら)一合にて一月ともす法
一 浮萍草(うきくさ)《割書:六月土用中に取|》瓦松(ぐわしよう)《割書:瓦のうへに生ずる|杉菜のごとくなる》
《割書:草なりこれも|土用中にとる》遠志(をんし) 黄丹(わうたん) 蛤粉(がふふん)《割書:おの〳〵一両|》
右細末にして油一合の目かたの三分一入れ
燈心(とうしん)を浸(ひた)し火を点(とも)すべし
 ○一寸にて一夜ともる蠟燭(らうそく)の法
一 唐蠟(たうろう) 松脂(まつやに) 槐花(くわいくわ)《割書:各一斤|》  浮石(かるいし)《割書:四十目|》
【枠外丁数】廿四

【右丁頭書】
睦(むつま)じからず仇敵(あだがたき)のおもひをなして
和合(わがふ)せず兄(あに)の心/正(たゞ)しからぬゆゑ
已下の兄弟も深切気(しんせつげ)なしよく
よく慎(つゝし)みてむつましくすべし
【○の中に「死」】《割書:し|》
此うんにあたる月の生(うま)れは夫婦(ふうふ)
の縁(えん)うすく死(しに)わかれの悲(かなし)み有
またその身(み)も多病(たびやう)なり養生(やうじやう)し
てよしとかくに慈悲(じひ)善根(ぜんごん)をなし
て神仏(しんぶつ)をいのらば末(すゑ)さかゆべし
○此運の人は兄弟中あしく心(こゝろ)猛(たけ)
くして和合(わがふ)しがたししかし武家(ぶけ)なら
ば武芸(ぶげい)其余(そのよ)の家業(かげふ)にても身(み)
を惜(をし)まずかせぎとかく力業(ちからわざ)を
このみて人に敬(うやま)はるゝなり
【○の中に「墓」】《割書:ぼ|》
此運にあたる月の生れは仲人(なかうど)なし
【左丁頭書】
に夫婦(ふうふ)のやくそくをする事有
然るゆゑにはじめは中むつまし
けれども後(のち)にはうとみうとまるゝ
事あり深(ふか)くつゝしまば仕合(しあはせ)よか
るべし
○このうんの人は兄弟/運(うん)はよし
家職(かしよく)もしかと定(さだ)まり和合(わがふ)する
なりしかしとかく気転(きてん)のきかぬ
性(しやう)にて物事まはりどほき分別(ふんべつ)
おほしよろづ智恵(ちゑ)ある人に
相談(さうだん)してなすべし
【○の中に「絶」】《割書:ぜつ|》
この運の月にあたる生れは夫
婦の縁(えん)大にわろし口舌(くぜつ)事/多(おほ)く
常(つね)に災難(さいなん)来りて身(み)あやふく
夫婦/離別(りへつ)するか病身(びやうしん)なるべし
深(ふか)く信心(しん〴〵)せば凶(きよう)変(へん)じて吉(きつ)となる
【右丁本文】
右一ッに煖(あたゝ)め溶(とろ)かし燈心(とうしん)一把(いちは)を布につゝみ
蠟(らう)の中までしむほどによく〳〵浸(ひた)し取上(とりあげ)
てかわかし火をともすなり一夜にともる
こと僅(わづか)に一寸ばかりなり
 ○石に墨(すみ)の付たるをおとす方
一 大根(だいこん)を小口切にして摺(す)るべし奇妙に
おつるなり
 ○しくい土の法
一 へな土《割書:一升|》 石灰(いしばひ)《割書:五升|》 塩(しほ)《割書:三升|》
右土を四五日/干(ほ)し細(こま)かにくだきふるひに懸(かけ)
石灰(いしばひ)塩(しほ)少しづゝ入れねりかため一時ばかり
むしろをかけおき其後/下地(したぢ)をよくかため
置てたゝき付る也/厚(あつ) ̄サ一寸/許(ばかり)にてよし
【左丁本文】
 ○砂糖漬(さたうづけ)の方
一 何によらず砂糖漬(さたうづけ)にしたき時は石灰(いしばひ)を
水に入れかきまぜ濁(にご)らせ何にても漬て取
出し砂糖(さたう)に漬(つけ)おくべしかやうにせざれば
物によりて臭(くさ)ること有又砂糖につけて
【挿絵】
【枠外丁数】廿五
 

【右丁頭書】
事あるべし
○此運の人は兄弟はやく死別(しにわかれ)す
べしもし死別せずば遠(とほ)く国(くに)を隔(へだて)
たがひに力(ちから)になりがたしその上/中(なか)
あしく常(つね)に他人(たにん)のごとくにうとみ
あふ運なり慎(つゝし)みて和合(わがふ)すべし
【○の中に「胎」】《割書:たい|》
この運(うん)にあたる月のうまれは夫婦(ふうふ)
中よししかし中をへだてゝ居(を)る
【挿絵】
【左丁頭書】
ことあるべし家業(かげふ)ははんじやうし
人に重(おも)く用(もち)ひられ仕合(しあはせ)よししかし
ながら若年(じやくねん)のうちはわざはひ
多し慎(つゝし)むべし
○此(この)運(うん)の人は兄弟/他所(たしよ)に遠さかり
隔(へだて)て住(すむ)べしたがひに助(たす)け合(あ)ひ力(ちから)
とならば仕合よし随分(ずいぶん)神仏(かみほとけ)を
信心し慈悲(じひ)善根(ぜんごん)をなさばおも
はぬ福(さいは)ひきたりよろこび事
おほかるべし
【○の中に「養」】《割書:やう|》
この運(うん)にあたる月の生れは夫婦(ふうふ)
同年(どうねん)の縁(えん)ならば長(なが)く繁栄(はんえい)すべし
はじめは障(さはり)あれども後(のち)ほど仕合
よく何事も心にかなふ不信心(ふしん〴〵)な
れば大にわろし
○此(この)運(うん)の人は人前(ひとまへ)をかざる心ある
【右丁本文】
後に石灰(いしばひ)を少しふりかけておくもよし
 ○饑(うゑ)たる時/早(さつ)そくしのぐ法
一 食物(しよくもつ)なき時大に饑(うゑ)たる時は黄蠟(きらう)を少し
食すべしよく饑(うゑ)をしのぐべし山野(さんや)の猟(かり)
遠境(えんきやう)の旅行(りよかう)などにはかねて懐中(くわいちう)すべし
 ○鏡(かゞみ)にかきたる画(ゑ)久しくおちざる法
一 雌黄(しわう)《割書:一匁|》 軽粉(はらや) 磠砂(ろうしゃ)《割書:各一分|》 
右三味/末(まつ)となし水膠(みずにかは)にてとき絵(ゑ)をかき
て乾(かわ)きたる後火にてよくやきさめて後
鏡(かゞみ)をとぐべしとぎ様は常(つね)のごとし
 ○鏡(かゞみ)とぎ薬の方
一 白礬(はくばん)《割書:六匁|》水銀(すいぎん)《割書:一匁|》錫(すゞ)《割書:一匁|》鹿角灰(ろくかくはい)《割書:一匁|》
右の薬にて鏡(かゞみ)をとぐべし
【左丁本文】
 ○正面(しやうめん)石摺(いしずり)の法
一 鉄(てつ)のせんくづ《割書:少|》   白芨(はくぎう)《割書:中|》  白礬(はくばん)《割書:大|》
右三味/醋(す)にてときおもふ事を書(かき)乾(かわ)きて
後上より墨をひくべし又方
一 白芨(はくきう) 細粉(さいふん) 白礬(はくばん)《割書:各等分|》
右三味/酸漿草(かたばみくさ)のもみ汁にてとき字を
かき墨(すみ)をぬりよくほして後薬の粉(こ)を払(はら)
ひおとすべし白字(はくじ)きはやかにあらはるゝなり
かたばみは醋(す)にてもよし《割書:細粉はあとより入てよく|するべし》
 ○十日廿日/饑(うゑ)ざる法
一 黄茋(わうぎ) 赤石脂(しやくせきじ) 竜骨(りうこつ)《割書:各三匁|》 防風(ばうふう)《割書:五分|》
 烏頭(うづ)《割書:一匁|》
右/石臼(いしうす)にてつき蜜(みつ)にて団粉(だんご)ほとに丸(ぐわん)じて
【枠外丁数】廿六

【右丁頭書】
ゆゑ兄弟の中も実義(じつぎ)うすし
他人(たにん)には愛(あい)せられ用(もち)ひらるゝ也
されどもとかく誠(まこと)すくなき性(しやう)な
れば末(すゑ)とげかたしよく〳〵実意(じつい)
をつくし人にまじはりてよし

 ○二十八宿(にじふはつしゆく)吉凶(きつきよう)の事
二十八/宿(しゆく)を年月日時に配当(はいたう)して
吉凶(きつきよう)をことわることもふるき事
にて古人(こじん)の用ひたる証(しやう)あればこゝに
記(しる)して童蒙(どうもう)に示(しめ)す毎宿(まいしゆく)の注(ちう)
初(はじめ)は暦(こよみ)に配当(はいたう)する年月日中は
人事(にんじ)に当(あて)たる行事(かうじ)の吉凶/末(すゑ)は
本命(ほんめい)にかゝる人(ひと)一代(いちだい)の吉凶なり
【星二ッ結ぶ(すぼし)の図】角(かく) 金(きん)に属(ぞく)す
角(かく)の二星(にせい)は東方(とうばう)第一の宿星(しゆくせい)也
造化(ざうくわ)をつかさどる此星(このほし)光(ひかり)あきら
【左丁頭書】
かなれば天下(てんか)大/豊年(ほうねん)也
○此(この)星(ほし)にあふ日は衣服(きもの)の着(き)ぞめ
元服(げんふく)袴着(はかまぎ)婚礼(こんれい)移徒(わたまし)柱立(はしらだて)井掘(ゐほり)
竃塗(かまぬり)神事(じんじ)仏事(ぶつじ)等(とう)何にもよし
但(たゞ)衣服(いふく)をたつにいむべし
○この星にあたりて生(うま)るゝ人は
若(わか)き時は妻子(さいし)につきて苦労(くらう)多
けれとも末にいたるほど諸事(しよし)
心のまゝになるなり
【星四ッ結ぶ(あみぼし)の図】亢(かう) 火に属す
亢の四星/明(あき)らかなれば四海(しかい)太平(たいへい)
にして臣下(しんか)君(きみ)に忠(ちう)をつくし人民(じんみん)
病(やまひ)なし動(うご)けば病多く見えざれば
旱魃(ひでり)なり
○この星にあふ日は牛馬(ぎうば)を求(もと)め
婚礼(こんれい)種(たね)まきによし家造(やづくり)にはいむべし
【右丁本文】
【挿絵】
食(めし)をあくほど喰(くひ)たる後に一丸(いちぐわん)呑(のむ)べし十日
ばかりはうゑぬなり又/餅米(もちごめ)《割書:三合いりこがして|》
黄蠟(くわうらう)《割書:二両わかして|》合せねり丸めおきて食(しよく)す
べしもし後に食事(しよくじ)せんとせば胡桃(くるみ)を二ッ
くひて後に食すべし
【左丁本文】
 ○鋸(のこぎり)の切口(きりくち)きれいにする法 
一 鋸(のこぎり)の引目(ひきめ)をうるはしくするには先(まづ)鑿(のみ)にて
ひと打うちて鋸(のこぎり)を入べし又/竹(たけ)などは紙(かみ)にて
はりおきて乾(かわ)きたる後にきるべし切口甚
きれいなり
 ○薄板(うすいた)に穴をあける法
一 錐(きり)のさきをぬらしてもめばわれぬなり
 ○砥石(といし)の直しやう
一 剃刀砥(かみそりど)のゆがみたるを直(なほ)すには板(いた)の上に
こまかなる砂(すな)をまきおきて砥石(といし)をするべし
至てよくおりるもの也/荒砥(あらと)などにては狭く
して摺(すり)にくし此方尤/便利(べんり)なり
 ○漆(うるし)にてものかく法
【枠外丁数】廿七

【右丁頭書】
【挿絵】
○此(この)星(ほし)にあたりて生るゝ人は
福禄(ふくろく)ともしく老(おい)にいたりて凶(きよう)あ
れども奢(おごり)をはぶき身(み)をへりくだ
れば後に栄(さか)ゆる也
【星四ッ結ぶ(ともぼし)の図】氐(てい) 土に属す
【左丁頭書】
氐の四星明らかなれば大臣(だいじん)后妃(こうひ)
節(せつ)をうしなはずもし見えず又は
動けば内(うち)乱(みだ)れ旱魃(ひでり)す
○此星にあたる日はよめ取/種(たね)まき
酒造(さかつくり)造作(ざうさく)はよし田畑(たはた)をかひ蔵(くら)を
たて葬礼(さうれい)にはわろし
○このほしにあたる人は福禄(ふくろく)あつく
望(のぞ)み事かなひて末めでたし
【星四ッ結ぶ(そいぼし)の図】房 土に属す
房の四星/明(あきら)かなれば王者(わうしや)興(おこ)る
政事(まつりこと)あきらか也/驂星(さんせい)光(ひかり)つよく大
なれば慎(つゝし)みあり驂星(さんせい)とは左右の
星なり
○富貴宿(ふうきしゆく)といひて此(この)星(ほし)にあたる
日は神事(じんじ)仏事(ぶつじ)造作(ざうさく)棟上(むねあげ)移徒(わたまし)に
よし嫁娶(よめどり)ものたち田畑(たはた)を求る
【右丁本文】
一 漆(うるし)にて字(じ)をかくにねばりてかきにくき
もの也/樟脳(しやうのう)を少しいれてしんなしの筆を
みなわりてかくべし自由(じゆう)にかける也
 ○生蠟(きらう)にてものかく法
一 蠟(らう)をわかして物をかくに早(はや)くかたまりて
筆(ふで)動(うご)きかぬるもの也/塩(しほ)を少し入てかけば
そのうれへなし
 ○硝子(びいどろ)にものを彫(ほ)る法
一 硝子(びいどろ)にものほるによく切(きる)る刃物(はもの)はかへつて
うけぬものなり生鉄(なまがね)の刀(かたな)をよくとぎて
ほるべしうけよくして心のまゝに彫(ほら)るゝなり
その上をよく切る刃物(はもの)にてさらへてよし
 ○池田炭(いけだずみ)の引きりやう
【左丁本文】
一 池田炭(いけだずみ)をきるに皮(かは)はじけて不/手際(てぎは)に
なるもの也/初(はじめ)に白汁(しろみづ)をかけてよくほして
きればその難(なん)なし
 ○土瓶(どひん)のひゞきもるをとむる法
一 土瓶の底(そこ)にひゞきめ出来て水もるには
粥(かゆ)をたくべし忽(たちま)ちとまる也又うどん粉(ご)を煮(に)
るもよし白大豆(しろまめ)の汁(しる)にてぬりたるを焼(やき)ても
とまる也/但(たゞ)し大にもるはとまりがたし
 ○金焼付(きんやきつけ)滅金(めつき)のやきやう
一 下地(したぢ)の銅(あかゞね)をふくさ藁(わら)にてよく磨(みが)き梅(むめ)
酢(ず)をぬりて又わらにてみがき亜鉛(とたん)と水銀(すいぎん)とを
和(くわ)したるをぬり金箔(きんはく)をおきて焼(やく)べし又/水銀(すいぎん)
に箔(はく)を和(くわ)して焼(やき)たるを七度(しちど)やきといふ金(きん)
【枠外丁数】廿八

【右丁頭書】
には凶(きよう)なり
○この星にあたる人は威徳(ゐとく)あり
て福(さいはひ)ある也されども若(わか)き内吉に
して老(おい)てあしき事あるべしよく
よく身(み)を慎(つゝし)みてよし
【星三ッ結ぶ(なかごぼし)の図】心(しん) 火に属す
此星/中(なか)の星(ほし)を天子(てんし)とす明(あきら)かなれば
道(みち)さかんなり前(まへ)を太子(たいし)とすくら
ければ太子/位(くらゐ)を得(え)ず後(うしろ)を庶子(しよし)
とす明らかなれば庶子(しよし)位(くらゐ)をつぐ
ことあり
○喜多宿(きたしゆく)といふ神事(じんじ)移徒(わたまし)に
よし衣(きぬ)をたち財(たから)を出すはわろし
○此星にあたりて生るゝ人は火難(くわなん)
盗難(とうなん)にたび〴〵あふべしされども福(ふく)
禄(ろく)あつく心の望(のぞ)みをとぐるゝ
【左丁頭書】
【星九ッ結ぶ(あしたれぼし)の図】尾(び) 水に属す
尾の九星そろひて明かなれば国(くに)
豊(ゆたか)なりうつり動(うご)けば国(くに)のうれひ
ありて大/洪水(こうずい)の災(わざはひ)あり
○富智宿(ふちしゆく)といふ薬(くすり)を合せ造作(ざうさく)
にはよし衣を裁(たつ)にはわろし
○此星にあたりて生(うま)るゝ人は
【挿絵】
【右丁本文】
多(おほ)く入る故/濃(こく)して美(び)なり○やき付のごとく
よく摺(すり)みがきて水銀(すいぎん)をぬり金箔(きんはく)をおきて
やきたるを滅金(めつき)といふ也
 ○赤銅(しやくどう)のやき様(やう)
一 銅(あかゞね)百目/白鑞(びやくらう)三十匁/加(くは)へてわかしたるを煮(に)
黒(ぐろ)めといふこれに金(きん)四銭目/加(くは)へて又わかすべし
【挿絵】
【左丁本文】
そのゝち酢(す)四両/緑青(ろくしやう)四銭目水一升を合(あは)
して濃(こ)く煎(せん)じこれに浸(ひた)せばくろむなり
偽物(にせもの)は素銅(すあかゞね)の上を右の煎汁(せんじしる)にひたし或は
硫黄(いわう)の煙(けふり)にて薰(ふす)べたる物なり
 ○色付(いろつけ)四分一(しぶいち)のやきやう
一 銅(あかゞね)の下地(したぢ)を油気(あぶらけ)なきやうによくみがき
銀箔(ぎんはく)十/枚(まい)梅酢(むめず)にてひた〳〵にして指(ゆび)にて
よくときたるをすり付て焼(やく)べし
 ○胎内(たいない)の子(こ)男女(なんによ)を知る法
一 夫(をつと)の年(とし)の数(かず)と婦(をんな)の年の数と合せて
九払(くばらひ)にして残(のこ)る数/耦(てう)ならば女子/奇(はん)ならば
男子(なんし)としるべし九払(くばらひ)にしても余(あま)るときは
六十一年を引て残る数を九払(くばらひ)にすべし
【枠外丁数】廿九

【右丁頭書】
福禄(ふくろく)はあれども火難(くわなん)にあひ財(たから)を
うしなふ事ありよく〳〵慎(つゝし)むべし
【星四ッ結ぶ(みぼし)の図】箕(き) 《割書:土に属す|已上東方の宿也》
箕の四星明らかなれば五穀(ごこく)よく
みのり上下/安楽(あんらく)なりもし光(ひかり)くら
ければ米穀(べいこく)の価(あたひ)高くなる
○無財宿(むざいしゆく)と云この星にあたる
日は池溝(いけみぞ)をほりたからをゝさめ
庭(には)をつくるによし嫁(よめ)どりものたち
にはよろしからず
○此星にあたる人は住所(ぢうしよ)定(さだま)り
がたし又/年(とし)老(おい)てわざはひ有しか
れども人をあはれむ心あらば老(おい)
て望事かなひ幸(さいはひ)を得べし
【星六ッ結ぶ(ひきつぼし)の図】斗(と) 木に属す
【左丁頭書】
斗宿(としゆく)の六星(ろくせい)形(かたち)破軍(はぐん)星に似(に)たり
明(あきら)かなれば天下(てんか)太平(たいへい)なりくらく
小なれば宰相(さいしやう)に憂(うれひ)あり
○不家宿(ふかしゆく)といふ新(あたら)しき衣服(いふく)をた
ち地掘(ぢほり)蔵(くら)たてによし
○この星にあたりて生るゝ人は
福禄(ふくろく)うすししかれども才能(さいのう)あ
りて賢(かしこ)き人に愛(あい)せられ幸(さいはひ)を
得る事あるべし
【星六ッ結ぶ(いなみぼし)の図】牛(ぎう) 木に属す
牛の六星大なれば王道(わうだう)隆(さかん)なり
明かなれば豊年(ほうねん)なりくらくして
曲(まが)れば五穀(ごこく)みのらず七夕に祭(まつ)る
星これなり
○吉祥宿(きちじやうしゆく)といふ此星にあたる日
万(よろづ)よし午(むま)の時を別(べつ)して大吉祥(だいきちじやう)とす
【右丁本文】
 ○書(かき)たる文字(もじ)夜(よる)光(ひかり)をはなつ法
一 烏賊(いか)の墨(すみ)を器(うつは)にたくはへ陰干(かげぼし)にしてよく
かわかしかた紅(べに)に合せて極上(ごくじやう)の墨(すみ)をすり右
の二味をいれて念仏(ねんぶつ)題目(だいもく)の類をかき香炉(かうろ)
に抹香(まつかう)をふとくもり五寸ほど隔(へだて)てたくべし
火よく移(うつ)りし時みれば抹香(まつかう)の火(ひの)光(ひかり)といかの
墨とひかりあひて光明(くわうみやう)赫奕(かくやく)たるがごとし
 ○不祥(ふじやう)の香(か)の座敷(ざしき)へ来らぬ方
一 蘿麻草(らまさう)《割書:俗にかとり草ともいふ|はんやのなる草なり》を陰干(かげほし)にして
たくべし不祥(ふじやう)をさくること奇妙なり
 ○大酒(たいしゆ)して酔(ゑは)ざる法
一 極上(ごくじやう)の美濃柿(みのがき)をへぎて臍(へそ)にあてゝ酒を
のむべし何ほど呑(のみ)ても酔(ゑは)ず且(かつ)あてらるゝ
【左丁本文】
といふ事なし
 ○酒(さけ)に中(あて)られたる時の法
一 酒にあたりたるには黒豆(くろまめ)の煎汁(せんじしる)をのむ
べしけんぽなしの絞(しぼ)り汁もよし蘆根(あしのね)をつき
くたきて其(その)汁(しる)を飲(のむ)もよし
 ○硯(すゞり)のねばりを取る法
一 硯(すゞり)の墨(すみ)粘(ねば)りてものゝ書がたきには耳の
垢(あか)を少しいれて摺(すり)まぜてつかふべしねばり
さりてよろし又/紙(かみ)木(き)の類(るい)にじむものに
かく時も此法/甚(はなはだ)よろし少しもにじまぬ
やうになるなり
 ○蕎麦麺(そばきり)を大食(たいしよく)して満腹(まんふく)せぬ法
一 山桃(しふき)の皮(かは)を粉(こ)にして服(ふく)して後(のち)そば切を
【枠外丁数】三十

【右丁頭書】
牽牛(けんぎう)星ともいへり
○このほしにあたる人/福禄(ふくろく)は具(そな)
はれども短命(たんめい)なりもし長命(ちやうめい)な
らば貧(ひん)なるべしされども心を正直(しやうじき)
にもち身(み)をへりくだり人とむつま
じく交(まじは)り神仏(しんぶつ)を信心(しん〴〵)すれば
末(すゑ)よろしかるべし
【星四ッ結ぶ(うるきぼし)の図】女(ちよ) 水に属す
女宿四星明らかなれば天下/豊(ゆたか)
にして女工(ぢよこう)さかんなり動けは婦女(ふぢよ)
に殃(わさはひ)多く/難産(なんざん)のうれひあり
○七夕に祭(まつ)る織女(しよくぢよ)星これなり
この星にあたる日/芸能(げいのう)を学(まな)
び兵器(へいき)をつくるによし新(あたら)しき
衣服(いふく)を着(き)そめ又は葬礼(さうれい)を出
すにはわろしすべて人と争(あらそ)ふ
【左丁頭書】
ことを忌(いむ)べし
○此星にあたりて生るゝ人は
福禄(ふくろく)うすく人と争(あらそ)ひ禍(わざはひ)にかゝ
ること多く眷属(けんぞく)につきて心労(しんらう)
おほし慎むべし
【星二ッ結ぶ(とみてぼし)の図】虚(きよ) 金に属す
虚宿二星あきらかなれば天下
安(やす)しくらく動けば疫癘(えきれい)に死(し)する
者(もの)おほし
○富貴宿(ふうきしゆく)といふ此星にあたる日
衣服(いふく)をたち又/着(き)そめ学問(がくもん)を
はじむる類よろし
○此星にあたりて生(うま)るゝ人は福
禄うすく人に先立(さきだち)て争(あらそ)ひを
このみ殃(わざはひ)多し万事(ばんじ)よく〳〵慎
みてよし
【右丁本文】
【挿絵】
食(しよく)すべしいかほどもくへる也そば切にて腹(はら)の
はりたるにも是(これ)をのむべし腹(はら)すみやかにへる
 ○小児(せうに)の陰茎(いんきやう)はれたる時のまじなひ
小児(せうに)の陰茎(いんきやう)時としてはれる事あり俗に蚯蚓(みゝず)
に小便(せうべん)しかけたりといふ此時/女子(によし)をして火吹(ひふき)
竹(だけ)にて吹(ふか)しむべし直(なほ)ること妙なり
【左丁本文】
 ○あらひ粉の方
一 赤小豆(あづき)《割書:五合|》 一 滑石(くわつせき)《割書:二匁|》 一 白檀(びやくだん)《割書:一両|丁子もよし》
右/細末(さいまつ)にして用ゆべし但し滑石(くわつせき)を去て枸杞(くこ)の
葉(は)を加(くは)ふるもよし
 ○歯磨(はみがき)の方
一 寒水石(かんすゐせき)の粉(こ)に竜脳(りうのう)を少しくはへて朝毎(あさごと)に
歯(は)をみがくへし
 ○傘(からかさ)などに物をかく法
一 青松葉(あをまつば)一握(ひとにぎり)ばかり五分(ごぶ)ほどにきざみ一夜
水にひたし其水にて墨(すみ)をすりてかけばよく
かけるなり又/鉄漿(かね)を墨にすりませてかく
もよろし急(きふ)なる時は燈心(とうしん)にて能々(よく〳〵)傘(からかさ)を
すりおきて書べし墨(すみ)よくうけるもの也
【枠外丁数】卅一

【右丁頭書】
【挿絵】
【星三ッ結ぶ(うみやめぼし)の図】危(き) 土に属す
危宿三星/火(ひ)守(まも)れば王者(わうしや)兵(へい)を
行(おこな)ふ金(かね)守(まも)れば飢饉(ききん)す水(みづ)守れば
下(しも)上(かみ)をはかることあり
○無性宿(むしやうしゆく)といふ家作(いへづくり)壁(かべ)ぬり竈(かま)
ぬり船(ふね)ぶしん出行(しゆつかう)薬(くすり)を合(あは)し
【左丁頭書】
麻(あさ)を植(うゑ)財宝(ざいほう)を納(をさ)め酒(さけ)を造(つく)る
によし衣(きぬ)をたち高き所を造(ざう)
作(さく)するにはいむべし
○この星にあたる人は望(のぞ)み事
遂(とげ)がたく吉事(きちじ)ありとも凶事に
変(へん)じ安(やす)しよく〳〵慎(つゝし)めは福(さいは)ひを
得べし
【星八ッ結ぶ(はついぼし)の図】室(しつ) 木に属す
室の八星明らかなれば国(くに)壮(さか)んなり
小にしてくらければ鬼神(きしん)祭(まつり)をうけ
ず疫癘(えきれい)流行(りうかう)す
○不信宿(ふしんしゆく)といふ願(ぐわん)はじめ袴着(はかまぎ)
嫁娶(よめどり)造作(ざうさく)移徒(わたまし)井掘(ゐほり)竈塗(かまぬり)薬(くすり)
をのみ仏事(ぶつじ)橋普請(はしぶしん)等によし
○此星にあたりて生るゝ人は若(わか)
き内は悪し老(おい)ては望(のぞみ)事かなふ
【右丁本文】
 ○金箔(きんはく)の上にものかく法
一 金銀(きん〴〵)箔(はく)のおきたるうへに物をかくは天鵞絨(びらうど)の
きれにて拭(のご)ひ其後(そのゝち)かけば墨(すみ)をはぢかず又
熱(あつ)き灰(はひ)を紙につゝみ拭(のご)ひてかくもよし
 ○墨(すみ)ぬきの方
一 紙(かみ)に墨(すみ)のつきたるをぬくは大根(だいこん)を薄(うす)く切
その上に墨(すみ)のつきたる所をのせ上より大根
の切口(きりくち)にてしと〳〵とたゝくべし板(いた)に付たるは
塩(しほ)をつけて指(ゆび)にてすればおつる也又大根の
香物(かうのもの)を二ッに切てこするもよし衣服(いふく)に付たる
は杏仁(きやうにん)の皮(かは)を細末(さいまつ)にし挽茶(ひきちや)と等分(とうぶん)にして
墨のつきたる上にふりかけ湯(ゆ)にてしめしよく
すり付て後/洗(あら)へば墨おつる也又/梅干(むめぼし)をすり
【左丁本文】
【挿絵】
つけあらふもよし又/棗(なつめ)を嚼(かみ)たゞらしすり
付/冷水(ひやみづ)にて【挿入】あらへば跡なくおつるなり
 ○咽喉(のど)のかわきをとめる法
一 みそはぎの葉(は)を口へ入れば忽(たちま)ち止(とま)るなり
陰干(かげほし)にして常(つね)に懐中(くわいちう)すべし
【枠外丁数】卅二

【右丁頭書】
一生(いつしやう)の内/旅(たび)へいでゝ物を失(うしな)ふ
ことありつゝしむべし
【星二ッ結ぶ(なまめぼし)の図】壁(へき) 《割書:土に属す|右七星北方に有》
壁の二星明かなれば小人(せうしん)退(しりぞ)き
君子(くんし)進(すゝ)み文道(ふんだう)盛(さかん)におこり
国(くに)安(やす)しくらければ文道/衰(おとろ)へ
小人すゝむ
○寿命宿(じゆみやうしゆく)といふ首途(かどで)造作(ざうさく)婚(こん)
礼(れい)によし但(たゞし )南(みなみ)へゆくをいむ
○此星にあたる人は多病(たびやう)にて
短命(たんめい)なりしかし心/正(たゞ)しく人を
めぐみ飲食(いんしよく)をつゝしめば命(いのち)
長(なが)し
【星十六結ぶ(とかきぼし)の図】奎(けい) 金に属す
奎の十六星明かなれば天下(てんか)太(たい)
【左丁頭書】
平(へい)にて文武の道(みち)大におこる
星に角(かど)あれば政事(まつりごと)正しからず
○因業宿(いんがふしゆく)といふ衣服(いふく)をたち
宮造(みやつくり)家たて蔵建(くらたて)井掘(ゐどほり)竈塗(かまぬり)
橋(はし)かけ元服(げんふく)袴着(はかまぎ)仏事(ぶつじ)出行(しゆつかう)
酒(さけ)つくり等によし
○この星にあたりて生るゝ人は
命長けれども老(おい)て凶(きよう)多(おほ)しよく
【挿絵】
【右丁本文】
 ○醬油(しやうゆ)の善悪(よしあし)を見分(みわく)る法
一 青磁(せいじ)の茶碗(ちやわん)に醬油(しやうゆ)を少(すこ)しばかり入(い)れ箸(はし)
にてよく〳〵かきたてゝ見るべし枇杷色(びはいろ)なる
泡(あわ)たちて暫(しばら)く消(きえ)ぬは極上(ごくじやう)なり又うす赤(あか)き
あわのたつは中分(ちうぶん)なり
 ○新(あたら)しき道具(だうぐ)を早(はや)くふきいるゝ法
一 よきほどに煤(すゝ)にてむらなく拭(のご)ひその上へ生渋(きしぶ)
に水/等分(とうぶん)にして引(ひき)其後/木(き)の実(み)の油(あふら)にて
拭(のご)ふべし一月ほど如此(かくのごとく)すれば数年(すねん)ふき込(こみ)
たる物のごとくなる也
 ○紅(べに)を用ひずして紅染(へにぞめ)する法
一 とうきび売(がら)【壳】を早稲藁(わせわら)の灰汁(あく)にてせんじ
絹(きぬ)木綿(もめん)何にてもそむべし色よくして誠(まこと)の
【左丁本文】
紅(べに)にすこしもたがはず但し桃色(もゝいろ)より濃(こ)くては
わろし紅欝金(べにうこん)などは右の上にうこん粉を熱(あつ)き
湯にたてゝ染(そむ)べし紅藤(べにふぢ)は下(した)を浅黄(あさぎ)の色を
薄(うす)くそめおき桔梗(ききやう)ははな色の上を右の通
にてそむべし
 ○漆(うるし)を用ひずして塗物(ぬりもの)する法
一 何にても下地(したぢ)を墨にてぬり生渋(きしぶ)をはき其
上を真綿(まわた)にて艶(つや)の出るほどふきさて膠(にかは)を上へ
ひくべし漆(うるし)のぬり物にかはらず春慶(しゆんけい)は黄柏色(きわだいろ)
下地(したぢ)それ〳〵に望(のぞみ)次第(しだい)に色をつくべししかし
継(つぎ)物はならず
 ○庭石(にはいし)に苔(こけ)を付る法
一 何石にても肌(はだ)をあらくし米汁(しろみづ)をかけ其上へ
【枠外丁数】卅三

【右丁頭書】
〳〵身(み)をつゝしみ人をあはれ
まば免(まぬ)かるべし
【星三ッ結ぶ(たたらぼし)の図】婁(ろう) 木に属す
婁の三星明かなれば国(くに)安(やす)し
直(ちよく)なれば殃(わざはひ)おほし
○因業宿(がういんしゆく)といふ造作(ざうさく)よめ取
衣服(いふく)をたち其余(そのよ)急(きふ)なる事に
よし南へゆくはわろし
○此星にあたりて生るゝ人は
わかき内は凶(きよう)なれども老ては歓楽(くわんらく)
にして福禄(ふくろく)をたもつされども
放蕩(はうたう)なれば老てまづし
【星三ッ結ぶ(えきえぼし)の図】胃(ゐ) 金に属す
胃の三星明かなれば四時(しじ)和平(くわへい)
なり天下/平(たひら)かにして民(たみ)安(やす)し
【左丁頭書】
くらければ五穀(ごこく)みのらず
○因業宿(いんかうしゆく)といふ造作(ざうさく)嫁(よめ)どり
はかま着又は公(おほやけ)の事よし私(わたくし)の
事はわろし衣服(いふく)をたつに忌(いむ)べし
○此星にあたりて生るゝ人は
わかき時は病身(びやうしん)にて諸事(しよじ)心の儘(まゝ)
ならず老て後(のち)は何事もよろし
【星七ッ結ぶ(すばるぼし)の図】昴(ぼう) 水に属す
昴の七星/明(あきら)かなれば国人(くにたみ)安く
天下/平(たひら)かなりくらければ讒者(ざんしや)
はびこりうれひ多し
○敬信宿(けいしんしゆく)といふ牛馬(ぎうば)をもとめ
袴着(はかまぎ)婚礼(こんれい)移徒(わたまし)社参(しやさん)仏参(ぶつさん)
井掘(ゐほり)竈(かま)ぬりよし衣をたち造(ざう)
作(さく)するにはわろし
○此星(このほし)にあたる人はわかき時は
【右丁本文】
古(ふる)きむしろをかけて日陰(ひかげ)におけば殊(こと)の外に
むさくなる其時/古屋根(ふるやね)の苔(こけ)をとりてつくべし
能(よく)つきておひ〳〵茂(しげ)ること妙なり
 ○蚫(あはび)がらに生(うま)れの如く物かく法
一 こき墨(すみ)にて蚫売(あはびがら)【壳】に物のかたちをかき乾(かわか)し
て後/貝(かひ)の穴(あな)をふさぎ醋(す)をもりておくべし
久しくして後/墨(すみ)をぬぐひされば其あと
うづたかくなり物のかたちあざやかなり
 ○旅中(りよちう)病(やまひ)をうけぬ方
一 早天(さうてん)にたび立する時は生姜(しやうが)ひとつを口
にふくめば霧(きり)露(つゆ)湿気(しつけ)山嵐(さんらん)すべて不正(ふせい)の邪(じや)
気(き)におかされずして病をうけず又/暑気(しよき)
の時分(じぶん)の旅(たび)には蒜(にゝく)の実(み)を臍(へそ)にあてゝ手拭(てぬぐひ)
【左丁本文】
の類(るい)にてしめおけば暑気(しよき)にあたらず
 ○船(ふね)に酔(ゑは)ざる法
一 船(ふね)にゑふ人は乗(の)る時/塩(しほ)を臍(へそ)にあて紙(かみ)にて
その上を張(はり)置べしかくのごとくすれば船に
ゑふ事なし又方
白さゝげを酒(さけ)にひたし粉(こ)にして懐中(くわいちう)にし
【挿絵】
【枠外丁数】卅四

【右丁頭書】
苦労(くらう)多けれども老にいたり
て仕合(しあはせ)なほり万事(ばんじ)よかるべし
【星八ッ結ぶ(あめぶりぼし)の図】畢(ひつ) 水に属す
畢の八星明かに大なれば夷狄(いてき)
来りて貢物(みつぎ)を捧(さゝ)げ天下太平
なり動けば淋雨(りんう)洪水(こうずい)あり
○悪性宿(あくしやうしゆく)といふ神事(しんじ)婚礼(こんれい)造(ざう)さ
く溝(みぞ)を通(つう)じ橋(はし)をかくる等よし
衣服をたつにはわろし
○此星にあたりて生るゝ人は
福禄(ふくろく)たもちがたく望(のぞみ)事かなひ
がたししかれども身(み)をつゝしみ
心を正直(しやうぢき)にもてば禍(わざはひ)をまぬかれ
福(さいはひ)を得べし
【星三ッ結ぶ(とろきぼし)の図】觜(し) 金に属す
【左丁頭書】
觜(し)の三星明かに大なれば天下
泰平(たいへい)にして五穀(ごこく)よく熟(じゆく)す動(うごい)て
明かなるは旱(ひでり)して国(くに)安からず
○慙悪(ざんあく)宿といふ入学(にふがく)杣入(そまいれ)によし
衣服を裁(たつ)はわろし
○此星にあたりて生るゝ人は一生(いつしやう)
の内/住宅(ぢうたく)さだまりがたく老に至(いた)
りてあしく然れども人を憐(あはれ)み
人に悖(もと)らず陰徳(いんとく)を施(ほどこ)し身(み)を収(をさ)
むる時は仕合なほり福(さいはひ)を得べし
【星十結ぶ(からすきぼし)の図】参(しん) 《割書:木に属す|右七宿西にあり》
参の十星明かに大なれば臣(しん)に
忠(ちう)あり子(こ)に孝(かう)あり動(うご)けば讒者(ざんしや)
はびこり賢人(けんじん)退(しりぞけ)けらる
○炭富宿(たんふしゆく)と云/財(たから)をもとめ養子(やうし)
をとり門立(かどたて)造作(ざうさく)などによし衣服
【右丁本文】
乗(の)る前(まへ)に飲(のむ)べしいかなる難風(なんふう)にあふともゑふ
ことなし
一 船(ふね)に酔(ゑひ)たる時は何魚(なにうを)にても腹(はら)こもりの魚
を水にてのむべし又ふかの干(ほし)たるを呑もよし
 ○寒風(かんふう)の肌(はだ)をとほさぬ法
一 風(かぜ)肌膚(はだへ)にとほりて寒(さむ)き時は紙(かみ)をひろげ
て衣服(いふく)の間(あひだ)にはさみ入れば風を通(とほ)さず
して寒気(かんき)をふせぐなり
 ○旅(たび)にて饑(うゑ)を凌(しの)ぎ并(ならびに)まめ出ざる法
一 挽茶(ひきちや)を懐中(くわいちう)して出ればよく饑(うゑ)を凌(しの)ぐ
又/生(なま)の蓬(よもぎ)をとりてそのまゝくふべし是も
饑(うゑ)をしのぐもの也又/火附木(つけぎ)【左ルビ イヲン】一さき懐中(くわいちう)す
れば足(あし)にまめ出ぬものなり
【左丁本文】
 ○蛙(かへる)のなくをとゞむる法
一 かへる鳴(なき)てやかましき時は野菊(のぎく)の花(はな)を
粉(こ)にして風上(かざかみ)より風(かぜ)にまかせてまきちらせば
三五日はなくことなし妙なり
 ○香具(かうぐ)のたくはへやう
一 丁子(てうじ)白檀(びやくたん)の類(るい)すべてにほひある物は刻(きざ)みて
たくはへおくべからずこしらへ合する時きざみ
て用ゆべし剉(きざ)みておけば気(き)ぬけて香(か)うすし
燻物(たきもの)などたくはふるにも香箱(かうばこ)に入上を蠟紙(らうがみ)
にてつゝみ気(き)のぬけざるやうにすべし
 ○膏薬(かうやく)かぶれを愈(いや)す方
かうやくにかふれたるには杉(すぎ)の葉(は)をせんじ
あらふべし杉(すぎ)なき時は青木(あをき)の葉(は)を用ゆべし
【枠外丁数】卅五

【右丁頭書】
をたつはわろし
○この星にあたりて生るゝ人は
一生/福禄(ふくろく)をたもち命(いのち)長(なが)し何事
も心にかなふ也しかれども驕(おご)れば
必(かならず)わろし
【星八ッ結ぶ(ちちりぼし)の図】井(せい) 水に属す
井の八星は南方(なんばう)第一(だいいち)の宿(しゆく)也/明(めい)大(だい)
なれは封侯(ほうこう)国(くに)を建(たつ)る色(いろ)をうしなふ
時は災(わざは)ひはなはだし
○遇寝宿(ぐうしんしゆく)といふ神事(しんじ)造作(ざうさく)井掘(ゐほり)
種(たね)まきによし貧者(ひんじや)に物を施(ほどこ)せば
よき報(むくい)あり衣をたつはわろし
○此星にあたりて生るゝ人は妻(さい)
子(し)に縁(えん)うすし然れとも老(おい)にい
たりては万(よろづ)心のまゝにて仕合(しあはせ)なほ
るべし信心(しん〴〵)してよし
【左丁頭書】
【挿絵】
【星五ッ結ぶ(たまおのぼし)の図】鬼(き) 木に属す
鬼宿五星/明(めい)大(だい)なれば五穀(ごこく)よく
登(みの)るくらければ人民(じんみん)和せず動(うご)
けば病(やまひ)流行(りうかう)して人(ひと)多(おほ)く死(し)す
【右丁本文】
 ○油(あぶら)なしの燈火(ともしび)の法
一 乳香(にうかう) 硫黄(いわう) 松脂(まつやに) 乾漆(かんしつ)   《割書:各一両|》
  黒まめの粉《割書:四両|》焔硝(えんしやう)《割書:二匁|》
右うるしにて◯これほどづゝに丸(まろ)め鉄板(てつはん)
の上にてともすべし
 ○早(はや)にべの方
一 鹿角(ろくかく)の粉(こ) おもとの葉《割書:火にてやき|角の三分一》 膠(にかは)
右一所にねり合(あは)せ弓(ゆみ)にても何にてもつぐべし
朝(あさ)つげば昼(ひる)用(よう)にたつなり
 ○冬(ふゆ)茄子(なすび)をならする法
一 苗(なへ)のうちより根(ね)に膠(にかは)をおき花(はな)のさく時は
ひとしほしげく置花さきたらば摘(つみ)とり〳〵
して咲(さか)せず九月より四方(しはう)を石(いし)にてかこひ
【左丁本文】
根(ね)へ馬糞(ばふん)を沢山(たくさん)におき南(みなみ)の方へ口を明(あけ)て
朝(あさ)より昼(ひる)までの日をあてゝ八ッ時分(じぶん)よりの
日をあてずかくの如(ごと)くすれば十月の
ころより花(はな)をもち霜(しも)月へかけて実(みの)る也
 ○炭(すみ)一ッにて終日(しうじつ)きえぬ煙草(たばこ)の火
一 椿(つばき)の木を炭(すみ)ほどに切(きり)干(ほし)かわかし灰(はひ)の中に
うづみおきさて犬蓼(いぬたで)を黒焼(くろやき)にして其木の
うへにかけ小き火をそのくろやきの灰(はひ)の上に
おくべし如此(かくのごとく)すれば自然(しぜん)と火うつりて
一日火をもつなり
 ○紙(かみ)に血(ち)の付たるをおとす方
一 紙(かみ)に血の付たるを落(おと)すには生姜(しやうが)をう
すくへぎて血(ち)のつきたる上におくべし
【枠外丁数】卅六

【右丁頭書】
○争論(さうろん)宿といふ万事(ばんじ)大によし
富貴(ふうき)を主(つかさど)る星なり社参(しやさん)仏参(ぶつさん)
袴着(はかまぎ)隠居初(いんきよはじめ)宮建(みやたて)家蔵(いへくら)たて
井掘(ゐほり)竈(かま)ぬり万(よろづ)よし但し婚礼(こんれい)
にはいむべし西(にし)の方へゆくべからず
○此星に生るゝ人はわかき時は
辛労(しんらう)あれども老(おい)て大によし
【星八ッ結ぶ(ぬりこぼし)の図】柳(りう) 火に属す
柳の八星明らかなれば人民(にんみん)酒(しゆ)
食(し)をゆたかにす色(いろ)をうしなへば
凶年(きようねん)三年をまたず五穀(ごこく)大にたかし
○財宝(ざいほう)宿と云/決断事(けつだんごと)悪(あく)を除(のぞ)
くに用ゆべし杣(そま)を入るもよし造(ざう)
作(さく)葬礼(さうれい)衣服(いふく)をたち和合(わがう)する
事にはわろし
○此星に生るゝ人は一生(いつしやう)福禄(ふくろく)を
【左丁頭書】
保(たも)つといへども人とあらそふ事
おほしよく〳〵つゝしむべし
【星六ッ結ぶ(ほとおりぼし)の図】星(せい) 水に属す
星の七星/明(めい)大(だい)なれば王道(わうだう)さかん
なりくらければ賢良(けんりやう)望(のぞみ)をうしなふ
色(いろ)をうしなへば后妃(こうひ)難(なん)あり
○諂曲(てんきよく)宿といふ馬乗初(むまのりぞめ)厩造(むまやつく)り
薬(くすり)を飲(のみ)そむるは宜し婚礼(こんれい)葬礼(さうれい)
衣服(いふく)をたち五穀(ごこく)のたねまくには
用(もち)ゆべからず
○此星(このほし)にあたりて生るゝ人は福(さいはひ)
おほく望(のそみ)事かなふなり然れども
老年(らうねん)にいたりて心労(しんらう)おほし
【星六ッ結ぶ(ちりこぼし)の図】張(ちやう) 水に属す
張の六星明大なれば国家(こくか)壮(さかん)に
【右丁本文】
【挿絵】
生姜(しやうが)をひたと取(とり)かゆれば血いつとなく落(おつ)る
 ○沈金(ちんきん)ぼりの法
一 塗物(ぬりもの)には小刀(こがたな)すべりて立(たち)がたきものなり是
を彫(ほ)るには鼠(ねずみ)の歯(は)を小刀(こがたな)に代(かへ)て用(もち)ゆべし
いかやうの細(こまか)なる画(ゑ)にてもおもふまゝにほら
るゝものなり
【左丁本文】
 ○金(きん)しづめやう 
一 彫(ほり)たる所へ金(きん)をしづめ入るゝ法/漆(うるし)をほり
たる上にぬりよく拭(ぬぐ)ひとりて金箔(きんはく)金ふん
をいれそのゝち角粉(つのこ)にてみがくべし漆(うるし)の
光沢(つや)を出さんとおもふ時はすりうるしにて
つやを出すべし金箔(きんはく)はこまかにして指(ゆび)にて
すりこむなり
 ○鼈甲(べつかう)をつぐ法
一 鼈甲(べつかう)の折(をれ)たるをつぐには両方(りやうはう)よりをれ
めをしかと削(けづ)り合(あは)せさて両方(りやうはう)とも上につけ
木/二枚(にまい)ヅヽあてゝくゝり置《割書:竹の皮にて巻|包むもよし》はさみ
金(がね)をよく焼(やき)てつけ木の上よりはさむべし
火気(くわき)とほればつがるゝ也
【枠外丁数】卅七

【右丁頭書】
して強(つよ)し色を失へば国(くに)安(やす)からず
動(うご)きうつれば讒者(ざんしや)はびこる
○音楽(おんがく)宿といふ婚礼(こんれい)和合(わがふ)の事
にもちひてよし又/神仏(かみほとけ)を祈(いの)り
奉公(ほうこう)するによし蚕(かひこ)をかへば大に利(り)
を得/衣服(いふく)をたてば悦(よろこ)びにあふ其
外(ほか)大低(たいてい)万よし
【挿絵】
【左丁頭書】
○此星にあたりて生るゝ人は立身(りつしん)
の望(のぞみ)をとげ万事心のまゝなり又
貴人(きにん)は冠位(くわんゐ)を進(すゝ)みその禄(ろく)も増(ます)べし
【星二十二結ぶ(たすきぼし)の図】翼(よく) 木に属す
翼の二十二星明大なれば礼楽(れいがく)起(おこ)
り四夷(しい)来朝(らいてう)すうごけば蛮夷(ばんい)
そむく色(いろ)を失へば人民/憂(うれ)ひ有
○無家宿(むかしゆく)といふ衣類をたち農(のう)
業(げふ)種(たね)まきによし高(たか)き所に家(いへ)を立(たつ)
るはよろしからず
○此星(このほし)にあたりて生るゝ人は
多(おほ)くは貧(ひん)也もし貧(ひん)ならざれば短命(たんめい)
なり心ひろく人を憐(あはれ)む時は天(てん)より
さいはひを下(くだ)し命(いのち)長(なが)しよく〳〵
身(み)を慎(つゝし)むべし然らば老(おい)て後は
安楽(あんらく)なるべし
【右丁本文】
 ○同/和(やは)らかにする法
一 藁(わら)の灰汁(あく)にて煮(に)れば暫時(ざんじ)に和(やは)らぐ也/是(これ)
にて細工物(さいくもの)を思ふまゝにこしらへその上を木
賊(くさ)むくの葉(は)にてすり角粉(つのこ)にてみがくべし
 ○目鏡(めがね)の水晶(すゐしやう)と硝子(びいどろ)とを知(し)る法
一 水晶(すゐしやう)は舌(した)のさきにあてゝこゝろむるに甚(はなはだ)
ひやゝかにして透(すか)して見れども筋紋(すじもん)なし
硝子(びいどろ)は舌(した)にあてゝ冷(ひやゝ)かならずすかして見る
に水のたゞよふがごとき筋紋(すじもん)あり
 ○漆(うるし)の善悪(よしあし)を知(し)る法
一 水(みづ)のまじりたる漆(うるし)は紙燭(しそく)につけてともすに
もえず油のまじりたるは紙(かみ)につけてあぶれ
ば雑(まじ)りたる油(あぶら)こと〴〵くちる也 
【左丁本文】
 ○長命酒(ちやうめいしゆ)の方
一 生酒(きざけ)一升 氷砂糖(こほりざたう)《割書:百目|》 梅干(むめほし)《割書:廿或は|三十》
梅(むめ)をよくあらひ塩(しほ)をおとし一所に壺(つぼ)に入
れ口をよく封(ふう)じ五十日或は百日/土中(どちう)に埋(うづ)め
置(おき)て後とり出すに梅(むめ)の香(か)よくまはりて
風味(ふうみ)よろし痰(たん)を治(ぢ)し気血(きけつ)をめぐらし
腎水(じんすゐ)をまし疝気(せんき)を癒(いや)す
 ○湯香煎(ゆがうせん)の方
一 飯(めし)のこげ《割書:おこして炭火の上にてよくあぶり裏表むら|なくあぶりたるを薬研(やげん)にておろして粉にす》
 白胡麻(しろごま)《割書:ざつといり|粉にする》 山椒(さんせう)の粉
右/湯(ゆ)つぎに湯(ゆ)をつぎ合せて用ゆ又/白湯(さゆ)にも入る
 ○胎内(たいない)の子/男女(なんによ)を知る法
一 懐妊(くわいにん)したる婦人(ふじん)の南(みなみ)へ向てゆく時/後(うしろ)より
【枠外丁数】卅八

【右丁頭書】
【星四結ぶ(みつかけぼし)の図】軫(しん) 《割書:水に属す|右七宿南方に在》
軫(しん)の四星(しせい)明かなれば天下(てんか)さかんにて
万民(ばんみん)易(やす)く四海(しかい)王化(わうくわ)に帰(き)し康寧(かうねい)
なりと云
○巨福(こふく)宿といふ上棟(むねあげ)厩造(むまやづくり)橋掛(はしか)け
井堀(ゐほり)嫁娶(よめどり)社参(しやさん)隠居(いんきよ)はじめ入学(にふがく)
衣服(いふく)をたつによし急(きふ)のことに用(もち)
ひてよし北(きた)に向(むか)ひてゆくはわろし
○此星(このほし)にあたりて生るゝ人は福有(ふくいう)
なり老(おい)てます〳〵仕合(しあはせ)よし

紙細工(かみさいく)の仕(し)やう
○屏風(べうぶ)の張(はり)やう
先(まづ)釘(くぎ)をしめて継紙(つぎがみ)にてはる
四隅(よすみ)には初(はじめ)に板(いた)を入るかまたは
【左丁頭書】
水ばりをすべし張(はり)をはりて
水をうつべし次(つぎ)にみのをかくる
骨(ほね)ごとに粘(のり)をつくべし次にみ
のおさへをして端(はし)をたちきり
蝶(てう)つがひをすべし板(いた)を間(あひだ)に
はさむなり厚(あつ)さ一分 余(よ)蝶(てう)つ
がひの紙(かみ)はあつき一重(ひとへ)よしその
上を合せ紙(がみ)にてはる是をくるみ
をかくるといふはりて切(きり)次(つぎ)に浮(うけ)
ばりをする耳(みゝ)ばかりにのりを
つけ骨(ほね)にはつけずうけばりの
上に表張(うはばり)をすべし下の一段を
はりて屏風(べうふ)をさかさまに立
てはるなり後(のち)に上をはるこれ
にて裏表(うらおもて)六へんなり裏(うら)はうけ
ばりの上一二へんはりて粉地(ふんぢ)を
すべし
【右丁本文】
呼(よび)かくるに左(ひだり)より見かへるは男子(なんし)右(みぎ)より見かへる
は女子(によし)と知るべし又/婦人(ふじん)厠(かはや)へゆく時/夫(をつと)後(うしろ)より
よびかくるに見かへる時右のごとく左右(さいう)を以(もつ)て
男女(なんによ)を知(し)る又/乳房(ちぶさ)にかたまりあるに左にある
は男子(なんし)右にあるは女子(によし)とする也/尤(もつとも)秘事(ひじ)也
【挿絵】
【左丁本文】
 ○子(こ)をまうくる法
一 婦人(ふじん)経水(けいすい)たえて後(のち)一日三日五日めに
夜半(やはん)の後やどるを男(をとこ)とすかならず命(いのち)長(なか)く
して智(ち)さとく経水(けいすゐ)の後二日四日六日めに
やとるを女とす六日を過てはやどらぬ也
 ○煤(すゝ)をとく法
一 すゝをとくには水に酒(さけ)をさしとけば能(よく)
まじる也又/茶(ちや)にてとくもよし
 ○蛇(へび)のまとひたるをおとす法
一 尾(を)のさき弍寸上を小刀(こがたな)か瀬戸物(せともの)の破(われ)にて
切さき疵口(きずぐち)へ胡椒(こしやう)を入るべし忽(たちまち)とける也
 ○寒中(かんちう)さむからざる法
一 雄黄(をわう) 赤石脂(しやくせきじ) 丹(たん) 乾姜(かんきよう) 松香(しようかう)
【枠外丁数】卅九

【右丁頭書】
○粉地(ふんぢ)の方 胡粉(ごふん)《割書:百目|》墨《割書:一匁|》
《割書:五分|》右 細末(さいまつ)にし水にてねり粘(のり)
をくはへて引べし次に海蘿(ふのり)に
墨(すみ)を加(くは)へてかたをおくべし
○蝶(てう)つがひ寸法 五尺(ごしやく)の屏風(へうぶ)
ならば上下を五寸にして中(なか)を
四ッにわるおよそ六 尾(つがひ)なり大
小によりて又/異(こと)なり
○縁(へり)つけやう 竪縁(たてべり)を付て
横(よこ)を端(はし)まで通(とほ)すなりまた
切合(きりあはせ)にしたるもよし
○縁(へり)寸法 高さ五六尺の
時は縁(へり)のひろさ一寸七八分 但(たゝ)し
子縁(こべり)ともなり子縁(こへり)は二分半三
分までなり高(たか)さ三四尺には
縁一寸四五分 横(よこ)三尺高さ八
九尺の時は二寸七八分なり
【左丁頭書】
○屏風(べうぶ)押絵(おしゑ) 先(まづ)上下を定(さだ)む
るには押絵(おしゑ)の紙(かみ)を屏風(べうぶ)の一 間(ま)
縁(ふち)より内にて一方によせて
余(あま)る所を三ッにわりて上二ッ
下一ッと定(さだ)む但(たゞし)上の十分一を
下に加(くは)ふべし横(よこ)の寸法は脇(わき)によ
せてあまる所を三ッにわりて
上二ッ下一右ッと定(さだ)む但上の十分
一を下に加ふべし横(よこ)の寸法は脇(わき)に
よせてあまる所を二ッにし左右
にもちゆ又 両(りやう)の端(はし)の一 枚(まい)は入おぜ
の方を他(た)と同寸(どうすん)にして竪縁(たてべり)の
方を狭(せま)くするなり
○色紙(しきし)短尺(たんざく)絵押(ゑおし)やう
先(まづ)冠(かふり)を定め次(つぎ)に履(くつ)をさだむ
左右を見合(みあは)せておす也これを
角(かく)といふ四方(しはう)の角(すみ)を定むると

【右丁本文】
右/五味(ごみ)等分(とうぶん)に細末(さいまつ)して桐(きり)の子(み)の大さに丸じ
毎日(まいにち)十/粒(りう)ヅヽ酒にて飲(のむ)べし尤(もつとも)十日ほどの間
服(ふく)すれは身(み)あかくなるなりそれより煖(あたゝ)かに
なりて雪(ゆき)の中を裸(はだか)にてゆくにも寒き事なし
 ○夏(なつ)綿入(わたいれ)を着(き)て暑(あつ)からぬ法
一 雌黄(しわう) 白石脂(はくせきじ)《割書:二味水|飛して》 丹(たん) 礠石(じしやく) 白松香(はくしようこう)
各(おの〳〵)等分(とうぶん)人の乳(ち)と蜜(みつ)とにて桐子(きりのみ)の大さに
丸じ毎日(まいにち)十/粒(りう)ヅヽ服(ふく)すれば十日が間に身(み)
ひやゝかになり炎天(えんてん)に綿入(わたいれ)二ッ三ッ着(ちやく)しても
暑(あつ)きことなし
 ○泥鰌(どぢやう)を袋(ふくろ)に入て一日/死(しな)ざる法
一 とぢやうを布(ぬの)につゝみ白豆(しろまめ)四五/粒(りう)と一所(いつしよ)に
入て水ををり〳〵沃(そゝ)げば六七/里(り)ほどの道(みち)を行(ゆく)
【左丁本文】
【挿絵】
にも死(し)することなし
 ○水に溺(おぼ)たる人を抱(いだ)き上る法 
一 水におぼれたる人を救(すく)ふ時/前(まへ)より抱(いだ)くべ
からず抓(つか)みいくときは二人/共(とも)に沈(しづ)みはつべし
後(うしろ)より抱(いだ)きてすくふべし
【枠外丁数】四十

【右丁頭書】
いふことなり又二ッならべて押(おす)を
重(ちやう)といふ四ッ六ッ等も同じまた
三五七は半(はん)といへども一ッは押(おさ)ず
色紙(しきし)短尺(たんざく)におしゑ等を押交(おしまぜ)
るも同じ上下 左右(さいう)の寸法を定
めて四隅(よすみ)よりおしはじめて中は
いかやうにもすべし四時(しゞ)の歌(うた)の
こゝろえ御製(ぎよせい)の歌絵(うたゑ)も真草(しんさう)の
心得あり墨絵(すみゑ)は上 位(ゐ)に押(おす)べし
二ッ三ッならべ押(おし)たる間の寸(すん)を極(きは)
めて違(たが)はぬやうにすべしその
寸の半分(はんふん)を用ひて付札(つけふだ)と
色紙(しきし)との間の寸に定むべし
上下の寸法は上の寸の半分(はんぶん)を履(くつ)
の寸とし上の十分一を加(くは)ふべし
○表具(へうぐ)の仕やう 表具(へうぐ)す
べきものから打したるは水を引
【左丁頭書】
【挿絵・屏風の骨を作っている】
てのし張(はり)にかけ置 絵(ゑ)の裏(うら)に
水をつけ下地(したぢ)の裏紙(うらがみ)をさりて
摺紙(すりがみ)を用ひて腐粘(くされのり)にてうら
打し絵(ゑ)の表(おもて)を外にして假張(かりばり)
につけおきはなして矩よく切(きり)
一 文字(もんじ)をつけ中縁(ちうべり)又上下を
つけ軸挟(ぢくはさみ)の紙(かみ)をつけすらぬ
紙にて裏(うら)を打をはりて中縁(ちうべり)
【右丁本文】
 ○水(みづ)のかはりに中(あた)らぬ方
一 焼塩(やきしほ)に田螺(たにし)の殻(から)をいれて飲(のめ)ばあたる事なし
又/道(みち)の間(あひだ)にて所々(ところ〴〵)水を一口(ひとくち)づゝのみてゆけば
あたる事なし試(こゝろ)みたる法なり
 ○水の至極(しごく)よきを知る法
一 至極(しごく)の清水(せいすゐ)は一合(いちがふ)のかけ目(め)三十匁ありこれ
上々の清水(しみず)也と知るべし
 ○織物(おりもの)の金(き)の真偽(しんぎ)を知る法
一 織物(おりもの)の金(きん)の見分(みわけ)がたきは人の肌(はだ)へあて暫(しばら)く
あたゝめてみるべし本金(ほんきん)は色(いろ)変(かは)ることなし
真鍮箔(しんちうはく)は色(いろ)かはる也その変(かは)りたるを元(もと)の如く
色(いろ)をもどすには雪隠(せついん)の内へ持行(もちゆき)しばらく釣(つ)り
おけばもとのごとく色(いろ)出(いづ)るなり
【左丁本文】
 ○生花(いけばな)を久(ひさ)しく持(もた)せ花/早(はや)く開(ひら)く法
一 梅桜(むめさくら)の類(るい)何にても生(いけ)んとする時/硫黄(いわう)
を壱匁/花筒(はないけ)の底(そこ)にいれ置/熱(あつ)き湯(ゆ)を
入れてさせば萼(つぼみ)こと〴〵く開(ひら)き花の色
栄(さか)えて久しく持(たも)つこと妙なりまた
牡丹(ぼたん)芍薬(しやくやく)の類は口の小き花筒(はないけ)に湯(ゆ)を
いれて花をいけ花筒(はないけ)の口をふさぎ
おけば三五日もしぼまず見るなり
 ○花筒(はないけ)の水/凍(こほ)らざる法
一 右のごとく硫黄(いわう)をいれおけばいかなる
寒気(かんき)にも水こほることなし又/蜜(みつ)を
水のかはりに入(いる)れば氷(こほ)らすして花(はな)久し
くたもち蜜(みつ)も損(そん)ずる事なし
【枠外丁数】四十一

【右丁頭書】
の通(とほり)よりうらの方へ引かへし風(ふう)
帯(たい)をつけ乾(かわか)し置又 裏(うら)よりう
すく水を引 板(いた)の上にてしはなき
やうにかわきたる刷毛(はけ)にてよく
なで四方(しはう)にのりをつけ假張(かりばり)に
かけ四五日を経(へ)てはなして両
端をたちきり鬼薏苡(おにづすだま)【注】にて
うらをすり後に軸(ぢく)と標木(ひやうもく)を
つけて金具(かなぐ)をうち緒(を)を付る
きぬ表具(へうぐ)の時は両端(りやうはし)を折返(をりかへ)し
て後 惣裏(さううら)をうつなり◦さげ
風袋(ふうたい)は一 文字(もんじ)と同色(どうしよく)なり
付風袋(つけふうたい)は中縁(ちうへり)と同色なり
○腐粘(くされのり)のつくり様 冬月
雪(ゆき)を取て水とし醤麩(しやうふ)をねり
壷(つぼ)にいれ土中(どちう)に半(なかば)うつみて
日用とす数年(すねん)を経(へ)てもよし
【左丁頭書】
腐(くさ)れ過(すぎ)てつかずは新らしき
粘(のり)を加(くは)ふべし大幅物(たいふくもの)には粘(のり)つ
よく小幅(せうふく)にはうすくすべし急(きふ)
用(よう)には麹室(かうじむろ)にいるゝなり
○軸物(ちくもの)巻切(まききり)の方
先(まづ)軸(ぢく)をそぎ切(きり)にして置 奥(おく)
の紙の終(をは)る所を矩(かね)の手(て)をよく
あはせ折(をり)て折目(をりめ)に粘(のり)をつけて
軸(ぢく)にまきて別(べつ)にもとゆひ紙(かみ)の
やうに小く切たる紙(かみ)を以(もつ)て小口(こくち)
を堅(かた)く巻付(まきつけ)て軸(ちく)を一方(いつはう)ばかり
さし入て口より一分ばかり内
に押(おし)いれて此 軸(ぢく)の小口を目当(めあて)
にして切る也又 一方(いつはう)もかくのご
とくして何もなき方より軸木(ぢくき)
をつき出(だ)し引ぬきてこれに粘(のり)
をつけさし入るなり
【右丁本文】
 ○井水(ゐのみづ)の濁(にご)るを清(すま)す法
一 雨など降(ふり)て井(ゐど)の水にごりたる時は
大豆(まめ)五十/粒(つぶ)杏仁(きやうにん)五十すりつぶして井の
水へ入るべし早速(さつそく)水すむなり
 ○汲(くみ)おきたる水を澄(すま)す法
一 瓶(かめ)に汲(くみ)たる水の濁(にご)れるをすますには
生姜(しやうが)を三ッ四ッ沈(しづ)めおくべしすみやかに
水すむこと妙なり
 ○湯茶(ゆちや)なくして渇(かわき)を留(とむ)る法
一 白砂糖(しろざたう)《割書:四十匁|》白伏苓(はくぶくりやう)《割書:三十匁|》薄荷(はくか)《割書:四十匁|》 
 甘草(かんざう)《割書:十匁|》 
右/粉(こ)にして棗(なつめ)の大さほどに丸(ぐわん)しおきて貯(たくは)
へもつべし一丸(いちぐわん)ヅヽ口中(こうちう)にふくめば数里(すうり)の
【左丁本文】
 道を急(いそ)ぎゆきても渇(かわ)く事なし
 ○炎暑(あつさ)の時/煮(に)たる物を貯(たくはふ)る法
一 口(くち)の広(ひろ)き瓶(かめ)の類(るい)にわら灰(ばひ)を底(そこ)にしき
煮(に)たる物を椀(わん)の類にいれたるまゝその上に
おき瓶(かめ)の口を小(ちいさ)き布団(ふとん)の類(るい)にて葢(おほ)ひ
その上に瓦(かはら)を壓(おもし)にして風(かぜ)のあたらぬやう
【挿絵】
【枠外丁数】四十二

【注 鬼数珠玉、ヨクイニン、ハトムギ】

【右丁頭書】
○唐紙(たうし)裏打(うらうち)の方
うらをうつべき紙(かみ)を羽重(はがさね)にして
浮石(かるいし)にて紙(かみ)のはしをすり切り
くひさき紙(かみ)のごとくすべし四方(しはう)
ともにかくのごとくして粉麩(しやうふ)の
粘(のり)にてつぎて巻(ま)き置(おき)さて唐(たう)
紙(し)うらより水を少(すこ)しはけにて
しめし巻(まき)おくべし又つぎたる
紙(かみ)を唐紙(たうし)の横(よこ)の巾(はゞ)にくらべて
本紙(ほんし)より少し広(ひろ)く切ておき其
後/板(いた)の上に唐紙(たうし)をおき表(おもて)を下
にして刷毛(はけ)にて皺(しは)なきやうに
なでつけさてばしめ【はじめヵ】切置たる紙(かみ)
を取て表を下になし唐紙(たうし)の
裏(うら)にあてさて裏紙(うらかみ)の余(あま)りたる
所を一方/板(いた)に粘(のり)を引てつけおき
粘(のり)をつけたる所は二重(にぢう)にまがらせ
【左丁頭書】
板(いた)の脇(わき)へ引かへしさてうら紙(かみ)の
おもてに粘(のり)を引て上下の角(かど)
をば両(りやう)の手にてとり初(はじめ)のごとく
唐紙(たうし)の上にかぶせかけて上より
水刷毛(みづはけ)にてなでつくるなり此
引かへす時大事なり手しきめば
しはになるによりずいふん手心
をやはらかに引かくべしさて仕廻(しまひ)
たる所はまきよせて又その次も
始(はじめ)のごとく次第(しだい)に打よせすでに
をはりて他(た)の所(ところ)へかけて乾(かわ)かし
おくなりその後(のち)にかはぢをして
日用(にちよう)に備(そな)ふる也
○膠水(にかはみづ)の法  黄膠(すきにかは)《割書:十匁|》
明礬(みやうばん)《割書:五匁|》水《割書:一升|》はじめ膠(にかは)を
水にいれてほとばかしやはらかに
なりたる時/器物(いれもの)の中へ熱湯(にえゆ)を
【右丁本文】
にして置(おく)べしいかなる暑中(しよちう)にても二三日
は腐(くさ)ることなしさて取出(とりいだ)し用る時/兼(かね)て
鍋(なべ)を焼(やき)あつくしおきてそのまゝ入て煮(に)る
なり若(もし)瓶(かめ)より鍋(なべ)へ入るゝ時/間(あひだ)あれば忽(たちま)ち
味(あぢは)ひ損(そん)ずる也
 ○急用酢(きふようす)の法
一 烏梅(うばい)一合を上々の酢(す)五合に浸(ひた)しおき
梅(むめ)に酢(す)を吸(すひ)こみて酢の尽(つき)たる時よく
乾(かわか)して粉にしたくはへおくべし用ゆる時
この粉(こ)を水に入れば上々の酢(す)となる也
 ○果物(くだもの)を久しく貯(たくはふ)る法
一 梨(なし)柚(ゆ)蜜柑(みかん)の類(るい)いづれも上々の疵(きず)なき
物を択(えら)み湿気(しつけ)なき床(ゆか)の下(した)を掘(ほり)摺米粃(すりぬか)
【左丁本文】
を厚(あつ)くしき其上(そのうへ)に梨(なし)柚(ゆ)の類をすれ合(あは)
ざるやうにおき上に藁(わら)のはかまをあつく
一遍(いつへん)に敷(しき)べしいかほどにても如此(かくのごとく)段々(だん〳〵)にならべ
て風のあたらぬやうに木(き)の蓋(ふた)をして
おけば久しくしても色(いろ)かはらず風味(ふうみ)もよ
きなり又/枇杷(びは)林檎(りんご)楊梅(やまもゝ)の類(るい)は寒水(かんのみづ)に
薄荷(はくか)一握(ひとにぎり)明礬(みやうばん)少し加(くは)へ入れて壺(つぼ)の中に
漬置(つけおく)べし久しく保(たも)ち味(あぢ)もかはらず又
西瓜(すいくわ)南瓜(ぼうぶら)【左ルビ タウナス】の類は高(たか)き処に釣(つり)ておくべし
久しくして損(そん)ぜず南瓜(ぼうぶら)は竈(かまど)の上などに
釣(つり)おけば来年(らいねん)二三月の比(ころ)まで少しもそん
ぜぬ事妙なりまた橙(かうじ)蜜柑(みかん)などは菉豆(ぶんどう)
の中にすれ合(あは)ぬやうにして入れおくべし
【枠外丁数】四十三

【右丁頭書】
いれて手(て)をとゞめずかきまぜ
膠(にかは)のとけたる時みやうばんの粉を
いれてかきまぜひやして後(のち)刷(は)
毛(け)にて唐紙(たうし)に引べしぬれたる
時そのまゝ裏(うら)の耳(みゝ)にのりを付
假張(かりばり)にはり付中に風を吹(ふき)入
たるもよし○唐紙(たうし)一/枚(まい)に水
【挿絵・唐紙の裏打ち作業ヵ】
【左丁頭書】
一/合(がふ)のつもり紙(かみ)おほくは七/勺(しやく)屏(べう)
風(ぶ)には五/勺(しやく)にてよし絹地(きぬぢ)には水を
三/倍(ばい)にしてよし
○假張(かりばり)の方  膠地(にかはぢ)をしたる
唐紙(たうし)の表(おもて)に水を引てかへして
裏(うら)のまわりに粘(のり)をつけ又その
真中(まんなか)に水を引て両手(りやうて)にてお
こしかりばりに押(おし)つけ水はけに
てなでつけはるなり但(たゞし)紙(かみ)を
少し切て裏紙(うらかみ)の終(をはり)のた【左ヵ】の竪(たて)の
端(はし)につけ置てへぐ時にこれ
より箆(へら)をいるゝなり張(はり)て後に
はり切(きる)る事あり心をつくべし
○煤(すゝ)のぬきやう  蕎麦稭(そばがら)を
せんじその汁をさましおき表(へう)
具(ぐ)をとりて板(いた)の上にひろげ置
その上に又/外(ほか)の紙(かみ)をへだてゝはけ
【右丁本文】
又/瓜(うり)茄子(なすび)は一度(ひとたび)干(ほ)し染物(そめもの)屋の淋退灰(あくのたれかす)に
埋(うづ)みおくべし用る時/米泔水(しろみづ)に漬(ひた)せば生(なま)の
ことくなりて味(あぢ)かはらず
 ○西瓜(すいくわ)甜瓜(まくはうり)を水なくして冷(ひや)す法 
一 西瓜(すいくわ)甜瓜(まくわ)ともに指(ゆび)の爪(つめ)にて処々(ところ〴〵)掻破(かきやふ)り
日中(につちう)に日(ひ)にあてあつくなりたる時/陰(かげ)処に取(とり)
入(い)れ能々(よく〳〵)さまして喰(く)ふべし冷(ひやゝ)かなる事
氷(こほり)のごとし
 ○瓜(うり)茄子(なすび)の粕漬(かすづけ)青(あを)くして貯(たくはふ)る法
一 瓜(うり)茄子(なすび)のかけめ壱貫目に塩(しほ)五百匁/粕(かす)に
入れてかきまぜ銭(ぜに)五十文をならべたる上に
右の粕(かす)を入れ瓜(うり)茄子(なすび)を入れ又其うへに
銭(ぜに)五十文ならべかくの如(ごと)くして十日/過(すぎ)て銭を 
【左丁本文】
取出し粕(かす)を替(かへ)て別(べつ)の壺(つぼ)にいれ貯(たくは)ふべし
久しくおきても青(あを)きこと浅漬(あさづけ)のごとし
また茄子(なすび)は浅漬(あさづけ)にても塩(しほ)強(つよ)ければ赤(あか)くなり
易(やす)きもの也其時は水を塩(しほ)に合(あは)せいれて銭(ぜに)
を入置べし青(あを)き事妙なり但(たゞ)し銭は鍋(なべ)
がねの銭(ぜに)をば入まじきなり
 ○茶(ちや)を久しく貯(たくはふ)る法
一 茶壺(ちやつぼ)の底(そこ)にわら灰(ばひ)を敷(しき)茶を紙(かみ)に包(つゝ)
みて灰(はひ)の上に詰(つ)め壺(つぼ)の葢(ふた)をよく〳〵封(ふう)じ
たくはふべし茶の湿気(しつけ)自然(しぜん)に灰(はひ)にうつり
て炒(いる)ことなけれども味(あぢ)尤(もつとも)よし或(あるは)は灰(はひ)の
代(かはり)に炭粉(すみのこ)をしくもよし
 ○蜜漬(みつづけ)の菓子(くわし)の味(あぢ)を直(なほ)す法
【枠外丁数】四十四

【右丁頭書】
にてぱつ〳〵と五六/度(ど)かけて
乾(かわか)し置べし煤(すゝ)ぬくるなり
○書画(しよぐわ)の破(やぶれ)をつくろふ法
板(いた)の上に別(べつ)の紙(かみ)を本紙(ほんし)より巾(はゞ)
を広(ひろ)くして置水を引てよく
板(いた)になでつけその上に本紙(ほんし)を表(おもて)
を下にしてのせ又はけにて水を
引よくしはなきやうになでつけ
うら打あらばよくしめりたる
時/裏打(うらうち)の紙(かみ)を静(しづか)に取さり
本紙(ほんし)のやぶれかけたる所を類紙(るいし)
に粘(のり)をつけてつくろひ折目(をりめ)
あらば紙(かみ)をほそくたちて粘(のり)を
つけてあつべしこれをかすがひ
といふさて新にうら打して乾(かわか)
しおき乾(かわ)きたる時/板(いた)の上にのせ
裏(うら)にはけにて水を引しめり
【左丁頭書】
わたりたる時しはなきやうになで
つけ四方(しはう)のはしに粘(のり)をつけ假張(かりばり)
にはり付/乾(かわか)すべし
○渋紙(しぶかみ)の仕(し)やう
上と下とは全紙(ぜんし)を用ゆこれを
先(まづ)えらびつぎ又中に用る紙(かみ)は半(はん)
切にてもよし長くつぎて巻(まき)おく
べしさて生渋(きしぶ)に焼(やき)ふのりを加(くは)
へ水を少し入て用ゆうすき渋(しぶ)
には水をくはへず作る時は板敷(いたじき)
の上に四方に紙(かみ)よりをはり四所(よところ)
に釘(くぎ)を打て先(まづ)水(みづ)を板(いた)にひき
全紙(ぜんし)をひろげつぎめにしぶ粘(のり)
をひきてつぎひろげ紙(かみ)よりの
上より外へ二寸あまり出し扨(さて)
二へんめは其上におくべき紙(かみ)の巾(はゞ)
ほどしぶを引つぎ紙(かみ)をかたはし
【右丁本文】
【挿絵】
一 蜜漬(みつづけ)の菓子(くわし)味(あぢ)わろくなりたるは壺(つぼ)にいれ
たるまゝ湿(しめ)りたる砂の中に埋(うづ)みおくべし
味(あぢは)ひ奇妙(きめう)になほるなり秘法なり
 ○破(わら)ずして鶏卵(たまご)の善悪(よしあし)を知る法
一 手桶(てをけ)に水をいれたる中に卵(たまご)をうかめて
【左丁本文】
試(こゝろ)むべし中の損(そん)じたるは浮(う)き全(まつた)きは沈(しづ)む
なり是(これ)速妙(そくめう)の法なり
 ○汗臭(あせくさ)きを去る匂(にほ)ひ袋(ぶくろ)
一 丁香(てうかう)《割書:一両|》 一 山椒(さんしやう)《割書:六十粒|》
右二味きざみ絹(きぬ)の袋(ふくろ)に入れて懐中(くわいちう)すべし
汗臭(あせくさ)き香(か)をさる奇方(きはう)なり
 ○闇夜(やみよ)に五町/四方(しはう)の人足(ひとあし)をきく法
一 これは匍匐(はらば)ひて耳(みゝ)を地(ち)に附(つけ)よく〳〵
心を静(しづ)めてきくなり五町/四方(しはう)の人足(ひとあし)は
かならず響(ひゞ)くもの也/昔(むかし)上手(じやうず)の忍(しの)びの者(もの)
の伝(でん)なり疑(うたが)ふべからず
 ○早糊(はやのり)の法
一はぜ《割書:籾(もみ)の炒(いり)|たるを云》少しあぶりて粉(こ)となし紙袋(かみぶくろ)
【枠外丁数】四十五

【右丁頭書】
【挿絵】
よりひろげ刷毛(はけ)を用ひてその
上にしぶを引ずして能々(よく〳〵)すり
つけ白(しろ)き所とふくれとのなき様
にとくとおもひ合ふ時また次(つぎ)に
うつる摺(すり)つけやう何べんにても同
じくよく〳〵すりつけてよし
三べん四へんも同前(どうぜん)也 紙(かう)よりの
外へも内と同じくしぶを引(ひき)て右
【左丁頭書】
のごとくに合せ四へんめ右の如く
して紙捻(かうより)より外四 枚(まい)よく思ひ
あひたるを其上に渋(しぶ)をひきて
紙(かう)よりを下より上にあげて紙(かう)
よりの外を内に返(かへ)して能(よく)すり
つけさて又 紙(かみ)を上に一へんはり
付る事右のごとくして是(これ)も
端(はし)を少しあまし釘(くぎ)をぬき
惣(そう)やう打返(うちかへ)して端(はし)のあまり
たる紙(かみ)に渋(しぶ)を引 表(おもて)に返(かへ)して
よくすりつけ惣(そう)やうの上に古(ふる)き
しぶ紙(かみ)をひろげよく踏(ふみ)つけて
後日にほすべし乾(かわ)きて後(のち)又 薄(うす)
しぶ二三べん引て毎度(まいど)ほすべし
勿論(もちろん)表裏(おもてうら)一度(いちど)にひくべからず
先(まづ)表(おもて)をほして後かわきて裏(うら)に
ひくべし

【右丁本文】
に入おきて懐中(くわいちう)すべし用(よう)の時水にてとけば
すぐに糊(のり)となる也又しやうふ糊(のり)を乾(ほ)して
粉(こ)となしおくもよし
 ○箱(はこ)の類(るい)見事に色(いろ)付(つく)る方
一 鉄漿(おはぐろ)と石灰(いしばひ)とよきほどに見合せあはせ
むらなく箱(はこ)に引(ひき)よく干(ほし)て後すり落(おと)し
油をつけて紙にてすれば光沢(つや)出て尤(もつとも)
見事になるなり
 ○黒柿(くろがき)のこしらへやう
一 常(つね)の柿木(かきのき)を生木(なまき)の時/潺湲(せゝなぎ)へ漬(つけ)ておき
久くして引揚(ひきあぐ)れば泥(どろ)の色(いろ)しみて黒柿(くろがき)
となるなり
 ○屋上(やね)に毛虫(けむし)のわくを除(のぞ)く法
【左丁本文】
一 屋根(やね)うらに毛虫(けむし)多(おほ)くわくを除(のぞ)くには
荒海布(あらめ)を煎(せん)じ其/汁(しる)を藁箒(わらばうき)につけて
やねうらをはくべし虫(むし)悉(こと〴〵)く死(し)しておち跡(あと)
に再(ふたゝ)びわかぬり又/鱣(うなぎ)をやく煙(けふり)をあつ
れば毛虫(けむし)皆(みな)死(し)して落(おつ)るなり
 ○湯風呂(ゆぶろ)水船(みづふね)等のもるを止(とむ)る法
一 酒(さけ)の糟(かす)を入れたる香物(かうのもの)の漬(つけ)がらいか
にも古(ふる)きに銑屑(せんくず)をねりまぜしくひにかふ
べし能(よく)干(ほし)て後水を入れば永代(えいたい)もらず
 ○紙(かみ)を継(つぎ)で永代/離(はな)れぬ法
一 曼朱沙華(まんしゆしやけ)《割書:俗にしびと花又|きつね花ともいふ》の根(ね)をすりつぶし
これにて紙(かみ)をつげばいかやうにしてもはなるゝ
事なし奇妙(きめう)なり
【枠外丁数】四十六

【右丁頭書】
○焼海蘿(やきふのり)の法
ふのりを水に入れ塵(ちり)を去(さり)て
一所にかため焼飯(やきめし)のごとくにぎり
堅(かた)めて紙(かみ)にてつゝみ熱灰(あつばひ)の下
に入て上より火をたきよき時(じ)
分(ぶん)に取出し雷盆(すりばち)にて能(よく)すり
生渋(きしぶ)をまぜてすり合(あは)せ葛籠(つゞら)
などを張(は)るにわらびのりよりは
つよし又しぶ紙(かみ)に用ひてよし
但(たゞ)しよくさめて渋(しぶ)を入べしあつ
き時入れば渋(しぶ)よわし
○合羽(かつは)の法 えごの油(あぶら)一升
唐蝋(たうらう)十五匁 たうの土(つち)二十匁もし
青(あを)くするには青黛(せいたい)八匁或は十匁
もし黒(くろ)くせば灰墨(はひずみ)十匁まづ
蝋(らう)を鍋(なべ)にいれ火をもつて暖(あたゝ)め
よくとけたる時えごのあぶらを
【左丁頭書】
入る油(あぶら)入てひゆる故に蝋(らう)かたく
なるを火にていよ〳〵あたゝめよく
とけたる時 唐(たう)の土 青黛(せいたい)などを
いれかきませてかたまりなく
なりてよき時に今少(いますこ)しおきて
早く揚(あげ)煖(あたゝ)かなる内に早く引べし
さて引たびごとにあたゝめて引
刷毛(はけ)のぬけるを去(さり)てまづ表(おもて)
より一とほり引日に少(すこ)しほして
又 陰干(かげぼし)にし裏(うら)を一とほり引て
又右のごとくほし又 表(おもて)をひきむ
らをなほすべし布(ぬの)は縫合(ぬひあは)せて
よくはりて引べし久しく日
にほすべからす暫(しばら)くほしてよし
荏油(えのあぶら)一升にて合羽(かつは)三ッほど引
るゝなり
又方えのあぶら一升 唐土(たうのつち)五十匁
【右丁本文】
 ○膠(にかは)つぎの物/永代(えいたい)はなれぬ法
一 藜藘(おもと)【藜蘆】の根(ね)を黒焼(くろやき)にして膠(にかは)をねるとき
よきほどに加(くは)へ煉(ねり)合せ何にてもつぐへし
 ○鉄針(てつはり)のさびざる方
一 杉(すぎ)の木の炭(すみ)を粉(こ)にしてその中へ入置べし
又/桃(もゝ)の核(さね)を焼(やき)て粉にしたるもよし
【挿絵】
【左丁本文】
 ○鼠(ねずみ)のあれぬ法
一 鼠(ねずみ)を一疋(いつひき)とらへて銅網(かなあみ)の中へいれ食(しよく)
物(もつ)をあたへて飼(かひ)おくべし他(た)の鼠(ねずみ)これを見
て少(すこ)しも荒(あれ)ぬ事妙なり
 ○刀(かたな)脇差(わきざし)柄糸(つかいと)の積(つも)りやう
一 其(その)まくべき柄(つか)の長(なが)さ緑(ふち)より柄頭(つかがしら)まで
の寸(すん)十二たけあれば相応(さうおう)なりと知るべし
それより短(みじか)きは足(たら)ぬなり
 ○鏡(かゞみ)の磨(とぎ)やう
一 下地(したぢ)を和(やは)らかなる切藁(きりわら)を以(もつ)てすりおき
砥(と)の粉(こ)にて磨(みが)き塩気(しほけ)なき梅干(むめぼし)にて能(よく)
すりてさて錫(すゞ)三分/水銀(みづかね)壱匁/先(まづ)錫(すゞ)を土(かは)
器(らけ)にいれ火の上に置よくとけたる時/水銀(みづかね)を
【枠外丁数】四十七

【右丁頭書】
灰墨(はいずみ)二十匁 白蝋(びやくらう)六匁 蜜陀僧(みつだそう)
六匁 滑石(くわつせき)六匁右 鍋(なへ)にいれ煎(せん)じ
たてあたゝかなる内に引なり
○青漆(せいしつ)は青黛(せいたい)壱両半きわ
う半両 墨(すみ)をすりて少し入れ
きぬにつゝみ豆(まめ)のこにいれふり
出すなり油(あふら)より前(まへ)にひくべし
○あかり障子(しやうじ)をはるには紙(かみ)の
たけをよき程(ほど)に切合せたるを
おほくつぎて後(のち)その紙に普(あまね)く
水をざつと引まきてしめり合
せ障子(しやうじ)ぼねにのりをひきて
右の紙(かみ)をその上にひろげ一 枚(まい)
だけを張(はり)て又 段々(だん〳〵)右の如(ごと)く
はるなり障子(しやうじ)をはるには
下に障子(しやうじ)をおきてはるべし
○雨(あめ)のかゝる蝋障子(らうしやうじ)には蝋(らう)を
【左丁頭書】
用(もち)ひずこんにやくのりを引べし
損(そん)じがたくして雨(あめ)をふせぎ色
かはらず
○腰張(こしばり)の仕やうはふのりをう
すくこしらへてそろへたるみなと
紙(かみ)によくつけて下よりはる也
左より右へはりて左の方下に
なるやうにはり下のつぎめ一所
にならざるやうにすべし
○火鉢(ひばち)など瓦器(ぐわき)を紙にて
はるには大豆(だいづ)の煮汁(にしる)のあめの
ごとくなるをのりに用ひ紙を
もみてはるべしつねの糊(のり)にては
はなれやすし
○紙帳(しちやう)を造(つく)る法 紙を二方(にはう)
の端(はし)の出るやうに筋(すじ)かひに羽重(はがさね)
にして粘をつけ紙帳の広(ひろ)さを
【右丁本文】
入れそのまゝ土器(かはらけ)をとり上てふり合(あは)せ茶(ちや)
碗(わん)に水(みづ)を入れたる中へ錫(すゞ)水銀(みづかね)をうつし入れ
さて水をすて錫(すゞ)と水銀(みづかね)をよく〳〵搗(つき)合せ
ねれたる時/香箱(かうばこ)などに入置これをもつて
とげは光(ひかり)出来りて美(うるは)しくなるなり
 ○釘貫(くぎぬき)なくして釘(くぎ)をぬく法
一 釘(くぎ)のかしらを小刀(こがたな)にても何にても持(もち)て
少しおこしかけおき手巾(てぬぐひ)を濡(ぬら)してまとひ
付すなほに引ぬくべし心安くぬける也
 ○ちやんの方
一 水中(すいちう)に用る諸具(しよぐ)はちやんを塗(ぬら)ざれば
朽(くち)損(そん)じ或(あるひ)は水もりて用に立(たち)がたし其方
 松脂(まつやに)壱升 胡麻油(ごまあぶら)壱合これは固(かた)き物に
【左丁本文】
【挿絵】
ぬるちやん也それよりは油(あぶら)を一合まし二合
ましほどにしてよきほどに煉合(ねりあは)すべし
 ○絵絹(ゑぎぬ)に物(もの)書損(かきそん)じたるをぬく法
一 絵絹にものかき損じたる時は大根(だいこん)をおろし
て絵(ゑ)また書(しよ)にても書損(かきそん)じたる処を摺(す)るべし
こと〴〵く落(おつ)ること妙なり
【枠外丁数】四十八





【右丁頭書】
はかり四方と天井(てんじやう)の紙(かみ)をつぐ
べしさて天井の紙を畳(たゝみ)の上
に置 幅(はゞ)をきはめ四角(しかく)に釘(くぎ)をさし
細(ほそ)き苧縄(をなは)を四角(よすみ)の釘にかけて
引はり天井の紙のはしをのり
にて苧縄につけさて四方のた
れを付るたれの四隅(よすみ)は後につ
ぎ合すべし尤(もつとも)すそ広(ひろ)くなる様に
角(すみ)の方に背を入べし
○折本(をりほん)の折やう 先(まづ)紙をつ
ぎかたく巻(ま)き継(つぎ)たる粘(のり)を一夜ほ
ど乾(かわか)し置て折幅(をりはゞ)三寸にすべし
とおもふ時は折形(をりかた)を六寸にして
【挿絵】かくのごとくにし紙の
表(おもて)を下にして折かたの木(き)を当(あて)
折目(をりめ)を付るなり但(たゞし )初(はじめ)に紙(かみ)の下
の方を定木(ぢやうぎ)にてゆがみなきやうに
【左丁頭書】
裁(たち)そろへて継(つぐ)べし折目(をりめ)を付る
時下の方にて揃(そろ)へて折目(をりめ)をつく
べし終(おはり)までかくのごとく折目(をりめ)を
つけさて折目(をりめ)を口(くち)の方(かた)より右の
手にておさへひろき竹箆(たけへら)にて重(かさ)
ねたる小口(こぐち)をたゝきそろへ後(うしろ)の
方を小口をおさへたる手をとり
かへ左の手にて折目(をりめ)をつくべし
かくのごとく折(をり)をはりて後(うしろ)の
方のをりめに重(かさ)ねながら刷毛(はけ)
にて水を引てしめし前(まへ)のかた
のをりめを板にあて手ごゝろを
和らかに持て紙(かみ)のゆすりあふ様(やう)
に心持(こゝろもち)してたゝき付べし小口
そろひたる時 直(すぐ)なる板(いた)の上にの
せ上より直なる板(いた)の類(るい)を置(おき)
押をかけ乾(かわか)しおくべし押(おし)をかく
【右丁本文】
 ○どうさせぬ物に墨(すみ)のちらぬ法
一 絹布類(けんふるい)にものかく時は墨ちり又はにじむ物
なり生姜(しやうが)の汁(しる)また糯米(もちごめ)の粉(こ)を入て墨
をすりてかくべし墨ちらず
 ○藁筆(わらふで)の製(こしら)へやう
一 新藁(しんわら)のはかまをとりしべをなかく揃(そろ)へ
常(つね)の香物(かうのもの)を漬(つけ)るが如く糠(ぬか)みその中へつけ
おき半年(はんねん)ほどへて取出しそのまゝ水を
入てしばらく煮(に)て常(つね)の筆(ふで)のごとく
製(せい)すべし唐毛(たうけ)の筆にかはる事なし
 ○青竹(あをだけ)を白(しろ)くする法
一 花生(はないけ)などに作(つく)る青竹を白くするには
荒海布(あらめ)と竹(たけ)と一ッに煎(に)るべし白くなる也
【左丁本文】
 ○盆山(ぼんさん)庭石(にはいし)等(とう)の破(われ)たるを継(つぎ)補(おぎな)ふ法
一 漆(うるし)にうどん粉をまぜてつげば継(つが)るゝ物
なれど継目(つぎめ)見えてみぐるしきものなり
蛞蝓(なめくじり)のぬめりにて継(つげ)ば水に入てもはな
るゝ事なし又/盆山類(ぼんさんるい)かけて後その欠(かけ)
を失(うしな)ふ時は白笈(びやくきう)を細末(さいまつ)にし熱湯(ねつたう)にて
ねり合せつぎ補(おぎな)ふべしかたくして後は
石となる也/色(いろ)は見合にて絵(え)の具(ぐ)を和(まぜ)て
つくべし
 ○磁器類(やきものるい)に穴(あな)を穿(あく)る法
一 磁器(やきもの)に穴(あな)をあくるには極暑(ごくしよ)の時/杉木(すぎのき)に
て錐(きり)をこしらへ此/錐(きり)のさきに蛞蝓(なめくじり)をさし
炎天(えんてん)に干(ほせ)ば乾(かわ)きつくもの也此/錐(きり)にて穴を
【枠外丁数】四十九

【右丁頭書】
る時にじりゆがまぬやうにす
べし
○唐本(たうほん)に裏打(うらうち)する法
先(まづ)うら打の紙(かみ)を板(いた)の上にひろ
け醤麩粘(しやうふのり)をうすくときたるを
一面(いちめん)に刷毛(はけ)にて引その上へ本紙(ほんがみ)
を一枚 表(おもて)を上にしてひろげ
真中(まんなか)より乾(かわ)きたる刷毛(はけ)をおろし
両方(りやうはう)へしはなきやうになで付
べし又その上へうら打紙(うちがみ)を重(かさ)
ね粘(のり)をひき右のごとく本紙
をひろげてなで付べし二十 枚(まい)も
三十 枚(まい)もかさねて後(のち)一枚づゝ
うら打紙の端(はし)をとりて棹(さを)又
はほそ引(びき)を引(ひつ)はりたるにかけ
て乾(かわか)すべしよく乾きて後(のち)小口(こぐち)
を折て石盤(せきばん)にて打べし
【左丁頭書】
○唐本(たうほん)はおほく巻末(くわんまつ)に破(やぶ)れ
たる紙(かみ)を用るゆゑにやぶれ損(そん)じ
てちるものおほし初に海蘿(ふのり)汁
のうすきを以て端(はし)をつけ置
べしすべて唐本(たうほん)をつくらふに
はふのりを用ゆべし
○唐紙(たうし)をうつ法 紙(かみ)百 張(ちやう)を
一重(いちぢう)にすべし張(ちやう)ごとにぬれたる
紙(かみ)を一枚上にかさね十一枚づゝ
段々(だん〳〵)にかさねあげ百十張を一
かさねにし直(すぐ)なる板の上に置
又上にも直(すぐ)なる板(いた)をおき石を
おもりにおけば一時の間をへて
上下ひとしくしめりあふ時 石盤(せきばん)
にてかたはしより念(ねん)を入二三
百ほどうつさて右の内 半分(はんぶん)を
日にほし残(のこ)りたるしめり紙(かみ)と
【右丁本文】
あくれば心(こゝろ)易(やす)くあく也又/鋸(のこきり)小刀(こがたな)の類(るい)を
もこしらへ同くなめくじりを干付(ほしつけ)て用(もちゐ)れ
ばいかなる磁器(やきもの)にても切るゝなり
 ○鉄(てつ)かな物に錆色(さびいろ)をつくる法
一 鉄(てつ)のかなもの鍔類(つばるい)に錆色(さびいろ)をつくるには
栗土(くりつち)をつけて遠火(とほび)にてやくべし如斯(かくのごとく)
三五度すればよきさび色(いろ)になるなり
 ○書物(しよもつ)の表紙(へうし)に引(ひく)どうさの方
一 表紙(へうし)或は敷(しき)ぶすま等に引てよきどうさは
葛粉(くづのこ)二合を水一升にてねりて葛糊(くずのり)にし
て引べし又方
ところてんを水に入わかしとらかして引(ひく)べし
若(もし)ところてんなき時はかんてんを沸(わか)して引
【左丁本文】
べし絹(きぬ)にひけばつやありて一段よし絵絹(ゑぎぬ)
のどうさにもよし
 ○摸様紙子(もやうがみこ)の法
一 大高檀紙(おほたかだんし)にて作(つく)るをよしとす其外は
奉書(ほうしよ)西(にし)の内(うち)にてもたけ長(なが)き紙(かみ)よろしそれを
【挿絵】
【枠外丁数】五十

【右丁頭書】
一枚づゝへだてゝ段々(だん〳〵)にかさね上
てうつかくのごとくする事三四度
一 張(ちやう)もねばり付 合(あひ)たる紙(かみ)なき
にいたるを度とす再(ふたゝ)び五七張づゝ
取て打かへし石盤(せきばん)にてうち
とゝのへその光(つや)滑(なめら)かにして油紙(あぶらがみ)
のごとくになりたるをよしとす
○地(ぢ)をしたる紙の皺(しは)を熨(の)す法
地(ぢ)をしたる紙を水ばりにして
干て後 茶筅(ちやせん)にて右のかみに
水をうち幾重(いくへ)にもかさねて
おもき壓(おし)をかけておけばしは
のびてよろしくなる也
【右丁本文】
継(つぎ)たてゝ摸様(もやう)は心任(こゝろまか)せに絵具(ゑのぐ)にてかくべし
小紋(こもん)はから紙(かみ)の板木(はんぎ)のごとくこしらへ置べし
このもやう出来て後/菎蒻(こんにやく)だまの皮(かは)をさり
おろし雷盆(すりばち)にてよくすり水見合に入て紙(かみ)に
ひき日(ひ)に干(ほし)て後(のち)よく〳〵揉(もむ)べし随分(ずいふん)と
つよきもの也/継目(つきめ)の糊(のり)は芋(さといも)を焼(やき)て皮(かは)を去(さり)
押合(おしあは)せて用ゆこんにやく玉もよし又右の
紙(かみ)にて足袋(たび)を造(つく)り或(あるひ)は畳(たゝみ)のへりにも用ゆ
つよき事/革(かは)のごとし
 ○うら打紙(うちがみ)を水に入(いれ)ずして離(はな)す法
一 米櫃(こめびつ)のうちへ入れ米(こめ)にて能々(よく〳〵)埋(うづ)みおく
べし一夜ばかりして取出(とりいだ)しみればよき程(ほど)に
しめりてはなるゝ事/妙(めう)なり

【左丁・白紙】

【見返し】

【裏表紙】

{

"ja":

"養生随筆

]

}

【左頁】
養生随筆巻之上
    河合元碩口授  門人 篠原悦 筆録
尚書洪範(しやうしよこうばん)五 福(ふく)一に曰(いふ)_レ寿(じゆと)寿(じゆ)は人の欲(ほつ)する所なり然(しか)れども人寿(にんじゆ)
百 歳(さい)に至る者 鮮(すくな)し七十に至(いた)るものも古(いにしへ)より稀(まれ)なり又五十四十にも
至らすたんめ短命(たんめい)なる者あり又 幼少(いようせう)にて夭札(ようさつ)する者あり又身を謹(つゝしま)
ずして非命(ひめい)の死(し)を致(いた)す者 鮮(すくな)からす古人(こしん)云(いふ)尽(つくして)_二 人(じん)‐事(じを)_一待(まつ)_二 天(てん)‐命(めいを)_一と
此天 命(めい)もま亦人事より至(いた)るものにて人事を尽(つく)さずしては天命
とはいひがたし孟子(まうし)曰(いわく)知(しる)_レ命(めい)者(ものは)不(ず)_レ立(たゝ)_二乎 巌牆(かんしやう)之(の)下(もとに)_一と巌牆の
危(あや)ふき所に立ゐて若(もし)巌(いはほ)崩(くづれ)壓(おさ)れ死する者は正命(せいめい)に非(あら)す非命(ひめい)の

【右頁】
死といふべし又曰 桎梏(てつこく)死者(しするもの)非(あらす)_二正命(せいめいに)_一也 是(これ)人 諸(もろ〳〵)の悪事(あくじ)を為(な)し或は
法令(はうれい)を犯(をか)し或は盗賊(たうぞく)などをして刑戮(けいりく)などにかゝつて死する
ものは正命にあらず非命に死すといふべし世の人この正命非
命の義を弁(べん)せすして人死することあれは皆(みな)天命也 寿命(じゆめう)也
と云て非命の死を省(かへりみ)ず豈(あに)悲(かな)しからずや夫(それ)人 養生(やうせう)の道を尽(つく)
さずして死する者は正命にあらず非命に死すと謂(いふ)べし礼記(れいき)
檀弓(だんぐうに)云(いはく)畏(い)壓溺(あうできは)不(ず)_レ吊(てう)と人或は悪人(あくにん)又は盗賊(たうそく)などに畏(おそ)れて
死し或は巌(いはほ)又は壁(かべ)などに壓(おさ)れて死し或は水又は潮(うしほ)などに溺(おぼれ)
て死するの類(るい)は人より吊慰(てうい)せざるとなりもしし斯(かく)る非命(ひめい)に
          《割書:くやみ| 》
【左頁】
死すれは上は父母への不孝(ふこう)下は妻子(さいし)への不慈(ふじ)なれば非命に死せざる
やうに心を用ゆべき事なり又世の人 養生(やうせう)して寿(じゆ)を保(たもた)んと欲(ほつ)する
者あれとも養生はとかくむつかしくして勉難(つとめがた)き事のやうに意(おも)ひて
心を用ひす但(たゝ)等閑(なほざり)に月日を送(おく)るものなり養生の道は其 要領(ようれい)
                         《割書:かなめ| 》
を会得(ゑとく)すればおのづから勤易(つとめやす)くして曽(かつ)てむつかしきことにも
非す且(かつ)究屈(きうくつ)不自由(ふじゆう)なる事もあらず其 要領(ようれい)とは万事(ばんじ)順よく
節(せつ)を守るなり節とは竹の節にて竹の節は根本(ねもと)の大きなる所は
節(ふし)の間(あいだ)短(みぢか)く上へ伸(のび)るほと節々(ふし〳〵)の間(あいだ)長(なが)くなるなり万事其所に
応(おう)して程(ほど)よき節(せつ)といふ其竹たるや千竹万竹にてその大小

【右頁】
長短(ちやうたん)等(ひとし)しからず其 節(ふし)の長短其竹の大小に随(したかつ)て異(こと)なり人の
節(せつ)を守(まも)る千人万人其人 毎(ごと)に異(ことな)り其養生の節を守へきの
的(まと)は物(もの)能(よく)生(せうずる)_レ巳(おのれ)者能(をものはよく)害(がいす)_レ己(おのれ)能養(よくやしなふ)_レ巳者(おのれをものは)能傷(よくやぶる)_レ巳(おのれ)を譬(たとえは)_レ之(これを)猶(なを)_二水能(みづよく)
     《割書:ごとし| 》
浮(うかへ)_レ舟(ふねを)能(よく)覆(くつかへし)_レ舟(ふねを)風(かせ)能(よく)遣(やり)_レ舟(ふねを)能(よく)顛(くつかへす)_一_レ舟(ふねを)也 覆顛(くつがへすもの)は風(かぜ)も水(みづ)も節(せつ)に
過(すぐ)ればなりそれ人男女の道は天地(てんち)陰陽(いんよう)自然(しぜん)の道(みち)にて万物を
生(せう)ずるの根元(こんげん)にて詩経(しけう)始(はしまり)_二於 関睢(くわんしよに)_一君子之道(くんしのみち)造(なす)_二端(はしを)乎夫(ふう)
婦(ふ)_一故(ゆへ)に色(いろ)を好(この)むは人の通情(つうじやう)にして此(この)男女(なんによ)之(の)道(みち)たるや能生(よくせうし)_レ巳(おのれを)
能(よく)害(かいす)_レ巳(おのれ)能養(よくやしなひ)_レ巳(おのれ)能傷(よくやふる)_レ巳(おのれ)を天子(てんし)諸侯(しよこう)太夫(たいふ)士庶人(ししよじん)其身(そのみ)其家(そのいへ)
其国の分限に応して或は元妃(けんひ)妾媵(せうよう)を具(ぐ)し或(あるひ)は側室(そくしつ)を置(おき)
           《割書:きさき| 》《割書:つほねすけ| 》     《割書:てかけ| 》
【左頁】
おの〳〵己か分限(ぶんげん)に応(おほ)してよく其 節(せつ)を守(まも)るときは其 是(これ)を以て
能(よく)其家を嗣(つぎ)能(よく)其身を養(やしなひ)能(よく)其 生涯(せうがい)を楽(たのしみ)能(よく)其 寿(じゆ)を保(たも)つ男は
女を以て養(やしな)ひ女は男を以て養ふ敷島(しきしま)の道もつはら恋(こひ)を詠(ゑい)ずる
や源氏(げんじ)の巻(まき)に男女の情(ぜう)を尽(つく)せるや兼好(けんかう)か色好(いろこの)まざらん男(おのこ)は
玉(たま)の盃(さかづき)の底(そこ)無(なき)こゝちぞと云(いへ)るや男女 相恋(あひした)ふの情(しやう)は固(もとより)天地の情
にて唯人のみ然るには非(あら)す鹿(をしか)の麀(めじか)を慕(した)ひ雌(めとり)の雄(をとり)を恋(した)ふ世(よ)
に鳥(とり)を籠(かご)に畜(かう)者(もの)雌雄(しいう)双(なら)び畜(かは)ざれば其 鳥(とり)必(かならず)瘠(やせ)衰(おとろ)ふといふ
又其啼(そのなく)を聞んと欲(ほつす)れば籠(かご)を分(わけ)て雌雄(しいう)相(あい)離(はな)れしむれば互(たがひ)に妻(つま)
をこふて必(かならず)日々に鳴(なく)なりといふ是(これ)人(ひと)の哥(うた)を詠(ゑい)ずるに■(おな)し

【右頁】
男女相恋の情の切なれとも各々か身の其節を守るか故に
始(はじ)めて遇(あひ)し中もうちたえて逢(あは)れぬ身(み)となれは中納言(ちうなごん)朝忠(ともたゞ)
の哥(うた)に 遇(あふ)ことのたえてしなくは中々に人をも身をもうらみ
さらまし又己(おの)が節(せつ)を守(まも)るか故(ゆへ)人にもしらせまじと平兼盛(たいらのかねもり)
の哥(うた)に しのぶれと色(いろ)に出にけり我(わか)恋(こひ)は物やおもふと人のとふ
まで男女 雌雄(しいう)牝牡(ひんぼ)相慕(あいしたふ)は天地(てんち)自然(しぜん)の情(’じやう)なれば養生(やうせう)之(の)道(みち)之(これ)
を絶(ぜつ)せよといふにはあらず其 節(せつ)を能(よく)守(まも)るべきを謂(いふ)なり王侯(わうこう)
其 節(せつ)を失(うしなふ)に至は妾媵(せうよう)を重(おもん)じて世臣(せいしん)を軽(かろん)し女(によ)謁(ゑつ)を聴(ゆこ)して
忠言(ちうげん)を拒(こばみ)後宮(こうきう)奢(おごつ)て府庫(ふこ)乏(とも)く城(しろ)を傾(かたむ)け国(くに)を亡(ほろぼ)して遂(つひ)に
【左頁】
正命(せいめい)を保(たも)つ事を行は太夫(たいふ)士節(しせつ)を失(うしな)ふに至(いたつて)は妻妾(さいせう)に溺(おぼ)れて公事(こうじ)
を忘(わす)れ外戚(ぐわいせき)を親(したし)んで本宗(ほんそう)を疎(うと)くして或(あるひ)は又甚(はなはだし)きに至ては他(ひと)の
妻(つま)を犯(をか)して太節(たいせつ)を破(やぶ)り官(くわん)を■(はが)れ秩(ちつ)を喪(うしな)瓢流(へうりう)身を托す(たく)するに
地なく饑寒(きかん)貧苦(ひんく)其身に迫(せま)り非命(ひめい)に死する者鮮(すくな)からす庶人(しよじん)
節を失に至ては正妻(せいさい)を疎(うと)んじて小星(せうせい)[てかけ]を親(したし)み小星(せうせい)は驕(おごり)て正妻(せいさい)は
妬(ねた)む妬むによつて夫(おつと)とは益(ます〳〵)うとく正妻は夫(おつと)に疎(うとま)るゝを怨(うら)み遂(つひ)に
竊(ひそか)に家人 姦(かん)す姦夫(かんふ)露(あらは)れて夫(おつと)は怒(いか)る憂悶(いうもん)遂(つひ)に病(やまひ)を発(はつ)し非(ひ)
命(めい)に死する者多(おほ)からすとせず或(あるひ)は遊斜(いうや)節(せつ)を失ひ妓(ぎ)に心酔(しんすい)
して情郎(しやうらう)[なしみおとこ]となり妓(ぎ)も亦慕(したう)て情痴(じやうち)[ふかきなか]となり比翼連理(ひよくれんり)の契(ちぎり)を



矢(ちか)ひ遊(いう)斜(や)に耽(ふけり)て家業(かげう)を忘(わす)れ資材(しざい)乏(ともし)くして贖(あがなふ)によしなく妓(ぎ)
も亦 苦海(くかい)を脱(だつ)することを得す両情 倶(とも)相 忘(わする)るゝこと能はず
共に謀(はかつ)て溝瀆(こうとく)に縊(くび)れ死し共に非命の死を致も恐れざるへ
けんや芸州(けいしう)広島(ひろしま)の城下千金之 子(こ)升宇なる者 嘗(かつ)て京摂(けいせつ)に
あり処(しよ)々 名勝(めいしやう)を探(さぐ)り又 狭斜(けうや)に遊ふこと年あり已に多く情(じやう)
妓(ぎ)もあり粗(ほゞ)狭斜の趣(おもむき)を見る一日浪華に在て相識(そうしき)の俳諧(はいかい)
を好(この)める方壺(はうこ)といへる人と相 伴(ともな)ふて北の曲中(きよくちう)の北墅(ほくや)に俳人(はいじん)善道
なる者を訪(とひ)しに善道か前句の題(だい)に 浮世さま〳〵浮世さま〳〵
と云に 孝行に売られ不孝にうけ出されとつけしを方壺
聞て大に賞美(しやうひ)して帰路(かへりみち)にて升宇問て方壺に聞しにかの
善道なる者は江戸の産(さん)にて資材(しざい)も有し身なりしか花街(くわかい)に
溺(おほれ)れて零落(れいらく)し浪華に来り遂(つひ)に幇間(はうかん)[たいこもち]となり名を元蔵(もとさう)と呼(よび)
て狭斜(けうしや)に其名高なりしか後(のち)遂(つひ)に心操(しんそう)を改めて世を厭(いと)ひかく薙(ち)
髪(はつ)入道(にうどう)して名を善道と改め草の菴(いほり)をむすび念仏して平生(へいせい)
徒然草(つれ〳〵くさ)を好み兼好(けんかう)か人となりを慕(した)ふて居るよし又一日升宇
善道を訪(とふ)て吾いかやうにせば粋となるへきや精(くわし)く示(しめ)したまへと
尋(かね)ければ善道 答(こたへ)て曰(いふ)には世に遊斜郎(いうやらう)を粋(すい)と称(しやう)す其粋の輩(ともがら)を
観(み)るに哥妓(かぎ)[げいこ]幇間(はうかんの)の接待(せつたい)[あしらい]に馴(な)れ或は方言(はうげん)[さとことば]時言(じげん)[はやりことば]を覚(おほ)へ粗(ほゞ)花街(くるは)

【右丁】
趣(おもむき)を知(し)るのみにて必竟(ひつけう)は穴(あな)しり穴さ  にて深(ふか)く其 情(しやう)を知る
者にあらす故に粋(すい)が川とて我(わが)輩(とのから)のこと〳〵終(つひ)に花街に溺(おぼ)るゝ
もの也 顧(おもふ)に是(これ)恐(おそ)らくは粋(すい)と推(すい)と音(こえ)相(あひ)通(つう)ずるの誤(あやまり)なるべし
推とはすいもじ又はすいしたまへなとゝて花街の情をよく能(よく)推察(すいさつ)
する者をは推人」といふへし嘗(かつ)て冨士谷(ふしたに)御杖主(みつゑぬし)の哥を見しに
遊(ゆう)女を見てといふ端書(はしがき)にて つゞれさへさゝぬ衿(しとね)の下(した)に床(ね)ていづ
くに母(はは)の袖(そで)しほるらんと是等(これら)推人(すいじん)の歌と云べしそれ妓(き)なる者(もの)は
すへて皆身に錦繍(きんしう)を纏(まと)ひ頭(かしら)には玳瑁(たいまい)っを戴(いたゞ)くといへとも己が心
中の苦(くる)しみの如(ごと)きは人のしらざる事のみぞ多き其苦海(くかい)なる
【左丁】
を推察(すいき)してこれに溺(おぼ)れ陥(おちい)らさるを推(すい)とはいふたりと升宇は善
道か教(をしへ)によつて華街の情態(しやうたい)を了語(れうご)し
て陥溺(かんてき)を免(まぬが)れしと浪華
の某(それかし)か予(よ)に語(かた)りしなり孔子ノ曰廿(わかき)之時(ときは)血(けつ)気(き)未(いまた)【左ルビ:す】_レ定(さたまら)戒(いましむか)_レ之(これを)在(あり)乎
色(いろに)と色とは容色のことにて閠閤(けいがう)中の事のみをいふには非す
されとも容色(ようしき)を愛(あい)するより自然(しぜん)と閠中(けいちう)の事も節を失(うしな)ふに

【右頁】
色に疎(うと)く何(いつ)れにも少(わか)き時色に疎(うと)き人は必よく寿(じゆ)を保(たも)ち老境(らうけう)に及でも
尚よく色を愛(あい)し楽(たの)しむ人 頗(すこぶ)る多きものなり少き時色を慎(つゝし)まざる
人は壮年(そうねん)に及て俄(にはか)に病(やまひ)を発(はつ)し夭札(ようさつ)する者 夥(おほ)し聖人(せいじん)の教誡(けうかい)は
寔(まこと)に徴(ちしる?)きものなり幼少(いようせう)の時(とき)学(まな)びし事は何れの技(けい)にても生涯(せうかい)
わすれざるものなり予 小児(せうに)の時(とき)に謡(うた)ひを微(すこ)し学ひしか今に尚
文句をも節をも忘れさるなり荊妻(けいさい)も小児の時に三 弦(げん)を習(なら)ひ
しか老境(らいけう)に及ても尚忘れさるなり壮年に及て学ひし事は
しはらく怠(おこた)るときは皆(みな)忘るゝものなり血気(けつき)■(なん)柔(にう)にしていまた
定(さだ)まらさるうちに学ひし事は形躯(けいく)【左に「からだ」】の中にしゆみ込て抜(ぬけ)ざる
【左頁】
ものとみえたり何事も学ふは幼少(いようせう)の時にあり且(かつ)心に主(しゆ)とする
事あれば物にうつらす少(わか)き時色を慎(つゝし)むは物を学ふにしくはなし
予(よ)が相識(そうしき)の加茂(かも)の季鷹(すゑたか)なる人少き時 和歌(わか)を学ひのち遂(つひ)に
世に名を得られしが少き時色に疎(うと)くして終(つひ)に
よく寿(しゆ)を保(たもた)れ
て老境に及ても尚(なを)能(よく)色を愛(あい)し其身七十の賀宴(かゑん)に楽(らく)の能人
この作(つく)れる土偶(とくう)【左に「にんきやう」】のたくましき勢(いきほひ)なる物を持(もち)しを床(とこ)の置物(おきもの)にし
て自(みづか)ら詠(ゑい)ずる所の狂歌(きやうか)を軸(じく)にして挂(かけ)られし 三十でたつと
夫子(ふうし)はのたまへと七十 古来(こらい)稀(まれ)に立なり予(よ)戯(たはむれ)に其かへしを詠しける
君はいふ七十古来 稀(まれ)に立といづこにきけ夜毎(よこと)立げな又或人

【右頁】
少き時より趙州(じやうしう)一味(いちみ)の禅(ぜん)の癖(へき)有て悋事を厭(いと)ひ色慾(しきよき)を絶(せつ)し
て生涯(せうかい)を三 界(かい)無菴(むおん)に世(よ)を渡り人の志(こゝざし)にて屡(しば〳〵)京師(けいし)に至り
或 宗匠(そうせう)に就(つい)て一 流(りう)を学ひ得て真之(しんの)台子(だいす)の伝(でん)を受られて
是(これ)より冨士(ふじ)之 雪(ゆき)武蔵野(むさしの)
月にと旅(たひ)の装束(せうぞく)せられし所に其
宗匠も高寿(かうじゆ)にて俄(にはか)に世を辞(じ)さられければ其 社中(しやちう)の面々外に
宗匠とたのむへき人もなく理不尽(りふじん)に其 旅立(たひたち)引 留(とゝ)めて僑(きやう)居(きよ)【右に「ろうたく」】を
すゝめけるが自炊も嬾(ものう)するへしと婢(ひ)を求(もと)めて給事(きうし)せしめけるうち
に婢(ひ)妊身(にんしん)して子を産(う)み遂に妻女と改られて宿昔(しゆしせき)の無庵(むあん)の
志(こゝろざし)も遂(と)けられず唯(たゝ)数寄者(すきしや)となられて妻(さい)女も■に茶好(ちやすき)にて
【左頁】
夫婦(ふうふ)茶を点(たて)られけるが一 碗(わん)口吻(こうふん)潤(うるほ)ひ二 碗(わん)孤閟(こもん)を破(やふ)り三碗
古膓(こちやう)を捜(さじ)り四碗 軽(けい)仠(かん)を発(ほつ)するは平生(へいぜい)の事にて妻女も井戸
脇(わき)の茶碗一つにては堪(たへ)がたきとて堅手(かたで)の替(かへ)茶碗を求めて
あてがはれけるか老て益(ます〳〵)壮(さかん)に齢(よはひ)こk古稀(こき)に及てよく数服(すふく)を
点(たて)れける此 類(るい)の人多くあるものなり是(これ)猥雑(わいざつ)の話(わ)なれども其 帰(き)する処は

寿を保(たも)たれし徴(しるし)ともならんとこれを誌(しる)す也 荘子(そうし)之(の)鼓(こして)_レ盆而(ほんを)
歌(うたふ)劉禹錫(りううしやく)之傷往(しやうわう)之(の)賦(ふ)白楽(はくらく)天之 長恨歌(ちやうごんか)も其 帰(き)する処は
色を戒(いまし)むるに在り 冨(とみ)與(とは)_レ貴(たつとき)是(こtれ)人之所(ところ)_レ欲(ほつする)也 貧(まつしき)与(とは)_レ賤(いやしき)是
人之所_レ悪(にくむ)也 好(このみ)_二美食(ひしよくを)_一悪(にくむ)_二■(れい)食(しよくを)_一是人之 通情(つうぜう)而(にして)飲食(いんしい)不

【右頁】
_レ可_二 一 日(しつも)欠(かく)_一能 養(やしなひ)_レ己(おのれ)能 傷(やふり)_レ己(おのれ)ヲ能(よく)其 節(せつ)を守(もま)るときは能(よく)其身
を養(やしな)ひ其 寿(しゆ)を保(たも)つ其節を失(うしな)ふ時はよく其身を傷(やぶ)り其命
を害(かひ)す■ 穀肉(こくにく)果菜(くはさい)品多き挙(あげ)記(き)すべからすコレ此(これ)は毒(とく)此は
薬(くすり)此は好(よし)此は悪(あし)と其物を指(さし)て此(これ)を択(えら)ひこれを忌(へむ)へき物には非す
其 性質(せいしつ)の好嫌(すききらひ)上 戸(こ)下 戸(こ)人毎に異(ことな)り其 好(この)む所は其人の口服(こうふく)に
宜(よろし)き所のものはこれを飲食(いんしよく)して害(がい)をなさす其 嫌所(きらふところ)は其人
の口服(こうふく)に忌(い)む所の物はこれを飲食すれは必 害(かい)をなす其 好(この)む処
のものも其口服の欲(よく)を縦(ほしいまゝ)にして節(せつ)を失(うしな)ふ時は終に四百四 種(しゆ)
病となつて非命に死(し)するもの鮮(すくな)からす飲食(いんしよく)最(もつとも)小児之(せうにの)時(とき)を
【左頁】
戒(いまし)むへし乳児(にうじ)もと無知(むち)にていまだ美食(びしよく)の味(あぢ)をしらず稍(や)長(ちやう)じて
乳(ち)と飯(はん)をもつて育(そたて)れは乳汁(にうじう)にて飯(はん)を化(くわ)し脾胃(ひい)自(おのづから)健(すこやか)なり
小児 固(もとより)形躯(けいく)臑(やわらか)にして脾胃(ひい)脆(もろし)豆(まめ)■■の類(るい)を食(くふ)時は仕(くわ)せず
して清穀(せいこく)【右横に「こなれす」】す父母 撫育(ふいく)の道(にち)にくらく唯(たゝ)姑息(こそく)の愛(あい)に溺(おぼれ)菓子(くわし)
砂糖(さとう)■(もち)■(だんご)■(まん)頭(ちう)果物(くだもの)の美味(びみ)を与(あた)ふ美味(びみ)を覚(おぼ)へて饕(むさぼつ)て止(や)まず
父母或は禁(きん)じて与(あた)へざれば意(い)に逆(さか)らつて怒(いかり)啼(なく)是日々の習(なら)ひと
なり脾胃(ひい)虚損(きよそん)して種(しゆ)々の病(やまい)となる最初(さいしよ)より禁(きん)じ与(あたへ)ざれは
是(これ)も遂(つひ)に習(ならひ)となるなり孟母(まうぼ)三 遷(せん)の教(おしへ)に従(したか)ふて姑息(こそく)の愛(あい)を
慎(つゝし)むべし孟子(まうし)曰 飲食(いんしい)之人 則(すなはち)人賤(いやしんず)_レ之(これを)■孔子曰 志(こゝろさして)_レ道ニ

恥(はつる)_二悪(あ)ー(く)衣(い)悪(あく)-食(しよくを)_一者は未(いまた)_レ足(たら)_二与(ともに)-議(ぎするに)_一也 道(みち)とは聖人(せいじん)君子(くんし)の道君子とは
君(きみ)に忠(ちう)に父母に孝(かう)に兄弟(けいてい)に友(いう)に妻子(さいし)に慈(じ)に朋友(ほういう)に信(しん)に人に仁(じん)
愛(あい)なる志(こゝろざし)とは此君子の道を行(おこなは)んと志(こゝろざ)すものは此行(おこなひ)を勉(つと)めざる
事をはぢて悪衣(あくい)悪食(あくしよく)をは恥(はぢ)たるなり飲食(いんしよく)口服(こうふく)の欲(よく)を縦(ほしいまゝ)に
する事をたのしむものをば君子はこれを賤(いや)しめたまふなり悪(あく)
衣(い)悪食(あくしよく)を恥(はづ)るものは富貴(ふうきう)を羨(うらや)むものなり富貴(ふうき)をうらやむ
ものはいまだ君子の道(みち)を与(とも)に相(あい)議論(ぎろん)するに足(た)らぬと其人の志(こゝろざし)
の専(■つは)らならざるを卑(いや)しみたまふなり孟子曰五十者 可(へし)_二以(もつて)
衣(え)_レ帛(はく)食(くらふ)_レ肉(にくを)と人五十以上に及へは血気(けつき)衰(おとろ)へて膏液(こうえき)【左に「あぶら」】薄(うすく)し皮(ひ)

膚(ふ)枯(かれ)て腸(ちやうい)燥(かは)く肉を食(くらは)されば腸胃 潤(うる)はず帛(はく)を衣(き)ざれば
膚(はだへ)温(あたゝ)かならず老人は時々肉を食て腸胃を滋(うるほ)すべし少壮の人
は血気 強(つよ)くして膏液(こうえき)多し皮膚(ひふ)厚(あつ)くして腸胃(ちやうい)潤(うるほ)ふ蔬食菜(そしいさい)
羹(かう)を飯(くらふ)べし大率(おほむね)少年(せうねん)の人は美食を饕(むさぼ)り■(れい)食(しよく)を斁(いと)ふ■食は
なれば少(すくな)く食ひ美食なれは多く食ふ朝(あした)に二椀(わん)午(ひる)に五椀 夕(ゆふべ)に
四椀三度の食のいまだ化(くわ)せざるに菓子饅頭(まんちう)餻(もち)■(だんご)脾胃(ひい)充(じう)
塞(そく)して病をなす三度の外の飲食(いんしよく)は何によらず禁(きん)ずべし脾胃(ひい)
虚損(きよそん)して種(しゆ)々の病をなす孔子(こうし)者(は)食(しの)饐(■■して)而 餲(あいし)魚(うをの)餒而(ちして)肉(にくの)敗(やふれたるは)
不_レ食 色(いろのあしき)不_レ食 臭悪(かのあしき)不
_レ食 失(うしなへる)_レ飪(にんを)不_レ食 不(ならさるは)_レ時(とき)不_レ食 割(■■■)不_レ


正不_レ食 不(ざれは)_レ得(ゑ)_二其(その)醤(しやうを)_一不_一食肉雖_レ多 不(ず)使(しめ)_レ勝(かた)_二食(しの)気(きに)_一是孔夫
子の飲食(いんしよく)を慎(つゝし)みたまふなり又曰 唯(たゝ)酒は毎_レ量(はかり)不(す)_レ及(およ)_レ乱(らんに)飲食 各(おの〳〵)
好嫌(すききらひ)ありといへども太(たいてい)分量(ふんりやう)あり酒ばかりは飲(のむ)もの分量(ふんりやう)なし
或は三合五合一升二章二升其人の性質(せいしつ)の量(りやう)に随(したかふ)て飲べし乱(らん)とは
威儀(いぎ)を乱(みた)るゝなり酔(よう)とも威儀(いぎ)を乱るゝ場(ば)に及はぬほとに飲へき
と教(をし)へたまふなり酒は忘憂物(ばういうぶつ)といひ百 薬(やく)の長ともいふゆへに
古人酒をこのむもの挙(あげ)て数(かそへ)べからず人 各(おの〳〵)己(おのれ)か量(りやう)をはかりて
乱に及はぬほどにのむ時はよく其身を養(やしなひ)能其 寿(じゆ)をたもつ
其己が量に過て威儀(いぎ)を乱るゝに及ふときは能其身を傷()■共
命(めい)を害(がい)すそれ人酒を好む人 毎(ごと)に異(こと)にして已(おのれ)か量(りやう)に過(すぐ)るもの
夥(おほ)し酒(さけ)の旨(うま)みを好(この)むあり旨(うま)みを好されとも酔境(すいきやう)を楽(たの)しむもの
あり酒の趣(おもむき)を好むものあり毎(まい)日酒なくては一日も身のたゝぬもの
あり多く飲(のみ)て威儀(いぎ)を乱さるもあり少く飲て泥(どろ)のことく途中(とちう)に
倒(たを)れ伏(ふす)ものあり胡乱(めつた)に咲(わら)ひ胡乱に泣(なき)胡乱に怒(いかり)酔態(すいたい)百 出(しゆつ)威(い)
儀を乱るゝ者 夥(おほ)し後(のち)必 種(しゆ)々の病を発(はつ)す己か量を度(はかり)て慎(つゝ)しむ
べきことなり兼好(けんかう)か下戸(げこ)ならぬこそ男はよけれと云し下戸も不(ぶ)
風流(ふうりう)なり上戸と名のつけば度(ど)に過るなり飲食 固(もと)り口腹(こうふく)の
慾(よく)を縦(ほしまゝ)にすべき物にはあらず冠婚葬祭(くわんこんさうさい)郷党(けうたう)の礼(れい)を行(おこな)ひ

花月雪の集宴(しうゑん)春夏秋冬(しゆんかしうとう)の佳節(かせつ)親戚朋友(しんせきはういう)の寿宴(じゆゑん)等(とう)に
人を饗(けう)する所の具(く)なり唐土(もろこし)にては太牢(たいらう)とて牛(うし)羊(ひつし)豕(ぶた)の三 牲(せい)
を用ゆ是天地山川 宗廟(そうびやう)を祭(まつ)り天子 諸侯(しよこう)の亨礼(けうれい)に用ゆ我
邦(くに)にては一 汁(しう)三 菜(さい)五蔡菜七菜二汁五菜 等(とう)天子より庶人(しよじん)に
至るまで各(おの〳〵)皆(みな)亨礼(けうれい)あり和漢(わかん)各地(おの〳〵ち)の宜(ぎ)に随(したかつ)て其儀を異(こと)に
すといへとも其 貴賤(きせん)親疎(しんそ)の等殺(とうさ)を折(わか)ち上下 左右(さいう)の部位(ぶゐ)を頒(わか)つ
や皆是 先王(せんわう)先 民(みん)の故(こ)に従(したかふ)ものにして其 礼(れい)の本(もと)に由(よる)ときは其
義 自(おのつから)推(おし)知るへし本邦(ほんはう)賞茶(しやうちや)久(ひさし)■今 世(よ)に行(おこ)るゝ所の茶宴(ちやゑん)の儀は
儀礼(ぎらい)饗飲(けういん)の儀と其 旨(むね)粗(ほゞ)相 似(に)たり其 屋室(おくしつ)制造(せいぞう)の規則(きそく)
其 器具(きぐ)陳説(ちんせつ)の位置(ゐち)応対(おうたい)進退(しんたい)の威儀(いぎ)は紹鴎(ぜうをう)りk利休(りきう)千之三家
織部(おりべ)薮内(やふのうち)石州(せきしう)遠州(ゑんしう)有楽(うらく)庸軒(ようけん)等(とう)の諸流派(しよりうは)各(おの〳〵)趣意(しゆい)稍異(やゝこと)に
する事ありといへども大率(おおむね)大 同(どう)小 異(い)壹(ひとつに)皆(みな)是 風流(ふうりう)雅趣(かしゆ)の源(げん)に
帰(き)するのみ其 飲食(いんしよく)たるや陳羞(ちんしう)奇味(きみ)の得難(ゑかた)き物をすて人の口腹(こうふく)
を悦(よろこはし)むるにはあらず一に茶を以て道とす二に飢(うへ)を養(やしな)ふに
足(たつ)て人を害(かい)せざるを以て紀(き)とす三に穀肉(こくにく)果菜(くわさい)時宜(じき)に従(した)ふを
もつて実(じつ)とす四に烹炙(はうしや)塩梅(あんはい)調和(てうくわ)を以て用とす五に載割(さいくわつ)の方(はう)
円厚(ゑんかう)薄采色(はくさいしき)を以 体(てい)とす陸羽(りくうか)曰 茶(ちやは)宜(よろし)_二精行(せいかう)倹徳(けんとくの)之人_一に
と行(おこなひ)を精(しら)■徳(とく)を倹(けん)にする人に宜(よろ)しといふ又孔子曰礼は与(よりは)_二

【右頁】
其 奢(おこらん)_一寧(むしろ)検(けんせよ)と礼は物毎(ものこと)具(そなは)りたるはよけれども具(そなは)れば奢(おこり)と成(なる)
其 奢(おごり)にせんか検(けん)にさんかどちらにせんとならは具(そなは)らぬ検(けん)に
  かとのたまふ検(けん)とはうちばの事利休は和敬(くわけい)清寂(せいしやく)の四字
を以て数寄者(すきしや)に示(しめ)すと云和(くわ)は双方もちあひのよき事 敬(けい)は
うやまふ事清はきよくさつはりとしたこと寂(しやく)はしづかなること
茶宴(ちやゑん)検(けん)にして簡(かん)なるによろしく奢(おこつ)て多なるによろし
からす愚(く)按(あんず)るに菓子(くわし)は炉(ろ)には饅頭(まんちう)風炉(ふろ)には羊羹(やうかん)惣菓子も唯(たゝ)
一色か口切ならは向(むかふ)鶏卵(けいらん)の煮(に)つけ川椒(さんせう)羹(しる)は菜菔(たいこん)輪切(わきり)に芥子(からし)
煮物(にもの)鴨(かも)苦(くり)斳 柚(ゆう)皮吸物 牡蛎(かき)生姜(せうか)取肴 納豆(なつとう)に花 鰹(かつほ)香物(かうのもの)
【左頁】
瓜糟漬(うりかすつけ)以上 冬は温(うん)なる物宜しきか正月 初旬宴(しよしゆんゑん)向塩(むかふしほ)小棘(こたい)
鬛魚 炙(やく)羹(しる)菘(につな)小鐘(こちよく)におろし菜菔(たいこん)に花 鰹(かつほ)の鱠(なます)煮物(にもの)塩鴨(しほかも)に
牛蒡(こほう)のふと煮(に)柚芽(きのめ)吸物 蛤(はまぐり)胡椒(こせう)取肴 昆布(こんふ)にかずの子香物 茄子(なすび)
糟漬(かすすけ)以上年始は 別(へつ)して検(けん)を宜しとす二月宴向(ゑんむかふ)魲(すゝき)鱠(なます)いり酒
羹(しる)竹筍(たけのこ)芥子(からし)煮物 鱸(すゝき)筒 截(さら)に蓴(しゆんさい)柚芽(きのめ)吸物松露(しやうろ)山葵(わさひ)取肴梅ほし
木葉(このは)比目魚(かれい)香物 莱菔(たいこん)漬(つけ)以上春の寿宴(しゆゑん)又は詩歌(しいか)の集会(しうくわい)なとに
宜しきか三月宴向 棘(きよく)鬛(れう) 魚鱠(きよなます)三 盃(はい)醋(す)羹(しる)萵苣(ちさ)芥子煮物 棘鬛(たい)
魚の截身(きりみ)葛(くす)かけ山葵(わさひ)吸物 棘鬛魚頭潮煮(たいのかしらうしほに)柚芽(きのめ)取肴柚 棘鬛(たい)魚の
胎(こ)子に蕨(わらひ)香物 菜菔(たいこん)漬(つけ)以上花 看(み)の宴(ゑん)などに宜しきか六月

宴向 鯉(こい)の膾(なます)煎酒(いりさけ)山葵(わさび)羹(しる)冬瓜(かもうり)芥子(からし)煮物鯉の筒切(つゝきり)茄子(なすひ)川椒(さんせう)吸
物 十六島(うつふるむ)海苔 生姜(せうか)取肴 枇杷実(びはのみ)花鰹香物 瓜漬(うりつけ)以上 夏(なつ)は肉(にく)
破(やぶ)れやすし鯉(こい)は生魚(いけうを)鮮潔(せんけつ)人を害(がい)せす且(かつ)利水(りすい)の功(かう)あり九月宴
向 海鰻(はむ)の骨截(ほねきり)漬炙(つけやき)羹(しる)畠菜(はたけな)芥子煮物 海鰻(はむ)の取身しめじ茸(たけ)
生姜吸物 魁蛤(あかゝい)胡椒(こせう)取肴 梨子(なし)に鯔子(からすみ)以上秋になれば残暑(さんしよ)なり
とも膾(なます)なとの冷物(れいふつ)は宜しからす秋は動(やゝ)もすれば下痢(げり)する故 温物(うんふつ)
によろし茶(ちや)は南方の嘉木(かほく)齢(よはひ)を延(のへ)疾(やまひ)を治(ぢ)し身(み)を軽(かろ)くし骨(ほね)を
換(かふ)るの仙薬(せんやく)なれば予(よ)か養生の義に符(ふ)するなり一椀の茶を郭各(おの〳〵)
頒(わか)ち喫(きつ)するは和なり主客(しゆかく)始終(ししう)威儀(いき)に惰(おこた)らさるは敬(け)なり室中(しつちう)
露地(ろち)自(みづから)払拭(ふつしよく)を勤(つと)るは清なり客主(かくしゆ)猥雑(わいざつ)喧嘩(けんくわ)ならさるは
寂(じやく)なり主人より客(きやく)へ飲食(いんしよく)を勧(すゝ)る事を須(もち)ひす嫌(きら)ひの品
は遺したまへと云 敬(けい)なり客も亦 辞退(じたい)する事なら遺(のこ)す
ことなきは敬(けい)にして和(くわ)なり食尽(くひつく)せとも腹(はら)を妨(さま)けしめす
酒は献酬(けんしう)己(おの)が量(りやう)に随(した)ふて乱(らん)に及はさす茶の風情(ふぜい)和(わ)
漢(かん)自符するあり晋(しん)の陸納(りくのう)風流茶(ふうりうちや)を好 謝安(しやあん)嘗(かつ)て
陸納(りくのう)か宅に詣(いた)る設(もうく)るところ唯(たゝ)茶と菓子とのみなりし
陸納か姪(おい)の俶(しく)伯父(はくふ)の設る所なきを以て納(のう)に問(と)はすして
珍(ちん)羞を集(あつめ)て盛饌(せいせん)を謝安(しやあん)供(けう)す宴(ゑん)終(おはつ)て謝安 去(さ)るに

【右丁】
及て陸納(りくなう)姪(おい)の俶(しく)を杖(つゑ)をもつてうつこと四十 汝(なんぢ)伯父(おぢ)の光(ひかり)を益(ま)すこと
あたはず吾(こが)素業(そげう)を穢(けが)すと言(いつ)て盛饌(せいせん)を備(そな)へし事を叱(しか)りし
なり是(これ)り利休が森(もり)口の侘(わび)人を尋(たつ)ね詣(いた)りしに初(はし)めに柚味噌(ゆみそ)
にて酒を出せしを最(もつとも)雅趣(がしゆ)ありと意(おもひ)しに後に暫(しばらく)有てふくら
なる肉餅(うまほゝ)出せしより利休其 心操(しんそう)を俗(そく)なりとして俄(にはか)に
暇(とま)を請(か)ふて罷り返(か)りしと陸納か姪(おい)を叱りしと風情(ふぜい)自(おのつか)ら
符合(ふかう)するなり茶の風流(ふうりう)養生に益(ゑき)ある事多し養生の道は
身心(しん〳〵)を運動(うんとう)するに如はなし猶 戸 樞(すう)【左横に「とくるま」】の朽(くち)たるかことし天地日
月の右旋佐旋(うせんさせん)常(つね)に運動(うんとう)して已むことなき故(ゆ)に奇妙(きみやう)無(む)
【左丁】
量寿(りやうじゆ)なり人生(じんせい)七十 古来(こらい)稀(まれ)なり飲食(いんしよく)を節(せつ)にして形骸(けいがい)を
勤(つと)むへし形骸(けいがい)勤(つとむ)れば心気(しんき)活達(くわつだつ)して病(やまひ)を生せす往昔(むかし)
九 條(しやう)内府公(だいふこう)或日(ある日)御膳(こぜん)を召(めし)上られけるに其 羹(あつもの)肉に不図(ふと)
蜘蛛(くも)一ッ有けるを見たまひ遂(つひ)にそれより御不豫(ごふよ)となり典薬(てんやく)
を召(めさ)れて種(しゆ)々と御 薬(くすり)を召上られしも更(さら)に其 効(しるし)なくひさしく
御出輿(こしゆつよ)もなかりけるにぞ一日二條 右府公(いうふこう)九條殿へ成(な)らせられて
仰(おほせ)には有馬(ありま)涼及(れうぎう)を召連て然(しか)るへしと勧(すゝめ)め給(たま)ひけれは内府(だいふ)渠(かれ)
は 勅勘(ちよくかん)を蒙(かふむ)りし身(み)なれば 上への畏(おそれ)ありとおほせけるに
右府公 渠(かれ)は非常(ひしやう)の奇人(きしん)にて洛中(らくちう)追逐(ついちく)の 勅定(ちよくぜう)なれとも

他邦(たはう)へ去らざるやうに洛外(らくくはい)に留(と)めおけよとの宣旨(せんじ)ならは召れ
候ても苦(くる)しからましとて涼及(れうぎう )召てけるかやかて参殿(さんてん)して
拝診(はいしん)してそ暫(しはら)く思案(しあん)工夫(くふう)しけるが御 薬(くすり)を奉るなれども只今
こゝにては調(とゝの)ひ難(かた)く宿へ罷(まか)り帰(かへ)り候て御薬と又 別(へつ)に煉薬(ねりやく)やう
のものを奉るへし今日是を召上られなは明かは御 便通(へんつう)おはす
べし御 便器(べんき)を別(へつ)に召されて御 覧(らん)あるへしと申上てそ罷(まかり)ける其
あとより御薬取の御使(つかひ)を遣(つかは)されて程なく御 使(つかひ)帰(かへり)て其御薬
を召上られけるか翌(よく)日 果(はた)して御 便通(へんつう)有て御 覧(らん)有けれは血綿(ちわた)の
やうなる物 通(つう)してこれは蜘蛛(くも)の悪毒(あくどく)か下(く)り去(さ)りしと御 嬉(よろ)ひ
斜(なゝめ)ならす御 不予(ふよ)洗(あら)ふかことくに御 平癒(へいゆう)おはして早速(さっそく)其由を
凉及へ仰せ遣はされて参殿(さんでん)致すへきの御 使(つかひ)なしりか凉及申には
かく御 快気(くわいき)おはせし上は参殿 事(つかふまつ)るには及ひ申さすとい終(つひ)に参殿
せさりしか日(ひゞ)に愈(いよ〳〵)御 全快(せんくわい)おはしてのち一ヶ月 許(はかり)を経(へ)て御快気
の御 祝宴(しゆくゑん)とて凉及を召(めさ)れて其日第一の客(きやく)なりとおほせて
二条右府公もならせられて水陸(すいりく)種々(しゆ〳〵)の御 設(もうけ)にて凉及へ御盃(さかづき)
を賜(たま)ひて汝(なんじ)は真(しん)の良医(れうい)なり古(いにしへ)の扁倉(へんさう)も汝(なんし)に如(しく)は有ましと
御 褒賞(ほうせう)有けれは涼及大ひに笑(わら)ひ斯(かく)なのたまひそ他(た)の典薬(てんやく)か聞
しなは何か私(ひそか)に申へしと尚(なほ)笑(わら)ひぞ けるか宇府公の仰(おほせ)には

典薬(てんやく)とも種々(しゆ〳〵)の薬をすゝめしも更に寸(ん)功(かう)もなかりしに汝(なんじ)一日の奇(き)
術(しゆつ)を以てかく平(へい)愈(ゆう)おはすをば渠等(かれら)も嘆賞(たんしやう)いたすべし何と評(へう)ず
べきことかある凉及 謹(つゝしん)て申上けるは昔日(さきに)臣(しん)御 詠(■く)拝(はい)せし■唯(たゝ)
御 心気(しんき)の鬱曲(うつきよく)にてこれぞと申御 澄(■■)もなく蜘蛛(くも)の御 食毒(しよくどく)と思(おぼ)え
から日に御不予におはすなりと其御 気鬱(きうつ)を発(はつ)せんと臣(しん)帰路(きつ)に
博商(はくせう)【左に「こふうや」】に至り赤綿(あかわた)を持 帰(かへ)り御薬を蜜(みつ)に煉(ね)りませてぞ奉しに
其 赤綿(あかわた)の下(くだ)りしを食毒(しよくどく)解(げ)せしと思召御鬱気(うつき)頓(とみ)に発達(はつたつ)して
御 不予(ふよ)の色(いろ)も去りしなりと己(おのれ)か奇功(きかう)ともせさりしうを両公(りうこう)御 感(かん)
斜(なゝめ)ならず御 褒賞(ほうせう)己(やま)さりし他(た)の世上(せしやう)の医(い)なりせはかゝる奇(き)
術(しゆつ?)も有ましくもし幸に効(かう)あらは秘(ひ)して人にも語(かたらはて)己(おのれ)か功(かう)とも
誇(ほこ)るべきを明白(めいはく)に申せしは誠(まこと)に良医(れうい)と称(せう)すへし 勅勘(ちよくかん)を
蒙(かうむ)りしは其頃 主上(しゆせう)の御悩(ごなう)にて凉及御薬を奉り日■御
愈食(ゆしよく)おはせども未(いま)た全(まつた)くましまさず御養生 最中(さいちう)と御薬も
すゝめ奉り朝夕の御 膳部(せんぶ)も夜分(やふん)宮女(きうしよ)の侍御(じきよ)をも御慎(つゝしみ)おはす
べし今日御 慎(つゝしみ)おはさずして他日 御 悩(のう)加(くは)はりなは臣等(しんら)はおろか
古(いにし)の扁倉(へんさう)も亦いかにせんと屡(しは〳〵)諫(いさめ)め奉るは唯(たゝ)凉及一人にて他(た)の
典薬(てんやく)はおそれ憚(はゝかつ)て誰(たれ)諫(い?さむ)るものもなく終(つひ)に等閑(なほざり)にまし〳〵て
凉及 参(さん) 内(だい)せさりしか後(のち)竟(つひ)に一年を経て果(はた)して  御悩(このう)



再発(さいほつ)して凉及を召連しに凉及其とき宿に居り碁を囲(かこ)みて
ありけるがひたすら其事にのみうちかゝりて余念(よねん)なくたま〳〵
答る事もたゝ碁になぞらへて諷奏(ふうそう)しさらに動(うご)くべきけしき
も見へざれは  勅使もいまはあきれはて其 場(ば)を立て返
られし復(また)参(さん) 内(たい)をいそけよと 勅使(ちよくし)両度(れうど)に及へとも凉及参
内せざりしか終(つひ)に 崩御(ほうぎよ)まし〳〵て其 違(い) 勅(ちよく)の罪(つみ)により洛(らく)
中 追逐(ついちく)となりしなりはしめ 天聴(てんてふ)塞(ふさが)りて御養生の期(ご)を
後(おく)れ復(また)の 御悩(こなう)に医(い)をめすは無益(むやく)のことゝ覚悟(かくご)して参(さん)
内(たい)せざりし心操(しんさう)は非常(ひせう)奇人(きじん)といふへきか又ある豪家(がうか)の
病人凉及を迎(むか)へしが凉及其病人を診察(しんさつ)して唯(たゝ)黙(もく)してあり
けるが家人凉及か前(まへ)に進み此病人は何と申病にて候かと問(と)ひ
ければ凉及応(こたへ)てこれは鈍丸(どんぐわん)といふ病なりといふ家人いぶかり
いまた曽(かつ)て聞なれぬ病ひ何としたる病にて候やと問へは今日
より一ヶ月を経(へ)なば旦那寺(だんなでら)の坊主(はうす)か来て鈍丸(どんくわん)々々(〳〵)といふ病
なりといひし家人病名を問ひし故かくも答(こた)へしものならんこの
どんぐわんの病(やま)ひとなるも飲食(いんしよく)女色の節(せつ)をうしなひ養生
の期をおくれては良医(れうい)たりと何如(いか)にせん医者(いしや)ばかりを頼(たの)み
にせす平 生(セイ)を慎(つゝし)むへし

養生随筆巻之上

【裏表紙】

養生随筆 中

養生隨筆巻之中
    河合元席碩口授
風寒(ふうかん)暑湿(しよしつ)之(の)気能養(きよくやしない)_二万物(はんふつを)_一能 害(がいす)_二万物(はんふつを)_一 天之所_レ発(はつ)_二-生(せいする)万
物(ぶつ)_一之 気而(きにして)人 悪(にくめとも)_レ暑(しよを)天 不(す)_二為(ために)_レ之止(これかやめ)_レ_一夏(なつを)人 悪(にくめとも)_レ寒(かんを)天 不(ず)_二為(ために)_レ之(これか)
止(やめ)_一_レ冬(ふゆを)以(もつて)_二寒来暑往(かんらいしよわうを)_一万物 為(ために)_レ之成長(これかせいてうも)其 在(あつては)_二 天-地 之(の)間(あいたに)_一則(すなはち)
為(たり)_二世気(せいき)_一自(より)_レ 人 冒(をかして)_レ之(これを)而後則(しかうしてのちにすなはち)指(さして)_レ之(これを)為(する)_レ邪気(しやきと)也(なり)風寒暑湿(ふうかんしよしつ)
燥火(さうくわ)之(の)六気これを外邪(くわいしや)といふ喜怒(きど)憂思悲(いうしひ)恐驚(きやうけう)の七情
これを内傷(ないしやう)といふ内傷は飲食酒色(いんしよくしゆしよく)の節(せつ)を失(うし)ふによつて
外邪(くわいじや)これに随(したかつ)て冒(をか)す外邪内傷これを分(わか)つといへとも内傷は

かならす外邪(くわいじや)をかね外邪は必内傷(ないしやう)を兼(かぬ)るなり人 飲食(いんしよく)女色(によしよく)
を節にして血気 充実(じうじつ)して精神(せいしん)内に守る時は邪(じや)気これを
冒(をか)すことあたはず飲食女色節を失ふて血気 虚耗(きよもう)して精神
守(まもり)を怠(おこた)るときは邪気(じやき)これに由(よつ)て冒(をか)す其 冒(をか)すや人 毎(ごと)に異(ことなり)
邪気はたとへは水の如し人は器(うつは)の如(こと)し其器たるや方円浅深(はうゑんせんしん)
大小 長短(ちやうたん)同(おな)しからず水は其器に随(したか)ふて種々(しゆ〳〵)の形象(かたち)をなす
邪気も亦人の虚実(きよじつ)強弱(きやうしやく)肥瘠(ひせき)燥潤(そうじゆん)に随(したか)ふて種(しゆ)々の病状(へうしやう)を
なす或(あるひ)は脚気(かつけ)或は痛風(つうふう)或は瘧疾(きやくしつ)或中風(ちうふう)ある傷寒(しやうかん)傷寒
とは傷(しやう)はやふるそこなふいつとなく漸(やうや)く傷(やぶ)るの義なり初(はじ)め
寒邪(かんじや)に感(かん)ずるやいまだ熱(ねつ)を発せす邪気(じやき)に感(かん)する事を覚(おぼ)へす或(あるい)は
夜気(やき)を冒(をか)し或は沐浴(もくよく)【左に「ゆあみ」】し邪気(しやき)日を経(へ)て漸(やうや)くに傷(やふ)る遂(つひ)に悪寒(おかん)
発熱(はつねつ)して傷寒(しやうかん)となる傷寒 最(もつとも)重(おも)き病なり医(いしや)者 治法(ちはう)を誤(あやま)
れば人を死(ころ)す故に昔(むかし)漢(かん)の張仲景(ちやうちうけい)傷寒 論(ろん)を著(あらは)して丁寧(ていねい)
反復(はんふく)に治法(ちほう)を示(しめ)す医家(いか)の宝鑑(はうきやう)なり然(しか)るに明(みん)の呉有可(ごいうか)と云
者傷寒論を誹(そしり)て温疫論(うんゑきろん)作る其 大率(おほむね)温疫(うんゑき)を病(や)む者百人
にして傷寒を病む者は僅(わつか)に五七人 過(すぎ)す医者(いしや)其多き温疫
を見て皆傷寒と誤(あやま)り認(とめ)て傷寒の治法(ちはう)を与(あた)へて人を死(ころ)す
こと数(かず)しらす病(やまひ)の為(ため)に死(し)せすして医(い)の為(ため)に死(し)す医(い)の為(ため)

死するかと意(おも)へばむかしの聖人か温疫(うんゑき)の治法(ちはう)を著(あらは)す事
を忘(わす)れ遺(のこ)されしために死するなりといふて太言(たいげん)を吐(はき)て
温疫論(うんゑきろん)を作(つく)りし其温疫論にいふには傷寒(せうかん)は邪気(じやき)を■(き)
膚(ふ)よりうつる疫(ゑき)は邪気 口鼻(かうび)より入て腹(はら)と背中(せなか)との間(あいだ)の募原(まくげん)といふ所に盤(わだかま)り居る故(ゆへ)に傷寒論の桂枝麻黄(けいしまわう)の発(はつ)
表(へう)の治法(ちほう)にては治せぬといふて自(みつから)達原飲(たつけんいん)といふ方(はう)を作(つくり)
てこれを用るなり其 達原飲(たつけんいん)といふ薬は梹榔草菓(ひんらうさうか)等(とう)
の方にて瘧(きやく)の截(きり)薬の類(るい)なるものにて傷寒の治法とは雲(うん)
泥(てい)の違(ちが)ひなりこれは畢竟(ひつけう)呉有可(こいうか)か新奇(しんき)の説(せつ)をいひ初(はしめ)て
世(よ)の俗医(ぞくい)を欺(あざむ)きて世上の目を驚(おどろ)かして名を售(うる)者にして実(じつ)に
仁者(じんしや)世を掬(すく)ふの用心(ようじん)にはあらざるなり其邪気(じやき)口鼻(くちはな)より
入ると謂(うふ)は何によつて見るや邪気の募原(まくげん)に盤(わだかま)り居(ゐ)ると
いふは何に由(よつ)て知(し)るや其 証拠(しやうこ)を見す是(これ)唯(たゞ)一 家(か)の臆説(おくせつ)私言(しげん)
にて古今(ここん)天下の公論(こうろん)には非るなり其 書(しよ)を読(よみ)て其人を視(み)る
に但(たゝ)利口(りこう)のみにて固(もとより)君子(くんし)の人には非るなり明(みん)は近世(きんせい)にて其
人を明史(みんし)に載(の)せさるを観(み)れば奇術(きしゆつ)ある人ともみえさるなり
本邦(ほんはう)も宝永(ほうゑい)年中まては香月(かづき)牛山(きうざん)浅井(あさゐ)図南(となん)の輩(ともがら)内経(だいけう)
七部書(しちふしよ)の類(るい)を以て医家(いか)の子弟(してい)に教授(けうじゆ)して医学(いかく)精密(せいみつ)に

過(すぎ)て滋補(じほ)の薬を旨(むね)として大黄(だいわう)石膏(せきかう)恐(おそ)るゝ事 恰(あたか)も鴆毒(ちんとく)の如く
治術(ちしゆつ)迂遠(うえん)の蔽(へい)有しに享保(けうほう)年間(ねんかん)香(か)川 秀菴(しうあん)山 脇(わき)東洋(とうよう)吉益(よします)
東洞(とうとう)の輩(ともがら)始て傷寒論を宗(むね)として古方家(こはうか)と称(しやう)して彼(かの)滋補(じほ)
の剤(ざい)を旨(むね)とするものを後世家(こうせいか)と謂てせん専(もつは)ら汗(かん)吐(と)下(げ)の法方(はう〳〵)を
行(おこなふ)て頗(すこぶ)る世に功(かう)ありしが亦 医家(いか)の子弟(してい)少年(せうねん)の輩(ともから)妄(みだり)に汗吐(かんと)
下(げ)の攻撃(かうけき)の剤(ざい)を投(とう)じて人を誤(あやま)ること鮮(すくな)からず亦 攻撃剤(かうげきさい)の蔽(へい)
となる明和(めいわ)年間(ねんかん)より畑桺菴(はたりうあん)和田(わた)泰純(たいしゆん)の輩(ともから)攻撃剤(かうげきざい)の蔽(へい)を見
て復(また)後世(かうせい)の法方を採(とつ)て遂(つひ)に滋補(じほ)攻撃(かうげき)の間(あいだ)を折衷(せつちう)して其 宜(ぎ)
を得たり安永(あんゑい)の頃(ころ)まては医学(いがく)に心を用て治術(ちしゆつ)の沙汰(さた)も
ありしに近頃は医学(いかく)大ひに衰(おとろ)へて人を死(ころ)すも見えす亦人を
生(いか)すも見えす唯(たゝ)常庸(じやうやう)のみなり天明の頃 彼(かの)明(みん)の呉有可(こいうか)の温(うん)
疫論(ゑきろん)本邦(ほんはう)に渡(わた)りしを荻野(おきの)台州(たいしう)訓点(くんてん)して世に弘(ひろ)まりしより近(ちか)
頃(ころ)の医家(いか)専(もつは)ら温疫論を唱(とな)へて傷寒(せうかん)をいふ事をしらす病人
熱(ねつ)稍(や)劇(はげし)く食も進(すゝ)み難(かた)きを見れは惣(すへ)て皆(みな)疫(ゑき)なりといふ素人(しらうと)
も亦其 訳(わけ)をしらず疫なりと謂(い)ふ疫(ゑき)は役(ゑき)字(じ)の行編(きやうへん)を去(さつ)て病(やまひ)
冠(かむ)りをして疫字(ゑきじ)を作(つく)るなり役は賦役(ふゑき)の義にて官(くわん)より民(たみ)へ役(やく)
を命(めい)せらるゝことにて今一 軒役(けんやく)に銀(ぎん)一 銭(せん)或は弐銭又は農民(のうみん)佃(た)
高(たか)一 石(こく)に銀何銭(きんなんせん)目(め)と家ごと戸(こ)ごとに役(やく)を受(うく)るか如く家ごと

戸ごとに邪気(じやき)をうくるを疫といふなり呉有可(こいうか)も始(はじ)めは温疫(うんゑき)と
いひしが温(うん)の字(じ)矛盾(ぼうじゆん)する故に終(つひ)には時疫(じゑき)といふなり疫も家
こと戸(こ)ことにはやるの義なり時(じ)もはやるの義なり衣裳(いしやう)などの
染色(そめいろ)のはやるを時世粧(しせいしやう)といふはやり医者(いしや)を時医(じい)といふなり
家こと戸こと風邪(ふうしや)を病(や)むときには風の神(かみ)を送(おく)ることあり是
がすなはち疫(ゑき)なり疫は軽(かろ)きもあり重(おも)きもあり鼻洟風(はなたれかぜ)に
ても家こと戸ことに病むは疫(ゑき)なり今の医者(いしや)は熱(ねつ)の重(おも)きを
さへ見れは疫と謂て傷寒(しやうかん)あることをしらず我(わか)輩(ともがら)のごとき
野夫(やぶ)医者(いしや)は病(やまひ)の名義(めいぎ)をも弁(べん)ぜさるは理(ことは)りなれとも歴々(れき〳〵)の
名医(めいい)嗣(し)子や官医(くわんい)の令息(れいそく)か四夫(しふ)の肩輿(けんよ)にて俗医(そくい)呉有(こいう)可の
糟粕(さうはく)を舐(ねぶ)りたまふて疫(えき)傷寒の弁別(べんべつ)なきは世の不孝(ふかう)には非
すや孔子曰 名不(なざれば)_レ正(たゝし)則(すなはち)言(こと)不(す)_レ順(しゆんなら)言(こと)不(されは)_レ順(しゆんならす)則(すなはち)事(こと)不(す)_レ成(なら)と且(かつ)傷(しやう)
寒(かん)は病(へう)因(いん)を以て名(なづ)けし名なれば固(もとよ)り正(たゝ)すへき事なり予(よ)少(わか)
かりし時京 姉小路東洞院西へ入南側に亀屋七左衛門 全盛(せんせい)なり
しとき息(そく)宗太郎 予(よ)と友(とも)たりしか病(やまひ)熱重(ねつおも)かりし初め山本 左(さ)
京(けう)か執(しつ)■(ひ)なりしがにのちに荻野(おきの)左衛門を迎(むか)へしが温疫論の呉(ご)
有可(いうか)の柴胡清燥湯(さいこせいそうとう)与(あた)へられしが効(しるし)

救荒便覧

【表紙】
【題箋】
救荒便覧

【右丁】
【四つ目菱紋】本居【矩形で囲む】技┃┃┃┃
《題:救荒便覧《割書:饑歳賑済(きゝんとしすくひ)の書(しよ)世(よ)に稀(まれ)なれば今|和漢(わかん)の書(しよ)に根拠(もとづきより)て臆見(ひとりぎめ)を用(もち)ひず|煩(はん)を省(はぶ)き要(えう)を摘(つま)みあまねく人の|見やすからん為(ため)に作(つく)るなり》》
【左丁】
  ○荒政之典(うゑをすくふおきて)
○尭之為_レ君也存_二心於天 ̄ニ_一加_二志於窮民 ̄ニ_一 一民饑曰我饑 ̄ヤス_レ之也一民寒
曰我寒 ̄ヤス_レ之 ̄ヲ也一民有_レ罪曰我陥 ̄イル_レ之 ̄ヲ也百姓載_レ之如_二日月_一視 ̄ル_レ之如_二父母_一
○湯因_レ旱祷_二於桑林 ̄ニ_一以 ̄テ_二 六事 ̄ヲ_一自責曰政不_レ節 ̄セ歟民失_レ職歟宮室崇 ̄キ歟
婦-謁盛 ̄ナル歟苞-苴行 ̄ルヽ歟讒夫昌 ̄ナル歟何以不_レ雨而至_二斯極_一也言未_レ已大雨-
方数千里○王制云国無_二 九年之蓄 ̄ヘ_一曰_二不-足_一無_二 六年之蓄_一曰_レ急無_二 三
年之蓄_一曰_三国非_二其国_一也三年耕必有_二 一年之食_一 九年耕必有_二 三年之
食_一以_二 三十年之通_一制_二国用_一雖_レ有_二凶旱水溢_一民無_二菜色_一然 ̄シテ天子食日 ̄ニ挙 ̄スル

以_レ楽○大司徒以_二荒政十二_一聚_二万民_一 一曰散_レ財たくわへある米穀(べいこく)
を施(ほどこ)し人をすくふなり二曰薄_レ征/年貢(ねんぐ)をかろうして人の心をしづ
むる三曰緩 ̄フス_レ刑なん義(ぎ)にてつみに陥(おちい)るのものはとがめをゆるうす
四曰弛 ̄フス_レ力 ̄ヲ民(たみ)をつかひ骨折(ほねおり)させず五曰舎 ̄ツ_レ禁 ̄ヲ上の御場なれどきゝん
の時(とき)は勝手(かつて)にいれてやる六曰去_レ幾/関所(せきしよ)の吟味(ぎんみ)なくあきなひ
ものゝ口銭(こうせん)などゆるす七曰/省(ハブク)_レ礼 ̄ヲ吉礼(きちれい)の儀式(ぎしき)客(きやく)のもてなし礼(れい)
をそなへず八曰殺 ̄ク_レ哀 ̄ヲ葬礼向(とりおさめむき)はざつとする九 ̄ニ曰/蕃(トヅル)_レ楽 ̄ヲ鳴(なり)ものを
どり停止(てうじ)しておごりをさせず十曰多 ̄クス_レ婚 ̄ヲしたく取繕(とりつくろ)ひなくよめ
とりむことり勝手(かつて)にさすべし婦人(ふじん)はおつとにたより夫(おつと)も妻(つま)を
力(ちから)にしてともにかせぐ時はうへこゞゆる難儀(なんぎ)なし十有一曰索 ̄ム_二
鬼神 ̄ニ_一宮(みや)ほこらのやぶれをつくろい神々(かみ〴〵)先祖(せんぞ)にいのり豊年(はうねん)を
ねがふ人の気をやすめん為(ため)なり十有二曰/除(ノゾク)_二盗賊 ̄ヲ_一うゑにせまり
ぬす人多く又/世間(せけん)さわがしく人の気たつゆゑよく手当(てあて)しとり
をさむ○真西山曰夫人之貧富雖_レ有_二不同_一推 ̄ニ_二其繇来_一均 ̄ク是 ̄レ天地之
子凡天之疲癃残疾惸独鰥寡皆吾兄弟之顚連 ̄シテ而無_レ告 ̄ル者也我 ̄ト
之与_レ彼本同-一-気我幸 ̄ニシテ而富 ̄ミ彼不幸而貧正 ̄ニ当_下以_二我之有-余_一而済_中彼

不-足_上自_レ古及_レ今能以_二恵䘏_一為_レ念 ̄ト者其子孫必賢其門-戸必興 ̄ル蓋困窮
之民人雖_レ忽 ̄スト_レ之天地之心則未_二嘗 ̄テ不_一レ憫 ̄マ_レ之也我能恵_二-䘏困窮_一則是合_二
天地之心_一則必獲 ̄ン_二 天之佑_一此以_レ理言也若以_二利害_一言 ̄ンニ_レ之無 ̄レハ_二饑民_一則無_二
盗賊_一則郷井安 ̄ン是又富家之利也
   明君(めいくん)賢臣(けんしん)の言行(げんかう)を挙(あげ)ていましめとす
○尊(たふ)とき君(きみ)の仰(あふせ)に人皇二十九代 宣化(せんくわ)天皇(てんわう)の勅(ちよく)に食(しよく)は天下の
本也(もとなり)黄金(わうごん)百貫目(ひやくくわんめ)ありても飢(うゑ)を養(やしな)はず白玉(はくぎよく)千箱有とも何ぞよく
飢(うゑ)をすくはんやとて大臣(だいじん)に命じて国々(くに〴〵)に御蔵(みくら)をたて粮米(らうまい)を積(つみ)
蓄(たくは)へさせ不慮(ふりよ)の事(こと)有とも人民(にんみん)の命をすくふべきとの御事也とぞ
又/戦国(せんごく)の頃(ころ)小田原辺(おたはらへん)を過(すぎ)させ給(たま)ひしに百姓(ひやくしやう)どもつゝれを着(き)縄(なわ)
の帯(おび)をしめたりしにあれ見(み)よ凶年(きやうねん)打(うち)つゞき皆(みな)なんぎすると見(み)
えたり吾(われ)早(はや)く来(きた)らばかくはせまじきにとて御馬上(ごばしやう)にて御涙(おんなみだ)を
ながしたまひければ人々/承(うけたまは)り伝(つた)へ感(かん)せぬものはなかりしとぞ
げにや一滴(いつてき)の御涙(おんなみだ)四海(しかい)をうるほしたまふにぞあるべき徳(とく)の流(りう)
行(かう)置郵(はやひきやく)して命(めい)を伝(つた)ふよりすみやかなりとは此(この)御事(おこと)をや申べき
又/夏中(なつぢゆう)はむぎめしを召上(めしあが)られしに近侍(をそば)の人/白米(はくまい)のいひを碗(わん)の底(そこ)

に入うへに計(ばかり)むぎを置(おき)しかば汝等(なんじら)予(よ)が心(こゝろ)をしらず今/戦国(せんごく)にして
士卒(しそつ)寝食(しんしよく)をやすんぜず予(よ)独(ひと)り何(なん)ぞ飽食(はうしよく)するに忍(しのび)んやと○また
麦草(むぎくさ)の左(ひだり)へよれて生(は)えたるは世(よ)の中(なか)あしく右(みぎ)へよれて生えたるは
豊年(ほうねん)なり民(たみ)百姓(ひやくしやう)のをさなき兒(こ)どもの色(いろ)ざしよきは母(はゝ)の食物(しよくもつ)よく
雑穀(ぞうこく)を不(くは)_レ食(ず)乳(ち)の気(き)沢山(たくさん)なる故(ゆゑ)と知(しる)べし又/芋蔵(いもくら)とて去年(きよねん)の芋(いも)
家々(いへ〳〵)に積置(つみおき)土(つち)をかけ置(おき)土民(どみん)の糧(かて)にす此(この)芋蔵(いもくら)未崩(いまだくづれ)ざれば定(さだめ)て糧(かて)
も尽(つき)ずと見(み)えたり下々の事かくまでしろし召されしを人々
ありがたく骨(ほね)にきざみ忘(わす)れまじき事になん○延喜(ゑんぎ)の御代(みよ)不動(ふどう)
穀とて国々に倉(くら)を建(たて)られ米穀(べいこく)を儲(たくわ)ひ凶年(きやうねん)に備(そな)へ給ひし其後
穀/数万(すまん)をねせ置(おけ)は費(つゐへ)なりとて止(やめ)られけり是より凶年/打続(うちつゞ)き
適(せめ)天にあらはれ水旱(すゐかん)の災(わさはい)度々(たび〳〵)ありて民うゑにつかれしかど
天威(てんゐ)猶(なほ)止(やま)ざるにや 朱雀院(しゆじやくゐん)の御宇(きよう)に至(いた)り南海(なんかい)より盗賊(とうぞく)起(おこ)り
東山道(とうさんだう)に将門(まさかど)謀反(むほん)して天下の騒乱(さうらん)止時(やむとき)なく万民の憂(うれゐ)となりし
とそ○いづれの 君(きみ)にや凶荒(きやうくわう)の後(のち)に御位(おんくらゐ)を継(つ)がせ給ひしに
国用(こくよう)不足せしかば深(ふか)く憂(うれ)ひ給ひ扶持方(ふちかた)の事と御机(おんつくえ)の上(うへ)に常々(つね〴〵)
張付(はりつけ)させ給ひしとぞ其外の御美政(ごひせい)数(かす)多(おほ)し推(すゐ)してしるべき事

になむ○某(それ)の侯(きみ)常に桑(くわ)の葉(は)のいひを用ひられしとぞ万(よろづ)に倹(けん)
を用ひられし事推してしるべし又/死(し)に臨(のぞ)みていはれしは吾(われ)
一生(いつしやう)吝嗇(しはき)やうにもあらんづれとも凶年にも領分(りやうぶん)の民(たみ)ども餓(うゑ)
死(しに)をばさせざりしが今はやみほれて心もとゞかす《割書:云| 云》この侯
天明卯辰両年民うゑになやみしかばあまねく物を分ちたびて
すくはせらる数左に注(しる)す 米五百二拾石 籾(もみ)五万八千百九
拾石余 粟二千百三拾石余 大麦四石二斗 蕎麦四拾二石余 
 銀二拾貫余 銭壱万四百九十三貫余/斯(かく)てもかねて田畑(でんはた)抔(など)も
持(もた)ざりける者はなほさまよひければ国府(こくふ)の侍(さふらい)白川(しらかは)の辺(ほと)りに
かり屋(や)をしつらひてすゑおき下司(したつかさ)をつけてかゆを煮(に)させ朝(あさ)
夕(ゆふ)くばり与(あた)へもし病(やむ)ものあれば医師(いし)をして薬(くすり)をあたへしむ
すべて此料(このりやう)は右の員数(かず)の外(ほか)なりし 宝暦八年の比(ころ)より粗税(ねんぐ)
の内/程々(ほと〴〵)に随(したが)ひ籾(もみ)ながら貢(みつが)せて凶荒の備(そな)へとし給へりされ
ども一所に貯(たくは)へおきてはにはかの事あらん時(とき)便(たより)なからん事を
計(はか)りてそこ〳〵に倉(くら)をたてゝをさめおかせらる其かず九十
七となん上(かみ)にいざなはるゝ下(しも)なれば百姓どもおのが物のうち

を思ひ〳〵にさゝげて此倉(このくら)に収(おさめ)おく《割書:云| 云》天明の比天下/凶荒(きゝん)なり
しにも此国の民は一人も餓死(がし)するものなかりけるこそ有がた
けれさても此籾(このもみ)を貯(たくは)ふやうこそたやすからねあしく取
はからへぼ却(かへつ)て民の煩(わづら)ひとなり又/虫(むし)ばみなどしていたづらに
なりゆくかやうの事まで細(こまか)なる掟(おきて)あり○ある書に天明三年
夏より秋に至るまで単(ひとへ)もの着(き)しはたゞ二三日なるべし《割書:云| 云》
今年より明(あく)る四年まで奥羽(おうう)きゝんとはなれりされは年来(ねんらい)
御心を尽(つく)されし儲蔵(たくはへくら)を発(ひらか)れしかばうゆるものなかりし隣国(りんごく)の
飢民(きみん)入来(いりきた)るをも救(すく)ひ給ひし倒(たふ)れて死(し)するものあればねんごろ
に葬(はふむ)らせたまひし又天明四年/五穀成就(ごこくしやうじゆ)祈祷(きとう)の為(ため)二の丸/先君(せんくん)
の廟(たまや)へ寺院(じゐん)を召(め)し祈祷(きとう)あり君自ら食(しよく)を断(たち)ていのられける
に天も誠(まこと)を感(かん)じたまへるにや霖雨(ながあめ)忽(たちま)ち晴(はれ)よき時候(じかう)とはなり
しなり又宝暦の凶作(きやうさく)に多(おほ)くの餓死(がし)に至りし事を思(おぼ)し召(め)し
て安永三年/籾蔵屋鋪(もみぐらやしき)の内に新(あらた)に備米蔵(そなへこめくら)を建(たて)たまひ籾(もみ)を蓄(たくはへ)
あり《割書:云| 云》又天明四より百姓高百石に年々/数(かず)三升づゝ是は安永
五年/仰付(あふせつけ)らるゝ一人一升の外(ほか)なり《割書:云| 云》明和八年/義倉(ぎさう)御取立(おんとりたて)あり

安永五より川井小路(かはゐこうぢ)に義倉(ぎさう)を立(たて)此年より儲(たくは)へしめたまひし
斯(かゝ)る御世話(おんせわ)の印(しるし)を以て天明の凶作に餓(うゑ)には及(およ)ばさりし○某侯(それのきみ)
飢民(きみん)のために救(すく)ひ米(こめ)出(いだ)されしに役人(やくにん)の取計(とりはからひ)にて貧民(ひんみん)はかへす
時なければとて身上(しんしやう)よきものへばかりかしたりされば餓莩(いきたふれ)多(おほ)
かりしかば領主(りやうしゆ)其(その)姦状(あしきしかた)を聞(き)かれてそれは手廻しなり救(すく)ひにあら
ずとて倉(くら)をひらいて自身(じしん)下知(けぢ)して配分(はいぶん)せられしとぞ古人(こじん)飢(うゑ)
を救(すく)ふの術(じゆつ)は賢臣(けんしん)を選(えら)ぶを先(さき)とすといへるは是(これ)が為(ため)なるべし
○某侯曰一世の縄紀(さだめ)紊(みだ)れざる時はきゝんといへども飢(うゆ)る民なく
後世/饑饉(ききん)ならずといへども貧民(ひんみん)多(おほ)きは驕(おご)る役人(やくにん)の下に有故(あるゆへ)也(なり)
○或(あるひと)曰一年の穀(こく)を四分一/貯(たくは)へるを法(ほふ)とす今の世にはせめて
十分一貯へて不時(ふじ)の用(よう)に備(そな)ふへし穀の新古(しんこ)年々つみかへ凡三十
万俵ほどづゝたえず貯ふるを法とすべし按(あん)ずるにこれは王制(わうせい)
一三六九の解(かい)なり周南(しうなん)も有_レ解○明暦酉年正月十八日大風/吹(ふ)き
さわがしきゆへ或(ある)人/手当(てあて)として米穀多く調(とゝの)へ置(おき)しに江戸中/大火(たいくわ)
にて悉(こと〴〵)く焼土(やけつち)と成(なり)にけり江城(こうじやう)始(はじま)りしより初(はじめ)ての事ゆへ死人(しにん)巷(ちまた)
に満(みち)米穀(べいこく)商(あきな)ふものなくて諸人(しよにん)大(おほ)きに難義(なんぎ)に及びし時多くの人を

救(すく)はれける○或(あるひと)曰/事(こと)欠(かく)まじきに事をかく事多したとへば蓼(たて)と
いふ草(くさ)は植安(うゑやす)き草なれども屋鋪(やしき)を持(もち)ながらそれさへ事/欠(かく)人
有とて植て見(み)よ蓼(たで)のそだゝぬ土(つち)もなし心がたく【らヵ】こそ事は
かきけり 此人/一生(いつしやう)何(なに)にも事かき申さず富貴(ふうき)にて貧(ひん)なる人には
悉(こと〴〵)く恵(めぐ)まれけるとなりきゝんにうゆるも平生(へいぜい)の心掛(こゝろがけ)なきゆゑ 
なれば是(これ)をしるす○養恬(ようてん)曰/倹約(けんやく)とは与(あた)ふべきすぢめと親戚(しんせき)
朋友(はういう)困餓(こんが)の人を救(すく)ふ事/分(ぶん)に応じて財(さい)を惜(おし)まず万事(ばんし)奢(おご)りを制(せい)
するたぐひをいふなるべし○或曰/金銀(きん〴〵)はたからなり我身(わがみ)の
栄花(えいぐわ)に遣(つか)ふべからず貯(たくは)へおき飢饉(きゝん)等(とう)の時(とき)万人(まんにん)にあたふべき
為(ため)なり○昔(むかし)やつこと云(いふ)事/上下(じやうげ)ともに有(あり)て下々の奴(やつこ)と云は奉公(ほうこう)
を能(よく)勤(つと)め太儀(たいぎ)なる事を太儀(たいぎ)と云(い)はず寒(さむ)くして寒(さむ)きつらをせず
一日食をくはずともひだるき躰(てい)なく互(たがい)の話(はなし)にも供先(ともさき)にて命(いのち)を
捨用(すてよう)に立働(たちはたら)かんと広言(くわうげん)しぬ今/大平(たいへい)二百年の久き我人(われひと)
御恩徳(こおんとく)の厚(あつき)にあまへて辛抱(しんぼう)弱(よは)くなりたり前文(せんぶん)に載(のせ)たる明君(めいくん)
賢臣(けんしん)の規戒(いましめ)を守(まも)りて奴(やつこ)にもおとる事なかるべし○或曰/当世(とうせい)
上下ともに穀(こく)を賤(いやし)んじて金を貴(たふと)ぶなり其/心根(こゝろね)は飢饉(きゝん)して米(べい)

穀(こく)何程(なにほど)貴(たふとき)とも金銀(きん〴〵)さへ多ければ買(かひ)もとむる事/仕易(しやす)し此ゆへに
金銀を第一として穀を心とせざるなり甚つたなき心掛(こゝろがけ)なり
其/故(ゆゑ)は二三/箇国(がこく)の饑饉には有年(ほうさく)の国より饑饉の国へ廻(まは)し遣(つかは)
す米穀も有るべきなれども若(もし)二三十国も一年にきゝんせば
廻(まは)し遣(つかわ)す米穀(べいこく)も有るべからす其時に至て金銀を煎(せん)して飲(のむ)とも
命(いのち)は助(たすか)るまじきや尤(もつとも)兵乱(ぺうらん)の世には農民(のうみん)も快(こゝろよ)く田作(たつくり)も致(いた)し難(がた)
きものなれば歳(とし)飢饉(きゝん)ならずとも米穀は不足するものなり此所
を能(よく)呑込(のみこみ)て金銀は命を救(すくふ)第二番(だいにばん)のものなる事を知(しる)米穀を第一
金銀を第二と心得て平日(へいじつ)食糧(しよくりやう)に成(なる)べきものを貯(たくは)へるを勤(つとむ)べし
是(これ)国郡(くにこほり)を領(りやう)する人第一の覚悟(かくご)にして下/庶人(しよじん)に至(いた)るまで此心/掛(がけ)
を忘却(ばうきやく)する事なかれ是大にしては武備(ふび)の肝要(かんえう)とし小にしては
活命(くわつめい)の根本(こんほん)とするなり可_レ思/糧(かて)を貯る法(ほふ)は和漢(わかん)古今の説(せつ)色々(いろ〳〵)
あれども一㮣(いちがい)に泥(なづむ)事/勿(なか)れ唯(たゞ)国本の肥瘠(ひせき)其年の豊凶(ほうきやう)を考(かむがへ)て臨(りん)
時(じ)に分量(ぶんりやう)を定(さだめ)て貯べし大㮣(たいかい)饑饉と云ものは二十年に一度/程(ほど)は
到(いた)るものなり其心掛にて貯べし
  ○富人(とめるひと)のいましめ

○饑歳(きゝんとし)は天地の変(へん)にしていつあるへき事かまへ角(かど)よりしる
べきにはあらざれども古(ふる)きふみにも六/歳(さい)に一饑(いつき)十二歳(じふにさい)に一荒(いつくわう)
などゝもありて我  日(ひ)の本(もと)のいにしへよりきゝんの事(こと)は史乗(しじやう)【左ルビ ふみ】
にものせ雑説(ざつせつ)にも見えて三四五十年の間には必ずある事の
よしいへり畢竟(ひつきやう)天地のへんは天の人をいましめたまへるにて
大平の  御代/豊年(ほうねん)打つゞき人々  御恩徳(こおんとく)のあつきにあま
へておごりにふける時は天よりきゝんを降(くだ)し人をいましめ
たまふ是天の人をあはれみ給ふにて永くめでたき
御代(みよ)のしるしをあらはし給ふなり国(くに)無道(ぶだう)にして五穀/豊稔(ほうじん)【左ルビ できる】
するは天の見すて給ふなりといへりされば人々きゝんは天の御
めぐみと心得/手当(てあて)によりわざわひをのがるべき事をしり其身
をつゝしみ御制度(ごせいど)を固(かた)く守(まも)りかゆをすゝり酒(さか)もりせずそまつ
なる衣服(いふく)を着(ちやく)し住居(ぢゆうきよ)の好(この)み事(ごと)せず人と争(あらそ)ひせず仁心(じんしん)を本(もと)とし
自分(じぶん)の力(ちから)に及(およぶ)たけは人の飢寒(きかん)をすくひ生死(しやうし)をともにする心得
第一なるべし人の死(し)ぬるをもすくはずその身(み)計(ばかり)を思(おも)ふは身
勝手(かつて)にして天の御心にたがひ神慮(しんりよ)にも背(そむ)きてまのあたり重(おも)き

御罰(ごばつ)を蒙(かうむる)るべしよく〳〵此意をわきまへおごりの心をやめ其身
をつゝしみなば天のなすわざわいも猶のがるべき事になん○金銀
米穀を持(も)てるものはその身のはたらきにて身上(しんしやう)よくせしなれば
あながちに身代(しんだい)をふるひて人をすくひ候(さふら)へといふにはあらねど
きゝんの節(せつ)は憂患(うれい)をともにする事/古(いにし)へのおきてなれば己(おの)が家内(かない)
計(ばかり)生残(いきのこ)らんとのみ思はず成丈(なりたけ)は人に施(ほどこ)すべし善(ぜん)を積(つむ)の家(いへ)には余(よ)
慶(けい)ありといへば損(そん)とはならずして子孫(しそん)の栄(さかゑ)となるべし○自分の
身ばかりをはかりて人にほとこさゞるは遏糴(あつてき)とて唐(から)にてもきつい
法度(ほふど)なり背(そむ)く時はつみにおこなはるゝなり自分(しふん)富貴(ふうき)にてさし当り
こまる事なけれどもきゝんの程(ほど)何年(なんねん)つゞく事もはかりがたし
などゝ思ひて身をかばひしわくして施(ほどこ)さずかく人々心得たがふ
時は米穀金銀 一所(ひとゝころ)にあつまりて融通(ゆうづう)なし御世話(おんせわ)ありとも争(いかで)か
あまねくうゑをすくふべき町々(まち〳〵)国々(くに〴〵)の豪商(かねもち)どもかみより一々(いち〳〵)身上(しんしやう)
分限(ぶんけん)御根究(ごぎんみ)なき内(うち)自分(じぶん)々々( 〳〵 )はやくよくわきまへ有余(ゆうよ)あらば施
すべしきゝんのすくひにて身上をはたきたりといはれなば生前(せうぜん)
の面目(めんぼく)こゝろよき事ならずや又すくひをうくるものも受(うけ)ざるものも

その志(こゝろざし)に感(かん)じ口々(くち〴〵)にほめ立(たて)なば天の視(み)る事など人の見るに従(したが)
ひたまはざらん 仁君などがしろしめさゞらん循吏(よきやくにん)なんぞ察(さつ)せ
ざらんいたづらに金銀米穀をいだきてかねの番人(ばんにん)無慈悲(むじひ)の人と
呼(よば)るゝこと口おしき事ならずや凶饑(きゝん)甚(はなはだ)しければいのち旦夕(たんせき)にせま
り火(ひ)にやかれ水(みづ)に溺(おぼ)るゝことくなれば意(い)を決(けつ)してすみやかに救(すく)ふべし
○隣国(りんごく)の人も人なり自国(じこく)の人も人なり中あしき人も人なり我子
かわゆければ人の子のかわゆきも同(おな)じ天の御眼より見れば皆人
御子なりきゝん難義(なんぎ)の時(とき)は天道へ御奉公(ごほうこう)と心得(こゝろへ)上下とも艱苦(かんく)
をともにし人我のへだてなく近親(きんしん)より施(ほどこし)を初(はじ)むべし○身上(しんしやう)よく
施(ほどこ)しするともたかぶるべからす就中(なかんづく)浪人(らうにん)読書(とくしよ)の師(し)などは無禄(むろく)にて
不農不商不工(つくりせすあきないせず)生産(くらしに)のみかゝりかたきものなれば貧(まづし)き人もあるべければ
富人(とめるひと)はすくふべし仁義(じんぎ)をする人を軽(かろ)んずる事なけれ其他(そのほか)すべて
武芸(ふげい)する人及び算術(さんじゆつ)手跡(しゆせき)の師(し)など無禄(むろく)なる人に至(いた)るまで夫々(それ〳〵)
厚くすくひてその難(なん)をのがすべし
  ○貧者(まづしきもの)のいましめ
○米穀/高(たか)ければ人の気(き)たつものなり他人(たにん)のものを奪(うばひ)てもわが

命(いのち)たすからんと思(おも)ふゆゑ不慮(ふりよ)の事をもおこすことあり是第一
につゝしむべき事なり上には父母と仰(あふ)ぎ奉(たてまつ)る  君のましませば
いかで見ごろしになしたまふべき又/国々(くに〴〵)在々(ざい〳〵)所々(しよ〳〵)僻遠(とほきはし〴〵)の地(ち)に
至(いた)るまで国主(こくしゆ)領主(りやうしゆ)ありて治(おさ)めらるれば夫々(それ〳〵)御手当(おてあて)ありて御(おん)
すくひ有事(あること)相違(さうい)なけれは人々心をおちつけ気遣(きつかひ)なき事をわき
まへうすきかゆをすゝり麦(むき)引(ひき)わり大豆(たいづ)小豆(せうづ)穀類(こくるい)かず〳〵海草(うみくさ)に
もこんぶあらめひじきなど多く其外(そのほか)うゑをしのぐもの数々(かず〳〵)
あれば力を尽(つく)しいかにもしてうゑをしのぐべしかりそめにも
人をいつはり又は争(あらそ)ひがましき心をおこすべからずわざわいは下(しも)より
おこすならひなれば此所(このところ)をよく厚(あつ)く心掛(こゝろがく)べし○其身まづし
きは骨折(ほねおり)ても不仕合(ふしあはせ)あり又は心掛あしく平生(へいぜい)おごりて衣食(いしよく)
住(ぢゆう)の為についやしきゝんになりたくはへなきは自分(じぶん)のゆだんなり
つら〳〵遠謀深慮(とくとしあんし)人の富貴(ふうき)をうらやみそねむ心あるべからず
平生(へいぜい)中(なか)あしくともめくむものあらばかたじけなくうけてその
恩(おん)を忘(わす)れず是迄(これまで)自分おこたり不始末(ふしまつ)なるを後悔(こうくわい)し志(こゝろざし)を
改(あらた)め善人(せんにん)となるべし又自分/兼(かね)ての心掛なく餓死(うゑじに)するとも

みづからなせるわさはいなれはたれをかうらむべき然(しか)るに心得
ちがひのものは死(し)なんよりは腕(うで)ずくにても人のものをうはい
活命(いきのび)んと思(おも)ひ立(たち)己(おのれ)のみか人まてもさそひ立(たて)大勢(たいせい)徒党(ととう)しらん
ぼうに及(およ)ぶ抔(など)は悪少年(わるものゝ)の所業(しはざ)重(おも)き御法度(ごはつと)をやぶり盗賊(とうぞく)の働(はたらき)
に当(あた)り御仕置(おしおき)となるは目前(もくぜん)なりたとへのがれて長命(ながいき)すること
万一(まんいち)ありとも天にたがひ君(きみ)に背(そむ)きて莫大(ばくだい)のとがをおかしなば
うしろぐらき事いふ計なく高き天もひきくあつき地もうすく
覚(おぼ)えて広(ひろ)き世界(せかい)もせまかるべし是人と生(うま)れし甲斐(かひ)なきにあら
ずや鳥(とり)さへも雨(あめ)ふらぬ前(まへ)に巣(す)を固(かた)くし人の侮(あなどり)をうけず人と
して父母(ふぼ)妻子(さいし)の手当(てあて)なく餓死(うゑじに)せしめば鳥(とり)にも及(およ)ばぬ事あさ
ましく耻(はづ)かしきことならずや
  ○餓人(うゑひと)をすくふ心得
○累日(いくにちも)絶食(ぜつしよくし)鵠面(かほほねだち)菜色(あをくなり)やせつかれ食物(しよくもつ)をこふともめしをあたふ
べからずうすきかゆをぬるくして少(すこ)し与(あた)ふめしを食(くら)へば立所(たちどころ)に
死すといへり妄(めつた)に薬(くすり)もあたふべからす○餓莩(うゑだをれ)をすくふ法(ほふ)濟急方(さいきうはう)
に曰/手拭(てぬぐひ)様(やう)のものをあつき湯(ゆ)に浸(ひた)し臍(ほぞ)腹(はら)を熨(むせ)ばじねんと回生(いきかへる)

べし其時/白湯(さゆ)の中(うち)へ味噌汁(みそしる)又は米(こめ)のとり湯(ゆ)少(すこ)しを冲(さし)て攪嚥(かきまぜ)
のましめ腹(はら)を滋潤(うるほ)しその後(のち)によくにえたる稀(うすき)粥(かゆ)を喫(くはせ)て両三日
の間(あいた)にだん〳〵かゆを濃(こく)して食(くは)せ日を経(へ)て軟飯(やはらかきめし)を喫(くは)すべしと
○凡飢人に白菓(ぎんなん)を食(くは)しむれば死(し)す慎(つゝし)むべしと○又甚うゑし
ものに摶飯(むすび)を与(あた)ふれば死(し)すといへり○飢人をすくふにはまづ
赤土(あかつち)を水(みづ)にかきたてゝ半椀(はんわん)ほど呑(のま)せて後(のち)食(しよく)を与(あた)ふべし又/朴(ほつき)の
皮(かわ)をせんじて一椀(いちわん)のませて後(のち)食(しよく)を与(あた)ふべし此(この)二法(にほふ)を用(もちひ)ずして
食(しよく)を与(あた)ふれば忽(たちま)ち死(し)すといへり○うゆるものにもの与(あた)ふる時(とき)は
ずひぶんいたわり丁寧(ていねい)にすべしがさつにする時は死(し)しても憐(あわれみ)を
うけしと思(おも)はゝ恩(おん)もかへつてあたとなるなり○老人(らうしん)あしよはには
品によりおくり与(あた)ふべし○婦人女子ははづかしくあはれみも
うけがたきものなれば心をつけおもひやり五日十日も薄(うす)き粥(かゆ)
すゝるやうに穀(こく)にてあたふべし○かゆをつくり餓者(うゆるもの)にほどこす
時は手代わかいもの世話人(せわにん)正直(しやうじき)なるものをえらむべしあしき者を
用ふる時は米をぬすみさま〴〵のあしき事を巧(たく)むといへり恐(おそ)る
べし主人(しゆじん)の志(こゝろざし)はよけれども下のあしき時は仁恵(めぐみ)賑濟(すくひ)留滞(とゞこほ)りて

詮(せん)なし此(この)意味(いみ)ときつくしがたし熟慮(つら〳〵かんかへ)深(ふか)く思ひてあやまつこと
なかれ又こゞえたるものにはこも古着(ふるぎ)あたふべし
  ○饑歳(きゝん)の年数(ねんすう)《割書:并》気候(きこう)の考(かんがへ)
○草木(そうもく)の花或は鳥獣(てうしゅう)を見て年の豊凶(はうきやう)を占(うらな)ふ事/其(その)説(せつ)多し先(まづ)蟻(あり)
に雨水をさとり鼠(ねづみ)に火災(くわさい)を判(はん)じ鳶(とび)の巣(す)に烈風をはかり竹(たけ)の
實に饑歳を弁(べん)じ井水のつくるに颶風(おほあれ)をしり山鳴(やまなり)に畑荒(はたあれ)を見(み)る
など必ず證(しやう)とするにたらすといへりされども五月/雨(あめ)なく六月雨
井の水暖かに八九月なが雨又大風大水冬暖にして雷(らい)且(かつ)地震(ぢしん)も
ありて春(はる)に成(なり)度々(たび〳〵)の雪(ゆき)よかん甚(はなはだし)くは凶年(きゝん)たる事/舊記(きうき)を閲(み)て知(しる)
べし粒米(こめ)狼戻(みたらになり)市街(いちまち)にすつるにいたれば必(かならず)凶年あるといへり天明五
己【巳の誤り】年/前(まへ)は豊年(ほうねん)つゞき卯年は金壹両に米壹石五斗となる文政三
年まで豊年つゝき同四己【巳の誤り】年春米/両(りやう)に壹石五斗なりしに此年/旱(ひでり)
にて米/踊(おど)り両に壹石となる是より高直(かうしき)に成(な)り初(はじめ)なり○寛永(くわんえい)
より今に至る饑歳(きゝん)の年/数(すう)並(ならび)に気候(きかう)の考(かんが)へ○寛永十九午年/饑(き)
饉(きん)二十八年目/寛文(くわんぶん)九年/京(きやう)きゝん七年目/延宝(えんほう)三卯年きゝん二十五
年目/元禄(けんろく)十二年八月夜大風木を抜(ぬき)屋(いへ)をたふす冬/関東(くわんとう)きゝん両

に七斗/是(これ)より連(れん)年不/作(さく)米踊る同十三辰年両に六斗/酒(しゆ)造五分一
に成る同十四年冬関東きゝん途に餓莩(うへじに)あり都下(えど)一人一合かゆ御/救(すくひ)
餓(うへ)人なし十五年春/相(あひ)止(や)む三十二年目享保十七子年/西国(さいこく)京都(きやうと)
近国(きんこく)大凶年/稲(いね)にうんか付/腐(くさ)る翌(よく)丑年正月米百二十目/去冬(きよふゆ)より和(わ)
暖(だん)にて梅(むめ)椿(つばき)大かた咲出(さきいづ)正月二日/雪(ゆき)三四寸/積(つも)り雪中に大/雷(らい)雪(ゆき)もひた
とふり地震もあり白昼(はくちう)に星(ほし)飛(とぶ)十四日/和暖(わだん)七ッ時ごろ江戸/原宿(はらじゆく)より
出火/伝通院(てんつうゐん)焼失(しやうしつ)家(いへ)なき所(ところ)にてやけ止(とま)り広(ひろ)さ二十町余/長(なか)さは二里(にり)
余(よ)といへり二十四年目/宝暦(ほうりやく)五亥五月中旬より寒気(かんき)行(おこな)はれて八月
の末まで雨ふりつゞきその間五七日雨やむといへども初冬(しよとう)の如(ごと)く
三伏(なつ)の暑もぬの子をかさねし水田(みづた)へ入りて芸(くさぎ)るもの手足(てあし)ひへ
こゞえ寒さにて稲はうゑたるまゝにて長(ちやう)ぜす穂(ほ)は出(いで)たれとも
みのらす奥羽きゝんとなる安永元辰年江戸大火同二/疫邪(えきじや)流行(りうかう)同
三/諸国(しよこく)大風同六酉年東国/洪水(かうすゐ)同七/洛(らく)中洪水天明元丑年関東洪水
おたすけ歌(うた)にすみからすみまでおたすけた忘(わす)れまいぞや子の
としだ二十九年目天明三卯の春/寒気(かんき)つよく五月まで余寒(よかん)さらす綿(わた)
入を用ゆ七月雨にまじり砂(すな)をふらす信濃国(しなのゝくに)浅間(あさま)山やけ出し夥(おひたゞし)き

こと人のしる所なりやけ前(まへ)晴(せい)天一日もなく二百十日丑寅より
大風起り二夜三日(にやさんにち)やまず雨つゞく此しけ六月始より九月末
までつゞくいね青立になりみのらず是より同六午年きゝん
明る七未年米百文に三合五勺となる無分別(むふんべつ)ものさわぎ立米
屋をこぼつ夫より豊年つゞき文化十三子年八月四日大南風雨
なし竹木の梢(こずえ)皆(みな)枯(かる)梅(むめ)桃(もゝ)咲(さき)出たり文政三辰年二月より霖(なか)雨六十
日/程(ほど)野菜(やさい)たかくな一わ四十八文同四巳年春かん〳〵のふ童謡(わらへうた)は
やる今年/旱魃(かんはつ)周礼(しゆらい)に旱暵(あまごひまつり)の舞(まひ)あり竒(き)といふべし米両に壹石
五斗なりしが俄(にわか)におどり石六十目と成(なる)文政五午年正月日/暈(うん)
連環(れんくわん)の如(ごとし)といへり西国(さいこく)ひでり七月/白昼(ひるなか)星(ほし)多(おほ)く見(み)ゆ江戸大水両
国/橋(はし)ばかり通用(つうよう)十二月/山(やま)の手(て)大火かわく時(とき)は火事(くわじ)ある事を知(しる)
べし文政六未年/旱(ひでり)り八月十七日/大荒(おほあれ)十月/昼(ひる)雷(らい)なる桃(もゝ)桜(さくら)さかり
に開(ひら)く同八月/相模(さがみ)大山(おほやま)崩(くづ)る同九戌正月元日二日大雪/木(き)冰(こほ)る同
十亥年正月六日大雪/平地(へいち)二尺同月十二日雨/木(き)冰(こほ)る同十九日大雨
夜(よる)に成(な)り大風廿日/朝(あさ)より烈風(れつふう)甚(はなはだ)し四月より不順(ふじゆん)になる五六月
日々くもる六月/土用(どよう)袷(あわせ)を用(もち)ゆ疫邪(はやりかぜ)流行(はやる)半月(はんつき)雨(あめ)なし七月四日/初(はじめ)て

雨八月/冷気(れいき)甚し袷を用(もちひ)て猶(なほ)寒(さむ)し十二月十六七日上方大雷きゝ
んの風説(ふうせつ)あり同十一子年正月四日雷六日雷三月より雨(あめ)多(おほし)暖気(だんき)種(たね)
物(もの)くさる此月十六七八日/日輪(にちりん)光(ひかり)なし霧(きり)ならん六月土用/晴(はれ)両日計(りやうじつばかり)
冷気(れいき)にて袷を用ゆ十五日/山王祭(さんわうまつ)り袷よろし当夏(とうなつ)中庭(にわ)へ水をうつ
に及ばず八月九日/長崎(ながさき)大荒(おほあれ)十日/芸州(げいしう)あれ十一月廿八日/越後(ゑちご)大地震(おほちしん)
江戸/少(すくな)し同十二丑年春寒大雪二度/米(こめ)両に六斗八升二月十六日大風
音羽(おとは)出火(しゆつくわ)二里/余(よ)のやけ三月廿一日大風/昼(ひる)四ッ時すぎ神田佐久間町(かんださくまてう)出(しゆつ)
火(くわ)西北(にしきた)の風(かぜ)にて南(みなみ)は新橋外(しんばしそと)東南(とうなん)は八左エ門/島(じま)まで二月両に七斗三升
三月両に六斗六升余四月両に六斗七升/程(ほと)五月七斗三升九月両
に六斗五升/或(あるひ)は五斗三升ともいふ八月二日大風十五日同し米/貴(たか)し
白米百文に六合五勺七月/但馬(たしま)因幡(いなば)大あれあり大火/後(ご)は必/大荒(おほあれ)
あるよし明和九大火後八月廿九日大荒享保明和文政よく相/似(に)
たり○醉吟子(すいぎんし)曰/鴨(かも)の長明(ちやうめい)が方丈記(はうじやうき)に 安徳(あんとく)天皇(てんわう)の養和(ようくわ)の頃(ころ)二
年か間(あいた)飢饉(きゝん)つゞきて大風/旱(ひでり)して人民大に苦(くる)しみよきものも乞食(こつじき)
となり或は路頭(ろとう)にうゑ倒(たふ)れ死(し)せどもとりすつることもなければ
其くさきこといはんかたなしといへり其ときの様子(やうす)天明三の餓死(うゑじに)

のやうすによく似(に)たり○十一月十九日/夜(よ)雷(らい)十二月雨多し雪なし
火事(くわじ)少し同十三寅年去冬より今春まで雪なし二日/微雨(すこしあめ)八月/微(すこし)
霰(あられ)雨(あめ)にまじり木(き)冰(こほ)る雷/閏(うるふ)三月廿九日/暴風雨(あらし)大さ茶碗(ちやわん)ほどなる雹(あられ)
降(ふる)麦(むぎ)にあたる稲苗(いねなへ)黒(くろ)くなるよし二月/頃(ごろ)より伊勢(いせ)へおかげ参(まい)り
毎日(まいにち)数万人(すまんにん)といふ伊勢大火 御宮(おみや)別条(べつでう)なし山奥(やまおく)までやけ入(いる)七月
二日より京都(きやうと)大地震(おほちしん)天保二卯年まで微動(すこしうごく)十月廿九日大風雨/微(すこし)
雪/木葉(このは)冰(こほ)る是より冷気(れいき)大寒(だいかん)のごとく寒中(かんちゅう)に成(なり)ては暖気(だんき)雪なく
十二月廿日少し雪天保二卯年正月十二日/暖温(だんおん)三月の如(ごと)し同十三日
大風同十四日/杜䳌(ほとゝぎす)時候(じこう)に先(さきだ)ち頻(しきり)に啼(なく)去年十二月より今二月迄
雨なく春大風多し今/中旬(つきなか)より四月/初(はじめ)まで雨六月廿日江戸大雷
即死(そくし)二三十人といふ七月十七日大風雨二夜三日/止(やま)ず当夏(とうなつ)は暑気(しよき)
甚しく雷雨(らいう)も有/是(これ)より前(まへ)大南(おほみなみ)風/吹込(ふきこみ)今日/北風(きたかぜ)にて大がへし也
天保三辰年/春寒(しゆんかん)甚(はなはだ)しく三月/岐岨(きそ)大雪(おほゆき)十一月/琉球人(りうきうじん)来聘(らいへい)寒気(かんき)
つよし雪も度々(たび〳〵)前月(ぜんげつ)より疫邪(はやりかぜ)流行(はやる)こゝに至(いた)りてやむ十一月廿日
ころ大南風/暖気(だんき)三月のごとく柱(はしら)よりしづく流れかべたゝみしめり
ぬ今茲(ことし)春(はる)の末より飛騨(ひだ)高山の府(ふ)十里ばかりの間(あいだ)山々の䇹竹(くまざゝ)一根(ひともと)

より二茎(ふたすぢ)三茎(みすぢ)づゝ穂(ほ)いで其/高(たか)さ四五尺/穂(ほ)の末(すへ)黍(きび)の状(かたち)に似(に)たり夏(なつ)に
及びみのる土人/争(あらそ)ひとりて廿五六万石/得(ゑ)て貯(たくは)ふといふ此五六年
前(まへ)美濃(みの)信濃(しなの)近江(あふみ)其外(そのほか)国々にもありしと聞(きこ)ゆ正徳(しやうとく)享保の比(ころ)にも
ありて今年(ことし)まで百二十年と云十一月/末(すゑ)寒気(かんき)微雪(すこしゆき)ふり北風(きたかぜ)冽(すさま)じ
十二月雪/少(すくな)し暖気(だんき)同巳年春寒大雪/度々(たび〳〵)二三四月は晴(はれ)日(ひ)多(おほ)く
四月十一日十二日/日輪(にちりん)朝暮(てうぼ)丹(たん)のごとく光(ひかり)なし霧(きり)深(ふか)きゆへと思(おも)はる
正陽(せいやう)の月(つき)陰気(いんき)かつ饑歳の兆(しるし)か五月/陰晴(いんせい)半(なかば)す梅實(むめのみ)多(おほ)し六月/長(なが)
じけ冷気(れいき)行(おこな)はる土用中/袷(あわせ)もよし綿入(わたいれ)用(もち)ひ度(たき)こと一両日あり七月
七日/老人(らうじん)綿入(わたいれ)用ゆ八月朔日朝小雨四時より颶風(おほあらし)初(はじめ)は東北風つよく
又西南の風(かぜ)吹終(ふきおは)り北風(きたかせ)となる九月不令/地震(ぢしん)一両度(いちりやうと)少(すこ)し暖気(たんき)
此冬(このふゆ)暖気(たんき)且(かつ)雷雨(ら[い]う)あらばおそるべきか能(よく)気候(きかう)を考(かんが)へ手当(てあて)あるべし
わざはひはなをざりにするよりおこるよく〳〵心得(こゝろゑ)へし
   ○蒹葭(よし)の葉(は)を見(み)て出水(しゆつすゐ)を知(しる)事
○二三月ごろあしのわか葉(は)の下葉(したは)より三枚(さんまい)め以上(いしやう)を用(もち)ひて
見(み)る図(づ)左(さ)のごとしくせ一所(ひとところ)あるは出水(しゆつすゐ)一度(いちど)なり二所(ふたところ)は二度(にど)三所は
三度としるくせある葉(は)一枚を四五六七八九月と六ッにわり付

又一ヶ月を上中下/旬(しゆん)と分(わけ)て出水(しゆつすゐ)ある月いづれの旬(じゆん)にありといふ
ことを知(し)り又出水の多少(たせう)は葉(は)のくせ甚(はなはだ)しきといさゝかなるとにて
知るべし小西/米重(よねしげ)と云人/数年(すねん)ためし見るにいさゝかもたがふ
ことなしといへり委(くわし)くは穂立指南(ほたちしなん)に見(み)ゆ求(もと)め見(み)るべし
  蒹葭(あし)の葉(は)     《割書:|九月 八月 七月 六月 五月 四月》   
《割書:下より三枚め以上を用ゆべし|しからざれば葉のびそろはぬ》 【蒹葭の葉図 五本の横線等間隔にあり】
《割書:ゆへたしかなることしりがたし| 》 《割書:下旬中旬上旬|    下同じ》
  ○饑歳(きゝん)の扶食(ぶじき)
○草根(くさのね)木實(きのみ)皮(かわ)葉(は)小毒(せうどく)ありとも灰湯(あく)にてよく煮(に)水をかへさわし
醤(せうゆ)塩(しほ)豉(みそ)にて調和(あんばい)すればあたらず灰(はい)は堅木(かたぎ)雑木(ざうき)をやきたるよし
松(まつ)杉(すぎ)はあしゝ○みそしほは凶年(きやうねん)かくまじきものなり○米粃(こぬか)
味噌(みそ)の法(ほふ) 米粃(こぬか)一斗《割書:よく|いる》大豆(だいづ)一斗七升《割書:赤くなる|ほどに【注】る》塩(しほ)一斗なり右/大(だい)
豆(づ)を煮(に)たる汁(しる)にてぬかをよくかきまぜ一所につき込(こむ)麹(かうじ)を一斗も
いれて猶(なほ)よし又/豆腐(とうふ)のからを干(ほし)あけいりて入(い)るゝもよし
○又方○米粃(こぬか)一石/酒糟(さかがす)一斗/醤油渣(せうゆかす)一斗右ぬかを釜(かま)にてよくむし
つき合(あわ)するなり糟(ぬか)は入(いれ)ずともよし○こぬかを日(ひ)に干(ほし)いりて

【注 「い」を「に」に修正ヵ。】

さまし臼(うす)にてひきこまかにふるひ米をまぜだんごとす○
こ米(ごめ)はあたらしきすりばちへ水をはりこ米(こめ)を入(い)れゆり動(うごか)
し小砂の下(した)にしつみたる時分(じぶん)にうへの方(かた)よりすくひ上(あぐ)る
時(とき)はよき所(ところ)ばかりになるそれをかうじにねかし又かゆにも
ほしいひともしたん子ともする○粃味噌(ぬかみそ)《割書:どぶ|づけ》を漬置(つけおき)くひ
もの尽(つき)たる時(とき)に少(すこ)し穀(こく)をまじへ煮(に)てすゝれば死せずと
いふ○藁(わら)を極(ごく)こまかにきざみいりてさましやげんにて
おし又は石臼(いしうす)にてひきふるひ米をいりて麦(むぎ)こがしのごとく
して食(しよく)す又だんごともす○栗(くり)○柿(かき)○椑柿(しふかき)○棗(なつめ)○桑(くわ)の實(み)干(ほし)
たくはふ○止知(とち)の實(み)を水にひたし煮(に)ること十五/度(ど)よくむし
て食(くら)ふ流(なが)れに一夜(いちや)つければ一度にてもよしといふ○榧子(かやのみ)を
香煎(かうせん)にして食(しよく)する方(はう)ありそれへ麦(むぎ)のいり粉(こ)を合(あはせ)て飢(うゑ)を
しのぐ○橡實(くのぎのみ)の製方(せいはう)前(まへ)に同(おな)じ○檞實(どんぐり)は弱(よわ)き人/老人(らうじん)小兒(せうに)は
食(くら)ふことなかれ水に浸(ひた)し又水をかへにる事(こと)十四五/度(ど)渋味(しぶみ)を
さりよくむして米(こめ)の粉(こ)をまじへ餅(もち)として食(くら)ふ紀伊(きい)の国(くに)熊(くま)
野(の)山中(さんちゅう)常(つね)に米(こめ)麦(むぎ)にまじへ食(しよく)す○胡桃(くるみ)○榛(はしばみ)○柯樹子(しゐのみ)○干蔔(ほしぶ)

萄(とう)○蘿蔔(だいこん)切(きつ)て一度むし干(ほし)あげて汁(しる)のみ又/煮(に)しめかてとす葉(は)も
時々(とき〴〵)干(ほ)せば久しくたくはふべし○水蘿蔔(はたなたいこん)○胡蘿蔔(にんじん)○野胡蘿蔔(のにんじん)
根(ね)甘(あま)し生(なま)にて食(しよく)す○菘(な)○薺(なづな)○牛蒡(ごぼう)くきをきりさかさまに埋(うづ)め
置(おき)又みそにつけおくときはみそかはらず葉(は)茎(くき)とも食(くら)ふべし
○芋(いも)横(よこ)にきり串(くし)にさし干(ほし)あげたくはふ葉(は)くき干(ほし)あげ貯(たくは)ふ
○紅瓜(きんとうぐわ)うすく切(きり)ほしおく二三寸に切(きり)みそ漬(つけ)にしてよし○茄(な)
子(す)うすく切(きり)干(ほし)あげたくはふ○豇豆(さゝげ)○裙帯豆(じふろくさゝげ)○豌豆(ゑんどう)○菜豆(いんげん)○紫(とうの)
芋(いも)○蹲鴟(やつがしら)○青芋(あをいも)からも青(あを)赤(あか)ともよし○黄独(かしう)○南瓜(とうなす)○野山薬(じねんじよう)
○甘藷(りうきういも)○仏手薯(つくねいも)○薯蕷(ながいも)○蚕豆(そらまめ)○玉蜀黍(とうもろこし)○䅟子(ひへ)○稷(うるきび)○秫(もちあわ)○黍(もちきび)
蜀黍(もろこし)○蔓菁(かぶらな)根(ね)をつき餅(もち)としたくはへ凶年にむして食(しよく)す《割書:以上|上品》
○商陸(やまごほう)白根(しろね)をうすく切(きり)灰湯(あく)にてよくにさわす葉(は)もゆびき水
によくひたし食す○百合(ゆり)○巻丹(おにゆり)○土圞兒(ほと)○慈姑(くわい)○烏芋(くろくわい)○
欵冬(ふき)は蕃椒(たふがらし)を入(いれ)生醤油(きぜうゆ)にていりつけたくはふ○槖吾(つわぶき)四時(しじ)食(くら)ふ
ふきと同じ魚毒(うをのどく)を解(げ)し河豚(ふぐ)の毒(どく)をげすほしたくはへおくべし
○芣苢(おほばこ)煮(に)ほしおきかてとすひたしものよし○艾葉(よもぎ)にてかて
とす○接続草(すぎな)よくゆひきさわし麦(むき)米(こめ)にまぜかてとす○

大薊(やまあさみ)小薊(のあざみ)あくゆにてよく煮水をかへさわし食(しよく)す○䕲蒿(よめがはぎ)ゆ
びく○苦芺(さはあざみ)よく煮(に)さわす○紅藍縷(あいたで)よもぎ同様(とうやう)○繁縷(はこべ)
ゆびく○綿絲菜(おひらこ)同前○虎杖(いたとり)右の数種(すうしゆ)塩(しほ)をかくべからす妊(はらみ)
婦(おんな)にいむ○地膚(はきぐさ)○藜(あかざ)○灰藋(あをあかざ)○莧菜(あをひやう)○白/莧(ひゆ)○赤莧○班(まだら)莧○
野莧○馬歯莧(すへりひゆ)○山蒜(のびる)○独活(うと)○草石蠶(ちよろぎ)○野蜀葵(みつばぜり)○菊英(きくはなびら)黄白紫赤
葉(は)もよし○紫蘇(しそ)○耳菜(みゝな)○蒼求(をけら)黒皮をきりうすく切二三/夜(や)水(みづ)に
ひたしにかみをさりよくにさわし食(しよく)す○黄精(なるこゆり)わかばをゆひき
水にひたし苦みをさり醤(せうゆ)塩(しほ)を調合(てうかう)す根(ね)は九度むし九度さらし
よく煮(に)て食(しよく)す○蕨(わらび)○薇(ぜんまい)根をほりたゝき水(すゐ)ひし粉(こ)をとり餅(もち)に
作りかてとし食(くら)ふ製法(せいほふ)わらび同様(とうやう)○蕺菜(どくたみ)根をよくむし飯(めし)の
うへに置(おき)むし食(しよく)す○蜀漆(こくさき)よわき人(ひと)食(しよく)すべからす一宿(いとよ)水に浸(ひた)し
ゆびく蜀漆はこくさき臭梧桐はくさぎ葉(は)大(おほひ)なり二物/別(べつ)なり
○稀薟(めなもみ)○蒼耳(おなもみ)ゆびき水にひたしさわし塩醤/調(とゝの)ひ食す○萱(わすれ)
草(くさ)わらび粉(こ)をとるごとくして餅(もち)に作(つく)りかてとす○防風(やまにんじん)わかば
ゆびき食(しよく)す○䑕麹草(はゝこぐさ)五行(ごぎよう)蒿(よもき)といふくきは米の粉にまぜむし
て餅(もち)とし食(くら)ふ製方(せいはう)よもぎと同じ○桔校(ききやう)ゆびき水にひたし

苦(にが)みをさりさわし食(しよく)す○羊蹄(ぎし〳〵)苗又/和大黄(わだいわう)葉(は)ばかりゆひき食(しよく)
す○雁来紅(はげいとう)製(せい)前(まへ)に同し○雀麦(からすむぎ)皮をさりつき麺(めん)としむし餅(もち)
に作(つく)る初生の青葉(おをば)の汁を米の粉(こ)に和(くわ)し餅(もち)につくる○燕麦(ちやひきくさ)○
薏苡仁(よくいにん)飯(めし)にたきかゆにつくり麺(めん)にして食(しよく)す米と同しく酒に作
るべし煮(に)くだけかたきものなれは粉(こ)にしてむしもちたんごに
作るをよしとす○団慈姑(かたくり)製方(せいはう)天花粉(てんくわふん)に同じ○葛粉(くず)くぞふじ
のねの粉(こ)なり冬根をとりつきくたき汁(しる)をとり水(すゐ)ひし十/余(よ)篇(へん)
してもちとし飢(うゑ)を助(たすく)る事/穀(こく)につぐ葉もわかきをゆびき食(しよく)すべし
たけたるは干(ほし)て馬にかふ○麦粉(せうふ)米(こめ)麦(むぎ)の粉(こ)こぬかにまぜ食(しよく)すべし
○瓜樓根(くらすうり)は天花粉(てんくわふん)なり根(ね)をとりて皮(かは)をさり白き所(ところ)を寸々(すん〴〵)に
切(きり)水にひたし一日に一度つゝ水をかへひたし四五日へて取出(とりいだ)し
つきたゝらかし布(ぬの)の袋(ふくろ)にもりてこし極細末(ごくさいまつ)にし或は根をさらし
つき麺(めん)となし水にひたしすましこすこと十余へんおしろいの
如くして用(もち)ゆやきもち煎餅(せんべい)等(とう)によしわらひにはいむ○萆薢(ところ)横
にきざみて後(のち)は大体(たいてい)葛粉(くづ)の製(せい)しに同し久(ひさ)しく食( しよく)し大便(たいへん)秘(ひ)
結(けつ)せば白米をにくたし度々(たび〳〵)のめば毒(とく)解(け)す又引わり麦(むぎ)の如(ごと)くし

米にまぜめしとす上品(じやうひん)なり○夏枯(うつぼ)草うばのちと云ゆひきさわ
しかてとす○枸杞(くこ)○木通(あけび)の嫩芽(わかもへ)○忍冬葉(すいかづら)○木天蓼(またゝび)の葉(は)○藤(ふち)
わかめ皆よくにさわし用ゆ○五加苗(うこぎ)飢民(きみん)食毒(しよくどく)にあたりたる時
根を煎(せん)じて飲(のめ)ばいゆ○芡實(みづふき)おにはすのみなりくき葉皮をさり
食(しよく)すつぶは七八月/取(とり)おさめ飢(うゑ)に備(そな)ふ根(ね)はさといもの如し實(み)を粉(こ)
にしてはすの實(み)米(こめ)の粉(こ)にまぜだんごに作(つく)り食(しよく)すくきは三四月
食すあくゆにてゆびき食(しよく)す○蓮(はす)の實(み)つきくだき米にまぜかゆ
又めしだんごむし餅(もち)○蓮根(はすのね)をつきくだき汁(しる)をとり水(すゐ)ひし
かげ干(ほし)だんごもちにすべし○鼓子花(ひるがほ)あめふり花(はな)と云(いふ)根(ね)を掘(ほり)
きざみよくにてさわし麦(むぎ)にまぜかゆとす葉(は)も食(しよく)すべし久(ひさ)
しく食すべからず○香蒲(がま)がばのわかめ食(しよく)すべし根かわをさり
よくさらしゆびきて麺(めん)にひき餅(もち)とす○菰首(こもづの)がつごのめ也まこも
の根(ね)より生(しやう)ずるめなりかてとすべし子(み)はつきて米(こめ)麦(むぎ)に合(あは)せて
粥(かゆ)とす○蘆(あしづの)よしのめよしの子(み)なり春ほりてとるゆびき調食(てうしよく)
す根(ね)生(なま)にて食(しよく)す○菖蒲(しやうぶ)水にひたしあしき味(あしわい)をさり煮(に)て食す
切てあくゆにてよく煮(に)水をかへ二三宿(にさんや)ひたす○水芹(みづぜり)○昆布(こんぶ)○

裙帯菜(わかめ)○黒菜(あらめ)○羊栖菜(ひじき)○瓊脂(ところてん)○菌(きのこ)○香蕈(しいたけ)○松(まつ)蕈○餹(はつ)蕈○
題頭菌(まいたけ)○玉蕈(しめじ)○木耳(きくらけ)○石耳(いわたけ)○乾魚(ひもの)○決明乾(ほしあわひ)○串海䑕(くしこ)○木魚(かつをぶし)
かみて少しづゝのめば死せずといふ○鼈(すつほん)○亀(かめ)○獣(けものゝ)皮せつたの皮
をかみて命をつなぎしものもあり○松の白皮つきて水に数(す)
日ひたしよくむし穀(こく)をまじへ餅として用ゆ○鳥獣(てうじう)○魚貝(ぎよばい)
の肉(にく)よく煮(に)熟(じゆく)し食べし○糖藁(あめわら)○麦/稗(ひゑ)などの茎(くき)炒(いり)て細末(さいまつ)
にして湯にかきたて呑べし飢(うゑ)を救(すく)ふ○革道具よく煮熟す
れば食すべし○清正の家士/蔚山(うるさん)籠城(らうじやう)の時/糧(かて)つき壁(かべ)土を水に
かきたて呑たることありすさの藁(わら)あるゆゑにや○海(うみ)に鹿(つの)
角菜(また)○海蘊(もづく)其外/海藻(にきめ)類あり食ふべし○山に石/麫(むぎ)あり肥
後より出たることあり其年きゝんなり毒なくしてうゑを止(やむ)
といふ○観音粉(いしのやに)あり皆/飢(うゑ)をすくふといへども遠き方なれば用
ひざるがよし本草/必読(ひつとく)に見(み)ゆ○安永年中万治の糒(ほしい)と塩(しほ)とを
蓄(たくはへ)しを見る性(せい)損(そん)ぜずと云人あり○竹實(またけ)䇹竹(くまざゝ)一名ちまきさゝ
實(み)のかたち小麦(こむぎ)に似(に)て上下すこし鋭(とが)れり俗(ぞく)に自然粳(じねんこう)
又竹麦と号(な)づく飯となし団子(だんご)或は饂飩(うんどん)につくりて食す

【上段】
常(つね)に食(しよく)し妨(さまたげ)なく飢饉(きゝん)の備用(そなへ)
比類(ひるい)なき貴(たふと)きものなりといへり
         飛州(ひしう)に出来(てき)
         し図(づ)左(さ)の
         如(ごと)し
 【自然粳の図】 
 
【下段】
 ○兵粮丸方(へうらうぐわんのはう)
○晒(さらし)米《割書:十五匁|》蕎麦粉(そばこ)《割書:五匁|》勝尾(かつを)
武士(ぶし)《割書:三十匁|》鰻鱺(うなぎ)白干(しらぼし)《割書:三十匁|》梅干(むめぼし)
肉(にく)《割書:三十匁|》生松/甘(あま)はだ《割書:三十匁|》酒蒸(さかむし)
右の薬(くすり)粉(こ)にして梅干肉(むめぼしにく)に松(まつ)の
甘(あま)はだ段々(たん〴〵)に入(いれ)能(よく)押合(おしあわ)す径(わた) 
り三分/余(あまり)に丸(ぐわん)じて一日に二三/粒(りう)
づゝ用(もち)ゆ七八日の飢(うゑ)をしのぐ

【全段】
○又方○蕎麦(そば)《割書:三合|》晒米(さらしごめ)《割書:三分|》人参(にんじん)《割書:一両|》梅干肉(むめぼしにく)《割書:十匁|》松甘(まつあま)ハタ五十目
甘草(かんざう)《割書:一匁|》右/丸(まろ)め一日に二度(にど)用(もち)ゆ飢(うゑ)をしのぎ心気(しんき)を強(つよ)くす妙(みやう)
なり○又方○干蚫(ほしあわひ)《割書:二十匁|》大麦(おほむぎ)《割書:十匁|》鯉(こい)《割書:三十日|よく干(ほす)》餅米(もちこめ)《割書:五十目|》茯苓(ぶくりやう)《割書:十|匁》
《割書:大白上|》海䑕(なまこ)《割書:三十目|》右/粉(こ)にして丸(ぐわん)じ朝夕(あさゆふ)一粒づゝ用ゆ常(つね)に遠行(えんそく)食(しよく)
心もとなき所(ところ)へは持(もつ)へし○又方○人参(にんじん)《割書:一両|》松脂(まつやに)《割書:一斤|》白米(はくまい)《割書:五合|》
右/丸(ぐわん)して用ゆ十五人三日の食に成る○又方○桑實(くわのみ)の不熟を
干(ほ)し末(こ)にし湯(ゆ)にて呑(の)めば三日の飢(うゑ)をしのぐ○又方○田螺(たにし)を
生醤油(きせうゆ)にて煮(に)て干(ほす)なり十(とを)ばかり懐中(くわいちゆう)すべしそれをかみ喉(のんど)

かわくに湯(ゆ)を呑(のめ)ば食(しよく)になる又/串海䑕(くしこ)を醤油(せうゆ)にて煮(に)食(しよく)す
れば廿四時もつなり又/椎茸(しいたけ)芋茎(いもがら)を生(き)ぜう油(ゆ)にていり付( つけ)
持(もつ)又/焼塩(やきしほ)をくゝみても飢をしのくといふ○右/試(こゝろ)みて用(もち)
ゆべし右の法(ほふ)は戦場(せんぢやう)を経(へ)し人の秘伝(ひでん)なり後人(のちのひと)又/伝(つた)へて
秘伝とす狭(せま)き心得(こゝろえ)といふべしたとひ敵国(てきこく)たりとも饑歳(きゝん)
に糶糴(うりよねかいよね)を求めなばおくり與(あた)ふべし勝敗(しやうはい)は徳(とく)にありて糧(かて)に
あらず○十死一生(じふしいつしやう)の妙訣(てんじゆ)食物(しよくもつ)もたえせん方なき時(とき)は津液(つばき)
を口中にためてはのみ〳〵する時は廿/余(よ)日を保(たも)つと古人(こじん)記(しる)しおけり
  ○火(ひ)を用(もち)ひす調食(めしをたく)事
○糒(ほしいひ)の粉(こ)と餅米をむし寒(かん)の内(うち)に水(みづ)にてつけ干(ほし)四五度さらして
よく干かためあらくひき袋(ふくろ)に入(いれ)持(もち)て食ふときはひたし用(もちゆる)也
  ○鍋(なべ)を用(もち)ひず調食事
○米をこもに包(つゝ)み水(みづ)につけて取出(とりいだ)し地(ち)に置(おき)土(つち)を少(すこ)し上(うへ)へかけ
其(その)下(した)を掘(ほ)り下よりたくなり又こもの上に土(つち)をかけ其上にて
火をたくもよし米半分食半分/程(ほど)に出来(てき)るなり一説(いつせつ)に穴(あな)
を掘(ほり)火をたきあつくなりたる所へぬれごもをおき米を入れ又

ぬれごもをかけうすく土をかけ其上にて火をたくともいへり
  ○米たくはへやうの事
○籾(もみ)ともに置(おく)なり若(もし)米にて置(お)かばわらを俵中(たはらのうち)へ米と交(ま)ぜて
俵(たわら)にすれば米の性(しやう)損(そん)ぜさるものなりもみともに置き時々(とき〴〵)にす
りて用ゆ糠(ぬか)藁(わら)は馬(むま)の飼料(かひりやう)とするなり又しぶかみへ包みおくもよし
  ○塩(しほ)置(おき)やうの事
○床(とこ)の上(うへ)は悪(あし)しすなの上に置へし若(もし)塩(しほ)に尽(つき)たる時は下の砂(すな)を
水に入(いれ)てこし水をつかへは塩水になるなり
  ○同/味噌(みそ)の事
醤油(せうゆ)のかす糖大豆塩を合(あわ)せてよし又/兼(かね)て鰯(いわし)鰹(かつほ)まぐろあぢこの
しろ等(とう)をたゝき塩(しほ)等分(とうぶん)に合せ塩辛(しほから)にして置(おけ)ば上(じやう)味噌(みそ)になる
今/海辺(かいへん)山中(さんちゆう)の味噌は皆/此(かく)の如(こと)しといふ
  ○早汁(はやしる)調法( こしらへやう)の事
○芋(いも)のくきなどを味噌せうゆにてよくにしめ能(よく)干(ほし)縄(なは)になひ
持(もつ)なり水に切込(きりこみ)煮ればよき汁になるなり大根(だいこん)のきり干(ほし)もよし
  ○潮水(うしほ)にて食調(しよくこしら)へやうの事

○鍋(なべ)の内(うち)へ茶碗(ちやわん)を一(ひと)つうつむけて入其上に米を入さて潮(うしほ)を
入てたくなり此の如くして食ふなり塩気はありといふとも
潮にて直に煮たるよりは遥にまされり茶碗の中にのこる也
  ○温食《振り仮名:不_レ饐|すゑざる》法の事
○腰兵粮(こしへうらう)など入持時(いれもつとき)ゆげをさまして器(うつは)につめるは饐(すゑ)るなり
成程(なるほど)温鍋の中より直(すぐ)に器(うつは)に入(いれ)其(その)まゝよくつめ蓋(ふた)を仕置(しおけ)ば
何程(なにほど)炎暑(えんしよ)の時節(じせつ)といふとも少(すこし)も饐ざるなり火気(くわき)退(しりぞき)たる食(しよく)は
却(かへつ)て饐(すゑ)るものなり
  ○粳米(うるち)を乾(ほ)し飯(めし)にする法(ほふ)  
○うる米を寒水(かんすゐ)に四五日/浸(ひた)しせいろうにて蒸(むし)さらし乾(かわか)して瓶
に入/貯置(たくはへおく)べし用る時/熱湯(ねつとう)に浸(ひた)せば飯(めし)となる
  ○寒(さむさ)を凌(しの)ぐ薬方(やくはう)
葛(くず)の粉(こ)を寒(かん)の内(うち)酒(さけ)につけほして持(もつ)なり
  ○天明(てんめい)饑歳(きゝん)米穀(へいこく)高直(かうじき)の略抄(りやくせう)
○奥州辺(おうしうへん)金一分に付/米二升八合(みはるせんだいへん)○四升八合(あいづでは)○四升五合(水戸御領やしう)○六升(しらかは)○
七升(ゑちご )○七升五合(やしう )○あわひゑ六升五合より七升○つき麦(むぎ)九升八合

○から麦(むぎ)一斗四升○小麦(こむき)一斗四升○大豆一斗二升五合○小豆(あづき)八升
四合○銭百文に付/生麩(せうふ)二升八合○八百文に付ひゑ糠(ぬか)一/俵(ひやう)○十六
文/大根(たいこん)一本○五十文ひば一/連(れん)委(くわ)しく農喩(のうゆ)に見(み)ゆ求(もとめ)てみるべし
  ○凶饑(きゝん)悲惨(いたましき)の状(ありさま)を記(しる)しておこたりをいましむ
○享保丑年のきゝんに上方(かみがた)の豪商(かねもち)米うりきれたれば金持(かねもち)ながら
難義(なんぎ)せしことあるよし我(わが)つゑと云(いふ)書(しよ)に見(み)ゆ○宝暦(はうりやく)五のきゝん
にある人/越後(えちご)の国(くに)へゆきしに流莩満路(にけさりゆきだふれ)多しある家(いへ)にたちいり
見(み)るに小児(せうに)二三人を柱(はしら)にくゝりつけたり何(なに)ゆへと問(とふ)にかつへ候ゆへ
兄弟(きやうだい)たがひにくひ合候に付かくするといひたりき○又/隣家(りんか)に
て何かさはかしかりしかば何事(なにごと)ぞと尋(たづ)ぬれは箒(はゝき)うる翁(おきな)一飯(いつはん)を
乞しゆへめしにしゞみ汁をそへてあたへしにからとも狼呑(まるのみ)し
て気絶せしとぞ湯河洲叟/語(かた)りき○食(しよく)もつなくては婦人(ふじん)の
乳(ちゝ)出(いで)ざればちぶさをくひ切(き)られ死(し)するもあり又は子どもかつ
ゑ親(おや)に喰付(くひつく)もあればぜひなく櫃(ひつ)の中(うち)へいれ死(し)を待(まつ)て捨(すつ)るも
ありしとぞ○天明のきゝんに百金(ひやくきん)を腰(こし)にせし浪人(らうにん)餓死(うへじに)せし
事(こと)ありとぞ金銀(きん〴〵)珠玉(しゆぎよく)うゑて食(くら)ふべからず寒(こゞえ)て着(き)るべからすと誠に

しかり○同時わけて大きゝんの所(ところ)にては食物(しよくもつ)つきて牛馬(ぎうば)の肉(にく)
犬猫(いぬねこ)までも食(く)ひつくしつゐに闔門相枕籍以死(かるいのこらずまくらをならべてし)にけりかまど四五
十もありし里々(さと〴〵)もみな死(し)につくしなき跡とむらふものなければ
死骸(しがい)は堆積(つみかさね)腐爛(くさり)て鳥獣(とりけもの)のゑじきとなり一村(ひとむら)粛然(さひしく)噍類(いけるもの)なく
あはれさたとへん方(かた)なしとそみづから見(み)ぬ事はきゝんたりとも
さまでのことあるまじと思(おも)へるは愚(おろか)なる事なり○享保午の秋米
頻(しき)りに高直(かうじき)にて万民(はんみん)困窮(こんきう)し盗賊(とうぞく)所々(しよ〳〵)に徘徊(はいくわい)す夜分(やぶん)往来(ゆきゝ)なく
昼(ひる)も僻遠(いなか)の人なき所(ところ)は往来(ゆきゝ)なしとぞ
  ○避穀仙方(ひこくせんはう)略抄
○黒豆五斗水にてゆり洗(あら)ひこしきに入むすこと三べん黒(くろ)き皮
さり又/麻(あさ)の實(み)三斗水に浸(ひた)して一夜(いちや)蒸(むし)候て三べんいづれも一へん
ごとにさまし麻(あさ)の實(み)上(うへ)の皮(かわ)口(くち)を開(ひら)き候を日(ひ)に干(ほ)し其/皮(かわ)を
去(さ)り内(うち)の肉(にく)ばかりとりさて右の黒豆のむしたると一所(いつしよ)に臼(うす)に
入れ手杵(てきね)にて能(よく)槝(つき)まぜ粒(つぶ)のこれなき程(ほと)つきて取出(とりいだ)し握(にき)り拳(こぶし)
ほどづゝに丸(まろ)め又/甑(こしき)に入/夜(よ)の五時(いつゝどき)より九時(こゝのつどき)までむし釜(かま)の内
の湯(ゆ)減(へ)り候はゞ湯(ゆ)をかへてむし其儘(そのまゝ)にて火を引差置(ひきさしおき)暁(あけ)七時(なゝつどき)比

にこしきより取出(とりいだ)しさまし置(おき)昼(ひる)九時に日に干粉にはたき夫
より湯水等をたべ《振り仮名:不_レ申|もうさず》粉(こ)ばかりすき腹(はら)に飽(あき)候まで給(たべ)申候其
後(のち)は一切(いつさい)の食物(しよくもつ)を食(しよく)し申間鋪儀(もうすまじきぎ)と相聞(あいきこ)へ申候○但右の文に
大豆(たいづ)とばかり御座(ござ)候へ共/異国(いこく)にて大豆と計(ばかり)申候へば黒大豆(くろたいづ)に御座(こざ)候《割書:云| 云》
秋(あき)五穀(ごこく)皆無(かいむ)に御座(ござ)候へば翌年(よくねん)五月/比(ころ)麦(むき)出来(でき)候/迄(まて)日数(ひかず)多(おほ)く凌(しのき)かたく候
節(せつ)は右(みき)製(せい)し候に時節(じせつ)宜(よろし)く《振り仮名:奉_レ存|そんじたてまつり》候/右(みき)薬方(やくはう)の外(ほか)にも種々(しゆ〴〵)御座候へ共/相試(あひこゝろみ)
不_レ申候ゆへ試(こゝろみ)候方のみ申上候 天明七丁未年五月中澣 墾田永年 印
右官工凾人春田播磨 医師墾田永年右両人相試四十日/程(ほと)《振り仮名:無_レ障|さゝはりなく》
こらへ候よし
  ○飢歳(きゝん)にて食物(くひもの)にあたりたるを療法(なをすほふ)
○解諸果菜毒方(くだものやさいのとくをげすはう)○童尿和乳汁服(どうぼんにちゝをませてのむ)○醋(す)をのむもよし○鶏(にはとり)の失(ふん)
をやき細末(こまか)にしてのむ○頭垢棗大含嚥汁能起死人(あたまのあかきなつめのみをふくませしるをのみこめばしにんもいきる)○何(なに)とも
しらず俄(にはか)に倒(たふ)れたる時(とき)○甘艸(かんざう)と薺苨(つりがねさう)を口中(こくちゆう)に入(いる)ればいきる○大便(たいべん)
つまりたる時(とき)に○大黄(たいわう)一両/牽牛子(あさかほのみ)半両/細末(こまか)にして三匁/蜜(みつ)の湯(ゆ)に
てのめばよし○又/蕎麦粉(そばこ)二匁半/大黄粉(たいわうのこ)一匁右二味ねる時(とき)酒(さけ)にて給(たべ)る
○続随子(ほるとさう)利大小腸下悪滞物(たいせうやうをつうじはらをさらへる)○《振り仮名:二便不_レ通|つうじあしきに》には桃葉(もゝのは)をつきしるをのむ

○又/射干根(ひあふきのねを) 茶碗に一杯/呑(のめ)ばよし○小便(せうべん)通(つう)ぜさるにはねぎの
白根(しろね)をこまかにきざみきれに包(つゝ)みあつくして二(ふたつ)にてかわる〴〵
臍下(へそのした)をあたゝむればよし
  ○救急方
○墮水凍死(みづにおちこゞえしぬ)に火を以(もつ)てあぶる事(こと)なかれ布(ぬの)の袋(ふくろ)にあつき灰(はい)を入(いれ)れ
胸上(むねのうへ)をあたゝむべし息(いき)出(いづ)ればかゆをくわせかん酒(ざけ)せうが湯(ゆ)を呑(のま)
すべし○縊死(くひれじに)はそのむねをしかとおさへ抱(かゝ)へ起(おこ)ししづかに縄(なわ)
をときてまだあたゝかならば口鼻(くちはな)をおほひ両人(ふたり)にて左右の耳(みゝ)を
吹(ふく)べし○回禄烟薫時(くわじけむりにまかるゝとき)は大根(だいこん)をかみ汁(しる)をのむべし蜜柑(みかん)もよし冷(ひや)
水(みづ)をのむもよし○一切(いつさい)打撲(うちみ)傷損(けが)に海盤車(たこまくら)又きゝやう貝(がい)と云もの
をやき灰(はい)とし白湯(さゆ)にてのむ妙(めう)なり○一切/筋骨損(すぢほねのけが)大黄(だいわう)《割書:一両|》乱髪灰(かみのけくろやき)
《割書:たまごの|大さぼど》桃仁(もゝのたね)《割書:四十|九枚》をせんじ小児の小便(せうべん)と酒(さけ)とをいれあたゝめ呑(のむ)こと
三度○熱油焼(あぶらのやけと)痛(いたむ)に白蜜(はくみつ)をぬる○湯/火傷(やけど)灼/醋(す)をぬる○又/馬糞(ばふん)
を水にてとき厚(あつく)ぬる妙○雷震死(らいにうたれたる)にみゝずをつきたゞらかし臍(へそ)に
はる○又たうきびをせんじのむ妙なり○卒墮壓倒打死(おちてしにおされてたふれうたれてしぬもの)心頭(むねあたま)
あたゝたかみあれば本人をすわらせうしろより髪(かみ)を手(て)に巻付(まきつけ)強(つよ)く

引(ひき)はなし半夏(はんけ)の粉(こ)を鼻(はな)の中(なか)へ吹込(ふきこみ)いきかへらばせうがの汁(しる)を
のます一切/打身(うちみ)打傷(けが)してものいふ事もならぬは急(きう)に其口(そのくち)を開(ひら)
かせあつき小便(せうべん)をそゝぐよし○卒魘死(おそはれしぬ)には韮(にら)の汁(しる)を鼻(はな)の孔(あな)
へそゝぐはげしきには両耳(りやうみゝ)にそゝぐ○驚怖死(おとろきしぬる)によき酒(さけ)をそゝ
ぐ○入浴暈倒(ゆけにあがる)に醋(す)一枚(いつはい)【杯】のめばよし睾丸(きんたま)へ水(みづ)かけるもよし○
《振り仮名:雑物入_レ目|そうもつめにいる》に白蘘根(めうがのね)の心(しん)をつきくだき汁を目のうちへいる○
蛇咬傷(へびにくはるゝ)に杠板帰(いしみかは)のくきはをつき汁(しる)としてのむ酒(さけ)も人々(ひと〴〵)の分(ぶん)
量(りやう)ほどのむ○毒蛇咬(どくしやのかむ)にはひきかへるをつきたゝらかしきぬに包(つゝ)み
しはりおくすべて毒虫毒獣にかまれたるには三稜針(さんりやうしん)にてまはり
をさして血(ち)を出(いだ)すがよし○《振り仮名:蛇蟠_二 人足_一|へびのあしにまき》つきたるは小便をしかけて
よしあつき湯(ゆ)もよし○蛇《振り仮名:入_二 人竅_一|ひとのあなにいり》たるはなはにてしかとくゝり
尾(を)に灸(きう)をすゑ又は尾のさきをたちわりこせうの粉(こ)をいる○
蜈蚣咬傷(むかてのかむ)には鶏胥(にはとりのたまご)をぬる又すべりひゆもよし野蓼(のたで)の自然(しぼり)
汁(しる)をぬる塩(しほ)をかみぬるもよし○蜂蠆螫傷(はちにさゝるゝ)に生蜀椒(なまざんせう)をかみ
つける蛞蝓(なめくぢ)もよし芋梗(いもがら)をつけるもよし○《振り仮名:山行避_レ蛭|やまゆきひるをさける》に足(あし)へ
猪(ゐ)の膏(あぶら)をぬる煙草(たばこ)の粉(こ)をぬるもよし○䑕咬(ねつみにかまるゝ)に灰(ばい)あくにて洗(あら)ひ

猫(ねこ)のよだれをつける○猫咬(ねこかみたる)に薄荷(めくさ)の汁(しる)をぬる○猧子咬(ちんのかむ)には
青柚(ゆづ)をもみてつける○猘犬毒(やまひいぬのどく)には三稜針にてつき血(ち)を出(いだ)し
大根おろしにてよくあらひ小便をしかけひきかへるの皮(かわ)をはる
○又人の糞(ふん)をつけるもよし○馬咬(むまかみたる)には薄荷(はつか)をぬる○牛馬(ぎうば)囓(かむ)
に白砂糖をつける○蝮蛇咬(まむしのかむ)にむかでをやき粉にしてつける又
ひきがへるをつきたゞらかしつけるもよし○熊(くま)に傷(やぶ)られたるに
は葛根(くすのね)をつきたゝらかしつくべし葛根汁(くずのしる)を一二/杯(はい)のむべし○
百虫(むし)耳(みゝ)に入には韭汁(にらのしる)を灌(そゝ)げば出づせうがの汁(しる)もよしあぶら
るゐをさすもよし○河豚毒(ふぐのどく)鮝魚(するめ)をせんじひやしてのむ○
《振り仮名:𩶾魚|かつを》大黄末(たいわうのこ)五分/冷水(ひやみづ)にてのむ○鶏子毒(たまごのどく)醋(す)少(すこ)しのむ○鼈毒(すつほんのどく)には
こせうをかみてのむ○雉毒(きじのどく)は犀角(さいかく)一匁のむ○鵞鴨毒(がかものどく)には秫(もち)
米(あは)の泔(とぎみづ)よし○蟹毒(かにのどく)には瓜汁(うりのしる)冬瓜(とうぐわ)もよし○魚鱠不消(なますのつかへたる)には大黄(たいわう)
《割書:三両|》芒消(ばうしやう)《割書:二両|》右をかんざけにて用(もち)ふ○猪肉毒(いのにくのどく)には大黄汁(だいわうじう)又/杏仁汁(きやうにんじう)
又なま大根(たいこん)よし○諸魚毒(すべてうをのどく)には橘皮(きつひ)よしの根の汁(しる)又/大豆(たいづ)の汁よし
○煙草毒(たばこのどく)白砂糖(しろさとう)を水にてのむ又くみたての水/味噌(みそ)もよし○
諸骨硬(のどへほねさす)に白/飴(あめ)糖大口にかみてのむ○魚骨硬咽(うをのほねたつ)には猪牙(ちよげ)皂角(さうかく)の

末(こ)をはなに吹(ふき)くさめする又/鸕鷀(うのとり)かしらをくろやきにして水にて
のむ○誤呑餻(もちをくひて)咽(のんど)につかへたるにはつよき醋(す)を鼻(はな)へそゝぐ又/大根(だいこん)の
しぼり汁(しる)をのむ○《振り仮名:誤呑_二鉄丸_一|てつをのみたる》には韭葱(にらねぎ)を食(くら)ふべし○中菌毒(きのこのどく)には
鴛鴦(にんどう)草を啖(くら)へばよし又/樺皮(かばさくらのかは)をせんじのむもしなければ桜(さくら)の皮(かわ)
を代用(かへもちひ)て可(か)なり○《振り仮名:誤飲_二水蛭_一|ひるをのみたる》には雄黄(けいくわん)よく解(げ)す又/藍(あい)汁をのむ
○《振り仮名:竹木刺在肉中不_レ出|たけきのとげおれこみぬけぬに》は鹿角(しかづの)を焼(やき)水(みづ)にて和(ねり)塗(ぬ)る
   凶歉(きゝん)には寒気(かんき)をも犯(おか)し山林(さんりん)川谷(せんこく)にも入(い)りてあまねく食(しよく)
   を求(もとむ)れば墜墮折傷(いろ〳〵のけが)及(およ)び虫獣毒(むしけもののどく)に触(ふる)ることなきにあら
   されば親(した)しく試(こゝろみ)るの薬物(くすり)并(ならび)に古老有識(こらういうしき)にも就(つき)て問(と)ひあら
   ましをしるせり實(じつ)に佔嗶(がくもん)の波(よじ)及/老婆心切(せわすきおもひすき)に出(いで)たり識者(しきしや)
   その浅陋(ふつゝかなる)をゆるし誤(まちがひ)をたゞし短(みじかき)を補(おきな)ひたまはゞ何(なん)の幸(さいはい)か是(これ)
   にしかん
  ○救荒見合(きゝんすくひみあはせ)の書
○荒政要覧(くわうせいえうらん)○康濟録(かうせいろく)○荒政輯要(くわうせいしうえう)○広恵編(かうけいへん)○軺車雑録(えうしやざつろく)《割書:下二書|近刻》
○農政全書(のうせいせんしよ)○救荒本草(きうくわうほんざう)○救荒野譜(きうくわうやふ)○同/補遺(ほい)○文献通考(ぶんけんつうかう)○鹽(ゑん)
鉄論(てつろん)等(とう)数(かず)多(おほ)く経史(けいし)にも渉(わた)りて吟味(ぎんみ)あるべし和書(わしよ)にも農業全(のうぎやうぜん)

書(しよ)○民間備考録(みんかんびかうろく)○田園雑録(てんゑんざつろく)○地理細論(ちりさいろん)○貫行(くわんかう)○励行弁(れいかうべん)○尚倹(しやうけん)
撮要(さつえう)○農喩(のうゆ)等(とう)に至(いた)るまで其(その)数(かず)多(おほ)しいづれも深切(しんせつ)なり見(み)るべし
書(しよ)は読(よむ)に従(したが)ひて益(ゑき)あり本を忘れずして博(ひろ)かるべし博(ひろ)からざれ
は用(よう)をなすことすくなし
歳之凶荒不 ̄シテ_レ可_二予知_一、而備予之策 ̄ハ則有_レ之矣、漢之常平、隋之社倉、
良法歴歴載_二史乗_一、今年凶荒、民頗 ̄ル病、
公家雖_下有_二賑濟_一而民不 ̄ト_上_レ飢、博-施康-濟、唐虞之所_レ病、至_二荒-陬窮-郷_一、則
不_レ保 ̄セ_レ無_二莩餓_一也、余嘗有 ̄テ_レ志_二于救急_一、著 ̄ス_二救荒要録及附録_一、救急之方、
則有_レ備焉而一介之士、無_三力之可_二以施_一、則豈無_三慨_二-然乎胸中_一耶、因
摘_二-抄 ̄シ嘗所_レ著書及諸書_一名 ̄テ曰_二救荒便覧_一、区区小箋雖_レ不_レ足_レ尽_二其微
意_一、僻遠乏_レ書之郷、若取 ̄テ以 ̄テ為 ̄セハ_二救荒之一助_一、則贖_二素志之万一_一云爾、
天保四年癸巳八月        紀伊  白鶴義齋遠藤通謹識   
       救荒名物補遺審定         坂本純庵
                        男 浩然

   附記
○軺車雑録 清の朱文端公著す所にして饑饉すくひの奏議を
あつめたる書なり
○救荒要録《割書:并|》附録は凶歉予備救急の策を記して常平義倉社
倉勧糶粥廠等詳に載す附録は多く国字を用ひて見やすからしむ
○広恵編   清の朱文端公著す所にして飢歳第一のこゝろ
えは一所に金銀米穀あつまらさるやうにすへき事なれは専ら勧
糶の事をしるしてその言慷慨義烈見る人肝をけし腸をたち
かなしくも又あはれにもありて飢民をすくふの志をおこすの
書なり今清の聖諭像解に傚ひて解を作り画をましへ人を
して感をおこさしむ陳情の表を読て不_レ墮 ̄サ_レ涙 ̄ヲ者其人必不孝とい
へり広恵編を読て不_レ墮_レ涙者其人必不仁ならんかし
   同社著述
○救荒名物図考 救荒の食品はすでに大略を救荒便覧にのせ
たれとも相似たるものゝ人をまとはしやすけれは今写真して人
の惑なからしめんがために作れり  坂本浩然審定并写真

○揚州十日記○嘉定屠城紀略
右二書は明末清初の事を記たる書にて十日記は揚州の人王秀
楚といへるもの清の乱兵にあひ十日の間からきめうけし事を
つふさに記してそのいたましくなけかはしき事/閲(み)るもの身の毛もよだち
魂もきゆる計なるありさまあり太平の人治に乱を忘れすおこたるまし
き事をいましめり屠城紀略は明末南京亡ひてのち侯峒曽黄淳耀
等義兵をおこしたる始末つぶさにしるせり此二書救荒には與らされ
とも飢歳盗賊のおそれあれは此に附記せり   齋藤 蠡校  
天保四年巳九月上木          
      本石町十軒店   英   大 助
 発行
      芝  露月町   和泉屋 半兵衛

      麹町 四町目   角丸屋 甚 助
 書林
      四谷 竹 町   三田屋 喜 八
【四つ目菱紋】本居【矩形で囲む】技┃┃┃┃

【裏表紙】